テラーストーリー・オブ・ナイト (バルバロッサ・バグラチオン)
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第一話 三人の進路を決めた幽霊(前編)

今宵もまた恐怖が湧き立つ

この作品は作者のリハビリでもあります。
それではどうぞ。


とある九州の田舎町。かつて炭鉱で栄えたこの町も時代の変遷と共に寂れていた。

その影響で強盗、殺人といった犯罪が増加し殺伐とした雰囲気が流れ始め、正に地獄絵図と化していた。

 

 

「あーあ、早くこの町を出て都会で暮らしたいぜ」

そう呟く中学3年の少年、村山慎。

彼は故郷であるこの町に愛想を尽き、ひたすら出たいと強く願っていた。

その想いを胸に抱いて、必死に猛勉強した結果、九州の中ではトップクラスの私立の進学校への推薦が決まった。

もちろん慎にとってウキウキした気分である。

 

「よーぉ、慎。今、大丈夫?」

慎に話しかけてきたのは、いかにも不良らしい雰囲気を放ち、粗暴なイメージを持つガタイの良い野々村周である。

周は先生に隠れてタバコを吸う、授業をボイコットする等といった行為で当然の如く、周りから煙たがれ疎まれる存在であった。しかし、慎にとってはそうは思わなかった。何故なら、周と触れ合うと根はいい奴と誰よりも理解してたからである。

 

「ん、周?何か用?」

慎が尋ねると、周は誇らしげに笑った。

「実はさ、俺の家の近くにある廃屋に肝試しに行かない?」

そう、その廃屋は20年ほど前に母子家庭が無理心中を遂げたといわれ、夜中に泣き声が聞こえる、夜中に影が浮かび上がるといった曰く付きの噂が流れ、付近の住民は近づかない心霊スポットと化していた。

 

その心霊スポットに肝試しに行くのに躊躇したものの、退屈しのぎならいいかなと慎は思っていた。

と、その時「お二人さーん、ちょっといいかな。」

二人に話しかけてきたのは、メガネをかけていかにも天才タイプと思いきや、中身はお調子者である新谷一己だった。

 

「あの心霊スポットに肝試しに行くのですか?フフッ、僕も混ぜてもらえませんか?こう見えて、心霊・オカルトには詳しいのですから。」

一己は割と心霊・オカルト好きの一面があり、クラスメイトらに怖い話を聞かせて、恐怖のどん底に陥れてた。

 

その一己の反応に、慎と周は断らずにいられなかった。

「やった、仲間が増えて良かったぜ!」

大はしゃぎする周。そんな反応に慎はワクワクするのだった。

「よしっ、今夜の深夜2時にあの家の前に集合だ。二人とも、分かったな?」

周の提案に慎と一己は頷いた。

そんな3人に周囲のクラスメイトらは呆れた反応をするのだった。

 

 

そして、深夜2時。あの廃屋の前に慎・周・一己の3人が集合していた。

周はともかく、慎と一己はコッソリと慎重に家から出て、自転車で来たのであった。

3人とも懐中電灯を持っていたが、一己が何かあった時にと2人にお守りを渡した。

「いざ、行くぞ!武勇伝を刻むために!」

明らかに周は武者震いしていた。恐怖より興味が打ち克っていたのだろう。

 

その廃屋は日本家屋で明らかに大きかった。家はしっかりと施錠されていて、窓はしっかりと板が打ち付けられていた。

「もう、帰ろうよ。」慎は呼び掛けたが、周は留まるところを知らない。

「おいおい、ここまできたら引き返せないだろ。」

周はそばにあったハンマーを使って勝手口のガラスを割ってしまった。

「お前ら、さっさと入れ」

慎と一己は不安をよそに勝手口から侵入したのであった。




久しぶりに投稿しました。仕事の都合で不定期投稿になりますが宜しくお願いします。


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第二話 三人の進路を決めた幽霊(後編)

それでは、後編いきます。
果たして彼ら3人の運命は如何に。


勝手口から侵入した慎ら3人。

中は異常な程寒く感じられ、とてつもない雰囲気を放っていた。

 

懐中電灯に晒し出された台所は、荒れ果てていた。

板は明らかに腐り、食器は散乱し天井はボロボロになっており足元にはガラスの破片が広がっていた。

 

「雰囲気ありますなあ。僕は色々と廃墟巡りしてますが、今回は一味違う。」

一己は好奇心丸出しで言う。

だが慎は違った。重苦しい雰囲気に押されてしまい、今すぐに帰りたい気持ちに支配されていた。

そうとは知らず他の二人は明らかに留まる気配がしない。

 

「さあ、まだまだ続くぞ。」

周は台所の先にある居間に向かう。台所と同じく居間も酷い有り様だった。畳は腐敗して強烈な臭いを放ち、壁はボロボロである。

 

居間を調べた後、廊下に出たら3人に異変が起きた。

耳鳴りが生じたのである。

「一体、何だあ?耳鳴りがして痛い。慎、一己、お前らは大丈夫?」

「周君、僕もだよ。慎、そっちは?」

「俺もだ。」

後ろを振り向いた周の顔は凍りつく。何かと恐怖に囚われる慎の横を「それ」が通りすぎた。

 

それは、小さな女の子であり慎らの腰程しかない女の子が、口を開け悲鳴を上げながら、絶叫を上げる周と一己の横を駆け抜けていく。

 

「うわわわわぁぁぁっ!」

さすがに今まで余裕綽々だった周と一己は、ここから逃げたい一心になり、居間に戻ろうとする。

そこには、1人の女が立っていた。

年齢は30代くらいだろうか。紺色のロングスカートと白のセーター服を着てピンク色のエプロンを身につけてたいた。

肌色の青白さが不気味さを醸し出していた。いや、それ以上に女の眼球が無かったのが更に恐怖度がます。

落ち窪んだ眼窩には何かが蠢いてた。

 

女が口を開けたと思いきや、「あううううぅぅ」とおぞましい声で叫ぶ。

 

3人はもうパニック状態になり、踵を返し冷静な判断が出来ぬまま、階段を上がり二階に向かう。

もう全員泣き出していた。

二階に上がった後は、部屋に鍵をかけた。窓にも板が打ち付けられていたが、ドアから避ける様にして窓に張り付く様に凝り固まっていた。

 

どのくらい時間が経ったのであろうか。

「おい、何だよあれら。ヤベェ。」

先ほどと比べて落ち着いた周であったが、未だに怯えてるのが伺える。

「とにかく、ただの幽霊ではない様ではない。ただならぬ雰囲気は放っていました。」

一己もガクガク震えながら泣き続ける。

「ようし、こうなったら窓を割って飛び降りるしかない!」

「バカを言え、ケガしたらどうするんだ!」

周の提案に慎が反論した、その時ガチャガチャとドアのノブが激しい動きをした。

 

「助けて、助けて、助けて、助けて」

女の子の声が響き渡る。

だが、再び恐怖に支配された3人はどうする事もできなく、狂いそうになっていた。

だが、慎は冷静さを取り戻し、ある事が浮かんできた。

(この、女の子は助けを求めているのでは…?)

 

慎は自然とドアに向かい、制止しようとする周と一己の声を無視して遂にドアのロックを解除した。

バンとドアが大きく開き、女の子が飛び出し慎へと来る。だが、触れる事無く通り過ぎていく。

悲鳴を上げ続ける周と一己の前を横切り、近くにある襖へと入っていった。

 

「一体、何が?」

慎が呆然としてると、今度は大きな足音を立て女性がやって来た。よく見ると右手に大きな出刃包丁を持っている。

3人とも声を出せずに震えていたが、女性もまた慎の身体をすり抜けて部屋に入っていった。

どうやら女性には3人を気にしてない様に、部屋を見渡した後、ふーっふーっと息を荒げる。

そう、女の子を探してるのだ。

やがて、襖の方に顔を向けると、その場に行き一気に開けた。

 

「いややぁぁぁつ!お母さん、許して!」

女の子が泣き叫ぶ。女の子の髪を掴み引き摺りだし、女性は馬乗りになり、出刃包丁を振り下ろす。

3人は何もする事が出来ないまま、眺めていた。

グシャッと音がして、女の子が絶叫する。女性が出刃包丁を振り下ろす度に痙攣していたが、やがてビクリともしなくなった。

 

「あははっ、お前が産まれてこなけりゃ、あの人はあの女狐の元に走らなかったんだよ」

女性が狂気に満ちた笑いを放つ。

3人は恐怖を通り越して、脱け殻の有り様だった。

「ははっ、邪魔者は消しちゃった。」

女性はぶつぶつ呟くと一階へと降りていった。

 

「もう、嫌だ。助けて」

周は泣きながらうろたえる。慎も一己も一緒に泣いていた。

目の前で起きた出来事にショックを受けていた。

3人が思うには、女の子はこの家で惨殺されたのだ。

慎は怖いという気持ちより、悲しい感情が湧き上がっていた。

 

無惨な姿になった女の子に触れようとしても、全く触れられず感じられるのは畳の感触である。

 

「何で、俺らは被害受けないんだ?」

「あ、あれだ。僕が君らにお守り渡したのが影響してるんだ。」

周の問いに一己が答える。

「お前ら、このまま帰るのは違う気がする。」

慎が言った。

 

横たわる女の子を見て、3人は同情しはじめる。

「この子はまだ成仏してないよ、恐らく。」

「してないのは間違いない。さっきみたいな事を繰り返してる。自殺した幽霊は、死んだ後も何度も自殺するし。いわば自縛霊なんだ。」

 

「成仏させたいんだが、どうすりゃいい?」

「分からん。とりあえずお経でも唱えてばいいんじゃね?」

3人とも南無阿弥陀仏しか知らない。しかし、女の子を救いたい気持ちで必死に唱え続けた。

真剣に願った。どうにか成仏してほしいと。

 

そして唱えた後、目を開けると女の子の姿は忽然と消えていた。

だが、ぽつんと髪飾りが畳の上にあった。

 

「成仏したんですかね。」

一己が問いかけた時、慎は髪飾りをポケットの中に入れた。

「さあな、これは持ち出していく。このままにしておくのも可哀想だ。」

「知り合いの住職に供養しよう。」

周は、辛辣な表情で話かける。

 

3人は手を合わせ、最初に入ってきた勝手口へと戻る。

外はもう朝だ。

またもや女性の幽霊に襲われる事はなく、無事に廃屋を脱出した。

ようやく、町の中に戻ってきた安心感が湧き起こり、今までの事が幻の様だ。

しかし、慎のポケットにはあの髪飾りがあった。

 

その後、3人とも周の知り合いである住職に出会い慎が供養してくれと髪飾りを渡すと、住職は驚いた。

「君たち、命拾いしたね。お守り見せてごらん。」

慎らがお守りを見て驚愕した。何と真っ黒になっていたのだ。

 

住職は慎らをお祓いした後、髪飾りを供養した。

「あの、女の子は成仏したのでしょうか?」

慎の問いに住職は答えた。

「さあ、どうでしょう。しかし、死を悼む気持ち、その思いは霊を救うのです。」

 

 

その数十年後、再び3人は集い地元の居酒屋で盛り上がっていた。

「今の俺だったら、守ってあげられたのになあ。」

消防士になり、たくさんの住民から信頼される存在となった周が言う。

「おいおい、何言ってんですか。」

警察官となり、最近強盗犯を捕まえた事により表彰された一己がぼやく。

「まあ、あの時は精一杯だったからな。」

九州で有数の進学校を卒業した後、難関大学の医学部に進学し全国で有名になる程の評判の良い医者になった慎が結論を出す。

 

消防士、警察官、医師。彼らは人を助ける仕事に就いたのだ。




ようやく、書き終えました。
これからも不定期投稿ですが、宜しくです。


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第三話 狐神様に魅せられて

今回は「狐」がキーワードです。
それでは、どうぞ!


東京の繁華街の中心地ー新宿。

駅前にて、社会人三年目になった「木下尚樹」は久しぶりの親友との卒業以来の再会に待ちわびていた。

 

大学卒業以来、東京のとある会社に就職してからは社会人として日々を送っていた。

朝早く満員電車に揺られながら、膨大な業務量におわれながら夜遅くまで働き続け、時には苦手な飲み会に参加させられ、心身共に疲弊していた。

 

(入社した時は、頑張るぞって意気込んでたのに…。もう、地元に帰りたい…。)

大都会東京での、想像とは違った生活に尚樹はノイローゼになりかけていた。

 

そんな彼にその鬱屈した空気を吹き飛ばす様なニュースが飛び込んできた。

 

何と、卒業して以来、連絡が取れなかった親友である「徳松幸輔」から久しぶりに尚樹に会いたいとメールが来たのだ。

とある地方都市の大学のゼミを通じて仲良くなった二人は、一緒のサークルに参加したり、飲み歩きしたりと親睦を深めていった。

 

時には、貧乏旅行と称して沖縄に行ったのは二人にとって刺激的なイベントになった。野宿・ヒッチハイク・ナンパに失敗と、彼らには楽しいイベントとなった。

 

就活も無事に終了し、遂に卒業の時が近づいた。

「尚樹!お前、東京行くんかい。いいじゃん、友達いっぱい出来そうで!」

「幸輔だって大阪行く事になったやん!お好み焼き、串カツ、たこ焼きと美味しいグルメ食い放題じゃん。」

 

尚樹は東京に、幸輔は大阪に就職する事となり離ればなれになる事となった。

お互いに時間があったら、再び会おうと誓い二人は無事に大学を卒業した。

 

(やっと幸輔に出会える。アイツ、どんな感じだろうな)

ウキウキした気分になり、笑顔が戻ってきた尚樹に、「おーい、尚樹!久しぶり。元気にしてた?」

懐かしさ溢れる声を聞いて、思わず振り向くと、ブランド物のスーツを嫌みなく着こなし、清潔感が感じられる垢抜けた雰囲気を放つ幸輔だった。

 

「幸輔、東京へようこそ!あの日から変わってるな」

「そういうお前こそ、東京に引っ越して変わってるんじゃねえか? 都会は刺激的だと思うが」

「アハハッ、そうじゃないよ。もう生活に疲れて地元に帰りたいよ~。」

 

3年ぶりの再会に会話弾む二人。

 

「そういえば、お前トントン拍子になってるって。」

問いかける尚樹。

 

「そうだよね~。大規模なプロジェクトのリーダーに選定されたし、上司に気に入れて近々昇進が決定。おまけに可愛い彼女が出来た。」

スマホを取り出すと、画面には本人と上品さが漂う女性とのツーショットが映っていた。

「資産家の一人娘。そろそろ婚約を決めようかと思っている。」

自慢気に話す幸輔。

 

「ええなあ、俺、東京に住んで3年間だが、未だに彼女いないんだよ。」

落ち込む尚樹。

 

「元気出せよ。お前らしくないぞ。いつか出会えるって。」

励ます幸輔。そして、

「まあ、半年前のある出来事以来、運命が変わったんだよ。」

「半年前?」

「ああ、あの日から。」

幸輔は遂に語り出した。

 

 

 

半年前のある日

「ったく、どうして俺がこんな目に。」

幸輔は車を走らせながら、四国の山奥へと向かっていた。

 

大阪のとある会社で営業マンとして頑張っていた幸輔は、出張の為、四国を訪れていた。

 

どうせ俺は若いから使い捨ての駒と利用されている。

不満が溜まっていく。

出張とはいえ、不景気の影響で自己負担なのである。

 

当初は充実した社会人を送るつもりが、まさかの予想外れに幸輔は苛立ちを隠せない。

事を済ませた後は、さっさとグルメと観光を楽しみ、目的地である旅館に向かった。

 

その旅館は、ネットで「泊まると幸運が訪れる」との評判を聞いて、予約したつもりが、何らかの手違いにより

満室状態になっていた。

どうやら旅館がミスをして、駆け込み客を優先したらしい。

 

とはいえ、近辺の旅館もほぼ満室であり、日も暮れている。

幸輔が声荒げて抗議してると、「仕方ないですね。」

 

旅館の女将が本館からかなり離れた小高い丘に建てられた別館へと案内した。

その時の不気味ともいえる女将の笑顔に幸輔は嫌な予感がした。

 

本館から別館に移動する。別館は若干真新しさを感じられる。

最近建てられた様であり、二階建てで、見ばらしは良さそうである。

 

普段使われていない為か、一階の玄関は陰気臭かったが、二階の部屋は綺麗に感じた。

 

だが、部屋を見渡した途端、四隅に盛り塩があったのを

幸輔は嫌な予感がした。

けど、行く宛はないし一晩我慢するしかない。

 

別館に行く際、女将に「夜中は物騒なんで、鍵をかけて外出は控えてください。」と注意されたのに引っ掛かりを感じる。

 

気分を紛らわす為に、予めコンビニで買ってきた弁当とビールを食べた後、タバコを一服して、眠りに着いた。

異変は夜中12時に起きた。

 

「……。何だよ…、うるせえ」

外からの騒がしい音に叩き起こされた幸輔は、障子を少し開けて様子を伺う。

 

暗くてよく分からないが、どうやら野良犬同士がケンカをしてるようだ。

「バウ!バウ!バウ!」「ワワワーン!」

お互いとも唸り声を上げて威嚇している。

 

(チッ、うるせーな。こんな時間帯に。目が覚めちまったじゃないか。)

苛立ちを始めた幸輔に、ある物が目に入った。

 

二匹の野良犬の側に、明らかに一回り、いや二回り大きい狐が近づく。

 

月明かりに照らされた狐は普通の見た目ではない。

白い体には赤い斑模様が刻まれ、9つの尾を立てている。金色の眼を持つ鋭い目付きは、野良犬を狙いに定める。

 

そして、大きく口を開けた狐は素早く野良犬の一匹に噛みつく。野良犬は激しく抵抗したが、虚しく狐に飲み込まれてしまう。

おそれをなしたのか、もう一匹の野良犬は逃げるが、あっという間に狐に追いつかれ、同じ運命を辿った。

 

(な、何だよ、あれ…。普通じゃない。)

生まれて以来、かつてない事態に襲われた幸輔に更なる恐怖がふりかかる。

 

ガタン!と後方から音がしたので振り返ると、額縁が落ちていた。

 

慌てる幸輔が、向きを直すと今度は狐と目が合ってしまう。

心臓が止まるかのパニック状態になり、慌てて障子を締める。

 

(ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!)

ひたすら狐が去るのを願う。たが、その願いを打ち砕くかの様に、足音は確実に別館に近づいてくる。

その足音は、入り口を探してるかの如く別館の周りをうろつく。

 

幸輔は布団の中に潜り込んで、怯える。

と、その時

 

ガシャーン!

玄関を破壊した音が響きわたる。そう入ってきたのだ。

 

(来ないで!来ないで!)

備え付けの電話やスマホで連絡すればいいのだが、パニック状態に固まった状態ではどうする事も出来なかった。

 

そうしてる内に、ドン!と凄まじき音が扉から響いた。

ドン!ドン!

ガリガリガリガリッ!

 

依然として、音が鳴り止まない。

当然の如く、獲物を狙って部屋に入ろうとしている。

 

追い討ちかけるかの如く、四隅に置かれていた盛り塩がボンっと爆発するかの様に飛び散る。

その後は、シンと音が止まる。

 

(助かったのか?)

ホッと安堵したその瞬間、バタン!と扉が倒れた音がした。

部屋に侵入してきたのだ。

 

またもや、恐怖に支配された幸輔。全身から汗が滝みたいに吹き出す。音が出さない為に、息を殺す。

端から視れば滑稽な光景であろう。だがそうするしかない。

 

布団の周りを狐は徘徊している。そして、

コツッ。

背中の辺りを押し始める。

2度、3度と段々と勢いが強くなっていく。

そして、掛け布団が引き離され、またもや目が合った。

 

「やだあああっ!」

悲鳴をあげる幸輔。

 

部屋中に獣臭さが漂う。狐は唸り声をあげながら、口から出た舌を気味悪く出す。

匂いを嗅がれ、口から出た涎が体にかかる。

 

(もう、喰われる…。)

絶望感が染み渡る中、狐がフッと笑った。それは女将が浮かべた不気味な笑みと一緒で。

 

そして、瞬間的に右手首をガバッと噛まれ、どこかに連れて行こうとする。

血が滲み、痛みだって相当だ。それよりも、さっきの野良犬共らと同じく喰われてしまうのかという恐怖感が勝る。

 

そこで記憶は途絶えた。

 

 

ふと目が覚めると、見知らぬ森の中にいた。

近くには祠がある。

 

アイツはいないだろうなあ。幸輔は付近をキョロキョロしながら見渡す。

そして、無事に生きてる事を思い、安堵感を得た。

 

右手首には噛み傷があり、服はボロボロ、身体中擦り傷だらけだった。

 

付近を探索してみると、旅館の本館が見えたので、裸足で向かう。

本館に着くと、フロントにあの女将がいた。

 

女将は幸輔と目が合うと、

「良くぞ無事でいらっしゃいました。」

何食わぬ顔で微笑む。

 

「冗談じゃねえ!殺されるところだったぞ!」

怒りに震える幸輔をよそに、「まあまあ、落ち着いてください。」と、女将は真相を語り始める。

 

 

 

元々この土地の地主であった旅館の経営者はある事を使って繁盛していた。

汗水垂らしてではなく、呪術を使っていたのである。

 

いわゆる「狐術」というのである。

 

その「狐術」は野生の狐を十匹捕まえて蔵に閉じ込める。

あとは、飢えた狐らがお互いに喰らい合い、最後に残った一匹が餓死するまで放っておくのみ。

その後は、最後に残った狐を「狐神様」と崇拝し、ある所に埋める。

すると、その付近は「狐神様」の効果が及び繁栄するのだ。

 

幸輔はピンときた。朝目覚めた祠がある場所。

そこが「狐神様」を埋めたところだったのだ。

 

そして、「泊まると幸運が来る」という真相はつまり、

「狐神様」の恩恵を受ける事だったのだ。

 

だが、狐神様の怨念は凄まじかった。山の中の生き物を貪り始めたのだ。

木、岩にも取りつき、他の生き物を殺した。

付近にも狐神様の念が纏い、いうなれば、影響力が大きくなっていた。

 

それどころか、目先に眩んだ地主は、狐神様が支配する

小高い丘に別館を建ててしまった。

 

狐神様の念は勢いを増し、そこに泊まった客まで喰らい始め、仕方なく別館は閉鎖した。

 

別館の真新しさを考えたら、おそらく建てたのは、目の前にいる女将に間違いない。

 

頭が沸騰した幸輔は遂に怒りが爆発する。

「貴様!、つまり俺を狐神様に喰わせる為に!」

 

しかし、女将は飄々として、

「いえいえ、そんなに怒らないでください。狐神様に喰われる事は、ずっと狐神様と共に生きる事なのですから。」

 

頭おかしいだろと突っ込む幸輔に更に女将は喋り続ける。

「お客様はどうやら運が宜しいようで。どうやら狐神様の恩恵を受けましたね。この後は、様々な幸運が舞い降りてくるでしょう。あ、2ヶ月前に泊まった大学生のお客様が無事に大手企業から内定を貰ったと嬉しそうに連絡してました。」

 

本当かよと思ったが、もう文句を言う気が無かった。

むしろ、早々とこの場から立ち去りたかった。

 

最後に帰る時、女将は言った。

「狐神様の御加護があらん事を。」

 

 

 

「っと、こういう事があったのさ。」

幸輔は締めくくる。

「マジかよ~。」

信じようとしない尚樹に幸輔は右手首を見せる。

 

その生々しい、その噛み傷。尚樹は驚愕する。

 

「その後、狐神様の恩恵とやら分からんが、あれから何かが変わった。営業成績はグングン伸びて、同期の中ではトップ。皆の前で表彰されたんだぜ。おかげで上司から気に入られて、出世した。まあ、同期から距離を置かれたけど。でも、仕事は楽しくてしょうがない。最近は社運を賭けたプロジェクトのリーダーに選ばれたし、可愛い彼女も出来たし。」

幸輔は笑みを浮かべる。そう、あの不気味な。

 

「お前、変わったな。あ、美味しいラーメン屋紹介してやるよ。行こう、行こう。」

誘う尚樹だが、その時、幸輔のスマホに着信が入る。

 

「はい、徳松ですが。」

応じる幸輔。

そして、「ごめん、仕事で急用が出来たから、もう大阪に戻る。じゃあね、機会があったら大阪に来いや。たこ焼き・お好み焼き・串カツとか奢ってやるから。」

 

残念そうな表情を浮かべる尚樹だが、有給でも取って大阪に行くかと決めると、再び元気な表情になる。

 

駅に戻る幸輔に対し、笑顔で手を振り続ける尚樹。

 

 

たが、その顔は徐々に戦慄におののき始める。

 

 

 

そう、尚樹に「しか」見えなかったのだ。

 

 

幸輔に纏わりつく様に、先ほど話に出てきた白い赤い斑模様がクッキリと浮かび、9つの尾を持ち、金色の眼をした「狐神様」が、明らかに敵意を剥き出しするかの様に、尚樹を睨みつけていた。




ひえーっ、予定よりめっちゃ長い文字数になりました。
すみません、やはり前後に分けた方がいいですかね?

感想・アドバイス・指摘あれば嬉しいです。メッセージでも構いません。正し、人格否定・罵詈雑言・暴言は許しません。

重要なお知らせですが、仕事で忙しいのもそうですが、18日にフリューから発売される「CRYSTAR-クライスタ-」を購入してプレイしますんで、若干、投稿ペースが遅くなるかもしれません。

あ~、旅行行きてぇ~。


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第四話 真夜中の特急

明けましておめでとうございます2019年。今年初めての投稿です。早くも投稿ペースが下がっている!
すみません、仕事が忙しかったのもそうですが、旅行や人生初のコミケを堪能してまして。申し訳ないです!(土下座)
それでは、強引な展開やご都合主義があるかもしれませんがどうぞ!


「あー、早く終われ。」

午後22時30分。パソコンの画面ににらめっこして報告書を作成してるのは児玉はるか。

 

彼女は厳しい就職活動を乗り越え、ようやく内定を得てとある会社に入社した。

 

だが、その会社は所謂ブラック会社そのものであった。

厳しいノルマ、上司からのパワハラ、サービス残業等によって、はるかと一緒にいた同期は徐々に辞めていった。

 

社会人になって2年目になったはるかには辞めたいという気持ちが芽生えていた。しかし辞めたとしても他に宛て先が無い。

地元に戻るにしても、ド田舎でありまともな求人が無い。

 

そんな閉塞感に苛まれ、上司から押し付けられた理不尽な仕事量を押し付けられて報告書を作成していた。

 

ようやく仕事が終わり、見上げて時計を見ると午後23時丁度。

はるかは焦った。終電に間に合わなくなるのだ。PCの電源を切った後、駆け足で最寄り駅に向かう。

 

最寄り駅は有人駅だったものの、最近は経営の合理化により無人駅となっていた。

慌てるはるかは急いで切符を購入した後、ホームへと走る。

 

するとホームにはいつもとは見慣れない黒と白のツートンカラーの特急が停まっていた。

(あれっ、こんな特急あったっけ?特急券買ってないけと。後で車掌から買うか・・。)

はるかはいち早く車内に乗った後、適当に座席に座った後、日頃の疲れだろうかウトウトしてしまい、直ぐに眠りについてしまった。

 

 

 

 

ようやく眠りから醒めたはるかは、ハッとした後バックからスマホを取り出す。

時刻はAM2:11分。

「・・・・!」こんな時間なのに未だに走っている特急に違和感を抱くはるか。

更に自分以外に乗客がいない事に不安に拍車がかかり、サーッと体が冷める。

 

事の重大さにはるかは数少ない同期である天城ちとせに電話をかけようとするが、電波が圏外になっている事態に絶望的になる。

そこではるかは車掌のいる先頭車両に向かおうとする。

 

と、その時特急をスピードを落とし駅に到着した。

駅名を見ると「平坂(ひらさか)

平坂? はるかは聞いた事のない駅名に戸惑う。

 

その駅のホームは田舎にある様な駅で、誰一人いる気配は無い。周りは田んぼと山の様で真っ暗である。

(ここはどこ・・・・?私、こんなところに? )

 

パニック状態になる彼女をよそに、プシューと音を立ててドアが開く。

降りる事も検討したが、迷っている内に再びドアは閉まり、特急は速度を上げて走り出す。

 

(何らかの行動をしなきゃ。取り敢えず先頭車両に向かわなきゃ。)

はるかは即座に動き、先頭車両に向かって歩き出す。

向かう最中にも、誰一人乗客がいない状態にますます恐怖感が増してくる。

 

もう少しで、一番前まで着くだろうという時、真ん中辺りの座席にポツンと人が座っている。

ようやく人を見つけた安心感を覚え、近づくと見た目は野球帽を被った小学校低学年くらいの男の子であり、携帯ゲーム機に夢中になってる様子であった。

 

違和感を感じながら、はるかは少年に問いかける。

「あ、あの・・。僕、大丈夫かな?」

「何ですか?」

顔をあげた少年は、顔を見上げた後、カッと睨み付ける。

「あのさ、私うっかりしちゃって列車内で居眠りしちゃって。この特急、どこに走ってるのか分からないんだ。君、知らないかな?」

「ふーん、お姉さんには悪いけど、僕もどこへ行くか分からない。ただ・・。」

「ただ?」

 

 

「お姉さんにはまだここに来ちゃダメって事だろうね。」

ニヤリと不気味な笑みを浮かべた少年に、はるかはある事を思い出した。

そう、先日飲食店での爆発事故に巻き込まれ、近くを通りかかった小学生の男児が即死したというニュース。

報道された顔写真と、目の前にいる少年がほぼ同一人物である事が伺える。

 

驚愕の事実に震えるはるか。特急が停止する。

外をチラリと見ると「(よみ)駅」

またもや聞いた事の駅だ。ドアが開く。

「じゃあ、僕はここで降りる予定で。」

少年は立ち上がると、ホームに向かう。

そして、振り向いて「お姉さんも一緒に行かない?」

ニターッと悪意のこもった満面の笑みで語りかける。

「嫌っ、断ります。」

頑なに拒絶するはるか。

「まぁ、いいか。あと一ついいこと教えてあげる。たまにお姉さんの様な生きた人間が乗ってくるみたいだよ。」

ドアは音を立てて閉まる。ドアの向こう側、ホームに立つ少年はニヤニヤしたままはるかを見つめ続ける。

特急はスピードを上げ、動き出す。

 

(私って、死後の世界に迷いこんで来ちゃったんだ。)

その場にへたりこんで、次第に泣き始めるはるか。

すると、希望の光が見えるかの如くスマホの着信音が鳴り始める。どうやら電波が届いてる様だ。

画面を見ると「着信:天城ちとせ」

「ちとせ!」

 

電話に出るはるか。

「はるか、どうしたの?仕事で遅くなった?来週の休みに行く旅行の打ち合わせについて連絡したかったけど。」

「あのね、ちとせ・・・・。」

今までの経緯を話すはるか。

「そうだったんだ。でも、その特急こんな時間まで走ってるのは怪しいわね。取り敢えず駅に降りたら?」

「でも、降りても・・・・。」

「スマホのGPS機能を使えばいいじゃん。それを使って迎えに行くから。」

 

タイミング良く特急が止まり、ドアが開く。

はるかは用心深く降りる。

ひんやりとした空気が緊迫感を増す。

駅名は「木更岐(きさらぎ)駅」と錆びた看板で書かれていた。

特急はしばらくして走り出し、あっという間に闇に飲み込まれてしまった。

 

「ちとせ、降りたけど。」

「そっか。そんなら切って居場所調べるから。動かないで。何かあったら電話してね。」

ツーツーと機械音と共に通話は終わる。

 

スマホのバッテリーの残量が30%を切ってしまい、焦燥感が増す。

前の駅と次の駅については書かれていない。周りは見渡す限り、田んぼや山ばかりで不気味さが漂う。

(自分一人・・。もう嫌だ。)

そう考えてると、着信が鳴り、

 

ピッ。「ちとせ?」

「はるか、大丈夫?」

どうやら、はるかのスマホのGPS機能を使ったものの、エラーとなり、何度試しても分からない。それなので、警察に連絡するとの事。周りに目印となる物や民家がないかという内容だった。

 

切った後、線路づたいに歩く事にしたはるか。

周りには未だに民家、公衆電話どころか街灯も無い。

1時間くらい歩いただろうか。一向に景色は全く変わらずである。

(もう疲れちゃった)

足の疲れ、精神的な疲労、孤独感によりその場でへたりこんでしまう。

 

と、その時遠くから光が見えてきて、それは車のヘッドライトであった。

「助けてーー!」

はるかは立ち上がり、必死に手を振る。

相手がちとせじゃなくてもいい。藁にもすがる思いで助けを求める。

車は近くまで来て停止した。

間違いなくちとせの車であった。

中からちとせが出る。

 

「はるか!」

「ちとせ!!」

ようやく助かった事により、安心感が増すはるか。もう帰れる、いつもの場所にと。

 

「ほら、さっさとしないと。」

車に乗り込み、はるかは今までの経緯を話す。

「あー、大変だったわね。」

ちとせは警察に話した後、何度もGPS機能を試してると一瞬はるかの居場所が分かったとの事。

「それと、はるかが言ってた駅さ、あれはもう使われてないんよ。もう廃線になってるみたいで。」

いろいろ話してる内に、疲れからかはるかはウトウトしてしまい、眠ってしまう。

 

しばらくして、スマホの着信音に目覚めてしまう。

「もしもし、誰?」

「ちとせだよ、アンタの居場所が分かった。今すぐ迎えに行くから。」

体が冷めていく。

ブーッ。スマホのバッテリーが0%になり電源が切れる。

 

呆然としながら、ちとせを眺める。無表情のまま運転を続けている。

窓から見ると、周りは木が多くなっている。市街地に向かっている予定なのに。

「一体どこに・・・・?」

「・・・・。」

「ちょっと車止めて。」

「・・早く・・行かなきゃ・・。・・私の・・。」

ゾクッとするはるか。明らかにちとせ本人の声ではない。低くて唸り声であり別人の様だ。

このままだと、妙なところに連れていかれる。

意を決したはるかは、ドアを開け飛び降りた。

 

 

目が覚めるとベットの上にいた。

病院で目覚めたはるかは、医師に聞くと山間部の方の道路脇に倒れていたのを、発見され救急車で搬送されてきた。

ようやくちとせに連絡してもらい、今度こそ家路に戻れた。

 

 

 

それから数ヶ月後。PM22:50。パソコンを終了させ、リラックスするはるか。

その後、転職活動を始め無事に転職先が決まった。そこは今勤めている会社とは比べ物にならないホワイト企業。

今日でこの会社とは、オサラバ。次の新天地は雲泥の差。はるかは以前よりウキウキしていた。

 

退社し、家路へと向かう。最寄り駅に向かい、ホームへと向かう。

「あちゃー。」

時すでに遅く、終電は遠くに向かっていった。

しばらくの間放心状態になる。

(まあ、いいか。満喫で泊まればいいし。)

駅から出ようとする。と、その時ゴーッという音と共にあの黒と白のツートンカラーの特急が停車する。

 

「お待ちしておりました児玉はるか様。次こそは逃しませんよ。」

不気味なアナウンスが流れてくる。

恐怖におののき、逃げようにも体が動かない。

ドアが開く。何かに操られる様に特急へと乗り込んでしまうのだった。




どうでしょうか?なんかご指摘があればメッセージにでもお願いします。
どうでもいい話をしますが、今月の1~2日に駅メモ!をやってた時にアクセスしづらくなったのはイライラしました(位置ゲームやし、遠征してて課金してたのもあったから運営に抗議した)


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第五話 鏡の中の杏ちゃん

すいません、先月に投稿すると言ってましたが仕事とやら色々と所用があって遅れてしまいました。申し訳ございません(土下座)こんな駄目作者で・・。
いつもより短めですが、それでも良ければ。
何かおかしな所があれば、伝えてくれると嬉しいです。


それは暑い夏の日。小学4年生である少年宮下直樹は両親が海外でしばらく仕事する事になったので、母方の祖父母らに預けられる事となった。

 

都会育ちの直樹にとって祖父母らが住んでいる田舎は正に刺激的な環境であった。

周りに同年代の子供はいなかったものの、都会にはない自然、生物、空気の良さは今までにない体験を味わい、ずっとここにいたいと思ったくらいだ。

 

そんなある日、古い田舎造りである祖父母の家の縁側にて、扇風機をつけっぱなしにしながら寝そべっていた直樹の目にある建物が留まった。

 

南西の隅にある蔵。最初に来た時にあまり気にしなかったものの、外での遊びに飽き始めた時から段々と興味を持ち始めた。

 

一体中には何があるかな? 好奇心旺盛な直樹は祖父母が農作業に出かけていて、家にいるのは1人きりという最高のタイミングという状況の中、蔵にコッソリと侵入するのだった。

 

 

蔵の中は古い道具、小物とかが納められていた。

それらをオモチャの様に遊んでいた直樹にある物が目に入る。

自分の背丈よりは少し高いだろう。何かが布に覆われている。

興味本位で布を取るとそれは大鏡であった。

 

おそらく年代は古いには間違いものの、サビや曇りはほとんど無かった。綺麗に自分の姿を映っているのを暫く眺めていると、背後に女の子がいるのに気が付いた。

 

「こんにちは。ねーねー、君は誰なの?」

見知らぬ色白のロングヘアーの女の子に話しかけられて直樹は驚く。

背後を振り向くと自分以外にいない事に恐怖感に囚われる。この世の者ではないのは確かである。

 

「ぼ、僕の名前は・・・・。宮下直樹。」

恐る恐る直樹は答える。悪霊ではない事を信じるしかない。

「直樹くんか。私の名前は武井(あん)。宜しくねー。」

杏は人懐っこい笑顔で語る。

 

(そんなに悪い霊では無さそう。しかし、この子はどこかで?)

直樹は考えている内に、遂に答えにたどり着いた。

(あっ、この子はお母さんの唯一だった妹だ。)

祖父母の家の居間に置かれてる仏壇に飾られている女の子の遺影とソックリである事を確信した。

 

武井杏。彼女は直樹の母親の妹である存在。とても人懐っこく明朗活発な性格だったが、肺炎により自分と同じく10歳の若さでこの世を去った。

その子が目の前にいる。最初は恐怖感を覚えながらも徐々に妙な親近感を感じてしまう。

そして自分の生い立ち、住んでいる都会についてなど色々と話していき打ち解けていった。

直樹の話題に杏は興味深々になり、満面の笑みをうかべる。

 

そうして二人で盛り上がっていると、もう夕暮れ時。そろそろ祖父母らが農作業から帰ってくる。

「杏ちゃん。もう時間だから戻るね。また明日来るから。」

「うん。またまた色々と話し聞かせてねー。」

直樹は祖父母らにこの事をバレたらマズいと思い、慌てて大鏡に布を被せて家へと戻った。

 

それから毎日、直樹は一人切りになった状況を見計らって蔵に行き、杏とお喋りして楽しいひと時を過ごした。

虫取りや川遊びに比べて、正に杏との会話は刺激的な体験でもあった。

そんなある日、いつもの様に会話をしていると杏が切り出した。

「こっちに来て遊びに来てよー。杏ひとりじゃ寂しいしー。」

直樹はゾクッとした。いくら何でも杏のいる鏡側の世界にどうやって行くのだ?もし行けたとしても戻れる保証はあるのか?

不安な気持ちに駆られる。

「こっちの世界に来る方法知ってるよー。たくさん遊ぼうよー。」

今までと違う邪悪な笑みを浮かべる杏を見て、直樹は戸惑いを隠せない。

「ごめん、用事があるから今日は早めに帰る。」

その場しのぎで、いつも通り大鏡に布を被せて蔵から出る。

 

その夜は中々眠れなかった。

鏡の中にどうやって入る? もしは入れても、元に帰れる保証はあるのか?

深く考える度に不安な気持ちになり、恐ろしくなってしまう。

次の日から蔵に入るのを止め、杏に会うのを止めた。

しばらくして、両親が海外での仕事を終え帰国したので直樹は祖父母の家を後にするのだった。

 

 

 

 

 

それから15年後。25歳になった直樹は幸せの有頂天に立っていた。

一流企業に就職して、恋人である利乃との婚約を済ませ来月には結婚式を挙げる予定だ。

ある日の事、早めに仕事を終えて住んでいるマンションの地下駐車場に車を停めていた。

停車したあと、部屋に行こうとした後ふとバックミラーを見ると、杏が映っていた。あの時と変わらぬままで。

驚いて後ろを振り向くが、後部座席には誰もいない。

「お久しぶりー。直樹君。あの日以来待ってたのにー。そんなに驚く事無いでしょ。」

直樹の方は、恐怖に慄く。ジッと見つめてくる杏にどう対応するか頭が混乱してくる。

「ねえー。私ね、直樹君に会えなくてずっと寂しい思いを過ごしてきたんだよー。こっちに来て遊ぼうよー。」

杏はニッコリと笑い、手を伸ばしてくる。

「駄目だ!杏ちゃん。俺はもう行かない、行けないんだ!」

キョトンとした顔立ちになる杏。

直樹は声を荒げながら、言い続ける。

「俺には、大切な存在がいるんだ。だから・・・。杏ちゃんとは相手にしてる暇はない!」

すると杏は、今までになかった邪悪の籠った不気味な笑顔を浮かべる。

「仕方ないよね・・・。直樹君は私とは違う存在なのだから・・・。だったらその大切な存在とやらを消してあげちゃうからー。」

ハッとする直樹。気が付くと杏は消えていた。

 

 

マンションの部屋に着いた。先ほどの杏と出会った事に戸惑いを隠せない。

大切な存在となら消すとは一体?まさか!

そういえばいつも定時通りに帰る利乃が帰ってこない。嫌な予感がする。とその時、ポケットの中に入れてる

スマホから着信音が鳴る。

電話を取ると「もしもし、宮下直樹さんでしょうか。こちら警察です。先程1時間前、宮下利乃さんが横断歩道を歩いている最中、信号無視した乗用車に撥ねられ即死したとの事でー。」

ショックでへたり込む直樹。近くにあったウォールミラーを見ると何と、杏が映っていた。

 

「直樹君。君が言ってた大切な存在とやらを抹消したよー。案外簡単やったー。」

ウォールミラーに映っている杏に向かい、直樹は青ざめた顔で怒鳴る。

「何て事を。俺の大切な利乃を・・。許さねえ!」

杏は反省もしない様子で、悪意の笑みを向ける。

「これで邪魔者をいなくなった事やし、これからはずっとこっちの世界で二人っきりで永遠に遊ぼうー。」

するとウォールミラー越しに、杏の両腕が伸びてきて直樹の両肩をガッシリ掴むと10歳とは思えない怪力で引きずりこんでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




最初の時からペースが落ちちゃってますな自分。次こそはペース上げたいのだ。
鏡って何か得体のしれないのが映りそうで怖いです。夜中に見るとより一層恐怖感が増してきます(笑)

それでは次回にご期待って事で。


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第六話 悪夢の肝試し

お久しぶりです。ようやくペース上げて投稿できました。
1~2話と被る部分あるかと思いますが、それでも良ければ。
それではどうぞ。

なんかおかしい所あれば、遠慮なくメッセージか感想にでも。


塩田淳は普通の大学生。今まで彼は幽霊とかの心霊に関しては全くの否定派だった。

だが、高3の時のある出来事がキッカケで信じる事になった。

そして、その事が現在も彼を大いに苦しめてる事を。

 

 

 

高校生ライフを終え、無事に卒業式を終えた淳。彼の進路は東京のとある理系大学に推薦で合格し、やる事を全て終えて暇を持て余していた。

いわゆる県の中小都市。大した娯楽施設の無い所で何の刺激も無い。でも後1か月もすれば大都会東京で夢の様な大学生ライフが待っている。

そんな思いを抱いていた彼の元に悪友である藤原将太から誘いが来た。

 

 

「なあ、肝試しに行かないか。」

将太は見た目がチャラチャラした不良系であり、地元のヤンキーと深い繋がりがあった。本来淳にとっては避けがたい対象であったが、何かとお世話になった事もあり一定の距離を保ちながら普通に接していた。

「ん?何だよ将太。夏でも無いのにこんな時に?」淳が多少呆れた様に接すると

「聞いたんだよ。バイト先の先輩からさ。隣町のとある診療所だった廃墟で、夜中に出るんだ。親子の幽霊が。何しろ30年程前にノイローゼ気味になった医師発狂して妻と息子を包丁を刺殺した後、自身も首を切って自殺したという話が。

先輩が言うには、その親子らの幽霊は2階に出現し、出会うと怪奇現象が起きるってさ。なあ、ゾクゾクしないか。」

この時は心霊否定派だった淳は、そんな将太に呆れはしたが退屈しのぎにいいと思い渋々肝試しに参加する事を決めた。

「じゃあ、今日の夕方に集合で決まり。後、クラスメイトの和之と昇も連れていくから。」

将太はウキウキの気分の様子だった。

(まあ、どうせ幽霊なんて出ないだろうし。気軽に行ってみるか。)

安易にそう考えた淳だったが、後の悪夢の様な出来事が起こるとは予想だにしてなかった。

 

 

午後19時頃。原付にて淳は隣町の廃墟となった診療所に着いた。入口付近には先に将太の他に一宮和之、滝口昇の3人が同じ原付で到着していた。

和之と昇は淳、将太と同じクラスメイトで筋金入りの心霊マニアであった。

その診療所は森の中にポツンと建っており、時々地元のヤンキーと暴走族のたまり場となる事もあり、違う意味での怖いスポットと化していた。

 

 

まだ3月とあって肌寒さを感じる中、付近はそれほど異様な雰囲気を放つ程ではなかった。

四人とも、懐中電灯を持ちながら出口へと進む。

和之が「だからここは嫌な予感するんだよ。そう思わねえ?」とうろたえる。

「おいおい、和之。怯えるなって。いざとなりゃこの場から逃げ切れば大丈夫だって。」能天気ともいえる発言をする将太。

(ったく。幽霊なんてこんな時代に実在しないって。心霊番組だってヤラセばかりやん。ホントにコイツらときたら・・・。)

サッサと帰りたい気分になった淳。その反面、昇は終始無言である。

 

そろそろ出口に差し掛かろうとしたその時、将太が「なあ、淳。お前、心霊否定派だったよな? 幽霊がいないって証明してみろよ。」と言い出した。

「そうだ、そうだ。俺らに男気を見せてくれよ。お前、ヘタレ?」和之がケタケタ笑う。昇も腹抱えて笑い始める。

 

淳は躊躇した。懐中電灯は持ってるものの、たった一人で暗闇の中2階に行かなくてはならないのだ。

それに万が一、何らかの拍子でケガをおう可能性があるし2階を廻っている内に将太らが置き去りにして逃げていく可能性がある。

 

「行ーけ!、行-け!。根性を見せろ!」

将太ら3人は手拍子しながら挑発する。

頭に来たが、淳は渋々階段を昇って2階に行く。

2階は照らすとクモの巣が張っており、部屋には机や椅子と本が散らばっていて、特に異変はない。

 

事を終え、降りると将太が「幽霊いた?ビビり君。」と小馬鹿にしてきたので、「じゃあ、今度はお前ら3人2階に行ってこい!」と怒鳴り散らす。

「ほう、今度は幽霊呼んでやるよ。」今度は将太らが2階に行く。

「もーしもーし、幽霊さん出てきてください。ここに幽霊の存在を信じない不届き者である塩田淳君という者がいます。彼の目の前に出てきてください。」とでかい声で叫ぶ。他の二人の笑い声も聞こえてくる。

しかし、この時点でもおかしい事は起きない。

 

1階に降りてきた将太達。すると昇が「もう帰った方が良くね?何か悪寒を感じるんだ。」と深刻な顔つきになった。「昇、お前どうしたんだ?」と将太が尋ねると、今度が和之が「いや、肝試しは終えた方がいい。嫌な予感がする。」と恐怖に囚われた表情になった。

流石にさっきとは違う二人に不気味さを感じた淳は何とか将太を説得し、廃墟から帰る事にした。

 

時刻は21時30分。将太の家に到着した4人は2階の将太の部屋で休んでいた。最初は騒いでいたが、その内に静かになり、みんな寝始めた。

淳はいつの間にか目が覚め、ベランダで夜空を眺めている。

(何だったんだ、あれ。)

物思いにふけってると後ろから肩をポンと叩かれ驚く。

 

「うわっ!」声を出してビビる淳。

振り向くと将太だった。今までとは違う緊迫に満ちた表情である。

「お前、見えなかったろうなあの時。」

「見たって何が?大概にしろ。」

「じゃあ、淳には見えていないか。」明らかに動揺してる将太。

 

そんな異様な態度を取る将太に、淳はますます心配が増す。

「2階に幽霊がいたとでもいうのか?」

「いや、違う。2階には何にもいなかった。お前とは違って心霊は信じるので、声出しながら呼ぶのは凄く怖かった。でも、結局は何も起きらなかった。安心したぜ。で、お前らがさっさと帰ろうって言うから仕方なく家に戻ろうと決めた。」体が震え始める将太。そして、

「原付に乗って、ふとミラーを見たんだ。写ってたんだ!血まみれの親子三人の姿が!」

 

ひどく気が動転する淳。やはり幽霊はいたんだ。いつもと違う怯える将太を見て、自らを落ち着かせ尋ねる。

「で、そいつらは付いてきてここにいるのか?」将太は泣きそうな感じで言った。

「さっきからずっと和之と昇を睨みつけている。」

「はあ?本当にそうなんだよな?」

「本当なんだって!いつの間にか部屋にいたんだよ!怖くて・・!助けてくれよ!」

今までに見なかった将太に戦慄しながら淳は両肩を叩き、

「とりあえず、落ち着け。どうせ気のせいだ。何らかの錯覚かもしれない。」と諭す。

 

「じゃあ、部屋の中を見てみろ。」

将太に言われて覗いてみると、何と和之と昇がうなされる様に苦しんでいる。

「う・・。苦しい。助けて・・。」

「ごめんなさい、ごめんなさい。許してください。」

やはり幽霊はいたんだ。淳には見えなかったが確信してしまった。

「和之、昇!大丈夫か!明日にでもお祓いにでも行こう!」

涙目になる淳。すると、後ろからポンと将太が手を叩くと何事もなかったの様に和之と昇が跳ね上がり、

「あはははは!コイツやっぱりバカだわ!」狂うように笑い始める和之。

「この人、マジでウケるんですけど。アカデミー賞受賞モノだろ、俺の演技。」指さしながら笑う昇。

「和之、昇。お前らよくやった。コイツ、完全に騙されているの最高なんですけど。親子の幽霊が出るなんて俺の作り話。」

 

 

淳は理解した。将太らは初めから嵌めるつもりで、肝試しをしたのだ。元々心霊否定派だった自分をビビらせるために廃墟と化した診療所に連れ出し、迫真の演技で幽霊の存在を信じさせようと。

 

そんな淳をよそに3人にはまたもや騒ぎ始め盛り上がってる。無性に腹が立ち、将太らを睨みつける。

「お前ら、ふざけやがって!人がこんなに心配して!もう絶交してやる。」怒鳴りちらす淳に「わりぃ、わりぃ。確かにやりすぎたな。高校生活最後の思い出にと企画したんだが。まあ、これから近所のコンビニに買い出しに行く予定だが、気を取り直せよ。」となだめる将太だが、ふてくされた淳は「いいや、3人で行ってこい。」といい横になった。

 

3人が出かけた後、異様に遅いなと思ったら夜の1時。何かあったのかと不安になった淳は外に出た。

しばらくして10分くらい歩いただろうか。歩道にダンプカーが乗り上げている。周りにはパトカーが数台停まっていて、ビニールシートが敷かれている。

最悪の事が浮かぶ。警察官の証言で、その予想は当たった。

 

あの後、将太らは近くのコンビニに向かう時に横断歩道を横断しようとしたら居眠り運転のダンプカーに轢かれてほぼ即死だったとの事。

その話を聞いた時、心の底から恐怖というのが沸きあがってきた。

多分、自分だけしか気付かなかったんだ。

 

あの時、肝試しが終わった後原付に乗り、ふと診療所から視線を感じチラッと見たんだ。

 

 

 

 

 

 

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その後、逃げる様に故郷から出て進学した淳。これで終わりだと思ったが、そう甘くはなかった。

時折感じる誰かの視線。

部屋から聞こえるうめき声と奇怪な音。

そして極めつけは、寝ているときに見る、あの時の肝試しの出来事。永遠に忘れる事が出来ず、逃れられない悪夢。

あの、白装束の集団の中に将太ら3人も混じっている。そして彼に呟く。

「お前も早くこっちに来いよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実はというと、自分は廃墟が好きなのであります(ネットで見る程度)
昼はともかく、夜は行きたくは無いです。ハッキリ。怪奇現象が起きそうで。


話が変わりますがUA300突破して、驚いています。そしてレッド!さん。この作品を紹介してくれて大感謝の気持ちでいっぱいです!ありがとうございます。



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第七話 魔女の棲む集落

お久しぶりです。予想より長くなりました。申し訳ありません。
何気に令和初の投稿です。


沼田と戸坂。二人の青年を乗せた車は揺らしながら人気のいない悪路を進んでいく。

既に日は暮れ、曇天の空が覆っている。今にでも雨が降りそうな雰囲気だ。

 

「おい、戸坂。本当にこのルートで大丈夫だよな?」

 

「おそらく、な。」

 

「おいおい、お前がこっちで行けば安心って言ったからだろうが。」

 

「余裕、余裕。」

 

助手席に座った沼田はいら立ち始め、戸坂をギッと睨む。相変わらず能天気のまま戸坂は運転してる。

(早く、遠い所に逃げないと。警察の連中から逃れる為に。)

焦りの気持ちも生じる沼田。

 

 

 

そう、そのはず。彼ら二人組は凶悪強盗犯だったのだ。

沼田一成、戸坂和博。この二人は手当たり次第に他人の家に狙っては根こそぎ金品の物などを強奪していた。

今回は資産家の老夫婦の邸宅を標的に定め、侵入に成功した後は金庫を開けて現金を盗ったり、宝石類など金になりそうなのを回収していた。

 

そして、いよいよ撤収と思いきや運悪く老夫婦に遭遇してしまった。

だが、彼らには情がない。ロープで縛り上げたあと、所持していた金属バットで容赦なく殴打した。

「た、助けてくれ・・・。今週の日曜は遠くから来た孫らと遊ぶ予定なんじゃ・・。通帳差し出すから命だけは・・。」

必死に懇願して許しを乞う老夫婦。だが決して沼田と戸坂の心に届くわけではなく、攻撃を緩めようとしない。

「知るか、そんなの!俺らに関係の無いことだろが! 顔を見られたにはお前らを殺すしかないんだよ。」

とどめの一撃を差す二人。老夫婦の息の根を止めた止めた事を確認した後は素早く現金と金品類をトランクに詰め込み、邸宅を後にした。

 

 

悪路を進み、車体は大きく揺れる。沼田は不安げに景色を見る。苛立ちが加速し、おまけに気分も悪くなった。

運転している戸坂に今にも怒りをぶつけたい。確実に迷っている。

 

「ありゃりゃ、すまん沼田。迷っちまった。」

戸坂は一言放った後、停車した。今更かと睨む沼田をよそに辺りを見渡す。

「何だよ、この辺は。」

 

「どうだろうなあ。まあ、街の外れなのは間違いない。」

「そんなの、分かる!警察に捕まったら俺達ムショ入りなんだぞ!ふざけんな!」

あまりの能天気さの戸坂に沼田の怒りは最高潮だ。

 

「ちょっと誰かいないか見てくるわ。」

ドアを開けた戸坂は、探索を始めた。数分後、「ちょっと向こうに明かりが見える。お前もついてくるか?」

おいおい大丈夫かと不安な気持ちを抱きながら、沼田も降りた。

 

戸坂の後を追って小道を進んで行くと、前方に集落らしきものが姿を現した。

「すいません。」

戸坂がとある家のインターホンを鳴らすと、「はーい、財前ですが。」と若い女性の声が聞こえてドアを開けて顔を出してきた

如何にも上品らしさを備えた美人であった。

 

「はい、ご用件は何でしょうか?」

「いや、俺達ドライブしてる最中迷いちゃいまして・・。申し訳ございません。」

何食わぬ顔でヘラヘラする戸坂に対して、女性はにこやかな笑みで対応する。

「あらら、道に迷いちゃいましたか。それは大変な事ですね。」

「で、どうすれば、この辺から抜け出せるのか…」

 

戸坂が聞いてる最中に、ポツポツと雨が降り始めた。

雨か。ツイてねえなあ。早く戻って警察から逃れたい。沼田は焦る。

 

「あら、雨が激しくなってきましたね。お二人とも雨宿りしてください。とりあえず上がってくださいな。」

女性はドアを大きく開けて迎え入れてくれた。広々とした家の中は居心地がいい。

リビングルームで三人は話をしている。

「申し遅れました。私は財前弘美と申しまして主人と共に農家をしております…。」

 

本性をひた隠しにして、沼田と戸坂が談笑していると二階からこちらに降りてくる音がして二人の男の子が向かってきた。見た目は可愛らしく、小学生に見える。

戸坂は呑気に「とても可愛いお子さんです。」と弘美に愛想を振る舞う。

そんな事をよそに沼田は物思いにふけっていると、片方の男の子に服の裾を引っ張られた。

 

「お兄ちゃん達、どこから来たん?」

 

「ああ、俺達は道に迷って・・。」

 

赤眼様(あかめさま)に捧られちゃうの?お兄ちゃん達?」

 

「は?」

 

子供の発言に首を傾げる。赤眼様?

 

「しっ!何言ってるの!お客さん達に変な事を言わない!諒太!」

先程のにこやかな笑みとは打って変わって鬼の様な形相になった弘美は怒鳴り散らす。

その事にシンとなる諒太。

 

「あっ、そこまでしなくても。自分らはそこまで気にしてないので。」

なだめる戸坂。

「すいません。気分を悪くさせる事をしてしまいまして。」

頭を下げる弘美。そして「恭太、諒太。二階に戻りなさい。」

ササッと去る様に双子は二階へと戻っていった。

 

それからしばらくして、道を聞いた戸坂と沼田は一息ついた。これでいち早く警察の手から逃れられるという安心感が広がる。

「じゃあ、ありがとうございました。俺らは戻りますんで。」

礼を言って二人が立ち上がると、弘美は引き止める。

 

「待ってください。もう夜遅くなりましたし、ほら雨が酷くなってきました。お二人さん、疲れていそうですし、ここで一泊なされてはなりませんか?」

 

「えっ?」

 

「実はというと、部屋が一つ余っております。」

 

正直、帰りたくてしょうがない沼田。

 

「本当ですか?ありがとうございます! もう俺は長時間運転してて疲れていまして。」

食いつく様に喜ぶ戸坂。

おいおい、コイツ何考えてんだ?俺らの正体バレちまったらどうすんだよ。ほどなくして沼田は断る理由を考えるのを止めた。

 

夕飯をご馳走する弘美のおもてなしに飛びついて嬉しそうな態度を取る戸坂に呆れる沼田である。

 

 

「お前、何考えてんだ?俺らの正体バレたんだらどうすんだ?」

 

「えっ、いいじゃん。俺、長時間の運転でヘトヘトだったんだから。しかも向こうから言ってきてくれたし。」

 

「というか、俺は早く帰りたかったんだ。車はあそこにほっといたままだろ?」

 

夕飯までにと用意された部屋にて、沼田と戸坂は話をしている。

 

「それにしても、この家は広いなあ。」

 

「確かにな。」

 

「とりあえず、この部屋物色してみない? 何か金目の物があるかもしれないし。」

 

二人は手当たり次第、部屋中を物色していく。

戸棚と引出しを遠慮なく開けたりしていく。すると、戸坂が押し入れから何かを取り出してきた。

 

一冊のノートだった。異様な雰囲気に眉をひそめる沼田。

 

「何か書かれてる?」

 

「誰かが書いてる様だ。」

 

ノートにはこう書かれていた。

 

『一人旅をしてる最中に迷ってしまい、ここに来てしまった。この住民達は優しくて、温かい人ばかりだ。

だが、何かの秘密を抱えている様で怪しい。

 

みんな親身になって食べ物を提供してたり、しばらくここにいてもいいよと気遣ってくれる。だがニヤニヤと笑って企んでいる様に見える。

時には昼でも夜でも誰かのうめき声が聞こえる。怖くて確かめる術がない。

 

昨日、住民の一人が死んだ。私も見てしまったが、あれは殺されたに違いない。警察呼ぼうとしたら、住民らは一斉に睨みつけて「いいえ結構です。」と声を揃えた。妙だ。誰一人悲しむ者がいない。何しろ赤眼様に盾突く事をしたのから罰が当たったのだと。

皆、死体を埋めた後いつもの優しい人々に戻った。だが、もうここにいるのは嫌だ。

 

そして今日見てしまった。私は赤眼様という存在を。住民らが口封じの為かオノやらナタを持っている。

あれは何だったのか。人間では無いのは間違いない。

助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて』

 

ノートの最後のページには絵が描かれていた。黒いローブ姿に振り乱した髪。爪が異様に長く、顔の部分に札が貼ってあり、眼の部分が赤く描かれていた。

 

「何だ、これ?さすがにネタだろ。」

 

戸坂は面白そうにノートを読んでるが、その反面沼田は恐怖に慄いている。

 

「戸坂、このノートに書かれてる事はまさか・・。」

 

「冗談言うなよ。どうせフィクションなんだから。それより、腹減った。お前にあげる。」

 

ノートを渡され沼田はジッと見つめている。

しばらくして弘美が「主人が帰ってきた事やし、夕飯にしましょう。」と声をかけてきた。

喜んでいる戸坂について、沼田は絵が描かれたページを切り取って自分のポケットにしまった。

 

リビングのテーブルには豪勢な料理が並んでいて、既に数十人が集まっていた。

 

「主人も含めて近所の方々がお二人を歓迎をして、仲良くしたいと言ってます。一緒に楽しく夕飯を食べましょう。」

 

弘美が微笑ましい笑みを浮かべながら頭を下げる。

 

「いえいえ、どういたしまして。こんなに素晴らしい歓迎ありがとうございます。」

 

戸坂は満面の笑みで弘美とお喋りをしているが、一方で沼田は居心地の悪さをかんじていた。

 

それは、先程リビングに来た時の住民の自分達に向けられた視線がじっとりとしていたからだ。

まるで罠にかかった事を喜んでいる様な空気を感じてしまった。

むしろ自分達が強盗犯だとバレるより何らかの餌食にされそうな恐怖が勝る。

だが、戸坂はその事には気づいてはないようだが。

 

「ところでお二人方。夕飯にしましょう。」

こうして食事会が始まった。

 

戸坂は弘美とその夫である倫太郎と仲良く談話している。一方で沼田は住民らと適当に話をしている。

沼田は思った。コイツら普通じゃない。まるで異質な笑顔と纏わりつくような視線が注がれ、気持ち悪さが湧き上がっていく。

 

こうして時間は過ぎ食事会を終え、沼田は戸坂は部屋に戻った。戸坂はグッスリと眠っている一方で沼田は中々寝付けなかった。

ノートを眺めながら思った。あのイラストで描かれた化け物と住民らは深い関わり合いがあるには間違いない。絶対に自分らを何か利用していると。

「もう帰るぞ!」と言い放ち戸坂を無理矢理起こす。

 

「何だよ一体?急に。」

 

「あいつらおかしい!変な空気感じなかった?」

 

「落ち着けって。まだ疲れが取れてないだろ、お前。休ませてくれよ。」

 

「俺はここから出る。」

 

「おいおい、、マジか。」

 

「嫌な予感がするぜ!とりあえず脱出だ!」

 

逃げ出すと決意した後、財前家の人達は皆寝たのか家は静まり返っている。

 

「逃げるぞ、戸坂。」

 

「はいはい、分かりました。」

 

寝ぼけまなこであくびをしている戸坂。物音立てずに家から出た後はひたすら元の道に戻ろうと走り出す。

しばらくしてふと後ろの方を振り向くと、暗闇の中にゆらゆらと動く十数個の明かり。

 

「え、まさか?」

 

「連中だ。あいつら寝てたはずなのに。」

 

更に焦りが加速する。警察よりも、あの住民らに捕まった方が遥かに怖い。

 

と、その時先頭に立っていた戸坂がいきなり止まった。

 

「おい、どうした?」

 

焦燥感に駆られた沼田をよそに、無視したかみたいに目が虚ろになる戸坂。

 

「この野郎、車のカギ寄越せ。俺が運転してやるから。」

 

戸坂のジャケットのポケットを探ろうとした時、いきなり振り払われる。

 

「おい、何すんだ。」

 

 

 

怒鳴り散らす沼田。前方の方に何かがいた。

スーッと移動すしてくる。徐々に姿があらわになる。黒いローブ、ボサボサに振り乱した髪型、鋭利な爪、そして顔中に貼られた御札と、その隙間から発せられる赤い眼光。

そう、あのイラストの通り。

動転してるのと恐怖のあまり動く事ができない。

 

その異形の存在に操られる様に歩いて近づき始める戸坂。

至近距離になった途端、存在は戸坂の胸辺りを爪で突き刺した。ブッと血を吐いた後はカクカクと動き、次第に動かなくなった。

その後は、沼田に気付いたのか死体を放り投げる。

白目になり、青白くなった戸坂の体。

 

やはり沼田の予想通りだった。

この集落は異形の存在である魔女の力で繁栄していたいのだ。だが、その力を蓄えるには生贄が必要だったのだ。

そう、自分らみたいな部外者を対象に。

 

「あ・・・。」

 

ガクガクと震えが止まらない。恐ろしいモノを見てしまった。この赤眼様という魔女が目の前にいて、次は自分が生贄になる。警察に捕まるどころじゃない。

 

バーンと乾いた銃声が聞こえる。左足に激痛が走る。撃たれたのだ。もう逃げる術は無い。

 

「君達には悪いけど、赤眼様の生贄にはなってもらうよ。」

 

背後を見ると、溢れた光と人の中に猟銃を持ってニンマリとした笑みを浮かべて倫太郎がいる。

 

「お兄ちゃんら、赤眼様に捧げてくれてありがとうね。」

 

恭太と諒太がはしゃぎながら喜ぶ。

 

思いっきり髪を摑まれる沼田。魔女は赤眼を焼き付けながらニヤッと笑った。

 

月明かりの下、断末魔が響き渡るのだった。

 




感想・要望・ご指摘あればメッセージにでもどうぞ。


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第八話 福丸との想い出

すいません、かなり待たせてしまってすいません(土下座)
でも、夏に投稿できたのは良かったと思います。
ご都合主義ともいえる場面があるかもしてませんが、それでも良ければどうぞ。


とある地方の市。人口は2万人弱で、農業が基幹業だが近年の不況も相まって過疎化による衰退が激しい地域である。

そこに住んでいる中学2年の少年、石川修也は家族を夕食を食べた後、飼い猫である福丸を探しに外出していた。

 

福丸。白黒のオス猫で、修也が小3の時に学校からの帰り道の途中に段ボールの中に鳴いてたのを見かけてのをついつい家へと持ち帰ってしまった。

 

元々ペットを飼うのに猛反対してた両親に対して必死に自分が責任持って飼うと必死に説得した結果、何とか許しを乞うて飼う事を得た。

修也本人によって名付けられた福丸というオス猫はとことんやんちゃであった。

両親には噛みつく、家の中を走り回るという、正に利かん坊そのものであった。

 

 

この日も餌を与えた後、網戸をまたもや爪で引き裂いて外へと脱走してしまった。

既に夕暮れ時であり、早めに見つけなければと焦燥感に駆られた修也は自宅近辺を捜索していた。

 

(もう、アイツどこに行ったやら・・ 早めに捕まえないと。)

 

そうしてるうちに、雑木林にたどり着く。

周りに民家は無く道路は舗装されてなくより一層、寂しさを醸し出す。

 

「取り敢えず、探してみるか?」

なんて独り言を呟きながら、入っていきしばらくして(明らかにいないな、他の所にでも行こう。)

と思って引き返そうとすると、

 

ザザザ・・・

と草木が揺れる音がした。風ではない、誰かがいるのだ。

恐い気持ちがしたが、振り返ると黒のワンピースを着た女性が後ろ向きにうずくまっている。

 

「どうかしましたか?」修也はおそるおそる尋ねる。次の瞬間、身の毛もよだつ光景が湧き上がってきた。

 

女性は回転斬りをする様に体を半回転させる。左右の両手を思いきりふり上半身だけをまず回し、次に下半身を動かす歪な動き方で。

髪は長く顔色は薄い灰色で、唇は異常な程潤い、口端を釣り上げている吊り上げている。

目は焦点があっておらず、半分白目。明らかに人間ではない。

 

「ぎゃあああっ!」

悲鳴を上げ、逃げ出す修也。

 

「オホホホホ…… 待てぇ~。」

女性は不気味な声を出して追いかけてくる。

 

全力で逃げだす。捕まったら最後だ。

 

「待てぇ~。」

 

逃げてる途中もひっきりなしに声が聞こえてくる。

追いかけてくる! 必ず逃げ切ってやる!

修也は正に命がけだった。

 

道が次第に舗装路に変わっていく。

農道の様な場所だったので、この時間なら誰かいるかもしれないという希望を抱く。

 

と、その時

 

「捕まえた~。」

 

肩をガシッと思いっきり掴まえられる。

振り向くと、あの女が不気味な笑みを浮かべている。

絶望と恐怖でへたり込んでしまい、涙が溢れてしまう。

 

「ふふっ、これでお前は私の物だ~。」

 

もう駄目だ。これから死んじゃうのかと絶望した修也。

すると、どこからか「ニャーーッ!!」と叫び声と共に福丸が女の顔に飛び掛かる。

 

いつもとは違い、激しい怒りを感じる福丸が爪で引っかき時には激しく噛みつく。

 

「この野郎!!」

 

女は力ずくで福丸を引き離すと思いっきり投げ飛ばす。

 

「福丸!」

 

修也は駆けつける。幸い傷は深くなく多少の出血はあるものの、じきに止まりそうである。

何とか女から逃げ切る事に成功し、雑木林から脱出したのちに行きつけの駄菓子屋がまだ明かりが点いてるのを確認すると救いを求めて、必死に戸を叩く。

 

「どうしたの~? 猫抱えちゃって。」

 

心配そうな顔つきで修也と懇意の仲である駄菓子屋のおばさんは尋ねる。

 

修也は話した。

特に女性の容姿、そして福丸を傷つけられた事を話すと

おばさんは血相を変えて、

 

「修くん、今から知り合いのお寺に連れて行くわ! お父さんとお母さんには後で説明しとくから。ね!」

 

かなり強い口調で、目が本気である事からただ事ではない。

 

おばさんの車に乗せられて、しばらく経つと寺に着いた。

 

住職が迎えに来て、本堂に案内させられ、今までの事をありのままに話す。

怪訝な顔をする住職。そして、口を開く

 

「君が見た女の人は、この辺にいる、いわば怨霊そのものだ。彼女に見つかったら確実に行方不明になるんだ。」

 

住職の表情は真剣である。

 

「ま、まさか…」

 

恐怖に囚われる修也。抱えている福丸は落ち着いているのかゴロゴロと鳴らす。

 

「いわば、この世から消え去る。たまたま逃れられた人もいたのだが、数日後にいなくなった。執念深いんだよアイツは。」

 

「そ、そんな……」

 

「きっと大丈夫だから。出来る限りの事は尽くす。念の為、お経は唱えておく。」

 

お経を唱えたのちに、連絡を受けた両親が本堂に行き、涙を堪えながら住職の話を聞いている。

 

「修也君はこちらで預からせてください。ここなら、あの女の怨霊も手を出しにくいでしょう。良いね修也くん。」

 

両親と正にお願いしますと頭を下げる。

 

「出来れば、その猫もお預かりしてもらえないでしょうか?猫は魔除けになると言われてますし、何らかの力にもなるかもしれません。」

 

両親は少し困った顔を見せたものの、渋々承諾した。

それから、猫用キャリーバッグとトイレを用意させ、餌やりは修也に任せた。

 

「女の怨霊による被害者が失踪するのは、早くて2日後、遅くて4日後です。彼を護る為に、敢えて1週間はこちらで様子を見てきます。」

 

「これを修也に。」

 

両親は修也にお守りを渡す。

これから正念場。修也は覚悟を決めた。絶対にあの怨霊に勝ってみせる。福丸と共にと。

こうして長いといえる一日が始まった。

 

 

1日目。部屋に案内される前に助けてくれた駄菓子屋のおばさんがいた。どうやら住職から色々と事情を聞かされたらしく、修也を激励した。

 

「大丈夫だって。おばちゃんも応援しとるから。あんな幽霊、追い払っちゃえ!」

 

肩をポンポンと叩かれ、元気が湧いてくる。

その後、毎晩部屋に入る前には、必ず本堂で経を唱えるから、絶対に来るようにと忠告を受けた。

その日は、おばさんも経を読み終わるまで一緒にいてくれた。

 

部屋に通される。

部屋は本堂の近くにあり、何の特徴もない5、6畳の殺風景ともいえるものだった。

 

夜になり、何もやる事がないので取り敢えず布団に横になる。

 

「福丸、遊ぼうよ。」

 

福丸をキャリーバッグを取り出すが、いつもとは違う様子。

普段なら大暴れしてはしゃいでいるはずなのに、緊張感からか、威嚇してる様に見える。

 

(そうか、福丸も感じてるんだ。あの女に)

 

修也は不安な気持ちになる。その後は福丸を布団の中に入れて夜を過ごした。

 

2日目。朝ごはんを食べた後、住職に本堂で呼ばれた。

 

「修也君、2日目は特に気を付けた方がいい。最初に説明したどおり、被害者が消えるのは大体2日目。もし話しかけられても、無視するように。絶対喋るのもダメ。」

と念を押される。

 

福丸にも感じているのか?と尋ねたところ

 

「動物はたまにじっと見てたり、唸ったり鳴いたりする。おそらく見えてると思う。」

 

やはりとうなずくしかない。

 

夜の時間になる。福丸を布団の中に入れて、両手には両親から貰った御守りを握りしめて。

何故か眠れない。あの女が遂に来るかもしれない。冷汗が流れる。

福丸の方は寝息を立てながら寝ている。

 

その時、

ミシッ!ミシッ!軋む音が聞こえる。

住職が見回りに来たのかなと修也は思う。が、予想は違った。

 

「オホホホ…… 坊やはどこかな~」

 

あの女の声だ!あの時の恐怖感が甦る。

 

「逃げても無駄だから~ 必ず捕まえてやる。」

 

どうやら女は遠くに行ったり近くに行ったりと、本堂の辺りをウロウロしてるようだ。

 

探してるんだ、俺を。

体が震えだす。より一層が汗が噴き出る。

 

女の声が小さくなる。

 

「どこかな~」

 

諦めてくれたかとホッとしたの束の間

 

「ここかあ!」

 

声が大きくなり部屋に近づいてきた。

するとフーッと歯をむき出して、福丸が布団から飛び出す。

 

予め部屋にはお札が貼られており、安易には入れないはずだ。

 

「アハハハハハハ!」

 

女の甲高い声が響き渡る。一方の福丸も負けていない。「ウォォォォン!」

布団の中にこもりながら必死に耐える修也。両親からの御守りと、そして女に立ち向かっている福丸が支えの存在だ。

 

数十分たった頃だろうか。

 

「ギャアアアァ!!」

 

女の絶叫が聞こえる。耳を澄ますと経が聞こえてくる。住職が読んで加勢しているのだ。

その反面、福丸は決して怯むことなく唸り続ける。

そして、

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

という叫び声が聞こえた。

 

「もう大丈夫ですぞ、修也君。もしもの為に隣町から神主さんを呼び寄せました。」

 

襖が開き、住職と同時に烏帽子を付けた神主が登場してきた。

ゆっくりと布団から起き上がる修也。安心した。脅威は去ったのだ。

福丸は先程とは違い、大人しくなっている。

 

住職は話しを続ける。

 

「私の力で札を貼ったりお経を唱えたりしたんだが、ここまで力の強い存在だと思わなかった。だからこそ神主を読んだのです。」

 

表情は真剣である。

 

「あの女の霊ですが、あれは凄まじい怨念、もしくは憎悪というか。そういったものの具現化だね。いわば、凄い恨みを持った人間か、生きてる人が羨ましくて手を出した霊だろう。」

 

神主が話す。

 

「お祓いをうけましょう。助かって良かった。」

 

住職の頬には涙が伝わっていた。

 

神主によるお祓いを受けた後、家へ帰る事を許された。

翌日、福丸と共に帰宅した修也。久しぶりの我が家は安心感にまみれ、疲れを取る為に眠りにつく。

たまに福丸が構ってくれというのだろうか、時たま爪で引っかいたり噛みついたりしてきた。

 

「もう、何やってんだか。お前は。」

 

福丸の頭をなでる。ずっと一緒にいたいなと思うのだった。

だが、悲劇は訪れた。

 

翌年のある日、またもや家から脱走してきた福丸は道路に飛び出し、運悪く車にはねられ即死したのだ。

ショックだった。修也ら家族は泣き続けた。

家の隣にある畑の隅に埋め、墓を建てた。

 

 

 

それから、2年後。高校生になった修也は福丸の命日なので、墓を訪れていた。

花を供え、黙祷してきた。

(あの時は助けてくれてありがとう。ずっと忘れないからな。

黙祷を終え、家に帰ろうとすると、どこからともなくニャーと猫の鳴き声がしてきた。

 

何だと思ったら、白黒の猫。そう、福丸と瓜二つの子猫がすり寄ってきた。

 

(お前、また戻ってきたんだな。)

 

修也は子猫を抱えると帰宅するのだった。

 

 

 

 




夏といえば怪談ですよね。
動画サイトで、心霊スポット、心霊写真のとかを見ています(笑)

ここんところ、殺伐とした話を投稿していたので、感動できるようなラストを心がけて書きました。


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第九話 呪い武者と過ごす夜

どうも、お久しぶりです。まあ不定期投稿なのはしょうがないです。
今回は不安な所がありますが、宜しければどうぞ。


和泉俊一郎は東京から故郷の東北地方のへと車を走らせていた。

高校卒業から東京の大学に進学してから地元の志那備久(しなびく)村に帰省できて、胸を躍らせていた。

だが、数十年ぶりとあって記憶を薄れているのもあってやたらと時間がかかってしまった。

 

(もう、疲れてきたな。しばらく休もうっと)

 

長時間運転を続けてきたとあって休みたい気持ちになった。しばらくして国道沿いに休憩所があったのでそこで停車する。

そこには一台の車が停まっていて、近くにある自販機で一人の若者が缶コーヒーを飲んでいた。

その男を見て、俊一郎は見覚えを感じた。

 

(あっ、春木の兄ちゃんだ……)

 

春木玲。俊一郎と同じく志那備久村に住んでいた。2歳年上の近所のお兄ちゃん的な存在であった。

だが、玲ら春木一家は村の連中から村八分の扱いを受けて差別されていた。俊一郎も両親から「春木家に近づくな!」と厳しく忠告してきた。

それでも、俊一郎はバカバカしいと思い両親や村民の目を盗んで青木家へ転がり込んでは、玲と仲良くTVゲームをしたりして遊んでいた。

 

だが、ふとした事がキッカケで玲と遊んでいた事が周囲にバレてしまい、両親から手厳しく叱責されてしまった。

それ以来、家族らの厳しい監視も相まって玲と遊ぶ機会は失われた。

その後、玲の両親が交通事故で死んだのを機に、村民達から追い払われる様に玲は志那備久からどこかへと去るのだった。

 

「ああ、玲兄ちゃん。俺だよ、覚えている?一緒に遊んでいた俊一郎だよ。」

 

数十年ぶりの再会に嬉しい気持ちが沸きあがる。

 

「あ、誰かと思えば俊一郎か。久しぶりだな。どうした?」

 

「いやあ、高校卒業して以来、全然村に帰省してなからからさ、親に顔を見せようかなと思って。道順覚えてなかったから、かなり時間かかった。ところで春木の兄ちゃんはどうしてここに?」

 

「両親の墓参りに。あの村の連中に会うかと思ったが無事に会わずにすんで良かったよ。」

 

未だに玲は村人らに対する怒りが収まらない様だ。すると、

 

「お前の身に嫌な事が起こる予感がする。もし何かあったら俺の所に連絡してこい。」

 

玲は俊一郎に自分の携帯番号を書いたメモと清めの塩を渡す。

 

「ああ、ありがとう。気遣ってくれて。じゃあ、俺は村へ帰るから。」

 

再会の喜びを噛みしめ、玲と別れ俊一郎は目的地へと来るを走らせるのだった。

 

 

 

そろそろ村の入り口に近づくと思いきや、夜中とあって辺りが暗くなってきた。おまけに眠気が襲ってくる。

段々と雨足が強まった事もあり、一旦停車して睡眠を取り明日に運転しようと決める。

実家に連絡をする俊一郎。

 

「もしもし、母さん。もうすぐ村に着くけど、もう疲れて眠いし明るくなるまで寝とくわ。」

 

「それはしょうがないけど…。言っとくけど、何でもいいから窓が外から見えないようにしておきなさい。」

 

何でだと疑問に思いながらも、渋々窓の隙間に洋服を挟み目隠しをする。

前部座席を倒して、アイマスクを付けて眠りに付く。

 

どのくらい時間が経ったのだろう。ざぁざぁと雨音に混じって、ガシャガシャと何かが歩いている音がする。

 

(こんな山の中で…?一体何だ?)

 

と思いなが思いながら耳を澄ますと、それは車の周りを円を描くように動いている。

 

(動物かな?)

 

アイマスクを外す。うっかりフロントガラスに洋服で隠すのを忘れてしまったが、もう遅い。

次の瞬間、雷鳴が響き稲妻の光に照らされた”それ”を見て、恐怖感が走る。

 

甲冑姿をした男が睨みつけている。カッと見開かれて血走った目。その眼光からは明らかに殺意と憎悪から感じられた。

男は鞘から刀を抜き取ると、思いきりフロントガラスに向けて斬りかざす。

 

(この野郎!何しやがる!せっかくボーナスはたいて買った新車を傷つけやがって!)

 

割れたフロントガラスの破片が飛び散りながらも、持ち前の運動神経の良さで攻撃をかわし、運よくキーを入れてエンジンを起動させバックで急発進する。

 

「待てー!! 逃がさんぞ貴様!」

 

男が走ってるのをミラー越しに確認しながら、猛スピードで必死に村に向かう。

 

(何なんだよ、アイツ。明らかに俺を殺そうとしてた)

 

どのくらいは走ったのか。雨が止み夜明けが近づいてきた。

ようやく、村に着く。安心感が起きてホッとする。

 

実家にたどり着き、隣の空き地が駐車場に車を停めた。

歩いて家に向かおうとすると、「あら、俊ちゃん。どうしたの?」と地元の唯一の幼馴染の女性である長瀬舞が声をかけてきた。

彼女は地元の男性と結婚して、4歳になる息子を抱きかかえていた。

 

「俊ちゃん、どうしたの? 車酷い事になってるけど?」

 

怪訝そうな顔をして尋ねてくる。

そこで俊一郎が今までの事を話すと、より一層顔が青ざめていき、

 

「もう近づかないで… 呪われそうだから。」

 

わが子を強く抱きしめ、そそさくとその場を去っていった。

自らの体験により、深刻な実態になってると実感してしまい、不安な気持ちで実家に足を運ぶ。

 

玄関に着いた際、父である順太郎が真剣な眼差しで、

 

「お前、大丈夫だったか?何かあった様だが?まさか…」

 

と聞いてきたので、俊一郎はまた体験した事を話すと驚いた様子で、

 

「これは大変な事だ。忠光様に狙われている!」と声を荒げた。

 

忠光様。俊一郎は忘れていた記憶が蘇ってきた。そう、この村に伝わる恐ろしい伝承を。

 

 

 

時は戦国の世。武将椿忠光は敵将との合戦に敗れてしまい、数十人の家来と共にこの地に生き延びてきた。

村民達に事情を話して、どうにか忠光らは農民として匿われ生き延びる事が出来た。

ところが時が過ぎていく内に、村が敵将の支配下に置かれつつあり、このままでは自分らの身が危ないのではないかと思い村民らと企んで、ある事を決行した。

 

秋の夜長の日、忠光は村民らに招かれ、家来と共に宴を楽しんでいた。

忠光が、酒を大量に呑んで酔っていた時に、作戦は決行された。

 

「ぐはっ、貴様ら何を!」

 

村民、家来らによって体中を槍で突き刺され、血反吐を吐く。

 

「許して下され!俺達が生き残るにはこうするしか!」

 

家来の一人が刀を振りかざし、首を刎ねようとすると忠光は断末魔の叫びを上げて言った。

 

「貴様ら絶対許さんぞ!関わった者全て末代まで呪ってやる!」

 

こうして忠光の首を敵将に捧げた家来と村民らは何気にいつもの暮らしを送っていた。

だが、異変が起きた。

忠光殺害に携わった者たちが、毎日一人ずつ首なし死体として発見されたのだ。

 

これは忠光の祟りだと村中が恐れ、椿神社を建て祀られる事となった。

だが、巷ではこういう噂が流れている。

 

忠光の怨念は収まり切れず、夜な夜な村の辺りを彷徨い、その姿を見た者は確実に首を斬り落とされるのだと。

 

 

 

車の状態を見て、俊一郎は順太郎に押し入れに入れと命令され、入って待機する事となった。

しばらくして、舞を含めた数人の村民が順太郎ら両親と話し合ってした。

 

俊一郎は聞き耳を建てていると、

 

「まあ、忠光様に会ってはもう仕方のない事じゃ。俊一郎には悪いが生贄になって犠牲になってもらう。そうしないと村中に祟りが起こるかもしれんからの。」

 

順太郎の発言に俊一郎は恐怖よりも、裏切られ捨てられたという悲しさで涙を流す。

 

その後、全員が帰った後に俊一郎は二階にある自分の部屋にいた。

 

「取り敢えず、今日は一切家から出るな。念のためにお前の車の中に身代わりの人形を入れておいた。それで助かるかもしれん。」

 

と順太郎から忠告を受ける。

 

窓にカギをかけ、カーテンを閉め景色をシャットダウンする。家の中の電気を全て消す。これも命令された事だ。

 

 

しばらくして、外から車の音がするのでこっそりと覗くとおそらく両親が乗った車が反対側に向かって走っていた。

 

(自分らだけ逃げやがってこの野郎。)

息子を見捨てで逃げていく両親に怒りが湧いてくる。

付近の住民もどこかに逃げたらしく、何一つ人がいる気配がしない。

 

ただ静寂で不気味な空気が漂う。

 

そうして孤独に時間を過ごしてると、ガラガラと玄関を開ける音が聞こえてきた。

 

(誰かが助けに来たのかな?)

 

俊一郎は僅かな希望を託すが、次の瞬間打ち砕かれる。

 

「奴は・・・、どこだ!」

 

間違いない。あの忠光の声だ。

ガシャッ…ガシャッ…と音を立てながら、台所・居間といった1階を探索してる。

 

密かに音を立てずに俊一郎は自分の部屋のクローゼットの中に隠れる。

その後、二階に上がる足音が段々と大きくなり、近づいてくるのが分かる。

 

ギィーと部屋のドアを開けて忠光が入ってきた。

 

(イチかバチか…)

 

俊一郎はある賭けをした。

 

「そこかっ!」

 

忠光がクローゼットを開けて刀を振りかざそうとした隙に、俊一郎は予め持っていた懐中電灯の光を忠光の顔に向けた後、玲から貰った清めの塩を思いっきり掛ける。

 

「ぐわわっ! 貴様、何を!」

 

忠光が刀を落とし、もがき苦しんでいる間に素早く二階から降りて、全速力で家から脱出する。

 

とにかく、この村から逃げたい。と自分の車に着いたものの、逃げてる最中にキーを落としてしまい焦る気持ちが生じる。

 

(クソッ! せっかく忠光から逃れたのにこのままでは首を斬り落とされる。)

 

焦燥感が生じる俊一郎。すると、一台の車が接近してきた。

 

「俊一郎!早く乗るんだ。」

 

玲だった。俊一郎は後部座席に飛び乗る。

 

アクセル全開で村から脱出する。

 

遠くから「待てーー!」と忠光の恨めしそうな声が届く。

 

さっさとこの忌まわしき村から出たい。俊一郎はそう思ってた。

 

「玲兄ちゃん。助かったよ。おかげで首斬られずに済んだ。」

 

「何かお前の身に危ない事が起きるって予感がしたんだ。虫の知らせってヤツかな。」

 

助かったという安堵感でいっぱいの俊一郎に玲はある事を告げる。

 

「どうして俺らの家族が村の連中に村八分にされてたか分かる?」

 

「さあ?」

 

質問に詰まる俊一郎。

 

「それはな、()()()()()()()()椿()()()()()()()()()()。お前だけだよ、優しく接してくれたのは。」

 

ただそれだけの理由で… 両親を含めた住民達に怒りが湧いてきた。

 

 

遠く離れた、とある駅にて降ろされた俊一郎。別れ際に玲は物悲しそうな顔でこう言った。

 

「二度とこの地には戻らん事だ。あの連中どもは一切信用するな。俺は他用があるから、ここでお別れだ。」

 

 

東京の自宅にようやく着いたと思いきや、順太郎から着信が来る!

 

「お前、勝手に逃げてんだ! このままだと忠光様に祟られるじゃないか! まさか春木のガキに…」

 

速攻で電話を切り、その後着信拒否をする。もうお前らは親じゃねえと。二度と関わるかと俊一郎は心に誓うのだった。

 

その後、バレない様に密かに転居をして、休日を過ごしてテレビを見てると、あるニュースが流れてきた。

集中豪雨の影響による土砂崩れにより志那備久村が被災を受け、多数の死傷者が出たという内容だった。

だが、俊一郎にとっては最早どうでもいい事だった。

 

 

 

 

 

 




ちょっと小ネタとしまして、
志那備久→首無しのアナグラム、春木の苗字は椿→木春→春木というアナグラム
といったちょっと凝った作りにしました。

これからはハードルを上げていくので、期待に応えられるか分かりませんが、また次回。


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第十話 青龍さんと共に

お久しぶりです。今回は読んでくれた方に石を投げつけられるかもと覚悟してます。
それでもよければ(汗)


長野のとある山奥の村。そこは自然豊かな場所であったが、閉鎖的な土地柄であった。そして、その地ではある宗教の教えが盛んであった。

 

 

 

常に人間の心は汚く、淀んでる部分があり、それを浄化しなければならない。そうしないと死後の世界で苦しむ事になる。だが、青龍さんの儀式に参加すれば救われるのだと。

 

 

「ありがたや、ありがたや。今日も青龍さんのおかげで幸せな日々を送れてます。」

 

12歳の少年、橘恭太は居間の片隅に置かれてるある像に対して拝んでいる祖父の雷蔵と祖母のウメを眺めていた。

その像とは青い鱗、威圧感のある角、ギラリとした眼、鋭い爪。すなわち龍の姿である。

祖父母らはじめ、この村の全ての住民は家に像を置いて「青龍さん」と呼んで、毎日拝んていた。

 

閉鎖的な土地柄とも相まって「青龍さん」に対する村民の信仰心は異常な程厚かった。すなわち信仰心の薄い者やそぐわない者は敵とみなされた。

 

そんな熱心に拝んでいる祖父母をよそに恭太の母親である由紀恵は冷ややかな視線を注いでいた。

由紀恵はいわば横浜から嫁いでいた外部者であり、病気にかかり他界してしまった恭太の父親とは信仰の薄さの原因により、度々ケンカをしていた。

 

当然父親が死去した後、より一層祖父母と仲が悪くなった挙句に他の村民らにも邪見の如く扱われ、四面楚歌の状態になっていた。

 

 

 

そんな蒸し暑さ真っ盛りの8月のある日。恭太は趣味のスケッチを兼ねて村の近郊に湖を訪れていた。

その湖にはあの青龍が住んでいるという言い伝えがあった。

そんな言い伝えはどうでもいいと気にしなかった恭太はトンボや蝶といった昆虫や植物の絵を描いて楽しんでいる。

 

異変が起きたのは数十分後。

 

何かに見られてるような視線を感じて湖の方を見ると真ん中辺りが波打ってる。

 

(何だ…あれ?)

 

凝視してると、段々と激しくなり、やがて大きな影が現れたのだ。

赤いギラリとした眼、まさに「青龍さん」とそっくりであった。

一気に恐怖感が増し、全力で家に帰ってきた恭太は、一部始終を祖父母らに話すのだった。

 

 

「おおっ、それは本当か!目出度い事じゃ。こんなに早く青龍さんに浄化できるとは。運がええな、お前は。」

 

雷蔵は喜びの表情に満ちている。

 

「何するんですか。まさか恭太を……。」

 

「黙らっしゃい!由紀恵さん!これでより一層、恭太は青龍さんに近づく事は嬉しくてたまらん!」

 

青ざめる由紀恵を叱責してウメも祝福に満ちた表情である。

その後、祖父母と由紀恵の激しい口論が起きてしまい恭太はゲンナリするのだった。

 

 

その日の夜、二階の部屋で寝ていた恭太は静かに由紀恵に起こされる。

 

「しっ、恭太。静かに聞いて。パジャマの姿でいいから。声を一切出さずに家から出るわよ。」

 

もう由紀恵にとっては我慢の限界だったのだろう。恭太は薄々分かっていた。この村から出る事なのだと。

一緒に車に乗り、10分くらいたった。もうそろそろ村を出る予定である。

 

と思ったその矢先。車のブレーキがかかり急停止した。ウトウトいていた恭太は一気に目が覚める。

前の方を見ると、数人の村人が立ちふさがる。当然雷蔵とウメもいる。それぞれが懐中電灯を持っていたが、中にはナタや鍬を持っている者がいる。

おそらく家から出るところを祖父母にうっかりバレてしまったのだ。

 

「何勝手に村から出ようとしとるのだー!お前らは!」

 

「とにかく車から出やがれ!」

 

村人らは強引に車の扉を開け、由紀恵と恭太を引きずり出す。

二人は離れ離れになり、恭太は別の車に乗せられる。頭に袋を被せられ不安感が増す。

 

(お母さんは一体どこに? 僕は一体に何処に連れていかれるのだろう?)

 

次第に泣き出すも、誰も無反応である。

 

連れて来られた場所は、トイレ、布団、数日分の食料しかない殺風景な部屋。扉は固く閉ざされており、陽の光が僅かにしか入ってこない。

 

3日後、寝ている所を男らに起こされ手錠をかけられ、逃げられない様にか四方を囲まれながら歩いて行く。

 

「母さんは大丈夫?」

 

「一体僕は何をされるのですか?」

 

恭太が質問しても一切無視されるのだった。

 

着いた先はあの龍を見かけた湖。そこには沢山の大人が何かを唱えていた。深夜という事あろうか周りは静まり返った様子だ。

 

恭太自身はこれから何が起きるのかと不安になった。湖の前には怪しげな小屋が建てられていた。

高さは2メートル程で入口のドアには何らかの呪文が書かれて、気味悪さを醸し出す。

 

手錠を外され、ドアの前に立たされる恭太。すると隣にいた男が話す。

 

「これからはお前の心の中にある穢れと戦って、綺麗にしてこい。」

 

キョトンとなり困惑してしまう。

 

「では、橘恭太君。小屋の中に入り、自分の心の中の穢れと対峙し、青龍さんの所へ近づくのだ。」

 

言われるがままに、おそるおそる小屋の中に入る。

 

バン!と扉は閉まり、ビックリして後ろを見ると、さっきの扉が無い。

 

あるのは自宅の廊下と恭太の部屋へと繋ぐ戸だけだ。部屋に行き周りを見渡すと外から蒸し暑い太陽の日差しが差し込んでくる。

 

頭が混乱してくる。現在は真夜中のはずである。窓を開けようとするがおかしい。全く開けれないのだ。頑丈にロックしてる様でビクともしない。

 

廊下に戻ろうと思い、戸を開ける。やはりそこは自宅の家の廊下だった。

 

「お母さん!おじいちゃん!おばあちゃん!」と叫ぶ恭太。

 

すると座敷の方からゴソッゴソッと音がしたのである。何だと思い、こっそりと廊下を歩き襖に手をかけ、スーっと戸を引く。

 

そこには、湖で見たあの青龍がいたのだった。

 

目が合うやいなや、「ウゥ~~」と唸り声を挙げて近づいてくる。

敵対心むき出しにして恭太を睨み付け、鼻息を荒げている。

 

悲鳴を上げ逃げ出す恭太。絶対に食われてしまう。そういう恐怖感がこみ上げてくる。

 

本能だろうか。玄関に置かれてた青龍の像を発見すると、前に座り込み頭を下げる。

 

「助けてください!許してください!大変申し訳ございませんでした」と泣き喚いた。

 

すると後ろから追いかけた青龍が恭太の全身に絡みついてきた。ぬめりとした感触が伝わってきて、息が苦しくなってくる。

 

(もう、ダメか僕…)

 

そう思ってると、小屋の前にいた。元の世界に戻れたのだ。

村人たちの視線をたくさん浴び、混乱している。

すると、事前に話しかけてきた男が手を差し伸べて、

 

「おめでとう。お前はよくやったぞ。」

 

と先程とは違う優しい声を掛けてくれたのを皮切りに多数の村民らが大歓声をあげた。

 

「えっ?何ですか?つまり僕は。」と言葉が見つからない恭太に対し、男は

 

「この儀式によりお前の心は無事に浄化された。安心したまえ。」と答えた。

 

すると疲労感からか、強烈な眠気に襲われ、その場にへたりこんでしまった。

 

 

 

気付いた時は自分の部屋で起きたので、(また、あの世界に戻ってしまったのか!)と驚いたが、横には雷蔵とウメがいたので、安堵する。

 

あの儀式は一体何のかと問うと、雷蔵が答える。

 

いわば地元の守護神的存在である青龍への信仰心を試し、それを証明する事で、青龍によって対象となった者の心の穢れた部分を浄化してもらう儀式だと。

 

青龍は恭太を最初は信仰心が無いため喰らおうとしたが、最後で青龍さんの像へ敬う姿を見た為、認められ心を浄化してもらったのだと。

 

あの小屋の中は、自分の心の中の世界を繋ぐものだと、ウメが教えてくれた。

 

(僕の心の世界は家一軒か。狭いものか。)と思う恭太。

 

最後に気掛かりな事が。

 

「おじいちゃん、おばあちゃん。お母さんはどこにいる?」

 

あの夜の出来事での以降、全然会えてないので心細いのだ。

 

雷蔵が一呼吸置いた後、口を開く。

 

「母さんは青龍さんを侮蔑したのだから、裁きを受けた。お前はアイツを忘れるんだ。この先、会うことはないのだからな。心が綺麗になった分、また元通りになったらどうすんねん。」

 

この瞬間から、恭太から祖父母に対する情愛の念が砕け散り、そして村民らにも関わりたくないと思いを抱くのだった。

 

 

高校を卒業した後、恭太は東京へと脱出した。

村を出る時に雷蔵に「やっぱり、よそ者の子はロクなもんじゃねえ。」とネチネチ嫌味言われたが、別に気にもしなかった。

 

安定した職につき、結婚もして最愛の娘も生まれて充実した日々を送っていた。

 

ところがある日の事。状況が一転する。

恭太の住所に手紙が来たのだ。差出人は母親である由紀恵だ。

 

驚きと感動を抑えながら、内容を読むと8月中に村に帰省してもらいたいというのだった。それと結婚してる妻と娘にも会わせてほしいと書かれていた。

 

ここで疑問が生じる。なぜ教えてないのに自分の所在が分かったのか? 仮に興信所などで分かったとしても、どうしてこの先会えないと言われた母から手紙が届くのか?

確かに筆跡は母そのものである。

 

もしかしたら、祖父母らが母を装って村を招こうとしてるかもしれない。愛する妻と娘に手出ししたら許さない。

恭太は怒りに震えそうになる。

 

でも、本当に母が書いたのだったら会いたい。ジレンマが生まれる。

 

封筒には手紙の他に長野行きの高速バスのチラシが添えられていた。

 

 

 




いかがでしょうか。
この後の展開は読者の想像に委ねます(土下座)

すいません。リドルストーリーを書きたい憧れがありまして、思い浮かんだのが、この話であります(恐縮)

もしかしたら、今年度の投稿はこれで終わりかもしれません(恐縮)
時間があったら新作を投稿するかも。


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第十一話 血まみれの長谷川君

長らくの間、待たせてしまい申し訳ありませんでした。
ようやく心が立ち直って、書ける状況になりました。
今回はたどたどしい書き方になり、いつもより短くなりましたが、それでも宜しければどうぞ。


晴れて高校生になった松下康太。だが、彼の気持ちは相当に気が重かった。

何しろ入学先は、地域では底辺といわれる工業高校だった。

 

正に不良達の温床であり、授業が中断になるのは日常茶飯事、校舎のいたるところに落書き、廊下にはタバコの吸い殻が落ちてる、校門付近に暴走族のバイクがウロウロしているといったやりたい放題のところであった。

 

当然の様に康太の所属する機械科は不良が10人くらい混ざっており、たまったものではない。

その中で一番厄介だったのが、クラスの中でリーダー格である橘一志でった。

 

茶髪でピアスをかけた風貌で一際目立った橘は、授業中でも大声で喚いたり、勝手に席を立って不良仲間と共にどこかに行ったりと振る舞った挙句、他のクラスメイトにもカツアゲといった悪事も働いてた。

特に康太には、カツアゲに加えパシリにもこき使ってたので、橘は鬱陶しい存在であった。

反抗したかったものの、橘は地元の暴走族との深い繋がりが噂されていたため、何をされるかと怯えて鬱屈した生活を送っていた。

 

しばらくたったある日の事。

他校の不良との決闘があるとの事で手下と一緒に橘は学校を休みがちになっていた。

授業が落ち着いていた事もあり、康太は束の間の安心を得ていた。

 

ところが3時間目の途中に、血まみれの状態の橘が教室に入ってきた。

先生を含む全員が驚愕のあまり言葉を失い、異常な空気が流れる。

 

「おい、橘!どうした!何があったんだ!」

 

先生が聞いても、橘は虚ろな表情で「すみません、すみません。」とうわごとを繰り返すばかりである。

その後は、橘は保健室に送られ、家へと戻るのだった。

 

教室にいる誰もが、敵対している不良グループにでもやられただろうと思っていた。

だが、康太は違っていた。別の事で心当たりがあったのだ。

 

2日前、康太は一人で下校していた。

自宅へと帰る途中、通学路の田園風景が広がっている農道で橘ら不良グループを見つけたのだ。

 

バレない様に康太は物陰に隠れると、彼らは道脇に置かれてた地蔵に群がっていた。

じっくり観察してると、いきなり橘が地蔵を蹴飛ばし踏みつけのだ。

 

(何て事をしやがる、橘の野郎!)

 

怒りが湧いてきた康太は突っかかりたくなったが、多勢に無勢。何しろ橘の他に数十人の手下がいたので、グッと拳を堪えて我慢するしかない。

 

「いいぞ!橘の兄貴!どんどんやってください!」

 

手下らのエールに押されてか、橘は地蔵を持ち上げると、思いっきり投げ飛ばした。

激しい音と共に、アスファルトの地面に叩きつけられた地蔵は無残に破壊された。

 

「ヒャハハッ!ムシャクシャしてたんでスッキリしたぜ!」

 

橘はガッツポーズを決めると、バイクに乗って手下を従えてどこかへと消え去るのだった。

数分後、身の安全を感じた康太は物陰から出て、バラバラになった地蔵を憐みを込めた眼差しで見て、できる限り復元して供養する気持ちで合掌するのだった。

 

 

なぜ、地蔵が置かれる様になったのか。康太は両親から聞かされたこの場で起きた悲惨な事件を思い出した。

それは、18年間のとある夜中の事。親想いで優しい性格であった長谷川幸雄という高校生がバイトからの帰り道に運悪く暴走族に絡まれてしまって、凄惨なリンチを受けてしまい殺害されたのだ。

 

発見された時は、体中のいたるところをを殴られた挙句全身の血管がさけ、正に全身が血まみれたる凄惨たる有様の死体と化していたという。

 

その後は犯人である暴走族グループは逮捕されたものの、現場付近で血まみれの幸雄の幽霊を見たという証言が相次いだ。

彼の霊を鎮めようと、地蔵が置かれたのだ。

それからは、目撃情報が無くなり平穏な時が訪れた。

 

 

だが、橘血まみれ事件から2日後、康太と同じ高校の情報科に通うガールフレンドである岩永優希が泣きじゃくってパジャマ姿で康太の家へ乗り込んできた。

時刻は夜中11時。康太が「どうした?何かあったの?」と動揺してると、

 

「さっき、私の家のそばで橘が血まみれで突っ立てたのよ!」

 

と康太の両腕を必死に掴みながら、訴えてくる。

彼女が言うには、2階越しから目が合って、ニターッと笑いながらどこかへと去っていったとの事。

 

「本当か?あの橘の野郎が。冗談だろ。

 

と康太は半信半疑になったが、

 

「本当わよ! だって、この目で見たんだから!」

 

と尋常ではない迫力で迫ってくる優希に圧倒され、その後は両親を説得して彼女を泊める事にした。

優希の両親は仕事の都合で県外に出て不在であり、彼女の怯え具合を見て、より一層不安になった康太はその日は眠れなかった。

 

 

翌日、康太は優希と学校へと登校した。

教室に入ると、橘の手下らが青ざめた顔であり誰一人笑ったり騒いだりしない異様な雰囲気であった。

その内、学年主任の先生が来て手下ら全員どこかに連れていくのだった。

 

担任の話によると、早朝に橘が何者かによって暴行を受け死んだというのだ。

発見された場所は、あの地蔵が置かれた農道で鈍器のような物で、全身を殴打され血まみれの状態であり、死因は大量出血による失血死であるとの事。

 

この事件により、学校中は大騒ぎとなり警察が本格的に捜査を始めたものの、目撃情報や凶器といった証拠品が見つからず、迷宮入りするのだった。

一部の人らは、敵対してた不良グループ、暴走族もしくは暴力団がやったのかおじょかと噂されたが、康太の考えは違っていた。

 

優希と一緒に過ごしたあの夜、二階の自分の部屋でカーテンを閉める際、ふと下の方を見て震えてしまった。

 

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ぶっちゃけ、自分は地蔵が苦手です。(悪い存在だと思ってるが、何か近づきがたい)

最近はYou tubeでヤミツキテレビというチャンネルにハマっております。落ち着いた語り部としっかりと再現した演出がドツボです。

あと
・クロネコの部屋
・花子さんが寝る前に
・花子さんの怪談TV
・サリヴァンのトリハダ部屋
・新もっと知りたいワダイ
もオススメしときます。


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第十二話 ずっと待ってる

お久しぶりです。かなり5ヶ月も経ってしまいました。大変申し訳ございません(土下座)まあ、コロナ禍とかメンタルやられてた時期があった影響もあり言い訳がましくすみません。

今回も話が短いですが、それでも宜しければどうぞ。


夏の蒸し暑い日。気温は30℃を超えている。

蝉の鳴き声で、30代半ばの女性である高山梨乃は叩き起こされる様に目が醒めた。

 

(暑い。だるくてぼんやりしそう)

 

2階の寝室の窓から、自転車置き場の方へと目を向ける。

 

「順平、近くの池にでも昆虫採集にでも行ったのかしら。」

 

一人息子である順平は昆虫が好きなので、夏休みという事もあってどこかに遊びに出かけてる様だ。

 

(宏司(ひろし)さん、今日も帰りは遅くなるの?)

 

梨乃の夫である宏司は不動産会社を経営する社長である。彼女とはお見合いパーティーを通じて交際が始まり結婚に至った。

 

(何てカッコいい男性なんだろ!この人に決めたわ)

 

宏司をみて一目惚れしてましまい、話をしていく内に梨乃にとって千載一遇のチャンスであった。

 

 

彼女の生い立ちは悲惨なもので女好きでギャンブル狂であった父親に見捨てられ、梨乃は母親と貧しい暮らしを強いられた。

ボロアパートの一室で暮らし続け、学校に行けば貧乏さをネタにされイジメの対象にされた。

それでも梨乃は母に迷惑かけまいと、隠し続けて必死に勉強を続け県下で有数の進学校へと進んだ。

 

(絶対に、いい大学に入って豊かな生活を送りたい!)

 

心高い目標を掲げて、より一層勉学に励んだ梨乃だったが、高2の時に悲劇が舞い降りてくる。

 

高2の時に梨乃の母親が病に倒れ帰らぬ人となったのだ。

その影響で泣く泣く高校を中退せざるを得なくなり、働く事となった。

 

中卒という肩書のせいで周りからバカにされたり、時にはイジメを受ける事もあった。

それでも梨乃は挫けはしなかった。

 

寝る間も惜しんで資格取得に励みながらレベルを上げる事を惜しまない努力さのおかげで徐々に自信が付く様になってきた。

 

そんな時に同僚からお見合いパーティーに誘われて宏司と運命の出会いをするのだった。

 

 

不動産業の社長と結婚したとあって、今までコケにしてきた連中を見返す事が出来て正に幸せの有頂天。

だが、その幸福は長く続かず軋り始めたのは一人息子の順平を授かってから数年後の事だった。

 

いつもより宏司の帰りが遅くなってきた。飲み会、接待と言い訳したが何か怪しい。

時々、気付かれぬ様にコソコソと通話してる姿を見て、梨乃はより一層不信感を抱く。

 

そして隙を伺って宏司のスマホをチェックすると、衝撃の事実が明らかになる。

 

何と宏司は部下である久野由佳と浮気をしていたのだ。

二人のツーショットの画像を見て怒りを感じた。

 

離婚を考えたものの、社長夫人の肩書を失う可能性が高い。そしたら、また元の惨めな生活を送るかもしれない。

梨乃はとりあえず我慢する事にした。

 

 

(宏司さんは、あの女と一緒にいるのかな?)

ムシャクシャする気持ちが湧き上がると、外で車の音がする。

もしかしたらと思い、北の窓からガレージ方面を覗くと、どうやら宏司の車ではなく近所の住民の高級車だったのでガッカリした。

 

『梨乃、結婚しよう。君を幸せにする自信はたっぷりある。』

 

ドライブデートで山頂に行った際に、綺麗な夜景を前にプロポーズされた思い出が蘇る。

 

(あの頃の宏司さんは素敵だったなあ。あの女狐になんかに惚れちゃって…。腹立つんだから)

 

3人で家族旅行に行った事を振り返った時、玄関が開けられる音がしたので2階の吹き抜けから見下ろすと5人の小学生が入って来た。

 

(順平の同級生かしら。)

 

梨乃は「いらっしゃい。」と言い、1階へ降りようとするが、目が合った一人の女の子が泣き叫んだのを際に全員一斉に家から飛び出して、どこかへと逃げ去っていくのだった。

 

(挨拶もせずに、私を見るなり逃げるなんて失礼ね。)

 

ムカッとした梨乃は、夏バテの影響もあってかひと休みしようと寝室へと戻っていく。

 

 

 

梨乃の自宅近くの道で二人の女子高生が歩いてた。

二人とも、この閑静な住宅街に住んでるらしく各々カバンを掲げながら話してた。

 

「ねえねえ、この近くに曰く付きの豪邸があるの知ってるー?」

 

金髪のギャル系の容姿をした古市葵は、最近引っ越したばかりの眼鏡をかけた地味な印象を持つ森山俊子に喋りかける。

 

「えっ、まさか幽霊が出るとか?やだよ、そんなの。」

 

もともと怖がりな俊子は更に体を震えさせる。

 

住宅街の中心部にある公園のベンチに座った二人は、ひと段落した後に葵が事の真相を語りだす。

 

「あの豪邸に住んでいたのはやり手の不動産業をやってた社長が、奥さんと息子と一緒に幸せに暮らしたんだけどー。部下である若い女性社員と浮気に走ってー。」

 

俊子は固唾を飲む。

 

「ある日の夜、奥さんに内緒で人気の無い場所に車を停めてイチャイチャしてたところ、運悪く奥さんに見つかってしまい、気が狂ったのか隠し持ってた銃で旦那さんと浮気相手を射殺してしまったんだって。」

 

「うわー、なんて修羅場!」

 

動揺する俊子。

 

「奥さんがどうやら気が動転した様で帰宅した後、息子を風呂場で湯舟に顔を突っ込ませ溺死させたの。

で、自分自身は2階の寝室にて首筋を包丁で切って自殺したわけ。」

 

「わあー、グロいの超イヤー。」

 

「アタシが小学5年の時かな。その当時はワイドショーで大騒ぎだった。なにしろ2階の寝室が酷い有様でね。部屋中いっぱい血まみれで、奥さん目がカッと目を開いた凄い形相だったのよ。父さん刑事していて、

その事件を捜査してたから、詳しいの。」

 

「つまりは事故物件なのね、あの豪邸は。」

 

梨乃の邸宅へと指さし、俊子は怯えている。

 

「それからなのよねー。窓から恨めしそうな女の顔が見えたったいう噂が立ちはじめて。あと肝試しを行った小学生達がドアが勝手に開いた、女の声が聞こえた、足音を聞いただの色々と恐怖体験を味わってきたのよ。」

 

幸せな家庭を築いたはずが、夫が浮気に走ったせいで崩壊して一家もろとも死んでしまった後味悪い話。

 

「ゴメン、ゴメン。かなり怖がらせちゃったね。後でアタシの家に寄って一緒に海外ドラマ鑑賞して気晴らしよーよ!」

 

葵はポンポンと俊子の肩を叩くと公園を後にするのだった。

 

 

 

 

(ああ、暑い。夏は暑くて苦手。順平はまだ出かけてるのね、早く宏司さん帰ってこないかな。

愛しの宏司さん。あんな女と手を切って私の所に帰ってきて。ずっと私はこの家で待ってる。いつまでも。)

 

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今回の話は久しぶりに女性を主人公にしたのがあって、いつもとは違う感じで書いてた様な気がします。

最近はブルーオースをプレーするのがマイブームだったり。
それでは次回の更新はいつになるのか分かりませんが楽しみに!


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第十三話 封印されし忌まわしき記憶

お久しぶりです。何とか1月中に投稿できました。

今回は今までとは違うタイプの怖い話です。
後、以前の話に出てきたキャラが出てきます。

それでは、どうぞ。


池本大輝は、ごく普通の高校生。だが、一つの事を除いては。

 

それは、マフラーといった首に巻かれる物に異様に拒絶してしまう事だ。

テレビでマフラーやネクタイが映ると、速攻でチャンネルを変えたくなる、結婚式や葬式でネクタイを見ると眩暈がして倒れるといったひどい有様。

 

しまいには、高校受験の際に、第一希望であった地元のトップクラスの私立高校のパンフレットに載ってたブレザーの写真を見て、激しい嫌悪感と吐き気を覚えた。

そう、ネクタイに目に止まってしまった時点で。

 

その影響もあって、泣く泣くブレザーではなく学ランを制定してる公立の高校へと進路変更せざるをえなくなった。

 

自分が何故か首を巻く物に対して恐怖を感じるのかと、両親や兄に聞いても「知らない方がいい。」との一点張り。それでも何とか食い下がるものの、しつこいと怒鳴られる。でも大輝は感じていた。絶対何か真実を隠してるのだと。

 

ようやく事実が明らかになったのは大学1年の時で、ゼミを通じて仲良くなり恋人関係になった結城麻衣のおかげである。

彼女の父が精神科医をしてると知って、真相が明らかになると希望を持ち早速連絡を取り、病院へと向かった。

,

麻衣の父親である信介は、大輝から今までのいきさつを聞くとおそらく精神的な事だろうと言い、ある手段を提案してきた。

 

 

それは催眠によるもので、いわば退行睡眠によって明らかにするのだ。相当の覚悟が必要かもしれないと信介に念を押されたものの、大輝は受け入れる事にした。

 

退行睡眠によって一部始終をテープに録画する事になり、数時間が過ぎた。

 

誘導睡眠により、ほとんどのやり取りを覚えていない大輝は解けた後に、信介に問いかけたら辛辣な表情で「やはり言わなくては。」と答えた後、「いいですか、池本さん。私から言わせてもらうと相当のショックを受けるでしょう。思い出さなくてもいい部類に入ります。あなたの心を抉る様な闇を与えるものですから。」と真剣な表情で語る。

 

それでも諦めずに「はい。」と返事をした大輝はテープを譲り受けた。

 

 

自宅に帰宅した後、誰もいない事を確認し大輝はテープを再生するのだった。

 

15歳→12歳→9歳と退行催眠を行い、ようやく真相に辿り着いたのは6歳。

 

「大輝くん、貴方はマフラーやネクタイといった首に巻かれるのは嫌いですか?」

 

「もちろん、嫌いだよ。」

 

「どうして?理由を教えてくれないかな?」

 

「・・・。やだ。」

 

「どうして?理由は?」

 

「だって、怖かったんだものの。」

 

「大丈夫、私がそばにいるから。ありのままはなしてごらん。」

 

「あのね…」

 

6歳になった自分が語った事により、封印された記憶を思い出した大輝。

 

ある夏の日。父の地元である鳥取に家族と共に訪れていた大輝。

自然豊かな田舎にすっかり溶け込み、都会暮らしの大輝はたまらない環境だった。

 

狭いアパートでの部屋と違って、実家が純和風で土地が広い事に心が満たされていった。

 

そして何よりなのは、街角にあった駄菓子屋。

コンビニやスーパーとは異なる雰囲気に惹かれていき、店主のおばさんとすっかり打ち解けて仲良くなった。

 

躾が厳しくて厳格な性格の母と比べて、穏やかで温厚である正に正反対の性格であるおばさんにすっかり懐く様になった大輝。徐々に親しくなり、ほぼ毎日駄菓子屋に通い続けていた。

 

そんなある日、昼過ぎにいつもの様に店を訪れた大輝。

店内に入ってみたが、いつもとは違っておばさんがいない。

 

(あれ? 何かおかしいな?)

 

不審に思った大輝は、悪いとは思いつつ勝手に奥の部屋と上がった。

 

(おばさん、昼寝をしてるのかな?)

 

存在がバレない様に、足音を立てない様に忍び込んで行きコッソリと襖を開けたら異様な光景が広がっていた。

 

 

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そして、おばさんの背後には人相の悪い男がカッと目を見開き、力強く締め続けている。

その男を見て、ハッとした大輝は見覚えがした。

 

そう、その男は全国各地で二人組で連続強盗殺人を犯して全国指名手配されているひとりである沼田一成本人だったのだ。

 

思わず悲鳴を上げた大輝は急いで逃げ出す。

 

「チッ、ガキがいやがった!見られたには見逃す訳にはいかんな!殺してやる。」

 

威圧感のある声で、沼田が追いかけてくる。

 

店から飛び出しかのごとく、極限状態になった大輝は近くにあった納屋に入り隠れ込んだ。

急いで藁の中に潜り込んで、息を殺す。

 

数分後にバンと強く扉が開かれる。沼田が来たのだ。

 

「ここにいるかもな・・。必ず探し出してやる。」

 

殺気が籠った荒げた声をっ出した沼田は側にあったフォークを持ち、大輝が隠れている藁の山へと突き刺し始めた。

 

どうにかフォークから身を避ける大輝。いよいよフォークが足をかすり、もう終わりかと思ったその時、

 

「やばい! パトカーが近づいて来た。逃げるぞ沼田。」

 

焦る表情で、もう一人の指名手配犯である戸坂和博が沼田に迫る。

 

「畜生、もう少しでガキを仕留めるとこだったのに!まあ、いいか警察に捕まるのは勘弁だしな。」

 

沼田は戸坂と共に急ぎ足で納屋から立ち去る。

 

彼らがいなくなった後でもビクビクしながら固まっていた大輝は、現場に駆け付けた警察官達によって無事に保護された。

 

その後事件のショックで大輝はかなりおかしくなってしまって、ほとんど口を開かなくなる、夜中に突然大声で泣き出したりといった手に負えない状態となった。

 

1年後。あの忌まわしき事件は大輝の中では封印されたのだ。極度のストレスとトラウマによって心が破壊されるのを防ぐために自ら決めたのだった。

 

そして、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

事の真相を知って、パニック状態になる大輝。思い出した気持ちのショック、後悔、トラウマの元となった犯人を憎む気持ち、恐怖とかの色んな感情が溢れ出して大泣きしてしまった。

 

 

 

数日後、大輝はまた信介が勤める病院に向かう事に決めた。

 

カウンセリングによってトラウマを克服して前向きに生きようと心に決めて。

 

 

 




いかがでしょうか。今回は心霊的要素を排除したいわゆる「人間の方が怖い」
というメインテーマにして、意欲的に書いておきました。

次回もどんな話になるか、楽しみに待ってください。


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