最弱無敗の神装機竜 ~閃紅の彷徨者~ (The Susano)
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1章 閃紅の放浪者(レッド・ストライダー)
プロローグ(ユミル教国編)
サブタイトル『紅蓮の戦士』
アーカディア帝国とユミル教国を繋ぐ街道。北寄りのために秋でも外気は冷え込み、少量の雪が降った後がそこかしこに残っている。あいにくの曇り空だが、街道から外れた道にしては中々風情のある光景である。しかし、この場に風景を楽しむ余裕がある者はいなかった。
「お父様……!」
「さぁ、金目の物を全て出しな。そうすりゃ離してやるさ」
「くっ……!」
ここしばらく国境周辺の治安が悪いという噂は聞いており、特に周辺を警戒して帰還していた貴族の男だったが、護衛の1人が盗賊と繋がっており、さらに装甲機竜を使っているとは思わなかったのだ。
(しかし、遺跡へ干渉するには国からの許可がいるはず……。どこの者だ?)
娘を人質に取られたユミル教国の貴族の男は、葛藤で時間を稼ぎながら思考する。遺跡からは
故に、装甲機竜を得ることができるのは国だけになるのだが、実際問題として、目の前の盗賊は機竜を使って自分達に牙を剥いている。
と、ここで思考を変えて現状の打破に入る。これ以上は盗賊が痺れを切らす可能性があるからだ。馬車にいる使用人やに財貨や宝石の類いを集めさせ、盗賊が投げ渡した袋に入れる。その間に、娘を救出する策を練る。
(渡したところで素直に解放するとは思えん。ならば……)
そう考えると、袋を持って盗賊の元に歩く。相対する盗賊の頭も手下の9人を下がらせ、汎用機竜ワイバーンを纏ったまま貴族の娘を連れていく。そして、盗賊が袋を掴もうとした刹那―――、
「ふっ……!」
「何……!?」
盗賊が袋を掴もうとしたワイバーンの手は空を切り、貴族の男は袋を頭の左に向かって投げつける。突然の行動に驚いた頭は、すぐさまワイバーンを後ろに反らして袋を避ける。しかし、驚いた拍子に貴族の娘を拘束していた右腕が緩む。その気を逃さず貴族の男が娘を引き剥がし、抱きつきながら地面を転がる。そして―――
「今だ!!」
頭に向かって護衛2人と執事が纏った汎用機竜ワイバーン、ワイアームの持つ
これが貴族の男が考えた策である。人間誰しも、宝物を手に入れる瞬間は警戒心が薄れる。その隙を突いて娘を救出し、事前に打ち合わせた通りに護衛達が残った頭を銃撃する算段である。仮に頭が警戒して左右に避けたとしても、その際はワイバーンの腕部や脚部を銃撃して行動不能にする手筈だった。
娘を救出し、ほっとするもつかの間。転がり込んだ場所は、すでに汎用機竜ドレイクを纏った1人を含む残りの盗賊が集まっていた。さらに、
「クソが。無駄な足掻きしやがって」
銃撃を受けるギリギリでワイバーンの障壁が間に合い、ほぼ無傷の頭が威圧しながら悪態をつく。その目は生きて返さんという意思が見え、獰猛な雰囲気を纏っていた。
周囲を囲まれて絶体絶命の中、それでも貴族の男は諦めずに見渡す。最悪命を捨ててでも娘を逃すと覚悟し、
「やっちまえーー!!」
盗賊が襲いかかってきた刹那。
『!?!?!?』
突然の爆発に盗賊達が一斉に困惑する中、目を逸らした僅かな間に何かが通り過ぎ、貴族の親子が揃って消える。そして、貴族が乗っていた馬車の近くで
『Clock Over』
という音声と共に、貴族の親子が現れる。紅の鎧を纏った戦士に担がれながら。
その戦士はかなり異質だった。全体的にはスマートな体格をしており、頭部、胴体の大半、肩を紅の装甲が、水色の顔に、顎から装甲と同色の角が伸びている。腕部と脚部は、肘や膝などの大事な箇所に銀の装甲がついているが、大半が黒い衣類となっている。腰には銀色のベルトをつけ、その中心には奇妙な機器があった。
突然現れた紅の戦士に、護衛達は固まっていた。その場にいる全員が瞬きすらしていないにもかかわらず、突然現れた戦士が自分達の依頼主を救出したのだ。何が起こったのか、思考が追いつかないのも無理はない。
「2人を頼みます」
戦士はそんな状況を無視し、近くにいたワイアームを纏った執事に声をかける。声変わり途中のような声だが、女性の方は我に返って担がれた2人を受け取る。
戦士は盗賊の方に向き直り、悠然と歩いていく。盗賊の方は人質を奪い返されたためにいらだっていたが、戦士が1人で来たことで笑みに変わっていく。
「テメェバカか?もう不意打ちは通じねぇのに、1人で戦う気か?」
「その不意打ちにやられるお前らが言うか。そもそも、雑魚を相手にこれを使うことすらもったいないんだがな」
自然な口調で戦士が挑発した瞬間、盗賊達から怒りが沸々と湧いて来る。そんな中、挑発と分かっていて頭が声を怒らせて返答する。
「……俺達が雑魚だと?」
「ここで盗賊行為してる段階で否定できるのか?中途半端に力があるから、自分の強さに酔って見せびらかしてる―――」
「―――死ねぇっ!」
戦士の挑発にキレたのか、ドレイクを纏った盗賊がもう一丁の機竜息銃を乱射する。だが戦士は地面を転がって回避し、むしろドレイクに向かって機竜息銃に似たものを撃つ。それによって、ドレイクの左腕部と機竜息銃が破壊される。
破壊した瞬間に戦士はドレイクに迫る。盗賊はとっさに中型ブレードを出そうとするが、それよりも先に機竜息銃を片手斧のように持ち替えた戦士が右腕部を破壊。そのまま相手の背に回り込み、機竜の弱点である
その一撃によってドレイクは強制解除され、突然の解除に盗賊は投げ出される。それを戦士がキャッチすると、そのまま前に投げ飛ばす。盗賊は地面を転がりながら木に激突。死にはしなかったが、あまりの衝撃に気絶する。
それを見届けると、戦士はいつの間にかナイフのような武器を手に持ち、そのまま後ろを薙ぐ。
「がっ、あっ……!?」
それは後ろから襲いかかった盗賊の首を落とし、死体から血が流れる。気づいていたかのような流れる行動に盗賊達の腰が引け、ゆっくりと迫る戦士を見てとうとう逃げ始める。
「ああ、言い忘れていたが―――」
しかし、逃げ出し始めると同時に戦士が走り始め、あっさりと先頭に追いつく。そして走って止まれない盗賊3人を袈裟斬りにし、腹を捌き、心臓を突いて仕留める。
「誰一人、逃す気はないからな?」
1人一撃で仕留める戦士に、残りの盗賊達は恐怖に飲まれながら向かって行く。だが、狂乱状態で冷静な戦士に当てられる訳がない。1人だけ運良く生き残った者もいたが、後ろに飛んだにもかかわらず、戦士の強すぎる蹴りに気絶する。それ以外の者は、戦士の反撃にそのまま命を落として行く。
残りの盗賊を始末して残りは頭のみと振り向くと、ワイバーンに乗った頭が貴族の娘に襲いかかろうとしていた。
実は、戦士がドレイクと戦い始めたタイミングで、頭はワイバーンでワイアームの執事に突撃したのだ。当然護衛達も動くが、まだ乱入した戦士への驚愕が抜け切らず、出遅れてしまう。
そして、ワイアームの防御が間に合わずに幻創機核を切りつけられ、ワイアームが強制解除されたために貴族の親子が投げ出される。遅れて護衛が頭に斬りかかるが、頭は攻撃を躱して逆に護衛のワイバーン達を蹴り飛ばしたのだ。
自分に抵抗する相手がいなくなり、貴族の娘を誘拐するためにワイバーンの右腕部を伸ばすと、またも高速で何かが動いて右腕部を破壊していく。
『Clock Over』
音声が聞こえ、ワイバーンを正面に見据えた戦士が立っていた。嫌な予感がした頭が慌てて戻ろうとするが、動いた勢いは急に殺せない。そして、
「ライダー、キック」
『Rider Kick』
断罪の一撃が繰り出される。ベルトから流れるエネルギーが、戦士の角を経由して右足に溜まっていく。そして、突然現れたために防御も出来ず、エネルギーを纏った回し蹴りがワイバーンに直撃する。
あまりの衝撃にワイバーンが木にぶつかってその木をへし折り、さらに先の木に激突して強制解除される。頭もライダーキックに耐えきれずに気を失う。
「ある意味流石だな。油断も隙もない」
そう呟き、後ろにいる貴族の娘を見る。水色の髪にダークブラウンのコートを着ており、見た目の歳は10歳前後だろうか。まだ幼いながらも、将来には美人になると断言できる。その少女は戦士を見つめて呆然としている。
「えーっと、怪我とかはしてないよな?」
しゃがんでそう尋ねると、コクリと頷く少女。戦士は安心して立ち上がると、貴族の男が歩いてくる。武人なのか堂々と歩いており、近づくにつれて威圧感がましてくる。しかし、戦士はそれを正面から見返す。
「娘を助けてくれたことについては礼を言う。しかし、お前は何者で、なぜ私達を助けたのか聞いていいか?」
詰問調だが、礼と言うと同時に問いかける。確かに、盗賊に襲われている貴族を助ける物好きはそうそういないだろう。それが未知の技術を使われた戦士ならばなおさらだ。故に何らかのメリット、または下心があって行動したと考える。表情が見えない戦士は、男の顔を見ながら答える。
「通りすがりの旅人ですよ。声が聞こえたために気になって来ただけです。理由は……強いて言えば、どちらかが死んだら寝覚めが悪くなるから、ですかね?」
「……それを信じろと?」
「疑心暗鬼になるのも分かりますよ。ですが、動機は嘘偽り無く言ったつもりです。もし自分が必要無ければ介入しませんでしたし、事が済んだ以上は街道に戻るつもりでしたからね」
そう言われて少し考える貴族の男。多少なりとも威圧したにもかかわらず正面から返答するということは、本心を言っているのだろう。威圧感に慣れているのもあるが、感情論とはいえ一切声も震えさせずに言っているので可能性は低い。それに、この街道にいるということは、ユミル教国かアーカディア帝国に向かうつもりなのだろう。ユミル教国の武門の棟梁として、これほどの戦士を危険視しない訳にはいかない。また、道中をこちらは護衛の1人を失い、逆に盗賊の監視という手間が増えた状態で行く以上、警戒がどうしても甘くなる。
これらを踏まえ、貴族の男は威圧感を解いて返答する。
「お前は……いや、君は、これからどちらに向かう予定かね?」
「……ユミル教国ですが」
「そうか。……なら、君を護衛として雇いたいんだが、引き受けてくれないか?」
警戒不足や監視をまとめて解消するために、こちらの戦力として誘い入れる。ここからユミルまでは馬車で村などの休息を含めて4日、徒歩だと8日はかかる距離である。悪天候にも左右されるが、移動短縮というメリットがある以上、反応はしてくれるだろう。
「……お礼等ならいりませんし、見知らぬ者を雇ってよろしいので?」
「実は、先程ドレイクに乗っていた盗賊が護衛の1人でな。こちらとしても、欠けた分の戦力が欲しい。それに貴族として、命の恩人に礼の1つも無しでは礼節に反する」
戦力不足と礼節を含めた返答をすると戦士はその言葉に、(より正確には礼節という言葉に、)驚いた雰囲気を見せる戦士。想像すらしなかったような反応の後、俯いて考える素振りをすると、若干脱力して顔を上げる。
「私のような者で良ければ、そのご指名、受けさせていただきます。えっと……」
「ああ、まだ名乗っていなかったな。私はステイル・エインフォルクだ」
「では、ステイル卿と。私は、……って、まだ鎧つけたままだった」
そう呟いてベルトについた機器のレバーを引いて離すと、機器は宙を飛び回り、機器に吸い込まれるように鎧が消える。
そこに現れたのは、黒髪に黒いコートを着た少年である。娘と同い年程度の見た目に、ステイル卿は驚愕する。
「では改めまして。仮面ライダーカブトの資格者、ガレン・フェグラです。ユミル教国までの間、よろしくお願いします」
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1-2
一応3、4話で次に行く予定です。
サブタイトル『少女の面影と危機』
「要するに、そのカブトゼクターとやらは自ら持ち主を決めるということか?」
「そうですね。突然現れたと思ったら周囲を飛び回って、いきなりベルトを渡してきましたから」
次の街に向かうまでの間、ガレンはステイル卿からの質問に答えていた。それは、ガレンが変身に使っていた機械――――カブトゼクターをなぜ持っているかである。
小さいながらも飛び回り、資格者に応じて鎧を展開し、ある程度意思を持つ。これだけで遺跡の産物と簡単に分かる。
だが、なぜガレンの元に現れたかは本人も分からないのだと言う。
「『
「おそらく。ただ、あった遺跡限定かもしれませんし、他の遺跡にないとも言えません。……ところで、何で睨まれてるんですか?」
視線の先にいる先程助けた少女――――名前はクルルシファーと言うらしい――――がいた。馬車の中で本を読んでいるように見えるが、時節向けてくる視線に警戒が混じっているのだ。
「助けられたとはいえ、君の力を警戒しているのだろうな。打ち解けにくいだろうが、慣れてくれ」
「まあ、助けたタイミングの悪さもありますからね」
盗賊に襲われる中で見知らぬ戦士に助けられるなど、どこの英雄譚だと言いたくなるようなタイミングだったのだ。命を救われたとはいえ、胡散臭いと思うのは当然である。
世間話をしながら夕暮れ時に村へ到着する。縛られた盗賊を警備兵に引き渡し、今晩泊まる宿屋に向かう。
(初めての護衛依頼だ。ある程度信頼されたことだし、頑張りますか)
そう考えて、ガレンはステイル卿について行った。
日が沈んで月が昇る時間に、ガレンは宿屋の庭にいた。ここで訓練をする人もいるのか、庭というよりもちょっとした運動場のようである。月光と窓からの光が周囲を照らす中、ガレンは木剣で素振りをしていた。普段なら鍛錬中ということで無心で行うのだが、今回はむしろ雑念を振り払うためにやっていた。
(なんでっ!同じ部屋にっ!するかなっ!)
その訳は、夕食が終わった後のことである。パッと見るとただの旅人であるガレンが、貴族レベルの丁寧なマナーで食事をしたことに驚かれた点以外は和やかに食事は終わり、泊まる宿屋の部屋に通された。おそらくもう1人の護衛と一緒なのだろうと思い、2つあるベッドの片方で横になっていると、入って来たステイル卿からとんでもないことを言われた。
「悪いがクルルシファー。今日はこちらで休んで欲しい」
「えっ?」「へっ?」
クルルシファーとガレンが思わず同時に声を出す。それは、自分達の聞き間違いかと考えたが故の声である。
「えっと……。聞き間違いでなければ、クルルシファー嬢と私が同室するように聞こえましたが……」
「確かにそう言ったな」
「……何故か理由を聞いても?」
頭を抱えたくなるのを堪え、理由を問うガレン。護衛のためとはいえ、年頃の男女(しかも男の方は身元不明)を一つの部屋にするのはどうかと思うだろう。
「大半は護衛のためだ。時期の影響か、客が多くて2部屋しかない。しかし、護衛を切り離すと緊急時に対応が難しくなる。だからこそ行動を示し、年の近い君に護衛を頼みたいのだ」
それに、と言いながらクルルシファーに視線を向ける。
「普段は無関心なこの子が、警戒とはいえ人に感情を向けるのは珍しいからな。少しは打ち解けてほしいというだけだ」
(おいおい……)
利点があるとはいえ後者が大部分であろう決定に、なんとも言えない表情のガレン。クルルシファーは納得できないのか、ステイル卿を説得しについて行ったがおそらく決定事項についていく。ふと、美少女と同室になるという邪な方に思考が寄っていったので、雑念を振り払おうと木剣を片手に宿の庭で鍛錬を始めたのだ。
「ハァ……ハァ……、とりあえず、こんなもんか」
素振りと幻闘法(仮想敵を想定し、自分の行動を対処された時にどう動くかの鍛錬。先読みの訓練になる)を終え、ある程度回復すると部屋に戻る。これ以上やると依頼に支障が出そうだからだ。
部屋の鍵が開いていたので、クルルシファーが先に戻っている(鍵を渡しておいた)と分かり、ゆっくり扉を開ける。
何気に旅の疲れが大きかったのか、若干ウトつきながら本を読んでいた。それでも緊張を解かずにいるあたり、まだ警戒しているようだ。
「じゃあ、先に寝てるから。明日も長旅だろうから、ほどほどにして寝ろよ」
警戒を解かせることも兼ねて、軽い口調で注意しておく。すると、
「……あなたは、何で私を助けたの?何の関わりもないはずなのに」
クルルシファーの声と問いかけ。その問いかけに、ガレンの目にとある光景がフラッシュバックする。自分が弱かったために起こった後悔と、自らに立てた誓い。普段はこの感情を封印しているが、今なおガレンの心を蝕んでいる。
「……自分の力が届くなら、人に死んで欲しくない。ただそれだけだ」
幾分かトーンが落ちた声で返答する。できる限り普通に返答するつもりだったが、僅かに感情が漏れてしまったのだ。
クルルシファーからの複雑な視線を感じながら、ガレンはすぐに動ける状態のままベッドに入った。
護衛の依頼を引き受けて早3日。大した事件もなく、ユミル教国に辿り着いた。変わったことと言えば、クルルシファーが時々話しかけてくるようになったことである。心境の変化はさておき、警戒心が薄れたのはガレンにとって嬉しいことである。
入国手続きを終え、エインフォルク家の屋敷の前に到着する。これで依頼は完了のはずだが、そこでステイル卿に引き止められた。
「これで依頼の方は完了だが、これから君はどうするのかね?」
「しばらく町に滞在しますが、町の散策や路銀稼ぎですね。まだ余裕はありますが、多くて損があるわけでもありませんから」
ガレンがそう答えると、ステイル卿が一枚の手紙を手渡す。入国手続きでの対応や屋敷の規模に、エインフォルク家が貴族の中でも上位に入ると察していたガレンは丁寧に受け取った。
「もし軍に関わる依頼を受けたなら、それを見せるといい。『巡礼祭』の時期ゆえに、護衛依頼もあるだろうからな」
「ありがとうございます。なるほど、お聞きしたことはありますが、町が慌ただしく感じたのはその影響でしたか」
『巡礼祭』とはユミル教国での祭の一つなのだが、一般的な祭とは異なっている。この祭は教皇や司教などが神と縁のある地へと歩く巡礼を行う儀式でもあるため、祭そのものに教義的な意味があるのだ。
なお、巡礼をする聖地のひとつは遺跡の近くにあるために護衛も多く同行する。ステイル卿が手渡したのは、護衛時にガレンの実力を保証するものなのだ。
エインフォルク家に別れを告げて手頃の宿に荷物を預けると、ガレンは散策に出かける。祭りの屋台で買い食いをしながら、求人依頼のある掲示板に向かう。人の賑わう道を歩きながら、ふと聖都に着いてから目に付いていた建物を見る。
(面白そうだし……、ちょっと寄り道して行くか?)
そう考えると、ガレンは道を外れて一際目立つ白亜の城へと向かう。近づくにつれて、歴史を感じさせる意匠の凝らされた神殿の荘厳な雰囲気が伝わってくる。アーカディア帝国の豪華絢爛さとは真逆の雰囲気が感じられた。
「しかし、近くで見ると改めて凄く感じるな。いつ造られたんだ?」
図書館に歴史書でもないか探そうと予定を決め、掲示板に向かおうと歩き出すと、近くの路地裏にローブを着た2人が入っていくのが見えた。普段なら無視して行く所だが、信徒のローブを着ているなら話は別である。
(スラムの奴ならまずローブを着る余裕はない。貴族の密会なら屋敷や酒場でもいいはず。なら……)
そこまで考えると、ガレンは足音を殺して後をつける。師匠からお墨付きをもらった歩法は靴を履いていてもほとんど音を立てず、カブトゼクターに誘導されながら相手を探す。
そして、ローブの2人が仲間と話している通路の角に隠れて聴くと
「では、クルルシファー・エインフォルクを遺跡に連れ出せば、深部への扉が開くのだな?」
「ああ。まだ子供だが、それだけの力を持っているらしい」
(!?!!??!)
いきなりの爆弾発言に、ガレンは驚きで声が漏れかける。慌てて口を塞ぎつつ、ついでに気配も消して話を盗み聞く。
「しかし、ステイル卿も愚かよな。養子とはいえ赤の他人、さっさと利用してしまえばいいものを」
「全くだ。だがそのおかげで我々にも利が転がってくるのだ。ここは素直に喜ぶとしようではないか」
「はは、その通りだな。利用した後はこちらの自由にしても?あの娘を種馬に子を成せば、その力を持って生まれるやも知れん」
「その話は後に。今は目先の利益だ」
会話に苛立つ感情を殺して聞き終え、通路の反対に行く様子を確認すると、今の自分に打てる手を考える。
エインフォルク家に伝えるのが最良なのだが信じてもらえるか怪しい上に、仮に信じてもらえたとして下手な行動でバレたことが伝われば、混乱の真っ只中で攫うか、作戦を変更してさらに厄介なことになる。
こちらの利点は、相手の計画の一部を知ってることである。しかも、攫う対象が分かっていることが1番大きい。となると、自分に打てる手は一つである。
そこまで考えて、ふと何故自分が関わるこが前提なのかと思い始める。普通なら当事者達に伝えて関わらずにいるのが自分にとっての最善なのだ。しかし、今自分は疑うことなく関わろうとした。
「……似てるからだろうな、あの時と。さて、掲示板に依頼があるといいけど」
そう呟くと、今度こそ掲示板に向かって歩いて行った。
1年越しにようやく復活です!!
……とはいっても、前回と比べると投稿する頻度は大幅に低下してますけどね。
今回は完結させたいです……!
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1ー3
サブタイトル『模擬戦と戦いの幕開け』
「よく集まってくれた、腕に自信のある戦士達よ。早速で悪いが、君たちの実力を知るために模擬戦を行ってもらう」
(ホントに早速だなぁ、おい!)
護衛依頼があったので受付で受ける旨を伝えると、受注手続きを行いながら明日の朝にもう一度来て欲しいと言われ、宿で一泊して指定された時間に間に合うように掲示板に向かった。
そして、護衛依頼の招集を受けて案内された近場の広場にて、突然の模擬戦になったのである。(ちなみに、ガレンを除いて大半が見た目で傭兵上がりと分かるような人ばかりである)
「この模擬戦は君達の役割を決めるために行うものであり、勝敗の有無は依頼の評価には関与しない。しかし、実力あるものには相応の役割を与えることを約束しよう。また、幻神獣との戦闘を考慮するため、装甲機竜での戦闘とする」
試合は申し込んだ者の番号をシャッフルして選ばれるらしく、呼ばれるまで広い部屋で待機らしい。
部屋に着くと、役割〜の辺りから一斉に雰囲気をガラリと変えた大半が談笑をする中、残り僅かの戦士は自分と相手の力量を測りながら最善を模索する。
(自由に行動するには遊撃になるのが1番。問題はどうやって遊撃に選ばれるようにするか、か……)
幸いにも機竜での模擬戦のために勝つこと自体はおそらく難しくない。ただ、クルルシファーの件を解決するためには、ある程度の実力を見せつつ自由に動ける役になる必要がある。
どうやって立ち回るかを模索していると、
「何だ何だ?ここはガキがいる場所じゃねえぞ。さっさと帰って家に閉じこもっていやがれ」
(予想しないでもなかったが、どこにでもいるんだな。こういう輩は)
部屋で待つ人の中で、おそらく最年少だろうガレンに絡む男。仄かに酒の匂いがするところから、前日まで呑んでいたのだろう。だが、当のガレンは全く取り合わずに無視している。ここにくる前の経験則から、下手に相手をせず放って置けばいいと知っているからだ。
この対応に、絡んだ男の顔が真っ赤になる。酒の影響もあるが、まだ子供のガレンに無視されたことに我慢ならなかった。
「無視してんじゃねぇぞ、クソガキィィィイ!!」
叫びながら殴りかかる男を冷静に見据え、躱しながら部屋の空いた場所を探してそこを背に男を正面から睨む。躱されてさらに激昂した男が、追撃するために向かって行った結果、
ほとんど動かずに立っているガレンと、盛大に転倒して壁に激突した男の構図が出来上がった。ガレンが拳の軌道を見切って躱すと同時に足を引っ掛けたのだが、思いのほか勢いがあったためにそのまま部屋壁まで転がって行ったのだ。
ガレンが殴られることを予想した者は唖然とし、注意深く見ていた者はガレンの立ち回りを警戒する。すると、係員が呼び出しに来た。
「13番の方と9番の方、模擬戦を始めますので闘技場に。そちらの方はどうされましたか?」
「酒の酔いでも残っていたのでしょう。ふらふらと壁に激突していきましたよ。あ、13番です」
お前が言うかという雰囲気が漂うも、ガレンが足を引っ掛けたの視認できた人は少なく、ガレンが堂々と言うために見えた人も何も言えないという状況が出来上がった。
それらを無視し、係員の案内で機竜格納庫に移動する。そこには、ワイバーン・ワイアーム・ドレイクの3機の汎用機竜が並び、ある程度の武装も揃っていた。反対側は演習場になっているようだった。
「どの機竜を使いますか?要望があれば、武装も加えられますが」
「ワイバーンでお願いします。武装は機竜息銃2丁、大型ブレード2本、
近接、遠距離、搦め手に使う武器を頼むガレン。銃と剣が2つずつなのは、双剣または双銃として使うことを考えた結果である。武器を装備し、乗り込んで違和感なく使えることを確認すると、係員に準備完了を伝える。
「それでは、開始の合図まで舞台でお待ち下さい。幸運を祈ります」
そう言って格納庫を出る係員から目を離し、ワイバーンで飛翔する。障害物のない円形のフィールドには、すでに相手は来ていたのだが……。
「今度は手加減抜きだ、さっきのまぐれが何度も続くと思うなよ……!」
なんと、先程の絡んだ男が相手である。しかし、手加減抜きというのは本当らしく、大型ブレードを構えて油断せずにしっかりと相手を見据えている。ガレンもまた、大型ブレードを正面に構えつつ左手に持つ機竜息銃を牽制するように向ける。
『それでは始めて下さい』
開始の合図がかかった瞬間、互いに相手に向かって突進する。大型ブレードの激突音が響くが、鍔迫り合いは起こらない。ブレードが激突した瞬間に、ガレンが弾く力を利用して男を飛び越えたのだ。
「な、何っ!?」
慌ててガレンを追う男だが、がら空きの背後に機竜綱線を相手のワイバーンに気付かれないよう巻きつけたガレンは、相手の動きに合わせて後ろに回り込む。
男がガレンを見失った瞬間、試合開始直後から充填していた機竜息銃で強襲する。男が後ろに打つために機竜息銃を出そうとすると、ガレンは機竜綱線を巻き戻して後ろに引っ張りあげる。巻き戻しながら大型ブレードを構え、接近するワイバーンの幻創機核を斬りつける。
開始から僅か30秒。そこにはワイバーンが解除される光景と、あっという間に終わったために呆然としている男が残された。正に開幕からの速攻である。
「おそらく、あんたは腕っ節もあって戦術も考えることができたんだろう。あんたは油断したから負けたんじゃない。会った時に俺をガキと侮ったから負けたんだ。今度は人を見る目を鍛えるといい」
ガレンはそう言って演習場から去って行った。説教くさい言葉になったが、一方的に叩き伏せられた相手からの忠告を聞けないならば、そこまでということである。
この1戦が広まったのか、この後の相手の一部は搦め手も使って勝ちに来ようとしたが、斬り伏せ、銃撃し、罠を掛け返し、結局1度も負けることなく、ガレンは全ての模擬戦を終えた。
「それでは、こちらでお待ち下さい」
模擬戦を終えて当日の配置が発表される中、ガレンだけは別の部屋に通された。普通の人なら不安そうに何かやらかしたかを思い返すが、ガレンは心当たりがあり過ぎるために返って開き直っていた。なにせ、その場にいた傭兵達に1対1とはいえ全勝したのだ。むしろこうならない方がおかしい。
待つこと数分。出てきたのは、模擬戦を行う宣言をした貴族である。
「個人で呼び出してすまない。私はウェイン・ギザルト、ユミル教国の軍事を司る者の一人だ」
「ガレン・フェグラです。前置きはいいので本題をお願いします」
模擬戦に全勝した以上は失格になることはないはずなので、たとえ遠回しであっても言われることはすぐに想像がついた。
「そうか、ならすぐに済ませよう。君は何をしにこの国へ?」
「観光と資金集め、後は修行ですね」
「先ほどの装甲機竜による戦闘は?あれほどの腕ならば、噂になっても不思議ではないが」
「父親と師匠に仕込まれました。噂については知りませんが、護身術として学んだことをある程度機竜に反映しています」
その後、いくつか質問をされたところでガレンがウェインの真意を言い当てる。
「いい加減、腹の探り合いは辞めません?聞きたいのは、私がこの国に対して害があるか否かでしょう」
「……分かっていたか。しかし、こちらとしても判断材料が少な過ぎる。君が嘘を付いてこの国に仇なさない確証がない以上、素直に信じる訳にもいかなくてね」
その辺りで、ガレンはため息をついて一通の手紙を取り出した。自分の実力を図るために出すつもりは無かったのだが、こうなれば仕方がない。
「ならば、この手紙は判断材料になりませんか?」
そう言って渡された手紙を開くと、驚いてガレンの方を見る。エインフォルク家が実力を保障した手紙なのだから、信じられないのも仕方ない。
「……確かにこれなら信じられる。一応確認をとっても?」
「返してもらえるなら構いませんよ。元より模擬戦を回避するために出すものでしたから。実力を示すために出しませんでしたが」
下手に誰かを融通すると少なからず軋轢が生まれて厄介なことになるため、実力で試験に合格して手紙は起こった問題を対処するために保存する予定だったのだが、まさかこれほど早くなるのは想定外である。
「さて、これで要件は終わりですね。配置と日付はどうなってますか?」
「ああ、君の役割は遊撃だ。戦いぶりからどこに配置しても戦果を挙げられると判断されたからね。集合は2日後の朝だ」
よろしく頼むよという言葉に会釈をして通された部屋から退出する。
図書館に向かう道中、ガレンは内心でガッツポーズをしていた。現状で最も不確定だった遊撃に決まったため、ある程度の自由行動が可能になったからだ。これで勝手な行動をしたとしても理由をつけて誤魔化せると、ガレンは顔がにやけそうになっていた。
ここだけ聞くと悪巧みをしているようだが、これでも真っ当に考えているのだ。
その後、図書館での調べ物と空いた1日を使った準備を終えて2日目の朝、運命の日を迎えた。
自分が強者か弱者かを即座に判断し、最初から警戒して、観察して、勝ちの意志を捨てずに、相手を倒す算段を考える。これが真の強者である。
作者による強者の定義でした。
ガレンの強さにはちゃんと下地があります。内容を出すのはかなり後ですけどね。
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1-4
長くなったので分けました。
サブタイトル『少女の思いとガレンの力』
ユミルに来て4日目の朝。その日は珍しく吹雪は無く、僅かでも日差しが入って来た。普通なら神の恵みか祝福と思うが、ガレンにとっては嵐の前の静けさに感じた。巡礼祭は昨日から開催されており、1日目はあっさりと終わったらしい。今日は遺跡の近くを通るために、神殿前に待機している傭兵や騎士の空気はかなり緊張している。
その空気のまま、神殿騎士団の機竜使いの精鋭と傭兵を乗せた馬車が、旧神殿跡地に向かって動き出す。
ただ、まだ模擬戦の一件を引きずっているのか、ガレンに話しかける者はいない。やり過ぎたかとガレンが寂しさを抱えていると、
「やはり1人になったな」
馬車の御者台で手綱を握っていたウェインが苦笑して声をかける。貴族が御者をして問題ないのかと聞いたが、ウェイン自身も機竜使いらしく他家も何も言わないのだから大丈夫とのこと。かなり活動的な一家である。
「一応やり過ぎた自覚はありましたけどね」
「確かにやり過ぎたのもあるが、その後にこちらが呼び出したことも影響してるな。傭兵にとって貴族と繋がりができるのはかなりのメリットがある。邪推や憶測が飛び交って、それが嫉妬になっているんだろう」
「……ギザルト家ってどれくらいの規模の貴族なんですか?」
「ユミル教国では有数の棟梁だね。エインフォルク家とは同等位だな」
その言葉でガレンは頭を抱えたくなった。無知とはいえ知らず知らずのうちに嫉妬を買っていたのは完全に誤算である。というか、睨まれるだけならまだしも、
「まあ、苦労するだろうけど、こればかりは慣れるしかないな。気にしていても仕方ない」
「……それでやられたら笑えませんよ」
そんな会話をしていると、何処からか爆発音が響いてくる。小規模な幻神獣の群れと遭遇したのだろう。
普通の機竜使いの数倍の力を持つのだが、今回は数と連携で防いでいるようである。
「そろそろ役目に戻りますね。とは言っても、そこまで多くは出ないでしょうけど」
「ああ。まぁ小規模でも大事になるから頼んだ」
そうウェインに告げてガレンは戻っていった。この時、すでに厄災の予兆があったと知らずに。
明らかに異変が起こっていると分かったのは、旧神殿跡地に辿り着いた後である。その前から小刻みに襲撃があったのだが、ここに着いた時には幻神獣が絶え間なく襲って来るようになったのだ。
「ったく、なんだこの数は!」
飛んできたガーゴイルの翼を打ち落とし、襲い掛かるハイートを袈裟切りにして倒し、味方が苦戦しているキマイラを機竜綱線で転倒させて隙をつくる。遊撃を任された以上は全力で取り組む気でいたガレンだが、あまりの数に愚痴をこぼす。
完全に混戦状態となっている中、ガレンは戦場を縦横無尽に駆け巡って援護と迎撃を続けた。
そして、次の幻神獣を探すために動きだそうとすると、突然カブトゼクターが現れて飛び回る。
「ちぃっ、このタイミングかよ!変身!」
『HEN-SIN』
『Change・Beetle』
乗っていたワイバーンを解除して飛び回るカブトゼクターを掴んでベルトにはめると、そのままゼクターホーンを倒す。仮面ライダーカブト・ライダーフォームに変身するやいなや
『Clock・Up』
凄まじい速度でその場から走り去っていった。
旧神殿跡地と遺跡の中間ほどにある洞窟。そこには2人の貴族と1人の少女がいた。しかし、出入り口には装甲機竜の残骸と死体、少女は奥で縛られている状態である。誰がどう見てもおかしいと言える状態である。
「貴公のせいだぞ!何が精鋭だ、こんな所で死ぬなどただの役立たずではないか!」
「何を言うか!貴公が油断して遺跡に近づいたからであろう!」
出入り口近くで2人の貴族の醜い言い合いを聞きながら、縛られた少女―――クルルシファーは諦めたような表情で横たわっていた。まるで自分を責めているというより、とうとうこの日が来たと分かっていたような顔である。
(誰も助けになんて来てくれない。よそ者な私なんかを……)
クルルシファー・エインフォルクはエインフォルク家の人間ではない。今まで本人は知らなかったが、ユミル教国の遺跡『坑道』にあったボックスの中に入っていた彼女を引き取り、育てたのがエインフォルク家現当主のステイル・エインフォルクなのだ。
幼いながらも自分が養子であることに気づいていたクルルシファーは、周囲との関わりを最小限に留め、常に警戒しながら努力を続けていた。いつか自分を家族として認めてもらえると信じて。
だが、今回の誘拐はクルルシファーの心にダメージを与えていた。誘拐されて眠らされるまでに、自分が遺跡の生き残りだとを知ってしまったが故に。最初は否定していたクルルシファーだったが、遺跡から大量の幻神獣が現れるのを見て確信してしまった。
そして、逃亡する際に貴族の私兵の機竜使いに投げ込まれ、機竜使いが幻神獣と相打ちになるのを見て、自分はここで死ぬのだと諦めていた。
その予想は現実になりかけていた。貴族の言い合いが大きかったのか、その声に反応してハイートが3匹寄って来たのだ。そしてあっさりと、2人の貴族を殴り殺してしまった。その光景を見ていたクルルシファーには恐怖はなく、感情のない虚ろな目を向けていた。
(……運命が違えば、私も普通の女の子のように過ごせたのかしら)
虚ろな目の奥に宿った僅かな感情。それは年頃の少女らしい願望。特別なことなどいらず、ただ平和な日常を過ごして生きたいという願い。遺跡の生き残りであり、貴族に拾われたが故に叶うことが無くなった願い。
それだけが心残りだったのか、目から涙が零れる。そして、ハイートがクルルシファーを叩き潰そうとした瞬間。
『Rider・Kick』
不意打ちに等しいタイミングでハイートが爆散し、目の前に紅の戦士―――カブトが立っていた。クルルシファーを縛るロープをナイフのような武器―――カブトクナイガン・クナイモードで切り裂く。
「何とか間に合ったみたいだなって、前と似たような状態だな」
「……どう、して……」
ロープを切っている間に現実に戻ったのか、座り込んでクルルシファーはカブトに呟く。
「どうしてって……、この状況で助けないってのも―――」
「違う!」
感情が追い付いてきたのか、涙を流しながら叫ぶ。
「なんで私を助けたの!私なんてただのよそ者!この世界に私の居場所なんてない!絶望しかない!このまま亡くなったって誰も悲しまない!なのに、なんで……!」
クルルシファーの独白に、固まっていたカブトは抱擁という行動で返す。クルルシファーが置かれている状況についてカブトは何も知らない。養子や遺跡の生き残りということも当然ながら知らない。だが、彼女の言葉だけでどれだけ苦しい思いをしていたか想像するのは難しくない。
「……同じだから」
「……え?」
「……両親が亡くなった時と同じだったから」
今度はクルルシファーが固まる。ここからは
「何もできなかった。分かった時には手遅れだった。情報も力も足りなかった。そして、間に合っても救えなかった。だから、失いたくない。理不尽な理由で死んで欲しくない!」
抱擁を解き、カブトは彼女を正面から見据える。
「よそ者だろうが何だろうが関係ない!お前が死んだら俺が悲しむ!俺がお前の希望になってやる!お前の居場所になってやる!」
荒くなった呼吸を整えると、立ち上がって手を差し伸べる。
「それでも死にたいなら手を払って貰って構わない。ただ、まだ絶望するには早過ぎる」
彼女はゆっくり手を伸ばす。まるで遠くの光を掴むように。そして、手に触れるとカブトは冷たくなったクルルシファーの手を握って立ち上がらせる。
すると、後ろから獣の鳴き声のような音が響く。振り向くとそこには2匹のガーゴイルがいた。ちょうど今見つかったようである。
「……全く、せっかく落ち着いたってのに」
生きたいと思ったが故にさっきは何も思わなかった幻神獣に、恐怖でカブトの後ろに隠れるクルルシファー。それを見ながら呆れた声を出すカブト。
「逃げに徹してもいいが、このまま放っといても厄介だな。倒しながら行くか」
そう呟くと、カブトゼクターを外してガレンは首のペンダントを外して空中に投げる。その瞬間、青い輝きを放って大剣に姿を変え、右手で柄を掴んで地面に突き刺す。
そして、自分の機竜を転送する
「咆哮せよ。万理の螺旋を破壊せし創滅の神竜。眷属を率いて新たな道を刻め。《ゾディアック》」
そこに現れたのは1匹の竜だった。銀のラインが入った夜空を模した藍色の装甲。背には円環が描かれ、囲むように12個の記号が書かれている。手には1本の白い剣―――
機竜を召喚したエネルギーで怯んでいる幻神獣の隙をつき、ゾディアックの神装を発動する。
「
すると、ゾディアックの色が赤に変わっていく。持っていた流星剣が消えて黄金の弓―――プロミネンスが召喚され、背には♐︎の記号が現れる。その姿は正に太陽を背負っているような風格があった。
プロミネンスが召喚されると同時に逆に持つと、弓から弦が消えて本体が折りたたまれ、握っていた部分が収納されて新たな柄が現れる。
柄を握ると、襲いかかって来たガーゴイルの攻撃を受け止める。そして、がら空きの胴体を蹴り飛ばし、勢いのままに加速。後ろにいたガーゴイルも巻き込んで、2匹同時に突き刺す。その体制から剣を頭が通るように振り上げて一匹を仕留めると、傷が浅かったもう1匹が好機とばかりに襲いかかる。
「バレバレだっての……!」
しかし、ガーゴイルの伸びた右腕を掴み、相手の勢いのまま洞窟の奥に向かって投げる。その一瞬の間にプロミネンスを振るって体を両断する。
僅かな時間で幻神獣2匹の討伐。それを見ていたクルルシファーは、あまりにも現実離れした光景に夢かと疑いそうになる。
その間にガレンは縛っていたロープを使い、呆然とするクルルシファーと自分を結んで左手で抱き上げる。
「さてと、しっかり掴まってろよ……!」
そう告げると、我に返って抱き着くクルルシファー。それを確認すると、洞窟を飛び出す。幸いにも見つかったのはあの2匹だけらしく、プロミネンスを弓に戻しながら上空に向かって飛翔する。
「
「さすがに押されるよな。幻神獣の多さを見るに、誰か遺跡に手を出したか?」
その目には、正に絶体絶命となっている傭兵達の姿が映っていた。あまりにも数が多過ぎるため、少しずつ押されているようである。
間違っていない予測を愚痴りながら、自動で装填される矢に最大のエネルギーを注ぎ込んでそれを天空に撃ち放つ。そして、今度は幻神獣に向かって狙いをつける。
その矢を番えた瞬間、矢自体が先端から回転し始める。それはまるでドリルのようである。
「撃ち抜け、
次回は続きと後日談です。
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1-5
ユミル教国編ラストです。
サブタイトル『未来の願いと再会の別れ』
その頃、戦場では数多の幻神獣が機竜に向かって襲いかかっていた。どこから現れたかなど考える暇すら無く、ただただ生き残ることに皆必死になっていた。
そこには、エクス・ワイバーンを纏ったウェインの姿もあった。神殿騎士団の幹部である彼は必死に幻神獣を倒していくが、数が多過ぎるために徐々に後退していたのだ。
「……たとえ1人になっても、猊下には指1本触れさせるな!」
オオッ!という掛け声が響くが、戦力の差があり過ぎるこの状況は覆らない。そもそも、今の戦況で生き残っていることが奇跡に等しい。
そして、とうとう限界は訪れる。今まで気づかなかった疲労がウェインの剣の軌道を鈍らせ、致命的な隙を生んだのだ。
(これまでか……。すまない、オルフェル、ケイネス、メル……)
目に映る走馬燈を見て、残してきた家族に謝罪するウェイン。ハイートの拳を見ながら目を閉じようとした刹那、
凄まじい轟音と共にやって来た何かが通過し、ハイートを吹き飛ばしていった。
余りにも突然すぎる強大な一撃に、自分がその余波のギリギリ圏外にいたと悟ることに時間がかかったウェイン。その場にいる人も幻神獣も唐突の出来事に停止していると、できた通り道に1機の赤い機竜が降り立つ。
そこには少女を抱えた青年―――ガレンがいた。この戦いの前に話していた時と全く変わらずにそこに佇む様子は、この場が戦場であることを一時的に忘れさせた。
しかし、その次の一言が全員の意識を現実に戻した。
「全員衝撃に備えろ!上からでかいのが来るぞ!」
ガレンがそう叫ぶと、反射的に全員がショック体勢をとる。そして、天空から夥しい数の光弾が幻神獣に向かって降り注いだ。
降り注いだ光弾が止むと戦場に残る幻神獣の数は半数以下になっていた。どの個体もどこかしらに傷を負い、その中でも光弾を耐えきった幻神獣は例外なく虫の息である。
「だいたい一掃できたな。ウェイン卿、彼女をお願いします」
「……後で説明してもらうからな」
精神的なショックは抜け切らないが、ある程度落ち着いて説明を催促して受け取るウェイン。ガレンは苦笑しながら腰に巻き付いたロープを持っていたナイフで切ると、クルルシファーから残念そうな声が出る。
「心配すんな。さっさと終えてくるからな」
そう言ってガレンはクルルシファーの頭を撫で、戦場に向かって飛んで行った。見送ったウェインは、顔を赤くしたクルルシファーを見ながらため息を吐く。同じ武門の棟梁であるエインフォルク家の少女がなぜこの場にいるのか。これだけで十分面倒なことだからだ。
模擬戦で顔を合わせ、馬車上で話し、偶然とはいえ戦場で助けられる。僅か2日でウェインにとってガレンには妙な信頼関係が出来上がっていた。政治上、様々な人と対面するが故に、人を易々と信じてはいけないのは分かっている。しかし、不思議とガレンには悪い印象を抱けなかった。それは、少女を預けられた今でも変わらない。
まるで、人を引き付ける才を持っているようにも思えた。
「……全く。とんでもない男と縁ができてしまったな」
そう呟いて苦笑するウェインであった。
この後、周辺にいたすべての幻神獣の討伐、または撃退に成功し、その日の巡礼は無事に終わりを告げた。
「で、その戦いのお礼のために呼び出した訳ですか」
「どうしても上が呼べって納得しなくてね。それに、教皇猊下が亡くなるという最悪の事態を防いだ功労者を、貴族がそのままにはしない。そのあたりは予想してただろう?」
「なら非公式にでも呼び出せばいいでしょうに。謁見の間に呼び出すって」
ウェインの言葉にある意味当然の不満をぶつけるガレン。とは言っても逆らう気がないのは、大人しく馬車に乗っていることから明らかである。
先日の大乱闘から3日が経過し、すでに巡礼祭は終了している。その間もしっかり依頼を受けて無事に巡礼を終えたのだが、翌日の朝に騎士から呼び出されたのだ。その後、指定された時間と場所にはウェインがおり、神殿に連れて行かれているところである。なお服装は自前の正装であり、待っていた
「まぁ、大暴れした責任を果たすべきなのは分かります。ただ……」
ガレンが向けた視線の先には、腕に抱きついているクルルシファーの姿があった。実は巡礼祭の2日共、依頼が終わった後にクルルシファーが会いに来たのだ。しかも一人で屋敷を抜け出して。
さすがに放置する訳にもいかないので、エインフォルク家に向かいつつ屋台巡りをして、家の門の前で別れるという状態だった。先日誘拐された少女とは思えないほどの行動力である。ちなみに、今回は普通にウェインと待っていた。
クルルシファーを誘拐した貴族については、その1族が責任を取って貴族の称号を剥奪されている。首謀者がすでに死んでいるとはいえ、棟梁の娘を誘拐したのだから、見抜いて止められなかったことへの罰だろう。
「また抜け出して来たんだろうが、ステイル卿に怒られないか?」
「今回は隠れて護衛してる2人を振り切らないから大丈夫よ。それとも、一緒にいては迷惑かしら?」
笑顔で返事をするクルルシファーだが、昨日、一昨日は監視を撒いて来ていたという事実にガレンは絶句せざるを得なかった。ついでに何を言っても言い返されるだろうと悟ると、ため息を吐いて諦める。抵抗が無くなるとクルルシファーは嬉しそうにまた抱き着く。
道中を凄まじい数の視線に晒される中、神殿に辿り着くと1人の女性がいた。ここからは司教の彼女が案内をするようである。ウェインとクルルシファーとはここで別れ、そのまま神殿内部の謁見の間に移動する。
「すでに教皇猊下がお待ちになられています。くれぐれもご無礼のないように。」
「ありがとうございます「それと……」?」
「ウェイン卿をお救い下さり、心よりお礼申し上げます」
小声でそう言って頭を下げる司教。その段階でガレンには様々に分岐した予測が過ぎたが、妙な想像をされてでも礼を言わなければと思ったのだろう。
「ウェイン卿にはお世話になりましたから。黙って受け取っておきます」
故に、察した上で他言無用を約束する。それを理解したのか、はっと顔を上げる司教だが、すでにガレンは正面の扉に立っていた。それを見て、若干慌てながら扉に問いかける。
「教皇猊下様。ガレン・フェグラ様をお連れしました」
「入れ」
司教に開けられた扉から前に進み出ると、1人の老人と3人の司教、そしてステイルやウェインを含む多くの貴族がいた。ちなみに、貴族が中にいるために神殿騎士団は外での守護にまわっている。武門の出の貴族が多いために、万が一ガレンが無礼を働いた場合は即座に捉えられるだろう。
ガレンはゆっくり歩いき、ちょうど部屋の中心となる位置に止まると跪く。これは直前に司教に教えられた礼節である。
「此度の巡礼祭における働き、誠に見事であった。褒めて遣わす」
「ただの傭兵の自分に過分な評価、恐悦至極にございます」
「謙遜せずともよい。数多の熟練の傭兵を倒し、ゼクターなる鎧を用いてエインフォルク家の子女を救い、見慣れぬ機竜にて千を超える幻神獣を討伐したと聞いている。少々過大な噂となっているようだが、そう例えられるほどの実力を持つのだ。十分に誇るがよい」
かなり詳細に伝わっているようである。噂の中でもかなり信憑性の高いものを出し、ガレンがクルルシファーを救出したことも出ている。噂だけを持ち出したのはわざとだろう。
「しかし、それほどまでの力を持ちながら全くの無名と聞く。不満には思わぬのか?」
「名を売ることに興味はありません。そもそも、力とは確固たる意志の元に振るわれるもの。名など、見た者が勝手に付けていくことでしょう」
「……名声に興味はないか。ならば余が褒美を取らすというならば、そなたは何を望む」
その瞬間、周囲の空間から凄まじい感情が渦巻いた。嫉妬・羨望・好奇心・憎悪・軽蔑、その他様々な視線が向けられる。しかし、ガレンは全く怯むことなく言葉を紡ぐ。
「何も望まない……、と言えれば良かったのですが、それでは気が済まないのでしょう?」
「その通りだ。恩人に何も報いることができぬなど、この場の誰も望まんだろう」
「ならば―――」
俯いていた顔を上げ、しっかりとした口調で告げる。
「―――将来、自分の作る組織の後ろ盾となることを望みます」
余りにも斜め上の発言に、周囲の声が止む。それほどまでに、とんでもない発言だったのだ。聞き間違いかと考える者がいる中、教皇だけはその言葉を正確に捉えていた。しかし、それでも想定外のことに反応が遅れていた。
「……今の己の幸福よりも未来を選んだか。そなたは本当に齢14か?倍以上の歳を重ねたような老獪さよな」
「お褒めに与り光栄にございます」
「そなたを余の元に置けぬことがますます惜しいな。……なるほど、故に後ろ盾か。余も老いたものだ」
クハハハッ!と笑い出した教皇に、周囲は完全に置いて行かれる。
「相分かった。後に書面にも残すとしよう。準備を頼むぞ」
「ははっ!」
教皇が司教に告げると謁見は終わりのようで、形式的な流れになり、神殿の外に案内される。すでに巡礼祭は終わっているために賑わいは鳴りを潜め、どこか落ち着いた雰囲気を出している。
ガレンは今回のユミル教国の来訪は、正に大成功と言える代物と言えるだろう。正直に言って、ここに縁ができれば御の字。本格的な対面は次回と思っていたのだが、教国の後ろ盾を得られるまでに至れたのは奇跡や幸運の域にあった。
宿に戻る道すがら、これまでのことを思い返しながら、自分の戦いはこれからと再認識するガレンであった。
そして、謁見から2日後の朝。ユミル教国を出発する日がやってくる。門の前には、出ることを伝えていたウェインとステイル、クルルシファーがいた。
「見送りは嬉しいですが、仮にも武門の二大棟梁の長が簡単に出て来ていいんですか?」
「私たちのどちらもが君に救われたのだ。短い関わりだったとは言え、最後の見送りには行かねばならんだろう」
「私の場合は、教皇の名代も兼ねているがね。これが後ろ盾の書類と、国内での通行手形だ」
そう言って、ウェインから一枚の羊皮紙と金属プレートが渡される。通行手形はおまけなのだろう。それを受け取ると、クルルシファーが歩み寄ってくる。寂しいのか、今にも泣きそうな顔になっている。
「……また、会える?」
「俺にはやることがある。間に合えば、次の巡礼祭に来れるかな。1年後にはまた会える……!?」
言葉の途中で、クルルシファーがガレンに抱き着く。嗚咽が聞こえる中、ガレンはそっと頭を撫でる。すると落ち着くと同時に恥ずかしくなったのか、目が赤くなったクルルシファーはステイル卿の後ろに回り込む。
「これも彼のおかげでしょうか。ずいぶんと女の子らしい反応をするようになりましたな?」
「ああ、全くだ。ところでガレン君。次はどこに向かうのかね?」
「ブラックンド王国に。雪が本格化する前に辿り着ければと思っています」
ウェインがニヤリと笑うのを同じように笑いながら、ステイルはガレンの行き先を聞く。確かにこれ以上滞在していては、雪に道を塞がれるのは確実だろう。ガレンにも予定があるのだから、この国に縛る訳にはいかない。
「ああ、そうそう。これ、渡しときますね」
そう言うと、ガレンは2通の手紙をウェインとステイルに渡す。一見すると片手間で作ったようにしか見えないが、透かして見えないように細工がされている。
「個人に宛てたものなんで、できれば人に見せないようにお願いします」
「この場で聞くのもおかしいが、中身の内容は?」
「開いてからのお楽しみということで。ただ、善にも悪にも転がる内容なので、御二人を信頼して渡したことを覚えておいてほしいとだけ」
「そんな手紙をこの場で渡すな……」
ウェインの呆れた返事にガレンは笑い返すと、ユミル教国に背を向ける。
「それでは、この辺で失礼します。短い間でしたが、ありがとうございました」
「道中気をつけろ……って言うまでもないか」
「また会える日を楽しみにしていよう。」
そう言われ、歩き出そうとすると、
「……ガレンさん!」
「なn……!?」
振り向こうとした瞬間にクルルシファーに抱き着かれ、頬に柔らかい感触が当たる。まさかの行動にガレンも固まり、そして走ってステイルの元に戻っていく。
一瞬幻かと思ったガレンだが、現実を認識すると少しだけ顔が赤くなる。恥ずかしさで逸る気持ちを抑えて、一切振り向かずに歩き出す。
『
2人の未来の行方は、まだ誰にも分からない。
ガレンの行く国に関しては適当に決めてます。
というか、誰かこの世界の地理を教えてくれ!
輝射彗星は7巻該当部にて説明します。
さて、散りばめた伏線回収ができるのはいつになるやら……。
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1-6(ブラックンド王国編)
しかも、前座だけで終わるというね……。
さらに言うと、この国の間はゾディアック出ないんですよね。カブトも出番少ないし
早く原作に入りたい。
サブタイトル『宿探しと悪巧み』
「へっくし……!やっぱ、急ぐべきだったな」
ユミル教国を後にしたガレンは、すでにブラックンド王国内に入っていた。ユミル教国から南下しているため、雪によって行動を阻まれることはない。しかし、そもそも冬に突入している時点で寒いことに変わりはなく、ユミル教国で来ていた防寒着は手放せなくなっている。
今の街に入ったのは昼間だが、何か行事でもあるのかすでに大半の宿が埋まっているために、宿探しのついでに街の散策をやっている。
両替した後に露店で買った飴を食べながら、沈む日を見てそろそろやばいと思っていると、
「さっさと来いっ!」
「嫌!離して!」
そんな会話が路地裏から聞こえてきた。その瞬間、即座に飴をかみ砕いてそちらへ足を向けている自分に、親友の御人好しが移ったかと思いながら歩く。
途中から気配を消しつつ声の中心に向かうと、見るからにガラの悪い男の2人組が少女を縛って担ぎ上げたところだった。
「へへっ!手こずらせやがって。」
「離して!離せーー!!」
「悪いな、俺たちも請け負っただけだ。抜け出せるもんなら、抜け出してみろ―――」
「そうさせてもらおう」
ブーン、バシン!という音を立ててカブトゼクターが男の腕を弾き、少女のロープの端を器用に引っ掛けながら、そのままガレンに向かって飛んでくる。ガレンが左手で握っていたカブトクナイガンで、即座に少女のロープをバラバラに切り裂くとようやく存在を認識したのか、全員がガレンを見る。
「何だガキ。俺達はこいつに用があるんだ。さっさと失せろ」
「なら腕ずくで奪って見せろ。その格好は見た目だけか?木偶の坊」
男の恫喝に対して、カブトクナイガンを消しながら真正面から挑発で返すガレン。正直逃げたふりで誘導して警備兵に引き渡してもいいのだが、先程言っていた請け負ったという発言から、場合によっては揉み消される可能性もある。なので、ここで叩きのめして吐かせることにしたのだ。
「……どうやら死にてえようだな。クソガキ」
「腕自慢なら初めからかかってこい。筋肉バカ」
その瞬間、2人がかりで襲いかかって来たが、
「遅い」
悲しいかな、実力差があり過ぎた。1人目が突撃してくる勢いを利用して足を引っ掛けてつつ右腕で投げ飛ばし、ナイフで刺しに来る2人目を投げた勢いのまま足を蹴って転倒させる。
転倒した際に落としたナイフを奪うと、即座に2人のアキレス健を切り裂いて逃げ足を断つ。
「さて、いろいろと吐いてもらおうか」
「だ、誰が吐く(ザクッ)……!」
口答えした瞬間に2人の左手の指を1本切断するガレン。少女が見ている前で拷問するのは気が引けるが、放置するほうが害が大きいために即座に終わらせることにした。
「お前らにある選択肢は2つだ。黙って全身を切り刻まれるか、質問に答えて今日あったことをすべて忘れるかだ。命が助かる点で言うなら後者をお勧めする」
そこから先は早く事が運んだ。金で雇われたゴロツキに忠誠心があるわけがなく、ましてや生きるか死ぬかの状況でしゃべらないというのは命を手放すのと同じである。
聞き出すと、少女の家の宿屋を奪うためにやったらしい。郊外にあるにしてはいい条件らしく、『英雄の証』という大手の宿屋が金で買収しようしたが失敗したために、少女を人質にして脅すためにやったのだとか。裏付けを取る必要はあるが、証拠隠滅がされていない段階で無能のようである。
知ってることはすべて言ったようだったので、約束通り命は奪わずに金的を叩き込んで気絶させると、ガレンは頭を掻きながら少女に向き直る。
「見苦しい物見せて悪かったな。怪我はないか?」
「あ、ありがとう。ママに頼まれて、買い物に行ったら、突然掴まれて……」
「なるほど、お使いか。その歳で偉いもんだな」
頭を撫でるガレンに目を細めて喜ぶ少女。ふと、先程の男が少女の家が宿屋であることを思い出す。
「なあ、ちょっと頼みがあるんだが―――」
『夕暮れ亭』、ブラックンド王国のとある街の郊外にある宿屋である。郊外とは言っても都市の中にある上に、最も遅く閉まる門と都市の中心の間にあるために、そこそこ繁盛している。そこの女将であるエレノアは、帰りの遅い娘の心配をしていた。
先日宿の買収を断ってから妙な噂が立っており、客足がまばらになって来ているのだ。しかし、直接的な嫌がらせはなかった上に門にぎりぎりで駆け込む人もいるので、十分にやりくりできているために特に心配していなかった。今日も娘がお手伝いとして買い物に行ったのだが、なかなか帰りが遅いために不安になっているのだ。
夫は明日の仕込みをしており、宿の仕事もひと段落しているので探しに行こうかと思った矢先だった。
「ただいまー!」
元気な娘の声が響き、心配が杞憂に終わったことに安堵の息を吐く。
「おかえりなさい、レンリ―――。その方は?」
娘の無事を喜ぶと同時に、連れて来た男に不信感を持つエレノア。初対面である以上は当然の反応だが、レンリはにっこりと笑って紹介する。
「私を助けてくれたガレンさん!宿に留めて欲しいんだって!」
そう言って、何があったかを説明するレンリ。ガレンがレンリを助けた際に頼んだのは宿の紹介である。子供を使うのは気が引けたが、このチャンスを逃して街中で野宿するのはゴメンだからだ。
娘からの説明である程度不信感が薄れたのか、エレノアはこちらに向き直る。
「母のエレノアと申します。娘がお世話になりました」
「ガレンです。こちらとしても、無視する訳にもいかなかったので。ところで、まだ空き部屋ってありますか?」
会って早々に打算が入ってような言い方になってしまったが、すでに日が沈んだために無理なら野宿である。すると、エレノアはニコリと笑って頷き、宿の内部に案内する。
「普段なら満室になっていましたが、巷に流れる噂でこの有様……って、お客様に話す内容ではありませんでしたね」
「いえいえ。稼ぎ時に客が来ない辛さは知ってますから」
一時期、とある商会の手伝いをしていた時に客の呼び込みで四苦八苦していたことを思い出すガレン。人がいるのに来てもらえないというのは、存外に辛いものである。
「ところで、街の宿の大半が満室でしたが、ここで何か行われるんでしょうか?来たばかりで何も知らないので」
「この街の闘技場で、明日から機竜の大会が行われるんです」
聞くと、この街の闘技場はかなり大きいらしく、不定期に機竜による大会もあるらしい。今回行われる大会は、ブラックンド王国の将軍が戦力としてスカウトするという噂が流れ、国中の腕自慢が集っているようである。
「なるほど。(そりゃ宿が埋まるわけだ。国に仕えるチャンスなら、参加人数も多くなるのは当然か)その大会の受付ってまだ行われてますか?」
「?ええ。当日に参加する人も多いので、事前に登録した人とは別枠で行われたはずです。勝ち抜けるのは僅かですけれどね」
その言葉を聞いて、ガレンは内心でニヤリと笑う。先程の宿が何もしないということはないだろう。ならば、こちらから出向いて餌になるのが1番手っ取り早い。それに、久しぶりに試合による命がけを経験しておきたかったところである。
そんなことを考えていると、1人の男性が現れる。
「仕込み終わったぞって、客か?」
「ガレンさん。レンリが世話になったそうよ」
「おお、そうか!レンリの父、ラヴァルだ。宿の主人兼、厨房を任されてる」
「ガレンです。よろしく頼みます。明日の朝は期待させて貰いますよ?」
「それは挑戦状か?受けて立つぜ!」
ガレンの含みのある笑みに、ラヴァルも笑い返す。もっとも、山賊のような強面の笑みは中々に凶悪なのだが。ついでに、レンリの容姿がエレノアの血であることも分かった。
昼間に大会の手伝いをしていたラヴァルによると、当日参加の選手の試合は最後らしく、朝食後に受付に行っても十分間に合う時間だった。
その後、案内された部屋に入ってルールを聞かされてエレノアが戻ると、ガレンは部屋のベッドに身を投げ出す。しばらく道中では野宿だったので、久しぶりに気が抜ける。それと同時に、明日の機竜大会について考える。
ユミル教国での模擬戦もそこそこ強かったが、戦力確認が主なので負けても問題ないと考える者もいた。しかし、明日の大会は負けたら終わりなので、必死で勝ち残ろうとするだろう。激戦は必須、負けが分かったならば、その技術を盗むような気概で挑むべきだろう。
そんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。開けた先にはラヴァルが立っており、その顔はかなり真剣な表情をしていた。
「どうしました?真剣な顔して」
「いや、レンリに聞いたんだが……、襲われたんだろ。英雄の証に」
「すまんが、敬語は省かせて貰うぞ。……ここで話すのも何だから、入ってくれ」
話の内容が内容なので、敬語を即座に止めて部屋に招き入れるガレン。部屋にあった椅子にラヴァルを勧めてベッドに座ると、事の次第を詳しく話す。
「あの野郎。直接手を出さねえからって見逃してりゃ、いい気になりやがって……!」
「分かってるだろうけど、乗り込むなんて真似はすんなよ。下手をすれば町が敵に回る」
「分かってらい。この程度でキレてりゃ宿の主人なんてやってられっか」
そうボヤくラヴァルだったが、娘に手を出されたことにイラついているため、かなり柄が悪い出で立ちになっている。その怒りは分かるが、物的証拠がない以上は動けばこちらが牢屋行きである。
「しばらくは様子見するしかないだろうな。まあ、手を出されればその限りじゃないけど」
「そう簡単に出すか?今回の奴らは雇われた馬鹿だが、瞬殺した時点で雇い主にも情報が行くだろ。手練れを除いては来ないと思うが」
「相手の目的はここを潰すこと。なら、俺を利用して評判を落とそうと画策するはずだ。幸いにも、参加したら死にかけてもいい大会があることだしな」
「機竜大会か、……っておい、まさかとは思うが、自分を餌に理由を作る気か?」
ラヴァルの正気か?という顔に、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべるガレン。幸い、相手が誰なのかは割れている。後は、襲って来た相手から言質を取れば十分である。
「……出場を辞めさせる気は無いが、これだけは聞かせろ。なんで協力する。お前に利点なんざ全く無いだろ」
「なーに、聞いた時から出る気だったからな。それに、留めてもらう宿が無くなることを知って、放置するのはないだろ。後は、ただの自己満足。あんたの家庭を見てると、懐かしい気持ちになるからな」
最後の言葉には、どことなく寂しさが漂っていた。少なくとも嘘ではないだろうとラヴァルは、ため息を吐きながら頭を掻く。職業柄、この手の相手は、一度決めると頑固ということを知っているからだ。
「……とりあえず、信じてやる。もし本当にやるってんなら、予選で躓くんじゃねぇぞ」
「おいおい、当たり前だろ?むしろ優勝しろ位言ってくれよ」
「バーカ、無様を晒すんじゃねぇって意味だよ」
そう言って部屋を出て行くラヴァル。ガレンはそれを見送ると、ベッドに横たわって寝ることにした。明日からの面白い忙しさに笑みを浮かべて。
夏休みも将来に関わるあれこれに時間を取られるので、また更新が空くかもです。
しかもそれより先に、アニメ化したありふれた職業で世界最強を作りたい。しかし時間がーー!!
まあとりあえず、気長に待ってて下さいな。
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1-7
モチベーションの低下、バイト、インターンなどが被って時間が経ってしまいました。
しかも、原作の方の終わりが見えてくるという……。
とまあ、複雑な心情は置いといて、本編どうぞ
サブタイトル『始まりの一幕と強者の邂逅』
「これで出場登録は終了です。時間に遅れた場合は参加は取り消しとなるのでご注意下さい」
「ありがとうございます」
闘技場の受付で登録を済ませるガレン。会話だけを切り取ると普通だが、冬にも関わらず汗で水浸しになっている姿は、人を驚かせるには十分過ぎる衝撃である。まあ、会話できる体力が戻っているだけまだマシなのだが。
(危ねぇ、まさか寝過ごすとは思わなかった)
これが水浸しの原因である。しばらく野宿だったために宿のベッドで眠るとかなり深く寝てしまったらしく、起きた時には大慌てで準備を整えて飛び出したのだ。ギリギリで間に合ったらしく、自分を最後に受付は終了していた。ちなみに、予選は今日の昼過ぎである。
「しっかし、参ったな。飯食い損ねた」
必要最小限で来たために財布も宿の中なので、一度宿に戻らなければならない。出来れば情報収集もしたかったのだが、時間の狂いはどうしようもない。
そんなことを考えながら歩いて宿に戻ると、ラヴァルがテーブルを拭いているところだった。
「おう。慌てて出て行ったようだが、どうやら間に合ったようだな」
「ギリギリも良いところだがな。お陰で腹が減ってしょうがない」
自分のせいとはいえな、と空笑いをするガレン。すると何を思ったのか、ラヴァルが厨房に入ると、プレートに料理を載せてやって来た。
「掃除中だから部屋で食ってくれ。後、晩に皿洗いくらいは手伝え」
「いや、それは構わないが……。良いのか?」
「昨日あんな担架切っておいて何言ってんだ。それに、不戦勝はこっちの後味が悪いからな」
そう言ってプレートを無理矢理渡すと、ラヴァルは掃除に戻って行った。こうなると食べなければ勿体ないので、ガレンは部屋の机にプレートを置く。
元々は朝食用なので品数自体は少ない。丸いパンが2つと、サラダ。そしてシチューである。とりあえず戴くことにし、シチューを口に運ぶ。
「……!」
美味い。塩は少ないが、煮込まれた野菜や鶏肉が良い味を出している。出されたパンも少々固い程度で、出されたシチューに付けるとちょうど良く柔らかくなる。肉も煮込まれてスープがしみ込んでおり、噛むほど味が広がっていく。サラダもあっさりとして口の中をリセットできるため、飽きることなく食べ進めることができる。正直、シチューはおかわりを所望したいくらいだった。
楽しみながら食べているため、あっという間に食べ終わっていた。単純なものとはいえ金を取るには十分、代金の内訳によっては足りないような気がする。
少々ずれた時間に食べたために昼食は軽めにしておこうと考え、厨房の流し場に持っていく。宿から出ると探索のために町をぶらつく。機竜大会の影響でかなりの賑わいを見せており、アクセサリーを扱う出店が多い。
(これだけ賑わうと情報は集まりやすいが、鍛錬する場所は全くないな)
適当な店で買ったパンを齧りながら、そんなことを考えるガレン。郊外とはいえ夕暮れ亭の敷地はそこまで広くはないために、あまり体を動かせる場所はない。それに、下手に動いて不審者扱いされるのも面倒である。そんなことを考えていると、不意に路地の方から声が聞こえた。
「本当なのか?『夕暮れ亭』ていう店が外れって言うのは」
「俺も噂を聞いて確認したからな「その話、俺にも聞かせてくれないか」?」
話に割り込むガレン。そこには、見るからに旅人と情報屋の密談のような状況だった。突然現れた少年に嫌そうな顔をする情報屋だが、銀貨を指で弾いて渡すと手の平を返すように嬉々として喋り始めた。
曰く、外装はともかく内装が見窄らしい、料理が不味い、店員が無愛想で待遇も悪い、料金も高いなどなど、かなり扱き下ろされていた。もっとも、実際に泊まった身から言えば、悪口を盛りまくっただけにしか聞こえない。
「ありがとよ、参考になったぞっと」
そう言うともう1枚銀貨を投げ渡す。割り込んだ迷惑料と情報代は大きかったが、意外なところで収穫があったのは運が良かった。
「すまねぇな。話に割り込んじまって」
「いんや、情報代奢ってもらえたんだからラッキーだぜ。で、宿はどうすんだ?」
「いや、もう宿は取ってんだ。『夕暮れ亭』をな」
その言葉に驚く旅人。今さっきまで凄まじく悪い噂を聞いた宿を取っているとは思わなかっただろう。
「ついでに言っとくぞ。さっきの奴、情報屋の偽物だ。あれだけ悪い噂を出したら、逆に興味を持たれて確認しに行く奴が必ず現れる。それで失敗したら信用失って破滅だからな」
「……仮に今のが本当なら、なんで言わねぇんだよ」
「噂は火と一緒でな。大きい炎にいくら水をかけても無駄なんだよ。打ち消すには、より大きい炎で上書きしないとな」
そう言うと、ガレンは旅人を連れて歩き始める。まだ宿が決まってなかったようなので、噂の真偽も兼ねて『夕暮れ亭』を紹介することにしたのだ。担保として宿代1日分を払うのは若干痛かったが。
旅人の名前はフォースというらしく、この街には今朝着いたばかりらしい。真っ先に宿を取ろうとしたところ、先程の話を聞いて路地裏に連れられた所をガレンが見つけたらしい。
そうやって喋りながら『夕暮れ亭』に着くと、エレノアにフォースを紹介して手続きを行ってもらう。料金を払うと時間が迫りつつあったので、闘技場に向かう。
ついでにフォースも一緒である。曰く、面白そうだから、らしい。
闘技場でフォースと別れて受付に向かうと、今朝のことを持ち出されてからかわれたものの、問題なく待合室に通された。
待合室には既に多くの参加者が集まっていた。見た目の強さがピンキリなのは、機竜での勝負ということと当日での応募だからだろう。かなりの強さと断じることができる者はかなり少ない。
壁にもたれようと、歩きながら考えていると、
「ほう。つまらん奴らしか居らんと思えば、中々のガキがいるな」
とそんな声が聞こえた。
声の方を向くと、ガレンは無意識に身を強張らせた。
全体的には、着ている暗い蒼の外套も相まってかなり影が薄い。体躯もそこまで大きくはなく、むしろ小柄な部類に入るだろう。顔立ちも幼げで、一見すると少年のようにも見える。
しかし、一定以上の強さを持つ人には目の前の人物は化け物にしか見えない。ガレンも訳あって強さに関する目は肥えている方だが、間違いなく待合室にいる中でも最強、今まで会った人でも最上位である。この場で戦闘になれば、誰かを盾に奇襲や不意打ちを仕掛け続けてようやく五分五分と判断する。
「また随分な物言いだな。いや、言える力を持ち合わせてるからこそのセリフか」
そう言いながら外套の男の隣にもたれかかる。これほどの実力者を相手に、無防備でいるのは流石に愚かと言える。だが、この場限定ならば話は別である。
「力量を察していながらも、俺を前に無防備でいるとはな。愚者か?蛮勇か?」
「なーに、あんたがこの場で暴れないなら、俺はその威を借りるだけだ。気づく力量がある奴なら、手を出す馬鹿はいないだろうからな」
「ふっ、歳の割に中々に食えん奴だ。力の差を理解しつつも物怖じせず、逆に利用すると堂々宣言するのだからな」
そんな会話をしていると、この場にいる全員に呼び出しがかかる。これから移動らしく、一斉に待合室から闘技場に向かうことになった。移った場所は、砂地の上に乗っかった石造りのフィールドである。
(機竜大会にも関わらず機竜を渡されない。そして、申し訳程度の落下防止の砂地。てことは……)
『さーて始まりました!機竜大会を明日に控えた前日の大会!申し込みに間に合わなかった、哀れな使い手への最後の挑戦!その内容は……!舞台上でのバトルロワイヤルです!!!』
(やっぱりか)
ガレンは周囲を見回す。試合内容に呆然とする者、ニヤリと笑う者、そんなこと知らんと言わんばかりに睨む者。様々な反応をしている。
『では、ルールの説明です。武器の使用は一切禁止。選手の皆様には自身の体で戦って貰います。舞台からの落下によって失格のため、気絶しても舞台上に残っていれば問題ありません。機竜大会に進めるのは2名までです。なお、選手を殺害した場合は
ガレンが上を見上げると、ドレイクが周囲を見渡していた。機竜による戦力的には心許ないが、人間相手の問題ならば、あっても対処が効くだろう。
『さて、選手の皆様。準備の方は良いでしょうか!?機竜大会に進むのは果たして誰なのか!試合開始です!!』
ドレイクによる開始の銃撃が空に上がると、一気に状況が動き出す。とは言っても、積極的に相手を排除する者と逃げに徹する者が大半を占めている。
(じゃ、こっちも始めるか)
ガレンの場合はどちらでも無かった。と言うより、すでに敵がいたと言うべきか。試合開始前から獲物を見るような目で見ていた5人が、一斉に襲いかかってくる。しかし、この程度で慌てているようではカブトに選ばれてはいない。
(想定通りと言えばそうだが……、正直期待はずれもいい所だな)
5人の攻撃を捌きながらの感想がこれである。やみくもに殴りかかるだけの勢い任せの攻撃では、一撃与えることさえできない。むしろ、幻神獣を相手にするよりも楽である。
(喧嘩慣れしてる奴なら少しは癖がありそうだが、それすらないとはな。舐めてるのか、プロを雇う金を渋ったか)
相手の裏事情をぼんやり考えながら、フィールドの人が減ってきたことを察して反撃に移る。
馬鹿の一つ覚えのように殴りかかる相手を、誘い込みながら勢いを殺さずに投げ、後ろにいた関係ない相手に向かって投げ飛ばす。敢えて見せた隙に迫る相手を躱しながら挟み撃ちになるように誘導。羽交締めにしようとする相手の足を蹴り倒して後ろに回り込み、いざ殴ろうとしていた相手めがけて蹴り倒す。
即座に3人がやられたことに残り2人が逃げようとするが、1人が他の選手にぶつかったのを確認すると、もう1人をガレンは確保する。その際、しっかりと腕を組み伏せている。
「さーて、誰に依頼されたか教えて貰おうか」
「な、何のことだ……!」
「あれだけ睨み付けて気づかない訳ないだろ。まぁ、だいたい『英雄の証』が雇ったんだろ?」
「……!」
何で分かったと言わんばかりの顔に、ガレンはニヤリと笑う。予想と確認を兼ねて言ったが、ほぼ確信してのセリフだった。宿の買取で誘拐をやらせる相手である。邪魔者を消せる絶好の舞台があるなら、迷わず飛びつくと判断したのだ。最もここまで相手が弱いのは流石に想定外だったが。
「まあ、そんなことはどうでもいい。ただし、内部の戦力も教えてもらわないとなあ?」
「し、知らない!ただ、ペンダントはめたガキを潰せって命令されて……!選手で当てはまるのはあんただけだったから……!」
「チッ……。無駄に知恵が回るな」
舌打ちをして相手を場外に蹴り倒すと、減った他の選手に狙いを定める。幸い、外套の男を除いてはそこまで強い相手はいなかったので、フィールドを駆け抜けながら片っ端から戦闘不能に追い込んでいく。たとえ相手を失格にできなくても動けないように立ち回ることで、負けない戦い方を行っていった。
結果として、後4人というところまで残ることができた。
「やはり最後まで残るか。見込み通りの男だ」
「そりゃどうも。できればあんたとは機竜で決着をつけたいがな」
外套の男と向かいあって話していると、互いの後ろから相手が迫ってくる。この2人は最初から組んでおり、コンビネーションによってこうして残っている実力派である。最後は同時に不意を打って終わらせるつもりだったが、
「ふん」
「はぁっ!」
集まった人の中で、特に極まった2人には全く通じなかった。外套の男は後ろを向いた状態で手の甲で顔面を殴り、鳩尾を蹴り飛ばして気絶させる。ガレンは後ろに回し蹴りを放って顔面をそのままフィールドに叩きつけ、相手はその衝撃によって気絶。
最終的には、2人とも場外まで相手を引きずって放り投げることで試合が終了した。
『し、試合終了!両者、最後は圧倒的な強さを見せた終わり方です!本戦に進んだ選手、ガレン選手とブレット選手に盛大な拍手を!』
観客の拍手に包まれる中、ガレンとブレットは1度互いに視線を合わせながら、それぞれ入り口に向かって歩いていく。ちょうど同時に入る形になったが、2人は一言も話さずに行った。
ちょっと詰め込み過ぎましたかね?
これだけ期間が空いたにも関わらず、僅かしか進まず申し訳ないです。
リアルでは内定、研究室による卒論作成(時間的余裕はある)、人手不足によるバイト三昧(危うく扶養控除に引っかかりかけた)。安定する頃には就職してそうだな、こりゃ。
暇はあっても文章化に手間取るし、これでいいのかと自問自答。小説家は凄いわ。
失踪する気はありませんが、やる気が失せそうなこの頃です。
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