幸運なノービス物語 (うぼのき)
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序章
第1話 ユグドラシル


「ついにこの時が……」

 

 長かった。本当に長かった。

 

「みんなありがとう……僕もこれで……」

 

 PC画面に映る僕のキャラが敵を斬る。

 30人を超える仲間達が見守る中、その敵を倒した時。

 

「きたーーー!」

 

 天使の羽のエフェクトと共に、僕のキャラがレベル99になった。

 発光式。

 レベル99となり、足元からオーラのような光りが放たれるようになる。

 ラグナロクオンライン(RO)ではよくある光景だろう。

 オーラを放つキャラが「ノービス」であることを除けば。

 

 スーパーノービス。通称スパノビ。

 ノービスはROでキャラを作ると必ずこの職業から始まる。

 ジョブレベル10になると、通常は1次職に転職する。

 ソードマン、シーフ、アーチャー、アコライト、マジシャン、マーチャント。

 

 しかし転職せずにそのままノービスとして成長することを選んだ者達はスパノビと呼ばれた。

 僕もそのスパノビに魅入られて、この茨の道を歩んできた。

 同じスパノビの仲間だけではなく、ギルドのみんなも協力してくれてついにレベル99となったのである。

 

 しかもただのスパノビではない。

 僕のスパノビのステータスはなんと……

 

 

 Str:8

 Agi:97

 Vit:5

 INT:5

 DEX:5

 LUK:99

 

 

 神速クリ型スパノビなのである。

 勝手に僕が名付けました。

 武器は当然+10トリプルクリティカルスティレットです。

 ステータスポイントは1余ってしまうステ振りになったけどね。

 

 画面にはみんなから祝福を受ける僕のキャラが、なんだか照れているように見える。

 そして「枝折り」が始まりお祭り騒ぎだ。

 レベル99になることは「デスペナ」から解放されることを意味する。

 もう何回死んでも恐くないのだ!

 

 お祭りが終わり、しばらく溜まり場で談笑する。

 いつもの光景もオーラを放つ僕のノービスを見るとなんだか新鮮に見える。

 と、同時にちょっと寂しい気もする。

 目標としていたレベル99のノービスを達成してしまったことによる喪失感だろうか。

 

「本当のスパノビが実装されるのが待ち遠しいね」

 

 チャットに仲の良いギルメンの発言が表示される。

 

 本当のスパノビ。

 一部で噂になっているノービスから転職できる本当の職業として「スーパーノービス」が実装されるという噂だ。

 なんでも1次職全てのスキルを取得することができるとか。

 ジョブレベルは50ではなく99とか。

 様々な憶測が飛び交っている。

 

 まあどんなに期待しても、スーパーノービスの前に2-2次職の実装が先なんだけどね。

 2-2次職は1次職から転職できる新たな上位職だ。

 クルセイダー、ローグ、バード(男)、ダンサー(女)、モンク、セージ、アルケミスト。

 こちらはすでに韓国で実装済みなので、ある程度確実な情報が出てきている。

 

 ギルメン達と2-2次職の話で盛り上がり、夜も遅くなったのでログアウトして寝た。

 

 

♦♦♦

 

 

 今は夏休み。

 大学受験を控えた高校3年生の僕にとっては嬉しい休みの日々。

 特に難関の大学を狙っているわけではないので、勉強はそこそこで大丈夫だ。

 今日もPCを起動すると、さっそくROに接続する。

 レベル99になったから、高難易度ダンジョンもノビで行って問題なし!

 デスペナないからね!

 

 さっそくサーバーを選択……あれ?

 なんだこのサーバー?

 そこには見知らぬサーバーがあった。

 

 

 ユグドラシル(0人)

 

 

 ユグドラシルって北欧神話で世界を支えている世界樹のことだよな。

 新しいサーバーの告知なんてなかったはず。

 しかもログイン人数は0人って!

 これは僕が最初の1人になれるかも!?

 

 喜び勇んでユグドラシルのサーバーを選ぶと、

 

「え?」

 

 そこには僕のレベル99のノービスである「グライア」がいた。

 なんでグライアが表示されるんだ?

 サーバーでキャラ共有?

 

 しかもキャラスロットが1つしかない。

 とりあえずグライアでログインしてみた。

 真っ暗な画面の中にぽつんとグライアがオーラを放って立っている。

 

 なんだここ?

 

 クリックすると移動できるので、どんどん上に向かって移動させていくと、白い髭の老人が立っていた。

 クリックすると会話ウィンドが表示される。

 

 

オーディン

「よく来たなグライア。ここは運命の間である。お主はユグドラシルの世界へと渡るのだな?」

 YES NO

 

 

 いきなり質問された。

 しかもこの老人の名前がオーディンになっている。

 北欧神話の最高神じゃないか。

 とりあえずYESを選択する。

 

 

オーディン

「うむ。ではまずお主に天職を授けよう。……むむ! なんと! お主はノービスを極めた者ではないか! これは驚いた。長いことノービスを極めた者に出会わなかったもんでな。ならばお主の天職はこれしかあるまい! スーパーノービスじゃ!」

 

 

 これなんかのイベントか?

 そんな風に思いながらオーディンの言葉を目で追っていたら、転職の時のエフェクトが起きる。

 

「え?」

 

 グライアの見た目が変わっている。

 ノービスよりちょっとかっこいいノービスになっている。

 職業もスーパーノービスになっている。

 

 

オーディン

「うむ。久しぶりにスーパーノービスを見れて、わしも満足じゃ。

 ではユグドラシルでの活躍を祈っておるぞ。向こうで会える日を楽しみにしておる」

 

 次の瞬間、パソコンから光りが溢れ僕を包み込んだ。

 



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第2話 ノービスがいっぱい

「うう……」

 

 突然パソコンから光りが溢れた。

 光りが納まり目を開ける。

 

「え? な、なんだ?」

 

 目の前には人、人、人、そして人。

 みんな同じある服装で立っている。

 それはどこかで見たことがある服。

 

 ROのノービスの服だ。

 全員がその服を着て立っているのだ。

 そして、ふと自分を見ると僕もまたノービスの服を着ている。

 これはいったい……。

 

 僕は来てしまったのか? ROの世界へ。

 

 突然ドアが開くと1人の男性が入ってきた。

 鎧を着ており、姿から騎士と思われる。

 

 

「お~し! 全員集まったな! ひよっこ共、よく聞け! 俺は冒険者ギルドで新人研修を任されている騎士アルディだ! これから冒険者なんてものになりたがるお前達に基礎を教える! しっかりついてこい!」

 

 

 ノービスの服をきた者が30人ほどだろうか。

 それなりの広さの部屋には1つのドアと、いくつかの窓以外に何もない。

 床は木で壁は石で造られているようだ。

 僕は一番後ろで壁際にぽつんと立っている。

 アルディと名乗った騎士は淡々と説明を始める。

 

 

「まずはステータスを呼び出せ。ま~全員分かっていると思うが、念のために説明するぞ」

 

 

 え? ステータスを呼び出せってどうやるんだ?

 周りを見ると、みんな何もない空間を見ている。

 いや、ステータスを見ているのか。

 でも僕には何も見えない。

 恐らく自分にだけ見えるのだろう。

 どうやるんだ? 念じるのか?

 

 僕はステータスと念じてみた。

 

 

ステータス

グライア(♂) 人族

ノービス

HP:50 SP:10

ベースレベル:1

ジョブレベル:1

ゼニー:1,000

 

 

 出た。

 何もない空間にウィンドウが表示された。

 これが僕のステータスか。

 

 

「自分のステータスは自分しか見れない。他人のを覗こうとしても無駄だ。

 ステータスには名前、種族、ジョブ、HP、SP、ベースレベル、ジョブレベル、ゼニーの項目が表示される。

 名前は自分の名前だ。隣に男か女か記号で書いてある。

 種族はここにいる者達はほとんどが人族だろう。

 見たところ、エルフやドワーフもいるかな。

 ジョブは全員、冒険者ギルドに来た時に神官からノービスのジョブを得ているはずだ」

 

 

 エルフやドワーフ!?

 プレイヤーにそんな種族なんてなかったはず。

 

 

「HPは生命バリアの値だ。HPがある限りどんな攻撃を受けようとも実際の身体が損傷することはない。

 またHPが0になると主神オーディン様の導きによりセーブポイントに戻ることができる。

 ま~デスペナとして経験値が1%分減るけどな。

 デスペナが嫌ならプリーストの方にリザレクションをかけてもらうことだ。

 1度HPが0になると、セーブポイントに戻るかリザレクションをかけてもらわないと、HPが回復しないからな。

 貴重なユグドラシルの葉があれば別だが、駆け出しのお前達が持てるアイテムではないだろう。

 承知の通り、オーディン様の神力が届かない場所ではHPが0になってもセーブポイントに戻ることはできない。

 その場合は、蝶の羽なり使って自力で脱出しろ。でないと、死ぬことになるからな」

 

 

 HPはバリアという扱いなのか。

 そして0になるとセーブポイントに戻れると。死に戻りのことだな。

 デスペナはセーブポイントに戻ったら経験値1%のロスか。

 プリーストのリザレクションをかけてもらえばロスはなし。

 この説明からHPが0でも動けるんだな。

 動けるし戦える。

 でもHPが0で攻撃を受けたら本当に身体が傷ついて死ぬ。

 

 ユグドラシルの葉はイグ葉のことだろう。

 少し名称が違うのか。

 それに貴重って……普通に道具屋で売っていたはずだけど。

 いや、ここがROの世界として、全てがゲームと同じと限らない。

 現に、僕は生身の身体でここにいる。

 剣を振るのも、魔法を使うのも、ゲームとは違って自らの行動で行うのだから。

 

 

「SPはスキルを使えば消費する。SPがないとスキルは発動しないからな。

 SP回復剤は馬鹿みたいに高い。これも駆け出しのお前達が持てるものではないだろう。

 座って回復するのが一番だ」

 

 

 SPに関してはゲーム通りだな。

 

 

「ベースレベルはオーディン様より得られる身体能力的な加護の強さだ。

 レベルがあがればそれだけ加護が強くなる。

 得られる加護は力、体力、俊敏、魔力、器用の5つだと言われている。

 ま~これは頭の偉い学者さん達の研究によって定義されているだけで、実際にはもっといろんな加護があるとも言われている。

 が、この5つは間違いなく加護を得られるものだろう。

 レベルが上がった時に、どの加護を得られるかは分からない。

 それは各個人の才能に基因するといわれている。

 また1レベル上がるごとに得られる加護の強さも、各個人で違うと言われている。

 極端な話、ベースレベル99よりもベースレベル10の奴の方が強い、なんてこともあり得るわけだ。

 ま~そこまで極端なことはないが、上にいけばいくほど、その差は顕著になっている。

 みな自分の才能を信じて努力を怠らず、実力を磨いていくことだ」

 

 

 呼び名が違うのか。

 Strとかじゃなくて、力か。

 しかもアルディさんの言い方からして、値が見えないのか。

 ステータスを探しても、Strなどの表示はない。

 

 しかも学者さん達の研究によって判明している加護は5つ。

 しかしROのステータスは6つだ。

 Lukがない。幸運が。

 僕が99まで上げた幸運がないよ!

 

 ま、まあいいか。

 それにどうやら自分でステ振りできるわけじゃなさそうだ。

 レベルが上がると勝手に上がっていくらしい。

 

 

「ジョブレベルはスキルに関する強さだな。

 俺は見た通り「ナイト」の天職を得ている。

 ナイトは2次天職で、1次天職の「ソードマン」のジョブレベルを40以上にすることで得ることができる。

 そしてジョブレベルが上がると「スキル」を得ることがある。

 スキルは強力だ。

 しかし必ず得られるものではない。

 俺はバッシュ、プロボック、インデュアの3種類のスキルを得ている。

 さらにペコペコ騎乗も可能だ。

 スキルに関しても学者達はあれこれと言っている。

 その中でもSPを消費しないスキルが存在するという説はかなり有力とみられている。

 実際、俺もそれを実感したことがある。

 ベースレベルではなく、ジョブレベルが上がった時に、モンスターに与えるダメージが増えたり、HPの回復が早くなったり。

 何よりペコペコ騎乗がそうだ。

 これはジョブレベルが上がった時に、急にペコペコが乗ることを許してくれるようになった。

 ペコペコに乗っているからSPを消費することなんてない。

 ま~スキルを得られることは幸運なことだが、まずは天職を得なくてはいけない。

 そのためにはノービスのジョブレベルを10にする必要がある。

 その後に天職を授けて下さる神官様の前でオーディン様に祈ることにより天職を得られるわけだ。

 これもどんな転職になるかは分からないが、各個人の才能にあった天職になることが多い。

 だからソードマンになりたかったものが、マジシャンの天職を得たら、自分には魔法の才能があったと思えばいい。

 何も残念に思う必要はないからな」

 

 

 これもか。

 自分で決められず、勝手に振られるか。

 しかも職が選べないときたもんだ。

 アルディさんは騎士だけど持っているアクティブスキルはソードマンのものだしな。

 ペコペコ騎乗はライティングのことだろう。

 

 

「最後に所持金のゼニーが表示されているな。

 世の中ゼニーなんて悲しい言葉は言いたくないが、ゼニーを持っているやつは強い!」

 

 

 どっと笑いが起きる。

 ただ間違いない。ゲームでもゼニーを持っている奴は強かった。

 あれ? ゼニーって金貨とか銀貨とか?

 

 

「大昔はゼニーを金貨や銀貨などで持っていたそうだが、今はオーディン様の御力によりステータスで管理されている。そのためゼニーを勝手に盗まれることはないが、詐欺取引や詐欺露店はあるから注意しろよ」

 

 

 お~ステータスで管理とは便利だな。

 じゃらじゃらとお金を持つ必要がないのか。

 

 

「次にスキルを呼びだしてみろ。

 ま~まだ何もないだろうがな」

 

 

 スキルと念じる。

 スキルウィンドウが表示されたけど、スキルは何もない。

 

 

「ジョブレベルが上がりスキルを得ると、ここにスキルが表示される。

 表示されるスキルは全てSPを消費して使用するものだ。

 さきほども言った通り、SPを消費しないスキルはここに表示されない

 スキルはスキル名を唱えることで使用できる。

 即時発動のスキルもあれば、魔法のように詠唱時間を必要とするスキルもある。

 詠唱時間を必要するスキルは、スキル名を唱えると詠唱が完了するまで動けなくなるから注意が必要だぞ」

 

 

 どんなスキルを覚えられるのか楽しみだ。

 

 

「次にアイテムボックスの説明だ。

 こっちも今さらと思うかもしれんが、一応な。

 ではアイテムボックスを開いてみてくれ」

 

 

 アイテムボックスと念じる。

 出た。

 

 

アイテムボックス

装備

消費

素材

カード

 

 

 アイテムボックスの中はさらに4種類に分かれていた。

 使いやすい。

 装備とさらに念じることで、アイテムボックスの装備のウィンドウが表示される。

 

 

「自分のアイテムボックスは自分しか見えないし使えない。

 アイテムボックスは便利だが注意しなくてはいけないのが、ある一定以上の重量を収納すると悪い変化が起きることだ。

 最初はHPやSPが自然回復しなくなる。

 次に物の重さを感じるようになり動きが鈍くなる。

 最後にはスキルは発動しないし、あまりの重さに動けなくなるだろう。

 アイテムボックスに収納できる重量には差がある。

 力が強いものほど多く持てるとも言われているし、マーチャントやブラックスミスは多く持てるとも言われている。

 どんなにベテランの冒険者でもアイテム無しに戦うのは危険だ。

 自分のアイテムボックスとは上手に付き合うように」

 

 

 所持重量を50%超えた時の話だな。

 ゲームと違って重みを感じて動きが鈍くなるのか。

 

 

「アイテムボックスからアイテムを出したい時は、そのアイテムに触れて出せばいい。

 試しに消費欄の中にお前達に渡しておいた「初心者用ポーション」が入っているはずだ。

 それを1つ取り出してみろ」

 

 

 アイテムボックスの消費のウィンドウの中にある「初心者用ポーション」に触れて取り出そうとする。

 何もない空間から、ぐいっと赤い液体が入った小瓶が出てくる。

 

「ポーション系アイテムは小瓶の中に入っている液体を自分にかけることで効果を発揮する。それが普通の使い方だが、アイテムショートカットに登録することで最大3つまでのアイテムを取り出すことなく使用することができる。

 アイテムショートカットを出してみろ」

 

 

 アイテムショートカットと念じる。

 3つの枠があるウィンドウが表示された。

 

 

「3つの枠があるな? そこに初心者用ポーションを登録しろ。

 ここに登録されているアイテムに関しては、自動使用もしくは念じるだけで使用することが可能だ。

 ポーション系はここに登録しておけば、HPが0になる前に自動使用してくれる。

 ハエの羽や蝶の羽は念じて使うことができるぞ。

 一部のスキルで消費するジェムストーンはアイテムボックスに入れておくだけでいいので、特に登録する必要はない。

 枠は3つしかない。

 どのアイテムを登録するかはよく考えることだ。

 一番重要な回復系は、一番左に登録したものから使われていくからな」

 

 

 ポーションの自動使用は嬉しいな。

 しかもHP0になる前に勝手に使ってくれるとは便利過ぎる。

 

 

「モンスターを倒した時のドロップアイテムは、そのアイテムに触れてアイテムボックスに収納するように。

 加護によってそのモンスターを倒すのに最も大きなダメージを与えた者、またはPTしかドロップアイテムをアイテムボックスに収納できない。

 しかしこれは一定時間だけだ。

 早く拾わないと、どこから来た奴にアイテムを拾われるなんてことになるから気をつけろよ」

 

 

 アイテムの取得権があるのか。

 一定時間ってどれくらいだろう。

 

 

「さて、お次は装備に関してだ。

 全員、初心者用装備一式をもらっているな。

 では装備を呼び出してみろ

 アイテムボックスの中にある初心者用装備一式を装備するんだ

 装備は該当の装備品に触れて装備すると念じればいい」

 

 

 装備と念じる。

 装備ウィンドウが出た。

 初心者用装備一式を装備していく。

 

 

装備

 右手:初心者用マインゴーシュ

 左手:初心者用ガード

 鎧:初心者用アドベンチャースーツ

 肩:初心者用フード

 靴:初心者用サンダル

 アクセ1:

 アクセ2:

 頭:初心者用偽卵殻

 

 

 全員の頭に卵の殻が現れる。

 僕の頭にも。

 ただ実際には頭と接触していない。

 薄皮一枚分離れている。

 

 マインゴーシュとガードは装備したけど手に現れることはない。

 そもそも防具を装備したって見た目が変わらない。

 これはゲームと同じなのか?

 

 右手にマインゴーシュと念じてみる。

 出た。

 右手に短剣が現れる。

 左手にガードと念じると、左手にもガードの盾が現れた。

 

 重さがある。

 卵の殻と違って、きちんと僕が持っている。

 

 

「右手と左手に装備した武器と盾は、手でその装備を持とうと念じれば現れる。逆に手から離すようにすれば消えるが、きちんと装備されているので心配ない。

 頭装備に関しては、見た目が嫌ならこちらも消えるように念じれば消えてくれる。

 ま~見た目なんてどうでもいいんだがな。

 装備によって加護を得られる。それが重要だ。

 とは言え、見た目を気にするやつもいる。

 お前達はノービスの衣装を着ている。

 なのでどんな防具を装備しようと見た目は変わらない。

 変えたいのなら、衣装を購入して着る必要がある。

 衣装を呼び出してみろ」

 

 

 衣装と念じる。

 

 

衣装:ノービスの服

 

 

「衣装が汚れたら、清掃スキルを使えばいい。ノービスのジョブレベルを10にするまでに様々な基礎スキルを得るはずだ。清掃スキルを得られなかった者は、持っている者に頼むんだな。

 衣装もゼニーがあればいろんなものが買えるだろうが、こっちも馬鹿高いのでまだまだ先の話だ」

 

 ノービスのジョブレベルを上げる間に生活スキルを覚えるのか。

 これはゲームとは違うな。

 座るなんてことを覚えるわけじゃないもんな。

 

 

「次に取引について説明する。

 お前達がモンスターを倒してレアアイテムを手に入れたとする。

 仲間にマーチャントやブラックスミスがいれば露店スキルで売ることもできるが、取引場で直接取引したり、仲間にアイテムを渡したりする時に使うことになる。

 隣りにいる適当な奴に向かって取引と要請してみろ」

 

 

 みんな隣にいる者に取引を要請し始める。

 一番後ろの壁際に1人ぽつんと立っていた僕は取り残されてしまう。

 や、やばい。どうしよう。

 

 おろおろしていると、そんな僕を見かねたのか爽やかイケメン君が近寄ってきてくれた。

 

「やあ。俺はカリス。取引要請してみてよ」

 

 白い歯を見せつけながら爽やかイケメンカリス君が微笑んでくれた。

 

「ありがとう。僕はグライアだ」

 

 カリス君に向かって取引と念じる。

 取引ウィンドウが表示される。

 アイテムやゼニーを入れることができ、決定と念じると取引が成立するようだ。

 

「助かったよ」

 

「いやいや、困った時はお互い様さ」

 

 爽やかイケメンカリス君は、また白い歯を見せて戻っていった。

 

 

「よーし! ここでの最後の説明だ。

 この後、お前達には訓練所に移動してもらう。

 そこには低級モンスターが放し飼いしてある。

 そこで戦闘を学んで、ジョブレベル10を目指すことになる。

 ノービスのジョブレベル10なんてすぐだ。

 だが、せっかくこうして集まったのだからPTを組んでもらう。

 PTを組むことで、お互いのHPを確認することができる。

 頭の上にそいつのHPがバーとなって見える。

 さらにはPTを組むことで経験値を共有することができる。

 1匹のモンスターの経験値が10とする。

 1人で倒せば経験値10を得る。

 2人のPTで倒せば、お互いが5ずつ経験を得る。

 と言われているが、実際には5以上の経験を得る。

 これはPTの恩恵だと言われている。

 PT人数が多いほど、1匹から得られる経験値が多くなって分割されると。

 ただし、PT内でのレベル差が10を超える仲間がいる場合、経験値が共有されなくなるから気をつけろよ。

 PTの上限は12人だ。

 今回は6人PTを1組としてもらおうか

 PTリーダーとなるものが、まずはPTを作成する。

 一番前にいる5人。お前達がPTを作成しろ。

 他の者達も後でPTを作成してみておけよ。

 PTリーダーは適当に他の者をPTに誘ってやってくれ」

 

 

 アルディさんの話が終わると、みんなガヤガヤとPTを組み始める。

 6人1組で5人がPTリーダーなんだから、30人ってことか。

 

 誰かに誘われるのをぼ~っと待っている。

 しかし、誰も誘ってくれない。

 なんかみんなPTを組み終わったのか、静かになって前を向いている。

 

 あ、あれ?

 え? 僕は?

 

「よ~し! 全員PTに入ったな?」

 

「あ、あの……すみません、僕まだ入っていません」

 

 一番後ろからぼそっと声をあげる。

 ギロリとアルディさんに見られる。

 

「6人PTだと言ったはずだぞ。どこかのPTが5人になっていないか? 今日の新人研修は30人ぴったりのはずだ」

 

 その言葉に僕は凍りついた。

 30人ぴったり?

 それってこの世界に迷い込んだ僕を除いて30人ぴったりってこと?

 

「おかしいな。受付のミスか? ま~いいや。おい誰かそいつをPTに誘ってやってくれ」

 

 アルディさんの言葉に反応したのは、あの爽やかイケメンカリス君であった。

 彼はPTリーダーのようだ。

 

「俺達のPTにおいでよ」

 

「ありがとう。本当に助かるよ」

 

 PT要請のウィンドウが出たので承諾する。

 すると、カリス君のPTのみんなの頭の上にHPバーが表示される。

 僕の頭の上にも同じく表示されているのだろう。

 

「よーし! 場所を移すぞ! ついてこい!」

 

 ぞろぞろとアルディさんに続いて部屋を出ていった。

 



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第3話 ゲームとは違う?

 冒険者ギルドの中を奥に奥にと進んでいく。

 すると光り輝く渦が見えてきた。

 

「ワープポイントだ。

 この先は草原となっていて、低級モンスターを放し飼いしてある。

 モンスターは非アクティブ、つまり向こうから襲いかかってくることはない。

 ちなみに、ここのモンスターはドロップアイテムを落とさない。

 HPが0になると、ここに戻ってくる。

 つまりここをセーブポイントとして記憶してから入ってもらう。

 初心者用ポーションはなくなったらまた支給するが、無駄遣いはするなよ。

 ノービスのジョブレベル10まで順調にいけば2時間ってところだ。

 今は9時半だな。

 昼飯前までには、ジョブレベル10になってくれよ。

 草原の向こう側にもワープポイントがある。

 ジョブレベル10になった者はそこへ向かえ。

 PTメンバーと話し合いながら、いろいろ試行錯誤してみるんだな。

 以上だ」

 

 どうやってセーブポイントを記憶するんだ?

 また念じるのか?

 セーブポイントと念じてみる。

 これでいいのか分からないが、とりあえずこうするしかないな。

 セーブポイントの記憶ってどうやるんですか? なんて質問をしたら馬鹿かと思われるかもしれない。

 

 次々とワープポイントに入っていく。

 僕も遅れまいと中に入ると、

 

「うわ」

 

 本当にワープした。

 輝く光りに一瞬だけ包まれたと思ったら、目の前には草原が広がっている。

 さっきまで建物の中だったのに……すごい!

 

 短い草が生えた草原に、草が刈り取られたことで道ができている。

 この道を進めば先にあるワープポイントに辿り着けるのだろう。

 遠くに建物らしきものが見える。

 あそこに道は続いているようだ。

 

 草原にはゲームで見慣れたモンスター達が見えた。

 

 可愛らしいピンクの身体をぷよぷよと動かしながら進むポリン。

 ちょっと大きな芋虫のファブル。

 こちらもちょっと大きな兎のルナティック。

 チョンチョンが飛び回っているのも見える。

 

「さて」

 

 カリス君がみんなを見て話し始めた。

 

「まずは自己紹介からしないか?

 こうして縁あってPTを組むことになったわけだし。

 俺はカリス。

 出身はここプロンテラだ。

 希望天職はナイト。よろしくな」

 

 爽やかイケメンらしく白い歯を見せながらかっこよく決めてくれた。

 ちょっと長めの金髪に青い瞳、白い肌、長身、イケメン。

 まさに白馬の王子様だな。

 歳は同い年ぐらいに見える。

 

 次に声をあげたのは、ごつい体型のおっさん? だ。

 真っ白な短い髪に褐色の肌は筋肉ムキムキだ。

 顔つきもごつい。

 歳は25歳前後かな?

 

「俺はマルダック。

 プロンテラ出身だ。希望天職はプリースト」

 

 ぶっと隣の男が吹き出しそうになっている。

 僕も心の中でツッコミたくなっている。

 

 その面と体型でプリーストかよ! と。

 

 マルダックさんは僕の隣の男をギロリと睨み付ける。

 緑色の髪に緑色の瞳。

 ひょろりとした体型で、どこかお調子者といった雰囲気だ。

 男は誤魔化す様に話し始めた。

 

「あはは。おいらはグリーム。

 モロク出身だよ。仲良くしてね! 特に女子!

 えっと、なんだっけ? あ~希望天職ね」

 

 予想通りのお調子者だった。

 残りの3人の女性に対してウィンクしてアピールしている。

 しかし、希望天職を言う声はひどく冷たい声だった。

 

「希望天職はアサシン」

 

 背筋がぞくりと震える。

 その声で殺されるんじゃないかと思うぐらい。

 

「いや~だって天涯孤独な暗殺者とかカッコよくない? これって絶対もてるよね?」

 

 ずるりと転げそうになる。

 ただかっこつけていただけかよ!

 

 続いて3人いる女子の中で、一番強気な感じの子が声を出す。

 カリス君と同じ金髪に青い瞳。白い肌に綺麗な顔立ちだけど、ちょっときつい印象を受ける。

 

「私はナディアよ。

 プロンテラ出身で希望天職はナイト。よろしくね」

 

「俺の許嫁って紹介は?」

 

「親が勝手に決めたことよ。言いたいなら貴方が勝手に言ったら?」

 

 カリス君の発言に、ものすごく嫌な顔で答えるナディアさん。

 2人は知り合い、というよりも親が決めた許嫁のようだ。

 ナディアさんも僕と同い年ぐらいだろうか。

 

 若干、険悪な雰囲気になった中、明るい声が響く。

 

「はいはい~。私はプーよ。プーちゃんって呼んでね。

 出身はゲフェン。希望天職はウィザードで~す」

 

 陽気で明るいお姉さんといった感じのプーさん。

 真紅の髪はゆるふわパーマみたいになっている。

 ナディアさんと同じく綺麗な顔立ちだけど、プーさんからはきつい印象を受けることはない。

 むしろどことなくエロティックな感じだ。

 胸の膨らみも素晴らしい。

 

「あ、え、えっと……わ、私はティアです。

 イズルート出身です。

 希望天職はプリーストです」

 

 最後の女子はティアさんか。

 茶黒のショートカットの可愛い女の子だ。

 同い年か、もしくは年下かな?

 なんだかおどおどしている。

 いや、僕も人のこと言えないけどね。

 

 小動物のような可愛いティアさんは思わず守ってあげたくなっちゃう存在だな。

 それに童顔の顔の下に存在する、巨大な山。

 もうビックマウンテンですよ。

 どうやったらこんなに大きく育つんですかね?

 

 ティアさんの胸に視線がいってしまうのを我慢して、最後は僕の番だ。

 最後に拾ってもらったおまけだけど。

 

「え、えっと。グライアです。

 出身は……」

 

 まずい、出身どうしよう。

 他の人達と被るのはまずいよね。

 その街の話題を出されるとついていけないし。

 

 いや、無難にプロンテラか?

 プロンテラが一番大きい街だろうし、ここなら適当なこと言って……。

 いや、だめだ。

 それでも話についていけない部分があると、不審に思われてしまう。

 他の人達と違う街にするべきだろう。

 

「出身はアルデバランです。」

 

 これなら大丈夫。

 そう思って言った一言だったのだが、

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 あれ? なんか反応おかしくない?

 え? アルデバランってだめだった? なんかダメだった?

 ま、まずいな……。

 と、とにかく天職……え、えっと……。

 

「き、希望天職は……ブラックスミスです」

 

 本当の剣を持って僕が戦えるか分からないのだから、ブラックスミスというかマーチャントで細々と商売して生きていくのもありだろう。

 ま~望んだ職を得られるわけじゃないんだから、なんだっていいんだけどね。

 

 それにしても、みんなが僕のことを哀れむ様な目で見ているのはなぜだ?

 アルデバランって何がダメだったんだ?

 

「そ、それじゃ~早速狩りしようか。低級モンスターばかりだから、奥のワープポイントを目指しながら適当に倒していこう」

 

 カリス君の一言で移動を始める。

 他のPT達はまだ話し合っている組もあれば、既に草原に向かってモンスターと戦っている組もいる。

 

 ここからこの世界での僕の戦いが始まるのか。

 

 

♦♦♦

 

 

「はぁぁぁ!」

 カリス君が華麗に短剣を振る。

 

「あらよっと!」

 グリームさんが軽やかに短剣を振る。

 

「うおおおお!」

 マルダックさんが豪快に短剣を振る。

 

「はっ!」

 ナディアさんが美しく短剣を振る。

 

「うふ~ん」

 プーさんが妖艶に短剣を振る。

 

「え、えい!」

 ティアさんが一生懸命に短剣を振る。

 

「お、おお……」

 僕はおろおろしながら短剣を振る。

 

 

 違う、違過ぎる。

 ゲームとは全然違う。

 ティアさんにすら劣る僕の動き。

 ポリンやファブル相手に四苦八苦。

 ルナティックには攻撃を当てられないことが多い。

 動かないプパは楽だけど、倒すのにみんなの3倍の時間がかかり、

 チョンチョンに至っては、もう無理。

 

 既にみんなの僕を見る目が痛い。

 突き刺さるような目です。

 え? お前そんなんで冒険者になろうとしてるの? という目です。

 

 ベースレベルやジョブレベル以外に、人としての強さが存在している。

 これはもう無理ゲーだ。

 いやゲームじゃないんだけど。

 

 モンスターに短剣を当てなければいけない。

 これが難しい。

 しかも当たる箇所でダメージに差が出るらしい。

 ポリンでいうと、中心地点に短剣を刺すと一番ダメージが大きくて、端になるほど少ないダメージしか与えられない。

 

 ゲームと違って1匹のポリンを7人で攻撃するのは難しい。お互いが邪魔になるから。

 初心者用ポーションもあるので、モンスターを見つけた者が1人で相手して倒す。倒した後に近くでモンスターと戦っている仲間がいれば加勢する。

 1匹のモンスターに対して2人までで相手すると決まった。

 

 僕は常に加勢してもらっている立場だ。

 

 カリス君と同じタイミングでそれぞれポリンと戦い始めたとして、僕が5~7回ぐらい攻撃してやっと倒すのに対して、カリス君は2~3回で倒している。

 

 ポリンは非アクティブだから、最初の一撃は必ず当たる……はずなのだが、短剣でポリンを斬りつけても手応えがない時がある。

 モンスターはHPが0になると弾けて光の粒子となる。

 HPがある間はモンスターも体を損傷することはない。

 ポリンを斬りつけた時に、何か硬いバリアのようなものを斬った感触を得る時がダメージを与えられた時の感触だ。

 

 逆にポリンから体当たりされた時、身体は痛くないんだけど、同じく自分を守ってくれるバリアに衝撃がドンと伝わることがある。

 この時、僕はダメージをもらっている。

 しかし、体当たりされたのに何も衝撃がこない時がある。

 この時はダメージをもらっていない。

 

 カリス君に聞いてみた。

 

「それは回避しているからだよ。え? 避けてないって? 何を言ってるんだ……。

 オーディン様の加護によってモンスターの攻撃を回避したに決まっているじゃないか」

 

 ということらしい。

 つまりゲーム的なFleeの概念は存在しているんだ。

 

 まず人としての強さがある。

 でもその先にゲーム的要素を含めた神の加護という名の強さがある。

 

 それならクリティカルは?

 これもカリス君に聞いてみた。

 

「クリティカルの加護はたまにしか発生しないけど、発生すれば相手の防御を無視したダメージを与えられる。

 そして嘘か本当か分からないが、クリティカルの場合はモンスターのどこを攻撃しても最大ダメージを与えられるとか。

 はっきりしたことは分かってないけど、たまにしか出ないんだから頼るわけにはいかないだろう」

 

 あれ? クリアサとかいないのかな?

 まあいいや。

 あまり聞くのも不審に思われてしまう。

 もう十分不審者扱いだけど。

 

 狩りを始めて1時間ちょっと。

 無事にジョブレベル10になりました。

 PTを組んでいるおかげで経験値は共有されるので、みんなが倒してくれた経験値を吸ってレベルは順調に上がっていった。

 ベースレベルは11だ。

 

「みんなジョブレベル10になったね? それじゃ~さっさとワープポイントに向かおうか?」

 

 カリス君の言葉にみんな頷く。

 僕も頷く。もう疲れたよ。

 体力もない僕でした。

 

「ただし、グライアはここで鍛錬した方がいいんじゃないか?

 ちょっとその動きは問題だぞ。

 いや、動きはかなり速いように見えたんだけど、なんていうか雑だな。

 それに剣もちゃんと振れてない。

 鍛錬する気があるなら、初心者用ポーションを渡すけどどうする?

 どうせ1次天職を得たら、このポーションは使えないからな」

 

 カリス君の厳しい言葉。

 いや、そうなんだけど。

 みんなのようにちゃんと剣を振れないんだよね。

 だって、今まで本当の剣を振ったことなんてないんだから!

 

「は、はい。

 そうします。僕は時間までここで鍛錬しますね」

 

「グラっち頑張ってな!」

 グラっち? グリームさんがポーションを渡してくれる。

 

「男ならもっと力強く剣を振るのだ!」

 マルダックさんが背中をばしんと叩いて、ポーションを渡してくれる。

 

「ふん」

 ナディアさんが素っ気なくポーションを渡してくれる。

 

「頑張れよ」

 カリス君が爽やかにポーションを渡してくれる。

 

「グラちゃん頑張ってね~。プーちゃん応援してるから」

 プーさんが無駄にボディタッチしてきながらポーションを渡してくれる。

 

「あ、あの……私もグライアさんと一緒にここで鍛錬してから行きます」

 ティアさんが……ほえ?

 

 ティアさんはもじもじしながら、僕を見つめてきた。

 か、可愛い。

 

「そ、それじゃ~みんなからもらったポーションの半分はティアさんに渡しておくね」

 

 僕はポーションを半分、ティアさんに渡した。

 

「あ、ありがとう」

 

「ふん、まあいい。昼までにはワープポイントにきて中に入れよ」

 

 カリス君がどことなく不機嫌な声で言うと、さっさと歩き始めていった。

 ちょっと爽やかが崩れているぞ。

 ティアさん取られたからか? でも許嫁のナディアさんがいるんだろ?

 

「そ、それじゃ~頑張ろうか」

 

「は、はい! よろしくお願いします」

 

 ティアさんはペコリとお辞儀する。

 くぅぅぅ~、行動が1つ1つ可愛すぎる!

 

「あ、いや、こちらこそ。

 見ていて分かったと思うけど、僕全然だめだから。

 むしろティアさんに迷惑かけないか心配だよ」

 

「そ、そんなことないですよ。

 グライアさんの動き凄かったですよ。

 チョンチョンと戦っている時の動きなんて、私一瞬見失ってしまいました」

 

 え? 見失った?

 あのチョンチョンとの死闘。

 確かにチョンチョンの攻撃を必死に避けていたし、攻撃をもらっても回避によってあまりダメージは受けていない。

 というより、ポリンもファブルもルナティックも、攻撃をもらってもほとんど回避だったな。

 たま~にダメージ受けることあったけど。

 どうしてだ?

 レベル11でそんなFleeあるわけないのに。

 

「ははは。

 逃げるのだけは得意だから」

 

 適当に答えて、2人でモンスターを狩り始める。

 ジョブレベルは上がらないけど、ベースレベルは上がるのだから意味はある。

 そういえばティアさんのベースレベルっていくつなんだろう?

 

「ティアさんってベースレベルいくつですか?」

 

「えっと、そ、その……あまり人に言うことじゃないというか、その……」

 

 しまった!

 気軽に聞いていいことじゃなかったのか。

 自分の強さに直結する問題だもんな。

 

 固定PTかギルドメンバーじゃないと教えないとかなのだろう。

 

「ご、ごめん。

 僕ちょっと常識に欠けていることがあって。

 そ、その、何かあったら遠慮しないで言ってね」

 

「は、はい。

 そ、その、ごめんなさい」

 

 どうしてティアさんが謝るのだろう。

 気が弱い子なんだろうか。

 

 その後、僕達は鍛錬のためにモンスターと1対1で戦うことにした。

 

 ポリンの動きはだいぶ掴めてきた。

 ぷよぷよと震えると体当たりしてくるのだ。

 これを合図に体当たりを避けられるようになった。

 

 体当たりを避けてから、ポリンに一撃入れる。

 また避けてから一撃。

 避けられず体当たりをもらっても、ほとんどが回避である。

 僕のHPが減ることはない。

 

 これってやっぱり95%回避状態なのか?

 でもどうして?

 

 慣れてくると僕の動きはどんどん良くなってきた。

 カリス君やティアさんが言っていた通り、なんだか僕の身体は速く動く。

 コツが掴めると、さらにどんどん速くなっていった。

 これが加護なのか?

 

 どんどん速くなる。

 どこまで速くなるのだろうか?

 

 もっと速く、もっと速く、もっと速く。

 念じるように僕は動いていく。

 

 するとポリンは次第に僕を目で追えなくなったのか、見失うようになった。

 

 ファブルもルナティックも同じだ。

 僕の動きについてこれない。

 

 しかしあいかわらず、僕の攻撃も回避されることが多い。

 せっかく短剣を当てても、手応えがない。

 

 たまにクリティカルが出ていることがある。

 攻撃を当てた時、ズドン! という手応えを感じる時がそうだろう。

 

 30分ぐらいティアさんと2人で狩りをした。

 汗びっしょりだ。

 清掃スキルを使う。

 

「清掃」

 

 服だけではなく、身体までも清潔になる。

 これは便利だ。

 

 ノービスのジョブレベル10までに清掃スキルを得られた。

 他にも座るとSP回復とか、フレンド登録、手紙などの基礎スキルをいくつか覚えている。

 

「清掃」

 

 ティアさんも清掃スキルを得られたようで喜んでいた。

 

「ふ~疲れましたね」

 

「はい。グライアさんの動きどんどん速くなっていって凄いです。最後の方はもう私では見えないぐらいでした」

 

「ははは。なんだかちょっとコツが分かってきたんだ。

 どうすれば速く動けるかってね」

 

「すごいです。どうすればグライアさんみたいに速く動けるんですか?」

 

「う~ん、なんていうか、こうびゅっと動くような感じ?」

 

「びゅっと……ですか」」

 

「うん。びゅっと! ……ごめん、分かり難いよね」

 

「あ、いえ、違うんです!

 私は鈍いから、そもそも速く動けないだけですから」

 

 胸のマウンテンが重いのかな?

 そのビックマウンテンが!

 

「それにしてもちょっと喉が渇いてきましたね」

 

「はい。そろそろワープポイン……あれ? あそこに井戸がありますよ」

 

 ティアさんが指さした方角には確かに井戸らしきものがあった。

 これだけ広い草原での狩りだ。

 喉が乾いたら井戸から水を汲んで飲むのだろう。

 

 僕達は喉を潤そうと井戸に近づいていった。

 ただ水を飲もうとしただけだった。

 

 しかし、

 その井戸に着いた時だ。

 

「え?」

「え?」

 

 突然の光り。

 輝く光りに一瞬だけ包まれたと思ったら、僕達は見知らぬ洞窟? の中にいた。

 ワープだ。

 あの井戸はワープポイントだったのか?

 

 じめじめとした洞窟。

 水が滴り落ちる音があちこちから聞こえる。

 そして、洞窟の奥から響いてくる奇妙な音。

 

「こ、ここは……」

 



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第4話 きのこの洞窟

 突然のワープで僕達は洞窟の中にいる。

 洞窟の中は明るい。

 人為的に洞窟の岩を削ってランプが置かれている。

 そのランプが明かりを灯してくれている。

 

「魔道具のランプですね」

 

 ティアさんが教えてくれた。

 魔道具のランプはゲフェンで作られるもので、レッドジェムストーンが材料となっており、長時間明かりを灯してくれるそうだ。

 明かりが切れても、核となるレッドジェムストーンを変えることでまた明かりがつくとか。

 そんな魔道具ランプが置かれているってことは、この洞窟は人が立ち入っているってことだ。

 

 井戸から突然ワープしてしまったわけだけど、逆に戻れるワープが存在しない。

 丸い部屋のような洞窟の中をあちこち歩いてみたけど、井戸の時と同じように突然ワープするような場所はなかった。

 洞窟の先には道が続いている。

 この先に進んでみるしかないのか。

 

「さ、先に進んでみましょうか」

 

「は、はい」

 

 僕の情けない声に答えてくれるティアさん。

 ティアさんも緊張しているようだ。

 

 一本道を進んでいく。

 魔道具ランプが定期的に置かれているので、視界に困ることはない。

 

 どこからか地下水が流れているのか、道には水が溜まっていたりする。

 道はそれほど長くなく、すぐに次の部屋に出た。

 同じく丸い部屋のような空間。

 天井までは僕の身長の倍ほどの高さだ。

 

「あ、これ……」

 

 ティアさんが部屋の隅っこを指さす。

 そこには「赤いきのこ」が生えていた。

 僕の胸当たりまである巨大な赤いきのこ。

 知っている。

 このきのこを倒すとアイテムをドロップするはずだ。

 

「このきのこを倒すとアイテムをドロップするかもしれません。やってみましょう。きのこなんで反撃してこないですし」

 

「は、はい」

 

 2人で短剣をきのこに突き刺す。

 ゲーム通りなら、どんなに強力の攻撃でもダメージは1のはず。

 2人で20回ほど短剣を突き刺した時だ。

 きのこは光の粒子となって消え、アイテムをドロップした。

 ここではアイテムが出るようだ。

 

「やりましたね」

 

 やわらかな毛、きのこの胞子、毒きのこの胞子、レッドブラッドとたくさん落ちた。

 やけにドロップアイテムが多いな。

 

「すごい。こんなにたくさん」

 

「ええ、運が良かったのかな? それともここに生息するきのこはアイテムを多くドロップするのかもしれませんね」

 

 見ると部屋にはまだきのこが生えている。

 僕達は一緒にきのこ狩りを始めた。

 

 ザクザクときのこを刺すだけの仕事です。

 簡単です。

 ドロップアイテムを拾って喜ぶ僕達。

 あっちの部屋に行ってはきのこを狩り、こっちの部屋に行ってはきのこを狩り。

 夢中できのこ狩りをしながら、どんどん進んでいく。

 

「すごいです。アイテムいっぱいです」

 

「これだけのアイテムですからね。売ったらそこそこのゼニーになりそうですね」

 

 ティアさんもちょっと興奮状態だ。

 最初は見知らぬ洞窟で緊張していたけど、きのこ狩りが楽しくなってきたのだろう。

 

 ティアさんの笑顔が見れて僕も嬉しい限りだ。

 これはちょっと、好感度アップしている?

 見知らぬ洞窟の中で2人きりとか、心理学で男女の仲が発展する場所じゃなかったっけ?

 この世界に知り合いなんていない。

 できればティアさんと仲良くなっておきたい。

 もちろん下心もある。

 だってビックマウンテンなんだもん!

 これを見て、心ときめかない男なんていないはずだ!

 

 きのこは「赤いきのこ」と「黒いきのこ」がある。

 赤いきのこからはレッドブラッド。

 黒いきのこからはクリスタルブルーがドロップする。

 ドロップアイテムの中で一番高価なのが、このレッドブラッドとクリスタルブルーだろう。

 今は交互にドロップアイテムを拾っているけど、ここから無事出ることができたら、ちょっと多目にティアさんに渡してあげよう。

 そうしたらきっとさらに好感度アップするはずだ!

 

 そんな邪な? 考えをしながらどんどん道を進んでいった。

 いくつか道が分かれているところがあったけど、分かれた道の先には行き止まりの部屋と、先に進める部屋があって、先に進める部屋は1つだけだった。

 そのため、行き止まりの部屋を全部回ってきのこ狩りしながら先に進んでいる。

 

 どれくらいの時間ここにいたのだろうか。

 ついついきのこ狩りが楽しく時間のことを忘れていた。

 カリス君達と別れて30分ぐらい狩りした後に、ここにワープしてしまったのを考えると、30分以上経過していたらやばい。

 僕達が戻ってこないことを心配するかもしれない。

 っていうか、ここから戻れるのか分からないんだけどね。

 

 きのこ狩りの楽しさから現実に戻った僕はちょっと不安になった。

 ティアさんはまだまだきのこ狩りが楽しいらしく、笑顔のままだ。

 けっこう天然なのかもしれない。

 

 っと、その時だ。

 道の先から奇妙な音が聞こえてきた。

 

 

 びよ~ん、びよ~ん、びよ~ん。

 

 

 何かが跳ねるような音。

 どこかで聞いたことあるような音。

 なんだっけこの音……なんかまずい気がするぞ。

 

「ひぃ!」

 

 その姿を見た時、僕は思わず悲鳴を出してしまった。

 身体を飛び跳ねながら移動してきたそのモンスター。

 

 スポア。

 

 トゲのついた赤い傘に顔がある柄。

 ティアさんより少し小さいぐらいだけど、ポリンなどに比べれば大きく、人の大きさに近いモンスターとの初めての対峙に恐怖を覚える。

 これがスポア。

 

 スポアは非アクティブモンスターのはずだ。

 こちらから手を出さない限り安全。

 ふとティアさんを見る。

 

「……」

 

 顔面蒼白の状態で、今にも泡を吹いて倒れるんじゃないかと思うぐらいだ。

 すぐに近寄って声をかける。

 

「ティアさん、ティアさん! 大丈夫ですか!」

 

「は、はい! グ、グ、グ、グライアさん! あ、あれ!」

 

「ええ、スポアですね。大丈夫です。非アクティブですから、こちらから攻撃しない限り襲ってこないはずです」

 

「ほ、本当に?!」

 

「はい。現に今も襲ってこないですよね。アクティブモンスターならとっくに襲ってきていますよ」

 

「あ、確かに……」

 

 ティアさんは僕の身体に隠れると、顔だけ出してスポアを観察します。

 僕の袖をぎゅっと握りしめているのが可愛い。

 

 こうして見ると、ちょっとグロテスクだな。

 スポアってゲーム画面で見る分には可愛らしい? とも思えるけど、実際に見ると可愛くない。

 確か傘の部分が口になっていて、そこから舌を出してくるんだよな。

 

「と、とりあえず刺激しないように奥に進みましょうか。

 きのこ狩りは一旦止めて、出口を探しましょう。

 みんなが僕達を探しているかもしれないので、早く出口を見つけましょう」

 

「あ、そ、そうでした。ごめんなさい。私ったらきのこ狩りに夢中で」

 

「いえいえ、僕も同じでしたから。さあ行きましょう」

 

 スポアの横を通り過ぎようと歩き出す。

 すると、ぎゅっと手を掴まれる。

 

「あ」

「あ」

 

 心臓がドクンと脈を打つ。

 女の子に手を握られちゃった。

 

「あ、あの……手握っていてもいいですか?」

 

「え、は、はい。ど、どうぞ」

 

 もっと頼りがいのある男を演じることができればいいのだが。

 僕自身も余裕がなく、情けない返事をするので精一杯だ。

 

 再び歩き出そうとした時だ。

 

 

 じゅるり!

 

 

 スポアの傘が開き巨大な舌が傘を舐め回した。

 

「ひゃっ!」

 

 ティアさんが悲鳴を上げると同時に、僕の腕にしがみついてくる。

 そのビックマウンテンの柔らかさを本来なら堪能したいところだけど、僕も恐怖で固まっている。

 き、気持ち悪い。

 スポア気持ち悪いよ~。

 

 へっぴり腰のまま、なんとかスポアの横を通り過ぎる。

 ティアさんは今にも泣き出しそうだ。

 っていうか涙目になっている。

 

 スポアの横を通り過ぎても、ティアさんは僕の腕から離れることはない。

 むしろがっちりホールドしてしがみついている。

 僕はようやく平常心が戻ってきたことで、ビックマウンテンの素晴らしさを感じることができた。

 これは素晴らしい。

 本当に素晴らしい。

 いつかこのビックマウンテンに登ってみたいものだ、などと邪な考えを持ってしまう。

 

 しかし、そんなお気楽な考えは一瞬で吹き飛ぶことになる。

 道を進み次の部屋が見えてきた時だ。

 

 

 びよ~ん、びよ~ん、びよ~ん。

 びよ~ん、びよ~ん。

 びよ~ん、びよ~ん、びよ~ん、びよ~ん。

 びよ~ん。

 びよ~ん、びよ~ん、びよ~ん。

 

 

 嫌な音がいくつも重なって聞こえてくる。

 そして見えてきたものは、

 

「ひぃぃ!」

 

 その部屋を見てティアさんはもう僕に抱きついてきてしまった。

 そこには、スポア、スポア、スポア、スポア、スポア。

 スポアだらけだ。

 

 ここはスポアを育てている場所なのか?

 どうしてこんなにたくさんスポアが。

 スポアが生息していると、あのきのこが生えるのかな?

 もしかしてスポアって、あの赤いきのこが成長したモンスターなのか?

 

 1度は見ているスポアの姿にちょっとは耐性を持ったはずだけど、これだけの数のスポアが部屋の中にいると、さすがにまた気持ち悪くなってくる。

 それでも、抱きついてくるティアさんの腰に手を回してしまう。

 いや、こうした方がティアさんも安心するだろうから。

 しっかり腰を支えて、次の部屋の道に入っていく。

 

 そこから先はどの部屋にいってもスポアだらけだった。

 分かれ道もあり、スポアしかいない行き止まりの部屋にも当たりながら、どんどん前に進んでいく。

 さすがに僕は徐々に慣れてきたけど、ティアさんは一向に慣れる気配がない。

 プリースト希望だと言っていたけど、冒険者だからといって誰もが戦いに慣れているわけじゃないんだろうな。

 そういえば、どうしてティアさんは冒険者になったんだろう?

 

「ティアさんってどうして冒険者になったんですか?」

 

「え? そ、それは、プリーストの天職を得るためですよ。希望通りにアコライトの1次天職を得られたらですけど」

 

「冒険者にならないと天職って得られないんですか?」

 

「はい。え? グライアさんは知らずに冒険者になったんですか?」

 

「え? あ、ああ、そ、そうなんですよ。とりあえず生きていくために冒険者になろうかと思いまして」

 

「あっ……ご、ごめんなさい。グライアさんの気持ちも考えずに私ったら……」

 

 あ、あれ? 急にどうしちゃったんだろう?

 どうしてそんなに申し訳なさそうにしているんだろう?

 

「え、えっと。1次天職を得るためには必ず冒険者にならないといけません。これは貴族の方でも同じです。まずは冒険者ギルドで経験を積んで2次天職を得られた者は国家に雇われることになります。騎士団とか魔術士団、それに神官団とか」

 

「騎士とナイトって違うのですか?」

 

「も、もちろんです。騎士は国家に忠誠を誓い、国家に雇われている者です。ナイトは天職のことですから」

 

 なるほど。

 騎士は職業で、ナイトは天職ってわけか。

 

「2次天職を得られない人達ってどうなるんですか?」

 

「冒険者ギルドに所属したまま生活する人もいますし、他の職業に就いて生活する人もいますね。そもそも1次天職を得られるかどうかもありますし」

 

「え? 1次天職って必ず得られるものではないのですか?」

 

「1次天職というか、そもそもノービスだって得られる人と得られない人がいますよ。ノービスのジョブレベル10の後に、神官様の前でオーディン様に祈りを捧げた時、資格無しとお告げを受ける者もいます。そうした人達は冒険者になることはできません」

 

 ありゃ~。必ず天職を得られるわけじゃないのか。

 僕は大丈夫かな?

 そういえば、あのNPC老人のオーディンは、僕の天職はスーパーノービスとか言っていたけど、あれはどうなったんだろう?

 

 会話を続けたせいか、ティアさんも少し落ち着いてきたようだ。

 そのせいで僕に抱きついて、その柔らかさをこれでもかと知らしめてきたビックマウンテンが離れていってしまった。

 

「し、失礼しました」

 

 ティアさんはちょっと恥ずかしそうに、ぼそりと呟いた。

 

 スポアに慣れてはいないようだけど、何とか1人で歩けるようになったティアさんと共に、どんどん奥に進んでいく。

 行き止まりの部屋からはすぐに引き返して、先へ先へと続く部屋を進んでいく。

 かなり広大な洞窟だ。

 これだけの魔道具ランプを維持するだけも、それなりのゼニーがかかるのではないか?

 それに見合ったものが、ここにはあるのだろうか?

 

 そんなことを考えながら進んでいった時だ。

 また、びよ~んという音が聞こえてきたと思ったら、姿を現したのはスポアではなかった。

 その傘は赤い色ではなく、毒々しい紫色のような傘だったのだ。

 これはやばい。

 こいつはやばい。

 

 ポイズンスポア。

 

 確かスポアよりレベルは低いけど、こいつはアクティブモンスターだ。

 じゅるりと傘を舐めながら、ポイズンスポアがこっちに飛び跳ねてきた。

 まずい、後退しないと。

 

「ティアさん戻ろう」

 

「え? あ、きゃっ!」

 

 ティアさんの声に反応したのか?

 そもそもアクティブモンスターが敵と認識するのは距離なのか?

 ここはゲームではない。

 きっとティアさんの声に反応してしまったのだろう。

 いや、それを言うなら、先に声を出した僕の声かもしれない。

 

 ポイズンスポアはあきらかな敵意を向けて、僕達に襲いかかってきた。

 



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第5話 HP0

 びよ~んという間の抜けた音と共にグロテスクなポイズンスポアが襲いかかってきた。

 

「きゃあああ!」

 

 ティアさんの悲鳴に僕も逃げ出したくなる。

 それでもポイズンスポアに向かっていけたのは、男としての意地だろうか。

 

「くそっ!」

 

 短剣でポイズンスポアを突く。

 同時にポイズンスポアの傘の口が開いて凶悪な牙が僕に噛みつく。

 HPのおかげで身体に痛みはない。

 ないはずなのに、痛いと錯覚してしまうほど目の前の牙は恐ろしい。

 

 いや、痛みがないどころかHPにダメージをもらった感覚すらない。

 回避している。

 ポイズンスポアの攻撃を回避しているんだ。

 

「くっ!」

 

 動きを加速させる。

 初めてのアクティブモンスターとの戦いに乱れた心を落ち着かせて、ポリンと戦った時と同じように、動きを加速させていく。

 さすがにポリンみたいに僕を見失うことはないようだけど、それでも僕の動きに翻弄されていくポイズンスポア。

 舌を伸ばし、体当たりと牙で噛みつこうとしてくるポイズンスポアを華麗に避けながら、短剣を何度も突いていく。

 が、こちらもまったく手応えがない。

 ほとんど回避されてしまっている。僕の命中はそんなに低いのか?

 

 ティアさんは震えて座りこんでしまっている。

 腰が抜けたとか?

 ちょうどポイズンスポアの背後にティアさんはいる。

 できることなら、後ろから攻撃して欲しいのだが。

 その位置なら、ポイズンスポアの顔や口は見えないだろうから、背中をザクザクと短剣で突く簡単なお仕事ですよ?

 

 加速した動きの中で冷静さを取り戻していった僕はあることにも気付いていた。

 そういえば、HP0になっても死ぬわけじゃないんだよな。

 セーブポイントに死に戻りするだけ。

 今のレベルならデスペナだって惜しくない。

 

 そうだよ。死に戻りだよ。

 ここで迷うより、ポイズンスポアや、スポアを攻撃して死に戻りすればいいんじゃないのか?

 どうしてその考えを思いつかなかったのだろう。

 ティアさんと2人で洞窟を探検したり、きのこ狩りしたりするのが楽し過ぎたのかもしれない。

 このグロテスクなポイズンスポアに攻撃され続けるのはちょっと嫌だけど……。

 

 アイテムショートカットに登録してあった初心者用ポーションを外す。

 これでHPが回復することはないので、死に戻りできるはずだ。

 

「ティアさん! ティアさん! ここで迷うより、HPを0にしてセーブポイントに戻りましょう! アイテムショートカットの初心者用ポーションを外してください!」

 

 震えるティアさんに大声で伝える。

 既にポイズンスポアの攻撃を避けることをやめている。

 攻撃のほとんどは回避してしまうが、いつかは当たるだろう。

 ステータスを見る。

 あれ? 名前の色が黒から赤に変わっているのはなんだ?

 いま僕のベースレベルは13。

 最大HPは105の最大SPは24だ。

 ポイズンスポアの攻撃なら、2回も当たればHP0になるだろう。

 などと考えている早速バリアに衝撃が走る。

 ポイズンスポアの攻撃が僕に当たったのだ。

 

「ああ……グライアさんのHPが……だめ、だめ」

 

 ティアさんが泣きそうな声で呟く。

 やはりプリーストを目指している者として、仲間のHPバーが減っていくのは耐え難い苦痛なのだろうか。

 でも死ぬわけじゃない。

 ほんの経験値1%のデスペナだ。軽い軽い。

 

「だめ……だめぇぇぇ!! グライアさん! ここはオーディン様の神力が及んでいません!」

 

 え?

 いまなんて?

 

 ティアさんの叫びと同時に、再びバリアに衝撃が走る。

 それは今までに感じたことがない衝撃。

 何かが粉々に砕ける、そんな衝撃。

 

 HP0。

 

 自分の身を守ってくれる神なる力の喪失をはっきりと感じる。

 なのに、僕はセーブポイントに戻ることはない。

 

 にやりと獰猛な笑みを浮かべるポイズンスポアが牙で噛みついてきた。

 動かない頭とは対照的に、僕の身体は反射的に動いてくれた。

 それは生存本能だろうか。

 

「うあああああ!」

 

 叫びながら避けようとした僕の肩を牙が切り裂いた。

 悶絶してしまう痛みが僕を襲う。

 

 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!!

 

 本物の痛み。

 血が流れ出ている。

 くそっ! なんで! なんでこんなことに!

 

 しかし相手は待ってくれない。

 ポイズンスポアは体当たりで突っ込んできた。

 

「くそったれ!」

 

 痛みの中、動きを加速させる。

 なんとか体当たりを避けると、ティアさんの場所に転がるように逃げていく。

 

「はぁはぁ……ど、どうして戻れない!?」

 

「ここはオーディン様の神力が及んでいないんです。ステータスに表示される名前の色が赤になっているじゃないですか!?」

 

 ぐっ! あれはそういう意味だったのか!?

 知っていて当然の知識だったのかよ。

 くそっ! アルディさん説明不足だぞ!

 

 1度HPが0になってしまうと、ポーションで回復することはできない。

 リザレクションをかけてもらうか、ユグドラシルの葉を使うか、セーブポイントに戻るかしないとHPは回復しないはずだ。

 その3つとも今は無理。

 僕のHPは回復しない。

 つまり、モンスターの攻撃を受けたら生身の僕が傷つくことになる。

 

 死。

 

 間違いなくその足音が聞こえる。

 肩から流れる赤い血がそれを教えてくれる。

 

「わ、私が! ポーションがあるから……」

 

 ティアさんが立ちあがる。

 ガクガクと脚を震わしながら、ポイズンスポアの前に出ようとする。

 ティアさんは分かっていたんだ。

 この場所でポーションが万が一でも尽きたら死ぬってことを。

 だからスポアを見た時に、あんなに怯えていたんだ。

 

 馬鹿だ! 俺はなんて馬鹿なんだ!

 知らないで済まされることじゃないぞ!

 

 ポイズンスポアはティアさんを見て、いやらしい笑みを浮かべている。

 こいつ、よからぬ事を考えているんじゃないだろうな。

 モンスターの行動原理ってどうなっているんだ?

 ゲームと同じ? いやそんなことないだろう。

 こいつらも生きているとしたら、感情や思考があっても不思議じゃない。

 

 現に、ポイズンスポアは舌で傘を何度も舐めまわしながらティアさんを凝視している。

 その視線は間違いなく、ティアさんの胸に注がれている。

 

「い、いや……ひぃぃ!」

 

 無理だ。

 ティアさんはポイズンスポアに恐怖を感じてしまっている。

 本当の死が起きるこの場所でモンスターと戦うだけの覚悟なんてないんだ。

 

 そもそも、この世界の冒険者達は死を覚悟して戦う者達なのか?

 オーディンの神力範囲ではHPが0になればセーブポイントに戻る。

 それって命を賭けて戦っていないってことだ。

 オーディンの神力範囲がどこまでなのか知らないけど。

 冒険者ギルドの井戸からワープしたこの地点が神力範囲外なのだから、かなり限定的なのかもしれない。

 

 切り裂かれた肩から血が止まらない。

 泣きたくなるほど痛い。

 でも、僕が動かないと!

 

 ティアさんは棒立ち状態だ。

 ポイズンスポアはティアさんに向かって飛び跳ねる!

 僕は動きを加速させて、棒立ちのティアさんの横を駆け抜け、飛び跳ねたポイズンスポアの顔に蹴りを入れる!

 

 ぐにゃっという嫌な感触。

 でも手応え、いや足応え? はあった。

 ポイズンスポアはそのまま後ろにふっ飛んだ。

 

 短剣でなくてもモンスターを攻撃できる。

 当たり前だ。ここはゲームではないのだから。

 しかし、ポイズンスポアのHPに与えたダメージはほんの僅かだろう。

 数値で表せるのなら、恐らく1だ。

 

「グ、グライアさん……」

 

 恐怖で固まっているティアさん。

 守ってあげたいけど、僕にも余裕がない。

 

「ティアさん! こいつは僕が引きつけます。後ろから短剣で攻撃し続けて下さい!」

 

 ティアさんを信じよう。

 僕1人で倒すのは厳しすぎる。

 

 起き上がるポイズンスポアは憤怒の表情を向けてくる。

 やっぱり感情があるのか?

 柄の顔が歪んでいるぞ。

 

 再び動きを加速する。

 HP0のいま、避けて避けて避けまくるしかない!

 ポイズンスポアがティアさんに背を向ける位置になるように動き回るんだ!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 命を賭けた戦いが始まった。

 

 ポイズンスポアの攻撃は3種類。

 体当たり、舌、牙。

 その他の攻撃パターンはない。

 注意しなくてはいけないのが舌だ。

 HP0の状態では、僕の身体に舌が届く。

 つまり舌に捕まったら動きを封じられるってことだ。

 あの舌で殴られるのもそれなりに痛そうだけど、動きを封じられて牙で噛みつかれるのが最もやばい。

 ポイズンスポアの動きを見ながら、加速された世界の中で避け続ける。

 

 

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 

 どれくらい避け続けているのだろうか。

 ポイズンスポアの後ろでは、ティアさんが必死に短剣を突いてくれている。

 最初は呆然と立ち尽くしていたティアさんも、僕が必死に避け続ける姿を見て、意を決して攻撃を始めてくれた。

 僕が動き続けているから、当然ポイズンスポアも棒立ちじゃない。

 それでもポイズンスポアの動きを見ながら、ティアさんは必死に突いてくれる。

 

 ティアさんの命中がどのくらいか分からない。

 必死に突いている攻撃が、ポイズンスポアのHPに届いているのか分からない。

 それでも5%の確率で必ずいつか攻撃が当たるはずだ。

 絶対に倒せるはずだ!

 

 僕の体力が持つのなら。

 まずい。

 視界が歪んできた。

 血を流した過ぎた?

 それともスタミナ切れ?

 

 ごくごく平均的な高校生の僕の体力はそんなに高くない。

 体力の加護もそんなに強くないのかもしれない。

 

 あと何分? 何十分? 何時間?

 

 意識が何度か飛びそうになりながらも、動きを止めることはない。

 止まれば死んでしまうのだから。

 

 視界がちょっとぼやけ始めた時だ。

 ポイズンスポアの様子が変わった。

 僕を捉えきれないことに、怒りが頂点に達したかのか、体をぐぐっと縮めて震わせている。

 立ち止まったポイズンスポアの後ろではティアさんが必死に短剣を突いている。

 僕は小休止と動きを止めた。

 

 次の瞬間、ポイズンスポアの口から紫色の息が吐かれた。

 

「ぶはっ!」

 

 その息を僅かに吸い込んでしまう。

 なんだこれは!?

 

 こんなの知らないぞ。

 ポイズンスポアがこんな行動するなんて……。

 あ~くそっ! だからここはゲームじゃないんだって!

 

 いまの息はなんだ?

 あの色……やばい気がする。

 やっぱり……そうなのか?

 

 

 ドクン!

 

 

 ぐっ! く、苦しくなってきた。

 毒か? 毒なのか?!

 HPがある状態ならHPが徐々に減っていくのだろう。

 ならHP0の状態のいま、毒にかかったらどうなる?

 

「ぐおおおおおお!」

 

 心臓をしめつけるような鋭い痛みが走る。

 思わずその場に倒れ込んでしまう。

 

「グ、グライアさん!?」

 

 ティアさんの声が遠くに聞こえる。

 だめだ意識が……逃げて……ティアさん……。

 

 涎を垂らしながら見上げた先には、ポイズンスポアのうすら笑いの顔と、凶悪な牙。

 そして空から降ってきた真っ赤な何かだった。

 



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第6話 初めての

 うう……。

 口の中にくちゅくちゅと何かが差し込まれる。

 とても苦い何か。

 でもその苦さが僕を救ってくれる。

 突き刺さるような鋭い痛みを和らげてくれる。

 

 またくちゅくちゅと口の中に差し込まれる。

 口の中に入ってくるそれを、僕は貪るように自らの舌で舐める。

 痛みからの解放される苦さが嬉しくて仕方ない。

 涙が流れそうだ。

 

 くちゅくちゅ。

 

 夢中で舌を動かす。

 すると、舌に絡みついてくる温かい何かがある。

 苦くない。

 苦くないそれは、僕の舌に絡みつくと蠢いていく。

 やがて僕の舌から離れていくけど、また口の中に苦い何かを差し込んでくる。

 

 痛みはほとんど感じなくなった。

 あれ? 何の痛みだっけ?

 あの鋭い痛み……そうだ、あれは毒だ。

 ポイズンスポアのスキルなのか、毒の息を吸い込んでしまったんだ。

 動けなくなった僕を見下ろすポイズンスポアの最後のうすら笑いが思い出される。

 

 はっ! ティアさんは!?

 

 ゆっくりと目を開ける。

 すると視界に映ったのは真紅の髪。

 良い匂いがする。

 女の人の匂いだ。

 甘くて優しくて官能的な匂いだ。

 

 そして僕にキスをしながら口の中に苦い何かを入れている。

 真紅の髪の女性とキスをしている。

 この状況はいったい……。

 

「んん……くちゅくちゅくちゅ」

 

 舌と舌を濃厚に絡める。

 洞窟の中にくちゅくちゅといやらしい音が響く。

 

 女性はひょいっと頭を上げて舌を抜き取る。

 見えた顔は……プーさんだ。

 真紅の髪のプーさんだった。

 

 え? どうしてプーさんとキスしているの?

 

 プーさんは手に持つ緑色の草を口に咥えると、くちゃくちゃと口の中で噛み砕いている。

 目と目が合った。

 

「くちゃくちゃ、あれ、グラちゃん気付いた?」

 

 プーさんに膝枕してもらっていることにも気付いた。

 状況を理解できないまま、声を出そうとする。

 

「う……あ、あ、あ、」

 

「うんうん。まだ声は出せないみたいだね~。でも意識が戻って本当に良かったよ。あのまま死んじゃうかと思ったからね~。くちゃくちゃ」

 

 そしてまた唇を重ねて舌を入れてくる。

 プーさんの舌にこびり付いた緑色の草を、僕の舌が絡め取っていく。

 これは緑ハーブだ。

 毒を回復してくる効果があるから、ポイズンスポアの毒に効いているのか。

 

 まだ身体は痺れて声も上手く出せない。

 でも痛みはなくなった。

 死なずに済んだのか。

 

 プーさんの舌を求めて僕の舌が動く。

 初めてのキス。

 それがこんなにも濃厚なディープキスになろうとは。

 しかし、自分の命を助けるためと思えば自然と変な気持にはならなかった。

 プーさんの美巨乳の谷間がくっきり見えていたとしても……。

 

 あれ? なんでこんなに露出高いんだ?

 

 プーさんが顔を上げる。

 衣装が変わっている。

 この衣装……マジシャンだ。

 間違いない、マジシャンの衣装だ。

 

 プーさんはマジシャンの天職を得たのか。

 あっ! もしかして意識を失う前の最後の記憶にある真っ赤な何かは、プーさんがファイアーボルトを唱えたのか!?

 

 首をゆっくりと動かして、顔を横に向ける。

 そこには涙目で僕を見つめるティアさんがいた。

 

 よかった。

 無事だったんだね。

 

 プーさんのファイアーボルトでポイズンスポアは倒れたのだろう。

 たった一発で?

 いや、ティアさんが頑張って短剣で突いていたんだ。

 HPは削られていたのだから、一発で倒れたとしても不思議じゃない。

 

「時間になってもグラちゃん達が戻ってこないから、みんなで探していたんだよ~。そしたら井戸の方に向かったって教えてくれた人がいてね。

 井戸に行ってみたら、あら不思議。

 こんな洞窟の中にワープしちゃったじゃない。

 それで進んでいったらグラちゃん達の声が聞こえて、慌てて駆けつけたんだ~。

 ポイズンスポアはプーちゃんのファイアーボルトで倒したから大丈夫だよ。

 いや~プーちゃんが緑ハーブ持っててよかったよ。

 本当にたまたま持っていたんだよね~。

 なかったらグラちゃん死んでたよ。

 まさかHP0で毒状態なんて夢にも思わないからさ。

 あ、私はマジシャンの天職を得たんだ~。

 すぐにポリンちゃん達を倒してジョブレベル上げしていたから、いくつか魔法を覚えているんだよ~。

 先に戻った人から神官ちゃんに祈りを捧げて、天職を得られる人はどんどん得ているよ。

 ナディアちゃんとカリスちゃんはソードマンになったし、グリちゃんはシーフになったよ。

 マルちゃんは残念ながらアコライトじゃなくて、マーチャントだったけど。

 ま~あのムキムキ筋肉で武器を作れば強い武器ができそうだよね~」

 

 プーさんは僕の頭を撫でながら話してくれた。

 みんな天職を得ていたのか。

 たまたまプーさんが井戸からワープしてきて助けてくれたのか。

 プーさんは命の恩人だ。

 

「あ、ありが、と、う」

 

「うんうん。グラちゃんもよく頑張ったね~。ティアちゃんのために頑張るなんて男だね~。でも死んだらだめだよ? 命は大事にしないとね。アルデバランの生き残りなんだから尚更ね」

 

 アルデバランの生き残り?

 気になる言葉だけど、アルデバラン出身と言いながら知らないのはまずいだろう。

 どこかで情報を得る必要があるな。

 

「私がもっとしっかりしていれば……もっとちゃんと攻撃できていれば……」

 

「自分を責めたらだめだよ~。元はと言えばグラちゃんがオーディンちゃまの神力範囲外だと気付かないでHP0にしたのがダメだったんだから~。ティアちゃんはな~んにも悪くないよ。悪いのはグラちゃんだよ~」

 

 ぐっ……耳が痛い。

 くそ~アルディさんを恨むしかないのか!?

 

「ぼ、僕が馬鹿なだけです。てぃ、ティアさんが頑張って攻撃してくれたから、プーさんの魔法ですぐにポイズンスポアが倒れたんです。ありがとうございます」

 

 声がきちんと出るようになってきた。

 

「お、グラちゃん喋れるようになったね。それじゃ~これ使って戻ろうか」

 

 プーさんはアイテムボックスから羽を3枚取り出した。

 蝶の羽だな。

 僕の手に蝶の羽を握らせてくれる。

 

「それじゃ~グラちゃんから戻ってね。グラちゃんが戻ったのを確認してから私達は戻るから」

 

「は、はい……」

 

 蝶の羽ってどうやって使うんだ?

 アイテムショートカットに登録すれば念じるだけなんだろうけど。

 手に持ちながらアイテム名を言うのかな?

 

「ちょ、蝶の羽」

 

 その瞬間、僕の身体を浮遊感が包み込む。

 ぐらりと視界が崩れていく。

 そして気がつけば、僕は部屋の中にいた。

 目の前にはワープポイント。

 戻ってきたんだ。

 

 続いてティアさんが戻ってきた。

 僕がきちんと戻っているのを見ると、満面の笑顔だ。

 可愛い。

 

「よかった。プーさんはセーブポイントを向こうの建物の中に記憶しているそうです。

 グライアさんの身体のこともありますし、あの井戸のワープのことも、プーさんが冒険者ギルドの方達に伝えてくれるそうです」

 

 ティアさんが僕の首に手を添えて抱えてくれる。

 そして顔を赤くしながら、そっと僕の首を膝の上に置いた。

 本日2人目の膝枕。

 しかもティアさんの顔がビックマウンテンで隠れてしまうようなアングル。

 こ、これは……すごい。

 ちょっとこれはまずいですね。

 毒で弱っている身体にこれはまずいですね。

 よからぬ箇所が元気になってしまうかもしれん!

 

 ティアさんが僕の頭を撫でてくれる。

 撫でるためには手を動かす。

 手を動かすためには腕を動かす。

 腕を動かすためには肩が動く。

 肩が動くと……山が動く。

 

 かつて武田信玄は、風林火山の山は「動かざること山の如し」と言ったそうだ。

 言ったかどうか知らないけど。

 が、しかし! それは間違いであると言わざるを得ない。

 

 動くよ。

 めっちゃ動くよ。

 山は動くよ!

 ビックマウンテンは動くし揺れるよ!

 

 僕の邪な視線に気付かずティアさんは優しい微笑みを向けてくれる。

 

「グライアさんのHPが0になった時、本当にどうしたらいいのか分からなくて頭の中が真っ白になっちゃったんです。

 私がどうにかしないと、って頭では分かっても身体が全然動いてくれませんでした。

 グライアさんがポイズンスポアを蹴り飛ばすのを、ただただ見ているだけでした。

 でもその後、HPが0なのに、ポイズンスポアの攻撃を避け続けて、しかも私に背後を取らせてくれて……私が動かなかったらグライアさんは死んじゃうんだって、死と向き合いながらグライアさんは頑張っているんだって思ったら、身体に力が湧いてきました。

 頑張ってポイズンスポアを刺したけど、結局プーさんに助けられちゃいましたけどね。

 でもいいんです。

 グライアさんが生きてくれたから」

 

 そこまで話すとティアさんはぐっと何かを堪えるような表情になって……。

 

「グライアさんが毒息を吸いこんじゃって、そ、その、プーさんに助けてもらったのは、ほ、本当は私が助けたかったんですけど、私は緑ハーブ持っていなかったんです……。

 わ、私だって! そ、その……あ、いえ……グライアさんの苦しみを思ったらこんなこと、どうでもいいことですよね。

 HP0の状態で毒にかかるなんて、想像しただけで胸が痛みます。

 もうそんな危険な状態にならないのが一番ですけど、も、もしですよ? もし万が一またそんな状態になった時は、その時は私が……!」

 

 暴走するティアさんが何かに気付いたかのように、いきなり止まる。

 ワープからプーさん達が出てきたのだ。

 あのままティアさんが暴走を続けていたら、この場で僕の唇を奪いにかかってきたかもしれない。

 それはそれで嬉しい展開だけど。

 

「グラっち大丈夫か~!? まったくお前って奴は……無茶しやがって!」

 

 グリームさんが過剰な芝居でかっこつけながら心配してくれる。

 その姿は身軽なシーフになっていた。

 

「いや~無事で良かった。ティアさんも無事で何よりです」

 

 爽やかイケメンだけど、たぶんむっつりスケベのカリス君が白い歯を見せつけてくる。

 姿はソードマンだ。

 

「2人とも無事で良かったわ」

 ナディアさんは本当に心配してくれていたのだろう。

 安堵の表情だ。

 

「HP0で戦ったと聞くぞ。グライア、お前は男だな!」

 筋肉ムキムキのマーチャントのマルダックさんが、うんうんと頷いている。

 その姿を見てグリームさんが、またぷっと吹き出しそうになっている。

 正直、僕も毒で弱っていなかったら吹き出していたと思う。

 

 アコライトも、マーチャントも、どっちも似合わね~!

 

 いや、ブラックスミスになれば似合うはずだ!

 筋肉ムキムキなブラックスミスで鉄を叩く姿は様になるはずだよ!

 2次天職を得るまで頑張って下さい、マルダックさん。

 

 

 騎士アルディさんが、緑ポーションを持ってきて飲んでおけと言われ渡された。

 生身の身体に毒が入ったのなら、直接飲む必要がある。

 飲んだらめちゃめちゃ苦い。

 できればティアさんかプーさんに口移しで飲ませてもらいたいところだ。

 言ったらただの変態になるから言わないけど。

 

 その後、プリーストの人が来て僕にリザレクションをかけてくれた。

 ヒールもかけてくれて、僕のHPは復活したのであった。

 

 歩けるようになったので、場所を向こう側の建物に移す。

 そこに神官さんがいるからだ。

 

 もうすぐ13時。

 お腹も空いている。

 この世界の1日は24時間だ。

 週の概念はなく、30日で1ヶ月となっている。

 

 建物に着くと、昼飯前に先に天職の祈りを捧げることになった。

 神官さんが忙しいらしい。

 

「2人ともジョブレベルは10だな? どっちからでもいいぞ」

 

「ティアさんからどうぞ」

 

 こういう時はレディーファーストだろう。

 神官さんの前で膝をつき祈りを捧げるティアさん。

 うん、様になっている。

 さすがはプリーストを希望するだけある。

 

 神官さんも同じく祈りを捧げる。

 すると、むむむ! と何かを感じて両手を広げる。

 

 その瞬間、ティアさんの身体を天使の羽が包み込んだように見えた。

 レベルアップの時のエフェクトか!?

 

 そしてティアさんの衣装が変わっている。

 これはジョブが変わると自動で変わるのか。

 

 アコライトだ。

 可愛らしいアコライトのティアさんがそこにいた。

 雄大なビックマウンテンの存在感が半端ないけどね。

 とりあえず、希望通りのアコライトになれたわけだ、おめでとう!

 

「アコライト……」

 

「おめでとうございます。無事に1次天職のアコライトを得られましたね。しかしこれは始まりに過ぎません。プリーストを目指し、日々の鍛錬と努力を重ね、神聖なる癒しの力により多くの者を救うのですぞ」

 

「はい……救います。必ず救います!」

 

 

 さて次は僕の番だ。

 笑顔でティアさんと交代すると、神官さんの前で膝をついて祈りを捧げる。

 あの老人オーディンに祈りを捧げるのだろう。

 

 天職スーパーノービスが何なのか気になるけど、とりあえずマーチャントでお願いします。

 加速で速く動けるけど、やっぱり剣を振ったり戦ったりするの厳しいです。

 商人としてのんびり過ごしていきます。

 ミルク転売してのんびり過ごしますから!

 

 目をつぶり祈りを捧げながら待つも、いつまで経っても何も変化が起きない。

 あれ?

 どうなってるの?

 あ……もしかして、資格なし?

 僕は1次天職の資格なしなのか?

 

 目をちょこっと開けてみる。

 神官さんが僕を困惑の表情で見ている。

 やっぱり資格なしだったのか。

 

「ブロア神官。この者は資格なしということですか?」

 

 沈黙に耐えかねたアルディさんが神官さんに尋ねる。

 

「い、いや、その……これはいったい、こんなこと今までなかったのですが……」

 

 焦る神官さん。

 何かあったのか?

 もしかして、老人オーディンの言った通り、スーパーノービスなんて天職がきちゃったのか!?

 

 期待の眼差しで神官さんを見つめると、その口から出た答えは、

 

「この者の天職は……ノービスとのお告げです」

 

 

 スーパーが抜けてるぞ?

 



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第7話 1次天職ノービス

「ブロア神官。つまり資格なしってことですか?」

 

 不思議そうな顔でアルディさんが聞く。

 ノービスが天職ってそういうことだよな。

 

「い、いえ、違います。資格なしの者はお告げが何も聞こえないはずです。ですがこの者はノービスが天職というお告げが聞こえたのです」

 

「ふむ」

 

 妙な雰囲気。

 いや、僕も意味が分からないんだけどね。

 

 でも間違いなく老人オーディンのあの言葉が関係していると思う。

 これ、天職を得たらスーパーノービスになれるんじゃないか?

 1次職のスキル全部使えたりするんじゃないか!?

 

「あ、あの。そのお告げのノービスという天職を僕は得たのでしょうか?」

 

「い、いや。まだですが……お告げの言葉を私が祝福すれば得ることになります。しかし、ノービスからノービスなんて……」

 

「とりあえず祝福して頂けませんか? そうすればどういうことか分かると思いますし」

 

 僕はワクワクしていた。

 きっとかっこいいノービスになれると。

 

 神官さんはアルディさんと目を合わせて頷くと、

 

「で、では……」

 

 祈りを捧げて両手を広げる。

 

 すると、僕の身体を天使の羽が包み込む。

 きた!

 

 これで僕はスーパーノービスなのか?

 ステータスを見る。

 

 あれ?

 あれれ?

 あれれれ~?

 

 ノービスだ。

 ただのノービスだぞ。

 それに見た目も変わっていない。

 

 どういうことだ?

 

「どうだ? 何か変化があったか?」

 

「あ、いえ……まったくありません。ステータスにもノービスと出ています」

 

「HPやSPは増えたか?」

 

「増えて……ないです」

 

 みんなの視線が痛い。

 哀れみと好奇が混じった視線が痛い。

 

「ふむ、つまりお前はノービスのまま冒険者を続ける、ということになるな。前代未聞だぞ」

 

「そ、そんな……」

 

 ポイズンスポアの経験値が入っているのだろう。

 ベースレベルは14に上がっていた。

 HP110のSP25。

 こんな低いHPで戦わなくちゃいけないなんて!?

 

「ま、まあ。今後のことは後でじっくり考えればいい。何も冒険者だけが生きる道ではないからな。とりあえずグライアとティアの2人は昼飯食べてないだろ。2階に食堂があるから、食べてこい」

 

 アルディさんは逃げるように去っていった。

 カリス君とナディアさんも。

 

「お、お昼食べにいきましょう!」

 

 ティアさんが無理に作った優しい笑顔で言ってくれる。

 

「はい……」

 

 僕とティアさん、それになぜかついてきたプーさん、マルダックさん、グリームさんの5人で食堂に向かった。

 

 2階の食堂は100人ぐらい入れる広さだ。

 グリームさんが軽い口調で、あれが美味いとか、これは不味いとか言っている。

 不味いという言葉に厨房の人達がぴくりと反応しているのに気付いていても、口を止めない。

 この人放っておくといつまでも喋っていそうだな。

 

 テーブルに座ると、僕の隣りに並んでマルダックさんとグリームさん。

 向かいにティアさんが座り、その隣にプーさんが座った。

 僕とティアさんが食べている間、他の3人はあれこれと話し始めた。

 

「え~! プーっちはギルド入らないの!?」

 

「そうだよ~。ギルドなんて規則いっぱいで嫌だからね~」

 

「縛られぬ生き方か。それもまた良い。俺は強制的に商人組合に加入だからな」

 

「あ~ホルグレンさんのところね。あの人すげ~厳しいって噂だぜ~。マルダっち大丈夫かよ」

 

「ふん。プリーストになって人々を癒せぬ以上、ブラックスミスとなり世界最強の武器の作ってみせるわ!」

 

「いいね! おいらの武器もよろしく!」

 

「グリームはどこかのギルドに入るのか?」

 

「カリスっちが入るギルドに一緒にどうだって言われてね。そこに入るつもりだよ」

 

「ふん。貴族ギルドか?」

 

「だろうね。1次天職の間は冒険者も平民も関係ないけど、結局は騎士団や魔術師団に入るのって貴族の人達が多いからね。

 本当に実力あるなら関係ないだろうけど。

 ま~でも、諸々の支援は手厚いだろうし、レベル上げにはもってこいの環境だろうし。

 おいらのことをコキ使おうって魂胆は丸見えだけど、別に構わないさ。

 強さを得られるならね」

 

「強さを……」

 

 ティアさんがグリームさんの言葉に反応して、ぼそっと呟く。

 カリスさんは貴族だったのか。

 ま~そんな雰囲気を持っているよな。

 ってことはナディアさんもか。

 

「あの、ちょっと聞きたいんですけど、オーディン様の神力範囲ってどれくらいなんでしょうか?」

 

 僕の質問に固まるみんな。

 あれ? 何かいけなかったのか?

 

「あ、え? そ、そりゃ~いまオーディン様の神力が及ばない場所って言ったら……そ、その……」

 

 言い難そうに僕を見るグリームさん。

 その言葉からある答えを予想できた。

 

「アルデバラン?」

 

「あ、ああ。そうだよ。正確にはプロンテラから向かうとして、アルデバランの手前5kmぐらいからがオーディン様の神力範囲外となる。シュバルツバルド共和国がどうなっているのかは不明だけどさ」

 

 シュバルツバルド共和国?

 

「グラっちはアルデバランから生き延びてきたんだろ? よく生きてこれたよな。

 ボット帝国からさ」

 

 思わず吹き出しそうになった。

 ボット帝国!?

 なんだそれ!?

 

「後は遺跡やダンジョンの深層だな。国家の所属しない2次天職の冒険者達の中でも命知らずな奴らが挑むそうだ。一攫千金のレアアイテムのチャンスを狙ってな」

 

 マルダックさんが補足を入れてくれる。

 どうやらダンジョン系の奥はやばいようだ。

 

 ボット帝国が気になる。

 ボットと聞くとBOTを思い浮べるけど違うのだろうか?

 ここで聞くとボロが出そうだからやめておこう。

 

 僕とティアさんの食事が終わり、1階の部屋に行く。

 そこは最初の部屋同様に窓しかない部屋だ。

 違うのは、そこにいる冒険者達の格好が、ノービスの服ではなく1次天職の服装に変わっているってことだ。

 衣装は1次天職を得ると自然と変わるらしい。

 

 今月の新人冒険者は30名+1名(僕)。

 無事に1次天職を得られたのは28名+1名(一応僕も)。

 

 部屋には新人冒険者以外の人達がいる。

 主に2次天職の格好をした人達だ。

 アルディさんではない。

 

 聞くと、いろんなギルドの人達だろうと教えてくれた。

 新人冒険者を勧誘しに来ているわけだ。

 

 カリス君はやはり貴族で、カリス君の育成のためのギルドが用意されていた。

 父親が用意したらしい。さすがは貴族。

 手練れの部下をギルドに所属させているらしいけど、PTを組んで経験値を公平に得られるのはレベル差10までだ。

 つまり父親の部下とPTを組むわけにはいかない。

 そこで、カリス君が部下達のレベルにおいつくまでの“繋ぎ”が必要になる。

 グリームさんを誘ったのはそういうことなんだろう。

 プーさんも誘われたらしいけど、断ったそうだ。

 

 僕達を見つけるとカリス君が早速やってきた。

 

「やあ。食事終わったんだね。ところでティアさん、よかったら俺のギルドに来ないか? 実はこう見えて俺は貴族でね。お父様が用意して下さった部下達もいるし、レベル上げには最高の環境だと思うよ」

 

 僕はスルーでティアさんを勧誘するカリス君。

 そりゃ~そうだろう。

 ノービスを勧誘したってメリットなんて何もない。

 それに加護の使い方を覚えた僕を知らないなら尚更だ。

 カリス君の中での僕は、ポリン相手に四苦八苦するグライアなのだから。

 

「わ、私は……」

 

 チラリと僕を見るティアさん。

 ティアさんの視線に気づくカリス君。

 

「う~ん、グライアも誘ってあげたいところだけど、前代未聞の1次天職がノービスだからな。正直、冒険者として生きていくのは難しいだろ。

 アルデバランの生き残りなら、国から援助が出るだろうし。

 適当な職を見つけて生きていくんだろ?」

 

 もはや爽やかイケメン君の面影はない。

 あれは、僕が1次天職を得られたら自分の成長のための駒にしたいから、愛想良くしていただけだったのか。

 

「ティアさん。僕のことは気にしないで。

 これからどうするか、ちょっと時間をかけて考えるから。

 ティアさんは自分の目標のために頑張って下さい。

 プリーストになるんですよね?」

 

「私の目標……」

 

 考え込むティアさん。

 ま~カリス君のギルドに入るのはちょっと心配な気もする。

 間違いなくティアさんに手を出しそうだから。

 むっつりスケベだろうし。

 かといって、レベル上げに良い環境であることに間違いはない。

 ティアさん自身が決めるべきだ。

 僕がどうこういう問題じゃない。

 

 いや、本心としてはティアさんと一緒に! と思っているさ。

 だって多分だけど、ティアさんは僕のこと好意的に思ってくれているはずだ!

 あの洞窟の中で命を賭けてティアさんを守ったのだから!

 

 命を賭けることになった原因は、僕が悪いんだけどね。

 あ、あれ? 好感度アップしているのかな?

 よくよく考えると、神力範囲外で勝手にHP0にして、勝手に死にそうになっただけじゃね?

 あ、あれ? 全然かっこよくないな……。

 

「ティアさん。そんな奴のギルドに入ったらだめよ。私のギルドに来ればいいわ」

 

 僕が衝撃の真実に気付いて固まっていると、ナディアさんがやってきた。

 

「チッ」

 

「コキ使われて、手付にされて、捨てられるわよ。私のギルドで一緒に頑張りましょう」

 

「ずいぶんと言ってくれるじゃないか。一応君の許嫁のギルドだよ?」

 

「ふん! 半年後、その言葉を言えなくしてあげるわ」

 

「お~怖い。本当にできるならね。負けたら潔く俺の正妻になるんだぞ?」

 

 険悪な雰囲気。

 この2人の関係は何となく分かったけどね。

 

「わ、私、ナディアさんのギルドに入りたいです! 強くなりたいです!」

 

 そんな雰囲気もお構いなしに、ティアさんはナディアさんにギルドに入れて下さいとお願いする。

 ナディアさんは笑顔で了承していた。

 

 カリス君のギルド「暁」にはグリームさんが。

 ナディアさんのギルド「白薔薇」にはティアさんが。

 マーチャントのマルダックさんは商人組合「クホル」に入ることになる。

 プーさんはどこのギルドにも所属しない。

 そして僕も。

 プーさんは僕と違っていろんなギルドから勧誘されていたけどね。

 

 他の新人冒険者達も所属するギルドが決まったようだ。

 ゲームとは違うこの世界では、新人冒険者は必ずギルドに所属するし、したがる。

 プーさんみたいな人は稀らしい。

 

 全員を集めるとアルディさんが話し始めた。

 

「よ~し! 全員所属は決まったな! まずは1次天職おめでとう! 今月の新人は優秀らしく1次天職を得られなかった者は2名だけだった。

 希望の天職を得たもの、得られなかったもの様々だと思うが、みなのこれからの成長と活躍を期待しているぞ!

 ギルドでも改めて新人教育を受けると思うが、俺からも伝えておきたいことがある。

 ボット帝国のことだ。

 みんなも分かっていると思うが、突然現れた謎の集団にアルデバランが陥落したのが半年前。

 本当に悪夢のような出来事だった。

 しかし本当の悪夢はそれからだった。

 俺は2ヶ月前のアルデバラン奪還作戦に参加した。

 俺達の前に現れたのは、魂を無くしたアルデバランの人々だった。

 冒険者だけではなく、一般市民までも手に武器を持ち、表情のない顔で俺達に向かってきた。

 女子供もだ。

 いまあの場はオーディン様の神力が及んでいない。

 そんなところで、アルデバランの人々を斬れば、本当に殺してしまうことになる。

 むろん、戦闘技術のない一般市民の攻撃を避けるのは造作もないことだ。

 しかし、アルデバランの人々の中にボット帝国の奴らが紛れていた。

 奴らの戦闘能力は高い。

 見た目は俺達と同じ人族の冒険者だ。

 違いは、奴らの身体から半透明の白い煙が立ち昇っていることだろう。

 奴らが人族なのか、モンスターなのか、それ以外の何かなのか分かってはいない。

 魂を無くしたアルデバランの人々の救出方法も分かっていない。

 今、ルーンミドガッツ王国の総力を上げて、調査と研究を進めているところだ。

 諸君らは来るべきアルデバラン救出作戦の日に備えて鍛錬に励んでもらいたい」

 

 アルディさんの言葉に僕は絶句した。

 アルデバランに何かがあったとは思っていたけど、予想以上の惨劇だったのだ。

 これじゃ~アルデバラン出身なんていえば、哀れみの目で見られるわけだ。

 

「私からも一言」

 

 アルディさんの隣にいたプリーストのおじさんが声を上げる。

 

「まだ未確定情報ではありますが、ボット帝国の戦士達の中でも2次天職の姿をしている者達が恐るべきスキルを所持している、という情報があります。

 それは一定範囲をオーディン様の神力範囲外にするというスキルだそうです。

 実際、この10日間ほどで数名の死者が出ております。

 遠くから見ていた者からもたらされた情報ですので、未確定情報となっておりますが、一般フィールドで死者が出るなど考えられないことです。

 皆様も十分に注意を」

 

「アイテムショートカットには必ずハエの羽か、蝶の羽を入れておけよ! 死にたくないのならな!」

 

 プリーストのおじさんの後にアルディさんが再び声を上げる。

 そして、解散! との一言でガヤガヤとみんな部屋を出ていく。

 

 僕はこれからどうしようかと後ろの壁にもたれながら、1人ぽつんと佇んでいた。

 するとアルディさんが近寄ってきて、

 

「グライア。

 もし冒険者を続けるつもりなら、冒険者ギルドの受付のエーラの所へ行け。

 お前のことは話してある。

 1次天職がノービスなら、ノービス用のアイテムを使えるってことだ。

 初心者用ポーションとかな。

 それと貸し出していた初心者用装備一式も装備したままだろ?

 冒険者を続けるなら、そのまま貸し出すそうだ。

 まあ、もろもろエーラが説明してくれるだろう」

 

「はい。分かりました」

 

 アルディさんが去っていく。

 ティアさんは僕のことを気にしていたけど、ナディアさんと共に部屋を既に出ている。

 グリームさんも、マルダックさんも、カリス君も部屋を出ていく。

 

 プーさんはいつの間にか消えていた。

 最後の方の話を聞かずに出ていったのかな?

 

 とりあえず、エーラさんという人に会いに行こう。

 



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第8話 エーラさん

 冒険者ギルド1階に受付がある。

 外から入ってきたら一番最初にこの受付がある。

 僕は通っていない。

 だってオーディンに飛ばされてきたから。

 

「本当に? 本当に受付しました!?」

 

 もう何度目の質問だろうか。

 冒険者ギルド受付のエーラさん。

 今日の新人冒険者研修の人数を間違えたことになっている可哀相なお姉さんだ。

 

 黒茶色の長くて綺麗な髪に、清楚で可愛らしい顔。

 スタイルも良くスリムなモデル体型だ。

 白とピンクを基調とした制服に身を包んでいる。

 

「ほ、本当ですよ。僕はエーラさんに受付してもらった記憶ありますから。

 たくさんの人達を相手にしていたから、忘れたんじゃないですか」

 

「う~ん、自分で言うのもあれですけど、私、冒険者の方の顔と名前って1回で全部覚えられるんですよね。絶対に忘れたりしないんだけどな……」

 

 冷や汗が流れる。

 本当は受付通っていないから!

 

「そ、それよりアルディさんからエーラさんが何か説明してくれるって聞いているんですけど」

 

 話題を切り替える。

 

「ええ、グライアさんは前代未聞の1次天職ノービスですからね。

 それで冒険者を続けるつもりがあるんですね?」

 

「え、いや。そのことなんですけど。

 仮に冒険者をやめるとしたら、どんな職につくことができるのでしょうか?」

 

「ご実家は何か商売とかされていないのですか? グライアさんってどこ出身です?」

 

 ぐっ! またも出身を聞かれてしまった!

 アルデバランはまずい。

 ど、ど、どうしよう!

 

「え、えっと、ここプロンテラですけど。

 あ、でも両親はいなくて、兄弟もいなくて、そ、その……」

 

 咄嗟にプロンテラと答えてしまう。

 とりあえず身寄りがないことをアピールしなくては!

 

「……なんかすごく嘘くさいですけど。

 とにかく当てがないってことですね?」

 

 ズバリ嘘だと言われてしまう。

 

「は、はい」

 

「そうですね。力がないってことですから、力関係の仕事は無理ですよね。

 器用さもないってことですから、細かな作業関係も無理と。

 魔力も大してないってことですから、魔道具関係の仕事も無理と」

 

 グサグサとエーラさんの言葉が心に突き刺さる。

 ダメ人間と言われている気がしてくるぞ。

 

「唯一の取り柄の素早さを生かして、荷物届けの仕事とかどうですか?

 手紙や荷物を各地に運ぶ仕事ですよ。

 ボット帝国が各地に出没するようになったので、遠隔地に届けるならそれなりのゼニーを得られる仕事になっていますよ」

 

「え? ボット帝国ってどこにでも出没するんですか?」

 

「え? 知らないんですか? ボット帝国の戦士はどこにでも、突然現れるんですよ。だから恐ろしいんじゃないですか。ハエの羽で移動して、獲物を探し回っているそうですよ。今のところアルデバラン以外の街中に現れたという情報はありませんが、いつ街中に現れてもおかしくない状況です」

 

 まさにBOTだな。

 

「ボット帝国からアルデバランを取り返すために、オーディン様の神力範囲外での戦闘訓練場として地下に洞窟を作っているんですよ。

 ダンジョンの深層に挑むなんて、一部の命知らずな冒険者だけですからね。

 みんなオーディン様の神力範囲外での戦闘に慣れていないのが問題だったんです。

 まあ、その洞窟に迷い込んでしまって、しかもHP0なんていう恐ろしい状況から生還してきた奇跡のノービスがいるとかいないとか……」

 

 見た目は清楚で可愛らしいのに、エーラさんの言葉はけっこうトゲがある。

 エーラさんの言葉は華麗にスルーすることにして、疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「なるほど、それで荷物を届けるのが大変になっているんですね。でもワープポタールを使えば一瞬じゃないんですか?」

 

「はぁ~本当に何を言っているんですか。貴重なワープポタール使いのアコライトやプリーストが荷物運びの仕事なんてするわけないじゃないですか。

 彼らは日々モンスターと戦い経験値を得て、さらなる高みを目指しているんですから」

 

 そりゃ~そうか。

 ステータスのベースレベルやジョブレベルの横には経験値バーがある。

 ここで次のレベルまで後どのくらいか分かるようになっている。

 

 ちなみに、レベルが高くなっていくと雑魚モンスターを倒しても経験値を得られなくなる。

 これもゲームとは違う仕様だ。

 永遠とポリンだけを狩ってレベル99にするのは無理なのである。

 

「そうですね。では荷物運びの仕事をしながら生活していきたいと思います。

 冒険者を続けながらでも大丈夫ですか?」

 

「それは構わないです。

 運び屋フェイさんへの紹介状を書いておきますね。

 冒険者も続けるとのことなら、いまお持ちの初心者用装備一式はそのままお持ちになって頂いて構いません。

 その装備は精練することはできませんし、カードスロットもありません。

 そしてノービスしか装備することができません。

 これらの制限によって基本数値は高くなっていますから」

 

 制限によって基本数値が高くなる?

 頭の上に? のエモが出ていたのだろうか。

 エーラさんが説明を補足してくれる。

 

「オーディン様の加護を得ている装備、アイテムなどは使用に制限を設けて作成することで、何らかの効果を得ることになるんですよ。

 初心者用装備は基本数値が高めになっていますし、初心者用ポーションは作成するための赤ハーブの量が半分で済みます。回復量も高いですし、重量も軽くなっていますね。

 あ、そうそう忘れるところでした。

 赤ハーブを持ってきてくだされば、グライアさんには特別に初心者用ポーションを作成してあげますので。

 本来は新人研修でしか使わない物なのですが、グライアさんにとっては最も効率良い回復ポーションでしょうから。

 また材料を持ってきてくだされば、初心者用の各種ポーションも作成しますよ。

 黄ポーションとか緑ポーションとか。

 さすがに白と青は勿体ない気がしますけど、グライアさんがお望みなら作りますよ」

 

 なるほどね。

 装備やアイテムに使用制限をつけると何かしら良い効果を得るのか。

 ポーションの重量が軽くなるのは嬉しいな。

 初心者用白ポーションとか初心者用青ポーションとか作ってもらえるわけか。

 

「では冒険者カードを作りましょう。

 こちらのカードに血を一滴垂らしてもらえますか?」

 

 エーラさんは針と共にカードを1枚渡してきた。

 チクッと指に針を刺して、カードに血を一滴垂らす。

 

「はい、大丈夫ですよ。

 冒険者カードはグライアさんの身分証明書にもなります。

 討伐系の依頼などはカードに討伐数が記録されるようになっていますので。

 いまは初級冒険者ですが、中級、上級と上がっていけば、名指しでの依頼が来たりします。

 また購入できる装備類も冒険者のランクが上がれば良い者を購入できるようになりますからね」

 

「あれ? ランクの低い冒険者は良い装備買えないのですか?」

 

「はい。ギルドに所属すればそのギルドの信頼でお売りすることはありますが、基本的にはランクによってお売りしています。

 未熟な冒険者に良い装備を売っても、宝の持ち腐れですから。

 ホルグレンさんの方針です」

 

 ホルグレンか。

 待てよ。商人組合があるって言っていたな。

 装備ってそこで買うのか?

 ゲームでいう店売り装備じゃなくて、商人達の露店で売られるような装備品のことなのかもしれない。

 露店スキルもあるって言っていたしな。

 

 またも頭の上に? マークが見えたのだろう。

 エーラさんが話を続けてくれた。

 

「マーチャントの天職を持つ者は、必ず商人組合に入ります。

 これは絶対です。

 マーチャントの間はホルグレンさんの元で修行することになります。

 ブラックスミスになっても所属は商人組合で、各ギルドに在中するという形を取ります。

 商人組合で作られる強力な装備品は国が買うことになります。

 そして国から認められたランクの冒険者達に売っているのです。

 ま~裏でこっそり在中しているギルドのために装備作っている人もいるそうですけど」

 

 なるほど。

 

「露店ってどんなスキルがご存知ですか?」

 

「露店は商人が売りたい物、買いたい物を登録するスキルですね。

 商人組合のお店にいけば、露店によって売り買いに出ているリストを見ることができますよ。

 ここでも見ることができます。

 あそこに置いてある水晶に触れてみてください」

 

 受付の横に置かれている水晶。

 10個ぐらい置かれている。

 その1つに触れると、空間にウィンドウが表示される。

 

 なるほど。

 確かに売り買いの情報が見える。

 これに触れて取引するのか。

 

「常時必要とするゼロピーや空き瓶などは、ホルグレンさんが買いの注文を常に出していますよ」

 

「空き瓶も買うんですか? 作ったりしないのです?」

 

「一般生活に使う空き瓶は職人さん達が作りますけど、オーディン様の加護を得るアイテムを作るには、ポリンなどがドロップする空き瓶が必要なんです」

 

 上手くできているわけか。

 

「さきほど、マーチャントは必ず商人組合に所属するといいましたが、一部所属していない者達もいます。

 その者達は詐欺露店や詐欺取引を行ってきますので注意して下さいね

 スキルを使えれば登録はできてしまいますので。

 もちろん見つけ次第、対処はしていますが24時間見ているわけではありませんので」

 

 僕に話し続けながら、手を動かしているエーラさん。

 運び屋フェイさんという方への紹介状を書いていた。

 

「はい、こちらが運び屋フェイさんへの紹介状です。

 冒険者ギルドを出て、大通りを真っ直ぐ南に進んでいけば大きな建物に「運び屋」という看板が出ているはずです。

 そこでこの紹介状を見せて下さいね。

 何かあればいつでも相談に乗りますので来て下さい」

 

「ありがとうございます」

 

 冒険者兼運び屋の生活が始まるのか。

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

「な、なんだ……」

 

 エーラさんに見送られながら冒険者ギルドから外に出た。

 それはある意味見慣れた街並み。

 しかし同時に想像を超える街並み。

 

 いや、当然か。

 ここはゲームではないのだから。

 

「ひ、広い」

 

 人が住んでいる街なんだ。

 何人の人が住んでいるのか知らないが、数千人ってことはないだろう。

 首都プロンテラなら何万? 何十万人ぐらいは住んでいてもおかしくない。

 

 街の端から端まで1分なんてことはない。

 

 とりあえず真っ直ぐ南に向かって歩きたいのだが、どっちが南なのか分からない。

 仕方ないので、道行く人に運び屋はどっちですか? と聞いてしまった。

 

 大通りを歩くこと10分。

 運び屋の看板が見えてきた。

 看板に書かれていた文字は一瞬だけ訳わからない文字に見えた。

 しかしすぐに翻訳されたかのように、日本語の文字になる。

 自動翻訳されていたのか。

 

 大きな建物だった。

 入口のドアを開けると、中ではたくさんの人達が忙しなく動き回っている。

 受付のお姉さん的存在はいない。

 代わりにちょっと軽そうな感じのお兄ちゃんが受付ぽかったので、声をかけてみた。

 

「すみません。冒険者ギルドからの紹介でやってきました。

 フェイさんにこの紹介状を見せたいのですが」

 

「ん? 俺がフェイだよ。

 冒険者ギルドからの紹介?

 あんた運び屋なんてやりたいのかい。

 見たところ……ノービスみたいだけど、資格なし?」

 

「え、ええ。そうです」

 

 説明するのが面倒なので、資格なしでいいや。

 フェイさんに紹介状を渡す。

 

「ふむふむ。ほ~! なるほどね……ふむふむ。

 分かった!

 今日からあんたを雇う。

 名前はグライアだな? 働きに期待するよ。

 うちは完全歩合制だ。

 依頼の来ている荷物を運んだ分だけ賃金を渡す。

 特に遠隔地への依頼は割高だぞ。

 というか、捌き切れずに困っている。

 みんなボット帝国が怖くてね。

 紹介状には、グライアは逃げ足だけは一級品と書いてある。

 遠隔地への荷物を運んでくれるのを期待しているぞ!」

 

 エーラさん紹介状に何書いているんですか!

 

 フェイさんがその場にいる人達に大声で新入りのグライアだ! と叫んでいた。

 紹介はそれだけで、後は仕事の手順を教えてもらいさっそく荷物を運ぶことに。

 

 ものすごい体育会系の匂いのするこの場所で、僕の物語は続いていく。

 



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第1章
第9話 韋駄天


 プーさんの舌と僕の舌が絡み合う。

 くちゅくちゅといやらしい音を立てながら、プーさんが顔をあげれば唾が糸を引く。

 

 その横からティアさんが顔を出すと、同じく僕の口の中に舌を入れてくる。

 プーさんに負けまいとくちゅくちゅ音を出す。

 

 ああ、なんて素晴らしいんだ。

 いつまでもこの天国の中で……。

 

 

「おら~! グライア! いつまで寝てるんだ! さっさと起きろ! 仕事入ってるぞ!」

 

 

 野太い声で夢から覚める。

 もっと夢の中にいたかった。

 しかし現実はいつだって厳しい。

 

 荷物倉庫の隅の一角に寝袋を引いて寝ている。

 ここが僕の住処だ。

 

 お金を節約するために、フェイさんの運び屋の倉庫を借りて寝ている。

 一応家賃はゼロにしてもらえた。

 

 アイテムボックスから昨夜買っておいたパンを取り出し、むしゃむしゃと食べながら寝袋を畳む。

 アイテムボックスの中に入れれば一瞬だけど、これから荷物運びをするのに少しでも重量を開けておかないといけない。

 特に僕にとっては死活問題だ。

 

 冒険者ギルドでの新人研修の日から既に1ヶ月が経過している。

 つまりフェイさんの運び屋で働いて1ヶ月が経過しているわけだ。

 最初こそ身寄りもなく、1次天職の資格なしとなった可哀相な子扱いだったのに、僕の加速された動きの速さが分かると、扱いは180度変わった。

 

 ボット帝国のせいで遠隔地への荷物運びが滞っていた依頼を、全て僕に押し付けてきたのだ。

 近場のイズルートには他の人も行くけど、ゲフェン、モロク、フェイヨン、アルベルタ。

 あちこち駆け回ることになった。

 しかも逃げ足は一級品という、残念なエーラさんの紹介状のせいで、ちょっと危険な地帯でも通っていけるんだろ? 的なノリで仕事を押し付けられる。

 要は危険でも近道して早く届けてねってことだ。

 

 アイテムボックス持ちであることも、僕への仕事の押し付けに拍車をかけた。

 僕はまったく知らなかったことなんだけど、そもそもノービスの天職を得られる者も限られているそうだ。

 誰もがなれるわけではなく、一定の素質を持った人だけがなれる。

 

 さらにもっとも驚愕されたのが、僕の移動速度だ。

 つまり加速された動き。

 フェイさん曰く、僕の移動速度は馬鹿げているとか。

 1日で遠隔地の街を往復できる人間なんて見た事ないとか。

 

 いまプロンテラの民間荷物を遠隔地に運ぶ仕事は僕の両肩にかかっていると言っても過言ではない。

 それなのに扱いは新人である。

 体育会系では年功序列が絶対である。

 

 さらに騙された? わけではないけど、得られる賃金ははっきり言って少ない。

 いや、これはゲームから考えた感覚なんだけどね。

 一般市民が生きていく上では、十分な賃金を得ている。

 でも、冒険者として必要な装備やアイテムを買うことを考えると、あまりにも少ない賃金だ。

 それでもこの仕事を続けていることには、ある理由があるんだけどね。

 

 荷物運びのルートに生えている草からハーブ採集はしている。

 ポリンを見つければ倒して空き瓶も集めている。

 こうして集めた冒険者として必要アイテム関係は全部カプラ倉庫に預けている。

 

 カプラさんは存在した。

 道端に立っているわけじゃないけど。

 カプラというお店があるのだ。

 中に入ると、あのカプラさんの格好をした可愛らしい女性が出迎えてくれる。

 残念ながら、お帰りなさいませご主人様、なんてことは言ってくれない。

 一度でいいから言って欲しいものだ。

 

 カプラ倉庫は冒険者なら無料で使える。

 カプラ本社と冒険者ギルドでそういう契約になっているのだ。

 ちなみに、本来冒険者は冒険者ギルドに会費を払い、国に税金を納めないといけない。

 しかし1次天職ノービスという前代未聞の弱小冒険者の僕は、その義務を免除してもらえている。

 

 カプラ本社との契約といっても、今はそのカプラ本社が壊滅状態だ。

 なぜならカプラ本社はアルデバランにあったから。

 いまは仮の本社をここプロンテラに設置してある。

 しかし多くのカプラさん達は魂のないボット帝国の手先と化している。

 ここにいるカプラさん達はみんな笑顔を向けてくれるけど、その内心は穏やかではない。

 

 僕はグラリスさんというカプラ嬢に世話になっている。

 眼鏡をかけた知的ながらもどこかエロティックなカプラさんだ。

 見た目通り知識が豊富で、運び屋のルートのアドバイスなど、いろいろと相談に乗ってもらっている。

 

 僕のカプラ倉庫には、かなりのハーブ類やアイテムが貯まっている。

 グラリスさんには、内緒にして下さいね? とお願いしてある。

 そしたら、カプラ嬢たるものお客様の秘密を公言することはありません!(キリリッ!) と言われてしまった。

 そのSな仕草にゾクゾクしてしまう僕はちょっと変態かもしれない。

 

 さて、今日も一日頑張って仕事をしますか!

 

 

「行ってきます!」

 

「おぅ! 頼むぞ!」

 

 倉庫に積まれた荷物のうち、ゲフェン行きの荷物をアイテムボックスの中に片っ端から入れていく。

 そして僕専用の届け先リストをもらう。

 もはや遠隔地は僕が担当なので、どの荷物を何処にという専用のリストまで存在する。

 僕以外の人が遠隔地に行く気ゼロってことだ。

 

 大通りを西へ向かって駆け抜ける。

 目指すは西の城門、そして魔法都市ゲフェン!

 

 ところで、今日はどっちのルートで行こうかな。

 う~ん、カエルマップを通るか。

 遠回りだけど、今日の仕事はゲフェンの往復だけだし、荷物もそんなに多くない。

 この1ヶ月で溜まりに溜まった仕事は片づけてきた成果だね。

 

 西の城門に向かって駆け抜ける僕を見ると、声をかけてくれる人達がいる。

 

「いよ~! 韋駄天! 今日も早いね~! 頑張れよ!」

 

 僕のおかげで遠隔地への手紙や荷物が運べるようになったと、みんな喜んでくれる。

 そして僕の速さからついた通り名が「韋駄天」である。

 

「うわ~! 韋駄天のお兄ちゃんだ!」

 

 小さな子供達からの人気も上々だ。

 ま~これでも速度はかなり抑えているんだけどね。

 

 30分もすれば西の城門に着く。

 門番の兵士さん達とも、顔馴染の人が増えてきた。

 

「いよ~韋駄天。今日はゲフェンか?」

 

「はい。今日も元気に走って行ってきます」

 

「まったく。お前さんの俊敏の加護はどうなっているんだろうな。

 ま~みんなお前さんのおかげで荷物が運べて大助かりだ。

 ギルドや国からの誘いを断っているのも、ここだけの話、俺はそんなお前さんに好感を持っているんだぜ。

 そりゃ~ボット帝国への準備が大切なのは分かるけどよ。

 だからといって、一般市民の手紙や荷物が運べなくていいわけじゃないもんな」

 

「いや~僕みたいな1次天職ノービスが、ギルドや国の役に立てることなんてないですから」

 

 これがフェイさんの所で働き続ける理由である。

 僕の驚異的な荷物運搬能力に目を付けたギルドや国が、僕を荷物運びとして雇おうとしてきた。

 かなり良い条件で釣ってくるところもあるけど、エーラさんに相談したところやめておいた方がいいと教えてくれた。

 エーラさんが裏でいろいろ情報を集めてくれたのだが、待っているのは地獄のような労働だとか。

 もともとポータル持ちのアコライトかプリーストが所属しているのだ。

 どうしても運ばなくてはいけない物資や荷物があれば、ポータルを使えばいい。

 グライアさんが地獄を見る必要はないですよと、エーラさんのおかげで僕は助かった。

 

「はっ! よく言うぜ。

 ボット帝国に気をつけろよ。

 最近また活動が活発らしいからな」

 

「はい! ありがとうございます! 行ってきます!」

 

 門番の兵士のおっちゃんに笑顔で見送られ、僕はカエルマップに向かって走っていく。

 門番から見えなくなるまでは、街中を走っていたのと同じ速度で。

 しかし、門番から見えなくなる距離まできたら、僕は全力疾走を開始する。

 

「よっと!」

 

 今の僕の走りがいったい時速何キロなのか、計ってみたいものだ。

 この1ヶ月で僕の動きはさらに速くなった。

 

 この世界に来た直後は、自分の能力というか加護の使い方に慣れていなかったのだ。

 あのポイズンスポアとの戦闘の時だって、今の速度からすれば半分以下だ。

 どうして僕はこんなに速いのか。

 

 答えはゲームキャラのグライアのステータスだと思っている。

 Agi97。

 あの数値での加護が僕にはあるのではないか。

 

 いまベースレベルは20。

 レベルの上がり方もゲームとは違う。

 もうポリンをいくら倒しても経験値が入らない。

 経験値が入らなくてもポリン倒してゼロピーや空き瓶集めするけどね。

 

 仮にレベル1の時点で、グライアの持つステータスの加護が僕にあるとしたら、いまこうしてベースレベルが上がるたびに、僕の加護はさらに上がっているのだろうか?

 それとも、僕の加護は決まってしまっていて、ベースレベルが上がってもHPとSPが少し増えるだけなのだろうか。

 はっきりとしたことは分からないけど、恐らく加護は上がっていると思う。

 この1ヶ月の間に俊敏の加護がさらに強まっている気がする。

 

 カエルマップまでの間に遭遇するモンスターを片っ端から倒していく。

 特にファブルとプパは見逃さない。

 カード狙いだ!

 

 カードの価値は高い。

 ものすごく高い。

 ゲーム以上に高い。

 

 それはモンスターとの遭遇率の問題だ。

 ゲームの世界よろしく、ちょっと歩けばモンスターに遭遇する、なんてことはない。

 ポリン1匹見つけるのも、意外と骨が折れる。

 カードのドロップ率はゲームと同じなのかもしれないけど、倒せる数が圧倒的に少ないからカードの産出率が低いのだ。

 

 それなのに!

 ゲームとは違う仕様が、さらにカードの価値を高めている。

 それはスロットの数だ。

 

 スロットといえば、武器なら最大4個。

 防具は1個。

 これがゲームの世界。

 

 こっちの世界では、武器は最大で12個。

 防具は4個である。

 

 恐るべきスロット数!

 しかし同一カードを同じ武器に刺せるのは4枚まで。

 防具は1枚までだ。

 ソルジャースケルトン12枚刺しなんてことはできない。

 

 もう1つ、ゲームとは違うことがある。

 それはモンスターが防具は落とすけど、武器は落とさないってことだ。

 つまり武器はブラックスミスが作るものが全てとなる。

 スロットの数もブラックスミスが作る武器についているのだ。

 

 そのため鉱石関係の需要は高い。

 武器を作る材料もゲームとは全然違っていたからな。

 

 ゲフェンへの荷物運びの際には、カエルマップに寄って見かけたロッダフロッグを倒している。

 ロッダフロッグカード:最大HP+400、最大SP+50というノービスの僕にとってはありがたい効果のカードだ。

 ノービスだけではなく、駆け出しの冒険者にとってはどの天職でも大いに役立つ。

 そのため露店での価格もかなり高い。

 

 実はすでに1枚持っている。

 スロット4のアドベンチャースーツがないので、まだ刺していないけど。

 モロクへの運搬の際には子デザがいないか、血眼になって探しているさ。

 

しかし、実はスロット3のアドベンチャースーツはある。

 なので2枚目のロッダフロッグが手に入れば、スロット3のアドベンチャースーツに刺して使ってしまおうかと思っている。

 

 本当なら売ってスティレット製作の資金に回したいところだけど、僕の幸運なら問題ないと思っている。

 

 そう幸運。幸運です。

 これは、はっきりとそうだと確信を持っているわけじゃないけど、多分そうである。

 何か。

 グライアのステータスのLuk99。

 この加護は、この世界でのアイテムドロップ率に影響を与えているはずだ。

 

 もちろんクリティカルや完全回避も僕は出やすいだろう。

 だがアイテムドロップの良さが異常なのである。

 モンスターを倒せば素材系はもちろんのこと、通常はレアと言われるアイテムがぽんぽん落ちる。

 もちろん100%じゃない。

 カードだってそうそう簡単に落ちてくれるわけじゃない。

 

 仕事が休みの日にポリンを狩りまくってみたところ、恐らく僕のカードドロップ率は1%ぐらいだと思う。

 ゲームでは確か0.02%だっけな?

 それから考えたら驚異的な確率だ。

 

「はぁはぁ……ちょいと休憩」

 

 残念ながら体力はない。

 グライアのVitを少しでも上げておくべきだったと後悔している。

 ベースレベルが上がる度にちょっとは体力ついているような気がするけど。

 

 でもそれが加護によるものなのか、僕自身の体力なのかいまいち分からないのだ。

 

 カエルマップを目前に休憩を取る。

 目の前にはワープポイントの光りの渦が見える。

 

 この世界はフィールドとフィールドを移動するのにもワープポイントを通る。

 ゲームそのままだ。

 だからといって、その先の景色が見えないわけじゃない。

 景色は見えている。

 でも一定の場所から先に行こうとすると、見えない壁に遮られ進めないのだ。

 

 神が世界を分けているから、とこの世界の人達は納得している。

 

 さて、休憩お終い。

 カエルマップでロッダフロッグ探しといきますか。

 



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第10話 カエルマップ

 カエルマップ。

 そこは木が生い茂り、何十もの大小の池が存在するマップ。

 生息しているモンスターはロッダフロッグにポポリンにアンバーナイト。

 そして中ボスのトードがいる。

 

 ロッダフロッグは、カードはもちろん、緑ハーブに空き瓶とエメラルドを落す。

 ポポリンはブドウとジルコンを落す。ポポリンカードも既に1枚持っている。

 アンバーナイトは鉄鉱石にエルニウム原石を落してくれるので嬉しい。

 

 このマップはトードがいる以外は、本当に美味しいマップだ。

 問題なのが中ボスのトード。

 こいつ1匹なら倒せなくもないのだが、取り巻きのロッダフロッグが厄介だ。

 どうやら回避のFleeは複数のモンスターに囲まれると低下する、というゲームと同じ仕様のようで、既に何度か痛い目にあっている相手である。

 

 トードが近づいてくれば、ゲロゲロっという鳴き声がいくつも重なって聞こえてくるので分かりやすい。

 その声が聞こえた途端、回れ右で逃げだせば問題ない。

 トード以外にアクティブモンスターはいないのだから。

 

 ハエの羽で緊急脱出してもいいのだが、せっかく加護の俊敏で素早く移動できるのだから、お金節約のためにもなるべく自力で逃げている。

 ハエの羽はゲーム価格では売っていない。

 そこそこ高価なアイテムなのだ。

 

 真っ直ぐゲフェンに向かう道を進んではあっという間に過ぎ去ってしまう。

 あちこち寄り道するようにモンスターを探していく。

 この1ヶ月で僕もモンスターとの戦闘にずいぶん慣れたもんだよな。

 

 

♦♦♦

 

 

 カエルマップで1時間ぐらい狩りをしただろうか。

 残念ながらロッダフロッグカードは出なかった。

 代わりに2枚目のポポリンカードが出た。

 

 くそっ! こんなところで運を使ってしまうとは!

 

 ブドウ、鉄鉱石、エルニウム原石はそこそこ集まった。

 戻ったらカプラ倉庫に入れておこう。

 

 さて、そろそろゲフェンに向かって……、

 ん? あれは……。

 

 木に前に幼い少女が立っている。

 こんなところに少女が? と一瞬驚いたが、手に弓を持っているのでアーチャーだろう。

 木に隠れてモンスターを探しているのか?

 

 しかし隠れる理由が分からない。

 トード以外は非アクティブなのだから、見つけてから距離を取ればいいのではないか?

 そっと近寄ってみる。

 

 やはりアーチャーだ。

 アーチャーは弓を引いて放てば矢が出てくれる。

 矢を実際に持つ必要はないのだ。装備していればいい。

 

 狙っている獲物は……! おいおい……本気か?

 

 トードだ。

 トードがいる。

 だから隠れていたのか。

 

 取り巻きが6匹。

 いつもの数だ。

 1度倒せば取り巻きは出てこない。

 

 あ、弓で逃げ撃ちして取り巻きを1匹ずつ倒すつもりか?

 確かにアーチャーならそれが可能だ。

 トードから逃げる足があるのなら。

 

 少女の邪魔をしないように、一定距離から近寄らないようにする。

 少女がいつ動き出すのか、どのような動きをするのか観察することにした。

 

 後姿しか見えないが、これだけ見たら小学生の女の子と思ってしまうな。

 クリーム色の髪がキラキラ輝いて綺麗だ。

 

 お、少女が弓を引いたぞ。

 なんかずいぶん動きが遅いな。

 遠距離からの先制攻撃だから初撃は別にゆっくりでいいのか。

 でも別にゆっくりじっくり弓を引いたから攻撃力上がるとかないよな?

 そんな疑問を持ちながら見ていると、少女が弓を放った。

 

 

 ゴォォン!

 

 

 という轟音が聞こえたような気がした。

 いや、実際に聞こえたのだ。

 少女が放った一撃は、閃光の如くトードに突き刺さった。

 

 なんちゅ~馬鹿力だよ。

 

 いや、器用さか。

 弓の攻撃力は力じゃなくて器用依存だったはずだ。

 この少女は器用の加護が高いのか。

 しかし……、

 

「ひぃぃぃぃぃぃ!」

 

 トードと取り巻きから逃げる少女の足は遅い。

 すんげ~遅い。

 いや、マジで遅い。

 そして、ちょっとなにその走り方。

 短くて小さな足で、ちょこちょこ走るその姿。

 めっちゃ可愛いんですけど。

 本気でその走り方なの?

 

 少女は漫画に出てくるような小走りで必死にトードから逃げる。

 が、すぐに追いつかれてしまいそうだ。

 

「ひぃぃぃぃぃぃ!」

 

 ハエの羽は持っていないのか。

 このままだとセーブポイントにお帰りだな。

 

 見なかったことにしてもよかった。

 ソロで狩りをする者が失敗すればセーブポイント送りになるのは当たり前だ。

 でもこの少女の走り方があまりにも可愛かったので、放っておけなかった。

 

 加速された世界へと入っていく。

 トードよりも先に少女へと追いつく。

 

「助太刀参上!」

 

 少女を抱きかかえる。

 突然現れた僕に驚くも、抵抗する間もなく僕の胸の中に納まる。

 本当に小さい。

 身長いくつだよ。

 

「え? ええ!?」

 

「騒がないで! 君を連れて逃げるから!」

 

「え? あ、ちょ、ちょっと! トードが!?」

 

「分かっている! 追跡範囲から出るだけだ!」

 

 どこまでも追ってくるわけじゃない。

 一定距離離せば、追ってくるのをやめるのだ。

 少女を抱えたまま、トードの追跡範囲外にまで逃げた。

 

 

♦♦♦

 

 

「あ~突然ごめんね。僕はグライア。プロンテラで冒険者兼運び屋をやっています。トードに追いつかれそうだったので、危ないと思って君を助けようとしただけなんだ。

 だから怪しい者ではありません」

 

 少女は僕のことを思いっきり不審者扱いしてきた。

 そりゃ~そうだろう。

 いきなり抱きかかえられたんだから。

 

「私はアイリスよ。

 とりあえず礼を言っておきます。

 助けてくれてありがとう。

 でもいきなり女性を抱きかかえるなんて破廉恥ですよ! まったく……」

 

 アイリスと名乗った少女は顔を赤くしている。

 恥ずかしかったのだろう。

 

「ごめんね。でも君みたいな女の子がどうして1人で狩りしているの? ギルドの人達は?」

 

「む!? 貴方何歳?」

 

「え? 18歳だけど」

 

「18歳の人族に女の子扱いされるほど、私は幼くないわ!

 こう見えて貴方より年上なんだからね!」

 

「ええ!?」

 

「な、何よ。分からないの? 私はドワーフよ」

 

 ドワーフ!?

 そうか! それで小さいのか!?

 

「ご、ごめんなさい。気付いていませんでした」

 

「ふん! 分かればいいのよ。それにしても貴方すごい速いのね」

 

「え、ええ。取り柄がそれしかありませんから」

 

「それに冒険者兼運び屋って……プロンテラの運び屋なの? どのお店?」

 

「フェイさんという方の運び屋でお世話になっています」

 

「え!? もしかして……貴方が韋駄天?」

 

「あ、そうです。韋駄天って呼ばれていますね」

 

 お~韋駄天の名もけっこう有名になってきたんだな。

 グライアは知らなくても、韋駄天は分かるとは。

 最初は恥ずかしかったけど、こうして韋駄天で通じるとなんだか誇らしい気分だ。

 

 じろじろと僕のことを見てくるアイリスさん。

 身長130cmぐらいかな? 顔も童顔だ。胸もない。

 まさにお人形さんみたいな人だ。

 それなのに、あの弓の一撃。

 本当に閃光というか、まるでエネルギー砲みたいな感じだったな。

 動きが遅かったから、Agiはかなり低そうだけど。

 器用極の可能性大だな。

 

「い、今は仕事中なの?」

 

「はい。これからゲフェンに荷物を運びにいくところです」

 

「ゲフェンに? どうしてここを通っているの?」

 

「あ~荷物を運ぶついでに、狩りもしているんですよ。それで今日はここでロッダフロッグ狩りでもしていこうかと思いまして。運良くカードでないかな~なんて思いながら」

 

「カードなんてそうそう出ないでしょ。ま、まあ私も貴方と同じようなもんだけど」

 

「アイリスさんもカードを?」

 

「違うわ。私は……」

 

 急にまた顔を赤くしてもじもじするアイリスさん。

 だからそんな仕草されると可愛すぎるですけど!

 

「そ、その……トードを! トードを狩るのが私の目的なの!」

 

 訳わからん。

 トードを狩ることに意味はないでしょ。

 経験値だけなら他のモンスター倒した方がいいだろうし。

 

 トードカードか?

 ボスカード狙いなのか?

 他にトードがドロップするものといえば……。

 

 

 ぴこ~ん!

 

 

 分かった。分かったぞ!

 アイリスさんが何を欲しがっているか!

 たぶんだけど、大きなリボンだな。

 

 あの見た目の可愛さから、ゲームでも人気の高かった大きなリボン。

 このお人形さんみたいなアイリスさんが装備すれば、可愛さ爆発なのは間違いない!

 

 本人は幼い女の子と間違えると怒ったけど、きっと可愛いもの好きなんだな。

 まあ何歳になっても、可愛いものは可愛いいのだろう。

 僕にとってはアイリスさんそのものが可愛いけどね。

 

 着させてみたいな。

 アイリスさんに大きなリボンを着させてみたい!

 すっげ~可愛いと思う!

 

 しかし問題はどうやってトードを倒すかだ。

 正直僕も囲まれると終わりだ。

 僕が逃げ回っている間に取り巻きを1匹ずつ倒してもらうか?

 でもアイリスさん動き遅いから、僕が逃げ回るのに追いつけないだろうな。

 狭い範囲で逃げ切るには無理がある。

 

 貯め込んだ初心者用ポーションで耐えるか?

 でも痛い出費だな。

 それにポーションの回復速度が追いつくかも微妙だ。

 まさか白は使えない。

 アイリスさんが大きなリボンを装備した姿は見てみたいけど、それとこれは別問題だ。

 そもそも大きなリボン落すかも分からないし。

 確かゲームではドロップ率1%もなかったはずだ。

 僕が倒せれば、幸運補正でかなりのドロップ率になるだろうけど……。

 

 僕がう~~~んと悩んでいると、アイリスさんが顔を真っ赤にしながら言ってきた。

 

「あ、あの、貴方の足の速さを見込んで頼みたいことがあるの! トード狩りを手伝ってくれないかしら?」

 

 おっと、僕1人が盛り上がっていて、そもそも協力するなんて話になっていなかった。

 危ない、勝手に話を進めるところだったよ。

 

「ええ、いいですよ。ただ僕は囲まれるとすぐに倒されてしまいます。

 ご存知かもしれませんが、僕の1次天職がノービスという最弱冒険者なんです。

 逃げ足だけは自信あるのですが、ただそれなりの広範囲を使って逃げないと……」

 

「それだと私が貴方の逃げる速度に追いつけないわ。

 私は俊敏の加護がまったくなくて、動きがとても遅いの

 そこで相談なんだけど……」

 

 アイリスさんの作戦は僕の予想の範囲外であった。

 

 

♦♦♦

 

 

「いいわね!」

 

 アイリスさんは上機嫌である。

 なぜか。

 それはアイリスさんの作戦に従って、僕がアイリスさんを……肩車しているからである。

 

 そう肩車。

 小さなアイリスさんを肩車して、僕が逃げる

 そしてアイリスさんはカエルを撃ち続ける。

 倒す。

 これがアイリスさんの作戦であった。

 

 上機嫌なアイリスさんとは対照的に、僕はかなり困っている。

 何を困っているのかというと……その、いろいろ首に当たる感触がね。

 アーチャーの衣装ってそれでなくても、ミニスカのような感じでいろいろ危険なのに!

 

 木の向こう側にトードがいる。

 ちゃんと見つけてから肩車したよ。

 肩車しながら探したわけじゃない。

 

「いくわよ?」

 

「は、はい」

 

 弓を引こうとアイリスさんがぐっと脚に力を入れる。

 すると、首に押しつけられる感触が強まる。

 ちょ、ちょっと、それやばいです。

 もういろいろやばいですよ?

 

 柔らかい太ももが首を締め付ける。

 ちょっと苦しいのに何故か幸せな気持ちになってしまう。

 これはいかん。

 絶対にいかん。

 また1つ変態の道を上ってしまう。

 

「はぁ!」

 

 アイリスさんの閃光矢(勝手に命名)が放たれる。

 取り巻きの1匹が、フギャ! という声と共に倒れる。

 ロッダフロッグは1発か。

 

「逃げますよ!」

 

 こちらを認識して追いかけて来るトード達から逃げ始める。

 全速力では距離が離れてしまうので、着かず離れずの速度を探り出す。

 走って逃げると、これまた首に素晴らしい……違う、危険な感触が押しつけられてくる。

 くっ! 我慢するんだぞマイジュニア!

 

 アイリスさんがもうちょっと遅くとか、もうちょっと速くとか、トード達との距離感を教えてくれる。

 そして最適な速度が分かったところで、再びアイリスさんが弓を構えようとしたのだが……。

 

「ちょ、ちょっと、これだと撃ち難い」

 

 などと、今さらなことを言ってきやがった!

 ええ!? 肩車で後ろ向きになりながら弓を引くって分かっていたでしょ!

 撃ち難いとかじゃなくて、どうにかして撃ってよ!

 

「くっ、え、えい!」

 

 さきほどまでの轟音の勢いある矢ではない。

 明後日の方角に力なく放たれる矢が悲しそうにどこかへ落ちる。

 

「ど、どうしよう! ちゃんと弓が引けないよ!」

 

 前を向かないと無理! とか言っちゃってますよこの子。

 いやこの子と言っても、僕より年上なんだけどね。

 この状態で前を向くって、どういう体勢になるか分かって言ってるのか?

 

「はぁはぁ……前を向くって、その……こっち側に来るってことですか?」

 

「え? そ、そっか! そっち側にいけば……え? そ、そっち側?」

 

「はい。そっち側というか、こっち側というか」

 

「え、えっと。それってつまり」

 

「はい。それってつまりそういうことになるというか」

 

「だ、だめよ! そんなのだめよ! だってパンツが丸見えに……」

 

「だったらその体勢で何とか弓を引いて矢を当てて下さいよ!」

 

「そんな無理言わないでよ! 難しんだからね!」

 

 まずい息切れしてきた。

 あいかわらず体力そんなにないんだよ。

 いくら小さいとはいえ、1人肩車しながら走っているんだから、疲れるさ!

 

「はぁはぁ……アイリスさんまずいです。疲れてきました」

 

「そんな! 男でしょ! 根性見せなさいよ!」

 

「そんなこと言ったって……はぁはぁ……はぁはぁ……」

 

「わ、分かったわ! そっち側に行くから!」

 

 

 え? くるの?

 



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第11話 首車?

「ちょ、ちょっと動かないでよ!」」

 

「動かないで、どうやって逃げるんですか!? はぁはぁ……」

 

「い、息! 息だめ! それだめ!」

 

「息しないで、どうやって生きていくんですか!? はぁはぁ……はぁはぁ!」

 

 こっち側に来てしまったアイリスさん。

 いま僕の目の前には、アイリスさんの白いパンツが見えている。

 後ろ向きで矢を射ることが出来ず、前を向くために自らの股間を僕の顔の前に晒している。

 

 が、しかし、白いパンツしか見えないとあっては僕も逃げることができない。

 時々、左右に首を振って周りの状況を確認している。

 アイリスさんは弓を射る時には、お腹と脚にぐっと力が入り前のめりになる。

 つまり、僕の顔に自らの股間を押し付けてくるような感じになるのだ。

 

 これが身長高くて脚の長い人なら、僕の顔を越えて立ち上がれるのかもしれない。

 いや、それはどうだろう。

 こうして股間を顔に押し付けてくることで、お腹に力を入れてアイリスさんはバランスを取っている。

 僕の首に絡み付く脚だって、そうすることで力を入れることが出来ているのだ。

 身長が高くても同じかもしれない。

 

「よし! 取り巻きは全部倒したわ!」

 

「ぜぇぜぇ……は、早く……トードを……」

 

「ちょ、ちょっと喋らないでよ! 息がかかるの!」

 

 いろんな意味で限界だ。

 

「い、いくわよ! くらえ! ダブルストレイファング!!」

 

 ぐおっ!

 今までで一番の押し付け! 白いパンツの三角地帯をこれでもかと押し付けてくる。

 不可抗力とはいえ、なんという幸運、いや試練!

 このまま舐めようものなら、間違いなく僕は変態の階段を1つ上がってしまう!

 

 っていうか、スキル持ちだったのかよ!

 もっと早く使ってくれたらいいのに!

 クンクンして匂いを嗅いで舐めたい衝動を抑えながら、僕は必死に逃げていく。

 

「もう一丁! ダブルストレイファング!! ダブルストレイファング!! ダブルストレイファング!!」

 

「フンギャアアアア!」

 

 アイリスさんのDS連打でついにトードの断末魔が聞こえる。

 やった!

 倒した!

 

 僕は逃げる足を止めて視線を上げる。

 そこにはプルプルと震えるアイリスさんの顔が。

 おや? どうしたんだ?

 嬉しさのあまり泣いている?

 

 んなわけない。

 

「こ、こんな恥ずかしい思いをしたのにドロップなしなんて!!!」

 

 

♦♦♦

 

 

 まさかのドロップなし。

 大きなリボンを落とさなかったではなく、何も落とさなかったのだ。

 肩車? 首車? から降りたアイリスさんはうずくまってシクシクと泣いている。

 純白パンツの三角地帯を男の顔面に押し付けてまで倒してドロップなしなら、そりゃ~落ち込むよね。

 

 でも僕は別に何も悪くない。

 うん、悪くない。

 

 アイリスさんの太ももの柔らかさとか、白いパンツとか、パンツ越しに感じる何かとか、いろいろ良い思い? をしたけど、だからと言ってドロップなしという結果が僕のせいになるなんておかしい。

 

 しかしアイリスさんは責任を僕に転嫁し始めていた。

 

「うう……韋駄天の運がないせいだ。きっとそうだ。1次天職がノービスの韋駄天のせいなんだ。きっと運が悪いからノービスなんだ」

 

 だんだん悪口になってきている。

 

 僕の幸運によるドロップ率アップは、僕が最大ダメージを与えるか、僕がトドメを刺すか、どちらかが条件だと思う。

 これは試そうにも、誰かの協力が必要になるし、その協力者には僕のドロップ率がばれてしまうこともあって試せてない。

 

 トードの取り巻きを倒した時点で、僕が1人でトードを倒せばいいんだけど、さっきはそこに気づけなかったし、“僕が倒しますから”だとアイリスさんが不思議に思うだろうし。

 DS連打されたら、僕の火力ではアイリスさんよりダメージを多く与えるのは無理。

 トドメもアイリスさんに持っていかれるだろう。

 DSのスキルレベルがいくつか分からないけど、SPのあるアーチャーの火力は本当に高いからな。

 だから僕が1人で倒すので、アイリスさんは手を出さないで下さいと言わなくてはいけない。

 そんなことをする必要性は本来はまったくないのに、そんなこと言えば不思議に思われてしまうだろう。

 

「ま、まあ今回は運がなかったということで。一応、僕のせいじゃないですからね?」

 

「分かってるわよ!」

 

「そ、それじゃ……僕は荷物をゲフェンに運びに行きますのでこれで……今日のことは誰にも言わないので安心して下さいね」

 

「…………」

 

 無言のアイリスさんを置いて出発しようとした時だ。

 

「待ちなさい」

 

「は、はい」

 

「乗っけていって」

 

「は、はい?」

 

「乗っけていってって言ってるの」

 

「何を?」

 

「私を」

 

「誰が?」

 

「韋駄天が」

 

「どこまで?」

 

「ゲフェンまで」

 

「はぁぁぁ!? 何言ってるんですか! そんなの蝶の羽使うなり、自分で歩いて帰るなりして下さいよ」

 

「ま~待ちなさい。これは理由があるのよ」

 

「ほほ~。どんな理由ですか?」

 

「私、すごく貧乏なの。ゼニーないの。蝶の羽なんてないの」

 

「ふむふむ」

 

「速く動けないし、体力もないの。だからゲフェンまで戻るの大変なの」

 

「ふむふむ」

 

「本当のこと言うと、大きなリボン欲しさにカエルマップに来て、軽く迷子で彷徨っていたら、偶然トード見つけちゃったというか。実際帰りのこと考えてなくて、いまこうして韋駄天がいなかったら、私は野たれ死んでいた可能性大なの」

 

「ふむふむ」

 

「だからゲフェンまでおんぶしていって」

 

 どうやらアイリスさんはちょっと馬鹿のようだ。

 恐らくカエルマップに来たのも初めてなんだろう。

 初めてのマップなのに1人できて、しかも帰りの手段も確保していない。

 冒険者なら野たれ死んで当たりだ。

 

 プロンテラからゲフェンまで1日で往復する僕の速度が異常なのだ。

 普通の人が歩いていこうものなら、2日間ぐらいかけていくのだから。

 ここカエルマップはゲフェンから近いので、道さえ分かっていれば歩いて4時間ぐらいで着くだろう。

 が、アイリスさんはその道すら分かっていないのだ。

 

「なるほど、よく分かりました。でも1つ条件があります」

 

 僕は自分の欲望に忠実に生きようと思った。

 

 

♦♦♦

 

 

「だ、誰か来たらすぐに降ろしてよね!」

 

「はいはい。分かってますよ」

 

 僕の首にはアイリスさんの脚と純白の三角地帯が押し付けられている。

 これはよいものだ。

 ついでにいうと、両手でアイリスさんの脚や膝や太ももを弄っている。

 やり過ぎると、アイリスさんのゲンコツが飛んでくるのだが、まあ問題ない。

 

 アイリスさんを肩車しています。

 

 ちなみに人同士で攻撃した場合どうなるのか。

 これは明確な敵意や殺意を持って斬りかかったりすればHPや回避判定が働く。

 しかし、スキンシップ程度のものにはHPや回避判定は働かない。

 

 つまり手でアイリスさんの身体を弄り回すことができるというわけだ。

 ゲンコツも当たるけど。

 

 完全無効ではないので、この世界では人を襲うことができる。

 しかし盗賊なんてほとんどいない。

 襲ってHPを0にしたところで、セーブポイントに戻るだけなのだから。

 護身用に蝶の羽持っていたら絶対に逃げられるしね。

 

 もちろんノービスにもなれない人にとっては、HPがそもそもないし、セーブポイントに戻るなんてこともない。

 死んでしまう。

 だからこそ、ボット帝国の脅威があるいま、こうして民間の荷物運びをする僕は貴重な存在になっているわけだけど。

 

「ちょっと触りすぎよ!」

 

 そんなことを考えながら、アイリスさんの太ももを撫でていたらゲンコツが飛んできた。

 これはよいものだ。

 

 アイリスさんに本気の速度を見せないために、プロンテラの街中を走る程度の速度でゲフェンに向かっている。

 わざと上下にちょっと揺れるように走っていたのは内緒だ。

 ゲフェンに着く頃には、アイリスさんがちょっと妙な吐息を出していたような、いなかったような、そんな感じになっていたのが面白かった。

 

 カエルマップを抜けた先にはゲフェンの「ギルド砦マップ」がある。

 ここには5つの砦があり、ゲフェンを代表する5つのギルドがそれぞれの砦を所有している。

 砦を所有するギルドに対戦を申し込むことで、砦を賭けた試合が行われる。

 砦を所有していないギルドは、年に1度だけ、好きな砦に試合を申し込めることになっているが、実際に試合が行われることは稀だそうだ。

 強豪ギルドに挑めるような新規のギルドはそうそう出てこないから。

 

 ゲフェン以外も各街に砦がある。

 ちなみに、プロンテラの5つの砦のうち、1つはカリス君のお父さんのギルドが持っている。

 さらにナディアさんのお父さんも1つ砦を持っている。

 この2つのギルドはプロンテラ内では長年のライバル同士だ。

 だからと言って、仲が悪いわけじゃない。むしろ良い。

 お互い切磋琢磨している関係なのだ。

 そんな中、お互いのギルマスの息子娘を結婚させてさらなる関係の発展を……と願っていたのだが、ナディアさんはカリス君のことをあまり良く思っていないらしい。

 ナディアさんは、最初の頃はそれでもカリス君の良い面を探して好きになろうと努力していたらしいのだが、カリス君がやはり女好きでだらしないらしく、結局は好きになれなかったそうだ。

 

 これらの情報は全て冒険者ギルドの受付エーラさんから聞いた。

 エーラさんと夜飲む機会があったのだが、その時酔わせたら、あれもこれもと喋り続けたのである。

 僕はこの時、自分の秘密をエーラさんには絶対に話さないと強く誓った。

 

 

 ゲフェンが見えてきたところで、アイリスさんを降ろした。

 

「はい、お疲れ様でした」

 

「まったく……おんぶしてくれたらいいのに、どうして肩車なのよ」

 

「いいじゃないですか。その方が動きやすかったからですよ」

 

「動きやすい手で何を触っていたのかしら?」

 

「お駄賃頂いていただけです」

 

「ふん! まったく……ま、まあ、今度またトードを狩る時には乗ってあげてもいいわよ?」

 

「は?」

 

 この人はいったい何を言ってるんだ?

 なんで僕がトード狩りを手伝う前提になっているんだ?

 

「次にゲフェンに来るのはいつなの? その時もカエルマップ通るんでしょ?」

 

「は、はあ。通るといえば通りますし。通らないといえば通らないですし」

 

「通りなさい! そして私のトード狩りを手伝いなさい!」

 

「いやいや。ちゃんと仲間集めてPT組んで狩って下さいよ」

 

「それじゃ~大きなリボンがドロップした時に、私の物にならないじゃない」

 

「僕だとアイリスさんの物になるんですか?」

 

「当たり前でしょ」

 

「な、なぜ?」

 

「お駄賃よ」

 

 お触りの代金は高くつくようである。

 

 

 その後、強制的にフレンド登録させられた。

 ノービスの時に覚えたこのフレンド登録。

 ゲームでもあったのだが、フレンド登録すると手紙を送ることができる。

 手紙を送ると、受け取り側のアイテムボックスに手紙が入る。

 これでお互いの用件を知らせることができるのだ。

 一応、手紙はSPを消費するのでチャット感覚で行うことはできない。

 特にSPの低いノービスの僕は。

 

 ゲフェンに荷物運びをする日は必ず手紙を寄越すように言われた。

 さらにカエルマップに行くのも疲れるので、先にゲフェンに来て自分を肩車してカエルマップに連れていってね、と有無を言わさず強制させられた。

 

 肩車は許してくれるらしい。

 癖になっていたりして?

 

 大きなリボンをドロップするまで、僕はアイリスさんのトード狩りを手伝うことになった。

 やはり僕のドロップ率アップのことは内緒にしておこう。

 だって、ドロップするまでアイリスさんを肩車と首車する権利を得たわけだから。

 

 ちなみに、ちょっと馬鹿なアイリスさんは、取り巻き倒したら首車から降りたらいいことに気づいていないのである。

 うひゃっ!

 

 

 アイリスさんと別れて、運び屋の仕事に戻る。

 専用リストから、ゲフェンの運び屋に持っていく物、直接渡す物とテキパキ仕事をこなしていく。

 そして逆にプロンテラに持っていく物を受け取る。

 ノーラさんという女性が営んでいる運び屋が取りまとめてくれていて、僕がプロンテラに持っていく手紙や荷物を集めておいてくれているのだ。

 

「こんにちは~」

 

「あら韋駄天。今日はちょっと遅かったじゃない? 何かあったの?」

 

 今年で48歳になるノーラさんは、運び屋なんてむさい男達の中で仕事をこなしてきた女傑らしく、豪快な女将さんという雰囲気を持っている。

 腕っぷしもかなりのものらしい。

 確かに二の腕とか、良い筋肉しているもんな。

 

「ちょっと途中でモンスターと遭遇して時間がかかってしまいました」

 

「おや、戦ったのかい? あんたは逃げ足だけが取り柄のノービスなんだから無理したらだめだよ」

 

「はい。分かっています」

 

 韋駄天の名と共に、1次天職がノービスということも有名になっている。

 最弱冒険者ってことね。

 

 カプラ嬢のグラリスさんは、僕がただのノービスじゃないと気づいているだろうな。

 カプラ倉庫に預けているアイテムの中身を知っているのだから。

 ちょっと運が良かった、では説明がつかない。

 カード、ハーブ、鉱石など、低級モンスターから取れる物限定ではあるものの、異常な量となっている。

 そしてスロット尽きの防具。

 最大4スロットとはいえ、1スロットでもやはり価値があるのだ。

 2スロットともなればかなり貴重で、3スロットとなればお宝である。

 4スロットは家宝となります。

 僕が持ってくる防具は1スロットなんて当たり前、2スロット、3スロットもある。

 さすがに4スロになるとまだコットンシャツしかないけどね。

 

「荷物お預かりしました~。ではプロンテラに戻りますね~」

 

「任せたよ! モンスターと戦ったりするんじゃないよ!」

 

「了解です!」

 

 ノーラさんの元気な声に見送られて、外に出ていった。

 



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第12話 カプラ嬢

 魔法都市ゲフェン。

 街の中央には巨大な塔がある。

 この塔の上はマジシャンがウィザードに天職するための試練があるという。

 そして塔の地下は、ゲフェンダンジョン。ゲームではGDと呼ばれているダンジョンが存在する。

 

 GD1階、つまり地下1階はポイズンスポアがいるので、低レベル1次天職達の良い狩り場……となるはずが、そうはいかない。

 

 

 赤いやつは3倍速い。

 

 

 そう、赤いやつがいるのである。

 ハンターフライ。

 見た目は赤いチョンチョン。

 しかし恐ろしく強い。

 

 赤いやつは最初からいたわけではない。

 ある日突然、このGD1Fに住みついたのだ。

 

 基本的のモンスターの配置は変わらないものの、ある日突然、変化が起きることがある。

 神の悪戯か、悪魔の仕業か、運営の罠か。

 

 装備の揃っていない僕では、赤いやつを95%回避できない。

 どうしてポイズンスポアの中にこいつが紛れているのか理解に苦しむのだが、いるのだから仕方ない。

 お前は地下2Fにいけよ! とゲームをやっていた時、何度叫んだことか。

 数は少ないので、赤いやつを見かけたら狩り場を変えることで避けることもできる。

 でも固定狩りしていると、いきなり横湧きしたりするんだよね。

 

 モンスターは倒した時、光りの粒子となって消える。

 では生れる時は?

 同じく光りの粒子が集まってモンスターがいきなり生れるのだ。

 魔素が集まって生れる、とこの世界の人達は考えている。

 

 ハンターフライカードは是非とも欲しいのだが、今の僕では無理な相手なので仕方ない。

 武器に刺すカードで3%の確率で相手に与えたダメージの15%をHPとして吸収するという超お得なカードなのだ。

 特にハンターに人気のカードだったかな。

 これでHPを吸収して半永久的に狩りを続けるなんてプレイスタイルの人達がいたはずだ。

 

 GD2Fには、ウィスパーがいる。

 こちらも是非とも手に入れたいカードである。

 Flee+20。

 Agi型必須のカードだ。

 ウィスパーは数も少ないが念属性のため、無属性攻撃ではダメージを与えられない。

 弓は炎の矢で属性攻撃が可能なので倒しやすいんだよな。

 そうじゃないと、属性武器を準備する必要がある。

 

 GD2Fにはボスもいる。

 ドラキュラだ。

 他にも念属性のナイトメアや、カボチャのジャックがいたりと、高難易度ダンジョンとなっている。

 

 そもそもGD2Fからはオーディンの神力範囲外となるため、狩りをするなら命を賭けることになる。

 もちろんハエの羽や蝶の羽による離脱は可能だけど、絶対ではない。

 特にハエの羽は、飛んだ後に動きだすまで数秒の無敵時間なんてものはない。

 飛んだ先にアクティブモンスターがいれば、即攻撃してくるのだ。

 

 アイテムショートカットに登録した回復系アイテムも、絶対に回復が追いつくわけじゃない。

 複数のモンスターに囲まれて連続攻撃を受けたら、回復速度よりも早くHPが削られて0になってしまう。

 また自分のHPを超える一撃をもらえば、当然HPは0になる。

 

 

 ゲフェン塔は街のどこからでも見えるほど高くそびえ立っている。

 一定階以上はウィザードの天職試練でしか上れないため、どうなっているのか分からないのだ。

 

 そういえばプーさんはどうしているんだろう。

 ギルドに所属しないで1人で冒険者として活動しているはずだが、ウィザードの天職試練を受けることを考えると、ゲフェンを拠点にしているのだろうか?

 僕の初キスのお相手となって頂いたプーさん。

 同時に命の恩人でもある。

 

 そう、命の恩人だ。

 あの冒険者新人研修の時、プーさんがたまたま緑ハーブを持っていなかったら、僕は死んでいた。

 プーさんには恩を返さないといけない。

 ノービスの僕がウィザードを目指すプーさんにしてあげられることなんてほとんどないけど、低レベルモンスターのカードで欲しいものとかあったら渡してあげたいところだな。

 

 そう考えると、ウィローカードか、エルダーウィローカードか?

 どちらも頭装備に刺すカードだけど、ウィローは最大SP+80で、エルダーウィローは魔力+2。

 SPの多いマジシャン系だとエルダーウィローの方がいいかな?

 僕でも狩れるモンスターなので今度狙っておこう。

 

 最後にゲフェン塔をもう一度見上げて、ゲフェンから出る。

 そしてプロンテラに向かって走り出したのであった。

 

 

♦♦♦

 

 

 プロンテラに戻ると、ゲフェンから預かった手紙や荷物をフェイさんの運び屋の倉庫にまとめて入れる。

 それを合図に、他の人達が荷物の仕分けをしながら、次々と運び出していく。

 

 フェイさんにも帰りがいつもより遅かったな、と理由を聞かれてしまった。

 モンスターに遭遇したと答えると、お前は弱いんだから戦うんじゃないぞ、と忠告されてしまった。

 

 遠隔地担当の僕はプロンテラ内の運び作業をすることはない。

 1日1か所の遠隔地との往復をすれば、それで仕事は終了だ。

 お先です~、なんて言いながら帰りたいのだが、残念ながらこの倉庫が僕の住処。

 だからと言って、働いているみんなの前でごろごろしていられるほど神経は太くない。

 

 カプラ嬢のグラリスさんに会いにいくことにした。

 アイテムを預けるために。

 

 

 カプラ店は冒険者ギルドのすぐ近くにある。

 フェイさんの運び屋からもすぐだ。

 

 もともとはプロンテラ支部だったこの場所が、今は仮のカプラ本社である。

 ドアを開けると、カランカランという綺麗な鐘の音が響く。

 するとすぐにカプラ嬢がやってくる。

 

「いらっしゃいませ、グライア様」

 

 どのカプラ嬢も優秀で、自分の担当でない冒険者の名前も全て覚えている。

 僕の顔を見ると、すぐにグラリスを呼んで参りますので、と動いてくれる。

 

 1階の受付の横には、いくつかのテーブルと椅子が置かれている。

 椅子に座ってグラリスさんがやってくるのを待った。

 

 

 カプラ嬢は天職である。

 つまり僕達と同じだ。

 冒険者ギルドではなく、カプラ本社で天職を得ることになる。

 カプラ嬢の天職を得た者は、そのままカプラ本社に就職して働くことになる。

 

 カプラ嬢が持つスキルは補助系がほとんどであり、戦闘系はあまりない……と言われているが、実際のところは不明である。

 僕達と同じくスキルはジョブレベルが上がった時にたまたま得られるものなので、全員が同じスキルを持っているわけではない。

 

 その中でも「カプラ倉庫」というスキル持ちの人は、冒険者の担当者となれる。

 アイテムボックスなんて相手にならないほど、膨大な容量のアイテムを保管できるスキルなのだ。

 ただし、スキルを発動するためにはカプラ店内にいる必要がある。

 

「お待たせしました、グライア様」

 

 グラリスさんがいつものように、眼鏡をくいっ! と持ち上げながら登場してきた。

 

「アイテムのお預けで?」

 

「はい。それとちょっと相談も」

 

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 

 再び眼鏡をくいっ! と持ち上げながら、グラリスさんが2階の部屋に案内してくれる。

 個室ではない。

 それが残念だ。個室ならこう……ちょっといい雰囲気になっちゃったりとか……ないか。

 

 ここは、カプラ倉庫スキル持ちのカプラ嬢さん達の部屋である。

 ディフォルテーさん、ビニットさん、ソリンさん、テーリングさんなどなど、カプラ倉庫スキル持ちの方々がいらっしゃる。

 

 入ってすぐにテーブルがあるので、ここでカプラ嬢といろいろ話せるようになっている。

 まずは今日の狩りでの成果アイテムをグラリスさんに渡していく。

 

「これと、これと、これ……あ~、あとこれも」

 

「あいかわらず、ふざけたドロップ率ですね」

 

 グラリスさんのカプラ倉庫に直接アイテムを入れていく。

 取引ウィンドウみたいなものが出てくるのだ。

 なので、テーブルにアイテムを1つ1つ出しているわけではない。

 他のカプラ嬢達は、僕が何のアイテムをグラリスさんに預けているのか分からない。

 

「結構貯まってきましたよね。スロットの多いスティレットが欲しいのですが、中級冒険者にならないと作ってもらえないんですよね」

 

「冒険者ギルドの依頼を優先にこなしていけば、グライア様ならすぐに中級冒険者になれると思いますが。

 私に預けているアイテムを欲している依頼も多いと思いますよ。

 それらの依頼を受けていけば、中級冒険者なんてすぐです」

 

「グラリスさんに預けているアイテム達は、将来のために僕が必要なアイテムですから。冒険者のランクを上げるために使うつもりはありません」

 

「そうですか。ところでご相談とは?」

 

「アイリス、という名のドワーフ族のアーチャーを知っていますか? 今日ちょっといろいろあって、彼女と知り合いになったんですよ。

 ま~悪い人ではないと思うのですが、どんな冒険者か知っていたら聞こうと思って」

 

「ゲフェンを拠点に活動しているアーチャーですね。

 ギルドに所属しないで活動しているはずです。

 アーチャーとして素晴らしい一撃を放つという噂ですが、反面、俊敏や体力に問題があるそうです。

 また、可愛いもの好きで、とにかく可愛いものを集めるのが趣味とか。

 可愛いもののためなら、すぐに散財してしまうようです」

 

「グラリスさんもやっぱり可愛いもの好きなんですか?」

 

「いえ、特には」

 

 くっ! クールなグラリスさんにこの程度の口撃は効果なかったか。

 

「ギルドに所属していないのですから、グライア様とPTを組みやすい相手、ともいえますね」

 

 ギルドに所属している者が、ギルドメンバー以外の者と頻繁にPTを組んで狩りするのはあまりよく思われない。

 当たり前のことだけどね。

 狩りするなら、同じギルドメンバーを誘って行けばいいわけで。

 

 ここらへんはゲームでは、レベル差やログイン時間の差とかで、ギルドメンバーと狩りに行くのが難しい状況もあった。

 それに、どんなに仲の良い友達であっても、たまにはソロでまったりしたいとか。

 そんな時は別キャラを使うわけだけど、ゲームではないこの世界に別キャラなんてものはない。

 

「トードがドロップする大きなリボンが欲しいらしく、ゲフェンに荷物運ぶ日は必ず手紙を寄こすように言われましたよ。強制的にフレンド登録させられちゃったし。

 逃げ足だけは速い僕とは相性良いかもしれないのですね」

 

「逃げ足だけは……ですか」

 

 グラリスさんが、眼鏡をくいっ! と持ち上げる。

 眼鏡の中から鋭い眼光が……。

 

「あと、アイリスさんと同じくギルドに所属しないで活動していると思うんだけど、プーさんって名前のマジシャン知っています?」

 

「はい。先日、冒険者登録から最速でウィザードになった天才魔術師ですね」

 

「え!?」

 

 ウィザード? もうウィザード!?

 だってあれからまだ1ヶ月しか経っていないのに!

 

「オーディン様の神力範囲外で主に狩りをしているようです。かなり無茶な狩りをして、ものすごいペースでレベルを上げていったそうです。ウィザードの天職試練もまったく問題なく突破したとか。

 この話題を知らないのは、冒険者なのに冒険者ギルドにあまり顔を出さないグライア様ぐらいですよ」

 

 そ、そうだったのか。

 プーさんってすごい人だったんだな。

 僕の初キスの相手はすごい人だった!

 

「ウィザードになった後も、ギルドの勧誘は全て断り、魔術師団への勧誘も断ったそうです。行動目的に不明な点が多いですが、オーディン様の神力範囲外で狩りを行う方達のほとんどは似たようなものですから。

 一攫千金を狙っている命知らずな冒険者、と言われることも多いですが、私には何か他に目的があるように思えてなりません。

 オーディン様の神力範囲内でも一攫千金を狙うことは可能なのですから」

 

 確かに。

 プーさんのような神力範囲外で狩りを行う人達って何が目的なんだろう。

 強さ?

 この世界では自分よりもレベルがかなり下のモンスターからは経験値が得られなくなる。

 神力範囲内だけの狩りでは、ベースレベルを99にすることなんて絶対に不可能なのだ。

 神力範囲内ではベースレベル80台が限界だ。

 

 そのため、そこから先の強さを得るには神力範囲外に出ていかなくてはいけない。

 今はボット帝国なんて脅威があるから、強さを求めることも分かるけど、それ以前にはそこまで強さを求める理由なんてなかったはずだ。

 

 ま~僕なんかが考えたところで何か分かるわけでもないか。

 地道にスパノビ装備を整えるための計画を進めていこう。

 

「情報ありがとうございます。

 他人の情報をもらっといてなんですけど、僕の倉庫のことは……」

 

「分かっております。それにいまお話した内容は特に秘密情報ではありません。

 冒険者なら普通は知っている情報に過ぎません。

 もし仮に、私がアイリス様やプー様から直接聞いた情報であったとしたら、カプラ嬢失格でございます。

 もちろん、直接お話したことはございませんが、直接得た情報はグライア様の頼みであったとしても教えることはございませんので」

 

 グラリスさんは最後にまた眼鏡をくいっ! と持ち上げて言った。

 




ストックはありません。

早くて3日での更新。
遅いと1週間~10日での更新となりそうです。


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第13話 お届け物

 カプラ店を出た僕は、久しく顔を出していなかった冒険者ギルドに向かうことにした。

 冒険者ギルドに行っても、受付のエーラさんと話す以外にすることがないからだ。

 最弱冒険者である僕に指名での依頼なんてあるわけない。

 民間の荷物を遠隔地に届けるのは常にご指名されているけど!

 

「あら、珍しい。グライアが顔出すなんて。あ、もしかして飲みのお誘い?」

 

「違いますよ」

 

 エーラさんの初対面の印象が「清楚」だったのが遠い昔のように思える。

 実際にはお酒大好き、秘密話大好きのキャピキャピのお姉さんだった。

 ま~その顔をここまであからさまに見せるのは、僕ぐらいなんだろうけど。

 一度飲みに行ってから、僕のことは呼び捨てになったし。

 

 ちゃんとした1次天職や2次天職を持つ冒険者達に対しては、見事なまでに清楚で仕事のできる受付嬢を演じている。

 その仮面を被るのも疲れるのだろう。

 モンスターと戦う上ではまったく期待されない僕は、冒険者として見てもらえていないせいか、その仮面を脱ぎ捨てて接してくるのだ。

 それはそれで嬉しく思うけど。

 

 グラリスさんとは違い、仕事で知り得た秘密話を僕にしたくてうずうずしている。

 話す秘密話も主に恋話が多く、あとは仕事の愚痴とか。

 本当に言ってはいけない秘密まで、僕に話すなんてことはない。

 

「また誘ってよね。グライアと飲むのストレス発散になるし」

 

「また今度誘いますよ。今日はどんな依頼があるか見にきただけです」

 

「ポリン討伐なんて依頼はないわよ?」

 

「分かってますよ」

 

 討伐系の依頼の多くは、モンスターが異常発生してしまった場合に出されるのがほとんどだ。

 ゲームでは1つのマップに存在するモンスターの数はシステムで制限されていた。

 でもこの世界はそうはいかない。

 放っておくと、ものすごい数のモンスターが密集していたりすることがある。

 非アクティブモンスターなら特に問題ないのだが、アクティブモンスターが異常発生した場合は討伐系の依頼が出されるのだ。

 

 ゴブリン村やオーク村では特に多い。

 彼らもまたこの世界に生きる住人である、例えモンスターであったとしても。

 しかし放っておくと、とんでもない数に増えてしまう。

 定期的に数を減らす必要があるのだ。

 

 ゴブリン村やオーク村となれば、一定規模のギルドが請け負うだろう。

 僕にはまったく関係ない話である。

 そしてエーラさんの言う通り、ポリンが大量発生していても、討伐依頼なんて出るわけないのだ。

 ゼロピーや空き瓶の買取りはホルグレンさんが常に依頼を出しているので狩ることに意味はあるのだが。

 

 ま~討伐対象がただのポリンでないものは、その情報が入ると直ちに討伐依頼が出される。

 そして強豪ギルドが競って討伐にいく。

 

 

 エンジェリング

 ゴーストリング

 

 

 このポリン系のボスである2匹は、ゲームでも人気のあるモンスターだ。

 

 エンジェリングは、カードはもちろん「天使のヘアバンド」の人気が高い。

 そしてこの世界では貴重な「ユグドラシルの葉」と「エンペリウム」を落す。

 ユグドラシルの葉は、HP0の状態の回復効果で、ゲームのイグ葉そのままだ。

 もちろん道具屋には売っていない。ドロップのみなので価値が高い。

 エンペリウムは主に武器製作の材料になる。

 

 そしてゴーストリングはカード狙いだ。

 念属性を得られる唯一のカードであり、装備すれば鉄壁の防御力を持てるようになる。

 エンジェリングと同じく、ユグドラシルの葉とエンペリウムも落す。

 また「亡者のヘアバンド」という装備も落すが、人気は微妙だ。

 シーフとアサシンが欲しがるシーフクロースという防具も必ずスロット付きで落すので人気が高い。

 

 どれも欲しいアイテムだけど、僕が最も欲しいのはゴーストリングが落す「古くて青い箱」である。

 これを僕が開けたらどうなるのか? その実験をしたいのだが、残念ながら市場に青箱が出回ることなんてほとんどない。

 あってもお金節約中の僕は買えないけど。

 

 幸運がドロップ率に影響を与えているとしたら、古くて青い箱も僕が開けたら良いアイテムが出るのではないか? なんて考えている。

 古いカード帖もいつの日か開けてみたいものだ。

 ボスカード出たりして!

 

 

 冒険者気取りで依頼一覧を眺める。

 ……いや、僕は正真正銘の冒険者なんだけどね。

 やっぱり冒険者ランクを中級に上げるには、貯めているオリデオコンかエルニウムを放出するか?

 スティレット製作にオリデオコンは残しておきたい。

 ゲームでは鋼鉄だけで作るスティレットだけど、スロット12のスティレットを作るにはオリデオコンが必要になるのだ。

 エルニウムは10個集めることで「濃縮エルニウム」にすることができる。

 これは防具の精錬が100%成功するエルニウムだ。

 オリデオコンも同じく10個で「濃縮オリデオコン」にすることができる。

 スロット4の防具を拾ったら、濃縮エルニウムで+10にしたいから、こちらもあまり放出したくないのだが……。

 

「そういえば、新人大会の組み合わせ決まったわよ」

 

「新人大会?」

 

「冒険者に登録して2ヶ月後に新人が競う大会よ。

 トーナメント形式で戦うの。

 今回の参加者は8人。ま~強制じゃないし、腕に自信のある人じゃないと出てこないから、これでも参加者は多い方なのよね」

 

「へぇ~」

 

 僕は当然のように、その新人大会から除外されていたわけだけど、エーラさんから組み合わせ表を見せてもらった。

 そこに書かれてある名前には見覚えのある人が2人いた。

 

 カリス君。

 そしてティアさんだ。

 

 カリス君は大会とか好きそうだから分かるけど、ティアさんが参加しているのは意外だ。

 争い事は嫌いなタイプに見えたから。

 

 ナディアさんとグリームさんは参加していないのか。

 マルダックさんはホルグレンさんにしごかれて、大会どころじゃないだろうし。

 プーさんは参加したら圧勝だろうな。

 

 ナディアさんが出ていないのも意外だ。

 てっきりカリス君と戦いたいと思っていたのに。

 

「ナディアさんは5ヶ月後にある砦戦のために、指揮の勉強とレベルアップに忙しいから出てこないのよ。それに1対1でカリス君に勝てるとは思っていないでしょうね。

 彼、女癖は悪いけど、剣の腕は本物だから」

 

 5ヶ月後、カリス君とナディアさんのお父さんが持っている砦を使って模擬試合の砦戦を行うことになっている。

 表面的には模擬試合だけど、実質はカリス君が勝ったらナディアさんは結婚を認める。

 ナディアさんが勝ったら、許嫁の件は無かったことになる。

 2人の両親も納得しているらしく、むしろ楽しんでいるとか。

 

「1ヶ月後にコロシアムで新人大会は行われるから、時間があったら見に行ってみたら?」

 

「そうですね。ティアさんの応援に行こうかな。新人研修以来会っていないですし」

 

「……そ、そうね。……そっか、グライアは知らないのね」

 

「え?」

 

「ううん、なんでもないわ。新人大会楽しみにしておくといいわよ……ぷっ!」

 

 何やら邪悪な笑みを浮かべているエーラさんが気になるけど、そのまま冒険者ギルドを後にすることにした。

 中級冒険者になるために、討伐系の依頼を受けたいけど1人では厳しい。

 ノービスの僕を受け入れてくれるPTもない。

 はぁ……誰かいれば……ん? 誰か……そ、そうだ!

 

 

♦♦♦

 

 

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 

「ちょっと! 息が荒いわよ!」

 

「そんなこと言ったって……はぁはぁ!」

 

「ぁん! も、もう! 喋らないでよ!」

 

 アイリスさんを首車してトード狩り中です。

 中級冒険者になるために、アイリスさんに協力を願い出たのだ。

 そこで契約を交わすことになった。

 

1.グライアはアイリスがトードから大きなリボンを得るまで首車での狩りを協力する。

2.アイリスはグライアが中級冒険者になれるまで依頼達成を協力する。

 

 首車での狩りを納得してしまうアイリスさん。

 可愛いものゲットのためには、乙女のパンツぐらい見放題で問題ないのか。

 いや、見放題どころか、めちゃめちゃ押し付けてくるんだけどね。

 僕も進化していて、パンツを押し付けられた状態でも、このカエルマップなら逃げ回れるようになってきた。

 地形をほぼ頭の中に記憶してしまったのだ。

 

 最近では、トード狩り以外の時も僕の肩車で移動することが当たり前になってきた。

 なんだかアイリスさんが僕の頭装備みたいになってきた気分だ。

 弓で攻撃してパンツの三角地帯を押し付けてくる頭装備アイリス。

 うん、とっても素敵な頭装備だと思います。

 

「フンギャアアアアアア!」

 

 どうやら倒したようだ。

 さて、今日は何かドロップしたかな?

 

「……」

「……え? まさか?」

 

 またドロップ無し?

 アイリスさんは本当に運がないな。

 

「きた」

「え?」

「大きなリボンきたあああああああ!」

 

 アイリスさんは僕の肩を思いっきり蹴って飛んでいった。

 短い脚でちょこちょこ走りながら、大きなリボンに抱きついている。

 

「ああ……ついにこの時が」

 

「おめでとうございます」

 

 大きなリボンに頬擦りするアイリスさんの目からは滴が。

 物欲に塗れた滴だけど。

 しかし、これで首車の幸せは終わりか。

 ちょっと残念な気もするな。

 太ももとかも触りたい放題だったし。

 

「えへへ、どう? 似合う?」

 

 大きなリボンを早速装備するアイリスさん。

 クリーム色の髪の上に真っ赤なリボンが現れる。

 うん、可愛い。

 

「はい、とっても可愛いですよ」

 

「そ、そう? えへへ、でへへへへへへ」

 

 可愛い顔が台無しな笑顔だ。

 こうして見るとお人形さんみたいに可愛いのに、行動がちょっとあれなのが残念だ。

 ま~その行動も全て可愛い物を集めるためだけが目的だから、それほど他人に害があるわけじゃないのでいっか。

 

「それじゃ~ゲフェンまで送りますね」

 

「あ~今日はプロンテラに行きたいのよね。このままプロンテラに戻っていいわよ」

 

 俊敏の加護が低いアイリスさんのために、まずゲフェンまで行って荷物運びを終わらせた後にカエルマップまで肩車しながら来ている。

 つまり運び屋の仕事はこのままプロンテラに帰ることになる。

 いつもなら、アイリスさんをゲフェン近くまで送ってからプロンテラに帰るのだが、今日はこのままプロンテラに向かうことになった。

 もちろん肩車しながら。

 

 プロンテラ近くでアイリスさんを降ろして別れた。

 フェイさんの運び屋の倉庫で寝ていると言ったらビックリしていた。

 時間があるなら夜一緒にご飯でも食べようということになった。

 手紙を送るからと。

 

 上機嫌でプロンテラの街に入っていくアイリスさん。

 どうやら大きなリボンを自慢したい相手がいるらしい。

 

 僕はフェイさんの店に戻って、荷物をアイテムボックスから倉庫に出していく。

 僕はこれで仕事終わりなのだが、倉庫に置いたアイテムの中に気になる届け先があった。

 

ギルド「白薔薇」

 

 ナディアさんのギルドで、ティアさんが所属している。

 また女性だけで構成されたギルドでもある。

 

 そういえばあと5日後に新人大会か。

 ティアさんへの激励も兼ねてちょっと行ってみようかな。

 

「あ、この荷物は僕が届けてきますね」

 

「いいのか? ゲフェンまで往復して疲れているだろ?」

 

「大丈夫です! いってきま……す!」

 

 箱を持ち上げようとしたらメチャメチャ重かった。

 え? なにこの重さ?

 アイテムボックスに収納する時は、手で触れればいいので重さに気付かなかった。

 普通に持っていこうとしたら、信じられない重さだったのだ。

 こんな重いもの持っていきたくないので、アイテムボックスの中に収納することにした。

 

 

 ギルドの本拠地なんて本来あってないようなものだ。

 でも砦を所有しているギルドとなれば、当然その砦が本拠地となる。

 白薔薇は砦を持っていないけど、ナディアさんのお父さんが砦を持っているので、その砦を本拠地に使っている。

 届け先はプロンテラの中央砦となる。

 

 

 砦の門前です。

 強そうな門番の人達がいます。

 

「ギルド白薔薇のナディア様宛てのお届け物です」

 

「ご苦労。私が預かろう」

 

「ではこちらにサインを」

 

 門番の人にサインをもらい、取引ウィンドウでアイテムを渡す。

 これで仕事は終わりなのだが。

 

「あの~実は新人研修の時にナディアさんと、あとティアさんという人にお世話になった者なのですが、今度の新人大会にティアさんが参加されると聞いたので激励の挨拶が出来ればと思いまして」

 

「……そ、そうか。もの好きだなお前。ちょ、ちょっと待っていろ」

 

「は? あ、いえ、はい」

 

 もの好き?

 どういう意味だ?

 

 門番の人が砦の中に入っていく。

 そして5分もしないで、ある人を連れてきた。

 それは意外な人だった。

 

「こ、こんにちはナディアさん」

 

「貴方だったのね……」

 

 まさかのギルマス登場。

 てっきり適当な案内人が来ると思っていたのに。

 しかもなぜか僕を見るナディアさんは困ったような表情を浮かべているのだ。

 あれ? ナディアさんに何かしたっけ?

 いや、何もしていないはずだ。

 新人研修の時に情けない姿を見せたこと以外は……。

 

「ティアの激励に来てくれてありがとう。でもティアには会わせられないわ」

 

「え!? ど、どうしてですか?」

 

「それは……う、噂は聞いているでしょ?」

 

「噂?」

 

「え? 知らないの? 冒険者ギルドで……あ、そっか。貴方、確か運び屋で働いているのよね。それでさっきの荷物を運んできたのが貴方だったわけね」

 

 ティアさんの噂?

 そういえばエーラさんが邪悪な笑みをしていたな。

 あれと関係があるのか。

 

「ま~隠す必要はないんだけど。そもそも新人大会に出るわけだし。

 でも貴方なのがまずいのよ。貴方にだけは会わせられないわ」

 

 ほえ? 僕だからまずい?

 

「あの……僕何かティアさんにまずいことしましたっけ?」

 

「してないわ。むしろ逆ね。ま~とりあえず今日のところは帰って頂戴。

 新人大会を見て、それでもティアと話したいと思えたらまた来てね。

 あ、新人大会を見る時、出来るだけ遠くから見て頂戴。

 それと声出さないでね。

 ま~出せないと思うけど」

 

 それだけ言うとナディアさんは砦の中に入っていってしまった。

 その背中を見送った僕は、門番の人に目で帰れといわれたので、砦を後にしたのであった。

 



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第14話 新人大会

 アイリスさんから手紙がきた。

 指定された酒場に向かうと、奥の席にちょこんとアイリスさんが座っている。

 バーのような雰囲気の酒場で、うるさい冒険者達はいない。

 大人のお店って感じだ。

 そんな良い雰囲気のお店なのに、アイリスさんの頭には可愛らしいリボンが輝いている。

 これはこれで合っているのか?

 

「大きなリボンのお礼よ。最初の一杯だけ奢ってあげるから好きなの飲みなさい」

 

「そこは全部奢りじゃ……」

 

 ギロリと睨まれたので、席に座るとあんまり高くない果実酒を頼んだ。

 

「甘いお酒なんてまだまだ子供ね」

 

「アイリスさんは何を飲んでいるんですか?」

 

「これミルクよ」

 

「お酒ですらないじゃないですか! なんでこのお店指定したんですか」

 

「料理が美味しいのよ。あ、美味しい料理は割り勘だからね?」

 

 アイリスさんが既に適当に料理を頼んでいて、飲み物に続いて運ばれてきた。

 確かに料理は美味しい。

 こっちの世界の料理の味は決して悪くない。

 一部の調味料が恋しくなることはあるけど、飽きることなく食べられる。

 このお店の料理は今まで食べてきた中でもかなり上位に入る美味しさだ。

 もぐもぐと他愛のない話をしながら料理を食べていく。

 

「そういえば、中級冒険者になるための依頼はどうするの?」

 

「あ~、そうですね。何か適当な討伐系の依頼をして上げたいですね。ゴブリン村かオーク村あたりですかね?」

 

「ゴブリン村の方がまだ安全ね。オーク村はボスが出ることあるから。ま~どっちもオーディン様の神力範囲内だから、試しにどっちも行ってみるのもありね」

 

 ゴブリン村、オーク村共に神力範囲内である。

 そのため、オーク村に湧くボスであるオークヒーローは安全に狩れるボスとなる。

 安全といっても、デスペナ1%もレベルが高くなれば安くない。

 命の安全が保証されているからといって、デスペナ覚悟でゾンビアタックするような冒険者達はいない。

 

 ODことオークダンジョンの地下2Fは神力範囲外のため、オークロードは命を賭けて戦うことになる。

 誰も戦わないけど。

 

 まずはゴブリン村がいいだろう。

 討伐依頼が出ているか分からないので、明日にでも冒険者ギルドに行って確かめよう。

 アイリスさんもゴブリン村からでOKとなった。

 

「大きなリボンは誰に見せに行ってたんですか?」

 

「でへへ。プロンテラに同じドワーフのアーチャーがいてね。その子に自慢してきたの。もうすんごい悔しがってた! どうやってトードを私1人で倒したのか、しつこく聞いてきたから、私の華麗なステップで余裕だったって言っておいたわ。あ、ちゃんと口裏合わせてね」

 

「はいはい」

 

 僕もアイリスさんを首車してトード狩りしているなんて、誰にも言えない。

 ただの変態になってしまうから。

 

「ゴブリン村で狩る時も首車します?」

 

「そうね。でも肩車でいいわ。そろそろ次の段階に進もうと思うの。私を肩車したまま、グライアも戦えたらいいんじゃないかってね。私達ならいけそうな気がするのよね!」

 

 アイリスさんの天然? な思考のおかげで、まだまだ太ももは触りたい放題のようである。

 そのうち本当に僕の頭装備に「アイリス」と表示されないかちょっとだけ心配だけど。

 

 ゴブリン村での狩りのことや、他愛のない世間話をして解散となった。

 せっかく討伐系の狩りをするなら1日休みの日がいいので、明日フェイさんに相談してみることにした。

 仕事のスケジュール的に10日以内に1日ぐらいは休みをもらえるはずなので、予定が分かり次第手紙を送ると伝えた。

 

 

♦♦♦

 

 

 ゴブリン村の討伐は依頼が出ていた。

 国はボット帝国が占領しているアルデバラン方面に戦力を割いているので、その他のモンスターの討伐依頼は割と頻繁に出ているらしい。

 

 運び屋の仕事も6日後に休みがもらえることになった。

 アイリスさんに手紙を送ったら了解と返事が返ってきた。

 中級冒険者になったらスティレットを製作してもらうぞ!

 

 今日はアイリスさんとご飯を食べた日から5日後。

 つまり新人大会の日だ。

 ゲームのPVPゾーンは、街の中を再現したフィールドだったけど、ここにはちゃんとしたコロシアムがある。

 

 運び屋の仕事は朝早くからこなした。

 ちょうどお昼すぎに帰ってこれたので、いまコロシアムの前にやってきたところだ。

 時間的にちょうど準決勝が始まる頃のはずなので、ティアさんが1回戦に勝っていれば、応援してあげられる。

 本当は今日も休んで1回戦から応援に来たかったのだが、明日お休みをもらっているので二日連続で休みを下さいとは言えなかった。

 

 コロシアムの観客席に上がると、結構な数の観客で埋まっていた。

 新人大会を見るためにこんなに人が集まるものなのか。

 僕は適当に空いている場所に座ると、隣の人に次は誰が戦うのか聞いてみた。

 すると、準決勝の1回戦はなんと既に終わっていたのだ!

 しかもティアさんが勝って決勝に進んでいた。

 今からもう1つの準決勝でカリス君が登場するようだ。

 

 しかしティアさんが決勝まで進むとは。

 僕の知らない間にものすごく強くなっているのかな?

 エーラさんやナディアさんの態度も気になる。

 でも、そもそもアコライトってゾンビとかの不死属性ならヒール砲で戦えるけど、普通の人相手には戦いに向かない職のはずだけど。

 

 闘技場にはカリス君と相手のロドリゲスという人が登場してきた。

 ロドリゲスもソードマンだ。

 審判の合図と共に2人は戦闘態勢に入る。

 

 ぼ~っとカリス君の戦いを見ていた。

 ロドリゲスって人も弱くはないけど、カリス君の方が優勢だ。

 エーラさんも言っていたけど、カリス君の剣の腕前は相当らしい。

 加護の強さではなく、人としての強さがすごいのだ。

 そんなことを考えている僕の肩を誰かが叩いた。

 振り向くと、ナディアさんがいた。

 

「あ、こんにちは」

 

「こんにちは。姿が見えないから、てっきり来ないのかと思っていたわ」

 

「運び屋の仕事を終えてきましたので」

 

「そうだったの。決勝はティアとカリスの対決になりそうね。ところで、前に私が言ったことちゃんと覚えてる?」

 

「新人大会でティアさんを見て、それでも話したいと思ったらまた訪ねればいいんですよね?」

 

「違うわ。新人大会を見る時は、できるだけ遠くから。そして声を出さないことよ」

 

 そう言うと、ナディアさんは×印のついたマスクを僕に渡してきた。

 デモ用マスクではない。

 ただ単に×印がついた普通のマスクだ。

 喋るな、ってことなのだろう。

 

 とりあえずナディアさんに渡された×印のマスクをつけると、一番後ろの開いている席に移動した。

 僕が移動したことを見届けたナディアさんは、最後に唇に人差し指を当てて、声を出さないようにとジェスチャーで再度念を押してくる。

 どうして僕は声を出したらいけないのだろうか?

 

 その時、わぁー! っと歓声が起きた。

 見ると闘技場ではカリス君が勝ったようで、ロドリゲスが膝をついていた。

 爽やかな笑顔を観客席に向けて声援に応えるカリス君。

 中身もあのまま本当に爽やかならいいんだけどね。

 

 そういえば、カリス君についていったグリームさんはどうなったんだろう?

 ちゃんとレベル上げてもらえたのだろうか。

 カリス君がお父さんの部下の人達と公平圏内までレベルが上がったら、ぽいっと捨てられたりしていないだろうか。

 

 グリームさんはかっこ良くてモテそうだからという理由でアサシンを目指していたけど、ぶっちゃけ装備揃ってないアサシンとか理解ある仲間に恵まれないと、残念な子扱いされてしまうことが……。

 いや、決してアサシンのことを悪く思っているわけじゃない。

 アサシンは強い。

 間違いなく強く。

 装備が揃っていれば。

 

 いくら回避率上昇があってもモッキン必須。

 クリティカル値が倍になるとはいっても、ソルスケ3枚必要なカタール。

 二刀流にいたっては、過剰精練と各種特化Cが必要。

 しかも二刀流だから精錬もカードも2倍の労力。

 モンスターをクルクル回転させる宴会芸なのか? と疑いたくなる効果音だけは爽快なソニックブロー。

 効果がどれも微妙な毒スキル。

 唯一使えるスキルといえば、クローキングで気になるあの子の後を追うぐらい……。

 

 あ、なんだか目から汗が。

 僕が目から流れ落ちる一滴の汗を拭いていた時だ。

 いきなり僕の背後から声がした。

 

「グラっち……」

 

「ひぃ!」

 

 何もない空間から聞こえたのは、この世に未練を残した地縛霊の嘆き声。

 しかも僕の名前を呼んだ?

 ぼ、僕は地縛霊に恨まれるようなことは何もしていないはずだ!

 

「ナンマイダ~。ナンマイダ~!」

 

「ナンマイダ? グラっち何言ってるんだ?」

 

 何もない空間から姿を現したのはグリームさんだった。

 

「グリームさん驚かさないで下さいよ。いつからそこに?」

 

「さっきだよ。グラっちの姿が見えたから、気付かれないように背後を取ってハイドスキル使ったわけ。いや~驚くグラっちの顔が面白かったよ!」

 

 ケラケラと笑いながらあの軽い口調で話しかけてくるグリームさん。

 グリームさんとも新人研修以来だけど、変わらず元気そうだった。

 

「決勝はカリス君とティアさんになりましたね。なんだか新人研修で一緒だった2人が決勝で戦うなんてすごいですよね」

 

「あ~マジでティアっちやばくね? いや~俺も噂では聞いていたけど、この目で直に見るまでは信じられなかったよ。カリっちはもともと強いから分かるけどさ」

 

「あ~……あ、あの、ティアさんって何かあったんですか? その、大会前に激励で一度会いにいったんですけど、ナディアさんに追い返されちゃって」

 

「ほえ!? なになに!? もしかしてグラっち知らないの? ティアっちがどんな成長を遂げたか知らずに見に来たの!?」

 

「ええ、そうなんです。1次天職ノービスの僕は、普段はフェイさんの運び屋の仕事が忙しくて、ほとんど冒険者ギルドとか行ってないですし」

 

「うける! うけるんですけど! いや~さすがはグラっちだわ。ま~それじゃ~ティアっちの登場までお楽しみがいいかな? 俺が教えるのも勿体ないからな」

 

 またケラケラと笑うグリームさん。

 同時にコロシアムから歓声が起きた。

 選手の入場口からカリス君が登場してきたのだ。

 爽やかスマイルを振りまきながら、闘技場の中央に向かっていく。

 

 そして、反対側の選手入場口を見る。

 そこからティアさんが登場してくるはず……え?

 え?……決勝ってティアさん……え? え?

 

「くっくっくっ!」

 

 声にならない僕の表情を見て、グリームさんが爆笑している。

 そういえばナディアさんも「声を出せないと思う」なんて言っていたっけ。

 

 選手入場口から入ってきたのは、

 

 

 目隠しをして、

 

 両足にはめられた足鎖と、鎖の先にある鉄球を引きずりながら、

 

 右手に鈍器系武器であるチェインを持ち、

 

 ところどころ赤く黒ずんだ、白い神聖なアコライトの服を着た、

 

 ティアさんだった。

 

 

「――――」

 

 

 まさに思考停止。

 え? どういうこと?

 

 まずなんで目隠し?

 そしてあの足についている足鎖と鉄球はなに?

 加護の装備は武器と盾と頭装備以外は、外見が変わらない。

 足鎖を装備したからといって、足鎖が見えるわけじゃない。

 つまり、いまティアさんの足についている足鎖と鉄球は加護の装備品じゃない。

 ただの鉄で作られた本当の足鎖と鉄球だ。

 なんでそんなものを足に?

 そして右手にチェインを持っているのは分かる。

 アコライトにとって良い武器だから。

 絵的に足だけじゃなくて、手にも鎖持っているから怖いけど。

 でも左手に盾が見えないのはなんでだ?

 

 さらにだ。

 これがもっとも不可解だ。

 どうしてアコライトの衣装が赤く染まっている?

 染色? 違う……あんな風に赤く黒ずんでいるのはおかしい。

 ちっとも綺麗じゃない。

 あれじゃまるで……。

 

「驚いたろ? あの服の赤く黒ずんでいるのは、血が染み込んだらしいぞ」

 

 ゾクっと背中が震えた。

 モンスターの返り血?

 いやいや、モンスターってHP0になったら光の粒子となって消えるじゃん!

 返り血とかあり得ない!

 

 僕の表情からその意図を読み取ったのだろう。

 グリームさんがぼそっと耳元で呟いた。

 

「血って自分の血な。ティアっちの血が染み込んでいるんだよ」

 

 その言葉に、再びゾクっと背中が震えた。

 え? ティアさんの血? どうして血? HPがあるなら血なんて……。

 

 その思考が始まった時、すぐにある答えが浮かんだ。

 HPがあれば、身体が本当に損傷することはない。

 でもHPがなければ……。

 ま、まさかティアさんはHP0の状態で神力範囲外で狩りをしていたのか!?

 

 ティアさんは一歩一歩、ゆっくりと歩いていく。

 歩く度に足鎖の金属音が鳴り響く。

 そして重そうな鉄球を引きずった跡が残っていく。

 

 闘技場の中央で待つカリス君も、ティアさんの姿を見て微妙な表情を浮かべている。

 新人研修の時にカリス君の誘いに乗って、もしカリス君のギルドにティアさんが入っていたら、カリス君は間違いなくティアさんに手を出していたはずだ。

 そんな風に見ていた相手が、新人大会の決勝の相手で、足鎖と鉄球引きずってこんな姿になっているんだからな。

 

 ようやく闘技場の中央にまでやってきたティアさん。

 遠くから見ているからよく分からないけど、なんだか興奮しているようにすら見える。

 審判の人が2人に何か言っている。

 ま~ルールの確認とかなのだろう。

 

 審判の人が後ろに下がると、片手を上げて「始め!」と叫ぶ。

 

 カリス君が片手剣を構える。

 

 ティアさんはチェインを構えることなく、右手に持ちだらんと下げている。

 

 ティアさん vs カリス君

 

 いったいこの対決はどうなってしまうのだろうか。

 



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第15話 鎖

 試合が始まった。

 片手剣を構えるカリス君に対してティアさんは無防備だ。

 カリス君の左手にはシールドがある。

 でもティアさんの左手にバックラーはない。

 盾で相手の攻撃を防げば、HPが減ることはない。

 さらに盾を装備していれば、攻撃を受けても盾の加護によってHPの減少は抑えられる。

 両手武器でない限り、盾を装備しないメリットなんてないはずだ。

 

 無防備なティアさんに対してカリス君は慎重だな。

 一気に斬りかかってもいいと思えるのに、じりじりと円を描くように間合いを取っている。

 ティアさんは動くカリス君に対して正面を取るように、じりじりと向きを変えるだけで一歩も動かない。

 ま~あんな足鎖や鉄球をつけていたら、素早く動くことなんて無理だろうけど。

 

 開始から1分ぐらい経ったか? まだ1度の攻防もない。

 野次の一つでも飛ぶのかと思ったら、会場も静まり緊張に包まれている。

 みな固唾を飲んで見守っている。

 

「はぁぁ!」

 

 その静寂を打ち破ってカリス君が踏み込んだ!

 流れるような動きで間合いを詰めると、上段から片手剣を振り下ろす!

 その見事な一撃がティアさんに入る!

 

「ぐほぉぉ!」

 

 次の瞬間。

 ふっ飛んだのはカリス君だった。

 闘技場の中央から端までふっ飛ばされた。

 え? なんで?

 

 カリス君から視線をティアさんに戻せば、その右に握られたチェインを真横から打ち込んだのだろう、体勢が変わっていた。

 だらんとぶら下げるように持っていたチェインを力一杯打ち込んだので、右手が振り抜かれているのだ。

 

 一発で……たった一発でふっ飛ばした?

 チェインにノックバックなんて効果はない。

 馬鹿力でふっ飛ばしたとしか思えない。

 

「すげ~だろ? ティアっちはまず相手に攻撃させるんだ。それを無条件で受ける代わりにあの鬼みたいな力で一発ぶん殴る。

 1回戦も準決勝も、そうやって勝ってきたんだよ。

 1回戦の相手は一発で倒れたし、準決勝の相手も二発もらったところで負けを認めていたな。

 しかも、この後がさらにすごいのよ。準決勝と同じことするなら」

 

 もう既に気絶しそうなレベルで驚いている僕だけど、この後がさらにすごい?

 

 闘技場のカリス君は既に立ち上がっている。

 回復アイテムの使用は禁止されている。

 1度減ったHPを回復させることはできない。

 アコライト以外は。

 

 アコライトのヒールは使用可だ。

 もちろんSP回復アイテムの使用は禁止だけど。

 それならヒール使えるアコライトが斬り合って絶対に勝つじゃん! とはならない。

 これはゲームではない。

 棒立ちで斬り合うようなゲームではないのだ。

 天職ソードマンで剣の腕も確かなカリス君と斬り合えるアコライトなんて存在しないはずだ。普通なら。

 

 さっきのティアさんの一撃でどれだけカリス君のHPが減ったのか分からないけど、ソードマンはHPも高い。

 まだまだ戦えるはずだ。

 カリス君は剣を構えて再び間合いを詰める。

 ティアさんは変わらず闘技場の中央に立ったまま動かない。

 またカリス君が斬りかかってきたところを、カウンターのようにチェインでぶん殴るつもり……え?

 

 会場が一瞬ざわついた。

 小さな声で「またか」という呟きがどこからか聞こえてきた。

 

 ティアさんが両膝をついたのだ。

 そしてチェインを両手で胸の前で持つと、まるで神に祈りを捧げているかのように見える。

 ビックマウンテンはあいかわらずの存在感だ。

 いや、前よりさらに山は大きくなっていないか?

 山も成長することはあるだろうけど。

 

 が、しかし、いまはビックマウンテンの標高を推測している場合じゃない。

 カリス君が剣を構えているというのに、そんな祈りの姿勢を取っている場合では……。

 

 次の瞬間、カリス君は怒号と共に斬りかかった。

 

「舐めるなあああああ!」

 

 無駄のない流れるような剣が、美しい軌道を描いて何度もティアさんを斬っていく。

 途中何度かスキルのバッシュを織り交ぜながら。

 何度も、何度も、何度も、ティアさんを斬っていく。

 

 これだけ斬られているのに勝負が決まらないのは、もちろんティアさんが自分にヒールをしているからだろう。

 神に祈りを捧げたまま、自分にヒールを唱え続けているのだ。

 ティアさんは目隠しをしているため、その表情を伺うことはできないけど、口元だけで判断すれば斬られていることを喜んでいるようにすら見える。

 

 この試合ではHPが0になったら終わりである。

 ティアさんが普段の狩りで、自分のHPを0にしていたとしても、この試合ではその状態で勝負を続けることはできない。

 SPが切れたらそこでお終いだ。

 そしてアコライトのSPは何度もヒールを唱え続けられるほど多くはない。

 

 案の定、ティアさんのHPを回復する癒しの光りが途絶えた。

 SPが切れてヒールを唱えられなくなったのだ。

 それでも神に祈りを捧げることをやめない。

 

 カリス君の目が血走っている。

 まずい。

 連続攻撃をそのまま繰り出せば、HP0になったティアさんを斬りかねない。

 あの速さなら、セーブポイントに戻る前に斬ってしまう!

 

 僕は無意識のうちに叫んでいた。

 

 

「ティアさん危ない!!!」

 

 

 それはナディアさんとの約束を破った瞬間だった。

 どうして僕は声を出してはいけないのか。

 この後の出来事でそれを理解することになった。

 

 

 

♦♦――♦♦――♦♦

 

 

 

 私の名前はティア。

 不肖な身でありながら、神に仕えるアコライトの天職を得ました。

 私は世の人を癒すためにアコライトを目指したのに、あの日、その命を危険に晒すあの御方を助けることに恐れを抱いたのです。

 そんな私が自分の命可愛さに脚が震えている時、あの御方は私のために命を賭けて戦ってくれました。

 あの御方の戦う姿を見て私は自分の愚かさを悟りました。

 精一杯、あの御方が引きつけていたポイズンスポアの後ろから短剣を振りましたが、私の未熟な力では倒すことはできませんでした。

 

 あの時は助けにきて頂いたプーさんの魔法のおかげで、あの御方が死なずに済んだことが本当に嬉しかったです。

 同時に悔しかったです。

 私の力ではあの御方を助けることはできなかった。

 さらに毒で苦しむあの御方を救ったのも、また私ではなくプーさんでした。

 

 しかも、しかも、しかも! あんな……あんな口移しで!

 私はあの時ほど緑ハーブを持っていなかったことを悔やんだことはありません。

 いま、私のアイテムボックスの中には常に緑ハーブが1,000個入っています。

 いつあの御方が毒になっても、口移しで治して差し上げられるように。

 ちなみに、世の中には「解毒」という愚かなスキルを持った輩がいるそうですが、そんな輩を見たら私が即座に殴りかかることでしょう。

 

 私は力を求めて、ナディアさんのギルド「白薔薇」に入りました。

 私に力があれば、力があれば、力があれば、苦しむあの御方を救うことができる。

 それだけを思い力を求めていきました。

 でも、私の中には迷いもありました。

 世の人を癒すためにアコライトを目指したのに、私の心はあの御方のことで一杯だったからです。

 果たして私の想いは許されるのかと。

 

 そんなある日の晩、寝られず夜風に当たろうと部屋を出た時でした。

 当時、私はナディアさんの館に泊まらせて頂いていました。

 ギルドに誘って頂いただけでもありがたいのに、これから共に成長していく仲間のためにと部屋まで用意して下さったのです。

 ナディアさんの館は、さすがは大貴族のご令嬢だけあってとても立派で広いです。

 そして夜風に当たろうと歩いていると、ある部屋から声が聞こえてきたのです。

 その部屋は、私と同じく白薔薇に所属する人の部屋でした。

 中から聞こえてくる声の数からして3人ほどで談笑しているようです。

 

 ちょっと羨ましかったです。

 私は白薔薇に来てから、毎日力を求めた鍛錬に勤しんでいたので、友達と呼べるような人がいなかったからです。

 ナディアさんとは時々、鍛錬以外の話もしますが、ナディアさんは半年後にあるカリスさんとの砦戦のために指揮の勉強や、作戦の打合せなど何かと忙しいので、あまり時間を割いてもらうのは悪い気がしていたのです。

 

 私は自分の部屋に戻ろうとしました。

 でも部屋から聞こえてきた話の内容に、いつの間にか廊下の窓から夜空を眺める乙女を装って、その話を聞いてしまっていたのです!

 ああ……なんということでしょう!

 これは完全に盗み聞きです。

 分かっています。

 分かっていても、その場を離れることはできなかったのです。

 

 部屋から聞こえてきた話は、恋愛の話でした。

 どこどこのギルドの誰がかっこいいとか、どこどこの貴族の長男がいいとか。

 キャッキャウフフな話のオンパレードでした。

 そして私が夜空を眺めて1時間ほど経過した時です。

 誰かが言ったのです。

 

「でもやっぱり最後は素敵な男性に尽くして幸せをつかみたいな」

 

 その言葉に他の2人は古い考えだとか、逆に男に貢がせるとかいろいろ言っていました。

 でもそんな言葉は私にとってどうでもいいことでした。

 

 最後は素敵な男性に尽くす。

 

 神が悩める私に啓示を授けて下さったとしか思えません。

 私は世の人のために自分の力を役立てようと思います。

 でも最後は、最後は! あの御方にために尽くして幸せをつかみたい。

 それは1人の女性として生を受けた私の本心だからです。

 

 次の日から、私はさらなる過酷な鍛錬を己に課しました。

 視覚を断つと気配だけで相手の動きを察知できるようになりました。

 己の身に重い足鎖と鉄球をつけることにしました。

 盾を捨て、あの御方が感じた痛みと苦しみを私も感じることにしました。

 HPを0にした状態で、ビックフットと素手で殴り合い勝つまでになりました。

 

 愚かな私に許されるのは、あの御方が感じた痛みを感じることだけ。

 それ以外は世の人のため、そしてあの御方のために、ただただ力を求めるのです。

 いえ、本当ならあの御方が感じた痛みを、私ごときが感じていいわけありません。

 ですが、最後の心の支えにこれだけはどうか神よ! 愚かな私をお許し下さい!

 

 目隠しで視覚を断った私には、あの御方の神々しいお姿が脳内に浮かびます。

 顔はこう凛々しくて、身体なんてこう逞しくて、髪はこうサラサラで。

 しなやかな指先が私の頬を撫でて、やがて唇で止まるとくいっと顎を持ち上げられ。

 期待の眼差しを向ける私を見下ろしながら、焦らすかのようにあの御方は……。

 そして突然耳元で、あのどこまでも透き通るような声色で囁くのです。

 愚かな私を優しく責めるように。

 

 ああ! な、なんて素晴らしい!

 はっ! 私ごときが勝手にあの御方を脳内楽園で想っていいわけありません!

 そんなことは許されない……許されないけど……ああ! 許されないけどしちゃいます! もうしちゃいます! どこまでもしちゃいます! だから私に罰を下さい!

 

 はっ!

 ば、罰を……あの御方が罰を!

 私の身体を縄で縛りつけ、黒い革手袋には黒い鞭が。

 そして私に向かってその鞭を……!

 

 はっ!

 ま、またしてしまった。

 こ、これはいったい……まるで生と死を繰り返す螺旋のごとく、終わりが見えないわ!

 

 

 私が終わりのない楽園の中にいると、さきほどから私の周りをウロチョロしている者の動きがさらに激しくなります。

 私の一撃でふき飛ばされて立ち上がったことは見事です。

 神とあの御方に祈りを捧げている間、私を何度も斬りながら、私に許された唯一の心の支えである痛みを与えてくれたことには感謝しましょう。

 なかなかの痛みです。

 私が今まで戦ってきた者達の中でも、かなり上位の痛みです。

 実は私、HPがある状態でも攻撃を受けると痛みを感じるようになっているのです。

 そのためヒールで自分を回復できるアコライトが天職であることを、これほど嬉しく思ったことはありません。

 もちろん本当に斬られてしまった時と同じだけの痛みを感じることはできません。

 ですが、それなりの鋭い痛みを感じることはできます。

 

 どうやら私のSPが切れたようです。

 このまま斬られると、HPが0となり私の負けとなってしまいます。

 ただ、この者の斬撃の速さなら、HP0の私に一撃入れることぐらいはできるのでは?

 ちょ、ちょっとだけ……ちょっとだけその斬撃の痛みを受けてみたいと思ってしまう私のことをどうかお許し下さい!

 

 しかし、それはやはり許されませんでした。

 当然です。

 私ごときが、あの御方と同じ痛みを感じることが本来なら許されない行為だからです。

 でも私はいま幸せで胸が一杯です。

 目隠しで視覚を断って既に何ヶ月経過したのか分かりませんが、久しく光りを感じていないこの目に神々しい光りが刺しているようです。

 その光りがあまりに眩しくて、私の目からは滴が零れ落ちます。

 さらに、お声を聞けただけでも嬉しいのに、そのお言葉は恐れ多くも私の名前と、そして私の身を案じて下さるお言葉でした。

 

 私の足にはめられていた足鎖は解かれています。

 私の魔力に反応して解錠されるようになっていたからです。

 この足鎖と鉄球を外したのもいつ以来でしょう?

 あっ、思い出しました。

 確か1ヶ月ほど前に、エドガと殴り合った時以来ですね。

 エドガの爪の痛みはすごかったです。

 あまりのすごさに癖になってしまい、気絶と同時にセーブポイントに戻ってきた私はまたすぐにエドガの森に行こうとしたほどでした。

 ナディアさんに止められて渋々やめましたけど。

 

 

 さて、あの御方が見ているのですから、私はりきっちゃいますよ?

 貴方がエドガ並みに強いことを願うばかりです。

 

 右手に持つチェインに握りしめると、ジャラリと鎖の金属音が会場に響きました。

 



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第16話 お告げ

 僕が危ないと叫んだ瞬間、ティアさんはカリス君の斬撃を受けることなく、一瞬で間合いを取っていた。

 速い。

 見ると足鎖が外れている。

 すぐに外せるようになっていたのか?

 

 チェインを握りしめるも、あいかわらずだらりと下げている。

 しかしこの試合初めてティアさんからカリス君に向かって歩き出した。

 無造作に間合いを詰めていく。

 

 カリス君は片手剣と盾を構え、ティアさんと距離を取っていく。

 ティアさんが一歩前に出れば、カリス君が一歩下がっていく。

 アコライトに押し込まれるソードマンなんて格好つかないけど、ティアさんのこの異様な雰囲気で近づいてこられたら、そりゃ~後ずさりしたくなるだろう。

 

 カリス君は時間をかけたくないはずだ。

 時間が経てばSPが自動回復してしまう。

 そうすればヒールをまた使われてしまうのだから。

 

「ティアはもうヒールを使えないわよ」

 

 ナディアさんがいつの間にか僕の隣に来ていた。

 ティアさんの姿に驚愕していて、ナディアさんが近付いてきていたことにまったく気付けなかった。

 ナディアさんはやや不満そうな表情で話を続けた。

 

「ティアのアイテムボックスには緑ハーブと装備品の足鎖で重たくなっているの。

 だからSPもHPも自動で回復することはないわ」

 

 重量50%オーバー状態なのか!?

 で、でも何でそんなことを……。

 

「まったく、あれほど声を出さないでと言ったのに……。

 ティアは貴方のこと……む」

 

 ナディアさんが何かを感じ取ったのか、言葉が止まる。

 そして。

 

「サイト!」

 

「げ!」

 

 ハイディングで隠れていたグリームさんをあぶり出した。

 

「なんでナディっちがサイト使えるんだよ!

 あ! ホロンカードか! これだから貴族は……」

 

「このホロンカードは自分で手に入れたものよ。

 お父様の財力に頼っているだけではないわ」

 

「おっと、これは失礼。

 それでそれで、ティアっちがグラっちのことでどうしたの?」

 

 ナディアさんが嫌そうな目でグリームさんを見ていると、会場から歓声が起きた。

 闘技場を見ると、ティアさんとカリス君が一撃交わし合ったのか、中央付近で対峙していた。

 

「すげ~あの女の攻撃に耐えたぞ」

 

 観客の声が聞こえる。

 カリス君がティアさんの攻撃に耐えた?

 初撃でふき飛ばされたあの攻撃に?

 

「ふん、戦闘技術だけは本物なのよね、彼」

 

「ああ、カリっちは強いぜ。マジで強いぜ。

 いくらティアっちが馬鹿力でも、力だけに頼っているなら勝てないだろうな」

 

「純粋な力と技術。どっちが勝つのかしらね。

 それにしても、足鎖を外したティアのスピードに初見で対応するなんて……」

 

「たぶん祈りの姿勢から距離を取った時に、ティアっちの速さを測ったんだろうな。

 それ以上の速さも想定して構えていたんだろう。

 だから自分から斬りかからなかった。

 ティアっちの足鎖を外した動きを確認しようとしたんだ」

 

「でも次はどうかしら」

 

 ティアさんがカリス君に襲いかかる。

 すごい速さだ。

 力だけではなく、俊敏も大きな加護を得ているのか?

 でもおかしい。

 ティアさんのベースレベルがいくつか分からないけど、よくて40台後半だろう。

 あれだけの力を持っているなら、ティアさんの加護は力に集中していると考えるべきだ。

 アコライトなのに。

 普通は魔力の加護が伸びるはずが、何故か分からないけどティアさんは力の加護が伸びてしまったはずだ。

 いわゆる殴りプリ……まだプリーストじゃないから、殴りアコか。

 力の加護が伸びたとしたら、あの速さは加護の速さじゃない。

 あれはティアさん自身の、人としての強さに基因しているのではないだろうか。

 

 ティアさんの速い打撃をカリス君は的確にシールドで防御していく。

 ものすごい金属の衝突音が鳴り響き、防御するカリス君も重い一撃に何とか耐えて、徐々にティアさんの動きを把握していっている。

 このままティアさんが押し切れるのか?

 カリス君がティアさんの動きを完全につかんでしまったら。

 

「ぐお!」

 

 カリス君が苦悶の声を上げる。

 どうしたんだ? 完全に防御したはずなのに。

 

「ぐお! ぐ、くっ!」

 

 たまらず距離を取った。

 僕の位置からは何があったのか分からない。

 

「チェインの棒の部分を盾にぶつけて、鎖が巻くようにカリスの腕に当たったのよ。

 普段より一歩踏み込む必要があるけど、盾で防いでも鞭のような鎖が襲いかかってくるの。

 ティアの力なら腕に当たっても、かなりの衝撃よ」

 

 HPがある状態で攻撃を受けても、身体の損傷はない。

 そして痛みもほとんど感じない。

 でもHPバリアを通じて衝撃を感じるのだ。

 

 腕に当たった攻撃は、胴体に攻撃が当たった時に比べてHPに与えられるダメージは少ない。

 つまり衝撃も少ないはずだ。

 それなのに、カリス君が声を出して距離を取らなくてはいけないほどのダメージと衝撃だったのだろう。

 恐るべしティアさん。

 

 距離を取って自分の腕を見つめているカリス君。

 再び剣と盾を構えて、あっ! じ、自分から前に進んだ!?

 ティアさんに自分から攻撃を仕掛ける気なのか?

 カウンターでチェインが飛んでくるのに!

 

「お~、カリっち男だね~。

 俺だったら、怖くてとてもとても近づけないぜ」

 

 グリームさんも立ち上がって闘技場を見つめている。

 すると、ナディアさんが僕の耳に口を近づけてきた。

 

「ティアは貴方の事を神格化しているわ。

 どうしてそうなってしまったのか、私にもよく分からないわ。

 新人研修の時のことが関係しているとは思うのだけど。

 ティアは独りでいろいろ悩んでしまって、私が気付いてあげた時にはもう手遅れだったの。

 貴方を神格化して、貴方のために力を求めるんだって。

 正直、貴方と会ったらティアがどんな行動に出るか……私にも予想できないから、貴方の安全も保証できないからね?」

 

 耳元で甘く囁いてくれるなら嬉しかったけど、囁かれた内容に僕は凍りついた。

 

 僕を神格化?

 どうして?

 い、いや、あの時は確かに命を賭けてティアさんを守ったような気もする。

 でも、そもそも命を賭けることになったのは、僕が愚かだったからで、勝手にHPを0にした僕をどうして神格化?

 

 わ、分からない。

 でも、神格化してくれているなら、会ったとしてもいきなりあのチェインで殴りかかってくるはないはずだ。

 

 

 ……ないよね?

 

 

 闘技場では、じりじりと円を描きながら間合いを詰めるカリス君と、カリス君の正面を取るように方向だけ変えるティアさん。

 試合が始まった時とまったく同じ状況だ。

 コロシアムは再び静寂に包まれていた。

 

 静寂を打ち破ったのはカリス君。

 ぐん! と大きく踏み込んでいった。

 次の瞬間、ものすごい衝撃音と共にカリス君のシールドが観客席までふっ飛んだ。

 しかし、カリス君はふっ飛んでいない。チェインとぶつかる直前にシールドから手を離していたのだろう。

 地を這うような姿勢から、右手に握る片手剣で斬り上げる。

 闘技場の床の石と摩擦を起こしながら、片手剣がティアさんを斬り……。

 

 囮とされたシールドをふき飛ばしたチェインはそのまま上段から地を這うカリス君に向かって振り下ろされていた。

 自らを斬り上げる剣なんてお構いなし。

 そのまま力一杯叩きつける!

 

 チェインはカリス君の顔面に打ち込まれると、闘技場の床に亀裂が走るほどの衝撃が起きる。

 そのままピクピクとしばらく震えるとピタリと動きが止まるカリス君。

 気絶したのか?

 

 うわあああ! と歓声が鳴り響く中、情けない姿のカリス君と、恍惚の表情を浮かべるティアさん。

 目が見えないけど、あれは絶対に感じまくっている表情だ。

 

「ふん、まあいいわ。本番は砦戦よ。そこで勝てばいいのだから」

 

 ナディアさんはそれだけ言うと階段を降り始める。

 あれ? まるでティアさんが負けたような言葉だけど。

 階段を数歩降りたところで、くるりと振り向くと僕に言った。

 

「会いに来たければいつでもどうぞ。今度は歓迎するわ」

 

 ナディアさんは階段を降り、会場を去っていった。

 

 闘技場には審判が上がっていた。

 そして騒ぐ観客を静かにさせると、大きな声で叫んだ。

 

「ただいまの試合はカリスさんの勝利です!

 ティアさんの最後の攻撃が入る前に、ティアさんのHPは0になっていました!

 よってカリスさんが優勝となります!」

 

 審判の声に観客の視線は一斉に床にちょっとめり込むように気絶しているカリス君へ。

 微妙な雰囲気が漂う。

 あ、あれが優勝者? みたいな。

 

 気絶するカリス君の前ではティアさんが身体を震わせながら再び祈りの姿勢になっている。

 なにかぶつぶつと言っているけど、この距離では当然聞き取れないし、聞き取らない方がいいように思える。

 

 選手入場口からカリス君のギルドの人達だろうか、数名が入ってくるとカリス君を介抱していく。

 

「グリームさんは行かなくていいんですか?」

 

「あ? あ~いいの、いいの。

 どうせ俺はあと少しの付き合いだろうから」

 

「え?」

 

「もうすぐカリっちが、お父ちゃまの部下の人達とPT組めるレベルになるんだよね。

 俺はそこまでの繋ぎなわけで。

 ま~こき使われたけど、それはそれで俺も楽にレベルアップできたからね。

 お互い様ってわけさ」

 

「その後、グリームさんはどうするんですか?」

 

「う~ん、さすがにいらない子扱い受けながらギルドでへーこらするつもりはないからな。

 カリっちのギルドは抜けるかな。

 ま~アサシンになれば、モテモテの人生が俺を待っているじゃん!?

 もうそうなったら、後はモテモテハーレム人生を歩むだけさ!?」

 

「……」

 

 僕は何も言えなかった。

 グリームさんに「アサシン」がモテるための条件の厳しさを伝えられるほど、僕の心は強くなかった。

 

「頑張って下さい」

 

 僕に言える精一杯の言葉だった。

 

 今月の新人大会はカリス君の優勝で幕を閉じた。

 

 

♦♦♦

 

 

 僕はいま、コロシアムの選手控室に繋がる廊下に立っている。

 試合が終わった後、グリームさんはさっさと帰ってしまった。

 僕も明日のゴブリン村の狩りに備えて早く帰って休もうかと思った。

 でも、僕の足はここに向かっていた。

 

 ティアさんが出てくるのを待っている。

 

 白薔薇のギルドの人達と一緒かもしれないけど、ティアさんに会ってどうしても伝えなくてはいけないことがある。

 ナディアさんの言葉が本当なら、ティアさんは僕を神格化している。

 どうしてそうなったのか分からないけど、とにかくそうなっている。

 なら、僕が伝えなくてはいけない。

 

 警備の人達には「ティアさんの知り合いです」と伝えたら怯えて通してくれた。

 

 ここに来て1時間ほど経った。

 最後だったのだろう。

 ティアさんが控室から廊下に出てきた。

 

 僕の気配をすぐに感じたのか、両手をもじもじさせながらゆっくりと歩いてくる。

 あいかわらず目隠しはしているけど、足鎖はつけていない。

 街中を歩く時までつけていたらどうしようかと思ったけど、そこまでしていないようだ。

 ティアさんは僕の前で、両手を前に祈りを捧げるような姿勢で立ち止まった。

 

「ティアさん」

 

 僕は意を決して言葉をかけた。

 

「は、は、はい」

 

 じゃっかん顔が紅潮しているようだ。

 興奮しているのかもしれない。

 あまり長時間は僕が耐えられそうにないので、伝えるべきことを伝えた。

 

「試合お疲れ様です。仕事があって決勝だけ見れましたよ。

 ティアさんの強さにビックリしちゃいました。

 でも……自分の身体を傷つけるような戦い方はダメですよ?

 ティアさんは女の子なんだから、自分の身体は大事にしないと」

 

「はぅ!」

 

 僕の言葉にビクッと震えるティアさん。

 闘技場で見せたあの恐ろしい雰囲気はどこへやら。

 今の姿は崇拝する神の前でひれ伏す信者のようであり、小さな子猫がびくびくと震えているようでもあり、優しい女の子が泣いているようでもあった。

 

「ティアさん」

 

「は、はい!」

 

「今後は身体を大事にしてくださいね」

 

「はい!」

 

 ティアさんはコクコクと頷いてくれた。

 

「よかった。

あ、そういえば時々、中央砦に荷物を届けることがあるんですよ。

 その時にはティアさんに会いにいきますね」

 

「はぅ!」

 

 なんだか一方的な会話になってしまったけど、これでティアさんが元に戻れるならいいさ。

 しかし間近で見たティアさんのビックマウンテンは間違いなく以前より大きくなっている。

 G? いやHはあるかもしれないな……。

 

「それじゃ~僕はこれで」

 

 僕はそっと右手を出した。

 見えていないのに分かったのだろう。

 ティアさんもそっと右手を出してきた。

 そして、ぎゅっと握手をして僕はその場から立ち去った。

 さて、明日の狩りの準備でもして早く寝よう。

 

 

 

♦♦――♦♦――♦♦

 

 

 

 あの御方が私の手を握って下さいました。

 試合に負けてしまったのに、あの御方の心はいったいどこまで優しいのでしょうか!

 しかも! しかもですよ!

 

 

 身体を大事に。

 

 

 私の身体をあの御方が大事に想ってくれていたのです!

 そ、それなのに、私は己の欲望のまま、心の支えなどといって身体を痛みつけてきたのです!

 ああ、私はなんと愚かなのでしょう。

 そうです、この身体はあの御方のものなのです。

 あの御方以外に私の身体を傷つけていいわけがありません!

 

 私に逢いにきて下ることもあの御方は約束して下さいました。

 今後はその時に、私の身体をあの御方が弄ぶということなのでしょう。

 ああ、考えただけで、私の身体は火照ってしまいます。

 お忙しいあの御方に我儘をいうことなどできません!

 でも、出来るならいますぐにでも、私の身体を好きなように……はぅ!

 

 私の右手にはあの御方の手の感触がいまも残っています。

 しばらくこの右手は洗いません。

 いえ、何かに触れるのもよくないですね。

 チェインも当分は左手で持ちましょう。

 この右手にはあの御方の温もりが……。

 

 私はその時、閃いてしまったのです。

 私の右手にはあの御方の温もり。

 つまりこの右手はあの御方ともいえるのではないか? と。

 この右手が自分の身体に触れたとしたら、それはあの御方が私の身体に触れているのではないかと。

 

 私はその閃きを得た後、1分で自分の部屋に帰りました。

 私が部屋から出てきたのは、2日後のことでした。

 




次話から第2章です。
ゴブリン村です。
オーク村もあるよ!

更新頻度は変わらず。
早ければ3日程度。
遅いと1週間~10日程度となります。


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第2章
第17話 ゴブリン村


 新人大会の翌日。

 運び屋の仕事は、お休みを頂いているので1日かけて狩りが出来る。

 アイリスさんとペアでゴブリン村に行く予定だった。

 が、いま僕のPT人数は3名である。

 

「まったく、お前達2人でゴブリン村なんて危険すぎるだろうが」

 

 なんて優しい言葉を言ってくれているのはマルダックさんだ。

 マーチャントの天職を得たマルダックさんは、商人組合に所属していてホルグレンさんに毎日しごかれている。

 短く整った真っ白な髪に、褐色肌の筋肉ムキムキのマルダックさん。

 初めて見た時は25歳ぐらいと思っていたのだが、まだ20歳だった。

 こんなごついのに20歳。しかもマーチャントの衣装を着ているので、さらにおかしなことになっている。

 なんだろう、大人が小学生の服を着ているような感じだ。

 

「別にグライアと私の2人で大丈夫よ?」

 

 マルダックさんの言葉に反論するアイリスさん。

 クリーム色の髪を弄りながらマルダックさんを睨んでいる。

 見た目小学生だけど、僕より年上なアイリスさん。

 何歳なのかは知らない。聞いたら怒られそうだから。

 

「まぁいいじゃないですか。マルダックさんも大変なんですよ」

 

「べ、別に俺は……」

 

「ふんだ!」

 

 アイリスさんは初対面のマルダックさんがいることで、僕の肩に乗れないことが不満らしい。さすがに恥ずかしいのだろう。

 そしてマルダックさんが僕達のPTに入っている本当の理由は、ホルグレンさんから鉄を集めてこいと命令されているからである。

 しかも1人で。

 困り果てていたところに、僕達が今日ゴブリン村に狩りにいくことをエーラさんから聞いたらしく飛びついてきたわけだ。

 お前達2人だけでは危険だからと言ってね。ゴブリンは鉄鉱石や鉄を落とすのである。

 

 

 確かに普通で考えるとちょっと危険だ。

 もちろん神力範囲内なのだから、死ぬことなんてない。ボット帝国が襲ってこない限り。

 それでもベースレベル24のノービスと、ベースレベル32のアーチャーがペアでゴブリン狩りなんて危険だと思われてしまうだろう。

 トード狩りで僕のレベルは4上がっている。

 そしてアイリスさんのレベルを教えてもらえた。

 僕のことを信用してくれたと思うと嬉しくなるな。

 

 アイリスさんとご飯食べている時に、アイリスさんは普通にゴブリン村での狩りをOKしてきたので僕もすっかり勘違いしていたのだが、ゴブリンって意外に強いのだ。

 ただのオークウォリアーなんかと比べものにならないほど強い。

 ゲーム感覚で僕も「じゃ~ゴブリン村で」なんて答えちゃったんだよね。

 アイリスさんがあんなにあっさりゴブリン村での狩りと言ったのは、僕の俊敏性を知っているからだ。

 中ボスのトードのように取り巻きなんていないのだから、1匹ずつ確実に仕留めていけばいい。

 数が増えれば密集している可能性も高いけど、全部が全部密集しているわけでもなければ、常に密集しているわけでもないしね。

 逆にボスがいたり、ハァハァ群がってきたりするオーク村の方が厄介だと判断したみたいだ。

 単にハァハァ息が荒い兄貴(オークのこと)が嫌いなだけかもしれないけど。

 

 僕もアイリスさんを肩車しながら一緒に戦う作戦を実行してみたかったな。

 僕のうなじでバランスを取りながら弓を撃つアイリスさんを堪能しながら、自分がどれだけ動くことができるのか試してみたかった。

 今日は仕方ない。また別の機会にしよう。

 

 ゴブリン村に行くルートでゴブリン森を通ることにした。

 ここはゲームでも思い出のある場所だ。

 なぜなら、このマップの中央には青い草が生えているのだ。

 しかも4本も。

 この世界でもゲームと同じく中央に青い草が生えている。

 青い草からは青ハーブが取れるので、ゲーム初期の頃で資金に困ると青い草狩りによくここに来たものだ。

 当然、他にも同じような目的でくるプレイヤーもいて、時には仲良く分け合い、時には反応速度を競い合う戦争になったりと思いで深い場所だ。

 

 またこのマップには、輝く草も1本だけ生える。

 輝く草からは青ハーブ、白ハーブ、黄ハーブと多様なハーブが取れるのだが、レアドロップでユグドラシルの種とユグドラシルの実がある。

 種はHPとSPを50%回復。実は100%回復という貴重な回復アイテムだ。

 ゲームでの名称は「イグドラシル」だったけど、この世界では「ユグドラシル」と呼ばれている。

 また激レアで「幻想の花」と「エンペリウム」もドロップすることがある。

 幻想の花は様々なアイテム作成の材料となる。

 エンペリムはゲームではギルド作成に必要なアイテムだったけど、こちらも様々なアイテム作成の材料だ。

 

 僕のLuk値がドロップ率に関係していると気付いた時、まっさきにこの場所が思い浮んだ。

 そして実際に何度もこの場所に来ては青い草狩りをしているのだ。

 この世界でもライバルは多いけどね。

 神力範囲内だからモンスターに倒されても安全だし、僕の俊敏性なら割と安全に中央まで来れるのだ。

 グラリスさんのカプラ倉庫にはたんまりと青ハーブが眠っているのである。

 ユグドラシルの種と実もそこそこね。

 

 青い草などは狩ると一定時間経過後にまた生えてくる。

 ゲームと同じ感覚だけど、生えてくるまでの時間が完全にランダムな点が異なる。

 1分で生えてくることもあれば、10時間近く生えてこないこともある。

 ボット帝国が現れる前は、各ギルドから青い草狩り要因がずっと見張っているなんてこともあったそうだけど、ボット帝国によってここで死者が出て以降はずっと見張っている人はいなくなった。

 

 既にゴブリン森に入っている。

 ここからはアクティブモンスターが登場するので気を引き締めないと。

 マルダックさんのレベルは28。

 狩りだけではなく、商売のことや鍛冶のことなど学ぶことが多く、マーチャントのレベル上げ速度はどうしても遅くなるそうだ。

 レベル28のマーチャント1人でゴブリン狩りはさすがにきついだろう。

 まあ鉄鉱石や鉄集めってゴブリン狩り以外にも出来るけど。

 2次天職のブラックスミスになれば戦闘力もかなり上がるけど、マーチャント時代はやはり戦闘力では他職に劣るからな。

 もちろんノービスよりかは全然上ですよ!

 

 回避には自信があるので、と言って僕が前に出る。

 さっそくゴブリンのお出ましだ。

 ゴブリン森にはゴブリン剣(長男)はいない。

 それ以外のゴブリンが出てくるのだ。

 

「よっと」

 

 速さを抑えてゴブリンの攻撃を交わす。

 本気の速さをマルダックさんに見せるわけにはいかないから。

 そういえば、アイリスさんにも見せたことないのか。

 もう少し信頼関係を築けたら、一度僕の本気を見てもらってもいいかもしれないな。

 

 アイリスさんを肩に乗せて本気の速度で揺れ動く。

 細かい振動がうなじに起こるように!

 ……いかん、ただの変態になっているぞ。

 

 ゴブリンを僕が引きつけている間に、アイリスさんが弓で攻撃する。

 同時に後ろに回ったマルダックさんが斧で攻撃する。

 僕からタゲを外さないように、出来る限りギリギリでゴブリンの攻撃を避けながら、細かく斬りつけていく。

 あっという間にゴブリンは光りの粒子となって消えていった。

 

「1匹相手ならまったく問題ないですね」

 

「ああ、しかしグライアの動きには驚いたぞ。

 ノービスでそれだけ動けるとは、大したものだ。

 しかも全ての攻撃をギリギリでかわしていたな。

 HP0でポイズンスポアと死闘を演じたことといい、お前はスリルを楽しむタイプなのか?」

 

「違いますよ。僕はスリルを楽しむような人間じゃないです。

 ギリギリでかわしているのは、それだけ余裕がないってことですよ」

 

「え? HP0でポイズンスポアと死闘? なにそれ? なになに?」

 

 新人研修の時の話にアイリスさんが食いついてきた。

 あの時の話をしながら、マップ中央に向かっていった。

 

 

 マップ中央には青い草が生えていた。

 輝く草も。

 嬉々として草を狩る。

 刈るではなく、狩るなのである。

 輝く草はアイリスさんが狩った。

 すぐに草が生えてくるかもしれないので、ここで少し休憩することにした。

 

「そういえば、グライアはどうしてゴブリン狩りなんて依頼を受けたんだ?

 冒険者として生きていくのか?

 確かプロンテラの運び屋で働いているんだろ」

 

「はい。フェイさんの運び屋で働いています。

 でも冒険者も続けていきたいと思いまして。

 それで将来、スロットの多いスティレットを作りたいのですが、中級冒険者以上でないとスティレットの製作をお願い出来ないじゃないですか。

 それでアイリスさんの協力を得て、ゴブリン狩りの依頼を受けたんです」

 

「なるほど。

 アイリスも子供とは思えない一撃だったな」

 

「はぁ!? 私は子供じゃないわよ! あんたより年上なんだからね!」

 

「え!?」

 

 そういえば伝えてなかった。

 いきなりやってきて、お前達が心配だから俺もゴブリン村に行くぞ! で始まったので、アイリスさんのことをちゃんと説明していなかったな。

 

「アイリスさんはドワーフ族なんですよ。

 それで子供みたいな見た目なんですけど、ちゃんとした大人だそうです」

 

「ほ~! ドワーフ族か!

 ドワーフ族には優秀な鍛冶師が多くいると聞く。

 アイリス殿の知り合いで優秀な鍛冶師はいないのか?」

 

 そういえばドワーフと言えば鍛冶か。

 あれ? アイリスさんの知り合いにブラックスミスがいれば、こっそりスティレット製作を頼めるとか?

 

「いないわ。

 ドワーフ族の知り合いも少ないし」

 

「ドワーフ族の街ってどこにあるんですか?」

 

「……ないわよ。遠い遠い昔、貴方達人族に滅ぼされてね。今では散り散りになって生きているわ」

 

「あ……」

 

 まずい。

 この世界の歴史を知らない僕は地雷を踏んでしまった。

 まさか過去、人族がドワーフ族の街を滅ぼしていたとは。

 

「気にしなくていいわよ。グライアは馬鹿だから知らなかったんでしょ?

 それにドワーフ族の街での生活を聞いたことあるけど、私にはとても耐えられない生活みたいだったし。

 こうしてゲフェンやプロンテラみたいな街で暮らしている今の方がずっと幸せよ」

 

 アイリスさんは何でもないかのように言ってくれた。

 きっと僕のことを気遣ってくれたんだと思う。

 

「そろそろ出発しましょう。草も生えてこないみたいだし」

 

 アイリスさんの言葉に頷いて僕達はゴブリン村に向かって出発した。

 

 

 ゴブリン森を南に抜けて、プロンテラフィールドを通りながらゴブリン村に向かった。

 ゴブリン森を南西に抜けてオークがいるマップを通った方が近道なのに、アイリスさんは南から向かうと言った。

 やっぱり単にハァハァしてくる兄貴が嫌いな可能性があるな。

 

 ゴブリン村に到着した僕達は、一匹ずつ確実に仕留めていく作戦で戦った。

 僕が前に出てゴブリンを探す。

 アクティブモンスターなので、向こうもこっちを見つければ襲ってくる。

 僕がゴブリンの攻撃を避け続けて、アイリスさんが後ろから弓で倒す。

 マルダックさんはアイリスさんの護衛だ。

 ゴブリン森とは違い、ここゴブリン村は数も多い。

 いつどこから襲ってくるか分からないので、アイリスさんの護衛という形で警戒してもらっている。

 

 2匹同時に襲いかかってこられた時があったけど、特に問題なかった。

 ゴブリン2匹の攻撃を避け続ける僕を見て、マルダックさんが改めて驚嘆していた。

 1度だけ3匹同時にきた時は、まずい! ちょっと本気出さないと! と思ったけど、アイリスさんがDS連打で1匹を瞬殺してくれたので助かった。

 

 アイリスさんのDSは本当の高威力だ。

 いやDSというより、弓の攻撃力がめちゃめちゃ高い。

 ベースレベル32でこんなに高い弓の攻撃力とかあり得るのだろうか?

 しかもこの世界では、自分でステータスを振れない。

 勝手に神様が上げるステータスを決めてしまうのだ。

 ま~ゲームと違って上がる幅とかも違うだろうし、アイリスさんはレベルが上がる度に器用(Dex)が大きく上がっているのだろう。

 

 僕はチートステータスである。

 確信はないけど、レベル1の時点でAgi97のLuk99の加護だ。

 最初は1次天職ノービスで自分の能力にがっかりしたけど、今となってみれば自分がいかに優遇されてこの世界に来たのか分かる。

 スーパーノービスにはなれなかったけど、あの老人オーディンには感謝だな。

 

 多く密集している地帯もなく、順調にゴブリン狩りは続いていった。

 経験値的にも美味しく、アイリスさんもマルダックさんも笑顔だ。

 マルダックさんは鉄も集まっていくのでさらに笑顔である。

 一応鉄って3人で均等分けだから、集まっている鉄全部がマルダックさんの物じゃないけど、それに気付いているかは不明である。

 ま~僕の分はマルダックさんに上げてもいいけどね。

 

 ドロップ率は通常のドロップ率だと思う。

 つまり僕の幸運は作用していない。

 僕が最大ダメージを与えるか、止めを刺すか、どちらかが条件だと思っていたのは間違っていなかったようだ。

 PTメンバーにまで幸運のドロップ率は及ばないという認識でいいだろう。

 

 ゴブリン村→の安全なプロンテラフィールドでお昼休憩を挟んで、午後もひたすらゴブリン村で狩りをした。

 ゴブリンを探して、徐々にゴブリン村の奥深くまで入っていく。

 3人の連携にも慣れてきて少し余裕も出てきた時だ。

 そいつは突然現れた。

 ゲームで見たことのない巨大なゴブリンが、テントの横から出てきたのだ。

 

「グライア! 早くこっちへ!」

 

 アイリスさんが小さな声で叫ぶ。

 僕達は近くにあったテントの影に隠れた。

 

「驚いたわ。まさかあいつがいるなんて。滅多にいないんだけどね」

 

「うむ。俺もそう聞いているぞ」

 

「え? 2人ともあの巨大なゴブリン知っているんですか? ボス?」

 

「ボスではないわ。取り巻きはいないの。でもトードなんかと比べものにならないぐらい強いわよ。

 あいつは「ゴブリンリーダー」で、このゴブリン村の長ってところね」

 

 この世界はゲームではない。

 僕の知らないこと、ゲームとは違うことなんていくらでもある。

 今までだってそうだった。

 

 そしていま目の前にいるこいつもそうなのだろう。

 ゴブリンリーダーか。

 




記憶を呼び起こしながら書いているのですが、当然情報サイトも使っています。

ただ、情報サイトは最新の情報が載っていて昔とは全然違います。

今回の話で書いたゴブリン森は、今ではゴブリンはいなくてオークのようです。
私の記憶の中では確かゴブリンだったはずなのですが……。

また、情報サイトのモンスター情報を見ていたらゴブリンのレベルが予想以上に高いことに気づきました。
あれ? こんなに強かったっけ? とゴブリンの強さが変わったのか、私の記憶が単に間違えていたのか、もう分かりません。

あまり深く考えすぎても、話が書けなくなってしまうので、そこらへんは適当にやっていこうかと思います。

オークヒーローとかオークロードの湧く場所も全然変わっていたしね!


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第18話 ゴブリン族の仮面

 ゴブリンリーダー。

 身体は普通のゴブリンの2倍近いな。

 僕の身長が175㎝。

 マルダックさんは190㎝近くあるだろう。

 小さいアイリスさんは130㎝ぐらい。

 そして普通のゴブリンはアイリスさんより少し大きいぐらいだ。

 

 ゴブリンリーダーはマルダックさんより大きい。

 身長は2mを軽く超えている。

 胸や腕の筋肉もすごい。

 マントを羽織って、頭には王冠みたいなものがある。

 リーダーというより、キングだな。

 

 そして両手で持っている巨大な槍。

 あれで攻撃されたら僕のHPはたぶん一撃で0だな。

 一撃でHPが0になる場合、回復ポーションは意味がない。

 オーディンの神力範囲内でHPが0になると、身体が強制的に地面に伏す形となる。

 そうなるとなぜかモンスターは攻撃してこなくなるし、あらゆる攻撃も効かなくなる。

 その時にセーブポイントに戻ると念じれば、経験値1%を代償にセーブポイントに戻れるわけだ。

 プリーストにリザレクションをかけてもらうのをその場で待ってもいいし。

 新人大会が行われたコロシアムのような特殊な場所では、セーブポイントに戻れないこともある。

 

 ゴブリンリーダーは僕達には気付かず、ゴブリン村のさらに奥へと向かっていった。

 どうやら戦わずに済んだようだ。

 

「あれがいるなら、ゴブリン森で狩りする?」

 

「む~それが妥当な判断だと思うが、こっちの方が鉄の集まる効率がな……」

 

「とりあえず村の入り口に戻りましょうか。その間にまたゴブリンがいるかもしれませんし」

 

 ここまで順調に狩りが進んできたことで、入り口付近にはゴブリンがほとんどいなくなってしまった。

 探せばまだいるだろうけど、時間がかかる。

 村の奥に進んだ方がずっと探しやすいのだが、ゴブリンリーダーの登場でそれは出来なくなってしまった。

 

 ゴブリンリーダーか~。

 どれだけ強いのかな……。

 ここはオーディンの神力範囲内だし、倒されても問題ない場所だ。

 僕の“本気”でどれだけ戦えるか試してみたい気もする。

 ま~僕の攻撃が届くことはないかもしれないけどね。

 

 この世界に来て2ヶ月で、短剣を扱う技術はそれなりに向上している。

 まだまだ初心者に毛が生えた程度だけど。

 それでもモンスターに対して短剣を振るという行為そのものに臆することはなくなった。

 

 でも短剣でモンスターを斬ったとしても、僕にはその先に問題が残っている。

 器用の加護の低さだ。

 僕がモンスターの攻撃を受けても、かなりの確率で回避となりHPが減らないで済んでいるのと同じく、僕の攻撃が当たっても、かなりの確率でモンスターに回避されてしまう。

 相手がポリンとかならいいけど、今日のようにゴブリンが相手となれば半分も届いていない。

 ここまでの狩りでゴブリンを実際に倒しているのはアイリスさんだ。

 アイリスさんの弓の攻撃力が高いってことは、それは器用の加護が高いってこと。

 モンスターに攻撃を回避されることなんてほとんどないってことだ。

 

 ゲームでもそうだった。

 アーチャーやハンターの最大の利点はDexを上げることで、攻撃と命中を同時に上げることが出来ることだ。

 そのためDex極でステータスを上げていけば、レベル差のあるモンスターでも攻撃を当てることができる。

 攻撃を当てることが出来れば倒すことができる。

 非公平PTでレベル上げするに当たって、かなり高レベルのモンスターを狩れることになる。

 一部のマップで回避が異常に高いモンスター(コボルト、ミミック、ジョーカー)と遭遇するとアーチャーやハンターのDSで瞬殺してもらえるので頼もしかった。

 逆にそういった回避の高い相手に攻撃を当てられないと、冷たい視線を向けられることになる。

 鷹師や罠師といった種族の人達のことです。彼らはハンターになってからが本番なのです!

 

 さて、入り口に向かっているとゴブリンが2匹いた。

 向こうもこっちに気付いたようで襲ってきたのだ。

 2匹なら問題なく避けることができる。

 攻撃を避けることができれば、絶対にHPが減ることはないのだ。

 攻撃が当たってしまった場合の、加護の回避は最大でも95%。

 5%の確率でどんなにFleeが高くても攻撃を受けてしまうのだから。

 避けれる攻撃は避けるに越したことはない。

 

 アイリスさんの攻撃で2匹のゴブリンはすぐに倒れた。

 が、ここで事件が起きた。

 

「お~!」「お~!」「おお~!」

 

 レアドロップです。

 しかも2匹同時に。

 

 

 ゴブリン族の仮面

 

 

 ゴブリンは顔に仮面をつけている。

 倒したら光の粒子となって消えてしまうので、仮面を脱いだ素顔を見ることできない。

 そういう意味では、もはやこの仮面が素顔と言える。

 なかなか面白い顔の仮面である。

 ゲームでもネタ的に装備している人とかいたな。

 

「う~ん、可愛いとはいえないけど、絶対に無しではないわね」

 

 アイリスさんが自分の世界に入っている。

 確かに純粋に可愛いとは言い難いが、どこか憎めない顔だ。

 

「ふむ、ちょっとつけてみるか!」

 

 マルダックさんがゴブリン族の仮面を1つ取ると、装備してみる。

 褐色肌の筋肉ムキムキゴブリンの出来上がりだ。

 

「私もつけてみようっと!」

 

 アイリスさんもゴブリン族の仮面を装備してみる。

 ラグナロクオンラインの装備で「頭」の部分は実際には3つに分かれている。

 上段、中段、下段と。

 

 アイリスさんが装備していた「大きなリボン」は上段の頭装備である。

 なので中段と下段は空いている状態だ。

 そしてゴブリン族の仮面は「中下段」の頭装備となっている。

 頭装備の中には「上中段」(ゴーグル)、「中下段」(ゴブリン族の仮面)、「上下段」(スフィンクス帽)、「上中下段」(ムナック帽)といった、2ヶ所以上で装備するものがある。

 

 いまアイリスさんは「大きなリボン」を装備しながら「ゴブリン族の仮面」を装備している。

 場所が被っていないので、同時に装備することができるのだ。

 小さな女の子が可愛い大きなリボンをしながら、ゴブリン族の仮面をつけている。

 ……これはちょっと怖い。

 

「どう? 似合ってる?」

 

 くるりと振り向いて僕に聞いてくる。

 

「そ、そうですね……な、なんていうか……その……」

 

 可愛くないですね、とは言えない。言うと怒る、絶対怒る。

 こんな時はなんて答えるのが無難なんだろうか。

 ゴブリン族の仮面もいいけど、やっぱりアイリスさんは素顔が一番可愛いですよ! こんな感じはどうだろうか。

 うん、悪くない。素顔を褒められて怒る女性はいないはずだ。

 

「ご、ごほん。えっとですね、ゴブリン族の仮面もその似合ってますけど、やっぱりアイリスさんは素顔が一番可愛いかな~と思います」

 

 僕の言葉に固まるアイリスさん。

 あれ? え? ダメだった? 違った? 不正解だったのか!?

 

 助けを求めようとマルダックさんを見ると、同じく固まっている。

 え? どうして? 僕の言葉ってそんなにおかしかった? ええ!?

 

「……」「……」「……」

 

 冷や汗を流しながら固まっている僕の耳に、次の瞬間、信じられない声が聞こえた。

 

「キーー!」

 

 マルダックさんがいきなり叫んだのだ!

 キーーってなんだ?

 

「キーー!!」

 

 すると、アイリスさんも応えるように叫んだ!

 え? なになに? ゴブリンごっこしてるの?

 

 ゴブリンの叫び声を真似るように吠える2人。

 いったいどうしたんだ?

 

「グオオオオオ!」

 

 僕の背後から突然の咆哮。

 それはアイリスさんとマルダックさんの叫びに応える雄叫び。

 振り向くとそこには……奴がいた。

 

 それは、間近で見ると3mはあるんじゃないかと思ってしまう巨体に、2mを越えるであろう大きな槍を両手で握りしめて、表情を伺うことのできない仮面をつけて僕を見下ろしているゴブリンリーダーだった。

 

 問答無用で両手で持つ槍を振り回してきた。

 僕は“本気”の速度で何とかそれを避ける。

 槍が振り抜かれる時に、空気を切り裂くようなものすごい音がした。

 あれはやばい、危険です。

 間違いなく1発もらったらHP0になります。

 

 一瞬で距離を取られたことに驚いているのか、ゴブリンリーダーは動きを止めて僕を睨んでいる。

 仮面つけているから、本当に睨んでいるかどうか分からないんだけどね。

 とりあえずこの場は逃げよう。

 入口までもうすぐだ。ワープポイントに入ってしまえば追ってこれない。

 

「アイリスさん! マルダックさん! ワープポイントまで逃げましょう!」

 

 僕はすぐに駆け出した。

 でもすぐに止まることになった。

 なぜなら、2人が動いてくれない。

 目の前に恐ろしいゴブリンリーダーがいるのに、一向に動こうとしない。

 

「キーー!」「キーー!」

 

 またあの叫び声。

 どうなってるんだ?

 

 ゴブリンリーダーも2人を攻撃する素振りがない。

 それどころか、なんかマルダックさんの頭を撫でているんですけど!

 3m近いゴブリンが、2m近いマルダックゴブリンを撫でている。

 なんか怖い。

 

 ゴブリンリーダーは小さなアイリスゴブリンを撫でようとした。

 

「キーー!」

 

 が、しかし、バチンとその手を弾かれていた。

 微妙な雰囲気が2人の間に漂うが、アイリスゴブリンは意に介さない。

 ゴブリンリーダーがちょっとだけ悲しそうだ。

 

「グオオオオオオ!」

 

 八つ当たりのように、僕を指さすゴブリンリーダー。

 その号令に従って、マルダックゴブリンと、アイリスゴブリンが僕に向かってくる!

 

 完全にゴブリンリーダーの支配下じゃん!

 え? なに? ゴブリン族の仮面を装備している時にゴブリンリーダーが近くにいると、ゴブリンになってしまうのか!?

 アイリスさんの弓から容赦ない攻撃の矢が飛んでくる!

 

「うおっ!」

 

 本気だ。本気で当てにきているぞ。

 マルダックさんも斧を振り回してくる。

 まったくなんて状態だよ!

 

 2人の攻撃を避け続けながら、どうしたものかと考える。

 ゴブリンリーダーの支配下にいる2人が、いまどんな状態なのか分からないが、攻撃を避けるためにちょっと本気を出している。

 ゴブリンになっている間の2人の記憶がなければいいのだけど。

 ゴブリンリーダーは2人が攻撃するのを満足そうに見ながら動かない。

 こいつが攻撃に参加しないのはありがたいな。

 

 マルダックさんの攻撃は当たっても多分問題ないと思う。

 加護の回避で95%は回避できるはずだ。

 問題はアイリスさんだ。

 

「キキー!!」

 

 DSまで撃ってきた!

 器用の加護が高いアイリスさんの攻撃は当たると回避できない可能性が高い。

 そしてDSなんてもらってしまったら、一撃HP0になりかねない。

 

 幸いにも他にゴブリンがいないため、リンク数が増えることはない。

 綺麗に掃除しておいて良かった。

 

 2人の攻撃を避け続けても事態は変わらない。

 問題はあのゴブリン族の仮面だ。

 あれを外すことが出来れば、2人は元に戻るだろう。

 加護の装備品の中で、頭装備、武器、盾は実際に具現化する。

 新人大会の決勝で、ティアさんが観客席までふっ飛ばしたシールドは、カリス君が手から離していたからだ。

 あの一瞬で装備ウィンドウから外したわけじゃない。外したらそもそもシールドは消えるし。

 つまり、具現化する頭装備、武器、盾は実体として触れることができるわけだ。

 

 なら、ゴブリン族の仮面を顔から外すことだって出来る。

 装備ウィンドウから外れるわけじゃないけど、仮面を顔から外せばゴブリンリーダーの支配が及ばなくなる可能性もある!

 

「キキー!」「キー!」

 

 なんてことを考えていたけど、だんだん面倒になってきた。

 仮面だけ外すなんて難易度高いことしないで、2人を倒してしまえばいいじゃん。

 ここで倒してもセーブポイントに戻るだけだし。

 あれ? 戻るよね? 自分でセーブポイントに戻るって念じないといけないのか。

 ま~戻らなかったとしても、地面に伏した2人から仮面取る方が簡単だし。

 マルダックさんの動きを見る限り俊敏の加護がそれほど高いとは思えない。

 アイリスさんは言うまでもなく。

 2人に僕の攻撃は届くだろう。倒してしまった方が早い。

 その後に、僕はワープポイントに逃げるか、蝶の羽で戻ればいいじゃないか。

 うん、そうしよう。

 それがいい。

 

 右手の短剣を握りしめると、僕も戦闘態勢に入る。

 マルダックさんの斧を避けると、短剣で斬りつけた。

 うん、届いている。いけるぞ!

 それなりの“本気”の速度で短剣を斬りつけていく。

 マルダックさんをすぐに倒してアイリスさんに……。

 

 あっ!

 

 マルダックさんのHPが一定量減った時だ。

 全身を包む様な淡い光りと共にマルダックさんのHPが回復していく。

 PTを組んでいるメンバーのHPは、頭の上にバーが表示されて見えるのだ。

 くそ~~! 回復ポーションか!

 ゴブリン化しているからモンスター扱いしていて忘れてしまっていた!

 あ~どうしよう、マルダックさんの回復ポーションを全部使い切らせるか?

 でもマーチャントだし「所持限界量増加」のスキルを得ていたら、かなりの量のポーションを持っているかもしれない。

 ゴブリンから戻った時に、持っていた回復ポーションが全部無くなっていたら悲しむかな……。

 

 これは困ったぞ、さてどうしたものか……。

 と再び思考を巡らせていると、あいつの咆哮が響いた。

 

 

「グオオオオオオオオオオ!」

 

 

 ゴブリンリーダーも向かってくるのか!? と思って視線を向けた時、僕はマルダックさんの斧を避けるのも忘れて一瞬棒立ちになってしまった。

 

 

 どうして? なぜ? いまこいつらがここに……。

 

 

 ゴブリンリーダーの後ろに突然現れていた。

 身体からは半透明な煙が立ち昇り、仮面をつけているゴブリンの方がまだ表情があると思えるほどの無表情でそいつらは立っていた。

 

 

 ボット帝国の戦士達が。

 

 

 まずい、これはまずい。

 全部で6人いる! しかも……しかも! 一番後ろにいるやつの衣装は……。

 

 ナイトだ!

 

 2次天職のボット帝国の戦士がいる。

 それはつまり……。

 

 僕は自分のステータス画面を見た。

 それはあの新人研修の日に見た色と同じ色。

 

 

 真っ赤な血の色で表示される僕の名前だった。

 

 いまここはオーディンの神力範囲外と化した。

 




ちょっと時間が取れたので連日更新となりました。

本来の更新速度は変わりません。

早いと3日。
遅いと1週間から10日ほどです。


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第19話 白い世界

 オーディンの神力範囲外と化したゴブリン村。

 僕の目の前にはゴブリン化しているマルダックさん、その後ろには同じくゴブリン化しているアイリスさん。

 アイリスさんの後方10m付近にゴブリンリーダー。

 そしてゴブリンリーダーの後ろにはボット帝国の戦士達が6人。

 ソードマン2人、シーフ1人、アーチャー1人、アコライト1人、ナイト1人。

 

 ゴブリンリーダーは僕に背を向けて、ボット帝国の戦士達を見ている。

 この状況でゴブリンリーダーがボット帝国の戦士6人を全員倒してくれるのが一番ありがたい。

 ナイトが倒れたら、神力範囲外が解かれるはずだ。

 

 ただナイトの強さがゴブリンリーダーを上回っている可能性もある。

 もたもたしていられない。

 アイリスさんと、マルダックさんを早くゴブリン化から解いて、蝶の羽で逃げないと。

 

「キーー!」

 

 僕の苦悩を知らないマルダックさんが斧を振り回してくる。

 それを合図に向こうでもゴブリンリーダーとボット帝国の戦士達が戦い始める。

 

 僕は入り口のワープポイントに向かって、アイリスさんとマルダックさんが追ってこれる速度で走り出した。

 ゴブリンリーダーが戦っている間に、一定距離離れることが出来れば2人の意識がゴブリン化から解かれると考えたのだ。

 アイリスさんがゴブリン族の仮面をつけた時、最初は似合ってる? と普通に聞いてきた。

 その時点では、アイリスさんの意識はゴブリン化していなかった。

 ゴブリン族の仮面をつけて少し経つとゴブリン化するのか、それともゴブリンリーダーが近くにいるとゴブリン化するのか分からないが、距離が離れればゴブリン化が解かれる可能性を信じて駆け出したのだ。

 

 それにナイトが使っているスキルの神力範囲外も解かれるはずだ。

 ボット帝国の2次天職戦士達が、一定範囲を神力範囲外に変えるスキルを持っている。

 運び屋の仕事の最中に今までも何度かボット帝国とは遭遇しているし、その中には2次天職のやつらもいて神力範囲外のスキルを使われたこともある。

 もちろんハエの羽や蝶の羽で即逃げしたけどね。

 神力範囲外のスキルの効果範囲がどれくらいなのか不明だけど、かなり距離を取れば無くなるはずだ。

 

 ワープポイントに向かって走り出したけど、アイリスさんの移動速度が遅い。

 もともと遅いのに、射程に入ると弓を撃ってくるのでさらに遅い。

 後もう少しでワープポイントが見えてくるはずだ。

 最悪、アイリスさんは捕まえてワープポイントに投げ入れるか。

 マルダックさんを僕が投げられるとは思えないけど、アイリスさんなら投げられるだろう。

 

 しかし、かなり距離を取ったはずなのにゴブリン化も、神力範囲外も解かれない。

 ふと見ると、その理由がすぐに分かった。

 アイリスさんの矢を避けることに集中しながら逃げていて気付けていなかったのか。

 アイリスさんの後ろから、ゴブリンリーダーとボット帝国の戦士達が追ってきていたのだ。

 ナイトがどうも僕達を追っているようだ。

 ゴブリンリーダーがナイトに攻撃しているので、向こうも交戦状態でスピードは遅いものの、こっちに向かってきている。

 最初の地点で止まって交戦していればよかったのだが、ボット帝国のターゲットは僕達らしい。

 

「キーー!」

 

 アイリスさんのDSが飛んでくる。

 それを避けると“本気”の速度でアイリスさんに向かっていく。

 一瞬で間合いを詰めた僕は、ゴブリン化しているアイリスさんを抱きかかえた。

 

「キーー! キキー!!」

 

 僕の腕の中でジタバタ暴れるアイリスさん。

 サブ武器で持っていたのか、いつの間にか短剣を手に持ち僕のことをグサグサと刺している。

 僕のHPもザクザク減っている。回復ポーションで回復しているけど。

 

 マルダックさんの斧をかわして、入り口のワープポイントに向かって走る!

 もうこのままアイリスさんをワープポイントに投げてしまおう!

 そしてマルダックさんを蹴飛ばしてでもワープポイントに入れよう。

 ボット帝国はワープポイントを越えて襲ってくるかもしれないけど、ゴブリンリーダーはワープポイントを越えることはない。

 ゴブリン化は解かれるはずだ。

 そしたら、すぐに蝶の羽で脱出を!

 

 

 ビュ~~~ン!!!!!

 

 

 ゲームで聞きなれた音。

 それはボット達が飛び回る音でもある。

 しかしこれはあり得ない。

 どうして6人同時に現れる?

 

 あともう少しでワープポイントだというところで、僕達の前方にゴブリンリーダーと交戦していたはずのボット帝国の戦士6人が同時にワープしてきたのだ。

 ハエの羽でたまたまそこに出たとしても、6人同時っておかしいだろ!

 PT全員が同時に同じ場所にワープ出来るアイテムなんてないはずだ!

 

 前にボット帝国、後ろにゴブリンリーダー。

 ゴブリンリーダーは突然消えたボット帝国を探しているようだ。

 すぐにこっちに向かってくるだろう。

 

 無理だ。

 ゴブリン化している2人と一緒にこの状況を逃れるのは無理だ。

 2人を置いていく?

 それなら僕だけ助かることは可能かもしれない。

 2人を囮に使えばなおさら。

 

 ボット帝国の戦士達が構える。

 前衛のソードマン2人が向かってきた。

 僕は抱きかかえていたアイリスさんを離す。

 そして全速力で駆け出した。

 

 

 ボット帝国の戦士達に向かって。

 

 

 ソードマンの片方に向かって短剣で斬りかかる。

 盾で防ごうとする動きはスローモーションのように見え、低い姿勢から突き上げるように斬っていった。

 隣りからもう1人のソードマンが斬りかかってくる。

 遅い。

 その斬撃をかわしながら、ソードマン2人の間を通り抜けていく。

 

 シーフはマルダックさんに向かっている。

 アーチャーもマルダックさんを狙っているようだ。

 

 僕の狙いはアコライトだ!

 まずは回復を叩く。

 姿だけは可愛らしい無表情のアコライトに斬りかかる!

 

 が、僕の短剣は届かない。

 ナイトが両手剣で僕の攻撃を弾いてきた。

 さすがに簡単には倒させてもらえないか。

 

 それでも加速された動きの中で、ナイトの横っ腹に蹴りを入れてふっ飛ばす。

 チェインを打ち下ろしてくるアコライトの攻撃を避けることもせず、そのまま短剣で斬りかかる。

 加護の回避頼みで斬り合えば僕の勝ちだろうけど、すぐにソードマン2人が僕を囲んでしまう。

 複数の敵に囲まれると、途端に加護の回避率が下がってしまうのだ。

 これはゲームと同じ仕様だ。

 

 でもゲームとは違うことがある。

 それは、そもそも攻撃を受けなければ問題ないってことだ!

 ソードマン2人とアコライトの攻撃を避けながら、アコライトを斬り続ける。

 

 キュイン!

 

 横から聞き覚えのある音がした。

 ナイトの鎧の色が黄色に変化している。

 ツーハンドクイッケンか!?

 

 攻撃速度を増したナイトが僕に斬りかかってくる。

 連携もよく取れていて、ソードマンの1人が邪魔にならないように引いた。

 それなりの速さだ!

 

 避けれないこともないけど、4方を囲まれた中ではいずれ捕まる。

 攻撃を受けてしまっては加護の回避は期待できないだろう。

 

「グオオオオオオオオ!」

 

 聞きたくない叫び声が響く!

 ゴブリンリーダーがマルダックさんを襲っていたシーフに槍を突き刺していた。

 シーフは光りの粒子となって消えていった。

 そしてそのまま弓で攻撃していたアーチャーに向かっていく。

 

 状況はさらに煩雑でゴチャゴチャしてきた。

 それでもまずはアコライトを倒す!

 

 僕の思惑通り、アコライトがついに光りの粒子となって消えた。

 よし! これで回復職がいなくなった。

 

 僕は一旦距離を取って振り向き構える。

 遠くに、ゴブリンリーダーとマルダックさんがアーチャーを攻撃しているのが見える。

 次はソードマンを1人倒して……。

 

 ドォォン!

 

 真横から何かが飛んでいた。

 それが矢であることはすぐに分かった。

 ボット帝国に囲まれていた僕をずっと狙っていたのか。

 

 顔を向ければ僕に向かってDSを放ったアイリスさんが、次の矢を放とうとしている。

 今のDS一撃で僕のHPは0だ。

 次の矢を受ければ即死だろう。

 

 ヒュン! と避けた矢の音が通り過ぎていく。

 心臓がバクバクする。

 ソードマン2人が斬りかかってきた。

 さっきまで何ともなく避けられたのに、高まる心臓の鼓動が僕の動きを邪魔する。

 

 ソードマン2人とナイトに追われながら、アイリスさんの矢を避け続ける。

 反撃は出来ず、徐々に後退していく。

 

 視界が少しずつ白くなっていく。

 何も考えられなくなっていく。

 完全に避けきれず、かすった箇所から血が流れている。

 真っ赤な血も、白くボヤがかかったように見える。

 

 どこに向かって逃げていたのかも分からず、気付けばワープポイントから遠ざかっていた。

 死ぬ?

 ここで死ぬのか?

 

 逃げてしまえばいい。

 アイリスさんとマルダックさんを置いて逃げてしまえばいい。

 それはさっき考えた。

 でも、僕にそれは出来なかった。

 僕の本気の速度ならどうにかなる、そんな甘い考えでボット帝国に向かっていった。

 

「――――」

 

 誰かの声が聞こえた気がした。

 次の瞬間、視界が雪景色に染まっていく。

 真っ白だ。

 綺麗だな、なんて考えてしまう。

 氷の結晶が舞い散り、白い世界に包まれる。

 脚を止め、膝をつき、その光景に見惚れてしまう。

 

 数秒の後、白い世界は晴れていった。

 そこには氷漬けになったナイトの姿だけがあった。

 ソードマン2人の姿はない。

 

 呆気にとられて呆然とする僕に誰かが抱きついて倒される。

 僕とその人の頭上を矢が通り過ぎた。

 見るとアイリスさんはあいかわらず弓を構えている。

 

 僕に抱きついてきた真紅の髪の女性は、すぐに詠唱を開始した。

 良い匂いだ。

 こんなに近くでこの匂いを嗅ぐのは、これで2度目になるな。

 

「フロストダイバー!」

 

 放たれた冷気が、アイリスさんを一瞬で凍結させる。

 同時にナイトの氷は割れて、こっちに襲いかかってくる。

 

「ファイアーウォール!」

 

 炎の壁がナイトの突進を邪魔する。

 その一瞬の隙に再び冷気の塊を放つ。

 

「フロストダイバー!」

 

 フロストダイバーのレベルはかなり高いのだろう。

 アイリスさんはまだ凍結したままだ。

 真紅の髪の女性は凍結したナイトに向かって詠唱した。

 

「ユピテルサンダー!」

 

 フロストダイバーからのユピテルサンダー。

 ゲームでもおなじみのコンボだな。

 

 ナイトに放たれたユピテルサンダーもかなり高レベルに思える。

 かなりの後方までノックバックしていったナイトは、その場で光の粒子となって消えていった。

 

 続いてアイリスさんに杖を向ける。

 そこで僕が叫んだ。

 

「プーさん待って! その人は違うんです!」

 

 

 凍結が解けたアイリスさんをもう1度凍結してもらい、その間にアイリスさんのゴブリン族の仮面を剥がしてみた。

 すると意識を失ったように倒れるアイリスさん。

 これでゴブリンリーダーの支配下から外れたのかな?

 

「プーさんありがとうございます」

 

「いいのよ~。グラちゃんのピンチを助けられて良かったわ。

 それにしても前回もだけど、グラちゃんってばピンチの度合いがすごいよね。

 プーちゃんもビックリだよ!

 たまたまゴブリン村に来てみたら、ゴブリンとボット帝国に追われているのがグラちゃんなんてね~。

 しかも……すんごい動きだったし」

 

 嬉しそうな笑顔で話すプーさん。

 僕の本気の動きを見られてしまったか。

 

 仕方ない。

 それにプーさんだ。

 2度も命を助けてもらった大恩人である。

 僕の動きだけではなく、ドロップ率のこともプーさんになら話してもいい。

 それを使って少しでも恩を返せるなら。

 

「僕の本気の動きは誰にも見せたことありません。

 プーさんがみんなに話したいなら話してもらってもいいです」

 

「まさか~。

 こう見えて口は堅い方なのよ」

 

 唇に人差し指を当てて自らの口の堅さをアピールするプーさんが可愛らしい。

 美人で巨乳で強くて優しくて可愛いお姉さん。

 素敵過ぎる。

 

「それで~あっちにマルちゃんがいるんだね?」

 

「はい。ボット帝国のアーチャーを、ゴブリンリーダーと一緒に攻撃していたので、アーチャーは既に倒されていると思います。

 なので、後はマルダックさんだけ救出できれば。

 プーさんがナイトを倒してくれたので、神力範囲に戻っているから少々強引でも」

 

「でもグラちゃんはダメだよ。

 HP0の状態なんだか……あれ? あれれ? なんでグラちゃん立っていられるの?」

 

「え? ……あっ! ほんとだ!」

 

 自分でも今さら気付いた。

 神力範囲内でHPが0になると、強制的に身体が地面に伏す形となるはずだ。

 なのに僕は普通に立っている。

 なぜ?

 

 運び屋の仕事をしながらのモンスター狩りでHPが0になったことはある。

 その時はちゃんと強制的に身体が地面に伏した。

 でも今は違う。

 ナイトの神力範囲外のスキルでHP0の状態でも動いていたからか?

 

「そうかもしれないね~。

 ユグドラシルの葉は持っていないから、グラちゃんのHPを復活させることは出来ないし」

 

「そうなんですよね」

 

 ゲームと違ってユグドラシルの葉は貴重品だ。

 僕も持っていない。

 

 アイリスさんを僕が抱きかかえながら、マルダックさんがいるはずの方向へ歩いていく。

 気付かれないように慎重に。

 

 やがて見えてきたのは、ゴブリンリーダーの隣にぴったりとくっついているマルダックゴブリンさん。

 まさに部下! って感じだ。

 

「うわ~。マルちゃん似合い過ぎだよ。あれ完全にゴブリンリーダーの部下じゃん。

 なんかあのままゴブリンとして一生を過ごすマルちゃんも見てみたいような」

 

「だ、だめですよ!

 マルダックさんにはブラックスミスになって僕の武器を作ってもらわないと」

 

「冗談だよ~。

 問題はゴブリンリーダーだね。

 マルちゃんとゴブリンリーダーを引き離して、マルちゃんを凍結させてから仮面を剥がすのがいいかな」

 

「はい。僕がゴブリンリーダーを引っ張っていきましょうか?

 逃げるだけなら問題ないですよ」

 

「う~~ん、HP0のグラちゃんにその役をやってもらうのは怖いな~」

 

 プーさんはしばらく考え込むと、うん! と頷いて、

 

「グラちゃんの秘密を見させてもらったんだから、私の秘密も見せてあげる!」

 

 セクシーに片目をパチっとウィンクして言うプーさん。

 プーさんの秘密?

 

「原初神ユミルの書より授かりし叡智よ! 我が過去の力を糧に未来の力を求めん!」

 

 聞いたこともない詠唱を唱えたプーさん。

 するとウィザードの衣装が光に包まれ、その姿を変えていく。

 ゲームで見慣れたマントは、毛皮のマントのようなものになり、

 マジシャンから露出の減ってしまったウィザードの服も、よりセクシーで高位の魔法使いを連想させるような服に変わる。

 

 なんだ、これはいったいなんだ!?

 

「むふ。

 私のことも内緒にしてね」

 

 そういってプーさんは僕の唇に人差し指を当てた。

 



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第20話 高級宿屋

「グオオオオオオオオオオ!」

 

 断末魔と共に崩れ落ちていくゴブリンリーダー。

 最後は光りの粒子となって消えていった。

 

 僕と同じく秘密を持っていたプーさんの“本気”によって、ゴブリンリーダーはあっけなく倒された。

 クァグマイアで移動速度を鈍らせて、マルダックゴブリンをフロストダイバーで凍結。

 そのままゴブリンリーダーをプーさんが引っ張っていき、その間に僕がマルダックさんのゴブリン族の仮面を剥がす。

 マルダックさんを引きずるように安全な場所まで引っ張っていく僕の目に、高速詠唱で様々な魔法を唱え、しかも僕のゲーム知識の中に無い魔法まで唱えているプーさんの姿が映った。

 最後、自分にセイフティウォールを唱えると、「グラビなんちゃら」という知らない魔法を唱えていた。

 その魔法によってゴブリンリーダーは断末魔と共に消えていったのだ。

 

 アイリスさんとマルダックさんをワープポイントに入れて、安全な隣のマップに移動した。

 2人はまだ目覚めていない。

 

「さてと~、私は2人が目覚める前に戻るわね~」

 

 プーさんの姿は普通のウィザードの姿に戻っている。

 

「グラちゃん、今夜時間ある?」

 

「はい、あります」

 

「それじゃ~フレンド登録して、後で手紙送るね」

 

 プーさんとフレンド登録すると、妖艶な笑顔を残してプーさんは去っていった。

 お互い秘密を共有した仲になったわけだけど、僕の秘密は全部知られたわけではない。

 あくまでも本気の動きを見られただけだ。

 もちろんノービスである僕があんな動きを出来るなんて異常なわけで、その理由は何かという答えを夜に聞かれることになるのだろう。

 ドロップ率や、僕がオーディンによって異世界から連れてこられたことに関しては、何も気づかれていないのだ。

 

 いや、プーさんも同じか。

 僕が知ったプーさんの秘密は「普通のウィザードではない」ということだけ。

 今夜、僕がプーさんに質問できるのは、あれはいったい何なのかという漠然とした質問だ。

 プーさんも他に秘密を持っているかもしれない。

 そもそもプーさんは何者なのか。

 史上最速でウィザードの天職を得た天才魔術師。

 その正体は……。

 

 しばらくすると、アイリスさんとマルダックさんが目覚めた。

 事態を把握できない2人。どうやらゴブリン化していた間の記憶はないようだ。

 それでも僕のHPバーが0で、身体のあちこちが傷だらけになっていることに気付くと、アイリスさんは慌てふためき、マルダックさんから一体どんな無茶をしたんだ! と怒鳴られた。

 

 ゴブリンリーダーの特殊スキルなのか、ゴブリン族の仮面をつけた2人がゴブリン化してしまった。

 2人を誘導してワープポイントに逃げようとしたところで、ボット帝国の戦士達が現れた。

 通りすがりのウィズさんが助けてくれた。その人は名乗らず去ってしまった。

 僕はボット帝国の戦士の攻撃でHP0になってしまったけど、なぜか動くことが出来た。

 傷は大したことないので大丈夫。

 

 アイリスさんのDSでHP0になったことは伏せた。

 自分のDSで僕のHPを0にしたことを知れば、僕への罪悪感から傷ついてしまうだろうから。

 でも後からどこかで本当のことを知ったら、その方がもっと傷つくかな?

 プーさんが言わない限り、ばれることはないだろうから大丈夫だろう。

 

 プーさんのことも伏せた。

 今夜の話し合いをする前に、プーさんの存在を言うことは出来ない。

 

 狩りは終わりにして蝶の羽で戻った。

 ドロップ品はマルダックさんに全部預けて、後で清算することにした。

 僕の鉄はあげますよ、と伝えると迷惑かけたのに受け取れないと拒否されてしまった。

 

 僕は事の顛末を報告するために冒険者ギルドに向かった。

 ついでにプリーストの人がいればリザレクションかけてもらおう。

 

 

「お~生きて帰ってきたんだ!」

 

 エーラさんが芝居掛かった驚きをみせる。

 冗談のつもりなんだろうけど、本当に命懸けだったんだよね。

 

「ゴブリン討伐の報告と、あとボット帝国と遭遇したのでそのことを報告したいのですが」

 

「え!?」

 

 一瞬で真剣な表情に変わったエーラさんにゴブリン村での事を報告した。

 報告を聞くエーラさんはさっきの言葉のことを思ってか、ちょっと申し訳ない表情だった。

 報告が終わると、ギルドにいたプリーストさんにリザレクションをかけてもらい、冒険者ギルドを出ていった。

 翌日、ギルドの掲示板には「ゴブリン村でゴブリン族の仮面装備禁止」という張り紙が出されたとか。

 

 狩りから戻った後、アイリスさんの元気がない。

 ゴブリンに操られてしまったことに落ち込んでいる。

 何度も、自分の矢が僕に当たっていないか聞いてきたけど、なんとか避けることが出来ましたよ、とだけ言っておいた。

 そして冒険者ギルドへの報告が終わった後も、僕から離れようとしないので困っている。

 夜にはプーさんと会う約束があるので、アイリスさんがお詫びに今夜奢るとか言う前に、傷を癒すために今日は戻って寝ますねと告げて、運び屋の前で別れた。

 別れ際に目を潤ませながらアイリスさんが謝ってきたので、頭をポンポンと撫でてあげたら、子供扱いしないでよね! と嬉しそうに笑ってくれた。

 

 運び屋に入ると、フェイさんにも心配された。

 夜まで倉庫で寝ようかと思ったけど、さすがに傷ついた身体を倉庫で休ますのもどうかと思い、今日ぐらいはちゃんとした宿屋で寝ようかと考えたいた時だ。

 プーさんから手紙がきた。

 夜に会う場所として指定されていたのは、1階が食堂になっている宿屋だった。

 どうせならこの宿屋に泊って休もうと考え、フェイさんにその旨を伝えると運び屋を出ていった。

 

 プーさんに指定された食堂付き宿屋は、フェイさんの運び屋から歩いて15分ほどの場所にあった。

 その外観を見てちょっと焦った。

 めっちゃ高級宿屋じゃないですか! 佇まいからして高級感がこれでもかと漂っている。

 別の宿屋を探そうかと思ったけど、とりあえず聞いてみるだけ聞いてみようと受付の人に1泊で空いている部屋の中で一番安い部屋をと聞くと、それなりの値段で泊まれる部屋もあった。

 今日は頑張ったし、自分へのご褒美と思ってその部屋を取って中に入ると、シングルのベッドに簡素なテーブルと椅子だけの部屋だった。

 しかし! なんとシャワーがついていたのだ!

 清掃スキルのおかげでお風呂に入らなくても身体は清潔だ。

 でもたまにはお風呂に入りたい。

 公衆浴場にたまに行っているんだけど、まさか部屋にシャワーがついていたとは。

 ちなみに日本にあるようなシャワーではなく、水と温水が出る魔道具の玉が壁についているだけである。

 

 さっそくシャワーで身体を清めてさっぱりすると、ベッドにごろんと寝転がった。

 プーさんとの約束の時間まであと1時間ある。

 ちょっと疲れたし、このままベッドの中で休もうと……ちょっとだけ、そうちょっとだけ休もう……。

 

 

♦♦♦

 

 

 意識が戻る。

 何か夢を見ていたような気がするけど、どんな夢だったか思い出せない。

 窓を見るとすっかり夜になっていた。

 あれ? いま何時だ?

 

「あっ!」

 

 プーさんとの約束の時間を思い出してベッドから起き上がる。

 

「えっ!?」

 

 続いて出た情けない声は、僕のベッドの中に僕以外の誰かがいたからだ。

 その人は真紅の髪をしていた。

 プーさんだ。

 

「ふにゃ~……ん……あ、おはようグラちゃん」

 

「お、おはようございます。ど、どうしてプーさんが?」

 

「ふにゃ~……あ~宿の人に聞いたんだ。

 プーちゃんもこの宿に泊まっていて、食堂に降りた時にもう1人グライアって人が来るからって言ったら、その人ならうちの宿にお泊りですよってね~。

 約束の時間になってもグラちゃん来ないし、部屋ノックしても返事ないし、ドア開けてみたら開いちゃうし。

 可愛い寝顔のグラちゃん見てたら、なんだかプーちゃんも眠たくなってきちゃって、ベッドに潜りこんだわけなのよ~」

 

「そ、そうでしたか」

 

 可愛い欠伸をしながらプーさんが淡々と告げてくる。

 いやいや、そんな眠たくなったら自分の部屋で寝ればいいじゃん。

 っていうか僕のこと起こして下さいよ。

 

「グラちゃんって抱き心地いいんだね~。

 今日からプーちゃんの抱き枕として一緒に寝ない?」

 

「え!? そ、それは素敵な提案ですね~」

 

 冗談と思い軽く返すと、

 

「このベッドだとちょっと狭いからプーちゃんの部屋で寝ようか?

 あ、でもこの狭いベッドで抱き合いながら寝るのも、それはそれでありよね」

 

「え!? じょ、冗談ですよね!?」

 

 慌てる僕に妖艶な笑みで「むふふ」なんて言ってくるプーさん。

 い、いかん。興奮してしまう。

 

「お腹も空いてきたし、食堂に行ってご飯食べようよ。

 お話は、ご飯の後にプーちゃんの部屋でね」

 

 また僕の唇に人差し指を当てる。

 ベッドから起き上がり1階の食堂で一緒にご飯を食べた。

 

 食堂でご飯を食べている間は、他愛もない話ばかりした。

 運び屋の仕事のことや、アイリスさんとの出会い、そして新人大会のこと。

 ティアさんの変貌っぷりを聞いて面白そうにプーさんは笑っていた。

 

「グラちゃんも罪な男だね~」

 

 僕の頬を指で突きながら楽しそうに話を聞いていた。

 

 ご飯を食べ終えると、プーさんの部屋に行くことになった。

 女性の部屋に入るのは緊張するけど、話す内容は誰かに聞かれてはいけないので、壁の薄そうな僕の部屋よりプーさんの部屋がいいだろう。

 

 プーさんの部屋は最上階のスイートルームみたいな部屋だった。

 広い。めっちゃ広いんですけど!

 あ、あれ!? お風呂ある! 部屋にお風呂ついてるよ!

 

 これ一泊いくらですか? と聞いたところ、とても僕には手が出る値段ではなかった。

 プーさんはお金持ちなのか?

 

 僕をふかふかソファーに座らせて、プーさんはグラスにワインを入れる。

 プーさんの髪のような真紅のワインが入ったグラスを持ってくると、なぜか対面ではなく僕の隣に密着するように座ってきた。

 一応二人掛けソファーみたいだけど、そんなにくっつくといろいろ危険なんですけど!

 

 改めて乾杯してワインを飲む。

 実はワインなんて飲んだことなかった。場の雰囲気で飲んでみたけど、思いのほか飲みやすく美味しかった。

 ワインを飲みながら食堂の話の続きのような他愛も無い話から入る。

 あいかわらず身体は密着してくるし、僕の手とか太ももとかペタペタ触ってくるのでさらに危険なことになっている。

 

「さてと」

 

 プーさんが話題を変えて本題に入った。

 

「グラちゃんのあの動きの秘密を聞いちゃってもいいのかな?

 正直言って、プーちゃんが見てきたどんな人達よりもグラちゃんの動きは凄かったよ。

 グラちゃんはただのノービスじゃない。

 グラちゃんは何者?」

 

 何者と問われるとちょっと困る。

 異世界からやってきました、と言ったところで、誤魔化すための嘘だと思われてしまうかもしれない。

 

「僕はただのノービスですよ。

 ただ、ちょっと人よりも大きな加護を初めから受けているんです」

 

「出身がアルデバランってことは嘘だよね?」

 

「え? ……はい、嘘です。本当の出身がどこかはちょっと言えないです」

 

「ルーンミッドガッツ王国ではあるの? それとも違う国?」

 

 ゲームではルーンミッドガッツ王国以外の国なんてなかった。

 でもこの世界には、ルーンミッドガッツ王国の北に「シュバルツバルド共和国」という国が存在し、さらにその西には「アルナベルツ教国」という国があるらしい。

 この3国の中ではルーンミッドガッツ王国が最も繁栄しているらしい。

 ルーンミッドガッツ王国はシュバルツ共和国とは同盟関係にあったのだが、突然現れたボット帝国によってアルデバランを押さえられてしまい、その北にあるシュバルツ共和国やアルナベルツ教国が現在どのような状況なのか知る術はない。

 

「ルーンミッドガッツ王国でもないです。でもシュバルツバルド共和国でもないですし、アルナベルツ教国でもないです」

 

「知られていない辺境の村ってこと?」

 

「そんなところです」

 

 適当に誤魔化してしまった。

 

「それじゃ~どうして初めから大きな加護を受けているの?」

 

 僕はゆっくりとその神の名を口にした。

 

「それは、オーディン様に会ったことがあるからです」

 

 オーディンの名が出た瞬間、プーさんは今まで見たことのない表情となった。

 それは喜んでいるように見えたけど、悲しんでいるようにも見えた。

 すぐに元のプーさんに戻ってしまったけど。

 

「オーディン様に会ったことがあるなんて~。

 グラちゃんって本当は凄い人だったんだね~」

 

「全然すごくないです。プーさんがいなければ、僕はもう2回も死んでいるんですから」

 

「あはは。確かに~。

 グラちゃんのピンチを2回も救ってしまったプーちゃんは命の恩人だもんね~」

 

「はい。大恩人です」

 

「それではその大恩人プーちゃんからの質問です。

 答えたくない質問は答えなくてもいいからね~。

 1.オーディン様とはどこで会ったのか。

 2.オーディン様から何か指示を受けているのか。

 3.ユミルの書は見たのか。

 4.ゴブリンリーダーを倒した時のプーちゃんの姿を見て何か分かっているのか?」

 

「オーディン様と会ったのは夢の中です。直接会ったわけではなく、精神の世界で会ったというかそんな感じです。

 特に加護を与えて下さることに対して、何かしろとは指示されていません。

 あ~でも会える日を楽しみにしているとか言われたっけな?

 でもどうやったら会えるとか分からないですし。

 ユミルの書というものが何なのか分かりませんが、見たことも当然ありません。

 ウィザードの姿から変わったプーさんを見ても、何か分かっていることなんてありません。ただウィザードとは違う、もっと強くて高位な天職なのかな~と推測しているぐらいです」

 

 僕の答えにしばらく沈黙のプーさん。

 う~~ん、と考え込んで僕の肩に頭を乗せてくると、

 

「じゃ~最後の質問。

 プーちゃんが質問していないことを含めて、秘密にしていることがある?」

 

 頭を肩に乗せて話せば、その囁きの吐息が耳にかかる。

 ぞくっと一瞬震えてしまう。

 僕は一息ついて答えた。

 

「はい。あります」

 

 僕に答えにプーさんは「そっか」と優しく明るい声で応えてくれた。

 



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第21話 幸運な日

 いつの間にか雨が降り始めていた。

 窓に当たる雨の音が部屋に響き始める。

 プーさんが「雨だね~」と呟く。

 

「今度は僕が聞いていいですか?

 プーさんは何者なんですか?」

 

 僕の漠然とした質問に、プーさんはちょっと間を置いて、

 

「もしもプーちゃんが、すっごい悪者だったらどうする?」

 

「え!?」

 

 予想も出来ない返答に驚く。

 プーさんが悪者?

 何か秘密があるとは思っているけど、悪い人だと思ったこともなければ、考えたこともない。

 

 プーさんがいきなり僕の両手を握りしめてきた。

 そしてぐっと身体をさらに密着させてくる。

 胸が! 巨乳の胸が当たっていますよ!

 

「プーちゃんがすっごい悪者でもグラちゃんは味方になってくれる?」

 

 耳元で囁く悪魔の誘惑?

 吐息がかかっているし、顔を少しでも動かせば唇と唇が重なってしまいそうな距離だ。

 石になったように固まってしまう僕。

 

「くすくすっ! あははっ! 冗談だよ~冗談。

 もう~グラちゃんったらそんなに固くなっちゃって。

 ストーンカース唱えてないからね?」

 

 すっと身体を離したプーさんがケラケラと笑っている。

 本当にストーンカースで石になったような気分だ。

 プーさんの大爆笑で石化も解けたけど。

 

「プーちゃんが何者なのか。

 プーちゃんの天職はウィザードではなく、ハイウィザードなんだよね。

 グラちゃんの推測でほとんど当たっているよ。

 ウィザードの上位天職みたいなものだね」

 

「ハイウィザードになる時の詠唱に、「ユミルの書」という言葉がありました。

 ユミルの書とは何ですか?」

 

「う~~ん、上位天職を得るために必要なものだね。

 シュバルツバルト共和国の首都ジュノーにあるの。

 あれの本当の価値を知っている人がどれだけいるのか、それはプーちゃんにも分からないけど」

 

「プーさんはどうやってその本当の価値を知ったんですか?」

 

「……プーちゃんもね、夢の中で会ったことがあるの。

 オーディン様ではない、別の神様だけど」

 

「え!?」

 

 プーさんも転移者!?

 

「プーさん……ニホンって知ってますか?」

 

「ニホン?」

 

「い、いえ、何でもないです」

 

 転移者ではないのか。

 

「ニホンってところが、グラちゃんの本当の出身地なのかな~?

 そこがどんなところか分からないけど、同じく神様と会ったことがあるプーちゃんがもしかしたら同郷かも? って考えたんでしょ」

 

 その通りでございます。

 でも違うのか。

 プーさんの出身はゲフェンって言ってたよな。

 あれ? でもジュノーにあるユミルの書を読んでいるはずだ。

 本当の出身はジュノー?

 

「プーさんの出身はゲフェンではなくジュノーなんですか?」

 

「ジュノーではないわ」

 

 ジュノーではない。でもゲフェンだとも言わなかった。

 つまりゲフェンでもない。

 なら、いったいどこ出身なんだ?

 

 僕がこの世界にきた時、すでにアルデバランは陥落していた。

 僕が転移してくる半年前のことだ。

 アルデバランが陥落した以降は、シュバルツバルド共和国へ行く手段はなくなった。

 必ずアルデバランを通るからだ。

 

 プーさんがジュノーでユミルの書を見たのはいつだ?

 普通に考えたらアルデバランが陥落するよりもっと前だろう。

 その後にゲフェンかプロンテラに来ていたのか?

 

 あまり考えたくないケースが、プーさんがユミルの書を見たのがアルデバラン陥落後の場合だ。

 ボット帝国に支配された後にプーさんがジュノーでユミルの書を見て、そしてアルデバランを越えてプロンテラにいるってことは、プーさんはボット帝国のスパイということになる。

 

 プーさんがノービスの天職を得たのは、あの新人研修の時だったはずだ。

 それ以前はただの人。

 ただの人が、ボット帝国が占領しているアルデバランを越えてプロンテラにやってこれるわけがない。

 いや、でも神に会っているんだ。

 特別な力をもらっていれば可能なのか?

 

 思考がどんどん悪い方向に向かっている。

 プーさんを疑い始めている。

 プーさんがボット帝国のスパイなわけない。

 だってスパイならゴブリン村で僕を助けることなんてしないはずだ。

 あれ? でもボット帝国の戦士達がいる場所にあんなにタイミング良くプーさんが通りかかるなんてあり得るのか?

 だってゴブリン村だぞ? 何かのついでに通る場所ではない。

 ということは、僕を騙すために? やっぱりスパイ?

 

「くすくすっ。悩むグラちゃんも可愛いな~。

 もうちょっと悩むグラちゃんを見ていたい気もするけど、グラちゃんに嫌われたくないし~。

 だから1つだけ真実を教えてあげる」

 

 プーさんは顔を僕の顔の正面に持ってくると、優しい微笑みを浮かべて言った。

 

「プーちゃんはボット帝国のスパイなんかじゃないよ。

 ボット帝国はプーちゃんにとっても敵だよ。

 だから一緒にアルデバランを取り返そうね」

 

 プーさんはそっと僕の唇にキスをした。

 

 

♦♦♦

 

 

 夜の間に雨はすっかり上がったのか、太陽の光りが窓から差し込んでくる。

 僕は隣で寝ているプーさんを起こす。

 

「プーさん。プーさん。朝ですよ」

 

「ふにゃ~~」

 

 目覚めた場所はプーさんの部屋にあるベッドの中だ。

 昨日、僕達は大人の階段を上った……わけではない。

 

 生き地獄というものが本当にあることを僕は昨日知った。

 僕を抱き枕にして寝ると言っていたプーさんは、本当に僕を抱き枕にしたのだ。

 身体に押し付けられるプーさんの巨乳の柔らかさは最高だった。

 

 が、しかし。

 安全の確保のため、僕が少しでも妙な動きを見せたらストーンカースを唱えると言ってきたのだ。

 事実、夜中にちょっとだけプーさんの胸の谷間を覗こうと動いたら、プーさんは寝ながらストーンカースを唱えてきた。

 一晩中、プーさんの身体と巨乳の柔らかさに悶々としながら過ごす羽目になった。

 

 プーさんを起こすと1階の食堂で朝ご飯を食べて、僕はすぐにフェイさんの運び屋に戻った。

 今日は仕事が休みではない。

 昨日の休みの分まで働かないと!

 

 フェイさんは僕の身体の傷を心配してくれたけど、大丈夫ですと言って今日はフェイヨンまで荷物を運んでいった。

 荷物を運び終えて、フェイヨン近くで狩りをしていたら、ウルフカード、プパカード、ウィローカード、エルダーウィローカードと次々にカードがドロップした。

 こんな日もあるもんだな~と思って狩っていたら、プパからスロット4のガードがドロップした。

 

 キターーーーー!!

 

 プロンテラに戻ったらグラリスさんに預けている盗蟲の卵カードを早速刺そう!

 HP+400はノービスの僕にとって大きな効果だ。

 ボット帝国との戦いを考えると、盾にはタラフロッグカードは必須だろう。

 タラフロッグカードは人間型から受けるダメージを30%減にしてくれる。

 それとホルンカードか。

 ホルンカードは遠距離物理攻撃を35%減にしてくれる。

 残りの1枚は何を刺そうかな……。

 

 純粋にモンスター狩りを考えるなら、盗蟲の卵カードの他の3つは、ゲームで3減盾と呼ばれていた、タラフロッグ、ビックフット(昆虫型から受けるダメージ30%減)、オークウォリアー(動物型から受けるダメージ30%減)にしようと考えていた。

 それはそれで目指すとして、対人型の盾を優先に作るべきだろう。

 

 残り1枚に黄金蟲カード(魔法無効)かマヤ―カード(魔法を30%の確率で反射)を刺したいけど、さすがにボスカードを望むのは無理だろう。

 残り1枚はどうするべきか。

 

 

 フェイヨンの帰りに砂漠マップで子デザートウルフ狩りをした。

 するとスロット4のアドべンチャースーツきました!

 キターーーーー!!

 

 今日はいったいどうなっているんだ?

 この幸運を神に感謝(オーディンに感謝)した。

 スロット4のアドベンチャースーツに刺すカードは決まっている。

 

・ロッダフロッグカード:最大HP+400、最大SP+50

・プパ:最大HP+700

・ピッキ(殻付):最大HP+100 体力(小)

・ポリン:完全回避(小)

 

 ポリンを刺しているのはある理由がある。

 僕の装備が整っていけば、1人でも狩れるとある中ボスカード狙いだ。

 マスターリングなんだけどね。

 ポリンを取り巻きにしている、ちょっと大きなポリンである。

 カードはフードに刺すもので、効果も完全回避(小)の効果しかない。

 でもポリンを刺した装備とセットで装備することで、なんと回避(大)の効果を得られるのだ。

 

 効果の高いロッダフロッグもその意味では同じ。

 中ボスのトードカードと一緒に装備すると、同じく回避(大)のセット効果を得られる。

 トードカードもフードに刺すカードで、効果はマスターリングと同じく完全回避(小)である。

 

 ゲームでの対人戦、特にGVGと呼ばれる砦戦ではマルクカードが必須だった。

 効果は水属性攻撃の耐性5%アップと、絶対に氷化しなくなるというもの。

 これはウィザードのストームガストによって氷化することを防ぐためだ。

 

 ボット帝国の2次天職ウィザードの中にはストームがストを使ってくる者もいるかもしれない。

 でも氷化しないってことは、ストームガストの魔法を全段受けることを意味する。

 氷化してしまえば、ストームガストの魔法は無効となるからだ。

 

 これは悩ましいところである。

 HPの少ない僕はストームガストの魔法を全段受けるのも死、凍結してユピテルサンダーもらっても死、凍結したところを斬られても死。

 どっちも死が待っているのである。

 つまりストームガストをそもそも受けてはいけないのだ。

 

 魔法は絶対命中ではない。

 ストームガストは範囲指定魔法なのでその範囲から逃げればいいし、単体魔法も襲ってくる魔法を避けることができる。

 ただ恐ろしく速いので、僕以外の人で魔法を避けようなんて考える人はいないだろうけど。

 

 

 盾と鎧が揃ったので、後は肩と靴とアクセだ。

 武器は中級冒険者になったらスティレット製作してもらうわけだし。

 

 肩のフードに刺すのは、

・コンドル:回避(中)

・マスターリング:完全回避(小)※セット狙い

・トード:完全回避(小)※セット狙い

・ドラゴンフライ:俊敏(小)※セット狙い

 

靴のサンダルに刺すのは、

・チョンチョン:俊敏(小)回避(小)※セット狙い

・雄盗蟲:俊敏(中)

・ゾンビ:HP回復力(中)

・エギラ:SP回復力(中)

 

 アクセはそもそも入手が難しいので保留となっている。

 

 本当はウィスパーとか、レイドリックとか、マーターとか欲しいカードはいろいろあるんだけど、神力範囲内で狩れる安全なモンスターから考えていくとこうなった。

 

 ボスの月夜花カードの無限移動速度上昇とか、僕が装備したらいったいどんなことになるのか是非試してみたいところだけど、残念ながら神力範囲外なんだよな。

 

 フードとサンダルはどちらもコーコーがドロップするので、当分はコーコー狩りだな。

 

 

 プロンテラに戻ると、荷物を倉庫に出してすぐにカプラ店に向かった。

 グラリスさんに預けているカードをもらうためだ。

 スキップしてしまいそうな勢いでカプラ店の中に入っていく。

 

「いらっしゃいませ、グライア様」

 

 すぐにグラリスさんを呼んでもらい、2階の部屋に案内してもらった。

 

 スロット4のガードとアドベンチャースーツを見たグラリスさんは、さすがにちょっと表情を崩して驚いていた。

 1日に2つもスロット4の防具をゲットするなんて普通の人では絶対に起こりえないような奇跡だろう。

 しかもカードも今日だけで4枚ゲットしているのだから。

 

 浮かれながら話している僕を、グラリスさんは眼鏡の奥から鋭い眼差しで見てきた。

 え? そんな風に見てもあげないですから!?

 

「グライア様、折り入って頼みたいことがあるのですが」

 

「頼み?」

 

「はい。ここでは何ですから、今夜、私の部屋に来て頂けませんか?」

 

「え?」

 

 モテ期到来?

 昨日のプーさんに続いて、二日連続で女性の部屋にお呼ばれとか!?

 

「お待ちしております」

 

 グラリスさんは眼鏡をくいっ! と持ち上げて言った。

 

 

♦♦♦

 

 

 晩御飯を食べた後、何となく公衆浴場で身体を綺麗にしてからグラリスさんの宿に向かった。

 グラリスさんの宿というよりも、ここはカプラ嬢の人達が泊まっている宿である。

 宿そのものがカプラ社のものであるので、社宅ってやつだな。

 教えてもらった3階の302号室のドアをノックする。

 

 ガチャとドアを開くと、グラリスさんがいつものカプラ嬢の服を着たまま迎えてくれた。

 

「お待ちしておりました。どうぞ中へ」

 

「お、お邪魔します」

 

 ドキドキしながら、グラリスさんの部屋の中に入る。

 あの知的なグラリスさんの部屋はいったいどんな部屋なの……、え?

 

「こんばんは」

 

 美しい声での挨拶。

 グラリスさんの部屋には先客がいた。

 

 その人を僕は知っている。

 カプラ嬢のディフォルテーさん。

 カプラ嬢のリーダー的存在であり、カプラ嬢の「戦闘スキル」を持っていると噂されている人だ。

 

 それにしても、どうしてグラリスさんの部屋にいるんだ?

 そして僕を呼んだんだろう?

 

「突然このような状況で、グライア様を困惑させてしまい申し訳ありません。

 グラリスより、グライア様がとても素晴らしい冒険者であるとの進言があり、今日お呼びした次第でございます。

 まずは私達のお話を聞いて頂けませんでしょうか」

 

 素晴らしい冒険者であるとの進言。

 つまり僕のドロップ率のことだろう。

 ディフォルテーさんの言い方からして、ドロップ率そのものが異常であることを聞いているわけではなさそうだ。

 グラリスさんの性格からして、例え同じカプラ嬢でリーダー格であるディフォルテーさんであっても、僕のことを言うとは思えない。

 ま~僕が一方的に信用しているだけなんだけどね。

 

「今から私が話す内容に嘘偽りはございません。

 事実のみをお話いたします。

 ですが真実が何なのか、それは私達にも分かりません。故に事実のみとなります。

 私達カプラ社が数年に渡り調査を進めていた、ある事実です。

 事の始まりは、シュバルツバルト共和国の大統領カール・テオドール・ワイエルストラウス様の密書が、カプラ社の社長カプラー・コンスタンティー・アンドレビチ様に届いたことから始まりました」

 

 ディフォルテーさんは美しい声で静かに語り始めた。

 キッチンでグラリスさんが珈琲を入れているのか、ほのかな香りが漂ってきた。

 




装備考察が楽しくて、筆が進み1日に2回更新となりました。

ゲームではあり得ない組み合わせを妄想すると楽しいですね!


活動報告にも書きましたが、以前の話で一部変更があります。
以下、同じ文を書いておきます。


設定の甘さから、説明の辻褄が合わない部分が出てきてしまい、修正となりました。


第14話

ま、まさかティアさんはHP0の状態で狩りをしていたのか!?



ま、まさかティアさんはHP0の状態で神力範囲外で狩りをしていたのか!?


神力範囲外でという文が追加されています。
これは、ゴブリン村の狩りで神力範囲内でHPが0になると、強制的に身体が地面に伏す状態になると書いておきながら、ティアがHP0で狩りしていたと書いてしまっていました。


さらに!


第12話

神力範囲内ではベースレベル60台が限界だ。



神力範囲内ではベースレベル80台が限界だ。


神力範囲内での狩りでのベースレベルを上げられる限界を60台ではなく、80台に上げました。
申し訳ありませんが、ご了承ください。


この他にも設定の甘さはところどころ見れると思いますが、馬鹿だな~と軽く笑って流して下さい。
致命的な部分は、メッセージでそっと優しく教えて頂けると歓喜します。


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第22話 ホルグレン 

「珈琲のおかわりいります?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 グラリスさんの部屋で、ディフォルテーさんからの話を聞き終わった。

 既に珈琲を2杯飲んでいるので、これ以上飲むと夜眠れなくなりそうだ。

 

「ディフォルテーさんの話は分かりました。

 それでその話を僕にして、何を望まれるのですか?」

 

「“秘密の羽”に入って頂けませんか?」

 

「……僕のことを何も聞かずに?」

 

「グラリスから素晴らしい冒険者だと聞いております」

 

 ディフォルテーさんは自信満々に言った。

 

「それだけで僕のことを信用していいのですか?」

 

「はい。グラリスが素晴らしい冒険者だなんて評価したのは、グライア様が初めてなんですよ」

 

 グラリスさんを見ると、眼鏡をくいっ! と持ち上げてぷいっ! と顔を背けた。

 

「くすくす。グラリスはあれでかなり照れ屋な部分がありまして。

 もうちょっと素直になれば、もっと可愛いのですが」

 

「ディフォルテー姉様?」

 

「はいはい。ごめんなさい。

 どうでしょうか? ぜひ“秘密の羽”の一員となって頂きグライア様の御力でボット帝国からアルデバランを救って頂きたいのです」

 

 正直ちょっと腑に落ちないところはある。

 話してもらった内容は、かなり機密性の高い情報だ。

 簡単に話していいものではない。

 それなのにこんな簡単に僕に話して、僕がその情報をボット帝国に売ったらどうするんだろう?

 ……いや、売れないか。

 僕がゴブリン村でボット帝国に襲われて死にそうになったという情報は既に知っているはずだ。

 そもそもボット帝国の戦士と話し合うなんてこと出来ないわけだし。

 

 それに確かに機密性が高いけど、それを誰かに話したところでメリットになることがないともいえる。

 この話を誰かに伝えたところで「だから?」で終りそうだしな。

 

「……ディフォルテーさんはカプラ嬢の中でも「戦闘スキル」を持っているという噂ですが本当ですか?」

 

 グラリスさんが慌てたようにこっちを向いた。

 

「そ、それは」

 

「はい。本当です」

 

 誤魔化そうとするグラリスさんを余所に、ディフォルテーさんは呆気なく認めてしまった。

 なるほど、戦えるカプラ嬢がいるというのは本当だったのか。

 

「では、僕と勝負してみませんか?」

 

「勝負ですか?」

 

「僕の力もお見せします。僕が秘密の羽の一員に相応しいか、その目で確かめて下さい。

 もし僕が相応しくなければ、正直にそのように言って下さい。

 その場合は当然、話の内容を忘れて誰にも話す様なことはしません。

 僕もディフォルテーさんの力が、アルデバランを救えるほどの力でないと思ったら、この話はなかったことにしますから」

 

 ディフォルテーさんは僕の言葉に笑顔で応えた。

 

「わかりました。グライア様と勝負致します」

 

 後日、日程の連絡を取り合い勝負することになった。

 ディフォルテーさんとグラリスさんとも、フレンド登録した。

 カプラ嬢もフレンド登録とか手紙スキルとか持っていたのね。

 

 

 ディフォルテーさんとグラリスさんが、僕をどんな風に思っているのか分からないけど、僕がただのノービスである事実は変わらない。

 つまり天職として僕は最弱である。それは間違いなく事実だ。

 

 ディフォルテーさんの話が本当なら、アルデバラン奪還のために既にルーンミッドガッツ王国の軍が準備を進めているだろう。

 ディフォルテーさんが僕に話してくれた情報は、当然国の方でも把握済みらしい。

 カプラ社からも情報提供はしているそうだし。

 問題は、国の騎士達がオーディンの神力範囲外の命を賭けた戦いに、どれだけ怯えず挑めるか。

 

 しかも、アルデバラン奪還のためには2つの条件を満たさないといけない。

 1つは、アルデバランの人達を“洗脳状態”にしている装置の破壊。

 もう1つは、アルデバランで造られている“ボット戦士”の製造装置の破壊。

 

 洗脳装置は強力な電波で人々を意のままに操っているらしい。

 広範囲に強力な電波を飛ばすためには、その装置の設置場所は必然的に高所となる。

 つまりアルデバランにそびえ立つ「時計塔」の最上階だ。

 

 反対にボット戦士の製造装置は簡単に見つからない場所がいい。

 となると、こっちは反対に時計塔地下の最下層だろう。

 

 それにしてもボット戦士が、冒険者達のクローンモンスターだと聞いてもピンとこない。

 確かに姿は人間そのものだけど。

 

 ルーンミッズガルド王国と同盟関係にあったシュバルツバルド共和国だが、リヒタルゼンという都市にレッケンベル社という巨大企業が存在している。

 レッケンベル社の会長であるキズリ・レッケンベルは、大統領よりも強い権力を持っているとか。その姿を見ることは、大統領であっても難しいそうだ。

 そのレッケンベル社が近年、怪しい研究を始めているという噂が流れていた。

 それがどうもボット戦士を造り出すクローン技術の研究だったそうだ。

 研究の責任者の名はボルセブ。

 経歴不詳で突然現れた狂気の科学者らしい。

 

 クローン技術の研究のため、秘密裏に人体実験が行われている。

 シュバルツバルド共和国大統領からの密書にはその内容が書かれていた。

 そして、レッケンベル社に対抗するための組織作りをカプラ社に願い出たのだ。

 

 カプラ社の社長は大統領の願いを了承。

 秘密組織である“秘密の羽”を結成し、レッケンベル社の調査を始めた。

 

 リヒタルゼンにあるレッケンベル本社ビルの地下に「生体研究所」と呼ばれる謎の研究施設が存在することまでは分かった。

 しかし、その内部に忍び込むことが出来ず、方法を模索していたところにボット帝国がアルデバランを占領してしまったのだ。

 

 ボット帝国と名乗っているのは、間違いなくレッケンベル社の者達だ。

 シュバルツバルド共和国が無事なのか、ボット帝国に占領されてしまったのか。

 アルデバランを越えられない今、状況はまったく分からない。

 

 とにかく、まずはアルデバランを取り返さないと何も始まらない。

 その先にいるレッケンベル社に辿り着くためにも、アルデバランを奪還しないと。

 

 ディフォルテーさんとの勝負は10日後に決まった。

 それまで僕も自分を鍛えるだけ鍛えないと。

 本音は、僕のことをちゃんと戦力して見てもらいたいというのがある。ノービスだけど。

 

 運び屋の仕事もこなさないといけない。

 今まで以上に最速で遠隔地に荷物を届けていく。

 速く、速く、速くと念じながら高速で移動していく。

 

 狩りに当てられる時間にコーコーを狩りまくる。

 フードとサンダル狙いだ。

 

 武器のスティレットも欲しいけど、ゴブリン討伐の依頼だけでは中級冒険者にランクアップできなかった。

 アイリスさんにオーク村で狩りをしようと誘ったらすぐに行こう! という返事が来たので、明日の運び屋の仕事の後にオーク村に行くことにした。

 

 

♦♦♦

 

 

「きゃあああああああ!」

「きゃああああああああああああああああ!!」

 

 オーク村に悲鳴が響き渡ります。

 最初の悲鳴がアイリスさんで、後の悲鳴が僕です。

 なんでこうなった?

 

 オーク村。兄貴村とも呼ばれていた。

 ハァハァと鼻息荒く群がってくるオークを倒そうと思ってきてみたら、信じられないことに、女オークがいたのだ。

 兄貴ならぬ姉貴である。

 

 しかもだ!

 せめて美人だったら許せた。

 しかし現実は無情である。

 姉貴は、兄貴がそのまんま女になったような姿だったのだ。

 

 僕の肩に乗るアイリスさんに向かって兄貴がハァハァしてくる。

 僕に向かって姉貴がハァハァして投げキッスしてくる。

 最悪だ。

 

 このオーク村で僕の本気をアイリスさんに見せた。

 実際にはオーク村に到着する前に、本気の動きを見せたんだけどね。

 アイリスさんは目が点になっていた。

 

「グライアってただの変態じゃなかったんだね」

 

 僕の本気を見たアイリスさんの感想がちょっと悲しかった。

 

 アイリスさんを肩に乗せて本気で動く。

 最初こそ僕の本気の速度に、弓の照準が合わなかったアイリスさんだけど、徐々に慣れてくると矢がオークに当たり出した。

 

 僕もアイリスさんを肩車しながら攻撃している。

 両手でアイリスさんの脚を掴んでいないので、アイリスさんは自分でバランスを取らないといけない。

 当然、バランスを取るために三角危険地帯を僕のうなじに押し付けて脚を絡めてくる。

 うなじが得る感触だけが、兄貴と姉貴に追われる僕の唯一の救い? だ。

 

「なんちゅ~数なんだ!」

 

「ああもう! 次から次へと!」

 

 ゲームを上回る兄貴と姉貴の湧きっぷり。

 ハァハァの声には遠くにいる兄貴姉貴に敵を知らせる能力があるんじゃないのか?

 ものすごい数の兄貴姉貴がくると、悲鳴をあげてついつい逃げてしまう。

 

 ちなみにオークレディが「ウェディングドレス」と「ヴェール」をドロップした。

 なんか嫌だったので、道具屋に言い値で売り渡した。

 

 今回はボット帝国に襲われることもなく、順調に? オークを狩っていった。

 兄貴村西も神力範囲内なので、ハイオークを相手にしてみたら意外に狩れた。

 オークアーチャーに複数囲まれるとやばいので、モンスターの位置だけ気を付ければそこそこ狩れるかもしれない。

 

 オークリーダーなんていない。オークの仮面もないけど。

 お馴染みのオークヒーローがいるだけだ。

 オークダンジョンにはオークロードがいるだろうし。

 

 

 運び屋、コーコー狩り、兄貴狩りの日々が続いた。

 2度の兄貴狩りで中級冒険者になれたけど、引き続きレベルアップのために兄貴狩りを続けた。

 兄貴姉貴のハァハァ攻撃にもだいぶ慣れていった。

 

 兄貴村にはオークベイビーという、オークの赤ちゃんがいた。

 僕の知らないモンスターだったのだが、狩りまくっていたらカードが落ちた。

 その性能に驚愕ですよ。

 回避(中)に無属性攻撃への耐性(中)で、さらに防具の精錬値が+9以上なら追加で回避(小)と無属性攻撃への耐性(小)がつくという優れものだった!

 濃縮エルニウムがあるので精錬に失敗することはない。

 回避(中)の効果しかないコンドルをやめて、オークベイビーカードを刺すことにした。

 

 

♦♦♦

 

 

 そしてあっという間に、ディフォルテーさんとの勝負が明日となってしまった。

 僕は明日の勝負に使う武器製作のため、商人組合クホルに来ている。

 マルダックさんを探したのだが……。

 

「馬鹿かグライア。

 俺はまだマーチャントだ。ブラックスミスじゃない。

 お前の武器を製作できるわけないだろうが」

 

 そうだった。

 マルダックさんはまだマーチャントだったのだ!

 せっかくの知り合いだから、マルダックさんに作ってもらおうと思っていたのに!

 仕方ないか。

 

 僕とマルダックさんの会話を聞いていたのか、奥から怖そうな人がやってきた。

 今年40歳になったんだっけな?

 その人はするどい目つきで僕を睨んだ。

 

「お前が噂の1次天職ノービス野郎か」

 

「はい。初めましてホルグレンさん」

 

 やってきたのは商人組合の長ホルグレンさんだ。

 ゲームでは何度この人に向かって憎悪の念を抱いたことか。

 目の前にいるホルグレンさんには何の罪もないけど。

 

 そもそも商人組合の組合名が「クホル」という不吉な名前なのも気になる。

 この商人組合は大丈夫なのだろうか?

 裏で悪事に手を染めているとかないのだろうか?

 

 例えば、精錬で持ちこまれた武器をわざと失敗して消滅させているとか。

 そうすれば武器製作の依頼が増えて儲かるだろうし。

 

 僕があらぬ疑惑をホルグレンさんにかけていると、不思議そうな顔で僕に話しかけてきた。

 

「なんだ? 俺の顔に何かついているか?

 それよりノービスのくせに中級冒険者になるとは驚きだ。

 何かちっこいアーチャーと組んでいるんだってな。

 鉄集めにお前に泣きついたマルダックのアホがゴブリンに操られた時も、お前が助けてくれたと聞いている。

 お前さんの存在は何かと話題になっているんだぞ?」

 

 おや、いつの間に。

 エーラさんがまたあることないこと噂しているのか?

 

「僕はただのノービスです。

 マルダックさんを助けることができたのも、たまたま通りすがりのウィザードの人が助けてくれたからで、僕の力ではありません。

 中級冒険者になれたのも、ペアを組んでもらっているアーチャーのアイリスさんのおかげですし」

 

「はっ!

 謙遜は大事だが、お前さんの今の言葉は本心ではないだろう。

 ま~いい。

 それで今日はマルダックのアホに武器製作を依頼しにきたそうだが、何の武器をお望みだったんだ?」

 

「スティレットです。ノービスの僕が装備できる最高の武器ですから」

 

「確かにな。材料は何を持ってきたんだ?」

 

「い、いろいろと」

 

「なんだよ。俺には内緒なのか?」

 

「あ、いえ。そういう訳ではないのですが」

 

 まずいな。

 なぜか僕に興味を持ったのか? ぐいぐい話しかけてくるぞ。

 この話の流れで材料を見せたら、そんな材料どうやって集めたのかとまた聞かれそうだ。

 マルダックさんには、ゴブリン村の恩を盾に材料に関しては秘密にしてもらおうと思っていたのだ。

 ホルグレンさんに見せて、余計な詮索を受けるのも嫌だしな~。

 

「そんな困った顔するなよ。

 実はディフォルテーからお前が武器製作に来たらよろしくお願いしますと個人的に言われていてね。

 やるんだろ? あいつと」

 

 ディフォルテーさんと勝負することを知っているんだ。

 ディフォルテーさんが喋るとは思えないから、ホルグレンさんが感づいたってところか。

 む~裏で悪事を働いているわけじゃないのか?

 

「実はですね……」

 

 ホルグレンさんに持ち込んだ僕の材料の数々を見せることにした。

 

 

「どうやってあんな材料を集めたんだ?」

 

「それは秘密です。マルダックさんもこのことは内緒でお願いしますね」

 

「訳ありか。ま~お前のことだから悪さして集めた材料ではないだろうが、ちょっと信じられないな。ノービスのグライアがこれほどまでの材料を集めるとは」

 

 今、僕とマルダックさんはホルグレンさんの専用鍛冶場にいる。

 僕の材料を見たホルグレンさんがここに案内してくれたのだ。

 今から僕のスティレットを製作してくれる。

 

 鋼鉄以外にも濃縮オリデオゴン、エンペリウムなどレアな材料が並んでいる。

 スロット12はもちろんのこと、基礎値を上げるための各種材料を揃えている。

 

「よし! 準備出来たぞ。

 マルダックもよく見ておけよ。これだけの材料を揃えた武器製作なんてそうそう出来ないからな。

 俺も腕が鳴るってもんだ!」

 

 武器製作って失敗とかないよね?

 

「あ、あの。

 武器製作って失敗とかあるんですか?」

 

「あん? 俺が失敗するとでも?

 任せておけって!

 ま~失敗があるのかと聞かれれば、あると答えることになっちまうがな」

 

 げ! あるんだ!?

 

「し、失敗するとどうなるんですか?」

 

「材料だけ消失して、使い物にならない武器だけが残ることになるな」

 

 うひゃ~!

 神様! どうか! どうか成功しますように!

 両手を握りしめて神に祈る。

 

「よっしゃ! いくぜ!」

 

 マルダックさんがハンマーを打ち始める。

 僕が持ってきた材料が次々と形を変えていく。

 カンカンと熱い火花を散らしながら、短剣製作のスキルによって1本の短剣にその姿を変えていく。

 

「おお……」

 

 マルダックさんも感嘆の声を上げる。

 見事な武器製作なのだろう。

 僕にはよく分からないけど、とにかく成功してくれることを祈るだけだ!

 

「これで最後だ!」

 

 ホルグレンさんは最後にハンマーを力いっぱい振り下ろした。

 カン! と甲高い音がした瞬間!

 

「……クホホ」

 

「え?」

 

 絶対に聞きたくないホルグレンさんの声が聞こえてしまった。

 



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第23話 戦うカプラ嬢

 ディフォルテーさんとの決闘当日。

 場所は新人大会などが行われるコロシアム。

 いくら払ったのか知らないけど、貸し切りらしい。

 

 グラリスさんに案内されて、選手控室のような部屋に入る。

 

「15分後に開始となります。

 ……ディフォルテー姉様は強いですよ」

 

 見るとグラリスさんは僕のことを心配してくれているようだ。

 僕のドロップ率が異常であることを知っていて、秘密の羽への協力はスロット付き防具や、カード、素材、回復アイテムなどを提供してくれることを願っていたのだろう。

 普通のノービスより強いと思っていても、僕が戦っている姿なんて見たことないし、僕に戦闘力を期待していなかったんだろうな。

 

「怪我しないように気を付けます」

 

「今日はHP0になったら負けで終わりですからね。

 回復アイテムの使用も無しですし」

 

 2度も神力範囲外で、HP0の状態で戦ったことがあるなんて人はそうそういないだろうな。

 あっ……いるな……嬉々として戦っていそうな人が1人。

 

 ま~やれるだけやるさ。

 新しい愛剣と共に。

 

 ホルグレンさんに製作してもらったスティレット。

 最後に「クホホ」なんて呟くから失敗したかと思ったら、あれは単なる口癖だったのだ。

 紛らわしい!

 

 無事にスロット12のスティレットが完成。

 貯めていた濃縮オリデオゴンを使って+10まですぐに強化した。

 12個のスロットの内、すでに10個は埋まっている。

 ウルフカード×4、スケルトンカード×4、ソルジャースケルトンカード×2だ。

 ウルフカードは攻撃力(大)にクリティカル(小)の効果。

 スケルトンカードは攻撃力(中)にスタン(小)の効果。

 ソルジャースケルトンカードはクリティカル(大)の効果だ。

 

 この3匹は共にフェイヨン方面に関連してくるので、フェイヨンへの荷物運びの際にずっと狙って狩っていた。

 ウルフはフェイヨン近くのフィールドにいる。

 スケルトンはフェイヨンダンジョンの地下1F。

 ソルジャースケルトンはフェイヨンダンジョンの地下2F。

 フェイヨンダンジョンは地下2Fまでは神力範囲なので、安全に狩ることができるのだ。

 

 一番重要なソルスケカードはまだ2枚足りていない。

 今度の仕事休みの時にフェイヨンダンジョンに籠るか。

 

 狩りまくっていたコーコーからスロット4のフードは出た。

 でもサンダルはスロット3止まりだった。

 もともと刺せるカードが少ない靴で、安全に狩れるエギラを刺そうと考えたけど、SP回復力が上がったところで、応急手当と手紙ぐらいしかスキルを使わない僕にはほとんど影響ないのでスロット3でよしとした。

 “あのスキル”頼りに神力範囲外の高難易度ダンジョンを散歩する趣味もないし。

 

 僕の現状の装備は、

 

武器:+10スティレット

   スロット12:ウルフ×4 スケルトン×4 ソルジャースケルトン×2

 

盾:+10ガード

   スロット4:盗蟲の卵 ホルン

 

鎧:+8アドベンチャースーツ

   スロット4:ロッダフロッグ プパ ピッキ(殻付) ポリン

 

肩:+9フード

   スロット4:オークベイビー

 

靴:サンダル

   スロット3:チョンチョン 雄盗蟲 ゾンビ

 

頭:ハット

   スロット2:ウィロー エルダーウィロー

 

 タラフロッグカードはまだゲットできていない。

 イズルートダンジョンにも籠る必要がある。

 2Fまでは神力範囲なので、こちらも安全に狩ることができる。

 

 頭は靴以上に選択肢が少なく、とりあえずスロット2に2枚刺してある。

 

 アクセのクリップは、ドロップモンスターであるアラームのいるアルデバランがボット帝国に占領されているので無理。

 スロット付きロザリオを落とすミミックを狩るのも危険すぎて無理。

 

 ベースレベルも38まで上がった。

 兄貴村西でアイリスさんと一緒にハイオーク狩りしたので、かなりハイペースでレベルは上がっている。

 このまま兄貴村が僕の住所となりそうだ。

 でも僕は決してアイリスさんにハァハァすることはない。

 だって当たり前のように太もも触れるから!

 

「お時間です」

 

 グラリスさんと共に闘技場に向かう。

 太陽の空の下に出ると……おや?

 なんと観客席に見知った顔が。

 どういうことだ?

 

「あの観客達は?」

 

「関係者ということでお呼びしております」

 

 関係者ね~。

 左の観客席にはナディアさんが座っている。

 反対側の観客席には、ホルグレンさんとその隣にフェミニストな男性。

 あれは誰だ?

 

「ホルグレンさんの隣に座っているのは誰ですか?」

 

「当社の社長でございます」

 

 あれがカプラーさんか。

 ホルグレンさんと仲良さそうに話しながら、僕と目が合うとにっこり笑って手を振っている。

 一応カプラーさんが秘密の羽の総帥みたいな感じになるのか?

 

「ナディアさんも関係者?」

 

「秘密の羽のメンバーでございます」

 

 なんと! ま~それなら仕方ないか。

 

 闘技場の中央には既にディフォルテーさんが待っている。

 その後ろの観客席には、他のカプラ嬢さん達がいた。

 

 ビニットさん、テーリングさん、ソリンさん。

 この3人にディフォルテーさんとグラリスさんを合わせた5人が、特に優秀だと評判なカプラ嬢である。

 

「本日はお手合わせよろしくお願い致します」

 

 闘技場の中央に進むと、ディフォルテーさんがにっこりと挨拶してきた。

 どこか余裕を感じさせる。

 戦闘スキル持ちのカプラ嬢がどれほど強いか分からないけど、ノービス相手なら余裕と思っているのかな。

 

「こちらこそよろしくお願いします。

 お手柔らかに」

 

 お互い数歩後退して距離をさらに取ると、グラリスさんが審判を務めるようで手を上にあげる。

 

「始め!」

 

 さて、そもそもカプラ嬢って何の武器を使うんだ?

 スティレットとガードを構える僕に対して、ディフォルテーさんはまだ武器を見せてこない。

 何か装備はしているんだろうけど、

 

 どうやら僕が攻撃するのを待っているらしく、受けの姿勢だ。

 それなら、遠慮なくいってみようかな。

 

 僕は全力の半分ほどの速度で、ディフォルテーさんに向かって駆け出した。

 舐めているわけじゃない。

 相手の出方を伺うのだ。

 

 あと2歩で僕の間合いに入るという時、それは“直感”だった。

 何となく「やばい!」と思って、急激に横に逃げるように避ける。

 

 ヒュン! と何かが僕のいた場所を通り過ぎる。

 それは闘技場の石の床を軽く砕いていた。

 マジですか!?

 

「速い……ですね。

 初見でかわされたのは初めてかもしれません」

 

 僕を称えてくれるディフォルテーさんの手に握られていたものは……鞭だった。

 おいおい、カプラ嬢が鞭っていろいろ妄想しちゃうじゃないか!

 

「驚きました。

 カプラ嬢の武器は鞭なんですか?」

 

「そうですよ」

 

 にっこり笑いながら鞭を握りしめるディフォルテーさん。

 うう……今度女王様プレイとかしてくれないかな。

 

「これならどうでしょう」

 

 鞭を後ろに振りかぶると、絶対に届くはずのない距離なのに僕に向かって鞭を振ってき……。

 

「うお!」

 

 これまた間一髪!

 鞭から放たれていたものを、何とか避けた。

 

「私の方こそ驚きです。

 身体の中心に向かって放ったのに……頭でしたら、頭を動かすことで避けることも可能でしょう。ですが身体そのものをあの一瞬で移動させるなんて……今の動きが最速ですか? それともまだ速くなるのでしょうか?」

 

「どうでしょうね……」

 

 鞭から放たれたのは矢だった。

 矢を鞭で巻いて放つのか。

 

 防戦一方は面白くない。

 僕も仕掛けていくか。

 

「いきますよ?」

 

 本気の最速で駆け出す。

 ディフォルテーさんの目が大きく開き、驚愕しているのが見える。

 僕をとらえようと振った鞭は、僕の残像だけとらえて空を切る。

 一瞬でディフォルテーさんの後ろを取った僕は、スティレットを首に向けて。

 

「チェックメイト」

 

 

 静寂に包まれた闘技場に、拍手が響く。

 パチパチと拍手をしているのはカプラーさんだ。

 

「いや~素晴らしい!

 素晴らしい動きだね!

 君はノービスと聞いていたけど、アサシンがノービスの衣装を着ているわけではないよね?」

 

「僕は正真正銘ただのノービスですよ」

 

 ディフォルテーさんだけじゃない。

 観客席にいる他のカプラ嬢も、そして僕の担当で審判をしているグラリスさんも驚きを隠せない表情で僕を見ている。

 そしてナディアさんもね。

 ホルグレンさんはカプラーさんと同じく、面白そうな顔で僕を見ていた。

 

「ディフォルテーでは相手にならないだろう。

 でもまだまだ君の力を見てみたい!

 そこでどうだろう、ちょっと変則的ではあるが、他のカプラ嬢を参戦させてもいいかな?

 君にとっては複数を相手にすることになるが、あの動きならかなりいけると思うんだよね」

 

 カプラーさんがにやにやしながら提案してくる。

 僕の力を見るだけならもう十分だろうけど、せっかく闘技場を貸し切ったんだ。

 これで終わりでは面白くないのかな。

 

「いいですよ」

 

 僕の返事にカプラーさんがチラリと観客席にいるカプラ嬢を見る。

 すると、ソリンさんが闘技場に上がってきた。

 

「よろしいので?」

 

「はい」

 

 グラリスさんの確認に頷くと、再び始めの合図が響く。

 

「はぁぁ!」

 

 ソリンさんが突進してきた。

 手に持っているのは片手剣?

 あれ? カプラ嬢の武器って鞭以外にもあるの!?

 

 しかも……

 

「バッシュ!!」

 

 驚いて避けるのを忘れて思わずガードで防いでしまった。

 バッシュって!? え? ソードマン? ナイト? え? え!?

 

 驚く僕にソリンさんは素晴らしい剣技で斬りかかってくる。

 動きも速い。

 上級冒険者のナイトだと言われても信じてしまうぞこれは。

 

 カウンターで僕が攻撃すると、ソリンさんの左手にシールドが現れて防がれた。

 カプラ嬢はぎりぎりまで武器と盾を隠すのか?

 

 シールドを持つソリンさんの後ろから、伸びて僕を襲ってくる黒い影。

 ディフォルテーさんの鞭だ。

 

「くっ!」

 

 強引に身体をひねり鞭をかわすと、ソリンさんが再びバッシュで斬りかかってくる。

 後方に大きく飛んでバッシュをかわしながら距離を取った。

 

 片手剣にシールドという装備からソリンさんの方がHPは高そうだ。

 最初にディフォルテーさんを狙うか。

 

「うおおおお!」

 

 ソリンさんに向かって突きを出す。

 シールドで防ごうとした瞬間、後ろに隠れているディフォルテーさんに向かって駆け出す。

 ソリンさんは僕の速さについてこれてない。

 ディフォルテーさんも、ソリンさんの横からいきなり出てきた僕に対応できていない。

 もらった!

 

 ソリンさんの横を通り過ぎる僕の耳に、ソリンさんの声が聞こえた。

 

「ディボーション!」

 

 聞いたことのないスキルに一瞬気を取られるが、今はディフォルテーさんを倒そうと斬りかかった。

 が、しかし!

 

 カン!

 

 妙な手応え。

 ディフォルテーさんを斬ったはずなのに、まるで別の何かを斬ったような手応えた。

 これはいったい。

 

 見上げるとディフォルテーさんが笑みを浮かべながら、鞭を振り下ろしていた。

 

 

「はぁはぁ」「はぁはぁ」

 

 肩で息をしながら額の汗を拭く。

 ディフォルテーさんとソリンさんがね。

 

 ディフォルテーさんが僕をとらえた一撃は、幸運にも加護の回避により無傷で済んだ。

 命中に自信があったのか、回避されたことを信じられないと呟いていた。

 しかし信じられないのはこっちだよ、まったく。

 

 ソリンさんの謎のスキル「ディボーション」は、僕の推測ではそのスキルをかけた対象のダメージを自分が受けるようにするスキルだろう。

 ディフォルテーさんを攻撃しても、そのダメージが全てソリンさんにいってしまう。

 しかも……。

 

「ヒール!」

 

 ソリンさんはヒールまで使えるときたもんだ。

 天職カプラ嬢のスキル構成ってどうなってんだ?

 

 2対1となり膠着状態となってしまった戦いは、ソリンさんのSP切れを待って僕がひたすら2人の攻撃を避けながら、チクチクと2人を斬っていた。

 僕はまだまだ余裕だけど、2人はさすがに疲れたのか息が上がり始めた。

 観客席ではカプラーさんが「素晴らしい!」を連呼し、ナディアさんからは睨まれ、ホルグレンさんは楽しそうに見ている。

 

「君は本当に素晴らしいね! どうだろう? もう1人追加してみては!」

 

 カプラーさんが1人勝手に盛り上がっている。

 さすがにもう1人追加されたら、複数相手による加護の回避低下もあるし厳しくなってしまう。

 でもまあ、勝つことが目的じゃないし別にいっか。

 

「どうぞ、ご自由に」

 

「素晴らしい! 君は本当に素晴らしい!」

 

 カプラーさんはチラリと観客席……ではなく、グラリスさんを見た。

 その視線に気づいたグラリスさんは一瞬驚いた表情を浮かべるも、すぐにディフォルテーさんの近くへ。

 

「よろしいですか?」

 

「グラリスさんも戦闘スキル持ちだったんですか?」

 

「……はい」

 

 この場にいるカプラ嬢全員が戦闘スキル持ちだなこれは。

 つまり数多くいるカプラ嬢の中でも、この場にいる5人が戦えるカプラさんってわけだ。

 

「グラリスさんの武器はまた違うのかな?」

 

「私はディフォルテー姉様と同じく鞭です。

 というより、ソリンだけが特別なんですよ」

 

 ソリンさんだけ特別。どういう意味か分からないけど、これで伸びて襲ってくる鞭が2本になるわけだ。

 カプラ嬢3人は顔を合わせて頷くと、僕に向かって構えてじりじりと距離を詰めてくる。

 

 さて、これはもう避けることに集中するしかないな。

 3人の攻撃を避けることができれば、カプラーさんも文句ないだろう。

 

 いつソリンさんが突進してくるのか、意識を集中していた時だ。

 グラリスさんの大きな声が響いた。

 

「スクリーム!!!」

 

 その瞬間、スタンの状態異常に陥った。

 意識はあるけど身体が動かない。

 ソリンさんが一気に突進してきている。

 

「バッシュ!!」

 

 渾身のバッシュも加護の回避で僕は無傷。

 横からディフォルテーさんの鞭がうなる。

 

 バシィィン!

 

 これは回避できなかった!

 でも一撃でHP0にはなっていない。

 HPアップのカードのおかげだな!

 

 スタンの状態異常は数秒で解けた。

 すぐに距離を取ろうとした時だ。

 ディフォルテーさんが舞いと共にスキルを唱えた。

 

「私を忘れないで!」

 

 ガクンと身体が重くなる。

 な、なんだこれ!?

 

「ハミング!」

 

 グラリスさんも同じく舞いと共にスキルを唱える。

 ディフォルテーさんとは違うスキルだ。

 これの効果はなんだ!?

 動きが鈍くなった僕にソリンさんがバッシュを打ち込んでくる!

 

「バッシュ! バッシュ! バッシュ! バッシュ!!」

 

 今までソリンさんの攻撃は当たっても加護の回避で無傷だったのに、バッシュを3連続でもらってしまった。

 最後のバッシュは回避したのではなく、SP切れで実際にはスキルが発動していなかった。

 ソリンさんのバッシュに重ねるように、2本の鞭が僕に襲いかかってきて、その攻撃も回避することなく全てもらってしまった。

 

 そして僕のHPは0となっていた。

 



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第24話 今後の計画

 コロシアムにある一室に、関係者全員が集まっている。

 カプラーさんが改めてディフォルテーさん達5人のカプラ嬢を僕とナディアさんに紹介した。

 ナディアさんもカプラ嬢の戦闘力を知らなかった。

 というか秘密の羽に誘われたのも、つい先日とか。

 それで今日、僕がディフォルテーさんと勝負するので、そこでカプラ嬢の戦闘力を見たらいいのでは? とカプラーさんから話があったらしい。

 

「本当はティアにも見せたかったんだけど、勝負するのが貴方と聞いてティアには内緒で来たわ」

 

「え? ティアさんも秘密の羽のメンバーなんですか?」

 

「そうよ。むしろ私より神力範囲外での戦闘経験豊富なティアの方が、カプラーさんにとっては重要視されているわ」

 

「いえいえ~そんなことございませんよ。ナディア様も大事な戦力として期待しております」

 

「ふん! 誰かさんのおかげであんな風になったティアに付き合って、私も神力範囲外での戦闘経験を積むことになったのよ。

 ティア1人で行かせてたら、蝶の羽での離脱タイミングを逃して本当にいつか死んじゃいそうだったからね。

 まあ最近は、誰かさんが何か言ったのか知らないけど、前ほど無謀なことはしなくなったけど……」

 

「そ、そうですか」

 

「ナディア様も! ティア様も! そしてグライア様も~! 神力範囲外での戦闘経験をお持ちというのがポイントなんですよ!

 しかもプロンテラに作られた訓練用の場所ではなく、本当に命を賭けた戦いの経験を持っていることが大事なんです!

 アルデバランを奪還するに当たって、命を賭けた戦いに慣れていることは必須条件と言えるでしょう!」

 

 カプラーさんはずっと上機嫌だ。

 チラチラと怪しい視線を僕に向けてくるので、別の意味で怖くなる。

 そんなに熱い視線を向けられても困るんだけどな。

 

 カプラーさんから説明のあったカプラ嬢の戦闘力は、ソリンさんを除いた4人は同じ能力だった。

 鞭を武器とする。

 矢を鞭で飛ばすことができる。

 スクリームというスキルにより、一定確率で敵をスタン状態に出来る。

 ただし、これは同じPTメンバーも低確率でスタン状態にしてしまうらしい。

 僕との勝負の時に、グラリスさんはディフォルテーさんのPTに入っていなかったそうだ。

 

 さらに、踊り舞うことで特殊なスキルを発動できる。

 ディフォルテーさんの「私を忘れないで」の舞いは、一定範囲の敵の動きを鈍らせることができる。

 グラリスさんの「ハミング」の舞いは一定範囲の味方の命中を上昇させる。

 だからソリンさんのバッシュが僕に当たったわけだ。

 

 他にも「サービスフォーユー」という舞いがあり、一定範囲の味方のSPを増加させて、しかもスキルの消費SPを減らしてくれるそうだ。

 さらに「幸運のキス」という舞いは、なんと一定範囲の味方のクリティカルを上昇させるらしい!

 きたこれ!

 グラリスさんはハミングと幸運のキスを舞えるらしい! いいね!

 

 ソリンさんは突然変異で生まれた戦闘カプラ嬢と呼ばれている。

 なぜかバッシュが使えるし、しかもペコペコに乗ることも出来るそうだ。

 さらには味方のダメージを自分が肩代わりする「ディボーション」に「ヒール」が使える。

 僕との勝負では使わなかったが「リフレクトシールド」というスキルもあり、これは近距離物理攻撃のダメージを相手に反射するスキルだそうだ。

 HPもカプラ嬢としては信じられないぐらい高くて、カプラ嬢の平均的なHPより2000近くも高いそうだ。

 

 ナディアさんはもうすぐナイトの天職を得る予定らしい。

 バッシュに加え範囲攻撃のマグナムブレイクのスキルを得ていた。

 同じくティアさんも、もうすぐプリーストの天職を得る予定だとか。

 

 そして話題は僕のことになった。

 なぜあんなに速く動けるのかと。

 オーディンに会ったことは伏せた。あれを話すのはプーさんだけにしておこうと思う。

 ただ単純に俊敏の加護だけが異常に強くなっていったと説明した。

 特に隠しているスキルもないと説明したけど、実は1つある。

 でも“あのスキル”は自分だけが助かるスキルなので、みんなに伝えるのが嫌だった。

 お前はいざとなったらあのスキルで逃げるんだろ? なんて思われるの嫌だし。

 

 僕が自分のことを説明していると、グラリスさんがチラチラと僕を見てくる。

 ドロップ率のことだろう。

 そもそもグラリスさんが僕を秘密の羽に入れたかったのは、アイテム関連の提供を期待してのはずだ。

 はっきりと僕の口からドロップ率のことを聞いたことがないので、グラリスさんは僕が話してくれることを期待しているのだ。

 

 さて、どうしたものか。

 ぶっちゃけ僕もはっきりと自分のドロップ率がどれくらいなのか分かっていないんだよな。

 しかも、高いドロップ率を得るためには僕が最大ダメージを与えるか、トドメを刺すか。

 となると、必然的に僕にたくさん狩りをして欲しいと願うはずだ。

 そうなると問題なのが、民間の荷物を誰が運ぶかということ。

 フェイさんにはお世話になったし、プロンテラや他の街の人達とも仲良くなったいま、もう荷物運びはしませんでは薄情に思われるだろうし、僕も嫌だな。

 でも何も話さないというわけにはいかないか。

 

「それと、僕もはっきりと分かっていないのですが……僕がモンスターを倒すとアイテムをドロップする確率が非常に高いんですよ」

 

 チラリとグラリスさんを見ると、知的でクールなグラリスさんが、まるで少女のように嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 グラリスさんに預けているアイテムの数々を伝えた。

 そして自分の装備がいまどんな装備なのかも。

 スティレットはホルグレンさんが製作したので、ホルグレンさんは知っていたけど、そのスティレットにカードが10枚刺されているとは思っていなかったようだ。

 しかも同一カード4枚刺しが2つに、残りもソルスケが2枚だ。

 さらには、防具の盾、鎧、肩がスロット4で、靴はスロット3の頭がスロット2。

 それを聞いた時のみんなの表情は、スクリーンショットに撮っておきたかったな。

 

 僕の能力を考慮した上で、今後の計画の打合せが行われた。

 

 

♦♦♦

 

 

「そうか。

 お前がいてくれると何かと助かるんだが、アルデバラン奪還のための大事な任務となれば仕方ない。

 しかしただのノービスのお前にそんな重要な任務大丈夫か? と思うところもあるが、お前の荷物を運ぶ速さからして、ただのノービスではないとは思っていたよ。

 カプラ社が全面的に協力してくれるなら、遠隔地への荷物運びも滞ることはないだろう。

 しっかり任務を果たしてこい!」

 

「はい! ありがとうございます!

 本当に今までお世話になりました」

 

「おいおい。

 その任務とやらが終わったら、また戻ってこいよ?」

 

「フェイさんそんなこといって、可愛いカプラ嬢が来てくれるの楽しみなんでしょ?

 僕が戻ってきたらカプラ嬢と会えなくなるから本当は戻ってこなくていいと思ってるんでしょ!?

 顔がにやにやしていますよ!」

 

「うるせー! さっさとアルデバランを取り返してこい!」

 

 フェイさんに今後は運び屋の仕事が出来ないことを伝えた。

 代わりにカプラ社が荷物運びを手伝ってくれることになった。

 これで僕は狩りに集中できることになる。

 

 寝床の倉庫から寝袋などの荷物は全てアイテムボックスの中に入れてある。

 突然のお別れとなってしまったが、仕方ない。

 今後はフェイさんの倉庫ではなく、カプラ社が用意してくれた宿に泊まることになる。

 グラリスさん達の宿の真正面にある宿だ。

 こっちはカプラ社の男性従業員のための社宅である。

 その一室を僕に提供してくれたのだ。

 

 国は3ヶ月後、アルデバラン奪還作戦を行うそうだ。

 ナディアさんとカリスさんの砦戦が行われる時期と重なるが、既に2人の砦戦は延期が決まっている。

 しかし延期のことは発表していない。

 ボット帝国の裏にはレッケンベル社がいる。

 つまり相手はモンスターではなく、人間だ。

 ルーンミッドガッツ王国の貴族の息子娘が婚姻を賭けて砦戦を行う。

 そう思わせておいて、アルデバランを急襲する。

 ボット戦士そのものは魂のないクローンモンスターだ。

 しかしそれを指揮している人間を欺くことが出来ればと考えたのだ。

 

 国の作戦にカプラ社と秘密の羽も一緒に作戦に参加する。

 しかし、カプラーさんは国の騎士達を信用していない。

 アルデバランでまともに戦えるとは思っていないのだ。

 

 そこで僕達だ。

 命を賭けて戦うことが出来る者を育成しようってわけだ。

 これから3ヶ月、神力範囲外での狩りを軸に鍛錬していくことになる。

 僕にはそれ以外に、対人戦に有効なカード集めの任務もある。

 

 これからが大変だ。

 でもちょっとわくわくしている自分もいる。

 幸運なドロップ率だけではなく、僕自身がちゃんと戦力として期待してもらっていることが嬉しいんだ。

 オーディンに導かれた僕が、この世界のために何か出来る。

 その先に何が待っているのか分からないけど、何もせずに生きていくより、自分の力で自分の道を見つけていきたい。

 

 僕の装備、アイテム、カード集めにはグラリスさんとソリンさんが協力してくれることになった。

 グラリスさんの幸運のキスの舞いと、ソリンさんのディボーションとヒールがあれば、強いモンスターを狩ることも出来るからだ。

 高いドロップ率を期待するには僕1人で倒す必要があるので、この布陣となった。

 

 僕は秘密の羽にアイリスさんを推薦しておいた。

 僕と一緒に狩りをしていたアーチャーで、僕の実力のことも知っていると。

 みんなの前ではさすがに肩車戦法を取ることはできないけど、アイリスさんなら普通に戦っても十分に戦力になるはずだ。

 ディフォルテーさんが接触してみると言ってくれた。

 

 アイリスさんと共にプーさんも推薦した。

 しかしそれはだめだった。

 

「プー様は既に別の組織に所属しておられるそうです。

 神力範囲外で狩りをしている主だった冒険者の方達については全て調査しておりまして、信頼できる方には秘密の羽のメンバーになってもらっております。

 ですがプー様は既に「ダンデリオン」というモロクで活動している組織に所属しておられました。

 モロクで活動するボランティア団体なのですが、幹部は実力者ばかりのようです。

 アルデバラン奪還作戦には協力を申し出て下さっているようなので、共に戦うことになると思います」

 

 プーさんはギルドには所属していないけど、ダンデリオンという組織に入っていた。

 一緒に秘密の羽で活動できればよかったけど、プーさんにはプーさんの目指すところがあるのだろう。

 

 プーさんの話題の時にちょっと気になる情報も耳にした。

 

「そういえば最近、モロクで「どうしてモテないんだ~!」と叫ぶ変なアサシンがいるという噂が……」

 

 僕はその情報を何も聞かなかったことにした。

 

 

♦♦♦

 

 

 翌日から地獄のようなスケジュールが用意されていた。

 寝る時間以外はずっと狩りの状態です。

 ゲームなら廃人と呼ばれるようなスケジュールです。

 

 グラリスさんやソリンさんなど、カプラ嬢さん達と一緒に狩りをしてみて分かったのが、アルデバランに残されたカプラ社の仲間達を1日でも早く救ってあげたいという想いだった。

 特に「ダブリュー」というカプラ嬢を心配していた。

 新人のカプラ嬢の中でも、早くからカプラ倉庫や戦闘スキルに目覚めていた期待の星で、みんなからは末っ子のように可愛がられていたとか。

 

 イズルートダンジョンではタラフロッグを狩りまくり、Sシールド狙いでカナトゥスも一緒に狩りまくる。

 神力範囲外の3FにいるオボンヌからはSセイントローブを狙い、鍛錬のついでに狩っていった。

 人間型モンスターへのダメージ増加(大)のヒドラカードを狙った時は、ちょっとわざとグラリスさんにヒドラの触手が伸びないかと期待したが、最初にタゲを取る僕以外に触手が伸びることはなかった。

 そしてなぜかヒドラの時はソリンさんもディボーションをしてくれなかった。

 

 Sバックラーを求めて嫌な思い出のあるゴブリン村にも連れていかれた。

 神力範囲内だからと、かなり無茶な狩りをさせられた。

 一度だけゴブリンリーダーに遭遇したけど倒すことが出来た。

 ゴブリンリーダーの仮面がドロップしました……。

 

 僕が中ボスカードのセット効果を狙っていることが分かると、中ボス狩りも手伝ってくれた。

 マスターリング、トード、ドラゴンフライ。

 ドラゴンフライからはS3クリップが出た。

 こいつもクリップ落とすのか!

 トードからは大きなリボンが何個も落ちて、カプラ嬢のみなさんに上げたらすごく喜んでもらえた。

 後でアイリスさんにそのことがばれて拗ねられた。

 

 アイリスさんも秘密の羽に入った。

 そのため、僕のドロップ率のことを知ることになったのだ。

 秘密の羽に入ることになった時に、僕から直接伝えたんだけどね。

 大きなリボンを求めてトードを狩っていた時に内緒にしてごめんと謝った。

 怒られるかと思ったけどそんなことはなかった。

 でも、大きなリボンが大量にカプラ嬢に渡ったことは、ちょっと怒っていたのだ。

 

 エンジェリングとゴーストリングがポリン島に出現すると、深夜でも叩き起こされた。

 天使のヘアバンドは2個出たけど、結局カードは1枚も出なかったな。

 ゴーストリングを倒すのがしんどかった。カプラ嬢総出でサポートしてくれるからゴスリンと1対1の状況になれるけど、念属性相手はしんどい。

 属性短剣はホルグレンさんが用意してくれた。

 

 その他にも、とにかくいろんなところに行っては、延々と狩りをした。

 高いドロップ率のためにも、僕は1人で戦わないといけない。

 グラリスさんとソリンさんは囲まれた時は助けてくれるけど、基本的に補助スキルを使うのみだ。

 汗を流して息を荒げて戦うのは僕である。

 

 アイリスさんは、ナディアさんのPTに入ってレベル上げをしている。

 ティアさんとアイリスさんが初めて会った時、ティアさんがアイリスさんを実に不思議そうに見ていたそうだ。

 とは言ってもあいかわらず目隠ししているそうなので、目と目は合っていない。

 そして、何やら「匂いが」とかティアさんは呟いていたとか。

 僕は一度もティアさんと会っていない(というかナディアさんが会わせてくれない)ので、ナディアさんから伝え聞いただけ。

 たまにアイリスさんは僕に会いにくるけどね。

 それなりに上手くやっているそうなので、一安心だ。

 ただ、ティアさんが自分の太ももや股の匂いを異常に嗅ぎたそうにするのがちょっと怖いとアイリスさんが言っていたな。

 

 

 あっという間に2ヶ月が過ぎた。

 僕のベースレベルは75になっていた。

 いったいどんだけハイペースなんだよと思う。

 

 カプラ嬢の戦闘スキルと一緒に戦ってくれることを事前に知っていれば、僕の装備のカードの考察ももっといろいろ考えられたかもしれないが、あれこれ欲しても仕方ないので良しとした。

 アルデバランを取り返した後も戦いは続く可能性が高いのだ。

 今後、また装備は揃えていけばいいさ。

 これまでの狩りで得た装備、カード、アイテムのほとんどはカプラ社へ提供して、カプラ社から秘密の羽や国などに無償で渡されている。

 全てはアルデバランを奪還するためだ。

 

 

 そして明日から、僕らは鍛錬のためにある場所で狩りを行うことになっている。

 もちろん命を賭けて。

 

 その場所の名は「グラストヘイム」

 

 僕が知る限り最高難易度のダンジョンである。

 



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間話 とあるアサシンの物語1

 暑い太陽の光りに照らされながら男は彷徨っていた。

 これからは自分の時代だと信じて疑わない男にとって、この状況はまったくもって理解出来ず、ただただ彷徨っていた。

 

(なんでモテないんだ?)

 

 男はモロクの街を彷徨いながら考えた。

 1次天職シーフを得た後、パシリのようにコキ使われながらも、アサシンになるために手厚い支援を受けられるギルドに所属した。

 苦労を体験しておくことが、将来の自分のためにもなると思っていた。

 カッコ良い自分になるために。

 

 アサシンとは本来、一般の人達の前に簡単に姿を見せることなどない。

 影に生きる暗殺者なのだから。

 しかし男は違った。

 スキップしながらモロクの街を歩き回ったのだ。

 それがまたおかしな人と思われる原因になっていることに、この男は気付いていない。

 街を歩けばそれだけで女性が自分にすり寄ってくると思っているのだから。

 

(だってアサシンだぜ? 超カッコいいんだぜ? なんで「キャー! アサシン様よ!」っていう黄色い声援と共に美女が近寄ってこないんだ?)

 

 根本的に何か間違っている男はモロクを彷徨った。

 ぶつぶつと、なんでモテないんだ、なんでモテないんだ、と呟きながら。

 それがさらにこの男の評判を下げていることに気付かないまま。

 

 男がふと見ると、同じアサシンの衣装を着ている人を見つけた。

 川の辺に腰を下ろし、ぼ~っと遠くを見つめている。

 同じアサシンとしてふと気になったので、近寄って声をかけてみた。

 

「こんにちは。こんなところで何をしているんですか?」

 

 見ると初老の男性だった。

 すでに現役を退いていてもおかしくない。

 ぼ~っと男を見つめる初老の男性。

 

「あ、俺はグリームといいます。つい先日アサシンになったばかりなんです」

 

「……」

 

「俺、アサシンになったから女の子からモテまくると思っていたんです。でも違うんです。現実は違うんです。街を歩いても全然声かけられないんですよ!」

 

「…………」

 

「どうしてなんでしょうね。おかしいな……俺が小さい頃、モロクで会ったアサシンは綺麗で可愛い女の子を何人も連れていたのに。

 そして俺に言ったんですよ。「坊主! アサシンになればハーレムし放題だぞ!」ってね」

 

「………………」

 

「俺、その言葉を信じてここまで来たのに。

 あの言葉は嘘だったのかな。あのアサシンの人はゼニーで女性を買っていたのかもしれないな。

 俺はこれからいったいどうしたら……」

 

 グリームは見知らぬアサシンの老人に、独り言を呟くように告白していった。

 馬鹿な自分の考えを見知らぬ人に聞いてもらうことで、自分を慰めたかったのかもしれない。

 普段、アサシンが街で姿を見ないのは、きっとみんなハーレム達と宿屋でよろしくしていて、夜になると暗闇に紛れてモンスターを暗殺しているとグリームは信じていた。

 まったくもって馬鹿である。

 そんなアサシンは世界を見渡してもいない。

 いや、かつて1人だけいたが……。

 

「モテたいか?」

 

 初老のアサシンがグリームに突然聞く。

 

「ええ、モテたいですよ」

 

「そうか……俺が導いてやろう!」

 

 突然立ち上がった初老のアサシンは、さきほどまでの生気のない目から、燃え上がるようなやる気に満ちた目と顔つきに変わっていた。

 

「クリームよ! 俺と共にハーレムを築こう! 取り戻すのだ! アサシンの栄光の日々を!」

 

「……俺グリームですよ?」

 

 呆気に取られるグリームを余所に、初老のアサシンは勝手に盛り上がっていった。

 そして2人はパーティーを組むことになる。

 

 

♦♦♦

 

 

 初老のアサシンは弱かった。

 とてつもなく弱かった。

 弱いくせにグリームにはあれこれと指示を出す。

 いつまで経ってもグリームをクリームと呼ぶ。

 そして自分の名を名乗ることもせずに、自分を師と呼べと強制してきた。

 

 師と呼べと強制してきたくせに、本当に弱かった。

 毎回のごとくグリームに助けられる始末だ。

 グリームもおかしな人とパーティーを組んでしまったと思いながらも、たった1つだけ師を敬っていることがある。

 

 それは女性の口説き方講座である。

 師が語るその講座の内容にグリームは感動した。

 自分の知らない世界をこの人は知っている!

 戦闘能力は置いといて、グリームはこの人を師と仰ぎついていくことにした。

 

 師とグリームはいろんなダンジョンを巡った。

 基本的に神力範囲内での狩りが多かったが、突然師が神力範囲外まで行くぞ! と言ってはグリームを困らせた。

 そしてちょっとでもピンチなると、グリームよりも早く蝶の羽でさっさと逃げる師であった。

 

 

 朝早くから師と共にダンジョンに籠る毎日。

 こんなことでハーレムの夢が達成できるのか疑問ではあるが、夜寝る前に語られる師の女性の口説き方講座を聞くために、グリームは頑張った。

 気付けばモロクにあるピラミッドダンジョン、スフィンクスダンジョンのかなり深層での狩りが出来るようになっていた。

 しかもお荷物の師を守りながら。

 神力範囲内での狩りは少なくなり、神力範囲外で狩ることが普通になっていった。

 もちろん危なくなればすぐに蝶の羽で脱出するが、脱出の早さでグリームが師に勝てたことはない。

 

 師は本当に手のかかる人だった。

 お酒も大好きで、毎日のダンジョンで狩った儲けをその日のうちに飲んで使ってしまう。

 仕方がないので、グリームは自分の取り分は全部貯金することにした。

 寝る時もだらしない。

 すぐに布団を蹴飛ばすし、それでいて身体が弱いのかすぐに熱を出す。

 グリームは師が布団を蹴り飛ばす音が聞こえると起きる体質になっていた。

 そして師に布団を掛け直すのである。

 

 最初は女性の口説き方講座を聞き終えたらパーティー解散でおさらばしようと考えていたグリームであるが、どこか憎めない師を置いていくのも可哀相な気がしていた。

 それにダンジョン内での戦闘中に、まったく役に立たないくせにあれこれと指示してくるその言葉も、よくよく考えれば理にかなったアドバイスであると気付いてきたのだ。

 師の言葉通りに動きを変えてみた。

 それはモンスターに対して効果的な動きとなり、グリームの戦闘能力をさらに高めていった。

 

 ある日、ピラミッドダンジョンの地下2Fでミノタウロスを狩っていた時だ。

 師がグリームに聞いてきた。

 

「どうだクリーム。

 相手の動きが見えてきたか?」

 

 偉そうに言っているが、ミノタウロスのスタンスキルが怖くて距離を取って遠くからグリームの戦いを見ているだけである。

 

「うっす! 師よ! 相手の動きが見えてきました!

 相手が次にどんな動きをするか! なんとなく分かっちゃいますよ!」

 

 対してグリームの成長ぶりは素晴らしいものがある。

 ミノタウロスがスキルの詠唱に入ると素早く移動して、スタンスキルをかわす。

 そして必殺のソニックブローをミノタウロスに打ち込むと、クルクルと回転したミノタウロスは光りの粒子となって消えていった。

 

「ふむ、クリームなら明鏡止水の境地に辿り着けるかもしれんな」

 

「明鏡止水?」

 

「邪念がなく澄み切って落ちついた心のことじゃ。

 その境地に辿り着けば、相手の動きの全てが手に取るように分かる」

 

「ほえ~! それはすごいっすね!

 明鏡止水か~! いつか会得しちゃいますよ!」

 

「うむうむ、クリームならきっと辿り着ける」

 

 もはやクリームと呼ばれることに何の違和感を覚えなくなってしまったグリーム。

 ダンジョンの角から現れた次なるミノタウロスに向かってカタールを向けた。

 

「うっしゃああああ!」

 

 

♦♦♦

 

 

 グリームが師とパーティーを組んで2ヶ月ほど経過した。

 師はあいかわらず酒を飲んではだらしなく寝る。

 しかし朝早く起きてはグリームを連れてダンジョンを巡っていた。

 

 グリームもそんな毎日が当たり前になっていたが、師と違いこの2ヶ月の間貯金しまくったので、そろそろ装備の更新をしようかと悩んでいた。

 今はスロット無しのカタールを使っている。

 スロット無しで製作してもらったので、基礎値はその分高いが、やはり将来的にはカードを刺して強化していきたい。

 いきなりスロットの多いカタールを望むのも難しいが、せめて3スロットか4スロットぐらいは欲しいな~と考えていたのだ。

 

 そんなある日、師がグリームに新たな試練を与えると言い始めた。

 それは装備、アイテム、ゼニーを全て師に預けた状態でアサシンギルドまでを往復してくるというものだった。

 フィールドは全て神力範囲内ではある。

 しかしボット帝国の戦士達はモロクの周辺でも確認されており、万が一襲われたら危険だ。

 

「せめて蝶の羽を1つ持たせてくださいよ~」

 

「クリームは軟弱だの~。

 俺が若い頃はもっと危険なことに挑んだものだ」

 

「その頃はボット帝国なんて脅威がなかったでしょうが!」

 

 師は仕方ないといって、蝶の羽を1つだけグリームに持たせてあげた。

 

 

 暑い太陽の光りに照らされながらグリームは走った。

 アサシンギルドに向かって。

 モロクから全速力で行けば3時間で着く。

 道順も分かっているし、ボット戦士に遭遇しなければ何も問題ないのだ。

 モンスターはハイディングとクローキングを駆使してやり過ごした。

 

 自分が思っていた以上に速く動けたので、5時間ほどでアサシンギルドを往復してきた。

 戻ったグリームを見て師は「速いの~」と嬉しそうに微笑んだ。

 

 しかし、問題はここからだった。

 

「ほれ」

 

 師がグリームに預かっていた装備とアイテムを返す。

 しかしゼニーは返さない。

 

「ほえ? 師よ、俺のゼニーを返して下さい」

 

「ほえ? ないよ」

 

「ほえ? 何言ってるんですか?」

 

「ほえ? だからないって」

 

「ほえ? 何が?」

 

「ほえ? だからゼニーが」

 

「ほえ? なんで?」

 

「ほえ? 使ったから」

 

「ほえ? 何に?」

 

「ほえ? 酒飲んだ」

 

「てめぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 怒り心頭のグリームは師の頭に思いっきり頭突きをかました。

 動きの遅い師が避けれるはずもなく、グリームの頭突きでふっ飛んでいった。

 

「痛いじゃないか!」

 

「返せ! 俺のゼニーを返せ!」

 

「まったく騒ぐんじゃない! ケチケチするな! また貯めればよかろう! あれは口説き方講座の代金としてもらったのだ!」

 

「師が勝手に話していただけでしょ!

 それに狩りで何もしないくせに、狩りの儲けの半分を持っていったじゃないですか!」

 

「あれは狩りでのアドバイス代金じゃ!」

 

 2人の喧嘩は、宿屋の主人がうるさいと注意しにくるまで続いた。

 

 師はチラチラとグリームが平常心を取り戻しているか何度もチラ見してきた。

 それがまたイラッとするのであるが、この師はそんなことお構いなしである。

 

「なんですか?」

 

 グリームの方から声をかけた。

 

「怒ってる?」

 

「怒ってますよ」

 

「こんなことで平常心を失っていては、明鏡止水の境地に辿り着くのはまだまだ先じゃの~」

 

「くっ!」

 

 さらにグリームをイラつかせる。

 そこに追い討ちをかける。

 

「クリームよ。己の未熟さを叩き直すために、明日はグラストヘイムへ向かうがよい。

 グラストヘイム最下層地下洞窟2階に「ごっついミノタウロス」というモンスターがおる。

 ごっついミノタウロスのカードを手に入れてくるまで、モロクに戻ってくることを禁ずる!」

 

「はぁ~!?

 何言っちゃってるの!? グラストヘイム!?

 あそこがどんだけ危険か分かって言ってるんですか?

 い~や、師は分からないでしょうね。

 戦闘能力のない師は、グラストヘイムがどれだけ危険か分かるはずがない!」

 

「なんだ、クリームは知っているのか?」

 

「お、俺も行ったことないですよ!

 当たり前じゃないですか!

 あそこは強豪ギルドが入念な準備のもと狩りを行うような場所ですよ!

 それでも死者が出ることがあると聞きます!

 そんなところに行けるわけないじゃないですか!」

 

「ふ~~~ん、俺は行ったことあるけどね」

 

 当たり前のように師が言う。

 グリームは師の嘘だとすぐに判断する。

 

「そんな嘘ついたってダメですよ!」

 

「嘘ではない。これが証拠だ」

 

 師はぽいっと床に1枚のカードを落とした。

 それは、「ごっついミノタウロス」のカードだった。

 

「え……ええ!?」

 

「分かったか? ごっついミノタウロスのカードを手に入れるまで帰ってくるなよ」

 

 グリームは思った。

 そのごっついミノタウロスのカードを売れば、俺から奪ったゼニーを返せるんじゃないか? と。

 

 その日も師はだらしなく寝ていた。

 師が布団を蹴飛ばすと音で起きてしまう体質となったグリームは、自分のゼニーを使い込んだ師に布団をかけてやる。

 まったくとんでもない師だ、と思いながら。

 

 しかしどうしてこんな師が、ごっついミノタウロスのカードを持っているのか。

 あれは本当に師が狩ったものなのか?

 商人から買ったとか、まさか誰からから盗んだとか!?

 いや、さすがに盗みをするような人には思えない、とグリームは信じた。

 本当はちょっとだけ盗んだ可能性もあるかもしれないと思っていたけど。

 

 翌日、師に挨拶をしてグリームはたった1人でグラストヘイムに向かっていった。

 その背中を師は見えなくなるまで見送っていた。

 

 男は知っている。

 グラストヘイム最下層にいるごっついミノタウロスの中に、突然変異で生まれてくる信じられない強さをもったミノタウロスがいることを。

 その強さ恐ろしさを前に、泣き叫びながら逃げたアサシンがいることを。

 そのアサシンはその日から、モンスターと戦うことが怖くなり、全ての栄光を失ったことを。

 

 その日、モロクから2人のアサシンが姿を消した。

 




第2章はこれで終わりとなります。

ストック無くなりました。
毎回ストックなんて、あってないようなものですが。

来週は仕事忙しいので、第3章の開始まで1週間から10日ほどかかると思います。
長いと半月ほどかかるかも。


第3章はグラストヘイム編です。


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第3章
第25話 馬乗り


 最高難易度ダンジョン「グラストヘイム」。

 ここで狩りをするとなれば、強豪ギルドが大人数PTを組んで狩りを行うことになる。

 例外的に神力範囲外で狩りを行う冒険者達がたまにいるそうだが、僕らはその例外的な部類に入るのではないだろうか。

 

 僕らの戦力は僅か3PT。

 しかもそのうち1つは僕がリーダーのPTであり、幸運なドロップ率でレアアイテムを狙うためPT人数はたった4人である。

 残りの2PTは12人とフル人数だ。

 

 今回の狩りには「ダンデリオン」の人達も参加することになった。

 アルデバラン奪還作戦時には協力してくれることになっている人達だ。

 そしてプーさんが所属する組織でもある。

 

 その幹部連中はみな神力範囲外で狩りを行う実力者揃い。

 そのことを聞いた時、もしかしてみんなプーさんみたいに2次天職の上位職持ちなのか? と思ったけど、そのことは秘密とプーさんと約束しているので何も聞かなかった。

 カプラーさん達が2次天職の上位職の存在を知っているのかどうか分からないが、僕から話すことはできない。

 プーさんが自分から話してくれるといいんだけど。

 

 第1PTのリーダーはなんとカプラーさん。

 カプラーさんも実は戦闘スキル持ちだったのだ。天職はカプラ執事という職だ。

 主に楽器を奏でて戦うという特殊なスタイルの天職で、補助的なスキルが多かった。

 その中でもブラギの詩というスキルはかなり強力だ。

 一定範囲の味方のスキル詠唱時間を短縮してくれるので、ウィザードとの相性が抜群に良い。

 さらに、真の力はカプラ嬢達の踊りと合わさった合奏スキルといわれるもので、様々な効果を発揮してくる。

 第1PTはカプラ社と秘密の羽のメンバーで構成されており、アイリスさんとナディアさんも第1PTだ。

 アイリスさんはハンターの天職を得ているし、ナディアさんはナイトの天職を得ている。

 

 第2PTのリーダーはレイヤン・ムーアさん。

 ターバンと外套を着ているので、どんな人かよく分からないが声からしてまだ青年と思われる。

 ダンデリオンの実力者で天職はアサシンらしい。本当はアサシンの上位職なのかもしれないけどね。

 その他のメンバーもダンデリオンで構成されている。

 プーさんももちろんここだ。

 

 そして問題の第3PT。

 リーダーは僕。

 メンバーは、グラリスさん、ソリンさん、そしてティアさんだ。

 

 ティアさんが僕のPTとなった。

 プリーストはいた方がいいだろうということで。

 

 ティアさんはプリーストの天職を得ている。

 明日のグラストヘイムの狩りに備えて、今日はゲフェンの宿に泊まるのだが、久しぶりに今からティアさんと会うことになっている。

 ナディアさんやアイリスさんから聞いている限りでは、「普通」に戻ってきているらしいのだが……。

 

 僕の部屋に集まって明日の打合せを行うことになっている。

 女性が3人も自分の部屋にやってくると思うと、ちょっと緊張してしまうな。

 

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえたので「どうぞ」と声をかけると、ドアを開けて入ってきたのは……ティアさんだった。

 し、しかも……目隠ししていない。

 足鎖も鉄球も引きずってない。

 あ、あれ? 本当に普通だぞ。元の清楚で可愛らしいティアさんに戻った?

 

「お、お久しぶりです」

 

 おそるおそる声をかけると、

 

「お久しぶりです」

 

 おお! 普通だ! 普通に返事してくれたよ!

 よ、よかった~。元に戻ったんだ。清楚で可愛いティアさんが戻ってきたんだ!

 

 いや、ただ戻ってきただけじゃない。

 あいかわらずのビックマウンテンに、どこかエロティックなプリーストの服を着たティアさんは妖艶なフェロモンを漂わせている。

 どうしてプリーストの衣装はこんなにもスリットが深いんだ?

 なぜだ……何がそうさせるのか……。

 

「プリーストの天職おめでとうございます。

 ティアさんならきっとプリーストになれると思っていました」

 

「ありがとうございます。これも全て主の導きのおかげです。

 プリーストの天職を得たいま、身も心も主に捧げ、主のために生き、主のために私の力を使っていこうと思います」

 

 なんて信仰深い聖職者なのだろう!

 こんなに素晴らしい信者を持ったオーディンは幸せ者だな。

 

 僕のことを優しい微笑みの笑顔で見つめてくれるティアさん。

 あの新人大会の時の姿が嘘のようだ。

 どこから見ても立派なプリーストである。

 スキルもちゃんと回復補助系を取れているのかな?

 

「1つお聞きしたいことがあるのですが……」

 

 ティアさんが僕の側に寄ってくると、隣に立って聞いてくる。

 打合せのために椅子は人数分用意してあるから座ればいいのに。

 

「なんですか?」

 

「アイリスさんから聞いたのですが……その、アイリスさんと一緒に狩りをされた時、アイリスさんを肩車していたとか……本当でしょうか?」

 

「あ、いや、それは……」

 

 あれ~? なんでそのこと知っているんだ?

 アイリスさんが喋ったのか? でも本人も恥ずかしいとは思っているようだったから喋るとは思えないんだけどな。

 

「アイリスさんから聞いたんですか?」

 

「はい。先日ご一緒にご飯を食べた時、アイリスさんが珍しくお酒を飲まれてその時に……」

 

 あ~お酒か。

 アイリスさんはまったくお酒が飲めない。

 ドワーフって酒豪なイメージだけど、アイリスさんは違う。

 実際、酒豪なドワーフは多いそうだ。でも全員が全員そういうわけではない。

 納豆が嫌いな日本人がいるように……そう僕のことである。

 

「そうでしたか。確かにアイリスさんと狩りをする時に肩車をして狩りをしたことはありますね。ほら、アイリスさんって小さいじゃないですか。それで僕が肩車して逃げ回っている間に、弓で攻撃してもらってモンスターを倒していたんですよ。

 ま~最近はまったくしていませんけどね」

 

 当時はかなり有効な戦法だったと思う。

 僕も今ほど装備は充実していなかったし、戦う技術も高くなかった。

 アイリスさんの危険三角地帯と太ももの感触に魅かれていたのも事実だけど。

 

「そうでしたか……」

 

 ティアさんはどこか寂しそうな表情だ。

 変態とか思われちゃったのか?

 今まで好意的に思っていた相手が実は変態だった! とショックを受けているのだろうか。

 ティアさんは僕の顔を真剣に見つめながら、

 

「お願いがございます」

 

 

♦♦♦

 

 

 いま僕はドアを開けて固まっているグラリスさんとソリンさんと見つめ合っている。

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 ああ……普通に戻っていると思ったら、全然そんなことなかったのだ。

 

「お邪魔でしたね。出直してきましょうか」

 

「そ、そうね……そうしましょうか」

 

「ち、違うんです! ま、待って!」

 

 何が違うのか、僕にも分からない。

 この状況を見られたいま、何を言っても説得力なんてないだろう。

 ドアをノックする音を聞き逃したのが致命傷となってしまった。

 いや、正直言うとちょっと興奮してしまい、完全に意識がこっちに集中してしまっていたのだ。

 

「ああ……主よ。私は幸せ者です。は、早く、私の首に……」

 

 四つん這いになって僕を背中に乗せているティアさんが恍惚な表情で嬉しそうな声を上げている。

 

 

 僕がアイリスさんを肩車していたことを知ったティアさんは、逆に僕を背中に乗せたいと願い出てきたのだ。

 僕は最初、頭の上に?マークが出ていた。ティアさんが何を言っているのか本当に一瞬理解できなかった。

 まだ、自分も肩車して欲しいと言ってくれた方が理解も出来ただろう。

 

 ティアさんは床に四つん這いになった。

 そして「主よ! 私にどうぞお乗りになって下さい」と言ってきたのだ。

 

 この時、僕はティアさんの言う「主」が僕のことだと気付いた。

 てっきり神に祈りを捧げる聖職者かと思ったら、僕に祈りを捧げる聖職者になってしまっていたとは!

 そんな状態でもプリーストの天職を得ることが出来たのも驚きだけど。

 

 どうにかティアさんを説得出来まいかと頑張ってみたものの、ティアさんはどうしても僕を乗せたいと言うことを聞いてくれない。

 主の言うことを聞かないとか、それはそれでどうなんだ? と思う。

 しかし、そこは僕も男である。

 床に四つん這いになって、ちょっとお尻を振りながら、乗って欲しいなんて言われた日には、そりゃ~そうしたい! と思うわけですよ。

 ティアさんに、1回だけですからね? と言いながら、ついつい乗ってしまったのだ。

 

 なんていうか興奮してしまった。

 四つん這いの女性の背中に乗っていることに。

 しかも、ティアさんはアイテムボックスに入れていたのか、首輪を取り出してきた。

 

「これを私の首に……」

 

 その首輪からは鎖が伸びており、まるで手綱だ。

 こ、これはいかん! とさすがに僕の理性が働いた。

 でも興奮もしてしまった!

 

 鎖の手綱付き首輪を手に持ちながら興奮していた時だ。

 いつの間にかドアが開き、そこにはグラリスさんとソリンさんが立っていたわけである。

 

 

 2人が僕を見る目が痛い。

 グラリスさんは眼鏡をくいっ! と持ち上げて「そういうプレイがお好みなんですね」なんてボソッと呟いていた。

 ソリンさんはグラリスさんの背中に隠れて、顔を赤くしながらチラチラとこっちを見ている。

 知らない世界を見てしまった! みたいな感じなんだろうな。

 

 僕はそっとティアさんの背中から降りて椅子に座った。

 ふぅ~っと息をついて、何事もなかったように、

 

「明日の打合せをしましょうか」

 

 自分の胆力を少し褒めたいと思った。

 

 正気? に戻ったティアさんが椅子に座り、おそるおそる部屋に入ってきたグラリスさんとソリンさんも何とか椅子に座ってくれた。

 こうして何とかグラストヘイムでの狩りについて打合せを行うことができたのである。

 

 

 グラストヘイムでの狩りは1日ではない。

 予定では5日間行うことになっている。

 最初の2日間、3PTは一緒にグラストヘイムの各地を回る。

 グラストヘイムで狩りをしていた者達もいるので、お互いの情報を交換したり、確認したりする。

 また初めての者はこの2日間でグラストヘイムのことを学ぶ。

 

 3日目と4日目は、PTごとに分かれて各地を回る。

 つまり僕達はたった4人で回るのだ。

 最初の2日間で、誰よりも真剣に学ばなくてはいけないのは、間違いなく僕達だろう。

 僕だけじゃなく、ティアさん、グラリスさん、ソリンさん達もみんなグラストヘイムでの狩りは初めてなのだ。

 

 最後の5日目はメンバーを入れ替えて回る予定らしい。

 これは4日目が終わってからメンバーを考えるそうだ。

 

 神力範囲外なので、危なくなったら蝶の羽で離脱する。

 セーブポイントはゲフェンにしてある。

 狩りの失敗も想定しているので、とにかく死なないことを最優先にする。

 

 打合せでは、お互いの戦闘能力を確認していった。

 特にティアさん。いったいどんな風に成長したのか聞いてみたら……、

 

 ニュマあり。

 ヒール10、ブレス10、速度増加1、速度減少10、キュア、エンジェラス3、聖水。

 リカバリー リザレクション1 LD5 LA。

 

 プリーストのジョブレベルは15らしいから、恐らくSP回復力向上かメイス修練のパッシブが上がっているのではないだろうか。

 

 速度増加1が残念すぎる。

 そして速度減少10って……。普通ここ逆じゃね?

 

 アコライト時代は殴りアコだったし、Str型と思われるティアさんには速度増加で俊敏を上げるよりも、相手の動きを鈍らせる速度減少の方に才能が目覚めてしまったのかもしれない。

 それでも足鎖や鉄球を引いていたので、加護ではなく人として俊敏はそれなりに高いだろうけど。

 

 む……Str型?

 

「ティアさん……HPとSPって装備無しでいくつですか?」

 

 ティアさんのベースレベルは67。

 HP2800のSP600ぐらいだった。

 マニピも覚えてないし、これは装備で補強しないとSP切れの心配が高いな。

 僕が貯めている青ポーションとか、ユグ種、ユグ実を渡しておいた方がいいかもしれない。

 

 グラストヘイムで僕の幸運ドロップ率で期待されているのは、レイドリックカードだ。

 これは無属性攻撃の耐性をアップするカードで、対人戦で役に立つ。

 もちろんその他のカードやスロット防具にオリデオゴンやエルニウムとかも期待されているけどね。

 

 そのため、3日目と4日目はグラストヘイムで「騎士団」と呼ばれる場所で狩りを行う予定になっている。

 レイドリック以外にも強敵揃いなので今回はさすがに僕1人でずっと戦うことはない。

 グラリスさん、ソリンさん、そしてティアさんも攻撃に回ってもらう。

 レイドリックは出来るだけ僕1人で倒すという作戦だ。

 

 騎士団は1階と2階があるけど、1階で狩りをする。

 2階には「深淵の騎士」という強敵や「ブラッディナイト」という強いボス級モンスターがいるからだ。

 

 打合せも終わり、グラリスさんとソリンさんが部屋を出ていく。

 が、ティアさんが出ていこうとしなかったので、慌ててグラリスさん達を呼び止めて、一緒にティアさんを連れていってもらった。

 どうもまた僕に乗って欲しかったようだけど、僕も変な趣味に目覚めてしまう可能性を否定できないので、とにかくお引き取り願った。

 

 

 翌日、朝早くにゲフェンからグラストヘイムに向かって全員で出発した。

 ちなみにワープポタールは使えない。

 ワープポタールはゲームとは違う仕様なのだ。

 ワープポタールは登録した教会内にワープするスキルとなっている。

 好きなフィールドの地点にポイントを設置することはできない。

 また教会内をポイントとして登録するにも、その教会の神父さんの祝福を受けないと登録できないのだ。

 ワープポタールのスキルレベルが高いほど、登録できる数は増えていく。

 

 また誰でも教会内をワープポイントとして登録できるわけではない。

 プリーストの天職を得てワープポタールのスキルを得ていても、ギルドなどで信頼できる冒険者と認められなければ登録は拒否される。

 ボット帝国のスパイとかに登録されたら大変なことになるからね。

 

 

 グラストヘイムまで僕達の移動速度なら5時間ほどだ。

 僕1人なら1時間で行けるだろうけど。

 グラストヘイムの外のフィールドでテントを張るので運ぶ物資も多い。

 なので荷物運び用のブラックスミスがいると聞いていたけど、それがまさかマルダックさんだったとは。

 

 マルダックさんはつい先日、ブラックスミスの天職を得たそうだ。

 なのでまだジョブレベル3。

 僕達の知り合いということで白羽の矢が立ち、ホルグレンさんの指示? 脅迫? によって秘密の羽にも入っている。

 

 ちなみにホルグレンさんも第1PTに入っている。

 カプラーさん曰く、かなり強いらしい。

 

 ここにカリス君とグリームさんがいれば、新人研修の時のPTメンバー全員がいることになるのだが。

 カリス君は騎士として国が用意した神力範囲外の訓練所で鍛錬しているそうだ。

 グリームさんはカリス君のギルドを抜けた後、アサシンの天職を得るためにモロクに向かったところまでは行方が知れているけど、その後のことは分からない。

 モロクの街で見かけたという情報はあったので、元気にやっていることを願うばかりだ。

 




第3章開始となりました。

更新頻度は早いと3日程度、遅いと1週間から10日程度の予定です。


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第26話 夜風

 道中はなんの問題もなく、グラストヘイムに到着です。

 コボルトやプティットと遭遇したけど、これだけの実力者が揃っているのだから瞬殺である。

 そもそもテントを張るのはこのプティットが生息しているフィールドだ。

 見張り番を置いて当然に撃退できるからこそテントを張れるのである。

 

 マルダックさんを含めた荷物持ちと見張り番役の人達は、ここプティットフィールドで狩りを行うことになっている。

 ここは神力範囲内なので安全だしね。

 ボット帝国に注意しつつ、僕達が戻ってくるまで、ここで狩りをしてレベル上げを頑張ることになる。

 

 僕達はすぐにグラストヘイムの中に入っていった。

 まずは玄関となるフィールドがある。

 ここから古城、騎士団、階段、修道院などの場所に入っていく。

 

 まずは古城に行った。

 ウィスパー、セージワーム、ライドワード、ダークフレーム、ジェスター、ジョーカー、アリス、カーリッツバーグ、オウルデューク。

 そして魔剣モンスターのオーガトゥースまでいる。

 まさに強敵揃いである。

 

 しかし、僕達は順調に狩っていく。

 ゲームとは違い広大な城の内部と、そこに存在するモンスターの数は想像以上に少ない。

 1匹でいることもあるし、多く集まっても3~4匹程度である。

 当然、瞬殺となる。

 もちろんここまで簡単に倒せるのは、メンバー1人1人の質が異常に高いというのもある。

 みんなの動きを観察すれば、自分がどれだけ未熟かよく分かる。

 もちろん、単純なスピードなら誰にも負けない自信があるけど、ただ速いだけではダメなのだ。

 

 戦闘経験豊富な人達に囲まれる安心感はすごく、ここが神力範囲外だと忘れてしまいそうだ。

 しかしここはまぎれもなく神力範囲外であり、HP0の状態で攻撃を受ければ死んでしまう。

 気を抜くことなく、みんなについていった。

 

 古城は2階もあるのだが、こっちは入り口付近を軽く見るだけとなった。

 なぜなら、ここには悪魔が住んでいるから。

 羊の悪魔バフォメット。

 ゲームでも凶悪なボスモンスターである。

 戦えば僕達が全滅してもおかしくない相手だ。

 

 古城の後に地下監獄、修道院や、騎士団、階段と次々に見て回る。

 ボス級モンスターがいるような場所は、入り口付近を軽く見るだけ。

 今日と明日はお互いの連携を確認しながら、グラストヘイムでの狩りの経験のない者に経験を積ませるのが目的である。

 無理はしない。

 

 無理はしない、けど3日目から必然的に僕達は無理をすることになる。

 レイドリックが1匹でいるのを見て、僕は1対1で戦わせて欲しいと願い出た。

 今さら僕の動きをダンデリオンの人達に隠す理由もないので、本気で戦った。

 

 結果は僕の圧勝だ。

 クリティカルもよく出てくれたし、僕の攻撃速度はゲームの神速型のような攻撃速度を本当に再現している。

 レイドリックの剣もよく見えて、かわすことに何の問題もない。

 1対1なら余裕だ。

 

 問題は倒すまでの時間がやはり少しかかることだろう。

 ノービスがレイドリックに圧勝するのも異常だし、倒すまでにかかっている時間もノービスで考えれば異常なほど速い。

 でも僕達にとっては問題だ。

 僕1人で全部の敵を倒すのはやはり難しいと判断して、2匹目がきた時には即座にソリンさんに攻撃してもらうことにした。

 3匹目はグラリスさん、4匹目は僕が2匹同時に引き受ける。

 5匹目まで来てしまった時は、ティアさんに5匹目をお願いした。

 まあ2匹目はソリンさんがタゲ維持で、グラリスさんとティアさんもすぐに攻撃する予定なので、そこまで多く敵を抱えることはない、と思いたい。

 

 攻撃力だけみたら、もしかしたらティアさんが一番高いかもしれないけど、一応プリーストなので支援に専念してもらうことにした。

 SP切れの際には遠慮なく使ってね、と青ポーションとか渡してあるし大丈夫だろう。

 支援に専念することで、今後のティアさんの成長がプリーストらしい成長になることを祈るばかりだ。

 

 腕試しに倒したレイドリック1匹目からS3メイルとエルニウムがドロップしてしまい、こんなこともあるんですね~ははは、とダンデリオンの人達には笑って誤魔化しておいた。

 ティアさんが「さすがは主です」と言っているのを聞いて、そういえばティアさんに僕のドロップ率のことを話すのを忘れていたことを思い出した。

 今夜にでも話そうかと思ったけど、そうなるとダンデリオンの人達がいない場所にティアさんを連れていかなくてはいけない。

 またティアさんが暴走する機会を作ってしまうことになりかねないので、「さすがは主です」で済まされるならそれでもいいかな~なんて考えてしまっている。

 

 地下水路と呼ばれる場所には行かなかった。

 特に最下層と呼ばれる場所に近づくと「スティング」という危険なモンスターがいる。

 泥が人間の手のような形を作っているモンスターなのだが、こいつが異常なほど強い。

 ゲームではマジシャンやウィザードがファイアーウォールを使ってソロ狩りすることで、とんでもない経験値効率を得られるモンスターだけど、それはハエの羽なので飛び回りながらの狩り前提の話である。

 場所もかなり奥に進む必要があり、今回の狩りでは行かない場所となっている。

 地下水路の奥の最下層には「ごっついミノタウロス」と呼ばれるこれまた強いモンスターがさらにいるのである。

 

 無理をしない狩りを続け、1日目と2日目が終わっていった。

 何度か大量のモンスターが襲いかかってきて、ひやっとした場面もあったけどみんな冷静に対処して問題無く倒していった。

 ホルグレンさんがアイテムを積んだカートをぶん回していたのが印象的だった。

 あれは何かのスキルなのかな?

 

 

 2日目の夜。

 明日からPTごとに分かれて狩りをすると思うと、緊張と興奮でなかなか眠れない。

 ちょっと夜風に当たりに行こうとテントを出た。

 

「どちらへ?」

 

 見張り番の人に声をかけられる。

 ノービスの僕が1人でどこかに行くのを心配しているのだ。

 一緒に狩りしてないので、僕のことをよく知らないのだろう。

 

「ちょっと夜風に当たってきます」

 

「ですが……」

 

「私も一緒に行くわ」

 

 僕達の後ろから女性の声。

 ナディアさんだった。

 

「私もちょうど夜風に当たりに行こうかと思っていたの。私が一緒ならいいでしょ?」

 

「は、はい!」

 

 見張り番の人も納得したらしい。

 ナディアさんが歩き始めたので、後ろからついていった。

 

 このフィールドは草原が広がっているだけで特に何もない。

 プティットは夜寝るらしいので静かなものだ。

 見上げると空には星が輝いている。

 この世界には太陽と月があり、そして星がある。

 川沿いまで歩くと、ナディアさんが止まった。

 

「明日からPTごとに分かれて狩りね。

 そっちは大変ね。貴方のドロップ率でアイテム収集するための少人数PTとはいえ、もう少し人員を割いてあげてもいいのに。

 クァグマイアを使えるウィザードを1人、そっちに配置するべきだってカプラーさんに言ったんだけど……「グライア様なら問題ありません」だって」

 

「あはは。ずいぶん信頼されちゃってますね。

 所詮はノービスなので過度に期待されても困っちゃいますよ」

 

「所詮はノービスなんて動きじゃないけどね。

 新人研修の時に貴方の動きを見た時は、正直ひどいと思ったけど、今は違うわ。

 1対1で戦って貴方に勝てる気がしないもの」

 

「そ、そうですか?

 でもこの2日間でナディアさんの戦いぶり見ましたけど、すごかったですよ。

 PTリーダーはカプラーさんだけど、ナディアさんの動きに合わせてPTが動いているって感じました」

 

「ありがとう。

 本当なら、あいつとの結婚を賭けた砦戦があったはずだからね。

 指揮することに関しては、ちょっとは自信あるのよ」

 

「カリス君、今ごろどうしてるでしょうね」

 

「国が作った神力範囲外の戦闘訓練所で、お稽古しているでしょう。

 あんなところで訓練したって無駄よ。

 私も一度行ったことあるけど、あれで命を賭けた戦いに臆することなく挑めるとは思えないわ。

 まあ、私も明日からが本番だけど。

 この2日間はみんなに守られていたからね」

 

「アルデバランを取り返したら、カリス君と結婚を賭けた砦戦って行うんですか?」

 

「その予定だけど、実際にはアルデバランの先のシュバルツバルド共和国がどんな状態なのかによるわね。

 砦戦なんかしている場合じゃない、ってなれば延期になるでしょうし。

 別に延期は全然構わないわ。それまでは間違いなくあいつ結婚することないのだから」

 

「カリス君って確かにプライド高くて女性好きに見えますけど、そんなになんですか?」

 

「ええ、それはもう……」

 

 それからナディアさんから、カリス君がいかに変態なのか聞かされることになった。

 小さい頃から大貴族の長男としてプライドが高く、外面は好青年だけど、本性は傲慢で女好き。メイドの子達に手を出したり、気に入った街の娘に手を出したり。

 剣の腕は確かなだけに、非常に残念なことである。

 カリス君の話をするナディアさんの顔が怒りに染まっているのを見て、ここまで嫌われているのにカリス君はナディアさんと結婚したいのかな? と疑問に思ったが、貴族の結婚は様々な事情で好きでない相手と結婚することもあるのだろう。

 

「ところで、貴方こそティアをどうするの?」

 

「え? ど、どうって言われても」

 

「いろんな女性にフラフラしているようじゃ、貴方もカリスと同類に成り下がるわよ。

 気をつけなさい。

 ティアは恋愛というより、崇拝の対象として貴方を見てしまっているから、貴方が誰と結婚しようと関係ないかもしれないけどね」

 

 崇拝か……それも勝手に崇拝されちゃったんだよね。

 僕の知らないところで、僕のことを勝手に神格化? してしまったティアさん。

 どうしてこうなった!?

 

 ティアさんの行く末を案じていた時だ。

 僕とナディアさんは同時に気配に気付き視線を向けると、木の陰からターバンを巻いたアサシンが現れた。

 レイヤンさんだ。

 さらにその後ろから真紅の髪の女性が現れる。

 プーさんだ。

 

「こんばんは。いい夜だね。星空が綺麗だ」

 

「……そうですね。そちらも散歩ですか?」

 

「ああ、そんなところだ。

 明日からの狩りのことを相談しながらね。

 そういえば、君達はプーと新人研修が一緒だったね」

 

「はい。プーさんには新人研修で本当にお世話になりました。

 僕の命の恩人ですから」

 

「えへへ~。プーちゃんったらグラちゃんの命を助けたんだよね~」

 

「ほ~それは知らなかった。

 うちのプーが役に立ってとても嬉しいよ」

 

 “うちのプー”という言葉に、なぜか僕の心がざわつく。

 黒い感情と言えばいいのか……あまりよろしくない感情だ。

 ダンデリオンに所属しているプーさんを、リーダーと思われるレイヤンさんが“うちの”と言ったとして、何もおかしくない。

 おかしいのは僕だ。でも……気に食わない。

 

「それにしても、グライア君には驚いたよ。

 天職がノービスというのもそうだが、何よりあの動き。

 しかも戦闘訓練をほとんど受けていないそうじゃないか。正直信じられないよ。

 本当はどこかで幼いころより英才教育を受けているんじゃないのかね?」

 

「いえ、本当に僕はただの素人です。

 動きもレイヤンさんに比べたら全然だめですよ。ただちょっと俊敏の加護を強く受けているだけです」

 

「ふ~む。まあ余計な詮索はしないでおこう。

 そういうことにしておくよ」

 

「グラちゃんはとっても強いんだよ~。

 レイヤンより強いんだよ~」

 

 ニコニコ笑顔でプーさんが爆弾発言をしてくれる。

 やめてください。レイヤンさんを挑発するような言葉はやめてください!

 でもちょっとだけ、レイヤンさんに勝ってプーさんにかっこいいところを見せたい気もする!

 

「ほほ~。確かにあの動き、私でも捉えきれるか微妙だな。

 今度ぜひ手合わせ願いたいものだ」

 

「ナディちゃんもとっても強いんだよ~。

 レイヤンより強いんだよ~。

 この中でレイヤンが一番弱いんだよ~」

 

 レイヤンさんをからかう様にプーさんが笑顔でまたも爆弾発言。

 ナディアさんも苦笑い。

 

「ふむ、確かに私がこの中で一番弱いかもしれないな。

 しかしアサシンには無限の可能性があることを忘れるなよプー」

 

 レイヤンさんもなかなかの猛者だ。

 プーさんの言葉を軽く受け流している。

 レイヤンさんもアサシンの上位職を持っているのだろうか?

 プーさんみたいに変身するのだろうか?

 

「それでは私達はこれで失礼するよ」

 

「まったね~。明日から頑張ろうね~」

 

 レイヤンさんとプーさんがテントに戻っていく。

 プーさんは最後に振り返ると、僕に向かって投げキッスをした。

 

「もてるわね……色男さん」

 

「え!? ち、違いますよ」

 

「何が違うんだか……それにしてもダンデリオンの強さは想像以上ね。

 神力範囲外で狩りを行っているとは聞いていたけど、まるで訓練された軍隊のように連携が取れていたわ。

 ソロでの狩りが多いと言っていたけど、あれは絶対に日ごろからPTとしての連携を深めているわ」

 

 僕には1人1人の戦闘技術の高さは分かっても、PTとしての動きがどうであるかまでは分からない。

 砦戦を目標に学んできたナディアさんには、いろいろと感じるものがあったのだろう。

 

 アルデバラン奪還のためには、ダンデリオンの人達が強いのに越したことはない。

 それが個の強さだけではなく、組織としての強さも高いなら尚更良い。

 

「私達も戻りましょう」

 

「はい」

 

 僕はテントの寝袋の戻ると、すっと眠りにつくことができた。

 



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第27話 隠し通路

「では作戦通りにいきましょう。無理しないで数が多くなったら、入口方面に向かって戻りましょう。まずは入口付近のモンスターを倒して安全地帯を確保しましょう」

 

 3日目。

 僕達は5人で騎士団にきた。

 

 はい、1人増えています。

 なんと! プーさんが僕達のPTに来てくれたのだ!

 

 ダンデリオンのPTには他にウィザードが1人いて、プーさんは僕達の方が面白そうだから、という理由で向こうのPTを勝手に抜け出してきてしまった。

 ダンデリオンのPTがプーさん抜きで本当に問題ないならすごく助かるんだけど、ただ問題なのが僕のドロップ率のことだ。

 プーさんには伝えていない。

 というより、ダンデリオンには内緒にしてある。

 今日、僕達が少人数で狩りを行うのは、アルデバラン奪還作戦の時に少人数強襲PTとして動くため、とダンデリオンには説明してある。

 

 グラリスさんとソリンさんがプーさんの登場に慌てていたけど、僕が「これから見たことを内緒にしてもらえますか?」と聞くと、もちろん! とプーさんが返事をしたので、僕が「プーさんなら大丈夫です。信頼できますから」と2人を説得した。

 僕のドロップ率のことは一部の人達だけが知る秘密となっているけど、国やギルドにカプラ社が無償で提供している装備、カード、アイテムのことを考えると、いつまで秘密にできるか分からない。

 国が僕の秘密を知れば利用しようとするかもしれないけど、カプラ社が守ってくれれば早々手出しは出来ない……と思っているけど甘いかな?

 

 騎士団1階に入るとすぐ大きな広間となっている。

 左右に崩れた騎士の彫刻が並んでおり、ゲームと違って間近で見ると本当に彫刻が動きだすような気がして恐い。

 彫刻の影からモンスターが本当に出て来るんだけどね。

 

「きます」

 

 ライドワードが彫刻の影から出てきた。

 本のモンスターで、どういう原理なのか分からないが宙に浮いている。

 本を開くと凶悪な牙が並んでいて、噛みついてくるのだ。

 動きが早くHPも多いのだが、ドロップアイテムがいまいちなのでゲームではあまり人気がないモンスターだったな。

 

 ライドワードの攻撃を避けながら、スティレットで斬っていく。

 斬る度にクリティカルの感触が手に伝わる。

 このクリティカルの感触は、何というか癖になる感触なのだ。

 手に伝わってくる相手のHPに強烈な一撃が入る感触が堪らない。

 

 ライドワードとの戦闘音に気付いたのか、レイドリックアーチャーがやってきた。

 その名の通り、レイドリックが弓を持って遠距離攻撃してくるモンスターだ。

 弓使いだけあってレイドリックアーチャーの命中は高い。

 そのためゲームではアサシンなどのAgi型には辛い相手だ。

 しかしニューマがあれば話は違う。

 遠距離攻撃を無効化してくれるこの素晴らしいスキルのおかげで、レイドリックアーチャーはまったく恐くない。

 ニューマとホーリーライトでレイドリックアーチャー狩りをするアコライトの姿がゲームではよく見られたものだ。

 

 ソリンさんがすぐにレイドリックアーチャーに突進していった。

 ティアさんがソリンの真後ろにニューマを展開する。

 これでソリンさんが攻撃をもらうことはない。

 グラリスさんはソリンさんの後ろから鞭で攻撃する。

 鞭の射程は長いので、ソリンさんの影に隠れながら攻撃することができるのだ。

 

 ライドワードを倒して終えた僕はレイドリックアーチャーに向かおうとした。

 しかし広間の奥から、にゅ~っと出てきた奴がいた。

 巨大ウィスパー。

 ウィスパーをでかくしたこのモンスターは念属性である。

 ティアさんはアスペを覚えていないので、ホルグレンさんに作ってもらった属性短剣に切り替える必要があるのだが、こっちは精錬も中途半端だしスロットも少ないためカードもあまり刺していない。

 攻撃力がガタ落ちなのだ。

 なので、こんな時は!

 

「ソウルストライク!!」

 

 プーさんのソウルストライクが炸裂する!

 念属性モンスターの弱点属性は、何故か同じ念属性なのである。

 召喚された古代の聖霊(念属性)が巨大ウィスパーに打ち出されていく。

 かなり高レベルなソウルストライクに見える。

 前にセイフティウォールを使っていたのを見たことがあるから、レベル5以上のはずだ。

 

「レイドリックです!」

 

 グラリスさんの声が響く。

 レイドリックアーチャーの後方からレイドリックが2匹走ってきている。

 

「左をやります!」

 

 倒されたレイドリックアーチャーの光りの粒子を切裂くように駆け出し、左のレイドリックに向かっていく。

 レイドリックが上段から振り下ろした両手剣を紙一重でかわすと、肉体のない鎧を短剣で斬っていく。

 

 右のレイドリックが僕に向かって突き出した両手剣をソリンさんのシールドが防ぐ。

 グラリスさんの鞭も飛んできて、おまけにプーさんのファイアーボルトも飛んできていた。

 右のレイドリックはあっという間に倒される。

 

 ソリンさん達が周囲を警戒してくれる中、僕はレイドリックと戦い続ける。

 プーさんはクァグマイアを使えるのだが、ピンチの時以外は使わないようにお願いしてある。

 カードや防具やアイテムも重要だけど、グラストヘイムで狩りをする最大の目的は、神力範囲外での戦闘訓練だ。

 僕もアルデバラン奪還作戦の時に戦力として貢献したい。

 命を賭けた戦いに臆することなく挑めるようになりたい。

 

 レイドリックの両手剣を紙一重でかわす。

 もっと余裕を持ってかわせるけど、最小の動きでかわし反撃する。

 相手のどこを斬ろうと、クリティカルなら最大ダメージを与えることができる。

 剣を振るために伸ばされた手、無防備な脚、どこだっていい。

 とにかく相手の攻撃を最小の動きでかわし、斬り続ける。

 手数を多く、もっと速く動けるように!

 

「すごい……」

 

 ティアさんの声だったような気がする。

 目の前のレイドリックに集中し過ぎて、誰の声だったか不確かだ。

 これはいけない。

 確かに目の前の的に集中することも重要だけど、周りが見えなくなっているようではだめだ。

 自分のことだけ考えて動くと、他のメンバーの負担が重くなる。

 特にプリーストのティアさんに負担をかけることになってしまう。

 

 入り口付近のモンスターを倒して安全地帯を確保すると、右回りで騎士団の中を歩いていく。

 この騎士団の建物、ゲーム感覚よりかはずっと広大だけど、それでも他の場所より狭く、モンスターがいなければ歩いて一周するのに30分もかからない。

 僕がレイドリックを倒すのに時間がかかってしまうので、一周するまでに何時間もかかるだろうけど。

 

 騎士団には何故か低級モンスターのマンドラゴラが生息している。

 ヒドラのように触手を伸ばして攻撃してくるので、女性陣に触手が伸びないか期待したけど、女性陣もマンドラゴラに近づくのを避けているので、そんな素敵な場面を見ることはなかった。

 

 騎士団の右上には庭がある。

 なぜ建物の中にこんな庭のようなスペースがあるのか不思議だ。

 ここにはブリライトが多く生息しているので、特に中に入ることなくスル―である。

 

 騎士団1階の北にある階段までやってきた。

 これを上れば騎士団2階なのだが、今回は行く予定はない。

 最初の二日間で深淵の騎士見たけど、あんな馬鹿でかいモンスターを相手したくないしね。

 ここでちょうど中間地点だ。

 ここまで来てしまったら、入り口付近が安全かどうか分からない。

 新しいモンスターが湧いている可能性が高いからだ。

 危険な状況になった場合には、蝶の羽で脱出する。

 

 さらに進んで騎士団の北西まで進んだ。

 そういえば、ゲームではこっちに隠し通路があって、騎士団1階の中央スペースにワープできるんだよな。

 ここでも同じなのかな?

 確かめたくて、奥に進んでみた。

 

「こっちは行き止まりでは?」

 

 グラリスさんが眼鏡をくいっ! と上げて厳しい声で言う。

 逃げ場のないところ向かって後ろから大量のモンスターに襲われる、なんて可能性もあるのだから、行き止まりに向かう僕を注意しているのだ。

 それは分かっているんだけど……、

 

「ちょっと確認したいことがありまして」

 

 確かゲームではこの壁を通り抜けられたはずだ。

 しかし目の前には壁がある。穴が開いているわけではない。

 そっと壁を手で押そうとした。

 

「うわ!」

 

 そのままするりと壁を通り抜けてしまったのだ。

 手が壁の中に埋まっているように見える。

 ここに壁があるように見えるだけで、実際に壁は存在しないのか?

 

「グラちゃんの手が……」

 

「大丈夫です。これ、壁があるように見えるだけで、通り抜けられるみたいです」

 

 身体ごと壁の中に入ってみた。

 予想通り、そこは隠し通路だった。

 この先にワープポイントがあって、そこから中央スペースに繋がっているはずだ。

 でも行くべきだろうか?

 遊びにきているわけではない。

 

 でも中央スペースにモンスターが溜まっているかもしれない。

 ワープポイントに逃げることも出来るし、プーさんに範囲魔法を使ってもらって倒したっていい。

 経験値稼ぎも大事なのだから。

 

 僕が迷っていると、壁からにゅっとプーさんが現れた。

 

「わ~。こっちに隠し通路があったんだね~。

 グラちゃんよく分かったね」

 

「え? ええ、なんとなく、普通の壁じゃないな~って2日目の時に思ったんですよ」

 

 適当に誤魔化していると、後ろからティアさん、グラリスさん、ソリンさんと続いてみんなやってきた。

 

「隠し通路! ……どうしてグライア様はここが隠し通路だと分かったのですか?」

 

 あれ? さっきの言葉は聞こえていなかったのかな?

 そういえば、こっちに来たとき、壁の向こう側のみんなの気配がまったく感じられなかった。

 何か特殊な魔法でもかかっているのかな。声や気配を完全に断っているようだ。

 

「2日目の時に壁を見たら何となく変だな~って思っただけです。勘です。

 それより、この先にちょっと行ってみましょう。危険な場合は蝶の羽で脱出をお願いします」

 

「隠し通路のことを報告して、他のPTと一緒に向かうべきかと思いますが」

 

 グラリスさんが正しい意見を述べてくれる。

 やっぱりそうするべきかな。

 

「ちょっと見るぐらいなら大丈夫ですよ~。プーちゃんもいるし!」

 

 プーさんは乗り気だ。

 ソリンさんはグラリスさんの意見に同調している。

 ティアさんは……僕の意思に従うようだ。

 

「ちょっとだけ覗いてみましょう」

 

 3対2で僕達の意見が通り、ちょっとだけ覗くことになった。

 

 

 少し進んだところにやはりワープポイントがあった。

 

「僕が見てきますね。ここで待っていて下さい」

 

 ワープポイントに入ると、中央スペースの左上に出る。

 モンスターが大量に湧いて固まっているかと思いきや、意外にもモンスターの気配がしない。

 少し前まで進んでみたけど、見渡せる範囲にモンスターはいなかった。

 

 一度ワープポイントに戻ってみんなを連れてくる。

 モンスターの気配がなくとも警戒しながら進み、壁で囲まれた部屋が見えてくる。

 隠し通路からこれる中央スペースには、さらにその中央を壁で囲った大きな部屋があって、ゲームではモンスターが大量に湧いていたりする。

 

 僕がそっとその部屋の中を覗くと……おや?

 

 部屋の奥にはレイドリック? いや違うな。鎧がかなり大きいし豪華だ。

 まるでプロンテラの貴族騎士達が着ているようなフルプレートの鎧が、部屋の奥に鎮座されている。

 そしてその鎧の前には3本の剣が床に突き刺さっている。

 

 モンスターはいない。

 ちょっと拍子抜けといった感じで、僕はみんなを手招きして部屋の中に入る。

 もしかして、この中央スペースはモンスターが湧かないとか?

 だとしたら、ものすごい発見だ。

 ここで安心して休憩を取ることが出来るのだから。

 

 気になるのはやはりこの鎧と剣だ。

 いきなり動いたりしないよね?

 

「いた……」

 

 プーさんの小さな声。

 その声を聞きとったのは僕だけかもしれない。

 

 グラリスさん達も鎧と剣を警戒している。

 見るからに怪しいもんね。

 これってやっぱり動き出すパターン?

 

「あの鎧と剣、怪しいですよね」

 

「怪し過ぎでしょう。おそらくモンスターかと」

 

「あれって魔剣モンスターじゃないですか?」

 

「形は似ていますね。でも魔剣モンスターより何ていうか豪華な感じがしません?」

 

「確かに剣の後ろにある鎧も、レイドリックの鎧よりずっと豪華ですよね」

 

 一定距離を保ちながら、あれこれと話している。

 僕はプーさんに話を振ってみた。

 

「プーさんはどう思います?」

 

「……モンスター。欠片を持つモンスター」

 

「え?」

 

 欠片を持つモンスター?

 また僕にだけ聞こえる小さな声で呟いたプーさんは、既に戦闘態勢に入っている。

 そして次の瞬間、金属音と共に鎧が動き出した。

 

「グオオオオオオオ!」

 

 装飾が施されていたとはいえ、錆びて赤黒くなっていた鎧がみるみるうちに真っ白な神秘的な鎧へと変貌していく。

 そして何もなかったはずの鎧の中から、何かが生まれていく。

 それは筋肉だ。

 筋肉が鎧の中から生まれてくるように、人の形を造り出していく。

 

 人の形はしているけど、顔すらなく筋肉の塊でしかないそれは、神秘的な真っ白な鎧を着たまま立ち上がる。

 いったいどこから叫び声を上げているのか分からない。

 しかし叫び声が部屋に響く。

 

「グオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 同時に部屋の入口が石で塞がれる。

 扉なんてなかったはずなのに、いきなり石が現れて塞いでしまった!

 

「まずい! みんな蝶の羽を!」

 

 僕は即座に蝶の羽で脱出を決めた。

 この未知なるモンスターを相手に、逃げ場もなく戦うのは危険すぎる。

 いったんゲフェンまで戻り、このことをカプラーさんに報告しないと!

 

 グラリスさんとソリンさんが僕の指示に従って蝶の羽を使うと、光の粒子に包まれてセーブポイントであるゲフェンに戻っていく。

 ティアさんは僕が戻らないと使わないだろう。

 僕も早く蝶の羽を使って戻りたい。

 しかしそれはできない。なぜならプーさんが戻ってくれないのだ。

 

「プーさん! 蝶の羽で脱出を!」

 

「グラちゃん達先に戻って。私はちょっとこの子と遊んでいくから」

 

「な、何言ってるんですか! こんな危険なモンスターと!」

 

「大丈夫よ~。プーちゃん強いから~」

 

「そ、そんな冗談言っている場合じゃ……うおっ!」

 

 筋肉鎧は床に突き刺さっていた剣の1つを、僕に向かって投げつけてきた!

 それをかわすと、さらに床に突き刺さっている剣を抜き、また僕に向かって投げてくる。

 常人なら投げられた剣の速さに、剣を認識することなく貫かれていることだろう。

 

 僕には見えている。

 余裕はないけど、飛んでくる2本目の剣もかわした。

 

「あっぶね~!」

 

「ふ~ん、そういうこと。プーちゃんより、グラちゃんの方が……ま~いいわ」

 

 筋肉鎧は3本目の剣を床から引き抜く。

 さすがにそれを投げてくることはないだろう。投げたら武器無くなるし。

 それよりプーさんをどうにか説得して……、

 

「キリエエレイソン!」「セイフティウォール!」

 

 ティアさんのキリエと、プーさんのSWが同時に僕を守った。

 筋肉鎧が投げつけた2本の剣が、背後から僕に斬りかかっていた。

 



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第28話 小さな声

 エクスキューシュナー、ミステルテイン、オーガトゥース。

 ROで魔剣といえばこの3本を思い浮べることになる。

 魔剣といっても、装備するアイテムではない。

 プレイヤーを襲ってくるモンスターである。

 魔剣は、刃や柄などに目と思われる機関があり、オーガトゥースに至っては刃に口と牙がある。

 

 僕の背後から斬りかかってきた2本の剣には、目や口と思われるような部分はない。

 魔剣というより、聖剣といった方がしっくりくるような神秘的な剣が、宙を舞い僕を襲ってくる。

 剣にスティレットを当てた感触は、モンスターを攻撃した感触とは異なった。

 これは本当にただの剣だ。

 モンスターではない。

 

 なら、どうしてこうして宙を舞い、僕を襲ってくるのか。

 答えは簡単だ。

 筋肉鎧がこの剣を操っているとしか思えない。

 キリエとSW(セイフティウォール)に守られながらも、斬りかかってくる2本の剣をスティレットで弾き返していく。

 何度か弾き返したところで、剣は筋肉鎧の場所に宙を飛びながら戻っていった。

 

 プーさんはすでに「ハイウィザード」の姿になっている。

 ティアさんがいるけど関係無しか。

 この相手には本気が必要なのだろう。

 

 ティアさんはプーさんの姿を意に介することもなく、チェインと盾を構えている。

 中央に僕、左にプーさん、右にティアさんという陣形だ。

 筋肉鎧は顔がないので誰を睨んでいるか分からないが、身体の向きは僕に対して正面を取っている。

 

「グラちゃん達は戻ってもいいのよ? プーちゃんも危なくなったら戻るからさ~」

 

「だめですよ。プーさんが先に戻って下さい」

 

「う~ん、ちょっとこの子を倒さないといけないのよね~」

 

「どうしてですか?」

 

「それは~秘密かな~」

 

 プーさんに戻る気はないようだ。

 どうする? 1人の方が迷いなく脱出できるはずだ。

 PTメンバーに気を取られ、蝶の羽を使うタイミングを逃して死んでしまうことだってある。

 ここはプーさんに任せて引くべきか?

 

「ティアさん、先に戻って下さい」

 

「主が先です。主がお戻りにならないのなら、私も戻りません」

 

 ティアさんはあいかわらず主の言葉に逆らう。

 ティアさんの中で主とは、あまり偉い人ではないのかもしれない。

 

「二人とも、危ないと思ったら迷わず蝶の羽を使って下さい。これはPTリーダーとして命令です」

 

「「了解」」

 

 

 筋肉鎧が手に持つ剣を振りかざすと、宙に浮く2本の剣が僕に襲いかかってくる!

 どうやら僕を先に倒したいようだ。

 

「フロストノヴァ!!」

 

 プーさんの範囲凍結魔法。

 ものすごい高速詠唱だ。ほぼ無詠唱に近い。

 しかし、この剣はモンスターではない。プーさんは剣を魔剣のようなモンスターだと思ったのだろう。

 

「プーさん! この剣はただの剣です! この筋肉鎧が操っているだけです!」

 

「ありゃっ!?」

 

 筋肉鎧が凍結することはない。

 ボス属性か?

 

 宙を舞い僕に斬りかかってくる2本の剣を弾き返すと、横からティアさんのチェインが1本の剣を弾き飛ばした。

 ティアさんの馬鹿力でふっ飛ばされた剣は、すぐに僕に向かって再度斬りかかってくる。

 タゲは僕で固定なのか!?

 

「ティアさん! プーさんを守って! 僕は大丈夫ですから!」

 

 僕は2人から離れる様に筋肉鎧に向かって突っ込んでいった。

 こいつを引きつけておけば、プーさんの魔法で倒せるはずだ!

 

「キリエエレイソン! レックスエーテルナ!!」

 

 ティアさんは僕にキリエをかけるとプーさんの前に出て、筋肉鎧にレックスエーテルナ(LA・ダメージ2倍)をかける。

 ティアさんのLAに合わせるように、プーさんが魔法を唱える。

 

「マジッククラッシャー!!!」

 

 知らない魔法だ。上位職特有のスキルだろう。

 魔力の塊を相手にぶつけるような魔法が筋肉鎧に炸裂する。

 LAでダメージ2倍だから、一撃のダメージが高い魔法を選んでいるのか。

 

 僕は宙を舞い襲ってくる2本の剣を避けて弾きながら、筋肉鎧の斬撃をさらにかわして、スティレットを突き刺している。

 宙に浮かぶ2本の剣は何度か避けきれなかったけど、幸いにも回避の加護でダメージを受けていない。

 

 ティアさんは僕にキリエをかけては、筋肉鎧にLAをかけ続けている。

 渡しておいた青ポーションを惜しみなく使って欲しいところだ。

 プーさんはマジッククラッシャーを連続して唱え続けている。

 しかしダメージの通りが悪いと感じたのか、自らにセイフティウォールを唱えると、ゴブリン村でゴブリンリーダーを倒したあの魔法を唱えた。

 

「グラビテーションフィールド!!!」

 

 筋肉鎧を中心とした一定範囲の大気が歪んだように見える。

 魔法名からして重力に関連する魔法なのだろう。

 

「グオオオオオオオオオオ!」

 

 プーさんによって展開された特殊な重力場は、徐々にその範囲を狭めて筋肉鎧だけを覆う円形となっていく。

 制御が難しい魔法なのかプーさんは魔力制御に集中している。

 重力場が狭まるにつれ、より強力なダメージを筋肉鎧に与えていることが分かる。

 鎧が歪む金属音が僕にも聞こえるほどだ。

 

「グオオオオオオオオオオ!!」

 

 筋肉鎧は操っている2本の剣をプーさんに向かって突進させた。

 この重力魔法は相当効いたらしい。

 

「はああああああ!」

 

 ティアさんがチェインで2本の剣を弾き飛ばしていく。

 僕とは比べものにならない馬鹿力でふっ飛ばされてしまう剣は、連続してプーさんに斬りかかることができない。

 決して僕の力が弱すぎるわけじゃない……ティアさんの力が強すぎるだけだ。

 

 僕は2本の剣をティアさんに任せて、重力で苦しむ筋肉鎧に向かっていった。

 重力によって動きが鈍っている……と思ったら全然そんなことなかった。

 横から薙ぎ払われた剣の速度はさきほどまでと何ら変わらない。

 あと半歩前に出ていたら、僕のHPは0になっていたことだろう。

 

 筋肉鎧は確かに速い。十分に速い。

 でも僕はもっと速い。

 

 筋肉鎧の周りを動き回りながら、スティレットで斬りつけていく。

 手に確かに残るクリティカルの感触を頼りに、ひたすら斬りつけていく。

 

 筋肉鎧の上体が大きく崩れた時、僕はその鎧の中心をスティレットで思いっきり斬り捨てた。

 クリティカル以上の確かな手応え。

 倒したのか!? とすぐに振り返ると、鎧が裂かれていた。

 そしてその裂け目から見えたのは、ドクンドクンと鼓動を打つ心臓の欠片だった。

 

 

 それは心臓というにはあまりに小さい。

 いや、この巨体から考えると小さいのであって、普通の人間の心臓と考えるとそうでもないのか?

 位置は人間の胸にある心臓とは違い、胴の中心、お腹辺りで鼓動を打っている。

 鎧の中にある筋肉に血を通わせているであろう、その心臓の鼓動は小さくも力強かった。

 

 僕には、はっきりとそれが心臓であると分かった。

 どうして心臓だと分かったんだろう。

 それを見た時、僕の心臓もドクンと大きく鼓動を打った気がした。

 それは筋肉鎧の中に心臓があったという驚きから?

 

 いまこの思考は無意味だ。

 この筋肉鎧を動かしている源があの心臓なら、弱点そのもの。

 あの心臓を破壊しないといけない!

 

「うおおおおおおおおおおおお!」

 

 僕は再び筋肉鎧の中心を狙って突っ込んでいった。

 グラビテーションフィールドの重力場は消え去っている。

 後方からはプーさんのマジッククラッシャーの声が鳴り響いている。

 

 心臓のある場所を狙われたことに気付いたのか、筋肉鎧は攻めから一転、防御の姿勢に切り替わる。

 鎧の中心部分を固く守るように、まるでそこだけは絶対に攻撃されまいと固く防御する。

 おかげで他の部分は攻撃しやすいが、肝心な部分だけ攻撃することができない。

 

「魔法力増幅!!」

 

 プーさんの声だ。

 知らない魔法だけど、スキル名で効果は分かる。

 次に唱える魔法の威力が増加するのだろう。

 

「レックスエーテルナ!」「ユピテルサンダー!!」

 

 ティアさんのLAに合わせて、プーさんのユピテルサンダーが炸裂する。

 防御を固めていた筋肉鎧の動きが鈍る。

 

「うおおおおおおおお!」

 

 チャンスを逃すまいと突っ込む。

 筋肉鎧が剣を振り下ろすも構わず突っ込んだ。

 頼むから回避してくれ! という僕の勝手な願いは叶わず、その一撃で僕を守る神なる力が喪失された。

 HP0。

 しかし僕のHPと引き換えに、鎧の裂け目から見える心臓を斬り裂いた。

 

「グオオオオオオオオオオオオ!」

 

 やはりこれが弱点か!

 このまま心臓を斬り続けてやる!

 

 しかし、

 背後から感じる危険な気配。本能が避けろと告げている!

 

「うおおお! がああああ!」

 

 急所への直撃は避けた。けど、左足は斬り裂かれ、右足の太ももには剣が1本突き刺さってしまった。

 プーさんに向かっていた2本の剣がいつの間にか僕を標的に切り変えていたのだ。

 

 筋肉鎧が剣を大きく振り上げ、僕に向かって一気に振り下ろしてくる。

 プーさんは再び重力魔法を詠唱していたはずだ。セイフティウォールが僕を守ってくれることはない。

 ティアさんはリザレクションを唱えているけど間に合わない。

 

 

「死んだふり!」

 

 

 条件を満たしていた僕は、完全無敵のスキルを唱える。

 振り下ろされた筋肉鎧の剣は、僕を護る無敵のバリアに阻まれる。

 右の太ももに突き刺さった剣が抜けることはなかったが、太ももをえぐる様に動いていた剣の動きが止まっている。この状態の僕に触れている剣を、筋肉鎧が操ることはできないのだろう。

 痛みに耐えながら、太ももから剣を引き抜く。血が一気に流れてしまうけど、スキルを解けばまたこの剣は筋肉鎧に操られてしまうのだ。そのまま刺しておくわけにはいかない。

 引き抜いた剣を遠くにぶん投げるも、すぐに宙に浮かぶと僕に斬りかかってきた。

 

 3本の剣が僕を斬り続けるが、完全無敵のバリアがそれを通すことはない。

 このままずっと僕にタゲが固定されるなら嬉しいんだけど、すぐにプーさん達にタゲを切り替えるだろう。

 アイテムボックスから白ポーションを取り出し、右の太ももに直接液体を垂らす。

 流れ出てしまった血は戻らないが、傷口を瞬く間に塞いでくれる。

 

 筋肉鎧は僕への攻撃が無意味だと悟り、重力魔法で自分を苦しめるプーさんにタゲを切り替えた。

 2本の剣を飛ばし、自らもプーさんに向かって走り出そうとした時だ。

 

「うおおおおおおおおおおお!」

 

 スキルを解いた僕は、無防備な横腹を斬り裂きながら再び心臓を突き刺す!

 

「グオオオオオオオオオオ!」

 

 心臓に突き刺したスティレットを抜かず、さらに奥に深く突き入れる。

 ドクドクと鼓動を打つ心臓は、まるでそれが1つの生物かのように苦しそうにもがいている。

 

「ゥゥゥ」

 

 スティレットを突き入れる手が一瞬止まる。

 いま、何か声が聞こえた。

 

「ゥゥゥ」

 

 間違いない。声が聞こえる。

 とても小さな……赤ちゃんの声だ。

 

「ゥゥゥ」

 

 その小さな声は僕が突き刺している心臓から聞こえてくる。

 ドクドクと鼓動を打つこの心臓から、小さな赤ちゃんの声が聞こえてくる。

 

「ゥゥゥ……ゥ!」

 

 心臓から放たれた衝撃波が、金縛りにあったかのように動かない僕の身体をふっ飛ばす。

 直後、剣を逆手に持った筋肉鎧が僕のいた場所に向かって剣を突き降ろしていた。

 突然の衝撃波で救われた形となったが、筋肉鎧は勢い余ってなのかそのまま自らの腹を剣で突き刺す。

 いや、直前で止めたはずの剣の柄頭に、プーさんがマジッククラッシャーをぶつけたんだ。

 その衝撃で止めきれず、筋肉鎧は自分の腹を心臓ごと突き刺していた。

 

「グオオオォォォォ」

 

 僕の目の前で、鎧の中にある筋肉が縮小していく。

 ちょっとグロテスクな光景だ。

 風船が空気を抜かれていくように、筋肉はどんどん縮小して小さくなっていく。

 そして神秘的な真っ白な鎧は、最初に見た赤黒い錆びた鎧へと戻る。

 縮小していく筋肉はやがて鎧の中に隠れてしまい、最後どうなったのか確認できない。

 鎧がゴトンと床に落ちると同時に、宙に浮かんでいた3本の剣も床に落ちる。

 そして光の粒子となって消えていった。

 何も残さず消えていった。

 

 

♦♦♦

 

 

「まったく! どういうつもりですか!」

 

 ゲフェンに戻った僕達を迎えたのは、筋肉鎧の叫び声並みに怖いグラリスさんの声だった。でもそりゃ~怒るよね。

 自分達が戻った後に、僕達が戻ってこないのだから。

 

 事態をすぐにカプラーさんにスキルの手紙で伝えていたらしい。

 今ごろカプラーさん達が必死に騎士団の隠し通路に向かっている。申し訳ない。

 とりあえず僕達が無事に戻ってこれたことを手紙で伝えてもらったら、今夜詳しく報告を聞くから、と返事があった。

 

 グラリスさんの怒りは納まらず、ソリンさんは無事に戻ってきたことで安堵の表情を浮かべるも、やはりその後はグラリスさんと一緒に怒っていた。

 怒りの矛先は最初僕に向かってきた。

 僕がPTリーダーなのだから当然だろう。

 

 最初、なんとか上手く誤魔化せないかとも考えた。

 例えば、鎧モンスターの特殊スキルが発動してしまい、蝶の羽が使用不可になったとか。

 しかしそれは嘘の情報であり、嘘の情報のために今後の狩りに影響が出るのはよくない。

 プーさんは自分のせいだと言えばいい、それが本当のことだからと。

 僕には他に良い案が浮かんでこなかったので、素直に本当のことを話すこととなった。

 

 僕の説明は「蝶の羽で戻ることを指示したがプーさんが従わず、突然現れた鎧のモンスターと戦う意思を示した。そのためプーさんを見捨てることもできず一緒に戦うこととなった。」である。

 となると、怒りの矛先はプーさんに向かい、どうしてPTリーダーである僕の指示に従わずモンスターと戦うようなことをしたのか、となる。

 それに対してプーさんは「強そうだったから戦ってみたかったの~」と、いつもの調子で答えたものだから、グラリスさんの怒りが爆発してしまった。

 

「貴方個人の欲求を優先して、他人の命を危険に晒すなんて!」

 

 実際にはプーさんは僕達に戻っていいと言っていたのだが、プーさんがそのことを言うことはなかった。

 

 かなり険悪な雰囲気の中、ゲフェンからグラストヘイムに戻る。

 テントを張った拠点に着いた時には、太陽が落ちて辺りは暗くなっていた。

 既に第1PT、第2PT共に戻ってきている。

 

 

 カプラーさんのテントに、第3PTの僕達とダンデリオンのレイヤンさんとプーさんが呼び集められた。

 



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第29話 宝剣

 カプラーさんの前に並ぶ僕達。カプラーさんは飲んでいた珈琲カップをテーブルに置くと口を開いた。

 

「まずは無事で何よりでした。

 さて、今回の出来事を問いただす前になぜグライア様のPTにプー様が入っていたのでしょうか?

 そこから説明を求めても?」

 

「グラちゃんのPTの方が楽しそうだったので~、私が勝手にレイヤンのPTを抜けて入りました~」

 

「楽しそうだったから……ですか」

 

 カプラーさんが珍しく少々きつい眼差しをプーさんに向ける。

 

「プーさんをPTに迎えたのはリーダーである僕にも責任があります。

 正直言うとウィザードが1人いてくれると大変心強かったというのもあります」

 

「ふむ……レイヤン様はプー様がPTを抜けることに関して止めなかったのですか?」

 

「止めるも何も、プーは自分がそうしたいと思ったら私の言うことなど聞きません。

 グライア君の言う通り、少人数の第3PTにウィザードであるプーが入ることは悪いことではないと思いましたが、結果的にプーの身勝手な行動がグライア君達を危険に晒してしまった以上、プーの行動を止めなかった私に責任があるでしょう」

 

 グラストヘイムの騎士団に隠し通路があり、その先にあんな危険なモンスターがいるなんて誰も予想できないことだ。

 あれに遭遇するまでの過程に問題があったわけじゃない。

 

「では、予期せぬ謎の鎧モンスターとの遭遇で、PTリーダーであるグライア様の蝶の羽で脱出する指示を無視し、鎧モンスターと戦った理由が「強そうだったので戦ってみたかった」とお聞きしておりますが、プー様それは本当でしょうか?」

 

「はい。本当です~」

 

 一緒に並ぶグラリスさんとソリンさんの表情が険しくなる。

 眉間にしわ寄ってますよ?

 

「ダンデリオンの皆様はもともと神力範囲外で狩りをなさると聞いております。

 故に強き相手を求める、という考えも分からなくはないのですが……。

 今はアルデバラン奪還作戦前の大事な時期です。

 グライア様達は貴重な戦力です。もちろんプー様自身も。

 どうか、今後の狩りではご自身の欲求を抑えて頂きますようお願い致します。

 明日からプー様がグライア様の第3PTに入ることは禁止とさせて頂きます。

 ダンデリオンの第2PTとして連携を深めて下さい」

 

「承知した。この度は本当に申し訳ない。

 今日のプーの失態は、アルデバランで必ず返させよう」

 

「ごめんなさいです~。

 アルデバランではいっぱい頑張ります~」

 

「はい。よろしくお願いします。

 ではレイヤン様とプー様は以上です」

 

 レイヤンさんとプーさんは最後に僕達にも頭を下げると、テントから出ていった。

 グラリスさんとソリンさんの表情は最後まで厳しかったな。

 アルデバラン奪還のためには、戦力は少しでも多い方がいい。

 しかもそれが神力範囲外での戦いに慣れているダンデリオンとなれば尚更だ。

 あまりきついことを言って、関係を悪くすることは出来ないのだろう。

 

 2人が出ていくと、テントの中に張りつめていた緊張感がふっと緩んだ気がする。

 ダンデリオンはアルデバラン奪還のため協力する仲だけど、身内ではない。

 僕にとってプーさんは命の恩人でも、カプラ社や秘密の羽から見たら部外者でしかないのだから。

 

 カプラーさんは珈琲を一口飲むと、僕に向かって優しい笑顔を向ける。

 

「さて、改めて本当に無事で何よりでした。

 ダンデリオンのお二人が退出したところで、グライア様にお聞きしたいことがあります。

 まず隠し通路の存在について。最初の二日間の間に騎士団内を回っていた時に気付いたそうですが、私が見る限りあの壁はただの壁にしか見えませんでした。

 グライア様にはどのように見えていたのですか?」

 

 これはちょっと嘘をつかないといけなくなる。

 だって、あの壁が通り抜けられるかもしれないと思ったのは、ゲーム知識からだから。

 

「僕には壁がゆらゆらと揺れているように見えました。本当に微かにです。

 なので、最初は見間違いだと思って特に気にしていなかったのですが、今日騎士団を回っている時に、その場所に着いたので念のためにちょっと調べてみようと思ったところ、壁を手で押してみようとしたら、そのまま手が吸い込まれるように壁の中に入っていったんです。それで隠し通路の存在を知ることになりました」

 

「ゆらゆらと揺れていた……ふむ、グライア様だけが感じられる特別な力だったのかもしれませんね」

 

「主なら当然です」

 

 ティアさんが何故か自慢げに言う。

 その様子をカプラーさんが微笑ましく見つめながら、

 

「それで、戦闘となった筋肉鎧ですか。

 2本の剣を操りながら攻撃してくる恐ろしいモンスターだったと。

 最初は鎧と剣だけがあり、その鎧の中に突然筋肉が生まれてくるモンスターなど聞いたことがありませんね。

 隠し通路の存在が今まで誰も知らなかったのですから、新たなボスと考えるのが妥当かもしれませんが……」

 

「あのモンスターは2度と現れないと思います」

 

「なぜです?」

 

「……勘、という答えでもいいですか?」

 

「出来れば理由を教えて頂きたいですね」

 

「筋肉鎧の筋肉を作り操っていたのは、鎧の中にあった「心臓」だと思います。

 僕はその心臓を突き刺しました。

 あの心臓が無くなったのであれば、再びあの筋肉鎧は現れないでしょう」

 

「その理由は、全てのモンスターに当てはまってしまいます。

 光りの粒子となって消えるモンスターは、時が経てばまたどこかで光の粒子が集まり生まれます。

 その心臓もまたその時に作られるはずでしょう?」

 

「でも、あの心臓は違う……普通のモンスターとは違うと思うんです」

 

「グライア様。さきほどから「思う」という言葉になっておりますよ?

 失礼ですが「思う」だけなら、誰でも思うことができます」

 

 カプラーさんの言う通りだ。

 この言葉では説得力に欠ける。

 僕が何かを隠していると、カプラーさんは気付いているはずだ。

 

 プーさんが言っていた。

 欠片を持つモンスター。

 あの言葉の意味は何だったのだろう。

 プーさんに聞いてみたいけど、こんなことがあった直後にプーさんと2人きりになれる機会を作るのは難しそうだ。

 でも出来れば会って話したい。スキルの手紙で聞いていいような内容では無い気がする。

 

 プーさんが呟いた言葉をカプラーさん達に話すのが正しいのだろう。

 プーさんは強そうだったから戦ってみたわけじゃない。

 もっと明確な理由があったはずだ。

 それを問い質すべきだ。

 

 でも言えない。

 それはプーさんの“秘密”に深く関わっている気がするから。

 それがプーさん個人の秘密なのか、ダンデリオンの秘密なのか分からないけど。

 

 しかし、カプラーさんの信頼を損なうのも嫌だ。

 なので、僕はもう1つのことを言うことにした。

 

「実は……筋肉鎧のモンスターを倒した後……僕のスキルが増えていたんです」

 

「え? スキルが増えた?」

 

「はい。見たこともないスキル名が突然スキル欄にありました。

 それは「宝剣」というスキルです」

 

 死んだふりのことは、あいかわらず伝えていない。

 筋肉鎧の戦いでティアさんとプーさんは目撃しているけど、あの戦いの中で僕が何をしたのか正確に理解することは出来ないだろう。

 またティアさんが僕のことを話すとは思えないし、プーさんも言わないと思う。

 これは僕だけが助かってしまうスキルだ。

 今回のように、たまたま有用な使い方ができる場面もあるだろうけど、基本的には知られたくない。

 

 そして新しいスキル「宝剣」。

 これは本当に筋肉鎧を倒した後、スキル欄に突然現れていたのだ。

 僕がこのスキルを取得したから、あの筋肉鎧がもう2度と現れないと思う根拠……になるだろうか。

 

「それはどのようなスキルなのですか?」

 

「僕も今初めて使いますので、上手く使えるか分かりません。

 ちょっと離れて使いますね」

 

 テントの入り口付近まで下がると、僕はスティレットに向かって「宝剣」スキルを発動する。

 すると、スティレットが宙に浮かんでいく。手品でも何でもない。自らの意思を持った剣が宙に浮かび、僕の周りを漂い始める。

 

「こ、これは!?」

 

「はい。筋肉鎧が2本の剣を操っていたのと同じ現象かと思います。

 宝剣スキルを使う時は「武器」にスキルを使うことになるんです。

 そして宝剣スキルを使われた武器は、こうして宙に浮かび、恐らく僕が敵と認識した相手に向かって自動で攻撃するはずです。

 もう1本いけるのかな?」

 

 僕も初めて使うスキルだ。

 どのような能力なのかちゃんと把握できていない。

 筋肉鎧は2本の剣を操っていたのだから、僕も2本まで指定できると思い、ゴスリン狩り用の属性剣に向かって宝剣スキルを使用した。

 

「おお!」

 

 結果、属性剣も宙に浮かび、僕の周りを漂い始める。

 試しにもう1本、マインゴーシュに宝剣スキルを使ってみたけど宙に浮かぶことはなかった。

 

「筋肉鎧を倒したことで、僕がこのスキルを取得したんだと思います。

 これが、筋肉鎧が2度と現れないと思う理由です。

 倒す度に宝剣スキルを取得できる、なんてモンスターが何度も現れるとは思えないんです」

 

「た、確かに……こんな素晴らしいスキルを倒す度に与えてくれるモンスターが何度も現れるとは考え難いですね。

 仮に現れるにしても、かなりの時間を要するのでしょう。

 1年や2年なんて時間ではなく、それこそ何十年、何百年という時間が」

 

 カプラーさんは宙に浮かび僕の周りを漂う2本の剣を見ながら目が輝いている。

 正直、僕もちょっと興奮している。

 このスキルで早く戦ってみたい。

 

「明日もグライア様達は騎士団で狩りをお願いします。

 あ、申し訳ありません。グライア様の身体は大丈夫ですか? かなりの重傷だとお聞きしましたが」

 

「大丈夫です。ユグドラシルの実で回復しておきましたので、傷ついた身体も問題ありません」

 

 ユグドラシルの種やユグドラシルの実は、HP0となり身体に受けた傷まで治してくれる効果があるのだ。

 今回はちょっと奮発して、貯めておいたユグドラシルの実を1個使って治した。

 

「そうでしたか。

 ではお疲れのところ申し訳ありませんが、明日も騎士団での狩りをお願い致します。

 そして、グライア様は宝剣スキルの能力把握もお願い致します」

 

「わかりました」

 

「ティア様もそれでよろしいでしょうか?」

 

「私は主に従うだけです」

 

 蝶の羽で戻ることは従わなかったくせに!

 

「グラリスとソリンもいいですね?」

 

「……はい」

「はい!」

 

「では、各自テントに戻り明日に備えてお休みになって下さい」

 

 

 カプラーさんのテントを出ると、ナディアさんとアイリスさん、そしてマルダックさんが待っていた。

 何があったのか、簡単に説明しておいた。

 プーさんの行動にみんな怒っていた。

 当然だろう。

 僕は無事だったんだから、と言ってみんなを宥めておいた。

 

 明日に備えてテントに戻るも、僕は宝剣スキルの能力を確認するためにホルグレンさんからいくつかの武器を借りて、夜のフィールドに出かけていった。

 いつの間にか後ろからティアさんがついてきていた。

 

 プティットは寝ている。

 夜に起きているのは、カマキリモンスターのマンティスだ。

 マンティスカードは筋力(大)の効果なので、狩るにも悪くない相手だ。

 

 

 まず宝剣スキルの使用SPはたった1である。

 これは本当にありがたい。

 

 マンティスの弱点属性である火属性のスティレットに宝剣スキルを使う。

 1本のスティレットが宙に浮かび上がる。

 さて、ここからが問題だ。

 ホルグレンさんから借りてきた火属性の「片手剣」「両手剣」「槍」「鈍器」「斧」。

 ノービスの僕にとって装備不可となる武器にも宝剣スキルを使うことができるのか?

 

 僕は片手剣である「サーベル」に向かって宝剣スキルを使用した。

 浮かんだ。サーベルが宙に浮かび僕の周りを漂う。

 おお! 装備不可であっても使用できるのか!

 

 しかし、ただ宙に浮かぶだけで相手を攻撃してくれないと困る。

 適当に歩いてマンティスを探すと、すぐに1匹のマンティスが見つかった。

 

「キシャアアアアア!」

 

 向こうも僕に気付いたらしく襲いかかってくる。

 しかし、

 

 

 斬! 斬! 斬! 斬! 斬!

 

 

 射程距離は20mぐらいか。

 その距離にマンティスが入ってきた瞬間、火属性のスティレットとサーベルがマンティスに向かって飛んで斬りかかった。

 マンティスは一瞬で光の粒子となって消えた。

 

 僕は震えて興奮していた。

 サーベルがきちんとマンティスを攻撃してくれたことも嬉しかったけど、何よりその斬撃速度に興奮したのだ。

 間違いない、僕の攻撃速度と同じ。つまり僕の俊敏性に依存した斬撃速度だ。

 筋肉鎧の2本の剣よりずっと速い動きだったのだ。

 もちろん筋力も僕依存だから一撃の攻撃力はそれほど高くないだろうけど。

 

 宝剣スキルを使っている間にSPが減ることはないし、マンティスを攻撃した時もSPが減ることはなかった。

 本当にたったSP1で使えるスキルのようだ。

 

 サーベルに再び宝剣スキルを使用すると、光りの粒子となって僕のアイテムボックスに自動で戻ってきた。

 次に僕は両手剣である「バスタードソード」に向かって宝剣スキルを使用してみた。

 しかし、バスタードソードが宙に浮かぶことはなかった。

 

 槍の「グレイヴ」、鈍器の「チェイン」、斧の「ハンマー」。

 どれも宙に浮かぶことはなかった。

 

 これは予想通りだ。

 両手剣はもしかしたらいけるんじゃないかと思っていたけど。

 

 宝剣スキルはその名の通り「剣」に適用されるスキルなのだろう。

 それも片手で持つ剣に。

 片手で持つので短剣も含まれて適用されているんだと思う。

 

 僕が装備できない片手剣に適用されるのだから、スロット12のフランベルジュを2本作成して宝剣スキルを使えば。

 いや、待てよ。

 宝剣スキルを使用した剣に刺さっているカードの効果はどんな風に適用されるんだ?

 

 最も簡単なテストは、HPが100増加するファブルカードを刺した片手剣に宝剣スキルを使用することか。

 ファブルカードはグラリスさんのカプラ倉庫に預けてある。

 グラストヘイムから戻ったら、早速試してみよう!

 

 再び火属性のサーベルに宝剣スキルを使用した僕は、1時間ほどマンティス狩りを続けた。

 1時間の狩りの間、宝剣スキルはずっと維持されていた。持続時間はないようだ。

 

 射程距離に入った瞬間、マンティスが瞬殺されていくのを僕は見ているだけ。

 ある程度の数を倒したところで、もう1つの検証も終わった。

 

 適用されている。

 何が適用されているのかというと、僕の幸運ドロップ率だ。

 宝剣スキルを使った剣で倒しても、僕の幸運ドロップ率が適用されたドロップなのだ。

 エルニウムの原石はいっぱい出たし、マンティスカードも1枚出た。

 

 狩りを終えてテントに戻ることにした。

 ずっと無言で僕の後をついてきてくれたティアさん。

 僕はティアさんに微笑むと「戻りましょう」とだけ告げた。

 

 また僕の後ろをついていくつもりだったのか、僕が通り過ぎるのを待っていたティアさんの右手を、左手でぎゅっと握ってみた。

 

「ひゃっ!」

 

 驚き可愛い声をあげるティアさん。

 ちょっとその様子が面白くて笑ってしまった。

 

「ご、ごめん」

 

 笑いながら謝る僕。

 そのまま手を繋ぎテントに向かっていく。

 ティアさんは顔が真っ赤だ。

 僕も実は緊張している。

 主、なんて呼ばれてしまったので、主らしいことでもしてみるかと軽い気持ちで手を握ったが、とても可愛くてビックマウンテンの持ち主のティアさんと手を繋げば緊張もする。

 

 テントが遠くに見えてくるまで、僕達は手をずっと繋いでいた。

 特に言葉は交わさなかったけど、ティアさんは嬉しそうだった。

 

 

 

 僕の心臓もドクドクと鼓動を打っていた。

 

 

 ドクドク……ドクドク……ドクドク……。

 



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第30話 デートの場所は

 グラストヘイム狩り4日目。

 朝一番にカプラーさん達第1PTと一緒に、例の隠し通路から中央スペースに向かってみた。

 筋肉鎧と戦った場所は石で塞がれてしまい、中に入ることはできない。

 この入り口を塞いだ石は筋肉鎧が倒れても消えることはなかったのだ。

 ホルグレンさんが、カートをぶん回して塞いでいた石を砕きどけていった。

 最後は自らの拳で一発石をぶん殴ると、中の部屋への入り口が開通した。

 

 筋肉鎧はもちろんいなかった。鎧も剣もなかった。

 あいかわらず中央スペースにモンスターの姿は見えなかったので、このままモンスターが出ないならベースキャンプ地として利用することもできるかもしれない。

 しかし、グラストヘイム内で寝泊まりするなんてみんな落ち着かないだろう。

 この中央スペースはカプラ社や秘密の羽が定期的に観察して、今後モンスターが発生するかどうか、そしてあの筋肉鎧が再び現れるか見守ることとなった。

 

 カプラーさん達と別れると、僕達は予定通り騎士団1階で狩りを行った。

 僕の新たなスキル「宝剣」のおかげで、狩りはとても順調に進んでいった。

 手数が単純に3倍ですからね!

 と、最初は思っていた。手数が3倍だから殲滅速度が速いと。

 しかし、異常はすぐに感じられた。

 宝剣ではなく、僕が手に持つスティレットでモンスターを斬りつけた時にそれは分かった。

 そして僕1人でほとんどの敵を倒すことができた。

 

 さすがにグラリスさん達も気付き始めた。

 最初は新しい宝剣スキルの凄さに目を奪われていたが、僕の殲滅速度が異常であることに気付き始めたのだ。

 そしてグラリスさんが聞いてきた。

 

「グライア様。ちょっとお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「宝剣スキルは本当に素晴らしいスキルかと思いますが……モンスターを倒すのがいくら何でも早すぎませんか?」

 

「ええ、僕も同じ疑問を感じていました。そしてその答えは恐らく……筋力の加護が異常に上がっている、だと思います。

 モンスターを斬った時に手に残る感触が、今までと比べものにならないほど、強烈な感触が残るんですよ」

 

 僕は試しに宝剣を使わず、レイドリックにスティレットのみで戦ってみた。

 昨日レイドリック1匹を倒すのに必要とした時間の半分もかからず、レイドリックは光りの粒子となって消えていった。

 間違いない、僕の筋力の加護が劇的に上がっている。

 

 なぜだ? 昨日の筋肉鎧を倒したからといって、レベルが10も20も上がったわけじゃない。

 むしろ筋肉鎧から得られた経験値はほとんどない。

 それなのに、筋力の加護が跳ね上がっている。昨夜のマンティスは宝剣で全部倒していたから気付けなかったのだ。

 

 宝剣を手に入れたのと同じように、あの筋肉鎧を倒したことで加護の筋力も僕は得ていたのだろうか?

 HPは増えていないが、体力も上がっているように感じられる。

 特にスタミナ、持久力が上がっていて、どんなに動いても息が上がることがないのだ。

 明確な理由は分からないけど、おそらく筋肉鎧を倒したことで筋力の加護を得られたのだろうと結論付けて、狩りを続けることにした。

 

 狩りはあまりに順調でちょっと面白くない。

 昨日の出来事がなければ、2階に行ってみましょう! なんて言いたい気分だけど、そんな雰囲気ではない。

 言おうものならグラリスさんから説教をくらってしまうだろう。

 大人しく1階でひたすらレイドリックを狩っていった。

 

 宝剣スキルは本当に素晴らしい!

 今はホルグレンさんから借りているサーベル2本に使っている。

 ティアさんがアスペルシオ(武器に聖属性付与)を覚えたのでかけてもらっている。

 アスペルシオを受ければ、スティレットだけじゃなくて宝剣スキルの2本も聖属性となるのだ。

 

 射程20m内の敵に向かって飛んでいく2本のサーベル。

 自動で勝手に戦ってくれるのだが、僕が意思を込めるとそれに従ってくれる。

 例えば、レイドリックとライドワードが同時に向かってきたとして、宝剣スキルはもっとも近い敵に向かっていくようなのだが、僕が後ろにいるライドワードに向かっていけ、と指示を出せばそれに従ってライドワードに斬りかかる。

 

 また、レイドリック1匹を相手にするとき、後ろから斬りかかれとか、横から斬りかかれと指示を出せばその通り動くし、一度出した指示を覚えるのか、次から同じような動きとなっていく。

 

 サーベルが宙に浮いて動き回るのだから、僕の動きの邪魔にならないように左右の後ろ斜め付近から斬りかかるように指示を出しておいた。

 僕が一緒に相手しない敵には、正面から斬りかかるようにとも指示を出した。

 

 しかもこの宝剣スキルによって自動で戦う剣の動きが、これまた素晴らしい。

 斬撃速度は僕の俊敏依存と思われるが、剣の技術が凄まじいのだ。

 僕なんて相手にならないほど素晴らしい剣術です。

 勝手に戦ってくれる達人級の剣……慣れるとこれ無しでは生きていけなくなりそうだ。

 

「本当に便利なスキルですね」

 

 宝剣スキルの威力を目の当たりにして、グラリスさんが呆れた声で呟く。

 

「すごいスキルですよね。

 プロンテラに戻ったら、預けてあるファブルカードでこの宝剣スキルの検証をしたいんですよ。

 もしかしたら、宝剣スキルを使った剣に刺さっているカードの効果が適用されるかもしれないじゃないですか。

 HPが増加されるかどうかで、検証してみようと思います」

 

「もし適用されるなら、グライア様は36スロットの武器カードが適用されることになると……恐ろしいことですね」

 

「そうなったらすごいですよね!」

 

 ゲームの知識から推測すると、ATKアップ系のカードはその剣にしか意味がないけど、ステータスアップ系を刺せば全体に影響を与えることができるはずだ。

 クリティカル率は体感的には80%を超えている。

 コボルトクリップもあるから、ゲーム仕様なら100%なんだろうけど、ここではちょっと違うようだ。

 クリティカル(大)の効果はゲームのように数値化されているわけではないし、もしかしたら上限が設けられているのかもしれない。

 

 宝剣のうち1本は状態異常カードを刺すか。

 サベージベベのスタン、メタルラの沈黙、ファミリアの暗黒でそれぞれ4枚刺しなんてどうだろう。

 

 もう1本は、特化剣にしよう。

 いまはボット帝国との戦いがあるから、中型の人間族相手への特化剣がいいな。

 いずれ平和になってモンスター狩りするなら、各種特化剣を作っていきたいものだ。

 

 僕が装備するスティレットは今のままで十分かな。

 ウルフ、スケルトン、ソルジャースケルトンの4枚刺しでクリティカル確保がいいだろう。

 

 しかしスロット12のフランベルジュを2本も作成するとなれば、必要材料がとんでもないことになる。

 いまは狩りで得られる材料関係をカプラ社や秘密の羽に提供しているから、自分のストックが増える速度が以前より遅い。

 アルデバランを奪還できた際には、それ相応の報酬をもらえることになっているから、その時にスロット12のフランベルジュ2本下さいって言ってみようかな。

 

 いきなり最強装備の高望みをしても無理なので、プロンテラに戻ったらグラリスさんに預けてある鉱石関連の材料と睨めっこして、いま用意できる最良の剣を2本考えよう。

 

 

 明日の5日目は、4日目までの結果を見てPTを入れ替える予定だったのだが、ダンデリオンの第2PTはそのまま第2PTとして狩りをすることになった。

 プーさんの一件が関係しているのだろう。

 

 第1PTと第3PTはメンバーを入れ替えることになっている。

 僕のPTは、ナディアさん(ナイト)、ソリンさん(前衛カプラ嬢)、アイリスさん(ハンター)、グラリスさん(踊るカプラ嬢)、ホルグレンさん(ブラックスミス)、マルダックさん(ブラックスミス)、ロドリゲスさん(ウィザード)、ティアさん(プリースト)、ローラさん(プリースト)となっている。

 僕を入れて10人だ。

 入れ替えるといっても、第1PTから5人とマルダックさんが僕のPTに入る形となっている。

 ウィザードのロドリゲスさんと、プリーストのローラさんは秘密の羽メンバーで夫婦でもある。

 神力範囲外で狩りを行う夫婦ペアで有名だったらしく、カプラーさんやホルグレンさんとも旧知の仲だそうだ。

 そのため信頼も厚く、僕の宝剣スキルを見せても問題ない。

 

 宝剣スキルに関しては、当分の間秘密にすることとなった。

 アルデバラン奪還作戦の時には使うことになるけど、それまではピンチにならない限り秘密にする。

 そのためダンデリオンの人達の前では使わないように指示を受けた。

 昨日の夜の狩りを見られていないことを祈ろう。

 

 明日はナディアさんをリーダーにして、グラストヘイムの各地を回るそうだ。

 ボス級の危険なモンスターがいる地帯は避けるけど。

 

 日が落ちるまで、騎士団1階で黙々と狩りを続けた僕達はベースキャンプ地に戻ることにした。

 今日1日だけでレイドリックカードを7枚ゲットした。

 その他にもエルニウムやオリデオゴンなど大量ゲットなので、十分な成果といえよう。

 カプラーさんの喜ぶ顔が目に浮かびそうだ。

 

 ベースキャンプ地まであと少しのところで、スキルの手紙が届く。

 差出人の名前だけ確認すると中身を読まず、まずはカプラーさんへの報告に向かった。

 しかし第1PTはまだ戻ってきていなかったため、一度自分のテントに戻る。

 そして、誰もいないテントの中で僕は手紙を読んだ。

 

 

  グラちゃんへ

  今夜、デートしよう♡

  プーちゃんより

 

 

 プーさんと2人きりになる機会を得るのは難しいかと思っていたら、向こうからお誘いがきた。もちろん、みんなに見つからないように抜け出す必要があるけど。

 今夜、僕はプーさんの秘密を知ることになるのだろうか。

 それは、僕にとって良いことなのか、悪いことなのか……今は夜を待つばかりだ。

 

 第1PTが戻ってきたと報告を受け、カプラーさんに今日の成果を報告しにいった。

 予想通り、カプラーさんはとても喜んでくれた。

 ホルグレンさんも豪快に笑い、成果を祝ってくれた。

 そして、明日の行動予定に関して軽く打合せをすると僕はテントを出ていった。

 

 食事を済ませた僕はマルダックさんと話していた。

 マルダックさんは明日初めてグラストヘイムの中に入る。

 今朝、師匠のホルグレンさんから急に言われたそうだ。

 

「お、俺の斧がうなるぜ!」

 

「手が震えてますよ?」

 

「うるせー!」

 

 マルダックさんは緊張していた。

 初めてグラストヘイムなのだから、当たり前だ。

 僕も初日はかなりビクビクしていたけど、みんなに守られていたので安心感があった。

 マルダックさんはたった10人で、グラストヘイムで狩りをするなんて無謀な行為をいきなり体験することになるのだ。

 でもみんな強い人ばかりですから大丈夫ですよ、と一応励ましておいた。

 

 マルダックさんと話していると手紙が届く。

 プーさんがデートの場所を指定してきたので、僕は自分のテントに戻ることにした。

 さて問題はティアさんが僕のことをずっと見守っているのだ。

 ティアさんが僕を見守っていることは、全員分かっている。

 ティアさんはそもそも探偵のように隠れて尾行するなんて技術はないし、本人も特に隠そうとはしていない。

 一定距離を保って主である僕を見守っているのだ。

 

 そんなティアさんの行動と重ねて、カプラ嬢の誰かが常に僕を見ている。

 これも見守りなのだろう。

 何から僕を見守っているのか分からないが。

 いまは、ビニットさんが僕を見守っている。

 

 テントの中の寝袋に入った僕は「フリルドラカード」を刺したフードを装備すると、「クローキング」を発動する。

 そして同じテント内にいる人達に気付かれないように、テントの壁伝いに歩いて外に出ていく。

 ティアさんもビニットさんもまだ近くにいたけど、テントの中で休んでいる僕をずっと見守るなんてことはしないだろう。

 僕はそのまま夜のフィールドへ闇に紛れて向かっていった。

 

 

 デートの場所に指定されたのは簡単に辿り着ける場所じゃない。

 グラストヘイム内にある騎士団1階、例の中央スペースで筋肉鎧と戦った場所を指定してきたのだ。

 宝剣スキルと筋力の加護を得た今の僕なら、1人で辿り着くことできるけど、プーさんは宝剣スキルや筋力の加護のことは知らないはずだ。

 それらがなくても、僕なら辿り着けると思っているのだろうか。

 

 レイドリックやライドワードを倒しながら中央スペースに向かっていくと、マンドラゴラカードが落ちた。

 こんなところで運を使ってしまうとは!?

 ゲームでもこういうことはたまにあった。

 ロッダフロッグカードを狙ってカエルマップで狩りをしていた時だ。

 ドロップしたアイテムをポポリンが吸収してしまった。

 カードを狙っていると、ドロップした中にカードがあったんじゃないか!? という疑心暗鬼に陥る。

 そしてそれを確かめようとポポリンを倒すとカードが落ちる!

 やっぱり! と思ってそのカードを拾うと……ポポリンカードだったのだ。

 一瞬ロッダフロッグカードか!? と思っただけに落胆も大きく、カードドロップ運をポポリンで使ってしまったのがさらに悔しくて落ち込んだものだ。

 

 ゲームのことを思い出すとなんだか懐かしい。

 この世界に連れ込まれてしまって、あれよという間に時間が流れ、生きていくことに必死で頑張っていたけど、そういえば元の世界はどうなっているんだろう?

 いきなり僕は消えてしまった人になっているのだろうか。

 家族のことを思い出すと、ちょっと悲しい気分になってきてしまった。

 

 考えたところで、どうしようもない。

 いや、むしろ戻りたいと願うなら、僕は前に進むしかない。

 

 最高神オーディン。

 彼に会うことが元の世界に戻る唯一の道のはずだ。

 会えたところで戻れないかもしれないけど、僕をこの世界に連れ込んだ張本人から戻れないと言われるまでは希望を残しておきたい。

 

 フェイさんの運び屋で各地を駆け回っていた時、オーディンを祭っている神殿などの存在を聞いて回っていた。

 どの街にもそれなりの神殿があって、オーディンを祭っていた。

 そこで祈りを捧げたこともあったが、オーディンの声が聞こえることはなかった。

 

 ここが北欧神話の世界だとすれば、オーディンはアースガルドにいるはずだ。

 神々が住まう世界。

 ミズガルズから虹の橋ビフレストを渡ることでアースガルドに辿り着ける。

 しかし虹の橋ビフレストは終末の戦いラグナロクの時に壊れてしまっているはずだ。

 

 これらは、元の世界にいた頃の神話の知識でしかないから、必ずこの世界に当てはまることではない。

 それでも、それにすがってでも、僕はオーディンに会わないといけない。

 思考を巡らす僕の周りを宝剣が飛び回り、行く手を遮るモンスター達を斬り捨てていく。

 やがて隠し通路の壁をすり抜け、ワープポイントから中央スペースに飛んだ。

 

 そして筋肉鎧と戦った部屋に着いた。

 デートで指定するには辿り着くのが本当に危険な場所だけど、スリルがあるほど恋は燃えあがるんだっけ?

 筋肉鎧の鎧が置かれていた部屋の奥に、真紅の髪の女性の後ろ姿が見える。

 

 

 その姿は……ハイウィザードの姿だった。

 



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第31話 セイズ

「お待たせしました」

 

「女性を待たせるなんて、グラちゃんも罪な男だな~」

 

 僕が声をかけると、プーさんがいつもの調子で応えてくれる。

 後ろを向いたまま。

 

「待たせてしまったからには、お詫びをしないといけませんよね。

 プロンテラに戻ったら僕の奢りで何か美味しいものでも食べにいくとかどうですか?」

 

「う~ん、とっても素敵なお詫びだけど、その時間があるかな~」

 

「時間なんていくらでもあるじゃないですか。別に帰ってすぐってわけじゃなくても。

 アルデバランを取り戻した後でもいいですよ」

 

「くすっ、そうだね。急がなくてもいいわよね。本当に……」

 

 足音をわざと強く響かせながらプーさんに近づいていく。

 

「デートするには何もないところですね。

 どうしてここを?」

 

「う~ん、誰にも盗み聞きされない場所でグラちゃんと二人きりになりたくてね~。

 私もダンデリオンの人達を巻くの大変だったんだ~」

 

 ダンデリオンの人達を巻いてきた?

 身内にも内緒で僕と話したかったのか。

 僕も同じようなもんだけど。

 

 プーさんのほぼ真後ろまでやってきた。

 そこで足を止めてプーさんが振り向くのを待つ。

 しかし、プーさんは振り向かずそのまま後ろを向いて話を続ける。

 

「前にプーちゃんの部屋でお互いのことを話し合った時はプーちゃんが最初に質問したっけ。だから今回はグラちゃんが最初に質問していいよ」

 

「そうですか……あの筋肉鎧を見た時、いいえ正確にはまだ筋肉が出てくる前のただの鎧を見た時、プーさんは「欠片を持つモンスター」と呟きましたよね?

 欠片とは何ですか?」

 

「心臓の欠片」

 

「心臓の欠片?」

 

「あの鎧の中に、神の心臓の欠片があったの。

 そして私はそれを探していた」

 

「オーディンの心臓ってことですか?」

 

「オーディン以外にも神はいるわ。むしろ神なんて存在は無数にいるのよ。

 私がその中でも探していた神の心臓の欠片は……「フレイ様」の心臓の欠片よ」

 

 フレイ。

 北欧神話に出てくる重要な神の1人だ。

 恋した相手を妻に迎えるために剣を従者に渡してしまい、それでラグナロクの時に動物の角で戦うことになり負けてしまった、という神だったはずだ。

 剣……フレイの剣……フレイの宝剣!

 そうだよ! フレイの宝剣! 確か勝手に戦ってくれる宝剣だ!

 僕が得たスキル「宝剣」はフレイの宝剣なのか!?

 

「ど、どうしてフレイ様の心臓の欠片を探しているんですか?」

 

「質問は交互にしましょうね~。

 今度は私の番。

 グラちゃん……何か手に入れた?」

 

 ドクッ!

 心臓が強く鼓動を打つ。

 プーさんが探していたのはフレイの心臓の欠片。

 そして僕はフレイの宝剣と思われるスキルを手に入れた。

 どうして手に入れた?

 筋肉鎧との戦いの最後、心臓にスティレットを突き刺した時に聞こえた小さな赤ちゃんの声。

 直後の衝撃波で僕はふっ飛び、筋肉鎧の剣から逃れた。

 

 あれはたまたま僕を攻撃するための衝撃波に救われたのか?

 あの後、しぼんでいく風船のように筋肉が縮小していった。あれは自らの剣でお腹を突き刺したから? それとも……“心臓を失っていた”から?

 

 心臓を失ったことで筋肉を形成することが出来なくなり縮小していったとすれば、心臓はどこにいった?

 どこに消えた?

 あの時……僕がふっ飛んだ衝撃波は何の衝撃だったんだ?

 

 額に汗が浮かんでくる。

 止まらない思考。自然と手は胸に添えられていた。

 

 

「手に入れたの?」

 

 

 プーさんの声が響く。

 明るくどこか妖艶なプーさんの声が、冷たく刺さるように響いてくる。

 まるで心臓を掴まれたような錯覚の中、手を添えた左胸から感じる鼓動はどんどん高まるばかりだ。

 

 プーさんが振り向く。

 悲しい目をしていた。いつも明るく元気なプーさんがとても悲しい顔をしていた。

 そして胸に添えられた僕の手を見つめた。

 

「手に入れちゃったんだね……フレイ様の心臓の欠片を」

 

「わ、分かりません。あの時、僕は……でも……そんな!」

 

「グラちゃんが望んで手に入れたとは思っていないわ。

 むしろ、フレイ様の心臓の欠片をその身に宿すことができるなんて、本当にグラちゃんって何者なのかしら。

 ただの人が神の心臓の欠片を宿せば……あっという間に肉体は崩壊してしまうはず。

 いいえ、そもそも宿すことが不可能なはずなのよ。

 それなのに、フレイ様の心臓の欠片を受け入れ、さらには……力すら手に入れてしまうなんて。

 どんな力を授かったのか見せてもらえる?」

 

「し、質問は交互じゃなかったのですか?」

 

「くすっ、そうだったね。

 それじゃ~次はグラちゃんの番だよ」

 

 な、何を質問すればいい? どんな質問が正解なんだ?

 どうすれば……最悪の事態……プーさんと戦うなんて事態を回避できる?

 

 プーさんは完全に戦闘態勢だ。

 ハイウィザードの姿だけではなく、右手には既に杖が現れている。

 どうしよう……プーさんと戦うなんて絶対に嫌だ!

 

 聞きたいことは他にもいろいろあった。

 聞かなくてはいけないこともいろいろあった。

 でも僕の口から出た言葉は違う言葉だった。

 真っ白な頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口にした。

 

 

「プーさんのことが好きです」

 

 

 どうしてこんな時に、こんな言葉が出てしまったのだろう。

 ぐちゃぐちゃの頭の中から出てきた言葉が「好きです」なんて笑えない。

 さすがのプーさんも、きょとんとした表情で呆気に取られている。

 

 静寂は数秒ほどだったと思う。

 プーさんが無邪気な顔で笑い出した。

 

「ぷっ……くすくすっ! くくく……あはは♪

 もう~グラちゃんったら……ずるいな~。

 あ~もうどうしよう。完全に予想外の言葉だったわ。

 まさか、このタイミングで告白されるなんて、さすがにプーちゃんも予想できなかったよ~」

 

 声が柔らかくなる。

 一人称が「私」から「プーちゃん」に戻っている。

 僕は変わらず額に汗を浮かべて、頭の中はぐちゃぐちゃだけど、プーさんの雰囲気が変わってくれたことが嬉しくて顔は笑っていたと思う。

 

「私も……プーちゃんもグラちゃんのこと好きだよ。

 大好きだよ。

 出会った時からグラちゃんには運命的な何かを感じていたの。

 そして、それは本当にそうだった……」

 

 プーさんが一歩前に出る。

 しなやかな指で僕の頬を撫でる。密着するような距離で向き合っている。

 僕は微動だにできないまま、プーさんを見つめていた。

 

 頬を撫でる指はやがて首筋に落ちる。

 もう片方の手が僕の胸と腕の間に滑り込んでくると、自然と僕の腕はプーさんの背中に回って彼女を引き寄せてしまう。

 首筋から胸板に、胸板からお腹に、そして指は離れると僕の手を求め彷徨う。

 見えていないのにプーさんの手が彷徨っていることが分かる。すぐに僕の手が彷徨う彼女の手を握りしめる。

 ぎゅっと絡み合う手の温もりが心地良い。

 

 そして密着する身体はお互いの体温を感じさせてくれる。

 プーさんの身体は柔らかくて心地よい。

 真紅の髪からはとっても良い匂いがしてきて、それは僕の心を落ち着かせてくれるようでもあり、さらに興奮させてくれるようでもある。

 

 僕の首に顔を埋めるプーさん。

 抱き合いながら、プーさんは話し始めた。

 

「神々の黄昏から始まる新たな螺旋。その中に私達は捕われているわ。

 グラちゃんが私達をその螺旋から救ってくれるのかな……。

 例えその先に新たな螺旋があるとしても、それは人が作る未来でありたい。

 今は囚われの身。救わなくてはいけない御方がいるの。

 私は私の道を行くわ……その道の先にグラちゃんと一緒に歩ける道があると信じて」

 

 独り言のように呟くプーさんをただただ見つめていた。

 

「だから今は……ごめんね」

 

 顔を上げたプーさんは泣いていた。

 そしてただただ見つめる僕の唇にキスをする。

 

「1つになりましょう」

 

 唇の中にプーさんの舌が入ってくる。

 くちゅくちゅといやらしい音を立てながら入ってくる。

 

 僕はそれをただただ見つめていた。

 

 プーさんはアイテムボックスから取り出したのか大きめのマントを床に広げると、僕の目の前で服を脱ぎ始めた。

 その仕草に僕の脳は燃えるように興奮する。

 僕の興奮をさらに刺激するかのように、プーさんは服をゆっくりと脱ぎ捨てていく。

 

 裸となったプーさんを、僕はただただ見つめていた。

 

 白い肌に美しい胸が膨らんでいる。その先端の淡いピンク色の突起が可愛らしい。

 引き締まった身体はモデルのようにスリムだけど、腰からお尻へのラインはちょっとむっちりしていて、男の欲情を刺激してくる。

 

「グラちゃんも脱いで」

 

 プーさんの言葉通りに、僕は服を脱ぎ捨てる。

 床に広げられたマントの上で裸のプーさんが僕を手招きする。

 

「きて。1つになりましょう。

 何度も何度も何度も繋がって1つになりましょう

 そして、貴方の全てを私に見せてちょうだい」

 

 手招きされるままプーさんに近づくと、身体を密着させてプーさんを抱きしめた。

 プーさんの美しい胸に顔を埋めた僕は、そのまま彼女の身体を求め続ける。

 彼女の全身に僕の証がつくように、何度も何度も何度も求めていった。

 

 僕の耳元で彼女の喘ぐ声が聞こえたような気がした。

 どこか遠くで彼女の熱い吐息が聞こえたような気がした。

 彼女の中に僕の全てが放たれたような気がした。

 僕の全てを彼女が遠くから見つめていたような気がした。

 

 何もかも忘れて、僕は彼女と1つになった。

 

 

♦♦♦

 

 

「おはようございます」

 

「おはよう。今日はよろしくね」

 

 グラストヘイムでの狩り最終日。

 今日はナディアさん達と一緒に狩りだ。

 昨夜、マルダックさんと話した後にテントに戻るとぐっすりと眠ってしまった僕は、みんなより少し寝坊してしまい、たったいま起きたばかりである。

 もう少し遅れていたら、朝食抜きになるところだった!

 朝食を食べにテントを出ると、ナディアさんがいたので一緒に朝食を食べることにした。

 

 今日はナディアさんがリーダーである。

 ナディアさんの指示に従って僕は動かなくてはいけない。

 そして、今日は幸運ドロップ率のことは関係なく、PTとしてもっとも効率的な動きをすることが目的となる。

 本格的なPTでの戦いは今日が初めてとなるので、僕も気を引き締めていかないと!

 

「宝剣スキルのことは聞いているわ。期待しているからね」

 

「あはは。期待を裏切らないように頑張ります。

 僕もナディアさんの指示にちゃんと従って動きますので、指揮に期待していますよ」

 

「くすくす。はいはい。グライア君の期待を裏切らないように、ちゃんと指揮してみせるわ。ちょっとでも私の指示に遅れたら、きつ~いお仕置きが待っているからね?」

 

「うぇ!? そ、それってどんなお仕置きです?」

 

 ナディアさんはくいくいっと指をある方向に向ける。

 その先には……ティアさんがいた。

 え? ティアさんに何させる気なんですか!? やめて!?

 

 朝食を終えて準備を済ますと、グラストヘイムの入り口前の集合地点に向かう。

 ダンデリオンの第2PTが先に集合していた。

 プーさんの姿も見える。

 

「おはよ~」

 

「おはようございます」

 

 いつもの明るいプーさんが手を振って声をかけてくる。

 3日目の出来事もあったので、プーさんもその後は大人しくダンデリオンの第2PTで真面目に狩りをしているそうだ。

 

 ダンデリオンの人達には宝剣スキルを秘密にしないといけない。

 なので狩場が被ると困るのだが、そこはナディアさんがちゃんと行先を考えてくれるそうだ。

 

 

 そう……絶対に……絶対にダンデリオンの人達に宝剣スキルを見せてはいけない……。

 

 

「グライアどうした? 怖い顔して?」

 

「え?」

 

 マルダックさんが声をかけてきた。

 怖い顔? 僕が? そんなに怖い顔していたかな?

 

「緊張しているのかもしれませんね。ちゃんとしたPT戦は初めてですので、みんなの足を引っ張らないように頑張らないと」

 

「それを言ったら俺はどうなるんだ? ま、俺もなるようにしかならないと割り切って暴れるけどな」

 

 昨夜は意外にも緊張していたマルダックさんだったけど、一晩の間に腹をくくったのかやる気満々の顔つきとなっている。

 これは期待できそうだ。

 もともと筋力には自信のあるマルダックさんなのだから、きっと戦力としても活躍してくれるはずだ。

 

「はっはっは! それでこそ俺の弟子だ!」

 

 豪快に笑いながらホルグレンさんがやってきた。

 マルダックさんの背中をバシバシと叩いている。

 今日はホルグレンさんの本気も見れると思うと、ちょっと楽しみだ。

 どんな感じで戦うのか……なんとなく予想出来てしまうけどね。

 たぶんその予想通りの戦い方だと信じて、それも期待したい。

 

「私もいるからマルダックは安心していいわよ」

 

 アイリスさんがちょこちょこと可愛らしく歩いてきた。

 レベルが上がり俊敏もかなり高くなったと聞いている。

 最近アイリスさんと一緒に本気で狩りすることがないので、アイリスさんの成長ぶりも楽しみだな。

 

「今日はよろしく!」「よろしくお願いします」

 

 夫婦のロドリゲスさんとローラさんがきた。

 ロドリゲスさんは渋いおじさん系の顔で、ローラさんはとても綺麗な美人系の顔だ。

 並ぶとまさに美男美女! って感じで絵になる。

 

 グラリスさんとソリンさんは既に入り口前で待機しているし、ティアさんはあいかわらず僕の後ろに立っている。

 

 これで全員集まった。

 グラストヘイム最終日。ナディアさんの指示に従いながらも、思いっきり暴れてみようかな!

 




この後に「とあるアサシンの物語」の間話を挟みます。
その後に32話を投稿して、第3章終了となります。

間話は2~3話ぐらいになりそうです。
投稿まで1週間ほどかかるかもしれません。


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間話 とあるアサシンの物語2

投稿まで1週間と前話の後書きに書きましたが、書いているうちに筆がどんどん進み昨夜3話分書き終えました。

今日1日で3話アップします。

10時、15時、18時での予約投稿にしています。

とあるアサシンの物語、楽しんで頂ければ幸いです。


「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 

 地下水路が流れる湿った道を、男はひたすら逃げていた。

 手持ちのハエの羽が徐々に減っていけば、安易にワープすることをやめて、しぶとく逃げ回る。

 いま、彼を追っているのは泥で作られた巨大な手のモンスター「スティング」である。

 スティングの動きは鈍いものの、その攻撃速度は凄まじい。

 彼がその攻撃全てを回避することは難しいだろう。

 しかも、彼を狙っているのはスティングだけではない。

 素早く動く凶悪な鼠のクランプが突然襲ってくる。また遠くから弓を射てくるガーゴイルの存在も厄介だ。

 

「はぁはぁ……はぁはぁ……くそっ! 師に地図をもらってくるんだった!」

 

 グラストヘイムに向かう前に彼はプロンテラの冒険者ギルドに寄り、グラストヘイムの最下層へ行くための地図を求めた。

 しかし、地図は地下水路2階までしかなかったのだ。その先に向かう者がほとんどいないためである。

 中には地下水路、さらにはその先の最下層まで足を運ぶ冒険者もいるが、丁寧に地図を作成してくれるとは限らないのだ。

 

 現在、彼は地下水路3階にいる。

 地下水路2階でワニ型モンスター「アノリアン」から逃げ回り何とか辿り着いた先に待っていたのが、スティング、クランプ、ガーゴイル。

 お得意のハイディングとクローキングで隠れて逃げようにも、悪魔型モンスターであるガーゴイルはハイディング見破りの特性を持っているため見つかってしまう。

 地下水路4階へのワープポイントの前にワープしないかと祈りながら、何度かハエの羽を使ってみるものの、そんな幸運な奇跡が彼に訪れることはなかった。

 

 グラストヘイムに入ってからすでに何時間、何十時間経過しているのか分からない。

 睡魔に負けて安全と思われる場所で仮眠を何度か取ったが、いつモンスターが襲ってくるかもしれない恐怖から熟睡できるはずもなく、浅い眠りを何度も貪るだけだ。

 幸いにも、仮眠を取っている間にモンスターに襲われたことは一度もない。

 起きる度に頭は気怠くなるばかりだが、モンスターを見れば死の恐怖から意識は一気に覚醒するようになった。

 

 このままではジリ貧だな、と彼は思う。いずれアイテムが底を尽けば蝶の羽で戻らざるを得ない。

 もともと師の無茶な言葉から始まったグラストヘイム最下層への旅だ。達成できずにモロクに戻ったとしても師に笑われるだけで済む。

 しかしあの酔っ払いのだめだめ師に負けるのは嫌だし、師の期待に応えられず失望されるのはもっと嫌だった。

 故に、彼は目指す。グラストヘイムの最下層へと。

 

「クランプ、ガーゴイルは何とかなるけどスティングがマジでやばいわ。あれはやばいわ。

 移動速度はあんだけ鈍いのに、攻撃速度のあの速さは何なんだ。

 くそっ……もっと俺に攻撃力があれば!」

 

 彼はスティングの攻撃をまったく避けられないわけではない。1対1の状況であればスティングの攻撃の8~9割ほど避け続け反撃することも可能だ。

 しかし殲滅までの時間がかかり過ぎると、他のモンスターが集まってきてしまう。

 スティングの攻撃に意識を向けながら、他のモンスターの攻撃を避けることは不可能なのだ。

 

 彼は両手に装備されたカタールを見る。

 アサシンの天職を得た時に買ったスロットの無いただのカタール。

 一度の精錬もしていない無強化である。

 この装備ではスティングを倒すのに時間がかかってしまうのも仕方がないことだろう。

 こつこつと貯めた資金で武器を更新しようと思っていたが、その資金は師の酒代となり泡となって消えていった。

 疲れて湿った壁に寄りかかり、そのことを思い出した彼は急激に師が恨めしく思えてきた。

 せめて武器を更新できていれば! 言い訳ではなく本心からそう思うのである。

 アサシンになった彼に二刀流の才能はなかった。

 二刀流を使った時、右手と左手の攻撃力が極端に落ちる者がいる。正確にはアサシンの天職を得た者はみな最初そうなのだが、ジョブレベルが上がることで徐々に両手の攻撃力が戻ってくる感触を得られるようになる。

 そうして二刀流を扱えるようになる者もいれば、カタールの才能に目覚める者もいる。

 彼は後者であった。

 カタールの攻撃力もジョブレベルが上がることで増していくことがあり、彼はそれを感じることができた。

 またカタール専用スキル「ソニックブロー」を得られたことからも、彼がカタールの才能を持ったアサシンであることが分かる。

 

 そこで彼はふと思った。

 そういえば、師はどっちなんだ?

 師とパーティーを組んで2ヵ月。一緒に戦いはしたが、師はいつも逃げているだけだったので、師が戦う姿なんて見たことがないのだ。

 いや、何度か見たことある気がするも、その時、師が何を持っていたのか意識して見たことがなかった。

 

「師……ちゃんと布団かぶって寝てるかな。風邪引いてないかな」

 

 子供を心配するように、師を心配する彼の顔には恨めしいなどという感情はなく、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 

 カラン

 

 

 通路の先の曲り角に石が突然落ちてくる。

 その音に反応すると、曲り角からどろどろとした泥の巨大な手が現れる。

 スティングだ。

 後ろから続くモンスターはいない。1匹なら相手することもできるが、やはり問題は殲滅速度だろう。

 戦っている間に他のモンスターがくれば、またハエの羽を消耗することになる。

 それなら戦わずして逃げるが得策、という思考回路が出来上がってしまっている。

 

 スティングの移動速度は鈍いため、逃げるだけなら簡単だ。

 逃げている間にクランプが襲ってこようが、スティングの感知範囲外まで一気に逃げて倒せばよい。あまりに数が増えてしまうと結局はハエの羽に頼ることになってしまうが。

 厄介なガーゴイルに遭遇するのがもっとも嫌なことだ。

 

 

 ヒュゥゥゥン!

 

 

 風を切るような音と共に彼の姿がスティングの視界から消える。

 隠蔽スキル「ハイディング」によって姿を隠したのだ。

 のそのそと、どろどろと動く巨大な手が彼の前を通り過ぎていく。

 彼のハイディングのレベルは10。およそ5分間姿を隠すことができる。

 最高レベルのハイディングとはいえ、出来れば早く通り過ぎて欲しい。こんな時は普段逃げる時にはありがたいスティングの移動速度の遅さが恨めしい。

 

 スティングが通り過ぎるのを待つだけで暇だった彼はアイテムボックスをぼ~っと見ている。

 アイテムボックスの中の「消費」の中にあるアイテムを眺めれば、ここまで来るのに消費したアイテムの数を自然と頭の中でゼニーに換算してしまう。

 逃げてばかりの今回はもちろん大赤字である。

 暇だったので、何となく「装備」の中を見てみた。

 別に大した装備は入っていない。切り替え用の装備などないのだから。

 

「……ぇ?」

 

 驚きのあまり思わず声が漏れてしまった。

 ハイディング中であっても声を発することはできる。

 声を発したところでスキルが解除されることはないのだが、当然居場所がばれることになる。

 スティングの足……といっても足はないのだが、どろどろと蠢く泥が止まる。

 幸いにもスティングの知能はそれほど高くない。しばらく静止した後、またどろどろした泥を蠢かしながら動き始める。

 スティングの背中……といっても背中はないのだが、その姿が遠くに消えていったのを見届けて、彼はハイディングを解いた。

 

「ふぅ、俺としたことが。それにしても、これは……」

 

 アイテムボックスの装備の中にあったそれを彼は取り出す。

 手の中に現れた武器はカタールだ。

 カードを刺そうと、精錬しようと、武器の見た目が大きく変わることはない。

 しかし、手に持つカタールはまるで輝いているように見えた。

 

 カタールのスロットは12、精錬値は+10。

 刺されていたカードは、

 

 ソルジャースケルトン×4、効果はクリティカル(大)

 セドラ×4、効果はクリティカルダメージ(大)

 

 この2つのカードが4枚刺しでも卒倒するほどの驚きなのだが、さらに続いて刺されているカードを見ると、この2つのカードの存在が霞んでしまう。

 

 ドレイク、効果は全てのサイズの敵へ最大ダメージ。

 ドッペルゲンガー、効果は常時攻撃速度増加。

 バフォメット、効果は攻撃が全範囲の範囲攻撃となる。

 

 3枚のボスカードが刺されていたのだ。

 どれも1枚だけで一生遊んで過ごせるぐらいの大金が手に入る貴重なカードである。

 それが3枚。

 最後に残されたスロットにはまだカードが刺さっていない。

 刺す必要がなかったのか、それとも何かのカードを刺す予定も、そのカードを入手できずこのカタールは未完成のままなのか。

 彼がどれほど考えてもその答えが分かるはずもない。

 

 どうしてこんな武器が自分のアイテムボックスの中に入っているのか。

 彼に思い当たる節は1つしかない。

 

 師だ。

 

 全てのアイテムを没収されてアサシンギルドまで往復マラソンさせられた時、戻った自分に師はゼニー以外のアイテムを返してきた。

 あの時はゼニーを返してくれないことに気が向いて、戻してもらったアイテムを取引ウィンドウで確認することなんてしなかった。

 自分が武器更新のために貯めたお金を酒代に使われたことに激怒し、さらにはグラストヘイム行きを宣言されてパニックになっていたのだ。

 あの時だろう。それしか考えられない。

 戻すアイテムの中にこのカタールを忍び込ませたのだ。

 

 カタールを眺める目に薄らと涙が溜まる。

 まったく本当にどうしようもない師だ、と呟きながらも、頬に流れる涙を止めることはできなかった。

 装備ウィンドウを呼び出し、師のカタールを装備する。

 両手に現れた新たなカタール。なぜかずっと使っていた以前のカタールよりもこっちの方がしっくりとくる。まるで長年連れ添った相棒のようだと。

 

「待てよ……まさか!」

 

 彼は急いでアイテムボックスの装備の中を探した。

 まさか、と思った彼の予想は当たっていた。

 

「防具もかよ……」

 

 見知らぬ防具がアイテムボックスの中に紛れ込んでいた。

 どれもスロット2以上の防具であり、鎧のシーフクロースに至ってはスロット4だ。

 ウィスパーカードのモッキンを始め、どれもアサシンにとって有用なカードばかり刺さっている。

 この装備一式で一体どれだけの財産になることか。

 

「酒代……にしては高すぎませんか、師よ」

 

 今が朝なのか夜なのか分からないが、きっとモロクで酒を飲んでお腹を出して寝ている師を思い浮べながら、彼はありがたくその装備を借りた。

 そう借りるだけ。これは自分で集めたものではない。これによって得られる強さは自分の強さではないのだ。

 酒代として消えたゼニーでは到底借りることの出来ない装備だが、今はこの装備を使わせてもらう。

 

 防具もカタール同様、自分の身にしっくりとくる。

 全て装備すると、自分が自分でないような不思議な感覚に包まれる。

 安心という言葉よりかは、高揚感という言葉が合っているだろう。

 高ぶる気持ちに任せて、彼はさきほどやり過ごしたスティングの後を追った。

 

 すぐに追いついた。泥の巨大な手は一定距離まで近づくと、くるりとこちらに向き直る。自分を感知し迫ってくる巨大な手が、さっきまではひどく威圧的に思えたのに今はまったく怖くない。

 ぐっと右足に力を込めて、彼は一気に駆けだした。

 

「うおおおおおおお!」

 

 地下水路で叫べば声が響き渡ってしまう。なのに彼は声を出さずにいられなかった。

 いや彼が叫ばずとも、スティングを切り刻むカタールの打撃音が響き、結局は地下水路の中に己の位置を知らせることになったのかもしれない。

 さきほどまでとはまったく違う打撃音に乗せて、彼の手に残る強烈な手応えの感触が、さらに彼の心を高ぶらせていった。

 

 スティングを倒すまでの時間は、装備を変える前の半分を通り越し、4分の1ほどまで短縮された。

 彼は、ただの泥となり光の粒子となって消えていくスティングを満足そうに見つめていた。

 これならいける。全範囲攻撃までついているのだ。ある程度囲まれても強引に倒すことだってできる。

 高まる気持ちを抑えられず、彼は歩き出す。

 それは地下水路4階への道を探しているのか、それとも倒すべきモンスターを探しているのか。

 手に残る熱い感触が冷めないうちに次のモンスターと戦いたい。彼の目がそう語っている。

 

 しかしすぐに彼は己の未熟さに気付くことになる。

 

 

 

「うおらああああ! おらおらおら!」

 

 全範囲に巻き起こるクリティカルダメージが、彼を包囲するモンスターに炸裂していく。

 彼が切り刻んでいるのは前方のスティングのみ。

 しかし、その攻撃は見えない刃となり360度に向かって放たれていく。

 スティング2匹とクランプ2匹が彼を囲んでいるが、クランプが1匹、2匹と光の粒子となって消えていく。

 新たな装備によってさらなる俊敏と回避の加護を手に入れ、彼の狩りは徐々に強引なものへと変わっていった。

 最初は2匹、次第に3匹、いまは4匹に囲まれても強引に倒すという選択を取っている。

 スティング3匹はさすがに避けきれないが、2匹までならかなり避けれるようになっているのだ。 クランプの攻撃は加護の回避頼みで無視している。

 スティングを攻撃していれば、いずれクランプは倒れていくのだから。

 

 そんな装備頼りの狩りを続けていけば、響き渡る音に次々とモンスターが群がってくる。

 彼の殲滅速度が集まってくるモンスターの速度を越えているため、今のところ大きな問題にはなっていなかった。

 しかし、この地下水路3階でもっとも知能が高いモンスター達が集合していることに彼は気付けていない。

 

 

 ガーゴイル

 

 

 悪魔型の遠距離攻撃モンスターであるガーゴイルが10匹、角を曲がった先で待機しているのだ。 近づく音の主が現れるのを、弓を引いて待っている。

 そんなことは知らない彼が、その角を曲がった。

 

 放たれた矢の数は10。待ち伏せされての攻撃に彼の反応は遅れた。

 恐らくほとんどが直撃の軌道を描いていたはずである。

 加護の回避でどれだけ回避できたのかは、実際に当たってみないと分からないのだが、下手をすれば全ての攻撃を受けていたかもしれない。

 

 しかし。

 彼の身体に届いた矢は一本もなかった。

 全ての矢が突然地に落ちたのだ。

 

 理由も分からないまま、彼は全速で駆け出す。

 一気にガーゴイルとの間合いを詰めると、一心不乱にカタールを振り回した。

 全範囲に広がる怒涛の攻撃が、ガーゴイル達の身体を切り刻んでいく。

 

 彼はいくつかの矢を受けたものの、大したダメージではなかった。

 それよりも、なぜ突然矢が地に落ちたのかが気になった。

 ガーゴイルは全て倒してしまったので、放たれた矢も光の粒子となって消えてしまっているだろう。

 それでも矢が落ちた辺りを見ると……。

 

「石?」

 

 地下水路の水が流れる湿った道に、小石がいくつも落ちていた。

 いくつも落ちている小石を数えれば、その数は10。

 放たれた矢と同じ数だったのだ。

 まさか崩れた天井の小石が10個で、それがたまたま放たれた矢を全て落してくれたわけではないだろう。

 誰かがこの小石で矢を打ち落としてくれたと考えるしかない。

 しかしいったい誰が?

 

 神力範囲外で狩りを行う冒険者の可能性はある。地下水路、さらには最下層まで進める冒険者はいるのだ。しかしその姿を確認できないのはなぜだ? 石で矢を落とした直後にハエの羽を使った? でも姿を隠す理由はないはずだ。

 

 転がる小石を見て、彼の頭は急激に冷めていった。

 新たな装備の力に興奮し己を見失っていたことに気付いたのだ。

 

「馬鹿か俺は……自分で得た装備でもないくせに」

 

 装備する時に、師から借りた装備だと自分で自分に言っておきながら、結局はその力に興奮し魅入ってしまった未熟な自分を恥じた。

 さっきまでの自分はまるで邪念の塊であり、師が言っていた「明鏡止水」の境地からもっとも遠い状態だった。

 装備の性能を引出し使いこなすべき使用者が、邪念によって装備に振り回されていたのだ。

 彼は澄み切った水のように心を落ち着かせる。

 

 そして本来の目的を思い出す。

 自分はこの地下水路に遊びにきたわけじゃない。この先に進み、最下層に辿り着き、そして「ごっついミノタウロス」のカードを手に入れるのだ。

 

「地下へのワープポイントを……探すか」

 

 再び歩き始めた彼の目は静かに燃えていた。

 

 流れる地下水路の水に姿無き足跡が続き、それが地下4階へとたどり着くまで、それほど時間はかからなかった。

 



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間話 とあるアサシンの物語3

 グラストヘイム最下層は地下1階と2階に分かれている。

 地下1階には「スタラクティックゴーレム」という固まった泥で出来たゴーレムのモンスターがいる。この危険なグラストヘイムという場所において、なぜかこのモンスターは非アクティブ、つまり自分から襲ってくることのないモンスターなのだ。

 そのため、地下1階は安全地帯となっている。他にモンスターはいないのだ。

 

「ありがたい……」

 

 最下層地下1階に到達した彼は、久しぶりに緊張感から解放される。

 とはいえ、周りには泥のゴーレムが闊歩してるわけで、非アクティブと分かっていてもどこか落ち着かない気もする。

 非アクティブだから弱いわけではない。グラストヘイムに生息するモンスターであるスタラクティックゴーレムは間違いなくモンスターの中でも上位に位置する強さを持っている。

 

「リンクするのかな?」

 

 リンクとは非アクティブモンスターであっても、近くで同種族が攻撃されれば、仲間を助けるために襲ってくることである。

 ペコペコなどがリンクモンスターであり、1対1で戦うつもりがいつの間にかペコペコ数匹に囲まれていた、なんてことも珍しくない。

 ゴーレムが2体いるのを見て、彼は検証することにした。

 決して無意味な戦闘をしたいためではない。もしゴーレムがリンクしなければ、ここでは常に1対1の戦闘経験を積めることになるのだ。そのための検証である。

 

「ふぅ……おし!」

 

 右足にぐっと力を入れると駆け出す。

 硬いゴーレムの体をカタールで切り刻んでいく。

 

「リンク無しか!」

 

 隣りで同種族のゴーレムが攻撃を受けているのに、まったく反応を示してこなかった。

 これならここで鍛錬を積むことが出来る。

 この先の最下層2階にいる「ごっついミノタウロス」に自分が敵わない時は、ここ最下層1階で鍛錬を積んで再挑戦することが可能だと分かったのだ。

 

 ゴーレムは固まった泥の拳を彼に向かって放つ。決して遅くないが、今の彼を捉えるには不足している。1対1なら問題なく倒すことが出来るだろう。

 いま、彼のベースレベルは91。

 神力範囲内での狩りで限界といわれる80台を超えて90台に入っている。

 師に神力範囲外の場所に連れ回され、さらにはここグラストヘイムでの狩りを経て彼のレベルは90台の領域に入っていたのだ。

 それは神の加護による強さの限界が近いことを意味する。

 その先の強さを手に入れるために必要なことは……。

 

 彼はまず最下層2階へのワープポイントを探した。

途中何度か仮眠を取りながら奥へと進むと、光り輝くワープポイントが見えてきた。

 

「ここか」

 

 誰に言うでもなく呟くと、自然と足はワープポイントの中に入っていた。

 とりあえず見てみるか、と思ったのだ。

 

 

「ぇ?」

 

 

 刹那の光りのカーテンが開けた時、彼の目に映ったのは、

 

 

 牛、牛、牛、牛、牛、牛。

 牛、牛、牛、牛、牛、牛、牛、牛、牛、牛、牛、牛。

 牛、牛、牛、牛、牛、牛、牛、牛。

 

 

 彼は一瞬でくるりと反転すると、救いの光りに見えたワープポイントに飛びついた。

 

「いやいやいやいやいや、あれなんだよ……」

 

 鼻息荒い真っ赤な牛のぎゅうぎゅう詰め。

 牛の牛牛詰め……いえ、何でもありません。

 

 グラストヘイム最下層2階はごっついミノタウロスの生息地である。その真っ赤なミノタウロスがいることに驚きはしない。それがどんなに大量にいても。モンスターハウスを見たことだってあるのだから。

 問題はそこではない。

 

「なんで殺し合ってるんだ?」

 

 真っ赤なミノタウロスはお互い殺し合っていたのだ。あれだけの数が殺し合いをしているのを見れば逃げたくもなる。

 この地下最下層2階では縄張り争いがあるのか? それともごっついミノタウロスの中で敵味方の区別があるのか? まさか全員が全員敵で、出会ったらお互い殺し合うのか?

 彼の疑問に答えてくれる者はいない。

 師はこのことを知っていたのだろうか、と床に座り込む。

 

 アイテムボックスから食料を取り出しまずは腹を満たした。

 それからごつごつとした床にマントを広げ、その上に寝転がる。

 幸い近くにゴーレムはいないため、ガタガタとうるさい足音も聞こえてこない。

 久しぶりに熟睡すると決めた彼が眠りに落ちるまでに必要な時間はたった5秒。

 泥のように眠った。

 

 

♦♦♦

 

 

 男が眠りに落ちると、1つの影が姿を現した。

 熟睡する彼を見守る優しい眼差しが、光り輝くワープポイントに向けば険しいものへと変わる。

 あの時以来か、と感慨深く思いながら当時のことを思い出す。

 師と弟子2人。3人で、ここグラストヘイム最下層で修行に明け暮れた日々を。

 

 

 

 

 カタールと二刀流どちらも天賦の才を持った最強の師。

 

 カタールなら師に自分以上だと言われたあいつ。

 

 そして、二刀流なら自分以上だと師に言われた自分。

 

 3人ならどんな敵を相手しても勝てた。

 さすがにボスと戦う時には師の知り合いのプリーストの助けを受けたが、たった3人のアサシンを前衛にボスを打ち破れたのは彼らだからだろう。

 

 師は寡黙な人で自分のことをほとんど何も話さなかった。

 名前すら教えてくれなかった。

 それを真似て彼に自分の名前を教えず、師と呼ばせているのだ。

 天国にいる師が知ったら怒るだろうか、と彼はちょっとだけ身震いした。

 

 師には娘が1人だけいた。

 娘は師のことを「父さん」としか呼ばなかったので、師の名前を知ることはできなかった。

 母親が誰なのか師は教えてくれなかったが、彼はボス戦の時に来てくれる知り合いのプリーストという女性がそうではないかと思っている。

 2人の間に何があったのか詮索するのは失礼だと思い何も聞かなかったが、彼は師の娘に好意を寄せていた。

 それはもう1人の兄弟弟子も同じだった。

 

 それは必然の衝突だった。

 お互い好意を寄せる相手が同じで、しかも師の娘だ。

 娘は彼に好意を寄せていた。しかしもう1人の兄弟弟子が嫌いなわけではなかった。

 ただ自分のために弟子2人の仲が悪くなるのは嫌だった。

 

 師は言った。

 とりあえず戦え、と。

 

 二刀流とカタール。

 2人の弟子は師と娘が見守る中、戦いを始める。

 アサシン同士の戦いにそれほど長い時間は必要ない。

 事実、2分ほどで戦いは終わった。

 

 勝ったのはカタール。つまり彼は負けた。

 差は僅かだったが負けた。

 空を仰ぐように倒れた彼は、仕方ない、と娘のことを諦めようと思った。

 

 しかし倒れた彼に駆け寄った娘を見た勝者の表情が崩れる。

 自分が嫌われているとは思わない。だからといって好かれているとも思わない。

 別に構わない、今からお互いのことを知っていけば……そんな風に思っていた彼の考えは敗者を介抱する娘の顔を見て崩れ去っていった。

 

 

 いらない。

 無理に好意を持ってもらうなど、ただ惨めなだけだ。

 自分はカタールでなら師すら超えるのだ。

 世に出ていくらでも稼ぐことができるのだ。

 

 

 その日、勝者は師の元を去った。

 

 その後、娘と彼は結婚する。

 数年後には愛娘も誕生した。

 師は既に隠居し、孫娘を見るのが生き甲斐の普通のおじいちゃんになっていた。

 ある日、ふらりとあのプリーストの女性がやってきて、彼の娘を愛おしそうに抱いてくれた。

 

 彼はアサシンとして仕事や冒険を続けながらも、去っていった兄弟弟子の情報を追った。

 同じく冒険者として名を売っていたので情報はすぐに入ってきた。

 かなり強引な稼ぎ方をして、稼いだお金で女を買い、酒と博打に明け暮れていたのだ。

 

 師から彼に会ったら渡して欲しいと託されている装備がある。

 それを彼に渡そうと何度も思うも、酒と女に荒れる彼を見てどうしても声をかけることが出来なかった。

 それに師から託された装備の中のカタールにはカードが1枚刺さっていない。

 師に聞けば、刺したいカードはあったのだがついに手に入れることが出来なかったと、残念そうに呟いた。

 それはどのモンスターのカードかと聞くと、返ってきた言葉に彼は首をかしげた。

 

 ごっついミノタウロス。

 

 グラストヘイム最下層で散々狩ったモンスターだ。

 そしてそのカードは何枚か手に入れているはずである。

 そのことを聞けば、師はただのごっついミノタウロスのカードではない、と答えた。

 そもそも、ごっついミノタウロスのカードは鎧に刺すカードだろうが、と言われた。

 

 師は言った。

 ごっついミノタウロス達は戦わないと死んでしまう。

 泳がないと死んでしまう魚がいるように、彼らは戦わないと死んでしまうのだ。

 光りの粒子となって消え、また光の粒子が集まり生まれるモンスターとて死は怖いのだろう。

 故に彼らは常に戦う。

 そして、その戦いの中で勝ち続けた者は、やがて異常な成長を遂げ、種の限界を超えることがある。

 私が欲しかったのは種の限界を超えたごっついミノタウロスのカードだ、と。

 

 それを聞いた彼は、種の限界を超えたごっついミノタウロスを探すようになった。

 自分がそのカードを手に入れ、それと一緒に兄弟弟子に会いに行く。

 そして彼と和解しよう。

 彼が望んでくれるなら、コンビを組むのも悪くない。

 ごっついミノタウロスを倒す彼の顔には笑みがこぼれていた。

 

 

 今から10年ほど前だ。その事件が起きたのは。

 愛娘の5歳の誕生日を祝った翌日。彼はグラストヘイム最下層に向かった。

 師が探していたミノタウロスに未だ遭遇することはないが、兄弟弟子のことを思い今日も泥の手と泥のゴーレムを倒しながら進んでいった。

 そして、最下層2階へのワープポイントが見えてきた時だ。

 光りの輝きを放ちながら、誰かがワープポイントから出てきた。

 いや、誰かではない。彼だ。兄弟弟子の彼だったのだ。

 顔面蒼白の彼を見てすぐに駆け寄った。

 

「ガイル! お、おい! どうした? 大丈夫か!?」

 

「ぁぁ……ぁぁ……お、俺のせいじゃない、俺のせいじゃない! アイテムが使えなくなるなんて……俺のせいじゃない!!」

 

 狂ったように叫びながら兄弟弟子のガイルは彼を突き飛ばした。

 そして、蝶の羽を取り出すと光の粒子となって帰還してしまったのだ。

 

 彼はすぐにワープポイントの中に入った。

 そこで目にしたのは……まさに地獄絵図だった。

 

 肉体の大きさは1.5倍ほどか。

 唯でさえ巨大な真っ赤なミノタウロスの1.5倍はあるであろう、燃えるようなミノタウロスが人間を蹂躙していた。

 転がり命を失っていると思われる者がすでに3人。

 そして彼の目の前で、逃げ惑う2人の人間を燃えるミノタウロスのハンマーがその命を奪っていった。

 

 

「フシュゥゥゥゥゥ!」

 

 

 燃えるミノタウロスの視線はすぐに彼に向かっていた。

 湯気のような煙が肉体から立ち上がっており、その姿そのものがまるで蜃気楼のように揺らいでいる。

 それは全身から放たれる強大な生命力の奔流だろうか。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 燃えるミノタウロスの叫び声で最下層の岩壁がぱらぱらと崩れ落ちる。

 スキルでも何でもないただの叫び声。

 しかし、それだけで身体は金縛りにあったかのように動かなくなる。

 

 恐怖

 

 いま自分は恐怖しているのだ、と気付いた時には燃えるミノタウロスは眼前に迫っていた。

 

(速い!)

 

 巨体に似つかわしくない素早さで、燃えるミノタウロスのハンマーが彼を襲う。

 それを紙一重でかわした自分を少しは褒めたいと思いながら、バックステップで距離を取る。

 ステップを踏んだ先はワープポイント側ではなく逆であった。

 

(間違いない。こいつだ)

 

 師が探していた種の限界を超えたミノタウロス。

 長年追い求めてきた相手がいま目の前にいる。

 このような形で出会うことを望んではいなかったが、今はそれどころではない。

 ガイルは逃げてしまったが、ここで死体となってしまった者を回収し弔ってあげないといけない。

 

(そのためにも、こいつを倒す!)

 

 エンチャントポイズンを発動。

 師より授かった2本のアサシンダガーを握り彼は駆け出した。

 

「うおおおおおおおお!」

 

 燃えるミノタウロスの攻撃を避けながら、彼の二刀流がその鋼の肉体に斬りかかる。

 しかし、

 

(硬い!)

 

 彼は決して攻撃力が低いわけではない。

 それどころか、おそらく二刀流を使うアサシンの中で彼以上の攻撃力を持つアサシンなどいないのだ。

 その攻撃が通らない。

 

(これではダブルアタックも意味がないな)

 

 アサシンやシーフが持つスキル「ダブルアタック」

 一度の攻撃で2回分のダメージを相手に与えることができるスキルだ。

 しかし一撃のダメージが低すぎれば、それが2倍になったところでたかが知れている。

 

「くっ!」

 

 斬りかかる彼に苛立ったのか、燃えるミノタウロスが飛び跳ねながらハンマーを地面に叩きつける。

 ミノタウロスが使う範囲スタンスキル「ハンマーフォール」だ。

 その射程範囲から逃げようと、彼はすかさずバックステップする。

 しかし、

 

「がはっ!」

 

 身体の自由を奪われる。

 意識はあるのに、身体が動かない。

 スタン状態に陥っているのだ。

 

(範囲から出ていたはず……通常よりさらに広範囲なのか!?)

 

 その隙を逃すほど甘い相手ではなく、燃えるミノタウロスのハンマーが彼を捉えた。

 HPバリア越しであってもその衝撃は凄まじく、彼は岩壁までふっ飛ばされる。

 

(一撃で……)

 

 HP0である。

 

 さきほどガイルが逃げる時に叫んでいた言葉通りアイテムは使えない。

 一撃でHP0ならポーション系はもともと無意味ではあるが。

 ハエの羽を使ってみるもワープせず、当然蝶の羽も無意味だった。

 

 最下層2階がアイテム使用不可の領域なのではない。

 彼はここに何度も来ているし、そしてここから何度も蝶の羽で戻っている。

 この燃えるミノタウロスの一定範囲がアイテム使用不可になるのだろう。

 

(勝てないな)

 

 状況判断を誤るほど彼は混乱していない。

 死体を弔ってあげられないのは口惜しいが、冒険者として神力範囲外で狩りを行うのなら彼らもそれぐらいの覚悟はあったはずだ。

 

(俺1人では無理か……あいつがこのカタールを装備して一緒に戦えば或いは……)

 

 ワープポイントに向かって駆け出すと、燃えるミノタウロスのハンマーが襲ってきた。

 

「砂まき!」

 

 燃えるミノタウロスの眼に向かって砂をまき、すかさずバックステップで彼はワープポイントに中に消えていく。

 光りが彼を包み消えていく間、倒すべき宿敵の眼を彼はじっと見つめていた。

 

 

 

 

 逃げたガイルの消息はその後分からなかった。

 冒険者ギルドに報告することなく、ガイルは姿を消した。

 アルデバランで彼らしいアサシンを目撃したとの情報もあったが、ガイルをアルデバランで見つけることはなかった。

 結局、師より託されたカタールをガイルに渡すことは叶わなかったのだ。

 

 あれから10年。

 1年前に師が他界した。

 5年前に妻に浮気がばれてしまってからは、師と愛娘に会えずにいたが、師の死に目には会わせてくれた。

 師と妻と愛娘は「ウンバラ」という大自然の中にある村に住んでいた。

 ルーンミッドガッツ王国の影響を受けないその辺境の村で、愛娘は野生児のようにすくすくと育っていた。

 あの可愛らしい愛娘の変貌っぷりに驚愕したが、浮気で追い出された以上何も言えず、また時間が巻き戻るわけもないので、ま~いっか、と彼は自分を納得させた。

 そんなことより、愛娘の足の運びや気配から師並みの天賦の才を感じられたことの方が嬉しかったのだ。

 本音はもうちょっとだけお淑やかに育って欲しいとは思っているけど。

 

 モロクの川辺でぼ~っとしていると、突然声をかけてきた若いアサシン。

 最初はただの遊びのつもりが、いつの間にか本格的に彼を鍛えていた。

 そしてこの若く才能に溢れるアサシンは、自分の期待に応えてくれた。

 

 ガイルの代わり、などと思うつもりはない。

 今はまだ遠く及ばないものの、いつの日か、彼ならガイルすら超えることが出来ると信じているのだから。

 

 完全無防備で泥のように眠る彼を見つめていると、足音が聞こえてくる。

 それは泥のゴーレムのガタガタとした足音ではない。

 コツコツと音を刻む主の姿を見て、彼は笑みを浮かべる。

 

「御足労頂きありがとうございます」

 

「まったく本当だね。こんな年寄りのプリーストを今さら働かせようとするんだから」

 

 自らを年寄りといったそのプリーストは、確かに見れば誰もが年寄りだと思う。

 しかし、その身体から放たれるオーラを感じればこのプリーストがただ者ではないと分かるだろう。

 

「娘と会えたそうじゃないか。浮気するところまであいつに似なければ、幸せな余生を過ごせたろうに」

 

「いや~、弟子は師に似るものでしょ?」

 

「なら、そこでぐーすか寝ているそいつも、女癖が悪くなるかもしれないね」

 

「いや、こいつはたぶん大丈夫ですよ」

 

「手紙に書いてあった通りずいぶんと気に入っているんだね~。愛娘の結婚相手にどうだい?」

 

「それとこれは話が違います」

 

「親馬鹿だね~」

 

 軽く冗談を交えて笑い合う2人の間には、何ともいえない柔らかい雰囲気が流れる。

 

「弟子と一緒に行くのかい?」

 

「いえ、先にいきます。俺も準備運動しておきたいので」

 

「私は年寄りなんだから、必要最小限しか働かないからね」

 

「あのミノタウロスを相手する時以外、貴方の手を煩わせることはありませんよ」

 

 最後に彼は眠る弟子の顔を優しく見つめると、プリーストの女性と共にワープポイントの中に消えていった。

 



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間話 とあるアサシンの物語4

 意識の覚醒は突然だ。

 寝て1秒と経たずに起きているわけではないのだが、今の彼にはそう感じられた。

 

「う~~~~ん」

 

 固まった泥の硬い床の上に広げられたマントの上で、身体をぐっと伸ばす。

 脳に酸素が一気に送られ、頭の中にある雲が晴れていく。

 そうすれば、ここはどこで自分はこれから何をするのか思い出すのだが、それが簡単なことではないため彼の気持ちまで晴れることはなかった。

 

 アイテムボックスから食料を取り出して腹を満たしている間に彼は考える。

 さてどうするべきか、と。

 あの牛だらけの中で自分は戦うことができるのか? と自問自答すれば当然無理だと答えを出す。

 しかし、あれほどの数が常に1ヶ所に集まっているのだろうか。眠る前に見た光景が異常であって、通常はもっと少ないのではないか。

 

 彼の足はワープポイントに向かった。

 そして自分の考えが正しいと思った。

 

「ふぅ……そりゃ~そうだよな」

 

 独り言を呟く彼の目にはごっついミノタウロスの姿は映らない。

 静寂が広がっていた。むしろあまりに静かで不気味なほどである。

 とりあえず1対1で1度戦ってみないことには分からないと思い、彼は足を進める。

 

 5分ほど歩いたところで、1匹のミノタウロスを見つけた。

 真っ赤な肉体を震わせながら、彼を見つけたミノタウロスは嬉しそうに襲いかかってきた。

 

「戦闘狂かよ!」

 

 右足にぐっと力を入れて彼も駆け出す。

 初動の衝突で圧倒したのは彼だった。ミノタウロスの動きは予想以上に素早かったが、十分に反応範囲内であり問題なく避けながらカタールで切り刻んでいく。

 盛り上がった強靭な筋肉の見た目通りに、鋼の肉体は硬いが、クリティカルを次々に発生させる彼の攻撃の前ではその硬さも無意味である。

 クリティカルは相手の防御力を無視したダメージを与えるのだ。

 

 さすがにスティング以上に時間はかかったものの、予想以上に早い時間で倒すことができた。これなら2匹までは同時に相手しても問題ないと判断する。

 戦闘音を聞きつけ集まってくるミノタウロスがどれだけいるのか不安だったが、彼が遭遇した真っ赤なミノタウロスはほとんどが1体でうろついていた。

 ミノタウロス達もお互い戦い合うのだから、本当に最初に見た光景は稀な出来事だったのだと自分を納得させた。

 

 

 

 彼は予想以上に戦えることを喜んでいた。

 これならカードを拾えるまでミノタウロス狩りを続けられそうだと。

 そして慣れと共に歩みも軽くなっていった彼を突然それは襲った。

 

 

「――――」

 

 

 声を出すことすらできなかった。

 彼を襲ったのは剣でも魔法でもなく、ミノタウロスでもない。

 当然だ。彼の視界には固まった泥の岩壁が広がるだけで何も誰もいない。

 なのに、彼は自分が殺されたと錯覚するほどの恐怖に襲われていた。

 

 地図を持たない彼は知る由もないが、いま向かっている先はこの最下層2階のまさに中心地点。

 そこには、その開けた空間を居城としている1体のミノタウロスがいる。

 そいつは同種族で殺し合う真っ赤なミノタウロスを何十、何百、何千、何万と喰らってきた。

 もちろんそんなこと、彼は知る由もない。

 

 その場所までまだそれなりの距離があった。

 にもかかわらず、彼は恐怖を感じていた。

 

 

 この先に行けば死ぬ

 

 

 脚が震える。ガタガタと情けなく震え逃げ出したくとも動けない。

 手が震える。こんな小刻みに震える手でいったいどうやってカタールを振るというのか。

 身体が震える。冷や汗で背中はぐっしょりと濡れ、心臓を掴まれているような気がした。

 歯が震える。ガチガチと鳴る音はまるで生存本能の警告音に思えた。

 

 

 この先に行かなくとも俺は死ぬ

 

 

 自分の考えの甘さを思い知った瞬間である。

 この先にいる悪魔は間違いなく自分に気付いていると彼は確信していた。

 その悪魔は眼で見ずとも自分が恐怖する姿を楽しんでいるのではないかと思った。

 

 

 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ

 

 

 ハエの羽や蝶の羽で逃げるという考えすら浮かんでこない。

 事実、この距離ならばまだアイテムは使用できたであろう。

 その悪魔が近付いてくる前であったなら。

 

 

「――――」

 

 

 それが現れるのを彼は呆然と見ていることしかできなかった。

 ここに来るまでに倒してきたミノタウロスの2倍はあろうかという巨体。

 しかしその巨体は揺らいで見える。燃え盛る炎のような真っ赤な肉体から立ち上がる煙が、悪魔の姿を揺らがせる。

 蜃気楼の中のいる悪魔なら、このまま消えてくれるのかな? と真っ白な頭の中で彼は考えていた。

 死があまりに近く、近すぎる故にすでに死への感覚が麻痺しているのだ。

 

 

 ヒュゥゥゥゥンン!

 

 

 1本のナイフが悪魔に向かって放たれた。

 それは彼の後ろから飛んできた。

 鋼の肉体……では足りない、金剛の肉体に放たれたナイフは悪魔に傷一つ与えることはできない。

 毒も付与されているのだが、この悪魔にはまったくもって無意味であろう。

 しかし、彼の意識を戻すには十分だった。

 

 恐怖から我を取り戻した彼が次に捉えたのは、光りのように自分の横を通り過ぎていく1人のアサシンだった。

 そのアサシンを見た悪魔が吠える。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 いつの日かと同じ叫び。しかし駆け出したアサシンの記憶にある声よりもさらに大きく強力な声だった。

 あの時はその叫び声に動きを一瞬止めてしまったが今は違う。

 叫び声を切り裂くように悪魔に向かっていくと、両手に握るアサシンダガーで斬りかかった。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 悪魔を斬った時に残る手の感触はあの時と変わらない。

 自分があの時からさらに強くなったわけではないのだから仕方のないことだ、と男は納得している。

 想定していた通りなのだから。

 

 悪魔に斬りかかった男の雄叫びに反応したのは彼だった。

 その声を自分は知っている。

 この2ヵ月あまり毎日聞いていたのだ。

 しかしどうしてここにその人がいるのか理解はできない。

 できなくとも、その人はここにいる。

 

「師!!」

 

 師が燃えるような悪魔のミノタウロスと戦っている。

 その動きは自分の知っている師とは到底思えないが、間違いなく師である。

 

「クリーム!! こいつを殺るぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

 師の言葉への返事は自然と大きな声となった。

 そして悪魔へと自らも駆け出した。

 

「チッ!」

 

 グリームが駆け出したのと同時に悪魔は跳ね上がり、その巨大なハンマーを地面に叩きつける。

 ハンマーフォール。

 その範囲は10年前よりもさらに広く、2人を強烈なスタン状態へと陥れた。

 身体の自由を奪われた2人に悪魔が笑みを浮かべてハンマーを振り下ろそうとする。

 

「リカバリー!」

 

 グリームのさらに後方から聞こえた女性の声と共に、身体の自由が戻ってくる。

 師に向かって振り下ろされていたハンマーに、グリームはカタールを思いっきりぶつけた。

 

「ぐはっ!」

 

 吹き飛ばされたのはグリームだ。

 ハンマーにカタールをぶつけた瞬間、風に飛ばされる紙屑のように飛んでいった。

 

「リカバリー!」

 

 紙屑のように飛ばされはしたが、そのおかげで師への直撃は免れ、さらには後方からの女性の声によって師もスタンから回復する。

 師はバックステップで一度距離を取る。

 

「クリーム! PTに入れ!」

 

 グリームをPTに入れる。

 悪魔はフシュゥゥゥと鼻息を出しながら楽しそうにこちらを見ている。

 

「坊や、さっさと起き上がりな!」

 

 グリームがその声の方角を見れば、女性のプリーストがいた。

 かなりの年齢に見えるが、この場にいることが場違いな感じはしない。

 むしろ身に纏うオーラから、この場にこそ相応しい人だと分かる。

 

「回復は後ろのおばちゃんが担当してくれる。俺達は目の前のこいつに集中するぞ!」

 

「自分で言う分にはいいけど、あんたにおばちゃん呼ばわりされたくないね!」

 

「小言は後でたくさん聞いてあげますよ! クリーム! 俺ではこいつに大したダメージを与えることはできない! お前ならいけるはずだ! 俺が正面を受け持つ! お前はひたすら攻撃しろ!」

 

「ブレッシング! 速度増加! キリエエレイソン! マグニフィカート! グロリア!」

 

 プリーストの支援が飛ぶ。

 それを合図に師が悪魔に向かって駆け出す!

 

「10年前よりさらにでかくなりやがって!

 俺のこと、覚えているかああああ!?」

 

 正面を受け持つと宣言した師は、その言葉通り、悪魔と真っ向から対峙する。

 振り下ろされる巨大なハンマーを紙一重で避けながら、両手に持つアサシンダガーを振っていく。

 その光景だけ見れば、いずれ師が1人でこの悪魔を倒してしまうのではないかとさえ思えてしまう。

 しかし届かない。

 師の攻撃は悪魔の体にまったくダメージを与えていない。

 そのことがはっきりとグリームにも感じ取れた。

 

 自分がいかなくては。

 このカタールで、クリティカルでこの悪魔にダメージを与えなくては。

 しかし足が動かない。

 グリームには光速にも思える動きの中で暴れ回る2人の化物の中に飛び込んでいく勇気がない。

 さきほどのハンマーに重たい一撃の衝撃がまだ自分の身体を震わせている。

 直撃を受ければ間違いなく一撃でHPはなくなるだろう。

 

「坊や! 怖いのかい!? 怖いだろう! 怖いのさ!

 でも坊やだけじゃないんだよ!

 私も! 坊やの師のあいつも怖いのさ!

 そして! この悪魔もね!」

 

 悪魔も?

 悪魔も怖い? こんな悪魔がいったい何を恐れるというのか。

 

「死は怖い! 自分という存在が消えるのが怖い!

 この悪魔もその恐怖から解放されようと、ただただ強さを求めているのさ!

 みな同じだよ! 坊やだけじゃない!

 だから、坊やにちょっとでも戦う意志があるなら、この悪魔に見せてやりな!

 坊やの持つ強さで悪魔に恐怖を与えておやり!」

 

 プリーストはグリームに声をかけながらもセイフティウォールを連続で唱える。

 彼女のセイフティウォールは最高レベルの10だ。

 それなのに、なぜかたった一撃でその聖なるバリアは消滅していく。

 故に連続してセイフティウォールを唱える。師は悪魔の攻撃全てを避けれているわけではないのだ。

 

「まったく何て悪魔だ! 地獄であの馬鹿に会ったら、孫娘に夢中になる前にちゃんと悪魔を倒しておけと殴りつけてやる!」

 

「地獄じゃなくて天国でしょ!」

 

「どっちでも一緒さ!」

 

 荒れ狂う悪魔を前にしても、どこか遊んでいる雰囲気を感じさせる2人。

 自分とは次元の違うこの2人も怖いのだろうか。

 なぜ怖いのに、こんなにも前を向いていられるのだろうか。

 

 このカタールを装備した時、グリームは自分を見失った。

 装備の強さで勘違いをしたのだ。

 装備は重要だ。それが戦いの行方を左右する重要な要素であることは間違いない。

 しかしもっと重要なことがある。

 

 

 戦う意志

 

 

 例えナイフ一本しか持っていなくとも、戦う意志があれば戦える。

 例え何もなくとも、戦う意志があればその人は戦士だ。

 

 グリームの右足にぐっと力が入る。

 同時に彼女がグロリアを唱えた。

 グリームへの合図のように。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!

 

 

 心の中で連呼する。

 怖さを喰らう様に連呼する。

 

 駆け出したグリームは光速で打ち合う2人の化物の中に飛び込んだ。

 

 

 斬! 斬! 斬! 斬! 斬! 斬! 斬! 斬! 斬!

 

 

 一心不乱にカタールを振り回し悪魔を切り刻む。

 その姿を見た彼女は、グリームの勇気に喜びながらも焦る。

 戦う意志は持ったものの熱くなりすぎているからだ。

 

「まったく世話のやける坊や達だ!」

 

 その言葉はグリームだけではなく、彼の師にも向けられていた。

 なぜなら師も十分に熱くなっていたからだ。

 

「あの馬鹿は弟子に明鏡止水の極意をちゃんと教えなかったのかね~! まったく! 地獄で会ったら絶対に殴ってやる!」

 

 

 地獄でも会いたい男を思いながら、彼女の孤独な戦いが始まった。

 

 

 様々な天職はそれぞれ特性を持っている。

 この天職だけ特別、ということはない。

 しかし、あえて特別……いや特殊な天職は? と聞かれればプリーストを上げることになるだろう。

 その他の天職はみなモンスターを倒す強さを手に入れていく。

 ブラックスミスであってもそうだ。

 しかしプリーストのみ、得られる強さは倒す力ではなく、護る力である。

 

 攻撃用の魔法がまったくないわけではない。

 また鈍器を装備することで、打撃によってモンスターを倒すことだって出来る。

 それでも、プリーストの本質はそれではないのだ。

 

 めまぐるしく変わる状況を把握しながら、その瞬間毎に適切な判断を迫られる。

 ヒールだけを唱えていればどうにかなる、なんてことは最初のうちだけ。

 狩場の難易度が上がるにつれ、プリーストに求められる要素は多岐に渡り、そして難しいものとなっていく。

 それは時に仲間を見捨てる判断すら求められることになる。

 1人の犠牲の上に全体が守られるならそうするべきであり、またしなくてはいけない。

 しかし神力範囲内であったとしても、地に倒れ伏す仲間の姿に心を痛めないプリーストなどいないのだ。

 

 いま彼女は己のSPを管理しながら、光速で動き回る2人に対して瞬間の判断による適切な支援を送り続けている。

 事前に聞いていた通りアイテムは使えない。

 つまりポーションやユグ種、ユグ実によるSP回復が不可能なのだ。

 

(後に向かってそれなりの距離を取れば可能だろうけど、この状況でそれをやったらこの2人は死ぬね~)

 

 膨大なSPを保有する彼女だからこそ支援を送り続けられている。

 しかし、無限ではない。

 いずれ限界はやってくる。

 その前に、グリームがこの悪魔を倒してくれることを信じて、彼女は自分に出来る最良の判断を下し続ける。

 

 

 

 刹那の時が幾重にも重なるように感覚の中、グリームはカタールを振り続けた。

 手に残る感触は確かなダメージを伝えてくれる。

 それがこの悪魔にどこまで響いているのか分からないが、自分のすべきことは変わらない。

 

 斬って、斬って、斬って、斬って、斬り続ける。

 

 斬る度に、燃える悪魔の肉体から炎が舞い上がるように見える。

 激しく発する生命力により立ち上がる煙が、グリームにそう思わせているのだ。

 

「グオオオオオオオオオオ!」

 

 苦悶の色を含んだ叫び声と共に悪魔が跳ね上がる。

 ハンマーフォールだ。

 

 その瞬間、師はバックステップで距離を取った。

 この広範囲なハンマーフォールから逃れることは不可能と分かりながらも、師は距離を取る。

 それはハンマーフォールを避けるためではない。

 彼女のリカバリーが届くまでの一瞬の時間を稼ぐためである。

 

 が、グリームは距離を取らなかった。

 バックステップは教えてあるので使えないわけではない。

 熱く高ぶる心がグリームの判断を鈍らせた。

 

「ぐっ!」

 

 グリームの身体の自由が奪われる。

 同時に悪魔のハンマーが彼に振り下ろされる……ことはなかった。

 

「しまった!」

 

 悪魔の取った行動は師だけではなく、彼女すら予想できなかった。

 目の前の獲物を置いて、奥にいる彼女に向かって走り出したのだ。

 彼女はグリームにリカバリーを唱えていた。それを止めることはできず詠唱してしまえば、直後に発生するわずかな硬直時間。

 それは神が詠唱を受け付けない残酷な時間であった。

 

 

「待てやごらああああああああああああああああ!」

 

 

 スタンから回復したグリームが悪魔を追う。

 今まさに彼女に向かって振り下ろされるハンマーを握る悪魔のその腕にカタールを突き刺した。

 

 しかし止まらない。

 無情なる一撃が彼女を襲った。

 

「くっ!」

 

 彼女のHPは悪魔の一撃で0となる。

 神なるバリアを喪失した彼女に向かって、さらなる追撃の一手が襲いかかる。

 

「うああああああああああああああ!」

 

 悪魔の背中を必死にカタールで突くグリーム。

 その横を影のように通り過ぎる師は、彼女を抱きかかえて逃げようとする。

 

 

「グオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 間一髪! 悪魔のハンマーが彼女に到達する前に師が彼女を抱きかかえ逃げた!

 

 グリームにはそう見えた。

 しかし現実は違った。

 

「まったく……歳をとると碌なことがありゃしない」

 

 彼女の左脚は膝から下が無くなっていた。

 ハンマーで叩かれた衝撃でぐちゃぐちゃになった残骸が地面に転がっている。

 

 悪魔は背中を切り刻むグリームを無視して、彼女を抱える師を狙う。

 女性1人を抱えた師では悪魔の攻撃を避け続けることは不可能だ。

 

「早く離しな! 馬鹿たれが!」

 

 彼女は師から離れようともがく。

 すでに死を覚悟しているのだ。

 

「チッ! こんな風に貴方を死なせては師に会わせる顔がないじゃないですか!

 クリーーーーーーーーーム! なんとかしろぉぉぉぉ!」

 

「こっち向けやああああああああああああああああああ!」

 

 師の期待に応えるためにグリームが取った行動。

 それは……

 

「グ、グ、グオオオオオオオオオオオオ!?」

 

 

 グリームは悪魔の尻の割れ目に思いっきりカタールを突き刺した。

 

 

 さすがに悪魔もこれを無視することはできなかったようだ。

 

「あんたの弟子もやるじゃないか」

 

「くっくっく。さすがは俺の弟子だ。馬鹿だな」

 

 尻の割れ目を痛がる悪魔を見て笑う2人。

 いや2人だけじゃない。グリームもその姿を見て笑っていた。

 

「悪魔も尻の割れ目は痛いってか?

 こいよ! おかげで身体は熱いけど頭は冷めてきたぜ!」

 

 おかげも何も自分でしたことだろうが、と師は心の中で笑った。

 

「グロリア!」

 

 師に抱えられながら、彼女が最後のグロリアをかけた。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 真っ赤に燃えるミノタウロスと、蒼く冷たく燃えるグリームがぶつかり合う。

 悪魔のハンマーを師のように紙一重でかわしながら、カタールを突き刺していく。

 

(違う! あれは俺と同じじゃない!)

 

 師の目には、グリームがまるで悪魔と同調していくように見えた。

 それは相手の動き全てを見切り、さらには相手の動きすら制御していた。

 

「明鏡止水だね~」

 

 失った左脚から血を流し続ける彼女が呟いた。

 

 自分が辿り着けなかった境地。

 一度その境地に辿り着いたぐらいではまだ使いこなせないだろう。

 だがいずれ、グリームならいつでも明鏡止水を使いこなせる日がくると師は確信する。

 

「まったく……長生きはするもんだね。面白いものを見れたよ」

 

「早くお迎えがきてくれると、俺も肩の荷が下りるんですがね」

 

「いつあんたの世話になったことがあるって言うんだい! 馬鹿たれが!」

 

 

 ふざける師と彼女の目の前で、グリームの最後の一撃が燃える悪魔のミノタウロスを光の粒子と変えて、命の螺旋の中に戻していった。

 

 悪魔は断末魔を上げることもなく静かに光の粒子となった。

 地面に1枚のカードを残して。

 

 

 

 

 

 

 燃えるミノタウロスカード(武器刺し)

 効果:物理攻撃を与えた相手を30%の確率でスタンさせる

 




1週間以内に32話を投稿して、第3章は終了となります。


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第32話 嵐の前

 グラストヘイムでの狩り最終日。

 

 ナディアさんをリーダーとした僕達のPTは順調に狩りを続けていた。

 僕以外の全員が本気で戦うPT。

 うん、すごくいいです。

 

 3日目、4日目の騎士団での狩りは、あくまでも僕がモンスターを倒すためにみんなが動いていたので、グラリスさん、ソリンさんもこうして本気で戦える方がストレスは少ないだろう。

 そしてティアさんも……支援をローラさんに任せて、嬉々としてチェインをぶん回している。

 ホルグレンさんを除けば、このPTでもっとも強い前衛はティアさんかもしれない。

 

 マルダックさんもグラストヘイム初とは思えないほど思い切りよく動いている、

 今朝話した通り、割り切って暴れているのが良い結果に繋がったようだ。

 師匠のホルグレンさんも、マルダックさんを見る度に満足そうに笑っていた。

 

 ホルグレンさんは強かった。

 僕の想像を超えて強かった。クホルスマッシュ! とか叫んで斧を敵に叩きつけていたけど、あれは特にスキルではないようだ。

 一撃がとてつもなく重くてモンスターがふっ飛ぶほどである。

 でもモンスターの群れの中に飛び込んでカートをぶん回していると、ナディアさんやローラさんに怒られてちょっとしょんぼりしていた。

 ちゃんと指示通り動いて下さい、と。

 

 ローラさんとロドリゲスさんは夫婦だけあって息がピッタリだ。

 ローラさんのサフラ(詠唱時間短縮)に合わせてロドリゲスさんが適切な魔法を唱えていく。ロドリゲスさんの魔法はプーさんには負けるけど十分な威力で頼りになる。

 

 しかし一番驚いたのは、ナディアさんとアイリスさんだ。

 この2人いつの間にこんなに仲良く? というか、連携を深めていたのか、目と目の合図だけでアイリスさんはナディアさんの意図を理解して動いている。

 アイリスさんは弓だけじゃなく、罠も使う。

 何の罠をどこに置くのかナディアさんに言われなくとも解って罠を置いていくのだ。

 ナディアさんもアイリスさんの動きに満足、といった感じである。

 

 ナディアさんもリーダーとして指揮する姿が凛々しく頼もしい。

 もともとは砦戦に向けて指揮を勉強していたので、複数のPTに指示を出せないことが本人はちょっと物足りないらしい。

 僕はナディアさんの指示に遅れないよう必死です。

 

 宝剣スキルがあるから、と浮かれていた自分が恥ずかしい。

 3日目、4日目の時はみんなが僕のために動いてくれていたので、好き勝手出来たけど、こうしてリーダーの指示に従って全体の中の個として動くのがいかに難しいか痛感している。

 まず行進速度が全然違う。すごく速いのだ。

 常に前に進みながらモンスターを倒している。一歩間違えたらトレイン状態(多数のモンスターを引っ張っていくこと)だけど、群がってくるモンスターをナディアさんの指示のもと次々と倒していく。

 休みなく行進しながら、ナディアさんの指示に従って全体の流れに合わせて動く。

 すごく難しいです。

 

 第1PTと第2PTはこんな凄まじい狩りを二日間行っていたのか。

 少人数PTで自分達だけ危険なんて思っていた自分の考えを反省しないとな。

 

「今日のナディアはすごいな。こんなに激しい指示を出すとは」

 

 ホルグレンさんが嬉しそうにナディアさんに言った。

 その言葉にナディアさんも笑顔で答える。

 

「はい。あれを見せられたら、私も興奮しちゃって」

 

「分かるよ。私もグライア君の宝剣には興奮してしまったからね」

 

 ロドリゲスさんがナディアさんに同調する。

 どうやら僕の宝剣スキルのせいで、こんな凄まじい狩りになっていたようだ。

 

 確かに僕への指示がやたら多いとは思っていた。

 筋力の加護も高くなった僕の攻撃力。しかもクリティカル連発である。

 宝剣スキルで3人分の働きとなる僕は、馬車馬のように働いています。

 だってナディアさんの指示に従うとそうなるんだもん!

 

「グライア君! 遅れているわよ!」

 

「は、はい!」

 

 ナディアさんの厳しい指示に従いながら最終日の狩りは続いていった。

 

 

♦♦♦

 

 

「つ、疲れた……」

 

 今日一日でげっそり痩せた気がする。

 昼食の休み以外、ほとんど休みらしい休みも取らず延々と狩り続けた。

 あんなに激しい狩りだったのに、プリーストのローラさんはにこにこ笑顔で支援を送り続けてくれた。

 SP切れにならないのがすごい。青ポーション使っていたのかな?

 

 狩りを終えた僕達はベースキャンプ地に戻ることにした。

 カタコンベから修道院に入り、前方の角を曲がれば修道院の出口まであと少しという所に来た時だ。

 突然ティアさんが何かを感じたのか「ルアフ」を唱えた。

 すると、

 

「お?」

 

 壁に隠れるように出口広場を覗いていた1人のアサシンがあぶり出された。

 ハイディングで隠れていたようだけど、ティアさんはどうして分かったんだ?

 

「ティアっちなんで分かったの?」

 

 しかも、隠れていたアサシンはグリームさんだったのだ。

 

「匂いです」

 

「え? 俺臭かったかな!? ちゃんと清掃スキル使ってるんだけどな……」

 

 体臭でばれたことに落ち込むグリームさん。

 匂いで感知できるなんてティアさんだけだと思うので、気にする必要はないと思う。

 

「こんなところで何をしているの?」

 

 ナディアさんがやや険しい表情でグリームさんに聞いた。

 グリームさんは既に抜けていると聞いているけど、元カリスさんのギルドに所属していたのだ。ナディアさんから見たらスパイの可能性を考えてしまうだろう。

 

「ちょいと師と一緒に最下層で狩りしていたんだ。

 俺も師と一緒に蝶の羽で戻りたかったんだけど、お前は歩いて帰ってこいと言われちまってね。それで仕方なく最下層から戻ってきたわけよ」

 

「最下層? 君は最下層で狩りをしていたのか?」

 

 ロドリゲスさんが驚いている。ローラさんも、そしてホルグレンさんもだ。

 

「ええ。師と一緒にですけどね」

 

 久しぶりにあったグリームさんは、どこか大人びていた。

 一皮むけたという感じだ。

 何かあったのだろうか?

 

「お、グラっちも久しぶりだな。

 何か雰囲気変わった?」

 

「いえ、何も変わっていませんよ。

 グリームさんもお元気そうで何よりです。

 グリームさんこそ雰囲気変わっていますよ。

 なんていうか……かっこ良くなってます」

 

「お? 分かっちゃう?

 ま~いろいろあってね」

 

「それで、ここで何をしていたんだ?」

 

 マルダックさんが前に一歩出る。

 

「お~マルっち! ブラックスミスの格好が似合ってるね!」

 

「そいつはどうも。それで何度も言わせないで欲しいのだが、ここで何をしていたんだ?」

 

「ん? あ~いや別に。帰ろうと思って歩いていたら、何か喧嘩してる声が聞こえてきてさ。それでクローキングでこっそり覗いていただけだよ」

 

「趣味悪いわね」

 

「いや~それほどでも」

 

 ナディアさんの言葉を軽く受け流すグリームさん。

 本当に変わったと思う。

 心に余裕があるというか、落ち着いているというか。

 

「その喧嘩している人達はまだこの先にいるのかい?」

 

「う~ん、もういないかな。俺達の声が聞こえているだろうから、さっさと出口に向かったと思いますよ」

 

「喧嘩していた人達はどんな人でした?」

 

 何となく聞いてみた。

 すると、

 

「ターバン巻いたアサシンと、赤い髪のウィザードが言い争っていたよ。

 ターバンアサシンは知らない人だったけど、赤い髪のウィザードは……」

 

 プーさんか。

 

「なんか“心臓”がうんちゃらかんちゃら、って言っていたな~」

 

「心臓……うぐっ!」

 

 心臓という言葉に突然頭が痛くなる。

 こめかみにズキンときたのだ。

 なんだろう……何かとても大切な……大切な何かを忘れているような気がする。

 

「主? どうされました?」

 

 ティアさんが心配してくれる。

 

「な、なんでもないよ。大丈夫です」

 

「ナディアの厳しい指揮で疲れたんだろ、はっはっは!」

 

 ホルグレンさんの豪快の笑いが修道院に響き渡る。

 するとモンスターが集まり始めた。

 

「ホルグレンさん……」

 

「す、すまん」

 

 群がってきたモンスターを倒して僕達はグリームさんと一緒に外に出た。

 グリームさんも一緒にベースキャンプ地に向かうことになった。

 

 

 ベースキャンプを撤収して、みんなでゲフェンに戻る。

 カプラーさんが宿を用意してくれていたので、今日はゲフェンで休み、プロンテラには明日戻る。

 僕はツインの部屋でグリームさんと一緒になった。

 

 グリームさんはゲフェンでのディナーの時にこれまでの何をしていたのか話してくれた。

 モロクでお師匠さんと出会ったこと、お師匠さんと一緒にいろんなダンジョンを回っていたこと。

 お師匠さんの指示で、グラストヘイム最下層のごっついミノタウロスと戦っていたこと。

 そしてお師匠さんとプリーストの女性3人で、ごっついミノタウロスを超えたミノタウロスを倒したこと。

 

 グラストヘイム最下層2階に種の限界を超えた悪魔のミノタウロスがいることを、カプラーさん、ホルグレンさんは知っていたようだ。

 ロドリゲスさんとローラさんは、最下層2階には近づかないように先輩達から聞いていたらしく行ったことがないらしい。

 最下層1階は安全にゴーレムを狩れるので行くけどそこまで。2階には絶対に入らないようにしていたそうだ。

 

 グリームさんの話に出てくるお師匠さんだけど、なんとグリームさんはそのお師匠さんの名前を知らないそうだ。

 名前を教えてくれないので、いつも師と呼んでいるとか。

 

 カプラーさんとホルグレンさんは、グリームさんの話を聞き終えると、

 

「あの御方でしょうね」

 

「ああ、間違いないな」

 

 どうやらグリームさんのお師匠さんに心当たりがあるらしい。

 

「グリーム様。近いうちにアルデバラン奪還作戦が始まります。

 どうか、お師匠様にその作戦に参加して頂けるように言って頂けませんか?

 もちろんグリーム様も一緒に。

 後ほど手紙を書きますので、お師匠様にお渡し頂けますようお願いします」

 

「お、いよいよアルデバランを取り戻すんですね。

 分かりました。俺から師に伝えておきますし、カプラーさんの手紙はちゃんと渡しておきます。

 それと、もし師が参加しなくとも、俺は参加したいのですが」

 

「大歓迎です。ぜひいらしてください」

 

 こうしてグリームさんのアルデバラン奪還作戦への参加が決まった。

 次の日にグリームさんとはゲフェンで別れたのだが、数日後、お師匠さんと共に戦いに参加する、という手紙がカプラーさんの元に届くことになる。

 

 

 プロンテラに戻った僕達は身体を休めると同時に鍛錬も続けた。

 カプラーさん達は国との調整で大忙し。

 アルデバラン奪還作戦の具体的な日程や、当日の作戦行動を詰めている。

 僕は指示に従うだけだ。

 どんな指示でも精一杯頑張って、アルデバランの人達を必ず救い出す。

 

 プロンテラのカプラ社の社宅部屋のベッドに身体を預けると仰向けになる。

 ゲフェンでダンデリオンの人達と別れる時、プーさんに挨拶したかったけど姿が見えなかった。

 プーさんを探していると、代表のレイヤンさんがわざわざ僕に挨拶に来てくれた。

 プーさんが迷惑をかけたと改めてお詫びと、アルデバランでは共に頑張ろうって。

 

 ダンデリオンの人達とは別行動になるのだろうか。

 できればプーさんと一緒に戦いたいと思うけど、カプラ社と秘密の羽の人達はプーさんをあまりよく思っていない。

 一緒に戦うのは難しいかもしれないな。

 

 プーさんのことを考えると、なんだか胸が締め付けられる。

 これって恋? なんて思ってしまうけど、本当にどうしてだろう。

 なんていうか……ドキドキしてしまうし、同時にモヤモヤしてしまう。

 この自分でも分からない自分の心に戸惑ってしまうよ。

 

 プーさん……いまどこで何をしているのかな。

 

 

 グラストヘイムから戻ってきて10日ほど経過した。

 カプラーさんがみんなに集合をかけた。

 カプラ社及び秘密の羽メンバーが一斉に集まり会議である。

 内容は当然、アルデバラン奪還作戦に関してだ。

 

 国との調整が終わり、決行日は5日後。

 表向きはカリス君とナディアさんが婚姻をかけた砦戦を行うと、大々的にルーンミッドガッズ王国の街中に噂を広める。

 実際にアルデバランの戦いに参加しない騎士達を使って砦戦を行うらしい。

 ナディアさんの影武者まで用意する凝りようだ。

 

 国は自分達のプライドを賭けて正面から突入すると主張しているそうだ。

 カプラ社に頼るなんてお偉いさん達の自尊心が許さないのだろう。

 秘密の羽に関しては、その存在が伏せられているのでこちらの戦力なんて国は把握していない。

 カプラ嬢や執事が戦いなんて出来ないと思っているのだ。

 

 そんな国の行動を利用させてもらうことにしたカプラーさん。

 国の主張に何も異議を唱えず、自分達は後方支援に徹しますと伝えているそうだ。

 もちろん、後方支援に徹するわけじゃない。

 

 国の騎士さん達が正面から突入してくれるのだから、僕達はそれを利用する。

 正面から突入するからには、騎士達は橋を渡っていくルートを通るはずである。

 アルデバランの城門前には大きな泉があるため橋が設置されているのだ。

 

 カプラーさんは国の騎士を信頼していないが、城門ぐらいまでは何とか辿り着けると踏んでいる。

 そこから先はどさくさに紛れて僕達が時計塔に一気に向かうのだ。

 

 洗脳されている住民達を傷つけないようにしながらも、潜んでいるボット帝国の戦士を倒さないといけない。

 タンデリオンの人達は街中に散ってボット帝国の戦士を倒してもらうことになっている。

 

 僕はグラストヘイム最終日のPTと同じ構成で、時計塔最下層を目指すことになる。

 そこにあるはずのボット戦士製造装置を破壊するのだ。

 

 カプラーさん達はタンデリオンの人達と共に街中のボット帝国の戦士を倒しながら、タイミングを見て時計塔の最上階を目指し、洗脳装置を破壊する。

 グリームさんとお師匠さんはカプラーさんのPTに入ることになっている。

 

 どちらも制圧が目的ではない。

 制圧できなくとも、ボット戦士製造装置、洗脳装置を破壊すれば勝ちなのだ。

 それが達成できれば蝶の羽ですぐに帰還するのだから。

 

 

 時計塔に入れば宝剣スキルを発動できる。

 目標までどんな困難が待ち構えていても、僕達の力で必ず勝ってみせる。

 作戦決行日までの5日間は、今までに異常に厳しい鍛錬を自分に課した。

 そしてあっという間にその日が訪れた。

 

 

 アルデバラン奪還作戦決行日。

 雲一つない、晴天の青空が広がっていた。

 




これで第3章終了となります。

年内の更新はこれ以上ありません。
年末年始はゆっくり休んで……といきたいところですが、これから仕事は繁忙期に向かっていくため、ゆっくり休んではいられません。

再開は1月末から2月始めぐらいになると思います。


この小説を書き始めた当初は、ROの世界観を借りてゲームの要素を使った山も谷もない話を書いていこうかな~と思っていました。
ですが、第1章を書いている時に「物語」をちゃんと考えて書いていきたいと、私の中で気持ちが変わりました。
終わりまで物語の道筋は決まっています。
最後まできちんと物語を書いて完結できるよう頑張りたいと思います。


第4章はアルデバラン編です。
現在の予定では8章か9章での完結の予定です。

第3章までは1話が5千文字程度で8話構成となっていました。
1話が5千文字は今後も変わらないと思いますが、一つの章での話数は変わるかもしれません。


小説を書き始めてまだ半年ちょっとの未熟者ではございますが、読んで頂ける方に楽しんでもらえるよう精進して参ります。


では少し早いですが、年内はこれにて活動終了です。

メリークリスマス&良いお年を。


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第4章
第33話 開戦


あけましておめでとうございます。

予定より少し早めの再開となりました。

楽しんで頂ければ幸いです。


「これはすごい……」

 

 そう言わずにはいられなかった。

 見渡す限り、人、人、人、人。

 その全員が戦士なのである。

 

 格好は様々だ。

 大抵の人は天職の衣装を着ているが、貴族はやはり高貴な鎧に身を包んでいた。

 その中にカリス君の姿が見える。

 僕達に気付いたカリス君は笑みを浮かべながら近づいてきた。

 

「やぁ、久しぶりだな。カプラサービスと一緒に後方支援だって? ま~それがいいと思うよ。せいぜい頑張って働いてくれ」

 

「ええ。皆さんが戦闘に集中できるように後方支援頑張ります」

 

「ナディアも賢明な判断だと思うよ。本当の砦戦前に君が傷ついてはいけないからね」

 

「ふん!」

 

 カリス君は満足そうに部隊に戻っていった。

 国が率いる部隊の1つを任されているらしい。

 皮肉ではなく、本当に彼らにも活躍してもらいたいので応援している。

 彼らが城門まで辿り着けることができなければ、僕達の……いや、僕の仕事が増えるのだから。

 

 アルデバラン奪還作戦当日。

 プロンテラで行われる偽りの砦戦の開始時刻に合わせて、アルデバランのフィールドに突入する。

 姑息な陽動作戦なんぞいるか! と叫んでいた貴族の人達もいたそうだが、相手さんが勝手に勘違いするだけなのだからと、カプラーさんが上手く話を纏めたそうだ。

 実際、この陽動がどれだけ意味を成すのかなんて誰にも分からないけどね。

 

 国の部隊は正面から突入する。

 僕達は後方支援となっているが、時計塔に突入する2つのPTはフィールドの左側から突入することになっている。

 ダンデリオンの人達は右側から突入だ。

 彼らはアルデバランに入れた際には、街中に潜んでいるボット戦士を倒すようお願いしている。

 洗脳を解いた住民たちがボット戦士の攻撃対象とならないように。

 

 ダンデリオンの人達とは国の部隊を間に距離が離れたので、宝剣スキルを使うこともできる。でも、出来れば時計塔の中に入るまで使いたくないので、国の部隊には是非とも城門まで辿り着いてもらいたい!

 

 アルデバランのフィールド突入までもう時間がないのだが、1つだけ問題が。

 グリームさんとお師匠さんがまだきていないのだ。

 時計塔最上階を目指すカプラーさんのPTは、グリームさんとお師匠さんをかなり当てにしていたので、これはちょっと問題だ。

 最悪、僕のPTから数名を異動させることに……。

 

「遅れてすんませ~ん!」

 

 カプラーさんがPT編成を本当に悩み始めていた時、グリームさんの陽気な声が響いた。

 その声にほっと安堵と共に柔らかい笑みをカプラーさんが浮かべる。

 

「よくきて下さいました」

 

「本当にすんません! 師匠が朝寝坊して……」

 

「クリーム! それは言わない約束だったろう!」

 

 グリームさんをクリームと呼び間違えている人がお師匠さんだろう。

 ゲフェンで一緒の部屋で泊まった時、師匠はいつまで経っても自分の名前を間違えるので、もうクリームで良いことにしたってぼやいていたからな。

 

 お師匠さんは一見すると、ただのおじさんに見えた。

 本当に強いのかな? と疑ってしまう。

 事実、グリームさんはお師匠さんの強さを見誤ったそうだ。

 一緒にダンジョンを回っていた時、逃げ惑うお師匠さんを見てまったく戦力にならないと思ったそうだが、グラストヘイム最下層では別人のような動きを見せてくれたらしい。

 結局、僕やグリームさんではお師匠さんの“擬態”を見破れる観察力がないっていうことだ。

 

 とにかく、これで役者は揃った。

 あとは開始の合図を待つばかりだ。

 

 

 国の部隊の総指揮を執るお偉いさんが、集まった人達を鼓舞しようと声を上げる。

 そして空に向かって一斉に雄叫びを上げると、次々とワープポイントの中に突入していった。

 その数およそ千人。

 80を超えるフルPTが次々とアルデバランのフィールドに消えていった。

 

 国の部隊の全PTがワープポイントに入ると、続いて僕達も入っていく。

 カプラサービスの人達は本当に後方支援も担当している。

 僕達以外の人達は国の部隊の後ろについていくのだ。

 

 アルデバランのフィールドに入るとダンデリオンのPTがいた。

 グラストヘイムで狩りをした時よりも、さらに大人数になっており3PTぐらいいるかな。

 そしてプーさんの姿も見えた。

 

 プーさんは僕の顔を見ると、笑顔で手を振ってきた。

 僕も笑顔で手を振るけど、あまりグラリスさん達がいい顔しないのですぐに持ち場に向かった。

 僕達は左。プーさん達は右なのだ。

 

「戦況は?」

 

「最初の橋にボット帝国はいなかったそうです。そのまま部隊は進行しており、城門前の橋に到着するまでもう10分もかからないと思われます」

 

「待っているならそこですね~。私達も急ぎましょうか」

 

 僕達も最初の橋を渡ると、左側から迂回するようにアルデバランを目指す。

 そんな僕の目に映るのは、泉を駆け抜けるボートの群れ。

 このボート、カプラ社が用意したもので“ある物”を積んでいるのだ。

 エンジンのようなものがついていて、泉を大回りしながら僕達と同じ場所に向かっている。このボートを守るために、わざわざこうして迂回しているのだ。

 国の部隊が城門に辿り着けなかった時のためにある物を運んでいるのだが、僕としてはこれの出番がないことを祈る。

 

 アルデバランまであと半分といった地点に差し掛かった時だ。

 どうやらアルデバラン前の橋にボット戦士達が待ち構えていたらしく、国の部隊とボット戦士達が交戦状態に入ったとの情報が入ってきた。

 橋を突破できなければ、泉の中を泳いで渡ることになるのだが、水の中に入れば動きが鈍るのでなるべく橋は占領してしまいたい。

 

 ダンデリオンの人達には万が一のためにボートを渡してあるので、ボートがおいつけばそれに乗って一気に泉を渡ってしまうことはできるだろう。

 そのために彼らもわざわざ右に迂回しながら進んでいる。

 そしてそれは僕達も同じことだけど、僕達のボートには秘密兵器が積んであるのだ。

 

「今のところ戦況は五分五分だそうです。

 どうもボット戦士の中に住民が紛れていることはないそうです。

 その方がこちらも安心して戦えるので好都合ですね」

 

 半年以上前に行われたアルデバラン奪還作戦の時には、ボット戦士に紛れてアルデバランの住民達が洗脳された状態で戦いに参加していた。

 しかし、今回の戦いに住民の姿は見られない。

 カプラーさんは安心して戦えるから好都合なんて言ったけど、それって住民を戦いに参加させる必要がないほど、ボット戦士の数が増えたってことじゃないのか?

 

 国の部隊より左に迂回しながら進み、遅れること15分。

 僕達も戦場となっている橋の入り口が見えてきた。

 

「ちょっと旗色悪くないですか?」

 

 僕の目にはそう映った。

 橋を埋め尽くすボット戦士達。その後ろからは大魔法が降り注いでいる。

 国の部隊も魔法と弓で応戦しているけど、橋の中に突入できていない。

 

 泉を泳いで渡ろうとする者達も見受けられる。

 しかし、ボット戦士達の数も十分なようで左右に戦線を伸ばして対応されてしまっている

 

 ボット戦士達の統率が取れた動きに驚きだ。

 もっと知能が低いモンスターのような行動しか取れないと思っていたから。

 ボット戦士達を統率する強力な何かがアルデバランにあるのか?

 

「どうもさきほど、初めての戦死者が出てしまったようです」

 

 ここは神力範囲外だ。

 HPが0になれば、後ろに退いてプリーストからリザレクションをかけてもらい、HPを回復して戦線に復帰する。

 それを繰り返そうにも、HP0になった瞬間に攻撃を受ければ身体は損傷して死に至ることだってある。

 しかもこの世界の人達……ルーンミッドガッズ王国の人達は戦死に慣れていない。特に貴族や騎士達は。

 神力範囲内では死ぬことなく戦うことが出来る。それが当たり前だったのだから。

 

「さて、これでは膠着状態が続いてしまいますので……グライア様」

 

 呼ばれてしまった。

 

「は、はい」

 

「特訓の成果、見せて頂いてもよろしいでしょうか」

 

 やっぱりこうなったか。

 そしてタイミングを計ったように、ボートが僕達の場所に追いついてきた。

 

「敵です」

 

 ナディアさんの冷静な声が響く。

 ボートに引き寄せられたのか、ボット戦士達がボートを警戒して向こう岸に集まっていた。

 その数8人。

 

「とりあえずあれを」

 

「わかりました」

 

 僕はボートに積まれていた“ナイフ”に宝剣を発動。

 その数……8本。

 

 宝剣スキルは2本の剣まで……と思っていたのだが、プロンテラに戻ってきて宝剣スキルを研究していったところ、そうではなかった。

 2本までなら自動で勝手に戦ってくれる。

 3本以上に発動するなら、それを僕の精神集中力で制御しなくてはいけない。

 

 宝剣スキルを覚えた当初はこの制御が分からず、3本目以降に宝剣スキルを使うことができなかったが、今では可能となっている。

 もちろん、数が増えれば増えるほど、制御が難しくなって複雑な動きをすることはできない。

 数が多くなれば、“真っ直ぐ飛ばす”だけとなってしまう。

 

 ボートに積まれていたナイフはただのナイフではない。

 その短い刃には、簡単には切れない丈夫な紐で瓶が吊るされている。

 その瓶の中身は「ファイヤーボトル」と「アシッドボトル」と呼ばれる特殊な液体が入っている。

 ファイヤーボトルは瓶が割れれば、その中の液体が急激に燃焼して火柱を発生させる。

 アシッドボトルは瓶の中身の液体が「硫酸」のようなもので、装備品を破壊したり、ダメージを与えることができる。

 どちらもカプラーさんが用意したもので、製法に関しては秘密だそうだ。

 

 宙に浮かぶ8本のナイフが真っ直ぐボット戦士達に向かって飛んでいく。

 射程距離も20mではない。20mは2本の宝剣が勝手に戦ってくれる距離なのだ。

 僕が制御することができれば、どれだけ離れたところまでも飛んでいってくれる。

 

 ナイフがボット戦士達の真上付近まで飛んだところで、僕はナイフ同士を衝突させる。

 狙いはナイフに吊るされている瓶の破壊。

 ボット戦士達の頭の上に火柱や硫酸が襲いかかる。

 

「まぁまぁですね~」

 

 カプラーさんが嬉しそうにその様子を見ながら、

 

「では本番いってみましょうか?」

 

 ニコリと僕に笑顔を向けてさらっと言ってくれる。

 まったく、これ本当に疲れるんですからね!

 

 ボットに積まれたナイフは1000本。

 正確にはいま8本使ったので992本だけど。

 

 宝剣スキルの使用SPは1。

 複数の剣に同時に宝剣スキルを発動すればSP消費1で可能なのだ。

 本当に優秀なスキルだ。

 優秀過ぎて、こんな無茶な作戦が立案されてしまうわけだけど。

 

「ふぅぅ……はぁぁぁぁぁ!」

 

 ボートからゆらゆらと宙に浮かんでいくナイフ達。

 命を与えられた剣が、泉の上に浮かびその姿を水面に映し出していく。

 グリームさんとお師匠さんは僕の宝剣スキルを初めて見るので驚きの声を上げていた。

 

「グラっちすげ~な」

 

「これはいったい……」

 

 水面に浮かぶナイフの数100。

 真っ直ぐ飛ばすだけの制御、加えて僕が一切他の行動を取ることなく集中した場合の限界の数だ。

 100本のナイフが橋に向かって飛んでいく。

 その距離、およそ100mか。

 

「ぐ……」

 

 今にも鼻血がふき出しそうだ。

 精神を集中して感覚を研ぎ澄まし、橋の上でナイフを衝突させる。

 後方から大魔法を唱えていたウィザードのボット戦士を狙った。

 突然、頭の上から振ってきた火柱と硫酸に、大魔法が途切れる。

 

「次です」

 

 カプラーさんの合図で宝剣スキルを解除。

 そして再び100本のナイフを宙に浮かべる。

 

「ぐぉぉぉ……」

 

 今度はボット戦士の前衛達の頭の上にナイフを飛ばし衝突させる。

 突然の火柱と硫酸にボット戦士達の動きが止まる。

 好機と見た国の部隊が一気に突撃を仕掛けた。

 

 そこから後衛に向かって100本のナイフを飛ばし続ける。

 大魔法や支援魔法が途切れることで、国の部隊が徐々に押し込み始めた。

 

「最後ですよ!」

 

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 92本のナイフを浮かべると、後衛を狙って飛ばしていく。

 詠唱に入っていたウィザードやプリースト達は、度重なる火柱と硫酸で詠唱が中断していく。

 逆に国のウィザードの範囲魔法が、ボット戦士の後衛陣を襲った。

 形勢は一気に傾く。

 国の部隊が雪崩のようにボット戦士達の中に突撃していった。

 

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 

「お疲れ様です。大成功ですね」

 

 カプラーさんの爽やかな笑顔がちょっとだけ憎らしく思えるも、状況は好転したのだ。

 国はどうしてボット戦士達の動きが止まったり、大魔法が止んだのか理由は分からないだろう。

 別に彼らに僕の成果を知って欲しいわけではないのでいいけど。

 

「橋を突破します!」

 

 ディフォルテーさんが叫ぶ。

 国の部隊がどうやら橋を突破してアルデバランの城門に向かっているようだ。

 

「急ぎましょう!」

 

 僕達は橋を渡ると、閉ざされた城門に向かって突撃する国の部隊の後を追うことなく、左側の城壁に向かって走り出す。

 城壁を上り内部に侵入するためにボートに積んでいたハシゴをホルグレンさんやマルダックさん達が運び出している。

 しかし、当然ように城壁の上にはボット戦士が待ち構えている。

 

「グライア様! 頼みました!」

 

「はい!」

 

 カプラーさん僕に頼り過ぎじゃない!?

 僕はホルグレンさんが用意してくれたフランベルジュとサーベルに宝剣スキルを発動する。

 

「ディボーション!」

 

 ソリンさんが僕にディボーションをかけてくれる。

 僕が城壁の真下まで近づき、宝剣で城壁の上のボット戦士を倒す作戦だ。

 しかし、予想以上に数が多い。

 

「クリーム!」

 

「あいさ!」

 

 後ろからグリームさんとお師匠さんの声が聞こえたと思うと、グリームさんの両手にお師匠さんが足を乗せ、

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

 そのままお師匠さんを城壁の上に放り投げた!

 

 10mを超える高さの城壁の上まで到達したお師匠さん。

 姿は見えないけど、次々とボット戦士を倒しているに違いない。

 たった数分で左側の城壁に集まっていたボット戦士の姿は見えなくなってしまったのだから。

 



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第34話 時計塔最下層へ

 左側の城壁にハシゴをかけてアルデバランの内部に侵入することに成功した。

 ここから僕らの部隊はさらに別れる。

 

 カプラーさん達のPTは正面の城門を内部から開けるために向かい、国の部隊を内部に引き入れた後は時計塔の最上階に向かう。

 僕達はすぐに時計塔の最下層に向かい、ボット戦士製造装置を破壊する。

 

 僕達は街の中を先行することになるので、当然ボット戦士や、洗脳されてしまった街の人達と遭遇することになる。

 街の人達をボット戦士と間違えないように慎重に戦いながら、ボット戦士だけを倒して時計塔に向かった。

 宝剣スキルは本当に優秀で、アルデバランの人達を傷つけることは1度もなかった。

 

 時計塔はアルデバランの中央にそびえ立っている。

 迫りくるボット戦士達をなぎ倒しながら、僕達は時計塔の中に入った。

 すると、それまで襲ってきていたボット戦士達の姿が見えない。

 時計塔の中は静寂に包まれていた。

 

「どういうことだ?」

 

 ホルグレンさんも戸惑っているようだ。

 時計塔の中の方が激しい抵抗が待っていると予想していただけに、拍子抜けである。

 

「ボット戦士はモンスターを攻撃してしまうので、時計塔の中には入れていないのでは?」

 

「グラリスの意見も正しいと思えるが、そのモンスターの姿すら見えないのはなんでだ?」

 

 ホルグレンさんの言う通り、なんと時計塔の中にボット戦士はおろか、モンスターすらいない。

 全てが予想外の出来事である。

 嫌な予感がする。

 

「とにかく最下層へ行きましょう!」

 

 嫌な雰囲気を吹き飛ばすように、ナディアさんが叫んで駆け出した。

 

「そうだな!」

 

 マルダックさんが応える。

 そしてみんなも頷き、一気に最下層へと向かっていった。

 

 

♦♦♦

 

 

 ゲームならあっという間に最下層だけど、現実はそうはいかない。

 巨大な時計塔地下の内部は基本的に細い道が続いている。

 ボット戦士もモンスターもいないのでどんどん先に進んでいるが、内部構造はゲームの知識とは違っていたのだ。

 時計塔に入って30分以上が経過したところで、ようやく地下2階のワープポイントに到達した。

 

 時計塔地下2階。

 ゲームではハイオークやオークアーチャーを狩る人達で賑わっていた。

 しかし、その姿は何処にも見えない。

 静寂の中を真っ直ぐ伸びる道に従って駆け抜けていく。

 

 道の先に石の柱が見えてきた。

 洞窟のような内部が、徐々に神殿のような造りへとなっていく。

 

「何かいるわ」

 

 ナディアさんが呟く。

 確かにこの先に強力な気配を感じる。

 ボット戦士ではない。この感じはモンスターだ。

 

 少し開けた空間に出た。

 地下3階に続く道は真っ直ぐいけばいい。

 開けた空間の右に見える石の神殿に寄る必要はない。

 しかし、このまま素通りすることは許されないようだ。

 

 石の神殿の奥には玉座が2つ。

 そこに縛り付けられたモンスターが2匹。

 

 右の玉座に座るのは、雄々しい羽をつけた輝く兜に、剣と盾と鎧を着たオーク。

 左の玉座に座るのは、鋭い3本の角が生えた兜に、屈強な肉体を武器とするオーク。

 

 右がオークヒーロー、左がオークロードだ。

 

 ボス級モンスターであるこの2匹がどうして玉座に縛り付けられているのか分からない。

 縛り付けた鎖の効果なのか声を発することもできないようだ。 

 ただただ僕達を睨みつけている。

 

「これまた恐ろしいものを縛りつけているな」

 

 この状況は当然、ボット帝国が仕掛けた罠としか思えない。

 僕達が侵入してきたこのタイミングで、

 

 

 ジャラリ

 

 

 当然のようにオークヒーローとオークロードを縛りつけていた鎖が解かれた。

 

「ブオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 解き放たれた2匹の化物が吠える。

 取り巻きはいない。

 

「僕がオークヒーローをやります」

 

 宝剣スキルを発動して前に出る。

 

「ははっ! 男になったな! マルダック! 俺達はオークロードをやるぞ!」

 

「おぅ!」

 

「ちょっと勝手に決めないでよ! まったく! ティアはグライア君の援護へ! 他全員でオークロードを全力で叩くわよ! 私達がオークロードを倒すまでオークヒーローは任したからね!」

 

「了解!」

 

 ナディアさんの指示も決まり、僕はオークヒーローに向かって2本の剣を飛ばす。同時に僕自身も駆け出した。

 

「ブオオオオオオオオオオオオ!」

 

 オークヒーローは宙を舞う宝剣を弾きながら、迫りくる僕に向かって大剣を振り下ろしてくる。

 しかし、それは筋肉鎧よりずっと遅い。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 スティレットでオークヒーローを斬り裂いていく。

 目の前の僕に気を取られると、宝剣が容赦なくオークヒーローを斬る。

 

「ブオオオオオオオオオオオ! ブオオオオオオオ!」

 

 宝剣を弾けば、今度は僕が神速でオークヒーローを斬り裂いていく。

 手に残る確かな感触は僕の攻撃のほとんどがクリティカルであることを伝えてくれる。

 

「グロリア!」

 

 ティアさんの支援を信頼して全力でオークヒーローを倒しにかかる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 3方向から斬られ続けるオークヒーロー。

 怒りが頂点に達したのか、大剣を天にかざすと雷を呼び起こした。

 

「くっ!」

 

 サンダーストームか!

 特大の雷が僕と宝剣に降り注ぐ。

 

「ヒール! ヒール!」

 

 ティアさんのヒールでHPが0になることはなかったが、それでもHPバリア越しに身体がビリビリと痺れるような感覚に襲われた。

 ボス級モンスターが使うスキルは最大レベルが10を超えるものがある。

 このサンダーストームはいったいレベルいくつなのか。

 

「ブオオオオオオオオオオ!」

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

 連発はできないらしく、再び僕に斬りかかってくる。

 雷に打ち落とされた2本の剣はすぐに宙に浮かぶと、再びオークヒーローに向かっていく。

 僕も大剣を避けながら、オークヒーローを斬り続けていった。

 

 

 オークロードと戦うみんながどうなっているか見る余裕はない。

 サンダーストームを放つようになったオークヒーローから目が離せないのだ。

 

「ブオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 オークヒーローの動きはどんどん大雑把になっていく。

 余裕が無くなっているのだろう。

 サンダーストームを放つ動作も大振りで分かりやすい。

 大剣を天にかざした瞬間、僕は後方に逃げ出す。

 

 ズドンと黄金色の雷が一定範囲に降り注ぐ。

 範囲はそれほど広くなかった。

 小範囲な分、威力は高いのかもしれないけど。

 

「そろそろ倒れてもいいんじゃないのか!?」

 

 雷に打ち落とされた2本の剣は地面に転がったまま宙に浮かぶことはない。

 なぜなら僕が宝剣スキルを解除しているからだ。

 代わりにアイテムボックスの中から取り出した50本のスティレットが僕の目の前で宙に浮いている。

 

「セイフティウォール!」

 

 ティアさんが宝剣スキルに集中して動けない僕にセイフティウォールを唱えてくれる。

 これで何の不安もなく宝剣スキルに集中できる。

 

「いけぇぇぇぇ!」

 

 50本のスティレットが、オークヒーローに向かって真っ直ぐ放たれた。

 

「ブォォォォ! ブォォォ! ブォオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 剣と盾でスティレットを弾くも、まさに雨のように降り注ぐスティレットを防ぎ切れるはずもなく、オークヒーローの身体を串刺しにしていく。

 弾かれたスティレットもそれで終わりではない。

 僕の精神集中力が続く限り、何度でもオークヒーローに向かっていくのだ。

 それは一度突き刺さったスティレットも同じだ。

 オークヒーローを中心に円形の空間を作り上げるように、スティレットの波が渦巻いていく。

 

「うおおおおおおおおおおおお!」

 

 速く、速く、速く! と渦巻くスティレットを高速で斬り乱れさせていく。

 姿が見えなくなるほどに、オークヒーローはスティレットの渦に取り込まれていった。

 

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 

 精神力が切れると50本のスティレットが一気に地に落ちる。

 盛大に金属音を鳴らしながら落ちたスティレットの後には、ズタズタに斬り裂かれながらも膝を地につくことなく立っていたオークヒーローの姿があった。

 

「さすがはヒーローってことか……でもこれで最後だああああ!」

 

 地面に落ちている2本の剣に宝剣スキルを発動。同時に僕もオークヒーローに向かって駆ける!

 

「ブ……ブオオオオオオオ!」

 

 最後の意地とばかりに、オーキッシュソードを僕の頭に振り下ろした。

 その身体でよく動けるものだと感心しながら、オークヒーローの頭にスティレットを突き刺す。

 オークヒーローの象徴ともいえる兜が真っ二つに割れると同時に、ヒーローは光の粒子となって消えていった。

 地面に1枚のカードを残して。

 

 

 オークヒーローを単独で撃破した僕の目には、オークロード相手に有利に戦いを進めるみんなの姿が映った。

 ホルグレンさんとマルダックさんが交代でタゲを取り、ナディアさんが華麗なステップで動き回りながら斬りかかる。

 ソリンさんは前衛3人の誰かが危なくなるとディボーションで支え、ヒールを唱えながら隙を見て剣を振っていた。

 グラリスさんは踊りスキルを使い、ソリンさんの影から鞭を伸ばして攻撃している。

 アイリスさんは最大射程距離からDSを挟んで弓を射る。

 ロドリゲスさんはローラさんのサフラを受けてファイアーボルトを唱えていた。

 

 このままいけば問題なく倒すことができそうだ。

 宝剣スキルを飛ばしてしまうと、剣がみんなの邪魔になる可能性がある。

 僕はティアさんにみんなの支援に回って下さいと告げ、オークヒーローが残したカードと、地面に落ちた50本のスティレットを回収していった。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 僕が50本のスティレットを回収し終える頃には、オークロードの断末魔を聞くことができた。

 屈強な肉体のオークロードが光の粒子となって消えていく。

 さすがにカードは残らなかったようだ。

 僕が倒したわけじゃないから、幸運ドロップ率は適用されていないしね。

 

「ふぅ……お疲れ様」

 

「はっはっは! みんなやるじゃねぇか!」

 

「いや~みなさん強い。このPTは本当に強いね」

 

ローラさん、ホルグレンさん、ロドリゲスさんの3人は戦闘直後から嬉しそうに話し始めた。この3人はまだまだ余裕なのかもしれない。

 対照的に、ナディアさん、マルダックさん、グラリスさん、ソリンさんは肩で息をしていてかなりお疲れのようだ。

 アイリスさんは疲れこそ見せないものの、弓を射た指を見つめている。かなりの集中力と速度で弓を射ていたのだから、精神力はかなり消耗しているはずだ。

 

「それにしても、グライアとティアは2人でオークヒーローを倒しちまったのか。それも俺達より早く」

 

「全ては主の御力です」

 

「こんなプレゼントを残してくれましたよ」

 

「おいおい! そりゃ~カードかよ!」

 

 オークヒーローのカードを手に持って見せると、ホルグレンさんが目を輝かせながらカードを見てきた。

 あげませんからね?

 

 2匹のボスを倒した僕達は少しの休憩を取ることにした。

 その間にグラリスさんがカプラーさんと手紙スキルで連絡を取った。

 

「カプラー様達は無事に城門を開けることに成功したようです。ですが、国の多くの騎士達は負傷してしまい、さらには戦死者の数もそれなりに出ているようです。

 ダンデリオンの方々がアルデバラン内へ入り、ボット戦士達を着実に倒しているようですので、行動予定に変更はありません。

 すでにカプラー様達は最上階に向けて時計塔内部に入り、さきほど時計塔2階に上ったようです」

 

 先行した僕達はまだ時計塔地下2階だ。

 時計塔1階 → 地下1階 → 地下2階 → 地下3階 → 地下4階と、実は時計塔の地下4階にいくまでには5つのフロアを進むことになる。

 それに対して時計塔最上階へは、時計塔1階 → 2階 →3階 →4階と4つのフロアを進むことになる。

 僕達の方が1フロア分多いのだ。それもあって僕達は先行しているんだけどね。

 

 カプラーさん達にもボス級モンスターの罠が待っているかもしれない。

 グラリスさんが手紙スキルでボス級モンスターが潜んでいる可能性を伝えているし、グリームさんとお師匠さんがいればきっと大丈夫だろう。

 

「そろそろいきましょう」

 

 ナディアさんの声に従って僕達は立ちあがり、再び時計塔最下層に向かって走り出した。

 

 

 時計塔地下3階は「ペノメア」という触手系モンスターが生息している……はずなのだが、その姿を見ることはなかった。

 かなり強力なモンスターなので、ヒドラと違い女性陣が触手に襲われたりしないかな~なんて呑気に考えていられないのだが、それでもちょっとだけ……本当にちょっとだけ残念だった。

 そんな僕にティアさんが近づいてきて「主よ、私は嫌いじゃありませんよ?」と耳打ちしてきたのだが、何も聞かなかったことにした。

 

 じめじめとした水路と、迷路のような道を進めばついに時計塔地下4階へのワープポイントに到着した。

 さすがに地下4階にはボット戦士がいるだろうと思い、気持ちを引き締めてワープポイントの中に入る。

 

「え?」

 

 しかし、そこはこれまでと同じく1匹のボット戦士もいなかった。

 当然モンスターもいない。

 

「どうなっているんだ? 本当にここにボット戦士製造装置があるのか?」

 

 僕も不安になってきた。

 もしかしたら敵の偽の情報に踊らされた?

 グラリスさんとソリンさんも半信半疑の状態に見える。

 

「とにかく進みましょう。いまここで不安に思っても、私達が成すべきことは変わりないわ」

 

 ナディアさんの声に頷き、地下4階の中央に向かって走り出した。

 

 地下4階は全体としては広大なマップだが、中央に向かうだけならそれほど時間はかからない。

 中央には大きな空間が広がっており、そこには闘技場のような四角い石の床が広がっている。

 その床の中央に奇妙な機械装置が見えた。

 なんとも寂しそうに置かれたあの装置が、ボット戦士製造装置なのか?

 

 その装置に近づいていくと、装置の前の床に2人の男が座っているのが見えてくる。

 1人はナイトのような姿で、もう1人は研究者のような白衣を着ていた。

 とっくに僕達のことは気付いているはずなのに、顔がはっきりと見える距離まで近づいたところで、ようやくナイトの方が立ち上がった。

 ナイトの衣装とは何か違う。ナイトより神聖で豪華な感じの鎧だ。

 そいつの身体からは白い半透明の煙は立ち上っていない。

 つまりクローンモンスターのボット戦士ではないのだろう。

 

「ようやく来たか」

 

 その声に反応したのはホルグレンさんだった。

 

「その声! それにその姿! まさか……ウィンザー様!?」

 



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第35話 ウィンザー

 ホルグレンさんが「ウィンザー様」と呼ぶと、ナイトの男が答えた。

 

「俺のことを知っているのか? ……ん? お前どこかで……あ~あの生意気なマーチャントの坊主か!? ははっ! 懐かしいな」

 

「知り合いか?」

 

 あいかわらず床に座ったままの白衣を着た研究者が、ぼそりと呟いた。

 その手には齧られたリンゴを持っている。

 

「俺がまだ人だった頃にちょっと会ったことがあるだけだ」

 

「人だった……?」

 

 ウィンザーの言葉にホルグレンさんの声が震える。

 人だった頃、つまり今は人間ではない?

 

「ど、どういうことですか!? それにその姿……どうしてそんなに若々しい姿……」

 

「聞こえなかったのか? それとも推測できないほど馬鹿なのか?」

 

 僕達に囲まれているのに余裕を感じさせるウィンザー。

 相当な自信があるのだろう。

 かなりの強さを秘めたナイトだと一見して感じるが、僕達10人を相手に勝てると思っているのだろうか。

 

「それでボルセブ、どうするんだ?」

 

 白衣の研究者はボルセブという名前らしい。

 その名前に反応したのはグラリスさんだった。

 

「ボルセブ!? 貴方が狂気の研究者!」

 

「カプラ嬢に知ってもらえるほど有名になったと思うと、私も嬉しいよ」

 

 まったくそんな気持ちはないであろう。

 ボルセブはグラリスさんを見ることなく、どこか馬鹿にしたような口調だった。

 

「どうするんだよ。全員殺すか? それとも戻るか?」

 

「例の物が見つかっていないんだ。まだ退くわけにはいくまい」

 

「もっとちゃんとした人形を動員できればな……アルナベルツのことが無ければ今頃ルーンミッドガッズ王国を落していただろうに」

 

「ルーンミッドガッズ王国を落すことに何の意味もないさ」

 

 完全に僕達を無視している。

 本気でいつでも僕達を殺せると思っているのか。

 

「アルナベルツ教国とも戦争状態なのね。ボット帝国の戦力はアルナベルツ教国に集中しているってことかしら?」

 

「そんなところだ。物怖じせずに俺達から情報を引き出そうとするその考え、嫌いじゃないぞお嬢ちゃん」

 

「あら伝説の騎士様に褒めて頂いて嬉しいわ。でも私はお嬢ちゃんではなくナディアよ。ところで、シュバルツバルド共和国は貴方達ボット帝国が攻め落したのよね?」

 

「ナディアか、良い名だな。ジュノーは俺達の支配下にある。ここと同じく洗脳装置を使って国民を黙らせているから、装置を破壊すればいいだろう」

 

「おいおい、あまり情報を簡単に話すなよ。ジュノーでも例の物は見つかっていないんだぞ」

 

「見つかるとは思えないな。ジュノーを浮かしている動力源だ。そんな簡単に見つかるならとっくの昔に誰かの手に渡っている」

 

「こっちもあっちも見つからない。それでは計画に支障が出てしまうのだ。もう少し真面目に探してもらえると私も嬉しいんだがね」

 

「お前の計画に興味はない。俺は強い奴と戦えればそれでいい」

 

「まったく、これだから「オリジナル」の連中は扱い難い。

 ま~それでも、上を守っているあいつよりかはお前の方がまだ扱い易いがな」

 

「こっちの平和ボケした奴らを相手にしても面白くない。アルナベルツの化物共と早く戦わせてくれ」

 

「それが本音か。しょうがないなまったく……とりあえず、こいつら全員殺してからまた話し合おう」

 

「賛成だな」

 

 動けなかった。

 僕達を無視して話し合うウィンザーの隙を窺ったが、どのタイミングでも攻撃を仕掛けることができなかった。

 いつ、どんなタイミングで動こうとも、この男の虚をつくことは無理だ。

 

 それならばいきなり宝剣スキルで、ウィンザーとボルセブにそれぞれ1本ずつ剣を飛ばしてみればと考えるも、それがどうにも嫌な気がしてならない。

 ウィンザーに簡単に2本の剣を弾かれるイメージしか思い浮かんでこないのだ。

 

 気付けば僕の背中は冷や汗が止まらなくなっていた。

 ウィンザーに恐怖しているのだ。

 この男は強い。果てしなく強い。

 その強さは、グリームさんのお師匠さんに通じる強さなのではないか?

 僕達10人では本当に勝てない相手だと本能が告げてくる。

 全力で逃げろと本能が告げてくる。

 

 混乱寸前の僕に手紙スキルが届く。

 差出人はナディアさんだった。

 

 

―― グライア君は装置を宝剣スキルで破壊。他全員でウィンザーに攻撃。装置を破壊後、すぐに蝶の羽で全員脱出します ――

 

 

 僕だけじゃなく全員に送っていると分かる内容だ。

 ナディアさんもウィンザーの異常な強さを感じ取っているんだ。

 僕達では勝てない相手だと判断するも、装置を破壊すれば僕達の勝ちという本質を忘れていない見事な指示だ。

 

「アルナベルツの化物って何のことかしら?」

 

「気になるか? だがお喋りはお終いだ。死ぬお前達が知る必要もないしな」

 

 ウィンザーは両手剣を握ると、戦闘態勢に入る。

 ただ立っているだけでも異常な強さを感じたのだ、剣を構えるとさらにこいつの異常性を感じる。

 人間ではない。ならウィンザーは何なんだ?

 

 人という種を超えた神とでもいうのか?

 

「作戦は決まったんだろ? 少しは楽しませてくれよ」

 

 恐怖で視界が白く染まり始めた僕は、装置が見えなくなってしまう前に宝剣スキルを発動した。

 

「マキシマイズパワー! オーバートラスト! アドレナリンラッシュ!! うおおおお! ハンマーフォォォォォォル!」

 

 僕の宝剣スキルが合図となり、ホルグレンさんが雄叫びと共に全力でウィンザーに向かっていく。

 ローラさんのサフラに合わせてロドリゲスさんが魔法の詠唱に入る。

 アイリスさんの矢がホルグレンさんを追い越してウィンザーを襲った。

 ナディアさんはロドリゲスさんの前方に位置取る。

 

 遅れてマルダックさん、ソリンさん、グラリスさんが動く。

 ホルグレンさんに合わせて斧を振るマルダックさん。

 2人の合間を縫うように剣を振るソリンさん。

 さらにその3人の隙間から鞭を伸ばすグラリスさん。

 

 ロドリゲスさんの選んだ魔法はユピテルサンダー。

 おそらくレベル10だろう。

 雷の弾は全段命中した。

 

 魔法だけじゃない、全員の攻撃が命中している。

 なぜなら……ウィンザーは棒立ちだからだ。

 防御も回避も一切せず、ただただ棒立ちで……宝剣を見つめている。

 

 僕は宝剣スキルで2本の剣を装置に向かって飛ばした。

 宙に浮かぶ剣は神速で装置に向かう。

 複雑な機械装置の先には巨大なフラスコ。おそらくこの巨大なフラスコの中からクローンのボット戦士が生れてくるのだろう。

 フラスコの数は5個。

 1本の剣はフラスコに飛ばし、次々と破壊していった。

 もう1本の剣は複雑な機械を斬らせ続けた。

 どこを破壊すればよいのか分からない以上、手当たり次第に斬らせた。

 

 ウィンザーとボルセブは装置が破壊されるのをただ見ているだけ。

 宙を舞う剣を見ているだけだった。

 

「驚きだな」

 

「ああ、こいつが持っているぞ」

 

「器は氷の洞窟にいるんじゃなかったのか? モンスター化しているとばかり思っていたが」

 

「さてね。ま~それはどうでもいいだろ」

 

 2人は宝剣から僕へと視線を移す。

 持っている? 僕がいったい何を持っているんだ?

 宝剣スキルのことか?

 

「お前らちょっとうるさいぞ」

 

 ウィンザーが両手剣を床に突き刺した。

 その瞬間、衝撃波がみんなを襲う。

 たった1つの行動で、ウィンザーの近くにいたみんながふっ飛ばされてしまった。

 しかも衝撃波をもらったみんなは床に転がって動けない。

 スタンか?

 

「リカバリー! リカバリー! リカバリー!」

 

 ティアさんがリカバリーを唱え続ける。

 ウィンザーに近づくことなく、僕の側にいたティアさんは衝撃波を受けなかったようだ。

 ナディアさんの指示を無視して僕の近くにいたのか? 結果的にそれが吉となったか。

 

「どうする? 連れていくか?」

 

 ウィンザーがボルセブに聞く。

 連れていくとは、僕のことか。

 

「う~ん……いや、いい」

 

「いいのか?」

 

「ああ、どこにあるのか分かれば十分だ。印をつけておけば、集めるのは最後でもいい。泳がせてどんな風に成長するのか楽しみにしようじゃないか」

 

「ならジュノーに行くか?」

 

「そうだな。もうここにいても意味はない」

 

 ティアさんのリカバリーでスタンから回復したみんながウィンザー達を取り囲む。

 

「そいつ以外全員殺せ」

 

 ボルセブはその言葉を残すと、蝶の羽を使ったのか光の粒子となって消えていった。

 

「というわけで、すまんがそいつ以外は死んでくれ」

 

「全員脱出!」

 

 ナディアさんが脱出を指示する。

 僕達はすぐに蝶の羽を使う……が、アイテムが使用できない!?

 

「なぜ!?」

 

「俺は神力遮断のスキルが使える。まだスキルレベルは低いが、俺から一定範囲は神の加護を受けた消費アイテムは使用不可となる」

 

「ボ、ボルセブは蝶の羽を使っていたぞ!」

 

「あれは蝶の羽じゃない。ま、お前達が知る必要はない」

 

 ウィンザーが一瞬で、ホルグレンさんの首を狙って両手剣を薙ぎ払った。

 ガキン! と金属音の弾ける音が響く。

 宝剣にウィンザーの攻撃を全て防げと指示を出しておいたのが功を奏した。

 

「素晴らしい。俺の動きについてこれるのか?」

 

 ウィンザーは僕を嬉しそうに睨んでくる。

 宝剣を僕が制御していると思っているのか。探していたスキルの詳細までは知らないようだ。

 僕ではウィンザーの動きを追うのがやっとで、あれに反応できたのは、達人級の動きを見せてくれる宝剣だからだ。

 

 それでも、宝剣がウィンザーの動きについていけたのは救いだ。

 まだ希望はある。

 

「強い奴と戦いたいんだろ? なら僕と1対1で勝負しよう」

 

「震えながらもよくぞ言った。自らを犠牲にして仲間を守るその姿勢も嫌いではない。しかし、お前はもともと殺す予定でない。取引条件にお前の命は使えないぞ?」

 

 ウィンザーはあきらかに遊んでいる。

 その気になれば、おそらく一瞬でみんなを斬り捨てることができるはずだ。

 宝剣がどこまでウィンザーの斬撃を防いでくれるのか分からない。

 

「みんな、僕を置いて脱出して下さい」

 

「聞こえなかったのか? お前に構う必要はない。逃げ出したこいつらを殺すだけだ」

 

「僕が貴方を止めてみせますよ」

 

「ほ~」

 

「私も残ります!」

 

 ティアさんはあいかわらず主の言葉を聞いてくれない。

 

「グライア君だけ残して脱出なんて出来ないわ。みんなで力を合わせれば」

 

「ナディアさん、いまの僕達ではこいつに勝てません。こいつは僕を殺さないと言っています。僕がどうにかしてこいつの足を止めてみせますから、その間に逃げて下さい。

 ティアさんも、お願いですからみんなと一緒に行ってください。

 ティアさんがいると、……邪魔です」

 

 にやにやと笑いながら僕を見つめてくるウィンザー。

 みんなが逃げ出すのを待っているな。

 ゲームのつもりかよ。

 

 ウィンザーの威圧感に最初こそ視界が白くなりかけていたけど、今は違う。

 僕がしっかりしないといけない。

 この中で、ウィンザーと渡り合えるのはおそらく僕だけだ。

 少しの間だけでいい、こいつを止めてみせる。

 

「ティア。行くわよ」

 

 ナディアさんがティアさんの肩をつかむ。

 僕が邪魔だといったことで、自分が僕の側にいてはいけないと分かってくれるはずだ。

 

「早く逃げろよ。狩りが始まらないだろ?」

 

 ウィンザーのその言葉に全員が怒りの表情を浮かべるも、こいつに僕達は負け犬にしか映らないのだ。

 今は生き延びることを考えなくてはいけない。

 

「グライア君……必ず戻ってきてね!」

 

 ナディアさん達は来た道を引き返す様に逃げ出した。

 その瞬間、ウィンザーはローラさんに狙い、一瞬で背中に追いつくと両手剣を振り下ろす。

 

 ガキン! と再びその斬撃を宝剣が防いだ。

 速度なら負けていない。

 宝剣も、僕も!

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

 ウィンザーの背中にスティレットを突き刺す。

 完璧に捉えたと思ったその一撃は、手に確かなクリティカルの感触を残すことなく空を切る。

 華麗に身体をひねって僕の一撃をかわしたウィンザーの肘打ちが僕の頭に炸裂する。

 

「素晴らしい速度だ。さすがは宝剣を持つだけあるな」

 

「ぐっ! まだまだぁぁ!」

 

 2本の宝剣に助けられながら、ウィンザーと斬り合う。

 1本の剣は防御に回している。ウィンザーの斬撃を弾くためだけに動いている。

 もう1本の剣はウィンザーを背中から斬りかかっているも、その全てを見ることなくかわしたり弾いたりして防がれてしまう。

 僕の全力の動きも、ウィンザーには通じない。

 速度だけなら互角、だが戦闘技術に差があり過ぎる。

 神の加護ではない、自分自身の強さ。

 僕とウィンザーの間には埋めることのできない圧倒的な差が存在している。

 

「集中力を切らすなよ? でないと……」

 

 ウィンザーの身体が5重にぶれた。

 僕の目では追えず、また宝剣も追えないその動きで向かった先は……ティアさんだった。

 

「はぐっ!」

 

「ティアさん!」

 

 ウィンザーの神速攻撃で一瞬のうちにHP0となったティアさん。

 神なるバリアを失ったティアさんの背中を、ウィンザーの両手剣が斬り裂いた。

 血しぶきが飛び、ウィンザーの両手剣を赤く染める。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

「集中力を切らすなと言ったはずだ! そしてぇぇ! 冷静さも失うな!」

 

 止められない。

 僕ではこいつを止められない。

 がむしゃらに突撃してティアさんから引き離したものの、弄ばれているだけだ。

 マルダックさんがティアさんを抱える姿が見えた。

 時間を! 時間を稼がないと!

 

 一瞬で50本のスティレットを宝剣としてウィンザーに向けて放った。

 自分でもよく制御できたと思う。

 ただ真っ直ぐ向かうだけだったが、ウィンザーの動きを一瞬止めることはできた。

 

「ほ~」

 

 50本の剣が飛んでくる様を見て面白そうに笑っている。

 脅威を感じているわけじゃない。

 見たことのない状況を楽しんでいるだけだ。

 

「ぐおおおお!」

 

 オークヒーローの時と同じく、ウィンザーを中心に円を描くようにスティレットを渦巻かせていく。

 50本の宝剣制御の負担で鼻血が出るも、オークヒーローの時以上の速度と精度でスティレットを制御し続けていく。

 

 その50本の宝剣が渦のように飛び交ったのはいったい何秒だったのか。

 僕には何十秒にも、何分にも思えた。

 でも現実には何秒の世界だった。

 

「ふん!」

 

 ウィンザーが両手剣を床に突き刺すと、その衝撃破で50本のスティレットが全てふっ飛ぶ。

 衝撃破の爆風の中から現れたウィンザーはまったくダメージを受けていないのか、余裕の笑みで立っていた。

 

「悪くないが、1つ1つが軽すぎるな」

 

 みんなの後姿がまだ見える距離だ。

 一瞬で詰められてしまう距離だ。

 僕が……僕がどうにかしてこいつを止めないと!

 

 

「グラビテーションフィールド」

 

 

 その声が絶望に囚われそうになった僕を救ってくれるのは、これで何度目のことだろう。

 



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第36話 彗星

「重力魔法か」

 

 プーさんのグラビテーションフィールドをもらってもウィンザーは平然と立っていた。

 どうしてここにいるのか、そしてどこからやってきたのか分からないけど、プーさんの登場でみんなが逃げる時間を稼げたのはありがたい。

 でもプーさんも逃げないと。こいつはプーさんでも無理だ。

 

「改造人間には重力も関係ないのかな~」

 

「なかなか効いているよ。お前は確か……教皇の犬、いや猫か」

 

「プーちゃんだよ~」

 

「俺達がジュノーを攻めた時にユミルの書を読んでいたウィザードだな。転生の儀式の最中に殺しておきたかったが、そのままどこかへワープしたのはワルキューレの計らいか」

 

「そうかもね~。あのワープはプーちゃんにとっても想定外だったから」

 

「まあどうでもいい。お前もここで殺す」

 

 ウィンザーの姿が再びぶれて、今度は4重に見えた。

 プーさんの真後ろにワープしたかのように現れたウィンザーだが、プーさんが背後にファイアーウォールを3枚展開していたため、ノックバックと共に弾き出される。

 

「アイスウォール」

 

「マグナムブレイク」

 

 ウィンザーとの間に氷の壁を展開するも、マグナムブレイクにより一瞬で氷の壁は融けて消えてしまう。

 

「バッシュ!」

 

「セイフティウォール! ユピテルサンダー!!」

 

 ユピテルサンダーで後方に飛ばされたウィンザーに向かって、僕も2本の剣を宝剣スキルで飛ばした。

 

「プーさん逃げて! こいつは危険です!」

 

「強いね~。でもいずれ倒さなくちゃいけない敵だから~ここで逃げても仕方ないのよ」

 

 ウィンザーは2本の宝剣を掻い潜り僕らに近づくと、両手剣を床に突き刺す。

 衝撃破だ。

 

「グラビテーションシールド!」

 

 僕とプーさんの前に、歪んだ空間が盾のように現れる。

 ウィンザーが放つ衝撃破は、四方に流れるように散っていった。

 重力の盾か。

 

 

 キュイイイイン!!!

 

 

 ツーハンドクイッケンの音だ!

 衝撃破の爆風と歪んだ空間を切り裂くように、黄金のオーラを纏ったウィンザーが突っ込んできた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 その斬撃は僕の目では追うことすら出来ないほどの速度だった。

 圧倒的な速度で繰り出される両手剣の斬撃。

 しかしプーさんはそれに反応していく。

 

「セイフティウォール! ファイアーウォール! アイスウォール! クァグマイア! アイスウォール! マジッククラッシャー!」

 

 神速の斬撃と、神速の詠唱。

 プーさんはセイフティウォールと移動妨害魔法でウィンザーの動きを抑えている。

 すごい……凄すぎる。

 

 神技を繰り出す2人に僕は遠く及ばないだろう。

 それでも、例え飛び回る蚊のように振り払われる存在でしかなくとも、ウィンザーに一撃入れてみせる!

 

 再びウィンザーに向かって駆けだした。

 2本の宝剣も飛ばす。

 

「ははっ! いいぞ! もっとこい!」

 

 ウィンザーは僕達2人を相手にして、心の底から嬉しそうに笑っている。

 強い奴と戦う、それこそがこいつの存在意義なのだろう。

 

「2人ともついてこいよ? 本気でいくぞ!」

 

 キュィィィィィィィィィン!!

 

 ツーハンドクイッケンの音が再び響いた。

 黄金のオーラが、白銀のオーラへと変わる。

 な、なんだれこれ? ツーハンドクイッケンなのか!?

 

「限界を超えたスキル……本当に人ではないのですね」

 

「はっはっは! 神から制御されなければ、人を超えればこうなれるのだよ!

 教皇の猫よ! いつまでお前は神にすがるのだ? いつまで神に管理されるつもりなのだ!?」

 

「……神が創りし螺旋の中から人を救うのはお前達ではないわ」

 

「教皇が導くとでもいうのか!? フレイヤの操り人形が!」

 

 僕にはウィンザーの動きがぶれる動作すら確認できなかった。

 気付いた時には、ウィンザーの両手剣がプーさんの胸を貫いていた。

 

「ああ……あああああ!」

 

 宝剣をウィンザーに飛ばすも、見ることのできない斬撃に弾かれる。

 

「マジッククラッシャー!」

 

 プーさんの声が響いた。

 胸を貫かれたはずのプーさんは、何事も無かったように超至近距離からウィンザーにマジッククラッシャーをぶち込んだ。

 

「エナジーコートか」

 

「貫いたのは残像ですよ~」

 

「しかし俺の動きを追えていたわけではないだろう」

 

「それはどうかしら~。メテオストーム!!」

 

 炎を纏った隕石がウィンザーに降り注ぐ。

 その隕石をウィンザーはいとも簡単に真っ二つに斬り捨てると、また消えるように移動して……。

 

「ぐおっ!」

 

 プーさんの後ろに現れたウィンザーだったが、地面から巻き上がる炎にふき飛ばされる。

 

「ファイアーピラーか!」

 

 いつの間にか、地面のあちこちに淡く輝く罠が張り巡らされていた。

 これだけのファイアーピラーをいつの間に置いていたんだ!?

 

「はぁはぁ……ストームガスト!」

 

 ウィンザーを白い世界が包んでいく。しかしお構いなしに、ウィンザーはプーさんに突っ込んだ。地面に置かれたファイアーピラーの全てを踏みながら。

 

「くっ!」

 

 ガキン! と逃げ切れないプーさんを宝剣が守った。

 2本ともプーさんを守るように指示しておいたのだ。

 僕は後ろからウィンザーに斬りかかるが、またも消えるようにウィンザーの姿を見失ってしまう。

 どうやら後方に距離を取ったらしい。

 

「はぁはぁ……ちょっと疲れるわね~」

 

「プーさん逃げましょう!」

 

「グラちゃん、さっきあいつに向かってすんごい数の短剣を飛ばしていたでしょ? あれもう1回できる?」

 

 地面に転がる50本のスティレット。

 もう1度宝剣スキルで制御することは可能だろうけど、ウィンザーにはまったく効かなかった。

 

「できますけど、でも!」

 

「プーちゃんが支えてあげる。グラちゃんに足りないものをプーちゃんが支えてあげるから」

 

 プーさんは僕の背中に抱きついてきた。

 柔らかい感触が背中に広がるも、今はそんなことしている場合じゃ!

 

「大丈夫よ。私達ならできるわ。私達だからこそできるわ」

 

 プーさんの柔らかい身体から、僕の中に何かが流れ込んでくる。

 魔力?

 とても温かくて、とても優しくて、とても力強い何かが流れ込んでくる。

 

「奥の手か?」

 

 ウィンザーは僕達の様子を楽しそうに見ている。

 何をしてくれるのか楽しみで仕方がないといった感じだ。

 

「プーさん……いきます。」

 

「う、うん。一緒に……2人で……」

 

 地面に転がる50本のスティレットに宝剣スキルを発動する。

 再び宙に浮かんだスティレットを制御すると、僕に流れてくる何かが宝剣スキルに干渉した。

 

「うおおおおお!」

 

 その温かく優しく力強いものが、僕に力を与えてくれる。

 50本のスティレット1本1本に己の意識が宿っていく。

 

「さっきと何か違うのか?」

 

 ウィンザーは一度見た技に興味を失ったような声をもらす。

 

「何が違うのか……お前の身体で確かめろよ!」

 

 50本のスティレットが複雑な軌道を描きながらも、ウィンザーを中心に嵐を巻きあげた。

 50本のスティレットが高速で回り、刃の中にウィンザーを閉じ込める。

 まだ斬りかかっていない。スティレットはウィンザーを取り囲んでいるだけだ。

 

「これで閉じ込めたつもりか?」

 

 自らの周りを回るスティレットを眺めるウィンザーは余裕の表情だ。

 この後の僕達の攻撃を受けても同じように余裕でいられるかな?

 

 プーさんの柔らかな身体から流れてくる魔力。

 同時に僕の魔力もプーさんに流れていくのが分かる。

 混ざり合う2つの魔力はやがて1つの大きな力となる。

 

 プーさんは僕の背中に抱きついて何とか立っている状態だろう。

 胸に回された両手には力が入り、背中に全体重を預けてきている。

 

 次はない。

 全てをこの一撃に!

 

 50本のスティレットが光り輝く。

 僕とプーさんの力が注ぎ込まれたスティレットが一斉に動きを止め、その刃をウィンザーに向ける。

 

 自然とその言霊が頭の中に浮かんできた。

 そして僕とプーさんは同時に詠唱した。

 

 

「「コメット!」」

 

 

 50本のスティレットが彗星の如く、ウィンザーに向かって解き放たれる。

 圧倒的な力の奔流に押されて、僕達も吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐっ……プーさん!」

 

 咄嗟にプーさんの手を掴む。

 その姿はハイウィザードとはまた違った姿になっていたが、吹き飛ばされている間にただのウィザードの姿に戻っていくのが見えた。

 

 30mほど吹き飛ばされただろうか。

 顔を上げると、ウィンザーのいた場所はクレーターのように地面がくり抜かれた状態になっていた。

 横で倒れているプーさんは動かない。意識を失っているようだ。

 

「プ、プーさん……」

 

 よろける身体にどうにか力を入れて手を伸ばす。

 女性らしい細い肩に手が触れた時だ。

 

 

「い、今のは危なかったぞ……」

 

 

 見たくない手がクレーターの底から這い上がってきた。

 あれをくらって生きているのか。

 かなりのダメージを負ったようだが、クレーターから這い上がってきたウィンザーは立ち上がると、確かな足取りで歩き始める。

 手に両手剣を握りしめながら。

 

「はぁはぁ……いまのスキルはなんだ? お前達2人で唱えたように見えたが……まあいい。楽しませてもらった。その女は殺すつもりだったが、また今度の楽しみに取っておくことにする。再会の時まで鍛錬を怠るなよ」

 

 両手剣が光の粒子となって消える。

 どうやら見逃してくれるようだ。

 僕はプーさんを優しく抱きしめた。

 

「俺だ。自力での転送が不可能な状態だ。本部に戻してくれ」

 

 ウィンザーは懐から取り出した小さなガラス玉のようなものに話しかけている。

 通信機か?

 

「ふぅ、それでは……いや、待て。お前の名前は? 俺の名前がウィンザーだということは分かっているだろう。お前の名前も教えろ」

 

「グライア、僕の名前はグライアだ」

 

「グライア……印はつけた。お前がどこにいようと俺には分かる。また会おう」

 

 ウィンザーの身体が蜃気楼のように揺れ始める。

 表情を伺うことはできないが、僕は消え行くウィンザーを睨み付けてその姿を目に焼き付けた。

 こいつは、絶対に僕が倒す!

 

 

♦♦♦

 

 

 ウィンザーが消えたことで、消費アイテムが使用できるようになった。

僕はプーさんを膝枕すると、口の中に「ユグドラシルの実」を入れて噛み潰す。

 そしてその実をプーさんの口の中に、口移しで入れると飲み込ませていった。

 

 新人研修の時にプーさんが毒を受けた僕に緑ハーブを飲ませてくれたのと同じように、僕はユグドラシルの実をプーさんに飲ませていった。

 プーさんの舌はユグドラシルの実を求めて、僕の口の中にまで入ってくる。

 しばらくそうしてプーさんを介抱していたのだが、そのうち異変に気付く。

 

 

 僕の口の中に入ってくるプーさんの舌がやけにエロティックに動き始めた。

 

 

 僕は一度プーさんの口から顔を上げると、ユグドラシルの実を噛み潰しながらプーさんの表情をじっと見た。

 何か笑っている。

 これ完全に起きてますね? だってユグドラシルの実だもん。ちょっと食べたら全快のはずだもん!

 

 ユグドラシルの実を噛み潰すも、いつまで経ってもプーさんの口にそれが入ることはない。僕は顔を上げた状態でじっとプーさんを見つめているのだから。

 やがて、痺れを切らしたプーさんの片目が薄っすらと開いた。

 そしてすぐに閉じた。

 いやいや、見えてますから。片目が開いたの見えてますから!

 

「プーさん見えましたよ」

 

 そう言っても起きる気配を見せないプーさん。

 どうやら狸根入りを決めたらしい。

 

 目覚めることのない眠りに捕われたお姫様をキスで救うなんていうのは、こっちの世界でも憧れのシチュエーションなんだろうか?

 

 プーさんには何度も命を救ってもらっているんだ。

 それで恩返しになるならと、都合の良い言い訳で自分を納得させて唇を重ねた。

 

 

「う~ん役得、役得~」

 

 たっぷりと僕のキスを堪能したプーさんは上機嫌で目を開けた。

 結局プーさんが満足するまで何度もキスをさせられることになった。

 純情な童貞の僕を弄ぶとは!

 

 ユグドラシルの実で回復しても、体力や疲れが完全に癒されるわけではない。

 ナディアさん達はどうなったのか、ティアさんの傷は大丈夫か、最上階に向かったカプラーさん達は無事に装置を破壊することができたのか。

 いろいろ知りたいことはあるが、今は動く気になれない。

 プーさんも同じなのか、僕の膝枕から動く気配はない。

 そっとプーさんの綺麗な紅い髪を指でとくように撫でた。

 

「う~ん、気持ちいい~。頭も撫でてくれるともっと嬉しいな~」

 

「はいはい」

 

 子供のように甘えてくる。

 プーさんに甘えられると、なぜかとても嬉しい。

 

「最後の魔法……あれって何だったんですか?」

 

「グラちゃんとプーちゃんの愛の力ってところかな」

 

「なるほど」

 

「あれ? 納得しちゃうんだ~」

 

「納得できちゃうほど、すごかったですから」

 

「あはは。確かにね~」

 

 静寂の中、壮絶な戦いの跡を見つめながら、僕とプーさんは2人だけの穏やかな時間を少しだけ過ごした。

 

 

「プーちゃんは戻っておくね。またグラちゃんと一緒にいるところを見られると、いろいろ言われそうだから」

 

「はい。プーさんが助けてくれたことは言わない方がいいですか?」

 

「できれば内緒で~」

 

「分かりました」

 

 このクレーターを僕1人でやったことになるのか。

 カプラーさん納得してくれるかな?

 

「ありがとうございます」

 

「うふふ~。グラちゃんが危ない時はいつだってプーちゃんが助けてあげるからね」

 

「僕も、プーさんが危ない時はいつでも助けにいきますよ」

 

「ありがとう♪」

 

 

 蝶の羽を使ったプーさんは、光りの粒子となって消えていった。

 

 プーさんが戻るのを見届けた後、僕は何とか力が入るようになった身体を引きずって、時計塔の出口へと向かった。

 



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第37話 師

「くそったれ!」

 

 グリームの心は焦りと不安に支配され、すでに明鏡止水の境地から離れてしまっている。

 無理もない。

 目の前で死闘を繰り広げる師とボット帝国のアサシン。

 その戦いの空間に辿り着けない自分を悔やみながら、次々と現れるクローンアサシンをカタールで切り裂いていく。

 その動きは徐々に大雑把になっていくも、クローンアサシンの強さは大したことないので問題にはならない。

 

 問題はこのクローンアサシンの元となったオリジナルのアサシン。

 名をガイルという。

 

 

 時計塔最上階は、最下層と同じく中央に闘技場のような開けた空間と石の床が広がっている。

 そして時計塔最上階までボット戦士にもモンスターにも遭遇することなく辿り着いたカプラー達を待っていたのは、洗脳装置を守っているアサシンと、そのアサシンと同じ姿をしたクローンアサシンだった。

 そのアサシンを見た瞬間、グリームの師が叫んだ。

 

「ガイル!」

 

「お? おお~! なんでお前がここにいるんだ? 現役を退いたんじゃないのか?」

 

「い、いろいろあってな……お前こそ……いや、それよりお前のその姿……」

 

「はっはっは! ま~いろいろ言いたいことは分かる。立場が逆なら俺も同じ反応していただろうからな」

 

 グリームの師と会話を始めたボット帝国のアサシンのガイル。

 カプラー達は2人の会話を見守った。

 

「ボット帝国に雇われているのか?」

 

「そうだ」

 

「いくらだ? 俺が倍払おう。こっちについてくれ」

 

「断る」

 

「なぜだ? 倍では不満か?」

 

「いや、金の問題じゃない。お前じゃ俺の欲しいものは用意できない」

 

「何を欲するんだ?」

 

「強さだ」

 

 それは冒険者や戦士なら誰もが欲するものだ。

 そしてガイルはその強さにおいて、アサシンの中では限りなく上位にいたのだ。

 これ以上の強さを求めてどうするのか。

 

 そこで師はあの日のことを思い出した。

 ガイルはあの「燃えるミノタウロス」を倒すために、強さを欲しているのか? と。

 あれはもうグリームと一緒に倒してしまった。

 また現れるかもしれないが、ガイルが生きている間に必ず現れるとは限らない。

 

「ガイルよ。グラストヘイム最下層のミノタウロスのことを気にしているなら、あれは……」

 

「あ~それはもういいんだ。あんな牛はもう気にしちゃいない。ま~まだ生きているなら殺してやりたいとは思うが、別にもうどうだっていい」

 

「なら、なぜ強さを求める?」

 

「なぜってそりゃ……」

 

 ヒュン! と風を切る音と共に、ガイルが師にカタールを打ち込んできた。

 師は二刀流でしっかりとそのカタールを受け止める。

 激しい闘気がぶつかり合う2人の間には、異空間が存在しているかのように、カプラー達には見えたかもしれない。

 

「人を殺して楽しむためだよ!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 唯一、この中でその異空間に足を踏み入れることができたのはグリームだ。

 燃えるミノタウロスのカードを刺して完成したカタールを、ガイルに打ち込んだ。

 

「お? なんだお前?」

 

 しかしその一撃は虚しく空を切る。

 グリームの動きを初見で、最小限の動きで見切ったのだ。

 

「俺の弟子だ」

 

「はっ! お前が弟子ね~。老けると考えも変わるのか?」

 

「お前はなぜ老いていない。なぜ若々しい姿のままなのだ? ボット帝国で得られる強さとはなんだ?」

 

「ごちゃごちゃうるせーよ! 人を超えた俺の強さを見て、恐怖して、死ね!」

 

 始まった激闘は誰の介入も許さないほど熾烈な戦いとなった。

 グリームにはガイルのクローンアサシンが向かってきたため、その相手に手間取り、2つの影となった師とガイルを何とか追うことで精一杯だ。

 

 カプラー達に至っては、向かってきたクローンアサシンを難なく倒したものの、もはや師とガイルの動きを視認することすらできていない。

 

(ここはあの御方に任して、私達は洗脳装置を破壊しなくては!)

 

 こんな状況でもカプラーは適切な判断を下す。

 あのガイルというアサシンはグリームの師に任して、アルデバランの人々を操っている洗脳装置の破壊に向かった。

 しかしそこで待っていたのは、白衣を着た1人の研究者だった。

 

「あの馬鹿は装置も守らないで何をしているんだか……ん? お前はカプラーだな」

 

「いかにも。貴方様はどちら様でしょうか?」

 

「ボルセブだ。ボット帝国で研究者として雇われている。以後お見知りおきを」

 

 ウィンザーの元からボット帝国に戻ったのではなく、ボルセブは時計塔最上階にきていたのだ。

 

「なるほど貴方が……。それで、ボルセブ様は装置を守るために戦われるのですか?」

 

「まさか。私は何の戦闘能力を持たないただの研究者だ。あそこで嬉々として戦っている馬鹿にちょいと伝えることがあってこっちに飛んできたのだが……あれじゃ~私の声は届かないな」

 

「では、私達がその装置を破壊することを邪魔しないと?」

 

「う~ん、ま~いいんじゃないかな。あの馬鹿が装置を守らなかったのが悪いのであって、私が責められることじゃないし。会長への報告書にはあの馬鹿のせいだと書いておこう」

 

「会長とは、キズリ・レッケンベル様のことで?」

 

「そうだ。会長とはとても気難しい方でね。私も自分の研究に没頭したいから、あまり会長の機嫌を損ねるようなことはしたくないんだよ」

 

「このクローンモンスターはボルセブ様の研究成果なのですね」

 

「私自身は成果と呼べるようなものではないと思っているが、会長が気に入って下さってね。ま~それで研究資金を湯水のように出してくれるのだから、私としてはありがたいことで……おっと、そろそろ決着がつきそうだな」

 

「え?」

 

 

遠くに見えるその光景は、カプラーですら一瞬理解することができなかった。

 ボルセブが向けた視線の先で、ガイルが右手のカタールを師の腹に突き刺していたのだ。

 

「てめぇぇぇぇぇぇ!」

 

 クローンアサシンをようやく全て倒し終えたグリームが、鬼の形相でガイルに向かっていく。

 

「はっはっは! 可愛い弟子じゃないか! 筋も悪くないな! しかもカタール使いときたもんだ! どうだお前、俺の弟子にならないか!? 俺と同じような強さを得られるかもしれないぞ!」

 

「師を離せぇぇぇぇぇ!」

 

 腹に突き刺した右手のカタールはそのままに、左手一本でグリームの攻撃をガイルは防ぎ、さらにはグリームのHPをあっという間に0にしてしまった。

 燃えるミノタウロスを倒した時のように、グリームが明鏡止水の境地で戦いに挑むことができれば、ここまでの差はつかなかっただろう。

 

「おいおい、そんなに激しい攻撃をされると、俺も避けるためにこうして動かないといけないじゃないか!」

 

 ガイルはわざとらしく、右手のカタールが左右にめり込むように身体を振る。

 ウィンザー同様に神力遮断スキルによって消費アイテムは使えないため、師の回復手段はない。

 

「ガ、イル……きさま……」

 

 カタールが腹に突き刺さったままで身体に力を入れることができない師が、かつての兄弟弟子の変貌と凶悪性に恐怖した。

 完全に力に酔いしれて捕われている。

 酒と女と博打に明け暮れるも、心まで悪に染まることのなかった兄弟弟子のガイルにいったい何があったのか。

 それを知る時間は既に自分には無いことを、師は悟っていた。

 

 

「おい、いつまで遊んでいるんだ」

 

 ボルセブの声がガイルに届く。

 グリームの師との決着がつき、弟子であるグリーム相手に遊んでいたガイルには、ボルセブの声が聞こえるほどの余裕があった。

 

「お? なんでこっちにいるんだ? まさかウィンザーが死んだのか?」

 

「そんなわけあるか。探し物が見つかった。もうここに用はない。ジュノーに行くぞ」

 

「お~! 見つかったのか! それは何よりじゃないか!」

 

 ボルセブの言葉を聞いたガイルは、グリームの顎に一撃を入れる。

 がくんとグリームの膝が落ちて動きが止まる。

 そして、師の腹に突き刺すカタールをぐっと押し込むと、

 

「弟子との別れの時間はくれてやるよ」

 

 と耳元で呟き、カタールを抜き取る。

 師の腹からどろりと大量の血が流れ出るのを、グリームは見ていることしかできなかった。

 

「ク、クリーム……こ、これを」

 

 目から生気が失われつつある師が、必死に手を伸ばして己の短剣をグリームに渡そうとする。

 グリームも力の入らない身体で這いつくばる様に、手を伸ばした。

 

「美しい師弟愛だな」

 

「ボルセブ、それ本気で言ってるのか?」

 

「私は美しいものは美しいと感じるのだよ。君達と違って私は人だからね」

 

「よく言うぜ」

 

「では、みなさん。私達はこれで失礼するよ。ジュノーでの再会が楽しみだ」

 

 ボルセブが視線を向けたその先には、カプラー達全員がスタン状態となり地面に転がっていた。

 

「お……おお……」

 

 言葉を発することもできないカプラー達の前で、ボルセブとガイルは蜃気楼のように消えていったのであった。

 

 

 

 師と弟子の手が重なり合う。

 その手に握られていた2本の短剣を弟子に託す。

 

「モ、モロクの先にある大森林の中に……ウンバラという村がある。そ、そこに俺の娘が……ぐほっ! む、娘がいる……これを渡してくれ」

 

「ああ、師が……ああ、誰か……誰か……」

 

「明鏡止水だ……忘れるなよ……お前なら必ず……」

 

 既にガイルは去っている。神力遮断スキルは消えている。

 消費アイテムを使えば師を助けることができる。

 

 否。

 

 例えグリームがそのことに気付いていたとしても、ガイルが師の体内に埋め込んだ時限爆弾がそれを許しはしなかった。

 自らの体内にそれがあることを感じ取った師は、最後の力を振り絞ってグリームを押し飛ばした。

 

「グリーム、楽しかったぞ。ありがとう」

 

 最後に正しく名前を呼んだ師は、笑顔で弟子に感謝した。

 

 直後、師の身体は内部から爆発が起こり弾け飛ぶ。

 周囲に毒をまき散らしながら、師の身体は跡形もなく毒によって溶け消えていった。

 

「ああ……あああ……あああああああああああああああああああ!」

 

 

♦♦♦

 

 

 ボルセブ達が去って数分後、カプラー達はようやくスタン状態から回復する。

 

「いったいどうやって……」

 

 ボルセブが何をしたのかも分からない。

 突然、カプラー達全員はスタン状態となり床に転がってしまったのだ。

 ボルセブがスキルを使った素振りはなかったはずなのに。

 

「いえ、それよりも今は……今は早くこの装置を破壊……いえ止めましょう。

 ディフォルテー、装置を解析して洗脳を止めてみてください。20分以内に装置を止めることが無理な場合には、直ちに破壊して下さい」

 

「はい」

 

 カプラーの指示を受けたディフォルテー達カプラ嬢は、すぐに洗脳装置の解析を始める。

 カプラーはグリームを見る。

 

 2本の短剣を握りしめながら、うずくまっていた。

 己の師が毒液によって溶かされ死体すら残らなかったのだ。

 その心の痛みを解ってあげられる者などいない。

 かける言葉を探すも、カプラーにはその言葉を見つけることはできなかった。

 

 そして戦いはまだ終わっていない。

 最下層に向かったグライア達がどうなったのか。

 アルデバランの街中での戦いはどうなっているのか。

 確認して、対処しなくてはいけないことがまだまだある。

 

「これは……全員退避を! 装置が自爆します!!」

 

 カプラーが今後のことを考えていると、ディフォルテーの叫び声が響く。

 

「くっ! グリーム様! 退避を!」

 

 うずくまって動かないグリームにカプラーが叫ぶ。

 しかし彼がその場から動くことはなかった。

 グリームの元に駆け寄ろうとしたが、装置の自爆の方が早かった。

 

「ぐああああああ!」

 

 爆風に弾き飛ばされる。

 想像以上の大爆発で散り散りに吹き飛ばされてしまった。

 ボルセブの仕業か、と心で舌打ちをしながらカプラーはすぐに起き上がり、グリームのいた場所を見る。

 しかし、その場所に彼の姿はなかった。

 爆風でどこかに吹き飛ばされたのかと思い石の床を見渡すも、その姿を確認することはできなかったのである。

 

(あの爆風で死ぬような人ではない)

 

 生死ではなくグリームの精神状態を不安に思うも、カプラーは己の成すべきことのために動き始めた。

 

 

 カプラー達が時計塔の出口に向かっていると、時計塔2階と1階のワープポイント地点でナディア達と合流した。

 その中にグライアの姿はなく、ナディア達はひどく焦っていた。

 

 最下層でグライアが1人でボット帝国の騎士ウィンザーと戦っている。

 ウィンザーという名にカプラーの顔が強張る。

 

「あのウィンザー様なのですか?」

 

「そうだ、間違いない。しかも俺達よりも若々しい姿のウィンザー様だ」

 

 ホルグレンの返事にカプラーは凍りついた。

 自分達よりも年上のはずの伝説の騎士が若々しい姿で現れる。

 それは、グリームの師を殺したガイルも同じであった。

 ボット帝国の主力部隊は、かつての伝説級の冒険者達ばかりなのかと。

 

 

 最下層の装置はグライアの宝剣で破壊済みである。

 ウィンザーを倒せなくともよいのだ。

 問題は、ウィンザーを止めることが果たしてこのメンバーで出来るかどうか。

 

 外にいる国の部隊に応援を頼んだところで、彼らが動くとは思えない。

 また動いてくれても戦力にはならないだろう。

 

 ならダンデリオンか。

 筋肉鎧の一件でこちらに借りがある彼らなら、力になってくれるのではないか。

 戦力としても申し分ない。

 

 カプラーはダンデリオンのレイヤンを探しに街へと向かった。

 

 アルデバランの街中での戦闘はすでに終結に向かっていた。

 僅かに残るボット戦士達が指示系統を失いまさに機械のように戦い続けているものの、雑な動きとなった今では国の部隊でも問題なく倒せるような相手となっている。

 戦勝ムードの中で功績を上げようと残党狩りが行われている中、カプラーはダンデリオンの元へと走った。

 そして事情を説明する。

 

「すぐに向かいましょう」

 

 レイヤンの即答で再び時計塔の中へと入っていき、最下層を目指す。

 相手はあのウィンザー様だ。果たしてこの人数でも対抗できるかどうか、とカプラーの心は不安で覆われていた。

 しかし、その不安は呆気なく晴れることになる。

 

「グライア君!」

「主!」

 

 時計塔地下1階で、出口に向かって歩いてくるグライアを、先頭を走っていたナディアとティアが見つけたからである。

 

 この2時間後、アルデバランからボット戦士は1匹残らず消え去り、ルーンミッドガッズ王国の完全勝利で戦いは幕を閉じた。

 



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第38話 ワープポタール

 戦いは終わった。

 ルーンミッドガッズ王国の完全勝利で幕を閉じた。

 でも僕達にとってそれは、完全勝利とは言い難かった。

 

 グリームさんの師匠さんが死んだ。

 相手はかつてルーンミッドガッズにその名を轟かせたアサシン、ガイル。

 師匠さんとは兄弟弟子の間柄だったそうだ。

 

 グリームさんは最上階の洗脳装置が爆発した時に姿を消してしまった。

 どれほど心を痛めていることか。

 どんな言葉をかければいいのか分からないけど、それでも会って慰めて励ましてあげたい。

 一緒に泣くことぐらいしかできないけど。

 

 

 ウィンザーとの戦いが終わり時計塔の出口へと向かっていると、地下1階でナディアさん達がダンデリオンの人達まで連れて大勢で走ってきた。

 僕を見つけると、みんなの緊張が一気に解けたのか、ナディアさんは大泣きしちゃうし、ティアさんは僕に密着して離れないしと大変だった。

 細かな説明は省いて、とにかくウィンザーを退けて装置は破壊したことをカプラーさんに報告して、みんなで外に出た。

 アルデバランに残ったボット戦士を1時間ほど探し回ったところで、僕達はカプラ本社に向かった。

 

 洗脳装置の破壊(自爆)により、カプラ本社の人達も正常に戻っていた。

 カプラ嬢のダブリューさんも無事で、ディフォルテーさんがダブリューさんを抱きしめて泣いて喜んだ。

 

 そしてアルデバランを奪還して5日が経過した。

 カプラーさん達は戦後処理で忙しく働いていた。

 僕も雑用ぐらいならできるけど、何かしようとすると逆にみんなの効率を落としてしまいそうだったし、みんなもゆっくり休んで下さいと言ってくれたので、この2日間はのんびりと過ごしていた。

 

 5日が経過してみんなが落ち着いたところで、会議室のような場所に主要なメンバーが集まると、カプラーさんから戦いの成果と被害状況が伝えられた。

 ルーンミッドガッズ王国の戦死者は40人に及んだ。

 重傷者は100人近い。

 ダンデリオンに戦死者はでなかった。重傷者といえる者もおらず、軽傷者が数名出ているぐらいだ。

 

 国はすぐにシュバルツバルド共和国及びボット帝国の情報を探るべく、偵察要員を派遣して情報収集を始めているそうだ。

 そのため、ここアルデバランがしばらくは前線基地となる。

 

 ナディアさんがアルナベルツ教国の情報も探るべきだと進言したが、アルナベルツ教国は遠く、ボット帝国の本拠地と思われる街の近くを通過しないといけないため、今はそこまで手を回すことはできないと言われた。

 

 いずれはアルナベルツ教国の情報も探るし、シュバルツバルド共和国とボット帝国の情報を探る中で、アルナベルツ教国の情報も入ってくるので焦る必要はない、というのがカプラーさんの考えだ。

 今はとにかくシュバルツバルド共和国の首都ジュノーの情報が最優先だ。

 

 ジュノーは間違いなくボット帝国の手に落ちている。

 問題はボット帝国がジュノーで何をしているかだ。

 

 ウィンザーの言葉を思い出すのなら、ジュノーで何かを探している。

 そしてそれは、ジュノーを浮かしている動力源とも言っていた。

 シュバルツバルド共和国の首都ジュノーは、天空に浮かぶ空飛ぶ都市である。

 巨大な都市を天空に浮かべさせているのは、神の奇跡の力と言われている。

 その神の力の源をボット帝国は探しているはずだ。

 

「ジュノーを浮かしている動力源ですか……」

 

 カプラーさんは何か心当たりがあるのか考え込むと、

 

「これは私も噂話として聞いたものなのですが……“ユミルの力”がジュノーを浮かしているという話があります」

 

 ユミル!?

 プーさんが言っていた「ユミルの書」がジュノーを浮かしているのか!?

 

「ユミルとはかつて存在した神々の中でも“原初神”と呼ばれる巨人の神です。その神の力がジュノーにはあると言われているのです」

 

「ユミルの書という書物がジュノーにあると聞いたことがあるのですが、それではないのですか?」

 

「おお、グライア様は博識ですね。ジュノーの図書館には“ユミルの書”と呼ばれる書物が確かにあります。ですがあれは神話が書かれたただの書物です。あれがジュノーを浮かしているユミルの力ではないでしょう」

 

 違うのか。

 プーさんもユミルの書は「上位職」を得るために必要なものだと言っていたっけ。

 僕が読めばノービスの上位職になれるのか? それってスーパーノービスのこと?

 

「グライア様達が聞いたウィンザーさ……ウィンザーの言葉通りなら、ボット帝国もジュノーを浮かしているユミルの力をまだ見つけていないということになります」

 

「ちょっと待て。ウィンザーとボルセブは、間違いなくグライアの宝剣スキルを見て態度を変えていた。ボット帝国がルーンミッドガッズ王国内で探していたのは、グライアの宝剣スキルってことになる。それとジュノーのユミルの力は何か関係するのか?」

 

 

 ホルグレンさんの言葉に沈黙が流れ、みんなの視線が僕に突き刺さる。

 ウィンザー達が探していたもの、それは僕の宝剣スキル。

 そしてこの宝剣スキルは筋肉鎧を倒した時に得られたものだ。

 そう考えると、最終的には筋肉鎧を探していたってことになる。

 ボット帝国はグラストヘイム騎士団1階の隠し通路の存在を知らなかったのだろう。

 

「グライア様の宝剣スキルが、ボット帝国の狙いと関係していることは間違いないでしょう」

 

「国にそのことは?」

 

「報告する予定はありません。国が知ったところで、話がややこしくなるだけです。グライア様のことも、宝剣スキルのことも、私達だけが知ることになります」

 

 ほっと安堵した。

 国に連行されるよりも、カプラーさん達と一緒の方がいいからね。

 

「問題は今後グライア様をどうするかですね」

 

 え? 僕をどうするの?

 

「正直申し上げますよ、ウィンザーを独りで退けたグライア様は戦力として考えたいのですが、相手の狙いがグライア様の宝剣スキルとなれば、グライア様を簡単に戦場に送っていいものかどうか」

 

「大人しくどこかに身を潜めているのがいいだろうな」

 

「え!?」

 

 正確には独りでウィンザーを退けたわけじゃないけど、プーさんのことを内緒にする以上は自分独りでウィンザーを退けたことになる。

 時計塔最下層のクレーターも宝剣スキルでやりました、と報告しちゃってるしね。

 しかし僕が身を潜めるなんて展開になるとは思っていなかった。

 

「僕がどこに隠れていようと、ウィンザーは必ずきます。あいつとはいずれ決着をつけなくてはいけないんです。だから隠れるよりも、戦場に出て少しでも戦いの経験を積みたいんです」

 

「お気持ちは分かります。何よりグライア様に戦って欲しいと願ったのは私達でもあります。ですが、ボット帝国が探しているものと、それによる本当の狙いが何か分からない以上は、迂闊な行動はできません。

 グライア様を隠すことで世界が救われる、という可能性があるなら、グライア様にはぜひとも隠れて頂きたいのです。

 勝手な都合で申し訳ありませんが……」

 

「ウィンザーに勝つための鍛錬なら、戦場に出なくとも積むことはできるだろ。

 お前の強さなら神力範囲外での狩りも問題ない。

 隠れるからといって、何も狩りをするなと言っているわけじゃない」

 

 カプラーさんとホルグレンさんの意見は一致してしまっているようだ。

 僕を戦場から遠ざける気だな。

 

「私も、グライア君はアルデバランから戻るべきだと思う」

 

「ナディアさんまで!?」

 

「私もそう思うわ」

 

「アイリスさん……」

 

「私も社長の考えに賛成です」「わ、私も……」

 

 グラリスさんが眼鏡をくいっ! と上げ、ソリンさんは若干俯きながらカプラーさんに同調する。

 そして次々とみんながカプラーさんの意見に同調していった。

 唯一、ティアさんだけが無言のままだった。

 

「本当に申し訳ありません。

 グライア様には護衛のカプラ嬢を付けさせて頂き、プロンテラに戻って頂くということでよろしいでしょうか?」

 

 ここで僕が嫌だと言ったところでどうにもならない。

 カプラ社と秘密の羽の支援を受けながら活動していたわけで、その支援無しに僕が勝手に戦っても仕方ない。

 プロンテラに戻って、幸運ドロップ率を使った狩りでカプラーさん達に貴重なアイテムやカードを供給する方がいいのだろうか。

 それも十分に大事な役割だし、みんなのためになることだと思う。

 

 でも、

 

「わ、わかりました……戻った後もみんなの役に立つアイテムやカードを送れるように、鍛錬を兼ねた狩りを頑張ります」

 

「ありがとうございます」

 

 カプラーさんが柔らかい笑みを向けてくれるも、僕の心はもやもやしたままだ。

 我儘を言うことができず、僕はアルデバランからプロンテラに戻ることになった。

 

 カプラ本社を出た僕は、泊まっている宿の部屋に戻り荷物を纏めることにした。

 ただプロンテラに戻るのだから、プーさんに挨拶しておこうと思い手紙スキルで会えませんか? と送ってみた。

 すると、「時計塔最下層で待ってるね」と返事がきた。

 

 時計塔にはすでにモンスターが戻ってきている。

 そのため最下層に行くのはまぁまぁ大変だけど、今の僕なら問題ない。

 それに1人だからハエの羽も使えるしね。

 

 小1時間ほどで最下層に到着した。

 プーさんはクレーターの場所で待っていた。周りにモンスターがいないけど、プーさんがきっと倒したのだろう。

 綺麗な真紅の髪をいじりながら、笑顔で僕に手を振ってくれた。

 

「お待たせしました」

 

「女性を待たせるなんて、グラちゃんは罪な男だね~」

 

 いつだったか、こんなやりとりをしたような気が……あれ? どこでだっけ?

 

「待たせてしまったからには、お詫びをしないといけませんよね。

 プーさんがプロンテラに戻ったら僕の奢りで何か美味しいものでも食べにいくとかどうですか?」

 

「う~ん、とっても素敵なお詫びだけど、その時間があるかな~」

 

「そうですよね……プーさん達はまだこれからも戦いが続きますしね」

 

「グラちゃんはプロンテラに戻るの?」

 

「はい。実は、ウィンザーとの戦いの時に僕が使っていた宝剣スキルなんですけど、あのスキルをウィンザー達はルーンミッドガッズ王国で探していたようなんです。

 だから僕をボット帝国から遠ざける……という判断になっちゃいました」

 

「グラちゃんの宝剣スキルをね~」

 

 宝剣スキルはダンデリオンの人達にも秘密にするはずだったけど、ウィンザーとの戦いでプーさんには見せてしまった。

 あの状況で宝剣スキルを秘密にすることなんて無理。

 最後はその宝剣スキルとプーさんの魔力が融合してウィンザーを退けたわけだし。

 

「グラちゃんがどこに隠れても、きっとボット帝国は見つけちゃうと思うな。

 ま~それはプーちゃんも同じだけどね。

 グラちゃんがどこにいても、プーちゃんには分かるから」

 

「あはは。プーさんにならいつでも見つかりたいですよ」

 

 光りの粒子が集まりモンスターが現れる。

 すぐに宝剣が飛んでいってモンスターを斬り倒す。

 

「いつボット帝国に襲われても大丈夫なように、プロンテラに戻っても鍛錬を続けます」

 

「うん、それがいいね~」

 

 プーさんは僕に近づいてくると、すっと当たり前のように抱きついてきた。

 柔らかい身体からは良い匂いがした。

 

「しばらくのお別れだね~」

 

「はい……プーさんに会えないのは寂しいですね」

 

「私も……」

 

 

 僕達の影はしばらくの間、重なり合った。

 

 

 

 

 

 

 荷物を纏めて部屋でぼ~っとしていると、その日の夕方前にカプラーさんとティアさんが僕の部屋にやってきた。

 ティアさんのワープポタールでプロンテラに送ってくれるのか。

 他のみんなは忙しいし見送りはいりません、と僕から伝えておいたので、荷物を纏めている時に挨拶を済ませてある。

 

「グライア様、本当に申し訳ありません。

 プロンテラに戻りましたら今日はゆっくりして下さい。

 明日の朝、カプラ社に行って頂ければ護衛のカプラ嬢が待っておりますので」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「……ワープポタール出します」

 

「うん。ティアさん無理しないでね……はぐっ!」

 

 ティアさんが抱きついてきた。

 力強く僕を抱きしめるティアさん。

 ちょっと痛いです。

 

「私が主の敵を全て抹殺します。ですから主はどうぞ心安らかにプロンテラでお待ち下さい」

 

「あはは、ありがとう。ティアさんの役に立つようなカードをたくさん送るからね」

 

「できれば主の匂いがついたハンカチなども送って頂けると嬉しいです」

 

「う、うん……考えておくよ」

 

 僕から離れると、ちょっと涙声でティアさんは詠唱した。

 

「ワープポタール」

 

 地面に光り輝く渦。

 僕はカプラーさんとティアさんに笑顔を向けて、その渦の中に入っていった。

 

 

 

 次の瞬間にはプロンテラの教会に出た……はずだった。

 しかしそこは見知らぬ場所。

 どこだここは?

 

「ティアさん出すワープポタール間違えた? でもプロンテラ以外の教会でもなさそうだな」

 

 ワープした先は、今にも朽ちて崩れそうな教会だったのだ。

 ひび割れたステンドグラス。

 ほこりと蜘蛛の巣だらけの椅子と壁。

 そして上半身が崩れ落ちている神の彫刻。

 

 人の気配はない。

 モンスターの気配もない。

 ただの寂れた教会だ。

 

 何もない教会を出ると、そこは見たこともない場所だった。

 どこかの島のようだが、島全体が1つの建物ようにも見える。

 夕方前ですでに日は暮れ始めていた。

 

 そしてモンスターの姿も見える。

 何やら色とりどりの電流? プラズマ? と言えばいいのか、見たことのないプラズマモンスターが漂っている。

 その先にワープポイントが微かに見えた。

 

「あそこに向かうしかなさそうだけど……」

 

 こうして突然の転移を味わうのは2度目だ。

 1度目はこの世界に来た時だ。

 つまり、

 

「この先で待っているのかな……オーディン」

 



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第39話 魂

 朽ち果てた教会を出た僕はワープポタールに向かって進んでいった。

 歩きながら、まさかまた別世界に飛ばされた? なんて不安になったけど、ステータス画面は呼び出せたし、宝剣スキルも発動したのでおそらく同じ世界のはずだ。

 

 やがてプラズマのようなモンスターが宝剣の射程距離に入った。

 1匹だけだったので簡単に倒せるかと思いきや、これが意外に強かった。

 見た目通りプラズマ電流を飛ばして攻撃してきたのだが、HPも高く倒すのにそれなりの時間を要したのだ。

 グラストヘイムのモンスターより強いな。

 

 倒すとプレゼントボックスというアイテムを落とした。

 開けてみると、中から妙なアイテムが出てきた。

 

 

 ソードマンの魂

 

 

 なんだこれ? ソードマンの魂なんてアイテム聞いたことないぞ。

 アイテムボックスの消費欄に入ったので、消費型のアイテムのようだ。

 とりあえず使ってみることにした。

 

 ソードマンの魂をアイテムボックスから取り出すと、手の平に揺らめき輝く魂が現れる。

 地球にいた頃に想像していた人魂そのものだな。

 ソードマンの魂を使ってみると、揺らめき輝く魂が僕の体内に吸収されていった。

 

「むぐっ!」

 

 いきなりのことにちょっと驚いた。

 にゅるって体内に入ってくる感触があったのだ。

 これで何か変わったのか?

 ステータス画面をいろいろ見てみると、

 

「お、おお!? ええ!?」

 

 僕以外誰もいない島に声が響く。

 僕のステータス画面のスキル欄には、ソードマンの全スキルが表示されていたのだ。

 しかもこの世界では表示されないはずのパッシブ系スキルまでちゃんと表示されている。

 

 僕はソードマンになったのか? と一瞬思ったが、僕の天職はノービスのままだ。

 HPやSPにも変化はない。

 ソードマンのスキルだけを手に入れたようだ。

 

 他にもあるのか? と思い、見つけたプラズマモンスターを片っ端から倒していった。

 朽ち果てた教会のあるマップにプラズマは全部で7匹いた。

 最初に倒したプラズマを含めて7匹だ。

 そしてその全てがプレゼントボックスを落とした。

 手に入れたプレゼントボックスを開けていくと、

 

 マジシャンの魂

 アーチャーの魂

 アコライトの魂

 シーフの魂

 マーチャントの魂

 テコンキッドの魂

 

 最初に手に入れたソードマンの魂と合せて、1次職全ての魂が揃った。

 テコンキッドだけ僕の知らない天職だった。

 これで1次職全てのスキルを手に入れたわけだ。

 シーフのスキルを手に入れたことでダブルアタックのスキルを取得してしまった。

 ゲームではダブルアタックとクリティカルは同時に発生しない仕様だった。

 つまり僕は取得してはいけないスキルを取得してしまった! ……訳ではない。

 

 ソードマンのスキルを手に入れた直後にすぐに気付いたのだが、僕のスキル欄には確かに1次職全てのスキルが表示されている。

 が、しかし、使用することができないのだ。

 バッシュはもちろん、魔法を詠唱しても虚しい声が響くだけだ。

 パッシブ系スキルも適用されていないだろう。

 

 理由は分からないけど、とりあえず進むしかない。

 このマップにはもうプラズマモンスターはいないので、遠くに見えていたワープポイントに入ることにした。

 

 

 次のマップに入ると、同じく島ではあるけど中央から伸びる長い橋が見える。

 その橋の先にまたワープポイントが見えた。

 

 プラズマのモンスターは見えない。

 代わりに、何か茶色の四角い箱に白い点の目と口があって、箱の横に小さな翼がついて浮かんで飛んでいるモンスターがいた。

 ちょっと馬鹿っぽいけど可愛らしい。

 茶色ではなく、紫色の同じ形をしたモンスターもいた。

 

 攻撃してみると、この浮かぶ箱モンスターはなかなかタフだった。

 でもHPは高かったけど、強さはそれほどでもなかったので、簡単に倒すことができた。

 

 茶色の箱モンスターから、

 ナイトの魂

 ウィザードの魂

 ハンターの魂

 プリーストの魂

 アサシンの魂

 ブラックスミスの魂を手に入れた。

 

 紫色の箱モンスターから、

 クルセイダーの魂

 セージの魂

 バードの魂

 ダンサーの魂

 モンクの魂

 ローグの魂

 アルケミストの魂を手に入れた。

 

 紫色の箱モンスターから手に入れた魂の天職は、2-2次職と言われるものだと思う。

 日本ではまだ実装されていなかったけど、韓国で実装されていた情報を見た時にこんな名前だったと記憶している。

 

 スキルは取得しても、同じく使えることはなかった。

 もはやスキルが多すぎて、見え難いことこの上ない状態だ。

 

 

 橋に向かっていくと、浮かぶ箱モンスターではない別のモンスターと出会った。

 

 見た目からして悪魔っぽいモンスターが2匹。

 どちらも黒塗りの法衣を着ている。

 1匹は恐ろしい化物顔に巨大な十字架のような武器を持っていて、もう片方は女性のような顔に背中から黒い翼が生えていた。

 

 2匹同時に戦うことになるも、宝剣スキルを使って難なく倒すことができた。

 浮かぶ箱モンスターほどHPはなかったけど、戦闘能力はこっちの方が高かったので一瞬も気を緩めることなく戦った。

 

 2匹からは、

 拳聖の魂とソウルリンカーの魂を手に入れた。

 聞いたこともない天職だけど、とりあえず使ってスキルを取得しておいた。

 あいかわらず使えないけど。

 

 このマップにもモンスターの姿が見えなくなったので、長い橋を渡り次のマップへと進んでいった。

 使えないスキルを取得し続けているけど、最後にオーディンと会うことで使えるようになるのだろうか?

 

 

 橋を渡りその先にあるワープポイントに入る。

 再び同じような島のマップだ。

 しかしその先にワープポイントは見えない。

 あの朽ち果てそうな教会に似た、同じく朽ち果てそうな教会が見える。

 どうやらここが最終マップのようだ。

 日が落ちるまであと30分もないだろう。

 

 そして最終ボスもいた。

 橋の道の先に、漆黒の翼を広げる女性の戦士がいる。

 堕天使という言葉が思い浮ぶな。

 

 てっきりオーディンが待っているのかと思ったが……いや、こいつを倒したらオーディンが登場するのかもしれない。

 ピリピリと感じる気配から、間違いなくボス級の強さだろう。

 

「よく来たな」

 

 橋を渡りきった僕に、堕天使が声をかけてきた。

 喋れるのか。

 ならモンスターではない?

 

「貴方が僕をここに呼び寄せたのですか?」

 

「違う。私ではない」

 

「ではオーディンが?」

 

「そうだ。オーディン様の命により私はここでお前を待っていた。

 私はワルキューレのランドグリス。

 オーディン様に選ばれしグライアよ。その内に眠る力、我が命を糧に目覚めさせよう!」

 

 

 ランドグリスはその手に持つ槍で、僕の胸を……突き刺した。

 反応できない速度ではなかった。

 でもなぜか僕はその槍を避けることをしなかった。

 

 神聖な……というよりも赤く邪悪な感じのする槍は僕の心臓に到達している。

 でも不思議と痛くなかった。

 心臓に突き刺された槍の先端から、僕の身体に流れてくる力を感じる。

 とても熱いその力が僕の身体に満ち溢れていった。

 

 僕の目の前でランドグリスの姿がみるみるうちに老いていく。

 堕天使のようにちょっと怖かったけど、綺麗で美しかったその姿はもうない。

 自分の命を糧に僕の眠る力を目覚めさせるといっていた。

 僕の身体に流れ込んでいるのは、彼女の生命力そのものなのか。

 

「オーディン様はもうこの世にいらっしゃらない。

 その霊魂のみがニブルヘイムで今もこの世を見守って下さっている。

 ワルキューレも私とスクルドを残してみな消えていった。

 グライアよ、スクルドに会うがいい。

 スクルドはジュノーにあるユミルの書の中にいる。

 ユミルの書を手に入れるのだ」

 

 え? オーディンはもうこの世にいない?

 

「目覚めた力の使い方をここで学ぶがよい。

 私の影が、お前の相手となるだろう。

 そして時が来れば、お前をジュノーへと導く光が現れる」

 

 徐々にランドグリスの肉体が崩れ始めた。

 同時のランドグリスの影が伸びていくと、離れるはずのない影がランドグリスから離れていく。

 1つの影が離れると、さらに影が生まれてまた離れていく。

 その影の中からランドグリスに似た堕天使が生まれてきた。

 その数全部で15体。

 

「私の影を倒せないようでは、彼の者が創りし化物に勝つことなどできないぞ。そして蘇りつつあるあの巨人にも」

 

「巨人? あ、ちょ、ちょっと待って!」

 

「答えは自らが見つけるがいい……これでようやく私の役目は終わった」

 

 

 ランドグリスの肉体は塵となって消えていった。

 巨人とはいったい何のことだったのか。

 影から生まれた15体のランドグリス似の堕天使達は、四方八方に散っていく。

 いきなり襲ってくることはないようだ。

 

 ステータス画面を見た。

 僕の天職がスーパーノービスになっていた。

 ランドグリスから力をもらった時にスーパーノービスの天職を得たのだろう。

 HPとSPも上がっている。

衣装も少し変って、ちょっとだけ格好良くなったかな。

 

 スキルの欄に変化があった。

 ずらりと並んでいたスキルは整理されて、各天職のタブが作られている。

 各天職のタブの中には、その天職の全スキルが表示されている。

 スキルは使えるようになったのだろうか?

 

 2-2次職はさっぱり分からないし、聞いたこともないテコンキッドに拳聖とソウルリンカーもまったく分からない。

 これはランドグリスの影達と戦いながら、スキルの効果を確認していく必要がありそうだ。

 

「とりあえずあの教会に行ってみるか」

 

 ランドグリスは時が来れば僕をジュノーに導く光が現れると言っていた。

 まずは寝床を確保して……あ、食料足りるかな? アイテムボックスの中にある食料を数えながら教会へと向かっていった。

 

 外見は朽ち果てそうな教会だったのに、中は意外と綺麗だった。

 これなら寝る分には問題ないな。

 教会の裏手には綺麗な泉もあったので、水浴びもできそうだ。

 大切に使おう。

 

 今日はもう疲れたので、寝袋をアイテムボックスから取り出す。

 適当な食料も取り出して食べると、寝袋に入った僕は一瞬で眠りに落ちていた。

 

 

♦♦♦

 

 

 朝です。

 

 教会の外に出ると、ランドグリスの影がうろうろしているのが見える。

 モンスターみたいな存在なのだろうか。

 

 朝食を食べながら、いろんな天職のスキルを見ていった。

 

 その中で目を引いたのが、テコンキッドが持つ「跳躍」というスキルだった。

 跳躍スキルを使ってみた。

 

「はぐっ!」

 

 びよ~んと跳ねた僕は教会の天井に頭をぶつけてしまった。

 名前通りのスキルってわけか。

 

 外に出て跳躍スキルを再び使う。

 びよ~んと空高く跳んだ。想像以上に高く跳んだ。

 え? これってこのまま落ちていくのか?

 

「うおおおお!」

 

 着地の衝撃に身構えるも、スキル効果なのか着地の際の衝撃はあまりこなかった。

 これは面白い!

 何度かびよ~んびよ~ん! と跳ねて遊んでしまった。

 

 モンクのスキルで「残影」というスキルがまた便利だった。

 「気功」というスキルで気を溜めないと使えないが、一定距離を瞬間移動するスキルだ。

 使い方を学べばかなり有効なスキルだろう。

 気功を5つ溜めて使える「爆裂波動」状態なら残影は使いたい放題みたいだな。

 

 他にもいろいろあるのだが、とりあえずランドグリスの影と戦ってみるか。

 リンクしないよね? 15匹全部襲ってきたらさすがに無理だし。

 あれ? ここって神力範囲……外ですね。名前が赤い。

 ということは、ランドグリスの影に負けると死ぬのか。

 

 一番近くにいたランドグリスの影と戦ってみた。

 すると、そいつは斧を持って攻撃してきたのだ。

 いきなり「ハンマーウォール」から「メマーナイト」を打ち込んできやがった。

 こいつはブラックスミスってわけか。

 

 ランドグリスの影は全部で15匹。

 僕が手に入れた2次天職は15個。

 なるほどね。

 

 ランドグリスは影にそれぞれの天職を与えているんだ。

 そしてその動きを見てスキルの使い方を覚えろと。

 なら僕もブラックスミスのスキルを使って相手した方がいいか。

 

「ウェポンパーフェクション! オーバートラスト! マキシマイズパワー!」

 

 15匹のランドグリスの影全部を倒すのに、どれだけ時間がかかるかな……。

 



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第40話 ジュノーへ

 朽ち果てた教会での生活を始めてどれくらい経っただろうか。

 正確な日数を数えていないが、たぶん1ヶ月近くここにいると思う。

 

 つまりランドグリスの影と戦い始めて1ヶ月だ。

 このマップをモンスターのようにうろつくランドグリスの影の数は……あいかわらず15匹である。

 1匹も減っていない。

 

 これには理由がある。

 僕が負けたわけじゃない。

 負けたら死んじゃうしね。

 

 こいつら何度でも蘇るのだ。

 まさにモンスターなのだ。

 そして蘇る度に強くなっているのだ!

 

 なんちゅ~仕様にしたんだよ! ランドグリス!

 倒せば倒すだけ強くなるランドグリスの影を相手に延々と戦い続けて1ヶ月。

 終わりは見えてこない。

 

 ランドグリスの影を倒すと「ワルキューレの鎧」といった、ワルキューレシリーズの防具が手に入る。

 カードスロットは全て4だし、基本性能もとんでもなく高い。

 さらにシリーズ全ての防具を装備すると、セット効果も得られる優れものだ。

 ただ、残念ながら僕は装備できない。

 ノービスやスーパーノービスは装備不可なのだ!

 

 ちなみにランドグリスの影は食料も落としてくれるので、それを食べて腹を満たしている。

 

 しかしいつになったら僕をジュノーに導く光とやらが現れるのだろう?

 カプラーさん達心配しているかな。

 みんなからしたら、プロンテラに戻ったはずの僕が消えてしまったことになる。

 プロンテラの教会にすらその姿が見えなかったはずだけど、もしかしたら僕が姿をくらましたと思われているのかな。

 手紙スキルがここでは使えないので、みんなと連絡を取ることも出来ないでいる。

 

 今日もランドグリスの影は元気にうろついている。

 いま目の前にいる「ナイト」の影なんて、槍で超広範囲のブランディッシュスピアとか、超遠距離射程の「スピアブーメラン」とか飛ばしてくるから、堪ったもんじゃない。

 

 その横を通り過ぎていく「プリースト」の影は、自分にヒールを連発したり、セイフティーウォール張ったりと、倒すのに最も時間がかかる面倒な存在になっている。

 

 この1ヶ月で15の天職のスキルは把握できた。

 あまりに多いスキルなので全てを使いこなしているわけじゃないけど、自分に合うスキルで頻繁に使うものはだいたい決まってきたのだ。

 使いたくないスキルは不適用にできるので、ダブルアタックは不適用にした。

 クローキングでいつの日か女子風呂を覗きたいと思う。

 もうランドグリスの影の水浴びを覗くのは飽きた。

 

 朽ち果てた教会の裏手にある泉で、なぜかランドグリスの影が水浴びするのだ。

 それも一斉に。

 ランドグリスは風呂好きだったのか?

 

 最初こそかなり興奮して覗いてしまったが、毎日見放題の状態が1ヶ月も続けばさすがに飽きてしまう。

 やはり人間は「許されない行為」に興奮するのであって、それが当然に許されてしまうと興味がなくなってしまうのだろうか。

 この1ヶ月でいろいろ思うところがあり、なんだか哲学者になった気分である。

 

 新しいスキルもいいのだが、やはり最も使い勝手がいいのは宝剣スキルだ。

 3本以上の自己制御もだいぶ上達したけど、自動で戦ってくれる2本もその動きはさらに速く強力になっている。

 

 ランドグリスの影達と戦い続けたことで僕の戦闘技術もかなり向上した。

 ウィンザーにどこまで通じるか分からないけど、前のように何もできない状態にはならないはずだ。

 

 飽きたといいつつ、ランドグリスの影の水浴びを当然のごとく見ながら、ぼ~っといろいろ考えていたのだが、いきなりランドグリスの影が水浴びから出て僕の方に向かってきた。

 

「え?」

 

 覗いちゃだめだったの!? だって今までガン見してもよかったじゃん!

 君達のその素晴らしいスタイルで水浴びしていたら覗きたくなるじゃん!

 

 ランドグリスの影達は僕の前に裸でやってくると、次々のお互いを同化させて1つの大きな影を作りだしていった。

 どうやら覗いていたことを怒りにきたわけではないようだ。

 なら、今から起こることは1つしかない。

 

「いよいよか」

 

 僕をジュノーに導く光りが現れるのだろう。

 そう思っていたのだが、同化して1つの大きな影となった中から、3本の剣と防具一式の装備品が現れたのだ。

 

 装備品を出した影はまだ消えていない。装備品の後ろにいる。

 まずはこれを取れということか。

 

「な、なんだこれ……」

 

 装備品を拾ってみると、

 

・スーパーノービスソード

・アイスファルシオン

・ファイアーブランド

・スーパーノービスシールド

・スーパーノービススーツ

・スーパーノービスマント

・スーパーノービスシューズ

・スーパーノービスハット

・スーパーノービスリング×2

 

 スーパーノービス装備一式に、アイスファルシオンとファイアーブランドの剣だった。

 アイスファルシオンとファイアーブランドは宝剣用ってことか。

 そしてスーパーノービス装備なのだが、カードスロットがおかしなことになっている。

 

 ∞

 

 無限? 何枚でも刺せるのか?

 いや多分武器なら同一カードは4枚までか。防具は1枚までだし。

 そうでないなら、とんでもないことになるけど……ここで検証することはできない。

 

 装備をスーパーノービスシリーズにした。

 今まで短剣のスティレットだったけど、スーパーノービスソードは短剣より長くて、片手剣よりちょっと短いといった感じだ。

 防具はどれも頑丈そうだが軽い。まさに羽のような軽さだ。

 

 装備のセット効果もあるのか、HPとSPもかなり上がっている。

 さらに自分の身体が軽くなったように感じられるのに、身体から溢れるほどの力強さも感じる。

 

「勘違いすると間違いそうだな」

 

 この1ヶ月、ランドグリスの影と戦い続けて、僕自身も強くなったと自負している。

 しかしこの装備により得られた強さは与えられた強さだ。

 それが悪いと思う必要はないだろう。

 でも勘違いしてはだめだ。この装備を使いこなさないといけない。

 

 スーパーノービスの天職だってそうだ。

 多くのスキルに振り回されてはいけない。僕がスキルを使いこなすんだ。

 

 

 決意新たに気を引き締めていると、影が渦を巻き始めた。

 黒い影はやがて光り輝く渦へと変化していく。

 ワープポタールのような光りだ。

 

「お世話になりました」

 

 光となった影に向かって挨拶する。

 もうランドグリスの意識があるとは思えないけど、この1ヶ月お世話になったことに違いはない。

 必ずユミルの書を手に入れて、スクルドに会います!

 

「いくぞ!」

 

 光の渦の中に飛び込んでいった。

 

 

♦♦♦

 

 

「うお!?」

 

 光の渦の先は戦場だった。

 ここがどこなのか分からないが、ルーンミッドガッズ王国の騎士達がボット帝国の戦士達と入り乱れながら戦っている。

 あちこちで悲鳴と叫び声が響いている。

 

「どういう状況なんだ!? おおっと!」

 

 後ろからボット帝国のナイトが斬りかかってきたのを避けると、一撃で光りの粒子へと返した。

 スパノビソードの切れ味は抜群のようである。

 

 しかし呑気に試し切りしている時間はなさそうだ。

 とりあえず、この状況を落ち着かせないと。

 

「ふぅ……うぉぉぉぉ!」

 

 50本のスティレットに宝剣スキルを発動。

 プーさんの魔力が流れてきた時のように、1本1本に自らの意思が宿るほど制御ができるようになっている。

 目標はボット帝国の戦士達。

 

「いけぇぇ!」

 

 50本のスティレットが宙を舞い、次々とボット帝国の戦士達を切り裂いていく。

 国の騎士達も、ボット帝国の戦士達も何が起こったのか分からないだろう。

 ボット帝国の戦士はどうせ光の粒子となって消えていくのだから知る必要もないけどね。

 

 ものの数分で見渡せる範囲でボット帝国の戦士の姿はなくなった。

 呆然とする国の騎士達の中で見知った顔を見つけた。

 

 カリス君だ。

 

 僕はカリス君に駆け寄ると、

 

「カリス君」

 

「お、お前はグライア! プロンテラに戻ったんじゃなかったのか!?」

 

 僕がプロンテラに戻らずに消えたことは知らないのか。

 カプラーさん達が伏せているのかもしれない。

 

「いまこれどういう状況なのか教えてくれないかな?」

 

「どういう状況ってお前何も知らないで来たのかよ」

 

「いろいろあってね。それで、いまはジュノーを攻めているの?」

 

「ああ、そうだ。ただ、先発隊がジュノーへのワープポイントに乗った途端、ワープポイントの光りが消えてしまったんだ。その直後にボット帝国の戦士達がいきなり現れたんだ。消費アイテムは使えないはずなのに、どうやってワープしてきたのか不明だ。

 ジュノーへ上がってしまった者達がどうなったのかも分からない状態だ」

 

 消費アイテムが使えない?

 試しにポーションを使ってみようとしたが反応がなかった。

 ウィンザーが使っていた神力遮断スキル? この一帯全てに神力遮断スキルが適用されているのか。

 

「カプラーさんやナディアさん達はどこに?」

 

「先発達と一緒にジュノーに上がったはずだ」

 

 みんなは上か!?

 くそっ……ワープポイントの光りが無くなってしまったんじゃ、あの空に浮かぶ都市ジュノーに入れないじゃないか。

 

「他に敵は?」

 

「ここら一帯の敵は突然倒されてしまって……本当に何が何だか分からない」

 

「ここら一帯以外に敵はいるんですか?」

 

「あ、ああ。あいつらは突然ワープして襲ってくるかな。どこにいるなんて分からない」

 

 宝剣スキルで見渡せる範囲の敵は全て倒した。

 おかげで国の騎士達は落ち着きを取り戻し始めているし、部隊の再編成も行われているようだ。

 ここは国の部隊に任して大丈夫だろう。

 

 問題はジュノーに上がってしまったみんなだ。

 どうやって上に……お?

 あれは……!

 

「カリス君ありがとう! またね!」

 

「お、おぅ……ま、またな」

 

 僕はカリス君に背を向け走り出す。

 あれを使えば上までいけるかもしれないぞ!

 

「気功! 気功! 気功! 気功! 気功! 残影!」

 

 気功で5個の気を溜めると残影で瞬間移動していく。

 国の騎士達には風が通り過ぎたようにしか感じられないだろう。

 

 やがて見えてきたのは、空に浮かぶ岩だ。

 いくつもの岩が空に浮かび、その上にジュノーがある。

 ジュノーの真下は巨大な湖が広がっている。

 失敗して落ちても水がクッションになるかな? 水って痛いんだっけ。

 

「いくぞ! 跳躍!」

 

 空に浮かぶ岩に跳躍して飛び移ると、

 

「跳躍!」

 

 さらにその上にある浮かぶ岩に飛び移る。

 上ではなく前後左右の岩に移りたい時は、

 

「残影!」

 

 徐々に空に浮かぶ都市ジュノーが近づいて見えてきた。

 マリオになった気分だな。

このまま岩が入口まで続いてくれることを祈りながら、跳躍と残影を続けた。

 

 

「くそっ……ここまでか」

 

 残念ながら浮かぶ岩はジュノーの入口まで続いていなかった。

 岩が途切れてしまったのだ。

 視線を上げれば空に浮かぶジュノーの岩壁。

 ここをロッククライミングしていけば、上までいけるのだろうが、

 

「けっこうあるよな」

 

 100mはあるよね? という高さの岩壁が続いている。

 ここから跳躍で飛べばどうにか岩壁にしがみつくことはできるだろう。

 

「やるしかないか……ふぅ……跳躍!」

 

 跳躍で飛ぶと、手を伸ばして岩壁をつかむ。

 これでぽろっと岩壁が落ちたら、僕まで真っ逆様だ。

 さすがにこの距離では、下が湖だろうと落ちたら死んでしまう。

 

「ぐっ……むぐぅぅぅぅ!」

 

 指先に力を入れて、岩壁をつたってよじ登り始める。

 微妙なオウトツに手と足の指をかけていくが、けっこうきつい。

 鍛えた筋力と神の加護で何とかなるかと思ったけど100m登れるかな……。

 

「ふんがっ! ふんがっ!」

 

 両手両足が1つ上に登っても、身体全体が登った距離は数cmにしかならない。

 それを何度も繰り返してようやく半分ほど登った。

 かなりきついけど、あと半分ならどうにか登れないこともない、と思っていた時だ。

 

「え?」

 

 手を伸ばした先の岩壁がぽろっと崩れたのだ。

 

「えええええ!」

 

 一気に体勢を崩してしまった僕はそのまま岩壁から剥がれ落ちてしまう。

 咄嗟にスパノビソードを出して岩壁に突き刺した!

 

「ぐお! あ、あっぶね~!」

 

 切れ味抜群のスパノビソードは岩壁に突き刺さり落下を止めてくれる。

 しかし状況はあまり良くない。

 

「どうしたもんか……」

 

 空中都市ジュノーから見える雄大で爽快な景色も、足場もなく見ることになると楽しめるものではないな。

 足場か……ん? そうか!

 

「こういう使い方もありか!」

 

 アイスファルシオンとファイアーブランドに宝剣を発動する。

 そして2本の剣の柄を足場にすると、

 

「跳躍!」

 

 真上に飛び上がる。

 すぐに2本の剣が飛んで僕の足場となり、

 

「跳躍!」

 

 また真上に飛び上がる。

 

 すでに半分ほど登っていたので、跳躍を5回もすればジュノーの地面が見えた。

 6回目の跳躍でジュノーへと降り立つ。

 

「ふぅ……さてと」

 

 まずはみんなを探さないと。

 地上に戻る術を失っても、カプラーさん達ならきっと洗脳装置を破壊しに向かうはずだ。

 ウィンザーがいるかもしれない。

 

「クローキング!」

 

 移動速度の速いクローキングで姿を隠しながら、戦場と化したジュノーの中を駆け抜けていった。

 



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間話 とあるアサシンの物語5

 失意の中、1人の男が大森林の中を歩いていた。

 生命力に満ち溢れる大森林も、今のこの男には灰がかかったように見えていることだろう。

 小鳥のさえずる声もどこか悲しげに聞こえていることだろう。

 

 大森林を歩いている男はグリームだ。

 

 時計塔最上階での爆風に吹き飛ばされた彼は、そのまま姿をくらました。

 師から託された2本のアサシンダガーを持ってウンバラを目指したのだ。

 ウンバラはモロクから西へと向かい、パプチカ森を抜け、カララ沼を越え、さらにフムガ森を抜けた先にある。

 大自然の中で暮らす原住民ウータン族が暮らす村がウンバラである。

 

 そしてその大森林にそびえ立つ巨大な樹「ユグドラシル」。

 この世界を支えているといわれるその巨大な樹を目印に、グリームはウンバラを目指す。

 師の娘を探しに。

 

 フムガ森に入ったところで「ウータンファイター」と「ウータンシューター」と呼ばれるモンスターがグリームを襲ってきた。

 強靭な肉体と俊敏な動きでグリームを襲うも、森の番人の彼らがグリームの前に立っていられるのは数秒である。

 心の中で黒く疼くものを抱えたグリームは襲いくるものが何であるかを認識することなく、ただただカタールを振って己に敵意を向けるものを殺していった。

 

 フムガ森を抜ける頃には日が暮れ始めていた。

 ただでさえ太陽の光りが生い茂る木に阻まれて薄暗いのに、日が暮れ始めればあっという間に大森林の中は暗くなっていく。

 グリームがふと視線を上げれば、深緑色の葉の間から夕焼け色の空と雲が見えた。

 

 

 刹那

 

 

 ヒュン! とナイフがグリームの頬をかすめていく。

 グリームが顔を動かさなければ、急所の眉間に突き刺さっていただろう。

 

 ウータンシューターがナイフを投げてくることはない。

 では誰か。

 

 グリームの向けた視線の先には、奇妙な仮面を被った人が立っていた。

 褐色の肌に白銀の髪をしたその人は、骨格から女性と思われる。

 仮面を被っているので歳を推測することはできない。

 

 奇妙な仮面と同じぐらい奇妙な服を着ていた。

 大森林の草を編んで作ったようなその服はまさに原住民であるウータン族のものである。

 グリームは自分に敵意がないことを示すために両手を挙げた。

 

「ウンバラのウータン族の方とお見受けした。

 俺はグリーム。貴方達に害を成すことはありません。

 故あってこの村に住んでいる恩人の娘さんを探しにやってきました。

 どうか、」

 

 グリームは最後まで喋ることが叶わなかった。

 再びグリームの眉間に向かってナイフが飛ばされたのだ。

 それを難なくかわしたグリームを見つめる仮面を被った女性。

 近づくと幼い印象を受けた。

 まだ10代ではないだろうか、とグリームは思う。

 しかし目の前の女性から感じるオーラは戦士そのものである。

 気を抜けばすぐにでもグリームを殺しにかかるだろう。

 

 女性が短剣を両手に持つ。

 二刀流だ。

 その構えが、ごく自然に構えたその姿が、あまりにも師に似ていた。

 グリームの気が一瞬だけそれた。

 

「ウガ!」

 

 その声は女の子の声だった。

 グリームの気が一瞬それたことを見逃さず、懐に潜り込んだ女の子の一閃はグリームを捉えたかに見えた。

 しかし、女の子が斬ったのはグリームの残像だけ。

 一瞬で背後を取られて首にカタールを向けられている。

 

「いい動きだ……誰に習ったんだ?」

 

 半ば答えを分かりながら、グリームは女の子に問うた。

 

「ウガ! ウガ!」

 

 女の子は首にカタールを向けられているのも構わず、短剣を逆手に持つとグリームに向かって突き刺した。

 

「勇気と無謀は違うぞ?」

 

「ウガ! ウガ! ウガガ!!」

 

 女の子は疾風の如くグリームに向かって連続で攻撃を続ける。

 その動きの1つ1つがグリームには輝いて見えた。

 神に愛された天賦の才。

 今はまだ荒削りで未熟だが、この女の子が自分をあっという間に超えていくことは想像に難くない。

 

「それは悪手だな!」

 

 グリームが軽くカタールを女の子の腹に打ち込む。

 女の子はHPに守られながらも、木の根元まで吹き飛ぶ。

 

「立て。相手してやるよ」

 

「ウウ……ウガガアア!」

 

 グリームは片手を女の子に向けてクイクイっと挑発的に動かす。

 その意図は伝わったのか、女の子が怒りの声と共にグリームに向かってきた。

 

「動きが雑だな! もっと集中しろ!」

 

「ウガ! ウガ!」

 

 暮れ始めていた日が落ちて大森林が暗闇に包まれても、グリームと女の子が打ち合う音は響き続けた。

 

 

「今日はここまでだな」

 

 グリームが女の子の腹に思いっきり蹴りを入れると、宙を3回転ほど舞いながら吹き飛んだ。

 間合いが離れたところでグリームは戦闘態勢を解く。

 女の子に背を向けて、野営を張れそうな場所を考えた。

 ここに来るまでに綺麗な泉がある場所を思い出し、そこで野営をしようと考えたのだ。

 

「ウ……ウガガ!」

 

 しかし、女の子にグリームの意思は伝わらない。

 己に背を向けた獲物に斬りかかった。

 

「終わりだといったんだよ」

 

 女の子の一撃を見ることもなくかわしたグリームは、その奇妙な仮面に拳を一発入れた。

 HPが残っていたのか、0だったのか分からない。

 グリームの拳の一撃は女の子の奇妙な仮面を半分に割った。

 

 割れた仮面の奥から現れたのは、やはり10代の女の子の素顔だった。

 美しい蒼い瞳が暗闇の中でも輝いているように見えた。

 顔は師にあまり似ていないな、きっとお母さん似なのだろうとグリームは考えたところで、女の子なんだから師に似なくて良かったと少しばかり師に失礼なことも考えてしまった。

 

「俺はここで野営する。また明日、日が昇ったからこい。相手してやる」

 

「ウガガ……」

 

「ま、四六時中俺を狙うってなら別にいいぜ。構わないよ」

 

 グリームはおそらく師の娘であろう女の子を放っておいて、己の食事の準備を始める。

 アイテムボックスの中に持ってきた調理道具を取り出し、大森林の中に落ちている木の枝で火を起こすと、鍋に水を入れてスープを作り始めた。

 グリームの料理の技術は飛躍的に向上している。

 なぜなら、師がダンジョンなどに籠る時に美味しい料理が食べたいとグリームに駄々をこねたからである。

 そのせいで、グリームは戦いに使うこともない調理道具や食料、調味料を常にアイテムボックスの中に入れておくようになった。

 包丁さばきも慣れたものである。

 

 しばらくすると鍋から良い匂いが漂い始める。

 空腹を刺激するその匂いは、大森林の生活では嗅ぐことのない圧倒的な「旨味の匂い」となって娘を襲った。

 

「ウ……ウガ……ウガ……」

 

 割れた仮面を捨て完全に素顔を晒す娘の口からは、だらしなく涎が垂れている。

 グリームはこの瞬間、この女の子は間違いなく師の娘だと確信した。

 

「食うか?」

 

 師が使っていた皿にスープと具を入れて、師が使っていたスプーンと一緒に娘の前に差し出した。

 

「ウガ!」

 

 さっきまで殺そうとしていた相手から施しを受けても、何の疑いもなしに娘はグリームの料理を食べ始めた。

 料理を貪るように食べるその姿は女の子というより、野生動物そのものであった。

 

「ウガ!」

 

 グリームの前に皿を突き出す娘。

 当然のようにおかわりを要求してきたのである。

 

「お、おぅ」

 

 なぜか娘のペースに乗せられておかわりまで上げてしまうグリームであった。

 

 

 それから奇妙な2人の生活が始まった。

 

 グリームが寝ている間こそ襲うことはなかったものの、それ以外の時は娘が常に全力でグリームを殺しにかかる。

 訂正。

 グリームが寝ている間と、グリームと食事をする間は襲うことはなかったである。

 

 とにかく、2人は戦い続けた。

 ただひたすら戦い続けた。

 

 グリームも全力で娘を叩きのめした。

 娘がちょっとでも甘い動きや隙を見せれば容赦なくカタールを打ち込んでいった。

 娘のHPはとっくに0となっている。

 ウンバラにプリーストがいるのか分からないが、娘はHPが無くなった後もひたすらグリームと戦い続けた。

 その身体のあちこちは傷だらけである。むろんグリームは手加減しているのだが。

 

 ここが世界樹ユグドラシルの近くであるなら、ユグドラシルの葉が取れるはずだ。

 おそらくウンバラの人達はHP0となった時にはユグドラシルの葉で神なる加護を復活させるのだろう。

 だが娘のHPは復活しない。

 なぜならグリームと戦い始めて娘は一度もウンバラに戻っていないのだ。

 グリームのテントに入って一緒に寝ているわけではない。

 そのテントの近くの木の枝の上で寝ているのだ。

 獲物がいつ逃げ出すかもしれないと、まるで見張っているかのように。

 

 

 グリームが食事を作り終えた後に、近くの泉で水浴びをしていた時だ。

 娘がやってきた。

 食事が終われば眠るまで戦いの時間だ。

 この娘に水浴びという概念が存在するのかちょっと疑わしいと思ったグリームだが、己の身体がちょっと臭くなってきたので今日は水浴びすると決めていたのだ。

 

「お前は水浴びしないのか?」

 

「ウガ?」

 

 布を泉で濡らして腕を拭く仕草を見せる。

 こうしてお前は身体を洗わないのか? と聞いているのだ。

 

「ウガ!」

 

 娘は突然泉の中に飛び込んだ。

 

「ええ!?」

 

 泉の中から顔を出して気持ちよさそうに泳ぐ娘。

 

「ま~いいけど……泉が汚くならないか?」

 

 グリームは知ることのないことだが、この泉はユグドラシルの持つ浄化の力で常に綺麗な水を保っているのである。

 どんなに汚い身体で泳ごうと関係ないのだ。

 

 身体を拭き終えたグリームは先に野営地に戻った。

 その後を追うように娘が泉から泳ぎ終えて戻ってきたのだが、ウータン族の衣装を脱いで裸で戻ってきたのである。

 下着、という概念は存在しないのだろう。真っ裸である。

 泉で濡れたその衣装をバタバタと水を切るように振ると、適当な木の枝に干した。

 

 目のやり場に困ったのはグリームである。

 すぐに大きめの布を取り出して、娘に放り投げた。

 

「それで身体を拭いてその布巻いておけ」

 

 言葉が通じているのか分からないが、投げられた布の感触を気に入ったのか、娘は布を頬に擦りつけて喜んでいる。

 グリームは焚き火が弱くなっていたので視線を焚き火へと移した。

 その瞬間である。

 

 

 ビリビリビリビリ!

 

 

 何かを破く音。

 見ると娘が布を破いて、胸巻きと腰巻きにしていたのである。

 確かに巻いておけとは言ったが、こう露出の高い巻かれ方をされるとまた目のやり場に困る。

 破かなかったとしても、女が布1枚だけ巻いているなら同じか、とも思うグリームであった。

 

 

 

 ここで戦い続けてどれだけの時を過ごしただろうか。

 アイテムボックスの中に入れてあった食料はとっくに無くなっている。

 大森林の中で獲れる獲物と果実を食べて過ごす日々が続いていた。

 調味料が切れたことで、娘がグリームの食事にやや不満の顔を見せるようになったがグリームは気にしないことにした。

 

 そうして戦い続け、グリームはついに決心する。

 これなら大丈夫だろうと。

 自分が去っても娘は強く生きていけるだけの技術を身に付けたと判断したのだ。

 

 しかしグリームは気付いていない。

 娘と戦い続けた中で、灰のかかった景色は色彩を取り戻し、黒く疼く復讐心に身を焦がしていた自分こそが救われていったことに。

 復讐を忘れたわけではない。

 ガイルだけは己の手で殺すと強く誓った心はそのままに、しかし人としての生命の輝きを失いかけていたグリームに再び輝きを取り戻させたのは娘であった。

 

 その日はまだ日が高く昇っていた。

 娘の攻撃をギリギリでかわしたグリームは、娘の両手を掴む。

 今まで見せたことないグリームの行動に一瞬困惑の表情を見せる娘。

 グリームは真っ直ぐ娘の瞳を見つめて言った。

 

「ウンバラで君のお母さんに会わせて欲しい。

 伝えなくてはいけないことがある」

 

 グリームの言葉を聞いた娘は両手から力を抜く。

 そしてゆっくりと頷くと背を向けてウンバラに向かって歩き始めた。

 

 

 ウンバラの中に入ったグリーム達だが、すぐに他のウータン族の村人達が集まってきた。

 そしてウガウガと何やら娘と言い争いを始めてしまったのだ。

 言葉の分からないグリームには何を言い争いしているのか分からない。

 

 そこに衣装から族長か何か偉い人だと分かる者がやってくる。

 

「旅人よ。ウンバラに何のために来られた?」

 

 人族語を解する者のようだ。

 

「この娘のお母様に会いにきた。

 故あって恩人の願いを叶えるためにやってきました」

 

「この娘の……ウガガ! ウンガウンガ!」

 

 その者が叫ぶとグリーム達を取り囲んでいた村人達が散っていく。

 そしてその者に先導されながら一軒の家に向かっていった。

 

 質素な家の中には、1人の女性がいた。

 年老いても美人だと分かるその顔は、娘とそっくりであった。

 やはりお母さん似だったのか、とグリームは納得した。

 

「カーラ。君に客人だ」

 

「あら? 私に?」

 

 カーラと呼ばれたその女性はグリームを見つめた。

 娘はカーラに駆け寄ると隣に立っている。

 

「初めまして。俺はグリームといいます。……これを」

 

 グリームは名乗った後に両膝を床につくと、両手で2本のアサシンダガーをカーラの前に示した。

 それを見た瞬間、カーラにはそれが何なのか分かった。

 

「あの人は……」

 

 グリームは無言で首を横に振った。

 

「そう……貴方はあの人の」

 

「はい。不肖ながら弟子でございます」

 

「あの人が弟子を取るなんて……あの人は笑顔で逝けた?」

 

「くっ! ……師は、師は!」

 

 なんと伝えるべきか。

 ウンバラに辿り着くその時まで散々頭の中で考えるも、どんなに考えても伝えるべき言葉が思い浮かばなかった。

 

 体内で毒が爆発し、その肉体すら溶けてしまった師。

 その光景を思い出す度に目から涙が止まらない。

 今もカーラに伝えるべき言葉を探しながら、グリームの目から涙が溢れ出していた。

 

「いいのよ。無理をしないで。伝えにきてくれてありがとう。

 どうしようもない馬鹿な人だったけど、最後に貴方の様な優しい弟子に恵まれて、きっとあの人は幸せだったわ。

 あの人がどんな最後だったとしてもね」

 

 カーラは娘の髪を優しく撫でる。

 

「それでグリームさんはこれからどうするの?」

 

「……倒すべき相手がいます。そいつを探しにいきます」

 

「あの人の復讐?」

 

「はい。師の復讐でもあり、そして世界を救うことでもあります」

 

「そう……なら止めることはできないわね。

 でも1つお願いがあるの。この子を連れていってくれないかしら?」

 

 カーラは愛娘の頭を撫でながら、

 

「ウガガ、ウンガウンモウンガ」

 

「ウガ……ウガガ!」

 

「この子も行くと言っているわ」

 

「ですが……」

 

 向かう先には修羅が待っている。

 今の自分では敵う相手ではない。

 これから死を覚悟した修行をするつもりでいるのだ。

 その過程で命を落とすことだってある。

 

「ウガガ! ウンガウガガンガ!」

 

「あら? この子ったらグリームさんのご飯が美味しいから絶対について行くと言っているわ。またあの美味しいスープを作って欲しいですって」

 

「え? ご飯……ですか」

 

「グリームさんはお料理上手なんですね。

 この子、言葉は喋れませんが、ある程度の人族語は理解できます。

 できれば旅の道中で人族語も教えて頂けると嬉しいですわ」

 

「は、はぁ……」

 

「すぐに旅の準備をしないといけないわね。

 それにあれを出さないといけないわ」

 

 カーラが家の倉庫から持ってきたのは、アサシンの防具一式であった。

 それは娘の祖父でかつて最強と言われたアサシンが使っていた防具である。

 

「これはおじいちゃんが使っていた防具よ。

 貴方が旅立つ時に着せてやってくれって預かっていたの」

 

 アサシンの衣装を身に纏った娘は嬉しそうに己の姿を見る。

 くるくると回転するその姿は10代の女の子である。

 

「そしてグリームさんが持っているアサシンダガーも、おじいちゃんが使い、お父さんが使った短剣よ。大事に使いなさい」

 

 グリームは2本のアサシンダガーを娘に渡した。

 2本のアサシンダガーは持ち主に戻った嬉しさで輝いているように見えた。

 

 グリームはまだ連れて行くとは言っていないのだが、どんどん話は進んでいってしまう。

 そして気がつけば旅の準備は全て整ってしまった。

 

「今日は家に泊っていってください。

 出発は明日にしましょう。そうしましょう」

 

 意外に強引なカーラに押されてグリームはただ頷くだけだ。

 

 

 2人の旅が始まる。

 




第4章はこれで終わりです。

活動報告にも書きましたが、インフルエンザにかかってしまい、おかげで仕事が大変なことになっています。

第5章の再開時期は未定とさせて頂きます。


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第5章
第41話 合流


 空中都市ジュノー。

 僕がこの世界に来た時点で既にボット帝国にアルデバランまで占領されていたので、当然僕はジュノーに来たことはない。

 つまりジュノーの街中の構造を知らないのだ。

 それはつまり……ちょっとした迷子というか、なんというか。

 

 戦闘音らしきものが聞こえる方角に進んでいったのだが、ボット帝国の戦士達ばかりが見えて、カプラーさん達を探すことはできないでいる。

 正面入り口がどこなのか分かれば、きっとそっちにいるはずなのだが、街の人に道を尋ねようにもみんな洗脳状態なので声をかけるわけにもいかない。

 そのため1人でジュノーをあっちこっち彷徨っている状態なのだ。

 

 幸いクローキングで敵に見つからずに移動できているけど、SPが切れそうになる度に無人の家の中に入っては休憩している。

 ジュノーの中も消費アイテムは使えない。神力遮断スキルだろう。

 今もSPが切れそうになったので、近くにあった家の中に入って休んでいるところだ。

 

「あっちこっち迷っているけど、少しずつ戦闘音に近づいている……はず」

 

 カプラーさん達に近づいていると信じて、休憩を終えた僕はクローキングで外に飛び出した。

 

 

 

 大通りを駆け抜けて広場に出たところで戦闘が行われていた。

 特に広場の中央での戦闘が激しい。

 

(あれはカプラーさん達だ!)

 

 広場の中央で戦っていたのはカプラーさん達だった。

 カプラ社と秘密の羽メンバーが勢揃いしているのが見える。

 それを相手しているのは、たった4人のボット戦士だ。

 

 だがその姿からただのボット戦士ではないとすぐに分かった。

 ブラックスミス、プリースト、ウィザード、ハンターの4人に見えるが、その姿は上位職を連想させる姿だった。

 それにクローンモンスターのボット戦士のような半透明の白い煙が見えない。

 彼らはウィンザーや、グリームさんのお師匠さんを殺したガイルと同じ“オリジナル”なのか!

 

 クローキングで近づき、魔法を詠唱するウィザードの背後を取ろうとした。

 だが、

 

「ルアフ」「サイト」

 

 プリーストとウィザードが同時に隠蔽スキルを見破る魔法を唱えてきた。

 簡単に背後を取らせてくれる甘い相手だとは思っていない。

 焦ることなく宝剣スキルを発動、プリーストに宝剣を向かわせると、僕はウィザードに斬りかかった!

 

「シャープシューティング!」

 

 ハンターの強烈な矢が一直線の光となって襲ってきた。

 ランドグリスの影にも負けない速さだが、この速さなら見える。

 ハンターの一撃を避けながら、僕の一撃はウィザードに届いた。

 

「ハンマーフォール!」

 

 背後からブラックスミスの斧が振り下ろされてくるが、その斧が地面を叩いた時には僕はもうそこにはいない。

 残影により、一瞬でカプラーさん達の前に移動しているから。

 

「グライア様!「グライア君!」「主!」

 

 背中にみんなの声を受けた僕は、何と事情を説明したものかと思うも、今は目の前の敵を倒さないといけない。

 

「遅れてすみません。いろいろ説明したいことがあるのですが、今は目の前の敵を!」

 

「後でゆっくりお聞かせ下さいね!」

 

「ストームガスト!」

 

 ウィザードがストームガストを詠唱し始めた。

 だが、

 

「ランドプロテクター!」

 

 地面が光り輝く。縦横8mほどの正方形の光り輝く地面の上では、いかなる魔法も無効となる。

 僕らに降らしたストームガストは霧となって消えていった。

 

「なんだあれは?」

 

 ブラックスミスの男が怪訝な表情で光り輝く地面を見ている。

 

「さて、なんでしょうね」

 

「お前の仕業か。宝剣持ちとなれば、お前がグライアだな。ウィンザーが言っていた通り面白そうな奴だな。俺はアルトアイゼン! 勝負しようぜ!」

 

「いいですけど、後ろのお仲間は納得していないようですが?」

 

「何勝手に勝負するとか決めてるのよ。ボルセブ様の指示を忘れたの?」

 

「ディモン、お前のそのくそ生真面目な性格どうにかならないのか」

 

「ボルセブ様の指示は絶対よ。指示通りに動きなさい」

 

「まぁまぁ、宝剣持ちが来たのですから、ボルセブ様の指示は達成したとも言えるのではないですか?」

 

「さすがはマーガレッタ! 話が分かるね」

 

「私が宝剣持ちを殺す」

 

「おいケイロン。お前ストームガストを無効化されたからって俺の獲物を取るなよ」

 

「お前の獲物だと決まったわけじゃない。筋肉馬鹿は下がっていろ」

 

「はぁ……ならケイロンの後は俺な」

 

「後? 私が負けるというのか?」

 

「くっくっく。やってみれば分かるよ。お前は経験不足なのが痛いな」

 

「ふん!」

 

 4人の中ではもっとも若い姿のケイロンと呼ばれたウィザードが前に出てきた。

 

「おい宝剣持ち。私と勝負だ」

 

「いいですよ」

 

「グライア様。この4人は!」

 

「大丈夫です。カプラーさん達は下がっていてください」

 

 広場の中央だけ別世界だ。

 周りではボット戦士と国の部隊が激しく戦い続けている。

 

 ランドプロテクターの効果時間が切れ、光り輝く地面は消え失せた。

 同時にケイロンが高速詠唱を始める。

 

「ユピテルサンダー!」

 

「スペルブレイカー!」

 

 魔法詠唱を打ち壊すスペルブレイカーを唱えながら一気に間合いを詰める。

 

「エナジーコート!」

 

「ディスペル!」

 

 ケイロンの魔力バリアであるエナジーコートをディスペルで打ち消す。

 そこにスパノビソードと宝剣がケイロンを斬り裂い……

 

「セイフティーウォール」

 

 聖なるバリアがケイロンを守る。

 後ろからプリーストの支援が飛んできた。

 確かマーガレッタという名前だったな。

 

「おい」

 

「今のは助けないと、やられていましたよ」

 

「別にいいだろうが。まあいい……おい交代だ」

 

 ブラックスミスのアルトアイゼンが不満そうな声を上げる。

 ケイロンはアイスウォールを数枚展開させると、後方に下がっていった。

 

「何なのあいつ!」

 

「詠唱魔法を中断させる魔法のようですね。さらには支援魔法などを打ち消す魔法」

 

「そんな魔法聞いたことないわよ!」

 

「私達が使える魔法など、神の管理下で制御された僅かなものばかり。ルーン文字を解せば無限ともいえる魔法が存在するのです」

 

「では宝剣持ちはルーン文字を解しているのか?」

 

「さぁ、それは何とも……ですが現実として目の前で私達の知らない魔法を使ったというのが事実です」

 

「おい! ウィンザーを追い詰めた魔法ってのを俺にも見せてみろよ! オーバートラストマックス!」

 

 アルトアイゼンが向かってきた。

 ウィンザーほどではないが速い。

 ランドグリスの影と同じぐらいか?

 

「トンネルドライブ」

 

 斧を避けるようにハイディングで一瞬姿を隠すと、アルトアイゼンの背後を取り、

 

「バックスタブ!」

 

 強烈な一撃を入れてやった。

 

「ヒール!」

 

 すぐにマーガレッタのヒールが飛んでくるが、宝剣をマーガレッタに向かわせる。

 

「ダブルストレイファング!」

 

 ハンターのディモンが宝剣を打ち落とそうとするも、ディモンの矢をかわして宝剣はマーガレッタに向かっていく。

 

「ハンマーターミネーション!」

 

 アルトアイゼンの雷のような鋭い一撃が襲ってきた。

 

「跳躍!」

 

 空高く跳びその一撃をかわすと、空中に飛んだまま、

 

「残影!」

 

 再びアルトアイゼンの背後を取り、スパノビソードでその背中を斬り裂いた。

 

「ぐお!」

 

 今度はその肉体にまで届いたらしい。

 ウィンザー並みの速さで背中を斬り裂いてやったのだ。

 HPがどれほどか知らないが、耐えることは出来なかったようだ。

 

「きさまぁぁぁ!」

 

 斧を高速で振り回すも、僕にはその動きがはっきりと見えている。

 この4人はウィンザー並みの強さは持っていないようである。

 マーガレッタに向かわせた宝剣2本も、ケイロンとディモンに妨害されながらもマーガレッタを斬ろうと追い続けている。

 

 このアルトアイゼンはここで……倒しておくか。

 クローンではないオリジナルがボット帝国の主力部隊であることは間違いないはずだ。

 なら少しでもその数を減らすべきだろう。

 

「爆裂波動!」「気功!!」

 

 僕の気が一気に爆発すると、身体を駆け巡る闘気が電流のように流れ、身体能力を大幅に上昇させてくれる。

 さらに気功で気を1つ溜める。

 そして、

 

「三段斬!」

 

 本来は拳による攻撃であるモンクのスキルをスパノビソードで発動させると、連続技のが炸裂する。

 

「連打斬!」

 

 アルトアイゼンの身体から真っ赤な血飛沫が舞う。

 既にその目に生気はない。

 最後の一撃は、

 

「猛龍斬!」

 

 闘気を全てスパノビソードに乗せると、強烈な一閃でアルトアイゼンを斬った。

 

「なっ!?」

 

 次の瞬間、僕の目に映ったのは……光の粒子となって消えていくアルトアイゼンだった。

 

 モンスター?

 このアルトアイゼンはクローンモンスター?

 でも言葉を喋っていたし、動きもクローンモンスターとは違っていた。

 いったいどういうことなんだ?

 

「え?」

 

 消えたアルトアイゼンから視線を上げれば、そこには宝剣2本によって同じく光の粒子となり消えていくマーガレッタの姿があった。

 宝剣スキルは強力だ。

 ランドグリスの影との戦いによって、さらにその動きは速く強くなっている。

 それでも宝剣だけでオリジナルを倒せてしまうなんて……。

 

「くそ~~!」

 

 ケイロンとディモンが向かってきた。

 同時に後ろからカプラーさん達が一斉に2人に向かっていく。

 僕は宝剣を1本ずつ、それぞれケイロンとディモンに向かわせた。

 それだけで十分だった。

 宝剣に動きを抑えられた2人は、カプラーさん達の攻撃を避けることはできず、あっという間に光りの粒子となって消えていった。

 

 そしてオリジナル部隊を失ったボット戦士達を倒し終えるまで、10分とかからなかった。

 

 

 広場は国が制圧。

 国の部隊では数名の戦死者が出てしまった。

 また退路が無くなったことで士気はかなり低い。

 みんな不安の表情を浮かべている。

 

 僕はカプラーさん達と後方で集まり話し合った。

 

「グライア様、助けて頂きありがとうございます。

 本当にいろいろ聞きたいことが多すぎるのですが、まずは今までどこにいたのでしょうか? 1ヶ月ほど前、私とティア様はグライア様がワープポタールに乗ってプロンテラに戻ったのを見ています。ですがプロンテラの教会にグライア様が現れることはありませんでした」

 

「それに関しては、ワープポタールに乗って出た先がプロンテラの教会ではなかったのです」

 

「え?」

 

「あ、これはティアさんのせいではありません。ティアさんは間違いなくプロンテラへのワープポタールを出しています。ただ、ちょっとした力が僕をその場所に招いたようなんです」

 

「ちょっとした力とは?」

 

「今は言えません。ですが、その力の導きによって僕はどこにあるのか分からない島で1ヶ月の間ずっと修行の日々を送っていました」

 

「さきほどのグライア様の強さはそこで鍛えられたものなのですね」

 

「はい。そうです」

 

「なるほど……グライア様の新しい力に関していろいろ聞きたいところではありますが、今は時間がありませんので、後日ゆっくりと……。

 ところで、グライア様はどうやってジュノーにやって来たのでしょうか?

 地上に戻るワープポイントは消滅していましたが、どこかに地上と繋がるワープポイントがあるのですか?」

 

「それは……」

 

 僕は空に浮かぶ岩を跳躍スキルで飛び上がり、さらには岩壁を登ろうとするも失敗して、宝剣を足場にまた跳躍スキルで上がってきたことを説明した。

 僕の説明を聞くみんなの顔が驚愕の色に染まって、ちょっと面白かった。

 

「な、なるほど。それはグライア様にしかできませんね。

 となると、あいかわらず退路は断たれた状況ですね」

 

「ワープポタールは?」

 

「だめです。ワープポタールだけ発動しません」

 

「洗脳装置をどうにか破壊するべきだわ」

 

「ナディア様の言う通りですね。幸いあの4人はグライア様のおかげで倒すことが出来ましたので復活までに時間があるはずです。まだ他にも主力級の敵が潜んでいる可能性がありますが、グライア様がいればきっと倒せるはずです」

 

 復活!?

 

「そのことなんですけど、いまの4人は倒した時に光りの粒子となって消えていきましたよね? あの4人はウィンザーとは違うのでしょうか? それに復活ってどういうことですか?」

 

「グライア様はご存知ないことでしたね。

 アルデバランを取り戻した後、ウィンザーとガイルが私達の前の現れることはありませんでした。

 代わりなのか、あの4人が私達との戦いで常に先頭に立ってきたのです。

 そしてクローンのボット戦士とは違うはずの彼らは、何度倒しても復活して私達の前に現れたのです」

 

「それって不死身ってこと……いや、でも光の粒子となって消えていった……」

 

「私達もなぜ彼らが何度も復活できるのか分かっておりません。

 ですが、倒した彼らは倒される直前までの記憶を持ってまた現れるのです。

 そしてその強さは倒す度にどんどん強くなっているように私達には感じられます」

 

 まるでランドグリスの影だな。

 あの現象が応用されているのか?

 だとすれば、さらに強くなった彼らがまた僕達の前に現れることになるのか。

 

「洗脳装置はシュバルツバルド政府庁舎に置かれている可能性が高いと思います。

 おそらくそこには洗脳された大統領もいるはずです。

 洗脳装置を破壊して大統領を救出しましょう!」

 

 シュバルツバルド政府庁舎はこの広場からまっすぐ北に向かったところにあるそうだ。

 僕はカプラーさん達と一緒に政府庁舎に向かった。

 




第5章開始です。

今日から5日間は毎日更新となります。
4話+間話となります。

明日からの更新は朝8時で予約投稿します。


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第42話 ユミルの書

 政府庁舎は広場から北に真っ直ぐ向かったところにある。

 大統領がいる建物だけあって大きくて目立つため分かりやすい。

 大統領を洗脳状態にしておくには、ここに洗脳装置を置くのが一番だろうけど、ジュノーの人達を全員洗脳状態にするためにはもっと街の中心地点の方がいい気もする。

 アルデバランより高性能な洗脳装置なのかもしれないので、何とも言えないが、こんな目立つところに果たして本当に置いてあるのだろうか?

 

「ありました」

 

 置いてあった。

 ボット戦士達を倒しながら政府庁舎に到着すると、建物の上に奇妙な機械が置いてあるのが見える。

 あれが洗脳装置らしい。

 あんな小さな装置1つでジュノーの人達を全員洗脳状態にしてしまえるなんて、恐ろしい機械である。

 

「妙ですね。もっと大きいと思っていたのですが……これは他にも洗脳装置があるかもしれません」

 

 カプラーさんが洗脳装置を見ると疑問を持った。

 大きさが足らないらしい。

 アルデバランでは洗脳装置が自爆したらしく、遠目から魔法で壊すことにした。

 

「まだ他の建物の上にも洗脳装置が置いてある可能性があります。

 手分けして探しましょう」

 

 カプラーさんとナディアさんは政府庁舎の中にいる大統領と会うために中に入っていった。

 僕達は街中に残ったボット戦士を倒しながら、他の建物の上にも洗脳装置がないか探すことになった。

 跳躍スキルで飛んで建物の屋根に昇り、高い位置から建物を見下ろすように観察する。

 すると同じような奇妙な小さな装置が、いくつかの建物の屋根の上に見えたので、それを破壊していった。

 

 跳躍と残影を使って移動する僕についてこれる人はいない。

 1人で建物の屋根の上を移動しながら洗脳装置を破壊し続けていると、ふと1つの建物に目が止まった。

 洗脳装置が置いてあったわけじゃない。

 何となくその建物の中から魔力に似た力を感じたのだ。

 

 屋根から地面に降りてその建物の中に入っていく。

 建物の中は本だらけだった。

 図書館か?

 

 ならここにユミルの書があるのだろうか。

 僕が感じた力とはユミルの書かもしれない。

 

 入口の先には受付と思われるテーブルがあり、その先には円形に広がる部屋の中に本棚がいくつも置かれている。

 上への階段もあれば、下への階段もある。

 立ち止まり意識を集中してみる。力を感じるのはどちらか?

 

 僕は下への階段を降りていった。

 下も同じく円形の部屋にいくつも本棚が置かれている。

 そして部屋の一番奥の小さなテーブルの上に1冊の本が置かれていた。

 

 これだ。

 この本から力を感じる。

 これがユミルの書なのか。

 

 おそるおそる僕はその本を手に取る。

 本は理解できない文字で書かれていた。

 この世界で見て理解できた言語とは違う。

 

 でも文字を追うごとに、その文字が輝き始める。

 そしてその輝きが増していくと、本から文字が浮かびあがってきた。

 やがて本の中に書いてあった全ての文字が輝き浮かび上がり、僕の周りをぐるぐると飛び回った。

 

 次の瞬間、僕の目の前には天使がいた。

 背中から真っ白な翼を生やした天使だ。

 雰囲気がランドグリスに似ている。

 この人がスクルドなのか?

 

「オーディン様に選ばれしグライア。

 私はスクルド。ランドグリスと同じワルキューレです」

 

 やっぱりスクルドか。

 ってあれ? 声がでないぞ?

 

「私に残された最後の力を貴方に託します。

 この世界に残されてしまった神なる心臓を集めて下さい。

 オーディン様も貴方が全ての心臓を持つことを望んでいます」

 

 神の心臓を僕が? どうして?

 

「神の時代から生き続ける彼の者に、神なる心臓を渡してなりません」

 

 神の時代から生き続ける?

 

 スクルドはランドグリスと同じく、その手に持つ槍を僕の心臓に突き刺した。

 その槍からスクルドの力が流れ込んでくるのが分かる。

 ランドグリスと同じく、僕に力を流したことでスクルドの肉体は崩壊を始めた。

 

「私の力は、貴方の力を分け与える力……魂を分け与える力……」

 

 ま、待って!

 彼の者って誰なんですか!?

 

 

「ラグナロクを生き延びた者……いくつもの名を持ち、姿を変え生き続ける者……ス、ス……」

 

 

 スクルドの肉体は塵となって消えていった。

 僕の手には全ての文字が消え去った1冊の本だけが残っていった。

 

「喋れるか」

 

 声を発することができるようになった。

 スクルドとはこの図書館で会っていたはずなのだが、さっきまで本当にこの場所に僕はいたのか?

 どこか別次元の空間という感じがしてならなかったな。

 

 とにかく、ランドグリスに言われた通りスクルドには会えた。

 そして力を与えられた。

 

 新たな力は魂を分け与えるとか言っていたな。

 スキル欄に変化がないかチェックしてみると、

 

「お?」

 

 なんとも分かりやすい変化があった。

 天職ごとにタブが出来ているスキルなのだが、その天職名が変わっていたのだ。

 

 ナイトはロードナイトに、ウィザードはハイウィザードにという感じで、全ての天職の名前が変わっている。

 上位職だ。間違いない。

 スキル欄の中も、新しいスキルが追加されている。

 

 さらに魂を分け与えるというスクルドの言葉から、気になっていた天職のスキルをチェックした。

 それはソウルリンカーという天職だ。

 ゲームには存在しなかった職だけど、スキルの中に「ナイトの魂」といった魂という言葉がつくスキルがあったからだ。

 そしてこの予感は的中した。

 

 ナイトの魂はロードナイトの魂と名称が変わっていた。

 この魂系スキルはランドグリスとの戦いで試せなかったスキルなので、どのような効果があるのか分からない。

 だがスクルドの言葉から推測するに、僕の力を分け与えるのだから、ロードナイトの魂を例えばナディアさんに使えば、ナディアさんはロードナイトになれるのではないか。

 その場合、僕はロードナイトのスキルを使えなくなる可能性が高いな。

 

 僕1人がこんなにたくさんのスキルを持っているより、ナディアさんやティアさん達に分け与える方が効果的だろう。

 いや、待てよ。

 例えばナディアさんにハイウィザードの魂を使うとどうなるんだ?

 ナイトの天職の上にハイウィザードが上書きされるのか?

 使用できない可能性もあるな。

 対象者が持つ天職の上位職だけが適用できるとか。

 

 

 新たな力の考察をしていると、突然図書館が揺らぎ始めた。

 本棚が機械仕掛けのように動き始めたのだ。

 

「おお……うおおおお!」

 

 揺れが納まると、奥の棚が扉のように開いていった。

 隠し通路だ。

 

「この先に行けってことなのか」

 

 ユミルの書をアイテムボックスの中に入れると、僕は開いた隠し通路の先へと進んでいった。

 僕が中に入ると、後ろの入り口が閉じていった。

 中は一本道がどこまで続いていた。

 ジュノーのどこを歩いていることになるのか分からないが、道以外に見えてくるのは生きているかのような機械装置。

 太い血管のような線は、血液が流れているかのように脈を打つ。

 その度に生きているような機械装置は唸りをあげる。

 プシューと時々蒸気を吐きだす通気口は、人の口のように見えた。

 

「ちょっと気持ち悪いな」

 

 壁一面にグロテスクな機械が張り巡らされた一本道を歩き続ける。

 感覚的に少しずつ下っているような気もするな。

 いくつかのワープポイントに入りながら、奥へ奥へと歩いていった。

 

 そしてその部屋に辿り着いた。

 

「なんだこれは……」

 

 巨大な丸い塊の機械? いや機械の中から“生命”の力を感じる。

 ドクドクと血管のように脈を打っていた機械の線には、ここから血液が流れていたのか?

 丸い塊はまるで心臓のように脈を打ち、機械の線に血液を流しているのだ。

 それが血液なのか、魔力なのか、それとも違う何かなのか分からないが。

 

「それにしても大きい」

 

 丸い塊の大きさは、僕が軽く10人以上入れそうな大きさだ。

 ここまできて、これが何なのか推測できないほど僕も馬鹿ではないつもりだ。

 

 

 ユミルの心臓

 

 

 これがジュノーを空に浮かしている動力源なのだろう。

 しかしいったい誰がこんな超文明の技術と思われる機械を作り出したんだ?

 この世界の人達に作れるとは思えないが。

 

 神々の時代からジュノーが浮いていたとしたら、過去に存在した神が作り出したのかもしれない。

 今はそれはいいか。

 

 問題は僕をこの部屋に導いてどうしたかったのか。

 スクルドは、残された神なる心臓を集めろと言った。

 これがユミルの心臓なら、僕に確保しておけってことなのだろう。

 

 でもこんな大きな心臓、確保するも何も動かせないし。

 動かしたらジュノーって空から落ちちゃうだろうし。

 いったいどうしろっていうんだよ。

 

 僕がここにユミルの心臓があると知っていればいいのか?

 それだけでOKなら見たんだから、もう戻ればいいのかな?

 この場所にずっといるわけにもいかないしね。

 

 外はどうなっているだろうか。

 カプラーさん達は洗脳から解かれた大統領と会って、事態の収拾を始めているだろう。

 街に潜んでいるボット戦士を全て倒して、洗脳装置を全て破壊すれば僕達の勝ちだ。

 失われてしまった地上へのワープポイントも、きっとボット戦士達を倒せば復活するに決まっている。

 神力遮断スキルか何かで、ワープポイントを消しているのだろう。

 

 僕も外に戻ってみんなと一緒に動こう。

 僕だけこの部屋でずっと待っていてもどうしようもないしね。

 そう思って、来た道を引き返そうとした。

 すぐ目の前にあるワープポイントに入って戻ろうとした。

 

 そのワープポイントから男女が出てきた。

 どちらも赤い髪をしている。

 

 女性はプーさんだ。

 美しい真紅の髪をなびかせながら、その姿はハイウィザードの姿だった。

 

 もう1人の男性もプーさんと同じ赤い髪をしていた。

 姿からアサシンのように見える。

 

「やぁ」

 

 レイヤンさんだ。

 いつもはターバンと外套で容姿を隠していたので、髪がプーさんと同じ赤だとは知らなかった。

 

「ついに見つけた。これでビルド様の計画が一気に進むな」

 

「計画?」

 

 ユミルの心臓を嬉々として見つめるレイヤンさん。

 満面の笑顔を僕に向ける。

 

「グライア君のおかげで、こうして我々はユミルの心臓を手に入れることができた。

 本当にありがとう。

 君が何者なのか、興味は尽きないが、今はそれよりもユミルの心臓を持ち帰るのが先だ」

 

「これだけ巨大なものをどうやって持ち帰るのですか?

 それに、僕がそれを許すとでも?」

 

 即座に宝剣スキルを発動。

 新たなスキル「錬気功」で一気に5個の気も貯める。

 

「さらに多くの力を手に入れたのかい?

 グラストヘイムでフレイの心臓を手に入れただけでなく、さらに別の神なる心臓を手に入れたのか?

 はっ! まさかユミルの心臓を……いや、それはないか。

 現にこうしてジュノーは浮いているわけだし、君がユミルの心臓までその身に宿したわけではないか」

 

 レイヤンさんの隣でプーさんは黙ったまま、じっと僕を見つめている。

 その表情はどこか寂しげだ。

 

「いずれにしても、グライア君にも我が国に来てもらうことになるんだがね。

 君の体内からフレイの心臓を取り出さないと」

 

「神なる心臓を集めて何をするつもりなんですか?」

 

「気になるかい?

 でもどうせ君は死ぬんだ。知る必要はないよ」

 

 レイヤンさんはかなりの実力者のはずだ。

 それにプーさんもいる。

 この2人を相手にすれば、僕も無傷ではいられないだろう。

 

 でも逃げることだけを考えれば、問題なく逃げられると思う。

 現に、錬気功で僕に気を貯めさせた時点で僕の勝ちだ。

 残影でワープポイントの中に入ってしまえば、もう僕に追いつくことは不可能なのだから。

 レイヤンさん達は残影を知らないのだから、対処できなくて当然だけど。

 

 これだけ巨大なユミルの心臓をすぐに持ち出すのは不可能だ。

 カプラーさん達と連絡を取って……。

 いや、ここはどうにかして、もう少し情報を引き出せないか。

 

「レイヤンさん達の国が困っていて、僕に出来ることがあるなら力になれるかもしれないじゃないですか。

 そもそもレイヤンさん達の国ってどこの国なんですか?」

 

「アルナベルツ教国さ」

 

 アルナベルツ教国。

 ボット帝国と交戦状態になっているはずだ。

 レイヤンさんとプーさんは、アルナベルツ教国の人だったのか。

 

 いや、まだプーさんがそうだと決まったわけじゃない……なんて思うのは甘い考えだろうな。

 

 レイヤンさんとプーさんだけじゃないだろう。

 タンデリオンそのものが、アルナベルツ教国に属していると考えた方がよさそうだ。

 

「グライア君のせっかくの申し出だが、君が我が国に出来ることなんて何もない。

 いや何もして欲しくない。

 君の身に宿っているフレイの心臓を差し出すことこそが、我が国のために出来る唯一のことさ」

 

「そうですか。

 それは残念です。でも僕もちょっとやらなくてはいけないことがありまして……ここで捕まるわけにはいきません」

 

 どうする、逃げるか?

 今の僕ならこの2人を相手して勝てるかもしれない。

 できればプーさんとは戦いたくないけど。

 

「私達と戦うというわけか。

 なるほど、今の君なら私達2人を相手しても、十分に戦って勝利を得ることができるかもしれない。

 なぁプー?」

 

 レイヤンさんが不敵な笑みを浮かべてプーさんを見つめる。

 僕も視線をプーさんに向ける。

 

 プーさんは下を向いて微かに震えている。

 

「おいプー……聞いているのか!? さっさと発動しろ!」

 



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第43話 ユミルの心臓

 レイヤンさんの苛立った声が部屋に響く。

 プーさんはあいかわらず下を向いて震えている。

 

「おい、プーお前まさか……裏切る気か!? 教皇がどうなっても構わないんだな!?」

 

 教皇の名が出た瞬間、プーさんは顔を上げた。

 プーさんはガタガタと震えながらレイヤンさんを見つめる。

 

 プーさんにとって教皇という存在が弱点なのか。

 人質? でも教皇ってアルナベルツ教国の最高権力者じゃなかったっけ?

 

 とにかく、この状況を考えるとレイヤンさんを黙らせるべきだ。

 プーさんは僕と明確に敵対することを望んでいるように見えない。

 

 ファイアーブランドとアイスファルシオンの2本の宝剣が、ヒュン! と風を切る音と共にレイヤンさんに向かった。

 ガキンと2本の宝剣をレイヤンさんが弾く。

 この速度の斬撃を弾けるのか、やはりかなりの実力者なのだろう。

 

 でもその顔は真っ青だ。

 余裕のある表情ではない。

 次の斬撃も同じように弾けるか分からないといった感じだな。

 

「いろいろ聞きたいので、殺す様なことはしたくありません。

 大人しく僕に従ってくれませんか?」

 

「プー! おい!」

 

「……グラちゃんごめん」

 

 プーさんが小さな声で詠唱した。

 それは言霊となって僕の身体に届いてきた。

 とても心地良い言霊だ。

 僕の身体をすっぽりと包み込むと、全てを満たしてくれるような安心感を与えてくれる。

 

 プーさんに最初に助けてもらった時だったか。

 それともゴブリン村で助けてもらった時だったか。

 宿屋で1つのベッドで一緒に寝ていた時だったか。

 いつだったか思い出せないけど、プーさんと一緒にいた時に感じた圧倒的な満足感を今感じている。

 

 それに包まれた僕は何も考えられない。

 ただただ、僕を包み込むこの心地良さに酔いしれていたいと思う。

 他にも何もいらない。

 何もかもいらない。

 

「ふぅ……あぶね~な。おい! もう少しでこいつの攻撃を食らうところだったぞ!」

 

「それは貴方が弱いからでしょ。セイズはちゃんと発動したわ。これ以上、貴方に命令される筋合いは無いわ」

 

「チッ! 国に戻ったらビルド様にこの件は報告するからな!」

 

「ご自由にどうぞ」

 

「お前絶対いつか泣かしてやる。

 ビルド様の計画通りに巨人が復活した暁には、お前のことを俺の直属の部下にしてもらおう。

 その時はせいぜいこき使ってやるからな」

 

「私は教皇様の部下よ。

 貴方みたいな弱い男の部下なんて死んでも嫌だわ」

 

「なんだと!」

 

 プーさんとレイヤンさんが何やら話している。

 でもそれもどうでもいい。

 僕はこの心地良さの中に入られれば、どうだっていい。

 この心地良さを与えてくれるのはプーさんなのだろうか。

 

「チッ! さっさとユミルの心臓を回収するぞ」

 

 レイヤンさんは巨大なユミルの心臓に近づいていくと、アイテムボックスの中から見たこともない機械装置を取り出し、ユミルの心臓に取り付けている。

 

「それ、本当に大丈夫なの?」

 

「レッケンベル社と手を組んでいた時期に手に入れた転送装置だ。

 試作品で1回限りの使い捨てタイプらしいがな。

 これだけ巨大なものを転送するには、使い捨てタイプでないと無理だそうだ」

 

「性能は信頼できるのか、と聞いているのよ」

 

「知るか」

 

 プーさんは僕の側にくると、寂しげな表情のまま、僕の頭をそっと撫でてくれた。

 ああ、すごくいい。

 とても満ち足りる。

 もっとプーさんに撫でてもらいたい。

 もっと僕に満足感を与えて欲しい。

 

「代わりの動力源は?」

 

「いま他の奴らが擬似ユミルの心臓を持って、こっちに向かってきているはずだ」

 

「それも本当に大丈夫なんでしょうね? ジュノーが地に落ちるなんてことに……」

 

「知るかよ! そもそもジュノーがどうなろうが俺達にとってはどうでもいいことだ!

 それをお前や教皇がごちゃごちゃ面倒なこと言って、こんなややこしいことになっているんだろうが!

 ジュノーなんざ地に落してしまえばいいんだ!

 そうすれば、レッケンベル社のボット帝国も、ルーンミッドガッツ王国の奴らも、みんな巻き添えで殺せるんだからな!」

 

 ああ、プーさんに頭を撫でて欲しい。

 レイヤンさん何かと話してないで、僕の頭を撫でて欲しい。

 そんな話どうだっていいじゃないですか。

 

「くそっ! あいつら遅いな。何やってるんだ」

 

 レイヤンさんが苛立ちの声を上げる。

 そんなにカリカリしないで、僕みたいにプーさんに頭を撫でてもらえばいいのに。

 あ、でもプーさんがレイヤンさんを撫でたら、僕が撫でてもらえなくなるからそれは嫌だな~。

 

 ワープポイントから光りの輝きを放ちながら、3人の男がこの部屋に入ってきた。

 それはレイヤンさんの待ち人ではなかったようだ。

 

「やぁ」

 

「なっ!!!!!」

 

「楽しそうなことしているじゃないか。私達も混ぜておくれよ」

 

 白衣をきた男を先頭に、その後ろには屈強な戦士が2人。

 ウィンザーとガイルだ。

 

 でもそんなこと今はどうでもいい。

 ああ、プーさんに頭を撫でてもらいたいのに、プーさんまであいつらを見ている。

 

「ユミルの心臓だな」

 

「ああ、まったくこんなところにあったとはね」

 

「何にせよ良かったじゃんよ! これであと少しだな!」

 

 ウィンザーが僕達を見つめながら、嬉しそうに口を開いた。

 

「久しぶりだな。1ヶ月ぶりか。

 あの時は楽しかったぞ。ぜひ続きをしたいところだが、どうも様子が変だな」

 

「セイズだよ」

 

「セイズ?」

 

「ああ、古から伝わる呪いの一種さ。

 そういえばフレイヤが得意としていたな。

 さすがはフレイヤの下僕か。セイズでその小僧を操っているんだろ」

 

「なるほど、さすがボルセブだ。よく知っているな」

 

「それよりどうするんだよ! こいつら全員殺してユミルの心臓を奪うのか?」

 

 ガイルの言葉にボルセブはチラリとユミルの心臓を見る。

 レイヤンがつけた装置が何なのか、ボルセブなら分かるのだろう。

 レッケンベル社から手に入れた転送装置なら、ボルセブが一番詳しいはずだ。

 

「いや、そこの赤毛の小僧がユミルの心臓に転送装置をつけている。

 奪うのは難しいかもしれんな」

 

「おいおい弱気だな。

 転送される前に一瞬であいつを殺せば済む問題じゃないのか?」

 

「そういう問題……ではあるな。

 確かにそれで問題解決な気もするが、面白くない気もする」

 

「面白い、面白くないで命令が変わると、こっちも困るんですけど~」

 

「分かっているよガイル。全て計画通りにことは進んでいる」

 

「本当かよ~。最近のボルセブの言葉は疑わしいからな~」

 

「やれやれ。さて、そんなわけでそっちの赤毛の小僧。

 ユミルの心臓を置いて去れば命は取らないでおくがどうする?」

 

「甘く見るな。

 お前達の言葉を信じるほど馬鹿じゃない。

 それにユミルの心臓は渡さない」

 

「アルナベルツの化物共とは違って、君は生身の人間だろ?

 戦えば死ぬことになるぞ?」

 

 レイヤンさんとボルセブ達は何やら難しい話をしているな~。

 プーさんもあっちに意識が集中していて、僕の頭を撫でてくれないし~。

 もっと撫でて欲しいな~。

 

 ボルセブは懐からリンゴを1つ取り出すと、むしゃむしゃと食べ始めた。

 ちょっと美味しそうだな~。

 

「アルナベルツが造り出した擬似ユミルの心臓がないまま、ユミルの心臓を転送すればジュノーが地に落ちることになるけどいいのかい?

 もっとも、擬似ユミルの心臓はどれだけ待ってもここに届かないけどね」

 

「お前達はどうやってこの部屋に辿り着いた? 俺達を尾行していたのか?」

 

「ん? 違うよ。

 そこの宝剣持ちを監視しているのは、君達だけじゃないってことさ。

 印は私達もつけているからね」

 

「そういうことか……」

 

「さて、そろそろ考えるのはやめて、答えを出さないかい?」

 

「ああ、そうだな。

 答えはこうだ」

 

 レイヤンさんがユミルの心臓にとりつけた機械のスイッチを入れる。

 すると、巨大な丸い塊は一瞬でその姿を消失させた。

 

「レイヤン!」

 

「ジュノーがどうなろうと知ったことか!

 こうなった以上は、ユミルの心臓を転送するしかないだろ!」

 

「あ~あ。転送されちゃった」

 

「まったく……ガイルがさっさと赤毛の小僧を殺さないからだよ」

 

「え!? 俺のせいかよ!」

 

「そうだよ。私がせっかく会話で動きを止めていたんだ。

 その隙に殺すぐらい思いつかないのかい?」

 

「いや、ボルセブが面白くないとか言っていたじゃん」

 

「会長への報告にはガイルが悪いと書いておこう」

 

「げ! また俺のせいかよ! アルデバランの件も俺1人に責任押し付けたばかりだろうが!」

 

 言い争うボルセブとガイル。

 その横をクローキングで駆け抜けようとするレイヤンさん。

 だが、ウィンザーの一撃はハイディング状態のレイヤンさんを的確にとらえた。

 

「ぐほっ!」

 

 壁際まで吹き飛ばされるレイヤンさん。

 ウィンザーは手を緩めず、そのままレイヤンさんに向かって両手剣を振り下ろした。

 直後、レイヤンさんの首が宙を舞った。

 

「探し物はアルナベルツか。

 転送先はラヘルの大神殿だろうな」

 

「どうするんだよ。

 あそこで戦えるの俺達だけだろ?

 アルトアイゼン達はまだ成長が足りてないしな」

 

「ふむ……発想の逆転で、大神殿に全部集めてしまうのもいいかもしれないな」

 

「おいおい、いいのか?

 巨人が復活しちまうぞ?」

 

「それもまた面白いじゃないか」

 

「うわ~。ボルセブお前やっぱり自分が面白いかどうかで決めているだろ」

 

 レイヤンさんを殺したウィンザーが僕とプーさんに近寄ってくる。

 プーさんは戦闘態勢だ。

 ああ、プーさんが殺されてしまったら、もう頭を撫でてもらえなくなる。

 それは嫌だな……。

 プーさんが殺される……殺される……そんなの許せない!

 

「教皇の猫も殺しておくか?」

 

「相手の戦力は削れる時に削っておくべきでしょ?

 宝剣持ちは連れていこうぜ」

 

「う~ん、その2人は面白そうだからな~。

 それに大神殿に全部集めるなら、宝剣持ちは大神殿に行ってもらった方がいいし」

 

「その女を殺して、宝剣持ちを大神殿に放り投げればいいだろうが」

 

「う~ん、でもな~。でもな~」

 

 

 その時だ。

 ゴゴゴゴ、という轟音が響く。

 同時に地震のような揺れを感じた。

 その揺れはゆっくりと、しかし確実に大きくなっていく。

 

「落ちるな」

 

「ああ、これ以上ここにいるのは私達も危険だ。

 そうだ! この危機をこの2人が乗り越えられるか見るのもまた面白そうだな!

 やっぱりこの2人は置いていこう。

 もしジュノーの落下で小僧が死んだら、死体から心臓を回収すればいい」

 

「あ~あ。結局そういう方向かよ」

 

「報告書には全部ガイルの責任にしておくよ」

 

「はいはい、勝手にどうぞ」

 

 ボルセブとガイルは一瞬で姿を消した。

 それはユミルの心臓が消えたのと同じ現象に見えた。

 残ったのはウィンザーだけだ。

 

「前回のリベンジといきたかったが、これもまた運命か。

 お前達との再戦はこの場ではないようだ。

 生き残れよ。

 ジュノーの落下で死ぬようなことは許さないからな」

 

 そしてウィンザーもまたその姿を一瞬で消してしまった。

 

 

 部屋に残された僕とプーさん。

 プーさんがようやく僕に振り向いた。

 

「グラちゃん……元に戻っているのね」

 

「はい。さっき意識が戻りました。

 意識が戻ったというのもおかしな表現ですね。

 意識はずっとありました。でも自分の意識ではないみたいでした」

 

「ごめんね……私がグラちゃんに」

 

「思い出しました。

 さっきプーさんがウィンザーに殺されるかもしれないと思った時、急に意識が覚醒したんです。

 そしてグラストヘイムでのことを思い出しました。

 プーさんが僕に何をしたのかまでは分かりませんが、僕を操るような呪いをかけていたんですね」

 

 轟音はさらに大きくなり、揺れは激しくなっている。

 部屋の壁が今にも崩れ落ちそうだ。

 

「これはジュノーが落下している?」

 

「ええ、ユミルの心臓を失ったジュノーが落下しているの」

 

「このままじゃみんな落下の衝撃で……それにジュノーの人達だって!」

 

 アイテムはあいかわらず使えない。

 ボルセブ達がジュノーから撤退したのなら、神力遮断スキルがなくなっているかと期待したがだめだった。

 蝶の羽で戻ることはできない。

 そもそもジュノーの人達は蝶の羽が使えたとしても、使った先はここジュノーだろう。

 

 どうする、どうすればみんなを助けられる!?

 

「私達のせいだわ。

 こんなことになるなんて……もっと慎重に事を進めていれば……」

 

 プーさんの身体から魔力が溢れ出す。

 どうするつもりなんだ。

 

「私の重力魔法でジュノーの落下衝撃を抑えるわ」

 

「ええ!? そ、それってジュノー全体を重力魔法で覆うってことですか!?」

 

「そうよ。ほんの一瞬だけでも衝撃を緩和できれば、かなりの人達が助かるはずよ」

 

 確かにプーさんの重力魔法なら可能かもしれない。

 でもジュノー全体を覆うとなれば、対象範囲が大きすぎる。

 

 僕もハイウィザードのスキルを使える。

 重力魔法を一緒に使って少しでも範囲を広げるべきか?

 でも、ついさっきスクルドの力でハイウィザードの力を手に入れたばかりだ。

 プーさん並みに重力魔法を使いこなせるとは思えない。

 

 なら、選択肢は1つしかないだろう。

 



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第44話 落下

「プーさん、僕の力も使って下さい」

 

「ありがとう。グラちゃんの魔力があれば、きっといけると思うわ」

 

「はい。

 ウィンザーを追い詰めた時のように、僕達の魔力を合わせるんですね。

 もちろんそれもします。

 でも、それだけじゃないんです。

 僕の新しい力で……プーさんの力を強化できるはずです」

 

「グラちゃんの新しい力?」

 

 ソウルリンカーのスキル「ハイウィザードの魂」。

 僕はプーさんに向かってそのスキルを使った。

 

「ぬお!」

 

 僕の身体の中から、まさに魂が抜き取られるような感覚。

 そしてその魂がプーさんの身体の中に入っていく。

 

「きゃっ!」

 

 プーさんも初めての感覚なのだろう。

 らしくない声を上げている。

 

「こ、これは……」

 

「僕の魂の一部を、プーさんに分け与えました」

 

 スキル欄を見ると、予想通りハイウィザードのタブが消えている。

 やはりこのソウルリンカーの魂スキルを使うと、その天職のスキルは使えなくなるようだ。

 もともとハイウィザードだったプーさんに、ハイウィザードの魂を使っても意味があるのか分からないが、何もしないよりかはいいだろう。

 

「す、すごい。

 身体から力が溢れてくるわ」

 

 どうやら意味はあったようだ。

 

「この力は一体」

 

「ユミルの書の中にいたスクルドというワルキューレから授かった力です」

 

「スクルド様から!? グラちゃん、本当に貴方はいったい……ううん、今はそれどころじゃないわよね。

 このジュノーの落下から、みんなを救わないと」

 

「はい。

 僕の魔力全部、プーさんに預けます」

 

 ウィンザーと戦った時とは逆で、僕が後ろからプーさんを抱きしめる。

 柔らかいプーさんの身体に触れていると、心地良くなってくる。

 あれ? 僕ってまだセイズにかかったままなのかな?

 

 轟音と揺れは常人では立っていられないレベルとなっている。

 ジュノーの人達は今ごろ悲鳴を上げているだろう。

 そしてジュノーが落下していると気付いているだろう。

 

 プーさんが後ろから抱きしめる僕に振り向く。

 今にも泣きだしそうな目だ。

 僕を騙して裏切ったこと、きっと気にしているんだろうな。

 でもプーさんにはプーさんの事情があったんだ。

 仕方ないことだったと思いたい。

 プーさんはジュノーが落下しないように事を進めようとしていたんだし。

 こうなってしまったことは、プーさんだけの責任じゃない。

 

 そっと優しくプーさんにキスをする。

 1秒のキスがとても長く感じられた。

 

「ありがとう」

 

 前を向いたプーさんが魔力を解き放つ。

 プーさんを中心に円形に広がっていく重力の波。

 ジュノー全てを包み込むように、重力の波を広げていく。

 

「ぐっ……!」

 

 プーさんの魔力がものすごい勢いで減っていくのが分かる。

 そこに僕の魔力が供給されていく。

 

 魂を分け与えた時に似た感覚で、僕の身体の中から魔力が抜けていく。

 ランドグリス、それにスクルドから力を授かった僕の魔力がどれほどあるのか分からないが、最後の一滴まで絞り取る様に、己の身体の中から魔力を吸いだしていく。

 

「ぐぐ……ぐぐっ!」

 

 重力の波を制御するプーさんから苦悶の声がもれる。

 ジュノー全体を覆う重力場だ。

 どれほど制御に精神力と肉体に負担がかかっていることか。

 

 

 ゴォォォォォォォォォン!

 

 

 ジュノーのどこかが地上に触れた。

 それと分かる圧倒的な衝撃が、重力の波を伝って僕達に流れ込んできた。

 

「うおおおおおおお!」

 

 地上との衝突による衝撃を、重力によって分散し続けていく。

 散らし切れない衝撃は、ジュノーを覆う重力場の波に乗って僕達に襲いかかってくる。

 

「金剛!」

 

 モンク改め上位職となったチャンピオンのスキル「金剛」。

 圧倒的な防御力を誇るスキルを発動させると、プーさんに襲いかかる衝撃を全て、僕が吸収していく。

 

「ぐおおおおおおおお!」

 

「グラちゃん!」

 

「だ、大丈夫です! プーさんは重力の制御を!」

 

 プーさんに魔力を供給しながら、襲いくる衝撃に耐える。

 地上へと落下していくジュノーの衝撃はさらに激しさを増していくばかりだ。

 かなりの部分が地上と接触しているのだろう。

 

「ぐおおおお!」

 

 身体がひん曲がるような強烈な衝撃が幾重にも襲ってくる。

 金剛を発動していてこれだ。

 生身で受けていたら即死だ。

 

 当たり前か。

 あの巨大なジュノーが地上に落下した衝撃だ。

 普通ならジュノーにいる人達が全員即死するような衝撃なのだ。

 

 それをプーさんの重力魔法で衝撃を散らしているとはいえ、全ての衝撃を吸収しているのだ。

 生きていることが奇跡だ。

 

 だが、衝撃は止まらない。

 ますます揺れは大きくなる。その度に僕を襲う衝撃はさらに強烈なものになっていく。

 意識がふっ飛びそうだ。

 ここで僕の意識が飛んだら、プーさんへの魔力供給が途切れてしまう。

 

 プーさんもぎりぎりの状態だ。

 後ろから抱きついた状態で、表情を見ることはできないが僕の支えがなければ今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 これだけ広範囲に重力場を発生させ続け、さらには重力の波を伝ってくる衝撃を散らし続けているんだ。

 

「ごほっ!」

 

 プーさんを支える僕の手を真っ赤に染めた。

 プーさんが吐血したのか。

 あとどのくらいだ? まだ落下は続いているのか? もう地上に降り立ったのではないのか?

 そもそもジュノーの真下は巨大な泉だった。

 水の中に落ちたのであれば、ここまで衝撃は大きくないのではないのか?

 いや、あの泉がどれほど巨大でも、ジュノーの大きさに見合うとは思えないか。

 

 揺れが微かに小さくなったように感じられた。

 まだまだ大きく揺れているが、それでもほんの少しだけ弱まった。

 そう思った瞬間、僕の意識は飛んでしまった。

 プーさんを支えなくてはいけないのに、プーさんにもたれかかる様に崩れ落ちてしまった。

 

 

♦♦♦

 

 

 意識が覚醒する。

 だが身体は言うことを聞いてくれそうにない。

 1ミリでも動かせば、骨まで軋むような激しい痛みが身体を駆け巡る。

 このままもう一度眠りに落ちてしまおうとする。

 

「ん……」

 

 その声に再び意識が覚醒する。

 今度は骨が軋もうとも、顔を上げてその人を確認した。

 プーさんが倒れている。

 口は真っ赤に染まっている。鼻からも血が流れていたのだろう。

 

 アイテムボックスの中から白ポーションを取り出す。

 使える。

 神力遮断スキルはなくなったようだ。落下の衝撃で元に戻ったのか。

 

 白ポーションで傷を癒すも、身体の奥に残る痛みまでは取れない。

 これは時間をかけて治す必要があるのだろう。

 

 身体が何とか動くようになれば、ユグドラシルの実を1つ食べる。

 そして白ポーションをプーさんにかけていく。

 外から分かる傷をまずは癒す。

 そしてユグドラシルの実を、口の中で噛み砕くと、プーさんの口の中に移していった。

 

 ユミルの心臓があったこの部屋もめちゃくちゃだ。

 よく天井が落ちてこなかったな。

 プーさんの重力魔法に支えられていたのかもしれないけど。

 

 ジュノーはどうなったのか。

 最後に揺れが微かに弱くなったと感じてしまった瞬間、僕の意識は途切れてしまった。

 完全な油断だ。

 最後の最後まで支えきれなかった。

 

 それでも落下衝撃をかなり抑えられたと思う。いや、思いたい。

 ジュノーの人達が1人でも多く救われたと思いたい。

 

「んん……」

 

 プーさんの意識が戻った。

 プーさんも身体を動かすのが痛いのだろう。

 指先が一瞬動くも、すぐに身体を動かすことはない。

 

「プーさん、焦らないでこれを……」

 

 ユグドラシルの実をプーさんに食べさせていく。

 以前のように狸寝入りする余裕もなく、プーさんはユグドラシルの実に噛り付く。

 そうして体力を回復して起き上がれるようになれば、さらに白ポーションと青ポーションも飲んでおく。

 

 ワープポイントの光は消えていない。

 ここから戻れるだろうか。

 図書館の入り口が潰れてなければいいけど。

 

「プーさんはこの後どうするんですか?」

 

「……ラヘルに戻るわ」

 

「プーさんはアルナベルツ教国の人なんですね」

 

「そうよ。私は教皇様をお守りする魔術師なの」

 

「どうしてユミルの心臓を奪ったのですか?」

 

「……アルナベルツ教国には12名の大神官がいるの。

 その中でも“急進派”といわれる大神官達は、力でシュバルツバルドやルーンミッドガッズを攻め落とそうとしているわ。

 そしてそのために“巨人”を復活させようとしている」

 

「その巨人の復活にユミルの心臓が必要なんですね」

 

「そうよ。当初は擬似ユミルの心臓を作り出して、それで巨人を復活させようとしたの。

 でも巨人は復活しなかった。

 代わりに化物が生まれてしまったわ」

 

「化物?」

 

「私達はその化物を“グルームアンダーナイト”と呼んでいるわ。

 教皇様の御力で大神殿の最下層になんとか押し込めているけど、あれが地上に出たら恐ろしいことになってしまう。

 グルームアンダーナイト以外にも、グレムリン、ホドレムリン、エキオ、アガヴといった恐ろしいモンスターが次々と誕生してしまったの。

 全て擬似ユミルの心臓を媒介としてね。

 私達が作った擬似ユミルの心臓には、異常なほど多くの光の粒子が宿り、そしてモンスター化してしまった。

 急進派は本物のユミルの心臓を用いて、巨人を復活させて制御することで、生まれてしまった化物を倒そうと考えたわ。

 結果として、ボット帝国が攻めてきた時に大神殿からモンスターを解き放ったことで、ボット帝国の侵攻を食い止めることが出来たんだから、皮肉よね」

 

「アルナベルツはレッケンベル社から技術提供を受けていたんですよね?」

 

「そうよ。擬似ユミルの心臓もレッケンベル社と共同で開発したものなの。

 私はユミルの心臓を探すためにジュノー行きを命じられたわ。

 その時、教皇様からジュノーにあるユミルの書の本当の使い方を教わったの。

 それでスクルド様にお会いして、転生の儀式によってハイウィザードの力を手に入れたんだけど、そのタイミングでレッケンベル社がボット帝国を名乗り戦争を仕掛けてきた。

 ジュノーはあっという間に制圧されたわ。

 私は転生の儀式と共に、なぜかプロンテラにワープしたの。

 きっとスクルド様が助けて下さったんだと思う。

 その後は、モロクで別行動をしていたタンデリオンに合流して身を潜めていたの。

 アルデバランがボット帝国に制圧されてしまって、ラヘルに戻る手段が失われてしまったから。

 蝶の羽を使ってもプロンテラがセーブポイントになってしまっていたし、ワープポタールもアルデバランから先へのワープは出来ないようになっていたの。

 どうにかして、ラヘルに戻れないかと考えたけど、まずは力を取り戻す必要があったから、プロンテラの冒険者ギルドに向かったわ。

 そこで、グラちゃんと出会ったってわけ」

 

「タンデリオンの人達もみんなアルナベルツ教国の人達なんですね。

 モロクで何をしていたんですか?」

 

「タンデリオンがモロクを拠点にしていたのは身を潜めるに良い所だったからよ。

 タンデリオンの目的は……グラちゃんが持っている“フレイ様の心臓”を見つけることよ」

 

 グラストヘイムで戦った筋肉鎧。

 その時に手に入れた宝剣スキルは、やはりあの筋肉鎧の心臓を僕が手に入れているからなのか。

 

「フレイ様の心臓も巨人復活に必要なんですか?」

 

「違うわ。

 タンデリオンはそれを見つけて封印しようとしていたのよ。

 それが本当の持ち主の手に渡ることを恐れてね」

 

「本当の持ち主?」

 

「……ラヘルの北に氷の洞窟と呼ばれるダンジョンがあるの。

 その最下層にクトルラナックスというモンスターがあるものを守っているわ。

 グラちゃんお願い。

 氷の洞窟に向かって、クトルラナックスを倒して、そしてその先に行って欲しいの」

 

「そこに……フレイ様の心臓の本当の持ち主がいるんですね?」

 

 プーさんはゆっくりと頷いた。

 

「私は教皇様の側に戻るわ。

 教皇様1人でずっとあの化物を抑え込むのは負担が大きすぎる。

 私が支えてあげないと……」

 

 プーさんはゆっくりと僕に抱きついてきた。

 良い香りが鼻を刺激する。

 セイズは解かれているはず。

 これは単にプーさんのフェロモンに僕が負けているだけだろう。

 

「ごめんね、騙して」

 

「いいですよ。プーさんに騙されるなら大歓迎です」

 

「……また騙すかもしれないよ?」

 

「それで世界が救われるなら、どんどん僕のこと騙して下さい」

 

「馬鹿だね」

 

「馬鹿ですね」

 

 

 しばらく僕達はお互いの体温を感じ合った。

 

 

「ハイウィザードの魂は、プーさんに預けたままにしておきますね」

 

「でも、グラちゃんの力が弱くなるんじゃ……」

 

「大丈夫。まだまだ僕にはいろんな魂がありますから」

 

「いろんな魂があるなんて言葉、普通は言わないよ」

 

「あはは、ちょっと気味悪いですよね」

 

「本当にいいの?」

 

「はい、僕の魂を持っていって下さい。それがプーさんの力になるなら、僕も嬉しいです。

 ボット帝国との戦いもあるから、すぐにって訳には行かないかもしれませんが、絶対に氷の洞窟に行って、クトルなんちゃらってモンスターを倒してみせます」

 

「ありがとう……やっぱりグラちゃんが私達を救ってくれるのかな」

 

「僕が救世主なのかどうか分かりませんよ。

 ユミルの心臓はラヘルに転送されてしまったんですよね。

 急進派が巨人を復活させてしまったら、巨人の力を使ってルーンミッドガッズ王国に攻めてきてしまうのでしょうか」

 

「……本当に巨人を制御できるのか、疑問点が多いわ。

 急進派のトップのビルド大神官はすぐにでも巨人を復活させようとするでしょうけど、教皇様やその他の大神官達がそれを許さないはずよ。

 巨人復活までに時間はまだあるわ。

 その間に、グラちゃんが氷の洞窟であの御方を救ってくれれば……教皇様とあの御方が2人揃えば、巨人の力に頼らずとも、あの化物を消滅させることができるはずよ」

 

「なるほど、それならボット帝国を振り切ってでも、氷の洞窟に急いで行かないといけませんね」

 

 ボット帝国、巨人、氷の洞窟、フレイの心臓の本当の持ち主……大いなる流れの中で僕が成すべきこととは……。

 



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間話 とあるアサシンの物語6

 真っ白な雪の上に残る足跡は、すぐに降り積もる新たな雪に消されていく。

 今日は一段と激しく降り続ける雪が視界を奪う。

 吐き出す息は白い煙となり、雪の中に溶けて消えていく。

 

 そんな中を街とは違う方向へと歩く人影が二つ。

 グリームと師の娘だ。

 

 ウンバラで娘の名を聞き忘れたグリームは“おい”と娘のことを呼んでいる。

 返事は“ウガ”としか返ってこない。

 

 ウンバラを旅立った2人は、各地を回り修行を重ねた。

 グリーム自身も、師を殺したガイルを倒すために修行しなくてはならない。

 娘ばかりに気を取られているわけにはいかないのだ。

 

 モロク、フェイヨン、ゲフェン、イズルート、プロンテラと各地のダンジョンを巡り続けた2人は、アルデバランについ先日到着した。

 師が死んだ場所。

 そう思うとグリームの足はなかなかアルデバランに向かわなかったが、ようやく心の整理を着けてやってきたのだ。

 修行を兼ねて時計塔最上階に行き、花束とお酒を置いてきた。

 

 その後、グリームはルティエに向かうことにした。

 娘が雪を見たことがないと分かり、雪を見せたいと思ったのだ。

 

 初めて雪を見た瞬間の娘の反応は想像以上だった。

 一瞬固まったかと思うと、いきなり猛ダッシュで雪の上にダイブしたのである。

 そして自分の想像以上の冷たさだったのか、悲鳴を上げて飛び跳ねた。

 

 雪が降り積もる中を10分も歩けばルティエに到着する。

 ここはおもちゃとお菓子の街である。

 

 娘を連れてルティエを歩くと、娘は興味津々といった感じで、あちこちのお店を見て回った。

 おもちゃより食べられるお菓子に魅かれるようで、気に入ったお菓子をグリームに買えと催促する。

 お願いするようなことはない。指さして“ウガ!”としか言わないのだから。

 

 グリームが買うことを拒否すれば襲いかかる。

 が、まだグリームに勝つことは出来ないため、毎回娘が地に転がることになる。

 それでもお菓子が欲しい娘は転がった店先から動かない作戦を取る。

 それで折れるグリームではないのだが、店先で転がる娘がいては営業妨害だと、お菓子の施しを何度か受けてしまい、それ以来、娘は店先で転がる作戦に味を占めることになってしまった。

 

 雪の降る中で修行を積もうと、しばらくルティエに滞在することにした。

 生息しているモンスターはそれほど強くはない。

 モンスターを狩ることが目的ではなく、雪の上で娘と戦うことが目的だ。

 

 今日は特に激しく雪が降っているが、2人は街から離れるように歩いている。

 そして適当な場所を見つければ、そこで全力で戦い合う。

 

 ウンバラの大森林で戦っていた頃に比べれば、娘も大きく成長している。

 荒かった動きは徐々に洗練されていった。

 本能の感じるままに動くのはあいかわらずだが、無謀な動きは少なくなり、合理的な動きをするようになっているのだ。

 

 それでもグリームには届かない。

 何よりグリームも強くなっている。

 

 グリームの一撃が娘に入る。

 真っ白な雪を真っ赤に染める血の熱量は一瞬で煙となって冷めると、新たに降り積もる雪が覆い隠していく。

 娘の身体がぼろぼろになっても、グリームは手を抜くことはしない。

 

「ウガァァ!」

 

 集中力の切れた娘の動き。

 そんな動きを見せた時は、特に強く叩きのめす。

 

「おい、今のは最悪だぞ」

 

「ウウ……」

 

 再び雪を赤く染めた娘は、己の口から垂れ落ちる血を一気に吐き捨てると、グリームに向かっていく。

 同じ過ちを繰り返さず、集中力を保ちながら。

 

 

 ルティエの生活は悪くなかった。

 グリームにとっても、娘にとっても。

 街の人達はみな親切で、グリーム達が泊まっている宿屋の主人達ともすぐに仲良くなれた。

 ソファーに座り暖炉の火をじっと見ていると、グリームの心は落ち着いた。

 師の仇を考えれば黒く疼く心がざわつくのだが、暖炉の火を見ている時はそうならなかった。

 不思議だな、と思いながらもグリームは修行の時間以外は、泊まっている宿屋の1階に置かれた暖炉の前で過ごすことを好んだ。

 

 そんなグリームの後ろでは、娘がお気に入りのお菓子を食べて満足そうに微笑んでいる。

 ウータン族の仮面はウンバラに置いてきた。

 娘の顔を見れば、10人が10人、美少女と答えるだろう。

 あと2、3年もすれば、美少女ではなく美女となるだろうが。

 そんな美少女の顔も、お菓子をがっつきながら食べるこの姿で台無しだ。

 

 暖炉の火を見つめながら、グリームは将来このルティエで暮らすのも悪くないなと考える。

 ルティエはおもちゃとお菓子の街だ。

 グリームは自分の料理の腕前にそれなりの自信を持っている。

 我儘な師のおかげで上達したのだ。

 なら、この街で何かお菓子作りの職を持って、暮らすのも悪くない。

 自分が作るお菓子を娘が食べて暮らすのも……。

 

 ゴトンと暖炉の中で薪が落ちる。

 その音がグリームの思考を遮った。

 黒く焦げた薪を見つめれば、自分が成さなければならないこと、殺さなければならない男の顔が浮かんでくる。

 さきほどまでの想いを心の奥底に落とし、グリームは立ち上がる。

 

「ウガ?」

 

 あいかわらずお菓子をがっつく娘が立ち上がったグリームを見る。

 この娘が自分の復讐についてくる必要はない。

 母親のカーラからは広い世界を見せてあげて欲しいと頼まれた。

 復讐を手伝わせて欲しいとは言われていない。

 

 娘は人族語を喋ることはないが、聞いて理解することは出来る。

 グリームの教えもあって、意思疎通に問題はないほど人族語を理解出来るようになっているのだ。

 

(ルティエで別れるのも1つの選択か)

 

 グリームは娘の頭をぽんと撫でると、

 

「ちょっと出かけてくる。お菓子食べて待っててくれ」

 

「ウガ!」

 

 グリームがお皿に上に追加のお菓子を置くと、娘は嬉しそうに叫び、早速お菓子に手を伸ばしていた。

 

 

 ルティエの街の最北には、おもちゃ工場がある。

 おもちゃ工場の管理は、これまたおもちゃがしている。

 機械仕掛けで動くおもちゃ達が、工場を管理運営しておもちゃを造り出し続けているのだ。

 しかし、今このおもちゃ工場は正常に稼働していない。

 1ヶ月ほど前、おもちゃ工場の2階に現れた「ストームナイト」というボス級モンスターによって支配されると、機械仕掛けで動くおもちゃ達まで人々を襲う様になってしまったのだ。

 おもちゃ工場はダンジョンと化してしまった。

 

 工場の中からモンスターが出てくることはないため、今ではすっかりこの工場は放置されている。

 工場の2階は神力範囲外だ。

 ボス級モンスターであるストームナイトを進んで倒そうとする冒険者はいない。

 ボット帝国との戦いで、凄腕の冒険者達が集まることもなかった。

 

 グリームは1人でおもちゃ工場に入っていく。

 ダンジョン化の影響か、1階にはポリン系のモンスターが見える。

 

「なんでポリンが……ん? あれは!?」

 

 グリームの視線の先にはレアモンスター“エンジェリング”が見えた。

 ドロップアイテムの“天使のヘアバンド”とカードが人気のモンスターだ。

 駆け出しの冒険者が相手できるモンスターではないが、今のグリームなら問題なく倒せる。

 見つけた以上はレアアイテムを期待して、グリームは駆け出した。

 

「あらよっと!」

 

 エンジェリグンを叩けば、周りを囲む取り巻は次々と倒れていく。

 可愛らしい外見のエンジェリングは、属性が聖属性レベル4のため、各種属性攻撃は意味を成さない。

 アサシンが得意とする毒属性すら、武器に付与してしまえば一切ダメージを与えることが出来なくなってしまう。

 弱点である闇属性と不死属性ならダメージが増えるのだが、グリームには使えない。

 無属性のまま、グリームはカタールを振り続ける。

 何度か取り巻きを再召喚してくるが、バフォメットカードを刺したカタールの全範囲攻撃に巻き込まれ、一瞬で光りの粒子となって消えていった。

 

 落ちたアイテムを拾おうと、ポリン系モンスターが本能に従って近づいてきてしまう。

 そのモンスターもまた、グリームの全範囲攻撃によって倒されていった。

 

「ちっ……リンゴかよ」

 

 エンジェリングが光の粒子となって消えた後には、天使のヘアバンドでもなく、カードでもなく、なんとリンゴが落ちていた。

 闇リンゴと呼ばれるそれは、カード以上にドロップ率が低い超レアアイテムである。

 超レアではあるが、リンゴであることに変わりはない。

 ちょっと悲しい気持ちでリンゴを拾うグリームであった。

 

 

 

 2階の正式名称は“おもちゃ分類所”だ。

 造られたおもちゃを分類する場所らしく、ベルトコンベアーが動いている。

 

 1階よりも強力な機械仕掛けのおもちゃ達がグリームを出迎えてくれるが、今のグリームを相手するには弱すぎた。

 もてなしを受けることなく、グリームはおもちゃ達を次々に倒していく。

 

 ターゲットは、2階北側のダイヤ型の高台にいた。

 ストームナイトなんて大層な名前がついていたが、遠目から見る限りそれは、

 

「トナカイ……だな」

 

 二足歩行のトナカイだ。

 その身体は氷で出来ているが、2本の角が完全にトナカイのものである。

 サンタクロースに褒めてもらった真っ赤なお鼻もそのままだ。

 

 だが、その右手には氷の槍が握られ、左手には盾が握られている。

 そして凶悪な表情を浮かべている。

 

「笑える姿だが、ボス級モンスターだもんな。

 俺にさらなる強さを……もたらしてくれよ!」

 

 グリームは右足にぐっと力を入れると駆け出す。

 駆け出す寸前にクローキングを発動しているが、ボスモンスターであるストームナイトには通用しない。

 それでも取り巻きのクリスマスゴブリンの反応を一瞬遅らせることは出来た。

 

 

「おらぁぁぁぁっ!」

 

 

 全範囲攻撃を持つグリームはストームナイトだけ攻撃する。

 常に動きながらカタールを振るグリームのスピードについてこれない取り巻き達は、グリームの残像を攻撃することしかできない。

 

 

「オオオオオオオオ!」

 

 

 ストームナイトの咆哮と共に、グリームを白い世界が包み込んだ。

 範囲魔法のストームガストだ。

 

「ちっ!」

 

 ストームガストを察知できなかったグリームは反応が遅れる。

 その一瞬の遅れがグリームを凍結状態にしてしまった。

 

 凍結状態となったグリームにストームナイトの氷の槍が突き刺さる。

 直後、グリームをサンダーストームが襲った。

 

「ぐおおおおお!」

 

 ストームガストの吹雪もまだ吹き荒れている。

 幻想的な白い吹雪に凍らされると、白銀の雷によって一瞬で砕かれる。

 思わぬ相手の連続技に、グリームはバックステップで距離を取った。

 

(モンスター相手にバックステップを使ったのは久しぶりだな)

 

 距離が開いた隙に、ストームナイトは取り巻きを再召喚している。

 グリームを睨むその顔は醜悪な笑みで満たされていた。

 

「ふぅ……ストームガストのレベルは10か。厄介だな。

 なら、その吹雪の動き全て見切ってみようか」

 

 グリームの心が静かな水の奥底に落ちていく。

 明鏡止水の境地へと。

 

 しかしストームガストの範囲内で、その吹雪を見切るなど出来るはずもない。

 仮に見えたとして、吹雪をかわすことなど不可能だ。

 それでもグリームは心静かに構える。

 そしてその心の水面に一滴の波紋が広がると同時に、右足にぐっと力を入れると駆け出した。

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

「オオオオオオオオオオオオ!」

 

 ストームナイトは再び自らの真上にストームガストを降らせる。

 自らを白い世界に包み込み、絶対的優位な領域を作り出す。

 

 だが、グリームは止まらない。

 凍結することなくストームナイトの懐に潜りこむと、カタールで鋭く切り裂いていった。

 

「グオオオオオオ!」

 

 白銀の雷がグリームに落ちる。

 が、その場にグリームの姿はなく、残像が残るだけ。

 グリームは高速で移動し続け、サンダーストームを避けながらカタールを振り続ける。

 その攻撃の全範囲への波で、取り巻き達は何も出来ず再び消えていった。

 

 ストームナイトは白い吹雪が途切れる度に、ストームガストを唱えている。

 なのに、グリームが凍結することがない。

 醜悪な笑みを浮かべていた余裕は消えさり、その顔には怒りと焦りの表情が浮かんでいた。

 

 グリームはストームガストを避けているわけではない。

 吹雪の流れは見えても、避けることはやはり不可能だ。

 では、なぜ凍結しないのか。

 

 娘と様々なダンジョンに潜ってきたグリームは、イズルートにある海底神殿でも修行をしていた。

 その時に、海底神殿に生息するモンスター“マルク”からカードを手に入れている。

 マルクカードの効果は、水属性攻撃に対する耐性のアップと、絶対に凍結しないという効果なのだ。

 

 師が授けてくれたシーフクロース以外の防具で、グリームはこのマルクカードを刺した防具を作っていた。

 距離を置いた時、防具を切り替えていたのだ。

 

 凍結しない理由はマルクカードである。

 ではそれだけかと言えば違う。

 吹雪の動きを見切っているグリームは、その吹雪の流れに逆らわないように身体を動かすことで、ダメージを低減し、さらにはノックバック効果を消し去っている。

 だからこそ、白い世界に包まれた中で流れるように動けるのだ。

 

「おい、もう終わりか? もっと引出しはないのか?」

 

 グリームの挑発にさらなる怒りを爆発させたストームナイトは、文字通り、己の肉体から闘気を爆発させる。

 ラッシュアタックと呼ばれるスキルだ。

 ストームナイトの身体を電流のような闘気が流れ、身体能力を急激に高める。

 グリームは知らぬことだが、それはグライアが使う爆裂波動と良く似たものであった。

 

「それが奥の手か? 冷静さを失っているぞ」

 

 ストームナイトのラッシュアタックはグリームに対して逆効果となった。

 ストームガストの吹雪も止まり、ただただ一時的に強化された身体能力に任せて氷の槍を突くだけでは、グリームを捉えることなど不可能である。

 

 逆に戦いやすくなったグリームは、ストームナイトへの興味を失う。

 もうこの相手と戦って得られる強さはない。

 ストームガストの吹雪の流れを感じながら戦うという新たな境地を見せてもらった。

 そのことに感謝しつつ、グリームは戦いを終わらせた。

 

「お?」

 

 ストームナイトが消えた場所には、1つの装備が落ちていた。

 

 

 ロードサークレット

 

 

 スロットも最大値の4である。

 性能も悪くない。

 娘への良い土産が出来たと思い、ロードサークレットを拾う。

 

 周りを見ると、おもちゃ達がモンスター化から解放されていた。

 子供達へ送り届けるおもちゃを造り始めている。

 これでまたおもちゃ工場に活気が溢れる日が来ることだろう。

 

 1階へ降りて出口に向かうと、そこに機械仕掛けのおもちゃ達が集まってグリームを待っていた。

 一列に並んだ彼らの中から、1体のおもちゃが前にでる。

 チェペットという名のおもちゃだ。

 可愛いらしい金髪の女性の姿をしており、サンタクロースの衣装を身に着け、手には大きなマッチ棒を持っている。

 モンスター化している間は、エプロンから凶悪なモンスターが出ていたが、今はその姿はない。

 

 チェペットは笑顔でプレゼントボックスを両手の上に乗せて差し出した。

 グリームがそれを受け取ると、チェペットはまた笑顔を向けて列の中に戻り、おもちゃ達は一斉にグリームに頭を下げた。

 そして、おもちゃを造るために各自の持ち場へと戻っていったのだ。

 

 おもちゃ工場を出ると、あいかわらず真っ白な雪が降り続いていた。

 グリームが来た時につけた足跡は、白い雪が積もり消えている。

 まっさらな白い世界に新たな足跡をつけて、グリームは宿屋に向かう。

 

 踏みしめた足跡に、新たな雪がすぐに降り積もっていく。

 そうしてその足跡が宿屋の前まで来た時だ。

 グリームは、思わずはっとした。

 

(なんで、当たり前のように宿屋に戻ってきてしまったんだ)

 

 ストームナイトを倒した後、娘に告げずルティエを出るつもりでいた。

 少なくとも、おもちゃ工場に向かう時にはその考えを持っていたはずだ。

 なのに、拾ったロードサークレットを当たり前のように娘へのお土産だと思い、そしてこの宿屋に向かってしまった。

 

(はぁ……)

 

 そのため息に込められた想いは、いかなる想いなのか。

 グリームは右足にぐっと力を入れると、新たな一歩を踏み出す。

 その一歩の行き先は、宿屋の玄関に向いていた。

 

 

「ただいま」

 

「ウガ!」

 

 グリームのお気に入りの席の隣に娘は座っていた。

 暖炉の前のソファーだ。

 グリームはテーブルの上に、ロードサークレットとプレゼントボックスを置く。

 ついでに超レアアイテムの闇リンゴも置いた。

 

「土産だ」

 

 どかっと娘の隣に腰を下ろしたグリームは、ぼそっと呟くように言った。

 娘はテーブルに置かれた物を見ると……ロードサークレットでもなく、プレゼントボックスでもなく、闇リンゴに手を伸ばしてはすぐに口に運んだ。

 

「お前には食い物が何よりの土産か」

 

 半分呆れ顔でリンゴを食べる娘を嬉しそうに見る。

 そして、暖炉の火に視線を落とした。

 

 

 温かいな。

 

 

 グリームの身体と心がほっと休まる。

 この感情を何と表現したらいいのか、グリームは悩む。

 

「ウガガ!」

 

 闇リンゴを食べ終えた娘がプレゼントボックスを開けた。

 その中にはたくさんのお菓子が入っていた。

 箱一杯に詰められたお菓子に目を輝かせると、一気に手を伸ばしていった。

 

「ウガ?」

 

 お菓子を片っ端からテーブルの上に広げていくと、プレゼントボックスの底にある物が置いてあった。

 娘が不思議にその物を手に取り、グリームに見せた。

 

「……俺か?」

 

 それは布で作られた小さな人形だ。

 グリームそっくりである。

 

 食い物でないなら、娘はいらないだろうと思い、グリームは手を出した。

 自分が持っておくよ、という意志表示だったのだが、

 

「ウガ!」

 

 娘は人形をグリームには渡さなかった。

 

「……ま、いいけどさ」

 

 にやける顔を心の中に押し込めて、グリームは再び暖炉の火を見る。

 

 

 温かい。心が温かい。

 

 

 きっとこの“幸せ”という名の感情が自分の足を自然とここに向かわせたのだろう。

 この感情を自ら拒否することが出来るはずもない。

 

 テーブル一杯に広がったお菓子の中から、お気に入りのお菓子を両手一杯に持った娘が、ひょいとジャンプしてグリームの隣に座る。

 1つのソファーに並んで座る2人は、父と娘のようであり、兄と妹のようであり、恋人のようでもあった。

 

 隣りでむしゃむしゃとお菓子にがっつく娘の頭を少し乱暴にぐしゃぐしゃと撫でる。

 娘は嫌がることなく、お菓子をがっついている。

 思わず娘を抱きしめたくなったグリームだが……、

 

 

 ゴトン

 

 

 その音に、グリームの手が娘の頭から離れた。

 

「ウガ?」

 

 娘の視線もグリームに向く。

 

 その目は冷たく、黒く焦げ落ちた薪を見つめていた。

 




第5章の後半は現在執筆中です!


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第45話 談笑な会議

 ジュノー落下から5日ほどが経過した。

 地に落ちたジュノーはそのまま街として機能している。

 落下衝撃による被害は“奇跡”としか言いようがないほど、軽微だった。

 落下による負傷者はいても死傷者0である。

 その奇跡の裏に、プーさんの存在があることを知っているのは僕だけだ。

 

 いま、僕達はジュノーにある宿屋を1つ丸ごと貸し切って住んでいる。

 ボット帝国との戦いが終わったわけではない。

 まだルーンミッドガッズ王国とボット帝国は戦争中なのだ。

 ここジュノーは最前線基地として役割を担うことになる。

 

 シュバルツバルド共和国の大統領も、ジュノーを最前線基地とすることを了承している。

 洗脳装置に操られていたとはいえ、ルーンミッドガッツ王国に被害をもたらしてしまっているのだ。

 戦争が終われば、相応の賠償が必要になってくるらしい。

 

 そこら辺の難しいことは僕には分からないので、カプラーさんにお任せである。

 この5日間ほどは、ティアさんにずっと纏わりつかれたり、アイリスさんを久しぶりに肩車したり、ナディアさんとグラリスさんに僕の新たな能力を説明したりと、忙しく過ごしていた。

 

 特にティアさんは僕の匂いが足りていなかったらしく、ティアさん曰く、あと10日過ぎていたら私はダメだったかもしれません、と言っていたが、何がダメなのか僕には分からないので、軽く流しておいた。

 心配させてしまったのは確かなので、ワープポタールに入った後に何があったかの、誤魔化す部分は誤魔化しながらも、新たな力を手に入れるための試練だったと言って、ティアさんを安心させてあげた。

 やはり自分のワープポタールのせいで、僕に何かあったのではないかと、ひどく落ち込んでいた時期もあったそうだから。

 

 アイリスさんも僕のことをすごく心配してくれていた。

 私の乗り物がいなくなったと思ったわ、なんて言いながらも、僕が戻ってきたことを本当に喜んでくれた。

 久しぶりに肩車したら顔をちょっと赤くしていたけど、嬉しそうに楽しんでいた。

 

 ナディアさんとグラリスさんには、なぜか怒られた。

 どうして連絡の1つもしなかったのかと。

 連絡する手段がなかったと言ったのだが、そこはどうにかしなさいよ、とナディアさんは怒るし、グラリスさんは、グライア様ならどうにか出来たはずです、と言って怒った。

 ちょっと理不尽だ。

 

 他のカプラ嬢さん達もみんな僕の無事を喜んでくれた。

 そしてホルグレンさんも。

 

「ガッハッハッハ! 俺は心配なんてしてなかったけどな!」

 

「師匠こう言ってるけど、嘘だからな。すごくしんぱ、ぐほっ!」

 

 マルダックさんはホルグレンさんに横っ腹を思いっきり突かれてふっ飛んでいた。

 

 

 懐かしい気分だ。

 戻ってきた、という気持ちになれる。

 ここにグリームさんとプーさんがいれば勢揃いだけど、それは仕方ない。

 カリス君はどっちでもいいや。

 

「それで、グライア君の新しい力で、私達もウィンザー達のような上位職になれるのね?」

 

「はい。ただし1人だけです。それと、ウィザードの上位職の枠はありません」

 

「その枠……誰に使ったのよ」

 

「それは秘密です」

 

「ふ~ん」

 

 プーさんだと分かっているのにナディアさんが聞いてくる。

 意地悪な質問だな。

 僕がこの力を得てジュノーに戻ってきてから、ハイウィザードの魂をプーさんに使っているってことは、その間にプーさんと接触しているってことだ。

 政府庁舎から建物の屋根の上にある洗脳装置を探しに別れて、ジュノーが落下した後に僕がみんなの所に戻るまでのどこかで、僕とプーさんが接触しているとナディアさんは分かっている。

 その接触していた時に、何があったのか僕が話さないことが不満なのだろう。

 

 プーさんから聞いた話をまだ僕はみんなにしていない。

 ランドクリスとスクルドから得た能力に関しては話したけど、今後カプラ社と秘密の羽がどんな風に動くのか分からないので、まだ話していないのだ。

 ルーンミッドガッツ王国はボット帝国が支配する“アインブロック”さらには本拠地である“リヒタルゼン”を攻め落とそうとするだろう。

 そしてその先にあるアルナベルツ教国とも戦争状態に突入するかもしれない。

 強硬派は巨人を復活させてこっちに攻めてくる気なのだから、その計画を知れば当然ラヘルに攻めるだろう。

 

 アインブロックとリヒタルゼンを攻めることに関して、何ら異論はない。

 でも、その先にあるアルナベルツ教国とは戦って欲しくない。

 だから、僕はアインブロックとリヒタルゼンを越えて、アルナベルツ教国に行くつもりでいる。

 目的は、氷の洞窟にいる「フレイの心臓の本当の持ち主」の救出だ。

 

 ルーンミッドガッツ王国がボット帝国と戦っている間に、アルナベルツ教国の問題を解決してしまう。

 それなら戦争になることはない。

 1人で行くのはちょっと不安だけど、ナディアさん達は秘密の羽の主戦力だ。

 上位職の魂を使えば尚更ね。

 だから、僕は1人で行くことにした。

 ボット帝国との戦いで力になれないのは残念で申し訳ないけど……。

 

「ロードナイト、スナイパー、アサシンクロス、ハイプリースト、ホワイトスミスの魂を誰に使えばいいか決めて欲しいです。

 それと、ソリンさんにはパラディンの魂が使えますし、カプラーさんにはクラウンの魂が使えるので、これはお二人に使いたいと思います。

 その他のカプラ嬢さん達の中で誰か一人にジプシーの魂が使えます」

 

「そんなにグライア君の力を分けてしまって、グライア君は大丈夫なの?」

 

「はい。大丈夫です」

 

 それだけ分けても、僕にはまだ「全1次職」「プロフェッサー」「クリエイター」「チェイサー」「チャンピオン」「拳聖」「ソウルリンカー」の力がある。

 十分過ぎるほどの力だ。

 

 もともと「全1次職」「プロフェッサー」「チャンピオン」のスキルが使い勝手が良くて好んで使っていたから、他の職がなくなっても大丈夫だ。

 アサシンクロスの「クローキング」が無くなってしまうけど、そこはチェイサーの「トンネルドライブ」を使えば問題ない。

 

 でもグリームさんいないから、アサシンが天職の人いないんだよな。

 グリームさん……今ごろどうしているのかな。

 お師匠さんの死を乗り越えて、前を向けているだろうか。

 

 僕達が宿屋の1階ロビーで会議という名の談笑をしていると、カプラーさんとディフォルテーさんが帰ってきた。

 僕達は全員立ち上がる。

 

「お疲れ様です」

 

「あ~お構いなく。

 みなさんで楽しくお話していたのでしょう。どうぞ続けて下さい。

 むしろ私達も混ぜて頂いていいでしょうか」

 

「社長こちらへ」

 

 グラリスさんがカプラーさんを中央の席へと招く。

 ホルグレンさんがその隣、ディフォルテーさんが反対側の隣へと座る。

 これがいつもの席順である。

 

「グライア様の新たな力の使い方決まりましたか?」

 

 カプラーさんの問いに答えたのはナディアさんだ。

 

「今のところ、ロードナイトは私が。スナイパーはアイリスが、ハイプリーストはティアが、ホワイトスミスはホルグレン様が。」

 

「待て。それは俺じゃなくてマルダックにしてくれ」

 

「し、師匠!?」

 

「俺はグライアの力に頼らなくとも戦える。

 出来の悪い弟子に与えてやってくれ」

 

 ホルグレンさんの言葉に一瞬驚きと歓喜の表情を浮かべたマルダックさんは、すぐにずるっとこけていた。

 

「……ごほん。

 え~それとジプシーはディフォルテーさんに。

 アサシンクロスは……グリーム君がいれば彼なのですが」

 

「ふむ。

 グリーム様のことですが、近々、戻ってくるかもしれませんね」

 

『え!?』

 

「モロクを始め、各地の街やダンジョンで鬼のように強いアサシンの目撃情報が入っております。

 おそらくグリーム様だと思うのですが……」

 

「何か違うのですか?」

 

「……1人ではなく2人組との情報が上がってきています」

 

 2人?

 まさかお師匠さんが生きていた!?

 

 と一瞬都合の良い願望が頭に浮かんでしまった。

 でもそれはない。

 僕はその姿を見ていないけど、グリームさんのお師匠さんは、みんなの前で間違いなく死んだのだから。

 

「目撃情報は徐々に北へ。つまりこちらに近づいてきています。

 今ごろはプロンテラ……もしかしたらアルデバランに到着しているかもしれませんね」

 

「その目撃情報がグリーム君で、彼がまたここに戻ってきてくれるなら、アサシンクロスはグリーム君で決まりね」

 

「はい」

 

 グリームさん、きっとまた前を向いて歩き始めたんだ。

 

「それで今後の方針ですが、国はまずアインブロックを攻め落とすようです。

 具体的には偵察部隊がアインブロックの情報を持ち帰ってきてからになりますが、私の独自の情報網からでは、かなりの戦力が防衛のために集まっているようですね。

 しかも、お得意の機械仕掛けが」

 

「ふん! 機械人間か」

 

「機械人間? ウィンザー達とはまた違った改造人間ってことですか?」

 

「改造人間ではありません。

 ウィンザー達は人に何らかの禁忌の術を用いた存在です。

 アインブロックの機械人間とはその言葉通り、機械を人のように造ったのです。

 見た目は人……と言っても、5本の爪は鋭く長く、肩から伸びる刃など、とても人とは言えないのですが、一応は人のような姿をしています」

 

「なるほど」

 

「機械人間だけではなく、当然ボット帝国の戦士達もいることでしょう。

 ウィンザー達がいるか分かりませんが、アルトアイゼン達がいる可能性は高いでしょうね」

 

「倒しても倒しても復活してくる。

 その度に強くなっている」

 

「はい。戦った相手から学びさらなる強さを得てしまう厄介な存在です」

 

「本体……がリヒタルゼンにある可能性は高いですよね」

 

「はい。グライア様のお考え通りだと思います。

 本体から何らかの形で、私達の目の前に現れるアルトアイゼンを人の形として創り出しているはずです。

 だからこそ、彼らは敗れても光の粒子となって、それまでの記憶を本体に持ち帰ることできるのでしょう」

 

「戦えば戦うだけこっちが不利になりますね。

 リヒタルゼンに少人数で潜入……は危険すぎますよね」

 

「そうしたいところですが、現状では難しいです。

 アルトアイゼン達の本体を叩くことはおろか、無事に潜入することすらできるかどうか」

 

 

 重い空気が流れてしまう。

 アルトアイゼン達は最初こそカプラーさん達で対処可能な相手であったが、ジュノーで見た時にはカプラーさん達全員を相手に互角にまでなっていた。

 僕がいれば当分は難なく倒せるかもしれないけど、それすら続ければいつかは……。

 それに僕は、アインブロック戦に参加できない。

 アインブロックを越えていくのだから。

 

「カプラーさん達は国と一緒にアインブロックを攻めるのですね」

 

「そうなりますね。

 気になる言い方ですが、グライア様は別行動を取られるおつもりですか?」

 

 カプラーさんの言葉に一番早く敏感に反応したのはティアさんだった。

 びくっ! と身体を震わせて僕を見ている。

 

「……はい」

 

「どちらへ?」

 

「アインブロック、そしてリヒタルゼンを越えてその先へ」

 

「アルナベルツ教国ですか。そこに何かあるのですね?」

 

「はい。果たさなければならない約束があります」

 

「それはどんな約束か聞いても?」

 

「……僕が持つ宝剣の本当の持ち主を救出します」

 

「宝剣の本当の持ち主!?」

 

「その人を救出することが出来れば、アルナベルツ教国で起こっている問題を解決することが出来るかもしれないんです。

 このままルーンミッドガッツ王国がボット帝国に勝ったとしても、その先でアルナベルツ教国と……戦争になる可能性があります。

 僕はそれを回避したいんです」

 

「……なるほど。

 それは重要な問題ですね。ですがアルナベルツ教国との戦争回避は、ボット帝国との戦いの後ではいけないのですか?

 それとも、その救出には時間的な制約があるのでしょうか」

 

「はっきりと後どのくらい時間が残されているのか分かりません。

 でもそんなにたくさんの時間がないことだけは確かです」

 

「……分かりました。

 ですが、グライア様お一人で大丈夫なのですか?

 正直、もうグライア様の強さは私達の遥か上ですので、私達が心配してもどうにもならないのですが」

 

「大丈夫です。

 僕にはまだまだ力があります。

 それに、僕の力の特性上、1人の方が何かと動きやすいです」

 

「そうですか。それなら「お待ちください!!」」

 

 ティアさんがカプラーさんの言葉を遮った。

 

「わ、私も主と一緒に!」

 

「気持ちは嬉しいです。でもティアさんはハイプリーストとしてみんなを支えて欲しいんです」

 

「わ、私では足手まといでしょうか……」

 

「そういうことではないのですが、アインブロックでの戦いも命を賭けた戦いになります。ハイプリーストの力があれば、多くの命を救うことが出来ます」

 

「それでグライア君の命が危険になってもいい、なんて私達は思えないわよ?」

 

 ナディアさんも割って入ってきた。

 

「うんうん。グライアだけなんかすっごい危険な臭いがする場所に行くなんて、私も許せないな~」

 

 アイリスさんまで。

 

「グライア様の担当者として、私も見過ごせませんね」

 

 あらら、グラリスさんまで。

 

「モテますね~グライア様」

 

 カプラーさんがからかう様に言った。

 

「おかげさまで。

 みんなの気持ちは本当に嬉しいです。でもアインブロックとの戦いだって大事なはず。

 みんなの力があれば、死ななくて済む人が大勢いるはずですよね?」

 

 僕の言葉にみんな沈黙する。

 カプラ社の、秘密の羽の、そして国の人達で死ななくて済む人達が、死んでしまう。

 自分達の力があれば、その人達を救えたかもしれない。

 そう考えたら、簡単に僕についてこれないはずだ。

 

「分かりました。

 とりあえず、当初の予定通り、グライア様から新たな力を授かってその力の使い方を学びましょう。

 その新たな力が、アインブロックで役立つべきか、それともグライア様と共に向かうべきか、それから考えても遅くはないでしょう」

 

 上位職スキルの特性は、ランドグリスとの戦いでは学べなかった。

 実際に試してみて、考察してみる必要があるのだ。

 僕もそれに参加しながら、なぜかみんなに修行をつけることになっている。

 氷の洞窟に向かうのはそれからだ。

 

「グリーム様のアサシンクロス以外は決まったのですから、早速明日からグライア様に修行をつけて頂くことにしましょう」

 

 カプラーさんのその一言で、談笑という名の会議は終わった。

 




45話更新となりましたが、残りの話は書けていません。

3月末までに、何とか5章全部書きたいと思っていますが、状況的に厳しいかもしれません。



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