ココから始まる英雄譚 (メーツェル)
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一章 冒険の始まり
序章


 蒼穹には鳶が鳴き、隠す物のない太陽が力強く芽生える草木に降り注ぐ。

 何もない大草原に背を預けながらつかむことの出来ない大空へ手を伸ばす少女がそこにはいた。

 

「やはり此処から出よう」

 

 そう綺麗な声で少女はつぶやいた。彼女の金色の髪は緑風に擽られ宙に波を作り出す。その繊細な髪からそこらの田舎娘といえど、いい家の出だと言うことは誰の目にもわかることだ。

 この世界、セレスティアの片田舎に住むにしてはとてもではないが綺麗な身なりをしていた。だが、ただの夢見る少女でないことは彼女の腰に皮のホルスターで収まっている拳銃から判断が出来ることだ。それは古い文明に失われた利器の一つ。今では再現はされているものの古来の力は失われているといわれているもの。

 少女は反対の手をギュッと手を握り締め、自分のほうを向けその手を開くとそこにはひとかけらの草が収まっている。

 そして手を開いたことによって、彼女の手におさまっていた草は風にさらわれ、どこかに消え去っていった。

 

「ここにいたか、ユメル」

 

 ふと重低音のバスの声が少女を鼓膜を打つ。その声に誘われるように視線を向けるとそこには黒いプレートアーマーを着込んだ長身の人物が佇んでいた。そしてその背中に生えている竜の翼が彼が竜人であることを物語っている。人型をしているがその鎧を取ればそこにいるのは二足歩行の竜だ。人の何倍もの力を持ち、何倍もの生命力を宿す存在、畏怖と尊敬を集める存在である。

 

「なんだもう見つかってしまったか」

 

 そう長い髪を風に遊ばせながらくつくつと少女は笑う。

 

「探す身にもなってほしい。ここらへんは魔物も近寄らない街道の近くだからいいものを。襲われたらどうするんだ」

「そのときはコイツで何とかするさ」そう話しながら腰の拳銃をコツコツとユメルは指先でたたく。

 

 そんな彼女の態度にため息を一つ、竜人はついた。そのため息には取り越し苦労をしてしまった疲れと、そして、多少の彼女への呆れと、愛情が篭っている。

 そんな彼のため息にくつくつと再びユメルは笑うと、冗談をいうように言葉を続ける。

 

「なぁ、ガイアス私は村を出るよ」

「スメラギやモヒートが止めるんじゃないか? それに……」

 

 ここにいれば何不自由しないだろう、そういいかけた彼の言葉をユメルは言葉を被せて止める。

 

「それじゃあ駄目なんだ。ガイアス、竜人は三百を超える年月を変わらずに生き、何よりも平和と安然を求めることは知ってる。だけどね、私たち人間は五十になれば死に、自由に生きられる時間も十五から二十の後半迄だ。そこからはきっといろんなしがらみに捕らわれてただ、子供のために生きるんだろう。父や母のように」

 

 そこでユメルは一旦深呼吸をし、言葉を捜す。ガイアスは彼女にとってはもう一人の親のような存在だから。彼女が生まれたときには傍にいてずっと自分を守ってくれた。だからこそ、ありったけの言葉で、真実を、本心を語りたい、そう思っているのだ。

 

「それを悪いことだとは思わない。私もいつかきっとそうなりたいと思っている。だけどね、きっとずっとここにいて母や父に甘えていては私は何者にもなれないんだ、ガイアス。私が自由に生きられる十と幾年、私は私を確かめたい、試したい、何が出来るのかを知りたいんだ」

 

 そこで再びユメルは深呼吸をする、自分の言っていることを自分で確かめるように、その思いを飲み込むように。

 

「だから、村を出るよ」

「……そうか。だったら出る前に挨拶をしなきゃな、皆に。親父様には私から話しをしておく。

 あの人も昔はこの世界を知りたいと旅をしていた『探求者』だった。きっと駄目とは言わないさ。」

「ああ、聞いた事がある。きっと血は争えないんだろうね」

「ユメルは親父様に昔から懐いていたしな」

「訂正を要求する、今も懐いている」

 

 そう草原で語りながら二人はくつくつと笑う。

 ガイアスが同行しようとしていることにユメルは何の疑問も抱いていない様子だった。それもそうかもしれない。生まれたときから彼はユメルに剣を捧げ、ユメルと共にあり、ユメルを守ってきたのだから。なぜ彼がそこまでユメルを愛しているのか、それを聞いた事はない。きっと自分から聞くこともないとユメルは思っている。

 ――だって、そんなことをする必要もなく、彼は共にあり、私はこの騎士と共に居たいと思っているのだから。

 少女は竜人に起こされ、その竜人の左肩に腰を乗せ座る。大柄な竜人と人間の少女だから出来る事だ。

 

 こうして名前もない大草原から彼女の決意は始まった。

 この世界、セレスティアの果てを見た者はまだ誰もいない。過去の失われた機械文明、消え去った神代の神々の謎、そしてこの大陸、地方の場所ですらまだわからないことが多い。それらすべての謎を求め、探求し、解き明かすもの、それが探求者だ。彼らは過去の遺跡で発見された記述で財産を持ったものも、強大な魔物と呼ばれた生物を倒し、名誉を元に国王となったものも、そして何も得られず、野山に屍を晒したものもいる。

 だからこそ、ユメルはそんな世界で自分を試したいとそう思った。自分は何者になれるのか、何者にも成れないのか。

 



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一話 貿易都市

 セレスティアとこの世界は呼ばれている。人間がこの世界で認知している場所は数知れる。それはただ今人類が生きている大陸ウーヌス大陸だけだ。その大陸にも人類は散らばった領土と、幾つかの都市国家が連なる地方地域の人類の生存権でしか生きていくことはできない。なぜなら、国がない場所とは過去、そこの人間が全て殺されて空白となったか、強大な『魔物』と呼ばれる生物が住む地域だからだ。

 この世界は過去栄華を極め、機械文明と呼ばれる一大文明を築いていた。そのころはセレスティアはもっと広く、知らない世界の果ても存在していた、らしい。

 だが、その文明は何かしらの原因で滅び去っている。そして、その過去にも世界を作ったとされる神々がこのセレスティアからいなくなったと呼ばれる『神代』の時代も存在する。

 なぜ、人類の生存域はこんなにもなくなってしまったのか、過去に何があったのか、神代とは何か、そして魔物とは何なのか、……人類が生きるための道を探すもの、探求者。それは一種の英雄のような存在であり、人々に広く受け止められる存在達である。

 

 どうやったら成れるか、それは簡単だ。探求者だと、名乗ればいい。

 もしそれを語る資格がなければいつか名前に殺され、実力が伴えば人々は英雄として歓迎する。

 そんな世界のウーヌス大陸の最北端都市国家郡『セプテントリオ地方』の片田舎にユメルの街はあった。

 都市国家と都市国家をつなぐ貿易中継都市としてスメル山脈の麓にその町は存在する。

 人々はここを『貿易都市ランス』と呼ぶ。南に三日いけば『城砦都市国家パリスタン』北に二日行けば『禁則地域への架け橋カリーヌ』が存在する。

 そのどちらも探求者を手厚く保護する軍事国家であり、探求者となるならここは夢の大地とも言われている。

 ユメルは貿易都市ランスの領主の館の一室、豪奢な家具が置かれている部屋で陶器の器でいい香りにする茶色の水を飲み黒毛の少女と語らっていた。

 

「美味しいな。さすがはスメラギコレクションの一品だ。こんなに美味しいセイロンは君の所でしか飲めないよ」

「ラトゥブラナっていう葉のお茶よ」

「そうか、覚えておこう」

 

 開いた窓から鳥のさえずりが聞こえてくる。左手を望めば、そこには貿易都市ランスの町並みが広がっており、慣れ親しんだ光景があった。東地区に存在する工業地域を見れば工房から煙があがっており、今にも金床の音が聞こえてくるようだ。西に存在する農業地域では今日もせっせと土を弄る人がおり、中央の商店街では絶えない人波が喧騒を醸し出している。だが、そんな街をさえぎるのように4メートルの石の壁が街を囲んでおり、そこから先は大草原が広がっていた。

 そうでもしなければ草原から来る『魔物』から安心して眠れないのだ。

 眩しいものを見るようにユメルは目を細めて街を見る。この光景を心に刻み付けるように。

 

「本当に街を出るの?」

「ああ、決めたんだ。自分に何が出来るか、何が出来ないのか、それを私は知りたい」

「……別れの挨拶ってわけねぇ。ちゃんと父親には話した? モヒートには?」

「父上になら、昨日許可をもらったよ」

 

そう話しながらユメルは微笑みを浮かべ、部屋の扉の脇に直立不動で立っているガイアスに視線を向けた。彼はユメルの視線を受けると返事をするように右手で左の腰に帯剣してある剣の柄をこつこつとたたく。

 その返事に満足したのかいっそう笑みを深くすると彼女は目の前のスメラギに視線を戻した。

 

「そう。……たださ、約束してくれないかな」

「ん?」

「明日の祭りまではこの街にいるって」

「ああ、そうだった、明日は星降り祭、だったな」

 

 星降り祭。

 年に一度この街で行われる一大的は祭りでその日に限って昼夜を問わず人々は飲んで歌って、食べて次の一年の安全を祈る。

 その祭りの日は山に星が落ちるような流星群が空を覆うため人々はこの日を『星降り』と呼び、『星降り祭』として慕われてきた。

 忘れてたといわんばかりにユメルは視線を村に戻す。なるほど、よく見てみれば常時より街が活気づいているのがわかる。きっと逸る気持ちに近くの事を忘れてしまっていたのだろうとユメルは自分を少し戒め、反省した。

 

「わかった。今年もまた三人で回ろう。モヒートと、私と、君で」

「ええ、約束だからね!」

「ああ」とユメルはスメラギのまばゆい微笑みにつられて笑みをこぼす。

 

 この街の領主の娘、スメラギ・アヤカ。この街の衛兵団の団長の娘、ユメル・ユーラシカ。工房街を取り仕切る親方の娘、モヒート。小さい頃から接する機会があった彼女らは当たり前のように仲良くなり、当然の如く、親友となり今日まで一緒にこの街で暮らしてきた。

 ――どう説明しようか。

 ユメルはふと今になってもモヒートに語る言葉を決めかねていた。スメラギは聞き分けよく、長い目で物事を見れる人柄のため説得には難を要さないだろうとわかっていた。きっと家を送り出す母ように見送ってくれるだろうと。

 ただ、モヒートはよく言えば情緒豊か、悪く言えば感情的だった。だからこそユメルはもしかしたら自分についてくると言いかねないと頭を悩ましているのだ。

 もっともそれは彼女の環境もあると思うが。

 

「あ、鳶」

 

 スメラギが指差す方向を見ればピャー、と鳶が鳴いていた。大空を自由に思いのままに飛びながら。その姿はどこまでも自由で縛られるものもなく、そして蒼穹をわが庭のようにしている。

 その姿に何を思ったのかユメル自身にもわからなかった、が、彼女の中に一つの答えが出た。

 思ったままに言葉をぶつけてみよう、と。

 それからスメラギの館を後にしたのは数刻太陽が動いてからだった。昔の話に話題を咲かせたり、また茶葉の話をしたり。

 今になってそれが一段と楽しく思うのはすでに心が此処から離れているからだろうか? と、ユメルはそう思った。

 

✳︎✳︎

 

 館から出た彼女は工房街へ足を運ぶために商店街の噴水広場を歩いていた。

 コツコツと革靴がレンガで出来た地面を叩き、一定の速度で歩を進める。そしてふとその足が立ち止まった。

 噴水の下に見慣れぬ男が座禅を組んでうんうんと唸りながら考えこんでいたためだ。

 祭りの日ならばそういうこともあるだろうと素通りしただろうが今は祭りの前日、そして見慣れぬ男はなんと考えこみながら水を飲むようにワインを瓶であおっているではないか。

 警備団という親を持つからだろうか、こういう厄介事を見逃せない彼女は歩みを変え、男の下へ歩いていく。

 

「こんにちは旅の方。そんなに悩まれてどうされた?」相手を刺激しないようにユメルは微笑みながら彼に言葉をかけた。

「ん? いやいやかわいいお嬢さんなんでもないよ」

「何でもないようには見えないが。私に出来ることがあるかもしれない、こう見えてもこの街では顔が利くからね」

 

 そうユメルは話しながら背後に佇むガイアスに視線を一瞬送る。

 その視線に答えるようにまたガイアスは剣の柄をコツコツと右手で叩いた。

 近くでみた見慣れぬ男は無精ひげを口の周りにはやしながら困ったように栗毛を左手で掻いている。

 その胸に短剣がしまわれていること、そして柔らかい使い込まれた皮の素材を防具として鎧にしている事を見てユメルは『探求者』か、と相手を暫定する。

 その『探求者』の男はガイアスを見て目を見開き、まいったといわんばかりに両手を広げた。

 

「わりぃわりぃ、怪しいよな、俺。でも怪しいもんじゃねえんだ。この街にちょっと野暮用があってきた探求者でさ。アルフレム・ジントニスつうんだ。お嬢さん、いやお嬢さまはこの街の権力者か?」

「アルフレムか。私はユメル・ユーラシカ。権力者か? という問いには概ね肯定だが、正解ではない。何せ私には何も権限はないのでね。ただ、誰かに顔渡しくらいは出来るつもりだ。こう見えてもこの街の衛兵団の団長の娘でね、困っている人は捨て置けないんだ」

「ああ、成るほど! 合点がいった。いや俺はちょっとスメル山脈の樹海に用があってよ。パリスタンの依頼でここに来たんだが、ちょっと道中にいろいろあって到着が遅れちまってさ。

 そんでさっきついたんだけど、スメル山脈は星降り祭が終わるまで閉鎖っていうじゃねえか。どうしたもんかって、頭を悩ましてたのさ」

 

その言葉にユメルは首を傾げながら返答を返す。

 

「待てばよいではないか?」

「いや、それがよ、星降り祭が終わるまでに確認してくれっていう直々の依頼でさ……」

「確認? ふむ……なるほど。父に招待状を書こうそれで何とかなるはずだ」ユメルはそういうと、胸元から紙を取り出し、持ち歩いているペンでそこに地図とサインを書いていく。

「こういっちゃなんだが、いいのか? 俺なんかを紹介して」

「私は、父からこう教わっていてね。探求者と村人は大切にしろと、そして一度首を突っ込んだことは決してなげだすなとね」

 

 ユメルはなんでもないという風にすらすらとそう告げ、紙をアルフレムに手渡した。

 それはこの街の地図と、父の職場までの道のり、そして紹介者としてユメルの名前が書かれた簡易的な紹介状だ。

 ユメルに差し出されたその紙をすぐには受け取らず、アルフレムは少し惚けた様子でユメルの顔を見ていたが、それも一瞬の事で穏やかな笑みを浮かべると彼女の紙を受け取って立ち上がった。

 

「出来た嬢ちゃんだなぁ。もしだが、パリスタンに来ることがあれば『その日の気分のパンシエット』って店に来てくれ。だいたいそこに厄介になってからよ」

「ん? 機会が合えば伺おう」

「ああ、そうそれと、これ、お礼にどうぞ。本当にありがとうな!」

 

 そういうとアルフレムはユメルの手のひらに乾燥した黒い実を乗せる。

 おい、これは何だ、とユメルがたずねようとアルフレムに向けるときには彼はすでにこちらを見ておらず、スタスタと案内図に従いあるきだしてしまっていた。

 手の上にある不思議なこの実をどうしたものかと熟考していると、後ろからガイアスがその実を摘んで自らの鼻先でスンスンとにおいを嗅ぎ始めた。

 

「ああ、これは子供が食べるものじゃないな」

「ん? いったいなんなんだそれは」

「ドライグランベリーのワイン漬けだよ。ピクルスに似たようなものだ。緊張したときとかに食べると心が少し落ち着く。まぁ酒の効果と口に何かを含むと落ち着くっていうそんな御まじないみたいなものだけれどな。乾し肉の一種で保存が利く非常食だ」

「ふぅん……貰っていいか? 少量の酒なら問題あるまい。私もすでにもう少しすれば十五で成人を迎えるしな」

「ああつい子供扱いをしてしまった、すまない、そうだな。ユメルが貰ったものだ」

 

 ガイアスは鎧の上からでもわかる苦笑をもらすと、乾しグランベリーをユメルの手に戻す。

 人とは好奇心の塊だ。ユメルもまだ酒を飲んだことはなかった。だからこそどんな味がするのだろう、後で食べてみようと顔を見てその心の機敏がわかるくらいにはじっと実を見つめる顔には色が出ていた。

 その実を一度腰にいつもつけている皮の袋に入れると、再び工房に向けて足を進めた。

 

 *

 

 この貿易都市の装飾品は特産品として有名だ。主な特産品はリング。金属が淡い緑の光をはなち光るその色は翡翠とプラチナを混ぜたようなやさしい色合いを放つ。精霊鋼と呼ばれる金属で、スメル山脈でしかまだ出土が確認されていない。

 この鋼は五百度を境に融解と凝固を突如行い、その扱いにくさ、そして形成の難しさから加工できる職人はこの街でも一握りしか存在しない。

 そんな鋼を自在に形成できる唯一の人物こそがここ工業地域の長、スミノフだ。

 ユメルは気負うことなく工業地域で一番大きな工房の前に立つとその檜の扉をノックする。

 

「入るぞ」

 

 その声と共に中に入ると、幾人もの職人が金槌を手に金床に置かれた緑色に発光する石をひたすらに睨み、あるいは金槌で叩いて形を形成していた。

 そんな中一番奥の窯で椅子に座りながら口にサトウキビを銜え作業する無精ひげが似合う中年がいた。

 ほかの全神経を研ぎ澄まし作業する者たちとは違い全身の力を抜いて作業をする、そんな別格の男に怖じけることなく、ユメルはすたすたと彼の下に歩いていく。

 

「作業中すまないスミノフ殿。モヒートは二階だろうか」

 

 話しかけられたことにスミノフは眉を顰めユメルを睨み、ああ?、と恫喝するが相手がユメルだとわかるとコロッと表情を変えどこにでもいる、酒がすきそうな中年の親父の顔になった。

 

「おお! ユメルちゃんじゃねえか。ああ、娘なら二階にいるぜ、呼んでこようか?」

「いや、いい、モヒートも何かしてるんだろ? 私から向かうさ。作業の手を止めさせて本当にすまないな」

「いいんだよ。俺の弟子だったらぶん殴ってるとこだがな!」

 

 とケラケラと笑いながらスミノフはさらりと怖いことをいう。もっともそれも嫌味ではなく、本当に部外者なら仕方がないという本心からの言葉だった。

 苦笑をひとつ彼にむけ、ユメルは工房の奥にある階段から二階へあがっていく。何度も来た勝手しったる家だ。ユメルからすればスミノフは親戚のおじさんのような感覚であり、実際スミノフからしてみても姪のように扱っている。

 だからこそ気負うことなくユメルは二階に上がりモヒートの部屋へと入った。

 

「これで出来上がり」

「モヒート?」

 

 モヒートは自室の大きな木製の作業机の上に幾多の機械を並べながらその中の一つを真剣に手で弄っているようだった。ゴーグルを目につけ、つなぎを身にまとい、黒い髪を短く切っている彼女は女性らしさという言葉から対角に位置する。

 だが、その華奢な体と綺麗な肌がこのような姿であっても女性を捨てていないと主張していた。

 

 モヒートはこの街で唯一の機械技師だ。

 いまや機械文明に存在した機械のほとんどを作れるものはいない。ロストテクノロジーであるそれを現代によみがえらせ、機械文明に存在した道具、そして文明の利器を復活させようとするものこそ『機械技師』と呼ばれる。父が小物を作る鍛冶師であるのに対し、彼女が機械技師であろうとその知識を昇華させたのは理由があった。

 父が大きすぎるのだ。決して手を伸ばさぬ高みに存在し、どんな技法を凝らそうと作っても父はそれを子供が玩具で遊ぶようにやさしく微笑んで「よくやった」と褒めるだけで、相手にされない。

 実際、精霊鋼も未だに加工を成功したことがなく、作る装飾品も二流、いや三流。「その年にしてはすごい」「流石、スミノフさんの子供だ」そんな言葉がお世辞であることは彼女自身が一番理解していた、いや子供ながらにしてしまった。

 

 だからこそ、父親とは関係のない機械技師に逃げた。きっかけはふとした出来事だった。壊れた拳銃をユメルの父がパリスタンから持ち帰ったときその一つをユメルがお土産として貰ったのだ。

 そしてそれをモヒートに見せたユメルはなんとか直せないかと、子供ながらに彼女に聞いたのだ。そのときは知識もなく手探りで修理を行った、錆を落とし、解体した部品を模倣し新しい部品を作り取替えて組み替える。するとどうだろう、錆びて動かなかった拳銃がスライドし撃鉄があがるようになったのだ。

 それを、本心からユメルは『すごい』と褒め称えなんども感謝の気持ちを伝えた。そこからだ、機械文明の珍しいものを弄っては直し、自力で知識を吸収していった。ユメルも機械文明の物はロマンに溢れ好きであり趣味仲間となったモヒートと日夜語り明かした。

 そしていつの間にか簡単な機械なら作れる凄腕の機械技師となった。

 

「あ、ユメルちょうどよかった。面白い機械が修理し終わったんだ!」

「ほう? 興味があるな」

 

 モヒートは朗らかに手からスティック状の機械をユメルに掲げる。その機械をユメルが見てみると機械文明の文字で録音、再生、停止などと書かれているのがわかった。

 たしか音声録音機器だと、ユメルは理解すると感嘆を漏らしモヒートに近づいていく。

 

「ほうほう! 音声は入ってたのか?」

「だからいい所にきたっていったのよ~! 今から聞いてみるつもりでね!」

「何、それは本当に幸運だった。早く聞かせてくれ」

 

 二人して目を輝かせながら心を落ち着けるように椅子に座ると二人の間の机の上にそっとモヒートが音声録音機器を横たえる。これは古来の人々の生活が録音されていることもある機械文明の建物から発見される機械であり、内容によっては一攫千金の価値を持つそんなロマン溢れる機械だった。

 もっともだからこそ赤子を扱うようにモヒートは横たえ、ユメルはそれを固唾を呑んで見守っているのだが。

 

「じゃ、再生するね?」

「ああ」

 

モヒートがゆっくりとその指を再生ボタンへと伸ばし、再生を押す。すると、ノイズと共に男の声がその機械から流れ始めた。

 

『西暦二千八十四年……日、とうとう平和が訪れる、クローンNo,25404番……ミルの永久凍結に成功したのだ。だが、我々も被爆……。この記録が残ることを願い、この建物に近づく未来の者に言葉を残す。

 絶対……はここに眠る。決して……。そしてすまない、アレは我々の負の遺産だ。シュペル……時、再び滅びが……』

 

 その言葉を最後に音声録音機器の再生が終わる。もうなんの言葉もないというのに、その部屋にはただ沈黙が下りていた。

 



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第二話 「不可解な音声」

 その沈黙を破ったのはユメルだった。

 その音声が重要なものであると理解した上で、そして、それが良くないものだとわかった上で、彼女はゆっくりと息を吸い、そして言葉を紡ぐ。

 

「なぁ、モヒート。これ、どこで拾ったんだ」

 

 その言葉に即時にモヒートが返答することはない、やましい事があるのだろう、とユメルは思う。

 

「何、怒ったりはするものか。スミノフ殿に告げ口を言うつもりもない。その上で一つ私の中で仮説があるのだが、もしかして、スメル山脈の樹海に入ったのではないか?」

「……うん。でも、そんなに深くにいってないよ」

「隠すことはない、私もたまに抜け出して狩りをすることもある」その言葉にガイアスからの視線が強くなるのをユメルは感じるが努めてそれを無視した「浅い森にはこんなものは見たことがない。禁足地の手前まで行ったのだろう」

 

 その言葉にモヒートは視線をそらし、ガイアスはため息をついた。

 そしてそのモヒートに確認するように、ガイアスは神妙な様子で話しかけた。

 

「禁足地には入っていないんだな? 」

「うん」

「……なら、私もユメルに誓って話すことはない。

 だが、あの禁足地は本当に危険なんだ。特にこの時期、どこから現れたかわからなぬ魔物が彷徨っていることもあるし、それに、亡者の存在も確認されたこともある。別に村の掟はお前たちを縛るためにあるのではない。守るためにあるのだ」

「わかってるってば」

 

 そのモヒートの様子にガイアスは自分から話しても無駄か、と悟り口を閉じる。大人に言われると硬くなになってしまうことなど、子供のうちはよくあることだからだ。

 村の北にする樹海の奥は『禁足地』と呼ばれ、決して村の者が近づいてはならないという掟がここにはある。それはいつから話されたかわからないほど古い掟だが、実際、その禁足地からこの時期魔物が一定数森の中に彷徨ってくることもある場所だ。

 狩人や、衛士なら問題はない程度のものだが、ひとひねりで子供など殺されてしまうくらいには危険なのだ。

 そんなガイアスの思いを理解した上でユメルは苦笑いをし、数舜の沈黙ののち口を開いた。

 

「ふむ、だが、私も気になるな。これはおそらく、れっきとした禁足地の手がかりだ」

「ユメル!!」ガイアスがとがめるように語気を強くする。その言葉にモヒートは肩をびくりと、震わせた。

「なぁ、ガイアス。頭ごなしにしかってもモヒートも止まらないさ。

 それに、おそらく何を言ってもまたそこに手がかりを探しにいってしまうだろ? なら、私やお前がついていったほうが、いいとはそう思わないか? 」

「お前はそんなこといって、自分も好奇心にかられているだけだろう」

「ハハハハ、否定はしないさ。……ふむ? そういえば丁度いい男がいたな」

 

 不承不承といった様子でガイアスがため息をつくのを横目にユメルはあくどい微笑みを浮かべる。

 金髪のかわいげのある少女の顔が台無しになるほど、その微笑みは悪だくみを隠そうとしていなかった。

 そんな彼女たちの会話にモヒートはきょとんといった様子を隠さずに成り行きを見つめていると、その手をユメルにとられ、立たされる。

 

「さ、行こう、私に案がある」

 

**

 

 貿易都市、ランスの北区にユメルの家はある。それは一般的に言えば屋敷と呼ばれる類の大きさを誇っており、家であると同時に、この町の衛兵隊の本部隊舎でもある建物だ。

 モヒートを連れたユメル等はその建物に入ろうとすると、彼女の目的の人物が丁度、建物から出てくるところだった。

 栗毛が特徴的な男性、アルフレムだ。

 彼もまたユメルを認識すると人当りのいい笑みを浮かべ、手を挙げる。

 

「おお、ユメルの嬢ちゃんじゃねえか」

「その様子はどうも、父上との交渉は上手くいったようだな」

「ああ、嬢ちゃんのおかげでね。……と、そっちの娘さんは?」

 

ユメルの隣に立っているモヒートにアルフレムは視線を向ける。するとモヒートは慌てた様子で一礼をした。

 

「あ、申し遅れました、モヒートで。」

「お、おう? 丁寧にどうも。探究者のアルフレム・ジントニクスだ。」

 

 状況が読み込めないといった様子のアルフレムがまたユメルに視線を向けるとユメルはあくどい笑みを彼に向ける。

 

「なぁ、アルフレム。貴殿は私に『恩』があるよな?」

「お、おう、そうだな。何か頼みたいことでもあるのか? そんなにしてやれねえが、多少のことなら、してやれるぞ」

「話が早い。頼み事というのも、何、簡単な話だ。スメル山脈の樹海に同行させてほしい」

「は?」

「悪い話ではないと思うぞ、見たところ、貴殿は森の中は初めてだろう、私ならある程度案内することも可能だ。それに、村人からいちいちとがめられ、後ろ指をさされる心配がなくなる、どうだ?」

「……理由をきかせてくれ、この森の事は聞いたが、魔獣がいるんだろ、小守をしながら魔物を相手にするのはちょっと、」そう言いかけたアルフレムの反応が間に合わない速度で、ユメルは拳銃を取り出し、彼の眉間に突きつける

「ばーん」

「おま、それ、まじもんの拳銃じゃねえか!? どこで、というか、腕良いな!?」

「いったろう。衛兵隊の団長の娘だ。武芸は多少心得ている。それに」ユメルは後ろのガイアスを親指で指さした「こいつもついてくる。いっては何だが、そこらの探究者以上の実力はある男だぞ」

「……そんなもん、竜人族の戦士ってだけでわかるわ。数百年の武芸者と、人間を比べないでくれますかねぇ。まぁ、いい! 実力があるのはわかった、だが、理由はなんだ。魔物退治をみたいとかいったらさすがに連れてけねえ」

「む、意外と硬いやつだな。理由はこれだ」

 

 そういうと、ユメルは先ほどの音声が録音されていた音声機器を取り出すとその音声を再生させる。

 それを聞いたアルフレムはいままでと打って変わった様子で神妙にユメルに尋ねる。

 

「樹海で拾った奴か? 」

「ああ。貴殿も探究者、これの価値はわかるだろう。」

「もちろんだ。……かぁーーー! いいだろう、ついてこい、ただ、その発見に一枚噛ませろよ! 」

「いいか? モヒート」

「え、あ、はい。別にそういうものにあまり興味がないので、構いません。」

 

 ガッツポーズをするアルフレムを横目に、鼻を鳴らしたユメルがモヒートと手をタッチする。

 その全員の様子を一歩引いてみていたガイアスは、ため息をまた零すのだった。

 



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第三話 深い森の中で

 スメル山脈の樹海、そこは昼間だというのにひどく暗い森だ。木漏れ日が地面にあまり届かないほど枝は入り乱れ空を覆っている。

 足元は木に栄養が取られているのか、あまり草等は存在しないが、腐葉土で覆い尽くされていた。

 アルフレムはその様子を変な森だと感じるのだが、ユメル達はこの森しか知らない為特に感想も抱かず、すいすいと進んでいく。

 ふと、思い出したようにユメルは視線を前方に向けたまま、アルフレムに尋ねた。

 

「そういえば、貴殿はこの森の何を調査するのだ?」

「ん、あぁ、しばらくここを進むと石碑があるらしくてよ。その石碑まで行って異変がないかを確かめるのが仕事だな」

「石碑、禁足地のやつだろうか。……それに、異変、異変とは何を指すんだ?」

「それがなぁ、詳細不明なんだわ。報告内容は異変があったかどうかと、そこで出会った魔物の素材を一つだけなんだよなぁ……」

「よくそれで依頼を受ける気になったな」

「指名の依頼ってやつで、店長から直々に頼まれたから断らなかったんだよ……」

「という事は結構著名なのか?」

 

 そのユメルの言葉にアルフレムは恥ずかしそうに頬を掻きながら笑った。

 

「いやいや、俺なんて下っ端の下っ端よ。ただちょっと長くやってるから顔が広いだけ」

 

 その言葉にガイアスは喉を鳴らし、剣の柄に手を置きながら返答をする。

 

「長く続けられるという事はそれだけで得難い人材という事だ。それに、探求者として分不相応な事はしないだけの身の丈をわかっているということでもある」

「あんたみたいな竜人の戦士に褒められるって言うのは嬉しいものだな」

 

  そうして雑談をしながら、奥へ奥へと全員が進んでいく。

 森が深くなるにつれ暗さもまた深まっていく。

 夕暮れ時のような暗さになるまで、30分もかからなかった。

 時折、鳥の鳴き声に混ざり、なにかの獣の鳴き声が聞こえる。それが聞こえる度、一度は身を落とし、周辺に視線を配るがその声の主が現れることがなかった。

 そうして暫く歩くと、夜のような暗さになる森の境目に2mほどの大きさの石碑が置かれている場所にたどり着く。

 アルフレムはそれに手を触れ、読もうとするが、掠れた文字の上、見たことのないその言葉に眉をひそめるのみしかできない。

 

「これってなんて書いてあんだ?」

 

 その問いにユメルが顎に手をあて思い出すように答える。

 

「たしか、『この先に立ち入る者は災厄を招くだろう。決して立ち入ることなかれ、後世にこれが残ることを願う』だったかな」

「それ、探求者からすれば裸体の美女を前に……すまん」ガイアスから無言の圧力を感じ、アルフレムは失言を謝罪する。

 

 そんな様子にユメルは、気にしていないと口にすると辺りを捜索し始めた。

 

「モヒート、ここら辺か? 」

「うん、この辺りで拾ったんだ」

 

 その言葉にアルフレムの目の色が変わるとしゃがみながらなにかの痕跡を探し始める。

 そして、彼は目を細めると、少し凹凸がある地面の腐葉土を掘り始める。

  それを見たユメルが首をこてんと傾げながら近づいてきた。

 

「どうした?」

「いや。ここ、変な凹凸なんだわ」

「変?」モヒートもまた近づきながらたずねる。

「腐葉土は、均等に積もるもんだ。地面の凹凸が出来るとすれば、岩、亀裂、木の根、あとは、木の枝とかなんだが、これを見てみろ。木の幹のような大きさの円柱形の何かが木に関係なく横たわってるだろ」

 

 それを聞いたユメルはアルフレムを尊敬するような眼差しで見、うなづくと共に掘り始める。

 

「さすが、熟練の探求者だ」

「こんなの、探求者なら出来て当たり前だ」

 

  そして、掘り起こすと土の下に円柱状の鉄の塊が転がっていた。

 それを見たアルフレムは口に手を当てながら考え込む。

 

「鉄の円柱? ここの、接続部のような部分はなんだ」

「あ、これ背中だね。ここは電源プラグを差す穴だと思う。多分これ反対向きにすると、ドアみたいな入り口か、それか、ガラスがあると思う」

 

 そう説明しながら、モヒートが地面に枝で絵を描いていく。その絵を見ながらアルフレムがうんうんと唸り始めた。

 

「嬢ちゃんすげえな、これなんだか分かるのか?」

「うん。文献で見たことあるんだ。たしかこれ、シリンダーか、試験管? みたいな名前だったと思う。たしか、生物がホルマリンとかで保存されてるのを確認されたって書いてあったかな」

「生き物を保存する容器か。これまだ入ってたりしねえよな」

「……あるかも」

 

 そんな話をしていると、獣の鳴き声が近くで聞こえる。

 全員が武器を抜きはなち辺りを伺うと、じっと禁足地からこちらを伺う一匹の猪が見えた。

  それを見たユメルは拳銃をソレに向けながらふとつぶやく。

 

「動物……ではないな。ソレにしては大きすぎる。鋭どすぎる牙、それに鉄のような剛毛、魔物か。」

「ご名答、あれはフォレストボア……いや、デッドフォレストボアだ。屍獣、アンデットだ」

 

 そうアルフレムが返答すると、彼は腰の皮袋から紙切れを数枚取り出した。

 それが合図だったように、デッドフォレストボアがその牙を一同に突き刺すべく突撃をしてくる。

 ユメルが横合いに避けながら拳銃を連発する、その銃弾は違わず全てデッドフォレストボアの胴に突き刺さる!

  だが、その攻撃は動物ならば、怯むだろうが、魔物、ましてやアンデットには軽症にも及ばないらしい。

 一切怯む事なく、ユメルに向かいカーブを描きながら向かってきた。

 

「ち、怯むこともないか!!」

「アンデットに物理的攻撃にあまり効果はないぞ! あいつらは身体は器にすぎねえ。効果的なのは、魔法、あるいは銀の武器だ!」

 

  アルフレムはそう答えるとユメルの前に立ち、その手に持った紙切れを破り捨てる。

 すると、その紙からランタンの火のような明るさの白い炎が浮かび上がると、辺りを照らす。

 その光はユメル達にはなんの影響も及ぼさなかったが、屍獣たる猪はまるでそれが地獄の業火であるかのような反応を示し、その火の前にうめき声を上げながら立ち止まった。

 デッドフォレストボアは皮膚を爛れさせながら後ろに下がっていく。

 そして、そんな隙を見逃す探求者、そして、竜戦士はこの場には居なかった。

 アルフレムが銀の輝きを持った投げナイフを胸から取り出した。それを、デッドフォレストボアの足に投げ、突き刺さるとまるでそれが焼けた鉄のようにその足から煙を放ち、その場にたたらを踏む。

 そして立ち止まったデッドフォレストボアに向かい、飛翔をし、上空を取ったガイアスが急降下をする。

 寸分たがわず、ガイアスがデッドフォレストボアの首にその剣を凪ぐと、一刀両断の後にその首と胴が分かたれる。

 だが、彼はアンデットがそれで止まらぬ事を理解している。横に着地をし、剣をさらに横に薙ぎ払った。

 すると、その足が全て切り裂かれ、屍獣は何も出来ずにその場でバラバラに解体された。

 

「流石竜人だなぁ、俺の攻撃がカスみてえだ」

「何を言う。アルフレム殿がユメルへの攻撃を防いでくれ隙を作ってくれなければこうもうまくはいかなかったさ。……それに、何もできない状態だが、死んで居ない」

 

 そのガイアスの言葉にモヒートが驚きの声を上げた。

 

「その状態で!?」

「あぁ、アンデットを完全に殺すにゃ、火で灰にするか、聖水で浄化するか、後は、この白い炎で焼くしかねえ」

 

 そう話したアルフレムが屍獣に近寄ると、手にある一枚の紙切れをその身体に破り捨てる。

 すると、脂に火をつけたようにその身体が燃え上がった。

  その様子を見て居たユメルが興味津々といった様子でアルフレムに尋ねる。

 

「それはなんなんだ?」

「ん? あぁ、術札(じゅつふ)って奴だ、紙切れに魔力と魔法が込められていて、破るとその札に内包された魔法が発動すんだ」

「便利なものだなぁ!」

「その代わりちょっと高えよ。具体的に言うとこれ一枚で宿屋に20日くらい泊まれる。」

「……、大丈夫なのか、二枚も使って」

 

 ユメルの心配したような言葉にアルフレムは笑いを返すと、問題ない、と手を横に振った。

 

「流石に赤字にはならんくらいの物しか使わんさ。探求者は高級取りだが、こう言うアイテムに金かけねえと生きていけないからな」

「そうか。それで、アンデットの素材ってどう剥ぎ取るんだ?」

「燃やしたなら灰が素材になるし、今回のこの炎だと、骨が残るからそれの牙がいい素材になる。……興味あんのか? 探求者に」

「あぁ! この祭りが終わったら、ここを出て探求者になろうと思ってる!」

「へぇ、嬢ちゃんの腕なら――」その言葉を遮るようにモヒートが悲鳴のような声を上げた。

「聞いてない!! 嘘でしょ? ユメル? ……」

 

 そのモヒートの言葉に、しまったと、ユメルは苦虫を噛んだような表情を浮かべるのだった。



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第四話 親友

「聞いてない! 嘘でしょ!? ユメル……」

 

 そのモヒートの問いにユメルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 ユメルは言葉を紡ごうとしては口を閉じ、また、開いては視線を逸らし口を閉じた。

 その様子を目の前でみていたアルフレムはユメルの肩を叩き、空気を出来るだけ変えるように口を開く。

 

「ま、まぁ、込み入った話は帰ってからにしようや! それよりもその機械を調べてみようぜ」

 

 一瞬、ユメルとモヒートはお互いの視線を合わせる。そして、ユメルが後で絶対に話すと告げると、モヒートが小さく頷き、機械を囲むようにして膝をついた。

 そんな中、先程のアンデットの件もあり、ガイアスは剣を布で拭いたのち、しまう事なく地面に突き刺すと鋭い眼光で辺りに気を配る。

 

 モヒートは手を顎に当てながら、アルフレムに反対側をみたいと告げる。

 その言葉にアルフレムはうなづくと、ロープを二つ上下にくくりつけるとそれを木に繋いだ。

 どうするのだろうと、ユメルが興味津々で見ていると、アルフレムは更にもう一本のロープをその木に繋ぎ、その両端を左右に均等の力がかかるように円柱と反対側の木にくくり付けた。

 円柱にくくりつけたロープに比べ、木にくくり付けたロープは軋む音すら響かせ、緊張されている。

 

「ちょっと離れてろ」

 

 ユメル達にそう告げた彼は緊張されたロープの間に立ち、不思議な言葉を唱え始める。

 

『地に連なる力よ。ここに穴を穿ち、汝に還元せん。―ディック!』

 

  一瞬アルフレムが力むと、ガンッと大きい音を立て木に半径50cm程の穴を穿つ。

 ―メキメキメキッ! 、その途端鋭い音を立てながらアルフレムに向かって木が倒れ始めた。

 彼はそれを横合いに飛びながら避けると、木はそのまま横に倒れた。

 その反対側にあった円柱は木の重さにつられ、掘り起こされると、そのまま反対向きになり倒れる。

 

「おお! すごいすごいぞアルフレム!」ユメルが感嘆の声を上げると彼は恥ずかしそうに、そんなすごいことなんてしてないぞ、とぼやいた。

 モヒートはそんなことを気にもとめず、裏返った機械を調べ始める。

 ウェスを腰袋から取り出し、その機械の表面を拭き取ると、その土の下にはガラスの窓が存在した。

 そしてその円柱の中には液体が満たされている。液体の中には花の種のようなものが、拳大の大きさで浮かんでいる。

 

「これは?」モヒートが呟きながら目を細めた。

「見たことねぇな、でもという事は新発見という事だ。回収しよう」

 

 モヒートはうなづくと、トンカチを取り出し割ろうとするが鈍い音を立てるだけでヒビすら入る様子がない。

 それを見たアルフレムがモヒートを止めると、同じ呪文を唱え、窓に穴を穿つ。

 感嘆した声を今度はモヒートも上げるが、基礎中の基礎の魔術だ、とアルフレムは笑うと穴に手を入れなかからそれを取り出す。

 手に取ると不気味な黒い色をした種だった。

 それを見たモヒートが瓶の容器を取り出し、機械の中の液体を汲み取るとその中に種をいれ、封を閉じた。

 

「あの、アルフレムさん。これ私が預かってうちの機械で調べてみていいですか?」

「んーー、危険なものもあるし、正直勧められねぇが、……よし、俺もそれ同行するわ、危険なもんなら俺が止まればいいだろ」それを聞いたユメルがぼやく。

「年頃の娘の部屋に二人きりでか?」

「ばっか! すぐ対処するためには必要だろ。んーあー、部屋の扉の前で待機する、それで平気だろ。」

 

 ご迷惑をかけます、と苦笑いをしたモヒートが頭を下げる。

 その後、燃え尽きたアンデットの死体から牙を回収し、一同は何事も無く、街に戻るのだった。

 

✳︎✳︎

 

 外の光も無くなった夜、ユメルとモヒートはモヒートの部屋の中で二人作業台に囲み黒い種を機械で調べていた。

 主に機械を操作するのはモヒートだが、その助手を阿吽の呼吸でユメルが行なっている。

 部屋の外では何かあった時のためにガイアスとアルフレムが控えている。だが、特に種は何の変化も無く、淡々と作業は進んでいった。

 ランタンに照らされるモヒートの横顔を眺めながら、ユメルは言葉を掛けた。

 

「モヒート、明後日私は街を出るよ」

 

 一瞬、モヒートの手が止まるが、彼女が何も言わない事をユメルは察すると、また言葉を続ける。

 

「探求者になりたいんだ。色んな事を知って、自分が何ができるのかを知りたい」

「……急にそんな事言わないでよ」

「ごめん」

「私さ、こうして機械弄るのが好きなのも、好きになったのも、ユメルが居たからなんだよ。

 私も、付いていきたい。……でも、それじゃあ、ユメルに迷惑かけるのも分かってる。

 でも、もしかしたら二度と会えないかもしれないでしょ?! 探求者って、突然死ぬ事も多いんでしょう?!」モヒートは俯きながらとうとう機械を弄る手を止める「ユメルに寄りかかってばっかりだ、私」

 

 そんな事あるものか、そう親友に告げようと動いたユメルの口だが、目に涙を溜めながら泣かずに我慢をしているモヒートの顔がこちらを振りむき、その様子にただ、口を噤んだ。

 そんな言葉をモヒートが求めていないと、ふと、悟ったからだ。

 

「明日は祭り、また一緒に回ろう」

「うん」努めてモヒートはユメルに微笑む「――行ってらっしゃい、頑張ってね、ユメル」

「一年に一度、は約束出来ないかもしれないがこの時期はこの街に出来るだけ戻るよ。それに手紙も送る」

「――うん」

 

 笑っているのに、モヒートの目から涙がこぼれ落ちる。ユメルはそれに気がつかないふりをしながら、微笑み返した。

 

「頑張ってくるよ、モヒート」

「うん、うん、いって、らっしゃい」

 

 ――それを、部屋の外で聞いていたアルフレム達は音も立てずにただ静かに床を眺めていた。



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第五話 星降り祭

 全ての作業が終えたのは少し夜が明けてからだった。寝ぼけ眼で、モヒートは瓶に黒い種を戻すと机に突っ伏して寝始めた。

 それをみたユメルが静かに笑い毛布を彼女に掛けると、資料をまとめ部屋を出る。

 アルフレム達は眠そうな様子も見せずにユメルを見ると、どうだった、と尋ねた。

 

「あの種は、おそらく植物のもので無く、動物の卵のようなものだろうと結論が出たよ」

「動物……?」

「あぁ。細胞のような組織が確認された。また、何の動物かは不明らしい、資料を漁ったがあの卵を持つ動物は確認されなかった。生きているか、死んでいるかを確かめるため、様々な溶液を与えたところ、人の血、または動物の生き血、そして魔力を与えると活動をするのが確認された。

 あの溶液なんだが、魔力を遮断する作用があるらしい。液体と何を混ぜても溶けないことも確認、おそらく両方とも新発見だろうということだ」

「生きている?……俺的には殺した方がいいと思うが、危険かそうじゃないかの判断がつかない。

 パリスタンの城塞都市まで持ち帰れば報酬が出るな」

 

 それを聞いたユメルは少し興奮した様子で笑う、憧れの探求者という夢が近づいた気がしたからだ。

 

「その事なんだが、俺も明日に出ようと思う。一緒に来ないか?」

「ロリコンか?」少し引いた様子でユメルが身を両手で隠すと、アルフレムが驚いた様子で、

「ちげぇよ! 今回の発見は嬢ちゃんと、モヒートちゃんのものだろう! 探求者の先輩として面倒見てやるったいってんだよ!」

 

 くつくつとユメルは笑うと、冗談だ、と告げる。

 そんなユメルに呆れたようにガイアスが頭を小突く。

 

「面倒を見てくれるという人をからかうんじゃない」

「すまんすまん、貴殿を見るとついからかいたくなるんだ」

「なんかそれ、よく言われるけど釈然としねぇなぁ」

「たぶん、人が良すぎるのだアルフレム殿は。それと、あれはアルフレム殿の発見でもある……のだが、あの種を私が預かっても構わないだろうか?」

「うん、はじめての発見だからな、ここは先輩として嬢ちゃんに報告要領等を学ばせるべきだろ」

 

 その言葉に子供らしい微笑みをユメルが浮かべると、アルフレムはふと、そんな顔も出来るのだなと思う。

 そして、暫くは慣れるまで面倒をみるのも悪くはないか、とそう考えるのだった。

 

✳︎✳︎

 

 数時間もすると完全に日が昇り、顔に当たる日差しでユメルは目を覚ます。

 あの後スミノフの気遣いで、ユメルはモヒートの部屋で睡眠を取れる事になった。

 うん、と背を伸ばすとその動作であの後ベッドに運ばれ寝ていたモヒートもまた目を覚ました。

 一瞬、隣にユメルがいた事に驚いた表情を浮かべるが、子供の時よくあったな、とそんな過去を思い出すと、ふと微笑んだ。

 

「悪い、起こしてしまったな。」

「ううん、ありがとう。今日は星降り祭だもん、いつもみたいに寝てられないよ!」

 

 モヒートもまた身を起こすとベッドから飛び降り箪笥を漁り始める。

 

「あ、ユメル昨日の服のままでしょ。私の貸すから着 ていきなよ」

「いいのか? 」

「いいっていいって。あとお湯沸かすから身体拭いてこ。ユメルの実家みたいにお風呂はないけどさ!」

「じゃ、今日の夜は私の家で風呂に入るか」

 

 ありがとう、とモヒートはまた笑う。

 それはいつもより悲しげでもあり、楽しげでもある複雑な表情だった。

 それを気がついてはいたが、特に尋ねる事なくユメルは身を起こすと、黒い種の入った瓶を腰袋に仕舞い、モヒートが選んだ服に着替える。

 それから下で寝ていたガイアス達を横目に家から飛び出すと、北区にあるスメラギの家に向かうのだった。

 

 澄み渡るような晴天、周りにはいつも以上の喧騒が満ち、家の前で各々が食べ物を配っていたり、また、エールやワイン、それに果実の絞り汁等を無料で道行く人に渡していた。

 ユメル達も声を掛けられるが、モヒートが朗らかにごめん急いでいるの、と告げると微笑ましげに見送られる。

 少し駆け足で、スメラギの屋敷にたどり着くと彼女は庭園のテーブルで侍女を連れながらお茶を飲んでいた。

 領主の娘ということもあり、彼女から他人の家に誘いに行くのは品がよろしくないとそう侍女長に止められているからだ。

 それに、集合場所を決めていた方が行き違いにならずに済むと、過去の経験から自然とスメラギの庭園が集合場所となった。

 

「その様子だと、また二人でやんちゃしてたでしょ。もう。誘ってくれてもいいのに」

 

 その冗談に後ろの侍女が困ったように笑うと、冗談よ、とスメラギは続けた。

 もっとも、侍女長がうるさくなければそれは冗談ではない事をユメルも、モヒートも理解している。

 ごめんごめんと、ユメルが謝ると服に皺を作る事なく、すっと彼女は立ち上がった。

 そういう動作をみる度にお嬢様だという事をユメル達は思うのだが、ユメルに限って言えば自分の家もそう変わらない事を本人は自覚をしていない節があった。

 

「じゃ、いきましょう」

 

 スメラギがそう告げると侍女が茶器を片付けているのを横目に3人は歩き出す。

 向かう先は決まっている、星降り祭も、そうじゃない時も、決まって3人揃えば中央区にある『魔女』の家に向かうのだ。

 その家は一角だけ生い茂った森の中に立っておりその木の殆どを魔女が育て上げたと聞いている。

 

 彼女は先先代の領主の頃からそこにいて、よく効く薬等をみんなに売って生活をしている。

 名前はシャンナという女性だ。銀の髪、赤い目、そして雄々しく頭に生えた角が特徴の年齢不詳の人である。

 数少ない魔神族と呼ばれる種族であり、俗称は魔女の一族と言われる。寿命が存在しない種族ともいわれ、実際に1000と数百年生きる人物もいる。

 だが、彼等も機械文明についてすら知るものはおらず、その境目で何かがあったのだろうと、そう歴史家は考察していた。

 また、神の血を引く一族とも言われ、あらゆる種族から保護をされている。

 実際、彼等は一つの場所に落ち着くと守り神のようにその街や村の住人を保護するのだ。

 それに、彼等以外に使えない魔術を有し、そして、竜人のような力を持っていた。

 例外違わずシャンナも一種のこの街の守り神のように扱われており、その森に近づくものは少ない。

 しかし、小さな頃迷い込み彼女に料理を作って貰った折、人があまり来てくれなくて寂しいと話していたのを聞き彼女らはここを訪れるようになったのだ。

 きっと、その容姿や種族に他の人は近寄りがたいのだろうという事もわかっていた。

 

 まるで街の中ではないような静謐に満ちた森の中、シャンナは木造りの家の前のテーブルに数多くの料理を並べていた。

 その横顔はどこか嬉しそうで、これからくる子供達が好きなのだろうという事は言わずともわかる事だ。

 

「シャンナさーん! お邪魔しまーす!」モヒートの声にシャンナは一層微笑みを浮かべ、一同を見ると、

「いらっしゃい! いろいろ今年もいい食材貰ったから、奮発して作っちゃった! さぁ、座って! 」

 

 歌声すら聞こえて来そうなその様子にスメラギもユメルも子供のように笑う。

 誰かがこうしてくる事を喜んでくれるのは大変嬉しいものだ。

 そうして毎年のように始まったパーティに、ユメルはふと思う。

 この人にも、話さなきゃな――。

 



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第六話 星降り夜2

 ――この人にも話さなきゃな。

 

 三人は椅子に座る。目の前に置かれた様々な料理はこの街で見た事がないものも多い。

 シャンナは様々な場所を渡り歩いた事があるらしく、その際郷土料理を教わったり、また、失われた時代にあった料理の本を買ったりしたこともあるらしい。

 目の前にはピッツァ、カルボナーラ、サーモンのカルパッチョ、ポテトフライ、唐揚げ、チーズケーキ等が置かれている。

 流石にユメル達もこの全てを食べることは出来ないが、この料理はここを訪れた人全員に出来る限り配る予定なのを知っているためあまり驚かない。

 

「シャンナさんは料理が上手ねぇ」スメラギがポテトフライを一つつまみながら言うと、

「そりゃ、何百年も料理作ってれば上手になるからねぇ……、よしこれで今年は最後」

 

 北京ダックが数多く盛られた皿を最後にシャンナはテーブルに並べ、自らも席に着く。

 

「さ、好きなだけ食べて食べて」

「はーい! 頂きまーす!!」

 

 一番いい勢いで、モヒートがフォークを使って唐揚げを取り口に入れる。それを見ながらユメルは楽しげに笑い、カルパッチョを口に入れた。

 程よい酸味とオリーブのオイルの味が口に広がる。サーモンもまた、よく脂が乗っており大変美味だった。

 

「うん、いつも通り美味しいな。出来れば三食シャンナさんに作ってもらいたいくらいだ」

「あ、それ私もわかるけど、多分それやったら舌が肥えて普通の料理食べれなくなるよ」スメラギが苦笑いしながらパスタを食べると、

「大げさすぎよ。二人ともいいもの食べてるじゃない。それに、ここにくれば料理くらいならいつでも作ってあげるわ」シャンナが恥ずかしそうに、はにかみながらもポテトフライを少し摘まむ。

「あ、そういえばユメル達昨日なにしてたの? 」

 

 思い出したようにスメラギが色々なものを摘みながら話す。

 その質問にユメル達は一瞬顔を見合わせる。ここは私が話した方がいいだろう、とユメルは思うと一旦食事の手を止め、腰袋を漁り出す。

 

「実は近隣の散策をしてたんだが、面白いものを拾ってね」

「近隣……どうせ樹海でしょう? 」呆れたようにスメラギは目を細める。その言及にまぁまぁ、とユメルは続けながら、

「これだ。」

 

 黒い種のビンをテーブルに置いた。スメラギは大きな種ねぇ、くらいの反応しか示さなかったがそれを見た途端シャンナは眉を顰める。

 

「ん、シャンナさん、これが何かご存知で? 」

「――禁足地まで行ったの?」聞いたことがない冷たい声でシャンナが話す。それに驚いたユメルは手を横に振りながら、

「いや、その手前のだ! 決して中には入っていない!」

「そう、信じるわ。その種については詳しくは私も知らない。けど、あそこから出てくるものっていいイメージがないから……」

「シャンナさん。禁足地ってさ、機械文明と関係あるん? それに、シュペル…ミル? って知ってる?」興味本位でモヒートがシャンナに尋ねる。

「――っ! なんでその名前を知ってるの? 本当に、本当に禁足地に入ってないのよね?」 言葉は優しいが、強い語気でシャンナが問いかける。

「は、入ってないよ。手前のでいろいろ拾ってその名前が出て来たんだ!」

「その名前は忘れなさい。禁足地の周辺には近寄ってはダメ、特に今日はだめよ。以後、あの周辺のものを調べたら口をもう効かないから」

 

 この人は禁足地について何か知ってる。昔聞いた時ははぐらかされたり、ごまかされたりしたが、今の反応を見てユメルは確信をした。

 だが、知っていて尚、この反応を示すということはきっと、あそこは良くないものなのだろう。そう、ユメル達は思うと素直に頭を下げる。

 ごめんなさい、と謝る二人にシャンナはいつまでも凛とした雰囲気を保てず、しょうがないなぁと言った様子で表情を崩す。

 

「もう、今後やらないならいいわ。許してあげる。……ユメルってば、探求者に憧れてるものね」

「ん、話したことあったか? 」

「ううん、でも、見てればわかるわ。機械文明を調べるのが好きだったり、ふふふ、本当に小さな頃私に魔法教えてくれってせがんだこともあったけ。

 あとはそうねぇ、小さな綺麗な石を古代文明の遺産だーとか……」シャンナがくすくす笑うと恥ずかしそうにユメルは目を背ける。

「昔の話だ、昔の。魔神族も知らないほど昔の! 」

「そうね、でも、ユメルここを出るんでしょう? いつ? 成人してからかしら? 」

「――本当にシャンナさんには隠し事はできないなぁ」

「ガイアス程でもないけど、私もずっと貴女達を見てたからね」

「この祭りが終わって、明日、出る予定だ」

 

 まるで自分の子供を見るようにシャンナは微笑んだ。長い銀色の髪が風に揺られて、その姿は本当に女神のようだ、とユメルは場違いな事を思う。

 じゃあ、とシャンナはぎゅっと自らの拳を握りしめるとその手から淡い光が放たれる。

 そして、次に開かれた彼女の手には淡い緑色の光を放つ宝石が握られていた。そして何処から現れたのか、そのシャンナの手からチェーンが現れ、宝石の中に通されると輪を作り、ネックレスを作り出す。

 

「わたしからの贈り物」

「なんだか、非常に高価なものに見えるが」

「そうでもないわ? これはわたしのマナを圧縮した宝石で、ちょっとしたお守りの効果があるだけだもの」

「え、魔法道具じゃないか。やっぱり高そうだ……」

「あはは、魔神族が特別な旅人に送る魔神の雫って呼ばれるもの、たしかに売れれば高いだろうけど、その人以外に効果はないの。あとその人が死んだら砕け散っちゃうし、私はそれを一つしか作れない。ユメルが死ぬまで私は次の雫を作れないから、貴女が死んだのがわかるっていうものでもあるわ」

「い、いいのか? そんな物貰っても」

「いいの。私の友達だもの。そのくらいはさせて」

 

 シャンナはネックレスをユメルの首に掛けると、似合ってると少し笑う。

 少し気恥ずかしそうに、ユメルはそのネックレスを手で弄っていた。

 その様子を見ていたモヒートとスメラギは微笑ましそうに見守っていた。

 



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第七話 星降り祭3

 アルフレムとガイアスが目を覚ましたのは昼頃だった。気を使ったのだろうか、スミノフの姿もなく、ユメル達を既に出かけた後だ。

 ガイアスがユメルを探しに行くと鎧を着込み出て行くのをアルフレムは見送った後、せっかくならば祭りを楽しもうと工場区を見回る事にした。

 

 工場区では数多くの工芸品が売られている。それのどの調度品を見ても、淡い翡翠の輝きを放つ宝石のようなもので、とてもではないが、普通の調度品と比べても値段が一桁ほど違う。

 流石にパリスタンに流れている妖精鋼の調度品と比べれば大分安い値段ではあるが、店主への土産で買う値段ではないなと、眉を顰めて買うこと無く通り過ぎる。

 しばらく見て回るとスミノフが開く露天を見つけた。

 アルフレムは彼と目が合うと昨晩の礼を言うために頭を下げる。

 

「昨日は一宿ありがとうございます」

「いいのよ、ユメルちゃんが言うにはアンタにはウチの娘が世話になったんだろ。

 全く、この時期に森に行くとは困った奴だ。同行してくれて助かったよ。感謝してる」

「こちらこそ、モヒートさんは素晴らしい機械の知識をお持ちで感服するばかりでした」

 

 雑談をしながらアルフレムは彼の露天の品を見る。その途端、その値段に軽い目眩を覚えた。

 ――たっけえ!! 俺の依頼料の5回分以上するぞこれ!!

 そのアルフレムの様子に軽く笑いながら、スミノフはこれならどうだ、と、端に並べられた唯のアクセサリーを勧める。

 今度は逆にその安さに驚く。

 素材は精霊鋼ではなく、ただの銀だが、そこら辺の店先で見る値段の半分もしていなかった。

 だが決して粗悪ではない。逆にデザインやその精巧さに驚いたくらいだ。

 綺麗な円のリングが三つ連なるペンダント。三日月に猫が座っているイヤリング、そして幾何学模様の描かれている指輪。どれをとっても繊細で綺麗な作りをしている。

 

「値段一桁間違えてません? これ」流石に怪訝に感じたアルフレムがスミノフに尋ねる。

「いや、露天に並べる値段は各々の工芸士が決めるもんだ。この工芸士はこの値段が妥当だと言って並べた。

「ん、これスミノフさんのじゃないんです?」

「はは、ウチの娘のだよ。……若いから焦らなくていいのに、思うような工芸品が作れないってこの手の物は祭りの時にしか作らないんだ。

 いくら俺や兄弟子達が上手だと心から言っても、アイツの目が良すぎる、小さい頃から俺のやつばっか見てて、それを作ろうとしてこけるんだ」

「……わかるな、その気持ち」

「これアンタの目にどう見える? 」

「売れ残っていた事に驚きました。

 精霊鋼じゃないって言っても、このデザインでこの値段はちょっと安すぎます。素直に綺麗ですね、これ三つ全部頂いても?」

 

 その言葉が嘘ではないとスミノフはわかると、疲れたように愛想を崩した。

 その彼の様子をアルフレムは怪訝に思う。

 

「いや、悪い。アンタのような旅人がそう言うなら俺は親バカじゃないって事だ。できればよ、その言葉、ウチの娘にかけてやってくれないか?

 アイツ、頑なに自分には才能がないって思い込んでてよ……、俺が餓鬼の時なんてこんな綺麗な円作れなかったってのに」

「もちろん。これは勿体ない、他人に贈っても恥ずかしくないものだ」

 

 アルフレムはお金をスミノフに手渡すと彼からモヒートが作ったアクセサリーを紙袋に詰めて受け取った。

 それを受け取りながら、少し昔を思い出していた。自分が故郷から逃げ、探求者となったのも、自分より優れた弟が側にいたからだ。

 自分と比べてしまい、その差に歴然とする経験は理解出来るものだった。

 

「この後、何処に行くんだアルフレムさんは」

「特に決めてないですね、とりあえず、街を見て回ろうかなと」

「なら、ウチの守り神様に一度ご挨拶してけよ」

「守り神、魔神族の人がいるんですか?」

「あぁ、シャンナ様っていうんだが、中央区を中心に進むと突然森があって、その中にいらっしゃるから迷う事はねぇよ」

「へぇ。たしかに、魔神族の方がいるなら、挨拶した方がいいですね、またここに来るかもしれないですし」

「そういう事だ」

 

 その後スミノフと他愛のない話を多少した後、アルフレムは工場区を後にした。

 中央区は工場区以上の喧騒に満ちている。食事処などは道行く人に飲み物を配り、普段店の中で物を売っている骨董店などは、街道で出店を行なっている。

 日が少し傾いた頃にアルフレムは中央区の森にたどり着いた。

 道は森の中へと続いているものの、森に向かう人は殆ど見かけない。

 一人、二人老人等が入って行くくらいだろうか。

 アルフレムは変わった魔神族だな、と思いつつ森の中に足を進める。

 

 パリスタンに在中する魔神族は各々屋敷や神殿にいる上、ある一定の信仰を人々から得ている。

 あまりそういうものと関わらないアルフレムも一度は足を運んだことがあるくらいには街では著名な場所だ。パリスタンの彼らは魔神族ということをステータスにし、庇護をする代わりに信仰や供物を求める。

 よく言えば慈愛心にあふれた連中だが、悪く言えば、自分を神だと言っている偉そうな連中、それがアルフレムの認識だ。

 実際、色々な場所を回ったが何処にいっても似たような魔神族だったし、嫌いではないが好きにもならない者たちだった。

 

 数十分程歩き森を抜けると小さく開けた場所に木造りの家と、その庭に並べられた豪華な料理の数々が見える。

 先客に老夫婦がおり、テーブルの前に立っている銀髪の美女に向かって頭を下げて拝んでいた。

 何故かその魔神族は拝まれながらも、困った表情をし、言葉を老人に送る。

 ――病気はよくなりましたか? ――よかった、薬が効いて。お孫さんの為にも長生きしてくださいね。

 その会話は医者と患者のようなものであり、魔神族が人と話す内容にしては違和感をアルフレムは覚える。

 そして、老夫婦に彼女はお茶とテーブルの上にある食事を皿に取り分けて渡そうとするが、老夫婦は恐縮したのかお茶だけ受け取ると再度礼をして帰っていった。

 その時の表情がどこか寂しげで、アルフレムはまた、変わったやつ、という印象を抱く。

 先客がいなくなるとアルフレムは彼女の前に立ち一礼をしようとするが、それをシャンナに止められる。

 

「いいですよ、そういう事しなくて」

「はぁ……?」

「見ない顔ですね、私はシャンナって言います、お名前は?」

「アルフレム・ジントニスと言います、探求者でこの街に寄りましたのでご挨拶をしようかと」

「あ!! 貴方がアルフレムさんですね! ユメルから話を聞きました、どうもあの子らがご迷惑を」

「ふ、まるで自分の子供みたいな言い方ですね……、あ、失礼しました」

 

 一度アルフレムが砕けたように話すと、シャンナが嬉しいのか笑みを深める。

 

「そういう風にもっと砕けて話してください。あ、お腹減ってません? 料理配ろうと色々作ったんですが、作りすぎちゃって……」

 

 その言葉にアルフレムがテーブルに視線を送ると、結構な量の料理が残されていた。全力で自分が食べたとしても、換算三人は必要だというくらいに。

 なら、とアルフレムも笑う。

 

「まだ朝から何も食べてないんですよ、ご相伴に預かってもよろしいですか? 」

「どうぞ! お皿用意しますね、全部食べても構いませんから!」

 

 嬉しそうにシャンナが笑うと、椅子に座ったアルフレムの元に洗いたてのお皿と、フォークを用意する。

 

「ユメル達がここに来たので?」

「えぇ、つい二時間程前まで居たんですが、ガイアスが来てから、何処か行きました。確か西をぐるっと回って帰るって言ってたかな」

「なんていうか、失礼なんですが、自分、魔神族って聞くとお高く止まってる連中ってイメージがあったんですが、シャンナさんを見てたら印象が変わりました」

 

 アルフレムがフォークを受け取り、唐揚げを刺して口に入れると、その美味さについ言葉を漏らす。

 こんなに美味しい料理は食べたことはないと言えた。気になり色々な種類の食べ物を口に運ぶが、そのどれもが舌を喜ばせる。

 

「見ていて気持ちいい食べっぷり」くすくすと食事はしないものの、同じテーブルに座ったシャンナが笑う。

「いや、これすげぇうまいっす! 店で大枚叩いてもこんなの食えねえや! いやぁ! シャンナさんと結婚する人が羨ましいわ!」

「ふふふ、ありがとう。

 私は、そうやってだれかに自分の料理が美味しいなって笑う誰か顔とか、誰かとただ話す事が好きなんです。だから、魔神族とかそんなの気にしないでくれた方がうれしいですよ」

 

 そのシャンナの微笑みに年甲斐もなく面を食らったような表情をアルフレムは浮かべた。

 そして、また明日ここに来ようと思うくらいには、居心地のいい人だと思う。

 だが、アルフレムも男だ、美女が笑っているのをじっと見つめていられる程女に慣れをしておらず、しどろもどろになりながらも次の話題を探すのだった。

 

「そういや、あー! シャンナさんってモヒートの工芸品見たことありますか?」

「それがねぇ」少し拗ねたように彼女は口を尖らせる「見せてって言ってもいっつも今度ってはぐらかされるのよ。まだ一度も見たことないわ」

「そうなんですか? 」アルフレムは腰の袋を漁ると先程買った工芸品を取り出す「これ、誰のだと思います? 」

「すっごく綺麗! 猫ちゃんとか、この連なったリングとかデザインもいいわ! ……もしかしてモヒートの?」

「ええ、私も一目惚れして買ってしまったんですが、一つ余分に買ってしまったんですよね。よかったら一つどうです?」

「んー……、まって」そう彼女は言うと手を一回叩く。するとその手に革財布が現れた「お金は出す。自分で買ったって言いたいもの。幾らかしら」

 

 ふ、とついまたアルフレムは笑ってしまった。本当に人柄がいいとそう思ったから。

 だから、彼も安くしたりなどせず買ったままの値段を告げる。

 

「10ジルです」

「ん? 安くしなくていいよ? 原価と変わらないじゃないそれ。」

「嘘ついたりしておりません、本当に10ジルです。これ、モヒートが付けた値段らしいんですよ」

「うっそー! 安すぎだって、そこら辺の銀工芸なんてデザインわけわからないのでも80ジルとかするのに!」

 

 おどろきながらもシャンナは硬貨を取り出すとアルフレムに手渡す。

 そして迷わずネックレスを選ぶとすぐその首て掛けた。

 

「ふふ。こんなに可愛いのにー」

 

 銀の輪のネックレスとその髪の色が見事にマッチし、とても神秘的な装飾品に見える。

 それから、アルフレムは探求者の冒険譚をシャンナに語りきかせながら食事を楽しんでいると、気がつけば夕焼け時だった。

 まだ空の明るさが、落ち切っていないと言うのに、すっと、一本の流れ星が空に描かれると、延々とそれに続き星が降り注ぐ。

 その幻想的な様子を見ながらアルフレムは呟いた。

 

「何故この流れ星はここ周辺でしか見えないんですかね」

「ふふ、なんでかしらね。幻想的で綺麗だけどね。……」

 

 ふと、悲しげにシャンナが星を見ていたのをアルフレムは気がついたが、尋ねる事は出来なかった。

 それは、聞ける雰囲気でもないというのもあるが、突如としてシャンナが立ち上がった事がもっともな理由だ。

 

「ど、どうしました?」

「――魔物、魔物が街に現れてるわ! それも壁の中!」

「!」

 

 アルフレムも立ち上がると、自分の手持ちの装備をたしかめた後、シャンナに声をかける。

 

「どっちです!?」

「北区! これは――、ユメルの家!?」

 

 突如として走り出したシャンナに続くようにアルフレムも全力で走り出した。黒い種のことを思い出し、彼女らが無事であってほしいと祈りながら。

 



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第八話 ココから始まる物語1

 ――何が起こったのか、理解ができない。夜になる前に私の家で、三人でお風呂に入り、また少ししたら出かけるはずだった。何故、目の前で真っ黒い人影の様な悪魔がモヒートの首を絞めているのか、何故、自分の足元に割れた瓶が転がっているのか、何故、腰の皮袋は破け、中の物が飛び散っているか。

 何一つ理解できない。

 

「ユメル!!」

 

 ガイアスがユメルに檄を飛ばしながら悪魔へと斬りかかる。

 はっと、思考が戻ったユメルは今やるべきことは考える事ではない、と自分に言い聞かせ拳銃をホルスターから取り出した。

 ダンダンッ!――拳銃から放たれた二発の銃弾がモヒートを締め上げる手へと命中する、が、銃弾は皮膚を貫通させる事なくその皮膚の硬さに弾かれる。

 

「くそっくそっ! 」

 

 次の行動を考える。

 力もない、道具もない、武器はこれしかない。ユメルの脳裏にアルフレムの言葉が蘇る。

『探求者は高給取りだが、こう言うアイテムに金かけねえと生きていけないからな』

 デッドフォレストボアの時もそうだった、アルフレムとガイアスが居なければ手も足も出なかった。あの時は、倒せたから気にもしなかったが、今は――。

 無力感がユメルの身体を覆う、何かできる事はないか、何かできる事は!

 その時ガイアスの剣が悪魔の手を切り落とそうと袈裟に振るわれる。

 その時になってようやく悪魔は反応を示した。半身になり、その軌道から外れると逆手でガイアスの顎を掴もうと手を伸ばす。

 それを察したガイアスが体を捻り避けながら、右の膝を悪魔の胴にたたきつけた!

 しかし、――浅い、悪魔は胴に受けた衝撃を流すように後ろに飛び下がる。

 再び対面する悪魔とガイアスだが、ユメルはそんな二人よりも、悪魔に首を握られたまま振り回され、そして力なくうな垂れたモヒートの姿に目を奪われる。

 

「おい、モヒート、モヒート!!」ユメルの叫びに再びガイアスが返す、

「落ち着けユメル! 死んで居ない! こいつが殺す気ならこんな事せず、首の骨を折っている!」

 

 そんなガイアスの言葉に肯定するかのように、突然悪魔が笑い出す。その不気味な様子にガイアスは正眼に構えるものの手を出せずに居た。

 

「肯定だ、諸君。この子を目覚めさせてくれた母を殺すわけないだろう? 恩は恩で返さなければ」突如として喋りだしたその悪魔にガイアスは問う。

「この子……? お前誰だ。その悪魔自身ではないな」

「ふむ、そちらの金色の髪の乙女にも多少の恩はある。どうも、覚えなくてもよい、シュペルミルという者だ」

 

 その言葉にユメルは衝撃を覚える。あの機械の中にあった名前だと。

 ガイアスも驚いてはいたのだろうが、そんな様子は露ほどにも出さず睨み合いのまま時はすぎる。

 攻めるにしても、モヒートに被害が及ぶ可能性が高く、下手に手を出す事ができない。

 しかし、モヒートを握る手から紫の光が放たれるのを見たガイアスがその何かを阻止するように、剣で相手の喉元を突き刺そうとする。

 しかし、ガイアスの剣が届くのは一歩遅く、光が収まるとそのまま悪魔はモヒートを手放した。

 そして、手放したその手でガイアスの剣の腹を内から横に払う。焦った事もあり懐に入られた彼は悪魔の逆手で顔を殴られるが、彼もまた翼を使い後方に飛ぶ事で致命傷を避ける。

 

「これだから、竜人は厄介だ。タフだし、面倒な動きをする」

 

 悪魔の手から離れたモヒートはすっと、着地をすると虚な瞳で、言葉を続けた。

 

「とりあえずは黒影、相手をしておくんだよ。器を運ばなければならないからね」モヒートの声でそう語る、その言葉に唖然とユメルは、

「……モヒート? 貴様、モヒートを返せ! 」

 

 拳銃をモヒートに向けるがくつくつとその身体を乗取ったシュペルミルが笑う。

 撃てよ。そう言わんばかりに両の腕を広げるが、ユメルに撃てるわけもない。だが、これを行かせてはならない、そう直感は語る。

 ――だが、撃てない。

 途端、つまらなそうな顔をシュペルミルは浮かべると、とん、と地面を足で叩き浮かび上がる。

 

「乗っ取った先でも無詠唱で術を行うか! 」

 

 ガイアスがそれに飛びかかろうとする、が、下にいた黒影と呼ばれた悪魔がガイアスに飛びかかり、それをさせない。

 悪魔の爪一本一本が研がれた剣のように鋭利であり、そしてその身体は鋼鉄でできているかのような硬さを誇る。

 やむえず、ガイアスはその爪を剣で受け止め払うと、悪魔の顔面に膝を叩き込み下へと落とす。

 皮膚が硬い生物は存在するが中が硬い者はいない。そのため、彼は剣で切ることを諦め、打撃に移行していた。

 悪魔を振り落とした後、ガイアスはシュペルミルを追おうと視線を送るが、既にモヒートの身体に入った彼は飛び立った後だった。

 ――自分一人なら追うべきだろう、だが、追えばあの黒影にユメル達が殺される。

 それを瞬時に判断した彼は剣を鞘に仕舞い、鞘ごと剣をホルスターから外した。

 鞘のついた剣を握りながら急降下する中でユメルたちの状態を確認する。

 スメラギ、ユメル両名ともに、目の前の悪魔の恐怖にやられ、動く事も出来ずにいた。

 それは、まだ14歳の少女、仕方のない事だと、ガイアスは思う。しかし、これをきっと生涯ユメル達は後悔するのだろう。

 あの時力があれば、あの時あの黒い種を拾っていなければと。

 今は認識していないだろうが、間違いようもなく、この悪魔はあの黒い種だ。

 怒りがガイアスに込み上げてくる。娘を傷つけたこの悪魔への怒りが。

 

「ガーーーッ」まるで竜のような咆哮が口から漏れた。

 

そして、彼は急降下の勢いを乗せたまま、黒影の胴体に剣を突き下ろした――。

 



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第九話 ココから始まる物語2

 剣は倒れた悪魔の胴体に打ち付けられる。

 おそらく、シュペルミルが入った状態ならばこれは有効打にはならなかっただろうが、今の黒影は回避行動すら見せずに殴打された。

 剣の根元から嫌な音が一瞬聞こえる、ガイアスはきっとヒビが入ったであろう事を認識しながら怯んだ悪魔に馬乗りになると、衝撃で開いた口に左手を差し込む!

 悪魔は必死にもがこうとするが、両腕を足で抑えられた上、口の中に入れた手が自由を許さない。

 ガイアスは剣を一度横に置き、頭のヘルムを投げ捨てると、右手で剣を回収し、その口で剣の鞘を抜き捨てる。

 一層抵抗が強まるがそれを翼も使い押さえつけると、抜き身の剣を黒影の口に突き刺した!

 その瞬間、左手を口からどけ、柄を両手で持つと更に力強く突き入れていく。

 全身の力を込めた突き刺し、それに口の中という柔らかな場所に突き刺された黒影はもがきつづけるが、ごぼごぼ、と口から青い液を吐き出していく。

 ――ザクッ! 剣が地面にとうとう突き刺さる音が聞こえる。硬い皮を超え、地面に貫通したのだ。

 半ば程まで剣をそのままガイアスは突き刺さすと、剣を手放した。徐々に抵抗が弱まる黒影を睥睨(へいげい)しながら彼は近くに落ちていた鞘を拾いあげ、先端で首元を殴打していく。

 数十回、殴っただろうか、とうとう黒影が、ピクリとした痙攣だけ残し、動きを止めた。

 

「か、はぁ、はぁ……」

 

 少し切れた息をガイアスは漏らす、戦闘中は相手に呼吸を悟られないため、たとえ息苦しさを覚えたとしても、通常通り息をする。

 しかし、戦闘が一時終わった彼は、2分の全力の戦闘という疲れを今感じていた。

 ふらり、と姿勢を崩しながらをガイアスは立ち上がると、悪魔の顔を全力で蹴る。そして反応がない事を確かめ、ユメルのもとへと歩みを進めた。

 

「ユメル、ユメル!!」

「あ、あぁ……?」呆けたようにユメルが返答する

 

 ガイアスはそんなユメルの肩を叩くと顔近づけ、諭すように話す。

 

「お前はスメラギ殿と共に館で待つのだ。いいか」

「ま、待ってくれガイアス! 私も……」言いかけたユメルの言葉を、ガイアスは心を鬼にして被せて話す

「遊びじゃないんだ! 頼むから言うことを聞いてくれ!」

 

 そのガイアスの言葉にユメルは唇を噛み締め、拳を握る。その目には涙が溜まっていた。

 そんな彼女をスメラギが背後から抱きしめた。

 

「駄目、ユメル」

「……うっ、うう」

「私達じゃ、足手まといになるだけ。私、私も、何かしたいのよ、けど、何、何もできないって、わかる。だから、邪魔だけは、駄目」

 

 努めていつも通りに話そうとするスメラギも泣いている事にユメルは気がつく。

 ――自分もそう、変わらない、何もできない。

 あまりの無力さにユメルは拳銃を地面に落とした。

 そんなユメルを見ていられないのか、ガイアスは身体を反転させると投げ捨てたヘルムを付け直し、剣を調達するため、一度館に戻った。

 アルフレムとシャンナが館に到達したのは、丁度ガイアスが館からもどってからだった。

 ユメルはただ立ち竦みながら呆けた頭で三人の会話をただただ聞いていた。

 ――何が……。黒い種から産まれた悪魔がモヒートを……。――シュペルミル!? すぐ追いかけないと……。――アルフレム殿、一緒に……。――それじゃあ、私はこの子達を……。

 頼む、そうガイアスがシャンナに告げると、アルフレムと共に何処かへ走り出す。

 追いかける気力すら、ユメルには起きなかった。

 ――黒い種から産まれた悪魔? じゃあ、今回の事は全部全部私のせいじゃないか! 何もできない私の!!

 

「ユメル」いつの間にかユメルの目の前に立っていたシャンナは叱るわけでもなく優しげに微笑んでいた。

「……あ」

「スメラギ、ユメル。どうしたい?」

「……?」

「私は、私はよ。何もできないかもしれない。でも、きっとここで待っていたら私は一生貴女達は後悔し続けると思うの。

 ガイアスの言ってることは正しいわ。貴女達は邪魔にしかならないかもしれない。

 けどね、感情に正直な事ってそんなに悪いことかしら。お利口に生きる事が、いい事なのかしら。

 私はね、後悔して欲しくない。ただ立ち止まって、あの時行けばよかったなんて、そんな事思って欲しくない」

 

 すっ、とシャンナの言葉が身体に染み渡る。

 二人はその言葉に、行きたい、という感情が強くなった。

 だが、何もできない事はさっきわかったばかりだ。板挟みの感情にどちらともなく声を漏らす。

 

「けど!」

「私が絶対に二人は守るわ。それに、きっと貴女達は行くべきだ思うの。私が責任は持つ。だから、どうしたい?」

「……、行きたい、行きたいさ!」

 

 ユメルがそう発した言葉にシャンナは笑みを漏らした。

 

「貴女達が大きくなった時、困ってる人が居たらきっと同じ事をしてあげてね。何もわからず、全部が終わるって、それは辛いことだから」

 

 



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第十話 ココから始まる物語3

 シャンナが指を鳴らすと、突然彼女の姿が消える。それにユメルとスメラギが驚いたように周りを伺うと、突然誰かに手を取られた。

 手を握った人物を確かめると先程と変わらない位置にシャンナが立っている。

 

「姿隠しの魔法。動物みたいに目で相手を認識する相手から見えなくするの。声とかは聞こえちゃうから、静かにね」

 

 彼女のその言葉に二人は頷きを返す。そして、三人で手を繋いだまま、樹海に向かって走り出した。

 門を守る衛兵を横を通り過ぎ、森の中へ中へと走って行く。途中まで、誰かが二人走っていた足跡が続いていたが、その足跡は少し進んだ場所で途切れている。

 ――ガイアスがアルフレムを乗せて飛んで行ったのだろう。

 木々の切れ目から空を見れば幻想的な流星群が降り注いでいる。だが、日が落ちた夜の樹海はどこまでも不気味で、遠くを見ることもできず近くの木の陰すらおどろおどろしく感じる。

 自分の足跡すら、亡者の足音にすら聞こえ、スメラギはすっかり小動物のようにシャンナの手を握りしめていた。

 しかし、シャンナにはこの暗闇も昼間のようにかんじるのか、足取りが変わる事もない。紅いその瞳は微かに光っているようにもみえた。

 彼女の手の温もりが二人には頼もしく感じる。

 何処からか獣の鳴き声が聞こえた。ビクッとスメラギが一瞬震えるがシャンナがスメラギに微笑みかけると彼女は落ち着いたのか、微笑み返す。

 

 こんな状況だからか、石碑までの道のりはひどく短く感じた。気がつけば目の前に石碑があり、その奥は闇が広がっている。

 ユメルだけだったなら、ここで躊躇ってしまうだろう。しかし、シャンナは怖気付く事なく前へと進んで行った。

 闇が広がっている。2m先すら何があるかわからない。心なしか気温も下がり、肌寒さすら感じる。たまに吹く風が冥界の囁きにすら聞こえるくらいだ。

 どれ程歩いただろうか、時間感覚すら曖昧になる森の中、ただひたすらに前へと進んで行く。

 何も考えず、ただ手の温もりを感じ進んで行くと突然視界がひらけた。

 目の前に広がったのは見たこともない街並みだ。石造りの摩天楼、少し柔らかい黒塗りの道。道の十字路には細い鉄柱に長方形の箱が付いており、赤、黄、緑のガラスがはめられている。

 そして、ところどころの床に氷のような結晶が生えており、その結晶が紫色に光りながら辺りを染めていた。

 街の中心にはこの入り口からでも見えるほど巨大な長方形の板にしか見えないモノリスが聳え立っている。あんな高さがあるのならランスからでも見えそうだが。

 

 街に着いた時、シャンナは二人の手を離す。そして振り向くと念を押すように話した。

 

「ここは昔、カルヴァンって呼ばれてた街。今は私が封印して、この日以外は入れないの。ここのことは誰にも言っちゃダメ、いい?」

「カルヴァン……? それに、シャンナさん、機械文明から生きてたの?」スメラギが困惑した様子で尋ねるとシャンナはただ微笑むだけだった。

 

 その時何処からか、金属を引っ掻いたような喚き声とともに、爆発音が響き渡る。

 アルフレム達が戦っているのだろうか。

 シャンナがモノリスを睨みつけながら二人に言い聞かせる、私から離れてはダメよ、と。

 走り出したシャンナに必死に二人はついて行った。

 

 突然、建物の陰から黒影と呼ばれていた悪魔が現れたりしたが、やはりシュペルミルが操っていない個体はそこまで脅威ではないのか、シャンナが数秒もかからず始末して行く。

 触れれば黒影が燃え、視線を送れば突然彼女の周りに現れた輝く槍が黒影を串刺しにした。

 

 どんどんと、何処からか聞こえる戦闘音も鮮明になって行く。

 その音はモノリス周辺から聴こえてくるようだ。

 息も絶え絶えにモノリスにたどり着くと、モノリスを目の前に数十体の黒影と戦うアルフレム達と、モノリスに向かう為の100段近くの階段の上に立つモヒートの姿があった。

 アルフレムは傷の無いところを探すのが大変な程細かい擦り傷が目立ち、ガイアスはところどころ鎧を切り裂かれていた。

 まだ二人はシャンナ達が来たことに気がついていなかったが、二人の戦いを観劇していたモヒート……いや、シュペルミルがシャンナを見、言葉を発する。

 

「ほぉ! 動物どもしか既にこの世界には存在しないと思っていたが、まだ生き残っていたのか」

「……。あの時代から生きているのは私くらいよ。シュペルミル」

「最後の人類、いや、今では旧人類種か」

 

 その二人の会話に気がついたアルフレムが背後を一瞬見る。その視線の先にユメル達がいるのに気がつき、声を荒げた。

 

「何故ここに来た!!」

「私が連れて来たの。そんなに怒らないで」

 

 そうシャンナは語りながら、悠然と歩いて行くと身体から青い炎を浮かび上がらせる。その様子にアルフレムが見惚れていると、シャンナの背中に数十の槍が突然現れた。瞬間、それは矛先を黒影へと向けると寸分違わず、全ての黒影の串刺しにし、息を止めた。

 その様子を見ていた各々は呆然とその強さに硬直するが、シュペルミルは分かっていたと言わんばかりに嘲笑を漏らした。

 

「流石は厚顔無恥の旧人類よ。神から奪ったその力を己がものとして振るうか」

「貴方もまた封印してあげるよ」

「はっ。だが、遅かったな。チェックメイトだ」

 

 その言葉の終わりにモノリスに幾何学模様が浮かび上がる。初めてそこで、表情を凍らせたシャンナが今度は数え切れないほどの槍をシュペルミルに打ち込むが、階段の最上階に結界が張られているか、モヒートの身体にたどり着く事なく槍は全て分解される。

 ――何するのシャンナさん! とスメラギがシャンナに抱きつくが、シャンナは苦い顔をただ、シュペルミルに向け続けている。

 ただ呆然と、ユメルはモヒートの元へと歩き出した。そして、階段の手前で止まると、その光景をただただ見ているしかできない。

 

 煌々とモノリスが光りだす。そして、一瞬太陽のような輝きを放つと、そのモノリスは崩れ去った。

 崩れ去ったモノリスの前に立っていたのは、銀色の髪、黄金の瞳、そして、雄々しい角の生やしたモヒートだった。

 愛くるしい顔が今では、独裁者のような冷酷な瞳を宿している。見ている全てが塵芥だと言わんばかりのその目に全員が表情を強張らせた。

 だが、ユメルはそんなモヒートに声をかける。

 

「おい、頼む返してくれ。私の親友なんだ! 頼むから!」

 

 モヒートはそんなユメルを睥睨すると、はっ、と笑いながら声をかける。

 

「残念だが、もうこの身体は我の物だ。……そうだ、貴様には礼をしなければならなかったな。どうも、蘇らせてくれて、ありがとう。苦しまずに死ぬといい」

 

 シュペルミルが右手を振り下ろす、その光景がユメルにはスローモーションに見えていた。

 ――きっと、これを振り下ろされたとき自分は死ぬのだろう。

 そんな冷静な考えが頭にすら過る。だが左肩に衝撃を感じ、ユメルは横に倒れた。

 ふと振り向けば、誰かの右手が落ちてくる。その綺麗な手、そして、右肩を押さえ苦悶の表情を浮かべるのは間違いようもなく、シャンナだった。

 

「どうやって、封印を破ったのかしら」

「この日が貴様の陰日だという事は気が付いている。あとは数千年をかけて、我が力を外に漏らし、器を用意すればこれ、この通りよ」

「素直に教えてくれるのね?」

「封印をしてくれた貴様の一族には業腹なのでな。手品くらい明かしたくなるものだ。そして、楽に死ねると思うなよ」

 

 シュペルミルがまた腕を振るうが、シャンナはそれを結界を作り出し防護する。そして、呆然としているアルフレム達に向かって叫んだ。

 

「逃げなさい! 街も放棄して、逃げるの! 」

「っ! シャンナさんは!」

 

 アルフレムが彼女に問うと、ただ、彼女は笑うのみだ。

 アルフレムはその顔に視線を逸らしうなづくと、倒れているユメルを抱え、走りだす。

 ガイアスは何か言葉を探すように、少しの間だけ彼女を見ていたが、一言、武運を、とだけ告げるとスメラギを抱えアルフレムの後を追った。

 それを見送ったシャンナは静かに笑うと青い炎を更に増し、煌々と夜空を照らす。

 それを見たシュペルミルは呆れたようにため息を漏らした。

 

「何をやりたいのかわかるが、ここを封じ込めたとして、一年もあれば我は出れるぞ? 無駄死にというやつではないか?」

「貴方にはそう思うかもしれない。けど、一年もあれば、あの子達が貴方を倒すわ」

「は、戯れ言を」

「――ごめんね、モヒート。」悲しげにペンダントを掴み、シャンナは一人呟く。

 

 シュペルミルが呆れたように肩を持ち上げるとシャンナの身体を中心に黒い結晶が生え始める。それはとてつもない速さで全てを飲み込み、街の全てを結晶に包んで時間も全て結晶の中で凍りつかせた。

 



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第十一話 ココから始まる物語4

 鬱蒼とした山の中を子供らを抱えながら二人は走り抜ける。少し進んだ所で、背後が神々しく光り輝いたのがわかった。だが、アルフレムもガイアスも足を止める事はない。

 しかし、抱えられていたユメルには、背後の光景が鮮明に脳裏に焼き付いていた。青く輝く炎の柱。そして、その柱が黒く染まり、結晶のようなものが辺り一面を覆うように生え始めた。それは一瞬の事だ。一瞬の後に結晶は先程の街全体を覆った。

 あ、と呆けた声しか口からは出ない。首元の雫を握りしめると、さっきまではただの石コロのようだったのに、今は淡い翡翠の輝きを放ち、その中に蒼い炎な揺らめいていた。

 ――死んだのだ、彼女が。そう理解すると嗚咽のような声がとめどなく溢れ出す。

 

 そんな中必死にユメルは考えた。何故、自分はあの場所に彼女に連れて行って貰ったのか、――何も知らないで全部が終わるのが嫌だったから。

 もしかしたら、自分を置いてシャンナは走っていけば、あんなことにもならず、シュペルミルの封印も解ける事はなかったかもしれない。

 だが、彼女はそれを選ばなかった。脳裏に言葉が反芻される。

 ――感情に従う事がそんなに悪い事なのかしら?

 きっと、最初からシャンナはモヒートを殺す気だったのだ。だが、それをユメル達の知らない所で完結させるのが嫌だったのだ。

 酷く甘い考えだ。けれど、それがいけない事だろうか。

 きっと、彼女はこうなった事に後悔していない。この場所に自分を立ち会わせた事に後悔していない。

 泣き叫びたい、懺悔したい、もう動きたくない、そんな思いもユメルの中にある。

 だけど、それよりも何よりも、自分が一番嫌なことは今自分が何もできない事、そして、子供を理由にこうして二人に迷惑をかけること。

 

 だから、ユメルは泣きながら、後悔しながら考えた。今、何が自分に出来るか。

 周囲に気を配る。そして、空を観察する、その時異変に気がついた。空から一つ、流星群から外れた星が、だんだんと近づいている事に。

 

「ガ、イアス!! アルフレム殿!! 空から星が降ってくる!」嗚咽を抑え、叫んだユメルの声にアルフレムが反応する。

「はぁ!? ……、おいおいおい、まじかよ、アイツ、そんな事も出来るのかよ!?」

 

 驚き叫んだアルフレムとは対照的にガイアスは落ち着いて星を観察していた、そして、自分を落ち着けるように淡々と話す。

 

「見る限り、あと二時間、二時間でランスに激突すると見積もられる」

「二時間?! ここからだと全力で走っても街にたどり着いて、残り一時間がいい所だぞ!?」

 

 ユメルは深呼吸をし、心を落ち着かせていく。何もできないのが嫌だ。泣きわめくのは、これが終わってからでも出来る。

 頭にランスの街並みの地図を思い浮かべた。今からたどり着くのは北門だ。

 全員を誘導し、逃げるためには、人手が足りない。衛兵の力を借りなければならない。それが出来るのは自分だけ。

 その上で、東、西、中央から、南に流し、南門から全員を草原に流さねば隕石によって全滅する。

 

「ガイアス! 街にたどり着いたらまず私は本部に向かう。ガイアスは先行して、東区の避難誘導を。アルフレムは、スメラギを連れて領主館に向かってくれ!」突然凛とした声で話し出したユメルにガイアスは歯を噛み締めながら、

「ユメル……、了解した。それと、モヒートもシャンナ殿も守れなくてすまない」

「……、俺は領主館でいいんだな?」

「あぁ、避難させるには衛兵それと、領主両方の力が必要だ。スメラギ、父上の説得は出来るな?」

「う、うん」

「頼んだ。ガイアス、落ち込むのは後にしよう。私も、ガイアスの言いつけを守らなくて、すまない」

 

 子供が大人に迷惑をかけるのは、当たり前の事だ。それが分かっているからこそ、ガイアスもアルフレムもその子供を助けられなかった事、そして、自分もまた、何もできなかった事に歯がゆさを感じていた。

 さらに、どうだ。たった一人の子供が、泣き叫びたいのも、落ち込みたいのも、全部押し殺して必死に大人になろうとしている。

 ――それは、自分達が頼りない大人だからだ。

 

 一時間で、全員を逃す事など夢物語に近い、けど、子供がそれを実現させるために必死で考え、そうしようとしているのだ。

 なら、大人である自分達に出来る事はそれを現実に変えてやる事だ。

 アルフレムもガイアスも、そう、同じ事を考えていた。そして今できる事は足を止めない事、苦しくても、止まりたくても、必死に北門を目指す事だ。

 ガイアスと、アルフレムが目が合う。そして考えている事は同じだった。

 ――きっと飛べば、ガイアスの方が早い。

 だからこそ、アルフレムは抱えていたユメルをガイアスに手渡した。

 

「先に行け!! すぐ追いつく!」その行動にユメルは驚くと、

「おい! 一人でこの森を抜けるのは危険だ!?」

「……了解、アルフレム殿、魔物にやられるなよ」

「はっ、もともと一人で活動するのにはなれてるっての!」

 

 

 一度うなづくと、ガイアスは翼をはためかせ、森の木々の上から北門に飛んで行った。

 アルフレムはそれを見送りながら、立ち止まらずただ、北門に向けて走っていた。

 ――犠牲はもう十分だ、ここから誰も殺させねぇ、俺も、街のやつも。

 もともと探求者として一人で活動していたのだ、流石に夜遅くに森を走り抜けた経験はないが、こんな事で根を上げていたなら、きっと探求者は名乗れない。

 そんな思いを胸に彼は一人森を走った。

 

 



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第十二話 ココから始まる物語5

 ガイアスが北門にたどり着いたのは、30分程の時間を有した。

 北門に降り立った一同はある異変に気がつく。門番が居ないのだ。それどころか、門の前には昨日戦ったデッドフォレストボアの死体が転がっている。

 その光景にスメラギは息を飲む。

 

「これは……」ガイアスも驚いたように言葉をもらす、そんな彼らにユメルは檄を飛ばした。

「シュペルミルの足止めだろう! どうやら、アイツは魔物を使役する力があるらしい。魔物を足止めに使い、この街の避難がままならぬままにすべて吹き飛ばすつもりだ! ガイアス、本部に急ぐぞ」

 

 状況を再認識したガイアスは、ユメルの言葉にうなづくと、また翼を広げ本部へと急ぐ。

 途中、街中で戦っている衛兵を見かける。スメラギは、助けるべきだと言葉を発するが、ユメルは無視をしろと告げた。

 実際、この状況下で全員を助ける事は不可能に近い、そして、衛兵ならば尚更だ。

 スメラギは歯を噛みしめると、ユメルの言葉に頷く。わかってはいる。助けたいなら、そうする事が正しいのだと。

 

「……スメラギ、別に見捨てるわけじゃない、後にするだけだ。衛兵を信じろ、きっと、耐えてくれる筈だ」ユメルのその言葉にスメラギは頷く

「――うん」

 

 ガイアスはそんな二人を見ながら本部を目指す。

 たどり着いた本部の庭では、銀の鎧を纏った大柄の騎士が大剣を振り回しながら魔物達と対峙している。

 魔物は二つ首の犬、そして、巨大な蜥蜴等、数十匹に及んで居た。

 

「ガイアス!」

 

 ユメルは目で語る、離せと。ガイアスは頷くと、庭の入り口に二人を下ろした。

 その途端、ユメルは落ちている自分の道具袋まで走り出し、その道具の中から拳銃のマガジンを回収した。

 そして、ガイアスが魔物に向かっていくのを横目に彼女は一回頷くと自分に言い聞かせるように呟く。

 

「この武器が通じるならば、私もやれる……」

 

 膝をつき、拳銃を構える。二つ頭の犬に狙いをすませると、残りの弾全てを撃ち放つ。

 首、胴、頭に全弾当てるとよろけながらも犬はこちらを振り向いた。

 ふとガイアスがユメルを見るが彼女は大丈夫だと、頷くと弾倉を交換し更に射撃する。

 二つの弾倉を使い切った所で漸く犬は倒れた。

 それを見て意識を外したガイアスは蜥蜴の首を一刀両断の後に切り捨てていく。

 

「ガイアス! お前戻ったか!」銀の騎士が大剣で数匹の魔物を切り捨てながら話しかける。

「旦那さん、ユメルとスメラギ殿は無事です。ひとまずこいつらを片付けましょう」

 

 応、と銀騎士が返すと、二人は戦鬼のように魔物を殲滅して行く。

 それをユメルは眺めながら、スメラギの近くまで戻り、こちらに視線を送った魔物のみを撃ち殺していった。

 庭から殲滅が終わるまで、十分もかからなかったが、ユメルの残りの弾倉は二つにまで減っていた。

 銀騎士が息を落ち着けるように、大剣を地面に刺すのを見ながら、ユメルは彼に近づいていく。

 

「父上、ご無事で何よりです。急いでお伝えしたいことが」

「ん……なんだ?」

「空から隕石が後一時間ほどで降ってきます。東区を回りながら市民の避難をお願いしたい」

 

 その言葉に彼は上空を見る。そして今気がついたのか、一段と大きくなる星に、驚愕の声を漏らした。

 

「おい、マジか。……、休んでる暇はねぇな、わかった。お前はどうするんだ?」

「ガイアスを連れ、領主館に向かいます」

「……30分前から領主館から連絡がなくなってる。その上この状況だ。気をつけるんだぞ」

 

 スメラギがその言葉に強張った表情を浮かべるが、ガイアスとユメルはうなづくと、ガイアスの背にユメルは乗る。

 そして、ユメルがスメラギの名を呼ぶと気がついたのか、彼女もガイアスの元に走ってきた。

 

「父上、お気をつけて」

「お前も餓鬼なんだから無理すんなよ」

「……かしこまりました」

 

 不承不承といった様子のユメルを見て銀騎士は首を傾げると、ガイアスに視線送った。

 ――娘を頼んだ。

 ガイアスは彼のその視線に頷くと、再び飛び上がっていった。

 

✳︎✳︎

 

 アルフレムが街にたどり着いたのはガイアス達が領主館に向かって少し経ってからだった。

 息も絶え絶えに手を膝に置くと息を整える。

 辺りの様子を伺うと、舌打ちをし、彼も領主館へと走っていく。

 ――きっと、もう本部の方は片付いている筈だ。

 時折、衛兵と魔物が戦っているのを目撃しては手助けをし、足を進める。

 きっとこれからの避難には衛兵の手は足らないくらいだろう、ここで失わせて良いものではない。そういう考えもあったが、衛兵だろうと、襲われている者を無視出来なかったのが一番の理由だった。

 三回ほど、短い戦闘を挟み彼が領主の館にたどり着く。

 すると、そこには瓦礫に崩れた館の前で3m前後の大きさを誇る巨大な悪魔がいた。

 その姿は蜥蜴の様な鱗と足を持ちながら、頭はバグの様であり、その手はピンク色のヌメヌメとした幾百もの触手に別れている。

 よく見てみれば、その悪魔は目の前で飛翔しているガイアスと対峙していた。

 そして、その向こうに館の前で泣き崩れるスメラギと彼女を立たせようとするユメルの姿も確認できる。

 

「好き勝手やりやがって……!」

 

 もうこんな状況下で驚くのも疲れた。悪魔に驚く事もない、今何よりも込み上げてくるのは怒りだった。

 報酬が赤字になるとか、そんなことはもうどうでもよかった。腰の袋からありったけの術札を握りしめるとその中でも保険で持っていた高額の一枚を破り捨てる。

 ――途端、アルフレムの頭上に半径1m程の大きさの火球が浮かび上がる。そして、彼はガイアスの名を呼ぶと持っている術札の端きれを悪魔に向ける。

 ガイアスがそれに気がつき距離を取るのと同時に、火球は目にも留まらぬ速さで悪魔に直進していった。

 そして、悪魔が気がつくのと同時にそれは着弾し、夜空に火柱を登らせるのだった。

 



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第十三話 ココから始まる物語-終

 爆炎に包まれた悪魔が鳴く。ただの魔物ならば、これで終わるだろう。しかし、アルフレムはこの巨大蜥蜴はこれだけで死ぬ事はないと確信をしていた。

 だからこそ、ガイアスに再び呼びかける。今から使うのは次に高額の術札だ。武器に火の力を付与し、灼熱した武器が相手を切りさくという物。武器に対してもある一定のダメージを負わせてしまうのが難点だが、生物相手にこの術は非常に効果的だ。

 ガイアスが意図に気がついたのか、アルフレムの隣に降り立つ。その途端アルフレムが術札を破り捨て剣に貼り付ける。

 すると、ガイアスの剣が灼熱を帯びた。それを確認したアルフレムが手短にガイアスに告げる。

 

「効果が無くなるのは五分程度。その後その剣は研がない限りなまくらだ。上手く使ってくれ」

「了解した」

 

 火を霧散させた悪魔は所々灼け爛れさせながらアルフレムを睨みつける、そして彼に向かいその幾百もの触手を伸ばした!

 だが、アルフレムが後ろに下がるのと同時にガイアスが前に出、その触手を剣で切り裂いていく!

 

✳︎✳︎

 

「お、おとーさん……、おかーさん……」

 

 スメラギの家は無残にも倒壊し、その原型を残していない。もしかしたら生きているかも、等という淡い期待は庭先で倒れる衛兵の死体、そして、侍女達の無残なバラバラ死体に打ち砕かれている。

 ただユメルはスメラギの背中を撫でる事しか出来ない。ガイアスの様に悪魔に対峙するだけの力も無ければ、アルフレムの様な即応性もない。

 無言で、スメラギの背中を撫でながら、ユメルは魔神の雫を握りしめる。

 ――シャンナさんのような力がわたしにも有れば。こんな悲しみも、こんな無力感も、なかったかもしれないのに。

 ユメルがそんな思いを胸にペンダントを握りしめると、暖かな、そして、見知った手の温もりが返された気がした。

 

「シャンナさん……?」

 

 そして手のひらをみれば、その手に青い炎が揺らめいていた。その炎は渦をまいて収束していき、そして、淡く翡翠色に輝く一発の銃弾になる。

 ――これは、お守りだから、そう話していた彼女の声が蘇った。

 なんと言葉に表していいかわからない。胸が熱くなる感覚を覚える。涙が出そうになるが、今は泣く時じゃない。

 ユメルは銃弾を弾倉に込めた。この一発は、あの人が貸してくれた力の一部。

 弾倉を一発しか入っていない方へと交換する。

 けど、きっとこれで十分。

 

「あああああっ!!」

 

 ユメルは引き金を悪魔に向けて引いた――拳銃から青い炎が飛び出る。その炎は徐々に槍の形を取り、悪魔の首に突き刺さる。

 トドメにはならない。それどころか、ユメルは拳銃が手の中で砕け散ったのを感じた。

 ――Vooooo!! 悪魔が首の槍を抜こうと悶え苦しみだす。

 そんな悪魔の隙を突いてガイアスが飛翔した。

 ガイアスは体当たりをするように、その焼けた剣を槍の隣に突き刺す! 手で蝿を握りつぶすようにガイアスに悪魔の手が迫るが、ガイアスは槍に足をつけるとその槍を蹴る勢いを利用し、剣で悪魔の首を横に切り裂いた。

 青い鮮血が辺りに飛び散る。悪魔が震える様にたたらを踏むのを見ながらガイアスは上空に飛翔した。

 そして急降下をしながら、彼は悪魔の脳天にその剣を突き刺す。それがトドメだったのか、悪魔は前のめりに倒れるとピクリとも動かなくなる。

 ガイアスが怪訝な表情でユメルを見る。

 ――さっきのは……?

 だがユメルも訳が分かっていないのか、自分の手を呆然と見ていた。その手には既に何も残ってはいない。だが、雫の中の青い炎は少し輝きを増した様に感じる。

 ユメルは今は感じないその炎の温もりを思い出す様に手を顔に押しつけた。もう、限界だった。止め処なく涙が溢れる。だが、泣き崩れたいのは我慢し泣きながらも言葉を続ける。

 

「スメラギぃ! 泣き、たいのは、お前だけじゃない!! 立て、立てよ!! まだスメラギにしか、出来ない事があるだろ! スメラギが、避難の声明を叫んでくれないと、残っちゃう人が、いるかもしれないだろ!!」

 

 感情がぐちゃぐちゃだった、泣きたい、泣き止みたい、立ち止まりたい、そんな暇はない、友人に優しくしたい、けど、泣き崩れたいのはこっちも同じだ。

 崩れた感情のままにスメラギの襟首を掴んでユメルは立たせる。

 自分よりも酷い顔で泣いている。ユメルを見て、スメラギは驚きと共に泣き止んだ。ユメルがこんなに泣いているのを始めてみたのだ。

 言葉を返す元気は今はスメラギにもない、だけど、親友の言葉には答えたい。だから、歯を噛み締めながらもスメラギをうなづいた。

 ユメルは手を離す、今度はスメラギはちゃんと自分で立ち自分を泣き止ませようと深呼吸を繰り返していた。

 

 そんな二人のやり取りを見ながら、アルフレムとガイアスは居た堪れない思いしか抱けない。

 子供が大人になろうと背を伸ばしている。それはこんな状況ではなければ、可愛らしいものだ。けれども、こんな状況下だからこそ、痛々しい。自分たち大人が頼りないという事なのだから。

 立場ももちろんあるかもしれない。けど、自分たちがもっとこんな状況を変える事が出来れば子供達に頼らなくても良かったはずなのだ。

 延々と浮かんでくるその負の連鎖の考えを二人とも打ち切った。そう、子供が前を向いてるのに、立ち止まる事など出来ないのだから。

 

「ユメル。スメラギはガイアスに空を飛んでもらう事で各場所に声を届けてもらう方がいいと思う」気持ちを切り替え、アルフレムが提案するとユメルはそれに頷いた。

「衛兵団の、本体は、東回りで避難勧告を出す。だから、アルフレム、私と一緒に西回りで行くぞ」

 

 ユメルも親友が泣き止んだのを見て落ち着いたのか、深呼吸をしながら冷静に言葉を続ける。

 ガイアスはその作戦に追加するように、上空を見上げながら告げた。

 

「あと、一時間ないくらいだ。ここから急いで南門まで40分程。戦闘や寄り道はもう無理だ」

「……分かった、その旨を伝えながら足を止めずに対処していこう」ユメルは落ち着いたのか冷静に返した。

「では、スメラギ殿、背中に」

 

 落ち着きを取り戻したスメラギを背負うと、ガイアスは飛び立っていく。それを見たアルフレムもユメルを背負おうとするが彼女は首を横に振った。

 

「私はまだ体力がある。だがアルフレム殿はもう膝が笑っている。各々走ろう」

 

 その言葉にアルフレムは苦笑を浮かべた。事実、もう足はつりそうだ。息は多少戻ったものの、身体があまりいう事を聞かない。

 

「すまねぇ」

「……いや、貴方が居てくれて、本当に良かったと思ってる。だから、生き延びよう、共に」

 

 そのユメルの言葉に面を食らった様にアルフレムは顔をしかめると、ああ、とだけ返事返した。

 ユメルが先導するように走り出す。普段なら子供に負ける事は無いが、アルフレムは足がもう千切れそうな程痛かった。

 だが、我慢だ、とアルフレムはあまり服用してはいけない薬を袋から取り出し、飲み干す。

 強力な鎮痛剤だ。しばらくすれば痛みも無くなるが、中毒性がある上後で治療院送りになるのは避けられないだろう。

 だが、そんな先の心配は生き延びてからだった。

 走りながらユメルが叫び始める。

 

「衛兵団団長の娘、ユメルだ!! 全員、南門へ逃げてくれ!! 頼む! 急いで南へ逃げてくれ!!」

 

 叫びながら西区の農業区を走って回ると、やはり残って居たのか、家から顔を出す者たちが少し見かけられた。

 本当なら、足を止めて説明したい。けれど、時間がそれを許さない。

 だから彼女は血の味を喉から感じながらも足を止めずに叫び続ける――頼む、南門へと逃げてくれと。

 その言葉に反応した数人は身ひとつで逃げ出したり、馬を駆って逃げたりと苦労が結ばれたが。

 ある数人はその様子を見送りながらただ、玄関に立っているものもいた。

 

「頼む逃げてくれ! 街が消えるんだ! 頼む!!」

 

 そんな彼らを見ながらユメルは叫ぶが、彼らは、悲しげに首を振る者も居れば、ユメルに謝罪するように腰を折る者も居た。

 それを見ながらもユメルは叫び続ける。何人助けられたのか、何人見捨てたのか、数えては居なかった。

 気がつけば、南門へとたどり着いており、人がもう疎らにしかいない。

 赤く染まりつつある空を見ながらただ必死に二人は走った。

 ――間に合わないかもしれない。

 その考えが頭を過ぎった時、二騎の馬が前方から駆けてくる。馬に乗っている人物を見れば、ユメルの父と、衛兵隊の者だった。

 彼らは円を描きながらターンをし、ユメル達の横をに並ぶと同時に、二人を引き上げる!

 ユメルは小柄なのもあり父に抱き抱えられる形で回収されるが、大人のアルフレムは横ばいの状態で馬に跨り、つい、危ねぇ! と叫びながら姿勢を変えていた。

 走るよりも圧倒的に早いスピードで馬は駆けていく。二人はそんな状況で漸く落ち着いたのか、背後を振り向いた。

 背後では大きな星が街に勢い良く激突をした。

 馬は衝撃波に煽られ、たたらを踏むが倒れる事なく進み続ける。

 街が消えるのが鮮明にユメルの目に焼きついた。赤い空、上がるキノコ雲、吹きおこる強い風……。

 

 

 

 ――私の冒険の始まりは、こんな夜だった。

 

 

 

 

 



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一章 エピローグ

 ランスから南の草原で避難民は焚火を焚き、身を寄せ合っていた。全員が疲れたように下を向き、地面に座り込んでいる。衛兵たちもまた違わぬ表情を浮かべているものの、彼らは淡々と人数を数え、被害を調べていた。

 食料を持ち出せたものは少ない。明日の食料すら全員に回らないだろう。

 生き残った何人が南のパリスタンに避難する上で脱落するか、頭を悩まさずにはいられなかった。

 そんな中、ユメルもまた一つの焚火を囲んでいた。表情は魂が抜けたようにひどい顔をしている。その焚火を囲むのは痛みに身をあまり動かせないアルフレム、この中で一番まだ気力があるガイアス、友人に寄り添い、また、全員と同じように下を向くスメラギ、そして、衛兵団の団長、ユメルの父であるバーナード・ユーラシカだった。

 全員が鎧を脱ぎ捨てており、苦悶の表情を浮かべている。

 

「問題は南に向かうとして、体力が持つのかどうか、そして、食料の問題だな。急いで出たせいで、まともに食料は持ち出せてねえ。それに、女子供がその上で行軍に耐えられるかが心配だ。脱落者は避けれないだろうな。魔物を相手にするにしても 、衛兵に食料が回らなければ戦うこともままならん。」バーナードが顎髭を撫でながら、状況を確認するようにつぶやく。

「そのことなんですが、先遣隊を派遣させ、パリスタンに救援を……、いや、最短でもそれじゃあ救援に1週間はかかるな」アルフレムもまた自らの体の痛みに耐えながら意見を述べる。

「厳しいですな。明日は馬を何頭かつぶした上で狩りを行いましょう。また、食べられる草等を探しながら進むしかないでしょうね」

 

 ガイアスが疲れた頭でそう考えを述べていると、ユメルは一切表情を動かすことなく、ただ茫然と地面を見ながらぼそりとつぶやく。

 

「その両方をやればいいんじゃないか。……アルフレム、それにスメラギと私、ガイアスで馬を走らせパリスタンへ。それと並行的に狩りを行いながら足を進めればいい。2日程、救援がくるまでの時間を詰められるだろう」

 

 そう呟いた彼女の言葉に頷きながらも、バーナードはかける言葉が見つからなかった。死んだ瞳をしながら火を木の枝でつついている娘に話す言葉が見つからないのだ。

 状況はある程度、ガイアスから報告を受けていた。シュペルミルという存在、隠された古代都市、そして死んだ守り神。

 そのすべてにユメルが深くかかわっている。いや関わりすぎているといってもいい。

 この場で何も話さず自閉的になってしまうのも無理はないことだった、けれど、この娘はあきらめたような顔を浮かべながらまだ考え続けている。

 子供がやることじゃないだろう、そう思う。しかし、その意見がひどく正しいのも確かだ。

 

「よし、じゃあユメルの案で行こう。難民の統率は俺が責任をもって行う。今日は疲れたろう、ゆっくり休んでくれ」

 

 あまりにかける言葉が見つからな過ぎて、バーナードは立ち上がり、逃げるように難民たちの元に向かった。もっとも、彼も考えがまとまらないのは理由がある。

 ――ユメルの母が避難途中に魔物に襲われ、死亡したのだ。彼が難民たちを先導している時、目の離れた場所で、守れず、無残に。

 誰のせい等とは言えない。ユメルの言葉はあの時も正しかったし、家族を守って逃げることは衛兵団の団長としてはありえない。前線に立ち、難民を避難させるのはひどく正しい行動だった。

 けれど、その結果は一番大切な最愛の妻の死亡という事実を持って現れた。

 だからこそ、ユメルもまた父にかける言葉は見つからない。

 ユメルは父がいなくなって漸く、涙を目に貯めると手で顔の半分を覆いながら、頭を掻いた。

 

「なぁ、私がやったことは間違えてなかったのか? あの時はあれが正しいと思ったが、もっと、もっとやりようがあったんじゃないか? 私が森を調べなければ、モヒートはあんなことにならなったし、シャンナは死ぬことはなかったんじゃないか? なぁ、なぁ。……私のせいだといってくれよ。なんで誰も私を責めないんだよ……」タガが外れたように嗚咽と慟哭が漏れる。

 

 アルフレムとガイアスはただただ、焚火を見つめていた。顔を見られなかった。

 だが、言葉を探すように息を吸うと、アルフレムは自分の考えを話し出す。

 

「何でお前を責めるんだよ。何が間違ってたんだ。あの黒い種の危険性が多少なりともわかってたのは俺だし、森に同行を許可したのも俺だ。

 それによくやったよ、お前は。町の人を半分以上あの状況で逃がすなんて、俺のガキの頃じゃできなかった。俺もお前の案が最善だと思ったんだ。お前は間違ってねえし、誰にもわからねえよ、こうなるなんてよ」

 

 膝を抱えてユメルは蹲る。今度はスメラギがそんな彼女の背中を撫でていた。そして疲れた顔で笑うと、ユメルに言葉をかける。

 

「私はあの状況で何もできなかった。あの状況でだれかを助けようとああやって行動できたユメルはすごいんだよ?」そんなスメラギの言葉にガイアスも続けた。

「……、私は、あの状況で全員が全力で行動したから、こんなに助けられた命があると、そう思う。見捨てることも出来ただろうし、家族だけ連れて逃げれば、もっと簡単だっただろう。

 けれど、それを選ばなかったのはユメルの美点であり、誇るべき事だ。誰も責めることなどできぬよ」

 

 ユメルは優しい言葉をかけられれば、かけられるほど、剣で体を刺されるようだった。

 自分が思ってしまうのだ、もっと、いい方法があったんじゃないか、自分がでしゃばらなければ、もっと何かあったんじゃないか。自分があんなことをしなければ、こんなことにもならなかったんじゃないか。

 この感情は止めることはできない。全員の言うことも正しいのかもしれない、けど失ったものが多すぎるのだ。泣いているだけじゃ、何も進まないのも、これは答えのない考えだとも理解していた。

 ――だが、今だけは、今だけは嗚咽を漏らしても許してほしい。明日、明日になれば、また立つから、今だけは。

 

 ユメルは頭をだれかが撫でた気がした。それは間違いようもなく、銀髪のあの人の手だと思う。

 けれど、顔をあげれば、それは消えてしまいそうで、その温もりを感じながらただただ、闇夜に嗚咽を響かせ続けた。

 



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二章 城塞都市パリスタン
二章 序章


 2騎の馬が草原を駆ける。

 気持ちのいい晴天、肌に当たる優しい緑風。しかしながらその馬に乗っている四人は笑っていなかった。

 馬が丘の上にたどり着くと、ようやく一息吐くように足を止めた。

 

 丘から下を見れば白亜の巨大な城、そしてその周囲を囲むように城下町が広がり、その町への侵入を防ぐように巨大な石造りの外壁が東西南北に建てられている砦に繋がっている。

 ランスと比較しても大きな町であり、ここ周辺では一番の軍事力を誇る巨大都市国家『城塞都市パリスタン』がそこにはあった。

 

「ここで一旦休憩を取るか。見晴らしがいいから魔物が来てもすぐわかる」そうアルフレムが告げると、

「もう目の前だ、このまま進んでもいいのではないか?」とユメルが不思議そうに質問した。

「もう二時間走らせてるからな、ここから見えてるっていってもあともう二時間かかる。馬がばてちまう」

 

 そうか、とユメルは頷くと馬から降り、草むらに座り込むと肩から掛けた水筒を一口口にした。

 アルフレムは足が痛いのか苦悶の表情を浮かべながら馬を降り立つと、前にのせていたスメラギを抱え、地面に卸す。

 

「アルフレム。足はまだ痛むのか?」心配そうにユメルが訪ねると、アルフレムは脂汗をかきながらも笑う

「少しずつは良くなってるから気にすることねえよ。それにパリスタンにたどり着けば、治療師に見てもらえばいいしな」

「治療師?」

「そういや、ランスにはいなかったんだったか。魔法使いの一種なんだが、人の体とか病気を治すために魔法を習得している人たちでな、ちょっと医者より値段は張るが四肢がなくならないかぎりは治せるとも言われてる」その話を聞いていたスメラギが不思議そうに首をかしげる。

「そういう人って伝手とかないと頼みにくい気がしますが」

 

 その言葉に何故かアルフレムは言いずらそうに頭を掻きながら、言いづらそうにぼやく。

 

「知り合いが、治療師やってんだ」

「その言い方だと、ただの知り合いに聞こえないが」ユメルは興味深そうに少し笑いながら言及する。

「あー……、探究者として新人だったころからの知り合いだから、いろいろ小うるさいんだよ」

 

 女か、そうスメラギとユメルは顔を見合わせながら同じような事を考える。

 そんな女子集団がアルフレムとの関係にいらぬ想像を働かせている中、ガイアスがパリスタンの地図を広げながら、アルフレムに尋ねる。

 

「順序としてはだ、『その日の気分はパンシエット』に向かい、状況を報告。次に城に向かい、支援を要請……、こっちはスメラギと私がいればいいか。その間にアルフレム殿はその治療師の元で治療を受けるという形でよろしいか?」

 

 彼は地図を木の枝で指さしながら行動を打ち合わせる。南の砦から城下町に入り、その近くにある探究者の組合(ユニオン)に向かい、そして北上し、城を指す。

 それを見ながらアルフレムは頷いた。

 

「そうだな。ユメルの嬢ちゃんは城に行く必要はないのか?」

「私は組合(ユニオン)に依頼、説明をするために同行しているのが主だからな。現ランスの代表はスメラギだ。探究者に救援依頼を出すとして、スメラギの名前で行うと彼女の負担が大きい。それに、領民の護衛依頼を探究者に依頼するとして、スメラギが行ってしまうと、問題はないだろうがここの領主の軍が信用できないのか、等となってしまう可能性もある。だから立場的には何の関係もない私が救援要請を同時に探究者に出すのさ」

「ああ……、なるほどなぁ前から思ってたけど、ユメルはいろいろ考えてんのな」

「一応、良いところの娘だからな」と自嘲気味にユメルは笑った。

 

 二十分程休憩を挟み、一同は出発した。

 視界にはパリスタンが映っているものの、アルフレムの言葉通り中々たどり着くことがない。だが、予定よりも少し早く南の砦にたどり着くと、その巨大さに驚くばかりだった。自分がまるで小人になったかのような大きさの門が目の前にはあり、その重厚な鉄の扉は今は開いているものの閉まってしまえばたとえ数百の魔物が襲って来ようとビクともしないだろうことは見ていてわかる。

 門の周辺には門の前で通行人の身分を確認する2名の他、詰所が近くにあるようで、そこに待機している兵士も数人うかがえた。

 いつもは父と共に来ていたものの、今は身分を証明するものが何一つないユメルはどうしようかと悩んでいると、アルフレムが門番に近づき、手を挙げて挨拶をした。

 

「よ、カイン」気軽く門番の名前を呼ぶと門番も朗らかに笑い手を挙げて返す。

「あ、アルフレムさんじゃないですか。今お戻りですか?」

「ちょっといろいろあってね、この数人は俺の同行者で通行できない?」

「了解です。あ、一応規則なので、身分が証明できるもののご提示と、こちらに同行者の名前を記入お願いします。」

 

 門番はそういうと、バインダーに挟んだ紙をアルフレムに手渡す。そこには『出入門者名簿表』と書かれており、綺麗に長方形の欄が作られている。その紙にすらすらとアルフレムは名前を書き込むと、最後に胸元からエンブレムを取り出し、門番に見せた。

 

「『その日の気分はパンシエット』のエンブレム、たしかに。お疲れ様でしたー!」

「そっちもお疲れさん、また酒場であったら酒でもおごってやるよ」

「ありがとうございます!」

 

 そんな会話を目の前で聞きながら、ユメル達は門をくぐる。

 目の前に広がった街並みは、流石、パリスタンと言わざるおえない程洗練されていた。石造りの家が道に沿い、規則正しく並んでいる。分かれ道には必ず木の看板が設置されており、迷わないように案内図が乗っていた。そして、どの道を見てもランスの商業区のような喧騒に満ちており、四方を見れば『武具屋』、『食事処』はたまた『魔法道具店』等数様々な店が街の入り口から広がっている。

 田舎者のように、いや実際に田舎者なのだが、スメラギとユメルは馬にまたがりながら辺りの街並みを物珍しそうに観察していた。

 その様子にアルフレムは笑う。

 

「今日の予定が終われば、気になるなら見て回ればいいだろ。いつまでも塞ぎこんでてもしゃーない。此処の事ならいろいろ知ってるし、食事代くらいなら出してやるよ」

「……だが」ユメルが苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるが、

「俺たち探究者は昨日飯食った相手が明日には死んでたりするのはよくあることだ。

 それに、お嬢ちゃん達が生きていればそんな経験は沢山する。今回はそんな経験を一度にしたから混乱してるだろうが。そういう時は美味いものを食べて、折り合いをどこかでつける必要があるんだ。

 結局、生きていくならいつまでも止まることも出来ねえし、きっとそんなことをしてほしいなんて死んだ奴も思ってねえよ」

「……」

 

 ユメルもスメラギもあれから幾分かは落ち着いたが、完全にまだ折り合いをつけるには時間が足りていなかった。だからこそ、アルフレムが気を使ってくれているということが十分に理解できる。二人とも無言で頷くと、優し気にアルフレムも微笑みながらうなづき返した。

 

「まぁ、とりあえずはお仕事しにいきますか」

 

 雰囲気を変えるようにアルフレムがそう告げると、馬はゆっくりと組合(ユニオン)に向け、歩を進めた。

 

 

 

 



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束の間の日常1

 組合(ユニオン)とは、都市国家群がその者たちを把握、活用するために作られたシステムだ。別段、たとえば『探究者』になりたいからといって探究者組合(ユニオン)に参加する必要はない。しかし、組合(ユニオン)に参加することにより、それが身分の証明ともなり、また、探究者に依頼したい依頼は組合に持ち込まれるため、組合に所属するものは多い。組合に所属すればある小遣いを稼ぐために何か仕事を探す必要もなく、その技能を求めた依頼が舞い込むからだ。また、そのほかにも組合員となれるということは一定の技能以上は保有している証ともなり、いわば、プロの『探究者』と言えるものは組合員を指す。

 しかしながら、フリーランスと呼ばれる探究者が認められていないわけでもない。中にはフリーランスでありながら古代遺跡の調査を完了させているものや、英雄と呼ばれる実績を持つ者もいる。

 えてしていえることは、自分ひとりで何とかできるだけの資金、実力、人脈を持っているものはフリーランスであっても活動できるが、そうでないものは『組合員』となった方が恩恵は強い。それは『探究者組合』に限らず、様々な組合に言えることだ。

 そして『その日の気分はパンシエット』という店も『探究者組合(たんきゅうしゃユニオン)』に当たる。

 この店は『城塞都市パリスタン』の発祥の組合であり、この地方に広く知られていた。

 

 アルフレムは勝手知った我が家に入る感覚で店の扉を開ける。一階部分は喫茶店のような様相を見せており、実際、軽食あるいは飲み物が飲めるように店の中には木造りの丸テープルや椅子がところどころに置かれている。店の奥のカウンターではボブカットの茶毛を持つ綺麗な女性と、白髪が似合う老紳士が佇んでいる。

 意外なことにこの店のマスターは老人ではなく、隣の女性なのだ。初めて訪れたものはだいたい間違える。

 アルフレムは今戻りました、と口にしながら手を挙げ、女性に近づいていく。

 

「ずいぶんかかったね。何か問題が?」

「ええ、今回の調査内容なんですが、ここで話せない程立て込んだ内容でして」そうアルフレムが返しながら、後ろに立つ三人に視線を送る。

 

 その様子を見た女性はただ事ではないと察し、老人に一言声をかけると全員をカウンターの裏にある部屋に通す。

 そこは密談をするには適した場所だった、重厚な石造りの壁が四方にあり、真ん中には長机に椅子が六脚ほど置かれているだけだ。窓もなく、盗み聞きされる心配もない。

 女性は、アルフレム達を椅子に座らせると促すように、何があったの、と口にする。

 

「話すと長いのですが。結論から話しますと、貿易都市ランスは強大な魔物の出現によって滅びました」

「……詳細は?」息をのむように女性は顔をこわばらせると、アルフレムの言葉に耳を傾ける。

「スメル樹海の奥深く、禁足地と呼ばれていた場所に『シュペルミル』と呼ばれた魔物が封印されていました。その魔物は村人一人の体を乗っ取り、覚醒したのを目撃。

 また、その際、この町の守り神『シャンナ』が討伐に当たりましたが、守り神は魔物に打ち取られ、死亡。しかしながら、魔物がこちらを追ってこなかったことから、なんらかの要因で魔物が動けないと考えられます」

「そう、依頼者にそう報告しておきます。

 多分、国や、依頼者にまた呼び出されるとおもうけど、快く説明してくれると嬉しいな」

「それはもちろん」

 

 そうしてひと段落話がついたところで女性は残りの者たちの顔を眺める。

 

「それで、そこにいる方々は『貿易都市ランス』の人かしら」

「――ああ、みんな、この人はこの店のマスター、『パンシエット』さん。それで、ここの、3人は貿易都市の人間で、領主のスメラギ・アヤカ、衛兵団の団長の令嬢のユメル・ユーラシカ、その護衛のガイアスです」アルフレムは全員に説明するように互いの名前と役職を話す。

「領主、それに令嬢って結構な人をお連れしたのね」

 

 苦笑いをするようにパンシエットが表情を崩すと、ユメルは一度立ち上がり、綺麗な礼式でパンシエットに挨拶をする。

 そして普段はしない口調でパンシエットに話しかけた。

 

「お初にお目にかかります。お紹介に上がりましたユメル・ユーラシカです。この度はこの組合(ユニオン)にご依頼をしたく、ご同行させていただきました。

 依頼内容は現在こちらに南進しているランスの領民の護衛依頼です。また、その際こちらから食料を輸送していただきたく」

「依頼料は? 相場は知ってる?」

 

 アルフレムからユメルは依頼料の相場を説明されていた。主に新人に依頼する場合は一人頭1500ジル、またある程度のベテランに依頼する場合、5000ジルが必要となる。

 一日宿に泊まるのに必要な金銭がおおよそ80ジル前後と考えると、アルフレムの言った高給取りという話が良くわかる。様々な状況に対し、適切な行動を行える上、魔物を少数で打破できる人間というのはこの世の中、非常に希少価値が高い。

 ユメルはバーナードから10,000ジルを預かっており、その中でやり繰りしなければならない。そのため、今回の場合は新人を3人、残りは糧食に充てる予定だった。

 

「はい。アルフレム様からお聞きしております。今回の依頼は一人1,500ジル。その上で三人までの依頼とさせてください。また、糧食につきましてはこちらが明日までに用意いたします」

「ん。確かに。じゃあ店先にあとで張り出しておくわね。依頼者はユメル・ユーラシカで大丈夫?」

「ええ、それでお願いします」

 

 その後、パンシエットとユメルは詳細な内容を詰める。パンシエットが不備のない事を確認すると、依頼書の作成は終わった。

 そこで、パンシエットは思い出したように手を打つと、一旦部屋の外に消える。次に戻ってきた彼女の手元には別の依頼書と共に、札束が一つ握られていた。

 その二つをアルフレムの前に置くと確認するように内容を言う。

 

「樹海探索依頼。依頼者:シャネル 達成報酬10,000ジル。確認して」

「はいよ」アルフレムは手に取ると紙の数を数え頷く「確かに」

 

 それを横で見ていたユメルは驚くように声を上げる。

 

「1万ジル? やっぱりアルフレム殿は結構な有名人なんじゃないか?」

「だから、俺は……」その言葉を遮るようにパンシエットは微笑みながら告げる

「この組合の上から数えたほうが早いくらいの実力者よ、剣も魔法も技術も特化した人はいるけど、全部が高水準で行えるのは彼くらいね」

 

 その話にガイアスは納得したように頷いていたが、ユメルとスメラギは驚きが隠せないのか目を見開いたまま彼を見ていた。

 その視線に恥ずかしそうに彼は頭を掻き、その話をあまりしたくないのか打ち切るように話題を変える。

 

「はい、ここでの仕事は以上! じゃあ次行こうか、次」

 

 彼がユメル達を追い払うように部屋から出す、そして彼が出ていく直前、それを微笑まし気に見ていたパンシエットが彼に声をかける。

 

「アルフレム。足、ちゃんとミーネちゃんに見せに行くのよ。それと、もういい年なんだからあんまり無理しない。いいわね?」

「あー。あいよ。マスター」

 

 いたずらがバレた子供の様にアルフレムも頭を掻きながら、部屋から出ていった。



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束の間の日常2

 北区から城までたどり着くのには馬に乗って移動しても1時間を有した。もちろん人が多いため走らせられないのもあるだろうが、城下町が入り組んでいたという原因もある。

 外敵からの侵入を遅らせるため、ひどく入り組んだ街並みをしているのは仕方ないことだが、アルフレムがいなければさらに時間がかかっただろう。

 このパリスタンは斜めに横断するように運河が通っており、その運河の浮島に城は存在する。もちろん、氾濫等の被害を想定して、城のある浮島は城下町より高地となっており、もし運河が氾濫しても城に被害は及ばぬようになっている。また、それ以外にも、この町には地下排水路というものがつくられているらしく、氾濫し、街に流れていった場合は排水溝から水は地下に流れ、街の外に排水される仕組みにもなっているらしい。

 

 城から斜めに北と南に卸されている桟橋の前にはフリューデットアーマーを着込み、手にグレイヴを持った騎士達が二人佇んでいた。

 はたから見てもその装備は様になっており、良く洗練されている兵だということはわかることだ。その騎士を見ながらアルフレムが説明するように話した。

 

「パリスタンの軍人っていうと、戦闘に特化した探究者と変わらないくらいには強いぞ、こちとら、未知を探索するのが職業だが、騎士っていえば魔物討伐や盗賊の討伐とかが主な仕事だからな」

「へぇ」興味深げにアルフレムの馬に同乗しているユメルが相槌を打つ。

 

 四人は騎士の前で立ち止まる。そして、スメラギとガイアスが前へ出ると、ガイアスが地面に降り立ち、騎士に礼をする。

 

「貿易都市ランスから参った、領主スメラギ様です。私はその護衛の騎士ガイアス。突然で申し訳ないが、領主様にお目通りを願いたい」

 

 困惑した様子を騎士達は見せながら一人を城に走らせ、もう一人がガイアスの前に歩みだし、対応をする。

 

「お足労をおかけします。すいません、突然の訪問の場合、身分が証明できるものが必要なのですが、何かお持ちでしょうか?」

 

 スメラギが困った様子で首を振ると、髪を掻きながらアルフレムが馬から降り、騎士に近づいた。

 そして、彼に向かい『その日の気分はパンシエット』のエンブレムを見せると、変わりに説明を始めた。

 

「探究者のアルフレム・ジントニスといいます。貿易都市ランスは強大な魔物に襲われ壊滅、その際身分を証明できるものも持ち出せませんでした。

 この二人の身分は自分が証明します。何か証書が必要なのでしたら、パンシエットさんにもらってきますが」

「そうですか、確かに間違いなくパンシエットさんのエンブレムですね。疑っているわけではありませんが、すいません。規則なので少々お待ちください。曹長が対応いたしますので」

 

 丁寧に騎士が説明すると、まぁ、そうだよな、と呟きながらアルフレムは頭を掻く。そんな彼に向かいスメラギは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「何から何まで申し訳ありません。依頼もしていないのに、こんなに……」

「ん。あぁ、気にすることじゃねえよ。あんなに大変な事があったあんたらを放っておいて、はい依頼が終わりましたのでそれじゃあ、なんてただの屑だろ。それは。

 困った人が居たら手を貸す。それが当たり前だ。それにユメル嬢ちゃんにも俺は助けてもらったからお互い様ってやつだ」

 

 なんでもない、という風に彼は顔の前で手を横に振る。

 そんなことが当たり前のようにできる人間というのは意外に少ない。それがわかっているからこそ、スメラギはこういう人に甘えてばかりはいけないと、そう思う。

 

「落ち着いたら、きっとお礼をします。いつになるかわかりませんが」

「そういうはいいって、ありがとう、それだけでいいんだ。俺が勝手にやってることだしな」そう事もなげにアルフレムが返すと、ユメルがからかう様に

「なんなら、アルフレムがスメラギを嫁にもらえばいいんじゃないか?」

「ハァ!? 一体どこでそんな話になったよ!」

 

 そんな二人のやり取りにスメラギはくすくすと微笑んだ。その様子に少しふざけたかいがあったか、とユメルも微笑むと、その意図がわかっていたのか、アルフレムもユメルと目を合わせ、同じような表情を浮かべた。

 ――この先、領主に会えたとして、その交渉はスメラギが行わなければならいのだから。少しでも気を紛らわせるのは大切だと、そう思ったからだ。

 そうして談笑をしていると、一人の女騎士が門から歩んでくる。その後ろには見間違いでなければ先ほど走って去っていった騎士を伴っていた。

 女騎士は頭部(アーメット)を付けておらず、喉(ゴルケット)から下のみをプレートアーマーで固めていた。

 きれいな赤い髪が特徴的なショートカットの彼女はアルフレムを見ると、よっ、と手を挙げる。

 

「はいはい、間違いなくアルフレム・ジントニスね」

「あー、面倒かけてすまん。また今度酒奢るから勘弁してくれや。」

「あ、じゃあ『宮廷 ゴイジャス』のフルコースで勘弁してやるわ」

「おい! それ50,000ジルするやつだろ!!」

 

 二人のやり取りに既視感があるなぁ、と苦笑いをしながらスメラギが見ていると、女騎士はスメラギの前に立ち、今の会話からは想像のできないきちんとした礼式で挨拶をする。

 一瞬驚いたものの、スメラギも礼を返すと、彼女は頷き、名を名乗った。

 

「近衛兵曹長 アナスタシア・ハーメンです。御足労感謝いたします。ですが、正式な訪問でありませんので、武装を解除した上でついて来ていただくことを同意いただけますでしょうか?」

 

 ガイアスはその話に頷くと、剣を腰から外し、彼女に預ける。アナスタシアは、確かに、と頷くと後ろの騎士のその武器を手渡した。

 

「では、こちらへ。お取次ぎいたします」

 

 二人が城に入っていくのを見ながら、ユメルは手を振り見送った。そのユメルの行動に気が付いたスメラギも小さく手を振ると同時に城門の中に入ってしまい、段差で見えなくなる。

 それを見届けたアルフレムが、よし、と一息つくと、また馬に跨り踵を返す。

 そうして、治療院に向かうアルフレムが操る馬に乗りながら、ユメルは首を傾げながら彼に尋ねる。

 

「なぁ、アルフレム」

「ん。」

「今の女性とは爛れた関係というやつだろうか?」

「ぶっ!! お前、アナスタシアは只の知り合いだっての!」

「ふーん……?」

「信じてねえなお前!?」

 



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束の間の日常3

 治療院は西門の近くに存在する。北に多く存在したのは、探究者が必要とする物品の店舗だったが、西は多くの民家が立ち並び、食料品を販売する市場、そして、雑貨等日用品が多く存在していた。

 そのほかにも街並みを見ればこの辺りには宿屋等、どうやら住む場所という色が強い場所の様だ。

 横を通り過ぎる人波も革の防具などをつけた探究者の姿は少なく、ジーンズや黒いタンクトップ等を着た男性、また、ワンピースを着た女性等、カジュアルな服装をした人々を多く見かける。

 時折、鼻孔をくすぐる肉を焼いたようないい匂いが立ち込め、ユメルは腹の虫を鳴らした。

 

「ん、先に何か食べるか?」アルフレムがユメルの体調を伺い、声をかけた。

「むぅ、平気だ。すまない、先に治療院に行こう。」

 

 恥ずかしそうにお腹を押さえながら、ユメルが返答する。もっとも、仕方のないことだろう。途中食べたものといえば、干し肉、それにドライフルーツを少し齧ったくらいだ。狩りを行えば食料は確保できただろうが、加工する時間、それに狩りをするとなると半日ほど無駄になる可能性を考慮しそれを行えなかった。

 アルフレムは馬の歩みを止めずに市場の喧騒を見つめると、すぐ近くに丁度果物を売っている出店を見かける。彼は少し歩みを変え、店の前に立つと腰袋から銀貨を取り出し馬から身を乗り出し、売っている中年の男性に手渡す。

 

「おじさん、リンゴ3つ頼むわ。釣りはいいから」

「誰かと思えばアルフレムさんじゃねえか。あんたから余分に金なんてもらったら母ちゃんに怒られちまうよ。

 リンゴ一つオマケにつけるからミーネさんにも渡してくれや」彼は四つリンゴを紙袋に入れると、それをアルフレムに手渡す。

「あー、なんか気を遣わせたみてえですまねえな」

 

 気まずそうにアルフレムが笑うその光景を不思議そうにユメルは見上げていた。何があったのか、それを聞いても彼に誤魔化されるんだろうな、等と思いながら。

 彼の人となりはこの短い間にも理解していた。困っている人物を放っておけず、何かあれば自分の危険を顧みず誰かを助けてしまうようなそんな人だ。見返り等を求めずそれをできてしまう人物だからこそ、こんなにも誰かに大切にされる。ユメル自身もアルフレムが困っていることがあるならばきっと何かしてやりたい、そう思ってしまう。

 ――自分もそう思うが、きっとこの人は誰かしらの英雄のような人なのだな。

 そう思わずにはいられなかった。

 そんなことを考えながら彼を見ていると、彼は事も無げに袋からリンゴを取り出しユメルの手に乗せた。

 

「ありがとう……」すまない、と謝るのも違う気がしてユメルは素直に礼をいう。

「それ食べてろ。腹ごなしにはなるだろ」

 

 この人のようになりたい、父以外に初めてそう思える人物だった。きっと、自分以外にもそう思っているひとはたくさんいるのだろう。そうユメルは思いながらリンゴを齧る。

 とても甘く、瑞々しい果汁が喉を潤す。腹を空かせているせいか、そのリンゴの味は今までにないほど美味しいものだった。

 

**

 

西門の近隣に治療院はあった。医者や薬よりお金がかかるからか、あまり人が入っている様子は見えない。かといって、綺麗な装いをしているかとおもえばそうでもなかった。壁は白く塗られ、清潔感に満ちているものの他の民家と変わらぬレンガ造りの家に見える。違いといえば他の民家の多くが二階建てなのに比べ、この治療院は三階建てと少し大きいくらいだろうか。

 

 アルフレムは店先に馬を括り付けると、ユメルを後ろに伴いながら治療院へと入っていく。

 治療院の中も特に何か小奇麗な装飾品があるわけでもなく、民家と変わらないように見える。3m四方ほどの空間に奥の壁に設置された暖炉、そして窓から日が差す場所に置かれている揺りかご椅子。しいていえば、入り口の右に待ち人用の木の椅子が数個置かれている事が特徴的なように見える。通路も見えるが、カーテンの覆われ奥を見ることはできない。

 ドアを開けると、カランカランとベルの音がなる。どうやらドアの内側に取りつけられているようだった。

 ――はーい、と奥から女性の声が聞こえた。間を置かず、カーテンの通路から現れた女性はまだ二十歳はいっていないだろう黒いロングの髪をした空の色の目が特徴的な女性だった。

 彼女はアルフレムに視線を合わせると嬉しそうに笑う、アルフレムの正確な年齢をユメルは聞いていなかったが、30は下回らないだろう見た目からどういう知り合いなんだと、頭を悩ませずにはいられない。

 

「あ、アルフレム!  どうしたの?」女性の声は鈴の音のように綺麗だった。

「あー。足をちょっと怪我しちまって、治療してほしいんだわ」

「足!? ちょっとそこに座って!」

 

 アルフレムがたどたどしい足取りで揺りかご椅子に座る。探索者の組合では普通に歩こうとしていたが、ここで隠すこともないとそう思ったのだろうか。

 その彼の足取りを自分が怪我をしたかのような痛々しい表情で女性は見ていた。ユメルはそんな二人を見ながらリンゴをしゃくり、入り口の近くの椅子にちょこんと座る。

 ――ああ、あれは愛人だな。などと野次馬根性満載で興味津々に観察していた。

 

「もう、無理なんてして。『智に連なる力よ、私の目に見通す力を与えたもう。――アナライズ』」

 

 彼女が呪文を唱えると女性の左目の前にガラスのような淡いレンズが浮かび上がった。そして彼女はアルフレムの足を持ちながら観察すると、眉を顰める。

 

「肉離れと、疲労骨折してる。なんでこんな状態になるまで放っておくかなぁ……」

「すまんすまん。ああ、そうだ、市場でリンゴ買ってきたから、餓鬼どもと一緒に食べてくれや」誤魔化すように彼はもっていた紙袋を渡そうとするが、そんなアルフレムを彼女はキッと、にらみつける。

「誤魔化さない。麻酔薬つかったでしょ。じゃないとこんなになるまで動けないはずだもの」

「あー。はい使いました」

「もう、良い年なんだから無理なんてしてほしくないんだけどなぁ。『癒やしたもう、治したもう。肉よ、貴方の正しい姿に戻り給え。骨よ、血をめぐりまわる力、そして砕けていない部位より、力を得、ただちにその傷をいやしたまえ。――リペア』」

 

 彼女の右手より淡い青色の蛍火が現れる。彼女はそれを優しくアルフレムの足に撫でつけると痛みが伴うのかアルフレムが苦悶の表情を浮かべていた。

 だが数秒後にその光が消えると脂汗をかいていたアルフレムはすっと立ち上がり、先ほどまでの痛みが嘘だったように横で屈伸を始める。

 

「やっぱミーネはいい腕してるわ。足の感覚も全然前と変わらねえ」

「痛いのが嫌だったらもう怪我しないでよね」

「ハハハハ、多分無理だとおもうなぁそれは」屈伸をやめると改めてミーネに紙袋を手渡した。

「もう、ありがと。それでそっちのお嬢さんは?」

 

 話題が自分に及んだことをユメルは察すると半分まで食べたリンゴを手に持ちながら椅子から立ち上がり、彼女にペコリと礼をする。

 その様子を見ていたミーネは、教養がある様子から良いところのお嬢様ではないかと思慮を巡らせていた。

 

「ああ、話すと長くなるんだが。端的に紹介するなら貿易都市ランスの騎士団長の娘さんだ」

「ええ!?」流石にそこまでの人物だと思っていなかったのか、ミーネの口から驚きが漏れる。

「ご紹介にあずかりました。ユメル・ユーラシカです。アルフレムさんには良くしていただいております。」

「一体どういう、いえ、流石にそれは話せないか」

「すまん。立て込んでてよ。多分そのうち城から発表あると思うからそれまでまっててくれや」

「ってことは結構大事ってことだ。うん、わかった聞かない」

 

 その二人のやり取りに夫婦のようだな、等と心でユメルは思っていると気づかず声に出ていたようで突然ミーネが慌てだす。

 

「――ッ! 夫婦って、違う違う。アルフレムさんは私がまだ治療士じゃなかった時から良くしてもらってて、その、勉強のための学費とかいろいろ工面してくれたのよ」

「まぁ、金の使い道もそんなになかったしなぁ。ああ、そうだ、金といえば、治療費。1,000ジルで平気か?」

「あ……うん」

 

 アルフレムが取り出した紙切れを困ったようにミーネは受け取る。その様子から普段からお金はいらない等というやり取りがあるのだろうことはユメルから見てもわかることだった。

 ミーネがしかし、大事そうにそれを握っていることからそんなに儲かっていないのだろう。

 一回1,000ジルならば一人で生活する上で困ることはないと思うが、何故、とユメルが首をかしげていると、奥の通路からバタバタと足音が聞こえ男の子が二人走ってミーネに飛びついた。

 

「せんせぇー! フータ君が殴ったぁ!」

「お前、お前が俺のプリン食べたからだろ!」

 

 子持ち? と、驚きながらその様子を見ていると、いつの間にか隣にいたアルフレムが小さな声でユメルに事情を話してくれる。

 

「色んな理由で孤児になった子供たちの面倒みてんだ。ここは。もともと前任者がいたんだが、老衰しちまってね。今はミーネが治療士やりながら孤児の面倒見てる。だから、先生」

「ああ、なるほど」合点がいったようにユメルは頷いた。

 

 だから彼もお金を渡したのか、等と、先ほどのやり取りを思い出しているとアルフレムが二人を仲裁しているミーネに何か思い出したように話しかける。

 

「あ、そうだ。あの鎮痛薬、一本売ってくれ。」

「もう、後で話しきいてあげるから――ん、鎮痛薬? あー。ごめんなさい、薬草切らして。」

「あーじゃあ材料を、買って……、いや良い事思いついた。じゃ、材料をもってくればいいか?」

「ん?  うんそうしてくれればすぐ作れるよ。」

 

 了解、とアルフレムが手を上げ頷くと、ユメルを肩を手で押しながらアルフレムが治療院から出ていく。そんな彼の様子を、こてん、と首を傾げながらユメルは見ていた。

 

「なぁ、ユメル。お前、まだ探求者に憧れてるか? 」

「……そうだな、アルフレムのような探求者にはなりたいとそう思うよ」

「俺か!? 趣味悪いな!」そういいながら彼は恥ずかしそうに頭を掻いていた。

「ん、それで結構。それで、それと何の関係が?」

「あー、そうだな。実は薬草ってのは近隣の草原で取れるんだが、昼飯喰ったらレクチャーがてらに取りにいかないか?」

 

 そのアルフレムの言葉にユメルは目を見開く、ここまでしてくれるのに、さらに自分の事も考えてくれるのかと。

 ――そう、だから、貴方のようになりたい。あの時なにも出来なかった私が嫌だったから。

 子供の様にユメルは笑うと、こういうべきだろう、とそう思った言葉を口にした。

 

「よろしくおねがいします。師匠」

「師匠? あー。まぁそう呼んでくれるのはありがたいけど、本当にそんなんじゃねえんだけどなぁ」

 

 たとえ、貴方が物語に語られるような伝説的な人でなくても、ユメルにとって、彼はれっきとした英雄だと、そう思った。

 

 



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束の間の日常4

 昼食を取ったのち、ユメル達は市場にある先ほど林檎を買った中年の男性にドライフルーツを種類は問わず、40㎏。加工肉店で干し肉を30㎏発注し、明日の朝までの受け取りの契約を済ませると馬の乗り西門から草原へと出ていった。

 

 日の高さは後数時間で日没しようかという具合の時間だった。

 アルフレムがいうには見分ける事ができればすぐ見つかる草だという。逆に似ている只の草があるため見分けられなければ回収できず、だからこそ、売ってもある程度のお金となるのだと語っていた。

 馬をアルフレムが止めると団子のように丸い赤い綺麗な花が咲いた草むらが近くにあった。そして彼は馬から降りるとその近くまで歩き、ユメルを手招きする。

 ユメルも馬から降りると、彼に近づき、彼が見ている花をじっと見つめる。

 

「この花が薬草なのか?」

「ん、丁度いい教材だなと思ってよ。この花畑にゃ、薬草とただの花が混ざってる。良く見てみろ、よく見てみれば区別つくからよ」

 

 じっとユメルはその花を観察する。どの草も同じように見えるが、しいていえば、葉に生えている毛があるのがあったりないのが合ったり、葉がまっすぐ生えているものあれば、茎を抱くように丸まっているのもある。けれども、そのくらいの差しか彼女には見分けられなかった。

 どうだ? とアルフレムが訪ねると、彼女は素直にその違いを口にする。

 するとアルフレムはにっこりと笑いながら彼女の頭を撫でた。

 

「そう、まず、薬草になる方はこれは、アヘンケシって呼ばれるんだが主な特徴として、葉にまだらに毛が生えてたり、まったく毛が生えてない。その上、葉柄がなく、葉が茎を抱くように生えてるのが目立った特徴だな。そのほかに、あんまり葉に切れ込みがなくて浅く波打つのが多い。

 逆にこっちの花はただのケシって言われるな。ほら葉に毛が生えててまっすぐしてるだろ」

「ほぉ、知らないとわからない特徴だ」

「ま、全部が全部そうって言えないのがこいつが見分けられないのを助長させてんだけどよ。ただ、わからないなら採取しない。これが一番だな。他の薬草にもいえることだが、薬だとおもったら毒草でしたってのもある」

「わかりました、師匠」

「で、なんで草の話なんてするかっていうと、未知を探索する俺はこういう草も見分けられなきゃいけないんだわ。例えば、新種の草が画期的な妙薬になる場合もある。だから今回は触りだが、しっかり本読んで勉強しろよ。で、次に取り方なんだが……」

 

 アルフレムは話ながら草を土から掘り返し、根を残す形で数本摘むと、布を広げその上に水を垂らした上で、下の土の部分を包むように薬草を束にした。

 事も無げに行っているが、茎を傷つけないように細心の注意を使わなければ、途中で折ってしまったりして薬草はダメになってしまうだろう。

 それを見たユメルも、土を掘り返し、草を摘もうとするが、草を引き抜いた途端にしたの土が全て落ちてしまい、根がまだらにしか残らない状態になってしまった。

 

「む……」

「ま、今回はそれでも平気だ。長距離運ぶわけじゃないからな。ただ、草を土と共に運ぶ場合は素直に茎の下から掘り返すんじゃなくて、円を描くように回りから掘っていくのがコツだ。

 それさえわかれば簡単にできるぞ」

 

 意外と簡単そうに見える作業でも難しいのだな、という感想を抱きながらユメルも草を布に来るんで持つ。

 今日のレクチャーは終わり、と立ち上がる彼についていきながら、彼女は雛が餌を求めるように、矢継ぎ早に質問をする。

 

「そういえば、師匠。魔法ってどう使うんだ? なんか変な文言唱えて使うようなイメージしかないのだが。真似しても魔法使えないのはなんでなんだ?」

「ん、ああ」馬に乗ったアルフレムは片手でユメルを引き上げながら答える「魔法っていうのは特殊でなぁ。本来なら別にあんな文言いらねえんだわ」

「何、ではあれはカッコいいから言っているとかそんな理由なのか?」

「違う違う」アルフレムは笑いながら馬を進ませる「ま、俺も専門家じゃねえからうまく教えられねえけど。魔法は自らの中にある『マナ』あるいは『魔力』っていう生命力を使って発動させんだ。そこまでは餓鬼でもわかることなんだけどよ。

 例えば、俺が前使った『ディック』穴を掘るっていう意味の言葉なんだが、文言、いわゆる呪文はその『マナ』を正しい動きをさせるために使うんだ。だから、究極文言なんてなんでもいい。『穴を掘れ』でも『穴を穿て』でもいいんだが、大事なのはその言葉に伴うイメージだ。

 マナを放出し、そのマナを対象のマナと干渉させ、魔法は発動する。絶対に必要なのはその『穴が開く』という現象を自分が絶対に信じる事。それに伴う要素を全て、どうなるかまで創造すること。文言によってイメージが固まれば魔法は発動するし、無意識でも疑ってしまえば魔法は発動しない。

 まぁ、あとは自分の魔力がうまく扱えれば正確にイメージ通りになるし、扱えなきゃ、威力が落ちたり、反対に効果以上にやってしまったり、とかそんなんだなぁ」

「う、む? つまりは、魔法は妄想を生み出す力なのか?」

「ああ、近い近い。イメージの仕方なんだが、自分の魔力が何処から出て、どうやって作用して、何を作りだすか、それを正確にイメージし、魔法を使うんだ。

 名称とかつけてる理由は自分がその魔法を認識しやすくするためだな。たとえば、『アースボール』って言って、火の槍とか想像するの難しいだろ」

「おお、なんとなく理解できてきたぞ。じゃあ、魔法っていうのは想像する限り無限大なんだな!」

「ま、そうだけど。身の丈以上のことはできないし、何かの物質に作用させる場合はその物質を正確に理解する必要がある。一日二日でできる技術じゃないのは確かだなぁ。

 なんだ、魔法に興味あるのか?」

「うむ、いろいろな事を知りたい」

「なら、魔法についてはミーネに聞くのが一番だな、持ってく次いでに聞いてみろよ」

 

 うん、と素直に返事しながら、ユメルはペンダントを握りしめる。蒼い炎が揺らめく魔人の雫を眺めながら、あの日のシャンナの事を思い出していた。

 ぱから、ぱから、とゆっくりと馬は歩みを進める。走らせることもできるだろうが、ユメルの質問を答えるためにアルフレムが気を使っていることは彼女にもわかった。

 

**

 

 スメラギ達と合流をするため、城門に二人は向かったが彼女らの姿はなく既に桟橋は上がっていた。話が長引いているか、騎士と共に北進するか、いずれにしても、明日になれば恐らく『その日の気分はパンシエット』に来るか連絡をよこすだろうと結論がまとまり、二人はミーネの治療院へ足を移す。

 既に日は落ちており昼間は活気があった市場も人は疎らだ。今日は暗夜であり、街道の脇に設置されている街灯が道を照らしていなければ数メートル先も見えなかっただろう。

 この街灯もいつまでもついているわけでもなく、深夜零時を回ると消えてしまう。どうやら、光っているのは魔法によって灯された光らしく、街灯士といわれる者たちが暗くなる前に回って灯しているとアルフレムがユメルに語った。

 西門近くの治療院にたどり着くと、また昼間のように馬を括り付け、扉をノックする。すると中からミーネの声が聞こえ、扉が開けられた。

 

「悪い、遅くなっちまって」アルフレムが謝罪をすると薬草を彼女に手渡す。

「あ、多い。ちょっとまって、余分な分のお金払うから」そう言って彼女が奥に消えそうになるのをアルフレムが、いい、いい、と呼び止める。

「遅くなっちまったし、迷惑料だとおもってくれや。じゃ、俺らは宿これから探すからよ」

「あ、まだ決まってなかったんだ。じゃあ、二人とも、手狭でよければ家に泊まっていきなよ。これでお相子、いい?」

 

 有無を言わさぬミーネの雰囲気に踵を返そうとしていたアルフレムが困った顔をすると、ユメルを見る。

 ユメルは彼に向かって、うなづきを返すとご厚意に甘えよう、と口にした。ユメルは何処からどう見てもアルフレムに好意を持っているミーネの味方らしかった。

その返答に仕方ないな、といった様子を隠さず、彼は頭を掻くとミーネに向き直る。

 

「それじゃあ、悪いけど、お邪魔させてもらうわ」

「いいのいいの。それくらいさせて」アルフレムが中に入るのを見送りながらミーネはユメルを見ると、ユメルは彼女に親指を立てている。その意図がわかった彼女は、ウィンクをユメルに返した。

「頑張ってください。ミーネさん」

 

 そう返しながら入ってくるユメルをくすくすと、笑いながらミーネは中に招き入れる。

 ――カランカラン。扉が閉まるこの音を良い音だな、とユメルは感じながら暖炉に火がともった暖かい部屋へと入った。

 治療院の中はそこらかしこから子供のわめき声が聞こえ、数人の子供はアルフレムを知っているのか既に彼に駆け寄って足元で騒いでいる。

 そんな子供らを、元気だったか、餓鬼共、といいながら抱き上げる彼を見て、ミーネもユメルもつい頬が緩んだ。

 

「丁度晩御飯作ったところだったの。良かったら一緒に食べましょう」

「お、助かるわ」きゃっきゃと喚く子供たちを俵のように抱えながら彼はスタスタと通路の奥に入っていく。

「自分の子供みたいだな」そうユメルがつい笑いながら口にするとミーネも頷きながら朗らかに笑った。

「私も、小さなころから良くしてもらってるからきっと、あの人は私も同じように見えてるのよね」

「それは難題だな。私は応援しているぞ」

「ありがと、ユメルさんもお腹減ってるでしょ、私の料理が口に合うかわからないけれど、よければどうぞ」

「助かる。何料理に貴賤はない。美味いものは美味い。きっとミーネ殿の料理も美味いだろう」

 

 ユメルとミーネはそんな話をしながら、奥の通路に消えていく。

 この時感じた幸せな空気に、ユメルは心を癒されるとともに、ジクジクとした胸の痛みを感じていた。きっとこの痛みは治ることがない傷だろうことは子供ながらに彼女は理解している。だから、努めて普通に、そんな様子を少しも出さず彼女はリビングに向かったのだった。

 



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初めての依頼1

 ユメルがミーネに聞いた魔術理論はアルフレムの話よりも難解で理解に苦しむものだった。酸素、水素等の元素とは何か、又、その作用と性質、それらを理解しなければ魔法は扱えない。息を吸っているこの何もない空間に窒素と二酸化炭素と酸素が浮かんでいるという話をされた日にはまるでその言葉が異界の言語に聞こえたほどだ。

 ユメルが混乱しているのを見たミーネは魔法の勉強に使える術学書を数冊貸し与えると、それを読んでわからない場所があればまた来てくれれば答えるという。取り急ぎ、入門として進められていたのを寝る前に読んでみるとその冒頭には魔神族とその他種族の魔術の違いについて書かれていた。

 通常、魔術とは『元素』に作用し、その作用を増幅し出現するものである。だからこそ、その場に構成するのに必要な『元素』がなければ魔術の行使は成功しないし、発動もできない。例えば、空中に剣を生み出そうとしてもそこにそれを構成する元素がなければ不可能だというのだ。

 だが、魔神族はそれを無視する。無から有を生み出し、自分が想像したままに魔術を行使できる。一般的には両方魔術として認識されているが、魔神族のそれは専門家の間では『神術』と呼ばれる傾向にあるらしい。

 其処まで読んで、なんとなしにユメルは理解したが、恐らくこれを正しく理解するためには『元素』というものを詳しく勉強しなければならないな、とそう感じるのだった。

 

 そんな事があった翌朝の事だ。ユメルとアルフレムはスメラギ達の同行を知るため『その日の気分はパンシエット』へと訪れた。

 早朝ということもあり、すこし肌寒い気温、そしてどこかか聞こえる鳥の鳴き声がまだ起きていなかった身体を呼び覚ます。朝の少し薄暗い街並みもまたパリスタンという都市には良く映えた。

 人通りは昼間程あふれておらず、見かけるのは商人が今日も元気に店舗の商品を並べている姿、また、遅くまで飲んでいたのか道端で寝ている男性等だ。

 『その日の気分はパンシエット』の店の中に入ると、朝早くから朝食をここでとり談笑に花を咲かせている探求者、そして、何故か困り顔でカウンターの前の女性に対応するマスター、『パンシエット』の姿がいた。

 ユメルはスメラギ達を探すが、まだ来ていないようだった。遅くても昼前には来るだろう、そんな事を思いながら開いている席に座ろうとするが、その途中、カウンターの奥にいたパンシエットに呼び止められる。

 

「ちょっと、アルフレム――」その切羽詰まった様子にユメルとアルフレムは顔を見合わせカウンターへと歩いていく「ごめん、突然。この方なんだけど、貴方の報告を聞いて飛び出してきたらしくて……」

 

 その言葉にカウンターの前に立つ女性に初めてアルフレムは目を合わせた。茶色の髪の普通の女性のように――いや、一瞬、本当に一瞬だけその姿が変わった。山羊のように巻いた角、白雪のような染まる色のない髪、そしてその秋の紅葉よりも尚赤い目。間違いなく、その人物は『魔神族』だった。

 一瞬だけの変化だったため、アルフレムとユメル以外は彼女の正体に気が付いていないようだ。

 最初はアルフレムに視線を送っていた彼女が、ユメルの姿、いやその首にかかった魔神の雫を見て酷く泣きそうな表情を浮かべた。

 事情を薄々察したアルフレムがマスターに奥の部屋を使っていいか、と尋ねるとマスターは頷き、カウンターの扉を開け、三人を通す。

 昨日も入った、――密会室とでもいうべきだろうか、そこに入った途端、まるで隠す必要がないと言わんばかりに女性はその姿を変え魔神族としての本来の姿を二人に晒す。

 その女性が部屋に入った途端、電池が切れたように立ちすくむものでどうしたものかとアルフレムとユメルは顔を見合わせた。

 

「とりあえず、立ち話もなんです。座って話しませんか?」そうアルフレムが話しかけると彼女はコクリと頷きを返す。

 

 席に座った一同だが、両者とも先に相手が話すのを待っているのかしばしの沈黙が部屋に満ちる。こちらから話しかけたほうがいいか、とアルフレムが口を開いたところでつぶやくように女性が言葉を発した。

 

「本当に、死んでしまったんですね」

「……シャンナさんのお知り合いですか?」ユメルがふと答える。その質問に彼女は頷きをまた返した。

「あ、すいません。シャネル、というものです。別段何処かに定住しているわけではなく、普段は姿を変えて生活しています。

 シャンナとは150年ほど前から交流がありました。私が会いに行くといつも料理を作ってくれて……。気心の知れた友人だったんです」

「そう、ですか」

 

 アルフレムがあの日あったシャンナの姿を思い出し目を伏せる。シャネルが泣くのを我慢しているのが見ていてわかり、目が合わせずらかったのだ。

 そんな中、ユメルは首元の雫を握りしめながら目を離さず、彼女を見ていた。そして、重苦しいこの空気を切り裂くように言葉を彼女にぶつける。

 

「シャンナさんを死なせてしまったのは、私の責任です。

 私は、彼女がいってはいけないといった森の近くで、遺物を発見し、その時の発見が原因であの災厄が起きました」シャネルはそう語るユメルを見据えると、ふっと、表情をやわらげ彼女の頭を撫でた。

「きっと、貴女じゃなくてもいつか誰かがそれを見つけて、同じような事になってたと思う。

 150年前から彼女はあの場所に封じられていた存在がきっといつか蘇るってそういってたから。

 別に貴方達を責めるために来たんじゃないの。シャンナが何をしたか、そして、彼女の最後の姿がどうだったか、教えてほしい」

 

 逆に慰められた気がしたユメルはまた胸が刺されたように痛んだ。けれど、その痛みを我慢して、あの日の事を最初から最後まで、ただ、淡々とシャネルに語る。

 話すほど言葉が軽くなるという話がある、あれは事実だろう。でも悪い意味だけでもない、ユメルはその日のことを話す内に、涙が出そうになるのを耐えるうちに、少しだけあの日の事実に折り合いがつけられた気がする。そう、本当に少しだけだがきっとシャネルが言葉の重さを少し引き受けてくれたような気がした。

 

「――以上です」

「ありがとう、貴女もつらいのに、ごめんね」

「いえ、自分の責任でも――」そう言いかけたユメルの頭をくしゃっと撫でるとアルフレムが言葉を続ける。

「あれは、それを止められなかった大人、俺の原因です。シャネルさん。シュペルミルって何者なんです? それにあの力。魔神族のソレと同じように感じました」

「それは、私が貴方を探していた理由から話したほうが、早いでしょうね」

 

 そうシャネルが語るとすっと、息を吸い、言葉をまとめるように話始める。雰囲気が変わったことを感じ、アルフレムとユメルは佇まいを直し聞き耳を立てた。

 

 ――私は昔、シャンナに頼まれたんです。もし、自分に何かあった時、私の遺志を託した人を探してほしいと。

 私達、魔神族はあまりしられていませんが、突然変異、あるいは片親が魔神族だった場合に生まれます。そして、必ずと言っていいほど他の魔神族、あるいは親から、ある話を伝えられるんです。

 『私達は、災厄から子らを守る者。昔、五つの災厄がこの世界にはあった。

 一つ目は、罪に触れ、咎人を焼く古龍。二つ目は、世界を喰らい続ける獣。

 三つ目は、殺し合いが産み落とした世界を壊す機械人形。四つ目は、神を殺したが故に穢れを負った獣たち。

 そして、五つ目は、英知の果てが生み出した、滅びの神

 我らはこの五つの災厄を封印せし物。しかし、驕るな、忘れるな、我々もまた咎人である。

 そして、子等が育み育つその時までこの話は語るべからず。我らは静かに時代の荒波に消え、子等に世界を託すために存在せん。』

 ……ええ、本来なら、この話もあなた達に語ってはいけません。他の魔神族に知られればきっと私は罰せられるか、殺されるでしょう。

 この伝承の本当の意味を知っている魔神族はきっと、もういません。シャンナは知っていたようですけど、あの人は咎人は私で終わり、貴女は自由に生きていいの、としか教えてくれませんでした。

 すいません、話が逸れましたね。

 シュペルミル、あの存在について私は『神』であるのだと思います。封印された五つ目の災厄、それが彼なのだと、そう思います。この封印についても詳細を知っていたのは、私が知る限りは彼女だけでした。

 そして、魔神族は同時に一つだけ、魂のかけらを他者に託すことができます。これは魔神の雫と呼ばれていて、私達が大切に思う人、庇護したいものに送られるものです。その人に自分の魂の一部を分け与えて、魔神族の力の一部を使えるというものなのですが。その雫を送った人物。または雫を渡した魔神がどちらか死亡した場合これは異なる効果を持ちます。

 雫を送った人物が死んだ場合、雫は砕け散り、魔神族に死を知らせるというだけのものなのですが。雫を送った魔神族が死んだ場合、その魔神族の魂はその石に宿ります。

 誤解されないように言っておきますが、雫を送った人物を私達が憎んでいた場合、雫がその人物をきっと無残に殺してしまうでしょう。

 けど、本当に大切な人、守りたい人の雫に魂が宿った場合、綺麗に雫が光り、見守るように魔神の力がその人に贈られるんです。

 

 すっと、言葉をいったん切ると、優し気に微笑み、シャネルはユメルを見る。

 

「だから、貴女の事、本当にシャンナは好きだったって、その石を見ればわかるよ。だって、貴女にシャンナは遺志を託したんだもの。

 でも、あの人はきっと迷ってる、貴女に運命を押し付けるような、そんなことはしたくないってきっとそう思ってる。だから、まだ雫に炎が宿ってるんだね」

 



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はじめての依頼2

 シュペルミルが神という事実よりも、ユメルはシャンナの魂がその雫の中にあるという事実にぎゅ、と首元のそれを握りしめた。

 ――彼女が今も自分を気遣っていてそして、自分を見守っている。あの日撫でてくれたその手も、渡された銃弾も、間違いなくシャンナが助けてくれたものなのだ。

 胸が締め付けられそうになる。怒ってくれた方がましだ。お前のせいなのだと、罵ってくれたほうが――やめよう。

 ユメルは自分を責め続ける事を、あの日にとどまることをやめよう、そう思った。誰も、そんなことを望んでいないのだと。

 シャンナも、アルフレムも、ガイアスも、バーナードも、スメラギも、――きっとモヒートでさえ、そんな事を望んでいない。

 『――折り合いをどこかでつける必要があるんだ。結局、生きていくならいつまでも止まることも出来ねえし、きっとそんなことをしてほしいなんて死んだ奴も思ってねえよ』

 そのとおりだと、そう思った。きっと、自分がそんなんだからシャンナは意思を託すことを今もためらっているのだろうと。

 だが、そんな中、アルフレムはシャネルに憤りを覚えたようだ。先ほどの丁寧な口調が嘘のように粗雑な言葉で彼女に言葉をぶつける。

 

「それで、その遺志を継ぐユメルを。その話を聞いた俺達に何をしろと?」アルフレムは眉間に皺を寄せ、続ける「そうか、ならそれを俺たちが倒そう、なんて言うと思ったのか?  誰かがやらなきゃいけねえのはわかる。はっきり言わせてもらう。そういうのは人柱っていうんだ。

 それを此奴に、まだ二十歳もいってねえ餓鬼に話してどうしろってんだ? こいつが、あの事で悩んでいるのもわかっただろう、そんな上でこんな話をするってことは洗脳にちけえよ、あんた」

「そう、かもしれない。けど、アレを倒す上できっとシャンナのその力は必要になるの」

「もしかしたら、シュペルミルはシャンナさんが倒したかもしれないって、そう思わないのか?」

「そんな簡単に死ぬ相手なら、封印なんてしないと思うわ。」

「じゃあ、あんたはシャンナさんですら倒せなかったアイツをコイツにどうしろってんだ!」

 

 アルフレムがバンッ、と机をたたいた。ユメルはその言葉を聞きながら、自分の言葉を告げようと思った。何かできるなら、何かしたいと。

 ユメルが言葉を発しようとした途端、アルフレムがユメルの肩を叩きその言葉を止めた。彼の顔をユメルが見ればそれは自分に対しても怒っているようにも見え、そんな表情をアルフレムにされるのが初めてで彼女はつい言葉をつぐんでしまう。

 

「――ユメル。お前、今日の朝受け取りで市場で糧食予約してただろ。馬使えるか?」

「あ、ああ」

「そうか、じゃあ馬使っていいから取ってこい」

 

 取ってきたほうがいいんじゃないか? 普段のアルフレムなら、きっとそういうだろう。

 だからこそ、この言葉は有無を言わさぬ言葉で、けれど自分を思っての言葉だとユメルはわかった。

 アルフレムの言葉と、シャネルの言葉その両方が板挟みになってユメルは何もいえず静かに俯いて頷いた。そんなユメルの様子に、一瞬アルフレムは視線を反らし、先ほどまでの怒った表情を消していたがその顔をユメルが見ることはなかった。

 ユメルがそっと立ち上がった時にはアルフレムはシャネルと向き合っており、決して口を挟める雰囲気ではない。シャネルも自分を呼び止めないことを見ると静かにユメルは部屋から出ていった。

 残された二人。シャネルは申し訳なさそうに下を向いていたが、それを許さぬアルフレムがまた言葉を続ける。

 

「お前、何をさせる気だった。ふざけるなよ。俺はあの日の説明は喜んでする、それは依頼内容だしな。アレをどうにかしないと沢山の人が死ぬのも、最悪、この世界がどうにかなってしまうっていうのも理解できる。

 だがな、ソレを年端もいかねえ餓鬼にする話じゃねえだろうが! 特別な力を受け継いだとか、そんなの関係ねえ! あの年頃っていうのはそういう『特別』とか『お前にしかできない』だけの言葉でころっと騙されちまう。それをわかってていったのか!? 

 はっきり言わせてもらう、他を当たってくれ。有名な英雄君にでも頼めばいいだろう」

「……。ごめんなさい。でも、シャンナさんの力は本当に特別で、あの神との闘いには……」

「関係ねえって言ってるだろ! 押し付けるんじゃねえ! 俺は今、アイツの事をアイツを一番に思ってる仲間に任されてんだ」

 

 確かに、子供に話す話でも、頼む話でもないのはシャネルにも分っていた。

 ――けれど、シャンナの遺志を継ぎ、力を継いだのはあの子供なのだ。たとえそれが年端のいかぬ子供だろうと。

 シャンナの力、それは他の魔神族と別格の力を持っている。他の魔神族も確かに戦闘する際は様々な色の炎を纏わせる。けれど、通常、その状態を保てるのは『5分』がいいところだ。あの状態ならば、超越した魔法を行使できる。だが消耗も激しく、必ずあの状態となるとマナの枯渇は免れない。

 だが、シャンナはあの状態を永遠と保つことができる。無尽蔵のマナ、そして絶大な威力、それは唯一神に対抗できるだろう神のごとき力。

 

「でも、きっと、私がこの話をしなくても、あの子は戦いに巻き込まれます。それだけ、特殊なんです、あの力は」

「それは俺たちが決めることじゃねえよ。アイツが考えて決めることだ。『逃げたい』って思うなら、それでいいんだ。誰かがやんなきゃいけないからって、勝手に押し付けるな」

 

 ぴしゃりと、アルフレムはシャネルに言い放つと話はもうないと言わんばかりに席を立つ。取りつく島がないとはこのことだろうか、シャネルは目を伏せながらただアルフレムを見送る事しかできなかった。

 

**

 

 ユメルが部屋から出ると、また、パンシエットに呼び止められる。

 パンシエットの顔は申し訳なさそうな表情を隠しておらず、何のことかとユメルは首を傾げた。

 

「さっき、ガイアスって人が来たんだよ。貴女に伝言を頼まれてさぁ。『私達は明日、このまま騎士と同行し、北進する。』だってさ」

「あぁ、やっぱりそうか、了解した。それで、探求者達への依頼集まりそうか? 明日の朝までに集まらなければ取り消したいのだが」

「そっちは問題ない。三人とも確保してるよ。集合は変わらず、明日の朝ここでいいのかな?」

「はい。それで頼みます」

 

 それだけユメルとパンシエットはやり取りをすると、それじゃあ、用事があるので、とユメルは店を後にした。ユメルが馬に乗って西に向かった直後、アルフレムが部屋から出てくるのだがそんな事を知る由もない彼女は言われた通り、ぱからぱからと馬を西の市場に進ませていく。

 向かう途中色々な言葉が頭を巡っていた。アルフレムのシャネルを怒鳴った言葉。シャネルの意思を継いだといわれた言葉。そして、シャンナと話したあの日の夜の言葉。

 ――『感情に正直な事ってそんなに悪いことかしら。お利口に生きる事が、いい事なのかしら。私はね、後悔して欲しくない』

 後悔しないように。後悔しない生き方を。その意味。何をすべきか、いや何をしたいか。その自分の心、それと向き合ってただただ茫然と馬を進ませていた。

 

 空は綺麗だ。あの日変わりない蒼穹を映し出していた。曇りのない晴天。だけれど、あの日みた空のよりも今は少し色褪せてユメルには見えた。

 気が付けば、市場にいた。答えは出ない。

 ――きっと、シュペルミルと戦うといったら。さすがに聞きわけのいいスメラギでも泣いて止めるだろう。生きて帰れないかもしれない。死ぬのは、……嫌だな。けど、きっと戦わないとしても、きっとどこかで後悔する。

 

「流されてるのかな、私は」

 

 そう呟きながら、ユメルは発注を行った店に向かう。さすがに手持ちで運んでくれという店は無く量をユメルに確認させた上でどこに送るかという打ち合わせと、料金の支払いのみの取引だった。

 今日の夕方の内に『その日の気分はパンシエット』に運んでくれ、と彼女は打ち合わせ購入を終える。その時あの果実の店主から心配されないくらいにはユメルはポーカーフェイスは得意だった。

 さて、戻るかともう一度探求者組合に足を運ぼうとしたところで、ユメルはふと西門に目を向ける、すると、ある光景に驚き目を見開く。

 昨日食事を共にした孤児院の子供が行商の荷台に隠れて門を通過したのだ。

 ここから西門までの距離は500m程。馬を走らせれば間に合うだろう、けれど人通りは激しく、馬を走らせることはできない。さらに、困ったことに朝方、丁度人が動き出す時間でもあり、この時間門の前には行商人達が列を作っていた。そして、列に並んだとして自分は身分証明書を持ってはいないのだ。

 

「チッ」

 

 思わずユメルは舌打ちをする。きっと子供たちは何も考えず、ただ小さな冒険のつもりで忍びこんで門から出ていったのだろう。ユメルももう少し小さな時には良くやっていたことだ。

 だが、外には魔物がいるのだ。今になるとわかる。アレがどんなに危険な存在か。そしてどんなに簡単に人の命は消えてしまうのか。

 先ほどまで悩んでいた事をすっぱりとユメルは頭の中から消し、孤児院へと馬を進めた。

 ミーネに伝えるために。



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はじめての依頼3

 できるだけ馬を急がせ、ユメルは治療院へとたどり着く。急ぎ足で馬を飛び降り馬を繋ぐと中に入っていった。

 今は少し聞きなれたベルの音がユメルを出迎える。店内を彼女は確認すると揺りかご椅子に揺られながらミーネは本を読んでいた。ユメルの慌てた様子に彼女は目を丸くし、その揺らしていた椅子を足で止めた。

 

「何かあった?」

「子供たちが行商の馬車に紛れて、外に出たのを見た。できれば、一緒に来てもらいたい」

「うそ!?」

 

 驚愕のあまりにミーネは本を床に落としながら立ち上がった。彼女は一瞬その本を見たが、拾う動作一つせずに奥の通路に消えていく。恐らく外にでる支度をするのだろう。

 その間ユメルは自分の手持ちの荷物を確かめていた。左腰には子供でも扱えるショートソード。右脇にナイフがある事を確認し、腰の道具袋に軽い怪我なら血を止めることも可能な軟膏が入ったままな事を手で触って確かめると自分ひとりで頷いた。

 この道具は全てバーナードから旅支度として渡されたものだった。銃程ではないがユメルもバーナードやガイアスからある程度自衛のために剣を教わっており扱えないわけでもない。――もっとも、あの町にいたころなら、剣や銃さえあれば魔物をあまり恐れていなかったが、いまではこれだけでは心もとなかった。

 できれば、魔物と会わないように、そうユメルはペンダントを握りながらシャンナに祈った。ふと、暖かな手の感触をその握った手に感じたがユメルは首を横にふると自分でも驚くほど落ち着いた声でつぶやく。

 

「――大丈夫、私一人でやってみるよ」

 

 ――きっと、助けてくれと頼んだならシャンナは助けてくれるだろう。けれど、なんでもかんでも彼女に頼ってしまえばきっと、だめになる。あの時も自分に力を貸してくれた。あれが使えるなら、きっと今よりなんでも自分はできるようになる。けど、けれどだ。それは私の力じゃない。それに、師匠も、ガイアスも、父でさえ、あんな力を持っているわけでもないのにとても強い。だから私も私の力で何かしたいんだ。

 そう、心で語りかけるようにやさし気に温もりを握り返すとすっと温もりは消え、途端に頭を撫でられた気がした。

 

「けど、もし力及ばなかったらまた助けてください。私の我が儘に子供達を巻き込むわけにはいかないので」

 

 ――がんばってね。

 そんな声がふと聞こえた気がした。ユメルは幻聴かもしれないそれに頷く。ユメルはわかっていた、もし、この力を受け継ぐなら、きっと答えを出さなければいけないのだ。あの神と対峙するか否かを。

 ――そう、我が儘なのだ、これは。でも中途半端なまま貴女の力を使いたくない。

 ユメルがそう雫に語り掛けていると奥の通路からコートを腰袋を付けたミーネが戻ってくる。急いでいたのだろうか、少し汗ばんでいる。

 

「ごめん、お待たせ! 行こう!」

「ああ。」

 

 二人は治療院から出ると馬の括りを取り、馬に乗る。どうやらミーネは馬に乗れないようでユメルが先に乗るとミーネに手を貸し馬に引き上げた。

 小柄なユメルがミーネを引き上げるのはなかなか大変だったが、足場から乗るために手を貸しただけなので子供のユメルにも出来た。

 そして、外に出るために門に並ぶが待つための時間が永遠にも感じる。ミーネは多少苛立ちを覚えているようで軽くユメルの胴に回した手の指がピクピクと動いているのをユメルは感じた。

 ようやく彼女たちの番に回るまで実際には十数分しかかかっていなかったが、ミーネは門番に矢継ぎ早に身分証を見せるとユメルに飛ばして、と口にする。

 それにユメルは頷くと、握っている手綱を一回振るい馬を走らせる。

 街道は村や別の都市国家に向かう行商と護衛の列にあふれていたため、道からずれ、草原を駆けさせる。立ち並ぶ者たちはユメル達を怪訝な顔で見ている事に彼女らも気が付いていたが、そんな事はお構いなくただ馬を急がせた。

 どの幌馬車か、詳しく覚えてはいない。だからこそ後ろの積荷に見覚えがあるものを探しユメルは確認しながら走らせていたが目的の幌馬車はなかなかみえてはこない。

 半刻程走らせ、ようやく目的の馬車が見えた、が。

 

「――居ない?」

 

 積荷の中にすでに子供達の姿はなかった。ならば道中どこかで降りたことになる。この草原のどこかで。

 軽いめまいを覚えながらもユメルは馬の手綱を引き馬を引き返させた。

 ミーネがユメルの服をぎゅっと握った。その手は汗ばんでおり、彼女が心配で胸が張り裂けそうなことはユメルにも伝わっていた。

 ――考えろ、考えろ。

 ユメルはなら、自分が落ち着かなくてはと深呼吸をしながら馬を一旦歩かせる。師匠ならどうするか、それを必死に彼女は考えた

 そしてふと、街道に目をやる。歩いている人物はおらず、全員が馬を使い移動していた。

 そこで閃きユメルは街道に目をやりながら馬を歩かせたまま進ませる。

 

「どうしたの?」ミーネが怪訝な声を隠そうともせずユメルに尋ねた。

「足跡だ、足跡をさがしてくれ。馬車から降りたなら土の街道ならそれ相応な足跡ができる。それに横の草原に入ったならば小さな獣道ができているはずだ。」

 

 ユメルが静かにそう語ると、後ろのミーネは頷き彼女もまた街道に目をやる。

 落ち着いて探すと少し戻った場所に小さな足跡が街道についているのがユメルにもわかった。つい、あった、と叫んでしまう。早く見つけてやらねば、そう心音は早まる。だがはやる心を落ち着かせ街道から草原に目をやると反対側の草むらに獣道ができているのを見つけた。

 急いではだめだと、馬を歩かせしっかりと獣道をたどるように進んでいく。

 ふと、ガイアスの事をユメルは思い出した。星降り祭の前ユメルが町の外に抜け出し、それを探したガイアスも同じような気持ちだったのかと。

 ――今度会ったら謝ろう。

 素直にユメルはそう思った。あの時の自分は根拠のない万能感に満ちていたのだと。

 ユメルが街道から外れ、しばらく獣道を通りながら馬を進ませると、街道が見えなくなったあたりで子供達の姿を見つけた。

 一人の子供が刃をつぶした鉄の剣を持ちながら誰かと戦っている。その誰かは遠くて今は良く見えないが、小柄で、両手に子供と同じような片手剣を持ち、子供のがむしゃらな攻撃を受け止めながら時折、優しく子供の体をその剣でポン、と叩いていた。

 150cm程の大きさしかないその人物と子供のやり取りを見ているとそれは剣の演練だとわかる。回りには治療院で見かけた子供が二人と、見たことのない額に一本の角を生やした少女が二人の演練を見守っている。

 徐々に近づいていくうちにその小柄な人物の様相がわかった。緑色の肌、そして尖った鼻と耳。さらに獣のような目をしており人間でないことは確かだ。その体に使い古された革の鎧を身にまとっていることから、戦いに心得があることはわかる。

 ユメルはその人物を見て驚いたように目を見開く、知人、というわけではない。

 彼女の知る限り、それは魔物だったからだ。

 

「――ゴブリン?」



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はじめての依頼4

「――ゴブリン?」

 

 思わず呟いたユメルその言葉をミーネは頭を横に振って否定する。

 

「あれは、ボブゴブリン。ゴブリンは魔物だけど、ボブゴブリンは妖精に属するからあんまり間違えちゃダメよ。

 ただ、元々は同じ種族っていうのが今の主流かな。ゴブリンは集落を作ったら掠奪を繰り返して暮らすのは知ってるでしょ? ボブゴブリンは違くてね。人に混じって生活するの。ほかの違いとしては、身体が少しゴブリンより大きいから見分け付けやすいわ。」

 

 そうなのか、とユメルは納得すると思わず手にとっていたショートソードの柄を手放し馬を近づける。

 剣の演練を行なっていた子供は全く此方に気がついて居ないが、周りで見ていた子供達はミーネが来たことに気がつくと慌てた様子を隠さず、思わず立ち上がっていた。

 だが、演練の邪魔をすれば逆に危険だとミーネも理解しているのか、近くによっても声を荒げる事もせず静かに馬から降りた。

 子供が大きく振りかぶって逆袈裟に凪いだ剣をボブゴブリンは片手の剣で剣の腹を下から叩き上げ、子供から剣を手放させる。

 宙を舞ったそれは慣性に従い落下すると思われたが、素早くボブゴブリンがもう片方の剣で剣をはたき落とし、誰も居ない地面に子供の剣は転がった。

 

「ここまでだ、フータ」ボブゴブリンがくぐもった声でそう語ると、ミーネ達に振り向く。

「保護者か? すまない、怪我はさせていない。唯剣の指導をつけていただけだ」

 

 そこで漸く剣を振るっていた少年、フータはミーネの事に気がついたのか、やべ、と一言呟く。

 ユメルは馬にまだ乗っており、ミーネの後頭部しか見えていないが、きっと怖い顔をしているのだろうということは分かっていた。

 ――かあ様は怒る時はいつも笑っていたなぁ。

 

「フータ、ラエル、ナターシャ? どういう事かしらこれは?」

 

 子供達は互いの顔を見合わせてなにも喋ろうとしなかったが、角を持つ見慣れぬ少女が立ち上がるとミーネの前に歩み出し、少し間を空け、止まると突然頭を下げた。

 

「すまない。我々はこういう見た目だ。食糧が無く困り果てていた所をこの子供たちと出会い、分けてもらっていた。その代わりこうして剣を教えていたんだ」

「貴女は……?」困惑した顔でミーネは少女に尋ねた。

「オークのアイシャという。そこのボブゴブリンのサインとここの近隣の森で暮らしていた」

「オーク!?」

 

 ミーネは驚愕の余り一歩後ろに下がる。

 無理はないだろう、オークとは強力な魔物と一種であり、人間のような狡猾な知性また、ゴリラのようや腕力を持ちながら闘う事が史上とする戦士なのだ。

 集団になると王を筆頭に封建社会を築き上げ近くの国々に攻め込む事もある。そして、彼らは勝負に負けた敗者の心臓をくり抜き神に掲げるという特殊な宗教観念を持つ。

 その為、もしオークを見かけた場合は何をおいてもその集落を見つけ出し騎士達が殺すというのが鉄則となっている。

 しかし、それを知らないユメルも子供達もミーネの反応に頭を傾げる。

 ただ、人間社会に詳しいのか、オークのアイシャを庇うようにボブゴブリンのサインが彼女の前に立つと共に頭を下げる。

 

「すまない、見逃してくれ。アイシャは集落から逃げたはぐれだ。

 他のオークのような獰猛さも、集団にも属していない危害を加える気もない」

 

 その言葉にミーネは頭を悩ませながら子供達を見てウンウンと唸ると渋々頷いた。

 子供達に怪我がない事が彼らが安全だという事を証明しているからだ。

 そして、諦めたようにため息を吐くと子供達に意識を向けた。

 子供達は最初、だんまりを決め込んでいたが、フータが観念したようにぽつりぽつりと語り出す。

 ここを秘密基地としてよく抜け出していたこと。最近この二人と出会った事。探求者に憧れ、剣を学びたかった事。そして、食糧を分ける代わりに剣を教えて貰っていた事。それを言葉足らずながらも、ゆっくりとフータが説明するとミーネはフータに近づき、馬鹿っ! と大声で怒鳴りつけた。

 びくり、と子供達が肩を震わせる。目の前に立っていたフータは頭を叩かれると思ったのか下を向き目を閉じていたが、いくら待っても拳が振り下ろされる事はなかった。

 それはそうだろう、ミーネはフータを抱きしめると、安心したように吐息を漏らしていたのだから。

 そんな彼らを見ていたユメルも安心したように笑うと、ボブゴブリンのサインへと声をかける。

 

「暮らしていた? 何かあったのか?」

「あぁ、少し厄介な奴が住むようになってな。住処を変えようと思ったんだが、旅するのには食糧がな」

「ふむ、 どのくらいあればいい?」

「ん? あぁ、二週間分程あると嬉しいが……」

 

 ユメルは手持ちのあまりのお金を数える。宿屋代等の代金として500ジルほど手元に余っていた。一食一人5ジルとして、二人で二週間となると、210ジル。

 決して安い金でもなく、自分のお金でもない。どうしたものかと頭を悩ませていると、思い立ったように手を打つ。

 

「相場より非常に安くなってしまうが、今から2週間分の非常食を渡そう。

 その代わり、明日から数日護衛に付き合ってくれないか? 最後まで同行してくれるなら、更に成功報酬として食糧も物資も融資する。どうだ?」

「こちらとしては非常にありがたい申し出だが、いいのか?」

「他の人の目を誤魔化すためにアイシャ殿にはローブを被ってもらう事になるが、それでそっちがよろしいなら、こちらもお願いしたい 」

 

 では、頼むとユメルが馬から降り握手をしようとすると、サインが途端、緊張したように一歩後ろに下がる。

 ユメルは何事かと背後を振り向くと、そこには肩に大剣、クレイモアを置き、それでまるでその剣が木の棒であるかのように、コンコンと肩を叩いている騎士がいた。

 赤く短い髪、そしてあの日と同じく頭部(アーメット)を付けていない彼女は、間違えようもなく、近衛騎士のアナスタシアであった。

 

「ボブゴブリンとオークのメスか。ふーん?」

 

 興味がなさそうに彼女は剣を肩にかけたまま、近づいてくる。

 ユメルはどうしてよいか一瞬戸惑い、馬から降りると彼女の前に立ちふさがった。

 そんなユメルをニヤリとアナスタシアは笑うと片手でもっていたその剣を肩に預けたまま、両の手で持つと、すっと肩にかけた剣と反対と足を滑らせながら前に出した。その動きは滑らかであり、とてもではないがユメルが敵わない事は見てわかる。

 

「で? 私の前に立ってどうしようって? 騎士の私と闘って勝てるの? いや、それより、闘ったら牢獄行きは免れないけど」

「あ、アナスタシア殿! 彼らは危険ではない! 子供達を守ってくれていたのだ!」

 

 アナスタシアがユメルを睨みつける。その目は蛇のようで、ユメルは目があっただけで身体が一瞬硬直してしまうのが自分でもわかる。

 彼女はそんなユメルを睨む表情を崩すと構えを解き、剣をくるっと回し、背中の鞘に納めた。

 

「冗談。私ただ貴女探しに来ただけだし。時間外の労働はしない主義なの」

「は?……」あまりの変わり身の早さにユメルはつい呆けた声を出す。

「貿易都市ランスの守護者シャンナの魔神の雫を得た貴女にうちの領主が会いたいってさ」

 



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はじめての依頼5

「貿易都市ランスの守護者シャンナの魔神の雫を得た貴女にうちの領主が会いたいってさ」

 

 アナスタシアはそういうと着いてこいと言うのか、親指で背後を指しユメルを見つめていた。

 しかし、ユメルは伺うように彼女を見て動こうとはしない。剣を納めたのが冗談で、この二人をまだ殺すかもしれない、そう思ったのだ。

 そんなユメルの様子を見たアナスタシアは飽きれるように笑うと肩掛けのベルトを外し、クレイモアを鞘ごとユメルに投げる。

 ――ゴンッ、見た目に違わず重厚な音を立てて地面に転がったクレイモアを見て、ユメルは怪訝な顔をしながらアナスタシアの顔を見る。

 

「その二人に手を出す気は無いよ。少なくとも私はね。

 第一、ボブゴブリンを倒す理由はないし。次に、危険なオークだったら私が剣構えた時点でそんなに怯えたりしないっしょ。

 まぁ、後はオーク如き襲ってくるなら殺すだけだし」

「……わかった」

 

 背後をユメルが伺うと、たしかにアイシャは怯えたようにサインの背後に隠れていた。

 ユメルは溜息を吐きながら、クレイモアを拾おうと鞘を両手で持つが、20kgを超えるそれをとてもではないが彼女は持ち上げられなかった。

 そんなユメルをクスクスと笑いながらアナスタシアは片手でそれを持ち上げるとまた、背中に鞘を縛着する。

 ユメルも大剣術はバーナードが得意としているので、見たことはあるが彼女の場合は技術もそうだが、腕力が人並み外れている。

 

「全く、こちとら昨日からあんたを探してんのに見つからないし。朝にまた組合行ったら飲んだくれのアルフレムしかいないし。市場行ったら外に向かったって言われるし。追いかけてみたらなんかオークいるし、なんなのこれ?」

 

 不機嫌そうにアナスタシアはユメルに愚痴をぶつける。

 その愚痴にユメルは知るか、と思いつつ苦笑いを浮かべた。

 

「着いて行くのは構わないのだが、彼らと契約を済ませても構わないか?」

「あー、食糧がどうたらこうたらだっけ」

 

 一同がアナスタシアを警戒して口を出さない中、面倒くさげにアナスタシアはミーネを指差した。

 

「あんた。代わりに持って行って。お金はほら、これくらいあれば足りるでしょ」

 

 困惑しているミーネに金貨を一枚投げ渡す。それは一枚で500ジルもの価値があるもので決して安い硬貨ではない。

 受け取ったミーネもオロオロと硬貨とアナスタシアを交互に見ていたがアナスタシアはそんな彼女に手を横に降ると視線を外し口にする。

 

「手間賃入ってるから釣りとかいいから貰っといて。その代わりコイツはそのまま連れてくよ」

「……済まない、ミーネ殿、頼んだ」

 

 拒否権はない事を察したユメルはペコリと頭を下げる。そんなユメルにミーネは心配した顔で声をかけた。

 

「ユメルちゃん。後できっと治療院に来てね。お礼まだちゃんと言えてないから」

「あぁ、これが終わったら一度顔を出すよ」

 

 要件はもういい? そう尋ねたアナスタシアの言葉にユメルは頷き返事をする。

 領主、そんな人物が自分を呼ぶ要件は大体検討が付いていた。

 ――きっと、シャンナの力目当てだろう、と。

 

✳︎✳︎

 

 領主の城は豪華絢爛としか言いあらわしようがなかった。白亜の大理石に引かれた赤い絨毯。通路に飾られている美術品の数々。スメラギの実家も豪華ではあったがこんなにも高価そうな物品を見たことはユメルには無かった。

 雰囲気に気圧され、ユメルが無口になる中、前を歩くアナスタシアは見慣れた様子でスタスタと進んで行く。

 5階の観音開きの檜の扉にたどり着くとアナスタシアは三回ノックをし、扉の前で声で声をかける。

 

「近衛第3小隊副隊長アナスタシア。ユメル氏を連れて参りました」

 

 中から中年の男性の声で一言、どうぞ、とだけ聞こえるとアナスタシアは扉を開きユメルを招き入れる。

 そこは執務室のようだった。壁には小道具や本が並べられた棚が立ち並んでおり、奥には大きな長机に一人の身なりがいい男性が座っている。その横には白雪の髪と鹿のようなの角が特徴的な魔神族の男性が佇んでいた。

 アナスタシアが扉を閉めた音が聞こえる。それと同時に長机に座った男性がユメルに声を掛けた。

 

「よく来てくれたね。領主アレイスター・クロウリーだ。右にいるのはアーサー。ここの都市国家の将軍兼守り神をしている。」

「お初にお目にかかります。アーサーです。そんな気張らないで下さい、ユメルさん」

 

 ――この状態で緊張するなというのが無理だろう。

 そう、心の中で愚痴を零しながら彼女もまた、二人に挨拶を返す。若干声が震えてしまうのは仕方のない事だろう。

 

「……それで、私を探していたと仰いましたが」

 

 ユメルのその言葉にアレイスターが頷くとふと立ち上がり、ユメルに近づいて来た。その手には一枚の紙が握られている。

 

「パリスタンはランスの市民を受け入れよう。

 騎士も護衛に出すし、ある程度、生活の保護もするつもりだ。

 ――しかし、君も見たとおり、既に壁の中は満員で受け入れることはできない。そのため君たちの受け入れは、西の壁の外となる」

 

 壁の外、それは夜な夜な魔物が入り込めば大勢が死んでしまうし、野盗の類からも守りのない安眠とは程遠い場所だ。

 ただ、彼の言うことは最もであるとも言えた。自国の民でもなく、難民なのだ。受け入れれば治安問題もある上、食糧問題、そして、文化の違いによる摩擦もある。それを受け入れるというだけありがたい話なのだ。

 

「……ありがとうございます」

「ただ、この問題も君が協力してくれるなら壁の建設も考えている」

 

 ユメルの肩に彼は手を置くとその顔をマジマジと見てきた。スメラギと違い汚さも併せ持つ大人の目だった。

 

「私はね。私に益があるなら手厚く持て成す主義だ。君がそうであるということ証明して欲しい。

 君が騎士になってくれるのなら、手厚くランスを保護する。

 が、その前に、君にその価値が有るのだと私に証明して欲しい。アーサーは特別な力を君が受け継いだというが、それを見せて欲しいんだ」

 

 そう語ると彼は手に持っていた一枚の紙切れをユメルに手渡した。それには目を見張る内容が書いていた。

 

「近くの森に亜竜ワイバーンの番が移り住んだ。このままでは卵が羽化した際食糧を求めここを襲う可能性がある。君にこれを退治してもらいたい」

 

 亜竜、ワイバーン。それは竜種として知られる最もメジャーな、そして、強力無比な魔物の一種だった。一体で村を滅ぼすだけの力があるそれを番、二匹同時に倒せというのだ。

 ユメルはそこに書かれた内容に生唾を飲み込み、ただ呆然とするしかなかった。

 



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そして困難を求める

 アレイスターはユメルの表情を見るとふ、と笑った。それが理解不能でユメルはこの場の恐怖などを忘れ怪訝な表情を彼にぶつける。そんなユメルから視線を外した彼は後ろに立っているアナスタシアの顔を見ると、彼女の名前を呼んだ。

 

「君がこの子に同行しろ。多少手を貸しても構わない。もし危険ならばアナスタシアが倒してくれ」

「倒す、というのは構いませんが。この子を守り切るというのは実力によりますが厳しいと思いますよ」

「別に強制というわけではないんだ。これを受けて自分の身すら守れないならそれまでだったということだ」

 

 アレイスターはそういいながらユメルを見た。子供でもワイバーンの恐ろしさは親から聞かされている。口から出される岩を溶かす炎。巨大な体躯から繰り出される鉄を穿つ鉤爪、そしてその生命力。翼を捥いだとして彼らは死にもせず、死ぬまで抵抗を続けるという。

 ユメルは手元の紙に視線を落としながら考える。きっとここが分水嶺(ぶんすいれい)なのだろうと。力を使い誰かを助けるならばこれくらい倒せなければあのシュペルミルなど倒せはしない。だが、この力を使わず生きるというのならコレを断り関係のない場所で生きればいい。

 ――モヒートの顔が一瞬ユメルの脳裏をよぎる。自分が至らなかったせいで犠牲にしてしまった親友。もともと、シャネルの言葉にも頷くつもりだった。しかし、アルフレムが自分を思ってああいってくれた事も理解はできる。深呼吸して、考えた。自分がなにをしたいか、どうなりたいか。

 そして、それはずっとユメルの心の中で騒ぎたてているのだ。誰かのため、村のため、それも多少はある。ただ、あの日と同じようにまた三人で笑いたい。

 ――モヒートを助けたいんだ、私は。

 あの状態を死んだ、そう切り捨てるなら簡単だったけれど、そんな簡単に切り捨てられることはユメルにはできなかった。両親と同じくらいの時を一緒に過ごした親友だから。

 

「――やります」だからこそ、ユメルは頷いた。

 

 とん、と誰かに背中を叩かれた気がする。ユメルの胸の中に暖かい何かが入ってくる感触を感じる。そして、それと同時にある映像が脳裏に沸き上がった。

 

**

 ――それはずっと、一人で森でただ孤独に過ごしていた誰かの光景、ただ誰かが訪れたとしても一言、二言しゃべれば帰ってしまう。木はだんだんと成長していくけれども、ただ孤独が心を占める。

 同種族は時折訪れるが、彼らも途方もない時間に生きている。少し話したら、次に来るのは数十年後か。

 長く生き過ぎた。そう呟く自分の声が聞こえた。

 そして幾星霜(いくせいそう)、木が枯れて、緑がまた生え、また枯れて。

 ふいに金色の髪の青い瞳が綺麗な少女が現れる。その子は無邪気に自分に話しかけてきた。迷い込んだのか聞こうとして、突然その子のお腹が大きく悲鳴を上げた。

 ふ、とつい笑ってしまい、すぐ作れるサンドイッチを手渡すと小動物のようにかわいらしく食べるのだ。それを見つめていると、少女は不意に食事をする手を止め、自分の顔をまじまじと見るのだ。どうしたの、そう聞こうとした言葉は先に彼女の言葉でかき消される。

『さみしいの?』

 それは、私がずっと思っていた事で、知っている人も誰もいないこの長い生はまるで生き地獄のようで。だからつい子供だというのに頷いてしまった。寂しいと。

 少女は頷くと、サンドイッチを慌てて食べ、どこかに走り去ってしまう。――ああ、また一人か、と立ち上がる気も起きずにそのまま座っていると、不意にまた少女が現れた、今度は二人増えている。

 二人の少女は私のこの姿に畏怖を覚えたのか、木の陰に隠れて近づこうとしなかったが金髪の彼女はまた私に近づくと朗らかに笑いこういうのだ。一緒に遊ぼう、と。

 それからの日々は白い紙に色彩を垂らしたように色鮮やかで、長いとおもった数年が矢の如くすぎていった。

 自分に子供がいたら、こんな感覚だったのだろうか。

 星が降る夜の日、大きくなった金色の少女が何か自分に言いづらそうに食事をしているのに気が付いた。

 わかっていた、いつかこの子達も出ていくのだと。その時は笑顔で送ろうとそう決めていた。

 だけど、だからこの長い生に色彩をもたらしてくれたこの子に私は自分の分身を渡そうとそう決めていた。でも、正直に言えば多分恐縮して受け取ってくれない。だから少し誤魔化して。

 ――ねぇ、聞こえてる?

 私は、あの時戸惑ってしまったんだ。モヒートを殺すことを、貴女を泣かせることを。そんな考えで、アイツがどうにかできるはずもないのに。だから、あれは私のせい。思いつめる必要はないの。

 貴女にこんな形で何かを託すのは心ぐるしい。私がやらなきゃいけないことを貴女が決意してしまったそのことをふがいないとすら思う。

 私は、貴女に自由に生きてほしい。旅をして綺麗な景色を見て……。

 だからね、夢はあきらめないでほしい。今更何言うんだって思うだろうけど。それは私の願いだから。

 これからは助けられないけれど、一緒に私もいるから。

 貴女は、死なないでね。

 

**

 

 その光景が終わった時ユメルは辺りを見るが、どうやら一瞬の事だったらしい。特に景色に変化はなかった。見たその光景にユメルはぎゅっとまた雫を握りしめる。中を見てももう青い炎はない。

 けど、ユメルは泣くことはなかった。あの夜、もう前を向くと決めた上、胸の中にシャンナの温もりを感じるのだ。一緒になった、そう感じる。

 

「ふむ」それを見ていたアーサーが不意に唸る。

「そうか。なら、できるというのなら、やってもらおう。君がこの依頼を成功させた暁には、騎士として取り立てて――」そう話すアレイスターの言葉を頭を横に振ってユメルは否定する

「いいえ、今後協力もします。依頼があれば引き受けましょう。けど、私は騎士ではなく、探求者になりたいのです」

 

 怯えていた少女が酷く落ち着いた言葉で自分の言葉を否定したことにアレイスターは驚愕を隠そうとしなかったが、ユメルの表情をみてまたふっと彼は笑った。

 

「そうか、それでもいい。なら、この依頼が終わった暁にはお前に探求者としての身分を与えてやる。依頼を受けてくれるというのなら、別段変わりがないしな」

「ありがとうございます」

 

 アレイスターのその返答にアナスタシアは小さな声で呟いているのがユメルの耳には聞こえていた。へぇ、あの偏屈嫌味爺が折れることもあるんだぁ、と。

 

 

 

 



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そして困難を求める2

「要件は以上だ。期日はランスの者がここに到着するまで、だな」

「了解しました、それでは早速とりかかります」そうアレイスターに告げ、一礼し部屋を出ようとしたユメルをアーサーが呼び止める。

「魔神族の力は、根本的には魔術と変わらないよ。ただ、それがその場に魔術を行使する上で必要な『元素』がいらなくなっただけ。

 だから、知らないものを作ろうとしても力は行使できない。君が一番知っている形で力を使うんだ。いいね?」

 

 じっと、白雪の男はユメルの瞳を見つめながらそういった。

 ユメルはそれに対し、こくんと頷くと視線を外し部屋の扉に向かっていく。

 扉の横にたっていたアナスタシアは、彼女のその姿を確認し、片手で扉を開くとユメルの後に部屋から出ようと歩みだす。しかし、ふいに後ろから呼び止められた声に振り返るとアーサーが自分を見ていることに気が付き、足を止めた。

 

「何か?」

「いや、彼女はまだ若い。君がしっかり先導するんだよ」

「――了解しました」

 

 子供にワイバーンの討伐を任せておいてどの口がそんな事を言うのかと心の中でアナスタシアは毒吐いていたが、それを胸に押さえつけ、変わらぬ表情で返答をする。

 カタン、と扉から二人出ていったのを確認した領主アレイスターは、ふぅ、とため息を吐くと先ほどまでの様子から打って変わり、疲れたように執務机の椅子に腰を落とすと額に手を当てながら呟いた。

 

「災厄の獣を倒す上で、本当にあの子供の力が必要なのか?」

「ええ。彼女の力は重要な要素の一つでありますから」

「厭になるよ、領主というこの仕事は」

 

 ため息を吐いたアレイスターのその意味を知るものは、アーサーただ一人だ。

 

**

 

 アナスタシアはワイバーンを討伐する上で必需品があると、彼女の馬にユメルを乗せ北の探求者のための店が立ち並ぶ一角に訪れていた。

 太陽はすでに頂点に座している。今日向かうとするなら、買い物を済ませたならすぐに出発しなくてはならない。そのため、いつもは重いからと外してる頭部(アーメット)をアナスタシアは装着している。

 その頭部は竜を模して作られており、顔の耳があるであろう場所には黒銀に光る角が取り付けられている。

 アナスタシアのその装備がそこらの騎士と異なるユニークなものであるため、まじまじとユメルは彼女を観察していた。

 その視線に気が付いていたアナスタシアはふ、と笑いを漏らすと、こんこんと左手で角に触れる。

 

「これ、実際に倒した竜の角。その騎士の強さを表すためにこうやって装飾されんだけど、重くてしゃーないのよね」

「なんと、アナスタシア殿は竜を殺したことがあるのか!」目を輝かせながらマジマジと角を観察するユメルの頭をついついアナスタシアは撫でてしまう。

 

 仕事柄こうして子供と接する機会がないが、アナスタシアは子供が嫌いなわけじゃない。むしろ好きなほうだ。

 しかし、相手が子供であろうと軍人であるため仕事は絶対であるし、騎士、という仕事が性にあっている彼女は上官には逆らえない。

 本当のところを言えば今回の任務は大反対だ。何をもって子供にワイバーンを討伐させるのか、それが理解できなかった。

 竜を殺したことがあるアナスタシアでさえ、ワイバーンは油断をすればあっさり自分の命を奪うくらいには危険な相手だ、それをこんな少女を脅して依頼するなど彼女の感性からすれば言語道断、ありえないことだ。

 ――あの爺どもには悪いけど、私が討伐してしまうか。

 そう、アナスタシアは心の中で考えている、言葉に出せばだれが聞いているかわからないため話すことはないが。

 

「竜が共通して危険なのはまず、一番は『息』。アイツらは喉に油みたいのを貯めててさ、喉の奥で火花を出す器官があるんだけど、その油に引火させて火の息を吐き出すの。

 だからモロに喰らうと火が付いた油が体に掛かって水をかけようが、湖に飛び込もうが消火できない。アレは食らったら即死物ね。

 次点で今回は鉤爪。えらく切れる爪してるから盾とかで受け止めようとか、剣で受け流そうとかしたら一瞬でダメになるし、力負けするからね。あと、これも直撃したらどんなに重装甲だろうと即死。

 最後に鱗かな。並みの攻撃力じゃ岩叩いたみたいに硬くて弾かれるし、武器がダメになる。ただ、どの生物にも弱点があるように、ワイバーンは首の内側、尻尾の内側、それに翼膜と目が弱点。そこだけは柔らかいの」

 

 馬の歩みの音を聞きながらユメルは彼女の話に頷く。そして何故彼女が大剣を好んでいるのかそれを聞いて理解した。大型の魔物であろうと剣を以て切り裂くために持っているのだと。

 馬の手綱をアナスタシアが引く。

 その命令によって馬が歩みを止めた場所は『魔道具』の専門店だった。安いもので500ジルは下回らない魔道具は便利であるが、一般市民にはかかわりのないものだ。

 術札(じゅつふ)を筆頭に魔術の力が込められた物品を売り出しており、その性能、また手間や技術料から高価になる。

 

「アナスタシア殿、お金を今所持していないのだが」申し訳なさそうにユメルがそう告げるとアナスタシアは大笑いをしながら手を横に振った。

「いい、いい。後で費用で出させるし。それにワイバーンの素材って持って帰れば爪だけでも5,000ジルするのよ? なかなかおいしいでしょう」

「ワイバーンをお金稼ぎの対象として捉えるのは本当に一部だけだと思うが。すまない、恩に着る」

 

 礼儀のいい可愛らしい子供、それがアナスタシアのユメルの印象だった。だからこそ、こんな馬鹿げた依頼で死んでほしくはないのだ。

 馬から降りたアナスタシア達が店の中に入ると店内には数様々な商品が並べられている。まず目を引くものは壁に飾られている剣だろうか。『地竜のアギト』と書かれたそれは零の数を数えるのがばかばかしくなるほど非常に高価な値段をしていた。

 目玉商品、恐らく売る気のないものの一つだろう。それ以外にも武器、防具の類は1万ジルを下回るものはなく、安いもので15,000ジルの火が灯るナイフくらいだ。

 道具類に目を移せば、そこには棚にきれいに整頓された術札の類と、アクセサリーが置かれている。

 術札は高価なものは10,000ジルから、安いもので500ジルまでと値段はまちまちであり、アクセサリーは5,000ジル前後で手堅くまとまっている印象を受ける。

 あまり客は訪れないのだろうか、店内にはユメルとアナスタシアしかいない。

 いや、カウンターの奥には銀縁の眼鏡が特徴的な茶色の髪の青年が本を読みながらこちらを伺っていたが、店員というにはあまりに愛想がないように見える。

 しかしながら、ぼそりといらっしゃいとつぶやいていることからその男性がこの店の店主、あるいは店員ということは間違いはないようであった。

 

「今回のワイバーンで重要なのは、『火』をどうやって防ぐか、また、どう地上に落とすか。これはいい?」

「うむ」ユメルはアナスタシアの話に頷き話を促す

「装飾品でも火は防げるけど、今回はこれかな」そういいながらアナスタシアは2,000ジルのする術札を2枚棚から取り出した「『水の防護膜』っていう魔法なんだけど。直撃以外のブレスの火を防いでくれたりする術札ね、でもう一枚が『吹きおろし』っていう風の魔法。なんかダウンバーストとかいうのを発生させて、空を飛んでいる対象を落とせるやつだね」

 

 その二つを二枚ずつ取り出し、カウンターの青年にアナスタシアは手渡す。

 8,000ジルという非常に高価な取引であったが、林檎でも買うようにアナスタシアが札のお金を出した。

 また、やる気のなさそうな声で青年は、まいどあり、とだけつぶやいているのがユメルには聞き取れる。

 

「他にもいろいろやろうと思えばあるのだけど、攻撃力は大剣さえあればどうでもなるからね。

 攻撃魔法の『大火球』とか有名だけど、一枚8,000ジルするし、手軽な『灼熱する武器』でさえ、5,000ジルときたもんだ。

 戦いの上で準備は大切だけど、準備で足が出るのは初心者でよくある事だから気を付けるんだよ」

 

 意外と面倒見がいい人なのだな、そう心の中でアナスタシアを評しながら、ユメルはそれとは別にある事実に驚愕していた。

 あの日アルフレムが使用したであろうそれらは合わせれば既に赤字であり、棚の端においてある『聖なる白火』という術札は1, 000ジルという値段をしている。

 そんな高価なものを惜しげもなく使用したのか、というその事実に驚きながらふいに、彼の人の好さをまた少しわかったきがして、ふっとユメルは笑みをこぼした。

 



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そして困難を求める3

 魔法道具専門店から出ると、ユメル達らは北門から草原へと出る。

 本来、西門から出たほうが件の森には近いのだが、街中で馬を歩かせるくらいなら草原を走らせたほうがいいとの判断からだった。

 だから、パリスタンから出た途端、アナスタシアは馬を手綱を振るい馬を走らせた。

 西の森に向かい駆けている途中、丁度森に入る直前の草原でボブゴブリンとオークの少女が岩の上で食事を取っているのが見えた。

 

「あれは、サインとアイシャ殿か?」ふと、ユメルと視線が合った二人が驚き立ち上がりながら大きく手でバツ印を作っているのが彼女には見えた。

「アナスタシア殿、彼らの前で止まってくれないか?」

 

 アナスタシアは一回ユメルを見て、手短にね、とだけ告げると彼らの前で馬を横にし止める。

 目の前に止まったユメル達にサインは近づくと二人に向かい深く腰を折る。

 

「お二方とも、非常に助かった。ありがとう。

 しかし、この森に何の用で? いまはワイバーンが移り住んでいるが」

「やはり番の事だったか」そうユメルは納得しながら、頷き「私達はそれを討伐しに行くんだ」

 

 そのユメルの言葉にサインは目をまん丸く見開くと、喉の奥で唸るような声を出し、後ろのアイシャを見た。

 そして、一度頷くとユメル達に向かい今度は膝を折った。

 

「折り入って頼みがある。俺もそれに同行させてほしい」ユメルとアナスタシアが互いに視線をあわせ怪訝な表情を浮かべる。そんな二人に向かいサインは言葉を続け、

「この森は俺たちが漸く渡り歩いて見つけた安全な場所だったのだ。

 ここに移り住むまで当てのない長い旅を続けた。運良くここを見つけられたから良かったものの、次はアイシャが無事かどうかわからない。

 お二方があのワイバーンを討伐してくれるというなら、旅をする所用はない。

 それに、ワイバーンの巣も、森の詳細も俺はわかる足手まといにもならないはずだ」

「危険よ? それに、貴方の身は私は守れないけれど」アナスタシアが真っ直ぐにサインを見て言うと、

「元より承知、俺たちの住処の事だ、何もしないという事はありえない」

 

 アナスタシアは彼の身なりを見ると、わかった、とそう告げる。使い込まれた皮の鎧、それに二刀の剣を見て、戦力にはなるだろうという判断からだ。

 ゴブリンは力が弱いと認識するものは多い。間違いでもないが、必ずしもそれは正解ではない。

 ゴブリンは蟻と同じだ。小さいからこそ印象はないが、その実二倍の体重の重力を持ち上げられる力を持つ。

 ましてやボブゴブリン、少し大柄であるサイスは竜人程でないにしてもそれに近い筋力は有している。

 

 ユメルは二人の会話を聞きながらも、サインの後ろ、アイシャを見ていた。

 アイシャは不安げにサインを見ており、その両の手を少し合わせながら何か言いたそうに口を開いては閉じている。

 そしてユメルは優しくそんな彼女に語りかける。

 

「――アイシャ殿はどうしたいのだ?」

「わた、私も、行きたい」

「アンタねえ、遠足じゃあ……」アナスタシアが咎めるようにユメルを見た。そんなアナスタシアにユメルは頭を下げる。

「すまない。勝手な判断だと思う。しかし、戦えぬアイシャ殿を残すより、連れて行ったほうが良いと私は思う。

 それに、アナスタシア殿。私の事を守ろうとしてくれてるのは感じている。けれど、私は自分でワイバーンを倒すと決めたのだ。

 だから、私は守らなくていい」

 

 ユメルは顔を上げるとじっとアナスタシアに視線を合わせ、見つめる。

 アナスタシアはそんな彼女の視線にため息を少し吐くと、今度はアイシャに視線を向けた。

 

「アンタ、命の保証はできないわよ」

 

 アイシャはわかっていると言わんばかりにゆっくりと頷きを返すと、彼女もアナスタシアから視線を逸らさない。

 アナスタシアは今度は盛大にため息を吐くと、馬から降りる。

 

「わかった。じゃあ四人で行きましょう。

 馬は目立つから此処で放置。軍馬だし、ま、大丈夫でしょ」

「すまない、俺からも感謝する」

 

 サインもアナスタシアに頭を下げると、アナスタシアはいいって、と言いながら手を横に振る。

 ユメルも馬から降りたのを確認したアナスタシアは馬の頭を撫で、少し此処でまってて、そう言うと馬の頭をポンと叩いた。

 馬はわかっているのかゆっくり歩き出すと近くの草を食み始める。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 アナスタシアが歩き出すのを見てユメルは申し訳無さそうなアイシャに近づいてその手を取った。そしてアナスタシアの後方を歩き出すと優しく彼女に語りかける。

 

「少し前、わたしの、そう親のような人からこう言われたんだ。

 感情に正直なことが本当に悪いことなのか、利口に生きる事が本当に良い事なのか? 私は貴女に後悔して欲しくないと

 自分がそう思ったのなら恥じることはない。」

「でも、感情に正直になって後悔したら? 例えば、着いていかなきゃよかったって」

 

 そんな二人のやり取りを聴きながら、サインも彼女らの殿を歩き出す。

 まだ、もう少しは開けた平原だ。会話を注意する必要はない、そう思いながら。

 

「そうだな、私もそうしなきゃ良かったと思った事もある。

 けど、多分、自分が納得できない答えというのは、もっと後悔すると思うんだ。

 例え選んだ事で後悔したとしても、自分が選んだからこそ、認められるし、前に進める、そう思うよ」

 

 あまりアイシャと変わらない歳に見えるユメルのその言葉は何故か含蓄に富んでいて、そして、素直にアイシャは頷きを返す事が出来た。

 どんな経験をしたのだろう、とアイシャとサインが気になりつつも問えない中、アナスタシアは前を向きながら二人の話に口が強く閉じるのを感じていた。

 ランスの滅亡、そして、守り神の死亡、力の継承。それを知っているからこそだ。

 ――大丈夫、今回は後悔なんてさせないから。

 そう、心に思いながらも、口にすればそれは軽い言葉のような気がして、アナスタシアはただただ、自分の手を握りしめていた。

 

 



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そして困難を求める4

 パリスタン西の森はスメル樹海と比べ、上を見れば青い空が見通せる場所だった。針葉樹が多く、足元も雑草が多く生えている。

 サインが先行し、獣道を歩いているためユメル達もあるく場所に困らなかったが、もし案内がない状況でここをあるくなら一筋縄では行かなかっただろう。

 時折、動物の糞を見かけるが姿も気配もない。死神の鎌が首に当てられている、そんな雰囲気に一同もまた息を殺して進んでいた。

 時間感覚さえも曖昧になる緊張感だ。恐らくまだ一刻も経っていないのだがそれが半日にも思える。

 サインが先導した先には湖があった。その近くで彼は前腕を上にあげ、停止した。

 近くの木々の草叢に隠れるように身をかがめ、前を確認する。

 

「この森には川以外には水場はここだけだ。それにワイバーンの大きさから考えるとここを利用する可能性が高い」

「ワイバーンの巣穴はわかってるの?」サインの言葉にアナスタシアは声を小さく問う。

「わかるが、崖に穴を作って巣穴にしてる。近づくのは厳しいな」

「そりゃ、そうか。そしたら此処で張るしかないわね」

 

 アナスタシアとサインが作戦のやり取りをしている中、ユメルは魔法の本の内容と元素について思い出していた。

 ――空気中には酸素、窒素、二酸化炭素が存在する。酸素は物を燃やす働きを助け、窒素は燃えず、しかしながらも様々な化合物を作る手助けとなり、二酸化炭素は火を消す作用がある。また物が燃えた際にも発生する……。

 ユメルが元素で分かるのはこれくらいだ。しかし、自分が感覚的そして、触り理解している物が一つだけある。

 銃。銃ならば彼女は人並み以上に機構も理解している。素材もわかる。その元素が何に含まれているか、それはわからないが、恐らく作れる事を感じている。

 

 ふと、ユメルはあの時、あの夜、弾を作った感覚を思い出す。あの暖かさ、そして炎の感触。

 ユメルは手のひらを上に向け、感覚を確かめる。すると、青い炎が静かに手から溢れ出し、渦を巻く。

 銃を思い出す。機構、素材全てを構想し、創り出す事を意識する。すると炎が小さく収束していき、見慣れた、あの日壊れた銃が現れる。

 アナスタシア達、それにアイシャがそれを見ていたが、あまりの集中にユメルはそれに気がつかない。ユメルも出来た事に少し驚きながらも、拳銃の感触を確かめる。

 そして問題がない事を確認すると、マガジンを輩出し、弾も作られている事を確かめた。

 ふぅ、と一息吐いたユメルにサインが問う。

 

「今のは?」

「え、あぁすまない。出来るか自分でも半信半疑だったが、これは、――そうだな、親のような人からもらった魔法のようなものだよ」

「ふむ、何が出来る?」

「……自分でもまだ把握しきれてない。ただ、そうだな、もしかしたら、ある程度火のブレスを防げるかもしれない」

 

 ユメルが使った感覚でいうと、あの力は理解しているものを思った通りに生み出してくれるものだった。

 未だ魔法がどんなものか使ったことがないので、ユメルには分からなかったが、アーサーが言ったような魔法の延長線で収まるような力ではない。

 言うならば、創造の力、何かを生み出す力だった。

 しかしながら、なんでも出来るわけでもなく、理解を超えたものは生み出せない。それは同じ事だ。

 

 ユメルは二酸化炭素、あるいは窒素のみの空間を作り出せば火を消せるのではないか、そう考える。

 

「火を消せるかも、ね。出来れば上等。出来なくてもまぁ基本的な作戦は変わらず。水の防護膜を使用した私とサインが前衛。ユメルは銃、あるいはその力を試しつつワイバーンを攻撃して」アナスタシアがそう話すと各々うなづいた。

 

 じっと息を潜めて待ち続ける。日が落ちれば明日も待つしかないだろう。

 しかし、ユメルは明日の昼にはパリスタンから出る必要がある。その為ある程度の時期をもって切り上げ、別の作戦、つまり縄張りを荒らしワイバーンを呼び出す必要があった。

 当初アナスタシアが考えていた作戦である。しかし、その場合番の二頭同時に相手をする所要がある可能性が高いのだ。危険だが、ユメル一人くらいならば守りながらも倒す自信もあった。

 しかしながら、四人となれば乱闘で不利になるのはこちらだ。炎の息の巻き込みをそこまで気にしてられない。その為、サインの作戦に賛成していた。

 二時間、それをリミットにうち切ろう。そうアナスタシアが考えてすでに一時間の時が過ぎ去っていた。

 詳細な時間は彼女らには分からないが、太陽の動きで大まかな時間は把握している。

 そして、もう少しで二時間経とうとしたその時、バサッ、バサッと翼の羽ばたく音が鳴り響く。

 少しだけ解けていた緊張の糸が、張り詰めるのを全員が感じる。

 音は一つ、徐々に上空へと近づいている。そして、耳を打つような激しい翼の音を聞きながら、巨大な何かがゆっくりと湖の麓へと着地しようとしている姿が映る。

 ――馬鹿みたいに大きい。そうユメルは感じた。その姿は全長10mを切ってはおらず、高さだけでも5m強はある。

 そして緑色のウロコに毒々しく色づく黒斑模様がその存在を顕著に表している。足についているその鉤爪は日光を反射し、命を刈り取る鎌の形をしていた。

 思わず、ユメルの喉が鳴る。手に持つ拳銃が棒切れに感じた。腐っても竜種。人間の想像の遙高みに存在することをまざまざと見せつけている。

 ゆっくりと降り立ったそれは、長い首を湖へと突っ込んで喉を鳴らしていた。

 アナスタシアが音を立てずに周りを見ればサインですら強張っているのが見て取れた。

 判然としているアナスタシアも怖くないわけじゃない。だが、彼女は恐怖には慣れたというだけだ。それに、そんな物気にしてはいられないのだ。自分の命を賭けたとしても誰かを守りたい、だからこそ騎士でいるのだから。

 ――ふぅ。

 一瞬アナスタシアがした深呼吸はやけに大きな音に聞こえた。そして、彼女は息を吐き出すと同時に鞘から剣を抜きはなち早駆けを始める!

 一呼吸遅れサインも駆け出した所で、ワイバーンが彼らを認めた。そして、竜は息を吸うと、火を出すのではなく大きな咆哮を上げる。

 それは物理的な攻撃ではない。なんら身体に影響は与えないだろうし、悪くても突発的な難聴を伴うだけだろう。

 しかしながら、その声はあらゆる生物の心を折りにくる。殺されるのだと否が応でも認識させられる。

 現に、アナスタシアとサインも一瞬だけ、足を出すのを躊躇ってしまった上、後方のアイシャは腰を抜かし、寒くもないのに歯が震える。

 ――だが、心から何かが抜け落ちたのか、ユメルはその咆哮に拳銃を正面に向け、片膝を着いた。

 ――怖い、怖いが何も出来ない事が一番嫌だ。

 全てが消えたあの日の光景が脳裏に思い出される。奪われた物、いなくなった大切な人、何も出来なかった自分。それが脳裏にフラッシュバックした。

 ユメルは全てがの光景がその瞬間遅く感じた。冷静に頭が高速回転するのを感じる。

『喉の奥で火花を出す器官があるんだけど……』

 遅く見える景色の中、ユメルはじっとワイバーンの口内を見つめる。

 そして、探していた物は喉の手前に火打ち石の様な形で存在した。

 

「――――ッ!」

 

 引き金を引く。きっと銃弾はアレに当たり火花を散らす事だろう。それを考えての行動だ。

 その理由はただ一つ。

 ――酸素はモノを燃やすのを助ける働きがある……

 ユメルの全身から青い炎が吹き出していた。そして、彼女はワイバーンの口内から『窒素』そして、『二酸化炭素』を取り除くことを考える。

 ユメルはまだ『水素』というものを知らない。しかしながら、その口内には水素と酸素の化合物で溢れかえる状態となっていた。

 この状態は酷く集中力がいる上、純粋にその化合物を保てるのは一瞬の事だろう。

 だが、それで十分だった。

 爆雷の音が響き渡る。3000度を超える熱量の爆発がワイバーンの口内で起こった。



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そして困難を求める5

 爆雷の音が響き渡る。3000度を超える熱量の爆発がワイバーンの口内で起こった。

 その衝撃を直接口内へと叩きこまれたワイバーンは大きく頭をのけぞらした。だが、それに衝撃を受けたのは何もワイバーンだけではない。あまりの爆発にアナスタシアとサインもまた足を止めその場に低く体制を取っていた。

 ――爆発、した?

 『水素』と『酸素』の複合作用を理解していなかったユメルもまた、あまりの光景に一瞬呆けてしまう。

 その爆発による衝撃から最初に意識を戻したのは、当たり前であるが、竜、ワイバーンであった。

 ギロリ、とワイバーンはその衝撃から首を戻しながらユメルをにらみつける。己に痛みを与えた年端も行かぬ少女にあふれんばかりの殺意をその目に宿していた。

 ユメルはその視線と目があった途端に自らの体が硬直するのを感じる。ワイバーンは決して無傷ではない、口からは血を垂らしている上、歯が数本折れているようだ。ただ、今の爆発で受けた傷はそれだけなのだ。

 動かなくては、そうユメルは直感で理解をしているが、絶対的な殺意を目の前にして足が動かない、地面についたその膝を何者かが押さえているようだった。

 ワイバーンはその足で地面を蹴ると翼を使いユメルに向かって超低空で滑空を始める。その鉤爪がユメルに向くのが誰の目にも見えた。彼女の体を無残に切り裂くまで2秒もかからないだろう。

 

「――私を無視するな、クソ蜥蜴」

 

 底冷えする冷徹な女性の声がふと、聞こえた。それは鋼鉄の鎧を着たアナスタシアの声だった。

 アナスタシアは、横を通り抜けしようとするワイバーンに向かい、一歩右足を踏み出すと体を左に回転させながら右から左へと手にもっていたクレイモアを横に薙ぎ払った。

 誰が想像できようか、普通ならばその一撃はアナスタシアの武器を壊し、腕の骨を砕く自滅であったはずだ。だが、その一撃をもって、ワイバーンの左足が深く切り裂かれると、ワイバーンは体制を崩し、ユメルの手前で地面に横倒しに倒れこむ。

 それもそのはずだ、その剣は鋼鉄製のものではないのだから。彼女が倒した本物の竜の爪をもって作られている『龍剣』だ。ワイバーン如きの鱗で防げるはずもない。

 

 その時漸く体の金縛りが解けたユメルはアイシャの手を取るとワイバーンから大回りをするようにアナスタシアの方へと駆け出した。

 しかし、わざわざ通り抜けようとする最初に傷を与えた少女を逃がそうとはワイバーンはしない。横に倒れた状態のまま大きく息を吸い込むとユメルに向かって火の息を吐き出した!

 それを、見ていたユメルは青い炎を纏い、二酸化炭素をもって壁を作ろうと意識する。だが、走ってる最中、それに目の前に迫るその炎の熱さで集中ができない。

 ――死ぬ、そんな恐怖に術の発動が邪魔された。

 だが、突如として誰かに手を取られるとその火の息の直線から逃げる事に成功した。

 手を取った人物をユメルが確認するとサインだった。彼はワイバーンの頭が未だユメルに向いたのを確認すると、彼女たちへと駆け出し、その手を取りアナスタシアの方へと引っ張りこんだ。そして彼は立ち替わるようにユメル達が来た方向へと身を投げ出すとドッチロールをしながら火の息を回避し、立ち上がる。

 

「す、すまない!」

 

 手を引っ張られ、体制を崩しながらも走る足を止めず、ユメルはサインへと言葉をかける。

 ワイバーンは再度火の息をユメルに向かい吐こうと息を吸いこみながら立ち上がる。しかしながら、それだけの時間があれば、竜殺しの騎士がその足元まで迫るのに十分だった。

 ワイバーンは、足元から自らを殺すであろう大剣の剣先が喉元に突き上げられているのを察知すると、息を吸い込みながらも一瞬にして上空へと舞い上がる。

 そして自らの足元にいた騎士へとその溜め込んだ業火の息を吐き出した!

 しかしその炎も当たることはない、アナスタシアは突き出した大剣の勢いを利用しながら前方に飛ぶと、肘から地面へと前方に勢いを殺さず回転し受け身を取って立ち上がる。

 そして、間髪入れずに彼女は左手で剣の柄に巻き込みながら握っていた紙を破り捨てる。

 途端、上空へと舞い上がっていたワイバーンの頭上を叩くように下降気流が発生し、隕石が落ちるような勢いをもって未だ燃え盛る地面へと竜は叩き落される。

 自らの火に炙られるワイバーンはその時をもって初めて悲鳴を上げた。だが、未だに瀕死の状態とはとてもではないが言えぬほど、ワイバーンは生命力に溢れている。

 近づくため、アナスタシアが水の防護膜の術府を破りすてるのと同時に、青い炎を纏ったユメルがワイバーンの瞳を狙い拳銃を全て連射する。

 先ほどの爆発の原因がわからぬワイバーンは自らを傷つけぬだろうその銃弾に過剰に反応し、翼で自らを覆い防いだ。

 だが、それは視線をふさぐ事と同意義だ。肩に大剣を背負いながら駆け出したアナスタシアが、竜にたどりつくと同時に飛び上がり翼の根本を狙い、大剣を振り下ろす。

 唐竹わりにも似たそれは、ワイバーンの左翼を一刀両断ののちに切り捨てた!

 さらなる悲鳴を上げながらワイバーンは足元へと降り立ったアナスタシアに向け体を振り回しながら尾を横に振るった。

 さすがによけきれぬアナスタシアは大剣を盾にしながら自ら衝撃の方向へと飛び下がり地面に打ち付けられる直前、今度はつま先から膝へと衝撃を受け流しつつ、五点着地を綺麗に行うと大剣を地面におろしたまま、竜をにらみつける。

 意識が完全にアナスタシアへと向いた途端、ユメルが『二酸化炭素』を利用し、ワイバーンの足元の火を全て消した。

 できたことに安堵しつつ、できなかったらどうするつもりだったのかと、ユメルは冷や汗を滴らせながら、それを行わなければいけなかった原因を見る。

 今まで潜んでいたサインがワイバーンの足元へと駆けていた。そしてサインはワイバーンが尾を振るった絶対的な隙を見、その体の下をくぐり抜けながら、アナスタシアが切り裂いた左足を両の剣を合わせながら、更に切り裂いた。

 ワイバーンの左足から力が抜け、その尾の慣性のまま、横倒しにまた倒れる。

 オオーン、と竜の泣き声にも似た悲鳴がその時初めて口から出る。

 

 アナスタシアは違和感を覚える。

 弱い、あまりにも弱すぎるのだ。最初もそうだ、一撃を貰ったからといって、我を忘れたようにこちらの存在を見落とし、『滑空』を選んだ。それは悪手(あしゅ)だ。竜の強みとはこちらの手が届かぬ絶対的な上空にある。ならば、上に飛びながらユメルへと火を吐き出すのが正解なのだ。

 それに、いちいち攻撃をされたからといって、大げさな反応が大きい。あの爆発を警戒したからといって両翼で防ぐ必要はない。

 その行動は、例えるなら喧嘩になれていない女子供のような――――

 その考えに自らが至った時、大きな影が辺りに差した。それは太陽を覆い隠した雲のようなそんな大きさの影だ。

 

「全員、散開しろ!!」

 

 そう叫びながら、アナスタシアは一度、近くの湖へと身を投げ出す。

 上空を見て確認している暇はない。サインもまた理解したのか、アナスタシアと同様に湖に一度飛び込んだ。

 しかし、戦いに慣れていないユメルは上空から聞こえる羽ばたきに視線を上にあげてしまう。

 そこにいたのは、覇者、そうとしか言いようがなかった。黒銀に光るその鱗、そして、黒に引き立たせられるその金色の瞳。その体躯は瀕死であろう目の前のワイバーンの体躯が小柄と言えるほど大きなものだ。

 そのワイバーンは降り立つことなく、ユメルを睥睨していた。そして、目を細めると大きく息を吸い咆哮を上げる!!

 ユメルの鼓膜が振るわせられる。その咆哮に比べれば、先ほどまでのワイバーンの咆哮など子犬の鳴き声だ。

 嘔吐しそうなほど頭を揺さぶられながら、だからこそユメルは理解した。これからが本番なのだと。先ほどまで相手にしていたそれは、番の戦いに慣れていない『メス』の個体であったのだと。

 そして、魔物の知識が乏しいユメルをしてみても、そのワイバーンは突然変異種であろうことが認識できる。

 ――何故なら、その翼竜は絵画の天使にも似た六翼の翼を有していたのだから。

 



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覚悟1

 ユメルは平衡感覚を失い、吐き気を覚えながらもアイシャの手を引っ張り、自分の後ろに隠した。走ることは無理だ、一歩踏み出せば失った平衡感覚のままに倒れることは理解している。だがしかし、このままでは二人とも死ぬということは嫌でも肌で感じていた。

 黒い覇者が息を吸い込むのが見える。今度こそは無慈悲な業火をユメルの少女の身に降り注がせるだろう。ユメルの視界の端には呼吸をするため湖から顔を出したアナスタシアが映る。しかし、彼女が止めるよりもさきにあの竜は炎を吐き出す。

 この炎はユメルが防がなくてはいけないものだ、必死に考える、生きるために、生き残るために。

 ――爆発はだめだ、火を消す効果はない。二酸化炭素、窒素、操った感覚でいうとあれは一瞬つくりだす効果しかない。他のもの、何か、別のもの。拳銃? 届く距離ではない。――――、一つ、ただ一つだけ思いついた。

 ユメルはそれが自分にできるのか問う暇はない、やらなければならぬという鉄の意思をもって青い炎を全身に身にまとった。

 ――私が決めたことだ! 折れるのは死んでからでいい! 膝を折って何ができる!!

 

「ユメル!!」アナスタシアが叫びながら術札を切り裂こうとしてるのがユメルには見える。

 

 ユメルは手を覇者に向ける。また時間が遅く流れているような感覚にとらわれた。覇者は炎を吐き出そうと頭をこちらに向ける。その途端に彼女はその口内の空気から『酸素』を全て取り除いた。

 ワイバーンは喉の手前にある火打ち石のような機関をもって火花を散らせ、吐き出す油に引火させることで炎の息を作り出す。

 なら、その火が出る瞬間に『火が起こらない状況』を作ってやればいい。

 一瞬にしてその状態は解除される、タイミングが一瞬でもずれればユメルは火だるま、あの世行きだ。厭な汗が背中に流れる、本当にゆっくりと見えるのその光景がまるで死ぬ直前の神の慈悲にも思えた。

 つばを飲む。そして来るべきときを彼女はただあとは見ることしかできなかった。

 そして、ワイバーンの口から吐き出されたソレは――、液体だ。ねっとりとした液体が一直線にユメルへと向かってくる。

 ユメルの口の端に微笑みが漏れる。賭けに勝ったのだと。その油を彼女は浴びながら徐々に戻ってきた平衡感覚に従いアイシャの手を取り走り出す。

 何故、失敗したのか、それがわからぬワイバーンはもう一度炎を吐き出そうとしていた。

 さすがにもう一度同じことをやれといわれてユメルにできる気はしない、だからこそ、湖に向けて駆け出すのだ。

 そして、その一撃はきっとアナスタシアが止めてくれると信じていた。

 アナスタシアは術札『吹きおろし』を破り捨てた。この状況で使用し、風が鳴り止むまでに翼を落とせなければ手の打ちようがなくなることは理解している。けれども、今使わなければ二人が死ぬ。それだけは看過できぬのだ。

 黒い覇者は頭上から叩きつけられる風の塊に一度吐き出す動作をやめると、その三対の翼をもって必死に抵抗する。しかしながら激しいダウンバーストに錐揉みにされ地上へと落下し始めた。

 だが、流石というべきか、地上に落ちる直前に体制を立て直し、ひと際大きく翼を地面に向け羽ばたくと、落下の衝撃を打ち消し地面に降り立つではないか。

 それと同時にユメルが湖に飛び込むのと入れ替わるようにアナスタシアは湖のふもとに立ち剣をだらっと地面に垂らす。

 風が鳴り止むまで十数秒、それまでに翼を落とさねばならぬ。

 アナスタシアはすぅ、と息を吸い、そして吐き出す。覇者が息を吸い込むのが見えた。

 炎か、咆哮か、間違えれば詰みだ。この竜は見た限り、アナスタシアが相手にしてきたワイバーンと同一視しては危険だと判断していた。まず体躯だ。その体躯は見たこともないほど大きい。

 そして黒い鱗、三対の翼。突然変異種は通常淘汰され成体となることは稀だ。しかしながら、それを乗り越え生きているということはその分生存競争に勝ち抜いてきたことに他ならない。

 どちらにせよ、やる事は変わらない。そう考えながらアナスタシアは頭をこちらに向ける瞬間、斜めまえに跳躍し前方へと回転しながら、口をあんぐり(・・・・・・)と開ける。

 口を閉じた状態で爆音を受けると体に音が籠り、耳が音にやられるのだ。

 覇者が選んだ行動は咆哮であった。

 間近で爆雷の音を聞いたかのような衝撃がアナスタシアを襲う。口を開いていたというのに、世界がゆがんで見える。

 だが、今度は歯を食いしばりながら立ち上がりさらに接近を試みた。剣が届くまで数歩という距離、竜はじっとアナスタシアを睨みつける。

 ――何を狙っている。

 近づいてはいけない、そう第六感が彼女に囁くがそれに従うなら竜は風が止むと同時に飛び立ってしまう。だからもう一歩近づいた。

 徐々にだが、視界の端で雌の緑のワイバーンが立ち上がろうとふらつきながらも足を地面につけもがいているのが見える。翼を落とすなら、まだ起き上がっていない今しかない。

 その竜に邪魔をさせぬよう、サインも湖から這い上がるといまだ体制の整わぬ雌へと駆け出していた。

 そして、アナスタシアが剣の届く距離にたどり着くと同時に地面から覇者に向かいその喉を狙い切り上げを行った。まだ翼は届かぬのだ。

 だが、第六感が正しかったことをアナスタシアは知る。

 竜は振り下ろす風の中、バク宙を行ったのだ。その巨大な体躯で。そして剣の軌道から外れると、彼女の体に向かいその巨大な体躯から放たれる尾が飛んできた。

 受ければ距離は離される、しかしながら回避するためにはこのカウンターは間が合い過ぎている。

 アナスタシアは大きく舌打ちをすると、大剣を手放した。そして大剣がなくなったことによる身軽さを利用し、横に回転しながら攻撃を避ける。

 これしか道はなかった。慣性のまま宙を舞っている大剣は尾に弾かれ湖へと飛んでいく。

 残り五秒前後。必死にアナスタシアは活路を考える。雌の竜すら既に起き上がり、サインと対峙していた。

 飛び上がる事を防ぐことはもうすでに不可能に近い。焦せれば功を逃がす。それを知っていたはずなのに、彼女は今絶対的に追い込まれている。

 予備の武器として竜の歯を用いたナイフは存在するが、それでは翼は切り落とせはしない。

 綺麗に着地をした黒き竜は立ち上がったアナスタシアに向かい突進を行ってきた。

 その行動に、アナスタシアは人間との戦闘に馴れているという印象を抱かざるおえない。あまりに武器の間合い、そして人間の戦い方を把握しているのだ。

 

「おねえちゃん!!」

 

 アイシャの声がアナスタシアには聞こえた。そして巨大な何かが飛んでくる音を感じる。

 ふと視線を反らし、それを見れば、自分が竜に飛ばされた大剣が宙を舞い、こちらに飛んできているではないか。

 湖では畔で泣きそうな表情のアイシャが投擲したままの状態で立っている。その後ろにはユメルがこちらを見て叫んでいた「たのむ!」と。

 動き出したものは急には止まれない。それは剣を振り上げてしまったアナスタシアも、そして、今突進を行っている黒い竜も同じことだ。

 アナスタシアは、自分を振るい立たせるように笑った。これでやれなければ『竜殺しの騎士』の名が廃ると。じっと剣を見つめる。そしてタイミングを合わせ全力で跳躍をすると、剣の柄を両手で握り、前方に回転するように剣を振り下ろした。

 その無理な軌道に背の筋肉が悲鳴を上げるのを彼女は感じる、が、「しるか」と一言つぶやくと翼にその剣は振り下ろされる。一本の翼から鮮血が舞う。確かに右の前の翼を切り落としたのだ。

 だが今アナスタシアは無防備に宙に晒されている。

 竜が足を踏みしめながらスピンターンを行うのがわかった。しかしながらそれを防ぐのは無理だろう。

 雌の尾の振り回しとは格別の威力が十全と乗った尾の一撃が彼女を襲う。左肩にその尾は命中した。

 プレートアーマーのお陰か、ミンチになる事はなかったがその衝撃で肩が砕かれたのをアナスタシアは感じる。

 そして勢いを殺せず、そのまま右に吹き飛ばされると地面に叩き落とされた。

 肺から全ての空気が抜ける。いまので肋骨もどこかおかしいことに彼女は気が付いていたが、残っている右手で剣を掴み地面を押し上げ、立ち上がる。

 ――風は止んだ。ここからは私とこいつの命の取り合いだ。

 口の中に血の味を感じながら右肩に剣を乗せる。左手はぶらりと地面に脱力し、動く気配はしなかった。

 現実はどこまでも無慈悲だ。

 竜は残り二対の翼を羽ばたかせると、悠然と上空へと舞い上がっていくではないか。

 

「そんなのアリ?……」

 

 想定していなかったわけではない。けれど、通常のワイバーンと同様に、一本切ればバランスが取れないことに彼女は賭けるしかなかったのだ。

 そして賭けに負けた。

 太陽を背にワイバーンはアナスタシアを睥睨する。もう避ける気力はない。そしてかの竜が息を吸い込むのが彼女にも見えた。



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覚悟2

 膨らんだ覇者の腹から死が吐き出される直前、覇者に再び下降気流が襲い掛かる。

 それを行なったのはアナスタシアではない。彼女も何が起こったのか理解の出来ないままに竜が落ちる姿を見ていた。

 その一瞬、アナスタシアが呆けた隙を狙い、メスのワイバーンが彼女へと火を吐き出す。

 サインが騎士殿、とそう叫ぶ中、アナスタシアの目の前に岩の壁が突如として現れ炎を防ぐ。彼女はそこで漸く思考が戻ると身体を引きずりながらも直線上から走りながら回避する。

 壁が炎を遮っていたのはおおよそ数秒の間だっただろう。赤く溶け壁を貫通させた炎は直線上をそのままに焼き払った。

 サインが再び左足に強撃を加え、横倒しにする中、森から一人の男が駆け出し、落ち行く黒き竜へと向かっていった。

 間違えようもない。アナスタシアはその姿を見て苦笑を漏らすと彼に声を掛ける。

 

「ごめん、助かったアルフレム!」

「後で色々言いたい事あんだから死ぬんじゃねえぞ! ユメルもだ!」

 

 ユメルはビクッと身体を震わせる。

 朝の時以上にアルフレムが激怒して居ることに気がついたからだ。

 何故ここに彼がいるのか、それを訳もわからず考えていると、森から遅れて女性が姿を現し、アナスタシアに駆け寄り呪文を唱え始める。

 ミーネだった。彼女はこの乱戦の中、恐怖を感じながらもアナスタシアの傷を治し始めていた。

 その蛍火に光る手が受傷部位に近づくとアナスタシアは苦悶の声を漏らすが、その声に混じりながらくつくつと笑みを漏らし始めた。

 

「なっさけな。竜殺しの騎士が聞いて呆れる」

「……そう、ですか? 貴女以外怪我も死人も出ていない事に私は驚きました。

 ――ユメルちゃんを庇ってくれていたんですよね。ありがとう」

 

 そのミーネの言葉にアナスタシアは無言で返す。庇って戦ったとしても、出来ると自惚れていた結果がこれだ。何も言えなかった。

 

 アナスタシアがそうして治療されている中、アルフレムはロングソードを両手で持ちながら、黒竜へと向かう。その途中何かを口ずさんでいた。

 

「『剣は研ぎ澄まされ、決して折れる事なく。金剛すらも切り裂く斬魔の刃よ――シャープウェポン』」

 

 何かを行動しながら魔術を使うという行動を難なくアルフレムは行う。

 それがいかに難しいかをユメルも理解していた。

 左手で絵を描きながら、右手で手紙を書いているようなものだ。普通出来るわけがない。

 しかし、彼の魔術は難なく発動し、その剣を黒く光らせ始める。

 竜が落ちる直前、アルフレムは術札を取り出し、破った。その破った術札を地面に貼ると、巨大な大穴をその地面に開ける。

 そして、もう一枚素早く彼は破り捨てるとその穴の中に破れた紙が舞い落ちていく。

 その途端、竜が穴へと真っ逆さまに落下していた。翼が一つ足りないため、下降気流で体制が取り直せないようだ。

 竜が大穴に落ちた途端、ドォォォンと、大穴が爆発し爆炎が上空へ躍り出てくる。

 

 その光景をただただ凄いとしかユメルは言えなかった。こんなにも彼は強かったのかと疑問を抱かずにいられない。

 手に持っている剣は朝までは無かったはずだった。何処で手に入れたのか。そんな疑問を抱きながらも、彼にただただ圧倒される。

 今の彼には何時ものような飄々とした雰囲気はない。敵を殺す事に研ぎ澄まされていた。

 彼は大穴に近づくと竜を睥睨する

 

「大型用の穴だ。どうだい居心地は? 見下される気分はよ」

 

 黒竜は先程での爆発でも所々から血が出、鱗が剥がれているのみだ。

 咆哮を上げるが、それは何処か弱々しく今迄のように脳を揺さぶる効力は持たない。

 彼はそんな竜を見ながらロングソードを逆手に持つと、右足を一歩引き、剣を握っている右手を振り上げた。投げようというのか。

 そしてまた何かを唱え始める。

 

「『風よ剣を持ち敵を穿て――エアシュート』」

 

 途端、彼は剣を投擲する。すると弓から放たれた矢の如き素早さで穴の竜へと向かっていった。

 身動きも取れぬ竜の首に剣が突き刺さる。だというのに、竜は未だに激しくもがいており致命傷ではないことは明らかだった。

 しかしながら、彼は別段、竜を殺す為にそうしたのではない。

 

「よう。もう火も吐かねえだろ。じゃ、死ねや」

 

 彼は術札を一枚破ると再び地面に貼る。すると大穴の縁から土が崩れ穴を埋めていくではないか。

 それを見ながらも数歩後ろに下がるとアルフレムは穴が埋まるまで、その光景を見つめていた。

 その彼に向かい、雌の個体が激怒し、突撃をしてきた。

 アルフレムが気がつき術札を破り捨てようとしたその時、「任せろ」と背後から女性の声が聞こえる。それは間違いもなくアナスタシアだ。

 アルフレムはあいよ、と返事をしながらふっと笑うと入れ替わるように後ろにバックステップをする。

 その彼と交差をし、怪我を治療したアナスタシアが龍の前に立ちはだかった。

 

「無様ね、まぁ人の事言えないけど」

 

 左足を庇いながら突撃してくる雌の竜に向かい、アナスタシアは腰構えに大剣を構えると竜の首が間合いには至った途端上向きに首を横に薙ぎ払った。

 首がズレ落ち、アナスタシアの背後に落ちる。彼女は血を浴びながらも、その場で武器を払い血糊をはらった。

 竜の身体は慣性に従い、アナスタシアを追い越すと首の前に倒れ落ちる。

 アナスタシアはそこで漸く剣をくるっと回し背中に格納すると両腰に手を当て胸を張った。

 

「ま、私がいればこんなもんよね!」

「よく言うよ、全く」アルフレムは苦笑いをしながら雌の身体を追い越し、アナスタシアに近づいた。

 

 その彼に申し訳なさそうにただユメルは足を水に浸かりながら下を向いている事しか出来なかった。

 

 



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覚悟3

 俯向くユメルに向かいアルフレムは歩き出す。そして足が濡れる事も気にせず湖に入ると頭にポンと手を乗せた。

 呆れたような、安心したような、そんな表情だ。

 

「何で俺に相談してくれなかったんだ?」彼は優しげにユメルに語りかけるとポツリポツリと話し始める。

「私が決めたことだから。巻き込みたくはなかった。それに、出来るとそう思ったんだ」

 

 ふう、とアルフレムは鼻で息を肺から吐き出すと、こつんと頭を軽く拳で叩く。

 ユメルは頭の痛みは感じなかったが、不甲斐なさで胸が締め付けられる。

 そんなアルフレムにアナスタシアが声を掛ける。

 

「領主様が決められた事よ。それに私が護衛で付いたのに守り切れなかった方が悪いって」

「わかってる。お前は自信家過ぎる。なんで予備を数枚持たねえんだよ。どうせワイバーンくらいって思ってたんだろ」

「ははは、その節は申し訳なく」

「はぁ……」今度はアナスタシアを見たアルフレムが疲れたようにため息を吐く。実際、ただのワイバーンならば難なく倒したのだろう事を知っているためだ。

 

 そんな彼らをサインとアイシャ、そしてミーネが見守る。沈黙が辺りに満ちた。

 アルフレムは少し俯向くと頭を掻いて膝を折る。そしてユメルと視線を合わせた。

 

「急ぐ気持ちもわかる。それに、シャンナさんの力を受け継いで何でも出来るような気持ちになってしまうのもわかる。

 期待に応えようとユメルが頑張り過ぎるのも、お前が誰かに迷惑をかけないように気を遣い過ぎるのもわかってる。

 だけどな、俺はお前の『師匠』なんだろ。もっと頼ってくれよ」彼は優しげに笑うと頭を撫でた。「よく、探求者である話なんだ。遺跡からすごい武器を見つけてな、なんでも出来る気になって、身の丈以上の事をしようとしてしまうって。

 だいたい、そういう奴は死ぬ。それか、一度成功しても、いつか怪我して何も出来なくなるんだ。それで、酒場でグダを巻いて『俺も昔は高名な探求者だったんだかな……』って語り始める。

 俺はお前にそうなって欲しくないし、すごい武器を手に入れてもそれを使うのはソイツ自身、ソイツが上手く使えなきゃ駄目なんだ」

 

 アルフレムはそこで言葉を置き、ユメルを見る。ユメルは何も言えず、歯を食いしばりアルフレムを泣きそうな顔で見つめていた。

 

「ごめんなさい」そう彼女が返す言葉にアルフレムが首を横に振る。

「俺こそ、すまん。ちゃんと話すべきだった。

 周りはお前なんて関係ないんだ。お前のその力だけ見てる。だから、お前なら出来るだろって言葉で無理難題を押し付けてくる。

 ちゃんと、戦い方も、魔法の使い方も、教えてやるからさ。今度はしっかり俺を頼ってくれ」

 

 言葉も出ず、ユメルは頷きだけを返すとアルフレムは立ち上がり、ユメルを抱き上げ脇に抱えるとアイシャ達を見る。

 

「話は聞いてる、餓鬼どもの面倒見てくれてたんだってな。ありがと。

 これから俺は街に戻るが、お前らはどうすんだ? 

何処かに行くなら、寄ってくが」

 

 その言葉にサインが頭を横に振りながら近づいて返答をした。

 

「ここが私達の住処だ。

 それと、その少女には本当に世話になった。アイシャが生きていたのはその子が庇ってくれていたからだ。

 今度、何かあれば私が力を貸す。何でも言ってくれ」

 

 その言葉に面を食らったようにアルフレムは小脇に抱えたユメルをじっと見ると反対の手で頭を撫でた。

 

「凄えな、本当お前。それはお前の良さで強さだぞ。自覚しなくてもいいけど、自己否定ばっかじゃなくてしっかりと認めろ」

 

 コクンとだけユメルは頷く。そして、アルフレムのある言葉を思い出すと、無理やり、下手くそな作り笑いを浮かべて彼に話しかけた。

 

「弟子って認めてくれるんだな」

「あー、おう。だからお前がやろうとしてる事も付き合うから、しっかりと俺を頼るんだぞ」

「――すまない、師匠」

 

 礼を言うべきなのはユメルにも理解はしていた、が、心がどうしても彼に対して謝りたい気持ちが強かったのだ。

 アナスタシアはそんなアルフレムを指差すとため息混じりに告げる。

 

「これで、貸し一個。それと、アルフレムと私って剣どっちが強いっけ?」

「お前だよ、竜とタイマン張って斬り合う脳筋(バカ)と比べんな!」

「じゃ、剣での稽古なら私が見てやるわ。」

「……どうした急に?」湖から上がったアルフレムは怪訝な顔でアナスタシアを見つめる。

 

 そんな彼の視線にアナスタシアは腰を手に当てながら言葉を返す。

 

「今回しっかり守られなかったって言う負い目もあるし、それに、私もその子に他人に巻き込まれて死んで欲しくないとそう思うのよ」

 

 ユメルは驚きながら、アナスタシアを見ると戸惑いながら口を出す。

 

「有難いが、いいのだろうか?」

「私がいいって言ってんだから素直に頷きなさいよ」

 

 そんな会話をクスクスと笑いながらミーネは見ていた。そして、彼女もはいはーい、と手を挙げると言葉を発する。

 

「じゃ、魔法の師匠は私がやりまーす」

「なんだか、凄い事になってきたな……」アルフレムは眉を顰めながら頭を掻くとユメルを見た。

 

 ユメルは混乱したように三人を見ると突拍子も無い事を口にし始める。

 

「師匠と師匠と師匠……? む、誰を師匠と呼べばいいんだ……?」

 

 そんなユメルの呟きにアルフレムもミーネもアナスタシアも笑うとアルフレムが手を挙げた後にワイバーンの死体を指差す。

 

「はい、じゃあまず俺の番だな。ワイバーンの解体の仕方を教えてやる。」

「あ、わかったぞ。師匠、む、呼び方を今後考えよう……」

 

 クスッとアルフレムは笑うとまたユメルの頭を撫でる。

 ――きっと、これからこの子は大変な目にも、あれ以上の辛い目にもたくさん会う。それがコイツの選んだ道だ。

 なら、俺にできる事はコイツがちゃんと今度は自分の足で立てるよう、守りたいものをきちんと守れるよう、教えてやれる事だな。

 

 そっとアルフレムは空を見る、何も代わり映えのしない景色だ。しかし、寄る年波いつも探求者として活動できるわけでも、自分がもう引退に近いことも彼自身が理解して居た。

 だからこそ、共に居られるこの時間で、『英雄』を目指すだろう彼女にできる限りを贈りたい。

 ――きっと、側に居られる時間は短いだろうから。



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二章 エピローグ

 パリスタンの城内、領主執務室での事だ。アナスタシアは血がこびり付いた鎧でその部屋を訪れるとノックもせずに扉を開け、領主の机にワイバーンの牙をドンと叩きつけた。

 既に外は薄暗い。普段なら行わないだろう彼女の態度にもアレイスターは何も言わずにその手に牙を取ると頷くのみだ。

 

「たしかに、よくやったようだね」

「――お言葉ですが、雄の個体が変異種であると知っておられたので?」

「何か問題はあるかな? ワイバーンはワイバーンだろう」

「――――ッ」

 

 喉まで出かかった罵声の言葉をアナスタシアは飲み込んだ。この態度も十分と懲罰ものではあるが、流石に今胸に込み上げている言葉を口にすれば騎士ではいられないからだ。

 アレイスターはご苦労、とだけアナスタシアに告げるとその顔をじっと見つめる。帰っていいぞ、そう暗に告げているのだ。

 鼻でアナスタシアは深呼吸をした。そして勤めて普通に、そして、他人から見れば棒読みに彼女は失礼しました、とだけ告げるとズカズカと部屋を後にする。

 その途端、すっ、と誰もいなかった領主の背後にアーサーが現れるとその精悍な顔の顎を撫でた。

 

「犠牲者は出ませんでしたか」その言葉はとてもではないが安心の色はない。あるのは落胆(・・)の声だけだ。

「少女が死ぬ可能性の方が高かったのではないか?」

「いえいえ、子供好きの彼女の事ですからきっと身を張って先に死んでくれましたよ」

「……そうか」

「でも、まぁ、及第点ですかね。力の使い方を今後は必死に悩むでしょうし。糧とはなったでしょう」

「そうだな」、それだけ口にするとアレイスターは黙り込んだ。わざわざ変異種のいる森に向かわせた意味があるのなら、それでいい。そう彼の中で結論づけると、彼はまた机上の書類に目を通し始める。

 ――ハルジオン計画。そこには表札にそう書かれた案件が置かれていた。

 

✳︎

 

 治療院で、アルフレム達はミーネの手料理をご相伴にあずかっている。そんな食卓は晩ということもあってか子供達の喧騒に満ちていたが、ただ一人、ユメルだけは食事を口にしながらも魔法の学術書にじっと目を通しながら箸を進めていた。

 子供がやんやと騒いでいる中、ぶつぶつと難しい言葉を口にしているユメルをアルフレムとミーネは苦笑いをしながらも微笑ましそうに見ていた。

 何事も近道などないのだ。失敗して、努力して、成功して、そしてまた失敗して。

 その繰り返しで成長していく。相当ユメルは応えたようだとアルフレムは思うと食事の時は本を閉じろと口にするのも難しかった。

 現に、ミーネも注意もせず、ユメルも食事の手を止める訳でもなく、時折、ボソッと「あ、美味しい」と食事を楽しんでいるのも一因だろうが。

 しかし、ユメルは途端に食事の手を止めると両手で本を持ち、うんうんと唸り始める。

 

「先生。酸素との結合反応が『炎』となるってあるが、じゃあ元の火ってどこから来るんだ?」

「それは『火』っていう状態を熱の一種って考える必要があるの。元素の上に分子とか電子があるんだけど、それの運動エネルギーが熱、あるいは火という状態。

 ほら、乾燥した木を高速で摩擦させると火が起きるでしょ? これは物体を構成してる元素とかの摩擦の運動エネルギーが木材の発火点の温度に達して燃えてるの。

 この時、燃えるためには酸素の供給が必要になるんだけど……」

 

 ユメルは頭を捻らせながらも必死にミーネの言葉を理解する。ミーネもまた、彼女が理解できるよう時折、水で机に絵を描きながら教えていた。

 もともと、教養がある以上にユメルは頭がいい。その為、少し教えればすぐに飲み込んでしまうのだ。

 それでもきっと一人前になるには早くても三ヶ月は必要だろう。

 ミーネとユメルの魔術の談義が、熱を帯びていくなかアルフレムはふっと笑うと二人をたしなめた。

 

「ほら、せっかくの料理が冷めちまうぞ、先に食え」

「あ、すまない。師匠」

 

 あれから、頭を悩ませた末にユメルが決めた呼び方は、アルフレムを師匠、ミーネを先生、アナスタシアを師範と呼ぶことに決めた。

 似た言葉を羅列しただけのようなソレは、また全員を笑わせユメルが呼びやすいならそれでいいと話は纏まった。

 きっと、ユメルはこれから自分以上に強くなる、そうアルフレムは確信している。

 貪欲なのもそうだが、何より、彼女の目的はそうでなければ叶わないものだ。

 彼女が独り立ちする日が楽しみでもあり、少し物悲しくもある。

 ふと、あの竜人の事を思い出した。彼もそんな気分なのだろうかと。

 ――だって、コイツが独り立ちをするならきっと、あの魔物と戦うのだろうから。

 それは、人柱だ。その人柱を人々は英雄と呼ぶ。それを選んだ事を咎めるつもりもない。

 ただ、その旅の結末はきっと笑えるものであることを祈らずにはいられなかった。



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