近くても遠い距離 (一昨日未明)
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1話 いや、構わないよ
こうやって小説を書くのは初めてなので、拙い文章だとは思いますが、楽しんで頂ければ幸いです。
その笑顔が嫌だった
押し殺したようなその笑顔が
その言葉が嫌だった
全てを悟ったようなその言葉が
だから俺は―――――――――――――――
─────
「んぅ‥‥まぶしい‥‥」
窓から差し込む日の光で目を覚ました俺はむくりと体を起こす。
時計を確認してみるといつも起きる時間よりも少し早いが、二度寝するほどの余裕はない。
なんだか損をした気分になった。
「‥‥起きるか」
寝起きで少しふらつきながらも台所へと向かい、冷蔵庫にあった炭酸飲料を飲み干す。
ようやく意識がはっきりしてきた俺は改めて辺りを見回した。
「母さんは‥‥寝てるみたいだな」
一応寝室まで行ってドアを少し開け確認したが、やはり寝ていたのでそのまま寝かせておいた。
と言ってもいつものことだから特に問題はない。
時間的余裕はあるので今から朝食を作ってもいいのだが、今日はどうしても作る気にはなれなかった。
「またあそこ行くか」
母さんに朝食が無いことを伝えるメモを残し、手早く支度を済ませた俺はそのまま家を出た。
─────
普段よりも少し早い時間帯の通学路はなんだか違って見える。
たまには早起きも悪くないかもしれない。
「おっと、そうだった」
登校前に立ち寄る場所があることを思い出した俺は足先を学校から商店街へと変えた。
自宅から数分の商店街の中に目的の店はある。「やまぶきベーカリー」近所でも美味しいと評判のパン屋さんで常連も多い。かくいう俺もその一人だけどな。そんなことを考えながら入店した俺を迎えたのは‥‥
「いらっしゃいませー‥って
この店の看板娘にして俺の幼馴染みの山吹沙綾の声だった。今日も朝から店の手伝いをしているようだ。制服の上にエプロンの姿もすっかり見慣れたな。
「あぁ、今日は朝飯作りたくなくてな。たまにはいいかと思って」
「あ、もしかして早く目が覚めちゃったとか?翔馬早起き苦手だもんね」
「‥‥‥‥なぜ分かった?」
まだ朝飯作りたくなかったとしか言ってないはず。
「そりゃあ、付き合い長いからね。それくらいは分かるようになるよ?」
「‥‥そういうものか」
「そういうもの♪」
もしそれが本当ならこの世はエスパーだらけになってしまうと思うが‥‥まあいいか、さっさとここに来た目的を果たすとしよう。買うものが決まっている俺はそれを持ってレジにいる沙綾の元へと向かう。
「会計頼む」
「はーい、ってまたメロンパン?飽きないねぇ。しかも2つ」
「別にいいだろ。もうひとつは昼飯用だ」
「まあダメとは言わないけどね。店側としては他のも食べて欲しいところだけど、320円になります」
「他のも食べた結果行き着いたのがこれなんだよ、はい1000円」
試作品を強制的に食べさせられたからな。なかにはとんでもないのもあって‥‥吐き気が‥‥
「翔馬は味見役でいろいろ食べたもんねぇ‥‥はい、どうぞ」
「あれは毒味って言うんだよ‥‥さんきゅ」
余計なトラウマが復活しそうになった俺は思い出すのをやめ、商品とお釣りを受け取った。
「そうだ翔馬、次の日曜って空いてる?」
「特に予定はないな。何かあるのか?」
「もしよかったらなんだけど‥‥」
ガチャリと、沙綾が何か言いかけたところで店の扉が開く音がした。
「おはよう、沙綾(ちゃん)」
扉の方を見てみると、沙綾と同じ花咲川女子学園の制服に身を包んだ女の子が二人立っていた。
「おはよう、りみりん、おたえ。今日は二人一緒なんだ?」
「うん、途中でたまたま会って‥‥ね、おたえちゃん?」
「朝からりみに会ったらわたしもチョココロネが食べたくなったから付いてきた」
「ふふ、おたえらしいね」
2人はどうやら沙綾と知り合いのようだ。仲良さげに話している。
ふと、りみりんと呼ばれたショートボブ女の子と目が合った。
「あ、ごめんなさい!お話し中でした‥‥よね?」
「いや、大丈夫」
「そういえば、りみりんとおたえは初対面だっけ?」
そう言いながら沙綾はレジを出て俺の隣へと移動してきた。
「この人は
「よろしく」
「ちょっとー、もう少しなにかないの?自己紹介とか」
「そっちこそもっとあるだろ、俺の紹介」
などと言い合っていると‥‥
「ふふ、仲良いんだね?」
「‥‥夫婦漫才?」
「「夫婦じゃない」」
と、2人同時言ったものだからまた笑われてしまった。
おたえと呼ばれたロングヘアーの子はなぜか納得したような顔で頷いてるし。
「わたしは牛込りみっていいます。沙綾ちゃんと同じバンドでベースやってるんだ」
「花園たえ。リードギター担当だよ」
「牛込と花園だな。よろしく」
そういえば、少し前に沙綾が
「あっ、そうだ。チョココロネ買わないと」
そう言いながら商品棚の方へと向かう牛込。最初にそんな話をしていたし、好きなんだろう。
「君もパン買ったの?どれ?」
俺が買ったものに興味を示す花園。‥‥随分唐突だな‥‥
「‥‥メロンパン2つだけど」
「メロンパンに目を付けるとは、君もなかなかやるね」
「あ、あぁ‥‥ありがとう‥?」
なんかよく分からんが、褒められたらしい。
「はい、りみりん。おまたせ」
「ありがとう、沙綾ちゃん」
そんな会話をしている間に牛込は買い物を済ませたようだ。
「そういえば、沙綾ちゃん。さっき神崎くんと何か話してたよね?」
「日曜がどうとか言ってたな。何か、」
用事でもあるのか。と言おうとした時、店の奥から声が聞こえてきた。
「沙綾~~‥‥ここにいたのね、ってあら?りみちゃんにたえちゃんに‥‥翔馬くん?久しぶりね!」
「お久しぶりです、おばさん。今日は体調大丈夫ですか?」
「えぇ、心配してくれてありがとう。最近は調子良いから、朝からもお店に出るようにしているの」
奥から出てきたのは沙綾の母親である千紘さんだった。
彼女は体が弱く、よく貧血を起こすのだが‥‥今は大丈夫そうだ。
「もう、あまり無理しないでって言ってるのに‥‥それよりお母さん、何か用事?」
「あら、そうだったわ。沙綾、時間大丈夫?そろそろ出ないと遅刻しちゃうんじゃない?」
「あ、ホントだ。みんな、少し待っててくれる?」
俺たちが賛同の意を示す。沙綾は一度奥へと消え、鞄を持ってすぐに出てきた。
「それじゃ、いってきます」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
「‥‥あ、私なにも買ってないや」
一体何をしにきたんだ、この子は‥‥
――――――
「沙綾と翔馬くんはいつからの付き合いなの?」
店を出た後、花園のその一言から俺と沙綾の昔話に花が咲いた。(ちなみになぜか最初から名前呼びだった)
今は俺の若さゆえの過ちの一つを話している最中だ。おかげでさっきの続きが聞けていない。沙綾が言い出さないし、こっちから聞くのもな‥‥
「‥‥‥でね、その時翔馬が言ったのが‥‥」
「おい、それ以上はやめてくれ。恥ずかしいから」
「えー、ダメ?ここからが面白いのになー」
ニヤニヤしながら茶化すように言う沙綾。俺が引っ越してきてからだから‥‥小3からの付き合いか。お互い失敗談なんていくらでも知っている。‥‥そう、
「‥‥晴れた日の傘」
「っ!!」
「「‥‥??」」
俺の一言に凍りつく沙綾に対して、なにがなんだか分からないといった表情の牛込と花園。やっぱり話してないようだな?
「あれは小4の夏だったか。その日は朝から‥‥」
「分かったから!私もこれ以上話さないから!その話はやめて!ね!?」
「ならやめておこう」
誰だって隠したいことの一つや二つあるものだ。
「はぁ、‥‥からかう相手間違えたなぁ‥‥」
「沙綾ちゃんがあんな風になるなんて‥‥」
「私は今、UMA以上に珍しいものを見たかもしれない‥‥」
慌てる沙綾を見て、2人とも驚いてるようだ。確かにこんな沙綾は滅多に見られないだろうな。話題を変えようとしたのか、牛込が切り出してきた。
「そ、そういえば神崎くんはどこの学校に通ってるの?」
「ん?あぁ、村志野高校だよ」
俺が通っている学校‥‥村志野高校は、5年ほど前に出来たばかりの男子校だ。
生徒数は全校で約1000人ほど。部活動に力を入れていて、その数は100を超えているらしい。
「へぇ、そうなんだ。‥‥男子校かぁ‥‥」
「りみ、男子校に興味あるの?」
「へ!?ち、違うよ?変な意味じゃなくって!‥‥男子校ってどんな感じなのかなぁって‥‥」
「どんな感じと言われると‥‥普通?」
「いや、それじゃ伝わらないでしょ。もっと具体的に何か無いの?」
具体的に、ねぇ‥‥‥
「‥‥‥うるさい?」
「それは女子校も変わらないよ‥‥」
「急に言われても思いつかん」
「もう、翔馬はもう少し会話術を覚えた方がいいよ?」
「今のままでも充分だと思うが」
「ダメだよ。だいたい翔馬はねぇ‥‥」
また小言が始まりそうだと思ったとき、後ろから声が聞こえてきた。
「さ~~~~や~~~~!!!!!」
振り返ると、女の子が走ってきているのが見えた。その子はその勢いのまま、沙綾の背に抱きついた。
「おわっ!?‥‥朝から元気だね‥‥おはよう、香澄」
「「おはよう、香澄(ちゃん)」」
まさに元気ハツラツ!といった雰囲気の女の子だ。この子もバンドのメンバーなのだろうか。そして、なんだろうあの猫耳みたいなの。髪?
「うん!おはよう!さーや、りみりん、おたえ!‥‥と、誰!?」
「香澄も初めましてだね。この人は‥‥」
沙綾が紹介しようとしたとき、同じ方向からもう一人女の子が走ってきた。
「はぁ‥‥はぁ‥‥か、香澄‥‥いきなり走り出すなよな‥‥」
「あ、ゴメン‥‥さーやの背中が見えたから、つい」
「はぁ~、全く‥‥毎度毎度、香澄はこれだから‥‥‥」
「ゴメンってば~、あ~り~さ~」
「うぜぇ!引っ付くな!‥‥‥‥‥あっ‥ご、ご機嫌よう?」
後からきた二つ結びの女の子は猫耳の子と仲睦まじく(?)話していたが、途中でこちらに気づいたようで、恭しく挨拶してきた。
「有咲にも紹介しておくね。この人は神崎翔馬くん、私の幼馴染みだよ」
「よろしくな」
「で、こっちの2人は私と同じバンドで‥‥」
「戸山香澄!ギターボーカルやってるんだ!よろしくね!」
最初のイメージ通り、元気に自己紹介する戸山。そういえば、ボーカルの子に誘われてバンド入ったって言ってたな。この子がそうか。
「私は市ヶ谷有咲と申します。キーボード担当です。よろしくお願いしますね?」
戸山とは対称的に上品に挨拶する市ヶ谷。お嬢さまなのだろうか、と思っていたが‥‥
「あ~!よそ行きの有咲だ~~!」
「有咲、猫被ってるねぇ」
「ふふ、そんな有咲ちゃんもかわいいよ?」
「‥‥ニセ有咲」
「うるせぇぞ、お前ら!好き勝手に言い過ぎだ!そしておたえ!ニセはやめろ!‥‥‥はっ!?」
先程の挨拶はどこへやら。思いっきりツッコミを入れている。多分、こっちが素なんだろうな。
「えっと、これは‥‥アハハ‥‥」
「有咲、諦めよう?」
「くっ‥‥おたえに言われるなんて‥‥」
「まあまあ。これからたまに会うだろうから、無理しない方がいいって」
「俺もそっちがいいと思うぞ」
「まあ、そこまで言うなら‥‥」
俺と沙綾にも言われて市ヶ谷は諦めたようだ。何事も自然体が一番だ。
「にしても、通学路でみんなと会えるなんて思わなかったなぁ~。ポピパ全員集合だね!」
「ポピパ?」
「あぁ、そういえば翔馬には言ってなかったね。"Poppin'Party"略してポピパ、私たちのバンド名だよ」
「へぇ、なんか可愛い名前だな」
「よかったね、有咲」
「そ、そこで私に振るな!」
「‥‥?」
頭に疑問符を浮かべていると、牛込が近づいてきて小さめの声で教えてくれた。
「Poppin'Partyって名前は有咲ちゃんが考えたんだよ?」
「なるほど、それで」
「でも、有咲は素直じゃないからねぇ。褒めてもすぐ照れ隠ししちゃうんだよ」
市ヶ谷の方に目を向けると、まだ戸山たちと何か言い合っていた。
「もう、有咲ってば照れちゃって~。このこの~」
「このこの~」
「うぜぇ!果てしなくうぜぇ!」
あれはホントに照れ隠しなのか?その割には突き放しが強いような‥‥。
「そうだ、しょうくん!」
「ん?それ、俺のことか?」
「うん!翔馬くんだから、しょうくん!ダメかな?」
「いや、構わないよ」
「よかった~。それでね、今度の日曜日って空いてない?よかったら‥‥」
「ごめん、香澄。それは私に言わせてくれないかな?」
「う、うん。いいけど‥‥」
戸惑っている様子の戸山。確かに沙綾がこんなことを言うのは珍しい。
少し間を置いて、意を決したような表情で沙綾は言う。
「次の日曜日に私たちのライブがあるんだけど、よかったら見に来てくれないかな?ううん、見に来て欲しい」
沙綾なりに相応の覚悟を持って言ったのだろう。よく見ると、少し手が震えている。
それなら、俺の答えは決まっている。
「分かった。必ず見に行く」
「うん‥‥‥ありがとう、翔馬」
沙綾の肩から力が抜けていくのが見て取れる。
「よかったね、沙綾ちゃん?」
「うん。りみりんも、ありがとう」
「よーし!じゃあ尚更ライブ頑張らないとね!」
「香澄はいつも気合入れすぎなんだよ‥‥でもまあ、失敗は出来ねぇな」
「じゃあ今からアレ、やっとく?」
アレとはなんだろうか。何か気合を入れる方法でもあるのか?
「いいねそれ!やろうよ!」
「却下」
「え~~?ダメ?」
「こんな道の真ん中でやったら邪魔だろ?」
「それもそっか~‥‥残念」
一体、何をするつもりだったのだろう。なんだかすごく気になるが‥‥‥
と、そこで俺たちは十字路に差し掛かった。学校が違う彼女たちとはここでお別れとなる。
「じゃあ俺、こっちだから」
「あ、うん。またね、翔馬」
「バイバイ!しょうくん!絶対ライブ見に来てね!」
「あぁ、分かってる」
騒がしくも楽しそうな彼女たちと別れ、俺は一人で自分の学校へと向かう。
「ライブか‥‥‥‥」
そういえば、沙綾のライブには一度も行った事が無い。
沙綾はどんな演奏をするのだろうか、そんなことを考えながら俺は歩を進めた。
お読みいただきありがとうございます。
ご感想・アドバイスなどあればご遠慮なくお願いします。
次回は主人公の友達が出る予定です。オリキャラ増えるの早ぇ‥‥
書くのが滅茶苦茶遅いのでいつ更新できるか分かりません。二週間くらいで行ければいいなぁ‥‥
そんな感じでゆるく活動していきますので、よろしくお願いします。
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2話 やめろ、怖いから
今回は主人公のクラスメイトが登場するのとちょっと沙綾の回想的なシーンがあります。
「アルバイト?」
一度に4人の女の子と出会うという(幼馴染みの紹介だが)非日常的な登校のあと、学校に着いた俺を待っていたのは何の変哲も無い日常的な学園生活だった。
今は午前の授業が終わり、友人たちと教室で昼飯を食べている。そこで俺は前々から考えていたことを相談していた。
「あぁ、なにかいいの知らないか?」
「でも、どうしていきなり?」
今、相談している友人―――
「‥‥‥なんとなく?」
「なんとなくかぁ‥‥」
「お前な、それ理由になってねぇから」
昼飯を一緒に食べているもう1人の友人―――
「なんかあるだろ?きっかけとかさ」
きっかけか‥‥
「朝から幼馴染みと話した」
「で?」
「で?とは?」
「いや、もっとあるだろ‥‥お前、語彙力っつうの?鍛えた方がいいぞ‥‥」
「まあまあ、いいじゃない。翔馬がこんなこと言い出すのも珍しいしさ?」
俺をフォローしてくれる響。こういうことが出来るから友達が多いんだろうな。ちなみに響は俺の前の席を借りて反対向きに座っている。
「とりあえず、僕の知り合いに何人か当てがあるから聞いてみるね?」
「よろしく頼む」
中性的な顔立ちのおかげか、コミュニケーション能力の高さゆえか、老若男女問わず顔が利く響はこういう時頼りになる。
と、そこで将人が何かを思い出したのか、あっ、と声をあげる将人。
「そういや、さっき言ってた幼馴染みって、もしかして女か?」
「え?それホント?なら詳しく聞かないとなぁ?」
何気ない調子で聞いてくる将人に対して、スイッチが入ってしまった様子の響。こいつは普段はいいやつだけど、他人をからかうのが大好きだからなぁ‥‥‥しかも‥‥
「なに!?女だと!?」
「今、女と聞こえたぞ!」
「どこからだ!」
将人の言葉を聞いて、騒ぎ始めるクラスメイト達。女っ気がない男子校内で、その単語はタブーだ。大混乱が起きてしまう。
「おい、
「いや、単に翔馬っぽいやつが朝から女と歩いてるのを遠くから見ただけなんだが‥‥」
クラスメイト達の勢いに完全に気圧されている将人。お前の発言が原因なんだけどな。
「それは本当か、神崎!!」
「まあ、事実だな」
こうなっては隠しても意味がないだろう。俺は正直に言うことにした。
「なんてこった‥‥」
「神は平等ではないのか‥‥」
「よし、呪うか‥‥」
項垂れるクラスメイト達。途中まで一緒に登校しただけでこれか。そこへ響が更なる爆弾を投下する。
「しかも幼馴染みなんだってね」
おいやめろ、火に油を注ぐな。
「なんですと!?本当か、
「そんなものが存在したのか!?」
「ねえ、丑の刻参りってどうやるんだっけ?」
ほら、燃え上がってしまったじゃないか。どうしてくれる。恨めしげに響の方を睨むと、滅茶苦茶ニヤニヤした顔が返ってきた。楽しんでやがる‥‥こうなったら‥‥
「そういえば、将人もいたよな。女の幼馴染み」
『なんだと!?』
「おまっ、なんでそれを言うんだよ!」
そりゃあ、俺への追求を分散させるために決まっている。狙い通り、俺に迫って来ていた連中は将人へと向き直る。
「説明を要求する!」
「説明つってもな‥‥俺は単にあいつの親から頼まれてるだけで‥‥」
「まさかの親公認!?」
「嘘だろ‥‥現実にあり得るなんて‥‥」
「ねえ、悪魔召喚ってどうやるんだっけ?」
自ら墓穴を掘る将人。これでこっちが言及されることはないだろう。‥‥‥約一名、すごく不穏なこと言ってるやつがいるな‥‥
「どうやったら女の幼馴染みが出来るんだ!?」
「いや、そんなこと聞かれてもな‥‥」
「そこをなんとか!!」
「説明したところで役に立たねぇだろ‥‥」
「そんな小さいことは気にするな、真実を述べよ」
「‥‥
あ、誰か地雷踏んだな。
「小さいとは俺のことかぁ!!」
「やべぇ!南雲がキレた!!」
将人は背が低いことを気にしているらしく、(とは言っても平均身長なのだが)小さいという単語に異常なまでに反応する。しかも空手部所属の将人はキレると誰にも止められない。おかげで教室内は逃げ惑うクラスメイトの悲鳴と叫び声でとんでもない光景になっている。これぞまさしく阿鼻叫喚ってやつだな。
「誰がチビで貧弱だぁ!!」
「そこまでは言ってねぇよ!?」
「あと、お前は絶対貧弱じゃない!!」
「あぁ、ここが人生のゴール‥‥いや、ピリオドか‥‥」
キーンコーンカーン‥‥‥‥
いい加減止めに入るか‥‥と思い始めたとき、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
「あぁん?‥‥もうそんな時間か」
チャイムが鳴ったことにより、今まで暴れていた将人は急に大人しくなり自分の席へと戻っていった。根は真面目なやつだな。
「はぁ‥はぁ‥‥た、助かった‥‥」
「死ぬかと思った‥‥」
「おばあちゃん、まだそっちには逝かないから‥‥」
それに合わせ、騒いでいたクラスメイト達も落ち着きを取り戻し、それぞれ次の授業の準備を始めた。
「さて、僕も戻ろうかな。翔馬、後で詳しく聞かせてもらうからね?」
「断る」
お前に情報を渡したら、間違いなくとんでもないことになる。
「大丈夫だよ、意地でも聞き出すから」
「やめろ、怖いから」
騒がしい昼休みが終わり、午後の授業が始まる。
襲い来る眠気と戦いながら、俺は今朝のことを思い出していた。バンドを始めたのは聞いていたが、誘われるとは思ってもみなかった。
そういえば、ライブの場所と時間を聞いていなかったな。後でメールでもするか‥‥
その考えに至った辺りで、俺の意識は眠気に敗北し、沈んでいった‥‥
――――――
「沙綾はなんで神崎をライブに誘ったんだ?」
昼休みにいつものように皆でお昼ごはんを食べていたら、有咲がそんなことを聞いてきた。
「え?幼馴染みだからじゃないの?」
「いや、それなら今までだって見に来ててもおかしくないだろ?」
「言われてみれば‥‥ライブ会場で見たことない、よね?」
「‥‥‥忘れてたとか?」
「それこそないだろ‥‥で、なんで今更?」
あー‥‥やっぱり有咲には気づかれちゃうかぁ。ホント、敵わないなぁ‥‥
私が黙ったままでいると、有咲は心配そうに声をかけてきた。
「沙綾?もし言いづらいことなら、無理に言わなくても‥‥」
「ううん、大したことじゃないんだけどね‥‥」
やっぱり皆には知っててもらった方がいいよね。そう思った私は事情を説明することにした。
「翔馬はね、前に私がいたバンド‥‥CHiSPAであったことを知ってるんだよ。」
お母さんが倒れたとき、たまたまお客さんとして店に来てたらしい。お父さんの代わりにライブ会場に連絡もしてくれた。病院に駆けつけた私のことも見たからかな、しばらくしてバンドを辞めたことを話しても、驚いた様子は無かった。それから翔馬からバンドについて話すことは一切無くなった。彼なりに気を遣ってくれたんだと思う。
「だから、ずっとライブしてる姿を見せたかった。翔馬ってああ見えて心配性だからさ、そうすれば安心してくれるかなって思ってたんだけど、どうしても勇気が出なかったんだ」
考えすぎるのは私の悪い癖だよね。ホントに安心してもらえるのかなって考えすぎて、不安になって、動けなくなっちゃう。
「でもね、香澄が翔馬を誘ったときに思ったんだ、“このままじゃダメだ”って。あんな勢い任せな言い方になっちゃったけど、ああでもしないと私は誘えなかっただろうからさ」
「さーや‥‥」
「もう、そんな顔しないで香澄。言えたのは香澄のおかげなんだからさ‥‥って、おたえ?どうしたの急に?」
なぜが隣にいたおたえから抱きしめられた。ちょっとびっくりしたけど、おたえなりに私を心配しての行動なんだろうけどね。
「大丈夫。きっと‥‥ううん、絶対成功させるから」
「おたえ‥‥そうだね!そのとおり!」
「復活早いな‥‥おたえも、たまにはいいこと言うじゃん」
「うん!ライブ頑張ろうね、沙綾ちゃん?」
「みんな‥‥うん、絶対成功させよう」
話すかどうか悩んだけど、やっぱり話してよかったな。みんなに知ってもらえたのもあるけど、私自身の気持ちの整理も出来たしね。
「よぉ~し!次のライブ、頑張るぞ~~!!」
『おー!!』
不安が全部無くなったわけじゃない。でも、この5人ならなんでもできる、そんな風に思える。
翔馬に、もう心配いらないよって気持ちが伝わるようなライブにする。そうすれば翔馬もきっと‥‥
読んでいただきありがとうございます。
本業が忙しくてなかなか時間が取れず‥‥申し訳ない‥‥
新キャラの響くんと将人くんは今後も登場する予定です。徐々に掘り下げていければいいなと思ってます。
次回はいよいよライブ当日です。今度はもっと早く更新したいですね‥‥
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3話 あ、あぁ、そうだな‥‥?
今回はいよいよライブ‥‥の前にちょっとはさみます。
「翔馬は将来、何になりたい?」
「え?将来?うーん‥‥サッカー選手でしょ、警察官でしょ‥‥あ、パイロットもいいよね!」
「ふふっ、翔馬はなりたいものがいっぱいあるなぁ」
「急に言われても決められないよ‥‥そっちこそ将来何になるか決めてるの?」
「決めてるよ。けど秘密」
「えー!教えてよー!」
「翔馬が大きくなったら教えてあげるよ」
「なんだよー、けちだなぁ」
これは過去の記憶。もう変えることも戻ることもできない事実。故に深く、根強く残るもの‥‥
――――――
ライブ当日――俺は一人、ライブハウスへと向かっていた。沙綾から聞いた住所は案外近所で、こんなところにあったのかと思ったくらいだ。今まで全く存在を知らなかったので自分なりに調べてみたところ、そのライブハウスはガールズバンドを応援することを主としているらしい。そんな場所に男の俺が行ったら浮くのではなかろうか。
そうこうしている間に店の前に到着してしまった。CiRCLE‥‥ここで間違いないようだ。少し中の様子を覗いてみたところ、やはり女性だらけで入りづらい。どうしようかと悩んでいると‥‥
「ちょっと、邪魔なんだけど?」
と、後ろから声をかけられた。入口の目の前に立ってたらそりゃあ邪魔だよな。
「っ‥‥悪い」
俺は振り向きながら入口から離れる。俺に声をかけた相手は短めの黒髪に赤のメッシュが入った、いかにも、と言った感じの女の子だった。
「‥‥アンタ、そこでなにしてたの?」
おっと、これは完全に不審者を見る目をしているな。ここは誤解を解いておかねば。
「あー‥‥俺はだな‥‥」
俺はここに来た経緯と現在の状況を説明した。その直後の彼女の反応が‥‥
「ふふっ、なにそれ」
笑顔だった。こないだもこんなことあったな。俺は初対面の女の子に笑われる運命なのか?
「‥‥笑うなよ‥‥」
「ごめん、つい。‥‥別に男子禁制じゃないし、入れば?スタッフの中に男の人もいるし」
もう一度店の中を確認してみると、確かにスタッフらしき男性の姿が見えた。
「本当だ‥‥ありがとう。少し気が楽になった」
「そ、よかった。‥‥じゃあね」
中へ入っていく彼女を見送る俺。話してみると思ったよりも優しい子だったな。あ、名前くらい聞いておけばよかったか?‥‥まあ、いいか。俺もそろそろ行くとしよう。
彼女のおかげで先ほどよりも一歩が軽くなった気がする。その勢いのまま俺は店内へと足を踏み入れた。
――――――
「うぅ‥‥緊張してきた‥‥」
ライブ開始前、私達は舞台裏でスタンバイして出番を待っていた。そこでりみりんがそんなことをつぶやいてたから私は声をかけてみた。
「りみりん、大丈夫?」
「う、うん‥大丈夫‥‥やっぱり緊張しちゃうなぁ」
「あはは‥‥なかなか慣れないよね‥‥」
そう言いながら私達は自然と同じ方向を見た。そこには‥‥
「うーん!ライブ、楽しみだなぁ!」
「だぁー!!もう!うるせぇ!少しは落ち着けって!」
「だってライブだよ!?これからライブするんだよ!?キラキラドキドキだよ!?」
「分かったから!だからちょっとじっとしてろ!」
うーん、さすがは香澄というか‥‥なんというか‥‥
「ふふっ、香澄ちゃんを見てると緊張なんて忘れちゃうね?」
「だねぇ。ホント、香澄はすごいよ」
香澄はやっぱり私達のリーダーだね。どんどん突き進んで、私達を引っ張ってくれて。こういうのがカリスマ性なんだろうね。
りみりんの表情がさっきよりも柔らかくなってる。これなら大丈夫そうかな。
「ったく、少しはおたえを見習えよな。さっきから静かに集中してるだろ?」
「‥‥うん、決めた」
「あ?何を決めたんだ?」
「今日はハンバーグがいい」
「晩飯のリクエスト考えてたのかよ‥‥ブレねぇな、おたえは‥‥」
「あ!私もハンバーグがいい!」
「お前は乗っからなくていいから!」
「待って、オムライスも捨てがたいかも」
「この話題広げるのか!?本番前だぞ!?」
おたえも相変わらずだね‥‥そろそろみたいだね
「ほーら、みんな。もうすぐ私達の出番だよ?」
「‥‥なんか、既に疲れたな‥‥」
「だ、大丈夫?有咲ちゃん?」
「でも、このやりとりは嫌いじゃないでしょ?」
「う、うっせーな!」
否定しないってことはやっぱりそう思ってるんだね。有咲ってば、ホントに素直じゃないなぁ、もう。そんなやり取りをしながら、私たちは舞台裏まで移動した。
「香澄。いつものよろしく」
「よぉーし!みんな、準備はいい!?」
5人で円陣を組んで、香澄が私達にそれぞれ視線を送る。私達もそれに視線で応える。
「いくよー!――」
『ポピパ!ピポパ!ポピパパピポパ~~!!』
――――――
ポピパのライブと聞いていたから、俺はてっきり単独ライブだと思っていたが、どうやら今日は複数のバンドが参加する合同ライブらしい。(会場の入口にプログラムが貼ってあった)しかもポピパは最後――トリを務めるようだ。それだけ認められているということだろう。
せっかくの機会なので他のバンドの演奏も聞くことにしたんだが‥‥このバンド、滅茶苦茶上手いな。演奏のレベルが他とは明らかに違う。ボーカルの子も俺と同い年くらいなのに、プロ顔負けの歌声で圧倒されるというか‥‥
「‥‥ありがとうございました。Roseliaでした」
彼女らの演奏が終わり、次はポピパの出番だ。なんだかこっちまで緊張してくる。そわそわしながら待っていると、ポピパがステージ上へと現れた。
「みなさん!こんにちはー!私たち――」
『Poppin'Partyです!』
「まずは一曲、聴いてください!」
彼女たちのライブを一言で表すなら――楽しい、だった。演奏するのが、みんなと一緒にいるのが、今この瞬間が、楽しい――自分たちの気持ちを全力で伝えてくる。観客たちもそれに応えるように歓声を上げ、まさに会場全体が一つになる、そんなライブだった。
沙綾も他のメンバーと同じように笑っている‥‥前のバンドを辞めて以来、どこか塞ぎ込んでいるように感じていたが、今の沙綾の表情を見る限りもう大丈夫そうだ。
俺は他の観客とは少し違う気持ちでライブを楽しんだ。
――――――
ライブが終わり、俺は帰ろうかと思っていたんだが、沙綾から「ちょっと待ってて」とメッセージが来たので、俺は一人で店の前に立っていた。何かまだ用事でもあるのだろうか?そのまましばらく待っていると‥‥
「翔馬。ごめんね、待たせちゃって」
「いや、大丈夫」
声が聞こえた方を向くと、店の中からポピパの5人が連れ立って出てくるところだった。そんな中、まだライブの余韻が残っているのか、戸山が落ち着かない様子で話しかけてきた。
「しょうくん!私たちのライブ、どうだった!?」
「あぁ、よかったぞ」
「ホント!?キラキラドキドキした!?」
「あ、あぁ、そうだな‥‥?」
「落ち着け、香澄。神崎が付いて行けてないから」
「あ、そっか‥‥じゃあそこから説明しないとね!えっとねー‥‥」
「だから落ち着けって!一から説明したらめちゃくちゃ長くなるだろうが!」
続きを話そうとする戸山を止める市ヶ谷。正直助かったけど、結局何なんだ?キラキラドキドキって。
「私たちこれから反省会兼打ち上げするんだけど、よかったら翔馬も来てくれない?感想とか聞きたいし。あ、時間大丈夫?」
「俺は大丈夫だが‥‥いいのか?」
「もちろん。ね、みんな?」
「うん!もっとお話ししたいし!」
「ま、別にいいんじゃねぇの?」
「そ、そうだね。お客さんから見たらどんな感じなのか気になるし‥‥」
「こういう機会は貴重だから」
どうやら満場一致らしいな。なら断る理由もない。
「そういうことなら、分かった」
「うん、ありがと♪」
そんなわけで反省会兼打ち上げとやらに参加することになった俺は楽しそうに話す5人の後について行く。
読んでいただきありがとうございます。最初は反省会まで書いていたんですが長くなってしまい、やむなくここで切らせてもらいました。なので次回はその切った部分になりますね。ちなみに冒頭の回想シーンはああでもしないと伏線張れないからです。‥‥察してください‥‥
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4話 望むところだ
今回は反省会のお話になります。ポピパが揃うとわちゃわちゃしてて楽しいですね。書くのは大変ですが‥‥
「―――でね、その時確かに感じたんだよ。星の鼓動を!」
いつも集まっているという市ヶ谷の家に向かう途中、戸山からキラキラドキドキの話を聞かされたんだが‥‥分からなくもないような、が正直なところだ。俺がなんとも言えない表情をしていると‥‥
「やっぱりピンときてねぇって顔だな?安心しろ、私たちもそんな感じだから」
「えー!?有咲は分かってくれてるって思ってたのにー!」
「お前のそれはどんだけ語彙力あっても伝わらねぇと思う」
「うー‥‥りみりーん、有咲がいじめるー!」
「え!?えっと‥‥よ、よしよし‥‥?」
「(ポン)‥‥有咲」
「おい、やめろ!肩に手置いて私が悪いみたいな雰囲気出すな!」
いつの間にか蚊帳の外になってしまった俺はそのやりとりを一歩引いて見ていた。なんというか‥‥
「――見ていて飽きないでしょ?」
「‥‥そうだな。沙綾がこのバンドに入った理由がなんとなく分かった気がする」
「あ、――ふふっ」
「ん?どうした?」
「ううん、翔馬の笑った顔って久々に見たから」
「そんなにか?」
自分が仏頂面なのは自覚しているつもりだがそこまでか?というか俺、今笑ったのか?
「ふふっ、そうだよ。うん、やっぱりライブに誘ってよかった。珍しいもの見られたしね?」
「‥‥さいですか」
なんか微妙に納得いかないが‥‥別にいいか。なんか沙綾、楽しそうだしな。
「あ、着いたよ。ここが有咲の家」
「へぇ‥‥」
なんというか、立派な佇まいの家というか‥‥うん、立派以外に思いつかないな。やはり俺は語彙力が無いらしい。
「どうしたの?」
「‥‥今行く」
少々アホなことを考えながら市ヶ谷の家にお邪魔した俺はそのまま蔵へと案内された。元々倉庫だったのを片づけて部屋として使っているらしい。
「よし、じゃあ改めて‥‥ライブ、お疲れ様でしたー!!かんぱーい!!」
『かんぱーい!!』
戸山の掛け声と共に反省会兼打ち上げが始まった。各々の前にはそれぞれジュースが配られ、テーブルの中央には大量のチョココロネ(差し入れで貰ったらしい。なぜ)が鎮座していた。道理で牛込だけ荷物多いと思ってたんだよな。
「ぷは~~!!おいしー!」
「おっさんかよ‥‥」
「じゃあ、しょうくん!もう一回感想聞かせてくれる!?」
「聞いちゃいねぇ‥‥」
「あぁ、結論から言うとライブは成功と言えると思う。全員が楽しんでるのが伝わってきたし、それに合わせて観客も盛り上がってたからな。トリとしての役目も充分果たせてたと思う。いいライブだったよ」
「え、えへへ~。そんなに褒められると照れるなぁ~」
「自分で聞いたくせに‥‥」
「‥‥有咲も顔赤いよ?」
「う、うっせーな!ほっとけ!」
「まあまあ‥‥で、他には何か気になったところ無かった?遠慮なく言っちゃっていいよ?」
「そうか?じゃあまず1曲目の―――」
遠慮なく、と言われたので俺はライブで気になった点をひとつずつ挙げていった。
「―――とまあ、こんなところだな」
『‥‥‥』
「ん?どうした?」
なんでそんなに驚いたような顔をしてるんだろうか?俺、何か変なこと言ったか?
「いや、思ってた以上に大量に、かつ具体的に言われたもんだからさ‥‥」
「う、うん‥‥びっくりしちゃったよね‥‥」
「言おうと思ってたこと全部言われちゃった」
「しょうくん、もしかして私より詳しい!?」
「それは明らかだな」
「そんなぁ~‥‥」
「あー‥‥翔馬はね、中学の頃から吹奏楽部でトランペットやってるんだよ」
沙綾の説明で全員が納得したような顔になる。俺はてっきり説明したから呼ばれたと思っていたんだが、まだしてなかったのか。そりゃあ驚くのも仕方ないかもな。
「じゃあやっぱりクラシックとかよく聴くのか?」
「そうだな。参考になるからクラシックとかジャズが主にだけど、ジャンル問わずそれなりに聴くからな」
まあ、同じのばかりじゃ飽きるから色々聴いてるだけだから、さすがに本気でやってる人には敵わないだろうけどな。
「へー、すごいねぇ‥‥そうだ!いいこと思い付いた!」
「なんだか嫌な予感がするけど‥‥とりあえず、言ってみ?」
「しょうくんにはこれからもこうやってアドバイスして欲しいなって!えっと‥‥こういうのなんて言うんだっけ?」
「‥‥相談役?」
「それだ!」
「いや、それ微妙に違くねぇか?」
「で、でも相談できる人が増えるのは助かる‥‥かな?」
「確かに私たちだけじゃ煮詰まっちゃうこともあるかもね。‥‥どうかな、翔馬?」
「たまに話を聞くくらいなら」
「ホント!?ありがと~~!!これからよろしくね!」
と、いうわけで俺はポピパの相談役になった‥‥らしい。まだいまいちピンとこないけどな。あと連絡先の交換もした。女子4人と知り合いになったとクラスの連中に知られたら殺されるな‥‥絶対黙っておこう。
――――――
「じゃあみんな!また明日学校でね!」
その後、俺たちはしばらく談笑したり騒いだりしたが、そろそろいい時間ということでお開きになった。その帰り道、他のみんなとも別れ、帰る方向が同じである沙綾と二人で夜道を歩いていると、ふと沙綾がこんなことを聞いてきた。
「‥‥あのさ、ホントによかったの?」
「相談役を引き受けたことか?」
「うん‥‥翔馬ってあんまり人付き合いとか得意じゃないでしょ?だから負担になるんじゃないかなって‥‥」
不安そうな表情でそんなことを言う沙綾に俺は‥‥
「‥‥てい」
「いたっ!‥‥な、なにするの!?」
デコピンをお見舞いしていた。
「あのな、できると思ったから引き受けたんだ。無理だと思ったら断ってる」
「でも――」
「それにな、多少無理でも頼みの一つくらい聞いてやるよ。大事な幼馴染みなんだからな。お前は少し人に頼ることを覚えろ」
子供の頃からそうだった。なんでも一人で抱え込んで周りは何も言わない。沙綾の悪い癖だ。
「そ、そっか‥‥大事な‥‥」
「‥‥なんか顔赤いけど、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だから!‥‥ホントに翔馬は昔から‥‥そういうとこだよ‥‥」
何か沙綾がごにょごにょ言っていたがよく聞き取れなかった。そしてなぜか責めるような視線を感じる‥‥
「な、なんだよ‥‥」
「別にー?なんでもないよ?」
なんで若干不機嫌そうなんだ?俺、怒らせるようなことしたか?
「‥‥さてと、相談役を引き受けたからにはどんどん頼らせてもらうから。覚悟してよね?」
「望むところだ」
ようやく沙綾の顔に笑顔が戻る。まあ、その顔を見るために引き受けたようなものだしな。沙綾を笑顔にする‥‥俺は
「送ってくれてありがと、またね」
「あぁ、またな」
家の前で沙綾と別れた俺は一人で夜道を歩く。今日は色々ありすぎたな。まさかライブを見に行って相談役に任命されるとは思ってもみなかった。一体どんなことを相談されるのやら。けど、きっと悪いようにはならないだろう。俺はそんな期待感と心地よい疲労感を感じていた。
――――――
「ふぅ‥‥」
お風呂から上がった私は部屋のベッドに腰掛けて一息ついた。
「今日はいろんなことがあったなぁ‥‥」
そのままベッドに倒れ込みながら、私は今日のことを思い出してみる。ライブしたこと、それを翔馬に見てもらったこと、よかったって言ってもらえたこと、彼の笑顔が見られたこと‥‥
「‥‥‥」
自分でも頬が熱くなるのが分かる。あのタイミングはちょっと不意打ちだったなぁ‥‥絶対私ニヤけてたと思う。そりゃあそのために呼んだんだけどね?今思い出すと少しはしゃいでたというか‥‥ま、まあそれは置いておこうかな、うん。
その後は反省会兼打ち上げして、香澄の提案で翔馬に相談役をお願いすることになって、帰り道に‥‥
「っ~~~~~~!!!」
翔馬は昔からそう!なんであんな恥ずかしいことさらっと言っちゃうかな!?普段は気が利きすぎるくらいなのに、そっちには全然気が回らないというか!優しくしてくれるのは嬉しいけど!‥‥けど‥‥
「‥‥ホントに‥‥なんで‥‥」
私に優しくする必要なんてない‥‥ううん、優しくされる
「‥‥ダメダメ、こんなんじゃ」
私が暗い顔してたら翔馬なら絶対心配するよね。私は翔馬を笑顔に
読んでいただきありがとうございます。
最後のシーンはかなり悩みました。沙綾の可愛さが表現できていればいいのですが‥‥
次回はまた日常に戻ります。でもその日常に少し変化があるかも‥‥
まあ、まだ半分も決まってませんけどね‥‥
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5話 欠片も褒めてねぇ
今回はあのキャラが滅茶苦茶出しゃばります。ここまで出す予定では無かったんですが‥‥
ポピパの相談役を引き受けて数日、あれから挨拶とちょっとした雑談程度のメッセージは送られてきたものの、本格的な相談はまだ一つも受けていない。大量にあっても困るが。
そんなある日こと、いつものように登校していると、T字路を右に曲がろうとしたところで反対方向から響と将人が歩いてくるのが見えた。向こうも俺に気づいたらしい。響が手を振ってきたのでこちらも手を少し挙げて応える。
「おはよう、翔馬」
「おっす」
「おはよう」
横断歩道を渡ってきた二人と挨拶を交わす。俺も含め全員が徒歩での通学のため、こうやって二人と通学路で会うことも珍しくない。
「今、将人と話してたんだけどさ。今日数学の小テストあるでしょ?翔馬はちゃんと勉強した?」
「‥‥数学なら大丈夫だ」
「やってないんだね」
「やっぱりな。絶対やってねぇと思った」
「そう言う将人もやってないんだろ?」
「‥‥今日はいい天気だな」
遠くを見つめ現実逃避する将人。やはりやってないらしい。
「めっちゃ曇ってるけどな」
「うっ‥‥仕方ねーだろ?忙しかったんだよ!」
こいつ、開き直りやがった。
「小テストとはいえ、赤点取ったら追試だよ?」
「げ、マジかよ‥‥」
「「追試、頑張れよ(頑張ってね)」」
「なんで確定なんだよ!二人して俺の肩に手を置くんじゃねぇ!」
こんな風に他愛のない話をするのもすっかり日常の一つだ。と、そこで響が今思い出したのかこんなことを切り出してきた。
「あ、そうだ。翔馬、今日の放課後空いてる?」
「確か部活は休みだったはずだが。何かあるのか?」
「ほら、前に言ってたバイトだよ。いいのが見つかったから、今日顔合わせに行こうかなって」
「そういやそんな話してたよな。翔馬がバイトか‥‥やっぱりイメージ湧かねぇな」
確かに少し前に響にそんなことを頼んでいた。思っていたよりも早かったな。
「もしかして響も来るのか?」
「うん、翔馬だけじゃ不安だしね」
お前は保護者か、と言いたいところだが‥‥確かに仲介役の響がいた方が話が進みそうだ。自分が話し下手なのは自覚しているからな。
「‥‥じゃあよろしく頼む」
「りょーかい。将人はどうする?」
「あー‥‥俺は部活あるからな。遠慮しとくわ」
「そう?じゃあ翔馬、放課後ね?‥‥フフッ」
言葉の終わりに笑顔を残していく響。端から見れば人懐っこそうないい笑顔なんだが‥‥
「翔馬、気を付けろよ。響があんな風に笑う時はロクな事が無い」
「あぁ、分かってる」
付き合いの長い俺達から見れば、その顔は不吉を知らせる悪魔の微笑みにしか見えなかった。何が起こるのか分からないが心構えだけはしておこう思う。
――――――
授業を終えた放課後、俺は響と二人で件のアルバイト先へと向かっていた。
「どこにあるんだ?そのバイト先は?」
「うーん、まだ内緒」
「内容についてもまだ何も聞いて無いんだが?」
「それも着いてからのお楽しみってことで」
なんだそれは。事前情報皆無で働きに行くのか俺は。さっきからずっとニヤニヤしてるし、一体何を狙ってる?
仕方ないのでそのまま付いて行くと、さっきから見慣れた道を進んでいることに気付いた。この方向は‥‥
「なあ、もしかしてアルバイト先って商店街か?」
「うん。翔馬の家から近いしね。僕も知り合いが多いから探し易かったのもあるけど」
「なるほど。‥‥で、何をするんだ?」
「教えません。お楽しみって言ったでしょ?」
ダメか‥‥ガードが堅いな。響に口で勝つのはやはり無理だな。
そうこうしている内に商店街に着いた俺達はそのまま中へと進む。今までは客として来ていたここで働くのかと思うとなんだか変な気分だな。
しばらく響の後に付いていくと商店街の中でもより見慣れた方へ向かって行く。待てよ‥‥まさかとは思うが‥‥
「さ、着いたよ」
「‥‥」
本当にここなのか?本気で言ってるのかこいつは?
「じゃあ入ろっか」
「ちょっと待て。ここは――」
「こんにちはー」
俺の静止の声を無視して中へと入っていく響。慌ててその後を追う俺を待っていたのは‥‥
「いらっしゃいませー‥‥あ、翔馬。そっちの人はもしかして友達?」
この店「やまぶきベーカリー」の看板娘たる沙綾だった。
「初めまして。僕は翔馬の友達で小田切響って言います。よろし――」
「いいからちょっと来い。すまん、沙綾。少し待っててくれ」
「え?う、うん‥‥?」
呑気に挨拶を始めた響を引っ張って一度外に出た。こいつには色々と訊きたいことがあるからな。
「これはどういうことだ?」
「どういうことって、何が?」
「‥‥分かってて言ってるだろ?」
響のことだ。まず偶然なんてことはあり得ないだろう。問題はなんで俺と沙綾が知り合いなのを知っているのかってことだ。
「じゃあ少しだけ説明しようかな?‥‥こないだ、幼馴染みがバンドやってるって教えてくれたでしょ?」
「確かに言ったな」
前にクラスで騒ぎになった時に食い下がられてそれだけ教えたんだった。そうでもしないと離してもらえそうに無かったからな。どうしてそんなに知りたがったのか謎だが。
「その後、将人にも話を訊いたんだよ。そしたら翔馬といた子達が花咲川の制服着てたって言ってたんだよね」
確か将人は俺がポピパの皆と一緒にいるのを見たんだったな。あいつの知り合いも花咲川にいるらしいし、遠目でも分かったんだろう。
「で、この店に辿り着きました」
「なんでだよ」
どうやったらその二つからここが特定出来るんだ。途中端折りすぎだろ。その間を話せ、間を。
「ふっふー、まあ僕を甘くみないで欲しいってことかな?」
口振りからして、これ以上詳しく話すつもりはないようだ。軽そうに見えて案外、口は堅いからな‥‥
「なんでよりにもよってここなんだ。他にもあったはずだろ?」
「なんでって‥‥だって翔馬だよ?普通のバイトに行っても馴染むまでかなり時間かかるだろうし、ここなら勝手知ったるなんとやら、かなと思って」
確かに通ってるから商品の場所も値段もだいたい分かるし、小さい頃に調理場の方にも入って手伝ったこともある。俺がこの店以上に働ける職場はまず無いだろう。ここに来て正論を出してくるとは‥‥悔しいが何も言い返せない。だから俺はせめてもの嫌味を言っておくことにした。
「‥‥お前は将来、探偵か潜入捜査官にでもなればいいと思う」
「そんなに褒められると照れるなぁ」
「欠片も褒めてねぇ」
これ以上は話しても埒が明かないので、俺は諦めて店に戻ることにした。その後ろをニヤニヤしながら響が付いてくる。今朝の笑顔の理由はこれか‥‥
「あ、話は終わったの?」
「あぁ、全く納得はいってないがな」
「‥‥それ、ホントに終わったの?」
「俺もそう思う」
「じゃあ改めて‥‥僕は小田切響。翔馬の友達でクラスメイトだよ。よろしくね」
「あ、初めまして。山吹沙綾です。よろしくお願いします」
「同い年なんだし、敬語なんていいって。僕もそうするからさ」
「そう?じゃあ、よろしくね、小田切君」
相変わらず初対面でもグイグイ行くな、響は。それでも嫌味に感じないから不思議だ。こいつの社交性が少し羨ましい。
「それで本題なんだけど‥‥山吹さん、アルバイトのことは訊いてる?」
「うん。もしかして小田切君がそうなの?」
「ううん、僕は紹介しただけ。働くのは翔馬だよ」
「‥‥‥‥‥‥え?‥‥ホ、ホントに‥‥?」
予想だにしてなかったのだろう。一瞬、沙綾が固まった。確認するようにこちらへと視線を向けてきたので、俺はとりあえず頷きを返す。
「えっと‥‥本人からは何も聞いて無いんだけど‥‥」
「そりゃあそうだろうね。さっき教えたから」
「正確にはここに着いてから知った」
「‥‥ごめん、ちょっと整理させて」
そう言って沙綾はうんうん唸りだした。俺も理解するのに少し時間かかったからな。人間、突然の出来事にはすぐには対応できないものだ。そんな沙綾を見守っていると、店の奥から人影が出てきた。
「おや、何か話し声が聞こえると思ったら翔馬君じゃないか」
「おじさん。ご無沙汰してます」
この人は沙綾の父親でやまぶきベーカリーの店主の亘史さんだ。あまり表には出てこないから、直接会うのは案外久々だったりする。
「うん、久しぶり。‥‥そして、キミはもしかして小田切さんの所の?」
「はい、響といいます。祖母がいつもお世話になってます」
「いやいや、こちらこそお婆さんにはお世話になってます」
初対面だったらしい2人も挨拶を交わす。響は年上や目上の人に対してはとても礼儀正しいよな。普段は意識しないが、こういうところはしっかりしている。
「お父さんはアルバイトのこと知ってたの?」
「そりゃあもちろん。知らない人が来るよりは安心だし、翔馬君ならすぐに働けるだろうしね」
「じゃあなんで教えてくれなかったの?」
「教えない方が面白いかなぁと思って」
「えぇ‥‥」
おじさんも意外とそういうとこあるよな。おばさんもだけど。夫婦揃ってお茶目というか、なんというか‥‥沙綾も苦労してるよな。
「じゃあ話もまとまったところで‥‥翔馬君、早速明日からいいかい?」
「分かりました。お世話になります」
「うーん、まだ頭が追いついてないけど‥‥とにかくよろしくね、翔馬」
「あぁ、よろしく」
こうして俺の働き口が決まった。最初は戸惑ったが、俺にとってこれ以上ない職場なのは間違いない。俺は明日から変わる日常に若干の不安と大きな期待感を抱いていた。
読んでいただきありがとうございます。
前書きの通り、彼がしゃべりまくるおかげで沙綾の出番が少なくなった気がします。なんか動かしやすいんですよね。
次回はバイト初日の話の予定です。今度は沙綾の出番多いです。‥‥多分
恐らく執筆スピードからして今回が年内最後の更新になると思います。それでは皆さん、よいお年を。
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6話 こ、こうか‥‥?
「あ、お兄ちゃーん!!」
「おっと‥‥相変わらず元気だねぇ」
「うん!‥‥あれ?今日はしょうまくんいないの?」
「ちょっとやることがあるらしいよ。後から来るって」
「そっか!じゃあそれまでは2人っきりだね!」
「そうなるね。何して遊ぼっか?」
「うーんとねー、お兄ちゃんはなにがいい?」
「ふふっ。沙綾ちゃんが決めていいよ」
これは過去の記憶。もう戻れないけど忘れられない、私の大切な宝物‥‥
――――――
パン屋の朝は早い。まだ日が昇らない時間から準備を始める。でないと出来たてをお店に並べられないからね。中学に入ったくらいから私も朝から手伝うようになったから、早起きにもだいぶ慣れちゃった。
昨日突然決まったことだけど、今日から翔馬がうちで働くことになった。その時は驚いたけど、よく考えてみれば翔馬以上に適任な人もそうそういない。ずっと通ってるから、私と変わらないくらいお店のこと把握してるしね。でも翔馬は朝弱いから、ちょっと心配なんだよね‥‥
「翔馬くん、大丈夫かしら?」
「やっぱりお母さんもそう思う?」
「えぇ。確か翔馬くん、早起き苦手だったでしょう?」
翔馬は同じ時間に起きる分には問題ないんだけど、早くなると全然起きない。生活リズムがしっかりしてるとも言えるけどね。小さい頃は起こしに行ったこともあったなぁ。
「おや、そうだったのかい?それは悪いことをしたかな」
「あ、お父さん。おはよう」
「おはよう、あなた。翔馬くん、迎えに行ってあげた方がいいかしら?」
「うーん、それがいいかもしれないね。無理そうなら次から朝は‥‥」
ピーン‥‥ポーン‥‥
ちょうどその時、玄関からチャイムが聞こえた。噂をすれば来たみたいだね。時間ぴったりだし、とりあえず寝坊はしなかったみたい。翔馬を迎えるために私は玄関へと向かう。
「はーい‥‥おはよう、翔馬。ちゃんと起きられたみたいだね?」
「‥‥お、はよう‥‥ふぁ‥‥」
挨拶の途中で欠伸をする翔馬。うーん、これはダメかも。明らかに顔が眠そう。布団被せたらそのまま寝ちゃいそうなくらい。やっぱり翔馬に早起きは厳しかったかぁ‥‥というかその状態でよくうちまで来られたよね。昔から来てるからかな?
「えっと、大丈夫?」
「大丈夫だ‥‥問題ない‥‥‥俺に任せておけ‥‥」
「うん、大丈夫じゃないね。あーあ、寝癖もそのままじゃん」
「‥‥‥」
私が寝癖を直すために髪を整えはじめても何の抵抗もしない。普段なら恥ずかしがって絶対触らせてくれないのに。やっぱり寝ぼけてるから?ってよく見たら制服も襟は変に立ってるし、ネクタイは緩んでるしでひどいねこりゃ。ついでにそっちも直しちゃおう。
「ふふっ、なんだか夫婦みたいね?」
「そうだね。沙綾の将来は安泰そうで安心したよ」
「聞こえてるからね」
というか絶対聞こえるように言ってるよね。全くもうこの2人は‥‥
「あら、聞こえちゃった?ね、翔馬くんもそう思わない?」
「ちょっと!お母さん!?」
「そうですね‥‥沙綾はいいお嫁さんになると思います‥‥」
「翔馬も答えなくていいから!」
しかもいいお嫁さんって!寝ぼけてるとはいえ何言ってるの!?
「あらあら♪」
「ははっ、よかったじゃないか、沙綾?」
「もう、2人共!翔馬も早く顔洗ってきて!洗面所どこか分かるよね!?」
「‥‥‥‥」
まだボーッとしてる翔馬を洗面所の方へ押しやって無理矢理その場を離れる。こうでもしないと今度は何を言われるか分からないし。でも、お嫁さんかぁ‥‥‥‥あぁ、もう!考えるのやめよう!うん!
――――――
沙綾に押し込められた洗面所で顔を洗い、ようやく目が冴えてきた。自分なりにこの体質をどうにかしたいとは思っているのだが、なかなか上手くいかない。今度すっきり目覚められる方法でも調べてみるか。えっーと‥‥
「はい。これ」
「ん、さんきゅ」
タオルを探していると、ちょうどいいタイミングで沙綾が持ってきてくれた。ホントに気が利くよな。
「あのさ、さっきのことなんだけど‥‥」
「ん?さっき?」
なんだか普段とは様子が違う沙綾。妙にそわそわしてるというか、落ち着きがないというか‥‥
「ほら、さっき翔馬が言ってた‥‥」
「‥‥?」
「う、ううん!大丈夫!うん!」
そう言いながら洗面所を出て行く沙綾。あんなに慌てた彼女を見るのは珍しい。まあ、それもそうだろうな‥‥
「ふぅ‥‥なんとか誤魔化せたか‥‥」
そう、俺はさっきの自分の発言を覚えている。咄嗟に忘れたふりをしたが、どうやら上手くいったようだ。いつもなら嘘をついてもなぜかすぐにバレるのだが、やはり沙綾も冷静ではなかったらしい。にしても‥‥
「なんであんな事言ったんだ、俺は‥‥!」
洗面所で一人、鏡に向かって文句を言う俺。確かに昔から面倒見が良いとは思っていた。しかし、口には出さないつもりだった。わざわざ言うことではないと思っていたし、なにより恥ずかしかったからだ。それをポロッと言ってしまうなんて‥‥どんだけ頭回ってないんだ!
「はぁ‥‥言ってしまったものは仕方ないよな‥‥」
とにかく、今朝のことは忘れたという体にして触れないでおこう。そうでもしないと沙綾の顔を見られそうにないからな‥‥
今し方洗ったばかりだというのに顔から熱が引いていかない。結局俺はそれを冷ますために、もう一度水を被ることになったのだった‥‥
――――――
初っ端から一騒動あったものの、バイト自体はスムーズに進んだ。さすがにいきなりパンを作れはしないので、俺の仕事は材料を運んだり、焼いたパンを商品棚に並べたりなどの雑用が主になる。特に鍛えている訳ではないが力は人並みにあるし、商品に関してはほぼ完全に記憶している。レジの操作もなんとかなりそうだ。ただ一つだけ‥‥
「いらっしゃいませー‥‥」
「ダメ。やり直し」
「勘弁してくれ‥‥」
先程までの恥じらった姿はどこへやら。調子を取り戻した沙綾は鬼教官と化していた。人との会話が苦手な俺にとって、接客はかなりハードルが高い。しかし、沙綾は手を抜くつもりは無いようだ。
「もっとこう‥‥にこやかにできない?」
「こ、こうか‥‥?」
自分なりに精一杯の笑顔を浮かべてみる。しかし、沙綾の反応はなんとも言えないような微妙な表情だった。上手く笑えてないらしい。やはり俺にはこういうのは向いてないようだ。
「うーん‥‥じゃあさ、せめて声出して行こうよ。それだけでも印象って変わるからさ」
マジか。それもハードル高いと思うんだが‥‥やるだけやってみるか‥‥
「い、いらっしゃいませー‥‥」
「ダメ。まだ出せるよ」
「いらっしゃいませ‥‥!」
「もう少し!ほら!」
「いらっしゃいませ‥‥!!」
「あと一歩!ファイト!」
ガチャリ
「おはよう、沙あ「いらっしゃいませぇ!!」ひっ!?」
俺がやけくそ気味に声を張り上げると同時に店のドアが開く音がした。入店してきたのは牛込だった。入ってくるのと同時にあの挨拶を浴びたせいでひどく驚いたようだ。自分でもラーメン屋かってくらいの声だったからな。
「あ。おはよう、りみりん」
「おはよう。それと‥‥驚かせてすまん」
「ううん、大丈夫だけど‥‥えっと‥‥?」
どうやら俺がなんでこんなことをしているのか疑問に思ったようで、牛込は小首をかしげていた。端から見たら中々カオスな状況だな、これ。
「えっと、これはね―――」
――――――
「外から2人が見えて、何してるのかなって思ってたけど、そういうことだったんだね」
あらかたの説明をし終わると牛込は妙に納得した顔で頷いていた。なんというか‥‥
「俺がバイトしだしたのには意外と驚いてないんだな」
「そうだよね。私はすごいびっくりしたのに」
「え?うーん、言われてみればそうかも。なんだか違和感ないっていうか‥‥初めて会ったときもここだったからかな?」
確かにそれはあるかもしれない。第一印象で俺のイメージがこの場所で固まったのだろう。俺も牛込=チョココロネのイメージが強いし。
「なるほどな。‥‥お、もうこんな時間か」
「うん?まだ余裕あると思うけど、今日早いの?」
「まあな。日直なんだよ」
そう言いながら俺はエプロンを外し、いつでも出られるようにレジのすぐ裏に置いていたカバンを手に取った。
「悪いな、牛込。今来たばかりで」
「ううん、気にしないで。またね、神崎くん」
「おう、またな。じゃあ沙綾。おじさんたちにはそう言っておいてくれ」
「うん、分かった。あ、翔馬――」
沙綾に名前を呼ばれ、出口へ向かおうとしていた俺は彼女の方へと振り向いた――
「――いってらっしゃい」
微笑みと共に発せられたその言葉は、俺の心臓を瞬時に鷲摑みするのに充分な魅力を秘めていた。そのおかげで俺は‥‥
「――いってきます」
そんな簡単な返事しかできなかった。なんとか顔には出さなかったものの、だいぶ違和感があっただろう。それを少しでも誤魔化そうと俺は足早に店を後にした。
「なんというか、ずるいだろ。あれは」
店から離れ、俺は独りごちる。今朝の出来事まで思い出し、また顔に熱が集まりそうになる。本人にその気はないのだろうが、こちらは堪ったものではない。
「早めに慣れないとな‥‥」
毎回照れていては話にならない。思わぬ課題に頭を悩ませながら、俺は一人、通学路を歩いて行くのだった。
改めまして一昨日未明です。かなり時間がかかってしまいましたが、なんとか書き上げることができました。今後については活動報告を書く予定なので、興味ある方はそちらを確認して頂ければと思います。またよろしくお願いします。
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7話 ‥‥誰が言ったんだ?
まさかここまで空くとは自分でも思いませんでした。
タグに気まぐれ更新と付け加えることにします。
余談ですが、執筆の途中でスマホを買い換えましたので微妙に字体などが違うかもしれません。
もし違っても深い意味はありませんので悪しからず。
―――いってきます―――
そう言って彼は店から出ていった。翔馬とも付き合い長いけど、この言葉は意外と聞いたことがなかった気がする。ちょっと新鮮かも。なんだか嬉しいような、恥ずかしいようなって感じでムズムズする。
「沙綾ちゃん?」
「っと。なに、りみりん?」
「なんだか、うわの空って感じだったから‥‥大丈夫?」
心配そうな表情で声をかけてくるりみりん。うわぁ、そんなにぼーっとしているように見えたのかな、私。これからは気をつけないと。
「ううん、なんでもないよ。大丈夫」
私はそう誤魔化して、その後はりみりんと他愛のない話をしてから私たちは学校へと向かった。
――――――
「え!?しょうくん、さーやの家で働いてるの!?」
お昼休みにいつものようにみんなで昼食を摂っているときに、翔馬のことを話すことにした。まあ、店に来ればすぐに分かることではあるんだけどね。
「今日からね。私も昨日初めて聞いてびっくりしちゃった」
「ずいぶん急な話だな、おい‥‥。でも神崎が沙綾んちでバイトねぇ。なんか意外と違和感ねぇな」
「有咲ちゃんもそう思う?なんだか妙にしっくりくるって感じだよね」
有咲もりみりんと同意見なんだ。なんだろう、自分が言われてるわけじゃないのに少しムズムズしてくる。ちょっと恥ずかしいような‥‥
「いいなあ‥‥」
「あ?おたえも沙綾んちで働きたいのか?」
「だって、パン食べ放題でしょ?」
「いや、働いてても食べ放題はねぇだろ‥‥」
「え!?そうなの!?なら私もバイトしたい!」
「だからねぇって!毎度毎度乗っかるんじゃねぇ!」
「あはは‥‥」
ホントにおたえも香澄もいつも通りっていうか通常運転というか。
「でも、神崎くんがお店にいるなら相談しやすいかも。どのくらいシフト入るの?」
「私がいない時は基本的に店にいると思うよ。というかお父さんはそのつもりでアルバイト探してたみたい。でも翔馬が来たのは偶然だって」
私がバンドに気兼ねなく集中できるようにって少し前から考えてたらしい。お母さんのこともあるからだいぶ悩んだみたいだけど。今度改めてお礼言わなきゃ。ちょっと過保護な気もするけどね。
「てっきり神崎が直接沙綾に相談したのかと思ってた。つーか偶然って?」
「私も詳しくは聞いてないんだけどね。なんかお父さんが昔からお世話になってる人に相談したら、その人のお孫さんの友達が翔馬だったんだって」
お父さんも最初に翔馬の名前を聞いた時は驚いたって言ってたなぁ。そういえば秘密にしてたのはお孫さんの提案だ、とも言ってたっけ。それって絶対小田切君のことだよね。今度お店に来たらちょっと文句言おう。それくらいはいいよね?
「ほぁ~。そんなことってあるんだねぇ~」
「ホント、奇跡みたいだよね」
「‥‥つまり翔馬くんは沙綾の運命の人ってこと?」
「ちょ!?おたえ!?」
おたえが突然とんでもないことを呟いた。私と翔馬が運命の人とか!?ついでに今朝のことまで思い出した私は一気に顔が熱くなってしまう。
「相変わらずおたえはすごい場所に着地するな‥‥でも実際どうなんだ?」
「ど、どうって?」
「いや、お互い高校生なんだし?そういう関係なのかなぁ、と‥‥」
「え!?そうなの、さーや!?」
そう言いながら詰め寄ってくる香澄。同じようにおたえも反対側から近づいてくる。有咲は顔を少し赤くしながらも気になっている様子。りみりんは‥‥すごくワクワクした顔してる!?やっぱりみんな女子高生だし、こういう話題には敏感なのかな。私も当事者じゃなかったらそんな反応だったかも。
「え、えっと‥‥私と翔馬は別に付き合ってないよ?単なる幼馴染みだよ」
好きか嫌いかで言ったら好きだけど、それは恋愛感情かと訊かれたら違うと思う。一番近いのは同い年の従兄弟って感じかな?長い間一緒だったから近すぎるのかも。
‥‥たまにドキドキすることもあるけど。
「そっか~、2人ならもしかしてって思ったんだけどなぁ」
「沙綾ちゃんと神崎くんって、めっちゃ仲良いもんね」
「てっきり付き合ってると思ってた」
「ま、年頃の男女の距離感とは思えねーよな」
「そ、そんなに?」
今まで全然意識してなかったからか、なんだか急に恥ずかしくなってきた。少し治まっていた熱がまたぶり返してきたみたい。
「なんていうか‥‥こう、誰も間には入れない!って感じがするよね!」
「こないだのライブ帰りにも2人で笑い合ってたしな」
「うん、2人だけの世界って感じだったよね」
「新婚夫婦に見えるくらいだった」
まさか周りからはそんな風に見えてたなんて‥‥一度意識し出すとどんどん顔に熱が集まってくるのが自分でも分かる。もう翔馬の顔見て話せないかも‥‥
ちょうどそのタイミングで昼休み終了の予鈴が鳴った。いつもなら楽しい時間が終わることを残念に感じるんだけど、今回だけは逆にありがたい。
「ほら、みんな!もう午後の授業始まるよ!」
「あ、さーや、待って~~!」
それにかこつけて、私はさっさと教室へ戻ろうとする。そのあとをみんなも慌てて付いてきた。
なんとかみんなの追求からは逃げられたけど‥‥今日帰ったら翔馬もいるだろうし、どんな顔して話せばいいのかな‥‥。
結局私はそのことがずっと頭の中をぐるぐるして、午後の授業は全く集中できなかった。
――――――
沙綾の様子がおかしい。
学校が終わり、俺は朝と同じようにやまぶきベーカリーで働いていた。店に入り、支度をして表に戻ってきたところでちょうど沙綾が帰ってきた。俺がおかえり、と迎えると‥‥
「た、ただいま」
とだけ言ってすぐに奥に引っ込んでしまった。しばらくして出てきたものの、その後も話しかければ驚かれ、近づけばそのぶん離れていく。一体どうしたのだろうか。俺が知らないうちに何かやらかしてしまったのか?全く身に覚えがない。とにかく原因が分からないことにはどうしようもない。俺は思い切って直接訊いてみることにした。
「なぁ、沙綾」
「!?‥‥な、なに?」
「俺、なにかしたか?」
「え、どうして?」
「いや、さっきから俺のこと避けてるだろ?」
「そ、そんなことないと思うけどな?」
視線をそらしながらそう言う沙綾。明らかに嘘だ。しかし聞き出さないことには話が進まない。
「沙綾、なにかしてしまったなら謝る。だから話してくれないか?」
「うっ‥‥えっと‥‥えるって‥‥」
「ん?なんだって?」
「だから!恋人同士に見えるって言われたの!」
「‥‥は?」
予想外の返答に一瞬頭がフリーズしてしまった。恋人?誰が?俺と沙綾が?なんでそんなことに?疑問が尽きないがまず確認すべきことが一つ。
「‥‥誰が言ったんだ?」
「ポピパのみんな‥‥」
「あー‥‥」
確かに最近知り合ったといえばあの4人になるか。女子高生があれだけ集まれば恋愛話にもなるのも分からなくはない。しかしなぜそんなことになったのか。
「みんなが言うにはね?私と翔馬の距離感が恋人のそれに見えるんだって‥‥」
「それで意識して近づかないようにしてたってことか」
「うん、翔馬にも迷惑かかっちゃうし‥‥」
なるほど、あの態度はそういう理由があったわけか。確かに俺もそんなことを響たちに言われたら動揺するかもしれない。けど、一つだけ言っておくことがある。
「別に迷惑じゃないけどな」
「え?」
「前にも言っただろ?少しは人を頼れって。友達との話のネタになるくらい大したことじゃない。それに‥‥」
「それに?」
「‥‥とにかく、俺は気にしないから今まで通りにしてくれ。でないと調子が狂う」
「そっか‥‥うん、分かった。ごめん、心配かけて」
「気にするな」
ようやく沙綾の顔に笑顔が戻る。沙綾の気遣いは美徳だが、考えすぎるのが玉に瑕だな。にしても他人からだとそんな風に見えるのか。昔からこうだったから意識したことなかったな。
「ところで、さっき何を言いかけたの?」
「‥‥別に、なんでもない」
「嘘だね。ほら?言った方が楽になるよ?」
先ほどまでの迷いの表情はどこへやら。からかうようなニヤニヤ顔になっている。ある意味いい表情だが、こちらは堪ったものではない。
「わざわざ言うことじゃない」
「えー?気になるなぁ?何を言おうとしたの?」
「さて、仕事するか」
何度訊かれても言うつもりはない。恥ずかしくて言えるわけがない。''沙綾にそんな態度を取られて寂しく感じた'' 、なんて。
結局その日はバイトが終わるまで そのことをしつこく訊かれたが、俺も意地でも言わなかった。言ったが最後、当分はからかわれるのが目に見えてる。沙綾の追求をかわし続け、バイトを終えた頃には俺は予想以上に疲れていた。今日は早めに風呂に入ってさっさと寝よう。そうしよう。
読んでいただけたでしょうか。はい、イチャイチャしてますね。当初はこんなに沙綾を赤面させるつもりはなかったのですが、何故かこうなってしまいました。後悔はしていません。
次回は正直迷ってます。いくつか案はあるのですが、どれにするか決まってません。
また半年かかるかもしれませんね!.....はい、すいません.....なるべく早くがんばります.....
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