忠義の騎士の新たなる人生 ―LAP 2― (ビーハイブ)
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霊基再臨

前のほうに書いた分を1000文字超えるように書き足したプロローグです。

ベースがある分は案外早く書ける気がしています。


 

 

 

―――二度目の生の最期は絶望と共に終わった

 

 

 今度こそ忠義を貫きたいというたった一つ懐いた祈りと共に参加した戦いの儀。

 

 名誉と誇りを重んじる優秀な主君に呼ばれ、初戦にて清廉な騎士王と刃を交えた時、その願いは果たされるのだと心を躍らせた。

 

 だがその想いは外ならぬ騎士王の陣営の手によって無残にも踏みにじられ、慟哭と共に葬られる事となった。

 

 

―――聖杯なんて要らなかった

 

 

 生前に後悔はあれど万能の願望機に願う事などない。召喚に応じたのはかつて果たせなかった主への忠節と勝利を捧げたいという想いからであった。

 

 しかしその結末はあの時と同じように主の目の前でその手によって最期を迎えるというもの。そのあまりにも皮肉な結末にもはや哂う事しかできない。

 

 一体何がいけなかったのだろうか。

 

 我が身に科した誓いなのか。理解してくれなかった主君なのか。我が身に宿るこの消えない呪いのせいなのか。それとも己自身だったのだろうか。

 

 聖杯の泥の中で己の結末をあざ笑っていたが、やがて思考は鈍り、心身共に悪意の海へと沈んでいく。

 

 

―――揺れる―――揺れる 

 

 

 聖杯という名の黒く穢れた願望機は騎士の心を呪いの泥の中に沈めていく。

 

 後悔、憎悪、悲壮…・・・騎士の心に渦巻く負の想いは泥に飲み込まれ流されていく。すでに自我も希薄であり、ただの聖杯のリソースとして消費される事を待つだけの存在へとなっていた。

 

 永劫に続くのではないかと思う程の地獄。だがそれは唐突に終わりを告げる。煌く黄金の輝きが闇を斬り裂き、騎士の心を捕らえていた穢れた泥の檻から解き放ったのだ。

 

 穢れた泥は虚ろな騎士に器を与え、黄金の強い輝きがその穢れを消し去る。そして英霊の力を溜めていた聖杯から放たれた膨大な魔力は世界の壁に穴を開けるとその身体を次元の狭間を越えた新しい世界に飛ばす。

 

「ぐっ……!?」

 

 多くの英霊が願う受肉と第二魔法に近しい平行世界移動。奇跡的に引き起こされた二つの現象に巻き込まれた闇に囚われていた騎士は、己の身に何が起きたか理解する事もできぬまま唐突に意識を覚醒させられ、全身を揺らすような感覚と遅れて背中にやってきた衝撃で息を詰まらせる。

 

 連続で襲ってきた衝撃によって脳を揺さぶられた状態に加え、黄金の光の影響で視界を塗り潰されて何も見えなくなっていた騎士であったが、歴戦の英雄たる騎士はそのような状態であってもすぐさま体に力を入れて身体を跳ね上げ、膝立ちになると神経を集中し、何が来ても即座に動けるように構える。

 

 しかしそれ以上何も起きる事はなく、やがて戻ってきた視界が捉えたのは青々とした木々と傍らを流れる穏やかな清流であった。

 

「ここは……何処だ?」

 

 自身を照らす優しい木漏れ日の中、三度目の生を与えられた忠義の騎士、ディルムッド・オディナは状況が全く飲み込めず、思わずそう呟くのであった。

 

 

 

 




リメイク決めた時は最低1000文字になってたと知らなくて焦った作者です。

リアル忙しくて書いてる作品結構中断してますが、書きたいなって気持ちはあるのでなるべく早く書いていこうかなと思っています。

久々に描いたから結構推敲したけど納得できてない部分あるので、時間たって読み直してから修正すると思います。


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目覚めと遭遇

ようやく書けました。展開はイメージできてるのに納得いくように書き直すのって結構大変です。


 

 

「ここは……何処だ?」

 

 

 穏やかな景色の中で目覚めたディルムッドはそう呟きながら立ち上がると同時に強烈な違和感を抱く。自身が口にしたはずなのに耳で捉えた声はどこか聞き覚えがあるが、常日頃聞いている声とは全く異なる物であったからだ。

 

 その違和感の正体も気になったがそれよりもまず此処が何処であり、何故自身がこんな場所にいるのかを探る方が重要だと判断し、最後に覚えている記憶を思い出そうと思考する。

 

 だがどれ程考えてもセイバーと戦いの最中に主の令呪によって自害させられ、霊基が消滅して意識が消える瞬間までしか思い出す事ができなかった。

 

 記憶だけならば退去した瞬間にここに現れたと考える事もできたが、感覚としては数日が経過したような物が残っており、それが敗退した瞬間から今に至るまで空白の時間が存在していたのだと己に物語っている。

 

 別の聖杯戦争に召喚された可能性も考えるが、それにしては鮮明に記憶があり過ぎであり、第四次聖杯戦争から霊基が続いていると考えるのが妥当だろうと判断する。

 

 何よりもマスターとのパスも感じられない。そう考えた瞬間に、ディルムッドがある事実に気が付いて驚き眼を開く。

 

 マスターとパスが繋がっていない。それはつまり魔力供給が不要であったも存在出来る事を意味する。それは自身が―――

 

「ぐっ?!」

 

 そこまで考えた瞬間、ディルムッドの心臓に突き刺すような激痛が走り、耐え切れずに胸元を掴みながら膝を着く。すると掴んだ部分から零れるように紅と黄の光の球体が二つずつ現れ、ディルムッドの四方を取り囲むように形を成して地面に突き立てられた。

 

 そこにあったのは紅き光彩を放つ長槍と長剣。黄色く煌めく短槍と短剣であった。武具に対する知識が皆無であっても一目見れば一流の業物とわかるそれら四つの武器を見たディルムッドは痛みを忘れて思わず動きを止める。

 

 だがそれはその武器の素晴らしさに見とれたからではなく、それらが自身にとって馴染み深い物であったからだ。

 

 

 

―――深紅の長槍の名は破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)

 

 

 ドルイドのアンガスより贈られた生前でも聖杯戦争でも最も多用した武器である。第四次聖杯戦争でも最後まで振るい、令呪によって自らの手で己の心臓を貫いた刃が触れた個所の魔術的効力を無効化する魔槍。

 

 

 

―――煌黄の短槍の名は必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)

 

 

 妖精王マナマーン・マック・リールより贈られた生前の最期の時に噛み折られ、第四次聖杯戦争においては無辜の民を守る為に自ら折って消滅した傷つけた相手に治癒不能の呪いを与える呪槍。

 

 

 二つとも聖杯戦争においてサーヴァントとして召喚された事で自身の伝承から再現された英霊独自の切り札【宝具】である。

 

 そしてランサーとして呼ばれた為、再現されず失った二振りの剣。黄槍と同じく妖精王マナマーン・マック・リールより贈られた憤怒の波濤(モラルタ)激情の細波(ベガルタ)の姿がそこにあった。

 

 セイバーとなったならばこの二振りがある事はおかしくは無いが、その場合は二槍が失われるはずである。唯一の可能性があるとすれば狂戦士のクラスであるが、自身が狂気に侵されていない事は己自身が理解していたので即座に否定する。そもそも理性なき獣へとなってしまえば主君に騎士と仕え、勝利と聖杯を捧げるという自身の望みが叶えられないので、狂戦士での召喚には絶対に応じる事はあり得ないだろう。

 

 疑問を胸に抱きながらも鈍痛の残る身体に鞭を打って立ち上がったディルムッドは4つの宝具の中の一つ、憤怒の波濤(モラルタ)の元へと寄ると柄を掴み引き抜く。

 

 生前と変わらぬ人には決して作る事が出来ない文字通り神が作り出した芸術的な造形。内包する魔力も遜色なく、真明を開放すれば一撃必殺を体現する魔剣の力を発揮するだろう。

 

 しかし同時にかつての憤怒の波濤(モラルタ)との違い、一回り大きい事に気が付く。かつては軽々と振るえたはずの深紅の魔剣は両手剣の程の大きさへと変化していたのだ。

 

(一体これは……?!)

 

 このままでは生前のように片手で使うには支障が出ると考えながら柄を握る己の手を見て、これまで感じていた違和感と憤怒の波濤(モラルタ)の差異の正体を理解したディルムッドは目覚めてから何度目かわからない驚愕に一瞬動きを止める。だが即座に冷静さを取り戻すと違和感の正体を確かめる為に近くに流れる小川を覗き込む。

 

そしてそこに映った姿を見て、ディルムッドは先程気が付いた違和感の正体が正しかったと確信を持った。

 

 

―――そこに映っていたのは聖杯戦争で槍を振るった全盛期の姿ではなく、騎士団に入る前の幼い頃のディルムッドであった

 

 

 声に聞き覚えがあったのは幼い頃の自身の声であったからであり、憤怒の波濤(モラルタ)が一回り大きく感じたのは宝具自体が変化したのではなく、それを持つ自身が小さくなっただけである。

 

 子供の頃が全盛期となるサーヴァントもいるかもしれないが、己の生涯を振り返っても魔術も知らず、武術一辺倒であったディルムッドがフィオナ騎士団へ入団し、かつての主君であるフィンの元で槍を振るう以前が全盛期となる可能性は無いだろう。

 

 これだけでもサーヴァントとなった身としてはあり得ない事であるが、それ以上に信じられない事は、宝具が現界する直前に気が付いた事実。マスター不在でありながら己がこの地に明確に存在できるという事の意味である。それはすなわち―――

 

「受肉している……か」

 

 ぽつりと確信をもってディルムッドはそう呟く。魔力供給を必要とせずにこの地に留まれるという事はエーテルで形作られた肉体を纏った状態ではなく、この世界に一つの命として存在しているという事に他ならなかった。

 

 記憶を保持したまま再召喚される事すらイレギュラーであるというのに、受肉した上に子供の頃の姿になり、さらに使用不可能であった宝具が手元にあるという異常事態にディルムッドは戸惑いを隠せなかった。

 

「サーヴァントである以上、何があってもおかしくはない……か」

 

 自らの状態を理解したディルムッドはそれ以上深く考える事を一度止める。ここでどれだけ考えたとしても答えを得る事はできないだろうし、今は考えるよりもこの地、この時代の情報を集める事の方が重要だと判断したからだ。

 

 そもそもディルムッドからすれば、自身が英霊となって座に召し上がられた事こそが一番の想定外であった。生きていた頃はただ主君や仲間達、妻であるグラニアの為に戦っていただけであり、自身が偉大なる光の御子と同じ英霊となれるなど微塵も考えていなかったのだ。

 

 早速情報を集めようと歩き出そうとした瞬間、視界が霞み、ぐらりと身体が揺れる。バランスを崩し、倒れそうになったディルムッドは咄嗟に近くの木の幹に背中をぶつけるように身体を動かし、木に体重を預ける事で転倒を防ぐ。

 

「ぐっ……!」

 

 宝具が肉体から現界した負荷が残っていたのだろう。思考を止めた瞬間に張り詰めていた物が切れたのか、先程まで感じなかった強烈な疲労と眠気が一気に襲ってくる。それは耐えようと思えば耐える事ができる物であったが、差し迫った脅威がある訳でも緊急の事態である訳でも無い為、今は体調を整える事が大事だと判断したディルムッドは身体から力を抜き、木の幹に背中を預けたまま座り込むとそのまま意識を手放した。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 魔力の揺らぎを感じ、ディルムッドは深い眠りの中にあった意識を覚醒させる。

 

 そして立ち上がり、右手に破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を左手に憤怒の波濤(モラルタ)を持つと、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 受肉における最大のデメリット、それは筋力、体力、攻撃の射程距離。その全てが低下している事である。跳躍して木の上に乗るという、生前では単純な身体能力だけでできた事も今のディルムッドにできないのは試さずとも理解できていた。

 

 だが魔力を足裏に集めて放出するというこの手法を使えば、少なくとも敏捷性のみは補えるのではないかと立ち上がった瞬間に考えて実行したのである。

 

 そしてそれが問題なく成功した事にディルムッドは安堵の息を吐くと、感知した魔力の正体を探るべく木の上から周囲を見渡す。弓兵のクラスには及ばねど、超常の存在たるサーヴァントであるディルムッドならば数キロ先の景色を俯瞰的に捉える事など造作もない。

 

 

―――――視線の先にあったのは穏やかな街だった

 

 

 冬木市と同じ建築様式の建物や街並み。民家の形状から此処が第四次聖杯戦争時とさほど変わらない時期の日本だと判断したディルムッドは視線を一点へ向ける。そこには穏やかな街には似つかわしくない楕円形の物体が存在していた。

 

「結界……? キャスターのサーヴァントでもいるのか……?」

 

 それをディルムッドが怪訝な表情を浮かべる。一見して内と外を隔絶する結界だとは理解できたが、その規模と魔力の密度に違和感を感じたのだ。

 

 弱小サーヴァントが展開するにしては規模が大きく、強力なサーヴァントが展開するものにしては粗末。魔力の密度も神代の魔術と比べれば弱く、近代の魔術としてみれば非常に強力と非常に中途半端なものであったからだ。

 

「いや……考えてるより確かめた方が早いな」

 

 魔術の知識などあまり持たない己が此処で考えるよりも中に入って見る方が、答えが見つかると可能性が高いと判断したディルムッドは一度地面に降りると再び魔力を再び脚へと収束し、一気に跳躍すると二キロ以上離れた結界の元へと一瞬でたどり着く。そして結界表面に触れ、自身の手が問題なくすり抜ける事を確認するとそのまま中へと侵入する。

 

 そこでディルムッドが目にしたのは粉砕された道路と塀。肩に小動物を乗せている風変わりな衣装を纏った杖を持った少女。

 

 

 

――――そして少女と対峙する両手に巨大な振りの巨斧を携える不気味な仮面を付けた巨人であった

 




今までの部分はある程度残すと言ったな。あれは嘘だ。

というわけで最初からいきなり変えてみました。


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牡牛の王

なのは視点。原作ネタを長々と説明するのもあれなので彼女視点で最低限でまとめてみた結果である。


 

 

―――高町なのはは数十分前までごく普通の十歳の少女であった

 

 

 自分を見守ってくれる父と母、優しい兄と姉と暮らし、親友の少女二人や友達と日常を過ごす。

 

 在り来たりだが掛け替えのない幸福な日々を過ごしていた彼女であったが、学校の帰りに聞こえてきた声に導かれ、不思議なフェレットに出会った事で、そんな平穏な日常は終わりを告げる事となる。

 

 不思議な喋るフェレットに頼まれて魔法少女となったなのはは、訳も分からないまま異形の怪物と戦う事になり、戸惑いながらも意志持つ魔導器【インテリジェントデバイス】であるレイジングハートの力を借りて、怪物の核となる集めると願いを叶えてくれる願望器【ジュエルシード】を封印する事に成功させる。

 

 この後封印したジュエルシードを回収した彼女はフェレットから名と目的を聞き、ジュエルシードを巡る戦いへとその身を投じ、そして運命(フェイト)と出会う事となる。

 

 

――――しかし訪れるはずであった彼女の運命(FATE)はイレギュラーが生まれた事により全く異なる物へと変化する

 

 

「■■■■■■■■■■■ーーー!」

 

 ジュエルシードを回収しようとなのはが手前まで進んで杖先を向けた瞬間、凄まじい咆哮が周囲に響き渡った。

 

「なっ何?!」

『Evasion. Flier fin!』

 

 驚き動きを止めたなのはに代わってフェレットが咄嗟にジュエルシードを咥えて後ろに逃げ、レイジングハートが自動で飛行魔法を発動し、その場からなのはを後退させると同時にジュエルシードがあった場所に上空から何かが飛来し、轟音と共に着地する。

 

 砂煙が晴れた時、そこにいたのは3m程の巨大な【影】であった。

 

 黒い霧のようなものを纏う人型の影は陰影が全く無い為細部がわかりずらいが、両手になのはよりも大きな片刃のハルバートを左右に携えているのだけは辛うじて認識できるだろう。

 

「■■■■■■■■■■■ーーー!」

 

 現れた影の顔と思われる部分がゆっくり動く。正面を向いた影と無いはずの眼と視線があった気がしたなのはは恐怖を感じ、全身が硬直してしまうがすぐにその視線が逸れた事で解放される。

 

 なのはがゆっくりと影の視線の先を追うと、ジュエルシードを咥えたフェレットの姿が目に入る。それを見て影の狙いがジュエルシードだと直感的に理解したなのははフェレットを抱きかかえて再び後ろに飛んだ。

 

 その瞬間、先程まで自分たちがいた場所が叩きつけられた斧によって大きく陥没する。

 

「……!」

 

 その破壊力に思わず恐怖で立ち止まりそうになったあったなのはだったが、フェレットを守らなければならないという想いで己を奮い立たせ、影から距離を取ろうとさらに加速しようとした。だが影はそれよりも早く距離を詰め、横なぎにその手の斧を一閃する。

 

『Protection!』

 

 レイジングハートがなのはを守ろうと即座にプロテクションを前面に展開する。最初に襲ってきた怪物の攻撃を完全に防ぎ切った強力な防御魔法だったが、影の攻撃を僅か数秒受け止めただけで砕かれ、ハルバートの直撃をそのまま受けたなのはを容赦なく壁に叩きつける。

 

「かはっ!」

 

 幸いにもプロテクションのおかげで軌道が反れ、刃ではなく斧の側面がぶつかった為、その身を刃が斬り裂く事はなく、痛みと衝撃はレイジングハートと共に展開された魔法の防護服【バリアジャケット】によってほぼ無効化されたが、影の前で完全な無防備を晒す事になってしまう。防御は間に合わないと咄嗟に目を閉じ身を固くするなのはだったが、影からの追撃はなく、不思議に思い目を開ける。

 

「あっ!」

 

 そして眼を開けたなのははその理由を理解して思わず声を上げる。彼女が見たのは影が斧を持ったまま指先で落ちているジュエルシードを掴んでいる姿であった。今の衝撃でフェレットが口に咥えていたのが落ちてしまったのだろう。

 

 影は驚くなのはなど目に入っていない様子で数秒ジュエルシードを見ていたかと思うと、それを自身の胸元へと当てる。すると蒼く輝いていたジュエルシードが影に飲み込まれ、その光はすぐに見えなくなってしまった。

 

「そんな……! ジュエルシードを取り込んで……!」

「どうなっちゃうの……!」

 

 驚くなのはとフェレット。その二人の前で影に変化が起きる。影の周りに漂っていた黒い霧が蒸発するように消え、真っ黒だった影の体に色が浮かび上がり、影の姿かたちがはっきりとしたものへと変化したのだ。

 

 3メートル近い背丈は変わらないが、その身体は傷痕だらけの鋼のような筋肉に覆われ、顔と思われていた部分には牡牛を象ったような鉄の面が在る。牡牛の鉄面の後ろからは獣のような質感の長い髪が伸び、腕と胴体には拘束具のようなものが付いていた。

 

 そして両手に持つのは先ほどと変わらない片刃のハルバート。しかし先程までの影と一体化したシルエットとは異なり、重厚な金属の質感が生まれた事で一層恐ろしさと鋭さを感じさせる物となっている。

 

「■■■■■――じゅえる、しーど、てに、いれた……」

「しゃべ……た……?」

 

 先程まで咆哮した上げなかった影…いや巨人が言葉を口にし、なのはの肩へと飛び乗ったフェレットが驚きのあまり思わずといった様子で呟く。喋った言葉は片言ではあったが、はっきりと自我がある物であるとわかるものであったからだ。

 

 そのフェレットの言葉に反応したのか、巨人はゆっくりとなのは達の方へと顔を向ける。その鉄面の向こうの眼がこちらに向けられたと知覚した瞬間、なのはとフェレットは今度こそその身を完全に固まらせてしまった。

 

 目が合った。ただそれだけだというのに、目の前にいる者が見た目だけではなく、自身とは隔絶した存在であると本能的に理解させられてしまったのだ。

 

 巨人は動けなくなったなのは達の元へと歩み寄る。そしてゆっくりと右手の斧を掲げ、確実な死を齎すであろう一撃が振り降ろした。

 

「はあぁぁぁぁっ!! 憤怒の波濤(モラルタ)!」

 

 

――――だがその一撃がなのはを捉えるよりも疾く、巨人となのはの間に上空から紅い閃光が舞い降り、巨人の右腕が宙を舞った

 

 

「ああああああああああああっ!!」

 

 巨人の苦痛の咆哮を聞き、硬直していた身体が自由を取り戻す。一体何が起きたのかと戸惑うなのはだったが、目の前に自分と同じ背丈の人物が立っている事に気が付く。

 

「無事か?」

 

 こちらに背を向けたまま紅い閃光と共に目の前に舞い降りてきた人物が声をかけてくる。幼さを残しながらも自分とは違う深さを感じさせる声色から少年と思われるその人物は、右手にレイジングハートと同じ鮮やかな紅色の剣を持っていた。

 

「はっ……はいっ! 大丈夫です! 助けてくれてありがとうございます! えっと君は……」

「すまないが自己紹介は後にしよう。今はあれを倒す事が先だ」

 

 なのはの言葉を遮り、少年が目の前の巨人と相対する。巨人はもはやなのは達を眼中に収めておらず、突如現れた少年へと明確な殺意を放っていた。直接ではないというのに身体が震えそうになる程の殺気を直接向けられている少年は全く動じることはなく、あの強大な存在を倒すとあっさりと口にした。

 

「さて……。事情を一切理解していない俺が割り込むのは野暮だとは理解しているが……」

 

 少年がそう言いながら剣を構え直す。父と兄、姉が剣術家であり、3人の剣を見ていたなのはその動きだけで少年が優れた武技を持っていると理解できた。

 

「幼い少女を手に掛けようとするのを黙認する訳にはいかんのでな。ここで討たせて貰うぞ」

 

 少年、ディルムッド・オディナはそう言って目の前に立っている()()()()()()へと呼びかけるのであった。

 

 

 




次回、謎のサーヴァント戦。いったい何者なのだ……。

リメイク版も頑張って書いていこうと思うのでこれからも暇つぶしにでも読んでいただけたら幸いです。


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憤怒の一撃

展開が浮かんでいても文章にするのは至難の業である。綺麗な文章が書ける人ってすごいなと尊敬しつつ、己の妄想を投稿させていただきます。


 

 

―――――結界に飛び込んだディルムッドが見たのは、少女がサーヴァントと思われる存在に追い詰められている姿であった

 

「目覚めろ。マナマーン神の魔剣」

 

 事情は全く分からなくとも、命の危機に晒されている者がいる。ならば助けないという選択肢はディルムッドには最初から存在しなかった。

 

 敵サーヴァントを打倒して少女を助け出すと判断したディルムッドは破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を手放して憤怒の波濤(モラルタ)を右手に持ち替えると剣へ呼びかける。するとその声に呼応してディルムッドの魔力が剣へと流れ込み、深紅の刀身が紅い光を纏い始めた。

 

「ぐっ……!」

 

 その瞬間、強烈な倦怠感と共に心臓の辺りに激しい痛みが走る。一瞬だけその痛みに戸惑うが、すぐにその原因を聖杯から知識を与えられていたディルムッドは察する事ができた。

 

 生命の枯渇―――すなわち魔力不足となった人間に起きる現象である。

 

 聖杯戦争においては魔術師が身の丈に合わぬ魔術を使った場合や、未熟なマスターが魔力消費が激しい強大なサーヴァントを使役した時などに発生し、身を裂かれるような苦痛を感じる場合や最悪命を落とす非常に危険な物である。

 

 マスターだけでなく魔力供給が不足したサーヴァントにも起きる事であり、その場合は宝具の発動に失敗したり、現界を維持できずに自滅してしまう事もある。第四次戦争戦争では魔力消費の少ない常時発動型宝具である破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)しか持たず、マスターが優秀な魔術師であった為、ディルムッドにとっては無縁であった。

 

 だが今はマスターのバックアップもなく、生前よりも遥かに弱体化している。そんな状態では膨大な魔力を必要とする憤怒の波濤(モラルタ)を使う為に必要な魔力を賄えなかったのだ。

 

(不味いな……)

 

 魔力不足による苦痛に苛まれながら、ディルムッドは最善手を打つべく必死に思案する。

 

 このまま宝具を発動しようとすれば魔力切れで自滅する事はまず間違い無いだろうがそれを避ける事は難しくはない。

 

 消費した魔力は無駄になるが、宝具の展開を中断すれば問題なく対処できる。だがその場合、少女に迫る異形のサーヴァントの一撃を止める事ができず、容赦なく振るわれた一撃で少女の命は失われるだろう。

 

 魔力放出を使えば間に合うだろうが、再使用する魔力は足りず、加速して少女を押し飛ばして逃がす事も盾となる事もできない。

 

 コンマ数秒の世界で必死に最善手を考えていたディルムッドは一つの手段を思いつく。それは魂食いという呼ばれる下法であった。

 

 他の人間から生命力たる魔力を喰らい、自身の物にするという許されざる行為。魂食いをされた者はよくて衰弱し最悪命を落とすという、サーヴァントであったならばどれ程苦しい状況であり、使わなければ死ぬとわかっていても決して選ぼうとはしない邪悪な手段であるが、今のディルムッドはそれが最善手であると判断した。

 

 勿論罪なき一般人から奪う気はなく、目の前の少女を対象とした訳ではない。当然敵サーヴァントに対して使える手段ではない。ならば魂食いを行う対象は何者か。

 

 

――――それはディルムッド自身である

 

 

 今のディルムッドは受肉している。つまり今は人間との違いは全くない。ならば保有魔力が限界であっても自身の生命を魔力に変換すれば不足分の魔力を補う事は可能であると考えたのだ。

 

 望んだ訳ではなくとも奇跡的に得た新たな命。それを自ら削るという事に抵抗がないと言えば嘘となるが、それで目の前の少女を救えるというならばディルムッドに躊躇する理由は存在しない。

 

「ぐ……ッ!」

 

 聖杯の知識によって与えられていた手段を思い出し、自らを対象に実行する。文字通り命が削れていくのを感じると共に、収束しかけていた憤怒の波濤(モラルタ)の深紅の魔力光が瞬時に輝きを取り戻す。

 

「生死を分かつ境界線……見定める!」

 

 宝具発動による膨大な魔力を察したバーサーカーが動きを止めてこちらに顔を向ける。だが既にディルムッドの姿はそこになかった。

 

 

憤怒の波濤(モラルタ)!」

 

 バーサーカーが顔を向けるより早く、結界の頂点ギリギリまで跳躍していたディルムッドはそのままバーサーカーを両断すべく凄まじい早さで頭頂部へ向けて剣と共に落下する。

 

 相手を一撃で両断すると謳われるディルムッドの持つ最強の宝具。その絶大な威力の込められた斬撃の危険性を本能的に察知したバーサーカーは回避しようと後退する。

 

 だがディルムッドの刃が到達する方が僅かに早く、バーサーカーの丸太のような豪腕を断ち斬る。そして少女と言葉を交わし、無事を確認すると失った右腕を庇いながらこちらに殺意を向けてくるバーサーカーを討つべく憤怒の波濤(モラルタ)を向けつつ、挑発の意図を込めながら呼び掛けたのであった。

 

 

――――ー―

 

 

「くらえぇ!!」

「っと! 失礼する!」

「え……きゃっ!?」

 

 挑発に反応したバーサーカーが怒声と共にこちらを殺すべく残された左腕に持つ斧を横なぎに振るい、ディルムッドはそれを少女を所謂お姫様抱っこの形で抱き抱えて

 

「怪我はないか?」

「……え、あっはい!大丈夫です!」

 

 豪腕から放たれる一撃の余波でコンクリートの壁が砕ける音を聴きながら少女を地面に下ろし、先程投げ捨てた破魔の紅薔薇を拾い上げたディルムッドが少女へ声を掛ける。

 

「ならば良かった。さて君の名を聞いても構わないか?」

 

 少女を安心させようと不敵な笑みを浮かべながら問いかけるディルムッド。そこで初めてディルムッドの貌を見た少女ーー高町なのはは時が止まったように動きを止めた。

 

 

―――突然不思議な力を手にし、訳もわからないままいきなりの実戦

 

 

 しかもこの状況になのはを導いた喋るフェレットにすらわからないイレギュラーな存在から殺されかけ、恐怖に怯えるしかない危機的状態に陥ってしまっていた。

 

 そこに颯爽と現れてなのはを救い、笑みを浮かべるのは学校どころかテレビの中ですら見たことがないあまり歳の変わらない絶世の美少年。

 

 ディルムッドに刻まれた祝福であり呪いたる【愛の黒子】。()()()()()()()()()()()、生まれてから本気の恋などしたことのない少女がときめいてしまうのは仕方がないだろう。

 

「なのは……高町なのは……です」

「そうか。ではなのは。君は逃げろ。あれは俺が何とかする」

 

 本人としては大変不本意ながら女性に愛される事に慣れているディルムッドだが、子供から恋愛感情というものを向けられた事はない。

 

 故にディルムッドは少女の淡い恋心に全く気が付く事なく、再度バーサーカーへ向き直る。その顔には先程なのはに向けた優しげな笑みはなく、無辜の民を守ると決意した戦士の顔であった。

 

「そんな!いくら何でも一人じゃ――」

「気にするな!早く行け!はぁっ!」

 

 制止しようとするなのはにそれだけ言うとディルムッドはバーサーカーへ向かって駆ける。

 

 既に右腕を失ったダメージから復帰していたバーサーカーは接近するディルムッドを叩き潰そうとその手の斧を垂直に振り下ろす。

 

 当たれば今のディルムッドでは防いだとしても間違いなくガードの上から潰され、無惨な肉塊に変わるだろう恐るべき速さと力の一撃。

 

 

――――だがそれだけであった

 

 

「ふっ!」

 

 垂直に振り下ろされたその一撃をディルムッドは横に少し飛ぶ事で難なく回避する。

 

 例え肉体が脆弱な幼少期に戻ろうともディルムッドの技量が失われた訳ではない。既に全盛期との感覚の違いは矯正し終え、全盛期と変わらぬ優れた心眼はバーサーカーの攻撃どころかその一手先の動きすら視えている。いくら早かろうが技量もなく、駆け引きもない愚直な攻撃をかわす事など造作もない事であった。

 

「はぁっ!」

 

 バーサーカーの攻撃を回避したディルムッドはそのまま丸太のような左腕に飛び乗るとその上を駆け抜け、憤怒の波濤《モラルタ》を持った左手をバーサーカーの首へ向けて振るう。

 

 その速さはフィオナ騎士団最強と謳われていた時と遜色ない鋭い一太刀であり、()()()()()()のディルムッドならばこの一撃でバーサーカーを討ち取っていただろう。

 

「ぐっ?!」

 

 だが憤怒の波濤《モラルタ》の刃が首筋を捉えた瞬間、ディルムッドの左手に衝撃が走る。

 

 完璧に入ったはずのモラルタの刃―――だがその一撃はバーサーカーの首の皮を僅かに斬り裂いたところで止まっており、それによって発生した反動がディルムッドへと返ってきたのだ。

 

 そ直後、斧を手放したバーサーカーの左手がディルムッドを掴み取ろうと迫る。だが衝撃を感じた瞬間にディルムッドは何が起きていたか認識して動き出しており、間一髪のところでバーサーカーから離脱する事に成功する。

 

「……予想以上に堅いな」

 

 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)と憤怒の波濤《モラルタ》を構え直しながら僅かに悔しげな色を浮かべつつディルムッドはそう呟いた。

 

 先を読む眼と足捌きである程度は誤魔化せても単純な腕力だけはどうしようもない。ディルムッドの魔力放出はかつて戦った騎士王の物とは違って跳躍に特化した物であり、腕力強化には使えないのだ。

 

 とはいえそれを加味してもディルムッドの剣はただの武器ではなく神造宝具。どれ程屈強な肉体であろうとディルムッドの技量で振るえば切断するには充分な切れ味を発揮するのは間違いない。

 

 そうならなかったのは恐らくあのバーサーカーの肉体が神代の神秘か宝具。もしくは何らかのスキルによって外見以上の堅さを発揮している為であろうと推測する。

 

 真名解放した憤怒の波濤《モラルタ》ならばそれすら斬り裂けるのは最初の一撃でわかっているが、二発目を放つ魔力は残っていない。

 

 再度命を削れば撃てるかもしれないが一度目の時点で肉体への負荷は尋常ではなかった。

 

 もしもう一度使って肉体が耐えきれずに倒れでもしたら目も当てられない為、それは本当にどうしようも無くなった時の最後の手段として温存せざるを得ない。

 

 バーサーカーの攻撃は当たらない。だが自身の攻撃は殆どダメージにならない。両者共に決定打が与えられず、数秒睨み合う。

 

 

――――先に動いたのはバーサーカーであった。

 

 

「まよえ……さまよえ……!」

 

 バーサーカーがポツリと呟く。それと同時に魔力が膨れ上がる気配が周囲へと拡がる。

 

 それが宝具の解放だと即座に察したディルムッドであったが、ダメージを与えられない以上、宝具の発動を止めることは不可能であると判断すると即座に視線を反らす。

 

 その先にいたのは状況についていけず、逃げるどころか動く事すらできないなのはの姿であった。

 

「くっ! ……許せなのは!」

「え、きゃあっ?!」

 

 このまま結界の中にいては不味いと直感的に感じたディルムッドは、なのはの元へと魔力放出で駆け付ける。そして彼女の身体を結界の外へと出そうと押し飛ばした直後、バーサーカーの宝具が発動した。

 

「そしてしね! 万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)!」

「ラビュリントス……! クレタ島の迷宮か! ならば奴の真名は―――」

 

 宝具の名を聞き、バーサーカーの真名に気が付いたディルムッド。だがその名をなのはが聞き取る前にディルムッドは魔力によって形成された壁――ー否、迷宮の中へと消えてしまう。

 

 そしてそれから数秒が経過し、結界が勝手に解かれた時。そこに残されていたのは無残に破壊された街並みと家。そして起こった出来事を理解できずに呆然と立ち尽くす事しかできないなのはとフェレットだけであった―ー―ー

 

 

 




謎のフェレットは自己紹介のタイミングを逃した為、名前表記が変わらないままで終わってしまった。

ニコポを自然にできる男、ディルムッド・オディナ。私もそんなイケメンに生まれたかったです。


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【fate】

お久しぶりです。間空きすぎてもはや忘れられてそうですが、出来上がったので投稿します。


――――ラビュリントス

 

 

 それはギリシャの天才的工人、ダイダロスがクレタ島に作りし建造物。対策せずに迷えば絶対に脱出不可能と伝わる大迷宮の名である。

 

 光源もないのに迷宮全体は明るく、死角となるのは曲がり角のみ。隠れる事のできる遮蔽物が一切ない閉鎖空間は左右の壁の模様に一切の違いがなく、通路によっては後ろを向いても全く景色が変わらない。

 

 常に意識していなければ自分がどちらから来たかすらわからなくなってしまう。中にいる者を出さない事に重きを置いた建造物。

 

「ふっ!」

 

 そんな迷宮の中、ディルムッド・オディナはラビリュントスに住まう魔物達の猛攻を一人で受け止めていた。

 

 迷宮に迷い込んだ者を殺す為に存在する化け物は、普通の人間であれば一匹であっても脅威の存在である。だが一流の戦士たるディルムッドからすれば大した物ではなく、迫り来る鉤爪をかわしては破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)で首を刎ね、憤怒の波濤(モラルタ)で胴体を両断していた。

 

 だがディルムッドの表情に余裕はなく、優れた武人でなければわからない程度ではあるが、最初にバーサーカーと戦っていた時よりも精彩を欠いた動きに変わっている。

 

「流石に……これは堪えるな」

 

 返り血で汚れた端正な顔を左手で拭いながらディルムッドが苦しげに呟く。だがそれも仕方がない事であるだろう。

 

 何故ならばディルムッドが迷宮に囚われてからおよそ六時間は経過しており、それまで一瞬の休みもなく戦い続けているのだ。

 

 武器としては最高峰の魔槍と魔剣があるとは言え、ディルムッドは今生身であり、肉体も脆弱な子供の物。

 

 無制限に湧き出る魔物が常に死角から現れては、休む暇もなく襲い掛かってくれば今のディルムッドでは対処は難しい。実際既に武器を握る力も弱く、何度か致命傷を受けそうに成る程、身体が思うように動かなくなってきている。

 

 多少腕が立つ程度の武人であれば一時間も耐えられずに死体へと変えられてしまう状況を、ディルムッドは疲労を強靭な精神で抑え込み、敵を斬る瞬間だけに力を入れるという手段を使って負担を抑えて今まで戦い続けていた。

 

 とはいえそれがいつまでも続く訳もなく、このままでは限界が来て殺されるのは明白であった。

 

「全く……厄介な宝具だな……。俺が弱ったところで仕留めるつもりか?」

 

 ディルムッドは自身を捕らえてから姿を見せない相手に向け、聞こえているかはわからぬが声を掛ける。

 

 本来このラビュリントスは迷い混んだ者を捕らえるものではなく、内側に閉じ込めたある存在を外に出さないために作られた物だ。

 

 そこに住まうのはギリシャ神話において、海神ポセイドンを騙したミノスの王が神の怒りを買った事で、呪いを受けた后と雄牛の間で生まれた牛頭人身の怪物。

 

 多くの子供を喰らい、最期は英雄テセウスによって討たれた哀れな反英雄。その名は―――

 

「迷宮の主、【ミノタウロス】よ」

 

 ディルムッドはそうバーサーカーの真名を確信を持って告げる。迷宮に囚われた時点で正体に確信はあったが、言ったところで意味はないと考えた故に口にしなかった。

 

 今口にしたのは一方的に不利になる膠着状態から抜け出せるかも知れないという思いからではあったが、出てこなくとも一騎当千の英雄でもない相手に姿を現さないのを卑怯と言うつもりもない。

 

 こうなったのは自らの実力不足であり、このまま討たれたのはならば素直に相手が上手だったと認めるつもりですらあった。

 

「そのなまえでよぶなぁぁっ!」

「っ!! 何っ?!」

 

 だがディルムッドの予想は大きく覆される。今まで一瞬たりとも姿を見せなかったバーサーカー、ミノタウロスが正面から現れるとディルムッド目掛けて斧を振り下ろしてきたのである。

 

「なんだ……その腕は……?」

 

 咄嗟に魔力放出で後ろに飛んで避け、壁に背中をぶつけはしたが回避に成功したディルムッドであったがその顔には驚愕の色があった。ただそれは不意打ちを喰らったからではなく、地面にめり込んだ斧を持つ()()を見てしまったからであった。

 

 憤怒の波濤(モラルタ)によって斬り落とされたはずの右腕が治っている事は不自然ではない。

 

 元々霊体であるサーヴァントは必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)のような回復阻害の呪いを受けていなければ、霊核が無事であれば四肢を失っても魔力を補充すれば元に戻す事が可能であるからだ。

 

 だが問題なのはその再生した右腕が明らかに異常な状態であった事だ。

 

 赤銅色であった肌はまるで血液が沸騰したかのように真っ赤に染まり、その表面を影のような黒い線が覆っている。そしてその影響は右腕だけに留まらず、肉体の六割が同様の変質を起こしている。

 

 生前にも聖杯戦争でも見たことがない現象。だがディルムッドはあの「悪意の塊のような泥」に対し、強烈な既視感を抱いていた。

 

「し、ねぇっ!」

 

奇妙な既視感に戸惑い、ディルムッドが動きを止めたのを好機と見たミノタウロスが最小限の動きながら首をはねるには充分な横振りを放つ。

 

背後は壁である為、後退は不可能。左右に避けのも状況的に難しく、しゃがんで回避しても万が一ミノタウロスがそのまま突っ込んでくれば間違いなく圧殺される。

 

「舐め……るなぁっ!」  

 

 故にディルムッドは残された唯一の活路は突き進む事であると判断し、そこに全てを賭ける事を選んだ。

 

 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を握り直しながらミノタウロスの一振りをかわすと共に残された魔力を全て脚に回して放出する。

 

―――数多の神代のサーヴァントと比べれば強力とは言い難いディルムッド

 

 それは本人も自覚しているが、この跳躍に特化した魔力放出による爆発的な突進力だけならば最速と謳われるギリシャの大英雄が相手でも勝てるという自負があった。

 

 そんなディルムッドが絶対の自信を持つ爆発的な加速で数歩の距離を突き進み、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の一撃をミノタウロスの霊核ーー心臓へと突き出す。

 

 一瞬の交錯の後、ディルムッドの顔が鮮血で染め上げられる。だがその身に致命的な傷は無く、ディルムッドの美貌を染めた血の持ち主は破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の槍先を背中から生やしたミノタウロスであった。

 

「あ……あぁう……!」

 

その身体がこちらに倒れてくる前にディルムッドは紅槍を手放し、するりと左に避ける事でその巨体の下敷きになることを避ける。

 

「珍しく運が良かったな……」

 

 そのまま力なくうつ伏せに倒れ、起き上がる気配を見せないミノタウロスから視線を離さず距離を取ると、空いた右手へ視線を落として呟く。

 

 最後の一撃がミノタウロスの胸元を捉えた時、ディルムッドの手に伝わってきたのは、あの異様な堅さを持つ肉体とは思えぬ程の手応えの無さであった。

 

 これは予想でしかないが、恐らく泥に変化した事であの驚異的な耐久性を失ってしまったのだろう。もし胸元が泥に変化していなければ破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の刃は通らず、致命傷を負わされていたのは自身であったかもしれない。

 

 生前も死後も不運に見舞われる事が多かったが、今回だけは運が味方してくれたのだと思い、警戒を緩めて安堵の息を吐いたその瞬間、ディルムッドの背に悪寒が走る。

 

「……馬鹿な」

 

 すぐさま警戒を戻し、顔を上げるディルムッド。そうして目にした光景に驚愕し思わずそう口にしてしまう。何故ならばその視線の先で霊核を貫かれ倒れ伏したミノタウロスが起き上がる姿があったからだ。

 

「霊核を貫いたというのに立ち上がれるとは……」

 

 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)で霊核を貫かれる苦痛と喪失感を嫌という程知っているディルムッドは幽鬼のように立ち上がるミノタウロスに対して驚きを隠す事が出来ない。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!」

「っ!?」

 

 全身がどす黒い泥に変質し、言葉にならぬ咆哮を上げながら心臓に突き立てられた破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を引き抜くミノタウロス。

 

 その動きを見て嫌な予感を感じ、咄嗟にその場から飛び退くと先程までディルムッドがいた場所に音速で飛来した破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が突き立てられた。

 

「ちっ!」

 

 2メートル程の長さのある自らの愛槍が半分ほどまで石の床を貫いている様を見て今の己では抜けないと判断するとディルムッドは即座に回収を諦め、憤怒の波濤(モラルタ)を両手で構えなおすとミノタウロスに対峙する。

 

 もはや英霊とは呼べぬ禍々しき姿に致命傷からの再生能力。加えて対峙する場所はミノタウロスの有利な陣地であるラビュリントスの中。

 

 対するディルムッドは実質的に破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を失い、その手に残るのは憤怒の波濤(モラルタ)のみで、その身は満身創痍。端から見れば絶望的な状況であるが、ディルムッドの心に諦めはなかった。

 

「ふっ……。霊核を貫かれて立ち上がるか。確かに厄介な再生力ではある……が」

 

 不適な笑みを浮かべながらそう語るディルムッドの姿が突如ミノタウロスの視界から消える。その事に驚き、ディルムッドの行方を捜すミノタウロスが次にその姿を捉えたのは真紅の刀身を振るい、自らの両腕を撥ね飛ばす瞬間であった。

 

「◼️◼️?!」

「遅いっ!」

 

 両腕を失ったミノタウロスは本能的に危機を察して咄嗟に後退するが、ディルムッドはそれよりも早くその場から跳躍して憤怒の波濤(モラルタ)を振るい、ミノタウロスの両目を斬り裂いて視界を奪う。

 

 そのまま流れるような動作で左肩から胴体を袈裟懸けに斬りつけると胸元を蹴り飛ばし、その反動でミノタウロスから距離を取る。ミノタウロスの視界から消えてからおよそ十秒弱。たったそれだけの時間で先程までの苦境が嘘のようにディルムッドは相手を圧倒し、明白な実力差を見せつけた。

 

 そもそもこれまで苦戦を強いられていたのは相手の攻撃が脅威であったからではなく、こちらの攻撃がまともに通らなかった事が原因であり、そのせいで一方的に追い込まれ、防戦一方を強いられていただけである。

 

 その前提が無くなれば肉体的なディスアドバンテージなど関係なく、騎士として磨き上げられた武を存分に発揮する事が可能となる。そうなれば切り札たる宝具を使い、特殊な力のない武器のみで戦う理性なき獣と一つは地面に突き立てられて使えなくとも最高峰の武器たる宝具を持つ理性ある騎士。どちらが有利かは明白であった。

 

 そしてその事を理性はなくとも本能で理解したのだろう。ミノタウロスは一切の躊躇なく反転して駆け出し、ディルムッドからの逃走を図る。

 

「っ! 待て……?!」

 

 ここでラビュリントス相手を逃がせば厄介な事になると、即座に追撃しようとしたディルムッドであったが、一歩踏み出すと同時にその場で動きを止め、その間にミノタウロスの姿は迷宮の曲がり角へと消えてしまう。

 

 その直後、ラビュリントスの景色が揺らいだかと思うとまるで溶けるように無くなり、周囲の光景は巨大な大迷宮から真っ暗な森へと変化する。既にミノタウロスの気配は完全に消えており、どうやっても追う事は不可能であった。

 

「ぐっ……!」

 

 不本意な結末ながら戦いが終わったのだと認識した瞬間、ディルムッドの身体から力が抜け、その場で憤怒の波濤(モラルタ)を取り落として膝を着く。

 

 わずか一瞬の気の緩み。それだけで肉体の疲労を無理矢理抑え込んでいた枷が外れてしまい、反動がディルムッドへと襲いかかったのだ。

 

 肉体の強度を問わず霊体であれば、実体化を解くなり、魔力で補修ができるのでここまでの負荷はないだろう。しかし受肉した今の状態では魔術の使えないディルムッドには自力で身体のダメージを回復する術はない。

 

 普通の人間なら即座に意識が飛ぶような激痛だが、ディルムッドは歯を食い縛って辛うじて耐えると、左手で憤怒の波濤(モラルタ)を拾い、地面に突き立てられたままの破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を引き抜くと杖代わりにし、身体を引きずるように歩き出す。

 

「全く……ここまでの醜態を晒す事になるとはな……」

 

 己を自嘲する笑みを浮かべながら山の中を進んでいくが、今のディルムッドには周囲を見る余裕は既になく、現在の位置もまともに把握できない。

 

 幸いにも置いてきた自身の一部である必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)激情の細波(ベガルタ)の気配との距離間から、ここが最初に目覚めた森に近いと理解できたディルムッドは宝具を回収すべく、まともに舗装されていない獣道を残された体力を削りながら進んでいく。

 

 顔を上げるのも苦しく、せめて足を引っ掻けて倒れぬようにと足元を見ながら歩くディルムッド。

 

 そのまま暫くどれだけ進んだのか、どれだけ時間がたったのかもわからないような状態であったが、目的地の近くへと辿り着いたと感覚でわかったディルムッドは顔を上げ、最後の踏ん張りと言わんばかりに勢い良く一歩を踏み出すと共に顔を上げて自らの宝具を視界に入れる。

 そしてディルムッドは地面に突き立てられた月光を浴びて金色に輝く必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)激情の細波(ベガルタ)。その傍らに立つ、その二つに負けない輝きを湛えた金色の髪の少女と目が合ったのであった。

 

 

ーー後にこの日、この瞬間をある少女に語った時、彼女はディルムッドへ笑いながらこう口にする事となる

 

そして運命(fate)と出会った。ーーやなと。

 

 

 

 

 

 




非常に遅くなりました。ただ最後の一文を入れたくて締めが上手いのが思い付かず、悩んでるうちに仕事異動したりグラブル復帰したりfgo止めてfgoアーケード始めたりしてるうちに時間が空いてしまいました。

その間もストライカーズまでの展開とか設定は妄想で決めてましたが、この話の締めが納得できるのが浮かばなくて進まないという状態でした。

色々時間ができたのでこれからはもう少し早い頻度で更新できると思います。

なお本日投稿したのは私の誕生日に間に合わせたかったからです。お祝いと感想戴けたら喜びます。


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