齢三十路、博麗の巫女 (白峰レイ)
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1.その女、スキマ妖怪

「…….どうしてこんなことに…」

 

先日までごく普通のOLをやっていた私は困惑していた。

目の前の女性は確かに何も無いところから隙間を開けて敷かれた座布団の上に正座した。

口元を扇子で隠し、目元をにっこりと意味ありげに緩めている。

正直、自分でもどうしてこの得体の知れない人物と対面してお茶を飲んでるのかすら分からない。

 

困惑している私を他所に微笑んでいた金の瞳はまた輝きを見せる。

扇子を閉じ、口元は微笑んだまま彼女はこう言った。

 

「あなたが博麗の巫女になって、幻想郷にスペルカードルールを復活させてほしいの」

 

───────

 

現代の社会人というものは常に会社と家を行き来するだけの存在だ。

常に定時では終わらない業務のせいで家に帰るのは午後10時なんてざらにある。

給料は雀の涙、程ではないものの1人で暮らしていくだけで精一杯の額、そのため趣味なんてものは家で出来るものに限られ、最終的に金は今月の携帯代に消えていく。

 

私、白峰レイも例外ではなかったらしく高校を卒業してからというものこの歳まで友達とも疎遠になり、残ったのはほんの少しの趣味だけだった。恋人なんて以ての外、結婚も考えていた時期もあったが貯金も人望もゼロである私を好きになるような人間なんていないと諦めていた。

 

「来年で三十路になるのか…」

 

帰り道に不安と焦燥から独り言を言ってしまい、一人で赤面する。

周りに人がいなくてよかったと思ったのも束の間、いつの間にか近所にある人が寄り付かないボロボロの神社に来てしまった。

どれだけ疲れていたんだと呆れて道を引き返そうとするもふと目を離したら境内の中にいた。

もちろん参道を歩いた覚えはない、一瞬意識が飛んだのかと思ったがふらついたような記憶もない。森に囲まれた境内は夜であることもあるためか非常に暗く、恐怖を覚える。

急いで帰ろうと賛同を歩くも歩いても歩いても出れる気配がない。

まさかこんな不思議体験を私がするとは思わなかった。

怖いという感情もあるが同時に早く家に帰って寝たい、出なければ明日眠くなってしまうと言うなんとも社畜魂溢れることを考えイライラしながらひたすら歩いた。

 

ふと、後ろから何者かの気配を感じる。

こんな夜中に神社に人がいるなんておかしいと頭ではわかってたものの今や怒りの方が大きかったので一言怒鳴ってやろうと振り向いた。

 

 

そこにあったのは巨大な黒い穴。

その中に赤い瞳が蠢いている。

 

そして中央に立つのは美しい金色の髪と夜のようにくらい紫のドレスを身に纏った一人の女性。

 

私は身震いした。

明らかに人間とは違う雰囲気を感じ取り急いで参道を走る。

とてつもなく、怖い。

それでも足だけは動いてくれたようで死に物狂いで彼女の視線から逃げる。

後ろを振り向くと黒い穴から無数の黒い手が私の周りにまとわりついてきた。あれに捕まったら確実に死ぬと思い、中々出口に近づかない鳥居目掛けて手を伸ばした。

解放される、と思ったのも束の間、私の視界には黒い手しか映っていなかった。

 

最後に聞いた女性の声だけが頭の中に響く。

 

 

 

「ごめんなさい、でもあなたは幻想郷を本当の姿に戻すために必要なのよ」

 

 

 

続く




亀更新ですが自分のペースでゆっくり書いていきたいと思います。
よろしくお願いします。


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2.葬られた決闘

目が覚めたら朝になっていた。

今日も夜遅くまで働くのかと憂鬱になりながらも出勤の準備をしようとメガネを探し、布団から起き上がる。

そういえば昨日お風呂はいらなったしシャワーを浴びようとか今日は目覚ましならなかったなとか寝起き特有のごちゃごちゃした思考で周りを見渡すとそこはよく写真で見るような和室が広がっていた。

私は夢かと思い目を擦るもそれは変わらずに存在している。

おかしい、絶対におかしい。

寝惚けた思考をフル回転させなんでこのような場所に居るのか考える。

そういえば!と昨日の出来事を思い出したと同時に部屋の襖が開く音がする。

 

「お目覚めになったかしら?」

「あ、あ、あ…」

 

昨日黒い穴から無数の手を出して私を誘拐した人物がさも友人顔で体調を伺ってくる。あまりの恐怖に腰が抜けた私は彼女に向かってそばにあった枕を投げつける。

しかし反抗虚しく枕は突如現れた黒い穴に吸い込まれていくだけだった。

 

「あら、突然…そんなに手荒な真似は致しませんわ」

「だ、誰なんですか!?ここはどこなんです!?」

 

目の前女性は待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべて私と対面するように正座する。

にっこりと微笑むその顔からは胡散臭さと浮かれたような印象を受けるが何より人間離れした技のようなものを目の当たりにしたせいで全て恐怖にしかならなかった。

女性はいつの間にか取り出した扇子を口元に置き、こう続ける。

 

「ここは幻想郷、忘れられたものが行き着く楽園、そして私はその幻想郷における妖怪の賢者、八雲紫と申しますわ」

「げんそ…えっと…何が何だか…」

「困惑するのも無理はありませんわね、私が突然外の世界から連れてきてしまったんですもの…そのことに関しては申し訳ないと思っておりますわ、でもあなたでなければこの幻想郷を救えなかったのよ」

「えっと……」

 

この人は何を言っているんだ。

金髪の女性、もとい八雲紫から話を聞くにはこうなっていらしい。

 

その昔、とある人間離れした強さの巫女が妖怪と人間が対等に戦うことが出来る決闘法を考案した。

しかし巫女も人間、己の寿命には勝てるわけもなくこの世を去ってしまう。

それからというもの何代かは続いたこの決闘法自体を反発していた妖怪達によって葬られ、現在では誰一人としてこの決闘法を使うものがいなくなってしまったらしい。

今では人間を身勝手に襲う輩も多くなり、前の穏やかで美しい幻想郷の影はない。

それを懸念した妖怪の賢者達は再びスペルカードルールを制定しようと試みたのであった。

 

「それがなんで私を連れ去るってことになるんですか…?」

「実はここ最近巫女が引退することになったのだけれど…博麗の巫女候補が見つからなくて困っていたのですわ」

「だからってこんな誘拐みたいなこと…け、警察呼びますよ!?」

「威勢がいいことは素晴らしいことですわ、でもあなたは…」

 

そこまで言いかけた八雲紫は咄嗟に口を噤んだ。

何か言ってはいけない事だったのだろうか、動揺したように目線を泳がせていた。

次に見た彼女は口に扇子を当て、ふふっと笑うと私の頭に扇子を軽く落とす。そしてそのまま金色の瞳を私に合わせると頭の中に映像が浮かび上がる。

 

飛び散る光の弾、それをすり抜けていくように軽やかに宙を舞う紅白の少女。そして彼女から発せられる光の御札が規則正しく、時には不規則に咲き乱れる。

 

美しかった、ただそれだけだった。

 

「今のは弾幕ごっこのほんの一部、あの紅白の少女はスペルカードルールを作った巫女本人、簡単に言うとこのゲームは美しさを競うゲームで貴女はこれからあれを復活させるのよ、悪い気はしないでしょう?」

「い、いやそれでも…そもそも私巫女って歳じゃ…」

「大丈夫よ、貴女は若いからパッと見では10代の少女に見えますわ」

 

サムズアップで気にしていることをズバッと言われた。

頭に血が上る感覚がわかったがここは一旦感情を抑えなくてはと必死に心を落ち着かせる。

それも束の間、八雲紫はこんなことを言い出した。

 

「それとももしかして…怖いのかしら?私の見込み違いだったかしらね?」

 

その一言で何かが切れた私は叫ぶ。

それはもうアルコールでも回っているのかと言わんばかりに声を張り上げる。

 

「さっきから言わせておけば!!!スペルカード?ルール?くらい復活させて見せますよ!!!!!かかってこい!!!妖怪ども!!!!」

「その意気ですわ白峰レイ、応援してますわ」

 

自分でもなんてことを言ってしまったのだと後々になって後悔している。

 

 

続く




続きです。
遅くなってしまい申し訳ありませんでした。


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3.博麗継承の儀

「たかあまはらにかむづまります。すめらがむつかむろぎかむろみのみこともちてやほよろづのかみたちを…」

 

変わった帽子と変わった青色のワンピースを着た女性が大祓詞を紡ぐ。どうやら彼女は人間の里の守護者であり寺子屋を営んでいるというかダブルワーカーであるらしい。

よくそんなことが出来るな、と感心する一方でそんなに仕事して疲れないんだろうかと半ば呆れ気味にため息をついた。

名前は確か…

 

「以上で穢れを祓い終えました次期博麗の巫女様、それでは後は任せたぞ八雲紫」

「はいありがとう慧音、あとは我々妖怪の領域ですわ」

「まぁ私も半分妖怪だがな…」

 

慧音と呼ばれた女性は静かに後ろに下がると同時に八雲紫が前に出た。私の前に置かれた何も置かれていない2つの台座にスキマから2つの球体が現れた。

陰陽図が描かれた2つの赤い球体は霊感ゼロの私ですら何か感じざるを得ない力に包まれている。

 

「これは陰陽玉、スペルカードを制定した巫女が使用していた神具、この陰陽玉があなたを巫女と認めればあなたは晴れて博麗の巫女でしてよ」

 

そう微笑む八雲紫は少し楽しそうにも見えた。

博麗の巫女を買って出たとはいえこんな面倒な手順を踏まなければいけないのかと憂鬱になる。

八雲紫の式神…八雲藍に促されるように私はその陰陽玉とやらの前に立つ。藍が手をかざしてくださいと静かに耳打ちする。

内心何が起こるのか分からないまま言われたとおりそうっと陰陽玉に触れようとした瞬間、それは白い光を放ち消えた。

 

「えっ!?ちょっとどういう…」

「おめでとうレイ、あなたは今この瞬間、博麗の巫女としての素質を認められたのですわ」

「い、いや待ってさっきの玉はどこにいって…」

 

八雲紫はふふっと軽く笑うと私の手をぎゅうっと握りこう言う。

 

「陰陽玉はね、その者を術者と認めれば術者の体内に収納する仕組みになってますのよ」

「へー、そうなんだ〜すご………ん?」

 

体内に陰陽玉が…?

そう聞いて私の顔は真っ青になる。

まさかこの玉の動力源は……と考えた瞬間、八雲紫の声が思考を遮った。

 

「この玉の動力源はレイの命だと思ってますわね??大丈夫、そんなに危ない玉ではありませんわ」

「な、なんで思考が読まれて…?」

「あなたの考えなんてお見通しですもの、そこまで顔に出てれば…ねぇ?」

 

少し小馬鹿にしたような声色で扇子を扇ぐ紫の姿はいたずら好きの少女のようにも気品溢れる貴婦人にも見えた。

なんだかこんな綺麗な人を前にすると怒る気も失せるとはこういうことだな、と一人で納得しこの儀式は幕を閉じた。

 

~~~~~~~~~~~

 

「色々ありすぎてなんか頭おかしくなりそうだ…」

 

私は一人寝室でぼんやりと天井を見上げていた。

半分眠気に見舞われてはいるものの脳が考えることを放棄してくれないため寝るにも寝れなかったのだ。

 

「それにしても博麗の巫女って……全然実感わかないなあ…スペルカード?ルールの復活のことも少し聞いただけだし…」

 

そう考えているうちに眠気がついに勝利したのか私は深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「まだ、まだだ…記憶を………」

 

 

遠くで何者かが話している声が微かに聞こえた。




だいぶ長い間放置して申し訳ないです。
この一年間非常に忙しく更新する余裕が全くありませんでした。
次はこう言ったことがないようにしたいです。


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