ご注文はかけがえのない友情ですか? (竜田川 竜之介)
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1羽「再会と約束」
では本編をどうぞ!!
ここは木組みの家と石畳の街…彼―
はてさて、彼の実家の街から列車ではるばる2時間、とうとう彼はこの街までやってきた。駅を降り立つとそこには、まるで日本とは思えない―寧ろヨーロッパの、更に言えば童話の世界に迷い込んだと錯覚してしまう程の―美しくも活気溢れる街並みが彼を迎え入れた。彼はここから、目的の喫茶店『Rabbit House』を目指して歩み始める。
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「木組みの街、10年振りだな…あの子は元気にしてるかな?」
駅を降り立った俺は歩きながら街の風景を眺めつつ、かつてこの街で刻んだ思い出に浸っていた。実は過去に一度、今は亡き祖父に連れられこの街に訪れたことがある。その時に出会ったのが、当時のラビットハウスのマスターの孫娘、チノちゃんだ。彼女とはあれ以来一度も会っていないが、当時の年齢からは考えられない、妙に真面目で大人しく礼儀正しい子だったと記憶している。そんな性格だったものだから、俺はついつい友達はできたのかとか、学校でいじめられてないかとか、まるで妹が心配な兄のように彼女の事を案じてしまう。まあ、俺も人の事は言えないのだが…。
おっといけない、考え事をしながら歩いていると道に迷ってしまう。この街は似たような建物が所狭しと並んでおり、初心者は地図を見ながら歩かないと迷ってしまうこと請け合いである。かく言う俺も、小さい頃にこの街で迷った事がある。この街に完全に慣れ切るまでは油断禁物だ。
「ラビットハウスはこの道を真っ直ぐ、か…ん?」
道順を確認するため、地図と実際の景色を交互に確かめる。すると目線の先に、俺と同じく地図を見ながら何かを探している女の子の姿があった。見た目は高校生くらいで、セミロングのピンクがかった茶髪に桜を半分にした髪飾り、白いフリルワンピースを身に纏い、ショルダーバッグを肩に、ピンク色のキャリーバッグを引いて歩いている。周りに家族や友達らしき人物が見当たらない事から、俺と同じく彼女もまた、この街に下宿しに来た一人だろう。
「ふーん…ここがこうで、あっちがこっちで、う~ん…まあいっか♪」
…いや待て、全然よくない。まず明らかに地図を読めていない感じだし、と言うかどう見ても迷ってる。なのに「まあいっか♪」って…良く言えばポジティブ、悪く言えばバカな女の子だ。これでは親切に教えてあげる気にもなれない。寧ろ一周回って案外大丈夫じゃないかとすら思ってしまう。何にせよ関わると面倒な事になりそうな上、時間がなくなり急ぐ必要が出来てしまうので、悪いが無視することにした。
それにしてもこの感じ、髪色も相まってアイツの姿を連想してしまう。だが、アイツがここにいるなんてあり得ない。俺が実家共々引っ越した関係で中学は別々となってしまい、ここ最近は連絡も取れていなかった。よってお互い、どこの高校に進学するかなど知りもしない。もしこの女の子がアイツだったら…これは偶然を通り越した運命、いや宿命だと言って差し支えないだろう。そんな奇跡は起こらない、起こる筈がない―この時の俺はそう考えていた。
~~
「とうとう、この時が来たな…」
駅から歩くこと15分、俺は目的地のラビットハウスに到着した。この街並みもそうだが、ラビットハウスもまた、以前となんら変わらない佇まいで居を構えている。周りの街並みに上手く溶け込んでおり、説明されなければここに喫茶店があるとは思えない。ただウサギとマグカップを模した吊るし看板と、表に出ている宣伝用のホワイトボードだけが、ここが喫茶店である事を主張しているかのようだ。さながら『隠れ家的な喫茶店』といったところか…マスターの拘りが滲み出ている。そう言えば、マスターは元気にしてるかな…マスターに会えたら挨拶は勿論、昔は飲めなかったあのコーヒーを飲んでみせるんだ―そう意気込んで、俺はラビットハウスのドアを開けた。
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ここはラビットハウス、落ち着いた雰囲気でコーヒーを飲める、私―
「チノよ、ここ最近落ち着かんようじゃが、どうかしたのか?」
おじいちゃんの意識なら、私の頭に乗っているアンゴラウサギのティッピーに宿っているので、寂しさは感じません。
「え?私はいつも落ち着いてますが?」
「そうではなくての…何か不安な事でもあるんじゃろ?」
流石は私のおじいちゃんです。孫である私の考えてる事なんてお見通しなんですね。
「…実は、今日から下宿する二人についてなのですが」
「ああ…どちらも偶然今日来る事になっておったのぉ…そやつらがどうかしたのか?」
「…どう接していけばいいのか、分からないんです」
お父さんが言うには、二人ともこの春から高校生だそうで、つまりは私より年上です。しかし、これから私と年が近い人が二人も同じ屋根の下で暮らしていくのですから、不安というか戸惑いはなかなか消えません。
「そういう時は自然体でいるのが一番じゃ」
「自然体…ですか?」
「そうじゃ、ありのままの自分で接すればいい」
ありのままの自分…つまり、いつも通りでいいんですね。
「ありがとうございます、おじいちゃん」
「なあに、孫が困った時くらい力になるわい」
おじいちゃんのおかげで、今日は自信をもって接客出来そうです。
「いらっしゃいませ」
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店内に入ると、頭に白い毛むくじゃらの物体を乗せた、腰まで伸びた水色の髪をX状のピンで纏めている女の子が俺を迎えてくれた。その子はカッターシャツの上から青いベストを着用し、胸元には大きな青いリボンをあしらい、腰には黒いロングスカートを巻いている。さしめず、この喫茶店の女性バイト用の制服といった所か。
そう、今しがたお客として俺を出迎えてくれた彼女こそ、10年前に出会ったチノちゃん本人である。身長は頭3つ分高くなり、幼さを残しつつも以前より大人びた印象を受ける身体つきとなっている。しかし、それでも可愛らしい事に変わりはない。今や俺より頭2つ分も小さいのだから。
「あの…どうかされましたか?」
おっといけない、これ以上見つめていたら不審がられてしまう。今の俺はあくまで単なるお客、まだ知り合いとしての再開の場面ではない。
「あぁごめん、席はどこでもいいのかな?」
「はい、お好きな席へどうぞ」
誤魔化すようにチノちゃんに聞くが、案の定の答えが返ってくる。実を言うと、席はどこでもいい事は入店した地点で分かり切っていた。今ここにいるのは俺とチノちゃんだけ、他の客はおろか店員も見当たらない。よってチノちゃんさえよければ、俺がどの席に着こうが自由な訳だ。とは言え、このがらんどうとした状況は喫茶店としてどうなのかと思わなくもないが、今は正直どうでもいい。
俺は角にあった窓際の二人掛けのテーブル席に腰掛ける。カウンター席よりもこちらの方が落ち着くからだ。席に着くやいなや、早速チノちゃんがお冷を入れて持ってきた。まだ中学生だというのに随分と手際がいい。流石はマスターの孫娘といった所か…そう言えばマスターの姿がない。まさか…いや、今その考えはよそう。落ち着いた雰囲気が台無しになってしまう。
「ご注文は?」
そして飲食店での決まり文句がチノちゃんの口から発せられる。メニューを眺めていた俺だが、見る前からもう注文は決まっていた。
「じゃあ、ウインナーコーヒーを貰おうかな」
「畏まりました」
短い会話で注文が確定し、早速コーヒーを作るためそそくさとカウンターへ向かうチノちゃん…どうやらまだ俺の正体に気付いていないようだ。無理もない、俺は10年前と今とでは身長も体型も声色も、そして性格まで、まるで違うのだから。逆に10年間一度たりとも会ってないのに一目で気付けたら凄い。だが今は気付かなくていい…いや、これからサプライズまがいな事をするのだから、寧ろ気付かれては困る。俺はどのようにネタ晴らしするかを考えつつ、暫しコーヒーの出来上がりを待った。
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「お待たせしました」
オーダーを受けて10分、漸く出来上がりました。それにしても、この人は初めて見る顔です…いえ、正確にはどこかで見たような気もしますが、思い出そうにも記憶がぼやけて思い出せません。ですがどこか優しい雰囲気は、どこからともなく懐かしさを伴って感じてしまうほどです。
「ありがとう」
「ではごゆっくり」
しかし、その正体ははっきりとしません。私は注文のコーヒーをテーブルに置くと、お礼を言われたので会釈しながら言葉を返します。そしてこの事は忘れてしまおう、そう思って回れ右してキッチンに戻ろうとしました。
「このコーヒーを見てると、あの日を思い出すね…」
その人はふと、昔を懐かしむかのようにポツリと呟きました。自然と足が止まり、私は振り返っていました。
「…何があったんです?」
気が付けばその人に問いかけていました。普段は常連のお客さん相手ですら、いきなり世間話をするような私ではありません。しかし、今ここにいるのは彼と私だけ…今の私には彼の何気ない一言ですら否が応でも耳に入り、気になって仕方がないのです。
「あぁごめん、ただの独り言だから気にしなくていいよ」
「いえ、今はあなたと私しかいませんし、良ければ聞かせてください」
今日の私はどうかしてます。相手はただのお客さんの筈なのに…ましてや相手の話を嫌々聞くのではなく、興味を持って自分から聞きにいくなんて…普段の私であれば、こんな大胆な事は絶対しません。
「分かった」
彼も了承したようで、話の続きを語り始めました。
「…あれは今から10年前―」
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時は遡ること10年前、とある街、とある喫茶店にて。
「ごちゅーもんはなににちましゅ?」
それはそれは小さな女の子が注文を取っている。
「じゃあ、ウインナーコーヒーで」
対するは女の子ほどではないにせよ、幼稚園児くらいのこれまた小さな男の子。彼が幼い頃の心兎平である。
「わかりまちた」
注文を取り終えた女の子は、そのまま回れ右してトテトテとキッチンにいる一人の男性の元へ向かう。
「おじーちゃん、ういんなーこーひーおねがい」
「今の儂はおじいちゃんではない、マスターじゃ」
キッチンでカップの水拭きをしていた男性が、溜息混じりに女の子に注意する。彼の名は
「あ…ごめんなしゃい」
女の子は黒光に怒られたと思ったのだろう。申し訳なさそうに謝った。
「マスターや、少しは自分の孫をいたわらんか」
このやりとりを男の子と共に眺めていたもう一人の男性が、苦笑しながらマスターに注意する。彼は
「いたわれるのは儂らじゃろうて…ほれ出来たぞ」
「ありがとうますたー」
今度こそ女の子は黒光の言いつけを守った。
「うむ、よく出来たの、さあ持って行ってこい」
「うん」
女の子は笑顔を取り戻し、心兎平の元にコーヒーを持っていく。
「おまたせちまちた」
女の子が心兎平にコーヒーを差し出したが、当の心兎平はお礼の一言も言わず固まっている。そして紡ぎだした一言が、
「…違う」
否定だった。女の子はその一言に動揺し言葉が出てこなかった。
「ん?どうしたんじゃ?」
「ウインナーがない」
そう、心兎平はウインナーコーヒーを『ウインナーの入ったコーヒー』と勘違いしていた。だが実物は、コーヒーの上にホイップクリームを乗せただけの代物に過ぎなかった。
「こんなの飲めない、おじいちゃん飲んで?」
「なんじゃと!?儂のコーヒーが不味いとでも言うのか!!」
コーヒーが飲めないと聞いた黒光は激怒した。
「ハハハハ…落ち着きなマスター、何もお前さんのコーヒーが不味い訳じゃなかろうて、まだ子供じゃぞ?」
「そうか…怒ってすまなかったの小僧」
「別に…」
宗清は苦笑した後黒光に謝るよう促した。黒光が申し訳なさそうに謝るも、心兎平は怒鳴られた事に無関心だったようだ。
「そうじゃ、クリームはお前が食っていいから、残ったコーヒーだけくれんかの?」
「え…いいの?」
宗清の提案に心兎平は確認をとった。
「構わん、孫が困った時は力になるわい」
「お主、力をいれる所間違えてはおらんか?」
「そんな事気にしておったら命がいくらあっても足りんわい」
「そうか…」
黒光は宗清の言わんとする事を理解し黙る。代わりに女の子が口を開いた。
「おにーちゃん、こーひーだめ?」
「僕はお兄ちゃんじゃない」
心兎平は否定するが、女の子は気にせず続けた。
「…こーひーのめりゅようになりたい?」
「…別に」
「わたちものめない…だかりゃ、おおきくなったらのめりゅようになりゅ!!」
「ふーん…頑張って」
「おにーちゃんものめりゅようになりゅの!!」
いつの間にか、大きくなったら二人共コーヒーを飲めるようになる、という約束になっていた。
「僕はお兄ちゃんになる気はないし、コーヒーなんて飲めなくていい」
「むぅ~」
心兎平はなおも無関心を装いつつ否定を続ける。とうとう女の子は怒って頬を膨らませた。
「いいもん!!わたちがしゃきにのめりゅようになったりゃ、ちゃんとちたおにーちゃんになってもりゃうもん!!」
「…分かった」
女の子は心兎平に宣戦布告し、心兎平は半ば諦めたかのように返事した。
「…でも僕の方が先に飲めるようになるけどね」
だが心兎平は相変わらず冷淡に、それでいて余裕の面持ちで続けざまに言う。それもそのはず、当時心兎平は5才、対して女の子は3才…たった2才差とは言え、心兎平の方が先に飲めるようになる可能性は高かった。そして10年後、それは現実のものとなる。
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「―とまぁ、こうしてコーヒーを飲めるようにお互い約束を交わした、という訳なんだ」
「そうだったんですか…何だか微笑ましいですね」
チノちゃんはそう言うが、そんな感情に浸るのもここまで。サプライズはここからだ。
「そうだね…そしてまさに今、約束を果たしにここに来たんだ」
「え?それってどういう…」
「久し振りだね―
―チノちゃん」
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私は彼に名前を言い当てられ、少し困惑しました。まだ出会ったばかりの彼が何故、私の名前を知っているんでしょうか?…ですがその前に、彼が話した昔話と私の記憶が、所々一致しているのも気にかかります。もし、とある街がこの街で、とある喫茶店がこの店で、マスターが私のおじいちゃんで…そして、女の子が私の事だったら…
「…もしかして、心兎平さんですか?」
私は彼に確認をとります。すると彼は優しい笑みを浮かべ、静かに、無言で頷きました。
「…心兎平さん!!」
「おっと」
私は全ての記憶を思い出し、気が付けば座っている彼ー心兎平さんの胸元に飛び込んでいました。咄嗟の出来事に心兎平さんも吃驚していたようですが、すぐに私の背中を優しくさすってくれました。それが嬉しくて、何時の間にか吃逆しながら大粒の涙を流していました。
「…どうして…10年間も…何の音沙汰も…なかったん…ですか…」
「ごめんね、チノちゃん」
「…許しません…ですが…」
一呼吸置いて私は続けます。
「…私の…気が済むまで…このままで…いさせてくれたら…許してあげなくも…ないです…」
「ありがとう…思う存分、泣いていいよ」
その言葉を聞いた私は、安心して心兎平さんの胸の中で、静かに泣き続けました。
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あれから10分、チノちゃんは落ち着きを取り戻したか、或いは次第に気恥ずかしさを感じたのか、俺の胸から顔をあげ立ち上がった。その顔からはもう寂しさは微塵も感じず、少しすっきりした表情に見える。
「ありがとうございます心兎平さん」
「どういたしまして」
「あと、それから…」
チノちゃんはお盆を口元に当て、もじもじしながら頬を赤らめている…あぁ、何が言いたいのか何となく察しがついた。
「その…お恥ずかしい所をお見せしてしまって、申し訳ないです…服も汚れてしまいましたし…」
チノちゃんは俺の服が涙で汚れてしまった事も気にしていた。別に気にするほどの事ではないのだが。
「いいよ別に…10年間も待たせちゃった俺が悪いんだし、何よりチノちゃん寂しそうだったし」
「べ、別に寂しいと思ってた訳じゃないです!!ただ…」
照れ隠しなのか、強めに否定するチノちゃん。だが直後、再び口籠ってしまう。
「ん?どうかしたの?」
「いえその…つまり、昔交わした約束、まだ覚えているんですよね?」
約束、か…勿論言うまでもなく覚えている。昔話に態々織り込んで話したのだから。
「まぁ、そうだね」
「…心兎平さんはもう、コーヒーをブラックで飲めるんですか?」
答えを言うと、ブラックは中学生のうちに飲めるようになっていた。受験勉強で徹夜する時、いつも母さんがブラックコーヒーを淹れて俺に差し入れてくれたものだ。最初こそ、幼い頃の"コーヒーは苦い飲み物"という固定概念の所為で中々飲み出せずにいたが、ある日余りにも眠気が酷く集中できなかったので、意を決して飲んでみた。すると思っていたより苦みは感じず、寧ろ眠気が吹き飛んで頭がスッキリし、勉強に集中する事ができた。それ以来、俺はコーヒーを飲めるようになった。今回はチノちゃんにサプライズを仕掛けるために敢えてウインナーコーヒーを注文したが、何なら上のクリームだけ除けてコーヒーだけ飲む事も出来る。多分しなくてもいいとは思うけど。
「飲めるけど…あ、もしかして…」
もう言われずとも分かる。俺はもう飲めて、チノちゃんはまだ飲めない…つまりはそういう事だ。
「はい…もう、心兎平さんを"お兄ちゃん"とは呼べないんですね…」
チノちゃんは残念そうに言う。そう、チノちゃんは昔の約束を守れなかったから、俺を兄呼ばわりできないでいるのだ。俺自身は"お兄ちゃん"と呼ばれようが呼ばれまいがどちらでもいい。だがしかし、俺はチノちゃんのこの問いに頷けない。それはチノちゃんの気持ちを蔑ろにする事となる。かと言って呼んでもいいと言った所で、チノちゃんは俺をも超えるくらい真面目な性格なものだから、約束を守ろうとして遠慮してしまうだろう。一見すると成す術もなく詰んでいるが、俺はまだ諦めてはいない。
「そう言えば、俺が先に飲めるようになった場合の約束、してなかったな」
そう、肯定でも否定でもない、もう一つの手段があるからだ。
「え?お兄ちゃんって呼ばないっていう約束では?」
確かに普通に考えればそういう事になるだろう。だが必ずしも約束の逆が約束になるとは限らない。
「違うよ…俺が先に飲めるようになったら―
―チノちゃんに"お兄ちゃん"って呼んでもらう」
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心兎平さんの発した一言は、私の想像を絶するものでした。私は約束を守り、心兎平さんの事を"お兄ちゃん"とは呼ばない事にした…筈でした。ところが心兎平さんは逆に、私に"お兄ちゃん"と呼ばせる約束を焚きつけたのです。
「え…いいんですか?」
私は恐る恐る心兎平さんに確認をとります。どう考えても私と心兎平さんの約束が同じ結果に行き着くのですから、まるで心兎平さんが妥協したかのように思えてなりません。
「大丈夫、俺も望んで言ったんだから」
心兎平さんは優しくそう言います。今思えば、10年前と今とでは、本当に同じ心兎平さんなのかと疑ってしまうほど変わったような気がします。10年前の心兎平さんは、言ってしまえば『冷たい人』でした。それが今では『温かい人』になっているのです。一体、心兎平さんの身に何があったのでしょうか?
「…じゃあ!!」
「あぁ、これから俺の事を兄として、宜しくねチノちゃん」
「はい、お兄ちゃん!!」
今はそのような過去を知る時期ではないのかもしれません。
====
一方その頃、心兎平が街中で見かけた女の子は、あれから30分以上街を彷徨っていた。終には歩き疲れ、休憩ついでに目的地までの道を聞くための喫茶店を探して辺りを見回した。すると彼女の目に、ウサギとマグカップを模した吊るし看板が映った。
「喫茶店…ラビットハウス…ラビット♪」
どうやら彼女は『ウサギと触れ合いながらお茶できる喫茶店』とみたらしい。扉を開けば、そこには夢のような空間が広がっている―と、扉の向こうの景色に期待を膨らませつつ、
「入ってみよ~っと♪」
元気よく店の扉を開けるのであった。
はい、如何でしたでしょうか?自分は書いてる内に「心兎平そこ代われ」って言いそうになった(笑)心兎平君は一応、今の自分自身をモチーフにごちうさの世界の高校生として生活させたら、という設定があります。だから何を言おうと代われんのだよ俺!!
さて次回、いよいよあの人が本格的に登場です。原作・アニメ見ている人なら誰か分かるよね?お楽しみに!
感想、お気に入り登録よろしくお願いします。
追記:一部訂正しました。
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2羽「運命と宿命」
投稿が物凄く遅くなって大変申し訳ありませんでした!!
前羽で早くても投稿ペースは最速1か月に1羽が限界と書きましたが、実際には1羽投稿から2羽投稿までに4か月も要してしまいました。なのでこれからは3~4か月に1羽のペースになりそうです。下手すりゃ半年に1羽とかになるかもしれません。
勿論できる限り早期の投稿を目指しますが、如何せん仕事と他の趣味の合間に気が向いたら書いている状態でして、しかも1羽あたりの分量がめっちゃ多い(2羽目にしてとうとう1万文字超えた)ので、これ以上のスピードアップは絶望的かと思われます。じゃあ分割すればいいじゃんという話になりますが、そこは自分のポリシーに反するのでできません。まあゆっくりまったり更新していきますので、今後も何卒よろしくお願いします。
長くなりましたが本編をどうぞ!!
私は
「きれ~い、可愛い街♪ここなら楽しく暮らせそう♪」
童話の世界に来たみたいだよ~迷っちゃいそう…おっといけない、迷っちゃったら香風さんの家に辿り着けないね。えっと地図地図~。
「ふーん…ここがこうで、あっちがこっちで、う~ん…まあいっか♪」
結局よく分かんなかったから、そのまま進もうかなー…懐かしい人の気配がしたのは気のせいだよね?
~~
どこまで歩けば香風さんちに着くんだろう…そろそろ休憩しようかな…ん?あれは!?
「喫茶店…ラビットハウス…ラビット♪」
あの看板はうさぎとマグカップ、ということは『ウサギと触れ合いながらお茶できる喫茶店』かな?あぁ~想像するだけで頭の中が幸せで満ちてくよ~。よし!そうと決まれば、
「入ってみよ~っと♪」
====
「そう言えばお兄ちゃん」
「ん?どうしたのチノちゃん?」
心兎平さん―もといお兄ちゃんに聞いておきたい事が一つあるんでした。
「お兄ちゃんはここで下宿するんですよね?」
「そうだよ」
「実はもう一人下宿する人がいるんですが…何か聞いていませんか?」
お兄ちゃんなら何か知っているかもしれない―そんな期待を込めて聞いてみます。ですが、現実はそう甘くはないようです。
「…いや、何も聞いてないね」
「そうですか…」
何も聞いてないと知り、私はガッカリしてしまいました。そもそも何でお兄ちゃんがそんな事を知っていると思っていたんでしょうか?普通に考えればお兄ちゃんともう一人に面識があるとは思えないですし、寧ろ知っている方が不自然です。
「お兄ちゃん、急に黙り込んでどうしたんです?」
お兄ちゃんが何やら考え事をしているようです。やっぱり何か心当たりがあるんでしょうか?
「ごめん、何でもないよ」
どことなく誤魔化しているように見えます。一体何を考えていたのか、凄く気になります。
―カランカラン―
しかし、お客さんが来たベル音の合図によって、この考えは中断せざるを得ませんでした。
「いらっしゃいませ」
====
危うくチノちゃんに悟られる所だったが、いいタイミングでお客さんが来たお蔭で何とかはなった。チノちゃんは入口に向き直り、俺が来た時同様の言葉を発する。
ただ、そもそも俺以外で下宿する人と道中で見かけた迷子の女の子、これが同一人物である可能性をチノちゃんに秘密にする必要があっただろうか?答えは否だ。別に話した所で双方に不都合が出るとは思えないし、寧ろ重要な手掛かりになるかもしれないのだ。それを態々秘密にするという事は、まだサプライズを仕掛けたい衝動に無意識に駆られたのだろうか…いやそれはない。俺は彼女の正体を知らないので、サプライズを仕掛けようにも出来ない。では一体何だというのか…。
「うっさぎ~♪うっさぎ~♪」
声から察するに、今入ってきたお客さんは如何にも能天気そうだ。まるで今の俺と対極の…ん?
「うさぎがいない…」
気のせいだろうか?聞き覚えのある声だ。まさかと思い、恐る恐る声の発生源に顔を向ける。
「うさぎがいない!!」
姿を見て確信した。うん、さっきぶりだね、迷子の女の子。
~~
(…どうしてこうなった)
今の状況を簡潔に説明すると、例の女の子と『相席』。他に空いてる席があるのに―というかそもそも、今いるのは俺と彼女だけなのに、一体何故なのか?まさか、俺に一目惚れしたんじゃあるまいな?…いや、いくら何でもそれはないか。俺は色んな意味で平凡な顔つき身体つきだし、寧ろどうやって一目惚れされようか。
「この街って、すっごく可愛いよね♪」
「あ、あぁ…」
まぁこの様子だと話し相手が欲しかっただけだろう。それにしても、街を『可愛い』と表現するとは…どうやら彼女は、俺は愚か普通の人の感覚では到底理解できない、奇天烈な発想の持ち主のようだ。しかも初対面で赤の他人であるはずの俺に対してもフレンドリーに話しかけてくる。自然とこちらも溜口で会話してしまいそうなほどだ。
「…もじゃもじゃ?」
かと思えば急に話が逸れる。気が多いのかと呆れつつ彼女の目線を追ってみれば、そこにはお冷を用意したチノちゃんの姿があった。俺から見て不機嫌に見えたのは気のせいだろう。うん、そう思いたい。
「はぁ…これですか?これはティッピーです、一応ウサギです」
そう、チノちゃんの頭に鎮座しているこの白い毛むくじゃらの物体―もとい毛玉こそ、アンゴラウサギのティッピーである。だが俺は、未だこいつがウサギであるという確信が持てない。顔だけなら犬か猫、棒を突き刺してしまえばこれは綿飴だと言われてもしっくりきてしまう。と言うか、幼少期の俺は本気で綿飴の生き物だと信じて疑わなかった。当時のチノちゃんに強く否定されたけど。
「あぁうさぎ?」
チノちゃんの説明で女の子も理解したようだ。それもそうだ、こんななりで一目でウサギだと見抜けたなら、そいつはもうウサギ博士認定してもいいレベルだ。それくらい、ティッピーはウサギだと認識されにくい見た目をしている。
「ご注文は?」
「じゃぁそのうさぎさん♪」
そしてチノちゃんの言葉に対し、女の子はティッピーを指差し…いやいや、喫茶店でウサギを注文するのはやめようよ。せめて飲み物頼もうよ。見た目からして触りたいのは凄く分かるけどさ…まぁ俺は触った事あるけど。
「非売品です」
当然の如く、チノちゃんもキッパリ断った。ティッピーはチノちゃんの家族も同然なのだ。チノちゃんにとってその家族を売るなど言語道断の行為に値する。非売品にするのは妥当な判断であろう。
「うえぇぇぇん…せめて…せめてもふもふさせて!!」
女の子は『非売品』と聞き、泣き崩れて机に突っ伏した―かと思えば、今度は触らせろと言いつつ立ち上がる。表情豊かだが全くもって忙しない。
「コーヒー1杯で1回です」
対するチノちゃん、ここぞと言わんばかりに対価としてコーヒーの注文を提案する。こう見えてチノちゃんは案外商売逞しいようだ。だが女の子の返答は、俺やチノちゃんの予想の斜め上を行くものだった。
「じゃあ3杯!!」
チノちゃんは驚きのあまり目を見開いていた。それもそのはず、たとえティッピーをもふもふできる権利を得たとて、普通はコーヒー1杯分で満足するものだろう。だが彼女は違う。ティッピーを心ゆくまでもふもふ出来るのであれば、コーヒーなんぞ何杯でも飲んでやるという心意気が垣間見える。流石に喫茶店のコーヒーを大量に注文するには手持ちが厳しいのだろう、コーヒー3杯で手を打ったようだ。とは言っても、1度にコーヒー3杯は多いのではなかろうか?俺は彼女がカフェイン中毒になりはしないかと、他人事ながら心配した。
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「ねぇ、君ってこの街の人?」
店員さんがコーヒーを淹れている間、時間があるから目の前の人とお喋りするよ!
「いや、今日この街に来たばかりだ、ここで下宿することになってる」
「そっかぁ~、私もこの街で下宿するんだけど、迷子になっちゃって…」
この街って結構複雑だから迷っちゃうんだよね…。
「だろうな」
…あれ?この人とは今初めて会ったはずだけど…まさかストーカーされてたの!?
「どうして迷子だったって分かるの?」
「そりゃあ、街中で絶賛迷子になってる所を目撃したからね」
「そうだったんだー」
あぁびっくりした、どうやら勘違いだったみたい…でもこの人ならストーカーされてもいいかな…あれ?私は一体何を考えてるんだろ?
「なんかこうやって話してると、私たち姉弟みたいだね♪」
「兄妹?」
「うん!昔君みたいな弟っぽい友達がいたんだよ♪また会いたいな~」
「俺は一人っ子だけどな…でも奇遇だな、俺にもお前みたいな妹っぽい友達がいたんだ」
「私はお姉ちゃんだよ!!」
私は今日をもって妹から卒業だよ!!…よし決めた。
「じゃあもし私の下宿先がここだったら…」
「だったら…何だよ?」
「君を私の弟にしてあげる!!」
====
「…え?」
3杯も頼んだお客さん用のコーヒーを淹れている最中、信じられない言葉が聞こえてきました。私は思わず会話している二人の方を見てしまいます。
―君を私の弟にしてあげる―
もしこの発言が本気なら、心兎平さんがあの人の弟になり、私のお兄ちゃんではなくなってしまうかもしれません。それだけは絶対に嫌です。折角、心兎平さんをお兄ちゃんにできたのに、また一人ぼっちにされるのは…。お母さんを亡くし、おじいちゃんもウサギの姿になってしまい、お父さんも仕事が忙しくて私に構う時間がなく、もう心兎平さんしか心の在りどころがないんです。もしそうなってしまえば、私は一体どうすれば…。
「チノ、コーヒー1杯余分に作りすぎてはおらんか?」
「…は!」
二人の方を凝視しつつ考え事をしていた私は、おじいちゃんに指摘されてハッと我に返りました。確かに何時の間にかコーヒーが4杯できていました。あのお客さんの注文は3杯…つまり、1杯分無駄になってしまっています。どうやって処理しましょう…そうだ、丁度いい処理方法がありました。
「でっでは、この1杯は心兎平さんへのサービスということで…いいですか?」
「…まあ、いいじゃろう…」
私の提案におじいちゃんも渋々納得しました。それもそうでしょう、コーヒー1杯だけでも経営に大きな影響を与える事になるかもしれないですから。ですがそれはそれ、これはこれです。折角のチャンスを逃すわけにはいきません。早速ウインナーコーヒーを作りましょう。そして心兎平さんが私のお兄ちゃんであることを証明してみせます!!
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「…ごめん、もう一回言ってくれないか?」
「え?だから、君を私の弟にしてあげる!!」
女の子のあまりにも飛躍的すぎる発言に、俺は思わず己の耳を疑ってしまった。うん、聞き違いではなかったようだ。
「…よし、じゃあ今から言う事を落ち着いて聞いてくれ」
「うん」
「まず君と俺は赤の他人、それはいいな?」
「うん」
「次に、君と俺は話を聞く限り同い年だと仮定しよう」
「うっうん」
「仮に双子にしようとしても、弟にするのは無理があるんじゃないか?」
「…」
言っちゃ悪いが相手はあまり賢くなさそうなので、正論っぽいことを言って言い逃れした。案の定、女の子は押し黙る。
正直、こんないかにも妹っぽい奴の弟になんかなりたくない、というのは勿論ある。だが何よりも、容姿といい発想といい、そしてこの言動といい、昔友達だったアイツの姿と重なるのだ。彼女には悪いが、アイツにそっくりな奴に四六時中付き纏われるのはごめんだ。昔を思い出し、寂しさと虚しさで自分を保てなくなりそうだから。
「…そっか…そうだよね…」
女の子は理解したのか、見るからに落ちこんでしまったようだ。少し現実を突きつけ過ぎたか?
「お待たせしました」
丁度チノちゃんがコーヒーを淹れてやってきた。注文通り女の子の元にコーヒー3杯、そして何故か俺の元にもウインナーコーヒーが置かれる。
「あれ?俺はおかわり頼んでないけど?」
「作り過ぎてしまったのでサービスです」
「そっそうか…」
ここで理由を訊くのは野暮というものか。どうせ目の前の女の子の話し相手をしないといけないし、先に注文していたコーヒーも飲み干しており手持ち無沙汰気味だったのだ。作り過ぎたという理由だけで態々サービスしてくれたのだから、ここは深く考えず有難く頂くとしよう。
「じゃあ君の分も入れてコーヒー4杯頼んだから、4回触る権利を手に入れたよ♪」
ティッピーをもふもふできるからだろう、先程までの落ち込んでいた表情は何処へやら、コーヒーが置かれるなり笑顔を取り戻した女の子。ついでに勝手に俺へのサービス分まで女の子の注文扱いにされた。解せぬ。
「冷める前に飲んでください」
…やっぱりチノちゃん、機嫌が悪そうだ。だが俺に思い当たる節は…ない事はないが…まあそれを抜きにしても、ここは喫茶店だ。まず注文されたコーヒーを飲むのが筋だろうから、チノちゃんの催促は何もおかしくない。
「あうぅ!!…そっそうだね!!」
対してまるで重箱の隅をつつかれたかのような反応を見せる女の子。繰り返すが、チノちゃんの催促は何もおかしくない。
~~
「この上品な香り、これがブルーマウンテンかぁ」
何故か銘柄当てクイズが始まったが誰も気にしない。まずは1杯目、女の子はこれをブルーマウンテンと予想した。
「いいえ、コロンビアです」
ジト目で答えるチノちゃん…まあ実際、銘柄を香りで当てるのは難しいとは思うけれど…続けて2杯目。
「この酸味…キリマンジャロだね!!」
「それがブルーマウンテンです」
変わらずジト目で答えるチノちゃん。もしや女の子、当てずっぽうで言ってるんではなかろうな?そして3杯目。
「安心する味~、これインスタントの」
「うちのオリジナルブレンドです…」
女の子が回答し切る前に答えを言うチノちゃん。これは怒ってると見て間違いないだろう。無理もない、喫茶店のコーヒーをインスタントなどという方が失礼なのだから。仕方ないから助け船でも出してやろう。
「因みにこのコーヒーは何だ?銘柄じゃなくて」
「えぇっと…カフェラテ!!」
「…」
俺の元にあるウインナーコーヒーを指さし、それの名前を訊いた結果がこれである。とうとうチノちゃんは何も言わなくなったし、これ以上は救いようがない。
「…とりあえず、コーヒー飲もっか」
「うん♪全部美味しいしね!!」
この女の子はこういう事には鈍感なのかもしれないが、正直少しは察しろと言いたくなる。さっきから地雷を踏みにいっているし、これ以上は拙い。
「じゃあそのうさぎさんをもふもふさせてね~」
だから空気を読め…と思ったが、チノちゃんはすんなりティッピーを渡した。そういえば女の子はお客さんであり、コーヒー1杯でティッピーを1モフモフできる約束していたっけ。そして女の子は凄まじい勢いでティッピーをもふもふし始めた。
「はぁ~もふもふ気持ちいい…は!いけない涎が」
「のおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
…ん?今何か爺さんのような雄叫びが聞こえたような…まさかティッピーが!?…いや待てあり得ない。確かにウサギは稀に鳴くと聞いた事があるが、人間のように叫ぶなんて事はできない。では今のは一体…。
「あれ?今このうさぎ叫ばなかった?」
どうやら女の子にも聞こえていたようだ。このことから俺の幻聴ではないのは確かだ。
「気のせいです」
チノちゃんは誤魔化すように受け流す。だが凄く怪しい。俺も女の子も雄叫びを聞いているのだから。それも明らかに爺さんのような声で、だ。それにしても…。
「それにしても、この感触癖になるなぁ…」
一方で女の子にとってはどうでもよかったのか、構わずティッピーをもふもふし続ける。ティッピーは明らかに嫌そうな顔をしている。
「…もういいですか?…あの…」
「そろそろ返してやったらどうだ?」
チノちゃんの催促も空しく、女の子はもふもふの手を止める気配がない。このままではティッピーが延々もふもふ地獄に陥りそうなので、見かねて俺からも返却を促す。だが女の子はもふもふに夢中で聞く耳を持たない。
「ええい早く離せこの小娘が!!」
とうとうティッピーは女の子の腕から逃げ出そうともがき喚いた。明らかに今、ティッピーから言葉が発せられたのを、今度こそこの耳でハッキリ聞いた。ここに来た時から感じていた違和感と今起こった出来事を踏まえると…今すぐ俺の中の好奇心が真相を暴けと疼く。だが次のチノちゃんの言葉で、それは断念せざるを得なくなった。
「今この子にダンディーな声で拒絶されたんだけど!?」
「私の腹話術です」
「ええ!?」
「…腹話術うまいじゃん」
俺は聞きたい気持ちを抑え、あたかも信じたフリをした。腹話術…か、ティッピーから発せられる声をそこまでして誤魔化すかチノちゃん…何か事情があるのかもしれない。これは今下手に口出ししないほうが良さそうだ。確かめるのなら俺とチノちゃん、或いはティッピーと二人きりの時がいいか…人とウサギの時は1人と1羽か。
「早くコーヒー全部飲んでください」
多分女の子に向けて言ったんだろうが、今思えば俺もお代わりのウインナーコーヒーに未だ手を付けていなかった。そろそろ頂くとしよう。
====
やっとのことでティッピーを返してもらえました。危うくティッピーの正体がばれる所でしたが、お客さんの方は私の腹話術と誤魔化したらあっさり信じてしまったようです。ですがお兄ちゃんはどうでしょうか?実は正体が分かってしまったけど、大事にしたくないから敢えて信じた振りをしただけかもしれません。
「私、春からこの街の高校に通う事になったの」
「はあ…」
ですがそれを今確かめる訳にはいきません。確かめるのなら二人きりの時です。それはさておき、お客さんは今年から高校生になるみたいですね。
「でも下宿先探してたら迷子になっちゃって…」
「下宿って…」
でも今年から高校生で、今日から下宿…偶然でしょうか、お兄ちゃんと同じです。ここが下宿先でない事を祈ります。
「道を訊くついでに休憩しようと思ったけど、香風さんちってこの近くの筈なんだけど知ってる?『香る風』って書くんだけど…」
ですがそんな期待も、この言葉で儚く散りました。言うべきでしょうか…でも言ってしまったら、お兄ちゃんは…。
「…香風はうちです」
結局、言ってしまいました。どうも私、お客さんに対して嘘は付けないみたいです。今はそれが少し悔しいです。
「えぇー!?凄ーい、これは偶然を通り越して運命だよー!!」
でもこの反応を見る限り、さっきの約束は忘れているのかもしれません。ここは思い出させないよう、慎重に対応しないといけませんね。
「私はチノです、ここのマスターの孫です」
ここは自己紹介をするのが自然でしょう。その程度なら何も問題が起こるはずがないです。
「私はココアだよ、よろしくねチノちゃん♪」
…と、そう思っていたのですが…。
「はい、ココアさん」
「!?」
私が『ココアさん』と言った辺りでしょうか?さっきまで無言を貫いてコーヒーを飲んでいたはずのお兄ちゃんが突然、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしながら立ち上がったのです。まさか…いやいやまだ断定するには気が早いです。とりあえず様子を…。
「お前、苗字が『保登』だったりしないか?」
「え…何で知ってるの?」
…え?お兄ちゃんがお客さんの苗字を言い当てた!?でも心を読まない限りそんなことは不可能です。という事は、まさか本当に…。
「兎猪菜 心兎平…って言ったら分かるか?」
これは間違いないでしょう。私がお兄ちゃんの妹になるずっと前から、この人と関係を持っていた、と。そんな…
もう一人にしないで…。
====
時は遡ること3年前、心兎平の小学校卒業式の日―
「うぅ…行かないで…こーちゃん…」
「ごめんココア、僕は行かなきゃいけないんだ、もうここにはいられない」
心兎平は家の事情で中学校が女の子―ココア―と別になってしまった。本来ならば心兎平は卒業式が終わり次第新居に移動する事になっていたのだが、心残りがないようにしたい、という心兎平の要望でココアの家へ別れの挨拶をしに来た次第だ。
「嫌だー!!私も一緒に行くー!!」
「こら!そんなこと言ったらダメだよココア!!」
だがこれが裏目に出たようで、ココアは自分も連れていけと泣き喚きながら駄々を捏ねた。それをココアの姉が引き止めつつ宥めるが、彼女の目尻にもまた、大粒の涙が浮かんでいた。
「…そうだ、これ」
このままでは埒が明かないと考えた心兎平は、とあるカードケースを取り出し、その中の1枚をココアに渡す。
「…トランプのジョーカー?」
カード―トランプのジョーカー―を渡されたココアは泣き止み、不思議そうにそれを見つめている。
「それを僕だと思って、大切にしてほしい」
「…うん、分かった、これをこーちゃんだと思って大切にするね!」
そう、これはココアがこれ以上寂しい思いをしないように、という心兎平なりの気遣いだった。ココアもこれで納得したらしい。
「もしまた会えたら、僕とココアの持ってるトランプを合わせて、また一緒に遊ぼう」
「うん!!約束だよ!!」
寂しさは完全になくならないまでも、ココアはいつもの笑顔を取り戻した。そしてお互い別れの挨拶を済まし、心兎平は新居へ旅立っていくのだった。
(また会えるかな…いや、絶対に会える!!)
ジョーカーの抜けたトランプと、抜けたジョーカーが再び巡り合う時こそ、心兎平とココア、二人が運命―いや、宿命の再開を果たす時。
====
「…もしかして、こーちゃん?」
私が恐る恐るそう聞いたら頷いてくれた。ということは本当に…。
「こーちゃん久し振りー!!」
思わずこーちゃんに抱き着いちゃった♪あぁ~この感覚も久し振りだよ~♪
「あぁ、久し振りだな、ココア」
…あれ?そう言えば何か昔のこーちゃんと違うような…。
「こーちゃん、変わった?」
「そうか?俺は今も昔もこんな感じだが?」
そうだったっけ?…まあいっか。
「そういうお前はあまり変わってないな」
「勿論!!変わりゆく世の中でも変わらないモノだってあるんだからね!!」
「それってお前が変わってないっていう証明にはならないよな?」
う゛っ中々的を得た指摘を貰っちゃった。流石こーちゃん鋭いね…あっ忘れてた!!
「はいこーちゃん、再開の印だよ!!」
「お?ちゃんと大切に持ってくれてたんだな、トランプのジョーカー」
「当然!!これはこーちゃんの身代わりだもんね!!」
「いや身代わりじゃねーよ」
あれ?身代わりじゃなかったの?じゃあ何だったのかな…。
「まあいいか…じゃあ改めて、これから宜しくなココア」
「うん♪よろしくねこーちゃん!!」
こーちゃんと一緒なら、これから楽しくなりそうだな~♪
====
どうやら本当にココア本人だったようだ。今まで俺の事を『こーちゃん』なんて呼んでいたのはココアただ一人。彼女からその呼び名を聞いた時、これが運命を通り越した宿命なのかと妙に納得してしまった。
そして抱き癖も健在だったようで、ココアは俺だと認識するや否や抱き着いてきた。まあ小学校時代によくココアに抱き着かれていたし、ついさっきチノちゃんにも抱き着かれたし…というか彼女がココアだと気づいた後であり、抱き着いてくるのはある程度予想できていたので別に慌てはしなかった。問題はココアの身体が成長していた事か。抱き着かれれば胸の膨らみを感じてしまい、男として理性を保つのに必死になるものだ。次からは安易に抱き着かれないように対策を練っておこう。
「まあそういう訳で、俺とココアは小学校時代の親友だった訳なんだけ…ど…チノちゃん?」
そういえば先程からチノちゃんから反応がない。もしや怒っているのか?いやまあ確かに、一見するとチノちゃんの目の前で俺とココアがイチャイチャしているようには見えただろう。だがこれはあくまで再開できた喜びを分かち合っていただけに過ぎない。だからこれは勘違いだと弁解しようとチノちゃんの方を見てみれば…。
「ワタシノ…オニイ…チャン…トラレル…ワタシ…イモウト…ジャ…ナクナル…」
そこには虚ろな眼差しで片言なうわ言を呟きながら立ち尽くしているチノちゃんの姿があった。これは拙い、チノちゃんの精神状態がおかしくなっている。恐らくココアが俺を弟にしてあげるとか言ったせいで、チノちゃんが『弟にする→お兄ちゃんをやめる』と思考を飛躍させてしまったのだろう。そしてそれを避けるべくさりげない行動で俺の気を引こうとするも、そもそもココアと俺が既に友人関係だったと知り、それ以前の問題だったと絶望してしまったのだろう。成り行きとは言え、チノちゃんには悪いことをしてしまった。お兄ちゃん失格である。この罪は責任をもってしっかり償うべきだろう。
即ち俺が取るべき行動、それが誤解だと伝える事である。だが今のチノちゃんには何を言っても通じないだろう。ともすれば、まずチノちゃんを正気に戻してあげるのが先決か。だが俺はその術を知らない。そもそもこのような状態に陥った人を目の当たりにするのは初めてだった。それもよりによってチノちゃんがなってしまったのである。普段は落ち着いている俺も、今回ばかりは焦燥が募って中々解決策が思い浮かばない。
「何だかチノちゃん、寂しそう…」
ふとココアがポツリと呟く。寂しそう…そうか!!チノちゃんは寂しかったんだ。思えばチノちゃんは一人っ子で兄弟姉妹がおらず、お母さんからの愛情も何らかの理由で足りていなかったに違いない。安心して心を預けられる人がいないから、数少ない身寄り―つまり俺に居場所を求めた、という訳だ。ではチノちゃんを安心させるにはどうすべきか?もう答えは分かり切っていた。俺は立ち上がりチノちゃんに近づく。そして…
「チノちゃん!!」
チノちゃんを優しく抱きしめた。
====
…あれ?私は一体、何をしていたんでしょうか?さっきまで悲しみに苛まれていたような気が…何時の間にか安心できる温もりに包まれている気分です。
「大丈夫…俺はチノちゃんのお兄ちゃんであり続けるから…やめるなんて事はないから…」
お兄ちゃんの声…それに、お兄ちゃんをやめない…え?という事は、私が勝手に勘違いしていただけですか?私はお兄ちゃんに抱き着かれている事よりも、自分が勘違いしていた事の方が恥ずかしくて、急に体が熱を帯びてゆくのを感じました。
「あぁ!!こーちゃんだけずるーい!!私もー!!」
そう言えばココアさん、でしたか?―もいたんでした。というかココアさんまで抱き着くつもりじゃ!!待って下さい今抱き着かれたら…。
「私を姉だと思って、何でも言って!!」
私の心の叫びが通じる筈もなく、ココアさんにも抱き着かれました。というか暑苦しいです。
「…あの、もう大丈夫なので離れてくれませんか?苦しいです…」
「あぁごめん」
お兄ちゃんはすぐに離してくれました。ですがココアさんはまだ離してくれません。
「あの、ココアさん?」
再度話し掛けると漸く離れてはくれました。代わりに今度は両手を塞がれましたが。
「私の事はお姉ちゃんって呼んで♪」
…え?いきなり呼ぶんですか?いくら何でもそれはちょっと…。
「じゃあ、ココアさん?」
「お姉ちゃんって呼んで!」
あ、これは呼んでもらえるまで続くパターンですか…どうしましょう…。
「…ココアさん?」
「お姉ちゃんって…あぅ!」
急にココアさんの催促が止まりました。目線を右に移せば、お兄ちゃんがココアさんの頭をチョップしていました。
「その前に、チノちゃんに謝る事、あるんじゃないか?」
「あ…そうだね!」
ココアさんはこちらに向き直ると、申し訳なさそうにこう言いました。
「ごめんねチノちゃん、私があんなこと言ったせいで勘違いさせちゃって」
お兄ちゃんに促されたとは言え、ちゃんと謝ったのは反省している証拠でしょうか…。
「いえ、私の方こそお見苦しい所を見せてしまってすみません」
「じゃあ仲直りしたし、私の事お姉ちゃんって…あぅ!!」
本当に反省していたんでしょうか?またチョップされました。
「初対面の人に無理矢理お姉ちゃんって呼ばすな」
「何でぇ!?こーちゃんはチノちゃんにお兄ちゃんって呼ばれてるのにずるい!!」
「チノちゃんとは初対面じゃないし、それに」
お兄ちゃんが私に目配せしました。私が言わなきゃダメですか…。
「私が…呼ばせてほしいって言いました」
今更ですがちょっと恥ずかしいです…。
「そっかぁ~…じゃあ私もお姉ちゃんって呼ばれるように頑張らないとね!!」
ココアさんは意気消失するどころか、逆にやる気を出してしまいました。
「ではココアさん、早速働いて下さい」
「任せて♪」
そのやる気が仕事で空回りしないといいのですが…ちょっと不安です。この先どうなってしまうんでしょう…。
====
心兎平がラビットハウスにやって来る約10分前の事―
―カランカラン―
何の躊躇いもなくドアを開ける一人の女の子。
「いらっしゃいま…あ、〇〇さんこんにちは」
チノは出迎えの挨拶をしかけ、その人物が分かるや否や挨拶を変える。
「あぁ、こんにちはチノ」
彼女と心兎平が後に事件を起こす事になるとは、この場にいる彼女達は思いもしなかった。
はい、いかがでしたでしょうか?心兎平君の次に来店したのはココアさんでした!!ていうかかわいい女の子を抱きつつ抱かれつつ…やっぱり心兎平君が羨ましいそこ代われ。
さて、また最後の方に次羽登場伏線ありの人物が出てきましたね。これは事件の予感!!はてさてこの先、どうなりますことやら。お楽しみに!
2羽投稿地点でお気に入り5件、UA196件ありがとうございます。
感想、お気に入り登録よろしくお願いします。
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3羽「正体と罪悪」
さて、話は逸れましたが3羽です。前回は4か月かかったので今回もそれくらいかかっちゃうかな?と見込んでいたのですが、意外にも3か月で出来てしまいました。この調子で投稿ペースを上げられたらいいなぁ…なんて思ったり。そして今回も1万文字越えです。もうこれがデフォルトになってしまうのか…頑張ります。
また微妙に長くなってしまいました。では本編をどうぞ!!
心兎平がラビットハウスに来る約10分前の事―
私は
「いらっしゃいま…あ、リゼさんこんにちは」
『Rabbit House』と書かれた看板を掲げた喫茶店に入ると、もう出会って1年の付き合いとなる女の子―チノが出迎えてくれる。彼女の親父さんが私の親父と友人であり、そのよしみで去年から私はここでアルバイトをする事になったんだ。
「あぁ、こんにちはチノ」
私はいつものように返事をし、その足で『Staff Only』のドアを開ける。だが私は、ここに来てから微かに違和感を感じていた。チノの様子が変なんだ…いや、一見するといつもと何ら変わらず落ち着いているようだが、1年も付き合えば私には分かってしまう。チノはきっと何か不安を抱いているに違いない。流石に何に対してかは分からないが…兎に角、先ずは着替えて仕事しよう。そして仕事が落ち着いてきた頃にでもチノの相談に乗ろう。そう考えつつ私は更衣室へ向かうのだった。
まさかこの後、思いもよらぬ事件に巻き込まれるとも知らずに…。
====
俺とココアは早速仕事をするため、チノちゃんに連れられて更衣室に案内されることとなった。更衣室は1階にあるらしく、すぐに到着した。
「ではお兄ちゃんはここで少し待っていて下さい、ココアさんは中へどうぞ」
俺だけ待てという事は、ここは女性更衣室か。
「あれ?こーちゃんはここで着替えないの?」
「女性更衣室で着替える男がいると思うか?」
「あ、そっか!」
チノちゃんの説明の意図を汲めなかったか、ココアが不思議そうに俺に尋ねてくる。俺が質問に対して至極当然に質問で返せば、漸くココアも納得してくれたようだ。これで割と本気で訊いてくるのだから天然は侮れない。
二人は更衣室に入るとドアを閉めた。だが1分もしないうちにチノちゃんだけ出てきた。
「あれ?もう説明終わったの?」
「ココアさんの使うクローゼットは教えてあるので大丈夫です、ではお兄ちゃんはこっちです」
「そうか…分かった」
ココアの事だから、何かしでかすんじゃないか…そんな不安を抱きつつも、チノちゃんについていくのであった。
~~
次に向かったのは2階のとある部屋だった。見た感じ男性更衣室ではなさそうだが…。
「ここがお兄ちゃんの部屋です、着替えもここでお願いします」
「うん、ありがと」
どうやら俺のこれからの自室のようだ。着替えもここでしろという事は、男の従業員は俺だけなのか…まあそれはそうと、危うく忘れる所だった件を一つ。
「チノちゃん、悪いんだけどティッピーを貸してくれないかな?」
そう、ティッピーの正体を確かめるのだ。早速巡ってきたこのチャンス、逃すわけにはいかない。
「え?」
チノちゃんは俺の発言に驚愕していた。それもそうか、俺は今の今まで動物と触れ合おうともしなかったからな。最も動物の方が懐かず逃げたり威嚇したりしていたせいだが。
「ほら、ティッピーぐらいしか俺に懐いてくれないしね」
「そうですか…ではどうぞ」
少し言い訳じみていたが、チノちゃんは俺の言わんとする事を理解してくれたようで、すんなりティッピーを渡してくる。当のティッピーは何やら恐怖で震えている。それがココアにされたモフモフ地獄の再来に対してか、或いは己の正体がバレる事に対してか、はたまた両方か…因みに俺は言うまでもなく後者が目的だけど。
「では着替え終わったらホールに来てください」
「了解」
ティッピーを受け取った俺はチノちゃんにそう言われ、理解し言葉を返す。チノちゃんを見送った後、俺はドアを開けて中に入った。着替えも行う関係で念のため鍵をかけておく。
「…まあ、何もないか」
部屋を見渡せば、まるで生活感のない光景が目に入る。あるのはベッドに机、箪笥にクローゼット、そして姿見だけだ…いや当然と言えば当然か。まだここにきたばかりだし、荷物も到着していないし。
「あれが制服かな?」
そして何の飾り気もない机の上にそれはあった。丁寧にアイロンがけされており、皺一つない。これ一つとってみても香風家の親切丁寧さが分かる。どこか年季が入っていると感じるのは気のせいか。
「…とりあえず着替えるか」
考えていても仕方がないので、ティッピーをベッドに置いて早速着替えることにした。着替えて姿見に自分の姿を映してみれば…。
「何かカッコいい…」
そこには先程までの自分はおらず、代わりに喫茶店店員―というよりバーテンダーのマスターのような、少し大人っぽい男がいた。己の髪型が平凡である事に目を瞑れば、思わず自画自賛してしまう程には似合っていたのだ。
さて、またまた忘れかけていたが、折角当人―いや当兎?を連れ込む事ができたのだから、ここらで真相を確かめるとしよう。きっと驚くに違いない。
「この格好、どうかなティッピー、いや…
マスター」
====
なぬ!?儂の正体がバレたじゃと!?…いや、そもそもチノの腹話術で隠し通す事に無理があるか。
「何じゃ、バレとったんか…」
「まぁね」
「あの小娘があっさり信じたようにお主も信じたかと思っとったんじゃが…」
「寧ろ全く疑わないココアの方がどうかしてると思う」
言われてみればそうじゃな…さて。
「…まぁ何はともあれ、久し振りじゃの、心兎平」
「そうだなマスター…それで、この格好似合ってるかな?」
「あぁよく似あっとる、因みに儂の制服じゃ」
「へぇ~年季が入ってると思ったらそういう事だったのか」
息子よ、まさか儂の制服を此奴に着させるとは、余計な事を…まあよい。
「…そうじゃ心兎平、儂が喋る事を知っとるのは儂の息子とチノだけじゃ、他言は無用じゃぞ、よいか?」
まぁ此奴なら言う必要もないじゃろうがな。念のためじゃ。
「勿論、そのつもりだけど…」
「…何じゃ?何か言いたげじゃが?」
「何でティッピーになったんだ?」
何じゃその事か。
「そんな事儂にも分からん、死んで気が付いたらこの姿になっておったわい」
「そうなんだ…ティッピーになった感想は?」
「冬は暖かくていいんじゃが、夏は暑苦しくてかなわん、あの小娘に強く抱きしめられた時は死ぬかと思ったわい」
人としてはもう死んどるのに何を言っとるんじゃ儂は?
「寧ろココアみたいな可愛い女の子に絞め殺されるなら本望じゃないの?」
「ばかもん!!そんな訳あるかー!!」
「冗談だって、そんなに怒鳴ると血圧上がるぞ?」
「やかましいわ!!」
此奴言うようになったの…さて。
「…ところで心兎平」
「ん?何で俺がマスターに対して溜口かって?」
「そんな事訊いとらんし今更じゃろうて、そうでなくての…
…何故チノの兄になることを拒まなかったんじゃ?」
====
(やっぱりバレてましたか…)
お兄ちゃんを部屋に案内した私は今、ココアさんの制服を持ったまま心兎平さんの部屋の前で盗み聞きしています。今の私はダメな人です。これ以上ここにいては怪しまれかねないのと、後は他愛もない会話しかしていなさそうだったので、ここは即座に退散するのがいいでしょう。そう考えてドアから離れ、ココアさんが待つ更衣室に向かおうとしました。
「何故チノの兄になることを拒まなかったんじゃ?」
おじいちゃんの発した一言で、私の足は再び止められてしまいます。それは私も気になっていた事でした。私の小さい頃の記憶が正しければ、お兄ちゃんと呼ばれる事をあんなに拒否していたのに…。
「…チノちゃんが寂しそうにしてたから、かな」
「チノが寂しそう?何を言っとるんじゃお主は?仮にも儂がおるじゃろうて」
確かにおじいちゃんの言う通りです。ティッピーになってしまったとは言え、おじいちゃんは常に私の傍にいます。加えてお父さんもいます。別に寂しいと思った事はありません…多分。
「何て言うか…人の温もりに飢えてたって感じ」
「ふむ…」
そういう事だったんですか…言われてみれば、おじいちゃんが人として死んでから今まで、人から感じる温かさに触れていなかった気がします。流石は私が見込んだお兄ちゃんです。
「…まぁ、どういう訳かチノはお前に懐いとるようじゃし、精々兄として頑張るんじゃぞ?」
「言われなくてもそのつもり」
(それを聞ければ安心ですね)
お兄ちゃんの言葉を聞いた私はそう考え、今度こそ更衣室に向けて歩き出しました。1階に降りてきた直後、更衣室の方からココアさんの声と共にもう一人、聞き慣れた声が聞こえてきました。
(何やってるんですか…)
多分ココアさんと鉢合わせしたんですね。仕方ないから二人にはちゃんと説明しておきましょう。私は呆れながらも更衣室へ歩みを進めていきます。そして更衣室まであと少しというところで、事は起きました。
2階から慌ただしく階段を下りてくる足音、そして歩いている私の横をまるで風の如く過ぎ去る人影、その後ろ姿は…。
「…お兄ちゃん?」
====
…何故だ…?
「し、下着姿の」
…何故なんだ…?
「ドロボーさん?」
…何故こうもあっさり…
「完全に気配を殺したつもりなのに…」
私の居場所がバレたんだ…!?
「お前は誰だ!?」
こんなにも完璧な潜伏を見破るとは…こいつ、できる!!
「うえぇ!?わ、わわ私は、今日からここにお世話になる事となったココアです!」
ココア…身近では聞いた事もない名前だ…ここで世話になる…そんな事信じられるわけがない。
「そんなの聞いてないぞ、怪しい奴め!!」
さあ、正体と目的を吐いてもらおうか。まぁ『征服』とか言っていたから、ラビットハウス乗っ取りが目的だろうがな!!
「ココア!大丈…夫?」
直後、更衣室のドアが開け放たれ、バーテンダーのような服を着た男が入ってきた。くそっ援軍か!!…ん?
====
更衣室からのココアによるただならぬ声を聞いたので、ティッピーもといマスターを掴んで駆け付けた…まではよかった。だが俺は失念していた、ここが”女性”更衣室である事を。
幸いココアはまだ着替えてすらいなかった。問題はもう一人、紫の髪をツインテールに纏めた女の子の方だ。こちらは着替えている最中、しかもよりによって下着姿を躊躇することなく露わにしている。そして何故かココアに向けて、凡そ一般人が持つことがないであろう拳銃を構えている。
ハッキリ言おう、これは俺にとって非常に拙い状況である。普通に考えれば、個人差はあれど女が男に下着姿を見られるのは恥ずかしいと感じるだろう。そして見てしまった男は大抵『エロ』『スケベ』『変態』という、それはそれは最低な男らしい不名誉なレッテル貼りをされる。最も俺はそっち方面に興味は示さないので、そんな呼ばれ方をされるのはごめん被りたい。とは言え現在進行形で見てしまっているのは事実な訳で、残念ながらそう呼ばれても致し方ないのだ。だが問題はそれだけに留まらない…いや、寧ろ俺にとってはこちらの方が大問題か。
(殺される…!)
そう、この下着姿の女の子は拳銃を持っている。もしこの女の子がこの状況を把握してしまえばどうなるか、答えは簡単だ。恥ずかしさのあまり、俺に向けて『銃を乱射する』可能性が極めて高い。今の俺の立ち位置で弾を避けるのは不可能、つまり撃たれれば確実に命中するだろう。撃たれた場合、良くて致命傷、当たり所が悪ければ最悪即死となる。
冗談じゃない、こんな所で死んでたまるか!ここで人生を終えるという事は、今まで積み重ねてきたものを簡単に崩し、かつこれから積み重ねていくものを永遠に得られなくする行為に等しい。そんなことをされる位なら、せめて目的が達成された時にしてもらいたい。というか普通に死にたくない。ではどうやってこの危機的状況を回避するのか?…ドアを開けてからここまで3秒。
「…大変失礼いたしました…」
そう、『逃げる』事だ。幸い、例の女の子はまだ状況を呑み込めていない様子だった。これは好機と言わんばかりに、俺は一応軽く謝罪した後静かに退室しドアを閉めた。そして回れ右した後は自室に向けて一心不乱に走った。ドア越しから聞こえるココアの驚愕の声も、俺が来る途中の廊下で落としていったであろうティッピーを頭に乗せ、俺に待つよう抑止するチノちゃんをも無視して…。
====
「えぇぇぇぇぇぇぇ!!」
何かこーちゃんが助けに来たと思ってたら逃げちゃった!?私より自分の方が大事なの!?
「おい」
「はっはい!」
「今のは援軍か?」
援軍!?どうしたらそう見えるの!!
「違うよぉ!!」
「じゃあ何だ!?」
何って、えっと…
「私の友達だよ!」
「私はそんなの信じないぞ!」
「本当だよ信じてよ!!」
あうぅ…このままじゃこーちゃんが援軍になっちゃうよどうしよう。誰か弁解できる人…。
「何かあったんですか?」
あっチノちゃん!もしかしたら何とかなるかも!
「チノちゃん、強盗が!」
「ちっ違う!知らない気配がして隠れるのは普通だろ!!」
…それって普通?
「じゃあその銃は何?」
「護身用だ!私は父が軍人で、幼い頃から護身術というか色々仕込まれているだけで…普通の女子高生だから信じろ!!」
「説得力ないよぉ~」
普通の女子高生はそんなんじゃないもん!!
「あの、制服…」
====
あの後のチノの説明で、ココアという奴が言っていた事が事実であると知った。それを知らなかったとは言え、ココアに銃を向けてしまった分は本当に申し訳ないと思う。ココアは気にしないでと許してくれたが、それでは私の気がすまない。それならせめて罪滅ぼしで、先輩らしくしながらもココアと仲良くやっていけるようにするのが最善か…。
「ところでお二人はお兄ちゃん…心兎平さんに何があったか知りませんか?」
チノが思い出したかのように聞いてくる。心兎平…多分、大慌てで入ってきたアイツか…ん、お兄ちゃん?
「多分、リゼちゃんに襲われそうになってた私を助けにきたんじゃないかな?」
「いや、だから襲うつもりは…なくて…だ…な…!」
待てよ、確かアイツはバーテンダーのような服を着ていたな、それも男の…!!
「すぐに逃げていきましたけど」
おい待て、まさか更衣室に入ってきたのって…。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「リゼちゃん!?」
私はさっきの自分の状況を自覚し、恥ずかしさの余りその場で蹲った。間違いない、女性更衣室に入ってきたのは紛れもない『男』だ。何故もっと早く違和感の正体に気付けなかったんだ?
「うぅ…見られた…親父にも見られた事ないのに…」
「今更ですか…」
チノの言う通り今更だ、心兎平という奴はもう逃げてここにはいない。だが堂々と見られてなお逃げられっぱなしは癪にさわる。捕まえてそれ相応の制裁を加えたって文句を言われる筋合いはない。
だが次のココアの発言で、このような野蛮な思考は改めざるを得なくなった。
「でも、あんなこーちゃんを見るのは久しぶりかも…」
「そうなんですか?」
「うん、昔は何か悪いことしちゃったなーって時によく逃げては一人引きこもってたんだよ」
そうだったのか…私がココアに対して抱いていた罪悪感というヤツを、アイツも…。
「…チノ、心兎平とかいう奴の居場所を教えてくれ」
「リゼさん…?」
「リゼちゃん、まさか、こーちゃんに仕返しを…!」
ココア、お前は一体何を言っているんだ?
「そんな事しない!ただ…私から謝りたくて…」
「リゼちゃんは何も悪くないよ!」
「そうです、これは事故です、誰も悪くありません」
お前ら…。
「そうか、そう言ってくれるのは有難いが、やっぱり私の気が済まなくてな…」
「…チノちゃん、こーちゃんが今どこにいるか分かる?」
「え?多分自分の部屋にいると思いますが…」
ココア、今度は何を考えているんだ?
「よぉーし!じゃあ皆でこーちゃんの部屋に行くよ!ついてきて妹たち!」
「待って下さい、ココアさんは部屋の場所知らないですよね?あとココアさんの妹じゃないです」
ココアが率先して心兎平の元に向かうようだ…アイツに任せて本当に大丈夫なのか?…あと突っ込みたい事が一つ。
「…私の方が年上じゃないのか?」
====
命の危機から無事生還した俺は、部屋に着くなり鍵を掛けた。そして床に体育座りの体勢をとり、そのまま蹲った。俺は一体、何をしているんだろう…先程までの自身の行動を酷く悔やんでいた。というか罪悪感を感じていた。
そもそもココアがいたのは女性更衣室であり、いくらココアが悲鳴を上げたからといって迂闊に突入すべきではなかったのだ。ココア含め着替えている可能性だってあった―というか例の女の子が着替えている最中っぽかった―ので、せめてドア越しに何があったか聞く事だって出来たはずだ。その時にその考えが思い浮かばなかったのは、相当焦っていた事の現れなのだろう。だが今更思気付いたところでもう遅い。
次にココアを置いて逃げ出した点も頂けない。確かに拳銃を構えた人物を間近で見れば、誰だって撃たれるかもしれないという恐怖心を多少は抱くものだ。だがよく考えれば、俺はココアを”助けに来た”のである。であれば覚悟を決めてココアを逃がし、自分が犠牲になるよう仕向けるべきだった。それすら出来ず逃げ出すのは、最早裏切り者以外の何物でもない。俺はあくまで自分自身の命が最優先であり、勇気をもって立ち向かう事も出来ないヘタレ野郎である、という結論に至る。
そして何より、今のこの状況が非常に拙い。俺は一先ず自室に逃げ込んだのだが、どうせならここで引き籠っていた方が安全と判断し、今まさにそれを実行している。だが、それでは俺は自室から一歩も出ないという事になり、今後自身の行動に大幅な制約ができてしまう。俺がここに来た本来の目的は下宿かつ手伝いという名のアルバイトをする事だ。つまり引き籠るということは、それらを全てドブに捨てる行為に等しい。それだけではない、チノちゃんやマスターとした約束まで果たせなくなってしまう。ならば俺はここに引き籠るべきではないのだ。
だがその考えに至ったところで、俺は部屋を出るに出れない状態だった。あのようなアクシデントを引き起こしておいて逃げてきたのだから、周りからどう思われているのかを知るのが怖い。例の女の子は、やはり俺を殺したいと思っているのだろうか?ココアは俺を裏切り者と非難し、もう友達をやめたいと思っているのだろうか?チノちゃんは、俺はお兄ちゃんに相応しくないと思い、俺のことを見捨てるのだろうか?…思い浮かぶのは最悪の想像ばかりで、明るい想像は何一つ思い浮かんでこない。
「どうしよう…」
あまりの八方塞がりな状況に絶望し途方に暮れた俺は、溜息交じりにこう呟いた。
~~
それからどのくらいの時間が過ぎただろうか、ドアをノックする音が部屋に響いた。
「お兄ちゃん、扉越しでいいのでお話いいですか?」
チノちゃんの声だ。俺の事をまだ”お兄ちゃん”と呼んでいるあたり、今は見捨てるつもりはないという事か?…いや、本心を聞くまで確信はできない。
「チノちゃんか…俺ってお兄ちゃんに相応しくないのかな?」
「そんなことはないと思いますよ、まだ再会して間もないので知らない事は沢山ありますが…」
チノちゃんは一呼吸置いて続ける。
「私のお兄ちゃんは心兎平さんだけですから」
その言葉を聞いて、俺は深く安堵した。何というか、チノちゃんは本当にいい子なんだな、と。
「こーちゃん!」
今度はココアの元気ハツラツな声が聞こえてくる。何だか自分が想像していた懸念が全て杞憂に終わりそうな、そんな気さえした。だが一応本心は聞いておきたい。
「私ね、こーちゃんが助けてくれた時、すっごく嬉しかったよ!!」
「逃げられましたけどね」
チノちゃん、分かっててもそれは言ってはいけない。せっかくココアが頑張って慰めようとしてくれているのに、全て台無しになってしまう。
「うっ…でっでも、あの時のこーちゃんは無謀な戦士みたいだったよ!!」
「それを言うなら勇敢な戦士です」
それでも俺を慰めようと必死なココアであったが、残念ながら言葉を間違えたようだ。そしてチノちゃん、もう突っ込むのはやめたげて!!気持ちは凄く分かるけど!!
「…でもね、さっき気付いたんだ」
「…何に?」
「こーちゃんにも変わらないものってあるんだなって…」
(ココア…お前は本当に昔から変わらないな)
ちょっとこちらが恥ずかしくなる言葉を言ったように聞こえたが、俺は素直に嬉しいとも思う。きっとその言葉には、これからもずっと友達である事に変わりないという意味も込められているのだろう。
さて、ここまで来ればもう意地を張って引き籠る理由がなさげだが、まだ一人、俺が引き籠る原因となった人物がいる事を忘れてはならない。
「えっと…心兎平といったか?」
そう、俺が下着姿を見てしまった例の女の子だ。流石にこればかりはすぐに許してもらえないと踏んでいるので、次にご対面したら即刻土下座する腹づもりである。
「…さっきは本当にすまなかった」
そうそう俺もこうして謝りながら…んん??今向こうから謝らなかったか?全面的に悪いのは俺の筈なのに、一体全体どういう事なんだ?
流石の俺でも真意が掴めそうにないので、ここは意を決して外に出ることにした。最も、そうしないうちに出るつもりではあったが。
「!」「お兄ちゃん…」「こーちゃん…」
外に出てみれば、少し驚いた表情をする3人の姿があった。姿を見回してみれば、チノちゃん以外の二人も、チノちゃんとは色違いの制服に身を包んでいる。ココアがピンク、例の女の子が紫だ。
「…どうしてそっちが謝るんですか?」
俺は例の女の子に疑問をぶつけた。実質的に初対面でどの立ち位置にいる人物か分からないため、一応敬語で話している。
「いや…ココアを助けに来たんだよな?その…私が下着姿だったせいで…」
顔を赤らめながら説明する例の女の子。その様子だとやっぱり恥ずかしいのだろう。
「謝るのはこっちです、せめて扉越しに話し合いすればこんな事にはならなかったんですから…本当にごめんなさい」
「何でお前が謝るんだ!?そもそも私が早く着替えていればこんな事にならなかったんだから…本当にすまない!!」
そして俺は気付いた。これ、無限ループするんじゃないか、と。俺は当然の如く、向こうも自分が悪く相手は悪くないと思っているようだ。
「…どうやらお互い謝りたかったみたいですね」
「…そうみたいだな」
例の女の子が笑みを浮かべ、俺もそれにつられる。
「じゃあ和解も兼ねて自己紹介でもするか、私は天々座 理世だ」
「もう知っているとは思いますが改めて…兎猪菜 心兎平といいます、どうぞ宜しくお願い致します天々座さん」
俺はそう言って右手を例の女の子―もう天々座さんでいいか―に差し出した。だが天々座さんは右手を出さず、それどころかムスッとした顔をしている。何か気に障るような事を言っただろうか?
「…堅苦しすぎる」
「…え?」
「敬語なんて要らない、リゼって感じで呼び捨てで構わない」
「いやでも…」
「できないならさっきの和解はなかったことにするぞ」
流石に先輩であろう人に溜口や呼び捨ては拙いのではないかと意見しようとすると、天々座さんはさっきの和解をなかったことにするというトンデモ発言をした。まあ溜口やら呼び捨てやらの方が、こちらからしてみれば気遣いしなくていいので有難いといえば有難い…のだが、それでいいのだろうか?少し考えた後俺は…。
「…分かった、じゃあリゼ、俺からも条件いいか?」
結局、己の自然体を貫き通すことにした。だが条件を出されっぱなしは俺の気が済まないので、こちらからも条件を出す。
「何だ?言ってみろ」
「俺と友達になってくれ」
一度引っ込めていた右手を改めて差し出す。天々座さん―もとい、リゼは一瞬戸惑ったようだが、すぐに笑顔になりそして…
「あぁ、お安い御用だ」
俺の右手をしっかりと握り返してくれた。
はい、いかがでしたでしょうか?例の女の子はリゼさんでしたね。ところでもう死んでもいいから俺にも下着姿見せ…ごめんなさい嘘ですから撃たないで下さい死んでしまいます。
あとティッピーの正体も割と早く見抜きましたね。主人公流石っす!!
という訳で恐らく、いや間違いなく平成最後の投稿になります。次は令和時代にまたお会いしましょう。
3羽投稿地点でお気に入り14件、UA537件ありがとうございます。2羽投稿で急に増えて自分が驚くばかりです。
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4羽「特技と接客」~前~
はい、とうとう投稿間隔を半年以上も開けてしまい、本当に申し訳ありませんでした!!言い訳させてもらいますと、まず仕事が忙しくなったりやりたい事が増えたりで時間の確保がしにくくなり、伏線やら前羽から次羽への自然な繋ぎ方を考えるにあたって相当悩んだ結果がこれです。とは言え、下手に投稿速度を上げようものならその分仕上がりも雑になるものです。なので速度はカタツムリやナマケモノペースのままでしょう。ただ今回のように長期間投稿が途絶えるような状況で、一切の報告なしでは失踪したと思われかねないのもまた事実です。よって今回以降は次回投稿が3か月以上かかると見込まれた場合、活動報告にてその旨を報告することとします。
で、ここまで書いといてなんですが、今羽はちょっと長くなりそうな気がしたのと、一旦ここで区切った方がキリがいいと判断し、前後編に分ける予定です。”予定”なのはまだ続きを書いていないという理由です。既に相当待たせているところに、これ以上待たせるのも悪いですしね。
かなり長くなってしまいました。では本編をどうぞ!!
「それじゃ、このコーヒー豆の入った袋をキッチンまで運ぶぞ」
「うっうん!」
「…よし」
私たち3人は今、コーヒー豆を運ぶために倉庫に来ている。今まで力仕事はほぼ私一人でやってきたが、これからはこの新人2人、特に心兎平に協力もしくは代打でやってもらう事になるだろう。その為にも先ずは二人の力量を見極めておきたい。
「よっと…」
私はいつものように土嚢並みにコーヒー豆の詰まった麻袋を持ち上げる。軍人の娘たる私にとってこのくらいは朝飯前だ。
「見た目の割に結構重いな…っと」
心兎平はそう言いつつも袋2つを左右に分けて抱え持っている。見た目の割に筋力はかなりあるようだな…これなら今後の活躍に期待が持てる。
「おっ重い…!これは普通の女の子にはキツイよ、ねえリゼちゃん?」
対するココアは、両手を使ってなお袋一つを少し持ち上げるのがやっとのようだ…って普通の女の子ってそんな感じなのか!?てっきりチノは体力がないから私に力仕事を任せていたのかと思っていたんだが…ってこのままじゃ拙い!!
「あっああ、確かに重いな!うん、普通の女の子には無理だ!」
私は慌てて袋を降ろし、誤魔化すようにココアに同意した。仮にも普通の女子高生を自称しているんだから、明らかにそれに反する事を平然とやってのけるのは不自然だろう。どうやら私もココアから女の子らしさを学ぶ必要がありそうだ。
「…な、何だ…?」
「…別に…」
ふと心兎平から訝しげな視線を送られている事に気付く。訊いてみるも興味なさげにそっぽ向かれた。多分言いたい事があったんだろうが、空気を読んで敢えて言わなかったんだな…今回は助かったが、言いたい事があるならハッキリ言ってほしいものだ。
「それじゃ、大きい袋は俺が運んでおくから、二人は小さい袋を頼む」
「ふぅ…そうだねリゼちゃん、こっちの小さいのだけ運ぼっか」
「そ、そうだな…」
心兎平の提案に私も従う事にした。大きい袋なら心兎平に任せておけばいいし、何より私はココアに合わせなければいけないんだからな。
「小さいのでも重い…!1つ持つのがやっとだよ…!」
流石に小さい袋なら大丈夫だろう―そう踏まえて袋を4つ纏めて担ぎ上げる。だがココアは袋1つ持つので精一杯のようだ…って4つも持っていたら怪しまれる!!
「あぁ確かに!1つ持つのがやっとだ、1つ…」
私は再び袋を降ろし―というか落とし、今度は袋1つだけを持ち直した。普通の女の子はここまで重いものを持てないものだったか…。
「ココア、右手はそのままで左手で袋の下を支えるように持ってみな」
「え?でも、袋の重さは変わらないよね」
「まあまあ、騙されたと思ってやってみな」
ふと心兎平がココアに助言した。ココアは不思議がっていたが、正直私もその程度で軽くなる訳がないと思っていた。
「よいしょ…あれ?さっきより軽い」
馬鹿な!?重さは変わっていない筈なのに、一体どういう事なんだ!?
「そりゃそうだ、袋の口だけ持ってたら重心が下に集中するからその分エネルギーが必要になって、結果重く感じるんだ」
うーん…分かったような分からないような…。
「なるほど、だから下から支えれば重心が上に上がるからエネルギーがいらない、よって軽く感じるんだね♪」
そしてココア、何故今の説明で理解できたんだ!?…やっぱり友達同士だから、こういう事は分かりあったりするのか?…ちょっと羨ましいと思ってしまった。
====
私は今、リゼさんにお兄ちゃんとココアさんの指南役を任せ、ホールで春休みの宿題を進めています。念の為言っておきますがサボりではありません。どうせ今の時間帯はお客さんが滅多に来ません。そんな事より春休み中はほぼ毎日喫茶店を営業しているので、そのままでは宿題を進める時間が確保できません。だから時間が空けば問題集を取り出し、こうやってこっそり宿題を進めていきます。
「チノ…すまんかったの…」
急におじいちゃんが私に謝罪してきました…これは何に対する謝罪でしょうか?
「どうしたんですか急に?」
「いやの…さっき心兎平が儂を連れて行ったじゃろ…その時に儂の正体を暴きよっての…」
そう言えばあの事件の前に、私は心兎平さんの部屋の前で盗み聞きしていた事を思い出しました。
「そうですか…」
「…チノ、慌てたりせんのか?」
「外から会話しているのが聞こえたので」
そもそもそんな簡単に認めないで下さい。お兄ちゃんだったからよかったものの、これがココアさんだったら…考えただけでゾッとします。あ、ゾッとするで一つ気になっている事がありました。
「それより、お兄ちゃんには予め言っておいた方が良かったんじゃないでしょうか?何だかんだ怒ってそうな気がします」
「それはないじゃろう、確かに昔は今と違って妙に冷たさを感じる奴じゃったが、かと言って儂が見ておった限り特段怒っとる様子もなかったわい、それは今も変わらんじゃろうて」
「だといいのですが…」
確かにおじいちゃんの言う事は一理あります。お兄ちゃんはそう簡単に怒る人ではない事は重々承知しています。とは言え、私のおじいちゃんが亡くなった事は知らされてない筈です。だから不安は完全に捨て切れるものではありません。
「そんなに気になるなら、二人きりの時にでも訊いてみるといい」
「え、でも…」
「心配はいらんよ、怒っとらんどころか向こうも同じ事思っとるかもしれんしの」
それってつまり、ティッピーの正体を勝手に暴いたから私に怒られる、という事でしょうか?
「…じゃあ、いずれ訊いておきます」
「うむ、それでいい」
直後、3人がコーヒー豆を運んできました…何故かリゼさんは小さい袋1つしか持っていませんが…それはともかく、おじいちゃんとの会話で止まっていた宿題を再開しましょう。
====
ふぅ~幾ら軽く感じてもやっぱり重いものは重いな~。
「よしココア、次は皿洗いだ!!」
「待って…ちょっと…休憩…」
「ダメだ!戦場では一瞬の気の緩みが命取りになるんだからな!休憩してる暇はないぞ!!」
「ふえぇ…」
鬼教官!戦場の死神!!
「リゼ、時には休憩も必要だ、肝心な時に使えなかったら話にならないだろ?」
「…それもそうだな、じゃあココア、5分休憩したら皿洗い開始だ!!」
「イエッサー…」
よかった、こーちゃんのおかげでぐっすり…
「あぅ!」
「休憩とは言ったけど、寝てもいいとは言ってないぞ」
「ううぅ…」
「それはそうなんだが…メニュー表の角で叩き起こすのはやめてやれ」
痛かったぁ…ん、メニュー表?
「あれ?こーちゃん、寛いで本読んでるのかと思ってた」
「どうしたら捲るページもない冊子が本に見えるんだ?」
目の焦点が合ってなかったからかな?
「…じゃあなんでメニュー表なんて読んでるの?」
「逆に聞くが、飲食店で働くにあたって何故メニュー表なんて読む必要があるのか」
質問を質問で返された!?…えっと…あ!!
「そっか、メニュー覚えないといけないんだ!!」
「心兎平の言う通りだ、皿洗いが終わった頃にでもメニュー覚えてもらうからな」
「そういう事だ、じゃあ皿洗い頑張れー」
「…そうだココア、皿洗いは半分ぐらいまででいいぞ、残りは心兎平にでもやってもらう事にする!!」
おお!!リゼちゃん抜け目ない!!
「…リゼ、さっきの俺の言葉、覚えてるよな?」
「ふん…さり気なくサボろうったってそうはさせないからな!」
リゼちゃんかなりやる気だね!よぉし、ちゃっちゃと皿洗い半分終わらせて、私もこの調子でメニュー覚えちゃうよ!!
~~
…と思っていた時期が私にもありました。
「コーヒーの種類が多くて難しいね…」
「俺は覚え切るのに最低1週間は欲しいかな」
「どうした?だらしないぞお前達、遅くともこのくらいの量は1日で覚え切るものだろ?」
この量を1日で!?それは無理だよ~。
「そう言うリゼはどうなんだ?まさか本気で1日で覚えたとか言うつもりじゃあ…」
「何言ってるんだ?私は一目で暗記したぞ?」
え…この量を一目で!?
「なん…だと?」
「凄ーい!」
「訓練してるからな、チノなんて香りだけでコーヒーの銘柄当てられるし」
「私より大人っぽい!」
ちょっと負けた気分…。
「ただし砂糖とミルクは必須だ」
「うぅ…」
あっブラックはまだ無理なんだね。
「アハハ、なんか今日一番安心した」
そこはまだ子供なんだね、これでブラックOKだったら私の立場がないもん。でも…
「いいなぁ、チノちゃんもリゼちゃんも…私も何か特技あったらなぁ…」
私に特技がない事は変わらないんだよね…ん?
「…チノちゃん何持ってるの?」
「春休みの宿題です、空いた時間にこっそりやってます」
春休みの宿題かぁ…見た感じ数学かな?
「あっその答えは128で、その隣は367だよ」
「…ココア、430円のブレンドコーヒーを29杯頼んだらいくらになる?」
リゼちゃん、急に問題なんか出してどうしたんだろう?
「12,470円だよ」
「じゃあココア、100円のパンを10個、150円のパンを4個、200円のパンを6個買ったとして、合計金額を7人で割り勘したら1人あたりいくらだ?」
こーちゃんまで…私何か可笑しい事言ったかな?
「400円だよ…私も何か特技あったらなぁ…」
====
どうやらココアの瞬間暗算は健在、どころか進化していたようだ。チノちゃんがやっていた中学校の数学の公式問題、リゼが出した普通では即座の暗算が困難な掛け算、終いには俺が出した複雑な計算を要する問題すら3秒もかからず解いてしまった。流石は九九をクラスで1番に覚えた奴だけはある。因みに俺も暗算はそこそこ得意ではあるものの、ココアの計算速度には到底及ばない。
そしてこのほんわかとした雰囲気からは想像もつかなかったのであろう、チノちゃんもリゼもこれには驚きを隠せないでいた。もし俺がココアと今初対面だったなら、この事実を知った時今の二人と全く同じ反応をしていたのは想像に難くない。だが残念な事に、ココア自身それが特技だと自覚できていないのもまた事実だ。まあココアは細かい事は気にしない質のようで、指摘するだけ無駄だろうが。
「そう言えば、心兎平は何か特技はないのか?」
リゼが流れで俺に訊いてくる。そう言えば俺だけ未だ特技を披露はおろか明言すらしていない。まぁ、あると言えばあるのだが…説明するよりは実際にやってみた方が分かりやすいだろう。
「そう言えば私も知らないかな~…もしかしてトランプだったり?!」
「私もです…ココアさんの言うトランプが特技なんでしょうか?」
ココアとチノちゃんも知らないようだ。まあココアには単に教えていないから、チノちゃんにはまだ特技を習得していなかった時期だから、知らなくて当然である。折角なのでリゼにも協力してもらいつつ披露するとしよう。
「分かった、じゃあ実際にやってみるぞ」
「…あれ、トランプは?」
「まぁ得意だけど今回はそれじゃない」
「?」
俺が始めようとしたところで、ココアは俺がトランプを取り出していない点を指摘した。だが今回はトランプを披露するのではない―それを伝えたがココアは疑問を浮かべている。まぁ気にせず始めよう。
「ところで、リゼはまだ特技を隠し持ってたりしないか?」
俺は敢えてリゼに質問する。因みにリゼが他に特技を隠し持っていると見たのは単なる憶測に過ぎず、寧ろ俺の勝手なイメージの押し付け以外の何物でもない。
「えっ私!?そうだな他には…ってなんだいきなり!?」
リゼが特技を思い浮かべると同時に、俺はリゼの目をジッと見つめ始める。それに気付いたリゼは、恥ずかしがりながら俺に抗議の声を上げた。
「ん?あぁそのまま思い浮かべてて」
「あ、あぁ…ってできるか!!」
まあ普通はそうなる。というか、リゼって案外…。
「もしやキレツッコミが特技だったり?」
「何でそれを特技にする必要がある!?」
うん知ってる。大抵の人はボケ・ツッコミ・中立のいずれかに属する、所謂属性のようなものだから、確かに特技と表現するのはおかしい。
「というか、私の特技はだな…!?」
「おっと、みなまで言うな」
「…え?」
リゼが特技を言おうとするが、俺は人差し指を立ててリゼの口元に当てそれを抑止した。リゼは俺の行動に困惑していたが、俺は構わずリゼを見つめる。
「…へぇ、リゼって中々面白い特技を持ってるんだな」
「え~何々~?」
俺がリゼの特技を把握した旨を伝えれば、その内容にココアが興味を示した。急かさなくても言うつもりなんだが。
「ん?もしや心兎平の特技って…」
どうやらリゼも勘付いたらしい。ならばもう言ってしまっても問題ない。
「そう、俺の特技は…」
「読心術か?」「読心術だ」
====
そうだったのか…心兎平が態々私の特技を掘り下げてきたのも、私を見つめてきたのも、態と見当違いな事を言ったのも、そして私の口から特技を言わせようとしなかったのも…全部読心術に起因していたんだな。だが読心術にしては一つ、不自然な点がある。
「じゃあその…何で私の目ばっかり見つめ続けたんだ?読心術なら他にも見る所があるだろう」
そう、読心術と言えば表情や行動・態度の変化から観察対象の思考を読み取る術の筈だ。確かに目の動きもその要素に含まれるものの、それだけで完璧に思考を読み取れるものではない。だが心兎平は、まるで他の要素など不要と言わんばかりに私の目に視線を集中させていた。普通に恥ずかしいからやめてほしい。
「あぁそれか、実は俺の読心術のようなそれは正確には読心術じゃないんだ」
「え?…じゃあ一体何なんだ?」
読心術じゃない?…もしそうなると、心を読むにはそれこそ人智では計り知れない、それこそ神か悪魔でもないと到底成しえない能力が必要になってくる。正確に読もうとすればなおの事だ。だとすると…。
「なあ、もしかして」
「あぁ、リゼの想像してる通りだ」
だから心を読むな!…だがこの一言で、心兎平の能力について確信を持てた。だが同時にとある問題が発生した。
「え~何々~?」
そう、真相に気付いていない―いや、そもそも気付く事が不可能なココアとチノにどう誤魔化すかだ。特にココアは興味津々のようで、誤魔化すには少々骨が折れそうだ。
―カランカラン―
「…あ!いらっしゃいませ!!」
ココアに事の詳細を迫られようとしたその時、まるで狙っていたかのようにお客の来店を告げるベルの音が響いた。それをいち早く察知したココアは、私に訊く事も忘れ、お客の元に駆け寄っていった。このまま忘れていてくれるといいのだが…。
「リゼさん、結局お兄ちゃんの何が分かったんですか?」
おっと、こっちもどうにかしないとな。
「私にも詳しい事は分からないな、本人にでも訊いてみたらどうだ?」
結局すぐそこにいた本人に全てを託すことにした。
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リゼはサラッと俺に説明を丸投げしてきた。説明が面倒くさいから読心術という事にしておこうと思っていたのだが…まぁ何となくこうなってしまうような気がしていたから、特に憤慨することはない。
「それで、読心術でないのなら、一体何なんですか?」
チノちゃんは俺の話に興味津々だ。訊いて何になろうかとも思うが、知りたがっているのなら仕方がない。
「そうだね…じゃあまず、チノちゃんは『覚り』について知ってる?」
「さとり…それって『悟り世代』の事ですか?」
「いや、そっちじゃなくてさとり妖怪の方」
「え、妖怪!?じゃあお兄ちゃんは…」
チノちゃんは『さとり妖怪』という単語を聞くや否や、明らかに1歩後退る。気持ちは分からなくもないがそう断定するのは時期尚早だ。
「いや、俺はれっきとした人間だ」
「じゃあ何でさとり妖怪とか言い出すんだ」
俺に説明を丸投げし沈黙していたリゼが横から口を挟む。そうは言われても、これは説明する上で必要不可欠な要素だからどうしようもないのだが…。
「それは簡単な事さ、なんせ俺はさとり妖怪の能力を限定的に受け継ぎし者だからな」
「さとり妖怪の能力を…」
「限定的に…受け継ぎし者?」
二人は意味が分からないといった感じに首を傾げている。普通は分からなくて当然だ、敢えてぼやかして言っているのだから。だがこれ以上詳しく説明するのは、今は訳あってできそうにないだろう。
「やったー!私、ちゃんと注文取れたよ、キリマンジャロ、お願いします!!」
そう、ココアが接客から戻ってきたのだ。話していた内容を悟られないよう適当に流しておこう。
「あ、あぁ…」
「えらい…えらいです」
「流石ココアだな…」
「あれ、なんかみんな冷たい!?」
~~
ココアが接客対応したせいなのだろうか、或いは偶々来店ラッシュと重なっただけなのだろうか、急にお客の出入りが激しくなってきた。それに伴い俺達も各々対応に追われる事となった。最もココアが率先して注文を聞いて回っており、中々俺の出番が来ないのだが。
「キリマンジャロ、できました」
「じゃあ俺が持っていくね」
「はい、お願いします」
最初にココアが注文を承ったコーヒーができたようだ。俺はここぞとばかりにコーヒーを運ぶ役目を買って出た。まだ接客していなかったのと、見た感じ常連さんのような気がしたので、接客に慣れるにはもってこいだと思ったからだ。チノちゃんからも任されたので早速コーヒーを運ぶ。
「お待たせしました、キリマンジャロです」
「あら、あなたも新人さん?」
早くも俺が新人であると気付いたらしい。俺の予想は間違っていなかったようだ。
「はい、今日からここで働かせていただく、心兎平といいます」
「よろしくね…ところで」
俺は常連さんに軽く自己紹介し、一礼した後カウンターに戻ろうとした。だが常連さんの発した一言で、俺は足止めをくらう事となる。
「はい?」
「その制服、よく似合ってるわよ」
それは俺がこの制服に身を包んで以降、まだあの3人からすら聞いていない、称賛の言葉だった。それが本心かお世辞か、また個人的に格好が似合う似合わないは些細な問題ではあれど、やはり褒められると嬉しいものだ。
「ありがとうございます!!」
俺は嬉しさの余り、その場で素早く回れ右をし、先程よりも深くおじぎをして礼を述べた。今日はこの出来事のおかげで、初日ながら無理難題でも何でもこなせそうだ。
====
今はこーちゃんが接客中だよ、服装のせいか立ち振る舞いがちょっとダンディーだね!
「こうやって見てると、まるでこーちゃんがマスターみたいだね」
「そうだな」
「そう…ですね」
…あ、マスターといえば一つ。
「そう言えば本物のマスターさんまだ見てないけど、留守なのかな?」
「…祖父は去年…」
「あぁココア、この話題にはあまり触れない方が…」
あぁそっか、チノちゃんのおじいちゃん亡くなって…
「いえ、気にしないで下さい、父もいm」
「私を姉だと思って、何でも言って!!」
大好きな人に一生会えなくなったら、誰だって悲しいよね…寂しいよね…!だからこれ以上寂しい思いしてほしくないから、私は姉としてずっとチノちゃんの傍にいるよ!!
====
「ただいま…何があった?」
ココアがチノに抱き着いた辺りで、心兎平が接客から戻ってきた。まぁまだ出会って間もないこの二人が抱き合ってーというかココアから一方的に抱きついているのを見れば、そこに至るまでの過程を知らなければそういう疑問が浮かぶのも無理はないか。
「いや…ココアがここのマスターだったチノのおじいさんが亡くなったって聞いてから、あんな感じで…」
「…そっか…」
あれ?意外に反応が薄いような…。
「驚かないのか?」
「リゼはチノちゃんのじいさんがいなくなったと思っているんだな?」
「え、違うのか?」
亡くなっていないだと!?私は今の今までチノのおじいさんに会ったこともないのに、少なくとも最近会ったことがない筈の心兎平がそんなこと言える訳がない。
「そりゃあ俺の近況を知らないとそうなるよな」
「心を読むな…それで、何でそう考えた?」
「俺が小さい頃、ここに来た事があってな」
「でもそれ最近じゃないだろ」
「まぁそうだが…そもそも俺は生物として生きているとは言っていない」
…は?何を言っているのかさっぱり分からないんだが。
「要はこういう事だ、チノちゃんのじいさんは、チノちゃんの心の中で生きてる」
「チノの心の中で生きてる?」
「そう、人が死ぬ時っていうのは、生物的にじゃないんだ
人に忘れられた時さ」
====
果たしてリゼに伝わっただろうか?恐らくリゼにはまだ身近で亡くなった人がいない。だから大切な人が自分の心の中で生き続けるという感覚は理解し難いだろう。それを理解できるのは、ここにいる人だとチノちゃんと俺だけだ。
「まぁ、心の中で生きているのと、実際に生きているのとではかなり違うのもまた事実だけどな」
「…そうか」
リゼはそれ以上問いただしてこなかった。さっきの話を理解しかのかどうかはこの際どうでもいい。俺にだって誰にも知られたくない秘密の一つや二つくらいあるのだ。なおチノちゃんやリゼに打ち明けた”さとり妖怪の能力”の件だが、これはあくまで二人が周りに言いふらさないと予想したからに過ぎない。ココアはあの性格からしてうっかり言いふらしそうだから、小学生時代を含め今まで打ち明けたことはない。
「そうだみんな」
俺の考えーまずは今を生きることーずっと後ろ向きで人生を歩むなんて面白くないし勿体ない。ちょっとくらい辛いことや苦しいこと、悲しいことから目を背けたっていいじゃないか。それらはまた気持ちの整理がついた頃にでも向き合えばいい。一旦そのような暗い事は忘れて、今を楽しく生きる方が未来を切り開けるような気がするから。
「この格好、似合ってるかな?」
はい、いかがでしたでしょうか?今回は主人公まさかの特技、いや能力が発覚しましたね。もうお察しの方もいると思いますが、この能力のモデルは〇方projectのさ〇りんです。今後主人公にはこの能力で無双してもらう予定です。と言ってもこの作品も一応日常系なので、戦闘じみた事は恐らくしないかとは思いますがね。ではまた早くても3か月後の後編でお会いしましょう。
4羽~前~投稿地点でお気に入り18件、UA1162件、加えて感想1件ありがとうございます。まさか感想がくるとは思っていませんでした、本当にありがとうございます。
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