ボウケンシャーキリト (月蛇神社)
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始まりの日 1
「そろそろ時間か」
そう呟いて俺はプレイしていた世界樹の迷宮をセーブし、机の前からベッドへ向かい、5分前からスリープモードにしておいたナーヴギアを装着しベッドに横たわる。
念のための時間確認を兼ねてポケットのスマホを枕の横へ置く。12時58分。ソードアート・オンラインの正式サービスまであと2分を切ったところだ。最終確認、トイレは行った、水分も取った、バイザーに表示されてるアンテナは3本。
準備万端、いつでもいける。初のフルダイブに緊張感があるのか身体が少し震えている。
ピリリ、と13時になったことをスマホのアラームが知らせてくれる。
緊張を解すために深呼吸を1回、震えは収まってくれた。
よし、行こう。
「リンクスタート!」
現実から仮想へ飛び立つ言葉を言う。次第に俺の意識が遠ざかっていくのを感じた。
そうして桐ヶ谷和人は仮想世界へ向かうのであった。
「これが⋯⋯仮想世界」
初期設定を終え、妙な浮遊感が消えていくのを感じ目を開けた俺の目に飛び込んできたのは。ここは現実だ、と言われても信じてしまうくらいの光景だった。視界いっぱいに映る人々、立体感を感じる建造物、自分の身体に触れる服の感触すらも、本当に仮想世界にいるのか現実にいるのかを未だに判別させないくらいにリアルだった。前にかがんで今立っている石畳に触れてみても、伝わる感触は現実のそれそのものである。
やっぱベータテストに落選したことは今でも悔やまれるなぁ。倍率すごかったし当たれば奇跡みたいなのだったし仕方ないけど。
とまあこの世界と現実世界との違和感の無さに興奮すること5分、今度はメニュー画面を確認するために右手の人差し指と中指をそろえて下に振る。途端に薄紫色の長方形のウィンドウが現れた。
自分の装備状況、所持金、アイテム欄、そしてプレイヤーネーム欄に浮かぶKiritoの文字などの情報があることからこれがステータスウィンドウで間違いないだろう。といっても今の持ち物といえば初期金額の1,000Colくらいなのだが。
さて、確認はこれくらいでいいだろう。そう思った俺は今出来る装備を整えるために仮想世界の第一歩を踏み出した。
「どの武器で行くかな⋯⋯やっぱ無難に片手剣か?いやでも槍もいいよなぁ⋯⋯ハイランダーのかっこよさが忘れられないし。あーでも⋯⋯」
最初いた広場から約10分後、武器屋を発見した俺は現在進行形でどの武器を選ぶかでかなり迷っていた。値段は初期武器らしく全て200Col。まずは防具を選びたかったので防具屋で茶色い革のコートとポーチを買って今の所持金額は650Colだ。コート型にしたのはただかっこつけたかったからだ。せっかくの仮想世界なんだ、ちょっとはかっこつけたいものである。
正直なところポーションも買っておきたいし、戦闘も自分で動くのだから1つに絞るべきだろう。だがボウケンシャーとしては色々と使いたい気持ちもあるのだ。
最終的に昔剣道をやっていたことから片手剣と世界樹でメインで使っていたハイランダーという職の主武装である槍を買うのだった。
「あとはポーションかな⋯⋯他になにかあれば見ておくか」
そう思って武器屋を出た俺は雑貨屋を見つけ、ポーションを数個買った。即時回復ではなく徐々に回復していくタイプだったのは少し戸惑ったがまあ次第に慣れていくだろう。
ただ、アイテム欄に“アリアドネの糸”という文字がないのが落ち着かなかった。
「おーいそこの兄ちゃん!よかったら俺とパーティを組んでくれねぇか?」
主街区から外へ出るゲートへ向かうと後ろから声をかけられた。振り返ってみると赤いバンダナを頭に巻き、腰に曲刀を刺した男性プレイヤーがいた。俺の対人スキルが低いのでこうやって知らないプレイヤーにさっと声をかけれることを羨ましがりながら少し考える。パーティを組むくらいなら別にいいし、フレンド申請にも挑戦してみるいい機会かもしれない。
「⋯⋯君はこの冒険者と共に行動してもいいししなくてもいい、てとこかな?」
「ん?何か言ったか?」
「いいや、何でも。パーティは全然いいぜ。俺はキリト、ベータテスターじゃないし仮想世界は初めてだからレクチャーとかは出来ないけどいいか?」
「俺はクラインってんだ。俺も仮想空間は初めてでちょっと不安があってなー。街から出るときに見つけたプレイヤーに声をかけようと思ったらそれがお前だったわけよ」
「なるほど、だったら初心者同士頑張るとしようぜ。俺も緊張感がすごくて少し不安だったんだ」
そんな雑談を交わしながら俺たちは外へと向かった。無事クラインとフレンドになれたのでゲーム1日目からいい滑り出しではないだろうか。
「「うぉあああぁ!!?」」
クラインと2人そろってフィールドのすぐそこにいたエネミー“フレンジーボア”の突進を喰らい吹っ飛ばされる。これは2回目の戦闘だが吹っ飛ばされるのはかれこれ4回目だ。戦闘自体も1回目より全然上手くいかずボアのHPも8~9割は残っている。しかも、このダメージは最初にターゲットを引く為に与えたものだ。いやまあ原因はわかっているのだが。
それはソードスキルの存在だ。このゲームは、RPGにはつきものの魔法攻撃が一切無いという大胆な設定であり、その代わりにソードスキルという必殺技が各武器に設定されている。
1回目の戦闘は、まずは仮想世界の動きに慣れようと通常攻撃で倒すことにしたのだ。最初はソードスキル頼りで大丈夫かもしれないが後々の攻略はきつくなるだろう、ということをクラインと話し合い、この方針になった。多少はダメージを受けながらだが倒すことには成功した⋯⋯が、問題は今やっている2回目の戦闘だった。
「うぐぐ⋯⋯これ結構モーション取るの難しいな」
「キリトよぉ⋯⋯これさっさと倒して空打ちで練習した方がいいんじゃねーか?」
ソードスキルの発動、これが思った以上に難しいのだ。
ソードスキルの発動にはまず自分の身体をスキル毎に決められたモーションを取る必要がある。ただ、戦闘中にそれに集中するあまりエネミーへの注意が低くなってしまっていたり、構えが浅かったりして発動が出来ていないのだ。おかげさまで俺もクラインもさっきから攻撃を喰らいまくってる有様だ。
「あと少しな気はするんだよな⋯⋯」
そう呟き1回深呼吸、そして構えをもう一度取る。ボアは突進の構えを取るように蹄を鳴らしている。流石にそろそろ決めたいところだ。
身体を半身に構え剣を握る手を後ろに回す。さっきより大きく、深く。そうすると、全身を動かそうとする力が乗る感覚が入ってくる。同時にボアも突進し始めて突っ込んできた。物体が迫りくる恐怖を押し殺し感覚に身を任せる。そして。
ボアとすれ違うように俺は前に踏み出し斜め上から切り込み、奴をポリゴンの塊に変えた。
「⋯⋯出来た」
やばい、興奮がすごい。そんな語彙力が飛んだような感想が一番に出るくらいの衝撃だった。まず速さが全然違う。それに威力も普通に切るより遥かに高い。何より今までやったどのゲームよりも倒したときの爽快感g「すっげーなおい!」
クラインの興奮した叫びではっと我に帰る。サンキュークライン、俺あのままだとあと2~3分はトリップしてたかもしれない。
「おいキリトよぉ今のどうやったんだ!?」
「落ち着けクライン気持ちはわかるけど近いって」
クラインがものすごい勢いで迫ってきたのを抑える。けどその気持ちはわかる、逆の立場なら俺もそれやってた。
「ああっと、すまんすまん。んでもほんと、どうやったんだ?」
「何と言えばいいのやら⋯⋯一先ず集中してから大きく深くモーションを取ったら発動出来た。でも偶然かもしれないしこればかりは感覚しかなくないかな」
「なるほどなぁ⋯⋯よし、今度の敵は俺1人でやらせてくれ」
「OK、その間にこっちは空打ちで感覚を掴んでみる」
時間はあっという間に過ぎて17時30分。俺とクラインはソードスキルの練習やポーションの回復具合の調査等色々と出来る事を試し、今は岩に腰掛けて休憩していた。そこから見える夕陽は現実とあまり大差無いように感じる。今でもまだここが仮想世界だと信じ切れてないくらいだ。
「技術の進歩はすごいねぇ⋯⋯そういやキリトはこれやる前は何のゲームやってたんだ?俺は色々なゲームでギルドリーダーやってたんだ」
「ギルドリーダーとはまたすごいもんやってるな。俺は世界樹の迷宮でボウケンシャーやってた」
「ボウケンシャーてお前まじか⋯⋯あれかなり鬼畜じゃねーか」
「ベータに落ちてからの暇つぶしで家のゲーム漁ってたら出てきたんだよ。それから一気にドはまりだ。てことでこの世界でもげっ歯類に容赦はしないとくにリスは抹殺しかない」
「お前そのうちリススレイヤーとかの2つ名ついたりしてな」
とまあそんな感じの会話で盛り上がっていると
「そんじゃ俺は一旦落ちるわ。そろそろピザ頼んだ時間なんだわ」
どうやらクラインは一旦落ちるようだ。
「準備いいなお前。それじゃあログインしたらメッセージを送ってくれ。まあ俺もリアルの休憩取りたいからもう少ししたら落ちるけどさ」
「おうよっ!そんじゃお先に~」
そういうとクラインはステータスウィンドウを開き操作し始めた。俺も一先ずアイテム整理するかと指を揃えたところで
「あり?ログアウトボタンがないぞ?」
クラインからこの世界ではありえてはいけない言葉が聞こえ、俺は疑問で固まり指を振れなかった。
読了お疲れ様です。
感想等を書いていただけるとありがたいです。
では次回で。
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始まりの日 2
あと今回は世界樹要素はほぼ無いです。
「ログアウトボタンがない?」
俺は半信半疑でそう言い返した。そんなことはないだろう。ログインしたときにステータスウィンドウを確認したときには存在していたはず。何分も見ていたし確かな記憶だ。
「まさか、そんなことあるわけ⋯⋯ない」
しかし現実は、クラインの言ったことが事実だった。ステータスウィンドウの下部にぽっかり空いた穴、ログアウトボタンの存在していた箇所である。
「おかしい⋯⋯俺がログインしてから見たときにはあったはずだぞ。それが何で⋯⋯まさかバグ?」
「やっぱそっちにもないか?しっかしこれがバグだったとしたらログアウト出来ないバグなんざ運営は涙目だろうな。今頃はログアウトさせろって問合せが殺到してるんじゃねーか?」
「かもな。現実に帰れないなんてそんな馬鹿なことはないよな」
そう言ってクラインと軽く笑う。そう、ありえない。ありえないはずなんだ。
「あ」
「どしたよキリト」
「いやぁ帰れないってことはお前のピザはどうなるんだろうかとふと思ってな」
「あああぁぁぁ!?俺のピザァァァ!?」
「ご愁傷様⋯⋯だけど本当にどうなっているだ?」
「その前に俺のピザが⋯⋯ログアウトの方法は他に何かないのか?」
「現実で他の誰かに直接ナーヴギアを外してもらうとか回線を切ってもらうとか⋯⋯ゲーム内でできることは無いんじゃないか?」
「嘘だと言ってくれよぉ⋯⋯。頼むから本当に」
「いやそうは言っても⋯⋯」
クラインと言い合ってもどうしようもない。
ログアウトが出来ないのはバグなんだ、きっとそうだ。今頃は運営がそれを解決しようと尽力を尽くしているはずなんだ
そんな俺の願望はこの
何が起きたのかさっぱりわからなかった。ゴーン、ゴーンと重い鐘の音が聞こえたと思えば青白い光に包まれ、気が付けば一瞬で人の群衆の中。周りの建物と中央の特徴的なオブジェクトが見えるのでここが「始まりの街」だということは理解出来たがそれだけだ。
何故こんなにも多くのプレイヤーが集められている?
この状況は何だ?
運営からの告知とお詫びなら態々プレイヤーを集める理由は無いんじゃないか?
「⋯⋯どういうことだこりゃあ?」
「わからない。だけど何かありそうだ」
直後、不安に駆られる俺の心をさらに不安にさせるかのように紅いウィンドウが空を覆いつくした。そこに見える文字は「警告」と「運営からの告知」の2つ。そしてすぐさま隙間から垂れる血のようにドロッとした感じの液体が落ち、それはやがてローブを纏った大男の姿を形作った。
大男は言った
「ようこそ、私の世界へ。私の名は茅場昌彦、今やこの世界をコントロール出来る唯一の人間だ」と
そこからの言葉を俺はあまり覚えていない。ショックでそれどころではなかったのもあったのかもしれない。ボウケンシャーとして非常時の対応と冷静さはあると思っていたが所詮俺もただの中学2年の14歳のガキだったということだろう。
大男の言葉をまとめると、
「大男は茅場昌彦本人である」
「このゲームからログアウト出来ず、外部からの救出も望めない」
「ゲームから脱出したければこの“アインクラッド”を100層全ての攻略」
そして、これが一番重要なことだ。
「ゲーム内でのHP全損は現実での死を意味する」
脱出不可、クリア条件の提示。これはまだいいが「死に戻り」が一切出来ないとは厳しいことこの上ない状況だ。何せ、この手のゲームは死にまくって攻略するものだろう。それが出来ないというのはかなりきつい。そして明確に死ぬことを告げられては情報を得るのも一苦労だ。恐怖心がどうしても入ってしまう。一体、ゲームクリアにはどれだけの時間がかかるのだろう。
そして、全プレイヤーに「手鏡」というアイテムが渡され、俺たちの顔はアバターから現実の顔に戻された。
奴は言った。
「これはゲームであっても遊びではない」と。
「これでチュートリアルを終了する」と言ってローブ姿は虚空へ消えていった。
NPCの商人の客引き声や町人の会話が虚しく響く。
直後、
「ふざけるなああぁぁ!!!」
「いやあああぁぁぁ!!!」
「出せよ⋯⋯ここから出せよ!!!」
「嘘だろ⋯⋯嘘だと言ってくれよ⋯⋯誰か⋯⋯」
怒号をあげる者、悲鳴を叫ぶ者、茫然と現実を否定しようとするもの、始まりの街の広場でさまざまな感情が爆発した。それは負の感情でしかなかった。だが、叫んでも変わらない。
「⋯⋯どうする、キリト?ていうかお前結構女顔だったんだな」
「⋯⋯とりあえず、ここから離れよう。このなかじゃ話し合いも満足にできやしない。ていうか顔についてはほっとけやい、俺だって気にして⋯⋯」
会話で精神をつなぎとめようとする。そうでもしなければ俺もクラインも狂ってどうなるかわからなかった。
だが俺の言葉は途切れた。それは何故か。
目の前でプレイヤーの一人がフッとその場で倒れたのだ。俺と変わらないくらいの女の子だった。
「ちょっと?ねえ、しっかりして!?」
幸い、別の女の子が同行していたのかその子はすぐに抱えられた。しかし、どんなに呼びかけられてもその子は反応しない。
「クライン!」「おう!」
どんなに非常事態でもやはり俺らは男だったということだろう。もしくは気絶がトリガーになって冷静さがどこかへ行ったのかもしれない。とにかく、俺とクラインは即座にそっちに向かった。
そこには長い栗色の髪の気絶した女の子とそれを抱きかかえる紺色の長髪の女の子、そしてフードを被った小柄な人物が傍にいた。
「おい!大丈夫⋯⋯じゃないな。どうしたんだ?」
「そ、それが⋯⋯」
「その子が気絶したんダ。多分現実を受け入れ切れなかったんだろうサ。そこのおにーさんと少女ちゃんは大丈夫なのカイ?」
女の子は混乱していて会話どころではなかったが、フードの人は一部始終を観ていたのか代わりに答えてくれた。声色から女性らしい。
「俺らの方は何とかな⋯⋯あと俺は男だ」
「おっと、それはすまないナ⋯⋯とりあえずここから離れよう、ひとまず落ち着かなきゃネ」
その子はおにーさんがおぶってくれ。そう言ってその人は広場を離れようとする。ついてこいということらしい。
俺たちはその指示に従い、広場を離れていった。
「よし、ここなら大丈夫だろう」
広場から離れた噴水の前。俺たちはそこに腰を下ろしていた。紺色の子はまだ茫然としているが。
「とりあえず自己紹介と行こウ。俺っちはアルゴ、ベータテスターで、その時は情報屋をやってたンダ」
その女性はアルゴと名乗った。特徴的な話し方にフードを被り、顔には謎のフェイスペイント。まるでネズミのひげのようだ。そして驚くことに
「ベータテスター⋯⋯!?」
「そ、テスターサ。それよりお前さん方は何て言うんだイ?」
「あ、ごめん⋯⋯俺はキリトだ」
「俺はクラインってんだ。んでアルゴさんよ、その子大丈夫なのか?」
「アルゴでいーヨー。まあ気絶しただけだしもうそろ目が覚めるころじゃないカ?それより⋯⋯」
そう言ってアルゴは紺色の子の目の前へ向かい
「せいやっ」
「うひゃあ!?」
盛大に猫だましをかました。
「起きてるカ?そろそろ落ち着こうゼ」
「ごめんよ⋯⋯ちょっと待ってて、いつものボクに戻るから」
そう言ってその子は深呼吸をしてパチンと頬を叩いた。
「ボクはユウキ。さっきはごめんね、でももう大丈夫。明るいボクに戻ったから!」
「OK、じゃあキー坊とクラインのおにーさんとユー君、と⋯⋯」
アルゴはウィンドウを呼び出して何か操作をした。直後にピロリン、と電子音が聞こえアルゴからのフレンド申請メッセージが届いた。
「何かあれば俺っちに訪ねてくれヨ。8階層までだったら格安で情報提供してあげるサ。それ以降は俺っちにも未踏の地ダ」
「サンキュ、助かるよ。早速だけど色々と教えてくれないか?戦闘のコツとか、探索するときの注意点とか」
「それは俺からも頼みたい。早く俺の仲間と合流してどうするか考えたいしな」
早速色々と聞くことにする。それにアルゴが答えようとしたその時。
「あれ⋯⋯ここ、どこ⋯⋯?」
気絶していた女の子がようやく目を覚ました。
よろしければ感想を書いてくださるとうれしいです。
では次回で。
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始まりの日 3
ようやく女の子が目を覚ました。まだ少しの混乱はあるようだがこれで話を本格的に進めることが出来るだろう。
「おはよう。意識はしっかりしてるか?視線は?」
「なんとかってところかしら。⋯⋯ねえ、やっぱりここはゲームの中なの?あれは夢か何かじゃないの?」
「ところがどっこい夢じゃなくて現実サ⋯⋯ゲームから出られないデスゲームってかたちのナ。俺っちはアルゴ、君は?」
そうアルゴが告げるとその子は落胆したのか表情を曇らせ、そう⋯⋯と呟いた。
「ごめんなさい、名前よね。名前は結k⋯⋯」
そう言いかけたところでアルゴが口をふさいだ。というか今の思いっきり本名っぽかったのだが、この手のゲームは初めてなのだろうか。
「おい待て思いっきり本名っぽかったゾ今の!そうじゃなくてプレイヤーネームの方ダ。いくら現実とごっちゃなこの状況でも本名バレは不味いだロ」
「プレイヤーネーム⋯⋯そっか、現実とは違うのね⋯⋯ありがとう、今後気を付けるわ。改めて、私はアスナ。よろしく」
さて、本題に入ろう。まずは現状の整理だ。視界の隅に表示される時刻は18:00。空は夕焼けから夜へと変化しつつあり、今から外に出るのは危険だろうと感じさせる。
アルゴは言う。
「まず茅場の言ったことが本当だったとシテ、ログアウトは出来ない・ログアウト条件はこのゲームのクリア・HPが0になれば現実でも死ぬ。ここまではいいナ?」
そこまで言ったところで全員に確認を取る。俺たちも問題はないので頷いた。
「じゃあゲームシステムの話とベータでの話をするゾ。このゲームは飛び道具の概念がかなり薄イ。魔法もなけりゃ遠距離からの攻撃もせいぜい敵の気を引く程度のダメージしか入らない。距離をとれるとしたら槍や両手根だナ。それでも中距離だガ。スキルに関しては各スキルの熟練度によって順次解放されていく。レベルアップでポイントがもらえるが、それは敏捷か筋力のどちらかに振ることが出来ル。リセットとかは出来ないから注意してくレ。ソードスキルはモーションをとらなきゃいけないし技後硬直があるから打ちすぎに注意。んで大体予想できると思うがエネミーは夜中の方がレベルが高い場合が多い、だから慣れないうちは夜中に出かけるのはやめた方がいいゾ。ただ、夜中限定のクエストもあるし、誰かが1回クリアしたら二度と受けれないタイプのもあるからそこはよく考えてくれ。ここまでハ?」
そこまで言って再び確認を取る。ソードスキルは俺たちは体験しているし、おそらくここはユウキたちも大丈夫だろう。アスナの表情が?で埋め尽くされている以外は。だからエネミーで気になったことを聞く。
「質問だ。このゲームにエネミー図鑑とかそういうのはあるのか?」
「んじゃあ俺からも。バフとかはどうやって付与すりゃいいんだ?魔法がないからそのあたり気になるんだが」
それを聞いてアルゴは答える。
「じゃあキー坊かラ。図鑑とかは無い。情報はNPCとの会話とかイベント、もしくはプレイヤーがまとめたのを掲示板とかで載せるとかだナ。後者は俺も後でやる予定ダ。次は⋯⋯」
とまあ、こんな感じで俺たちは情報を整理していった。そして完結にまとめるとこうだ。
「つまり糸無しグラス無しネクタル無しからのテリアカも無し、状態異常はポーションか時間経過、情報収集は命がけでおまけにhageたら情報の抱え落ち。バフに関しては攻守に関係するものは無くポーションや装備で付与⋯⋯こんなところか」
「さてはボウケンシャーだナおめー」
「あいにくシリーズの半分くらいしかプレイ出来てないけどな」
頭上に?が浮かんでいる2人への
「今後の方針だけど⋯⋯俺は最前線を目指す。死の危険が隣合わせにあるけど、レベルはあった方が色々と役に立つと思う。それにやっぱこの先に何があるのかは見てみたいしな」
「ボクもキリトと行こうかな。一人で活動するのは絶対に危険だよ、せっかく知り合いが出来たのに死なれたら悲しい」
「そこは“まだ行けるはもうヤバい”の精神でなんとかやって行くしかないなぁ⋯⋯堅実にいくしかないさ」
俺とユウキは攻略することにした。そして、最後のアスナだが⋯⋯
「私は⋯⋯街に残ろうかな」
彼女は街に残ることを選んだ。
「確かにキリト君の言うことにも一理あるし、レベルも上げるけど⋯⋯やっぱり前線は怖いわ。でも、ついていきたい気持ちもあるの⋯⋯」
そこへ、アルゴの助言が入った。
「なら、1層のクリアまでは一緒にいればいいんじゃないカ?2層が解放されれば転移門っていう各層を行き来できるものが使えるようになるから後々はそれを使って移動したらいい。そのあとは生産系スキルでサポートとかナ」
生産系スキル
文字の通り武器や防具作成、裁縫に料理まであるという、鍛冶や家事が出来るスキルだ。SAOは戦闘関連以外のスキルも数多くそろっているらしい。ほんと、リアルの身体を考えなければ生活ができそうなくらい自由なゲームだ。
「なるほど⋯⋯生産職でサポートするのもありなのね。じゃあ私はそれでいくわ」
全員の方針は決まった。
「わかった。とりあえずは迷宮区とやらを目指しつつしっかりとレベル上げをすることにしよう。今の時間は⋯⋯約19:30か、思ったよりも話し込んでたんだな俺たち」
「そういえばお腹減ってきた⋯⋯不思議だね、ゲームなのに減る感じはあるなんて」
「現実の身体は今頃どうなっているのかしら⋯⋯無事だといいのだけれど」
確かに、俺たちの身体はどうなっているのだろうか。病院に搬送されて保護されるみたいなことは言っていたが俺たちにそれを確認する術は無いのが不安を助長させる。しかしそんなことを気にしても仕方ない。
「とりあえず宿を探して飯にしようぜ、腹が減ったままじゃ暗い考えしか出ないって言うしさ」
俺はその不安な気持ちを振り払うようにそう提案するのだった。
感想をいただければ喜びます。ですので、どうか感想を⋯⋯
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宿屋での朝
書く暇ならたくさんあったんだ。
時間は流れて次の日の朝。
予想通り、この世界から解放されていない現実という、昨日より薄れた恐怖を受け止めた俺たちはこの街を出るための準備をしていた。
「ポーションは全然まだあるから補充の必要は無いかな、ネクタルとか糸とかを考えなくてもいいのは楽と観るか、感覚が鈍ると観るか⋯⋯」
2階建ての宿屋。その1階の食堂兼ロビーの片隅で水を片手に、俺はユウキとアスナを待っていた。少し前からアイテムや装備の確認をしていたのだがそれも2、3分で終わってしまい今は暇時間だ。頭の中では今日の行動予定を考えいるが決めるのは全員そろってからでもいいだろう。しかし、集合時刻にはまだ10分近くはある。
「まあ1つ決まってるのは確実かな」
「それって、私の装備のことよね」
俺のつぶやきに後ろからの返答。驚いた、まだ10分前なのに彼女は来たらしい。
「おはよ、アスナ。あと、それに+で街を出るのは午後ってのもな」
「おはよう、キリト君。ごめんね、私のせいで遅れることになっちゃって」
「仕方ないさ。君はフィールドから出ずにいたんだ。最低でもこの層を攻略するまで戦ってもらうんだし、準備は必要なことだよ」
俺たちの出発が遅れる理由。それはアスナがフィールドに出たことが無く、戦闘経験がゼロだからだ。装備も金も手を付けておらず、出費は今のところ宿代と晩飯代だけ。
一先ずは、彼女に合う武器を選び、それから進みながら次の街を目指すのが今日の目標になるだろう。いくらこの第1層がアインクラッドで一番広いと言っても流石に野宿が必要な程に街との間隔は広くないはずだ。アルゴからの情報もあるし安全まではいかないが今日の夜には着くことだろう。
「とりあえず、最初に武器屋で身体に合うのを探そう。あっちの世界でやってたことがあれば見つけやすいと思うからそれを参考にするのもありじゃないかな」
「ならレイピアがいけるかな。私フェンシング習っていたことあるし」
「フェンシングか⋯⋯レイピア⋯⋯フェンサー⋯⋯幻影⋯⋯」
「⋯⋯何の話?」
おっと。つい軽くボウケンシャー思考に入っていたらしい。
「わりぃ、俺のリアルでやってるゲームのフェンサーの型の話。裸装備で相手の攻撃をひたすら回避してカウンターを叩き込んでいく戦闘スタイルなんだけど⋯⋯」
「は、はだっ⋯⋯あなたまさか」
「違う!裸ってのはアスナが想像してることじゃない!」
しまった忘れてた、アスナはゲーム知識が少ないんだった。とりあえず誤解を解くために説明をしなければ。
「裸ってのは防具とかの装備を何もつけてない状態のことだよ、その、ほら、丸腰とかそんな感じの」
「あ、ああ⋯⋯裸ってそういう⋯⋯あら?でもそれだと防御力がないじゃない。それで戦えるの?」
誤解を解くことになんとか成功した。そして、彼女はいいところに目をつけた。
「そう思うだろ?たしかに防御力はほとんどないし、攻撃なんて喰らえば即危険域だ。それに、言ってしまえば確率の問題だから攻撃を絶対に躱せるなんてこともない」
だがしかし利点もある。
「まず、装備にかかる金の負担を減らせる。あのゲーム、中盤終盤になるといくら金があっても足りないからな。次にダメージの多さ。幻影型って躱せば躱すほど強くなっていくっていうスキルがあってさ、それにターゲットを集中させやすくすることもできるから、それで攻撃してきたところをカウンターしていけば結構ダメージが出るんだ。それにターゲット集中で壁役にもなれるしな」
「へぇ、思ったよりも戦えるのね⋯⋯それ、参考にしようかしら。もちろん、は、裸装備の方じゃないわよ」
どうやらアスナは何となく戦闘イメージを描くことが出来たらしい。俺も戦い方を少し考えた方がいいだろう。
それにしても。
「そろそろ時間になるけどユウキの奴来ないな⋯⋯」
「もうすぐ来ると思うのだけれど⋯⋯まさか寝坊とかじゃないでしょうね」
「いやどうだろう⋯⋯」
約束の時間から10分後
「ふわ~あ⋯⋯おはよ~寝坊してごめん⋯⋯」
眠たそうに欠伸をしながらユウキが下りてきた。
「おはよう、ユウキ。⋯⋯とりあえず、どんまい」
「ふぇ?」
「ユウキ」
突然名前を呼ばれ振り返るユウキ。そしてそこには、
「おはよう。とりあえず正座なさい?」
ものすごくいい笑顔の
「お、おはようアスナ⋯⋯先ずは落ち着こう?」
「ユウキ」
「ひゃい!」
「二度は無いわよ?」
その後、約5分に渡り遅刻者への制裁という名のお説教は下された。とりあえず、アスナ関係の時は時間に気を付けようと肝に銘じた瞬間だった。
因みに、のちに彼女は笑いながらこう語る。
「あのときはまだ会ったばかりだったし、時間も無かったからあんなものだったけれど、今だとあと10分追加されているかなー」と⋯⋯。
無事に、とまではいかないが武器屋で武器を入手した俺たちは裏手にある練習場で予定通り案山子相手にソードスキルを打つ練習をした。やはり2人とも最初は苦戦していたが、少ししたら安定して発動することが出来ていたので、とりあえず発動するという課題は達成できた。あとは2、3戦模擬戦をして動く相手に当てられる訓練をする。
そして、このエリアを出る。
それが今日の目的だ。割と時間はかかると思う、けど生き残るなら基礎はしっかりとしなければならない。それに後々を考えると無駄にはならないだろう。
「それじゃあいくよー」
そう言ってユウキは片手剣を構える。対するアスナはレイピアを胸の前で構える。
初めての戦いが始まった。
現在新作の構想をしております(終わる気配ないのに)
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