航空機兵ボトムレス (伝説の超浪人)
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第1期

注意!
この小説にはご都合主義・一部設定変更などがございます。

またArcadia様にも投稿しています。

ハーメルンへの投稿は初めてです。

それでもよろしければご覧ください。

ではどうぞ!

★★★


お父さんはあまり喋らない人だった。

 

いつも同じような表情をしていて、他の人にみたいに大声で笑ったところなんかは一度も見たことがない。

 

青い髪で、いつも同じ赤い服を身にまとっていた。

 

お母さんは茶髪の奇麗な人だった。

 

でも体が弱いのか、近くの宮藤診療所によく通っていた。私も小さい頃は一緒に連れられ、宮藤さんたちとよく喋った。

 

お父さんもお母さんもこの国…扶桑の出身ではなく、外国の名前と苗字だったから宮藤さんたちが遠い親戚として処理してくれたって昔聞いたことがある。

 

だから私の名前は宮藤芳佳なんだって。

 

初めて2人とも外国出身と聞いたときは驚いたけど、そんなことは大したことじゃない。私はお父さんもお母さんもが大好きだ。

 

お父さんは私が虫を捕まえたり、奇麗な花を見せると頭を撫でてくれた。そしてよく肩車をしてくれたのを覚えている。

 

私はお母さん譲りの茶髪だ。お揃いだね、とお母さんに言うとお母さんはそうね、嬉しそうに言ったことを覚えている。

 

お父さんは機械の修理のお仕事をしていた。近所の人から持ち込まれる家電から、車なんかも修理していた。

 

そしてAT【アーマード・トルーパー】といわれるロボットみたいなのも修理していた。

 

それはお父さんたちがこの国に来る数年前に空から降ってきたんだって、町の大人たちが言っていた。

 

嘘みたいな話だけど、本当の事らしく色んな国でATは作られるようになったみたい。

 

ATの修理を依頼する人たちはちょっと顔の怖い人なんかも多かったりするけど、そういう人相手でもお父さんはいつもみたいに表情を変えず修理していた。

 

たまにきっちりとした格好の人たちが来て、お父さんは数日その人たちと一緒にどこかに行ってしまうことがあった。

 

お母さんは「お父さんは大きな仕事をやっているのよ」と言っていた。

 

「どういうお仕事なの?」

 

私がそう聞いてもお母さんは笑うだけで答えてくれなかった。そんな日はお母さんがよく私に構ってくれたことを覚えている。

 

一緒に絵本を読んでくれたり、お風呂入ったり。お母さんの胸は大きくて、胸に飛び込むとお母さんは頭を撫でてくれた。

 

友達もできて、一緒に遊んで。疲れて帰ればお母さんとお父さんがいる。そんな生活だった。

 

ある日お父さんがウィッチ……魔法力がある女の人の装備であるストライカーユニットで画期的な理論を生み出したと大きく新聞に載り、みんなでお祝いした。

 

お父さんは軍の人と一緒に仕事することもあるらしい。

 

「どうして?」

 

と聞いたことがあるが、お父さんは

 

「欲しいものがある」

 

とだけしか言ってくれなかった。

 

新聞に載った日を境に、お父さんは色んなところに呼ばれるようになった。

 

前より一緒にいる時間が短くなって、少し寂しかった。

 

けど仕事があることはいいことだぞ、と近所の人や宮藤さんたちに言われ、お父さんを困らせてはいけないと思い私は我慢した。

 

数日お父さんがいなくなることはあったが、長期間帰ってこないなんてことは一度もなかった。

 

お父さんは家族から離れたくない、といってあまり遠くの場所の誘いには乗らず、なるべく家にいるようにしたんだって。

 

嬉しかった。

 

あんまり多くは語らないけど、私たちのことを大事にしてくれるお父さんは、私に自慢だった。

 

そんなありふれた生活が終わりを告げたのは、唐突だった。

 

お父さんは軍のお仕事でストライカーユニットの研究のために欧州に船で向かった。初めて長期間でお父さんがいなくなる話で、ずいぶん私がわがままを言ったのを覚えている。

 

そしてしばらくして帰ってきたのは、お父さんの遺品だった。お父さんの小物が入っていただけで、お父さんの姿どころか影も形もなかった。

 

詳しい話は機密ということで、軍は教えてくれなかった。しかしお父さんの船はネウロイに襲われたということだけ特別に教えてくれた。

 

私は泣いた、これ以上ないくらいに。その日はいつの間にか寝てしまっていた。

 

悲しみにくれる日々。そんなある日に帰宅すると車が止まっていた。

 

何だろう。お客さんだろうか。

 

「ただいまー。お母さん、誰か来てるのー?」

 

居間の扉を開けると、厳しい表情のお母さんと軍服を着た男女の2人がいた。

 

「芳佳……ご挨拶しなさい」

 

「あ、初めまして。宮藤芳佳です」

 

眼帯をし、後頭部で髪を1つにまとめている白い軍服を身にまとった女性が頭を下げた。続いて男性の方も頭を下げた。

 

「はじめまして。私は第501統合戦闘航空団、通称ストライクウィッチーズ所属の坂本美緒少佐だ。今日は君を誘いに来た」

 

「私を?」

 

軍人さんが私に何の用だろう。思い当たる節が全然ない。

 

「君は治癒魔法の使い手だそうだな。それもかなりのな。その力をウィッチとして生かす気はないか?」

 

「お断りさせていただきます」

 

私の考えがまとまるより前に、お母さんがこれまでに見たこともないくらい怖い表情で返答していた。

 

坂本さんは少し驚いた表情を見せたが、その返答を予想していたのか、すぐに元の表情に戻る。

 

「今欧州は大変な状況です。1人でも多くのウィッチが欲しい。わかっていただけませんでしょうか」

 

「この子は戦えるような子ではありません。それに軍には向いていない性格です」

 

「まるで軍隊を知っているような口ぶりですね」

 

「夫が軍に関わっていれば、嫌でも耳にも入ります」

 

こんな怖いくらいの声を出すお母さんは初めてだった。

 

軍、その言葉を聞いたとき私の体は硬直した。

 

「……お父さんの詳しい話を教えてくれたら考えます」

 

「芳佳!!」

 

お母さんの厳しい怒声より、私の意識は坂本さんに向けられていた。坂本さんは息を少し吐いた。

 

「……宮藤博士の死体は上がっていない。ネウロイの攻撃で船が沈んだからな。遺品だけがあったんだ」

 

「……坂本少佐」

 

「これくらいならいいだろう、土方」

 

男の軍人さんが坂本さんに非難の声をあげるが、坂本さんはそれでも教えてくれた。

 

「……じゃあお父さんは死んだかどうかもわからないんですね」

 

そう質問しても、坂本さんたちは答えてくれなかった。

 

「……芳佳、あなたまさか」

 

お母さんは顔をしかめる。私の考えていることが分かったようだ。

 

「私を欧州に連れて行ってください!」

 

「駄目よ、芳佳!」

 

お母さんは見たこともないくらい厳しい表情で言うが、私は決めたんだ。でもお母さんの言葉はそれ以上だった。

 

「お父さんは必ず戻ってくるわ!だから待っていればいいの。お父さんは絶対に死なないから」

 

「ですが奥方…」

 

お父さんが生きていることを、お母さんは確信しているようだった。

 

まるで決まっているかのような言い方だ。土方と言われる男の人は、顔をゆがめている。

 

「お父さん、大怪我して動けないかもしれないんだよ!?だから私行く!」

 

「芳佳!」

 

それからお母さんと話は平行線をたどった。

 

それを見て坂本さんと土方さんは、今日は話が進まないと感じたのか帰っていった。入隊するならば歓迎すると言い残して。

 

その後私はお母さんの反対を押し切って、欧州へと旅立った。

 

もしかしたらお父さんが生きているという希望を抱いて。そしてそれは私の闘いの日々の始まりでもあった。

 

 

 

 

航空機兵ボトムレス(装甲騎兵ボトムズ×ストライクウィッチーズ)

 

 

 

 

欧州。それは硝煙と瘴気が蔓延る前線でもあった。しかしそこでもお父さんについての情報はなかった。

 

欧州は多くがネウロイの支配下にあり、ここでお父さんの情報を得るには強くなり部隊に残るしか道はなかった。

 

第501統合戦闘航空団、通称ストライクウィッチーズ。

 

そこが私の所属することになった部隊。各国のエースが集められた部隊……言い換えれば前線そのものであった。しかし前線であればお父さんの情報が手に入る、そう思っていた。

 

そんな期待を現実は否定していく。部隊長であるミーナ隊長にお父さんの足取りを聞いても、分からないそうだ。

 

お父さんが乗った船はネウロイの攻撃で南アフリカ付近の海に沈んだ。

 

生存者はゼロで、船の残骸から発見されたのはお父さんの持っていた手荷物のみであり、遺体は見つかってない。

 

船が沈んだ付近の地域では博士らしい人物の目撃情報はなく、近くの町でネウロイの襲撃があっただけだそうだ。

 

「ごめんなさいね、力不足で」

 

「いいんです……ありがとうございます、ミーナ隊長」

 

お父さんの船が沈んだ理由はやはりネウロイだった。仮に生きていたとしても、広大なアフリカの地で1人で生存できる可能性は極めて低い。

 

知れば知るほど、お父さんが生きているとは思えないような知らせばかりだった。

 

気分が沈んでいく。そんな中ネウロイの襲撃を知らせる警報が基地内に響く。

 

そこで私は同じ部隊のリーネちゃんと二人だけでネウロイと戦うことになった。

 

硝煙が薫る中2人で倒したネウロイが崩壊した姿は、桜吹雪にも似ていた。あの無機質な外見からは考えられないような、美しい光景だった。

 

しかしこれがお父さんを攻撃したのだと考えると、まともではいられなかった。

 

リーネちゃんとはあれから仲良くなれたが、上手く話すことさえできない人もいた。

 

その人たちは、ネウロイによって過去をズタズタにされていた。

 

歴史を、町を、人を飲み込む。ネウロイに生まれ育った土地を追われている人々。それがどのような感覚か、私には完全には理解できていなかった。

 

不規則になりつつあるネウロイの襲撃の中、ネウロイの攻撃で銃が爆発し、バルクホルンさんは胸に怪我をして墜落した。

 

この場で治療しなければならない傷だ。そして今この場で治癒魔法を使えるのは私だけ。

 

「動かすのは無理です!この場で治療します!」

 

私が治療魔法で治療している間はシールドが使えずネウロイからの攻撃は防げない。代わりにペリーヌさんがシールドで私たち2人を守っていてくれた。

 

「私なんか構うな……敵にその力を使え」

 

「嫌です!必ず助けます!」

 

バルクホルンさんは治療を中断し私に戦いに参加するよう促すが、聞く気はなかった。目の前の人を見殺しにすることなんてできなかった。

 

バルクホルンさんは再び戻るよう促すが、私は治療を続けた。

 

意地もあった。治療に全力を注いでいるため、激しい攻撃の中ネウロイの攻撃の状況まで私は気にすることができなかった。ペリーヌさんのシールドが軋みを上げていることを。

 

「シールドが……!」

 

「……っ!?」

 

一瞬だった。

 

ペリーヌさんのシールドを貫通し、ネウロイの攻撃が私の胸を貫いたのは。

 

「新人!」

 

「宮藤さん!!」

 

2人の叫び声が聞こえても、私はバルクホルンさんの治療を続けた。2人が色々言ってくるが、私はやめなかった。

 

そしてバルクホルンさんの治療が終わると同時に、私の意識は途切れた。

 

暗闇の中から目を開ける。目に入ったのは白い天井と、皆の顔だった。

 

その皆の表情が変だった。

 

「み、宮藤さん……」

 

「あ、あぁ……!?」

 

まるであり得ないものを見るような、そんな表情を誰もが浮かべていた。

 

一体何が原因だろうか。

 

あのとき確かに胸を貫通したはずだ。しかし傷跡はそれほどひどくなかった。

 

ミーナ隊長に聞くと、胸を貫通してかなりの出血量だったらしい。その後drの処置もあったが、いつ目覚めるかもわからない昏睡状態だったそうだ。

 

にも拘わらず半日足らずで目を覚ましたことに皆驚いていたらしい。

 

偶然にも肺や心臓など内臓を傷つけず貫通したのが幸いだったようだ。

 

次の日には動けるようにはなったが、大事をとってしばらく休みを取らされた。

 

そしてこの回復の早さは、おそらく無意識下でも自身に治療魔法をかけ続けたのだろうという見解だった。そうdrから聞いた。

 

お見舞いに来てくれる皆や、バルクホルンさんやぺリーヌさんはあの戦いでのお礼を言ってきて、そこから以前より仲良くなれた気がした。

 

……自分のこの回復速度に、疑問を持ちながら。

 

 

 

 

ネウロイの襲撃がくる中、より部隊の皆のことを知るようになり、皆の過去を知ることとなる。

 

サーニャちゃんとエイラさんとの夜間哨戒のため、しばらく2人と寝食を共にすると色々2人のことを知ることをできた。

 

サーニャちゃんの家族はウラルの山々よりもっと東に家族が避難したそうだ。そして安否は不明。

 

行方がわからない……お父さんもそうだ。この夜空のどこかにいるのだろうか。

 

その夜空で襲い掛かるネウロイ。1人では勝てなかった敵だろう。しかし私たちは3人だった。だから勝てた。

 

サーニャちゃんが同じ誕生日である私に、特別に秘密を教えてくれた。固有魔法で、遠くの電波なども拾えるらしい。

 

その中で、サーニャちゃんのお父さんのピアノの旋律が聞こえてきたのだ。

 

サーニャちゃんのために作った曲。その旋律は彼女の父親が生きている証だった。

 

……私もお父さんの生きている証拠が欲しかった。

 

今どこにいるのだろう。旋律を聞きながら、私は月を眺めた。お父さんもこの月を見ていると信じて。

 

 

 

 

 

 

数日後北アフリカのカイロにあるネウロイの巣が破壊できたという朗報が入った。

 

これはアフリカの奪還に成功したことを示し、皆喜んだ。

 

それを成したのがアフリカの星を始めたとしたウィッチたち。そして凄腕のAT乗りがいたそうだ。そのAT乗りはすさまじい数のネウロイに突っ込み、地上型の超大型ネウロイを単騎で撃破し、その爆発で上空にある巣をも吹き飛ばしたという話だ。

 

信じられない、とミーナ隊長はつぶやいていた。当然だろう。ウィッチのシールドは言うに及ばず、戦車より遥かに脆い装甲のATで突っ込むなど自殺以外の何物でもないのだから。

 

ATでは考えられない戦果ではあるが、超大型ネウロイの爆発の際、それを撃破したATが吹き飛ぶところは多くの人が見たらしい。パイロットは死亡しただろうとのことだった。しかし、私の中でそのATのことが妙に引っかかっていた。

 

一向にお父さんの情報がないことに疲れを感じながら、私は出撃した。見たこともないネウロイが私の前に現れる。

 

人型。そうとしか言いようのない、私たちを真似ているようなネウロイだった。

 

今までのネウロイだったならば即座にこちらに攻撃を仕掛けてくるはずなのに、そのネウロイは私の周りを飛ぶだけで、攻撃の気配はまったくなかった。

 

違うかもしれない。しかしお父さんを奪ったのはネウロイ。私はトリガーを引くことを躊躇していた、してしまった。

 

坂本さんがそのネウロイの攻撃で負傷したのは、そのすぐ後だった。

 

撃てなかった私が悪いのはわかっている。しかしどうしても勘が違うと訴えているのだ。

 

だから命令を無視して、もう一度そのネウロイに会いに行った。そこで色んなものを見た。

 

宇宙から落ちてくる筒のような何か、ネウロイと戦う昔の人々、ネウロイに襲われる街、焼け落ちる街に行進するAT、ネウロイの巣を破壊するAT、後ろ姿ではあるがATから降りる赤い耐圧服の男、顔までは見えないが裸で箱に入っている男女が宇宙から地球へ落ちていく映像、ネウロイのコアの近くにあった謎の機械。

 

私は気になるものが多くあったが、基地に帰還した私を待っていたのは皆に銃を向け囲む兵士と、その中心にいるマロニー大将の姿だった。

 

私はマロニー中将へ最後の映像の異常性を訴えた。すると大将は私にもわかるくらい狼狽え、私の軍規違反を理由に501の解散を言い渡した。

 

部隊は解散した。私のせいで。しかし誰がどう見てもマロニー大将の様子はおかしかった。

 

扶桑へ向かう船の上で、マロニー大将が自信をもってネウロイを打倒する力と告げた兵器「ウォーロック」がネウロイを圧倒していた。

 

ウォーロックこそ、ネウロイの巣で見た兵器そのものだった。

 

最初のうちはウォーロックがネウロイを圧倒していた。しかしウォーロックは次第にこちら側にも仕掛けてくるようになった。

 

それをきっかけに、再度集まった501の皆の力で倒し、赤城と合体したウォーロックを吹き飛ばすことに成功した。

 

そして付随するようにガリア上空のネウロイの巣も消滅した。

 

色々あったが、ネウロイの力は人類が使うことはできないということだろう。そして巣が破壊されたということは、ペリーヌさんの故郷であるガリアが解放されたと同義である。

 

皆喜んだ。私も自分のことのように喜んだ。しかし巣を破壊したことは、501の解散をも意味していた。

 

皆晴れやかな顔で自国や原隊へ復帰するため戻っていった。

 

私は欧州に残りたかったが、軍規違反を繰り返した私は不名誉除隊ということで扶桑に戻されることになった。

 

最後に皆で集まるとき、ミーナ隊長が少し遅れてきた。こういったときミーナ隊長が遅れてくるのは初めて見た。

 

「遅いぞミーナ、何かあったのか?」

 

「司令部から通信が入ったの。宮藤さん、朗報よ」

 

「私ですか?」

 

また命令違反のことだろうか?でもそれにしてはミーナ隊長が明るいし、違うかもしれない。

 

「宮藤博士がアフリカのトブルクで保護されているようです。これから宮藤さんと美緒はトブルクに寄って博士と合流してほしい、とのことです」

 

「お父さんが!?」

 

お父さんが無事と知り、嬉しくて私はつい大声を出してしまった。

 

しかしトブルクと言われても、私にはアフリカのどこにあるのか分からない。

 

「しかしトブルクと言えばアフリカの最前線じゃないか。なんだってそんなところにいるんだ?」

 

シャーリーさんがそう呟いた。

 

場所が分からず頭を悩ます私に気づいて、トブルクはエジプトの隣だよ、とシャーリーさんは教えてくれた。

 

「……その、南アフリカで助かってから1人でトブルクまで突破したみたいで……」

 

ミーナ隊長は目頭を抑え、頭を振る。

 

「おいおい、ネウロイの襲撃の可能性もあるのに随分ファンキーな親父さんだな」

 

「というより途中で連絡はとれなかったのか?」

 

「何でも無線関係がなくて、無線のある場所を放浪していたら基地まで行く羽目になったそうよ」

 

その話を聞いて、皆は驚きつつも、どこか呆れているかのような表情を浮かべていた。

 

「博士も宮藤並みに頑丈なのかなぁ?」

 

「何を言っているんだハルトマン、博士は男性でウィッチではないのだぞ」

 

「良かったね芳佳ちゃん、お父さんが無事で」

 

「ありがとう、リーネちゃん。皆さん、ありがとうございます!」

 

皆、私のお父さんが無事なことを祝福してくれた。みんなの家族だって、色んな目に合っているのに、本当にいい人たちばかりだ。

 

「あー、宮藤の奴泣いているナ」

 

「芳佳―!」

 

ルッキーニちゃんに抱き着かれ、エイラさんに泣いていることを指摘されて、私はようやく自分が泣いていることに気が付いた。

 

優しい仲間と、お父さんの無事。その2つが私の心を温めてくれた。

 

その仲間たちの言葉を胸に刻みながら、501は解散し、坂本さんとともに船でアフリカのトブルクに向かった。私たちが乗る船はアフリカへの補給も兼ねているらしい。

 

そして初めてのトブルクに着いた。トブルクは北アフリカの拠点であり、ネウロイの欧州の南方上陸を防ぐ重要なものである、とは坂本さんから聞いた話だ。

 

多くの人が船の迎えに来ており、にぎわっている。ガリア解放のニュースのせいだろうか。

 

私は素早く下船して、必死にお父さんを探した。そして見つけた。中央に立つ男性を。

 

「お父さん!」

 

「…芳佳、なぜここに」

 

そこには元気なお父さんが赤い耐圧服を着て立っていた。私は走った勢いのままお父さんに飛びついた。

 

「お父さん!お父さん!お父さん!お父さん!!!」

 

「…探しにきたのか、俺を」

 

「当たり前でしょ!心配したんだからぁ!」

 

「すまなかった」

 

そう言って、お父さんは私を抱きしめてくれた。この温もりは間違いなくお父さんだった。悲しくないのに、私は涙が溢れて止まらなかった。

 

私が泣き止むまで多大な時間を使い、色んな人に迷惑をかけることになってしまった。

 

泣き止んでから、私はお父さんに問いかける。

 

「…無事で、ほんとうによかったよぉ。でもお父さんはどうやって助かったの?」

 

「…船は沈んだが、偶然助かって近くの海岸に流れ着いていた」

 

「怪我は大丈夫だったの!?」

 

「…もう治っている」

 

心配かけたな、とお父さんが私の頭をなでる。それだけで私はまた泣いてしまった。お父さんがここにいることに、どうしようもなく安心してしまったのだ。

 

「おいキリコ、お前さん子供がいるってマジだったのか」

 

お父さんにかけられた声の方向を見てみると、男の強面の軍人らしき多くの人が立っていた。どうやらお父さんの知り合いらしい。

 

「前に言ったはずだ」

 

「いやいや、全然女っ気なさそうで、ウィッチに見向きもしねー男が言ったって説得力ねぇよ。なぁ皆」

 

そうだそうだ、ぜってー嘘だと思ったね、と皆言いたい放題だ。

 

でも馬鹿にしているような感じではない。皆明るい感じなのだ。

 

「言ったはずだ。妻のフィアナ以外の女には興味ないとな」

 

ヒュー、と周りがからかう。でもお父さんは少しも表情を動かさなかった。しかし、私としては許せなかった。

 

「じゃあお父さんは私はどうでもいいの?」

 

するとお父さんが頭を撫でてきた。ごつごつとした、いつもの固い手で。

 

「…そんなわけないだろう。機嫌を直せ」

 

「なんだぁ?凄腕のAT乗りも娘には形無しだな!」

 

軍人らしき人たちが、げらげらと皆笑っていた。それを見て、お父さんもうっすら笑っていた。お父さんも知らない土地で誰かと仲良くなっていたんだなと、501の光景が脳裏に浮かんだ。

 

「おい、行くのか?」

 

よく響くその声は、少し後方から伝わってきた。後ろを確認した他の人たちは、その人のために道を譲る。その光景はたしかモーセとか何とかで聞いたことのあるもののようだ。

 

「マルセイユ大尉か」

 

声をかけたのは高い身長にスタイルがよく、白髪に青目の美人だった。坂本さんに尋ねると「アフリカの星」と言われるエースらしい。坂本さん曰くサインはめったにしないそうだ。なんだが悲しい。

 

他にも十数人女の子が立っている。みんなウィッチだろか。扶桑人もいる。

 

「お久しぶりです、坂本少佐」

 

「久しぶり、坂本少佐」

 

「久しぶりです、マルセイユ大尉、加東少佐。宮藤博士を迎えに来ました」

 

どうやら坂本さんは扶桑のウィッチと古い知り合いらしい。2、3言葉を交わしている。

 

「宮藤博士には大変お世話になりました」

 

「ああ。博士がいなければ陸戦部隊は壊滅していただろう」

 

「え、いやいや待て待て。宮藤博士は保護されていたのではないのか?」

 

お父さんを見ると少し目をそらされた。いや、説明してよお父さん。

 

「まぁとあるAT乗りのおかげで、カイロのネウロイの巣攻略でピンチになった陸戦部隊は壊滅を避けられたというか…」

 

「私たちはそのAT乗りに助けられました!ありがとうございます、宮藤キリコ博士!」

 

名前言っちゃダメって言われたでしょ、とお礼を言った女の子がほかの子に頬を引っ張られていた。

 

いや待って、お父さんはもしかしてATでネウロイと戦ったの!?

 

「お父さん、何でそんな危険なことしたの!?」

 

「……助けてもらった恩を返しただけだ」

 

「……だからってネウロイに囲まれたAT乗りやウィッチを助けて、仲間が撤退できるようにネウロイの大群に1機で飛び込むか?」

 

マルセイユ大尉が呟くとそうだぜ、と最初に話しかけた男の人たちが声を上げた。あの人たちはAT乗りだったみたいだ。

 

「俺はくそ真面目が取り柄の男だからな」

 

沈黙。しかし何人かが下を向いて、プルプル震えていた。

 

「プ…プフフ…アハハハ!」

 

マルセイユ大尉の笑い声を切っ掛けに、辺りは笑いで包まれた。

 

「くそ真面目なら仕方ないな!アハハハ!!」

 

しばらく笑い声は尽きることはなく、お父さんは男の人たちに背中を叩かれたりしていた。でもお父さんは邪険にせず、成すがままだった。

 

「あー笑った。あなたが博士でなかったら共に戦場で戦い続けたかったがな。それでは博士、お元気で」

 

「……ああ」

 

多くの人がお父さんに別れの言葉をかけていく。お父さんは一度だけ手を挙げて荷物を背負って船に乗った。

 

坂本さんは頭を抱えていたが、周りはそんなことも気にせず、お父さんへの別れの声は長く続いた。

 

お父さんはしばらくアフリカの大地を見ていた。しかしそれは懐かしむような表情ではなかった。アフリカを見ているようで、どこかもっと遠くを見ているような、そんな表情だった。

 

船の中でお父さんは坂本さんと私に今までの経緯を説明すると、坂本さんは益々頭を抱えてしまった。私だっておかしいと思う。

 

船が沈んだけどたまたま船の破片と自分の一部の荷物とともに近くの海岸に打ち上げられていて、自力で近くの町にたどり着く。

 

しかしそこへネウロイの群れががやってきて町が襲撃され、お父さんも防衛に参加しネウロイを撃破したが町は爆破で消滅。

 

その後お父さんはATを運び出し、たった1人で南アフリカからエジプト付近までたどり着いた。

 

しかしそこでもネウロイに襲われ、何とか倒したが怪我をしているところをウィッチに拾われ一命をとりとめる。

 

カイロにあるネウロイの巣の攻略へ行った作戦でピンチに陥ったAT乗りやウィッチたちの救援に行き、巣の撃破の大きな助けになったらしい。

 

というより、超大型の地上型ネウロイを倒したAT乗りはお父さんだったらしい。

 

軍の作戦に勝手に参加し、ネウロイの巣の爆発に巻き込まれてお父さんのATが吹き飛ぶところは多くのウィッチが目撃したことで死んだものと思われたそうだ。

 

それなのに作戦終了後、普通に帰還したお父さんに皆大騒ぎだったらしい。

 

一応事の顛末としては爆発に巻き込まれたAT乗りは死亡し、作戦時『たまたまいなくなっていた』お父さんは重要人物として基地で保護していた、とのことになったそうな。

 

ともあれお父さんが無事に戻ってきたので私としては全然問題なかったが、最後まで聞いた坂本さんがブツブツ言いながらお腹を抑えていた。

 

しかし次の日になると坂本さんはいつもの調子だった。何かごめんなさい……坂本さん。

 

エジプトを解放したことでスエズ運河が通れるようになって、行きよりも帰りは早く着いた。

 

「ガリアを解放した功績もあるから、予備役という形にしてみせるさ」

 

私の軍での扱いを坂本さんは教えてくれた。正直なところ、私としては軍の扱いに興味はなかったので「はぁ…」としか言いようがなかったが。

 

そして港に迎えに来てくれたお母さんに泣かれながら怒られ、抱きしめられた。

 

「本当にごめんなさい、お母さん」

 

許してくれたお母さんはお父さんを私の前で熱く抱きしめ、そのまま3人で家に帰った。

 

家に帰ると何故か力が抜けてしまった。久しぶりの我が家だからだろうか。

 

お母さんに勝手に出て行ったことをもう一度謝り、私は今までのことを話した。お父さんには一度話しているが、やっぱりお父さんは話を聞く度に何か考えているようで、お母さんはどこか顔を青ざめていた。

 

結局2人に聞いても答えてくれず、少しだけもやもやしながら川の字に寝ることを私は希望した。

 

暖かい布団と両親の温もり。ここが私の帰る場所。安息の地なのだと、知ることができた。

 

父の体から、基地で嗅いだことのある匂いを吸い込みながら、眠りについた。

 

 

 

 

 

大いなる偶然が全ての始まり。芽生えた意識は行動を、行動は情熱を生み、情熱は理想を求める。知らぬは己のみ。男の誘惑が、悲壮な決意が、自らを加速させる。謎をこの手に。

次回、『2期』。ヴェネツィアの空が光る。

 

 



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第2期

それから欧州に向かう前の生活に戻った。

 

私はみっちゃんとともに学校へ向かい、お父さんは職場に向かう。そしてお母さんはそれを見送る、そんな生活に。

 

「行ってきまーす!」

 

「フィアナ、芳佳……行ってくる」

 

「行ってらっしゃい……キリコ、芳佳」

 

時折お父さんから銃の打ち方やATの操縦・整備の仕方を教わったり、医学の勉強をしたり、親友の山川美千子ことみっちゃんと遊ぶ日々を過ごした。

 

舞鶴のウィッチ病院に佐世保の英雄といわれる雁淵中尉を治療しに行ったり、各地で負傷した人の治療を行うこともあり心身ともに成長した気がする毎日だった。

 

そうして半年がたち、中学の卒業式の日が戦いのきっかけであった。

 

欧州、リーネちゃんからの無線が入る。

 

欧州、そして仲間の危機の無線だった。坂本さんにはついてくるなと、拒否された。

 

でも私は無理やりストライカーユニットを履き、坂本さんとともに欧州へと旅立った。

 

みっちゃんと両親に「仲間を助けに行く」という伝言を残して。

 

欧州へ向かう船の中、私は懐からアーマーマグナムを出し、握りしめた

 

いつ触っても大きな銃だ。半年前からお父さんに持つよう言われていた。

 

最初は銃を持つことは嫌だった。しかし、何となく持たなきゃいけないような気がしていた。

 

揺れている私の心を、お父さんが守ってくれるような温もりを感じた。

 

欧州に着く直前にネウロイの襲撃があったが、501の皆が集まったことでどうにか撃破できた。

 

ヴェネツァにできたネウロイの巣に対し、501は再度結成となった。

 

さぁやるぞ、と意気込んでいたが。

 

「走れー!」

 

「「「はいー!」」」

 

訓練はしていたが、ストライカーユニットは半年ぶりで、基地に来てから訓練の連続だった。

 

バルクホルンさんに言わせれば怠け切っているらしい。特に私とリーネちゃんとペリーヌさんが扱かれた。

 

「命中精度は上がっているな」

 

銃の扱い方とか命中精度は褒められたけど、ストライカーユニットの扱いがなってないって。

 

 

 

そんなある日、ミーナ隊長から連合軍統合指令本部についてくるように言われたのだ。

 

「一度どんなものか見せておくのもいいと思ってね」

 

何でも急な召集で、シフトで空いているのは私ぐらいだったからだそうだ。また今後の勉強にもなるのでちょうどいい機会らしい。

 

そんなこんなで本部にはついていったが、偉い人と話すのはミーナ隊長だけであって、私は邪魔にならないようなところで暇をつぶしているしかなかった。

 

「ミーナ隊長ってば、基地の雰囲気を読み取ることも大事っていうけど、こんなんじゃわかんないよ…」

 

愚痴を言っても聞いてくれる人はいない。いったいいつ終わるんだろうか、と考えていると誰かが近づいてきた。

 

「失礼。第501統合戦闘航空団所属の宮藤芳佳軍曹かな?」

 

「あ、はい!501の宮藤芳佳です!」

 

まさか私に話があると思わず、慌てて敬礼すると少しその男性は笑った。

 

金髪で笑顔を浮かべた男性だった……でも目が全く笑っていない。私ではない、どこか違うものを見ているような目だった。

 

「私はブリタニア空軍コッタ・ルスケ大佐だ。少し話をしないかね?」

 

まるで観察しているかのような視線が、不気味に私を貫いていた。

 

ルスケ中佐に案内された部屋はミーナ隊長の部屋よりも大きかった。階級が上がると部屋も大きくなるんだろうか。

 

2人以外いない一室。ルスケ大佐は私に席に座るよう促した。

 

あんまりこういう機会がないから、なんかすごく緊張してきた。

 

「君は私の客人だ。楽にしていい」

 

「あ、はい」

 

思わず声が上ずってしまい、大佐に笑われてしまった。すごく恥ずかしい。

 

するとすぐに他の人が入室してきて飲み物を持ってきた。こういうことは初めてなので、普通にお礼を言ってしまった。

 

一口すすると、とても美味しい紅茶、というくらいしか私にはわからなかった。

 

「これ、とても美味しいです」

 

「気に入ってくれたようで何よりだ」

 

少しの間、紅茶をすする音しか部屋に響かなかった。なので恐る恐る聞いてみることにした。

 

「お父さんのことを知っているんですか?」

 

「……よく知っているよ。君の母上のこともね」

 

大佐の感情は読めなかった。色んな感情がないまぜになって、ぶちまけられたような表情だった。

 

「お父さんとお母さん、どんな風にして出会ったのか教えてくれないんですよ?あんなに仲が良さそうなのに……」

 

「娘に話すのは恥ずかしいのだろうさ。母上は元気かね?あまり体が強いほうではなかったはずだが」

 

「お母さんは週2回病院で回復魔法をかけてもらってますよ。そうすると元気になるみたいです」

 

「……なるほど、それならば可能か」

 

大佐はお母さんの病気のことを知っているようだった。お父さんたちからそんなに仲の良いブリタニア空軍の軍人の知り合いがいるとは聞いたことがない。

 

「お母さんが何の病気か知っているんですか?」

 

「先天性のものさ」

 

お父さんもお母さんも何の病気かは教えてくれないのだ。ここでもはぐらかされている。

 

回復魔法は先天性の病気などにはあまり効果がないと言われている。お母さんが完治しないのはそのせいかもしれないと当たりはつけているが、教えてくれないから本当のところはわからない。

 

「お父さんって昔どんなことをしていたんですか?」

 

「奴は元々兵士だった。しかしある時君の母上に一目ぼれをしてね。2人は駆け落ちしたのだよ。母上は中々大変な生まれでね、キリコの仲間とともに母上の追っ手を振り切ったものさ」

 

「駆け落ちですか!?」

 

意外過ぎる。確かにお父さんとお母さんは仲がいいとは思っていたが、まさか愛の逃避行とは。

 

大変な生まれ、ってことはお母さんは上流階級の生まれだったんだ。知らなかった。

 

「フフフ。そうして奴らは結ばれたというわけだ。だがその後も追っ手が多くてな、奴らは様々なことを乗り越え扶桑にたどり着いたというわけさ」

 

「じゃあ2人にとって安息の地を見つけたってことですか!?」

 

「そういうことになるな。まぁ、ここがパラダイスかどうかは微妙なところだがね」

 

「わぁ~、ロマンチックだなぁ」

 

愛の逃避行の果てに安住の地を見つける。なんてロマンチックな話なんだろう。

 

2人ともすごく幸せそうだし、そんな大変な思いをしてきたなら、パラダイスだと思うけど。

 

「しかし私が興味があるのは君の母上よりも君だな。素晴らしいものだ、君の戦果は。『戦士』としての才能がある」

 

「えへへ……ありがとうございます」

 

軍に入ってから、501の人以外に褒められるのって中々ないから、なんか照れるなぁ。

 

「初めてストライカーユニットを装着し、そのまま戦闘機動に移行して大型ネウロイと交戦。その後部隊に参加し大きな被弾もなく、501のメンバーと問題なく戦闘行動をとれ、ガリア開放の立役者でもある。素晴らしい……機械との親和性がかなり高いようだ」

 

「機械との親和性、ですか?」

 

馴染みのない言葉だ。言っている意味は分かるが、私はそんなに機械との相性はよかっただろうか。

 

お父さんは機械とかすごく強いけど、私はお父さんよりずっと下手だ。

 

そのことを伝えると、大佐はそういうことではないと否定する。

 

「この場合の親和性、というのは整備や知識に詳しいというものではない。適応するか、ということだ」

 

大佐が言うには、訓練校の訓練なしにここまで華々しい戦果を挙げたものはまずないという。

 

普通は訓練校に通ってから配属されることは他の皆から聞いてはいるが、そんなにすごいことかどうかは、分からなかった。

 

「しかも君が所属するのは、世界中からトップエースを集めた部隊だ。その中についていけるウィッチがどれほどいると思う?普通の戦場でさえ訓練校で主席卒業したウィッチが初陣で死ぬことも珍しくはないのだ」

 

「そんな、私はただ夢中で……」

 

「自身の評価と、周りの評価は違うものだ。そして、君の幸運ともいえる状況もね」

 

幸運?と頭をひねると、大佐は少し笑って続けた。

 

「君は一度大きな負傷をしたが、すぐ戦線に復帰しただろう?その報告も読ませてもらった」

 

「あれは私の回復魔法が偶然かかっていたんじゃ……」

 

「その『偶然』が問題なのだ。その君の運の良さに、私は非常に興味をひかれているのだよ」

 

偶然。確かに自分でも引っかかっている。しかし偶然以外にどう言えばいいのだろうか。

 

「ただ君のは『近い』だけの可能性はかなりある。これからも501で生き残ってほしい。君の家族のためにもね」

 

「はい。死ぬ気はありません。みんなを助けるためにも!」

 

そういうと大佐は目を細める。この大佐は表情が本当に読めない。『近い』の意味も分からないし、何を考えているか、まったくわからないのだ。

 

「そういったところはキリコとは違うな。奴はもっと利己的だった……いや、そうでもないか」

 

「お父さんは優しい人ですよ?」

 

「ふ、そうだな。でなければプロト・ワンやあの3人組やクエント人を守ろうとはしないか」

 

「誰です、そのプロト・ワンとかクエント人って?」

 

聞いたことのない単語だ。お父さんの知り合いのことであるのは間違いないみたいだけど。

 

「プロト・ワンは君の母上の名前でもある。クエント人は少数民族の名だ、気にしなくていい」

 

「お母さんの名前ってフィアナっていうんですけど、人違いじゃないですか?」

 

「今度2人に聞いてみればわかる話だ」

 

「あ、そうですか」

 

何か色々知っている人だ。何だろう、ちょーっと変わっているというか、すごく知っているというか、今まで周りにいなかった感じの人だ。

 

「軍曹はキリコが軍に協力している理由は知っているかね?例えば、とある金属を探しているとかだ」

 

「そうなんですか?お父さんは欲しい物があるとしか言ってくれないので……」

 

何度か聞いたことがあるが、話してくれたことはなかった。何に使うかさえ教えてくれなかった。

 

「何、奴が軍に協力している理由など、軍に借りを作って融通してもらうためだろう。プロト・ワンと君が一緒にいるのに軍に協力するのはかなりリスクがあるからな」

 

「やっぱりお父さんは軍には反対なんですね。私たちを心配してくれて……」

 

「そういうことだ」

 

大佐の言うことを信じるなら、やっぱりお父さんはお母さんと私を第一に考えてくれている。それでも絶対に必要なものがあるって、一体何なんだろう。

 

「軍曹。君がこの先501と戦い抜き、多くの人を救うことができたなら、キリコが求めているものを君に渡す準備がある」

 

「本当ですか!」

 

「ああ、約束しよう。頑張ってくれたまえ」

 

お父さんがリスクを背負ってまで探し求めていたものを、大佐はもう持っている。

 

本当なら、これに乗ったほうがいいと思う。けど、それが本当に求めているもので合っているのか、分からない。

 

「それって、いったい何ですか」

 

「それは君が達成できてからだ」

 

しかしそこまで大佐が私たち家族に協力してくれる理由が分からない。お父さんの友達、というのであれば話は簡単なんだけど。

 

「じゃあ、どうしてそこまで私やお父さんに協力してくれるんですか?」

 

また大佐は笑った。楽しそうに。

 

「言っただろう?君たち親子に興味があるとね。私は『神の目』だからな」

 

その後退室した私はミーナ隊長が出てくるまで待っていると、ほどなくしてミーナ隊長が戻ってきた。

 

ミーナ隊長は何かなかったか、という問いに正直に大佐と会ったと伝える。

 

「詳しく、聞いていいかしら?」

 

「は、はい!」

 

帰りの機内で怖い笑顔で問いかけてくるミーナ隊長に対し、私はすべてを話した。

 

「501に対して何も聞いていない……ということなのね?」

 

「そうなんですよ。私と家族の話だけで……」

 

「妙な話ね……」

 

ミーナ隊長自身、ルスケ大佐とは2、3言葉を交わしたことがあるだけだということだ。

 

何でもATの開発・運用・整備などあらゆることを統合させた人として有名な人らしい。

 

ATのみならず銃火器の弾薬を「液化火薬」にしたことで多国籍混合の戦線での補給をスムーズにし、現場からも好評だったらしい。

 

結局あれこれ考えはしたが答えは出ないまま、私たちは帰還した。

 

 

 

 

 

 

連合軍司令本部内。

 

「では反対がなければ、大将が立てた作戦計画書は自動的に次の最高戦略総会で審議されることとなります。他に意見は?」

 

「私は反対だ」

 

「ガランド少将、どうぞ」

 

「ヴェネツィアのネウロイの巣の攻略そのものではない。作戦がネウロイのコアを使った、あのウォーロックの発展型に全面的に依存しているのが不満だ」

 

「同感です。この作戦を認めるにはもっと詳しい情報が必要だ」

 

「大将、これについては?」

 

「ウォーロックにおける失敗は、システム上の欠陥を抱えていることを知りながら実行に移したマロニー元大将の指揮が原因であった。だがシステムによるネウロイ化は完全に機能します。作戦遂行には問題はない」

 

「ですが実際の戦場での使用はまだできていないではないか。仮に暴走した場合、鎮圧するのにどれほどの戦力が必要なのでしょうな?不確定要素が多いシステムよりもウィッチによる作戦攻略のほうが確実性が上かと」

 

「ウィッチは戦力として考えるのであれば、非常に不確定要素の強いものだ」

 

「……否定はしない。ではこれは代わりになれると?」

 

「いつ上がりを迎えるかもわからず、異性との性的接触で魔法力が枯渇する可能性もある。しかもウィッチの数は偶発的に才能が発現するまで補充を待たなければならず、兵員は慢性的に不足している。その中でも航空ウィッチは希少だ。この作戦が成功すればウィッチに頼らない戦力が出来る。そしてウィッチの死傷者も減る。故に私はこの作戦を指示します」

 

「……機能すれば、の話だがな」

 

「すでに起動実験には成功しております。また作戦時には501にネウロイ化システムの護衛、周辺の排除として活躍してもらいます。これならご不満はありますまい?」

 

「ガランド少将、これ以上の意見は?」

 

「……私からはない」

 

「他に反対意見はないようですね。では、ヴェネツィア攻略に関しての決議は可決したものとします。では、次の決議に移ります」

 

「(……確かに、非ウィッチの戦力で対抗できるならそれが安定へとつながるが……そう上手くいくだろうか)」

 

ネウロイ化が成功すれば戦力は大幅に増し、失敗すれば今まで以上にウィッチの重要性が高まることへつながる。どちらにせよ、元ウィッチであるガランド少将にとっては問題なかった。

 

 

 

 

 

 

次の日、虫みたいなネウロイが皆のズボンの中に入ったりして厄介だったけど、ミーナ隊長がお尻でキュッと倒して200機撃墜の勲章を授与されていた。

 

……ミーナ隊長、なんだかすごく落ち込んでたけど、坂本さんが慰めてたから大丈夫だと思う、うん。

 

それからうまく飛べない日があったけど、扶桑から来たお父さんが作った新型ストライカーユニットの『震電』のおかげで無事に飛べるようになった。

 

「お前の魔力が上がって今までのストライカーユニットじゃ受け止められなかったということだ。博士はそれを見越してか、お前に新型を預けたということだ」

 

坂本さんが言うにはそういうことらしい。要するにいつもみたいに飛べるようになったということだ。よかったぁ。

 

しかし何であんなナイスタイミングで新型を送れたんだろうか。

 

「私みたいに予知でも持ってんじゃねーノ?」

 

「いや、お父さん男の人だし、エイラさんみたいにはできないですよ」

 

「ジョーダンだよ、ジョーダン。ニヒヒ」

 

「エイラさん、頭ぐしゃぐしゃにしないでください~」

 

エイラさんが私の髪の毛をぐしゃぐしゃにしていると、リーネちゃんが指を空に向かって指した。

 

「あ、ミーナ隊長が司令部から帰ってきたみたい」

 

リーネちゃんが指した方向から、航空機が戻ってくる。すると誰かが飛び降りてきて、そのまま着地した。長身のウィッチだ。

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

「マルセイユさん!その節はお父さんがお世話になりました!」

 

そのウィッチはトブルクでお父さんを見送りに来たマルセイユさんだった。お辞儀をするとマルセイユさんは笑った。

 

「いや、博士にはこちらのほうが世話になったからね。よろしく伝えといてくれ」

 

「はい!伝えておきます!」

 

「もう一度博士と話したいな。しかし博士は酒があまり得意ではないようだしな…」

 

「確かにお父さんは家でもお酒は飲まないですけど……一緒に飲まれたんですか?」

 

基本的にお父さんはお酒は家で飲まない。

 

というより、外で誰かに勧められた時以外は口にしていない気がする。酒はあんまり好きじゃない、って言ってたけど。

 

「私や部隊の連中と一緒に飲んだ時、博士はむせててな。まぁかなり強い酒だったが。動じない男だと思っていたから、かわいい一面が見れて面白かったぞ」

 

カラカラとマルセイユさんは笑った。お父さんがかわいいか……わかるようなわからないような。お母さんも同じことを言っていた気がする。

 

「じゃあな、宮藤。ハルトマン、久しぶりだな!」

 

そう言ってマルセイユさんは近くで見ていたハルトマンさんとバルクホルンさんのほうに向かって話しかけるため移動した。

 

「なんだか派手なやつだナー」

 

どうやらハルトマンさんと仲がいいようだが、バルクホルンさんとは何か違うらしい。リーネちゃんも理由は知らないと言っていた。

 

何でもマルセイユさんが来た理由はエース同士の、連合軍の人気取りも含めた共同作戦のためとミーナ隊長が話してくれた。

 

軍にも色々あるんだな、と改めて感じる。

 

お母さんが、軍の機密に深入りしてはいけないと言っていたが、こういうことなのだろうか。今の私にはよくわからなかった。

 

ハルトマンさんとマルセイユさんの2人のみで行われた作戦は成功したが、なぜかその後ハルトマンさんとマルセイユさんは実弾で勝負し始め、引き分けに終わった。

 

何でもバルクホルンさんの妹のクリスちゃんがマルセイユさんのファンで、バルクホルンさんがクリスちゃんのためにマルセイユさんのサインが欲しかったらしく、サインをもらうのを条件に2人が戦うことになったとか。

 

結果としては引き分けだったが、ミーナ隊長からバルクホルンさんへマルセイユさんのサイン入り写真が渡された。

 

「良かったですね、バルクホルンさん」

 

「……ああ、これでクリスのお土産ができた」

 

バルクホルンさんは嬉しそうな、でも何だか悔しそうな顔をしてました。

 

……私もサイン欲しかったなぁ。

 

 

 

 

そんな501も最後の日を迎える。ヴェネツィアのネウロイの巣を攻略する『オペレーション・マルス』が発動された。

 

ネウロイ化する戦艦大和でネウロイの巣を破壊するというもので、私たちはその護衛であった。

 

坂本さんは魔法力の枯渇……上がりのせいでもう烈風斬を打てない状態であると、ミーナ隊長と坂本さんが話しているところを偶然聞いてしまった。

 

しかし2人はそのことを皆に話すことはなく、作戦を迎えることになった。

 

坂本さんの代わりに私が頑張ろう。そうすれば坂本さんが危険に晒されることはない。

 

出撃し、巣の周辺に小型・中型のネウロイが空を埋め尽くすように私たちの行方を遮っていた。私はトリガーを引く。

 

「邪魔しないで!」

 

数が多い。少し多めに魔法力を込めて同じ個所に2発撃ちこめば、小型ネウロイ程度なら撃墜できる。

 

いかに弾数を減らしつつ戦うことをできるか。無駄な魔力消費を避けるために、無駄なシールドは張らない。

 

体を側転させるバレルロールで、中型ネウロイの脇をすり抜け、背後を射撃、撃墜。

 

「……!」

 

ふと坂本さんの位置を見ると、まだ後方。私のほうにネウロイが集中しているようだ。

 

片方のストライカーユニットの出力を弱め、ATのターンピックの要領でビームを回避する。

 

少しシビアだが、悪くはない。その回転を殺し、無防備なネウロイを撃墜した。

 

いくら倒しても数が減らないくらい敵の数が多い。だが大和が突入するための突破口を作ればいい。そして私は1人ではない。

 

「烈風ー斬!!」

 

少し離れた場所でリーネちゃんとペリーヌさんが囲まれており、そこへ坂本さんの烈風斬が振り落とされた。

 

しかし肝心の魔力が放出されず、ネウロイの体に刀が吹き飛び後方の大和の甲板に突き刺さった。

 

「坂本さん!」

 

呆然とする坂本さんに迫るネウロイを、射撃で打ち落とす。

 

もう坂本さんに攻撃に回すだけの魔法力は残っていない。もう限界なのは、誰の目にも明らかだった。

 

周りのネウロイを撃墜していると、作戦は最終段階に入った。大和がネウロイ化で空を飛んだのだ。

 

私たちは魔法力を使い切ったので、ブリタニアの戦艦ウォースパイトで待機することになった。

 

しかし大和がネウロイの巣に密着はしたが、最後の攻撃ができず、魔道ダイナモというエンジンが停止しているというのだ。

 

魔法力を込めるため、唯一魔法力が残っていた坂本さんが飛び出した。

 

「坂本さん!ダメです!」

 

必死に私は呼びかけた。でも坂本さんは止まらなかった。

 

「だめだよ芳佳ちゃん!私たちもう魔法力が残ってないんだよ!?」

 

私も向かおうとしたが、リーネちゃんに止められた。

 

最後で役に立たない私は、自分自身に腹が立った。

 

坂本さんの魔法力で再起動した大和の一撃で、吹き飛んだはずのネウロイ。

 

しかし超巨大なネウロイのコアと坂本さんが一体化していたのだ。巣のコアは坂本さんを取り込みシールドを張るネウロイとして立ちはだかった。

 

許せなかった。みんなの故郷だけでなく、坂本さんを取り込んで自分のものとするネウロイが。

 

そう考えていると収納したストライカーユニットがまた甲板上にせり上がっていた。それと同時に誰かが私に寄ってくる。

 

「行きたまえ、宮藤軍曹」

 

「ルスケ大佐!どうしてここに?」

 

甲板にいたのは以前本部で話したルスケ大佐だった。でもなぜここにいるのだろう。本部にいるのではないのだろうか。

 

「何、君の活躍を生で見たくてね。この艦の指揮を執っていた。坂本少佐を救うのだろう?」

 

「大佐、お言葉ですがもう我々に魔法力は残っておりません。それにあなたにはこちらへの命令権はないはずですが?」

 

「これは命令ではないぞヴィルケ中佐。全ては彼女が決めることだ」

 

坂本さんを見捨てることなんて私にはできない。この作戦が失敗すればルッキーニちゃんの故郷のロマーニャは放棄して、ネウロイの手に落ちる。

 

多くの人が悲しむ結果なんて私は嫌だ。私は、私の心に従う。

 

「……行きます!」

 

私はストライカーに飛び込んだ。ミーナ隊長は声を張り上げる。

 

「駄目よ宮藤さん!もうあなたの魔法力は残っていないのよ!?」」

 

「ウィッチに不可能はありません!!……発進!」

 

上手く飛べない。魔法力が残っていないせいか。だが私は集中した。501でやってきたこと、それを思い出して。

 

「…飛んでぇー!!」

 

飛ばないという結果に抗ってみせる。そして、私は飛べた。

 

無数のネウロイ。弾数も多くなく、魔法力も心もとない。だが、それがどうしたというのだ。シールドなしで、回避する。ビームが頬をかすり、肩をかする。

 

――しまった。直撃……。

 

とっさに身をひるがえしたが、銃が破壊される。攻撃手段はなくなった。瞬間、目の前のネウロイたちがまとめて吹き飛ぶ。

 

「これは……!」

 

「芳佳ちゃん!」

 

そこには皆の姿があった。いつ魔法力が切れてもおかしくないこの状況で、皆が駆けつけてくれた。

 

私の体の奥が熱くなるのを感じる。

 

「行きなさい、宮藤さん!」

 

ミーナ隊長が。

 

「坂本少佐を救うのは、皆ででしてよ。トネール!!」

 

ペリーヌさんが。

 

「芳佳ちゃんなら大丈夫!」

 

サーニャちゃんが。

 

「今日のお前はツイてるゾ、宮藤!」

 

エイラさんが。

 

「さっさと片付けちゃおうぜ!」

 

シャーリーさんが。

 

「行っちゃえー!芳佳ー!」

 

ルッキーニちゃんが。

 

「私たちが道を開く!」

 

バルクホルンさんが。

 

「宮藤なら楽勝だよー」

 

ハルトマンさんが。

 

「行って!芳佳ちゃん!」

 

リーネちゃんが。

 

皆が切り開いてくれた道を、私は駆け抜けた。

 

邪魔する小型ネウロイを、アーマーマグナムで打ち落とす。そうだ、私だけじゃない。皆が、多くの人で多くのものを救うんだ。

 

大和の甲板上に刺さった烈風丸を引き抜く。魔法力が全部持ってかれる感覚がある。

 

坂本さんが、やめろと叫ぶ。ここまで来て、私の魔法力惜しさに引く気は一切なかった。

 

「それが、皆を助けることになるなら……!」

 

「烈風斬!!!!」

 

ネウロイのシールドを突破した私は、コアを切り裂いた。そして、全てが砕けた。

 

ヴェネツィア、ローマはここに解放されたのだ。失ったものはあるけど、坂本さんは元気に隣で皆に支えられている。

 

私は確かに、仲間を、皆を救えたのだ。

 

それは同時に501の解散を意味していた。

 

 

 

 

 

そして解散日当日、何故かルスケ大佐が大きな荷物とともに私たちのもとへやってきていた。

 

「一体どうされたのですか、ルスケ大佐」

 

「いや何、宮藤少尉との個人的な約束を果たしにね」

 

そういえばすっかり忘れていた。

 

何のことだ?と皆に聞かれたので、約束がある、とだけ答えた。

 

ルスケ大佐の後ろには大きなコンテナがいくつか並んでいる。私の帰る船に積まれる準備がされていた。

 

「ヂヂリウムと、キリコに必要な装置が入っている。使い方は奴が分かるはずだ」

 

「ヂヂリウム……確か最近発見された金属と聞いておりましたが、宮藤博士は既に実用化に着手しているのですか」

 

「ある意味ではな」

 

お父さんも大佐も必要なことを説明してくれない。もう少し私に説明してほしい。

 

「本当にお父さんに聞けばわかるんですか?」

 

「それは心配ない。奴やフィアナによろしく言っておいてくれ」

 

皆、金属が褒美カーとか、もっと美味しいものがいいと思うなー、とか言ってミーナ隊長に怒られていた。

 

荷物は詰め込まれ、私たちは解散になりました。

 

魔力もなくなって、私のウィッチとしての闘いは終わった。でも、お父さんやお母さんに聞かなくてはならない。私の中の違和感の正体を。

 

そして故郷にたどり着いた私は、2人から衝撃的な話を聞くこととなる。

 

【異能生存体】を。

 

 

 

 

 

鉄の騎兵が走る、跳ぶ、吠える。機銃が唸り、ミサイルが弾ける。鉄の腕が、異能への扉をこじ開ける。炎の向こうに待ち受ける証とは。近似値か、神か、今解き明かされる。今その正体を見せる、神へと至る資格。

次回、『劇場版』。芳佳、コアを撃て。

 



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劇場版

実は今までの話は前振りで、劇場版の内容(AT)が書きたかっただけです。

BGMのイメージは装甲騎兵ボトムズのほうがおすすめです。


扶桑皇国、横須賀の空き地。

 

甲高いローラーダッシュの音が響く。スコープドッグがターンピックを駆使しながら縦横無尽に空き地を駆け巡っていた。

 

長髪の少女……宮藤芳佳の親友である山川美千子ことみっちゃんは、その光景を楽しそうに見つめていた。

 

駆け巡っていたスコープドッグはみっちゃんのそばまで近づくと、足の側面から地に打ち込まれたターンピックで機体が回転、その場に急停止した。みっちゃんとの距離、わずかに数cm。

 

「ターンピックの調子はどう?」

 

『ターンピックは冴えてるし、機動も問題ないよ』

 

コクピットのバイザーが開くと、操縦していた人物が見える。宮藤芳佳が、ゴーグルを上げてみっちゃんのほうへ振り向いた。

 

「ノーマルタイプと比べてどんな感じ?」

 

芳佳が現在乗っている機体は父のキリコとともに調整したスコープドッグ・ターボカスタムである。そして現在最終調整のため、空き地で機動チェックをしていた。

 

「やっぱりカスタムした分、普通のより扱いずらいよ。武装も多いし、操縦も他の奴より敏感だし……」

 

「やっぱりターボカスタムは難しいんだねぇ。武装もヘビィマシンガン、ガトリングガン、ハンディ・ソリッドシューター、SMM2連装ミサイル、ショルダーロケッド弾ポッド、3連装スモークディスチャージャー……かなり多いしね。武装が多くて重量配分が難しいのかな」

 

「みっちゃん……武装の名前を見ただけで全部言えるの?」

 

「当然だよ!」

 

みっちゃんは軍艦も見ただけで詳細な情報を答えられるほど、軍関係の兵器などに精通している。その知識はATも網羅しており、AT以外ならば芳佳より知識量は上である。

 

「せっかくだし、操縦する?そこまで難しくないよ?基本動作はコンピューターが補助してくれるし」

 

「うーん、まずはノーマルタイプに慣れてからにしたいかな?」

 

「じゃあ今度一緒に操縦しようね」

 

「うん!」

 

みっちゃんは将来的に軍か、またはそれに関係する職業に就きたいと言っている。知識量があるから、記者もいいかもしれない。

 

一方の芳佳は将来的に軍関係につく気はなかった。

 

ATの操縦や身を守る術に関してはキリコに勧められやっているが、将来としては医者を目指すつもりである。

 

実際欧州から帰ってから医学校への入試に向け、毎日勉強に取り組んでいる。

 

しかし身を守る訓練なども欠かしてはいなかった。両親からあんな話を聞かされれば、やらないわけにはいかないからだ。

 

【異能生存体】

 

その話は誰にもしていない。親友のみっちゃんでさえだ。

 

自分の生まれを知れば、何故この前まで自分が魔法を使えることができたのか?そんな疑問もわいてくる。

 

両親も理由は分かっていないらしい。恐らく使えた理由も異能生存体が関わっているだろうという憶測でしかなく、はっきりと分からない。

 

正直、自分自身が分からなくなって足元から這いずってくる不気味な感覚が少なからずあった。

 

「芳佳ちゃん、どうしたの?ぼーっとして」

 

「な、何でもないよ!元気元気!」

 

「そう?ならいいんだけど……」

 

両親から聞いているとはいえ、人と違う可能性があるというのはどこか奇妙な感覚があった。

 

またグルグル頭の中で余計な考えが浮かびそうになる前に、遠くからエンジン音が聞こえてきた。

 

「……何かが近づいてくる」

 

芳佳は上を見上げる。この音はストライカーユニット特有のものであるとすぐに分かった。みっちゃんも感づいたらしい。

 

少しして、2人のそばまで近づいてきたのは、何も武装していない同い年くらいのウィッチであった。

 

長い黒髪をポニーテールにした、真面目そうな少女だ。紺色の軍服に、下は指定の水着。恰好からして海軍所属のようだ。

 

「そこのあなた、こんなところでATを乗り回すなんて何を考えているんですか!今すぐ降りなさい!」

 

芳佳と同じ目線で空中停止した彼女は、芳佳に叱りつけた。

 

実際、今の状況を第3者から見れば、完全武装したATが少女(みっちゃん)を脅しているようにしか見えない。

 

「お父さんに頼まれて性能のチェックをしているだけなんですけど……」

 

「いいから降りてください!」

 

芳佳はこの少女の融通の利かない感じは、どこかバルクホルンさんに似ているなと感じた。

 

逆らったところでエーリカ・ハルトマンのようになるだけだろう。

 

なので逆らわず素直にATの脚部を変形させて胴体が前方に沈み込む独特の「降着形態」を取り、ATから降りた。

 

「あなた、名前は?」

 

「あ、はい。私は宮藤芳佳です。」

 

名前を言った瞬間、目の前の少女は表情を青ざめた。

 

「宮藤って、もしかしてあの宮藤少尉ですか……!?」

 

「はい、私は宮藤ですけど……」

 

「も、申し訳ございません!英雄の宮藤芳佳少尉とは露知らず、偉そうな口を……!」

 

少女は勢いよく頭を下げた。そのせいでポニーテールにした髪が地面に着きそうになる位ほどである。

 

あまりにも変わった態度に、芳佳は「はぁ……」と返すしかできなかった。

 

それに対しみっちゃんは芳佳の脇をつつく。どうにかしろ、ということらしい。

 

「あ、私たちもう帰るつもりなんですけど……」

 

「ほ、本日は宮藤少尉に坂本少佐から辞令がありまして参りました!」

 

「坂本さんからの辞令ですか?」

 

「はい!ヘルウェティア医学校への留学の辞令です!」

 

 

 

 

 

 

詳しい話を聞くため、服部静夏と名乗る少女と3人で宮藤家へと帰宅した。

 

「は、初めまして!扶桑皇国海軍兵学校一号生、服部静夏と申します!宮藤博士に会えて光栄であります!」

 

「……宮藤キリコだ」

 

ガチガチに固まった少女の挨拶に、キリコはいつも通りの無表情であった。

 

服部以外の女性陣は苦笑いを浮かべ、服部自身は何か粗相をしてしまったのではないかと内心怯えていた。実際少し顔が青ざめている。

 

「キリコはいつも通りだから大丈夫よ。でもどうして急にヘルウェティア医学校への留学の辞令が軍から来たのですか?」

 

フィアナの言葉に静夏はほっと一息をつき、表情を引き締めた。

                                           

「あ、はい!来月ヘルウェティア医学校の入学があるのですが、宮藤少尉が医学部志望と聞き招聘(しょうへい)したいと連絡してきたのです」

 

「すごいよ芳佳ちゃん!ヘルウェティアって言えば欧州3大医学校の1つで、医学の最先端だよ!」

 

「そうなの?」

 

すごいんだよ、とみっちゃんが身振り手振りですごさを表現している中、キリコは腕を組み黙っていた。

 

「………」

 

欧州解放の英雄を入れれば、欧州・ヘルウェティア医学校としては大いな宣伝にもなる。

 

帰国しても欧州と扶桑皇国で大きなつながりを持つことは間違いない。

 

扶桑皇国海軍としては宮藤【少尉】として欧州留学させれば軍のパイプ強化にもつながり、これをきっかけに芳佳が軍に戻るのであればさらに良いという考えだろう。

 

欧州、扶桑それぞれにメリットがある上に、芳佳にとってもメリットがある。

 

悪質な手段ではない。

 

断ったところで問題はないが、医学の最先端を学べないというのと、現在芳佳の学力は来年の受験で帝都女子医学校に入学できるか微妙な位置であり、推薦で入学できる機会を逃がすのは惜しい。

 

どう判断してよいかキリコは少し迷った。

 

「……芳佳はどう考えているんだ」

 

故に判断を芳佳に任せた。フィアナも同じ考えに至ったのか、とくに口をはさむことはなかった。

 

「私、ヘルウェティア医学校に行く!」

 

ほぼ即答であった。

 

「芳佳、よく考えたの?」

 

さすがにそこまで早く決めるとは思ってなかったのか、フィアナは確認をとる。

 

「大丈夫!せっかく最先端の医学を学ぶチャンスだし、軍とは関係ないもん!」

 

全く同じ考えかどうかは不明だが、ある程度軍の思惑には気づいているようだった。しかしその返答で顔をわずかに顰めた静夏の様子には気づいてはいないようだ。

 

芳佳は静夏に向き直ると、にこやかに返事を返した。

 

「服部さん、私ヘルウェティアに行くよ!」

 

「……は、はい!わかりました!」

 

静夏は、嬉しいような納得していないような表情であった。

 

フィアナが静夏を夕飯に誘ったが、彼女は報告のため戻っていた。

 

静夏が基地に戻り、みっちゃんが夕飯を一緒に摂った後帰宅すると、キリコは芳佳を自身の仕事場へ連れて行った。

 

「お父さん、渡したいものって?」

 

「これだ」

 

そこで見せたのは整備したばかりのスコープドッグ・ターボカスタムの内の1機。そして予備の弾薬。

 

「一緒に整備してたATだよね。どうしてこれを?」

 

「……お前が異能生存体なら必要になるだろう。軍からは俺が話をつけておく」

 

異能生存体。芳佳は本当にキリコと同じなのか。はたまた近似値か。

 

芳佳は自身は近似値だと思っている。自分が特別な存在ではないと思っているから。

 

「……ありがとう、お父さん」

 

医学校に行くのに、ATは不必要だ。そんなことは誰にでもわかる。

 

しかし断る気にはなれなかった。それは異能生存体への恐怖だったのか、直感だったのかは、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

芳佳は静夏とともに空母天城に乗り、マ・ド・カレー港へ向け出発した。しばらく扶桑の大地を踏むことはないだろう。

 

静夏は芳佳の随行員として、同部屋であった。軍属ではないと思っているので、必要最低限のものしか持ち込まず、軍服など持ってきていない芳佳を静夏は叱った。

 

そもそも自分は軍服を着たことがあっただろうか。芳佳は501にいた時の記憶を思い返すが、やはり記憶がなかった。

 

静夏に規律は絶対に守るべきだ、という言葉に501で過ごした光景を思い出す。

 

そういえば暑い日はルッキーニやハルトマンは肌着だけだったし、シャーリーは下着でユニットのエンジン回してるし、なんか他の皆も思い思いに過ごしてた気がする。

 

「(あれ?皆あんまり規律守ってない?」)

 

501だとあんまり規律はうるさくなかったよ、と言いそうになったが、しかしそれを言うとさらに怒られそうなので、芳佳は素直に謝った。

 

翌日から芳佳は炊事の手伝いをすると静夏に止められ、甲板清掃も止められた。何でも士官の示しが付かないからだそうだ。

 

なので天城に搭載されているATの整備を手伝った。

 

「これが宮藤博士の用意したターボカスタムですか」

 

持ってきたターボカスタムに、整備兵とAT乗りが芳佳とともに集まる。

 

「かなりの重武装ですね。宮藤さんは操縦はできるのですか?」

 

「できます。武装も問題ないですけど……」

 

「けど?」

 

「ノーマルタイプより接地面が狭い分、安定性に欠けますね。ターボのおかげで加速はかなりのものですけど」

 

芳佳が事前に配っておいた整備マニュアルを見つつ、整備兵はため息をついた。

 

ATの装甲の薄さを考えれば機動性の向上は必要なことであるが、転倒しただけでもPR液のせいで爆破する恐れがある。

 

よって安定性の低下は、パイロットにとって厳しいものだった。

 

「そうなると、コイツを扱いきれる操縦技術を持った奴が乗るのが前提の機体ですね」

 

「ですね」

 

「よーしお前ら、休憩は終わりだ。じゃあ整備に戻るぞ」

 

『了解!』

 

それぞれ担当の機体に戻る。芳佳はATを主に整備していた。

 

海上ではATの活躍の場は少ないが、天城は水中戦も可能なダイビングタートルを数機搭載していた。

 

「宮藤少尉、手慣れてますね」

 

「はい、お父さんの手伝いもしてましたから」

 

芳佳はそう言って、作業しながらペンチを探す。

 

「こちらです」

 

誰かが左手にペンチを渡してくれたのを感じ、芳佳はその人物に向き直る。

 

「あ、ありがとうございま……し、静夏ちゃん」

 

そこには眉間に青筋が立っている静夏の姿があった。整備兵は後ろで念仏を唱えている。

 

「……宮藤少尉?」

 

「し、静夏ちゃん……」

 

こめかみを引くつかせている静夏に、芳佳は顔を青ざめた。

 

「何で宮藤少尉がATの整備なんてしてるんですか!あなたは士官なんですよ!」

 

「だって、ターボカスタムは私も手伝ったからわかるし……」

 

「そういう問題じゃありません!帰りますよ!」

 

「ああ、待って静夏ちゃーん!」

 

静夏にとって宮藤芳佳は憧れのウィッチで、まぎれもない英雄である。

 

訓練なしで飛行に成功させ、そのままネウロイと交戦。501部隊という世界中のスーパーエースの中に入り込んでも、見劣りしない能力。

 

しかも2度のネウロイの巣の撃破と、ガリア・ヴェネツィア解放の立役者だ。

 

「あなたは士官なんです!扶桑の英雄なんです!あのような仕事は他の者に任せておけばいいんです!」

 

その彼女が炊事や清掃、はてはATの整備など、英雄たる彼女の仕事ではない。

 

それなのに当の本人は乗り気だ。

 

「でも、せっかく乗せてもらってるし……」

 

「今の宮藤少尉に必要なのは……勉強です!」

 

芳佳はいつも通り行動していると、静夏の機嫌が悪くなってくる。

 

静夏以外の者たちは、芳佳が手伝いに行くと喜ぶから、静夏にとっては悪循環だった。

 

この日は勉強するよう芳佳に聞かせ、お開きとなった。

 

しかし他の者が忙しそうにしていると、つい芳佳は手伝ってしまう。そして静夏に怒られる。

 

そんな生活が続いたせいか、いつしか芳佳と静夏の間の会話は少なくなっていった。

 

航行自体に特に問題はなかったが、少しずつ静夏はストレスを溜めていった。

 

周りの者たちは、年頃の少女であるしウィッチに関しては迂闊な対応ができないので、時間による解決を待つ方法で対処していた。

 

スエズ運河を渡るころには、ほとんど会話はなかった。というより、芳佳が話しかけても静夏が返事をしない形であった。

 

 

 

 

お互いの関係は改善しないまま、扶桑出発から数週間ほどで天城はマ・ド・カレー港に到着した。

 

「芳佳ちゃーん!」

 

「お久しぶりですわね」

 

「リーネちゃん、ペリーヌさん!」

 

芳佳を出迎えたのはペリーヌとリーネだ。2人の変わらない姿に、芳佳は抱き着いた。

 

「あなたが服部軍曹ですね?」

 

「初めまして」

 

「お、お目にかかれて光栄です!ペリーヌ・クロステルマン中尉、リネット・ビショップ軍曹!」

 

「長旅でお疲れでしょう。わが屋敷へご招待しますわ」

 

憧れのウィッチに緊張している静夏だが、2人はごく自然な対応だった。

 

とくにペリーヌの対応がひどく丁寧なもので、芳佳は目を丸くしていた。

 

「ペリーヌさん、初めて私に会った時よりずっと優しい……!?」

 

「あなたは何を言ってるんですの!」

 

全く、とため息をついているペリーヌの姿に

 

「あ、いつものペリーヌさんだぁ。よかったぁ」

 

にこやかに告げた芳佳の口を、ペリーヌは引っ張った。

 

「あ・な・た・も変わりませんわね!」

 

「いひゃいよ、ぺひーぬはん!」

 

いじりながらも笑いあう2人に、リーネもコロコロ笑っていた。

 

静夏にとってその光景は、思い描いていたエースたちの姿ではない。まるで年頃の少女のようにしか見えなかった。

 

ATを搭載したトラックで、ペリーヌの屋敷まで一行は移動することになった。

 

ペリーヌは何故ATがあるのだろうと疑問に思った。だが大抵おかしなことは芳佳絡みである。

 

「ところで宮藤さん?何故ATがありますの?」

 

「お父さんが私の身を守るために持ってけって」

 

「ATは護身用の武器ではありません!」

 

至極もっともな意見である。芳佳もこれに対しては何も答えられなかった。

 

「だよねぇ。でもなんかあったときに必要かなって」

 

「ネウロイの勢力圏はライン川を越えなければ大丈夫です。というより、AT1機ではネウロイに遭遇したらひとたまりもありませんわ」

 

ATは火力もあり機動力もある。しかし装甲と安全性が致命的に低い。そのため複数機で運用するのがセオリーであった。

 

ネウロイの攻撃力が、可燃性のPR液で満たされているATにかすりでもすればどうなるかは、よくわかる話だ。

 

「何でもなければ大丈夫ですよ」

 

「無茶しちゃだめだよ、芳佳ちゃん」

 

「大丈夫だって、リーネちゃん」

 

へらりと笑う芳佳。それからこの2か月間の近況報告をお互いすることとなった。

 

「……?」

 

だが何となく、ペリーヌは芳佳の雰囲気が違うように感じられた。

 

そのまま、その日はペリーヌ邸で過ごすこととなった。ネウロイとの戦いで孤児になった子供たちとともに食事をし、楽しく過ごす。

 

芳佳はリーネと同じベッドで眠ることとなった。

 

「……芳佳ちゃん、何かあった?」

 

「何もないよリーネちゃん」

 

芳佳は、上手く返したつもりであった。しかしその声は硬い。

 

「何か様子が変だよ?扶桑で何かあったの?」

 

のぞき込むリーネ。それに対して、芳佳は彼女の胸に顔をうずめることしかできなかった。

 

「ごめん、リーネちゃん……何でもないの」

 

「芳佳ちゃん……」

 

「何でもないんだよ……」

 

リーネは抱きしめた。お互い、その後は無言だった。

 

たとえ親友であっても信じてもらえるかどうか、分からなかった。伝える勇気が、芳佳にはなかった。

 

 

 

 

 

翌日、芳佳と静夏は出立の準備を終え、別れのあいさつを交わしていた。

 

「わー、白衣だぁ。リーネちゃん、ありがとう!」

 

「初めてだからうまくいかなくて……」

 

少し大きめの白衣。リーネの指には絆創膏があり、努力の証が見える。

 

「そんなことないよ!すっごく嬉しい!私、立派なお医者さんになれるように頑張るね!」

 

「私からはこちらです。これがセントジョーンズワート、傷薬です。それでこれは……」

 

ペリーヌは次々と芳佳に渡していく。どんどん増えていく。

 

「ペリーヌさん、ストップストップ!」

 

「あ、あら。私としたことが……」

 

芳佳は腕からこぼれそうなぐらい、二人からの贈り物をもらい、満面の笑みであった。

 

それを見て、リーネは少し安心することができた。

 

「(この笑顔は、いつもの芳佳ちゃんだなぁ)」

 

「2人ともありがとう!私頑張るから!」

 

「オホン、南東200㎞にラースの町、そのまま進めば夕方にはディジョンに着きます。けれど街道から逸れて国境を超えないように。ライン川を超えたらネウロイが容赦なく襲ってきます。特に宮藤さん!あなたはいつも考えなしに飛び込むんですから、気をつけなさい」

 

「大丈夫だよペリーヌさん。私そんな無茶しないよぉ」

 

そう言う芳佳の後ろには完全装備のATがトラックに積まれている。

 

ペリーヌはATを見た後、ため息をつきながら芳佳に向き直る。

 

「まぁ命令違反に独断専行はあなたの得意技ですものね」

 

「そんなぁ~」

 

笑い合う3人。その光景は、静夏が思っていた501の風景には見えなかった。

 

別れを済ませ、芳佳と静夏は目的地に向かった。

 

出発していくらか時間が経っても、お互い無言であった。

 

正確に言えば芳佳が話しかけるが、静夏が会話を続けようとせず、すぐに終わってしまうからだ。

 

静夏自身適切でない態度とは理解している。

 

しかし軍人として尊敬していた芳佳の姿の、理想と現実のギャップにどう対応していいか分からないのだ。

 

お昼過ぎたころか、一般市民の男性が急いでいる様子で道路に飛び出してきた。軍服を確認すると、無線を貸してほしいと頼んできた。

 

何でも崖崩れが起き、怪我人が多数出たため、救援が必要だという。

 

静夏が無線をつなごうとするが、一向につながらない。

 

「あれ、無線が通じない……!出発の時は大丈夫だったのに」

 

「ほ、本当かい?こうなれば町まで行くしかないか……」

 

「私、簡単な治療ならできます。村へ案内してください!」

 

「あんた、医者なのかい?」

 

村人は、年若く、医療従事者にはとても見えない芳佳の言葉を聞き返した。

 

「診療所で経験はあります!」

 

お願いします、と村人が頼み込む前に、静夏が待ったをかけた。

 

静夏の任務は護衛であり、ネウロイの出現の可能性がある国境近くの村に彼女を生かせるわけにはいかないのだ。

 

「少尉、ペリーヌ中尉が国境側に近づいてはならないと……」

 

「行こう!静夏ちゃん!」

 

「私は少尉の護衛が任務です!命令は絶対守らなければなりません!命令は絶対なんです!」

 

芳佳の迫力に押されそうになったが、静夏はなんとか言い返すことができた。

 

命令違反をしない。そんなことは軍隊では当たり前であった。

 

だがそんな理屈は通じない。芳佳の中に流れる血は、自身で決めたことを妨げる命令を素直に受け入れはしない。

 

「このままほっておくなんて、私はできない!案内してください!」

 

「わ、分かった」

 

「……分かりました」

 

結局、芳佳の勢いに折れる形で、村へ向かうこととなった。

 

怪我人は教会に集められており、様々な患者が治療を受けていた。

 

治療、とは言うが医者もいないこの村では素人の応急処置がせいぜいであり、重傷者はほぼ手付かずの状態に近かった。

 

「ひどい……」

 

静夏にとってこのような現場に遭遇するのは初めての経験であり、自身のできることと言えば多少の応急処置程度である。

 

そのため、この場は医療現場の経験がある芳佳に任せるしかなかった。

 

「薬と包帯は?」

 

「薬はこれで全部です。包帯は、シーツも含めて全部使い切ってしまって……」

 

薬といえど救急箱一つに収まっている程度の量。包帯は全くのゼロ。しかし重症患者などはまだ存在する。

 

清潔なシーツ、もしくは布は……今着ているリーネが作ってくれた白衣のみ。

 

「……ごめん、リーネちゃん」

 

真新しい白衣を破り、包帯代わりとした。それを使い、迅速に治療を進めていく。

 

治療が終わったのは、日が沈むころであった。

 

「ありがとうございます。あなたがいなければどうなっていたことか……」

 

「いえいえ、私なんかで力になれたのなら……」

 

「今日はもう遅いですし、村に泊って行かれてはいかがでしょうか?」

 

「ですが我々は目的地までいかなくては……」

 

大幅に予定が遅れてしまい、少しでも取り戻そうとした静夏の意見に、芳佳は待ったをかけた。

 

「今日はもう暗いし、お世話になろうよ静夏ちゃん」

 

「……分かりました」

 

災害もあり盛大とはならなかったが、芳佳たちは村の人々に感謝され歓迎された。

 

ひと段落し、ベッドに横たわった2人は急に大きな疲れを感じた。思った以上に体力を消耗していたようだ。

 

「……宮藤少尉はすごいです」

 

「静夏ちゃん?」

 

少し経った後、静夏がポツリと呟く。

 

「……私、あのような現場を見るのは初めてで、ほとんどできなくて……でも宮藤少尉は処置が迅速で、すごいです」

 

静夏は、ほとんど芳佳の指示通り動いただけだ。訓練はしたはずなのに、実際に体験するのとは全く違っていた。

 

「私は診療所でお手伝いしてたし、それに静夏ちゃんがいっぱい手伝ってくれなかったら私1人じゃ無理だったよ。ありがとう」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

静夏は自分の中で、もやもやした感情を言い表すことができなかった。考えていると、ほどなく眠気が襲ってきた。

 

「お休みなさい、少尉」

 

「うん、お休み、静夏ちゃん」

 

芳佳も疲れがたまっていたのか、すぐ眠りにつくことができた。人を救えてよかったなと感じながら。

 

 

 

 

 

翌日の早朝。村の人たちに別れを告げ、2人は村を出て目的地へと向かっていた。

 

村を見通せる場所を走っていると、村から少し離れたところで土煙が舞い上がるのが見えた。

 

その中から出現するのは、まるで塔のようなネウロイだった。

 

それに付随するのは小型の航空型・地上型のネウロイだ。ネウロイの集団はまっすぐ村へと向かっている。

 

「あれは、ネウロイ!?」

 

「周辺基地に連絡をします!……繋がらない、何で!?」

 

「私が地上型の足止めをするから、静夏ちゃんは空の敵を!」

 

怪我人が多い村では、避難もままならないだろう。ネウロイを足止めして時間を稼がなければ、村は全滅する。

 

しかし芳佳はウィッチではない。このまま行けば自殺と変わらない。

 

「駄目です少尉!一刻も早く避難を」

 

「静夏ちゃん!!」

 

芳佳は引く気はなかった。このまま見捨てて自分たちだけ逃げることは、断じてできない。

 

「……分かりました」

 

平地まで車を移動させると、静夏はストライカーユニットを起動させる。芳佳は搭載されたATに乗り込み、起動させた。

 

「気を付けてね静夏ちゃん」

 

「宮藤少尉……ご武運を」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

そのまま静夏は航空型のほうへ飛び立つ。芳佳はそれを見送り、唇をなめる。

 

芳佳はATでの実戦は初めてだった。シールドなしでのネウロイとの戦い。ネウロイの攻撃力を知っているからの恐怖。

 

「やらなくちゃ……!」

 

だがここで引けば村の人たちは死ぬ。村にはウィッチもいなければ、ATなどの戦力もない。自分たちしか戦えないのだ。

 

ATの足裏にあるグライディングホイールという走行用車輪を用いたローラダッシュで村に向かう。

 

村に到着すると、村人は既に避難を始めていた。

 

芳佳はハッチを開けて、声をかける。

 

「皆さん、避難場所はどこですか!?」

 

ATを見て驚いていた村人だが、芳佳の姿を見ると安心したのか、答える。

 

「ひ、東のほうに防空壕がある。皆そこに避難する予定だ」

 

「東ですね、わかりました。地上型は私がひきつけます。皆さんはその間に避難を!」

 

「あ、あんた!」

 

芳佳はハッチを閉じて、西に迂回しつつネウロイへ向かう。正面から突っ込めば、攻撃をかわしたとしても、村に攻撃が届いてしまう。

 

芳佳は東からネウロイを引き離す必要があった。

 

移動中ターレットレンズを広角に切り替え、地上型ネウロイの全体を確認する。

 

「確か、あれは多脚戦車と……あとクモみたいなやつ!」

 

それほど数はいないと判断し、ターレットレンズを標準ズームに切り替える。

 

GAT-22 ヘビィマシンガンの照準を多脚戦車に向ける。口径は30mm。いつも使っていた銃より口径は大きいが、魔力が付与されていない.

 

ネウロイには通常兵器は効きにくい。遠距離からの撃破は難しいだろう。

 

しかし実際にやってみなければ、どれくらい効くかはわからない。

 

「当たって!」

 

1体の多脚戦車に1発も外れることなく、マシンガンの弾が直撃する。しかしネウロイはその歩みを止めることはない。

 

お返しとばかりに、ネウロイたちはビームを返してくる。その攻撃は正確であった。

 

芳佳はスラロームでそれを避け、ネウロイへ肉薄する。

 

多脚戦車も戦車並みに移動するが、ATよりも機動は素直な分、読みやすい。

 

マシンガンでの攻撃を集中させると、コアが露出するのが確認できた。

 

「そこっ!」

 

マシンガンを集中させて、1体のネウロイを撃破する。だが一息つく暇などなく、ビームが嵐のように集中する。

 

脚部のジェットを起動させ、東に行かないよう迂回しつつ回避する。

 

ジェットの噴射による加速力は、通常のローラーダッシュを大きく上回る。だがそれ故に転倒のリスクも高く、諸刃の剣であった。

 

しかしその性能が発揮できれば、通常タイプを大きく上回る性能を発揮できる。それがターボカスタムである。

 

横滑りをターンピックで機体をその場で回転し止めて、多数の多脚戦車に向けショルダーロケッド弾ポッドを斉射する。

 

数が減ればよし、減らせずとも装甲を削ることはできる。

 

着弾。爆風とともに、3体のネウロイがチリへと消える。他は装甲を削られただけだ。

 

サーニャのフリーガーハマーより威力は上のはずだが、結果としてネウロイに対しての破壊力はサーニャのほうが完全に勝っているだろう。

 

「(魔力あるなしでこれほど差があるなんて……)」

 

しかしコアが露出している個体もある。それを左腕に搭載されているハンディ・ソリッドシューター、右手のマシンガンそれぞれで別個体を狙い撃ちし、撃破する。

 

喜ぶ暇もなく、後退する。数体倒したところでまだまだ数は減らない。静夏のことも気になるが、芳佳は自分のことで手一杯であった。

 

いつもなら周りを見渡し、フォローに入ることもできた。しかし、そんな余裕はどこにもない。

 

心が苦しくなる位緊張している。何とか被弾なく動けるのは、ネウロイとの戦闘経験のおかげだろう。

 

肉薄するネウロイ。多脚戦車がビームを放ちながら、突っ込んでくる。

 

「……!」

 

ターンピックでのスピンで避け、一瞬でネウロイの側面をとり、そのまま左腕のアームパンチ2発叩き込む。

 

その反動で距離が開いたネウロイに左腕のハンディ・ソリッドシューターを発射すると、ネウロイは消滅した。

 

 

 

『私も行くわ、キリコ』

 

『お前はここで待て』

 

『何故!?』

 

『ヂヂリウムと装置を乗せているこの大和を沈めるわけには行かない。お前にはこの船の防衛に当たってもらう』

 

『まさか1人で行く気?』

 

『ああ。それに戦闘をしてお前の戦闘能力が分かったら、どうなるかは分かるはずだ。……芳佳は必ず助ける』

 

『キリコ……』

 

『……フィアナ、行ってくる』

 

 

 

 

 

芳佳は緊張していた。これほどまで緊張しているのは、かつてないぐらいである。何故か。

 

「皆……!」

 

いつも戦うときは、頼れる仲間たちがいたからだ。自分より強く、ピンチになってもどうにかなってしまうほど強い仲間が、同じ戦場にいないからだ。

 

今いるのは自分と、静夏のみ。しかも静夏は空で、自分は地上。さらに静夏は初陣だ。本来ならば自分が助ける役割なのに、彼女を1人で飛ばさせている。

 

自分の命と、静夏の命。そして、自分が倒れれば、ネウロイを打ち漏らせば村の人間も死ぬ。

 

仲間がいない戦場で、複数の命の重圧が、芳佳の心を重くしていた。

 

しかし、今の芳佳に退却するという選択肢はなかった。

 

多脚戦車が散開して射線が開いた瞬間、クモが今日一番巨大なビームを放つ。

 

「うあぁ……!」

 

もしターボカスタムのジェットによる加速力がなければ、直撃を食らっていたであろうタイミングであった。

 

「性能に助けられた……!」

 

ここでクモを倒したかった。しかし多脚戦車のほうが足が速い。このまま村に入らせれば村は全滅だ。

 

数体に多脚戦車にマシンガンを斉射し足止めし、接近して腰のガトリングガンを叩き込み、撃破する。

 

撃破した瞬間、左肩と右足を少しビームがかする。

 

「機動は……!」

 

足が死んだら、命も尽きる。まだ足に異常はない。

 

次の攻撃も右に滑りつつターンピックで2回スピンして避けたはずが、頭部にビームがかする。

 

薄い装甲は剥がれ、破片は芳佳の右側の頭を掠める。

 

血の垂れている感覚が分かるが、こんな経験はある。気にするほどのこともない。

 

勢いを殺さず、ハンディ・ソリッドシューターを斉射しコアが露出するが、弾切れ。

 

そのまま、左のアームパンチをコアが壊れるまで叩き込んだ。

 

撃破するも、絶え間なくネウロイは攻撃を続ける。他のネウロイを近づけまいとする牽制射撃でマシンガンの弾も尽きた。

 

3連装スモークディスチャージャーで視界を煙幕で覆い、背中からチェーンで接続している予備の弾倉と交換する。

 

視界が晴れる前に、ネウロイへ肉薄する。そして後方から多脚戦車へマシンガンを叩き込んだ。

 

ビームがATの左肩をえぐる。3連装スモークディスチャージャーが爆炎とともに消えた。だが左腕は死んでいない。

 

接近する多脚戦車を避けつつ、腰部のSMM2連装ミサイルを放ち、その後ガトリングガンを叩き込むことで撃破した。

 

「残るのはクモと塔だけ……!」

 

悠然と立ちはだかるクモに向き直った瞬間、村のほうから爆音が振動とともに伝わった。一瞬だけ空を確認すると、人が空から落ちていくのが見える。

 

「静夏ちゃん!」

 

航空型ネウロイにやられたのだ。すぐに向かいたいが、クモはもうビームのチャージを始めている。

 

「このぉー!」

 

大きく旋回し、ビームの直撃を避け、ショルダーロケッド弾ポッドを発射しつつ、マシンガンを打つ。

 

多脚戦車とは違い、ショルダーロケッド弾ポッドでもびくともしない。ならば接近しかない。

 

迫りくるビームを、スラロームとターンピックを駆使し、ショルダーロケッド弾ポッドを打ち尽くし、SMM2連装ミサイルを放ちながら肉薄する。

 

ビームを発射する部位に、ガトリングガンとマシンガンを斉射する。回避しつつ数秒叩き込む。

 

ガトリングガンが弾切れを起こし、そのかいあってかようやくコアが露出する。そしてそのままマシンガンで撃破することができた。

 

そして最後に残っていた塔の様なネウロイのコアをマシンガンで打ち抜く。

 

ようやく、地上のネウロイは殲滅できた。先ほどの攻撃でアームパンチとマシンガン、SMM2連装ミサイル以外弾切れを起こすほど打ち切った。初めてのAT戦で必要以上に弾を消費してしまったようだ。

 

索敵して、周辺のネウロイの姿は見えない。急いで静夏のもとへ向かう。

 

「静夏ちゃんは……!」

 

落ちた場所へ向かうと、ストライカーユニットが転がっており、静夏が倒れていた。

 

ATを座らせると、静夏に駆け寄る。

 

「静夏ちゃん、大丈夫!?返事をして!」

 

「み、宮藤少尉……?」

 

「よかった、意識はある……待っててね、すぐに手当てを……!?」

 

その時、芳佳にあり得ない音が聞こえた。

 

行進の音である。それも人間ではなく、ATのものだ。

 

近くの基地の救援だろうか。しかし救援ならばローラーダッシュで来るだろう。いや、それより早くウィッチがくるはずだ。だからこんな大群の歩行音ではないはずだ。

 

そして芳佳は見た。黒いATの姿を。

 

「赤い肩……いや、あれは……!?」

 

いや、黒いATではない。ネウロイがATの形をとり、ゆっくりと行進しているのだ。右肩に、コアの赤色を光らせながら。

 

「さっきまでいなかったはずなのに……!」

 

すぐにATに乗り、状況を確認する。ATもどきの後ろに、原因があった。

 

「な、何あれ……戦艦?」

 

正確には、戦艦の様な巨大ネウロイが地中から顔を出していた。大半は地面の中にあるのだろう。

 

まさか地中の中にネウロイが隠れているとは、考えもしなかった。

 

そして悲鳴が聞こえた。幾人もの、悲鳴と怒号が響いた。

 

『助けてくれー!』

 

『お母さーん!!』

 

『熱いよぉー!』

 

東の方からだった。その方向の景色が、赤くなっている。炎だ。燃やされているのだ、生きたまま。

 

「あ、ああ……」

 

炎の匂いが染み付く。そして、徐々に村も赤く炎に染まり始めてきた。

 

無機質だった。ATによく似たネウロイは、ゆっくりと破壊しつつ村を蹂躙していく。その光景は、赤色に染まる。

 

芳佳はATに乗り込んだ。

 

多くの感情が自身の中で渦巻いて爆発しそうであった。感情で息が詰まる、というのは芳佳にとって初めての経験である。

 

ネウロイに対する怒り、守れなかった悲しみ・無力感、この光景に対する生理的な気持ち悪さ。

 

視野が狭くなっていた。まともであれば、ここは静夏を連れて撤退するべき場面であった。

 

それほどに、ATもどきは数がいた。先ほどの多脚戦車などとは10倍、いやもっといるだろう。

 

しかし芳佳は冷静ではない。SMM2連装ミサイルを打ちながら、コアの右肩を打ち抜いた。

 

そのままの勢いで、別のネウロイを傷ついている左肩でのショルダータックルで吹き飛ばし、転倒したところを打ち抜く。

 

そのATもどきは薄い装甲であった。他のネウロイからすれば、脆弱と言っていい。しかもコアも丸見えだ。耐久性で言えば、本物のATと遜色はない。

 

だがATもどきはATと同じぐらい機動性があり、攻撃力もあった。しかも先ほど芳佳が苦戦したネウロイよりも数は遥かに多い。

 

まるで実弾の様なネウロイの攻撃は、本物のAT部隊の弾幕となんら遜色ないものであった。

 

「うわぁ!」

 

ジェットを全開にして回避行動をとっても、全て避けきれなかった。

 

打ち抜かれる装甲、そして右足のふくらはぎをネウロイの攻撃が貫通する。

 

痛みが走る。しかし、止まれば死だ。

 

反撃し、2、3機撃破したところで数は減っているように見えない。

 

「ぐぅ……!」

 

また装甲が貫通し、右肩付近が打ち抜かれる。

 

操縦桿やペダルに血が垂れていく。

 

ATの左肩が吹き飛ばされた。誘爆しないことが幸運だったか。そのままスピンして体勢を立て直し、右手に持っているマシンガンで反撃する。

 

数体を塵に還すが、一向に状況は好転しない。

 

芳佳の弾幕を抜けたATもどきの1機は、右手を構えている。その右手に鋭く尖っているものが付いているが見えた。

 

あれは対ネウロイ戦ではあまり見られない珍しい武装の1つであった。

 

「パイルバンカー!?」

 

直撃を避けたATもどきは、パイルバンカーを突き出した。

 

そして、コックピットに直撃した。

 

「ふおぉ!」

 

パイルバンカーは芳佳の顔の数cm左に外れた。ギリギリで回避できたのだ。

 

シートまで貫通されたパイルバンカーは引き抜かれ、もう一度突こうと右腕を引いた。

 

その隙は見逃さない。ショルダータックルで吹き飛ばし、体勢が崩れた敵のコアを打ち抜く。

 

そしてそのATもどきは砕けた。しかし、ネウロイの白い影から攻撃が迫る。一瞬にも満たない時間であったが、反応が遅れた。

 

咄嗟に回転したものの、ターレットレンズを含めた頭部の大半が、ビームによって吹き飛ばされた。

 

幸いだったのは、回転中だったため横合いから前方半分が吹き飛ばされた形になり、芳佳自身はビームの直撃はしなかったことだ。

 

ターレットレンズが吹き飛ばされたということは視界が変わるのと同じことである。そのせいで芳佳は次の攻撃がよけれなかった。

 

「あ……」

 

打ち抜かれる感覚。その感覚と、衝撃により芳佳はATとともに後方へ吹き飛んだ。

 

コックピットが剥き出しだったため、コックピットから吹き飛んで数回頭から地面にバウンドし、ようやく止まった。少し離れたところで自身のATが爆発するのを感じた。

 

右のわき腹が熱い。いや、今芳佳の体で熱くない部分を探すのが困難なほどであった。

 

自身の中から流れ出ているのを感じる。

 

朦朧とする意識の中、赤い肩がゆらゆらとこちらに近づいてくるのが、何となく分かった。

 

悪魔がゆらゆらと近づいてきている。AT特有の歩行音とともに。

 

慣れ親しんだATの音が、ただただ怖かった。

 

やはり自分は特別な人間ではない。501の皆や両親、色んな人たちがいなければ、何もできないのだと、朦朧とした意識の中で感じる。

 

「ま、まだ……」

 

芳佳は懐のアーマーマグナムを取り出し、ぼんやりと見えるATもどきに向かって構える。立ち上がることすらできない。倒れたまま腕を伸ばして、右肩を狙う。

 

しかし狙いをつけるより早くATもどきの銃口が、ビームが発射される前の赤色に光る。

 

死の恐怖。間に合わないと、理解していた。

 

発砲音。

 

銃口を向けていたATもどきは白くはじけた。

 

芳佳は生きていた。先ほどの攻撃は芳佳ではない。別の誰か。しかし一撃でコアを打ち抜ける技量の持ち主だ。

 

段々と意識が遠くなっていく芳佳の耳に聞こえるのは、慣れ親しんだローラーダッシュ音。

 

芳佳の目の前に立ちはだかったのは、緑色のスコープドッグであった。

 

「―尉、宮――尉!目を覚ま――――、―尉!」

 

うっすらと誰かの声が聞こえていた。そして感じる浮遊感。

 

「芳佳、遅くなった」

 

そしてもう1人、ここにいるはずのない、頼りになる声が聞こえた。

 

 

 

 

静夏は焦っていた。

 

芳佳が思った以上に負傷している。むしろ全身が血で染まっているのだ。無事な個所を見つけるほうが至難であった。

 

そして自分ともう1人救援に駆け付けた人物の提案した作戦が問題であったからだ。

 

「手筈通りだ、行け」

 

「しかし博士!100体以上はいるんですよ、1機では無理です!あなたは必要な人なんです!」

 

ストライカーユニットで上空を飛んだ時、少し数えてみたが100体は超えていた。相手できるレベルではない。

 

「……2度言わせるな」

 

「……すぐ、戻ります!」

 

静夏は芳佳を横抱きにして飛び立った。ATもどきは飛び立った静夏に銃口を向けようとするが、ショートバレルを2丁装備したスコープドッグの正確無比な射撃が、それらのコアを打ち抜いた。

 

遠・中・近。様々な距離からスコープドッグに火力が集中していた。それを危なげなく回避し、逆にATもどきを消滅させていく。しかし初戦は多勢に無勢。結果は見るまでもない。

 

死ぬはずなのだ、ウィッチでもない人間ならば。

 

静夏は芳佳が負傷していることをオープン回線で何度も訴えかけていた。

 

スコープドッグのパイロットから、戦艦大和がライン川を遡上しているのは聞いていたので、それを目指していた。

 

ノイズがひどい。ここにきて、静夏はこの通信妨害がネウロイによるものであろうと気づく。しかしネウロイの勢力圏から出なければ、この問題は解決しなかった。

 

「誰か、宮藤少尉を助けて!」

 

声が枯れるくらい静夏は叫んだ。

 

インカムから、途切れ途切れに女の声が聞こえる。

 

それぞれが宮藤、と叫ぶ声が。

 

大和がいるであろう方向とは別のほうから、ウィッチたちが向かってくるのが見える。

 

静夏はそこへ飛んだ。ウィッチならば回復魔法の使い手もいるだろう。その望みをかけて。

 

「宮藤!……これは!」

 

「宮藤!」

 

「芳佳ちゃん!」

 

「み……みん……な……」

 

静夏が声をかける前に、ウィッチたちが宮藤の状態を見て青ざめる。芳佳は少しのうめき声しか上げることができなかった。

 

静夏はこのウィッチを知っている。いや、その場にいたウィッチを、静夏は全員知っていた。

 

501、そして名だたるエースたちだ。

 

だがその誰もが、芳佳の怪我を見て顔を青ざめている。

 

「ネウロイにやられたのか!」

 

鬼気迫る表情で、静夏に詰め寄ったのはバルクホルンだ。

 

「み、宮藤少尉は町の人たちを助けるためにATで戦いを挑んで……そして今は私たちを逃がすために宮藤博士が1人でネウロイを足止めしていて……」

 

「宮藤博士ですって!?まさかたった1人で!?」

 

「は、はい……」

 

静夏は語った。宮藤博士―キリコに言われたことを。

 

 

 

『……おい、無事か』

 

『あなたは、まさか宮藤博士!?何故ここに!』

 

『理由は後だ。芳佳は向こうだな』

 

『宮藤少尉は村の人たちを助けるために、ATで向かい……』

 

『まだストライカーで動けるな?』

 

『は、はい』

 

『俺がネウロイを引き付ける。お前たちは脱出しろ』

 

『無茶です!ウィッチでもない博士が1人でネウロイに挑むなど!どれだけいるかわからないんですよ!?』

 

『芳佳を死なせるわけにはいかない。行くぞ』

 

『博士!?』

 

 

 

「博士は静止も聞かず、ネウロイの群れに飛び込んでいきました。私が2人を抱えて脱出することを提案しましたが、狙い撃ちされるといって却下されました。戦艦大和が近くまで来ているので、急いで運ぶようにと……」

 

「ならなおのこと急いで運ばないと!」

 

「宮藤博士のことは私たちに任せて、あなたは……」

 

ミーナが言葉を続けていると、芳佳が腕を伸ばし始めた。

 

「お、お父さん……」

 

「宮藤!?大人しくしていろ!」

 

「駄目だよ芳佳ちゃん!」

 

芳佳は聞こえていないのか、拳を天に向け、握りしめた。

 

「行かなくちゃ!」

 

嵐のように吹き荒れる魔力の奔流。この場の誰よりも巨大な魔力の発現であった。

 

「ば、馬鹿な……」

 

「これは宮藤さんの……!」

 

失われた芳佳の魔力が、激しく吹き荒れる。

 

そしてあれだけの怪我が見る見るうちに治っていく。もはや治るというより、逆再生に近いレベルであった。

 

「あ、あり得ませんわ……」

 

『信じていたぞ、宮藤!』

 

響き渡る通信。この声は、この場にいる誰もがよく知っている。

 

こちらへ向かってくる航空機。その操縦者の名は。

 

「坂本少佐!」

 

「宮藤のストライカーだ、受け取れ!」

 

航空機から切り離された物体が、皆の中心に落ちてくる。それを、バルクホルンがキャッチした。

 

「ふん!」

 

「ナイスキャッチ、トゥルーデ!」

 

「く、空中で装着できるんでしょうか……?」

 

「ウィッチに不可能はありません!」

 

中から現れたのは震電改。芳佳は静夏に抱えられたまま、ユニットを装着する。巨大な魔法陣が、空間に展開される。

 

ウィッチとしての宮藤芳佳の復活である。復活を喜ぶ皆に、芳佳は抱き着かれる。

 

『芳佳、復活したようだな』

 

それと同時に、インカムにキリコからの通信が届く。

 

「お父さん、今助けに行くね!」

 

「総員、宮藤博士の救出に……」

 

『その必要はない。お前たちは空の敵を落とせ』

 

ミーナが指示を出そうとした瞬間、キリコは断った。その場にいた各員が、空を見上げる。

 

すると戦艦のようなネウロイが地中から浮上を始め、小型機を吐き出し始めた。その数は数えるのも億劫なほどだ。

 

『ATでは空の敵は相手にできない。地上はこちらで何とかする』

 

「何とかって……」

 

「確かに、あれを放置していたらATは狙い撃ちされるわ」

 

「なら、さっさと落とすだけだろ!」

 

その声は、少し離れたところから聞こえてくる。そう、合流し始めてきたのだ。

 

「シャーリー!ルッキーニも!」

 

「はぁーい!」

 

「私も賛成だナ」

 

「うん、私も……」

 

「エイラさん、サーニャちゃん!」

 

ここに501が全員そろったのだ。

 

そう宮藤芳佳が戦い始めて、危険な状況になったときから大して時が経っていないにも関わらず、である。

 

偶然戦艦大和がライン川近くを航海しており、その大和に以前果たされなかった技術交換とある人物に会うためにキリコが搭乗していたこと。

 

ライン川を越えたネウロイを追跡するためにカールスラント組が合流したこと。

 

芳佳が心配になり、すぐに合流できたリーネとペリーヌ。

 

新型ネウロイの情報交換のためカールスラント組に合流予定だったシャーリーとルッキーニ。

 

占いという運命に導かれたエイラとサーニャ。

 

そして失われた魔法力が土壇場で回復する芳佳。

 

全てが【偶然】なのだ。

 

この場にいる多くの者が奇跡というであろう。これはまさしく奇跡である。疑いようはない。

 

「目標、敵超大型ネウロイ。速やかに撃破し、宮藤博士を救出します!」

 

『了解!』

 

その奇跡の力は、超大型ネウロイをものともしなかった。ライン川を遡上してきた大和の砲撃も加わり、短い時間で超大型ネウロイを消滅させた。

 

芳佳たちはすぐにキリコの元へ向かった。普通に考えれば、生きている戦場ではない。

 

その想像通り、目の前に広がるのは凄まじい攻撃で無残になった土地であった。だがそこにはネウロイは一体も残ってはいない。

 

「お、おい……嘘だろ……」

 

シャーリーが呟いた理由。視線の先にいたのは、特に損傷もないATが1機。

 

開くハッチ。そこから軽やかに降りる1人の男。

 

「お父さん!」

 

芳佳がストライカーユニットを履いたままで、抱き着いた。

 

「あ、あれが……」

 

「宮藤博士か……!」

 

怪我もなく、ウィッチたちに視線を向ける男。

 

宮藤キリコ。否、正しくはない。

 

この男こそ、キリコ・キュービー。その男の力は今、家族を守るために振るわれている。

 

神を殺しうる力。その先にあるのは、誰にも分らない。

 

しかしその彼は今、腕の中にいる我が子の生存だけを喜んでいた。

 

我が命は【お前たち】のために。

 

 

 

 

 

 

一人の男と、一人の女が、銀河の闇を星となって流れた。明けた光が、全ての始まり。知らぬ者、違う物。それは偶然か、神の意志か。

次回、『地球』。そこに、安息の地はあるのか。

 




次回はキリコ視点。

本編・外伝含めて、地上戦(AT)が出来そうな戦場ってアウロラ姉ちゃん時代のスオムス、アフリカ以外に良いのはありますかね?


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キリコ編① 『地球』

キリコ編① 『地球』

キリコの、劇場版まで至る経緯。



争いのない世界。そんな世界を俺は夢見ていた。

 

アストラギウス銀河の神であったワイズマンを倒した後も、異能生存体である俺と異能生存体を人工的に作り出そうとしたPS(パーフェクトソルジャー)のフィアナの力を求める者たちは後を絶たなかった。

 

仲間たちと別の場所へ行っても、星を移動しても追跡は続いた。

 

俺は疲れていた。争いの終わらない日々に。

 

俺はただフィアナと平和に暮らせればそれでいいのだ。それ以上望むものはなかった。たった一つの望みだった。

 

だがそれすらも叶うことはなかった。

 

だから俺はフィアナとともにコールドスリープで眠りについた。いつか来る平和な時代のために。

 

仲間たちに別れを告げ、2人で宇宙空間を漂った。次に目覚めるときは、2人で平和に暮らせる日々であることを信じて。

 

 

 

 

 

 

永い永い眠りだったような気がする。俺は唐突に目が覚めた。見知らぬ天井であった。

 

体が重い。

 

体にかかる重力が、コールドスリープから解放されたことを示していた。

 

咄嗟に辺りを見渡した。俺たちを解放したのが悪意ある者たちであるならば、フィアナが危険である。

 

「フィアナ……!」」

 

だがフィアナは俺のすぐ右隣りで寝ていた。何も器具はなく、普通に呼吸している。

 

見たところ俺もフィアナもベッドで、拘束も何もされていない状態で寝かされていた。

 

今は部屋に人影はいない。部屋を見渡しても、監視カメラの類は見当たらない。しかし寝かされている間に何かしらの処理をされていたら非常にまずい。

 

確認すべく立ち上がろうとしたが、コールドスリープから目覚めた影響か、体がほぼ動かなかった。

 

外に人の気配が2人ほど感じる。だがこちらは碌な武装はなく、体が上手く動かない。この状態で寝たきりのフィアナを連れて脱出するのは、絶望的であった。俺だけならともかく、フィアナが一緒でなければ意味がないのだ。

 

加えてヂヂリウムの補給を受けていないフィアナがどこまで動けるかは未知数であった。

 

俺は脱出に使えそうな物を探すが、何もない部屋だ。

 

頭を悩ませているうち、足音がこちらへ近づいてきた。2人分だ。入ってきたのは老婆と女性であった。

 

「おや、目が覚めたようだね。まだ立ち上がらないほうがいい、仮死状態からまだ1日も経ってないんだ」

 

「何故俺たちを目覚めさせた」

 

無造作に近づこうとした老婆を俺は問いかける。老婆は俺の質問に対し、首を傾げていた。

 

「どういう意味かは分からないが、あんたたちは空から降ってきた機械が、勝手に開いて出てきたのさ。あんたたちが凍りついたように冷たい仮死状態だったから、この診療所で回復魔法をかけて一命をとりとめたってことだ」

 

「魔法だと……何を言っている」

 

コールドスリープの装置には大気圏突破能力はない。だがそれは俺の異能生存体が発揮されれば着陸できる可能性はある。

 

だが魔法など聞いたことはない。可能性としてはワイズマンの言っていた異能が、星によって呼び名が異なって魔法と言われている可能性はある。

 

しかしそんな具体的な能力が発揮されるようなものだったのだろうか。

 

「ウィッチを見たことがないのかい?まぁお前さんは扶桑人ではないようだし、いない土地には全くいないと聞くしねぇ」

 

また新しい言葉が出てきた。扶桑人、というのはこの土地の人間のことだろう。だがウィッチとは何だろうか。話の流れから察するに、魔法を使える者を指すのだろうか。

 

「あ、ウィッチというのは魔法力を使える女性のことです。使い魔と契約して魔法力を発動するとこんな風に……」

 

今まで喋らなかった女性の頭から犬の様な耳が現れ、臀部付近に尻尾が生えた。まるでおとぎ話のような能力だ。

 

「このように見た目が変化します。また少数ですが固有魔法を使える人もいまして、私と母さんは回復魔法の使い手です。それでお二人の治療をさせていただきました」

 

まだ夢を見ているのではないかと疑いたくなる光景だった。ホログラムだったとしても、あまりに違和感がない。

 

だがそんなことは重要ではない。俺にとって、重要なことは1つしかない。

 

「よく分かった……フィアナの調子はどうだ」

 

「この子のことだね。脈の乱れもないし、呼吸の乱れもないから、直に目が覚めるだろうさ」

 

見るとフィアナは静かに呼吸をしていた。今のところ問題があるようには見えない。しかし、目覚めたとしても、この先どうすればいいのか。

 

彼女はPS(パーフェクトソルジャー)だ。反射神経・筋力を向上させ、発達したメカニズムのスピードについていけるよう脳も処理された完璧な兵士が彼女である。

 

しかし彼女は定期的に液体金属ヂヂリウムの放射線をその身に浴びねばならず、浴びない場合PSの動作は鈍くなり、やがて体が硬直して最終的には死に至ってしまう。つまりヂヂリウムは彼女の生命線そのものなのだ。

 

だが今のこの土地で上手くヂヂリウムが手に入るかどうかは分からない。

 

以前PSの寿命は2年ほどという話を聞かされたことがあるが、ビッグバトルの騒動の際メルキア軍でPS開発に携わったカルマン・トムスによれば「寿命に関しては問題ない」と言われている。

寿命による短命はないが、果たして彼女の機能が低下する前にヂヂリウムを手にすることができるのだろうか。

 

俺たちの情報が洩れれば、以前のように追われる生活となる。俺はフィアナと2人で静かに暮らせれば、それでいいのだ。それだけで、いいのだ。

 

「……う、ん……」

 

そう考えていると、フィアナが声を発した。そしてこちらに顔を向け、目を開かせる。それは、初めて出会ったときのようであった。

 

「フィアナ!」

 

「キリコ……ここは……?」

 

俺はフィアナが完全に目覚めてから、今の状況を伝えた。フィアナは少し考えてから、2人に口を開く。

 

「私たちを助けてくださってありがとうございます。ですが、私は特別な治療を受けなくてはいけないのです」

 

フィアナはそれを口にする。一瞬止めるか迷ったが、今の動けない状態で、何らかの糸口を見つけなくてはならない。フィアナには時間制限があるのだ。

 

「それはどういったものなんだい?」

 

「……特殊な放射線を浴びる必要があります」

 

「……放射線ね。それをしないと、どうなるんだい?」

 

「筋硬直から始まり、心肺停止となります」

 

お互い少しの間沈黙があった。やがて老婆のほうが口を開く。

 

「放射線治療は欧州の方で行われているとは聞いたことはあるが……」

 

「扶桑ではほぼ普及していないですね。それにあれはガンに対してのもので、今言われた症例とは……フィアナさん、今体は動きますか?」

 

違う星だろうと当たりはつけていたが、放射線治療がほぼ普及していないということは、他の技術も今まで訪れた星と差があるのだろうか。フィアナは言われた通りに体を動かそうとするが、やはりコールドスリープから目覚めたばかりでは動くはずもなかった。

 

「あんたねぇ、仮死状態から時間が経ってないんだ。そんなにすぐ動くもんじゃないよ。しばらくは回復魔法とリハビリだね」

 

そんなに悠長にしている時間はない。2人と目線が合うと、女性は片手をこちらに向け静止しろという風に掲げた。

 

「私の夫が色々伝手があるので、ヂヂリウムに関しては聞いてみるつもりです。情報を集めるにしても、お2人が動けるようにならなければ始まりませんしね」

 

ヂヂリウムはATのコンピューターに使われるものでもあるが、100年戦争で大量に消費されたため非常に貴重なものとなっており、非常に高額なものである。そうなると購入者は限られ、特定されやすくなる。故にあまりこちらから情報の拡散は行いたくはなかった。軍の耳に入れば、また追われる身になるかもしれない。

 

「……よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

 

しかし俺たちに選択肢はない。現状、この2人に頼らなければ身動きすら取れないのだ。

 

2人は引き受けてくれた。そして俺たちはリハビリをすることとなった。

 

ここは扶桑という国の横須賀にある宮藤診療所らしい。先ほどの2人の内老婆は秋元芳子、老婆の娘である女性は宮藤清佳、女性の夫は宮藤一郎というらしい。一郎は医者でなく、芸能関係に勤めているらしい。

 

世間話をしながらであるが、俺たちはリハビリをする。

 

俺たちが目覚めたのはまだ朝の時間であった。俺は1時間ほどで動けるようになったが、フィアナは半日かかり、その日の夕方には動けるようになっていた。宮藤達は少し信じられないようなものを見ているような雰囲気であったが、こういった視線はグレゴルーたちにも向けられていたので、さほど気にならなかった。

 

「治療された時のように、体が動くわ」

 

フィアナはそう語った。治療とはヂヂリウムのことだろう。回復魔法で同等の効果が出ているということか。

 

「回復魔法は先天性のものには効果が薄いが、後天性のものならば別だ。その病気も後天性のものなんじゃないのかい?」

 

フィアナのPSの能力は誕生のころから手を加えられているが、カルマン・トムスに言わせれば普通の人間に戻すことも不可能ではないと言っていることから、分類でいえば後天性になるのだろう。フィアナも頷いた。

 

「ただいま戻りました」

 

そんな中、1人の眼鏡をかけた優男が戻ってきた。宮藤清佳が駆け寄っていく。年齢を考えると、奴が一郎のようだ。

 

「おかえりなさい一郎さん。ご苦労様でした」

 

「ああ、ただいま。彼らが目覚めたんだね」

 

「はい。あ、キリコさん、フィアナさん。こちらが私の夫の一郎です」

 

やはりこの男が宮藤一郎らしい。軍に伝手があるような話であったが、立ち振る舞いからして訓練は受けてはいないようだ。ごく一般的な男性に見える。

 

宮藤一郎は、俺に右手を差し出した。

 

「初めまして、宮藤一郎と言います。芸能関係に勤めさせてもらっています。まぁ裏方ですけど……」

 

「……キリコ・キュービーだ。こっちがフィアナ」

 

俺は握り返した。一郎の手には軍人特有の銃タコもなく、綺麗な手だった。

 

それから一旦夕食を取った後、一郎へ事情を話す。一郎は、聞き終わると首を横に振った。

 

「申し訳ないがヂヂリウムという話は聞いたことがない。軍に知り合いがいるからそれとなく聞いてみてもいいが、上の方ではないから望み薄だとは思う」

 

軍属でないということで予想していたことではあるが、落胆はあった。しかしまだないと決まったわけではない。

 

「すみません、よろしくお願いいたします」

 

俺はフィアナに続いて頭を少し下げた。

 

「……よろしく頼む」

 

「頑張ってみるよ」

 

人のいい男だった。初対面の男女のためにここまで動いてくれる人間は、そういない。あのアストラギウス銀河では、逆に疑わなければならない親切さだ。

 

この男が何を考えていたとしても、この男からの情報待ちである。隠していたとしても、そこからアクションがとれるからだ。

 

俺はそこまで考えた自分に少し嫌気がさした。素直に人を信じたのは、遠い過去の様な気がする。

 

考えないようにした。俺はフィアナが宮藤たちと話しているのを横で聞きながら、これからのことを少し考えた。

 

そしてその日はフィアナの横で、彼女を見守り眠った。彼女が無事ならば、それでいいのだ……。

 

 

 

 

 

 

それから俺としてはすでに問題ないレベルにまで回復しているが、フィアナの経過観察ということでしばらく診療所に世話になっていた。

 

一郎は軍の知り合いに聞いたが、ヂヂリウムという言葉自体知らないと言われたそうだ。情報が集められなくてすまない、と言ってきた。真面目な男だ。

 

やはりフィアナの体は数日過ぎていくと徐々にヂヂリウムを浴びていない症状が出始めてきた。しかし回復魔法をかけると、ヂヂリウムを浴びる以上の回復を見せた。

 

当面は魔法で中毒症状の問題は解決だろう。無論並行してヂヂリウムは捜索しなければならないが。

 

しかし別の問題も出てくる。そう、俺たちは金がないのだ。医療費を払うこともできないし、それ以前に不正入国者だ。

 

PS以前に、捕まる可能性は高い。

 

「そこは僕が何とかするさ。何、名字は宮藤でも使えばいい」

 

「………」

 

一郎たちに相談すると、一郎はそんなことを口にする。その提案に、俺は思わず黙ってしまった。あまりにあっけらかんと言う男だ。

 

「さすがにそれは……申し訳ありませんわ」

 

フィアナは首を横に振る。俺も同意した。ここまで世話になった身ではあるが、少しお人好しが過ぎる。

 

「なんていうかな、君たちは助けたくなる何かがあるのさ。それに君たちは僕より年下だ、大人に頼りなさい」

 

はっきりとそう言われた時、少し面食らった。今までそんなことを言ってくる人間は、いただろうか。

 

「………だが今の俺たちでは礼をすることもできない」

 

「まぁそこは働くしかないだろうね。フィアナさんは体の事情もあるから、診療所の助手でいい。問題はキリコ、お前さんだよ。得意なことは何かあるかい?」

 

秋元芳子に言われ、俺は少し悩んだ。戦うことはできる……が、今の環境を崩したくはなかった。

 

軍に入ればヂヂリウムの情報は集まりやすいだろう。しかし、例えこの星がアストラギウス銀河でなかったとしても、俺たちの能力が目を付けられない確証にはならない。そうなると選択肢は限られてくる。

 

「整備だな」

 

主に整備内容はATだが、他のことも基本的には問題なくできる。肉体労働でも問題はないが、今までのことを生かせるとしたらこれがいいだろう。

 

「整備かい……ちょうどこの街にちょうどいい場所があるよ。どれ、電話してきてやるよ」

 

「……礼を言う」

 

「固いねぇ、あんたも」

 

秋元芳子は苦笑いしながら、電話へ歩いて行った。しばらく俺は頭を下げていた。

 

 

 

 

秋元芳子から紹介された場所へ向かうと、町の少し外れたところに、小さな工房があった。そこで待ち構えていたのは、老人であった。

 

帽子に汚れた作業服。少し体格の良い70歳は過ぎているだろう男だ。

 

「おう、おめぇさんがキリコかい!俺の名は門座、工場長と呼べ!」

 

寂れた工房の辺りを見渡すが、1人しかいない。

 

「……他の従業員は?」

 

「そんなもん、俺だけで十分よ!」

 

どうやら彼1人らしい。俺としては多かろうと少なかろうと、問題ではない。しかし物寂しくはあった。

 

工場長は大股で近寄り、俺の目を至近距離で見つめてくる。気にはなるが、特に視線を外さず見返している。

 

すると、工場長は大声で笑いだした。

 

「おめぇさん、若ぇのに肝が据わってんな!弱っちぃやつなら追い返そうと思ったが、気に入った!弟子にしてやる!」

 

どうやらテストをしていたらしい。ひとまず彼の勝手なテストは合格のようだ。俺は働きに来ただけで、弟子になるつもりはないのだが、こういったタイプは何も言わないほうがいいだろう。

 

「よし、まずは車の点検だ。やってみな!」

 

いきなり職場の案内もなく、持ち込まれた車の点検を俺に振ってきた。素人ならどうするつもりだったのだろうか。

 

見たところ古いものではある。というより、車もだが資料でしか見たことがないほど古いものだ。だが車などさほど難しいものではない。

 

俺はそのまま車の点検を始めた。緩くなっていたネジを締めオイルの交換なども行い、特に問題なく終了する。

 

すると工場長は満面の笑みで、背中を叩いてくる。

 

「よっしゃ、んじゃどんどん仕事をやってもらうぜ!」

 

割り振られる機械の修理も複雑ではない。ATなどを自身で整備できる俺にとって、難しいものではなかった。

 

その後の仕事内容は車だったり、商売道具の修理だったりだ。昼食以外は2人で作業した。

 

明るい男ではあったが、仕事中は無駄口をしないタイプらしい。夕日が差し掛かろうとするぐらいには作業は終了した。

 

「中々いい腕してんじゃねぇか。おめぇさん、本職か?」

 

「……似たようなものだ」

 

「今日の仕事は終わりだ。つーより、1人だともう少しかかる仕事だったんだが、助かったぜ!ちょっと待ってな!」

 

工場長は工場の奥へ引っ込んでいった。何かを取りに行ったようだ。

 

数分待つと、彼は茶封筒を右手に持って戻ってきた。そしてその茶封筒を俺に差し出した。

 

「何ぼーっとしてんだ、おめぇさんの今日の給料だ。電話で聞いたが今無一文らしいな。ならすぐ金は必要だろ?」

 

受け取んな、と言われ、俺は頭を下げ受け取った。あの仕事内容でどれほどもらえるのかは分からないが、ありがたかった。

 

「明日もまた来てくれや!8時にここで頼むぜ!」

 

手を振る工場長を背に、俺は帰宅した。

 

夕日の中、町の人間が帰宅しているのが視界に入る。色んな人間がいた。しかし、暴力の匂いはしなかった。

 

ここならば争わなくていいのだろうか。そんな気持ちを抱きながら、俺は彼女の元へ帰った。

 

こんな日は短いと思っていた。俺にとっての平和は長く続かないと思っていたからだ。

 

しかし予想に反して、何もない日々は長く続いた。

 

近くに家を借りて2人で暮らした。フィアナは治療を受けつつも、普通の人間と同じように生活が送れたのだ。

 

考えられないような生活だった。

 

しかしそんな生活も、転機が訪れることとなる。

 

 

 

 

 

 

青い空、青い海。美しいこの星の名は地球。だがこの星にも忌まわしい過去が舞い降りる。この体に染みついた火薬の臭いが、戦いを予感させる。

次回、『落下』。誰の導きなのか。




宮藤一郎
設定変更された人。職業が音響なのは中の人ネタ。死亡フラグ回避……できるといいなぁ。


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キリコ編② 『落下』

横須賀に来てから1年ほどが過ぎた。俺とフィアナは争いもなく、平和な時を過ごしていた。

 

これほど同じところに長く住んだのは、記憶があるうちでは覚えがない。

 

俺は記憶をなくしてから、軍に入った後は戦いしかなかった。

 

フィアナは、秘密結社を抜けてからは移動の連続であったし、こうして普通にで暮らすこと自体が初めてだった。

 

こうして2人で静かな時を過ごす。あの宇宙船のころから想像していたことが、今現実としてあった。

 

早朝。昇り始めた太陽の光を受けながら、新聞受けから新聞を取る。

 

俺はフィアナが食事の支度をしている間新聞を読むのがいつもの流れだった。この1年でこの星の文字はある程度問題なく読めるようになったので、こうして毎日何かしらに目を通すようにしている。

 

読んでいると、気になる一文があった。

 

『南極に巨大戦艦!?宇宙からの侵略か』

 

南極に巨大な戦艦らしき物体が氷山に突き刺さっていたらしい。位置からして、空から落ちてきたとしか考えられないもので、しかも明らかに既存の技術を超えた技術で作られたものであるらしく、現在多くの国が調査に繰り出しているらしい。

 

戦艦の写真は遠目で撮影されており、全体しかわからず細部はぼやけて、本当に戦艦かどうかさえ怪しいものだ。戦艦の中には生存者はおらず、異星人ではないかという意見も専門家から出ているそうだ。

 

もっとも所詮民間で報じられるレベルだ、真偽など分かったものではない。生存者は『いなかった』ことにされても何ら不思議はないのだ。

 

「キリコ、朝食ができたわよ」

 

「……ああ」

 

新聞を置いて、2人で食事をとる。少しすると、フィアナは新聞の記事が目についたのか、眉を落とす。

 

「これって……宮藤さんが言っていたものよね?」

 

「……恐らくな」

 

 

 

 

 

あれは俺たちがここにきて間もない頃だった。一郎は俺たち2人を呼び出し、3人だけで話したいことがあると伝えてきた。

 

『君たちが求めているヂヂリウムかどうかは知れないが、関係あるかもしれないから伝えておくよ。これだ』

 

一郎が見せてきたのは1枚の写真だった。氷山に突き刺さって半ば埋まっている巨大な戦艦であった。

 

しかも、その戦艦には見覚えがあった。旧式ではあるものの、バララント軍の戦艦であった。

 

『どこで撮られたものだ?』

 

『南極。君たちがくる半年前に発見されたものだ』

 

『いつからあった?』

 

『完全な特定は難しいが、ここ数年……もっと短い期間の可能性もあるらしい』

 

その情報だけでは俺たちを追ってきたかどうかは分からない。どこの勢力が追ってきても、何ら不思議ではない。バララントかもしれないし、ただのカモフラージュの可能性もある。

 

『しかし、どうやってこの情報を手に入れたのです?機密ではないのですか?』

 

『単なる伝手さ。それに君たちには早めに知ってほしいわけがある』

 

『……俺たちがこれで来たかもしれないという、疑いか』

 

一郎は静かに頷いた。

 

『もちろん、仮死状態だった君たちの状態と、君たちが現れた時期を考えれば無関係であることはわかるさ。だが軍でも単純な人間はいるからね』

 

つまりこの情報だけで俺たちが動けば、時期的に合わなくとも関係者ということになる。そうすれば、軍に連行されて強制的に協力者にさせられるだろう。

 

『これはいつ頃出回るんだ?』

 

『長くて数年後、早ければ来年かな。どうにも技術が違いすぎてお手上げらしい』

 

戦艦に使われている技術と、現在の技術との格差があり解析が難航しているようだ。しかも南極という極寒の地だ。環境も難航の原因の1つとなっている。

 

『……ご忠告、感謝します』

 

俺はフィアナとともに頭を下げた。同じように頭を下げた一郎は、そのまま帰宅した。

 

 

 

 

 

あの時のことを思い出せばフィアナの心配する気持ちもわかる。もしアストラギウス銀河のもので、俺たちを追ってきたとしたら……。

 

「けれどこちらから行動は起こせないわね……」

 

「……」

 

敵がこの写真につられ、こちらから動くのを待っている可能性もある。しかもこのサイズならATは最低2桁は搭載できる。今の俺たちにATもなければ、まともな攻撃手段もないのだ。動きたくとも動けないのが現状だった。

 

結局のところ、いつも通りの生活を続けるしかなかった。

 

「っ……」

 

「どうした、フィアナ」

 

食事を終えたフィアナが、口元を押さえ吐き気をこらえていた。俺はフィアナの背中をこする。少しの間続けるが、返事がないので体を支えトイレまで連れて行こうとすると、フィアナに止められた。

 

「だ、大丈夫……ちょっと調子が悪いだけかもしれないし……」

 

「無理はするな」

 

「大丈夫。これくらいなら仕事に問題はないから……」

 

「……後で宮藤たちに見てもらえ」

 

しばらくすると状態は落ち着いたようで、いつも通り俺は工場へ出勤し、フィアナは宮藤診療所へ出勤した。

 

工場は日用品が主であるが、たまに大口の仕事も入っているので仕事には困ってなかった。門座工場長は最近体にガタが来ているらしく、男手が増えて助かると工場長の妻が語った。本人はそれを認めようとしないが。

 

フィアナは週2回ほど回復魔法を受ける必要性があり、その治療費分を診療所で働いて返している。診療所は一郎以外の2人で回しているらしいが、人手不足だったためちょうどいいタイミングだったらしい。

 

何もし何かあれば宮藤たちが対処してくれるだろうと考えるくらいには、俺は宮藤たちを信用していた。

 

今日も持ち込まれる日用品の修理だったり、工業用の機械の修理のために車で出張したりなどするとあっという間に1日が終わっていた。

 

 

 

 

工場長たちに別れを告げ、帰宅するとフィアナは帰っていた。

 

「……今帰った」

 

「お、おかえりなさいキリコ」

 

玄関に出てきた彼女の様子が少しおかしいように思えた。落ち着きがないように見え、しきりにソワソワしていた。

 

「……何があった?」

 

「ここだとあれだから、その、居間で話すわ」

 

そうして彼女に居間に連れられ、向かい合って座る。それでも彼女は落ち着きがない状態のままだった。

 

「……その、ね……」

 

そう言って、彼女は黙ってしまった。彼女が話すまで俺は待った。時計は見ていないが、5分は経っただろうか。

 

「で、できたかもって……」

 

フィアナは左手で自身の下腹部をさすった。ここまで言われれば、俺にも分かる。

 

「そうか……!」

 

俺はフィアナを抱きしめた。きつく抱きしめなかった。フィアナと自分の子を包むように、俺は抱いたつもりだった。それに対して、フィアナは強く抱き着いてきた。

 

「わ、私、PSなのに、子供ができたって……!普通の女性のように……!」

 

その言葉を聞いて、彼女の震えの理由が分かった。困惑と歓喜、それと将来への不安だということも。

 

PSとして、完璧な兵士として調整された彼女は普通ではなかった。彼女の周りには、以前ではココナくらいしかいなかっただろう。

 

彼女がPSである限りは、彼女は女性ではなく文字通り「PS」としてしか扱われないのだ。

 

ニュートラルシティのア・コバでバニラに言われた言葉を、フィアナは気にしていた。

 

人は他の人間と違う、ということに対してコンプレックスを抱くことがある。それはおかしなことではない。例えPSであろうと、異能生存体であろうと、精神は普通の人間なのだ。

 

他の人間のような生活を望みながら、俺たちはそれを手に入れることができなかった。

 

だが今こうして普通の女性のように手に入れることができた彼女の気持ちは、計り知れないだろう。

 

俺にできることは、いつまでも彼女を抱きしめることぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

俺は親の記憶もなく、フィアナも親の記憶がないことから、子供の育て方など全く分からない状態だった。それを助けてくれたのが宮藤たちや、工場長とその妻、近所の方たちだった。

 

皆懐妊に喜んでくれ、色々アドバイスをくれた。それを聞くたびにフィアナは嬉しそうに笑っていた。俺もつられて笑うと、その場にいた者たちは穴が開くほど俺の顔を見てきた。これでも昔より笑うようにはなったが、まだ人より少ないようだ。

 

それから、母子ともに健康に育ち、間違いなく幸せな日々を送っていた。

 

そして無事、俺たちの子供が生まれた。元気な女の子だ。

 

名前は2人で決めていた。俺たちの今の名字をくれた秋元芳子、宮藤清佳の一字ずつ取って「芳佳」とすることを。

 

それを宮藤たちに話すと、快く了承をくれた。清佳のほうは少し恥ずかしいと言っていたが、文字通り宮藤たちは命の恩人なのだ。俺たちが無理を言ったようなものだ。

 

それを聞いていた一郎は「僕の名前は?」と手を挙げながら聞いてきた。少し男の子だったら一郎の名前を使う予定だった、と話すと一郎は少し機嫌を直した。意外と気にしていたようだ。

 

お互い、子育ては未知の領域だった。芳佳が泣く度、俺もフィアナも慌てて、芳佳が大人しくなるとほっと一息つき、芳佳が楽しそうにすると幸せな気分になった。

 

芳佳が眠ると、俺たちは疲れて座った。だが、嫌な疲れではなかった。ずっと戦い続けた、あのときの疲労とは違うのだ。

 

「キリコ」

 

「……どうした?」

 

「私、幸せよ」

 

「……俺もだ」

 

「ずっと、続けばいいわね……」

 

「……ああ、そうだな」

 

全て問題なかった。順調だった。

 

そんなある日、新しい仕事が入ってきた。

 

「ストライカーユニットの改良……?」

 

軍でしかお目にかかれない、この星独自の、兵器が舞い込んだ。それが俺の運命を変えるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

変わる、変わる、変わる。

この星の舞台をまわす巨獣が、奈落の底でまた動きはじめた。

天地が蠢き、人々は叫ぶ。

科学の発展は、巨獣を呼び覚ますのか。

昨日も、今日も、明日も、硝煙に閉ざされて見えない。

だからこそ、未来を求めて、さらなる力を信じて求めて。

次回「ネウロイ」。

何故人を戦いに駆り立てるのか。



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キリコ編③ 『ネウロイ』

ストライカーユニットに関して独自設定あります。ご注意を


キリコ編③ 『ネウロイ』

 

「おーし、今日は大口の仕事だからな!気合い入れるぞキリコ!」

 

工場長は自分の頬を2度叩き、気合いを入れる。工場長が気合いを入れている理由は目の前にある機械……ストライカーユニットにあった。

 

ストライカーユニット。それは魔法力を持つウィッチと呼ばれる魔女たちが装着する言わば魔法の箒である。

 

箒とは言うが、実際は機械の塊である。現在軍で採用されているのは空を飛ぶ航空用と地上戦の陸戦用の2種類に分別できる。そして今目の前に置かれているのは航空用ストライカーユニットだ。

 

「……依頼の内容は?」

 

軍でしか現在使われていないものであり、いわば軍事機密の塊だ。こう言ってはあれだが、小さな工場に回ってくる仕事ではない。

 

専用の機材もなく、やることも伝えられていない以上、何から手を付ければいいかキリコには判断が付かなかった。

 

「おおっと悪い、興奮していて今回の依頼の内容を言うのを忘れてたわい!」

 

「………」

 

「怒るなよ!お前さんは知らないかもしれないが、昔欧州……あー、ここからずーっと向こうの大陸でな、何かバケモンが出てな。普通の攻撃じゃ効かなかったんだが、ウィッチで倒すことができたってわけよ」

 

その話をキリコは聞いたことがあった。かつて欧州で侵略してきた謎の生命体がいたと。

 

1914年に欧州に突如出現した謎の生命体との戦いが始まり、終結するまで1917年までかかった。その敵は金属を吸収し、通常戦力では歯が立たず、魔法力を通した攻撃でなければ決定打にならなかったという。

 

ストライカーユニットは戦争終結の決定打となったウィッチの魔法力を増大させるもので、今や世界中の軍に必ずある代物である。

 

「3、4年だっけ?まぁどっちでもいいわ!とりあえずそいつらをやっつけたのはいいんだが、これからまた現れないとも限らないってんで、改良することになったらしい!軍に知り合いがいてな、物は試しでやってみてくれってよ!」

 

「……それだけか?」

 

工場長の眉がピクリと上がる。脅威に対して対策すること自体は別に問題はない。

 

しかしそれは危機が迫っている場合であって、今は敵もいない以上理由もない。こんな小さな工場に運ばれる理由がないのだ。

 

「その生命体は学説ではあるが、時代の節目に現れるとされていて、古文書からも似たような特性が見られるらしい。そのタイミングっていうのが『科学の発展』じゃないかってな」

 

「………」

 

「もちろん確証もないし、多くの連中が笑い飛ばしているものだが、出現しているのは事実だ。そしてこれはそれに対しての対抗策さ。恩を売るためのな」

 

「……恩?」

 

「かつて主戦場となったのは欧州だ。軍の連中はまたどこかの大陸で出るかもしれねぇとか思ってんだろ。そのときに改良されたストライカーユニットを戦力とともに送れば、扶桑の名声はうなぎのぼり、発言力も上がるっていうものさ。それに欧州や他の大陸で化け物を食い止めれば扶桑への攻撃の可能性は減るってことさ」

 

「実際のところ出現してもしなくても欧州には売れるってわけさ。んで、それのために古いタイプが回ってくるってことさ」

 

必要なくなったユニットで改良できればよし。当たればいいだろう的な考えが透けて見える。

 

「……やるのか?」

 

そこまで理解していながら、工場長はやる気だった。利益だけ掠め取ろうとする軍の連中に対して何も思うところはないわけじゃないだろうに。

 

「おうともよ!普段触れねぇものに触れるんだ、興奮してくるぜ!おら、やるぞキリコ!」

 

とりあえず、バラそうとする工場長についていくようにキリコは工具を手にした。長丁場になりそうだなと感じながら。

 

 

 

 

 

 

「それで結局、改良はできそうなの?」

 

「……難しいだろうな」

 

帰宅し、フィアナの言葉をキリコは否定した。その間ずっと芳佳はフィアナの胸に抱き着いて大人しくしている。安心しているようだ。

 

「やはりそう上手くいくものではないのね?」

 

「……正確には、改良しようがない」

 

「どういうこと?」

 

フィアナにはキリコのことが少し信じられなかった。こう言っては悪いが、自分たちのいた星よりもこの星の、少なくともここ一帯の科学力はかなり開きがある。かつて軍で整備もできるほど機械に精通しているキリコが全くのお手上げな技術であるとは少々考えづらいからだ。

 

「……魔導エンジンが外付けになっている。今の出力より大きくするには、ATのように乗り込むレベルの大型化する必要がある。だが軍の希望はそうではないらしい」

 

ストライカーユニットは現在魔法力を増大させる魔導エンジンが外付けになっており、基本的にウィッチにリュックのような形で背負う形で取り付けている。

 

しかし現場からはこれが大変不評であり、何とかして小さくしてほしいというのが現場からの声が上がっている。

 

たしかに余計な荷物を背負えば、重さとバランスの変化で機動力も下がるし、武器の積載量も減る。現状でメリットが多いのだ。

 

「気持ちはわかるけど、それ以上小さくなんて無理じゃないかしら。こっちで言えばATのパワーを耐圧服を着る感じにしてほしい、みたいなことでしょ?」

 

キリコはフィアナの言葉に頷いた。そんなことができたなら、ATいらずだ。むしろキリコがその技術を欲しいくらいである。

 

「うぅー」

 

そんなことを考えていると、芳佳がキリコへ手を伸ばしていた。どうやらキリコに移りたいらしい。

 

「はいはい芳佳、お父さんのところに行きましょうね」

 

「………」

 

キリコは黙って芳佳を腕に抱くと、お互い見つめ合う形になった。芳佳はペタペタとキリコのこめかみを触る。

 

フィアナはその様子に少し笑って

 

「キリコ、ほら芳佳が笑ってほしいって」

 

「こうか……」

 

確かにキリコの表情は変わった。しかしそれは笑うというより、眉が下がった困った時の、しかも変な顔である。

 

「フフフ、キリコ、それじゃ困ってるみたいだわ」

 

「あうー」

 

「まて芳佳、髪は引っ張るな……!」

 

「フフフ……」

 

「だぁー!」

 

「……!」

 

結局芳佳が大人しく寝付くまで、キリコは髪をいじくりまわされることとなった。子供の相手は下手したらバトリングのほうが楽かもしれないなと、芳佳の寝顔を見ながら思う。

 

「この子は物怖じしないわね。性格はあなた似かしら?」

 

「……俺よりも、フィアナ似のほうがいい」

 

「そうかしら?」

 

「……女の子だからな」

 

そう言うとフィアナは微笑んでキリコの肩に頭を乗せる。

 

「キリコの性格でも、大丈夫よ」

 

「………」

 

「だって、今こんなにも幸せだから」

 

キリコは、言い知れぬ幸福感に包まれていた。長く戦い続けた先につかんだものは、今ここにあるのだと。

 

しかし同時に不安も感じていた。芳佳は2人の子供だ。そう、異能生存体とPSの子供だ。その子供がただの子供であろうか。

 

それはこの子が成長したときに分かるのだろう。だが明日のことは誰にも分らないのだ。それは神でさえも、分からぬことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

普通の仕事をこなしつつ、研究も工場長の2人で進めていた。しかし一向に改善案が見つからず、時間が過ぎていた。

 

第一、普通の仕事が優先なのだから、研究に割り当てる時間などあまりないのだ。工場長の妻からは、「趣味の一環みたいねぇ」とまで言われるくらい時間がない。

 

工場長はあきらめん!と言って続けていたが、その妻からは穏やかな視線を向けられていた。いや、実際に「好きにしなさいな」など非常に優しくされていた。工場長曰く、結構堪えたらしい。

 

実をいうとキリコは改良の目途はある程度立てていた。しかし、各地で研究が行われたすぐ後に発表すれば、怪しまれるだろうことから、何も言わず見つけていない振りを続けていた。

 

詳しく言うと時期が悪い。もしすぐ発表すれば、普通の人間とは違う、高度な科学知識がある人間……宇宙戦艦から脱出した人間が地位がある職に就くために出した可能性を疑われるかもしれないからだ。

 

キリコの改良も、あのワイズマンから受け継いだ時の知識を応用しているものだから、間違いではない。だから、こちらの魔法力でワイズマンの知識を再現する必要があった。それに時間がかかっていることもあり、フィアナ以外には誰にも話していない。

 

ようやく形になったのは芳佳が成長していき、生まれて4年ほどの月日が経った頃である。そこまで待ったのだ。

 

「ところでキリコ、話ってなんだ?」

 

「……改良点だ」

 

工場長を呼び、改良点の図面を見せる。工場長は、「こいつは……」など呟きながら図面を穴が開くほど見つめる。

 

数十分は経っただろうか。工場長はしばらくして、大きくため息を吐いた。

 

「どうやったら、こんな発想出てくんだ?ユニットにエンジン全部入れて、装着する足は異空間に転送しちまうとか、意味がわからん!理解はできるけどな」

 

今まで足を入れていた部分に魔道エンジンを詰め込むことにより、背中に背負っていたエンジンを両足に入れることができるので大型化ができるのが利点だ。そして入れるべき足を魔法力を利用し魔力フィールドによって一種のワープを起こさせる。つまり足は別次元へ移動し、大腿部でユニットと固定されることになるのだ。

 

これによりスペースが有効的に使え、出力増加を見込めるというシステムだ。

 

「……娘がかくれんぼで箱の中に入って思いついた」

 

「足がいないいないばぁってか?良い父親みてぇだな、お前さん」

 

芳佳のかくれんぼで思いついたのは事実だった。

 

しかし技術そのものはワイズマンから知識を与えられたものだ。

 

奴が俺たちを瞬間移動とも呼ぶべき、あの技術を応用していたものだ。恐らく奴は異空間に普段身を隠すことによって、誰にも見つからず異能生存体が出現するまで待つことができたのだろう。

 

「だがこんなのは聞いたこともねぇ技術だ。理論上は魔法力に基づいているから可能かもしれねぇが……まぁやってみるしかねぇか!」

 

ワイズマンの技術であっても、魔法力で再現可能である代物であるから、ただの発明で片付けられる可能性のほうが高い。

 

普通の人間は自身の常識で物事を考えるものだ。いきなり、宇宙人からの技術であるなどという考えから入る者はいない。

 

そう、キリコはまだ宮藤一郎という後ろ盾しかいないのだ。この発明でキリコを擁護する人間が増えれば、何かあったときにも対処できる。

 

守る者が増えたキリコは、打算的な考えを優先してしまった。

 

そんな自分が、少し嫌で、工場長の言葉に黙って頷いた。

 

 

 

 

 

元々図面は完成しており、完成するまでそう時間はかからなかった。完成品を軍に収めると、すぐに軍に呼ばれ説明会を行うこととなった。

 

工場長に行ってもらおうかとも考えたが、工場長に背中を叩かれた。

 

「俺は手伝っただけだ!おめぇさんがいけぃ!」

 

その言葉に、俺は頭を下げた。

 

軍に出発する日、何かあれば宮藤家に逃げるようフィアナに言い聞かし、町の人間に見送られながら俺は軍にたどり着いた。

 

そこで実際に説明を行うと、この技術は突飛すぎて、多くの人間から懐疑的な目で見られていたことがわかった。既存の技術から大きく逸脱しているのだ、もっともである。

 

否定的な意見も多かったが、それを抑えるためにも、実際完成したストライカーユニットと既存の物を比較するため飛行実験することとなった。

 

飛行させるにはウィッチが必要になり、志願したのは海軍所属のウィッチだった。北郷章香という少女だ。

 

「よろしくお願いいたします、宮藤博士!」

 

「……よろしく頼む」

 

博士という呼び方はなれないものだったが、それ以外呼び方がないと自分に言い聞かせ、キリコは表情を変えず彼女に敬礼を返した。

 

「敬礼が様になっていますな、博士」

 

「……真似をしただけです」

 

将官であろう人間に返すと、男は笑った。

 

台の上から魔法力を発動させた北郷が足が入りそうもないユニットに足をつけると、足の先が飲まれるように消えていった。すこし少女は震えていたが、途中で足を外したりはせず、最後まで入れることができた。

 

「すごい、こんな状態なのに足がある感覚はそのままです」

 

「……エンジンを回すイメージで魔法力をこめろ」

 

「は、はい!」

 

俺の言われた通り彼女は魔法力を高めていく。焦れて組んだ腕の人差し指叩いている将官を余所に、数分後地面に魔法陣が形成される。それと同時にユニット下部から魔法力で形成されたプロペラが出現する。

 

「起動成功だ!」

 

「……飛んでくれ」

 

「はい!北郷、行きます!」

 

その声とともに少女は滑走し、そのまま空へ飛び出していく。実験は1回で成功した。まさか1回で成功するとは思ってみなかったが、まぁ言う必要はないだろうと、喜んでいる周りの人間を見てキリコは黙って少女に視線を戻した。

 

両者を飛行させるとその違いは明らかだった。

 

出撃までの時間短縮、余計な荷物がないため運動性などの向上、武器など積載量増加にもなり、旧式が勝っている面はなかった。

 

正直な話、キリコはここまで上手くいくとは思っていなかった。実験も成功し、より技術的な説明をすることとなった。

 

「遊んでー!行かないでー!」

 

そのため連日軍に足を運ぶこととなり、芳佳が駄々をこねて大泣きし大変だった。

 

何とかなだめた甲斐あって、軍の説明は上手くいき、陸・海軍問わずキリコの開発したユニット、通称「宮藤理論」が採用されることとなった。

 

それに伴い、嗅ぎつけたマスコミの対応もしなければならず、この時のキリコは人生で一番喋った。それほど質問攻めにされたのだ。人前に立つということは、要らぬ苦労もあるというのを初めて学んだ。

 

それほどにうっとおしいのだ。

 

「ではあなたはこれをどこかで師事するわけでもなく、ご自身のみで考えられたというんですか?」

 

「……はい」

 

「随分若いあなたがですか?それは少し妙じゃないですか?」

 

「だが、できている」

 

「そりゃそうでしょうが……」「ではこの発明は……!」「奥様とのなれそめを!」

 

マスコミ、というのは神経に触るものなのだろうか。いや、こちらのことは考えず、自分たちのことしか考えてないせいだろう。

 

兵士であったほうがよほど気楽だったと、キリコはため息をついた。

 

 

 

 

 

宮藤理論が広まると、海外からもオファーが来るようになった。軍からもぜひ行くよう要請が来ていたが、キリコは家族を理由に頑なに断った。

 

初めから行く気はない。その役目を、軍の技術者に任せた。派遣されたものは、帰国後昇進が待っており、派遣の希望者は後を絶たなかった。それほど国内では宮藤理論は理解されていった。新技術としては異例の早さである。

 

「お父さーん、肩車して!」

 

「………」

 

「わーい!高い高ーい!」

 

黙って芳佳の要望通り屈むと、芳佳は飛びついて肩に乗る。嬉しそうにしているこの子は、やはり運動神経がいいのだろう。そう思ってしまうのは親ばかなのだろうか?

 

「お母さんも早く来てよー!」

 

「はいはい」

 

フィアナは芳佳の手をつないで、横になって歩く。

 

穏やかな日々だった。だが平和はいつか崩れるものだというのは、この身でよく知っている。

 

それが現実になったのは次の日の朝の新聞で知った。

 

1937年、扶桑海に謎の生命体が出現したという記事が全国に知れ渡ったのだ。

 

並みの兵器では歯が立たず、駆り出されたのは実戦経験もないウィッチたち。その中には実験で知り合った北郷や、彼女を通して知り合った坂本美緒という少女らも出撃していった。

 

何とか退けたものの、大陸の向こうからやってくるその生命体を抑える事しかできず、大陸の向こうにあった扶桑の領土は蹂躙されることとなる。

 

「やはりウィッチだけでは決定打にならないのかもしれません」

 

そう溢したのは、実験で出会った将官である。たまたま軍内部で会ったときに、話す機会があった。

 

「欧州ではウィッチでない、人型の装甲騎兵があると言われているが……扶桑はまだありませんし……」

 

キリコは衝撃を受けた。やはり誰かがあれを実用化させているのか。しかし実物を見てない以上確定はできない。

 

「その機体の名は?」

 

「名ですか。様々な種類が出回っているという話ですが、スコープドッグというものが主流だそうです」

 

おそらく、南極に落ちた船はギルガメス軍の可能性が高い。ならば追ってきたのは誰だ。

 

「博士?」

 

「……それが扶桑にあれば、量産できるようにしてみせよう」

 

「誠ですか!?」

 

「……必要だからな」

 

そして大陸からやってきた「山」と称された生命体は扶桑陸軍・海軍協力の元、撃破に成功した。

 

活躍し実戦データも取れた宮藤理論に基づいたユニットは評価され、以後世界中のユニットの基礎となった。

 

キリコにとってはプラスに働いた扶桑海事変であった。

 

しかし、戦いはここからが始まりであったのだ。

 

1939年9月1日、怪異、ダキアに上陸(第二次ネウロイ大戦)。ダキアに上陸した怪異を「ネウロイ」と命名され、大陸は瞬く間にネウロイに蹂躙されていった。

 

大陸は、血と硝煙の満ちる戦場となったのである。

 

「(俺はその知らせを聞いて確信した。いつかこの異能生存体が俺を戦いに巻き込むことを。だが今の俺には守るものがある。そのために力がいる。あの忌まわしい記憶とともに駆け抜けた、ATという名の力が)」

 




祖国のため、平和のためと送られた戦士たち。
故国を守る誇りを厚い装甲に包んだアーマード・トルーパーの、ここは墓場。
町を焼き、人を飲み込む姿は過去の己自身か。
踏み越えていくのは過去か、絶望か。
次回「アフリカ大陸」
1人きりの闘いが始まる。


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キリコ編④ 『アフリカ大陸』

こっそり更新。見てくれる人はいるのだろうか


───砂漠はいい思い出がない。

 

俺の目の前に広がる砂漠。生物が何もいない砂の大地は、記憶の片隅にあった惑星サンサの光景を思い出させるのに十分であった。

 

思い出すのも嫌な戦場だった。カースン、ゾフィー。多くの人たちの運命を変えてしまった星の成れの果て。俺にとって砂漠というのはそういうものだった。

 

赤い耐圧服を身に纏った俺は一人カイロへ足を進めていた。

 

南アフリカ。今俺がいるのは、誰もいない土地であった。

 

何故こうなってしまったのか。やはり俺は死なないのか。

 

少し記憶を思い出していた──

 

 

☆☆☆

 

 

繋がり、というものは今までごく狭い範囲であったと俺は感じていた。

 

記憶を求めて戦い続け、出会った人々の多くは炎に消えた。

 

ようやく神を倒した後も、俺とフィアナを巡る戦いは続いた。

 

俺たちは疲れたのだ。だから2人で誰も俺たちを知らない新天地へ逃げることにした。

 

地球。そこで得た安息の地と思われた。しかしそうではなかった、南極に突き刺さったギルガメスの戦艦が俺たちの心をかき乱した。

 

──また逃げるのか。否、あり得ない

 

芳佳という子供ができた今、昔の様に戦闘しながらの逃避行はできやしないだろう。だからといって芳佳を捨てるなどと言う選択肢はありはしない。

 

俺とフィアナは途方に暮れた。行き詰まりだった。まるで水中で溺れているにも関わらず、空気を吸い込む方法が分からないような状況だった。

 

「なら、他の国にもパイプを作る必要があるね」

 

宮藤一郎は俺たちの様子をみて、そう呟いた。

 

『山』と呼ばれるネウロイが扶桑を襲撃し、見事に撃退してからいくらか時間が経過していた。

 

扶桑にとって大陸の向こう側であり対岸の火事であったネウロイの脅威はもはや身近なものとなった。

 

世論は軍備増強を進め、年端もいかない素質のある少女──ウィッチを欧州に派遣していた。

 

俺は異能生存体。フィアナはPS。戦時中であれば欲しいという人間は必ず出る代物……それが俺たちだった。

 

だから今まで戦士としてではなく、科学者として俺はストライカーユニットの開発などに手を貸していた。

 

しかし欧州の戦況が厳しくなるにつれ、より協力を強要に近い形で軍の方から迫られているのも事実だった。

 

しかしフィアナはヂヂリウムがない以上、宮藤家の治療魔法から離れるわけにはいかない。この地で暮らし続けなければ、フィアナに未来はないのだ。

 

途方に暮れる俺たちに一郎は「前提として」、と呟く。その瞳は真っ直ぐ、汚れが感じられなかった。カン・ユーやなどと言った自身の保身しか考えてない者たちの眼とは全く違う綺麗な眼だった。

 

「南極の船と君たちが現れた経緯を考えれば、君たちとあの船の出身が扶桑どころか別の国の技術でないことぐらいは想像つく。普通の人に言ったら絵空事だと馬鹿にされそうな想像だけどね」

 

空を指さした後、一郎は肩を竦めた。その想像はおおよそ俺たちの出自に当たりをつけている。だが俺はあえて肯定も否定もしなかった。重要なのはそこではない。

 

「キリコは既に博士として地位を確立している。しかし扶桑から出たことのない君の存在は扶桑の中では強力なカードであるが、他の国にとってみれば奪い取りたいカードでもあるのさ」

 

俺は既に宮藤理論を用いてストライカーユニットを改良し、先日入手できたアーマード・トルーパー……通称ATを解析(ということにしている)して、図面を書き起こしている。

 

入手できたATは偶然にもスコープドッグだったため、必要な資材や何やらはほぼ全て教えることが出来ている。

 

しかしそれは全て扶桑の軍に伝えているのみであり、海外に伝わるのは扶桑の外交次第なのだ。そこを一郎は言っている。

 

「………敢えて姿を出すことで牽制にする、と?」

 

「その通り。もし別の国内で君の身に何かあれば扶桑からはもちろん、他の国からの追及も避けられない。だから他の国で手が出されることは少ないだろう……まぁ例外はあるだろうけどね。

それにこれから扶桑で何かあっても、他の国で協力が得られる……というのは大きい」

 

政治というのはいつ変動を起こすか分からないものである。ましてやネウロイが暴れている現状では、あっという間に情勢が変わるであろう。元々扶桑でも陸軍と海軍の中は悪いのだ。カードは多いことに越したことはない。

 

ならば『宮藤キリコ』というカードを扶桑任せにするのではなく、『宮藤キリコ』自身がそのカードを交渉に使えばいい、ということである。

 

幸いにも数年前から海外……特に欧州からは宮藤キリコを欲しがっている。無論一時的なものであるが、ワザワザ毎回扶桑から最新の知識を仕入れるのではなく、自国で全て賄うことが出来れば開発スピードにどれほど差が出るかは言うでもない。

 

「……だがフィアナはここから離れることが出来ない」

 

フィアナはPSである。ヂヂリウムがない以上、宮藤家の治癒魔法に頼るほかはない。それがこの土地を離れることが出来ない最大の理由である。

 

「なら君は愛妻家、ということだけ情報を流そう。体の弱い奥方から長期間離れることが出来ないという感じでね。もちろん余計なマスコミを遮断するためにウィッチの方々から同情を少し誘うように情報を流す感じにするよ」

 

そんなことをさらりという目の前の男を、俺は頼りになる男と感じていた。戦うことしか能のない男より、戦闘以外では目の前の男のほうが遥かに優秀である。

 

俺はその誘いに乗った。一郎の思惑通り、俺は世間に愛妻家であることを報じられ、基地に技術指導などで訪れた際にはそのネタで話す機会が増えたほどだ。

 

唯一困ったことは、芳佳が拗ねたことである。俺は拗ねて機嫌が悪くなった芳佳を元に戻すのが、今まで戦ってきたどんな敵より困難だったと感じるほどだった。

 

その情報を世間に流すことと並行し、俺の海外派遣の件は勧められていた。欧州のブリタニア。まだネウロイの脅威が届いていない土地を各国の技術交換の場として決められ、俺の参加も決まった。

 

現在の情勢はオラーシャ帝国は陥落寸前である。もしこの大帝国が落とされれば、ネウロイの進行は歯止めが利かなくなるだろうと予想されていた。

 

連合軍は存在し機能はしている。しかし各国家間での政治的な思惑があり、完璧な連携が取れているかと言われれば、一部の専門家は口を閉ざすであろう。だからこそ今欧州に行ってパイプ作りをする意味が大いにある、という一郎の意見である。

 

故に俺は欧州に足を踏み入れることになった。その狙いも、フィアナに話し了承を得た。

 

しかし一番困難なのはここからだった。

 

「嫌だー!私もいっしょに行くー!!」

 

芳佳の激しい訴えは、家中に響き渡った。それどころか隣近所まで響き、なんだなんだと近所の連中が様子を見にくる始末。

 

近所の人間から見れば、泣きながら駄々をこねる芳佳、落ち着かせようと少し焦っているフィアナ、そして全くいつもと表情が変わりないキリコである。

 

「お父さんは仕事で行くだけだから、ちょっと遠出するだけで……」

 

「じゃあすぐ帰ってくるの?」

 

「……数ヶ月は無理だ」

 

言い方ァ!と近所の人は思った。キリコと言う男は寡黙で仕事を黙々とやる男で、困っている人がいると無言だがそっと手を貸すという、男らしいと評判である。

 

ただ不器用なんじゃない?という意見もあり、それが見事に証明されたとも言えるだろう。

 

結局芳佳を宥めるのに長い時間がかかったが、ブリタニアには行けることになった。

 

欧州には何名かのウィッチも同行し、ブリタニアに向けて出港した。あの中には坂本と言うウィッチの姿もあった。

 

到着までの間、俺は客人の扱いだった。だがパイプ作りの目的もあるから、俺はあえて各種兵装の整備などを暇な時間で担当していた。交流を作るというわけだ。

 

とりわけストライカーユニットの整備担当からの質問が多く、ウィッチからの質問も多かったが、特に問題なかった。

 

「気が付くと宮藤博士は誰かに囲まれてますな」

 

たまたま艦内で会った艦長にそう言われたが、あまり自覚がなかった。どうやら一人ではない時間が多いらしい。目的は達成できているようだ。

 

「……自分にできることをしているまでです」

 

「……あなたのような考えが上層部にもあればいいんですけどね。無論、上層部全てではありませんが」

 

艦長は肩を竦めて小さく呟いた。どこの星でも、自分の出世欲を満たしたい人間はいるらしい。

 

それから航海は問題なく進んだ。ほどなくしてブリタニアに到着し、技術交流が開始された。

 

ブリタニアもそうだが、カールスラントも中々奇抜な……その、兵器も多かった。間違いなく戦場では使えない兵器であり、兵士としての俺なら手に取るどころか見向きもしないであろう物が多い。

 

宮藤理論から始め、各戦場における環境下の違いに対応したストライカーユニットのチューンなども話し、ATについてなども話すことになった。

 

連合軍としてはではあるが、実情としては各国それぞれで防衛線を展開し、兵装や弾丸などの規格も国ごとで異なるケースが多々あり、物資不足などに陥るケースも少なくないと聞いた。

 

しかしとあるブリタニア将校からの意見より、規格統一の話が持ち出されているらしい。それにはATの液体火薬を用いてはどうだろうか、ということだ。

 

「(そこまで掴んでいる……いや、知っている人間か?)」

 

ギルガメス、バララント。両軍のみならず、あの宇宙での争いでたやすく武器を調達し使える理由に液体火薬の恩恵があった。

 

戦後にもかかわらず争いが続くあの宇宙にとって、規格が合わないから使えない……なんてことがあれば、もう少し戦火は小さかったのだろうか、と一瞬考えた。

 

俺はそこで少し目を閉じ、気持ちを切り替え目を開いた。重要なのはそこではない。液体火薬をうまく利用しようとしている将校。そいつの名が聞ければ、敵か味方か判断できるだろう。

 

「では宮藤博士、我が軍のストライカーユニットは……」

 

「実は我が軍にスピードに関して非常に関心を持っているウィッチが居て、彼女を満足させるストライカーユニットをぜひ……!」

 

「これ、パンジャンドラムというのですが、ぜひ博士にご意見を……」

 

しかし聞ける状況ではない。むしろこちらの話を聞かないものが多かった。はたしてパイプ作りになるかいささか疑問だが、恩を売って損はないだろう。

 

それに相手にこちらが探っているところを感づかれては危険かもしれない。俺はいったん様子を見ることにした。ついでにパンジャンドラムは使えないと言っておいた。

 

結局ブリタニアにいる間は意見交換に終始し、目的の将校と南極のギルガメス軍の戦艦からの情報は得られなかった。

 

そう思うようにはいかないらしい。心に引っかかりを感じながら、俺はブリタニアを後にした。

 

 

☆☆☆

 

数年後の1944年。またブリタニアでの技術交流の話が持ち上がった。

 

このとき既に欧州の大半はネウロイに落とされ、追い詰められた人類は各国の精鋭ウィッチを結集させた統合戦闘航空団を各地に結成していた。

 

またガリアからのネウロイ侵攻の防衛線として、第501統合戦闘航空団(ストライクウィッチーズ)をブリタニアに置いていた。

 

欧州の最終防衛ラインとして501を配備しており、ここが陥落すれば欧州は文字通りネウロイの巣となるのは明白であった。

 

だが統合戦闘航空団による大規模な戦果は今だ挙がっておらず、そこに俺を派遣するのは如何なものかという意見が出るのは当然であった。

 

だが俺は行くことにした。こういう言い方は欧州で必死に戦っている者たちからすれば失礼極まりないが、そういった地に科学者の俺が人類に貢献すべく危険を承知で向かう──なんとも美談になりそうな話だ。

 

自分で考えておいて反吐が出そうであるが、現場の兵士から言わせれば、目の前のネウロイと言う脅威が排除できれば何でもいいのだ。

 

俺はフィアナと芳佳が無事であれば他は何でもいいのだ。そっとして平和に暮らせれば、それでいい。

 

だからそのためにも自ら戦火の近くに飛び込むことにした。欲しいものを手に入れるために。

 

家族に伝えると、2人とも了承してくれた。必ず無事で戻ってくることを、フィアナは分かっていたからだ。

 

ただ一つ気がかりなのが芳佳だ。俺たち2人の子でありながら、強大な魔法力に目覚めている芳佳。

 

この星の人間でないはずなのに、何故魔法力が目覚めたのか。異能生存体としての適応力が、魔法力として現れたのだろうか?

 

もし異能生存体によるものであれば、近いうち芳佳は戦火に巻き込まれるであろう。親として、心配であった。

 

そして液体火薬のことをいち早く気づいていたブリタニアの将校も気になる。

 

解けない謎を抱えながら、俺はまたブリタニアに旅立った。言い知れぬ不安を心の隅に抱きながら。

 

航海自体は順調であった。そう、南アフリカ沖に着くまでは。

 

艦内に警報が鳴り響く。視界は霧で覆われており、氷山の発見が遅れてしまったのだ。

 

しかし発見時は回避できる位置関係であり、問題ないとされていた。

 

──氷山がこの船に真っ直ぐ向かってこなければ、であるが。

 

巨大な氷山は船が回避行動をとっても、真っ直ぐ船へ向かってきた。まるで生きているかのような、そんな動きだ。

 

「主砲、てー!」

 

艦長の判断は早かった。回避行動しつつ、主砲で氷山を狙い打った。

 

現状ベストな行動であろう。だが、氷山は止まらない。

 

「面舵一杯!回避行動も取りつつ、撃ち続けろ!AT部隊も甲板上で氷山を狙い打て!ウィッチも氷山に向けて攻撃しつつ、周辺警戒を怠るな!」

 

判断が速い艦長である。持てる火力を氷山に向け、ウィッチも出撃させた。俺は邪魔にならないような位置で状況を見守っていた。

 

砲撃で氷山の一部が砕ける。艦内から歓声が沸くと同時、耳障りな音が響いた。

 

「氷山から、ね、ネウロイ出現!」

 

黒い触手の様なものが氷山から何本も生えていた。否、それは正確ではない。中に入っていたネウロイが外の氷山が砕けて這い出てきた、というのが正しいだろう。

 

「バカな!ネウロイが海水を克服しただと!?」

 

ネウロイは海を越えることが困難であるのが現在の定説である。無論以前に扶桑を襲った『山』など例外はあるが、それは空を飛んでいたからだ。

 

今回の様に海水と接している氷山の中にいるネウロイなど、観測史上初であることは間違いなかった。

 

「ウィッチに伝令!本艦が離脱するまでの時間を稼げ!撃破が目的ではな────」

 

戦場において敵が待つことはない。ネウロイの赤い熱線は、ブリッジを中の人間事消滅させた。

 

氷山にいるネウロイは大型ネウロイである。その攻撃力は戦艦を一撃で落とすものであり、今回は当たり所が悪かった……としか言いようがない。

 

指令室は吹き飛び、浮足立つ兵士たち。統率の取れない兵士など、ネウロイからしてみれば烏合の衆でしかない。

 

何とか空に飛んでいたウィッチは体勢を立て直し攻撃を仕掛けるが、氷山の厚い氷に阻まれ、2桁以上の触手からの熱線で近寄ることすら困難であった。

 

ネウロイの攻撃は他の船をも攻撃し、次々と火柱が上がり、船と人が沈んでいった。海が赤く炎で燃え上っていた。

 

俺はATがある場所へ駆ける。抵抗せず船と運命を共にする選択肢は俺にはない。

 

既に艦内は火が回り始めていた。ATに着く前に脱出の準備を始めている者から声を掛けられる。

 

「宮藤博士!こちらへ!脱出します!」

 

「……今ここで脱出しても狙い撃ちされるだけだ」

 

「しかし!」

 

後の言葉は続かなかった。突如爆発が起こり、俺は何度も廊下を転がる羽目になった。

 

しかし俺に大きな外傷はない。だが先ほどいた兵士たちは抉られて消滅された廊下と同様、この世から姿を消していた。

 

俺は走った。何度も目にした光景に、もはや感傷に浸るほど感受性は高くないと、言い聞かせながら走った。

 

目的の場所にあったのはスコープドッグ。慣れ親しんだ機体は、俺にどこか安らぎを与えてくれた。

 

だが氷山のネウロイは遠い。ATのヘヴィマシンガンしか武器がないスコープドッグでは、奴の相手は荷が重い。

 

燃え上る甲板上から俺はネウロイを狙い打った。落ちていくウィッチ、弾け飛ぶ脱出艇、沈む戦艦。何もかもが海に還るのを横目で捉えながら、俺は撃ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、言葉はわかるかい?」

 

「……ああ」

 

眼を開けると、医者らしき男が一声かけてきた。全身包帯だらけで痛みが走る俺を一瞥した医者は俺の脈と瞳孔を確認し、カルテに記した。

 

あれから3日。医者から話を聞くと浜で打ち上げられていた俺を村の人間がここまで連れてきてくれたらしい。村唯一の医者は、俺以外の外部の人間は存在しないと語った。

 

「礼を言う」

 

「なぁに、僕は医者だからね。むしろ大勢を助けられなかったことが心残りさ」

 

最後の記憶は氷山のネウロイが割れたこと、そのネウロイが直前に火薬庫に熱線を直撃させ、

文字通り船が木っ端みじんに吹き飛んだこと。それぐらいだった。

 

医者によると、ここでは通信施設なんてものはないという。もし何等か通信手段を手に入れるのであれば、もっと大きな街や都市に行く必要性があると言われた。

 

「だがお勧めしないな」

 

「………何故だ?」

 

「民族問題は理屈じゃない、ということさ。ネウロイより根が深い」

 

どうやらネウロイと言う人類を脅かす脅威があっても、人は争い続けるらしい。

 

俺は立ち上がると、無理しないよう医者に止められる。だが半分以上は治っていると感覚で分かっていた。心臓を打ち抜かれたときより、傷の治りは早く感じている。

 

もしも多くの街や都市がダメなのであれば、確実に連絡を取れる基地を俺は知っていた。

 

──トブルク

 

地図で言えばエジプト・カイロの隣にあるアフリカ最前線基地であれば、確実に扶桑に連絡は取れるだろう。

 

アフリカ大陸横断ということに目を瞑れば、だが。

 

 

青い空、黄色い砂。

かつては民族同士の流された夥しい血がこびりついた、不吉な砂。

しかしここには輝く星もある。

ネウロイへの鋭い爪痕が刻む星が。

次回『アフリカの星』

その星でさえ、勝利を掴めるかは分からない。




ストライクウィッチーズRtB最高でした。しかし本編に平和はいつ訪れるのだろうか


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