貴方の声に答えるために (サルスベリ)
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私はそれを無視なんてできない

 
 『狂乱』に出てきたロンド・ベルの異世界鎮守府物語です。

 主人公は、ロンド・ベルです。

 チートどころじゃない力を使ったり、かなり曖昧な理論で『行っちゃえ』と動くことあります。

 それでも大丈夫な方は、どうぞ。

 皆さまの小さな楽しみの一つにでもなれば、幸いです。



 

 最近、昔のことをよく思い出す。

 

 弱かった自分。馬鹿だった頃の存在。

 

 誰が悪いわけでもない、色々と不運だったことが認められず、周り中を恨んでいた頃の話。

 

 今はどうだろう。悔しい気持ちは忘れてないし、もっと色々とやりたかった想いもある。

 

 でも、今の自分は立ち止まったり、振り返ったりしない。

 

 前に進む。

 

 後悔も慟哭も、憎悪もすべて背負って、罪の意識に押されることなく、罰を待つだけでもなく。

 

 ただ、風を受けて前に。

 

『はい、ロンド・ベル。調子はどう?』

 

「良好です、明石さん」

 

 通信機から聞こえた声に応え、瞳を開く。

 

 見なれた水平線、何処までも続く蒼い世界の中で、両手を広げる。

 

『ついに、ロンド・ベルも改二かぁ。長かったような短かったような』

 

『夕張、手を動かしてよ。後、二隻で調整が終わるんだから』

 

『はいはい。でもさ、誰のアイディアなの? 八隻をアーマーにするなんて』

 

『ルリさんのディスクに入ってた、テラさんのアイディア』

 

 あの二人の合作。

 

 一瞬、嫌な予感がして通信モニターに視線を向けると、明石さんは笑顔で親指を立てている。

 

『大丈夫! アイディアも技術もそんなに怪しいのは使ってないから』

 

『・・・・・・妖精たちが、頭を抱えていたけどね。あの、テラさん直卒だった妖精たちが』

 

「ええ?! みんな、無事?!」

 

 慌てて全員を確認すると、全員が鉢巻をしていた。

 

『は、我が女帝よ。俺達は死地なんて何度も潜ってきたんだぜ』

 

『ええ、ボスの初期の頃に比べたら』

 

 皆が涙を流しているなんて、初めて見るのだけれど。

 

 ちょっと怪しんで明石さんを見ると、嬉しそうに装置をいじっていて。

 

「夕張さん、あの、本当に大丈夫なんですか?」

 

『まあ、大丈夫でしょ。私も確認したけど、怪しい技術は使ってないから』

 

 そうなのだろうか。

 

 いや、そもそもだ。元々、この艤装はテラさんが使っていたもので、ルリさん達が全力で組み上げたものらしい。

 

 改装を二回したから、元のパーツなんて欠片もないらしいけど。

 

『大丈夫だって。それに、ロンド・ベルも久しぶりに戦闘艤装で嬉しいでしょ?』

 

 ウィンクしてくる明石さんに、言いようのない不安を感じてしまう。

 

 そりゃ、最近は戦うよりも救助用とか探査用の装備が多かったから、久し振りに実弾搭載してもらって、嬉しいかなぁ。

 

 いや、嬉しいとか考えているのは戦闘狂だけだから。

 

「いえ、特には」

 

『あ、うん、そうだね。うちって、誰もそう言ったことに興味を示さないんだよね』

 

『はいはい、明石は作るの好きだからね。でも、戦闘狂はいないのはテラさん譲りだから仕方ないでしょうが』

 

 そうなのだろうか。

 

 突き合いの浅い私にとって、テラ・エーテルさんは未知の存在。

 

 ルリさんも、ちょっと曖昧な存在。

 

 どちらかといえば、教導してくれた吹雪さんや暁さんのほうがよく知っているのだけれど。

 

 あれ、なんで私の教導って吹雪さん、暁さん、瑞鳳さんに鳳翔さん、それと大和さんって面々だったんだろう。

 

『最終確認終了、行くよ、ロンド・ベル』

 

「はい!」

 

 怖いから考えるのは止めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艤装に問題なし、兵装も問題なし。

 

 好みに合わせてセッティングしてくれたので、とても動きやすくなったのだけれど。

 

「明石さん、怖すぎます」

 

『あれ、そう?』

 

 なんで今まで二門だけだった超重力砲や波動砲が、増えているんですか。

 

『でも操作しやすかったでしょ?』

 

 夕張さんの苦笑交じりの問いに、渋々ながら頷いてしまう。

 

 今まで頭の上に砲があって、色々と取り回しがきつかったり、または視界に入って気になってしまったりしていたから。

 

 よくテラさんは、あの配置で動けたなぁって。

 

『試験終了、戻って』

 

「は~~い」

 

 さてと、これで後は・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 た・・け・・て。

 

 

 

 

 

 

 不意に、だった。

 

『女帝?』

 

『え、何これ?』

 

 妖精の声と、明石さんの声がしたのは解った。

 

 でも、私の視界は海の一角を見つめていて。

 

 そこには黒い渦が出現していた。

 

『空間の揺らぎ? これって世界の境界線が壊れかけてる?』

 

『誰か暁さんに連絡を! 『聖杯』で抑え込まないと!』

 

 二人の言葉を耳が拾う中、私は別の声を聞いていた。

 

 助けてと誰かが泣いている。

 

 怖いと誰かが立ち止まっている。

 

「明石さん、夕張さん、ごめんなさい」

 

『ロンド・ベル?』

 

「聞こえちゃいました。私は、ちょっと出かけてきます」

 

 艤装に力を流し、推進力を上げる。

 

 武装は大丈夫、兵装も問題なし。実弾テストもあったから、補給も十分にされている。

 

『解った。貴方がそう言うなら、行ってらっしゃい』

 

『帰りはこっちで何とかするから』

 

「ありがとうございます」

 

 普通なら、止めるところなのに、二人はそう言って送り出してくれた。

 

 妖精達は。

 

 顔を向けたら、全員が親指を立てている。

 

 聞くなってことかな。付き合ってくれるってことだよね。

 

「よっし。待ってて、今から私が行くから」

 

 気合を入れて、私は世界を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしも、祈ることで変わるならば。

 

 世界はそんなに優しくないことを知っている。

 

 でも、祈ってしまった。

 

 誰にも届かないはずの祈りだったのに。

 

 こんな世界に神様なんていないのに。

 

「大丈夫、私が来たよ」

 

 微笑みを浮かべた彼女は、白い髪を揺らしながら、私達に背中を向けて立っていた。

 

 まるですべての絶望から、護ってくれるように。

 

 

 




 
 飛び抜けた先が異世界なのに。

 出てくるのは見慣れた深海棲艦。

 ちょっとした混乱と、泣いている少女たちのために。

 今度は私が背中を見せる。

 何時も憧れていた人たちと同じように。

 精一杯の大丈夫と、安心してを乗せて。




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私が決めるの?

 
 彼女達との出会いは、まるで夢物語。

 異世界探検ものって小説では知っていたのだけれど。

 実際に自分が体験すると、ちょっと怖い。

 だって、見慣れた顔の人が、こっちのことを知らないから。

 あ、でも意外に『別人だな』って思える。

 うん、大丈夫。

 待って妖精たち、なんでそんなに温かい目をしているの。





 

 コトコトと、何かを煮詰める音が耳に入る。

 

 美味しい匂いが鼻をくすぐり、彼女は目を少しだけ開けた。

 

「あ、起きましたか?」

 

 声に顔を向けると、白い髪の女性が立っていた。

 

「ご飯にしますか?」

 

 問いかけは自分に向けられたものなのだろう。

 

 でも、答えられずまた瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また眠ってしまったようですね。

 

 疲れているのかな。当然か。

 

 鎮守府への深海棲艦の猛攻。味方が何とか防いで、援軍を待っていたのに援軍は来ない。

 

『派閥争いか。ボスなら下らないって言うな』

 

 妖精たちが持ってきてくれた資料には、わざと見捨てたような情報が乗っていて、私は軽くショックを受けた。

 

 味方を見捨てない。どんな状況でも救援に行くのが、『高天原』だったし、あっちでの全鎮守府の気概だったのに。

 

『嬢ちゃん達の世界は、特別に優しいからな。全員が正義漢に溢れて甘い。けどな、世界には悪意ってのもあるんだよ』

 

 ちょっとだけ悔しそうに語る妖精-全員のまとめ役だから、私は副長って呼んでいるけど―に、私は何も言えずに曖昧に微笑む。

 

「この子は・・・・・『叢雲』ですよね?」

 

『艤装の状態や全身の火傷なんかあるけどな。ち、こうなってくると、バッタ達の優秀さを実感させられぜ。あの人達なら、一時間もしないうちに直せるのに』

 

 副長が見つめる先、艦娘用の入渠施設は瓦礫の山に潰されていた。

 

 ここが襲撃されたとき、真っ先に潰されたのだろう。

 

 相手は用意周到に、艦娘達の補給回復手段を奪ったのかな。

 

『ダメですね、女帝。直すより瓦礫を吹き飛ばして、ゼロから造ったほうが速いです』

 

『おいおい、出来るのか? 俺達は妖精だが、ボスについていたから戦闘方面に特化しちまったぞ』

 

『何とかなりますよ。だてに災害救助とかやってませんからね』

 

 胸を張る妖精たちがとても頼もしく見える。

 

「どのくらいかかりそう?」

 

『瓦礫の除去から再構築まで、二日ってところで何とか。瓦礫ですけど、侵食魚雷を使ってもいいですか?』

 

『ちょっと待て、補給の目途が立たない状況でそりゃ不味いぜ』

 

『一発だけですよ。それとも、ビーム系で吹き飛ばしますか?』

 

 そっちのほうがやりやすいかな。

 

 動力炉からのエネルギー変換でビームにしているから、タナトニウムを使う侵食魚雷よりは残弾に気を使わなくて済むけど。

 

『・・・・・三発だろうが。使うならそうじゃないのか?』

 

『さすが副長。ええ、三発あれば確実です。で、ロンド・ベル?』

 

『女帝、どうするよ?』

 

「え? 私? 私が決めるの?」

 

 すでに話が決まっているものだと思っていたら、二人に振られてしまい、戸惑ってしまった。

 

 ちょっと、なんで二人して溜息つくの。

 

『あのな、嬢ちゃん。ここでの最高指揮官は、女帝である嬢ちゃんだろうが』

 

『私達はあくまで妖精です。貴方の許可や指示がないと戦えないんですよ』

 

 解ってるかとか、目線で言わないでよ。

 

 うん、そっか。私が決めないといけないのか。

 

 今までは周りが話し合って決めていたから、私が決定することなんて小さなことばかり。

 

 今になって、吹雪さん達って凄いんだなぁって実感してきた。

 

「仲間を助けるのが優先。大丈夫、皆がいれば何とかなるよ」

 

 うん、いいこと言った。

 

『はぁ、この嬢ちゃんはぁ』

 

『いいじゃないですか。私たちがしっかりと支えればいいだけですよ』

 

『解っちゃいるんだがなぁ。解った、魚雷妖精には俺から話をつける』

 

『頼みます』

 

 うん、それで。

 

 あれ、なんで二人して私を見て溜息をつくの。

 

「何? どうしたの?」

 

『あ~~いや、支えがいのある女帝だなぁっと』

 

『ええ、我が自慢の女帝ですね』

 

「馬鹿にしてる?」

 

 ちょっと軽く睨みつけると、二人して『まさか、とんでもない』と首を振るんだけど、馬鹿にしてるよね、それ。

 

『で、だ。艦娘の嬢ちゃん達はいいとして、あっちはどうなんだ?』

 

 そうだね。あっちもあるんだよね。

 

『医療班の話では、軽傷だとか?』

 

「うん、そうなんだけどね」

 

 外傷は、軽いもの。切り傷と擦り傷くらいで、他はなし。薬を塗って二日程度であっさりと治るらしい。

 

 でも、彼女の場合。心がもっと傷ついているよ。

 

 提督として、艦娘達を見殺しにしたようなものだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠崎・アヤメ。年齢は二十五歳、階級は中佐。

 

 十八歳の頃に提督の適正ありとして、海軍へ入隊。二年の基礎研修を終えて鎮守府の研修へ。

 

 三年を老齢な提督の元で学んだ後、一年間の準備期間を経て、自分の鎮守府を持つに至る。

 

 艦娘への接し方は、家族として友人として。

 

 特筆した手腕はないが、堅牢な戦略・戦術を好む。

 

 艦娘二十三人所属。現在、二人。

 

『妖精たちから話を聞きました。全艦娘が鎮守府の陥落を察知、せめて提督だけは逃がそうと防壁になったようです』

 

「ありがとう」

 

 情報を届けてくれた妖精にお礼を言って、私は眠っている女性に目を向けた。

 

 藍色の髪の女性は、まだ眠り続けている。

 

 外傷から考えればもうとっくに起きているはずなのに、彼女は目覚める気配がない。

 

「ショックだったのかな?」

 

『私たちは、消えたとしてもまた生まれてきます。けれど、艦娘は一度でも轟沈したら戻りませんから』

 

 そうだよね。私も二度目の人生があるなんて、考えていなかったから、失う辛さはよく解る。

 

 仲間が死んだ時のこと。

 

 腕の中で冷たくなっていった人たちのこと。

 

 ギュッと無意識に手を握ってしまう。

 

 悔しくて悲しくて、周り中を恨まなければ自分の心が壊れそうで、恨んで憎んで結果的に周り中を壊してしまった。

 

 あの頃の私のようにならないといいけど。

 

『女帝、報告が上がりました』

 

「うん、そっちに行くよ」

 

 最後に彼女を見て、私は医務室を出た。

 

 小さく背後で、誰かの声がした気がしたけど。

 

『敵深海棲艦の集団は、近海にいません。恐らく別目標を攻撃しに行ったのでしょう』

 

『電星なら追いかけられるんじゃないか?』

 

『確かに電星のエンジンは、小型融合炉タイプですが、無音ではないため戻りました』

 

 上着のポケット、それぞれに入っている妖精たちが話し始める。

 

 私の上着って、改二になって色がコバルトブルーになったけど、ポケットの数は変わらないよね。

 

 胸側に左右に二つずつ、それが上下で系四つ。上着の二の腕に二つ、左右で四つ。肩に一つずつ、左右で二つ。

 

 これには理由があるんだよね。

 

 私はテラさんに比べて同時処理能力が劣っている。

 

 各部に備わっている対空火器や近接防御用装備とか、テラさんは思考操作できたらしいけど、私には無理。

 

 同時操作可能数88って化け物じゃないの。

 

 私が可能なのは23なので、ポケットを備えつけて、そこに妖精が入って装備を操作してもらっている。

 

 なので、ちょっと変則的な戦い方もできるけど。

 

 下はズボンと、フレアスカートの前部分がないようなもの。これもナノマテリアルが使われているから、いざって時は増殖して装甲板の変わりに全身を覆えるらしい。

 

 それで、私の装甲は普通の艦娘よりも多重装甲。

 

 他の人が制服と下着なのに対して、私は三重構造。

 

 この制服の下に全身を覆う黒のインナーがあって、その下に蒼い皮膜型のスキン。で、下着、と。

 

 あ、四重装甲になるのかな。下着は別でいいよね。

 

『女帝、聞いてます?』

 

「ごめん、自分の装甲のことを考えていた」

 

『三重の多層型装甲ですか?』

 

『ああ! あのロンド・ベルに渡すときにルリ様が、『女の子の素肌が露出するなんて考えられない。もっと装甲を増して』ってやつですよね』

 

『明石さんも、それを習って装甲はそのままにしたんだよな』

 

「え、初耳だよ」

 

『いや、言ってないから』

 

 うう、そんな全員で言わなくても。

 

『それは今はいいだろ。で、女帝よ、ここに留まるのか、それとも移動するのか?』

 

「え? あれ、それも私が決めるの?」

 

 うんうんと全員が頷いて。

 

「ちょっと待ってよ。いくらなんでも私はそこまで優秀じゃないから」

 

『解ってるよ。だから、前提条件の話をしていたんだけどな』

 

『聞いてない貴方が悪い』

 

『色々とアドバイスしたのに』

 

 ジトっと見てくる妖精たちに、私は素直に謝罪したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ける。

 

 ここが何処だかわからなくて、再び目を閉じる。

 

 今も聞こえてくる仲間達の声。

 

 逃げて、生き延びて。必ず戻ってきて。

 

 何処に、どうやって戻ればいいのか。

 

 もう二度と会えない人たち。

 

 大切な家族、大切な艦娘達。

 

 それを沈めて自分は生きていていいのか。

 

 救援に来てくれたら、状況は変わったのに。

 

「みんな、死んじゃえばいいんだ」

 

 ポツリとこぼれた言葉に、反応さえできなかった。

 

 

 

 

 




 
 『心の傷は、それをつけたものの命でしか償えない』。

 昔、『高天原』でそんな言葉を見かけたことがあった。

 書物だったのは覚えているけど、どんな内容だったかは忘れてしまった。

 あまりに強烈なその言葉に、当時の私は悲しくて苦しくて倒れかけたから。

 今、その言葉を、突きつけられて、答えを出すしかない状況にいて。

 あの時、もっときちんと向き合って考えておけばよかったと。

 後悔ばかりしていた。




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心の傷

 
 憎しみは何時も絶えない。

 人が生きているなら、それは絶対。

 自分だって世界を恨んでたくさんの人を殺したから。

 でも、それだけじゃないって思えたことがある。

 あの時、吹雪さん達が伝えてくれたことを。

 今度は私が伝える番だから。




 

 結論として、移動しても留まっても危険は同じ。

 

 けど、けが人を抱えているから、留まっての防衛戦のほうが、やりやすいかなっていうのが私の判断。

 

「と、思うんだけど」

 

『まあ、そういう結論になるな。解った、俺達だって妖精だから備品を生み出してみるが、どうなんだ?』

 

 副長に話を振られて、主計科の妖精が頭を悩ませていた。

 

『資材については、この世界で集めても大丈夫です。ボーキサイトや鋼材、燃料はほぼ同じでしょう。しかし、特殊資材が』

 

 う、それは不味いかな。

 

 明石さんと夕張さんが精製してくれる特殊資材は、専用の機械でなければ生み出せないもの。

 

 原料が手に入ればなんとかなる、って問題でもないんだよね。

 

『どれがどのくらい問題なんだ?』

 

『侵食弾頭は現在134発、タナトニウムの備蓄を考えると、全部で300いくか行かないかってところでしょう』

 

『ナノマテリアルとかは大丈夫か?』

 

『そっちは問題なく。万が一の場合は『領域機関』の三割稼働で、強制的に生成させますから』

 

 便利だよね、『領域機関』。

 

 情報量に対して出力を上げていくから、情報を与えたらいくらでもエネルギーを生み出してくれる。

 

 その上、素粒子レベルでの考えられない物質生成とかできるって、何なんだろう。

 

 『触らない方がいいよ』って明石さんが言っていたけど。

 

『ただ、『領域機関』をそっちに使うと戦闘行動が・・・タナトニウムも生成できるかどうかも不明ですし』

 

『重力関係の物資はやらないほうがいいって明石さんも言っていたからな』

 

「本格的にダメってこと?」

 

 疑問を口に出してみると、主計科妖精がうなり始める。

 

『吹雪さんと暁さんに同時にケンカ売るくらいの覚悟があれば、って言われたことがあります』

 

「怖!? なにその条件?!」

 

『やめとこうぜ。あの二人じゃいくらなんでも分が悪すぎる』

 

「分が悪いって話じゃないよ。空間凍結と時間消滅できる吹雪さんと、魂や事象さえ燃やせる暁さんだよ?」

 

 言ってみて、全員が一斉に震えてしまった。

 

 怖いなんてものじゃない。

 

 戦争が終わっても鍛錬を続けた二人は、今では誰もが手出しできない領域にいる。

 

 降ってきた隕石を片手で潰したり。

 

 大津波を蹴とばして吹きとばしたり。

 

 二人そろって大地震を『はい、邪魔』で消した時はさすがに、高野総長も呆然としていたっけ。

 

『止めておきましょう。となると、鎮守府の設備を再建するためには、物資を集めるしかないですが』

 

『そうなってくるよな。女帝、出撃してくるか?』

 

「解った」

 

 どちらにしろ、近隣の様子を自分の目で確認したかったし、後は他に生き残った艦娘がいないかも探したかったから。

 

「ロンド・ベル、出撃するよ。主計科と整備班は何人か残るの?」

 

『ええ、鎮守府の設備を直しておかないと、物資があっても意味がありませんから』

 

『頼んだぞ。念のために、二隻、残しておくからな』

 

『ありがたいです』

 

 となると、私が使えるのは空母一隻に、戦艦七隻か。

 

「戦艦はもう三隻、残そうよ。こっちの戦力が充実していても、鎮守府が戻ったら攻撃されていたんじゃ、意味ないから」

 

『だな。じゃ空母一隻と戦艦四隻を鎮守府に残すか。それでいいか?』

 

『それだけあれば、姫級の十匹や二十匹に対抗できますね』

 

 まあ、規格外な妖精達の中でも、飛びきりに規格外な戦闘集団だからね。

 

 私たちって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の跡地を離れて、数キロ。

 

「全周囲警戒を、空母は私の後ろね」

 

『了解、女帝。進路変更ヨーソロー』

 

「戦艦は左右に二隻で配置、前方は私が警戒するから」

 

『御意、女帝。陣形構築するぞ』

 

 従う船体に指示を出して陣形を変更。

 

 これなら、左右や前方から敵が来ても迎え撃てるし、空母がいる背後が狙われたら、左右の戦艦が方向転換して迎え撃てる。

 

『こちら空母。女帝、そろそろ艦載機を発艦させても?』

 

「お願い。念のため、『鳳凰―フォルケン』と『鴉―VF-29デュランダル』は残しておいてよ」

 

 あれは決戦兵器だから、偵察で使って消耗させたくないから。

 

 という建前で、資材が一気に飛ぶんだよね。

 

『解っています。『天雷―F-22ラプター』と『電星―メイヴ』で出しますね』

 

「うん、お願い」

 

 了解と答えが来た後、十機の天雷と十二機の電星が空へと舞い上がっていく。

 

 ジェットエンジンでどちらも小型融合炉搭載タイプ。航続距離はないけれど、妖精達のお腹の問題から六時間の飛行が限界だよね。

 

『腹が減っては戦ができぬ、が『高天原』のルールだからな』

 

『武士は食わねど高用事とか言われなくて良かったですね』

 

「食事と休憩はしっかりが、私達の中での教えだったからね」

 

 食べて休憩しないと、間宮さんや大淀さんがとてもいい笑顔で迎えてくれるから。

 

 ちょっとだけ思い出して、私は体が震えるのを感じた。

 

 本当に優しいのか怖いのか解らない人達だなぁ。

 

「全周囲警戒を続行しつつ、資源を探すよ」

 

『了解』

 

 さてと、色々と探しておかないと。

 

 壊滅した鎮守府を再建して、艦娘二人分の艤装を用意。

 

 となると、資源はあればあるほどいい。

 

 他の鎮守府のことも気になるし、この世界の日本のことも気になる。

 

 色々と考えないといけないのは、妖精たちに私が『決めろ』と言われたから。

 

 今まで吹雪さん達が決めてきたことを、今度は私が決めないといけない。

 

 重いと、初めて思った。

 

 笑顔であっさりと決めていたあの人達が、どれほどの重みを持っていたかを、今更になって知った。

 

「勝てないかな?」

 

 資材を集めている最中なのに、私の頭の中は重さのことばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果、六時間ほど。

 

 集められた資材は、ボーキ、燃料、鋼材、弾薬各種一万ずつ。

 

「・・・・・私の格納庫ってどうなっているの?!」

 

『あ~~知らないほうがいいぞ』

 

 副長が軽く手を振って言ってくるけど、本当に気になるんだけど。

 

 『まだまだ積めます』って言われて集め続けたけど、なんでこんなに入るの。

 

 一万って、かなりの数字じゃないかな。

 

『ま、『高天原』には届かないけど、それなりにな』

 

 いやいや、あんな巨大な船体と比べないでよ。

 

 各資材一千億越え、しかも予備だけでこれなんだから、すべての資材倉庫を集めたら、日本が五年は戦える分になるとか。

 

『とにかく、嬢ちゃん。資材は倉庫に・・・・・・・っと、お出迎えか?』

 

 鎮守府の港に入りかけた私の視界に、出迎えの人影が見えた。

 

 あれって、アヤメさん。

 

「貴方が私たちを助けてくれた、艦娘?」

 

「はい。ロンド・ベルといいます。ロンド・ベル級万能戦闘艦一番艦です」

 

「聞いたことないわね」

 

 穏やかに微笑んでいる女性。

 

 優しそうな雰囲気なのに、何故か私は寒気を感じた。

 

 あれは・・・・・・・。

 

「助けてくれてありがとう。資材を集めてきたの? 後ろの船は何?」

 

「あ、私はちょっと特殊なので。後ろの戦艦型と空母型は私の艤装の一部みたいなもので」

 

 どう説明しようかな、と考えている私の前で、彼女はゆっくりと振り返る。

 

「私の鎮守府、ここにあったんだよね」

 

「はい。今、再建しています」

 

「再建? どうして? もう壊れて何もないのに?」

 

 ヒヤリとした冷気に似た何かが、私の背筋を通り過ぎた。

 

 怖い、ではない。

 

 これは嫌な予感だ。

 

「ねえ、聞いてもいい? 貴方はどうしてここにいるの?」

 

「どうしてって、『助けて』って声が聞こえたから」

 

 始まりは、その声だから。助けてといわれて、私が拒否できないことは、この人にどうやって伝えるべきかな。

 

「そうなんだ・・・・・なら、どうして最初の時に来てくれなかったの?」

 

 ゆっくりと振り返ったアヤメさんの表情は、完全に凍りついてた。

 

 笑顔で、穏やかに微笑んでいるのに、まるで能面のように硬い表情。

 

「ねえ、今更どうして来たの? みんな、必死に戦ったんだよ。みんな、必死に通信したんだよ。なのに、どうして来てくれなかったの?」

 

 ゆっくりと歩いてくる彼女は、何処か機械的な動きで。

 

 生物的な温もりを感じない。

 

「どうして、みんなを見捨てたの? 私はどうして生きているの? どうしてみんなはいないの? ねえ、どうしてよ?!」

 

 そして叫びながら、彼女は私に詰め寄ろうとして、海に落ちた。

 

「へ?」

 

『いやいや、ここは港でまだ俺達は海の上なんだから、普通の人間は沈むだろう』

 

 あ、そうだよね。普通の人は海に立てるわけがないんだよね。

 

 うんうん、なんで立てるなんて思っていたんだろ。

 

 ああ、ルリさんやテラさんが立てるからかな。

 

「って?! そうじゃなくて!! アヤメさん?!」

 

『あ・・・・彼女カナヅチってデータが』

 

「嘘?! 海軍の軍人が泳げないってなんで?! ああもう!」

 

 こうして私は二度めのアヤメさん救出を行ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水から引き揚げたアヤメさんを再び医務室に放り込み、着替えをしてもらって少ししてから、私は彼女に向い合った。

 

「ありがと、ごめんね」

 

「いいえ」

 

 ちょっとだけ警戒してしまうのは、先ほどの彼女の狂気を知っているから。

 

 怖いってものを何度か味わってことがあるけど、あんなに魂の底から震えるほどの怖さは初めてだったから。

 

「えっと、貴方が私を助けてくれたの?」

 

「え?」

 

 質問に、私は言葉に詰まった。

 

 何で同じことを、聞いてくるの。

 

「は、はい。ロンド・ベル級万能戦闘艦一番艦ロンド・ベルです」

 

「へぇ~~そうなんだ。珍しい名前の艦娘ね。何処の出身? 日本じゃないよね」

 

 穏やかに楽しそうに話す彼女に、先ほどの怖さは見えなかった。

 

「いえ、少し特殊で。あの、さっきのことですけど」

 

「さっき? ごめん、私ってさっきまで気絶していたみたいだから、解らないんだけど」

 

 彼女はあっさりと、当たり前のように告げた。

 

 覚えてない、嘘をついている。そんな表情じゃない。

 

 本当にアヤメさんは、忘れているんだ。

 

「あ、そうですか。いえ、海に落ちたのに大丈夫かなって思って」

 

「海に落ちたの?! あちゃ~~私って夢遊病じゃなかったんだけどな」

 

 頭を抱えて落ち込む彼女に、演技は見えなかった。

 

 心の中から、本気で思っている。

 

 さっきのことを綺麗さっぱり、忘れているなんて。

 

「大丈夫そうですね」

 

 私は無理やりに、話題を変えることにした。私の感情を抜かして、今は彼女の精神の安定が優先だから。

 

「本当にごめん! みんなからも色々と注意されていたのに」

 

「みんな、ですか?」

 

「うん、皆。私を助けるために、死んじゃったけど」

 

 そこは理解しているのか。となると、記憶の繋がりはある。

 

「生き残りがいます。治療中ですけど」

 

「本当!? 会えるの?!」

 

 身を乗り出してくるアヤメさんを両手で押えて、私は落ち着くように伝える。

 

「まだ治療中なので。治ったら会わせますね」

 

「ありがとう、本当にありがと。貴方には助けられてばっかりだね。ね、貴方の所属がないなら、私のところに来ない?」

 

「え、ちょっと色々と事情があって離れていますけど、鎮守府には所属しているので」

 

 一瞬、彼女の瞳に狂喜が浮かんだ。本当に一瞬だったから、見間違えかもしれないけど。

 

「残念。貴方は優秀な艦娘みたいだから、協力してほしかったんだけどな」

 

「すみません。あ、もう休みませんか? お話はまた後で」

 

 ポケットの中で妖精が、『一度、退室してください』と言ってきたから、私はそういってアヤメさんをベッドに横にした。

 

「うん、そうさせてもらうね」

 

「では、失礼します」

 

 休むように瞳を閉じた彼女を後にして、私は部屋を出た。

 

 扉をわざと音が出るように閉めてから、音が出ないように少しあけ開ける。

 

「本当に貴方は優秀な艦娘だから、皆を殺した相手を根絶やしにしてくれるよね? この世界をすべて皆殺しにしてくれるよね?」

 

 ケタケタと笑う声が、聞こえてきた。

 

 狂気がそこに留まるように、壊れた人形のように。

 

『狂っちまったか。二重人格じゃないだけ、救いがあるか』

 

「あんなの救いじゃないよ。あんなのは」

 

『どっちにしろ、生きているならやりようはあるってボスなら言うな』

 

 テラさんは、どうにかできるのかな。

 

『女帝、入渠施設のほうの修理に入りました。侵食魚雷は3発使用しています』

 

「うん、解った。ごめんね、皆にはローテーションで警戒をお願い」

 

『その程度、お安い御用ですよ』

 

 通信を閉じて、私は廊下を歩いていく。

 

『あいつのことはどうにかしないとな。助けた艦娘さえ、殺しちまいそうだ』

 

「うん、解っている」

 

 アヤメさんのこと、残った艦娘のこと。

 

 世界のこと。

 

 色々と考えなくちゃいけないけど、私のやることは変わらない。

 

 助けてといった人を助ける、それが私だから。

 

 

 




 
 遠くで呼び声がしたから、この世界に来た。

 誰かに強要されたからじゃない。

 私が、私としてやりたいから。

 誰かの助けての声にこたえる、それが私―ロンド・ベルだから。





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異質なる、異質物

 
 どうしても、必要なことはある。

 いくら万能の天才でも、どうしょうもできないことも。

 全員を救う術なんてないことも。

 でも、私は知っている。

 世界中のすべてを救える力を。

 少なくとも、あの人は、あの人達はその力を持っていたから。




 

 鎮守府の再興を目指しても、出来ることとできないことがあることを、私はやっと知ったのでした。

 

『だぁぁぁ! ああもう!』

 

「えっと、ガンバ」

 

『おいおい、嬢ちゃん。それじゃ解決にならないだろうが』

 

「でも、皆に頑張ってもらうしかないから」

 

『そりゃ、な』

 

 副長が渋い顔で頭をかきむしる。

 

 うん、そうだよね。解決にならないけど、解決するための手段が、やっぱり彼らなんだから、手伝えない私はガンバって応援くらいはするよ。

 

『なんとかなるのか?』

 

『何とかしないと、叢雲ともう一人が死にますから。それだと、あの提督が何をやりだすか解りませんよ』

 

『人間一人の力なんて、俺達がねじ伏せればいいだろうが』

 

 言いきって、副長がチラリとこちらを見てきた。

 

 う、私がそれを嫌だって言う前に釘さしてきたな。

 

「あのね」

 

『解ってるよ。嬢ちゃんが、助けたいって気持ちを持っていることはな。けどなぁ』

 

『バッタ達の万能さを思い知らされますよ。彼らはどうやって、未知の技術をものにしたのか』

 

 バッタかぁ。私は少ししか知らないけど、本当にそんなに万能だったのかな。

 

『あいつらがいたら、今頃は鎮守府の建物が出来上がって、周辺の防衛陣地構築に入っているよな』

 

「ええ!? だってまだ六日だよ?」

 

『遅い方ですよ。彼らなら一週間あれば、島を移動拠点にした上に資材も倉庫六つ分くらいは確保します』

 

 うわ、なにその万能さ。

 

 私自身はあまり知らないけど、色々な人たちが『バッタ達がいればなぁ』って言っているのは知っていたけど。

 

 そんなデタラメな塊だったんだ。

 

『いっそのこと、こっちの世界の妖精たちを強制的に復活させますか?』

 

『いやできないことはないけど、そりゃ色々と恨まれないか?』

 

『けど、艦娘が死ぬよりは恨まれないでしょう?』

 

『確かになぁ』

 

 何か手段があるのかな、でもそれをできれば選択したくないって感じがするけど。

 

「ね、どういった手段なの?」

 

『あ~~~簡単に言えば、艦娘に銃口向けて『殺すぞ、出て来い』が一番なんだよな』

 

「はい!?」

 

『私達はどうしても艦娘優先ですからね。彼女達の危機となれば、すぐさま復活しますよ』

 

 うわ、それはやりたくないなぁ。

 

 でも入渠施設や建造ドックはとてもじゃないけど、修復できなさそうだし。このままだと叢雲達が死んじゃうし。

 

『どうしたもんかなぁ』

 

『もっと手っ取り早く回復させられたらいいんですが』

 

 そんな手段ないよね。速吸さんや瑞穂さんがいれば、簡易ドックを展開してもらって、そこに入れるんだけど。

 

「う~~~~やるしかないかな?」

 

『気が進まないけどな』

 

『ですね。やるしかありませんね』

 

 よし、と決意を固めて動こうとしていると、一人の妖精が手を挙げてきた。

 

『あの、高速修復材って使ったらダメなんですか?』

 

「あ」

 

『ああああ』

 

『くそ! 盲点だったぜ! 俺達が損傷して轟沈する寸前なんてなかったから、存在を忘れていた』

 

 そっか、あれがあるんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 危ないところだったんだよね。

 

「で、私達は助かったのね?」

 

「はい、ごめんなさい」

 

「いいのよ、助かったのは事実だし。そっか、私と大和が残ったのね」

 

 何処か心あらずに語る叢雲さんは、ついさっき目覚めたばかり。

 

 隣には放心してずっと天井を見上げている大和さんがいて。

 

「間に合いませんでした、すみません」

 

「いいのよ。貴方はドロップ艦なんでしょう? なら、間に合うわけないし、間に合ったとしても轟沈する者が増えただけだから」

 

「いえ、私は」

 

 と否定しかけて、どういえばいいか解らずに言葉に詰まる。

 

 正直に話してもいいのだろうけど、信じてもらえるか解らないから。

 

「鎮守府には所属していますし、それなりに練度はあります。通信を偶然に拾ったので駆け付けたのですが」

 

「そうなんだ。そっか。ごめん、ちょっとだけごめん」

 

 ギュッと、叢雲さんが手を握った。

 

 隣の大和さんが、虚ろな目を向けてくる。

 

 ああ、そうだよね。私でもそうなる、誰だって仲間を失って、大切な人達を亡くしたら、誰かに当たりたくなる。

 

 それが、助けた人でも同じだ。まして、救助を通信しても誰も答えずに、必死に戦っても絶望しなかった戦場だったなら、なおさらに。

 

「なんで、助けてくれなかったの?」

 

「どうして、今になってなんですか?」

 

 二人から絞り出したような声に、私は真っ直ぐに目を向けた。

 

 アヤメさんの時は、逃げ出してしまった。でも、今は逃げない。何を言われても、何があっても。

 

「なんでよ!!!」

 

「答えてください!!」

 

 罵声と暴力、そんなのが体を打ってきても、私は真っ直ぐに二人を見たままで絶対に動かなかった。

 

 ごめんなさい、遅れてしまって、他の世界から来たから間に合わなかった。そんなのは当事者には関係なくて、彼女達の怒りを拭うには理由にすらならない。

 

 嵐のような一時が過ぎていき、私は傷だらけだったけど。

 

 二人の心の傷のほうが痛いようにみえて、私は小さく頭を下げた。

 

「ごめんなさい、遅くなりました。謝っても許されることじゃないことは解っています。でも、ごめんなさいと言わせてください。それと、今は私がいますので、ゆっくり休んでください」

 

 下げていた頭をあげて、二人を交互に見つめた。

 

 怒りは収まらず、でも静かに落ち着いているのが解った。

 

「ごめん、貴方に当たることはないのに。でも」

 

 叢雲さんが、何か言い掛けて止めた。

 

 解るよ、その気持ちは痛いほど解る。私だって、死ぬ前は味方に裏切られて、信じていた国家に裏切られて、それで深海棲艦になってアメリカを滅ぼしたんだから、痛いほどよく解るよ。

 

「理解はできます。私だって同じ立場にいましたから」

 

「貴方も、誰かを失ったの?」

 

 問いかけに対して、私は微笑むだけにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくり休んでください。

 

 二人に告げて退出すると、廊下で妖精たちが武器を構えて待っていた。

 

『嬢ちゃん、こんなことは今回限りだ』

 

 怒り心頭といった様子の副長を手に乗せて肩に移す。

 

 それを合図に、次々に妖精たちが私の服の定位置へ移動してくる。

 

『女帝の考えは解ります。そのやりたいことに手を貸すのも、私達の存在意義ではあります』

 

『けれど、女帝に危害が加えられると知っていても待ては、酷い』

 

『もしもう少し続いていたら、待機命令は無視していましたよ』

 

「ごめんね、皆。でも、何処かで吐き出さないと」

 

 痛いと思える体を引きずりながら、廊下を歩いていく。

 

『俺達だけでよかったな。他の連中が見ていたら、間違いなく波動砲やら超重力砲やらでここら一帯を吹き飛ばしていた』

 

「ハハハ、私って愛されてるなぁ」

 

『茶化すな、嬢ちゃん。俺が今、なんで『嬢ちゃん』って呼んでるか、解っているのか?』

 

 それは、ね。普段は『女帝』って呼んでいるのは、上官としてとか仕える主として認めているから。

 

 でも、馬鹿なことをしたら、諌めるために小さな子として扱うっていうのが、昔からの副長のスタンスだから。

 

「ごめん、何時も迷惑かけるね」

 

『別にかまわんさ。ボスに比べたら、嬢ちゃんは常識的だ。でもな、俺達だって感情がある。妖精が艦娘を大切に思うように、俺たちにとっては嬢ちゃんが一番なんだからよ』

 

「うん、解ってる。さてと、少し回復せてから戻ろうかな。このまま行ったら、不味いよね」

 

『不味いなんてもんじゃないだろうが。全面戦争だよ』

 

 うわぁ、それはかなり怖いね。

 

『船の連中、今の女帝を見たら間違いなくやりますね』

 

 うん、服にいて近接防御をしてくれる子たちと違って、普段は離れている分、私に対しての執着が凄いんだよね。

 

「でも、どうやって回復させよう」

 

『だから、高速修復材があるだろうが』

 

「あ、そっか」

 

 どうも忘れちゃうんだよね。

 

『では、どうぞ』

 

 水のような音と共に私にかけられたそれは、瞬時に私を回復させてくれるんだけど。

 

「これって、どんな原理しているんだろう?」

 

『知るか。便利なものは便利なものでいいんじゃないか?』

 

「うん、そうなんだけどさ。艦娘の艤装とか修復できるなら、入渠ドックとかも回復できないかなぁって」

 

『いや、無理だろ、それ』

 

 呆れたような副長に、そうだよね、と返す。

 

 艦娘は元は船とはいえ、今は有機物だし、無機物の機械を直すなんて不可能だよね。

 

 あれ、でも艤装も回復するよね、これ。

 

 やっぱり、どうにか工夫すれば鎮守府施設も再構築してくれるんじゃ。

 

『バッタ達じゃあるまいし』

 

「そこでもバッタ?!」

 

『ああ、そうだすね。バッタ達なら、これから『物体修復材』とか作りそうですね』

 

「なにそのチート技術?!」

 

『かけるだけで瞬時に壊れたものを修復、貴方の街や家庭に、一台どうぞってキャッチコピー使って、売り出しにかかりますね』

 

「セールス?! どこで売るつもりなのそれ!?」

 

『バッタ達ならやりますね』

 

『確実にやるな。で、『高天原』内部で売り出して、儲けた利益でさらに便利なものの研究費につぎ込んで、三日くらいで新型を作りだす、と』

 

「三日?! ちょっと待って! なんでそんなもが三日で出来るわけ?!」

 

『副長! 私は一日でやると思います!』

 

『いいえ! 彼らならばつきつめたものを最初に売り出すと思います!』

 

『そうだなぁ』

 

「ちょっと待って! 本当に待って! バッタってそんなにチート技術満載なの?!」

 

『その気になれば、深海棲艦に突撃しても生還する連中でしたよね』

 

『ああ、懐かしいな』

 

 なにそれ、怖い。うちの妖精たちだって、航空機の翼でタ級とかレ級とか斬り裂いたり、戦艦棲姫とかを魚雷で滅多刺しにしたって映像で見たことあるけど。

 

「本当に機械?」

 

『機械だよ。ただし、その上にバグって単語がつく』

 

 あ、うん、これはあまりに深く突っ込みを入れない方がいい話題だ。

 

 達観した私は、それで話を聞き流すことにした。

 

 でも、その後も続く妖精たちによるバッタ達の『チート』伝説は、私の心に湧きあがりつつあった色々なものを吹き飛ばしてくれた。

 

 まさか、このためにしてくれたのかな。

 

 まさか、ねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が昇ると同時に、私は動きだす。

 

 誰もが目覚める前に、少しでも多くの資材を集めるために。

 

「うん、今日もいい天気!」

 

 水平線から昇る朝日を全身で背伸びしつつ感じながら、艤装を確かめる。

 

 両手は問題なし、上着もスカート部分も大丈夫、推進機もオッケー。

 

『女帝、全員の準備完了だ』

 

「了解。じゃ、今日も皆、よろしくね」

 

『オーライ! 我らが女帝! 『ロンド・ベル』!!』

 

 元気のいい声に背を押されるように、私は海原を走りだした。

 

 

 




 
 色々なことがあると思う。

 絶対にどうにもできないことだってあるし、理不尽だと思えることも多くある。

 けれど、諦めたりしない。

 私の辞書に、諦めるって単語なんてない。

 そういう風に私を鍛えてくれた人たちがいて、そういったことを選択させないように教えてくれた人たちがいたから。

 うん、今日も私は、私でいられる。




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夢を見ているように

 
 トラウマって本当に厄介だと思う。

 自分では大丈夫だって思っていても、突然に体が動かなくなったりするのだから。

 精神科じゃないから、詳しいことなんてできない。

 今日も私は自分にできることを精一杯するだけだから。




 

 朝日が昇って、また沈んで。そんな毎日を何日も過ごした。資材を集められるだけ集めて倉庫に詰めて、空っぽになった格納庫に再び資材を集めるように動き回って。

 

「ああ、そんな日々だよね~」

 

『ちょっと休んでろ、女帝。どうだ?』

 

 工廠の片隅で座り込んだ私の前に、艤装が吊り下げられていた。

 

 二つの空母型と八つの戦艦型。それに背負うタイプの主機関と両手の武装、等などってところかな?

 

『元々、ナノマシンによる複合装甲ですから。ナノマテリアルもそれを使って増加させてますので、問題は特にありませんよ』

 

『強いて言うなら、航空機の燃料ですかね』

 

 う、ちょっとまずいのかな?

 

 動力源は基本的に無限動力なんだけど、武器の弾薬とか航空機燃料とかは考えないと。

 

『まあ、共有規格だから問題ないだろ』

 

『オクタンがちょっと』

 

『精製すればいいだろうが』

 

 問題が出てきたのかな?

 

 はっきり言って、こういった話は私は苦手な部類だ。ほとんど妖精たちに任せっきりにしている。

 

 ちょっとは学んだけど、素人に毛が生えた程度っていうのが私の知識なんだよね。

 

『で、どうなんだ?』

 

『整備点検終了です。艤装に問題ないですし、武装も光学系を主戦力にすればいいだけなので』

 

『爆弾やミサイルは工廠の隅に製造ユニットを複製させますよ』

 

「え、そんなことできるの?」

 

 疑問を口にしてみると、妖精たち全員が何故か溜息をついた。

 

『あ~~なんだか、色々とあってな』

 

『ご都合主義万歳ってところですか?』

 

 意味が解らないんだけど、どうにかなったってことでいいんだよね?

 

『なんでブラックボックスの中に基地設営キットが入ってたんだ?』

 

『これが最初に見つかれば入渠施設がすぐにできたんですよね?』

 

『知るか、まったく。何処まで見通してたんだ、ボスたちは』

 

 あ、これは私が知らないでいい話だ。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 工廠は完了、鎮守府施設もまあ大丈夫としたい。

 

『ナノマシン万歳』

 

 副長が壊れてる。

 

『そりゃそうですよ。『領域機関』に繋いだナノマシン精製ユニットに、外付けでケーブルを繋いだら、増殖してデータ通りのものを生み出したんですから』

 

 なにそれ。

 

『元々、ナノマテリアルは銀、ナノマシンは金といって、使い分けているものですから』

 

「へ~~」

 

『剛性が高いのがナノマテリアル、柔軟性が高いのがナノマシン。機械とか無機物に使うならナノマテリアル、生物に使うならナノマシンって区分けだな』

 

 戻ってきた副長が、いきなり真顔で語るから、ちょっと私は付いていけてないんだけど。

 

「なんで別々にしたの?」

 

『さてな、元々はバッタ達が使っていたから、ボスたちが使っていた技術だろうけどな。どうして分けたのかは解らない』

 

 そうなんだ。

 

 ボスか、『神帝』テラ・エーテル提督。なんだか巨大な国の皇帝だったとか、神様殺して能力を奪ったとか、先輩達から色々と話は聞いたけど、今一ピンとこないんだよね。

 

 現実の存在なの?

 

『とにかくだ。ナノマシンが増殖して鎮守府の建物を再構築してくれるから、資材が浮く』

 

「うん」

 

『で、その後にナノマテリアルを覆わせて建物にする』

 

「うわ、凄いことになるね」

 

 となると、新規建造が出来るかな?

 

 私の航空機は無理だとしても、船の艤装くらいはできるといいけど。

 

「ねえ、艤装が作れるってことなの?」

 

 声に私が振り返ると、廊下の先で叢雲と大和が立っていた。

 

「え、ええ。まあ」

 

「なら私達の艤装を作ってもらえる。私達も鎮守府を再建したいの」

 

 決意を込めた瞳で見つめられ、私はちょっとだけ顔を反らした。

 

 今の彼女たちを外に出してもいいものか。

 

 彼女達は今もトラウマが残っている。正常な判断が下せない状態で武器を持たせたら、周り中を巻き込む可能性が高い。 

 

 もしかしたら、自分自身を殺してしまうかもしれない。

 

「信じられないのは解るけど、お願い」

 

「先ほどのことは謝ります」

 

 ちょっと迷っていたことを勘違いされたみたいで、謝罪されたけど。

 

「いえ、違います。そうですね」

 

 どうしよう。手数が多いほうがいいのは間違いない。私一人でできることは多いけど、仲間がいればもっと多くのことができる。

 

 でも、彼女達は。

 

「私も混ぜてくれる?」

 

 あ、アヤメさんまで。もう、どうしよう。

 

 色々な考えが私の中で巡る中で、妖精たちが私の肌を叩いた。

 

 何かあれば、手伝ってくれるってこと。

 

「解りました。なら、一緒にやりましょう」 

 

「ありがとう!」

 

 三人からの笑顔に、私は曖昧に頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艤装は簡単に作ることができた。

 

 妖精たちが、『いや、『高天原』の艤装に比べたらおもちゃみたいなものだから』って言っていたのを、わざと聞かないことにした。

 

「まるで夢を見ているみたいね」

 

 艤装を纏ったまま海面に立つ叢雲が、そんなことを呟いていた。

 

「あの頃、私と提督だけだったから。小さな鎮守府でね、ちょっとずつ始めて仲間が集まってきたのに」

 

 夢現のように、小さく呟いている彼女の瞳は、何も映していなかった。でも、幻覚を見ているようではなく、過去を懐かしんでいるみたい。

 

 うん、まだ大丈夫そうだね。

 

「行きましょうか」

 

「ええ、そうね・・・・・・貴方の艤装、本当にそれなの?」

 

「はい」

 

 驚いた顔の二人に対して、私は一礼して艤装を展開。

 

 何時も通り、空母一隻に戦艦二隻は鎮守府へ残したまま、残りの一隻と六隻は私に従って行動。

 

 推進機問題なし、主機関正常、弾薬問題なし、航空機問題なし、魚雷室も問題なし。

 

「どう?」

 

『各部署は問題なしだ、女帝。魚雷でも砲弾でも、特殊兵器でもなんでも言ってくれ』

 

 うん、副長、その言葉はとても心強いよ。

 

「そっちは?」

 

「問題ないわ」

 

「大丈夫です」

 

「なら、艦隊前に」

 

 推進機を始動。全速というよりは、五分の一くらいの推力で動きだした私に続いて、叢雲と大和も続いてくれる。 

 

 推力がやっぱり違うなぁ。まだ全力じゃないのに、距離が少しずつ開いてしまう。

 

 でも、内緒の話ができるからいいかな?

 

「対空監視って、半分くらいで何とかなる?」

 

『おう、二人の監視だな。艦艇の連中もいるから、何とかなるだろ。全体の二割ずつで二人を監視させる』

 

「お願い。少しでも変な動きを見せたら、知らせて」

 

『解ったよ』

 

「対処する前に、だよ」

 

 念押しで伝えると、副長からの返答はなかった。

 

 やっぱり、私に言う前になんとかするつもりだった?

 

 ダメだよ、一応でも、私が上官なんだからね。

 

「副長?」

 

『ああ、解ったよ、女帝。あなたが俺達の『トップ』だ』 

 

「よろしい」

 

 偉そうにそんなこと言ってから、私はきちんと二人を振り返った。

 

「速力、少し落としますね」

 

「ごめん、早速、足手まといになっちゃったわね」

 

「いえいえ」

 

 暗い顔の叢雲に笑顔で告げながら、私は前を向いた。

 

 願わくば、これから先の海域で敵に出会いませんように。

 

 と、フラグが建ったわけですね、はい。

 

「ごめん!!」

 

『なに言ってんだ女帝! いいから撃て!』

 

 現在、深海棲艦の艦隊にぶつかってます。本当にもう、順調に進んでいて敵艦隊への哨戒とか色々と頑張って進んでいたのに。

 

 叢雲の『敵がいない』発言に、私が迂闊に『あ、避けてますから』って言った途端に、二人が突撃。無闇に突撃していったはずなのに、偶然に深海棲艦の艦隊のほうに向かうもんだから。

 

 私の幸運って低かったかな、速力は私のほうが上なのに止められなかったなんて。

 

『女帝!! 考え事なら後にしろ!』

 

「解ってるよ!」

 

 両手の武装を持ち上げて射撃しながら接近。

 

 もう叢雲が中破して戦艦二隻に護衛させて退避、大和も小破しながらもまだ突撃するから、空母に無理やりに拘束させて退避させている途中。

 

「まったくもう!!」

 

『ミサイル斉射だ! チャフとフレアに閃光弾も全部乗せろ!』

 

『撃ちます!』

 

 戦艦と私の艤装から噴煙があがってミサイルが乱れ撃ち。

 

 ああ、資材ってこれどのくらい消費するんだろう。

 

「全滅させちゃダメかな」

 

『できないことないけど、今は逃げるか。先に退避させた二人が心配だからな』

 

 そうだね。

 

 はぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に戻った二人は早々に入渠。傷の治療と艤装の修理を妖精たちに任せた私は、アヤメさんの前に立っていた。

 

「え、突撃していった?」

 

「はい、すみません、私が付いていたのに」

 

「い、いいのよ。そう、へぇ」

 

 小さく、彼女の瞳が怪しく輝く。

 

 来たかと身構えた私に、彼女は小さく頭を下げた。

 

「ごめん! 二人にはきつく言っておくから!」

 

「いえ、いいんです」

 

「本当にごめん、じゃロンド・ベルも休んで。報告書とかは後でいいから」

 

「はい」

 

 一礼し退出した私は、ドアを少しだけ開けたまま耳を澄ます。

 

「そう、仇打ちかぁ、そうだよね。敵は皆殺しにしないと、みんなが可哀そうだよね」

 

 クスクスと笑う声に、私は『ああ、やっぱりか』と内心で思った。

 

 艦娘二人だけじゃない、アヤメさんの心の傷もある。表面に出てこないだけマシなのだろうか。

 

 いや、あっちのほうが根深いかもしれない。

 

『女帝、正念場だぞ』

 

「うん、解ってる」

 

『対応できるか、それともここで殺し合いになるか、だ』

 

「不吉なこと言わないでよ、副長」

 

 苦笑しつつ答えながら、私は廊下を歩く。

 

 打開策なんて思い浮かばない。でも、このままなんてできないから。

 

 やれるだけ、やるしかない。

 

 私は小さく決意を新たにして、足を進ませ続けた。

 

 

 

 




 
 前途多難は、私にとっては珍しいこと。

 何時も私の前には誰かがいてくれて、きちんと道を示してくれた。

 でも今は私だけ。だから、今度は私が見据えないと。

 多くの人がきちんと道を進めるように。




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オチル ソマル 貴方はダレ



 光と影は表裏一体だって、昔に話をされたことがある。

 表と裏、それはクルリと裏返ることがあるから、気をつけなさいって。

 艦娘は深海棲艦と切っても切れない、縁みたいなものがある。

 特に貴方の場合はって。

 私はその時、この話は艦娘だけだって思っていたんだけど。





 

 本当にもう、どうしようかな?

 

『またか!!』

 

『ああもう!! あいつらいっそのこと推進機を破壊しませんか?!』

 

 うん、もうちょっと穏便にね。

 

 止めようと考える私の目の前で、叢雲と大和がまた敵艦隊へ突撃していくのでした。

 

 本当にもう、どうしてこう何度も敵艦隊に、正確に突撃出来るかなぁ。

 

「私より探査範囲が広いとか」

 

『おい、嬢ちゃん』

 

「ごめん、そうだよね。こんな場合じゃないか」

 

 今はどうでもいいことか。とにかく今は二人を止めないと。

 

 海面を蹴とばすように、私はもう『二十回』を超えた出来事を止めるために動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の会議室は重い空気に包まれていた。

 

「本当にもう勘弁してください」

 

 こんなこと、言いたくないけど。

 

「ごめん」

 

 小さく叢雲が謝ってくるけど、これを聞くのは何度目かなって話だよ。

 

『謝ればいいって話じゃないんだよ。俺達は資源を集めているのに、何だこれは?』

 

 副長、本当に怒ってるね。普段なら口を挟まないのに、ここまで語気を荒げるのも珍しい。

 

 他人の艦娘には他の妖精がついているから、そいつらの度量に入りこむことは失礼だからって、遠慮していたりするのに。

 

 まあ、直接に言わないだけで、『苦情』は口にするけど。

 

『二十四回だぞ、二十四回。あんたら本当に止めるつもりあるのか?』

 

「副長」

 

 あんまりきつい言い方に私が口を挟むけど、こちらを見ずに片手を上げるだけだった。

 

 『黙れ』か、本当に激怒しているんだね。

 

「ごめんなさい。私からもきつく言っておくから」

 

 アヤメさんも頭を下げるけど、副長の怒りは収まらない。

 

 彼が怒っている理由は、たぶん二人が突撃していっているから、じゃない。

 

 資材の残量のこともある。

 

 鎮守府の建物はどうにか形になった。工廠もドックも入渠施設も、どうにかこうにかってところだけど。

 

 大和と叢雲の二隻しかいないのに、その修理費で資材の残量が半分を切るって、どういうことなのかな?

 

 倉庫一杯にあったのに、どうしてこうなったのか疑問が私にもあるけど。

 

『第一だ、資材管理や運営は提督の義務だろうが。なんで在庫確認してないんだよ』

 

「ごめん、それは今まで『大淀』が手伝ってくれていたから」

 

 一瞬、アヤメさんの顔色が黒く染まる。

 

 僅かにこぼれた殺意に、咄嗟に副長達妖精が身構える。

 

 嘘、あの気配って『深海棲艦』の。

 

『だからやれないってか? あんた、本当に提督か』

 

 ちょっと待って、副長。それを続けるの? 明らかにアヤメさんの気配が違っていたよ。

 

 信じられない顔で見つめると、彼はチラリとこちらを振り返って小さく頷いた。

 

 解っているけど、確かめずにいられないってことかな。

 

『提督なら鎮守府の運営ができて当然だ。艦娘達の帰る場所を護る、それが提督の義務だろうが』

 

「うん、そうだね。だから、私もね」

 

 小さく笑う彼女は、完全に深海棲艦の顔をしていた。

 

 こんな顔、二人に見せられない。と、視線を向けた先の二人は平然としていた。

 

 怒るでもなく悲しむでもない、『それが当たり前』のように。

 

 嘘でしょ、まさかそんなところまで『侵食』できるの。

 

 私は信じられずに、『三人』らしい人物を見つめていた。

 

『チ、話は終わりだ。とにかく、次の遠征は俺達だけで行く。おまえらも、解っているだろ?』

 

 問いかけたのは、叢雲達にじゃない。

 

 彼女達につく妖精たち。彼らは、泣きそうな顔で、けれどしっかりと頷いていた。

 

「うん、その方がいいかな。叢雲と大和もいいよね?」

 

 アヤメさんが声をかけた。もう顔は人間のものに戻っていたし、二人も艦娘の顔をしていた。

 

 でも、僅かに滲む気配が、懐かしい感触を伝えてくる。

 

 闇の底のような、酷く濁った憎しみの感触を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議が終わり、私は皆と一緒に工廠に来ていた。

 

『殺そう』

 

 開口一番、副長がそんなことを話す。

 

「待って。ダメだよ。まだ、まだ間に合うでしょ?」

 

 止めたくて声を出しても、副長は首を振る。

 

『間に合うかどうかなんて俺も解らない。でもな、嬢ちゃん。あいつらは『深海棲艦』だ。艦娘や人間じゃない』

 

「アヤメさんも、人間じゃないの? 深海棲艦に人間が『墜ちる』なんてあるの?」

 

『俺も信じられないが、あの顔は『憎しみの塊』だった。間違えるものじゃない。俺達は妖精だぞ、嬢ちゃん』

 

 私も、それは解った。間違えることなんてない、あれは昔の『要塞棲姫』だった頃の私と同じ憎しみだったから。

 

『殺すしかないですよ、女帝。妖精達には申し訳ないですけど』

 

『右に同じです。あのまま放置しておいたら、周りの鎮守府とかにも伝染します』

 

『妖精たちが苦しむ前に、基を立つべきです』

 

 私の妖精たちは、とても苦しそうな顔で言ってくる。

 

「本当にダメなの?」

 

『可能性がないわけじゃないです。もしかしたら、立ち戻れるかもしれません』

 

『可能性の話だろうが。その一方にかけて、俺達の『女帝』に万が一があったらどうする?』

 

『最優先すべきは、女帝の安全です。それは私たちが絶対に譲れない一線ですから』

 

「ありがとう、それは嬉しいけど。でも、私は」

 

 救いたい、助けたい。あの時の声にかけつけられなかった以上は、私はあの三人を見捨てるなんてできない。

 

「艦娘なら、深海棲艦になっても沈めてまた戻れるかもしれないけど、アヤメさんはそうはならないよ。だから、もう少しだけお願い」

 

 深々と頭を下げると、副長の深いため息が聞こえてきた。

 

『クソ、本当にうちの女帝は。解ったよ。だけどな、もし万が一があったら俺達は容赦なく『侵食兵器』を使うぞ』

 

『第一種兵装も使いますから』

 

「解った」

 

 それで皆が納得できるならば。

 

 第一種兵装は、私の中でも特殊戦略武装の総称。

 

 波動砲、超重力砲、侵食兵器、相転移砲、バスターランチャー。どれも最大出力で使用すれば空間を歪ませることが可能な者達。

 

『口頭での約束だけじゃダメだ。解っているだろ、女帝?』

 

 う、そこまで皆は不安を感じているの。

 

「ロンド・ベルの名の元に副長達に権限を許可します」

 

 カチンと、頭の何処かで鍵が開くような感触が流れた。

 

『みんな、解ったな。我らが女帝は彼女達を取り戻すことをお望みだ。俺達は彼女の妖精だ。全員、その矜持を持って全力でやるぞ』

 

 副長の檄を受けて、全妖精たちが片手を胸に添えた。

 

 昔から決意の時はこういった敬礼するけど、これって宇宙戦艦ヤマトの敬礼の仕方だよね。

 

『我らが女帝ロンド・ベル』

 

 副長が真っ直ぐに私を見てくるから、私も同じ敬礼をする。

 

『我ら妖精一同、貴方の願いのために散りましょう。けれど、貴方が散ることになるならば、我らは周り中を消します。よろしいか?』

 

「うん、そうならないように頑張るよ」

 

 一瞬、気圧されるんだよね。だから私はちょっと下がり気味に答えてしまって。

 

『はぁ、あのな女帝』

 

『本当にうちの女帝は、まったくもう』

 

『どうしてそこで『絶対にやり遂げてみせる』とか言えないんですかね』

 

「みんなの意地悪」

 

 途端にため息を情けないって顔で見つめてくる妖精たちに、私はちょっと涙目で見つめてしまったのでした。

 

『で、具体的にどうするんだ?』

 

「うん、それなんだけど、ね」

 

 私はちょっとだけ考えてから、前に教えてもらったことを思い出して、作戦を伝えた。

 

『おい、嬢ちゃん、そりゃ無茶の通り越して不可能じゃないのか?』

 

「大丈夫だよ。たぶん」

 

『たぶんって、なぁ』

 

「だってこの方法を最初に考えたのは、吹雪さんだから」

 

 私の言葉に妖精たち全員が固まって、その後に叫び出した。

 

 うん、その暴言は聞かないことにしておくよ。

 

 『あの鬼神が』とか『殲滅の吹雪が』とか、『終焉の化身が』とか、どうしてそんなこと言うかな。

 

 あ、吹雪さんの能力って周辺一帯を殲滅可能だった。そっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜は明ける。空けない夜はないのだから。

 

 決して長く続く闇はないように、人の心にも闇があり続けることはない。

 

 そう、私は信じているから。

 

 だからこそ、私はここにいる。

 

「失礼します」

 

 ドアをノックして入った部屋は、執務室。

 

「あ、ごめん、ロンド・ベル。今ね、在庫の確認をしていたところなんだ」

 

 資料が散乱した部屋に入った私に、アヤメさんは『情けないところを見られちゃったね』と笑っていた。

 

 とても優しい笑顔で、穏やかな雰囲気の女性。

 

 彼女は多くの艦娘に慕われていたからこそ、艦娘の影響を一番に受けてしまったのかもしれない。

 

「いえ、大丈夫です。無くなったものは、また取り戻せばいいので」

 

「うん、ごめんね。じゃ、遠征を・・・・」

 

「沈んだ艦は戻らないんですよ、提督」

 

 ピシリと、亀裂が入ったように、私は錯覚した。

 

「え?」

 

「提督、貴方の艦娘は沈みました。解っているんでしょう?」

 

「解っているよ、そんなの当たり前じゃない。だからこうして・・・・」

 

「復讐しようとしている?」

 

 再び、提督が止まる。

 

 紙の資料を片手に持ったまま、笑顔が凍りついたように停止した提督に、私は一歩一歩と近づいていく。

 

「深海棲艦が憎い。軍部が憎い、助けに来なかった他の鎮守府が憎い、他の艦娘達が来てくれなかったから憎い」

 

「な、に、を」

 

「全部が憎くて妬ましくて、だから」

 

「ロンド・ベル!!」

 

 叫んで私を睨みつけてくるアヤメさんの目の前に立ち、真っ直ぐに相手を見つめた。

 

「全部、消えてしまえばいい」

 

 ギリっとアヤメさんが奥歯を噛んだ。そして次の瞬間には、右手に持った拳銃が、真っ直ぐ私に向いていた。

 

「そうよ!! 全部あいつらのせいじゃない! 私達は助けてって言ったのに! 救援を求めたのに! 情報もよこさないで勝手にこっちを見捨てて! 派閥争い? 上に行くのに邪魔だから? 冗談じゃない!!」

 

 彼女の顔が憎しみに染まっている。本当に何処からどう見ても深海棲艦の顔だね。

 

「今は人類が終わるかどうかの瀬戸際なのに! 艦娘達は必死に戦っているのに! 権力とか派閥とか関係ないじゃない!! あの子たちは命をかけて戦っているのに! 軍人も政治家も! 一般市民だって! お金がそんなに大切なの?! 戦後の立場がそんなに重要?! 今が終わったら!!」

 

 憎しみに染まった顔の一部に、欠片のように落ちてくるのは『悲しい』って気持ち。

 

「その先なんてないじゃない。私達は未来のために戦っているのに、どうして仲間同士で足を引っ張らないといけないの? ねぇ、ロンド・ベル。私達は何のために戦っているのかな? 私はもう解んないよ。解んなくて苦しくて、だからもう『すべて憎ませて』」

 

「ダメです」

 

「どうしてよ?!」

 

「そんなことで憎んだら、全てを本当に消してしまうから。消して砕いて最後に自分も消してしまう。憎しみはそう言ったものです」

 

 あの頃の私はそうだったから。

 

 アメリカが憎かった。周り中が助けてくれなかったことが許せなかった。世界中のすべてを消してしまいたかった。

 

 その結果、私がやったことは本当に許されないことだから。あの苦しみをアヤメさん達に味わってほしくない。

 

「いいじゃない! もう何もないのよ! もうみんないない」

 

「叢雲と大和がいます」

 

「二人だってそれを望んでいるから! 全部、跡形もなく消して、楽にさせてよ」

 

 小さく零れ落ちるのは、雫のような涙。真っ白な顔に流れる涙だけが、妙に存在感を語ってくる。

 

 うん、まだ戻れるよ。そうやって誰かを想って泣けるんだから。

 

「楽にさせてあげたいです。でも、それを見逃せないんです。私にはアヤメさんにその道を選ばせることができません」

 

「なんで?!」

 

「だって、貴方の心の底には、今も『貴方の艦娘達の想い』があるのだから」

 

 暖かく包み込むように、なのかな。

 

 こうやって彼女の内心をすべて吐き出した今だからこそ、アヤメさんの艦娘達の想いが浮き彫りになってくる。

 

 彼女の心の底の底、最後の部分にずっと残っいた想い。アヤメさんを慕っていた艦娘達が抵抗していたからこそ、彼女は完全に『墜ちる』ことはなかった。

 

「だから、もうやめましょう。復讐は何も生みません。貴方がそれをしてしまったら、この子たちを本当に『沈めてしまう』ことになりますから」

 

 憎しみという海底に。

 

 願いを込めて微笑みを浮かべ、どうかと祈ってみた言葉に対して、アヤメさんは。

 

「そんなのもう解んないよ!!」

 

 銃声が、執務室に響いた。

 

 

 

 

 




 
 女帝、あれだけ言っただろ?

 俺達はあんたがすべてなんだ。俺達はあんたの艤装にいる妖精なんだ。

 あんたがいれば俺達は存在できる。あんたがいなければ俺達は永遠に消える。

 だからさ、生きてほしかった。

 ボスから言われたことでも、なくな。

 俺達はあんたに惚れてるんだよ。惚れて惚れて、惚れ抜いてるんだ。

 だから、あんたのためなら喜んで散ってやれる。

 なあ、女帝。いい妖精人生だってぜ。




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誰が悪いって話でもないから

 

 自分がお人よしだってこと、知っている。

 散々に恨んで恨まれてすべてを消した後だったから、今度の人生は信じようと決めて生きてきた。

 信じる強さを教えてくれた人たちがいたから。

 だから、私は






 

 はじけた音がした。

 

 何がと目線を動かしても、何処にも欠片が残っていない。

 

 確か、私はアヤメさんに撃たれて、撃たれて。

 

 どうしたんだっけ?

 

「ち、違うの。私、そんなつもりじゃ、そんなんじゃなかったから」

 

 泣き崩れるアヤメさんと、火薬の匂い。あれ、私って撃たれたんじゃなかったの。え? なんで、私は膝をついていて。

 

 どうして、副長の体に銃弾が刺さっているの?

 

「え?」

 

『まったくよう、こら、嬢ちゃん、言っただろうが』

 

 変わらない顔で、何時もと同じ声で、副長が私を見上げてくる。

 

『俺達はあんたの艤装妖精なんだぜ、あんたに何かあったら、俺達は存在できないんだ。もうちっとでいいから、自分の身を可愛がったらどうだ?』

 

「ふく・・・ちょう?」

 

『本当にこりゃ、どうするべきかね』

 

 副長が自分のお腹に手を当てて、深くため息をついた。

 

 え、え、なんで、どうして、そんなに穴があったら死んじゃうじゃない。

 

 そこで私はようやく自分が冷静じゃないと気づいた。

 

 遅いくらいに、馬鹿みたいに。

 

「副長?! 穴があいてるよ!」

 

『そりゃ銃弾が刺さったんだから当たり前だろうが。穴があいてるって、貫通はしてねぇぞ』

 

「そんなの関係ない! 今すぐに入渠して・・・・」

 

『高速修復材は艦娘にしか効果がない。妖精には無意味なんだよ』

 

 なんで、そんなのやってみないと解らないじゃない。なんでそんなに冷静でいられるの、どうしてそんなに優しく私を見ていられるの?

 

『おいこら、アヤメ』

 

 ビクッと、彼女は体を震わせて泣いた眼でこちらを、副長を見つめた。

 

『どうだ? すっきりしたか? 怒りにまかせて引き金ひいて、嬢ちゃんから俺を奪って、すっきりしたんだろ?』

 

「違う! 私はそんなつもりじゃなかったから!」

 

『じゃなんだ? 艦娘なら銃弾で傷つかないって、思ったからか? 笑わせるなよ、てめぇ。艦娘ならって考えてる時点で、おまえはあいつらと同じだ』

 

 ちょ、副長、それで立ち上がるの?

 

 お腹に手を当てて立ち上がり、中指を立てるなんて。すっごく勇ましい感じがなんだろうけど、妖精の体じゃ不格好だと思うんだけど。

 

『おまえと艦娘を見捨てた連中と同じだな』

 

「違う! 違う! 違う!」

 

『違わねぇんだよ! てめぇは同じだ! 引き金をひいた時点で同じなんだよ! おまえらを見捨てた連中と同じだ! 大切なものを奪われた! その悲しみと怒りを知りながらな! 誰かの大切なものを奪おうとした時点で、おまえはあいつらと変わりねぇ!』

 

「副長!」

 

 思わず止める私に対して、副長はこちらを一切見ずにアヤメさんに叫び続ける。

 

『ぎゃーぎゃー喚いて否定して憎んで恨んで! 同じだよてめぇは! どこも変わらねぇ!』

 

「私はそんな人たちじゃない! 私はもっと皆と」

 

『じゃ、なんで引き金が引けた?』

 

 とても静かな副長の声に、アヤメさんは言葉に詰まって凍りついたような顔でこちらを見続けた。

 

『認めろよ、おまえは同じでしかなかった。そして、失った連中をきっかけに、余計に深くなっちまった。おまえは今、深海棲艦と変わりない』

 

「私は、深海棲艦?」

 

『どっちだって同じだ。艦娘でも深海棲艦でもな、そのあり方が表か裏か、たったそれだけ。おまえは今、裏側に落ちたんだ。ようこそって言ってやるよ、『愛憎渦巻く泥沼に』ってな』

 

 ビッと指を差した後、副長はゆっくりと倒れて、そして消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バタンと音がした。扉が開いて私の妖精たちがなだれ込んで来て、その後に叢雲と大和が入ってきて。

 

「事情は、聞いたわ」

 

 小さく呟く叢雲の声に、私は頷きながら立ち上がる。

 

「ごめん、ごめんね、ロンド・ベル。私は」

 

「謝っても副長は帰ってきませんよ」

 

 アヤメさんが縋り寄って来たから、私は思わず呟いた。自分でも驚くほど冷たい声だったけど。

 

「妖精だからもう一度、艤装に生まれるかもしれません」

 

 あっとアヤメさんが顔を上げて、少しだけ嬉しそうな顔をする。

 

 でも、私は冷たく突き放す。

 

「それでも、貴方が『殺したこと』事実は変わらない」

 

「ロンド・ベル!」

 

 背後で大和が叫んで艤装を展開するけど、砲が動くことはない。

 

 私はチラリと後ろを振り返って確認すると、大和の艤装は『もう誰もいなかった』。

 

「どうして?!」

 

「妖精達は気づいたんです。貴方はもう、『艦娘じゃない』って」

 

「私は大和です! 大和なんですよ!」

 

 もう違う。はっきりとしみ出すような気配は、『姫』のもの。かつて、私も身に纏っていたから、よく解る。

 

 叢雲は黙っているけど、自覚しているんだ。自分がもう艦娘じゃないから、妖精たちは近づいてこないって。

 

 そして、アヤメさん。彼女はもう『提督じゃない』。妖精たちが彼女に顔を向けていない、もう彼女に提督の資格はない。

 

 同族を殺した相手は、もう認めたくないってことかな。

 

「アヤメさん、貴方を助けたこと、間違いかもしれません」

 

「ごめん、そうだよね」

 

 震える声で囁くように告げる彼女は、とても弱弱しくて、先ほどまで憎しみを燃やしていた女性とは思えなくて。

 

 深海棲艦の匂いがする人間の少女、かな。希望に満ちていた、未来を夢見ていただけなのに。人間って、ずるいな。

 

「でも、私は貴方を助けたことを後悔してません」

 

「え?」

 

「私もかつて、そうだったから」

 

 昔の話を語るのは、とても恥ずかしい。自分が不幸なんだって声高に言って、同情を誘っているようだけど。

 

 でも、話すこと、語ることは必要だって教えてくれた。 

 

 そうですよね、暁さん。

 

「私はかつて、要塞のような艤装を纏った深海棲艦の姫でした」

 

 人類を憎いんでいたこと、アメリカを大陸ごと割ったこと。憎くてすべてを消したくて、周り中を恨んで力を振り回していたこと。

 

「そして、私はとても強い人たちに救われました。『一緒に帰ろう』そう言ってくれた人たちのおかげで、私は艦娘としてこうしてここにいます」

 

 吹雪さんのおかげで、私はもう一度、世界と向き合えている。憎しみも苦しみもまだ心の中にある。でも、感情のまま世界のすべてを消したいなんて思わない。

 

「強さは力だけじゃないって教えられました。心を強く持つこと、誰かに必要とされた自分ならば、その人達のためにも『自分らしくあること』が大切だって」

 

 苦しいこともある、辛いこともある、理不尽なことだってある。でも前を向こう。笑顔で立ち向かっていこう、誰かに優しくして、笑いかけよう。きっと、そうやって誰かを助けることが、巡り巡って自分を助けることになるから。

 

 だから、私は『助けて』の言葉を無視できない。私が救ってもらったように、誰かを救いたいから。自己犠牲じゃない、私はまず私がしっかりと立って幸せであることが大切だって教えられた。

 

 自分の幸せも見つけられない人が、どうやって人を救えるのか。その人の幸せを語れるのか、そう言われたから。

 

 私はそっとアヤメさんの手に触れる。ビクッと震える彼女の手をとり、目線を合わせて微笑む。

 

 穏やかに優しく、ゆっくりと語りかけるように。

 

「だから、もう一度、やりましょう。ここから、一からでもなくゼロでもない、マイナスからのスタートがあってもいいじゃないですか」

 

 ねっと、語りかける。彼女は泣きはらした目を向けながら、小さく首を振った。

 

「ダメだよ。解るの、私はもう提督じゃないって、妖精たちが私に力は貸せないって」

 

「そうですか。ならそれは普通の人と変わりないですよね?」

 

「え?」

 

「普通の人です。ならば、また提督になればいい。妖精たちが力を貸さなくても、私がいます。艦娘がいないなら、私が力になります。だから、アヤメさん。いいえ、『提督』。貴方が選んでください」

 

 ギュッと力を込めて握り締める。

 

「貴方は、憎しみのままに世界を壊したいですか。それとも、今も泣いている人たちのために戦い続けたいですか?」

 

 答えて、お願い。どちらを選んでも、貴方の意思は尊重する。でも、お願いだから『あるべき姿を選んで』。

 

 お願い。

 

「わ、私は、まだ『提督』でいいの?」

 

「貴方がそう望むなら」

 

「妖精を殺しちゃったのよ?」

 

「まあ、副長ならそのうちひょっこり出てくるんじゃないですか? 妖精ですから」

 

「でも、私は弱いよ。また誰かを恨んで、暴走するかもしれないよ?」

 

「その時はぶん殴ってでも戻します。貴方が『望んだ方』へ」

 

 どっちにしますか、と無言のまま私はアヤメさんに語りかける。

 

 貴方が本当に望んだことは何なのか。答えは彼女しか知らない、だから私は言葉を重ねる。

 

 心と心の距離は、海よりも深くて宇宙よりも広い。だから人は言葉を紡ぐ、相手の心と自分の心を繋ぐ橋のように、広い海を沈める大地のように。

 

 そう教えられたから、私は言葉を止めない。

 

「・・・・ロンド・ベル。私は、『提督』でいたいよ」

 

「はい、提督。それが願いならば、大丈夫です」

 

「みんなが笑顔で平和に暮らせる世界にしたいよ」

 

「解りました。このロンド・ベルの力でよければ、存分に使ってください」

 

「私、私は!」

 

 ギュッとアヤメさんが抱きついてきた。泣きじゃくる子供のように、大声で叫ぶ彼女からはもう深海棲艦の匂いはしなかった。

 

 もちろん、背後の二人からも。

 

 良かった。これでいいんだよね、副長?

 

 二度と会えないかもしれないけど、いいんだよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいわけあるか、ボケども!』

 

 はい、絶賛、執務室にてお説教中です。

 

 アヤメさん、私、叢雲、大和が正坐した先、艤装を山積みにしたお立ち台に立った副長が、盛大に怒鳴り声を上げているのです。

 

 ううう、やっぱ死んでなかった。良かったような、悪かったような。

 

『ド阿呆どもが! 恨み辛みなんて日常的にあるだろうが! それをなんだ! 復讐してやるで深海棲艦側に落ちんなよ! 艦娘達を失った悲しみは理解できるがな! 手当たり次第に八つ当たりだ?! 情けなくて泣けてくるぜ』 

 

「ごめんなさい」

 

 あ、アヤメさん、そこで謝っちゃダメ。余計に火に油だから。

 

『あぁ?! てめぇが最初に落ちてんじゃねぇよ! 提督だろうが! 鎮守府の危機ならば逃げろ! 救援に頼る前に戦術考えろよ! 書類仕事一つできねぇところを見ると、大淀あたりに丸投げで毎日のんびりだったんだろうが?!』

 

「は、はい、ごもっともです」

 

 いや、それもダメ。

 

『ごもっともです・・・・・じゃねぇぞてめぇ!!!』

 

「副長ストップ! ダメだよ! なんで艤装で狙ってるの!?」 

 

 主砲とか副砲とかが動いてるんだけど! アヤメさん人間だよ! なんで砲撃しそうになってるわけ?!

 

『黙ってろ嬢ちゃん! てめぇだってなんだあの『挑発』は?! 挑発しといて防御も回避もできねぇってどういうことだ、コラァァ!』

 

「は、はいごめんなさい!」

 

 うう、こっちに矛先が向いてきた。

 

 その後も副長の怒りは収まることはなく、アヤメさんを散々に怒鳴って、叢雲と大和も罵倒して、最後にまた私に戻ってを延々に繰り返して。

 

 あ、夕日が沈むねぇ。

 

『よっし、言いきった。とにかくだ、おまえら全員落第点だ。これから先、ビシバシと鍛えてやるから、覚悟しろ』

 

「は、はい」

 

『なんだその生ぬるい返事は?! 気合入れろオラぁぁ!!』

 

「はい!!!」

 

『よぉし、最初はアヤメ、てめぇだ』

 

 腕組みしたままニヤリと笑う副長に、アヤメさんはガタガタと震え出す。

 

「お、お手柔らかに」

 

『いいぜ、お手柔らかにしてやるぜ。何しろ、俺はおまえに一度、殺されてるからな。その分は『優しく』教えてやるよ』 

 

 うわ、副長の笑みが黒い。あれって、話には聞いていたけど、初めて見るなぁ。確か、元上司の腹黒い笑みらしいけど、誰のことだろう。

 

『まずは、鎮守府の書類をやろうか、な、小娘』

 

「え、私は小娘なの?!」

 

『あ? 半人前以下の赤ん坊以下が、生意気言ったか?』

 

「すみませんでした」

 

 見事な土下座だよね、アヤメさん。見ていて清々しいよ。

 

『ほら、さっさとやれ。ああ、それと、だ。他三人、ちょっと演習場に行ってこい』

 

「え? 何で?」

 

 今から? もう暗くなるし、演習場に行っても何もないような。

 

 そこで副長は、とても晴れやかな顔で告げたのでした。

 

『ロンド・ベル。俺らの艤装の弾薬、無限らしいぞ』

 

「え?」

 

 音符でも乱舞してそうな副長の言葉を最後に、私と叢雲、大和の三名は地獄の底を歩くことになったのでした。

 

『おらおらおら! 魚雷の絨毯だぞ!』

 

『マシンガン主砲でございます!』

 

『航空機のカーニバルだよ!』

 

「ちょっと待って!? なにそれ!? どうしてそうなるの!?」

 

 まさに地獄絵図。爆弾と主砲弾と魚雷が踊る訓練場で、私は必死に回避を続けていた。

 

『ミサイル、ゴー』

 

「待って! 死んじゃうから! 轟沈しちゃうから!」

 

 止めてと妖精たちに必死に懇願してみると、彼らはにこやかな笑顔で親指を立てた。

 

『そういって死んだ奴はいない、演習で轟沈した艦娘は艦娘じゃない』

 

 鬼! 悪魔! なんなのこの妖精たち!?

 

 そして、私達の地獄の舞踏会は二日間、続けられたのでした。

 

 ちなみに、ですが。

 

 アヤメさんが副長から、『一万光年譲って合格してやる』と解放されたのは、五日後のことでした。

 

 お風呂も睡眠もダメって、女の子には辛いよね。

 

 

 

 

 

 





 色々あったけど、これが私達のマイナススタート。

 足りないものもある、不備も多い。

 でも、決して諦めて逃げ出したわけじゃないから。

 だから副長、毎日のようにあの訓練するの、止めようよ(泣)







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止まない雨はないのだから

 

 色々あったけど、ようやくアヤメさんの鎮守府は再開になった。

 まだまだ心の傷は深いし、癒えることはないと思う。

 でも、立ち止まって振り返っていた足は進んでいるから。

 だからね、副長、もう許してあげようよ(泣)







 

 鎮守府の朝はとても早い。

 

 朝日が昇るか昇らないかって時間にね。

 

『起床!!!!!!』

 

「うきゃぁぁぁ?!」

 

 波動砲と超重力砲の起床ラッパが盛大になるから。

 

『おらおらおら! 敵襲だったら速やかに鎮守府が灰になるんだぞ! 今すぐに起きろ!』

 

 今日も副長が絶好調で怖いよ!

 

『小娘! てめぇ何してやがる! 提督はいの一番に司令室に直行って言っただろうが!』

 

「待って、本当に待って、昨日に寝たのが朝の五時だから」

 

 床に突っ伏しているアヤメさんを抱き上げて、速やかに走り出す私。

 

『嬢ちゃん! それやったら訓練倍だからな!』

 

「ひぃ?! でも副長!」

 

『デモもストもねぇ! いいから・・・・って大和に叢雲! 艤装装着まで五分以内って教えたよなぁ!』

 

 あ、あっちに意識が向いた、今がチャンスだ!

 

「アヤメさん、飛ばすよ」

 

「ごめん、ロンド・ベル」

 

「いいから掴まって」

 

『で、捕まえるんですよね、解ります』

 

 終わった。

 

 私はゆっくりと両手を上げて、そしてアヤメさんは床に突っ伏したまま、できるだけ両手を上げたのでした。

 

 い、何時の間に作ったの、人型サイズの真・ゲッター。

 

『フフフフフフ、知らなかったのですか、ロンド・ベル。我らの艤装の中はスパロボなんですよ?』

 

「あ、うん、そんな気はしていたから」

 

 そして、今日も鎮守府の朝は賑やかに盛大に、地獄のような苦しさで始まるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いい機会だから、嬢ちゃんも鍛え直すか。

 

 なんて気楽な副長の言葉で始まった強化月間は、まさに地獄だった。

 

『おい、小娘。書類五十枚に何時間かけてんだ? あ?』

 

「待って、本当に待って。五十枚って手書きで時間かかるものじゃないの?」

 

『ロンド・ベル、教えてやれ』

 

 え、私に聞くの? え、まさか、あれを教えてやれって言うの?

 

 そんな厳しいことって、私が副長に目線を向けて『違うって言って』と懇願しているけど、副長はとても悪い顔で笑ったまま否定してくれない。

 

「・・・・私の鎮守府の初期艦の人は、五十枚を一分で決済します」

 

 アヤメさん、ごめんなさい。本当なんです、吹雪さんは一分で五十枚なんです、本当に本当にどうかしているんじゃないかって。

 

 ヒ?! い、今、吹雪さんの気配が。まさか、異世界にまで能力を届かせるなんて、そんなこと。

 

 『ロンド・ベル? たるんでませんか?』。

 

「ヒィィィィ?!」

 

 嘘でしょ!? 誰か嘘だって言って!!

 

『鬼神の異名は伊達じゃないんだよ、嬢ちゃん』

 

「ふ、副長だって顔面蒼白じゃないの」

 

『当たり前だろうが。下手な鎮守府だったら、二十や三十を片手間で相手する艦娘の頂点だぞ。あの人が激怒した時なんて』

 

 あ、副長が真っ白になった。そんなになの、お説教中だった副長が燃え尽きて灰になるくらいなの?

 

『吹雪さん、申し訳ありません』

 

「土下座した?!」

 

「あの鬼を土下座させるくらいの吹雪って本当に駆逐艦?!」

 

 あ、アヤメさんも驚いている。でも、私も驚いているんだよね。

 

 本当に、あの吹雪さんって怖いのか疑問があるけど。普段は本当に穏やかで優しい思いやるのある先輩って感じで。

 

『よし、これでいいだろう。さあ、やろうか、小娘』

 

 あ、復活した。うわぁ、凄くいい笑顔でアヤメさんに近寄っていく副長が、妖精サイズなのに大型巨人みたいに見えるよ。

 

「ひ?! あ、あのね、私だって頑張っているんだから、その」

 

 言い訳を述べるアヤメさんに、副長はとてもいい笑顔で親指を下に突き出す。

 

『寝言は地獄に落ちてからにしろや、小娘。結果の出ない努力に何の意味がある? 頑張りましたねが許されるのは小学生までだ、後は結果出せ、いいから結果出せ』

 

 あ、アヤメさん顔面蒼白で泣きだした。

 

『泣いて結果が出るのか小娘ぇ!! いいからやれ! おら!』

 

「は、はい!」

 

『誤字あるじゃねぇかボケ! 書類っていうのは社会人の基本だぞ!』

 

「ごめんなさい!」

 

『手ぇ止めんじゃねぇ! 提督だろうが! 提督だったらな、書類の片手に指揮できて当たり前なんだよ!』

 

 なにその理不尽!?

 

「副長!」

 

『ちなみに、提督代行は書類を片手間、指揮やりながら、資材の在庫まで把握して戦略の練り直しをやった』

 

 くあぁぁ、あの伝説の『提督代行』。私は一度しか会ったことないけど、たった一人で日本を支えた戦略を展開した、天才軍師って言う。

 

 高野総長がもう大絶賛して、軍学校では『あれが出来たら一流』って言われている、あの。

 

「あ、あの、私にそれをしろとか言わないわよね?」

 

『当たり前だろうが。小娘があの人に並ぼうなんて、一般人が英雄王に勝てって言うもんだぞ』 

 

 そこまで言うの?

 

 ちょっと副長に『嘘でしょ』と視線を送ったのだが、副長は知らぬ顔で大きく頷いた。

 

『だが、俺達の中の提督はそういう人物だがな』

 

 その瞬間、アヤメさんは盛大に床に転がったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月月火水木金金、昔の日本帝国海軍はそういうことを平然としていた、なんて話を聞くんだけどね。

 

「もう、いや、魚雷見たいくない」

 

「砲弾怖い、砲弾怖い」

 

 あ、うん、二人とも解るよ。本当に心の底から解るんだけどね。

 

 食堂で突っ伏してブツブツと呟いている叢雲と大和に、同意を示しながらも私は一方で思ってしまう。

 

 私が所属していた鎮守府は、もっと苛烈な訓練があったなぁ、と。

 

「流刃若火と物干し竿を使う駆逐艦」

 

「え?」

 

「あ、ごめん、なんでもないから」

 

 思わず口から出てしまった言葉を、慌てて取り消す。

 

 うん、そうだよね。暁さんが持っている刀って、『聖杯』で能力は『刀関係の全能力の使用可能』。斬魄刀だろうが、宝具だろうが、使い放題で使っているからね。

 

 あの訓練、本当にきつかったなぁ。 

 

 後、瑞鳳さんの意味不明な航空機の雨とか。え、何処から出てきたのっていう航空爆撃と魚雷のスコールって言うのもあったな。

 

 あ、大和さんの五十二センチ三連装主砲と、斬艦刀二刀流の嵐のような攻撃もあったなぁ。

 

「え、あのロンド・ベル。本当なんですか?」

 

「口から出てました?」

 

「え、ええ」

 

 大和がすっごい怯えたような顔をしているけど、事実だから。

 

「私の先輩の『大和さん』は、五十二センチ三連装主砲を四つ、乱撃のように放ちながら命中率が九十九を割ることはなく」

 

「え?」

 

「五メートル以上ある斬艦刀を二つも持って、相手を絡め取って叩き伏せて、砲撃で逃がさない完全殲滅型の人でしたよ」

 

「・・・・・・・」

 

 あ、気絶した。でも、副長達の訓練って、初期の頃の大和さんと同じらしいから、完成形はそこなんだろうな。

 

「む、叢雲は?!」

 

 そこで踏み込みますか? あの人は特に怖いことはなかったけれど。

 

「槍の一撃で小島を消し飛ばしたことありますね、確か」

 

 私は見たことないけど。

 

「あ、そう」

 

「はい。後、魚雷と主砲の命中率がすごくて。ケシ粒しか見えない的に対して、命中率九割を超えるとか、砲弾と砲弾を当ててのピンボールで相手を撃沈したとか、色々と」

 

「・・・・・・あんたのところの鎮守府はおかしい!」

 

 いや、そんなことないけど、あ。

 

『おいどういう意味だ、コラ』

 

「ひ?! で、出たわね鬼軍曹!」

 

 あ~~あ、叢雲さん、そんなこと言うと。

 

『せっかく休憩をもっと伸ばしてやろうかって考えていたんだけどな。元気そうじゃねぇか』

 

 すっごく凶悪な顔しているね、副長。

 

『休憩終了だ』

 

「ちょっと!」

 

「まだ十分ですよ!」

 

『戦争中に『もっと休憩』なんて言えるわけないだろうが! オラ! とっとと歩け! 走れ! 艤装もってこい!!』

 

 そして、食堂に波動砲の一撃が吹き荒れた、と。

 

『なに呑気な顔してるんだ、嬢ちゃん?』

 

「え、私も?」

 

『・・・・・・』

 

「サーイエッサー!!」

 

 なにその憤怒の表情?! 今まで一度だって見たことなかったんだけど!

 

『朝のペナルティ、まだだったよな、嬢ちゃん?』 

 

「あれまだ続いているの?!」

 

『当たり前だろうが! とっとと行け! 今日は誰も付き添わないからな!』

 

 ふぇぇぇ?! 悲鳴を上げながら走りだす私の背中に、副長の一言が突き刺さる。

 

『なんだ、まだまだ元気だな。そろそろ段階を上げるか』

 

 まだ上があるの?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も日が沈む。誰もが穏やかに一日が過ぎたことを喜び、明日の幸せを願う夕陽を眺めながら、私は海面に転がった。

 

「あ、もう、ダメ」

 

『耐久訓練の最中に落ちるんじゃねぇ! 立てやこの馬鹿ども!』 

 

 副長の声が遠くに聞こえる中、私と叢雲、大和は沈んだのでした。

 

 と、思ったら海面の上に立っていた。

 

『そう簡単に沈めると思うか? なぁ』

 

『いぇーい!』

 

 あ、ダメコン班だ。うわぁ、いい笑顔でハイタッチしている。

 

「がんばれ、皆」

 

 その横で、正坐したアヤメさんが泣きながら書類している。あそこってブロックベイだから、相当に痛いんじゃ。

 

『おい、嬢ちゃん、終わったのか?』

 

「もう少しです、サー」

 

 ああ、返答がおかしくなっている。副長に毒されているなんて、そんなことないって信じたい。

 

『後一分で終わらなきゃ、追加な』

 

「ひぃぃぃ?!」

 

 半狂乱になりかけたアヤメさんがいた。

 

『さて、随分と余裕そうだな、お前ら。次だぞ』

 

 そして私たちに砲弾と魚雷が降り注ぎ、やがて闇の中での感に頼った夜戦に突入したのでした。

 

「もう嫌!」

 

「終わってください!」

 

「誰か止めて!」

 

 三人の悲鳴を聞きながら、私は昔、時雨さんに言われたことを思い出していた。

 

 『止まない雨はないのだから』、同じように『地獄の訓練も何処かで終わるから、大丈夫』と。

 

 とても可愛らしい笑顔だったけど、言っている内容はとても物騒だよね。

 

 

 

 

 

 




 

 地獄へようこそ。深海棲艦の方がマシだった、そんなこと言われることになると思うけど、まだまだ生きているから頑張って生きよう。

 死ぬことなんて甘いこと許してくれないから。

 だからさ、もう諦めて前に進もう。後退したら?  

 あの鬼の笑顔の副長が迎えてくれるよ。





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