ソードアート・オンライン〜青〜 (月島 コウ)
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SAO編
剣の世界


触り…なのに長い。(作者的に)
ので分けました。


2022年11月6日 日曜日 12:55

 

俺たちゲーマーにとって運命の時が近づいてきた。

《ソードアート・オンライン》。

天才量子物理学者、茅場晶彦によって作られた世界初のVRMMORPG。

俺を初め、多くのゲーマーが熱望して止まなかった、そのタイトルの正式サービスまであと五分。

 

八月から二ヶ月に渡って行われたベータテストには参加出来なかった。

抽選落ちである。

まあ、製品版はちゃんと購入出来たので良しとしよう。

明日は普通に学校だが、課題を含め準備もすでに済ませており、おかげで今日一日、なんの愁いもなく遊ぶことができる。

多少の夜更かしも、まあ、許されるだろう。

そもそも家に、夜更かしを止める人物などいないのだが。

 

などと考えてる内に時間になる。

 

13:00

 

ゲームハードである《ナーヴギア》を頭に被り、ベッドに横になる。

これから始まる冒険に心を踊らせ、その舞台である無限の蒼穹に浮かぶ巨大な石と鉄の城、《アインクラッド》へと自身を誘う魔法の言葉を口にする。

 

「リンク・スタート」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うおっしゃあああ!」

 

と叫びながら派手なガッツポーズを決めているのは悪趣味な柄のバンダナ男、《クライン》。

クラインは満面の笑みで振り向き、左手を高く掲げる。

それにばしんとハイタッチで応じるのはファンタジーアニメの主人公然とした容貌のイケメン、《キリト》。

その後キリトの横にいた俺こと、《ソウ》にも満面の笑みで左手を掲げてきたので気持ち強めにばしん! と叩く。

 

「いってぇー! いや痛くはねぇか」

 

「ははは、条件反射で出ちゃうよな。それより、初勝利おめでとう。……でも、今のイノシシ、他のゲームだとスライム相当だけどな」

 

「えっ、マジかよ! オレゃてっきり中ボスかなんかだと」

 

「なわけあるか」

 

笑いを苦笑に変えながら、キリトは剣を背中の鞘に収める。

俺もそれに倣い、腰の鞘に剣を収める。

 

今パーティーを組んでいる二人は、ベータテスト経験者のキリトと、俺と同じく初心者のクラインだ。

二人とは《はじまりの街》で出会った。

 

入り組んだ裏道にあるお得な安売り武器屋に駆けつけようとしたキリトに、その迷いのないダッシュぶりから、こいつはベータ経験者だと見当をつけたクラインがキリトを呼び止め、「ちょいとレクチャーしてくれよ!」と頼み込んでいるのを目撃した俺が、「あ、それじゃ、俺も」と便乗したのだ。

初対面での俺達の堂々たる図々しさに感心してか呆れてか、「は、はあ。じゃあ……武器屋行く?」という街案内NPCの如き対応をしたキリトと、なし崩し的に三人でパーティーを組み、フィールドで戦闘の手ほどきまでして貰い現在に至る、というわけだ。

 

以上、回想終了。

〜〜〜

 

「……それにしてもよお、ソウは凄かったなぁ」

 

俺が二人との出会いを振り返っている間に何やら話していた二人だが、クラインがこっちに話を振ってきた。

会話に参加していなかったから気を遣わせたのかもしれない。

キリトもクラインもいい奴だなー。

……それでなんの話だろう。

 

「ああ、俺でも最初は手間取ったのに。ほんとに初心者とは思えないよ」

 

……恐らく二人が言ってるのは、先程の俺の戦闘のことだろう。多分。

 

キリトから軽くレクチャーを受けた俺たちは、とりあえずやってみようということでまずは俺から、さっき話に出てた青イノシシ、《フレンジーボア》と戦闘を行ったのだが、クラインがついさっきまで苦労していた、魔法のないこの世界で唯一のシステム的攻撃手段である《ソードスキル》を一発で成功させてしまった。

まぐれかもということでもう一度試したが、やはり成功。

立ち回りも初心者にしてはなかなかという、キリトのお墨付きだ。

 

「実はおめぇもベータ経験者なんじゃねぇか?」

 

そう言ってニヤニヤとした(作り上げられたアバターからは爽やかな印象しか受けないがなぜかそう思う)笑いを浮かべるクライン。

 

「なわけないだろ。でもなんかしっくりくるんだよな、剣を使うの」

 

そう言ってまた鞘から剣を抜き、その場で軽く二、三度、敵を意識しながら剣を振る。

 

「なんだそりゃ、剣道でもやってたのか?」

 

鞘に剣を納めながら、クラインの話に耳を向ける。

ネットゲームでリアルの話をするのは嫌われるが、この程度なら問題ないだろう。

 

「いいや、運動はしてたけど剣道はないよ。体育の授業でやった程度かな」

 

言って、そういえば、剣道の試合では負けなしだったということに気づく。

俺を含め全員が初心者だったため、お遊びみたいなものだったが。

竹刀が思いのほか重く、次の日は必ず両手が筋肉痛だったせいで、そっちの印象の方が強かった。

それがこの世界では、パラメーターが許す限り、自在に剣を振ることができるのだ。

 

「もしかしたら、剣の才能、とかあるのかもしれないな」

 

そう冗談交じりに言うキリトは、今の話に微妙な表情だ。

リアルの話をしたのは少し不味かっただろうか。

視界の端では、クラインも気にしているようだ。

キリトは、何かを忘れるように軽く頭を左右に振ると、先程までと表情を同じに戻して続けた。

 

「さてと……どうする? 感が掴めるまで、もう少し狩り続けるか?」

 

「ったりめえよ! ……と言いてぇとこだけど、そろそろ一度落ちて、メシ食わねぇとなんだよな。ピザの宅配、五時半に指定してっからよ」

 

「準備万端だなぁ」

 

呆れ声を出すキリトに、おうよと胸を張るクライン。

今のやり取りを見る限り特に問題なさそうだが、念の為今後は気をつけるようにしよう。

キリトとも、クラインとも、これから長くなる気がするし。

と、思いついたようにクラインが続けた。

 

「あ、んで、オレそのあと、他のゲームで知り合いだった奴らと《はじまりの街》で落ち合う約束してるんだよな。どうだ、紹介すっから、あいつらともフレンド登録しねぇか? いつでもメッセージ飛ばせて便利だしよ。もちろんソウもよ」

 

「え……うーん、そうだなあ……」

 

キリトが歯切れの悪い返事をする。

ああ、これは、

 

「クライン、俺は遠慮しとくよ」

 

何か理由があるのかもしれない。瞬間的にそう思った俺は透かさずその申し出を断った。

やはりと言うべきか、キリトもそれに乗ってくる。

 

「いや、もちろん無理にとは言わねえよ。そのうち、紹介する機会もあるだろうしな」

 

クラインも何かを悟ったのか深くは言ってこず、すぐに首を横に振った。

本当にいい奴だな。

 

「悪いな、クライン」

 

「ああ。悪いな、ありがとう」

 

俺たちが礼を込めて謝ると、クラインはもう一度ぶんぶんと派手にかぶりを振った。

 

「おいおい、礼を言うのはこっちのほうだぜ! おめぇのおかげですっげぇ助かったよ、このお礼はそのうちちゃんとすっからな、精神的に」

 

「そうだな。俺も、ありがとな、キリト。このお礼はいつか精神的に」

 

そう言って、俺もクラインに続く。

それを聞いたキリトは、むず痒そうに笑うのだった。

 

成り行きとはいえ、俺たちに付き合ってくれたキリトが悪い奴なわけがない。

今会いたくないのにも、なにか理由があるのだろう。

クラインの言う通り、そのうちクラインの友人とも仲良く出来る日が来るはずだ。

あのクラインの友人が悪い奴らとも思えないし。

 

「……ほんじゃ、おりゃここで一度落ちるわ。マジ、サンキューな、キリト。これからも宜しく頼むぜ。ソウもな」

 

ぐいっと突き出された右手を感慨深そうに握り返すキリト。

その後、俺にも突き出された右手を、俺は気持ち強めに握り返した。

別に、さっきからキリトのついで感が半端ないことに対して思うところがある訳ではない。決してない。

 

「こっちこそ、宜しくな。また訊きたいことがあったら、いつでも呼んでくれよ」

 

「俺も、いつでも呼んでくれて構わないからな」

 

「おう。頼りにしてるぜ」

 

そして俺たちは手を離す。

 

真にSAOが、楽しいだけの《ゲーム》であったのは、正しくこの瞬間までだった。

 



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剣の世界 2

続けてどうぞ。


「あれっ」

 

夕暮れの草原に、クラインの頓狂な声が響いた。

今までの付き合いだけでもクラインが多少抜けていることが分かっている俺とキリトは一瞬顔を向けるも、特に気にすることもなくその言葉を聞き流そうとした。

が、続く言葉を、俺は聞き流すことが出来なかった。

 

「なんだこりゃ。……ログアウトボタンがねぇよ」

 

その一言に、キリトはウィンドウを弄る手を止め顔を上げ、俺は流れるはずのない冷や汗が背中を流れる感覚を覚え、それを無視するように右手で《メインメニュー・ウインドウ》を呼び出した。

 

「ボタンがないって……そんなわけないだろ、よく見てみろ」

 

キリトが呆れ声でそう言うと、クラインはもう一度自分のウインドウを凝視するが、やがて、

 

「やっぱどこにもねぇよ。おめぇも見てみろって、キリト」

 

「だから、んなわけないって……」

 

「いや、ほんとにないぞ」

 

自分のウインドウを見ながら俺がそう言うと、キリトは怪訝そうに眉根を寄せ、慣れた手つきで自らのウインドウを操作し、そしてーーーぴたりと全身の動きを止めた。

恐らくベータテスト時代にもそこにあったであろうトップメニュー左のメニュータブの一番下、ログアウトボタンのあった場所。

そこにできた空白を凝視し、信じられないと言った様子で、もう一度ウィンドウを上から下まで眺め、そして視線を上げて俺とクラインの顔を交互に見る。

クラインの顔が、な? というふうに傾けられる。

 

「……ねぇだろ?」

 

「うん、ない」

 

クラインの言葉に、不承不承といった感じでキリトが頷く。

キリト達はそのまま何やら話し出すが、今の俺には入ってこない。

 

今日の午後一時にログインした時には確かにあったログアウトボタンの消滅。

そもそも、《ログアウト不能》なんて致命的なミスを運営がするだろうか。

それにしたってなぜなんの対応もないのか。

アナウンスもなければ、強制ログアウトといった措置も取られていない。

GMコールもさっき試したが、通じない。

それに、ナーヴギアは現実世界の体への命令信号を完全に遮断している。

つまりそれは、どれだけ体を動かそうとしても動くのは仮想世界の体だけで、自分では、現実世界にある電源を切ることも、ナーヴギアを外すことも出来ないのだ。

自発的ログアウトの不可。

ボタンが一つなくなった、たったそれだけのことで俺たちは、自力でこの世界から出ることが出来なくなった。

むしろ、閉じ込めたれた、と言ったほうが正しいかもしれない。

 

向こうも同じ結論に至ったのか、キリトとクラインが少し焦ったような顔を向けてくる。

 

「……こうなったら外的要因に頼るしかないだろうな。と言っても俺は一人暮らしだが……」

 

そう言って、ちらりとクラインを見やる。

 

「オレも一人暮らしだぜ。おめぇは?」

 

「……母親と、妹と三人。だから晩飯の時間になっても降りてこなかったら、強制的にダイブ解除されると思うけど……」

 

キリトはやや迷ったようだったが、素直に答えた。

しまった、またリアルの話をしてしまった。

ついさっき、気をつけようと思ったとこなのに。

俺も少し焦っていたようだ。

少し頭を冷やそう。

 

「おぉ!? き、キリトの妹さんて幾つ?」

 

俺が反省している中、クラインは突然目を輝かせ身を乗り出し、キリトに、正確にはキリトの妹さんに食いついた。

キリトがその頭をぐいっと押し戻すのを横で眺めながら、俺は思った。

 

クラインへの評価を改めなければいけない、と。

 

これは妹という単語に食いついているのか、もしくは女性そのものに食いついているのかで、その評価が大きく変わるところである。

一言で、ヤバいやつ(妹属性好き)か、残念なやつ(女性に飢えてる)か、だ。

もちろん、どちらにしても下降修正であることに変わりはない。

 

まあしかし、狙ったわけではないだろうが、肩の力が抜けて、どうでもいいことを考えれるくらいには頭に余裕が出来たのも事実だ。

とりあえずこの問題は棚に上げておいてやろう。

 

時刻は五時半を回り、層と層の間から覗く空は真っ赤な夕焼けに染まっている。

差し込む夕陽が広大な草原を黄金色に輝かせ、俺は場違いにも仮想世界の美しさに言葉を失った。

 

直後。

 

突然、リンゴーン、リンゴーンという鐘のような大ボリュームのサウンドが鳴り響き、俺たちは飛び上がった。

 

「んな……っ」

 

「何だ!?」

 

「……っ!」

 

同時に叫んだ二人の姿を見て、息を呑む。

二人の体を、鮮やかなブルーの光の柱が包んでいた。

恐らく俺も同じだろう。

青い膜の向こうで、草原の風景がみるみる薄れていく。

そして体を包む光が一際強く脈打ち、俺の視界を奪った。

 

青の輝きが薄れると同時に、風景が再び戻った。

しかしそこはもう、夕暮れの草原ではなかった。

目に入るのは広大な石畳に、周囲を囲む街路樹と中世風の街並み。

正面遠くには、黒光りする巨大な宮殿ある。

間違えなく、ゲームのスタート地点である《はじまりの街》の中央広場だ。

 

恐らくはテレポートの類だと当たりをつけ、周囲に視線を走らせれば、幸いにも二人はすぐ隣にいた。

別々の場所にテレポートさせられたわけではなかったことに安堵しつつ、さらにその周囲にいる大量のプレイヤーに目を向ける。

恐らくはログインしている全プレイヤーが、俺たちと同じように強制的にテレポートさせられたのではないだろうか。

だとしたら十中八九運営の仕業だと思うのだが、なぜ何のアナウンスもなしに……。

 

人々はしばらく押し黙って周囲を確認していたが、ぽつりぽつりと誰かが話し出したのを皮切りに、次第にボリュームを上げ、徐々に苛立ちの色合いを増し、遂には喚き声までも聞こえ出した。

と、不意に。

それらの声を押しのけ、誰かが叫んだ。

 

「あっ……上を見ろ!!」

 

俺たち三人は、反射的に上を見上げた。

遥か上空、第二層の底を、真紅の市松模様が包んでいく。

そこには交互に【Warning】、そして【System Announcement】の文字が。

二つ目の言葉の意味に、多くのプレイヤーは肩の力を抜きかけるが、俺は背景と同じく真っ赤な文字で綴られたそれらに、どうしようもなく、不安を掻き立てられた。

 

いつの間にか広場は再び静寂に包まれ、誰もが訪れるであろう運営のアナウンスに耳を傾けた。

しかし、次に起きた現象はプレイヤーたちの予想を裏切り、運営のアナウンスなどではなかった。

真紅のパターンの中央から、巨大な血液の雫のようにどろりとしたものが、ゆっくりと空中に落ちてゆく。

空中で留まったそれは突如その形を変え、次に現れたのは、巨大な真紅のフード付きローブをまとった人の形をしたナニカだった。

下から覗けるフードの中には、そこにあるべきはずの顔はなく、その不気味さを際立たせている。

それを見たプレイヤー達は、恐れや不安を誤魔化すようにまた口々に話し出すが、今回それは長くは続かなかった。

 

不意にローブの右袖が動いた。

袖口からは純白の手袋が覗いたが、袖と手袋を繋ぐ肉体は存在しない。

続いて同じように左手も動き、まるで俺たちを歓迎するかのように、両手が広げられた。

直後、低く、落ち着いた、よく通る男の声が、遥かな高みから降り注いだ。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

咄嗟には、多くのプレイヤーは意味を摑み損ねたようだが、俺は、自分の中で何かが落ち着くような感じがした。

 

そしてそれは、次の言葉で確かなものとなる。

 

隣でキリトとクラインが唖然として顔を見合わせる中、赤ローブは、否、その向こうにいる男は、両手を下ろしながら続きの言葉を発した。

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 



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剣の世界 3

これで最後です。


『これは、ゲームであっても遊びでない』

 

これは、茅場晶彦が何かの雑誌のインタビュー記事に載せたコメントだ。

これについて、殆どの人は深くは考えることはなかっただろうが、俺は心のどこかにずっと引っかかっていた。

 

まあ、それが今、こういった形で解消されるとは思ってもみなかったわけだが。

 

いやほんとにまったくうれしくない。

しかしそのおかげで、今は至って冷静に、現状の把握に努めることが出来ている。

未だ現実味がない、というのが一番の理由であるとは思うが。

 

茅場晶彦曰く、このゲームのルールは、

 

一つ、自発的ログアウトの不可。

二つ、外的要因によるログアウトは死を意味する。

三つ、この世界での死は、そのまま現実世界での死を意味する。

四つ、ログアウトするには、第百層の最終ボスを倒して、このゲームをクリアするしかない。

 

といった所だろうか。

まあ、何とも現実的ではない。

 

街の外に出たら死ぬ危険がある。

それが分かっていながら、勇敢にもゲームクリアを目指せるプレイヤーが果たして何人いるだろうか?

そもそもこういったゲームはゾンビアタック、つまり何度も死にながら攻略することが通例だ。

それなのに、ゲームなのに、一度死んだら終わりだなんてまるで、

 

ーーー現実世界のようじゃないか。

 

そんな俺の思考を肯定するように、赤ローブの話は続いた。

 

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 

右の白手袋を翻しながら、淡々とそう告げる。

プレイヤーは殆ど自動的にウインドウを開き、アイテムを確認する。

アイテム名、《手鏡》。

オブジェクト化し、手に取る。

何の変哲もないただの手鏡だ。

面倒くさがって特に作り込まなかった、自分のアバターの顔が写っている。

同じく自分の手鏡を見ていたキリトとクラインだが、本当に何の変哲もないことに、互いの顔を見合わせる。

すると突然、俺を含めた周りのアバターを白い光が包み、視界が一瞬ホワイトアウトした。

二、三秒で光は消え、またどこかに転移しているということもなかった。

キリトとクラインにも、何ともなかったかと尋ねようと、二人がいた場所を見やると。

 

全く知らない二人がそこにいた。

 

否、身に付けているものから、何とか二人だと判断はつくが、見た目が、全くと言っていいほど変わっている。

涼やかな若侍然とした顔立ちだった悪趣味なバンダナの男は、無精髭を生やし、今はむしろ野武士のようだ。

そしてその正面にいるのは、勇者然とした逞しい青年ではなく、一見、女の子にも見間違われそうな線の細い顔の少年だった。

二人は同時に、

 

「お前……誰?」

「おい……誰だよおめぇ」

 

と言い合い、二人同時に、自らが手にしている手鏡に目を向ける。

何やら悲痛そうな顔をしているキリト(仮)の横で、「うおっ…………オレじゃん……」と驚くクライン(仮)。

そしてもう一度互いの顔を見合わせ、同時に、

 

「お前がクラインか!?」

「お前がキリトか!?」

 

と叫んだ。

そして二人同時に、バッとこっちに目を向ける。

やっぱり仲いいなーっと現実逃避気味に考えながら、予想は出来るが一応、念の為に、万に一つの可能性にかけ、自分の手鏡をのぞき込む。

そして、はぁ、と溜め息一つ。

そこにはやはりと言うべきか、毎朝鏡で見る、現実世界の自分の顔が映り込んでいた。

 

「お前、ソウか!?」

「おめぇが、ソウか!?」

 

二人に同時に問われ、ソウです、と頭の中でつまらない返しをしながら、肩を竦め、両手を上げることで応じる。

声も変わってるなーっと、もはや投げ遣り気味に思いながら、顔や体格の再現方法についてのキリトとクラインの考察に耳を傾けつつ、メンタルの回復に努める。

 

「……現実」

 

ぽつりと、キリトは言った。

 

「あいつはさっきそう言った。これは現実だと。このポリゴンのアバターと……数値化されたヒットポイントは、両方本物の体であり、命なんだと。それを強制的に認識させるために、茅場は俺たちの現実そのままの顔と体を再現したんだ……」

 

「でも……でもよぉ、キリト。なんでだ!? そもそも、なんでこんなことを…………!?」

 

キリトはそれには答えず、指先で真上を、赤ローブを示した。

 

「もう少し待てよ。どうせ、すぐにそれも答えてくれる」

 

そしてキリトの予想通り、茅場晶彦はすぐにそれに対して答えを提示した。

 

『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私はーーーSAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか?あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』

 

その答えを半ば予想出来てきる俺は、そうであったなら、この()に、まだ目的があったならば、どれだけ俺たちは楽だろうかと、そう思いながら、やつの話の続きに耳を傾けた。

 

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』

 

その声は今までとは違い、どことなく熱を帯びてるようでもあった。

 

『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する、プレイヤー諸君のーーー健闘を祈る』

 

無機質さを取り戻した声が、最後の一言が、人々にどうしようもない現実を理解させ、染み込ませるようにわずかに残響を引き、消えた。

 

赤ローブは逆再生のように、フードの先端から空を埋めるシステムメッセージに溶け込むように同化し、やがて最後に一つ、血の色の水面に波紋を残して消えた。

直後、天空一面に並ぶメッセージもまた、現れた時と同じように唐突に消滅する。

 

三度、訪れる静寂。

徐々に、何事も無かったかのように、市街地のBGMが以前と同じように聞こえてくる。

 

全てが以前と同じならどれだけ良かっただろうか。

 

そこで、何とか保っていたプレイヤー達の心の堤防は決壊した。

あちこちから聞こえてくる、阿鼻叫喚の地獄。

 

しかしこれだけ周りが取り乱せば、逆に俺としては落ち着くというもの。

さて、これからどうしようかと、とりあえず暫定のパーティーメンバーに目をやる。

クラインは未だ呆然としているが、キリトはどこか覚悟を決めた者の表情をしていた。

 

ゆっくり息を吸い、吐いて、キリトは口を開く。

 

「クライン、ソウ、ちょっと来い」

 

キリトがクラインの腕を引き、俺も黙ってそれに着いて行く。

集団の外側にいたのか、すぐに人の輪を抜け、広場から放射状に広がる幾つもの街路の一本に入った。

 

キリトは俺とクラインの顔を交互に見て、真剣な声音で言った。

 

「……クライン、ソウ。よく聞け。俺はすぐにこの街を出て、次の村に向かう。お前たちも一緒に来い」

 

クラインの目がしっかりとキリトを捉える。

キリトは周りに漏れないように低く、しかし俺たちにはしっかり聞こえるように続ける。

 

「あいつの言葉が全部本当なら、これからこの世界で生き残っていくためには、ひたすら自分を強化しなきゃならない。お前らも重々承知だろうけど、MMORPGってのはプレイヤー間のリソースの奪い合いなんだ。システムが供給する限られた金とアイテムと経験値を、より多く獲得した奴だけが強くなれる。……この《はじまりの街》周辺のフィールドは、同じことを考える連中に狩りつくされて、すぐに枯渇するだろう。モンスターのリポップをひたすら探し回るはめになる。今のうちに次の村を拠点にしたほうがいい。俺は、道も危険なポイントも全部知ってるから、レベル1の今でも安全に辿り着ける」

 

キリトがこんなにも長ったらしい台詞を言ったのにも驚いたが、何よりその内容に驚いた。

 

この明らかに見た目俺より歳下であろう少年は、この極限状態の中、あの短時間で、おおよそ最適解と思われる行動に辿り着いたのか、と。

確かに少々、リスクを軽視している気もするが、十分に冷静な判断と言えるだろう。

 

俺はおおよそ同意だが、クラインはどうだろうかと思い、クラインを見ると、わずかにその顔を歪めていた。

 

「でも……でもよ。前にも言ったろ。おりゃ、他ゲームでダチだった奴らと一緒に徹夜で並んでソフト買ったんだ。そいつらももうログインして、さっきの広場にいるはずだ。置いて……いけねえ」

 

「…………」

 

クラインの張り詰めた視線を受け、キリトは息を詰め、唇を噛んだ。

クラインは友達全員を連れていくことを望んでいるのだろう。

この根っからのお人好しは、自分だけなら助かるかもしれないこの状況でも、友達を見捨てることを許せない。

 

しかし、キリトも一杯一杯なのだろう。

さっきから言葉に余裕がない。

軽くレクチャーを受けたとはいえ、初心者二人。

いくらキリトでもレベル1の現状、守りながら戦うのにはここが本当に限界のラインなのだろう。

 

守られる側でしかない俺は、彼らにかける言葉を持ち合わせてはいない。

 

そんなキリトの刹那の逡巡を、クラインもまた明確に読み取ったようだった。

強張りながらも、無精ひげの浮く頬に、太い笑みを刻み、ゆっくりと首を左右に振ってみせた。

 

「いや……、おめぇにこれ以上世話んなるわきゃいかねぇよな。オレだって、前のゲームじゃギルドのアタマ張ってたんだしよ。大丈夫、今まで教わったテクで何とかしてみせら。それに……これが全部悪趣味なイベントの演出で、すぐにログアウトできるっつう可能性だってまだあるしな。だから、おめぇは気にしねぇで、次の村に行ってくれ」

 

「…………」

 

黙り込んだキリトは、葛藤に見舞われているのだろう。

クラインの言う可能性は、残念ながら有り得ない、それはキリトも分かっている。

だからこその葛藤だ。

 

そしてついに、決定的となる次の言葉を発した。

 

「……そっか」

 

頷き、一歩後ろに下がると、掠れた声で言った。

 

「なら、ここで別れよう。何かあったらメッセージ飛ばしてくれ。……じゃあ、またな、クライン」

 

眼を伏せ、振り向こうとしたキリトに、クラインが短く叫んだ。

 

「キリト!」

 

「…………」

 

キリトは視線で問いかけるが、クラインは頬骨のあたりが軽く震えただけで、続く言葉はない。

キリトはひらりと手を振り、体を次の拠点となる村があるであろう方向へと向けた。

そして数歩歩いたところで、もう一度、その背中に声が投げ掛けられた。

 

「おい、キリトよ! おめぇ、本物は案外カワイイ顔してやがんな! 結構好みだせオレ!!」

 

キリトは振り返ることなく、肩越しに叫んだ。

 

「お前もその野武士ヅラのほうが十倍似合ってるよ!」

 

キリトはそのまま、まっすぐ、ひたすらに歩き続けた。

 

 

……さてと、完全に空気だったが、大丈夫だろうか? 忘れられてないだろうか?

キリトは、ちゃんと待ってくれているのだろうか? かなり怪しいところである。(フラグ)

 

「……ソウよぉ」

 

良かった! クラインは俺のこと、忘れてなかったみたいだ。

さすが、クライン!

 

「おめぇ、キリトのこと、頼んだからな」

 

……ここに至っても、まだ他人の心配をするのだから、こいつは本当に根っからのお人好しで、

 

「ああ、お前好みの顔らしいからな。任せとけ。変な虫が寄ってこないよう、せいぜい見張っといてやるよ」

 

「お、おう? ……いや、いやいや! そういう意味じゃねぇよ!?」

 

「分かってる、分かってる」

 

「いやそれ、分かってる奴が言う台詞じゃねぇ!!」

 

ーーー本当にいい奴だ。

 

「……まぁなんだ。だから、死ぬなよ」

 

一瞬ぽかんとしたクラインだが、すぐに前みたいに、いや、前よりも顔に似合っている笑みを浮かべて言った。

 

「おう! おめぇもな!」

 

俺はそれには返事をせず、クラインに背を向けて、キリトが歩いて行った方向へと歩き出す。

そして振り返ることなく軽く右手を上げて、

 

「またな」

 

と、再会を約束した。

あの時、夕日の草原で離したこの手を、また三人で握り合うために。

 

そのためにも俺は、頼もしくも危なっかしい、あの小さな背中を、支え、守っていくとしよう。

 

〜〜〜

 

なお、キリトはほんとに俺のことを忘れていて、途中で気づいて急いで戻って来てくれたらしい。

その後、それはそれは謝られた。

 

いや、戻ってきてくれたから別にいいんだけどね……。

 

フラグ回収お疲れ様です。

 




……小説って書くのすごく疲れますね。
皆さん凄いです。

ここまでお読み頂きありがとうございました。
次話からはオリ主、もっと頑張るので……


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ビーター

このデスゲームが始まってから、一ヶ月が過ぎた。

犠牲者は二千人。

未だ、第一層さえ突破されていない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺こと、ソウは、あれからしばらくキリトと行動を共にし、第一層についてキリトの知りうる情報を出来るだけ教えて貰った後、今は別行動を取っている。

 

というのも、いつまでもあの、おそらく俺よりも歳下であろう少年に、頼りっぱなしでいるのは良くないと思ったからだ。

お互い性格的にソロの方が向いていることもあって、俺たちは思いのほかすんなりと別れた。

 

それに、少し一人で考える時間も欲しかった。

このデスゲームに対してどういうスタンスを取るのか、それを俺はまだ決めかねていた。

 

ーーーそしてそれは、目の前のプレイヤーに対しても言えることだ。

 

場所は迷宮区の安全地帯。

今は夜、と言っても迷宮区内に変化はないのだが。

しかし外は暗く、空に浮かぶこの城の外周の向こうには、満点の星空を望むことができるだろう。

 

実を言うと俺は朝に弱く、夜に強いという典型的な夜行性タイプだ。

だから一人で行動することになってからは、人の少ない夜に迷宮区に入り、人が増えてくる朝方に町に帰ることが多かった。

 

これには、ポップするモンスターをほぼ独占出来るというメリットもあるが、仮に何かあっても誰にも助けを求められないというデメリットもある。

それでも、集中を欠きがちな日中よりも、しっかりと頭の回る夜の方が安全だと考えた結果だ。

キリトと別れた時点で、実力的にはソロでも問題ない。

 

不思議なことに、この世界のプレイヤーの生活習慣は割と規則正しい。

朝に起き、昼間に各々クエストやレベル上げなどをして、日が暮れたら酒場で飲み、そして宿屋に帰って寝る。

おそらく生粋のネットゲーマーであろう彼らは、俺と同じく、現実世界では夜に活動することの方が多かった筈なのだが、このようなことになるのはやはりパーティーを組んで行動しているからだろう。

誰かと共に行動するためには、生活に規則性が必要になってくるようだ。

俺もキリトと行動している時はそうだったし。

 

閑話休題。

 

今日も例に漏れず、俺は日が暮れてから迷宮区に入り、攻略を進めていた。

そして一休みしようと訪れた安全地帯で、目の前のプレイヤーを見つけたのだ。

だが別に、ただプレイヤーに会っただけなら、珍しいことだが、特段問題はない。

二、三言、言葉を交わし、お互いに休憩を取って別れるだけだ。

 

問題なのは、目の前のプレイヤーは壁に背を預け、眠っていることだった。

 

……いや、本当にどうしてこんな所で寝てんだよ。

 

そのプレイヤーは、着ている赤い外套についたフードを被っているため顔を窺うことは出来ないが、全体的に線が細い。

アバターとして作られた体ではなく、現実の体である以上、ある程度年齢の推測も出来るというものだが、キリトと同じぐらいじゃないだろうか。

 

いくら安全地帯にはモンスターが湧かない、と言っても近くを通ることはあるし、俺のようにプレイヤーは普通に入ることが出来る。

そんな所で落ち着いて眠れるはずがない。

 

案の定と言うべきか、そのプレイヤーはもぞり、と一つ身じろぎをすると、自分以外の誰かがいることに気づいたのか、僅かに顔を上げ、その視線の先に俺を捉えた。

 

相変わらず顔は見えないが、僅かに覗くライトブラウンの瞳が鋭く俺を射る。

しかし、いつまで経ってもその場を動かず、じっと自分のことを見つめる俺の視線に耐え兼ねたのか、ゆっくりと、その口を開いた。

 

「……なに?」

 

そこで俺は初めて、このプレイヤーがこの世界において、ひいては、こんな場所ではあまりに珍しい《女性プレイヤー》であることに気づいた。

 

茅場晶彦によって現実世界の体にされ、他ゲームの女性アバターの大半を占めるであろうネカマプレイヤーがいなくなったこの世界では、女性プレイヤーは本当に少ない。

ましてや戦うことを選んだ女性プレイヤーとなると、俺は目の前の彼女を含め二人しか知らない。

 

だから、始めからその考えを排除していたとはいえ、あまりに不用意だったと言わざるを得ない。

 

先の理由のせいで、逆に女性プレイヤーに声を掛ける男性プレイヤーは決して少なくない。

恐らく彼女もそういうことがあって、それを煩わしいと思っているからこそ、こうしてフードを被っているのだろう。

 

「いや、どうしてこんな所で寝ているのか、と思ってな。街には帰らないのか?」

 

俺は内心の動揺が伝わらないよう、努めて冷静に聞いた。

ここで彼女が、俺を突き放すような言動をとったなら早々に立ち去ろう、むしろ早く立ち去りたい! とそう思いながら。

 

しかし続いた彼女の言葉を、俺は無視することができなかった。

 

「別に、休憩してただけだから。()()()()()()()し」

 

突き放すためでも、会話を続けるためでもない。

ただ俺の質問に対して、淡々と、事実を述べただけの答え。

その答えを、俺はすぐには理解出来なかった。

いや、したくはなかった。

それじゃあこの女はまるで、

 

ーーー死にたがってるようじゃないか。

 

そして理解すると同時、お門違いにも、怒りにも似た感情が湧き上がってくる。

 

「は? いや、帰らないって、ポーションとか、装備とかはどうするんだ?」

 

「……ダメージを受けなければ薬はいらないし、剣は同じのを五本買ってきたから」

 

さらりと凄いことを言ってのけたが、気にしている余裕はない。

もはや自分が、女性プレイヤーに対して必要以上に話しかける迷惑な奴になっていることなど忘れて、俺は続けた。

 

「どれくらい、ここにいる?」

 

「二日……か、三日。もう、いい? そろそろ向こうの怪物が復活してるから、わたし、行くわ」

 

俺の質問責めにいい加減うんざりしたのか、彼女は華奢な手を壁につきながら、ふらふらと立ち上がった。

腰に吊ってある細剣が、本来より重そうに揺れる。

良く見ると耐久値が限界に近いのか、装備はボロボロだ。

 

誰でも分かるように、迷宮に居続けるなんて自殺行為だ。

俺が問うたことだけが問題なら、にわかには信じられないが、確かに彼女はどれだけ迷宮区に居ても問題ないだろう。

しかしもちろんそれだけじゃない。

 

文字通り、命を懸けた戦いになるこの世界での戦闘は、何より精神を削る。

戦闘をこなす程に注意力は散漫になり、だんだんとミスも増える。

そしてそれが致命的なものになれば、それこそ満タンの体力なんて何の意味もなさない。

だから皆、安全な町に帰り、安心の中で休み、精神を回復させる。

それをこんな、冷たくて薄暗い場所で、済ませられる筈もないのだ。

 

たどたどしい足取りで、一歩、二歩と遠ざかる彼女を、俺は思わず呼び止めた。

 

「……おい」

 

思ったよりも低い声が出て驚いた。

何を思って、何が言いたくて、どうしたくて、彼女を呼び止めたのかは分からない。

それでも、そうしなければという想いに駆られて口から飛び出たその言葉に、まるで実際に押されたかのように彼女の体はふらつき、そして糸が切れたようにくずおれた。

 

「っ!」

 

俺は反射的に走り出し、彼女の体が地面につく前になんとか支えることに成功する。

 

「おい! あんた!」

 

体を揺さぶりながら、声を掛ける。

仰向けの状態で揺さぶったことで、仮想の重力に従うように顔にかかっていたフードがひらりと落ちた。

顔を近づけて声を掛けていたため、突然目の前に現れたその顔を見て、俺は思わず息を飲んだ。

 

長いまつ毛に整った目鼻立ちは、正しく美少女と呼べるそれ。

冷たい石の床に落ちたのは、艶やかな栗色のロングヘアだ。

 

思わず見とれてしまった俺はそこでようやく、金属の胸当てが規則正しく上下し、すーっ、すーっ、とこれまた規則正しく、穏やかな寝息が聞こえることに気がついた。

 

「はぁ〜、……何やってんだろ、俺」

 

さっきまでの憤りも何処へやら。

美少女の寝顔を見ただけで落ち着くなんて男って単純だなー、と他人事のように考えながら。

キリトに教えられた、とてもではないが運ばれる本人には教えられない方法で、疲れて眠れるお姫様を、迷宮区から運び出すのだった。

 

目が覚める頃には、不意打ちで高鳴るこの胸が、収まっていることを願いながら。




備考:
あと数時間遅ければ、赤フードの彼女を見つけるのはキリト君の役割でした。


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ビーター 2

あの後迷宮区を出て、森の安全地帯まで戻った俺は、気持ち良さそうに眠る目の前の少女が目を覚ますのを待っていた。

 

七時間も。

 

敢えてもう一度言おう、七時間である。

彼女の顔を見た時の胸の高鳴りなんて、とうの昔に収まってしまった。

 

彼女はよっぽど疲労が溜まっていたのか、移動中も全く起きる気配さえなかった。

俺も最初は戦利品の整理などをしていたのだが、それも直ぐに終わってしまい。

ここに着いた際、目が覚めた時に怪しまれないようにと彼女にはフードを被せ直してしまったため、美少女の寝顔を見ていたら時間なんて忘れていた、的な現象も、勿論起きなかった。

 

本当に暇だった、七時間。

 

いつの間にか夜は明け、周囲には朝独特の、少し肌寒い空気が流れている。

 

念の為、彼女にはストレージに入っていた適当な上着を掛けておく。

ゲームの中で風邪を引くことなどないだろうが、まあ、気分の問題である。

 

迷宮区に比べればふかふかの地面に、気持ちの良い朝の木漏れ日。

そして目の前には、すやすやと気持ち良さそうに眠る少女。

まあ、何が言いたいかと言うと、

 

ーーー俺も眠いのである。

 

いや、よく考えてみてほしい。

そもそも俺は、朝に弱いから、わざわざ夜に迷宮区に入っているのだ。

それにいつもなら、今頃はもう、街に帰って、風呂に入って、ふかふかのベッドで眠っているところだ。

一応言っておくが、この世界では、体が汚れる、なんてことはないので、お風呂に入る意味も、もちろんないのだが、染み付いた日本人の習慣がそれをよしとしないだけである。

 

実を言うと、かれこれ数時間前から、この状態(超眠い)が続いている。

 

一応、彼女を勝手に迷宮区から連れ出した手前、放置するなんてことは出来ず。

かと言って町まで運ぼうものなら、俺は間違いなく、他のプレイヤーから忌避の眼差しで見られるだろう。

 

絵面が、犯罪者待ったなしである。

 

なぜあの時放置しなかったのか、眠い、七時間前の自分を殴りたい、超眠い、などと、どうでもいいことが永遠、頭の中をぐるぐる回り続ける中、何とか今まで耐えているのだ。

 

そしてついに、待ち侘びたその時はやってきた。

 

もぞり、と迷宮区で見た時のように、いや、それよりは幾分か緩慢に、彼女が体を動かす。

すると突然、ばちっ、と音がしそうな勢いで両の瞼を開き、上体を起こした。

掛けていた上着が落ちることにも気づかず、周囲に視線を彷徨わせ、そしてここが迷宮区じゃないことを理解したのか、視界に入った唯一の人間であるところの俺に顔を向けた。

 

ライトブラウンの瞳と、視線がぶつかる。

 

彼女は、食いしばった歯の間から、低く掠れた声を押し出した。

 

「余計な……ことを」

 

その一言で、少しだけ眠気が飛んだ。

 

確かに、余計なことだっただろう。

俺は彼女と知り合いだったわけでも、パーティーを組んでいたわけでも、ましてや助けを求められたわけでもない。

 

彼女はもうすでに、二日か三日、あそこにいたと言う。

ならば言っていたことは事実であろうし、そしてそれを為すだけの実力もあるのだろう。

 

しかも彼女が倒れた場所は安全地帯。

モンスターに襲われることもなければ、あの時間帯なら、俺という例外を除けば、他のプレイヤーが通ることも滅多にない。

いずれ彼女は目を覚まし、またあそこで、いつ終わるともしれない戦いを、終わるまで続けたのだろう。

 

本当に余計なお世話、ただのお節介だ。

 

だからこれは彼女の正当な言い分なのだろう。

 

「余計な……」

 

何かを思い出すように、いや、後悔するように、再度絞り出したそのひと言に、しかし俺は、今度はきちんと応じた。

 

その口許に、シニカルな笑みを滲ませながら、

 

「目の前で倒れてたやつがいたら、心配するのが当然だろ?」

 

俺は、俺の言い分をもって。

 

俺の身も蓋もない、あまりにあんまりな言い分に呆然となっている彼女が少し可笑しくて、思わず、くすり、と笑ってしまう。

しかしそれが気に入らなかったのか、目に見えてむっとする彼女にもまた、悪いと思いながらも、可笑しさが込み上げてくる。

 

「…………なによ」

 

「いや、べつに。さて、それじゃ町に帰るか」

 

七時間座りっぱなしだった腰を上げ、大きく一つ伸びをし、深呼吸を一つ。

別にお尻が痛くなっただとか、体が固くなってしまっただとかはないのだが、何となくやってしまう。

仮想の肺に、仮想の朝の空気を取り込んで、体の中の空気が入れ換わったように感じる。

 

どれもこれも何一つ意味のない行為だが、なんだか今はとても気分がいい。

今日はよく眠れそうな気がする。

 

そして俺が歩き出したことでようやく、彼女が動き出した。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。帰らないわよ、私。最後の一本の耐久度が半分になるまで塔から出ないって決めてるの」

 

おそらくは剣の耐久度のことだろう。

同じのを五本買ってきたって言ってたし。

だがそんなことでは、俺の歩みは止められない。

 

「いやでもお前、もう塔から出てんじゃん」

 

「あっ」

 

本来なら、そういうことじゃない、と言い返せたんだろうが、先の俺の発言のせいで少々素が出てしまっているようだ。

思わず同意と取れるような反応してしまい、しまった、といった顔をする彼女。

それに対して俺は、今度はばれないようにまた、くすり、と笑った。

 

「そういう事だから。とりあえず町に帰るぞ。せっかく助けたんだから、せめて町までは無事に届けさせろよ」

 

「別に! 助けてなんて頼んで……」

 

「なら、あんな所で倒れてんなよなー」

 

押し付けがましい俺の物言いに、思わず反論しかける彼女だったが、全部言い切る前に被せた俺の言葉には、それ以上何も言ってこなかった。

 

俺は歩みを止めることも、振り返ることもしない。

もう眠気が限界なのだ。

迷宮区の時とは違い、今度は穏やかな気持ちで、声で、話せたことを嬉しく思いながら、俺は迷宮区最寄りの《トールバーナ》の町へ、軽い足取りで向かうのだった。

 

不承不承といった様子で、付かず離れず、しかし確かに後ろをついて来る彼女に、またも、可笑しさを覚えながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

トールバーナの北門をくぐったと同時に、視界に【INNER AREA】という紫色の文字が浮かび、安全な街区圏内に入ったこと教えられる。

無意識にため息が口から漏れ、知らず入っていた肩の力が抜ける。

 

「さて、帰って寝るか」

 

ようやく何かから解放されたような気がして(まあ俺が勝手にしたことなんだが)、思わず口から出たその一言に、結局最後まで同じような間隔でついてきた彼女が反応する。

 

「……ほんとに町まで連れてきたかっただけなの?」

 

訝しげなその言葉に、少々呆れ気味に応じる。

 

「そう言ったろ。それにそれ以上は、俺が言えることじゃない」

 

ここから先を言うということは、彼女に対して責任を持つということだ。

今の俺に、そんな覚悟はない。

彼女も俺の言葉に込められたものを感じたのか、それ以上の追及はしてこない。

 

「ということで、俺はもう、部屋に帰って風呂に入って寝る」

 

「…………なんですって?」

 

ん? 今の俺の言葉に、何かおかしなところでもあっただろうか?

ついさっきまで、このまま別れるような流れではなかったか?

もうほんとに眠気が限界なんだが。

 

しかし、目の前の彼女から感じる気迫が、ただ事ではないと伝えてくる。

俺は、あと少しだけだと自分に言い聞かせ、真剣な気持ちに切り替えて彼女の言葉を待った。

 

「お風呂……あなた今そう言った?」

 

「……へ?」

 

思わず、拍子抜けた声が出た。

しかしどうやら聞き間違えではなかったようで。

彼女は勢いそのまま、ここに来るまで一切詰めることのなかった距離をゼロにして、俺の襟元を掴んだ。

 

「ねぇ、どうなの? ほんとなの? お風呂って。あなたの部屋にはお風呂がついてるの?」

 

「っ!?」

 

近い近い近い怖い怖い怖い。

間近で見て、改めて思い知らされるその端整な顔立ちに思わず息を呑み、無意識に顔が熱くなるのを感じる。

しかし、そんなことなどお構いなしに詰め寄って来る今の彼女には、恐怖しか感じない。

 

「今日は随分と遅かったじゃないカ、ソー坊。それに、連れがいるとは珍しいナ」

 

後ろから聞こえた特徴的な語尾の声。

そういえば連絡入れ損ねたなー、と少々申し訳なく思いながらも、徐々に締め上がる首元に真剣に危機感を覚え始め、後ろにいる人物に心の中で助けを求める。

 

「アーちゃん、周りの視線集めてるから、そろそろ離してやってくれないカ」

 

俺の心の声が通じたのか、それとも本当に注目を集めることを嫌ったのか、そう掛けられた声に、未だに未練がましくこちらを見つめる(睨んでいるとも言う)彼女はようやく手を離したのだった。

 

すごい渋々だったが。

 

朝ということもあって、これから行動を開始しようとしていた人達の視線を集めてしまったらしい。

軽く会釈をして、騒がせてしまったことを詫びておく。

するとさほどの興味もなかったのか、すぐに向けられる視線の数は減っていった。

 

そしてようやく、俺を助けてくれた人物へと向き直る。

 

「助かったよ、アルゴ。いやマジで」

 

「にひひ、いいってことヨ。オレっちとソー坊の仲じゃないカ。特別に、今回はタダにしとくヨ」

 

俺の胸ぐらいまでしかない小柄な体に、金褐色の巻き毛、両の頬についた三対のペイント線が特徴的な女性プレイヤー。

丈の長いフード付きマントを着ていて、()()()()()風貌の彼女の名前は《アルゴ》。

その見た目から《鼠》のアルゴと呼ばれているらしいが、俺からしたら鼠よりも猫っぽいと毎度思っている。

 

俺の知っている、ただ二人、今後ろで俺を睨んでいる(見つめている)フェンサーと、もう一人の『戦うことを選んだ女性プレイヤー』だ。

 

しかし彼女が扱うのは剣ではなく、戦う相手もモンスターではない。

たしかに腰についているクローや投げ針を使うことはあるだろうが、そういう事ではない。

それが本職ではないのだ。

彼女が真に扱うのは情報で、相手取るのはプレイヤー。

 

彼女、《鼠》のアルゴは、この世界で唯一の《情報屋》だ。

 

「それで、いつものやつか? なら場所変えるか」

 

いくら注目がなくなったと言っても、これからするのは情報の話だ。

注意してし過ぎるということはあるまい。

 

「そうだナ。あ、ついでだし、ソー坊の部屋でするカ。アーちゃんもそれでいいカ?」

 

少し考えた後で黙って頷くフェンサーを尻目に、金褐色の巻き毛を揺らしながら前を歩くアルゴ。

 

……何がついでなのか、なぜ俺の部屋なのか、そもそもどうして俺の部屋を知っているのか。

疑問は尽きないが、そんな質問をして取られる時間もお金も惜しい俺は、黙ってアルゴについて行くのだった。

 

少し後ろに、ここに来るまでよりも幾分か距離の近い、《アーちゃん》を伴いながら。




アルゴの口調、難しいヨ……。

謝罪:
すみません、前にここに書いてた余談についてですが、原作において、迷宮区で赤フードの彼女がキリトに助けられたのが午前4時過ぎという明確な描写がありましたので、キリト君が今回の騒ぎを見ている、ということはありませんでした。
前回同様、本編には関係してこないとは思いますが、ここまで読んで下さっていた方には申し訳なかったです。

*ソウ君が赤フードの彼女を助けたのは、零時あたりを想定してます。


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ビーター 3

どうしてこうなった……


部屋の隅のワゴンの前で、大型のピッチャーから新鮮なミルクを二つのグラスに注ぐ。

そして一つを、ソファセットの一つに体を沈めるアルゴの目の前のローテーブルに置き、残りの一つを持って、俺も別のソファセットに腰掛ける。

 

「さすがソー坊、気が利くナ」

 

「そりゃどうも」

 

アルゴはそう言ってから、グラスを持ち上げ一気に飲み干す。

それを見てから俺も自分のミルクを飲む。

うん、美味い。

 

「ごちそうサマ。飲み放題のわりには上等な味設定だナ。瓶詰めして売ったらどうダ?」

 

「だろ? だけどこれ、宿から持ち出すと五分で耐久値全損するんだよな。しかも、消滅するんじゃなくてゲキマズな液体になるという……」

 

「なんダ、試したのカ?」

 

「迷宮区で、初めて死にそうになったよ……」

 

現在の場所は、やはりと言うべきか、俺の部屋だった。

キリトから教えて貰った、農家の二階の部屋だ。

なんとここ、今、俺とアルゴが飲んでいるミルクが飲み放題な上、二部屋あって、ベッドもでかくて眺めもいい。

その上、フェンサーが気にしていたお風呂までついてお値段なんと、たったの八十コルという破格の物件なのだ。

 

それで、そのフェンサーはと言えば。

 

部屋に入り、西の壁に【Bathroom】のプレートが下がったドアを見つけた瞬間から、なにやらそわそわし始めたのでそれとなく、「俺とアルゴは話をするから、できれば席を外してくれないか? そこの風呂場は、自由に使ってくれてかまわないから」と申し出たところ、「じゃあ」と呟き、そのままドアの向こうへ消えていった。

 

……今思えば、全然それとなくなかったが。

あの時、必死に笑いを堪えていてくれたアルゴには感謝しているが、腹が立ったのも事実なので口には出さない。

 

「それで、いつものやつ、キリトの近況はどんな感じ?」

 

そう、何を隠そう、俺が定期的にアルゴから買っている情報というのは、キリトについての事だった。

 

決して、そういう趣味に目覚めた訳ではない。

 

クラインに頼まれたから、というのもあるのだろう。

でもそれよりも単純に、俺はあいつのことが放っておけないのだ。

 

念の為繰り返すが、俺にそういう趣味はない。

 

なんというか、危なっかしいのだ、キリトは。

それはパーティーを組んでいた時から、いや、組む前から感じていた。

抱え込みすぎるというか、背負いすぎるというか。

だからパーティーを解散した後も、こうして定期的にアルゴから情報を買っているのだ。

 

アルゴも同じように考えているのか、この情報に関してだけは、いつも何かと理由をつけてほとんどタダで教えてくれる。

情報屋とのやり取り、というよりむしろ、弟を心配する兄姉のやり取り、といった感じだ。

 

「そう急かすなヨ。せっかちな男は嫌われるゾ」

 

「こっちはもう眠気が限界なんだよ……」

 

だからこの話をする時、アルゴは少し楽しそうだ。

俺もアルゴと話すこと自体は楽しいのだが、如何せん今日は眠たすぎる。

申し訳なく思いながらも話を先に進める。

 

「そういえば、例の交渉の件はどうなった?」

 

「つれないナー、ソー坊ハ。でもそれに関しては、タダってわけにはいかないナ」

 

「分かってるよ」

 

情報屋の顔に変わったアルゴの前に、オブジェクト化したコルをに積み重ねていく。

それを一枚ずつ、自分のストレージに格納するアルゴを見ながら、こういうところはさすが、一流の情報屋だな、と心の中で賞賛する。

公私の線引きが、しっかりしてるというかなんというか。

まあ決して本人には言わないが。

 

「毎度アリ。結論から言うと、まだ引き下がってないヨ。今は二万九千八百コルだナ。この後、キー坊のとこに行くつもりだケド……」

 

「まあ断るだろうな。しかし、ニーキュッパときたか。値段も値段だが、俺も同じようなのを持ってるのに、なんでキリトなんだ?」

 

「オレっちにも、それが分からないんだヨ」

 

珍しくお手上げという顔のアルゴに新鮮さを覚えながら、俺も考えてみる。

 

今の俺とキリトの武器は、《アニールブレード+6》という片手直剣だ。

《+6》というのはこの世界の武器強化システムの強化値のことで、強化パラメータには《鋭さ(Sharpness)》《速さ(Quickness)》《正確さ(Accuracy)》《重さ(Heaviness)》《丈夫さ(Durability)》の五種類がある。

強化をするには、それぞれ対応する専用の強化素材アイテムが必要となり、成功するかどうかはアイテムの質と量、あとは鍛治職人の腕次第となる。

そしてどれかのパラメータの強化が成功するたび、装備フィギュア上のアイテム名に+1、+2と数字が付与されていく。

しかしどのパラメータが強化されているかの《内訳》は武器を直接タップしてプロパティを開かなければ解らないので、口頭で説明する時などは、英訳の頭文字をとって略すのが慣例となっている。

 

例えば俺の剣なら、正確さ3、丈夫さ3なので、《3A3D》となり、キリトのは、鋭さ3、丈夫さ3なので《3S3D》となる。

 

武器強化自体はNPCも行ってくれるのだが、如何せんプレイヤーの鍛冶職人と比べると、例え同じレベルでも成功率は低くなる。

この状況で、物好きにも《鍛冶スキル》を上げているプレイヤーなんているはずもなく、《アニールブレード》が少々面倒臭いクエストの報酬であることも相まって、このスペックは現時点で望み得る最大値と言えるだろう。

 

だからといってあくまで《序盤の装備》であり、キリトの見立てではこの剣も、上手くいって第三層か四層が関の山だそうだ。

それに対して、現時点では間違いなく破格の、二万九千八百コルを払うと言うのだから、俺もアルゴも頭を悩ませるというものだ。

 

それにどうしても今欲しいというのなら、俺もほぼ同等のスペックの剣を持っているのだ。

アルゴに聞くなりして、出来るだけ多くの該当者に交渉を持ち掛けるのがベターではないのだろうか。

キリトのパラメータの振り方が理想的なのか、もしくは、

 

ーーーキリトから買うことに意味があるのか。

 

「だーめだ、眠たくて頭が回らん。ん? アルゴ、俺の顔になにかついてるか?」

 

「っ! ついてない、ゾ。そうか、なら今日は、ここまでにしとくカ」

 

顔を上げると、考え事をしていた俺の顔を珍しくぼけーっとした表情で見つめていたアルゴと目が合った。

しかも声をかけると慌てた様子で立ち上がり、そっぽを向いてしまう。

 

後の予定が詰まっていたのだろうか?

だとしたら申し訳ないことをした。

 

にしても、何かもう一つ、アルゴに聞きたいことがあったような……

 

「そ、それにしても、ソー坊も物好きだよナ。キー坊だけじゃ飽き足らず、アーちゃんにまで手を掛けるなんテ」

 

「おい言い方」

 

何かを誤魔化すようなアルゴの話題転換だったが、内容が内容なだけに無視は出来ない。

確かに「手を掛ける」には「手間をかける」って意味があるけども、あるけども!

その言い方に悪意がある。

あえて誤解を招くような言い方だ。

だから頼むからその情報は広げないで下さいお願いします。

 

でも今ので、聞きたいことを思い出した。

 

「そういえばさ、アルゴ。その《アーちゃん》ってのは、あのフェンサーのことか?」

 

「あれ? ソー坊達、まだパーティー組んでなかったのカ?」

 

俺が無言で首肯すると、アルゴは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

パーティーを組むと新たに、パーティーメンバーのHPバーが左側に表示されるようになる。

そしてその下には、そのプレイヤーの名前も表示される。

それでアルゴはてっきり、俺がもうあのフェンサーの名前を知っているものだと思っていたんだろう。

 

「まずったナ。情報を漏らすだなんて、情報屋失格ダ」

 

「…………」

 

アルゴは情報屋として一流だ、贔屓目を抜きにしても。

情報を抜く力もそうだし、交渉にも長けている。

《鼠》と五分雑談すると知らないうちに百コル分のネタを抜かれてる、と噂されるほどだ。

それにアルゴは、俺も知らない、何らかの信念を持って情報屋をしている。

真偽の怪しい情報はきっちり裏をとるし、有力な情報には相応の対価を払う。

 

それに、現状の責任を押し付けられ、命の危険さえあるベータテスターの情報は、絶対に売らない。

 

だからこそ、親しい(少なくとも俺はそう思っている)間柄の俺と話すことで少し気が抜け、知らずに情報を漏らしてしまった自分が許せないのだろう。

 

でもそんなアルゴに、俺は掛ける言葉が見つからなかった。

 

「……ソー坊なんかに、ソー坊、なんかに! 情報を漏らすなんテ……」

 

「……実はお前、そんなに落ち込んでないだろ」

 

「バレたカ?」

 

そう言って、にひひ、といつものように笑うアルゴ。

 

それが強がりであることに俺は気づいているし、俺が気づいていることにアルゴも気づいている。

 

それでも、このたわいないやり取りにも、意味はあるのだろう。

 

「まあ、ソー坊に漏らしたところで、問題はないカ」

 

「どういう意味だコラ」

 

軽口の応酬。

このやり取りが気持ちよくて、少し気を抜いてしまった俺は、次のアルゴの言葉に上手く返すことが出来なかった。

 

「信頼してる、ってコトだヨ」

 

そう言ったアルゴの表情は、見た事ないほど優しいもので。

普段は、あの飄々とした態度と、顔についたヒゲのせいで忘れそうになるが、アルゴも正しく美少女なんだと、改めて意識させられる。

 

思わず目を奪われ、遅れて顔が熱くなるのを感じ、そしてようやく、自分がなんの返事もしていないことに気づく。

 

「……さいですか」

 

「にひひ、これでおあいこ、ダナ」

 

咄嗟に顔を逸らしながら返事をしたが、ばっちり間抜けな顔は見られていたらしい。

 

おあいこどころかこっちの大損、もう少し顔を見とけばよかった、などとは口が裂けても言うまい。

 

「……話、もう終わった?」

 

しかしそこで、俺の不運、ないしは幸運は、まだ終わらなかった。

 

遠慮がちにそう言って、《Bathroom》のプレートの掛かった扉から出てきたのはまたしても美少女。

 

さすがに室内、その上湯上がりの頭にフードを被ることをしたくはなかったのか、少し湿った栗色のロングヘアが、窓から入る陽の光を反射して輝いている。

念願叶ったらしいその顔はさっぱりしたもので、白い肌に、ほんのり赤みを帯びる頬がよく映え、妙に艶かしかった。

 

そしてそれを見た瞬間、俺のキャパシティは限界を迎えた。

 

「あんた、上がったんなら寛いでてくれていいから! アルゴも、ありがとな! じゃあ俺は、風呂に行ってくるから〜〜!!」

 

「え、あの、私はもう……」

 

「またナ〜、ソー坊〜」

 

このままではやばいと、理性の危機を感じた俺は、二人に何事か言い残し、何かを言おうとするフェンサーと、したり顔で手を振るアルゴを無視して、風呂場へ駆け込むのだった。

 

ーーーMMORPG《ソード・アート・オンライン》は、一体いつからギャルゲーになったんだと、一人心の中で愚痴りながら。




なぜか時間がかかりました。
それなのに話は進まないという……
ほんとごめんなさい。

あと、アルゴの脇はこんなに甘くない!(自分で書いてて思った)


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ビーター 4

はっなしが〜♪ すっすまない〜♪

……ほんとごめんなさい。


「ふぃ〜、さっぱりした〜」

 

「それは良かったわね」

 

「………………え、何でいるの?」

 

一人で泊まるには中々に広い部屋。

そこに一人で泊まっている俺は、風呂上がりの独り言に当然返事はないものと思っていた。

確かにさっきまで女性プレイヤーが二人いたが、彼女達はすでに自分の用事を済ませていたはずだ。

用事がないなら帰るのが自明の理。

付き合いの長いアルゴならまだ分かったが、今日会ったばかりの彼女がまだここに残っている理由は、ほんとうに分からない。

 

濡れていた栗色の髪はとうの昔に乾き(システム的にすぐ乾く)、きょとんと傾げられた首にあわせさらりと流れる。

 

「何でって、あなたが言ったんでしょ? 寛いでろって」

 

「…………俺そんなこと言ったっけ?」

 

「言ったっけって、あなたねぇ」

 

隠しもせず呆れ顔を晒すフェンサー。

おそらく風呂に入る前のあの時だろうが、あの時は正直、自分でも何を言ったか覚えてないので何とも言えない。

俺の態度から、ほんとうに覚えていないと分かったのか、溜め息一つで気を取り直した様子のフェンサーは話を続けた。

 

「まあいいわ。それよりこっちが本題。アルゴさんから、伝言を預かってるの」

 

「へー、アルゴから」

 

口では関心を示しながらも、心の中でアルゴに悪態をつく。

 

アルゴめ、伝言なんぞメッセージで十分だろうに。

わざわざフェンサーを残したということは、それなりに理由があるんだろうが。その理由は俺か、はたまた彼女か、一体どちらにあるのやら。

どちらにせよ、俺はまだもう少し、眠ることが出来ないようだ。

 

諦めて理由を確かめるためにも目で続きを促すと、なにやら覚悟を決めた様子のフェンサーは、んん、と咳払いを一つしてからアルゴの伝言を伝えてくれた。

 

「『ソー坊、今日の午後四時、この街の中央広場で、第一層攻略会議が開かれるゾ』だそうよ」

 

「ねぇ、なんで声マネしたの? しかも結構似てたし」

 

「そうしろって、アルゴさんに言われたのよ……」

 

思わず突っ込んでしまった俺と、突っ込んで欲しくはなかったのか、いたたまれない様子のフェンサー。

()()フェンサーに「ソー坊」と言われたことをむず痒く思いながら、それが表情に出ないように必死に堪える。

幸いフェンサーは、自分の心の整理で手一杯のようなので気づかれることはない。

 

それにしても、こんな指示に従うなんてやはり態度が柔らかくなった気がする。口数も増えたように思うし。迷宮区で会った時からは想像も出来ない。

やはりお風呂の力は偉大だった、ということだろうか。

 

それはそれとして、伝言の内容といえば。

 

「攻略会議、ね」

 

嬉しい気持ちは、勿論ある。

この一ヶ月間、必死にできることはやってきたつもりだし、後悔はない。

が、前に進んでいるという気がしていなかったのも事実だ。

攻略会議が開かれるということは、ボス部屋が見つかったか、あるいはもう時期見つかるのだろう。

 

ボス部屋とは迷宮区の最奥に存在する一際大きな部屋のことで、そこにはその名の通り、通常のモンスターより遥かに強いボスモンスターが存在しており、そのボスモンスターを倒すことで次の層への階段が現れる。

そしてそれを第百層まで繰り返し、そこにいるであろう百層のボスモンスターを倒すことこそが、俺たちプレイヤーの最終目的であり、残された唯一の現実世界への帰還方法でもある。

 

たがら間違いなく、現状を先に進めるであろう攻略会議は嬉しいのだが、どうしても不安の方が勝ってしまう。

 

死の危険、という不安が。

 

しかしそんなことよりも、さらに目下の問題がある。それは、

 

「四時、かぁー」

 

そう、時間である。

 

いつもの俺ならば問題はなかっただろう。迷宮区に行く前の寄り道がてら訪れればいいだけだった。

しかし今日に限って言えば例外だ。

これからの俺の予定は、もう別の事で決まっている。

 

ーーー寝るのだ。

 

当然である。

あれだけ眠い眠い言ってたのにも関わらず、あれよあれよという内に眠れないままここまできている。もうほんとのほんとに限界なのだ。

現在の時刻はすでに正午。会議までに寝れる時間は四時間、遅れないことを考えると三時間半とみていいだろう。

 

無理である。

起きれるはずがない。

 

自分で言うのもなんだが、俺は一度寝たらほんとに起きれない。

一応いつもアラームをセットして寝ているのだが、無意識にアラームを止めていることも、アラームを無視して寝ていることも多々ある。

 

現実世界の話をすると、どうしても起きなければならない時は、恥を忍んで、親にモーニングコールをして貰っていたぐらいだ。

 

しかし当然ながらこの世界に親のモーニングコールは届かない。

つまり詰みである。これ以上寝ないという選択肢は有り得ない。

 

「あんたは会議に出るのか?」

 

それなら後で内容を教えて貰えないだろうか、という淡い期待を込めて聞いてみた。

しかしその返事はあまり肯定的なものではなかった。

 

「今は、分からないわ……」

 

視線を下げながら答えたその声は、後半は殆ど消え入りそうだった。

 

会議に出るということは言うまでもなく、ゲームクリアを目指すことと同義だ。

ゲームクリアとは夢で、希望で、そして現状、幻想だ。

確かに彼女は今日、ゲームクリアには欠かせない迷宮区攻略の最中に倒れていた。

しかしそのやり方はまるで、死に場を求めているようでもあった。あくまで主観の話だが。

一度何かを諦めた人間とは、少なからず過去に希望を抱いていた人間のはずだ。

そしてそういう人間の多くは総じて、次に希望を持つことをしたがらない。

なぜなら、もう一度裏切られるのが恐いから。

 

だから俺はその「分からない」に、会議に行くかどうか以上のものが含まれている気がして、それで同じような考えのアルゴが、この子をここに残した理由も何となく察した。

 

全く、人をいいように使いやがって。

まあそれが分かっていてなお、思い通りに動く俺も大概なのだが。

……だからいいように使われるんだろうなぁ。

 

自分の性格に辟易しながら、それでもその性格のせいでまたも彼女に、()()()ことをする決意をする。

 

「あんたは、この世界でどうしたいんだ?」

 

普段の俺なら絶対に踏み込まない領域、聞かない質問。

 

アルゴの思惑のためだけではない。

それを聞いた理由は俺自身、この世界でどうしたいかが分かっていないからこそ参考にしたいという汚い打算と、自分と同類であって欲しいという醜い希望から来たものだった。

 

しかし彼女は、その問いに対してははっきりと、自分の答えを示してみせた。

 

「私は、負けたくない。この世界に」

 

真っ直ぐに俺の目を見る、綺麗なライトブラウンの瞳と視線がぶつかる。

 

刹那、迷宮区から続く、この子との奇妙な関係が走馬灯のように脳裏を過った。

 

なぜあの時、彼女を助けたのか。

なぜあの時、彼女を町まで連れ帰ったのか。

なぜあの時、彼女と入り口で別れなかったのか。

 

なぜ今、彼女の瞳から、目が離せないのか。

 

まだ名前も知らない。まともに話してもない。一緒にいた時間は一日にも満たない。

それでも彼女の在り方は、強くて、気高くて、儚くて。そして何より、

 

ーーー美しいと思った。

 

そんな彼女に俺は、自分の答えの片鱗を見た気がした。

だけど今は純粋に、彼女の選択の手助けをしたいとも思った。

 

それこそが、俺の答えへの近道のような気がして。

 

「なら、会議に出るといい。君みたいにこの世界に負けたくないと、そう思っているやつらが集まるだろうから」

 

キリトのように、と心の中で付け足しておく。

 

「なら、あなたはどうなの?」

 

「俺?」

 

予想外だったその質問に呆気に取られるも、すぐにいつもの調子を取り戻し軽口めいた答えを返す。

 

()()分からないかな。でも分かったその時には、あんたにも教えるよ」

 

「そう」

 

さして興味もなさそうに頷くフェンサー。

まあいいさ。これはヒントをくれたことへの、俺なりのささやかなお礼ってだけなんだら。

 

「それと、攻略会議には出るつもりだよ。起きれたら、だけど……」

 

いやほんと、この流れで行けないのは辛いのだが。

内容後で教えて? とはもう言えない。言える雰囲気ではない。

 

「寝るの? 今から?」

 

……確かに四時間後にある会議に出るつもりのやつが、今から寝るのはおかしな気もするが。いや、おかしいのだが!

それでも一言、俺は物申したい。

 

「誰のせいだと思ってる。誰の」

 

「?」

 

きょとん、と可愛く首を傾げる彼女。

ほんとうになんの事か分からないらしい。

 

いいだろう、俺が教えてやる。

ついでにこの、私起きれません問題(仮称)も解決できる、一石二鳥の方法で!

 

「いいよなー、誰かさんは。さっき七時間近くも寝たんだもんなー。そりゃ眠気もないよなー。七時間近くも見張りをしてた、俺と違って」

 

「うっ」

 

嫌味ったらしい俺の物言いに、ようやく思い至ったらしく、分かりやすく顔に出る。

それでも彼女は気丈にも、何とか弁解しようと試みた。

だが甘い。

 

「……仕方ないじゃない。もう終わったものだと、思ってたんだから」

 

「だから爆睡ですかそうですか」

 

「うぅっ」

 

若干の悲壮感さえも漂わせながら話す彼女に、それでも俺は容赦しない。

別に今までの憂さを晴らしてやる、なんて気はない。ないったらない。

 

「いやー大変だったなー。迷宮区から連れ出すのも、見張りをするのも。まあ全部、俺が勝手にしたことなんだけどね!」

 

「…………なにが望みなのよ」

 

……いや、俺が言わせておいて何なのだが、悔しそうにこちらを睨みながら言うそのセリフは、なんというかその、危険だ。主に俺の理性が。

頭が一瞬フリーズし、思わず全く関係ない望みを口走りそうになったが、しかしそんなことをしたら社会的に死ぬと思い留まり、逆に冷静さを取り戻した。

そうしてようやく、この話を始めた時に最初に考えついた、私起きれないんですぅ〜問題(適当)を解決する方法を口にした。

 

「んん! それじゃあ遠慮なく。……起こして?」

 

「…………は?」

 

「いやだから、起こして?」

 

俺は寝たい、でも起きれない。

かと言って、会議に出ないわけにもいかない。

ならどうするか、答えは簡単。

 

起こしてもらえばいいじゃない。

 

「……はぁ。3時半で大丈夫?」

 

「もちろん」

 

さすが、話が分かる。

すごいジト目でこちらを見ているのは気にしてはいけない。気にしたら負けだ。

 

「これで、貸し借りはなしだからね」

 

「はて、なんのことやら」

 

「ちょっと!」

 

「それじゃ、おやすみ〜」

 

ほんとになんのことやら。

 

むしろ借りができたのは俺の方だというのに。

 

最後にそんなことを思いながら、俺はようやく意識を手放した。




眠たさのせいで、後半のソウ君のテンションがおかしなことになっています。これを書いてる時の作者のように。


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ビーター 5

楽しみにしていたSAOのアニメの放送地域に、自分の地域が含まれていなかったことにビデオ予約の段階で気づき愕然とした中で書きました。

内容は攻略会議です。
思うところがあって、原作登場人物の会話は出来るだけ原作そのままにしました。(少しは変えてます)
そうしたらなんと一万字を超えるという……
感動と同時に、お前もっとちゃんと書けよと言われている気分でした。
この量をサラッと書いてみせる、他の作家さんたち凄すぎです。

*小説の初期設定を弄ってなかったことに今気づきました。
非ログインユーザー方からも感想の受け付けができるようになりました。(2018/10/07)

ぐだぐだと失礼しました。ではどうぞ。


「急げー、遅れるぞー」

 

「……あなたの……せいでしょ!」

 

トールバーナの町を横切る影が二つ。

二人とも中々に敏捷値が高いのか、人々の目を引きながらそれなりのスピードで走っている。

片方は青い軽装備の男。

冴えない顔にそれなりの身長。どこにでもいそうなありふれた青年、といった印象だ。

もう片方は赤いフードを被っていて、男か女か判別できないが、前を走る男よりも頭一つ分くらい背が低い。

二人は何事か揉めながら、それでも傍から見れば仲良さ気に、町の中央へと走っていった。

 

〜〜〜

 

広場に到着した時、時刻はすでに四時を回っていた。

言うまでもなく俺が寝坊したせいである。

そのせいでさっきから、人一人分くらいの間を空け、俺の右隣に腰掛ける彼女からお小言を貰う始末だ。

どうやら会議どうこうよりも、遅れたという事実自体が気に入らないらしい。

 

いや、寧ろ俺からしたら、起きれたことに素直に驚きなんだが。

しかしその起こされ方は、耳元で囁かれるなんていう優しいものではなく、ベッドから転げ落とされるという酷く合理的な方法だった。

なんでも、何度も声を掛けて起こしてくれたらしいのだが、全然起きなかったらしく、時間も迫っていたこともあって仕方なく、ベッドから突き落とすという手段に出たらしい。

 

賢い。

 

いや、確かに賢いんだけども。美少女に起こして貰えるというイベントはもう少し、もう少し夢があってもいいと思うんだ。

まあさっさと起きなかった俺が悪いんだが。

 

閑話休題。

 

遅れたことで俺たちは、一瞬とはいえその場にいたプレイヤー達の視線を集めてしまった。

隣の彼女がフードを被っていたから、必要以上に注目を集めなかったことは、不幸中の幸いだろう。

しかしその中で一つ、俺たち、というか俺から、離れない視線があった。

その視線の主は、俺たちが後方上段の席に並んで腰掛けるなり、わざわざこちらにやって来てまで、声を掛けてきた。

 

「よう、ソウ。久しぶり」

 

久しぶりに聞いたその声は、相変わらず線の細い顔に似合わず落ち着いていて、それでも知り合いを見つけたことに少し嬉しそうでもあった。

といってもつい数時間前、アルゴと彼の近況について話していた俺からすれば、あまり久しぶりという感じはしないのだが。

 

「よう、キリト。こっちはそうでもないけど久しぶり」

 

「?」

 

俺の意味の分からない挨拶に首を傾げるも、すぐに気にしないようにしたのか、はたまたそっちの方がよっぽど気になるのか、俺の隣にいる赤フードに目を向けた。

 

「それでそっちにいる人は、今のパーティーメンバーか?」

 

キリトの驚愕と尊敬の入り交じった眼差しに、少し罪悪感を覚える。

 

キリトは、その、こう言ってはなんなのだが、友達が少ない。本当に。

自分からそういう、親しい間柄の人を作らないようにしているのは何となく分かっているのだが、一時期、パーティーを組んでいた俺から言わせて貰えれば、元からの気質の問題も大いにあると思う。

キリトもキリトで、俺のことを同類だと思っている節があり、そしてそれは残念ながら間違いではない。

そんな俺が人を連れていたのだから、キリトからすれば一大事なのだろう。

 

だが安心してほしい、そんな事実は存在しない。

少なくとも、キリトの中では。

 

「いや、たまたまそこで会っ……」

 

「起こしてまでもらっといて何言ってるのよ」

 

未だに、俺のせいで遅れたことを根に持っているらしいフェンサーは、即座にその鈴の音のような声で俺の発言を遮り、否定した。

特に考えもせず、とりあえず俺の言葉を否定したかったらしいフェンサーは、自分が軽く爆弾を落としたことには気づいていない。

フードから覗くその顔が、少し得意げなのにイラッとくるが、それを聞いて左肩を掴む少年の方が捨て置けない。

 

「いや、キリト違うんだ。これはな……」

 

俺は必死に弁解しようと試みたが、キリトが追及する方が早かった。

俺の耳元に顔を近づけ、反対側の彼女に聞こえないよう小声で、しかし確かな興奮を孕んだ声で、その思いを口にした。

 

「おいソウ、聞いてないぞ。そっちの人がその、女性プレイヤーなんて!」

 

「……あ、そっち?」

 

どうやら彼女が、彼ではなく彼女だったことに驚いていたらしい。

俺からしたら「起こしてもらった」に反応されなくてほっとするところではあるのだが、キリトからすれば、こっちの方がよっぽど一大事だったらしい。

 

確かに、初対面の同性と話す以上に、初対面の異性と話すのには色々心の準備がいると聞くし、そもそもこの世界には、女性プレイヤーが少なかったことを思い出す。

今日関わったのが、アルゴとこのフェンサーという、女性二人だけだったのですっかり忘れていたが。

それににしても、少し敏感に反応し過ぎやしないだろうか。

おそらく思春期、ということもあるのだろうが、やはりキリトは、リアルでもあまり他人と関係を持つタイプではないのだろうと、勝手に推測し、勝手に納得しておく。

 

なんにせよ、そっちの方ならまあいいかと、軽い謝罪を含め説明しようと口を開きかけたその時、パン、パンと手を叩く音とともに、よく通る叫び声が広場に流れた。

 

「はーい! それじゃ、五分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます! みんな、もうちょっと前に……そこ、あと三歩こっち来ようか!」

 

そう言って、広場の中心にある噴水の縁に飛び乗ったのは、長身の各所に金属防具を煌めかせた片手剣使い(ソードマン)

振り返ったその顔を見て、僅かに場がどよめいた。

なぜならそいつは、お前ほんとにネットゲーマーか!? というレベルのイケメンだったからだ。

その上に、顔の両側にウェーブしながら流れる長髪は、鮮やかな青に染められていた。

一層では髪染めアイテムは店売りしていないので、モンスターからのレアドロップを狙うか買うかするしかない。

この日のために頑張って準備したのならば、ぱっと見女性プレイヤーが右隣のフェンサー(しかも外見からでは解らない)しかいないことが残念だ。そのフェンサーもさして興味はなさそうだし。

 

「今日は、俺の呼びかけに応じてくれてありがとう! 知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな! オレは《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

すると噴水近くの一団がどっと沸いた。

おそらくディアベルのパーティーメンバー、仲間なんだろう。

胸と肩、腕とすねをブロンズ系防具で覆い、左腰には大振りの直剣、背中にカイトシールドを背負っているその姿は、確かに騎士(ナイト)っぽかった。

しかし残根ながらこのSAOには、システム的《(クラス)》は存在しないのだが。

 

「キリト、あいつ知ってる?」

 

「……ああ。前線で何度か……」

 

フェンサーとは反対側の、俺の左隣に腰掛けたキリトは、先程までのやり取りはすっかり忘れて、記憶を探っているようだった。

恐らくはこの世界の前、ベータ時代の記憶を。

 

「さて、こうして最前線で活動している、言わばトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は、もう言わずもがなだと思うけど……」

 

キリトが考える中、ディアベルは右手を振り上げ、街並みの彼方にうっすらとそびえる巨塔ーー第一層迷宮区を指し示しながら続けた。

 

「……今日、オレたちのパーティーが、あの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か、遅くとも明後日には、ついに辿り着くってことだ。第一層の……ボス部屋に!」

 

やはり予想通り、もう時期ボス部屋が見つかるようだ。

ということはつまり、その次に控えているのはーー命を掛けたボス攻略、ということだ。

まあそのために、わざわざ起きて(起こされて)まで来たのだが。

 

「一ヶ月。ここまで、一ヶ月もかかったけど……それでも、オレたちは、示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものもいつかきっとクリアできるんだってことを、はじまりの街で待っているみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所にいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、みんな!」

 

再び喝采。しかし今度は、ディアベルの仲間以外にも手を叩いている者がいるようだ。

 

……うん。いや、何となく感じてはいたが、俺はディアベルのことが苦手のようだ。

決して嫌いなわけではない。苦手なのだ。

そこ、同じとか言わない。

みんなを纏めあげようとする気概は素直に尊敬できるし、仲間とのやり取りを見るに、実際にそれをできるだけのカリスマ性も秘めているのだろう。

だがおそらく、俺の考え方とは決定的に馬が合わない。

だから苦手。

 

士気を上げるためとはいえ、ああいう言い方をしたのは、少なからず本人もそう思っているからだ。

俺ははじまりの街に籠もっているやつらに果たす義務なんてないと思っているし、自分がトッププレイヤーだなんても思っていない。

己が欲望に負け、命を軽視し、他のプレイヤーに置いていかれたくないと恐怖した、()()やつらがここにいる。

誰も彼も、今までに死んでいてもおかしくなかったはずだし、死んでも代わりはまだ八千人近く残っている。

ここにいるのは特別なやつらじゃない。

ほんの少し『運』が良かっただけだと、少なくとも俺は、そう考えている。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

そんなことを考えていると、低く流れたその声とともに歓声がぴたりと止まり、前方の人垣がふたつに割れた。

その中央に立っているのは、小柄ながらがっしりした体格の男。

背負っている大型の片手剣で、茶色の髪は、ある種のサボテンのように尖ったスタイルをしている。

サボテン頭は一歩踏み出し、ディアベルとは正反対の濁声で唸った。

 

「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」

 

唐突な乱入にもディアベルは表情一つ変えず、手招きをして応じてみせた。

 

「こいつっていうのは何かな? まあ何にせよ、意見は大歓迎さ。でも、発言するならいちおう名乗ってもらいたいな」

 

「………………フン」

 

サボテン頭は盛大に鼻を鳴らし、一歩、二歩と進み出て、噴水の前まで達したところでこちらに振り向いた。

 

「わいは《キバオウ》ってもんや」

 

そう言って、広場にいる四十数人のプレイヤーを睥睨したキバオウの視線が一瞬、俺たちの、いやキリトのところで静止した、気がした。

確信は持てなかったが一応、そのことの心当たりについてキリトに聞こうとしたが、キバオウのドスの利いた声がする方が早かった。

 

「こん中に、五人か十人、ワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」

 

「詫び? 誰にだい?」

 

背後で、噴水の縁に立ったままディアベルが、様になった仕草で両手を持ち上げるもそちらには一瞥もくれず、キバオウは憎々しげに吐き捨てた。

 

「はっ、決まっとるやろ。今までに死んでった二千人に、や。奴らが何もかんも独り占めしたから、一ヶ月で二千人も死んでしもたんや! せやろが!!」

 

途端、低くざわめいていた約四十人の聴衆が、ぴたりと押し黙った。

その場にいた全員が理解したのだ。キバオウが何を言わんとしてるのか。

重苦しい沈黙の中、NPC楽団の奏でる夕方のBGMだけが静かに流れる。

誰も、喋らない。喋れない。

今喋れば《奴ら》の一員だと思われる。

その恐怖に、誰も喋れない。

 

隣に座るキリトは、特に。

 

「ーーーキバオウさん。君の言う《奴ら》とはつまり……元ベータテスターの人たちのこと、かな?」

 

腕組みをしていたディアベルが、今までで最も厳しい表情を浮かべて確認を取る。

 

「決まっとるやろ」

 

今度は背後にいる騎士に一瞥くれてから、キバオウは続けた。

 

「ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にダッシュで始まりの街から消えよった。右も左も判らん九千何百人のビギナーを見捨てて、な。奴らはウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強うなって、その後もずーっと知らんぷりや。……こん中にもちょっとはおるはずやで、ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらお考えてる小狡い奴らが。そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし預かれんと、わいはそう言うとるんや!」

 

その糾弾にもまた、やはり声を上げるものはいなかった。

隣のキリト同様に。

 

屁理屈だ、と言いたかった。言ってやりたかった。

 

言ってることに事実が含まれていても、想像の部分も過多にある。

それにアルゴに聞いた話では、その死んだ二千人の殆どはベータテスターだ。

俺もキリトも、初日に受けたクエストで軽く死にかけている。

まあ俺はベータ上がりではないが。

そもそも現時点で、ベータ上がりと初心者に大差はない。それは今この場が物語っている。

何よりお前がやろうとしている事は、その小狡いベータテスター共よりも自分勝手だろうが、と。

 

だが出来ない。

それは俺が疑われるからなどではなく、おそらくあいつは、あの流暢な話し方から察するに、事前にこの場で、この話をしようと決めて来ているからだ。

そんなやつに今、何の準備もなく突っ掛かったならば、更に状況を悪化させる可能性も多分にある。

 

自分の中で、そんな理由付けをして押し黙る俺とは反対に、その声は迷いなく、発せられた。

 

「発言、いいか」

 

豊かな張りのあるバリトンが、夕暮れの広場に響き渡った。

その方向に目を向けると、人垣の左端あたりからぬうっと進み出るシルエットがあった。

大きい。身長は百九十ほどもあるだろう。

俺も両隣の二人に比べれば高い方だが、それでも近くに立てば見上げることになるだろう。

アバターのサイズはステータスに影響しないが、背中に吊っている無骨な両手用戦斧(ツーハンド・バトルアクス)が実に軽そうに見える。

頭はスキンヘッドで、肌はチョコレート色。

その彫りの深い顔立ちは日本人離れ、というより本当に日本人ではないのかもしれない。

迷いのない足取りで、噴水の傍まで進み出た筋骨隆々な巨漢は、礼儀正しく四十数人のプレイヤーに軽く頭を下げると、物凄い身長差のキバオウに向き直った。

 

「オレの名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ、その責任を取って謝罪・賠償しろ、ということだな?」

 

「そ……そうや」

 

一瞬気圧されたように片足を引きかけたキバオウだが、すぐに前傾姿勢を取り戻すと、爛々と光る小さな眼でエギルと名乗る斧使いを睨め付け、叫んだ。

 

「あいつらが見捨てへんかったら、死なずに済んだ二千人や! しかもただの二千人ちゃうで、ほとんど全部が、他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ! アホテスター連中が、ちゃんと情報やらアイテムやら金やら分け合うとったら、今頃ここにらこの十倍の人数が……ちゃう、今頃は二層やら三層まで突破できとったに違いないんや!!」

 

……反論を遠慮したが、この程度の発言が限界なら俺が出てもよかったかもしれない。

あいつの言ってることは想像でしかない。妄想でしかない。

今のこの、停滞した現状が許せないという現実逃避。

ベータテスターはやり場のない怒りをぶつけるための、ただの人柱だ。

なんの解決にもならない。全くもって建設的ではない。

 

ただどれだけ、頭の中で反論しようと、発言したのは俺ではない、エギルさんだ。

ベータテスターを、キリトを、アルゴを、今矢面に立って守っているのは、おそらく初心者の中で、分かっていて一番ベータテスターと親しくしている、あまつさえその()()まで得ている、俺ではない。

おそらく何の縁もゆかりもない、計算ではなく感情で、ただの純粋な正義感に駆られ、下手したらこの場にいる全員を敵に回しかねないこの状況で、それでも勇ましく話している、あのエギルさんだ。

 

ーー俺はその事実が、酷く、恥ずかしかった。

 

だがそれでも、後悔しても、今、俺に出来ることは何もない。

だからせめてもと、エギルさんとキバオウの話の行方に、耳を傾けた。

 

「あんたはそう言うが、キバオウさん。金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」

 

そう言ってエギルさんが取り出したのは、羊皮紙を綴じた簡易な本アイテム。表紙には、丸い耳と左右三本ずつのヒゲを図案化した《鼠マーク》。

 

「このガイドブック、あんただって貰っただろう。ホルンカやメダイの道具屋で無料配布してるんだからな」

 

「「……む、無料配布だと?」」

 

思わず漏れた小さな俺の声が、左隣から同じく漏れたキリトの声と重なった。

 

あれは、表紙のマークの示すとおり、情報屋・鼠のアルゴの《エリア別攻略本》だ。

表紙下部にでかでかと書いてある【大丈夫。アルゴの攻略本だよ。】という惹句もあながち大袈裟ではない。

俺もキリトに倣い全巻購入しているが、俺もキリトも、一冊五百コルというなかなかのお値段で買わされている。

 

「わたしも貰ったわ」

 

今度は右隣から聞こえた声に、俺とキリトは同時に顔を向け、そしてまたも「「タダで?」」と声が重なった。

それに対し、こくりと頷くフェンサー。

相変わらず顔は見えないが、俺とキリト、というか俺の、間抜け面を見たその声は、先程までと違い随分と気分が良さそうだった。ちくせう。

左隣からいまだに「ど……どうなってんだ……」と言う声が聞こえる中、 俺は知らなかったことにして、再度意識を、噴水前の口舌に向ける。

 

「貰たで。それが何や」

 

「このガイドは、オレが新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。あんたもそうだったろ。情報が早すぎる、とは思わなかったのかい」

 

「せやから、早かったら何やっちゅうんや!」

 

「こいつに載っているモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、元ベータテスターたち以外には有り得ないってことだ」

 

プレイヤーたちが、一斉にざわめいた。

 

それについては知っていた。

何せ俺も、その情報提供を行っていたのだから。

俺とアルゴが定期的にする情報交換は、交換と付くからにはしっかりと、お互いに情報を出し合っていた。

俺はアルゴからキリトの情報を、アルゴは俺から前線の情報を、それぞれ買っていたのだ。

しかし最近は、一層についての情報を出し切ってからは、俺が一方的に買うだけになっていた。

そもそもアルゴも元ベータテスターであり、情報といってもベータ時代との差異を教えるくらいだったので、あまり役立っていたとは言えないが。

 

キバオウはぐっと口を閉じ、その背後でディアベルがなるほどとばかりに頷く。

エギルさんは視線を集団に向けると、よく通るバリトンを張り上げた。

 

「いいか、情報はあったんだ。なのに、たくさんのプレイヤーが死んだ。その理由は、彼らがベテランのMMOプレイヤーだったからだとオレは考えている。このSAOを、他のタイトルと同じ物差しで計り、引くべきポイントを見誤った。だが今は、その責任を追及してる場合じゃないだろ。オレたち自身がそうなるかどうか、それがこの会議で左右されると、俺は思っているんだがな」

 

エギルさんは、終始堂々と、理路整然と話していた。

ゆえにキバオウも、噛み付く隙を見いだせなかったのだろう。

 

なにあの人超カッコイイ。

思わずアニキと呼びそうになった。

 

これが他の人、例えば俺とかなら、キバオウは恐らく「そんなことを言うて、あんさんこそ元ベータテスターやろ!」とか言って反撃してきたと思われるが、今は憎々しげに、目の前の巨漢を睨め付けるだけだ。

そしてそれ即ち、この話の決着だ。

 

無言で対峙する二人の後ろで、噴水の縁に立ったままのディアベルが、夕陽を受けて紫色に染まりつつある長髪を揺らしてもう一度頷いた。

 

「キバオウさん、君の言うことも理解はできるよ。オレだって右も左も解らないフィールドを、何度も死にそうになりながらここまで辿り着いたわけだらさ。でも、そこのエギルさんの言うとおり、今は前を見るべき時だろ? 元ベータテスターだって……いや、元テスターだからこそ、その戦力はボス攻略のために必要なものなんだ。彼らを排除して、結果攻略が失敗ひたら、何の意味もないじゃなか」

 

ディアベルもまた、上手く話を纏めた。

やはりリーダー気質というか、カリスマ性のようなものがあるのだろう。

聴衆の中には深く頷くものさえいる。

少なくとも俺は、元テスター断罪すべし、という場の雰囲気が変わるのを感じて安堵していた。

 

「みんな、それぞれ思うところはあるだろうけど、今だけはこの第一層を突破するために力を合わせて欲しい。どうしても元テスターとは一緒に戦えない、って人は、残念だけど抜けてくれて構わないよ。ボス戦では、チームワークが何より大事だからさ」

 

ぐるりと一同を見渡し、最後にその視線をキバオウのところでとめる。

真顔のディアベルにしばらく見詰められたキバオウは、ふんと盛大に鼻を鳴らすと押し殺すような声で言った。

 

「…………ええわ、ここはあんさんに従うといたる。でもな、ボス戦が終わったら、キッチリ白黒つけさしてもらうで」

 

振り向き、スケイルメイルをじゃらじゃら鳴らしながら集団の前列まで引っ込むキバオウ。

エギルさんもまた、それ以上言うことはないというように両手を広げると、元居た場所へと下がっていった。

 

結局、ディアベルと、僅かにエギルさんの株を上げただけのその一幕が、今回の会議のハイライトとなった。

そもそもボスの顔も分からない時点では、作戦の立てようもないというものだ。

会議は最終的に、つい数ヶ月前、現実世界で見た

文化祭前日のクラスメイトの如く、中心であるディアベルのこの上ない前向きな声掛けと、それに応じる参加者の雄叫びで締めくくられた。

俺とフェンサーは当然参加せず、キリトが形ばかりに右手を突き上げたのが少々面白かった。

 

そんな光景を見ながら俺は、もし()があったなら、今度こそは俺があいつらを守ると、そう心に誓った。

 

「……」

 

そんな俺を、先に帰ることもなく見詰めるフェンサーには気づかないまま。

 

〜〜〜

 

その翌日、昨日の茶ば……会議で士気が上がったプレイヤー達は、素晴らしいスピードで第一層迷宮区の最上階を攻略した、らしい。

らしい、というのはもちろん、俺は寝ていて行かなかったからだ。

ちなみにこの話は、恨み言と、今日の夕方にまた会議が開かれるという情報と共に、キリトからメッセージで伝えられた。

 

そしてその日の夕方、再び同じ場所で開かれた会議では様々な情報が明らかになった。

曰く、ボスは身の丈二メートルに達する巨大なコボルト。名は《イルファング・ザ・コボルトロード》、武器は曲刀カテゴリ。

取り巻きに金属鎧を着込み斧槍(ハルバード)をたずさえた《ルインコボルト・センチネル》が三匹。

しかしそれらは、ボス部屋を見てきたディアベルの話だ。

本当に一見のもので、言っちゃ悪いが、大した情報ではなかった。

まあでも、これから何度か偵察して徐々に情報を探っていくのが妥当かな、と誰もが思ったところで()()は発見された。

 

NPCの露天商に、いつの間にか委託販売されていたそれは、羊皮紙を三枚綴じただけの本というよりパンフレット。

 

アルゴの攻略本・第一層ボス編ーーお値段はもちろんゼロコルである。

 

それには先程明らかになったボスの名前から推定HP量、主武器のタルワールの間合いと剣速、ダメージ量、使用ソードスキルまでが三ページにわたってびっしり書き込んであった。

四ページ目が取り巻きの《センチネル》の解説で、そこには四段のHPゲージが一本減るたびに再ポップし、計十二匹を倒さねばならないとも書いてあった。

そして、本を綴じた裏表紙には、これまでの《アルゴの攻略本》には存在しなかった一文が、真っ赤なフォントで並んでいた。

 

【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります】

 

それを見た俺は、頭を抱えた。

 

「あんのあほ……」

 

言葉柔らかさとは裏腹に、本気でこれをした阿呆に文句を言いたくなった。

 

この情報は、アルゴの今までの立場を崩しかねないものだ。

鼠のアルゴは、ベータテスターから情報を買っているだけの情報屋ではなく、ベータテスト上がりの情報屋、という風にもなりかねない。

現にこれを読んだ四十数人のプレイヤーは、その反応をリーダーに預けるように、昨日と同じ、噴水の縁に立つディアベルを見た。

ディアベルは数十秒、考えを纏めるように顔を伏せた後、姿勢を正して集団に向き直った。

 

俺はそんなディアベルに、密かに、厳しい視線を送っていた。

ここでこいつが、アルゴを吊るし上げるような発言をしようものなら、今度こそは、ここに居る全員を敵に回してでも俺が説き伏せると、そう心を決めて。

 

だが結果は、幸か不幸かそうはならなかった。

 

「ーーみんな、今は、この情報に感謝しよう!」

 

聴衆がさわさわと揺れる。逆に俺は、知らず入っていた力を抜く。

その発言は、元ベータテスターとの対立ではなく融和を選ぶとも取れたからだ。

ともすれば、キバオウあたりが噛み付くか、と思い気を入れ直すが、あのサボテン頭が飛び出てくることはなかった。

 

あとは後で、アルゴに苦情のメッセージを送りつければ、とりあえず今は、この話は終了だ。

全く、心配させやがって。

 

「出所はともかく、このガイドのお陰で、二、三日はかかるはずだった偵察戦を省略できるんだ。正直、すっげー有り難いってオレは思ってる。だって、いちばん死人が出る可能性があるのが偵察戦だったからさ」

 

広場のあちこちでカラフルな頭が、同意を示すように頷いているのが見える。

 

「……こいつが正しければ、ボスの数値的なステータスは、そこまでヤバイ感じじゃない。もしSAOが普通のMMOなら、みんなの平均レベルが三……いや五低くても充分倒せたと思う。だから、きっちり戦術(たく)を練って、回復薬(ポット)いっぱい持って挑めば、死人なしで倒すのも不可能じゃない。や、悪い、違うな。絶対に死人ゼロにする。それは、オレがきしの誇りに賭けて約束する!」

 

上手くまとめるなーっと、完全に他人事状態だった俺は、次の言葉に戦慄することになった。

 

「ーーじゃ、早速だけど、これから実際の攻略作戦会議を始めたいと思う! 何はともあれ、レイドの形を作らないと役割分担もできないからね。みんな、まずは仲間や近くにいる人と、パーティーを組んでみてくれ!」

 

小学校の体育か! と突っ込みたくなる衝動を抑え周りを見ると、殆どの人は近くにいた仲間らしき人たちとパーティーを組んでいるようだった。

その中には昨日の騒動の中心のキバオウや、それを説き伏せたエギルさんの姿も見て取れる。

まぁそりゃそうだわな、と少しエギルさんと組みたかった俺は、しかしすぐに諦めた。

そもそもここに居るような人達は、いわゆる最前線で戦っているような人達だ。

そんな人達が、パーティーを組んでいないはずもない。

 

一部、例外を除いて。

 

その一部例外の内一人は、焦った様子で周りを見渡し、俺と目が合った瞬間、ご主人様を見つけたイヌの如く寄ってきた黒髪の少年。

 

そしてもう一人は、ひっそりと立ちながらこちらを見詰める、赤フードの少女だ。

 

フェンサーがちゃんと来ていたことを、さながら不登校児の先生のように密かに嬉しく思いながら、黒毛のイヌを無視してそちらに向かう。

 

「よう、昨日ぶり。あぶれた?」

 

「あぶれてない、あなたと違って」

 

フェンサーの毒のある言葉と、後ろから聞こえる「ソウ〜、パーティー組もうぜ〜」という控えめながらに嬉しそうな声を聞き流しながら、先にフェンサーにパーティー申請を出す。

断られるかな、とも少し思ったが、上げた手を少し止めこちらを見た後、溜め息と共にOKボタンを押した。

それに安堵しながら、視界左側に追加されたHPバー、その下に表示された短いアルファベットの羅列に目を向ける。

そこには【Asuna】、とようやく判明したフェンサーの名前が表示されていた。

 

あー、だから《アーちゃん》ね。

 

これでアルゴの漏らした情報はチャラかな、と益体もないことを考えながら、後ろでこの状況の中、知人にも無視され少し涙目になっている少年にも、パーティー申請を送るのだった。




ご読了、ありがとうございました。

やっとアスナの名前が出せて、作者的にはほっとしています。
今までフェンサーとか、赤フードとか、しんどい言い回しばかりでしたので。

あと二、三話で《ビーター》は終わらせられたらなと考えております。
一話あたりの文字数が少ないせいで、原作沿いの他作品では類を見ない、序盤話数の多さになっていますがご了承ください。
……いや、ほんとにすみません。こんなつもりはなかったんです……(言い訳)

話数がら増すごとに投稿スピードが落ちてるのはお気づきかと思いますが、逃亡はしないので、そこはご安心下さいませ。

あと聞いた話によれば【大丈夫。アルゴの攻略本だよ。】とは何かのネタをもじったやつっぽいのですが、作者は元ネタが分かっていません。親切な方がいらっしゃいましたら、教えて下されば幸いですm(_ _)m

*謝罪*
徹夜で書き上げテンションがおかしいため、前書き、後書きの分量が多めでした。失礼しました。


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ビーター 6

前話の感想にて、主人公について評価して下さった方々ありがとうございました!
しかし今回、もしかしたら少しだけそのイメージを変えることになるかも知れません。
もしそうだとしたらすみません。一重に作者の技量不足です。
しかし作者の中では最初から同じイメージで書いていますので、もし違和感がある方がいらっしゃいましたら感想までお願いします!(自らハードルを上げていく)

そんなことより、「おか えり」と「ただ いま」って人名っぽくないですか?(それについて無駄な論争を妹と繰り広げた)

ではでは、本編をどうぞ。


自由にペアを作って(トラウマ)発言から数分。

 

全てのプレイヤーは無事、六人パーティーを七つ、三人パーティーを一つ完成させた。

もちろんその三人パーティーとは、俺とキリト、そして先程ついに名前が明らかになった、アスナの三人だ。

 

ディアベルの指揮の元、七つの六人パーティーは最小限の人数の入れ替えを行っただけで、役割別の部隊に編成された。

重装甲の(タンク)部隊が二つ。高機動高火力の攻撃(アタッカー)部隊が三つ。そして、長モノ装備の支援(サポーター)部隊が二つだ。

それぞれにきちんと役割が与えられていながら、しかしシンプルに纏められたそれらを他人事のように眺めながら(実際に他人事なのだが)、改めてディアベルのその手腕に舌を巻く。

これでも俺は、他のMMOタイトルで作戦参謀的なことをしたこともあるので、ディアベルの手際の良さがよく分かる。

対して知りもしない間柄の人間、それも大勢を纏め上げるのは、本当に大変なことなのだ。

ましてや、いつ暴れ出すとも知れないキバオウのようなやつがいる中で、だ。

まあキバオウに関しては、なんだかディアベルに対して、心酔とまでは言わずとも、それなりの敬意を持っている様子なので、ディアベルからしたらさほど気にはならないのかもしれないが。

 

しかし、そしてそれはそれとして、だ。

 

やはり俺は、今、申し訳程度に集まる俺たち三人の方へと、爽やかな笑顔を浮かべながら迫って来ているナイト様が、どうしても苦手なようだ。

ディアベルの接近に気づいた残り二人のパーティーメンバーは、生け贄を捧げるかのごとく俺より後ろに下がり、相対的に前に出された俺がリーダーだと思ったらしいディアベルは、真っ直ぐに俺の方へと向かって来た。

 

こいつら……絶対ボス戦で働かせてやる、リーダー命令で。

 

心の中でそんなことを思っている間に、目の前まで来てしばし考える様子を見せていたナイト様は、爽やかな声で俺に言った。

 

「君たちは、取り巻きコボルトの潰し残しが出ないように、E隊のサポートをお願いしていいかな」

 

……ようは邪魔にならないよう、隅っこで大人しくしてろってことですね分かります。

 

それに対しキリトからは、俺と同じように仕方ないと諦めるような溜め息が聞こえてきたのだが、しかしもう一人の方、アスナからは、明らかに私不満なんだけど、という空気が漂ってきた。

今さすがにこの場で文句を言われて、全体の雰囲気を悪くするのもどうかと思ったし、何より賛成出来ないなら帰ってくれてもいいよ、などと言われかねないので、俺は嫌な気持ちを押し切って仕方なく、アスナを制するように一歩前に出ながらディアベルに応じた。

 

「ああ、任せてくれ! そっちこそ、大変だとは思うけど全体の指揮は頼んだぜ!」

 

「! ああ、もちろんだ!」

 

ディアベルに負けず劣らず、なるべく爽やかな笑みを浮かべて応じる俺。

後ろが少し引いた気がするが気にしてはいけない。

俺が笑顔のまま右手を差し出し握手を求めると、最初は驚いた様子のディアベルだったが、すぐその意味を理解し、嬉しそうな表情を浮かべながらその手を取って力強く握ってきた。

 

暫くしてから手を離したディアベルは、きらっ、と白い前歯を光らせてから「じゃ!」と短く言って、俺に手を振りながら噴水の方へと戻っていった。

 

「何が任せてくれ、よ。ボスに一回も攻撃できないまま終わっちゃうじゃない」

 

俺が変わらず笑顔で手を振り続ける中、ディアベルが声の聞こえない距離まで離れた途端、案の定と言うべきか、アスナからそんな苦情が飛んで来た。

俺はディアベルが仲間たちの方に向き直ったのを確認してから手を下ろし、顔に貼り付けていた笑顔を取り去る。

それからようやく、不満顔のアスナに向き直った。

 

「悪かったよ。でもあんたに、他に知り合いがいないのも悪い」

 

「ぐっ……あなたには言われたくはないわ」

 

「いや、俺は本当にこの仕事で納得してるから」

 

地味に俺にも知り合いがいない認定をしてきたアスナの発言は軽くスルーする。

 

せめてフル(六人)パーティーなら、もう少しまともな仕事を要求出来たんだろうけど、そこは残念。

辛うじての知り合い関係である、自分を見つけたやつ()が悪かったと、自分の運の方を呪ってほしい。

すみませんね……知り合い少なくて。

 

別にいいじゃないか、取り巻き退治。

確かに旨みはないが比較的安全だろうし、何より楽だろう。

むしろこっちの方がおいしいのでは……そんなわけないか。

 

そんな感じで、自分の中で自己肯定と自己否定を繰り返して鬱になっていると、珍しくアスナが、俺に対して踏み込んだことを言ってきた。

 

「それよりあなた、随分と親しげに話してたけど、今の人のこと苦手でしょ」

 

「ん? ああ、そうだけど……よく分かったな。俺、そういうのあんまり顔に出さない方だと思ってたんだけど」

 

……しかしそれが分かっていながら、俺にディアベルの応対させたんですかそうですか。

 

よく勘違いされるのだが、俺は人付き合いは苦手ではない。嫌いなのだ。

というよりも、無闇にパーソナルスペースを侵されることが嫌なだけであり、逆に言えばそこまでいかない、上っ面だけの関係、というのは得意なのだ。

まあ疲れるので、あまり積極的に人付き合いをしたいと思わないのも事実なのだが。

 

大勢より少数、少数より一人がいいと思う今日この頃。

 

俺がこの世界で比較的、心を開いている相手といえば、キリトとアルゴ、あとはクラインくらいだろうか。

 

それからもう一人、目の前の彼女にも、最近はその傾向があるが。

 

この短い時間でそうなった理由は俺にも分からないが、おそらくは彼女の、自分を偽らない美しさのようなものに、惹かれているのではないだろうか。

 

……なにこれ自分で言っててハズカシイ。

 

と、とにかく、そんな彼女ことアスナがここで「べっ、別に、あなたのことをずっと見てたわけじゃないんだからね!」とか言い出したら面白かったのだが、もちろんそんなことはなく。

 

「別に、あなたがアルゴさんや、そこの剣士の人に接する時の態度と、さっきの人への態度が全然違ったから、そう思っただけよ」

 

「なるほど」

 

淡々と、自分の見解を述べるだけだった。

 

ほほう、つまり俺がディアベルを苦手と思っていることに気づいたのは、話した後だと。

だから俺にディアベルの対応をさせたのは仕方ないと。……仕方ない、か?

 

それにしても、アスナと話すのは楽でいい。

頭がいいのだろう。こっちの考えを読みながら話してくれるから話が早いし、話す内容も纏められていて分かり易い。

俺やキリトも無駄な話はしない方だから、三人でいても業務連絡のような話にしかならないのが玉に瑕だが。

 

まあそれはこれから追い追い、無事に三人とも生き残り続けたら変わっていくこともあるだろう。

 

俺とアスナの会話が一応終着を迎えたと思ったのか、さっきから影の薄かった黒髪の少年、キリトが、おずおずといった様子で話し掛けてきた。

 

「えーと、ちょっといいか。必要ないとは思うけど一応、POTローテの順番とか、どうする?」

 

「POT? ローテ?」

 

「おっとまじか」

 

まだ話しづらいのか、アスナのことを視界に入れながらも、主に俺に対して話していたキリトの言葉に、聞きなれない単語があったらしいアスナが反応した。

 

それも、初心者丸出しで。

 

その立ち振る舞いから、何となくそんな気はしていたのだが、やはりアスナは、MMOというジャンル、というかもしかしたら、ゲームをすること自体が初めてなのかもしれない。

それなのにも関わらず、一人で迷宮区のあんな深くにいたのだから、そのポテンシャルの高さは計り知れない。

 

「あー、キリト。こいつ多分、完全なMMO初心者(ビギナー)だと思うから、そこんとこよろしく」

 

「なっ……まじか」

 

俺の発言に対しむっとした様子のアスナと、攻略会議に出るほどの実力者がまさか初心者だとは思わなかったのか、思わずアスナに目をやり驚くキリト。

しかし理不尽にもキッと睨まれ、また慌ててこちらに視線を戻してきた。

 

キリト、哀れなり。

 

まあ実力の程は俺も実際に戦うところを見たわけではないので知らないのだが、少なくとも俺よりは役立つだろう。

 

「まあそんなわけだから。諸々の話は後で、実戦を交えながらでもしようぜ」

 

その後の第二回攻略会議は、つつがなく、AからGまでナンバリングされた各部隊のリーダーの短い挨拶と、ボス戦でのドロップアイテムやお金(コル)の分配方針を確認して終了した。

アイテムについてはゲットした人のもの。お金に関してはレイド全員で自動均等割りという単純なルールで話がついた。

この世界では申告しない限り、どのアイテムが誰のストレージにドロップしたかは分からない。そういった理由でディアベルは、このルールを採用したのだろう。

そして午後五時半、昨日と同じらように「頑張ろうぜ!」「オー!」の掛け声を最後に解散となり、集団は三三五五ばらけて酒場やらレストランやらに入っていった。

 

余談なのだが、リーダー挨拶では(タンク)部隊であるB隊のリーダーであるエギルさんや、取り巻き(センチネル)殲滅部隊であり、俺たちがサポートすることになるE隊のリーダーのキバオウの挨拶もあった。

そして最後のG隊のリーダーの挨拶の後、さっきの短いやり取りで気に入られたのか、はたまた気を遣われたのかは分からないが、ディアベルの厚意で俺たちみそっかす部隊にも挨拶の機会が与えられた。

普段なら丁重にお断りするところなのだが、今後のためにも少しでもいい印象を与えておきたかった俺は、持ち前の親しげな軽口を披露して見事受け入れて貰うことに成功。

これで少しでも発言力を持てれば儲けもの、というものだ。

その代償として、会議が終わってからのご飯に誘われたりもしたのだが、「パーティーメンバーとの親睦も深めないといけませんので…」と、さも残念そうに断ると、向こうもそれなら仕方ないなといった雰囲気で「また一緒に食おうぜ!」と言ってくれたので、「ぜひ!」と、さも嬉しそうに返したところでようやく解放された。

その時の、短いパーティー期間で俺のやり口を知っているキリトの呆れっぷりと、あまりの豹変ぶりに珍しく驚くアスナがとても印象的で、少しいい気分になった。

 

「さて、と。それじゃあ近場で軽くお互いの実力確認と、それからスイッチの練習もしとくか」

 

未だに呆れと驚きが抜けきっていない二人を引き連れ、溜まったストレスを発散するため、俺は意気揚揚と町の外を目指すのだった。

 

〜〜〜

 

翌日、十二月四日、日曜日、午後十二時半、迷宮区最上階踏破。

と同時に、俺たち四十五人のレイドパーティーは、獣頭人身のレリーフがされた巨大な二枚扉、ボス部屋の前に到着していたーーー。

 

〜〜〜

 

昨日はあの後、MMO初心者(ビギナー)のアスナに、俺とキリトというMMO熟練者(ベテラン)が装備や戦闘時の立ち回りから、パーティー戦の基本まで手取り足取り(精神的に)教えて終了した。

 

その後はそのまま解散かと思いきや、アスナが物凄い葛藤の末、また俺の部屋の風呂を借りたいと申し出てきたりとか。

それを聞いたキリトが勘違いして、ありもしない関係に気を遣って立ち去ろうとしたのを急いで引き止め、誤解を解いたりだとか。

 

結局一緒についてきたキリトを追って、例の《アニールブレード》の最終交渉のために、アルゴがまた俺の部屋にやって来たりだとか。

そのアルゴの依頼人から提示された、三万九千八百コル、「いやそれだけあるなら、一から強化しても同じのが作れるだろ」という理解出来ない金額に仕方なく、アルゴから依頼人の名前の情報を買ったりだとか。

それがあの、ベータテスターを目の敵にしていた《キバオウ》だということが分かり、キリトと二人であれこれ推測を交わしたりだとか。

その最中に、お風呂から上がってきたアスナ(素顔)を見て、顔を赤らめながら慌てて部屋を出ていったキリトと、意味深な笑みを浮かべながら、これまた意味深な視線を送ってきたアルゴがいたりだとか。

そんなアルゴの視線に耐えきれず、またも逃げるように、アスナと入れ替わりにお風呂に入る俺がいたりだとか。

 

お風呂を上がると、また何か話があったのか、それでも待ちきれずにソファセットの一つに体を沈め、ぐっすりと気持ち良さそうに眠るアスナがいたりだとか。

声を掛けても全く起きず、仕方なく《ハラスメント防止コード》が発動しないか冷や冷やしながらアスナを寝室に運び、自分はソファセットを並べてそこで寝たりだとか。

 

代わりに朝は、またアスナに起こして貰えたりだとか。

 

それからやはり、《ハラスメント防止コード》が出ていたらしいアスナから、蔑むような目で見られたりだとか。

《不適切な接触》とみなされた時点で手が弾かれなかったことを不思議に思いながらも、黒鉄宮牢獄エリアにテレポートさせられないよう、今にもOKボタンを押しそうなアスナを必死に説得したりだとか。

 

何とか納得はして貰えたのだが、そのせいで今日は朝から完全に目が覚めているだとか。

未だにアスナから、冷たい目で見られているだとか。

合流してそれを見たキリトから、またも誤解されただとか。

 

まあ大したことはなかったので、そこら辺の話は割愛するとしよう。

 

そして今日、午前十時、俺たちは噴水広場に集合した。

なんとそこで、昨日キリトに破格の交渉を持ち掛けるも断られ、その上名前まで知られたはずのキバオウが、あまりにも堂々とした態度でキリトに、あまり出しゃばるなよといった旨の牽制をしていくという一幕があった。

よくよく見ると、キバオウの装備は昨日から全くと言っていいほど変わっておらず、およそ四万コルという金額を使ってまで己を強化しようとしていた人物の装備とは到底思えないものだった。

 

キリトを牽制していった理由は、どう考えてもキリトが元ベータテスターだからだろう。

しかしそれを知る者もまた、元ベータテスターだけの筈だ。

一応昨日キリトに聞いた限りでは、《キバオウ》という名前のプレイヤーはベータテストにはいなかったらしい。

ベータテストの時とは名前を変えている可能性も考えたが、あんな喋り方をするやつは、少なくともキリトの知る限りいなかったそうだし、何よりそれなら、あんなにも元ベータテスターを目の敵にすることはないだろう。

ならばなぜ、キバオウはキリトが元ベータテスターだと知っている? いや、そう思い込んでいる?

そもそもなぜ、あれだけ忌み嫌っていたベータテスターから、その知識を存分に使った結果であろう剣を買おうとした?

それになぜ、名前を隠さなかった?

アルゴは仕事に私情は挟まないやつだ。

名前の情報を買う時も、ちゃんと依頼人に確認を取ってからだった。

隠せたはずのものを隠さなかった理由は……隠す必要がなかったから?

四万コルもの大金を、装備強化のために使えなかったのは、()()()()()()()()()()()から?

そう考えると全て辻褄が合う。合ってしまう。

つまりキバオウには、ほぼ確実に、ベータテスト時代の情報を持ち、キリト()()剣を買うことを頼んだ、黒幕がいるーーー。

 

そこまで考え至って顔を上げると、いつの間にか噴水の縁に立ったディアベルが、軽い演説をしているところだった。

そして最後に、最早恒例となった「勝とうぜ!!」「オー!!」というやり取りをしているのを見て、その浮かれようと、決してそれに対してだけじゃない不安を覚えながら、俺はレイドパーティーの最後尾を、俺を待っていてくれた頼れる二人と一緒について行くのだった。

 

森を歩いている最中は、アスナの「何だか遠足みたい」という発言の通り、ゆったりとした雰囲気で、俺たちレイドパーティーは順調に進んでいった。

 

そして午前十一時、迷宮区到着。

 

迷宮区に入ってからは、レイドパーティー全体の連携の確認をしながらの進行となった。

何度か冷や冷やさせられる場面もあったが、ディアベルの的確な指示が光り、改めてディアベルのリーダーとしての資質を思い知らされた。

 

浮かれた雰囲気もあったかもしれないが、ディアベルさえいれば大丈夫と、そう思うには十分なぐらいに。

 

〜〜〜

 

「おい、ソウ。念の為に確認を……」

 

俺が長い回想とともに、難しい顔をしながらディアベルを見ていると、ちらちらとアスナに目をやりながらキリトが声を掛けてきた。

 

昨日も会話の流れで話す(質問に答えるなど必要最低限)ことはあったのだが、どうやらまだ自分から話しかけるのは難しいらしい。

これから一緒に戦うというのに大丈夫だろうかと、少し不安になる。

 

まあこっちは大丈夫か、キリトだもんな。

必要とあらば、臆することなく話すだろう。

 

「……ああ、そうだな。一応確認するけど、俺たちが相手をする《ルインコボルト・センチネル》は、頭と胴体の大部分を金属鎧で覆われていて、まともに攻撃してもあんまりダメージが通らない」

 

「解ってる。貫けるのは喉元一点だけ、でしょ」

 

「そそ。俺かキリトで向こうの武器を跳ね上げさせるから、すぐにスイッチで飛び込んで」

 

注文としては、決して簡単な部類ではないのだが、昨日の剣技を見せられては信用せざるを得ない。

 

正直、アスナに対する俺の評価は甘かったと言わざるを得ない。

さすが店売り装備で、しかもただ一つのソードスキルのみを頼りに、迷宮区深くまでソロで潜っていただけはあった。

あのキリトでさえ、流星のようなアスナの《リニアー》には、目を奪われていたのだから。

ソードスキルは、システムがモーション・アシストをしてくれるのだが、それに加え、プレイヤー自身が運動命令を出すことによって速度をブーストすることができる。

下手な動きをするとかえってアシストの邪魔となり、最悪ソードスキルが失敗しその瞬間、戦闘中において致命的な硬直時間が課せられることになる。

しかしアスナの《リニアー》は、その刀身が視認できず、ソードスキルによるライトエフェクトの軌跡しか捉えられないほどに早かった。

なんの知識もなくあれだというのだから、本当に恐れ入る。

昨日のうちに装備も、店売りの《アイアン・レイピア》から、ドロップ品の《ウインドフルーレ+4》(俺のストレージで眠っていたもの)にグレードアップしており、戦闘中の無駄な動きも俺とキリトの指導によってほとんどなくなった。

今のアスナと戦闘において並べる者は、今ここにいる者の中でも一握りだろう。

 

俺たちが後方で最終確認をしている中、前方で他の七パーティーを並ばせ終えたディアベルは、さすがにここで、音にも反応する人型モンスターを呼び寄せてしまう「勝とうぜ!!」をする訳にもいかず、代わりに銀の長剣を高々と掲げ、大きく一度頷いた。

俺たち以外の四十二人のレイドメンバーも、同じように各々の武器をかざし、大きく頷いた。

緊張感の高まる中、青いロングヘアをなびかせて振り返ったディアベルは、左手を大扉の中央に当て、

 

「ーーー行くぞ!」

 

と短く一言叫び、思い切り押し開けた。

 

ーーー広い。

 

初めてボス部屋に入った感想はそれだった。

左右の幅、約二十メートル、奥行き、約百メートルの長方形型の空間。

二十階のマッピングはほぼ終わっている(俺は参加していない)ので、空白のエリアから得た数値として事前に知ってはいたのだが、実際に目にするとそれより遥かに広く感じる。

普段、現実世界にいた時に、これ程広く、ひらけた空間を見ることがなかったのも原因の一つかもしれない。

危なくなったら撤退を、とも密かに考えていた俺だが、手前で戦っていたならまだしも、奥で戦うことになったらそれも難しいだろう。

 

そんなことを考えていると、ぼっ、ぼっ、と音を立て、左右の壁の松明が手前から奥へと順に燃え上がっていき、それにつれ段々と、部屋の内装も明らかになっていった。

ひび割れた石床や壁。その各所に飾られた大小無数のドクロ。部屋の最奥に鎮座する、粗雑かつ巨大な玉座。

そしてそこに坐する、何者かのシルエットーーー。

 

それを見たディアベルは、高く掲げたままだった長剣を、さっと前に振り下ろし、それを合図に、総勢四十五名からなるボスモンスター攻略部隊は、盛大な雄叫びを上げつつ、一気にボス部屋へと雪崩込んだ。

そして先頭と玉座との距離が二十メートルを切ったあたりで、それまで微動だにしなかったシルエットが猛然と跳んだ。

空中でぐるりと一回転し、地響きとともに着地。

鋭い牙の並ぶ顎をいっぱいに開き、吠えた。

 

「グルルラアアアアッ!!」

 

獣人の王、《インファング・ザ・コボルトロード》は、自らの玉座の間に侵入した不届き者を排除するため、右手の骨斧を高々と振りかざした。




ご読了ありがとうございました。

ソウ君についての印象はどうだったでしょうか。
許容出来る範囲だったのなら良かったです。

それより途中の、〜〜〜間の文について、省略し過ぎだろ! と思ったそこのあなた!
その通りでございます大変申し訳ございませんでした。
さすがに話数を掛けすぎましたし、内容が被らない気がしないでもなかったですのでこうさせて頂きました。
はい、その通り。一話ごとの文字数が少ないのが原因でございます。
四千字ぐらいで切りたくなる病気にかかっているようです。

あと今回、ソウ君がアスナに対して「惹かれている」という表現を使いましたが、ニュアンスとしましては「憧れている」の方が近いです。
ああなりたい。けどなれないし、なれたところでそれは自分じゃない、みたいな。
自分が持っていないものに憧れている感じです。
だから決して「恋愛」的なものではないとご容赦下さい。

それはそうと次回は遂に戦闘回!
ちゃんと書けるかなという不安はありますが、やはり皆様お好きなようなので頑張りたいと思います。

長々と失礼しました。
ではでは、感想お待ちしております!


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ビーター 7

おっそくなりましたぁぁぁあああーー!!
(土下座)

定期更新ではないといえ、本当に申し訳ないです。

とりあえず本編どうぞ。


ーーー強い。

 

壁から湧いた最初の《護衛兵(センチネル)》を相手にしている彼らを見ながら、私、結城明日奈(ゆうきあすな)は素直にそう思った。

 

昨日は何だかんだ、攻撃パターンの似ている同じコボルト種の《突撃兵(トルーパー)》と戦闘するためにわざわざ迷宮区まで行ったのだが、戦闘をする度にやれ《オーバーキル》がどうだの、やれ《効率が悪い》だの、わけの分からないことを言われ……

 

いや違う、そうじゃない。

確かに言われたが、私が言いたいのはそういうことじゃない。

 

私が言いたいのは、昨日まで私がしてきた《戦い》は、この世界での《戦い》、彼らのしてきた《戦い》とは、似て非なるものだったということだ。

 

彼らのうちの一人、攻略会議で出会った、《キリト》と呼ばれていたの方の動きは、一言で言うなら、最適化された動き、だろうか。

無駄がなく、それゆえに繰り出される技は速く、そして力強い。

 

今も重装備のセンチネルの武器を弾き返し、悠々ともう一人の剣士へと手番を渡している。

 

そしてそのもう一人、迷宮区から私を連れ出した(未だに方法は分からないが)、《ソウ》と呼ばれていた方はというと、正直よく分からない。

キリトと比べるとその動きは拙いが、しかし危なげなく戦っている。

何というか、違和感を感じさせられる戦い方だ。

自分のイメージと、体の動きが噛み合ってないような、そんな違和感を。

しかし稀に、別人のような動きをする時がある。

そう、例えばーーー

 

「スイッチ!」

 

そう言われ、反射的に体が動いた。

ふわりと後ろに飛び退くソウと入れ違いに、両手に凶悪な長斧(ハルバード)を持ったセンチネルの懐に入り込む。

一人で戦っていれば自殺行為もいいところだが、今は違う。

今は、パーティーで戦っている。

ソウによって、高々と弾かれた長斧(ハルバード)が私を攻撃することはやはりなく、その反動で大きく仰け反り、無防備を晒す喉元に《リニアー》を撃ち込むのは実に簡単だった。

 

が、HPバーが少し残ってしまう。

これが昨日までの私なら、敵の反撃を紙一重で躱した後、もう一度《リニアー》を放つところだっただろう。

しかしそれは《過剰殺傷(オーバーキル)》だと、昨日、口を酸っぱくして言われたところだ。

だから今の私は、技後硬直が解けるや否や、同じ場所をちくっと突くことできっちり残りHPを削りきる。

 

そして敵が青い破片を撒き散らして消滅する中、こういうところだ、と心の中でさっきの続きに思いを馳せる。

 

敵の攻撃を弾く時、ソウの剣は異様なほど、速い。

 

いや、実際は速くなったりはしてないのだろう。

ただその一連の動きがあまりに滑らかで、一切の迷いもないためにそう感じてしまうのだ。

まるで歴戦の剣士のようなその動きにもちろん違和感なんてものはなく、それはただただ美しい。

全く剣に詳しくない私が思わず見惚れ、咄嗟にスイッチに入れなくなるほどに。

 

GJ(グッジョブ)

 

敵を倒した場所でそのまま考え耽っていた私に、そう言って声を掛けてきたのはキリトだった。

何の略かは分からなかったが、とりあえず「そっちも」と返しておく。

 

初め見た時は、落ち着いた雰囲気から歳上かとも思ったキリトだが、ソウとのやり取りを見ている内、寧ろ(ソウ)に遊ばれる可哀想な(キリト)といったイメージができてしまい、今では同い歳、もっと言えば歳下にさえ思えている。

しかしゲームについての知識、実力は相当のもので、間違いなくここにいるトッププレイヤー達よりも頭一つ抜けている。

 

「おつかれ〜」

 

そして次に、そう言って間延びした声を掛けてきたのはソウだった。

 

危険を冒してまで私を迷宮区から連れ出し、無理やり街まで連れ帰り、見ず知らずの相手を部屋に上げ、お風呂を貸し、何だかんだここまで行動を共にしている相手。

 

最初は、今まで声を掛けてきた人達と同じだと思っていた。

命の大切さとか、協力すればなんとかなるとか、そんなことを言う人達と。

だけど違った。

明らかに私を気遣う様子はあるのに口には出さず、あくまで私の意思を尊重した。

そんな彼に何か思ったのか、はたまた上手く誘導されたのかは分からないが、結局は彼の望む通りになったのだろう。

それでも悪い気はしなかった。

彼の、夜空のように薄暗い瞳を見ていると、ふざけながらも落ち着いた声音を聞いていると、彼と一緒に居ると、心が落ち着いた。

現実世界にいる、歳の離れた兄とは似ても似つかないが、それでも一番感覚が近いのはやはり《兄》だろう。

しかし、彼が何を考え、私に構うのかは分からない。

そして、私がなぜ、それを知りたがっているのかも。

 

そこまで考えたと同時、「二本目!」というディアベルの声が聞こえ、壁から追加のセンチネルが飛び降りて来た。

 

最適化された動きで敵を叩き斬るキリトと、最良の剣筋をなぞる様に敵を斬り伏せるソウ。

 

似ているようで種類(タイプ)の違う二人の剣士。

だが彼らは同じく、今私が見ているものより《先の戦闘》を見ている。

 

私もそれが見てみたい。

例えここが仮想世界で、ここにあるものが全て偽りでも、この気持ちだけは本物だと思うから。

 

そんなことを考えながら、一番手近な敵へとダッシュする。

そして今度は自分でも「スイッチ!」と声を出し、前の二人の後を追うのだった。

 

〜〜〜

 

順調だ。

 

既に三本目のHPバーを半分まで削られたボスを見ながら、(キリト)は心の中で安堵していた。

取り巻き退治も今は既に、E隊と俺たちオマケ部隊だけで、G隊はメイン部隊の方に回したくらいだ。

そしてそれを許すのは、一重に残り二人のパーティーメンバーの奮闘が大きいだろう。

 

ことスピードに関しては、ベータ時代から磨いてきた俺のブーストよりも間違いなく速いソードスキル(リニアー)を放つ、赤フードのフェンサーこと《アスナ》。

そして久しぶりにパーティーを組むことになった、俺と同じく片手剣使い(ソードマン)の《ソウ》。

 

といっても俺とソウでは、その戦闘スタイルは全く異なる。

 

俺が《反応》で動くのに対し、ソウは《読み》で動く。

 

それも枕詞に、かなりの精度を誇る、と付く。

相手が動き出す頃には、既にその攻撃に対応している、と言った感じだろうか。

それについて前に本人に聞いてみたところ、「何となく敵の動きと、どう剣を振ればいいか解る」らしい。

そんなことを言われても、こっちはちっとも解らなかったが。

それでも俺は、俺なりに仮説を立ててみた。

 

前半については、ソウは戦ってるうち、無意識的に敵のアルゴリズムを把握していってるのだろう。

実際、回数を増すほど《読み》の制度は上がっていく。

分からないのは後半だ。

体が動く、ならまだ分かる。実際俺も、考えるより先に体が動くことはある。

だが、剣筋が解る、というのは分からない。

なんでも調子がいい時は、通すべき剣筋が目に見えることもあるらしい。

それを聞いて、さすがに俺も匙を投げた。

少なくとも俺には理解できそうもない、と。

 

まだまだ初心者で、これからの伸び代を考えるだけでもぞっとするアスナに、恐らくその能力を未だ十全に発揮できていないであろうソウ。

 

そんな二人の成長を傍で見ていたいと思う反面、クラインとその仲間をはじまりの街に置いて来た俺にそんな資格はないとも思っている。

俺はあの瞬間、自分以外を切り捨てる、利己的なベータテスターとなったのだ。

 

だがソウは、あの場にいたもう一人であるソウは、あの時のことをどう思っているのだろう。

ベータテスターではなかったが、かと言って何の情報も持たない初心者でもなかった、ソウは。

 

そんな俺の思考とは別に視線の先では、またもアスナが敵を青い破片に変えたところだった。

 

E隊の半分の人数の俺たちのパーティーだが、その実、ほとんど倍の速度で敵を倒していた。

これにはさしものキバオウも文句はないだろうと思っていると、背後から、今まさに考えていた人物の声がした。

 

「アテが外れたやろ。ええ気味や」

 

「……なんだって?」

 

身に覚えのない言葉に思わず振り返る。

そこには案の上、いい気味と言う割には不快そうな、キバオウの顔があった。

キバオウは、眉を潜める俺を睨め付け、ややボリュームを上げて吐き捨てた。

 

「下手な芝居すなや。こっちはもう知っとんのや、ジブンがこのボス攻略部隊に潜り込んだ動機っちゅうやつをな」

 

「動機……だと? ボスを倒すこと以外に、何があるって言うんだ?」

 

「何や、開き直りかい。まさにそれを狙うとったんやろが!」

 

恐らく全く噛み合っていない会話に、言いえぬもどかしさを覚え歯噛みする俺に、キバオウは決定的な一言を告げた。

 

「わいは知っとんのや。ちゃーんと聞かされとんのやで……()()()()()()()()()()()()()()()L()A()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「な…………」

 

ーーーLA。止めの一撃(ラストアタック)

確かに俺は、それを取ることを得意としていた。

だがそれは、もう一つの《浮遊城アインクラッド》、ベータテスト時代の話だ。

キバオウは俺がベータテスターだということを、ましてや俺の当時のプレイスタイルまで知っている。

 

一体なぜ?

 

ベータテスターのことを知っているのは、ベータテスターだけだ。

しかし少なくとも俺の記憶では、キバオウというプレイヤーはベータテスト時代にはいなかったはずだ。

いや、よく思い出せ。

キバオウは「聞かされている」と言った。

つまりそれは……

 

「キバオウさん、その話、俺にも詳しく聞かせてくれないですか?」

 

俺が口を開きかけたその時、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

いつも落ち着いていて、聴くと安心する声。

その声を聞いたキバオウは、声の出処である俺の後ろに目を向け、そしてその人物の名を口にした。

 

「……ソウはん」

 

振り返るとやはりそこにいたのは、今は俺たちの仮のパーティーリーダーであり、俺がこの世界に来てから最も長い付き合いの相手、ソウだった。

 

俺のソウに対する印象といえば、近いようで遠い存在、だ。

俺とさほど歳も変わらないはずなのに、随分と落ち着いていて大人っぽい。

同じ目線でいる時もあれば、俯瞰していると感じる時もある。

例えるなら、歳の近い《兄》だろうか。

一緒に遊んでいるのだが、その実、怪我などしないよう見守られているような、そんな感じ。

 

今も目の前のその背中に、どこか安心感を覚えてしまっている。

 

「さすがに()も、パーティーメンバーによからぬ噂があるなら確かめたいですからね。その情報はどこから、いえ、()()()聞いたんですか?」

 

外面の仮面を被りながら、どこかの確信を持ちながら問いかけるソウに対し、今度は少し逡巡した様子のキバオウは、誰から、という部分はぼかしながらそれに答えた。

 

「……決まっとるやろ。情報源は《鼠》や。えろう大金積んでベータ時代の情報を買ったっちゅうとったわ。攻略部隊に紛れ込むハイエナを割り出すためにな」

 

ーーー嘘だ。アルゴはたとえ自分のステータスを売っても、ベータテストに関連する情報は絶対に売らない。

思わず口走りそうになるが、しかしそんなことはアルゴと仲のいいソウも分かっているはずだ。

 

「……そうですか」

 

それでもソウは一瞬考え込むように目を伏せた後、変わらぬ口調で短くそう言っただけだった。

 

その時、前線から、おおっしゃ! というような歓声が聞こえてきた。

ボスのHPゲージが四本目、最後の一本に突入したようだ。

俺と同じように前線に目を向けるソウ。

しかし何となく全体を見ていた俺と違い、ソウが見ていたのはただ一点のみだった。

珍しく厳しい視線を向けるその先にいるのは、このタイミングで武器を持ち替えるボスモンスター、ではない。

 

今尚、前線でレイド全体の指揮を取り、間違いなくこのボス戦の立役者である男、ディアベルだった。

 

「ウグルゥオオオオオオオオーーー!!」

 

その事を不思議に思う中、《イルファング・ザ・コボルトロード》がひときわ猛々しい雄叫びを上げた。

それと同時、壁の穴から最後の《ルインコボルト・センチネル》三匹が飛び出して来る。

それを確認したキバオウは、踵を返す前、最後に俺を睨めつけながら吐き捨てた。

 

「……雑魚コボ、もう一匹くれたるわ。あんじょうLA取りや」

 

「キバオウさん」

 

そう言って立ち去ろうとしたキバオウを、しかし背中越しにソウが呼び止めた。

 

「……なんや」

 

足を止め、警戒した様子でソウを見るキバオウに対し、ソウは振り返らないまま続けた。

 

「俺はキリトのこと、信じてますから」

 

いつもと変わらない、落ち着いていて平坦な口調。

しかしその声音には、確かに優しさが含まれていた。

そしてもしかしたらその言葉は、俺に向けられたものだったのかもしれない。

少なくとも俺は、その言葉に胸が軽くなるのを感じた。

 

「……ほうか」

 

「あ、それと……」

 

毒気を抜かれたように今度こそ踵を返そうとするキバオウを、しかしまたもソウが呼び止めた。

しかし今度はきちんと振り返って。

そしてその顔には、外面用の仮面ではない、俺がいつも見ている悪戯っぽい顔を浮かべて。

 

「あと()、あんたのそういうとこ、嫌いじゃないですよ」

 

それを聞いて呆然とする俺とキバオウ。

俺でも予想外だったその言葉を、キバオウが予想出来ていたはずもない。

キバオウは暫くあまり見ない呆けた顔を晒した後、一度盛大に鼻を鳴らして、同じく表情を崩しながらそれに答えた。

 

「……はっ! わいはあんさんのそういうとこ、気に食わん」

 

「そりゃどうも」

 

「はっ」

 

最後にもう一度盛大に鼻を鳴らして、キバオウは今度こそ本当に立ち去っていった。

ちらっと見えたその横顔が少しだけ笑っていたのは、俺の見間違いではないだろう。

 

〜〜〜

 

キバオウの話で、それまで(ソウ)の中にあった予想が確信に変わった。

もっともそれは、決していいものとは言えないのだが。

 

ともあれボス戦も最終局面だ。

ここまでは特に何事もなく来れている。

ボスが武器を持ち替えるのを横目で確認しつつ、このまま最後までいけるよう祈りながら自分の担当である《センチネル》に突っ込む。

 

ボスの取り巻きなだけあって《センチネル》は、昨日まで戦っていた同じコボルト種の《トルーパー》よりも強かった。

しかし適正よりも十分過ぎるほどレベルの高い俺たちからしてみれば、その差は微々たるものだ。

それに加え、人型種であるコボルトの動きは俺にとっては()()やすい。

さらに今日は調子がよく、いつもより良く()()()ので、寧ろ楽に感じるほどだ。

 

《センチネル》の動きから、上段からの振り下ろしだと思った俺は、()()()()()()()()()()()をなぞるように剣を通した。

 

ガキィンッ!!

 

予想通り上段から振り下ろされようとした長斧(ハルバード)を、完全にスキルが発動する前に剣をぶつけることでスキルも使わずに弾き返す。

 

「スイッチ!」

 

その直後、何か心境の変化でもあったのか、俺が声を出す前にそう言って飛び出して来る《アスナ》。

そして寸分たがわず、《センチネル》の喉元に高速の《リニアー》を放つ。

敵のHPバーが大きく削れるのを確認してから、またスイッチをしてアスナと入れ替わろうとした、その瞬間。

 

「だ……だめだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べーーーッ!」

 

珍しく焦った様子のキリトの叫び声が聞こえてきた。

反射的にキリトの視線の先、ボスと戦うメイン部隊の方へと目を向ける。

そこには転倒した六人のC隊のメンバーと、その中心で曲刀、いや、どちらかと言うと刀に近い得物を振り抜いた姿勢のボスの姿があった。

 

獲物が違う? やっぱりベータテストの時から変更があったのか……!

 

それも当然ではあるのだ。ベータテストの時と全く同じなら、ベータテスト経験者はゲームを()()()()()

だから《鼠》の攻略本にも注意書きがあったのだが、どうやら順調ゆえの油断が出たようだ。

そして人とというのは存外、予想外の出来事に弱い。

 

誰もが呆然とする中、しかしそんなことなど関係なしに、スキル後の硬直の抜けたボスが動き出した。

 

「追撃が……」

 

キリトが叫ぼうとするが、もう遅い。

エギルさんを含む数名も援護に向かおうとするが、ボスが最前線で転倒していたプレイヤー、ディアベルに、攻撃を仕掛ける方が早い。

 

なんらかのスキルなのだろう、床すれすれを通った刀、野太刀が、ディアベルの体が高々と打ち上げる。

しかしボスの攻撃はそこで終わらない。

再びボスの刀身を赤いスキルの光が包み込む。

それと同時、ボスはその巨体で高々と跳躍した。

それを見て焦ったディアベルは、無理な姿勢のままボスを迎え撃つためのソードスキルを放とうとするがーーー

 

まずい。

 

そのディアベルの行動を見た瞬間、そう直感した。

 

不完全な体勢のそれを、システムはやはりスキルの初動モーションとは認めない。

ディアベルの剣が、虚しく空を斬る。

そして次の瞬間、無防備なディアベルの体をボスの野太刀が直撃した。

血のように紅いライトエフェクトを撒き散らしながら、ディアベルは遥か後方、取り巻きと戦っていた俺たちのすぐ傍まで弾き飛ばされる。

 

咄嗟に駆け出す俺、そしてキリト。

 

進路上にいたセンチネルの攻撃を半ば強引に弾き返しながら、最短距離を突き進む。

そしてようやく俺たちが辿り着いた時、ディアベルのHPバーはすでに危険域(レッドゾーン)まで入っており、そして尚、止まる様子もなく減り続けていた。

膝をつきポーションを差し出すキリトの手を、無駄だと言わんばかりにディアベルが制する。

そして、

 

「キリトさん、それにソウくん。ボスを、みんなを、頼みま……」

 

最後まで言うことなく、ディアベルの体は青い破片となって四散した。

 

この世界に来てから、敵を倒す度、アイテムを破損させる度、何度と見てきたその光景。

 

しかしプレイヤーの、()の死の瞬間を目にするのは、どちらの世界でもこれが初めてだった。

 

キバオウを使い、キリトから武器を奪い取ろうとしていたのは間違いなくディアベルだ。

恐らくは彼も、元ベータテスターだったのだろう。

目的はベータテスト時代にLAを乱獲していたというキリトの戦力を削ぎ、そして自分がLAを獲ること。

でなければ四万コルという大金を支払うのには見合わない。

逆に言えばそれだけの価値が、LAにはあるのだ。

 

キバオウはそんなLAのためにキリトが、ベータテスター達が、レイド全体を危険に晒す可能性を危惧していたのだろう。

逆に「みんなのため」に戦っていたディアベルのことは信頼、ないしは尊敬していた。

しかしそのディアベルが元ベータテスターで、LA欲しさにろくに警戒もせずにボスにやられ、現在進行形でリーダーを失ったレイドを危険に晒しているとは、なんとも皮肉なことだが。

 

それでも俺と違い、ディアベルは正しく、自分の為だけでなく()()()の為にも戦っていた。

それもキリトと違い、みんなから求められ、頼られ、リーダーになってまで。

自分の秘密は誰にも言えず、常にバレるかもしれないという危機感と、自分を信頼してくれている人々を騙し続けているという罪悪感を持ち続けて、それでもディアベルはその役割を立派に全うしていた。

 

そんなディアベルのことを、だから俺は好きにはなれなかった。苦手だった。

どこか似ている所があって、でも決定的に違うディアベルのことが、初めから苦手だった。

それでも嫌いではなかった。尊敬していた。

結局最後まで、『みんな』のために戦っていたディアベルを。

少なくとも俺は、『みんな』なんていう、顔も分からないような奴らのためには戦えないから。

もし無事に、この戦いが終わったら、腹を割って話してみたいとも思っていた程に。

 

青い破片が完全に消滅するのを見届けてから、俺はキリトに声を掛けた。

 

「どうする、キリト」

 

キリトもすでに、ディアベルがキバオウの後ろにいた人物であることには気づいているだろう。

色々と思うところもあるはずだ。

同じ、ベータテスターとして。

 

「戦おう」

 

それでも背筋を伸ばして立ち上がったキリトは、覚悟を決めた顔で、真っ直ぐ俺の目を見て言い切った。

 

俺よりも背の低い、恐らく歳も下の少年が人の死を目にしてなお、はっきりと戦うと、そう告げた。

純粋なキリトは、もしかしたら責任を感じているのかもしれない。

キリトはボスが使ったスキルを知っているようだった。

だからといって、キリトに責任なんてものはない。

それでもその勇気で、危なっかしいと言える蛮勇で、恐らく一人でもあの強大なボスに立ち向かうのだろう。

俺はそんなキリトのことを、心から尊敬する。

 

俺は、『みんな』なんて人のためには戦えない。

 

ーーーだけど俺は、キリトのためなら戦える。

 

「私も行くわ。パーティーメンバーだから」

 

そう言って横に並ぶアスナ。

 

まだ出会って日が浅いが、キリトと同じく、何だか危なっかしくて放っておけない少女。

それでも最初は自棄的だった彼女も、今では何らかの意志を持って戦っている。

彼女はこれからもっと強くなって、この世界でもっと多くを経験し、きっと今以上に美しく成長するのだろう。

俺はまだまだそんな彼女の、アスナのこれからが見てみたい。

 

俺は、『みんな』なんて人のためには戦えない。

 

ーーーだけど俺は、アスナのためなら戦える。

 

「まあ安心しろよ。お前らは俺が、守るから」

 

俺は、『みんな』なんて人のためには戦えない。

 

ーーーだけど俺は、こいつらのためなら、戦える。

 

俺はこの世界で何のために、どんな風に生きるのか。

 

ーーー俺は、ソウは、こいつらを守るために戦うと、今、決めた。




ということで、アスナ視点+キリト視点+ソウ君決意編でした。

アスナやキリトのソウ君に対する評価と、ソウ君のこれからの立ち位置というか、役回りを書いてたらこうなりました。
勿論キーワードは『お兄ちゃん』です。

戦闘については軽くは書きましたが、上記のせいでボスまでいけなかったのが残念です。
これ以上更新を延ばすと罪悪感で死にそうだったので……。(白目)

ビーター編はさすが次回で終わらせる、つもりです。
つもりです。(大事なことなので二回言いました)

また更新が遅くなるかもしれませんが、温かく見守って下されば幸いです。


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ビーター 8

メリ〜・クリスマ〜ス、です。

お久しぶりです。更新が遅くなり申し訳ございません。
それでまた暫く更新出来ないんですが、その話は後書きにでも。
先にもう一度言っておきますが、逃亡はしませんのでご安心を!

代わりと言ってはなんですが、今回は大分長くなっております。
逃亡しないという想いも込めて!(単に書いてたら長くなっただけです)
ですので、私からのささやかなクリスマスプレゼントとして、お楽しみ頂けたら幸いです。

では、どうぞ。


ーーー二人を守るために戦う。

 

守る、と明確に口にした俺は、何だか心がとてもすっきりしていた。

収まるべきものが、収まるべきところに収まったような、そんな感じ。

だから結局、口に出したところで、俺のやることは初めから何も変わらない。

何故なら本当にただ、収まっただけなのだから。

 

背負いすぎるキリトの荷物を、少しでも減らしてやりたいと思った。

 

未来(さき)を諦めていたアスナに、希望を見せてやりたいと思った。

 

初めから何も変わらない。

ただ口に出して、明らかにしただけだ。

自分のすべきことを。

自分のしたいことを。

 

その為にもまずは、

 

「このボス戦、勝つぞ」

 

小さく口をついて出たその言葉に、両サイドからはっきりと肯定を示す頷きが返ってくる。

 

守るべき奴らだ。

守りたい奴らだ。

 

だけど今は、この凄腕の剣士達と共に戦えることが、何よりも心強い。

 

「それで、具体的には?」

 

鋭い視線をボスに向けながら、キリトが具体案を聞いてくる。

 

「そうだなーーー」

 

目の前には、唐突にリーダーを失い、右往左往するレイドメンバー。

このままでは、いつ次の犠牲者が出ても可笑しくはない。

だから、

 

「ーーーまずは、レイドの士気を取り戻す!!」

 

そう言うと同時、手に持っていた剣を力一杯に地面に突き刺した。

 

ギィィィィィン!

 

剣と石の床が激しくぶつかる音が部屋中に響き渡り、一瞬、空白の時間が訪れた。

そしてその隙を逃さず、

 

「全員、聞けーー!!」

 

一喝。

レイドメンバーの注目を集めることに成功する。

両手で耳を閉じているが間に合わなかったのか、両隣から不意打ちの大声に対し、咎めるような視線を感じるが、今は気にしていられない。

ここを逃せばもう二度とチャンスはない。

 

「俺は最期に、ディアベルからこの戦いを託された!」

 

嘘は言っていない。

ディアベルは確かにそう言った。

ただ、ここで言う託されたとは、

 

「俺がこのレイドの指揮を執る!」

 

こういう風に捉えられる。

隣で同じくディアベルの最期の瞬間に立ち会ったキリトが驚いた顔をしているが、無視して話を続ける。

 

「ディアベルは言った! ()()()()()と!」

 

その言葉に、レイドメンバーの顔つきが変わった。

勢いよく、俺は続ける。

 

「俺達は勝たなきゃならない! 勝利の報告を待っているみんなのためにも! そして何よりーーー」

 

一旦言葉を区切り、次の言葉を意識させ、そして、

 

「ーーーディアベルのために!」

 

ここに居る全員の心を、掴んだ。

 

「だからみんな、俺に力を貸してくれ!!」

 

ォォォオオオ!!!

 

心にこびり付いた恐怖を振るい落とすような雄叫びが、第一層ボス部屋を震わせた。

 

〜〜〜

 

「前衛部隊は一旦引いて回復! E隊は引き継ぎ取り巻きの相手! ボスの相手は、俺達が引き受ける!」

 

指示を出すと、先程までの慌てっぷりが嘘のように動き出すレイドメンバー。

それを見ながら、全員がちゃんと自分の指示を聞いてくれたことに安堵しつつ、もう一つの不安要素の確認をする。

 

「キリト、ボスの攻撃パターン、分かるか?」

 

キリトはそれに対し、ちらりと一度アスナを見てから、何かを振り払うように首を振って質問に答えた。

 

「……ああ、前に一度、()()()()()()()()

 

当然、この世界に現段階で、ボスと同じスキルを使う敵はいない。

つまりキリトは今、自分はベータテスターだと名乗ったようなものだ。

俺はともかく、アスナはそのことをまだ知らない。

キリトはそれを気にしていたようだが、当のアスナの反応は、

 

「……」

 

そんなことなど気にすることなく、早く続きを話せと目で訴えている。

それを見てからキリトは、顔に僅かな安堵を浮かばせながら続けた。

 

「あれは《刀スキル》だ。俺が相殺するから、ソウとアスナはその隙にダメージを与えてくれ。あと、囲むとさっきの範囲スキルが来るから注意してくれ」

 

「分かった」

 

「……分かった」

 

アスナは何か言いたげだったが結局言うことはせず、了承の意を示すだけだった。

そして三人で数メートル先のボスに向き合う。

もう既に前衛部隊は後方に下がっており、俺達が戦いの最前線だ。

 

「キリト」

 

集中を高めていたキリトに思わず声を掛けてしまった。

まだ何かあるのかと振り返るキリトに、多大な申し訳なさと、それ以上に信頼を乗せて一言告げる。

 

「悪い、任せる」

 

本当はキリトを矢面に立たせたくない。

出来ることなら自分がその役目をしたい。

でも出来ない。

俺はボスの使うスキルを知らない。

キリトは信頼している。

こいつならきっとやってくれる。

だが理屈ではなく感情が嫌なのだ。

つい先程守ると決心した相手を危険な目に遭わせるのが。

 

キリトが俺の言葉に、どれ程の思いを感じ取ったのかは分からない。

だがキリトははっきりと、

 

「ああ、任せろ」

 

そう言った。

 

「よし、じゃあ……行くぞ!」

 

俺のその言葉を皮切りに、キリトを先頭に俺達はたった三人でボスに立ち向かうのだった。

 

〜〜〜

 

最初の一撃は、キリトのソードスキルとボスの居合い系の技のぶつかり合いだった。

ボスが左の腰だめに野太刀を構えたかと思ったら、ぎらりと緑色に輝いた野太刀が不可視の速度で斬り払われていた。

見てからでは絶対に対処が間に合わない一閃。

しかしそれに対し、予め発動させていたキリトの《レイジスパイク》が真正面から迎え撃った。

結果は甲高い金属音と大量の火花、両者の二メートル近いノックバックだった。

一対一なら仕切り直しの場面。

しかしこちらには、あと二人残っている。

 

「……ッ! スイッチ!!」

 

「セアア!!」

 

無防備なコボルト王の右腹を、アスナの《リニアー》が深々と撃ち抜き、左腹を俺の《スラント》が深く切り裂く。

HPバーに目をやる。

キリトは無傷、コボルト王は数ドット減っていた。

削り切るにはあまりに僅かな、しかし確かな一撃。

気が遠くなる思いを押さえつけるため、俺とキリトは同時に叫んだ。

 

「「次!!」」

 

〜〜〜

 

十数度、同じことを繰り返した時、それは訪れた。

 

「……ッ! しまっ……!」

 

命の懸かった極限の集中状態。

一度のミスも許されず、高速で放たれるボスの攻撃に、それ相応の威力の乗った攻撃を当て続けなければならない状況。

その役割を一身に引き受けていたキリトの集中が遂に途切れた。

上段と読んだキリトの攻撃を嘲笑うように、コボルト王の刃は半円を描き真下に回った。

 

「あっ……!」

 

横でアスナが小さく叫ぶ。

このままではアスナが幻視した通り、コボルト王の刃はキリトの体を捉え、そのHPバーを大きく減らすことだろう。

 

そう、このままでは。

 

今日は調子が良かった。

それに加え、意志を固めたことで頭が更にクリアに、体はすっと軽くなっていた。

目の前ですでに数十度()繰り返された攻撃。

キリトが読み違えたことに、俺はキリトより先に気づいた。

気づいたと同時、体は勝手に動き出す。

攻撃が来る場所に、最速で、最高の一撃を放つ。

その為のラインが、俺にはもう()()()()()

その為の動きが、感覚で()()()

 

キィィィン!!

 

もう何度も聞いた、剣と剣とがぶつかる音。

しかし今回の音は誰の耳にもよく響いた。

そして目にした誰もが唖然とする。

 

スキルを無理矢理キャンセルし、動きの止まったキリト。

珍しく呆然と、追撃を入れることも忘れて立ち尽くすアスナ。

そしてノックバックしたボスに、その場で得物を降り抜いているソウ。

 

静寂が支配する空間でその言葉は明瞭に響いた。

 

「キリト、スイッチだ」

 

〜〜〜

 

それから何度か、キリトとソウの役割が入れ替わり、ソウが弾き、キリトとアスナが追撃するという形を取ったが、その安定感たるや。

 

危なげなく攻撃を相殺するソウ。

やってることはセンチネルの時と同じ。

相手の攻撃の威力が一番弱い時に、自分の攻撃の威力が一番強い時を持って来ているだけだ。

要はスキルの初動に対し、スキルのピークをぶつけることで、威力の差をカバーしているのだ。

勿論、口にするのは簡単でも失敗すれば空振りに終わり目も当てられない。

初めて相対するスキルに対しこんな事が出来るのは、ソウ本来の読みの良さに加えて、今日が飛び切り調子が良かったのが大きい。

 

そして追撃の二人。

誰よりも長い時間を掛け培った技術で、限界までスキルにブーストを掛け威力を上げた一撃を放つキリトに、その経験の差をセンスのみで埋め、同等の威力の《リニアー》を放つアスナ。

 

体力の回復した援軍が来るまでの間、全く危なげなくボスの攻撃を防ぎ、最上級のスキルを打ち続けた三人は、その場に居た多くの者の目を奪った。

 

〜〜〜

 

回復組が復活し、更に戦線は安定感を増した。

攻撃が分かる俺がタンク部隊の先頭で指示を出し、危ない橋は渡らず、確実に盾や大型の武器でボスの攻撃を防ぎ、その間に、キリトとアスナを中心とした攻撃部隊が着実にダメージを与えていく。

 

そして遂に、ボスのHPが三割を切り、バーの色を赤く染めた。

 

しかしそれが、僅かな気の緩みを呼んだのか、タンク部隊の一人が脚をふらつかせた。

ふらついた先は、ボスの真後ろ。

 

「早く動け!」

 

咄嗟に飛び出したキリトの叫び声は、しかし数秒遅かった。

囲まれた、と認識したボスがスキルを放とうと予備動作に入る。

ぐっ、とその巨体を沈め、そして全身のバネを使って高く垂直に跳躍した。

そしてその軌道上で、野太刀と体をゼンマイのように捻っていく。

 

ーーー範囲攻撃。

 

ボスと戦闘する前、キリトから注意されていた攻撃だ。

俺は、()()()()()その動作に対して、咄嗟に反応出来なかった。

しかし、頭の中であれはまずいと警鐘が鳴り響いている。

気づけば俺は、あるスキルの初動モーションを取っていた。

 

片手剣突進技、《ソニックリープ》。

 

キリトが好んで使う《レイジスパイク》より射的は短いが、この技には《レイジスパイク》にはないメリットがある。

剣を右肩に担ぐように構え、左足で思い切り床を蹴る。

そして俺の体は、弾丸のように空中に打ち出された。

《ソニックリープ》のメリット、それは、軌道を上空にも向けられることだ。

右手の剣は、鮮やかな黄緑色の光に包まれ、ジャンプの頂点に達したコボルト王の刀は、深紅の輝きを生もうとしている。

 

「うおおおおぉ!!」

 

叫びながら、必死で腕を伸ばし、剣を振るう。

すると剣は、空中に線を引きながら、吸い寄せられるようにスキル発動直前のコボルト王の左腰を捉え、そしていつも以上に派手なエフェクトをまき散らした。

 

クリティカル判定。

 

キリトが武器を、耐久の他に鋭さを強化していたのに対し、俺は耐久の他に正確さを強化していた。

これはクリティカル確率を上げるものらしいのだが、正直本当に上がっているのかよく分からないから辞めておけとキリトには止められたのだ。

実際、俺も体験するのはこれが初めてだ。

しかし、武器が吸い寄せられる感覚と、いつもより二割増ぐらいのエフェクト、何よりこの場面で出てくれたことに、どうしようもなく運命めいたものを感じた。

 

文字通り、俺の渾身の一撃を受けたコボルト王は、空中でその巨体をぐらりと崩し、そしてそのまま床へと叩きつけられた。

 

「ぐるぅっ!」

 

喚きながら、立ち上がろうと手足をばたつかせる。

 

ーーー人型モンスター特有のバッドステータス、《転倒》状態。

 

そう認識すると同時、俺は着地も早々に力一杯に叫んだ。

 

「全員、全力攻撃(フルアタック)!!」

 

「囲んでいい!!」

 

続いてキリトが囲みを許可する。

 

「おおぉぉぉ!!」

 

全員が、今までの鬱憤を晴らすように、各々の最高威力の攻撃を叩き込む。

これは賭けだ。

キリトは賭けに出た。

このまま削り切れば俺達の勝ち。

そうでなければまたあの範囲攻撃が来て、今度こそ俺達レイドは壊滅するだろう。

 

「……ちっ! 足りないか!」

 

一度目の技後硬直解け、次のスキルの予備動作に入った戦士達の中心で、もがくのを止め、立ち上がろうと上体を起こすコボルトの王。

俺はいつの間にか近くに来ていたキリトとアスナに声を掛けた。

 

「キリト、アスナ、最後、一緒に頼む!!」

 

「「了解!!」」

 

迷いなく返ってきた答えに思わず口角が僅かに上がる。

二度目のスキルをも、残りHPが僅かながらにも耐え切ったボスが、反撃せんと雄叫びと共に完全に体を起こす。

 

「行っ……けぇッ!!」

 

技後硬直で動けない人の間を抜け、まずはアスナが突っ込んだ。

しかしコボルト王もまた、自らを害する者を退けようと、上体だけを使ったスキルにもならない攻撃を繰り出す。

アスナは危なげなくそれを躱すが、しかし僅かに、着ていた赤い外套を野太刀が掠めた。

 

長くを共にし、既に限界に近かった耐久値がついにゼロになり、ガラス片を散らしながらその下に隠されていたものを今、解き放つ。

 

その瞬間、左右の壁に掛かる無数の松明の光が一点に凝縮したような錯覚に陥った。

後ろになびく長い栗色の髪は艶やかに輝き、飛び散ったガラス片が幻想的な光景を創り出す。

その中心で攻勢に出るため、踊るようにステップを踏む姿はまるで妖精のようだ。

その場にいた全員がその一瞬、見惚れ、息を飲んだ。

しかしアスナはそんな事などお構いなしに、その決意の篭った鋭い瞳に敵の姿のみを捉え、渾身の、あの流星を思わせるような《リニアー》を放った。

 

「「はああああッ!!」」

 

そしてその攻撃によって仰け反ったコボルト王を、左右から俺とキリトの剣が肩口から腹まで斬り裂く。

 

HPゲージ……残り一ドット。

 

王が、にやりと、嗤った気がした。

それに対し、俺とキリトもまた、獰猛に笑う。

 

と同時、素早く手首を返し、剣を跳ね上げさせる。

 

「「おおおおおッ!!」」

 

先の斬撃と合わせ、両肩からVの字を描き胸の中心から抜けた二つの斬撃は、併せてコボルト王の体にWを刻んだ。

 

片手剣二連撃技、《バーチカル・アーク》。

 

不意に、コボルト王の体が力を失い後方へとよろめく。

そしてついに、天井へ向け細く吠えたのを最期に、第一層フロアボス、《イルファング・ザ・コボルトロード》は、その体を大量の硝子片に変え、四散させた。

その光景に圧倒されていた俺の目の前には、【Congratulations】の文字が無機質に浮かんでいた。

 

〜〜〜

 

誰もが呆然と、まるでボスの消滅を疑うような静寂の中、コツコツと小気味よい音を立てながらこちらに歩いて来る者があった。

未だ最後の剣技の姿勢のままでいた俺とキリトのすぐ側で止まったその音の主、アスナは、疲れを一切感じさせない美しさを湛えたまま、大きくはなかったがはっきりと、全員の耳に届く声で一言、

 

「お疲れ様」

 

と、何の含みもなくそう言った。

それと同時、目の前に今回の戦いの報酬を示すウインドウが現れる。

そしてその意味を理解するために使われた数瞬後、わぁっ!! と、アスナの後ろから歓声が湧き上がり、そこでようやく実感を持てた俺とキリトは、上げていた手を下ろし、お互いに疲れがありありと表れた顔を見合わせ、笑い合うのだった。

 

そんな中、騒ぎの中からこちらに歩いてくる人物がいた。

がたいのいい、チョコレート色の肌とスキンヘッドが特徴な両手斧使い、エギルさんだ。

 

「……見事な指揮、そして見事な剣技だった。コングラチュレーション、この勝利はあんたらのものだ」

 

見た目を裏切らない、素晴らしい発音で横文字を言い切って見せたエギルさんは、口元にニッと太い笑みを浮かべながら大きな右拳を突き出して来た。

それに応えて右拳合わせた俺、そしてキリトも同様にしようとした、その時。

 

「ーーーなんで()()!」

 

突然、そんな叫び声が後方から聞こえて来た。

悲痛な、叫び声だった。

目を向けると一人の男が俺達を、いや、キリトを睨めつけていた。

 

「ーーーなんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだ!!」

 

そのすぐ後ろ、同じパーティーメンバーと思われる者達もやはり同じように、中には涙さえ見せながら、キリトを睨めつけている。

彼らはディアベルと同じC隊、ボス攻略の前からディアベルとパーティーを組んでいた者達だ。

そんな彼らに対し、キリトは殆ど反射的に問い返した。

 

「見殺し……?」

 

意味が解らないと、その掠れた声が物語っていた。

 

「そうだろ!! だって……だってアンタは、ボスの使う技を知ってたじゃないか!! アンタが最初からあの情報を伝えてれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!!」

 

その言葉にようやく、俺も彼らの言葉に合点がいく。

そしてそれが、あまりにも残酷な勘違いだということにも。

 

しかし俺と違い、事情を知らない周りは徐々にざわめき始める。

誰もが疑問を持ち、そして当然のように、誰もがあるひとつの推測を立てる。

 

ーーーキリトは元ベータテスターではないのか、と。

 

更にこの中には、その疑問を肯定出来る人物が俺とアスナの他にもう一人、いる。

 

「オレ、オレ知ってる!! こいつは、元ベータテスターだ!! だから、ボスの攻撃パターンとか、旨いクエとか狩場とか、全部知ってるんだ!! 知ってて隠してるんだ!!」

 

だが俺の予想に反し、声を上げたのは頭に思い浮かべた人物ではなく、その人物と同じE隊の別の人物だった。

 

ーーー誰だ、こいつは?

 

恐らくその場で、俺だけが抱いた疑問。

誰もが予想は出来る。

最初に、ディアベルがやられた時に、咄嗟にディアベルに指示を出したのはキリトだった。

だが確信は持てない、はずだ、彼以外。

現にそれを裏付けるように、C隊の面々を含めたレイドメンバーに驚きはないが、最初に声を上げたC隊の男はその目に浮かぶ憎しみを更に強固なものにした。

そんな中、今この場で確信のない()()を言って何になる。

 

分からない。

分からないが、キリトにとって状況が良くないのは火を見るより明らかだ。

エギルさんと同じタンク部隊だった人が擁護してくれているが、遂にはアルゴの攻略本さえも信用ならないと言い始めた。

 

まずい。

ここで、今最も力のある俺達が、元ベータテスターは受け入れないと結論づければ、それは両者の決定的な溝となる。

最悪、魔女狩りが行われるかもしれない。

それに遂に耐えかねたアスナとエギルさんが口を挟もうとするが、それを僅かな動きでキリトが止めた。

そのキリトの表情はふてぶてしく、しかしこの場で一番付き合いの長い俺には、あの時(クラインの時)と同じ、全てを一人で背負い込み、それを耐えるのにただただ必死な顔に見えた。

それはまた一つ決意をした、一人の男の顔だった。

 

「元ベータテスターだって? ……俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

 

「な……なんだと……?」

 

「いいか、よく思い出せよ。SAOのCBT(クローズドベータテスト)はとんでもない倍率の抽選だったんだぜ。受かった千人のうち、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う。ほとんどはレベリングのやりかたも知らない初心者(ニュービー)だったよ。今のあんたらのほうがまだしもマシさ」

 

場に再び、肌を刺すような沈黙が訪れる。

キリトは続ける。

 

「ーーーでも、俺はあんな奴らとは違う」

 

キリトは、続ける。

 

「俺はベータテスト中に、他の誰も到達出来なかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知ってたのは、ずっと上の層でカタナを使うMobと散々戦ったからだ。他にも色々知ってるぜ、アルゴなんか問題にならないくらいな」

 

「……なんだよ、それ……」

 

例のE隊の男が、掠れた声で言った。

 

「そんなの……ベータテスターどころじゃねえじゃんか……もうチートだろ、チーターだろそんなの!」

 

その言葉は再び周囲にざわめきを取り戻し、そして《ビーター》という奇妙な響きの単語を生み出した。

それを拾ったキリトは、続ける。

 

「……《ビーター》、いい呼び方だなそれ」

 

続ける。

 

「そうだ、俺は《ビーター》だ。これからは、元テスター如きと一緒にしないでくれ」

 

キリトはC隊、E隊の男から視線を外し、メニューウインドウを操作した。

するとキリトの服装が、くたびれたダークグレーの革コートから、全てを包み隠そうとする艶のある漆黒のロングコートに変わる。

そして長いコートの裾をばさりと翻し、ボス部屋の奥の小さな扉へと向き直った。

 

そして、続けた。

 

「二層の転移門は、俺が有効化(アクティベート)しといてやる。この上の出口から主街区まで少しフィールドを歩くから、ついてくるなら初見のMobに殺される覚悟しとけよ」

 

歩きだそうとしたキリトは最後に俺を見て、()()()申し訳なさそうな笑みを浮かべ、第二層へと繋がっているであろう扉を押し開け、その向こうへと消えていった。

 

〜〜〜

 

キリトが扉の向こうへ消えた後、ボス部屋には再び静寂が訪れた。

しかしそれとは別に、キリトが話していた最中、俺はずっと視線を感じていた。

すぐ近く、というか隣から。

キリトが行ったことをきっかけに、俺は少し下から感じるその視線の主に目を向ける。

 

「それで……なんでしょうか、アスナさん」

 

あろうことか、あのキリトの大袈裟な迫真の演技そっちのけで、俺を見ていたアスナさん。

何だかキリトが不憫だった。

 

「お前ちゃんと見てやれよな。キリト、あんなに頑張ってたのに」

 

僅かながらのフォローのつもりで言った一言。

しかしそれは、意外な形で返された。

 

「見てたわ。……でもそれ以上に、隣でそんな顔をしてる人がいたら、見ないわけにはいかないでしょ」

 

俺は咄嗟に誤魔化せず、言葉に詰まった。

しかしそんな俺などお構いなしに、アスナは続ける。

 

「それ」

 

そう言って、その白く細い長い指で、俺が体の横に垂らしている手を指差す。

 

「そんなに強く握って、痛くないの?」

 

その指先にあったのは、何かを耐えるように、傍から見ても分かるほど強く握られた拳だった。

無意識の内に握っていた拳を見て、自分の表情に意識を向ける。

いつの間にか歯を強く噛み締めていて、話すために突然口を開いたために生まれた違和感に今気づいた。

きっと俺は今、というかずっと、酷い表情(かお)をしていたのだろう。

最後にキリトが、申し訳なさそうな顔をしたのも、きっとそれが原因に違いない。

 

ーーーはぁ、情けないない。本当に情けない。

 

彼らを守ると口にしながら、実際はこっちが気を使われる始末だ。

本当に、本っ当に! 情けない!!

……だがまあ、せっかく気づかせて貰えたのだから、気持ちを入れ替えよう。

 

「すぅ、はぁー」

 

一つ、深呼吸をして全身から力を抜く。

そして顔の横で開いた両の手をぶらぶらさせ、アスナに降参の意を示す。

 

「降参、降参。……だけど、もう大丈夫だ」

 

今度こそアスナにきっちり向き合い話をする。

改めて見るその顔は、やはりとても美しかった。

 

「そう。私は彼を追うけど、あなたは?」

 

「いや、俺はいいや。まだやる事があるから」

 

俺の返答を聞いたアスナは、そう、と言って、さっさとキリトの後を追おうとする。

 

「あ、やっぱちょっと待って」

 

それを寸手のところで呼び止めた俺に、アスナは顔で続きを促してくる。

 

「キリトに伝言。『第二層を案内させてやるから待っとけ』って伝えてくれる?」

 

それに対し、僅かな間を空けてくすりと笑うアスナ。

 

「いいわ、伝えてあげます」

 

「じゃあ俺もいいか」

 

そう言ったのは、最後までキリトの味方で居てくれたエギルさんだ。

 

「『二層のボス攻略も一緒にやろう』と伝えてくれ」

 

「分かりました」

 

アスナがきちんとエギルさんに向き直り了承する。

それで終わりかと思いきや、少し遠くから声が聞こえてきた。

 

「……『今日は助けてもろたけど、ジブンのことはやっぱり認められん。わいは、わいのやり方でクリアを目指す』」

 

特徴的な関西弁。

それは、結局さっきは一度も口を開くことがなかった、この中で唯一、俺たち以外にキリトが元ベータテスターだと確信を持っている人物、キバオウだった。

そして暫くして、それがキリトへの伝言だと気づいた。

あまりにも唐突だったそれを、しかしアスナは、その優秀な頭できっちり一回で覚えたらしく、聞き返すこともなく一言、「承りました」と言った。

 

「……それじゃあ、行くね」

 

他に誰か伝言がないか少し待ったアスナだったが、暫くして俺に向き直り言った。

そしてそのまま半回転し、キリトが潜った扉の方へと歩いて行く。

 

「あ、そうだ」

 

扉を潜る寸前、そこで一度止まったアスナは思い出したように呟き、振り返ってもう一度俺の方を向いて言った。

 

「あなた戦闘中、今もだけど、私の名前読んだでしょ。どこで知ったか()で教えなさい。それとーーー」

 

そこで一瞬間を空け、それからアスナは続けた。

 

「ーーーあなたの名前も」

 

思わず見惚れるような、素敵な笑顔と一緒に。

それに対し俺は、どうでもいいと顔を逸らしながら、手をしっしっと振ることでアスナにはよ行けと促す。

きっと今もまた、別の意味で見せられないような顔をしてるだろうから。

そして俺の反応を見たアスナが扉を潜ったのを横目で確認してから、誰にでもなく独り言ちる。

 

「お前のその優秀な頭脳なら、どうせ俺とキリトのやり取りを聞いて知ってるでしょうが……」

 

〜〜〜

 

「……さてと」

 

二層へと続く階段を登るアスナの足音が完全に聞こえなくなったところで、俺は気持ちを完全に切り替える。

 

キリトは、最後までしっかり戦い抜いた。

もしかしたらあそこでキリトを止めることも出来たかもしれない。

いや、やろうと思えばきっと出来ただろう。

しかしそれは、キリトの決意にを無駄にすることになる。

何より俺は、それをしたくなかった。

だから俺はあの時、見守ることを選んだんだ。

そしてこれからすることは、もしかしたら結局、キリトの決意を無駄にすることになるかもしれない。

だがあれがキリトの決意で、キリトの戦いであったように。

これは俺の決意で、俺の戦いだ。

まあだから結局何が言いたいかと言うと、俺は止めなかったんだからお前も止めるなよ、ということである。

 

俺は誰にでもなく、それでいてこの場の全員に対して提案をする。

 

「ではレイドメンバーの皆さん、お疲れのところ申し訳ないのですが、少し()()をしましょうか」

 

無論拒否など許さない。

ここからは、俺の戦いだ。

 

〜〜〜

 

俺の呼びかけに、きちんとレイドメンバー全員が反応した。

俺とアスナのやり取りを見て一部弛緩した空気が流れている所もあるが、やはり未だ、C隊のメンバーの表情は優れず、その間に流れる空気は重い。

当然だろうと、そう思う。

それを確認してから、俺は話し始める。

それがたとえ、今彼らが必死に抑えているものを、爆発させると解っていても。

 

「話というのは私のパーティーメンバー、キリトについてです」

 

それを聞いて、一部で弛緩していた空気が再び張り詰めた。

そしてC隊の面々は、先程までじゃないにせよ、十分に憎しみの籠った目を俺に向けている。

今ならまだ間に合うと、引き返したくなる気持ちを何とか抑え、そして俺は、決定的な一言を告げる。

 

「先に断っておきます。ディアベルさんの死について、キリトには一切の責任もありません」

 

「ふざけるな!!」

 

言った瞬間、先程も最初に声を発したC隊の男が真っ先に声を上げた。

 

「あいつがちゃんと、最初から情報を開示しなかったから! だからディアベルさんは……!」

 

そう言った彼の顔は悲痛そうで、十分に周りの同情を誘うものだった。

もう触れてくれるなと、その顔が物語っていた。

しかしだからといって、俺にも譲れない理由がある。

だから、引かない。

 

「……さっき本人も言っていたように、最後にボスが使っていたカタナスキルはもっと上層、そこのMobが使っていたものです。ベータテスト時代、第一層のボスが持ち替える武器は曲刀だった。カタナじゃない」

 

「どうしてそんなことが分かるんだよ!! そうか! お前も元ベータテスターなんだろ! だから同じ元テスターのアイツのことを庇ってるんだ!!」

 

俺は淡々と話し続ける。

 

「私はベータテスターではありませんし、キリトとはサービス開始時からの、もちろんベータテストではない本サービスからの仲です。仲間を庇うのは当然です」

 

「じゃあなんで、ボスの情報がベータテストの時と違ってたって言い切れるんだよ!!」

 

事実だけを述べる。

 

「私も聞いていなかったからです。事前ミーティングで、キリトから。第一層のボスが、カタナスキルを使うなどと」

 

「それは……そうだ! お前もアイツに騙されてたんだ! アイツは確実に自分がLA(ラストアタックボーナス)を獲るために、お前のことも騙してたんだ!」

 

その言葉に思わず俺は押し黙る。

確かに、その可能性はある。

俺は微塵も疑っていないが、しかしそれを否定しきれる材料を俺は持っていない。

だから思ったことをそのまま口にする。

 

「……最も信頼してる人から騙される。その意味、分かってて言ってますか?」

 

「……っ!!」

 

俺にとってキリトがそうであるように、彼にとってはディアベルがそうなのだろう。

だから彼は、絶対に今の俺の言葉を否定しない。

 

「俺はキリトを信用しているし、信頼もしている。第一もしキリトが、本当にアンタの言うように利己的なヤツだとしたら、どうしてアイツは、自分の命張ってまで、最後まで前で戦い続けたんだ!!」

 

思わず口を衝いて出た感情的な言葉に驚きながら、逆にそれで冷静になり話を続ける。

 

「別に俺は、ディアベルさんの死を悼んでないわけじゃないんです。あの人は本当に最期まで、立派な騎士でした」

 

心からの言葉を、目の前の男に伝える。

 

「でもだからといって、俺の仲間が、必死に戦ったアイツが、不当な扱いを受けるのを許容できるわけがない! 俺と同じか、それ以上に! 仲間を想っているアンタなら分かるんじゃないのか? ディアベルのためにそんなにも泣ける、アンタなら!!」

 

仲間を想い、その死に黙って涙する、目の前の男に。

 

「だ、騙されるな!!」

 

やっと、動いたか。

そこで焦ったように声を荒らげたのはこの一件の元凶、例のE隊の男だった。

ヤツの一言から始まったこの諍いによって何を得るのかは知らないが、()に容赦するほど、俺はお人好しではない。

 

「そ、ソイツはボスの攻撃を見切ってた! やっぱりソイツも元ベータテスターで……」

 

「黙れよ、お前」

 

さっきまでとは打って変わり、口調も、態度も荒々しく、一切相手を思いやらない言い方に周りが静まる。

 

「お前はキリトが、元ベータテスターだと言っていたな」

 

「そ、それがどうした!」

 

一瞬怯んだような男だったが、すぐに勢いを取り戻し俺の言葉に同意する。

だが、それに同意するのは悪手でしかない。

 

「元テスターでないはずのお前が、どうしてそれを知っていた?」

 

「っ! そ、それは……そうだ! アイツがボスの攻撃パターンを……」

 

「それはこの戦いの中で分かった事だ。確かお前は言っていたな『知っている』と。それはボス戦が始まる前から『知っていた』ということなんじゃないのか?」

 

勢い余って言い募った根拠に対し、俺は予め予測して用意していた回答をぶつけることで、それを潰す。

これであの男の心象、発言は、他のメンバーの中で随分と不確かなものになったはずだ。

 

「ち、違う! 人から、人から聞いたんだ!」

 

「ほう、誰から」

 

必死に失言を取り戻そうと言葉を続けるが、もうほぼ詰みだ。

何を言われようと最早譲る気のない俺は、しかしだからこそ最大限の警戒を払いながら次の言葉を待った。

 

「情報屋だ! 《鼠》から大量のコルと引き換えに買ったんだ!」

 

意外にもしっかりしていたその発言を受けた俺は、しかし動揺することはなく、ちらっとだけキバオウに目を向けた。

ここで俺が一言、「《鼠》はベータテスターの情報は売らない」と言って否定するのは簡単だ。

だがそれは、キバオウが信じるディアベルを裏切ることになる。

そしてそんな事は誰も望んでいない。

俺も、それからキリトも。

だが、あくまで優先順位はキリトが上だ。

だから俺は、他に方法がなければ、なんの迷いもなくそれに手を伸ばす。

これ以上口を噤んだままでは状況を悪くする。

そう思い、残酷にも、しかしなんの躊躇いもなく、頭に浮かんだ言葉を口にしようとした、その時。

 

「それについては、オレっち自身から否定させて貰うゾ」

 

その声は後方、一番ボス部屋の入り口に近かったレイドメンバーの更に後ろから聞こえてきた。

 

「オレっちは、()()()にそんな情報売ってないヨ」

 

正に今、話題の中心にいた人物。

頬についた三本のペイント線が特徴的な情報屋、《鼠》のアルゴがそこにはいた。

更に知ってか知らずか、その台詞は、他に情報を買った者がいる可能性を残していた。

 

「嘘だ! 嘘をついてるんだ! こいつもグルで、我が身大事さに嘘を……」

 

「いい加減にしろよ、お前」

 

アルゴの登場に驚きはしたものの、せっかくアルゴが作ってくれたこの好機、逃す訳にはいかない。

 

「アルゴは情報屋だ。死んでも嘘の情報だけは口にしない。我が身大事さだと? 笑わせるなよ。情報(ボス戦の結果)欲しさにこんな所まで単身で乗り込むヤツのどこに、そんな要素があるんだ!」

 

ボス戦の結果を知るために、例えそれが望んだものではなかったとしても、それ(全滅)を街で待つ者達に伝えるために、アルゴはわざわざ危険を犯してこんな所まで来たのだろう。

それはきっと、アルゴなりの責任の取り方だ。

キリトが戦うことを選んだように。

ディアベルが嘘をついて騙して、その罪悪感を背負ってまでリーダーであることを選んだように。

アルゴはどこまでも情報を得て、伝えることを選んだんだ。

 

「くっ……!」

 

遂に沈黙したE隊の男から視線を外し、レイド全体に目を向ける。

もうすでに、場の空気は完全に俺のモノだ。

さっきとは違い、今回は周りを味方に付けることが重要だった。

さっきは、周りの気持ちが相手寄りだったこともあり、本人をどうにかする事が重要だった。

だが今回は、周りはどちらの味方でもなかった。

つまり勝者を決めるのもまた、周りだったのだ。

そしてその二つを何とか乗り越えた俺は、ようやく、自分の伝えたいことを口にする。

 

「別に許してくれとは言わない、元ベータテスター達が旨みを得ていたのも事実だ。それでもーーー」

 

そこで俺は全員に向けて深く、頭を下げた。

彼ら(ベータテスター)に代わり、少しでも、この想いが伝わることを祈って。

 

「ーーーアイツを、元テスター達を、どうか受け入れてやって下さい。彼らも、一杯一杯だったんだ……」

 

キリトの苦悩を傍で見てきたから。

アルゴが走り回っていたのを知っていたから。

ディアベルの覚悟を感じたから。

そんな俺だから言える、彼らの本心。

情報がなんだ、ベータテストの時とは違うじゃないか。

経験がなんだ、死の恐怖なんてみんな同じだ。

それでも、自分達が少し()にいるのは事実だから。

それが、狡いとも思うから。

だから、精一杯やってきたんだ。

 

「わいは」

 

そこで今まで一度も、さっきキリトが話していた時にさえ口を挟まなかった男、キバオウが、その口を開いた。

 

「わいは、さっきも言うたように、やっぱりアイツのことは認められん。わいは、わいのやり方でクリアを目指す」

 

せやけど、とキバオウは続ける。

 

「互いにクリア目指す内は、戦力や思おてる」

 

認めたないけどな、と最後に愚痴りながら。

戦力ーーーつまり、一緒に戦ってもいいと言ってくれた。

他ならぬ、あのキバオウが。

正直、キバオウはあのC隊の男と同じ考えだと思っていた。

ディアベルのことを心底尊敬していた、キバオウは。

 

「そもそも」

 

と、キバオウは幾分か口調を軽くして続けた。

 

「わいは、アンタのことも気に食わんのや。色んなことを見透かしよってからに。それでも、一緒に戦わなあかんねんやったら、仕方ないやろが」

 

「ありがとう……ございます」

 

ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまうキバオウ。

……全く、男のツンデレなんて誰に需要があるのやら。

何だかキバオウに全部持っていかれた気がするが、まあそれもいいだろう。

 

「アンタも、それでどないや」

 

そう言った先は、さっきから黙りっぱなしだったC隊の男だ。

もう涙は止まっていて、憑き物が落ちたような、幾分かすっきりした顔をしている。

 

「……ソウさん、でしたよね」

 

「はい」

 

体を向けて背筋を伸ばし、真正面から彼の言葉に耳を傾ける。

 

「ディアベルは、最期に何か言っていましたか?」

 

「……後は頼んだ、と」

 

「!!」

 

最後まで聞いたわけではない。

でも、きっとこれで良かったんだと思う。

彼は俺の言葉、いや、ディアベルの言葉を、しっかりと自分の中で噛み砕いているようだった。

 

「そうですか……分かりました。ありがとうございます。まだ吹っ切れたわけでも、割り切れたわけでもありませんが……」

 

それに対し、俺は首を振ることで応じる。

 

「構いません。こちらこそ、切り捨てないでくれてありがとうございました」

 

それから俺は、また全員の方へ体を向ける。

 

「皆さんも。話を聞いて下さり、本当にありがとうございました」

 

そう言って、俺が心の底から頭を下げる中、その音は聞こえてきた。

 

ぱちぱちぱち。

 

突然背後で鳴ったその音に、思わず顔を上げ振り返る。

するとそこには、俺に向けて手を叩いているエギルさんの姿があった。

その事に俺が呆然とする中、音は更に増えていく。

 

ぱちぱちぱちぱち。

 

エギルさんに続き、エギルさんと同じタンク隊だった人達と、すぐ傍まで来ていたアルゴも手を叩き始めた。

音は更に膨れ上がる。

 

ぱちぱちぱちぱちぱち。

 

それは次第に広がり、遂にはE隊のあの男以外の全員が、俺に向けて手を叩いていた。

目の前にいるC隊の人も、他のC隊の人達も、あのキバオウさえもそっぽを向きながら、どこか眩しいものを見るような目で、俺に拍手を贈ってくれていた。

 

ぱちぱちぱちぱちぱち!!

 

「これはお前が、最後まで仲間のために戦ったからこそ起きた光景だ。誇っていい」

 

絶え間ない拍手の中でも、しっかりと耳に届いたエギルさんのその言葉に、俺は堪えきれず下を向く。

それには触れず、「不味そうなら口を挟もうかとも思ったが、余計なお世話だったな」とエギルさんは笑ったが、俺は、いえ、と返すのが精一杯だった。

それでもこれだけはと、何とか言葉を絞り出して、

 

「ありがとう……ございました……」

 

とだけ告げ、俺はそのまま頭を下げ続けた。

というより頭を上げることが出来なかった。

俺を中心にしたその温かい拍手の音は、俺が再び頭を上げるまで、ボス部屋に響き続けた。

 

こうして第一層のボス攻略は、一人とはいえ多大な犠牲を払いながらも、しかし確かに()に繋がる形で、終わりを迎えたのだった。

 

〜〜〜

 

「ソー坊、迷惑かけたナ」

 

他に誰も居ない静かなボス部屋で、アルゴが先に口を開いた。

あの後、緊張の糸が切れ地面にへたり込んだ俺と、何故かその場を動こうとしなかったアルゴを残し、ついさっきお疲れさんと言葉を残し去ったエギル(そう呼んでくれと言われた)を最後に全員がボス部屋を後にした。

つまり、今は俺とアルゴ、二人っきりである。

ただ問題なのは、相手が弱みを握られるのが誰よりも不味いアルゴという点と、俺が疲れ果ててそれどころじゃないという点。

 

「別に。俺はやりたい事をやっただけだよ」

 

「それでもソー坊はオレっちを、ベータテスターを守ってくれたダロ?」

 

それからアルゴが妙にしおらしいという点だ。

本当にどうしたのかと思うぐらいに。

 

「お礼になんでもひとつ、情報をタダで売るヨ」

 

さき断っておくが俺はこの時、本当に疲れていた。

思わず頭に浮かんだことを、そのまま口にする程に。

 

「じゃあ、そのおヒゲの理由を教えてくれよ」

 

そして言って不味いと思った。

アルゴはヒゲのことを話したがらない。

前に聞いた時は大金を吹っかけられて煙に巻かれた。

きっと、ヒゲをつけることによって《情報屋》の仮面を被っているのだろう。

だが同時に、アルゴは嘘はつかない、《情報屋》として。

だからなんでもと言ったからには、本当に­­なんでも(ヒゲでも)タダで情報を売ってくれるのだろう。

それに加え、今のこの変にセンチメンタルな空気はほんとにまずい。

 

「いいヨ、教えてあげル。でもちょっと待って、今ペイント取るカラ……」

 

そんなことを考えている内にも話はどんどん加速する。

ん? 今アルゴ、ペイントを取るって言わなかったか?

アルゴがペイントを取る……つまり情報屋である仮面が剥がれ……

 

「なし、 なーし! やっぱ今のなし! 情報はまた追ってお願いするから! とにかく今のはなし!」

 

そこまで考えたと同時、急いでアルゴを止めるため、咄嗟に、もうすでにウインドウを弄り始めていたアルゴの右手を取り上げようとした。

しかし俺は忘れていた、今自分の体が、もう限界であることを。

思い出してももう遅く、俺は予定調和の如くバランスを崩し、そしてそのまま、自分共アルゴを床に押し倒した。

何とか左手をついて体が密着することは避けられたものの、俺の右手は当初の目的であるアルゴの右手をしっかりと捉え、アルゴの頭の上で床に固定してしまっている。

そのせいでアルゴの顔が、息がかかるほど近くに現れた。

 

「っ!」

 

何とかまだペイントはしていたが、すでにその表情(かお)はいつも見る情報屋の顔ではなく。

 

紛うことなき、一人の少女の顔だった。

 

まずいと本能的に悟った俺は急いで飛び退き、アルゴから少し距離を取る。

それでも仮想の心臓は早鐘を打ち、未だ収まらない。

 

一方アルゴはというと、ゆっくりと体を起こしてからこちらを見た。

幸か不幸かその顔は、いつものふてぶてしい情報屋の顔だ。

そしてアルゴは、はぁ、とため息を一つ吐いて一言。

 

「ソー坊のいくじなし」

 

と、いつもよりも二割増ぐらいのジト目と共に言い放った。

俺も、ほっとけ、と口の中で転がすが口からは出さない。

だって反撃が怖いから。

 

……しかしそんな些細な我慢も虚しく、俺はアルゴに暫く、『珍しく感情的になって言った恥ずかしいこと』をネタに脅されるのだった。

 




まずはご読了、ありがとうございました。
勢いで書き上げてそのまま投稿したので、誤字脱字があったかも知れませんが、見つけたらご報告して頂けたら幸いです。
もちろん、後でちゃんと確認するつもりではありますが。

それはそうと本編ですが、突っ込みどころも多かったかと思います。
ですがそこはこう、勢いで。
E隊の男については特に伏線などではありません。
ただ、プログレッシブをお読みの方は解るかと思いますが、ソウくんがラフコフに目をつけられる原因ではあります。
それからキバオウが大分イイヤツでしたが、序盤のキバオウは実はあんな感じです。
アニメでは(尺の関係上)扱いがあまりにもあんまりだったので、書き始めた当初から書きたかったことの一つではありました。
そんなキバオウや可愛いアスナ、アルゴが見られるプログレッシブ、面白いので是非!
あとは是非とも、ソウくんの気持ちをトレースして読んで欲しい、ぐらいですかね。
最後のは完全におまけです♪
他にも色々語りたいのですが、今回はこの辺りで。
感想などで聞いて下されば、ネタバレにならない程度で答えさせて頂きたいです!

それからこれからの活動についてですが、前書きでも書いた通り逃亡はしません!(三度目しつこい)
ただ暫く忙しいので、具体的には三月、四月まで更新はしないと思います。
ご迷惑をお掛けしますが、気長に待っていてくれたら嬉しいです。

それから最後に、一番大事なことを。

今更ですが、感想、評価、本当にありがとうございます!
非常にモチベーションに繋がっています!
これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします!

では皆様、良いお年を〜。


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赤鼻のトナカイ

投稿遅れて大変申し訳ございませんでした_|\○_
本来なら4月中に投稿しなければならないところ、GW明け、平成明けの投稿になってしまい本当にすみません。
これからまたちまちま投稿していきますので、良ければまた暇な時にでも読んでやって下さいm(_ _)m

ではでは、早速本編の方をどうぞ!


2023年12月24日

 

雪がしんしんと降る、どこか神秘的な十二月の夜。

この世界に来てから二度目の冬を何とか迎えることができた俺達は現在、最前線を第四十九層まで押し上げていた。

第一層攻略から一年と少し、このペースなら上手くいけば来年……は無理でも再来年にはこのゲームをクリアすることも出来るだろう。

今は気が遠くなるような話ではあるが、まあそんな先のことを考えたって仕方がない。

 

雪だけじゃなく寒さまできっちり再現されている今日のアインクラッドの空の下、俺ことソウは、珍しく最前線の主街区である人物と待ち合わせをしていた。

最前線といっても今宵はぴりぴりとした攻略ムードなどはなく、むしろ()()()()()()のために街全体が浮かれている。

 

12月に訪れる一大イベント。

そう、クリスマスだ。

 

正確には今日はまだイヴだが、イヴの夜から25日に掛けてがクリスマスだったはずなので、既に夜を迎えた現在はクリスマスと言っても何ら差し支えないだろう。

現実世界なら何の関わりもないイベントではあるが、何を隠そうここはゲームの中なのである。

ゲームでクリスマスといえばもちろん、イベントだ。

去年は攻略が進んでおらずイベント自体が発生しなかったが、今年は違う。

12月25日、クリスマスの夜。

このアインクラッドのどこかでクリスマス限定Mobが出現するという噂が流れた。

そして限定Mobといえば、レアドロップと相場が決まっている。

つまりここ最近、その話を聞いた攻略組(最前線で戦う者達のことをそう呼ぶようになった)の主要ギルド(プレイヤー達のコミュニティ)がこれを狙っているため、攻略がしばらくお休みになったのである。

かく言う俺もギルドにこそ所属していないが攻略組の一人、しかもかなりの古参だ。

まぁ、第一層から参加しているので当然といえば当然なのだが。

なので普通なら、普段馬車馬の如く働かされてる分、この機にゆっくり休みを取っていたいのだが、今回ばかりはそうはいかない。

 

なにせ俺も狙っているからだ。

今日、このイベントMobを、キリトと共に。

 

しかしそうではない者達。

要はイベントMobを倒す気がない、または倒せない者達からすれば、今日は本当にただのクリスマスだ。

いくらこの世界に来ている人々のほとんどが根っからのゲーマーだと言っても、何もかも、死すらも現実世界と寸分違わないこの世界でゲーマーとして(そう)生きられる人間の方が稀だ。

だからこそ最前線で戦う者たちが、攻略組などともてはやされるわけだが……

ともかく、変な話だがこんな世界でも普通に生きている人達がいる。

普通に、つまり現実世界と同じように。

 

それがつまり、今の俺の前の惨状を作り上げている訳なのだが。

 

今日の四十九層の主街区《ミュージェン》は雪で真っ白に彩られ、それはそれは幻想的な風景を創り出していた。

そうまるで、特別な人と、特別な時間を過ごすにぴったりな、といった。

つまりはそういうことである、大変居心地が悪い。

時折、「あ、あの人一人なんだ〜」という視線が向けられるのがさらに辛い。

そんな思いをしながら、寒さと二重で辛いこの空間から俺が逃げ出せないのは、先も言った通り一応俺にも待ち人がいるからだ、一応。

そいつが来れば仮とはいえ、少なくとも一方の問題は解決するというのに今日という日に限って中々姿を現さない。

場所も時間も指定したのは向こうの方、だと言うのに一向に来る気配がないというのは一体全体どういうことか。

そう、きっとこれはもう帰ってもいいということだ。

 

「悪い、待たせたナ」

 

そう心の中で言い訳をしつつ、ベンチから腰を浮かせたところで後ろから声が掛けられた。

 

「……遅い」

 

「そこは、俺も今来たとこ、って返すとこだロ?」

 

今更こいつに後ろから声を掛けられたところで驚きはない。

特徴的な語尾の話し方に、振り返ることで目に入った少し汚れたフード付きマント。

そしてその人物を象徴する、頬に付いた三対のヒゲのようなペイント。

俺の恨み言を軽く流しながら楽しそうに笑うそいつは間違いなく俺の待ち人、情報屋《鼠》のアルゴだった。

 

「というか、遅れたのは五分だけだロ?」

 

「バカお前。早い時は三十分前からいるくせに、今日に限って遅れやがって。こんな空間に一人でいた俺の気持ちが分かるか。死ぬかと思ったぞ、精神的に」

 

「まぁそんなソー坊を眺めてたから遅れたんだけどナ」

 

「おいこら」

 

「なはハ〜。そうだナ。とりあえずどっかの店に入るカ」

 

「はぁ、りょうかい」

 

経験則でこれ以上は無駄、どころか下手すればこっちが痛い目をみると分かっている俺は、やはり楽しそうに店を物色しながら前を歩くアルゴに黙って着いていくのだった。

 

〜〜〜

 

「それで、どうだった?」

 

二人で近場の、そこそこ値の張る店に入った俺たちは、なるべく人目につかない席に向かい合って腰掛けた。

クリスマスに待ち合わせ、と言っても、俺とアルゴの間にあるのは、先の街の人達のような甘いものではなく、いつもの通りの味気ない情報のやり取りだ。

NPCウェイターが運んできた暖かい飲み物に、猫舌なのか僅かに口をつけただけでソーサーに戻したアルゴは、店内に入りフードを取ってよく見えるようになった顔を向けてきた。

 

「ソー坊はせっかちだナー。せっかくクリスマスに、オネーサンと一緒に居られるっての二〜」

 

「ワーイ、ウレシーナー……それで?」

 

「もうちょっと心を込めてもバチは当たらないと思うけどナー…」

 

「安心しろ、十分すぎるほど込めた。あの中で俺を一人で待たせてた恨みとか。あまつさえそれを見て楽しんでたことに対する怒りとか」

 

「な、なはハ〜……うぅ、悪かったヨ」

 

ずっとジト目だった俺の視線に耐えかね、しゅんと机に項垂れるアルゴ。

綺麗な金髪の間から覗くつむじとこんにちは。

 

「……はぁ」

 

見るからに落ち込んでますのポーズを取るアルゴ。

それを見て、()()()()()()()ほんの僅かに罪悪感の湧く俺。

 

「別に、もう怒ってないから」

 

その言葉を聞くと同時、パッと顔を上げるアルゴ。

 

「そうかそうカ。よかったよかっタ♪」

 

そしてその顔には、罪悪感の欠片もない笑みが。

 

「はぁ〜、もういいや……それで、本当にどうだった?」

 

アルゴには勝てない。

この一年で十分過ぎるほどそれを学んでいる俺は、早々に気持ちを切り替えて本題に入ろうとする。

 

「んー、ソー坊もあんまり相手にしなくなってきたナ。これは新たな方法を考えないト……」

 

何やら物騒なことが聞こえてきたが、それを追求する前にアルゴが話を進めた。

 

「……結論から言うと、やっぱりソー坊達の予想した()が一番可能性が高イ」

 

「やっぱそうか。それで、この情報は他に誰に売った?」

 

完全に情報屋の顔になったアルゴは、その言葉を聞いて意地の悪い顔で提案してくる。

 

「ンー。常連のよしみでここの店代でいいゾ」

 

「ほんと、いい性格してるよ…」

 

「まいド。いやこの場合、ごちそうさま、かナ」

 

了承の意を込めて両手を上げる。

最前線の街の店ということは値段も最前線レベル、端的に言って高い。

それが分かっていて、というか最初からそのつもりであんなにも楽しそうに店を物色していたのだろう。

本当にいい性格をしている。

 

「クライン達がソー坊達の情報を買っていったヨ」

 

「ああ、《風林火山》の連中か……」

 

風林火山とは、クラインが他のゲーム時代から一緒に遊んでいた仲間たちと立ち上げた、いわゆる身内のみのギルドだ。

しかしその実力は折り紙付きで、少人数ながら攻略組の一角を担うギルドでもある。

 

「……まあ何とかなるか」

 

今回のイベントの性質上、イベントMobは早い者勝ち、狙う者達の間での取り合いとなる。

今回は報酬、ようはボスドロップにある噂が立っているため狙う連中も必死だ。

最悪PK紛いのことをする奴らが現れないとも限らない。

しかし風林火山ならば、リーダーが()()な時点で察せるように、みんな気のいい人達ばかりだ。

もし鉢合わせても、話し合いで解決出来るだろう。

俺が今回アルゴから買いたかった情報は、何処に現れるか分かっていないイベントMobの現れる場所の情報、そしてそれを狙う連中の情報だ。

前者については、俺たちはある程度目星を付けていたため確認程度のものだった。

 

クリスマスに現れるイベントMob《背教者ニコラス》。

NPCから得た情報によれば奴が現れるのは今夜零時、モミの木の下らしい。

そもそも誰がモミの木の見分けなんてつくんだよと思っていたが、なんとキリト、リアルの自宅の庭に生えているらしい、モミの木。

その時俺が、いやお前はどんな豪邸の子だ、と思ったのは余談だ。

そんな理由で俺たちは、ある一本のモミの木に目星を付けていたのだが、念の為、他にモミの木がないかを確認するためにアルゴに依頼していたのだ。

 

そして後者については、どこがどれだけ情報を掴んでるかを知る必要があった。

なるべく穏便に、ことを済ませるために。

 

「それにしても、やっぱりソー坊がこれに参加するなんて意外だナ」

 

今夜の想定に頭を巡らせていた俺の思考を引き戻したのは、アルゴのそんな一言だった。

 

「言ったろ、キリトに頼まれたって」

 

「それでもいつもなら断ってただロ。眠いダルいめんどくさい、とか言っテ」

 

「その通り過ぎて怒るに怒れねぇ」

 

「じゃあまた今回はどうしテ。……まさか、ソー坊もあの噂を信じてるのカ?」

 

あの噂。

攻略組が攻略そっちのけでこのイベントに参加している理由。

 

「蘇生アイテム、か」

 

無言で肯定を示すアルゴ。

俺を見るその瞳は真剣で、不安げで、そして俺を案じてるようだった。

それが嬉しくて笑顔が漏れる。

誰だろうと自分の身を真剣に案じてくれる人がいるのは有難い。

それが自分にとってもそういう人なら尚更。

だから安心させる為にも先に、大丈夫、と断ってから話を続ける。

 

「俺は半信半疑、ってとこかな」

 

「半信半疑?」

 

「そ、半信半疑。仮にもし噂が事実だとして、蘇生アイテムが本当にあったとしても、きっと何か条件付けがあると思う。そんなプレイヤーが思い描くような理想的なアイテムでは、絶対ない」

 

それだけは自信を持って言える。

 

「それまたどうしテ?」

 

「このゲームが、そういう風に出来てるから」

 

アルゴが珍しく説明を促すように黙ったままでいるので話を続ける。

 

「このゲームは基本的にフェアだ、良くも悪くも。だからこのゲームの根幹、死を揺るがすようなアイテムが現れるとは考えずらい。ただNPCがそういった話をしてるのもまた事実だ。だとしたら有り得ない、なんてことはない。少なくともそれは、蘇生アイテムではあるのだろう。ってとこでどう?」

 

アルゴが話を聞きながら次第に驚きの表情に変わってゆく。

そして最後には関心やら呆れやらが混ざった表情になった。

 

「なるほどナ〜」

 

そこで意味深に言葉を切ったアルゴは、嫌な予感のするいつもの悪い顔をしていた。

そしてその予感はずばり的中した。

 

「さすがは、攻略組の『参謀』殿、だナ」

 

「はぁーー……」

 

今度は俺がテーブルと仲良くする番だった。

俺の場合は本当に精神的にキタのだが。

 

「いいじゃないか、参謀。かっこいいと思うヨ」

 

顔だけ上げると満面の笑みのアルゴと目が合った。

本当にこういう時のアルゴはいい顔をする。

俺は意味がないと分かりつつも、自分の心を守るため悲しい弁解を始める。

 

「いいか、まず参謀なんて言い出したのは俺じゃない、他の攻略組の連中だ。俺がやってるのはせいぜい、毎回対立するヤツらの間を取り持ってるぐらいだよ」

 

「あとは作戦を立てて攻略中の指示出し、ぐらいカ」

 

確かにそんなこともしてた気がする、というかさせられてた気がする。

あっているのだが何となく言い返したくなった俺は、上体を起こして言い返してみた。

 

「……そもそも! お前も知っての通り最初は二つのギルドの分裂を抑えるために間を取ってただけだし! 今も頼まれてるから仕方なくだな……はぁ、なんでこんなことになったんだろう……」

 

しかし途中で虚しくなり、もう一度テーブルとこんにちは。

ディアベル亡き後、ディアベルの意志を継ぐ二人の新たなリーダーが現れた。

一人はキバオウ。

ディアベルの『皆のため』という意志を継いだリーダー。

そしてもう一人はリンドという男。

元ディアベルパーティーのメンバーで、ディアベルの『トッププレイヤー』としての意志を継いだリーダーだ。

お互いにお互いがそれぞれディアベルに惹かれ、しかし惹かれたところが違ったためについぞ一つになることがなかった二つのギルドのリーダーだ。

まあなんだかんだ、俺が第一層ボス戦で勢い任せに吐いた言葉のせいで、勝手にディアベルの後釜としていいように使われていたのだが、おもに二ギルドの緩衝材として。

 

「忙しいやつだナ。そもそもソー坊は色々と気を回しすぎなんだヨ。参謀じみたことしてるのはアーちゃんの負担を減らすたメ。今日だってキー坊のため、だロ」

 

「……あの二人に前線を抜けられると、俺がしんどいからだよ……」

 

横を向いてるため顔は見えないが、どうせアルゴなら今もニヤニヤしているのだろう。

 

「ほっといてもキー坊なら勝手に自分で何とかする、そんなことはソー坊も分かってるだろうニ」

 

急に声が真面目なトーンになったアルゴ。

こちらを気遣ってくれているのは長い付き合いなので分かってる。

俺がいなくてもキリトは大丈夫だ。

そんなことは分かってる、分かってるが今回に関しては俺にも言い分がある。

 

「成り行きだよ、成り行き。たまたまそこに居合わせたから、たまたま最後まで付き合うだけだ」

 

始まりは半年以上も前のことだった――




ご読了ありがとうございましたm(_ _)m
前までどのように書いていたのかさえ忘れていたので心機一転、今書けるものを書いてみました。
違和感などありましたら言って下さい。

それではまた次話で!


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赤鼻のトナカイ 2

あけましておめでとうございますm(_ _)m(前話で書き忘れた)

……特に他に書くこともないのでさっそく本編の方をどうぞ。


半年前、俺は一時期よく最前線を離れ、目的もなく下層に赴くことがあった。

 

まるで何かを確かめるかのように。

 

そんなある日だった、それを目撃したのは。

 

「あれは、キリトか?」

 

第20層《ひだまりの森》。

最前線から大分と離れたその場所で、見覚えのある顔を見つけた。

しかも一人じゃなかった。

他におそらく、一緒にパーティーを組んでいる思われるプレイヤーが五人いた。

五人の装備を見るからに、この辺りの層を中心に活動しているような、所謂中層プレイヤーと呼ばれているプレイヤー達だろう。

なぜそんなパーティーにキリトがいるのか。

護衛、だろうか。

死の危険と隣り合わせのこの世界において、高レベルプレイヤーに護衛を頼むプレイヤーは少なくない。

しかし様子を見るにそんな感じではない。

そういえばクラインやアスナが、最近昼間に最前線でキリトを見かけないと愚痴っていたことを思い出す。

つまりキリトは定期的、というよりほぼ毎日、このパーティーに加わっている可能性が高い。

 

「んー……よし。声掛けてみるか」

 

少し考えたが、これ以上は考えても埒が明かないと思った俺は意を決して彼らに声を掛けてみることにした。

 

すでに輪が完成し、楽しそうな雰囲気溢れるそのパーティーに。

 

……なんてハードルの高い。

高いが、仕方ない。

だって見てしまったのだから。

その輪に入り笑いつつも、どこか自虐の混じった表情を見せるキリトの顔を。

 

「よっ、キリト。久しぶり」

 

「っ! ソウ…」

 

俺が声を掛けると驚くキリト。

しかしその驚きは、急に声を掛けられたことに対するものでも、思わぬ場所で知り合いにあったためでもない。

 

見られたくないものを、見られたくない人物に見られたことに対する、焦りにも似た驚きだった。

 

瞬間、やはり何かあると確信する。

 

「えーっと、キリトの友達、でいいのかな?」

 

その何かを考える前に、五人の内の一人が前に出て声を掛けてきた。

こう言ってはなんだが、何とも平凡な少年、といった印象だった。

 

「俺、ケイタって言います。一応このパーティーのリーダーも務めています」

 

ケイタがそう言うと、キリトを除く後ろのメンバーから、一応ってなんだよ、と笑いが起こる。

 

「……ああ、合ってるよ。俺はソウ。お察しの通りキリトの仲間だ。それから敬語はやめてくれ。俺たち多分そんなに歳は変わらないだろ?」

 

するとケイタは驚いたような顔をした。

 

「やっぱりキリトの友達ですね、キリトと同じことを言ってる。――そういう事なら、分かったよ。よろしく、ソウ」

 

そう言って差し出してくるケイタの右手を迷わず掴み返す。

どうやら見かけ通り悪いヤツらじゃない、というよりむしろ人が良過ぎる、といったところか。

 

さて、さっきからずっと黙って何やら考え込んでいるキリトだが……少しカマをかけてみるか。

 

「それで、こんなところで何してたんだ?」

 

ケイタ達、というよりキリトに向けたその質問に、やはりいち早く反応したのはキリトだった。

すぐさま俺の側まで来ると腕を引き、ケイタ達に俺たちの話の聞こえない距離まで離れた。

 

「ソウ、お前なんでこんなところに……いや、今はそんなことはどうでもいい。後で事情は話す。今はとにかく話を合わせてくれ、頼む」

 

いやに必死なキリトを見て、自分の予想が大きくは外れてないことを確信する。

特に断る理由はないので頷くと、あからさまにほっとした様子のキリト。

最後にもう一度、頼むぞ、と念を押されてからケイタ達の元へ戻る。

 

「ごめん、ちょっとこいつと二人で話したくてさ」

 

「いや、全然構わないよ」

 

隠れて二人で内緒話をしていたというのに、本当に気にした風でもないケイタ達。

これならキリトが心を許すのも頷けると納得したが、なぜか少し、心が痛んだ。

 

「それよりキリト、出来れば僕達の紹介を頼めるかな?」

 

「あ、ああ」

 

ケイタに頼まれ一瞬縋るようにこっちを見たキリトだったが、すぐに諦めたように肩を落とし慣れない様子で紹介を始めた。

いや、橋渡し役がお前しかいないんだから諦めろ。

 

「えーと、さっき言ってた通りこいつがこのパーティー、というより、ギルド《月夜の黒猫団(つきよのくろねこだん)》のリーダーのケイタだ」

 

「改めてよろしく、ソウ」

 

「待て。え、ギルド?」

 

ケイタの挨拶を無視してキリトに聞き返す。

今聞き捨てならない、というかはっきり「ギルド」と言ったか?

ということはもしかして――

 

「……俺も、所属してる」

 

「マジかぁー……」

 

視線で問いかけるとその意を察したキリトから答えが返って来た。

俺の反応を見て何やら更にバツが悪そうな顔になったキリトだが、今はそんなことを気にしている余裕はない。

 

ギルド、ギルドかぁ。まあ仕方ないよなぁー……

 

「ソウ? 大丈夫?」

 

「ん? ああ、大丈夫大丈夫……はぁー」

 

いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないので、気を取り直してケイタに向き直る。

 

「悪い、ほんとに大丈夫だ。こちらこそよろしく、ケイタ」

 

「ああ、よろしく」

 

そう言ってもう一度、ケイタと握手を交わす。

 

「それから一番左にいるが、メイス使いのテツオ」

 

「よろしく」

 

「その隣にいる槍使いはササマル」

 

「よろしくです」

 

「短剣使いのダッカー」

 

「よろしくな」

 

「最後は、槍使いのサチだ」

 

「よろしくお願いします」

 

それぞれテツオは温和そうな、ササマルは真面目そうな、ダッカーは無邪気そうな少年達だった。

そして最後の一人、槍使いのサチはなんと――

 

「へぇ、女性プレイヤーか。珍しいな」

 

口をついて出たその言葉に、びくっと一歩引いて仲間の後ろに半身を隠してしまうサチ。

何となく傷つく。

いや、不用意な発言をした俺が悪いのだが。

 

「ああ悪い。別に女性だからどうこう言うつもりはないよ。戦ってるヤツらはみんな等しくすごいなと思うよ、ほんとに」

 

「……別に、私すごくない」

 

褒めたつもりだったのだが何やら地雷を踏んだらしい。

下を向き小声で自虐的なことを言うサチを見て、この子もこの子で何やら問題を抱えてるんだろうなーっと他人事のように思う。

いや、実際他人事なのだが。

 

「それでキリト、俺の紹介は?」

 

話を合わせろと言われても、合わせる話が分からなければどうしようもない。

そういう意味を込めて(設定を教えろ)謎の達成感に包まれていたキリトに話を振ると、すぐに合点がいったのか、僅かに考え込んでから俺の紹介を始める。

さすがに短い付き合いじゃない。

視線で意思疎通できるくらいには、俺とキリトはこの半年を過ごしてきていた。

 

「ああ。……こいつはソウ。俺の――攻略仲間だ。実はこいつも俺と同じでソロプレイヤーなんだ。だからお互いに情報を交換したり、たまにパーティーを組んだりする仲だ」

 

微妙に嘘は言っていない。

多分事実と、彼らに伝わるニュアンスは大分違うだろうが。

 

「へぇー、ソウもソロプレイヤーなのか。キリトといい、すごいな。――なあソウ、良ければうちのギルドに入ってくれないか?」

 

「へ?」

 

思わず素で聞き返してしまった。

冗談かとも思ったが、ケイタの顔を見るにそういう訳でもないらしい。

 

「さっき二人が話してる時、俺たちも話し合ってみたんだ。キリトと同じレベルのプレイヤーが入ってくれるなら俺たちも安心だし、何より、キリトの友人なら大歓迎だよ」

 

……そうか、彼らの中で俺は()()()()()()()()()()()レベルのプレイヤーなのか。

言った言葉も本心だろうが、きっと俺を気遣ってくれてもいるのだ。

 

キリトの時と同じように。

 

さっと、メンバーの顔を見渡す。

どいつもこいつもいいヤツそうだ。

きっと今から入っても、最初からいたかのように歓迎されるのだろう。

だけど――

 

「悪い、やめておくよ」

 

断固たる意志を込め、俺はその誘いを断った。

 

「――そうか、残念だけど仕方ないな。分かったよ、無理言ってごめん。でもよければ、これから俺たちとも仲良くしてくれると嬉しいな、友人として」

 

やはりいいヤツらだ。

こんな即断で断ったというのに、イヤな顔一つするどころか、こちらを気遣った言葉すら掛けてくれる。

 

だから次の申し出に対しても、俺は即答で返すことができた。

 

「それはもちろん。こちらこそよろしく」

 

〜〜〜

 

「それでぇー、どーゆーことか説明して貰おうかぁー? えぇ、キリトさんよぉ!」

 

「分かった分かったから! その妙な口調と顔をやめてくれ!」

 

現在場所は移動して、同じく第20層の主街区にあるとある店。

ケイタ達にはまたも席を外して貰い、今は俺とキリトの二人だけだ。

そして席に着くやいなや、先の問答が始まった。

軽く怒った風を出してみたが、長い付き合いだけにそれがウソなことはバレている。

だが空気が軽かったのはここまでだった。

 

「最初はほんとに、軽い手助けのつもりだったんだ」

 

そう言ってキリトは語り始めた。

一ヶ月ほど前、ここより下の迷宮区で苦戦していた《月夜の黒猫団》を助けたこと。

その流れで、彼らのアットホームな雰囲気を羨ましく思いギルドに加入したこと。

彼らが攻略組を目指していること。

彼らが攻略組に合流すれば、攻略組の空気が変わるんじゃないかと期待していること。

密かに彼らを旨い狩場に誘導し、レベリングを手助けしていること。

サチという少女が死の恐怖に怯えていること。

 

そして未だ、自分のレベルを誰にも明かせていないこと。

 

「俺はきっと、単に優越感に浸りたかっただけなんだ。自分より弱い彼らを守り、頼られ、それが気持ち良かっただけだ」

 

苦しそうに、キリトは続ける。

 

「俺はサチに、君は死なないと言いながら、それを証明できるもの(レベル)を隠している。俺は、彼らに嘲られるのが、怖かったんだ」

 

暫く、重い沈黙が場を支配した。

 

俺にはキリトの気持ちが分かるような気がした。

攻略組なんてものに属してる人間は、多かれ少なかれ人より強くあるために生きているところがある。

それが攻略のためか、使命感のためか、優越感のためか、恐怖のためか、はたまた誰かのためか、動機は人それぞれだろうが。

理由はどうあれ、この空に浮かぶ鉄の城で一番危険な場所に立っているのもまた、彼らのなのだ。

そんな中、キリトは常に一人で戦ってきた。

だからそんな彼が、人の温もりを感じ、それを失うことに恐怖するのは、当然だ。

だから俺は――

 

「いいんじゃねぇの?」

 

「へ?」

 

その恐怖を肯定する。

 

「いや、だから別にいいんじゃないの、怖くても」

 

「でもそれじゃあ…」

 

「お前は自分がしてしまってることに対して、ちゃんと罪悪感を感じれてる。だから大丈夫だよ。いつかその時がきたら、きっとお前は話せる」

 

曖昧な言葉だらけで申し訳ないが、俺にはそんな気がするのだ。

 

「それにアイツらだって、そんなことで一々怒るようなヤツらじゃない、だろ?」

 

「――ああ」

 

「だから、大丈夫だよ」

 

机の上に両肘をつき深刻そうな顔をしていたキリトだが、急に椅子の背もたれに体を預け天井を仰ぎ見たかと思うと、はぁーっとため息を一つ。

そして次にこちらに顔を向けた時にはもう、いつもの間の抜けた顔に戻っていた。

 

「……たく、ソウには敵わないな……」

 

「感謝してくれてもいいんだぜ?」

 

「あーはいはい。感謝してますよー。……ほんとに、おかげで少し気が楽になったよ」

 

「そりゃよかった」

 

完全にいつもの二人の雰囲気に戻った俺たちは、次の話題へと遷移した。

 

「そういや、ソウはなんでまたこんなとこにいたんだよ? 素材集めか何かか?」

 

キリトの話が終われば、当然次は俺の話だ。

ようはなんでお前(攻略組)がこんな低層に? ということだ。

その質問に俺は非常に困った。

なぜなら、俺の理由はキリトに言えるわけがない。

 

いや、誰にも、言えるわけがないのだ。

 

「あー……いや、なんでもない」

 

だから誤魔化す。

生憎とそれは、俺の得意分野だった。

なんでだよー、と若干しつこく言い縋って来るキリトをのらりくらり躱し、最後には黒猫団のみんなを待たせてるんじゃないか? という俺の言葉でこの話は締め括られた。

 

「あー、ほんとにサンキューな、ソウ。このお礼はいつか精神的に」

 

「気にすんなよ。何かあったらまた、言ってこい」

 

長く椅子に座った体を伸ばしながら改めてお礼を言ってくるキリトに、俺はいつものようにいつでも頼れと言って返す。

 

その顔が僅かに陰っていたことは、キリトには気づかれなかっただろう。

 

「と言っても、お前は絶対に自分からは言ってこないんだけどなー」

 

キリトが伸び終わりこちらを向いた時にはもう、いつもの俺に戻れていたはずだから。

 

〜〜〜

 

「ソウさん、ちょっといいでしょうか?」

 

「ん? えーと君は確か……サチちゃん、だっけ?」

 

店を出て黒猫団のメンバーと合流したキリトを見送った後、これからどうしようかと転移門の周りをぐるぐるしていた俺に声を掛けてきたのは、なんと先程別れたばかりのギルド《月夜の黒猫団》の紅一点、サチちゃんだった。

 

「あ、はい。……えーと、ソウさん、この後何か予定とかありますか?」

 

んー、まだ距離を感じるなー。

今日あったばかりだし、仕方ないと言っちゃ仕方ないのだが。

他のメンバーがフレンドリー過ぎるせいで余計距離を感じる気がする。

普段なら気にしないどころか寧ろウェルカムなのだが、さすがにキリトが所属するギルドのメンバーとはそれなりに仲良くしておきたい。

 

「いや、特に何も。あとソウでいいよ。ついでに敬語もなしで。俺も現実(向こう)では高校生だったし」

 

何を隠そう、ギルド《月夜の黒猫団》のメンバーは皆、同じ高校のパソコン研究会のメンバーらしいのだ。

 

いや、よく入ったなキリト。

俺なら絶対無理だわ、そんな完成されたグループに入るなんて。

実はあいつ、凄いコミュ力と心臓の持ち主なんじゃ……

 

 

「分かりま……分かった。じゃあソウも私のことはサチでいいよ」

 

「ん。りょーかい」

 

「それで本題なんだけど」

 

敬語を止めたおかげか、幾分か心の距離が縮まった気がする。

……気がする。

 

「この後ちょっと、私に付き合ってくれないかな?」

 

いやいや、幾ら何でもこれは近すぎるだろ。

 

「ちょっとソウに、聞きたいことがあって……キリトのことで」

 

……はぁー、何となく分かっていた事だが、これはふざけてられる雰囲気じゃないよなー。

 

「いいよ。じゃあさっきの店でもいい?」

 

こくりと控えめに頷くサチを後ろに引き連れ、これ傍から見たらそれっぽく見えないかなー見えないなーと余計なことを思いつつ、本日何度目かのシリアスモードに気持ちを切り替えながら街をなるべくゆっくりと歩くのだった。




ご読了ありがとうございましたm(_ _)m

この話では、何やら色々と伏線を張ったかのように思えます。
いやそもそも、ちゃんと伏線になっているのかも定かではない上、もしかしたら私の知らないところが伏線になっているかもしれない上、何なら作者が伏線の存在を忘れる、などということも考えられます。恐ろしい。
ようは、期待しないで下さいお願いします!! ということです。

あと完全に余談ですが、Twitterを始めてみました。
コメントの方に書いときましたので、良ければフォローしてみて下さい。
もし、もし! フォロワーさんがいらっしゃるようなことがあれば! 投稿の際そちらでもご報告させて頂きます。

追記:誤字脱字報告、質問感想などよろしくお願いしますm(_ _)m

ではでは、また次話で。


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赤鼻のトナカイ 3

またまた遅くなりました。すみません。
途中で切る気にならなかったので、今回少し長くなってます。

では本編をどうぞ。


「とまぁ、こーゆーわけだよ。アルゴ君」

 

「どーゆーわけだヨ。ソー坊」

 

「ちっ、察しろよ」

 

「いや無理ダロ」

 

時は戻って現在。

割と話した気もしたが正面に座るアルゴにはまだ事の顛末が分からないらしい。当然である。

仕方がないので続きを話そうと思うが、その前に先に保険をかけておく。

 

「それからしばらくは黒猫団とは関わりがなかった、というか、なるべく関わらないようにしてたんだ。経緯はどうあれ、せっかくキリトが色んなしがらみから解放される場所を手に入れたんだ。そこに俺みたいなのがいたら、色々思い出しちゃうだろ?」

 

「なるほどソー坊らしいナ。それにしても()()()()、ネェ。じゃあ次に会った時が、今回のターニングポイントだったってわけカ」

 

アルゴが上手く誘導に乗ってくれたことを内心嬉しく思いながらも、顔には出さないようにする。

 

「そゆこと。まあでも、今回俺は本当に何もしてないよ」

 

「いいからさっさと話セ。待ち合わせの時間、もうすぐダロ」

 

勿体つけすぎたらしい。

 

「おっとほんとだ。では、手短に」

 

〜〜

 

「ん? あれは……」

 

それからほんの一ヶ月後だった、再び黒猫団のメンバーに会ったのは。いや、見かけたという方が正しい。

場所はなんと迷宮区。それもこの前会った場所より七層も上の第27層。この層の迷宮区はトラップが多く、攻略の際は多大な苦労を払ったものだ。

 

「キリト……それから確かテツオに、ササマル、ダッカー、あとはサチ、だったっけな。あれ、ケイタは?」

 

しかしメンバーの中に、リーダーのケイタの姿はなかった。

その事を訝しげに思いながらも、俺はなんとなしに彼らの跡をつけることにした。

彼らの行軍は、一度攻略したことがあるキリトがいることもあって、順調そのものだった。いや、順調過ぎた。

十分な成果を上げパーティーが帰路についていた、ちょうどその時、部屋の真ん中にぽつんと、一つのトレジャーボックスがあった。不自然なほど分かりやすい場所に。

そもそも一度攻略されている迷宮区だ。隠されていたならいざ知らず、こんな見つけやすい場所にあったトレジャーボックスを過去に攻略した者達が見逃したとは考えにくい。

俺は、おそらくキリトも、それがこの迷宮区特有の罠であることにすぐに気づいた。

だが彼らは、黒猫団のメンバーは違う。

ずっとキリトによって未然に防がれていたこの迷宮区の怖い部分。何事もなく、順調に攻略していた彼らからすれば、頑張った自分達への最期のご褒美のように見えただろう。

それが自分たちの命を脅かすものとも知らずに。

彼らはあまりにも無邪気に、無防備に、自分たちの死へと近づこうとして――

 

「待った!」

 

――その前に、静止がかかった。

キリトだ。

あまりにも緊迫したキリトの声に、近づこうとしていたダッカーの動きが止まった。

 

「なんだよキリト」

 

目の前にあるお宝に目が眩み、その声と表情は隠しもせず不服をありありと示していた。

 

「おかしいと思わないか? こんな分かりやすい場所に、まだトレジャーボックスが残ってるなんて」

 

「たまたま攻略組のヤツらが見落としたんだろ? いいからはやく開けてみようぜ」

 

何とかその不自然さを説明しようとするキリトに対し、ダッカーは早く開けたくて仕方ないといった様子。他のメンバーは静観を貫いているが、気持的にはダッカー寄りのようだ。キリトに疑問の視線を向けている。一人を除いて。

その雰囲気も背中を押してか、ダッカーは今すぐにでもキリトの忠告を無視してトレジャーボックスを開けかねなかった。

そしてそれを見て、俺もようやく動くことを決めたのだが、結果的にその必要はなかった。

先に、キリトが動いた。

 

「俺は――俺は、攻略組だ。その俺から見て、このトレジャーボックスは危険だ」

 

あまりも唐突なその言葉に、誰も反応出来なかった。

俺は出かけた体を通路に戻しながら、その様子を見守った。

 

「俺が初めてこの層を攻略した時、こんなものはなかった。この迷宮の性質を考えると、罠である可能性の方が高い」

 

最後のまで言い切った後、暫く静寂の時が流れた。

そんなに長くはなかったように思う。

それでもしっかりと内容を呑み込み、理解するだけの時間が流れた。

誰かの息を呑む音が聞こえた。

そしてついに、彼らの示した反応は、

 

「そうか……分かった! じゃあ止めとこう!」

 

怒るでも、蔑むでも、嫌うでもなく、納得だった。

傍から見ていた俺でさえ、知らず詰まっていた息を大きく吐き出した。

当のキリト本人は、一体どれだけの不安に押しつぶされそうになっていただろう。

でも彼らは、やはりキリトを受け入れてくれた。

「もっと早く言えよな!」などと言いながらお互いの肩を叩き合い、和気あいあいと言った様子で、彼らは笑顔のまま迷宮区から帰って行ったのだった。

 

〜〜

 

「結局、どうして迷宮区なんかに行ってたんダ?」

 

また時は戻り、目の前にも変わらずアルゴ。

そろそろ待ち合わせの時間が近づいていた。

 

「何でもギルドハウスを買うお金が貯まって、ケイタが代表して買いに行ってる間に家具とか買うために荒稼ぎしようとしていたらしいぜ」

 

後でキリトから聞いた話をそのまま伝える。

 

「フーン。それで、その後はどうなったんダ?」

 

「ギルドハウスを購入したケイタと合流。ケイタにも事情を説明してめでたしめでたし」

 

「なんだ、それで終わりカ。……ん? ならなんで今日ソー坊は呼び出されたんダ? それと今回、ホントのホントに何もしてないヨナ」

 

分かってはいたがやはり言われてしまったか。保険なんてなかった。まあ実際何もしてないのは事実なので仕方がない。

 

「うるへ。それと残念ですがお時間です。この話の続きはまた今度」

 

「むー、絶対だからナ!」と唸るアルゴを置いてお金を払い店を出、ようとして思い出した。

 

「アルゴ、メリークリスマス」

 

一瞬間の抜けた顔を晒すアルゴだったが、すぐにいつもの表情を取り戻し、

 

「ソー坊にしては、珍しく気の利いたことを言うじゃないカ」

 

なんて言うので、言わなきゃ良かったと思いながら店を出ようとした、その背中に、

 

「メリークリスマス、ソー坊。今日は楽しかったゾ」

 

なんて言われたのが店を出る直前だったので、残念ながらその顔は見ることが出来なかった。

店を出ると忘れられていた寒さが思い出したように身体を冷やす。

 

「はぁー、今日はホワイトクリスマスかぁ」

 

寒さの象徴の雪はあまり好きじゃないが、今日に限ってはそれも良いと思えてしまう。

相変わらず単純だなぁと思いつつ、白い息が空に消えていくのを眺めながら転移門へと移動するのだった。

 

〜〜〜

 

第35層《迷いの森》。

 

「いいか、これだけは絶対守れ。一つ、俺の指示には従え。二つ、前に出るな、タゲは取るな、それは俺とキリトでやる。スイッチして一撃を入れることだけ考えろ。三つ、これが一番大事だ。――死ぬな」

 

今俺の目の前で、俺の言葉に神妙な面持ちで頷いたのは、()()

一人は依頼主であるキリト。なお報酬は自分のストレージに入ったドロップアイテムのみ。つまりなし。

そして残りの五人は、黒猫団のメンバーだ。

はっきり言って黒猫団のメンバーのレベルは、全くと言っていいほど足りていない。

それも当然と言えば当然だろう。

あれからもキリトは黒猫団のレベル上げを手伝っていたようだが、その頻度は以前より下がった。攻略組に属する、それもその中でもトップクラスの実力を持つキリトを、長時間拘束することを黒猫団のメンバー自体が良しとしなかったのだ。

それでも今回、キリトにどうしてもと頼まれた。

攻略組の指揮も務め、キリトとの付き合いも長く連携の取れやすい、身軽な俺が。

 

「ケジメを、つけたいんだ」

 

そう言われれば断る訳にもいくまい。

なに、乗りかかった船だ。なら行き着くところまで見届けよう。そんな思いで俺は、首を縦に振った。

 

「よし、それじゃ移動しようか。キリト、先導頼む」

 

「了解」

 

しかしあまり現実的ではない。

黒猫団のレベルは本当にギリギリ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして残念ながらこのゲームは普通じゃない。このゲームでの死は、現実世界の死に直結する。少なくとも開発者の茅場晶彦はそう説明した。ならばそれを前提として動くのが賢い行動というものだろう。

話が逸れた。

ようは今回の俺たちの行動は、決して賢いものじゃないということだ。だから俺も、キリトも、黒猫団も、表情は硬い。

だが挑戦すると決めた以上勝算はある。

この場合の勝算とは『誰も死なずに討伐する』ことだ。

そのために俺がいる。

いつもと同じ、誰も死なせないために、俺がいる。

 

「――ゥ。ソウ、大丈夫か? もう次のエリアだぞ」

 

「あ……ああ。大丈夫、眠いだけだから」

 

「おい」

 

ジト目を向けてくるキリトに軽口で応じる。

この《迷いの森》は、無数の四角いエリアに区切られており、一分毎に隣合ったエリアの出入口がランダムに入れ替わる。つまり同じ道を通ったとしても、それが一分後であれば違うエリアに繋がってしまう。迷ってしまう。それゆえ《迷いの森》。

まあ地図アイテムさえきちんと持っていれば、迷うこともないのだが。

その時、俺達が今しがた入って来た入口から、新たに入って来る者達がいた。

 

「あー、つけられてたかー」

 

「おい、そんな軽く言うやつがあるか!」

 

「……!」

 

咄嗟に剣を構えようとするキリト。そしてそれに釣られ、各々の武器に手を掛ける黒猫団。

しかしまあ、そんな警戒をする必要もないだろう。

だってどうせ、

 

「よぉ、キリト、ソウ。ワりぃがつけさせてもらったぜ」

 

クライン率いる、《風林火山》の連中だろうから。

赤を基調とした和のテイストの服装。少人数ながら精鋭。攻略組の一角を占める、立派なトップギルドの一つだ。

 

「はぁー。で、何の用、クライン? あ、風林火山の皆さんはお久しぶりです」

 

「久しぶりー」「相変わらずだねー」と挨拶を返してくれる風林火山の皆さん。

後ろではキリトと、俺たちの知り合いと分かったらしい黒猫団の面々が武器を持つ力を緩め、キリトに説明を求めているようだった。

 

「やっぱ毎回オレだけ扱い違うくねぇか……? まぁそんなことよりも、だ。道案内ご苦労だったな!」

 

「だから何の用だよ。俺達がこれから、イベントMob討伐するから忙しいんだけど」

 

「知ってるよ! だからその横取りをだなぁ……」

 

「でもこういうのって、早い者勝ち、だろ?」

 

「うっ」

 

「似合わない悪役は顔だけにしとけよ、クライン。向いてないから」

 

「誰が悪人面だ! ケッ、そういうことなら譲ってやらぁ!」

 

「いや、だから元々俺たち優先……」

 

「まあまあ。そのくらいにしてあげてよ、ソウくん」

 

そこで風林火山の人達の仲裁が入る。

大体いつも、俺とクラインのくだらない言い争いに落とし所をつけてくれるのは彼らだ。

 

「そうそう。うちのギルマス、心配して様子見に来ただけだから」

 

「心配?」

 

はて。何かクラインに心配されるようなことがあっただろうか。

 

「……あー、なんだ。おめぇらが最近、鬼気迫る様子でレベル上げてるって聞いたからよ。なんかやばいことでもしようとしてるんじゃないかと思って、な。まあ無用の心配だったみてぇだが」

 

……全く、この男ときたら。本当に悪人に向いてないったらない。

 

「ちゃんと勝算はあるから大丈夫だよ、クライン」

 

口には出さないが、ありがとな、と心の中で付け足しておく。

口に出さないのは、出したら確実に調子に乗るだろうから、だ。

……さて、楽しい時間もここまでみたいだな。

 

「なら心配ついでに、お前らのお客さんの紹介も頼んでいいか?」

 

「客?」

 

クライン達の更に後ろ、またもこのエリアに入って来るヤツらがいた。

 

「どうやらお前らも、つけられてたみたいだな」

 

今度は俺も、背中に背負う剣の柄に手を添え、構える。

入って来たのは白い甲冑で全身を包んだ集団。

 

「《聖竜連合》か」

 

「あいつら、フラグボスのためなら一時的にオレンジになることも厭わない連中っすよ」

 

そう、俺が警戒してた、まさに()()()()連中。

クライン達のように「早い者勝ちだから」では通して貰えないだろう。

はてさて、どうしたものか。

しかし俺が動くより早く、クラインが腰に挿した刀を抜き放ち大声で怒鳴った。

 

「ったく、しゃーねぇなぁ! ソウ! お前らは先に行け! ここはオレらで食い止める! だからぜってえ、ボス倒してこい!」

 

他の風林火山の人たちも、先へ行け、と言っているのが表情で分かった。

時間も、もうない。

俺は一度頷くと振り返り、次のエリアへと続く入口に体を向けた。

 

「よし、行こう。クライン、無理はするなよ」

 

「へっ、お前こそ死ぬんじゃねぇぞ!」

 

「当然」

 

誰も死なせるか。

 

〜〜

 

モミの巨木は不気味な捻れ具合で、真っ白な絨毯の上にぽつんとそびえ立っていた。

零時まで、あと三分。

振り返ると、その不気味な雰囲気に呑まれたらしい黒猫団のメンバーの緊張した顔が並んでいた。

俺はふっ、と笑いを一つ零してから、もう一度最後に彼らに確認を取った。

 

「いいか? もう一度言うが、これは別に()()()()()()()()()。それなら提案段階で俺が蹴ってる。なに、攻略組の前衛が前を支えるんだ、心配いらないよ。一応、俺も前に出るしな」

 

まあキリトは本当はダメージディーラーなのだが。あいつの反射神経なら前衛も軽くこなすだろう、多分。

俺も普段は、後ろから指示を飛ばすだけの簡単なお仕事なのだが、今日ばかりは楽をしてもいられまい。

 

「だから長くなるかもはしれないけど、ちゃんと指示を聞いて、どんどんスイッチしていけば何も問題はない。それに、せっかくのクリスマスだ。難しいことは考えず、楽しくやろうぜ?」

 

「お前はしっかり考えて指示を出せ」

 

キリトの間髪入れないツッコミに「ははは」と黒猫団の間にも小さな笑いが起こる。少しだけ雰囲気が柔らかくなっただろうか。

あまり緊張しすぎてもいいことはない。周りは見えなくなるし、判断は鈍くなる。何事も適度なのが一番だ。

 

「二人を信じるよ。改めて、キリト、ソウ、よろしく頼む」

 

ケイタの言葉に頷き返したと同時、どこからともなく鈴の音が響いてきた。見ると視界の端の時計は零時ちょうどを指していた。

上空から二筋の光の道が降りたきた。その先を見ればトナカイ、だろうか。何かそれっぽい奇妙なモンスターに引かれた巨大なソリ。

モミの木の真上に到達すると同時、ソリから黒い影が飛び降りた。雪を盛大に巻き上げ着地したのは、認めたくはないが、サンタクロース、なのだろう。

俺たちの三倍もの背丈の人型。いや、長い両腕が地面に着くほどの猫背なので、実際はもっとかもしれない。せり出した額の下は影になり、小さな赤い目が不気味に光っている。顎の下から伸びる捻れた長い髭は埃を被ったような灰色だ。

赤と白の上着に三角帽子、典型的なサンタ服を着ているにも関わらず、その右手には斧、左手には大きな袋をぶら下げている。

夢の体現であるようなサンタクロースだが、これは本当に夢に出てきそうだ。少なくとも絶対に子供には見せられない。唯一の女性であるサチなんかは軽く引いている。

……ふぅ。さあ、いよいよ本番だ。

久しぶりの前衛、ミスの一つも許されない状況に、俺の思考はどんどんクリアになってゆく。

視界に捉えるものを取捨選択する。ボスの見た目から考えられる攻撃パターンを予測する。

仲間の様子から、それぞれに出す最適の指示を考える。

世界から音が消える。必要な音以外を耳が受け付けなくなる。

その名を《背教者ニコラス》は、何やら口元を動かしクエストに沿ったセリフを紡ごうとしていたらしいが、今の俺にはもう、届くことはなかった。

 

〜〜

 

ニコラス討伐は終始、つつがなく達成された。

最初はボスの攻撃パターンを把握するため俺とキリトのみで対応し、徐々に黒猫団のメンバーにも加わって貰った。人数で囲んだりするなど、特定の条件を満たした場合の攻撃も視野に入れながら慎重に進めたが、おおよそ大丈夫だと分かってからはキリトにもダメージディーラーに回ってもらい、一気に『削り』に入った。

黒猫団は、おそらく初めてのボスモンスターとの戦闘で多少疲労の色が見えたが、それでも最後までよく踏ん張ってくれた。

ラスト一本になった時多少の変化はあったが、予め黒猫団のメンバーは一旦下がらせていたので俺とキリトで対処。またパターンが把握できてからは黒猫団にも参加して貰ったのだが、結局今回もラストアタックはキリトが持っていった。

 

「ふぅ」

 

キィン。

袋を残し消滅するボスを見ながら、背中の鞘に剣を収めるキリト。多少疲れたように見えるが、どちらかというと清々しさの方が勝っているようだ。

一方黒猫団の面々といえば、

 

「はぁ、はぁ。勝った、のか……」

 

目に見えて疲労していた。レベルも上がっただろうがそれも気にならないようだ。

それも仕方のないことだろう。レベルは適正レベルを満たしておらず、そんな中での初めてのボス戦。精神的疲労、死の恐怖は、俺やキリトなんかとは比べ物にならなかっただろう。

そして俺はといえば、

 

(……くっ)

 

酷い倦怠感に襲われていた。

緊張が溶けたのだろう。世界に音が戻ったと同時、体がふらつくのを何とか堪えながらよろよろと剣を鞘に収める。

ここ最近、戦闘後は毎回こうだ。

長時間の集中が切れると思考が纏まらなくなり、立っているのもやっとになる。

代わり、戦闘中の集中力も遥かに増した。

まあ、今回のはまだマシな部類だ。

残った袋も四散したのを確認すると、各々思い出したように自分のアイテムストレージを確認する。

俺も自分のウィンドウを確認するが、目当てのアイテムは入っていなかった。

となるとやはり最有力は、

 

「あった」

 

ぽつりと呟いた、やや緊張を含んだキリトの言葉に、全員の注目が集まる。

注目を集めたままウィンドウを操作するキリト。そして何度か操作をミスりながら、ようやく()()を実体化することに成功する。

 

「《還魂の聖晶石(かんこんのせいしょうせき)》、だそうだ」

 

誰かが息を呑む音が聞こえ、そして誰もが目を奪われた。

キリトの両手に収まったのは、卵ほどの大きさの、七色に輝く途方もなく美しい宝石。

 

「綺麗……」

 

サチがその場にいた全員の言葉を代弁した。

それで思い出したようにキリトがアイテムをタップし、出現したであろうポップアップメニューのヘルプをもう一度タップ。そこに書いてある説明文を読み上げる。

 

「【このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持きて《蘇生 : プレイヤー名》と発声することで、対処プレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(()()()()()())ならば、対処プレイヤーを蘇生させることができます】、か」

 

十秒。

 

「すごい、ほんとに蘇生アイテムだったんだ…」

 

ぽつりとサチが呟いた。

 

「まあそんなとこだろうな。全くの外れじゃなくて良かった」

 

心からの言葉だった。ないとは思っていたが万が一、ということもあった。

誰もが思い描く理想的なアイテム、というわけにはいかなかったが、誰もそれに対する落胆はなかった。

 

「さて、とりあえず街まで戻るか。クライン達のこともきになるしな」

 

俺の提案に全員が頷く。

キリトがアイテムをストレージに戻したのを確認してから、クライン達がいる一つ前のエリアへと続く出口へ向かうのだった。

 

〜〜

 

「よっ、クライン。生きていたようでなにより」

 

「へっ、お前こそ」

 

ちらりと横目で風林火山のメンバーが誰も欠けていないことを確認する。よかった。

見るとクラインだけが激しく疲労しているようだった。

聖竜連合の連中がいないのも考えると、クラインが一対一のデュエルか何かで決着をつけたのだろう。

 

「……それで、蘇生アイテムはあったのか?」

 

「ぶい」

 

遠慮がちに聞いてくるクラインにVサインを返す。

それを見てか、はたまた俺やキリトの曇りない顔を見てか、クラインは安堵したように息を一つ吐いた。

 

「そうか、なら良かった」

 

それからまだもう少し残っていくと言った風林火山と別れ、俺たちは先に街へ戻った。

 

〜〜

 

「サチ、ちょっといいか?」

 

場所は35層主街区転移門広場の端。

まだ雪は降り続いており、相変わらず夜の街を真っ白に染め上げている。

そんな中、キリトはケジメをつけるためサチに向き合った。

念の為断っておくが、俺は別にそれを覗き見ているわけじゃなく、他の黒猫団のメンバーも一緒に遠巻きに眺めている。

 

「うん。どうしたの、キリト?」

 

「あの、さ。これ」

 

キリトがウィンドウを操作し取り出したのは、先程手に入れた《還魂の聖晶石》。

相変わらずキリトの手の中で、美しい七色の輝きを放っている。

 

「受け取って欲しいんだ。君に」

 

キリトが差し出したそれを、サチはわけが分からないといった様子で見ている。

そして理解したと同時、両手を前に出し咄嗟に断ろうとした。

 

「そんな貴重なアイテム、貰えないよ! だってそれはキリトが手に入れたものだし……」

 

「俺は《月夜の黒猫団》を抜けようと思う」

 

「……えっ」

 

唐突に切り出したキリトの提案に言葉を失うサチ。

 

「攻略に専念しようと思うんだ。今日は、そのケジメをつけるために来た」

 

急展開についていけず、呆然と立ち尽くすサチ。

それを捉えながらもキリトは話を止めない。

 

「だから最後にみんなでボス討伐をして、それで最初から蘇生アイテムは君たちに譲ろうと決めてたんだ。ソウには申し訳ない話だけど」

 

チラッとこっちを見てくるキリトに、いいからいいからと手を振る。予め聞かされてたし。それに結局キリトが取ったのだから、それをどうしようとキリトの勝手だ。

 

「これがあれば、少なくとも一度までは、誰か死んでもを生き返らせることができる。お守りってわけでもないけど。ギルドの共有ストレージにでも入れておいてほしい」

 

キリトはそこで一旦言葉を区切り、次の言葉に一段と思いを込めた。

 

「だから、受け取ってくれないか?」

 

サチはまだ黙ったままだ。下を向いているせいで顔も見えない。

沈黙の時間が流れた。

そしてようやく顔を上げたサチは、

 

「そっか」

 

と一言呟いた。

その顔は、晴れ晴れとしたものだった。

 

「何となく分かってた。いつかこんな日が来るだろうって。だってキリトは強いから」

 

「俺は、強くなんかないよ」

 

「強いよ、キリトは強い。レベルとか、技とかじゃなくてね。心が。私とは大違い」

 

キリトがなにか言おうとするが、サチがそれをさせない。

 

「キリトがあの時、私たちがトラップに引っ掛かりそうになった時ね? 自分から全部話してくれたこと、私何だか嬉しかったんだ。……実は私知ってたんです。キリトがほんとは、どれだけ強いか。前に後ろから、君がウィンドウを開いてるとこ覗いちゃって、それで。変だよね? だってあの時、あ、キリトが遠くに行っちゃう、って思ったのに。でもその時思ったの。ああ、この人は本当に、強い人なんだなって」

 

キリトはサチがあの時すでに知っていたことに驚いているが、俺はサチに聞かれていた。最初会った、あの日に。

 

――キリトとソウって、もしかして攻略組の人?

 

サチはずっと知っていた。ずっと知っていて、何も聞かなかった。

キリトが私たちと一緒にいてくれることには、きっと何か意味があるんだろう。もしかしたらこんな私でも、キリトに必要とされてるのかもしれない。だとしたら私がこんなとこにいるのにも何かしら意味があって、そうならとても嬉しい。などと、本当に嬉しいそうに、けれどどこか寂しそうに話すサチが、とても印象的だった。

 

「私本当は、今日まで生きてられるとは思ってなかった。何となく、どっかで死んじゃうんだと思ってた。だって、私は弱いから」

 

自虐的とも取れる言葉の数々。

しかしそれを話すサチの目は、今は前を向いていた。

 

「でもね、私も頑張ってみることにします。無理だと思ってた。けど、今日まで生きてこられた。ほんとうに、現実に、雪の街をキリトと歩ける。今でもまだ夢見てるみたいだけど。だからこれを」

 

そう言って差し出されたキリトの手の上に、自らの手を重ねるサチ。

 

「これを、キリトだと思って。だからねキリト、私は大丈夫。私は、()()()()。だからキリト、キリトも死なないで。絶対、死なないで下さい」

 

そう言って手が引かれた後、キリトの掌の上には何も乗っていない。

 

「ああ」

 

しかしキリトは、そこにある()()を大事にするように、強く、強く握り締めた。

幻想的な風景の中、向かい合う二人の男女。

 

「「あ、そうだ」」

 

思い出したように二人同時に声を上げ、そして、

 

「「メリークリスマス、キリト(サチ)」」

 

顔を見合わせ、どちらともなく笑い合う二人。

それはクリスマスの夜にぴったりな、とても幸せそうな風景だった。

 

……はぁ〜〜〜、リア充爆発しないかなぁ……

 

「ソウ?」

 

「ナンダイ、ケイタ」

 

はいソウです。どちらの世界でもクリぼっちのソウですが何か?

 

「だ、大丈夫かい? この世の全てを呪い滅ぼしそうな目をしているけど」

 

「大丈夫大丈夫。呪うのは幸せそうなやつら(カップル)だけだから」

 

「いや、そういう心配をしたわけじゃないんだけど……」

 

まあいいや、と気持ちを切り替え、ケイタは本題を切り出した。

 

「あのさ。ボクからこんなこと頼むのも変な話なんだけど……キリトのこと、よろしく頼む」

 

そう言って頭を下げるケイタを見て、俺も真面目な雰囲気を取り戻す。

 

「僕らでは、《月夜の黒猫団》では、結局キリトの居場所になることはできなかった。力不足だったみたいだ」

 

ケイタはずっと気にしていたのだろう。一方的に、守られる側であることを。

黒猫団とキリトでは、どうあってもそれがひっくり返ることはない。ゲームにおけるレベルとは、残酷なまでに明確だ。

 

「それで、もしかしてなんだけど。ソウ、君は――」

 

「さあ、どうかな」

 

思わず話を遮ってしまったが、ケイタは気を悪くした風もなく、納得したように柔和な笑みを浮かべるだけだった。

 

「――そっか。ごめん、僕が気にすることでもなかったね。まあ何はともあれ、今日はありがとう。男からで申し訳ないけど、メリークリスマス、ソウ」

 

「ああ、メリークリスマス」

 

それと、ありがとう。今日まで、キリトと一緒にいてくれて。

それこそ、俺が言うことでもないのだけど。

 

〜〜

 

みんなと別れた俺は、何となしに第49層の街に戻って来ていた。

雪の街に消えていったキリトには声を掛けなかった(掛けれなかった)が、どうせしばらくは彼らのことを引きずったままなのだろう。

でも、

 

――サチみたいな人たちのためにも、俺たちが一刻も早くこのゲームを攻略するべきだ。

 

と、今回の件の前に言っていた言葉に嘘がないなら、アイツが立ち止まることもまた、もうないだろう。

そんなことを考えながら宿屋を目指し歩いていると、なんだか久しぶりの感じがする人物から声が掛けられた。

 

「あ、ソウくん」

 

人の喧騒の中でもよく通る声。そして人混みに紛れることのないその容姿は、一瞬その場にいた多くの人の目を引いた。

 

「よ、アスナ」

 

そのせいで若干気まずく挨拶を返す俺だが、アスナは気にした風もなく「よっ」と軽く返してくる。慣れているのだろう。

時間も時間なだけに、一瞬俺たちを見た人々もすぐに興味を失い、自分たちの目的を達するために行動を再開した。そんな一瞬でも、呪詛の篭った目を向けてきた根性のあるヤツもいたが、全部無視した。

 

「どうしたんだ、こんな時間に?」

 

「んー? 何となく歩いてただけ。ソウくんは?」

 

「俺もそんな感じ」

 

第1層からの付き合いではあるが、今やアスナは攻略組のトップギルドの一つ、《血盟騎士団》の副団長様だ。

今も真っ白な団服に身を包んでいるが、さすがに寒いのか、見覚えのある上着を一枚引っ掛けている。

というか俺の上着だった。第1層で訳あって、俺がアスナにあげた(取られた)上着だ。まあ今更返せとは言わないが。

 

「綺麗だよね、一面雪景色で。ほんと真っ白」

 

はあ、と両手を合わせ、温めるようにそこに白い息を吐き出すアスナ。

気の利いた男ならここで、君の方が綺麗だよと言ったり、さっと上着やマフラーを差し出したりするのだろうが、残念ながら俺にはハードルが高過ぎる。

 

「私現実でもこんな雪、見たことないよ」

 

「現実の雪なんて、寒いだけだろ」

 

なんならゲームの中でも寒いけど。

「夢がないなあ」と苦笑いするアスナに、気の利かない男は唐突にあるものを取り出し、投げた。

 

「ほれ」

 

「わわ、と」

 

ポイッと下投げで、しっかり胸に向かって投げられたそれを、アスナは危なげなくキャッチした。

 

「危ないなぁ、もう。ん? これは……わあ! きれい……!」

 

そんなことはない。

先程キリトがサチにあげた七色に輝く石に比べると、どんなものも見劣りするだろう。

だがそれを知らないアスナは綺麗と言う。

七色でもなんでもない、緑色の石が嵌った小さなイヤリングだ。微量だが敏捷力にプラス補正がかかる、割とアリな代物だ。形状がイヤリングじゃなければ自分で使っていただろう。

()()()()()()、渡す手間が省けてよかった。

 

「それ、今日狩ったボスが落としたやつ。残念ながらメインのやつじゃないけど。俺は使わないからやるよ、日頃のお礼も込めて」

 

アルゴにも後で今回のお礼として、土産話と共に同じく敏捷力を上げる別の装備をくれてやるつもりだ。寝て起きて多分明日(日にち的には今日)になるだろうけど。

 

「それなら投げないでよね、まったく。もし私が落としたらどうするつもりだったのよ。……って! 今日狩ったボスって、あの例のフラグボス!? ソウくん絶対興味ないと思ってたのに。メインじゃないって、ほんとにあったの? 蘇生アイテム……」

 

やはり遠慮気味に聞いてくるアスナ。

それもそうだろう。蘇生アイテムを求める理由なんて、大体が碌なものじゃない。

なので、なるべく軽くなるよう意識して話した。

 

「死んでから十秒っていう制限付きだけどな。キリトがまた持っていったよ」

 

別に取り憑かれたようでもない俺の様子をじっくり確認してから、傍目には分からないほどほっと息をついたアスナ。

 

「そっか、キリト君も一緒だったのね。ならなんというか、納得。というか、これほんとに貰っていいの?」

 

「いらないなら返せ」

 

そんなことするヤツじゃないと分かってて言うのだから、俺も意地が悪い。

 

「ううん。大事にする」

 

そう言って左耳に付けて見せるアスナ。

「似合う?」なんて聞いてくるが、生憎俺は気の利かない男なので「似合う似合う」と空返事しか返せない。

それでも満足したらしいアスナは向き直り、

 

「ありがとう、ソウくん。メリークリスマス」

 

と、お返しとばかりに満面の笑みと共に言うので、

 

「どういたしまして。メリークリスマス、アスナ」

 

と、なるべく素っ気なくならないように俺も返した。

アスナと別れた俺は、ふらつきながらも記憶を辿って何とか宿屋に向かった。

今日は疲れた。宿屋に着いてベッドに体を沈めれば、すぐにでも寝付けることだろう。

その後のことは、またその後考えればいい。




ご読了ありがとうございました。

これにて『赤鼻のトナカイ』は終了です。
ビーターに比べると話数は大分少ないですが、赤鼻のトナカイはキリトくんと黒猫団の物語なので、ソウくん視点にしたらこの量になりました。
ちょくちょく挟んだアルゴやアスナとのクリスマス色は、ただの作者の願望です。だって書きたかったんだもの。
アスナが羽織っていた上着は『ビーター 2』にて、ソウくんが迷宮区から連れ出して森の安全地帯で寝かせていたアスナに掛けていたものを、そのままアスナが借りパク(ソウくん黙認)したものです。
それから頃合いをみて『原作死亡者生存』のタグも入れたいと思います。タグ少なくてなんだか寂しいので。

次は『黒の剣士』です。シリカです。
タイトルはキリトくんの二つ名ですが、一応ソウくんの二つ名も考えてあります。大したものではないですが。
何時になるかは分かりませんがなるべく早く投稿したいと思いますので、また読んで貰えれば嬉しいです。

誤字脱字報告、感想などありましたらよろしくお願いします。
ではでは、また次話でお会いしましょう。


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黒の剣士

もうなんか、これぐらいの投稿ペースが普通ですね。
それでも待っていて下さった方々、すみません! なるべく頑張ります!

それでは、本編をどうぞ!


 第35層《迷いの森》。

 

「お願いだよ……あたしを独りにしないでよ……ピナ……」

 

 ……どうしよう、これ。

 

 例の如く、というわけでもないのだが、俺は最前線を離れ、またも下層へと赴いていた。

 いや、言いたいことは分かる。ようは、

 

 お前、攻略サボりすぎじゃね?

 

 とでも言いたいのだろう。だが待って欲しい。

 これでも新層が開通したら真っ先に攻略に出てマッピングしているし、まあちゃっかりお宝を拝借したりもするが。毎回ボス戦にもちゃんと参加している。LAを取ったりもしてるが。何より今はボス戦前の情報収集期間で、昔と違い、今はそういうことは大手ギルドが人海戦術を使ってやってくれる。

 それに今回は、ちゃんとした理由があるのだ。

 

「ピナ……」

 

 …………しかしそれを説明する前に、目の前の少女の涙をどうにかする方が先決だろう。というか大半が俺のせいだし。

 

「えーと、ごめん。大丈夫?」

 

 訳も分からないだろうに謝ってしまった。だって泣いているんだもの。

 

「……いいえ……あたしが……バカだったんです……。ありがとうございます……助けてくれて……」

 

 ………………気まずい。今すぐここから逃げ出したい。

 

 彼女が言った「助けてくれて」とは文字通り、この森に生息する猿人、《ドランクエイプ》三匹に囲まれているところを俺が助けたのだ。

 このドランクエイプ、棍棒による一撃の威力こそそれなりにあるものの、その攻撃は遅く、段数も少ない。しかし実はその他に、ある程度HPが減ってくると左手に持った瓢箪のような壺の中身を呷り、かなりの速度で回復するという特殊能力を有している。一対一なら問題ないのたが、複数で連携を取られるとそれなりに厳しい。それでもしっかり対処すればなんとでもなるのだが、精神的余裕のなかった少女にそれを求めるのは酷というものだった。

 それから先程からちょくちょく、少女が口にする「ピナ」という言葉。それは、少女の友だちの名前だった。友だちと言っともプレイヤーではない、モンスターだ。

 このゲームには《ビーストテイマー》というものが存在する。と言っても公式ではなく通称なのだが。ごく稀に、普段は好戦的(アクティブ)なモンスターがプレイヤーに対し、友好的な興味を示してくるというイベントが発生する。その機を逃さず餌を与えるなどし飼い慣らし(テイミング)に成功すると、モンスターはプレイヤーの《使い魔》となり様々恩恵を与えてくれるようになる。

 使い魔と成り得るのはごく一部の小動物型モンスターだけで、詳しい条件は分かっていないが、唯一、《同種のモンスターを殺しすぎていると発生しない》のは確実とされている。そんな判明もしていないような条件の数々を潜り抜け、何よりそのような希少な機会に見舞われた多大な幸運に対する嫉妬や羨望の意味を込め、人は彼ら、彼女らを《ビーストテイマー》と呼ぶのだ。

 まあ最も、希少性で言えば俺たち攻略組の方がより少数派というのだから、実際は案外多いのかもしれない。

 そんな中でも、少女が連れていた水色の体毛の小竜。その種族名を《フェザーリドラ》は、そもそもが滅多に現れないレアモンスターだった。その使い魔としての能力は()()()()、索敵と回復。もしかしたら他にもあったのかもしれない。他のMMORPGタイトルの大半に存在する《魔法》という回復手段が存在しないこの世界において、例え少量であれヒール能力は貴重だ。そんな存在も能力もレアな使い魔モンスターに、少女は《ピナ》と名付け、パートナーとして、あるいは友だちとして、戦闘面の支援以上に大切に思っていた事は、見ていて想像に難くなかった。

 実はこの少女、パーティーを組んでこの森に入っていたのだ。しかし狩りも一段落して、話し合い(恐らくアイテム分配)をしていた際、少女は同パーティーにいた別の女と衝突。何やら怒って捨て台詞を吐いた後、そのまま他メンバーの静止も聞かずパーティーと別れ、足早に森を抜けて行く、はずだった、迷わなければ。

 暫くしてすぐ分かったことだがこの少女、なんと地図アイテムを持っていなかったのだ。恐らくはパーティーメンバーの他の誰かが持っていたのだろうが、よくもまあ地図アイテムもなしに一人で行動しようと思ったものだ。

 まあ一応、一分以内に全力で森を駆け抜け切れれば抜けられるという、ゴリ押しの仕方もないではないが。

 ここまででお察しの方もいるだろうが、俺はずっとこのパーティーをつけていた。それは俺がこの層に来た、決して、決して! ただのサボりではない理由に関係しているからだ。

 ただ少女がパーティーを離れた時、何となく嫌な予感がしたので少女の方について行くことにしたのだが、今回はそれが幸をそうしたというべきか。

 しかしあの時俺が、少女が地図アイテムを持っていないと気づいた時点で、何食わぬ顔で少女へと近ずき、せっかくだから一緒に街まで帰りませんかと、例え警戒されようとナンパ紛いのことさえしていれば、少女の友だち、ピナを、死なずにすんだのだろう。今更何を言っても、もう手遅れではあるが。

 言い訳になるが、俺は例の理由のため、なるべく少女との接触は避けたかった。故にずっと傍観を決め込んでいたのだ。

 無論、勝算は十分にあると思っていた。思い込んでいた。こんな世界だ、プレイヤーはソロでも十分にやっていけるだけのレベルがないと、フィールドにはまず出ない。パーティーとはあくまで、より安全を、効率を期すための手段でしかない。それに加え、少女には使い魔がいた。滅多なことはない、と思っていたのだが、その滅多が起こってしまった。そこになってようやく、俺は少女を助けるために飛び出し、三匹の猿を一太刀のうちに斬り伏せた。皮肉にもそれは、少女にとって危ないところを助けられた、救世主ように写ったことだろう。

 少女は無事で本当に良かったが、しかし少女の友達を俺が死なせてしまったことにも変わりはない。それに確か使い魔は――

 

「手に持ってるそれ、アイテム名は分かる?」

 

 未だ泣き続ける少女に対し、なるべく優しく問いかける。少女は袖で涙を拭い、過剰な感情表現により僅かに赤みを帯びたあどけない顔で、不思議そうに俺の顔と手のひらの上の水色の羽根を交互に見た。そして言われるがまま、壊れものでも扱うようにおそるおそる羽根に指を伸ばし、触れた。

 

「《ピナの心》。……っ!」

 

「待て、待て待て! 泣くな……いで下さい! 心アイテムが残ってるなら、使い魔は蘇生出来るから!」

 

「え!?」

 

 そのアイテムの、あんまりにあんまりな名前に再び泣き出しそうになる少女。しかし続く俺の言葉にはぱっと顔を上げる。

 反応が素直な少女だ。というかこの子、ナーヴギアの年齢制限(13歳)ギリギリなんじゃないだろうか。まあ今時、律儀にゲームの年齢制限を守る子供の方が稀だろう、俺も含め。

 

「最近分かったことなんだけどね。47層の《思い出の丘》ってとこに咲く花が、使い魔蘇生用のアイテムらしいんだ」

 

「……47層……」

 

 少女にとっては、はるか高みの層だろう。

 

「んー、俺が行ってもいいんだけど、使い魔を亡くしたビーストテイマー本人が行かないと、肝心の花が咲かないらしいんだよなぁ……」

 

「いえ……。情報だけでも、とってもありがたいてます。頑張ってレベル上げすれば、いつかは……」

 

「あー、非常に言い難いんだが……、使い魔を蘇生できるのは、死んでから三日以内らしい。それを過ぎると《心》が《形見》に変化して……」

 

「そんな……!」

 

 どうしようもない現実を前にして、目に見えて少女が落ち込み項垂れる。

 これが普通のゲームなら、適正レベルはその層と同じ数字という、分かりやすい設定にはなっている。しかしデスゲームとなった今、十分な安全マージンを取るには、そこに更にプラス十のレベルが必要となる。

 この35層で狩りをしているとなると、この少女のレベルはおそらく45前後。47層を踏破するには全然足りていない。

 

「……ま、仕方ないか」

 

 俺のせいでもあるし、と心の中で思いながらホロキーボードを出現させ、ある人物にメッセージを送る。

 

「これでよし、と。それじゃあ、とりあえず街まで戻ろうか。《思い出の丘》に行くのは……まあ、明日でもいいだろう」

 

「え……。今、《思い出の丘》に行くって……」

 

「ん? ああ、言ったよ。もちろん、君も一緒にね」

 

「どうして……。いえ、それよりも私、全然レベル足りてなくて……」

 

「レベルは装備で何とか誤魔化せる。生憎と俺は自分が使えるようなものしか持ってないが、俺の知り合いに手当り次第集めてる、 まあコレクターみたいなやつがいるから、そいつに溜め込んでるものを吐かせるさ。どうせ使い道なんかないだろうし」

 

「そんな、悪いですよ!」

 

「いいっていいって。ちゃんと対価も払うから」

 

「なんで……そこまでしてくれるんですか……?」

 

 まあそうなるだろう。甘い話には裏がある、御伽話とは違うのだ。事実俺にも、裏がないこともないのだし。この状況でそれを思えるだけで、この子が十分にしっかりした子なのだと分かる。

 それが何だか微笑ましくて、思わず笑みが漏れてまった。

 

「そうだな、妹みたいだから、とか?」

 

 まあ俺は一人っ子なのだが。妹がいたらこんな感じなのかなと、少し思っただけだ。

 からかったつもりだったのだが、何がそんなにツボに嵌ったのか、少女は堪え切れないといった様子で笑いだしてしまった。

 

「す、すみません。笑うつもりは、なかったんですけど……ふふ」

 

「いや、いいよ。それより、納得して貰えたかな?」

 

 先程とは真逆の感情で目端についた涙を拭いながら、少女は答えた。

 

「はい、悪い人じゃなさそうです。あ、すみません! 助けてもらったのにこんな言い方……」

 

「いいからいいから。その警戒心は必要なものだ。俺はソウ、短い間だけど、よろしくね」

 

「あ、あの、わたし、シリカっていいます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 勢いよく頭を下げる少女、シリカ。ツインテールがぶんっと揺れた。

 一々大きなリアクションを取るシリカを見て、元気がいいなぁと感じてしまった自分は、もしかしたらもう若くはないのかもしれない。などと考えながら地図アイテムを取り出し、俺たちは並んで街まで戻った。

 

〜〜

 

 街に入るなり、それはそれは凄いことが起きた。

 

「シリカちゃん、今フリーなんだって〜?」

 

「シリカちゃん〜、今度は俺らとパーティー組もうよ〜」

 

 シリカに声を掛けるプレイヤーが後を絶たなかったのだ。正直目を疑った。一体どこから聞きつけたのか、シリカがパーティーを解散したことを知ったプレイヤーたちが次から次へとうじゃうじゃと。

 

「あ、あの……お話はありがたいんですけど……」

 

 そんな相手に対しても、シリカはあくまで誠実だ。一人一人にきちんと頭を下げ、丁寧に断っていく。

 

「……しばらくはこの人とパーティーを組むことになったので……」

 

 おっと。

 シリカが申し訳なさそうにこちらに視線を向けてきたおかげで、今まで敢えて無視していた俺のことも意識せざるを得なくなったらしい。ええー、そりゃないよ、などと不満を口にしながら、俺に品定めするような、うさんくさいものを見るような視線を向けてくる。

 まあ傍目にも、自分が立派な人物に見えないことは理解している。装備も目立ちたくないので、なるべく地味なものを選んでいるし。黒はキリトと被るため、濃い青を基調としたものだ。

 それでも、第一線で戦えるぐらいのレア装備ばかりなんだけどなあ。

 

「おい、あんた――」

 

 一番熱心に勧誘をしていた長身の男が突っかかってきた。目の前に立たれると、俺よりも少し高い。

 

「見ない顔だけど、抜けがけはやめてもらいたいな。俺らはずっと前からこの子に声をかけてるんだぜ」

 

「と言われましても」

 

 見知った顔になるほど下層を訪れていたら、さすがにどこぞやの副団長様にどやされる。それにだぜ、なんて自慢げに言われても。

 

「あの、あたしから頼んだんです。すみませんっ」

 

 なんて返そうかと思慮していたら、シリカが間に入ってくれた。最後にもう一度深々と頭を下げ、俺の上着の裾を掴んで早足に歩き出した。今度メッセージ送るよー、と未練がましく声を掛け、手を振ってくる男たちから逃げるように。

 

「……す、すみません、迷惑かけちゃって」

 

 件のプレイヤーたちが見えなくなると、シリカは足を止め、申し訳なさそうに顔を上げそう言った。

 

「いや、全然大丈夫。俺も久しぶりで対応の仕方忘れてたし。それに、なんか新鮮だった」

 

「久しぶり?」

 

 きょとん、と可愛らしく首を傾げるシリカに、「なんでもない」と返しながらその頭に手を伸ばしかけ、すんでのところで踏みと止まる。

 危ない、捕まるところだった。いや、この世界に警察はいないのだが、ハラスメントコードに抵触する恐れがある。

 いやいや、そうじゃない、絵面的に誰かに見られたらその時点でアウトだろ。

 ちなみに久しぶりとは、初期の頃に新しく攻略組に加入した新人が、何を勘違いしたのか俺とアスナの関係を疑って同じような態度を取ることがあったのだ。段々と俺の顔も知られるようになってか、ある時期を境にパッタリとそういうこともなくなったが。それで何だか懐かしくて、思わず感傷に浸ってしまったのだ。

 

「それにしても、シリカは凄いな。人気者だ」

 

 明らかに歳下の少女に、敬称を付けるのも何だか変な気がしたので普通に呼び捨てにしてしまったが、シリカも特に気にした風はない。

 

「そんなことないです。マスコット代わりに誘われてるだけなんです、きっと。それなのに……あたしいい気になっちゃって……一人で森を歩いて……あんなことに……」

 

 シリカ呼びは気にならなかったようだが、思わぬ地雷を踏み抜いてしまったらしい。目端にまた涙を浮かべている。

 感情表現が過剰なこの世界では、少しでも泣きたくなったら涙が出るし、恥ずかしさで顔が真っ赤になることも、まあままある。

 なので、なるべく落ち着かせるよう声をかけた。

 

「大丈夫だよ。君の友達は、必ず生き返るから」

 

 「はい!」と言って、安心したように微笑むシリカ。ほんとに、喜怒哀楽が分かりやすい少女だ。

 しばらくすると、道の右側に、一際大きな二階建ての建物が見えた。と同時、シリカがしまったと言わんばかりの表情で、俺と建物を見比べる。建物の看板を見ると、《風見鶏亭(かざみどりてい)》と書いてある、宿屋だった。

 ははーん。さては何も考えずに、俺を自分の定宿まで連れて来たな。途中、どこに行くのだろうとは思っていたが。

 

「あ、ソウさん。ホームはどこに……」

 

「ああ、ホームなら22層に()()()()けど、面倒だし、今日は俺もここに泊まろうかな」

 

 今から転移門広場に戻って、もしさっきの連中が残っていて絡まれでもしたら面倒だし。

 

「そうですか!」

 

「お、おう……」

 

 両手をパンと叩き合わせ、何故かかなり食い気味のシリカ。

 

「ここのチーズケーキがけっこういけるんですよ!!」

 

 顔をずいっと近づけてくる。近い近い。

 言いながらまたも上着の袖を引き、宿屋に入ろうとした、その時。

 

「あら、シリカじゃない」

 

 赤髪の槍使いの女が、声を掛けてきた。

 シリカと同じパーティーで、森で言い争っていた、あの女だ。

 

「……どうも」

 

「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」

 

 嫌味ったらしい言い回しと表情に、明らかに顔を顰めるシリカ。

 

「でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」

 

「要らないって言ったはずです! ――急ぎますから」

 

 早々に会話を切り上げようとするシリカを、しかし赤髪の女は解放する気がないようだ。舐めまわすように、シリカの()()を探す。そして、

 

「あら? あのトカゲ、どうしちゃったの?」

 

 目ざとく、見つけた。

 そこから、蛇が毒を流すように、感じの悪い笑みを更に深め、じっとりと言葉を続ける。

 

「あらら、もしかしてぇ……?」

 

「死にました……。でも!」

 

 気丈にも、シリカは槍使いを睨み返す。

 

「ピナは、絶対に生き返らせます!」

 

 それに面を食らったように、槍使いは僅かに目を見開き、小さく口笛を鳴らす。

 

「へぇ、てことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」

 

「まぁね」

 

 あまり無視されるのも気に食わない。しっかりと目に入るよう、一歩前に出る。

 

「大した難易度でもないしね」

 

 槍使いはあからさまに、俺に値踏みの視線を向けてくる。そして気になる鑑定結果は、嘲笑と共にもたらされた。

 

「あんたもその子にたらしこまれた口? 見たトコそんなに強そうじゃないけど」

 

「そうでもないさ。行こう、シリカ」

 

 そう言いながらシリカの頭に手を乗せ、宿屋へと誘導する。頭に手を乗せたのは、たまたまそこにあったからであって、他意はない。

 が、これ以上、あの女をこの子の綺麗な瞳に写したくもなかった。

 

「ま、せいぜい頑張ってね」

 

 最後の最後までねちっこい声が背中を舐めたが、それを振り払うよう、俺たちは前だけを見て宿屋へと入った。

 《風見鶏亭》の一階ホールは、広いレストランルームになっていた。フロアの端の、二人がけの席の奥にシリカを座らせた後、フロントでチェックインと軽い注文を手早く済ませ席に戻る。チーズケーキの注文も忘れずに、と。

 ようやく一息つけたところで、シリカが口を開きかけたのを手で制する。大方、またさっきのことを謝るつもりだろう。だがそれより、

 

「まずは食事にしよう」

 

 そう言って、シリカの前に飲み物を差し出す。実はこの飲み物、少々細工がしてある。

 

「あ、ありがとうございます」

 

こくこくと、可愛らしく喉を鳴らすシリカの様子を伺う。そして、

 

「……美味しい……」

 

「だろ?」

 

 予想通り、驚いた顔をするシリカ。これには俺も嬉しくなって、得意顔を晒してしまう。

 

「あの、これは……?」

 

「ん? 持ち込み。NPCレストランでは、ボトルの持ち込みもできるんだ」

 

 ここを定宿としてるシリカなら、この宿のおおよそのものは、食べ尽くし飲み尽くしているだろう。だからこその、密かなサプライズだ。

 

「どう? 少しは肩の力が抜けたかな」

 

「あっ。ありがとうございます」

 

 宿屋に入った頃の強ばった顔は、今はもう解れているように感じる。

 

「……なんで……あんな意地悪言うのかな……」

 

 と思ったら、またも落ち込んだ雰囲気になる。余計なこと言ったか。まあ誤魔化せないのなら、なるべく解消できるよう努めよう。

 

「うーん、シリカはこの世界に来て、自分じゃない自分を感じたことはある?」

 

「自分じゃない、自分?」

 

「ああ、ごめん。なんて言うかな……ああ、そうだ。現実世界にいた頃の自分と今の自分、ギャップを感じたことはないか?」

 

「……あります」

 

 どうやら経験があるようだ。というか、あれだけの男に囲まれる経験なんて、それこそアイドルでもないと有り得ないだろう。

 

「それを意図して、つまりは自発的に、自分じゃない自分を演じる人っていうのが、どんなゲームにも一定数いる。所謂ロールプレイってやつだね。正義の味方やら、それこそ悪役も。それを否定するつもりは、俺にはないんだけどさ。個人の自由だし、ゲーム内でハメを外したくなる気持ちも、分からなくはないからね。ただ――」

 

 言葉に力が入ったのが、自分でも分かった。

 

「ただ、普通のゲームならそれで済むんだ。普通のゲームなら。そしてここは、普通じゃない。限りなく、()()()だ。だからこそ、法律やルールに縛られない、人を縛るものがない、押さえつけるものがない、この世界では、その人物の本質が表れる。と、俺は考えてる」

 

 ふぅ、と知らず詰まっていた息を吐き出す。

 シリカを見ると、背筋をピンと伸ばし、ゴクリと生唾を飲んでいる。どうやら俺の緊張が移ってしまったようだ。

 場を和ませるよう、多少無理にでも笑顔を作りながら話をする。

 

「ま、そういう意味じゃあ、シリカは素直ないい子、ってことになるな」

 

「……ふぇ!?」

 

「……ふぇ……?」

 

 狙い通り、場の張り詰めた空気は弛緩したはいいが、シリカが何やら奇声を発し、顔を真っ赤にして両手を伸ばし、ワタワタと体の前で振り始めた。心做しか、目もグルグル回っている錯覚さえ覚える。

 端的に言うと、シリカが壊れた。

 

「そ、そんなことないです!」

 

「そ、そうか」

 

「そうです!!」

 

 依然顔は真っ赤なまま、次は両手をうちわのようにしてパタパタと顔を扇ぎながら、「あれぇ!? チーズケーキ遅いなぁ! すみませーん、デザートまだなんですけどぉ!」などと言いつつ、チラチラとこちらを見てくる、やはり素直なシリカを微笑ましい気持ちで眺めながら、運ばれてくるであろうチーズケーキを楽しみに待つのだった。




ご読了ありがとうございました。

何だかんだ長くなってしまいました。
今回は全話通して、シリアスっぽいシリアスが入らない予定なので、書いていてとても気が楽でした(笑)。読む方も気楽に読んで頂ければ幸いです。
やはりソウ君は、キリト君より気持ち大人な対応を意識して書いてみたのですが、いかがだったでしょうか。
余談ですが、書くにあたり原作を読み返してみて、かの有名なシリカの「チーズケーキのセリフ」がなかったことに驚きました。あれってアニメオンリーだったんですね。ので、最後にちょこっと入れてみました(笑)。

眠たい目を擦りながら書いていたので、誤字脱字あれば宜しければご報告お願いしますm(_ _)m
もちろん、感想もお待ちしております!

ではでは、また次話で。


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