レミリア「私、真のラスボスになるわ。」 (ゼロん)
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レミリアと咲夜、屋上のテラスにて。

ラスボス。

それは主人公の前に立ちふさがる最後の壁。

何かの首謀者、攻略難易度が最も高いキャラ、「作中最強の存在」・「威厳・威圧感があり、目に見えて強い奴」を形容することもある。

ちょっとした息抜きに。どうぞ。








「咲夜、時を戻せ」

「ムリです」

 

『またいつもの無茶振りだ』と赤き洋館“紅魔館”の主人レミリア・スカーレットの直属メイド、十六夜 咲夜(いざよい さくや)は苦笑する。

 

「ど、どうしてだ。貴方の能力は『時間を操る程度』なのでしょう? なら時を戻すこともわけはないはずでは」

 

「いいえ。私自身、この能力と付き合って十数年。これまで一度も時を戻せたことはありませんし、一生できないと確信しています」

 

 ――まぁ、お嬢様のことだ。きっと普段通りのちょっとした好奇心、またはワガママだろう。

 

 そして咲夜は悪戯心で入れた “お嬢様弄りの日替わりティー”を金の装飾が施された白色のカップに入れる。茶葉のいい香りが紅魔館屋上のテラスに漂う。

 

「というわけなのです、お嬢様。さぁ、冷えないうちにどうぞ」

「……な――で――よ」

「え?」

「何で咲夜も断るのよぉ!!」

 

 どうして怒ったのか、レミリアは苛立ちのあまり両手をテーブルに叩きつけ、ティーセットをひっくり返してしまう。

 

「――!」

 

 瞬間的に時を止め、零れる直前のお茶と地面に落ちる直前のティーセットを元の位置に戻す。咲夜が元の姿勢に戻った直後、時は再び動きだす。

 

「どうしたんですか? 急に駄々なんかこねて。……いやいつも通りでしたね」

 

 最後の方に言った言葉を小さく呟く咲夜だったが、吸血鬼であるレミリアの聴覚は聞き漏らさなかった。

 

「……聞こえてるぞ咲夜。だって! パチェに頼んでも『無理』の一点張りなのよ!? しまいには『レミィ、私は例の「青だぬきロボ」じゃないのよ。タイムマシンみたいな都合のいい魔法道具なんてないに決まっているじゃない』って」

 

 レミリアは気だるげなパチュリーの声マネをしつつ咲夜に愚痴る。

 その間に咲夜は『う~ん』と腕を組んで何かを考えこんでいる。するとピンと来たのかくんでいた腕を解き、主であるレミリアの方を向き直る。

 

「青だぬきロボ……あぁ、たぶんパチュリー様がたまに気分転換に読んでいる漫画のキャラクターですね。確かあれは青い猫型ロボ――」

 

「そんなのどうだっていいのよ! 問題は私の目的のための手段が一つ減ったということ」

 

 レミリアは『くそぅ』と悔しそうにテーブルに突っ伏す。こうなったらしばらくは顔を起こそうとしない。

 咲夜は早くお茶を飲んでほしいな、と思いつつ主人の悩みを理解しようとレミリアに問いかける。

 

「お嬢様がそこまで悩むのなら、よほど深刻な問題なのですね」

「……。そうよ、とても……とっても、深刻な問題よ。咲夜」

 

 レミリアは突っ伏していた顔を上げ、落ち着いた素ぶりを見せる。

 

 ――聞いてほしいって雰囲気が丸わかりなんですよね、お嬢様は。まぁ、そこが可愛いのですが。

 

 咲夜は心の中で穏やかな笑みを浮かべつつ、レミリアの前では真剣な表情をする。

 

「今の私にはラスボス力が足りないわ」

 

「……。え?」

 

 ラスボス力。突然言われた主人の言葉の意味が理解できず呆然としてしまう咲夜。

 

「かつて私達がこの幻想郷を支配しようと霧の異変を起こしたわよね」

「あっはい、霊夢たちと初めて遭遇した時のことですね」

 

 レミリアは遠い昔を思い出すかのように、星が散りばめられた空に浮かぶ満月を見る。

 

 ――あの時の月は(あか)かった。

 

「あの頃の私はまさに黄金期、いえ絶頂期だった。魑魅魍魎、人外に等しい強者たちが集うこの屋敷の主にして異変の主犯。誰からも恐れられる、まさにラスボスだったわ」

 

「そうですね。その時の私も、霊夢たちの前に最後に立ちふさがるお嬢様の側近みたいでちょっと興奮しました。最終防衛ラインという感じで」

 

「今も側近でしょうに」

 

 安らかな笑みを浮かべる咲夜に『何を言っているんだか』とレミリアは苦笑する。がすぐにレミリアの顔に影が浮かぶ。

 

「けど、問題は伊吹萃香(いぶきすいか)とかいう鬼が異変を起こした時よ。その時から私の運命の歯車が狂っていったのよ」

 

「あぁ、レミリア様が敵の攻撃から身を守ろうと体育座りに――」

「言うなぁぁぁぁぁぁァァッッ‼」

 

 レミリアがガードをする際の体育座りに似た姿を写真で撮られ、「文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)」で『恐怖の吸血鬼、世界一可愛い体育座り』というタイトルで幻想郷中にばらまかれてしまったのだ。

 

 以降、レミリアは周りの妖怪から舐められる始末。

 

「咲夜、私の……その、恥部のことはすぐに忘れなさい。もう二度と口から出さないように」

 

「その時の新聞も保管してありますよ。見ます?」

「すぐに廃棄してくれる⁉」

 

『可愛かったですね。あれ』と咲夜が両頬に手を当てている最中、レミリアはテーブルに延々と頭をガンガンとハンマーのように打ち付けていた。

 

 ずっとやっていては文字通り『恥ずか死』してしまうだろう。まぁ、吸血鬼だし死なないが。

 

「広まった後はドミノ倒しみたく私の威厳が失墜したわ! 思いつきで月に行ったら月人にあっさりやられて咬ませ犬! しまいには『コレ』ときたわ‼」

 

 レミリアは再び顔をテーブルに伏せ、悔しさのあまりテーブルに握りこぶしを数度叩きつける。テーブルはあらかじめ咲夜の手回しで強化済みなのでそう簡単には割れない。

 

 レミリアはむせび泣いた後、発行主である鴉天狗、射命丸文(しゃめいまる あや)に今朝バラまかれた「文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)」を床に投げ捨てる。

 

 咲夜は床に投げ捨てられた新聞を拾い、見出しの記事を読む。

 

 ――あの天狗のことだから、どうせロクな記事を書かないだろうなぁ。書いてあること八割が嘘の新聞だし。

 

「どれどれ……。あっ、これ妹様にゲームで負けた時にやった罰ゲームの写真ですね」

「うぐぅ!」

 

 見出しの記事には両手を胸元で猫のように丸め、『うー!』と鳴くレミリアの姿が。

 

「『紅きカリスマ、地に落ちる。おぜうさま、別方向で男のハートを鷲掴み』……ですか。あの門番、何をやっているのよ。あの鴉に思いっきり盗み撮りされてるじゃない」

 

「……咲夜、私はもうダメよ。今の私にはあの輝かしいカリスマ……いえ、あの頃のラスボスロードに返り咲ける運命が見えないわ」

 

 レミリアはふらふらと席から立ち、涙目で咲夜のメイド服の袖をつかむ。

 

「だってこんな私、カリスマじゃないもの! かりちゅまよ! かりちゅま‼」

「お、お嬢様、気をお確かに」

「だから私は何としてでも戻りたいのよ、あの頃に。ラスボスとして輝いていたあの頃に‼」

 

 咲夜はなんとか荒ぶるレミリアを鎮める方法がないか、あらゆる手を模索し一つの結論を出す。

 

「お嬢様。周りの言うことなど、お気になさらずに」

「咲夜……?」

 

 咲夜はレミリアの手を握り、身をかがめて目線をレミリアに合わせる。

 

「私は、今のお嬢様もいいと思いますから」

 

 咲夜はハッキリと自分の想いを言葉で伝えるも、レミリアには歪んで伝わってしまったのか氷のようにその場で固まってしまう。

 

 ――今の……ま、ま? 『うー』で? 大衆に舐められきったまま?

 

 レミリアの脳内にかつての絶頂期と『カリスマ地に落ちる』と書かれた新聞が頭に浮かぶ。すると、レミリアは首を横に振り咲夜の手を振り払う。

 

「ダメだ‼ 今のままの私ではダメなんだ!!」

「お嬢様……?」

 

「私はレミリア・スカーレット! 誇り高き紅き悪魔(スカーレットデビル)にして、敬服されるべき存在なのよ! くっ、こうしてはいられない!」

 

 レミリアは急いでテラスの出口の方へ走っていく。

 

「お、お嬢様! どこへ!?」

「私は‼ 真のラスボス(カリスマ)になるのよぉぉぉぉっ!!」

 

『「うー」をやめるぞぉ、咲夜ぁぁぁ!!』と叫びながら紅魔館の中へレミリアが戻っていく。こうした奇行がまた威厳を失墜させていくことに彼女が気づくのはいつになることだろう。

 

「……今の素直なお嬢様も愛らしくて素敵だと思うのですが。まぁ、お嬢様がそう望むのでしたら」

 

 咲夜は冷めてしまったティーセットをテーブルから下げ、後ろにナイフを投げる。時を止め背後にいた者の正体とナイフの本数を調整する。

 

「咲夜は全力をもって支援いたします」

「ひぃぃいッッ!? 暴力反対!」

 

 咲夜の背後にカメラを持った射命丸がナイフで(はりつけ)になっている。翼と服を完全に壁に固定されている。

 

「バカガラス。一生紅魔館への立ち入り禁止か、一生記事が書けない体になるか。どちらか好きな方を選びなさい」

 

 咲夜は殺気を込めた目で射命丸を睨みつけ、彼女の腕に片手に持ったナイフを当てる。ナイフを当てた先から射命丸の血がナイフと咲夜の腕を伝う。

 

「片手がない生活は不便よ? ご要望なら両腕も落としてあげるけど」

「こ、これからは、この射命丸文。紅魔館の沽券にかかわる記事は書かないことを誓いますぅ……」

 

 そう射命丸は涙目で答えたという。

 

 

 




続く……?

ちなみに新聞で載せられていたレミリアポーズ。

カリスマガード(できてない)


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パチュリー・ノーレッジと大図書館にて

祝! シリーズ化決定!

1話のおまけ。

「はっ、もしかしてお嬢様が動揺していたのはただの演技で、うまく私の珍品入りのお茶を回避したというの……? さすがお嬢様」

勘違い。ちなみに今回はトリカブト(有名な毒草)入り。レミリアに毒は効かないとわかっているからこそできる悪戯である。

「人間の血よりも刺激的かな、と」



 大図書館。紅魔館の中にある無数の本を保管する空間であり、ここにある無数の本の管理と通読が日課である魔法使いパチュリーの居住区と化している。

 数千とあるだろう棚に囲まれた中心には、巨大な地球儀と大きな机が置かれており、そこがパチュリーの活動拠点だ。

 

「パチェえもん、カリスマ性を上げる道具を出して!」

「しょうがないなぁ、レミ太くん。そんな君には、ばんそうこうー! ……これで頭の欠損でも直しなさい」

「ひどいわね」

「あなたの頭の方がね」

 

 特徴的なダミ声を途中で普段の気だるげな口調に戻し、レミリアの親友、パチュリー・ノーレッジは再びレミリアを追い返そうとする。

 

「タイムマシンを出せだの、カリスマを取り戻せだの、よくわからない注文をこの図書館に持ち込まないでくれる? 今ちょうどいい所なの」

 

 そう言ってパチュリーは読み進めていた本に再び視線を戻す。『……この魔法陣は。そういうことね』と独り言をブツブツとつぶやいている。どうやら新しい魔術書の解読に熱心のようだ。

 

「……小悪魔。優秀な指導者についての本ってあるかしら」

「え? あ、ハイ! その本なら確かGの棚の方にあったはず……」

 

 レミリアは真剣な口調と表情で大図書館の司書、小悪魔に適当な本の場所を尋ねる。小悪魔はその特徴的な羽と赤い長髪を揺らし、Gの棚の方へレミリアを案内しようとする。

 

「こあ、待ちなさい。……レミィ」

 

 パチュリーは読んでいた本を閉じ、レミリアを呼び止める。

 レミリアはゆっくりとパチュリーの方を振り返る。

 

「なに? 私も今お取込み中なの」

「……。本気みたいね」

「じゃなきゃ今頃、咲夜と屋上でゆっくりティータイムよ」

「はぁ……」

 

 パチュリーはダルそうにため息をつき、レミリアの方へノソノソと歩く。

 彼女が歩く姿を見て、レミリアは一驚し口元に手を当てる。

 

「パチェが、パチェが立った……。明日は隕石でも降ってくるのかしら?」

「レミィは私をなんだと思ってるの? 私も『動かない大図書館』と呼ばれてはいるけれど、私だって動くのよ?」

 

「ちなみに動ける範囲は?」

「本気を出せばこの図書館の出口までは」

「全然だめじゃない」

 

 レミリアはやれやれと呆れたそぶりを見せ、パチュリーは頬を膨らませる。

 

「ふん……どうせ今朝の新聞記事のせいなんでしょ? でなきゃあなたがそんなに焦るはずがないわ」

 

「そうなのよ。私としても、『あんたのカリスマは地に落ちた』とか書かれたら気にせずにはいられないのよ」

 

「カリスマ、ねぇ……」

 

 パチュリーはレミリアの全身を品定めするように見つめる。

 レミリアはこの身体から湧き出る魅力に気づかぬか、と自分の青みがかった銀髪を撫でる。ふわりと柑橘系の良い匂いが図書館内に漂う。

 

「まぁ、レミィからカリスマを感じるかはまた別として」

「おい。せめて何かあるだろう。香水、結構こだわって選んだんだぞ?」

 

 何でもいいから何かコメントが欲しかったようだ。話題を先に進めようとするパチュリーにレミリアは口元をヒクつかせる。

 

「どうしてレミィはそんなにカリスマ性にこだわるのよ。ラスボスだった頃の過去の栄光にでも浸りたいの?」

「そうよ」

 

 清々しいくらいに断言され、パチュリーもだじろぐ。何がレミリアをここまで動かしているのだろう。

 

「私は愛されるより恐れられたいのよ。敬服され、一目置かれた存在でありたいの」

「人の中には愛された方が幸せって言う人もいるらしいけど」

 

「パチェ。愛って言うのは薬でもあり毒よ。人を強くもするし弱らせることもできる。それでも私は信頼の力は信じるけどね。まぁとにかく、私は身内以外になめられるのは嫌なのよ」

 

「……そう」

 

 

 ――レミィ。カリスマには二つあるの。あなたが求めるのは一つ目の意味、力と強さの魅力。そしてもう一つは……人格の魅力なのよ。

 

 パチュリーは『そのもう一つはすでに持っていることに今のレミィでは気づけない』と悟り、話題を切り替える。全く関係ないように見えて、実は大きく関係する話題に。

 

「レミィ、今日の妹様は大丈夫なの?」

「あぁ、フランね。あいつ、今日は発作が出てなきゃいいけど……」

 

 レミリアは少し考えた後、図書館の出口に足を運ぶ。

 

「パチェ、ちょっとフランの様子を見に行ってくるわ。お邪魔したわね」

「本当。けどおかげで退屈はしないわ」

「じゃあね、パチェ。また後で」

「夕食の時間の時ね。またね、レミィ」

 

 レミリアは図書館を後にし、パチュリーは再び机に戻り先ほど読みかけていた本を手に取る。

 

「『愛されるより恐れられよ』。確か君主論の言葉だったわね」

 

『君主論』、簡単に言えば指導者になるにはどうしたらよいのかについてぶっちゃけた論を述べた本である。その論の多くが『人間は生来「悪」である』という性悪説に基づいている。

 

 ――けど、数千もの歴史書を読んだ私からすればこうとも言えるわ。『どんなカリスマ性のある暴君も指導者も心の底では誰かに愛されることを望んでいる』。

 

「あなたは恐れられるより愛されてほしいわ。レミィ……そしてフラン。あなたも」

 

 そう言ってパチュリーは、どさくさに紛れて本を盗もうとする魔理沙の捕獲を小悪魔に命じるのだった。いつものように。

 

 




2話のおまけ。

「おっ、なんかパチュリーもレミリアも話し込んでる! チャーンス! 今のうちに数冊魔術書をゲットだぜ!」

ちなみにレミリアにもバレていたので、魔理沙は最終的に咲夜に捕まったという。




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フランドールと地下室にて

「フ、フランドール様。お、お食事ですよ~」

 

 紅魔館地下室。レミリアの妹、フランドール・スカーレットが支配する闇の世界である。フランが作る世界と外の世界を繋ぐ唯一の扉を一人の妖精メイドがノックする。

 

「……入らなきゃいけないのかな」

 

 妖精メイドは心底嫌そうにドアを開き、部屋の中へ。しかしそこにフランドールの姿はなかった。

 不審に思った妖精メイドは恐る恐るベッドの方へ近づいていく。部屋の中は真っ暗で少し視界が悪い。

 

 ――ライトもあるのに何で点けないんだろう?

 

 ベッドの横にある大きな机に食事を置き、ベッドの辺りを確認するも、やはりフランドールの姿はない。

 

「い、いない……。どうしよう、咲夜さんに叱られ――」

「いつもご苦労様」

「ひゅぅっ!?」

 

 後ろから突然声をかけられ、飛び跳ねる妖精メイド。バッと振り返るとメイドの後ろにはフランドールがクスクスと笑っていた。

 闇の中でも爛々と光る赤い目はまっすぐメイドの方を向いている。

 

「お、脅かさないでくださいよ……。電気は点けないんですか? いつもは明るくしているのに……」

「今日は暗い方が落ち着くの」

 

 いつもと雰囲気が違う不気味な笑みを浮かべるフランに妖精メイドは戦慄する。

 

 ――まずい。まさか今日は月に一度のフラン様の“発作”の日……!!

 

「フ、フランドール様、私はこれで失礼しますね?」

「あなた、お名前は?」

「え、あ、あの、これで」

「お・な・ま・え・は?」

 

 全身に怖気が走るようなねっとりとした声。妖精メイドは肩の震えをこらえ、ごくりと息を呑む。

 

「し、シータ、です」

「シータさんね。ねぇ、シータさん」

「はい……な、なにか?」

「少し遊んでいこうよ」

 

 その瞬間、妖精メイドの頭の中で警戒信号が鳴り響く。

 

 普段のフランドールは絶対に自分から『遊んでほしい』など口にはしない。シータのような妖精メイドなど特にだ。

 

「フランドール様、私にはまだ別の仕事が……それに咲夜さんに怒られてしまいますし」

「咲夜には私から言っておいてあげるから。さぁ来て?」

「ひぃっ!?」

 

 吸血鬼の力に妖精メイドでは決して対抗などできない。妖精メイドは手を凄まじい力で掴まれ、為すすべもなくフランに部屋の奥にズルズルと引きずりこまれてしまう。

 

 ――誰か! だれか助けて! 今のフラン様は正気じゃない!!

 

「……なんの遊びにしよっか。人形ごっこには人形が足りないわ。ダーツ用のナイフはダメになっちゃったし。……そうだ!!」

 

 妖精メイドは求人広告と好待遇にのせられてこの仕事に就いたことを心の底から後悔した。命の危機にさらされているばかりか――

 

「鬼ごっこにしよっか! 鬼ごっこなら何も道具はいらないものね!」

 

 これから殺される相手の狂気の笑みを直視しなければならないのだから。

 

「ふ、フラン様。ご、後生です。どうか命だけは助けて……!!」

「じゃあ、私が鬼ね! シータさんは逃げる人、いい?」 

 

 ――ダメだ。もう会話が成り立っていない。

 

 フランはその赤い目を細め、興奮気味に嗤う。

 

「じゃあ、10カウント始めるよ~。い~ち」

「う、うぅ……わああぁん!!」

 

 妖精メイドは途中で転ぶも、必死に扉の方に走る。妖精メイドがようやくドアのノブに手を伸ばした瞬間。

 

「に~い」

「え、か、体が……! うごか――」

 

 妖精メイドが唯一動かせる首を後ろに向けると、彼女が見たのは……にぃっと笑みを浮かべ右手を前に出したフランだった。

 

 まるで何かを握っているかのようにフランは手のひらを広げている。

 

「や、やめて! フランドール様!!」

「あは、あはははっ! さ~ん! (し~ぃ)~……!」

 

 妖精メイドは首をブンブンと横に振り、必死にフランに命乞いをするが彼女に聞くそぶりは見えない。

 

「キュッとして」

「ま、待って!! まだカウントが残って――!!」

「どかーん」

 

 炸裂音と共に妖精メイドの身体が内側から吹き飛ぶ。

 血も肉片も一切飛び散ることなく、妖精メイドの命は花火のように一瞬で跡形もなく消えていった。

 

「アハハハハッ! キレ~花火みたぃ! いや、見たこともなかったっけ。けど弾幕も花火みたいなものだったっけ、アハハハハッッ!!」

 

 ケタケタと闇の世界の中心でフランは笑う。ケタケタケタと。笑いたい気分が収まるまでずっとずっと。

 

「見てた? シータさん、貴方すごく綺麗に壊れたのよ? ……あぁ、すぐには復活しないのね。もしくは復活する場所が違うのかな? ま、どっちでもいいか。綺麗だったよシータさん。復活したらまた見せてあげるね! アハハ!」

 

「相変わらずひどいわね」

 

 フランは笑うのをピタリと止め、声の主の方に振り返る。

 そこに立っていたのは紛れもない自分の姉、レミリア・スカーレットだった。悲しそうに先ほどまで妖精メイドがいた場所とフランを見つめている。

 

「……あぁ。来てたんだ、お姉様」

「灯り、点けるわよ」

 

 レミリアはパチュリーが開発した魔法灯の起動スイッチに手をかざし、『こんな暗い部屋にずっといたら心も暗くなるわ』と灯りを点ける。

 

 視界が開け、フランの部屋の様子が明らかになる。赤い壁紙に大きなベッド。至って普通の部屋だ。

 折れたナイフとただの綿くずと化したぬいぐるみが辺りに四散していなければ。

 

「せっかく編んだのにもったいないわ。あとでまた新しいのを作らなきゃ」

 

「ねぇ、お姉様? 今日は何をしに来たの? もしかして、私と遊びに来てくれたの?」

 

 レミリアは興奮しているフランに臆することなく近づき、あと一歩の距離まで詰める。

 

「フラン」

 

「じゃあどうしようかなぁ。そうだ、さっきシータさんと鬼ごっこをしたのよ! 一緒にやらない?」

 

「フラン」

 

「だよね、同じ遊びじゃ飽きちゃうよね。じゃあ弾幕ごっこにする? スペルカードは持って――」

 

 レミリアは無言でフランの背に手を伸ばし、ゆっくりと抱きしめる。繊細ですぐに壊れてしまう物を丁寧に扱うかのように、優しくフランの金色の髪に触れる。

 

「……フラン、落ち着いて?」

 

 フランは矢継ぎ早に出てくる言葉を動きと共に止める。そして数度まばたきをして細まった眼を元に戻す。

 

「……さわらないでよ」

 

 フランはレミリアの抱擁を振りほどき、ドンと強くレミリアを押し倒す。

 よろけたレミリアは小さく悲鳴をあげた後、ゆっくりと起き上がる。

 

「ふぅ……、落ち着いたみたいね」

 

「何か用? 用がないなら帰ってほしいんだけど。今日はすこぶる気分が悪いの」

 

「そう、ならせめて掃除だけはさせてくれる? 折れた銀ナイフは刺さると痛いから」

 

「……勝手にすれば?」

 

 ――これがいつものフランだ。先ほどまでのフランは長年閉じこもっていた反動で出てきてしまったフランの“狂気“。

 月一回に衝動的になってしまうこれを、私達は“発作“と呼んでいる。この状態の時は絶対に霊夢たちにも会わせられない。

 

 レミリアは落ちているナイフの破片と熊のぬいぐるみだったものを回収し、念のために持ってきた袋の中へ突っ込んでいく。

 

 フランは掃除をするレミリアなど気にせず、大図書館から借りてきた魔法書を読み始める。

 

「……最近、パチェから本を借りているって聞いてたけど、何の本を読んでいるの?」

 

「あんたには関係ないでしょ」

 

 フランは先ほどまでの態度を一変させ、笑みを浮かべるレミリアを冷たく突き放す。

 

 ――最近はいつもこんな調子だ。遅めの反抗期……なのだろうか? ちょっと前までは『お姉様、お姉様』とくっついて離れなかったのに。

 私としてはそんな妹の独り立ちが少し嬉しくもあり、寂しくもある。

 

 レミリアはフランが読んでいる本の表紙を吸血鬼脅威の視力で凝視する。

 

「なるほど、『治癒魔法の入門書~中級者編~』。さすが我が妹、努力家だわ」

「見るな!」

 

 フランは本を閉じ手で隠す。キッと本の内容を覗き見たレミリアをにらみつける。

 

「ごめんね、どうしても気になっちゃって」

「片づけ、もう終わったんでしょ!? 早く帰ってよ」

 

 本をレミリアから見えないようにフランはぷいっと背を向け、読書に没頭する。

 

「あのメイド、シータには後で私から謝りに行くわ」

「……いい。私が直接行くから。あんたは何もしなくていい」

「こら、姉に向かって『あんた』とか言わないの」

 

 レミリアはそう言いつつも苦笑して穏やかに話題を終わらそうとする。

 

 ――本当、すごくいい子ね。さすが『夜の王』である私の妹。自らの非は自ら責任をとる、上に立つ者に必要な素質を持っているわ。

 

 フランは本にしおりを挟み、レミリアの方をにらむ。

 

「今、すごく痛いこと考えてたでしょ」

「ギクッ。と、とくに何もカンガエテナイワヨ……?」

「あん……お姉様はわかりやす過ぎだよ」

 

 ――なんだかんだ言って注意は聞くんだ。素直な妹だなぁ。

 

「ふふっ、やっぱり可愛い」

 

「う、うっさい!! 早く帰ってよ『うー』!! かりちゅま! カリスマブレイク!」

 

「ぐはっ! く、くそ……妹にまで言われるとは……! 私のラスボス力もだいぶ落ちたものね」

 

 思わぬ方向から奇襲を受け、メンタルを破壊されたレミリアは、無い胸を押さえながらずるずると扉の方へ歩いていく。

 

 レミリアは扉に手をかける直前にフランに向かって振り返る。

 

「そうだ、フラン。今日の夕食はあなたの好物のハンバーグよ。今回は私も咲夜の手伝いをするから、楽しみにしててね」

 

「……行かないってわかってるくせに」

 

「あはは……まぁ、作り立ては無理でも、作ったハンバーグは必ず持ってくるからさ。来てくれるのが一番うれしいけど……」

 

「好きにすれば。私は適当なものでいいし」

 

 レミリアの視線から外れるようにフランは顔を下に向ける。しかし、うなだれる彼女の顔はどこか物憂げだった。

 

 ――きっと……フランも私たちに迷惑をかけているって自覚があるのね。けど……私はもっとあなたに迷惑をかけているのかも。

 

「フラン」

「今度は何?」

「最近、お友達から私はなんて言われてる?」

 

「『今日のおぜうさま見た? また威厳ががくっと下がったよな』『フランの姉ちゃんって、最近カッコイイってよりもなんか可愛くなったよな』……こんな感じ」

 

「クソッ……あの妖精ども……! なめた態度叩けないようにしてやろうかしら……」

 

 霧の湖の妖精たちの顔を思い浮かべ、レミリアは拳を握る。

 

「……本当にすごい人は周りの言うことなんて気にしないものだと思うけど」

 

「うっ! た、確かにその通りね。がまん、がまんよ私」

「はぁ……だからお姉様はバカにされるんだよ」

「本当ね。情けない」

 

 レミリアはパンと両頬を叩き『よし』と気合をいれる。

 

「フラン、待っててね。私、絶対周りに畏敬されるような(ラスボス)になってみせるから」

 

「いいよ、無理しなくて……約束を守ってくれたことなんて昔から一度もないくせに」

 

「嘘じゃないわ。絶対にあなたが恥ずかしがらずに済むような立派な吸血鬼になるからね!」

 

 ゴミ袋を持ったレミリアは意気込んでフランの部屋から出ていく。その様子をフランは不満そうに見つめていた。

 

 フランは力強くベッドのシーツを掴み、歯を噛み締める。

 

「……私はカリスマなお姉様なんて、いらない」

 

 小さくつぶやいた彼女の言葉は誰にも届かないまま、虚ろへと消えていった。

 

 

 



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