バブールレーン (ペニーボイス)
しおりを挟む

第1篇 『母親達の日常記』
プロローグ THAT 〜"あれ"が見えたら終わり〜


アズールレーンの艦娘達とこんな事がしたい!あんな事がしたい!という歪んだ欲望を書き起こしたい衝動に駆られついカッとなってやってしまう今は反省している。

のっけから開幕RPGです!


ある男の執務室の扉の脇で、その女はまるで守衛のように立っていた。

 

まさに容姿端麗、例えるなら…あー、ベタな例えだが、ミロのヴィーナスみたいな美しさすら感じられる。

 

ただ、その双丘はあの彫刻よりも破壊力があり、彼女の性格とも相まって時折執務の障害とも成り得てしまうことだろう。

マラソンを走っている時に、ドリンクバーを見るようなもの。あるいは断食をしている目の前で、ロブスターとキャビアを食べられるようなもの。

 

 

彼女の名は『セントルイス』。

執務室の使用者よりも高身長な彼女は、その男がやってくるなり笑顔を向ける。

 

「指揮官君、おはよう♪」

 

男の容姿は彼女とは正反対と言っても良かった。

低身長で、小肥りしていて、趣味の悪い装飾が目立つ。

もっともこの場合の趣味の悪さとは1980年代のパンクロック的な意味ではなく、遥か昔に取り残されたような、まるでテューダー朝時代のような装飾のことだが。

 

「ああ、おはよう」

 

男の返事に愛想はない。

もう若者とは言えない年齢で、この時間帯に起きている事すら苦痛でしかない。

 

彼は70年前にオーストリア人のある有名な人物がよくやったように、右手を肩の上まで挙げて挨拶を返すと、部屋の前へ立つ。

彼の自宅からここまで付き添って来たメイド服姿の女性が、完璧に丁寧な動作で扉を開けた。

 

部屋の中には2名の先客がいた。

 

1人は白い軍服を身に纏い、銀に輝く頭髪の下にゴールドコーストの海のように蒼い目を覗かせている。書類と簿冊を両手に持ち、今まさに到着した男のために運んで来たところだった。

 

もう1人は灰色の髪に暗褐色の目をした女性で、右手にティーポット、左にマカロンの載った皿を持っていた。朝のカフェインと砂糖は何より不可欠だからだ。

 

2人は男が入室するなり、持っている物を置いて、履いている軍靴でまるで鞭でも打っているのかと思うような音を立てながら気をつけをして敬礼した。

 

廊下にいたセントルイスに勝るとも劣らない容姿のレディーが怒号のような声で挨拶の言葉を張り上げる前に、男は先程と同じ動作を行う。

 

彼はこの動作を『敬礼省略』の意味として使っていた。

この動作はあのオーストリア人が最初に考えついたのではなく、あるイタリア人を真似たものだと言うことを彼女達は知っているだろうかと考えながら、彼は普段執務を行う机の、その目の前に向かい合って配置してある2つのソファーにレディー達を促す。

 

今では、4人の貴婦人が彼の執務室にいた。

 

普段から任務だけではなく、彼の身の回りのこともやってくれるし、手助けもしてくれる信頼の置ける女性達だ。

 

 

廊下で指揮官を待ち受けていたセントルイスに加え、書類と簿冊を持ってきてくれたのは『ティルピッツ 』、マカロンは『ダンケルク』、そしてメイド服は『ベルファスト』。

 

何か大事な物事が伝えられるのは間違いないと、彼女達全員が思っていた。

 

彼女達はそれぞれが重要な役割を与えられていて、大抵の場合、大きな作戦の前には集められる。

今回もそのような関係の云々が伝えられる事だろう。

 

肝心のその男は、ダンケルクの紅茶を一口飲んでいた。

ティーカップを一先ず机に置いて、視線を感じたその先を見ると、暗褐色の目がこちらに問いかけている。

 

(お味はいかがでしょう?)

 

(今日もばっちし!)

 

視線で受けた質問を視線で返すと、男はふぅーっと一呼吸置いて、ようやく口を開いた。

 

 

 

 

それは、疲れた男の声だった。

驚くほど低音で、オクタヴィストかと思えるような、低い低い響く声色。

寝起きからようやく目覚めて、カフェインによって冴えた頭が、ようやく今日、この日、この時、彼女達に伝えなければならないと思っていた一言を絞り出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ばー、ぶぅ」

 

 

 

 

 

彼女達はまるでスクランブルを受けたパイロットのように素早く行動を起こす。

 

セントルイスがガラガラを、ティルピッツが哺乳瓶を、ダンケルクが紙でできた下着を、そしてベルファストが乳酸菌飲料をどこからともなく取り出した。

 

1941年のバルバロッサ作戦再来かと思えるほどのスピード感で、まずティルピッツが体重72kgの男を抱え込み、ベルファストが乳酸菌飲料をティルピッツの持つ哺乳瓶に入れ、セントルイスがガラガラを鳴らして、ダンケルクが配置につく!

 

 

そして一斉に"それ"が始まった!

 

 

「は〜い、よちよち!良い子でちゅねえ!」

 

「ご飯でちゅよ〜、お口を開けてくだちゃーい」

 

「お歌が良いでちゅかぁ?それともおもちゃが良いでちゅかぁ?」

 

「パン●ースしましょうねえ〜」

 

 

 

執務室の扉は閉じられていたハズだが、少しばかり開いていた事には誰も気がつかなかった。

 

その隙間から1人の女の子が覗き、オクタヴィストのように響く「だぁだぁ!キャッキャッ!」という声を聞きながら、ため息をついていた事にも、勿論誰も気づいていない。

 

少女は自身の指揮官たる男の様子を見て、自らの認識が正しかったことを確信した。

 

 

 

 

「はあぁ〜、やっぱダメだにゃ、あの指揮官」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅰ章 赤ちゃん・ダモン 〜数奇な転生〜
バック・トゥ・ザ・アズールレーン


前回三人称だったのに、いきなり一人称で書くことにしました。
許してください何でもしますから(何でもするとは言ってない)


正直な話をしよう。

私は元々、今この文章を読んでくださっている貴方と同じ"そちら側"の住人だった。

 

それはそれはもう、輝かしい毎日を送っていたさ。

言うなれば、最下層から2番目くらいに輝いた生活(つまり全く輝いてない)だ。

 

 

仕事はすこぶる順調(に溜まっていた)!

上司からの評価は最高(に悪かった)!!

そして意識高い系の雑誌記事になりそうな交友関係(は築けなかった)!!!

 

そんな私にも時として(この場合の"時として"は"常に"を指す)、娯楽を必要とするわけで、私はある物に熱中していた。

 

 

 

『アズールレーン』

 

 

 

言うなれば、第二次大戦中の艦艇を美少女化したキャラクターを育成してキャッキャうふふするゲーム!

 

ゲーム自体も面白かったが、キャラクターが大好きだった。

特にお気に召したのはティルピッツ、ダンケルク、セントルイス、そしてベルファスト!

彼女達にあやしてもらいたいと何度考えた事か!

 

 

しかし、所詮は画面の中。

現実に健全な資本主義社会の一員である以上は働いて稼がねばならぬ。

 

そういうわけで、私はその日も朝起きて、髭を剃り、顔を洗い、朝食を食べて、ログインボーナスを受け取ってから車に乗った。

 

クッッッソど田舎に住んでいる私は、自らの働く職場までの長い山道を、まだ子ブッシュが大統領をやっていた時代に作られた古い軽自動車で通勤しなければならなかったのだ。

 

当然、山道ゆえにトンネルが腐るほどある。

 

その日も、その腐るほどあるトンネルをいつも通り通ったはずだった。

 

 

 

 

 

何もなかった。

 

 

 

あまりにテンプレート的な交通事故も、突然の心臓発作も。

天寿をまっとうするにもあと60年はかかりそうだし、身体の中に居るであろう病原体は私を苦しめるまでには増殖していない。

 

だが、それは起こった。

 

 

 

 

 

 

トンネルを抜けると、そこは鎮守府だった。

 

 

 

 

たしかに聞こえは良いかもしれないよ?

 

あら指揮官様ご機嫌よう新しい水着を新調いたしましたのどうでしょう似合ってますかあら本当嬉しいですわキャッキャウフフ的なサムシングを想像した方もいるかもしれないが、実際その立場にいれば大混乱を起こす事だろう。

 

事実、私はそうだったのだ。

 

 

とりあえず車を止めて、まず思ったのは「どこだここ?」

 

次に「道間違えたかな?」

 

そして「会社に遅れる、電話しないと」

 

最後に「通じねえッ、ファッ●!!」

 

 

周りを見れば港だし!

どうやったら山ん中のトンネルからいきなり海に出んのよ!

知らない内に行政が勝手に新しい道路作っちゃいましたえへへ的な何か?工事現場すら見てねえぞ!

 

そもそもバックミラーを見ればトンネルは消えてるし!

一体どっから来たんだ私はッ!!

バック・トゥ・ザ・フュー●ャーみたくなってんだろうがっ!!!

 

つーかさっきバックミラーを見て気づいたけど老けてね?

確か20代前半だったはずなのに30過ぎくらいまで老けてねえか?

車も子ブッシュ時代の軽から、おそらく父ブッシュ時代よりも古い型に変わってるし!

 

あ、体型は変わってなかった。

昔から低身長で小肥りしてたもん。

 

 

 

「おい、ここで何をしている?」

 

突如として咎めるような声がサイドウィンドウを通して聞こえる。

 

いや、何してるって見りゃわかんだろ道に迷ってんだよ今まで何度も何度もやってきた通勤を見事にしくじって一人嘆いてんだようるせえな!

 

そう思いながら声のした方を向き、私は凍りついた。

 

真っ白な軍服に抜群のスタイルを包み、少し短めの銀髪を風になびかせて、明るい蒼の瞳でこちらを見ている。

 

 

 

ティルピッツやん。

 

「あら、指揮官じゃない。どうしたの?」

 

 

ようやく事情が読めてきた。

いかん、これはいかんぞ。

上司から、つぎの寝坊はないぞとあれだけ言われてりゃクビもあり得る。

良い夢には違いないんだけど早く目を覚まさなきゃね。

おやこんなところに拳銃が。丁度いい。

えっと、リヴォルヴァーだし、撃鉄を起こして引き金を起こせば良いのかな?

夢の中とはいえ痛いのは嫌だから一瞬で目の覚める方法にしよう。

2003年の『スターリング●ラード』に出てた赤軍将校みたいに口に咥えるか。え?誰ってフルシチョフに「軍法会議は嫌だろう?」とか言われてトカレフ渡されたあの可哀想なおっさんだよ、はいあーん。

 

 

「指揮官!?何してるの!?」

 

 

まあ、おったまげたね。

 

白い拳がまずサイドウィンドウを粉砕して拳銃を掴んだかと思うと、それを文字通り『握りつぶして』投げ捨てて、私の胸ぐら掴んで

サイドウィンドウから引き摺りだされりゃ無理もないと分かって欲しい。

 

まあ、それはともかく、

 

 

痛ってええええええええええええ!!!

 

これ夢じゃないネ、断言できるアルよ。

夢でこんなに痛てえはずはないもん!

だって、小学生の時サメのパニック映画見た後に寝て夢の中でジョー●に襲われたけどこんな痛みなかったもん!

まず第一に胸ぐらを掴む力がモノホンだもん!

嘘じゃないもん!トト●いたもん!

 

 

「指揮官ッ!あなたいったいどうしたっていうの!?」

 

 

胸ぐらを掴まれたままティルピッツの、驚きと悲しみの入り混じった表情と向かいあうと、やっぱりこれ夢じゃないねという確信が湧く。

 

「ひょっとして…私達のせい?」

 

おや?何かとんでもない方向へ話が飛んで行った気がするぞ?

泣くな、泣くんじゃないティルピッツ 。

誤解を深めるんじゃない。

大丈夫だから、そんなんじゃないから。

ただちょっと会社に遅れるかもって慌てただけだから、ね?

ね?だからとりあえず私を降ろそうか。

私よりもよほど身長の高いティルピッツに胸ぐら掴まれて持ち上げられてると気管が悲鳴を上げそうなんだ。

まあ、上げようにも上がらないんだけどね。

ははははは。

 

 

「ティルピッツ !?どうしたのですか!?」

 

ティルピッツの後ろからとんでもなく大きなお胸のメイドさんが走ってきた。

 

ベルファストやん。

 

あの豊かな双丘の揺れを生で観れるとは…

ここはヴァルハラかな?

それとも私は聖戦士として殉教でもしたのかな?

77人の処女って実は艦娘のことだったのかな?

でもウチの家はムスリムじゃあなかったし、聖戦士になった記憶もないんだけどね。

 

「し、指揮官が自殺を図って…」

 

「そんなっ!ご主人様!?考え直してください!」

 

いやだから、誤解のような誤解じゃないような………ん?

 

私はオリエンタル急行殺人事件とかで死体を見つけた時にショックのあまり口元を両手を覆っている公爵夫人と同じ反応をしているベルファストの手を見やる。

 

ケッコン指輪。

 

よく見れば私の胸ぐらを掴むティルピッツ の指にもケッコン指輪。

 

これマイ・スウィート・鎮守府じゃね?

うん、絶対そうだ、間違いない。

ベルファストがウエディングじゃないのは、まだ戦闘に出すことが間々あるからあのドレスじゃ動き辛いんじゃないのって勝手に妄想ぐふふしながら設定してたから。

 

OMG!(オー・マイ・ゴッド!)

本当に転生したってことかよ!

最も、現在の状況は最悪だけどな!

 

やがてベルファストが若干の怒りを込めた表情で、ティルピッツに吊し上げられる形となっている私の方へ歩み寄ってきた。

 

「ご主人様、少しお話しなければならないようですね。」

 

はい、します。

 

 

 

 

 

30分後、私は指揮官執務室で正座していた。

 

目の前では同じように座るベルファストと、最早半泣きのティルピッツがいる。

泣いてるティルピッツも珍しくて可愛いなあ。

 

「ご主人様、もし何か悩み事や、私達にご不満な点があるのであれば…ご自身を傷つける前にご相談されても良いのではありませんか?」

 

「い、いや、あの、あれはね…」

 

「うっ、ぐすっ、話してくれない、と言うことはやはり私達に不満があるのだろう。えぐっ、ひぐっ、ごめんなさい、指揮官。言ってくれ、何でも直ずがらッ」

 

言えない。

とても夢かと思って拳銃自殺で目覚めようとしてたなんて…言えない…

そもそも言える雰囲気でもねえ…

 

だれか来てくれ。だれか助けてくれ。

あらまあ指揮官酷い冗談ね的な明るさでこの場をどうにかしてくれ。

 

 

その時、執務室の扉が開いた。

ティルピッツやベルファストに勝るとも劣らないスタイルに蒼い長髪。

Oh,Hello,St.Louise!綴り字違ったらごめんね。

 

 

「あらどうしたの、ティルピッツ ?あなたが泣くなんて」

 

「実はッ、ずびび、指揮官がッ、拳銃自殺を図ってッ」

 

「あらまあ、うふふ。」

 

セントルイスの笑顔を見て希望が湧いた!

 

そうだ、セントルイス!そのまま来い!

もうこの際、酷い冗談ね指揮官やってもいい事と悪い事があるのよいい加減にしなさい的なサムシングでも何でもいい!

 

この状況をどうにかしてくれ!

 

だが、セントルイスが膝つき、まるで司祭のように穏やかな声で話し始めた時、私の希望は音を立てて崩壊した。

 

「いい?指揮官君。生命っていうのはね…」

 

 

だから違うんだってばああああ!!!!!

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私は激怒した

 

 

 

 

 

 

 

いやあ、まったく参ったね。

 

もしダンケルクが来てくれなかったら、延々とセントルイス主催の"ミサ"は続いていただろうから。

彼女には感謝しないとね。

え?何?ダンケルクが何をしたかって?

私の希望通りの事を言ってくれたよ。

 

「冗談にしても限度があるわ、指揮官」

 

 

ティルピッツからは凄い目で見られたけれど、どうにか解放され、「ぶっ飛んだサプライズ」で説明はつき、今はこうやって一息つけている。

 

ふぅー。

 

さて、どうしたものか。

まず状況を確かめるのが一番堅い手であろう。

執務室の資料をざっと読んだけど、ゲームと殆ど何も変わりない。

 

セイレーンが来ました、反撃しました、アズールレーンとアクシズで別れました、ずっとバトってます。

要するにそんな感じ。

 

鎮守府にいる艦娘もゲームと同じ。

寮舎でリフレッシュさせてる艦娘も同じ。

私が勝手に『上級主力候補生課程』とか名付けてる『上級自主訓練』にブッ込んでる艦娘も同じ。

 

私はこの鎮守府の指揮官で、海軍参謀本部の使い走りで、統合参謀本部議長からクソ野郎だと思われていることもわかった。

 

もういいですよ、クソ野郎で。

 

拗ねるよ?クソ野郎ならクソ野郎なりの扱いしないと拗ねるよ?

間違ってもここ一番って時に「責任重大な職務だお前しかいない」とか許さんからな?

 

 

 

さあて、とは言ったものの、何をすりゃええんじゃ。

委託完了までかなり時間あるっしょ。

とりあえず実際に見て回るかな。

ドックとか、売店とか、寮舎とか寮舎とか寮舎とか寮舎とか寮舎とか寮舎とか寮舎とか寮舎とか。

 

 

「私も着いていくわ」

 

「おうわっ!?」

 

いやちょっと勘弁してくださいよティルピッツ=サン貴女いつからそこにいたのよ驚くじゃない全くもうそんな怖い顔しないでよさっきのは謝るからさー。

てかなんでダンケルクもいるわけよ?

 

「秘書官だから」

 

あのね、秘書官ってパンツか何かみたいにずっとくっついてなきゃいけないわけじゃないんだからさ。

Where is my プライバシー?

いいじゃん視察ぐらい一人でこっそりこそこそやらせてよー。

 

「論外よ、指揮官。指揮官がまた拳銃を咥えたりなんかしたら、私…ようやく一人じゃないって思えたのに……」

 

え!着いて来てくれるの?やったあー!本当にありがとう!ティルピッツが一緒ならとっっっっっっても心強いなぁ!だからほら、泣く事なんてないんだよ!?ね!ね!!!

 

「そう言ってもらえると、嬉しいわ」

 

はぁぁぁぁ。今日一つの教訓を学んだ。

私は某少佐の声で泣きをかけられると弱い。

普段はまるで気にも留めない罪悪感が1万倍になって私を仕留めにかかってくるのだ。

無理、しんどい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言わんこっちゃない。

 

lv100越えの戦艦2人と視察なんてやってみろ。

駆逐艦やら軽巡洋艦やらが逃げる逃げる。

そりゃオーラがやべえもん、オーラが。

ちょっと後ろ振り向くだけで確実に伝わってくるんだぜ?

「え?何?私達と殺りあうの?いいけど、ちゃんと遺書とか書いたの?」的な何かが。

 

リアンダーに至っては折角話しかけようとしてくれたのに、

 

「あっ、指揮官…………何でもないデスゥ」

 

とか言ってどっか行っちまったぞ。

ジャベリンかよ。

「甘えん坊で困りますぅ」とか言われたかったのに、台無しだよ。

 

 

とりあえずドックと、売店は見て回った。

売店には驚くような物はなかったけど、ドックはかなり驚いた。

 

ゲームでヒヨコさんが自爆ボートに乗ってくるのは知ってたけど、『グラーフ・ツェッペリン』のBf109Tに乗ってんのもヒヨコさんだとは思わんかったわ。

お前指とか無いのにどうやって操縦してんの?

どうやって機銃発射ボタンとか押してんの?

てか通信とかどうなってんの?

 

ちょうど飛行訓練やってたから、無線機の周波数を合わせて聞いてみた。

ワクワクしたさ、どんな通信してるんだろうって。

ヒヨコだからピヨピヨ言いながら連携とってたら可愛いなぁとか思いながら。

 

『Tower,Tower. This is RED 149. Redio check, how do you read?』

 

『RED 149,Your reading clear.』

 

『Thank you,Tower. RED 149 Over.』

 

 

は?

 

何これ、普通にカッコいいんだけど。

お前らそんな可愛い見た目してリー●ム・ニーソンとかキ●ヌ・リーヴスみたいな声で会話すんの?

トップ・●ンとかパール・●ーバーのリメイクお前らでやって良い?

 

『にくすべさん』ことグラーフ・ツェッペリンに訓練の邪魔だから帰れと追い出された。

グラツェンのケーチッ。

 

 

 

さて、ドックが終われば後はお楽しみ!

そう、寮舎!

風呂とか設置してるし、艦娘のあんなとこやこんなとこが見れたりしてな!

もちろん、戦艦2人が黙ってないかも知れないけど、偶然を装えばいける!いけるって!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は激怒した。

必ずやかの暴虐なる王を打ち倒さなければならないと思った。

少し前まで寮舎は賑やかであった。

様々な種類の品々が並び、艦娘達は皆歌をうたったり踊りを踊って楽しんでいた。

なのに、今では誰もが押し黙っているではないか。

 

私は寮舎の1人(フォルバン改)に話を聞いた。

フォルバンは渋っていたが、やがて口を開いた。

 

「王は最近、一等コスパの高いカレーしか供給されませぬ。以前はコーラや天ぷらがありましたが、今では購入を停止されておるのです。壁紙も随分と変えられておらず、口を開く度に、こびりついた強烈なカレー臭が侵入して来ますゆえ、誰も歌や踊りをしなくなってしまったのでございます」

 

 

 

(中略)

 

 

 

艦娘達の友情を見た王(=私)は2人に近寄り、こう言った。

 

「諸君らの友情が、この私を改心させたのだ!これからは壁紙も定期的に替えよう!カレー以外も供給しよう!皆でこの寮舎を立て直そうではないか!」

 

 

寮舎は艦娘達の歓声に包まれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視察を終えてすぐに、私は寮舎の改装を命じた。

本当にごめんね。

ウチあんまし出撃させることのない時は燃料をカレーに変えてたのと、カレーは一定時間プラスの経験値が入るからそれしか入れてなかったの思い出したわ。

 

たしかにあんな環境じゃキャッキャうふふできんわ。

たしかに『ホーネット』でさえスターゲイトパイでも良いからって要求してくるわ。

 

コーラと天ぷら腐る程あるのに全然入れてなかったもんね。

ゲームの画面上じゃ何もないけど、実際にやってたらあんな事になるのね。

ヨハネスブルグのスラム街みたくなるのね。

 

壁紙もずっっっと酒場にしてたからなぁ。

もうちょっと、明るく!健康で!文化的な!環境にしていこうか。

当面はロイヤル部屋で。

飽きたら…ローテーションして行こう。

 

 

そうこうやる内に時間は5時近く。

 

おい、確か寮舎改装の書類をやり始めたのは4時くらいだったよな。

なのに今までずっと側に立ってたティルピッツはなんなんだ?

1時間ずっと立ってなきゃいけない病気にでもかかっちまったのかよ。

良いんだよ自分の部屋に戻っても。

ほらそこにソファもあるでしょう、座りなさい。

もういっそのことソファに寝っ転がって寝てても何も言わないからさ。

 

「お断りよ、指揮官。私が寝たら…貴方その間に…」

 

 

もうしねえええええよ!!!!

 

疑い深いっ!!実に疑い深過ぎるだろおおおお!!!!

 

パイセンどおおおおすんすか!!!

寝る時どおおおおおすんすか!!!

一晩中起きてるつもりなんすか!?!?

 

謝りますぅぅぅ!!さっきのは謝りますからあああああああ!!!!

 

実際、今頭撃ったら元の世界に戻れるって言われてもぜってえええ戻んねえしぃぃぃ!!

こっちいた方がぜってえええ良いしぃぃ!!

 

 

つーかそんなこと言ったら一晩中お前に抱きついて寝るぞ!?

乳飲み子みたくだぁだぁばぶばぶ言いながらずううううううっと付いて回んぞ!!!

いいのかぁ!?

 

 

「え?私は別に構わないわよ?」

 

 

 

…………………

 

 

その一言は、革命であった。

おおよそ考えられる革命の中でも、殊更に革命的な革命であった。

この瞬間に、私は一つの極致へと達した。

 

 

赤ん坊に戻る。

 

それは恥でも何でもなかったのだ。

一度来た道を、少しばかり戻るだけである。

そこに、何の罪があるというのだろうか?

 

私はただ、戻るだけなのである。




アズールレーンの飛行機ってどうやって動いてんすかね?
ラジコン的な?
ヒヨコって書いちゃいましたけど、「いやそりゃねえよ」って方、誠に申し訳ありません。。。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ティルピッツの異常な愛情 〜または私は如何にして心配するのをやめて指揮官をバブらせるようになったか〜

 

 

 

 

 

 

 

たしかに、私は寝たいと言ったし、お前が寝てる間も一晩中抱きつくぞとも言った。

認めよう。

それは疑いようのない事実であるからして。

 

でもマジでやることになるとは思わなかった!

 

「よく寝れまちたか?」って?

とっっっても良く寝れたでちゅう〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡る事8時間前

 

 

 

 

昨日、寮舎を手続きを終えた後、ベルファストに「ご夕食の準備ができました」と伝えられ、私はベルファストやティルピッツとともに食堂へ向かった。

食堂と言っても、指揮官は艦娘達とは違う場所でケッコン済みの艦娘や秘書艦と食事を取るようだ。

 

 

 

ところで、あの、ベルファストさん。

貴女何人いましたっけ!?

 

 

 

そうだった、思い出した、アズールレーンやりだした最初の頃、一番大好きだったのはこの銀髪巨乳メイドさんだった。

だからもう、集めに集めた。

結局金ブリがないがために突破に使ったベルファストも多いけど、複数のlv100ベルファストがいたはず。

確か私の鎮守府には…

 

「「「「「5人です、ご主人様」」」」」

 

 

なんなんだこのドッペルゲンガーは!

軽くホラーだよ!

一家に1台感覚で一艦隊に1ベルファストしてたツケが回って来たよ!

誰が誰だかわかんねえよ!

 

「ご主人様なら、この中の誰とごケッコンなされたか分かりますよね?」

 

おい、ベルファストNo.X、そういう魔女狩り的質問はやめろ。

何でみんな手を隠す?

何でみんなニヤニヤする?

なあ、お前ら、差別といじめはそうやって始まっていくんだぞ?

 

「え?まさか分からないのですか?」

 

「このベルファスト、少し悲しく感じます」

 

畜生、ウエディングにしとけばよかった!

5人も同じ艦娘がいたのに!

その配慮がタルァンカッタァ!

 

「うふふ、冗談ですご主人様。」

 

ああもうビビった!

そうだよな、ベルファストが私を試すような事をするハズがな痛ってえ!

誰だ今私の足を踏んづけた奴!

絶対5人の内の誰かだろ。

先生怒らないから正直に手を挙げなさい!

 

 

 

 

 

 

 

 

食事をする時に5人の内1人だけがテーブルに着いたお陰で、私はドッペルゲンガーの中からケッコン相手を見つけ出すことができた。

 

仕方ない。彼女達には申し訳ないが番号札をつけてもらおう。

本当に誰が誰だが分からなくなる前に。

 

テーブルには既に、ティルピッツ、ダンケルク、セントルイス、『シュロップシャー』、『プリンツ・オイゲン』、『イラストリアス』、『シカゴ』が着いていた。

 

こんなに重婚してたんだっけか。

 

「本日、"ゴッド・マーザー"は不在のため欠席とさせていただきます。」

 

ベルファストが宣言する。

 

"ゴッド・マーザー"?

誰だそれ。

何その登場するたびシチリアの風景が流れてそうな人。

 

よく分からんが、たしかに一つ空いている席があり、その机上には"GOD MATHER"と書かれた札がある。

 

あれ?ほかに誰がケッコンしてた艦娘いたような気がするぞ。

ええっと確か…

 

「それでは、お料理を運ばさせていただきます。」

 

ベルファストが再び宣言して、私の思考は中断された。

各人の席に、ベルファスト4名によって料理が運ばれる。

これまた実に美味しそう。

 

 

 

テーブルは円形で、私の右にはティルピッツ、左にはダンケルクが座っていた。

 

 

ティルピッツさん、ちょっと近くないですか?

他の人からの視線が痛いんですけど。

 

ダンケルクさん、わざわざ対抗しなくても良いですから。

左右から逼迫しないでいただけませんかお二人とも。

 

ちょ、近い近い近い近い近い近いふぐぅ。

 

 

2人がやっと満足したのは極めて至近距離に至ってから。

まあ、お二人とも見事な双丘の持ち主で、私との身長差ゆえに、私の頭を左右から圧迫してる形となっていることに気づいていないご様子。

 

確かに幸せだよ?

左右から感じる体温、柔らかな感触、甘い香り。

オラぁ間違えねく幸せもんだぁ。

 

ただ、他の方々は運ばれてくる食事に手をつけながらもこちらへの視線をどんどんどんどん鋭くしていく。

 

 

やだなあ皆さんやめてくださいよただのスキンシップじゃないですか。

ねえ、ベルファスト?

ベルファスト?

なんでフォークを折り曲げたのベルファスト?

やめなさいよきっと高価な代物なんでしょうから。

 

ねえ、セントルイスなんでナイフを逆手に持っているのかな?なんでそんなヨルム●ガンドのヨ●君みたいな持ち方してるのかな?

危ないからやめなさい。

 

シカゴ?何を持ってるの?トンプソン?

あー、"シカゴ・タイプライター"だからね!

ははははは、そうだね、面白いね!

目は笑ってないけど…

 

 

 

これはまずい、非常にまずい。

料理じゃなくて雰囲気が。

こいつら今にも戦争始めそうだぞ。

 

 

 

ところで、

 

ティルピッツさん、貴女何をしていらっしゃるの?

どうして私の首回りに涎掛けをかけたのかな?

どうして私のステーキを勝手に小さく切っているのかな?

どうしてそのまま口に入れたのかな、何でそんなによく噛んでるのかな、ねえ何で顔を近づけて来るの?ねえ、なんで?ねえ?

 

 

「指揮官さっき乳飲み子になるって言ってたじゃない。」

 

 

言ってねえよ、なんだその…あれ、言ったっけ?

なんかそれに近い事言った気がする。

勢いに任せて口走ったけど、予想外の許可が出て一瞬理性を失いそうになった気はする。

 

 

でもね、ティルピッツさん。

口移しは無いんじゃないかな?

いや好きな人は好きなんだろうけど。

あと何で今このタイミングでそんなカミングアウトしたのかな。

おじちゃんは自分の性癖暴露されちゃってとっても悲しい。

 

 

何より周りの目がね。

もうすでに痛いとかじゃないの、とっても怖いの。

 

ほら、見てごらん。

1914年のボスニア・ヘルツェゴビナみたいな空気になってきてるよね?

第一次世界大戦が始まる前にやめよう?

ね?ね?ね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事でこんなに疲れたことはねえぞ。

 

私は1人風呂に入りながらそんなことを考えていた。

 

ちょっと食事会も考えないとね。

毎度毎度あんな冷戦みたいな食事会は嫌だぞ俺は。

なんで、こう、一日で一番リラックスするはずの時間帯にビリッピリの緊張感味合わないといけないのよ。

 

明日ベルファストともよく話をして、和むような食事会を作り上げよう。

ふあーあ、良い風呂だった。

さあ寝ようかな。

 

 

 

 

 

ティルピッツさん、私の寝室で何をしてるのかな?

どうしてパジャマ姿で既に寝る準備オッケー絵本も子守唄も任せてみたいな空気漂わせているのかな?

 

うん、認める、認める。

一晩中お前に抱きついて寝るぞ!?って言った。

乳飲み子みたくだぁだぁばぶばぶ言いながらずううううううっと付いて回んぞ!!!とも言った。

 

でもさすがに実行する事は無いんじゃないかな?

 

 

ティルピッツは少し残念そうな顔をして、私のベットの上に座った。

せっかく絵本も用意したのに、とでも言いたげな表情だったが、出てきた言葉は少々違う。

 

「指揮官、貴方疲れてるでしょう?わたしなりに何か癒してあげられないかと思ったの」

 

 

ああ、ありがとうティルピッツ。

(食事会で疲れたのは7割お前のせいだけどな!)

 

「ものは試しというでしょ、指揮官。………………ほらぁ、ママでちゅよぉ?」

 

 

!?

クリティカル!!

じつにクリティカル!!

CV.田中●子でそれをやるか!!

 

いいのか!?そんなことして!?

私はもう自分自身を抑えられんぞ!?

理性を失ったビースト(赤ん坊)と化してしまうぞ!?

 

それでもいいのか!?

 

 

「ママは構いまちぇんよ?ほら、いらっしゃい。ママと一緒におやすみしましょうねぇ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いかん。

昨日、ティルピッツのあの言葉を最期に記憶がない。

ビースト(赤ん坊)と化してしまった可能性が高い。

 

朝起きたら、ティルピッツの大きくて柔らかいされど質量のある双丘の谷間に頭を挟まれた状態だった。

ほぼ間違いなくママと一緒におやすみしちまった。

 

 

私は、とりあえずまだ寝ているティルピッツ の谷間からそっと抜け出す。

ありがとうティルピッツ。でもこれ以上続いたら私はきっとビースト(赤ん坊)から戻れなくなりそうだ。

 

 

「ハァイ、調子良ぃ〜?」

 

 

うおおおおおおおおおおおおお!!!!!

びっくりしたよ何だお前どっから湧いて出来たんだセントルイスやめろよマジで心臓止まるわ!!!

 

どうやって部屋に忍び込んだのか、ベットの端から某ホラー映画みたく頭だけ覗かせたセントルイスがいた。

場所が排水溝なら完璧だった。

お前はペニー●イズか。

 

「指揮官君、私がママっていうのは興味ない?」

 

いいね!でもこれ以上ママがいたら廃人になりそうだし。

騙されんぞ。

 

「Ooooh、まだ理性を残しておきたいのね。でも、ティルピッツに甘える事で指揮官君は癒されたんじゃない?」

 

そりゃそうだけど。

 

「適度な癒しは必要よ?そもそも人っていうのはね、常に癒しを求めているものなの。ほら、指揮官君。哺・乳・瓶♪」

 

ほにゅぅぅぅびん!!

思わず声が4オクターブほど上ずってしまった。

 

「究極の癒しはここにあるわよ。ほら、取って?」

 

思わず、私は手を伸ばす。

 

「最も、私からは離れられなくなるでしょうけどね!」

 

伸ばした手をセントルイスに掴まれて引きづられる!

そしてベットの下へ引き込まれていった…

 

 

 

ティルピッツ「指揮官は死んだ。栄養失調が原因だった。哺乳瓶に夢中になり、固形食など視野に入らなくなったのだ。指揮官は癒しを求め過ぎた。せめて今は安らかに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おいこら勝手に殺すな!!

 

 

 

 




もっとペニー●イズ上手く書ければ良かったんですけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

D U N K I R K

決して降伏しない--------------------

つもりだけど、無理かも。






 

 

 

 

 

本当に死ぬかと思ったわ。

ベット下のあのクッソ狭い空間でセントルイス×3にあやされると窒息死に繋がる恐れがあるんだね。

 

え?セントルイスお姉さんが3人もいる理由?

 

このベテラン淫魔みたいなお姉さんに三方向から囲まれたらさぞかし楽しいだろうなぐふふふふふぐらいの感覚で集めてたらこうなった。

 

 

あのね、現実には死因になりかねないって事がよおうく分かった。

特に密閉空間ね。あれはまずい。

 

ヴェスタルさんが怪訝な顔をしながら私のカルテの死因欄に『複数の女性の胸部によって圧迫され窒息死』って書かなきゃいけなくなる寸前だったから。

 

今日はティルピッツに感謝だな。

あいつが止めてくれなきゃ霊安室に行ってたかも。

 

でもね、ティルピッツ。

「私の坊やに何してるの?」ってどういう意味?

私の坊やって、何?

少佐ボイスで母子関係を既成事実化しないでいただけますか?

まあ、ビースト(赤ん坊)になっちゃった手前あんまし言えないんだけどさあ。

 

 

 

 

 

 

 

めでたくティルピッツの坊やになれた事はさておいて、兎にも角にも指揮官という以上、その責務を果たさねばなるまい。

 

秘書艦のダンケルクは…朝食に離乳食を持ってきやがった事を除けば…非常に頼れる優秀な秘書である事がすぐに分かった。

 

つーかダンケルクさんいないと僕お仕事できません。

だって判断はたしかに僕ちんの仕事だけど、それに関わる書類とか調整とか、僕よくわかんない。

君達知らないかもしれないけど、実は僕昨日到着したばっかりだもん。

 

 

 

今や私のマッマと化したティルピッツにも秘書艦の経験があり、ガラガラ片手にダンケルクの手伝いをしてくれている。

 

そのおかげか私の存在は空気そのもの。

ほとんど二択あるウチの一つ選べば良いだけになってる。

 

入荷したヴィスカーの装備箱開けますか?

まだいいや。

 

余剰の三連155mm砲T3は『ジャン・パール』に搭載ますか?

うん、そうして。

 

自主上級訓練組帰投致しました、次の編成はここをこのように変更してこの編成で派遣致しますか?

………もう、これ私の返答いるのか?

 

 

 

余りに順調にオートマチックに進んでいくおかげで私が手持ち無沙汰になると、すかさずティルピッツがガラガラであやしに来るし私は一体何なんだ。

 

ダンケルク、舌打ちしたのは聞こえたぞ。

それも「何あの指揮官」とかそういう類の怒りじゃなくて「私もガラガラ持ってくるんだった」的な怒りが表情と目線から読み取れるんだが気のせいかい?

 

ファミリー・●イのステュー●ィー君。

君の気持ちが少し理解できたかもしれない。

君のラグビーボールみたいな頭の中はこんな悩みで溢れていたんだね。

ごめんね、なんて恩知らずな赤ん坊だ、なんて軽率な考えしてごめんね。

 

 

 

 

こんな感じだったから、突如としてダンケルクが物凄い難しそうな顔してこっちに来た時は驚いた。

 

手に持つ一通の手紙。

差出人は統合参謀本部。

嫌な予感しかしないぞ。

 

このページから二つほど前のエピソードを読んでくださった方は、私が統合参謀本部議長からどんな評価をいただいているかご存知の事だろう。

 

それでは皆さんご一緒に。

さん、はいっ

 

『クソ野郎』

 

 

肩に幾つも星をつけた将軍様から訳もなくそんな評価をされるわけがないっ!

 

一体何をやらかした?

 

いやもうこっちの世界に来てから心当たりあり過ぎるんだけど、流石に五つ星の将軍様でも私がティルピッツ家の長男坊になった事は知らないだろう。

 

だとすれば何をした!?

一体どんな怒りを買ったんだ!?

封筒を開けるのも恐ろしい!!

 

昨日は開き直って見せたけど、実際にこういう感じで直面すると震えが止まらなくなるってもんよ、あはははは。

 

しかし開かねば進むも退くもできんではないか!

よし、ここはひとつ心を決めて、いざ開封!

 

でも、たぶんおそらく確実に怒りに満ち溢れた文章目にするのも怖いからティルピッピママ読んでくだちゃい。

そうでちゅ、僕ちん所詮はへたれなんでちゅ。

 

 

 

「ええっと、なになに?ふん。へー。」

 

いや、一人で読んで納得してないで読み上げてくだちゃい。

お願いちまちゅ。

 

「わかったわ。

 

『クソ野郎。

 

 

 

元気にやってるか?

士官学校でお前の面倒をみてから随分と経つが、どうせ今頃はティルピッツかグラーフ・ツェッペリンあたりにオムツでも替えてもらっている事だろう。

理想のハーレム艦隊は手に入れたか?

それとも艦娘達には逃げられちまったか?

悪い噂も良い噂も聞かないところからして、まあまあ上手くやっているんだと思う。

 

さて、士官学校時代の恩師としてのメッセージはここまでだ。

これからは統合参謀本部議長としてのメッセージになる。

 

○月✖️日を持って、貴艦隊に商船護衛任務を付与する。

当該の商船は、特別任務を付与されている上に、敵の海域内を通過するいう理由から、重装備の艦艇で強固な守りを構成されたい。

 

航路については別紙1、商船の概要については別紙2、参謀本部からの支援物資については別紙3を参照せよ。

 

尚、商船の特別任務については機密事項とする。

 

作戦終了後は速やかに関係書類を細断・焼却すること。

 

 

追伸

 

お前に期待してるんだ、しくじんじゃねえぞ?』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?

 

クソ野郎ってそーゆー意味ですか?

 

統合参謀本部議長、フランク過ぎやしませんかね?

めっちゃいい人じゃん。

仮にも統合参謀本部議長なんだから、ただの一指揮官にまるで高校時代の部活のコーチみたいな手紙寄越しちゃいかんでしょうよ。

いや、すごく嬉しいんだけどね?

 

別紙1〜3読んだけど、凄く親切。

必要とされる2〜3倍の石油と金と、あとオマケ感覚でダイヤとクラップ装備箱まで届く予定。

なんだかこっちが申し訳なくなってくるぜ。

 

 

うわなんだか余計に心配し過ぎて損した気分だよ。

 

つーか今になって士官学校時代の笑いと涙と青春みたいな記憶が蘇ってくるのやめてください。

あるんなら最初から出してください。

後から、「あ、忘れてた」的な感じで勝手に人の海馬に色々書き込むのやめてもらって良いですか?

 

 

 

 

ちょっと待って。

手紙開封する時気づいたんだけど、明らかに誰かがすでに開封してたよね?

 

何で目を逸らしたダンケルク?

別に読んじゃいけないとは言ってないんだよ、そんなバツの悪そうにしなくても、私の心配をして先に目を通していてくれたというならこれほど嬉しい事もないんだよ?

 

うん、いい笑顔。

で、一つ聞きたいんだけどね。

 

 

この編成表は何?

 

『商船護衛任務編成

主力

・ティルピッツ

・イラストリアス

・グラーフ・ツェッペリン

 

前衛

・ベルファスト

・セントルイス

・プリンツ・オイゲン』

 

 

幾ら何でも仕事早過ぎんだろ、絶対前々からこういう事想定してたろ、あまりにも都合良過ぎんだろコラ!!

 

何より、何でお前自身はちゃっかり編成から外れてんのよ!お前に何で貴重なT4の410mm持たせてると思ってんのよ!

アイリス戦艦特有の開幕RPGチックなスターティング大火力確保して敵を早期撃滅☆できるからだよこの野郎こんな編成じゃ台無しだろうが!

 

「私にだってとても大事な役目があるの!」

 

 

たしかに秘書艦って大変なのは分かるけどさ、忙しいのも分かるけどさ、その為にティルピッピママも動員してるのもあるんだからさあ。

なんなら同じようにベルファストも動員しようか?

分担者増やそうか?

いや増やした方が良かったよね、うん、ごめんね!

 

おい、何故顔を赤らめる。

怒ってるの?泣いてるの?そのどちらでもないような気がする。

テニスコートの誓い並みのとんでもない常識破壊宣言を行いそうな気がするのはわたしだけだろうか?

このタイミングでその赤らめ方、とんでもない告白をする前兆チックな雰囲気がある。

 

 

まさか。やめろ、やめとけダンケルク。

お前はそんなキャラクターじゃないだろ?

執務室で私を迎えた時の「今日は何のお菓子を作る?」みたいなN●K風味の発言で留めておけ。

その先にあるのは、沼だぞ?ドブだぞ?闇だぞ?

クリームブリュレやクイニーアマンにしておこう、決して"プティ・シュー"には手を出すな。

 

ティルピッツとセントルイスで十分なんだ。

お前はそのまま常識人(?)でいてくれ、頼むから。

 

「私にだって!"mon chou"の面倒を見る権利ぐらいあるはずよ!!!」

 

 

フランス語の"chou"にはキャベツという意味の他に、子供の事を指す意味がある。

monは英語のmyに相当する単語だから、この場合は"私の可愛い子供"と意訳する事ができるだろう。

 

 

・・・じゃねえええよ!!!

 

お前もか!?

ダンケルク、お前もか!?

 

カイザー、シーザー、又の名をカエサルの気分だわ!

君だけはその一線を超えないでいてくれると信じてたんだよ!?ねえ!!

 

よく考えたら朝食に離乳食を持ってきた時点で気づくべき事だったのかもしれない!

しれないけれども改めて母子関係を宣言するとまでは思ってなかったんだよ!

お前ら一体何なんだ!

確かにビースト(赤ん坊)になったけれども、私の密かな願望ではあったけれども、流行らせる必要はないんだよ!?

 

 

「は?ダンケルク、何を言い出すかと思えば。そんな事認められるわけがないわ。」

 

 

おおティルピッツ、そうだ、言ってやれ。

その…例えその母子関係を肯定するにしてもやるべき事があるんだから的なサムシングをダンケルクに教えてやってくれ。

 

仮にも40万人の連合国軍兵士が脱出した地名からその名前取ってるんだから艦娘としてのプライドを持ちなさい、みたいな事を言ってやってくれ。

 

 

「この子は私の坊やよ。貴女の子供ではないわ、ダンケルク。」

 

 

違う、そうじゃない。

そしてダンケルク、その敵意剥き出しのキリッとした戦闘態勢のカッコいい表情はもっと別の場面で使ってくれ。

間違っても30代のおっさんの帰属問題を巡るどうしようもなくどうでもいい争いで使うべき表情ではない。

 

「うふふ、二人とも何言ってるのかしら?指揮官君は私の息子よ?」

 

 

うおおおおおおおおおおお!!!???

セントルイス!!!

マジでやめろって!!!

どこからともなく沸いて出てくるのマジでやめろって!!!

 

お前どこから出てきたの!?

床下!?

執務室を一体何だと思ってるんだお前は!

それも3人全員で来るんじゃない!

数の多さで圧倒できるわ私達の勝利ねみたいなドヤ顔はやめろ!!

ティルピッツもダンケルクも「クッ!しまった!」みたいな表情やめなさい!

せめて重桜との戦闘で苦戦した時にしなさいッ、その顔はッ!!!

 

「「「「「あら、ご主人様が生まれて以来、ずっと頼りにされてきたはこのベルファストですよ?」」」」」

 

 

あのねえ君達。

執務室の床下からゾンビみたいに這い上がって来てみたり、天井から特殊部隊員みたくロープ降下して来るのはやめなさい。

戦隊モノみたいな整列もやめなさい。

5人揃って同じ顔でドヤ顔もやめなさい。

 

何なのこの状況?

グラ●ド・セフト・●ートⅤか2G●NSみたいな絵面してんだけど?

画面の中でも三つ巴だったのよ?

四つ巴って一体何なのよ?

この修羅場納める手腕とか俺にはないからね?

もはや「生まれて以来」とかの発言に一々突っ込む気力すらないからね?

 

 

 

ねえ、ティルピッツ。どっからその艤装を出してきたのかな?

 

ねえ、ダンケルク。その艤装はどこから?

 

セントルイスもベルファストもフル装備で執務室に入って来るのは規則で禁じてたよね?

 

ねえ、何する気なの君達?ねえ?

何故お互いに砲門を向け合うのかな?

執務室がめちゃくちゃになるでしょやめなさい。

だいたい君達もう大人なんだからへぶぅ!?

 

 

ティルピッツが私の首根っこを掴んで、その豊満なお胸に私を押し込んだ。

それはそれはもう力強い抱擁のせいで息ができない。

辛うじてティルピッツの甘い香りがほんの少し吸える程度。

無理、苦しい、死にそう。

 

「この子は私のものよ!!!」

 

 

「「「させるか!!!」」」

 

 

ドーン、チュドーン、ズドーン、ドカーン。

 

拝啓、統合参謀本部議長閣下。

私は青い空の下、業務をやることになりそうです。

 

"青い空の下"というワードは、まもなく比喩表現ではなくなるでしょうが。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

光の微笑

相変わらずキャラ崩壊著しいです。
苦手な方はご注意を。


 

 

 

 

 

晴れ晴れとした青空の下、私の執務は始まった!

 

 

 

なんだお前急に週間少年ジャ●プみたいな出だししやがってと思った方々ごめんなさい。

 

でも本当にそうなってしまったんだから仕方ないんです。

戦艦2、軽巡8によるスペクタクルな大海戦が行われた後、そこに残ったのは"執務室だったもの"。

ティルピッピママが豊満な身体で包んでくれていなかったら私も今頃"指揮官だったもの"になっていただろう。

ありがとうティルピッツ。でも許さん。

 

君たちの"大活躍"のお陰でヴィクトリア朝様式の豪華な装飾で彩られていた天井があった場所には、ほら見て!綺麗な青空が広がってるよ!

どないしてくれんねんや!!!

カッツカツやぞ?ウチの財政はカッツカツやぞ?

どこにそんな費用あんねん!

いやあんねんけども装備買ったり建造したりもすんねん!

維持費かかんねん!!!

とりあえず明石くんに相談しないと始まらんな、あー、気が重い………

 

 

 

「無理だにゃ、指揮官。無理だにゃ。」

 

 

緑色の髪の毛に猫耳生やした艦娘がこちらを見ながらゆっくりと首を振る。

 

明石くん、そこをなんとか頼むにゃ。

 

・・・なんだその「お前がケ●ーを殺した」みたいな目つきは。

ここはサ●スパークじゃないんだぜ?

ユダヤ人も、1年中フード被ってる子も、口が悪すぎて見るに耐えないデブもいないんだぜ?

 

ねえ、頼むよぉぉぉ今まで君から何個ケッコン指輪買ったと思ってんのよ何個ダイヤつぎ込んだと思ってんのよいくら使ったと思ってんのよ。

 

執務室の修理費ぐらいちょっとまけてくれてもいいじゃん。

こちとらカッツカツもカッツカツなのよ。

統合参謀本部議長からの支援物資合わせてもカッツカツなのよ。

 

ほら見て、ぶっ壊した本人達もJapanese traditional DOGEZAして謝ってんじゃん許してやりなよ許してくださいお願いしますよぉ

 

このままじゃ私カビるよ?

雨降った日とかカビるよ?

カビに塗れた状態で君の店に行くよ?

いいの?ねえ、いいの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まけてもらいました。

 

明石はなんだかんだ言って優しい。

 

とはいえ執務室の修繕までは秘書艦経験者のお部屋で業務やる事にしました。

仕方ないよね、青空の下デスクワークなんてできないもんね。

 

 

じゃあだれのお部屋にしようかな。

て・ん・の・か・み・s…おい、なんだどうした皆そんなに必死に手を挙げて。

確かに秘書艦経験者っていったらあんたら4人(セントルイスとベルファストはオリジンのみとする)しかいないんだけどさ、なんで秘書艦の経験あったのにあんな真似したのかなおじさんに訳を話してもらえるかい?

 

とりあえず各人のお部屋を見て回って、それから決めるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい、ベルファストのお世話になります。

他のお部屋は論外です。

 

まず、ティルピッピママ。

なぜ部屋の一部の壁紙をお星様にして、お日様とお月様の模型をぶら下げているのかな?

湯●婆並みの準備の良さだよ!

まんまあの大きな赤ん坊のお部屋だよこれ!

いつの日にか本当の母子関係に至ることを目指してそうで怖いよ!

 

でもね、ベビーカーとか幼児用ベットとか、どう考えてもおじさんは入れないと思うな。

あやす気だろ?基本、あやす事しか考えてないんだろう??もう真面目に仕事させる気すらないんだろう???

 

 

 

 

それからダンケルク?

毎日三食365日分確保できますって自慢げに離乳食缶詰の山を見せられてもね、おじさん本当に赤ん坊に戻った訳じゃないからね?

何個あっても無理なもんは無理なのよ?

貴女365日離乳食食べれる?

何より離乳食缶詰で部屋の殆どのスペース取られてるじゃないの。

私をいったいどこに押し込む気なのよ。

 

おじさん買い取るから。全部買い取るから。

泣かないで?「せっかく買い込んだのに」って泣かないで?

もうその気持ちだけでお腹いっぱいだから。

純粋な少女の気持ちを踏みにじってしまった重い罪悪感に駆られてるから。

そうだよね、私が「マッマ!マッマ!」言わなきゃこんな事にはならなかったのにね。

本当にごめんよ。

 

 

 

 

セントルイスに至っては……このお部屋お取り壊ししていい?

 

部屋の真ん中にある逆トラバサミ・ヘッドギア付きの椅子は何?

肘掛けに付いてる拘束具はいったい何?

椅子の目の前に綺麗に並べてある数々のテレビは何?

テレビ画面に映ってるあの数列は何?

シュタ●ナー、ドラゴ●ィッチ、クラフ●ェンコ、奴らに死を!とか言わなきゃいけない義務感にかられるあの数列は何?

かつて収容所で生活を共にして脱獄した際にはぐれて今は生きてるはずのないロシア人が見えるようになりそうなあの数列は何???

 

ジグ●ウか何かか、お前は。

だいたい何だこの数列、何の意味が…

2、15、6、89、25、10………セントルイスはママセントルイスはママセントルイスはママセントルイスはママセントルイスはママセントルイスはママセントルイスはママセントルイスはママセントルイスはママ………………

 

「目を覚まして!」

 

セントルイスはマmへぶぅ!?

おお、ダンケルクありがとう!!

危うくトラップにかかるとこだったわ。

 

もう怖いよセントルイス!

アプローチがデンジャラスにも程があるわ!

お前こんなキャラじゃないじゃん!

直で洗脳しに来るようなキャラじゃないじゃん!

いつからそんな隙あらば人の頭弄ろうとするようになったのよ!

いつからハン●バル・レ●ター顔負けの変態チックなアプローチするようになったのよ!

 

「指揮官、せめてヘレナには…」ってどういう意味だ!?

ここで失望ボイス垂れ流す意味はいったい何なんだ!?

………屈託のない笑みで人差し指を唇に当てるんじゃねえ!!!

今まで妹には秘密でやってたんかい!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いう事でお世話になります。

どうぞよろしくお願いします。

 

「こちらこそよろしくお願いします、ご主人様」

 

いやあ、執務室での乱闘を除けばベルファストってやっぱりマトモなんだね。

至って上品な壁紙だし、離乳食で溢れかえってるわけじゃないし、ヘッドギア付きの椅子があるわけでもない。

 

紅茶も色々取り揃えてあるんだね。

ご丁寧にハ●ッズからロン●フェルトまで揃えてあるんだ、まあ素敵。

 

「何かお飲みになりますか?」

 

そうだなぁ、ロン●フェルトのイングリッシュ・ブレックファストかな。

確かに午後も2時半に、そんな朝専用モーニ●グショットみたいなもん飲むもんじゃないだろうけど。

なんかこの…さっきの洗脳のせいでモヤっとしてる頭をすっきりとさせたい。

 

「かしこまりました。すぐにお持ちしま…」

 

ベルファストの動きが止まる。

なにかを感じ取ったかのように、扉の方を見ていた。

おいどうしたベルファスト。

そんな、DEAが踏み込んでくるのに勘づいた密売人みたいな反応して。

 

まもなくして扉が開き、2人の客が入ってきたが、もちろん、重装備に身を固めたSWAT隊員ではなかった。

SWATが使うような黒いケブラーや防弾チョッキとは対照的に、青いドレスや白い軍服に身を包んだイラストリアスとエンタープライズだ。

 

 

「いきなりごめんなさい、ベルファスト。お茶をいただいてもよろしいかしら?」

 

「いきなりすまないな。だが、イラストリアスが本物の紅茶とはどういうものか…………あれ、指揮官?」

 

 

ドーモ、エンタープライズ=サン、シキカンです。

 

珍しい組み合わせだな。

イラストリアスの交友関係が広いのは知ってるけど、まさかエンプラさんとお茶をする仲だったとは。

 

 

「あら指揮官様、御機嫌よう。」

 

ドーモ、イラストリアス=サン、シキカンです。

 

「指揮官、ここで一体何を?」

 

「まあ!私達とお茶をしに来てくださったのですね!嬉しいです、指揮官様。」

 

 

実に強引。強引ングマイウェイ。

イラストリアスってこんなに強引だったけ?

いつもゆるふわっとした感じで「うふふふふふ」とか笑ってるロココ調の女の子じゃなかったっけ?

こんな獲物を見つけたタカみたいな目してたっけ??

 

ま、まあそういう事にしよう。

お茶をしに来た事にしよう。

イラストリアスはベルファストに前後して来てもらったくらいの古参で、随分と前から艦隊の中核空母として活躍してもらってるしね。

ちなみにエンプラさんは結構最近になっていらっしゃった。

勲章?んなもん改造図に溶かしたわ。

 

 

「そういう事でしたら。」

 

ベルファストが澄ました顔で指をパチンと鳴らす。

どこからともなく残り4人のベルファストが現れ、その内2人は私がやる予定だった書類業務、残りの2人はティーポットを準備し始めた。

 

いや、慣れすぎでしょ。

分身の使い方慣れすぎでしょ。

もはや口頭指示もないってどういう事よ。

ドッペルゲンガーを使い魔みたく使いこなす人初めて見たよ。

 

ベルファスト達の動きは素早く、流石はデキるメイドさんといったところか。

席に着いたイラストリアスと話をしようとする頃には、目の前には紅茶とスコーンが置かれていた。

書類業務もあっという間に終わらせてしまい、後は私が印鑑押すだけ。

イン●ル入ってる?

 

 

さあ、何の話をしようか。

これといって話すこともないんだけどね。

とりあえず、右隣に座るイラストリアスはやめて対角線上のエンタープライズの方へ注視しようか。

 

何故って、イラストリアスに『終わらないお茶会』ドレスを着せてる理由は、彼女の太ももを見た瞬間に「ウホッ、ガーターベルトッ」ってなったからなんだけどさ。

まさかこんな場で、氷の●笑みたいな脚の組み方して見せつけられるとは思わなかったんだ。

 

 

「良い機会だ、指揮官。実は指揮官に伝えたい事があるんだ。」

 

はい何でしょう、エンプラさん。

 

「私は、指揮官とは何事も腹を割って話せる仲になりたいと思っている。」

 

うん、なるほど。

 

「もし、悩み事や、私達に不満を覚えるような事があれば率直に言って欲しい。私からも何か思う事があれば遠慮せずに言わせてもらうつもりだ………指揮官、どうした?」

 

う、うん、君の言いたい事はよくわかった。

そうしてくれて構わない。

 

「落ち着かないのか指揮官?どうして目を逸らす?」

 

 

右隣のシャ●ン・ストーンが気になって仕方ないんだよ!!!

スカートどんだけめくってんのよ、淑女がそんなことしちゃダメでしょうがよ!!!

 

おい、ゆっくりと脚を組み替えるな。

うおおおっ、見える、見えちゃうからな!

穿いてるよね?そこまで映画に忠実じゃないよね?ちゃんと穿いてるよね?

穿いて・・・る!良かった、何なんだこのスリルとサスペンスは!

 

ゲッ●・アウトみたくセントルイスの脳みそが入ってるわけじゃないよね?

フラッシュ見た途端に「あれ、指揮官君」とか言いながら鼻血垂らしたりしないよね?

まあ、当のセントルイスはレ●ター博士と化してるんだけどね!

 

 

「指揮官!やはり何か悩みがあるんだな!その様子だと、自殺未遂の話も本当のようだ。

私に遠慮は無用だ、指揮官。全て話してくれて構わない。」

 

なら掘り起こすんじゃねえええ!!

その話は忘れてくれえええええ!!

あれはその…本当の意味で次元の違う話だから!

別に現状に不満あるわけでもないから!

 

悩みがないわけでもないよ、たしかに。

知ってる艦娘がいつのまにかマッマやらレ●ター博士やらシャ●ン・ストーンになってたりするから。

お前らいったいどうしたんだ?

どこで道を踏み外したらそうなるんだ?

ビースト(赤ん坊)になったのは認めるけど、その影響以上に変わり過ぎじゃないか??

 

 

「まあまあエンタープライズ。指揮官様も一人で内密に考えたい事ぐらいあるんじゃないかしら?」

 

そうだね、君が私の想像以上に悩ましい艦娘だったりする事とかね。

 

「そんな事より指揮官様、私からプレゼントがありますの。喜んでいただけると嬉しいのですけれど…」

 

渡されたのは1通の大きめの茶封筒。

 

おお、ありがとうイラストリアス。

これは何かな?

 

「あらもうこんな時間!お先に失礼しますわ、指揮官様。」

 

え、待って、怪しいよイラストリアス。

足早に帰り過ぎだよ。

え、エンタープライズ?変だと思わないかい?

 

「いや、そうは思わないが。とにかく、何かあれば遠慮せずに話してくれ。頼み事でも何でも良い。」

 

『お客様がお望みならどこにでも駆けつけます』って言ってもらっていい?

 

「お客様がお望みならどこにでも駆けつけます」

 

ありがとう、エンタープライズ。

何でもないんだ。

なんか、こう、心温まるハートフルストーリーを思い出しただけなんだ。

 

さあ、行ってくれヴァイオレッ…違った、エンタープライズ。

どうか君はそのままでいてくれ。

 

 

 

 

 

 

エンプラさんも帰った後、そこにはベルファスト5人と私と茶封筒のみが残された。

 

「何でしょうね、ご主人様。これは勘ではありますが、お一人でお開けになられた方がよろしい気が致します。」

 

うん、そうする。

 

ベルファスト達が片付けがてらに居なくなった後、私は恐る恐る茶封筒を開けた。

 

なんか生暖かいし、漂う良い香りはさっきどこかで嗅いだし。

なんとなく想像ついてたけど。

 

入っていたのは黒と青の布。

それは…その…なんというか……大事なモノを包んでいたんだろうなって形の布。

暖かくて、香りの濃い。

 

 

 

イラストリアス、こんな事する為に『終わらないお茶会』を終わらせたのかい?

僕、すっごく怖いなあ。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミス・ワーワー



DA☆RE!!






 

 

 

 

 

 

イラストリアス主演のエロティック・サスペンスの後、私は書類へ印鑑を押しまくり、そして夕食会に出席し、風呂に入って、ピッピママと一緒に寝た。

 

 

もう特筆すべきことでもなんでもないけど、もう一度言おう。

 

 

マッマと化したティルピッツと一緒に、やましい事をナニカするわけでもなく、ただただ絵本読まれたり子守唄歌われたりしながら、一緒に寝た。

 

なんかね、まだ2日目が終わったばかりだけど、もう慣れちゃったわ。

 

ピッピママに添い寝してもらう事がごく普通の事に思えてくるぐらいには慣れた。

つーかもう、ピッピママ無しじゃ寝れない。

安眠ピッピ最高。

 

 

そして、私は今朝安眠ピッピと一緒に寝ていて、ベルファストにかなり乱暴なやり方で起こされた。

 

「起きてください、ご主人様!」

 

 

あのね、ベルファスト。

シーツを無理矢理引っこ抜く前に、普通に起こしてくれてもいいんじゃないかな?

わざわざそんな海兵隊の鬼軍曹みたいなモーニングアクション起こさなくてもいいのよ?

 

ベルファストが見た目に合わない怪力でシーツをテーブルクロスのように引き抜いた結果、私とティルピッツはまるで洗濯機の中の洗濯物のように半回転した。

 

結果、私の上にいらっしゃったティルピッピママの豊満な双丘に顔が挟まり、圧迫される形となる。

まあ、なんて幸せ。

でもマッマ、早くどいてくださる?

息ができませんの。

 

 

「ベルファスト!何をするのよ!せっかく私の大事な坊やと一緒に素敵な朝を迎えようとしてたのに!」

 

「はい、迎えさせません〜!ご主人様は私の可愛い息子ですぅ〜!」

 

「何よその態度!?メイドの癖にィッ!!」

 

「メイドだからなんだと言うのですか!?母親は母親です!!」

 

 

おいおい、朝から私の寝室でカンブレーの戦いはやめてくれ。

 

ティルピッツは戦艦特有のパワーで私を抱きしめるのをやめてくれ。息ができん。

ベルファストも私をピッピから奪おうと引っ張るな。痛い、すっごく痛い。

 

もう喧嘩はやめてください、誰の息子でもいいから。

 

私の本当の母親は今頃はもう愚痴を垂らしながらパート先へ向かっている事だろうけど、こっちの世界の母親はピッピママだろうとダンケママだろうとベルママだろうとセントママだろうと何でもいいから。

 

とりあえず、静かに朝ぐらい迎えさせてくれ。

 

 

おや?セントルイス、おはよう。

相変わらずいい笑顔で挨拶を返してくれてうれしいよ。

その笑顔が天井からじゃなく、あっちの扉から見れたならこれ以上完璧な事はなかったんだけどね。

お前は天井を何だと思ってんだ?

 

 

おお、おはようダンケルク。

今日も元気が良いね。

人の寝室の壁をぶち抜いて来るなんて、とっても元気が良い証拠だよ。

「2人とも落ち着きなさい!」ってどの口で言ってるんだい?

一番落ち着かないといけないのは君じゃないのかな?ん?

 

 

「ティルピッツ!ベルファスト!今日が何の日か忘れたのですか?」

 

「………今日?そういえば姉が…」

 

「ビスマルクさんは何も関係ないです!ベルファスト、貴女準備すべき事があるでしょう!」

 

「……………あ!ご主人様、申し訳ありません!このベルファストとした事がっ!」

 

 

ん?今日なんかあるんだっけ?

 

 

「ベルファスト?指揮官に伝えてって言ったハズよね?私は昨日ドックの作業で忙しかったから伝達を頼んだのだけれども。」

 

「はい、しかし私もウォースパイト様からの呼び出しを受けまして、ティルピッツに頼みました。」

 

「確かにベルファストから頼まれたけど、それはダンケルクがもう伝えてたんじゃないの?」

 

 

「「「…………………」」」

 

 

何だ、お前ら。

黙るな。何か喋れ。

何があるんだ?今日は一体何の日なんだ?

 

まず、話そうか。

おじさんに『今日は何の日?ふっふぅ〜♪』なのか教えてくれ。

あのベテラン司会者みたいにしわがれた声で「○月✖️日、今日は初めて云々カンヌンがあった日です」とか教えてくれ。

 

 

気まずい沈黙の後、ダンケルクが非常に申し訳なさそうに口を開く。

それは私にとってフランス革命並みの衝撃だった。

 

「今日、海軍参謀長が視察にいらっしゃいます…」

 

 

はい、おワタ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえ、君達。

やっちゃった事は仕方ないんだけどさ。

 

なんだって海軍参謀長が来る前の日に執務室ぶっ壊してんのよアタマオカシインジャナイデスカァァァアアア!!!???

 

知らなかったならまだしも知っててやったなら重罪だよ!!

しかも何で言わねええええのよ!!

何で複数のエンジニアが同一の仕事した場合徐々に認識のズレが生じて重大なミスに至る典型例みたいな伝達ミスしてんのよ!!!

 

 

まあ、今回はかなり優秀な工作艦たる明石くんが、私がベルファスト私室兼臨時執務室に到着した途端にぶっ倒れながら入室してきて「指揮官、終わったにゃ」とか言ってくれたから良かったんだけどね。

 

明石くん、本当にありがとう。

恐ろしい程に仕事が早すぎて助かるよ。

君がいなければ私は今頃、こっちに来て2度目の自殺を考えていたところだよ。

海軍参謀長に全壊の執務室なんて見せたらどうなったか。

考えたくもない。

 

 

まあ、執務室テロ実行犯4名(と内2名の分身達)もかなり視察前の準備をしてくれたから実際の刑罰は不問とする。

彼女達も彼女達なりに視察予想箇所の事前点検や清掃・整備を、商船護衛任務の合間に進めててくれたみたいだから。

 

つーか、こいつら強え。ヤバたん。

出撃から15分で敵艦殲滅とか何なの?

「あ、ちょっとその辺走ってきます」感覚で敵艦隊を逆に強襲するとかどんだけよ。

 

聞けば、戦闘中ずっと視察前準備の事話し合いながら敵の量産型潰してたって言うじゃん。

敵艦隊はハンド●ピナーか何かか。

いくら量産型でも可哀想だろうが。

 

 

さて、とりあえず一安心といったとこか?

点検前の準備はテロ実行犯4人が進めててくれて、明石くんの人並みならぬ努力のおかげで執務室は直り、私は鎮守府の正門で出迎えの体制を取っている。

 

ぶっちゃけた話、今回私はなにもしていないし、慌てたのは視察の話を朝一番にされた事と、正装が思ってた以上に面倒くさかった事ぐらいか?

 

 

丁度いいので制服について話しておこう。

 

皆さん、指揮官ないし提督と聞けば帝国海軍式の純白の詰襟を思い浮かべる事だろう。

だが、私の制服は開襟式の物で色もオリーブドラブだった。

言わば陸軍式の制服だね。

 

戦艦・巡洋艦より戦車や榴弾砲が好きだった私の趣味が影響しているのかは分からない。

ただ、小肥りした首周りには詰襟は有難くなかったので、開襟式の制服はとても嬉しい。

 

問題はこの制服の正装の規定だと腰に拳銃を吊り下げとかなきゃならん。

面倒くせえ。

どうせ撃ちもしねえのに、何でそんな重いモン腰からぶら下げにゃならんのよって愚痴ってたらティルピッツから凄い目で見られたので黙って選ぶことにした。

そういった妥協は許してくれないのかよ。

 

選ぶことにした、というのはベルファスト私室に移動されていた指揮官専用執務机の引き出しに何挺もの拳銃が入っていたからだ。

 

 

 

ニコラス・●イジじゃないんだぜ?

グロック拳銃や357マグナムを麻薬カルテルやリベリア大統領に売りに行くわけじゃないのに何でこんなに拳銃があんのよ。

武器満載のAn12輸送機とか、鎮守府の何処かにあるわけじゃないよね?大丈夫だよね?

インターポールの熱血刑事とか追ってきてないよね?

 

さて、どれにしようかな。

 

もう、なんつーか軽くて単純なのが良い。

間違ってもドウェ●ン・ジョンソンみたくデザートイーグルを片手で撃てそうな体型じゃない私には9mm弾のコントロールさえ難しいかもしれない。

 

取り敢えず、32口径モデルのPPKとホルスターを持ち出した。

これなら、まあ、軽くてあまり負担にならないだろうし、もし必要になれば…制圧射ぐらい出来るだろう。

ジェームス・●ンドに憧れたわけじゃない、いいね?

 

PPKを選んだ瞬間に、ティルピッツがドヤ顔を、ダンケルク、セントルイス、ベルファストが舌打ちをした。

 

ダンケルク、マニューリンの1873年型は古すぎる。お手入れ大変じゃん。

 

セントルイスもガバメントは反動きつすぎるだろうし、ベルファストはNo2じゃなくて455ウェブリーを持ってきたのが失敗だよ。

 

これでよぉく分かったけど、あんたら自分の国の銃器を勝手に私の机にポンポカ入れていってたのね。

プレゼントか何かのつもりなんだろうか。

品の良い時計とかの方が嬉しかったが。

 

 

 

 

さて、そうこうしている内に海軍参謀長のお車がお目見えになりました。

はあ、緊張する。

統合参謀本部議長とは違って、私と海軍参謀長の間には何の接点もないはずだ。

つまり、今日が初対面、少なくともこちらからすればね。

黒塗りのセダンの車列が近づいてくるに連れて私の心拍数も上がって行くのが分かる。

たまったもんじゃねえ!!

 

どうか温厚な人であってくれ。

参謀長執務室で翔鶴あたりが作ったお粥でも食べながら「かゆ、うま」してる程度の人であってくれ。

 

間違ってもハート●ンがそのまま星と二本線を付けたような人間とかやめてくれよ。

M14バトルライフォーで心臓を撃ち抜きたくなる人間とか間違ってもよこすなよ。

「やっとお前の取り柄を見つけた!」とか言い出すあたりにはもう終わってんだからな、分かるよな!

 

何か車列の方から軽快なラテン系の音楽が聴こえてくる気がするなあ、緊張してんだな、気のせいだ、気のせい。

 

 

 

 

 

 

 

気のせいじゃなかった。

 

誰だお前は。

「DA☆RE」とか言ってるけどお前こそ誰なんだ。

スキンヘッドにスーツにグラサンの白人。

ノリとテンポの良いラテン系の音楽に、時々混ざるスペイン語。

 

 

ピット●ルじゃねえかよ!!!!

まんまソレだよ!!

別の場所でお会いしたかったよ!!!

週末の宴会の二次会とかの後、クラブか何かにでも行った時に来てくれよ!!!

何で海軍参謀長としてくんのよ!!!!

 

聴こえたもん!

セダンが停車した瞬間から『ホー●ルッ!モー●ルッ!』っていうのが聴こえたもん!

「FooooOOOO↑↑↑↑」つってテンションアゲアゲで車降りてくんのも聴こえたもん!

 

大鳳とサウスダコタの腰に両腕回してご満悦の様とかもうそのまんまホテル・ルーム・●ーヴィスだよ!

後ろの別の車両でアルバコアがDJしてるし、おっさんのセダンの運転手がどっからどう見てもT-●ainにしか見えねえよ!

 

やめろ、人の鎮守府の正門でパーリートュナイトすんじゃねえ!

アルバコアは音楽を止めろ!

T-●ainはフューチャリングしてないで車をそこから退けてくれ!!!

 

お前ら一体何をしに来たんだ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

いやあ、疲れた。

結局視察って言ってもドックと執務室にちょっと顔を出したくらいで大したことなかったけど、海軍参謀長閣下の高カロリーなテンションに付き合わなきゃいけなかったからとっても疲れた。

 

大鳳とサウスダコタ侍らせながら、時々ラップ調で質問してくるし。

スペイン語混じりで聞かれても分かんねえよ『Si!!』とか『DA☆RE』とかやめてくれよ。

 

最後はまた運転手にフューチャリングしてもらいながら「FooooOOOO↑↑↑↑」つって帰ってった。

ホントに何しに来たのよ。

 

 

どいつもこいつもキャラが濃すぎるだろ。

そりゃ、ティルピッピに甘えてビースト(赤ん坊)と化してる私も人の事言えた義理じゃないんだけど、何故かその私がまだ正常に思えてくるっておかしくないかい?

 

統合参謀本部議長は高校時代のコーチだし、海軍参謀長はピット●ルだし、艦娘達は全力で私を甘やかしに掛かってくるし。

 

まあ、まだ楽しい方だから全然良いんだけどね。良くねえか。

 

 

「ご主人様ッ!大変ですッ!」

 

おうおうどうしたベルファスト。

そんな血相を変えなくても普段から十分大変だから大丈夫だよ。

で、どうしたの?

 

 

「GOD MATHERが戻られました!!!」

 

 

誰よそれ。これこそDA☆REだよ。

 

食事会の時、テーブルにドン・コ●レオーネみたいな机上札があったのは覚えてるけど、未だに誰なのか思い出せない。

 

多分、最初にケッコンした艦娘だけど…誰だったっけなあ。

私ってかなり酷いヤツだよね、ごめんね。

 

あ、思い出してきたぞ。

茶髪で、明るくて、活発で、ええっと確か名前は………

 

 

「シッキカーン!動きやすいように薄着しちゃったんだ♪」

 

 

私が名前に思い当たる前に、その艦娘はベルファストをまるで物置のようにスルーして執務室へ入って来た。

たしかに聞き覚えのある声で、今やっと名前も思い出したが、言葉の意味は理解できなかった。

大事な箇所がアメリカの深夜番組で使われるような黒い長方形で隠されているにしても、表現が不適切でしかない。

 

 

 

レパルス、君の国がどういう習慣をしているのかは知らないが、少なくともそれは薄着とは言わないと思うぞ?

 

それは全裸だ。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

GOD MATHER part Ⅰ

 

 

 

 

 

 

突然裸の女が目の前にやって来たら、まず興奮すると思うだろうか?

答えは否だ。

びっくりする。

 

WTF!何てこった!早く何か着てこい話はそれからだ何考えてんだまったく!ってなる。

 

 

 

執務室への全裸入室という前代未聞の事件を巻き起こした後、レパルスにはちゃんと服を着てから再度ご入室いただいた。

私はこう見えて常識人なんだ。

ビースト(赤ん坊)と化したとしてもまだ常識人として振舞っていたいんだ。

 

もはや私の中で一つの規則が出来ていて、それに従っている内は、まだ私は常識人であるという勝手な解釈をして精神の均衡を保っている。

 

"ビースト(赤ん坊)と化す時間は、夜2200から朝0700までの間とする。"

 

 

おっちゃん、早寝なんだ。

だから枕元で白人長身美巨乳お姉さんとかに「はいはい、良い子でちゅねぇ〜、子守唄歌ってあげまちゅからよく寝るんでちゅよぉ?♪月明かりの中 花も眠る(以下略)」とかブラームス歌われると抵抗するすべを持たないんだ。

 

ティルピッピママの悪いとこはその後熱が入りすぎて一人ウィーン劇場が始まるところなんだけどね。

ほんとね、もう可愛いよ。

何というか、こう、ロリータ的な可愛さとは別の意味で可愛い。

 

ヘンゼルとグレーテルを読み聞かせながら、最後に「ぐすっ、良かったねヘンゼル、グレーテル…本当に良かった…」って泣いてる人初めて見たよ。

あれはそんな泣けるストーリーじゃなかったと思うんだが。

どっちかっていうと魔女の婆さん釜に突き落とすあたり狂気を感じるんだが。

 

 

 

脱線してしまった話を少し戻そう。

衝撃的な初対面からはや20分。

今度はベルファストが、未だ動揺が収まったとはとても言い難い声でレパルスの入室を告げる。

レパルスの到着を聞いて慌てて駆けつけ、今や私の背後にいるティルピッツとダンケルク、そしてセントルイスもどこか落ち着かない様子。

なんだろうか?

今朝の事を除けばそんなにヤバい奴ではなかったと思うぞ、レパルスは。

やがて扉が開いて、レパルスが入ってきた。

 

 

おい、やめろお前ら。

レパちゃんが入ってきた瞬間から"NTR"、"負けヒロイン"、"狙われポン"、"信じて送り出したレパルスが"とか不穏極まりない二つ名を口々にするんじゃない。

ヘル●ングじゃねえんだよ。

アンデル●ンじゃねえんだよ。

もうちょっと穏やかに迎えてやれよ、お前ら。

 

 

やあ、レパルス、久しぶり?だね。

まずは長距離強襲任務ご苦労様。

とりあえず休みを取ってゆっくりしたまえ。

何か欲しい物があるなら直ぐにでも取り

 

「あれえええぇぇぇ?指揮官、ティルともケッコンしたの?」

 

 

う、うん、そうだね。

どうしたのかな、レパルス。

どうしてそんなアーカー●みたいな目をするのかな?

おい、何をするつもりだ艤装じゃないよなまさかお前まで艤装持って入ってきたわけじゃないよなつーかなんで艤装の使用を恐れてるんだ私は何かとんでもない事が起きそうな予感というか直感がベルサレムの鐘みたくなって私自身に警告してるんだが気のせいだよな

 

 

「そっかぁ。私専用の指揮官じゃないなら…もういっらなーーーーいっ!」

 

 

 

ダンケルクには秘書艦はパンツか何かみたいにずっと付いて回る必要はないと言ったが、どうやら撤回せずにはいられないようだ。

 

レパルスが目にも止まらぬ速さで短銃身、ストックレスのステン短機関銃を取り出して私に向けて発砲した時、ダンケルクがどこからともなく防弾盾を取り出して私を守ってくれなければ、私は毎分500発で繰り出される9mm弾に穴だらけにされていただろう。

 

 

じゃなくてね。

 

超怖ええええ!!!

なんなの!?レパルスお前いったいどうしたの!?そんなキャラだったの!?

 

目が怖えよ、目が。目がッ目がァァァアアア!!ってぐらいに怖えよ。

思わずNo.2リボルバー投げ出して両手で目を覆いたくなるほどレパちゃんの目が怖いんだよ。

 

 

わかってる?ねえ?

貴女今さっき余裕でセントルイス追い越して鎮守府イチ恐ろしい艦娘堂々の第1位になったんだよ?

もう洗脳とか屁でもねえよ。

直に殺しに来る方がよっぽど怖えよ。

 

なんで?

私、何か気に触ることをしてしまいましたでしょうか教えてくださいお客様。

 

「えへへ☆だって指揮官が私以外のモノになるなんて考えられないじゃん☆指揮官の重婚を止めて、私だけのモノにするにはこうするしかないでしょ☆」

 

 

病み過ぎだろおおおおおお!!!

 

「モノ」の意味が変わってくるだろうが!!

「者」っていうより死体としての「モノ」って感じ全開で来たぞ、こいつ!!

暖かかろうが、冷たかろうが側にあれば良いスタンスで来たよ!!

もはや私の事をぬいぐるみか何かとしか思ってない前提で来たよ!!

 

 

つーかなんなんだそのサブマシンガンはッ!

どこでそんな変態みたいなステンガン手に入れた!?

 

グリップに巻いてるテープ的なサムシングはアレか!?

指紋残さない類のアレか!?

ここはイタリア料理店じゃねえんだよ!

私がトルコ人なわけでもねえよ!

お前はいつからマイケル・コルレ●ーネやらトニー・モ●タナになったんだ!?え!?

 

 

「そんな所に隠れてないで出てきなよ〜。いいじゃん、ずっと一緒にいようよ〜。」

 

 

ダンケルクの前から変態ステンガンのリロード音が聞こえる。

やめろ、やめてくれ。私の執務室を子牛料理の美味いイタリア料理店にしないでくれ。

そしてこれ以上の物資破壊をもたらさないでくれ。

明石が泣く。今度こそ泣くぞあいつ。

 

 

「し、指揮官、ああなってはゴッド・マーザーは止められません。取り急ぎ避難すべきです。」

 

おお、そうだなダンケルク。

でもどうするよ?どうやって逃げるよ?

防弾盾持ってるダンケルクの右も左もステンガンの射程範囲じゃん。

ステンガンがある以上、ティルピッピママは私のいる机の隣の書棚から動けないし、ベルファストは………ちょっとまってレパちゃん、それは反則でしょう。

あんたどうやってステンガンをリロードしながら片手でウェブリー使って後ろのベルファストに精密極まりない牽制射撃してんのよ。

次●かお前は。

 

 

うわ、マズイぞ。どうやっても病んデレーナと化したレパルスから逃れる方法が見つからん。

 

右、左、上、下、どこも逃げ道は…下?

………よし、セントルイス。

天井のみならず床下からも出口を作っていた事はこの際不問にする、つーか褒める!

飛び降りるからちゃんと受け止めてね?

おっちゃん重いよ、大丈夫?

その恍惚とした表情はやめてくれるかい?

 

 

 

 

 

 

 

ふぁー。

危なかったあ。

 

結局、あの後セントルイスと一緒に執務室から脱出し、未だにファム・ファタムっぽくて仕方のないイラストリアスが車で迎えに来てくれて一旦鎮守府の外に避難した。

 

当のレパルスはダンケルクを力づくで………いいかい、もう一度言おう、LV100越えの戦艦を力づくで退けて私の机に迫った後、「あれれぇぇぇえええ?指揮官は〜???」とか言って外に出たらしい。

 

その後ティルピッツと戦闘して"終始圧倒しながら"鎮守府内を探し回った挙句、「あ、もうこんな時間だ。次の長距離強襲に行かなきゃ」とか言って出撃したそうだ。

 

 

疲れ果てた様子のダンケルクとティルピッツ始め関係者各位には、深々とお辞儀してお礼した。

 

まだこっち来てから3日たってないのに本当に死ぬとこだったわ。

 

 

 

レパちゃん、ねえ。

最初に私が引き当てた戦艦で、最初に私がケッコンした艦娘。

底抜けに明るくて、いつも元気なイメージが好きだった。

なんかこう、幼馴染みの女の子的なサムシングを感じ取ったんですわ。

 

まあ、最近は他の艦娘の育成やらイベントやらで全然構ってなかったからなあ。

挙句、数人と重婚をされたら彼女としては裏切られたような気持ちもしたかもしれない。

 

でも、別のアプローチもあったんじゃないかな?

全裸入室からの暗殺未遂は余りにもぶっ飛んでるよ、レパルス。

 

まあ、長距離強襲任務は手のつけられなくなったレパルスの為にわざわざ作られた任務で、そうそうこっちに戻らないってとこがせめてもの救いっつーか、レパちゃんには凄い申し訳ないけどリゾート地経由だし旅費もトコトン弾んでるから勘弁してください。

ただ、不定期で戻られるというのがなんとも。

 

 

まあ、さて、帰るかな。

鎮守府まで戻ったけど、私の生活空間は執務室からは離れた場所にある。

今日はピット●ルとトニー・モン●ナのおかげで随分とくたびれたし、ゆっくり風呂にでも入って寝よう。…ピッピママと一緒に。

 

ええっとまずは車、車。

私の愛車で移動して…

 

 

「ご主人様、お待ちください。」

 

どうしたベルファスト、青い顔して。

つーかなんで艤装付けてんの?出撃予定ないでしょ、貴女。

鍵?ほら、どうぞ。

いったいどうした………ooops.

 

 

 

 

 

 

今日は秘書艦経験者全員に命を助けてもらった。

 

 

帰り際にフル装備のベルファストが私の代わりに車のドアを開けていなかったら、私は間違いなく天に召されていただろう。

 

私の愛車は爆発を起こし、ベルファストに装備していたT3バルジはダメになった。

 

もうトニー・モン●ナどころじゃねえよ。

テロだよ、テロ。

 

 

よって私の交通手段はなくなり、ティルピッツにおぶってもらい帰宅となった。

 

歩いていくって言っても聞いてくれなかった。

道中危険かもって必死に訴えられたし、実際車が吹き飛んだ後じゃ私も怖かったよ。

 

ただ、私をおぶるティルピッツが歩を進める間にも、ベルファストが金太郎飴を食べさせ、セントルイスが民謡を歌い、ダンケルクがガラガラを鳴らしていた。

 

 

 

もう、いいです。

私は皆の可愛い赤ん坊です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

庇護下の勇気



「んなもん、何の勇気もいらねえだろうが」

-------------------- ジャン・バール (ヴィシア・アイリス戦艦)


 

 

 

 

 

 

昨日の夜から安眠ピッピに安眠ダンケルクがついてくるようになった。

ナイスバデーな二人に包まれて、さぞかしよく寝れた事だろうと思うかもしれないが、事実は少し異なる。

いい加減、寝苦しい。

 

こっちが寝てる最中に奪い合いをするのはやめろ。

その間寝れねえし、起きた時に身体中が痛いんだよ。

私は間違っても貴女達の抱き枕ではないし、実の息子でもない。

むしろ実の息子扱いするならもう少し丁寧に扱ってくれてもいいんじゃないかな?んん?

 

 

 

 

さて、朝を迎えて目を覚ますと、私はベルファストが運んできた紅茶を飲み、髭を剃って、顔を洗う。

執務室へ向かうと、今日はセントルイスが朝食を用意してくれたらしく、テーブルクロスの掛った執務室の机の上にはベーグルとソーセージ、スクランブルエッグにグリーンサラダとコーヒーが載っていた。

 

椅子に座って食事に向かい合うなりティルピッツが先にフォークとナイフを取り、ソーセージを小さく切り刻もうとしていたので私は止める事にした。

 

善意は有難いんだけどねピッピ、ソーセージの口移しとかされたらたまったもんじゃないし、おじちゃんはちゃんと自分でナイフとフォーク使って食べれるからご自分のお食事をお召し上がりになってくださいますか?

 

そんな「まあ!お嬢様が立ったぁ〜」みたいな反応しないでください、ピッピマイヤーおばさん。

私はクラー●嬢でも何でもないただのおっさんでございます。

今の貴女ときたら涙を浮かべながら息子の成長に感動するお母さんそのものですよ、気づいていらっしゃいますか?

ほかの方々もそれぞれ母性溢れる反応しなくていいからね?

ただおっさんが飯食ってるだけじゃん、ね?

 

 

 

 

さて、飯も食べ終わったし、ぼちぼち今日の業務でも始めっかな。

て言っても前も言ったように僕ちん殆ど何もしないんだけどね。

 

この狭い執務室で秘書艦が実質4人いる状態だからさ、本格的にやる事ないわけよ。

ピッピママに至っては作業すらしてないわけよ。

微笑みながら私を抱えてリクライニングチェアでご満悦なわけよ。

ダンケルク、ベルファスト、セントルイスも「しまった!初動をミスった!」的な目でこっち見てるわけよ。

こっち見ながら凄いスピードで仕事進めるわけよ。

あんたら一体何モンなのよ?

 

 

そうは言っても、やっぱり指揮官ですから最終的な判断を任せられる所はある。

大抵、判断を仰いでくるのは"正規"秘書艦たるダンケルク。

そして、"その書類"も例に漏れる事なくダンケルクによってもたらされた。

 

 

それは電報だった。

 

同管区内の鎮守府に所属する艦隊からの物で、どうやら敵の大規模襲撃を受け増援が必要な状態らしい。

 

よし、じゃあ、編制だ。

ダンケルク、速度を要するという点を踏まえた上で編制を組んでくれ。

 

 

 

 

………ねえ、ダンケルク。

君はカテゴラズ的には"高速"戦艦のはずだよなぁ?

なのに、何であいかわらずちゃっかり編制から外れようとするの?

ピッピママ、ベル、ルイスを編制にぶち込んどいて君が一人外れられる理由は何?

速度を求められる編制を要求して、3分経たない内に出してきた編制表から君が外れてる理由は何?

あのね、統合参謀本部議長命令の商船護衛の編制と同じぐらい用意が良いのは認めるけど、これじゃ意味ないでしょ?

 

 

「今回はちゃんと理由があるのよ、指揮官」

 

今回"は"つったな、この野郎。

 

「まず、早急な出撃が必要になる事から最小兵力での派遣が望ましい…よって後衛1、前衛3の編制にしたわ。加えて戦艦保有の敵大規模艦隊の出現が予想される事。つまり、速度と同時に大火力を求められるという事。」

 

おう、なら尚更お前さんが行った方が良いだろうよ。

 

「指揮官、私はたしかに410mmを装備している上に開幕砲撃が出来るけれど、砲弾が大きい分、再装填には時間がかかるわ。」

 

うん。

 

「大型艦隊を相手にする以上は戦艦現出前に一回撃つでしょうし、そうなると410mmの援護に大きな間が空いてしまう!」

 

うんうん。

 

「ティルピッツなら補助装填装置も持ってるし、搭載している380mm砲なら410mmほどの時間はかからないはず。『孤高なる北の女王』を発揮すれば大威力は保証できるし、魚雷まで撃てるなら尚更よ!」

 

うんうんうん。

なんか都合良くこじつけてるようにしか聞こえないような部分もあるような気もするけど、そこまで考えてくれてたなら無下にするのもよろしくなかろう。

 

痛い痛い痛い痛い、ピッピママ?

ダンケルクが説明を進めていくうちにも、私を抱えるピッピママの腕の力がどんどんどんどん増していく。

愛する我が子を離さんと頑張る母親に見えなくもないが、このままだと愛する我が子がハンバーグになっちゃうよ?

 

 

「嫌よ!指揮官と離れるなんて!」

 

「諦めなさい、ティルピッツ!あなた今日は指揮官をあやしてただけでしょ!いい加減出撃なさい!」

 

「指揮官をあやせと囁くのよ、私の中のゴーストが。」

 

「はい、理由になりませ〜ん。」

 

 

ダンケルク、お前知らないかもしれないけど今の元ネタは歴史に残る名言なんだぞ一応。

 

 

「セントルイスが行くなら私は外れてもよろしいのではないでしょうか?」

 

「ベルファスト、あなたの煙幕が前衛には必要なのです。」

 

「クッ」

 

「ベルファストが行くなら私は指揮官君と一緒に色々シててもいいでしょう?」

 

おい、セントルイス。

ナニをスる気なんだお前は。

 

「ダメです、あなたには対空火力の増強という役割があるはずです。2人とも諦めて大人しくフォルバンを援護しなさい」

 

「「チィッ」」

 

 

今舌打ちしたよな?

すっごい形相だったよ?

ブ●ックラグーンのレ●ィとかロベ●タがキレた時の表情そのまんま。

ここはロアナ●ラか?

 

つーか間に挟まれるフォルバンが一番可哀想だよ。

狂気の母親2人に挟まれる前衛艦隊の編制が可哀想だよ。

ヴィシアが枕詞に着くとしても同じアイリスの出身なんだからさ、少しは気を使ってやれよぉ。

こんな移動する修羅場みたいな編制に1人ぶち込まれてみろよ。

泣くよ?フォルバンちゃん泣いちゃうよ?

 

 

「指揮官!時間がないわ!ご決断を!」

 

ダンケルクが迫る中、私の額に大粒の生暖かい水滴が降ってきた。

ねえ、ピッピママ。

そんなに遠いわけでもないんだし、寧ろ目と鼻の先なんだし、おっさんの為にマジ泣きしなくてもいいんじゃないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

『指揮官、こちらママよ。まもなく該当の海域に到着予定。』

 

 

無線でママ言うな。

了解した、十分に警戒せよ。

 

30分後には、私はダンケルクの膝の上に座っていた。

 

もう、酷いよダンケルク。

私を抱えた瞬間に職務放棄かい。

「私の国のお菓子はね〜」とか言う前に無線ぐらい取ってくれても良いじゃん。

 

目の前の視界にはダンケルクの両腕が映り、見事なまでの手捌きでブリオッシュを作っていく。

後頭部やや上方から優しい女性の甘々な声がして、その声はひたすらブリオッシュについて語っていた。

 

 

「マリー・アントワネットの『パンが無いならお菓子を』発言は実は、『パンが無いならブリオッシュを』って言う発言で、それもアントワネット本人の発言ではないらしいの」

 

へぇー

 

「ある貴族の女性が、『お酒のつまみにパンもいいけれどブリオッシュも試してみたらどうですか?』って友人に勧めた発言をこじつけられたらしいわ。」

 

そこから得られる教訓は?

 

「そうねえ…何でも利用すること、かしら?

革命家が別人の発言を、王妃の首を切り落とす為にすり替えて捻じ曲げて使ったように、あなたも時として手段を選ばない場面を見極めるべきよ」

 

怖えよ。

目の前で繰り広げられる光景はN●Kの『マーザーと一緒』じみてんのに、後ろから聞こえる解説は18世紀欧州の血みどろの歴史と純然たるマキャベリズム。

ダンケもひょっとしたらセントルイスに近い闇を持ってそうな気がする。

 

 

「さて、後はこれを焼き上げれば出来上がり☆簡単だったでしょ?次は一緒に作りましょうね?」

 

ダンケ、簡単じゃない。

気がついてないんだろうけど、あなた先程から職人芸みたいな作業してたんだよ?

ブリオッシュ作るって言い出したから、クッ●パッド的なサムシングかと思ったら軽くパティシエ修行だったよ。

まず、小麦から始めてたよな?

まず、臼で挽くとこから始めてたよな?

 

 

「大丈夫、教えてあげるわ。あっ、無線通信が入ってるわよ。」

 

私は両手を粉まみれにしたダンケルクから無線機を促された。

たしかに、その状態じゃあ無線取れんわな、すまんかった。

はい、もしもし。

 

 

ティルピッツの、本格的に焦った声を聞くのはこれが初めてだった。

 

「指揮官!砲撃を受けてる!!!」

 

撃ち返せ!!!

 

「やめた方がいい!友軍だ!!!」

 

友軍!?ちょっと待て、友軍から誤爆されてるのか!?

 

「ああ!重桜艦のようだが、アズールレーン側の紀章が見える!レッドアクシズではない!」

 

 

 

ダンケルク、ブリオッシュをオーブンに入れるのは少し待っていてくれないか?

これから忙しくなりそうだ。




次回少しシリアスになりそうな予感(予感は所詮、予感でしかない。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イモライザー


一応、シリアスのつもりです。。。

不快に感じるかもしれませんので、観閲注意お願いします。


 

 

 

 

 

 

昼食はピッピママが作り置きしといてくれたボローニャソーセージ2枚、それにバゲット、シュリンプサラダ、コンソメスープという簡単な物になった。

 

ソーセージに使う肉の選定から腸詰、燻製まで丹念にやってくれた当の本人は今ドッグでヴェスタルの治療を受けているところで、そのことを考えると食事もあまり進まない。

 

私の考えが甘かったのは認めざるを得ない。

慣れた海域なら後衛1、前衛3の編成でも大丈夫だと根拠のない自信にかられていたのだ。

 

その自信がもたらした結果はピッピママとセントルイスの負傷。

幸い2人とも軽症で済んだが、それでめだたしとはならない。

私の詰めの甘さが、彼女達の負傷を招いてしまったのだから。

 

考えどころか認識からして甘かったのだろう。

私は、画面上の操作から実際の陣頭指揮へと変わる、その2Dと3Dの違いさえ十分に理解できていなかったのである。

艦娘と言えども、艤装が無ければただの人間のようなものであり、負傷もすれば最悪死にもする。

疲労も感じないわけはなく、判断を誤る時もあり、よって私は突発的な不測事態に襲われる可能性があるという事なのだ。

 

 

 

 

 

ボローニャソーセージ越しに、私は不測事態をもたらした2人組を見やる。

 

友軍の誤射による負傷の報告を受けた時、私は怒りのあまりPPKを手にして「私の大事な艦娘を傷つけた大馬鹿野郎どもは始末してやる」と怒鳴ったが、実際にその大馬鹿野郎共と出会った時、その決意は急速に萎んでいった。

 

 

赤城と高雄。

私の鎮守府には所属していないが、大変優秀な戦闘艦であることは間違いない。

重桜きっての空母と重巡が、何故友軍誤射などという初歩的なミスをやらかしたのか?

答えは、彼女達の顔を見ればありありと分かる。

 

もはや重桜の精鋭という面影はなかった。

2人ともやつれ切り、目の下には濃い濃いクマをこしらえて、身体中に包帯を巻いている。

その包帯さえも急ごしらえも良いところで、全くもって衛生的とは言い難い。

今にも感染症にかかりそうなほど血と膿の跡がくっきりと見えるような代物だった。

 

 

とりあえず、席に着いてもらおう。

話はそれからだ。

 

ダンケルクとベルファストは不愉快な態度を隠そうともしなかったが、ちゃんと指示通りには動いてくれる。

ダンケルクが2人組の前に私の机に載っているのと同じソーセージとバゲットを並べ、ベルファストがルイボスティーを淹れる。

 

恐らく、2人組は微塵切りにでもされるとでも思っていたようで少々困惑した様子だった。

私も最初は微塵切りにしたかったが、今は違う。

悪いのは彼女達自身というより、彼女達の所属する鎮守府の指揮官だという事を今ではよく理解しているつもりだ。

 

 

 

2人組がソーセージを食べている間に、ピッピママとセントルイスが帰って来た。

両者共に腕に包帯を巻いているが、もちろん今ソーセージに手を付けている2人組よりは断然清潔な物だ。

その包帯を巻いた腕を上に挙げて私に手を振りながら上機嫌で「帰って来たわよ〜!」と言っているところからして、回復も早そうだ。

 

ピッピママは2人組を見た瞬間に私に食ってかかってくるだろうとは思っていたが、まさしくその通りだった。

セントルイスも渋い顔をしている。

 

 

「指揮官、この2人が貴方の為のボローニャを貪っている理由は!?」

 

マッマ、落ち着いて。

私の隣に来てくださりませんか?

今からお話しします故。

 

丁度、私はピッピママお手製のボローニャソーセージを食べ終えたところで、紅茶片手にマッマ2人を両隣に招く。

貴女方には後ほど謝罪をしなければならない。

だが、その前に解決すべき問題がある。

 

 

 

ピッピママ、ハンマーシュタインの事なら知ってるよね?

 

「ええ、勿論。鉄血の艦娘なら誰でも知ってるわ。」

 

ハンマーシュタインは冗談半分に軍隊に所属する人間を4つのタイプに分けて評価したと思ったが…知ってる?

 

「それも知ってるわ。一つ目は、利口で勤勉なタイプの軍人。二つ目は利口で怠惰なタイプの軍人。三つ目は愚鈍で怠惰なタイプの軍人。そして、四つ目は……愚鈍で勤勉なタイプの軍人。」

 

一つ目は参謀、二つ目は前線指揮官、三つ目は下士官、兵卒に向いていると彼は語ってるね。

私自身は

 

「「「「一つ目で決まりね!」」」」

 

あのぉ、マッマさん達、いくらなんでも過保護すぎやしませんか?

決してそんな優秀な人間じゃないよ私は。

今朝だってピッピママとダンケママに挟まれてビーストと化してたのよ。

そんなのが一つ目なわきゃないでしょう?

 

まあ、三つ目ではあっても四つ目ではないと私は思っている。

 

ハンマーシュタインは四つ目の人間に何の立場も与えてはならないと言った。

四つ目の人間はどんなに間違った事でもクソ真面目に実行しようとする。

頭は良くないのに、任せられたと思った仕事は、例え己の力量の遥か及ばないものであっても執着して放棄することを知らない。

それが、四つ目の人間だ。

 

私の見る限り、君達2人組の指揮官はこの四つ目の男だ。違うかな?

 

 

 

赤城は公式にもヤンデレーナな性格だというのは知っていた。

そのヤンデレーナが口を開いた時、私は正直ゾッとした。

 

「………指揮官様をバラバラにして側に置いたら………………」

 

おいおいおいおい。

ヤンデレ失望ボイスかい!

ヤンデレから永遠に一緒にいたい的な意味とは別に死ねと言われるという事は、その指揮官がよほど嫌われているに違いない。

 

高雄からはもっと細かい情報まで聞けた。

 

 

どうやら私のマッマ達を誤射した鎮守府の指揮官を名乗っているアホタレは、前衛1後衛1の勢力で過大な敵を相手にさせるのがこの上ない娯楽なようだ。

それも一度や二度ではなく、恒常的に、それも高レベルの周回を行う。

艦娘には休みを与えず、過度な整理を断行するせいでまともにローテーションも組めない。

節約に取り憑かれ、艦娘の為の物資購入や寮舎の整備費、果ては食事まで切り詰めて海軍参謀本部に予算を返納してしまうらしい。

 

 

サイコパスか?

自分の鎮守府の艦娘は碌な扱いもできない。

徹底して金を削りまくり、治療費でさえ細かく口を出して奪い取る。

にも関わらず、無理やり浮かせた艦娘の治療費は自分で使うでもなく参謀本部に返納している。

何をやりたいのか、私には到底理解できない。

 

"四番目"の軍人にサイコパスが掛け合わされれば確かに大変な物が出来上がりそうだが、目的はさっぱり分からなかった。

何を考えているのか。

何を思っているのか。

何を成し遂げようとしているのか。

 

 

何を考えているにせよ、アホタレを許す気はもはやない。

今回の件は、要するにこう言う事だ。

アホタレが艦娘をこき使い、艦娘は過負荷がかかる状態で遠距離任務へ放り込まれ、重篤な疲労の為に私の艦娘達を敵と誤認して攻撃した。

指揮官どころか管理者としてなっていない。

まさにハンマーシュタインの言うところの「何の立場も与えてはならない」人間と言ったところか。

 

 

「………たぶん、もう少しで貴殿の右手にある電話機が鳴る。」

 

高雄が唐突に切り出す。

その手は小刻みに震え、顔は青ざめていた。

 

「相手は若い男のハズだ。溌剌として、きっと貴殿から好印象を貰おうとするだろう。信じてくれ、それは真の姿じゃない。あの男は偽善者なんだ。」

 

 

高雄の言う通り、少し後に電話機が鳴った。

 

 

 

 

 

「…僕の艦娘達がご迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ありません。僕とした事が"躾"がなってなかったようですね。」

 

ほう、"躾"がなってない。

 

「ええ。そこにいる馬鹿2人はすぐに僕のところへ向かわせていただいて構いません。きっちりと躾をさせていただきますので。」

 

うん、頑張ってくれ。

ただ、君の"馬鹿2人"はしばらくそちらへは戻らないはずだ。

 

「…………お気持ちは十分に分かります。ですが、その2人は僕の鎮守府では基幹要員なんです。退役処分だけは、どうかご勘弁願えませんでしょうか?」

 

ダメだ、全然わかってない。

 

「分かってないとおっしゃいますと?」

 

この2人は君の基幹要員だと言ったね?

 

「ええ、その通りです」

 

君の鎮守府は味方を誤射するような困った艦娘しかいないと言うわけか?

そんな艦娘でしか編制を組めないほど……艦娘に不足してるのかな?

 

 

「僕の鎮守府のモットーは『少数精鋭』です!艦娘の維持には多額の費用がかかります!ですから、当鎮守府は極力少数の鍛え上げられた艦娘で最大の戦果を目指します!そうする事で管区は最小限の支出で高い戦果を挙げられ、結果として」

 

 

君がぶら下げる勲章が増えるわけか。

 

「は?」

 

いいかい、よく聞くんだ。

君の性格が段々と分かってきた。何をしたいのかも、何を成し遂げる気でいるのかも。

君の目的は、あれだろう。

海軍参謀本部のピッ●ブルから良く思われたいんだ。

その為に自分の艦娘をこき使い、予算・戦果共に得られた利益を総取りしてる。

 

「聞いてください、僕はただ」

 

聞くものか。

君の艦娘は躾がなってなくて誤射をしたんじゃない。

むしろ躾がなってないのは君の方じゃないのかな?

散々こき使われた艦娘は疲れのあまり誤射をしたんだ。

君は管理者として失格だし、私は彼女達を回復させて十分な休養を取らせるつもりだ。

当人達の希望がない限り帰すつもりもない。

 

「………」

 

また彼女達に"疲れのあまり誤射"なんてされちゃたまったもんじゃない。

これに懲りたらせいぜい手持ちの艦娘には

 

 

「黙れクソジジィ!!!」

 

(おお、どうしたどうした)

 

「後悔するぞ、クソ野郎!!!後悔させてやる!!!舐めやがって、このジジィが!!!俺の女だ、すぐに返せ!チンタラやってるテメエ程暇じゃねえんだよ!」

 

本性が現れたな。

 

「ふざけんじゃねえ!!この件は参謀本部に報告する!!これはれっきとした横領だ!!…俺を誰だと思ってる!?この管区じゃ危ねえ奴だと有名なんだぜ!?お前みたいなショボくれた中年指揮官なんか屁でもねえ!!耳を切り落とし、爪を剥いでやるからな!!いいか、おれは」

 

吠えるな若造。

貴様こそ、私を誰だと思っている?

 

「ああ?」

 

参謀本部に報告したければすれば良い。

困るのは君だ。

ピッ●ブルが艦娘を奴隷扱いするような指揮官を認めると思うか?

何なら統合参謀本部議長に報告してもいい。

いずれにしても、君の艦娘は帰ってこない。

来るなら、来ると良い。

私は・・・・・

 

 

 

 

そう言えば、私はこっちに来てからなんて名前になっているのか知らない。

元の名前かもしれないが、別の名前な可能性もある。

 

何か、今決めろって言う啓示が降りてる気がする。

そうだ。

こういう時は閃きが物を言う。

 

ある名前が浮かんだ。

こういう時にピッタリの名前。

スキンヘッドに虚無の目をした黒人の名前。

 

 

 

 

 

 

いいか、若造。

 

私はマッコール。

 

ロバッ、いや、ロブ・マッコールだ。

 

「そうかい、いずれ挨拶に行くさ。首洗って待ってろ。」

 

それだけ言って、電話は切れた。

 

 

 

ふうぅぅぅぅ、小便チビるとこだったぜ。

 

 




シリアス書こうとすると駄文感が増してしまいましゅ。
アドバイスいただけると嬉しいです。。。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅱ章 山猫じゃないから寝るしかない
登場人物紹介挙げろタコ!誰が誰だかわかんねえんだよ!


大変今更ながら、且つ極めて雑にここまでの主要な登場人物をまとめました。


あと、誠に身勝手ながら章管理とかやらかしました。
読んでくださった方々、誠にありがとうございます。
これからもバブリーマン(バブルとか関係ない)の頭の沸いてる妄想をお楽しみいただけると幸いです。



登場人物

 

 

指揮官

 

見た目30代前半のおっちゃん。

この鎮守府の司令官にして、皆の可愛い(?)赤ん坊。

実は転生者であるが、画面の向こうとこちら側での違い過ぎる環境と艦娘の人格に凄まじく困惑する。

夜10時から朝7時まではビースト(赤ん坊)なので業務出来ない。

税金泥棒。

又の名を"ロブ"・マッコール

※但し黒人ではない。

 

 

 

ティルピッツ

 

鉄血所属の戦艦。秘書艦経験者。

転生したてで事情を飲み込めきれずに自決を図っていた指揮官を止める。

それ以来、指揮官を癒そうとするが徐々にマッマと化していく。

子守唄が得意で一人でオペラを始める始末。

通称"ピッピママ"

 

 

 

ダンケルク

 

アイリス所属の巡戦。現秘書艦。

元は常識人で、「今日はなんのお菓子作る」程度のN●Kチックな発言で済ませていたはずが、ティルピッツの影響かマッマ化していく。

お菓子作りが得意で、小麦を挽くところから始める本格派。

通称"ダンケママ"

 

 

 

ベルファスト

 

ロイヤル所属の軽巡洋艦。秘書艦経験者。

普段はデキるメイドさん。

前途の2名同様、異状なくマッマと化す。

5名いて、ケッコン相手がその内の誰かわからなくなると足を踏まれる。

紅茶の専門家並みの知識を持ち、部屋にはティーブティック並みの銘柄がある。

通称"ベルママ"

 

 

 

セントルイス

 

ユニオン所属の軽巡洋艦。秘書艦経験者。

軽くサイコな面があり、指揮官に自身をマッマと思わせる為に私室を洗脳部屋にする。

基本的に指揮官執務室に扉から入ることはない。

3名いる。

通称"ルイスママ"

 

 

 

イラストリアス

 

ロイヤル所属の空母。ケッコン済み。

氷の●笑のシャ●ン・ストーンみたいなアプローチで指揮官に自分をアピールするヤべえ奴。

下着を封筒に入れて指揮官に寄こす。

 

 

 

エンタープライズ

 

ユニオン所属の空母。

当該鎮守府に着任して間もない常識人。

指揮官からはヴァイオレッ●・エヴァー●ーデンとしか思われていない。

「お客様がお望みならどこへでも駆けつけます。」

 

 

 

グラーフ・ツェッペリン

 

鉄血所属の空母。

常識人。彼女のBF109に乗るヒヨコはキ●ヌ・リーヴス並みのイケメンボイスで喋る。

指揮官からはケチだと思われる。

 

 

 

フォルバン

 

アイリス所属の駆逐艦。

駆逐艦の癖にデカい。どこがとは言わない。

寮舎の惨状の理由を指揮官に問われたり、"狂気の母性"艦隊に組み込まれたりとこの娘も結構苦労人。

 

 

レパルス

 

ロイヤル所属の巡戦。ケッコン済み。

最初に指揮官とケッコンした艦娘。長期間指揮官と疎遠になったせいかヤンデレと化す。

全裸で執務室に入室したり、変態ステンガンで指揮官をターミネートしようとする。

通称"GOD MATHER"。

鎮守府の"マイケル"。

AHHとかHIiiii,HIiiiiiとか踊る方じゃなくてコル●オーネの方。

たぶんシチリアに居たことがある。

 

 

 

明石

 

重桜所属の工作艦。

鎮守府の兵站担当として頑張る艦娘。

この鎮守府一番の苦労人。

 

 

 

 

統合参謀本部議長

 

指揮官の士官学校時代の恩師。

指揮官を『クソ野郎』の愛称(?)で呼び、フランクな手紙を寄越す。

凄く親切で良い人。

 

 

 

海軍参謀長

 

ピット●ルみたいなおっさん。

「FooooooOOOOOO↑↑↑↑」

基本良い人。

 

 

 

ブラック指揮官

 

自身の艦娘を出世のためにこき使うクソ野郎。

こいつの艦隊から誤射されたママさん艦隊は2名の負傷者を出す。

当初は好意的に話すが、後から本性を現す。

赤城からはバラバラにしたいと思われているが、当人は気づいていない様子。

通称"アホタレ"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ベイビィッシュ・ペイシェント



そんなもん、ただの風邪ひいた赤ん坊だろうが。

--------------------ジャン・パール(アイリス戦艦)


 

 

 

 

 

イィィッキシィッッッ!!!!!!!

(注:くしゃみ)

 

チンピラみたいなアホタレ指揮官を相手にした翌朝、私は風邪をひいた。

 

スペイン風邪みたいな重病じゃなかったのがせめてもの救いっつーか、マッコールって名乗っておきながら何なんだお前はと思われたそこの貴方、貴方の仰る通りです申し訳ありません。

 

まあ秋の朝の冷える事。

ピッピママと一緒におネンネして、そのまま一緒に風邪をひいたんだから冗談にもならない。

そういうわけで、心地よい秋風を窓から感じながら今日は一日ピッピママとおネンネでございます。

 

 

いつものダンケママ、ベルママ、ルイスママが物凄い嫉妬と怒りの表情を向けて迫ってきたけど、これで風邪が蔓延してもそれこそ冗談じゃないのでご退室いただく。

 

 

「覚えてなさい、ティルピッツ。いつか私も指揮官と風邪を…」

 

あのさ、風邪ってそんなにロマンティックなもんじゃねえハズなんだが。

貴方と一緒に何もかも分かち合いたいって病原体まで分かち合う必要はないんだからね?

 

どうか貴女達は万全な体制でいてください。

第一線級の戦艦が1人体調不良なのよ。

それだけでも大打撃だし、私が不在の間の業務ができるのは貴女達しかいないわけですよ。

お願いします、どうかご退室してください業務に戻ってください。

 

 

「指揮官がそう言うなら……仕方ないわね。何か甘いものでも持ってくるわ。」

 

「ご主人様、何かご用がございましたらいつでもお呼びください。」

 

「指揮官君、お薬持ってきたから毎食後にちゃんと飲むのよ?」

 

 

みんなありがとう。

今はその気持ちだけでも本当に嬉しいよ。

 

セントルイスに至っては薬まで…ちょっと待ってセントルイス。

この薬は…なんというかすっごくアメリカンな見た目してんだけど私が飲んでも大丈夫なものなのかな?

ペンキで塗られたような毒毒しいまでに青いカプセル錠って、映画の中で見たことはあっても実際飲むのは初めてなわけよ。

 

セントルイス?大丈夫だよね?

お〜い、セントルイス?何で振り返りもせずに出て行った?何かマズイ物とか入ってないよね?飲んだら「俺の体は子供になっていた!」とかそういう類の物じゃないよね?

黒の組織とか関係ないよね?

体はおっさん頭脳はビースト(赤ん坊)の私が体まで子供になったらあんな長編テレビアニメシリーズにはなりもしないし、それどころか放送禁止だよ?

信じてるからね?頼むよ?

 

 

 

さて、私の寝室からダンケママ達が出て行った途端、ピッピママがこちらに物凄いドヤ顔を向けてきた。

 

「私としたことが、指揮官と共に風邪をひいてしまうとはね」

 

そうだね、手洗いうがいちゃんとしなきゃね。

 

「でも、きっとこれは…運命…そう!運命よ!」

 

騒ぐな。

 

「私は指揮官と共に風邪に倒れた!これは天よりの使命に違いない!きっとそうよ!ハレルヤ!私はこのまま坊やと命運を共にするッゲホッゲホッゲホッ!!!」

 

ほらもう!大丈夫?

少しは落ち着いててくださいませんか、マッマ。

病室では静粛に。

淑女の、というより善良な人々の間では一般的な常識なんですよ?

 

 

「そうね…早く回復するためにも安静にしないと。」

 

そうそう、安静にね安静に。

安らぐに静かと書いて安静。

静かにしましょう、そして寝ましょう。

 

「…!指揮官がよく眠るためには、子守唄が必要なハズ!!!」

 

人の話聞いてた?

 

「坊やがよく眠れるようにママが歌ってあげるわ!」

 

どうやら話が通じてないようだ。

 

 

そして子守唄と言う名のオペラが始まる。

体調が万全の日に、オーストリアにでも旅行して、ホテル・ザッハーでフルコースと赤ワインを楽しんだ後に聞きたくなるようなソロ オペラが。

 

ただお互い風邪ひいてる状況でピッピママにこれをやられると、キツい。

歌ってるピッピママが一番キツいんだろうけど、同じベッドの中いる以上すごい熱が伝わってくるのは避けられないんだ。

たしかに田中●子ボイスのソプラノが聞けんだから文句言うなよってんならその通りなんだけど、体調不良の日にむせながら歌って欲しくはないかな。

静かに寝てて欲しいし、こっちも寝たいし。

 

 

あと、選曲ね。

よく眠れるようにって言ってたのにプッチーニを選んじゃうの?

確かに有名な曲なんだけど、曲名は知ってるのかな?

"誰も寝てはならぬ"だよ!

寝れねえじゃねえかよおおおお!!!

 

 

「ヴィンツェロオオオ、ゲホゲホゲホホオオオオオオオオオッ」

 

ほらほら、もう安静にしてくださいマッマ。

貴女怪我してる上に風邪までひいて満身創痍じゃん?

僕ちんもう一人で寝れまちゅから。

無理しないでくだちゃい。

 

 

 

 

「うるさいと思ったら、やっばり貴女ねティルピッツ。」

 

ピッピママの熱唱をどうにか止めた時、くぐもった声が扉の方から聞こえた。

 

 

なんてこった、シュトュルム・トルッペンじゃねえか。

フリッツヘルメットにガスマスクして黒い軍服着てんだ間違いねえぜ。

 

「連中は突撃歩兵と言うらしい。塹壕を飛び出て、俺たちを制圧するように命令を受けてる」「それがなんだ!こっちには銃剣がある。奴らの胸にまっすぐ突き込んでやれ。一人残らずだ!」とか言いたい衝動に駆られるくらい立派なシュトュルム・トルッペンだ。

 

シュトュルム・トルッペンは私の側まで来ると、コーフォーコーフォーとべ●ダー卿みたいな呼吸音を発しながら体温計と何かの書類を取り出す。

 

 

すいません、あなたはべ●ダー卿で間違い無いですか?

 

「何を言ってるの?」

 

べ●ダー卿もしくはシュトュルム・トルッペンはそう言うと、現時点で最大の特徴であるガスマスクを脱ぎ始めた。

 

 

やあ、こんにちはプリンツ・オイゲン!

君だったのか!

ところで何をしに来たんだい?

 

「ん?検査。Vielen dank?」

 

意味わかって使ってる?

そのドイツ語は"ありがとうございます"の意味だったと思うんだが。

そんなアンダースタンド?的な使い方をするようなもんじゃないと思うぞ。

いくらボイスの台詞だからといって、何でもかんでも使う必要はないと思うぞ?

 

「冗談よ?今のでドキッとした?」

 

いや、全然。

 

「とりあえず、体温を測って、採血をするわね。」

 

 

体温計を咥えながら、そう言えばプリンツ・オイゲンともケッコンしてたなあと思い出す。

別名"ログイン8日目の女"

彼女ともログインボーナスで受け取って以来の長い付き合いだ。

まあ、たまには話したりするのも痛ええええええええええ!!!

 

「言い忘れてたけど、すこしチクっとするわね?」

 

無警告で採血取るナースがどこにいるんだ!

せめて刺す前に警告はしてよ!

ドSかおまえは!?

新手の拷問だよこれは!!!

 

「ふふっ。」

 

笑うんじゃないっ!

 

ところで、ヴェスタルさんは?

普段、こういう時の対応はヴェスタルさんの仕事じゃなかったかと思うんだが。

 

「ヴェスタルなら、昨日あなたが保護した重桜艦の治療で手一杯よ。私じゃ不満?」

 

いや、そう言うわけじゃないんだけどね。

 

唐突にプリンツ・オイゲンが私の耳元に迫ってきた。

何事だろうか?

耳元でボソッと囁かれた時、私は凍りつく。

 

 

「他の女の話をするなら、締め上げるわよ子豚ちゃん。」

 

………病んではないね。

でも病んでるのと同じくらい危ない道を歩もうとしてないかい?

引き返すなら今だよつーか引き返してくださいお願いします。

私はSMプレイ大好きな子豚ちゃんではないし、むしろSMは嫌いなんじゃぞ?

頼むからそっち方面だけは攻めないで?

お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします!!!

 

 

「ふふっ、冗談よ。今のでドキッとした?」

 

うん、ドキッとした。

冗談が冗談と思えなくなりつつあるからマジでやめてくれ頼んます。

 

「熱は38度、採血も完了。くれぐれも騒がないようにね、指揮官。安静にしてセントルイスの薬でも飲んで寝なさい。」

 

 

ああ、それなんだけど、この薬飲んでも大丈夫なの?

見た目アメリカンドーピングドラッグっぼくて若干の恐怖なんだけどさ。

 

「ええ、私も使った事があるわ。良く効く薬よ。ただ…」

 

ただ?

 

 

「中身の原料はセントルイスの≪ピーーーー≫よ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

マジかよ、セントルイス。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

部屋の上の惣寄合



「例え部屋の上じゃなく、崖の上だったとしても、それは自業自得だろうが。」

----------ジャン・パール(アイリス戦艦)


ポーカーなら何度もやったことはあるが、未だに一度も勝てた事はない。

 

私の向かいの席には過去に何人もの友人達が座ったが、彼らは示し合わせたかのように私に毎度こう言うのだ。

 

「ダメだダメだ。お前はすぐに顔に出る。ポーカーには向いてないよ。」

 

 

 

おそらく、この悪癖はこっちの世界に来てからも変わってはいないのだろう。

 

薬の原材料を聞いた私の顔を見た瞬間、プリンツ・オイゲンは歪な笑みを浮かべて私に青い錠剤を飲ませにかかってきた。

 

「そうね、飲ませてあげましょう!ほら、あーん!ほら!!!」

 

ちょっ!ちょちょちょちょ!ちょい待ち!ちょい待ち!ま、まだ心の準備というものがッ!!!

 

「問答無用♪飲みなさいッ!!!」

 

ひいいいいいいいいいいいいい!!!!!

 

 

 

 

 

セントルイスありがとう。

熱は無事に下がりつつある。

薬が良く効いてるんだ。

 

ただ、あの薬の原材料が≪ピーーーー≫ってのはあまり考えたくない。

ク●スのエロ本を見つけたステュー●ィー君の気分になる。

彼がM3グリースガンでエロ本を滅多撃ちにした理由も、今なら共感できる気がするんだ。

 

 

 

人間と艦娘では効果のある薬用成分も異なるようで、ピッピは粉薬を飲んで寝ていた。

 

彼女も熱が引いているようで、汗ひとつかくことなくぐっすりと眠っていたが、時折聴こえてくる寝言が少し気になる。

 

 

「………指揮官…ダメよ、無理しないで……やめて…お願いよ…そんな事のために……」

 

何かの夢を見ているに違いないが、普段のピッピからは考えられないほど苦悩した様子が見て取れる。

 

夢を見ているのだろうか?

少なくとも良い夢ではなさそうだな。

 

私が何か間違いを犯そうとしているのだろうか?

私が一体何をした?

彼女の頭の中で、私は彼女に何を止められているのだろうか?

 

 

私は上半身を起こして、軽く背を伸ばす。

汗と熱は引いているものの、暖かいオフトゥンから出ると少し身震いした。

 

のどが渇く。

ベッド脇の小テーブルに置いてある水差しの中身は既に空だ。

手間をかけさせてしまうが仕方あるまい。

私は水差しと同じテーブルにある受話器を手に取り、ダイヤルを静かに回す。

 

掛けた相手はすぐに出て、私の言葉を待った。

彼女は恐ろしく気が回る。

たぶん、私がいつも通りに「ベル?セイロンの何か頭の冴えるヤツ持ってきてくれないかな?」とか明るい調子でまくし立てない事からして、私が睡眠中のピッピを起こしたくない状況であると判断したのだろう。

もう怖いくらいに気が利くのね、ホント。

 

 

あぁ、ベル、紅茶を頼むよ。

ルイボス、いつものバニラ。

 

「かしこまりました、お一つですね?」

 

あー、うーん、ピッピがいつ起きても良いように一応2つ。

 

「すぐにお持ちします。」

 

 

ベルにかなり気を使わせてしまってる…

申し訳ないけど、外をほっつき歩く元気もないし、後で彼女にはお礼

 

「私の分も頼んでくれたのね」

 

をおおおおおおお!?

 

いつから起きてたのピッピママ?

もうなんかキリッとした表情でこっち見てるけど貴女さっきまで悪夢にうなされてたでしょうがどんだけ切り替え早いのよびっくりするじゃない全くも

 

「ルイボスをお持ちしました、ご主人様」

 

ベル?早すぎないかい幾らなんでも。

マク●ナルド顔負けの早さだよ。

紅茶を頼んで3分経たずにお部屋にお届けって…50歳手前のミキサーのセールスマンが黙っちゃいねえぜ。

気をつけろ、ベルファスト。

『綺麗事では夢は叶わない』を常日頃から実践してくる奴が、そのシステムを買いに来るかも知れん。

まあ少なくとも、『ファウ●ダー 紅茶帝国のヒミツ』なんて映画化してもハンバーガー以上には面白くなる事はないだろうね。

 

 

…いや、ちょっと待って。そんな訳はない。

紅茶を電話で頼んで、届くまで僅か2分。

ワープでもしない限り執務室からここには来れないし、君にワープ能力はないよね、ベルファスト。

 

どこにいたんだ、お前は。

こら、目を背けるな。

先生怒らないから正直に言いなさい。

いくらベルでも執務室からここまで2分以内にルイボスティー2セット用意して来れるわけがないでしょ!

どこにいたんですか!白状なさい!

 

まもなく、ベルファストがため息をついて、私の寝室の天井を指差した。

 

そら早えわ。

お前はいつから必殺仕●人か何かになったんだ?

いつからそんな技覚えるようになったんだ?

何か期待してたのかい?

「どうぞ、指揮官。マッマの生肌よ?」「ぐへへへへへ、ピッピ、お主も悪よのぉ」「うふふふふ、指揮官ほどではありませぬ」的なサムシングを期待してたのか?ん?

 

てか何か軋むような音がしてないかい?

ミシミシって音がするんだ、幻聴じゃない。

 

音に気づいた3秒後に、天井からダンケルクと赤城と高雄が"降ってきた"。

いいかい、これは比喩表現ではない。

文字通りに、降ってきた。

 

 

お前らさあ、一応ここは私のプライベートルームなわけですよ。

何で揃いも揃って人の私室の直上から、ドーントレス急降下爆撃機みたいに人のプライバシー狙ってんのよ、何で人のデリカシーの真上で惣寄合みたいな事してんのよ。

 

「我が子の容体を見守るのは母親たる者の務め。当然であろう。」

 

お前もか、高雄。

何だってお前らは毎回毎回友達とか恋人とかそういう通常のステップには進まずに、奇抜なステップを率先して選んでくるんだよ。

 

お付き合いとかケッコンとかすっ飛ばして皆して直で母親になりにくる必要はないんだぞ?

確かにビースト(赤ん坊)にもなったし、皆の可愛い(?)赤ん坊とも言ったけど、他所の鎮守府所属の君達まで郷に入っては郷に従う必要は微塵もないんだぞ?

 

もうこんなどうしようもない指揮官ほっといてどっか行ってもわたしゃ止めやしませんから。

 

 

「我が子の胸の中、我が子の表情、我が子の匂い…全て赤城の物に…」

 

赤城、それ以上はやめとけ。

ヤンデレから別のよりヤバいジャンルに片足突っ込んでんだぞ、お前は。

そこから先にあるのはスペイン・ハプスブルク家だ。

フェリペ3世を迎えたらよく考えるんだ。

ブルボン家に王位取られちまうぞ。

 

 

「Mon chou?お腹も空いたでしょう?ブリオッシュでパン・デ・ベルデュを作ってきたから、良かったら食べて?」

 

わあああい、ありがとう、ダンケルク!

パン・デ・ベルデュ(別名フレンチトースト)大好きなんだあ。

これからも作って欲しいなあ。

ここの天井じゃなくて執務室でな!!!

 

 

 

誰が執務室で仕事しとんねん。

誰が私の代行やっとんねん。

セントルイスか?

 

「呼んだぁ?」

 

セントルイスゥゥゥゥゥウウウウウ!?

お前奇抜な登場しないといけない義務か何かに取り憑かれてでもいるのか!?

毎回毎回私の心臓を止めにかからないといけない病気か何かなのか!?

 

もういい加減にしてくれ!!

マットレスの側面ビリビリ破きながら出てくんな!!

お前いつのまにそんなところ入ってんのよ!!

蝋●形の館かもしくはメデジン・カルテルの抗争かよ!?

C●I:マイアミとかで死体隠すのに使われそうな手法だよ!?

重くなかった!?ピッピと私の体重で重くなかった!?ねえ!?大丈夫!?

 

 

 

…ふぅ、びっくりした。

しかしながらセントルイスでもないとなると誰なんだ?

イラストリアスか?

 

「指揮官様、お呼びになりましたか?」

 

際どい下着姿のシャ●ン・ストーンがいたけど、何も見なかった事にしよう。

…イラストリアスじゃないなら、プリンツ・オイゲン?

 

「コー、ホー、コー、ホー(呼吸音)」

 

いつまでシュトルムトルッペンやっとんねん。

…ひょっとして、エンタープライズ?

 

「お呼びになりましたでしょうか、お客様?」

 

やあ、ヴァイ●レット。

…ちょっと待って、ひょっとして誰もが執務室業務を破棄してるのかな?

誰もが私のプライベートルームの直上で惣寄合してたのかな?

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

 

頼むよ。

惣寄合してる場合じゃないよ。

風邪で寝込んでる私をネタに厚生活動してる場合じゃないよ。

 

確かに普段から過酷な業務に従事していただいている事に関して、これはもう感謝以外何物の気持ちもないんだけどさ。

でも、頼むよ。

風邪なんかひいた私が一番不甲斐ないんだけどさあ。

執務室に誰もいなくちゃあ、海軍参謀長とかに怒られちゃうじゃん?

ピッ●ブルから怒りのリリック叩き込まれちゃうじゃん。

 

 

「ご主人様、それについてなのですが…」

 

おう、どうしたカイテル元帥もといベルファスト。

シュタイナー師団は消耗しきったのかな?

師団はベルリンに来れないのかな?

ねえ、どうなのダンケルク?

 

「今日は管区の代休取得奨励日で、殆どの鎮守府が休日体制よ?」

 

 

 

 

こっちに来てからというもの、休日というものの存在を忘れてた。

そりゃあ、毎日魅力的な艦娘に囲まれてんだから毎日お休みみたいなもんかもしれないけどさ。

 

今日は金曜日で、偉大なるピッ●ブル閣下は労働者の権利と希望を尊重して三連休をこしらえてくださったらしい。

でも、そういうことは先に言ってください。

心配して損した。。。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

指揮官はゴルフに行った



「実際には行けてねえだろうが」


--------------ジャン・バール(アイリス戦艦)


 

 

 

 

楽しい楽しいお休みの週末。

昨日の内に風邪は完治し、ピッピママと一緒にリカバリー済みという最高のコンディションで、私は土曜日を迎えた。

 

普段の土曜日なら昼の12時までオフトュンから離れないのが常なんだけど、今日は昨日の内にバカみたく寝てたから全然朝から動けますわい。

 

久々やぞ、この感触。

この世界に来る前は土曜日も平然と仕事ぶち込まれる事が多々あったし、土曜日休みでも金曜日の夜遅くまで仕事あったから、土日は昼までオフトュンだったんだよね。

 

さあって!シャワーも浴びて心地よい朝を迎えた事だし、ゴルフにでも行くかなぁっ!!

 

 

ん?どうしたダンケルク?

外出申請簿?何それ??

 

 

・・・

 

 

艦娘も艤装の一切を取り外し、私服に着替えており、さらに鎮守府司令の許可があれば外出が出来ると言うのが海軍のルールらしい。

 

いや、ふつうに出させてやれや。

何で一々私がチェックして許可出さんとあかんねん。

別に何してもええやん、犯罪以外なら。

 

 

とは言ってもやっぱり規則は規則だから、私に出来ることと言えば出来るだけの権限内で規制を緩めてやる事ぐらいか。

 

ただ、例え休日と言えど敵が来ないわけでもないから鎮守府には守備隊要員を2名置いとかなきゃいけないのが…気の毒と言うか申し訳ないと言うか。

 

 

まあ出来るだけ出れる人員には許可したし、後は交付するだけ。

執務室の机に座ると、廊下に列を成している艦娘達が1人ずつ外出許可書類を求めてやってきた。

なんか、初めて指揮官っぽい仕事してる気がする。

 

 

よし、じゃあ、いらっしゃい、いらっしゃい。

来た艦娘からどんどん交付してあげるよ〜。

 

まず最初は…おお、フォルバン!

今日はどこか行くのかな?

 

「はいっ!お買いも…じゃなくてっ、修行に必要な書物を購入してきますっ!」

 

ははは、休日ぐらい肩の力を抜いても良いんだよ?

さあ、さあ、ほら、いってらっしゃい。

はい、次の方〜。

 

おや、明石さん。

その格好は…釣りかな?

 

「釣り以外ありえないと思うにゃ。」

 

そりゃあ、長靴に釣り竿にクーラーボックスだもんね。

そうだ、今度タラ漁船を予約してあげようか?

(海馬に勝手に書き込まれてた情報によると)私の同期の1人が海軍をやめて漁業と釣り人向けのクルージングをやってるんだ。

磯釣りとは違う魅力があると思うんだが、どうかな?

 

「ほんとかにゃ!?ぜひお願いするにゃ!」

 

明石くんの笑顔を初めてみた気がする。

費用は私が持つよ。ほら、行ってらっしゃい。

いや、良いんだ。普段お世話になってる、ちょっとしたお礼だよ。

 

 

ええっと、次は…ヒヨコさん2名?

 

え?このヒヨコってあのヒヨコだよね?

ルフトヴァッフェの制服着てる事からしてグラツェンのBF109のパイロットだよね?

ヒヨコさん達の外出も私の管轄だったっけ?

 

やあ、調子はどうかな?

 

「最悪の気分さ。ボス、あのクソ女どうにかしてくれないか?明日は訓練すると言って聞かない。」

 

「ウチはカトリックなんだぞ!日曜日はミサって決まってんのに、あの不敬なプロテスタント女め!!!」

 

 

おおっと、そんな切実きわなりないお悩みをお持ちとは思わなかったが…2人共、少し後ろを見てから話すべきじゃないかなぁ?

 

「誰がクソ女だと?」

 

「うわっ、マジかよ」

 

「あー、おワタ。」

 

「2人共覚悟しろ。明日の訓練では立てなくなるまで…」

 

 

あー、やあグラツェン。

訓練に励むのは良い事だけど、適度な休息も重要なんだよ?

特に彼はミサがあるそうじゃないか。

この鎮守府で宗教紛争を巻き起こす気なのかな?

 

「いや、指揮官、そんなつもりは」

 

なら、グラツェン。日曜日はやめてくれ。

疲れも取れきれていないパイロットが飛行訓練で航空事故を起こしてみろ、誰が責められる?

 

「うっ…わかった。休日の訓練は取り消しとする。2人共、指揮官に感謝しろ。」

 

 

ほらグラツェン、いってらっしゃい。

ほら、ほら、2人も。

 

 

「ボス、マジであんたの事好きになりそうだ。」

 

「もしダウンタウンに用があったら、ウチの親父の店によってくれ。『フランク・ダイナーズ』だ。この街で一番美味いチキンが食えるぜ。アディオス、指揮官」

 

 

アディオス!

 

街で一番のチキンかぁ…腹減ったなぁ。

B●4かよ。

 

…………おい、待て、あのヒヨコ、チキン食えるって言ってたよな?

それ倫理的に大丈夫なのか、お前ら。

 

 

 

ヒヨコさん達の次は…おお、赤城と高雄か。

 

「指揮官、折り入って聞きたいことがある。」

 

「実は指揮官様、私もお聞きしたい事があります。」

 

おうおう、どうしたそんなにかしこまって。

何でも聞けい。

 

「休日とは何だ?」

 

「外出って、美味しいんでしょうか?」

 

 

………なんて可哀想な…ヤバい、泣きそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通り交付も終わり、あとは守備隊要員の2名にも挨拶を済ませた。

 

ロング・アイランドは基本的にゲームしかしないので引きこもらせて欲しいらしい。

 

まあ、だいぶハマってるゲームもあるんだろうね。

たぶん、タイトルまで分かる。

部屋に入った途端に

 

「…君一人取り残される可能性もある」

 

って言われたから

 

機械の進化は止められない!!!

 

って返したら

 

「デデンッ、デンッデデンッ!!」

 

つって一人で盛り上がってたから、放っておく事にした。

トレーラームービーであそこまで盛り上がる人初めて見た。

しかもそんなに盛り上がる要素のある場面じゃないはずなんだが。

 

まあ、何はともあれ、土日両方守備隊になってもらうんだから、手当は弾んでおこう。

金ぐらいしか解決策を見出せねえのかこの野郎って言われるかもしれんが、お金って結構順当な解決策だからね?

 

もちろん、ロングアイランドとは別にもう一人ずつ土日に守備隊勤務に就くリアンダーとジャベリンにも手当を当てる事とよろしく頼んますという旨を伝えた。

 

まあ、あまり嫌な顔をされなかったのが救いというかなんというか。

 

守備隊って言っても警戒か何かしてるわけじゃなくて、何か非常事態でも起こらん限り私室でゲームしてようが寝てようが野球やってようが別にいいから、割と自由なのもあるのかな。

 

 

 

 

 

 

挨拶も済ませれば、とうとう私の外出が始まる。

接待以外のゴルフは久し振りだぜ、思いっきり楽しむぞぉ!

 

たが、部屋の扉を開けた瞬間、そこにはマッマ達が既に私服に着替えて待ち構えていた。

 

 

「指揮官く〜ん、どこに行くの?」

 

や、やあ、セントルイス。ええ…と…ゴルフかな。

 

「まさか、私達を置いていくわけじゃありませんよね、ご主人様。」

 

ベルファスト、え?マジで?

 

「当たり前よ、指揮官。もしも道中何かあったらどうするの?」

 

ダンケルク、その為にPPKが…

 

「Nein!!Nein!!Nein!!Nein!!認めないわよ、坊や!保護者の同伴なしに外出なんて認められないわ!!」

 

ピッピ、怒鳴らないで。そんなに必死になる必要ないじゃん。

 

「「「「大アリ!!!」」」」

 

 

「一人でゴルフなんて認められないわ。」

 

「そうです、ご主人様は私と一緒にティーブティックへ…」

 

「何言ってるのベルファスト!指揮官は私と今話題の最新スイーツを!」

 

「Nein!!許さないわ!坊やは私と一緒にショッピングよ!!!」

 

 

おいやめろお前ら、ガバメントやらNo2リボルバーやらハイパワーやらP38でメキシカンスタンディングするんじゃねえ!!

落ち着け、落ち着くんだ!!

30過ぎのおっさんの外出ぐらい放っといてくれ!!!!!

 

 

 

 

結局、全員で外出することに。

 

ああ、俺のゴルフ、愛しのゴルフ…

 

 

鎮守府正門を出る前に、プールの上を跳躍しようとしているトチ狂った奴を見つけた。

あれ、エンプラさんじゃねえ?

 

エンプラさんは向こう側からこちらを見つけると、日傘を差し、クラシカルな服を着てプールでの跳躍を試みる。

どうしたどうした本当にトチくるったのか、おい。

もちろん、プールを跳躍で飛び越える事などできず、水中に落ちてずぶ濡れで這い上がってきた。

 

「はあっ、はあっ、ご覧になりましたでしょうか、指揮官。3メートルはっ、はあっ、飛んでいたと思います!」

 

目の前で、日傘を持ったエンタープライズが息を切らして私に報告する。

 

いや、そんな報告しなくていいから、何で日傘片手にプールの上を跳躍するなんて無謀な事をしたのか教えてくれないかな?

 

「少佐殿の言葉の意味を知りたいからです!」

 

誰だよ、少佐殿って。

私は中佐だよ。

高級将校にカテゴライズされるハズの階級だけど日々やってる事は二等兵以下な気しかしないけど、一応中佐なんだよ。

 

で、誰だよ少佐殿って。

少佐殿の言葉って何だよ。

 

「"愛してる"の意味を知りたいんです!!」

 

 

はあぁ。

ヤバいね。

本格的にヴァイオ●ット・エヴァー●ーデンと化して来てんじゃん。

 

前に一回お願いしただけなのに。

「お客様がお望みならどこへでも駆けつけます」って言ってもらっただけなのに。

 

何で今年度全俺最優秀作品賞のワンシーン再現するにまで至ってんだよ…

 

 

 

 

 

 

 

 








ワシントンキタァァァアアア↑↑↑↑↑


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キングスバブ



「ただのアカチャンホ●ポだろうが」


----------ジャン・パール(以下略


 

 

 

 

 

私は当艦隊の指揮官として着任してから、初めて外出する事になった。

 

まあ、外の街並みを想像するだけでも結構楽しくもあり、鎮守府営門に近づくに連れて期待も高鳴る疲れからか不幸にも黒塗りの高級車に乗せられてしまう。

後輩を庇い全ての責任を負った指揮官に対し、車の主・艦隊構成員ティルピッツから示された外出の条件とは。

 

後輩って誰やねん。

 

 

 

 

 

「外出するに当たって、ルールを決めましょう。」

 

ピッピママが唐突にそう切り出して、皆が一斉にうなづいた。

 

運転席に座るベルファスト、助手席にはセントルイス。

私は後部座席中央で、左右をティルピッピとダンケルクにはさまれている。

私の右側にいるピッピの言葉を聞くために、皆真剣な眼差しを向けていた。

 

なんなんだ、ルールって。

30過ぎのおっさんを囲んで、一体何のルールを決めようと言うんだお前らは。

 

 

「その1。坊やを決して1人にしない。」

 

「「「1人にしない」」」

 

「その2。坊やを勝手に出歩かせない。」

 

「「「勝手に出歩かせない」」」

 

「その3。坊やを不審者から遠ざける」

 

「「「不審者から遠ざける」」」

 

「その4。」

 

 

ちょっと待ってもらっていいですか?

その『我が子の安全運動五カ条』みたいな唱和は何?

言ったよね、私はもう30過ぎのおっさんですよって。

何で今更そんな過保護な扱いを受けなきゃいかんのですか、そんな事されたら一人でやましい事をアレコレできないじゃないですか。

 

「やましい…こと?坊や、どういう意味?」

 

ピッピママの眼光があまりに鋭かったので、今の発言は取り消す。

それはともかく、一々そんな事してたら皆好きな事ができなくなるんじゃないの?

おっさん一人に構ってるよりも、好きな事した方が良いんじゃないの?

 

「何を言ってるのMon chou。可愛いあなたを見守ることほど楽しい事なんてないわ。」

 

「その通りです、ご主人様。それに最近は物騒な事件が多いのも事実です。」

 

「指揮官くんの安全の為なら、何だってするわよ。」

 

 

ダンケルク、ベルファスト、セントルイスから口々にそう言われて、私は諦める事にした。

 

もうどうしようもない。

この娘達がモンスターペアレンツと化してしまった以上は諦める他なかろう。

児童相談所に駆け込むぞコラ。

 

 

「ルールは決まりね。皆で坊やを守りましょう。さて、問題は…」

 

過保護集団隊長のピッピが、難しい顔をして次の議題を持ち出す。

 

一体何なんだ?

私をこれから24時間あまり過保護な体制に置いただけじゃ飽き足らんのか?

それよりも大切な議題がある的な顔をするんじゃねえ。

 

ほかの面子も、揃いも揃って身を前に乗り出していた。

雰囲気的にはまるでスタートピストルを待つ陸上選手に見えなくもない。

 

おい、一体何を待ち構えてんだお前らは。

なぜ皆んなして俺とそれぞれの距離を測る?

なぜ皆んなして手首を回してる?

 

何かとんでもない競技が始まる予感がして、それは残念ながら的中した。

 

 

「坊やは…誰の膝の上に座るかハイ取ったァァァアアア!!!坊やは私の膝の上で決まりィィィィ!!!」

 

「認めないわティルピッツ!!!今すぐにMon chouを離しなさい!!!」

 

「ご主人様は私の膝上でドライブ風景を見たいに決まっています!!!」

 

「いいえ!指揮官くんは私のナイススタイルを味わいたいはず!!!」

 

 

やめろぉぉぉおおおお引っ張るなあああああ痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃいいいい!!

 

ピッピママが全力をもってして私を抱え込んで来るもんだから、プレス機械にでも入れられたのかってくらい圧迫される。

ヤバい、マジでハンバーグになりかねん!!

 

それに加えてダンケママ、ベルママ、ルイスママが引っ張るわ引っ張るわで超痛え。

 

お前ら本当に何なんだ!?

私の事を可愛い息子って言ってみたり、ぬいぐるみみたく引っ張り合いしてみたり!!

もうマジで勘弁してくれえええ!!!

 

 

 

 

 

 

あの下品なテディベア、通称TE●状態から解放されたのは、結局、独仏英米間で平和条約が締結されて1時間おきに私の座る位置が変わるという協定が結ばれた後だった。

 

まだ営門を出る前だが、既に疲れた。

もうゴルフ行く気にはなれん。

 

やがて黒塗りのメルセデスは営門に差し掛かり、シュタールヘルムを被ったヒヨコによる栄誉礼を受ける。

長い長いGew98小銃を、ヒヨコのくせによくもと思えるほどに完璧に保持してなされる敬礼に、私は感服せずにはいられない。

 

ありがとう、ありがとう。

こんなピッピの膝で安らいでるようなおっさん相手に敬礼してくれてありがとう。

 

 

 

 

さて、無事に営門を通過して私とマッマ達は街へ繰り出した。

 

ベルファストによってかなり丁寧に運転されるメルセデスの後部座席で、ピッピママに抱えられながら、私は外の様子を伺う。

 

なんというか、思ってたのと違う。

 

 

1940年代のノスタルジックな街並みかと思ったら、前の世界と殆ど違いは見られない。

 

マクド●ルドはちゃんとあるし、その向かいではサン●ース名誉大佐がライバルを睨みつけている。

 

家電量販店、ブティック、カフェ、コンビニエンスストアや薬局、パチンコ屋まであり、なんだか肩透かしを食らったような感触さえしてきた。

 

 

「そこを右よ、ベルファスト。」

 

私の直上でピッピママがベルに指示した。

メルセデスは、まるで教習所で渡される教範のような理想的な滑らかさで右折をこなすと、搭乗者に不快感を一切与えないポンピング・ブレーキを行いつつ止まる。

 

なんだ、ここは?

 

狭くて暗い路地裏で、メルセデスは停車している。

ピッピママがドアを開けて、私を抱え上げながら車から降ろした。

ほかのマッマ達は車から降りずに待っているようだ。

 

 

「行くわよ、坊や。まずはショッピング。」

 

いや、何をショッピングされるおつもりなんですか?

マリファナとか密造銃とかショッピングしそうな雰囲気の場所なんですがねえ。

大丈夫なの?

外出ルールその3『不審者から遠ざける』に開幕早々抵触してるような気がしてならないんですが、気のせいでしょうかピッピママ。

 

私の心配をよそに、ピッピママは私の手を握ってカツカツと歩を進み出す。

チビデブな私は身長差のあるピッピママの歩幅に合わせるのも精一杯の始末。

度々小走りになるが、ピッピママはカツカツと足早に歩いていく。

 

よほど楽しみな何かをショッピングするのか、それとも私の気のせいなのかはわからない。

ただ、段々と速度が速くなっているような気がした。

 

 

「ほら、あなたから入って。」

 

ピッピに促されて、私は路地裏の怪しげな店の重厚な扉を開く。

これが裏世界への入り口ではない事を内心祈りながら、私は店の中へと進む。

 

喜ばしい事に、杞憂だった。

 

品の良い金髪女性が、私とピッピを出迎えてくれた。

 

 

『あっ、ティルピッツ!例の物は出来上がっているわ。』

 

『本当!?早速見せてもらえるかしら?』

 

 

ドイツ語など習ったことはないはずだが、何故か金髪女性とピッピのドイツ語が理解できるあたり、また海馬に勝手にあれこれ書き込まれているのだろう。

 

 

金髪女性は小さな木箱を取り出した。

 

箱を開くと、地味だが、かなりの繊細さと精密さ、そして頑強さを感じる腕時計が出てきた。

 

 

ピッピママ、これは?

 

「ふふ。あなたへのプレゼントよ、坊や。気に入ってくれると嬉しいのだけれど。」

 

ありがとう、ピッピ!!

こんな品の良い時計を貰えるとは思わなかった。

そうだ、そうだよ!こういう時計が欲しかったんだ!!

 

たしかに、ブランド物ではないがが、マイスターの製品らしい高級感と洗練されたデザインはブランド物よりも高い希少価値を持っているように思える。

 

疑ってすまなかった、ピッピ!

君は最高だ!

 

 

『注文通り、GPS追跡機能と自己位置発信装置も着いているわ。これで、どこで何をしてても、その坊やの位置は把握できる。』

 

『本当にありがとう、よくこんな短期間で仕上げてくれたわ。それはそうと、あまりそういう話はしないで。注文したのは確かに私だけど、坊やには聞かれたくないの。まあ、坊やは鉄血語はできないから、あまり心配もいらないけど。念のため、ね?』

 

 

前言撤回。

キングス●ンかコラ。

 

ドイツ語できるかできないかは放っといて、その問題自体に向き合おうよ。

ストーキング通り越して地球規模で追跡しに来たよ。

アフガニスタンの洞窟にでもいないとピッピママから隠れられない状況に追い込んで来たよ。

 

 

『分かったわ。あと、これも注文された品ね。』

 

 

金髪女性が、今度はシルバースライドのPPKを取り出した。

 

いや、やっぱりキングス●ンじゃん。

今ここで「マナーが紳士を作る」って言われても全く違和感ねえよ。

追跡装置付きの時計と見るからに特別仕様の拳銃ってそうそうお目にかかれねえよ。

 

 

「はい坊や、これも身につけて。プレゼントよ?」

 

受け取るしかないよね、見るからに高そうだしプレゼントなんだし。

で、これの機能って何?

 

「あなたが今持ってるPPKと同じよ。見た目が違うだけ。」

 

『そんなわけないでしょ?注文通り照準補正装置と非常事態感知警報装置も組み込んであるわ。もし、その子の身に危険が迫ってPPKを手にした時には即座に警報が届く。』

 

『分かってる、言わないで。』

 

『ああ、ごめんなさい。その子が鉄血語分からないからってつい。』

 

 

いや、丸分かりなんですが。

着いてる機能の1つ1つが過保護過ぎてもはや怖い。

つーか、どっからそんな先進技術というよりかはSF寄りの技術取り入れてんのよ。

もっと有用な使い方があるんじゃないのかな?

 

 

『時計と銃は確かに受け取ったわ。スーツとタキシードは?』

 

『…表に行きましょう。』

 

 

ピッピと共に金髪女性に着いていくと、表はは紳士服店だということが分かった。

ショーウィンドウには上品なスーツを纏ったマネキンと、先ほどと同じような時計や紳士傘が並び、店内も品の良いスーツが所狭しと並ぶ。

うん、キングス●ンだね。

 

 

『特殊仕様よ。見てて?』

 

金髪女性はピッピが発注していたスーツの上衣をマネキンに着せると、サプレッサ付きのナガン拳銃を取り出して全弾撃ち込んだ。

たぶん、世界広しと言えどもこんな刺激的なショッピング体験はそうそうないと思う。

 

スーツは貫通力の高い7.62mmナガン弾を見事受け止めて、その弾頭をコイン状の鉛に変えて床に落とした。

 

すっげえ。防弾スーツじゃん。

 

 

『どう、ティルピッツ?12.7mm弾にも耐えられるわ。』

 

『重くないの?』

 

『材質は特殊合金。サルベージしたセイレーン艦から採取した金属を繊維状に変換して使用しているの。だから軽くて丈夫。』

 

 

丈夫どころじゃねえよ。

12.7mm弾って元は対戦車用弾薬だからな。

1918年当時の戦車ならブチ抜けんだからな。

それを防弾スーツで防げるって何なのセイレーン艦の原材料は!?

 

 

『色々ありがとう、またお願いするわ。』

 

『こちらこそ。また来てちょうだい。』

 

 

金髪女性に見送られ、私とピッピは今度は店の表の入り口から外に出た。

左手にはPPKやら防弾スーツ、防弾タキシードの入った紙袋を持ち、右手は来た時と同じようにピッピママに握られている。

 

TPO考えてよ、ピッピママ。

紳士服店からおっさんが長身白人巨乳美女と手繋いで出てくるってどういうシチュエーションなのよ。

冷めきった視線諸に浴びてるんだけど。

 

 

 

まあ、それはそうと、あの金髪女性は古い知り合いか何か?

凄い親密そうだったけど。

 

 

「ああ、姉さんよ。」

 

 

えっ!?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

向かいのヒットマン

-誠に身勝手なお知らせ-


今までキャラクターを総称して『艦娘』表記していましたが、誠に今更ながらアズールレーンのキャラクターの呼称が『KANSEN』である事に気付きましたので、この話からKANSEN表記で書きたいと思います。

これからもどうぞよろしくお願いします。





 

 

 

 

『社会主義にいらっしゃい。一緒に"悪の枢軸"と戦おう!』

 

 

これは当時石油価格の上昇で調子に乗っていた某国のポピュリスト的大統領が、事もあろうかアメリカ大統領に向かって放った大して面白くもないジョークである。

 

私は社会主義国の出身ではないし、大衆迎合主義を崇拝しているわけでもない。

 

だが、認めよう。

先ほどの金髪女性がピッピのお姉さんと知った時、走り出すメルセデスを停車させ駆け下りて、彼女にこう言いたくなった。

 

「私の鎮守府にいらっしゃい。一緒に"赤の枢軸(レッドアクシズ)"と戦おう!」

 

 

 

 

「無理よ、坊や。姉さんは大陸版ですら実装されてないんだから。」

 

 

おいマジレスすんじゃねえ。

大体、ピッピのお姉さん謎の女過ぎるだろうが。

本家ですら実装されてないのに何であんな所で紳士服店開いてんのよ、何でSFテクノロジー極めて妹の過保護に貢献してんのよ。

 

 

「…やっぱり、姉さんの方が魅力的?」

 

いやいやいやいや、そうじゃない。

そうじゃないんだ、ピッピママ。

だからそんな寂しい顔をしないでください。

 

ただ、ビスマルクさんってピッピと同型艦だからひょっとしたらピッピの負担減らせるんじゃないかなあって思っただけなんだあ。

 

 

「優しいのね。心配しなくても、坊やの為なら日々の任務なんてどうって事ないわ。そもそも………坊やは普段から私達にそこまで負担がかかるような事はさせないじゃない。」

 

そうかな?指揮官業務とかほぼ君達に投げっぱなしなんだけど。

 

「Mon chou、流石に4人でやっていれば、大して負担じゃないの。それに、Mon chou、私たちの鎮守府の出撃率の低さの原因は貴方の方針よ?」

 

 

「ご主人様はモントゴメリー式のやり方が基本的な方針のようですからね。我15敵1の戦力・物資が揃わないと滅多に攻勢に出ませんし。それを戦闘のみならず恒常業務にも持ち込むぐらいですから。」

 

 

「他の鎮守府のKANSENからは批判的に捉えられる事も多いけど、そのおかげで私たち1人当たりの負担は小さくて済むわ。いくら幸運艦の私でも、いつまでも運に頼れるわけじゃない。堅実なやり方をしてくれる指揮官くんには感謝しないとね。」

 

 

 

マッマ達には高過ぎる評価されてるけど、それ、私が作戦立てんのめんどくさくて出撃させてないだけだから。

サボタージュしてるだけだから。

感謝されるような事は微塵もないから。

寧ろ「出撃させろやオラァア」的なワシントンチックなスタンスでもいいのよ?

加賀さんみたく勝利に異常な執着持ってみてもいいのよ?

 

指揮官業務の分担は何かダンケルク1人にやらせるの可哀想だしっていう『放り投げてる癖にふざけんなこの野郎』レベルの理由でしかない。

間違ってもモントゴメリーを意識しようとしたわけではない。

あんなに激しい性格でもなければ思慮深いわけでもない。

 

 

プリンス・オブ・ウェールズ通称PoWあたりがこれを知ったら、たぶん私は殴られる。

もう、タコ殴りにされる。

 

「限られた!!戦力で!!最大の!!戦果を!!得られる!!作戦を!!立てるのが!!貴様の仕事ダァァァァアアア!!」

 

つって一言毎に殴られる。

あ、最後のは右アッパーね。

 

 

 

 

「そろそろ次の目的地に到着します。…セントルイス、またココですか?」

 

「いいじゃない、美味しいんだから。指揮官くんもステーキ好きでしょう?」

 

 

うん、大好き。

呆れ顔のベルファストを見る限り、恐らくはセントルイスの行きつけの店なのだろう。

 

ピッピママとのショッピングが終わったのは11時を少し過ぎた頃。

午前中は外出証の交付に時間取られたし、そろそろ飯時かなぁと思ってた時に、セントルイスから昼食を取ろうと提案された。

まあ、いい感じにお腹もペコちゃんだったので、セントルイスの提案を認可する事に。

 

お店選びさえする暇なく、セントルイスがベルファストへ道案内を始めていた。

カーナビ付けろや。

これじゃどういう店行くか分かりゃへんやろうが。

 

 

到着したのは少々お高そうなレストラン。

ドレスコードが決まってるか、決まってないかギリギリのラインくらいの店。

まあ、セントルイス曰く「ドレスコード何それ美味しいの」らしいから今の服装でも大丈夫なんだろう。

 

到着したのは11時半を少しばかり過ぎた頃だったが、店は既に満席に近い状態だった。

ウェイター達が忙しそうに料理を運び、家族連れやカップルがステーキやらシュニッツェルやらにありついていた。

 

なんか、久々に一般ピーポーを見た気がする。

ピッ●ブルとその運転手を除いては、鎮守府で"普通の人間"を見る事はなかったからなぁ。

なんたって鎮守府スタッフ皆んなヒヨコなんだもん。

 

 

セントルイスはここの従業員と顔見知りらしく、片手を挙げて挨拶している。

従業員の方も、恐らくは常連と化しているセントルイスを見て笑顔を向け、空いているテーブル席に案内を始めた。

 

運良くテーブル席が1つ空いている。

それは窓側の席だったが、少々残念と言うべきか、片方の席は窓を背にするようになってしまう。

窓から外を一望できる側の席にはピッピとダンケルク。

窓を背にする側の席にはベルファストとセントルイスが座った。

 

 

私がテーブルを挟んで、独仏側に座るか英米側に座るかでまたもや第三次世界大戦が始まるところだったが、今回はピッピが英米側に譲歩したおかげで何とか助かった。

毎回毎回、そうであってくれれば尚助かるんだが。

譲り合いって大事だよ?

 

 

 

「ここのステーキはユニオン農務省が特別の認可を与えたビーフを使っているの。是非試してみて、指揮官くん!」

 

セントルイスが、チャイナドレスの時みたいな妖艶な笑みではなく、心の底から喜ぶかのような笑みを浮かべて横から私にメニュー表を渡した。

 

普段サキュバスか何かに近い雰囲気の女性にこんな純粋な笑顔をもたらすのだから、相当良い肉には違いない。

 

ピッピもダンケルクもベルファストもメニュー表を見て期待の色を浮かべている様子がありありと分かる。

 

 

会計は私が持とう。

 

ふと、考えついて、私は実行すると心に決めた。

 

普段からお世話してくれるし、あやしてくれるし、仕事もやってくれる。

だから何かお礼がしたい。

勿論、ここで食事を奢ったくらいで恩返しした気になるほど自惚れてはいない。

でも、悪いことでもないだろう?

 

 

皆が注文を決めて、私はウェイターを呼んだ。

ウェイターを呼んだつもりだったが、実際に来たのはウェイトレスだった。

そして、そのウェイトレスは…

 

 

「い、いらっしゃいませ、ご注文は……げっ!」

 

 

注文したいのはうさぎじゃない、ワシントン。

ただ、何を注文したいのか伝える前に、君が今ここで何をしているのかおじさんに教えてもらえるかな?

 

 

「ええっとぉ…バイトだよ、バイト!」

 

そんなに金銭的に困る事があるならおじさんに相談しなさいよ、貴女ついこの前来たばかりだし今日が初めての外出でしょうが何しとんねんトントントントンワシントンッ!?

 

 

「ち、違うんだ!指揮官!こ、これは」

 

なんだ、苦しゅうない、理由を申してみよ。

 

 

「これはッ、笑顔の練習なんだ!!!」

 

 

はい?

 

 

「あるKANSENから教えてもらってさ、『笑顔の練習がしたいなら接客系のバイトでもしてろにゃ』って。」

 

……そのKANSEN心当たりがあるぞ。

たぶん、口調的に、今頃は防波堤の上でメバルか何か狙ってるぞ。

 

 

……………

 

「ハックションッ!!…風邪かにゃあ?」

 

……………

 

 

 

「それでこの店に雇ってもらったんだ。どうだ、指揮官?ウェイトレスなアタシも可愛いだろ☆」

 

うん、可愛い可愛い(棒)。

それに良い笑顔だ。

 

「良い笑顔だと!?んにゃろ…じゃなかった、あ、ありがとうございますぅ」

 

 

…まあ、その調子で頑張ってくれ。

ところで、そろそろ注文しても良いかな?

 

「ああ、良いぜ!」

 

 

 

注文が終わって、料理が来るまでの間、マッマ達とは次に何処へ向かうか話し合った。

 

ダンケルクは最新のスイーツ、ベルファストはティーブティックと意見が分かれていたのだが、結局はティーブティックにカフェが併設されている事が分かり、更にはそのカフェにて最新スイーツが提供されていることも分かって話はまとまった。

 

一石二鳥だね。

 

後は他愛もないおしゃべりもして、冗談も飛ばし、ベルファストからテーブルマナーについて教えてもらいながらサーロインを待つ。

 

 

やがてはワシントンがサーロインやらリブやらを持ってきて、私達のテーブルに並べていく。

 

さあさあ、お待ちかねのステーキだ、食べようじゃないか。

ダンケルク、胡椒を取って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリンッ、という何かが割れたような音がして、直後に目の前のテーブルの白いクロスに赤い斑点が広がった。

 

あまりに唐突過ぎて、最初はウェイターか誰かがどこかに何かぶつけてソースか何かこぼしたのかと思った。

 

 

そんなに長い時間じゃなかった。

おそらく数秒だろう。

私は目の前のピッピとダンケルクを交互に見て、その目に驚きが映っていることを見て取った。

 

自分でも最初はよく分からなかったが、全身に張り巡らされた神経系が、徐々に何が起きているのか伝えつつある。

 

 

左側頭部、メガネのすぐ上が熱いというか痛いというか。

当初は猛烈な不快感、その後は段々と鋭い痛みに変わっていく。

 

私が左手を自らの側頭部に当てて、その手を自分の目で見て、真っ赤な液体に染まっているのを確認した時には、品の良いレストランが凄惨な状況に追い込まれていた。

 

 

嘘、だろ?

 

 

 

 

 

 

ダンケルクもピッピも目にも止まらぬ速さで動き出す。

どこに隠し持っていたのか到底わからない防弾盾を持ったダンケルクは私の背後に立ち、ピッピは私を抱え込んだ。

 

セントルイスはその大きな双丘の谷間からガバメントを2丁取り出し、窓の方向へ向けて早くも射撃を始めている。

 

ベルファストはいつのまにかトンプソンSMGを構えて、悲鳴を撒き散らしながら逃げる他の一般客の中から新たなる襲撃者が現れないか睨んでいた。

 

 

カウンターの方を見ればワシントンが重機関銃を抱えている。

警戒兵キットを発見。

 

「アタシの店にタマぶち込むタァいい度胸じゃねえええかァァァアアア!!!」

 

重機関銃の咆哮を聞きながら、私はピッピが素早く手当てしてくれているのを感じていた。

それでもしばらくはショックのせいかぼうっとしていて、ピッピママの声でやっと我に帰る。

ピッピの声は友軍誤射された時よりも焦っていた。

 

 

「坊や!?坊や!?聞こえてる!?すぐに脱出するわよ!!!」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボーダーペイン



またシリアスのつもりです。

あと、グロ表記はありませんが、死人が普通に出ますので苦手な方はご注意並びに回避推奨です。


 

 

 

 

 

 

せっかくのユニオン農務省認定ステーキ肉に、私は自らの血のソースを掛けてしまったわけだが、そのレアステーキに手を付ける暇は勿論なく、気づけばピッピに半ば抱き抱えられる形でエレベーターへ向かっていた。

 

先頭を進むのはトンプソンを高く構えるベルファスト。

ガバメント2丁をまるでエージェント●7みたく掲げるセントルイスが続き、私を抱えるピッピママ、後衛はマシュ・キリ●ライトみたいな防弾盾を持ったダンケルクだ。

 

大きな防弾盾には既に4発分の弾痕がある。

私が左手に着いた自分の血を見つめている間に、狙撃手は次弾を撃ち続けていたのだ。

もしダンケルクの盾がなければ、眉間に2発貰った上に右目を失い、頬に大きな穴が開いていた事だろう。

 

 

私とマッマ達による警護チームは無事にエレベーターに到着し、一息をつく。

 

ダメだ、頭がクラクラするし、耳鳴りも。

視野も少し暗いような気がして、周りの音も若干聞き取りづらい。

 

 

都合よく包帯なぞあるわけがなく、私の左側頭部に当てられているのはピッピの下着だった。

いや、せめてハンカチにせえやと言いたかったがそんな余裕もない。

 

ただ、ピッピが恥をかなぐり捨てて当ててくれたその下着も既に重くなっている。

理由は明白、血が止まってないのだ。

 

 

 

「坊やの出血が止まらない!ルイス!髪バンドを!」

 

ピッピがセントルイスから髪バンドを調達して、下着をハンカチに替えてからキツく縛った。

頭が締め付けられるが贅沢は言えない。

ただ、恐らくはそのハンカチさえ既に赤いシミを浮き上がらせている事だろう。

 

 

「Mon chou!しっかりして!出血は…良くなっているけど、止まり切ってはない!ベルファスト、警察と消防に連絡は!?」

 

「無論です!しかし交通渋滞で到着に時間がかかると!」

 

「銃声と発射速度からして、スナイパーの銃は7mmモーゼルのモンドラゴンだと思うわ。警察じゃ太刀打ち出来ないし、私達の鎮守府に戻った方がいいわね。」

 

 

ピッピは得られた情報から既につぎの行動まで判断していた。

もう、本当にこの娘達が居てくれて良かった。

1人でゴルフなんか行ってたら、今頃は確実に天に召されてるよ。

 

 

 

エレベーターは駐車場のある地下一階に到達、ベルファストが前衛をしつつダンケルクとピッピが私をメルセデスの後部座席に押し込む。

 

私が載ったことを確認すると、ベルファストは車のエンジンをかける前にバッテリーだけ入れてハンドルに付いているボタンをいくつか押した。

 

『周辺10m以内に爆発物の危険なし』

 

スピーカーから音声が聞こえて初めて、ベルファストはキーを回転させる。

力強い鉄血製エンジンが唸り、車は発車体制に入った。

 

 

「よお、お姉ちゃん達!俺らと一緒にデートでもしねえかぁ〜?」

 

右前方からチャラ男2人組が近づいて来るのが見えた。

メルセデスのサイドウィンドウはスモークガラスだったから、こちらの状況が良く分からないのかもしれない。

 

だが、セントルイスは唐突に狙いをつけて2人組を撃ち殺す。

 

何しとんねん!?

 

 

セントルイスが暴挙に出た理由はすぐに分かった。

2人組の内1人が45口径弾を食らったと同時に、隠し持っていたサブマシンガンを連射しつつ倒れたのだ。

 

運良く弾丸は明後日の方向へ向かったが、セントルイスの判断がなければサブマシンガンの餌食になっていたかもしれない。

 

よく分かったね、セントルイス。

 

 

「アイツらは"お姉ちゃん達"と言ってた。こちらの状況がわからずに近づいて来ただけなら、アイツらから見えてたのは私だけのハズ。運だけじゃないのよ?」

 

「さすが、セントルイス。それはともかく、ご主人様はどうか安静にしていてください。

その傷では命に関わりかねません。」

 

 

ベルファストに忠告されて、私は黙ることにしたが、直後にダンケルクが持つ携帯電話が着信音の『レクイエム』を流し始める。

 

ベルディの代表的なオペラを着信音にしているのは私で、もうしばらく黙ることは出来なさそうだ。

 

 

「発信者不明…ティルピッツ 、逆探知を。」

 

ダンケルクが私に携帯電話を渡す間に、ピッピがタバコ箱サイズの黒い装置を取り出した。

逆探知装置ってそんなコンパクトにまとまるもんなの?

つーかなんで持ち歩いてんの?

 

 

何はともあれ、ダンケルクがピッピに逆探知を要請し、電話を直接私に渡すのは、発信者が攻撃を仕掛けて来た本人だと予測して来たからだろう。

できる限り会話を引き延ばすのが私の役割というわけだ。

 

 

携帯電話を受け取って、走り出すメルセデスの後部座席からテロリストとコミュニケーションを取ろうと試みる事にする。

 

発信者の声は聞き覚えのあるものだった。

 

 

 

 

「やるじゃないか、マッコールさん。駐車場の手下が随分お世話になったようですね。」

 

奴だ!!

これは奴の声だ!!

 

赤城と高雄をこき使い、私の艦隊への誤射事件の原因を作った張本人。

 

あの"アホタレ"だ!!

 

 

やあ、クソッタレ。

ここまでクズな野郎だとは思ってなかったが………自分が何をしてるのか分かってるのかな?

 

「意外でした?でも僕はちゃんと言ったじゃないですか。近いうちにご挨拶に伺います、と。」

 

実際はもう少し荒っぽい言葉だったがね。

 

「そうでしたっけ、あははは。それはそうと、情けない人ですね。周りのKANSENがいなきゃ、あなた確実に…大変なことになっていた。」

 

何が言いたい?

 

「あなたのような人間は、海軍に求められていないんです。参謀本部は優しいから目を瞑ってくれている。でもそんな事ばかりじゃ、世の中が良くなりませんよね?だから僕が直接働きかける事にしたんです。」

 

働きかけるだと?

これが君のアプローチか?

食事中の相手を狙い撃ち、駐車場でサブマシンガンを持った男達に襲わせる、このやり方が君の世直しという訳か?

ふざけるのも大概にしろ!!

 

「狙い撃ち?サブマシンガン?何の事ですかあ〜?僕はある人にあなたを"説得してください"と頼んで、部下2人には"接待"するように命じただけなんですよお。あー、頼んだ相手が悪かったかもしれないなあ。気に触ったのなら謝罪します。」

 

テメエッ

 

「あぁ、それと、僕の行きつけのクラブの従業員にも接待を頼みました。サプライズが得意なんですよ。今度こそ満足してもらえると思います。…逆探知完了まではあと10秒ですね。それじゃ良い一日を。」

 

 

 

電話は切れた。

ピッピの方に目を向けると、静かに首を振っていた。

 

「録音はバッチリよ、Mon chou。でもこれでMPが動くかは微妙よ。残念だけど、相手は犯行を匂わせるだけで実行は宣言していない。捜査しても形式だけの捜査で止まる可能性も高いわ。」

 

「あのクソ野郎、舐め腐りやがって!!海軍の指揮官不足を利用して私の坊やを攻撃するなんて許される事じゃない!!私がこの手でミンチにして」

 

 

やめてピッピママ。

海軍の規則だと、KANSENによる指揮官の殺害・意図的な傷害は重罪に当たる。

あのアホタレを殺したところで、ピッピは良くて銃殺、悪くて解体されるだろう。

あんなクソ野郎の為に、ピッピがそんな憂き目に遭うのは割に合わない。

 

手は後で考えよう。

今はクラブの従業員によるサプライズを切り抜けて鎮守府に帰ることが先決だ。

 

 

 

 

走るメルセデスは、既に幹線道路へと出ていた。

セントルイスの言うには、鎮守府への近道に出るにはこの幹線道路をあと10kmばかし進むしかないようだ。

 

何か嫌な予感が、さっきから頭の中でチラついて仕方がない。

幹線道路は開けていて、車の台数も多かった。

それに、徐々に車の流れも詰まって来てる気がする。

 

 

予感的中。

どうやら前方で事故でもあったらしく、我々のメルセデスはやがて渋滞に巻き込まれた。

 

 

おおっと、良くない状況だぞ。

 

まるでヨハン・ヨ●ンソンのBGMが流れて来そうじゃないか。

あの、どうしようもなく不安煽ってくるスタイルの重厚な音楽が今にも聞こえて来そうだよ。

 

 

「クソッ!あと少しなのに!」

 

「落ち着いて、ベル。焦っても仕方ないわ。」

 

「Mon chou、大丈夫?苦しくない?」

 

「ああ、坊や、私の坊や、よしよし、可哀想に。」

 

ベルファストが極めて珍しく悪態をつき、セントルイスが諌め、ダンケルクが心配してくれ、ピッピママが豊満なお胸で私を包んでいてくれる間にも、私は車2台分左後ろにいる赤いセダンから目が離せなかった。

 

"従業員"の方々には申し訳ないが、こんなのサプライズでも何でもない。

 

私はこの映画をつい最近見たばかりだ。

 

 

ピッピが私の視線に感づいた。

 

「アハトゥンク!5時の方向!」

 

 

ピッピママは後部座席を少し引き倒し、そこからSTG44を取り出して構える。

ダンケルクも同じように突撃銃を取り出し、セントルイスはM1カービン、ベルファストはトンプソンを携える。

 

 

「坊や、銃を出しておいて。」

 

 

あの女性捜査官のように戸惑うような事はなかった。

間違いない、襲撃されると確信が持てたからだ。

私は今日買ってもらったばかりのPPKをホルスターから引き抜くと、スライドを引いて32口径ACPを装弾してから安全装置まで解除した。

 

PPKはダブルアクション機構の為、引金が重く、誤って引いてしまう可能性は低い。

 

 

「何か見えたら、すぐに報告して」

 

「銃!銃が見える!銃を確認!」

 

「了解、銃を確認!」

 

「5時の方向、銃よ!」

 

 

ピッピママの要請にダンケルクが答え、ダンケルクの情報は速やかに共有される。

 

気づけば上空には古めかしいドラッヘ・ヘリコプターまで舞っていた。

 

いつの間に上空援護まで呼んだのよ、完璧にシカ●オじゃん。

 

 

「制圧しましょう。」

 

「「「そうしましょう」」」

 

いつの間にかチェストリグまで装備したマッマ達が次々に車を降りて赤いセダンへ向かう。

 

そして赤いセダンからは刺青だらけのスキンヘッドが降りて来た。

何のクラブの従業員なのよ、一体。

 

 

「穏便に行きましょう、穏便に。」

 

ピッピママが話し掛けていたが、スキンヘッドは無視を決め込む。

そして、手を腰の後ろに回した瞬間、マッマ達は容赦のない射撃を食らわせた。

 

 

凄まじい光景だが、見惚れてはいられない。

 

私自身にも脅威は迫っているはずだ。

PPKを構えて、後ろを振り返る。

黒づくめのSWAT隊員みたいな戦闘員が、今まさに手に持つPPsHサブマシンガンの安全装置を解除しているところだった。

 

私は躊躇なく2発撃ち込んだ。

 

ビスマルクお姉さんのPPK凄すぎる。

何たって、PPKが勝手に動くんだよ。

照準補正装置ってレーザーサイト的なサムシングかと思ったら、銃自体が目標を追尾してくれてた。

 

おかげで不器用極まりない私でも、無事に身を守る事ができた。

ふぅ、マジでサンクス、ティルピッツ 。

 

 

「坊や!?坊や!?」

 

こっちでの銃声を聞きつけたのか、ピッピが大急ぎで戻ってくる。

突然の銃撃戦に逃げ惑う一般人達を押しのけて、こちらへ走って来た。

 

「怪我は?」

 

頭以外はない。

 

「良かった…ダンケ!ベル!ルイス!車に戻って!先を急ぐわよ!」

 

 

 

メルセデスは持ち主のいなくなった他の車を何台も強引に押し退けながら発進した。

 

揺れる後部座席で、私はピッピに抱えられて一種の安心感を得ていた。

 

もう、本当にダメだ。

思考が本当にまわらない。

 

 

やがて、鎮守府の正門が見えた時、限界を迎えた。

 

厳戒態勢の正門に並ぶMG-42やPAK40、積み上げられた土嚢の奥で銃を構えるヒヨコさん達、フル艤装のエンプラさんやイラストリアスやプリンツ・オイゲンを中心とするKANSEN達。

 

 

 

それらを見た瞬間、安心感による疲れからか不幸にも黒塗りの高級車で眠ってしまう。

後輩をかばいすべての責任を負った三●に対し、車の主・暴力団員谷●から示された示談の条件とは?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

時計仕掛けの五歳児





 

 

 

 

チュンチュン、というスズメの鳴き声が聞こえて、私は意識を取り戻した。

ただ、起き上がる気にはまだなれない。

さえずるスズメの鳴き声を聞きながらも、まだ暖かいベッドの中にいたい気分だった。

 

パタパタとスズメの飛ぶ音が聞こえる。

 

飛び去ったか。

スズメも次の目的地があるのだろう。

自らの翼で、自らの意思で、自らの力で飛び去り、やがては安寧の地を見つけ、巣を作り、雛を育てるのだろう。

さあ、旅立ってこい。

新しい世界はきっと君達を歓迎してくれる。

 

 

 

チュンチュンチュンチュン

チュンチュンチュンチュン

 

いや、増えとるやないか〜い。

旅立ったんじゃなくて辿り着いたんか〜い。

 

チュンチュンチュンチュン

チュンチュンチュンチュン

チュンチュンチュンチュン

 

あー!!うるせえなぁ!!まったく!!

また増えたのかよ、いい加減にしろよ、ここはお前ら専用のアパートメントじゃねえんだよ!!

 

 

ある時、毛沢東は米を食べてしまうスズメにブチキレて中国国内のスズメを一掃するように命じたらしい。

結果、害虫のパラダイスと化した田んぼからは米が取れなくなってしまった。

 

あのチュンチュン野郎どもにも生態系上の重要な役割があるんだろうが、朝っぱらから人の部屋の窓際で鳴いて欲しくはない。

目覚ましがスズメの三重奏ってどういうことやねん。

さっきのロマン溢れる感傷を返せや。

 

 

何はともあれ起きる事にした。

 

目を開けて、周囲の様子を…伺えませんでした。

 

これは無理です。

包囲されてます。

 

まず、ピッピとダンケルクの上で寝てました。

文字通り、上に乗っかって寝てました。

 

重かったろ。ぜってえ重かったろ。

まあ、重っかったろうね。

私結構重いからね。

 

それに加えて掛け布団ならぬ掛けファストと掛けルイスしてんだからぜってえ重かったろ。

 

 

一体何なんだ、この状況は。

『朝チュン』って言う慣用句なら聞いたことあるけどさ。

 

それって彼女とかといい雰囲気になって、夜中酔い潰れたか何かした彼女を家まで送って、その後少々催してアンアンやってたらスズメの鳴き声で朝起きた時下着の彼女と全裸の俺的な感じの何かなんじゃないの?

 

今まで人生で彼女なんざ居た事もねえようなおっさんがスウェットのパジャマ着て、デパートで安売りしてるような見るからにオカンっぽいパジャマ着た自称マッマ達と寝てスズメの三重奏に起こされるような事ではないよね?

 

 

つーかね、今のところ、昨日昼飯食べるかって時に7mmモーゼル弾に側頭部抉られて命からがら逃げ出して無事鎮守府着いた一安心バタンキューな記憶しかないわけよ。

 

間違ってもこのマッマ達と催してアンアンする雰囲気なった記憶なんてないわけよ。

 

分かります?結構エマージェンシーだったんですよ?エマージェンシー乗り越えてその先にある光景がこれっておかしくないですか?

 

 

 

「…!坊や…!」

 

おっと、ピッピが目を覚ましたゾォ。

なんかもう、目を潤ませてるの可愛いなぁ。

やあ!ピッピ!昨日は守ってくれてありがとぶへぁっ!!

 

ピッピが凄まじい力で私を抱きしめにかかる。

その破壊力抜群の双丘に頭を挟まれて、いつものように呼吸困難に陥った。

 

 

「目を覚ましたのね!あぁ、良かった…本当に……」

 

 

ピッピマッマ、喜んでくれるのは嬉しいんだけど少しばかり力を緩めてください。

せっかく目を覚ましたのに、呼吸困難でまた寝ちゃうかも。永遠に。

 

 

「朝から何?うるさいわねティルピッ………Mon chou!!!」

 

やあダンケルク。ピッピの谷間から朝のご挨拶してすまない。

 

「指揮官くんが!」

 

「目を覚まされたのですか!?」

 

セントルイス、ベルファスト、おはよう。

 

 

皆してなんなんだその反応は。

私が起きるのがそんなに珍しいのかい?

ピッピママに至ってはガチ泣きしてるんだけど、何かあったの?

ひょっとして数日間眠ってた、とか?

ははは、映画じゃあるまいしまさかそんな訳は

 

 

 

 

 

 

ありました。

とりあえず、ピッピママ達に医務室へ連れて行かれた。

 

医務室にはヴェスタルさんと、何故か当鎮守府の衛生兵キャラが定着してしまったプリンツ・オイゲンがいた。

 

主治医(?)のヴェスタルさんの言うには、私は3日ほど昏睡してたらしい。

 

 

「昏睡の原因は…出血かもしれません。とにかく、出血が予想以上に酷くて早急な輸血が必要でした。」

 

そんなに酷かったのか。

感覚的には、イタリアン・マフィアに家族同然のギャングファミリーを皆殺しにされて復讐に燃える元特殊部隊員のアフリカ系アメリカ人みたく側頭部に剃り込み型のハゲが出来る程度だと思ってたんだが。

 

 

「応急処置が功を奏したんです。もし、それがなければ私も手の打ちようがありませんでした。特に、完全とまでは行かなくとも、止血処置を行っていたおかげで、指揮官は一命を取り留めたと言ってもいいでしょう。」

 

本当に本当にありがとう、マッマ達。

危うく、本当に天に召されるところだったんだね。

 

「指揮官が彼女達に感謝すべきは、止血処置だけではありませんよ。輸血にしてもそうです。」

 

え?

 

「指揮官の血液型は●型ですが、備蓄が少なくて足りなくなるところでした。幸いにも、彼女達は●型でしたので、間にあわせることができたんです。」

 

 

………なんだろう。

 

勿論、ありがとうなんだけども。

ちょっと後ろ振り向いてマッマ達の方を向くとマジでマッマにしか見えなくなってくる。

 

ピッピもダンケもベルもルイスも、「これで私と指揮官は血の繋がった親子!」みたいなやり遂げた感満載の表情してた。

 

ついに血の繋がった親子(物理)になっちゃったよ。

もう後戻り出来ないよ。

てか、輸血って血ぃ採った後そのまま使えんだっけ?

 

また啓示が降りてきた気がして、それ以上は深く考えない事にした。

頭ぶち抜かれそうになって、怪我を負ったにもかかわらず生きている。

その事に、まずは感謝しないとね。

 

それで、ヴェスタルさん。

いつぐらいから…その、なんというか、いてもいなくても同じなんだろうけど…指揮官執務室に戻れる?

 

 

「しばらくは安静にしてください。毎日プリンツ・オイゲンが容体を確認しに行きますので。」

 

「指揮官、働き過ぎは良くないわ。死・ぬ・わ・よ?」

 

 

そんな「それともワ・タ・シ?」感覚で過労死の可能性を指摘されても困った気分になるのだが、まあ勿論彼女達の言う通りにはしよう。

 

そうだね、傷口がまた開いたりしたら目も当てられない。

 

ヴェスタルさんとプリンツ・オイゲンにもお礼を言って、私は私室に戻る事にした。

 

医務室を出た瞬間から、ピッピとダンケが両脇から極々ナチュラルに手を繋いでくる。

 

 

「Mon chou、今日は何が食べたい?ハンバーグ?カレー?」

 

「帰りに売店で玩具でも買おうか。坊やの大好きな1/350スケールの『戦艦ティルピッツ』が置いてるかもしれない。」

 

「指揮官くん、何か買ってきてほしいものがあったらいつでも言ってね?」

 

「海軍参謀長からはご主人様に傷病休暇を与えるように仰せつかりました。安心してごゆっくりお休みください。」

 

 

完全にオール●ェイズ/鎮守府の夕陽っぽいんだけど、そんな事より、この銃撃の件は海軍参謀長も知ってるって事?

 

 

「ええ、ご報告致しました。」

 

「……Mon chou。凄く残念だけど…」

 

「こんなの間違ってるわよ!」

 

 

ベルファスト、報告しといてくれてありがとう。

ただ、ダンケルクとセントルイスの反応からしてあまり良い状況ではないのだろう。

 

 

「坊やが昏睡してる間に、海軍参謀長が来たわ。彼の言うには…」

 

 

 

 

----------

(以下ティルピッツ視点。)

 

 

 

 

 

「分かってくれ、私だって問題を認識しているし、解決に向けて努力を怠るつもりもない。」

 

私の愛しい愛しい愛しい愛しい坊やが、卑劣極まりないテロリストの凶弾に襲われた後、

この事件は勿論海軍参謀長に報告をした。

 

海軍参謀長は、鎮守府に来て直接話を聞きたいと言ってくれた。

私の愛しい坊やが不幸に襲われた経緯を詳しく知り……どうやら参謀長も幾ばくかは掴んでいるらしく……あちらの情報と照らし合わせたいそうだ。

 

 

参謀長はサングラスを外し、正装でやって来た。

 

この前、奇妙なまでに明るい音楽を流しながらゴチャゴチャとまくし立てていた人物と同人物とは思えない。

 

とても礼儀正しく、服装も極端なまでに端正で、正に上級海軍軍人と言ったところか。

まぁ、私の坊やには到底敵わないが。

 

その上級海軍軍人は私達の説明を聞くなり、前途の言葉を吐き出した。

 

一瞬、保身に走るためにこの件をもみ消す気なのかと思ったが、どうやら違うようだと、彼の顔を見て思う。

表情は誤魔化せても、目は誤魔化せない。

必死にこちらの理解を得ようとしているのだ。

 

 

「以前から問題になってはいた。そいつの名前は『サー・ローレンス・ウィンスロップ子爵』。勘のいい君達なら、もう分かったろう。」

 

 

まったくなんて事!!!

ウィンスロップ家と言えば鉄血でも有名なほどの名門貴族!!

その一門があんな卑劣なマネをするなんて!!

 

 

「統合参謀本部議長も頭を抱えている。ウィンスロップ家は代々海軍で要職を占めて来た家系で、MP内部にもシンパが多い。まあ、当のウィンスロップ家もローレンスの性格の悪さには手を焼いているようだが、決定的な証拠が出るまで下手に手が出せん。」

 

 

腐れ貴族め!!

 

やっぱりここは私が、この手であのクソ野郎をミンチに…

 

「落ち着け、落ち着いてくれ。君の怒りはよく分かるが、そんな事をすれば君は処分される。一番悲しむのは誰だと思う?」

 

 

私は、ベッドの上でいつ目を覚ますかさえわからないでいる坊やの寝顔を見た。

 

ごめんなさい、坊や。

わたしには…あなたを置いていなくなる事なんてできない。

 

ついこの間まで、こんな感情は忘れていた。

 

私は長い間フィヨルドに1人で篭り、人との関わりというものを絶っていた。

寒さに慣れ、孤独に親しんだつもりだった。

でも、坊やが私に人との交流の楽しさと、そばに人がいてくれる事の温もりを思い出させてくれた。

そんな坊やを1人にするなんて、わたしにはできない。

 

 

じゃあ、どうすれば?

坊やを1人にはできない、でも坊やをこんな風にした男を放って置くことも許せない!

 

「少し時間をくれ。統合参謀本部議長がウィンスロップ家と掛け合ってるところなんだ。

先ほども言ったが、ウィンスロップ家もローレンスには手を焼いていて、キツい灸を据えたいと考えている。奴のせいで家名が汚されてると感じているからな。」

 

ならとっとと自分の手で始末をつければいいのに。

 

「そうもいかんのだ。ローレンスは小賢しい奴で、証拠を残さない。君たちから提供された音声も犯行をほのめかしただけで実行の宣言までは至ってなかったろう?普通ならアレでも始末をつけれるが、ウィンスロップの人間ならそうはいかんのだ。スナイパーも、高速道路のチンピラも"外部の専門家"だった。ローレンスとは何も繋がらない。」

 

本当に小賢しいのね。

 

「ああ、だから統合参謀本部議長とウィンスロップ家は"正規の口実"を作ろうとしている。例えば、『演習で無名の鎮守府相手に無様そのものの敗北を喫した』とかな」

 

!?

 

「あまりに酷い結果なら、統合参謀本部議長は降格を命じることができる。これなら証拠ももみ消しようがない。ウィンスロップ家にとっちゃ降格なんてとんだ恥さらしだから、ローレンスを突き放せるってわけだ。」

 

 

なるほど…演習の時期は?

 

「そこまでは決まっちゃいないし、演習になるかもまだわからん。ただ、これだけは覚えておいてくれ。ローレンスはクソ野郎だが、まったくの無能って訳じゃない。徹底的に潰すなら、徹底的に上手くやれ。難しいぞ。」

 

 

難しい?

だから何?

絶好の機会じゃない。

あのクソ野郎のプライドをへし折って、下水道にでも流してやるわ。

 

 

「その息だ。後日、統合参謀本部議長もここに来るだろう。…ああいうクソ野郎は反吐が出るほど嫌いだ。君達の成功を祈ってる。」

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

マジで?

 

つまり、貴族のボンボン相手にあんな電話しちゃってた訳か。

来るなら来るがいい、とか。

私を誰だと思っている、とか。

 

やっべえ〜、小便チビりそう〜。

僕ちん基本ヘタレだからね。

口先だけのクソ雑魚野郎だからね。

 

あ〜も〜いっその事赤城と高雄返しときゃ良かったかなぁ〜。

 

 

「ご主人様!!!」

 

は、はい、なんでしょうかベルファストさん。

 

「ご主人様の判断は間違ってはいないと思います!」

 

「そうよ、指揮官くん!悪いのはあなたじゃなくてあのクソ野郎!自信を持って、胸を張って!」

 

「Mon chouが後悔すべき事なんて1つもないわよ!」

 

ありがとう、ありがとう、マッマ達。

 

「それに、坊や。あなたには私達がついてる。それだけで、怖がる事なんてどこにもないでしょう?」

 

 

そ、そうだね、ピッピ!

こっちには多量の物資とマッマ達がいるんだ!

何とかなるっ!

 

たぶん、きっと、おそらくは…

 

 

 

そうこうしているうちに、私室に到着。

 

あれ、なんか色々変わってね?

玄関というか、建物からしてアップグレードささってねえかこれ。

 

「あぁ、指揮官くんがずっと部屋にいても退屈しないように明石に改修をお願いしてたの。」

 

おお、そうなのかセントルイス。

 

 

それにしてもあまりに仕事が早すぎるよ明石くん。

タラ漁船の予約で張り切りが過ぎたのかな。

外出前に予約済ませといて良かった。

約束反故にしちゃうとこだったから。

 

ところで、どんな改修したのかな〜。

ちょっと覗いてみよっと。

 

 

リビングまで進んで、目の前にあったのはテレビ。

3×10の横隊で並べてある大量のテレビ。

あと、ヘッドギア付きの椅子。

 

 

 

ピッピ、"怖がる事"がここにあるんだけど?

 

 

 




すいません、ちょっと設定とかガバってます。
あと、リアル思考で行くとあり得ない描写もあるかと思いますが、どうか大目に見てください。
お願いしますなんでもしますから(なんでもするとは言ってない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヨルムン過保護


「溢れ出る駄作感」


----------ジャン・パー(以下略


 

 

 

 

「姉さんに頼んで、送って貰ったわ。これで鎮守府の守りは強化される。」

 

 

鎮守府のメインストリートを行進するⅣ号戦車H型、Ⅴ号戦車G型、Ⅵ号戦車"ティーゲル"および"ケーニヒスティーゲル"の車列を見て、私はその場から逃げ出したくなった。

 

数えきれない戦車の後ろからは、シュタールヘルムのドイツヒヨコが列を組んで行進してくる。

更には8tハーフトラックに牽引される重砲、軽榴弾砲、"魔の四連装"、Flak36まであった。

 

 

ちょっと待って、ピッピ。

 

対空砲に続き行進するヒヨコSSのそのまた後ろに、とんでもない車両がいる。

なんというか、Ⅳ号戦車の車体を前後に延長したかのような見た目だが、車体の上に載っているモノがヤバ過ぎるのだ。

 

報復兵器"V2"。

弾道ミサイルの原点、ロンドンをパニックに陥れた張本人。

明らかなオーバーテクノロジーだろうとは思うが、それが戦車の車体によって自走化されている。

 

 

おいこら待てや。

こらあかんやろ。

誰が「我が鎮守府を世界で10番目の核保有国にせよ」とか言ったんや。

誰が「瀬戸際外交して参謀本部から色々引き出すで」とか言ったんや。

 

TEL(移動式発射台)の恐ろしさ分かってやってる?

発射するまで位置が分かんないってそれ一番迷惑極まりないし、対策打ちづらい事この上ないんだからね?

 

もう鎮守府の防衛強化とかそんなレベルじゃないよ。

もうこれで軍事侵攻できるよ、ラインラント進駐くらいならソツなくこなせそうだよ。

 

 

私に一体何をさせたいんだピッピ。

 

私室に戻った後、セントルイスが仕掛けた洗脳装置の数々を運び出し、ふぅ、やっと一息つけるぜと思ったら「坊や、ちょっと来てもらえるかしら。きっと喜ぶと思うわ」って言われてホイホイついてきた結果がこれかよ。

 

私は何をすれば良い?

こちとらジャージ上下にサンダルっていうラフラフな格好なんだけどさ。

 

あれか?

手でも叩けば良いか?

手でも振れば良いのか?

「鎮守府防衛軍全将兵諸君に栄光あれ!」とか貴重な音声記録でも残せば良いのか?

 

 

ピッピママ、いくらなんでもやり過ぎだよこれは。

 

そもそもV2とか予防戦争ヤル気満々じゃん。

この弾道ミサイルどこに向ける気なの?

ねえ、どこに向けるの?

 

 

「勿論、あのクソ野郎の鎮守府とウィンスロップ本家、それから海軍参謀本部と、統合参謀本部…ついでに、ロンドン、パリ、モスクワ、それにワシントン。」

 

 

ついで、じゃない。

それは、ついでとは言わない。

せめて、ほかのマッマ達にも少しは気を使ってそういう事言ってくださいよ。

すぐ後ろにダンケルク、ベルファスト、セントルイスが並んでんのよ?

何で内乱の種振りまくのよ。

 

 

「Mon chouの安全のためなら、それも止むなしね。」

 

おいこらダンケルク。

ドイツ軍司令官でさえパリの破壊を諦めたんだぞ、総統命令に背いてまでこの街助けたんだぞ、そう易々と明け渡すんじゃない!

 

「ええ、首都ならいくらでも作り直せます。」

 

流石イギリス人!

流石チャーチルを産んだ国!

立ち直りが早すぎるっつーか立ち直る前提で話を進めるな!

 

「D.Cがないなら、ニューヨークを使えばいいじゃない!」

 

そうだね、その為にインターネット作ったんだもんね。

でもインターネットの軍事的有用性を確かめる為にニュークリア・ウォーをやらかす気かお前は。

 

「安心して坊や。ちゃんとベルリンも狙わせるわ。いざとなったら道連れよ!」

 

 

ピッピ、全く安心できない。

 

つーか何で肯定してんの、何でこの前代未聞の暴挙に賛同してんの。

 

貴女方、自分の国の首都と30代のしょげたおっさんを同列に扱う気なんですか?

 

『世界を終わらせたのは1発の銃弾だった』って某ゲームのキャッチコピーを地でいくようなことしてんのに、なんで賛同できるんですか?

 

貴女達、明日フォール●ウトの世界にブチ込まれるのを防ぐか、このクソみたいなおっさんと過ごすかどっちが重要?って聞かれた時なんて答えんのよ。

 

 

「「「「勿論、『坊や。』『Mon chou』『ご主人様』『指揮官くん』」」」」

 

 

 

 

 

 

 

血の繋がった親子(物理)になってからというもの、マッマ四名の過保護は最早保護とは言えないほどダイナミックな、エレガントな、とても攻撃的な物になった。

 

昔読んだ記憶があるのだが、ある戦前日本を代表する作家の小説で、こういうのがあった。

 

初めて恋心を抱いた綺麗な娘が、やがては

誰かと結婚して子供を産む。

子供をあやす母親を見て、主人公は嫉妬するでもなく祝うでもなく、恐怖心を抱いた。

 

"この娘は母親になったのだ。古代ローマの時代から、母親は息子の為に手段を選ばない。その恐ろしい母親というものに、この娘はなってしまったのだ!"

 

 

 

はい、もうそのまんまです。

 

息子の為になら弾道ミサイル取り寄せる母親がここにいます。

 

パリのパティシエが使う小麦粉をインターネットで取り寄せられる時代に、わざわざ小麦を臼で挽く母親もいます。

 

自分こそ真の母親だと主張したいが為に、莫大な金をかけて息子の部屋を洗脳部屋にしたり、あるいは、4人の分身従えてローテーションしながらあやす隙を狙い続けてる母親もいます。

 

 

もう母性溢れて良いですね、とかそういう話じゃ済みません。

国の安全保障<自分の息子(物理)なんだからFG●で言うところの狂化かかっちゃった状態です。

 

遥か遠くのローレンス殿、間違っても次なる刺客とか寄越さないように。

さすがにあんただって嫌だろう?

「世界を滅ぼす戦争を始めた張本人」とか言われんのは。

 

 

まあ、でもあのアホタレにそんな事を知る諜報力なんて期待は出来んだろうから、流石にV2ミサイルにはお帰りいただいた。

 

ピッピ説得すんのどんだけ大変だったか。

 

 

「坊や!?どういうつもりなの!?もしあのローレンスがまた貴方を狙いに来たら?もし海軍が貴方を裏切ったら?もし貴方を排除する国連決議案が通ったら!?」

 

ピッピ、アホタレの方はともかく後ろの2つはV2持ってた方が危ない。

 

鎮守府に弾道ミサイル持ち込むようなド派手な事しなかったら海軍はふつうにこっちに居てくれると思うし、国連(?)は私の事など気にも留めない。

 

もうそれは心配じゃなくて被害妄想だよ。

 

 

ていうかね、元々ね。

ビスマルクお姉さんは何なの?

 

自ら動いて照準つけるPPKとか12.7mm弾防ぐ防弾スーツとかで充分驚きなんだけどさ、妹の電話一本で陸軍師団を送り込むってどんだけの影響力よ。

ココ・ヘク●ティアルかよ。

 

 

「優秀な私兵もボディガードとしてよこしてくれたわ。」

 

ピッピが筋骨隆々なヒヨコ達を紹介する。

 

「左から、私兵隊長のレー●、"爆弾魔"ワ●リ、近接戦が得意なバル●、元砲兵マ●、スナイパーの」

 

はい、ストップ、スタァァァップ。

著作権の侵害でしかない私兵団にもお帰りいただく。

いいかい、ピッピ、ビスマルクお姉さんも私兵がいないと大変じゃん?

ドバイの警察署出て(………一歩も…動けない…)とかなったらどうすんの?

ね、でしょ?丁重に見送ってあげて?

 

 

 

まあ、V2と私兵いなくなったところで陸軍師団がそのままいるんだけどさ。

どうすんのよ、これ。

既に勝手に鎮守府の外柵沿いに沿って開拓始めてんだけどさ。

既に勝手に陸軍の駐屯地作ろうとしてんだけどさ。

 

 

ため息をつく私の後ろに、いつのまにか1人の男が立っていた。

 

黒いスーツに、グラサンの白人。

ピッ●ブルではないが、見たことはある。

ジャガイモのコンテナにM16突っ込んでそうなおっさんだ。

 

「この世界には5億人の過保護な母親がいる。ざっと12人に1人の計算だ。問題は…残りの母親をどうやって過保護にするか。」

 

 

いや、もういいっすから。

そんなに過保護な母親はいないと思うし、これ以上増えても困るっすから。

 

てか、あんた誰?

ロード・オブ・アフォー?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マミーのおいしい朝ごはん




「それアレだろ?元ネタはネズミが出てくるフランス料理店のやつだろ?最早原型留めてなくて分かんねえだろうが。」


----------ジャン・パ(以下略


一夜城。

 

ラブホテルの名前ではない。

ありそうだが、少なくとも私は見たことがない。

 

豊臣秀吉が築いたとされてきた墨俣城の事だ。

実際は、その城は前々からあったのだが、江戸時代に流れていた通説では、秀吉が一晩で構築して敵を驚かせたという事になっていたらしい。

 

 

 

まあ、それはさておいて。

 

久々に指揮官執務室に戻った私の眼前にも、墨俣城ができていた。

もっとも、この場合の墨俣城は石垣と堀のあるジャパニーズトラディショナルなお城の事ではなく、眼前に広がるより近代的な陸軍駐屯地の事だったが。

 

既に立派な隊舎が並んでいて、戦車や大砲は綺麗に並べられていた。

あたりにはドイツ軍特有の山岳帽を被ったヒヨコ達が「あぁ、やっと終わったぜ」的な雰囲気で休んでいる。

 

 

昨日の昼前に到着して、今日の朝に駐屯地まで作り終わった、だと?

鉄血のヒヨコはバケモノか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日はあの後、夕食食って風呂入ってゲームを楽しんでマッマのお歌を聴いて、寝た。

うん、そのとおり。

敷きピッピ敷きダンケ、掛けファスト掛けルイスで寝た。

もう慣れてる自分が恐ろしい。

 

ただ昨日から寝る前のお歌の時間にはバイオリンやチェロの伴奏が入るようになってしまった。

ピッピのソプラノが終わるまで寝落ちは許されない状況となってしまった。

ピッピママ、ここまで来たら逆効果では?

 

 

ああ、そうそう。

昨日の夕食はハンバーグだった。

ご丁寧にハンバーグの上にはロイヤル国旗が掲げられ、お子様プレートそのものだ。

 

ただ、昨日のハンバーグは何か…カリカリとしたものが混入していた。

食感が面白かったので、これが何なのか尋ねてまわったが、誰にも言明を拒否された。

何か怖い気がするけど、深く考えないでおこう。

知らぬは仏、そう言うこともある。

マッマ達がコソコソと「ナイト」だの「ポーン」だの言ってた気がするが、きっと別の話だろう。

 

 

朝はピッピママに「さあ起きて、可愛い私の坊や」と起こされ、顔を洗い髭を剃って朝食を待つ。

 

そして朝食の準備ができた後、セントルイスが用意してくれたソーセージとスコッチエッグと、ダンケルクが小麦を挽くところから始めて作ってくれたバケットとを、ベルファストが細心の注意を払って作ってくれたロン●フェルトのセイロンで流し込んだ。

 

風味の変わったソーセージだった。

薬草でも混ぜたのだろうか?

セントルイスとダンケルクがまたコソコソ声で「チェイサーを取り込めば…」とか「やっぱりスカベンジャーの方が…」とか言っていた。

薬草の名前だろう、きっと。

信じよう。信じる事が大事。

 

セイロンティーも、今日はいつもと違ったなぁ。

 

と、いうのはベルファストは私がストレートを好むのを知っているから、レモンとミルクは添えてあるだけって事が多いんだけど。

今日に限っては問答無用でミルクティーになってたのが少し不思議だ。

 

ベルファストの表情もね。

ミルクティー飲んでる時に恍惚な顔をして見られてたような気がしないでもないが、まあ、気にしないでおこう。

アーメガフッテモキーニシーナイーぐらいの軽い気持ちで行こう。

深く考えて真実に辿り着いた時、私にはその真実に耐えられる自信がない。

 

 

 

さて、朝食の後にはプリンツ・オイゲンがやって来た。

軽度の健康診断をされ、傷の状態を確かめられる。

 

「ふふっ、立派なハゲが出来るわね。」

 

クソぉ嘲笑いやがって。

とは言いつつもプリンツ・オイゲンは丁寧に包帯を外し、傷口をこちらの痛みが最小限に抑えられるように消毒し、新しい、より清潔なガーゼに変えて真新しい包帯で包んでくれた。

処置の一つ一つに思いやりが滲み出ていると言っても過言とは言えないであろう丁寧さだった。

 

 

もう復帰していい?

 

「死・ぬ・わ・よ?」

 

いや仕事が好きとかそんなんじゃなくていい加減暇人過ぎてどうにかなりそうなんですよ。

もう十分寝たし、ちょくちょくゲームとかやってたし。

 

ゲームの方は、FPSオンライン対戦の同じサーバーにロングアイランドがいたせいで速攻で飽きた。

 

あいつ上手過ぎる。

近接武器のみでキル:デス=42:3ってどう言う事?

チート使うでもなく、ツルハシとシャベルだけでどんだけ殺してんのよ。

私の分身であるオーストリア=ハンガリー兵も可哀想な事にツルハシで3回、シャベルで1回殺された。

足音を銃声に混ぜるのがあまりに上手過ぎて誰も気づけないのだ。

 

分隊のメンバー達と共に何度かロングアイランド狩りを試みたものの、分隊員達は1人また1人と消えていき、気づいた時には私の分身もツルハシの餌食になっていた。

もうここまで来るとバ●ルフィールドつーよりかはデッド・バ●・デイライトだね。

 

 

 

そんな訳で早くも本格的に暇なのだ。

ロングアイランドが無双しているサーバーに首突っ込むのも飽きたし、3日間を睡眠に注ぎ込んだおかげで眠いわけでもない。

 

 

「ふーん、そう言う事なら…ティルピッツ 達の観察下でなら、"復帰"しても良いわよ?ただし無理は厳禁。力仕事も厳禁。ちょっとでも悩むような判断も厳禁。ペンを持つ事さえ厳禁。」

 

いやそれ何もできな

 

「死・ぬ・わ・よ?」

 

 

あー、何となくわかったぞ。

どうやら今回の件で過保護になったのはマッマ達だけではないようだ。

鎮守府にいるほぼ全てのKANSENが過保護の塊と化してしまった可能性が高い。

 

プリンツ・オイゲンは感情の起伏が表に出ないので、気づかなかったのだろう。

まあ、伏線はあったけどね。

この間まで無警告で採血してたぐらいのドS路線走り出してたのに、さっきの手当ては保健室の先生だったもんね。

 

 

 

 

まあ、何とかプリンツ・オイゲンの許可も出た事だしマッマ達と一緒に指揮官執務室へ行きましょう。

そういえば昨日のヒヨコ達どうしたのかな、天幕でも張って露営したのかなぁって話をピッピとしてたら目の前に墨俣城が出来てました。

 

すっごーい!建築が得意なフレンズなんだね!

 

「フレンズ?何を言ってるの?私たちは家族じゃない。」

 

ピッピママ 、頼むから右ストレートとかやめてくれよ。

もう家族でいいから。

うん、家族だから。

だから、やめて?

シャベル持って追いかけ回したりとかはしないで。

絶対しないとは思うけど。

 

 

「はいはい、それじゃ皆、仕事にかかりましょう。Mon chouのローテーションは…今日はMk.Ⅴでいいわね?」

 

「ご主人様の為ならば。」

 

「異議なしよぉ〜」

 

 

なんなんだ、Mk.Ⅴって。

なんで私の取り扱いについて既にローテーションスケジュールが組まれてるんだよ。

 

いつから和解した?

いつから和解して、皆一つ屋根の下で仲良く面倒見ましょうみたいなEUチックなプレゼンスが功を奏し始めたの?

いつから戦争ばかりだった欧州のこれまでの歴史を振り返り経済的・軍事的にも深く結びついて大国に対抗すると共に人々の心の中に平和の砦を築いていきましょう的なアプローチに入ったんだ?

 

 

どうやらMk.Ⅴの場合、最初に私の"面倒を見てくれるのは"セントルイスのようだ。

 

「指揮官くん、はい、あ〜ん。」

 

ルイス、ありがとう。

でも朝の9時からバニラアイスは流石にキツ…おっと目がマジだぞ大人しく食べておこう。

 

このバニラアイスを拒否するならサキュバスが淫魔と呼ばれる由縁を教え込もうかしらウフフ的なナニカが感じ取られた。

 

「どう?おいしい?」

 

美味しい美味しい。

 

「本当!?良かった、初めての手作りだったから少し不安だったのよね。遠慮せずにもっと食べていいのよ?」

 

あははは、どうもありがとうセントルイス。

私がバニラアイス食べてる時のセントルイス

も恍惚な表情をしていた気がするが気のせいだ気のせい。

『深く考えない、このポリシーは走り続ける。』

 

 

「失礼します、指揮官はいらっしゃいますか?」

 

引き続きセントルイスにバニラアイスを食べさせていただいている最中に、エンタープライズが郵便局員そのもののバックを肩に掛けて入室してきた。

 

「あ、指揮官。貴方宛のお手紙です。」

 

「手紙なら後にして!今、指揮官くんにはわt…んんんっ、デザート食べさせてあげてるところなんだから!」

 

そんなムキになる必要ないだろセントルイス。

ってか何か重大な事実に直面するところだったかもしれない気がするが気のせい気のせい。

『深く考えない、このポリシーは走り続ける』

 

 

「そんなっ、どうか受け取ってください!届かなくても良い手紙なんてないんです!」

 

うん、そうだね、ヴァイオ●ット。

受け取ってあげてセントルイス。

 

「仕方ないわねぇ。」

 

 

セントルイスが手紙を受け取り、無事仕事をやり遂げたヴァイオ、違うな、エンタープライズは颯爽と次の配達へ。

 

私はセントルイスから手紙を受け取ろうとしたが、セントルイスは私には渡さずに中身を開け始めた。

 

 

「ダメよ、指揮官くん。プリンツ・オイゲンからも言われてるでしょぉ?」

 

そこまで?そこまで厳禁?

 

手紙は先にセントルイスの目で確認された。

 

「皆んな、ちょっと来て。」

 

セントルイスは私には内容を告げず、他の3人のマッマを集める。

集まったマッマ達全員が、セントルイスの持つ手紙を見て目を丸くした。

最初に口を開いたのはピッピ。

 

 

「これはっ…」

 

どうしたの、ピッピママ。勝利の味?

 

「午後から統合参謀本部議長がいらっしゃる!急いで準備を!!」

 

 

いくらなんでも急過ぎるだろ。

バルバロッサ作戦かよ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅲ章 幼児戦記 〜化物の皮を被った幼児〜
バンド・オブ・マーザーズ


「むしろ親子の絆だろうが」

-----------ジャン・以下略


 

 

目の前のセントルイスとベルファストが申し訳なさそうにこう言った。

 

「指揮官くんには近い内に伝えようと思ってたの。」

 

「母乳が出るようになったんです。それも昨日。」

 

 

文章だけ読むと、なんだ!?この野郎マジでトチ狂ったのか気持ち悪りぃ!!!と思う事だろう。

 

だが、実際には…そんな公営良俗を乱すような事ではない。

 

 

私の目の前、10m先に牛がいる。

これは比喩でも直喩でもない。

 

牛が、いる。

 

母乳というのは牛さんの。

牛をよく見れば、ホルスタイン種だという事が直ぐに分かる。

ただ、もうそろそろ老廃牛となる日も近いのだろう。

随分とくたびれて見えた。

 

はぁぁぁ(溜息)。

 

君達、その牛さんどこから持ってきたのよ。

 

「指揮官、この牛を拾って来たのは私なの。」

 

 

小さなセントルイス…じゃなくてヘレナが私の方を向いてそう言った。

 

「レパルスさんが鎮守府で暴れた日、爆音のせいで近くの農場から牛が逃げ出したらしいの。」

 

「大抵の牛は元の農場へ戻ったらしいけど、この牛だけ戻ろうとはしなかったそうよ。指揮官くんに迷惑かけると嫌だから、返そうとしたんだけど、ヘレナが聞かなくて。」

 

「ご主人様、この牛のタグをご覧ください。もうじき老廃牛として処分されてしまいます。」

 

見ただけでも何となくわかるけどね。

 

「そんなの可愛そう!だから、姉さんとお金を出し合って農場の人からこの牛さんを買ったの。」

 

「最初の頃は立ち上がる元気も出なくて、心配したのだけれど、世話をしていく内に回復していったの。」

 

「そして先日、母乳を出すまでに回復致しました。」

 

ああ、だからミルクティーだったし、バニラアイスだったのね。

 

「ご主人様には新鮮な内に召し上がって欲しくて。」

 

「指揮官くんがアイスを美味しいって言ってくれた時、"あぁ、この子のお世話をした甲斐があったなぁ"って凄く暖かい気持ちになったわ。」

 

「私も、ご主人様がミルクティーをいつも通りに召し上がって下さったのを見て、あの子もここまで…ぐずっうえっ…元気にッ…」

 

 

なんか、ゴメン。

君達に比べたらあまりにも不純過ぎるわ。

良からぬ事をあれこれ想像してた自分が全力で恥ずかしい。

 

「指揮官っ!お願いっ!このまま牛さんを飼わせて!エサ代は何とかするし、ぐすっ、毎日ちゃんとお世話ずるがらッ!おねがいじまずッ!」

 

「じぎがんぐんッ、ヘレナとやぐぞぐじだのッ、私もお世話手伝ゔっでッ。ひぐっ、うぐっ、最後までやらぜでッ」

 

「ご主人様ぁ!ごのベルブァズドッ、一生のお願いにござびまずっ!」

 

 

もう分かったから!分かったから!

泣くな、泣くんじゃない、こっちまで泣きそうになるだろうがっ!

ちゃんと買ったんだし、盗んだわけじゃないんだし、別に飼ってても何も言わんから!

むしろエサ代は捻出してあげるからッ!!

 

ただね、これから統合参謀本部議長がこの鎮守府に来るから、ドックの隅っこからあっちの陸軍駐屯地の裏地に移してあげて?

歩くのしんどそうだったらトラック回してあげるから、ね?

 

 

それにしても参ったな。

ペット飼いたいとか要求されるにしても、犬猫とかそういう順当なステップすっ飛ばしていきなり牛から始めんだもんな。

もうちょっとさあ、ハムスターとかから始めて欲しかったなぁ。

いきなり牛飼うとか言われて理解追いつく?

 

 

泣き止んだヘレナが牛を移動させ始めた。

随分ヘレナに懐いているようで、牛さんの方もすんなりと従っている。

あの牛を助けても、とか、毎年何千頭の老廃牛が、とか野暮なことは言わないようにした。

目の前の可愛そうな何かを助けてあげたい、という純粋な少女の気持ちだ。

もう見てるだけでこっちの心まで浄化されてく。

 

 

「指揮官くん大好き!」

 

不意にセントルイスから抱きつかれた。

身長差ゆえにピッピママに勝るとも劣らない双丘が私の頭を包み込む。

はい、呼吸困難です。

 

「セントルイス、ご主人様もまだ包帯を巻いてるのですから、そう強く締め付けるのはやめなさい。しかしながらご主人様、このベルファスト、とても感謝しております。次はチーズかバターをご用意致します。どうか楽しみにお待ちください。」

 

 

あ!そうだ、ミルクティーとバニラアイスの謎は解けたんだけど、あのハンバーグのカリカリしたやつとソーセージは………お〜いベルぅ?ルイスぅ?

早くない?ねえ、ちょっと早くない?

「〜♪」みたいな感じでおっさん置いてくの早くない?

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、ハンバーグとソーセージの謎は解けないままだったが、それを理由として統合参謀本部議長の出迎えに遅れるわけにはいかない。

 

昼にはピッピママとダンケルクを両脇に従えた状態で、鎮守府の正門に立っていた。

ベルとルイスはギリギリまで鎮守府内を点検してもらうことになっている。

 

 

「緊張してるの、坊や?」

 

ピッピが横からそう聞いてくるあたり、私の顔は強張っているのだろう。

 

「大丈夫よ、Mon chou。あなたの恩師でしょう?私だって保護者面談は初めてだけど、そんなに緊張はしないわ。」

 

あのね、ダンケルク。

恩師つったって担任の先生じゃないんだからね。

士官学校の主任教官ではあったんだけどさ、そんなホンワカしたもんじゃないからね。

 

もっと問題なのは士官学校の思い出は色々覚えてるのに、肝心の主任教官の顔だけ覚えていないこと。

オイ海馬、仕事しろ。

 

 

 

やがて、ジープが見えてきた。

戦争映画とかでよく見る、ウィリスMB。

アレかな?取り巻きの将校団のうちの1人が「これから統合参謀本部議長来ますけど、対応の方万全ですか?」とか確認しに来たのかな?

 

 

 

違いました。

ジープ運転してんの統合参謀本部議長やん!

いや何してんねん!?あんた全軍の総司令官的ポジションやぞ!?なんで単車で来んねん!?護衛は!?護衛どこいった!?

 

段々とジープが近づくにつれて、助手席にフッドさんが乗ってるのが確認できたが、それ以外の護衛は何もなし。

不用心にも程があるぅ!

 

 

 

「久しぶりだな、元気してたか?」

 

統合参謀本部議長はジープを正門に停めるなり、私の方を見てそう言った。

ん?この役所●司ボイスどっかで聞いたことあんぞ。

 

 

…ウィ●ターズ中尉やん。

バンド・オブ・●ラザーズのウィ●ターズ中尉やん。

どうしたのよ、何でE中隊の指揮放り投げてこんなとこにいんのよ。

 

とは思ったものの、とりあえずは

 

お久しぶりです、総督。士官学校では随分とお世話になりました。それではご案内致します。

 

とスラスラ言えたからまあいいのかな。

 

正門を開けさせて、昨日到着したばかりのⅣ号戦車を先頭に車列を組ませた。

鎮守府内は安全って分かりきってはいるけど、やっぱり権威的なモノと威圧的なモノって必要じゃん?

 

「必要ない!とっとと通せ!」

 

すごいピンポイントで否定入りました。

 

 

「護衛も車列も必要ない!まったく変わらないな、マッコール。お前には少々合理性が欠けている。いいか、私は全国の軍事施設を移動する機会も多い。一々そんな扱い受けてたら何もせずに一年が終わっちまう。」

 

いや、それはそうなんでしょうけど護衛つけなさ過ぎるのもマズいっしょ。

とは思ったものの、特に何かできるわけでもないので、ウィ●ターズ総督の言う通り戦車隊は解散させた。

すまんね、後でビール送るね。

 

 

もう、なんつーか、THE・頭のキレる指揮官だよね。

一応片付けてたけど、結局視察も何もせずに指揮官執務室へ直行。

どうやら総督の秘書官であるフッドさんが、机の上に書類を並べ始めた。

 

 

「よし、説明しよう。」

 

到着してから僅か10分でコレである。

統合参謀本部議長から直々にご説明いただくには通常もうかなりの時間が必要なはずなのだが。

 

「ウィンスロップ家は"乗った"。演習は10日後。以上だ。」

 

は、はい。

それだけを伝えるためにわざわざ?

 

「ああ、まあ教え子の内の一人が頭ぶち抜かれそうになったんだ。心配もするさ。」

 

マジですか、マジでそのために…ヤバい、本格的に泣きそう。

どんだけ良い人やねん。

 

 

「この鎮守府はどうだ?何か…問題を抱えている事はないか?」

 

強いて言うなれば、員数外のKANSENがいます。

 

「員数外?てっきり保護してるものだと思っていたが。」

 

ええ、ですが彼女達の希望に基づき、軽度の偵察任務を与えております。

 

「そうか。相変わらずだな。お前の同期にはKANSENを駒のように扱う奴も大勢いた。………お前の戦術の試験結果はいつも悪かったな。だがあれはお前が保険に保険を取るやり方に拘っていたからだ。科目としては攻撃性の不足として見なされるが、持続的な戦力維持という側面は確かに理解できるものがあった。………話を戻すが、実はローレンスも俺の教え子の一人だ。奴の強みは決断力の速さ。とにかく速度を重視する。お前とは正反対だな。」

 

 

ウィ●ターズ総督が何を言いたいのかは分かった。

私と正反対、即ちリスクの高い賭けに出やすいという欠点を持っている。

総督はそれ以上、ローレンスの事を語らなかった。

別に腹立たしいとは思わない。

 

総督のモットーは公正明大だったと思う。

勝負事となると、まずフェアかどうか徹底的に考えていた。

その信念を少しばかり捻じ曲げて私にローレンスの特徴を教えてくれたのだ。

それだけでも十二分な価値がある。

 

 

 

 

ウィ●ターズ総督は来た時と同じように颯爽と帰っていった。

 

決戦は10日後。

出来ることには限りがあるが、まずはやらなければ話にならない。

 

さて、執務室に戻って艦隊の…とか思ってたら目の前に大きな双丘が迫っていた。

 

「とりあえず、お昼寝の時間よMon chou」

 

いや、ダンケルクさっきの話聞いてた?あと10日しかないんだから

 

 

「はいはい、おやすみちまちょうねぇ」

 

 

は〜い〜、おやすみするでちゅ!

 

 

 

いかん、ダメかもしらん。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紅のヒヨコ




「飛べるヒヨコなんざ見たことねえ。」

----------ジャン以下略


 

 

 

 

 

プリンツ・オイゲンの言いつけでは、私はペンを持つ事はおろか艦隊強化の為のアレコレを考えることさえ許されないと言われたが、日数決まってる以上そうもいかん。

 

マジで勘弁してください。

 

あと9日しかないじゃん、そんな言いつけ守ってたら、日中マッマ達にあやされながら決戦の時まで花びらの枚数数えるぐらいしかできないじゃん。

 

 

 

まあ、思いつく事と言えば認識覚醒を進めることぐらいしか思い当たらないし今から猛特訓でもしない限りはどうにもならんというか。

とはいえ、猛特訓を詰め込む気なんてさらさらないし。

もう自然体で行ってもらった方がむしろいいよ、それは。

 

 

既に認識覚醒MAXのピッピ、ベル、ルイスはともかく、ダンケルクはまだ第2段階だからMAX到達させたいところ。

 

でも無理をさせるのは避けるべき行為であり、本来であれば数週間前から段階的にやるべき事をサボっていたのは私の方なので、彼女には程々の…肩慣らしぐらいの緩やかなメニューでゆったり出来得る限りの強化を行ってもらう事にした。

 

 

それでもダンケルクにはショックだったようだ。

 

彼女はせっかく作ってくれたパンケーキを皿ごと落っことし、信じられないとでも言うような顔でこちらを見ている。

 

いや、本当にごめんね、今更強化とかって言われても困る

 

「そんな…Mon chouと一緒にいる時間が減るなんて……」

 

そっちか〜い。

あと、ピッピ、ベル、ルイスはドヤ顔すんのやめんか〜い。

 

「…………認められない!Mon chou!認められないわ!大体、今あなた考える事さえ禁じられているハズ!その命令は無効よ!」

 

 

そう来ますか。

命令が無効とか言っちゃいますか。

 

まあ、プリンツ・オイゲンの言葉を額面通り受け取るとそうなんだろうけどさ。

そんな事言ったら本当に決戦まで何も出来ないじゃん?

取り得る手段でできるだけの事を負担を最小限にしてやらせようと思ったら、やっぱ考えるしかないじゃん?

 

ダンケルク、頼むよぉ〜、君の開幕RPG大火力を強化できたらものすごく心強いんだよぉ〜。

 

 

「嫌なものはイィィィヤァァァアアア!!」

 

そうか、そこまで拒絶するのか…

 

 

「はぁぁぁ、仕方ないわね。ダンケルクには参謀役をやってもらってはどうかしら?」

 

おや、ピッピ。どうしたどうした。

ダンケルクに私を明け渡すのかい?

いや、自分で言うなっつー話なんだが、いっつもあんたら取り合いしてんじゃん。

 

「坊や、私だって可愛いあなたを抱えていたいわ。でも、クソ野郎を倒す為だもの。」

 

「…ご主人様、私もその案に賛成致します。私の煙幕があれば、きっとご主人様の選択肢も広がるハズ。」

 

「仕方ないわねぇ。ダンケルク、一つ貸しよぉ?」

 

 

おお、皆様本当にありがとうございます!!

束の間、ダンケルクは後ろめたいような顔をしていたが、やがて私を抱えて宣言する。

 

 

「みんな!私にMon chouを預けてくれてありがとう!責任を持ってしっかり補佐して、危険からは守るわ!」

 

 

 

 

マッマ達の団結と協力を中心に、まずは演習艦隊の構成から決まり始めてきた。

 

旗艦はピッピママ。

これは全員異議なし。

そしてピッピママの能力を最大限活かす為に、残りの後衛2名は空母を配置する事が決まった。

 

さあ、誰にしよう。

 

 

 

いつの間にか右手を挙げてセクシーポーズ決めてるシャ●ン・ストーンがいるけど、見なかったことにしたい。

おい、来んな、こっち来んな。

集中させて?ね?

魅惑のポージングで集中力削ってくるスタイルやめてもらえませんか?

『輝きの舞踏会』の悪用は法律で禁止されていますってCM知らないんですか?

 

 

「うふふ、指揮官様。私の『装甲空母』があれば、前衛艦隊を守れますわ。」

 

分かった、分かった、イラストリアス。

後衛の左翼は任せるから、右手を下ろしてフェロモン剥き出しの腋の下を閉じてくれ。

また変なフェチに目覚めそうになるじゃないかまったく!

 

さて、もう一人は…

 

 

「是非、この間の礼をさせてくれ、ボス」

 

おおっ、グラツェンとヒヨコパイロットさん達。

 

「ボスのお陰でミサにも行けたし、安息日も確保された。何か役に立ちたい。」

 

「卿はこいつらの名前をまだ知らないな。こいつはルーデル、こっちはハルトマン。両方とも優秀なパイロットだ。腕は保証する」

 

 

ん?ちょっと待って、今なんて言った?

 

「こいつはJu87パイロットのルーデル、こっちはBf109乗りのハルトマン。」

 

はい?

マジで?

 

もう、即採用。

"不死鳥"と"黒い悪魔"が揃い踏みしてんだよ?

そりゃあ、ピッピの右翼任せたくなるわ。

 

特にルーデルいたら何も怖かねえよ。

T34中戦車の大群来ても怖かねえよ。

ソ連海軍が誇る戦艦マラー相手でも怖かねえよ。

つーか戦艦沈める急降下爆撃機のパイロットヤバくない?

そもそもあんたら空軍じゃないの?

いつから海軍所属になったの?

なんでヒヨコになったの?

 

アレかな?

ある日飛行機で空飛んでたら積乱雲の中に入って行っちゃって、出てきた時にはヒヨコになってた…とか?

「飛ばねえヒヨコはただのヒヨコだ」とか?

 

あ、はい、ごめんなさい。

細かい事はもう言いません。

よろしくお願いします。

 

 

 

「前衛2人は私とルイスで決まりですね。もう一人はいかが致しますか、ご主人様。」

 

うーん、そうだなぁ〜。

誰にしよう。

色々と思い当たるKANSENがいるけど、前衛要員は割と多いので中々決められない。

本格的に悩み始めた時に、鋭い、攻めるような声が飛んできた。

 

「よっぽど死にたいの?指揮官。」

 

 

ゲェッ、関羽…じゃなかった、プリンツ・オイゲン。

 

額から脂汗が滴るのを感じる。

すっげえジワッつって湧いてきた。

いかん、見つかった。

こりゃあ叱られる。

たぶん、プリンツ・オイゲンのことだからネチネチと遠回しに痛いところを容赦なく串刺しにしながら怒られる。

長時間、長期間。

 

 

「ふふっ、冗談よ。ドキッとした?」

 

ほっ、冗談で良かったよ本当に。

 

「ふふっ、そう…ところで、私のスキル『破られぬ盾』があれば、ベルの煙幕と併せて効果的な防御が構築できるんじゃないかしら?」

 

ほほう、なるほど。

でも、あまり構ってあげられてないシカゴとかシュロップシャーとかも視野に入れたいんだよね。

あの子達も優秀だから。

 

「シカゴやシュロップシャーとも相談の上よ。あの娘達は指揮官との付き合いが長いから、ドクトリンもよく理解してたわ。その上で私のスキルを優先してくれた。」

 

 

そうか、シカゴ、シュロップシャー。

ケッコンしてたのにあまり関わってなかったけど、そんなところまで気を回してくれてたとは。

 

思い返せば、2人ともアズールレーンやり出した頃に来てくれた。

私のやり方を充分に理解しているから、プリンツ・オイゲンの背中を押してくれたのだ。

後で2人にはお礼をしないとね。

 

 

 

さて、艦隊の編成も決まったことだし、次は装備をぶへぁっ!?

 

 

プリンツ・オイゲンお前もか。

お前まで『挟む』を覚えたのか。

どこで、とは言わないが。

なにを、とは言わないが。

お前まで覚えてしまったのか。

 

 

「今日はここまで。まだあと9日もあるじゃない。慌てる必要はないはずよ?」

 

いやさあ、心の余裕的な何かを持ちたいじゃん?

だから早めに色々準備して、早めに安心したいと言うかね。

 

「坊や、気持ちは分からなくないけど、今日はプリンツ・オイゲンの言う通り、もう休むべきよ。本来は絶対安静にしておかないといけないのに。」

 

もうおっちゃん大丈夫だから。

そんなに心配しなくとも、今から格闘技やるわけじゃないんだから。

 

「いけません、ご主人様。休みましょう。」

 

いやだってまだ午後4じ

 

「死・ぬ・わ・よ?」

 

結構自分でも気に入ってるでしょ、それ。

とにかく、プリンツオイゲンが私を挟む力を強めたおかげで、呼吸困難が加速する。

 

はい、分かりました。

もうお休みしますので。

ですからどうか力を緩めてください、息ができなくて、このままじゃ永遠にお休みです…

 

 

 

 

10分後、私はベビーカーに乗せられていた。

ベビーカーに乗っていた。

本当にベビーカーだった。

 

ほら、あの、よく春の公園とかで見かけるお母さん達が使ってるあの標準的なベビーカーを大人サイズにしたものだった。

ピッピママによれば、鉄血の技術力の賜物らしい。

 

いや、技術力ってさ。

なんでドイツ人っていつもそうなんだよ。

第一次大戦ん時、戦車に対抗するために主力小銃を設計そのまんまに大口径化した対戦車兵器作ったりとかさあ。

おっさんをベビーカーに乗せられなかったら、普通は「ベビーカーに成人男性を乗せるべきではない」って方向に話が進むはずなんだけどさあ。

なんだって貴女達は「成人男性を乗せられるベビーカーを開発する」って方向に話進めんのよ。

何でもかんでも技術力で何とかしようとするし、何とかするから恐ろしいんだけどね。

 

 

それにしても、もう、絵面がヤバすぎる。

 

向こうにいるロングアイランドがこっちガン見してるもん。

明らかに信じられねえって顔してるもん。

 

「…子羊が第二の封印を解いた時、第ニの獣が現れた。私は見た。それは…赤い馬だった…」

 

 

おや、何か変なスイッチが入ってないかい?

もう何となく分かったけど、バトル●ィールドには飽きてファーク●イ5をやり出したんだろう。

今にも「私はあなた達の父、あなた達は私の息子だ」とか言い出しそうな雰囲気諸に出してるもん。

そろそろ「収穫」でも始めるんじゃないか、あいつ。

 

 

 

ファー●ーと化したロングアイランドにガン見されながらも、私たちは私室にたどり着いた。

 

私はようやくベビーカーから降ろされて、テレビの前に座らされた。

スイッチを入れると、スピーカーからはモーツァルトが流れ、画面にはオモチャやら人形やらがクルクル回ったり走り回ったりする映像が流れる。

 

いや、これさあ。

よく通販とかで売ってる「観ると将来頭が良くなる」系ビデオじゃん。

 

どうやら私は、息子どころかガチの赤ん坊として認識され始めているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の娯楽室では、2人のKANSENがかなり小型のカメラで内部の様子を記録していた。

 

2人とも自分達が何をしているのかは良く分かっている。

施設の写真をなぜ取るのか、写真が何に使われるのかも。

 

それは自らの良心に従ったものとは到底言えないし、むしろ唾棄されるべきものとなるはずだ。

 

しかし、2人に選択肢はない。

 

この写真は裏切りの象徴として捉えられる事になるかもしれないが、それでもやらなければならない理由があるのだ。

 

2人は娯楽室での写真を撮り終えると、次の目標へと向かった。

 

それは食堂だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ホワイト・スキャンダル



「政治家、マフィア、警察組んだら最強つーのはわかるが、お前が入る要素があるのか?」


----------ジャン以下略


 

 

 

 

保護していた2人のKANSENが置手紙を残して消息を絶ったことを知らされたのは、ピッピママの上で目を覚ました翌朝の事だった。

 

もう、ピッピママの上で目を覚ました事の理由については述べなくていいよね?

 

 

 

いつもならピッピママの隣で敷きダンケしているはずのダンケルクが、まるでス●ラーのゾンビみたいな真っ青な顔でこちらへやってくる。

 

手には朝刊が二紙。

嫌な予感しかしないぞぉ。

現役秘書艦が顔を真っ青にして、公に流通している新聞を持ってくるという時点で良いニュースではないだろうということは間違いないのだが。

 

 

「Mon chou!これを!」

 

新聞にはご丁寧に付箋紙が貼ってある。

私はその新聞を手に取って、気は進まなかったが付箋紙のあるページを開く。

 

 

『マッコール鎮守府、予算を激しく浪費』

 

『娯楽室にはマッサージチェア、ビリアード、ワインセラー、ホームシアターまで』

 

『鎮守府内で牛を飼育。敷地の不正流用か』

 

『食事は一流、出撃率は三流』

 

『我が国の財政の逼迫にも関わらず、国民の血税を浪費。使用予算はウィンスロップ子爵の5倍。割に合わぬ戦果。』

 

 

 

は?

 

何だこれは。

この鎮守府に報道を招き入れた覚えはないし、新聞の取材を受けたわけでもない。

だが、この朝刊には明らかに私の鎮守府にある娯楽室(寮舎とは別にコミュニケーションの場として設けていた)の写真が掲載されている。

 

食事の写真もたしかに私の鎮守府で提供されているもので、牛を飼いならすヘレナは多分この国中でも私の鎮守府ぐらいにしかいないだろう。

一体いつの間に撮りやがったんだ?

 

 

「こ、これを。あの2人組は行方不明…鎮守府内にはいないわ。」

 

ダンケルクから渡された置手紙。

かなりの達筆で書かれたその手紙には、私の名前と、差出人…高雄の名前が。

私は手紙を読む事にした。

 

 

 

"すまない。本当にすまない。これは裏切りであり、背信であり、武人としても、KANSENとしても、到底、許される事ではない。

 

マッコール殿を恨んだ覚えはない。むしろ感謝してもしきれないほどの恩がある。それを拙者の…あまりに身勝手な………本当にすまない。

 

拙者と赤城には、向こうに置いてきてしまった者がいる。放っては置けぬ。

指揮官殿は拙者達に憤慨していたが、この条件と共に帰還を許された。分かって欲しい、向こうの者をあのままにはして置けぬのだ。

 

身勝手だ。あまりにも身勝手だ!!許して欲しいなどと言うつもりはない。

…もし、マッコール殿が追い詰められたのならば…この手紙を公表して欲しい。

拙者達の事を考える必要はない。

拙者は最悪、向こうに置いてきた者に再び会い見えればそれで良いし、それは赤城も同じだ。

 

署名もしておく。

 

『拙者、サー・ローレンス・ウィンスロップ子爵指揮官指揮下の重巡・高雄は同所属KANSEN赤城と共に、マッコール指揮官鎮守府内で意図的に無許可で写真を撮影し、その名声を貶める事を充分に認識しながらサー・ローレンス指揮官に写真を渡した。尚、当方の見解ではマッコール指揮官鎮守府の予算編成及び支出は全くもって妥当だと判断することを認める』

 

(以下、高雄と赤城の署名と血判)

 

 

本当に、本当にすまない。

そしてありがとう。"

 

 

 

 

やりやがった…あのド畜生やりやがったな!!!

 

私は怒りのあまり怒鳴ってしまい、まだ目を覚ましたばかりのピッピを驚かせてしまった。

 

 

「坊や!坊や!落ち着いて!」

 

ピッピが必死に私を抱き抱えて落ち着かせる。

そのおかげで幾分かは冷静になった。

 

「手紙を公表しましょう。直ぐにでも。Mon chouが泥を被る事はないわ。」

 

いつもはセイロンを持ってきてくれるベルファストが、今日はルイボスを運んできてくれた。

私はそれを一口飲み、荒くなった呼吸を幾ばくか整えてから、ダンケルクの提案に首を振る。

公表したくは、ない。

 

 

「どうして!?こんな事をされたのに!?どうかしちゃったの、Mon chou!?」

 

ダンケルクが半泣きになっているのも珍しいが、それ以上に彼女達からしてみれば私の判断のほうが珍しい…と言うより奇妙なのだろう。

 

全員が目をまん丸にして、イカれたヤク中を見るかのような目で私を見つめている。

ピッピも、ダンケも、ベルも、それから天井から私を見つめているセントルイスも。

やあ、ルイス。

 

 

「失礼ながら、どういう事態が分かっていらっしゃるのですか、ご主人様!いくら地方紙とはいえ、このような記事を書かれれば、ご主人様の名誉は著しく傷つけられます!」

 

分かってる、分かってるが公表するわけにはいかん。

 

「どうしてなの!?指揮官くん!?高雄と赤城も覚悟の上だったはずよ!?卑劣な事をしてる自覚があったからこそ、こんな署名を残したハズ!遠慮する事はないじゃない!」

 

そうかもしれないが、私にはできない。

悪いのはあのクソッタレ貴族擬きであって、高雄と赤城じゃない!

 

 

高雄はまさに誇り高い武人といったイメージを受けるが、その誇り高い武人でも私に戸惑って欲しいと少しは思っていたに違いない。

 

でなければ、『もし、追い詰められたのならば』とは書かないはずだ。

何の心配もいらないなら、本当に…たぶん愛宕に再開するだけで良いなら、『迷わずに公表して欲しい』と書く。

 

想像になるが、おそらくこれは高雄が元の鎮守府に未練を持っているからだけではない。

誇り高い武人をも恐怖させ、引け腰にさせるほどの行いを、あのサー・ローレンス閣下がやらかしているに違いない。

 

 

「よく考えて、坊や。この手紙が公表されれば、海軍参謀本部もさすがに調査できるはずよ。そうすれば、いずれはクソ野朗の鎮守府にいるKANSEN達も解放される」

 

それはある。

それが一番賢明な策となるだろう。

 

こんな手紙が公表されれば、ウィンスロップ家もローレンスを見捨てざるを得ない。

総督もピッ●ブルも動きやすくなる。

 

例えウィンスロップシンパのMPが捜査を渋ったとはしても、いずれは真実が明るみになる。

驚くほどの低賃金と最貧国並みの福利厚生でKANSENをまるで奴隷のように扱ってきた事が公になるはずだ。

 

ただ、高雄と赤城はどうなるだろうか。

 

MPが捜査を渋る時間は、MP内部のウィンスロップシンパが高雄の裏切りをローレンスに伝え、怒り狂ったローレンスが彼女を無惨なやり方で始末するまでの時間を与えることだろう。

 

 

 

非常に、いや異常なまでの自分自身の甘さに私はヤキモキしていた。

 

私は指揮下のKANSENを誤射され、にも関わらず保護をし、手当を行わせ、食事を提供し、休暇を与えて、彼女達の望む物にはできるだけの努力をした。

決して…自惚れていたとかそんなのじゃないはずだ。

一時的とはいえ、解放された彼女達にできうる事をして与えうるものを与えたのだ。

 

しかし、彼女達は裏切った。

私が困難に直面するであろう事を充分に認識した上で、尚、裏切ったのだ。

 

だが、どういうわけか私には、彼女達を切り捨てるような決断が出来そうもない。

 

あの2人を切り捨てるだけで、私の名誉は保たれ、参謀本部は演習を待たずしてローレンスを排除し、ブラック鎮守府にいる全てのKANSENが解放される。

 

非常に優位な状況に持ち込める事は、確実だろう。

 

それにも関わらず、である。

 

 

 

「……Mon chou、今すぐにそれを渡しなさい…」

 

ふと声がして、私は顔を上げる。

 

凍りついた。

 

瞳に涙を浮かべるダンケルクが、マニューリン1873型リヴォルバーの大口径な銃口を私には向けているのだ。

 

 

「ダンケルク!?どういうつもり!?」

 

「こんなの耐えられないの、ティルピッツ!!!こんなの間違ってるッ!!!Mon chou、あなたが公表しないなら、私が公表する!!!2度は言わないわよ!今すぐにその手紙を渡しなさい!!!」

 

2度言っとるやないか〜い、と思ってしまった私は今年度全人類代表クラスのKY野朗だろう。

 

ダンケルクの気持ちは分かる。本当に心配してくれている。

よく見れば、マニューリンのリヴォルバーには弾丸が装填されていない。

もし、彼女が私ではなく、自分自身にも降りかかるかもしれない火の粉の方を怖れているのならば間違いなく実包が装填されているはずなのだ。

 

 

ごめん、ダンケルク。

この手紙は渡せない。

 

「本当に撃つわよ!脅しじゃないんだからね!!」

 

それでもできないんだ。

 

「もう知らないッ!!!」

 

チャキンッ

 

リヴォルバーのハンマーが空を叩いて、寂しい音を響かせる。

ダンケルクは泣き崩れ、リヴォルバーは床に落とされた。

 

「何故なの、Mon chou、どうしてぇ?」

 

むせび泣くダンケルク相手に、どういう言葉をかけるべきなのか、私には分からない。

とにかく、ありがとうとお礼を繰り返すだけしかできなかった。

本当に良いKANSEN達に恵まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『大手じゃなくて、地方紙で済んだ理由は何だと思う?』

 

電話越しとはいえ、ピッ●ブルの対応は視察の時とは全く異なる印象を私に与えた。

 

 

わかりません。想像さえつきませんよ。

 

『珍しい事でも何でもないからだ。残念ながら、当海軍では横領や職権濫用が後を絶たない。…君のところが横領をしていると言いたいわけじゃない。あの写真を見る限り、KANSENの為に随分と自腹を切ったようだが。』

 

ええ、まあ。たしかに痛い出費でしたが、買った甲斐はありました。

横領じゃない、と何故確信を?

 

『別に確信まで持ったわけじゃないが、横領ならマッサージチェアを5台も買わんだろ。

ワインセラーなら誰にも見られない秘密の地下室に作るし、ホームシアターは私室に設置する。』

 

ああ、なるほど。

 

『君の給料なら頑張れば買えるってとこだしな。独身貴族だし。…ともかく、そんな少し考えれば分かるような事でもネタのない地方紙は大騒ぎするんだ。大手の新聞社の方には根回しを済ませておいたし、私も記者会見を開く。』

 

すいません、お手数をかけさせてしまって。

本当にありがとうございます。

 

『高くつくぞ?冗談だ。まあ、新聞社は抑え込めても人の頭の中までは抑えられん。ローレンスの目的は地ならしだ。…まだ聞いてないだろうが、例の演習は公開演習になる。』

 

ええええええっ!?

 

『この記事で、観客となる一般人の何割かは色眼鏡で君を見るだろう。残念だが、それはどうにもならない。幸運を祈る、としか言えんな。…おっと、何事だ?……これは…おい、テレビを見たまえ。君が羨ましい。』

 

 

電話は切れた。

羨ましい?こんな状況なのに?

もうアウェイ感満載の会場に放り込まれる事が決まっているのに?

 

とりあえず、言われた通りにテレビをつけた。

 

 

 

海軍軍人が映っていた。

それも私の所属する海軍とは異なる。

鉄血公国の軍人だった。

 

そして、私はピッ●ブルの「羨ましい」の意味を知る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 






ノースカロライナキタァァァアアア↑↑↑↑


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怒りの砂糖


「全てのプロレタリアート文学に謝れ」

----------ジャ以下略


『KANSEN協定』

 

と、いう物があるらしい。

KANSENが特別な力を持つが故に、ユニオン、ロイヤル、鉄血、そして重桜間で結ばれた彼女達の取り扱いについての協定だ。

 

以下はその内の一文である。

 

"指揮官はKANSENが鎮守府に配属される時、その出自が他勢力の物であっても、他の自勢力圏出身のKANSENと同等に扱われなければならない。もし、成されていない事が明白に確認された場合、そのKANSENの出自国は、当事国及び当該指揮官に対し、勧告、戒告、KANSENの送還並びに損害賠償を請求できるものとする"

 

 

つまり、例えば私がピッピママだけを邪険に扱った場合、私は鉄血公国から仲裁所を通してまず勧告を受け、次に戒告を言い渡され、やがてはピッピママを国に返して莫大な賠償金を払わなければならなくなる。

 

この協定はアズールレーン創設時に作られたものだが、大国が袂を分けてなお、その効力は発揮されているようだ。

 

理由は簡単。

 

アズールレーンとレッドアクシズが対立した時、それぞれの勢力の鎮守府にはお互いのKANSENが既にその一員として溶け込んでしまっていたからだ。

 

指揮官とケッコンしていたり、或いは信条によって、KANSENは例え配属されている鎮守府が出身国の交戦国であっても、その鎮守府への残留を望む場合が多々あった。

 

さらにいえば強制帰還という手段は、どちらの勢力にとっても都合が悪かった。

どちらの勢力も対立勢力出身のKANSENを主力に用いている鎮守府が少なくなかったのだ。

 

どちらにせよ、交戦相手に自国のKANSENがいる以上、保護に理由付けが成されていなければならない。

言うなればKANSENのジュネーブ条約と言ったところか。

ただ、第二次大戦時のそれよりは確実に守られているし、外交的な材料にもされている。

 

 

 

テレビに映る鉄血海軍軍人は、普段アズールレーン側の些細なKANSEN協定義務違反(?)を大げさに取り上げてdisる事をその職務としていた。

つまり、スポークスマンだ。

私も今日初めて見たわけではない。

大抵、昼食をピッピママに食べさせられている時ニュースを見ると映っている。

 

「ロイヤルのなんとか鎮守府のケーニヒスベルクが無断外出をして受けた罰則に抗議する」

 

とか

 

「ユニオンのなんとか鎮守府でアドミラル・シュペーが下着を失くした事に抗議する」

 

とか

 

「先週なんとか鎮守府のデザートが適切に発注されておらず、カールスルーエがプディングを食べ損なったことに抗議する」

 

とか。

 

 

まあ、ユニオンやロイヤルにも似たような内容の抗議文を、アフマディネジャドかお前はってくらいの勢いで吐き出してる広報担当の軍人がいるから何も言えないのだが。

 

 

ただ、今日は単に「抗議する」と言うだけの内容ではなかった。

見るからに気難しそうな鉄血軍人の手には、ある地方紙が握られている。

彼はその新聞のある一面を開いて、カメラに示した。

 

 

「これは今朝、ロイヤルの一地方で発刊された新聞である。この新聞によると、ある指揮官が莫大な予算を使って娯楽設備の拡充や敷地の不正使用を行なっているようである。」

 

 

『それでは今日のお天気です。まず関東圏を中心に強い雨雲が』とか天気予報してそうなお姉さんの声で同時通訳されている鉄血軍人

の声明を聞いて、私は血の気が引くのを感じる。

 

いや、何が羨ましいねんや。

 

皮肉か?ひょっとして皮肉だったのか?

 

ただの一地方の新聞記事が、今では国際問題になりかけている事に私は絶望した。

 

「この指揮官は私利私欲の為に我が国のKANSENに使われるべき財源を流用している」とでも言われるんじゃなかろうか。

 

そうなれば終わりだ。

マッマ達は全員国に帰るか、ほかの鎮守府に移動させられる。

私はお払い箱。

演習どころか自己弁護をする暇さえなく、私は叩き出される。

あとはローレンスが笑い、マッマ達の誰かを引き取って手にかけるかもしれない。

 

 

幸いな事に、鉄血軍人が訴えたかった方向は、私が考えていた方向とは随分とベクトルが違った。

それはむしろ追い風だった。

 

 

「このような設備投資は、我が国の基準においては"通常"である。いや、通常以下とも取れる。我々は、これしきの設備投資が浪費と捉えられている時点で、ロイヤルにおける鉄血KANSENの取り扱いに疑いの目を向けざるを得ない。」

 

へ?

 

鉄血軍人は画面から消え、今度は場面が変わって、ユニオン海軍軍人が会見を行っていた。

 

「同盟国として、異常であると感想を述べたい。KANSENに対する設備はそれ相応の予算が伴ってしかるべきものであり、ユニオンの基準からしても当該鎮守府の違法性は全くもって皆無である。むしろ、5分の1の予算で組んでいる鎮守府に調査隊を派遣したい。」

 

また場面が変わり、続いてヴィシア・アイリスの代表がコメントを求められている。

こちらは前の2人とは違って、斜めに構えたアフマディネジャドという感じだった。

 

「ロイヤルには100の宗教があるのに、1つのソースしかない。娯楽という物を知らないのだろうか。そんな国に我が国のKANSENがいるのかと思うと涙が止まらない。」

 

という割には皮肉を込めた笑みを浮かべてるんですが。

 

ニュースキャスターが映し出された。

 

「一地方紙に記事に国際的な非難が浴びせられている、これは前代未聞の事態です。アズールレーン、レッドアクシズの陣営を問わずロイヤルにおけるKANSENの取り扱いが疑問視されており、この事態に対してロイヤル統合参謀本部議長は次のようにコメントしました。」

 

ウィ●ターズ総督が、E中隊を率いてブレクール砲塁を破壊した時よりも汗だくになっていた。

相当急にコメントを求められたに違いない。

 

「地方紙に取り上げられた鎮守府に、横領及び職権濫用の形跡は認められません。我々ロイヤルとしては、名誉を深く傷つけられた形となりました。デタラメな記事を書いた地方紙に、私は厳重な抗議をします。」

 

再びニュースキャスター。

 

「地方紙は今のところ、記事の出どころを明らかにしていません。海軍側は調査チームを派遣し、場合によっては名誉毀損の訴えを………」

 

 

 

 

とりあえず、良かった、のかな?

 

私の鎮守府の運用はどうやら国際的に見ても標準クラスと見られたらしい。

それは本当によかったんだが。

てか、薄々勘付いてたけど、私はロイヤル海軍軍人だったんだね。

 

それにしてもおかしいな。

普通、こんな一地方紙を鉄血やユニオン、ましてやヴィシア・アイリスのお偉方が読むだろうか?

私がこの記事に出会ってから、まだ4時間も経っていない。

あまりにも早すぎる。

 

 

う〜ん、何かおかおっとマッマさん達、いつから後ろに並んでたのよビックリするじゃないまったくもう。

 

あれ、怒ってます?

えいえい!怒った?

 

「勿論。」

 

「怒ってますよ」

 

「当然でしょ、指揮官くん。」

 

ピッピ、ベル、ルイスがにこやかな表情を浮かべつつも怒っている事を肯定した。

ごめんなさい、ポプ●ピピックやってる場合じゃなかったね。

ていうかダンケは?

 

 

「ご主人様、まずはティルピッツにお礼を。」

 

「彼女のお姉さんがいなかったら、指揮官くん本当に危なかったんだからね。」

 

 

も、申し訳ありません。

ひ、一つお伺いしたいんですがぁ、ビスマルクお姉さんが働きかけてくれたんですか?

 

 

「ええ。大きな山火事は、より大きな爆発で消すのよ。姉さんが電話を何本かかけて世界中を"爆発"させてくれたわ。」

 

プラ●ス大尉かぁ。

てか、ビスマルクさんどんだけ。

謎の女に輪をかけて謎なんですがそれは。

 

ま、まあ、ともかく、ご心配おかけして申し訳ありませんでしたぁぁぁあああ!!

 

 

「私は許しましょう、坊や。だが、ダンケが許すかな?」

 

あ、そうだ、ダンケは?

 

「あっちの部屋よ。」

 

「ご主人様、これは貴方にしかできません。くれぐれもっ!よろしくお願いします。」

 

 

は、はぃぃぃ。

 

 

 

 

 

 

ダンケルクは私の指揮官執務室の隣の部屋にいた。

その部屋はセーフティールーム兼仮眠室で、この鎮守府が非常事態に襲われた時以外は機能しない。

 

その部屋のシングルベッドの上で、ダンケルクは何故か『夏のスュクレ』を着てドーナツを貪り食べていた。

 

 

いや何故に?何故に期間限定衣装に着替えた?

いや、今はそんな事を気にしてられない!

彼女に謝らないと。

 

 

あ、あのぉ、ダンケルクさん、先程は大変申し訳なく…

 

「別に!Mon cho指揮官は私なんかより重桜の2人の方が大事なんでしょ!」

 

 

うわあああ、どうしよ、ものすごく可愛い。

 

怒ってて、わざと親近感を覚えさせないためにも『指揮官』って呼び名使うつもりだったのにいつもの癖で『Mon chou(私の坊や)』って言い間違えるというかほぼ言い終えちゃうところ慌てて変えるところとかもう尊過ぎて且つ可愛い。

 

ただ、間違っても口に出してはいけない。

 

 

そんなことはないよ、ダンケルク。

君がいなきゃ誰が毎朝のパンを作ってくれるの?

 

「そんなの買えばいいじゃない!もう知らない!Mon cho指揮官の事なんて、知らない!」

 

 

 

いかん、死ぬ。

尊死する。

既に涙声なのに無理して怒ってる感出してるとことかヤバすぎる。

また言い間違えたのも可愛いすぎる。

 

ダメだ、ダメだ、ダメだ!

お前は何を考えてるんだロブ・マッコール!

誰のせいで彼女が怒ってると思ってんだ!

萌えてる場合じゃねえだろうがっ!!!

 

そうだ、ロブ(私)、言ってやれ。

彼女に伝えるんだ!

どれだけ彼女が必要なのか、彼女がいないとどれだけ寂しいのか!

 

 

 

やっぱり、ダンケがいないと寂しいよ…

 

 

 

は?ロブ(私)、マジか。

お前、本当にイカれてんじゃねえのか我ながらっ!!

彼女に自分の思いをぶつけようとして出た言葉がそれだけかよっ!?

ホー●アローンで「家族がいないとやっぱり寂しいな」って気づいたガキじゃねえんだからさあ!!

 

 

「うっ、グスっ、なら、あの手紙を公表してよ!」

 

 

ダンケルクが本当に泣き出してしまった。

うわ、最低だよロブ(私)。

お前、彼女にどんだけ心配させたと思ってんだよ。

ベルファストにくれぐれも!よろしく言われたのにこのザマかよぉ!!!

 

 

 

「ぐずっ、なんてね。Mon chouが優しいのは知ってるわ。ひぐっ、ほらこっちに来て。」

 

突然、ダンケルクは泣き止んで、私に笑顔を見せてくれた。

彼女は私を隣に招く。

そしてハンカチで涙を拭き取りながら、私にドーナツをくれた。

 

 

「…本当に優し過ぎるのよ、あなたは。ぐずっ、ズビビビィィィイ!!あまりに優し過ぎて、周りが見えていない。」

 

ティッシュで鼻をかみながら、ダンケルクは私を後ろから抱え込む。

 

「あなたが居なくなって、誰も悲しまないとでも思うの?ティルピッツは?ベルファストは?セントルイスは?皆、あなたの為に一所懸命なのよ?」

 

 

あぁ、そうか。そうだね。

思い返してみれば、マッマ達はずっと私の心配をしてくれていた。

自殺未遂の時だって、風邪をひいた時だって、7mmモーゼル弾を撃たれた時だって。

 

ところが、私の方はといえば、あまりそれを顧みていたとは言えない事に気づかされる。

 

 

「Mon chou。もう少し自分を大切にしなさい。あなたの行動の一つ一つは、決してあなただけの問題ではないのよ。」

 

うん…ごめんね、ダンケルク。

 

「分かってくれたのなら良いの。でも、手紙は私が預かるわ。」

 

本当にごめん、ダンケルク!

でもそれはっ

 

「分かってるわ、Mon chou。すぐに公表したりはしない。でもこの切り札は私に持たせておいて。あなたが持っていては、きっと使うべき所で使えない。…もし、公表されて欲しくないなら、上手く立ち回って。良いわね?」

 

わ、分かった、頑張るよ。

 

「そうして。さて、Mon chouとも仲直りできた事だし!甘い物でも食べましょう?」

 

 

ダンケルクは機嫌を直してくれた…というよりかは私が諭されたのかな。

これからは少し気を使うようにしよう。

 

彼女が用意したスイーツの数々を食べながら、私はふと、後方から視線を感じる。

 

 

おっと、何も見なかったことにしよう。

 

ピッピ、ベル、ルイスが『おい、話がちげえぞダンケルク』的な形相でこっち見てたからね。

夏のスュクレ着たまま第三次世界大戦して欲しくないしね。

 

 

 

ふぅぅぅぅ。

まあ、ローレンスももう長くはないだろう。

ユニオン海軍の広報官は「5分の1の予算を組む鎮守府に調査隊を送りたい」と言っていた。

 

いくら名門貴族とはいえ、さすがに国際問題となっては手も足もでないだろう。

 

私が泥を被るまでもなかったのだ。

 

 

 

 

 

だが、後日、私はウィンスロップ家の貴族たる所以を知る事になる。

 

 

テメェ等しぶと過ぎんだろおおおおお!?

 

 

 

 

 

 

 

 




すいません、物凄くナチュラルに独自設定を突っ込んでしまいました。
申し訳ありません。

何というか、アズールレーンの鎮守府に鉄血艦がいるって事は何か保護される理由というか敵対勢力出身なのに易々と仲間になるのはアズールレーンとレッドアクシズの両方で通じる規定でもあるんじゃないかなぁと思ってぶち込んでしまった次第です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

保護下で育つ青い麦

「普通に育てなさい」


----------ジャ以下略




………………………………………………………

今回は戦後広島を描く某漫画がパロディされますが、話題となっているあるグループのクソTシャツの一件とは何の関連性も持たせたつもりはありません。

あの漫画は戦後間もない日本を知る上での良い資料となる側面も持ち合わせておりますので、機会があれば是非一度目を通してみてください。



ダンケルクと一緒にドーナツを食べている途中、しびれを切らしたかのように残りのマッマ達が突入してきた。

 

「ダンケルク貴様あああああ!!!!!」

 

「『もうMon chouと口聞かない!』とか言ってたくせにぃぃい!!!許さないわよおおお!!!」

 

「ご主人様にちょっと慰められて調子のりやがってえええ!!!それに加えて"ご主人様独占禁止法"を反故にした事、どないして落とし前つける気じゃボケェェェエエエ!!!」

 

 

ベルファストのキャラ崩壊がいつにも増して激しい。

はだしの●ンを思い出した。

アレに出てくる広島ヤクザそっくり、というよりまんまアレだわ。

 

つーか私の独占禁止法ってなんだ、おい。

市場か?

私を巡る為替の値動きとかでもあるのか?

私の帰属問題というクッソどうでもいい事の為にわざわざそんな反トラスト法紛いのもの作ったのか?

 

『夏のスュクレ』を着て、今まで私をその神の祝福を受けし豊かな双丘に挟んであやしていたダンケルクが、いきなり真剣な顔をして立ち上がった。

 

どうやら、あやしんぐタイムを邪魔されて相当不機嫌になったらしい。

食事中に中学生に頭からソースをぶっかけられた元帝国陸軍の軍曹みたいな勢いで怒鳴りだす。

 

 

「上等じゃ!!かつては夕陽の燃える仏蘭西でェ、独公相手に勇名馳せたァ鬼戦艦・弾蹴苦(ダンケルク)が相手になったるわ!!!」

 

 

きっ。

きちがいじゃあ、きちがいじゃあ〜。

ダンケルクは一体どうしたんじゃ、きちがいになってしもうたんか!?

 

わしゃどうしたらええんじゃろうか!?

あの洋食店の乱闘みたいに、弾蹴苦(ダンケルク)の後ろで「そうよ、倉●さんやったりんさい!」とか言えばええんじゃろうか?

 

どうにかせんといかん!

乱闘が始まってしまう!

執務室がまた壊れる!

明石が泣くッ!

 

おぉ、ロングアイランド!!

ちょうどええとこに来てくれた!!

こいつ等を止めてくれ!!

 

 

「………………ク、クレイジィ。」

 

おい、ロングアイランド!?

米軍基地の監視役のアメ公かお前は!?

そうやってわしらを見捨てるんか!?

お〜い!!戻ってこ〜い!!ロングアイランド!!

一生のお願いじゃあ!!きちがい達をどうにかして止めてくれい!!!

 

「覚悟せえやぁ弾蹴苦!!!」←注:ピッピ

 

「わしら相手にしてええんかい!?」←注:ルイス

 

「ご主人様盗んだ事後悔させてやるけぇ」←注:ベル

 

「おうおう、かかってこい!かかってこい!わしはやると決めたら徹底的にやる主義じゃけんのぉ!!」←注:ダンケ

 

 

やめんさい!!やめんさい!!

そんな事で喧嘩してどうするん!?

 

ロングアイランド!!

マジで頼む!!

私の部屋がはだしの●ンになる前にマジで助けてくれ!!!

いや、はだしの●ンから仁義なき●いになる前に!!

早う!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「では、改めて。公正にご主人様をあやす為に、只今よりレクリエーションタイムとさせていただきます。」

 

進駐軍(ロングアイランド)が介入した結果、はだしの●ンは回避できたが、突如ベルファストの提案により、レクリエーションタイムが始まった。

あの、いや、ベルファスト?

演習まであと何日か分かってやろうとしてる?

 

 

「ご心配には及びません、ご主人様。ウィンスロップ子爵鎮守府には、ユニオンの調査隊が入る事が決まりました。崩壊も時間の問題でしょう。安心してあやされてください。」

 

 

へえ、ついに奴も年貢の納め時かぁ。

まあ同盟国から不審の目で見られたのならいくら貴族でも、もうどうにもできまい。

流石に内実がそのまま外に出る事はないだろうが、奴は確実に追い出される事になるだろう。

 

結局、アホタレは自分の首を自分で締める形となってしまったわけだ。

ざまあねえぜ。

 

ただ、どうにもアホタレが生き延びそうな嫌な予感がする。

そしてこれまで嫌な予感に限って的中してる感じがする。

 

いいや!ただのジンクスだ!

あんな事してタダで済むハズはない!

マッマ達には散々心配かけたし、ここはベルファストの言う通りにしよう!!!

 

 

 

 

それにしても、"安心してあやされる"というパワーワードね。

 

逆に安心せずにあやされるって何なの?

いつ身に迫るか分からない危険に震えながらベルファストに抱きついてガラガラでも振ってもらえばいいのかい?

抗うつ剤でも飲んで紙袋で過呼吸抑えながらピッピママの子守唄でも聞けばいいのかい?

 

もう想像すらできないよ。

 

そもそも絶対にあやす前提で話をしないと気が済まないのかい?

 

雨が降ろうと槍が降ろうと砲弾が降ろうとあやさないといけないっていう熱意がすごく伝わってくるんだけど。

その熱意はもっと他に向けるべきじゃないのかな。

 

 

で、レクリエーションって具体的に何やるの?

平日の昼間からレクリエーションやろうとしてる時点でまさに税金泥棒なんだけどさ、何をしようとしてるんだい?

 

 

「そうですねぇ…ご主人様はよくFPSをプレイされているようですので、皆で一緒にやりましょう。ご主人様は固定、私達の内の2人ずつワンマッチ交代でやりましょう。」

 

うん、良いんだけどさあ。

もうちょっとUN●とかジェン●とか、ザ・レクリエーション的な事の方が良かったんじゃないのかな。

おっさん1人囲んでゲームして楽しい?…楽しい、わかった、もうこれ以上は聞かない。

 

 

かくして、セーフティルームには3台のテレビと3台のプ●ーステーションⅣが持ち込まれてインターネットに接続されたのであった。

 

5台ずつ持ち込んだ方が良かっただろ、って言ったら、ピッピから「ゲームしながらじゃ集中してあやせないじゃない!」って言われた。

集中してあやす、とは何なのだろうか。

より良いあやしは集中を要するということなのだろうか。

 

 

考えても仕方ないので、私はいつもやるようにプ●ーステーションⅣの電源を入れてFPSゲームのソフトを挿入した。

 

まあ今まではロングアイランド以外とやった事なんてなかったから、たまには良いんだろう。

 

ちょうど3人入れるサーバーがあり、私とマッマ2人…最初はピッピとダンケ…はそのサーバーに参加した。

 

 

どうやら舞台はあのヴェルダン要塞になりそうだ。

あちらこちらで火の手が上がっていて、まさにウェルダンなヴェルダン。

唐突に仕掛けた親父ギャグはマッマ達によって見事にスルーされる。

おっちゃん、寂しいなぁ。

何か反応してくれてもいいじゃん。

 

 

やがてマッチに参加することになり、私はヴィルヘルム2世の鉄血軍に配属された。

ピッピママも鉄血軍で、ダンケルクはアイリス軍側だった。

 

「えっ!ちょっ!チームを移れないっ!"定員に達した"?何よそれ!!Mon chouを援護出来ないじゃない!」

 

諦めろダンケ。

いいじゃないか、君の祖国の軍隊なんだから。

 

「仕方ないわねぇ。」

 

「坊や、援護は私に任せて?」

 

ダンケが少ししょんぼりした返事を返し、対してピッピは上機嫌。

その間、ルイスがバニラアイスを持ってきて私に食べさせ、ベルが耳かきをする。

 

耳かきしてもらってる所申し訳ないけど、操作しづらいからやめて?

画面を横に見ながら操作できるほど私は器用じゃないんだよ?

そんな悲しそうな顔しないで。

すっごく罪悪感。

 

 

 

当の私はというと、突撃兵を選択し、MP18とルガー拳銃を握りしめてヴェルダンの地に降り立つ準備をしていた。

 

既にダンケもピッピも戦場へ馳せ参じている。

遅れてなるものか。

私は同じ分隊のピッピから分隊リスポーンを利用して、ヴェルダンの真っ只中へ飛び込んだ!

 

………そして直後に死んだ。

 

 

「やったあ!Mon chou、見て見て!ルベル・ライフルでさっそく1人倒したわ!」

 

うん、よかったね、ダンケルク。

それは私だよ。

 

「そ、そんな!坊やがっ!私の坊やがっ!いやあああああッ!!!」

 

ピッピ、頼むから、落ち着いて。

キーボー●クラッシャーかお前は。

何度でもリスポーンできるんだから。

本当に死んだわけじゃねえんだから。

 

 

半ば発狂したピッピママが、MG15機関銃を腰だめで撃ちまくりながら敵の陣地へ前進し、既に10人ほどキルしている。

援護兵の説明文読んだ?

突撃には向かない(個人差)って書いてあったと思うんだけどさ。

 

「よくも私の坊やをおおおお!!楽に死ねるとおもうなあああああ!!」

 

おっと、過保護☆バーサーカーになってしまったようだ。

これ以上のツッコミは避けるべきだね。

 

彼女に感謝すべきなのかどうかイマイチ分からない。

私の事を想ってくれるのはありがたいんだけど、別に狂戦士にならなくてもいいじゃないの。

ただのゲームなんだから。

 

 

「あはっ、あははははっ!わ、私!Mon chouをこの手でっ、あはははっ!あはっ、あはははははっ!」

 

ダンケルク、頼むからゲームで精神崩壊しないで?

心をしっかりと保って?

 

貴女のMon chouは今横で次のリスポーン地点を選ぼうとしてんだよ?

そこでくたばってんのは迷彩ヘルメット被った私の分身の鉄血兵であって、私本体じゃないんだよ?

これで発狂されたら私の持ってるゲームのほぼ全てにおいて発狂要素満載という事になるじゃないか。

 

とりあえず、落ち着こう?ね?

とりあえず、深呼吸しようね?

とりあえず、鎮静剤飲もうね?

 

 

 

 

もう、重い。

一つ一つがあまりにも重過ぎる。

マッマ達の重たい重たい、マウス超重戦車並みの重たい愛がアクションを一つ起こす度に伝わってくる。

 

ゲームに限った事じゃないし、その重たい愛に何度も助けられたことがあるんだけどさ。

 

レクリエーションの時ぐらい肩の力を抜こうぜ?

こんな地獄みたいな絵面のレクリエーション見たことある?

レクリエーションの本来の意味を失っていないかい?

何で私への愛を示す機会みたくなっちゃってんの?

何で楽しいレクリエーションが愛の重さの修練場みたくなっちゃってんの?

 

 

 

ワンマッチさえ終わっていなかったけど、私はゲームをやめることにした。

 

プ●ーステーションⅣのコントローラを置いた時、部屋の中はまさに阿鼻叫喚だったからだ。

 

ごめん、ごめんよ、マッマ達。

 

もう、少なくとも…マッマ達の前でFPSはやらない。

 

そして自立の道を選ぶ事もなく、貴女達マッマの良い息子であり続けます。

 

だからおねがいします。

 

落ち着いてください。

 

 

 

 




「あの漫画の一番好きなところは、戦後広島の描写の緻密さでも、少々左寄りな作者の思想でもなく、日々クレイジーな事を率先して楽しんでるくせに他人が同じようなことをしてると『き、きちがいじゃあ』とか言ってドン引きする主人公のライフスタイルだね。」


----------私の親しい友人の一人



許可はもらいましたからね!一応!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アークロイヤルは駆逐艦の夢を見るか


「四六時中見てるに決まってるだろ。」


----------ジ以下略


 

 

 

「…きて…おきて、しきかん。」

 

 

………はぁぁぁ(ため息)

 

この間はスズメに起こされて、今日はあどけなさの残る幼女ボイスに起こされるとは。

 

んだよ、もう朝かよ。

つーか誰だよロリロリ幼女を私の寝室に招き入れたバカヤロウは。

喜ぶとでも思ったのか?

残念ながら私にそっちの趣味はねーよ。

"大艦巨砲主義者"ってのは私みたいな人間の事を言うんだよ。

駆逐艦より幼い幼女見て喜ぶとでも本気で思ったのかね?

 

もうアークロイヤルの部屋にでもぶち込めよ。

あいつなら涙流して喜ぶだろうから。

はつじょッ…愛しく想う事だろうから。

 

 

「おーきーてー、おーきーてー」

 

 

たしかに朝を迎えたが、まだまぶたが重い。

ロリロリ幼女を見る気もさらさら起きない。

もう少しくらい放置プレイしてくれてもいいじゃん?

もうちょっと待っててくれてもいいじゃん?

ピッピママなら待ってくれるんだよ?

 

最初は「坊や、起きて?」から始まり、

「もう朝よ、坊や」からの、

「じゃあ、あと10分待ってあげるわ」、

最後に「お願い、起きて。私の可愛い可愛い坊や」で締めくくってくれるんだよ?

 

最初っから最後までインスリン注射が必要になるぐらいの甘々ボイス(CV田中●子)で優しく優しく起こしてくれるんだよ?

 

 

「ごしゅじんさま、もうあさですよ、おきてください」

 

 

ベルか?

おかしいな、今までベルが起床を催促した事なんてなかったのに…いやあるわ。

ピッピママと寝てた時にシーツごとひっくり返されたわ。

でも掛けファストするようになってからはなくなったハズ…

あと、何か声が若干幼くなってるような。

 

 

「しきかんくん、ねぼうしちゃダメじゃない。」

 

「そうよ、しきかん。ほら、ちゃんとおきて。かおをあらって。」

 

 

ルイスとダンケ、かなぁ?

いつからベルと同じように幼い声をするようになったんだ?

 

 

「ふあ〜あ、よく寝たわ。Mon chou、起きてる?」

 

ん?んんんん?

ダンケママの声だよな、これ。

 

「あら、ダンケも起きたの?今朝は冷えるわねぇ〜。指揮官くん風邪ひいてないといいんだけど。」

 

「おはようございます、皆さま。ご主人様は起きていらっしゃいますか?」

 

おお、ルイスママとベルママだ。

皆、まだ寝ぼけ眼といった感じで、意識もはっきりしてはいないようだ。

 

敷きダンケと掛けファスト掛けルイスが意識を覚醒させたとなると、大抵の場合、最後に起きるピッピママが目を覚ます。

 

「……んん、坊や。私の坊や。よく寝れたかし……………きゃあああああ!!!!」

 

「きゃあああああ!!!!」

 

「こ、これはっ!?」

 

「どういう事!?え!?何!?」

 

ピッピママを筆頭にマッマ達が驚きの声を次々あげたので、私は春眠暁を覚えずができなくなってしまう。

まだ重いまぶたを無理やり開き、掛けルイス掛けファストの間から外を見た。

 

 

はい?

 

何がどうなったらこうなるんですか?

 

 

 

 

 

 

 

『饅頭大作戦』というイベントが始まったのは、当時現実世界にいた私の仕事の忙しさは珍しくも最高潮に達していて、アズールレーンのログインボーナスすら貰い損ねていた時期だった。

 

イベントには勿論参加もできず、饅頭の累計報酬であった『ベルちゃん』を受け取ることもできなかったのだ。

 

ただ、見た事がなかったわけではない。

 

イベントを再開催でもしてくれない限り手に入れることはできないとはいえ、演習相手の艦隊に組み込まれていたり、ツ●ッターでも散々取り上げられていたからだ。

 

だから、朝起きてルイスママとベルママのコーンベルト並みに豊かな双丘の間からベルちゃん(実物)を見たときにも、まあ、意外だったけど格別驚くような事ではなかった。

 

 

問題はそれじゃない。

 

あのさぁ、本編でも○○ちゃんは一人だけなわけよ。

明石と夕張の実験で生まれたベルちゃんただ一人なわけよ。

ただ一人なハズなのよ。

 

 

にも関わらず、目を覚ました私は、ベルちゃんの両脇に彼女と同じくらいの年頃の女の子をあと3人は見つけた。

 

言うなれば…

 

『ピッピちゃん』、『ダンケちゃん』、『ルイスちゃん』

 

 

おいこら。

 

何しとんねん!!!

何てもの作っとんねん!!!

一体何が起きたらこうなるねん!!!

 

 

それも何でこのシュチュエーションで登場すんのお前ら!?

何でマッマ達に囲まれてぐっすり寝てた時に出てくんのお前ら!?

 

絵面よ絵面!!!

スピー●ーズ2みたくなってんだろうが!!

朝起きたら産まれたての赤ん坊が隣にいて「ヒエエエ」ってなって逃げ出した宇宙飛行士みたくなってんだろうが。

あるいはKANSENとの間に私生児作りまくったゲス野郎みたくなってんだろうがあ!!

 

 

 

大丈夫だよね?

私、昨日ちゃんと寝ただけだよね?

 

昨日の夜、相変わらず何かカリカリした物が入ってるスパゲティ・ペスカトーレを食べて、ちゃんと別々にお風呂に入って、ダンケのチェロと、ルイスのバイオリンと、ベルのフルートが付いたピッピの子守唄(実質ソロオペラ)聞いて寝ただけだよね?

 

何か過ちを犯してしまったわけじゃないよね?

マッマ達相手に欲望をぶつけてしまったわけじゃないよね?

ちゃんと理性はなくとも赤ん坊としての矜持は保ってたよね??

 

 

「あ、おはようございます、ごしゅじんさま。いま、おこーちゃをおもちしますね」

 

「しきかんくん、おはよー。」

 

「あら、すごいぶしょうひげじゃない。」

 

「しきかん、ひげのシェービングはしんちょーにね?」

 

 

なんつーか、マッマ達それぞれをミニチュアサイズにしてみました的な見た目をしたちびっ子達がいる。

 

ベルちゃんはお盆の上にティーポットとカップを4つ持ってきてくれたのは良いんだけど、もうかなり危なっかしい。

 

ルイスちゃんは鏡を、ダンケちゃんはシェービングフォームを、ピッピちゃんは安全カミソリを持ってきてくれた。

 

うんうん、ありがとう。

こういう事言うのもなんだけど、持ってこなくてもいいから一人ぐらい誰かベルちゃん助けてあげて?

今にも落っことしそうだよ、あの子。

 

 

「だいじょうぶです!わたしはめいどちょーですので!」

 

めいどちょー見栄を張るんじゃない!

一歩進むたびにフラッフラして危なっかしいったらありゃしないんだよ!!

ほら、私が取りに行くから、その場でSTAYして、STAY!!

 

 

「No wayです、ごしゅじんさま!…あっ!」

 

「その心意気は立派ですが、次からは複数回に分けて運ぶようにしましょう。仕える相手を不安にさせてしまっては本末転倒ですよ」

 

 

あわやお盆をひっくり返すかと思われた直前に、ベルファストがベルちゃんからお盆を取り上げた。

 

ベルちゃんはちょっとしょげたようだったが、ひっくり返して火傷を負うような事があればそれこそ一大事だ。

ベルファストの判断には感謝しないとね。

まあ、気持ちはありがたく受け取る事にしよう。

ありがとうベルちゃん。

 

 

「こらこら、坊やはカミソリなんて使わないわ。」

 

「しんしたるもの、ひげのそりかたぐらいしらないと!」

 

「大丈夫よ。坊やにはちゃんと鉄血製シェーバーを渡しているから必要ないわ。第一、カミソリなんて危ないじゃない!」

 

 

危ない事はないと思うよ、ピッピ。

なんたって"安全"カミソリなんだからさ。

スウィー●ードットが使うトラディショナルなカミソリじゃないんだかさ。

悪魔の理髪師に顔そりとか頼むわけじゃないんだからさ。

 

ほら、ミニピッピ泣き出しそうじゃん。

「…せっかく、もってきたのに……」って泣き出しそうじゃん。

別にシェーバーでやろうが安全カミソリでやろうが剃れれば問題ないんだからさぁ。

ね?持ってきてくれたんだから使ってもいいでしょう?

 

 

「ダメ!ゼッタイ!!」

 

あの…麻薬じゃねえんだからよ…

 

「この前シェーバーじゃなくて安全カミソリで髭剃りしてた時、あなた誤って皮膚を切っちゃったじゃない!ダメよ、坊や!ちゃんとシェーバー使いなさい!」

 

あの時もちゃんと絆創膏で処置したじゃん。

大怪我したわけでもあるまいし。

 

「あなたが血を流す分、私たちの親子の絆が流れ出ているのよ!?」

 

今度はピッピママが涙目になる。

いちいち事にあたる姿勢が重過ぎる。

あまりにも。

その、ちょっと血が出たくらいで親子の絆とかおっしゃるあたりが本当に怖い。

いつの日か輸血するためだけに身体に穴開けられそうで、本当に怖い。

 

 

とうとうミニピッピが泣き出してしまい、ミニダンケとミニルイス、そしてお盆を取り上げられてしょげていたベルちゃんもそれに続く。

 

「え?ちょ、あなた達!泣き止みなさい!」

 

ピッピママが必死に宥めようと試みたが、時すでに遅し。

ダンケとルイスはどうしていいか分からずオロオロし、ベルファストはベルちゃんを宥めすかすのに必死。

 

あんたら普段アレだけ私を宥めすかすの慣れてるのに、リアルチルドレンとなると話が違うんだね。

かくいう私もオロオロする事しか出来ない手前何もいえないんだけどさ。

 

 

 

チビッ子達の泣きの四重奏曲が繰り広げられる私の寝室に、突如として爆発音が響く。

 

見れば、寝室のドアがC4爆弾により最小限に破壊され、サブマシンガンを持ったKANSENが突入してきた。

 

 

「ブリーチンッ!!ブリーチンッ!!」

 

 

やあ、アークロイヤル。

おはよう。

朝っぱらからなにさらしとんじゃ。

 

「閣下!実を言うと、今朝からロリッ…んんっ、駆逐艦より幼い子達の匂いがして…」

 

軍用犬か何かかお前は。

なんなんだ、幼い子供の匂いって。

私の寝室から寮舎のお前の私室までおおよそ3kmはあると思うんだが。

 

「もしや閣下に重大な危機が迫っているかも、と思ってだな…」

 

うん、迫ってるよ。

今、目の前になぁッ!!

 

つーか、どうしてそうなる?

幼い子供の匂いを嗅ぎつけて…これもこれでツッコミたい事が山程あるが…その結果取った行動がどこだかのSAS隊員みたいに私の寝室のドアをプラスティック爆弾で吹き飛ばす事っておかしいと思わなかったのか?

 

「申し訳ない、閣下!ところで幼女は…いた!!」

 

おい、お前、今言い直さなかったな…って汚っ!?

うっわ、汚っ!?

何鼻血ぶーたら流してんのよ!?

しかも鼻血っていう出血量じゃないよ、それは!?

お前もしかして朝食に毒でも盛られたんじゃねえの?

黒の組織か何かに生命を狙われてんじゃねえの!?

 

 

私の寝室の床に、サイ●ンの湖かってくらいの血だまりを作ったアークロイヤルは、そのホラー感満載の顔面でチビッ子達に近づいていく。

 

 

「ああ…愛しい幼子達……怖がる事はない…私が悪の手から守ってあげよう…」

 

お前の手だよ、悪の手は。

すでにチビッ子達は泣き止んで、突如現れた変態特殊部隊員にドン引きしている。

と言うよりお互いに身を寄せ合って恐怖の表情で震えてる。

おい、やめろ、アークロイヤル、やめてやれ。

 

 

「ふははははっ、閣下!何を言う!私が幼女を見て止まるわけなかrギャフッ!!!」

 

唐突にピッピママの右ストレートを食らったアークロイヤルが、グルグル回りながら部屋の入り口まで吹っ飛ばされる。

ピッピ、ナイス。

 

「何か…"コレ"をこの子達に近づけちゃいけない気がして……」

 

それな。

 

「ご主人様、私としてはこの子達を誰かに預けた方が良いと思います。私達はご主人様の身の回りで手一杯になるでしょうから。」

 

「閣下!それなら私が責任を持って引き受けよう!安心してくれ!私が毎日毎日お世話してあんな事やこんな事、ぺろぺrギャフッ!」

 

 

いつのまにか完璧にリスポーンしていたアークロイヤルが再び吹っ飛ばされる。

頼む、懲りろ、アークロイヤル。

もういい加減に懲りてくれ。

 

 

アークロイヤルは論外にしても誰に預けましょうかねぇ。

何かいい案はありませんか皆さん。

 

 

「…イラストリアス……イラストリアスにお願いしましょう!ご主人様!」

 

え!?

 

「そうね、イラストリアスなら安心だわ!」

 

「私もベルに賛成よ、Mon chou」

 

「指揮官くんもイラストリアスなら安心できるでしょう?」

 

 

いやいやいやいや、イラストリアスだよね?

会う度会う度、氷の●笑ごっこして誘惑してくるあのシャ●ン・ストーンの事だよね?

気づいたらいつのまにかすぐ側にいて、フェロモン撒き散らしながらこちらの理性を刈り取ってくるスタイルをいつ何時も崩さないあのシャ●ン・ストーンの事だよね??

 

 

「あら、指揮官様が私の話をしてくださるなんて…とても嬉しいですわ」

 

ほらね、いつのまにかすぐ側にいるでしょ?

んでもって黒下着のガーターベルトのストッキングでしょ?

まだ朝の6時半だってのにすでに理性の大収穫祭を始めようとしてんだよこの娘。

 

 

「イラストリアス、ちょうどいい所に。この子達を預かってくださりませんか?」

 

「まあ!可愛い子供達ね!いいでしょう、責任を持ってお預かりしますわ♪」

 

 

本当いいの?

本当にこのシャ●ン・ストーンに預けていいの?

 

「「「「よろしくおねがいします」」」」

 

チビッ子達もなんで一切の疑問さえ持たずについて行こうとしてんのよ、少しは怪しさを感じなさいよ、どっからどう見ても痴女でしょうがあ!!

 

 

「はい、よろしくね。それでは指揮官様、

イラストリアスとこの子達はいつでもお待ちしていますわ♪是非お茶にいらっしゃってください♪」

 

 

………行っちゃったよ。

本当に大丈夫なの、あのフェロモンお化けに任せても。

 

 

「?…何も不安に感じることは無いと思いますよ?イラストリアスは立派な淑女ですから。」

 

あのね、ベル。

朝っぱらから紳士の寝室に下着姿で来る淑女っている?

貴女達でさえ、私の寝室で寝るときはパジャマじゃん?

寝るときでさえパジャマじゃん?

朝起きて下着って事もないじゃん?

あの娘朝からフェロモン前面に出してきてるのよ?

一切迷う事なく朝っぱらから理性刈り取りに来てたんだよ、ねえ。

 

 

ま、まあ、代案が何もあるわけじゃないし、ベルがそこまで「何が不安なんでしょう」チックな顔をするなら私はもう何も言わない。

 

イラストリアスを信じよう。

 

 

「閣下!イラストリアスより私に預けた方が良いと思わnギャフッ!!!」

 

 

お前は寝てろ、アークロイヤル。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アオハルかよ




「バブバブの間違いだろ。」


----------あるアイリス戦艦


鎮守府には人目につかないところがごまんとあるが、その上品なブロンド女性はその中でもより人目につかない場所を選んでいた。

 

そこは廃装備品の集積場で、羽を休める為に立ち寄るカモメの他は誰も見受けられない。

 

ブロンドはやがて足を止め、身近な壁にもたれかかる。

姿は見えていないが、約束の相手はいつも遅れる事がない。

ここにいる、という確信を持って、ブロンドは独り言のように話し始めた。

 

 

「呑気なものですね。」

 

約束の相手は物陰から姿を現す事もなく、問いかけに問いかけを返す。

 

「呑気?どうしてそう思うの?」

 

「リプトンは賄賂を受け取りますよ。あいつはそんなに清廉な人間ではありません。名門貴族から差し出される延棒に、間違いなく手を伸ばすでしょうね。」

 

「っ!?話が違うじゃないっ!?今度こそあの腐れ貴族の息の根を止めるハズじゃなかったの!?」

 

「落ち着いてください。そんな単純な問題ではありません。大統領の取り巻きに"連中"が多い事は知ってるでしょう?リプトンを選んだのも大統領。いくら私達でも大統領には逆らえない。」

 

 

感情的になる相手とは対照的に、ブロンドは落ち着いて会話を続けていた。

 

 

「原因はそれだけではありません。貴女のところの彼…あまりに決断が遅過ぎる。」

 

「でもそれはっ」

 

「躊躇も多いし、非情にもなれない。"アラバマ"はそこまで悠長に待っていてはくれませんよ?」

 

「………」

 

「……良いでしょう。私も手伝います。貴女は嫌がるでしょうけど、理解してください。私自身、"アラバマ"から急かされています。これ以上待てない」

 

「なら…せめて、あの子には…」

 

「分かっています。でも、必要に迫られれば…"私達"が何をするのかは言わずとも分かりますね?」

 

「やめて!それだけは絶対に!」

 

「なら、貴女からも働きかける事です。」

 

 

ブロンドはそれだけ言って、元来た道を歩み始める。

後に残された相手は、すでに啜り泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし、坊やが望めば、私の国が出てくれる。外交的な圧力は勿論、艦隊や海軍航空隊の支援まで。これは挨拶代わりの金塊よ。それから特別仕様のP38。」

 

「Mon chou!Mon chou!私の国だって捨てたものじゃないわよ!ヴィシア・アイリス艦隊に加えて自由アイリス艦隊まで!これは挨拶代わりの金塊と特別仕様のMAT49」

 

「ご主人様っ!ロイヤル軍人ならロイヤル軍人らしく!惑わされてはなりません!」

 

 

ピッピとダンケがまだ朝食すら取っていない私の目の前の机にゴトンゴトンと金塊を並べる。

 

金塊と並ぶのはキンキラキンのP38、それに銀メッキというよりは銀で作ったんじゃねえの?と疑いたくなるレベルでギラギラしてるMAT49サブマシンガン。

 

…いや、何がしたいの?

私に一体何をさせたいんだお前らは。

 

「ほらほら鉄血とアイリスの後ろ盾も付いてきたんだしそろそろクーデターには頃合いじゃないの?」とでも言いたいのかい?

「モロッコあたりで反乱起こしてコミニストの政権倒すのに必要なものは揃ったんじゃないの?」とでも言いたいのかい?

私はいつからフランコ将軍になったんだ?

 

こんなヘルマン・ゲーリング仕様みたいな拳銃と、レジェンダリースキンみたいなサブマシンガンまで用意してマジで私に一体何をさせる気なんだ。

 

 

「別にクーデターを起こせと言ってるわけじゃないわ。ローレンスみたいなヤツと戦う為の、最小限の支援よ?」

 

 

どこが最小限?ねえ、ピッピ、これのどこが最小限なの?

大国が2つ後ろ盾のどこが最小限?

あのさ、確かに私は側頭部ぶち抜かれたし、危うく失血死までしかけたし。

保護したKANSENにハメられたし、地方紙とはいえとんでもない誹謗中傷を受けたし。

 

それにしたって貴女方が祖国の外交官相手にアレコレ取り付ける必要まではなかったんじゃないかい?

もはやクーデター起こしてもやっていける、むしろ今すぐにでもやりなさい!やるのです!的な熱意が感じられるのは気のせいではない気がする。

 

いやね、本当はありがとうなんだよ。

ありがとう、ありがとうって言うべきなんだけど、やる事なす事極端過ぎないか?

国家ぐるみの支援はやり過ぎだと思うよいくらなんでも。

その内アドルフ某とかシャルル某とかと会談しなきゃいけなくなりそうで本当に怖い。

 

 

セントルイスが少々急いだ様子で、諸々の品々を抱えて執務室に入ってきたのはその時だった。

 

「し、指揮官くん!見て!ユニオンもあなたのためなら支援をすると確約してくれたの!

これは挨拶代わりの金塊と…」

 

お前もかいっ!!

 

 

 

 

 

 

 

「アイリスは確かに分断されているけど、自由アイリスもヴィシアアイリスもMon chouを想う気持ちは同じなの!」

 

「気持ちだけではご主人様のお役には立てません!そもそも貴女方はロイヤルや鉄血の支援なしではまともな攻勢すらかけられないではありませんか!」

 

「ロイヤルだってユニオンからの物的支援なしでは理想的な戦力を保持できないじゃない。やっぱりここはユニオンのチート物量で指揮官くんを圧倒的保護…」

 

大談合を組んでいたはずのマッマ達が、もはや第三次世界大戦を始めていた。

どこかの井戸端会議でありそうな光景だが、これに火力が加われば、私は無事でいられないだろう。

 

 

それよりも、と言うのはおかしい気もするが、私の朝食の方は放置されたままだった。

 

マッマ達の世界大戦は終わりそうもないので、ひさびさに自分で何が拵える事にする。

拵えるといっても、何か作れるわけもなく。

私は極々自然に簡単な物を選んだ。

 

カップ麺。

 

マッマ達の手料理は本当に美味しいのだが、もうそろそろ気分転換にでもなるような物を食べたかった。

 

米といえばパエリアだし、そもそも野菜扱いだし。

ラーメンを知ってるか尋ねたら、ピッピから「知ってるわよ?建築用語でしょ?」って言われる始末だし。

そっちじゃないんだ、ピッピ。

 

私はこっちの世界に来る前もどちらかといえばパン食の方が多い人間だったから、マッマ達の西洋色溢れるお手製料理の毎日を苦痛に思う事はない。

というよりはむしろ楽しんでいたが、何せ米食民族の出身ゆえにたまに出自の文化に立ち戻りたくなる時がある。

 

 

そういうわけで久々にこのインスタント食品を食べる事になった。

紅茶用のケトルにはお湯が入ってるし、箸はなくともフォークがある。

立派な文様のフォークでカップ麺を食べる事にも違和感があるが、背に腹は代えられない。

 

カップ麺の蓋を開け、お湯を注いで3分間待つ事にする。

立ち昇る湯気の向こう側では未だに世界大戦が巻き起こっていたが、こうしてたまには一人で朝食を食べるのも良いだろう。

 

…さて、3分経った事だしそろそろ

 

 

「Nein!!!」

 

目の前のカップ麺が、白い拳に粉砕された。

 

「何を考えてるの坊や!!こんなもの食べる物じゃないわ!!」

 

全面否定…全面否定ですか、ピッピママ。

た、確かに朝から食べるような物じゃないだろうけど、そんな民族固有の文化(?)まで全面否定しなくても、いいじゃん?

たまには、いいじゃん?

 

「ごめんなさい、坊や。確かに朝食がまだだったわね。今作るから…待ってて…ぐすっ、お願い、待ってて」

 

うん、待つから。

泣かなくても待つから。

 

 

気づけば第三次世界大戦は終結し、マッマ達があまりに早過ぎる速度で朝食を作っている。

 

ピッピママが作り置きしたソーセージを茹で、セントルイスがシーザーサラダを拵える。

 

ダンケルクがブリオッシュ生地をオーブンに入れ、ベルファストが先ほど私がカップ麺を作るために使ったケトルをブランド物のイングリッシュ・ブレックファーストを淹れる為に使っていた。

 

 

 

私の眼前の机には、カップ麺の容器の僅かな残骸しか残っていなかったが(信じられない事に、お湯も中身もピッピの振りかざした拳によって"蒸発"していた)、やがて西洋文化で埋め尽くされていく。

 

うん、やっぱり美味しそう。

 

でもたまにはジャパニーズトラディショナルアサゴハンを食べたくなるんだよねえ。

 

どうして私の鎮守府には重桜KANSENが少ないのだろうか。

赤城や加賀は勿論、翔鶴あたりもいない。

古鷹や加古すらいないし、いるといえば駆逐艦ぐらいか。

料理させるわけにもいかんな。

 

 

「ご主人様、新たに着任したKANSENがご挨拶に来ているようです。」

 

いつのまにか側で控えていたベルファストが、スターリンと雑談を楽しむベリヤのように耳元で報告した。

 

おおそうか、重桜KANSENだといいなぁ。

もう限界近いよ、ジャパニーズトラディショナルに立ち返りたいよ。

 

 

だが、期待は外れたし、"それ"は大きな問題さえ携えていたことを後々知る事になる。

そのKANSENは執務室に入るなり、こう報告した。

 

 

「ノースカロライナ、着任しました。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロスト・オブ・ザ・リング


今回はシリアス&胸糞注意です。

あと、独自設定もつぎ込んでしまいました。
フレデリッ●・フォーサイスの読みすぎ?
知らない名ですね………


 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ロイヤル名門貴族の一員としてこの世に生を受けたにも関わらず、『僕』には"彼ら"と組む事に対する罪悪感などというものはなかった。

 

そんな事、微塵も考える必要はない。

 

気づいている人間は少ないが、新しい戦争がすぐ目の前にまで迫っているのだ。

それは本当の意味で新しい戦争になるだろう。

それはこれまでにない程の規模で巻き起こり、世界を二分し、どちらかがどちらかを倒すまで続くはずだ。

新たな時代では…往々にして言える事だが…自分自身の立ち位置に十二分に配慮しなければならない。

躊躇などしていられるだろうか?

 

例え"彼ら"が勝ったとしても、僕の身分は保障される。

裏切られないように保険も作った。

例え"彼ら"が負けたとしても僕はこちら側の名門貴族の出身だ。

どちらが倒れようと、僕が困る事はない。

 

全ては順調…のハズだった。

 

ところが、ある日、"彼ら"が連絡員を一人寄越してきた。

その連絡員の言うには、"彼ら"に対抗する勢力が既にロイヤルでも活動を活発化させているらしい。

 

とある鎮守府に、その対抗勢力の工作員が既に潜入済みであり、近いうちに僕らに拮抗し得るようになるだろう、と。

 

不安材料は排除しなければならない、と連絡員は言った。

僕の助力が得られるなら、"彼ら"は僕に秘密裏とはいえ肩書きを与えて、勝利した暁には身の安全どころか英雄として扱うということも。

 

その鎮守府について少し調べてみた。

いやはや、まるで軍事組織の体を成していない。

税金の無駄を絵に描いたような鎮守府がそこにはあった。

僕は無駄が嫌いなんだ。

 

 

僕は連絡員の提案を受け入れた。

手持ちのKANSENに、その鎮守府のKANSENを誤射させた。

その鎮守府の指揮官は、連絡員の言った通り僕の手持ちのKANSENを保護し、それによって僕は相手の行動まで掌握する事が出来るようになった。

 

誤算があった事は認めざるを得ない。

 

指揮官の方はともかく、配下のKANSENの方は予想以上に優秀だった。

 

特に"マッマ"という暗号名で呼ばれる、おそらくは高度に専門的な訓練を受けた警護チームは、僕の計算を何度狂わせたか分からない。

 

レストランではプロのスナイパーを使ったが初弾以外は全て防がれてしまったし、ウィンスロップ家が株を買っている地方紙を使って貶める計画は彼女達のコネクションによって潰されてしまったのだ。

 

潰されただけならまだ良かったろう。

 

地方紙の件は世界中で燃え上がり、逆に僕の首が締め付けられる後一歩までいくところだった。

 

今回は"彼ら"に助けられたし、あの指揮官の甘さにも助けられた。

 

"彼ら"はユニオン内部の細胞を使って、こちらに来る調査隊のリーダーを、より強欲な男に変えてくれた。

膨大なコストとリスクを背負ってくれた、その期待に応えられるようにしよう。

 

 

例の指揮官は、裏切られたにも関わらず、僕のKANSENが余計な知恵を働かせて残してきた内部告発を公表しなかった。

まったく。甘いにも程がある。

どういう事が書かれていたにせよ、利用すれば警護チームのコネを使うまでもなかったろうに。

 

僕の指示には従わず、その上余計な文書まで残置したKANSEN2体は勿論厳罰に処した。

 

 

何を考えていたのだろう?

 

僕が潜入させる目的で派遣しておきながら、帰ってきた時に何もせずただで受け入れてくれるとでも思ったのだろうか?

 

2体は簡単な心理テストに引っかかり、帰来報告に嘘があった事が明らかになった。

そして次の尋問で、文書の事を聞き出せた。

 

黙っていられるとでも思ったのなら馬鹿でしかない。

姉妹艦の存在は十分揺すりのネタになる。

そもそもそれが目的で帰来要請をしていたというのに。

 

 

2体の、左薬指の切断には最小限とはいえ麻酔を用いた。

僕にしては珍しく縫合と、治癒が済むまでの休養さえやった。

それでも2体は震えていた。

僕はもちろん、理由を知っていたが、同情する気も許してやる気もない。

 

ただ、2体が震えながら黙して涙を流している姿を見るのは…愉悦だったよ。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「そう、例えて言うなら…」

 

Cold war?

 

「言い得て妙ですね。素晴らしい発想力ですよ、指揮官。」

 

 

ノースカロライナは少々驚いた顔をして、私の方を見た。

 

この、なんとも冴えない男が自らの想像を超えて的確な言葉を発するとは思っていなかったのだろう。

 

 

「意外と博識なようで大変結構です。彼女からの報告は少々不安を誘うような内容が含まれていましたから…ねえ、ルイス?」

 

残念ながら博識なわけではない。

私がここに来る前の世界では実際にその戦争が半世紀近く続いた。

知識でもなんでもない。

 

 

私は今、例のセーフティルームでノースカロライナと…セントルイスと3人きりでいた。

悠然とするノースカロライナとは反対に、セントルイスは涙を溢れさせながら震えていた。

 

「指揮官くん!本当に本当にごめんなさい!でも、私の国の任務だったの!裏切るつもりはなかった!」

 

 

セントルイスは"ルイスマッマ"ではなかった。

左薬指に指輪がついていない。

つまり、ルイスママとは別のセントルイスの内の1人。

 

まさかその1人に監視をされていたとは思わなかったが。

 

 

「密室でお話をしたのは正解でしたね。この部屋は防音処置がされていて、外まで音が届きませんし。」

 

ノースカロライナの右手にはサプレッサ付きの45口径が握られている。

銃口は勿論私の方を向いていて、「いつでもその気になれば」という主張を端的に表していた。

 

こんな事になるとは。

 

ノースカロライナが着任を報告して早々、私と2人で話がしたいと要求してきた時点で怪しむべきだったのだ。

 

私はあろうことか、彼女の「ユニオン政府からローレンスに関する極秘情報がある」というセリフにまんまと騙され、セーフティルームなら安全だろうとマッマ達を執務室に置いて彼女と2人きりになってしまった。

 

実際にはセーフティルームには先客のセントルイスBがいて、3人きりとなったわけだが。

 

 

さて、さてさて。

私に拳銃を突きつけて、君は何をしようとしているのだろうか?

 

私を殺すつもりなら、とっととやっているはずだし、密室で2人きりという選択は間違いでしかない。

 

外にはいつでも艤装を装着できる戦艦2人と軽巡2人がいるのに、艤装を持っていない彼女が到底敵うとは、彼女自身思っていないだろう。

 

 

 

何か提案がしたいんだね?

 

「ご名答です、指揮官。もう察しているでしょうが、私は偶然この鎮守府に配置されたわけではありません。」

 

それゃあね。前々からセントルイスBに私を監視させていたわけだし。

 

「私は表向きは貴方のKANSEN、でも実際は…アラバマに行ったことは?」

 

…なるほど。

だが、どうにもわからない。

"どうして私ごときに、『中央情報局』のお偉方が工作員を派遣するのか"

 

「やはりご存知でしたか。私たち『Central Intelligence of Union』…略称『CIU』はロイヤルと協調してはいますが、それでも配下のKANSEN或いは工作員を自由に行動させる為の拠点をロイヤルから提供されるわけではありません。」

 

つまり、この鎮守府を拠点にしたいと。

そういう事だな?

そして私が断れないことも知っている。

だから簡単に正体を教えたし、リスクがあるにも関わらず密室なんかに連れ込んだ。

 

「またご名答です。裏切った高雄や赤城さえ見逃がすような指揮官なら、配下にいるセントルイス達を見捨てるハズがない。それに…私達が彼女達をどういう待遇へ陥れるかも、恐らく想像がついている。」

 

クソッたれ共め…

目的はそれだけか?

それだけのために遥々海を渡ってこんな鎮守府へいらっしゃったわけか?

 

おうおうそうですか歓迎しますよようこそマッコール鎮守府へ地元のお茶はどうですかこの辺の海はきれいなんですよどうぞ気の済むまでお楽しみください楽しんだらとっとと帰れこの野郎!!

 

「誤解しないで下さい、指揮官。CIUは貴方の味方ですよ?」

 

味方?

 

「ええ、そうです。一つ、ユニオン政府がローレンスの鎮守府に派遣した『リプトン調査隊』はまもなく"異常なし"の報告書を本国へ送る事でしょう。」

 

異常ないわけないだろ。

KANSENを馬車馬のように扱い、自分の勲章の為に犠牲にするような奴だぞ?

 

「その通り、ですが報告書には間違いなくそうかかります。ここで二つ目、実はローレンスはある勢力の支援を受けている。」

 

段々と話が読めてきた。

最初に冷戦の話をしたのはそういうわけか。

 

 

 

この部屋に入るなり、ノースカロライナが拳銃を取り出しながら話し始めたのは『新しい時代』についての見識だった。

 

 

 

 

 

北方連合は重桜と鉄血がアズールレーンから脱退した後にアズールレーンに参加した。

 

これは、北方連合が人類の自然な進歩という陣営の思想に同調したというよりは、より実利的な理由から参加したことを意味する。

 

具体的に言うなれば、重桜との領海問題、鉄血との領土問題だ。

 

凍らぬ港の獲得と大陸国境線の安定は、北方連合が永年にわたり取り組んできた課題だったのだ。

それを一挙に解決する糸口が見つかった。

大義名分を掲げて目の上のタンコブを叩ける。

このチャンスを北方連合が逃すハズがない。

 

かの国からアズールレーンに提供されるKANSENは、今のところアヴローラを除いて確認されていない。

 

しかし、農業を犠牲にしてまで重工業を発展させた北方連合が、KANSENの建造さえできないとは到底考えられないし、それどころかユニオン並みの大量建造を行なっていてもおかしくはないのだ。

 

しばらくしてユニオンは、北方連合が重桜と海を挟んで反対側の軍港にKANSENを集結させているという情報を掴んだ。

後を追うように、鉄血公国国境に大量の戦車部隊が集結しているのも確認された。

 

いずれ鉄血公国と重桜が消耗した際に、漁夫の利を得ようとしていることは誰の目にも明らかで、それはことユニオンにおいては相当の脅威だった。

 

 

しかし、ユニオンの大統領の取り巻きには既に北方連合の細胞が入り込んでいた。

 

大統領はCIUから再三の警告を無視し、北方連合の不可解な軍事行動を黙殺している。

その警告の合間にも、北方連合はユニオンの同盟国であるロイヤルにまで食指を伸ばしているにも関わらず。

 

 

 

 

 

「そう、ローレンスは北方連合と繋がっています。そしてCIUは大統領の承認が得られない限り外交という手段を使えない。だから秘密裏にやるしかない。ご理解いただけましたか、指揮官?」

 

 

 

 

なんてこった。

 

どうやら私は知らず知らずにとんでもない沼にはまり込んでしまったようだ。

 

 

 

 

 

ノースカロライナは模範的なまでに警戒を絶やしていなかったが、私が悩むフリをしながらジャケットの内にあるPPKを握っていたことには気づかなかった。

 

もちろん、そのPPKに付いている警報装置の事も知らなかった。




ノースカロライナファンの皆様。ごめんなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カラマーゾフの姉妹

「罪と罰的なサムシングの方が良かったろ。」

----------某アイリス戦艦


 

 

このアズールレーンの世界は私にとっての電話というものを少しばかり楽しい物にしてくれた。

 

なんと言ってもKANSEN達とどこにいても電話ができる。

直接話せない時だって、いつでも連絡が取れ、そして邪険に扱われる事はあまりない。

もっとも、邪険に扱われるような時間帯や休日の日には電話をこちらからかける事はない、というのもあるだろうが。

 

まあ、本当に楽しかったよ。

 

最初の内は、ね。

 

 

マッマ達は私がトイレに行ったりなんだりで視界から消えると即座に電話を掛けてくる。

 

最初は『あぁ、ピッピ。今………手を洗ってる所なんだ。心配してくれてありがとう。今戻るよ』ぐらいで済んでいた。

 

今では『あぁ、ごめんピッピ!そうだね、トイレに行く時は教える約束だったもんね。でもエマージェンシーだったんだ分かってくれ。うんうん、ありがとうありがとう。うん、今から戻るからから泣き止んで?ほら泣き止んで?泣き止めい!!!』ぐらいの会話をしなければならない。

 

 

どうしてこうなった。

 

ピッピママ自身は『可愛い子には旅させよ』を日々実践しているらしいが、たしかにそうだなぁとは思う。

確かに、そう、確かにこの格言は旅に対して援助の制約を設けてはいない。

私の場合は例えるなら…

 

旅に出て、喉が乾くとミネラルウォーターがサプライドロップされる。

少し歩いてお腹が空くと、ビーフストロガノフがサプライドロップされる…デザート付きで。

 

調子が少し悪いと抗生物質やアスピリンがサプライドロップされ、地図を少し開いただけで最新式のGPS座標受信機がサプライドロップされ、スライムに出くわしただけでエルンスト・バル●マンが搭乗するパンテル戦車がサプライドロップされる。

 

最後はバル●マンが長砲身75mm砲弾を魔王の城にぶち込んで、私はLv.1のまま一国を統治することになるだろう。

 

ロールプレイングゲームとしてはブチ壊しだが、マッマ達からすれば私が困難を乗り越えて旅を成功させた事になるらしい。

 

 

 

 

まあ、ここまでの迷路のような長い前置きの中で何が言いたいかと、マッマ達は絵に描いたような過保護だった。

 

そしてその過保護は、今、私がノースカロライナに銃を向けているこのセーフティルームでも発揮された。

 

 

 

まず、ドアが破壊され、警戒兵キットを装備したピッピママ?がMG-42を腰だめに持って現れる。

アルディーティみたいになってるので確信を持って断言できないが、たぶんピッピママで間違い無いと思う。

 

次に天井からベルママとルイスママがロープ降下してきて、ベルママがリヴォルバーをノースカロライナの頭に突きつけた。

 

ルイスママは降下したついでに、ノースカロライナの着ている制服をずり下ろす。

 

何故そうしたのかはわからないが、おかげでノースカロライナが制服の下にバニースーツを着るという暴挙に出ていた事がよおうく分かった。

 

何してんのよ。

「キャッ」じゃないでしょ。

「キャッ」じゃ。

 

 

最後にダンケママがマシュ・キリエ●イトみたいな防弾盾を持ってスライディングしてきて私を守り、マッマ・フォーメーションが完成された。

 

ノースカロライナはおそらく45口径の引き金に力を加える間も無く…というより制服剥かれた瞬間45口径放り投げてたもんね。

 

まあ、45口径を使う間も無く制圧された。

 

 

「クッ、油断したわ…私を煮るなり焼くなり好きにしなさい!ただし、後悔する事になるわよ!」

 

バニースーツの"くっ殺"はなんか新鮮なものがあるね。

 

ノースカロライナは顔を真っ赤にしながら、そのたわわな双丘を両腕で隠そうと頑張っていたが、返って谷間が強調されていることに本人は気づいていない。

 

恥ずかしがるなら最初から着んなや。

なんで「私はデキるオンナ」みたいな態度で私を懐柔しに来たのにそんなもん着てんの?

頭おかしいの?

 

 

『私の坊やにNan¥*%#€☆÷$!!!』

 

アルディーティが何か怒鳴ったが、頭をすっぽり覆う鋼鉄製のヘッドギアの内側で反響しているようで何を言ったのかわからない。

ただ声からしてピッピママだという事が今一度確認された。

 

 

『坊や!keg#%☆*€!?$÷※〆#€!?』

 

続けてこちらを向いてまた何か言ったが、やはりわからない。

ピッピママ?

とりあえず脱いで?

とりあえずヘッドギア脱いで?

 

 

「…ぷはっ、坊や!怪我はない!?大丈夫!?」

 

うん、大丈夫大丈夫。

 

そんな事より対応早くない?

つーか早過ぎない?

PPK握ってからまだ30秒も経ってないんだけど、どうやったらそんなアルディーティフル装備装着して来れんの?

 

 

「き…きあいとこんじょぉ」

 

騙されんぞ。

 

「うっ…そ、その。こ、こんな事もあろうかと、セーフティルームに盗聴器を付けておいたの!」

 

そんなドヤ顔でフォー●アウトの金髪少年みたいなグッドサインとウインクされても困るんだけどさ。

なんとなぁく、それだけじゃない気しかしないんだけど、本当にそれだけ??

 

「っ!………そ、その…」

 

怒らないから正直に言って?

 

「坊やのシャツパンツ靴下制服革靴ベルトネクタイ眼鏡制帽階級章襟章勲章徽章職種章記念章首肩腰手足背中に、鉄血公国最新鋭の超超超小型盗聴器を付けてるわ…」

 

うん、わかった、怒らない。

 

技術の無駄遣いにも程があるし、いつの間に付けられたのかも分からないけど、特に腰とかどういうタイミングで付けられたのかすごく気になるけど、私は約束を守る男だからさ。

 

 

つーかもはや怒れない。

 

慣れてるし。

もう、マッマ達の過保護にも慣れてるし。

このぐらいはするだろうなと諦めがついてしまう自分自身にすら慣れてるし。

 

今までにもマッマ達が居なくなった隙に疲れてもねえのに「あ〜ちかれたでちゅ〜マッマのオッパでぱふぱふぱふぅ〜」とか特に何も考えずに変態丸出しの発言した直後にピッピだけ戻ってきて馬鹿でかい双丘に埋められた事が何回かあったけど、つまりそういう事なんだな。

 

 

てか毎回思うんだけどどっからその費用出てんのよ。

 

「鉄血公国宣伝省からよ!私の交渉力も中々のモノでしょ、坊や?」

 

ゲッペル●激おこ案件なのではそれは。

 

 

「まさか既に鉄血がそこまでしていたとは!?私達は遅れを取っているようね…」

 

 

ノースカロライナ、こういう遅れは別に取り戻さなくてもいいと思うよ?

寧ろ放置すべき案件では?

 

そしてピッピママ、ドヤ顔で勝ち誇るな。

何も誇れる要素はない。

セーフティルームに盗聴器仕掛けるまでで十分だから。

私の下着の一点一点にまで仕掛ける必要はまったくないから。

 

 

 

 

マッマ達のおかげでノースカロライナは拘束され、私は無事にセーフティルームから連れ出された。

 

 

私はピッピに抱えられながら執務室の指揮官席に座る。

 

目の前にある二席のソファの向かって右側には、相変わらず顔を真っ赤にして拘束されているノースカロライナ、しょげきった顔のセントルイスBが座っている。

 

反対側の向かって左のソファにはダンケ、ベル、ルイスが座っていた。

 

 

さぁて、私はどうするべきですかね、マッマさん達。

 

「最初に言っておきますけど、指揮官、CIUを敵に回すのは間違いよ?」

 

バニースーツ姿のおかげでまったく言葉の威圧感が伝わらないノースカロライナが、真っ赤な顔を私に向けて言い放つ。

 

「私もそう思うわ、坊や。実はさっき電報を受け取ったの。ユニオン調査隊の見解は、『ローレンス鎮守府に違法性はない』という事だったそうよ。ノースカロライナの話とも辻褄が合うわ。」

 

んー、だとすると北方連合の後ろ盾の件も正確な情報っぽいよな。

ピッピの言う通り、我々にも情報機関の支援が必要だ。

 

よし、君の提案を飲もう、ノースカロライナ。

 

「へ?…あ、ああ、そうですか!やはりCIUが見込んだ指揮官ですね!後悔はさせませ」

 

ただし!

 

「ただ…し?」

 

私を密室に連れ込んで拳銃突きつけたんだ、ただで済むとは思ってはいまい?

 

「…え」

 

君には常時バニースーツでいてもらう。

 

「えっ!?ちょっ!?そんなぁ!!!結構恥ずかしいんですよこの服!!!!」

 

だからなんでそんなもん制服の下に着込んどんねんやお前は!ダメ!許さん!バニースーツで勤務なさい!文句があるならベルサイユにでも行ってこい!!!

 

「うぅ…わかりました。」

 

 

「ご主人様、セントルイスBのスパイ行為は例えユニオンの命令だとしても何かしらの罰則が必要です。」

 

「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」

 

 

うーん、とは言っても可哀想なんだよなぁ。

国の仕事してただけだしね、実際に何か脅されたわけでもないし。

 

「ご主人様!そんな甘々ではなりません!高雄と赤城が裏切った時も、ご主人様があまりに甘々だからダンケルクが怒ってしまったのをお忘れになられたのですか!?」

 

し、仕方ないなぁ。

でも肉体的な罰は絶対に与えたくないし、かといって精神的にも追い込みたくないし。

 

「それならご主人様、こういうのはどうでしょうか?『ご主人様あやすの一週間禁止』」

 

「そんな!?厳しすぎるわよぉ!!」

 

セントルイスBが本格的に泣き出してしまった。

そんな泣くことか?

寧ろ自分の事に専念できていいんじゃないの?

 

「一週間もあやせないなんて!私をっ、ぐすっ、殺す気なのっ!?」

 

そんな生死に関わるような問題かコレは?

ま、まあ、罰は罰だからね!

でも、情状酌量の余地を与えて5日間で手を打ってくれないかい、ベルマッマ?

 

 

「はあぁぁぁ、ご主人様がそうおっしゃるなら良いでしょう。」

 

「ズビビビィィィイッ!ありがとう、ぐすっ、指揮官くん。」

 

「ルイス(マッマ)も監督不届きの責任があるわ!『あやす時間半減』の罰を与えるべきよ、Mon chou!」

 

「わ、私は関係ないでしょぉ〜?」

 

「ご自身の配下にある部下を監督できていなかったのですよ、ルイス?貴女にも責任があります。」

 

「し、仕方ないわねぇ…ぐすっ、すごく辛いけど、甘んじて受け入れるわ」

 

 

ルイスマッマまで泣き出してしまった。

 

「厳しい罰ね…可哀想だけど、仕方ないわ…」

 

ふとピッピが顔を覆い隠しながらそんな事を言ったので、てっきり同情して泣いてるもんだと思って下から覗いた。

 

逆だった。

 

同情するフリだけして、顔の方は

「やった!私があやす時間増えたわラッキー!」みたいな顔をしていた。

 

 

もうほんとさあ、君達さぁ……………

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前前前夜

 

 

 

 

 

「決戦は週明けの月曜日、場所はサー・アーサー・ウィンスロップ記念海軍演習場、編成は前衛3、後衛3の同数。」

 

ピッピママが手元の文章を読み上げる。

それは今日の夕方になって届いた、演習参加命令の一文だった。

 

 

………結局、やんのね?

 

「そのようね。任せて、坊や。あんな奴の艦隊なんかギッタンギッタンにしてやるわ」

 

ピッピママがこんな擬音を混ぜるなんて珍しいが、それよりも問題なのは…

 

 

不利じゃね!?

こっちめっちゃ不利じゃね!?

サー・アーサーって誰なの!?

明らかに向こうの関係者じゃん!?

明らかにアウェイ感半端ない場所で戦わせようとしてんじゃん!?

 

 

「サー・アーサーと言えば、前海軍幕僚長ですね…同時にローレンスの父親でもあります。」

 

「どうやったら、あんな紳士からあんなゲス野郎が出てくるのかしら。不思議よね、Mon chou」

 

 

そういう話じゃなくてね、たぶん、親父さんの名前冠してるぐらいなんだからほぼローレンスの領域で確定ってことじゃん?

地の利はもちろん、公開演習なんだから、来る観客もたぶんあっち寄りじゃん?

何だってこんな沼の中で演習しなきゃならんねん!!

 

 

「落ち着いて指揮官くん、ほらお姉さんの谷間で安らい…」

 

「こらルイス!あなた、Mon chouあやす時間半減してるハズでしょ!」

 

「チィィィイッ!!!」

 

 

 

もう一々ツッコミ入れてる場合じゃない。

 

 

あぁ〜もぉ〜何で金曜日の夕方なんかに届くかなぁ〜。

 

今から情報集めて不安を消し去るまで色々やるには土日ぶっ通しでやるしかねえやん。

 

そりゃあやりますよ?

何たってピッピママやらダンケママやらベルママやらルイスママを何も分からないままアウェイ感満載のキリングフィールドへ行かせるわけにゃいかんからねぇ?

 

あーもー!こんちくしょー!

 

やってやる!やってやる!やあああてやるぞー!いーやなあーいつをボーコボコにー!!

 

 

「こほん、指揮官。そんな事しなくても情報ならありますよ?」

 

 

バニースーツに加えて、ご丁寧にウサミミまで付けたノースカロライナが私にそう言う。

 

あぁそうか!こういう時こそCIUの力を借りなきゃね!

 

そうと決まれば相手の常套手段、編成、戦術に対する対抗パターンまでまとめとかないと!

いやあ、ノーカロさんとCIUのおかげでだいぶ仕事が楽になる!

 

「実を言うと坊や。私達で既に対抗パターンまでまとめてあるわ。」

 

へ?

 

「ご主人様は月曜日に備えてごゆっくりお休みください」

 

いやいやいや、そういうわけにはいかんよ。

せめて対抗パターンぐらいには目を通しておかないぶへあっ!?

 

「ああもう!Mon chou!!リラックス、リラックス!!私達には休みをくれるのに、あなただけ休まないなんて許さないわ!!そんなに堅くならなくても、移動時間は3時間もあるのよ?その間に教えてあげるから、今はリラックスして!」

 

 

ダンケママが巨大な双丘で私の頭を包み込みながら、リラックスを促してくる。

 

ごめんよ、ダンケ、リラックスできない。

 

せめて抱え込む腕を少しばかし緩めて?

 

窒息する、死ぬ。

 

 

「ええっとね、指揮官くん。その…」

 

ルイスが「これもう言っちゃていい?」的な感じでモジモジしながらこちらへやってきた。

 

うん、言っちゃっていいから。

 

「今日の夜、あなたのためのパーティを企画してるわ。実はもう準備まで終わって、今は私達を待ってる状態なの。」

 

 

ん〜、でも、パーリーやっとる場合じゃないと思うんだけぶへあっ!?

 

「Mon chou〜!リ・ラ・ッ・ク・ス!!そんなのじゃ考えが凝り固まって、演習でも良い思考ができないわよ!」

 

 

一理ある、のかなぁ。

 

よし。

もう決めた!

マッマ達がせっかく準備してくれたんだし!

ダンケママもああ言ってくれてる事だし!

パーリーに行こう!!!

 

 

「そうこなくっちゃ、Mon chou!」

 

「なら坊や、着替えないとね。」

 

 

ピッピママは既にドレスに着替えていて、私のタキシードを持ってきてくれた。

早すぎない?

 

ちょっと目を離しただけなのに、ベルもルイスもセクシィなドレスを着ていた。

欧米では露出の多い服装が正式な服装になるらしい。

悪くない文化だね、うん。

 

マッマ達全員のフルアシストで着替えるのは気恥ずかしい面も随分あったが、おかげでかなり早く着替える事が出来た。

 

 

「さあ、坊やの準備もできた事だし。レッツ・パーリィィィイ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

パーティ会場は、普段何にも使われていない大型のホールだった。

クロスの掛かったテーブルが並び、その上は数々の料理で彩られている。

 

会場にはアルコールを提供するバーもあり、ヴァイオレット・エヴァー●ーデン……じゃなかった、エンタープライズがバーテンを務めていた。

 

既にあるKANSENが、奥に控えるエンタープライズの手前にあるバーテーブルの上で酔い潰れている。

 

 

「なぜだぁ〜なぜ駆逐艦達はわたしを避けるんだぁ〜〜〜」

 

何も見なかったことにしよう。

 

 

「あっ!ごしゅじんさま!ごきげんよー!」

 

足元からふと声がして、少々驚きつつも声の方向を見る。

 

ベルちゃんを始め、ピッピちゃんダンケちゃんルイスちゃんが私に向かって上品な挨拶をしていた。

スカートを少し摘んでお辞儀をする、まさに淑女たるご挨拶に、私も帽子を脱いで挨拶を返さずにはいられない。

 

こんばんは、お嬢様方。

 

「あら、指揮官様!良い夜ですね。」

 

小さな淑女達の隣に、大きな痴女がいた。

 

もう、なんつーか、さあ。

『輝きの舞踏会』にアレンジを加えたと思えるそのドレスは、セクシィと言うよりは純然たる妖艶さを感じざるを得ない物に仕上がっている。

 

あのね、スカートの裾がね、裾が裾って言えんのかそれは。

ガーターベルト剥き出しどころかガーターベルト前面に押し出して来てるんですがそれは。

ミニスカにガーターベルトかよ。

スカート少し摘むだけで下着まで丸見えじゃねえかよ。

 

 

「演習ではイラストリアスの働きにご期待ください♪それでは、また」

 

イラストリアスはそう言って悠然と立ち去った。

ミニマッマ達がまるでアヒルのようにそれに続いていく。

歩き方が悠然として優雅なのは、イラストリアスの教育の賜物だろう。

ただ、イラストリアス本人の方をもう少しどうにかして欲しくはあるが………

 

 

「あれから調子はどう?傷口は開いたりしてないかしら?」

 

突然後ろから声をかけられて、振り返るとプリンツオイゲンが、いたずらっぽい笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

おかげで異常ないよ。

 

「それは良かったわ。…ところで、あんたと話したいって2人を連れてきたから。ごゆっくり。」

 

プリンツオイゲンが立ち去った後、彼女の背後にシュロップシャーとシカゴがいたということが分かった。

 

2人とも古参で、初期の私を支えてくれた功臣だ。

 

「最近、指揮官とは話せてませんから」

 

「もしかして、お姉さんの事忘れちゃったんじゃないかって心配したのよ?」

 

 

何故か、目頭が熱くなる。

 

この2人は鎮守府でもマッマ達に勝るとも劣らない功績があるはずなのに、今まであまり話しもしていなかったことを思い出した。

 

最初の頃だけ頼っておいて、戦力が揃えばお払い箱。

これじゃあのローレンスと変わらないじゃないか。

 

 

「あらららら。指揮官が悲しむ事なんて何もないじゃないですか!この鎮守府に、私達よりも強力なKANSENが沢山来て、指揮官が私達を頼らなくても良くなったって事です。」

 

「もしかして、お姉さん達をお払い箱みたいに扱っちゃったとでも思ってる?そんな事ないわ。あなたがお姉さんとケッコンしたの、セントルイスよりも後だったのは覚えてる?あなたとお姉さんの親密度が高いからって、あなた無理してダイヤを掻き集めてくれたじゃない。」

 

 

2人がそう言ってくれて、私の気持ちは少し楽になる。

主力艦隊から外れた後でさえ、色々影ながらに支えてくれる彼女達に救われる所も大きい。

 

そうだそうだ、そういえば。

 

演習艦隊編成の時の事、聞いたよ。

プリンツオイゲンの背中を押してくれたそうだね、本当にありがとう。

 

「大したことじゃありませんよ、指揮官とやり方なら私達ほど知ってるKANSENの方が少ないでしょうし。まあ、指揮官は昔から心配性ですから。」

 

「ちょっと火を噴いただけで大慌てでお姉さん達を引っ込めるんだもの。あれじゃ海域も進まないわよ。」

 

「そうそう、あの頃の指揮官も今とは違う可愛さがありましたねぇ〜。あ、私達を選考にに入れてくれてたみたいですね。それだけでも嬉しいです。」

 

「また、いつか必要になったら声をかけてくれるだけで良いわ。なんたって、私達の大切な孫ですもの。」

 

 

うん、2人共本当にありがとう。

 

なんというか、いつでも頼れる古参のサポーターの存在は非常に大きい。

いつでも頼って、と言われるだけでも大きな安堵感を得ることができるのだ。

 

「それじゃ、また」と立ち去るシュロップシャーとシカゴの背中を見ながら、そんな事を考えていた。

 

……………ん?シカゴ…あいつ私の事を「孫」って言ってなかったか?

 

 

 

 

 

「えぇ〜、ご静粛にお願いします。」

 

 

突如として、ベルの声がマイクを通じて響き渡る。

 

「本日のパーティを開催するにあたり、ご主人様からご挨拶をいただきたいと思います。」

 

ん?ベル?アポなしは困るよ何も考えてないしそもそもこれって私の挨拶とかいるパティーンのサムシングなのねえ?

 

 

「まあまあ、そう仰らないでください。簡単な言葉で良いので。」

 

ベルの分身達に手を引かれ、私はお立ち台へ。

 

うひゃー、昔からこういう人前で話すのは苦手なんだよなぁ。

 

既に片手にグラスを持ったKANSEN達が、こちらを見据えていた。

 

ああ、もう、こうなったらやるしかねえ!!

 

 

私は息を整えてマイクへ向かう。

頭の中は、真っ白だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅳ章 マッマと大人になった僕
甘えん坊のスピーチ



「ジョージ6世とは程遠い。本当の意味で、な。」

--------------ジャン・パール(ヴィシア・アイリス戦艦)


 

 

 

 

誰もそんな期待はしていないとは思うが、私には威厳などという物は無い。

 

どこまでも情けない程に、威厳が無い。

 

そりゃあ当たり前でしょアンタ今まで四方をベッピンさんに囲まれてダァダァバブバブやってたヤローが威厳なんて備えてるわけがないでしょうよ、と思われたそこの貴方こそ正しい人なのだ。

 

私に威厳なぞあるわけがない。

 

 

だが、私はお立ち台の上でパーティ開催の挨拶を頼まれた。

 

仮にも指揮官である以上は、とどうしても身構えるようになってしまった。

そうなると、普段はそんなもんどっかにやっているクセに、なけなしの威厳を取り繕うと頑張ってしまう。

具体的に言うと、肩をいからせて、胸を張り、何かしらそれらしい雰囲気のある言葉を頭の中から探し出す。

 

「本日は晴天の中この祝賀会を」だの「諸君らの日々の奮闘には多くの国民の」だの「我が国を取り巻く情勢は年々悪化の一途を辿っており」だの。

 

ただ、どうにも文章まで組み立てられそうにない。

 

ついさっきのダンケルクの言葉がフラッシュバックする。

 

 

『Mon chou〜!リ・ラ・ッ・ク・ス!!そんなのじゃ考えが凝り固まって、演習でも良い思考ができないわよ!』

 

 

ああ、そうだ、変に凝り固まる必要はない。

彼女達なら、きっとどんな言葉でも受け止めてくれるだろう。

失笑を誘うかもしれないが…それはそれで仕方なしとしよう、今更足掻いても、もうどうにもならん。

 

 

私はマイクの前で大きく息を吸い、深呼吸をする。

そして今持っている彼女達への気持ちを可能な限り言葉にする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

"目の前の男を見てほしい。

普段は中佐などという階級をつけているが、こうして軍服を脱いでいれば、ただの中年男でしかない。

背が低くて、でっぷりと肥えていて、それでもってまるで威厳というものがまるで無い。

 

間違っても娘を攫った独裁政権に単身で挑んだり、中東へトラウ●マン大佐を助けに行くことなんてできはしない。

 

私個人には何の戦闘力もないし、セイレーンの艦隊から見れば塵のようなものだろう。

 

あなた達は、常に私を支えてくれる。

それはもう、築50年の木造建築の大黒柱のように、力強く支えてくれている。

 

あなた達無しに私に何が出来るかと言えば、何もできはしない。

あなた達が普段、私を支えてくれていなければ、私はただのおっさんでしかないんだ。

 

だから言わせて欲しい。

本当に…本当にありがとう。

感謝してもしたりない程、あなた達には本当に感謝している。

 

動揺して、車の中で愚かな行為に走ってしまった時にも。

情けなくも病に倒れてしまった時にも。

そして、何より、ある男が私を殺そうとした時にも。

あなた達の助けがなければ、私には何もできはしなかった。

 

本当にありがとう。

 

来週の月曜日、私はある男と演習を実施する。

その男は、全ての功績が自身の実力によるものだと、とんでもない勘違いをしているようだ。

 

我々の手で教育してやる為には、あなた達に再び協力を求めねばならない。

どうか今一度、助けて欲しい。

そして成功した暁には、また皆んなで集い、あるいは楽しもう。

 

その前に、と言ってはなんだけど、景気づけにこのパーティを企画してくれたマッマ達には重ねてお礼を言いたい。

 

皆、本当にありがとう。"

 

 

 

 

 

 

 

陳腐なスピーチだったが、KANSEN達が拍手を持って締めくくってくれた。

 

ふぅ、ホッとしたぜ。

 

場所が場所で、相手が相手なら眉間に皺を寄せられていたような内容だったかもしれないが、KANSEN達にはキチンと意図が伝わったようで少し嬉しかった。

 

 

「良いスピーチだったわよ、坊や。」

 

お立ち台から降りて、緊張でカラッカラになっていた口を水で潤ませていた私に、ピッピがそう言いながら近づいてくる。

 

見ればすこし頬が赤く染まっていた。

あれ、ちょっと呑んじゃってる?

 

 

「んふっ。少し2人きりになりたいわ。」

 

どうやら拒否権なるものは最初から用意されていないらしい。

 

私はピッピに手を引かれ、ホールの外にあるベランダに連れて行かれる。

 

何者かがご丁寧にベンチを引っ張り出していたらしく、私はおそらくは酔いが回りかけているピッピと共に座った。

 

 

「寒いでしょう?ほら、もっと寄って?」

 

ピッピが私を引き寄せ、私の頭は"彼女の豊かなアルプス"にハードタッチする姿勢となる。

 

アルコールで上気しているせいか、いつもより暖かい。

ほっとくと間もなく下半身まであったかくなりそうだ。

 

 

「坊やは私達にお礼を言ってた。でも…実のところ…お礼を言いたいのは私の方よ」

 

え?

フィヨルドから連れ出したから?

 

「ふふっ…そうじゃない。その…こんなこと言うのも恥ずかしいのだけど……あなたは生きがいを与えてくれた。」

 

………ふぇ?

 

「あなたとケッコンもしたけれど、何を求めていたのかは私自身にも分からなかった。指揮官だから?…違う。惚れたから?…それも少し違う。じゃあ、一体何だろうって、ずっと考えてた。」

 

 

"惚れた"というのを否定された瞬間、少し凹んだ。

 

 

「あなたが車の中で拳銃を自分に向けていた時、その答えが分かったの。"あなたを守りたい!"。本当に、心の底からそう思った。」

 

 

う…うん、そうか。

普通は逆だと思うんだけどね。

私が言うのもなんだけど、普通は私の方が「君の笑顔を守りたい」云々言うべきなんだろうけどね。

 

 

「やがて、あなたをあやすようになって…この子の為にも生きなきゃって思うようになったわ。」

 

 

完璧に母性暴発の母親ですありがとうございました。

 

 

「今ではあなたこそが私の生きがい。私の上で寝て、起きて、お仕事をして、あやされて、子守唄を聞いて寝る。そんな毎日を守ってあげたい。…私に任せて、坊や。私を何にでも使って。………今度の演習、あんな事言わなくても分かってるでしょ?」

 

あんな事?

 

「そう。わざわざ言わなくても、ちゃんと協力するし、勝利を必ず掴み取ってくるわ。」

 

…そっか…ありがとう。

でも、ピッピママも無理しないでね。

マッマがお怪我しちゃうと、ぼくちんも悲しいでちゅ………いかんな、まだ22時には程遠いのに早くもビースト(赤ん坊)モードに入りかけてる。

気をしっかり保ていっ!!

 

 

「あらぁ〜Mon chou〜こんなところにいたのおおお〜〜〜?ほらあ〜あまぁいあまぁいカチチュオレンヂ作ってきてあげまちたから、飲むんでちゅよぉ〜?」

 

 

ベロンベロンに酔っ払ったと思しきダンケルクに見つかった。

 

哺乳瓶の中にカシスオレンジと思わしきムラサキ色の液体を詰め込むと言う暴挙に出た彼女は、私を見つけるなりピッピとは反対側に座る。

 

そして半ば無理矢理私をピッピから引き剥がし、今度は"神の祝福を受けしフレンチアルプス"に私を引きづりこんで哺乳瓶を咥えさせる。

 

 

「うふふふふふっ、Mon chou〜〜、かわい〜かわい〜♪」

 

「あははははははっ!ダンケルク何してるのよぉ!指揮官くんもまるで赤ちゃんみたい!可愛いわね!あははははははっ!」

 

後を追うようにルイスがバーボン片手にやってきて、私とダンケを見て笑い転げている。

 

や、やべぇ。

なんか知らんが、ベランダが魔境になりつつある。

酒飲むと人が変わるって言葉があるけど、あまりに変わり過ぎていて言葉も出ない。

 

 

 

ちょうど良いところにベルファストがやってきた。

おおっ!この無秩序に舞い降りた天使よ!

 

見た目シラフの彼女には、きっとこの混沌を鎮める力があるはずだ。

 

 

「んん〜、私の坊やぁ、坊やぁ。」

 

「カチチュおいちいでちゅかぁ?」

 

「あははははははっ!あははははははっ!」

 

べ、ベル?この人達をちょっと落ち着かせてあげて?

シラフの君にならできるはずだからさ!

いや、たぶん君にしかできない事だからさ!

 

「しましたか、ご主人様、どうか?」

 

グー●ル翻訳みたいになってしまったベルファストの、右手にスコッチの瓶を見つけた瞬間に、私は平生さを保っていられなかった。

 

はぁ。

ここまできたら、もうビースト(赤ん坊)になるのが良かろう。

ダンケママに飲まされたカシスオレンジで、元々酒に弱い私も限界だ。

なんたって、パーリーなんだ、ハメを外すに限る!!

 

 

ぼくちんマッマがだいちゅきでちゅ!!!

 

「あぁ!坊や!私もよ!!私もだいちゅき!!」

 

「Mon chouuuuuuuuuuu!!!」

 

「あはははははははははゲホホホホホ」

 

「好きです、大、ご主人様、私も、の事が!」

 

 

 

あれかな、このSSには、ホラーのタグをつけるべきかな?

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殴る殴る〜俺〜達〜

 

 

 

 

 

土曜日の朝は最悪だった、とだけ言っておきたい。

 

結局あの後、ダンケルクのカシスオレンジ・イン・ザ・哺乳瓶☆は留まることを知らず、酒に大変WEEKな私に何本もの哺乳瓶を当て込んだ。

 

その間にもダンケルク自身は何本ものワインを空けていたし、ピッピはタガが外れたようにビール飲みまくり、ルイスはバーボンを5本空け、ベルはスコッチにより壊れたグー●ル翻訳になってしまった。

 

 

結果、土曜日の朝はマッマ達と仲良く揃ってトイレに駆け込み、オボエエすることとなってしまったのである。

 

まず、私がオボエエして、マッマがオボエエして、目の前の長身白人美女達から飛び出るグロテスクなオボエエをみてまた私がオボエエして、マッマが釣られてオボエエする。

 

こんな地獄絵図で土曜日の午前中を丸々潰してしまったのだ。

 

 

オボエエしまくった結果、その後は5人揃って歯を磨き、5人揃ってパジャマを着替え、5人揃ってまた寝ることとなった。

これぞ休日の無題遣いといったところか。

 

 

 

対照的に日曜日は朝8時にキチンと(?)起きて、サンデー●ーニングを見ながら、裸エプロンという暴挙に出たセントルイスの朝食を食べるぐらいには有効活用できた。

 

喝ッ!!セントルイスに喝ッだッ!!

 

朝っぱらから何しょんねん。

「あやしんぐタイム半減されてるからアピールしたくって」じゃないでしょうが。

貴女常日頃からどれだけサキュバス臭撒き散らしてると思ってんのよそっちは充分にアピールされてんのよその方面はイラストリアス1人でいっぱいいっぱいなのよ。

 

他のマッマも真似しな〜い、やめなさ〜い。

ピッピママに至ってはサイズ合うエプロンないからってミシンとか取り出すのやめなさ〜い。

 

 

 

そんなこんなでその後もマッマ達とだぁだぁばぶばぶ楽しくやってたらもう月曜日ですよこんチクショウ!!!

 

演習の準備なんもしてねえよっ!!

辛うじて地図と対抗パターン一覧に目を通して宿泊用品集積したぐらい?

 

それでさえダンケルクから大慌てで止められて、

 

「ダメ!ダメダメダメ!Mon chou!明日の列車の中で教えるから、今はダメ!大人しくあやされなさい!!!」

 

と止められる始末。

大人しくあやされろって何なの?

つーか、列車も3時間しかないんだし、あんな揺れ動く車両の中で書類なんか読んだらまたオボエエするよ?

朝っぱらからオボエエするよ?

 

 

 

そして、今朝。

 

ダンケルクと私は列車で移動、ピッピ達艦隊メンバーは海上移動という事でピッピママを始めとしてルイスママ、ベルママ、プリンツオイゲン、イラストリアス、グラーフ・ツェッペリンと順番に強烈なハグと真空パックされた下着をプレゼントされた。

 

いや、困るし。

6名分の下着って結構馬鹿にならないのよ?

スーツケースもう一つ増えたじゃないのよ。

手荷物検査あったら私一発アウトじゃないのよ。

 

そもそもあなた方と私が離れる時間はたった3時間のはずなのにそんなものすごく重々しい告別式みたいなことはいい加減にやめてもらいたいと言いますか。

 

「うっ、ひぐっ、坊や、どうか無事にっ、えぐっ、また会いましょうねっ」

 

泣くな、ピッピ。泣くな。

泣けるようなことは微塵もない。

おっさんが、マニア垂涎モノのSL機関車に揺られて3時間移動するだけ。

またすぐに会えるから。

赤紙か何かが届いたわけじゃないんだからさ。

 

さて、そろそろ行かねば列車に遅れる。

しかしながら、外にはマクド●ルドやらケンタッ●ーやらあるくせに、列車がSLってどういうことやねんという思いは若干あるが、兎にも角にも列車に乗らねば始まらない。

 

列車の発車時刻が迫る中、私は否が応でも出発せねばならなかった。

 

しかし、私が駅に向けて最初の一歩を踏み出した瞬間に、ピッピママに呼び止められた。

 

「坊やっ!待って!坊やっ!最後にハグをっ!」

 

 

志村●んか、私は。

 

マッマ達から一歩離れるたびに(主にピッピママから)呼び止められてハグされて、それじゃあ行ってくるねってまた離れたらまた呼び止められてハグされて、もう行かなきゃ列車に遅れるんだよじゃあねってまた離れたらまた呼び止められてハグされて…ええいっ!!

 

 

 

列車に乗ったのはギリギリになってしまった。

 

今は快心の母親面したダンケルクとともに、列車の一等客席で持参の朝食を摂っている。

ピッピママお手製のハムと、ベルママが例の牛さんの牛乳から作ったチーズ、それをダンケママお手製のパン・ド・ミに挟んで梱包する作業をルイスママがしてくれた。

 

ご丁寧に手紙まで付いてる。

 

『愛しい愛しい指揮官くん。3時間もの間離れるのは辛いけど、このお弁当を食べながら私たちの事を想ってくれるととても嬉しく思います。あなたに勝利を。---セントルイス。

 

p.s. このサンドウィッチのチーズはヘレナが飼っている牛さんの牛乳をベルが丁寧に加工して作ってくれました。牛さんは相変わらず元気です。もぉ♪もぉ♪』

 

 

可愛っ!

何なの最後の『もぉ♪もぉ♪』って。

セントルイスが両手の人差し指でツノ作って笑顔で「もぉ♪もぉ♪」言ってる様子がバチクソイージーに想像できんだけど。

 

 

「Mon chou!!!」

 

はい、なんでしょうダンケルクさん。

私、そんなにニヘラっとでもしておりましたでしょうか?

 

「まったくもう…まだ対抗パターンの説明の途中よ?」

 

ああ、それはすまん、ダンケルク。

ついつい手紙を読み込んでいてしまったが、そうだね、私が教えて教えてマッママッマ言ったんだもんね、申し訳ない。

 

「本当にもう…それでね、Mon chou。敵の行動パターンは奇襲を主軸に構えてくると思うわ。ティルピッツ達なら大丈夫でしょうけど、不意を突かれると何が起きるか分からないから、やはり注意しないとね。」

 

 

うぅん、やっぱり奇襲大好きマンかぁ。

ちなみに私はする方もされる方も奇襲大嫌いマンなんだけど、そうなるとこちらには即応力が要求されることになる。

 

ただ、即応力に頼らない解決方法が考えつかないわけでもない。

 

例えば、敵のいそうな区画に重火力をぶち込んで待ち伏せを台無しにするとか。

 

第二次世界大戦中のアフリカで、ドイツ人は相当苦労して"悪魔の園"と呼ばれる凝った対戦車陣地を作ったが、イギリス人は入念な準備砲撃で全てを吹き飛ばしてしまった。

 

要するに、物量こそがジャスティス。

 

せっかく入念に待ち伏せたりしても、濃密な砲弾の前には無力でしかないのだ。

 

これはあくまで持論だが、私は軍事というものに"面白み"なるものを求める将校は士官をやめるべきであるし、間違っても指揮を執ってはならないと思っている。

 

最高の軍事作戦とは、最小の兵力で最大の戦果を得ることではない。

 

敵の数十倍もの物量・人員・装備を持ってしてひたすらに殴り続けるのがベストなのである。

 

そこには創意工夫なるものは存在しない。

ただただ勝てる条件を揃えて暴力を振るうのみ。

 

私はそれこそが順当且つ真の軍事作戦だと思っている。

 

 

「うんうん。でもね、Mon chou。演習では編制が指定されるし、最終的には旗艦が現場で指揮して、貴方は大きな方針を決めるだけって事になるから…難しいわねぇ」

 

それな。

編成が決まっている以上は、誠に遺憾ながら質も求められなければならない。

結局、現場のティルピッツ頼りにならざるを得ない部分もあるし。

 

 

まあ、ピッピならなんとかなるだろう。

 

若干どころか、指揮官としてあるまじき程の楽観視だったが、実際にはそんなに楽観でもなかったりしたのは、その日の午後のお話。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

肯定の戦い



「もうⅤが発売されてんのに、まだ1やってるの指揮官さん?」


----------某ユニオン軽空母


 

 

 

 

 

アホタレのクソ野郎とは、この日の昼前に対面する事になった。

 

何というか、仮にも指揮官同士の対面ならそれなりの調整や整えられた場があって然るべきだとは思ったが、実際には演習会場に到着してすぐにバッタリ会ってしまったのだ。

 

 

 

最初は目を疑った。

 

それは私の着ているのとは対照的な海軍式制服についてではなく、磨きのかかった上っ面の礼儀正しさについてでもない。

 

 

電話口で態度を豹変させ、場末のチンピラのような脅し文句を並べ立てていた人間が。

フリーランスの殺し屋に私の頭をブチ抜くように依頼した人間が。

高雄や赤城をコキ使い、まるで奴隷のように扱っている人間が。

 

まさか年端もいかないような少年だったとは想像もつかなかったのだ。

 

 

「ローレンス・ウィンスロップ少佐です。お初にお目にかかります、ロブ・マッコール中佐殿。」

 

 

呆気に取られる私に、純白の手袋をはめた右手が差し出される。

私はうっかり、挨拶を返して握手をするところだった。

 

 

ああ、どうも、ご丁寧に。今日はどうぞよろしく…

 

「Mon chou!!」

 

 

ダンケルクが側にいてくれてよかった。

 

「よく見て!手袋に針がっ!」

 

「チェェッ。あーあー、せっかく上手く行きそうだったのにぃ。………なんだよ…こ、こっち見んなよ」

 

 

どんだけクソ野郎なんだ、こいつは。

本当に貴族の出なのかすら怪しいぞ。

 

それはそうとダンケルクが怖い。

私はともかく、クソ野郎がガチビビりしてる。

 

なんというか、例えるならバララ●カ。

ほら、あの、日本編でヤクザの家でブチ切れてた時のバララ●カ。

あるいはルーマニア人の双子の片割れを噴水の手前で待ち受けた時のバララ●カ。

今にも「あー、ダメだダメだこんな奴らとは共闘できん」とか「跪け」とか言い出しそうなんだけどさ。

 

 

「よく聞きなさい、小僧。Mon chouはとても優しいの。今、あなたをバラさないのは、きっとMon chouがそれを望んでいないから。でも、もしこれ以上ナメたマネをされたら…私、きっと自分を抑えられない。」

 

 

怖ええええええええええええええ。

 

とても普段ブリオッシュ生地をコネコネしながら「あらMon chou!今日は何のお菓子にする?シューパイ?マカロン?それとも、エ・ク・レ・ア?」とか言ってる人と同一人物には見えねえよ。

 

お菓子作る人がしちゃいけない顔だよ。

暴力と無秩序のフランス暗黒街丸出しだよ。

ゲシュタポが裸足で逃げる類のアレだよ。

 

 

「指揮官?恐れることはありませんよ。あなたにはこのアヴローラが着いています。」

 

 

ガチガチと音が聞こえるほど震え切っていたアホタレの後ろから、スーツを着たKANSENが現れる。

 

 

いやさあ、アヴローラさあ、お前さあ。

丸出しじゃん。

アカのスパイ感丸出しじゃん。

 

隠す気ないでしょ?

ねえ、君、隠す気ないんでしょ?

いかにも「あ、私共産圏のスパイです〜よろしくお願いします〜」みたいな服装してくんじゃねえよ。

いつも通り純白の衣装着て「指揮官は何本飲めますかXAXAXA(ロシアの笑い声表記)」とか言ってた方がいいでしょうよ。

 

スーツにグラサン、胸元に赤い星と鎌と槌のバッチ付けてりゃ完璧にスパイだろうがっ!

 

 

「Mon chou…もしかして、このKANSENが北方連合のスパイ」

 

言わんくても分かれやっ!!

どっからどう見てもスパイだろうがっ!!

ジェームス・●ンドが見たら寧ろ敵の工作疑うレベルのスパイ丸出しだわっ!!

 

アヴローラも「何故わかったの!?」みたいな顔してんじゃねえ!!!

つーか欺瞞工作とかそういう話とかでも何でもないんかいっ!!

もうちょっとマジメにやれいや!!!!

 

 

「そ、そうだね、アヴローラ。僕には君達が着いている。こんな真似しなくともきっと勝てるさ。」

 

 

おうおう随分と自信たっぷりじゃねえか。

マッマ舐めんじゃねえぞさっき見た通りの新春過保護全開春の保護保護スーパーバザーが砲弾とソナー伴ってやってくる今なら楽しいCIUが付いてくるハッピィィィイ●ット!だぜクソ野郎め。

 

とはいえ、ああまで自信たっぷりに来られると不安になるなぁ。

その自信はどこから?鼻から?喉から?

根拠のない自信に取り憑かれてそうな感じあったけど…いやいやいや、仮にも少佐なんだぞ相手は。

高級将校である以上はそんな事ないだろう。

 

ないだろう。

うん、ないだろうね。

ないよね?

 

もう、なんというかね、隣に控えるアヴローラが「え?なんでそこまで見栄張るの?ハードル上げないでもらえますでしょうか?」的な表情してるのが逆に可哀想になってくる。

パワハラ上司に振り回される部下そのもの。

昔の自分を思い出す。

あいつぜってえ許さねえ。

 

 

「安心して、アヴローラ。僕には備えがある。KANSEN達には5時間もの休養を与えたし、それまでは訓練に訓練を重ねてきたんだ。怠惰な中佐殿には出来ないだろうけどね」

 

 

アヴローラの顔がどんどん青くなっていく。

あれだけ言ったのにこいつ全然聞いてねえ的な表情したいのが10m離れたところからでも伝わってくるクラス。

イカれポンチの担当官って、大変だねぇ。

同情するよ、アヴローラ。

 

 

「それじゃ、せいぜい無様な体裁を取り繕う準備は整えておいてくださいよ。」

 

 

お前がな。

私の心配事はもはや別の方面へ向かっていた。

有能なピッピなら、疲労困憊している上に大した腹案もないアホタレの艦隊を潰すことなぞ造作もない事だろう。

 

問題はその後。

おそらくは奴の艦隊を縛り付けている、仮初めの理由の一つであろう"名誉"が崩壊した時、呪縛を解かれた奴のKANSEN達がどういう行動を取るのか。

 

想像もしたくない。

 

 

悠然と歩き去るアホタレと、若干のフラつきが見えるアヴローラの背中を見ながら、私は今演習が終結した時になるべく早く撤収できるようにしなければならないと考えていた。

 

きっと大ごとになる。

 

 

「Mon chou、まもなく演習開始まで1時間になるわ。その前に、ティルピッツ達とブリーフィングを。」

 

うん、分かった、ダンケママ。

それとね、ブリーフィングの後でいいから、ここから早期に出発できる算段を整えておいて。

理由は後で分かるだろうから。

 

「ええ、了解よ。それじゃ、行きましょう?」

 

 

 

 

 

「間に合って良かったですよぉ。」

 

ブリーフィングの最中に唐突に乱入してきたノーカロさんが、ため息混じりにそう言って、私はアホタレの自信の根源が何であるか半ば確信することができた。

 

そして、次の言葉でそれは動かぬ確信となった。

 

 

「CIU本部はロイヤルの無線通信暗号を、既に北方連合が解読している可能性が濃厚であるとの見解を示しました。」

 

 

んなこったろうと思ったよ。

おおかた、あのクソ野郎は北方連合と組む手土産に暗号解読書でも渡したに違いない。

我が艦隊の暗号化された電文・通信も筒向けに出来ると信じているのだ。

ほぼ間違いなく傍受と通信妨害を受ける。

 

ノーカロさん、バニーはやめていいからお願いがあるんだけどさ。

 

「はい、なんでしょう!なんでも言ってくださいっ!」

 

 

ノーカロさんの目が生き生きしだす。

よっぽど嫌だったのね、その服装。

 

 

ユニオン式の無線機と暗号装置を人数分揃えてもらえるかい?

 

「もう持ってきてますよ、CIUをなめないでください。」

 

大変結構!!

バニースーツやめてよしっ!!!

 

「ヤッホオオオオオオオオオオオ!!!」

 

「坊や、今使用しているロイヤル式無線機は取り外す?」

 

いや、申し訳ないけど、そのまま持ってて欲しいんだ。

 

「………ああ、なるほど。坊やも中々のワルね。」

 

 

艦隊編成員達には私の意図が十分に伝わったようだ。

別にワルってわけでもないじゃん?

むしろワルはあっちじゃん?

なら遠慮する理由なんてない。

徹底的にやっちまおう。

 

 

私は改めて、演習を目前にしたKANSEN達に向き合った。

昨日はよく眠れたかい、体調の優れないものは見栄なぞ張らずにすぐに言ってくれ、それじゃあ健闘を祈る、だのとありきたりの事を言い、最後に声をより大きくして彼女達に頼んだ。

 

"万が一負けても、私がボロクソ言われるだけだ。これは演習だし、向こうは遅かれ早かれ自壊する。間違っても自分を犠牲にしようとして、怪我なぞ負わないように。"と。

 

 

最後の最後に全員のそれぞれと長いハグをして、会場まで見送った。

ピッピがブラを脱いで渡そうとしてたから止めた。

イラストリアスが下を脱ごうもしてたから、それも止めた。

マジでやめて、このタイミングで。

 

 

さあ、いよいよ演習が始まる。

私はダンケママから双眼鏡とドーナツを受け取り、会場を眺めた。

彼女達なら大丈夫。

きっと無事に戻ってきてくれる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--------------------------

 

その日のピッピの日記

 

『今日、サー・ローレンス・ウィンスロップと呼ばれる指揮官を見た。その指揮官は艦隊をまるでオーケストラのように指揮して、艦隊を私の射程内へ迅速に移動させた。

 

………敵艦隊はすっかり炎に包まれて、この世の地獄のような有様だった。

何もできずに砲火に襲われた敵艦が不憫に思えたほどだ。』

 

 

デデンデンデデンデン、デーデーデーデー

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自然保護Ⅶ/良き隣人

 

 

 

 

 

あぁ、くそ、頭が痛む。

 

ここはどこだ?

 

薄暗い部屋の中で響く金属音、誰かが暴れ、悲鳴をあげ、誰かが宥めるようにしかし強制力を持って何かをしている。

 

 

そうだ、そうだった、確か私は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圧勝ッ!!!

まごう事なき圧勝ッ!!!

圧倒的じゃないか我が軍はッ!!!!

ケーニスヒグレーツか!?

それともアウステルリッツか!?

 

もうね、なんつーかね、圧勝。

ウィンスロップ家子爵殿との演習は、我がマッマ連合艦隊の圧勝で幕を閉じた。

 

理由は簡単。

こちらがご丁寧にロイヤル式暗号無線機でロイヤル式無線通信を垂れ流したのをいいことに、あのアホタレはドヤ顔で我々の偽集結地点に前衛を前進させた。

 

勿論、こちらの本当の指示はユニオン式暗号無線機によってドイツ語で通達されており、罠にかかったアホタレの艦隊はピッピの380mm砲SHS弾によって砕かれたのである。

 

 

まあね、こっちの誤算がなかったわけじゃない。

 

何の前触れもなくドイツ語なんて使ったもんだから、ピッピを狼狽させてしまった。

 

 

『えっ?えっ?坊や、鉄血語できるの?えっ?じゃあ、姉さんの店でした会話も丸聞こえだったわけ?えっ?えっ?』

 

 

そんな狼狽せんでもええから。

艦隊全体を停止させるような事じゃないから。

「えっ?」を連発しながら頭抱えて困惑するのは後にして、今はおびき出した敵艦隊を叩くのに集中して?

ね?ほら、本当の移動地点に行って?

 

 

ピッピ達は見事な仕事ぶりを発揮してくれて、アホタレの前衛は機能不全に陥る。

2名が脱落し、残る1名も這々の体という感じだ。

ただ、これで流石にアホタレも…いや、アホタレは気づかなくてもアヴローラなら勘づいたろうから、欺瞞通信作戦、通称『もっとひそひそ作戦』はもう使えない。

 

 

 

おい、今、汚い西●流とか言ったヤツ、聞こえたぞ?

聞こえたから何か出来るってわけじゃないけど、心の中で"人権団体式の報復行為"を行う事にするからな?

 

具体的には抗議の声や市民の怒りを手紙に書いていっぱい送る。

あと、来ないとは分かっててオランダのハーグに召還する。

その後、ハーグの街路でマッマ達と一緒になって、来なかった貴方に向けて散々シュプレヒコールを挙げ、ヘタクソな字で書いた看板をアピールし、根拠の怪しいある事ない事を言いふらして批判し、帰りにレストランで食事して、お風呂に入って、寝る……8時くらいに。

これぞ人権団体式の報復行為。

はるか遠く離れた安全な場所で一通り騒いでどこかの独裁者が考えを改めてくれるのを祈りながらただひたすらに待つのである!

 

 

 

冗談は傍に置いといて、『ひそひそ作戦』の他に手がないかと言えばそうでもない。

現代戦は情報戦に左右されると言うが、まさにその通り。

 

今回はCIUの協力が得られたおかげで更に楽勝だった。

 

ダンケルクが作ってくれたエクレアを頬張っている時に、無線機の前に座るノーカロさんがわざとらしい咳払いをした。

 

 

「おほん、実を言うとですね、指揮官。私達、北方連合の暗号パターン、常に解読出来ちゃってます。」

 

え?ノーカロさん、マジで?

 

「はい。さっきから敵の通信が丸聞こえです。」

 

Wow,ノーカロさん、wow.

なんて素晴らしいんだ。

で、何て言ってんの?

 

「ええっとぉ、ウィンスロップ子爵鎮守府は崩壊寸前です。ローレンスと赤城の怒鳴り声が傍受できました。なになに……"高雄もやられた、もう我慢ならない、この無能覚えてろ……ただの駒のくせになんだその口の利き方は、これが終わったら左手の指を全て切り」

 

 

ダンケママ?

何故に突然私の耳を塞いだのかな?

その、「これ以上は教育に悪い」的な顔は何?

金曜ロードショーでアンアンやってるシーン流れた時に母親がまだ5歳の子供の目を手で隠す的な反応は何?

 

大丈夫だから。

何たって、指以前に頭にソリコミ入れられたおっさんなんだからさ私は。

 

 

まあ何はともあれもう一押しだね。

敵の集結地点は傍受できる?

 

「もちろんです、指揮官。」

 

 

 

敵の後衛艦隊の位置は丸分かりだった。

通信傍受を差し引いたとしても、この位置どりは悪すぎる。

 

こちらも敵の欺瞞通信を警戒し、グラーフ・ツェッペリンのハルトマン機を偵察に出すと言う贅沢までしたわけだが、実際には傍受した通信は欺瞞でも何でもないことが確認された。

そればかりではなく、ハルトマン機は極めて迅速に敵艦隊を発見した。

 

あのアホタレは傷ついた艦隊を、何らの遮蔽物もない極めて開けた大海原のど真ん中に集結させたのだ。

 

普通は有り得ない。

たしかに巨大な艤装を隠せるような遮蔽物を海に求めるのは難しいが、このアーサー・ウィンスロップ記念演習場には巨大な岩や小さな島が集中している箇所がわざわざ用意されていた。

 

演習場にその名を冠する彼の父親は、ここを訪れる指揮官にきっとこれらの遮蔽物の使用を考えて欲しいと願ったのだろうが、残念な事に息子は理解しなかったようだ。

 

 

 

私は海上でもエロティックアピールを欠かさないイラストリアスと、ルーデル閣下を要するグラーフ・ツェッペリンに航空攻撃を指示、前衛隊には最後の掃討に備えさせる事にした。

 

おびただしい数のフルマーとスツーカが飛び立ち、スピットファイアとメッサーシュミットがそれを援護する。

 

 

ふぅ、もう勝ったべそれにしても歯ごたえもない演習でしたわほんまに皆んなアリガタウアリガタウオイシイオコメヲアリガタウ、とかそんな事を考えてた時に、それは起こったのだ。

 

 

ルーデル閣下のスツーカが、どうやら加賀か誰かに命中弾を与えたようだった。

 

直後にアナウンスが流れ、私の勝利を伝える。

"ウィンスロップ子爵鎮守府旗艦行動不能、よってマッコール鎮守府の勝利。"

だからよぉ、おめえよぉ、ガー●ズ&パンツァーかってよぉ。

 

 

 

その直後、とんでもない咆哮が聞こえた。

とてもこの世の物とは思えないような、暗い暗い闇の底から轟いてくるような咆哮が。

 

 

そこからはあまり覚えていない。

 

サイレンが流れ、ダンケママとノーカロさんが私達のいた作戦室から「外の様子をみてくるわ」なんて言って出て行った。

 

1人ぼっちになった私は、ひょっとして予想より早く最悪の事態が起こってしまったんじゃ

なかろうかと震える。

 

 

造反。

 

あれだけこき使われたKANSEN達が、ローレンスの無様な敗北を見て何もしないわけがない。

 

一刻も早く脱出を…

 

 

「おぬしも家族だ!」

 

後ろから声がして、振り返った瞬間にストレートパンチを食らった。

たぶん、高雄だったかと思う。

酷い傷を負っていたが、ファミパンで意識が朦朧とし始めていた私をおぶり、その後……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あかんヤツやん。

 

 

ようやく意識がハッキリとして、私はその部屋の様子を改めて確認できた。

 

暗い暗い部屋の中で、私は大きなテーブルを前に座っている。

 

対面にはローレンス。

椅子に縛り付けられ、猿轡を嵌められている。

 

テーブルは、おそらくローレンス鎮守府のKANSEN達によって囲まれていた。

 

私の右手に比叡、左手に加賀。

翔鶴の姿も見える。

皆、席について、目の前のテーブルの上にある黒々しいナニカを貪っていた。

 

 

「指揮官様、好き嫌いはいけませんよぉ〜」

 

赤城が入室して来て、ナニカを一つ摘み上げる。

おおっと、どっかで見たぞこれ。

 

「はい、あ〜ん♡」

 

赤城はローレンスの元へ向かうと、猿轡を外し、暴れるローレンスを押さえつけてナニカを無理やり口の中へ押し込んだ。

 

「やめっ、ふぐっ、ぐぐっ、ぐえええっ!」

 

「吐きやがった!!こいつっ、吐きやがったよ!!せっかく作ってやったのに!!」

 

「黙りなさい加賀ァッ!!」

 

「ふざけんじゃないよ、まったくッ!!」

 

 

加賀さん、退場。

 

「…加賀が怒ってしまったではありませんか。お仕置きが必要ですねぇ。」

 

 

赤城はそう言うと、卓上のナイフを一本持ち上げて、ローレンスの口元へ運ぶ。

そしてそのまま…

いやっ、赤城さん、粘菌なしでそれはキツいっすよ。

絵面的にもキツ過ぎるっすよ。

たしかにこのアホタレには腹たったでしょうけど、そこまでやって委員会うわうわうわうっわうっわ

 

 

「さて、マッコール様、あなたなら…大丈夫ですよね?」

 

 

え?

 

え?

 

私も?

 

私もやんの?

私も食うの?

 

よく見れば私も椅子に拘束されている。

赤城がナニカをまた一つ摘み上げ、こちらへと持ってきた。

よく見れば酢めし的なサムシングの上に黒っぽいナニカが載っている。

あのプルプルっとした感じ、完全に"アレ"。

 

おいやめろよ『50代 女性 肥満体』の寿司とか食いたくねえよやめてホント助けて私君達に何か酷い事致しましたでしょうかやめてやめてやめて無理無理無理無理無理無理

 

 

………くちゃり

 

 

…………………うっ!…………うっま。

 

 

 

これどこかで食ったぞ。

確か豊洲に移転する前の築地だったかなぁ。

 

ん〜、あっ、そうだ、アレだ!

『タコの桜煮』

 

いや、普通に美味しい。

酢飯もいい感じの温度が保たれてるし、桜煮は本当によく煮込まれてる。

且つタコの食感を損なっていないのがもはや職人芸。

 

 

「どうですか、マッコール様?」

 

うまい、マジでうまい。

ひっさびさのトラディショナルジャパニーズフードだったから涙まで出てきちゃったよ。

 

「それは嬉しいです。加賀もきっと喜びますわ。さて、拘束は解いて差し上げます。お好きなだけお召し上がりください。」

 

 

よく見れば、テーブルの上に並べられていたのは寿司だった。

桜煮だけじゃなく、中トロ、サーモン、ヒラメ、アナゴ、うなぎ、いくら等色々ある。

 

ひゃっほおおお!さあ、食べよう食べよう!

 

 

「や、やめろ!タコなんて食えるかぁ!ぎゃあああああ!!!」

 

 

ローレンスの悲鳴を聴きながら、私は食事に没頭した。

欧米人ってやっぱりタコ禁忌な人多いのかなとか考えながら寿司を食う。

 

 

 

親愛なるマッマ。

今頃血眼で探してくれてるだろうけど、そんなに慌てなくても大丈夫です。

貴女方の息子は、今日も元気です。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コール・オブ・マッマ 〜カホゴ・ウォーフェア〜



「つってもFPS要素は天井破壊ぐらいしかねえだろうが」


----------------ジャン・パール(アイリス戦艦)


 

 

 

 

 

「やめてぇぇぇえええ!!もうやめてよぉぉぉおおおおお!!そんな腐った豆なんか食えたもんじゃなッ、ふごふごふごふご、ぐえええええええっ!!」

 

「指揮官様ぁ〜、好き嫌いはいけませんよぉ〜」

 

「やめてッ!お願いッ!今までの事は誤っぐふえっぐへっぎゃああああああっ!!!」

 

 

 

朝っぱらから納豆食うだけでこの騒ぎかよ。

 

今、私は愛宕に抱えられながら、久々の純白の白米に納豆を掛け、凄まじいまでに出汁のうまさが効いてる味噌汁と、穴子の蒲焼、ほうれん草のお浸しと共に食べていた。

 

いやあ、うっまうっま。

もうグルメレポートに関しては語彙力が1945年のベルリンだから美味いぐらいしか言えない。

もうね、ホントね、美味しい。

 

 

満足げに食べる私を見て、この素晴らしきトラディショナル=アサゴハンを作った張本人は、渾身のドヤ顔をしていた。

 

 

「どうだ、マッコール?随分と美味そうに食べるが…そんなに美味いか?」

 

不味そうに見える?

 

「ふっ…いいや。まあ当たり前だな。白米は一等級のコシヒカリ、納豆は重桜大豆のみで作られ、味噌汁の出汁はこの手で全て用意した!」

 

 

今まで加賀さんには戦闘狂のイメージしかなかったけど、この度めでたくそのイメージが一新されました。

 

戦闘狂→板前に。

 

 

「穴子は丁寧に時間をかけてふっくら焼き上げた…分かるか?この技術と手間をかける意味が。強者のみに許される朝食、それが"加賀定食"なのだ!!」

 

別に強者でも何でもない見た目おっさん、中身幼児が貴女様ご自慢の加賀定食貪り食ってんだけどそれに関して何か思うとことかないの?

 

「何を言う!見ろ、この傷跡をっ!お前の艦隊による攻撃で負った傷だ。この加賀を航空攻撃によって行動不能に追い込んだ指揮官が弱者に分類されるわけがなかろう!さすが"我が子"!!!」

 

 

ええ〜とね、画面の前の紳士淑女の皆様。

私は仇敵の鎮守府でも我が子認定されました。

もう既にそういう認識で通ってます、はい。

 

なんかね、もうごくごく自然にナチュラルに息子扱いされてるんですけど、一応昨日の夜から話しましょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日、私は久々のSUSHIをたらふく食べた後にお風呂に行きました、普通のお風呂でした、ムカデとか泥水とか入ってない普通のめちゃくちゃ綺麗なお風呂でした。

 

その後、赤城さんに寝室へ案内されたんですけどね、お部屋に入る前に赤城さんから

 

「マッコール様、以前は大変申し訳ありませんでした。私達へしてくださった事、与えてくださった物に対して…あるまじき裏切りを働いた事、後悔という言葉では表せません。このような言葉でお気持ちが安らぐとは思いませぬが…私達の気持ちはこの部屋の中にあります。どうかお楽しみくださいませ。」

 

とか潰れかけの旅館の若女将みたいな事言われてな〜んか嫌な予感がして仕方なかった。

 

 

 

…お楽しみください?

 

こういう考えに至るのもゲス丸出しなんだけどさぁ。

 

ひょっとしてお部屋の中には高雄さんがいて、下着姿で「どうか拙者を好きになされ」とかそういうのが待ってたりする?

こっちも下着にされた上で「今日はよろしくお願いします」とか三つ指ついて挨拶されたりする?

ヌルヌルプレイとか待ってたりする?

 

ちょっと変な期待しちゃうかなぁ。

 

 

いかんいかんいかんいかんいかん!!!

 

しっかりしろロブ・マッコール!!

 

そんな同人誌みたいな事をする気になってはいかん!!

 

いいか、ロブ、お前は赤ん坊だろう?

ピッピやその他マッマの可愛い赤ん坊だろう?

なら赤ん坊としての矜持を示せ!!

真の赤ん坊としての、矜持を示す時だ!!

さあ己を奮い立たせ、赤ん坊としての矜持を見せてやれ!!!!!

 

いざ、入室!!!

 

 

 

部屋の中は普通の和室で、マットとか脱衣籠とかそんなものはなかったです。

ただね、白い和服着た高雄さんが短刀を前に覚悟を決めた清らかな顔で正座してました。

 

 

「裏切りの代償は、拙者1人で償わせていただきたい。指揮官…いや、あの愚か者の誘惑に負けて赤城を唆したのは拙者なのだ。どうか我が一命に替えて、お気を鎮めていただきたい。」

 

おいおいおいおいおい!!!

やめいやめいやめいやめいやめいっ!!!

 

鎮まんわっ!!!

そんなんで気は鎮んわっ!!!

お前さ、今から寝るっていう部屋でハラキリされてみろいっ!!!

気が静まるどころか気が気でねえわっ!!!

夜中1人でトイレにも行けんくなるわっ!!!

 

こっちは赤ん坊としての矜持云々持ち込もうとしたわけよ!!!

あくまで赤ん坊としての誇りを胸に、赤ん坊であり続けようと入室したわけよ!!!

お前赤ん坊相手に何ちゅうトラウマ植え付ける気なのよ!!!

 

「我が生涯に、一片の悔いなし!いざ参る!」

 

参るなああああああああああ!!!!!

 

私は極自然に高雄に飛びかかり、短刀を取り上げて放り投げた。

 

 

「なっ!マッコール殿!?」

 

ええから!!もうええから!!

そんなんせんでも気は静まっとるから!!

つーか私にゃ謝らんでいいからマッマに謝って?

私ゃそんなに怒ってませんから、怒ったのはどっちかというとマッマですから!!!

 

「………なんと、寛容な」

 

 

涙目になる高雄さん。

どうやらハラキリという最悪の事態は回避されたようだ。

 

ふううううう、びっくりしたぁ。

 

つーか赤城はなんなんだ。

こんなもんの何を楽しめっちゅうんじゃワレェ。

サイコか何かなのかあいつは。

まあ、サイコっぽいところはボイス集から滲み出てんだけどさ。ヤンデレサイコ。

 

 

「マッコール殿、かたじけない。しかし拙者としても何かして差し上げねば気がすまない。…マッマ…そうだ、ここにいる間はマッコール殿のマッマとやらになろう…いや、拙者はマッコール殿に保護されてから既にマッマでいるつもりなのだが。」

 

 

おっっっとおおお〜、話がまたストレンジな方向へ飛んでいきました〜。

何回も言ってるけど、何だってお前らは毎回毎回ナチュラルに母親になろうとしてくるわけ?

もうちょっとさあ、恋人とか花嫁とかそういうカノウセイがあってもいいじゃん?

既に母親って何?

ねえ、何なの?

あの数日間いっしょに過ごしただけでもうマッマなの?

もうちょっと考えた方がいいと思うな、おっちゃん。

 

「ん〜…マッマと言うのは…つまり母上の事なのだろうが…拙者には、こう、"柔らかみ"が足らぬと言うか…」

 

アレ?

もう母親方向で話が進んでます?

 

「そう、"柔らかみ"、"柔らかみ"…愛宕ぉ〜」

 

「ここに」

 

 

うおおっ!?びっくりしたぁ!!

 

高雄が愛宕の名前をを呼んだ瞬間に、部屋にあった障子がスパァンと開けられ、愛宕さんが現れる。

 

いつの間にステンバイしてたのよ。

 

 

「愛宕、この子の母上になって面倒を見てくれないか?」

 

「あら!可愛い息子ね、高雄ちゃん。良いわよ、お姉さんがずっと面倒見てあげる♪」

 

 

肯定からの合意が早すぎませんか?

まず、30代のおっさんを"我が子"って言い張る見解を一致させ、その後面倒を見るという合意が何の駆け引きすらもなくなされ過ぎでは?

 

つーか何で愛宕さんはそんなに嬉々とされているんでしょうか?

 

どっからどう見てもむさ苦しいおっさんなのに、何がどうやったら、そんな秒もいかない内にお世話しようっていう結論に至るんですかねえ。

 

 

ルイスとタイマン張れるぐらいの豊かな双丘を持った愛宕お姉さんが、「さあ介護の始まりよ」とでも言いたげな様子でこちらへやって来る。

そして私を抱き抱え、その日本アルプスに私の頭を抱え込んだ。

この手の窒息プレイにはもはや慣れてきている。

 

 

「さて、これからはお姉さんの事を『愛宕お母さん』って呼びなさい?」

 

えええ、いくらなんでもお母さんはないでs

 

「お仕置き?」

 

はい、愛宕お母さんの言う通りにします。

 

「よしよし、良い子ねぇ〜。それじゃあ、時間も時間だしおネンネの準備、しましょうね〜」

 

 

愛宕お母さんはそういひて、いと手早く絹糸の寝巻きに着替えたるを私を抱えて休みけり。

豊かな双丘いと柔きけりて、されど至福には至らぬを、遠いマッマを想いて落涙せる。

此方のマッマとてマッマなりけるも、彼方のマッマもマッマなりける。いと寂しき。

 

 

 

朝はあけぼの。ようよう白くはなりけ…なってねえ。

 

私は今朝、愛宕お母さんに包まれて目を覚ましたわけだが、なんというか…時間感覚が狂ってきている。

 

 

そこでようやっと、私はここが何らかの地下施設で、おそらくはローレンスか北方連合がロイヤル政府には知らせずに作ったに違いないという事に気付いた。

日光が差し込める窓という物が全くもって無い上に、どことなく息苦しくて、且つ妙に冷んやりしていたからだ。

 

一応、愛宕お母さんに「ねえここどこなのぉ?」と江戸川コ●ンチックに聞いてみたけど、

 

「あらあらコ●ン君、色々と詮索してはダメよ?」

 

とRUN姉ちゃんっぽく返されただけだった。

 

RUN姉ちゃんもとい愛宕お母さんはそのまま私を抱き抱えながら食卓へ向かい、現在へ至る。

 

 

 

 

 

朝食を食べ終わった後、私はこれからどうなるのだろうと凄まじく不安になった。

 

確かに、ここのKANSEN達は私を慕ってくれているようだが…あくまで私見だといつ爆発してもおかしくない、不安定な爆発物的な何かを感じる。

 

今のところはアホタレ君をいじめ抜くことでガス抜きを行なっているのだろうが、いずれはこのクズ野郎を処分して自由の身になるはずなのだ。

昨日、赤城と高雄の"左薬指"を見た。

こんな所業をした人間に、良い末路は待っていまい。

 

問題はまさしくその後なのだ。

彼女達は何をする?

地上に出て、「全ての人間を滅ぼしますわ」的な行動に出ないとも限らない。

そうなると、アホタレ君の死体のとなりに私が並ぶ事になるのであろう。いやだよう。

 

 

ピッピママプレゼンツのPPKは取り上げられていたが、どこで取り上げられたのかが重要だ。

地下に入ってから取り上げられたのなら、ピッピが探知して救援に来てくれるだろう。

しかし、地上で取り上げられて…演習会場に置いていかれたともなれば、ピッピは私の居場所なぞ特定できない。

 

 

 

私が頭を悩ましている内に、ほぼ全員のKANSENが一斉に退出していった。

 

 

「いい?お母さんが帰ってくるまで、悪さしちゃダメよ?」

 

 

愛宕お母さんもそう言って部屋から出て行く。

おうおう、どうした、本格的にバイオっぽいぞ。

 

 

「はぁ……はぁ……やつら、これからどうするか話し合うんだよ…」

 

 

ようやく拷問から解放されたローレンスが、息も荒々しくそう言った。

 

 

「はは………ははははははっ、いい気分だろう?んん?せいぜい今の内に楽しむといい。お前に帰るところはない。」

 

はい?

 

「あの、役立たず供が僕を監禁する前に、アヴローラを逃して…北方連合屈指のスパイを君の鎮守府に送り込んでもらった…そいつは海軍本部でも評価されるほど優秀な海軍軍人で……女たらしだ。」

 

!?

 

「クククク…今頃、お前のKANSENは寝取られ出るだろうよ!クソみてえな前の指揮官より、イケてる新指揮官の方が遥かに魅力的だかんなっ!!」

 

お、お前…クソッ!!なんて事を!!!

 

「ははははは!!ざまあみろ!!もうおせえよっ!!所詮てめえは自分のKANSENもコントロールできな…何してんだ?」

 

 

私はローレンスを放っておいて、地面に伏せた。

 

もう、あのアホタレは!!

これから何が起こるかは、いくつかの理由から簡単に想像できる。

 

 

 

直後に、私とアホタレのいる部屋の天井に大きな穴が空き、上からナニカが降ってきた。

 

そのナニカはズタボロの布切れのように転がって、ローレンスにぶつかって止まる。

 

 

「ゴホッゴホッゴホッ…なんだっ!?何がどうなってる!?………こいつはッ!」

 

 

ナニカの正体は、容姿端麗な男だった。

ただ、相当な暴行を受けたらしく、まさにボロ雑巾と化していたのだが。

 

 

「北方連合のスパイ…なんでここにっ!?何があった!?」

 

「探す手間が省けて良かったわ…迎えに来たわよ、坊や?」

 

 

大きな天井の穴から、長身白人巨乳美女が4人飛び降りてきた。

 

その内、リーダーっぽく見える銀髪のベッピンさんが、私を優しく抱え込む。

 

あー、これだ、これ。

この温かみ、この香り。

本当に安心できるよ、"ピッピ"。

 

 

「あっ!ティルピッツ!?抜け駆けは無しって言ったじゃないっ!?Mon chouは皆んなで一緒にあやすって決めたでしょ!?」

 

「まったくもう!こうなったら指揮官くん争奪戦よ!」

 

「望むところですっ!ご主人様は誰にも渡しませんっ!!!」

 

 

ぐへええええええ!!!

 

痛い痛い痛い痛い痛い!!!

引っ張るな、挟むな、プレスするなっ!!!

感動の再会が、感動の挟みあいに至ってるぞお前ら!!!

ミンチになるミンチに!!!

思いのたけをそのまま腕力に反映するでないっ!!!!!

 

 

「…は、はぁ!?何が起きてるんだ…?」

 

 

アホタレクズ野郎は何一つ理解できていないようだった。

私に代わってピッピが、このアホタレの目論見がどういう風に外れたのか説明してくれる。

 

 

「ああ、あなたがソレを寄越したのね。」

 

 

もう、なんつーかゴミを見るような目でボロ雑巾と化したスパイとアホタレを見ながら、ピッピは続ける。

 

 

「そんなモノで私達を懐柔出来るとでも思ったの?下品で、低俗で、軽率な最低な男だったわ。誘いに乗ったフリをして、密室に閉じ込めて"ちょっと"尋問してやったらすぐに正体も吐いた。」

 

あの、ピッピ、スパイさんの様子から見て"ちょっと"じゃないよね。

持ち得るストレスを全て彼に吐き出したよね?

 

「それで、もしや指揮官くんの居場所も知ってるんじゃないかと思って"ヤキを入れた"ら案の定この地下施設の事を教えたわ。」

 

ルイスの言う、"ヤキを入れる"の意味が違ってきてる気がする。

たぶん…リアルで焼いたよね?

こんがりおいしく焼いちゃいましたよね?部分的に。

 

「もおおおお苦労したのよ、Mon chou。あなたのPPKは会場に落ちてたからGPSも使えなくて…皆んな只でさえイライラしてるのに、そこのスパイの振る舞いのせいで…」

 

「ご主人様を小馬鹿にして、紳士の所業とは思えないセクハラは連発、話す会話は軽率かつ下品そのもの。我慢なりませんでした。」

 

にしてもやり過ぎじゃないかい?

泡吹いてぶっ倒れた男を続けて殴りまくったように見えるんだけどさ、これ。

大丈夫?死んでないよね?ちゃんと生きてるよね?

 

「相変わらず優しいのね、Mon chou。そういうところが大好きよ。」

 

優しいとかじゃないと思う。

死んじゃったらそっちの方が厄介じゃない?

 

ローレンスはもう、頭が現実を理解できていない事が丸分かりなくらいの顔をしていた。

 

 

「つ、つまり、お前が…なんて事を、と言ったのは……」

 

君はあろう事か北方連合のスパイを、私の鎮守府に送り込んだ。

私はマッマ達の事はよおうく知っているから、彼女達ならスパイに懐柔させられるどころか拷問して、この場所を聞き出すだろうという事は極々簡単に想像できる。

 

「………ぁ…ぁあ……」

 

遅られ早かれ、スパイは全てを吐くだろう。

君と北方連合との内通の疑いには裏付けが取られ、海軍は君の地位を剥奪する。

ロイヤル政府はカンカンだろうね。

そのまま怒りを北方連合大使館へぶつけるハズだ。

 

「……………………」

 

北方連合としても、この関係を認めるわけにはいかん。

アヴローラが責任を問われ、彼女は関係者の始末に取り掛かるはずだ。

 

まもなく、ここの位置も知ることになるだろう。

その時まで、大人しくタコでも食べてるといい。

 

「………けて………たすけて…たすけよぉ!」

 

え?りーむー。

あとは赤城さん達にでも頼んでつかあさい。

 

 

「我が子をどこに連れていくおつもりですか?」

 

 

おおっと。

このヤンデレ丸出しボイスは…赤城さんじゃないか。

………ヤバい、顔がヤバい。

猟奇的そのものの顔をしてる。

ほら、あの、日本昔話とかに出てくる、子供を連れ去る妖怪そのもの。

背後には加賀、高雄、愛宕が控え、今まさに、この部屋は乱闘会場と化そうとしている。

 

 

 

 

 

この場を収める自信はなかったが、提案できる事ならあった。

 

臨戦態勢をとるマッマ達を手で制して、私は一歩前へ進み出て、凄い形相の重桜KANSENに向かい合う。

 

勇気を出して、言葉を吐き出した。

 

 

ウチ来る?

 

「「「「はい」」」」

 

 

決断早くない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マッマズ&パンツァー




「略すとママパンってそれママの下着感半端ないだろうが」


----------ジャン・パール(アイリス戦艦)


 

 

 

 

 

で、この汽車ポッポは何ですか?

ロイヤル鉄道激おこぷんぷん丸だったでしょ、ねえ?

ただでさえ通常ダイヤ回すの大変なのに、こんな列車走らせるとか言ったらそりゃあもう激おこ案件ですよ。

それもロイヤル王室関係者とか、政府高官とかのためじゃなくて、ただの一中佐の為にこんな御召列車使うとか言うんだからさ。

 

 

 

 

私は今、走る要塞みたいな列車に乗せられて自らの鎮守府へ向かっていた。

行きは普通の列車だったんだから、帰りも普通の列車で良いはずなのに、マッマ達は何を考えたのか装甲列車を用意したのだ。

 

もう…ほんとさぁ。

 

過保護の度を超し過ぎじゃないでしょうか?

どっからこんな列車持ってきたのよ。

どっからこんなジャナ●ール運んだのよ。

 

場違いじゃん?

決定的に場違いじゃん?

ただただお家帰るだけなのにジャナ●ール乗って帰るって甚だ場違いじゃん?

 

さっきから反対からすれ違う列車の乗客が「いよいよ世界大戦か!?」みたいな顔でこっち見てくんのよ。

完全にこっちが海軍大将か何かだと思って敬礼してくるおっさん、おばあさん、お子様がいるわけよ。

 

もういらない誤解招きまくってんのよ。

 

 

「坊やが心配する事は何一つないし、ロイヤル鉄道だって全然怒ってないわよ?」

 

え、ピッピ、本当に?

 

「ええ。列車自体は私の私物だし、線路も自前だもの。」

 

あー、それなら良かっ………今何つった?

 

「だから、全部自前よ。線路は鉄血鉄道社に依頼して敷設してもらったし、列車も鉄血鉄道社が廃車にしようとしてたのをオーバーホールして私の使わなくなった艤装を乗せただけ。」

 

いや、あの、線路敷くのって無茶苦茶金と時間かかる…

 

「鉄血の技術力は世界一ィィィイイイ!!!お金も姉さんにお願いしたわ♪鎮守府のお金は一切使ってないから安心して、坊や♪」

 

安心できない。

ピッピのお姉さんから後で無茶苦茶責められるパティーンじゃないのかそれは。

 

「そんな事ないわ。姉さんだって『あら意外と安いのね』って言ってたぐらいだもの。」

 

 

次元が違い過ぎて感覚が狂ってるんじゃないでしょうか。

 

そもそもね、妹の頼みとはいえただのおっさんの為にフル武装魔改造御召列車と専用路線を用意する為だけに、よくもまあそんなポンポカ資本投資できますね。

回収できない資本投資をよくもまあそんなポンポカできますねぇ!!

 

 

「強いて言うなら……ロイヤル鉄道じゃなくて、ロイヤル国防省のお偉方が戦慄してたくらいかしら。」

 

「そ、それは仕方ないと思いますよ、ティルピッツ。鉄血鉄道社の鉄道敷設能力を見れば、上陸されたら負けというのが嫌という程伝わりますから。」

 

「アイリスも陸軍が降伏してから早かったもの。Mon chou、信じられないでしょうけど、今ではアイリス鉄道の路線より鉄血鉄道の路線の方が多いのよ?(ヴィシア勢力内に限る)」

 

 

いや、怖っ。

そりゃあ怖いでしょ、だって自国のインフラ整備能力の数十倍早い建築能力見せられたら怖くて夜も寝れねえよ。

 

ほんと、もう、なんなの?

 

鉄血バケモノ過ぎないかい?

大人サイズのベビーカー即席で作ってみたり、陸軍駐屯地を一夜で作ってみたり、一日そこらで新しい路線作ってみたりさあ。

「ちょっと作ってみた」感覚で常に時代の最先端をリードするスタイルやめろとは言わんからもうちょっと出し惜しみすべきでは?

 

 

「ふっ。坊や、鉄血の技術力さえあれば…あなたを完璧にエスコートする事ぐらい造作もないのよ?」

 

使い道。

技術力の使い道。

世界征服夢じゃないレベルの技術力結集できるくせに、使い道が私のエスコートっておかしいでしょ?

もっと、こう、有用な使い道とかあるんじゃないの?ねえ?

資本と技術の甚だ甚だ甚だしい無駄遣いだとは思わんかね?

 

「いいえ、全然。」

 

「Mon chouったら変なこと言うのねえ。」

 

「指揮官くんの安全以上に重要な事ってある?」

 

「鉄血に渡すのも癪ですが、ご主人様の為なら植民地中から集めた資源ぐらい喜んで引き渡します。」

 

 

わかった、わかった。

もう何も言わない。

 

 

ところで、プリンツェフ(プリンツオイゲンの渾名。勝手につけました)。

高雄と赤城の薬指、うまく行きそう?

 

「指揮官、鉄血は技術だけじゃなく医療もトップクラスなのよ?…あ、何度も言ったけどこっちは見ないように。死・ぬ・わ・よ?」

 

 

見ただけで死ぬって何よ。

私ゃあなた様にお2人の薬指の修復をお願いしただけなんですけどねえ。

死ぬの?見ただけで死ぬもんなの?

 

 

「マッコール殿、これは見ない方がいい。正直言って…」

 

「グロい」

 

わかった、見ない。ぜってえ見ない。

ヤンデレサイコパス赤城が心の底から響くような声で「グロい」言うくらいだから、わしゃあ見ない。

グロいの苦手だもんぼくちん。

正直言って、モンドラゴンで撃たれたとき、一番嫌だったのは傷口抑えた左手の感触がグロかった事だもん。

アレを鏡で見てたら多分卒倒してたわ。

 

 

「ふぅ、上手くいったわ。あと1時間もすれば傷口も見えなくなるわ。」

 

「……おおっ、拙者の左指が」

 

「マッコール様……いえ、新しい指揮官様……

この赤城、一生ついて行きます。」

 

「さて、指揮官。分かってると思うけど、治療費は高額よ?この私の腕じゃなきゃ、こうまで上手くできなかったでしょうからね。」

 

お、おお、プリンツェフ。

そ、そ、そ、そうだね、良き仕事には対価が伴うもんね。

 

「その通り。指の修復処置、2人合わせて€●●●●●●●●●●になりまぁ〜す。」

 

 

おっふ…………私(海軍中佐)の年収、何年分なんだろうか………

いかん、頭痛がしてきた。

この世界に来る前の年収なら、軽く30年ローンだね。

 

 

「ふふっ、冗談よ…って言いたいけど、今回は本当に取るわよ?たーだーしー」

 

は、はい。

 

「今なら特別価格で手を打ってあげるわ。」

 

!?

まじですか…10%割引くらいはしてくれるとか?

 

「いいえ、そんなんじゃないわ。わたしが、あんたを30分間好きにする!!」

 

何だその王様ゲームは!

 

「それとも€では・ら・う?」

 

あ、王様ゲームでお願いします。

 

「ふふふ、それじゃあ…」

 

 

 

 

30分後、私はプリンツェフに抱きかかえられて思いっきりあやされてました。

 

あのさあ、€●●●●●●●●●●の代償がこれかい?

いつでもできるんじゃないのかい?

 

「できないわよ。あんた、四六時中あの4人組にあやされてるじゃない。わたしもあんたをあやしてみたかったのよ。」

 

 

な、なるほど。

見ればマッマ達4人組は揃いもそろって唇を噛んでこちらを見ている。

 

「私だって坊やを完全独占できた事は少ないのにっ!」

 

「Mon chouと2人きりでアレコレできたの、あのセーフティルームの時だけよっ」

 

「指揮官くんと2人きりなんてベッド下でしか…」

 

「私の私室が指揮官執務室になった時に、邪魔さえ入らなければっ!!」

 

 

あんたら毎日毎日、朝から晩まで殆ど一緒じゃん。

何もそんな涙目になる事ないじゃん。

おい、ピッピ、泣くな、泣くな、泣くでないっ!!

 

 

 

 

 

プリンツェフはとても律儀で、きっかり30分で私をマッマに返納した。

まあ、いつも通りの軽い争奪戦を繰り広げている間に、列車は鎮守府の最寄駅に到着。

すっごいしょげたマッマ達と共に列車を降りた。

 

 

あーあー、あの装甲列車と線路どうすんのよもったいない。

 

「列車も線路もロイヤル鉄道に寄贈されるわ。」

 

なるほど、だから政府からの妨害もなく許可も降りたわけか。

よく見れば線路はまだまだ延々と続いている。

おそらく、ポーツマスからロンドンあたりまで繋がっているのだろう。

しかしまあ、本当にゴージャスすぎるだろビスマルクお姉様。

列車と路線ってそうそうポンポカ投げられるもんじゃないでしょ。

 

 

マッマ達に四方を囲まれて、完全なるVIP待遇で駅を出ると、Ⅳ号戦車H型の車列に迎えられた。

 

……………はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ピッピぃ。

 

 

『ご苦労様、中尉。坊やの特別仕様車は前から何番目かしら?』

 

『5番目です、閣下。』

 

 

制帽被ったいかにも戦車隊指揮官チックなヒヨコの案内で、私は5番目のⅣ号戦車に乗り込む。

ちなみに、プリンツェフと高雄、赤城は6番目、その他重桜KANSENの皆様は増加装甲型のハノマグに乗り込んだ。

 

 

私は装填手席に乗せられ、ピッピが車長席、ダンケが砲手席、ルイスが通信手席、ベルが操縦手席に乗る。

 

いや、ひっろ。

戦車って普通機材やらゴチャゴチャしてて狭いもんでしょうが。

 

 

「特別仕様車だもの。砲弾のスペースを削って、席を上質なものに取り替えてあるわ。すべて、貴方の為よ。」

 

ありがとう、ありがとう。

ここまでしてくれるKANSENも中々いたもんじゃないよ、ピッピ。

でもここまでやる必要は

 

 

 

 

 

ガンッという音が聴こえて、私は言葉を詰まらせる。

キューポラから外を見れば、シュルツェンがこちら側に凹んでいるのが確認できた。

 

た、対戦車ライフル!?

 

 

「ほら、やっぱりこれぐらいはしておくべきよ。各車、パンツァー・フォー!!!」

 

 

ピッピの掛け声で、10両ものⅣ号戦車と、同じくらいの数のハノマグが一斉に動き出す。

 

もうピッピはドイツ語での会話に切り替えて各車に指示を出していたから、私はルイスからヘッドセットをもらって何が起きているのか確認を試みた。

 

 

『隊長車、こちら"ローエグリン3"。敵の対戦車チームを発見!』

 

『隊長車了解!坊やを狙った事、後悔させてやりなさい!』

 

『ローエグリン3、了解。砲手、2時の方向、距離700、榴弾!…フォイアッ!!』

 

 

直後に長砲身75mm砲の爆発音と、同軸機銃の発砲音が聞こえてくる。

 

 

『こちらローエグリン3、対戦車チーム沈黙!引き続き警戒します!』

 

『隊長車了解、鎮守府まで気を抜かないで。』

 

 

ね、ねえ、ピッピ、どういうことか説明してもらえるかい?

もしかして、また、あのアホタレの仕業?

 

「アホタレなら猿轡嵌めたまま放置してきたじゃない。」

 

それはそうだけど

 

「えっとね、坊や。実はノースカロライナから連絡があって、北連諜報部が暗殺リストに貴方を加えたって教えてきたの。」

 

ま、マッジ!?アホタレの次は北方連合かいっ!?

 

直後に爆発音がして、今度は戦車が左右に揺れる。

対戦車ライフルではない、おそらく対戦車砲とか、そういう類。

ピッピがドイツ語で怒鳴る。

 

『先頭車、報告しなさいっ!今のは何!?』

 

『こちらローエグリン1!ロケット砲の類かと思われますが…おそらくPIATです!』

 

 

PIAT!?厄介だなぁ。

バネで成形炸薬弾飛ばすとか英国面丸出しすぐるwwとか笑う人も多いけど、おかげでロケット推進式みたいに派手な後方爆風が出ることはないし、発射する場所も選ばない。

車列は街中に差し掛かっていたから、尚更厄介だ。

 

 

『こちらローエグリン8!11時の方向、黄色い建物っ!おそらくそこですっ!』

 

『隊長車了解、発砲に適した車両はいるか?』

 

『ローエグリン2、応戦します!』

 

いやあ、待て待て待てっ!

疑わしきで砲弾ぶっ放すでないっ!

ちゃんと確認を

 

 

また爆発音がして、車体が大きく揺れる。

 

『黄色い建物からの発砲を確認!砲手、目標11時、距離500、榴弾!フォイアッ!!』

 

 

また爆発音と同軸機銃。

 

もう、私は黙ってた方が良さそうだね。

 

 

 

 

 

ふぁああああ、一時はどうなることやらと思ったけど、無事に到着して何よりだわ。

 

結局、PIATによる攻撃の後もPTRSらしき物による攻撃や、迫撃砲による攻撃、果ては57mm砲にまで狙われたけど、戦車隊が暴力的な火力を発揮して叩き潰してくれた。

 

もう、ピッピには感謝感謝。

 

 

しかしまあ、北連諜報部とは厄介な相手を敵にしてしまったもんだ。

 

てか私が狙われる理由は何?

 

 

「きっと…坊やも実態を把握している1人だからよ。」

 

そうか…もうヤンなっちゃうね。

鎮守府到着して受け取った第一報が、ローレンスが自前の地下施設で蜂の巣にされて見つかったという死亡記事。

 

地下施設で放置したのは確かに私だけど、PPsHの71連マガジンを一本叩き込んだのは私じゃない。

 

マッマが気を利かせてくれなきゃ、私も蜂の巣だったって事かぁ。

 

 

 

「安心して、坊や。あなたは私が守るわ。」

 

 

うん、ありがとう、ピッピ。

ありがとう、ありがとう。

だから、そろそろ双丘プレスはやめようか。

 

………肉塊になる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウィリントン・チェイブル /ヒ●ラーから世界を救った男



「タイトルのヒトラーに●は必要だと思わない(ポロロン)」


----------以下略


 

 

 

 

1919年に世界で最初の大戦が終わると、うん百万の犠牲を払った欧州の国々は植民地における戦い以外には熱心にならなくなっていった。

 

それはことイギリスにおいても例外ではなく、時のチェンバレン首相はヒトラーやムッソリーニといったファシスト達の台頭を見ても、軍事力による解決を極度に避け続けていた。

 

オーストリアとのアンシュルス、ズデーテン地方の併合、更にはヒトラー自身が『人生最大級の賭け』と呼んだラインラント進駐においても、イギリス、そして同盟国フランスの反応は事実上の黙認だったのだ。

 

やがてシュタールヘルムの兵隊がポーランドとの国境を超えた時、イギリス人とフランス人は代償を支払うことになる。

 

 

 

ところで、この頃のイギリスには、1人の男がいた。

まあ、政界では嫌われ者だった。

 

古い時代の大英帝国を夢見ていて、この巨大な帝国の維持に並々ならぬ執念を燃やしていた。

前の大戦ではトリポリにおいて『死に体のオスマン帝国』相手に敗北を喫していたし、そのくせファシズムの台頭に武力を持って立ち向かうという主張を曲げることがない。

 

"頑固者"、"戦争屋"などと散々に呼ばれていたが、やがてヨーロッパにいる40万のイギリス人とフランス人がドーバー海峡を背にする一地域に追い詰められるようになると、彼の主張はようやっと理解された。

 

イギリス人達はようやく間違いに気づき、その男を国のトップに据えた。

彼のファシズムに対する姿勢は、あまりにも有名な一言に収縮されている。

 

"決して、降伏しない"

 

 

かくも名門貴族出身の、名門貴族出身らしい立ち振る舞いと行動を起こした男が近現代史にいただろうか?

 

いるにせよ、それは指で数えられるほどにしかいないだろう。

 

彼はフランスが破れ、欧州でただ1人になっても屈することはなかった。

アメリカ人を説得し続け、武器供給の支援を取り付けた。

"悪魔とでも手を組む"…彼は有言実行の男で、かのジョージア人とも手を組んだ。

 

ハインケルやドルニエの爆撃機が飛んでいった後も、何事も無かったかのように外へ出かけ、瓦礫を片付ける市民に声をかけて回った。

 

ポスターにはブロディヘルメットを被ったブルドックが書かれ、そのブルドックは彼自身に似せられていた。

ブルドックは鉤十字の腕章をつけた男に、屈しそうもなかった。

 

 

彼の名前が新型重戦車に冠せられる頃には、痺れを切らしたシュタールヘルムと"悪魔共"がスターリングラードで揉めあっていたし、シュタールヘルムの同盟国に"事実上の"奇襲攻撃を受けたアメリカ人が彼らの側で参戦した。

 

翌年にはシュタールヘルムは第6軍を失い、日本人は虎の子空母艦隊をすでに喪失していた。

枢軸国の勢力圏は縮んでいき、形成は彼に有利となっていく。

 

そして1945年、イギリスは2度目の世界大戦にも勝利した。

この戦争で多くの植民地に穴が穿かれたとしても、生き延びたのだ。

そして戦後は常任理事国の一国、あるいはイギリス連邦・コモンウェルスの盟主として多少なりとも影響を与え続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

ウィンストン・チャーチルは私の憧れた人物の1人だった。

ナポレオンやフリードリヒ大王のような派手さはないにしても、堅実さと狡猾さを兼ね備え、イギリスを最盛期のナチスドイツから守った男である。

 

一般にイメージされるのは、白黒写真に残る猫背で少々肥満な男なのだろうし、私もチャーチルと言われればそのイメージを持つ。

 

だが、この猫背の男こそが、歴史を変えたのだ。

 

 

 

その歴史を変えた男が、今、目の前にいた。

 

正確には、ご本人ではなかったが…そっくりさんというわけでもない。

 

言うなれば、別世界でのウィンストン・チャーチル。

 

 

 

"ウィリントン・チェイブル"首相は、私の執務室でトレードマークの葉巻を噛みながら窓の外を見つめていた。

 

葉巻を噛む事は多かったが吸うことは少なかったと言われるが、まさにその通り。

先程から火をつける様子は全くない。

 

ついさっきベルがマッチを持って行こうとした時も、首相自身が止めた。

 

「君のような女性の前で吸えというのかね?」

 

もう、やべえ、痺れる!

チェイブルかっけええええ!

ザ・紳士!まさに、ザ・紳士!!!

 

いかんいかん、興奮を抑えねばならん。

 

オーストリアのヨーゼフ2世はリスペクトしていたフリードリヒ大王から「一歩目を踏み出す前に二歩目を踏み出す」というあまり有難くない評価をいただいていた。

直で言われてたなら、きっと寝込んでいただろう。

私はまだ寝こみたくない。

 

しかしなから、チェイブル首相は先程から窓を見て葉巻を噛み続けている。

既に20分もその状態を維持していた。

放った言葉はさっきの一言だけ。

「君のような女性の前で吸えというのかね?」

かっけええええ!!痺れるゥゥゥゥゥ!!

だが、それ以外には一言を発せられていない。

 

 

 

私は今朝、鳴り響く空襲警報に叩き起こされた。

ピッピとダンケの上から飛び起きて窓の外を見上げるが、ハインケルやドルニエの類はない。

 

おいおい誤報かこのやろうと思ったら、ベルが飛び込んできてこう言った。

 

「首相がいらっしゃいます!!30分後!!」

 

ええっ!?うえっ!?嘘やんっ!?

 

そっからはもう、ノンストップ。

マッマズ・フルアシストで着替えて、ピッピに髭剃ってもらいながらルイスのサンドウィッチ食べてダンケに顔を洗ってもらう。

 

あれ、私何もしてなくない?

 

 

そっからベルと2人でお出迎えに行った。

 

史実のチャーチル首相マジリスペクトなんですけど、この時代のこの時点で鉄血艦見たら何言い出すから分からないだろうからピッピとダンケには申し訳ないけど隠れていてもらった。

埋め合わせは2時間あやし放題っつったら喜んで隠れてくれた。

埋め合わせになるのかこれは?

 

 

そんなこんなで首相はこちらにいらっしゃり、私の執務室で葉巻を噛み始めて早20分が現在の状況である。

 

正直、キツい。

首相が無言で窓までいって、そのまま何も言わないもんだから背後で気をつけして突っ立んのすらキツい。

 

圧がね、圧が凄いのよ。

何しに来たかも、何で来たのかも、全くわかんないまま立ち尽くすってもう嫌になんのよ。

首相閣下、私はどうしたらいいんでしょうか?

聞けないけどね。

 

 

「………なるほど。ん?何を突っ立ってる、わしの命令がないと椅子に座る事もできんのか。」

 

あ、はい、いえ、すいません、では、失礼します。

 

チェイブル首相はようやっと応接用のソファに座り、私は向かい合うソファに座る。

まあ、何つーかすっげえジロジロ見られて冷汗が止まらない。

 

 

あ、あのぉぅ、お一つお伺いしてもよろしいでしょうか?

 

「なんだ?」

 

こ、こちらへいらっしゃった目的は…

 

「気になるかね?」

 

 

うーん、やっぱり、コミュ障だ、私。

まず、こういう時はようこそいらっしゃいました長旅おつかれ様でしたただ今お茶を用意させますのでとかそんな気の利いた言葉ぐらい出すべきだよね、すんませんね、本当に。

 

 

「何の事はない、ただの視察だ。」

 

(ふぅ…)

 

「というのは、表向きの理由」

 

(ヒェッ!)

 

「…ポーカーで勝ったことないだろ?何考えとるかすぐに分かるぞ?」

 

はい、ないです。すいません。

 

「何を謝る?不必要な謝罪はすべきではない。…さて、本題に入ろうか。君の鎮守府には鉄血やヴィシアのKANSENがいるそうだな?」

 

グフホッ…は、はい、いましゅ。

 

「いや、別に責めているのではない。責めてはいないが…君のKANSENはやり過ぎている。」

 

 

う〜ん、やっぱり言われますよねえ。

そうですよねえ。やり過ぎですよねえ。

 

 

「特に鉄道、アレはまずかった。鉄愛戦争(多分、1870年ぐらいの鉄血とアイリスの戦争の事)の再来かと下院も上院も関係なく皆恐れておるのだ。」

 

し、しかし、閣下、私はたかが一鎮守府の長であります。

罷り間違っても国家の主権を脅かすなど…

 

「問題はそこではないっ!ロイヤル国内で、以前から北連の忌まわしい悪魔どもや身勝手な兄弟の手下が活動しているのは知っていた!だが、我々は共倒れを狙って黙殺していたのだ!ところが君が来て事情が変わった!」

 

事情が?

 

「その通り!MI5もフル稼働しておるが、鉄道の敷設までされたとなると我々も黙っておれんのだ!…いいかね、わしはロイヤルを戦場にする気はない。いや、もしもの事があればわしの美しい庭園に対戦車陣地でも築いてやるつもりだが、わしの言う戦場とは、諜報におけるそれなのだ。」

 

な、なるほど。

つまり、私のマッ…いや、KANSEN達が好き勝手にやるせいでロイヤルの面子は丸潰れ。

それを見たCIUや北連がどういう反応をするかは簡単に想像ができる。

より多くの工作員を送り込み、同じように好き勝手し始める。

首相は抑止するためにも、私に何らかの制限を与えたい。

 

「飲み込みが早くて助かる。個人的な話しになるが、私は君を嫌ってなどはいない。君はあの厄介なローレンスを打ち倒し、ロイヤルに巣食う北連のガン細胞にメスを入れる突破口を作ってくれた。ローレンスの死と昨日の君への襲撃事件はMI5に多くの証拠をもたらしてくれたからな。」

 

 

こういった評価をいただけるのはもちろん喜ぶべき事なのだが、手放しで喜べはしない。

 

「君が悪いとは思わん。迫り来る脅威に当然の防備策を用意しただけだ。だが、これからロイヤルが置かれる状況を鑑みてもらいたい。我々は君を特別扱いするわけにもいかんのだ。」

 

 

セイレーンの脅威が薄くなった事で、新しい火種が燻り始めている。

 

なりふり構わず永年の悲願を追い求める北方連合、対抗して手を結ぶ鉄血と重桜、両者とも脅威とみなしているユニオン。

第二次世界大戦と冷戦が一緒にやってくる今なら最初から核兵器もついてくるアンハッピーセットが既に出来上がっている。

前哨戦は既に始まっていて、実際、私VSローレンスという構図は、まさにミニチュアサイズの代理戦争だったのだ。

 

 

「いいかね、これは君のためでもある。そして、わしは君を評価している。少なくとも、二つに一つの内、より正しい物を選んでくれると信じている。選択肢はこの二つ、期限は明後日。では、よろしく頼む。」

 

 

首相はそういって、大きな封筒を2つ置いて立ち上がった。

またトレードマークの葉巻を噛みながら、確かな足取りで玄関先に向かっていった。

 

帰り際、首相が暗い表情をしたベルに気がついた。

 

「気に止む事はない、お嬢さん。誰にも…愛する者への気持ちは止められん。」

 

 

「すいません、ウチの場合は"あやする者"なんです」とかいう氷点下のギャグは閉まっておいて、私はベルと共に首相を見送った。

 

 

 

 

部屋に帰って、2つの封筒を開けてみた。

 

1つには書類が入っている。

 

"辞職届"

 

おっふ。

 

これが悪い方だと思いながら、もう一つの封筒を開ける。

 

 

装填されていないMKⅥリボルバー。

 

 

 

おっふ。

マジかよ、めっさ厳しい。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クワイエット・マッマ




「ある意味元ネタより怖い」

----------以下略


 

 

 

 

 

マッマ達は皆が皆、暗い顔をして昼食を取っていた。

昼食を取りながら私を抱え込んでいた。

よって私は昼食が取れない。

 

 

あのさ、ご飯食べさせて?

お願いだかさ、お願いしますよ。

 

「「「「・・・・」」」」

 

ピッピ?ダンケ?ルイス?ベル?

聞いてる?ねえ?聞いてる?

 

「「「「・・・・」」」」

 

 

ギュウウウウウウウウウウ。

 

ぐへええええええええええ。

 

 

マッマ達が私を抱え込む圧力を数倍増しにしてゆき、私はもう何も言わないことにした。

 

首相が去った後、ベルが鬱患者みたいな状態で他のマッマ達に何があったか話した時から、4大マッマはこの調子である。

 

 

「指揮官〜!指揮官〜!……あぁ、こちらにいらっしゃったのですか。お伝えしたい事があって参りました。」

 

どうしたのノーカロさんバニースーツ着込んじゃって、そんな事より助けてほしいなぐへええええ。

 

「実は、緊急で国に帰ることになりました。」

 

ふえ?

 

「今朝大統領が脳卒中で亡くなり、副大統領が大統領に昇任する事になったんです。副大統領は対北連強硬派で、取り巻き連中のスパイ狩りを始めようとしています。おかげでCIU本部は人手が足りなくなって…。必ず戻ってきます!だから最後にっ!」

 

 

ノーカロさんがマッマ達に勝るとも劣らない双丘をこちらへ突進させてきて、マッマ達が僅かに作っていた隙間…私の呼吸口…にその豊かな柔肌を押し込んだ。

無呼吸症候群になるぅぅぅ。

 

嬉しいけどね、戻ってくるからしばしのお別れ最後にハグの流れは嬉しいんだけどね。

 

そっか、寂しくなるけど、元気にやりなよ。

って言いたいけど呼吸が出来ないから言う事も出来ず。

 

 

「帰ってきたその時には…いいえ、もう既にわたしも指揮官のマッマですから!忘れないでくださいね!」

 

 

ノーカロさんはそう言って立ち去った。

お見送りしてあげたいんだけど、マッマ達、ちょっとで良いから離してくださいませんか?

 

「「「「・・・・」」」」

 

 

無言のまま、マッマ達全体が動き出す。

 

いや、怖いよ、これは怖いよ。

ノーカロさんもドン引きだよ、これは。

無表情のままマッマ達が私を抱え込みつつ移動して、全く表情のカケラもない顔で黙って手を振ってんだからさ。

何のモンスターなんですかこれは。

 

しかしまあ、ユニオン大統領も時期を選んでくれれば良かったのに。

そうすればロイヤルもCIUとコネがある私を………いや、おそらくチェイブル首相は知っていた。

首相の方がより早く知ったのだろう。

だからCIUとのコネより、国内の安定を取ったのだ。

そうでなければ私の所になど来ない。

 

 

 

ノーカロさんを見送って、私を中核とした新種モンスターは、そのまんま執務室への戻った。

そして、そのままマーキングが始まった。

 

もうね、18禁級の内容ですよ。

やってる事は大した事ないんだけどね。

ただ単にやたら身体を擦り付けてくるだけなんだけどね。

あんたら犬ですかって。

自分の物って主張するために身体の匂いを擦り付けようとするのはやめなさい。

やめてください。

そんなすぐに消えて無くなるわけじゃないんだからさあ。

 

「「「「・・・・」」」」

 

 

こうなっては…仕方ない、最終手段を使おう。

効果があるかはわからないが、このまま無感情の怪物と化したマッマと過ごすのはキツい。キツ過ぎる。

白雪姫の呪いを解くには王子様の接吻が必要だったように、よりグロテスクではあるが、マッマの呪いを解くには私のソレが必要なのだろう。

 

仕方ない、画面の向こうの皆様、お食事中だったら申し訳ありません!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マッマがしゃべってくれないと、ぼくちん寂しいでちゅう〜。

 

 

「………坊や?……私の坊や?」

 

そうでちゅ、ピッピマッマの坊やでちゅう。

 

「モ、Mon chou?」

 

Mon chouでちゅう。

 

「指揮官くん?」

 

そうでちゅう。

 

「ご主人様?」

 

はいで〜〜〜ちゅ。

 

「坊やッ!坊やああああ!!」

 

「嫌よッ!Mon chouとはずっと一緒にいるのっ!そう決めたのっ!」

 

「…ふ、ふふ、こうなったら、私をステーキにして、指揮官くんに食べてもらえば…」

 

「ご主人様に一生お仕えすると誓いましたっ!なのにっ、こんなの酷すぎますっ!」

 

 

若干1名を除いて復旧したかな。

ルイスマッマにはカウンセリングが必要だね。

あと半歩でダークサイドへ真っ逆さまじゃないか。

 

それはともかく、4人全員から先程より激しい抱擁を受けてるけど、落ち着けば何とかなるでしょう。

何とかなるよね?何とかして?

いい加減、お昼ご飯食べたい。

 

 

ショック状態から回復したマッマ達からは20分後に解放され、私はマッマズ・フルアシストでようやく昼食にありついた。

フルアシストっぷりも前例がないほどで、私は食器を持つことすら許されない。

 

昼食はラザニアだったが、ピッピがそれを私が普段切り分けるサイズピッタリに切って私の口元へ運んでくる。

それも、食べ続けるペース、タイミングにおいても完全に再現されていた。

怖い、怖いよぉ、最早。

 

ダンケが私に飲み物を飲ませるタイミングを知っていて、ルイスが私が食べたいと思った味のアイスクリームまで運んでくる。

最後は、ベルが、やはり私が飲みたいと思っていた紅茶で締めくくってくれた。

 

「今日アレが食べたい」とか一言も言ってない分、食事中一言さえ発言していない分、本当に恐ろしい。

 

何故にわかる?

あなた方、何故に私の心が読める?

 

「「「「母親だから、当然じゃない」」」」

 

……………マッマぁ。

 

 

 

 

 

 

 

はぁぁぁあああ。

 

 

まあ、どうすっかな。

 

マッマ達に頼み込んで、この日の午後、私は久しぶりに一人だけにしてもらった。

 

マッマ達の意見を聞けば「徹底抗戦!」って言われそうで、そいつは下手をすればセイレーンそっちのけの世界大戦になりかねないのでここは自分で決める事にする。

 

いや、自分で決めなければならない。

 

辞職届と拳銃を並べてみる。

 

拳銃は自動的に選択肢から外れた。

ピッピママがこの部屋を出て行く直前に、こう言ったからだ。

 

 

「坊やが死ぬなら…私も死ぬ。天国だろうと地獄だろうと追いついて、骨の髄まであやしまくる。」

 

 

怖ええええよっ!!!

何でそんな凶悪殺人犯追い詰めるマイアミの太陽よりアツイ男、ホレイ●ョ・ケインみたいな事言うのよ!!!

そんな今まで見せた事ないようなマジ顔でなんて事言うのよっ!?

他のマッマも統一された頷きで同意を示さなくて良いからっ!!!!

「うんうん」じゃねえからっ!!!!!

 

 

ふう、しかし、辞職となると、これもこれで辛い。

 

マッマ達とは別れる事になるのだ。

会おうと思えば会える。

マッマ達が指揮官交替後もこの鎮守府での勤務を続ければ、私は民間人のおっさんとしてやってきてマッマ達にあやされる事ができる。

 

ただ、海軍の規則では、原則的にはマッマ達はそれぞれの国に返される事になっていた。

指揮官が辞職・戦死あるいは殉職した場合には、ケッコンしたKANSENは婚姻を解消され、通常のKANSENと同位に扱われ……………

 

 

 

……………待てよ。

 

 

 

帰り際のチェイブル首相が、何故か頭の中でフラッシュバックする。

 

『気に止む事はない、お嬢さん。誰にも…愛する者への気持ちは止められん。』

 

『お嬢さん。誰にも…愛する者への気持ちは止められん。』

 

『誰にも…愛する者への気持ちは止められん。』

 

 

私はつまらないギャグを思いついていたが、もっと注視すべき事があったのだ!

 

チェイブル首相はあの時、"ベルにウインクしていた"。

 

考え過ぎかもしれないし、その可能性は高い。

午前中の会話をもっと思い返してみる。

 

『MI5(ロイヤルの情報機関。ただし、国内を担当する)をフル稼動させている。』

 

『MI5に多くの証拠をもたらしてくれたしな』

 

『私は君を評価している』

 

 

 

まさか、まさかまさかまさかまさか!!

 

 

私は、まだ応接用の机の上に転がっている二つの封筒の元へ駆け寄った。

 

慌てて、もう一度、封筒をよく調べた。

 

片方には一発の455弾が、厚い封筒の底に貼ってあった。

カートリッジにメッセージ。

"愚か者め"

できる事なら見つけたくなかったが、これで確信は強まった。

 

もう片方の封筒を念入りに調べる。

何かが底に貼ってあるわけではなかったが、よく調べれば二重構造を封筒だと言う事がわかった。

外側と内側を慎重に開けてゆき、何か入っていないかを確認する。

 

 

あっ、た。

 

驚くほど薄かったが、そこには私が推測したものが確かにあったのだ!

 

 

「指揮官、お届け物にゃあ。」

 

 

私がソレを見つけたと同時に、明石が入室してきた。

何か重たそうな木箱を持っていて、すっごく重たそうにしている。

 

全てが揃った。

 

私はペンを取り出して準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 マッマと大人になった僕



ロングアイランド「指揮官さん、私は何もしない事をしているよ」

マッコール「いや、それはそれで問題だから。ちゃんとお仕事も」

ロングアイランド「それは風船より大切?」

マッコール「………しばしば」


 

 

 

 

 

ふぅ、寒い寒い。

 

雪が降る冬の夜は驚くほどに冷える。

 

 

私は、この雪の降る寒い夜に、ロイヤルの首都郊外の小道を、駐車場から新しい自宅へ向かって歩いていた。

 

二つの選択肢を差し出された私は、辞職の方を取った。

ピット●ルが少し寂しそうな顔をしたが、書類自体は受け取り、サインをして、私は制服を返納してから鎮守府を去った。

まあ、私がこっちの世界に来てから僅か3週間の間だったが離れるときは少し寂しかった。

後任は若い士官で、きっと彼なら上手く切り盛りしてくれるだろう。

 

 

ついにKANSENを率いる(?)仕事から離れ、今では一人歩いている。

そう、私の身の回りにKANSENは一人として居なくなった。

もうKANSENと会う事は、あるにはしてもかなり少なくなる。

 

だが、別に寂しくはない。

何故なら…………

 

 

 

強い北風が吹いて、私は少し身を縮め、あまりの寒さに「さっぶ!!!」と声を漏らす。

一人で歩く夜道にそれが響き、余計に寒さを引き立てたが、じきにそれは収まった。

つーか、あったかい。

 

 

 

「坊や!風邪引いたら大変でしょ!ほら!ママのコートであったまりなさい!!」

 

さっぶ!!!と言った瞬間に、白い大きなコートの両端が、後ろから私を覆った。

次に豊かな双丘が後頭部に当たり、恒温動物特有の暖かみを感じる。

嗅ぎ慣れた香りに包まれて、私は安心した。

それはとても、とても。

 

 

 

あぁ、本当にあったかいよ、ピッピ。

 

「そうでしょう?着いてきて良かったわ。」

 

着いてきたってどこから着いてきたの?

駐車場から?

 

「ええ、そうよ。」

 

じゃあ、車を止めるとこも見てたわけだ。

 

「もちろん!いつもの駐車場に、相変わらず完璧な駐車をしてたわね!」

 

嘘つけいっ!いつもの駐車場は今日工事始めたから止めとらんのじゃいっ!

 

「げっ」

 

本当はどっから着いて来たんじゃいっ!

正直にっ!正直に話せいっ!

 

「ええっと…ミルバン11番地から。」

 

職場からかよ…

 

「坊やの職場で待ち伏せて、そのまま気づかれないように車のトランクに忍び込んで、坊やが車降りてからそっと降りて、ずっとストーキングしてました。」

 

 

車降りた時点でいつもと違う場所だって気づいても良いと思うんだけどさあ…

 

 

 

それはさて置き、私の新しい仕事場はロイヤル首都のミルバンというところにある。

『ロイヤル保安局』…通称"MI5"が私の新しい仕事場だ。

 

対外諜報顧問という、重々しい肩書きを与えられているが、実際にやっていることはただの連絡役だった。

 

 

 

ユニオンで副大統領が昇格した後、チェイブル首相は会談を申し出た。

その会談には、ユニオン新大統領の他に自由・ヴィシア両アイリス政府、鉄血、重桜の代表も含まれていた。

 

後に『ホルタ会談』と呼ばれるようになるこの会談で、チェイブル首相は私の元いた時間軸の同一人物に勝るとも劣らない偉業を成し遂げた。

 

彼のおかげで、世界は2度目の大戦を経験せずに冷戦に突入出来たのである。

 

恐ろしいのは北方連合の勢力の強大さで、ホルタ会談側引っくるめても張り合えるというのが信じられない。

 

あと20年もすれば核戦争スレスレとかなりそうだが、セイレーンの活動が再燃してきた以上、しばらく人類間の本格的な争いは諜報レベルだろう。

 

 

私は鎮守府指揮官時代のコネクションを利用して、ホルタ会談側の各諜報組織と連絡を取り、協議して、北方連合からの諜報を防いだり、逆に諜報作戦を仕掛けられる可能性を探ったりしている。

 

まあ、鎮守府時代と同じで、ぼくちん殆ど仕事してません。

CIUから私の担当官として再派遣されたノーカロさんが、秘書としては過剰過ぎるほどの有能ぶりで殆ど捌いてくれます、私の存在意義。

 

つーか、なんで私は各国諜報組織の間で有名人になってんの?

「北連をロイヤルから追い出した英雄」って私本当に何もしてないからね?

ただ椅子座ってエクレア食ってただけだからね!?

 

 

 

 

まあ、仕事の話はこれくらいにして、マッマ達がどうなったか話しておこう。

 

彼女達は、『KANSENをやめた。』

 

しばしば国際的取り決めは、自国内の規則を凌駕する。

海軍規則では、彼女達は国に帰らねばならないが、KANSEN協定では自由意志が認められているのだ。

特に、ケッコン済みのKANSENは自由意志がらかなり尊重される。

 

そういうわけで、彼女達は『KANSENをやめた上で、自由意志によりロイヤルに残る』事が認められたのだ。

 

あ、一応KANSENとして続けたいかは確認した。

そしたら口々に、「最近目がボヤけた」やら「最近腰が痛みやすい」やら「もう歳かも」やらの理由でKANSENを続けていく自信がないと答えた。

嘘つけこの野郎。

 

 

尚、重桜の"元"KANSEN達も回収できた。

明石が届けてくれた重い木箱の中身は、大量のケッコン指輪で、それはある名門貴族から送られていた。

アーサーさん、ありがとうございます。

息子さんの仇みたいなもんだから心底嫌われてるかと思ったから、ちょっとビックリしたけどね。

『私生児とはいえ、私の息子があなたを殺そうとした。あなたが手を掛けたのではない事は知っている。これで息子の罪は許してやってほしい』

むり、泣きそう。

 

 

 

 

要するに、私は鎮守府丸々従えて、新しい職と身分まで手に入れて、悠々自適な生活を始めたのだ。

 

ピッピのお姉さんから寄贈されたデカ過ぎる家に皆んなで住み、今のところ幸せに暮らしている。

 

 

 

家に帰った瞬間、ミニマッマ達が出迎えた。

 

「「「「パパァ〜、おかえりぃ」」」」

 

誤解を産む表記。

 

「あら、お帰りなさい、あなた。」

 

イラストリアス、せめて服を着てくれ。外は寒いんだから、家の中とはいえ下着はやめようよいい加減。

 

「おおマッコール!今夜はすき焼きだぞ!」

 

ありがとう加賀さん。

 

「赤城とお姉さんと高雄ちゃんも手伝ったのよぉ〜」

 

それはとても楽しみだね。

 

「しきかーん☆いっくよおおおおおおお☆」

 

やめて、レパちゃん、その鉄球は投げずに下に置いて?

 

「騒がしいわねえ。少しは静かにできないの?」

 

「本当にゃ。」

 

「何かが来るのを感じるだろう…地を這うような……」

 

やあ、プリンツェフ、明石、ロングアイランド。

ロングアイランド、そろそろ別のゲームやったら?

 

「だからブルストは黒いのが良いんだよ!」

 

「うるさい!卿はウィーン風が好みのハズだ!」

 

「少佐の言葉の意味をっ」

 

「エンタープライズさん、マッコールさんはもう少佐でも中佐でもありませんよ?」

 

「正気に戻れ、戻るんだエンタープライズッ!」

 

「モオオオオオオッ」

 

「はいはい、よしよし、もう少しで着くわよ」

 

グラーフツェッペリンとパイロット2人はソーセージ作ってるし、フォルバンとワシントンが未だヴァイオレットなエンプラさんを抑えているし、牛さんがヘレナに連れられて室内牛舎へ向かっている。

 

カオスだね、うん、良い意味でカオス。

良い意味で混沌。

言語がゲシュタルト崩壊なのは今に始まった事ではない。

 

こうして、一つ屋根の下、女の子達が活発に過ごすのは側から見ても心地よいものだ。

 

そして何より…

 

 

「おかえり、Mon chou!」

 

「今日も頑張ったわね、指揮官くん。」

 

「ご主人様、ウェルカムコーヒーならぬカムバックティーです。」

 

 

嗚呼マッマ、嗚呼嗚呼マッマ、嗚呼マッマ。

 

本当の本当に大好き。

 

 

 

「私達もあなたが大好きよ、坊や!」

 

ピッピが背後から正面に回って、私を抱きしめてくれた。

 

 

 

あぁ、もう、本当に、もう。

 

これなんてエロゲ?

 





3ヶ月の間、この駄文を読んでくださり、感想まで下さった方々、本当にありがとうございました!!

設定ガバッてる上にまとめ方が雑だった気もしますが、どうにか最後まで書くことができました。
これも皆様のご指導のおかげかと思います。

今後はポツポツと番外編を書けたら書いていく予定では一応あります。
どうしようもなく暇な時に目を通していただけたら幸いです。

誠に有難うございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2篇『鎮守府からの手紙』
過保護四銃士を連れてきたよ!


誠に勝手ながら、もう色々めんどくさいのとネタが湧きそうだったので第2篇を作ることにしました。
お楽しみいただければとても幸いです。

差し当たってとりあえず、これまで出てきた人々と、第2篇から登場させる予定の人間も含めた人物紹介をうpします。
いつも通り雑で申し訳ありませんんんん
抜けてたり、ミスったり、省略してたり、書いてない子がいたりしてるんですいませんんんん


 

 

 

 

24:00:00

 

ピッ

 

23:59:59

 

ピッ

 

23:59:58

 

ピッ

 

23:59:57

 

ピッピピピピピピピ………

 

第1篇までのあらすじ

 

 

 

ひょんな事とかそういうの一切なしにアズールレーンの世界に転生してしまった主人公。

 

トンネルを抜けたらアズールレーン?んなわけなかろwwwと拳銃自殺で朝のお目覚めを試みた彼を止めたのは、結婚指輪をしたティルピッツ!

 

ベルファストもセントルイスもダンケルクもいるだって!?

いやガチの転生かいっ!

それもマイ・スウィート・鎮守府かいっ!

 

 

自殺未遂(事実はお目覚め未遂)が引き金となり、徐々に過保護の化身と化していったKANSEN達に困惑しつつも楽しく過ごす鎮守府での日々。

だが、ブラック鎮守府のKANSENを保護した事から否応なく国際政治の舞台へ引き込まれていく。

暗殺されかけたり、とんでもない誹謗中傷記事を書かれたり。

何やかんやしている内に、遂にブラック指揮官と対峙!

激闘(??)の末に打ち倒すが、同時にブラック指揮官と繋がっていた北方連合からつけ狙われる事に。

 

それにより暗殺未遂の際の輸血で物理的マッマになったKANSENの過保護がエスカレートした事から、遂にロイヤル首相から国内安定の為に指揮官職を辞すように命令されてしまう。

 

しかしそれは見せかけで、ロイヤル首相にはマッマを通した多数のチャンネルを持つ主人公をMI5に引き入れるという考えがあったのだ。

 

主人公は無事MI5への再就職を果たし、それで物語はめでたしめでたし。

あとは年金をもらうまでのらりくらりやっていく……………ハズだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介

 

 

 

 

・主人公/ロブ・マッコール

 

見た目は大人、頭脳は幼児のやべえ奴。

前編では指揮官としてブラック鎮守府と対峙し見事勝利するが、ブラック指揮官と繋がっていた北方連合に命を狙われるハメになる。

そして4大マッマ(後述)の保護があまりにエスカレートした結果、指揮官職を辞めざるを得なくなるが、しかしこれはMI5(ロイヤルの情報機関)へのお誘いでもあり、無事に再就職を果たす。

現ポストは『対外諜報顧問』。

ただの連絡役。

第1篇でブラック指揮官倒して北方連合の諜報的橋頭堡を壊した事から、各国の諜報機関からは英雄扱いされている。

本人はエクレア食ってただけなのに。

 

骨の髄までベイビーちゃんゆえ周りがよく見えてない。

最近はマッマ無しじゃないと眠れない。

つーかマッマ無しじゃ何一つ満足にできないダメ人間。

 

名前の由来はアメリカ映画『イ●ライザー』の主人公。

尚、アフリカ系アメリカ人ではない。

 

 

 

 

 

 

"4大マッマ"

 

北方連合側の記録『(中略)当該人物は"4大マッマ"と呼ばれる特殊警護要員に守られている。この特殊部隊はありとあらゆる武器に精通し、あらゆる通信機器、尋問法、野外衛生法において尋常ならざる練度を持っている。』

 

ってなってるけど、実際は基本的に主人公をあやす事しか考えてないやべえ奴ら。

主人公を助けたり、あやしたり、補佐したり、あやしたり、励ましたり、あやしたりする。

テンションのアップダウンが激しく、オール●ェイズやってみたり、合体して無言の新種モンスターになったりする。

ブラック指揮官による暗殺未遂事件で負傷した主人公へ輸血を提供し、全員が物理的マッマへとなった。

 

尚、主人公の指揮官辞職に伴いKANSENをやめた。

 

 

 

・ティルピッツ/ピッピママ

 

鉄血出身の"元"戦艦。

マッマの中では一番正統派なマッマ。

主人公の自殺未遂を止めて以来、最初に過保護の化身となる。

本国・鉄血公国とは良好な関係を維持し、姉であるビスマルクを通じて物資やら金やら挙句の果てには一個師団やら装甲列車と線路まで提供していた。

KANSENを辞めた後は起業し、『マッマ&ママ総合商会』を立ち上げる。

あくまで民間企業だが、水面下では主人公の諜報活動に協力…おい、誰だ今トム・●ランシーとか言った奴!

 

 

・ダンケルク/ダンケママ

 

ヴィシア・アイリス出身の"元"巡戦。

マッマの中では一番N●Kっぽい。

かつては夕陽の燃える仏蘭西でェ、独公相手に勇名馳せた鬼戦艦。

パティシエ並みの腕前とクラフトマンシップでお菓子を作る。小麦挽くところから。

ルイス(後述)の事業拡大に乗っかり、カフェ『Dunkirk』をオープンさせる。

 

 

・セントルイス/ルイスマッマ

 

ユニオン出身の"元"軽巡。

主人公に数列を叩き込んで洗脳しようとしたり、ペニー●イズみたいな登場してみたり、マットレスに潜ってみたりするサイコパス。

ヘレナと一緒に牛を購入して育てたりする。

実はアイビーリーグ出身のインテリで、ピッピが起業した『マッマ&ママ総合商会』を大企業に成長させる。

 

 

・ベルファスト/ベルママ

 

ロイヤル出身の"元"軽巡。

5人いて、そのうちの誰とケッコンしたか分からなくなると足を踏まれる。

紅茶に関して詳しかったり、普段は常識人そのものだが、主人公が絡むと過保護の化身と化す。

首輪に関わるとキャラがメルトダウンする。

ルイスの事業拡大に乗っかり、メイドカフェ『ベル's キッチン』をオープンする。

 

 

 

 

 

 

マッコール家の人々

 

元マッコール鎮守府のKANSEN達の成れの果て。

全員もうKANSEN辞めてるし、大抵マッマになってる。

 

 

・イラストリアス/アイリー

 

シャ●ン・ストーン。

何かにつけて主人公もドン引きのエロティックアピールを推し進めるフェロモンお化け。

本当に恐ろしいのは彼女が他のKANSEN達に常識ある淑女として認識されていること。

最近、主人公の顔を腋の下に挟む事にハマる。

 

 

・プリンツ・オイゲン/プリンツェフ

 

何故か衛生兵キャラが定着してしまったセクシーお姉さん。

無警告採血するドSだったのに、暗殺未遂事件の後は過保護路線へシフトチェンジする。

切り落とされた指を復元するくらいの腕を持つブラック●ャック。

決め台詞は「死・ぬ・わ・よ?」

 

 

・エンタープライズ/エンプラさん

 

中の人が同じってだけの理由でヴァイオ●ット・エヴァー●ーデン扱いされ、実際にヴァイオ●ット・エヴァー●ーデンになってしまった悲しみの娘。

彼女だけ明らかに作画が違う。

「少佐殿の言葉の意味を知りたいのです!」

「だから、少佐殿って、だれ?」

 

 

・レパルス/レパちゃん/GOD MATHER

 

「やっほー、指揮官!動きやすいように全裸しちゃったんだあ!アレー?どうしてこっち見てくれないのぉ〜?そんなシキカンは私のシキカンじゃないよねぇ…ドルン、ドルンドルンドルン(チェーンソーのエンジンを掛ける音)」

 

 

・グラーフツェッペリン/グラツェン

 

過保護の化身に至らずに済んでいる数少ない常識人の1人。

KANSEN時代からの腐れ縁で、艦載機のパイロットと一緒にいる。

「神を信じていない」とか言うくせにパイロットと一緒にミサに参加するし、

「憎んでいる、全てを」とか言うくせに色々楽しんでハッチャケてる厨二病。

 

 

・アークロイヤル

 

『公式認定ロリコン』『幼女性愛者』『堂々たる変態』『犯罪予備軍』『突撃!君たち晩御飯(おかず的な意味)』『はつじょっ』等、多数の渾名を持つ変態。

 

 

・ヘレナ

 

セントルイスの妹。

老廃牛として処分される日の近い牛さんをセントルイスとお金を出し合って買い取って飼ってる心優しい娘。

多分、これ書いてる著者がメンタル的に耐えれないので、作中に牛さんが死ぬようなことはないです、はい。

 

 

・フォルバン

 

デカい(何がとは言わない)。

最近はダンケルクと一緒にお菓子作ったりしてエンジョイしてる。

 

 

・明石

 

もう売店とかやる気はなく、ヘミン●ウェイかお前はってくらい『老人と海』してる。

 

 

・ロングアイランド

 

DJしてたりプロゲーマーしてたりする。

「感じるだろう、何かにはい進んでいるような…」

 

 

・リアンダー

 

ガーターベルトがエロい、以上。

 

 

・ベルちゃん、ピッピちゃん、ダンケちゃん、ルイスちゃん/ミニマッマ

 

これだけは言わせて欲しい、マッマに劣情を投げつけたわけではない!

気がついたらそこにいた系子供達。

喜ぶと一昔前のハッピー●ットの子供達みたいになる。

アークロリコンの標的。

 

 

・赤城、加賀、愛宕、高雄

 

元ブラック鎮守府所属の娘達。

第1篇でブラック指揮官が負けるとアッサリ捨てて主人公の傘下に入る。

ホームシック気味の主人公に祖国の味をもたらしてくれた。

愛宕は「お母さん」付けないとすぐに「お仕置き?」って言われる。

 

 

・ノースカロライナ

 

ユニオンの諜報機関『CIU』からやってきたデキる工作員だったのにいつのまにかマッマとして主人公あやしたりしてるやべえ奴。

MI5異動後はCIU派遣秘書として主人公を補佐する。フリをしてあやす。

 

 

 

各国の方々

 

 

 

ロイヤル

 

 

・ウィリントン・チェイブル首相

 

名前だけちょっと弄っただけのご本人。

北方連合に対抗するため、第1篇の終わりにロイヤル・ユニオン・鉄血・重桜・アイリスを纏め上げて『ホルタ会談側』と呼ばれる勢力を生み出し、それにより、世界大戦を経ずに冷戦が生起する。

紳士、策略家、貴族、ぐう有能。

 

 

・N

 

MI5長官。年配の女性。

007とかまったく関係ない。

主人公の連絡役としての能力を評価しつつも、あまりのだらしなさには時々苦言を呈す。

まとも。

 

 

 

 

 

 

ユニオン

 

 

・ハリー"ダーティハリー"トゥーマン大統領

 

ユニオンの現職大統領。

大のアカ嫌い。史実よりも早くレッドパージする。

見た目がクリント・●ーストウッド。

しかもグラン・●アノ。

 

 

・マジイ・ダリスCIU長官

 

別にダルそうにはしていないCIUの長官。

扱いに困るチーム・ユニオンの面々を主人公に任せる。

 

 

・ロバート・マクラララ国防長官

 

ユニオン国防長官。

主人公をユニオンに招待する。

 

 

 

"チーム・ユニオン"

 

ロイヤルに派遣されているCIUの実働部隊。

ワシントン、メリーランド、コロラド、ウェスト・ヴァージニアに前途のノースカロライナを加えた5人組のチーム。

基本的に吹っ飛ばす事しか考えてないやべえやつら。

さりげなく主人公のマッマになっている。

 

 

 

 

 

 

鉄血公国

 

 

・ビスマルクお姉様

 

ティルピッツのお姉さんにして鉄血財界の大物。

たまにロイヤルの路地裏でキングス●ンとかしてたりする。

妹LOVEなので、頼まれれば一個師団とか装甲列車とかポンポン送ってよこす。

物理的な甥である主人公にピッピの会社の株式をタダであげたりもする。

大抵ラインハルト(後述)をあやす事に血道をあげている。

 

 

・ラインハルト・レルゲン

 

鉄血公国諜報部のトップ。

にして、ビスマルクお姉様の物理的息子にしてピッピの物理的甥にして私の物理的従兄弟。

最近ようやっとあやされることに慣れたらしい。

彼のもたらした情報が、主人公ののらりくらりマイライフ計画を頓挫させる。

 

 

・ジークフリート

 

フェ●ト/グランド●ーダーとかまったく関係のない褐色肌の鉄血公国大使。

でっけえ剣で豚ロースを切り刻んでソーセージ作ったりする。

 

 

 

アイリス

 

 

・シャルロッテ・デュノア

 

インフィニット・●トラトスとかまったく関係ないアイリス諜報部員。

どこかから転校とかはしない。

百合プレイが似合う。

 

 

・ジャンヌ

 

フェ●ト/グラン●オーダーとかまったく関係のないアイリス諜報員。

厳格かつ清廉な性格だったが、たまにトチ狂って主人公を弟にしようとする。

百合プレイが似合う。

 

 

 

 

 

 

 

北方連合

 

 

 

・スタルノフ

 

北方連合の現書記長。

元ネタと同じく冷酷かつ疑り深い人物で、大抵誰を粛清するか考えている。

アヴローラ(後述)を異様に可愛がるが、当人からは加齢臭がしだしたお父さんみたいな扱いを受ける。

 

 

・ベニヤ

 

木材の板が大好きなおっさん。

内部人民委員、つまり北連情報機関の親玉。

 

 

・アヴローラ

 

北方連合屈指の工作員。

第1篇ではブラック指揮官を橋頭堡にして、ロイヤル内部を侵食しようとしたが失敗。

主人公への復讐に燃えている。

一目で工作員って丸わかりする服装がチャームポイント。

 

 

・ハンニノフ・レクタスキー

 

北方連合が誇るマッドサイエンティスト。

KANSENからメンタルキューブを外科的に摘出するというトンデモ企画の立案者。

羊は沈黙しないし、ハンニノフって映画はでない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅰ章 のらりくらりライフプラン終了のお知らせ
プライベート・ボウヤン


「プライベートの意味が違ってくるだろうが。」

----------アイリス戦艦 ジャン・パール


 

 

 

寒空の下、私は銀髪長身美巨乳お姉さんの1メートル後ろを走っていた。

お姉さんは私が3歩かかる距離を一歩で進んでしまうほど颯爽と走っていたが、私は到底そんなに速く走れそうにもない。

長年の運動不足は見事に仇となり、私は呼吸が苦しくて仕方がないのだ。

 

 

「ほら、坊や!ラスト500mよっ!少しペースを上げましょう!」

 

ぜえはぁ、ぜえはぁ、は、はいぃぃぃ!

 

「あと少し!あと少し!……300、いいわよ、坊や!その調子!……200、ほらほら落とさないっ!……100…そうよ、坊やならできるわ!あと少しっ!………はい、よく頑張りましたっ!」

 

 

ゴールを迎えた瞬間に、ピッピママの汗ばんだ巨大な双丘に迎えられる。

 

「辛かったでしょう…本当に良く頑張ったわ、坊や。」

 

ふごごごご、ふごご、ふご。

(走り終わった直後に呼吸止められる方が辛いから、お願い、ちょっと離して、マッマ。)

 

「あらごめんなさい!しっかりと呼吸を整えてね…さあ、シャワーを浴びに行きましょうか。」

 

 

ピッピからゲー●レードを渡されて、私はそれを飲みながら我が家へと向かう。

 

時刻は朝の7時。

おうおう、どうした急にそんなD.C.郊外に住む高級官僚みたいなこと始めてお前変な病気にでもなったんじゃないか?と思うかも知れないが、これにはちゃんと理由がある。

 

変な病気になったわけではないが、変な病気へまっしぐらだと宣告されたのだ。

 

 

 

 

 

MI5への異動後、私を待ち受けた最初の障壁。

 

その名は、『健康診断』。

MI5の一員として働く上で、まずは健康状態に問題がないか検査されたのだ。

 

 

いやあああ、こっちの世界来る前からアンヘルシーな生活しかしてなかったのに、こっちに来たらドンドン運動する機会を失っていったもんね。

 

鎮守府勤務の最後の方とか、歩いてすらねえし。

ベビーカーで移動してたし。

そらアンヘルシーだわ。24時間フルアシストで過ごしてみろよ。そらアンヘルシーだわ。

 

マッマ達の手料理も美味すぎるもんだから食手が止まらない上に、ピッピママお手製のバウムクーヘン、ダンケママが小麦を挽くところから始めたクイニーアマン、加賀さん特製おはぎ、愛宕お母さんの栗羊羹まで揃ったらもうアウトよ、アウト。

 

 

この鎮守府時代の自堕落☆MAXな生活がもたらしたのは、「糖尿病まっしぐら」という診断結果。

 

ノーカロさんと一緒に、今では開業医として働くヴェスタルさんのところへ行って、そう言われた時はショックだった。

 

まあ、それ以上に、診断された瞬間にマッマ達が天井からゴロゴロ落ちてきた時の方がショックだったけど。

 

いや、何しとん。

あんたらもあんたらで仕事あるんちゃうんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

KANSENをやめた以上、彼女達は別の方法で収入源を探さねばならなかった。

チェイブル首相は私の転職を暗に促してくれたわけだが、彼女達全員分の仕事まで用意してくれたわけではない。

 

と、言うわけで、マッマ達は戦うマッマから働くマッマになったのである。

 

具体的には、起業した。

 

 

まず、ピッピマッマがハンドクリームを開発して売り始めた。

その名も『PIVEA』。おいこら。

 

元々は、これから寒い冬を迎えるにあたり、お肌がしょっちゅうひび割れる私の為にわざわざ作ってくれた物だったのだが、もう、なんつーか、二●アと同じようなしっとり感で且つひび割れにはオリジンより効果的。

あまりの効果に「これ売ったら儲かんじゃね?」と私が不用意に発言してしまったのが始まり始まり。

 

 

ピッピはビスマルクお姉さんから受けた融資で小さな会社を立てて生産体制を確立、PIVEAは飛ぶように売れ、返ってピッピが財産と会社の管理に困るまでになった。

 

たぶん、PIVEAがそこまで売れたのはおそらく効能だけではない。

パッケージがね。

パッケージに使用された写真……乳白色の湯船に浸かるピッピママが、左腕で双丘の頂点を隠しながら、反対の手でPIVEAクリームを差し出すというプレイ●ーイばりの写真が、PIVEAの効能以前に客を引きつけた理由だろう。

ただ、被写体が被写体のせいかポルノ写真っぽさはなく、むしろ上品なパッケージに仕上がっているのは、もう、なんなんだろうか。

 

 

 

さて、頭を悩ませるピッピを見て、実はアイビーリーグ出身というまさかの経歴を持っていたルイスマッマがマネジメント担当として加わって、ピッピの会社を管理した。

 

ルイスはPIVEAクリームの利益を元手に、余剰資金で事業の多角化を提案、今度はダンケとベルも乗っかって、飲食店を始めた。

 

カフェ・チェーン店『Dunkirk』とメイド喫茶『ベル's キッチン』も大成功。

『Dunkirk』はちょっと高いけどそこそこ美味しい質の高いケーキセットで着実に業績を伸ばしており、ベルファスト5人が接客をする『ベル's キッチン』は予約4年待ちである。

オリンピックかよ。

 

『Dunkirk』と『ベル'sキッチン』で味を占めたルイスマッマは、今度は重桜KANSENをも巻き込もうとしていた。

次は高級料亭を作って加賀さんの料理を売り出すらしい。

もうそれだけでボロ儲けできそうな感じはする。

 

今では、マッマ達のコングロマリットはロイヤル有数の資産を持つ大企業への道を歩み始めていた。

で、私がその筆頭株主。

元々そんな金私にはなかったんだけど、ピッピのお姉さんが"くれた"。

うん、くれた。

「妹が幸せそうなら、それで十分よ」とか言って、株式を、くれた。

 

勘弁してくれよ、賄賂だと思われんじゃん。

MI5から鉄血に買収されてるって思われんじゃん。

まあ、MI5が不思議なくらい首突っ込んで来ないもんだから受け取っちゃったけどさあ。

何かほかの方面からMI5に圧力かかってたのかな、知らんぷりしよう。

やあ、レパちゃん、おはよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は随分と脱線してしまったが、ヴェスタルさん病院の天井から落下してきたマッマ達は、私が不健康の塊である事に愕然としたようだった。

 

 

「坊やが病気に!?そ、そんな…」

 

「なにかの間違いじゃないの!?」

 

「指揮官くんにはもう、私たちのお菓子を食べさせられないってこと?」

 

「そんなの嫌です、ご主人様!」

 

 

マッマ達がすっごいオロオロしてる。

何かすげえ申し訳ない。

そうだよね、ちゃんと私が運動しとけば

 

「よし!決めたわ!私が坊やと一緒に運動する!!」

 

 

ピッピがいきなり立ち上がって、そう宣言したので、私は椅子から転げ落ちるところだった。

あのさ、そんなにダァンッと立ってバァンッと机叩きながら大声出さなくてもいいじゃん?

ここ一応病院よ?頼むよホント。

 

 

かくして、私は毎朝ピッピマッマと一緒に6km走る事になったのである。

 

まあ、キツいす。

運動不足がモロに露呈して、キツいす。

 

ただし、何というか、自分が健康的になっていくのを感じると言いますか。

汗と一緒に悪い物も出て行ってる気がして、以前に比べて身体も軽く感じる。

何より、マッマの手料理がより美味しく感じられるようになった。

 

走る間もピッピという、長身美巨乳お姉さんがすぐ隣にいるおかげでそんなに苦痛で退屈なわけでもない。

 

むしろ揺れる双丘を間近で見れるわけである。眼福眼福。

 

さらに言えば、何故か筋肉痛というものがなかった。

 

いや、おかしい。

普通あれだけ運動してなかったのに、毎朝走るような習慣が急に加われば、筋肉痛になるもんだろう。

 

 

 

 

今朝のランニングが終わった後に、私はシャワーを浴びて、スーツを着ながら何故筋肉痛に襲われずに済んでいるかを訝しんでいた。

 

 

「あら、指揮官くん。今日も運動してきたみたいね、えらいえらい。…そんな顔して、何か悩みでもあるの?」

 

おはよう、ルイス。実は筋肉痛が全く来なくて、おじちゃん何でだろうって思ってたとこなんだ。

 

「ああ!きっとセイレーンの効果よ!」

 

ん?え?なんて?

 

「えっとね、指揮官くん。実を言うと、前々から、あなたの肉体強化の為に、自己修復能力の高いセイレーンの欠片を料理に混ぜ混ぜしていたの。」

 

あわわわわわわわわわ。

 

「驚くことないわ。ハーバー●大学でも、セイレーンによる肉体強化の効果は認められているし、摂取して副作用が出るものでもないわ。」

 

………じゃあ、今までハンバーグとかスパゲティに入ってたあのカリカリしたやつって。。。

 

おい、ルイス、なんだそのドヤ顔は。

 

プロテインかよ。

セイレーン=プロテインかよ。

つーか、何で私にそんな自己修復能力持たせようとしてんのよ。

衝撃の事実だわ。

 

 

ただ、もう、筋肉痛に悩まされる事はないと分かったので、この際不問としたい。

 

傷ついた筋肉がオートマティックに修復されていくと言うのなら、今のままでもいいや。

 

 

ん?待てよ?

って事はいくら筋トレやらやっても、翌日とか全く影響ないって事かな?

ひょっとすると、凄く速いペースでムキムキマン目指したりできるって事じゃないかな?

 

よし…やろう、やってやろう。

 

フュー●ーのブラッ●・ピットみたいにムキムキマンになろう。

戦車を題材とした戦争映画なのに、全く必要ないサービスシーンを提供するくらいの、マッチョになろう!

 

 

 

 

私は、それからピッピマッマとのトレーニングに打ち込み、二週間が経った。

 

摂取したセイレーンのおかげか、それともマッマのトレーニングがかなり効果的だったのか。

 

恐らく、その両方が有効だったのだろう。

トレーニングの成果は、もう形を成していた。

 

 

 

ただし、現実の厳しさも思い知らされた。

 

私が夢見たのは、ブラッ●・ピットとかドウェ●ン・ジョンソンとかあんな感じのマッチョマン。

 

 

だが、今、鏡に映っているのは…

 

 

あのね、たしかにマッチョマンかもしれないけどさ。

確かに筋肉量は増えたし、パワーはあるんだろうけどさ。

ちょっと、こう、方向性がズレたよね。

 

 

 

何で、トム・ハ●クスなの?

何で、プライベート・●イアンのトム・ハ●クスなの?

何で、こう、私が夢見ていた機動性溢れる感じのボディビルダーチックな筋肉マンじゃなくて、あの長年の経験に裏打ちされた内側のインナーマッスルが物凄い感じの方向へ走ってしまったんだ、私の体は。

 

 

「素敵よ、坊や。凄く素敵。」

 

 

ピッピが後ろからそっと抱擁してくれる。

別に外からの見た目はあんまり変わってないと言いますか。

トム・ハ●クスと化した私を、ピッピはドヤ顔で見ているが、肝心の本人は少しばかり凹んでいた。

いや、好きな俳優ベストテンには入ってんだけどさ。

 

これじゃあ、二等兵探しに行かなきゃいけないじゃん。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チーム・ユニオン 〜ワールドポリス〜

 

 

 

その日の朝、7歳のマーク・ウィリアムズはロイヤル首都の有名な通りで、母親を探して走り回っていた。

 

両親と共に買い物に来たはずなのだが、ウィリアムズ少年はおもちゃ屋のショウウィンドウに見惚れてしまい、両親とはぐれることになったのだ。

 

 

通りの人はとても多く、ウィリアムズ少年の焦りは頂点に近い。

少し落ち着けば、"ロイヤル首都名物"である警察官に相談するという考えが浮かんだはずだが、焦るウィリアムズ少年には無理な話だった。

 

 

ウィリアムズ少年は走りながら両親を探していたので、何度も人とぶつかった。

最初は「ごめんなさい」と走りながらに謝って、ぶつかられた人々も「気をつけて」程度の反応を返していた。

だが、ついに少年は人と正面衝突してしまい、相手の屈強さからか、あるいは少年の体重の軽さからか、彼は転んでしまった。

 

 

目を上げると、ヒゲ面の大男が立ちはだかっている。

 

大男はまるでトロールのように少年を見下ろし、何か少年には分からない言葉を呟く。

 

よく見れば、男は一人だけではなく、数人の仲間を引き連れていた。

見るからに怖そうで、危なかっしい雰囲気を醸し出している。

 

少年は言葉につまり、身動きも取れなくなってしまった。

身体が震え、喉が渇き、鵜飼いの鵜のように口をパクパクとさせる事しかできない。

 

 

少年は軽いパニックを起こしていて気づいてはいなかったが、彼と大男達の頭上にはドラッヘ・ヘリコプターが舞っていた。

 

そして、そのヘリコプターから音楽が聞こえた時、少年はやっと我に返ることができたのである。

 

 

♪Uni〜on〜

♪Uni〜on〜

♪Union!!!F●CK YEAH!!!!!

 

「おい!ボルシチ野郎ども!そこを動くなっ!」

 

ドラッヘ・ヘリコプターからヒゲ面の大男を見下ろすワシントンが、M1919A6マシンガン片手に声を張り上げる。

彼女が乗るのは鉄血公国製のヘリコプターなのに、そのヘリは明らかに星条旗を意識して塗装されていた。

ドアにはこう書かれている。

『TEAM UNION』

 

「我々は『チームユニオン』だ!抵抗せずに大人しく…」

 

 

大男達はPPS短機関銃を取り出して、一斉射撃を始めた。

4挺のサブマシンガンから射撃され、たまらずドラッヘは回避行動を取る。

 

 

「チクショウ!北方連合のテロリスト共め!」

 

ワシントンが怒鳴りながらマシンガンを撃ちまくり、4人の大男のうちの1人を射殺した。

 

残る男達の内、1人が銃を乱射しながら近くのカフェに迫る。

どうやら、人質を取って立て籠もる気らしい。

だが、男が向かった先にはブロンドの美女がいた。

 

「ねえ、そこのあなた。」

 

声を掛けられた男は、短機関銃を両手に振り返る。

 

「これこそ、テロリズムよ。」

 

振り返る先にはノースカロライナがいて、男より先に手にするショットガンの引金を引いた。

男は12ゲージ弾をまともにくらい、カフェのショウウィンドウから店内に吹っ飛んだ。

 

 

一方、別の場所では、大男の一味の1人と、赤い髪に赤い眼をしたKANSENが格闘戦を繰り広げていた。

男はかなり屈強だったが、やはりKANSENには及ばずにねじ伏せられる。

 

「あたしの勝ちだな!」

 

そのKANSEN…メリーランドは、男に馬乗りした状態で、正義の鉄拳を振り下ろした。

 

 

 

仲間たちが次々と倒されて焦ったのか、一味のリーダーらしき大男は走って逃げ始める。

 

 

「おいっ!あいつを逃がすな!!」

 

「私に任せろっ!!」

 

 

ワシントンの指示に従い、コロラドがM9バズーカを構え、逃げる大男の背中に照準を合わせて、引金を引く。

 

だが、ロケット弾は逸れていき、大男が逃げる方向と同じ方向にあるビッグベンへ………

 

 

 

 

 

---------------------

 

 

 

 

 

 

はい、スタァァァァプ。

スタァァァァプ。

 

つまり、君たちビッグベンを吹っ飛ばしかけたわけね?

ロンドン名物を叩き潰す寸前だったわけだね?

良かったね、外れて。

つーか、人間を対戦車ロケット砲で吹っ飛ばそうという、その神経から理解できないんだけどさ。

 

君たちはあろう事か同盟国の首都で好き勝手に暴れまわり、挙句歴史的建造物を壊しかけ、更には肝心の北方連合工作員を取り逃がしたってわけね?

 

 

もうね、どこから突っ込んでいいかわかんないんだけどさ。

君たち一応、CIU屈指の実力派工作部隊なんだよね?

それがどうなったらこうなるわけ?

 

分かるかなぁ、チェイブル首相から1時間に渡ってネチネチネチネチお説教をいただく気分がさあ。

こっちに何の責任もないのは知ってるけど、知ってる上で怒ってくる相手にどういう対応したらいいか君たちにわかるかい?

わからないよね、私もわからない。

まだ北方連合の工作員の方が慎ましやかとか言われても、ぼくちんCIUじゃないもん分かりませぬとか言えばいいの言えるわけないじゃんアゼルバイジャン。

 

 

 

 

 

20分前にチェイブル首相から電話越しで散々やられたように、私も目の前のチームユニオンのメンバー達にネチネチと説教をしていた。

 

ダメだ、こいつら。

 

ノースカロライナさん以外は全く聞く気がないし、ノーカロさんは私の側で目を瞑って『デキる秘書』オーラを出してるのは、きっと彼女自身分かっていないのだろう、彼女も私の怒りの対象である事が。

 

 

メリーランド、コロラドの2人組はつい3日前に到着し、元から私の鎮守府にいたワシントンとノーカロさんに合流した。

 

まあ、ワシントンまでCIUの工作員だとは思ってなかったので正直驚いたが、問題はそこじゃねえ。

 

この4人組、通称『チームユニオン』はユニオン屈指の凄腕集団であると言うCIUの売り込みは真っ赤な嘘であった事が分かったばかりか、理性というものがまるでプリセットされていないという事が明らかになってしまったのだ。

 

イカれたメンバーを紹介するぜぇ。

 

まず、ワシントン。

明るい性格の銀髪長身巨乳美女なのはいいんだけど、基本的に吹っ飛ばす事しか考えていない。

 

次に、ノースカロライナ。

鎮守府時代からお世話になってるけど、デキるオンナオーラ出しまくる割には基本的に吹っ飛ばす事しか考えていない。

 

更にメリーランド。

もう、吹っ飛ばす事しか考えていない。

 

最後にコロラド…吹っ飛ばす事しか(ry

 

 

 

何なのこの狂気のテロ集団は。

 

こう、何というかさ、こんな偏見持ってた私も私なんだけどさ、工作員ってさあ。

身分を偽装し対象に近づき静かな暗闇の中でサプレッサ付きのPPKとかでプシュプシュやるようなもんじゃないの?

 

同盟国の首都でマシンガンぶっ放し、ダンケマッマの経営してるカフェのフランチャイズ店にスパイの死体をプレゼントして、7歳の可哀想なマーク・ウィリアムズ少年の目の前で人を殴り殺して、挙句ロケット砲で肝心の対象を取り逃がしたりするもんなの?

 

 

 

もう、苦情があらゆる方向から私に飛んでくる。

 

何故に私?

私はただの連絡役なんですよ皆様方。

ユニオンの情報機関は何してんだ!とか7歳児の目の前で何て残酷なっ!とか店のオーナーが激おこプンプン丸なのよ、Mon chou!とか言われても困るんですよ。

あ、最後のはダンケマッマ直々のお言葉。

ノーカロさんのお陰で私はプライベート方面でも攻勢を受けつつある。

 

 

それでいて肝心のCIUに連絡取ろうとしても、さっきからずっっっと音声ガイダンスのたらい回しされてるわけですよ。

悪質な保険会社かお前らは。

アレだろ、厄介払いしたかっただけだろ、CIUは。

ローレンスの馬鹿野郎と戦った時の、あの協力姿勢はグリーンランドにでも行っちまったのかい??

 

 

 

「そう悩んでも仕方ねえだろ、ボウズ。少なくとも、あたし達の活躍で北方連合の破壊工作は防げたんだからよ。」

 

ワシントン、破壊工作を止める為に破壊工作してどないすんねんや。

ビッグベン吹っ飛ばしかけとんやぞコラ。

あと、さりげなくマッマになろうとすんじゃねえ。

 

「そうだな、あたし達がいなきゃ、あの通りは血の海と化してたハズだ。被害も外部の人間が言うような、大したもんじゃないし。楽観的に見るべきだ、ロブ坊。」

 

そのセリフをダンケマッマにも言ってくれるかな、メリーランド?

拳を血で染めて、血の海のど真ん中にいたのにそう言うこと言っちゃう?

あと、さりげなくマッマになろうとすんじゃねえ。

 

「まあ、ビッグベンにロケット弾が飛んでいったのは私の責任だ。それは謝ろう。だが、間違いは誰にでもあるはずだ、そうだろう、ロブちゃん?」

 

開き直るなぁぁぁぁ。

コロラド、お前、それは開き直ったらアカンやつやぞぉぉぉぉ。

あと、さりげなくマッマになろうとすんじゃねぇぇぇぇ。

しかもちゃん付けかいぃぃぃぃ。

 

 

「まあまあ、ロブロブ。今回はやり過ぎちゃったという事で、皆んな反省してるみたいですし。」

 

ノーカロさん、どっからどう見ても反省のはの字も見えないんだけどさあ。

つーか、貴女も貴女ですからね?

ショウウィンドウごと吹き飛ばしたかったからって白状したのは分かったけど、人のお店なんですからやめましょうよ。

そんな、やってみよう♪空想科学●実験みたいな感覚でカフェのショウウィンドウ吹き飛ばさないでくださる?

あと、さりげなくマッマになろうとするのもやめてくださるああそういえばノーカロさん既にマッマだったわごめんねけど許さん。

 

 

 

 

 

まあ、そんなこんなでノーカロさん除くチームユニオンの面々は隠れ家へ帰っていった。

 

まあ、隠れ家というのは、かつて私が側頭部抉られた例のレストランなんですけどね。

ワシントンさんがバイトやってた、あのレストランなんですけどね。

手配したのは私なんですけどね。

 

 

 

レストランはあの銃撃事件以来経営悪化の一途を辿っていた。

オーナーは手放したがっていたが、我々の目論んでいた用途では十分に使えた。

 

 

私はCIUの要請を受け、ノーカロさんとアレコレ相談しながらチームユニオンの隠れ蓑を探した結果、このレストランを買い取って彼女達のセーフティハウスにする事を思いついたのだ…セーフティハウスにするはずだったんだよ?本当はね?

 

でもね、ルイスマッマとCIUから資金援助受けて店買い取って彼女達に与えたら嬉々として営業に加わってるわけよ。

もうこの時点でヤバい集団なんだけどさ。

隠密もクソもないんだけどさ。

 

君達の任務は何?

北方連合のスパイを見つけ出したりすることなんじゃないの?

このレストランの経営を立て直せなんて誰が命じたの?ねえ?

 

うん、そりゃ立ち直るよ?

なんたってコロラドが焼いたユニオン農務省認定サーロインをワシントンやメリーランドが運んでくるんだからさ。

そりゃ人気出るでしょうよ。

間違いねえよ。

 

でもそのせいであんたらの本来の任務阻害されてんのよ!

顔バレバレじゃないのよ隠密のおの字もねえよ!

街歩くだけでCIUがロイヤルで好き勝手やってますよ言ってるようなもんだろうがっ!!

 

 

 

「ロブロブ、一つ良いニュースがあります。」

 

はい、何でしょうノーカロさん。

チームユニオンがロンドンで暴れまわる以上に悪いニュースはないだろうけど、その良いニュースが決して良いニュースには思えないんだごめんよ。

で、何?

 

「本日、チームユニオンに新しい仲間、ウェストヴァージニアが…ロブロブ?」

 

あのね、ノーカロさん。

私の転職理由知ってる?

 

「…………?」

 

こういう事があるからだよ!

他国の諜報組織が白昼堂々とレストラン営業したり、暴れたり、拡充しないように、だよ!

台無しだよ!

私の立場まるでナッシンだよ!

 

 

はああ〜、またチェイブル首相直々に怒られる〜。

ウェストヴァージニアが来たら来たでたぶん役者嫌いなメリーランドと揉める上にこれまで以上に暴れたりノーカロさんとアンアンやったり暴れたり北朝鮮に乗り込んだり暴れたりするに決まってんじゃん〜。

 

 

あぁ〜どうしよ。

「理性があるのはこの私だけ」とか「僕はひとりぼっち」とか歌えば良い?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

べイビー・アローン



「ひとりぼっちの赤ん坊って、それじゃあ育児放棄だぞ」


----------------ジャン・パール


 

 

 

 

多神教にしたって限度があるだろう。

 

正月と結納で神道信者、お盆と葬式に仏教徒、クリスマスと結婚式にはキリスト教徒、宴会を断る為にイスラム教徒になるような、変幻自在な宗教観は、私のかつての祖国のどこから湧き出てきたのか想像もつかない。

 

確かに、日本古来の神道というものは八百万の神様の存在から構成されるという概念がある。

 

お米の一粒一粒から日本列島そのものに至るものまで神様がいて、地上に済む私達を見守ってくださるのだ。

 

カール・マルクスなら、「特権階級による労働者階級への監視・抑圧」とか言い出しそうなんだが、日本でそんなこと言う人間は共産党員でも少数派だろう。

このドイツ人の考えはロシア人に伝わって、1917年にはその後約一世紀に渡る壮大な社会実験をもたらしたわけだが、結果どうなったかは皆さんご存知の通り。

 

 

 

 

まあまあ、何が言いたいのかと言いますと、私はかつて日本の少々複雑な宗教観に困らされた人間の1人であった。

 

主に2月と12月。

 

私はマルクス主義者ではないし、神道の価値観を不信心だと否定するつもりは毛頭ないのだが、大体12月の月末近くに手を繋いで歩く若い男女を見かける度に、こう思っていたものだ。

 

『爆発しちまえ』

 

 

 

 

 

 

時間と場所が大幅に変わった今、私はかつての感覚とは違う感覚で12月を迎えていた。

 

去年の私が今年の私を見つけたのなら、まず間違いなく私が内側から爆ぜてくたばるように呪うに違いない。

 

幸い、私は内側から爆ぜてくたばるような状況にはいなかった。

過去の私は現在の私を知らないからだ。

 

ただ、どうにも…別の問題がある。

 

内側から爆ぜる事は無くとも、外側から圧迫されて死にそうなのだ。

 

 

 

 

「メリークリスマス!坊や!」

 

ピッピママ。

貴女はもう少し自覚を持つべきだと思うんだ。

その豊かな双丘は、確かに私を癒してはくれるが、反面、力加減によっては私を殺しかねない凶器だと言うことを。

そんないきなり全力で圧迫されたら、窒息する。

 

「ああ、ごめんなさい、坊や。坊やと聖なる夜を過ごせるのがとても嬉しくてつい…坊やと会うまでは、ずっと一人だったから…」

 

重い。ピッピ、ごめん、重い。

急にすっごい重い話になってる。

ごめんね、ピッピ。辛い事思い出させてごめんね。

 

「いいのよ、気にしないで。それよりこの衣装はどう?」

 

 

ピッピはそう言いながら、私の前でターンをしてみせた。

 

彼女は今、サンタクロースをモチーフにしたと思われる少々アダルトな衣装を着ていた。

いや、失礼。

衣装単体ならアダルトではなかったはずだ。

その衣装を作ったデザイナーは、きっとピッピほど容姿には恵まれていない人間を前提に寸法を決めたに違いない。

上半身がコルセットのような、外側から圧迫するような衣装になっているのはその為だろう。

 

ただ、この衣装をピッピが着た場合、豊かなアルプスの偉大なる自然は狭苦しいコルセットに収まりきらず、若干上方向へ逃れようとする。

つまり、豊かな双丘がコルセットから盛り上がってしまうのだ。

 

画面の前の皆さん。

ドイツ/フランス合作版『美女と●獣』を見る機会があったら、是非見てください。

ストーリーとか正直どうでもいいです。

眼福ですよ、あれは。

ドレスからはみ出る白い山脈がプルンプr(担当者はゲシュタポにより始末されました)

 

今のピッピはあの映画に出てくるヒロインみたいな状態で、故にアダルトチックになっているのだ。

 

 

いや、どう?って聞かれてもさあ。

何て答えればいい?

まあ、似合ってるよ、うん。

 

あとイラストリアスよりはマシ。

あいつ、真冬の日に赤いV字型のスリングビキニという暴挙に出やがった。

仕事から帰ってきた私を出迎えた時の格好がそれ。

本来は喜ぶところなんだが、イラストリアスのこういうのは見慣れてしまって喜べない。

つーかもはや泣きたくなったよ。

 

 

 

「ああ!ティルピッツ!また抜け駆けしてる!Mon chouの独占は禁止よ!」

 

 

ドン●・ホーテで売ってそうなサンタ衣装に身を包むダンケルクが憤然とした様子でやってきた。

うん、ふつうに可愛い。

 

 

「それもそんな破廉恥な衣装で指揮官くんに迫るなんて!」

 

 

お前が言うかルイスマッマ。

赤ビキニ・赤Tバックで来たお前が言うのか。

何なんだこの圧倒的お前が言うな感は。

気のせいかもしれないけど、最近イラストリアス方面に走ってないかお前。

 

「ご主人様の教育に悪い事はやめてください、ティルピッツ、セントルイス。」

 

 

誰?

トナカイが出てきたんだけど?

トナカイが喋ってんだけど?

あ、ああ、着ぐるみ?ひょっとしてベルかい?

どこでそんな剥製みたいなリアルな着ぐるみ売ってたの?

ひょっとして皮剥いで作った?

テキ●ス・チェーンソーよろしくレザー●ェイス並みのレザークラフトしちゃった?

軽くサイコだよそれ。

 

リアルなトナカイの着ぐるみの口の奥からベルの顔が現れる。

 

こっわ。

 

 

「さて、これでクリスマス☆パーリーの準備はいいわね。ロングアイランド!そっちも準備はいい?」

 

 

ピッピがロングアイランドに向かって声をかける。

ビスマルクお姉様寄贈のこの家はあまりに広大で、リビングがもうリビングとは言えない。

ホールだよ、これは。

 

そんなホールから一段上がったステージの上で、明らかにDJと化しているロングアイランドがグッドサインを出す。

 

まあ、十中八九テクニカルサウンドをふんだんに取り入れたクリスマスソングでも流すつもりだろう。

そしてそれは実際に流れた。

 

 

 

ピッピが言うところのクリスマス☆パーリーは私の想像していたものとは少し違った。

 

テクニカルサウンド垂れ流すぐらいなんだから、きっとイビサ島みたいな事になるんだろうかと思っていたのだが。

実際には皆席に着き、ルイスママが聖書を手にとって神様に感謝をするところから始まった。

ルイスママが聖書を読み上げるところから始まったのだ…Tバック姿で。

 

 

「…………を、主に感謝します。エイメン。」

 

「「「「「エイメン」」」」」

 

 

何というかキリスト教にはそれほど縁はなかったので、こうした本格的なお祈りを捧げた経験はあまりない。

 

だから港と同じように手を合わせて黙しながらルイスママの言葉に耳を傾けていた。

 

 

ルイスママのお祈りが終わると、皆食事を始める。

 

ホールの真ん中に設置されたゴッ●ファーザー並みの大きなテーブルの上には4大マッマや重桜マッマ達が作ってくれた料理が所狭しと並んでいて、誰もがそれを楽しんでいた。

 

 

さて、私も食べようかな。

あ!あの七面鳥美味しそうだな、ちょっと食べて

 

 

「はい、指揮官くん、あ〜ん♪」

 

ありがとうルイス。

私は何も言ってないはずなんだけどもありがとうルイス。

 

おっ!あそこにあるのはパントーネ?あれも美味しそ

 

「Mon chou〜♪はい、どーぞ♪」

 

ありがとうダンケ。

またしても私は何も言葉を発してないはずなんだけれどもありがとう。

 

食べ物もいいけど、そろそろ飲み

 

「ご主人様、カル●スです。」

 

ありがとうベル。

もう何が飲みたいとか思ってすらいなかったんだけどありがとう。

てか何故カル●スだと分かったのかな、もはや。

 

おや、あ

 

「坊や、実を言うとこのアイスバインは私の自信作なの。はい、あ〜ん」

 

ありがとうピッピ。

もはや思ってすらないんだけどありがとう。

 

いや食べたくなかったとかそんなんじゃなくてね、脳の神経系がアイスバインを認知して食べたいという欲求を中枢神経に伝えるまでの間にピッピママは私の欲求を察知した事になるんだよね。

 

そう考えるとちょっっっぴり怖いかな。

 

 

 

食事会は楽しく終わり、プレゼント交換の時間になる。

 

いやあ、出費がこたえたよ今回は流石に。

MI5のボーナスが消えて無くなってしまった…

ただ勿論、後悔なぞしていない。

 

 

 

「「「「パパァ〜!メリークリスマス!」」」」

 

誤解を生む表記。

 

ミニマッマ達が手作りのお菓子を私にプレゼントしてくれた。

おお!ありがとう!

それじゃあおじちゃんからもプレゼントをあげよう。

 

彼女達には前々から欲しがっていたオモチャをプレゼントする。

喜んでくれたのが、すごく嬉しかったけど、その後昔のマクド●ルドのハッピーセットのCMに出てくるトチ狂った子供達みたいな反応で歓喜してたからちょっと心配にはなった。

首とか頭とか取れるんじゃないかってぐらい振ってるけど大丈夫かい本当に。

 

「ぐへへへへへ!ちびっ子達〜!わたしから最高のプレゼントがあるんだ!ほら!こんなにたくさぶへあっ!!!!」

 

 

ミニマッマ達に突撃した変質者が1人いてピッピに吹っ飛ばされたけど、何も見なかった事にする。

 

 

その後も皆んなとそれぞれにプレゼントを交換した。

なんというか、それぞれにお国柄が出てて面白いよね。

プリンツオイゲンなんて車くれた。

うん、新しい車。

鉄血公国のB●Wのセダンくれた。

何か、スイッチとか押すとマシンガンとか撒菱とか出てくるやつ。

もうビックリよ。

こっちのプレゼントなんて腕時計だったからさ、喜んでくれたのは嬉しいんだけど…まあ、あんまり深くは考えないようにしよう。

ありがとう!プリンツェフ!

 

ああ、あと、イラストリアスは安定してた。

自分の写真集くれた。

もうこれ以上詳しく書きたくない。

 

 

殆どの娘とはプレゼント交換が済み、残すは4大マッマのみ。

 

まずは私の番。

 

「まあ!坊やからブレスレッドをもらえるなんて!」

 

「このネックレス、大切にするわね!Mon chou!」

 

「最新型のタブレットじゃない!え?非売品のガバメント(政府、行政機関)向け?指揮官くんだーい好き!!」

 

「ヤッホオオオオオオ!!首輪↑↑首輪↑↑首輪↑↑首輪↑↑首輪あああああ!!!」

 

 

ベルファストのキャラ崩壊がもはやメルトダウンだけど、やっぱり予め何が欲しいのかやりげなく聞いておいて良かったなとは思った。

つーか、ベルマッマは何故首輪でキャラを臨界されるほどに喜ぶのだろうか。

苦しかろう外してしまいなさいやって言ったことあるけど、凄い形相で拒否されたもんね。

 

まあ、謎は謎のままにしておいて、今度は私が4大マッマからプレゼントをいただく番だった。

 

 

「さて、坊や。私達からのプレゼントよ?」

 

「喜んでくれると嬉しいわ、Mon chou」

 

「指揮官くん、どうぞ受け取って」

 

「ご主人様のご期待に添えられる物だと思います。」

 

 

・・・・・

 

 

マッマ達に動きはない。

何か箱を渡されるとか、そういった仕草も雰囲気もない。

私はもう察した。

 

 

 

つまり、プレゼントって、あんたら自身ね?

 

で、既にプレゼント交換終わったはずの娘達が「実はもう一つプレゼントがあるのおおおおお!!!」とかこっちへ突撃してくるのは、つまり、そういう事ね。

 

うん、分かった。もう諦める。

 

 

全てを諦めた時、私は前方からマッマ達に、後方からは突撃部隊に挟まれて、その波の中へ巻き込まれた。

ものすごい熱気とエネルギーが感じられる以外、もはや私は何も感じられない。

この呼吸困難の窮地から抜け出すには更なる時間が求められるだろう。

 

だから、皆さんにはまずこう言っておきたい。

 

 

 

メリークリスマス!

まだ一週間以上先だけどな!!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カ〜モン ベイビ〜 ユニオン〜

 

 

私は今、ルイスマッマとノーカロマッマと共に、大型旅客機に乗っている。

 

MI5の連絡役として勤めている私に会っておきたいという少し変わったお偉い様に招待され、ユニオンへ行くことになったからだ。

 

 

4大マッマは誰しもが同行を望んだが、希望は一部を除き叶えられなかった。

というのも、私を呼び寄せた変わり者の新国防長官ロバート・マクラララ氏は非常に疑り深い人物でもあり、鉄血やアイリスやロイヤルのKANSENさえも自らのオフィスに招くような人間ではない。

 

えーやだなーマッマ皆んなと一緒に行きたいなあー

 

「仕方ないわよ、指揮官くん。団結と馴れ合いは分割されて然るべき!いくら同盟国の相手でも、国防省の内部資料のすぐ近くに大人数を迎え入れたくはないでしょう?」

 

うん、そうなんだけどさ。

でもそれ言ったらMI5の人間を国防省のオフィスに入れる方が(検閲により削除)

 

まあ、ともかく、ルイスマッマがそう言ってくれたおかげで、他のマッマに心苦しくて招待に応じるか否か悩んでいた私の背中が押されたわけである。

3/4のマッマ達には残ってもらわねばならんが仕方ない。

結局、マッマ達も私のユニオン行きを承諾してくれた。

 

 

ただ、私が"ごめんね、ピッピ、ダンケ、ベル、帰ってきたらあやしまくっていいから"とか言って宥めてる時に、ルイスマッマが横ですっごいニタァって顔をしてたのが気になったけど気にしない気にしない。

 

いくらなんでもそこまで捻じ曲がっちゃいないでしょう、ルイスマッマは。

ないよね?うん、ないよね?

 

………なんだそのドヤ顔は。

ちょっと心配だな、おい。

 

 

 

 

 

何はともあれ私はユニオンへ行くことになり、ピッピ、ダンケ、ベルの3人からはそれぞれの体臭を極限まで濃縮して液体化し充填した小瓶という意味不明なお守り?を渡された。

もうね、完全密閉されてる割には鼻を近づけるだけで嗅ぎ慣れたマッマ臭が漂ってくるクラス。

これは何の御利益があるんでしょうね。

私にはとーてー分かりません。

 

 

マッマ臭液と共に、勿論ルイスマッマも着いてきた。

あと、ついでにロイヤルでのCIU代表ノースカロライナマッマも当然のように着いてきた。

出発直前まで『どちらが私に着いてくるのが相応しい真のユニオン代表マッマか』とか言いながらフル艤装装着して撃ち合いしてたから、どっちも連れてくようにしました。

あーもー疲れる。

 

 

それでも、まあ、ルイスマッマ有頂天です。

他の(主要な)ライヴァルが消えた事により今存分に私をあやしています。

さっきからスーツ姿のルイスマッマの膝の上に乗せられて、ハイペースでルイスマッマお手製チョコチップクッキーを詰め込まれております、はい。

 

 

「まだまだあるからたくさん食べてね、指揮官くん♪」

 

むしゃむしゃむしゃルイスむしゃマッマ、ちょいストむしゃむしゃストッむしゃむしゃ、スタァァァァプ!!

飲み込めない!

マッマ!飲み込めないよ!

気管支に小麦粉詰まって死にそうだよ!

 

「あっ、ごめんなさい指揮官くん!そうよね、何か飲み物はないかしら…」

 

 

ルイスマッマがようやっとクッキー詰め込みタイムをやめて、私を小麦粉の嵐から解放した。

あっぶねー、死ぬとこだったわ。

マッマが心を込めて焼いたチョコチップクッキーで窒息死するとこだったわ。

 

 

「うーん、おかしいわねぇ。クリスタルカ●ザー持ってきたハズなんだけど…仕方ないわ、指揮官くん、お口開けて?」

 

何よ、どうしたのよルイスマッマってやめなさい!

スーツ上衣をはだけさせようとするのやめなさい。

こんな公衆の面前でリアルベイビープレイやらかそうとするのやめなさい。

 

あのね、お口開けてじゃないからね?

私が逮捕されちゃうよ、こんなところでそんなことしちゃったら。

キャビンアテンダント来るまで待とう?

ビーフオアチキンッって聞いて回ってくるまで待っても大丈夫だから、待とう?

 

「そ、そう…残念ね」

 

何が?

 

「はい、ロブロブ、クリス●ル・カイザーです。」

 

おお、ノーカロさんありがとう。

ちょうどお水が欲しかったところなんだ。

でさ、お前このお水どっから出したよ、おい。

今谷間から出してたよな?

豊かな豊かなアパラチア山脈のグランドキャニオンから取り出したよな?

 

 

お前ら大丈夫か?

最近イラストリアスリスペクトし過ぎてない?

イラストリアスにインスパイアし過ぎてない?

あのフェロモンおばけの色情魔まがいのシャロ●・ストーンに着実にお近づきになってるよね?

 

いいかい、あそこまで求めてないし、むしろルイスはマッマでいてください。

フェロモンおばけ顔負けのサキュバスよりもちょっとアブナイ感じのマッマでいる方が魅力的なんだから。

いや、ホントホント。

 

 

 

こんな感じでアレコレやってる内に旅客機はユニオンの国際空港に到着し、我々はメン・●ン・ブラックみたいなスーツ男達に迎えられ、デカ過ぎるリムジンに乗せられてペンタゴン(国防総省)へ向かうことになりましたとさ。

 

まあ、移動間も勿論ルイスマッマにあやされっぱなしです。

ついでにノーカロマッマもあやしにきます。

あのね、ちょっと自重してください。

取り合いとか、やめてください。

運転席と助手席のメン・●ン・ブラックさん達がすっげえ困った目線をバックミラー越しに投げかけてくんのよ。

「ボスはこの変態に何の用があるんだろう」ってのがひしひしと伝わってくんのよ。

 

頼むから、スタップ。

今日泊まるホテルでクソあやしまくってもらって構いませんので、今はスタップ。

 

 

 

さて、マッマ×2のおかげで全く外を見ていませんでしたが、リムジンが停車した事からどうやら到着したようです。

 

はあ、緊張するなぁ。

ユニオンの国防総省なんか入れるとは思ってなかっ…うぇ〜い、ホワイ●ハウスやないか〜い!

 

 

いや何故?

何故にホワイ●ハウス?

ぼくちん確かロバート・マクラララ国防長官に呼び出されたのであって、現ユニオン大統領に呼び出されたんじゃないハズなんだけどさ。

 

え、待って。

ちょ、待って。

わけワカメなんだけど。

 

いや、メン・●ン・ブラックのお兄さん。

「大統領がお待ちです」じゃないから。

大統領と会うとか聞いてないから。

いいの?会っちゃっていいの?

君たち車の中でバックミラー越しにあの痴態の数々見てたでしょ?

そんな面子を世界一の超大国の大統領の面前にお出ししてよろしいのかい?

 

 

 

 

 

 

 

ハリー・"ダーティハリー"・トゥーマン大統領は、その渾名が示している通りクリント・●ーストウッドみたいな人でした、いやそのまんまでした。

 

どうしてそうなる。

 

チェイブル首相はちょっと名前いじくっただけのご本人だったのに、なんでユニオン大統領はクリント・●ーストウッドなんだよ。

 

しかもなんでウェスタンやったり44口径リボルバー振り回してた全盛期の頃じゃなくて、グラン●アノなの?

何で現代の移民社会と年老いた頑固な老人を描く社会派ヒューマンストーリーなの?

 

私は一体どういうリアクションすれば良いの?ねえ?

 

おっと、やべえ、ユニオン大統領がこっちをジッと見てやがる。

とりあえず背筋を伸ばして悪印象だけは与えないようにしよう。

もう手遅れだろうけど……

 

 

「………ロイヤルからアカの手先を追い出した英雄だと聞いていたから、どんな男が来るのかと思っていたんだ。案外普通だな。」

 

 

普通?普通って言っちゃいますか?

さっきまでリムジンでマッマ×2にあやされてたんですよ、私。知らないんですか?

つーか英雄でも何でもねえし!

ただ椅子に座ってエクレアとドーナツ貪ってただけだし!!!

 

ってのは胸の内にしまっておこう。

うん、そうしよう。

 

 

「どんな男か見てみたかったんだ。CIUと組んでる男がな。…良いパートナーを選んだじゃないか、CIUは。ダリス君、君の選択は正しかったようだ。」

 

「身に余るお言葉です。」

 

 

私は今、地獄の三者面談を体験中。

正面にユニオン大統領のダー●ィ・ハリー、右手に国防長官マクラララ、左手にはダリスCIU長官。

こんな組み合わせは北方連合と核戦争おっぱじめる時ぐらいじゃないとそうそうないと思う。

 

…おうい、嫌な予感がするぞ。

何かとんでもない提案を出されそうな予感がするし、しかも拒否権がない気がする。

 

 

「頼みがあるんだ、マッコール君。」

 

 

うお、ほら来たぞこのクリ●ト・イーストウッドめ。

頼むからロクでもない事は…

 

「"チーム・ユニオン"は扱いに困る連中かもしれないが、いい奴らなんだ。どうか君の下にいさせてやってほしい。」

 

…え?

 

「ワシントンもノースカロライナも君の統制下でやった方が良いと言ってる。アカの手先を狩るには、君の手助けが必要だともね。」

 

「CIUを代表して、私からも頼む。彼女達の面倒を見てやってくれ。」

 

は、はぁ。

それだけのためにわざわざご招待を?

 

「"それだけ"とは何だね!」

 

あっ、あっ、いえ、はい、あの、すいません。

ただ、ユニオン国防長官から呼び出しを受けた以上はそれなりの重要な案件かと。

 

「ははっ、深く考え過ぎだ、若者よ。私は君に会っておきたいとしか言ってない。」

 

「最近はKANSENを私物化するクソ野郎が大勢いる。だから、ロイヤルで活動しているCIUチームを扱う人間がどういうのか見ておきたかったんだ。マクラララに呼び出せたのはこの私なんだ。大統領から直々のお呼び出しとあらば、君は訝しんで来ないかもしれないからな。」

 

ふぅぅぅ。

そういう事ですか。

わかりました、わかりました。

大統領、心配はご無用です。

私はロイヤル海軍でKANSEN達を指揮してきました。

彼女達の扱いも正当なものにします。

 

「約束してくれるなら信じよう。君は信用に値する人間のようだしな。さあ、若者よ、貴重な時間を取らせたな。"Go ahead,make my day."」

 

 

 

イースト●ッドファンが聞いたら卒倒するであろう名台詞を生で聞きながら、私はホワイトハウスを出た。

そして、チーム・ユニオンの面々とルイスマッマに出迎えられる。

 

「よっ!アタシ達の大将!よろしく頼むぜ!」

 

うん、よろしくね、ワシントン。

それより聞きたいことがあるんだけど、どうして君を始めとしてチーム・ユニオンの皆んなは血まみれなのかな?

 

ここに正座してもらえる?

ん?さっそくやらかしたろお前ら?

 

聞きたいことが山ほどあるんだ。

 




某日


ルイス「ねえ、指揮官くん、このSSに相応しいオープニングを作ってみたの!」

マッコール「え!なになに!すっごくいいね、それ!」

ルイス「じゃあ、聞いてちょうだい♪」


-------------


♪通知が届いたんだ
遊びに戻ってきなって
でも残念、私の為ではない
Ap●leのクレジットが既に消え始めた

給料を詰め込んで、
使って捨てたカードの屍を見てみなよ
(財布が)虐げられ、
(残高が)ボロボロになろうと、
必ず手に入れる


ダイヤに捉われ私の魂は抜け落ち
頭は腐り、壁に囲まれて
でも、今日こそは購入の日

運営は言った。
"ルイスに二着目のドチャ●コ衣装を着せたんだ"
蔑まれても、私は止まらん
このゲームが私の財産を滅ぼすまでは!



私は生きている!
日々どうにか生き抜いてる!
お前のおかげだよ、この運営が!

なあ!
ワクチンが必要なんじゃないんだよ!
そんなに私の頭を治したきゃ
今夜新しいドチャ●コ衣装を作ってくれ!!

La〜La〜La〜LaLa La La La〜
今夜
La〜 La〜 La〜 La La La La〜

今夜新しいドチャ●コ衣装を作ってくれ!!

-------------


マッコール「不採用。」

ルイス「え!何で!?せっかく指揮官くんのために考えたのに!」

マッコール「和訳の替え歌とか、どう英語に戻してアレするんだよ。」

ルイス「…」

マッコール「あと、内容的にも著作権的にもアウト。」

ルイス「そうよね〜…うぅん、無理やりベン●ィ使ったのが悪かったかしら」

マッコール「そういう問題じゃないっ!」



-------------

ベン●ィ・アンド・インクマシン楽しすぎてやらかしました今は反省しています


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

●●しないと出られないコタツ


ピッピ「♪お手紙を送ったわ。
早く戻っておいでって。
でも残念、貴方の為じゃない。
自由な時間は既に消え始めた。

貴方が置いていったマッマ達が
死ぬまであやしに来るから見てなさい。
途方もなく疲れても
気力が消え去っても
あやし続けてやる。

坊やがユニオンは行き、私達はあやし足りず
哺乳瓶が腐り、仕事に囲まれて
でも今日こそは帰ってくる日

貴方言ったわね
『ごめんね、ピッピ、ダンケ、ベル、帰ってきたらあやしまくっていいから』って。
お願いされても、今日は止まらない
貴方をあやし尽くすその時までは!


私は生きて」

マッコール「はい、スタァァァァプ!」





 

 

 

 

もうひとつ寝ればお正月で、故にベルファスト達がガスマスクを装着して家中の掃除をしまくっていた。

 

私は先々日からお休みをもらっており、緊急の要件がない限りは出勤しなくとも良い。

よってベルファストのお手伝いをしようとしたんだが、ベル自身に止められた上にピッピとルイスの挟み撃ちにあった。

そしてそのまま取り合いが発生するのはいつものパターン。

今日も異常なく引っ張られたり、抱き込まれたり。

 

 

「指揮官くんはわーたーしーのっ!諦めなさい、ティルピッツ!」

 

「あら何言ってるかわかんないわ、ルイス。坊やは私にあやされる、そして癒される。これは定め、清め、貴女に必要な諦め、チェケラッ」

 

「韻踏んでるだけの偽物には、真似できないのよ私の母性は。リリックに刻むこの子への愛、そこまでの覚悟貴女にはない。」

 

 

おい、私を挟んでフリースタイルすんじゃねえ。

とりあえず、呼吸させて?

 

yo,yo.

グラマラスな肉体をフル活用して私を窒息させるの日課にしないでくれません?

当然のように窒息させる習慣はもうやめにしません?

 

 

「もう!指揮官くん!こういうのっ、いつでもして良いんだからねッ!!!」

 

ルイスがそう言って、私を双丘の谷間に深々と挟み込む。

 

「坊や!胸の選択は慎重にねっ!!!」

 

今度はピッピがルイスから私を引っ張り出して谷間に挟み込む。

 

「指揮官くんをいつでも持っていければいいのにっ!ヘレナ!下着の改修、手伝ってもらえるかしら?」

 

「安全な場所から坊やを眺める…『残念』という言葉以外何も言えないこの感触、分かるか?」

 

「私は『ラッキー・ルー』♪過保護にも心得があるのよ♪」

 

「あやす事に慣れてしまっても、あやしていた物の価値は失われない…」

 

 

ボイス集を雑に変化させたとしか思えない言葉の数々を投げ合いながら、ピッピとルイスは私を奪っては谷間に挟み込むという動作を繰り返す。

私はドッジボールか何かなんでしょうか?

それかラグビーボールか何か。

 

スッと横から腕が伸びてきて、ピッピ・ルイス間でやり取りされていた私が引き抜かれる。

引き抜いたのはようやく掃除を終えたベルファストで、既にガスマスクを外し、身なりを整えた上で私を2人に勝るとも劣らない双丘に挟み込んだ。

 

 

「お二人が遊んでいる間に、私が清掃を終わらせました。ご主人様をあやす権利をこのベルファストが主張しても、文句はありませんよね?」

 

「うぅ…」

 

「チッ…時間切れのようね」

 

「それではご主人様、これよりベル☆ベル☆あやしんぐタイム☆のお時間です。諦めて下さい。」

 

 

いや、何を?

諦めろってどういうことやねん。

そもそもベル☆ベル☆あやしんぐタイム☆ってなんなのだろう。

 

「まず、ロイヤル式ティータイムです。お紅茶をお楽しみつつ、あやされて下さい。次に、礼儀作法のレッスンです。紳士としての作法を学びつつ、あやされて下さい。最後に社交ダンスです。紳士として淑女をリードしつつ、あやされて下さい。」

 

支離滅裂な思考・発言。

 

「それが嫌だと申されるのであれば、仕方ありません。最終手段です。」

 

最終手段?

 

「私の上でお昼寝」

 

あ、それでお願いします。

 

いや、もう、アレなんですよ。

マッマベッドに慣れたどころかむしろマッマじゃないと寝れなくなっちゃったんですよ。

ですから、ちょうど少し眠気が来た午前10時のこの時間帯に30分ばかし眠りたいなぁと。

マッマの上でフルリラックスして眠りたいなあっと。

 

 

 

 

 

「あら、指揮官様。ベルファストと私を使って、リフレッシュなされて下さい♪」

 

 

うん、ベルマットの上で寝たいと言う変態発言はしました、しましたとも。

ベルマッマの柔らかくて大きな双丘に頭を預けてぐっすり30分間寝たいと言いました、はい。

 

ただね、イラストリアスの掛け布団の件は何一つ伺ってないんですよ。

フェロモン撒き散らす掛け布団と共に寝るなんて、私一言も聞いてないんです。

私の理性が、とかそんな話じゃなくてね。

もう理性どころか魂持っていかれる気がしてならないのよ。

ほら見て?

イラストリアスさん黒のTバックにガーターってヤる気満々じゃん?

こちら側のありとあらゆるモノを吸い取ることしか考えてないじゃん、明らかに。

 

だからさ、ベルファスト。

頼むからベル☆ベルベッドにしてくれない?

掛けベル敷きファストにしていただけませんか?

そこをどうにかお願いします、あ、OK?ふー、よかった。

 

おいおいおい、泣かないで?

泣かないでイラストリアス。

君が嫌いとかそんなんじゃない。

ただ、ちょっと、今の君は私の股間にデンジャーなんだよ。

今の君は私を赤ん坊とは別の方向のビーストへと招きかねない。

取り返しのつかない禁断の特殊性癖へと導きかねない。

だから、分かってくれ、イラストリアス。

 

 

え?ちょっとだけ?

ちょっと抱き抱えるだけ?

ああ、分かった、すまんね、イラストリアス。

なんか避けてるみたいで嫌だよね、本当にすまん、ちょっと甘えて見るぐらいならいいよね。

じゃあお言葉に甘え…いやエロ過ぎるぅぅぅ。

 

ヘビかお前は。

獲物を捕らえるヘビかお前は。

 

私の頭を谷間に挟むまでの動作があまりにも滑らかすぎるし、こちらの両足にそちらの太ももを絡ませてスベスベ肌を猛アピールするあたりがまさにハンター。

 

やめろおおおおお理性が吹っ飛ぶゥゥゥ。

 

 

「イラストリアス様、それ以上はご主人様の理性に関わりますのでっ!」

 

おお、ベルファスト!

その息だ!助けてくれい!!

 

「うふふふふふふ、指揮官様の理性なんか、私が破壊して差し上げますわ♪」

 

イラストリアスぅぅぅううう?

いかん、イラストリアスが究極のサッキュバスモードへ入ってしまった!

誰かこのサッキュバス止めてくれ!

ピッピィ!!ルイスゥゥゥ!!

 

 

「呼んだかしら、坊…ゴラァ!私の坊やになんて事をっ!!!」

 

「指揮官くんの童●が淫魔に汚されちゃう!」

 

「うふふふふふふふ、邪魔をしないでいただけるかしら〜♪」

 

 

情欲の塊と化したイラストリアスは私から一時的に離れると、どこからともなくフル艤装を取り出してピッピ&ルイスとの戦闘状態へ入る。

ここが室内である事に1mmも配慮されていない艤装の撃ち合いが始まり、私は危うくミンチになるところだったが、間一髪でベルファストとどこからともなく現れたダンケルクに救出された。

 

 

あ〜あ〜、せっかくベルが掃除したのに…

ごめんね、ベル、本当にごめん。

 

「ご主人様だけのせいではありませんし、遅かれ早かれああなります。それよりお怪我はありませんか?」

 

うん、おかげで無事みたい。

本当にありがとう。

 

「まあ、Mon chouをめぐる争いは季節の挨拶みたいなものだし。そんなことより私の上でおやすみしない?」

 

「ダンケルク、ご主人様は私の上でおやすみするんです。貴女は掛けダンケを。」

 

「えー!敷きダンケにな〜り〜た〜い〜!」

 

「敷きファストは譲れません!」

 

「ちょっと!何私達がいない間に敷きダンケ敷きファストになろうとしてるの!?指揮官くんは敷きルイスで休むの!」

 

「Nein!!!坊やは敷きピッピで寝るのよ!異論は認めないっ!!」

 

「指揮官様ぁ〜、たまには敷きイラストリアスとお●●●●しませんことぉ〜?指揮官様が知らない世界にエスコート致しますわぁ〜♪」

 

 

いつのまにか第二次あやし大戦が勃発していたこの日、イラストリアスを加えたマッマ達は新たな結論を出した。

 

おコタ。

 

つまり、炬燵である。

 

ただし、よくあるタイプのコタツとは少し異なる。

それはピッピ、ダンケ、ルイス、ベル、アイリー(イラストリアス)から構成されたコタツであり、通常のコタツとは違い自らの意思で抜け出ることは出来ない。

あと、常に強い自制心を強要される。

 

 

いや、たしかに今日は一年で最期の日で、夜には除夜の鐘が鳴り響き、新しい年にHello,neighborする事だろうけどさ。

 

なんだって禅僧みたいな修行しなきゃいけないんでしょうか?

 

己の欲と戦え的なサムシングかよ。

 

まあ、皆さんが今どうなさってるかはわかりませんが、私は新年のその時をマッマコタツの中で過ごしそうなので、ちょっと早めに言っておきましょう。

 

 

あけましておめでとうございます。

 

 




あけましておめでとうございます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハッピィィィイイイニュウイヤァァァアアア

あけましておめでとうございます。

今年も細々と書き続けられればと思っておるところではありますが、段々エピ増えてきたのでもう分離独立させた方が良さそうな気がしてきたんだけどもチトーがそれを許しませんのでご了承ください(新年早々何言ってんのコイツ)


 

 

 

「「「「パパァ〜、あけましておめでとぉ〜」」」」

 

 

誤解を生む表記。

 

ミニママ達から新年の挨拶をもらった朝、私はようやくママコタツから抜け出すことが出来た。

マッマとマッマの間から体を抜け出し、どうにか上半身を脱出させて手近にあるジャケットに手を伸ばす。

 

ジャケットのポケットには小さな封筒が4つ入っているのだ。

この時期、小さな子供達に渡す封筒と言ったらアレしかない。

O・TO・SHI・DA・MA、お年玉。

 

私はジャケットの裾を掴んで自らの位置まで手繰り寄せると、ポケットの中にある小さな封筒を一つ一つミニママ達に渡していく。

ミニママ達はまたしてもハッキョーセット状態になって大喜び。

 

 

「「「「ありがとう!パッパ!」」」」

 

誤解を生む表記。

 

さて、そろそろ起きて顔でも洗おうかな。

新年の最初の日をマッマコタツで寝正月するわけにゃいかんだろう?

初詣でもしなきゃバチが当たる。

 

そのためにはまず、コタツから、抜けねばならない。

よく見ればコタツを構成するマッマ達はまだ寝ており、言うなれば今こそがそのチャンスなのだ。

折り重なったマッマ達の間から抜けるには、匍匐前進の要領で行くしかない。

まあ、大変な作業になるが、頑張るしかないな。

 

よいしょ、よいしょ、よいしょ、よい

 

「どこ行くの、坊や」

 

ようやくマッマコタツから抜け出した時、咎めるような声とともに下着姿のピッピが、マッマコタツの中から上半身を突き出させて追ってきた。

怖えよ。

サダ●かお前は。

 

ポルター●イスト顔負けの高速四つん這い歩行で私を追ってきたピッピは、まず、私の足を掴んで引き寄せ、次に腰を掴んで仰向けにさせ、最後に頭を掴んでその豊かな双丘に押し込む。

 

「ダメじゃない、坊や。勝手に私から離れるってどういうつもり?」

 

ふごごごごご(せっかくのお正月なんだし初詣に行こうと…)

 

「え!?何々!?『ピッピマッマと一緒に初詣に行ってピッピマッマとずぅぅぅぅぅっとピッピマッマピッピマッマピッピマッマピッピマッママッマピッピマッマしたいってお願いするんだ!』ですって!?嬉しいわ、坊や。早速行きましょう!」

 

 

ピッピお前もか。

お前まで強引ングマイウェイする気なのか。

出会った頃の"いつもキリッとしていて、でもどこか寂しそうなイイ女"という第一印象はどこへいったのやら。

過保護の化身、それが今のピッピである。

 

 

「重桜のハツモウデねぇ…指揮官くん、私に願い事はないからあなたの『今年もルイスマッマとルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスできますように』っていうお願い事、一緒にお願いしてあげるわ♪」

 

 

いつの間にか起きて、既にペン●ハウスの表紙を飾れそうな振袖を着るルイスマッマが、ピッピとは反対方向から双丘を押し当てつつそんな事を言う。

 

いや、ルイス?

そんなお願い一度も口にした覚えは…

 

「何!?指揮官くん、嫌なの!?ふーん!分かった!そんなこと言うなら今年は他の男の人に寝取らr」

 

今年もルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマルイスマッマしたぁぁぁあああい!!

 

「うふふ、そうよね、指揮官くん♪大丈夫、私が指揮官くんから離れるわけないでしょう?」

 

「ルイス、冗談でもそんなこと言っちゃダメじゃない。坊や、安心して。坊やの大切なKANSENに手を出すような男は逸物をヤスリで研ぎ削いで…」

 

ピッピ、それ以上いけない。

新年早々、それ以上いけない。

去年の北方連合のスパイの偽指揮官ぐらいで十二分だから。

あんだけフルボッコにしたら十二分だから。

正月早々レザー●ェイス宣言しなくていいから。

 

 

「Mon chou〜♪あけましておめでとう♪」

 

おや、ダンケ。

あけましておめでとう。

今のところ、マッマの中で開口一番に新年の挨拶してくれたの君だけなんだ。

 

「ご主人様、あけましておめでとうございます。」

 

おお、ベルも起きた?

あけましておめでとう。

 

「指揮官様ぁ〜。あけましておめでとぉございますぅ〜。」

 

ふごふご

(おい、イラストリアス、アイリー、このシャ●ン・ストーン、なんだってお前はいつも私を特殊性癖の沼へ放り込もうと全力を尽くそうとするんだ?え?何でいっつもそうなんだよ、何で正月早々そうなんだよ。ん?あのね、フツーないよね。正月早々着替えた服がマイクロビキニで、あまつさえフェロモン撒き散らすのにその上エロティック極まりない腋の下で私のお顔を挟んでくるって、フツーないよね。頼むから、君は今年こそ常識という物を学んでいただきたい。頼むから。)

 

 

「あら?何かいい匂いがしますわ…キッチンの方から」

 

 

イラストリアスがクッソエロい腋の下で私を挟みつつそんなことを言う。

 

「確かに。そういえば朝食がまだだったわね。この場の者は調理してないから…誰か他の娘が坊やの朝食を作ってくれてるのかしら?」

 

「どこかで嗅いだ匂いね…欧州料理ではなさそう…少なくともアイリスではないわ。Mon chouが好きそうな匂いではあるけど。」

 

「指揮官くん、心当たりあるかしら?」

 

「どうやら重桜料理のようですね。イラストリアス、ご主人様を解放していただけないでしょうか?」

 

「えぇ〜…仕方ありませんわ。はい、解放♪」

 

 

ぷっはぁ!フェロモンからの解放!!

 

しばらくイラストリアスの腋臭で鼻が麻痺していた(決して臭いというわけではなかった)が、段々と懐かしい匂いを嗅覚が感じ取っていく。

おお、これは…

多分加賀さんだね。

 

 

 

 

 

 

 

キッチンに行くと、既に多くの元KANSEN達が起きていて、真っ白なお餅をそれぞれの好みに合わせて食べている。

 

きな粉、小豆、砂糖醤油。

お餅を茹でて提供しているのは、我が家きっての板前・加賀さんと、赤城、高雄、愛宕お母ちゃん。

 

 

「おっ、やっと起きたか、この寝坊助め。あけましておめでとう!ほら、お前には『スペシアル加賀雑煮』を用意してやったから心して食え!」

 

 

加賀さんがそう言いつつ、私にお雑煮を渡してくれる。

大きなどんぶりには醤油ベースのスープとお餅上に、さまざまな具材が載っていた。

一番気になったのは…これ牡蠣じゃね?

 

 

「そうだ、よく気づいたな。今日の為に重桜の瀬戸海から取り寄せたんだ。あそこの牡蠣は品質が…」

 

やっほおおおおおおお!!!!

牡蠣↑↑牡蠣↑↑牡蠣↑↑牡蠣↑↑牡蠣↑↑牡蠣↑↑牡蠣↑↑牡蠣↑↑牡蠣↑↑!!!!

 

「…お、おお、そんなに牡蠣が好きだったのか…うん、取り寄せた甲斐があったな、貝だけに。」

 

「加賀殿…滑っておる、盛大に滑っておる」

 

 

もう私に加賀さんの声は届いていない。

肉厚な牡蠣を貪り食うのに必死になっていた。

いや、もう、お出汁も効いてるしこりゃあうまい!

 

私は自分でも驚くほどスペシアル加賀雑煮に集中し、とにかく味わって食べ、そして完食した。

気づかぬ内に周囲に座って、それぞれの方法でお餅を食べてたマッマ達がドン引きしてたのに気づいたのはその後である。

 

 

「ぼ、坊や…よっぽど牡蠣が好きなのね。まるでカオ●シだったわよ、あなた。カエル飲み込んだ後に風呂入って砂金ばら撒きながら食い放題してたカオ●シ。」

 

うん、ごめん、ピッピ。

理性を失ってた、申し訳ない。

 

 

さて、朝ごはん済ませた事だし、皆んな食べ終わったら初詣に行こう。

たぶん、この人数だから大名行列みたいな事になるだろうが、お願い事はもう決めてある。

 

あとはお願いして、絵馬に書くだけ。

そんなに時間はかからないだろう。

 

え?何をお願いするかって?

 

 

それは勿論…

 

 

 

 

 

『今年もピッピ、ダンケ、ルイス、ベル、その他マッマ達と、マッママッママッママッマ出来ますように』

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゲット・イン

正月早々微グロ&胸糞注意ですいません!
苦手な方は観閲回避推奨です或いは正月の楽しい気分が抜けてからご覧ください。


 

 

 

ロイヤル・ボービンド戦車博物館。

 

 

 

 

 

 

私は転生するまで、戦車という物に少なからずの興味があった。

幼い頃に空挺部隊のテレビドラマを父と見た時、私は初めてティーガー戦車を目にし、そして衝撃を受けたのだ。

力強く走り、クロムウェル戦車の砲撃をもろともせず、88mm砲でシャーマン戦車を屠る。

テレビドラマの中のアメリカ兵達は、「ティーガー」というワードを口にする度に恐怖や戸惑いを顔に滲ませていた。

元となった本人達は、航空支援の得られない状況下でこの戦車に出くわせばどうなるか知っていたからだろう。

 

 

はじめてのプラモデルはティーガーだった。

勿論、ティーガー以外もやった。

ヤークトパンター、三突、またティーガー。

2両目のティーガーをやった後にKV戦車と出会ってしまった。

KV2重戦車はまだ小学生だった私をソ連戦車沼に容赦なく引き摺り込み、そこからT34、KV、JS戦車を次から次に組み立てる狂気のソビエト・ローテーションが始まったのだ!

 

 

 

 

 

まあ、幼少期の趣味はさておき、今日は趣味でこのロイヤルいちの戦車博物館に来ているわけではない。

ある人物に会うためだ。

 

その人物はMI5から十二分にマークされている人物でもあり、おいそれと入国するわけにはいかんらしい。

しかし、今回は急を要する極めて重要な案件を持ってくるようだ。

そうでなければ偽装身分を使って入国などするわけがない。

 

 

 

今、このボービンド戦車博物館には鉄血公国製の重戦車が運び込まれている。

ホルタ会談の後、鉄血公国の国民はロイヤル・ユニオン曰く『理性を取り戻し』、当時の鉄血公国指導者曰く『発狂して』、民主主義を再選択した。

 

中学校の歴史の教科書の170ページ目くらいに大抵その顔写真が載っているその人物は追い出され、より穏便な人物が国の新たなる指導者に選ばれたわけだ。

新たな指導者はホルタ会談に誠意を示すという意味で、鉄血の最新鋭戦車をロイヤルに寄贈する事にしたらしい。

注目すべきは、この戦車がロイヤルのみならずユニオンや重桜にも送られ、更にはロイヤル・ユニオン・重桜の最新鋭兵器も鉄血に送られた事だろう。

 

今や北方連合の脅威はホルタ会談側をそこまで団結させていたのだ。

いくら同盟国相手でも、自国の最新鋭兵器をおいそれと融通するわけにはいかない。

いつ銃口がこちらを向いてもおかしくないからだ。

ただ、その辺は考えたようで、中枢部品はブラックボックス化されているようだが。

 

 

 

話は少々脱線したが、ロイヤルに寄贈された重戦車を博物館に送り込む為に、今ロイヤルには相当数の鉄血公国技術者が入国していた。

問題の人物はその技術者の内の一人に"化けて"やってくる。

某黒人主役のホラー映画のように脳みそを入れ替えてやってくるわけではない。

アカの他人のパスポートと身分でやってくる、というだけの話。

 

 

私はその人物と会うために、今鉄血公国から運ばれたばかりの重戦車・ケーニヒスティーゲルの前にいる。

傍らには秘書役兼護衛役が2人。

即ち、ピッピとプリンツェフがスーツ姿で付き添ってくれていた。

 

実を言うと、件の人物との接触はMI5を通して行われたものではない。

彼に対するMI5の反応…彼はMI5の要注意人物リストに入れられている…から考えれば当然かもしれないが、それは考えられないだろう。

 

 

 

実際には、ピッピを通じて行われたのだ。

まず、件の人物がビスマルクお姉様に私とのコンタクトの段取りを頼み、ベルリンの『ビスマルク総合カンパニー』からロンドンの『マッマ&ママ総合商会』に連絡が来て、あくまで民間取引という偽装の下コンタクトが取られたのだ。

 

え?何?会社の名前?

もういつも通りじゃないか、一々突っ込むことないじゃん?

実際、マッマのマッマによるマッマのための総合商会なんだから、そのまんまじゃん?

 

「少し違うわよ、坊や。私達の為じゃなくて、あなたの為よ。」

 

あのね、ピッピママ。

勝手に人の頭の中読むのやめてくれない?

いや、ピンチの時にすっごく助かるのは助かるんだけど、逆の時はこっちが窮地に陥る可能性微レ存だからさ。

 

まあ、とにかく、私はピッピから直にそのことを伝えられ、件の人物と直に接触する事にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

約束の時間丁度に、後ろから声をかけられた。

 

 

「こんにちは、良い日ですね。こんな良い日には良い朝食を食べないと。今朝は何を食べました?」

 

ああ、それなら加賀マm

 

(坊や!合言葉よ、合言葉!サラミソーセージとベーコンサテー!!)

 

サラミソーセージとベーコンサテーを食べました。

 

「…お会いしたかった、Mr.マッコール。私がラインハルト・レルゲンです。」

 

 

 

ふぅ、危なかったぁ。合言葉間違うとこだったよ。

 

それにしても、画面の前の皆様、今日大変めでたいことに私とピッピママの間でテレパシーによる意思疎通が確立されました。

元KANSENは人間の脳内に直接話しかける事が出来ることが証明されたわけです。

ノーベル賞受賞できそうですね、論文書いたら。

 

(坊や、それは違うわ。KANSENだからじゃない。私があなたのマッマで、あなたが私の坊や)

 

(わかった、それ以上はいいから、マッマ。)

 

 

 

脳内会話をしつつも、私はレルゲン氏と握手を交わす。

私と同じくらいの年齢だが、私よりよっぽど背が高く、男前だ。

黒いコートにハンティングハットが良く似合う。

これぞ、諜報員って感じだね。

 

(そんな事ないわ!坊やだって充分素敵)

 

(マッマ!ちょっとレルゲンさんとのお話に集中させてくれないかな?)

 

 

 

それで、お話ってなんでしょうレルゲンさん。

 

「ご存知でしょうが、こう見えて私は鉄血公国情報部のトップです。自慢ではありませんが、ホルタ会談が始まる前から北方連合に情報源を作っていました。」

 

ええ、存じ上げております。

大変優れた諜報技術をお持ちのようですね。

MI5がホルタ会談の後も要注意人物に指定しているくらいですから。

 

「ははは、有名過ぎるのも我々の世界では困りものです。さて。私の情報源が、ある情報をもたらしてくれたのですが…申し訳ない、少し不愉快な気分になるかもしれません。」

 

 

レルゲンはそう言って、私に一枚の写真を見せる。

ハガキくらいの標準的なサイズの写真だが、写っている物は標準なんてものではなかった。

 

 

なんだ、これは。

 

「私もそう思いました。これが撮られたのは、北方連合屈指の軍病院内です。」

 

 

 

何が写っていたか。

外科手術のような事をされている、恐らくはKANSENの写真だ。

しかし、外科手術のようには見えない。

私は医者ではないが、あくまで患者を助ける気であるのであれば、こんな開き方はしないハズじゃないか?

 

首から性器にかけて、まるで魚の一夜干しのようにがっぱり開かれている。

白衣の人物が1人傍らに立って、何やら図版を持って書き込んでいた。

とても人命を救助しているようには見えない。

 

 

 

この写真は…何なのですか?

 

「鉄血の専門家達は、恐らくメンタルキューブの再回収を試みているのだろう、と。」

 

は、はあ!?

 

「驚くのも無理はありません。メンタルキューブの外科的回収など、どこの国も考えつきさえしなかったのですから。」

 

とんでもないKANSEN協定…国際法違反ですよ、これ。

 

「ええ、その通り。我々の仮説はこうです。

北方連合は五カ年計画により、KANSENを大量建造できる程度に重工業を発展させた。しかし、肝心のメンタルキューブが不足している。」

 

 

 

メンタルキューブの事ならある程度はわかる。

アレがないとKANSENの建造ができない。

この世界に来る前、期間限定建造があると財布の中身を持っていかれた頃が懐かしい。

何枚のiTun●sカードを使い捨てたことか。

 

しかし、まあ、それを建造したKANSENから外科的に取り出そうとは…何てこったパンナコッタ。

 

 

 

「現在、北方連合のKANSENは、駆逐艦が過多に多く、主力を担うべき巡洋艦・戦艦が絶対的に不足しているようです。恐らくは多すぎる駆逐艦をこのように解剖しているのでしょう。」

 

どうにか止められませんか?

 

「この写真を拡散しても無意味です。北方連合はシラを切り通すでしょうし、情報源は非常に危うい立場に置かれる。まだ詳しい情報が必要です。」

 

では、なぜ私に見せたのですか?

 

「実を言うと、あなただけではないんです。

重桜、アイリスの極限られた関係者に見せています。まだ国際的問題にするには早過ぎるが、認知してもらわねばならない。何故なら…」

 

ひょっとして………北方連合が他の国のKANSENを拉致してる…とか……

ははは、まさかそんな…え?マジ?

 

「駆逐艦での成果が乏しく、北連の研究者達は他国の大型KANSENを拉致して解剖する計画を立てている公算が高い。それとなく、注意を喚起してもらいたい。」

 

んんんんん!?ちょ、ちょっとどころか頗る難しいですぞそれは。

 

「分かっています!ですが、しばらくはこうするしかない。より詳しい情報が入れば直ぐにでも公開できます!そうすればいくら北方連合がシラを切っても、ホルタ側は警戒を強めるでしょう。決定的証拠があれば、調査隊も派遣できるのです!確証を得るまでは、情報源を保護しておきたい!」

 

わ、わかりました、頑張ります。

 

「本当に申し訳ありません。ご協力に感謝します。叔母さんもどうかお元気で、マッマも『よろしく言っておいてちょうだい』と。では、私はこれで。」

 

 

 

んんんんんん〜〜〜〜。

レルゲンさんの言いたい事は何となくわかるが、これで本当に拉致が起きたら大変な事になるぞ。

しかしできる限り内密にしないと、調査隊を送るために必要な証拠が入手困難になる…。

 

 

 

つーか、ちょっと待て。

"叔母さんもどうかお元気で"って何?

マッマから伝言されたって、何?

 

「ああ、坊やは知らなかったわね。ラインハルトも元指揮官で、昔の負傷で、ビスマルク姉さんから輸血を受けたのよ。あの子も良い子だから仲良くしてあげてちょうだい?」

 

つまり、今のは…従兄弟?

 

「そう言うこと。私達は家族よ?」

 

 

 

 

 

皆さま、家族がどんどん増えているようです、知らぬ間に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チェッ!28歳で革命!?

今回は少しばかり趣味に走りまくって好き勝手書いたので、知識不足によるクソ記述があるかもしれませんが所詮クソにわかの文章だと生暖かい目で見守っていただけると幸いです。。。


 

 

 

 

 

ふぇあああああ〜あったけえええええ〜。

 

冬のロンドンからカリブの南国なんかに来たもんだから、飛行機から降りた瞬間には汗をかいていた。

急いでコートを脱ぎ、同行したノーカロさんからクリスタ●・カイザーを受け取り、そしてハンカチで汗を拭う。

1月のコィバ共和国の気温は約20℃。

まあ、常夏の島と言われるだけはある。

 

 

残念ながら、観光をしに来たのではない。

今回の海外任務にはノーカロさんとピッピについて来てもらったが、その目的は『20年後の核戦争危機を予防するため』だ。

史実ではギリギリで回避されたキューバ危機だが、この世界線では回避するとは限らない。

よって私は今、史実におけるキューバよりよっぽど早く革命が起きて、しかも成功してしまったコィバ共和国という南国の島に来ているのだ。

 

この国に来るのに何が大変だったかって、クリント・●ーストウッドを説得すんのと、ルイスマッマから猛反対された事だね。

ユニオン大統領はアレルギーどころか被害妄想なんじゃないかってくらい容共的な人物を嫌ってたし、ルイスマッマは親ユニオン政権を打倒した出来立てホヤホヤの革命政権と話すなんてどうかしちゃったの指揮官くんとか何とか泣き叫びながら止めてきたから良心が引き裂かれそうになったんだ。

 

事実、私はM1ライフル銃を持った男達の前に立たされていたし、彼らは決して友好的な表情をしていなかったのだが。

 

 

「これは何だ!」

 

革命戦士が私のアタッシュケースをとことん調べ上げ、私自身気づかぬうちに改造されていたアタッシュケースの底裏から女性用の下着とマッマ臭液と思わしき小瓶を発見した。

あの下着の色は…。

ルイスゥ〜〜〜。マジで頼むぜぇ〜〜〜。

あれほどやめてくれって言ったのにヨォ。

 

 

「ああ、それは私の下着よ。小瓶は持病の薬。」

 

ピッピがナイスフォロー。

しかし、革命戦士は警戒を解かない。

 

「じゃあ何でこの男の手荷物に入ってる!」

 

「私の荷物がパンパンだったから、入れてもらったの。」

 

「仕事仲間とはいえ、男の手荷物に下着を預ける女がどこにいる!?」

 

「ただの仕事仲間なんかじゃないわ。私は彼のケッコン相手、そして何より…母親よ。」

 

「!?………」

 

 

おぉい、ピッピ。ケッコン相手だけで充分だよ。

ナイスフォローが一気にぶっ壊れちゃったよ。

革命戦士が「ん?は?どういうこと?」的な顔つきのまま止まってんじゃねえかよ。

ぜってえ怪しまれる要素を余計に一つ加えて

 

 

「羨ましっ!!!!」

 

 

革命戦士はそう言ってアタッシュケースをバァンッと閉じた。

もうそれ以上何も言いたくない。

羨ましいってどういう意味かとか、何で悔しそうにしてるのかとか、考えたくもない。

 

 

そうこうしてるうちに手荷物検査は終わり、肝心の人物がやってきた。

革命家のイコンになったとも言えるその人物は、よく描かれるように葉巻を加え、顎鬚を蓄え、そしてオリーブドラブ色の野戦服を着ている。

彼は後に禁煙宣言を出して実行するが、それは1968年の事。

つまり、今はまだハエやアブから顔面を守る為に始めた葉巻をバカスカ吸ってる頃だ。

 

 

フィデル・ガストロ。

コィバの親米独裁者、アナスタシオ・アル=バリスタに反乱を起こし、革命を成し遂げた人物。

 

史実に沿って言うならば、この人物は現時点では容共的な部分はあっても共産主義者ではないはずだ。

カストロがソ連へ接近し出すのは、アメリカを訪問してアイゼンハワーから冷遇された後。

それまではアメリカとも友好関係を望んでいたのだ。

 

 

本音を言えば、アナスタシオ・アル=バリスタがコィバの独裁者をやってた方がずっと都合が良い。

彼の国軍がキチンと仕事をしていれば、私がここに来る理由もなかったのだ。

ところが、17個の大隊から次から次へと脱走者が出た為に、ガストロの革命軍は首都まで悠々と進撃してしまった。

こうなっては、交渉相手を変更しなければならない。

ユニオン・フルーツの農場やユニオン・マフィアのカジノを守りつつ、この新しい革命家に『ホルタ会談』側に留まってもらわねばならないのだ。

 

その為に、クリント・●ーストウッドから妥協を引き出すという骨の折れる仕事をしてきた。

ダリスCIU長官は、ガストロが容共的なクソ野郎で、信頼ならないというもっともらしい意見を述べていて、それは●ーストウッドも同じだった。

だから私は、「『容共的なクソ野郎が完全な共産主義のクズ野郎になる前に』方向転換を試みさせていただけませんか」と具申を行い、何とか●ーストウッドの妥協を取り付けることに成功した。

 

まあ、ただのいち対外諜報顧問が大統領に直接意見具申できるとかどんだけガバガバなのよとか思っちゃったりしたけど。

鎮守府時代にマッマ達が稼いでくれた『ロイヤルから北連を追い出した英雄』なる評価があらゆる事象のマスターキーを用意してくれる。

本当にありがとう、マッマ、愛してる。

 

 

 

 

 

「さて、新しいコィバの未来を決める話し合いとやらをしようじゃないか。」

 

ガストロは開口一番にそう言った。

え、ここで決めんの?

一国の将来立ち話で決める気なの、この人は。

 

 

「私は国の全農地の国有化し、全ての生産資本を国の管理下に入れるつもりだ。国家の富を平等に配分して…」

 

 

おおっと、これは前言撤回しなきゃならんな。

ガチムチの共産主義者やん。

ただ、彼がリスクと照らし合わせて考えを変えてくれるならば…或いは妥協する余地を見出すならば、キューバ危機ならぬコィバ危機はまだ防げる。

 

 

 

 

 

「……と、いうのが私の思い描く将来のコィバだ。どうかね?」

 

もちろん、理想的な案ではありますが、ユニオンとの関係悪化は避けられません。

特に、農地の国有化と設備の国有化は…少なくともユニオン資本を例外にしないと。

 

「私の革命に例外はないっ!実家の農地だって例外ではないっ!それ程の覚悟をして国有化を断行するのだ!そうでないと真の理想は叶えられん!」

 

志は大変立派ですが、現実に即した物の見方も必要です。

貴方はユニオンと事を構えるおつもりですか?

 

「怖くはないな!北方連合と共同して対抗するという手もある。かの国では砂糖とコーヒーの需要も高いようだからな。」

 

一つ、貴方は勘違いをされておられます。

トゥーマン大統領はタカ派の中のタカ派です。

ユニオンのすぐ裏庭に、北方連合の同盟国が出来たとして…放置はしません。

 

「バカな!北方連合はもはや超大国の一つ…」

 

それはそうですが、今はホルタ会談側が地中海とバルト海の制海権を確保しています。

良いですか?

北方連合と砂糖とコーヒーの取引をしたとして、たしかに上手くいけばバーター取引による実質上の経済支援も取り付けられるでしょう。

民間取引ならば、いくらホルタ会談側でも止める手立てはありません。

 

しかし、軍艦やフル装備の兵士たちとなると話は別です。

ホルタ会談側が、コィバに向かう北方連合の軍艦を黙って見守るとでも?

先程言った通り、北連の艦隊は大西洋へ出られない。

ユニオン海軍を止められるだけの規模の艦隊を、民間輸送船と言い張って派遣できるわけがない。

 

「……………つまり、トゥーマンはいつでもコィバを潰せると。だが、北方連合は計画経済を完遂させ、重工業の発展により艦隊を急速に増長させている!近いうちにユニオンの海軍にだって」

 

いいですか、艦隊の強化なんてものは明日明後日でできるものではないんです。

対して、トゥーマン大統領は明日にでも海軍を派遣できる…貴方の革命戦士を叩きのめせるだけの海軍をね。

 

「なら何故今すぐにでもそうしないんだ?」

 

貴方はコィバ国民の支持を受けている。

もう革命が成功した以上、力づくで元の状態にするのは困難を極めるからです。

出来ないことはありませんが、膨大なコストを支払う前に私が交渉をさせてくれるように頼んだのです。

 

「交渉とは何だね?革命を捨て、コィバを離れて北方連合にでも亡命してくれと言うのかね?なら、徹底抗戦せざるを得んよ。」

 

そうは言ってません。アル=バリスタを迎え入れろと言うのではない。

貴方の考えている国有化を、来月のユニオン訪問まで待ってもらいたい。

 

「それだけかね?もっと直接的な要求をされるかと思っていたが」

 

訪問を終えれば分かります。

…もう一点、貴方は認めたくないでしょうが、心の底で心配していることがあるでしょう。

 

「今度は心読術か?当ててみろ。」

 

周囲の国々。

 

「…………」

 

現在、カリブ海に浮かぶほかの国々はユニオンの息がかかった独裁国家ばかり。

つまり、今のコィバは異端児だ。

そして、出る杭は打たれる。

 

「私自身がどうなろうと、私は」

 

貴方自身はね。だが、革命は?

アル=バリスタを打ち倒して、国民が国の財政を動かせる状態になったのに、周辺国の軍事行動で潰されれば元も子もない。

…まあ、そこで、彼女に来てもらったんですがね。

 

 

私はピッピの方を向いて、彼女を紹介をする。

 

 

彼女はあるロイヤルの企業主であり、また鉄血公国に相当のコネクションがあります。

 

「私はビスマルクの妹です。」

 

「ビスマルク!?あの鉄血財界の大物の!?」

 

「ええ。どうぞお見知り置きを。」

 

 

ガストロが驚きで目を見張っていた。

え、ビスマルクお姉様そんなに有名なの?

 

 

「私の姉はこう回答しました。鉄血財界はコィバの砂糖とコーヒーに関心があります。もし、貴国が鉄血公国を砂糖・コーヒー取引における最恵国にしてくれるのであれば、こちらは必要規模の余剰兵器と軍事顧問団を派遣できる。」

 

現在欧州では、砂糖とコーヒーの需要が高まっています。

悪い話ではないでしょう。

ユニオンは周辺国への面子を考えても、貴方を支援するわけにはいかない。

 

「…だが、それは…外国資本の受け入れだろう?アル=バリスタ以来の経済格差の拡大を招く恐れが…」

 

「農地の国有化より、鉄血と取引すればより良い税収が得られますよ。お姉様、いえ、ビスマルクは当面コィバからの砂糖・コーヒーを国際市場より高値の固定額で購入するつもりです。得られた税収で社会資本を充実させれば良いし、ユニオンを敵に回すこともない。」

 

「…………」

 

閣下、これを。

鉄血公国が最初にこちらへ送り込む兵器類の目録です。

 

「…長砲身のⅣ号戦車、軽榴弾砲、対空砲、小火器にBf109と哨戒艇だと!?」

 

ユニオンに刃向かうには圧倒的に力不足ですが、周辺国から防備するには充分すぎる兵器類です。

 

 

 

ガストロは少し考え込んでいたが、すぐに私の方へ向き直った。

どうやら、良い方向へ進みそうだ。

 

 

「わかった、わかった。君からの提案を考えよう。少なくとも、訪問までの間に国有化するものはない、それは約束する。」

 

大変結構です。それでは、私はこの辺で…

 

「ちょっと待ってくれ。実を言うと…君の来る三日前に北方連合の連中からも提案を受けたんだ。」

 

………………………え。

 

「実を言うと、国有化の考えはその時発芽したんだ。彼らは革命の安全を保障し、更にバーター取引にも応ずると言ってきたんだ。それも、"ある施設"を二つコィバに建設するだけでな。」

 

ミサイル発射基地ですか!?

或いは爆撃機発進基地!?

 

「一つはそれだ。もう一つは病院のようなものだった…これがその…参考図面だな。」

 

 

ガストロはそう言って、私に施設の参考図面を渡してくれた。

たしかに、病院のようにも見えるが、どことなく病院では見られない設備があるように思える。

素人なんで詳しくはわかんないけど。

 

 

「三日前に来たのは、アヴローラとかいう工作員と、レクタスキーとかいう技術者だった。レクタスキーは特に、その施設に情熱を持っていたよ。君に利益のある情報だと良いのだが…それでは、アディオス!」

 

アディオス!

 

 

一ヶ月後には、彼が私を"アミーゴ"と呼んでくれるのだろうかと軽く妄想したが、すぐにそんな妄想は傍に退けられた。

とりあえず、今私がすべき事は、レルゲンから受け取った情報とも一致しそうなこの図面を彼に送る事だけだ。

北方連合の情報管理の杜撰さのおかげで、私はどうやら新しい情報を、それもとんでもない陰謀の重要なピースを掴んだようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一ヶ月後、ガストロも●ーストウッドもちゃんと私との約束を守った事が分かった。

 

●ーストウッドは予定されていたゴルフの予定を変更し、ガストロと会い、そして冷遇するような事はせずに革命政権を承認した。

 

ガストロは●ーストウッドと話し合い、ユニオン・フルーツの農地に手を出さず、代わりにユニオン・マフィア経営のカジノを接収する事にした。

これを黙認した●ーストウッドはマフィアから反発され少々厄介な問題が増えたが、コィバに北連空軍の軍事施設が出来るよりはマシなハズだ。

 

鉄血財界も約束を守り、軍事物資と顧問団を送り込んだ。

コィバは鉄血に貿易における最恵国待遇を約束し、鉄血財界は欧州でのコーヒー市場においてかなりのシェアを獲得した。

やがてコィバは接収したカジノの運営と、鉄血資本の受け入れにより、徐々にモノカルチャー経済を脱却していく事になるが、それは別のお話。

 

信じられるか?

これ、立ち話で決まったんだぜ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マッマが愛した数式

 

 

 

 

暗い暗い部屋の中で、私は物理的従兄弟と共にテレビを見ていた。

 

目の前の小テーブルにはピザとビールが2人分。

それぞれソファにもたれかかり、ダルそうにぼんやりテレビに映るクソも面白くない番組を見ているその様は、アメリカかどこかの駄目人間友達に見える事だろう。

 

3本目のビールを空けてから、もう随分時間が経っていて、一本500円程のそこそこ良いマイスタービールは完全にその美味しさを損ねていた。

 

 

私は隣にいる物理的な従兄弟を見やる。

到底私には似つかないハンサムな顔が、ヤクでもやってんじゃねえかというほどに呆けていたし、私と同じように眠りとの境を彷徨っている事がうかがい知れた。

 

こんな状況で話すものではないが、私はマイスタービールを一口飲んで、この間コィバで手に入れた参考図面の事を聞いてみた。

 

 

「あぁ、あの参考図面?うん、うん、今解析中だよ、ブロ(兄弟)。どうにもクサいよ、あれは。たぶん、KANSEN解体用の実験施設さ。結果が出次第、駐ロイヤル大使を通じて連絡が来ると思うよ。ジークフリート大使にはあった?」

 

うん、褐色肌の人でしょ?

『バル●ンク』とかいうクソでっかい大剣で豚ロースを切り刻んでた。

 

 

 

2人ともソファにもたれかかったまま、熱気のない笑いを漏らす。

あの真面目の塊みたいな筋骨隆々の大使が、真剣な顔してソーセージを作っている様を思い浮かべたのだ。

 

私は、この物理的従兄弟と、今では完全に打ち解けあっていた。

ボービンドの戦車博物館では初対面だったので敬語でのやり取りだったが、ピッピが鉄血へ帰省するとの事でビスマルクお姉様の家にお泊まりする事になったこの日、我々は再開し、お互いを従兄弟として認識し、そして呑んだくれているのである。

 

まあ、最初にお邪魔した時は驚いた。

このハンサム男が下着姿のビスマルクお姉様の上で寝ながらあやされてたのだから。

本人曰く、最近になってようやく慣れたらしい。

 

 

「こら!坊や達!テレビを見る時は部屋を明るくしなさい!」

 

 

あまりの自堕落っぷりが見るに耐えなかったのか、お風呂から上がったばかりだと見えるビスマルクお姉様が部屋の電気をつけながら入ってきて、そう言ってくる。

 

 

「あっ、ああ、ごめん、ビスマッマ!気をつけるよ。」

 

「ビールも程々になさい。ロブくんもよ?」

 

はい、わかりました、ビスマルクお姉様。

 

「フルネームはやめて。ビス姐でもビス叔母さんでもいいわ。2人とも早く寝なさい。」

 

 

ビス叔母さんがそう言って部屋を出て行き、

私達は顔を見合わせた。

 

「"フルネーム"?…俺も知らないな。」

 

2人ともまた笑って、それで今晩はお開きということにした。

明日は朝からアイリスの工作員と会う。

私自身はその為に鉄血公国に来たし、ピッピは帰省の日程を合わせてくれたのだ。

幸い、私は鉄血の要注意人物リストには載っていない。

MI5もようやく私の物理的従兄弟をリストから外そうとしていた。

 

 

 

 

 

マイスタービールは、ビール純粋令に基づいて麦芽とホップのみで作られたものだった。

 

私の個人的な個人的な個人的な感覚でしかないが、私はコーンスターチとか米とか色々副産物の入ったビールを飲むと悪酔いする。

 

ビールの質のおかげかどうか実際のところは分からないが、今朝は頭痛も悪酔いした後の後遺症も何もなく、快調に起きる事ができた。

 

物理的従兄弟もそうであったようで、私達は朝それぞれのマッマに作ってもらった朝食を食べて、それぞれのマッマに髭を剃ってもらい、それぞれのマッマに弁当を持たされて、出発する事ができたのだ。

 

 

出発の間際に、ビス叔母さんが従兄弟を抱きしめた。

 

「私の大切なラインハルト、今日も無事に帰ってくるのよ?」

 

「マッマ、心配しなくてもちゃんと帰って来るから。」

 

「忘れ物はない?横断歩道渡る時は手をあげるのよ?知らない人に声をかけられても」

 

「分かった!分かったから、マッマ!もう行かないと」

 

 

それを見て対抗心が燃えたのかどうか知らないが、ピッピも私を抱きしめる。

 

 

「坊や、私の大切な坊や。今日も無事に帰って来るのよ?」

 

分かってるから、もう大丈夫だから。

 

「忘れ物はない?横断歩道渡る時は手をあげるのよ?知らない人に声を」

 

ええい!大丈夫だから!!!

 

 

 

 

結局、マッマ達による別れの儀式に10分程取られ、私達はようやく出発する事になった。

従兄弟も私も、もうそろそろ勘弁していただきたいと思うところは同じようで、苦笑しながら歩き出す。

待ち合わせの場所はビス叔母さんの家から徒歩圏内にあり、私達はそこへ向かう。

その間にも、色々と話をした。

 

 

「コィバは上手くやったみたいじゃないか。ウチの情報部じゃ話題で持ちきりだよ。」

 

まだ、結果が出てない。来月になるまで上手くいったかは分からんよ。

 

「そう謙遜すんなって。ウチのマッマもそろそろ飲食業に参入しようと考えてたみたいだし、喜んでたよ。」

 

いや、ビス叔母さんには悪い事したよ。

国際価格に連動させればもっと儲けられるのに。

 

「南米の政治不安でここのところコーヒーは値上がりしてるし、あと5年はゴタゴタしてそうだから。それはそうと…例の施設、何故コィバに作ろうとしたと思う?」

 

蟹工船と同じさ。

"水揚げ"して、そのまま加工できる場所が欲しかったんだろう。

ユニオンで拉致したKANSENを大西洋と欧州越えで北連まで運んで解体するより、コィバでやる方が簡単でリスクがないからね。

 

「俺もそう思う。流石だな、ブロ。」

 

 

 

 

そんなバカ話をしてるうちに、アイリス工作員との待ち合わせ場所であるビルに到着。

そのビルの四階にある、防諜設備の整った一室には既に2人のアイリス工作員がいて、私達を待っていた。

ちょっと、おい…お前ら…マジかよ…

 

 

「アイリス諜報部からやって来ました、シャルロッテ・デュノアです。どうぞよろしくね♪」

 

「同じく、ジャンヌです。貴方達、五分の遅刻ですよ!」

 

 

あのさぁ、君達さぁ。

どんだけ多方向な方面から来るの?

いや、その内の一つはもう見たんだけどさぁ。

庭で豚ロース切り刻んでるの見たんだけどさぁ。

増やす必要ないじゃん?

このSSの元ネタ何か分からなくなるぐらい、グチャグチャになるじゃん?

 

 

「ああ、これは失礼、Fräulein(お嬢さん)。私は鉄血情報部のラインハルト・レルゲンです。こちらはロイヤルMI5対外諜報顧問のロブ・マッコール。」

 

 

気の利く従兄弟が私を紹介してくれ、私は2人のお嬢さんと握手した。

 

シャルロッテは原作と同じく、明るい感じの金髪美少女だった。

今にも「●夏のエッチぃ」とか言い出しそうなくらい、そのまんま。

 

聖女も聖女そのままで、トリファスで着ていた制服姿だった。

多分、高速鉄道と同じ速さで走れる脚力はある。

その聖女と握手した時、こんな一言が漏れていたのを、私は聞き逃したかったが聞き逃せなかった。

 

「弟にしたい………」

 

 

おい、やめろ。

私はマスターじゃねえ。

これ以上人の家系図に色々付け加えるのはやめてもらえます?

第一それは、その台詞はルルハワ行った時限定でしょうが。

あの水着衣装着た時限定でしょうが。

これアズールレーンのSSなんだからさ、無理やりそっちに引っ張ってもらわないでいいすか?ねえ?

 

 

お互いの紹介が終わった所で、従兄弟ラインハルトは短刀直入に本題に入る。

彼はいくつか図面と資料を取り出し、北方連合の恐るべき計画…メンタルキューブをKANSENから外科的に摘発するというトンデモ企画…について分かっていることを話し始めた。

 

 

「さて、これはマッコール氏がコィバで入手した資料です。北連はコィバに接近し、この施設を建設しようとしていました。まだ詳しい所は解析中ですが…恐らく北連はユニオンからKANSENを拉致し、コィバで"加工"する算段だったと思われます。」

 

「なるほど…確かに見た目は病院ですが、普通の物には見えませんね。」

 

 

ジャンヌが資料に目を凝らし、私を方を向く。

 

 

「この資料に関して、ほかに情報は?」

 

私がコィバに来る三日前に、北連の工作員が2名ガストロに会ったそうです。

1人は工作員のアヴローラ。

 

「悪名高い北連の工作員だね…」

 

そしてもう1人はレクタスキーという技術者だそうです。

 

「レクタスキー!?ハンニノフ・レクタスキー!?」

 

 

突然、シャルロッテが驚きの声を上げて立ち上がる。

おうおう、どうしたどうした。

 

 

「あっ、ごめん、つい。ハンニノフ・レクタスキー…北方連合のマッドサイエンティストだよ。」

 

シャルロッテの言葉を、ジャンヌが引き継ぐ。

 

「先週、レクタスキーはアイリスに入国していたことが分かっています。そして、同じ時期に駆逐艦KANSENが1人行方不明に。私達は防げませんでした…」

 

「何てこった。じゃあ、このトンデモ企画の中心にいるのは、そのレクタスキーなる人物のようですね。」

 

「アイリスのみならず、コィバでも名前が挙がるという事はほぼ確実ですね。」

 

 

大きな前進と言える。

従兄弟ラインハルトがもたらした情報は本物であることは、まず疑いがないだろう。

そして、北連内部で充分な成果が上がらない事から、連中はその活動を"外へ"広げている。

中心にいるのはレクタスキーで、先週の内にアイリスとコィバで名前が挙がっていた。

外堀は段々と埋まりつつある。

 

 

「肝心なのは内部の情報だね。それがない内は…私達に出来る事はKANSEN達を拉致から守る事…」

 

 

シャルロッテがそう言い、従兄弟も同意する。

 

「そうですね。こちらの情報源に探りを入れさせ続けていますが、ご存知の通り北連は極度に閉鎖的な社会です。新たな情報があるまでは守勢に回る事になるでしょう。」

 

「では、どうやってKANSEN達を守るか…それも各国首脳にはまだ知らせずに、どうやるかを話し合いましょう。」

 

 

ジャンヌの提案で始まったこの試みは、レクタスキーが何者か割り出す事よりも難しい物だった。

結局あまり良い案は出ず、本日は解散となった。

 

 

外に出ると、もう日が沈んでいて、えらく腹が減ったと思っていたら昼食もとらずに夕方まで議論に集中していたのだ。

そらぁ、お腹もペコちゃんになるわ。

 

 

 

 

ビス叔母さんの家に帰ると、私達はそれぞれのマッマに迎えられ、抱きしめられ、あやされて、あやされたまま夕食を取った。

 

そして「今晩は昨日みたいな不健全なのはダーメ」とか言われて、2人ともお風呂上がったらベッドに寝かせられ、ピッピのソロオペラをビス叔母さんのピアノ付きで聞いて、寝た。

 

過保護×過保護=超絶過保護

 

この公式は永久に消えない、保証しよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ガチの・ロワイヤル

 

 

 

 

 

この日は、MI5長官であるNと言う人物から小言を言われるという、あまりありがたくない1日だった。

 

まあ、小言だけ言われたのではなく、お褒めのお言葉もいただいたわけだが。

あの白髪混じりの年配女性から、まるでダニエル・クレ●グを咎めるかのような口調でお小言も言われたわけだから、あまり良い気はしない。

あれじゃまるで私がマダガスカルでアフリカのどっかの国の大使館吹き飛ばしたみたいな言い方じゃないか。

 

 

 

 

 

鉄血公国から戻ったあと、私は"我らが友"…例のアイリス百合工作員2名と物理的従兄弟、そして私からなる少数のレクタスキー対策グループ…の要請に基づき、KANSEN拉致・分解の一件を長官に報告することになった。

 

もちろん、まだ従兄弟の情報源は新たな情報を入手できていなかったが、本格的にレクタスキーの試みを阻害するとなると、私達の分限ではどうにもならない部分が出てくるという結論に至ったのだ。

よって、百合工作員2名はアイリス情報機関の長に、私はMI5長官にこの件を知らせる事になった。

従兄弟は自分自身が鉄血情報部のトップゆえ、鉄血の情報アセット(ここでは、情報機関が活動に使用できる資材、人員等を指す。稀に非諜報機関員の協力者の事も指す)を好き放題使用できた。

 

私達4人の中の誰もが、"知る必要の原則"を重々承知していた。

つまり、こういった作戦は、知る必要のある人間以外には気取られる事さえあってはならないということ。

そうでなければ、その作戦は諜報活動とは呼べなくなる。

 

だから、アイリスの百合工作員2名と私は、ボスに直接この件を伝えなければならなかった。

幸い、3人とも自分達の直属のボスは、自身の組織のボスだった。

私の場合、肩書きは対外諜報顧問で、恒常業務から見た場合はただの連絡役だが、対外諜報活動に関する物事についてMI5長官に直接ご報告できる権利も添えられていたのだ。

 

 

私はミルバン11番地に戻ると、長官秘書に電話してアポイントメントを取り、約束の時間まで自分のオフィスで仕事して…実際は仕事してるノーカロマッマにあやされて…過ごした。

 

約束の時間の五分前には長官オフィスの入口に致し、幸い、長官に急な予定が入る事もなかった。

私は長官のオフィスに会い、白髪混じりの年配女性に例の件を報告した…もちろん、ダニエル・クレ●グがやるような砕けた感じではなしに。

 

 

「…そう。コィバの件といい、良くやってくれたわ。貴方の管轄かどうかは怪しいけれど。」

 

 

手渡した資料を見ながら、Nはそう言った。

皮肉なしに物事を言う習慣を忘れてしまったのだろうか?

官僚組織はいたずらに管轄や分限にこだわりたがる。

それが悪い事もあれば、良い事もあるのだが。

 

 

「失礼。最近、コントロールできない若い部下がいてね。つい棘のある言葉になってしまうの。気分を悪くしたのなら、ごめんなさい。」

 

 

ぜってえダニエル・クレ●グだ、間違いねえ。

 

 

「この件はそれとなく知っていたわ。二日前にアイリスの情報長官から秘密電話があって、北連の工作員にKANSENが拉致された可能性があると。まだ表向きにはできるような件じゃないから、どうするか手をこまねいてのだけれど、貴方が動いてくれていたとはね。」

 

出来得る事をしたまでです。

 

「そう…"彼"も貴方のように謙虚なら良いのだけれど」

 

 

ぜってえダニエル・クレ●グの事だ、間違いねえ。

 

 

「分かった、この件は貴方に任せるわ。直接連絡を取れる秘密回線も用意する。我が国のKANSENを北連の不躾な連中から守ってあげて。でも、くれぐれも慎重にやってちょうだいね。」

 

イエス、マム。では私はこの辺で

 

「レディの話は最後まで聞きなさい。実は貴方に言っておきたいことがあったの。」

 

………………………な、なんでしょうか。

 

「貴方の秘書がユニオン女であろうと、貴方がCIU打撃チームの管理をしていても…本来なら審問会を開きたいところだけど、黙殺してあげる。」

 

は、はあ………

 

「でも、一日中…その……何というか……良い歳して若いユニオン女にうつつを抜かしているのは考えものよ。」

 

 

ま、まさかっ。

まさか、私のオフィス、監視されてる??

 

 

「私生活の乱れは仕事の乱れに繋がるわ。いい加減、"ひとり立ち"なさい。今貴方を追い出さないのは、四六時中ユニオン女にあやされててもやるべき事はしっかりやっているし、それどころかコィバの件のような活躍もしてくれるから。でも、ユニオン女のせいでミスを犯すようになったら…そうね、彼女は裸足で真冬のロンドンへ放り出されるわよ。」

 

ひぃぃぃぃ!

 

「分かったら気をつけなさい。これでもだいぶ貴方を依怙贔屓してるのよ。」

 

 

 

 

 

ま、まあ、まあまあ。

Nが言いたい事はとても良くわかるんだよなぁ。

そうだよなぁ。30代のおっさんが仕事ほっぽり出して若い女性に丸投げしてあやされてたら示しが付かんもんなぁ。

 

 

自分のオフィスに帰ると、ノーカロマッマが早速自分の膝を手でパンパン叩いて出迎えた。

「さあ、ロブロブ。座ってください。」の意だが、私はゆっくり首を横に振り、部屋の四隅を見渡す。

ノーカロマッマはもう察したようで、顔を真っ赤にして謝ってきた。

 

いいや、謝るのはこっちなんだ、ごめんよ。

その後はノーカロマッマと一緒に普通にお仕事して、現在に至る。

 

 

 

時刻はもう夕方の6時過ぎで、私は車で30分の距離にある自宅に帰るために駐車場を歩いていた。

冬だけあって外は真っ暗。

プリンツェフがクリスマスにくれた車を、今は通勤に使っていて、私はその車まで歩いていく。

いやあ、本当に良い車だ。

流線状のフォルムと、ツヤがかった黒い塗装に赤いラインが、何となくプリンツェフを彷彿とさせる。

 

 

私はコートを脱いでから車に乗り込み、ドアを閉める。

そして、コートを助手席に乗せてエンジンをかけた時、私は異変に気づいた。

 

 

 

車の前方に、2人の男が立っていた。

2人ともガッチリした体型で、背が高く、そしてあご髭を蓄えている。

やがてサイドウィンドウの側にも1人現れて、私の方をずっと見ていた。

 

おい、そこを退いてくれ。

そう言おうとしてサイドウィンドウを開こうとする。

しかし、何故かサイドウィンドウは開かない。

仕方なく、ウィンドウ越しに怒鳴ったが、男達は表情一つ変えなかった。

 

 

暗がりの中で、サイドウィンドウの男が右手を懐の中に入れるのが見える。

なんだろう?

そう思って私はその男の行動に見入る。

だが、次の瞬間、男は目にも留まらぬ速さで

拳銃を取り出した。

サプレッサ付きのナガンリボルバー!

次いで前を見ると、目の前の2人がPPSサブマシンガンをこちらに向けていた!

 

 

 

終わった、私はそう思った。

この近距離で貫通力の高い弾薬を用いる拳銃と短機関銃で狙われれば、まず生きてはいられない。

男達はパニクる私をよそに落ち着きを払って私を狙い、ためらう事なく引金をひく。

 

閃光が走り、私は意識を失った………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いう事はなく。

 

だが、十二分に驚いた。

 

何とプリンツェフ寄贈のセダンのフロントウィンドウとサイドウィンドウは、貫通力の高い7.62mmを物ともせずに弾いたのである。

 

サブマシンガンと拳銃の全弾が打ち尽くされた後、そこに残ったのは無傷のセダンと目を丸く見張る4人の男達。

内一人は車の中で、スピーカーから流れる電子音声を聞いた。

 

 

『良い夜ね、指揮官。気分はどう?』

 

こ、これはプリンツェフの声!

おい、プリンツェフ!サプライズか何かか!?

タチが悪すぎるぞ!!

 

『残念ながら、これはサプライズなんかじゃない。あんたは今、敵から攻撃を受けている。もう一つ加えると、私はプリンツェフじゃない。この車に搭載された人工知能…プリンって呼んでちょうだい。』

 

 

プリンツェフの甘ったるい音声でAIが自己紹介している間に、目の前の男達が大急ぎで弾倉を交換している。

 

 

わ、わ、わ、私は何をすればいいんだ、プリン!?

 

『んん〜、そうねぇ〜。今あんたに出来るのは、シートベルトをする事ね。安全な地域に出るまで、ちょっと荒っぽい運転になるわ。シートベルトをしないと、死・ぬ・わ・よ?』

 

え、運転って…

 

『私が運転するわ。今のあんたじゃアクセルさえ踏めやしないでしょうから。シートベルトはした?それじゃ、行くわよ。』

 

 

車がいきなり前に発進して、弾倉交換中の男達を轢き殺す。

次いで急にバックしながら前輪を横に振って、拳銃の男も轢き殺した。

 

 

『脅威は去っていないわ。後ろから高速で接近中の2両を感知。敵の増援ね。それじゃ、しっかりつかまってなさい。』

 

 

車はまた急発進して、夜の道路へ走り出す。

プリンの言う通り、後ろからは2両のセダンが高速で追いかけてきた。

 

唐突に車のギミックが発動し、私のセダンから撒菱がばら撒かれる。

追ってきた2両の内、1両が前輪をパンクさせ、派手に横転した。

 

 

車は片側3車線の幹線道路に出て、追っ手のセダンとカーチェイスを始める。

幸い、いつもなら帰宅ラッシュのハズなのだが、今日は通行する車が少なく、プリンは80kmという高速で走行していた。

 

 

残りは後1両か!?

 

『いえ、もっといると思う。次は向こうが撃ってくると思うわ。でも、伏せなくていいし、リラックスしてて?』

 

出来るかッ!!

リラックスとか出来るかッ!!

後ろからDP機関銃特有の射撃音が聞こえてて、バックウィンドウ越しにその弾弾いとる様子がしっかり見えるのに、リラックス出来るかッ!!

弾いとるからって、安心できるかッ!!

 

『じゃあ、脅威を排除するわね。』

 

 

セダンのトランクが自動的に開いて、何か細長い形状の物が現れる。

それは砲身で、それも折り畳まれたFLAK 30機関砲の物だった。

いや、マジかよ。

 

 

『ロケットパ〜ンチ♪』

 

ドン、ドン、ドン、ドン、ドン

 

追っ手のセダンは粉々になり、こっちが可哀想な気分になってきた。

もう、見るも無残。

 

 

『…しつこいわね。更なる追っ手を確認!1km後方に武装したバイク三両…ちょっと待って。500m先で味方と合流するわ。左方に注意!』

 

 

プリンの言う通りに、左側を見やった時、私は信じられない物を見た。

ダンケルクだ。

ダンケマッマが、すっげえ速度でママチャリ乗りこなしながら接近してくる。

おいおい、この車80km以上出てんだけど。

ママチャリで追いついちゃう?

 

おそらくプリンが、自動的に左側のサイドウィンドウを開く。

 

 

「Mon chou〜、怪我はない〜?大丈夫〜?」

 

 

ママチャリで80km以上出しながら、ダンケマッマがそう聞いてきた。

いや、どうなってんのよ、ダンケの脚力。

ママチャリで高速走行中のセダンに追いつくって、どうなってんのよ。

 

追っ手のバイクのうちの1両が早くも距離を詰めて来たようで、後方からサブマシンガンの発砲音が聞こえた。

 

 

「ちょっと!Mon chouに何するのよ!」

 

 

ダンケママは驚くべき事に、ママチャリを80km以上で走行させながら、腰のホルスターからブラウニング・ハイパワーを取り出して追っ手のバイカーに射撃を加え、命中させる。

バイカーはもんどりうって倒れ、横転したバイクから投げ出された直後に大型トラックに轢かれて死んだ。

あーあー。

 

やがて助手席ドアから買い物袋片手にダンケが乗り込んで来て、ドアを閉めた。

 

 

「大変だったわね〜Mon chou〜、ほらほらぁ〜いい子いい子〜。」

 

あ、あの、ダンケマッマ、まだ追っ手が…

 

「心配しなくてもすぐに片付くわ。ほら、見てて?」

 

 

ダンケマッマが乗り捨てたママチャリはまだ慣性でまっすぐ走っていたが、速度は落ちていた。

残りの追ってバイカー2人がママチャリに近づき、やがて追いつく。

その瞬間、ママチャリは大爆発を起こし、2両のバイク諸共巻き込んだ。

 

 

『脅威の完全排除を確認。これで安心して家に帰れるわね。』

 

安心とはいったい。

 

「まあ、まあ、Mon chou。運転はAIに任せて、後は私に甘えなさい♪」

 

ううううう、うん、ありがとう。

それにしても凄え車だな、この車。

 

『この車にもちゃんと名前があるのよ?』

 

へぇ〜、なんていう名前?

 

『鉄血28号』

 

……………ネーミングセンス。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

II章 悪役はこうでないと
えっ!?私のマッマ多過ぎ!?




今回は相当な胸糞成分が含まれておりますので、苦手と思う方は☆☆☆マークから読み始めていただけると幸いです。


 

 

 

 

 

レクタスキーは、「あんたの使い走りはガキの使いもできないのか」と内部人民委員長に怒鳴りつけてやろうかと思っていた。

 

アイリスで拉致したはずのKANSENは、レクタスキーが直接拉致を指揮し、アイリス国内から連れ去るまでは順調だったのだ。

 

後は内部人民委員のスパイどもに移送を任せ、彼自身は"施術"の準備をする。

あの使い走りのバカ共にも、移送ぐらいできるだろう。

そう思い込んで先に帰国したのが間違いだった。

 

バカ共は国境を越えて鉄血公国に入国した途端、鉄血公国情報部員にまんまと捕まり、彼の"記念すべき第2回の外国産素体"はアイリスへ戻ってしまったのだ。

 

 

 

同志スタルノフが、レクタスキー自身にこの大失態の責任を取らされるというような事はないだろう。

 

この国の体制では、同志スタルノフが犯罪者だと言えば誰もが犯罪者になる。

実際に罪を犯しても、或いはそうでなくとも。

この失態の責任者もまもなく犯罪者になるだろうが、それがレクタスキーになるという事はまずあり得ない。

何故ならば、同志スタルノフにとってレクタスキーは必要不可欠な人物だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

北方連合海軍は、主力となる戦艦・巡洋艦級KANSENの圧倒的不足からして、ホルタ会談側の海軍に大きく溝を開けられていた。

セイレーンが跋扈するこのご時世、どの国も海軍を重点的に強化しており、それはシーパワーこそが世界の趨勢を決めてしまうほどの物になっている。

我らが北方連合がホルタ会談側に脅威を与える為には、まず北方連合の艦隊がバルト海・地中海に閉じ込められているこの現状をどうにかしなければならない。

つまりそれは、制海権を確保するという事なのだ。

 

 

ところが、北方連合海軍には、駆逐艦級KANSENばかりいて、主力を担えるKANSENが少ない。

メンタルキューブの入手量も決して多くなく、建造の度に担当者達は深い深いため息を吐いている。

 

同志スタルノフは最初、建造の担当者達を何人も処刑したり強制労働所にブチこむ事で解決を試みた。

この方法は大失敗だった。

何も変わらなかったし、建造の質はただただ低下した。

つまり、小型艦しかドロップしなくなった。

 

メンタルキューブの在庫は不足し始め、大型建造に必要なキューブにすら事欠く始末。

このままではバルト海から出るどころか、内陸まで押し込められてしまう。

 

窮した同志スタルノフは、まずはメンタルキューブの在庫を取り戻せないか考えた。

方法は何でもいい。

銅とスズから金を作り出そうとするような錬金術のようにも思えたが、何か打開策が求められたのだ。

そこで、猟奇的なマッドサイエンティスト、ハンニノフ・レクタスキーにスポットライトが当てられた。

 

 

彼のプランは、同志スタルノフを大いに感心させた。

外科的摘発によりメンタルキューブを再回収するという試みは、何らの医学的根拠のないものであったにも関わらず、同志スタルノフの全面的支持を得て推し進められる事になった。

彼には専用の設備が与えられ、過剰ドロップ気味の駆逐艦級KANSENが素体として送り込まれたのだ。

 

 

何らの科学的根拠を持たなかったにもかかわらず、彼の研究は一定の成果を示し始めていた。

 

 

当初は何の意味もなく駆逐艦を生きたままズタズタに切り裂いてみたり、セイレーンとの戦闘で死んだKANSENの遺体を結合させてみたりした。

無論メンタルキューブにつながるような成果は出ず、同志スタルノフは彼を叱責した。

いくら過剰にドロップしているとはいえ、貴重なKANSENを意味もなく殺されてはかなわない。

 

しかし、彼の研究は、何の成果も挙げる事が出来なかったわけではない。

 

 

 

 

ある時、ある若い海軍士官が国家反逆罪で内部人民委員部に逮捕された。

その男は実際に国家転覆を試みたわけではなく、ロイヤル出身の軽巡級KANSENとケッコンした際に、その幸福感で気が緩んでいたのか、同志スタルノフへの小さな不満を零してしまっただけだった。

だが、その小さな不満は結婚式に来ていた同期の海軍軍人の耳にも入ってしまったのだ。

 

同期は内部人民委員部の、海軍における"お目付役"でもあり、彼は同期である海軍士官をアッサリと裏切った。

若い海軍士官は執務中に逮捕され、極寒の極地へと送られた。

そして、残された若妻はレクタスキー博士の研究所に"招待"されたのだ。

 

 

レクタスキーは、既に海軍士官との間に愛の結晶を育んでいたそのKANSENを一切の躊躇なしに切り裂き、血塗れの身体の中からようやく長い間欲していたものを見つけ出した。

妊娠中のKANSENは、その神聖な胎内に子供の他に、メンタルキューブの断片とでも言うべき物を宿していたのだ。

レクタスキーはその断片から、"代用"メンタルキューブとも言える物を精製し、そしてそれは実際の建造に役立つ事が証明された。

 

 

早速レクタスキーの元に、新たな被験体となるKANSENが送られた。

不幸なその駆逐艦は、12時間に渡って欲求不満の内部人民委員達に凌辱され、その後麻酔も待てないマッドサイエンティストの手によって生きたまま切り裂かれた。

しかし、これはまたしても失敗だった。

レクタスキーは駆逐艦の胎内からメンタルキューブを見つけ出す事が出来ず、不幸なKANSENを一人無意味に陵辱して殺しただけだったのだ。

 

もう一人、先例と同じような、"外国産の"被験体が必要だった。

外国産のKANSENと"国産"KANSENを解剖・比較し、その違いが補える程度のものであるならば、代用メンタルキューブの量産も夢ではない。

そこでわざわざアイリスまで赴いて、1人で外出中のKANSENをターゲットに拉致を敢行。

拉致は成功したものの、役立たずの工作員達のせいで現在ご覧のザマである。

 

 

 

何も知らない内部人民委員長のベニヤは、セイレーン艦の遺体をサルベージして精製は出来ないのかといった質問を投げつけてきた。

新婚のKANSENからメンタルキューブを回収出来たのは、そのKANSENを生きているまま切り裂いた結果でもあるとレクタスキーは考えている。

今まで遺体では上手くいかなかったし、そもそもセイレーン艦を一々サルベージしていたのではコストがかかり過ぎて量産なぞ出来はしない。

 

内部人民委員長殿は尻込みをしているに違いない。

今まで国内の、何の罪もない国民達を何千人も極寒の極地へ送り込んできたくせに、相手が可愛らしいKANSENになった途端、あの木材に夢中の変質者は良心の呵責などというものを覚えたらしかった。

 

 

何が「暴露されれば国際問題になる」だ。

同志スタルノフの気分一つで、私もお前も極寒の極地へと送られるんだぞ、そっちの方がよほど恐ろしい。

いいから、自分の仕事に集中しろ。

あと1人、1人だけでいい。

連中のスパイは既に勘づいていて、勘のいいスパイの暗殺さえお前はしくじったんだ!

もし、"その時"が来れば、お前は私よりも早く強制労働所に送られる。

唯一の挽回のチャンスは、すぐにでも新しい素体を私の研究室に運び込む事だけだ。

分かったらさっさといってこい!

こんなくだらない話をしている時間さえ、今の私には惜しいんだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

えっ!?私の被襲撃率高すぎっ!?

 

「冗談で言ってるんじゃないの、坊や」

 

「そうよ、Mon chou。」

 

「皆んな心配してるのよ?」

 

「ご主人様が死んでしまっだら…ぐすっ、KANSENをやめだ意味もッ、えぐっ、私たちのいぎるいみもっ」

 

 

分かった、ごめんよ…ベル、泣かないで。

大丈夫だから、心配ないから。

ほら、見て?

現に君たちの前でピンピンしてるじゃないか、ね?

 

 

「いつまでもそうだとは限らない…敵が本気なら、坊やは四六時中狙われる事になる。だから、私たちの提案を受け入れて。」

 

 

ピッピは今、電話の受話器を片手に、反対の手で私の頭を双丘の谷間に挟みながら、説得という名の『今からこれやるから納得してね』宣言を行っていた。

 

つまり、私の同意があろうとなかろうと、それをするつもりなのだ。

 

 

いや、あの、マッマ、申し訳ないけど…。

MI5長官に咎められたばかりだし…

 

「Mon chouの安全に関わる問題なのよ!そのババアが聞き入れないなら、私ッ、また『夏のスゥクレ』来て引きこもるからッ!」

 

そ、それは脅し………なのかな?

で、でも流石にマッマ達もマッマ達でお仕事あるだろうし……

 

「そんな事なんかより、指揮官くんが第一に決まってるじゃないっ!息子が常に危険に晒されてたら、気が気じゃなくて仕事にもならないっ!」

 

う、うん、ありがとう、でもMI5って諜報機関だよ?

民間人がおいそれと出入りするわけには…

 

「私のコネというコネを使い回じまずっ!ご主人様ッ!ひっぐッ!ベルファストは『おはよう』から『おやすみ』までせっだいにお側を離れまぜんッ!ご主人様が何と言おうと、離れまぜんッ!!」

 

 

もう、私にはどうにもできそうにない。

今出来る事は、ピッピの谷間で安心できる香りを嗅ぎながら待つ事だけだろう。

ここまで来たらただの変態じゃん、私←知ってた。

 

 

「もしもし?『マッマ&ママ総合商社』のティルピッツという者です。長官にご用件が…いえ、そちらのご都合のよろしい時間を教えていただければ改めてかけ直させていただきますが…………え?ああ、すいません。お気遣い感謝します。」

 

 

んん?

少なくとも、私の知っているN長官はいち民間企業からの電話に時間を取られる事を嫌がるはずだ。

だから、私はピッピが怒鳴りだすものだと思ってビクついていた。

「大事な要件なんです!…いいから早く出せッ!!!」とかなるものだと思っていた。

 

 

「長官、初めまして。突然のお電話しつれい……………………え?……よろしいのですか?…いえ、私どもはてっきり反対されるかと…あ、ありがとうございますっ!はいっ、感謝してもしきれませんっ!」

 

 

もしかしてだけどぉ〜もしかしてだけどぉ〜長官始めからこういう事予測してたんじゃないのぉ〜?

そういう事なのっ?

 

 

「はい、坊や。長官が坊やと直接話したいって言ってるわ。」

 

うげっ、マジか。

嫌な予感しかない。

 

 

ピッピは私を谷間から解放して受話器を渡すと、とっても喜んだ様子でほかのマッマの所へ駆け寄っていった。

私は非常に気まずい気持ちになりながら、恐る恐る受話器に耳を近づける。

 

 

ど、どうも、長官…こんな夜半にすいません…

 

『……………』

 

あ、あのぉ、申し訳ありません、昼にあんなに忠告受けていたのにも関わらず………

 

『……1年間』

 

はい?

 

『1年間…ロイヤルの情報機関が、鉄血のティルピッツの所在を知るまでに、1年間かかったわ。その後更に2年費やして、攻撃を何度も試みた。結果は惨敗。』

 

は、はあ……………

 

『ティルピッツのおかげで、私達の艦隊は戦力を温存せざるを得なかった。3年もね。ところが、それが今は30代の冴えない男のところにいて、"坊や"だとか言ってる』

 

うぅ……………

 

『…貴方を責めたい気持ちがないわけじゃないけど、その気持ちの十倍以上、貴方を心配している。ロンドン市警は襲撃者達の身元を確認した。全員暗黒街のクズ共よ。』

 

待ってください。

暗黒街から狙われるような事は何一つ

 

『分かってるわ。私の思うに、雇い主は他にいる。………貴方はローレンス・ウィンスロップ子爵を倒し、北連の諜報的橋頭堡を撃破した。でも、連中はその後も諦めていなかった。別の橋頭堡を作ったのよ。それも、厄介な場所にね。"連中は愚か者だけど、経験から学ぶ術を持っている"』

 

 

"賢者は歴史に学び、愚者は経験から学ぶ"

北連諜報部はマフィアと手を結んだんだ!

なんてこった!これはたしかに厄介だぞ!

 

 

『前に…チーム・ユニオンが取り逃がした男がいたわよね?監視カメラの映像で、その男がマフィアの幹部と接触していた事が確認された。もう一つ、貴方の知らない情報を教えてあげましょうか?』

 

ええ、お願いします。

 

『貴方の従兄弟も今夜鉄血国内で襲撃された。アイリスでは工作員2名が襲われた。

幸い、3人とも無事よ。』

 

襲撃者はやはり…犯罪組織の者ですか?

 

『ええ、その通り。犯罪組織相手となると、貴方は大変な危機に瀕していることになる。何と言っても、奴らは北連の工作員より周囲に溶け込めるし、いつでも貴方を狙えるわけだから。…………だから………あぁ!もう!今回は特別よ!貴方、いったいどれだけ私に肩を持たせるつもりなの!』

 

も、申し訳ない…

 

『ティルピッツ…孤高の女王、文句なしの戦闘力の持ち主。ダンケルク…ネルソン級に引けを取らない戦闘艦。セントルイス…防空の女神、幸運のKANSEN。ベルファスト…言わずと知れた我がロイヤルの優秀な戦闘メイド。』

 

………

 

『彼女達は、これから短期間、臨時のMI5要員になるわ。任務は貴方の護衛っ!認めたくないけど、どのMI5の警護要員よりも遥かに彼女達の方が優秀よ!』

 

あ、あの、何とお礼を言っていいか

 

『お礼はいいっ!その代わり、北連のロクデナシ共の計画を必ず叩きのめしなさいっ!話は終わりっ!!』

 

 

電話は乱暴に切られたが、全くもって悪い気はしなかった。

この判断は彼女のキャリアを危険に晒すのに充分な物だろう。

だが、それでも長官は私のために折れてくれた…必ず期待に沿おう。

 

 

 

「アタシ達も忘れてもらっちゃ困るぜ、ボウズ。いや、今は大将だったな。」

 

おお、ワシントン。

 

「ロブロブ、コロラドがあの男をロケット砲で吹き飛ばそうとした理由、分かったんじゃないですか?」

 

うんうん、ノーカロさん。

ロケット砲じゃなくても良かった気しかしないけど、街中で大暴れした理由は分かった。

君たちも君たちなりに考えて行動してたわけだ。

やり方に問題がありすぎる気しかしないけれど…。

 

「安心しな、ロブ坊。そっちのマッマ達にあたしらが着けば怖いもんなんてねえよ。」

 

「メリーランドの言う通りだ。ロイヤルではロブちゃんが我らの指揮官。何なりと使ってくれ。」

 

「同じく」

 

 

メリーランド、コロラド、ウェストヴァージニアもありがとう。

ありがとう、ありがとう。

でも使う場面はよぉうく考えさせてもらうわ、ごめんね。

君たちの出番はきっと…本当になにかを吹っ飛ばさなきゃいけない時になるだろう。

 

 

 

 

さて、4代マッマとチーム・ユニオンという心強すぎる"お守り"が私についた。

カーチェイスのお礼参りは、そう遠くないだろうね。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

えっ!?私の練度低すぎっ!?

 

 

 

 

 

ある小説家の自伝で、『目の前で大の大人がマジ泣きしているのを見るのは耐えられない物がある』と書いていたのを読んだ事がある。

 

私は、今、同じ感想を思い浮かべていた。

 

周囲の目線を憚らず、私の目の前では屈強な男が…それもSFS(スペシャル・フライ・サーヴィス)の隊長が声を上げて泣いていた。

 

つい2時間前まで、この特殊部隊長は意気揚々としていたのだ。

目の前の"ヒヨッ子"達に、「よぉし、これからお前ら蛆虫を一人前にしてやる」とか軍人らしい言葉を吐いていた。

それが今大泣きしているのは、きっと…もうどうしていいか分からなくてなってしまったのだろう。

 

隊長には何の落ち度もなかった。

問題は"ヒヨッ子"の方にある。

意気揚々の隊長殿が一人前にしようとした蛆虫達は、私のマッマ達で、彼女達は言うまでもなく蛆虫どころか化け物だったのだ。

 

 

 

 

MI5の臨時警護要員になった4大マッマ達だが、近接戦についてはまるで素人だと思われていた。

そりゃそうだ。

いくらKANSENでも、大海原で大砲をぶっ放すのと、室内で民間人と敵を識別して戦うのではワケが違う。

 

そこで、MI5はSFSの隊長を呼び寄せ、彼女達の訓練に当たらせた。

 

私は訓練の前に、隊長と少し話をした。

良い人だった。

 

「安心してください、貴方の警護が完璧になるように指導します。キツい言葉をかける事はありますが、それは指導の内ですのでご了承ください。しかし、決して手を挙げるようなマネはしませんのでご安心を。」

 

ところが実際に訓練が始まると、隊長はドンドン弱気になってしまったのだ。

 

 

 

まず、射撃訓練から始まった。

近接戦で使われる銃器は拳銃か短機関銃が相応しく、マッマ達はその扱いに慣れていないと思われた。

 

ところが、マッマ達は慣れていて、ピッピに至っては銃身の長さが半分以下の、ストックレスMG42を出してきて、しかもフルオート射撃で全弾命中させてしまったのだ。

マッマェ…………

 

SFS隊長は物凄い衝撃を受けていたようだったが、流石は特殊部隊長だけあって強靭なメンタルの持ち主でもあった。

 

「よ、よ、よ、よぉし。射撃の練度はバッチリだ。次は実際のシチュエーションに合わせた訓練をする!まず、室内制圧訓練だ!」

 

 

勇んで取り組んだ室内制圧訓練でも、マッマ達は最初にSFS隊員達の手本を見ただけでほぼマスターしてしまっていた。

 

3回目をやる頃には、SFS隊員の2/3以下の時間で誤射なし・負傷者なしの制圧をやり遂げてしまった。

マッマェ…

 

隊長は唖然としていたし、SFS隊員の内の1人は「隊長、アレは人外です。」とまで零している。

うん、まあ、KANSENだしね。うん。

 

 

 

最終訓練は車両を用いた護衛・離脱シチュエーションだった。

この訓練にはそれまでの訓練より広い訓練場が使われ、私が実際に護衛対象として使われる。

訓練場は市街地に見立てて作られていて、それぞれの窓や奥にあるなだらかな丘にはC的(civilian、民間人)と、E的(enemy、敵)がランダムに配置されていた。

隊長が直接、的を電気操作して起き上がった的を瞬時に判断し、脅威を排除する事が求められたのだ。

 

 

きっと、隊長は、いくら化け物共でも何かミスをするだろうと思ったのだろう。

何故ミスをさせたかったかというと、おそらくは精神教育のようなもので、壁にぶち当たりながらもそれを乗り越えられる強い心を養いたかったに違いない。

 

だから、隊長は本物の特殊部隊でも挫折する事があるという程の難易度をマッマ達に課すことにした。

 

 

 

状況が始まると、警護対象である私から200mほど離れた低いビルの屋上で、20個程のC的とE的が一斉に起き上がり、私から一番近くにいたピッピマッマは、例の短銃身MG42で横薙ぎに射撃してしまった。

 

 

「おいっ!ストップ!ストップ!状況中断!」

 

 

ここで、隊長は状況を一時中断させた。

納得した表情で、(うん、やはり、この化け物達にもこれは難しいんだな)と安心したようにも見える。

 

私とマッマ達は隊長に連れられて、例のビルの屋上へ上がることになった。

 

 

「いいかい、ティルピッツ。」

 

 

少なくとも、もう隊長はマッマ達を蛆虫とは呼ばなかった。

 

 

「人はいつでもミスをする。だが、それが招く結果について学んでおく事も大切だ。」

 

 

隊長はそう言って、的の方へ歩き出す。

最初の的はE的で、頭部に大きな穴が3つ空いている。

 

 

「よく当てた。瞬時に構えて撃ったにしては、集弾してるし、射撃自体は悪くない。」

 

 

心に余裕が持てたからかは知らないが、厳しく責め立てるような言い方はせずに、諭すような口調で隊長は続ける。

うん、やっぱり良い人だし、凄い人だ。

ただ怒鳴り散らしてばかりなどという事はなく、何が悪いのかよく分からせる必要のある場面では口調を変えて内容を理解させようとしている。

流石SFSの隊長!

 

続いて、またE的だ。

 

 

「たしかに、この的が全てE的だったのなら、この対応は間違っていない。だが、この的の中にはC的も混ざっている。たしかに通常なら考えにくいが、人質を立たせて盾にしてくる可能性だってゼロじゃない。」

 

 

その次の的はC的だった。

 

 

「ただ横薙ぎにしてしまっては、このように民間人を穴だらけにしてしまう………」

 

 

私は隊長の目とC的を交互に素早く見比べた。

隊長への合図のつもりだったし、隊長は気づいてくれた。

彼は今、自分が指し示したC的をもう一度見てから眉をひそめる。

 

C的には一発も当たっていなかった。

 

マグレの可能性が高い。

隊長は私とマッマ達を待たせて、ビルの屋上にある全ての的を注意深く見ながらチェックしていく。

そして全てチェックし終わると、私達の元へ戻ってきて、泣き始めた。

 

どうやら、私と隊長からはただ横薙ぎに撃ったように見えてても、ピッピはしっかりC的とE的を区別して撃っていたらしい。

マッマェ……………………

 

 

 

「今日この訓練をするまで、私達は接近戦の基礎知識さえ持っていませんでした、教官のおかげです!」

 

「ですから、どうか泣き止んでください、教官!教官が泣く事ないじゃないですか!」

 

「そうですよ!きっと教官の指導を受けなければ、私達は指揮官くんを守れなかったかもしれません!」

 

「ご主人様の警護レベルがより完璧になりました!全て教官のおかげです!」

 

 

 

4人のKANSENに励まされ(?)、SFS隊長はようやく立ち直ったようだった。

どうにか立ち上がり、タオルで顔をゴシゴシやって、キリッとした顔を取り戻す。

 

 

「よ、よし。君達はこれで立派な警護要員だ。君達の警護対象は、君達にとっても大切な人なんだろう?そうか。なら全力を尽くして守りたまえ。では解散ッ!」

 

 

マッマ達を解散させた後、隊長は私の元へ向かってきた。

 

 

「本当に良い娘達だ。こんな歳にもなって、あんな年頃の娘達に励まされるとは、我ながら恥ずかしい。でも、貴重な体験をさせてもらいましたよ。」

 

いえ、すいません、こちらこそ、どうもありがとうございました。

本当に素晴らしいご指導でしたよ。

 

「それは、どうも。…ところで、準備はできてますか?」

 

準備?

 

「聞いてませんか?貴方も訓練対象ですよ?」

 

…………………………………………え?

 

「さあ、着替えて着替えて!彼女達程の物ではありませんが、貴方にも訓練していただかなければならない事項があります。拳銃射撃、尾行の巻き方、逃走訓練…きっと彼女達にも貴方から離れねばならない場面が出てきます。」

 

…………

 

「善は急げです!さあ、やりましょう!」

 

 

 

 

私自身の訓練は、マッマ達のようにはいかなかった。

何度もミスったし、何度も指導された。

今日初めて、ビス叔母さん製PPK以外の銃に触ったし、何度も道を変えながら歩く事を教わったし、相手の隙をついて逃げる訓練をした。

 

まあ、キツかった。

いや、頗るキツかった。

ピッピマッマとランニングする習慣を始めてなかったら、今頃ぶっ倒れてるよ。

 

 

「坊や!素敵よ!頑張ってぇ〜!」

 

 

いつのまにかピッピ初めマッマ達がチアガールの服装に着替えていて、私がヘマをやらかしまくっている間にもずっと応援してくれていた。

 

そのおかげかどうかは知らないが、夕方までにはどうにか「うん、まあ、これなら、まあ、うん、まあ、大丈夫でしょう」とSFS隊長が言ってくれるまでには漕ぎ着ける事ができた。

 

 

「訓練は今日で終わりですが、私達は仲間です。お力になれる事があればいつでも言ってください!」

 

ぜえはぁ…ありがとう…ぜえはぁ…ございます…

 

「では、我々はこの辺で!」

 

 

SFSが帰った後、汗ばんだチアマッマ達が駆け寄ってきて、存分に抱きしめられる。

 

 

「お疲れ様、坊や。よく頑張ったわ!」

 

「今日は何のお菓子が食べたい?」

 

「その前に、はい、ゲータ●ード!」

 

「ご主人様、お飲物を飲んだらシャワーを浴びて帰りましょう。」

 

 

帰りはベルの運転で帰った。

ふはぁ、今日は本当にちかれたぁ〜。

家に着いたらもう一度お風呂入って寝たい。

その後マッマベッドの上で寝ながら、ピッピのソロオペラでも聞きたい。

 

 

「もちろんよ。任せて、坊や。」

 

 

あのぉ〜、頭の中身読み過ぎ………まあ、もう何でもいいや。

マッマ大好きでちゅ。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

慰め(あやし)の報酬

 

 

 

 

『おう、そろそろ電話がある頃だと思ってたんだよ、ブロ。良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?』

 

悪い知らせから。

 

『一昨日の夜襲撃された。連中、家にバズーカ砲を打ち込もうとしたんだぜ?でもビスマッマが片手で受け止めて握りつぶしてくれた!家にビスママがいなきゃ、俺は今頃…』

 

おや、電話機が壊れたようだ。

なあ兄弟、バズーカ砲弾を片手で受け止めたって言ったか?

言ってないよな、そんなわけはない。

で、良い知らせは?

 

『ふははっ、この野郎。まず、俺はこの通り生きてる。それから、拉致されていたアイリスのKANSENを救出した!』

 

うぉお!!よくやったなあ、兄弟よ!!

淑女達は喜んでたろ!?

 

『アイリスの2人も一昨日襲撃されたらしいが、鬱から躁になったみたいだったよ。…お前だけ襲撃されなかったのか?なんか不公平だな。』

 

おいおい、私も危うく蜂の巣にされかけたんだぞ。

プリンツ・オイゲンがくれた車のおかげで、なんとかなったけどね。

 

『オイゲンがいるのか?今度ウチのヒッパーに会わせてみよう。』

 

やめろ、やめとけ。

もし、会わせるなら、そっちの家でやる。

…それはともかく、厄介だな。

 

『ああ、ブロ、厄介だ。こっちは2件ともウクラニアのギャング団だった。そっちは?』

 

ギャングなんてもんじゃない。

DRA(ダブーロ共和軍)。

 

『うわ、最悪だ。ウクラニア人は遠い国境で防げるが、そっちは間近だし、北ダブーロから入ってこれる。それも折り紙つきのテロリストが。』

 

今回の襲撃者は全員暗黒街に住んでるギャングのメンバーだったが、数週間前には北ダブーロに入ってた事が分かってる。

三角関係だよ。

北方連合がDRAに資金を供給し、DRAがギャングを訓練し、訓練されたギャングの一部が北方連合の仕事をこなす。

おかげで証拠が掴めやしない。

 

『DRAには気をつけろよ。おそらく欧州いちよく訓練されたテロ組織だ。北方連合もギャングが使えないとなりゃ、金をもう少し積んでDRAの隊員を送り込んでくる。』

 

分かってるよ。

こっちにも優秀な警護員達がいる。

 

『あのな、ブロ。俺もただこの椅子に座ってたわけじゃない。DRAはその辺のギャングとはわけが違う、一種の軍隊だ。いくら優秀なMI5の警護要員でも…』

 

ピッピママ。

 

『ごめん、大丈夫だわ。』

 

ともかく、お互い気をつけよう。

この調子じゃ命が幾つあっても足りない。

 

『そうだな、まるでボクシングだ。ワンツー、ワンツー。自らを守りながらジャブを繰り出す。』

 

私達にあのグロ写真をもたらしてくれた、そっちの"ジャブ"はそろそろ効いてきそうかな?

 

『おいおい、相手は全盛期のモハ●ド・アリなんだぜ?俺の"ジャブ"なんかじゃよろけてもくれやしない。根気よく続けるしかないな。お前も早くDRAとの場外乱闘を終わらせて、パイプ椅子でも持ってきてくれ。』

 

あーあー、わかったわかった。

モ●バーグの12ゲージでも持ってくよ。

 

『はははははっ、っと、そろそろお互いの仕事に戻らなきゃな。それじゃ、良い一日を。』

 

そちらこそ、平穏な一日を。

 

 

 

 

電話は笑い声を最後にプツリと切れ、私は受話器を元に戻す。

デスクから目を上げると、N長官とスーツ姿のマッマ達がそこにいた。

 

 

「準備はいいかしら?」

 

あのぉ、長官。

本当に私が行かなきゃダメなんですか?

 

「いい加減に諦めなさい。これは国防省から要請でもあるの。」

 

ふぁぁぁぁぁぁ………

 

「我々と北ダブーロは切っても切り離せない関係にある。1920年代のダブーロ内戦以来、この地域の安定化は我が国の重要課題の一つなのよ。北方連合がDRAと本格的に組み始めれば、私たちもレクタスキーへの対策に集中できないわ。」

 

「坊や、本当は私も嫌なの…あなたを危険な目に合わせたくはない。でも、前門の狼に加えて、後門の虎がやって来つつある。」

 

「本当に辛い決断だったけど、Mon chouの安全の為でもあるし。」

 

「いつまでも落ち着いてられないのは、あなたも嫌でしょ?指揮官くん?」

 

「ご主人様。このベルファストの…いえ、この祖国のためにも、どうかご覚悟を決めてください。」

 

うんうん、仕方ない、分かった。

それじゃあ行こうか。

大丈夫だよね?

私さっきの電話で死亡フラグとか、立ててないよね?

大丈夫だよね?

 

「ええ、大丈夫よ。仮に立てちゃったとしても…私の身体を隅々まで使ってでも、坊やを守り通すわ。」

 

 

 

 

ダブーロとは、史実の世界でいうところのアイルランドの事だ。

一説には第二次世界大戦中、IRA(アイルランド共和軍)はナチスドイツからの援助を求めたという。

この世界にナチスドイツは存在しないが、ここでのIRAに相当するDRAも外からの援助を求めているはずで、その相手が北方連合であっても全くおかしくない。

むしろ順当な考え方だ。

 

 

 

 

私は今回、囮作戦に使われる事となった。

 

MI5は、北方連合が私の殺害をDRAに依頼したという情報を掴んだ。

それも前回のようなギャングではなく、高度な訓練を受けた隊員を派遣する可能性が高いという。

 

普通ならそこで私は守られるハズだと思うのだが、N長官は頭がキレる女なのか、あるいは単純にイカレているのか、私をエサにDRAの暗殺者を誘い出して撃退するという大胆不敵な作戦を実行する事にしたのだ。

いや、イカレてるでしょ、これはもう。

十中八九撃たれそうな気しかしない。

 

 

『心配なんでしょうけど、今回はウチで一番腕の立つエージェントが作戦に参加してる。コントロールに困ることはあるけど、任務は絶対にこなすわ。』

 

 

どうせダニエル・クレ●グだろうがッ!!

しかも大抵0●7が守ろうとした重要人物って死んでなかっっけ!?

頼むよ!?

マジで頼むよ!?クレ●グさん!?

 

 

さて、今私は予定されていた地点をピッピとダンケの2人と共に歩いていた。

ベルは300m後方で車を運転し、助手席に乗るルイスはM1D小銃を携行している。

 

この地点は、いわゆるダウンタウンで、車1台と通行人多数が通れるだけの道路があり、その両端にはアパートメントが連なっている。

窓という窓からこちらを見る事ができるし、遠くの方には教会の塔が見えていた。

いや、これ、地点の選定悪過ぎでしょ。

狙い放題やん。

 

 

今回の作戦はわざと私を敵に撃たせるようなものだが、その為にピッピとダンケがすぐ側にいる事になっている。

彼女達はスーツの下に特別製の防弾チョッキをつけていて、それはスーツの外見上には何の変化ももたらさないくせに7.62mmライフル弾を防ぐことができるという代物だ。

 

でもなぁ、頭撃たれたら元も子もないんだよなあ。

嫌だよ?私、絶対に嫌だよ?

私だけじゃなく、ピッピとダンケの頭吹っ飛んじゃうとか、絶対に嫌だからね?

 

 

「大丈夫よ、坊や。ルイスの腕なら、敵が2弾目を放つ事はないわ。」

 

また頭の中読みやがって…いや、そういう問題じゃなくてね。

ピッピ危ないじゃんかぁ。

 

「ああ、坊や。私の坊や。優しいのね、生きて帰ったらたっっっぷりあやしてあげる。でもね、坊や。母親は自分の赤ちゃんを守ろうとする物よ…例え、命に代えてでも。」

 

フラグ立てんなあああああ!!!!

それは死亡フラグ以外何物でもないだろうがああああああ!!!!!!

やめろぉぉぉおおおお!!!!!

もう二度とすんなあああああ!!!!!

 

「静かにして、2人とも。10時の方向に怪しい男。」

 

 

道路が緩やかで大きな左カーブを描く場所に差し掛かった時、ダンケが喚く私を止めて、こちらから見て左前方にいる郵便配達員に注意を促す。

 

いや、ダンケ?別に怪しいところとか見受けられないけど?

 

「Mon chou。私の調べだと、いつもならこの時間帯にこの地区で配達をしている郵便配達員はいない。でも、彼はそこにいる。一応の警戒は…」

 

「伏せてッ!!!」

 

 

ピッピが何か勘づいたのか、彼女は私とダンケにタックルし、3人は手近の物陰に飛び込む形となる。

直後、先程まで私が居た場所にフルサイズのライフル弾が着弾し、その後銃声が聞こえた。

他の通行人がパニックを起こして逃げ惑う中、ピッピは物陰…道路脇にあるアパートメントの階段の大きなステップ…から頭を最小限に出して前方を見た。

 

 

「教会の塔にスナイパー!700m以上の長距離射撃よ!」

 

言わんこっちゃなかろうが!

ぜってえあの塔ジャク●ン二等兵がこもってるって思ったもん!

ぜってえ聖書の言葉を唱えながらスプリングフィールドしてくると思ったもん!

自走砲もってこい、自走砲!!

 

 

私が喚いている間にも、ピッピが短銃身MG42を取り出して教会の塔に射撃を加え、ダンケがMI5への連絡を行なっていた。

 

「"マッマ"から"グランマ"へ!狙撃による攻撃を受けています!座標は………」

 

「私が制圧している間に、坊やを安全な場所きゃあッ!」

 

 

突然、サブマシンガンの銃声が聞こえて、ピッピがこちら側に倒れてくる。

見れば先程の郵便配達員が、STENを撃ちながら、こちらへ接近しつつあった。

私がピッピを今利用している遮蔽物の方へ手繰り寄せている間に、ダンケがMP40を使って郵便配達員を始末した。

 

 

ピッピ!?大丈夫!?ピッピ!?

 

「………だ、大丈夫よ、坊や。ちゃんとチョッキが機能したみたいね。」

 

 

ピッピの出血がないことを確認し、ふぅと一息をついた時、M1D小銃の銃声が聞こえた。

 

 

「敵のスナイパーを排除!指揮官くん!カヴァーするから、こっちまで下がってきて!」

 

 

ルイスが小銃を構えたまま、先日のSFSによる訓練で習った通りに私を後方に下げようとしていた。

彼女は丁度、脇の小道に身を隠しており、遮蔽物から通り全体を見渡せる。

だが、それでも、私の正面にあったアパートメントから水冷ジャケット付きの長い銃身が伸びてくるのを、発見する事は出来なかった。

 

ヴィッカース重機関銃独特の銃声が鳴り響き、密集するアパートメントに反射して凄まじい音が通りを支配する。

7.7mmライフル弾が、最初はルイスが隠れるコンクリートを削り、次いでベルの乗る車のフロントグリルに穴を開け、最後に私達の隠れるステップに突き刺さった。

 

 

「大丈夫!?指揮官くん!?」

 

うん!なんとか!そっちは!?ベルは!?

 

「2人とも無事です、ご主人様!」

 

「指揮官くん!敵車両よ!」

 

何だとこん畜生!ダンケ、鏡持ってない!?

 

「ええ、あるけど…」

 

貸してくれ!!

 

 

私はダンケから借りた手鏡を、コンクリート製のステップから少しだけ出して通りの様子を伺う。

 

なんてこった、パンナコッタ。

 

通りの前方からは雑な装甲化を施されたジープが来ていて、その後ろからは10人ほどの男達がSMLEを手に続いていた。

ジープの運転手は極めて慎重に運転していて、徒歩兵が遮蔽物として利用できるようにゆっくり進んでいたが、着実にこちらとの距離を詰めている。

なんてこった!!回り込まれるぞ!!

 

唐突に背後からトンプソンの射撃音が聞こえた。

ベルがルイスと同じ小道にいて、後方を撃っている。

その方向からはDRA隊員と思しき男達が、前方の連中と同じくSMLEを持って接近しつつあった。

 

 

「ご主人様!退路を断たれました!」

 

畜生っ!MI5は何してる!?援護は!?

 

「今連絡をとってるわ、Mon chou!だけどまだ…」

 

無線機を貸して!

 

 

私はダンケに手鏡を返し、代わりに無線機を受け取った。

 

 

長官!!挟まれてます!!クソDRAが前と背後から迫ってきてます!!援護はまだですか!?

 

『どうにか耐えて!今チームがそちらへ向かってるわ!』

 

アンタお抱えの腕っこきはどこ行ったんだ!

 

『連絡が途絶した!どうにか耐えて!それしか生き残る道はない!』

 

無茶言わんでください!あぁ、こん畜生!

だから言ったんだ、0●7が守ろうとした人物って大抵死んで

 

 

 

♪テテッテレ〜テレレ〜

 

どこかで聞いたBGMと共に、オートバイのけたたましいエンジン音が聞こえてくる。

それは前方から聞こえてきて、私はまたダンケから手鏡を借り、前方の様子を伺った。

 

 

金髪碧眼のその人物は、片手に50発マガジンを装着したM1928短機関銃と、反対の手にライフルグレネードを取り付けたM1小銃を持っていた。

 

前方のDRAの背後からやってきたその人物は、まず、前面しか装甲化されていないジープの背後まで回り込むと、M1928を片手で撃って、ジープの乗組員と後続徒歩兵を掃射する。

ジープの乗員3名と後続歩兵は突然の奇襲になすすべもない。

 

全員が45口径弾の餌食になってその場に倒れこむと、金髪碧眼はM1928を投げ捨ててM1小銃を後ろ向きに構え、そしてライフルグレネードを放つ。

ライフルグレネードは見事に命中し、ヴィッカース重機関銃のある小部屋を粉砕した。

 

金髪碧眼はそのままオートバイでこちらへ向かってきて、私のいるステップの手前で乗り物を乗り捨ててこちらへスライディングしてくる。

その間にもM1小銃を再装填し、私の傍に来た瞬間に2発速射して私から見て背後にいたDRA隊員2名を倒した。

 

 

あんた、誰?(分かりきってるけど。)

 

「ポンド…ジェイムス・ポンド」

 

ジェイムス・ポンドはそのまま射撃を続け、残りのDRA隊員を釘付けにする。

それにまずピッピのMG42が加わり、次いで他のマッマ達による射撃が加わると、DRA隊員達との形勢が完全に逆転した。

 

 

生き残った最後のDRA隊員が射殺されたころ、ようやくロンドン市警とMI5の救援チームがやってきた。

 

 

おっせえよ、本当にもう。

いやあ、危なかった、けど助かった、貴方にはなんとお礼を言っていいか…アレ?

 

ジェイムス・ポンドは早くもその場から居なくなっていた。

まあ、なんとまあ、忙しい男だ、まったくもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「DRAのロンドン支部は位置がばれ、ウチの襲撃を受けて壊滅した。テロリストに情報を漏らしていた不届き者も捕まった。全て貴方のおかげよ、マッコール。」

 

 

N長官は満面の笑みだったが、私の方は色々と溜め込むことになった不平不満を口に出そうか出さまいか迷っていた。

危うくマッマ達も私も死ぬところだったのだから。

 

 

「DRAはMI5にとって宿敵であり、長年の脅威だった。貴方の暗殺計画を掴んだ時、全てを同時に阻止する方法が思い浮かんだの。…北連の要請に応えれば、DRAは本当にスポンサーを手に入れられる。だから全力を尽くすはず。MI5に潜り込んだネズミも使うし、支部の動きは否応なく目立ってくる。でも、貴方を犠牲にするところだった。本当にごめんなさいね。」

 

ま、まあ…まあまあ。

ただ、次回はもうないですよ?

マッ…いや、彼女達もカンカンになる。

今回は助かったし、彼女達もMI5に参加する対価だと感じたようですが…

 

「そうね。安心して、次はないわ。…でも、こうも思わないかしら?DRAはロンドンでの活動拠点を失い、北連はまたしても橋頭堡をひとつ失った。ギャングとの繋がりはまだあるでしょうけど、DRAに比べれば彼らはアマチュアよ。」

 

私は…いえ、我々は、自身に迫る脅威を取り除き、その上でこの冷戦でまたしても小さな勝利を獲得した。

これの示すところは…つまり…

 

「ええ、そう。貴方は背後を気にせず、レクタスキーに集中できる。ようやっとね。」

 

そうですね…今日は散々な目にあった。

彼にも散々な目に遭ってもらいましょう。

 

 

 

 

 

私が駐車場に降り立った時、車の側にはコートを着込んだピッピがいた。

彼女は作戦中の被弾箇所を病院で検査してもらっていたため、他のマッマと一緒には帰らなかったのだ。

 

 

「お疲れ様、坊や。今日は酷い一日だったわね。」

 

うん、まあ。身体は大丈夫?

 

「ええ、異常なしよ。ピンピンしてる。」

 

そうか、それは良かった。

………本当にごめんよ、ピッピ。

 

「坊やが謝る事なんて何一つないじゃない。貴方のせいなんかじゃないわ。それより、車に乗りましょう。」

 

 

 

私は運転席に乗ろうとしたが、ピッピがそれを止めて、後部座席に座らされた。

ピッピは私からカギを取り上げると、エンジンをかけ、そのまま運転席には座らずに、後部座席乗り込んでくる。

 

 

「本当のこと言うと、坊やにはこの仕事を辞めて欲しい。貴方には私の会社の株式があるし、働かなくても暮らしていけるハズ。」

 

ピッピ、それはそうだけど…

 

「分かってる。貴方は優しい子だもの。」

 

 

いや、違うんだ、ピッピ。

ただなんか、ずっとプータローしてたら本当にただのビースト(赤ん坊)になりそうで怖いんだよ。

あ、いっけね。ピッピ、私の頭の中読めんじゃんかよ。

 

 

「安心して、坊や。今は読まないでおくわ。…プリン、家までの運転を任せても良いかしら?」

 

『仕方ないわねえ』

 

「できれば遠回りでお願い」

 

『…………はぁぁぁ。分かった。安全速度で運行するけど、急ブレーキがないとは保障しないわよ?』

 

「それで十分。さて、坊や。私は有言実行の女よ?」

 

 

ピッピはそう言って、着込んでいたコートをはだけさせる。

お〜い、下着やないか〜い。

まるでどっかの変態やないか〜い。

 

 

「今日襲撃を受ける前、私がなんて言ったか、覚えてるでしょ?」

 

うん、覚えてるけどまだビースト(赤ん坊)になれる時間じゃな

 

「は〜い、坊や〜、マッマでちゅよお?」

 

マッマ大ちゅきでーちゅ!

 

「私のこと、どれだけ好きか教えて?」

 

いっぱいちゅき、でちゅ。

 

『………最近見たホラー作品より、後部座席の方がよっぽどホラーね。』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マッマの休日

 

 

 

 

DRAを叩き潰した翌日、私は長官から休日を与えられていた。

理由はここ最近の戦闘によるストレスうんたらかんたらで、今後の業務に支障が出ないようにうんたらかんたらという物だ。

 

だからこの日は朝になってもゆっくり寝ていたし、久々にピッピとのランニングをサボってしまったわけだが、当のピッピもぐっすりと寝ていた事もあり罪悪感は湧いてこない。

 

 

問題は昨日、ミルバン11番地の駐車場から家に帰る途中の車の中で記憶が途切れていて、気づいたら下着のピッピの上で爆睡こいてた事だった。

 

いつもなら…こう言うのもおかしいけど、ピッピの他にダンケ、ルイス、ベルがいて、5人で眠ってる。

それが今日はピッピと2人きりで寝ていたし、私が少し動く度に「ん♡」とか言う物だから血の気が引いていくのを感じた。

 

 

やっちまったか…ひょっとして………

 

やがてピッピが目を覚ます。

 

 

「…あら、坊や。おはよう。昨夜の坊やは格別に素敵だったわよ?」

 

 

やっちまったじゃねえかよ、バカ野郎!!

別の方向でビーストにならないように、あれだけ注意しててこのザマかよ!!

うわあああああどおおおおおしよおおお。

マッマのビースト(赤ん坊)でいるつもりだったのにぃ!

気づいたら別のビースト(獣)になっちゃったよおおおおお。

 

「何言ってるの、坊や?私は昨日の貴方のあやされっぷりが素敵だって言ってるのよ?心配なら、"見てみる?"」

 

 

ピッピがパンティを脱ごうとしていたので、慌てて止めて、ピッピではなくベットの方へ頭を預けた。

 

ふぅ、ビックリした。寿命が確実に縮んだよ、これ。

よく見ればこっちはちゃんとパジャマ着てるし、なんか妙にスッキリしたとかそういう事もないね。

 

でも、他のマッマは?

 

 

「昨日は貴方が車の中で寝込んじゃって、帰ってからは皆んなで一緒に寝たの。ルイスは今朝ちょっとした仕事があるって言ってたし、ダンケはフォルバンとお菓子を作るって言ってたわ。あと、ベルはヘレナと牛さんのお世話。」

 

な、なるほど。

 

朝っぱらからえらい高血圧になった事は間違いないが、おかげで二度寝しようという考えが浮かばなくなった。

私はベットから起き上がると、まずシャワーを浴びる事にする。

しかし、ピッピが先に入りたがっていたようなので、紳士たる私は譲り、まず、朝の挨拶をして回ろうと思った。

 

 

 

 

「あら、おはよう、Mon chou。今朝はお寝坊さんなのね。」

 

「よほど疲れが溜まってたんですね。今日はゆっくりしたほうがいいですよ。」

 

 

キッチンでダンケとフォルバンが、一緒にお菓子を作っていた。

 

お菓子を作るっていうと、何を思い浮かべるだろうか?

エプロンを着てニコニコ笑う女の子が、ボールに入った柔らかな小麦粉を捏ねたりだとか、スポンジ生地の上に生クリームをのせたりだとか?

机の上にチョコレートやお砂糖が並んでいて、オーブンが余熱されてたり、使い終わった道具が流し台に並べられている光景?

 

 

残念ながら、我が家ではそういったお菓子作りを見る事は出来ない。

 

ダンケは重々しい臼を汗だくになりながら回していたし、フォルバンは真剣な表情で見るからに固そうな生地を捏ねまわしたり頭上に持ち上げてピザのように回したりしている。

 

彼女達の背後では、オーブンの代わりに窯が轟々と燃える火を蓄えていたし、机の上にはチョコレートではなく、カカオや牛乳や蜂蜜やバターが並んでいた。

そして使い終わった道具はシンクではなく、どこかの井戸で汲み上げてきたらしい水に満たされた桶に入れられている。

更に言えば、2人ともエプロンはつけず、代わりに修道服を着ていた。

 

 

なんなんだ、この溢れ出る16世紀感は。

 

あのさ、復活祭に捧げる特別なお菓子か何かでも作ってるわけ?

もうちょっと…現代に適応してもいいんじゃないかな?

ほら、ダンケも鎮守府じゃオーブンとか使ってたじゃん?

 

「あんなのじゃ本当のパティシエールとは言えない…Mon chou、私達は原点に戻るべきなの!」

 

 

私は一体何を見ているのだろう。

原点とは一体何なのだろう。

まあ、私がとやかく口出しできる事じゃないし、後は2人に任せよう。

好きなようにやってもらうべきだなのだろう。

うん、きっと、それが一番大事な事だ。

 

 

 

ダンケに挨拶したついでに、私はパジャマの上からコートを着て、コーヒー片手に庭に出てみた。

案の定、ヘレナとベルが牛さんを散歩させている。

 

 

「あっ、指揮官!おはよう!」

 

「ご主人様、おはようございます。」

 

おはよう、2人とも。

牛さんは調子良い?

 

「ええ、すごく元気よ?この子、大人しい子だし、人懐っこいみたい。指揮官も触ってみる?」

 

 

…マッマ……ヘレナマッマ…いかんいかん。

溢れ出るバブみに飲み込まれるところだった。

ヘレナも勧めてくれる事だし撫でてみよう。

よしよし、元気になってくれて何よりだ。

 

 

「もおおおおおおおおおッ」

 

うへ、ぐへ、舐めるな、舐めるんじゃない

 

「懐いてる証拠だわ。この子も指揮官の事が大好きみたい。」

 

 

牛さんのザラザラした舌による愛情表現を受けながら、私はシャワー浴びた後に庭に出なくて良かったなとも思っていた。

うん、まあ、可愛い。

もう牛タン食えないよ。

毎回牛タン見るたびにこの牛さん思い出しそうだもん、食えないよ。

 

 

 

庭にはもう1人、ちょっとおかしな娘がいた。

クラシカルな服に身を包み、日傘を広げて、「うふふふ、あははは」とからやってる。

その娘とその周りだけ、明らかに作画…いや、情景が違う。

京●アニメーションが手掛けた、みたいな雰囲気になってる。

 

「愛してる………ええ、私も愛しています、少佐殿」

 

かける言葉が見つからない。

もう、そっとしておこう。

何故こうなってしまったんだ、エンタープライズ。

きっと私が「お客様がお望みなら何処へでも駆けつけますって言ってみて」とかクソみたいなお願いしたからこうなったのだろう。

すまん、すまない、エンタープライズ。

どうか幸せでいてくれ。

 

 

 

もうそろそろシャワーを浴びようかと玄関に向かった時、表の通りからグラーフ・ツェッペリンとヒヨコパイロット2名がやってきた。

 

「主は我らを導きたもう…あぁ、なんと甘美な…」

 

とても穏やかな微笑みを浮かべるグラツェンは、両脇を同じように微笑むパイロット2名に挟まれながら、聖書をしっかりと抱えてこちらへ向かってくる。

 

「信仰はいつも貴女に寄り添い、心を鎮め、助けてくださるでしょう。」

 

「グラーフ、日曜日のミサにも必ず参加しましょうね。」

 

3人とも穏やかな雰囲気のまま、家の中へ入っていった。

グラーフ・ツェッペリン?

君この間まで「もし神がいるのであれば云々」言ってなかったっけ?

 

 

 

さて、そろそろピッピもお風呂出たかな?

家に戻った私は、コートを脱いでお風呂へ向かう。

牛さんの愛情表現はありがたかったけどベタベタするし、たぶん昨日の夜はお風呂に入ってない。

身体を清めて、この休日を有効に使おう。

 

お風呂場へ向かい、その扉を開いた時、私はおそらく今入浴を終えたばかりのピッピママに出くわした。

まだ髪が濡れていて、バスタオル一枚でその豊満な身体を包んでいる。

 

 

「きゃっ!…坊や?………もぅ、坊やのエッチぃ」

 

………ベタだなぁ。

ごめんよ、ピッピ。外で待ってる。

 

「私こそごめんなさい。長風呂し過ぎたわ。良いお湯だから、ちゃんと肩まで浸かって温まるのよ?」

 

うん、ありがとう。でもシャワー浴びるだけで良いかな。

 

「ちゃんと肩まで浸かって温まるのよ?」

 

うん、でも、シャワー

 

「ちゃんと、肩まで浸かって、温まるのよ」

 

はい、わかりました。

 

 

ピッピが出た後、私はお風呂に入り、シャワーで頭と身体を洗って、湯船に入る。

ふぅー、温まるぅ。

乳白色のお湯は本当に良い湯加減で、たぶん温泉の素か何かでも入れたのかな、すごく心地よかった。

…ピッピが引き戸を開けるまでは。

 

 

「お湯加減はどう?」

 

おうっしょおおおおおおお!?

ピッピママ!?

な、なんちゅうことしよんねん!?

大丈夫だからっ!

湯加減も丁度いいし、お風呂で溺れて死んだりもしないから!

 

「いいえ、そうじゃなくて、貴方がちゃんと温まれているか見に来たの。」

 

ああ、そういうこと?

うん、すっごく温くて心地いいよ?

ところで、温泉の素とか入れた?

お湯が乳白色だし、なんだか疲れが取れる…

 

「……………(すうぅぅぅ)」

 

ピッピ?ピッピ?

何入れたの、ねえ、ピッピ?

ピッピ?戻ってきて?

戻ってきてお風呂に何入れたのか教えて?

ピッピ?ピッピ?ピッピ?ピッピ!?

 

「これよ、これ。我が社の新商品!『マッマといっしょ!シリーズ 入浴剤』!気持ちいいでしょう?」

 

ああ、そうだったのか。

うん、すっごく気持ちいいね。

………………………ピッピ?

これ、『フォレスト・グリーン』って書いてあるんだけど、絶対乳白色にはならないよね?

ピッピ?

いや、「ちゃんと温まって出なさいね」じゃなくてさ、お風呂に何入れたの?

ピッピ?ピッピィィィイ!?

 

 

 

 

 

結局、乳白色の湯船の正体は分からず仕舞いだったが、私はちゃんと温まってからお風呂を出た。

しっかりと身体を拭いて普段着に着替える。

そして髭をそり、顔を洗ってからリビングという名のホールへと向かう。

 

 

なんだか賑やかだなぁと思ったらルイスマッマが帰ってきてて、おまけにチーム・ユニオンの面子が我らがホールのソファでくつろいでいた。

 

 

「おお、大将!お邪魔してるぜ!」

 

ワシントン…今日は皆んなしてどうしたのかな?

 

「なぁに、ちょっと様子を見にきただけさ、ロブ坊。」

 

「それとも、私達がいたら迷惑でしたか?」

 

いんやだ、そんな訳ないじゃない。

せっかく来てくれたんだし、コーヒーでも飲んでかないか?

 

「ありがたくいただくとしよう、ロブちゃん」

 

コロラド、ちゃん付けやめれ…それはともかく、今日はお休み?

 

「まあ、そんなとこですね。あと、私達皆んなロブロブの事が気になって…ダウンタウンで囮作戦に使われたとか。」

 

うん、まあ、上手くいったよ。

 

「ツレねえぞ、大将。アタシ達を頼ってくれても良かったろ?」

 

ワシントン、君らが来たらダウンタウンがなくなっちまうだろうが。

 

「あははははっ、ちげえねえ!今回はロブ坊の判断が正しい。」

 

おいおい、メリーランド…それはそれで困るんだが…

で、"本題"は?

 

「さすがロブロブ、勘がいいですね。私達で考えたのですが…私達とロブロブの間は、ティルピッツさんやダンケルクさんほどまでは近しいものじゃありません。」

 

そうかなぁ。

まあ、確かに、ピッピもダンケも鎮守府時代からの付き合いだからね。

 

「そこで考えたんです。ロブロブ!」

 

はい、なんでしょう、ノーカロさん。

 

「今から、ロブロブをあやしまくります!」

 

………………………は?

 

「ティルピッツさんやダンケルクさん、ルイスにベルファストさんも皆ロブロブを四六時中あやしてる…きっとこれこそが親密な関係の秘訣!だからあやします!拒否権ナッシンです!」

 

え、ちょい待ち、お前ら、落ち着け、それ考え違いだから、親密の度合いはあやしてどうにかなるもんでもねえから、おい、囲むな、おい、おい、おい、ちょ、ちょおおおおおおおおおおおおおお!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

チーム・ユニオンの面々は、ベルファストが昼のカレー料理を持ってくるまで私をあやし続けた。

 

そして、昼食の後、今度は4大マッマが「あやし直す」とかいってあやし始めた。

 

さらば、私の休日。

さらば、私のゴルフ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

北連より愛を込めて

 

 

 

 

 

彼の人生は、地方の貧しい寒村から始まった。

 

酒浸りの横暴な父、いつも不機嫌な母。

両親は子供の躾け方を、2通りしか知らなかった。

殴るか、蹴るか。

彼には大勢の兄弟がいたが、その中でも彼は殊更によく"躾け"られた。

 

成長するにつれ実家に嫌気がさしたのか、彼は10代を迎えるとすぐに神学校の寄宿舎へ入る。

しかし、神学校の教師達も、子供の躾け方を2通りしか知らなかった。

毎日繰り返される理不尽な暴力。

教師達が子供の躾け方を知らなかったせいか、神学校は彼を目指すべきものとは程遠いものへと導いてしまった。

 

彼は、信仰を捨てることにしたのだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつと、こいつと、こいつとこいつ。今日中に。」

 

「はっ!必ずや実行します、同志書記長!」

 

 

立派な髭を蓄えた男から指示を受け、背の高い内部人民委員部中将が軍靴を鳴らしながら部屋を出て行く。

 

中将の脇にはリストが抱えられていて、そのリフトには107もの人名が載っている。

今から70年後には、この107名の内、リストの題名に沿っていた者が1人だけいた事が明らかになっていた。

そしてその他の106名は、全くもってとばっちりもいいところだった。

しかも、髭男は中将相手に最優先目標を4名指名したが、その4名のうちに例の"1人だけ"は入っていなかったのである。

 

リストの題名は『国家反逆罪容疑者』。

とばっちりを受けた106名は何の罪もなかったにも関わらず、北方連合東部の極寒の地へと送られる事になった。

その地で生き延びられる期間は、平均して2,3年だという。

 

 

だが、髭男にとっては、例え実際の敵が107名の内の1人だけだったとしても…さらに言えば最優先目標からも外れていたにしても…それだけでも粛清は"大成功"だった。

酷い時には200名ほどの清廉潔白な人々を極地送りにした事もある。

無実の人々を尋問し、拷問し、証拠と調書をでっち上げても、髭男が良心の呵責を感じるというような事はない。

 

典型的な人間不信だ。

生い立ちのせいか、元から猜疑心の塊だったこの人物は、北方連合の書記長としての地位を手に入れたあたりからその猜疑心が倍増していった。

もう、今では誰も信じてはいない。

今、リストを抱えて出て行った中将閣下も、些細な言動一つで抱えるリストに名前が入る可能性が十二分にある。

彼の腹心でさえ、いつ粛清されるかわからない恐怖に悩まされている始末だ。

 

 

 

無論の事、彼は北方連合の誰からも恐れられている。

ある若い党幹部は、彼のシワがれた声で名前を呼ばれただけで胃に穴を空けてしまった。

だからこの日、そのシワがれた声が随分と楽しそうに電話をしていたとは誰も思わなかっただろう。

 

 

「やあ、アヴ…失礼、"ミーシャ"。調子はどうだね?」

 

『同志書記長、この回線は安全な回線です。アヴローラで結構。』

 

 

電話の相手は余程の恐れ知らずのようだ。

彼がわざわざ気を遣ったのに、即座に無下にしてしまった。

先ほどの中将がこんな事をしようものなら、同じくらい即座に極東の極地へ送られる。

しかし、髭男は笑みを浮かべた。

 

 

「すまないね、アヴローラ。ここには信用のならない者が沢山いるんだ。だからつい…」

 

『用件に入ってよろしいですか?』

 

「ああ、いいとも。スタルノフおじさんに、君に何があったのか教えてくれ。」

 

『DRAはしくじりました。いえ、しくじったどころではなく、ロンドンでの支部すら失っています。作戦は失敗です。』

 

「………………………」

 

 

電話の相手、アヴローラには同志スタルノフが燃え盛る怒りをどう処理しようかと考えているのがありありとわかる。

そして、その矛先が自らの方へ向く事がないというもの、同じくらいありありとわかる。

さらに言えば…内部人民委員部の可哀想な誰かが、彼女の代わりに処刑されるのも、ありありとわかる。

 

 

「…いいかい、アヴローラ。君は全く悪くない。以前君に、あのローレンスとかいうブルジョワを使える奴だと"思わせた"男はこの世にいない。今回もどうせ、ロクな考えもできない内部人民委員部の馬鹿者が君を扇動しただけなんだ。」

 

『はい、その通りです、同志書記長。』

 

 

アヴローラはスタルノフと違って、良心の呵責を感じないというまでの鋼のメンタルを保っているわけではなかった。

だが、最近になって、彼女は"慣れつつある"。

勤勉極まりない人間が、自身の過ちによって次々に処刑されたり極地へ送られる事に、慣れてしまいつつあるのだ。

 

もっとも、今書記長の言葉を即座に肯定したのには他の理由もある。

書記長は彼女には何故か寛容だったのだが、彼女の作戦についても同じように寛容であるとは必ずしも言えないのだ。

彼女が反論を投じれば、彼女の思惑から外れる可能性が出てくる。

それは絶対に避けたい。

 

 

「今回の作戦も、ダブーロのゴロツキ共を使えると君に判断させた誰かさんが悪いんだ。君には何の責任もない。………さて、アヴローラ、君の事だ。次の一手は練ってあるんだろう?」

 

 

別に答えなくとも、アヴローラが責めを受けるような事にはならない。

だが、アヴローラは実際にも優秀な工作員で、書記長への電話の前に案の一つや二つ練り上げておく事を忘れるほどに無能でもなかった。

 

 

『…同志書記長、率直に申し上げて、私達は欧州に居座り過ぎました。』

 

「ほう。というと?」

 

『ロイヤルもアイリスも鉄血も、今は全力で私達を探しています。しばらく熱りを冷ます必要がありますし、ここでの収穫はしばらく得られない。』

 

「ふむふむ。では、別の面から攻めてみたいという事だね?」

 

『ええ、その通りです、同志書記長。」

 

「では、どこから攻めていく?」

 

『東煌』

 

「…………………」

 

 

スタルノフの新たな沈黙が、先ほどのような"怒りの沈黙"ではない事は、アヴローラにも分かった。

考えているのだ。

ご贔屓の工作員からの提案と、自らの政治観とを見比べて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長きに渡って続いた東煌の帝政だったが、崩壊するのはあっという間だった。

 

少数民族の王朝が、多数派を支配するという少々奇妙な政治体制は、多数派による大反乱によって滅びたのではない。

外敵…重桜との戦いによって持ち堪える事ができなかったのだ。

 

王朝は、彼らの言うところの"できの悪い弟"に叩きのめされた。

当然の結果だ。

できの悪い弟が政治・財政・軍事の近代化を推し進めている間、"ぐうたら兄貴"は内乱もないぬるま湯で居眠りをしてしたのだ。

 

ようやく危機に気づいて近代化に手をつけた瞬間にタイムアップ。

王朝は倒れ、統一政府なるものが出来上がる。

 

 

その統一政府を作り上げた人物は、志の高い人間だった。

ぐうたら兄貴は勤勉な弟を見習う必要がある。

そう考えた彼は、重桜の実業家達から支援を受けて革命を成功させた。

ところが、統一政府の生みの親は、わずか1年後には暗殺されてしまう。

 

統一政府は統治機能を著しく失い、東煌はまた三国志の時代へ入っていく。

つまり、各地で軍閥が跋扈し、4000年の歴史の中で繰り返されてきた群雄割拠が始まったのだ。

もう、ここまでくれば伝統と言っても過言ではないだろう。

 

 

不毛な"伝統"を終わらせる為に、統一政府の後継者は本格的な近代化に取り掛かる。

政治、財政政策はもちろんのこと。

鉄血から軍事顧問団を呼び寄せ、装備を一新し、部隊を訓練し直していた。

 

やがてその後継者は重桜と手を結び、各地の軍閥を退治していく道を選んだ。

近代的な統一政府は軍閥を次々に破っていき、いつか東煌を列強に劣らぬ大国へと蘇らせるかに見えた。

 

 

 

しかし、この時期軍閥を破っていたのは彼だけではない。

 

 

北部の方では、北方連合の支援を受けた共産主義者達が南進を続けていた。

無知な農民達にとって、共産主義の理想は無条件で歓迎できるものであり、支持者を急速に増やして今や一大勢力となっている。

 

群雄割拠の時代の中から、二大勢力の時代が始まっていた。

 

近代的な東煌を目指す統一政府と、南進を進める『北東煌政府』。

やがて両者は対峙することになり、そして内戦が始まった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北東煌の連中はプチブルだ。信用ならない。」

 

『承知の上ですが、レクタスキー博士の研究を進めるのであれば、彼らの協力が必要です』

 

「勝算はあるのかね?」

 

 

スタルノフがそう聞いた時、部屋のドアがノックされ、一人の男が入ってきた。

 

丸眼鏡をかけるその男は、不健康に痩せて背が高く、どことなくモヤシのような印象を受ける。

だが、その男は北方連合でスタルノフの次に恐れられていた。

 

スタルノフはモヤシに向かって手を挙げた。

"待て"。

まるで飼い犬のようにモヤシが頷いて、ドアの前で待つ。

 

 

『ええ、勿論。東煌では現在、統一政府の要請を受けた重桜KANSENが活動しています。北東煌政府の支援が得られれば、拉致のターゲットにする事が可能となるでしょう。』

 

「………」

 

『どうかご決断を、同志書記長。』

 

「…よし、分かった。東煌へ飛びたまえ。私は君への支援を惜しまない。全北連が君についている。自信を持ってやりたまえ。」

 

『お気遣い感謝します。』

 

「そうだ、東煌へ行く前にこちらへ寄っていかないか?ちょうど南部から取り寄せたキャビアが…」

 

『任務がありますので。ではこれで。』

 

 

モヤシから見ても、電話を切ったスタルノフが落ち込んでいる様子がよく分かる。

とばっちりがないことを、モヤシは祈った。

どうやら、モヤシはツイているようだ。

 

 

「ベニヤ、内部人民委員部の馬鹿を一人ばかし適当に選んで、私の元に名前を持ってこい。」

 

「かしこまりました、同志スタルノフ。」

 

 

この立ち話で、アヴローラとDRAのミスがベニヤの部下へ擦りつけられる事になった。

部下に後ろ暗い気持ちがなかったわけではないが、自分に擦りつけられるよりはマシだと考える以外、ベニヤに出来ることはない。

 

 

「それから…アヴローラを北東煌のプチブル共の所へ派遣する。連中と話をつけて、受け入れる仕度をさせてくれ。」

 

「了解です。」

 

「……………ベニヤ。革命以来の友として、言っておきたい。」

 

「何でしょうか?」

 

「私がお前を重用してきたのは、お前が余計な事を言わず、余計な事を考えず、余計な事をしなかったからだ。」

 

 

帝政時代の革命運動で、ベニヤはスタルノフの忠実な右手として仕えてきた。

それこそまるで番犬のように忠実で、命じられたことに躊躇する事は一度もない。

周囲からは陰で"考える機能を失ったらベニヤになれる"などと言われていたが、今ではそういう事を言った人間は全て極寒の極地に埋められている。

 

 

「私もお前も、共に力を合わせて敵を排除してきた。そのおかげで今の地位がある。だが、地位を失えば………敵は尽きる事がない。敵を殺せば、新しい敵がやってくる。我々に出来ることは、ただひたすらに敵を刈り取っていくことだけだ、そうだな、ベニヤ?」

 

「その通りです、同志書記長」

 

「この地位も権力も、私に手放す気は毛頭ない。手放してしまえば、こちらが刈られる。…ベニヤ、この件は慎重に進めろ。そして必ず成功させろ。この作戦に、私もお前も命を握られている。」

 

「はっ!その通りに致します、同志書記長!」

 

 

ベニヤ自身はスタルノフの言いなりとして仕えてきたが、自身の考えが全くなかったわけではない。

スタルノフの権力維持には国家体制を守る必要があり、その為には海軍の増強が不可欠であること。

そして、スタルノフが失脚すればベニヤ自身危なくなる事など言われなくともよく分かっていた。

 

だから、ベニヤとしてはこの気まずい面談を早く切り上げて、北東煌政府のバカ共に電話をかけたかった。

あの無学なバカ共と話すのは、殊更に疲れるし、時間のかかる事だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦争のママたち

 

 

 

 

往往にしてある事だが、自由世界の新聞は、紙面の論調を右往左往させる事がよくある。

 

いつの時代にもある事だが、メディアは大衆の好奇心を掻き立てる為に事実を誇張したり、捻じ曲げたり、捏造する。

そして、頻繁に自らの立ち位置を変えていく。

 

 

私があのアホタレ・ローレンスに狙撃される少し前、ロイヤルの大手新聞社が、東煌の内戦について『ファシストと共産主義者の戦い』などという、この世の終わりみたいな書き方をしていた。

 

それが今や統一政府の肩を持ち、『理性ある政府と発狂者の戦い』などと書いている。

 

私は今、飛行機の座席でその新聞を読んでいて、少しばかり深いため息をついていた。

 

 

 

「面白くない記事でもあったのかい?いつだかのように誹謗中傷記事を書かれたとか?」

 

 

真横に座る、物理的従兄弟のトム・ク●ーズがそんな事を言った。

私はこの世界に来てからトム・ハ●クス似の外見を手に入れたわけだから、世界線によっては今頃ゴシップ紙の記者に写真を撮られまくっている事だろう。

更に言えば、後ろの座席には我らがマッマ達が勢揃いしているのだ。

殊更良いネタになりそうだ。

『有名俳優がハーレム旅行』とかそんな感じで。

 

 

「あの時は災難だったろ、ブロ。一つ言っておくと、俺も災難だった。ピッピ叔母さんから収拾を頼まれた時は本当に…」

 

ありがとう、ありがとう、我が兄弟。

でもその話は鉄血の空港を出発してからもう14回も聞かされてる。

そろそろ別の話をしようじゃないか。

 

「それもそうだな。コィバの施設はKANSENの解体施設で間違いない。でも、興味深いことに、レクタスキーが求めているKANSENはあと1人だけだそうだ。」

 

1人だけ?…なら、何でわざわざコィバくんだりまで行ってあんな施設作ろうとしたんだ?

 

「たぶん、保険だったんだろう。北連のKANSENじゃダメだってなった時のな。その時は何がなんでもユニオンのKANSENを拉致し続ける算段だったんだろうよ。」

 

第三次世界大戦を招きかねないぞ、それ。

 

「確かに。でも、スタルノフがそこまで追い込まれてる証拠でもある。北連では奴の腹心が水面下でグループを形成しつつあるらしい。」

 

プーシロフだろ?あの…何というか…無理矢理トウモロコシ畑作って塩害招きそうな人。

 

「………例えはよく分からんが、そいつのグループの存在にスタルノフは薄々勘付いてて、それが奴を焦らせてる一つの要因でもあるだろうな。」

 

独裁者も楽じゃないな。

いつ寝首をかかれるか分からん状況の真っ只中にいるわけだから。

で、兄弟。あんたのとこの情報源って、そのグループの内の1人だったりするのか?

 

「ビンゴ!その通り!そいつが一昨日、スタルノフが"ミーシャ"なる工作員を東煌に送り込んだって情報を寄越してきたわけだ。」

 

誰なんだ、ミーシャって。

熊でも送ったのか?

 

「まだ分からない。これから探っていくしかないな。」

 

 

 

 

 

何もハーレム旅行をする為に、私は飛行機に乗っているわけではない。

 

物理的従兄弟が一昨日、N長官に合同ミッションの話を持ちかけた。

"ミーシャ"なる工作員が、重桜KANSENを拉致する為に東煌に送り込まれたという情報を掴んだというのだ。

 

 

N長官は検討の結果、私に行ってこいと命じたわけだ。

「いや、何で私?」と少しばかり思ったが、確かにこの案件は私の担当になるので行くしかない。

 

私は急いで仕度をするので精一杯だったが、敏腕という言葉が過小評価に思えるほど優秀なマッマ達は、東煌で使う偽装身分まで用意してくれた。

 

 

何故東煌で偽装身分が必要になってくるのか?

 

統一政府は今では旧レッドアクシズ陣営のみならず、アズールレーン陣営の国々からも支援を受けている。

にも関わらず、自分の身分を偽るのには理由がある。

N長官も、物理的従兄弟も、アイリスの2人組も、そして私自身も、まだレクタスキーのトンデモ企画をほかの誰かさんに喋る気ではないからだ。

 

東煌はまだ内戦中であり、統一政府に北東煌のスパイが潜り込んでいても不思議ではない。

もし私が、MI5の対外諜報顧問ですぅとか言って大手を振るようであれば、それが北東煌に伝わり、"ミーシャ"は雲隠れしてしまう。

 

"ミーシャ"はトンデモ企画において拉致を担当する中心人物のようだった。

奴を逃せば動向を掴むのがまた難しくなるし、物理的従兄弟の情報源が危うい立場に置かれる事になるだろう。

猜疑心の強いスタルノフなら、工作員が到着早々トンボ帰りするハメになった原因を、まず内部の裏切りに求める筈だ。

 

 

よって、物理的従兄弟とそっちのマッマ達は鉄血政府の外交官、私はマッマ&ママ総合商社の代表として東煌へ赴く事になった。

 

統一政府は内戦中にも関わらず外資系企業を誘致しており、高いリスクを背負ってでも約7億人の市場を獲得しようとする企業は少なくなかったのだ。

 

 

私のマッマ達も、今回はマッマ&ママ総合商社の社員として同行している。

ピッピは秘書、ダンケは広報、ルイスはマネジメント、ベルは営業。

まあ、私以外はそれぞれ本来の仕事のようなものだから、別に訓練とか必要なかったし、私自身には秘書ピッピが四六時中付き回るわけだから、怪しまれるような言動をする事もないだろう。たぶん。

 

 

 

え?何?なんだって?

民間企業体が諜報活動とかお前トム・●ランシーのジャッ●・●イアンシリーズ読みすぎだろすぐ小説に影響されるバカワロタwだって?

……………マッマぁ!この人ぼくちんの悪口言ってくるぅ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、長い長いフライトもようやく終わり、私は久し振りに地上に降り立った。

 

たぶん、真っ当な投資家なら、空港に降り立った途端投資を取りやめるね。

私が何十時間ぶりに外に出て、ようやく伸びをしたその瞬間に、空港の敷地内にある芝生に迫撃砲弾が着弾した。

もう、帰りたい。すでに、帰りたい。

 

シュタールヘルムにモーゼル銃持った統一政府軍兵士が「ゲリラだぁ!ゲリラの攻撃だあ!」とか何とか言いながら大型トラックに飛び乗ってどっか行ってるし。

 

四六時中ゲリラの脅威に晒される国際空港って何なの?

重要防護施設に違いないんだからさ、周辺の防備固めようよ?

つーか他の空港ないの?

何でこんなところ国際空港にしたの?

1980年の『戦争の●たち』の序盤シーンじゃないんだからさぁ。

 

 

「ようこそ!新たな東煌へ!」

 

 

鉄血式軍服に身を包んだ統一政府軍士官が私を出迎えてくれた。

ただ、今回はこういった人達にも諜報活動の事を話したりはしない。

拉致対策の問題で接触するのは統一政府の人間ではなく、重桜の工作員だった。

 

しかし、私は一応、マッマ&ママ社の代表として来ているわけで、目の前の士官の歓迎を受けなければならない。

 

 

「ご覧の通り、今はこの空港でもこのような感じですが…」

 

 

MG34機関銃のやかましい射撃音が聴こえてきて、士官の言葉を遮る。

士官も士官で、自分の言葉がちゃんと伝わるようにより大きな声を出す。

 

「近いうちに!我が統一政府軍が!北東煌の共産主義者を!北部へ追いやる!大規模な作戦を!」

 

 

私はもう士官を見ていなかった。

士官の後方で幌を掛けた大型トラックが停止する。

 

「我が軍はご覧の通り!順調に勝利を重ねており!負傷者の数も減少する一方ですので!」

 

 

大型トラックの降板が下げられ、とんでもない数の負傷者が吐き出される。

頭や腕に血塗れの包帯を巻いているし、殆どの者は自分の力で歩けない。

負傷者の数が…何だって?

 

「どうかご安心して!くつろいでいただきたい!」

 

 

安心できねえええよ!!!

貴方のすぐ後ろで、貴方の発言が毎度毎度否定されてるんですけどおおおお!!??

明らかに大苦戦してんじゃん!!!

明らかに戦闘の都度負傷者増えてるよね、これ!!??

これで負傷者減ってるって言っちゃう!?

ねえ!?言っちゃうの!?ねえ!?

 

私絶対に嫌だよ、この空港の近くのホテルとか絶対嫌だよ!?

本当にくつろげるとこにして!?

せめてMG34の銃声の聞こえないとこにしてえええええ!?

 

 

 

 

 

 

幸運な事にと言うべきか、私も従兄弟もマッマ達もその後車で長時間移動して、より統一政府の勢力が確固たる治安を維持している都市まで連れていかれた。

 

いやあ、焦ったぁ。

最前線に泊まるとかじゃなくて良かったぁ。

 

 

ホテルにチェックインすると、どうやら従兄弟達と私達は別々の部屋に泊まる事になると言うことがわかった。

 

重桜KANSENとの接触は明後日で、それまでに時差ボケを直すらしい。

 

ふあ〜あ。

確かに疲れたし、シャワー浴びて寝るかな。

 

部屋は清潔で、シャワーから泥水が出てくるなんて事もない。

快適に過ごせそうで、私はシャワーから出て眠ろうとベッドへ向かう。

ところがそこにはトランプを両手に待っているマッマ達がいた。

 

 

「坊や?お泊まり会って言ったら、やっぱりこれでしょ?」

 

ピッピ…………お泊まり会って………………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

咳、咳、咳に、アチャが効く

 

 

 

トランプは単純なババ抜きで、それはすぐに終わるハズだった。

ところが、ルイスの馬鹿野郎が「東煌にいる間の指揮官くんをあやす時間を賭けましょう。点一あやし。」とか訳の分からない事言ったせいで話がとんでもなくややこしくなってしまった。

 

そもそもね、一あやしって何?

つーかそれって麻雀の単位じゃないの?

ねぇ、ルイスマッマ。

そんな事言うからこの楽しいはずのトランプが『いかに私を早く上がらせて、その後始まる"本当の"勝負に打ち勝つか』みたいなドロドロしたものになってんじゃん。

 

 

もちろん、イカサマが横行する。

 

私がババを引きかけるとカードに指紋が焼印みたく残るほどの力を加えて阻止するし。

ピッピがカードに極小カメラ付けてみたり、ダンケが心理戦始めたり、ルイスがいつのまにかイカサマ用カード持ってたり、ベルが負けかけて全員に襲い掛かって勝負を有耶無耶にしてみたり。

 

 

そんなこんなやってれば、当然時間も食う訳で、結局午前3時にようやっと寝た。

最終的には『皆んなでワイワイ楽しくあやす』って、もはや何なのだろうか。

そもそも、あやすって何なのだろうか。

沼でしかない哲学に入り込みかけたが、どうにか入る前に私は眠りにつけた。

 

翌日はホテルでダラダラ過ごし、ルイスが「新しい東煌ドレス買ってくる」とか言って出て行って、2秒後に「ほら、見て?私にあやされたいと思ってる人には見えない東煌ドレス!」つって下着で帰ってくるという支離滅裂な思考・発言を披露した以外はマッマに囲まれて寝てました。

 

 

 

 

そして、私はこの日の午前9時、物理的従兄弟と共にあるカフェテリアで重桜の工作員を待っていた。

 

従兄弟は外交官に化けているので、民間企業の代表に化けてる私といて不自然じゃないかといえば、そういう事はない。

鉄血政府は統一政府と親しい間柄にあり、他国の企業の誘致さえ協力している。

だから、ロンドンに本社のあるマッマ&ママ社の代表とカフェテリアにいても何ら不思議はないのだ。

 

 

約束の時間の5分前に、彼女は現れた。

まさか重桜の工作員がKANSENだとは思わなかったが、それよりも驚いたのは彼女の付添人の方だ。

 

ブルー●・リーかよこの野郎。

 

 

「ゲェッホ、ゲェッホ、ゲホゲホゲホ…ゲェッホ、ゲェッホ、オエェッ、カーーーッ、ペッ!!」

 

 

重桜工作員、天城さんの第一印象は見ての通り最悪である。

 

 

「ホアチャ!?アチャ!アチャ!ホォォォオオオ!!!アチャッ!?」

 

 

天城が咳き込むのを見て、心配そうに介抱する上裸の付添人の第一印象も、同じく最悪である。

 

ひょっとして、私達は人間の言葉の通じない場所に来てしまったんじゃないだろうか?

初対面の挨拶が咳とアチャによってなされてしまった。

いやぁ、これは大変な事になるぞ。

 

 

「ゴホゴホ、これは失礼致しました。天城といいます、どうぞよろしくお願いします。彼は護衛兼秘書のブルー●・リー」

 

「ホアチャ!」

 

 

捻りなしかぁぁぁぁぁ。

全く捻らずにストレートに来たかぁぁぁぁぁ。

困るんだよなぁぁぁ。

いちいち●付けるの大変なんだよなぁぁぁ。

つーか、ブルー●・リーのファンに怒られるぅぅぅ。

 

 

「どどどどどうも、こちらこそ、はじめまして、えと、あの、えと、て鉄血情報部の…えと、ラインハルト・レルゲンです。」

 

どどどどどうも、えと、あの、MI5のマッコールです。

 

 

いきなりぶち当たった文化の壁(?)に、従兄弟も私も動揺を隠せない。

なんというかね。

朝起きて、口の中がカラカラしてて、水差しの水飲んだら中身全部レッド●ルだったみたいな衝撃だよね。

生えるのは翼じゃなくて草だけど。

 

 

「ゲェッホ、ゲェッホ!!」

 

「アチャ!?アチャアチャ!?」

 

 

ブルー●・リー、もうやめてくれ、本当に。

天城さんが咳込むたびにアチャアチャ言いながらただただオロオロするんじゃない。

あなたは介抱したいのか、慌ててるのかどっちなんだ、教えてくれ。

 

絶対に●ってはいけない24時みたいな状況が続き、最初の10分はまるで話もできなかったが、見かねたラインハルトが咳止めを渡してようやく話ができるようになった。

 

 

「…んんっ、本当に申し訳ありません…見ての通り健康に少し問題がありまして。」

 

 

問題どころの騒ぎじゃないような気がしないでもないんだが。

 

 

「さて、本題に入りましょう。例の北連工作員、通称"ミーシャ"はすでに北東煌政府に合流していますわ。」

 

「狙いはやはり、重桜KANSENですか?」

 

「ええ、間違いないでしょう。既に北東煌政府の工作員が、KANSEN達の停泊地近辺で目撃されています。」

 

そりゃ大変だ。今すぐにこちらも向かわないと…

 

「いいえ、その必要はありません。私の考えでは、まだ彼らは到着したばかりですし、単独行動を好むKANSENを目標に選定するのには時間がかかるでしょう。ですが、明日には発った方がいいでしょうね。」

 

「なるほど…しかしまあ、よくそんなに早く感知出来ましたね。」

 

「あら。私だって北東煌に情報源の一つや二つ持っていますわ。こうやって貴方達と話しているのも、そういった技量の結果ですもの。」

 

相当な技量をお持ちなんですね。

 

「あなたほどじゃありません。エクレア食べてただけで、ロイヤルの英雄になれるんですから。」

 

 

おおっとぉ、モロバレしてるぞぉ。

しかも公式には絶対に表沙汰となっていない事まで把握してるとは。

となりの従兄弟は既に知ってたからアレだけど、あんまり口外しないでいただけると嬉しいのだが…。

天城さんが私の顔を見て、笑みをこぼす。

 

 

「そのお顔を見ると…ふふ、私の情報は正しかったのですね♪『能く上智を以て問者と為し、三軍の恃みて動く所なり』。策を練るにも、情報は何よりの要ですわ。」

 

あなたの手腕はよくわかりました…それ程の実力がお有りなら、恐らくターゲットにされるであろう重桜KANSENも目星がついているのですね?

 

「ええ、もちろん。そして彼らの行動時期も、彼らの人数も分かります。彼らは…ゲェッホ!ゲェッホ!ゲェッホ!ゲホゲホゲホ、カーーーッ、ペッ!!!」

 

 

あらまあ、咳止めが切れたようだ。

 

 

「アチャァァァアアア!?ホォ、ホアチャ!アチャチャチャチャチャチャ!!」

 

「ゲェッホ、ゲホゲホゲホ!!」

 

「ア、アチャチャ!」

 

「と、言うわけで私達は一度部屋に帰って休みますわ。ごめんなさい、続きは明日の列車の中で…」

 

 

え?ひょっとして、今ので会話成立してた?

咳とアチャだけで意思疎通図っちゃった?

咳とかアチャってそんな暗号文みたいに使えるもんなの?

 

従兄弟のラインハルトが天城さんの背中に声をかける。

 

「あ、明日は今日と同じ時間でここで会いましょう。その後出発です。」

 

「ゲェェェッホ!」

 

「ホアチャ!」

 

 

いやぁ、最後の返事まで咳とアチャかよ。

優秀な諜報員なのは間違いないんだろうけどさぁ。

 

 

「………しっかしまあ、大丈夫かなぁ、あの人達。」

 

た、たぶん大丈夫じゃねえの?

 

「咳とアチャを諜報技術に使うとは…なぁ、ブロ。俺たちだってきっと」

 

出来ない。出来ないから。

あのな、兄弟よ。

マッマ達の前で咳の一つでもしてみろ?

殺菌剤バラ撒かれた上に抗生物質漬けにされて、挙句放射線除去そうchへぐぅ!?

 

 

そこまで言ったところで、後ろから何者かに錠剤を飲まされる。

白いすべすべ肌の手が私の口元を押さえ、錠剤を飲み込むまで許してはくれそうにない。

 

 

「安心して坊や。ただの抗生物質よ?坊やが風邪ひいちゃったら、私安心できないわ。」

 

「あのぉ、ピッピ叔母さん…そう言うのって風邪ひいてkへぐぅ!?」

 

 

いつのまにか、ビス叔母さんが従兄弟の口に錠剤を押し込んでいる。

暴れようとするラインハルトを押さえつけながら薬を飲ますその様は、彼女たちがひっそりと配置されていた警護要員だとは思えない絵面を周囲に提供していた。

警察呼ばれそう。

 

「あなたもよ、ラインハルト。ちゃんと風邪予防なさいっ!」

 

 

 

 

 

 

その後、我々はホテルへ連行され、それぞれのマッマにあやされながら昼飯まで寝かされた。

午後になってからようやく作戦の準備を許されたものの、夕飯食った後はまた即座に寝かしつけられた。

 

「坊や…健やかに…健やかに育ってね…」

 

あのぉ、ピッピ?

"健やかに育ちすぎて"ランニング始める事になったんだよ?

覚えてない?

 




ブルー●・リーと天城マッマのファンの皆様、大変申し訳ありません…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トレイン・バブッション

 

 

 

 

ホテルで起きたのは朝の7時。

 

ピッピが髭を剃ってくれた後に顔を洗うまではいつも通りだったのだが、今日はPIVEA for MENというクリームを顔に塗りたくられた。

東煌の風は予想以上に乾燥していて、ピッピはそれによるカサカサ肌まで心配してくれたのだ。マッマぁ。

 

 

その後、ベルとルイスが買ってきてくれた朝食を食べながら、今日からの行動について再確認する。

昨日はピッピに温められながら寝てたが、そればかりしてたわけではなく、今後の予定も決めていた。

 

 

 

東煌で、私達は必要以上に目立ち過ぎる。

私は見た目がトム・ハ●クスだし、マッマ達も全員コーカソイドだ。

従って、目立たずに活動するということが難しい。

 

できるだけ目立たなくする為にも、実際に重桜KANSEN停泊地まで移動する人数は少ない方が良かったし、通信その他の後方支援を統一政府軍に頼むわけにもいかなかった。

 

後方支援機材はロイヤル大使館、武装は鉄血大使館がそれぞれ用意をしてくれていたが、作戦機密上、それを操作するのはこちら側の人物でなくてはならない。

 

 

そこで、ダンケとベルにはこちらに残ってもらい、ロイヤル大使館から機材を受け取って設営、そして後方支援にあたってもらう。

 

私と同行するのはピッピとルイスで、二人とも鉄血大使館から既に武装を受け取っていた。

大使館は私の武装を用意してくれなかった。

武装の用意を担当した私の従兄弟は、申請を忘れたのか、或いは必要ないと思ったらしい。

実際、私も必要だとは思わなかったが、ピッピは半狂乱だった。

 

「どうやって坊やに身を守らせる気なのよおおおお!?」

 

 

幸運な事に、ルイスが小型の38口径リボルバーを持ち込んでいた。

よくもまあ、空港の手荷物検査で引っかからなかったよなぁ。

いや、「ラッキー、ルー♪」じゃなくてさ。

 

本来ならそのリボルバーはルイスのレッグホルスターに納めていたのだが、私の護身用拳銃は用意されていないと知ると、東煌ドレスのスリットから覗けるそのエッロい脚に手を伸ばして、ホカホカしたリボルバーを私に譲ってくれた。

漂ってくるすっごく濃いルイス臭が何とも言えないが、お礼を言ってピッピが持っていた予備のホルスターに納めて腰に巻く。

 

 

「うふふ♪私に触れると幸運が訪れるのよ♪きっと、そのリボルバーも幸運を招いてくれるわ♪」

 

う、うん、ありがとうルイス。

 

「よし、これで坊やの最終手段も手に入った事だし!さあ、駅へ向かいましょう!」

 

 

落ち着いたピッピやルイスと共に私は昨日のカフェテリアに向かう。

既に物理的従兄弟とビス叔母さん、そしてアドミラル・ヒッパーが我々を待っていた。

 

 

「ちょっと!あなた遅いんじゃないの!?」

 

「………は?別に。時間には間に合ってるでしょ?」

 

「ひっ!」

 

ピッピ、眼力で押さえつけるのやめたげて。

 

「だってぇ〜。坊やを非難するなんて許せな〜い。」

 

モンスターペアレントデビューしなくてもいいから。

 

「おい、ヒッパー。ブロはちゃんと時間を守ってる。」

 

「わ、悪かったわね!」

 

こちらこそ、待てせてすまない。結構待った?

 

「いいや、ブロ。こっちも今到着したとこだ。例のFräulein(お嬢さん)はまだ来てないのかな?」

 

 

しばらくしている内に、天城さんとブルー●・リーがやってきた。

どうやら二人とも、薬局が開くのを待ってから大量の薬を買い込んで来たようで、少し遅れての到着となる。

昨日も昨日で買ったらしいが、補充されているであろう今日も朝一番に行ってまた買ったらしい。

いっちゃん迷惑なパティーンじゃね?

 

やがて全員駅のホームへ向かい、列車に乗り込む。

統一政府は"沿岸部でのインフラ状況を見に行くロイヤル実業家と付き添いの鉄血外交官達"の為に列車の一等客室を用意してくれていて、私たちは広くて乗り心地の良い客車にマッマ達と座った。

ただ、流石に一等客室とはいえ使用する線路は同じで、また客車は内装以外他の客車と同じものだったので、騒音だけはどうにもならない。

 

一等客室は思わぬ効果ももたらしてくれた。

他の乗客はユニオンや鉄血から来た本物の実業家達で、私たちはその集団に上手く溶け込む事ができたのだ。

 

 

 

座席に座った瞬間、東煌に到着したその時から暴走気味だったルイスが、私の頭を後ろから双丘の谷間に挟み込む。

「騒音から聴覚を保護したいの」じゃないでしょうが。

せっかく溶け込めると思ったのに秒で浮いてどうすんのよ。

 

「こら!ルイス!」

 

 

ピッピが結構怖い顔でルイスを睨む。

おお、ピッピ、さすが!

こんなのやってたら目立っちゃうでしょ的なサムシングを言ってやってくれ!

 

 

「…1時間交代よ?」

 

 

違う、そうじゃない。

こんな事してたら従兄弟のラインハルトからガチ軽蔑されんじゃん!

斜め後ろの席に座ってる物理的従兄弟に、ガチ軽蔑されんじゃん!

私は恐る恐る後ろを盗み見る。

そこには、何とも悲しい格差社会の現実が広がっていた。

 

 

ビス叔母さんが従兄弟ラインハルトを、ルイスが私にやっているように谷間に挟んでいる。

だが向かい合って座るヒッパーは、目の前の豊満ワガママボデーを物欲しげに見ながら。

(いやぁ、ちょっとやめてほしいかな)とか考えてそうな従兄弟の様子を見ながら。

ひたすらに自分のまな板に両手を当てて、無言のままに涙していた。

それも血涙。

こっわ。

 

 

 

 

目の前で繰り広げられる格差社会のドキュメンタルストーリーを見ていると、廊下の方から天城さんがこちらに手招きをしているのが見えた。

 

何だろうか?

昨日の話の続きなら、列車を待っている間に説明してもらった。

敵の人数は8名、直接の行動開始時期は明後日の夕方だろうというのが彼女の予測だった。

 

今更なんの話だろう?

 

私はそう思いつつも、残念がるルイスの谷間から離脱し、血涙を流すヒッパーを出来るだけ見ないようにして、天城さんに合流した。

 

 

どうしたんですか?

 

「4名」

 

はい?

 

「4名います。」

 

いや、何が4名なんでしょう?

 

「北東煌の工作員…この列車の中に4名」

 

……………え。

 

 

天城さんが咳止めの薬瓶から錠剤をひとやま手のひらに乗せ、そのまま口に入れてバリボリと食べ始める。

あのぉ、ロベル●さんでしょうか?

南米からやって来たスゴ腕化け物殺し屋メイドさんでしょうか?

 

 

しかしまあ、北東煌の工作員がいるとなぜわかるんです?

 

「東煌北部は遊牧民の侵略を何度も受け、支配された期間も短くありません。彼らの言葉には特有の訛りがあるのです。」

 

は、はあ………

 

「2名は列車を待っている時、他の2名はこの客車に乗った時に嗅ぎ分けられました。」

 

何かの偶然という事はありえませんか?

感知から行動まで早すぎる。

 

「諜報活動で偶然を信じるのは愚の骨頂ですわ。その"ミーシャ"とかいう工作員、おそらくあなたを知っています。心当たりがあるのではないですか?」

 

うーん………あ。

 

「ええ、その通り。貴方がロイヤルで煮え湯を飲ませた相手です。」

 

アヴローラか!

 

「そうですね。私の調べでは、彼女はスタルノフのお気に入りでもあります。KANSEN拉致作戦の中心にいてもおかしくありません。」

 

なる………しかし、どうします?

北東煌の工作員が我々を尾行しているとすれば、非常に厄介ですよ?

 

「厄介どころか大問題ですわ。北東煌の工作員は人前での殺人もためらわない。列車の中で対処してしまいましょう。」

 

ええ、それが良さそうです。

 

「北東煌工作員の内2名は二等客室にいます。私達のいる客車と同じ客車に。ブルー●に対処させます。残りの2名は車掌と乗務員の男女で、一等客室を頻繁に出入りしていますわ。そちらは貴方にお願いします。」

 

わかりました。幸運を。

 

「『ラッキールー♪』…貴方の幸運は…私から祈らなくても大丈夫そうですね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車掌に化けていた北東煌工作員は、自らの運の良さは全人民に訪れた幸運であると思わずにはいられなかった。

 

実はこの工作員はロイヤル実業家としてノコノコやってきたMI5の豚を始末するように命じられていたのだが、任務遂行を人目につく客車内でするか、或いは上手く乗務員室に誘い込んでやるか決めかねていたのである。

 

 

内心を言えば、人目につかない方がいい。

その方がキチンと任務を遂行しても、逃げられる可能性が高いからだ。

 

ところが、ターゲットは列車に乗るなり付添人の豊満な身体に固定されてしまったようで、誘い込むのは難しいと判断せざるを得なかった。

人目につく客車内で銃をぶっ放せば、いくらサプレッサ付きの拳銃とはいえ周囲の客に通報されてしまうだろう。

そうなれば生還の可能性はぐんと下がる。

 

しかし、任務を放棄するという選択肢はない。

そんなことをすれば、家族は全員飢えた犬に生きたまま食い殺されるのだ。

だから例え自らを犠牲にしてでも、やるべき事をやらなければならない。

 

 

だから、幸運な事にMI5の畜生がこちらへやってきて、「この列車が通る線路から沿岸部がどう見えるのか知りたい」と言ってきた時は思わず神への感謝の言葉を漏らした。

 

工作員は北東煌政府の駒になる際に無神論者になっていたハズだったが、あまりの幸運のために、誰にも気づかれないような小さな声で「神様、感謝します」と言ってしまったのだ。

 

 

小さな感嘆詞はMI5の豚には聞こえなかったようで、笑顔で応じる工作員に手招きされた畜生は嬉しそうについてくる。

 

幸運に幸運が重なって、畜生の背後には仲間の女性工作員が饅頭満載の台車を押していた。

工作員2人は前後から畜生を挟んで乗務員へと向かう事ができた。

2人とも降って湧いた幸運に喜んでいて、当人の自覚がないうちに少し気が緩んでいた。

 

 

だから、女性工作員が通り過ぎた後、東煌ドレスを着た青い髪の長身美巨乳美女が立ち上がった事に全く気づいていなかった。

 

 

 

「お、おい、どういうつもりだ!?」

 

 

乗務員室に到着した途端、女性工作員はカーテンを閉め切る。

その部屋の入り口自体少々入り組んだところにあり、客室の方から覗く事などできはしなかったが、いくら幸運に気を緩めていても、女性工作員はそれほどの手順を抜くほど間抜けでもなかった。

 

例の畜生は、恐らく沿岸部の景色云々ぬかしながら事前の情報を得ておくつもりだったのだろう。

だから、背後からサプレッサ付きのナガン拳銃を突きつけられるとは思ってもいなかったろうし、先導する車掌が同じ物を突きつけるとも思わなかったハズだ。

そして、その狼狽具合がその証拠だった。

 

 

車掌は乗務員に頷いた。

これで、無事に任務は達成されるし、この畜生の死体は駅に到着してだいぶ経ってから発見され、彼らは悠々と逃げおおせられる。

二等客室の仲間のターゲットは病人だったし、自分達ほど苦戦するはずもない。

 

女性工作員の方がハンマーを起き上がらせ、ナガン拳銃のシリンダーがゆっくりと回転する。

後は引き金を引くだけで7.62mm弾を発射できるし、カードリッジが前進してガス漏れを防ぐこのリボルバーの消音性は高く、このガタゴトとやかましい列車の中では誰も聞きとることはできないハズだ。

 

 

 

ヴス、ヴスッという、くぐもった音が乗務員室を満たす。

だがそれは、北東煌工作員2名が持つナガンリボルバーから奏でられたものではない。

まず車掌が、胸と頭に45口径弾を受けて倒れる。

 

女性工作員は目の前の車掌が倒れるというまったく予想外の光景を見て、無意識のうちに、ターゲットをこのまま撃ち抜くべきか背後を振り返って脅威を排除すべきか一瞬迷ってしまった。

 

結局、彼女は目の前のターゲットを優先する事にしたが、この一瞬の内に長いサプレッサをつけたM1911A1自動拳銃が彼女の後頭部へと正確に向けられ、45口径弾をもう1発撃ち出した。

 

弾丸は、女性工作員がナガン拳銃の引き金に力を込める前に彼女の後頭部に達し、彼女の脳を著しく破壊する。

結局、彼女のナガン拳銃からも弾薬が飛び出す事はなく、頭の後ろ半分を失った彼女はその場に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「指揮官くん!大丈夫!?怪我はない!?」

 

 

ルイスがM1911を、着ている東煌ドレスの下に隠すホルスターに納めながらこちらへ向かってきて、私をその豊満なボデーに迎え入れた。

まさか自分で自分を囮に使う事になるとは思っていなくて、私は緊張のあまり深呼吸をしたくて仕方ない。

 

だから、ルイスに抱き抱えられた状態で深呼吸せざるを得なかった。

 

鼻と口から、ルイスの甘い香りが流れ込んでくる。

ふああ〜死ぬかと思ったあ〜ルイスすっげえ良い匂い〜、って私ただの変態じゃん←知ってた

 

 

ルイスは3分ほど私を抱き抱えてから解放し、解放された私の鼻腔内はすぐに硝煙と血の匂いに取って代わられる。

いやはや、死体を隠さないと。

他の乗客に見つかったら大変だ。

 

仕方なく、私はルイスと共に死体を乗務員室の物置に隠す事にした。

 

は〜あ、グロいよぉ…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

重東開戦 前編






あ、実際に開戦するわけじゃないですぅ。
ト●・ク●ンシーと同じノリですぅ。




ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

綾波は寂しいのです。

 

指揮官のいる鎮守府から遠く離れ、新しい仲間と1週間を過ごしても、まだ慣れることができないのです。

 

不幸にも触雷して本土帰りになった駆逐艦の代わりに綾波は派遣されましたが、ここの皆んなはとても強くて、今の綾波にはついていけません。

 

 

 

確かに、良いところです。

 

食堂のご飯はとても美味しくて、泊まるホテルの従業員さん達も綾波に優しいのです。

 

でも、綾波はまだ友達を作れずにいます…

 

 

今日も1人で夕ご飯を食べていると、食堂のおばさんに話しかけられました。

 

 

「どうした?いつも1人で食べているようだが…」

 

「…………綾波には友達がいないのです。」

 

「そうか…」

 

「先週派遣されてから、まだ誰とも仲良くなれてないのです。皆んな強くて、綾波には…」

 

「確かに弱き者は敗れる。そして、編成するKANSENが1人でも離脱すれば、戦力は大幅にダウンしてしまう。」

 

「うぅ…」

 

「だが、問題はそれ自体じゃない。その時助けてくれる仲間がいるかどうかも、大切じゃないか?」

 

「…………」

 

「どうやらお前は自身の弱さを恥じている。"良い事"だ。お前にはそれを恥じる気持ちがあるのだから。なら、人一倍頑張って、強くなれば良い。頑張るお前を見れば、皆んな評価してくれるさ。」

 

 

おばさんはそう言って仕事に戻りました。

 

頑張る…うん、綾波は頑張ります!

見ていてください、指揮官!

明日は外出して、自主練に必要な物を買ってくるのです!

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

どうにか北東煌の連中を避け、私達は目的地の駅に到着した。

 

天城さんの心配は必要なさそうだ。

ルイスと一緒に死体を隠した後、ちょうど二等客室のあたりから2人の男達が「ホアチャアアア!!」という掛け声と共に投げ出されるのが見えた。

願わくば私の他に誰も見ていない事を祈りつつ、私達は席に着き、そしてどうやら他に誰も見ていないようだった。

 

 

駅で警官隊に迎えられる事もなく、私達は天城さんと合流してこれから使うホテルへ向かう。

そこはKANSEN達の宿泊地からそう離れてはいないが、程よく距離の取れたホテルで、私たちの活動にはもってこいの場所だった。

 

チェックインして早々、皆荷物をそれぞれの部屋に置いてホテルのカフェテリアに再集合する。

いや、どんだけカフェテリア好きやねんと思いつつ、私も隅にある大テーブルの一席に座った。

 

 

「ここでは慎重に動きましょう。特に、マッコール。貴方は彼らに素性が知られているはずですし、アヴローラは貴方をつけ回すでしょう。」

 

 

うん、それはそうだろう。

何たって列車の工作員は明らかに私を狙っていた。

彼らが私を知らないなんて、まず有り得ない話でしかない。

 

 

「アァッ!アチャッ!ホアチャッ!」

 

「ええ、そうですね。私たちも同じように知られているでしょう。ですから、ここで自由に動けるのは、ラインハルトさんとそれぞれの工作員の方という事になりますわね。」

 

「あ、あの、天城さん。自分でこういうのもなんですが、私は鉄血情報部のトップです。かなり有名人ですよ?」

 

「その点はあまり心配していません。鉄血政府と統一政府の親密さを考えれば、貴方がここにいるのは不自然ではない。きっと、軍事指導の一環と考えるでしょう。」

 

「ホアチャッ!ホアチャ、ホアチャッ!」

 

「ブルー●の言う通り、貴方は明らかに狙われていなかった…もし、アヴローラが貴方の本当の目的に気づいていたなら、列車に乗る北東煌工作員はあと2人増えていますわ。」

 

いや、「言う通り」って言われても何言ってるかこちらには見当もつかないんだけどさぁ…。

つまり、従兄弟は直接行動を指揮できるけど、私と天城さんはあくまで監視に専念する役割に当たった方が良いって事ですね?

 

「その通りですわ。」

 

「なるほど、よく分かりました。それはそうとして、天城さん。狙われるKANSENとは誰なんですか?」

 

「………先週、北東煌海軍が敷設した機雷に、重桜の駆逐艦が触雷しました。そのKANSENは重傷で、代わりのKANSENが別の鎮守府から派遣されています。」

 

ということは、まだこちらの重桜KANSENとも馴染めていない可能性が高い。

 

「その通り。お友達かいないなら、北東煌の工作員達は狙いやすいでしょうね。1人が指揮し、4人が監視し、2人が拉致し、残る1人は運転手。8名のチームという編成は、北連の諜報機関ではよく見られますわ。」

 

な、なるほどぉ。

 

「さて、明日は1日中活動します。今日は早めに休みましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、私はあるビルの一室で双眼鏡を構えていた。

勿論、やましい物を見ているのではなく、停泊地から1人で外出するKANSENを探していたのだ。

そのKANSENは綾波という名前で、特徴的な耳を持つらしい。

 

 

いた。

あれが…綾波かな?

今では遥か昔に思える鎮守府時代、私の鎮守府には彼女はいなかったが、それでもその特徴的な外見はすぐに見分けがつく。

 

私は無線機を手に取って天城さんに連絡する。

 

 

"トレジャーハンター"、こちら"アイズ"、対象と思わしきKANSENを発見。

 

『こちらトレジャーハンター、了解。これより対象を"ラビット"と命名する。引き続き監視を継続せよ。』

 

アイズ、了解。アウト

 

 

"ラビット"かぁ。

確かに、彼女の頭から伸びる耳のような物が、兎を連想させる。

 

兎さんは停泊地の検問で外出証を提示すると、そのまま徒歩で外に出る。

するとすぐに地図を取り出して、何か悩み始めた様子が見て取れた。

 

初めての港湾都市で何をしようとしてるのかはわからないが、地理的知識がなく、地図に頼らざるを得ないのだろう。

 

 

 

東煌文明が発祥した河の下流にあるこの港湾都市は、古の時代から通商の要として機能してきた。

町には雑然とした商店が並んでいるし、行き交う人々も様々だ。

西から来た者、北から来た者、南から来た者。

もちろん、東は海なのでそちらから陸路で来る者はいないが、今では飛行機に乗ってやって来る。

そしてそう多くはないが、内戦中にも関わらず、白人の観光客や投資家もいた。

従兄弟もそういった人々にうまく溶け込んでいるはずだ。

 

この港湾都市とその周辺の海域の為に、統一政府軍は最善を尽くしている。

だが、それは北東煌海軍も同じで、統一政府は重桜の支援を必要としていた。

おかげでこの海域の制海権を徐々に握りつつあるのだ。

 

 

そして、その為に活動しているKANSENの内の1人は、ようやく地図から顔を上げ、決然とした表情で西へ向かって歩み出す。

その方向には商店が建ち並び、私は危うく彼女を見落とすところだった。

 

 

トレジャーハンター、こちらアイズ。まもなくラビットがこちらの監視範囲を出る。

 

『了解。監視は"イア"が引き継いで。』

 

『こちらイア、了解。』

 

 

私は交信を終え、従兄弟がその役目を引き継いだ。

彼は観光客に偽装していて、徒歩で対象を尾行・監視する。

そして彼が対象を見失う万が一の可能性に備え、私も移動しなければならない。

 

 

顔に長い布を巻く。

何故、こんな事をして不審がられないのかといえば、北西から来る…史実の世界で言うところの…イスラム系商人がこういった格好をして出歩いているからだ。

ただ、おかげでターバンも巻かねばならず、手間もかかるし、頭がクソ蒸し暑いのだが。

 

ようやく準備が完了し、移動のために階段へ向かって時、従兄弟の焦った声が雑音混じりに無線機から聞こえた。

 

 

『おいおいおい、マズイぞ、マズイぞ。』

 

『イア、何かあったのですか?』

 

『トレジャーハンター、こちらイア。ラビットは入り組んだ小道に迷い込みつつある!至急増援を!』

 

『了解、"キーパー"はイアを補佐して!』

 

 

キーパーは個人ではなく、マッマ達による直接行動チームを指していた。

ピッピ、ルイス、ビス、ヒッパーも観光客に偽装していたが、恐らく全員が小道に向かうだろう。

 

今や万が一ではなく、それが現実になりつつある。

私は急いで階段を駆け下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

綾波は驚いたのです。

 

外出早々道に迷っていたら、男の人に声をかけられたのです。

 

 

「君は危険だ、今すぐにここから離脱しないと。」

 

「え?ちょ、ちょっと!意味が分からないのです、綾波は買い物があるのです!」

 

「よぉ、お嬢ちゃん!本はいかがかなぁ〜」

 

 

あ、本屋さんがあったのです!

よかった、見つけられました!

 

 

「海軍戦術研究の書物はあるのですか?」

 

「…お、おお、随分とヘヴィな本を読むんだね。そういった本はちょいと奥にあるんだ。着いてきな。」

 

「助かるのです!」

 

「おい、おい、君は危険なんだぞ、だめだ、着いて行くな、そいつは怪しい!」

 

「本当になんなのですか!?あなたの方が怪しいのです!綾波は邪魔して欲しくないのです!」

 

 

綾波は男の人を振り払って、商人のおじさんを追いかけることにしました。

でも、後ろで「うっ!」っていう声がして、振り向いたらさっきの男の人が首を絞められていたのです!

 

綾波は意味が分からなくて、ボゥっとしてたら後ろから刺激臭のする布巾を鼻と口に押し当てられました。

 

意識が段々と遠のいて…………し、きかん…

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

私は止むを得ず、ルイスから貰ったリボルバーを撃った。

 

たしかにSFSから射撃訓練を受けたが、それでも私の腕は確かとは言えない。

しかし、リボルバーにはルイスの幸運が付いていたのか、私の放った38口径弾は従兄弟を襲う暴漢に命中した。

 

暴漢はもんどりうって倒れ、従兄弟が苦しそうに咳を吐き出す。

 

 

「ゲッホゲホ…ありがとう、助かったよ、ブロ」

 

ああ、それよりラビットは?

 

「その本屋の奥に連れられていった!マッマ達は!?」

 

通行人が多過ぎて移動に時間がかかってる。

 

 

その時、甲高いサイレンの音が聞こえた。

地元警察か!?

対応が早過ぎないか、おい。

 

 

「警察は鉄血政府が訓練してるんだ、世界有数の練度を持ってるさ。それより、銃をくれ。」

 

何する気だ?

 

「俺は鉄血の情報部長だ。捕まってもすぐ釈放される。お前がラビットを追うんだ、行け!早く!」

 

 

既に制服警官達がパトカーから飛び出していた。

C96自動拳銃片手に、悲鳴をあげながら逃げる通行人達を跳ね除けて進んでくる。

時間がない。

 

私は従兄弟にリボルバーを渡し、本屋の方へ走り出す。

武器は手放してしまったが、今私にできるのはそれぐらいだ。

 

本屋は奥の方まで通路が続いていたが、並べなれる本は段々と少なくなり、そして無くなった。

奥の奥まで走って行くと、大きな壁に突き当たる。

そこは暗かったが、辛うじてドアの輪郭を捉えることが出来た。

 

私がドアを蹴破るようにして開けると、ちょうど目の前の道路で黒いセダンが走り出した。

セダンは猛スピードで走り出し、土埃をあげながら去って行く。

バックウィンドウにはあの特徴的な耳が見えていた。

 

 

こん畜生!取り逃がした!!!

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

重東開戦 後編

 

 

 

「何故引っ張ってでも保護しなかったのです!?あの時なら、対象を無事に確保できたハズです!」

 

「無茶言うな!俺も死にかけてたんだぞ!?

第一、あんたがマッマ達を変なところに配置したからこんな事になったんだ!」

 

 

天城さんと、はやくも釈放された従兄弟の言い争いが、灯油と間違えてガソリンを入れたストーブのように燃え盛っていた。

例えて言うなれば………スプレー缶100本処分しようとして爆発させちゃった感じ?

2人とも落ち着きという物を失っていたし、口論はヒートアップしていくばかりだ。

 

時刻は既に夕方6時を回り、あたりは暗くなっている。

統一政府警察が綾波を捜索しているが、今まで何の成果も得られていない。

 

私自身はこんな状況ですら、あやしを欠かそうとしないピッピとルイスに抱き抱えられていた。

マッマェ…ちょっと空気読んでェ……

 

ビス叔母さんとヒッパーは従兄弟を落ち着かせようとオロオロしてるし、ブルー●・リーも天城さんがいつ咳き込むかとオロオロしている。

 

 

私が意見を言うべきだろうか?

怖いなぁ。

怒りの矛先がこっち向いてきそうで怖い。

ヒートアップしまくった、アッツアツの矛先で刺されかねないと思う。

しかもそれが2本あるのだ。

 

 

残念ながら、いや、当然の事ながら、まず天城さんの怒りの矛先が押し黙っている私の方へ向けられる。

 

 

「あなたもあなたです!発砲で警察が来て、連中の追跡が不可能になってしまった!」

 

 

まさか従兄弟を助けるための発砲が責められるとは思っていなかった。

頭に血が昇るのを感じたが、私は必死に抑える事にした。

彼女は今、かなり感情的になっていたが、本来は頭脳明晰な女史である。

 

ラインハルトも更に怒り狂おうかとしていた。

当然だろう。

38口径弾がなければ、彼は間違いなく死んでいた。

それを否定するのは、彼に死ねと言っているようなものだ。

 

だから、私は従兄弟に向かって手を上下に動かした。

"落ち着いて、頼むから"

従兄弟はどうにか自分を落ち着け、手近の椅子に座る。

真っ赤な彼の顔をビス叔母さんが優しく包み込み、じゅ〜という音を立てながら、その赤みを取り払っていった。

ヒッパーは血涙、いつも通り。

 

 

「連れ去られた彼女がどうなると!?強姦され、暴行され、生きたまま解体されるのです!」

 

そこまで非道な事を?

 

「ええ!そう!少なくとも、解体されるとは知っていたハズ!知らなかったとは言わせません!」

 

落ち着いてください、天城さん。

 

「これが落ち着ける物ですか!だいたい…」

 

あなたが北連の工作員なら、どの経路で離脱しますか?

 

「あな…た……………ええと。」

 

 

天城さんは私の期待通りに落ち着きを取り戻していく。

興奮が落ち着けば、次にやって来るのは疲労感。

だが、彼女なら思考能力を鈍らせる事はないだろう。

 

 

「陸路はダメですね…この街は統一政府の支配下にある。検問を警戒しますね」

 

 

物理的従兄弟ラインハルトは、もう既に統一政府軍に検問を実施させていた。

範囲は街全体から、その周囲に至る道路まで幅広くカヴァーされている。

アヴローラなら必ずこの街の軍・警察の規模を計画に入れているハズだし、リスクを冒すような真似をする女でもない。

 

 

「陸路はダメ。空路は…」

 

空路は勿論、論外ですよね?

制空権も統一政府の手中にある。

飛行場がないわけじゃないが、国境越えできるような輸送機はそれだけ目立つ。

 

「となると……海路!!海路しかない!!今すぐ統一政府海軍に」

 

落ち着いて、天城さん。

あなたがアヴローラなら、海路はただリスクが一番低いだけという事も分かるでしょう。

統一政府軍は重桜と共に北東煌海軍を押し出しつつある。

そこから脱出するなら、どういう船を選びますか?

 

「も、勿論、高速船。哨戒艇あたりかしら…武装は殆ど取り払うわね。そういった船を今すぐ捜索すれば…ダメね……私なら、日の落ちる前に出航する。…………綾波…なんて、可哀想なっ」

 

 

天城さんの両目には涙が溢れている。

自身の後輩を守れなかった悔しさか、それとも綾波が受ける仕打ちに泣いているのか。

私にはその両方に思えた。

 

しかし、私は可哀想と思う事もなければ、涙など到底浮かびそうにない。

 

え?なに?この冷血人間!だって?

 

いいや、違うんだ。

これにはちゃんとした理由がある。

 

さてと。

私には天城さんにも、従兄弟のラインハルトにも言ってない事があるんだが…

 

そろそろ話さなきゃいかんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アヴローラはこの時になってようやく自分が負けた事に気がついた。

 

 

 

ここまで、彼女は完璧に計画を遂行していったハズだった。

統一政府内の金に釣られたクズ共から情報を集め、目標を慎重に選定し、準備した。

 

邪魔な"観光客"も入りそうだったから暗殺要員も派遣したし、邪魔者の排除には失敗して街では北東煌の役立たずを1人失ったものの、拉致自体は成功したのだ。

後は闇夜に紛れて脱出するだけ。

海路は完璧な選択肢ではなかったが、他の選択肢よりは格段にマシだったハズ。

 

 

どうしてこうなった?

どこが間違っていたのだろう?

 

彼女は拉致した綾波を北連まで移送できそうにない。

闇夜の中にも関わらず、彼女の乗る改造哨戒艇はエンジンを撃ち抜かれて停止していた。

 

 

 

轟音を挙げながら空を飛ぶメッサーシュミット戦闘機が、彼女の作戦をパァにした張本人だった。

そのクソったれ戦闘機は搭載された7.92mm機関銃で、この暗い暗い夜に、正確に船のエンジン部だけを射撃した。

 

おかげで彼女は今、進むことも退くこともできずに漂流する船に取り残された、可哀想な乗客に成れ果てている。

 

 

 

やがて、水平線上に幾つもの光が現れて、彼女は同行する北東煌工作員6名と共に戦闘準備に入る。

今回の獲物をタダで引き渡すつもりはない。

例え捕まり、或いは殺されても、相応の対価を払わせる覚悟がある。

 

だが、その覚悟は、光が近づいて来るに連れ音を立てて崩れていく。

 

もう、綾波を人質に立てこもるとか、そういう考えさえ思いつかない。

フル艤装の重巡2隻、正規空母2隻に出くわせば、誰でもそう思うだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

綾波はどこかで聞いた事のある声に起こされました。

 

 

「おい、大丈夫か?生きてるか?」

 

 

この声…確か……食堂のおばちゃんなのです!

あの、綾波の相談に乗ってくれた食堂のおばちゃん!

 

綾波は思い出しました。

確か、自主練に役立つ本を買いに行って…その後、変な男の人に捕まえられて、振り払ったあと、何かへんな薬物を嗅がされたのです。

 

ゆっくりと目を開けると…眩しくて本当にゆっくりとしか目を開けられませんでした…そこには女の人、いやKANSENがいたのです。

 

 

あ、あなたは!

 

加賀さんなのです!?

 

 

「ああ、そうだ、私が加賀だ。赤城お姉様!バッチリ生きてます!」

 

「あらぁ、それは良かったわねえ!」

 

「高雄ちゃ〜ん、ちゃんと全員括ったぁ?」

 

「安心しろ、愛宕。全員抜かりない。」

 

 

え、え?、え!?

 

ひょっとして、助けに来てくれたのですか!?

でも、訳がわからないのです!?

何故食堂のおばちゃんが加賀さんなのですか!?

そもそも、綾波は加賀さん相手に相談しちゃってたのですか!?

 

 

「あら、加賀。この子に随分と好かれてるみたいねぇ。」

 

「う、うるさい、姉様!それより、我が子に報告だ!」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

と、言うわけで、綾波ちゃん無事みたいです。

 

 

ここまで言った瞬間に、天城さんに抱きつかれた。

着物でよく分からなかったけど、天城さんってピッピと同クラスあるんだね何がとは言わないけど。

 

ピッピ?ピッピ?P38しまって?お願い、ピッピ。

 

従兄弟のラインハルトがふぅーと長い息を吐き出した後、私の肩を小突く。

 

 

「しっかしまあ。俺たちに教えてくれても良かったろ、ブロ。」

 

それもそうなんだけどね。

北東煌に情報を流している統一政府の人間が必ずいるハズだから、誰からも隠しておきたかったんだ。

悪く思ってはいるが…"知る必要の原則"だ、兄弟。

『敵を騙すにはまず味方から』って言うだろ?

 

「ちょっと使い方が違う気がするが…それより、どうやって彼女達を入国させてたんだ?」

 

N長官の手を借りて、停泊地のスタッフとして潜伏しさせてたんだよ。

 

 

 

 

ロイヤルを発つ前に、兼ねてより「我が子ぉぉぉおおお!我々も参加させろぉぉぉおおお!そしてあやさせろぉぉぉおおお!」と何度も言ってた重桜マッマズを、停泊地に送り込むのにはさほどの手間はかからなかった。

 

N長官はちょっと渋い顔をしたが、DRAの件もあるからと手を打ってくれた。

それも何から何まで全部。

 

重桜マッマズはMI5のコネを使い回して無事に停泊地に潜り込めたし、艤装の方も難なく持ち込めた。

 

まあ、元々は緊急脱出が必要になった時の、ちょっとばかし大袈裟な手段にするつもりだったんだけどね。

 

 

彼女達との連絡は、後方支援で残ったダンケとベルを通じて行った。

綾波が連れ去られた時、私はもう追跡自体は困難だし、海上で待ち伏せたほうが良いと思い、ベルに電話を繋いでもらってすぐに準備させたのだ。

 

グラツェンさんのパイロット、ハルトマンを同行させたのは、JU52輸送機を加賀マッマに載せて脱出用にしていた為だったけど、気の利く加賀マッマがメッサーシュミットもグラツェンから借りていた。

 

だから、重桜マッマズの使い道が『緊急脱出』から『緊急捜索』に変更された時も柔軟に対応できたのだ。

 

そして、元我が艦隊のスーパーエースは迅速に不審な高速哨戒艇を見つけ出し、闇夜の中停止させたわけ。

本当に人外だね、あのヒヨコ。

あ、人外か。

 

 

 

 

「本当に、何と言って良いかわかりませんわ。先ほどのご無礼、どうかお許しになって?」

 

いいんです、いいんです。

それより綾波が無事で良かった。

 

「今度重桜にいらした時は…天城マッマが待ってゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホ」

 

あー、一気にきちゃったかぁ、今までの分が。

 

ところで…今マッマって言った?

気のせいだよね、ね?だよね?

 

 

「アチョ!アチャ!ホアタァー!」

 

ええっと、あぁ、それじゃあ、よろしく頼むよブルー●・リー。

介抱して…帰るまで付き添ってあげて。

 

「ホアチャ!」

 

 

出会って数日で咳とアチャの内、アチャの方とは普通に会話出来てしまっている。

人間の適応能力の高さって凄いんだね、感動しちゃう。

 

 

「指揮官くん!」

 

おお、どうしたのルイスマッマ。

そんな嬉しそうな顔をして。

 

「例の高速哨戒艇に載ってたアヴローラも確保したそうよ!」

 

 

ほぉぉぉ。

そいつは素敵だ、大好きだ!

 

楽しい面談といこうじゃないか。

…ロイヤルに帰ってからね。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅲ章 全てがママになる
ママ顔ダブルピース



安直に突っ走りましたごめんなさい


 

 

 

銀髪美巨乳美少女は、そう簡単に口を割ろうとはしない。

 

既にミッション・●ン・●ッシブルのトム・●ルーズにしか見えない物理的従兄弟の尋問を、3時間に渡って受けていたにもかかわらず。

 

 

「お前の知っている事を全部吐け!これが本当に最後のチャンスだ!」

 

「…………………」

 

「何か言ってみろ…助けにはなってやれる」

 

「…………これで4度目の"最後"ですね。この返事もこれで4度目です。"くたばれジャガイモ野郎"」

 

 

どちらかといえば、消耗しているのはトム・●ルーズの方に見える。

彼は眉間に皺を寄せ、この3時間で初めてアヴローラから目を離してこちらを見ると、ゆっくり首を横に振った。

 

従兄弟がマジックミラーの存在を暴露したのは、もう尋問という第一段階が到底成功し得ないと判断したからに他ならない。

 

 

「そうか、そういうのが好みなら、お前に合わせてやる…後悔するなよ。」

 

 

やがて従兄弟はワザとらしく音を立てて席を立ち、同じくらいワザとらしい口調でアヴローラにそう言い捨てて尋問室を出た。

 

 

 

 

 

 

私は今、ロイヤルMI5の尋問監察室で、ノーカロさんやピッピ及びビス叔母さんfeat.ヒッパーと共に、従兄弟がアヴローラに"敗北"するまでの様子を伺っていた。

 

ノーカロさんがロイヤル・鉄血合同ミッションによる"戦利品"を観察できるのは、ホルタ会談の成果の一つでもある。

『こっちが知っている良い事は、あんたも知っておくべきだ。』

"知る必要の原則"を勘定に入れたとしても、ラインハルトにもN長官にも、この尋問による情報の共有は殊更に有益なものになり得る。

 

MI5も鉄血情報部も、段々とレクタスキーの情報を開示する準備をしているのだ。

今回はCIUも引き入れて、決定的な証拠を得られれば共有する。

そうすれば、北連の非人道的な計画はますます追い詰められる事になるだろう。

 

その為に、もちろん、ノーカロマッマだけでなく、この間私の家に来て代休の半分を奪った連中も来ている。

彼女達は別室にいて、今頃"第2段階"の為の準備体操を終えている頃だろう。

 

 

 

無言要塞・アヴローラを攻略するために、従兄弟はあらん限りの知恵を絞り出して健闘していたが、彼の言葉という名の機甲部隊は彼女の沈黙守備隊を打ち破る事が出来なかった。

彼女は鋼鉄の意思で持って、従兄弟の魅力的な話を一切跳ね除けてしまったのだ。

ここまでくれば、もう第2段階を使わざるを得ないだろう。

そしてそれは、この場の誰にとっても好ましいものではなかったが。

 

 

 

 

まもなく従兄弟が監察室に入り込んで来て、私も何か上手くいかなかった時にそうするように、ビス叔母さんに泣きついた。

 

まあ、シュールな光景である。

 

何たってハリウッド俳優が、金髪美女の豊満な母性に顔を埋めておいおい泣いているのだから。

 

 

「あぁ、あぁ、可哀想なラインハルト。大丈夫、あなたは何も悪くない。全てあのクソ●ッチが悪いのよ」

 

「うん、ぐすっ、ズビビビィィィイ!ありがとう、ビスマッマ…」

 

 

従兄弟の鼻からビス叔母さんの胸にかけて、お世辞にも上品とは言えない透明なアーチが架かっている。

兄弟よ、鼻水ぐらいティッシュで処理なさい。

そして、いい加減ヒッパーちゃんにも気を使ってあげなさい。

あの娘そろそろ貧血になるよ?

 

 

「しかしまあ、しぶといわねあの工作員。」

 

「ええ。…ここまで堅いとなると、手段を変えざるを得ませんね。メリーランドを呼んできます。」

 

 

ピッピとノーカロさんがそう言って、インターホンに手を伸ばす。

テロリストを素手で殴り殺せるほどの筋肉KANSENを呼び出す理由は一つしかない。

筋肉をアヴローラにぶつけ、無言要塞を文字通り物理的に撃ち壊すのである。

 

やがて監察室にメリーランドとワシントンがやってきた。

チーム・ユニオン、即ち"壊したくて壊したくて仕方がないお年頃のKANSEN達の集団"に属する2名が、到着早々私をあやそうとする。

その鍛え上げられた肉体美によって私はサンドされ、危うく窒息しそうになった。

 

 

「よぉ、アタシの大将!」

 

「ほらほらぁ、ロブ坊。たまにはあたしらの絶品ボディもいいだろぉ?」

 

「こ、こら、やめなさい2人とも!バニーの刑に処すわよ!」

 

「「げっ!」」

 

 

ノーカロが職権を振りかざし、筋肉おっぱい2名はようやく凶器ボディを引き離す。

 

ヘソ出しルックは全然オッケーなのにバニースーツを嫌がるあたりがよく分からないが、少なくともチーム・ユニオンの弱みを握った気がする。

 

 

「ズビビビィィィイ!だが、その、ブロ?例え尋問から拷問に切り替えたとして、彼女から情報が引き出せると思うか?」

 

 

いつのまにか立ち直りつつあった従兄弟が、今度はちゃんと鼻水をティッシュに包みながらそう言った。

 

たしかに。

例えアヴローラが何か喋ったとしても、それが本物の情報かはかなりあやしい。

苦痛に耐えかねて嘘をついたとしても、我々には見抜く術がないのだ。

むしろ、嘘情報を吐かれてこちらが罠にハマることになるかもしれない。

 

 

「薬剤を使用するのはどうでしょう?なんなら、今からでもCIU本部に運ばせますが?」

 

ノーカロさん、幻覚見えてる相手のうわ言を信じるわけにもいかんでしょうよ。

 

「うっ…そ、それもそうですね。でも、他に方法は…」

 

「なら、奴の思い通りにはならねえって、アタシらの拳で教え込んでやるしかねえな。」

 

 

うん?

"思い通りに…"

 

 

ノーカロさん!

 

「はい、何でしょう、ロブロブ?」

 

アヴローラを痛めつける前に、少し試したい事があるんだ。

 

「えっ、え?な、なら、メリーランド達は一度下げましょうか?」

 

いや、着いてきてもらうけど、私のやり方に従ってもらう。

 

 

 

私は思いつきを実行する事にした。

ワシントンとメリーランドは少しばかり不満げだったが、どうやらキチンと言った通りの事をやってくれそうだ。

2人はこれぞあやしの効果だ、とから言ってたが、私は断じて認めないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

報復を夢見てきた対象が目の前へやってきた時、アヴローラは相当に腹立たしかった。

 

何が腹立たしいかと言えば、2度に渡り自身の計画をぶっ壊した相手が僅か2メートルの距離にいるのに、両手に手錠がかけられて、手を伸ばして首を締めてやれない事だ。

 

今彼女に出来る事は、「あら、貴方が暴力担当とはね」と皮肉めいた言葉を吐きかけてやるくらいで、それがなおの事悔しい。

 

 

でも、この執拗な尋問に耐え抜けば…

彼女は思う。

まもなくそれは、拷問に変わり、アヴローラは痛みと屈辱に浸される。

だが、その間にも同志達は計画を進めるし、彼女の黙る1秒1秒が確実にそれを援護するのだ。

 

いずれ、連中はしびれを切らして彼女を移送する。

その際に逃げ出してやるのも良いだろう。

後は憎き元海軍の諜報員の"マッマ"共を目の前で1人ずつ始末してやる。

いつか、絶対に………

 

彼女の復讐心はまさに燃え滾る暖炉の火。

当然、向こうも計画に加担した彼女に同じような感情を持ってはいるだろうと思っていた。

 

だから、あのクソ忌々しいロブ・マッコールが両手を挙げて、こう言ったときには少し驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

負けだ、私の負けだよ、アヴローラ。

 

 

そう言った瞬間に、アヴローラの瞳孔が大きく見開くのが感じられた。

信じられない、何を言ってんだこいつは。

そんな類の考えが手に取るようにわかる。

 

 

「そう…案外簡単に折れるんですね、貴方。」

 

ああ、実はこう見えて脆いんだ。

我々には…少なくとも私には、これ以上情報を引き出すのは無理なように思える。

 

「私の指はまだ10本ありますし、貴方達は私を殴りもしていない。それすら試さずに負けを認めるのですか?」

 

おいおい、ここをどこだと思ってる。

ロイヤル、紳士の国。

私は文明人だし、この国には人道的なルールがある。

そして誰もが、そのルールを破る事を望んでいない。

 

「ハッ!資本主義の豚が、随分と笑わせるじゃないですか!で?私をどうするんです?」

 

どうすると思う?

 

「解放するしかないでしょうね…そして貴方は後悔する…ふふふふふ、それはもう、とてもとても。」

 

ああ、その通り。

解放するしかない。

勿論、後悔もする事だろう。

だがそうするしかない、君の勝ちだからだ。

 

 

アヴローラが目を輝かせている。

自身の勝利を確信しているのだ。

何がどうなったか知らないが、このバカなロイヤル人共は全てのカードを投げ捨てたくなったらしい。

たぶん、そんな感じの事を考えているはず。

 

 

「あははははっ!さあ!今すぐに私を解放なさいっ!そしてせいぜい気をつけるのね!あははははは!」

 

………たしかに、私は君を解放する。

約束しよう。

だが、更に嬉しいお知らせをしてあげよう。

 

「あははは…?」

 

 

ここに来てやっと、アヴローラは罠を疑い始めた。

何か"クサイ"。

この変人の早すぎる無条件降伏には興奮したが、それで理性を失うほど彼女は愚かではない。

 

 

「どういう意味?」

 

我々は…何の罪もない北連のKANSENを、あろう事かスパイだと思って拘束してしまったようだ。

3時間に渡り罵声も浴びせたし、"6人のお友達はデタラメな事を喋っている"。

 

「…………………」

 

我らが政府は近々声明を発表するだろう。

不当な拘束について謝罪して、君を丁重に帰すと約束する。

 

「………………待って」

 

君は今から飛行機に乗り、国賓級の待遇で北連へ送られる。

勿論、優秀な護衛が2人常に付き添って、誰にも君を傷つけさせないし、"君に傷つけもさせない"。

 

「ちょっと…聞いてるの?」

 

いやはや、本当に参ったよ。

今回は私の負けなんだ。

だから戦利品も用意しよう。

ダイヤ、サファイア、エメラルド。

ロイヤル政府の機密文書も、MI5の内部情報も贈呈させてもらいたい。

 

「やめて。ねえ、やめて」

 

空港ではきっと同志書記長閣下が君を出迎えてくれるはずだ。

いや、同志ベニヤの方かもしれないな。

ともかく君は祖国の英雄だ。

 

「やめて!!もう何も言わないで!!」

 

さて、飛行機の時間も迫ってきた事だし。

善は急げと言うじゃないか。

おーい、ワシントン、メリーランド。

彼女を送って差し上げてくれ。

 

「やめてって言ってるでしょ!!!この下衆野郎っ!!!」

 

 

アヴローラが、その容姿からは想像もつかない怒号を挙げる。

入室してきたワシントン達がビクついたほどで、まるで部屋中に電気が走ったような衝撃だった。

 

 

「人でなし!あんたは人でなしよっ!!何が祖国の英雄よ!何が"私の負け"なのよ!!!あんたは負けなんて認めてないっ!このド腐れ外道ッ!!!!」

 

 

おおっと、アヴローラさんメチャ怖。

でも、私の言葉は相当効いたようだ。

彼女には、私の一字一句を"正確に理解できるだけの頭脳がある"。

 

 

「ダイヤ?サファイア?エメラルド?内部情報に機密文書?ぶざけるのもいい加減にしてっ!そんなの持って帰れるわけないじゃないっ!」

 

どうしてそんなこと言うんだ。

欲しくないわけないんだr

 

「そのド下手くそな芝居もいい加減にしなさいっ!………ふざけないで、本当に。そんな物持って帰ったら、私は間違いなく、『転向者だと疑われる』ッ!!!」

 

 

 

そう、その通りだよ、アヴローラ。

同志スタルノフは、おそらく君が捕まって気が気でないハズだ。

 

理由は二つ。

一つは、彼女が彼のお気に入りだから。

これは単純だね。

 

もう一つは…そのお気に入りが何かを喋るか、あるいは、転向…つまり裏切られるんじゃないかと心配してるわけだ。

 

 

スタルノフは猜疑心の塊だ。

きっと痣や血塗れになって帰ってきたスパイでも信じようとはしない。

 

それが傷一つなく、それもダイヤの指輪をしてロイヤル政府の機密文書片手に帰ってきたらどう思うだろうか?

 

答えはこうだ。

 

『信じて送り出したアヴローラがっ!!』

 

 

 

 

 

アヴローラは力無く椅子に座り込み、しばらく俯いたまま動かない。

なんつーか、明日の●ョー的なサムシングが感じられる。

もう抵抗する意欲すら失ったのだろう。

 

 

やがて、彼女は顔をあげ、私の方を見る。

少なくとも、もう復讐だとかそんな事は諦めたようだった。

 

 

「わかった、認めます。私の3連敗。完全に勝負アリですね。」

 

そのようだね。

 

「………マッコール…いえ、マッコール様。貴方に、保護を求めます。」

 

見返りは?

 

「勿論、私の知り得る全て。こんな事をしてるくせに、言えた筋ではありませんが…貴方は本当に律儀な方です。信用できる。」

 

………よし、分かった。手を打とう。

ただ、マッコール"様"ってのはやめてくれ。

 

「なら…こう言いましょうか。"ミーシャ"。………私の可愛い"ミーシャ"」

 

ん?

 

「どうやら、今日から私もマッマです。さぁ、ミーシャ。マッマに何でも聞いてくだちゃいね?」

 

 

 

 

んっとね、アヴローラ。

何でそう、簡単にマッマに早変わりできるのかな、僕ちんよくわかんないんだけどストップストップストップ、ワシントン!メリーランド!ストップ!ストップ!ストップ!情報源殺そうとするんじゃない!

 

ちょっ!!ちょっ!!ピッピ!?ピッピ!?ピッピ!?

ノーカロさんも!?

まだ尋問中だから入って来ないで!!

つーかこの部屋武器持って入んの禁止だから!!

落ち着け!!

みんな!!

落ち着けぇぇぇぇぇ!!!!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

じゅっこんぼぉ!

 

 

 

 

白髪混じりの年配女性はかなりとはいかないまでも、そこそこの満足感は得ていたに違いない。

彼女の経験の中でも、ここまでスムーズに進捗してきた作戦は数少ないのだろう。

既に得られている戦果さえ、彼女のキャリアを彩るのには役立つハズだ。

 

20年来のライバル・DRAは完膚なきまでに叩き潰され、重桜相手に貸しを作り、その上北連のスパイまで転向させた。

 

自身の就任期間の間に、これだけの事をやってのけた長官はそうそういない。

 

 

 

ここからは中々そう上手くはいかないだろう、それは彼女にも分かっている。

訴訟でも言える事だが、証拠には裏付けがなければならない。

北連の蛮行を非難するためには、アヴローラからもたらされる情報に物的証拠が加わらなければならないのだ。

 

 

つまり、それは、もうMI5単独でできる行動の範疇を超えている事を意味している。

いや、そもそも、鉄血情報部のトップとMI5の連絡役が奇妙極まりない血縁関係で結ばれていなければ、ここまでの成果さえ得られるか怪しかっただろう。

だから彼女はこの2人の安全を確保するために、彼らの警護には特別の気を使っていた。

 

 

特例を認めて彼らの母親だと言い張っている元KANSEN達を臨時要員にしてみたり、持ち得るコネを使い回して援護したり。

 

たしかに骨の折れる作業だったが、それだけのリターンは常に伴った。

 

 

だから、これから敵の懐に向かうことになるかもしれない連絡役とその従兄弟の為に、長官は特別の配慮を更に示すことにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

と言うことで、私の目の前には『9』というコードネームで呼ばれるMI5の技術者が、新型装備の脇に立っている。

 

指紋認証システム付きのPPKだとか、機関銃を装備してるロー●ス・ロイスだとか開発してそうなその技術者は、私たちの護衛を務めるマッマ達の為の装備も開発していて、本日はそのテストというわけだ。

 

 

 

アヴローラ、いやアヴマッマは、言うなれば『二本の足を生やした宝島の地図』だった。

 

レクタスキーを補助する為の拉致作戦の全貌が概ね明らかになったし、マッドサイエンティストが今どれだけの成果を得ているかも明瞭に分かる。

 

北連のサイコ医師は目標達成まであと一歩というところで、まもなく前代未聞のクソ実験は完成しつつあるのだ。

 

 

クソ実験を止める為には、もう、国際的な問題にして圧をかけるしかない。

しかし、それにはアヴマッマの証言だけでは不十分なのだ。

いくら彼女が声を枯らして証言しても、北連の連中はバックれようとする公算があまりにも高い。

そして、証言の裏付けとなるような証拠は、北連の勢力圏下でしか得られないだろう。

 

 

そうなると、我々は敵の懐に飛び込まざるを得なくなるかもしれない。

N長官はその可能性を鑑みて、9なる技術者に装備の開発を命じたわけだ。

 

 

 

 

 

 

開発された装備は、現地から緊急脱出する際に、ヘリなどの支援を受けられない場合の措置として用意された。

 

2組の機材から構成され、それを装着すると空を自在に飛べるらしい。

 

燃料は必要なく、人間を一人運んでもかなりの距離を移動できる魔法の道具。

 

 

「では、ご覧ください!名付けて『ママライカーユニット』!」

 

 

…………………はぁぁぁ。

 

何か言うべきか、私は?

この、明らかに、何番煎じか分からないようなネタに。

あるいはどこから突っ込むべきか全くもって検討もつかないようなこのネタに。

 

私は何か一言でもコメントを述べるべきなのだろうか?

 

 

 

私は従兄弟と顔を見合わせて、やれやれというボディランゲージだけで意思を疎通させた。

どうやら彼も同じ感想を抱いたようだ。

 

反対に、マッマ達は物凄く興味をそそられたかのような反応を示している。

え?何これ!?すっごおおおい!!的な。

 

 

「かなり小型化されてるわね!何を動力にするのかしら!」

 

 

ピッピがかなり興奮した様子で9に尋ねる。

MI5お抱えの技術者は、自身の渾身の一作がウケたのがとても嬉しそうだった。

 

 

「このママライカーユニットは、三ツ藤理論を元に開発されています。」

 

 

誰だよ。

三ツ藤って、誰だよ。

 

 

「それにより、ガソリンなどの燃料を必要とせず、装着者の母性によりエネルギーを発生させる事が出来るのです。」

 

「ぼ…母性……?」

 

「ええ、そうです。勿論、母性の度合いによって性能は左右します。ですが、使用によって母性自体が消費されるわけではないので、その点はご安心を。」

 

「な、なるほど。これは人類の宝ね、Mon chou。」

 

「指揮官くんを抱きしめたまま、マンハッタンの夜空を遊覧飛行…濡れてきちゃう」

 

ルイス、やめろ、それ以上いけない。

 

「ご主人様、これがあればわたし達が側にいるだけで安全な離脱が可能になります!是非テストさせてください!」

 

「ベルファスト!最初にテストするのは私よ!指揮官くんを抱きしめながr」

 

「まだテストなのに、そんなのさせられないわ、ルイス!だから、Mon chouは私の勇姿を見て」

 

「皆様!大人げありませんよ!それにこれは大きな危険をもたらしかねないということもお忘れなく!ここはこのベルファストが」

 

「オン!オン!誰が何と言おうと、最初にこの機材を最初に使うのは私よ!坊やもそう思うでしょ!?」

 

「ちょっと待ちなさい、あなた達!確かに作ったのはロイヤルの技術者かもしれないけど、私たちもあなた達の作戦に協力してるのよ!ここは私が」

 

「ヒッパー!自重しなさい!ここは鉄血屈指の大戦艦に任せなさい!つまり、わ・た・し☆」

 

 

 

マッマ達が追い詰められたドイツ軍参謀本部みたくなってきたので、従兄弟が前に進み出て提案をした。

 

何か一つのものを多人数で奪い合う時、皆平等にチャンスがあるその方法は、非常によく使われることだろう。

 

そう、ジャンケンである。

 

 

 

 

 

「公正なジャンケンの結果、私がこの機材を使う最初のマッマになったわ!」

 

 

ヒッパーが凄まじく嬉々として9にそう伝える。

他のマッマ達はたかがジャンケンで負けただけで相当に落ち込んでおり、周囲はまるでソ連軍の迫る総統地下壕のようになっていた。

 

 

「Mon chouに良いとこ見せたかったのに…」

 

「ラッキールーたる私が破れるなんて、信じられない!」

 

「ご主人様、すごく残念です」

 

「オン!オン!」

 

「ティルピッツが壊れたわ…私もいっそ壊れようかしら…うふふ」

 

 

あまりに見るに耐えなかったので、私は嬉々としているヒッパーに目線を戻す。

よくもまあ寸分も怖がらずにやれるもんだなぁ。

ヒッパーは今では9から説明を受け終え、ママライカーユニットとという商標登記を著しく損ねかねない名前の機材を両足につけている。

9がセッティングを終えればすぐにでも旅立てる事だろう。

 

………大空か、あるいは、あの世へ。

 

 

 

「無茶するなよ、ヒッパー!」

 

「ラインハルト!ヒッパママって呼びなさいって言ってるでしょ!大丈夫、こんなの楽勝よ!」

 

「セッティング完了!いつでも飛べます!」

 

「了解!それじゃあラインハルト!ママが飛ぶところ、ちゃんと見てなさいよね!!」

 

 

 

航空管制の無線が聞こえてきて、ヒッパーに上空に他の飛行機がいない事を伝える。

つまり、いつでも飛んで良えですよと許可を出した。

ヒッパーは少しの間目を瞑り、神経を集中させる。

そして一気に見開くと、高らかな声で宣言した。

 

 

「ヒッパー零号機、発進!!!」

 

 

ヒッパー自身の容姿も相まって、私にはどうしても絵版下痢音にしか見えなかったが、彼女はちゃんと浮かび上がり、そして上空へと駆け上がっていく。

 

あの9とかいう技術者は発想に少し問題はあるものの、腕は確かなようだ。

 

上空に駆け上がったヒッパー零号機は、そのままテストフライトを順調に続ける。

そして、最後の項目を終えると、9から降りてくるように連絡された。

 

 

「ちょっと待ってもらって良い?」

 

 

だがヒッパーはそのまま着陸場へとは赴かず、私の物理的従兄弟のラインハルトの下へ向かう。

 

地面スレスレでママライカーユニットをホバリングさせると、唖然とする従兄弟を抱きしめた。

 

 

「さて、ラインハルト。心の準備は良い?」

 

「え?え?何の準備?何する気?え?」

 

「もう!察しなさいよね!」

 

「ん?え?ちょ?おわあああ!!!」

 

 

従兄弟は悲鳴を上げながら、ヒッパーと共に空へ飛び立っていく。

ボンボヤージュ、ラインハルト。

どうか良い旅を!

 

 

「クッソォ!何であんなツルペタに初めての抱き上げラブ☆ラブ飛行まで取らなきゃいけないの!」

 

「人類史上初めての抱き上げ飛行は、私と指揮官くんで行われるハズだったのに!」

 

「許せません…ナポレオン以来の屈辱です」

 

「怨!怨!」

 

「小娘がぁ…何を飲ませおええけええええ!!」

 

 

ヒッパーは念のため、ビス叔母さんに下剤でも飲ませてたらしい。

たぶん、ビス叔母さんなら金に物言わせかねないと思ったんだろうね。

カオ●シみたくなったビス叔母さんは、存分にオボエエしてる。

 

次々に呪いの声を上げるマッマ達を見て、9が恐る恐る声をかけた。

 

 

 

「実を言いますと、もう一点、試験したい機材があるんですが…」

 

「!?何!?それは、何!?」

 

「こ、こちらのジェット・ママライカーです」

 

 

おい、こら、お前。

お前、それ、EMT激おこ案件のやつだろうが。

それはアカン。

それはアカンヤツやで。なぁ。

 

 

「「「「サイッショはグゥゥゥウウウ!!!」」」」

 

 

心配する私を他所に、オボエエしてるビス叔母さんを除くマッマ達は早速勝負を始めている。

 

その時のマッマの表情は………やめとこう、今思い出しても恐ろしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

ピッピが勝利の雄叫びをあげると共に、ジェット・ママライカーに飛び乗った。

 

9を急かしに急かしまくりながら操作の説明を受け、管制に向かって早く飛ばさせろと血気迫る怒号を上げている。

 

さすがに、ここまで母性爆発(?)してるピッピを見るのは初めてかも。

 

 

ヒッパーがようやく着陸場へ降りて、航空管制からは離陸許可が出た。

 

 

「坊や!まずは私が安全を確かめるわ!そしたら、音速越えの抱き上げ飛行…いいえ、世界初のあやしんぐ飛行へ連れて行ってあげる!」

 

あ、あのピッピママ?

無理だけはしn

 

「ラックショウッ!!!ラックショウよこのくらい!!!それじゃあ、ママが飛ぶところ見ててね!!!」

 

 

9がセッティングを終えた瞬間、ピッピはまた怒鳴った。

 

 

「セッティング終わり?じゃあ退けええええええええ!!!ママンゲリオン初号機、発進!!!!!」

 

 

ドゴゴゴゴゴォォォオオオオオオ!!!!

 

 

 

ピッピが宣言した瞬間に、彼女のママンゲリオン初号機はアルマゲ●ンのような感動的シーンを提供した。

 

ド派手な白煙を吐き上げて、月を目指さんとばかりに飛び上がる。

 

そしてまるでアポロ計画かお前は、と言いたくなるような速度で上昇していき、ピッピはアッという間に見えなくなってしまった。

 

 

 

「9、長官からお電話です。」

 

 

助手から電話機を受け取ったMI5技術者は真っ青な顔でそれを耳に持っていく。

 

 

「はい、お電話代わりました。ええ、長官、違います、ICBMを発射したわけではありません。…例の新型機材の……ええ、はい。設計に間違いはなかったのですが、何せ彼女の母性エネルギーがあまりにも多量で………『何を言ってるかわからない』?そうおっしゃられましても…」

 

 

技術者が長官に弁明している間、私は他のマッマ達と共に空の彼方へ飛び立ってしまったママライカーユニットを見上げていた。

 

 

 

 

♪マ〜マ〜と〜いた夏は〜

とおい〜ゆ〜め〜のなか〜あ

 

そ〜ら〜に〜、消えてえったあ〜

打ち上げピィ〜イイ〜ピィィ〜

 

 

10コンボくらいは、いったんじゃないかな?

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キョウハン

 

 

 

 

心配しなくても、ピッピママはちゃんと帰ってきた。

ただ、北極圏にまで飛んで行ってたようだ。

相当寒かったのか、或いは単純に疲れ切ったのか。

まったくの無表情で帰ってきて、

 

「…モノを食べる時はね、(坊やと一緒に)誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃ」

 

とか言ってたので、一緒に外食する事にした。

 

まあ、あんな寒いとこまで行っちゃったらお腹もペコちゃんになるよね。

 

何か食べたいものはないかい、ピッピ?

ドワナクロ〜ズマイア〜イズしてきたんだから君には好きな物を食べるくらいの権利はある。

最果ての地まで飛ばされて、ロイヤル空軍に救助されて、帰ってきた瞬間に「ドワナフォ〜ルアスリ〜プ(意訳:寝る前にまずご飯)」つってるぐらいだから今日は私の奢りで好きな物を食べるといい。

 

 

 

 

 

 

転生者ってのは、往々にして何かしらのスキルを与えられてるのが通例だと思う。

勇者の場合は生まれつきの勇者だったり、魔法使いだと化け物級の魔力を持ってたり。

 

他にもモテモテスキルだとか巨万の富だとかそういったものが王道ではなかろうか?

 

 

私は最近になって、自身に2つのスキルが付与されている事に気がついた。

 

 

一つは、KANSENをママ堕ちさせるスキル。

なんかね、もうあんまり、これについては書きたくない。

このページから読み始めた方がいれば、お時間が許すなら是非過去に遡ってみて欲しい。

もう、私が説明しなくても大体分かるだろうから。

大抵バブバブしてるだけで問題が解決してるから。

 

 

さて、もう一つのスキルの話をしよう。

私に付与されたもう一つのスキル…それは

 

『語学力』だ。

 

 

これね、最初から気づくべきだったんだけどっつーか薄々気づいてたんだけど、並々ならぬ語学力が付与されてるわ、私。

 

義務教育で習うような、典型的なアメリカ英語を話すセントルイスならまだスキルなしでもどうにかなったりならなかったり、たぶんならなかったりすると思う。

 

ベルファストは馴染みのないクイーンズ英語話すし、ティルピッツやダンケルクやアヴローラの英語は訛りがひっどい。

これ文面だから伝わらないけど、ピッピに至っては60年代の戦争映画に出てくるドイツ兵みたいなドイツ語訛りしてるわけよ。

 

それを今の今まで難なく聞き取れて、意思疎通をこなせてるって事は、これはもう間違いなく天より受けし恩恵であります。

 

地味に思えるけど、よくよく考えたら凄え助けられてる。

 

まず、裏路地でキング●メンやってたビス叔母さんとピッピの会話盗み聞けたし、アホタレ倒した時はドイツ語を使えたし、そもそもMI5の連絡役になるってなった時も何もしてないのに他国との情報交換をこなせた。

 

嬉しい事に、世界各国版ジー●アスかってくらい幅広く多言語をカバーしてくれてる。

あ、流石に咳とアチャは載ってなかったけど。

 

 

 

 

 

2つ目のスキルのおかげで、ピッピとイタレリ(史実におけるイタリア)料理店に着いた時、ロンドンで開業してるくせに祖国の言葉でしか書かれていないメニューを解読する事が出来た。

 

ピッピはイタレリ語を読む事は出来なかったので、私にメニューに乗る写真が何の料理であるかを尋ねてくる。

 

あれ?

今夜は…何というか、いつもとは違うピッピに見えた。

マッマっぽさが陰を潜めて、今は上品な…気品ある女性としての面が強く出ている気がする。

 

今日はピッピと二人きりのディナーだ。

他のマッマ達はジェット・ママライカーによる離陸にかなりの衝撃を受けたらしく、ピッピと二人きりのデート(?)を許してくれた。

 

まあ、実際アレ見ちゃったら自重しちゃうよね…

マジモンのアルマ●ンだったからね…

 

しばらく悩んだ挙句、ピッピが先に注文を決めた。

 

「私はこれ…子牛のコトレッタ・ミラノ風で。」

 

 

おぉ〜、ピッピはコトレッタを選んだか。

どれどれ、他にはどんなメニューがあるんだ〜?

へぇ〜、フィレンツェ風ビステッカってのもあるのか。

これは何だろう?

よく分からないけど、美味しそうな予感がするぞぉ。

 

 

すいません!

 

私は北欧雑貨の販売店に勤めるサラリーマンのようにウェイトレスを呼び止めた。

そして、同じようにピッピのコトレッタと私のビステッカを注文する。

 

 

「うぃっす、了解!ところでアンタ、前にイタレリにいた事があるんじゃないか?ファシスト派と王党派、どっちが好きだ?」

 

 

ガル●ンのペパ●二にしか見えないウェイトレスにそう聞かれたが、どちらかと言えば南部訛りのあるイタレリ語より後者の質問の返答に困る。

 

率直に申し上げると、いや知らんがな。

 

ただ、何故か唐突に、このそこそこ高度に政治的な問題をにこやかに聞いてきたウェイトレスを無下にもできないので、私は当たり障りのない答えを探した。

 

よく考えれば、イタレリはファシスト発祥の地であり、この移民がわざわざロンドンまで来て働く理由は数少ない。

 

 

ん〜、私は王党派かな。

 

「おめぇ通だねぇ〜!!サービスにジェラートを付けとくよ!」

 

 

何の通なのだろうか?

 

そもそも、雰囲気的に、今ファシスト派つってたら店から蹴り出されてた気がする。

こっわ。

何なの、この魔女狩り的審問タイムは。

パスタはスパゲティ派?ピザ派?感覚で政治的思想を審問しようとしてたよね、彼女。

こっわ。

 

 

「………………」

 

 

気がつくと、目の前のピッピがすっごいジト目でこちらを見ている。

 

 

ど、どうしたの、ピッピ?

 

「あの子との付き合いは認めないわよ、坊や」

 

いや、いつ付き合うとか言ったんだよ。

あのね、まずもってね、なんでそんな「あんな相手との婚姻なんて認めないわ」的な姑チックなサムシング漂わせたの?

 

気づいてないかもしれないけど、今ウェイトレスに政治的思想の審問をされたんだよピッピ?

それがどうなったら可憐な少女とおっさんのお付き合いに見えるわけ?

アレがナンパか何かにでも見えたのかい?

だとしたら、もうそれは…病気だよ?

 

「そう…なら安心ね…。ねえ。少し昔の話をしてもいいかしら?」

 

 

 

本当に今日のピッピは何か違う。

 

さっき一瞬だけママみが出たけど、今はまたこの料理店に着いた時のような雰囲気に戻っている。

 

マッマではなく、一人の気品ある女性。

 

私の目には、今の彼女はそう映っていた。

 

 

「フィヨルドで会った時…あなたが私を連れ出してくれた時…」

 

ああ、懐かしいね。

 

「………ねえ、もしあなたが成長して…私がママとしての務めを果たせなくなったら…それでもあなたは側にいてくれるかしら?」

 

うぅんと、もうママから卒業してもおかしくないくらいには成長してるハズなんだけど………うそ、ピッピ、ごめん、取り消す。

 

でも、もしそういう時が来ても、ピッピとは長く付き合っていきたいと思ってるよ。

 

「その時の私とあなたの様子が、どうしても想像できないの。私、ジェット・ママライカーで飛んだ時に変な走馬灯のような物を見たわ。」

 

 

そりゃあ、あんなもんに乗ってりゃあ走馬灯の一つや二つ見るわなぁ。

 

 

「あなたと私が出会った時…自殺を止めた時…あやした時…銃撃から守った時…あやした時…あやした時…一緒にお酒を飲んだ時…あやした時…あやした時…あやした時…あやした時あやした時あやした時あやした時」

 

あやした率半端ねえ。

ほぼほぼあやした事しか浮かんでなくない?

 

「でも、思ったの。いつまで、あなたをあやせるんだろうって。」

 

どんだけあやし足りねえのよ。

走馬灯で見た7割方の記憶があやした記憶なのに、どんだけあやし足りねえのよ。

 

「坊や、私の坊や。大切な大切な坊や。さっきのあなたの返事を聞いて、私少し安心したわ。例えあやせなくなってしまったとしても、あなたは側にいてくれる…本当にありがとう」

 

 

ピッピはそう言って、少し目を閉じる。

 

そういうことか。

きっと、走馬灯を見て、この先の将来に不安が芽生えたんだろう。

私が彼女達から離れて、どこかKANSEN以外の女性と結婚でもしていなくなってしまうのではないか。

 

だからさっきのウェイトレスとの会話にも過剰反応したし、雰囲気がいつもと違うのは、マッマというだけではなく、一人の女性としても見て欲しかったのだろう。

 

 

うん、ピッピ。

約束する。

私がピッピ達から離れる事はないよ。

 

「そう、嬉しい…とっても嬉しいわ。ずっと一緒にいましょうね?」

 

うん、うん、そうしよう。

 

「…定期的に褒めてくれれば、私も長持ちするわ。髪が綺麗とか。」

 

うん、うん、髪が綺麗だね。

 

「小さな変化にも気づいてね?ちゃんと見ていて?」

 

うん、うん、ちゃんと見てるよ。

 

「でも、シワが増えたとか、そんな余計な事は言わなくても良いから。」

 

うん、うん、言うわけないじゃんか。

 

「もしも、少し年老いてきて、目移りする時は」

 

うん、う………ピッピ?

 

「2人が初めて出会った…フィヨルドの事を思い出してね?」

 

ピッピ?

 

「これからもどうかよろしくね。」

 

ピッピ?

 

「こんなマッマだけど、笑って許し」

 

スタァァァァプ!!!

スタァァァァプ!!!

スタァァァァプ、ピッピ、スタァァァァプ!!!

 

私は許すけどソ●ー・エンターテ●メントあたりが許さないから、それ以上はスタァァァァプ!!!

 

途中から勘付いたけど、ここまで大冒険されるとは思ってなかった。

 

つーかピッピもピッピで「チィッ!あと少しだったのに!」的な顔をするのはやめなさい。

確信犯かよ。

 

 

 

こんなおふざけをやっている間にも、ウェイトレスが2人分の料理を持ってやってきていた。

 

サービス精神の塊みたいなシェフが気を利かせてくれたのか、2人の料理の脇には赤々としたワインが注がれている。

 

 

「さて、坊や。私の坊や。乾杯の音頭を取ってもらえるかしら?」

 

 

ピッピにそう頼まれても、気の利いた言葉が浮かんできそうにもなかった。

うん、もうこういう時はアレだよね。

毒を食らわば皿までって言うしね。

 

 

 

…それじゃあ、ピッピ。

 

君の瞳に乾杯!

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ママドル@マスター

 

 

 

 

 

「こいつはヴァルギン大尉、内部人民委員部将校。こっちはアルフレート・フォン・シュレヴィリッヒ=ホーツザクセン、鉄血公国の実業家。この2人が明後日、鉄血公国・ヴィーナーベルグの国立劇場で落ち合います。」

 

「アヴローラ、それは確かな情報なんだろうな?」

 

「…………………」

 

「おい、聞いてるのか!?」

 

「……これ以上の情報は…ミーシャ以外には話しません」

 

「………………うっ、えぐっ、ひぐっ、ビスマッマぁ!」

 

「あ〜よちよちぃ、可哀想なラインハルト。チョコレート?ヴェル●ーズ・オリジナル?それとも、わ・た・し?」

 

「…………(無言の血涙)」

 

「ねえ皆、どうする?これ以上指揮官くんをあやさせても図に乗るだけじゃないかしら?」

 

「私も、ただMon chouをあやしたくてデタラメ言ってるようにしか見えない。」

 

「しかし、これまでご主人様と引き換えに聞き出せた情報は全て正しいものでした。残念ながら、これまでの彼女の情報の質は、どの情報源をも凌駕しています。」

 

「そうですねぇ…ロブロブには申し訳ありませんが…」

 

「…………坊や、本当にごめんなさい。あと少しでいいから…」

 

いや、別に嫌がるわけじゃな

 

「指揮官くん!?」

 

「信じてたのに!」

 

「目を覚ましてくださいっ!」

 

「ロブロブ!?正気を保って!?」

 

「坊や?坊や?坊やああああ!?」

 

 

あのよぉ。

なんでアヴローラに抱き抱えられるだけでこんな騒ぎ起こせんのよ。

 

ちょっとばかし冷静に行こうぜ?

私は今からアヴローラの所へ行って、はいはいよちよちあ〜良い子でちゅね〜的な事言われるだけなんだぜ?

 

それだけでホルタ会談側の全ての情報組織の成果TOP5入り間違いなしの高品質情報を垂れ流してくれるわけよ、アヴマッマは。

 

 

そこまで抵抗する必要がある??

 

「「「「「ある!!!」」」」」

 

こういう時だけ全会一致なのねお前ら。

 

 

 

 

「びえええええええ!!!!!」

 

今度は何の騒ぎよ?

 

「マッマァ!マッマァ!ビスマッマァ!!なんでアヴローラはぼぐぢんには何も話してくれないノォ!?」

 

「あぁ〜あぁ〜。可愛そうなラインハルト。ほらぁ、ヴェル●ーズでちゅよぉ。よく舐めてくだちゃいねぇ?よちよち、よちよち。」

 

「……………(無言の血涙)」

 

 

 

最近、アヴマッマが従兄弟ラインハルトに意地悪するせいで、彼のメンタルゲージがすり減っていってる気がする。

 

見た目トム・●ルーズの彼はもはやなりふり構わず泣き叫んでいるし、ビスマッマは相変わらず従兄弟を双丘で慰める。

それを傍から見ているだけのヒッパーちゃんの足元にはビクトリア湖みたいな血だまりができつつあった。

 

 

やめたげて、アヴマッマ。

ラインハルトのメンタルライフはもうゼロよ?

あと、ヒッパーちゃんに至ってはそろそろリアルライフも危ないよ?

 

 

 

 

 

アヴマッマは私にはかなり協力的だったが、ほかの面子にはまるで別人のように接していた。

 

今朝だってノーカロさんに尋問されてて、

 

「あ、思い出しました!確か明後日…いえ、なんでもないです」

 

「何があるんですか!喋りなさい!!」

 

「…はぁ〜あ、忘れてしまいましたぁ〜」

 

「このッ!」

 

「ミーシャをあやせば、何か思い出すかもしれませんねぇ〜。」

 

 

とかいう、私はアルコールか何かか?みたいな会話をしていた。

何なの、あやせば思い出すって。

そんな日常生活の友みたいな扱いされても困るんだけど。

 

 

一旦私をあやしたアヴマッマはその後、明後日の件をリークした。

だがその後従兄弟と入れ替わってみたらご覧の通りである。

正直面倒くさい。

 

 

 

 

 

さて、私を抱き抱えたアヴマッマは、2つの写真を私に示す。

 

全身からビリビリ電気出せそうな既視感ある筋骨隆々なおっさんと、でっぷり肥えた絵に描いたような富豪のおっさん。

 

社会主義国家の保安要員が、資本主義の象徴みたいな富豪を頼るってのも面白おかしい話だが、この2人が何のために会うのかは私には到底分からない。

少なくとも、デートをしたいわけじゃなさそうだが。

 

まあ、最近の傾向で言えばレクタスキー博士のワクワク大実験がらみしか思い浮かばんし、たぶんそれ以外はないでしょう。

 

 

「私自身目的の方は知らされていませんでしたし、明後日の会合自体はそれとなく聞いていた程度です。ヴィーナーベルグの国立劇場なら多人数が集まりますし、会合もやりやすいのでしょう。」

 

 

木を隠すなら森の中。

確かに、会合を秘匿する一手ではあるだろう。

 

 

「北連情報部はミーシャ達が思っているよりもずっと焦っています。何せ、相手はあのスタルノフなんですから。先週だけでも、レクタスキー絡みで粛清された工作員が何人いる事やら。」

 

たまらんなあ、北連の政治システムってやつは。

しかし…会合の件を君が知っているとは…それも、"それとなく聞かされた"とは…北連情報部は確かに焦っているようだね。

 

「"君"じゃなくて、マッマ!」

 

はい、マッマ。

 

「北連情報部が焦っている証拠でもあります。窮すれば貧す。よく言うでしょう?」

 

ハイ、ソーデスネ、マッマ。

ところで、この二人組がなんでまた鉄血国内なんかでデートしようなんていう気になったのかは…心当たりとかないかな?

 

「ヴァルギンはレクタスキー実験の資金係です。アルフレートに接触する理由は資金洗浄ではないかと思いますよ。東煌の作戦は思いのほか外貨を消費しましたから、金融の街・ヴィーナーベルグの投資家に会って追加の北連通貨の洗浄と外貨変換を行うというのは辻褄が合います。」

 

資金を追えば…レクタスキーのワクワク大実験の物的証拠に辿り着くかも?

 

「その通りです、ミーシャ!流石私の息子!」

 

「ちょっと!あなたMon chouに輸血したわけじゃないでしょ!」

 

「指揮官くんを我が子扱いするには100世紀早いわ!」

 

「オン!オン!」

 

「ご主人様からも何か一言言ってください!」

 

あのさ、何かあるたびに総統地下壕になるのそろそろやめて?

 

 

それはさておき。

アヴローラの言う通り、資金の流れを追えば怪しいサムシングに辿り着くハズだ。

その資金係と資金洗浄を受け持つ資産家を締め上げるのが一番手っ取り早いだろう。

 

それじゃあ、ヴィーナーベルグへ向かうとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の計画で最も重要なポイントは、やはり監視という事になる。

鉄血公国を代表するヴィーナーベルグ国立劇場の広大な建物内を監視し、目標となる2人を探し出さねばならない。

 

従兄弟のおかげで鉄血公国情報部の要員も動員できるが、それでも十分に監視が行き渡るとは言い難いのだ。

 

さまざまな方向から検証した結果、全体を広く見渡せるステージに要員を置いておきたいという従兄弟の主張が望ましいように思える。

劇場の構造からしても…客席はほぼ全てが何らかの形でステージと向き合っている…ステージに監視要員がいれば都合が良い。

 

 

問題は誰がステージから監視するかである。

 

もちろん、ステージにスーツの男達が登って目を光らせることはできない。

監視対象に警告を与えるようなものだ。

だから、ステージで歌うなり演奏するなりしているような人間でなければならない。

 

熱中する必要はないにしても、国立劇場に立っていて不自然でない且つ監視できる超人となると中々いないハズだが、幸運な事に、私達の元にはそういう人物が一人いる。

 

 

ピッピマッマ。

 

 

彼女のソプラノなら、由緒ある国立劇場でもたぶん通じるはずだ。

だからピッピには、今回歌いながら監視もしてもらうという難しい任務に当たってもらう。

 

それでもピッピは二つ返事で引き受ける当たり、もうマジでマッマ。マジマッマ。

 

これで、後は当日を迎えるだけ………のはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてこうなった?

ん?

ステージに上がるのはピッピだけで、プッチーニかシューベルトでもやれば良かったんだ。

それがどうしてこうなる?

 

 

私は今、国立劇場の楽屋で頭を抱えている。

 

もう例の会合の当日で、ターゲットが客席に入っていてもおかしくはない。

鉄血情報部の要員は未だターゲットを発見できていないことから、ピッピには大きな期待がかけられている。

 

なのに…どうしてこうなるんだよおぉ。

 

 

 

「見ててね、プロデューサー!」

 

「指揮官くんをあやしたい…」

 

「…この気持ち、きっとファンの皆様に届けます!」

 

「だから、私達を見ていて、Mon chou!」

 

 

 

誰がプロデューサーやねんっ!!

つーかそのA●B風の衣装はなんやねんっ!!

お前らは一体何がしたいねぇぇぇんッ!!

 

 

はっ倒すぞ、この野郎!

誰がライブ成功させろとか言ったんだよ!?

ビリビリ工作員とクソ資産家見つけて来い言うたのに、何がどう間違ったらアイ●ル@●スター突っ走るんだよ!?

 

マジでプロデューサーってなんなんだよ!?

確かにプロデュースしたけどさぁ!!

プロデュースしたものと真逆の方向走っちゃてんじゃん!?

 

 

「まぁまぁ、ロブロブ。彼女達も激しいレッスンを重ねてここにいるのですよ?」

 

「ホント、よく着いて来たぜ…良い娘達じゃねえか、大将」

 

 

ノーカロさん、お願いした事とは随分違うことレッスンしてません?

私は大人数の中から特定の顔を見つけ出す訓練をお願いしたハズなんですよぉ。

で、なんでこうなるんです?

となりのワシントンとか、もはやなんなんですか?

絶対ダンス的なサムシングレッスンしましたよね?

絶対私の言った通りにはしてませんでしたよね?ねえ?

 

 

「本番5分前で〜す!」

 

おい、ラインハルトてめぇ。

何ノリノリでスタッフやってんのよ。

何でこの作戦の核となるべき立場の人間が事も無げにメガホンもってスタッフしてんのよ。

 

「そろそろ行かないと…。坊やプロデューサー!それじゃ、行ってくるね!」

 

 

ピッピはそう言ってステージへ向かい、ダンケ、ルイス、ベルがそれに続く。

 

おい、行くな。行くんじゃない!

そのライブぜってぇ成功しねえから!

 

たぶんお前らアニソン感丸出しのキャッチーな曲やる気でしょ?

ここ何処だかちゃんと分かってる?

 

ヴィーナーベルグの国立劇場だよ?

由緒正しいオペラハウスなんだぜ?

分かってる?

ねえ、分かってる?

観客は皆んな厳しい面したおっさん、おばさん、おばあさんなんだよ?

皆んな上流階級感丸出しなんだよ?

なのにキャッチーな曲しちゃうの?

やめて、頼むからやめて。

そんな事したら流石にターゲット気づいちゃうから、やめて?

 

 

待て待て待て待て待て待て

行くな行くな行くな行くな

聞いてた?

今の話ちゃんと聞いてた?

ねえ、ちょっと!?

待ちやがれええええええええ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客の殆どはタキシードとドレスだったし、マッマ達の前にヴェルディを歌った容姿端麗なオペラ歌手の美しい歌声にさえ不満を隠そうともしないほど、採点は厳しそうな人々だった。

 

流石にブーイングとまではいかないが、オペラ歌手には一つの拍手も送られず、観客は厳しい顔を少しも変えようとはしない。

 

私はその様子を二階の監視位置から観察していたが、もはやそこから逃げ出したくて仕方がなかった。

怖えもん。

空気が怖えもん。

 

たぶん、この観客達ならマッマ達が現れた瞬間には帰り出す事だろう。

そうなれば、人の動きが激しくなり、ターゲットを見つけ出せる確率はぐんと低下する。

 

ただ、作戦失敗も恐ろしいが、マッマ達が登場した瞬間の空気の方が恐ろしく感じる。

このピリピリした空気がどう転ぶか容易に想像さえ着いてしまうからだ。

 

私は自身がステージに立つわけではないのにも関わらず、脂汗が止まらなかった。

 

マッマぁ、頼むから、キャッチーと見せかけて正統派でおなしゃす!

 

 

 

マッマぁ!?

そのまんまキャッチーで来やがったよ!?

捻りでも何でもなかったよ!?

 

「皆んな〜!今日は来てくれてありがとう〜!」じゃねええええよ!!

それヴェルディの直後にやる事じゃねえだろうがよ!!

ライブって、ライブの意味が違うから!!

そういうライブじゃねえから!!

 

よくそんなフレンドリーにいけんね!?

こんな上流階級の壁を押し立ててくるような人々相手によくそんなフレンドリーにいけんね!?

 

 

 

私は目を閉じた。

もうダメだ、終わりだ。

観客達はブーイングはともかく、たぶん帰る。

「なんだこのふざけた茶番劇は」とか「最近の若者は教養もない」とか言いながら、帰る。

 

マッマ達も傷ついちゃうだろうし、何よりターゲットは捕捉できない。

 

ふぁぁぁぁ、もうちょっと作戦をよく練っておくべきだったか。

 

もう、遅いんだけどね!

 

 

 

 

遅いことはなかった。

 

マッマ達のキャッチーな歌声が聞こえてきて、私が目を開けた瞬間に、劇場内で巻き起こるとんでもない光景を見ることが出来たのだ。

 

 

タキシードやドレスに身を包んだ、実業家に、投資家に、たぶんリアル貴族の皆様方が。

 

プロのヴェルディにさえ不満を隠そうともしなかった皆様方が。

 

「あらご機嫌〜」「あらご機嫌麗しゅう〜」とかやってそうな皆様方が。

 

 

 

 

サイリウム両手にオタ芸してたのだから。

 

 

 

 

もう、本当に帰りたい。

ノリが良いとかそんな問題じゃない。

 

あのね、「あら意外と面白いじゃない」程度ならともかく、「そ〜れそれそれ↑↑」とかもうこっちの理解が追いつきません。

 

どうなってんの?

もう、どうなってんのよ、これ。

 

この価値観の格差は、何?

私でも初見のアイドル相手にそこまでノリノリになれねえよ、たぶん。

あんたらどうして初見のアイドル(?)相手に一糸乱れぬオタ芸披露出来んのよ。

つーかそれタキシードとかドレスでやって良いものなの、ねえ?

 

 

 

 

 

呆れるというか、まさに空いた口が塞がらない状況だったが、その光景のお陰で、私はターゲットを見つけ出すことができた。

 

殆どというより、その2人を除いた観客全員がサイリウム両手にオタ芸披露しているおかげで、かなり容易に発見できた。

 

ターゲットの2人は交渉に夢中らしく、周りで起きている普通ならあり得ない光景に寸分の注意も払っていないらしい。

 

 

 

なんつーか、アレだね。

マジマッマ。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジョン・マッマ チャプターⅡ

途中からラインハルト視点になりやす〜


 

 

 

 

鉄血情報部がかなりの練度を誇っている事はすぐに分かった。

 

ターゲット発見の報告を受けるとすぐさま彼らの内の2名が動き出し、私が瞬きする間もなく資産家の方を確保したのだ。

 

 

しかし、ヴァルギン大尉の方は…その鉄血情報部の練度さえ上回っていた。

 

彼は更にやってきた2名の鉄血情報部員の間をするりと抜け出し、そのまま全速力で駆け抜ける。

 

勿論、鉄血情報部員は追いかけようとするが、唐突に後方から銃撃を受けて身を屈める事になり、対象を取り逃がしてしまった。

 

 

鉄血情報部員を銃撃した不遜な輩は、彼らから僅か20mの距離にいた。

M12自動拳銃を高く構え、よく狙ってはいたのだろうが、その銃弾が情報部員を捉える事はない。

そして、鉄血情報部員は冷静に対応した。

隠し持っていたマウザーHscで不遜な男の眉間を正確に打ち込んで無力化したのだ。

 

 

 

情報部員達は首尾よく脅威を排除したと言える。

だが、それは決して最善というわけでもない。

M12自動拳銃とマウザーHscの銃声は、国立劇場内の観客達をパニックに陥れるには十二分だったからだ。

 

今の今までマッマ達のキャッチーな曲にノリノリだった観客達は、銃声を聞き取るなり出口へ向かって一目散に駆け始める。

当然押し問答となり、私の位置からでもヴァルギン大尉を追うのが難しくなってしまう。

 

 

『おい!おい!ブロ!聞こえてるか!?」

 

 

無線機から我が物理的従兄弟ラインハルトの声が聞こえた。

当然の事ながら、彼も相当焦っているようだ。

 

 

『ブロ!?ブロ!?』

 

何だ、どうした、落ち着けよ

あいつらが銃を持ってるのは知ってるぞ

 

『気をつけろ!そこら中に敵の手下が』

 

 

従兄弟の声が聞こえたのはここまでだった。

唐突に背後から銃声が聞こえて、私はいつかステーキの美味いレストランでそうなったように、とてつもない熱を感じる。

 

前回は側頭部だった。

 

まあ、愉快な事はないが、正直撃たれた瞬間にもあまりヤバいという感じはしなかった。

 

どちらかといえば、「ん?は?え?何?」的な感じが大きかった気がする。

 

だが、今回は熱を感じた瞬間にヤバいと確信した。

何せ首元なのだ。

痛みはまだ来ないし、即座に手で被弾部位を抑えたが、これはマズ過ぎる。

程度によるが多量出血で死ぬには十分な理由だろう。

 

 

そんな状況でも、その場でうずくまるわけにもいかない。

私は、自分を撃ち殺そうとしたクソ野郎の方へ向き直る。

 

クソ野郎の手にはM12が握られていて、間も無く2発目の9×23mmステアー弾を私に叩き込もうとしていた。

 

首を抑える手とは反対の手で、私は腰を探る。

ビス叔母さんが作ってくれたPPKがそこにはあるはずで、そのPPKなら私を救ってくれるだろう。

 

PPKはすぐに探し当てられた。

私は当然急いで引き抜こうとしたが、何かが引っかかっているようだ。

クソ野郎は私が何か武器を持っていることに気づき、両手でM12を保持して私の眉間を狙っている。

撃ち返される前に撃つつもりなのだ。

 

 

 

何というか、そう、期待していた。

 

ほら、映画とかでもよくあるだろ?

主人公がピンチ、急いで駆けつける仲間達。

敵が主人公に手をかけるまさにその時!

仲間達が間に合って敵を殺して主人公生還万々歳!!

 

 

残念ながら、そんな事は起きなかった。

 

 

目の前で、小さな爆発が起きた。

 

クソ野郎が引き金を引き、ステアー弾の雷管が撃針に叩かれ、炸薬が爆発して弾薬が熱膨張を起こし、ライフリングに沿って出てくるまでの間………一瞬にも満たなかったハズだが、永遠にも思える長い時間に見えた。

 

漆黒の弾丸が私目掛けて飛んできて

そして私はーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブロ!?ブロ!?応答してくれ!?」

 

俺の従兄弟・ロブ・マッコールは二階の席から監視をしていたハズだ。

無線機から応答がないと分かった今、何か良くないハプニングに見舞われたに違いない。

 

幸運な事に、ビスマッマとピッピ叔母さんがこの混乱の中でさえ俺の側にいた。

 

他の…ヒッパーママ、ダンケ叔母さん、ルイス叔母さん、ベル叔母さんはこの混乱の最中どこへ行ったのか見当もつかないが、今はとにかく上に行き、従兄弟の様子を確認した方が良さそうだ。

 

 

 

クソったれのヴァルギンとアルフレート!

 

連中、きっとお互いを信じ切ってはいなかったに違いない!

劇場内にいた情報部の部下達がアルフレートの配下に襲われ、劇場外で待機していた部下達が北連工作員に襲撃された。

 

つまり、2人とも何が起きても良いように準備していたわけだ。

どちらかがどちらかを裏切っても、互いに対応できる術を用意していた。

 

クソッ!

軽率だった!

こんな事ぐらいは想像に容易いハズなのに!

 

 

 

俺はビスマッマ及びピッピ叔母さんと共に、

二階へ向かう。

 

何故ブロが…あの2人を監視していたと気づかれたのかは分からない。

だが、大きな自動拳銃を持った男が1人二階への階段を登っていくのが見えたし、無線機は途中で通じなくなった。

急いだ方が良いのは明白だし、何か、本能とでも言うべきものが俺を急かす。

 

 

「ラインハルト!?坊やは大丈夫なの!?」

 

分からない

 

「分からない!?分からないってどういう…」

 

分からないんだ!ブロとの連絡が途絶えた!

 

「なっ……」

 

「ティルピッツ、落ち着きなさい。急いだ方が良さそうね。ラインハルト、そこを退いて。私が先導するわ。」

 

 

P08を片手に構えるビスマッマが、俺達を先導する。

 

ここからブロの位置までの距離はそう長くはないが、脅威に出くわさないとは限らない。

今では、劇場のあちらこちらで情報部とアルフレートの配下が撃ち合っていた。

いつクソ共に出くわすかも分からないのだ。

 

 

ビスマッマはスピーディーにクリアニングをこなしていき、俺たちは速やかに階段に到達する。

マッマが最初に階段を駆け上がって、不安で顔を青くしているピッピ叔母さんがそれに続いた。

 

唐突に前方で銃声が聞こえる。

続けて人が倒れる音。

 

 

さらに続けて聞こえたのは、ピッピ叔母さんの叫び声だった。

 

 

「坊やぁ!?坊やぁ!?坊やあああ!?しっかり!しっかりしてっ!!坊やっ!!目を覚ましてえええええええ!!!」

 

「落ち着いて!ティルピッツ!」

 

「こんなの落ち着いてられるわけないじゃないっ!!!坊やがっ!!私の坊やがっ!!」

 

 

 

ああ…なんてこった。

ブロ、そんな。

嘘だろう?

 

 

俺の物理的従兄弟、ビスマッマの物理的甥、ティルピッツ叔母さんの物理的な息子は、首と頭から血を流して横たわっていた。

 

片手は首、片手は腰に回っていて、何が起きたかは容易に想像がつく。

 

その隣で転がっているクソ野郎が、握っていたM12で従兄弟を撃ちやがったのだ。

 

 

「何で!?どうして坊やがっ!?」

 

「ティルピッツ!ここを離脱しないと!」

 

「坊やを置いて行けるわけないじゃないっ!」

 

 

ピッピ叔母さんはもはや取り乱すどころの騒ぎではなかった。

涙を流し、目を血走らせ、なりふり構わず従兄弟を抱きしめている。

着ているA●B風の制服はすぐに血に染まり、涙が彼女の頬を汚す。

 

あまりのショックからか、ピッピ叔母さんは基本的な動作を一つ忘れていた。

 

俺は叔母さんの脇へ行くと、従兄弟の首もとに手を当てる。

あまり期待はしていない。

何たって首と頭を撃たれてる。

 

 

 

しかし…驚くべき事に、微かだが息をしている。

死に至る直前の、まさに虫の息と言ったとこらだが、たしかに彼はまだ息をしていた。

 

 

「生きてる!?坊やがまだ生きてる!?急いで運ばないとっ!!今すぐにっ!!!!」

 

 

ピッピ叔母さんは従兄弟を抱き抱え上げると、P38自動拳銃を取り出して、想像を絶するようなスピードで走り出す。

 

 

待って、ピッピ叔母さん!

まだ中にも外にも敵が…

 

「ティルピッツなら大丈夫よ、ラインハルト。あの子、ああなると誰にも止められないわ。それより、私たちも無事に脱出しないと。」

 

 

ビスマッマの言う通り、俺も従兄弟のようになってもおかしくない。

 

しかし、何故従兄弟は監視に気づかれたのだろうか?

 

その答えは、床に転がっていた。

 

 

死体と化しているクソ野郎を、俺は見たことがある。

いつだったか、誹謗中傷記事を書かれたまだ見ぬ従兄弟のために、俺はピッピ叔母さんに協力した事があった。

その時、サー・ローレンス・ウィンスロップの配下についても調べたのだが、その中にこの男がいた事を思い出した。

 

なんてこった、クソったれ。

 

このロクデナシはローレンスが死んだ後、アルフレートの元に鞍替えしたのだろう。

だから従兄弟の顔も知っていたし、失業の復讐を果たしたに違いない。

 

 

「ほら!ラインハルト!行くわよ!」

 

 

ビスマッマが俺を急かし、俺たちは出口へ向かう。

まだまだ劇場内の混乱は収まっているとは到底言えず、ビスマッマはP08を高く構えて先導してくれる。

 

 

 

ダダァン!

 

「ふんっ!はぁッ!ふんっ!」

 

ドカッ、バキッ

 

「せいやぁあっ!」

 

ダァン!

 

 

こういう時にいうのもなんだけど、アレだよね、ジョン・●ィックっぽいよね、クリアニングの仕方が。

 

なんかお馴染みのEDMが聞こえてきそうだし。

 

 

唐突に出くわした敵をダブルタップで撃ち殺したり、関節技を掛けながら撃ち殺したり、更に弾切れとなったP08を投げ捨てて、敵のM12を持って反撃したりとかしてるのを見て、俺はそんな感想を抱いた。

 

 

なんかね、無事に出口まで着けたのはいいんだけどさ。

 

途中で真っ二つに引き裂かれた敵とか、明らかにビスマッマとは違うタイプのヤベエ奴通った跡とか見えまくってたんだけど、気にしない方が良いんだろうか?

 

気にしない方が良いんだろう。

 

一つ気をつけておかなければならないとすれば、俺のビスマッマだって下手したらピッピ叔母さんみたいな過保護☆バーサーカーになりかねないって事だろうか。

 

 

 

ピッピ叔母さんはずっと先に病院へ向かったようで、ダンケ叔母さんルイス叔母さんベル叔母さんとは劇場の外で合流できた。

 

ビスマッマが気を回して、まだ従兄弟が撃たれた事は隠しておく。

今取り乱されるよりかは、離脱した後、ブロの元へ運んだ方が良いだろう。

 

ヒッパーマッマが車で迎えに来て、俺たちはそれに飛び乗った。

 

 

どうか生きていてくれ、ブロ。

さもないと、目の前の母性の塊3つが弾けちまうぞ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

"剣闘士"

 

 

 

 

 

ここはどこなんだろう。

 

 

青空の下、腰くらいの高さまで伸びる小麦を左手のひらでなぞりながら、当てもなく歩いている。

 

決して不愉快な気分じゃない。

 

むしろ心地よい。

 

一度来たことがあるような。

 

初めてここに来たような。

 

どこか懐かしく、どこか新しく。

 

 

なんつーかなぁ、ほら、アレだよ。

ラッ●ル・クロウの…ああ、アレだよ。

グラ●ィエーター。

アレの序盤シーン的な。

或いはローマ皇帝ぶっ刺した後的な。

 

 

とにかく、私は今歩いている。

心地よい空の下を。

急ぐわけでもなく、立ち止まるわけでもなく。

ただただ、歩いていた。

 

 

どこを目指しているのかは到底分からない。

でも、歩かねばならないという意思にかられている。

大切な何かを待たせているようで、私はそこへ進まねばならない。

向こうからは急がなくても良い、なんて言われてる気さえする。

まあ、歩いて行こう。

急がず、止まらず。

 

 

 

 

しばらく歩くと、小麦畑が終わり、小さなベンチが置いてあった。

市立公園とかでよく見かけるタイプのベンチで、側には背の高い広葉樹が立っている。

 

ベンチには先客がいた。

 

老人だ。

 

至って普通の…どこにでもいるような老人だった。

 

 

何か言葉を交わすでもなく、私は老人のとなりに座る。

なぜか相手もそれを待っているように感じたのだ。

 

 

実際、相手は私を待っていたようだ。

私が隣に座るなり、老人は口を開いたのだから。

 

 

 

「3回じゃ」

 

はい?

 

「3回試したんじゃ…3回もな。」

 

 

なんとなく、理解したような気分になった。

まだ、何について、とかいうのが分かったわけでもないが、私もそれに深く関わっているような気がする。

 

 

どうでした?

 

「1回目は…ダメだった。好奇心が強過ぎたんじゃ。決してやってはならぬ事にまで手を出した。」

 

2回目は?

 

「…ふっ、2回目?知っておるじゃろう?失敗じゃったよ。驕り昂ぶった。わしは見抜けなかった」

 

では、3回目はどんな塩梅です?

 

 

老人は私の方へ顔を向ける。

 

何かを推し測られているような気がしてならない。

老人はジロジロと私の顔を見回し、そしてゆっくりと口を開いた。

 

 

「失敗しかけとる。」

 

それは、何故ですか?

 

「……………気づいておるじゃろう、お前さんも。まだ早過ぎるんじゃ。」

 

 

老人はゆっくりと首を振る。

 

 

「何か…忘れ物をしたハズじゃ。決して忘れてはならぬ物を。お若いの、よく思い返してみると良い。」

 

…忘れ物………

財布、ケータイ、身分証明書、よし!

 

「ふははっ!そんなもんじゃないわい!もっとよく思い返してみなさい。」

 

……………そうだ、こんな物じゃない。

私は確かに…"忘れかけている"

 

「そうじゃ。目を閉じなさい、お若いの。」

 

 

老人の言う通り、私は目を閉じた。

力は込めず、ゆっくりと。

まるで1日中パソコンと向かい合った後、目を休ませる為にそうするように。

 

 

 

『坊や、私の坊や』

 

『大切な大切な坊や。』

 

『さっきのあなたの返事を聞いて、私少し安心したわ。』

 

『例えあやせなくなってしまったとしても、あなたは側にいてくれる』

 

 

『本当にありがとう』

 

 

 

 

目を開き、大空を見上げる。

 

そうだ。

確かに忘れて来た。

そして…なんということか、彼女を忘れるところだった。

 

置いて来てしまった、いや、彼女を置いてけぼりにして1人でここへ来てしまった。

 

彼女だけじゃない。

少なくとも、あと3人、命の恩人達を裏切ってしまっている。

 

 

 

でも、戻れるのか、今更?

もうだいぶ歩いてここまで来た。

広い広い小麦畑を直進し、随分と歩いて来たハズだ。

 

それに、戻ったところで、どうなる?

そんな考えさえ浮かんできた。

 

"問題"はまもなく解決する。

私がいようと、いなくても。

いずれ近いうちに解決し、次の問題が降ってくることだろう。

いっそのこと、ここまで来たのだから…

 

 

 

 

「お若いの、それもあんたの自由じゃ。」

 

 

老人は私の心の内を完全に読みきっているようだ。

私の方を向いて、ゆっくりと、しかし芯のある強さで語りかけてくる。

 

 

「じゃが、ここから先に行けばもう戻れんぞ?後悔なら戻ってもできる。やり直しは今ここでしかできん。」

 

なぜ、あなたはそんなにも私を心配なさるのですか?

 

「………負い目がある。わしは…お若いの、臆病になってしまったんじゃ。平気で手を突っ込んできたくせに、ある時突然、これで良いのかという疑問にかられた。」

 

 

老人も大空を見上げる。

雲一つない晴天、心地よいそよ風に吹かれ、急ぐ事もなく、止まる事もなく。

 

 

「もう手を出さん事に決めた。お若いの、"あんたで最後にすると決めたんじゃ"」

 

つまり、あなただったのか。

 

「そういう事じゃな。あんたを日常から引きづり出し、トンネルから"こちら側"へ引き入れた。"全てを元に戻す為に"。"これまでの失敗を取り戻す為に"。」

 

何故、私だったのですか?

 

「…………その内、お前さんも分かってくる」

 

 

老人は腕時計を見やった。

随分と古びた代物に見えるが、まだ正確に時を刻んでいる。

その秒針をしばらく見て、老人は目頭を押さえた。

あまり時間はないらしい。

 

 

 

「まだじゃ。まだあんたは来るべきじゃない。お前さんは…今までで一番良い結果を残しそうなんじゃ。まだいてもらわんと、困る。」

 

………

 

「そりゃ、楽になるわい。"向こう"でも悪いようにはならん。ただな、お若いの。お前さんには"残してきたものがあるじゃろ?"」

 

 

老人が、私が歩いて来た小麦畑の方を見やった。

 

 

「少し遠いかもしれんが…ここへはまた来れる。それまではもう少しばかり頑張ってもらわんとな。」

 

 

私は無意識のうちに頷いて、小麦畑の方へ歩き出した。

行きと同じように、小麦の実りを左手のひらで感じながらゆっくりと、ゆっくりと。

 

後ろから老人の声が飛んできた。

大きな声ではないが、芯の通った聞き取りやすい声が。

 

 

「ほら、呼ばれとるぞ、お若いの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ました時、猛烈な頭痛に襲われた。

 

頭の中で金属のトゲトゲが暴れまわるような、猛烈に不快な痛みに。

 

私は頭を抑えようとしたが、私の両腕は何者かに抑えられてしまう。

 

代わりに、白くてスベスベした柔らかい手が、楕円形の何かを私の口に放り込んで、水で押し込んだ。

ちょっとしてから痛みが取れ始め、私は呼吸を整える事ができる。

 

なんなんだ?

これが夢か?

それともさっきのが夢なのか?

 

 

どうやら後者のようだ。

 

痛みが取れ、頭がクリアになってくると、霞んだ視界がクッキリと見えるようになり、私がベットに寝かされて、何人もの見舞人が側にいる事が分かった。

 

 

 

プリンツェフ?

 

 

まず、最初に認識出来たのはプラチナブロンドに赤のアクセントが混ざるプリンツ・オイゲン。

彼女はナース服を着て、電気ショックを両手に持ち、目をまん丸にしてこちらを見ている。

 

その隣にはヴェスタルさん。

彼女は白衣を着ていたが、その半分は血に染まっていた…恐らく、私の血に。

 

 

反対の方向を見ると、ダンケ、ルイス、ベルが腕から赤い管を伸ばした状態でこちらを見ている。

その赤い管は上へ向かい、何かの装置に繋がり、そして私の腕へと伸びていた。

 

彼女達もプリンツェフと同じくらい目をまん丸にしている。

 

 

最後に…私の枕元に…彼女がいた。

 

鼻腔の中は彼女の匂いで満たされているし、プラチナブロンドの先端が私の頬をつついてくすぐったい。

 

 

近い。

近いよ、ピッピ。

どうしたの、そんなアンビリーバボーみたいな顔をして。

どうしたの、そんな海が割れて渡った瞬間に元に戻ってエジプト軍飲み込んだのを見たみたいな顔をして。

 

 

「ぼ…ぼ…」

 

いや、だから、どうしたんねんや、そんな八●様みたいな声出して。

 

「ぼ…ぼぼぼ…」

 

あれ?泣いてる?

 

「ぼ…坊や…生きてるの?坊や?」

 

これが生きてないでどうすんのよ。

死体がこんなにペラペラペラペラ喋るわけないでしょうが。

ウォーキ●グデッドかよ。

 

「坊や…ぐすっ、坊や、生きてるのね…」

 

あ、マジ泣きしてる。

マジすまん、ピッピ。

さっきのは取り消す、すまん。

調子に乗りましたマジすんません。

 

「よかった…坊や…本当に、本当に…」

 

 

 

ピッピが私から少しばかり離れていて本当に良かった。

力が抜けたのか、プリンツェフは電気ショックを両手から落とす。

落とした箇所には私の足があったのだ。

 

 

あぶべべべべべべべべべ!!!!!!!

 

「Nein!!!」

 

 

ピッピがすぐに電気ショックを粉砕する。

おかげで小麦畑への"出戻り"という最悪の事態は防げた。

あっぶねぇ、またあの老人のところに行って「あはは、すいません、また来ちゃいました」とか言わなきゃいけないとこだったじゃん!!

 

 

ただ、危機は去っていなかった。

 

私の"復活"を見たピッピは、その右腕に赤い管が繋がっている事など気にもとめず、私を抱きしめる。

 

 

そして、思う存分、想いの丈を、放出したのだった。

 

 

 

「坊やあああああ!!!愛してるうううううう!!!愛してるわああああああ!!!もう離さないっ!!!もう絶対に離さないからあっ!!!」

 

「ティルピッツッ!!!あなたこの期に及んでまた独り占めして!!!私もMon chou抱きしめるッ!!!」

 

「指揮官ぐん!!!本当の、本当によがっだぁあああああ!!!」

 

「ご主人様あああああ!!!」

 

「こ、こら、あなた達!まだ献血中でしょ!安静にしてください!ここ病院ですよ!」

 

「………………し、し、死・ぬ・わ・よ??」

 

 

 

 

なりふり構わぬマッマ達の愛情表現を受けながら、私はただこう言った。

 

 

 

 

 

 

ただいま、マッマ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ベイビー・プレイ

 

 

 

 

この日、3回目のアスピリンをピッピに飲ませてもらう。

 

最初に目を覚ましてから早くも24時間。

 

だが、当然というべきかまだ痛みは取れず、身体も自由に動かせない。

 

昨日目を覚ました時、頭を抑えようとしたが誰かに両手を抑えられたと思っていた。

 

事実は異なる。

 

誰かが私の行いを止めようとしたのではなく、両腕に力が入っていなかっただけだ。

 

 

 

 

 

しばらくは動けないだろうと、ヴェスタルさんからは言われた。

ロンドンからすっ飛んで来てくれた私の素晴らしい主治医は、今回の負傷がいかに重大なもので、それが負傷から3時間も経たないうちに目を覚ましたことにプリンツェフが衝撃を受けて電気ショックを患者に落っことすのも無理はなかったのだということを丁寧に説明してくれた。

 

 

弾丸は、頭蓋骨に沿って回り込み、私の後頭部から飛び出したらしい。

つまり、尋常じゃない硬さの頭蓋骨だったということになろう。

まあ、ほぼ間違いなくセイレーン=プロテインのおかげだろうとは思うね。

 

しかし、私は首にも銃弾を受けていて…そちらも貫通していたが…それが側頭部の時とは比にならない程の出血をもたらした。

ヴェスタルさんが血塗れになりながらも治療してくれて、おかげで一命を取り留めたのだ。

更に、マッマ達も総出で献血してくれて、私はまたもや助けられた。

 

マッマ達が時々フラついているのは、限界ギリギリの量の血液を私に輸血したからだろう。

だが、それでも彼女達は私の身の回りの世話をしてくれている。

 

 

ありがとう、本当にありがとう。

でも少し休んでほしいかな。

マッマが倒れたりしたら、元も子もないじゃん?

 

 

「んふ♡」

 

ピッピ?

その色っぽい笑いは何?

 

「優しい優しい私の坊やぁ〜。ママを心配してくれるんでちゅかぁ〜?良い子でちゅねぇ、優しい子でちゅねぇ。」

 

「Mon chou〜、Mon chou〜。あなたのためなら、何も辛くなんてありまちぇんよぉ?」

 

「指揮官くぅん、わたしの幸運、お裾分けしてあげるねぇ〜?」

 

「ご主人ちゃま。何なりとお申し付けくだちゃれば、このベルファストはそれで幸せなんでちゅ。」

 

 

 

 

 

 

 

・・・ん?

 

 

ちょっと、マズイな。

これは、いかん。

いかん。

 

 

何か、もう、母性が加速するとか、そんなレヴェルじゃないよね。

もはや母性がドリフトしてるよね。

我が子(物理)への想いがドリフトしてるよね!?

 

 

いやいやいやいや、これはアカンで、流石に。

これじゃあ、ただのBaby playじゃん。

確かに元からベイビープレイ感丸出しだったけど、更なる輸血でよりプレイ感だけ増してってない?

プレイ感だけ一人歩きどころかジェイ●ン・ステイサムしてるよね!?

トランス●ーター・プレイカンしてるよね!?

 

 

 

ピッピ?ピッピピッピ?

 

ねえ、なんで上着脱ぐの?

ねえ、なんであられもない下着姿になろうとしてんの?

ねえ、なんで私のすぐ側で横になったのしかもこっち向きで。

 

何故豊かな双丘の先端をこちらへ向けるのかな?ん?

それからね、皆でピッピに続こうとしないで?

理性を保って、頼むから。

 

やめろ、やめろ、やめてくれ。

このSSがR18指定になっちまうだろうが!

 

 

いいかい、マッマ達、ありがとう、本当にありがとう。

だけどね、私が無抵抗なのをいいことに禁断の扉へ誘おうとするのは幾ら何でも倫理に反する行いだとは思わないかな?

思わない、わかったわかった、わかったから…いやいやいやわかってないから、ステイ。

頼むから、ステイ。

ステイ、ステイ、ステイ。

 

 

「心配しなくてもいいわよぉ、坊や。優しくハジメテしてあげるから…」

 

ハジメテしようとすんな。

もうアウトだから。

その発言でアウト路線突っ走ってるから。

優しかろうがなんだろうがアウトはアウトだから。

 

「Mo〜n chou♪、ティルピッツじゃ不安よねぇ。このやさちぃやさちぃお姉ちゃまに甘えてくだちゃい♪」

 

誰が相手だろうとアウトはアウトなんだよ、ダンケ。

甘えるの意味が異なってくるでしょ?

色々な意味で異なるでしょ、ダンケ。

 

「私と一つになれば…きっと幸運も分かち合えるんでちゅよぉ、し・き・か・ん・くぅん?」

 

一つになるってアレかな、絵版下痢音みたく精神的に一つになる感じかな?

リグリントン♪リグリントン♪リグリントン的なノリかな?

そっちも避けたいけど、ルイスとアッチ方面で一つになるのもアウトだから避けるね、ごめんね。

 

「ご主人ちゃまぁ、このベルファストにおなしゃけをくだちゃいっ!」

 

………ベルファスト、ベイビープレイにマルキ・ド・サドを加えるとどうなるか知ってるかい?

A.ワーテルローの戦い

だから、ちょっと落ち着こうね?

どうせ100日間楽しんだってライプツィヒなんだから、落ち着こうね?

 

 

 

 

 

 

迫り来るマッマ達の誘惑とどうにか戦い続けること30分。

結局、マッマ達はそのうちに疲れて寝てしまった。

これが急な献血の反動だと信じたい。

さもないと、いずれ私のジークフリート線は耐えられなくなり、崩壊する。

ピッピ機甲師団が突破口を開き、ダンケ騎兵隊が穴をこじ開け、ルイス戦闘機が掃射して、ベル擲弾兵師団が迫ってくるようなら、私の理性はただただ蹂躙されてしまうだろう。

いや、頼むぜ、マジで。

 

こうやって下着姿の美巨乳お姉さん達に囲まれながら寝かされてると、側から見た場合の絵面がヤバすぎる事だろう。

もうね、確実にヤッちゃえ●産しちゃった感じだよね、ゴー●もビックリだよね、これ。

 

 

 

 

まもなく病室の扉が開いて、フランス政府がル●ーと●産の一体化を要請してきそうなぐらいの衝撃の絵面が露呈する。

 

ただ、露呈した相手はその絵面を見てもため息を吐いただけで、よって私は助かった。

 

 

「………まったく、この娘達は…あんたもあんたよ?しょっちゅう撃たれたりなんかするから、この娘達も暴走するの。」

 

あー、本当だね、ごめん、プリンツェフ。

 

「私に謝られても困るわ。ま、せいぜい気をつける事ね。」

 

 

プリンツェフはまだナース服を着たままで、手には薬瓶を持っている。

どうやら、私に処方させる薬があるらしい。

 

 

「即効性の回復薬よ。いつか、あんたに鉄血医療の素晴らしさを披露した事があったけど、鉄血医療は薬学においても優秀なの。

この薬があれば、あんたはもっと早く回復する。」

 

 

プリンツェフは、薬瓶から錠剤を3錠取り出して、クリス●ル・カイザーとともに私の口元まで持ってきてくれた。

 

 

ねえ…プリンツェフ?

前にも君にお薬飲ませてもらったことがあったけど…

 

「ああ、安心して。心配するような物は入ってないわ。主成分はセイレーンから採取した再生物質よ。」

 

 

 

私の口に錠剤が放り込まれ、次にユニオンの豊かな自然が流し込まれる。

うん、普通のお薬だね。

それにしても、セイレーンって…なんなんだろうか。

人類の医療に貢献しすぎじゃないか?

 

 

「それから、その娘達の≪ピーーー≫と≪ピーーー≫と≪ピーーーーーーー≫。」

 

ぶふぉッ!?

 

「はいはい、吐かない吐かない、飲みなさいっ!」

 

 

ユニオンの豊かな自然をいくつか吹き出したが、プリンツェフは有無を言わせずに飲み込ませにかかる。

錠剤は水の流れに逆らうことなく体内に吸収され、私はあまり想像したくないモノを飲み込んでしまった。

 

 

「よく効くはずよ。また飲ませに来るわ。」

 

 

プリンツェフはクスクスっと笑い、薬瓶の蓋を閉める。

 

 

いやね、プリンツェフ?

なんだって君はお薬の中にやたらと≪ピーーー≫を入れたがるの?

鉄血薬学って≪ピーーー≫が基本なの?ねえ?

 

「ええ、そうよ?」

 

そこ肯定すんの?

 

「悪いものじゃないもの。…………それはそうと、あんた…」

 

小悪魔っぽい笑みを浮かべるプリンツェフが、いきなり真顔になって私を抱きしめたのはその時だった。

私の顔をその豊かな豊かなスイスアルプスに挟んだ彼女は、私の耳元で囁く。

まるでリン●のチョコレートのような、甘く、とろけるかのような声で。

 

 

「いい加減、もう心配させないで。あんたの事を想ってるのは、この娘達だけじゃない。無理も、無茶も、無謀も厳禁。わかった?…私の……………」

 

 

プリンツェフは私を解放し、また小悪魔的な笑みを浮かべてドアへ向かう。

 

 

「続きは好きに想像なさい。それじゃあ、また来るわね?」

 

 

そして颯爽と出て行った。

 

 

なんだ、このまったく新しいニューエイジ的なバブみ(?)は。

 

こ、これは、言うなれば。

 

カッコイイ系女子のべイビープレイ?

 

カッコイイ系女子とはかくも良きものなのですか、神よ?

 

 

『そうじゃ』

 

 

即答かいっ!!!

 

 

ん、アレ?

今の何処かで聞いた声だなぁ…

うん、アレだね、深く考えないほうがいい。

 

だってさ、アレだぜ?

これがあの小麦畑から届いたメッセージとは、流石に思いたくはないだろう?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロブ坊、MI5辞めるってよ

 

 

 

 

「アイン、ツヴァイ、ドライ…」

 

アイン、ツヴァイ、ドライ…

 

「フィーア、フィンフ、ゼクス…」

 

フィーア、フィンフ、ゼクス…

 

 

 

ふっかつのじゅもん。

 

では、ない。

 

 

私は今ピッピに抱えられ、絵本を見ながら楽しくドイツ語をお勉強しているところだ。

 

まあ、昨日の暴走が貧血由来の行動であると証明されたのはいい事で、さらにプリンツェフのお薬のおかげで早くも上半身が起こせるようになったのもいい事に違いない。

 

でもまあ、それでもご覧の有様である。

 

いい歳こいたおっさんが、魅惑の銀髪巨乳長身美女に抱えられながら、絵本を朗読しているのである。

 

この世とはなんと奇妙なものか。

…今更ながら。

 

 

 

「坊やの鉄血語、とっても上手ね!」

 

「ティルピッツ!あと21分32秒53には私と交代よ!アイリス語のお稽古するからっ!」

 

「私はあと81分28秒33後に指揮官くんと英語のレッスンね。」

 

「ご主人様には正統なクイーンズも学んでいただく必要がございます。あと、141分25秒26」

 

 

怖えよ!

秒単位どころかその下の位まで完全掌握かよっ!

頭の中に電波時計でも入ってんのか!?

つーかそんな単位まで奪い合ってんのあんたら!?

まさに衝撃と畏怖だわっ!!!

 

 

 

 

目を覚ましてから2日目。

今日は午後から物理的従兄弟ラインハルトとの面会が待っている。

 

彼には感謝してもしきれない。

もし、彼が私の異変に気づいていなかったら、私はきっと出血多量で死んでいたのだから。

だから彼もまた、私の命の恩人に違いないのだ。

今日はたっぷりとお礼を言わないと。

 

 

それまでの午前中はマッマとの『良い子のほのぼの各国語教室』で終わりそうだったし、実際そうなった。

 

ダンケからフランス語を学び、ルイスとカントリー●ードを歌って、ベルとトップ●アを見た。

 

 

いくらスキル『語学力』があると言っても、マッマとの授業はふつうに楽しめたし、やっぱり色々と勉強にもなったが、問題がなかったわけではない。

 

ルイスとベルが発音の違いから揉め出して、

 

 

「第一、その鼻にかかったような発音は何なの?変な発音!」

 

「変な発音とは何ですか!貴女方ユニオンの田舎発音の方が聞き取り辛くてなりません!やはり、ご主人様にはクイーンズこそ習っていただくべきですね!」

 

「指揮官くんには世界一のスーパーパワーたるユニオンの発音を覚えてもらうの!異論は認めないわ!」

 

「寝言は寝てから言いなさい!世界に冠する我らが大ロイヤル帝国の栄光が絶えることなどないのですから!」

 

「いつまでも過去の栄光にすがりつくなんて、さすがロイヤル人ね!」

 

「か、過去ぉぉぉおおお!?今のは聞き捨てなりませんね!」

 

 

とか言いいながら艤装付けて撃ちあいするまでの大ゲンカに発展してたし、ピッピとダンケは、

 

 

「…坊やにはアイリス語こそ教えるべき?何を、世迷言を。」

 

「よく言うでしょ?アイリス語は花を数える言葉、鉄血語は豚を追う言葉って。」

 

「へぇ。鉄血陸軍相手に三ヶ月持たなかった弱小国が吹くじゃない。」

 

「なっ、それは関係ないでしょ!鉄血だってロイヤルの空軍に叩きのめされたくせに!」

 

「それは空軍の問題!陸軍と海軍は欧州一なのよ!」

 

「鉄血海軍が欧州一なら、貴女はフィヨルドで何をしてたのかしら、ティルピッツ?」

 

「チィィッ、アイリスの死に損ないがッ!」

 

「ただの引きこもりがッ!」

 

 

とか言って、こちらもこちらで艤装での撃ち合いに発展していた。

 

 

あのね、マッマ達。

忘れてるかもしれないけど、ここ、一応病院だからね?

そんな大砲ボンボンぶっ放して良いもんじゃないし、あんたら同じ屋根の下で私をあやすとか言ってなかったっけ?

言ってない?

うん、そっか。

もう、どうにもならん、もう止まらん。

出来ることはした。

あとは自然に任す。

 

 

 

マッマ達がパイレーツオ●カリビアンしてる間に、私は早くも回復した両腕を使って食事をとる。

 

今まで入院した事がないわけではなく、それどころか何回もある私だが、こんなに美味しい病院食は初めてかもしれない。

 

グヤーシュと呼ばれるハンガリー風の…トマトベースの煮込み料理に、ザウアークラウト、そしてブレートヘン。

デザートにはお手製と思わしきカイザーシュマーレンが付いている。

 

病院食に、こんな糖質の鬼みたいなデザートが付いて良いのかなとも思いつつ、そのドイツ色丸出しのメニューを見て、ああそうだまだヴィーナーベルグにいるんだなと思い出す。

 

 

 

従兄弟の部下達はヴァルギンの方は取り逃がしたものの、アルフレートとかいう資産家を確保したハズだ。

 

どんな尋問をするか、あるいは拷問に至るかもしれないが、従兄弟ならあの資産家から情報を引きづり出せる。

 

その話も、面会の時に

 

 

「よぉ!ブロ!無事でなによぶへぁッ!!」

 

 

従兄弟ラインハルトの訪問が、予定より早かったとしても、落ち度は完全にこちらのマッマにある。

 

静粛であるべき病院で、日本海海戦をやっていたのだから、それは当然のことだ。

 

哀れラインハルトは顔面にルイスの直撃弾を受けてしまう。

 

 

まあ、不思議な事に、従兄弟の顔面はドッジボールが当たった的な軽傷で済んでいたが。

 

KANSENの砲弾ってどうなってんの?

 

 

 

「うっ、うっ、ひぐっ、ビスマッマぁ」

 

「あああああ〜、よ〜ちよちよち、可哀想なラインハルト〜、痛かったでちゅねぇ〜。」

 

 

また始まったよ。

 

ほら、ルイス、いや、ルイスだけじゃなくてマッマ達全員、ラインハルトに謝って?

いや、当てたのはルイスとかそんなのじゃなくて、病院なんていう公共の場で公共の福祉全力で阻害してたんだからさ。

 

ごめんよ、ラインハルト。

私が2回も死にかけたもんだから、マッマ達ちょっと暴走気味なんだ。

 

 

「う、ひぐっ、そうか、こちらこそ見苦しい物を見せてしまったな。」

 

いいや、こちらこそ見苦しい物を見せてしまった。

ところで、兄弟。

お前さんには感謝してもしきれないよ。

 

「気にすんなよ。当然の事をしたまでさ。俺たちはコミニストでも、ローマ帝国の皇太子でもない。助け合うべき理由はあっても、争う理由はないだろう?」

 

 

やっぱトム・●ルーズがかっこいい事言うとサマになるなぁ。

私とか、たぶんサマになる台詞って言ったら橋の上で撃たれた後の『一生懸命に、生きろ』ぐらいしかないんじゃないか?

最後にマット・●イモンがお墓に向かって問いかけてくれる、あの台詞ぐらいじゃないかな?

アレもアレで素敵だけども。

 

 

「ところで…ブロ。良い知らせと悪い知らせがある。」

 

悪い知らせから。

 

「…そう言うと思った。アルフレートは密輸業界の大物でもあったようだ。彼がヴァルギンなる人民委員部将校から受けた依頼は…C47輸送機の転売。」

 

つまり、DC3の事だね?

ユニオン製の輸送機だが、今では欧州中で飛び回ってる。

 

「そう。もう引き渡しは済んでいて、あの会合は料金の受け取りだった。連中がそれを何に使うにしろ、跡を追うのは難しい。もう二つばかし、悪い知らせがある。」

 

え、あと二つも?

 

「情報源と連絡が取れた、これ自体は良い知らせだ。だが…その情報源は例の実験から隔離された立場にある。"あの写真"も第三者から入手したらしい。」

 

じゃあ、兄弟。

そちらの情報源からでは決定的な物的証拠は得られないという事か。

 

「そうなる。最後の一つだが…その情報源の話では、現在、内部人民委員部にヴァルギンという将校はいない。」

 

………………………………………………………………………………………えええ〜〜〜!!!???

 

「おそらく、俺たちが見つけたのは、ヴァルギンに化けた誰かさんだ。ヴァルギン本人は

ホルタ会談直後に亡くなっている。ウラル山中での核実験失敗の際に死んだらしい。」

 

うん?それって…ひょっとして…あれだよね。

死因が核爆発とか内部被曝とかじゃないやつだよね?

たぶん、ぶっ壊れた巨大兵器の上で戦ってたらユニオンのスパイに殺されたやつだよね?

 

「おおっ!なぜ分かるんだ!やっぱお前はすげえ奴だよ、ブロ。…アヴローラだって、本当のところは知らなかったようだから…俺の思うに、ヴァルギンに化けたのは…」

 

………レクタスキーか。

 

「うん、俺もそう思う。あいつが一人で何から何までやってやがるんだろうな。…さて、良い知らせだ、ブロ。」

 

レクタスキー捕まえたとか?

 

「残念だが、そうじゃない。…ブロ、少し寂しくなるな。」

 

 

 

従兄弟はそう言って、私に一通の手紙を渡す。

封筒を開き、中の用紙を取り出して読む。

 

 

 

『MI5長官の権限に基づき、対外諜報顧問ロブ・マッコールの辞職を認める。当人は重度の負傷をしており、任務遂行に多大な影響を及ぼす事が認められる為である。通常の措置では恩給の支給は認められないが、当人の絶大な貢献を考慮し(以下略)』

 

 

 

ん?ん?ん?ん?

 

え?え?え?え?

 

いつ辞めるとか言ったよ、おい。

 

 

 

「進捗をお前に伝えたのは…まあ、よしみってヤツさ。くれぐれも他言はしないようにな。」

 

 

ラインハルトは困惑する私を置いて、病院から爽やかぁに出て行く。

ビス叔母さんとヒッパーがそれに続き、部屋には私とマッマ達だけが残された。

 

 

 

 

ね、ねねねねねねねね、ねえ、マッマ達。

いないとは思うけど、この中で勝手に私の辞職届出した人とか、いたりする?

怒らないから正直に手を挙げてくれるかい?

 

 

マッマ達は誰も手を挙げなかったが、誰が辞職届を勝手に提出したのかはすぐに分かった。

 

 

 

 

ダンケマッマ。

目を逸らしたのは、君だけなんだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

何故バブるのか?

 

 

 

 

ダンケルクは優しい娘。

 

それはそれはもう、優しい娘。

 

どのくらい優しいかと言うと、ドーナツとアイスクリームを取り出して、どちらを自分が食べてどちらを相手に差し出すか悩んだ挙句、そのどちらも差し出すくらいの優しい娘。

 

 

今も、彼女と出会った時の事が記憶に残っている(いつも通り勝手に海馬に書き込まれてたんだけどね)。

 

 

第一印象は、ピッピと同系列なクール系戦闘美女。

暗褐色の鋭い目、キリッとした表情。

中世フランスの騎士…或いは救国の聖女を思わせる服装…。

 

「弟くん、呼びました?」

 

あのね、ジャンヌさん、呼んでませんから。

人の回想シーンに勝手に出てきて勝手に弟くん認定やめてもらえます?

そんな、「ちょっと覗いてみた」感覚で人の過去に現れないでくださいよ。

 

 

 

まあ、ともかく、そんな感じの印象を受けていた。

 

それが秘書艦になって第1日目。

私を迎えて言い放った言葉が忘れられない。

 

 

「指揮官、今日は何のお菓子作る?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘々おっぱい優々お姉さんが唐突に私に向けてM1873リヴォルバーぶっ放した時は流石に驚いた。

 

大口径11mm弾は私の顔のすぐ側に着弾し、枕の羽毛とマットレスの中身を舞い上げる。

 

この歳にもなって恥ずかしいが、約20年振りに"漏らした"。

あの特有な温かみが広がっていくのを感じるし、今すぐにでも下着とズボンを履き変えてシャワー浴びたい。

うわぁ〜、やっ・ちゃっ・た☆

 

 

「Mon choロブ・マッコール。実を言うと、私はアイリス情報機関のスパイなの。」

 

 

いや、ごめんね、ダンケルク。

嘘にしか聞こえない。

 

まずもってね、一番間違えちゃいけないとこで間違えちゃってるからね?

そんな、キリッとしたキメ顔でまだ青白い煙の登るリヴォルバー片手に衝撃の事実!どう?驚いたでしょ!的な雰囲気漂わしたって、最初の最初で間違えちゃダメだよ台無しだよ。

 

嘘つくなら嘘つくで、せめて私の呼び方ぐらいちゃんと決めようよ。

 

 

 

「あら、信じてない顔ね。これがその証拠よ、Mon choロブ・マッコール。」

 

 

お前はどっちなんだ、ダンケルク。

私をMon chouと呼びたいのか、わざとフルネームで呼びたいのか。

 

 

「Mon cho貴方にMI5を続けられると、アイリスにとっても迷惑なの。だからこれが最後の警告よ…対外諜報顧問なんてやめなさい、Mon choロブ・マッコール!」

 

あのさぁ、もうこの際だからハッキリ言うね?

 

「何?」

 

ヤベェぐれえ可愛いよ、ダンケルク。

 

「……………」

 

 

ダンケルクが蒸気が出てるんじゃないかってくらい顔を真っ赤にして、リヴォルバーを下に下げる。

 

泣くべきか、怒るべきか、恥ずかしがるべきかの判断がつかず、ただただ表情だけがヒートアップしていく。

 

感情がメルトダウンした結果、彼女はその全てが合わさったかのような表情でこう言った。

 

 

「Mon chouのばかぁ」

 

 

仰げば尊死。

いかん、またあの小麦畑へ行ってしまう。

 

皆さんなら分かって下さるだろう。

私を心配するあまり、ダンケルクはワザとワルモノになろうとしたのである。

まったくもってなりきれてなかったのがもうもうただただ尊いし。

その上失敗したと思って恥じらいと哀しみと怒りがメルトダウンしてしまうあたりもただただ尊い。

おおぉぉぉ、左手に小麦の実りを感じるぞぉ。

歩いちゃう?また歩いちゃう?

またあの老人のいるベンチまで歩いちゃう?

 

 

「しっかりなさい、坊や!」

 

ズバァアン!

 

今度はピッピのP38が火を吹いて、11mm弾が着弾したのとは反対側の位置に着弾した。

 

あのぅ、マッマさん達?

いい加減病室で殺人武器振り回すのやめにしません?

このマットレスに何か恨みでもあんの?

敷きダンケor敷きピッピ出来なかったのがそんなに悔しかったの、ねえ?

軍用拳銃ってそんなパカパカぶっ放して良いもんじゃないからね?

お前らの日常はグランド・●フト・オートか?

 

 

そもそも、お前ら私をどうしたいんだ?

あやしたいあやしたい言ってるのにどうして偶にこういうトチ狂った事をするの?

私をどうしたいのよ、ホント。

 

あやしたいの?撃ちたいの?

甘やかしたいの?叱りたいの?

ちゃんと自分の気持ちを分析して、選択してからその選択に沿った行動をとってくださる?

 

良い加減にしないともう選択させないよ?

腕とか足とか翼が生えたニンジンとかしか選択させないよ?

センター試験で見た瞬間に「は?」ってなるような選択肢しか与えないよ?

 

 

 

顔を真っ赤にしたダンケはそのままフリーズしてしまったが、普段のサイコ具合から考えれば珍しくマトモなルイスマッマが、ダンケはじめマッマ達の想いを伝えてくれた。

 

 

「指揮官くん。よく…思い返してみて?貴方は頭を撃たれ、誹謗中傷されて、また頭を撃たれたのよ?私達に心配するなって言う方が無理なら話じゃないかしら。」

 

うん、うん。まあ、たしかに。

 

「お持ちの株式があれば十分に暮らせる…それなら尚の事、なぜご主人様がこの危険なお仕事に向かうのか、納得できる理由が欲しいのです」

 

「従兄弟のラインハルトくんなら優秀でしょ?きっと指揮官くん無しでもこの仕事をやり遂げるわ。ねえ、指揮官くん。あなたはもう十分働いた、休んでも良いとは思わない?」

 

「艦隊指揮官でなくとも、MI5の対外諜報顧問でなくとも、ご主人様はご主人様です。このベルファストはいつ何時どういう状態でも、ご主人様を迎え入れますし、それは皆様も一緒です。」

 

 

ルイス…ベル……ありがとう。

 

心配してくれている君たちからすれば、わざわざ危険な場所へ向かうような仕事はやめてほしいに違いない。

 

いつかピッピからも車の中で言われた通り、ほかに選択肢があるのなら、そちらをとって欲しいのだ。

 

何故、私が関わる必要があるのか。

 

 

 

 

 

 

 

小麦畑で老人と会ったとき、これは私の役目だと確信できた。

"彼"は…修正をしたがっている。

自らが2度も招いてしまった、災悪の種を刈り取る為に。

 

世界線への負荷が心配になり、自分で弄るのが怖くなった。

だから、わざわざ私を送り込んで収拾に当たらせたのだろう。

 

 

"彼"が招いた災悪とは、私の前に送り込んだ2人の転生者の事だ。

 

最初はただの出来心だったのかもしれない。

 

セイレーンと人類の戦い、その後始まった人類同士の戦い。

『史実の再現』なんてものに嫌気がさしたのかもしれない。

 

 

ただ、送った人間が悪すぎた。

 

1人は正真正銘のサイコパス。

もう1人はKANSENを家畜のように扱うクズ野郎。

 

あ、3人目も人選ミスだね。

なんたって真昼間からバブバブ言ってるクソ野郎なんだから。

 

 

2人目の転生者には心当たりがある。

 

『驕り昂ぶった。わしは見抜けなかった。』

 

サー・ローレンス・ウィンスロップ、あのゲス野郎。

 

1人目もなんとなぁく予想がついてきた。

 

『好奇心が強過ぎた、決してやってはならぬ事にまで手を出した。』

 

ハンニノフ・レクタスキー、キチガイ企画の立案者。

 

 

きっと、この世界が"修正"される為には、"修復薬"が正常に機能していなければならない。

私は抜けられないのだ。

1人は倒した、残るはあと1人。

やり遂げなければなるまい。

 

 

 

 

ただ、そんな事をマッマ達に伝えるわけにはいかんだろう。

 

信じてもらえないだろうし、喋ってはいけない気がする。

 

だから、最もな理由を他に探さねばならない。

 

 

 

本心の奥底に、その理由があるはずだ。

 

そう、そうだ。

 

私にはその理由がある。

 

私には、"これ"をやり遂げなければならないと思える理由が、たしかにある。

 

 

 

大好きなんだ、マッマも、その他のKANSEN達も。

だからこの手であのクソ実験から遠ざけたい。

思い上がりも甚だしい、それは認める。

私個人には何の力もないし、マッマがいなきゃ満足に出来る事は何もないだろう。

 

 

でもマッマ達のおかげで、実際にKANSENを助けることもできた。

綾波は強姦される事も分解される事もなく、今この瞬間も人生を楽しんでいる。

全てのKANSENがそうであるべきだし、そうでなければならない。

間違っても一人の独裁者の政治的都合や、マッドサイエンティストの悦楽の為に不条理な運命に陥れられる事などあってはならないのだ!

 

 

 

マッマ達にそんな気持ちを伝えた後にお願いをした。

もう何度目のお願いか分からないが、所詮私にできるのはこれしかない。

 

 

あと少し手伝ってくれないかな?

 

「…分かったわ、坊や。でも、無理はしないで。こっちはお願いじゃないわ。"命令"よ。私も全力で守るから、あなたも守られて?」

 

「あ〜あ…辞職届の偽造、結構苦労したのよ、Mon chou?でもあなたがそう言うなら、私も覚悟を決めて手伝うわ!」

 

「今更言う事でもないじゃない、指揮官くん。いつも通り、私に甘えて甘えて甘えてちょうだい。」

 

「これまで通り、このベルファストに何でもお申し付けください。きっとご期待に添いますとも。」

 

ああ、ありがとう、ほんとうにありがとう、マッマ。

もうありがとう以外の感謝の言葉を全て吐き尽くしたい衝動に駆られるくらいありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………でね、早速手伝って欲しいんだけど…

 

替えのズボンとパンツ持ってきてくれないかな?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メイド・イン・アヤス


軽巡シリアス来た衝撃で書いてるだけの部分がボリシェビキなのでいつもよりもキャラ崩壊大きいかもしれませんがどうかご容赦ください許してくだせえお代官様ならぬならぬおぬしの娘寄越せであえいであえいこの紋所が目に入らぬか目に入ったらおおごとじゃフハハハハハハハ


 

 

 

「ねえ、指揮官くん。」

 

 

ナ●キのジャージを着込んだルイスマッマが、それまでやっていた私のリハビリーテイションの補助を突然止めて、私に話しかけたのは目を覚ましてから3日目の朝のこと。

 

プリンツェフの回復薬の中身についてはあまり考えたくないが、効果は確かに絶大で、この日の朝にはリハビリに取り組めるほど回復していた。

 

自分の四肢の感覚を取り戻すのは、想像以上に疲れる作業でもあった。

ピッピが買ってきてくれたアディ●スのジャージは汗で色が変わっているし、ダンケ提供のヴォル●ィックは既にボトルを一本空けている。

 

 

 

今朝から私に付き添ってくれたのはルイスだけではない。

ピッピとダンケはロイヤルに飛んで帰り、 N長官に辞職届を偽造した事情を説明して辞職届の撤回を求めに行っていたので不在していたが、ベルマッマの方はリー●ックのウィンドブレーカーを着てさっきまで私のリハビリを手伝ってくれていた。

 

私の汗が尋常ではなかったのだろう。

ベルマッマは塩飴とスポーツドリンクを買いに行くと言って離脱し、リハビリ室には私とルイスマッマしかいない状況になる。

まさに、ベルマッマが出て行って1分後。

ルイスは突如として動きを止め、私にこう言ったのだ。

 

 

「私、気づいちゃったかもしれない」

 

な、何を?

 

「指揮官くんに"戻って来て欲しい"」

 

・・・はい???

戻って来いって、どこに???

どーゆー意味???

 

「私の中で、指揮官くんに育って欲しいの」

 

 

 

 

この衝撃の告白が成された時、私は全身の力が抜けて、立つ事も出来なくなった。

ルイスマッマ、そういう不用意な発言は規制対象になりかねないからやめて欲しいんだよなぁ。

『私、気づいちゃったかも』じゃねえよ。

これ以上変な扉開こうとするんじゃねえ。

 

 

もうね、最早驚きもしないよ。

もうね、意外性も何もないよ。

もうね、いずれこうなるんじゃないかとさえ思えてたよ。

 

とうとうそのラインまで来ちゃった?ああそう頑張ってとかそんな感じ。

 

 

「だって…想像してみて?私の摂った栄養が、母子の絆を通してあなたに流れ込んで行くのよ?そして、その栄養であなたはすくすく健やかに育っていくの…。日毎大きくなっていくあなたを感じて、毎日を過ごす…なんて、素敵な事なのかしら」

 

 

ぶっちゃけ、私はルイスにどう返すべきかもはや分からんし、暴走というより壊れてしまったこの母性をコントロールする術なぞ私は知らん。

 

そもそもどうやって私をその母胎へと回帰させるつもりなんだお前は。

 

物理的な壁デカくない?

どっからどう見てもルイスの母胎は30近い成人男性身長162cm体重66kgを受け入れられないと思うよ?

時計の針を巻きもどすか、あるいはタイム●ろしきにでも包み込む気かそれともスモール●イトかルイスぇもん?

 

 

 

 

 

 

ルイスのあまりにも大それた野望を聞いて正直精神的に参っていた時、ちょうどベルがゲータ●ードとヴェル●ーズオリジナルを買ってきた。

お前はヴェル●ーズを塩飴と定義するのかよと思いつつ、ベルの他に2人のメイドさんがトゥゲザってきた事に気づく。

 

 

 

 

あ〜あ〜、どうもどうも、初めまして。

 

ツイッ●ーとかで散々見てましたし。

貴女方の事は存じ上げておりまするよぉ。

でも今更になってひょっこり●んしてくるとは思ってなかったよ、ねえ、シェフィールド。

 

ささっ、遠慮せずに、こちらへ来たまえ、初めましてのご挨拶をしようじゃないか。

 

いやあ、シェフィールドとうとうお目にかかれたんだね、嬉しいよ。

噂に聞く通りじゃないか。

片目が髪の毛で隠れてたりとか、ベルよりもクラシカルなメイド服とか、全体的にクールな雰囲気とか。

 

あ〜、そうそう!

いいね〜、やっぱり聞いた通りだわ〜。

 

初対面のご主人様の目の前で。

C96自動拳銃取り出したねぇ、わざわざその場でクリップ装弾したねぇ、薬室を確かめて装填したねぇ、銃口を私に向けたねぇ。

 

 

ズバァァンッ!!

 

 

ひゅ〜!あっぶねえ〜!!

あ、そうそう、シェフィールド!

これマッマ達にも何度も言ってんだけどさ。

 

ここ病院だぞこの野郎オオオオオオオ!!!

 

 

「あっ、害虫と認識して思わず撃ちましたが…あなたがご主人様ですか。」

 

そうです、たぶん私がご主人様。

で、そのご主人様に7.63mmマウザーぶっ放したお前はシェフィールド。

そこに何の違いもありゃしねえだろおおおがあああッ!!!

 

「違うのだ」

 

ホントね、君、感情を込めるっていう些細な手間さえ徹底的に省くよね?

お前絶対ロンドンの下町育ちだろ?

何事も冷笑的に見ちゃう感じの刺激ックスなジョークが飛び交う街で生まれ育ったんだるぉ?

 

 

ズバァァンッ!!

 

 

撃ったな!?2度も撃ったな!?

親父にも撃たれた事ないのに!!

 

「黙ってください、害虫様」

 

そんな事ばっかり言ってると、シュペルエタンダールでエグゾゼミサイル撃ち込むよ?

 

「………………」

 

わかった、わかった、わぁぁぁかった。

私が悪かった、本当にすまん、ほんの出来心だったんだ、本当にすまん。

 

だから星●さん一家みたいに無言で泣くのはちょっとやめてもらえるかな?

シェフィールド泣くシーンって結構需要あると思うんだけど想像以上に罪悪感だったし、そもそも泣くとも思ってなかった。

 

第一、エグゾゼで沈んだの42型じゃん?

君関係ないじゃん?

マーガレッ●・サッチャーとか鉄の●の涙とか絶対知らないでしょ、シェフィールド?

まだアルゼンチンの事を牛肉の輸入先としか思ってない時代の人でしょ、シェフィールド?

 

「嘘泣きです。残念でしたね、害虫様。」

 

おまえ、この、おまえ、覚えとけよ。

 

 

 

 

シェフィールドとの漫才みたいなやりとりの後、今度は"ベルファスト級超弩級戦艦(何がとは言わない)"から挨拶を受ける。

 

 

「ご機嫌麗しゅうございます、ロブ…」

 

 

え、シリアスさんって案外ファーストネームで来るの?

もっとこう、なんというかこう、誇らしき何たら様とか言うタイプの…シュヴァリエ感丸出しなエロメイドさんだと思ってた(偏見)。

 

そうか、そうか、まあ、ファーストネームも親しみやすくていいよね。

よろしくね、シリアs

 

 

「…、神の恩寵による対外情報顧問官、永遠のご主人様、ロマニ王、イタレリ王、全てのヒスパニアの王およびカスティーリョ領」

 

 

はいちょっと待とうねえ〜。

いつから私はカール五世になったのかな?

いつから私はハプスブルク家の最盛期築いたレジェンド級の人物になったのか?

いつから私はヘンリー8世と駆け引きしながらフランソワ1世と戦い続ける神聖ローマ皇帝になったのかな?

 

 

ベル?ベル?

ちょっとさ、シリアスが私の事をあんな風に呼んだせいで通りすがりの現地民の方が「今すぐヴィーナーベルグから出てけハプスブルク!」とか騒ぎ立ててるから誤解を解いてもらってきてもいい?

 

私はそもそもハプスブルク家の遠い遠い血縁者ですらないし、別にこの街にいたって違法じゃないって言ってきてもらってもいい?

 

ヴィーナーベルグの自治体を尊重してるし、王位継承権を主張するわけでもないって言ってきてもらってもいい??

 

 

 

「これは失礼致しました!では、どのようにお呼びしましょうか…う〜ん」

 

おい、なあ、シリアス?

そんなシリアスな表情でシリアスもクソもない事をさもシリアスかのように考えなくても良いんだよ?

さっきのシェフィールド見てた?

ファーストコンタクトが「害虫様」だぜ?

それくらいの気軽さで行こうぜ?

 

 

「はっ、では、こうお呼びしましょう。」

 

うん、聞いてないか、まあいいや。

 

「輝けるモーン山地の明星にして、不世出の軍人。我らが祖国の英雄にして森羅万象の創設者。全人民に海より深く山より高い慈悲を示してくださる、高邁で英傑なるしょうぐ…ご主人様。」

 

 

共産趣味ェ………

 

普通に呼べない?

そんなカール五世とか金正●とかみたいな呼び方しないと気が済まない?

 

お前さぁ、シリアス。

いい加減にしないと「私が飛行機の原型となる物を作ったんだ!」とか本気で言い出すようになるけどいいの?

「55の大学を同時に首席で卒業した」とか「いつどこで行われた戦争で我が祖国を勝利に導いた」とか「一人で弾道ミサイルを設計・製造・実用化した」とか言い出すけど、いいの?

 

 

「そう言われても納得できます、大元帥様」

 

誰が大元帥や。

わしゃあ退役中佐やぞコラ。

 

「なんといっても…我が子ですから。」

 

「害虫と言えども、息子は息子です。ちゃんとお世話はするのでご心配なく。ハーイヨチヨチイイコデチュネハイハイハイ。どうでしょう?これでも感情を3割加えてみたのですが」

 

 

 

あの、もう、あの、もう、無理。

出会った瞬間ママ堕ちいい加減やめれ。

これ以上ママ増やしてどうすんのよ。

これ以上私を引っ張る人間増やしてどないすんのよ。

 

…………ねえ、ベルファスト。

この…個性的が過ぎるお二人さんを引き連れてきたのは…なんで?

 

「勿論、ご主人様の警護を強化するためです。残念ながら、私達4人ではどうしてもカヴァーしきれない部分が出てきます。もう二度とご主人様には危険な目にあって欲しくありません。」

 

んでも増やす必要は

 

「…この2人はご主人様の警護に最適な理由を

有しています。」

 

その理由って?

 

「たしかに、私達も近接戦の訓練は受けましたが、到底彼女達の練度に及ぶことはないでしょう。この2人がいれば…ご主人様、もう本当に心配は必要ありません。」

 

 

 

かつて4大マッマはSFSというロイヤル指折りの特殊部隊で訓練を受け、その隊長を泣かすぐらいの練度がある事が証明されている。

そのマッマ達を上回るというのだ、ぜってえヤバたん。

 

 

 

ふと、背後で殺気を感じ、私はさっと振り返る。

そこにはドス黒いオーラを纏うルイスマッマがいた。

 

 

「…何人ライヴァルが増えようと…我が野望、必ず果たしてみせる」

 

信長かお前は。

信長の●望かお前は。

今から鉄砲でも持つの?作んの?使うの?

 

まあ、好きにすればいいけどさぁ。

私を挟んで姉川の戦いとか、ぜってえやめろよフリじゃねえからな。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅳ章 ア・ホールドケース 〜真実の扉〜
9.6時間


 

 

 

 

 

ある朝の事、一頭の牛が自らの帰るべき場所に向かって猛然と走っていた。

 

 

不思議でもなんでもない光景だ。

牛というのは存外走り出すと止まらない生き物で、生存本能を刺激されればとてつもない勢いで走り出す。

ただ問題は…この牛が走っているのは牧草地ではなく、古びたアスファルト舗装の道路だという事だろう。

 

 

徒歩や車で通勤を行なっていた人々は充分に驚いた。

まあ勿論、出くわしたほぼ全員が、どこかの牧場で世話係がウトウトして逃しちまったのだろうという風な事を思っていたに違いない。

後日、朝っぱらから通勤ラッシュアワーにひと騒動起こしたこの牛が、どこの牧場の所有する牛でもなく、ある豪邸で個人所有されているという事実が知られ、それはより多くの人々を更に驚かせた。

 

 

 

牛の方といえば…生存本能を刺激されたり、急に自由が欲しくなったわけでもない。

普段とても人懐っこくおとなしいこの牛は、自身にとってもかなり大切な何かを失ったという事を知らせる為に、バルセロナの雄牛のように文字通り猛進していたのである。

 

 

やがて牛は一軒のあまりに広大な邸宅の前に至る。

その時、邸宅の出入り口には2人のパイロットと1人の貴婦人がいて、ちょうどこれから教会へ向かうところだった。

 

 

「モォォォオオオ!モォォォオオオ!!」

 

「おお。ヘレナの牛じゃないか。今日も元気そうで何よりだ。」

 

「グラーフ?この牛、少し様子が変では?」

 

「そうか?私にはそうは見えんが…」

 

「いいえ、グラーフ。確かにこの牛は何かに怒っています。」

 

「そういう事なら…我が頭上に御坐す我らが主よ、どうか怒れる子牛を鎮めたm」

 

「モォォォオオオ!!!」

 

「あー、グラーフ、残念ながら効果はないようですね。」

 

「そんな!私の信仰が足りないと言うのか!?」

 

「グラーフ!グラーフ!落ち着いて!信仰の道は長く険しいのです!一朝一夕で成るものではありません!」

 

 

取り乱すグラーフ・ツェッペリンと、彼女を宥めるパイロットは、牛の異変には気づいたものの、それが何を意味しているのかまでは読み取れなかった。

 

この牛が何故こんなバルセロナ状態に陥っているのか分かるのには、別の一人を待たねばならない。

 

 

その一人とは、異常な程に妖艶な淑女で、この日も日課となっている散歩へ出かけようかという所だった。

 

彼女、イラストリアスの外出着は流石に露出狂チックなどという事はなかったものの、歩いている雰囲気が正にエロスそのものでしかない。

故に「エマニエ●夫人かお前は」と近所の学校のPTAから幾度となく理不尽な苦情があったにもかかわらず、彼女が理不尽に屈することはなかった。

 

結局はPTA側が折れて、通学路の方が変わった。

彼女自身は年端もいかない少年たちを、挨拶のみで未知の世界へ誘う楽しみを奪われたと感じていたのだが、それは別のお話。

 

とにかく、この日も、この淑女は散歩へ出かけようとしていたのである。

 

淑女が往々にしてそうである通り(?)、イラストリアスも動物と会話できるという特技を持っている。

 

だから、今グラツェン相手に咆哮を挙げている牛さんの"言葉"も理解する事ができた。

 

 

「あら、牛さん。御機嫌よう。そんなに怒って、どうなされたの?」

 

「モォォォオオオ!モォォォオオオ!」

 

「あらあら、それは大変ね。うふふふ。」

 

「イラストリアス、牛さんは何故怒っているんだ?」

 

「あら、グラーフ、御機嫌よう。ええっとぉ、"ヘレナちゃんが誘拐された"、ですって。」

 

「おお、なるほど。」

 

「……………」

 

「……………」

 

「………まあ大変!!」

 

 

 

 

 

 

同じ頃、ロイヤル南部の漁港にほど近い沖合では、一人の少女が釣りに興じていた。

 

海面に糸を垂らしてから早くも1時間。

 

今日はまだ何の成果もあげられていない。

 

 

「ダメにゃ…そろそろ餌を変えるかにゃあ…」

 

 

明石はボートの上で溜息を吐いて、リールを回しに掛かる。

 

昨日はなぜか知らんが大きなカジキが釣れた。

獲物が針にかかった時、彼女はまだ鎮守府にいた頃に見たライオンや力自慢のKANSENとした腕相撲勝負の事を思い出しながら引きあげようとしたものだ。

だが、カジキは彼女の予想を遥かに超えていて、ボートまであと少しというところで海に落としてしまう。

カジキはアオザメに喰われ(以下略

 

とにかく、今日は1匹も釣れないどころかピクリとも掛かってすらいない。

エサがダメになっている可能性が高いので、彼女は一度エサの付け替えを行うことにした。

 

 

その時、ウキがピクリと動く。

彼女は注意深くその様子を見守りながら、ようやくツキが回ってきたことに歓喜した。

魚がエサに興味を示し、つついているのだろう。

 

よぉし、いいぞ、そのまま来るのにゃ。

そのままエサに食いついて、今日はお前が晩御飯。

こっちはエサを食わせてやったんだから、これは等価交換にゃ。

 

 

だが明石の期待は、上空から響いてきた轟音にかき消される。

 

 

「ファァァァアアア●!!ふざけんにゃッ!!テメエ、マジでブッ●すにゃあ!!」

 

 

不埒な飛行機に向かって怒鳴りながらも、明石は飛び去るDC3輸送機の機首方向に疑問を覚えた。

 

そういえば、この場所では何度も釣りをしているが、あの方面へ飛んでいく機体は見た事がない。

あのコースはヒスパニア(史実のスペイン)へ向かう航路のハズで、通常ならこの時間帯飛んでいく便はないハズだ。

 

 

「ま、そんな事はどうでもいいにゃ」

 

 

明石は気を取り直し、諦めてエサを取り替える事にした。

だがそこで気づく。

 

釣竿が、ない。

きっとさっきの轟音を聞いて驚いた拍子に落としてしまったのだろう。

 

ファァァァアアア●ッ!!!

 

明石は人生2度目の英語を声高々に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は上着。私は指揮官くんの上着。上着なの。だから、離れないの。私はセントルイス、ラッキールー、幸運艦。だから指揮官くんの上着なの。」

 

 

セントルイスが壊れてしまった。

 

無理もない。

 

ヘレナが誘拐されたという第一報を受けた時、ルイスマッマはロックバンドのボーカルのようにヘッドバンキングをしながら暴れ回った。

ロイヤルから戻ってきたピッピやダンケに宥められ、ベルが淹れた紅茶を飲んでもまだ暴れていたので、ピッピが仕方なく私をルイスに渡したのだ。

結果、ルイスは落ち着きを幾分か取り戻し、代わりに壊れたのである。

 

 

「指揮官くん、寒くない?ねえ、指揮官くん、寒くない?ヘレナも寒くない?指揮官くん、ヘレナ、上着のラッキールーが温めてくれるからね?ほら、私で温まって、2人とも…え、1人しかいない…ヘレナ、ヘレナは!?ヘレナ?ヘレナ?ヘレナァァァアアア!!」

 

 

もう助けてくれええええ!!!

ルイスも辛いだろうよ、そらあよぉ!!!

でもいい加減こっちも辛えわ!!!

情緒不安定丸出しじゃん!?

大切な妹がサイコ野郎に拉致られたりなんかしたらそらたしかに焦るし辛いだろうけどもさぁ、ちょっとばかし落ち着いてくれてもいいんじゃないかなあ!?

 

ルイスが私を凄まじい圧力で抱きしめる間にも、ラインハルトとピッピは落ち着いて分析を行っていた。

 

 

「拉致の実行犯はヴァルギンもといレクタスキーで間違い無いだろう。ヤツは数年前に死んだ男にも化けられる。ヴァルギン以外に化けて国境を超えるくらい、造作もないハズだ。」

 

「MI5はDRAの本拠地を襲撃したと言ってた。でも北連工作員を何人確保したかについては言及していなかったわ。つまり、残っていた工作員と合流して拉致を実行した。でも、どうして坊やの家の事を知ってたのかしら。」

 

「ピッピ叔母さん、貴女が北連の工作員なら…ブロが邪魔で仕方がない事くらい分かるだろ?東煌での拉致を邪魔された仕返しもしたい。だから徹底的にブロの事を調べたハズだ。」

 

「成る程、さすが姉さんの息子ね…。"元"とはいえKANSENはKANSEN。軍事施設にいないだけ、拉致もしやすい。ヘレナは毎日牛さんのお散歩をしていたハズだから、行動パターンも読みやすい。」

 

「まったく!MI5は何だってブロの家の警備に無関心だったんだ!」

 

「仕方ないわ…MI5も人員不足なのよ?職員一人一人の家に警護をつける余裕はない。私達も臨時職員という立場だから、尚更…」

 

 

 

レクタスキーはついにどうしようも無くなって、自分でやる事にしたんだろう。

MI5はDRAの掃討に夢中で、北連工作員を取り逃がしていたに違いない。

で、今回そのツケが回ってきた。

 

ただ、N長官に文句は言えない。

長官も長官で、ヘレナの拉致事件に全力を傾注してくれているところだからだ。

ヘレナが拉致されたと思わしき場所では警察が非常線を張り、例を見ないほどの高速で検問を敷いている。

今やヘレナの安全はMI5の重要案件トップ5に入っていて、長官は全力を尽くしてくれていた。

よって、「その全力の一部でも工作員狩りに費やしてくれてたならウチのヘレナは」とか言えない。

間違っても言えない。

口が裂けても言えない。

 

 

 

「私は、セントルイス、ラッキールー、指揮官くんの上着……なら指揮官くんは私の…指揮官くんは私の…指揮官くんは私の…」

 

ルイス?ルイスルイス?

頼む、落ち着いてくれ、そんな制御不能なスカイ●ットにならないで、落ち着いて、落ち着いて。

 

「私の…………下着?」

 

うわ

 

「私は指揮官くんの上着、指揮官くんは私の下着、私は指揮官くんの上着、指揮官くんは私の下着、私は指揮官くんの上着、指揮官くんは私の下着」

 

ルイスゥゥゥゥゥ!?

だ、誰かルイスを止めてくれえええ!

 

 

「ご主人様!ただ今、明石より連絡がありました!」

 

おお、ベル!助けてくr

 

「今朝方、ヒスパニア方面へ向かうDC3輸送機を見たそうです!」

 

え?…マジかよ。

 

「ヒスパニア!?…畜生っ!」

 

「どうしたの、ラインハルト?」

 

「ヒスパニアは三年前まで社会主義国家だった!今でこそファシズム国家だが、社会主義時代の連中が北連とパイプを持っていてもまったく不思議ではないっ!」

 

「それってつまり…」

 

「ヘレナは…もう、ロイヤルにはいない…」

 

「そして………追跡も難しい………………」

 

「…………………………。指揮官くんは私の下着、下着、下着、下着、下着」

 

ルイスゥゥゥゥゥ!?

もうホント落ち着いてぇっ!?

分かったから!!下着でもなんでもいいから!!とりあえず、私もあの対策練ってる人々に混ぜて!!

頼むよ!?離して!?一回だけでいいから解放して!?

 

 

「下着は勝手に歩かないわ、指揮官くん。だから、私が動くわね?」

 

ルイスマッマは私をアパラチア山脈に挟んだまま、ピッピとラインハルトの元へ向かう。

ピッピもダンケもベルもルイスによる独占に何一つ文句をつけないのは、彼女たちなりの気遣いなんだろう。

私からすれば、気遣いはいいんだけど、ちょっとの間だけでいいから助け出してくれないかな?というところだが。

 

 

 

「ブロ、ルイス。こんな事は言いたくないが…」

 

諦めるにはまだ早くないか、兄弟?

 

「当てはあるの、坊や?」

 

 

私はルイスの谷間の間から、ピッピとラインハルトの前に広げられた欧州地図に目をやった。

 

当てはもちろんある。

この地図には欧州諸国の他に、アフリカと中東の一部の国々が載っていて、その国がどういう状況にあるか大体の予想がつく。

どれも第二次大戦後の紛争の舞台ばかりだ。

 

こういう時ほど落ち着いてなければならない。

 

時間制限はあるものの、焦っては気づくべき問題点に気づけないのだ。

だから私は地図を見回して、いくつかの目星をつけた。

あとは各国の情報機関に連絡して、確認を取って行けばいい。

裏付けと符合すれば、その予想が正しく、そして奪還のタイミングさえ推し量れるハズだ。

 

 

私はピッピからミネラルウォーターを受け取って一口飲む。

気分はフレデ●ック・フォー●イス。

ルイスの谷間に挟まっていなければ、尚フォー●イスだったのだが。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シンドラーとリスト

中東戦争。

 

 

イスラエルにとっての独立戦争として始まったそれは、その後4度に渡って戦われ、この戦争は今なお禍根を残している。

 

その参加国としては、勿論イスラエルの他、エジプト、シリア、ヨルダン、イラク、レバノンと言った国が挙げられる。

イスラエルはアメリカと、アラブ諸国はソ連と親しい関係にあり、ヨルダン等の例外はあるものの冷戦における代理戦争としての面も示していた。

 

 

この戦争と、それに関係する国々の状況は、今私のいる"こちら側"の世界でも忠実に再現されていた。

違う箇所といえば、領土の形ぐらいだろう。

特に、シリアの国境線が黒海に至るまで北東に長く伸びている。

イスラエルの領土はまだ第一次中東戦争後の状態で、まさに独立したてといったところだ。

 

 

 

これらの国々が描かれた地図を見ながら、私は自分の意見を従兄弟に伝えたが、従兄弟はあまり納得のいった表情はしなかった。

 

 

「どうしてわざわざ遠回りをするんだ?ヒスパニアからイタレリを経由して東欧へ逃げ込めばいい。何だって北アフリカ経由で中東に入って北上なんていう世界一周旅行をすると思うんだ?」

 

なあ、兄弟。君がレクタスキーなら、もうこれ以上の失敗は避けたいところだろう?

 

「…うん、まあ、そうだな。」

 

なら輸送路は慎重に選ぶはずだ。

アイリスの駆逐艦も、重桜の綾波も輸送中に取り逃がしてる。

だから今度こそ、完璧な輸送計画を立てるはずだ。

 

「なるほど…北アフリカと中東には北方連合が支援している国々がいる。ホルタ会談側の欧州へは二度と戻らないつもり、か。」

 

その通り。

 

「北アフリカに入られれば…正直追えなくなると思う。もし、ブロの言う通りだとするなら、北アフリカ到着時を狙うしかないな。」

 

いや、それはやめた方がい

 

「下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下」

 

ぶへっ、ルイスマッ、やめっ、マッ、マ!マッマ!マッマ!!!

ステイ!!とりま、落ち着いて、ステイ!!

ふぅ〜、まったくもう。

 

で、北アフリカでの襲撃をやめた方が良い理由だが…

 

「罠、でしょ?坊や?」

 

うん、ピッピの言う通り。

レクタスキーはかなり用心深い。

北アフリカで奪回せざるを得ないように仕向けて来るだろうし、勿論準備もしてる。

現地の軍隊にも協力を仰ぐハズだ。

だから、ここでの奪回は諦める他ない。

 

「じゃあ、どこでヘレナを奪還するんだ?」

 

………ウクラニア(史実のウクライナ)。

 

「ウクラニア!?…お、おい、ちょっと待て。ブロ、お前の意見だと、連中は中東経由で北連を目指すハズだな。何故ウクラニアなんだ?」

 

鉄道がある。

 

「鉄道!?なあ、ブロ、ウクラニアに何本鉄道があると」

 

さっきも言ったろ?

レクタスキーなら慎重に慎重を期す。

輸送には護衛が付くはずだ、それも並みの護衛じゃない。

黒海では恐らく、北連黒海艦隊が海上輸送の護衛に着き、その母港・セヴァストポリからは北方連合領内へ向けて何本かの路線が伸びているが、装甲列車を運行している路線は一つだけだ。

 

「……………だが、このままでは連中がいつウクラニアに到達するかも…」

 

中東の経路上にはアイリスの元植民地だった国がある。

北アフリカの方にはロイヤルの保護国だった国が。

どちらにも旧宗主国の情報機関の協力者がいるハズだ。

 

「…分かった、そこまで考えていたのなら。お前を信じるよ、ブロ。」

 

「指揮官くん!指揮官くん!大好き!」

 

 

ヘレナを取り戻せる可能性が見込まれたからか、ルイスも少し治ってきた。

 

 

「指揮官くんは私の下着!大好き!」

 

 

…なんだ、気のせいか。

ルイスマッマぶっ壊れたまんまじゃんか。

こりゃヘレナちゃん無事に助け出すまで治らんな。

がんばろうがんばろう(諦め)

 

 

 

しっかしまあ、こうも同意されると、これはこれで不安になってくるものがある。

私の予測は、あくまで予測に過ぎず、実際にはそうならない可能性も十分にあるのだ。

 

例えば、ウクラニアは経由せずにコーカサス山脈の方面へ向かうかもしれない。

現在コーカサスではスタルノフの恒常的な弾圧に反発したチェチェニアと呼ばれる地域が武力闘争に出ていて、私はそのルートを避けるだろうと見ていたのだが、勿論これも外れる可能性がある。

 

いくら元宗主国の情報源が散らばっていたとしても十分に機能しない可能性はあるし、そもそもヒスパニアからイタレリを経由するという従兄弟の考えが正しいのかもしれない。

 

 

とにかく、不確定要素が多過ぎる。

 

もっと確かな"目"が欲しい。

無い物ねだりになってしまうが、中東域を監視している、大きな、確かな目が、私達には必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中東・シオニエル国

首都テルアビブ

 

 

「私達はずっと迫害を受けてきた…古代ロマニの時代から、現在に至るまで。ロマニ皇帝に、ウクラニア・コサックに、鉄血の独裁者に、そして、北連の国家体制に。」

 

「まさに、苦難の歴史ですわね。」

 

「ああ、そうだ。だが、我々が今に至るまで生き残ってきたのには理由がある。」

 

 

 

独立間もない中東の国家・シオニエルの首都ではこの日、1人の老人と1人の和服美人が紅茶を片手に話をしていた。

老人の肌は薄黒く、この地域の厳しい日差しを浴びてきた事を物語っている。

とはいえ老人自身この地へ来たのは2年前の事で、それまではイタレリにいたのだが。

 

老人は自らが属する民族について語ると、一旦話を切って紅茶を一口楽しんだ。

目の前にいる和服美人も同じように紅茶を飲み、一息をつく。

 

なんて美しい女性なのだろう。

東洋芸術のような、奥深い美しさだ。

艶のある肌を持ち、滑らかな黒髪は丹念に手入れされ、全体的に上品極まりない。

 

…これで咳が酷くなければ、あるいは付き添い人が上裸でなければ完璧なのに。

 

老人はそう思いつつ、話を続ける。

 

 

「相手の要求を叶える時は、見返りを求める事を忘れない。それが生き残りの秘訣さ、お嬢さん。」

 

「うふふ。ええ、もちろん。そうですわね。ですから私としても…ご期待に添えるような見返りを用意させていただけるかと思います。」

 

「それはどういった物かな?」

 

「………ビザとパスポート。もちろん、重桜政府の正規の物をご用意致します。」

 

「…………………」

 

 

それまでにこやかに話していた老人が唐突に真剣な顔になり、長年の経験で培ってきた頭脳をフル回転させるのが、和服美人にはありありと見て取れる。

 

老人はイタレリ国家憲兵隊の少佐として、長年勤務してきた。

そして現役当時の見識であったとしても、この話はかなり魅力的だと感じざるを得ない。

 

ただ、あまりにも"魅力的過ぎる"。

 

そもそも、彼女の要求が、重桜から届けられるというパスポートに釣り合わないように見えるのだ。

 

確かに、重桜政府の正規ビザがあれば、北方連合でスタルノフの弾圧に苦しむ、あまりに多数の同胞達を助け出すことができるだろう。

だが、上手い話には裏があるとは良く言った物で、こちらの尻に火がつくような罠があってはたまったものではない。

 

彼女の核心を知りたい。

 

そこで、老人は彼女の要求を再確認した。

 

 

「お嬢さん、君の要求は『我々の細胞を活用して、ある一団の行方を追って欲しい』というものだったね?」

 

「ええ、そうです。昔、ある鉄血の哲学者が言っていたでしょう?"鉄血で貴方達の足を踏めば、北連の首都からユニオンの首都にまでそれが広まる"と。その情報ネットワークを少しお借りしたいだけですわ。」

 

「それで数千人規模のビザが流れ込んでくると?すまんが、お嬢さん、話がうますぎる。"彼"が我々にしてくれたような事を、そんな対価でしてくれるとは到底思えない。」

 

「"彼"は外務省の命令よりも、自らの信念に従ったのでしょう。私にも信念はありますわ。」

 

「それは…どんな信念なのかね?」

 

「………そうですねぇ……『我が子を想う気持ち』とでも、言うべきでしょうか。」

 

「…な、なんだって?我が子?それはいったいどういう」

 

「もっとわかりやすく致しましょう。貴方にとって大切な誰かが、その人にとって大切な人を失って困っている…とでも言えば分かっていただけないでしょうか?」

 

「……………」

 

「もっとも簡単に言ってしまうなら、私はその"大切な誰か"を助けて差し上げたいのです。」

 

「…その人は…お嬢さん…君に何をしてくれたんだ?」

 

「その人は、私にとって大切な誰かを助けてくださった事があるのです。だから私は、その人の助けになりたい。」

 

「…………」

 

 

老人はしばらく沈黙した。

どうやら、この女は嘘を吐いているわけではなさそうだ。

この中東の砂漠じみた土地の中から特定の集団を見つけ出すのは、骨の折れる仕事だが不可能なわけではない。

老人の配下はありとあらゆる所へと潜り込んでいるのだ。

 

 

「…2500通。」

 

「ええ、お任せください。それでは、交渉成立ですね?」

 

「ああ、そうとも。ただくれぐれも我々を裏切るようなことはしないでくれよ?」

 

「もちろん致しませんわ。貴方達は世界で最も歴史が浅く、しかし世界で最も諜報力の高い組織…間違っても敵に回したくはありませんもの。」

 

 

 

シオニエルは周囲を違う宗教の国々に囲まれて、数の上で劣勢に立たされている。

それでもこの国が先の戦争に打ち勝ち、本当に長い間待ち望んでいた"祖国"を打ち立てる事が出来たのは、その諜報能力によるところも大きいだろう。

そして、その諜報能力が、今動き出そうとしている。

1人の女性の、慈愛に満ちた深い母性によって。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マッマとダンジョン

 

 

 

 

 

残念ながら、私の懸念事項は一つ的中してしまった。

 

中東と北アフリカにいたハズの旧宗主国の情報源達は、「もうお前らと付き合う義理はねーぜバーカ」とでも言うかのようにことごとく機能不全を起こしていたのだ。

 

 

 

まあ、困った困った。

いやいや、勿論情報が入ってこない事も困ったんだけどさ。

 

絶望したルイスママがね、もう暴走どころじゃなくてね。

何しようとしたと思う?ねえ?

こちとらまだヴィーナーベルグにいんのよ、つまりまだ私は入院中なのよ、退院は明日だけど。

そんなまだ入院中のおっさん相手に、彼女何をしたと思う?

 

 

 

ヘレナの服着させようとしたんだよ?

 

 

 

信じられねえよ、もう。

 

私と入れ替わりで入院すべきだね、本心からそう思える。

心を落ち着ける治療をすべきだ。

そうそう、メンタルケア、メンタルケア。

あのね、ルイスの気持ちが分からないわけじゃないよ、そりゃあ。

なんたって妹連れ去られた上にアテが潰れたってんだから。

でもね、ルイス。

流石に精神衛生がヴィクトリア朝ロンドンとテムズ川じゃいかんでしょうよ。

 

ピッピとダンケとベルが全力で止めてくれなかったら、本当におっちゃんヘレナ服着るとこだったんだからね?

あのピッチピチのボディコンみたいな微エロ衣装着させられるところだったんだからね?

誰得?ねえ、誰得なの?

あのヘレナの衣装着てる見た目トム・ハ●クスのおっさんって誰得なの?

 

 

おい、おいおいおい。

ルイス、落ち着こう、なあ、落ち着こう。

正月衣装まで引っ張り出してくんな。

それヘレナちゃんの晴れ着でしょうが、こんなどうしようもねえおっちゃんに着させようとすんな。

ピッピ?ダンケ?ベル?止めたげて?

そしてルイス?

頼むから同格の軽巡1と格上の戦艦2のパワーを押しのけないで?

そんな鋼鉄の意思で私をヘレナちゃんにしようとしないで?

 

 

 

「ヴァァァァアアアンッ!!!」

 

 

…加賀さん?

わかる?わかってくれる?

一目見ただけでこの病室カオスオブカオスってわかるよね?

だから幼●戦記のマッドサイエンティストみたいな登場されても、それに何か返す余裕がないってのも分かって欲しいなぁ。

「せっかく驚かせようと思ったのになんでノーリアクションなんだよ寂しいな」みたいな顔しないで?察して?

 

 

「…まあ、いい、気を取り直して…我が子ぉ!良い知らせを持ってきたぞぉ!」

 

あの、ここ、病室…まあいいや。

いい知らせって?

 

「天城がシオニエルとナシをつけてくれた!中東方面でシオニエルの情報機関"組織"が使えるんだ!」

 

うぇえええっ!?

"組織"って、あの"組織"!?

戦争終わって15年間戦犯追い続けて南米で取っ捕まえたり、元ナチ将校に化けてエジプトのミサイル開発止めたり優位な情報吸い取り続けるとかしちゃう…すっごぉ〜い!諜報活動が得意なフレンズなんだね!と言わざるを得ないウルトラスペック追跡組織の!?

 

「そう!その"組織"だっ!…いやはや、凄いぞあの諜報組織は。依頼して3時間経ってないのにもう有力な情報が得られた!」

 

有力な情報!?

 

「ああ、『DC3輸送機で北アフリカのE国に降り立った北連語訛りのキツいイタレリ人の集団が、E国軍高官に出迎えられた』そうだ。」

 

 

ハレルヤ!!!!

私の予想は正しかったようだ。

連中がE国軍と連絡を取る理由はただ一つ。

我々が罠の中に飛び込んで来るのを待ちわびているのだ。

 

ふふ…

フフフフフフフフフッ!!

ハッハァ!そうはいかんぞ残念だったな!

レクタスキーのクソッタレは今頃待ちぼうけてるに違いない!

さあさあ博士殿、次は貴方が苦汁をなめる番だ!!

って言っても私も大して苦汁舐めたわけじゃないんだけどね…

 

 

 

「ロ〜ブロブ♪」

 

やあ、ノーカロさん。

どうしたのそんな「ま〜き●」的な感じでやってきて。

 

「情報提供ついでにお見舞いです…って、なぜジャップがこの病室に?」

 

「なんだユニ公、しばくぞゴラァ!」

 

はいはいはい、ステイステイステイ。

国は違えど皆マッマなんだから仲良ぉしましょう、仲良ぉ。

別に『私の病室に重桜兵が遊びに来たようです』とかしたいわけじゃないから、お願いします、仲良くしてくだせえ。

 

「な…ロブロブの頼みなら仕方ありません。」

 

「……我が子がそう言うなら」

 

それで、ノーカロさんの情報って?

 

「セヴァストポリ-モスクワ線で使用されている装甲列車の情報です。初めに言っておきますが…かなり骨ですよ、これは。」

 

 

ノーカロさんは私に一枚の写真を渡す。

そこには巨大な装甲列車が写っていたのだが、あまりの巨大さの為に全体すべてを写す事が出来ていない。

 

 

「牽引車は最新鋭の物、装甲も厚いのですが、もっとも警戒すべきは武装です」

 

武装…

 

「ええ、そう。まず、T34の砲塔を転用した砲台が前後の車両に。37mm機関砲が前から3両目の車両、マクシム機関銃でハリネズミのように武装しています。対空火器は格納式の物もあるでしょうし、予想ではこの列車の守備要員は一個中隊に登ります。」

 

一個中隊!?

 

「そうです。まさに動く要塞ですね。」

 

「ねえ、坊や。ヘレナちゃんを救出するなら、まずはこの装甲列車を止めなければならないわ。」

 

「その為には牽引車両を破壊するのが一番よ、Mon chou」

 

「指揮官くん?ヘレナ?しき、ヘレ、指揮官くん?」

 

「ご主人様。最適な人材をご存知のハズです。」

 

 

ルイス以外の貴重なご意見により、私は装甲列車を足止めする方法を思いつきつつあった。

そうだ、適任者がいたな、そういえば。

何でもかんでも吹っ飛ばそうとする"アイツら"なら最新鋭の牽引車両だろうと止められるハズだ。

 

 

ノーカロさん?

 

「分かってますよ、ロブロブ。ワシントン達も既に鉄血入りしています。ただ、こう言うのもアレなんですが…私達は車内の制圧には向いていませんよ?」

 

んん〜、確かにねえ。

あんたら、アレでしょ?

ドアに一々プラスチック爆弾取り付けなきゃ気が済まないし、部屋入る前は必ず手榴弾投げないと気が済まない感じでしょ?

 

マッマ達にも乗り込んでもらうとしても、助っ人は欲しいところ。

室内戦得意そうな人材…シェフィ?シリアス?

 

「何でしょうか、ゴミムシ」

 

「はい、英傑かつ高邁なるご主人様。」

 

あんたら接近戦得意よね?

 

「はいそうですね、それがどうしたんだよゴミムシ。」

 

「お任せください、輝けるモーン山地の明j」

 

んじゃあ、車内制圧を手伝ってもらうから。

細部はベルマッマに聞いてちょうだい。

…なんだよ、シェフィールド、その毒舌に構ってもらえなくて寂しいみたいな顔は。

すまんが今はあまり余裕がなくてな、また今度また今度。

オイオイオイ、泣くわアイツ。

ほぅ、ツンデレですか大したものですね。

 

さてと、シェフィとシリアスに加えてあと一人欲しいかなぁ。

もう目星は付いてんだけどね。

実際近接戦得意かどうかは分からんけど、列車内の制圧って時点で彼女しか浮かばない。

 

 

あー、えーと、このSSご覧になってる方でヴァイオ●ット・エヴァー●ーデンご覧になられてない方がいらっしゃいましたら、ぜひご視聴をおススメさせていただきたく存じます。

「あ〜、ちょっと涙腺緩ませてぇなぁ〜」と思ったら見るべきアニメです。

私のお気に入りは呑んだくれの作家んとこ行くエピソード。

子供どころか結婚すらしてないけど、泣いた。

アレは泣ける。

現実の私に全くもってシンクロできる部分なかったけど、泣ける。

もう、とにかく、なんというか、泣ける。

 

 

 

つーわけでエンタープライズさんに来ていただきましょう。

電話口で「もう誰も死なせたくないんです!」って言われそうだから、別に殺さなきゃいけないわけじゃないという要点を強調して話さなきゃね。

なんならギル●ルト少佐っぽい人連れて来ようか?

従兄弟に喋ればそれっぽい人出してきそうだし。

 

 

 

 

人が決まってくれば、作戦も決まってくる。

どうやって連中を襲撃して、どうやってヘレナを取り返すのか。

 

それ自体はそんなに難しい事じゃない。

 

ただ、どうにも大きな問題がある。

 

それは鉄血公国の国境線を超えなければならない事で、政治屋達が良い顔をするとは思えなかったし、"鉄のカーテン"の向こう側で政府の保護なしにハードネゴシエーションするのはあまりにもリスクが高い。

 

だが私は、仮に公認の許可が降りなくても推し進める気しかなかった。

そうするしかないのだ。

ヘレナの為にも、ルイスの為にも。

そして、私がヘレナちゃんのコスプレさせられない為にも。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゆえに、ソクラテスは人である

 

 

 

 

 

中東

シオニエルの北東・S国

黒海沿岸

 

 

 

 

 

E国軍高官はカンカンだった。

無理もない。

あれだけの大部隊を、何の意味もなく派遣させられたとなれば誰だって腹をたてる事だろう。

 

軍隊の移動もタダではない。

列車、トラック、戦車、飛行機…これらの燃料代も馬鹿にならないのだ。

一個中隊には150人から200人ほどの口があり、腹がある。

戦車やトラックが消費する油は燃料だけではない。

輸送機には誘導員を配置しなければならないし、戦闘機のパイロットには手当を弾まなければならない。

軍隊が動くという事は、それほどの"お祭り騒ぎ"が繰り広げられるわけである。

 

 

よってE国軍高官がブチキレていた理由をレクタスキーは重々承知していたし、謝罪の気持ちがないわけでもなかった。

 

ただレクタスキー自身もかなりイラついていて、E国軍高官の機嫌を取っているような余裕もない。

 

彼はヘレナをロンドンで拉致してから、ヒスパニア、E国、そしてS国北端の黒海沿岸まで無事に移送してきた。

普通の人間なら、胸を撫で下ろすことはあっても怒りを覚えることはないだろう。

 

だが、レクタスキーは"普通の人間"ではなかった。

 

 

「臭すぎる。」

 

 

レクタスキーがそう漏らした。

すぐ隣には、いつかコロラドがバズーカ砲で吹き飛ばそうとした北連工作員が控えていたが、彼はレクタスキーの発言が黒海沿岸特有の臭いに由来するものではないという事が分かる程度には洞察力を持っている。

 

 

「博士、ご心配はわかりますが、コーカサスは無理です。それに、もう黒海艦隊はこちらへ向かっています。今更ルートの変更などできません。」

 

「クソッタレのチェチェニア人どもめっ!」

 

「いいえ、博士。チェチェニア人の仕業とは思えません。私の見立てでは…あんな芸当が出来るのはシオニエルの連中だけです。」

 

 

レクタスキーを苛立たせている原因は、僅か3時間前の爆弾テロ事件である。

 

 

彼らがS国に入ったばかりの時、S国首都ダマスカスで爆弾テロがあり、この国は非常事態体制に入った。

狙われたのはあるホテルで、そこには北方連合からの軍事顧問団の一部が宿泊していた。

奇跡的に死傷者はゼロ。

 

だが、この事件の為にコーカサスルートは使えなくなってしまった。

コーカサスではチェチェニアと呼ばれる地域の反乱が起きており、中東経由で入るにはS国の支援が不可欠だったのだ。

ところがテロのせいでS国軍は国内の治安に注力せざる得ない。

とてもじゃないがレクタスキーの一団の為に、コーカサスというS国にとっては何の利益もない地方へ中古のⅣ号戦車を送り込んでやる余裕などないのだ。

 

テロの実行犯はチェチェニア・テロリストというのがもっぱらの噂だったが、レクタスキーに同行する工作員達は口を揃えてシオニエルを疑っている。

ただのテロリストならとんでもない威力の爆弾を用意して軍事顧問団を皆殺しにするだろう。

今回はそうではない。

明らかに高い技量を誇る精鋭チームが、軍事顧問団に死傷者が出て国際的な緊張を刺激しないように、されどS国軍の注意を十分に引くことが出来るように、本当に程良い量の炸薬を用いているのだ。

 

 

「…シオニエルにとって何の利益がある?」

 

「それは私にも分かりませんよ、博士。敵の敵は味方、そういう事かもしれません。」

 

「このタイミングでか?それに、もしそうならやはり軍事顧問団は皆殺しにされてたハズだ。」

 

「………分かりません…考え過ぎですよ。大丈夫です、博士。黒海では艦隊の援護を受け、ウクラニアでは世界最大級の装甲列車が待っています。無事に移送できますよ。」

 

 

工作員からそう言われ、レクタスキーは少し落ち着く事にした。

 

E国での襲撃がなかった以上、MI5も鉄血情報部も手を出しにくくなることぐらい想像できる。

連中の諜報力なら、黒海艦隊の戦力もウクラニアの装甲列車も知っていることだろう。

なら尚更、E国で連中が現れていなければおかしい。

 

案外、もう諦めたのかもしれないな。

 

レクタスキーはふと、自身が拉致してきた少女を見やる。

 

この娘は…北方連合領内に入ったあと、彼の研究所へ運びこまれて強姦される。

そのあとは生きたまま切り裂かれ、絶叫を放ちながら生き絶えることだろう。

 

別にどうとも思っちゃいない。

そんな事よりも重要な事があるのだ。

 

この少女と、北連の駆逐艦を見比べて、キューブの精製にどういう違いがあるのかしっかり見分けないといけない。

いくら完璧に移送したって、成果がなければまったくもって意味がないのだ。

 

この少女の事なんてどうでもいいし、そもそも少女とすら思ってもいない。

レクタスキーは被験体を人とは見ないようにしていた。

そうでもしないと、いくらマッドサイエンティストでも精神が持たない事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄血公国

ヴィーナーベルグ

病院内

 

 

政治屋達は案外簡単にオッケーサインを出してくれた。

 

N長官の根回しがあったようで、私の作戦がスムーズに進行するように周到なサポートをしてくれたらしい。

おかげで必要な機材はすぐに集まったし、マッマ達の移動も断然楽だった。

 

 

 

たった一人のユニオンの少女の為に。

 

そう、全てはヘレナの為に行われているのだ。

全体主義者やコミニストには想像もつかないかもしれないが、私達は"たった1人"であろうと見捨てようとは思わない。

彼女に悲劇が待ち受けているのは目に見えていて、それを防ぐ為に多くの人々の協力が必要になり、そしてそれは得られるのだ。

それが"ホルタ会談側"の最大の良点と言える事だろう。

 

 

ただ、ヘレナの救出を諦めようと考えている人間が全くいなかったとは言い切れない。

 

現に、私の目の前に1人いるからだ。

 

厳密に言うなら、単純に諦めるとかいった問題ではなく、その人物はヘレナと"ある大切なモノ"を天秤にかけざるを得ないと思い込んでいる。

 

 

あろうことか、その人物とはセントルイスだった。

 

 

突然、セントルイスは"正気に戻り"、下着姿になって私をピッピ顔負けの馬鹿力で抱きしめたのだ。

驚いている暇さえない。

何故抱きしめたのか、そもそもなんでまたわざわざ下着なんかになって抱きしめたのかわからぬままに、セントルイスは語り始める。

私は彼女の柔らかさと、温もりと、甘い、本当に良い匂いに包まれながら、彼女の悩みのタネを聞かされた。

 

 

「指揮官くん。私にとって…ヘレナは本当に大切な存在…でも、指揮官くんも私にとって本当に大切な存在。ねえ、指揮官くん…また貴方が撃たれたら……私………私………」

 

 

ルイスママの暖かい涙が、頰から落ちて私の額に伝い落ちる。

 

私は…明日でようやっと退院なのだが…もちろんのこと現場に赴こうと考えていた。

全てを終わらせる為に。

そう、レクタスキーにこの手でトドメを刺す事こそが私に与えられた使命なのだから。

 

 

「行かないで!指揮官くん!ヘレナに加えて、指揮官くんまで失いたくない!もう血の繋がった家族を失うのは嫌なの!!!」

 

……ねえ、ルイスママ。

 

「うっ…ぐすっ…なぁに、指揮官くん。」

 

私とルイスママは血の繋がった親子(物理)だよね?

 

「……当たり前じゃない!」

 

ルイスママとヘレナちゃんも…血の繋がった家族(原義)だよね?

 

「ええ、もちろん!」

 

じゃあ、私とヘレナちゃんも…血の繋がった家族(物理)だよね?

 

「…………しき…かん…くん…」

 

ねえ、ルイスママ。

私は誰であろうと、家族を見捨てたくはない。

ヘレナちゃんも私にとっては大切な大切な家族の一員なんだ。

だからそんな事言わないで、ルイス。

 

「………うっ…うっ…」

 

不安なのは分かるけど、私だって何もせずにマッマ達が帰るまでただ待っていたくはないんだ。

 

「………ぐすっ、ひぐっ、しきがんぐん!」

 

はい。

 

「大好ギッ!!!」

 

 

ルイスママが油圧ショベルカーかお前は程度の力で私を抱きしめたお陰で、危うく私は再入院が必要になるところだった。

ピッピがルイスをどうにか止めて、4大マッマ全員が私を抱き抱える。

幸いにも、優しく、ソフトリィに。

 

 

「ルイスばかり坊やを独占してズルいわ。いい?坊や。私達4人が、貴方を全力で守る。」

 

「いつも言ってるけど、Mon chou、"貴方もしっかりと守られて?"」

 

「このお約束が守れないなら、ご主人様には現場から離れた場所でシェフィとシリアスにあやされまくることになります。どうかご覚悟を。」

 

大丈夫、大丈夫だよ、皆んな。

今度こそ"ちゃんと守られる"。

 

 

いや、本音を言うと「それ普通逆じゃね?私があんたらを守る云々言わなきゃダメじゃね?本来」とか思ったりしたけど口に出したら何が起きるか分かったんでもないので割愛する。

 

とにかく、4大マッマは条件付きで私の現場行きを許可してくれた。

作戦決行日は明日。

すでに準備は終わったとの報告をラインハルトから受けている。

さて、あと私にできることは…

 

 

「「「「「今日は私達にあやされたながら、ちゃんと寝るのよ?」」」」」

 

 

シャワー浴びたあと、マッマ達に囲まれて寝ました。

決戦前夜にやる事がこれですよ、相変わらず。

もうどうにもならねえや、こればっかりは。

 

 

「坊や。これが終わったら…貴方を私の故郷へ連れて行くわ。今の時期は景色が綺麗なの…」

 

「Mon chou…本場のアイリス料理を味あわせてあげるからね?」

 

「指揮官くん、ママライカーユニットでマンハッタンの夜景を遊覧飛行…この約束、忘れないでね?」

 

「ご主人様。ロイヤルに戻り次第、最高のお紅茶を準備します。それまでにお亡くなりにならないよう。」

 

 

 

あの、マッマ達?

揃いも揃って死亡フラグはやめようぜ?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エクスペンバブルス

 

 

 

 

ロイヤル首都ロンドン

鉄血公国大使館内

 

 

 

 

その女は褐色の鉄血公国大使から一通のパスポートを受け取った。

ごく自然に中身を見れば、髪型を変えた彼女自身の顔写真が貼ってある。

さらに、『鉄血公国・ケルン出身のアリーナ・フリードリヒ、21歳独身女性、鉄血公国外務省勤務。渡航目的は在北連鉄血公国大使付きの秘書に就任した為』という身分と理由が、鉄血公国外務省の印によって保証されていた。

 

 

「突然すまない。だが、"我々の真の目的"を果たすためには君が必要だ。」

 

「分かっています。報酬は提示額通りですね?」

 

「もちろんだ。本当にすまない、報酬はせめてもの詫びと受け取ってもらいたい。」

 

「誤解を招いているかもしれませんが、私が"コレ"をするのは報酬のためではありません」

 

「…?すまない、どういう事だろうか?」

 

「提示額通りで通るなら、そうしてもらいましょう。ただ、誤解して欲しくないので、これだけは言っておきます。私が北連へ戻るリスクを犯すのは…」

 

「何のためなんだ?」

 

「"ミーシャ"、あの子の為です。あの子の為にも『完全な終止符』を穿ちたいからです。」

 

「すまない、つまり…"必要以上の事はしない"ということで良いだろうか?」

 

「追加注文もなしです。お互い、決められた通りに決められたことをしましょう。」

 

「そうか、すまない、貴女を誤解していたようだ。そういう事なら心配しなくていい。レルゲン氏も必要以上を求めるような男ではない。」

 

「それを聞いて安心しました。では、この辺で。」

 

「貴女に神のご加護を。すまない、俺には祈る事しかできないようだ。」

 

 

褐色の大使を尻目に、女は踵を返して出口へ向かう。

出口には下北沢で追突されそうな黒塗りの高級車か止まっていて、彼女を目的地へ送り届ける態勢を整えていた。

 

アヴローラ。

何故彼女がそこまでの母性を持ってして、北連へ戻るという、このリスクの塊のような"任務"を引き受けるに至ったかは誰にも想像できないことだろう。

ただ一つ言えるとすれば、マッマ万歳。

マッマ堕としスキルが世界史を変えたことを知るには、私はあと少し待たねばならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウクラニア北部

北連領内まであと数時間の地点

 

 

 

 

 

 

 

 

シルベ●ター・ス●ローンとジェイ●ン・ス●イサムが傭兵をやってそうなBGMがどことなく聞こえてくる。

 

 

私は今、鉄血製のヘリコプター・ドラッヘに乗ってある装甲列車へと向かっていた。

 

右にはピッピ、左ダンケ。

真向かいにはルイス、その左にベル、右にはノーカロさんがそれぞれ座っている。

 

皆、手にはそれぞれの銃を持っていて、私はルイスから渡されたM1カービンを持っていた。

ピッピがMG42、ダンケはMP40、ルイスとノーカロさんはM1カービン、ベルはステンガンをそれぞれ抱えている。

 

ドラッヘ・ヘリコプターは私の乗る一機の他に、3機が同行していた。

それぞれにラインハルト達、鉄血公国空軍の降下猟兵、ロイヤルSFSの精鋭部隊が搭乗していて、作戦を順当に進めるための役割が決まっている。

 

え?なんだって?

チーム・ユニオンが乗ってない?

 

心配することは無い、彼女達は彼女達で別のアプローチを行う。

そしてそのアプローチが、この作戦を始める狼煙になるのだ。

 

 

 

悠然と飛ぶドラッヘの直上を四機のアンノウン・フライング・オブジェクトが高速で追い越して行く。

別にインデペンデ●ス・デイが始まるわけではない。

ユニオン独立記念日まであと半年はある。

 

このU.F.Oの正体こそ、チーム・ユニオンだった。

使用している装備は、いつかピッピを北極にまで運んだジェット・ママライカー。

アレ自体は別に欠陥品でも何でもなかったのだ。

ピッピのあまりに莫大な母性エネルギーこそが問題で、実際適度な母性を保つチーム・ユニオンの面々ならば問題なく使いこなすことができた。

彼女達はユニオン製の90mm高射砲を抱えている。

 

 

こんなデタラメな話があるか???

戦艦が生身で空を飛び、馬鹿でかい高射砲を持って高速で飛んでいるのである。

もう見ただけで自らの正気を疑うレベルだし、私が北連兵なら裸足で逃げ出すことだろう。

 

ただ、チーム・ユニオンは逃げ出す暇さえ与えなかった。

やがて大きな90mm高射砲の発射音が響き渡り、装甲列車の牽引車がド派手な火炎をあげるのを、私の乗るドラッヘからでも見ることができた。

 

さて、お仕事の時間だ。

給料分の仕事はしよう。

ん?なに?ター●ャ・デグレチ●フ?

そんな奴は知らん。

 

 

 

 

 

 

 

我々のドラッヘが装甲列車の元に到着する事には、当然北連兵達は戦闘態勢を整えていた。

37mm機関砲はもちろんのこと、格納式の四連装DSHK重機関銃も現れていて、こちらに砲口を向けている。

北連兵が急いで弾薬の装填と照準を行なったが、その涙ぐましい努力は一瞬でパァになった。

 

壊したがりのお年頃。

チーム・ユニオンの面々が、歓声をあげながら90mm高射砲を次々にぶっ放し、対空兵器を無力化してしまったからだ。

 

更には、マッマ達が猛烈な制圧射撃を加える。

4大マッマとノーカロさんは勿論、従兄弟のヘリからも、降下猟兵のヘリからも、SFSのヘリからも猛烈な射撃が加えられ、装甲列車の上部から上空警戒を行なっていた不運な北連兵達を一瞬で蜂の巣にしていった。

 

 

もうね。

本当に可哀想だったよ、見てて。

装甲列車から出てこれなくなってんだもん。

 

 

勿論、T34の砲塔を搭載した車両と、対空火器を搭載した車両は既に火だるまだったが、そこにヘレナが載っているわけがない。

37mm機関砲はオープントップだったし、DSHKの方はあの砲架だけで車両の殆どのスペースを奪うはずだ。

そして、T34砲塔の車両に、人質を監禁できるスペースなぞあるわけがない。

 

 

 

残るは車内の制圧。

 

やがて従兄弟達と降下猟兵のドラッヘが列車の前方、我々とSFSのドラッヘが後方に着陸する。

 

 

「手筈通りにやるわよ!エンタープライズ、準備はいい?」

 

「お任せください、お客様」

 

 

SFSのドラッヘに乗り込んでいたエンプラさんが、一人の鉄血降下猟兵少佐と共にヘリを降りる。

降下猟兵少佐、ベルベルトの装備はルガーのみ、エンプラさんは丸腰。

これで車内制圧の先頭を行くと言うんだからまさに正気の沙汰ではない。

 

 

さすがにこれはなかったかなぁ。

やっぱりやめた方がいいんじゃないかぁ。

エンプラさん怪我でもしたら大変だもんなぁ。

 

 

「誰も傷つけたくないんです!」

 

ドカッ!!バキッ!!

 

「もう誰も死なせたくない!!」

 

ズカッ!!ボカッ!!

 

「あんな事はもうしたくないのです!!!」

 

ドカッ!ドコッ!バキバキバキィ!

 

「き、貴様!…俺は貴様の顔を知っている…ライデンシャフトリヒデブッ!!」

 

 

すっげえ面白い断末魔と共に、ガル●リク帝国軍将校っぽいおっさんが装甲列車の最後尾車両から放り出される。

 

うん、完全なる杞憂だね。

 

ライデンシャフトリヒの戦●人形と化したヴァイオ●ット・エヴァー●ーデンもといエンタープライズは、愛を語りながらも容赦なく北連兵をしばいて行く。

 

ベルベルト少佐は「いや、俺何しに来たんだろう」って顔でボケっとしてるし、私もマッマ達も銃を持ってきた理由を見失いつつあった。

 

ま、まあ、ともかく。

車内制圧は順調だ。

 

私はエンプラさんに続き、一応M1カービン

を高く構えて装甲列車へ足を踏み入れる。

 

 

「坊や!忘れてないわよね!?ちゃんと守られて!!」

 

 

後ろからピッピの声が聞こえて、私は立ち止まった。

要するに、ピッピがエンプラさんの2番手を行くのだ。

私は3番手を行くダンケの後ろから、ルイスの谷間に後頭部を挟まれつつ列車の中を進む事になった。

 

いやあ、困ったなあ。

ヘレナちゃんから見たら私お姉ちゃんの胸を枕にしてる変態じゃん。

 

 

 

いいや、今は集中しよう。

ヘレナちゃんを見つけ出す。

そして、与えられた役割を果たすのだ。

 

待ってろよ、ヘレナ。

必ず救い出してやる。

この物理的な叔父さんを信じるんだ、ヘレナ。

あと少しだ、頑張れヘレナ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

僕は気づいてしまった

 

 

 

 

 

「ヘレナ…?ヘレナ!ヘレナァァアア!」

 

「……?…姉さん…それに…指揮官…?」

 

 

ヘレナとルイスマッマが感動の再会を果たし、お互いに駆け寄ってハグをする。

わざとかどうかは知らないが、ルイスマッマは私を谷間に挟んだままヘレナとハグをした。

よって私はルイスマッマのポルノスターが白目を剥くような馬鹿でかい双丘と、ヘレナの姉には劣るとも同クラスのKANSENの中では充分にドレッドノートな双丘に挟まれる事となる。

 

鼻腔を満たす姉妹の香り。

前後から感じる圧倒的なソフトリィ。

温もりと、鼓動と、圧迫感。

 

ああ、あんたら同じシャンプーとボディソープ使ってんのねってのが丸わかり。

なんというか、たまらなく姉妹だし、たまらなく良いカンジなんだけど、ちょっとだけで良いから呼吸させてもらえないかな?

ルイス?

私の存在忘れてるわけじゃないよね頼むよ?

 

 

「ヘレナ!私を殴って!私は…あなたを救うことを一瞬躊躇った!一瞬でも、可愛い血の繋がった姉妹の救出を諦めたかけた!どうか私を殴って、ヘレナッ!」

 

バッチィィィン!

 

「姉さん!姉さんもどうか私を殴って!私も姉さんの事を疑った!一瞬でも、姉さんの助けを疑ってしまった!どうか私を殴って、姉さん!」

 

バッチィィィン!

 

 

おい、太●治しろなんて誰も一言も言ってねえから早く解放しろや。

お前らメ●スとセリヌ●ティウスやってる暇あったらちょっとばかし私の事を思い出せ。

思い出さなくても良いけど、せめて谷間に感じる圧倒的な異物感に気づけよ、なあ。

 

 

唐突にルイスとヘレナが私を解放し、お互い一歩下がって私の方を向く。

 

だから、あのね、君たちね。

 

走れメ●スやれなんてマジで誰も言ってねえからね?

王様やらなきゃダメかい?

いつかの寮舎みたく「君たちの友情が云々」言わせなきゃ気が済まないかい?

気が済まない!ああ、はいはい、わかりました、わかりました!!

 

 

君たちの絆がこの私を改心させたのだどうかその姉妹の絆に私も入れてはくれまいか?

 

「あら。"言ったわね、指揮官くん"。ヘレナ?今の聞いてたわよね?」

 

「もちろんよ、姉さん。指揮官、セントルイス級ファミリアへようこそ!」

 

悪質な違法商法かお前らは!?

なんなんだよ本当に!?

何なの、セントルイス級ファミリアって!?

何で何の説明も一切なくKKK入会の儀みたいな事済ませてんのよ!?

何でもう組織の一員です逃げられませんご覚悟を的な持って行き方してんのよ!?

 

「うっ、ぐすっ、嫌なの?指揮官?」

 

ヘレナァァァ???

君そういうキャラじゃなかったと思うんだけど?

お前そんなあざとさ全開新春春のあざとさスーパーバザーみたいな奴だったっけ?

わかった、わかった、わかりました。

嫌なわけないじゃないですか、ワーイウレシイナァ。

 

「…良かったわね、ヘレナ。あなたにも可愛い息子ができたようね!」

 

「ええ、嬉しいわ、姉さん!私も姉さんみたいにこの子をあやすわ!」

 

「「イエィ!」」

 

 

姉妹の仲睦まじいハイタッチを見て、私はもう諦めた。

もう、私はロブ・マッコールなどではない。

現状に合った言い方をするなれば。

最低でも

 

『ロブ・マッコール・ティルピッツ=ダンケルク・ベル・セントルイスファミリア』

 

というフランツ=ヨーゼフ1世級の名前が必要になるはずなのだ。

もういいや、どうでも。

 

 

 

さて、セントルイス級姉妹の太●治に付き合わされた後、私はようやく次のステップに進むことができた。

 

ピッピがあろう事かレクタスキー本人の首根っこを、まるで悪さをした猫にそうするように持ち上げて私の元へ持ってきたのである。

………まさに、文字通り。

 

 

「コソ泥のように隠れてたわ。坊や、貴方が嫌なら、私が手を汚す。」

 

 

ピッピがレクタスキーを放り投げ、北連のマッドサイエンティストはゴミクズのように床に転がった。

 

装甲列車はほぼ制圧が完了しかけていて、こちらからはヴァイオレッ…ああ、いかんいかん、エンタープライズが、前方からはラインハルト達が制圧を行いつつこちらへ向かっている。

つまり、もうこのイカれ科学者を助ける者はいない。

 

 

「………くそッ!くそッ!」

 

デッドエンドですね、博士。

 

「クソッタレめ!!信じられん!!本当に信じられん!!何故だ!?何故貴様のような四六時中ダァダァバブバブしてるようなクソッタレに負けねばならん!?」

 

貴方はそのダァダァバブバブを軽く見すぎたんですよ、博士。

これで、我々ホルタ会談側は…少なくともKANSEN拉致の証拠を手に入れる。

この装甲列車の中にあるほぼ全てのものが証拠となるでしょう。

諦めなさい、貴方の負けだ。

 

「認められるかッ、こんな敗北!私の計画は完璧だったはずなんだ!」

 

いいえ、完璧とは程遠い。

アイリスの件も東煌の件も貴方はしくじった、そしてヘレナの拉致も。

 

「…クソッ」

 

更に言うなれば、ウィンスロップ鎮守府でも、コィバでもしくじっています。

 

「…………待て。コィバ?コィバだと?……そうか、そういう事か。」

 

………??

 

「なんだその顔は。…なんだ、お前も知らないのか。ハハハハハッ、こいつは傑作だ!」

 

何が言いたい?

 

「何もクソもあるか!所詮私もお前も"奴ら"の駒でしかないわけだ。若造、いい事を教えてやろう。」

 

………

 

「私はコィバに行ったことなぞないし、ウィンスロップは少なくとも私の計画じゃない。

いいか、若造。よく聞けよ。真の黒幕は…」

 

 

ズガンッ、ズガンズガンッ

 

 

Hscの乾いた銃声が響き、3発の32口径弾がレクタスキー博士の頭部を破壊する。

博士は後頭部の殆どを失い、32口径弾の着弾とほぼ同時に生き絶えた。

 

 

「危なかったな、ブロ。」

 

き、兄弟、お前なんて事をっ…

コイツをロイヤルまで引きずってくれば、全世界にスタルノフの蛮行を暴露できたのに!

 

「落ち着けよ。コイツが喋るとは思えない。武器を隠し持ってた可能性だってある。躊躇はしない事、これは忠告だ。」

 

でも、なあ、兄弟…

 

「終わったんだ!これで!何もかも!北連を有罪に持ち込む材料はもう回収出来てる!終わりだ!終わったんだ!」

 

 

疑念が確信に変わりつつあった。

そうか、"つまり、そういう事か、兄弟"。

私は確信を持ちつつあったが、証拠があるけではない。

それに、今は場が悪すぎる。

何せ、今では私と兄弟以外に4大マッマとビス叔母さん、ヒッパー叔母さんがその場にいるのだ。

今、この疑念を口に出すことはできない。

 

 

「ブロ、ウクラニア陸軍が来る前にズラかろう。」

 

 

物理的従兄弟の勧めで、我々は即座にその場から離脱する事になった。

 

そして、その後、私はロイヤルに帰国し、調べ物に取り掛かった。

 

 

どうか"私の確信"がただの妄想であってほしい。

しかし、残念ながらその願いは叶いそうにない。

 

ロイヤルに戻った後、私はノーカロさんにある物を調べてもらう事にした。

別に放っておいても良さそうなのだが、私にはどうしてもハッキリさせておきたい事があったのだ。

 

残念な事に、私の"確信"は妄想などではなかった。

時期と証拠がそれを示してしまっている。

これは一度じっくりと話し合うべきだな。

そう思った私はラインハルトにアポイントメントを取り、一対一で話し合う場を設定した。

 

 

 

もう、ここまできたら皆様も薄々勘付いているかもしれない。

 

 

レクタスキーはコィバに行ったことはないと言っていたが、到底嘘をついているようには見えなかった。

私がウクラニアに行っている間に、アヴマッマが鉄血大使館の手引きで北連へ向かっていた。

いつだか私が監禁されたウィンスロップ鎮守府の地下施設には、北連は全く関わっていないらしい。

 

これらの事実から、私はある仮説を立てていた。

 

 

 

そして、それは……本当に残念な事に仮説ではなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レッド・アヴロー

 

 

 

 

 

北方連合

首都モスクワ

書記長執務室

 

 

 

 

 

 

 

 

「プーシロフ!この裏切り者めっ!!」

 

 

偉大なる同志書記長・スタルノフが今やただの政治犯になろうとしている。

彼は今、腹心として重用してきた部下からTT33自動拳銃を突きつけられ、今まで固執してきた書記長の椅子から引きずり降ろされようかとしていたのだ。

 

 

「諦めろ、スタルノフ。"あんたはやり過ぎた"。今やホルタ会談側のみならず、第三世界までもが我々の敵になりつつある。」

 

「貴様後悔するぞ!間違いなく後悔する!」

 

「いいや、後悔すべきなのは貴方自身です。」

 

「なっ、お、お前はっ!……ベニヤ!?」

 

「どうもご機嫌よう、"元"書記長閣下。私としても革命以来の友を…ないがしろにするのは良心が痛みますが、どうか祖国の為と思ってください。」

 

「貴様ァ!!どれだけ目をかけてやったと思ってる!?この愚か者の愚図が裏切りおって!!全員収容所に送り込んでやる!!」

 

「安心してください同志スタルノフ。この場の誰も、収容所へ行く事はないでしょう。何故ならば…」

 

「ここが貴方の終着地だからよ、クソ野郎」

 

 

1発の銃声が響いて、スタルノフがその生涯を終えた。

終わらせたのは一人の少女、いや、一人のKANSEN。

白銀という言葉が相応しいプラチナブロンドの頭髪は、いつもやっているような三つ編みではなくポニーテールに纏められていたが、その少女は間違いなくアヴローラだった。

 

スタルノフは既に息絶えていたが、アヴローラは引き続きトカレフの引き金を絞る。

 

 

「さっきのは"指揮官"の分、これは"あのヒト"の分、そして、これは…」

 

「やめろ、やめたまえ、アヴローラ!誰がここで仕事すると思ってる!?」

 

 

丸々と肥えた男の声が、復讐を果たす彼女を現実に引き戻す。

だがアヴローラは感情のない目でプーシロフを少し見やっただけで、結局はまた引き金を引いた。

 

 

「これは、私の分」

 

「ああっ、なんてこった!やりやがったな!こんなに汚しちゃあもう執務室としては使えないっ!クソッ!クソッ!!」

 

 

プーシロフは永年夢見てきた憧れの執務室を、スタルノフなどという狂人の血と脳みそで汚されてしまって激怒した。

こんなド派手に汚されてしまっては、とてもこの部屋で仕事をする気にはなれない。

同じような部屋を作るしかないのだ。

 

"こうなったらもっと良い執務室を作ってやる。"

大俗物のプーシロフは既に立ち直り、新しく拵える自身の執務室のレイアウトを決めはじめている。

この男、元々立ち直りが早いのだ。

そうでもなければスタルノフに粛清されないわけがない。

 

 

 

 

 

執務室がどうなろうが然程関係のないベニヤからすれば、待ち望んでいた復讐を果たしたアヴローラの方が余程羨ましく思える。

そのアヴローラは今、頭部がぐちゃぐちゃになったスタルノフの死体を見ながら物思いに耽っていた。

 

 

 

(指揮官…仇は取りました…)

 

 

アヴローラがまだKANSENとして活動していた頃の指揮官は、若い溌剌とした青年だった。

配下のKANSEN達は皆、紳士的で明るいその指揮官が大好きだった。

勿論、アヴローラもその例外ではなく、それどころか指揮官に想いを寄せてさえいたのだ。

 

 

やがて、指揮官はロイヤルの軽巡とケッコンした。

自分こそが指揮官の初の嫁艦になると息巻いていた彼女は当然その軽巡に嫉妬する。

だが、恋敵は共に任務を経ていくに連れて親友に変わっていき、最終的にはかけがえのない存在となったのだ。

 

 

(エディンバラ、貴女の仇もです。ちょっとドジな面もありましたが、貴女が教えてくれた紅茶の淹れ方ほど良い淹れ方は知りません。どうか…今度こそお幸せに。)

 

 

青年指揮官はエディンバラとの結婚式で不用意な発言をしてしまい、本当に不幸な事に、それは内部人民委員部の耳に入ってしまった。

指揮官は極地に送られて、一ヶ月後に結核で死んだ。

エディンバラは生きたまま引き裂かれた。

そして残されたアヴローラは…復讐を誓った。

 

 

後々知った話だが、内部人民委員部は青年指揮官の不用意な発言を水に流しておくつもりらしかった。

青年指揮官は有能だったし、これしきの発言で目くじらを立てるよりは海軍を味方につけようとしたのだ。

ところが、どこで聞きつけたのかスタルノフが割り込んだ。

新婚の指揮官と花嫁はそのせいで死んだのだ。

 

 

アヴローラは、復讐の計画を練り上げた。

内部人民委員部に入隊し、ベニヤの信頼を得て、スタルノフに取り入り、そして隙を見て殺す。

彼女は試験に合格し、当てられた任務を次々と遂行してベニヤの信頼を得て、スタルノフとの謁見まで果たすことができた。

 

そしてスタルノフに会った時、わざわざいち指揮官の処分に書記長自ら割り込んできた理由がわかったのだ。

 

彼女は3時間に渡り、人間不信の暴君の欲望を隠そうともしない視線に晒された。

とんでもない屈辱だった。

そして、とてつもない罪悪感に苛まれた。

 

 

そうか。そうだったのか。

"私のせいだ"。

指揮官とエディは、"私なんかがいたから死んだんだ"。

 

 

謁見の終わりに、スタルノフは内部人民委員部員としての最後の命令を彼女に言い渡した。

『ホルタ会談側のKANSENを拉致し、ハンニノフ・レクタスキー博士に引き渡すこと。』

その頃レクタスキーは既に強姦された"国産"駆逐艦の解体を終えていて、"外国産の"より良い素体を求めていたのだ。

 

この任務を果たせば、アヴローラは『偉大なる書記長』の私的秘書に承認するとの事。

スタルノフの目的は見え透いていたが、彼女は喜んだ。

"これで、あんたを殺せる"

 

 

 

 

ベニヤからの指示で、彼女はローレンス・ウィンスロップと接触した。

だが、この男はまるで役立たずだった。

配下のKANSENも博士の研究には使えそうもない。

博士が求めた"条件"は『健康であること。』

ウィンスロップ鎮守府に、健康なKANSENなぞ一人もいなかった。

 

更に、ウィンスロップ鎮守府を起点とするKANSEN拉致作戦は、ロブ・マッコールなる指揮官とその配下のKANSEN達によって阻止された。

 

次に彼女はDRAと組んだが、こちらも失敗。

レクタスキー博士自ら動いたアイリスでも失敗。

もう後がない、だから周到な準備を進めた東煌の作戦も失敗。

 

 

全ての失敗には、ロブ・マッコールの影がまとわりついていた。

だから、彼女は激しく憎んだ。

「あんたのせいで、私の復讐はちっとも進まない!」

せっかく首尾よくスタルノフに取り入ったのに。

せっかく復讐まで後一歩のところまで行ったのに。

 

 

しかし、東煌でその憎悪の対象に捕まり、3度目の敗北を味合わされた時。

彼女は、ふと気付いたのだ。

『何故彼を憎む必要があるのだろうか』と。

憎むべきはスタルノフであって、ロブ・マッコールではなかったはず。

 

そう、違う。

彼じゃない。

 

ロブ・マッコール…いや、"可愛いミーシャ"は気づかせてくれた。

 

知らず知らずの内に復讐に取り込まれ、周りが全く見えていなかったことを。

自らの復讐のために、内部人民委員部の可哀想な人々を犠牲にしてきたことを。

そして、何より、何の罪もないKANSENを、自らの手で、あのエディと同じ目に遭わせようとしていたことを。

 

 

 

 

 

 

(…指揮官、ご報告したい事があります。違う愛しい人ができてしまいました。)

 

 

指揮官に後ろめたい気持ちがないわけではない。

でも、指揮官にはエディがいる。

今頃は天国で幸せに暮らしているはずだ。

ならきっと、あの優しい指揮官は、残されたアヴローラが幸せになる事も許してくれるだろう。

 

 

(愛しい愛しい私のミーシャ。あなたには大きな借りができました。"あなたの従兄弟にも"。それでは指揮官、エディ、どうかお幸せに。)

 

 

 

アヴローラは軽く目を瞑り、今は亡き友人達に想いを捧げると、華麗に回れ右をして歩き出す。

 

プーシロフはまだ部屋のレイアウトを考えていたが、回れ右をするアヴローラを視界に捉えると、この利用できる物はなんでも利用しないと気が済まない男は思考を中断した。

 

 

「なあ、アヴローラ君!まだ内部人民委員を続ける気はないかね?君には相応しい地位を用意する!金も名誉もたらふく手に入るぞ!」

 

「興味ありません。では、私はこれで。」

 

 

プーシロフは面食らった。

少なくとも、自分こそが次の書記長になる男なのだ。

そんな男相手にあんな態度を取られるとは思ってもいなかった。

 

 

「おい!アヴローラ君!待ちたまえ!」

 

「やめましょう、書記長。」

 

 

唐突にベニヤが割って入り、アヴローラを追おうとするプーシロフを引き止める。

 

 

「何をする!?貴様も私の一存で…ひぃっ」

 

 

息巻いたプーシロフが、突然顔を痙攣らせる。

ベニヤが北方連合情報組織の長に収まっているのは、決してスタルノフのYESマンであったからだけではない。

その眼力を前にしては、スタルノフさえ考えを変えざるを得なかっただろう。

 

 

「そんな事よりやるべき事がありますよ、第3代書記長閣下。」

 

「あ、ああ、それもそうだな。どうにかセイレーンを焚きつけなきゃならん。片方と戦争、片方と講和、こりゃあ大変な仕事だな。」

 

「二正面作戦をやるよりは簡単です、同志。きっと"友人"も手伝ってくれますよ。」

 

 

 

ベニヤの"友人"は今、物理的な従兄弟の招待に応じてドーヴァー海峡を渡っているところだった。

 

"友人"はその後、少々複雑な問題に直面する事になったが、そんな事はベニヤの問題ではない。

 

重要なのは、その"友人"が、ちゃんと約束を果たすかどうかだ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真実の扉

 

 

 

 

ロイヤル

ボービンド戦車博物館

 

 

 

 

 

もう、物理的従兄弟ラインハルトはMI5のブラックリストには載っていない。

だから自由にロイヤルに入国できるし、ケーニヒス・ティーゲルの技術者というクソややこしい偽装身分を使う必要もなかった。

 

だが、私があの時のようにこの戦車博物館に従兄弟を呼んだのには理由がある。

 

ここは本当に人目につかないし、何か後ろ暗い話をするにはもってこいなのだ。

人通りは滅多にないし、たまに通りかかるスタッフや清掃員のおばちゃんに注意していればいい。

まさに秘密の会合場所。

 

 

前回ここで話し合った時と違う箇所があるとすれば、それはお互いボディガードをつけていない事、そして、やってきた物理的従兄弟がフランクになっている事だろう。

 

 

 

「よぉ、ブロ!良い知らせと悪い知らせがある!」

 

………良い知らせから。

 

「ほほう、なるほどなるほど、今日はいつもと違うカンジで行くのか。スタルノフは死んだ。」

 

お前が殺した。

 

「いいや、アヴローラだ。彼女はお前のためだと言ってたが、実際は復讐が8割強ってとこだろう。彼女がプーシロフを奮起させ、スタルノフの頭に3発撃ち込んで、カタをつけてくれたよ。その分だと、彼女の過去も知ってるな?」

 

まぁね、MI5も捨てたもんじゃない。

 

「そうか。さて、悪い知らせだが…ブロ、お前には死んでもらうしかない。」

 

 

 

ラインハルトがサプレッサ付きのHscを素早く取り出したが、私は別に驚きもしなかった。

これしきの予想はついている。

怖くないわけではないが、今の私はこの自動拳銃が"そんな物"と呼べるほどには、真実への探求心に満ち溢れている。

 

 

「とうとう気づいちまったんだな、ブロ。本当に残念だよ。…俺たちなら、ずっと上手くやっていけるハズだったのに。」

 

そうだな。私も残念だ。

 

「そうか…そうかよ…。いつからだ?いつから勘付いた?」

 

直感が働いたのはお前がレクタスキーを撃ち殺した時。

 

「どことなく、勘付いたのは?」

 

………コィバの設計図。

 

 

 

従兄弟の両目が、一瞬遠くを見るような目になった。

まったく予想もしてなかったようなところから答えが出てきたのだろう。

それもそうか。

ラインハルトにとっては、"コィバは完璧"だったのだから。

 

 

「コィバ?…はは、おい、コィバの設計図は」

 

コピーを取ってないとでも思ってたのか?

私が他の専門家に解析を頼んでいなかったとでも?

それは虫が良すぎるんじゃないのか、兄弟?

ウチの専門家達は口を揃えてこう言ったよ。

『あんな施設じゃKANSENの解体なんてできはしない』とね。

 

「……………」

 

ガストロにも電話した。

彼が会ったのは…長身黒髪のハンサムな男と、同じくらい長身の金髪美女だそうだ。

アヴローラとは似ても似つかんが、ガストロには分からなくても当然だ。

なんたって、彼は"アヴローラ"を見るまでKANSENを見た事がなかったんだから。

 

「相変わらず…周到な奴だな、お前は。」

 

なあ、全て話してくれないか?

その後、そのご立派な拳銃で私を殺すなりすれば良い。

 

「お前の目的は、一体なんなんだ?」

 

真実を知りたい、お前の口からな。

 

「それでなんになるって言うんだよ?」

 

何にもならん…とは言い切れんかもしれん。

 

「ははっ、ブロ、なあ、ブロ。俺はそこまで馬鹿じゃない。そんな簡単な嘘に」

 

嘘かどうかはお前が一番分かってるハズだぞ?

もういい加減1人で背負いこむのはやめろよ?

私は、お前が何をしたのか、何故そうしたか、"そもそもどこから来たのか"も知っている。

 

「…………」

 

話せば楽になるって言葉は、案外本当だぞ?

 

 

 

従兄弟の目が充血し、涙が頬を伝う。

思ってた通りだ。

コイツは"全てを抱え込んでしまっている"。

 

物理的だろうがなんだろうが、従兄弟は従兄弟。

共に共通の敵を打ち倒した仲なら尚更だ。

その重荷を降ろさせてやるのが、私の役目だろう。

 

さあ、重荷を降ろせ、兄弟。

私は裏切ったKANSENを許せるくらいには寛容なんだ。

頼むから話してくれ。

 

 

 

「そうか…わかった、全て話すよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が目を覚ますと、そこは鎮守府だった。

 

まあ、聞こえは良いな。

あら指揮官様御機嫌よう新しいL2D衣装着てみましたのどうです似合いますかあらそう嬉しいですわうふふふふ的なサムシングを想像することだろう。

 

 

でも実際その場にいれば大混乱だぜ?

しかも目の前には大陸版でも未実装のビスマルクと来たもんだ。

良い夢と言うべきか、悪い夢と言うべきか。

残念と言うべきか、幸運な事にと言うべきか。

 

 

これは夢なんかじゃなかった。

 

 

鎮守府での生活は楽しかったさ。

なんたって、大好きなKANSEN達と過ごせるんだ。

謎の美女ビスマルク、ツンデレ乙女ヒッパー…そして、俺の中のミス・ジャーマン。

アドミラル・グラーフ・シュペー。

 

感情の起伏はたしかに読み取りづらかったが、あのクールな感じと無垢な笑顔には何度も癒された。

ビスやヒッパーには悪いけど、俺にとってシュペーは殊更に格別な存在だった。

今でも彼女の笑顔を思い出す。

あの、無垢な、可愛らしい…

 

 

 

戦況は日に日に悪化していた。

北方連合がアズールレーンに加入してからは特に。

物資が欠乏し始め、しかしKANSEN達の出撃率は急増。

KANSEN達は勿論、俺自身色々と削られた。

精神も、体力も。

このままでは長く持たない。

だから、司令部と交渉して3泊4日の短期休暇をどうにか取り付けたのだ。

行き先はヴィシア・アイリスの港町シェルブール。

楽しい休暇……になるハズだった。

 

 

 

アイリス全体で、アズールレーンの支援を受けたレジスタンスの攻撃が激化していた。

シェルブールもその例外ではなかったんだ。

俺とシュペー、ビスとヒッパーを乗せた車両は、党の高官の車と勘違いされて待ち伏せ攻撃を受けた。そして、

 

 

シュペーが、死んだ。

 

 

そう、死んでしまった。

彼女は助手席にいて、俺は運転席。

パンツァー・ファウストを持ったレジスタンスは右手から出てきて、助手席めがけて成形炸薬弾を撃ち込んだ。

シュペーは俺を庇うようにして死んだらしい。

 

 

 

 

ビスとヒッパーの輸血を受けて意識を取り戻した後、俺を支配したのは復讐への執念でもなく、レジスタンスへの怒りでもなかった。

 

ただ、呆然と、考えてたんだ。

 

1日中ベッドの上で寝ながら、この世界の事を考えていた。

 

 

シュペーは死んだ。

レジスタンスの攻撃で、死んだ。

アズールレーンはレジスタンスを支援し、鉄血公国は東西から挟まれている。

 

シュペーは死んだ。

偶然なんかじゃない、死ぬべくして死んだ。戦争という悲しい歴史の中で、その犠牲になって死んだ。

 

シュペーは死んだ。

でも俺は生きている。

ビスとヒッパーは奇跡的に無傷だった。

でもこのままじゃ彼女達さえ危ない。

 

シュペーは死んだ。

もうこれ以上、彼女達を失いたくない。

誰だって失うものか。

歴史を捻じ曲げてでも、彼女達を守り通さないと!!!

 

 

 

 

 

 

そう、それが始まりだったんだ。

 

俺は怪我を理由に海軍をやめて、情報局へと転身した。

幸いな事に、『語学力』というスキルが転生の際に与えられていて、これが本当に役に立ったんだ。

最初の頃の任務は…不愉快な仕事だった。

シオニエル人達を追い立てて、収容所へ送らなければならなかったのだから。

 

でも黙々とこなした。

そうしてるうちに、自然と昇進していった。

気づけば情報局副長官。

ビスマッマの援護もあったおかげだろう。

 

 

さて、俺が副長官になった頃、北方連合では初代書記長のレルニンが病床に着いていた。

一方、スタルノフなる人物が、レルニンと対立してイタレリに潜伏していた。

 

 

俺は思いついたんだ。

 

敗戦が濃厚になった1945年、ナチス・ドイツは米英に「共に共産国と戦おう」という提案をして物の見事に蹴られたらしい。

まあ、死にかけの第三帝国なら虫が良すぎる話だったんだろう。

 

でも、今はどうだろうか?

 

鉄血公国は苦戦しているとはいえまだ健在。

ロイヤルのチェイブルは反共的で、ユニオンの大統領と対立していた。

 

もしここで…北連に狂気の独裁者が登場したら?

 

チェイブルは金切り声を上げて脅威を叫ぶだろう。

ユニオンの大統領はアテにならないし、ならいっそのことレッドアクシズとの同盟すら考える可能性は充分に高い。

 

たしかに、賭けにはなる。

だが何もしなければ、ビスもヒッパーもシュペーのようにいずれは死んでしまう。

 

なら、もう選択肢はひとつだけだろ?

 

やるしかなかったんだ。

 

 

それに…

ああ、そうだ、認めよう。

実のところを言えば、好奇心に動かされる部分がなかったわけではない。

 

でももし、あんたが大切な誰かを失うかもしれないとなれば、何だってするだろう?

 

俺もそうだったんだ。

少なくとも、基本的には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタルノフはまんまと書記長に就任した。

 

俺たちが奴の帰国を秘密裏に援護してやった。

その時、俺と連絡を取りあってたのがベニヤだ。

有能な奴で、アイツは助言という形でスタルノフをコントロールしていた。

いや、していると思い込んでいた。

実際そんな事はなかったんだけどな。

スタルノフは恩義というものをクソ紙か何かとしか思ってないらしいことが後に分かった。

 

 

俺の方は、この作戦でとうとう情報局のトップに登りつめた。

後は匙加減を見つつバランスを取ってやればいい。

本気でそう思ってたんだ、不器用なくせに。

 

 

スタルノフはさっそく国内の大粛清と少数民族への圧迫を始めたが、チェイブルの反応は鈍ったらしいモンだった。

これじゃあスタルノフをトップに据えてやった意味がない。

アズールレーンの内部で対立を巻き起こすこと、それこそが俺の計画のミソだったからだ。

 

 

そこで、ベニヤを通してロイヤルの内部の腐れ貴族・ウィンスロップを利用する事にしたんだ。

あのアホッタレは二つ返事で引き受けたよ。

ただどうにも使えない奴で、あっという間に自滅しちまった。

せいぜい、奴の鎮守府の地下にKANSEN解体目的と思わせる施設を拵えるのが精一杯だったし、ロイヤルの連中はまるで気づきもしなかった。

 

 

 

 

そうこうしているうちに、スタルノフが暴走し始める。

 

たしかに、俺は確かにメンタルキューブの外科的摘発を入れ知恵した。

ただそれは何らの科学的根拠のない、本当にただの『思わせぶり』の一つに過ぎなかったハズなんだ。

北連が非人道的な実験に手を出しているとアピールできればそれで良かったのに!

レクタスキーとかいうイカれ医師が、ベニヤからそれとなく聞いた"アイデア"を実行に移してしまったんだ!

 

 

 

スタルノフやレクタスキーが本当にそれを始めちまったのを知ったのは、ベニヤの写真が届いてからだった。

 

もはや、スタルノフはコントロール不能の暴走車両。

 

国境沿いの戦車師団は増強され、KANSENを次から次へと解体している。

スタルノフは傀儡なんかじゃなかったんだ。

便利なお人形から安全保障上の重大な脅威になりつつある。

俺が甘かったんだ、あんな奴が俺の思う通りに動くわけがなかったのに!

 

"歴史"を知っているから。

それこそ80年先まで知っているから、油断していた。

いや、それどころか『好奇心で歴史を動かしてしまっていた』。

とんだ勘違い!

歴史は生き物なんだ。

変に弄ればどっちに転がるかなんてわかりゃしないのに。

俺はコントロールできると思い込んじまったんだよ!!

 

 

 

 

終わりだ。

 

俺はそう思った。

 

だが、希望が降って湧いた。

 

ユニオンの大統領が死んで、反共的な新大統領が就任すると状況は一気に好転した。

 

ホルタ会談が始まり、少なくとも、ビスやヒッパーが戦場に駆り出されるような事はなくなっていったんだ。

 

 

俺はホッと一息を吐けた。

だが、やるべき事がなくなったわけではない。

スタルノフを排除し、俺自身が招いてしまったこのクソを終わらせねばならない。

 

 

 

 

俺はレジスタンスの攻撃を受けた後ビスマッマから輸血を受けたが、ロイヤルにはビスマッマの妹から輸血を受けた人間がいて、そいつがMI5に勤めている事を知った。

 

そう。お前だよ、ブロ。

 

スタルノフをトップに飾り立てるのは簡単だったが、引きずり降ろすのは困難を極めそうだった。

だからロイヤルもユニオンも巻き込みたかったんだよ。

 

コィバにKANSEN解体施設もどきを作って、ユニオンの注意を引こうとした。

まさかお前が嗅ぎつけて、先に潰してしまうとは思いもしなかったけどな。

 

後はお前の知っての通りさ。

 

つまり、まとめるとこういう事。

 

ある1人の馬鹿が、大切な誰かを失い、他の大切な誰かを守ろうとして…

不器用なくせに歴史を弄り…

頭は良くないのに高慢になり…

そしてとんでもない事をやらかして、その尻拭いを従兄弟に手伝ってもらったって事。

 

 

さっき、お前には死んでもらうって言ったよな?

 

あれは嘘だ、安心しな。

 

死ぬべきなのは…俺の方なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--------------------------------

 

 

 

 

 

物理的従兄弟ラインハルトが、サプレッサ付きHscの銃口を自身の頭に密着させるまでの動作は、私が瞬きをするよりも速いものだった。

 

よって、私には止める暇もない。

 

どうやら、従兄弟は覚悟を決めてしまっていたようだ。

 

 

お、おい、落ち着けよ

 

「落ち着いてられるかよ。なあ、ブロ。俺が余計な事をしたせいで21人のKANSENがレクタスキーに解体された。内14名は生きたまま。その内の4名なんて一日中犯された上で解体されてる。」

 

思い詰めるなよ、お前のせいじゃない!

イカレた医師と、イカレた独裁者のせいなんだ!

 

「そのイカレた独裁者を押し立てたのは俺なんだ!」

 

な、なあ、兄弟、諜報活動がそんなに簡単なら、誰も苦労しないんだ。

いいから落ち着けよ!

 

「………すまなかった、ブロ。」

 

お、落ち着いた?

 

「俺のせいで、お前は死にかけた。本当にすまない」

 

覚悟を決めた清らかな顔でフラグ立てんじゃねえ!

やめろぉぉぉおおおお!!!!

 

 

 

 

 

 

 

バキンッ!!!!

 

 

従兄弟のHscが粉砕される。

いつのまにか、背後にはビス叔母さんがいた。

 

あの、あまりこういうの言いたくないんだけどさ。

ビス叔母さんが巨大な巨大な双丘でHscを挟んで粉砕したせいで、すっげえ鋭利な金属片が私めがけてすっ飛んでくる。

 

まじかぁ〜。

私死ぬ気ないんだけどなぁ〜。

 

 

金属片が私に突き刺さるかと思われたその瞬間、今度は私の前に1人の掃除のおばちゃんが立ちはだかって、手にする箒で金属片をはじく。

 

いや、あんた誰や?…シェフィールドマジ感謝溢れ出る感謝がマジでやばいマジでサンキュー。

 

気づけば背後にはマッマ達。

 

 

あ、あのさぁ。

貴方がた、いままでどこにいらっしゃったの?

戦車の中?

あのクッソ狭いゴチャゴチャした機械の中で7〜8人くらいこもって盗み聞きしてたわけ?

ほんとよぉ、おまえらよぉ。

 

…いっぱいちゅき。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナイト・アンド・バブ

 

 

 

 

 

ビス叔母さんはラインハルトをビンタした。

 

いやいや、手じゃない。

胸で。

あの豊満な胸で、ビンタした。

 

きっとビス叔母さんは平手よりもクッション性のある胸の方がラインハルトを怪我させない為にも良いだろうとか考えたんじゃないかな?

 

ざ〜んねん!

 

結果は真逆。

ラインハルトはボロ人形のように一周回転して、ボービンド戦車博物館の冷たい床に転がった。

 

あのぉ、ビス叔母さん?

今度からそういう事を考える時は、質量を計算に入れましょうね?

そんな大胆な行動に出たくせに、ラインハルトが転がった瞬間「そんなつもりじゃなかったのに!」的な反応するくらいなら普通にビンタなさいな。

 

それにね、ヒッパーちゃんも鎮守府以来の仲間なんでしょ?

もうちょっと気を使ってあげても良くない?

すっげえ驚いた顔して、口をポカンと開けながらこっち見てんじゃん?

両手をその小さな胸に当てながら、見てんじゃん?

側から見てるこっちのメンタル、削れてくるじゃん?

 

 

 

転がったラインハルトがよろよろと立ち上がると、ビス叔母さんは我に返って従兄弟にハグをする。

 

可哀想なのか幸せそうなのか分からない従兄弟は、双丘ビンタと窒息プレイという、同情すべきか羨ましがるべきか分からない罰あるいはご褒美を受けることになる。

 

ラインハルトはその罰あるいはご褒美を受けながら、涙していた。

よく見ればラインハルトに罰あるいはご褒美を与えているビス叔母さんも泣いている。

 

 

「バカッ!ラインハルトのバカッ!ママに相談してくれてもいいじゃないっ!」

 

「ごめん!ごめんよ、ビスマッマ!でも…ビスマッマに心配かけたくなかったんだ!」

 

「何一人前みたいな事言ってんのよ!ラインハルト…あなたは私達の可愛い息子なのよ!……私達を頼ってよ…」

 

「ごめんッ!本当にごめんッ!ビスマッマ!」

 

「それに、あなたが死んでも…シュペーは喜ばないわ!そんな事も分からないの!?」

 

「………うっ、うっ、ぐすっ」

 

 

 

台詞だけ見りゃ、親子の会話として成り立つわな。

泣きじゃくる子供を、同じように泣きながら叱る母親でキャスティングすればいい絵になる。

 

でもキャメ●ン・ディアスみたいな金髪美女とトム・ク●ーズでやっていい絵面ではねえわ。

こんなナイト・アンド・●イはそれこそ見たくない。

需要あるの?この絵面?

トップ●ンのスーパーエースとチャー●ーズ・エンジェルのスーパーヒロインがスーパーバブリケーションしてる絵面ってどこに需要あんのよ!?

 

 

おい。

 

おいおいおい。

 

マッマ達、落ち着け。

いいかい?これはお願いじゃない。

もしお願いなら、"落ち着いて"って言う。

でもこれはお願いじゃない、命令。

だから、落ち着け。

 

 

抱き合うトム・ク●ーズとキャメ●ン・ディアスを見ながら「あー、マジ羨ましいわー」的な雰囲気丸出しにしてこっちににじり寄って来んな。

 

ピッピ。

まず、双丘を両手で抱えて、腰を回転させる動作をやめよう。

「なんとかいい感じにビンタできないかしら」的な試行錯誤をやめろ。

その双丘の質量じゃあ、何やっても無理だからさ。

 

ダンケ?

ハンカチは必要ないんだ、しまっとけ。

私は泣いてないし、泣く予定もない。

無理やりにでも泣かせようとするな。

 

ルイスとベル。

何話し合ってるかちゃと聞こえてるからな?

「罪状をでっち上げるのは私達アングロ=サクソンのお家芸」とか問題発言しないで?

色々と問題だから、そういうのはマジでやめて?

 

 

 

「ありがとう、ロブ君。」

 

 

唐突にビス叔母さんから話しかけられて、私は彼女の方を見る。

完璧母親顔のビス叔母さんが従兄弟を抱きしめながら、こちらを向いていた。

 

 

「ロブ君が何をしてくれたか、私にはよく分かるわ。この子は………」

 

そう、背負っていかねばなりません。

 

「ええ、犠牲にした21人のKANSENを。」

 

例えそれがどれほど苦痛であっても、当人は背負って生き続けるべきなんです。

自死で償えるなんてとんでもない、逃げてはならないんです。

 

「それこそが、この子の受ける罰…ロブ君?叔母として言うけれど、この罰は、この子と私が背負うべきなの。あなたが背負っちゃダメ。」

 

いいえ、ビス叔母さん。

私も充分に噛んでいる。

それに、私達は家族なんです。

重荷の分担ぐらいしますよ。

 

「ダメ。ダメよ、ロブ君。気持ちは嬉しいけれど、やっぱりそれはダメ。結局、コレを招いてしまったのはこの子なんだから。」

 

いや、でも…

 

「ティル、ホールド!」

 

「ピッピィ!!」

 

ぶへあッ

 

 

なあ、ピッピママ。

お前いつからポケ●ンか何かになったんだ?

ホールドって、なに?

そんな『体当たり』感覚で人を馬鹿みたいにデッカいウォーターメルォンの谷間に挟まないでもらえません?

 

ビス叔母さんもビス叔母さんで、妹相手にポケ●ントレーナーみたいな事してんじゃねえよ。

あんたら姉妹でしょ?

変な『ひでんわざ』仕込むの可哀想だなとか思わなかったの?ねえ?

 

 

「…とにかく、ロブ君。この子はあなたのおかげで"溜め込んでいたものを吐き出せた"。これで充分よ。後は私達に任せて?」

 

 

ビス叔母さんはそう言って、ラインハルトを谷間に挟んだまま立ち去った。

え?あの状態で空港まで行く気かあいつら。

まあ、こっちも人の事は言えんか。

 

 

「坊や。私の坊や。私の可愛い可愛い坊や。全て聞いてたわ。ちょっと信じられないけど、あなた…別の世界から来たのね。」

 

 

ぶふぉぉ。

やっぱバレてたかぁ。

まあ、あの会話聞かれてりゃ仕方ねえ。

 

 

「でも、そんなの何にも関係ないわ。あなたは私達の可愛い可愛い息子。今までも。そしてこれからも。」

 

「大切なのは…Mon chou、あなたが無事でいる事。愛情を注げる対象である限り、私達にとって大切な事はそれだけ。」

 

「結局、どこから来ようと指揮官くんは指揮官くん。私とヘレナの可愛い息子なのよ?」

 

「ご主人様がどうであろうと、私どもはご主人様をあやし続けます。ご安心ください。」

 

 

あぁ〜、マッマ達…本当の本当にマッマだわ。

 

ピッピの谷間に挟まれてると、嗅ぎ慣れた彼女の匂いと暖かな体温のおかげで段々と眠くなってきた。

 

まだ昼の前だけど、もう充分に疲れたよ。

少し眠くらいならいいよね?

従兄弟の危機を救ったんだ。

それくらいは許されるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボービンドから帰る途中、鉄血28号の中で目が覚めて、私はテレビニュースを見た。

セイレーンが大規模攻勢に出て、我々人類は取り戻したはずの海域を幾ばくか失ったらしい。

 

レクタスキーの件は既に全世界に広まっていて、ホルタ会談側は北連との戦争に向けた準備を進めていたが、このセイレーンの大規模攻勢とスタルノフの死によって、北連は危機を避けられたようだった。

 

 

いずれ、近いうちにプーシロフは"ダーティハリー"と会談する事だろう。

まあ、まさに季節外れの雪解けが始まる。

これを見る限りは、ベニヤは本当に有能な人物らしいな。

従兄弟も何らかの援護をして、セイレーンを焚きつけたに違いない。

 

まあ、何はともあれこれで一件落着。

 

レクタスキーのトンデモ企画は阻止され、20年後の核戦争危機は予防され、第三次世界大戦も起きなかった。

 

 

 

ただ……毎度そうであるように……問題がないわけではない。

 

セイレーンの脅威の再燃により、どの国もまた海軍に予算を回すようになる。

そうなれば一番に煽りを食うのは我々諜報組織だ。

セイレーン相手に戦争をするのに、人類同士で諜報戦をやりあう余裕なんてない。

だから諜報組織は規模を最小限にされるはず。

特に、対外諜報顧問だとかいう訳の分からん役職は真っ先にデリートされるだろう。

 

 

 

あ〜あ。

また失職かよぉ〜。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 鎮守府からの手紙

 

 

 

「起きてください、ご主人様。」

 

 

私はベルファストに起こされて、重たくてどうしようもないまぶたを渋々開ける事にした。

時刻はちょうど6時半。

もうそろそろいい加減に起きて、働き始めてもう一週間になる新しい職場へと向かう準備をしなければならない。

 

 

「ティルピッツとダンケルク、それにセントルイスは既に出勤しています。ご主人様もご朝食を食べ終わりましたら、ご出立のご準備を。」

 

分かってます、分かってますよ、ベルマッマ。

 

 

私は相変わらずビス叔母さん寄贈の大きな家に住んでいて、マッマ達もそうだったが、この時間帯は私とベル以外、もう誰も家にいない。

 

誰もいないキッチンで一人食事を摂るのは少し寂しく感じたが、テーブルの上の朝食がそんな気分を吹き飛ばしてくれる。

 

お手製ソーセージにポテトサラダ、パン・デ・ベルデュとヨーグルトの朝食の、それぞれを用意してくれたマッマの顔が眼に浮かぶからだ。

 

なんだか、こう言われているような気がする。

 

"待ってるから、早くおいで?"

 

 

私は朝食を摂り終えると電動シェーバーでヒゲを剃り、新しい職場での新しい立場のせいで趣味の悪いテューダー朝様式の装飾が施されるようになった制服に着替える。

 

ああ、もう、重いったらありゃしない。

 

格式ばった、何の実用性もない装飾には辟易していたが、規則ゆえに仕方がなかろう。

だから私はもう黙って自分のブリーフケースを取りに行ったし、その後黙って鉄血28号に乗り込んだ。

 

 

 

『おはよう。いい朝ね?』

 

ああ、おはよう、プリン。

 

『こんな朝にはヴェ●ディのレクイエムが一番じゃないかしら?』

 

マジで勘弁。

朝っぱらから高血圧になっちまうだろうが。

 

『うふふ、冗談よ。』

 

「プリン、いつも通り安全にお願いしますね?」

 

『ベル?私が緊急時以外に危険な運転した事あったかしら?それじゃあ、出発するわね?』

 

 

 

鉄血28号は、本当に乗り心地の良い車両だった。

プリンも最高の人工知能だ。

たわいもないお喋りに付き合ってくれたり、ちょうどいい音楽を流してくれたりする。

ここだけの話、マッマ達にも相談できない事をプリンに相談したりもした。

まあ、なんつーか、マッマ達とは違う形態の、良い相談役って感じかな。

 

 

鉄血28号はやがて私の新しい職場の敷地内に入り、私の勤める建物の正面で停止する。

ベルが私のブリーフケース片手に先導して降りて、私が降りるまでそのまま保持してくれていた。

 

 

『たまにはボーナスが欲しいわ、ボス。』

 

ふははははッ!

オクタン価の高いガソリンとか?

 

『いいえ、ウォッシャー液の方。』

 

 

プリンのジョークに心底笑いながら鉄血28号を降り、私は建物の入り口へと向かう。

私のオフィスは四階にあるので、エレベーターを目指すのだ。

ベルが先にエレベーターへ入って、続いてエレベーターに乗った後、私はスイッチ類の上にある小型テレビに視線を向ける。

 

 

"雪解け"は本当に始まっていた。

ニュースがそれを伝えている。

ホルタ会談側も北連も、お互いに争っている場合ではなくなったのだ。

 

ま、これで元通りだな。

従兄弟ラインハルトの悲しい罪は清算された。

形は少々異なるが、人類は再びセイレーンと戦い始めたのである。

 

あ、ああ、ラインハルトだが、まだ鉄血情報部のトップにいる。

もっとも最近はセイレーンの出没場所、経路、時間帯の情報収集がもっぱらの仕事らしいが。

ビス叔母さんとも連絡を取り合っているし、まあまあ上手くやってはいるようだ。

 

 

 

エレベーターは四階に到着し、ベルが開ボタンを押してくれていたので、私はエレベーターから降りる。

目の前の廊下を100メートルほど歩けば、もうそこが私のオフィスで、私はベルが降りるのを待ってから歩き始めた。

 

セントルイスが、廊下で私を待っている。

彼女は私を見るなりこちらへ向き直り、とびきりの笑顔を向けた。

 

 

「指揮官くん、おはよう♪」

 

ああ、おはよう。

 

 

少々無愛想に見えるかもしれないが、朝イチってのはよほど面白いジョークでも聞かない限りテンションってのが上がらない。

 

私は右手を軽くあげ、ルイスマッマによる渾身のハグを未然に防ぐ。

 

いや、ありがたいんだけどね、ルイスマッマ。

朝っぱらからそんな血圧トップガンされたら私死ぬかもしれんから自重していただきたい。

 

ルイスが少し残念な顔をしつつも私の後ろに回り、反対にベルが先んじてオフィスのドアを開ける。

 

 

 

ここが、私のオフィスだ。

 

薄々勘付いてる人もいるかもしれないが、私のオフィスからは大海原を見る事ができる。

このオフィスでは、私の執務机の背後にその景色があり、何か思い詰めたりした時はそちらを向いて気分転換ができるのだ。

…大して思い詰めることなんてないが。

 

 

執務机の隣には、ピッピとダンケがいる。

ピッピは書類と簿冊、ダンケはマカロンと紅茶を持っている。

今週はベルが私を自宅からここまでエスコートする係なので、紅茶はダンケが淹れることになっていた。

ベルの紅茶も美味しいけど、ダンケのもなかなか美味しい。

 

 

私はまたも右手を軽くあげ、ピッピとダンケによるハグハグしい挨拶をまたも自重してもらうことにした。

このポーズを最初にやり出したのはイタリア人らしいが、使った人物としてはオーストリア人の方が有名だろう。

私はこれを"敬礼省略"の意味で使っている。

そして、"敬礼省略"とは、"うんうん、マッマありがとう。その気持だけでお腹いっぱいだから頼むから大人しくしてて?"という意味である。

 

そうでもしないと、朝のウォーミングアップをする間も無く血圧トップガンになる。

 

 

私は大海原を景色を見やり、ダンケの紅茶を一口啜った。

こんな朝っぱらにもかかわらず、本日演習予定のチーム・ユニオンfeatアヴマッマの面々と、重桜マッマズfeat天城さんが艤装装着してウォーミングアップをしている。

勝利報酬は……はぁぁぁ。

私をあやしホーダイ1時間。

そんなもののために、彼女達はオリンピック本番直前の代表団かってくらい準備運動をしていた。

 

 

 

皆さん、もうお気づきかもしれないが、私は海軍に復帰した。

まあとんでもない振り回しだね。

「お前海軍にいると迷惑するから諜報員でもやってろ」か〜ら〜の〜「セイレーン来たわ、お前元海軍だろ戻ってこい」である。

ホンマど突いたろうかと思ったのは仕方がない事だと同情してほしいレヴェル。

 

ただし、勿論タダでという話ではない。

私は中佐から少将に昇進したのだ。

えぇ〜、大佐と准将すっ飛ばして少将とかめっさ無駄に期待されて大変な奴やんとか思ったりしたけど、私の艦隊は予備部隊として温存される事になっていた。

 

まあ、セイレーンが上陸でもしてこん限りは私の出番はない。

それまでは私は暇人だし、マッマ達はKANSENとして復帰してもマッマ&ママ商会改めM&M社の業務を継続できる。

はい、私こそが税金泥棒です。

 

 

 

 

そんなことを考えながら紅茶を飲み干すと、ダンケの暗褐色の瞳と目があった。

 

もう、瞳で語りかけられるのには慣れてしまっている。

 

 

(お味はいかが?Mon chou?)

 

(今日もばっちし!)

 

 

瞳に瞳で返事を返すと、私は深く、深く息を吸って、そして吐き出した。

 

 

さあ、今日という日を始めよう。

私自身のウォーミングアップは済んでいる。

後は、毎朝恒例となってしまったアレをやるだけだ。

 

まあ、何で始まったのかっていうと、先週の初再出勤日に、ピッピが「やらないとやる気しないわ」とか言い出したのがそもそもの原因なんだけどさ。

 

 

もう、やるしかない。

もう、これは伝統になってしまったんだ仕方ない。

さあ、始めよう。

さあ、やろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ばー、ぶぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マッマ達によるバルバロッサ作戦顔負けのスピーディダイナミックあやしんぐプレイを受けながら。

 

私はこの先の事を考えていた。

 

 

世界線は形を多少は変えたにせよ、元に戻った。

セイレーンとの戦いに戻り、この先は私にも分からない。

だけど、そんなに怖くはない。

 

何故なら、一人で歩んでいくわけではないからだ。

 

 

「はぁい、坊や♪私にたっぷり甘えなさいっ♪」

 

「Mon chou〜Mon chou〜、私のMon chou〜♪」

 

「指揮官くん、あとでヘレナと牛さんのお世話しましょ♪」

 

「ご主人様♪私達みんな、ご主人様とずぅぅぅっと一緒ですからね♪」

 

 

 

そう。マッマ達がいる。

今までマッマ達がいて、これからもマッマ達がいる。

私は守られ、あやされ、助けられ、あやされ、楽しみ、あやされ、悲しみ、あやされ。

時に喜び、あやされ。

時に苦しみ、あやされ。

富めるときも病めるときもあやされ。

どんな時でもあやされながらあやされてあやされるのである。

 

 

何も恐れることはない。

マッマ達と歩んでいこう。

いつか本当に"時"が来て、小麦畑をラッ●ル・クロウのように歩く…その時まで。

 

それまではただ自分の人生を楽しめばいい。

 

 

たっっっぷりと、あやされながら。




第1編は三ヶ月かかったのに、こっちが1ヶ月ちょいで終わった理由は、やりたい事をやりたい放題したからです、すいませんついカッとなってやった反省はしていない。
第1編より原作崩しに崩しまくったけど、反省はしていない。
もうワールドワイドに崩壊させたけど、反省はしていない。

5ヶ月近くこの駄文に付き合ってくださった方々、本当にありがとうございました。
もし、お楽しみいただけたなら、本当に嬉しく思います。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
皆様にも、マッマのご加護があらんことを。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バブールレーンⅡ 『バブ・ベイベー』
プロローグ




つい我慢というものができずにまた始めてしまった。
反省はしている。

主人公の名前が若干変わってますが、そもそも設定が一部前作から変わる予定なので、詳しくは追い追い登場人物紹介を挙げて行こうかと思います。

我慢というものができない、頭が本当におかしい人間の怪文書の駄文でありますが、お楽しみいただければ大変幸いです。。。


 

ある陽気な平日の昼、1人の惨めな男が、自らの執務室で頭を抱えて怯えていた。

男はガチガチと歯を鳴らし、その腕は小刻みに震え、その額は脂汗で満たされている。

 

もうすぐ30も半ばを越えようとするこの男をここまで怯えさせたのは、3日前の出来事。

それ以来彼は、エドガー・●ラン・●ーの小説の登場人物のように惨めに怯え、一日の内の大半をそうして過ごしているのである。

 

 

 

その"男"とは私、『ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世』の事だ。

たかだか二次創作物の主人公がなんでそんなオーストリア皇帝みたくクソみたいに長い名前になったのかは…もしお時間が許すなら前作を読んでいただきたい。

そこにはここに至るまでの全てが記されていることだろう。

 

私は三日前に、本当にとんでもない経験をしてしまい、ずっと怯えているのだ。

それはそれはもう恐ろしい体験だった。

エドガー・●ラン・●ーとスティー●ン・キ●グが同時に真っ青になるレベルで。

ペニー●イズだって、私の体験を聞けばきっと裸足で逃げ出すに違いない。

 

 

だから皆様には、最初に謝罪させていただきたい。

皆様はきっと、この怪文章を読んだ後に必ずこんな風におっしゃることでしょう。

 

「こ、この、サイコ野郎…何て物をこの世に送り出しやがった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3日前

鎮守府内

医務室

 

 

 

 

 

 

あああああっ!!この世の地獄だァァァアアア!!

 

「ちょっと、動かないで!死・ぬ・わ・よ?」

 

死んだ方がマシかもしれんわ、こんな恥辱っ!!

 

「そんな事言うもんじゃないの!ほら、もう少しで終わるから大人しくなさいっ!」

 

 

 

持病というものは人を苦しめる。

それを持つ者は、下手をすれば死ぬまでその病と付き合っていかねばならないのだ。

ある者は喘息、ある者は糖尿病、ある者は神経痛、ある者は痛風。

私の場合、それは血栓性外痔核だった。

平たく言えば『イボ痔』。

このタイプの痔は非常に厄介で、外科的手術によって完治はできないそうだ。

出るポイントが3点あり、その内1点を手術したとしても、残りの2点から出る可能性が高い上に一度切ったらもう切れないらしい。

医師からも薬による治療を勧められた結果、私は引っ込んだり出てきたりする痔核と戦う道を選ばざるを得なかったのだ。

お食事中だった方、本当にごめんなさい。

 

 

そして私は今、いつの間にか当鎮守府衛生兵キャラが定着してしまったプリンツ・オイゲンにネリ●ロクト軟膏という素晴らしい薬を塗られようかとしていた。

 

いや、マジ勘弁してください。

プリンツ・オイゲンにプリケツ・オイゲンしたい人間がどこにいるんだよ。

 

彼女の場合、母性っつーより親しい幼馴染っぽさの成分が多く含まれてる人物だからことのほか恥ずかしかった。

 

あのさ、幼い頃転んで怪我して幼馴染に消毒液塗ってもらって「痛ててて」「我慢しなさい男の子でしょ」とか言うやり取りとかだったら分かるじゃん?

むしろ羨ましいじゃん?

 

でも30半ばにもなって明らかに自分より年下に見えるレディに痔の薬を塗ってもらうってすんごい恥ずかしいわけよ。

なのにプリンツェフ(プリンツ・オイゲン)は一切の躊躇無しにおっ広げて塗ろうとしてくんのよ。

自分で塗るから大丈夫ですむしろ自分で塗らせてくださいって言っても聞いてくんねえのよ。

 

結局、私はプリンツェフに塗り薬を塗ってもらう事になり、先程の様に悪態を零していたのである。

 

 

 

「はいっ終わり!これに懲りたら、次からはイボを出さないように努力する事ね。」

 

出さないって言ったって…出るんだもん!

 

「やめなさい。全く可愛くないし、むしろグロいわよ?」

 

ヘグッ(critical!!)

 

「食物繊維を摂取しなさい。キャベツとか。とにかく、血液の流れをサラサラにして、血流を良くしないと。」

 

…わ、わかりやした。

 

「それじゃ、治療も済んだことだし、行ってらっしゃい。私の………後は好きに想像なさい♪」

 

 

 

プリンツェフに送り出され、私は自らの執務室へ向かって歩き始める。

朝一番だってのにエラい目に遭ってしまったが、やはりプリンツェフには感謝しないとなぁ。

彼女のおかげで、私の持病の症状が既に緩和され始めていたのだ。

薬の塗り方一つでも変わるもんなんだな。

 

 

 

 

やがて私は執務室へと至り、品のいい扉を開けた。

その部屋の中には4人の貴婦人達がいて、私が来るなり笑顔で迎えてくれる。

 

 

「坊や!私の坊や!私の愛しい愛しい坊や!おかえりなさい!」

 

うん、ピッピママありがとう。

 

「プリンツ・オイゲンから聞いたけど、また"出ちゃった"んですって?Mon chou(私の可愛い息子)?」

 

実はそうなんだ、ダンケママ。心配かけてごめんね。

 

「指揮官くん!ひょっとして…私が昨日ポテトチップなんか作ったから…」

 

ルイスママ、それはない。それはないから。一晩で影響が出るもんでもないし。

 

「とにかく、ご主人様。ご自身の健康にはご注意していただかなければなりません。」

 

はい、ごめんなさい、ベルママ。

気をつけます。

 

「さて、と。坊やの治療も済んだ事だし…今日もバトルね!」

 

「今日こそ私がMon chouを最初にあやすわ!」

 

「うふふふふ♪私はラッキー・ルー♪そう簡単に勝てると思うの?」

 

「勝てるか勝てないかではなく、勝つのです。お間違いなきよう。」

 

「それじゃあ…」

 

「「「「サイッショはグゥゥゥ!!」」」」

 

 

これが当鎮守府名物あやしんぐジャンケンである。

その日の誰から順番に私をあやしていくか決めていくのだ。

その勢いは正にショッギョ・ムッギョ。

 

 

執務室のど真ん中で物理的母親達による白熱のジャンケン=バトルが行われている間、私は窓の外を眺める事にした。

 

ティルピッツ、ダンケルク、セントルイス、ベルファストの4人とは、色々あって今の関係へと至った。

本当に死にかけていた所を輸血で助けてくれたのだが、その結果、彼女達は自分こそ私の母親だと言い張る様になり、私は彼女達の物理的な息子となったのである。

その母親達が鬼の形相で繰り広げる凄まじいバトルを直視するには、私のメンタルは脆すぎるのだ。

 

 

 

窓の外を見ると、ちょうど明石と夕張が何かの装置を弄っているのが見える。

 

あ〜、アレどっかで見たことあるぞ。

アレだ、アレ。

ベルファストからベルちゃんを分生させたあの装置だ。

なんだアイツらまだ懲りずにあんなもん作ってんのかよ。

 

 

 

どうやらセッティングが終了したようで、明石と夕張は装置の電源を入れたようだ。

装置からは何かアヤシイ光線が出てきて、しかしそれは途中でカーブミラーにぶち当たって反射する。

 

そして、その光線は「セッティングぐらいもうちょいちゃんとしろや」と思っていた私に向かって飛んできたのだ!

 

私は光に包まれ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと暗闇の中。

でも、寒くもなければ怖くもない。

なんだか暖かく、心地よく。

ずっとここにいたい、そう思えた。

だが光が見えてくる。

いつまでもここにはいられないんだな。

光の向こうで、誰かが待っていてくれている。

仕方ない、行くとするか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、私は揺かごの中にいた。

いや、大人サイズの揺かごとか、そんなのじゃない。

"ちゃんとした、赤ん坊用の揺かご"。

 

おかしいな30半ば近い私が入るはずもないのに。

 

やがて長い両腕が伸びてきて、私を抱え、上に持ち上げた。

プリンツェフ?

 

 

「あ〜、よかったですねぇ、お母さん〜、元気な男の子ですよぉ〜(裏声)」

 

 

プリンツェフはそう言いながら、私をベッドの上へと運ぶ。

 

そこには1人の女性がいて、私を見るなりこう言った。

 

 

「ちゃんと無事に産まれて来てくれたのね!Mon chou!」

 

 

おいダンケルク。

これは一体全体何が起きたんだ?

何が起こってるんだ?

お前はそこで何してる?ん?

お前はそんなところで寝転がって、一体何してるんだよ?ん?

 

何故安心した母親みたいな顔で私を見る?

何故産まれて来た赤ん坊を見て………

 

 

おい、おいおいおいおい!

 

頭を別の方向に向けると、グルグルに縛られて十字架にかけられた明石と夕張が見える。

その横にはピッピ、ルイス、ベルがいて、微笑ましい笑みを浮かべて私とダンケを見ていた。

 

 

「おめでとう、ダンケルク!坊やがちゃんと産まれて来てよかった!」

 

「うっ、ぐすっ、じぎがんぐんっ!わだぢだぢじんばいじたのよぉ?」

 

「とりあえず…これで装置の安全性は確認されました。次は私ですね。」

 

「皆んなの応援のおかげで、私も頑張れたわ。今度は私が応援する番。Mon chouの"本当の母親になれる"感動…皆んなならきっと分かってくれると思うわ!」

 

 

 

ちょっと待て。

いまいち頭の理解が追いつかない。

ただ、現段階で分かっていることと言えば…なんてこった。

ここに来てついに、私はモノホンの赤ん坊になっちまったようだな。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イカれたメンバーを紹介するゼェ〜


いつも通り雑な登場人物紹介です。
たぶん、書いてない娘もいますし、『共同親権者』の意味が原義とはかなり異なりますご了承ください(おいこら


 

 

 

 

23:59:59

 

ピッピッ

 

23:59:58

 

ピッピッ

 

23:59:57

 

ピッピッ

 

23:59:56

 

ピッピッ

 

ピピピピピピピピピピピピピピピ…

 

 

 

前作までのあらすじ

 

 

 

私はジャッ、いや…ロブ・マッコール。

新しい名前で呼ぶとすれば…『ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世』。

たぶんどの世界の転生者も、私のような体験はしていないに違いない…。

 

 

 

私はある日突然に、アズールレーンの世界へと迷い込んでしまった。

いや、いや、交通事故だとか、病気で死んだりはしていない。

普通に通勤してて、気づいたらこの世界にいた。

 

てっきり寝坊して変な夢でも見てんじゃないかと思って拳銃自殺でのお目覚めを試みたところ、銀髪長身巨乳美女に止められた。

その女こそティルピッツ。

彼女の他にも、ベルファスト、セントルイス、ダンケルクといった嫁艦がいたもんだから、ほぼ間違いなくマイ・スウィート鎮守府へと来てしまったようだ。

 

 

拳銃自殺なんてしようとしたもんだから、この4人が過保護になっていき、そしてそれはブラック鎮守府の指揮官による暗殺未遂事件以降急速に加速していった。

特に暗殺未遂後の輸血により、私とマッマ達は本当に物理的な親子へと至ってしまう。

彼女達のお陰で、KANSENをアホのようにこき使っていたアホタレ指揮官は倒せたものの、過保護が国内問題を招きかねないと判断した首相からMI5への転属を命令される。

 

 

よっしゃー、対外諜報顧問とかいうよくわからない役職じゃー、これで私の人生は国庫の金を食いつぶすパラサイターでのらりくらりやってくんじゃーとか思ってたら、天誅なのか新しい問題がやってきた。

 

KANSENを分解してメンタルキューブを取り出すとかいうR15指定な実験を北方連合がやっていて、止めなければならなくなったのだ。

 

ピッピママのお姉さんであるビス叔母さんの物理的息子にして私の物理的従兄弟、鉄血公国情報部長ラインハルト・レルゲンとともに東煌、鉄血、ウクラニアと飛び回り、どうにか最終実験の阻止に成功。

 

 

だがこの一連の事件は、実は私と同じ転生者であったラインハルトによって引き起こされたものだった。

 

彼の悲しい過去と悲しい罪は、北方連合の独裁者が死んだことにより清算され、世界はまたセイレーンと戦うという元の世界線へと戻っていく。

 

私はMI5から海軍に戻り、今度こそ!今度こそ!税金泥棒としてのらりくらりスペシャルスロォーリィーマイライフするつもり…だったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物

 

 

 

 

 

 

・主人公/旧名『ロブ・マッコール』

→『ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世』

 

 

見た目はオッさん中身は幼児のやべえヤツから、見た目も幼児になってしまった本当にやべえヤツ。

幼児化に伴い、名前も変わってしまった上、後述の4大マッマともガチな血縁関係で結ばれてしまう。

名前がハプスブルク家並みになったのはその為。

挙げ句の果てにブラック鎮守府を倒したり、北方連合の独裁者と戦ったりした経歴により、鉄血公国から『フォン』の称号を贈られる。

当人はエクレア食ってたり、ルイスの谷間に挟まってたりしただけなのに。

 

マジでマッマ抜きには何もできなくなってしまった赤ん坊。

なのに思考回路はおっさんとベビーのハーフという禁断の存在。

 

尚、アフリカ系アメリカ人でもオーストリア皇帝でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・"4大マッマ"、"共同親権者"

 

基本的に主人公をあやす事しか考えてないやべえヤツらから主人公のお世話する事しか考えなくなった母性の究極体。

とある出来事により、全員が主人公とガチな血縁関係を結ぶ。

 

 

 

 

 

・ティルピッツ /ピッピママ

 

鉄血公国代表母親。

4人の中では一番の正統派。

子守唄っつってんのにソロオペラを始めたり、絵本の朗読で感極まって泣いてしまう天然マッマ。

姉のビスマルク(後述)の援護を受けながら暴力的なまでの過保護を披露するが、程度が極端過ぎてもはやロイヤル首相の干渉を受けるほど。

前作2篇で起業も行なっており、M&M社のCEOも務める。

マッマの中でもリーダー的存在で、その豊かな谷間は主人公の定位置の一つ。

主人公の共同親権者の1人。

 

主人公への呼び名は『坊や』。

 

 

 

・ダンケルク/ダンケママ

 

アイリス代表母親。

4人の中では一番N●K。

お菓子作りが得意とかもはやそういう範疇ではなく、パディシエール並みのクラフトマンシップで菓子製作に取り組んでいる。

製菓職人としての経験を生かし、カフェ"Dunkirk"をオープンした。

敬虔なカトリック教徒。

こちらの谷間も主人公の定位置の内の一つ。

主人公の共同親権者の1人。

 

主人公への呼び名は『Mon chou(私の可愛い息子)』

 

 

 

・セントルイス/ルイスママ

 

ユニオン代表母親。

4人の中でもちょっとサイコ。

主人公を洗脳して自分こそ母親だと思わせようとしていたやべえヤツ。

最近では妹のヘレナ(後述)と組んで『セントルイス級ファミリア』を形成し、姉のサキュバス的妖艶さと妹のナチュラルチックなあざとさのコンボで主人公をセントルイス級にしようとする。わけがわからん。

実はアイビーリーグ出身のインテリで、M&M社のマネジメントをしてたり、ロイヤル海軍規則等を利用して主人公の親権における優先権を得る。

こちらの谷間は前途の理由により主人公の正規の位置。

共同親権者の筆頭。

3人いる。

 

主人公への呼び名は『指揮官くん』

 

 

 

・ベルファスト/ベルママ

 

ロイヤル代表母親。

4人の中では一番常識人に見える。

基本的にはメイドとして自制しているが、タガが外れるとその反動でとんでもない方向性を追求する事がある。

首輪が絡むとキャラがメルトダウンするし、ロイヤルメイド隊長の職権を濫用してまで主人公をあやそうとする。

海軍大臣とのコネクションすら持っており、ロイヤル国内では絶大な影響力を持つ。

M&M社では営業担当。

5人いる。

彼女の谷間も主人公の定位置の内の一つ。

共同親権者の1人。

 

主人公への呼び名は『ご主人様』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア家

 

 

元『マッコール』家の人々。

4大マッマが主人公の本格的な母親になった事から名前が変わり、特にルイスが規則を利用して優先権を得たために彼女のフルネームが入っているが、根本的には何も変わらない。

相変わらずキャラ崩壊著しいし、ふとした瞬間に共同親権者入りしようと常に目を光らせようとする人々もいる。

共同親権者の原義が崩壊しよるぞぉ………

 

 

 

・プリンツオイゲン/プリンツェフ

 

ちょっと目を離したら当鎮守府の衛生兵と化していた娘。

主成分が母性ではなく幼馴染感な為、たまに主人公の心のオアシスとなることも。

ただし、幼馴染と見せかけて現在空席のカッコいい系マッマの座を狙っている。

もうマジで勘弁してくれ。

前作で主人公に人工知能搭載のウルトラセダンをプレゼントしてたりする。

 

・プリン

 

プリンツオイゲン寄贈のセダンに搭載されていた人工知能。

人工知能ゆえにママ化することはないので、主人公の主要な相談相手になりつつある。

 

 

 

 

・アヴローラ/アヴマッマ

 

前作では前指揮官とその嫁にして親友の仇を取り復讐を果たした元工作員。

その後自由の身となり、まぁ!なんということでしょう!レベルのビフォーアフターを果たす。

今では異常なくすんなりマッマと化してるし、持ち前の頭脳を活かして共同親権者入りを狙う。

ヘレナの次ぐらいにあざとい。

 

 

 

・イラストリアス

 

シャ●ーン・ストーン。

変態、痴女、歩く青少年保護育成条例違反。

原作にあった淑女感も貞操さもZERO。

何かある度にエロティックアピールしないと気が済まない為、警戒を要す。

 

 

 

・エンタープライズ

 

ヴァイ●レット・エヴァー●ーデン。

 

 

 

・レパルス

 

「ねぇ〜シキカン〜、私の出番、少なくな〜い?(チェーンソー両手に」

 

 

 

・グラーフツェッペリン/グラツェン

 

ちょっと前まで「もし神が本当にいるというのなら云々」「憎んでいる、全てを」とか厨二ってた彼女も今では立派な過激派プロテスタント。

「もし神が〜」が「もし免罪符で罪が贖えると言う奴がいるのなら〜」に変わり、「憎んでいる、全てを」から「憎んでいる、教皇庁」に変わる。

敬虔なカトリック教徒であるダンケルクやジャンバール(後述)とは折り合いが悪い。

 

・ルーデル、ハルトマン

 

グラツェンさんのJu87のパイロット、及びBf109のパイロット。

多分名前が同じだけのヒヨコさん。

グラツェンと同じく過激派と化す。

 

 

 

・ジャン・バール

 

アイリスからやってきた戦艦。

敬虔なカトリック教徒で、グラツェン達と宗教戦争を巻き起こす。

 

 

 

・アークロイヤル

 

ロリコン及びショタコン。

後期のミニマッマ達からは『ちびっ子イェーガー』と恐れられるし、主人公をも毒牙にかけんと狙う。

ストライクゾーンの下限値が限りなく広い。

 

 

 

・ミニマッマ

 

気づいたらそこにいた系子供達。

幼児化した主人公相手にお姉さんぶるが、見事に失敗していくのが非常に微笑ましい心のオアシス。

天敵はアークロイヤル。

 

 

 

 

 

 

・"セントルイス級ファミリア"

 

セントルイス主導のグループ名。

フリーメイソン的な秘密結社になりつつある。

キャッチコピーは"あなたも家族よ?"

 

 

 

・ヘレナ

 

セントルイスの妹。

老廃牛を買い取って飼育するくらい優しい子にして、裏腹に計算高さを持ち合わせる少女。

あざとさは姉以上。

主人公に"叔母さん"と『呼ばせる』。

 

 

 

・ホノルル

 

新しく転任してきたKANSEN。

訳あって元の鎮守府の指揮官とは折り合いが悪く、着任当初もツンケンしていたが次第にマッマと化す。

彼女にとっての『このくらい』は日々の粉ミルクから国家の安全保障までを指す。

 

 

 

 

 

 

 

・"チーム・ユニオン"

 

 

 

ノース・カロライナ、ワシントン、メリーランド、コロラド、ウェストヴァージニアからなるグループ。

大抵ぶっ壊す事しか考えてないし、大抵何かぶっ壊して需品担当者の明石から怒られる。

ちゃんと怒られるあたりが可愛い。

でも許さん。

 

 

 

 

・"重桜マッマズ"

 

 

赤城、加賀、愛宕、高雄のグループ。

元ブラック指揮官のKANSENだが、今では以上なく主人公のマッマと化している。

たまに天城さんもやってくる。

共同親権者へのパールハーバーをしたがる(意味不明)。

 

 

 

 

 

 

 

 

・鉄血公国

 

 

 

・ラインハルト=レルゲン

 

主人公の物理的従兄弟。

前作では共闘し、北方連合の野望を砕く。

実は転生者。

今でも鉄血公国情報部長を務めており、ビスマルクの過保護に悩まされる。

 

 

 

・ビスマルク

 

ティルピッツの姉にしてラインハルトの物理的な母親。

鉄血財界の大物。

主人公の件を聞きつけ、妹を羨ましがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ロイヤル海軍

 

 

 

・ジョン・"ジャック"・フォースター大佐

 

ロイヤル海軍では大変珍しい、兵卒からの叩き上げ士官。

艦隊における決定打撃量の不足と、資金の不足に頭を悩ませている。

スラム街の出身で、普段は騎士道精神の塊のような熱血漢なのだが………

 

 

・カーリュー

 

フォースター大佐の秘書艦。

細部まで詰めきる優秀なメイドで、彼を的確に補佐する。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅰ章 甘えん坊将軍
イリーガル・ハイ


 

 

 

 

 

本当に恐るべきはその後だったんだ。

トラウマ級の出来事が始まってしまった。

喜色の笑みを浮かべるダンケママ、口先だけのお祝いを述べるプリンツェフ、呆れ顔のヴェスタルさん。

でも…この病室ではその後もっと恐ろしい事が始まったんだ、信じてくれ。

 

 

 

私を赤ん坊にしたあの装置は、その後も私をあと3回は暖かな暗闇の中に放り込んだし、プリンツェフはあと3回私を抱き上げたし、ヴェスタルさんはあと3回カルテを書いた。

 

4回もだぞ!4回も!!!

こんな…こんな、生命の倫理に反する紛う事なき暴挙が4回も行われたんだよ、この部屋で!!

 

順番は既に決められていた。

私は意見する立場にすらない。

 

ダンケルクのあと、ベルファストが"母親になり"次いでティルピッツ、最後のセントルイスに至っては6時間も粘ったらしい!

考えるだけでも恐ろしいっ!!!

 

 

セントルイス…

ルイスマッマ…

奴が一番恐ろしい。

 

全ては奴の手中の出来事だったに違いないっ!

私にそう思わせたのは今日の事後。

マッマ達が今度は私の親権を巡って揉め始めた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が最初にお母さんになったの!私こそMon chouの親権者に相応しいわ!」

 

「Nein!ダンケルク!そんなの偶然でしかない!あの場で屈曲された光線の先に偶然貴女がいただけ!それだけで親権なんて…」

 

「お二人とも、落ち着いてお考えください。ご主人様はロイヤルの人間で、この4人の中でロイヤルのKANSENは私だけ。このベルファストこそがご主人様の親権を…」

 

「そんなのズルい!認められる訳ないじゃない!」

 

「なっ、ダンケルク!貴女子供ですか!」

 

「今度ばかりはダンケルクに賛同するわ!彼女がいなければ、私達も坊やの母親になれなかった…仕方ないわ、ここは公正にジャンケ」

 

「ねえ、ちょっといいかしら?」

 

 

ティルピッツが拳を振り上げてスーパージャンケンバトルを始める前に、セントルイスが割り込んだ。

 

ねえ、ピッピ?

ひょっとして、今、ジャンケンで決めようとした?

今、人の親権ジャンケンで決めようとした?ねえ?

 

他の3人に比べれば、セントルイスはとても落ち着いて見える。

「正直、貴女達も大切な友達だし、あまり揉めたくはないわ。」みたいな雰囲気をこれでもかと出していた。

調停役としてはまあ、ピッタリな態度だわな。

 

 

「ジャンケンなんかで親権を決めちゃったりなんかしたら、法的な問題が起きるんじゃない?」

 

「確かに、そうね。ちゃんと法的根拠に則った方法を取るべきよ…はぁ、私とした事が」

 

「Mon chouの件だからってつい熱くなっちゃって…」

 

「ありがとうございます、セントルイス。どうやら、大切な事を忘れてしまっていたようです。」

 

「いいえ、指揮官くんの為にも必要な事を言ったまでよ。」

 

「セントルイス、貴女が落ち着いててくれて助かるわ。坊やの母親になる順番を決める時も、自分から譲ってくれたし…」

 

 

 

え、マジか、ルイス。

いつだか「私のお腹の中に戻って来て」とかキチガイみたいな事言ってたから、勇んでダンケの次を取りに行ったのかと思ってたよ。

 

ちょっと見直し………できねえなあ、おい。

 

ルイス、ちょ、お前、どんな顔してんのよ。

他のマッマ達から顔背けて、何て顔してんのよ。

クククククッ計算通りってのが丸見えな顔してんだけど!?

 

他の3人のマッマ達が落ち着くと、ルイスは3人に提案を始める。

 

 

「…実はね、こんな事もあろうかと海軍司法官を呼んできたの。」

 

「!!さすがです、セントルイス!」

 

「そうね、こういう時は司法に頼るしかないわね。」

 

「さあ、坊や!そうと分かったらさっそく相談しましょう!」

 

 

 

 

…………

 

30分後

 

 

 

 

 

海軍司法官は、予め結論を決めていたように見えた。

マッマ達と共にこの部屋に着いた時には、間違いなく決めていたに違いない。

マッマ達が司法官と軽い挨拶を済ませると、見るからに司法の人間だと一目で分かる容姿の彼は、開口一番にこう言ったのだ。

 

 

「結論から言うと、親権はセントルイスさんに優先権があります。」

 

「「「「えええー!!??」」」」

 

 

マッマ達は皆、仰け反るように驚いたが、その中に1人だけ明らかにワザとらしいリアクションを取っていたヤツがいた。

おい、ルイス、お前だよ。

お前知ってたろ。

私はちゃんと見てんだよ。

こうやって、惨めな赤ん坊になって、今は赤ちゃん用の椅子に座らされていたとしても見てんだよ。

 

回答に納得がいかない他の3人のマッマ達の内、ティルピッツが司法官に噛み付く。

 

 

「根拠は何!?」

 

「ええっとですねえ…今回は非常に珍しいケースでして…」

 

 

そりゃあなあ。

成人男性が赤ん坊になって、その母親は誰って言われてもなあ。

もう、訳がわからんわなあ。

 

 

「KANSEN協定(国際的な取り決め)にも、該当するような事由は認められません。」

 

「根拠がないの!?なのに私はMon chouの母親じゃないって」

 

「落ち着いてください。ショックなのは分かりますが…この場合は海軍規則が該当します。」

 

「規則にはどう書いてあるのですか?」

 

「『KANSENとのケッコン及びそれに関わる規則・細則』には、親権に関する記述があります。今回は、その中の『代理母出産の場合に関する細則』を根拠としました。」

 

 

司法官は分厚い海軍規則を開いて丁寧に説明をした。

海軍細か過ぎだろ。

何なの代理母出産に関する規則って。

そこまで決めちゃう?

そこまで規則で決めて、ガッチガチに縛っちゃう?

そこまで縛りプレイしちゃう?

 

 

「規則にはこうあります。"KANSENとの間に、代理母に委託して子供を設けた場合は、親権は原則としてKANSENにある。ただし、子供が父親によって認知されなかったり、或いは父権が放棄された場合には…"」

 

 

まあ、認知しないって言っても、認知の書類出す前に戦死しちゃったとかそんなのだろうね。

そうだと信じたい。

それにしても破茶滅茶過ぎるだろ。

しかしまあ、注意して聞くべきは次の文章だ。

私の場合、母親が4人いて父親が1人もいないもんだからややこしくなってしまっているのだが、規則ではどうなっているのか。

 

 

「"その場合は、『最後に子供を出産する母親』に親権がある"」

 

「そ、そんな!それじゃ、本当に坊やの親権はっ…」

 

「Mon chou!私、あなたと離れるなんて嫌!」

 

「こんな…ぐすっ…無慈悲な事ってあっていいんでしょうか…」

 

 

ルイス以外のマッマ達は、皆次々と項垂れた。

相当ショックなようだし、たぶんショックゆえに直ぐに気づけそうな事にも気づけていない。

私は確信を持って言える。

 

 

ル イ ス は 絶 対 知 っ て た。

 

 

間違いなく知っててやったろこの野郎!!

アイビーリーグ出身のハー●ード大学卒業生ならやりかねねえよ!!

どのタイミングから仕組んでたかは分からんが、お前が順番譲ったのは絶対規則を知ってたからだ!!

それも誰も見やしない規則の細かい部分まで、ご丁寧にご丁寧に網羅してなぁッ!!

 

 

 

「まあ、まあ、皆さん。どうか気を確かに。火に油を注ぐような事はしたくありませんが…貴女方は…場合によっては…親権を失ってはいません。」

 

 

司法官の言葉に、マッマ3名は背筋をピンと伸ばして真剣な眼差しを向ける。

もう、どれくらいの勢いかと言うと、司法官がビックリして海軍規則を落っことすほど。

 

 

「どうすれば私達の親権は認められるの!?」

 

「えっと、それはですね………セントルイスさんが………共同親権を認めれば…ですね…」

 

「勿論認めるわ!私達は皆んな指揮官くんの母親なの!ティルピッツも、ダンケルクも、ベルファストも!」

 

 

突如としてセントルイスが立ち上がってそう宣言した。

まあ、確かに、普通に聞けば「貴女は聖母マリアか」クラスの発言ではあるだろう。

マッマ達は、案の定こう言ったのだ。

 

 

「セントルイス!私っ!貴女と坊やに会えて本当に良かった!」

 

「これで私もMon chouのお母さんでいられる!本当にありがとう!」

 

「うっ、ぐずっ、セントルイスゥ〜!!!」

 

「ぐすっ、良かった。私もここまで心地よく解決した事案は経験した事がありません…本当に良かった」

 

 

抱き合うマッマ達を見て、司法官までもが涙している。

誰も気づいてねえのかよ。

私の位置から見れば、ルイスマッマの口元は正に悪魔の笑みにしか見えない。

 

 

 

 

ルイスは間違いなく計算高いマッマだ。

 

恐ろしいまでに計算高い。

 

これで、ルイスマッマは4大マッマの中でも、法的には最強の存在になったのだ。

共同親権を認めれば、私の独占権は多少揺るぐかもしれないが、訴訟に持ち込まれるよりは余程優位に違いない。

現にこうやって、情に深いフリをしつつも、一番美味しい思いをしているのだから。

 

 

「ねえ、皆んな。ちょっとしたお願いがあるの。」

 

「「「何々?何でもいって、ルイス!」」」

 

「指揮官くんの正規の定位置…私の胸の間にしてもいいかしら?」

 

「「「それくらいなら、勿論いいわ!」」」

 

 

 

…………ほら見ろ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

足利尊氏ドン引き案件

 

 

 

 

共同親権の同意から3日後

指揮官執務室

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルイスが私の主たる親権者として決まった後から、3日後の今こうしてルイスの谷間でガクブルしている瞬間まで、私はルイスから1mmたりとも離れていない。

 

ずっとルイス。

たまにピッピ、ダンケ、ベルにあやされたりもしたけど、いずれもルイスに何かしらの形で触れていた。

 

まあ、なんつーかなぁ…

言葉で表現すると、ルイスルイスルイスルイスだよね、本当に。

おはようからおやすみまでルイスだし。

おやすみからおはようまでルイスだし。

飯食う時も、風呂入る時も、寝る時もルイスと一緒。

入浴に至っては水着姿で一緒に入るっていう新手のソー●ランド。

なのにルイスが着替える時には私は目隠しをさせられて、ルイスは「教育に悪いから♪」とか言ってる始末。

あのさぁ、谷間に挟んで持ち運びしてる時点で色々と教育に悪くない?

お前の基準はなんなんだ?

 

 

 

さて、私は赤ん坊になってしまったのだが、どういうわけか乳歯は最初から生え揃っていて、ちゃんと言語も話す事ができた。

非常に奇異な存在であるわけだが、ルイスを始めマッマ達にしっかり自分の意思を話せるのはありがたい。

そして、私はトラウマによる震えがようやく収まりつつあったこの日、ルイスに自分の意思を伝えようとしていた。

 

 

 

なあ、ルイス、ちょっとばかしトイレに行かせてくれないかな?

 

「やり直し」

 

ねえ、ルイス、お願いだから、トイレにに行かせて?

 

「やり直し」

 

ルイスさん、お願いします、お手洗いに行かせてください。

 

「やり直し」

 

………マッマぁ、ぼくトイレ行きたぁい。

 

「は〜い、よく言えたわね〜!偉い子ねぇ〜、賢い子ねぇ〜。でも、次からママの事を呼ぶ時は、ちゃんとル・イ・ス・マ・ッ・マ♡って呼ぶのよぉ〜?」

 

 

 

クッソ疲れる。

履かせられてる紙おむつの中にぶったらしてやろうかとも思ったが、昨夜同じ事をやった結果ルイスを喜ばせる事になった経緯があるのでやめる事にした。

 

ちゃんと年相応(?)にやらかしちゃったのに、ルイスのヤツ「あ〜、お漏らししちゃったのぉ〜?大丈夫よ〜、オムツ変えてあげるからねぇ〜?」とか言って嬉々としてやがった。

何なの、あのポジティブさ加減は。

 

 

 

私は約86時間ぶりに自由の身となり、ルイスの谷間から這い出て、ピッピが作っておいてくれた『赤ちゃん用トイレAust.B』へ向かう。

何のことはない、ただのミニサイズトイレットである。

四つん這い歩行って案外体力使うもんなんだなあと思いつつも、私はそこへ向けて這い這いで進んだ。

 

しばらく進んだ後、ふと背後が気になって、私は振り返る。

 

そこには満面笑顔のルイスマッマがいて、私の後についてきていた。

 

 

「なぁに?指揮官くん?」

 

いや、なぁにってよぉ、こっちが何?って聞きたいところなんだけどよぉ。

 

「あら。私の赤ちゃんがおトイレに行くのよぉ?心配になって着いて行くのは、母親として当然の事じゃないかしら?」

 

マジ勘弁してくだせえ。

 

「ダ〜〜〜メッ!そんな事言うなら!」

 

 

ルイスマッマは私を摘み上げて、再び双丘の谷間へと引き戻す。

ちょっとぐらい目を離しても死にゃあせんからいい加減手離してくれ。

 

 

 

86時間ほぼぶっ通しで、私はルイスの谷間に入っていたのである。

どんな具合に入っていたかと言うと、小さな身体をルイスの谷間に納め、頭だけ谷間から出てる状態。

いくら赤ん坊の身体でも、そんな事してたら谷間からはみ出そうではあるが、幸いにと言うべきかルイスマッマのアパラチアが途方もなく大きいおかげで無事にすっぽりと収まっているのだ。

 

もうね、鼻腔の奥までルイス臭。

あの、甘〜い匂いがこびりついて取れなくなってしまった。

さっき這い這いしてた時だって、身体中からルイス臭だったし。

決して臭くはないんだけどね。

むしろすっげえいい匂いなんだけどね。

でも、犬みてえにマーキングされるのも困るのよね、ホントね。

ルイスの体臭って結構強くて、谷間でやらかした時でさえ、アンモニア臭が秒で負けちゃったぐらいだからさ。

下手すりゃ一生涯取れないかもね。

 

 

ルイスが一歩進むたびに、アパラチアが震度3くらいの揺れを起こす。

常に揺れ動いとるわけだから、最初の方は正直気持ち悪くなったりもした。

ところが…人間とは恐ろしい。

私は慣れてしまったのだ。

 

やがてトイレに到着すると、ルイスは私を谷間から取り出して、便器に正対させてから、紙オムツをズラした。

 

もうやだ、死にてえ。

私にはソッチ方面の趣味は決してないから、この瞬間が恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。

ルイスマッマに見られながら小用を足すのである。

ただ、オムツの中でやらかした後、ルイスマッマにオムツ交換された時の方が恥ずかしかったけど。

 

 

 

 

無事に小用を終えると、ルイスマッマはオムツを元の位置に戻し、私を再びグランドキャニオンへと運んだ。

元来た廊下を震度3くらいで戻っていき、震度4くらいで揺れながら執務室の机に座る。

 

言うまでもなく、その机は元私のデスクで、ルイスマッマは私の代わりに指揮官業務を行っているのだ。

 

 

 

『ルイスの親政』

 

少なくとも、私はそう呼んでいる。

この新しい鎮守府の指揮系統と政治体制は、ルイスが親権を握ってから僅か45分後には制定され、その15分後には効力を持っていた。

 

腹黒マッマ・セントルイスは、どうやらこういう時をてぐすね引いて待っていたようで、海軍規則の『疫病・療養・負傷又は死亡等の場合における指揮官不在時の代理に関する細則』を根拠に、鎮守府の指揮権までをも手中に収めたのである。

 

新しい体制では『親位継承権』なる物が制定され、それによればルイスは『筆頭親権保有者』となるらしい。

その次から、親位継承権第1位がピッピ、第2位はダンケ、第3位はベル、そして、第4位にはちゃっかりヘレナがランクインしていた。

今現在、この5名が私の権限を代行する権利を持つらしい。

ここまで来たら立派なクーデターだろうが。

 

ただ、最終的な決定に関して私の同意が必要になったり、私の命令の優先度がルイスより高かったりと、ちゃんと規則の捻じ曲げは行なっていないあたりはちゃんとしてる。

完全な『摂関政治』ではない分だけ、まだいいのかな…?

 

 

 

「坊や!私の坊や!私の可愛い可愛い坊や!ただいま!セントルイス、坊やを!」

 

「おかえりなさいティルピッツ。はい、どうぞ。」

 

 

ピッピママが執務室に入ってきて、ルイスママに私を要求する。

ルイスは私を谷間から取り出すと、ピッピに向かって放り投げた。

おい、ルイス、お前、後で覚えとけよこの野郎。

 

私はピッピに無事キャッチされ、今度はツークシュピッツェへ収納される。

ピッピの双丘はルイスのそれよりも大きく、私はあっという間に収まった。

何なのもう。

お前らは新手のカンガルーか何かか?

 

 

「坊や〜、坊や〜、私の坊や〜」

 

 

ピッピが戦艦特有の腕力でツークシュピッツェごと私を抱きしめるもんだから、私は押し潰されそうになる。

鼻腔の中ではルイス臭に対してピッピ臭がプロテスタントしているし、本日は湿度の高いツークシュピッツェから流れ出てくるアルペンザルツ岩塩の水溶液が否応なく口に入ってきた。

そっちの趣味もねえんだよ、ピッピぃ…。

 

 

 

「ティルピッツ!後でまた挟ませてあげるから、そろそろシャワーを浴びてきたら?」

 

私に決定権はないの、それ?

 

「…そうね。ごめんなさい、演習から帰ったばかりだがら…少し汗臭かったかしら…。」

 

無視しやがったなこの野郎共。

 

「シャワーを浴びたら、指揮官くんを挟みながらでいいからデブリーフィングをするわよ?」

 

「ええ、勿論。戦闘評価と分析をしないとね。ワシントンはいい相手だったわ。」

 

「それを聞けば彼女もきっと喜ぶわ♪」

 

 

 

ピッピはシャワーを浴びた後、再び執務室に戻ってきてルイスと一緒にデブリーフィングをしていた。

勿論、私をツークシュピッツェに挟みながら。

しばらくするとダンケマッマも各施設の補給整備業務を終えて帰ってきて、執務室に3人のマッマが揃う。

 

 

 

あれ?ベルマッマは?

 

「ああ、ベルファストならちょうど今演習中よ?」

 

 

ピッピはそう言って、私を挟んだまま執務机の後ろの窓へと向かう。

そこからは目の前の大海原が一望でき、演習の様子も見れるのだ。

 

ちょうど、今、その大海原ではベルファストとアヴローラが凄まじいまでの戦闘を繰り広げていて、その激しさは大勢の野次馬を招いていたほどだった。

 

 

 

「アヴローラも随分と気合が入っているようね。」

 

「ええ。ベルファストも真剣そのもの。」

 

「そうなるのも仕方ないわ。もし、この演習でアヴローラが勝ち進めば、彼女も共同親権者の仲間入り…指揮官くんを巡るライバルが増えるんだもの。」

 

あのね、君たちね、勝手に人をエサにする癖そろそろやめない?

 

「ふふふ。でも…彼女、坊やまでたどり着けるかしら。」

 

「ベルファストは我ら共同親権者の中でも最弱。」

 

「新参者に敗れるようじゃ、共同親権者の面汚しよ。」

 

 

 

 

 

マッマ達はそう言いつつも、怖い笑みを浮かべてベルとアヴローラの演習を見物している。

 

本当にさあ、君達さあ。

 

『共同親権者』って、何かの四天王なのかい??

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

…トゥンク



初のNTR(意味深)です。
特にお食事中の方、ご注意ください。


 

 

 

 

 

 翌朝、私はルイスの谷間とピッピの谷間とダンケの谷間とベルの谷間に挟まって寝ていた。

 マッマ達は4人がかりで豊かな母性を押し当てながら寝ていたのだ。

 赤ん坊が窒息するかもとか、そういう考えはないらしい。

 おかげで朝目覚めた時には凄まじいまでのマッマ臭に包まれていたし、特にルイス臭は私が目を覚ました直接の原因である。

 まだ眠気まなこの私が、ルイスベッドから転がり落ちてしまい、ルイスのクソエッロい腋の下へと落着したのだ。

 

 いつもの5倍くらいのルイス臭のせいで簡単に目が覚めたし、それが原因でマッマ達も目覚め、そして揉め始めてしまう。

 

 

「…っ、おはよう、坊y………ちょっと!ルイス!何故ちゃんと坊やをホールドしないの!」

 

「んんん…あっ、あれっ!?指揮官くん!?何で落ちちゃってるの!?」

 

「これがもし貴女の腋じゃなくて床だったりしたらどうするのよ!Mon chou怪我してたかもしれないわよ!」

 

「ご主人様を適切に保護できないのであれば…セントルイス、貴女には親権の放棄も視野に入れていただかなければ(ニタァ)」

 

「ウゥッ。そんなの嫌ぁ。」

 

 

 厳し過ぎない?

 つーかもうこの一瞬一瞬気を抜けないみたいな空気も、疲れない?

 おっちゃんもう疲れたわ、もういいわ、もう十分だわ。

 何でこんな訴訟合戦みたくなり始めてんのよ。

 もうちょっとライトに行こうぜ?

 いくらなんでもドロドロし過ぎてっからよぉ。

 

 

「坊や、ごめんなさい。私がちゃんと目を光らせていれば…」

 

 そういうのもういいから。

 寧ろ24時間ガン見されてる方がキツいから。

 

「Mon chou?ルイスで不安なら、いつでも私のお腹の中に飛び込んできて?」

 

 いや、大丈夫だから。

 君達もルイスを責めないであげて?

 お願いだから。

 つーかそもそもほぼ一日中誰かの胸の中にいるのに今 更…………胸じゃないのね。

 寧ろそっちの絵面が想像できねえよ。

 

「さあ、セントルイス。せめてもの情けです。どの首輪がいいか選びなさい。」

 

「ハァ♡ハァ♡」

 

 

 ベル、ちょっと落ち着け。

 それとルイス、発情すんじゃねえ。

 まだ平日の朝が始まったばかりだって言うのに、私はもう疲れてる。

 和やかに行こうぜ、お前ら。

 せっかく平穏な日々を手に入れたのに、そんな調子じゃ3日持たねえぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3時間後、私は朝感じたストレスの数百倍のストレスを感じていた。

 原因は一本の電話で、相手はある海軍中将だ。

 現在私の直接の上司にあたる男なのだが、非常に厄介な人物で、常に黒い噂が絶えない。

『数々のKANSENを毒牙にかけた』とか『手段を選ばない』とかしょっちゅう聞く。

 だからその中将閣下から電話がかかってくるだけでもストレスだし、しかもその内容が『先日の輸送艦隊護衛任務失敗の件』だったのは殊更にストレスでしかない。

 

 

 

 

『君の艦隊は簡単な輸送艦隊護衛任務をしくじった。どういうことか分かるね?』

 

 簡単とはおっしゃいますが、根本的な情報に誤りがありました。

 雷装攻撃機どころか敵の航空戦力についても不正確な情報でした。

 

『なんだね?私の情報が悪かったと言いたいのかね?』

 

 そういうわけではなく、情報に誤りがあった時点で…

 

『言い訳を聞きたいわけじゃない。なあ、君。君自身、あまり幕僚から良く思われていない事は自覚してるんじゃないのか?』

 

 ………

 

『情報畑の青二才がいきなり少将なんていう階級をつけているんだ。君の敵はあまりに多い。』

 

 つまり、何をおっしゃいたいんでしょうか?

 

『私の一存で、君の失敗を取り消せる。勘違いしないで欲しいが、私は君に同情しているんだ。情報畑の人間なら、多少上手くいかなくても自然な事だからな。しかし、現実は厳しい。』

 

 お気遣いありがとうございます。

 せっかくのご厚意はありがたいのですが、やはり私も海軍軍人である以上は規則に従った処罰を受けねばなりません。

 

『志は立派だが、幕僚は君を追い立てる事だろう。なぁに、そんなに大した手間でもないし、私がもみ消してやる。ただ、少し…人手が必要でな。』

 

 

 

 うわ、出やがった。

 こんな典型的なウスイ=ホン展開ある?

 もう下心が見え見えっつーか下心しか見えないよ。

 

 

 

『君のところのKANSENを、私の補佐というところで一名派遣してくれ。そうだな…ベルファストかセントルイスあたりが良い。』

 

 大変失礼ですが、お気遣いはご無用です。

 

『ふむ………。』

 

(ふう、やっと諦めたか。)

 

『ではこうしよう。これは命令だ。』

 

(職権濫用か〜い)

 

『私にかかれば規則に基づいた命令を作成するのは容易だし、命令に背く君を幕僚達は喜んで狩り立てるぞ?』

 

 ………

 

『心配はいらん、ただ1ヶ月ほど借りたいだけなんだ。』

 

 

 

 

 むう、ここまで来たら仕方ない。

 このゲスクズクソ野郎の言う事が決して真実だとは思えないが、命令への造反となれば最悪銃殺が視野に入る。

 うわぁ〜、嫌だなぁ〜。

 1ヶ月もかよぉ〜。

 

 

 あ!そ〜だ♪

 

 

 

『どうだね?派遣する気になったかね?』

 

 …そういうことあれば致し方ありません。

 分かりました、一名だけ派遣します。

 ただし、ベルファストとセントルイスは現在重要な職務にある為派遣できません。

 

『そうか…なら、誰を寄越す?』

 

 

 私が派遣するKANSENの名前を告げると、あのゲスクズクソ野郎は喜んだようで、電話越しとはいえニンマリ笑っている様子が分かる。

 

 中将閣下は納得した様子で続けた。

 

 

『うんうん、大変よろしい。もみ消しの件は任せておきたまえ。』

 

 ええ、どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

 相手が電話を切るのを待ち、私も受話器を置く。

 するとすぐにルイスが私を挟む乳圧を高めて、咎めるような口調で責めてきた。

 ピッピもダンケもベルも咎める視線を私に向けている。

 

 

 

「見損なったわ、指揮官くん!あんな海軍中将なんか沈めちゃえば良いじゃない!」

 

 あの、ルイス?

 

「指揮官くんならMI5時代のコネクションでどうにかしちゃえるでしょ!」

 

 ルイ…

 

「私そんな子に育てた覚えはないわ!今すぐに電話して取り消しなさい!」

 

 ル…

 

「聞かないっ!聞かないもんっ!指揮官くんが考え改めるまで、私…ぐすっ…東煌ドレス着て引きこもるわ!えぐっ…もう自由に出歩けるとか思わないで!指揮官くんが反省するまでラッキールールールールールールールールールールールールー」

 

 ルイスゥゥゥウウウ!!!

 話を聞いて、頼むから!!!

 

「…やり直し」

 

 ルイスマッマ、話を聞いてくだちゃい。

 

「なぁに、指揮官くん?」

 

 海軍の管轄には流石にMI5も手を出せないし、アレもアレで古狸だろうから"保険"は絶対にかけてある。

 

「………そうかもしれないけど」

 

 私だって辛いけど、"彼女"なら大丈夫だよ。

 

「えっと…ごめんなさい、指揮官くん。誰を派遣するのか聞いてなかったわ。」

 

 うんうん、いっちゃん重要なとこ聞いてなかったんだねまあいいや。

 

 ………レパちゃん呼んできて?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知ってる方もいるかもしれないが、当鎮守府のレパルスは普通のレパルスではない。

 

 "GOD MATHER"という二つ名で呼ばれ、バーサーカー級の戦闘力と、拗らせまくったヤンデレの化合物である。

 

 要するにヤバい奴。

 

 

 

 

 だから、私も油断していたのかもしれない。

 

 レパルスを派遣して3時間後…昼食のミルク・イン・ザ・哺乳瓶をピッピに飲ませてもらっていた時。

 

 

 私は絶望した。

 たった3時間で帰ってきた彼女と一緒にいるのはクソ中将。

 変わり果てた彼女と、得意満面の笑みを浮かべるゲスクズクソ野郎海軍中将。

 

 信じていたのに…

 

 なんという事だ。

 

 たった3時間で堕ちてしまったのだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………海軍中将の方が。

 

 

 

 

 

「くくくッ、どうだ?君の可愛いレパルスを、立派な私専用女王様にさせられた気分は?」

 

「勝手に喋んな☆」

 

 バキィッ

 

「ピギィッ!!」

 

 

 

 あのね、もうどっから突っ込んでいいか分かんないんだけどさ。

 

 レパちゃんさあ、そのボンテージ服と女王様仮面と鞭と鎖付きの首輪どっから取ってきたの?

 

 あと、そこでパンイチ四つん這いになってる変態は本当に海軍中将?

 背中とか腕とかにロウ垂らした跡が残ってんだけど、本当に海軍中将?

 レパちゃんに足蹴されて喜んでるように見えるんだけど、本当に海軍中将?

 

 

 

 …はぁぁぁ、あのさぁ。

 

 

 連れて帰ってくんじゃねえよおおおお!!!

 

 

 いやね、確かにね、望んだよ?

 レパちゃんがゲス野郎更生させてくれると思って信じて送り出したよ?

 でもこれは予想の斜め上過ぎるわ!!!

 別の意味で裏切られたわ!!!

 調教されるどころか調教してんじゃねえよ!!!

 つーか海軍中将、アンタもアンタで3時間で堕とされてんじゃねえよおおおおお!!!

 

 

「いいじゃん☆いいじゃん☆ちゃんとお世話して散歩もするからさ☆」

 

 

 散歩すんじゃねえええええ!!

 鎮守府名物クラスの恥晒しを四つん這いで散歩させんなよ!!

 近隣住民からいらない誤解招くだろうが!!

 そもそも初老の中年オヤジをペットとして飼うんじゃねえ!!!

 今すぐに野に返してこい!!!!!

 

 

「えぇ〜。この子、結構いい子なんだよぉ〜?」

 

「(…トゥンク)」

 

 

 ときめいてんじゃねええええ!!!

 お前明らかにマウント取る気満々だったのに何3時間でマウント取られてんのよ!?

 そいでもって今恥辱の極みタイムのハズなのに何で喜んでんのよ何で新しい扉自分から開いてんのよ!?

 

 

「ヤッホー!首輪↑↑首輪↑↑首輪↑↑首輪↑↑首輪↑↑首輪↑↑〜〜〜!!!」

 

 

 おい、誰かベルを鎮めてやってくれ!

 レパちゃんがマゾ中将に首輪なんか付けたもんだからメルトダウンしちまったじゃねえかよ!

 なあ、なあ、ルイス!

 ベルに首輪つけてもらおうとすんな!

 お前は黙って東煌ドレスでも着ててくれ頼むからッ!!!

 

 

「m…Mon chou、正門から非常事態の電話が来てるわ。映像が出るそうよ?」

 

 

 ダンケにそう言われ、私はピッピに頼んで執務机の上にあるモニターをつけてもらう。

 そこにはタウンズと思わしきKANSENがいて、悲痛な叫びを上げていた。

 

 

 

『返せっ!返してよぉっ!アタシの中将を返せよぉっ!』

 

「…あぁ、タウンズ…すまない…お前への愛は本物だったけど、ロウソクの悦びを知ってしまった以上…私ッ」

 

「だから〜、勝手に喋んな☆」

 

 バギィッ!!

 

「プギィッ(トゥンク)」

 

「首輪↑↑首輪↑↑首輪↑↑〜!!!」

 

「指揮官くん、見てぇ!ベルに新しい首輪つけてもらったの♪………ごめんね、ヘレナ。私、可愛い息子の奴隷になっちゃうわ…」

 

「ダンケルク、ちょっと坊やをお願い。私、吐き気がしてきちゃった。」

 

 なあ、ダンケルク?

 

「………な、なぁに、Mon chou?」

 

 頼みがあるんだけどさ。

 

「どうしたの?」

 

 ………

 

 ………お腹の中に飛び込んでいい?

 あと80年くらい。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拷問された男の日

だいぶ遅れたアノ日ネタです。


 

 

 

 

『中将を見てないか、セントルイスファミリア?』

 

 見ておりません。

 

『それは本当か、セントルイスファミリア?』

 

 本当であります。

 

『中将のKANSEN達は皆口を揃えてお前んとこのKANSENが連れ去ったと言ってるぞ、セントルイスファミリア?』

 

 あのぅ…一つお伺いしてよろしいでしょうか、統合参謀本部議長閣下。

 

『どうした、セントルイスファミリア?』

 

 呼び辛くありませんか、その名前。

 

『めちゃくちゃ呼び辛いよ、セントルイスファミリア。』

 

 元の名前…マッコールで大丈夫でありますので…

 

『そうはいかん、セントルイスファミリア。もう海軍のデータベースも更新されてるなら尚更な。さて、話を戻そう。最後のチャンスだぞ。本当の事を話せ。』

 

 ………ウチのKANSENが連れ帰りました。

 

『そうか、()()()()()。』

 

 

 

 レパちゃんにマゾ中将を野に返させた後、私はウィ●ターズ総督から電話を受けていた。

 

 この人物は私の士官学校時代の恩師であり、大変優秀な高級軍人であり、そして吹き替えは役所●司である。

転生前の記憶はないが、私はどうやら士官学校時代からバブバブしたいとか零していたらしく、それもあってか私の幼児退行の結果を知った閣下はしつこいぐらいに私の新しい名前を繰り返しているのだ。

 

 電話の内容は、行方不明となってしまったある可哀想な中将に関する情報の開示要求だったのだが、まさか褒められるとは思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

『あの中将は古狸過ぎて(こざかしすぎて)中々追い出せなくてな。これでようやく精神病扱いして放り出せる。さて、ここからが本題だぞ、セントルイスファミリア。』

 

 はぁ、本題…でありますか…

 

『中将が精神病で行方不明だ。代わりの人間がいる。』

 

 うええええ〜、勘弁してください、統合参謀本部議長!!

 

『そういう事だ。お前ならヤツの地位も引き継げると見込んでる。そもそも………おい、マ●ーキー!ランドル●ンを呼んでこい!………お前のKANSENが奴を拉致したせいでこうなったんだ。』

 

 ううぅ。

 

『そう気に病むな。権力も職務もそう変わらない。ただ、ちょっとした相談役をするだけだ。やれ燃料がない、弾薬がない、予算がない、そういった報告を受けて、こっちに回してくれればいい。』

 

 り、了解しました。

 

『よし。それ………ガル●ア!ちょっと待て!…弾は1発だけだ、1人撃ったら残りの全員が襲いかかってくるぞ………すまん、忙しくてな。それじゃあ、頼りにしてるぞ。』

 

 

 電話はそこで切られ、私は深いため息を吐く。

 絶対相談役じゃ済まんやろ。

 並々ならぬ厄介ごとしか舞い込んでこんやろうが。

 もうヤダァ。

 早く年金暮らししたぁい。

 見た目赤ん坊だけど、年金暮らしでかゆうましたぃぃぃ。

 何?私が成人する頃には年金消えてる?

 ………ちょっと奥で話そうか(子供の夢を奪うな)

 

 

 

 

 

 

 

 夕食は『セントルイスのオトナのふわふわコーンフレーク』と、『セントルイスのすっきりミルク哺乳瓶』で、特にコーンフレークがふわふわとかマジで意味が分からなかった。

 

 ミルク哺乳瓶とか原義ままなのか隠喩なのかすらわからない。

 見た目も味も普通のミルクだったのに、飲ませる時ルイスマッマが顔を赤らめるもんだから余計な疑念が浮かんで仕方ないのだ。

「よく味わって飲むのよ?」とか言われるから余計に疑念しか浮かばん。

 

 

 疑念を疑念のままにしておき、私はルイスマッマに抱えられて風呂場へ移動する。

 赤ん坊用の小さな海パンに履き替えさせられ、その後目隠しをされ、そして水着に着替え終わったルイスマッマと共にご入浴。

 ところが今日はいつもとは違う。

 そこには先客がいて、そしてそれはビキニ姿のマッマ達だった。

 

 

「きゃあああッ!ちょっ、ちょっと!貴女達!?何で先に入ってるの!?」

 

「あらルイス。遅かったじゃない。」

 

「Mon chou〜。今日は家族みんなで温まる日よ?」

 

「申し訳ありません、皆さま。このベルファスト、少しのぼせて参りましたがお風呂からは出ません。ご了承を。」

 

「もう……。指揮官くんもそれでいい?」

 

 …勝手にせえや。

 

「皆んな!指揮官くんも一緒に入りたいって!」

 

 拡大解釈すんなや。

 

 

 

 私はルイスにソー●ランドよろしくソフトリィに身体を洗われ、その後ピッピに渡され、湯船に浸かる。

 ピッピはしばらく湯船で私をあやし、その後ベルに渡した。

 

 あー、そういえば最近はベルに抱き抱えられてないなぁ。

 うんうん、ベル、抱きしめてくれてありがとう。

 でもちょっとだけでいいから力を緩めよっか。

 この狭い湯船に3人のマッマ入ってるだけでバスタブが悲鳴あげてるのに、そんなにギュウギュウ抱え込まれたら間違いなく窒息しちゃうからさ。

 君達ホント窒息プレイ好きだよねぇ〜。

 

 

 ガラガラガラガラッ

 

 

「ふぅ〜。やっぱりお風呂…あら?あんた達も入ってたの?」

 

 …プリンツェフ?頼むからあと20分ばかし待ってて?

 

「え?い・や・よ?」

 

 

 色褪せない水着姿のプリンツェフはルイスからシャワーを奪い、その豊満な身体を一通り流すと、既に満員のバスタブに無理やりねじり込んでくる。

 

 

「ちょっ、ちょっと!プリンツ・オイゲン!貴女、坊やの共同親権者じゃないでしょう!?」

 

「あらティルピッツ、親権がないと指揮官と一緒に入ってはいけないの?それはおかしくないかしら?私しか知らない指揮官のヒミツ、教えてあげても良いのよ?」

 

「なッ!!」

 

「M、Mon chouの秘密!?」

 

「私達でさえ知らない!?」

 

「ご主人様…私達に隠し事を!?」

 

「そうねぇ…例えば、この間の痔の治療とか」

 

 やめろオオオオオオオオオオ!!!!

 

 

 

 

 

 

 あのバスタブの設計者は、おそらく、使用人数を多くとも3人と見積もっていたに違いない。

 そこに5人(プラス赤ん坊1人)入ってったもんだから、バスタブの中は満員電車だった。

 特にプリンツェフ。

 あいつは私を殺す気か。

 ベルと私の取り合いをした挙句、そこにルイスが加わって押し問答になり、更にはピッピとダンケも加わろうとして、挙句私は湯船の中に落っこちたのだ。

 

 水着姿の胸とお尻って、結構得点高いポイントじゃん?(流れるようなセクハラ)

 でもね、赤ん坊と化してる私からしたら安全保障上の重大な脅威だわ。

 まず、取り合いの時点で殆ど息できてなかったし。

 ベル臭→ツェフ臭→ベル臭→ルイス臭→ピッピ臭→ルイス臭→ピッピ臭→ダンケ臭→ツェフ臭→ダンケ臭っていう夢の体臭嗅ぎ放題ツアーと共にそれぞれの谷間に投げ入れられ、引っ張りだされ。

 そして湯船に落っこちてからは、パニクるマッマの大きなお尻達にもまれにもまれた。

 まるで洗濯機の中の洗濯物。

 

 ピッピが私を見つけるのがあと10秒遅かったら、私は本当に事故ってたかもしれない。

 死因欄は『胸と尻』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、エクストリームスポーツと化した入浴も終わると、私は赤ん坊用のパジャマを着させられ、マッマ達はリビングに集合して私をあやし始める。

 

 

「はぁい、よちよち。良い子でちゅねぇ〜。私の坊やは良い子でちゅ。良い子良い子ぉ。」

 

「ティルピッツ、あと12分32秒45.87にはMon chouを渡すのよ?」

 

「ええっとぉ。それじゃあ、私が指揮官くんをあやせるまであと…」

 

 

 

 はい。

 もういつも通りですね。

 最近貴女方がママるにママってるせいで私疲れまくっておりますゆえ、大変眠とうございます。

 ですから、もう誰の谷間でもいいから寝ますね。

 おやしゅみなしゃ…

 

 

「ご主人様!」

 

 どったの、ベルマッマ。

 ぼくちんもうネムネムだからネムネムしようと…

 

「申し訳ありません。ですが、是非コレを受け取っていただきたく…」

 

 

 ベルファストがそう言いながら差し出したのはチョコレート。

 あ、そういえば今日…

 いやでもヴァレンタイン・チョコってジャパニーズオリジナルカルチャーじゃなかったっけ?

 ロイヤルのヴァレンタインって歩兵戦車のことじゃなかったっけ?

 

 ま、まあ、ありがとうベルファスト!

 

 

「クソぉッ!最悪だァッ!」

 

 ピッピママ?

 今一瞬だけCVが田中●子から小山●也になったよね、一瞬だけジャッ●・バウアーになったよね?

 

「Mon chouあやすの楽しみ過ぎて忘れてた!」

 

「なんて事…ベルファストに一番を取られるなんてッ!」

 

 

 ピッピは私を谷間に挟んだまま、ダンケとルイスはそのまんま、それぞれダッシュで冷蔵庫に向かう。

 彼女達にとっては残念(?)なことに、2番手はプリンツェフだった。

 冷蔵庫の前でマッマ3人を待ち受けた彼女は、ピッピママの谷間に挟まる私にチョコレートを差し出す。

 …………谷間に挟んだ状態で。

 

 

「ほら、受け取りなさい?」

 

 あ、あ、ありがとう、プリンツェフ。

 

「退いてプリンツ・オイゲン!ほぅら、坊やぁ。3番手になっちゃってごめんなさいねぇ。チョコレートでちゅよぉ〜。」

 

 おおっ、リン●のチョコレートから作ったの?

 ありがとう、マッマ!

 

「はい、Mon chou!私からもチョコレート!アイリス中の三つ星チョコレート…」

 

 マジ!?

 そんな高級チョコもらって

 

「…を厳選して調合して再加工して成形したチョコレートよ?受け取って?」

 

 そういえばちょっと前にアイリスからデッカい荷物届いてたなぁ。

 アレ全部チョコだったのかぁ。

 本当にありがとう、ダンケ。

 

「指揮官くん!」

 

 はい、なんでしょうかルイス=サン。

 

「私のはハー●ーがベースだけど…でも入れた愛の量はどれよりも多いはず!受け取って!」

 

 ありがとう、ありがとう、ルイスママ。

 でも他のママにナチュラルに喧嘩売ろうとするのはやめようね。

 

 

 

 ふぅ、でも良かったぁ。

 とても嬉しいよ、皆んな。

 チョコを貰えたのも嬉しいんだけど、何が一番嬉しいかって、全身チョコ塗れにして「はい、チョコレート♡」とか言い出すんじゃないかとヒヤヒヤしてたから、本当に嬉しいよ。

 

 …おい、なんだお前らその顔は。

 何か企んでやがるな?

 分かるぞ。

 普通に分かるぞ、その笑顔。

 何か良からぬ事を考えてる事ぐらい、ベリーイージーに分かるぞ、その笑顔。

 

 

「ねえ、坊や。来月は何があるか分かるでしょ?」

 

 ………ちやない♪

 あー、ごめんごめんごめんごめん。

 取り消す、取り消すからマジで圧をあげんな。

 しんどい。

 呼吸出来なくてしんどい。

 そうだねそうだね、来月はホワイトデーだね。

 

「それってぇ、つまりぃ…坊やを〜」

 

「Mon chouを〜」

 

「指揮官くんを〜」

 

「ご主人様を〜」

 

「あんたを〜」

 

 

 

「「「「「貰えるって、ことよね?」」」」」

 

 

 

 

 

 だれかこの酷い誤解を解いてやってくれ。

 

 

 

 






ちなみに当鎮守府はベルマッマでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悲劇のララ●ンド

 

 

 

 

 5年前

 某鎮守府

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートの脇にはトーチカがあって、その銃眼からはKANSENから取り下ろした大口径機関銃が覗いている。

 ルイス軽機関銃をそのまま12.7mm弾に対応させるという、前代未聞の愚行をやらかしたように見えるこの代物は、鎮守府にやってくるかもしれない不埒な連中から鎮守府を警備する為に設けられていた。

 

 しかし、今日、この重機関銃はそういった目的とは少し違う用途で使われようかとしている。

 いや、重機関銃だけでなく、ゲートの脇で臨戦態勢を取っている警備兵達の小銃も同様だった。

 

 

 不埒と言えば、不埒かもしれない。

 

 ゲートの前には大勢の民間人がいて、この鎮守府、いや、政府の海軍に対して抗議行動を起こしているのである。

 

 スローガンを掲げてプラカードを振り回し、シュプレヒコールを挙げるだけなら可愛い物だ。

 だが、抗議集団の中に二連水平式ショットガンや拳銃を持っている者が混じっているとなるとそうもいかない。

 これらの小火器が火を吹いた時、警備兵の内の誰かが負傷ないし死亡する可能性があるからだ。

 

 現に、警備兵を取りまとめていた下士官は、トーチカの中の電話機に向かって何度も発砲許可を得ようとしていた。

 だが、電話の相手は中々許可しようとはしない。

 それがこの下士官を余計に苛立せているのだ。

 

 

 

「ですからっ!もう限界ですっ!空包射撃も試しましたが、連中引き下がりません!」

 

『ダメだ!許可できない!』

 

「黙って撃たれろとでも言うのですかっ!?このトーチカも拳銃の有効射程範囲内に入っています!あの連中、何をしでかすか分からない!」

 

『ダメだ、耐えてくれ』

 

「もう我慢ならんっ!!アンタが現場で指揮を執ってくれ!!執務室でヌクヌクとしてりゃあ、こっちの都合なんざ分かりゃしねえだろうからよぉっ!!」

 

『おいっ』

 

 

 下士官は乱暴に電話を切って、手近にあったP14小銃を手に取った。

 その様子を見て取った警備兵が彼に尋ねる。

 

「どうします?撃ちますか?」

 

 

 本当はすぐにでもそうしたい。

 問いかけてきた若い警備兵を守るためにも、そうした方が良いように思える。

 だが…先程あんな言葉を投げつけた癖に、それでも電話相手を信じたいという心を捨てきれなかった。

 

 

「………いや。待とう。……あの方なら手を考えてくれているはずだ。」

 

 

 

 その頃、執務室では1人の男が苦悩にのたうち回っていた。

 彼は外でシュプレヒコールを挙げる人々がどんな暮らしを知っているかも知っていたし、自身の信ずる精神からしても、悪い方の選択肢は一蹴したいと思っている。

 

 上からの指示は『撃て』だった。

 そのまま指示に従えば、彼は誰にも責められる事はない。

 それでも厳しい道を選ぼうとしている彼を、ある者は高潔、ある者は頑固と呼んでいる。

 

 そして、それでも、彼は半ば心に決めていた。

 

 

「…仕方ない、食料庫を解放する」

 

「はい、仰せの通りに。」

 

 

 メイド服姿の秘書艦とは、長い付き合いになる。

 だから彼女も分かっていたに違いない。

 分かっていたからこそ、実行に移す前段階まで既に終わらせていたのだ。

 

 

「最悪の選択肢ですね、ご主人様。参謀本部から何が降ってくるか分かりませんよ。」

 

「失望したか?」

 

「ええ、もちろんです。…()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「ははっ。彼らも、君と同じ考えなら良いのだが。」

 

 

 男は苦笑しながらも、次に起こるであろう災悪についての考えが頭から離れなかった。

 彼のような成り上がり者は、ロイヤル海軍の上層部から良く思われない傾向にある。

 特に、彼は海軍の中でも異端な存在なのだ。

 大部分がダートマス(海軍兵学校)出身の彼らからすれば、現場叩き上げの汗臭い男など気に入らないに違いない。

 

 そんな事を考えてはいたものの、それでも男は心の荷を一つ降ろすことができた。

 

 

「…俺なんてどうでもいいんだ。」

 

「そう仰ると思っておりました、ご主人様。まったく…アナタという方は…。………でも、そこが素敵です。」

 

 

 秘書艦は男に寄り添い、男は秘書艦を抱き寄せた。

 

「もっとご自分を大切になさってください。」

 

「無茶言うなよ…」

 

 

 抱き合う2人からは、幸福感が滲み出ていた。

 2人共にいられるだけで幸せ、なんてララ●ンドのような雰囲気を隠そうともせず。

 やがて秘書艦は目を瞑り、唇を軽く閉じて男の同じ部位に近づけていく。

 男もそれに応じるように、徐々に顔を近づけて…

 

 

 

 ズダダダダダダダダダダッ!!!

 タァンッ、タタタァンッ!!!

 

 

 突然の銃声が響いて、男と秘書艦は我に返り、そして窓から外を見る。

 

 信じられない。

 発砲は禁じていたのに、警備兵達が抗議集団に対してこれでもかと猛射を食らわせていた。

 

 

「なっ…!!」

 

 

 あの下士官も古い付き合いだ。

 命令を破って勝手に撃ち出すような男ではない。

 誰かが勝手に許可しやがったのだ!

 

 

「誰だッ!誰が許可した!?」

 

「私よ。」

 

 

 秘書艦とは別の声が聞こえて、男は振り返る。

 

「お前はっ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在

 ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世鎮守府

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、不許可。

 

 

 私は机の上の紙を見て、ルイスの谷間から切り捨てとも言える決断を下した。

 

 許可できるかこんなもん。

 ベル、そんな顔してもこれは許可できない。

 つーかベルのそんな顔見るのこれが初めてだけど、でも許可できない。

 

 

「ご主人様…お気持ちは分かります。でも…」

 

 いいや、ダメなモンはダメ。

 

「何故ですか!?ご主人様!?」

 

 いいかな、ベルマッマ。

 まず、この鎮守府は半年も前から使途不明金がダラダラと流れ出てる。

 正直言って、この出撃回数でもこれだけの金は消費できん。

 

「それでも前任が許可していたのです、何らかの理由があるはずでは。」

 

 …なあ、ベル。

 今日のベルは何か変だぞ?

 何故そんなにこだわる?

 

「そ…それは………」

 

 

 

 

 

 

 私は今日、レパちゃんにNTRされた海軍中将(変態ドマゾ)の業務を引き継ぎ始めたところだった。

 管区内の鎮守府からやってくる、やれ金をくれだの、物をくれだのといった要求を精査してウィ●ターズ提督に上げるのである。

 

 まあ、とはいえ、いつも通りマッマ達におんぶ抱っこというか。

 一応私も最終確認という形で関わってはいるものの、マッマ達が殆ど完璧な状態で書類を持ってくるお陰でほぼスルー状態だった。

 

 そして最終確認自体は、私を谷間に挟むルイスマッマと共同で行われる。

 私も私で凄まじいまでのボンクラ且つ目が節穴なので、ルイスマッマと共に目を通すようにしていた。

 アレだよね、自分でこう言うくせに、よくMI5とかやってたよね。

 

 

 さて、ベルマッマが書類の束を持ってきて、精査の終わった書類の最終確認を行っている時に、問題が起きた。

 

 ルイスが数十枚の書類の束から、一枚だけ不審な書類を見つけ出したのである。

 

 私単独なら絶対に気づかなかっただろうが、ルイスはちゃんとそれに気がついてくれた。

 すまん、そして、ありがとう、ルイス。

 

 彼女が不審と判断した書類は、良く良く見れば確かに不審な書類だった。

 それはある鎮守府から送られてきた、追加資金要請の書類だったのだが、資金の使用用途に不審な点があり、そしてそれは巧妙に隠蔽されていたのだ。

 

 

 最初私はベルが普通にミスをしたのだと思っていた。

 

 それだけなら、私は彼女を責めることもしない。

 私だって、この不審な書類を見つけ出すことができなかったし、そもそも私という人間自体がミスのようなものなのだから。

 更なる問題は、ベルの態度だった。

 

 

 

 普段のベルならこんな時、

「申し訳ありません、ご主人様。どうかこのベルファストを躾けてください…(大人しく私にあやされてください)

とか意味不明な事を言い出すはずだ。

 ところが、今日に限っては違うのだ。

「申し訳ありません」とかではなく、「どうにか通してください」と頼み込んできている。

 完璧できる子スーパーメイドさんであるベルファストが、明らかに悪意のある申請を、どうか目を瞑ってくださいと言っているのだ。

 絶対に何かおかしい。

 

 

 ベル?正直に言って?

 この書類が通らないと、何が困るんだい?

 

「…申し訳ありません。それは言う事が出来ません。」

 

 なら、この書類は通せない。

 

「っ………お願いします、ご主人様ッ。」

 

「ねえ、ベルファスト…貴女、本当におかしいわよ?…指揮官くんを困らせないで。理由がないならこの子も許可を与える訳にはいかない事くらい、貴女なら分かるはずよ?」

 

 

 

 後でルイスにビールを奢りたい。

 わざわざ嫌な役(嫌われ役)を買って出てくれたのだ。

 こういう時、部下に嫌われてでも筋道を立てさせるのは指揮官たる私の仕事なのに。

 本当にすまん、ルイス。

 

 

「…………分かりました。申し訳ありません、ご主人様。少々疲れてしまったようです。少しお休みをいただいてもよろしいでしょうか?」

 

 う、うん、分かった。

 それじゃあ、ゆっくり休んできて。

 

 

 

 ベルファストがガックリと落として部屋を出て行き、その背中からはかなり落胆した様子が見て取れる。

 扉が閉まった後、私と、ルイス、ピッピ、ダンケは深いため息を吐く。

 皆、ベルの異変が心配だったのだ。

 

 

 

「今日のベルファストは本当におかしいわ。やっぱり、疲れてるのかしらね、坊や?」

 

 うぅん、そうかもね。

 

「Mon chouに無理を頼むなんて、本当にベルファストらしくない…それに、何か隠し事してるみたいだった…」

 

「…ちょっと言い過ぎちゃったかしら……」

 

 ほんとごめんね、ルイスマッマ。

 ああいう事は私が言うべきなのに。

 

「別に、指揮官くんの為なら大丈夫よ?気にしないで?」

 

 ありがとう。

 ………しかし、ベルの奴、何をそんなに意固地になってたんだろう?

 

 

 

 私は追加資金申請を出した鎮守府の指揮官名をもう一度よく読んだ。

 

『ジョン・"ジャック"・フォースター大佐』

 

 恐らくロイヤル海軍でも一二を争う騎士道精神の持ち主にして兵卒からの叩き上げという、男の中の男を絵に描いたような人物だと聞いた事がある。

 

 それが、こんな巧妙な隠蔽工作まで行って資金の不正請求をしている理由が全くもって見当たらない。

 

 確かに、フォースター大佐の艦隊は管区内でも激しい前線を担当しており、故に出撃回数も多いのだろう。

 ただ、海軍は当然それに見合った資金を供給しているハズだし、いつだかのブラック指揮官のように勲章と引き換えに返納もしているわけではない。

 

 んんん〜。

 怪しいなぁ〜。

 

 

 私はピッピに頼んで、電話を掛けてもらった。

 相手は今頃忙しいのかもしれないが、5分程度なら時間を割いてくれる事だろう。

 その電話相手とは、私の名前に"フォン"の称号を与えてくれた人物であり、そして、私の物理的な従兄弟だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

眼鏡をかけた死神のような少年

 

 

 

 

 

 一人の男が、机に突っ伏して寝ていた。

 

 酷く疲れているのだろう。

 騒々しいまでのいびきをかいていたし、顔面の無精髭が後頭部越しにもよく見える。

 机には三枚の書類と、一杯のコーヒー。

 男の手にはペンが握られたままだった。

 

 よほどの事がない限りここまで追い込まれることはないのだが、この男は自分自身が追い込まれるのを承知で、ある余計な事業まで請け負っているのである。

 

 そんな男を一人の美女が優しく起こす。

 

 

「ご主人様、起きてください。」

 

「…んん…あぁ、カーリュー。すまない、つい…」

 

「酷い無精髭です。どうかお手入れを。」

 

「あぁ…ああ、うん、本当にすまん…すぐに剃る。」

 

「ご主人様の礼儀作法には問題はありませんが、その容貌が全てを台無しにしてしまいます。」

 

 

 

 男は洗面台に立ち、カミソリとシェービングクリームを取り出した。

 カミソリは随分と年季が入っていたし、シェービングクリームは既に空。

 男は盛大にため息を吐いて、古びたカミソリだけで髭を剃ろうとする。

 間違いなく肌を切り裂くだろうが仕方ない。

 請け負っている事業のせいで男は殆ど一文無し。

 それでも辞めるわけにはいかない。

 

 

「ご主人様!お待ちを。…こちらのカミソリをお使いになってください。大切な友人からいただきました。」

 

「ん…おぉ!ありがとう、カーリュー!ゾーリンゲン製かぁ!しかし…貰っても良いのか?」

 

「毎日キチンとお使いになられるならば、との事です。」

 

「分かった。大切に使わせてもらうよ。」

 

「………ところで、ご主人様…」

 

「どうした?」

 

「予算の件ですが…中将の後任の方には許可していただけませんでした。」

 

「………………分かった、なんとかしよう」

 

「ご主人様っ!」

 

「カーリュー!お前にはもう苦労させたくないっ!お前だって嫌だろう、あんな事!」

 

「しかし、私が行かなければ、ご主人様の苦労は………」

 

「なんだって良い!そんな物!もう君自身が傷つくような事はするな!」

 

「………はい。」

 

 

 優しい指揮官はそう言ってくれたものの、カーリュー自身はやはり行かなければならないと考えていた。

 中将にやったように、その後任にもやらなければならない。

 この人は全てを背負い、今にも全身を骨折しそうな勢いだ。

 彼を救う為には彼女が犠牲になるしかない。

 

 指揮官には言えないが、彼女はもう行くと決めていた。

 自身がどれだけ傷つこうと、この人が傷つくよりはマシなように思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は今、自らの机の上に座り、鉄血公国の情報部長と話をしている。

 なぜそんな体勢かと言うと、普段私を谷間に挟んでいるルイスマッマはベルマッマとのカウンセリングを行っているし、ピッピもダンケもそれぞれの用事へ向かっているからだ。

 

 よって私は久し振りに一人だし、久し振りにフルリラックスして電話を楽しんでいる。

 

 片手にはミニマムサイズのティーカップ。

 中にはカフェインレスの紅茶が入っている。

 私は紅茶を一口飲むと、私に"フォン"を与えてくれた男との会話に戻った。

 

 

 

 で、つまり、どういう事かな?

 

『だ〜か〜ら〜、フォースターほど主人公っぽい奴ぁいないんだ、ブロ。少年週刊ジャ●プのセンターカラー飾れるぐらいの主人公だよ。』

 

 そこまで言っちゃう?

 集●社に怒られない?

 

『あのな、ブロ。……たぶん怒られると思う。』

 

 でしょうね。

 

『まあ、でも、アレだ、アレ。マジで主人公だから、彼。スラム街からヒーローへ、ファーストネームは救世主(メシア)だと言われてもおかしくない。』

 

 本当に?

 

『………なんかあったのか?』

 

 その主人公が帳簿をちょろまかして、予算申請を上げてる。

 

『え゛っ!?マジっ!?』

 

 マジもマジマジ。

 

 

 

 物理的な従兄弟である鉄血公国情報部長ラインハルト・レルゲンは、信じられないとでも言うかのような反応をした。

 ドーヴァー海峡を超えた向こう側でも有名とは驚いたな。

 そしてその有名な士官が不正を働いた事にも衝撃を受けた具合からして、従兄弟の言う通りル●ィーやら黒崎●護(古典的主人公)みたいな扱いをされているのだろう。

 残念ながら、手元の書簡はそれを否定してしまっているが。

 

 

 何か…ヘンな事とかないの?

 

『うーん、こっちではそんな噂ZE〜RO〜♪だね。てか、お前んとこにいる中将閣下に話聞いたら?…あと昇任おめでとう。』

 

 なんで知ってんのよ。

 まあ、それも試しては見たけどさ。

 ………中将?フォースター大佐についてお聴きしても?

 

「プギィ!」

 

 ほらな。

 

『完落ちかぁ〜』

 

 野に返して、その後戻って来やがってヨォ。

 そしたらこのザマよ。

 

『野に返したりなんかするからだよ。ちゃんと散歩しなよ。』

 

 自分は嫌であります。

 

『だよねー。あっ!そうだ!フォースター大佐の経歴の中で、一つだけ特異な事項があるんだよ!』

 

 先に言えや。

 

『ええっと、何年か前…《私のラインハルトぉ〜?どこかなぁ〜?試作品のお手伝いしてくれるとぉ〜、ママとっても嬉しいなぁ〜》………………………』

 

 おい、どうした?

 

『………すまん、一旦切る。』

 

 何なの、どうしたの。

 

『お前のせいだぞ!お前がガチでリアルな赤ん坊なんかになったもんだからビスマッマが《あらラインハルト〜♪見ぃつけたぁ〜♪》…ビ、ビスマッマ、今仕事中だからっ!だからっ、その、わ、わ、わ、うわあ!!!』

 

 

 ガチャッ!!ツー・ツー………

 

 

 こ、怖えええええええ。

 何なんだこのポル●ーガイスト感は。

 

 私は受話器を置いて、とりあえず、書類と向き合う事にした。

 フォースターなる人物が、何故このような書類を作成してしまったのか、彼の立場になって考えようとしたのだ。

 

 私は紅茶をまた一口啜り、文面を読む。

 

 

 何々…予算請求の内訳…これらの………

 

 

 あれ、おかしいな。

 なんだか目がボヤけるぞ。

 私はまた紅茶を一口啜り、書類を読もうと試みる。

 

 

 繰り返される出撃に対して、予算の増強……

 

 

 油汗が額から出て来たし、書類を持つ手も震えてきた。

 もう文字も読めないし、なんだか気分が悪い。

 自分を落ち着ける為に、再び紅茶を飲んだ、その時だった。

 

 

 

 ゴファッ!!!

 

 

 おったまげたね。

 まさか赤ん坊なのに吐血するような事になるとは思わなかったよ。

 

 私はティーカップを落っことし、書類も手から滑り落ちる。

 机の上は私が吐き出した血で汚れていたし、レパルスちゃんの新しいペット『ちゅーしょ』君がこれでもかと騒ぎ立てていた。

 

 

 

「ピギィッ!!ピギィッ!!ピギィ!!」

 

「なんなのよ、うるさいわねぇ…なっ…し、指揮官!?あんた!?」

 

 

 ちゅーしょ君のおかげで、プリンツェフが執務室に来てくれ、吐血する私を抱き抱えてくれた。

 

 

「落ち着いて…落ち着くのよ、プリンツ。まず、患者の容体を確認して……」

 

 

 プリンツェフの慌てようからしても、私はかなり重症らしい。

 何が原因かは分からないが、私自身意識を保つのが辛いくらいに朦朧としている。

 吐血は幾ばくか収まったが、信じられないくらいの気持ち悪さはまだ猛威を奮っていた。

 

 

「坊やぁ〜♪戻ったわよぉ〜♪ママと一緒に…嫌ぁああああああッ!?」

 

「ティルピッツ!!ヴェスタルを呼んできて!!大至急!!」

 

「な…なんで…坊やが……坊やが…」

 

「ティルピッツッ!!!」

 

「…わ、分かったわ!!すぐに呼んでくる!!」

 

 

 プリンツェフは私を赤ん坊用のベットに寝かせると、私が着用している赤ちゃんサイズの制服を脱がせて状態を見始めた。

 

 

「異常な発汗、瞳孔の開き具合…毒……?」

 

 

 彼女は私の状態を確認すると、机の上に落っこちて中身がブチまけられている紅茶の方へ向かう。

 

 そしてそれで小指の先を湿らせると、あろう事かペロリと舐めてしまったのだ。

 プリンツェフゥ!?

 

 

「…毒…ではないわね。アレルゲン…でも吐血なんかするわけない…」

 

「ご主人様、ベルファスト只今戻りました。先程は大変な失礼を……….!?」

 

「指揮官くんっ!?」

 

 

 ルイスマッマが一目散にこちらまで駆けてきて、プリンツェフの制止を気にもとめずに私を抱き上げる。

 青と白の制服が、私の血で汚れてしまったのだが、まるで御構いなしだ。

 

 

「セントルイス!指揮官が死ぬわよ!」

 

「でもっ!でもっ!」

 

「そんな事しても、吐血が酷くなるだけっ!」

 

「うぅ、ごめんなさい…」

 

「分かればいいわ、そこに寝かせて………ようやく吐血が収まったようね。とにかく、今は安静な状態にしないと。」

 

「プリンツ・オイゲン!!!」

 

「ティルピッツ?ヴェスタルは?」

 

「彼女、今ユニオン本土に帰ってるわ!」

 

「なっ…そ、そういえば、一昨日から出発してたわね…残念だけど、私じゃ吐血の原因は分からない。病院へ連れて行きましょう。」

 

 

 

 ヴェスタルさんの腕はスーパーブラック●ャック級で、私も何度も救われた。

 そのヴェスタルさんがいないとどうなるか、今日私はまさに身をもって学んだのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バナナオレ♪バナナオレ♪

※当SSはフィクションであり、実際の団体、個人、宗教その他諸々とは一切関係ありません。


 

 

 

 

 結局、あの後病院へ急行したにも関わらず、私の症状の原因は分からず終いだったし、しかし、一晩で私はすっかり回復してしまった。

 

 憲兵隊までもが入って捜査に当たったものの、事件性のあるものも何一つ出ていない。

 

 無論のこと、私自身入念な身体検査を受けた。

 だが、どういうわけか、私の吐血にいたるような異常は何一つなかったらしい。

 もう怖えよ本当によぉ。

 

 

 人は科学的根拠を見つけられない時、往々にして非現実に走りやすい。

 どうしても説明がつかない場合は『超常現象』という言葉に頼らざるを得ないのだ。

 私の吐血に何の事由も見出せなかったマッマ達も、この説明不能な怪事件を考えた結果、ある事を思い出したのだった。

 

 

「「「「あ、この子の洗礼やってない」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、というわけで私は今鎮守府内にある教会へと向かっております。

 私はルイスの谷間に挟まれ、そして、ルイスはピッピ、ダンケ、ベル、プリンツェフ、アヴマッマに囲まれております。

 

 何の集団なんでしょうかね。

 とりあえず、すっごい厳かな雰囲気の行進ですね、はい。

 いつの間にかプリンツェフが準共同親権者みたくなってるし、アヴマッマはドサクサに紛れ込んでる感MAXなんですけど気にしない気にしない。

 

 

 やがて大きな教会の扉が見えてきて、マッマ達の内ベルマッマが少し先に出た。

 彼女はドアノブを掴むとそれを丁寧に引き、

 我々を教会の中へとエスコートする。

 ありがとう、ベルマッマ。

 

 しっかしまあ、こんなところに教会があったとは。

 見た目からして厳かそうだし、実際今まで入ったこともない。

 そもそも転生前はキリスト教徒でも何でもなかったから、教会の中のイメージって牧師さんとかがエイメンしてるぐらいしか

 

 

 「内なる自分を解き放ちなさい!!」

 

「アワワワワワワワッ!!」

 

「アイェエエエ!!アイェエエエッ!!」

 

 「天の声に耳を傾け、魂を解放するのです」

 

「アワワワワワワワッ!!」

 

「アイェエエエッ!!アイェエエエッ!!」

 

 「躊躇うことなく事など無いのです!さぁッ!本来のあなたを曝け出しなさいっ!」

 

「アワワワワワワワッ!!」

 

「アイェエエエッ!!アイェエエエッ!!」

 

 

 

 

 

 ………うん、帰ろうよ、ルイスママ。

 邪魔しちゃダメなヤツだよ、これ。

 魂の解放とかしてるもん。

 とてもじゃないけど洗礼とか出来そうな雰囲気でもないもん。

 ヒヨコパイロットのルーデルさんとハルトマンさんが必死に魂解放しようとしてるもん。

 グラーフ・ツェッペリンが聖書片手に声高らかに説法しながら髪とか振り乱してるもん。

 

 きっと…プロテスタントの中でもプロテスタントな人々じゃないかな?

 だから、一旦…落ち着くまで帰ろう。

 

 

 

「おおっ!卿よ!いらしたのですかっ!さあ、そこのあなた方っ!あなた方も躊躇う事はありません!」

 

「いや、あの、グラーフ?私たちはただ坊やの」

 

「ティルピッツ!!!躊躇う事はないと言っているでしょう!!!主に正しい道を示していただく為にもッ!!!さあッ!!!」

 

 

 

 グラーフ・ツェッペリンって元々は「もし神がいるのなら」とか「神が答えてくれるか?」とか「憎んでいる、全てを」とか言ってる厨二くさい人物であった。

 

 何がどう転んだか知らないが、前作シーズン2では敬虔な信者になり、そして今や過激派である。

 説法がヒートアップしていき、段々と過激になっていくのがその証拠。

 

 

「教皇庁に天誅をっ!!主の名を騙る罪人共にはインフェルノこそ相応しいのですっ!!無神論者などもっての他!!奴らを許してはなりませんっ!!銃をその手に!!艤装を持ちなさい!!今こそ欲深き教皇庁と不信心者共に死の鉄槌を!!エイメン!!!」

 

「「エイメンッ!!!!!」」

 

 

 すっげえ、IS●Sも真っ青だあ。

 

 ここまで過激な事を言われたからか、恐らく宗派の違うダンケマッマが立ち上がり、抗議の声を張り上げる。

 

 

「なんて事言うの!?他の皆んなもいるから我慢してたけど、もう限界よッ!!"シスター"を呼んでおいて、本当に良かった!!」

 

「なにををををを!?さては教皇庁の駒か貴様あああああッ!!!うぅぅぅんッ、許せん!!!断じてゆるせ」

 

 

 バァンッ!!!

 

 

 あわやグラーフVSダンケの戦いが始まろうかと言うところで、先程我々が入ってきた扉が足蹴によってこじ開けられた。

 あろう事か教会の扉にそんな事をしたその人物は、場違いなほど敬虔な衣装に身を包んではいたが、服装と態度がまるであっていない。

 その人物…ジャンバールはシスターの服装こそしていたものの、咥えタバコならぬ咥えプルー●テックをして、バラ●イカみたいな顔で教会の中の人々を睨みつけ、そして生活指導の先生みたいな口調をしていた。

 

 

「おぅし、お前ら席に着けぇ。」

 

「オノレエエエエエエッ!!カトリックゥゥゥウウウッ!!!」

 

 

 グラーフ・ツェッペリンがアンデ●セン神父みたいな声を張り上げて敵対心を丸出しにする。

 案外、根は変わってないみたいだね。

 あとアンデ●セン神父はどちらかというとカトリックの人なんだけどね。

 

 

「神の名を騙る偽善者を許すなぁッ!!2人とも、やっておしまいッ!!」

 

「「ウィ〜〜〜!!!」」

 

「んだコラッ、席つけッ!!」

 

 ドカッ

 

「「ウィ〜〜〜!!!」」

 

 

 ショッ●ーよろしくシスター・ジャンバールに飛びかかったパイロット2人は足蹴一振りで文字通り一蹴された。

 可哀想な2人はそのまま長椅子まで吹っ飛ばされ、椅子に激突してそのまま伸びてしまう。

 だがグラーフ・ツェッペリンはそれでも懲りないようだ。

 

 

「なかなかやるな。…では主の代理人として、我自らが鉄槌を下そう。」

 

 

 教会全体に、ター●ャ・デ●●●ャフ少佐がなんたら術式を使う時のBGMが響く。

 ドヤ顔のグラーフ・ツェッペリンが、どこからかデッカい銃を取り出して、聖書の言葉を口にし始めた。

 まあ、銃と言ってもモンドラゴンとかではなく、ただの大きな象撃銃。

 なんというか…『奇跡』じゃなくて、物理法則によって敵を撃ち倒さんとしてるあたりが鉄血艦でしかない。

 

 

「るせえ。」

 

 チュドーーーーンッ

 

「にくすべッ!?」

 

 

 グラーフ・ツェッペリンの抵抗も虚しく、ジャンバールは艤装の主砲を容赦なく撃ち出した。

 結果、グラーフ・ツェッペリンも前途のパイロットと同じ位置まで吹っ飛ばされて伸びてしまったのである。

 可哀想というか、自業自得というか。

 

 

「これで静かになったな。よぅし、お前ら。聖書(きょうかしょ)182ページ開けぇ。」

 

 

 今聖書の事を教科書って言った?

 思いっきり、怒らせちゃいけないタイプの生活指導の先生じゃん。

 プルー●テック咥えながら指導棒振り回してるあたりまんまそれじゃん。

 3年何組なの、ねえ?

 3年何組、何パチ先生なの、ねえ?

 

 

「はぁ〜、ったく。おい、そこ、3行目。」

 

「え、え?私!?」

 

「お前だっつってんだろ、さっさと読めぇ!」

 

「ええと…」

 

 

 アヴローラが突然指名されて、彼女は慌てて聖書を読み始めた。

 洗礼って、こういう意味の洗礼なの?

 新しい文化による洗礼とかなの?

 何でナチュラルに国語か何かの授業みたくなっててんの?

 何で皆んな萎縮して意義が唱えられないみたくなってんの?

 

 

「…もうっ!やっぱりダメじゃない、ダンケルク!」

 

「なっ、ティルピッツ!?」

 

「坊やにはやっぱりプロテスタントの洗礼を受けさせるべきよ!」

 

「おいゴラ、お前今何つった?」

 

「大体、ジャンバール!貴女も坊やの洗礼する気あるの!?」

 

「んだ、テメ、どういう意味だコラ」

 

「はぁぁぁ、やはり、ここはロイヤル国教会にお願いするしかないようですね。」

 

「いいえ、ミーシャは私と一緒に東方正教会へ行くのです。」

 

「認められませんっ、そのような事っ!」

 

「だいたいロイヤルの国教会は…」

 

 

 

 

 マッマ達の言い争いはいつも通り艤装の撃ち合いへと発展し、鎮守府の教会で三十年戦争が始まってしまった。

 ガチでリアルな鉄血傭兵と思わしき戦車連隊とかも来てたり、イスカリ●テ1●とかいうよく分からない軍事組織をやってきて、前代未聞の内紛へと発展している。

 ほっときゃマル●騎士団とか来そうなので、もうこの際放っとく事にした。

 

 

 

 私がこの大惨事の傍観者となれたのは、実はルイスマッマのおかげである。

 

 彼女は私を挟んだままそっと教会から抜け出して、同じ鎮守府内にある神社へと向かったのだ。

 

 そこには巫女服姿の天城さんがスタンバっていて、私はお宮参りをする事になったのである。

 

 

 しかし、まあ、ルイス。

 あの混乱に加わらないでくれたのは本当にありがとう。

 

「うふふ♪どう致しまして♪」

 

 でも、ルイスは…なんというか、そういう拘りとかはないの?

 

「…ねえ、指揮官くん。重桜のシントウって言うのはね、八百万の神様を崇めるらしいの。」

 

 よく知ってるんだね、ルイス。

 

「シントウの価値観で言えば、ティルピッツの神様も、ダンケルクの神様もその八百万の神さまに当たるのではないかしら。だから………。」

 

 なるほど、本当にありがとう、ルイスマッマ!

 皆を抑える為にもこうしてくれたんだね?

 

「ええ♪ユニオンは宗教にも寛容なのよ?」

 

 

 

 ルイスマッマ…本当にそういうところが大好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ジャンバールが崩壊どころの騒ぎじゃないような気がする?
気のせい、気のせい(殴


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大脱走

 

 

 

 

 鎮守府三十年戦争が終わった頃に、ヴェスタルさんが帰ってきた。

 

 マッマ達はヴェスタルさんを見るとすぐに私を彼女の元へ運び、先日の吐血について診察をさせる。

 ヴェスタルさんは私を診察すると、盛大なため息を吐いてあの怪奇現象の説明を始めた。

 

 

「お母さんがいなくなると、赤ちゃんが泣いたりしますよね?」

 

 しますねえ。

 

「あれと同じです。」

 

 ……………はい?

 

「指揮官が吐血なされた際、周囲にお母さん達は居ませんでしたよね?」

 

 ええ、まあ、居ませんでしたけど。

 

「慣れない環境になってしまったので、身体が拒否反応を起こしたのでしょう。」

 

 ……………はい?

 

「………指揮官、真面目に聞く気ありますか?」

 

 マジすいません、私の脳が拒否反応起こしてるんです。

 でも…つまりどうすれば良いんですか、私は。

 

「それはやはり…24時間365日片時もお母さんから離れない事でしょうね。指揮官は体も小さくなってしまったので、僅かな出血でも気を抜いてはいけません。」

 

「私達が坊やを抱き抱えている限りは、坊やが吐血で死ぬことはないのね?」

 

「はい、ティルピッツ。その通り。いつもやっているように、ちゃんと谷間で保持してあげてください。」

 

『ちゃんと』という言葉の意味………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェスタルさんのご忠告をいただいた後、ルイスがまた壊れた。

 自身の事をラッキー・ルーではなく『カンガ・ルー』だとか言い出したのだ。

 

 

「指揮官くん、私はカンガ・ルー。私に挟まれるってことは、指揮官くんもカンガルーだとは思わない?」

 

 元のセリフがゲシュタルト崩壊してるよ、ルイスママ。

 つまり、自分こそ私を挟むのに相応しいと言いたいのかな?

 

「ルー♪」

 

 ルー♪じゃねえええよッ!!!

 

「私たちは親子♪親子のカンガ・ルー♪だから指揮官くんが私の胸に挟まってても何も問題はないの♪」

 

 ルイスマッマ?

 そろそろ正気に戻ろうか。

 ピッピママが380mmにSHS弾込め始めたからさ。

 ダンケもすぐ410mm撃てるし、ベルは当艦隊最強の磁気魚雷をクナイみたいに保持してるからさ。

 

 

「あらティルピッツ、撃ちたいなら撃てば良いわ。でもドーシマショー、私って軽巡だから戦艦の貴女に撃たれたりなんかしたら…ミニ・ルーも無事で済むかしらぁ〜」

 

「なぁっ!?セントルイスッ!!本当に貴女はッ!!!」

 

「Mon chouを盾にするなんてッ!」

 

 ちょっと待って、ミニ・ルーって私のこと?

 おい、なあ、おい、ルイスマッマ?

 治って?

 お願いだから、治って?

 頼むから人を勝手にセントルイス級にしないで?

 

「皆様、ご安心ください。ここはこのベルファストが。」

 

 

 気づけばベルマッマがフルマックス強化済み3連155mm砲T3でこちらを狙っている。

 どうやら正確にルイスのみに命中させるつもりらしく、片目を軽く瞑って神経を集中させていた。

 

 

「あら、ベルファスト。かなりの自信があるのね。」

 

「自信がなければこのような真似は致しません。さあ、セントルイス。どうかご主人様を渡してください。」

 

「…ベルファスト、貴女の勇気は評価するわ。でも、物事を進める時は…ちゃんと腹案を持たないと…ねえ、ヘレナ?」

 

「!?」

 

「ベルファストさん、動かないでください。」

 

「ヘ、ヘレナ!?…くっ!この外道!」

 

「ヘレナの兵装は8レベルまで強化済みの155mmT3…元は貴女の装備。なら、ヘレナの兵装の威力も十分にご承知よね?」

 

「クッ…誰があの砲をヘレナに…ッ!」

 

 ※ごめんなさい、私です

 

「姉さん、これで指揮官は…」

 

「こら、ヘレナ。この子はもう"指揮官"じゃないの。」

 

「え…」

 

「"ミニ・ルー"よ?」

 

「"ミニ・ルー"!?とってもステキな名前!!」

 

 

 

 助けてくれええええええええ!!!!

 イカれ姉妹のイカれ縁談から私を助け出してくれえええええええ!!!!

 

 ヘレナちゃん!!

 なんて顔してんのよ、そんな顔しちゃダメでしょ、まだそのお年頃の女の子がしていい顔じゃねえよ!!

 その"愉悦"が笑った、みたいな顔どこで覚えてきたのよ!?

 純粋なヘレナちゃんはどこに行ったのよ!?

 

 

「フンッ!!!」

 

 ぶへあっ!!

 

「なっ!私のミニ・ルーがっ!返しなさい、ティルピッツ!」

 

「フハハハハハッ!!手元がお留守よ、手元がぁぁぁあああッ!!」

 

 おい、おい、お前ら、一回落ち着け。

 段々ゲス顔披露宴みたくなってきてるから、一回落ち着け。

 

「Mon chou〜〜〜!!!」

 

「させんっ!!!」

 

 

 私を手に入れようと突っ込んできたダンケと、それを阻止せんとするピッピが衝突し、戦艦の力勝負が始まってしまう。

 

 私は両者の圧倒的にバカデカいウォーターメルォンに挟まれて、頭蓋骨を押し潰されるんじゃないかと思えてきた。

 

 こうなったら仕方ない、逃げ出そう。

 

 そして、生きねば

 

 

 

 私はピッピがダンケと揉み合ってるあいだに隙を見てツークシュピッツェ(鉄血公国の偉大なる名峰)から脱出。

 

 そのまま高速這い這いで離脱を試みる。

 

 

「坊や!坊や!戻ってきて、坊や!」

 

「Mon chou〜、私の胸じゃダメなの〜!?」

 

「ヘレナ!ミニ・ルーを追いかけて!」

 

「うん、姉さ」

 

「このベルファストを差し置いて、そのような真似はさせません!」

 

 

 マッマ達はスモウ・レスリングやメキシカンスタンドオフに夢中!

 よって私の脱出は限りなく成功に近い!

 つまり今こそが好機!!!

 さあ、自由への道は開かれた!

 今こそこの手にじゆゴファッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミニ・ルーの為に、コレを作ってみたの。」

 

 

 ルイスマッマがガスマスクのような物を持ち、私をあやす母親達の集団に入ってきた。

 

 母親達(ヘレナ叔母さん含む)は私が2度目の吐血をしたせいでゲンナリしていたし、今はちゃんと仲直りしている。

 皆で私を囲んで仲良くあやしているし、とりあえずあやす事に集中して今日の事は反省しましょうチックな雰囲気になっているのだ。

 

 だが、それでもルイスだけはブレない。

 もう、このあたり狂気すら感じるが、まったくもってブレないのである。

 

 流石にこの期に及んで市場における独占を考えてはいなさそうだが、彼女の手にあるガスマスクが何を意味するのかはわからない。

 

 

 作ってみたって、何?

 

 つーかガスマスクに『U.S. MILITARY』って書いてあるのは気のせい?

 

 

 

「それは何?セントルイス?」

 

 

 ティルピッツが興味深そうにガスマスクを眺める。

 見た目は赤ちゃん用のガスマスクで、ルイスの手にはちゃんと収納袋もあった。

 

 

「これはね、ユニオンの技術の粋を集めて作られたモノなの。『歩けるくん1号』」

 

 ルイスマッマ?

 

「なぁに?」

 

 ネーミングセ…ンス良いよね、うん。

 ルイスマッマとっても良いセンス。

 肯定しなきゃ泣きそうだったとか、そんなんじゃないから。

 

「Mon chouの為に作ったの?」

 

「どういう機能が?」

 

「えっとね、ミニ・ルーが1人になっちゃう時って、どうしてもあると思うの。」

 

「確かに…今後を見据えると…そういうこともあるでしょうね。」

 

「でもそれで吐血しちゃったら…ぐすっ、今度こそミニ・ルー死んじゃうかもしれない。」

 

「ご主人様…」

 

「はい、そこでこの『歩けるくん1号』の出番です♪」

 

 悲しみの底からの這い上がり速度がサイコ。

 

「このマスクを被れば、ミニ・ルーが1人で歩いても吐血する事はありません!」

 

「「「「おおおーーー」」」」

 

「試しに被ってみて、ミニ・ルー?」

 

 

 ルイスマッマが有無を言わさぬ笑顔でそう言ってきたので、私は不承不承それを被る事にしtうわもんすっげえ臭いやべえ呼吸出来ないそしてルイスお前無理やり着けさせんじゃねえ無理矢理笑顔のまますげえ力で装着してくんじゃねえ!!!!

 

 何なのこの匂い!

 嗅いだことあるぞこれ!

 そーじゃん、これアレじゃん!

 ルイスマッマの腋の下じゃん!!!

 

 お前、ルイス、お前、人を変な趣味に誘うのやめろぉ!!

 イラストリアスかお前はッ!!

 リスペクトし過ぎだしインスパイアされ過ぎって何べん言ったらわかんのよ!!!

 

 

 ルイスマッマはそのまま私にマスクを装着させると、地面に降ろして這い這いさせる。

 

 

「ミニ・ルー?さっき吐血したのは3mの距離だったでしょう?ゆっくりで良いから、ママから3m離れていって。途中で気分が悪くなったら止まっていいから。」

 

 

 すでにえげつない濃さのルイス腋の下臭で若干クラクラするが、私はなんとか這い這いで前進を試みる。

 

 段々と匂いにも慣れてきて、そして私は普通に3mマッマ達と離れる事が出来た。

 

 すっげえ、このマスク。

 

 

 

 目標に到達したので、ルイスマッマの方を見る事にした。

 新しい指示があるかもしれないし、帰ってこいと言われるかもしれない。

 だが私は見てしまった…

 

 

 マッマ達プラスヘレナ叔母さんが、腋の下丸出しにしてスタンバッているのを。

 

 

 

 はい、逃げルーゥゥゥウウウ。

 

「あっ、こら!ミニ・ルー!戻ってきなさいっ!」

 

 誰が戻るかこのやろう!!

 お前らどんだけ特殊性癖突き進せれば気が済むんだよ!!

 もうやだ、もう逃げる!!

 このマスクがあればどこまでもいけるさ、なあ、相棒!!!

 

 今こそこの手にじゆゴファッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5m以上はダメらしい。

 

 まあ、それはともかく、今夜は逃げ出したせいでプンプン丸と化したマッマ達の腋の下に囲まれて寝るという、特殊性癖包囲戦を戦う事になってしまった。

 

 おしおき、らしい。

 

 これね。

 すっげえ効果あるおしおきだわ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅱ章 赤ん坊と苦労人と
革命的ブルジョワジー


 

 

 

 

 

 カーリューは久し振りに朝のシャワーを浴びた。

 

 大切な指揮官の為にも、節制を心がけていた彼女にしては珍しい行動かもしれない。

 その大切な指揮官はまだベッドの中で、きっと彼女が帰ってきた時にはカンカンになっているに違いないだろう。

 あれだけ止められたのにも関わらず、それでも彼女は行こうとしていたのだから。

 

 

 外はまだ薄暗く、ロイヤルの朝日もまだ眠っているようだった。

 早起きは辛いが、指揮官の為と思えば耐えられる。

 彼女は電話を掛けてタクシーを呼び出すと、鎮守府の正門まで歩いて行くことにした。

 そこから乗れば幾らか運賃も少なくて済むし、タクシーのエンジン音や…酷い時は運転手が鳴らすクラクションで指揮官が起きてしまうこともない。

 

 

 外行きの服に着替えたカーリューは、そのまま寝ているジョン・"ジャック"・フォースター大佐の枕元へ向かう。

 

 

「ご主人様、行って参ります。…吉報をお待ちください。」

 

 

 彼女は指揮官の頬に軽いキスをして、覚悟を決めたように寝室を出て行き、そしてその足で外へと向かい、まだ肌寒い午前4時のロイヤルへと歩みを進めた。

 

 鎮守府正門に向かうに連れて、あの日の記憶が蘇ってくる。

 

 

 鳴り響く銃声、入り乱れる悲鳴、倒れゆく人々。

 肉片が転がり、手足が飛ばされ、おびただしい血で染まるアスファルト。

 歳を重ねた老人、まだ若い青年、年頃の少女、そして…………。

 

 

「うっ!」

 

 

 彼女は思わず足を止め、身を屈める。

 吐瀉物が食道を駆け上がってくるのを感じたが、彼女は無理矢理にでも堪えて飲み下した。

 酸性の強い口臭を、今日会おうとしている相手に嗅がせるわけにはいかない。

 第一印象が悪ければ、今日指揮官へ行う小さな裏切りがまったく無駄なものになってしまう。

 どこかでコーヒーか、紅茶でも飲まないと。

 そう思いながら彼女は早足で正門に向かい、そこでタクシーに乗った。

 

 

 勝算はある。

 彼女は自身にそう言い聞かせた。

 きっと良い結果を得て帰れる。

 その為には何でもするつもりだった。

 

 中将は楽勝だったが、あの後任の少将は難しいかもしれない。

 調べたところでは、彼はMI5時代に革命直後のコィバ共和国(史実のキューバ)を操り、DRA(史実のIRA)を叩き潰し、挙句の果てには北方連合の政変に大きく関与しているらしかった。

 きっと、一筋縄ではいかないだろう。

 それに情報畑の人間なら生き延び方としての保身は十分に心得ているはず。

 下手をすれば、フォースター(大切な指揮官)の方が危ない。

 

 

「いいえ、カーリュー。貴女なら出来るハズよ。」

 

 

 タクシーの後部座席で発せられた彼女の小さな独り言は、静かな車内では充分に耳にする事ができた。

 

 ところがタクシーの運転手は、これでようやっと今日の夜勤が終わるところで、もうそんなどうでもいい独り言など聞いてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マッマ達によるおしおきのせいで、朝起きた時には鼻腔の中が第一次世界大戦だった。

 

 まるで鼻の中が、

 

 ベル臭がしたと思ったらピッピ臭がソンムの戦いしてきて、そのまま押し切るかと思ったらダンケ臭がヴェルダン要塞戦で、いつのまにか加わってたアヴマッマ臭がブルシーロフ攻勢してきたけどプリンツェフ臭に追い出され、最後は圧倒的物量を誇るルイス&ヘレナ臭がやってきてヴェルサイユ条約1919年

 

 みたいな具合。

 

 

 

 鼻がぶっ壊れるわ、いい加減。

 決して臭いとかじゃないけど、でも壊れる。

 6、7人の女性の腋の下の匂い嗅ぎまくりとか何プレイなの、ほんとさ。

 

 

「…ん♡…あ、ミーシャ、おはようございます。」

 

 

 今朝一番の早起きはアヴマッマでした。

 朝イチからヘンな声出すのほんとやめてもらって良いですか?

 そして挟むな。

 朝イチから挟むな。

 まだ誰も起きてないからって、挟むな。

 

 アヴマッマは私を挟んだまま、浴場へ向かう。

 

 

「ミーシャ、朝シャンしましょうか。」

 

 …ブルジョワジーだね。

 

「えぇ〜、朝シャンがブルジョワジーとか仰るならミーシャの家燃やしますよぉ♪」

 

 うそ、ごめん、取り消す。

 取り消すから共産圏のトチ狂った革命路線突っ走らないで頼むから。

 

「冗談です♪さて、ミーシャ。ママは着替えますから、目隠しを。」

 

 

 アヴマッマが着替える間、私はいつも通り目隠しをさせられた。

 そのあと海パンを穿かされるのもいつも通り。

 アヴマッマは私を優しく洗い、その後自身も身体を清めて浴場から出る。

 

 

 ふぁあああ〜〜〜、ス

 

「スッキリした?」

 

 うおおおおおおおお!?

 ピッピママ!?

 朝イチから高血圧にさせんなよ。

 心の臓がスタップフォーエバーするじゃない。

 

「おはようございます、ティルピッツ」

 

「ええ、アヴローラ。おはよう」

 

 

 ティルピッツとアヴローラがお互い笑顔で挨拶する姿を見て、私はなんというか、少し安心した。

 アヴローラは元北方連合内部人民委員部の工作員で、私もMI5時代には何度か対峙している。

 ピッピも敵意を感じていただろうし、尋問中のアヴローラがマッマになるとか言い出した時は拳銃片手に尋問室に入ってきたくらいだった。

 なんかギスギスした感じになってたら嫌だなあとは思っていたが、この分だと大丈夫そうだな。

 

 

「アヴローラ、約束通り?」

 

「ええ勿論。」

 

 なんだお前ら、何の密約を結んだ、おい。

 空気が一気に不穏になったろうが。

 

「ちゃんとシャワーだけです。」

 

「そう、ありがとう。それじゃあ、坊やを私に。」

 

「はい、どうぞ。」

 

 

 アヴマッマは私をピッピママに引き渡す。

 ピッピママは水着姿で、明らかにご入浴前のご様子。

 

 あ、あの、ピッピママ。

 私ついさきほどシャワー浴びたばかりでありますので…

 

「え?だって、シャワー浴びただけでしょ?」

 

 へ?

 

「湯船に浸かったわけじゃないでしょ?」

 

 へ?

 

「さて、坊や。ママと一緒にお風呂でちゅよ〜」

 

 はいデ〜ス。

 

 

 

 結局マッマ全員と交代でお風呂しました。

 いっちゃんキツかったのルイスマッマ。

 安定のルイスマッマ。

 何たって、ルイスマッマの他にセントルイスBとセントルイスCがいたんだから、もうこれは迷う事なくルイスマッマ。

 ベルが「次からはベルファストMk.2〜5を呼んで一緒にお風呂です、ご主人様少々キツくなりますよ?」とか言ってたからもうマジで勘弁してくだせえ。

 

 

 

 肌がふやけまくりになってしまったものの、おかげで普段より少し気温の低いこの日でもゆっくりと温まって眼を覚ます事ができた。

 

 最後のルイスマッマとの入浴が終わると、私は挟まったままリビングへと向かう。

 

 ちょっと前までは先にマッマ達が出勤して、私を執務室で待ち受けるスタイルが流行っていたのだが、「やっぱりあやしながら出勤したいわね」とかダンケが言い出したおかげで今のスタイルに落ち着いた。

 まあ、あれだったからね。

 こういうのもアレだけど、私も少し寂しかったし。

 

 

 私の席の前のテーブルには、3本の小さめの哺乳瓶が並んでいる。

 それぞれキャップが銀、青、灰色になっていて、それの意味するところは、『ピッピの冬一番搾り』、『ルイスのスッキリミルク哺乳瓶』、『ダンケの季節のミルク〜マルセイユ風〜』である。

 もういらない誤解しか招いていないが、これらは勿論18禁的な意味を持つものではない。

 

『ピッピの冬一番搾り』は、ピッピがわざわざ酪農地帯まで行って搾ってきた牛乳だし、『ダンケの季節のミルク』はアイリス南部から直送された牛乳である。

『ルイスのスッキリミルク哺乳瓶』はヘレナちゃ……あ、ハイ、すいません、言い直します……ヘレナ叔母さんが飼ってる牛さんから搾った牛乳だ。

 

 

 もう普通に牛乳でええやん。

 なんでそんな地域ブランドみたいな扱いしてんのよ。

 なんでブランド化扱いしてんのになんでそんないらない誤解しか招かないネーミングしてんのよ。

 

 

 

 

 朝食を終えると、私はベルマッマに抱えられて、洗面台へ向かう。

 歯を磨かれ、顔をソフトリィに洗われ、身だしなみを整えられると、そのまま更衣室へと連れていかれ、今度は制服に着替えさせられた。

 

 その後、ピッピとダンケとルイスとベルは鉄血28号に、アヴローラとプリンツェフとヘレナはMG151/20機関砲搭載のSUVにそれぞれ乗り込んだ。

 もう通勤が過保護すぎる。

 航空機用の馬鹿でかい機関砲をルーフトップになんか設けてるもんだから、周りの車が萎縮しまくってるし。

 

 

 一度だけ、よほどのアドベンチャーと思わしき人物が、あろう事か鉄血28号に煽り運転をかけてきた事がある。

 その車の運転手は、愛車のボンネットに20mm徹甲弾を叩き込まれ、何もない道路のど真ん中で可哀想な待ち人となってしまった。

 運転席のプリンツェフと、ルーフトップで20mm機関砲を操作するアヴローラは渾身のドヤ顔だったし、停止した彼の愛車のすぐ後ろでこれでもかとSUVのエンジンを空ぶかししていた。

 たぶん、きっと、トラウマ級の出来事だったろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、私は無事に鎮守府に到着し、執務室までダンケの谷間で運ばれる。

 部屋に着くと、今度はルイスにシフトチェンジし、これで今日の勤務体制が整った。

 ベルマッマがカフェインレスの紅茶を淹れてくれたし、ピッピとダンケは別の机で早速業務に取り掛かっている。

 ピッピとダンケの机は執務机の両端にあり、正面から入ればまるで面接官か何かみたいに見えるはずだろう。

 

 

 私がまだ執務室に入って10分もしていないのに、いきなり机の上の電話が鳴り出した。

 

 おいおい、まだ始業したばっかりだぞと思いつつも、私は手が届かないのでルイスマッマにとってもらう。

 

 

「はい、ミニ・ルー。正門の警備隊からよ?」

 

 正門の警備隊?

 こんな朝早くからアポなしの面会でもぶっ込んできたとでも言うのかな。

 

「ご主人様!」

 

 うわ、ベル、どうしたいきなりそんな大声出してぇ。

 心臓がスタップ・ザ・パーリーするじゃないのよ。

 今日で2度目だよぉ。

 

「…これは失礼しました。お電話を、よろしいでしょうか?」

 

 

 ベルがなんだかおかしい。

 ついこの前、ある鎮守府の予算要請蹴った時もそうだったけど、やっぱりベルがおかしい。

 

 普段は品行慎ましい彼女が、警備隊に向けて高圧的に話しているのを見るのは初めてだ。

 

 

「追い出しなさい、今すぐに!威嚇射撃しても構いません!」

 

 ベ、ベル?

 

「わかりました!その女性と代わりなさい!…………」

 

 

 ベルは受話器を持って、少し奥まで下がる。

 随分と小声で話していたが、明らかに怒っている様子が伺い知れた。

 ベルが怒るなんて本当に珍しい。

 

 たぶん、彼女の事だから、警備隊には後で差し入れを持って行ったりもするんだろうが、それにしてもさっきみたいな態度を取る理由が分からない。

 

 

「ダメなものはダメです!!帰りなさい!!」

 

 

 ベルがとんでもない声量で怒鳴り、そのまま電話を叩き切る。

 マ、マジでどうなされたのベルマッマ?

 

 

「本当に申し訳ありません、ご主人様。私の古い友人なのですが……今の彼女は私の知っている彼女とは違うようです……ご主人様に合わせるわけにはいきません。」

 

 べ、ベル?

 何か力になれるなら…

 

「ご心配には及びません。…大変失礼致しました。警備隊にお詫びの品を持って参ります。」

 

 

 ベルはそう言って、執務室を出て行った。

 取り残された私と、ルイスと、ピッピとダンケには何が何やら。

 とんでもない予感しかしなかったが、とにかく、元の仕事に戻る事にした。

 

 吐血の時紛いなりにも助けてもらったとはいえ、あのクソ中将のせいで余計な仕事が増えている。

 マッマ達だけに任せきりもできないし、今日もとっとと終わらせて帰ろう。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対●忍 カーリュー

 

 

 信じられないぐらいには、鎮守府の警備は模範的だった。

 設備も、装備も、カーリューが目にしてきた数々の鎮守府のどれよりも充実している。

 外柵沿いの道路ではSd.Kfz.222装甲車が少なくとも2両は見受けられたし、kar98k騎兵銃を担ぐ巡察徒歩兵も大勢いた。

 ほかの鎮守府との違いは、それを行なっているのが通常の兵士ではなくヒヨコである事ぐらいで、しかしヒヨコながらに彼らは立派に警備任務を果たしていたのである。

 

 

 

 そのヒヨコの警備隊を束ねる、これまたヒヨコの曹長は、先程朝イチにアポなし面会を敢行しようとしてきた女性が立ち去る姿を警備所内の誰もが見ていない事に気がついた。

 

 もうあと1時間後には下番して、ビールとソーセージを楽しんだ後に眠りにつける。

 だが、それでも彼は目の前の問題を放置することはなかった。

 

 

「おい、クルト!巡回に異常がないか確認しろ!」

 

ヤヴォール(了解)!」

 

 

 曹長はこの鎮守府が気に入っていたし、それは部下も同じだった。

 彼らの故郷の鉄血公国が恋しくなる事もあるが、そこにはセイレーンとの戦争が終わってから帰っても遅くはないだろう。

 今はこの鎮守府の警備隊として勤務して、たっぷりと稼ぐのだ。

 

 彼らは鉄血財界の大物、ビスマルクに雇われている私兵である。

 よって、給与は国防軍より高い上に手当てがつき、更に嬉しい事にこちら側の雇い主もボーナスを支払ってくれるのだ。

 

 ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世に貸し出されるビスマルクの私兵ほど、美味しい兵役は無いに違いない。

 この鎮守府の指揮官は、必要がないにも関わらず年に4回もボーナスを支給し、最高の兵舎と食事を与え、週末にはビールを配る。

 辛い24時間の警備隊勤務の最期の1時間まで気を抜かずにいられるのは、そういった待遇の結果だろう。

 

 

 曹長が巡回の確認を取らせている間に、眠気が吹っ飛ぶような美しい女性がやってきた。

 品位の塊のようなその女性は、手に籠を持ち、随分とすまなそうな顔をして警備隊受付へとやって来る。

 

 

「おはようございます、曹長」

 

「これはベルファストさん。おはようございます。」

 

「先程はつい声を荒げてしまい、本当に申し訳ありませんでした。」

 

「いいえ、お気になさらず。私だって時には情緒不安定になって感情的になってしまう事があります。そうですね、例えば…そこのクルトが仮眠の交替に来なかった時とか。」

 

 

 警備所の中で笑いが巻き起こった。

 寝坊癖のあるクルトが曹長に怒鳴られたのは5時間前のこと。

 彼はすまなそうな顔をして、頭をカリカリと掻いている。

 ベルファストも上品にクスリと笑った。

 

 

「うふふ、それは大変ですね。…もしよろしければ、お召し上がりになってください。」

 

「おお!これはありがとうございます!」

 

「次の上番者の分もございます。」

 

「クルト!間違っても2つ食べるなよ!」

 

 

 またも巻き起こる笑いの渦。

 だが、今度はクルトが真剣な顔をして声を張り上げた。

 

 

「曹長!!巡回12と13からの応答がありません!!」

 

「何だと!?もう一度確認しろ!!」

 

「………ダメです、反応ナシ!!」

 

「警備レベル引き上げ!!警備レベル引き上げ!!警備レベルイエロー!!非常配備!!」

 

 

 今度はもう、曹長もジョークを飛ばしてはいなかった。

 警備所内の兵士も、次々に騎兵銃を持って外へ飛び出していく。

 施設の裏側ではⅣ号戦車がエンジンを唸らせ、鎮守府のメインストリートへとキャタピラを進めていた。

 

 

「貴女も早く安全な場所へ!」

 

「ええ、ありがとうございます!お気をつけて!」

 

 

 曹長に促され、ベルファストは指揮官の下へと急ぐ。

 タイミングから考えて、彼女はあまり考えたくない方向を疑わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 あと1時間待てばゆっくりと自分のベッドで眠れた二人組は、カーリューの回し蹴りによって後頭部を蹴られ、硬いアスファルトの上で意識を失っていた。

 

 彼女は素早く物陰へ移動して身を潜める。

 

 おかしい。

 対応があまりにも早すぎる。

 

 もう彼女はメインストリートを横断することができない。

 既に1両のⅣ号戦車が道を塞ぎ、シュタールヘルムを被ったヒヨコたちが非常線を敷いている。

 カーリューはここがベルリンなのではないかと疑いたくなった。

 

 しかし、ここまで来てしまった以上、もう後戻りは出来ない。

 アポイントメントを旧友に断られ、今朝警備所から叩き出された時点で、彼女にとっては非常に不本意ながらこういった手段に出ざるを得なくなる事は容易に想像できた。

 

 だから出発する前にも、この鎮守府でハードネゴシエーションに陥った場合の対応も考えていたのだが。

 まさかここまでの警備体制を見せつけられるとは思ってもみなかったのだ。

 

 

「くっ。細部まで詰めたつもりが…私としたことが考えが甘かったようですね」

 

 

 彼女は意を決して立ち上がり、全速力を持って走り始める。

 万事滞りなく、抜かりなく。

 彼女とて、予想外の展開はあれど腹案がないわけではない。

 どうにか指揮官執務室に辿り着く為にも、彼女は速度を上げていった。

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

「侵入者!?え?マジで!?ヤダよ、こわいよ!!」

 

「落ち着いて、ミニ・ルー!セーフティ・ルームへ急ぎましょう!」

 

「あぁ!!鍵が開かない!!坊やが危ないって時にッ!!」

 

「ティルピッツ、落ち着いて!私たちがいればMon chouは安全よ!」

 

「つーか、また!?またなの!?今まで側頭部ぶち抜かれたり、ドタマぶち抜かれたりしたのに、またなの!?また私どっか撃たれんの!?いーやーだー!!いーやーだー!!」

 

 

 20分後、カーリューはピッチピチの対●忍みたいな服に着替えて、目的地である指揮官執務室の直上にいた。

 換気口から下を見れば、秘書艦と思わしき3人のKANSENが目に見える。

 指揮官の声は聞こえるものの、肝心の彼の姿が見えないのが不思議だった。

 だが、そこにいるのであれば問題ない。

 彼女の目的を果たすには十分だ。

 

 カーリューは持ってきた装備を整えると、薄暗い天井裏で目を凝らし、何か突起物はないかと探す。

 幸運なことにまさしく突起物がそこにはあり、彼女は装備…降下用フルハーネスのフックをそこへしっかりとかけた。

 

 本来はこんな事はしない予定だったのだが、警戒レベルが上がってしまった以上仕方ない。

 プランBだ。

 指揮官を拉致して、"説得"する。

 

 天井裏の換気口のカバーを音を立てぬよう、ゆっくりと取り外し、もう一度中の様子を伺う。

 

 

「つーかよぉ、そもそもよぉ、狙われすぎじゃねえ!?お前はア●ルフ・ヒトラーかってぐらい狙われすぎじゃねえ!?何なの!?私が何したって言うの!?」

 

「ミニ・ルー!ミニ・ルー!落ち着いて!」

 

 

 どうやら、目標はセントルイスと思わしきKANSENの直近にいるようだ。

 まだ彼女の位置からは見えないが、背の高いセントルイスに隠れて見えないのだろう。

 彼女はハーネスを微調整しつつ、セントルイスの直上へと迫る。

 

 

 

 カーリューは驚いた。

 自身が目標だと思っていたのは、セントルイスの谷間に挟まる赤ん坊だったのだ!

 

(赤ちゃんが指揮官!?どう言う事!?)

 

 

 決して声には出していなかった。

 だが驚きのあまり気配の遮断を怠ってしまったらしい。

 セントルイスの谷間の赤ん坊が、まっすぐ上を…つまりカーリューの方を見上げて、こう言った。

 

 

「イピカイエ!?」

 

 

 カーリューはすぐさまハーネスから離脱し、セントルイスを押し倒すように着地。

 赤ん坊を掴んで谷間から引き抜くと、今度は小脇に抱えて離脱を試みる。

 

 

「なっ!?坊やが!」

 

「セントルイス!?大丈夫!?」

 

「私は大丈夫!でもミニ・ルーが!」

 

 

 ピィイイ!!ピィイイ!!ピィイイ!!

 

 警笛が響き渡り、無数の警備兵がこちらへ向かってくるような音が聞こえ始めた。

 カーリューは赤ん坊を抱えたまま、指揮官執務室のある四階の廊下から、窓ガラスを割りながら飛び降りる。

 無事に着地して走り始めると、何発かの発砲音が追ってきたが、すぐに射撃は中断され、ティルピッツと思わしき女性の声が聞こえて来た。

 

 

「撃つな!撃つな!坊やが一緒よ!」

 

 

 赤ん坊を抱えたまま、カーリューはメインストリートへと飛び出して、通りがかったシュビムワーゲンに飛び乗った。

 短い格闘戦の末に運転手を引きづり下ろすと、全速力で正門へ向かう。

 サイドミラーからはこちらに砲塔を向けるⅣ号戦車と歩兵達を見る事が出来たが、いずれも赤ん坊の為に発砲を控えているようだった。

 

 

 シュビムワーゲンはそのまま正門から飛び出して、雑然とした一般道路へと飛び出していく。

 

 とんでもないことになってしまったと、彼女自身思っていた。

 ただ、顔は半分隠していたし、正体がバレたという事はないだろう。

 

 だが、仮にも海軍の高級士官と思われる人物を拉致してしまったのだ。

 本来なら、中将の時のように、ベッドに誘い込むハズだったのだが…

 しかし、MI5の英雄が赤ん坊とはどういう事だろうか。

 この赤ん坊は、そもそも本当にあの少将と同一人物なのか?

 

 

「ゴファッ!!!」

 

 

 何か吐き出すような声が聞こえて、彼女は抱える赤ん坊を見やり、そして気分を悪くした。

 

 赤ん坊は真っ赤な血を吐き出していて、それは彼女のトラウマを刺激する。

 

 

 

 あの日見た光景…

 

 歳をとった老人、若い青年、年頃の少女…そして……血塗れの………小さな小さな………………

 

 

「うっ!」

 

 

 彼女は追っ手を巻いた事を確認すると、シュビムワーゲンを道端に止め、乗り物から降りて吐瀉物をまき散らした。

 

 

「お〝エェッ!!おぶえッ、おえええ〝っ!」

 

 

 決して繰り返したくない、あの日の記憶。

 それを繰り返さないためにも、この赤ん坊を、まずは彼女の鎮守府へ連れ帰らなければならない。

 

 吐血の原因は軍医に診てもらわねばならないし、指揮官は更に怒るだろうが、彼女にはそれでもあの日の事を思い出すよりはマシなように思えたのだ。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自然派の脅威

 

 

 

 

 ゴファッ!!!

 

 ああ、クソッタレ、ああ、本当にクソッタレ。

 なんて日だ、なんて事だ、なんてザマなんだ。

 血は止まらず、吐き気がして、頗る気分が悪い。

 頭の中じゃエルサレムの鐘が鳴ってるし、軍医殿は私の症状に何の手立ても打てずにいる。

 

 そりゃそうさ!

 薬か何かで治るならとっくの昔に治ってら!

 そこにいる長髪のメイドさんが私の拉致なんかしたもんだから、私は血塗れでベッドに横たわり、虚ろな目でメイドさんとそのご主人様の怒鳴り合いを眺めている。

 

 どうやら、そのご主人様こそがフォースター大佐のようだ。

 私が執務室で見た資料と、顔や体格が一致している。

 私は向こうを知っていたが、しかし、残念ながら向こうは私を知らないようだった。

 

 

 

「あの赤ん坊がセントルイスファミリア少将!?そんなわけないだろカーリュー!!お前本当に大丈夫か!?」

 

「しかし、ご主人様…私はたしかに」

 

「まあ、この際それはどうでもいい!一番の問題は、お前が私に何の相談もなしに人の鎮守府から赤ん坊を連れ去った事なんだ!」

 

「そ、それは…」

 

「その赤ん坊が少将ってのは信じられないが…もしかすると少将のご子息かもしれない!」

 

「……………」

 

「どういう事か分かるな、カーリュー!?お前は人の赤ん坊を連れ去って来ちまったんだ!」

 

「私はただ…ご主人様の為に…」

 

「………カーリュー、気持ちは嬉しい。俺を想ってくれた上での行動だというのも分かってる。だけど…相談の一言もあってよかったじゃないか…」

 

「うっ…うっ…ご主人様…いいえ、アナタッ」

 

「ああ、カーリュー」

 

 

 あのぅ、王道恋愛ドラマやってるところ恐縮なんですが、そろそろ連れ去った赤ん坊を見てやりましょうよ?

 アンタら真昼間からチュッチュンマンマしとる場合じゃねえだろ、人の赤ん坊連れ去った挙句、その赤ん坊死にかけてんだぞコラ。

 なあ、軍医殿、あなたからも何か仰ってあげてくださいよ。

 持病があるのかもしれません、一度元の鎮守府へ戻さないと、とかさ。

 

 

「持病があるのかもしれません、一度元の鎮守府へ戻すべきでしょうな。」

 

 

 そのままやないか〜い!

 

 

「ああ、この際仕方ない。セントルイスファミリア少将にはちゃんと謝って…」

 

「それではアナタが処罰を受けます!きっと酷い…酷すぎる処罰を!」

 

 

 元はと言えばお前のせいやぞ、カーリュー。

 こんな事あんまり言いたくないけど、なんで後先考えずに拉致とかしたんだゴファッ!!

 

 

「あぁ!ほら見ろ!また吐血した!このままでは死んでしまう!もういい!カーリュー!俺はお前さえ無事でいれば良いんだ!」

 

「やめてください、アナタ!」

 

「手立てがない以上、この子も危ないんだぞ!」

 

「…あります!手立てなら、あります!」

 

 

 言ったな、カーリュー。

 なら、はようしてもらおうか。

 じゃないと僕ちんもうそろそろ限界やで。

 またラッ●ル・クロウみたく小麦畑歩くで、なあ。

 その手立てとやら………お願いしますからマジで早くやってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青クッサッ!!!

 

 

 手立てってコレ!?

 お前マジで頭どうかしてんじゃねえの、カーリュー!?

 

 冷蔵庫からキャベツとネギ取り出してきたと思ったら、私の身体中に巻きやがってよぉ!

 お前アレか?

 今夜は私がお前らの夕ご飯かこの野郎!?

 ロール赤ちゃんとか、いくらなんでもキチ入り過ぎじゃない!?

 

 抱きしめてもムダだから!!

 お前西洋医学なんだと思ってんのマジで!?

 これで吐血治ったら、お前たぶん皇帝陛下のお気に入りになれるよ?

 お気に入りになって、国の政治に関与できるよ?

 日露戦争とかにも反対できるよ?

 もうラスプーチンって呼んでやるからな、この野郎!!!

 

 

「…熱が上がっていますね。病原菌と戦っている証拠…偉い偉い♡」

 

 

 偉い偉いじゃねえんだよ。

 熱上がってんのに安心してるお前の頭がエライエライだわ。

 もういいから黙ってウチの鎮守府に返してくれ!!

 もうこの際無罪放免にしてやるから、マジで今すぐに返せ…………

 

 

 ………って、アレ?吐血、治ってない?

 熱は上がってて、たしかにまだ気怠いけど、吐血自体は治ってるよね?

 

 カーリュー?

 ひょっとしてお前リアルにラスプーチンに近い家系だったりする?

 もはやそのレベルだよ、これ。

 キャベツとネギ巻いて抱きしめただけで吐血止まるとか本当に意味不明なんですが。

 キャベツとネギの概念が変わってくると思うんですが。

 

 

 青野菜を巻かれただけで、本当に吐血が治ってしまい、私の思考は物凄い混乱の最中へと投げ込まれた。

 だって、意味分からんくない?

 キャベツとネギで血ぃ止まるんだよ?

 

 

 しかし、カーリューが吐血の停止を確認した後放った一言により、私は吐血が治った本当の理由を知った。

 

 …まぁ、もう、ここまで来たらいつも通りなんだけどね。

 

 

 

「吐血が…止まった…?…………あぁ、良かった!さすがあの人の息子!さすが私の息子!とっても強い子ね!本当に良かった!」

 

 

 

 …………。

 

 父親まで決めんじゃねえええ!!!

 

 カーリュー!お前モノホンのサイコパスだろ!?

 赤ん坊掻っ攫い、キャベツとネギでロール赤ちゃんして、挙句の果てに我が子認定かよ!!

 今すぐ精神病院にでも行って治してもらってこい!!!

 

 

「アナタッ!アナタッ!この子の吐血が止まったの!」

 

「おぉ!本当か、カーリュー!」

 

「流石はアナタの子!きっと、とっても強い子に育つわ!」

 

「え?カーリュー?」

 

「私とアナタの間には中々子供が出来なかったけど、私は今こうして強い我が子を抱いている…あぁ、神様は本当にいらっしゃるのね…」

 

「カ、カーリュー?」

 

 

 もはや原型を留めていないカーリューのキャラ崩壊と、数々のサイコパス発言にフォースター大佐はドン引きしてる。

 

 そりゃそうだろうなぁ!

 他人の赤ん坊掻っ攫ったワイフが「この子は私達の子供でしょ?でしょ?でーしょ?」とか言い出してんだからなぁ!!!

 そりゃドン引きするわなぁ!!!!

 

 

 

「カーリュー、おい、しっかりしろ」

 

「うふふふふ!長い間待った甲斐があったわ!私とアナタの愛の結晶は、病気にすら打ち勝つの!」

 

「カーリュー?カーリュー?」

 

「ねえ、アナタもそう思うでしょう?」

 

 

 フォースター大佐が口をあんぐり開けたまま微動だにしない。

 きっと衝撃が過ぎるのだろう。

 次の瞬間、彼が発した言葉が、その衝撃の大きさを物語っていた。

 

 

 

「不妊治療の甲斐があったなぁ!!カーリュー!!!」

 

 

 あーあ、壊れちまったよ。

 カーリューたんがあまりにサイコ押しするもんだから大佐まで壊れちゃったじゃんか。

 そら壊れるわ。

 

 

「アレ?でもおかしい….私、不妊治療は受けてないはず…」

 

「ん?それもそうか?ん?ん?」

 

 

 頭がショートし始めた2人組。

 そのまま眠ってくれ頼むから。

 そしたらその隙に脱出…出来ねえなあ、吐血して死んじまう。

 とにかく、私も貧血気味なのかクラクラしてきたから、この辺でダンケシェンするわ。

 おやすみぃ……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きてください、朝ですよ」

 

 

 翌朝、私はカーリューに起こされた。

 まだ言葉を発することができないくらいに疲弊してはいたが、どうにか目を覚まして彼女を見やる。

 目がボヤけているのか、カーリューがベルマッマに見えた。

 でも目の前にいるのはベルマッマじゃない。

 

 年甲斐もなく…いや、年相応に悲しくなってきた。

 もしベラベラと喋れるのなら、今すぐにでも騒ぎ立てたい。

 マッマはどこ?

 ベルは?ルイスは?ダンケは?ピッピは?

 お家に帰してよ、マッマに会いたい。

 そんな言葉を並べ立てたいのだ。

 いやぁ、いかんな。

 本格的に赤ちゃんと化してきてるわ。

 

 

 カーリューは私に哺乳瓶を咥えさせ、恐らく朝食を取らせる気でいるようだ。

 

 私も昨日の吐血で栄養を必要としているためか、グビグビと中身を飲み込む。

 

 うっっっすッ!!!

 何これ粉ミルク!?

 それにしても薄くない!?

 

 普段マッマ達が用意してくれるアイリス直輸入ミルクとかとは、全くもって違う。

 あちらの方はもっと味が良くて、本当に美味しいし飲みやすい。

 

 ああ、本当にマッマ達が恋しくてしょうがなくなってきた。

 本来のマッマ達の胸元で、健やかぁに暮らしたい。

 もう、とにかく帰りてえよお。

 

 

 

 ふと、純粋な疑問が湧いてきた。

 仮にも大佐の男が、なんでこんな質素な生活をしてるのか。

 部屋の中にある家具は皆、良く言えば質実剛健、悪く言えば品のない物ばかりだったし、フォースター大佐が朝食に食べているのは安っぽいシリアルだ。

 

 MI5に入る以前の生活でさえ、私は彼よりも良い食事をしていたと断言できる。

 

 

 この不可解な真実の真相を知るのはもう少し後のこと。

 

 なぜなら、私が疑問を浮かべた次の瞬間、フォースター大佐とカーリューの愛の巣がマッマ達による襲撃を受けたからだ。

 

 

 ああぁ、マッマぁ。

 もう、今すぐにでもバブりたい。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

問おう、貴女が私のメイドさん?

 

 

 

 恐らく、マッマ達の襲撃に対して適切に対応しようなどと考える方がどうかしてる。

 

 彼女達はフォースター鎮守府の警備状況、兵力、在籍KANSEN、地理的特徴など様々な情報を入手し、敵を圧倒できるだけの戦力を充実させ、そしてそれを前進させる事で彼の鎮守府をほぼ無血開城に追い込んだのだ。

 これこそ正に理想的な勝利の形の一つと言うことができるし、この鎮守府の警備隊の誰もが発砲を躊躇った原因でもある。

 

 今では彼の鎮守府のメインストリートはシュタールヘルムのヒヨコで溢れかえっていたし、港は私の艦隊で満ち、そして指揮官執務室にはマッマ臭が充満していた。

 

 少し前はクラクラする、なんて言ってたものだが、今では私もそのマッマ臭を嗅げる事に無上の喜びを感じていたし、そして何より安心していたのだった←まぁ、ご立派な変態になって。

 

 

 まずはピッピが私を抱き抱え、プリンツェフがすかさず私をサンドした。

 もう窒息しそうなんて言うもんか!

 マッマ大好き!スーハースーハー!←まぁ、ご立派な変態になって。

 

 

「ああ〜↑よちよち、私の可愛い坊や!プリンツ・オイゲンが来てくれまちたよぉ。痛いの痛いの、もう我慢しなくていいんでちゅよぉ?」

 

「ほら、アンタの待ち望んだマッマよ?しっかり味わいなさい♪」

 

「マジでテメェら許せんのぉ…Mon chouが流した血の倍数分は血ぃ流してもらうけえ」

 

「ミニ・ルーに私以外の体臭、嗅がせた?ねえ、嗅がせたの?…ふーん……死刑。」

 

「友人の矯正もメイドの仕事です、カーリュー」

 

 

 ピッピが私を抱きしめて、プリンツェフが治療という名の元にあやしている間にも、ダンケ、ルイス、ベルはそれぞれフォースター大佐とカーリューを粉微塵に出来るだけのフル装備を突きつけていた。

 ダンケは勇名馳せた鬼戦艦になってるし、ルイスはスペシアルサイコモードだし、ベルは失望メイドと化している。

 

 

 私の方は大して久々でもないのにピッピの谷間でおいおい泣いていた。

 マッマ、マッマぁ!

 本当に助けに来てくれてありがとう!

 とか何とか言いながら。

 

 

「お礼なんて必要ありまちぇん。坊やは私の大切な息子なんでちゅから。ほうら、マッマの匂いで落ち着くんでちゅよぉ〜?」

 

「…あ〜も〜!!ティルピッツばっかりずるい〜!!!」

 

「もうダメ!我慢できない!ほら、ミニ・ルー!!!嗅いで!!!私の腋の下、嗅いで!!!」

 

 

 ダンケとルイスは早々に痺れを切らして私の元へ駆け寄ってきたが、ベルは違った。

 155mm砲をカーリューに向けたまま、鋭い眼光を突き刺している。

 

 

「教えてください、カーリュー。なぜこのような真似を?」

 

「…貴女がアポイントメントを」

 

「いいえ、そうじゃない!そんな事が聞きたいのではありません!()()です!貴女のような立派なメイドが、"こうなって"しまった事に関する()()!!」

 

「きっと、理解していただけないでしょう。さあ、私を撃ってください、ベル。」

 

「卑怯者ッ!逃げるつもりですか!?カーリュー、貴女に何が起きたと言うのです!?何故、こんな…」

 

 

 ベルがカーリューを睨んだまま、目から涙を落としている。

 友人の信じられない変貌に、心から悲しんでいるようだった。

 その姿が見るに耐えなかったからか、フォースター大佐が口を開く。

 

 

「俺から説明させてくれ。」

 

「っ…!貴方を信じていた!ジョン・"ジャック"・フォースターなら、私の親友を幸せにできると、信じていた!なのに!」

 

「ベル!?アナタもっ!?やめてください!2人とも!」

 

「いいんだ、カーリュー。俺が話さなきゃいけない。」

 

「そんな…」

 

「もういいんだ、カーリュー!」

 

 

 フォースターは意を決しているようで、カーリューの言葉を遮った。

 そのままベルの方を向き、155mm砲の砲口を真っ直ぐ見つめている。

 撃ちたいならいつでも撃って構わない。

 そんな意思さえ伝わってきた。

 

 

「5年前の事だ。当時、人類はセイレーン相手に苦戦していた。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 セイレーンの出現により、制海権の9割を失った人類。

 人類の通商は大きな損害を受け、そしてそれは流通の多くを海路で賄うロイヤルにとって深刻な問題だった。

 特に海外の植民地から食料を獲得していた事は、制海権を喪失する上ではこの上ない問題だったし、勿論、多くの人々がその影響を受ける。

 パン一つの値段は跳ね上がっていき、中間層ですら日々の暮らしに困る始末。

 しかし、それよりも下の階層にいる人々にとっては、深刻どころの話ではなかったのだ。

 

 

 海路の遮断を発端としたハイパーインフレーションの発生により、家を手放した人々も少なくない。

 そういった人々は都市部での仕事を求めてスラム街に住み着いていったのだが、人類が制海権を取り戻していく間に、その人数は桁違いに増えていく。

 

 

 一方、軍は当然、優先的に物資を割り当てられていて、そしてそれはスラム街の住人達にとっては周知の事実であった。

 

 タイミングが良かったのか悪かったのか、スラム街から海軍の将校に上り詰めた男が、出生地の近くの鎮守府に配属されると、スラム街の住人達は団体で鎮守府に押し寄せ、食料の供給を要求した。

 住人達は彼を知っていて、きっと助けてもらえると思ったらしい。

 

 その海軍将校…フォースターは住人達に同情的だったが、海軍の方は住人達を拒絶した。

 彼は住人達を追い返せざるを得なくなり、住人達は彼への思い込みとヘイトを一方的に募らせていく。

 

 

 

 ある日ヘイトが爆発し、住人達の要求は、暴力をも厭わない、暴発寸前の状態になっていた。

 彼らは海軍が物資を不当に独占していると主張し、スラム街出身のフォースターに圧力をかけ始めたのである。

 元々スラム街の住人達に同情的だったフォースターは、警備隊に臨戦態勢を取らせつつも、しかし食糧庫を開放するつもりでいた。

 住人達の悲惨な暮らしぶりをまさしく身をもって知っていたが為に、彼はついに海軍上層部の命令を切り裂こうとしたのだ。

 

 

 ところが、食糧庫を開放する直前に、警備隊が発砲を始めてしまう。

 もちろん海軍将校は発砲の命令なぞ出してはいなかった。

 なのに、手持ちのKANSENの内の1人が勝手に射撃命令を出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「大勢が死んだ。老いも若きも、そして幼き者まで…」

 

「確かに、彼らの中には武装している者もいました。でも、"あの娘"があんなことしなければ…」

 

 

 フォースターが全てを語り、カーリューが後を引き継ぐ。

 ベルマッマは衝撃的な事実を教えられ、困惑気味ではあるものの、どういうことか察したようだった。

 

 

「…つまり、フォースター大佐があのような資金要求をしたもの…カーリュー、貴女が執拗にアポイントメントを取ろうとしたのも…」

 

「ええ、ベル。せめてもの償いにと、スラム街の人々へ寄付を行なっていたのです。」

 

「君の事はカーリューからも聞いている。あの無茶な予算要請を、通してくれるように頼んでくれたらしいね。本当にありがとう。」

 

「………はぁ。カーリューとフォースター大佐の事ですから、何か事情があるのではと思ったまでです。そういう事だったのですか。………ご主人様」

 

「え?ご主人様?」

 

「ベ、ベル?ひょっとして、その子…」

 

「ええ、この方こそ私のご主人様。ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世少将です。」

 

 

 

 ベルマッマは、フォースターとカーリューの話を聞いて、安心したような顔をしていた。

 私用で浪費したりしたのではないと、安心しているのだ。

 可哀想なスラム街の住人達のため、彼らは寄付をしていた。

 彼らの悲惨な暮らしぶりが、少しでも改善されるように。

 だから、ベルマッマもこう思ったのだろう。

『ご主人様も彼らのお話を聞いていただければ、事情をわかってくださるでしょう。』と。

 

 

 

 

 悪いが、そんなわけはない。

 

 

 

 

 

 私は真っ青な顔をして、しかし恐らく怒りの表情を浮かべているに違いなかった。

 こちらの方を向いたベルマッマが『え?』って感じの顔をしていたし、フォースターとカーリューは直ぐに頭を下げたのだから。

 

 

 

「申し訳ありません、少将!この度のご無礼の罰は、どうかこのフォースターのみに…」

 

 とんでもない勘違いですよ、大佐。

 私はそんな事に怒っているのではない。

 

「………海軍規則を破ったのは私です!」

 

 規則云々の問題でもありません。

 

「KANSENには出来るだけ良い生活を送れるように最善を尽くしましたが、確かに制約も」

 

 違う、全くもって分かっていらっしゃらない。

 

「では…申し訳ありません、少将。私には何故閣下が」

 

 ()()()()()()()()()()()()()、大佐?

 

「…………え?」

 

 ですから、誰に渡したのですか?

 

「じ、地元の慈善活動組織です。双子の孤児が切り盛りをしていて…スラム街に希望をもたらしています」

 

 いつから?

 

「3年前から」

 

 月ペースで?年ペースで?

 

「月ごとに」

 

 いくら?

 

「5万ドルほど………おおよそ、小型KANSENの建造費分を……スラム街の規模から考えれば大した支援にはなりませんが、それでも双子は"助かってる"と言ってくれます…」

 

 

 

 本当に腹が立つ。

 胃がキリキリと鳴り、その痛みと不快感が、猛烈なストレスを感じている証拠に他ならない。

 コイツは何をしたと思っているのだろうか?

 慈善活動?スラム街への寄付?

 本当に、お前は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 戦時下において軍の資金を横流しした事や私を拉致した事も、問題ではないとは言わないが、ここまで怒りを感じる理由にはならないだろう。

 

 

 

 私は怒鳴りたくなる衝動を抑え、震える指でフォースターを指差した。

 

 

「……ダンケ、この野郎を拘束してくれないかな?」

 

「ええ、分かったわ、Mon chou」

 

「なっ!ご主人様!?確かに大佐は海軍規則に反したかもしれませんが…」

 

 黙っててくれ!!ベル!!

 …すまない、でも、今は少しばかり口を閉じててくれ。

 棘のある言い方ですまんが、今は余裕がない。

 

「そ、そんなっ…何故……」

 

 

 

 私にとって幸いな事に、ピッピとダンケとルイスは私の意図を察してくれていたようだった。

 ベルも落ち着けば、きっと気づいてくれるだろう。

 

 何故、善行を働いたかに見える大佐殿に、私がここまで厳しく望んだのか。

 

 答えは簡単だ。

 

 

 まったく…勘違いも甚だしい!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

残酷なスラムのテーゼ


ベル「ロイヤルが舞台なのに、円表記にするおつもりで?」

赤ちゃん「う〜ん、そりゃいかんな、確かに。でもポンドとか良くわからんし…」

ベル「これがポンドです、ご主人様。1ポンドは凡そ147円」

赤ちゃん「なんだかなぁ。もっとこう、ポピュラーでわかりやすいちょうどええ基軸通貨とかないかなぁ」

ルイス「呼んだ?」





 

 

 

「警察への連絡は、現在ティルピッツが実行中。MI5も協力してくれるそうよ。…ねえ、ミニ・ルー?考え過ぎって事はないかしら?」

 

 ………ルイスから楽観論が聞けるとは思わなかったよ。

 

「………………ミニ…ルー?」

 

 あっ!!ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん!!

 そんなつもりじゃないんだルイスママ!!

 皮肉っぽく聞こえちゃったよね?

 ちょっとショック食らっちゃったよね?

 あーーーーごめんごめんごめん!!

 だからやめて?

 謝るからやめて?

 すっげえショック受けた顔で私を挟む圧力をミシミシ上げてくのやめて?

 

「そう、なら良かったわ。ミニ・ルーを嫌味な子に育てたくはないから。ところで…その…ミニ・ルー、ベルファストが…」

 

 ベルマッマ籠っちゃってる?

 

「…ええ。少しショックだったみたい。」

 

 落ち着いてくれればそれで良いよ、今のところはね。

 

「坊や!警察との連絡が取れたわ。坊やの言う通り。これを見て!」

 

 

 ピッピママが大きな地図を持って、私の本来の鎮守府にある指揮官執務室へ入ってくる。

 

 ダンケマッマにフォースターを拘束させた後、私は彼の身柄を海軍MPに引き渡し、自分自身はマッマ達と共に鎮守府へ帰還した。

 ただ、そこから休めたわけではなく、やるべき事が山ほど出来てしまったのだ。

 あの大佐の騎士道チックな勘違い行動は、厄介な問題を引き起こす引金となりかねない。

 できる限りの予防策を打つには、できる限り早く対応する必要がある。

 

 

 ピッピが持ってきてくれた地図は、ロイヤル北東の海域の地図だった。

 沿岸部を基軸として写し出されていて、海の上には幾つかの赤いバツ印が記されている。

 バツ印の上には日付が記されていて、そこでその日どんな事が起こったのかを直実に示していた。

 

 

 

「2年前にここで1件、1年前にこことここで合計3件、そして、この半年で7件。…坊や、これは……」

 

 "連中"、手慣れして来てる。

 

「ミニ・ルー……このまま行けば、件数が増えていくかもしれないわ」

 

 増えていくかも、じゃないよルイスママ。

 確実に件数は増えていく。

 …ピッピ、各件当たりの詳細情報は?

 

「警察側が準備でき次第、送ってくれるそうよ。……坊や、本当に…何というか」

 

 "残念だけど"?

 

「ねえ、ミニ・ルー………何故こうなってしまうのかしら…」

 

 

 海図に示されたバツ印。

 

 これは、民間の貨物船や商船が、いわゆる『海賊活動』の被害を受けた地点を示していた。

 

 

 

 

 

 私がフォースターに怒りを覚えた理由。

 

 それがまさしくコレだった。

 

 

 彼は、スラム街で育ったというのにまるで想像出来ていなかったのだ。

 日々25セント硬貨(クォーター)を巡って殺し合いをしているような連中に、5万ドルなんて大金を与えればどうなるかを。

 

 確かに、その内の幾ばくかは本来の目的である慈善活動に使われるかもしれない。

 親切なフォースターが生活を切り詰めて寄付した額の1/7でも使って薄いスープを作って配り、安っぽい服を子供や老人に与えるのだ。

 

 だが、もし例の双子が少しでも悪知恵の働く、野心のある人物であるならば、残りの6/7を使って"ビジネス"を始める事だろう。

 自らの収益を稼ぎ、私腹を肥やして、長年夢見て来た億万長者への道を歩もうと試みる。

 学や教養はなくとも、貨物船を襲えば金が手に入るという事ぐらい楽に想像がつくはずなのだ。

 

 連中が現金輸送車や銀行を狙わない理由は、まず間違いなく海の方が簡単だから。

 

 あの短い"冷戦"の期間も含めて、海軍はセイレーンとの戦いであまり余力もなく、外洋の貨物船や商船を護衛することはあっても、"確実な安全圏"である内洋からは護衛を解く傾向にある。

 

 どうやって知ったかは分からないが、スラム街の自称慈善活動家共も知っていたに違いない。

 フォースターが金を与え始めた時期と、海賊行為の開始時期が一致するのだ。

 

 海軍艦艇もいなければ逃走も楽。

 恐らく沿岸部の何処かに秘密の発進基地を設けているし、高速小型艇でヒットエンドランを繰り返している。

 航路データを、月給に不満のある交通省職員から買い取っていたとしても、もたらされる利益の方が多いはず。

 

 

 

 一番大きな問題は、とにかく情報が無いことだ。

 そもそも、この海賊行為自体、例の双子が仕組んでいるのかもまだ断言できない。

 私は8割方間違いないと思っているが、情報によって覆される可能性は大いにある。

 

 もし、私の予想通りだったとしても、連中がどういう組織体制をしていて、どこを拠点にしていて、どの装備を使っているのか、まるで分からないのだ。

 

 

 その為にMI5の手も借りたわけだが……あー、ちっくしょう!赤ん坊には重荷過ぎるぜまったく!!!

 

 

 

 何故こうなったのか………

 ルイスママの問いに答えるとすれば、奴の、"フォースターの怠惰(管理の不実行)"に他ならない。

 別に寄付が悪いと言っているのではないが、寄付のやり方に問題しかないのだ。

 もし、彼がもう少しだけ手を突っ込んで自分で慈善団体でも作り上げれば私だって目を瞑ることはできただろう。

 ところがあの似非騎士野郎は、スラムの連中に全てを委ねてしまった。

 スラム特有の絆とやらを過信して、丸投げしてしまい、金を送って満足してしまったのだ!

 

 

 私は先程まで、ルイスママの谷間から机の上にある帳簿を見ていた。

 フォースターが寄付に使った金の履歴が記された帳簿で、そこには月に5万ドル引き渡していた事しか書かれていない。

 彼の日誌も並べてあるが、そこにも、たまにスラムを訪れて吹き出しの様子を見ただけで満足している描写が見受けられる。

 

 少なくとも、私の私感では、スラムの連中は間違いなく資金を不正使用している。

 でなければスラムがスラムのままなはずはない。

 3年間も月5万ドル引き渡していたのに、あの界隈はまだ()()()()()()なのだ。

 

 

 もはや、フォースターが疑問さえ浮かべなかった事が信じられない。

 仮にもスラム街から海軍大佐に上り詰めた男だというのに、それしきの知恵も働かなかったというのか?

 本人はともかく、カーリューも何故黙って盲信していたんだ?

 ベルの話ではカーリューもかなり優秀なメイドさんのハズなのだが…。

 

 

 …………そうか、"トラウマ"か。

 

 

 私はカーリューに拉致された時の事を思い出した。

 彼女は吐血する私を見て吐いていた。

 嫌な記憶が頭をよぎったのだろう。

 KANSENに搭載される、対空用の12.7mm機関銃が民間人に向けられたとなれば、彼らの遺体は凄まじく損壊していたに違いない。

 フォースター鎮守府に押し寄せた人々の中には、乳飲み子を抱える母親もいたと言う。

 

 ショッキングな体験が、彼らの理性を削ったのだろう。

 だから彼らは救いを求めた。

 スラムに月々大金を送り込んだのは、スラムの住人達を救う為じゃない。

 本当に救いたかったのは自分達自身だったのだ。

 ただ、だからと言って放任が許されるわけではない。

 今私に出来る事といえば、まもなく軍事法廷に立たされるフォースターにカウンセラーをつけてやる事ぐらいだ。

 

 

 

 ……可哀想な奴。

 

 もし、あとちょっとだけでも理性が生きていれば、彼も軍事法廷に立たなくて済み、カーリューも裁きの対象にはならず、大佐の鎮守府のKANSEN達もそれぞれの国へ返される事もなかったろう。

 

 だが覆水盆に返らず。

 

 もうどうにもする事は出来ない。

 彼に良い弁護士を雇ってやったのも、今軍刑務所に移送中の彼とカーリューを同じ車両で移送するように命じたのも、せめてもの慈悲のつもりだった。

 

 ベルからは目を瞑ってくれと頼まれたが、残念ながら彼女の期待に沿うわけにはいかない。

 さもなくば、海軍の組織体制が崩壊しかねない。

 好き勝手軍資金を垂れ流しても良い前例を作ってしまえば、それは悪用されかねないのだ。

 ちょうど、石原莞爾がやった満州国建国の過程を、後輩将校達が中国で真似したように。

 

 

 

「…………ご主人様…」

 

 

 ものすっげえ暗い顔をしたベルマッマが、私の目の前へとやってきた。

 親友とその夫がこれから軍事法廷に立つのだ、無理もない。

 

 

「………先程は、ご主人様の意図を察する事ができず、誠に」

 

 本当にすまない、ベル。

 

 

 誤ってはいけない。

 それは頭で理解していた。

 私は立場上の理由で職務を遂行するだけなのだ。

 ここで謝るということは、立場に感情を挟み込む事になる。

 だが、私にはもう耐えられなかった。

 

 

 

「ご主人様は何も悪くありません!」

 

 ………本当に?

 

「私の友人が勝手な真似をしたのが原因です!謝るべきは私の方!」

 

 いいや、ベル。

 そんなことはない。

 私の管理能力も足りなかったんだ。

 …きっと、私も何らかの形で罰せられる。

 

「そんな!ご主人様はっ」

 

 ありがとう、ベル。

 心配してくれて嬉しいよ。

 

「んんっ。ミニ・ルー?ベルファストの前では言いたくないのだけど、そうはさせないわ。」

 

 

 ルイスママが咳払いをして、何事かと見上げてみると伊達眼鏡をかけていた。

 

 

「私がミニ・ルーを弁護するわ。この件で貴方が処罰を受けるなんて間違ってる。ベルファストには悪いけど、必要なら彼らもスケープゴートに仕立て上げる。」

 

「…………」

 

 ルイス………。

 

「私はもう決めてるの、ミニ・ルー。止められるとか思わないで!」

 

 

 ルイスママの目は本気だった。

 ベルがまた泣き崩れてしまい、私はどうにもやりきれない気持ちになる。

 

 彼女がわざわざベルの前でこんな事を宣言したのは、きっと裁判結果が出た後に、私自身から事情を説明しなくとも良くする為だろう。

 

 本当の友人は苦しい時にこそ手を差し伸べてくれるとは言うが、母親の場合は進んで息子の過ちさえ被ってくれるものなのだろうか?

 

 だとすれば、私は彼女に感謝しても仕切れないが、どうしてもやるせなくて仕方がない。

 マッマ達に負担をかけてしまうほどには、私は無能なのだから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

R・P・G!!

 

 

 

 

 ロンドン郊外

 幹線道路

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンバー装甲車、装甲付きの護送車、そして軍用トラックの3台からなる車列が、軍事法廷への出頭を命じられた海軍将校を載せてロンドンへと向かっていた。

 

 護送車の助手席に座る、今年で50歳を迎えた憲兵大尉にしてみれば、今回のケースは非常にレアだと言わざるを得なかった。

 

 暗い護送車の後部座席で項垂れている海軍大佐は、軍資金の横流しを理由に捕らえられたわけだが、彼は決して着服をしたわけではない。

 大抵のケースは横流しと着服がワンセットになってくるものなのだが。

 

 先月も大尉は海軍軍事法廷に立たされる人間を護送したばかりだが、この海軍大佐とは比べ物にならない大罪を犯していた。

 ウクラニア(史実のウクライナ)のギャング団に、KANSENの武装を売り払っていたのだ。

 その男が管理していた旧式の小火器も、弾薬も丸々消えていて、反対に男の口座は膨れ上がっていた。

 それでいて捕まえた時、開き直った態度を取られたものだから、大尉は危うくリボルバーでそいつを撃ち殺すところだった。

 

 

 あの男に比べれば、海軍大佐の罪状は涙すら誘うものがある。

 騎士道精神に則って、か弱き者を救おうとしただけではないのか。

 なのに、この大佐は軍事法廷に立たされ、海軍の名の下に刑罰を受けようかとしているのだ。

 

 

 大尉はつい涙腺に熱いモノを感じて、大佐を写すバックミラーから目を背ける。

 ダメだ、被疑者にそんな物を見せてはならない。

 こちらが同情している素ぶりすら、見せてはならないのだ。

 

 今では大佐は、その妻と最後の時を楽しむかのように会話していた。

 その会話では今回の件に対する後悔の念ではなく、ただただ昔2人が出会った、まだ今よりは若い頃の思い出が語られていた。

 苦労人の海軍大佐とそれを支え続けた1人のKANSEN。

 どこで道を踏み外したのか、2人は法の裁きを受けるのだ。

 夫の方は、妻だけでも助けようとしているようだったが、妻はまるで受け付けていない。

 落ちる時も2人、共に。

 絵に描いたような夫婦愛を見続けていては、大尉も限界が早まるばかりだ。

 だから、彼は気を紛らわせる為にも、護送車の前を行くハンバー装甲車に連絡を取る。

 

 

「"ラビット"、こちら"カウ"、周囲に異常はないか、送れ。」

 

『こちら"ラビット"、異常なし。』

 

「了解、警戒を怠」

 

 

 今さっき「異常なし」と返した癖に、ハンバー装甲車が直径66ミリのロケット弾で爆発・炎上したのはその時だった。

 大尉の護送車は急ブレーキをかけ、後続する軍用トラックがあわや追突しかける。

 

 続いて、幌で覆われた軍用トラックの荷台に機関銃弾が次々に撃ち込まれ、中に乗る憲兵達の多くを貫いた。

 

 

「敵襲!!敵襲!!…大佐、奥さんと一緒に伏せていてくださいっ!!私の指示があるまで!!」

 

「あっ、ああ、分かった!カーリュー!」

 

「はい!」

 

 

 大尉は助手席から降りると、軍用トラックの生き残りと合流しようと試みる。

 

 彼らのいる位置は最悪だ。

 

 車列が通っていた幹線道路の右手側は土手になっていて、上方からこちらを狙い放題。

 BESA重機関銃と思わしき機関銃が、長い長い連射を振りまいていて、軍用トラックの幌をズタズタに引き裂き続けている。

 トラックの荷台からは辛うじて2人が降りてきて、そのままトラックの陰に隠れたが、BESA重機関銃の牽制射撃のせいでその2人も大尉もまるで動けない。

 

 重機関銃に釘付けにされている3人に、トラックの運転手と車長、そして護送車の運転手が加わり、憲兵側の戦力は6人になった。

 しかし、圧倒的に不利な状況にある事に変わりない。

 襲撃者の目的はてんで分からないものの、大尉の任務はこの場合、被疑者を保護する事である。

 

 

「大佐!こちら側からゆっくりと降りてください!流れ弾に注意して!」

 

「カーリュー!君から先に降りろ!私は後でいい!」

 

「ご主人様!いえ、アナタッ!アナタもちゃんと無事に降りてきて!」

 

「言うまでもないだろ!」

 

 

 大佐とカーリューは無事に護送車から降りた。

 憲兵大尉にとって、この誇り高い大佐殿の逃走など到底想像もつかないものだったが、念の為運転手には見張りを命じる。

 そのあと、携帯無線機を取り出して憲兵隊本部に増援を求めた。

 

 

『こちらHQ(本部)、了解した。到着まで持ちこたえてくれ!』

 

「了解、HQ(本部)!オーバー!」

 

 

 大尉はホルスターからMk.Ⅵリボルバーを取り出しながらそう返した。

 実際には持つかどうか分からないものの、泣いても喚いても増援がすぐにやってくるわけではない。

 生き残りの部下達もそれぞれの火器を両手に戦闘準備を整えている。

 護送車の陰から未だに発砲をやめないBESA重機関銃の位置を確認した大尉は、部下達に大声で指示を出した。

 

 

「マーカス、グレイ!機関銃に制圧射!コーンフィールドは射手を狙え!」

 

「了解!」

 

 

 トンプソンとステンガンを持つマーカスとグレイが、機関銃に精一杯の猛射を浴びせる。

 BESA重機関銃射手も人間である以上、機関銃の射撃よりも身の保身を優先してしまう。

 重機関銃の連射が途切れ、射線が定まらなくなったのを見計らい、SMLE No.4小銃を持ったコーンフィールドが精密な射撃で重機関銃の射手を撃ち倒す。

 

 

「重機関銃の射手を倒した!」

 

「了解、こちらから見て反対側の側溝に移動する!行け!行け!行け!」

 

 

 射手が倒されても、給弾手がその役目を引き継ぐ可能性がある。

 だから憲兵達の内、グレイとコーンフィールドは迅速に移動を試みた。

 だが、重機関銃の給弾手はそれより早く射手の代わりを務めて連射を再開する。

 憲兵2名は後頭部に強力なフルサイズライフル弾を食らってその場に倒れた。

 

 

「畜生!連中、間違いなく訓練を受けてる!」

 

「大尉!後方から敵散兵ぐわっ!?」

 

 

 憲兵がもう2人撃ち倒される。

 大尉が確認すると、後方から小火器を装備した徒歩兵が接近しつつあった。

 

 

「くっそ!なんてこった!体制を整え」

 

 

 それでもどうにか任務を果たそうとした大尉の首に7.7mm弾が突き刺さる。

 大尉はもんどりうって倒れ、首を抑えたまま動けなくなってしまった。

 最後の憲兵は眉間の間を撃ち抜かれてその場に倒れ込み、敵徒歩兵が射撃をやめてこちらに駆け寄ってくる。

 

 襲撃者達は憲兵の死体には目もくれない。

 まだ意識のあった大尉は、ままならない呼吸をどうにか続けながらも、襲撃者達の様子を見ていた。

 コイツらの目的は何なのか。

 首を撃たれては助かりそうもないが、死ぬ前に()()()()()()()()()()()()()を知っておきたかったのかもしれない。

 

 

 

 襲撃者達の内、まだ10代前半の少年が集団に先んじて進んでくる。

 手にはPPS短機関銃を持っていて、その銃口からは青白い煙が上っていた。

 そのすぐ後ろに続くのは、PPSの少年と同じくらいの少女で、手にはP14小銃を持っていた。

 

 軍用銃を持つ2人の未成年は驚くほどによく似ていた。

 違いは性別くらいで、その他は何が違うのかすらわからない。

 まさしく、その2人は双子だった。

 

 

 双子は死にかけの憲兵大尉を一瞥しただけだった。

 大尉をまるで気に留めない代わりに、2人は未だ護送車の陰に屈んでいる夫婦の方へ歩み寄っていく。

 そして2人の内の、少年の方が大佐に声をかけた。

 

 

「こんばんわ、大佐!助けに来ました!」

 

「き、君たち、一体何をして…」

 

「嫌だなぁ、大佐!助けに来たって言ってるじゃないですか!あなたはあと少しで、国家の不当な裁判にかけられるところだったんですよ?」

 

「い、いいや、不当な裁判なんかじゃない!俺は過ちを犯した!裁かれるべきなんだ!」

 

「大佐が裁かれるべき?誰がそんな事を?みてください、大佐。僕たちはあなたに救われた。あなたのおかげで今も生きている。あなたは英雄です、罪人じゃない。」

 

「し、しかし…」

 

 

 少年にかわり、少女が話を引き継いだ。

 底抜けに明るい声色をしているが、目は底のない沼のようだった。

 彼女は大佐の前に跪き、その手の拘束を解きながら優しく話しかける。

 

 

「あなたは…まさに現代の騎士です。先のない私たちに、希望の光を与えてくれた。」

 

「ち、違う!君たちから未来を奪ってしまったのは…俺のせいなんだ……」

 

「大佐、本当に素晴らしい方です。でも、考えてみてください。そもそも大佐にあんな警戒体制を強いたのは誰ですか?」

 

「海軍の命令で…」

 

「その通り。海軍の命令でした。そしてあなたは今、海軍の命令で裁かれようとしている…可哀想な奥さんも。」

 

「私は別にどうなっても構いません!ご主人様が無事でいてくださるなら!」

 

「うふふふ。ステキな奥さんじゃないですか。でも、2人とも…本当は裁かれる必要すらないのではありませんか?」

 

「弱きものを蹴落とす。これがこの国の政府のやり方です、大佐。あなたならこのおかしさに気づいていらっしゃるはず。そしてどうにかして弱き者を救いたいとも思っているはず!」

 

「私たちと来てください、大佐。正義を果たしましょう!理想の社会を築くのです!そうすれば…今度こそあなた自身も救われる!」

 

「………………そうか……俺も救われていいんだな……」

 

「ええ、もちろんです、大佐!さあ、行きましょう!」

 

 

 少年の方が大佐の手を取り、元来た方へ歩き出す。

 ほかの襲撃者達も大佐を褒め称える言葉を投げかけていて、一種の新興宗教のようにも見える。

 

 どうやら、あの誇り高い大佐とその妻は完全に理性を失ってしまったようで、今では少年の思うままに動いているようだった。

 

 

 憲兵大尉は、左手で首元を抑えてはいたが、利き手である右手にはリボルバーをしっかり握っていた。

 

 彼は薄れゆく意識の中、格別に重く感じるリボルバーをどうにか動かし、少年の後ろ姿を撃ち抜こうとする。

 だが、すぐに少女が大尉の元へやってきて、こう言い放った。

 

 

「あら。往生際の悪いこと。」

 

 

 

 

 

 1発の7.7mm弾の銃声が響いた後は、あたりは先程までの銃撃戦が嘘のように静まり返っていた。

 

 憲兵隊の増援が到着した頃には生きている者はその場に誰一人としていなかったし、連絡を寄越してきた大尉もこの世にはいない。

 

 そして彼らが命がけで移送しようとしていた被疑者とその妻も、襲撃者達とともに消えていたのである。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セントルイス・グラード

 

 

 

 

 ルイスマッマ…貴女からの愛は本当にありがたい。

 いや、いいや、本当にありがたいと思ってるよ。

 いつでもどこでもあやしてくれるし、いつでもどこでも助けてくれる。

 第一、ルイスマッマの良い匂いを嗅げるだけでも本当に僕ぁ幸せモンだとつくづく思う。

 

 だからね、ルイスマッマ。

 

 増えないで?

 

 

 

 

 私は指揮官執務室で、あまりの出来事に辟易していた。

 

 新しく建造が完了したKANSENを迎える事になったこの日、私は彼女達との初対面を自らのオフィスで行ったのだが………どうしてこうなる?

 

 

「良かったわね、ミニ・ルー!あなたが私の息子になったから幸運も着いてきたのよ、きっと。」

 

 

 ルイスマッマは何故か嬉しがっていた。

 これを幸運と受け取って良いのだろうか?

 ラッキー・ルーならぬラッキー・ミニ・ルーとなってしまった私だが、何か、こういう事を引きつけてしまう運命にあるのかもしれない。

 

 

 目の前にはセントルイスが7人

 あの、どこをどう間違えても間違わなくてもグラビアアイドルとポルノスターが五言絶句するレベルのサキュバスお姉さんが7人増えてしまったのだ。

 

 嬉しいよ、本当に。

 セントルイスはレア度高めで、転生前は私の好きなKANSENトップ5にはどのシーズンを通しても入っていた。

 あの歩く18禁みたいなナイススタイル、素敵な笑顔、東煌ドレス時のサキュバスチックな表情の数々、年上のお姉さんな言動…

 どれをとっても、ピッピ、ダンケ、ベルに並び立って大好き。

 

 でもさすがにコレはやり過ぎだ。

 ユニオンの大量生産能力を鑑みたとしてもやり過ぎだ。

 月産軽空母、週産輸送船してたとしてもやり過ぎだ。

 戦車5万両作って、随伴する軍用車両も数揃えて、その上レンドリースしてたとしてもやり過ぎだ。

 

 

 何なの、お前ら。

 ストー●トルーパー(クローン)か?

 しかも初期設定から「ミニ・ルー」で来るじゃねえよ。

 初期設定からルイスマッマが親権あるなら私たちも当然親権あるでしょチックなスタイルで責めてくるんじゃねえよ。

 私はどうすれば良いんですか?

 この間セントルイスBとセントルイスC加えたルイス三人衆で地獄のあやされ風呂したばっかりなのに、今度は計10人でやる気なのかお前ら?

 笑顔で肯定すんなよぉ〜。

 1人ぐらいは「えぇ〜」とかそういう反応しようぜ、お前ら。

 

 

「ミニ・ルー!牛さんがちょっと風邪気味みたいなのうわっ姉さんがたくさんWhat's the fuck!?

 

 

 ほら見なよヘレナちゃんもドン引きじゃん。

 思わず到底使いそうもない言い回しするレベルでドン引いてんじゃん。

 無理もないけどね。

 寧ろ全力で同情するレベルだけどね。

 

 

「本当に…全部本物の姉さん?」

 

「ええそうよ、ヘレナ」×7

 

「本当の本当に?」

 

「勿論!何なら…触ってみる?」×7

 

 

 セントルイス達はヘレナを笑顔で迎え、そのままそれぞれパイタッチさせていく。

 本物かどうかの確認の仕方が、記憶の一致とかじゃなくてパイタッチなのはもはや今更ながらにサイコパス。

 しかも触られる時のセントルイス達の反応が、東煌ドレスの時の顔タッチと同じような感じという…。

 顔を赤らめて目を閉じて、最後ちょっとだけ片目を開ける的なアレ。

 もう十分にアダルトビデオですありがとうございました。

 そしてその後マジキチみたいなフル笑顔するヘレナちゃんもサイコの気がある。

 

 

「姉さんが…姉さんがいっぱい!私とっても嬉しい!」

 

「ヘレナが喜んでくれて嬉しいわ♪」×7

 

「………この人数ならミニ・ルーの完全包囲も夢じゃないわ…」

 

「ええ、ヘレナ。お姉ちゃんと一緒にミニ・ルーを保護しまくりましょうね?」×7

 

 

 スターリングラードかよ。

 レニングラードか?

 どちらでも良いけど、その凶悪ボディを早速悪用しようとするんじゃねえ。

 

 

「それじゃ、皆んな。とりあえず荷物を整理してもらえるかしら。その後は…」

 

 

 ルイスマッマがウインクして、セントルイス達とヘレナがウインクで返したが、私は軽く身震いしてしまった。

 後で何をしでかす気なんだお前らは。

 何故かは上手く言えないが、何か途方も無いような事に巻き込まれる気がしてならな過ぎる。

 

 

「ご主人様、新しく転任してきた娘がご挨拶にうわっセントルイスがいっぱいWhat's the fuck!?

 

 

 ベルマッマが私の執務室に入ってくるときに、セントルイスの集団と入れ違いになって驚愕の声を挙げている。

 彼女も彼女であと4人のドッペルゲンガーがいるはずなのだが、そのベルマッマですら驚くレベルの出来事らしい。

 

 

「………失礼致しました…」

 

 うん、ベル。

 大丈夫だから。

 いつものことでしょ、もはや。

 私は君が回復してくれた姿を見れただけでも十分だから。

 現実に立ち向かえる気がしてきたから。

 

「ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした…」

 

 いいから、いいから。

 で、ご用件は?

 

「転任してきたKANSENが、ご挨拶に参ります。」

 

 おお、そうか。

 ………またセントルイス?

 

「いえ、そうではありませんのでご安心を。ホノルルさん、ご挨拶をお願いします。」

 

 

 ベルマッマに促されて、赤毛の、ツインテールの、セントルイスみたいな娘がご入室してくる。

 何故か青い顔をしているが…彼女にとっても衝撃だったのだろう。

 セントルイスの集団という光景が。

 

 

「指揮官…ごめんなさい、まずルイスと話してもいい?」

 

 どうぞ。

 

「ルイス…久しぶりね。一つ聞きたいんだけど…アレは、何?」

 

「何って…見れば分かるじゃない。私よ、私。」

 

「細胞分裂でもしたっていうの…?」

 

「いいえ、建造の結果よ。……ねえ、ホノルル。貴女もル族の一員なら分かるでしょ?」

 

「ル族って何!?」

 

「貴女も今日から私たちの家族………貴女も家族よ?」

 

「……………」

 

 あー。

 えーっと、ホノルル君?

 まずは寮舎に入って長旅の疲れを癒すといい。

 ゆっくりとお風呂に入って、食事をとりなさい。

 その後はもう、今日はゆっっっくりと休んで、明日からこの現実と戦う英気を養っておくのだ。

 

「……気遣いありがとう、指揮官。私はとりあえず………部屋に戻るわ。」

 

 

 ホノルルはまだ小刻みに震えたままで部屋から出て行った。

 まあね、旧知の仲なら尚更ショックだろうね。

 おっちゃんも旧い友達がドッペルゲンガーしてたら耐えられんわ。

 裸足だろうが全裸だろうが全力で逃げ出す自信しかない。

 

 

 

「さて、ミニ・ルー?私達の仕事に戻りましょう。」

 

 うん、そだね、ルイスママ。

 

「昨日の件、やっぱり実行犯は…」

 

 スラム街の海賊被れだろ。

 

「私もそう思うわ。海賊行為をより効果的に行うには、海の秩序を取り締まる海軍のやり方を掌握する事も大切。」

 

 海軍大佐ならその辺は十分に知っているだろう。

 ただ、問題は…連中が重火器を装備していたこと。

 ハンバー装甲車を破壊したのはバズーカ砲だったね…立派な正規品の。

 

「ご主人様、私は大佐も一枚噛んでおられるのではないかと思います。タイミングがあまりに完璧過ぎる。」

 

 考えすぎじゃないかな、ベルマッマ。

 海賊行為の詳細情報を読めば、連中が交通省のデータベースを元に襲撃計画を練っていたこともわかる。

 交通省の役人を抱き込んでいたなら、ほかにも情報源はあるはずだ。

 大佐自身にそんな事させなくてもいいし、そもそも彼が誰かに電話するような素振りさえ無かったろう?

 

「……確かに、そうですね。」

 

 

 ベルマッマが立ち直ってくれたのは本当に嬉しい。

 冷静な状況分析を行える程度には回復しているようだ。

 彼女がどうやって立ち直ったか?

 知らない方がいい。

 ………私を30分間に渡り腋の下に挟んだだけ。

 それだけでベルが立ち直るなら安いものだが…なんだかなぁ。

 ベル臭が鼻から取れない。

 

 

「誰が賊共に武器を流したのでしょう…」

 

 ベルマッマ…こいつは私が思ってるよりも厄介な問題かもしれない。

 

「と、仰いますと?」

 

 海軍だよ。

 おそらく、連中の武器自体、大半は海軍経由で流れたものだろう。

 先月、旧式の武器を横流しした馬鹿野郎が捕まった。

 主な取引相手はウクラニアのギャング団だったそうだが、何も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ご主人様…下手をすると、海軍全体の根底から掘り返す必要があるという事ですね。」

 

 うん、ベルマッマ。

 その通り。

 

 

 

 戦争は利益を生む。

 銃弾1発作るのにも人手がいるし、関連企業は利益を上げ、使用者の中にはそれを犯罪の道具にして甘い蜜を吸う者もいる。

 

 セイレーンとの戦いの長期化は、海図のみならず人の心まで蝕んでいたのだろう。

 

 そのツケが溜まってきているし、最悪、私がそのパンドラの箱を開けなければならない。

 

 

 

 あのよぉ、私一応赤ん坊なんだけどよぉ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ライブ・ライク・ゾンビィ

 

 

 

 マニングトゥリー郊外

 海賊拠点基地

 

 

 

 

 

 酷く埃っぽい場所だなと、フォースター大佐は感じた。

 

 古びたCMB(高速魚雷艇)が二隻係留されていたが、これらの表面には錆が浮いている。

 武装のBESA重機関銃とヴィッカース重機関銃も見るからにボロボロだし、そして魚雷は搭載されていなかった。

 代わりにM9バズーカ砲一門とボーイズ対戦車ライフル一梃が搭載されてはいるものの、このボートで得られる戦果は極々限られたものだろう。

 

 

「そこのCMBの他に、ユニオン製のPTボートが2隻、古いイタレリ(史実のイタリア)製のMASボートが4隻あります。民生品のボートならもっと。」

 

 

 ボートを眺める大佐に、双子の内の少年が声をかける。

 まずはこちら側の戦力を知ってもらう事が大切だと思ったのだろう。

 大佐は軽く頷いて、頭の中を整理した。

 これだけの船があれば、海賊行為程度ならこなせる事だろう。

 

 たしかに、これしきの武装の小型艇の集団では不安を誘うものがありそうだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 民間の貨物船を狙うのに、確かに魚雷は必要ない。

 船の積載品を奪おうというのに、沈めてしまっては元も子もないのだ。

 海賊側の目的は船に乗り込んで積載品を奪う事。

 そして積載品を売り払い、より多くの人々の助けにするのだ。

 

 

 双子の兄妹は基地に到着するなり、フォースターの元へリストと海図を持ってきた。

 施設は全体として古びていたのに、海図はまるで新品のように見える。

 左上に交通省の紋様があり、どうやら政府発行の最新情報らしい。

 その海図には、幾つか上から赤鉛筆で航路が書かれていた。

 そしてその内の11本にバツ印がつけられている。

 

 フォースターが目を凝らし、このバツ印について尋ねようとした時、双子の内の少年の方が口を開く。

 

 

「これが僕らの標的です。交通省の人間の協力を得て、軍や政府高官の贅沢品を運ぶ貨物船に的を絞り優先しています。過去に11件成功させていますが、最近1件失敗してしまいました。」

 

「海軍の対応が、私達の予想より早かったのです。…軍も政府も、弱者には無関心のくせに…ッ!」

 

「対象が自分達の贅沢品に移った途端、非常に堅固な守備を構築しようとしているんです。」

 

「………」

 

「大佐、貴方の主観でも何でも構いません。より多くの弱き者を助けるためにも、何かお教えいただけませんか?今も多くの孤児たちが、僕らの帰りを待っています。」

 

「あの子達の頼りは大佐だけです!腐敗した軍幹部の贅沢品を転売できれば、何人もの孤児達が助かります!」

 

「………対応部隊の勢力は?」

 

「!」

 

「た、大佐!ありがとうございます!」

 

「俺も知らなかった……軍の幹部まで…軍人は国民の盾でなければならないというのに、今の上層部は高級な食事や贅沢な嗜好品で肥え太ってばかりというわけか…俺も黙って見てるわけにはいかないっ!例えカビたパンを齧ろうと、上層部の目を覚まさせてやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うんめぇえええええwwwww

 

 

 あぁ、画面の前の皆様申し訳ありません。

 上半分の大佐の苦悩が吹っ飛ぶぐらいには、私は今かゆうましております。

 目の前には加賀マッマ特製のカニ雑炊があり、その右手に『セントルイスの以下略』、左手にはダンケマッマお手製のカスタード・プディングが並ぶ。

 

 もちろん、蟹の身の方はすでにお腹の中である。

 アヴマッマはわざわざ極東からタラバガニを生きたままお取り寄せしてくれたのだ。

 まあ、バカ高くついたろうなぁと思って最初は少し驚くと共に後ろめたさも感じたが、アヴマッマは笑顔でこう言ってくれた。

 

 

「ミーシャの為じゃないですかぁ!これぐらいどうってことありません!」

 

 

 ウラジオストクからシベリア特急バルト海経由でタラバ蟹運んでおいてコレである。

 一番重要なのは"生きたまま"運んだという事だろう。

 聞けば北方連合のベニヤも一枚噛んでいるらしい。

 私を味方につけておきたいらしく、内部人民委員部が最優先貨物として指定してくれたそうだ。

 蟹の他に新作の対戦車火器(RPG2っぽい何か)とか新作の自動小銃(AKっぽい何か)も金メッキして送ってきてくれたのだが、赤ん坊の私にどう使えとおっしゃるのか。

 ま、まあ、お気持ちは嬉しく思う次第であるので、私は北方連合からロイヤルへ向かう航路の内、海賊行為の恐れがあり避けた方が良い海域の最新情報をお知らせする事でお返しをする事にした。

 ちなみに()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 なんというか、こういうやり取りする時点で順調に腐ってるといいますか…

 いや、いいや、いやいや、誰も困る事なんてないじゃないか!

 まだ腐ってない、腐ってないぞぉ!

 ゾンビになんかなってないぞぉ!

 

 届いたタラバ蟹が加賀マッマによって美味しく調理されている間、私は10人のルイス風呂という天国か地獄かよく分からないようなレクリエーションに参加し、その後「最近坊やをあやせてなくて欲求不満!」とか言い出したピッピマッマにツークシュピッツェされ、現在に至るわけである。

 

 

 

 カスタード・プディングの最後の一欠片を口に入れた時、私を死ぬほどあやしてもあやしたりないのであろうピッピが、「今夜は私がベッドだからね!ね!ね!ね!!」とか言い出した。

 

 地獄耳の権化となったダンケとルイス×10とベルがそのワードを聞きつけて食堂に突っ込んできたタイミングで、食堂備え付けの電話が鳴る。

 

 マッマ達の素晴らしいところは、いつ何時も私の執務自体の妨害になるようなことをしない事だろう。

 例えば…今のように、いくら赤ん坊の帰属権を巡る論争を繰り広げたくても、その赤ん坊が通話する時は自重してくれるのだ。

 まあ、その後ストップしてた分溜まった言い分が弾けるんだけど。

 

 

 私は受話器を取り、相手を確認した。

 ついこの間も電話した相手だったのだが、声色が凄く疲れている。

 あぁ、彼も彼で大変なんだろう。

 

 

『ブロ。』

 

「あーーーー、兄弟?」

 

『うん。』

 

「………赤ん坊になっちゃった?」

 

『いや、()()()()()。』

 

 うん、なるほど、近くにビス叔母さんがいるのね?

 

『うん。代わるね?』

 

 

 かけてきたのは従兄弟ラインハルトだったが、実際に用件のあるのはビス叔母さんの方らしい。

 電話口にビス叔母さんが来ると、彼女は底抜けに明るい声で通話を始めた。

 

 

『やっほー♪私の可愛い甥っ子♪』

 

 ど、どうも、ビス叔母さん。

 

『聞いたわよ?ロイヤル北東部の沿岸の海賊行為の対策に悩んでるとか。』

 

なんで知ってんの!?

 

『最初にベニヤを利用したの、だ〜れだ?』

 

ラインハルトめ…

 ま、まあ、そうですね。

 これから国内の業者に注意文書を送付しようかと思ってるんですが…海軍上層部の許可が降りなくて…

 

『あら、それはどうして?』

 

 ………ふはぁぁぁ(ため息)

 海軍の管轄じゃないそうです。

 

『ははははッ!…あぁ、ごめんなさい。実にロイヤルらしい縦割り行政ね。』

 

 交通書の人間、一体いつになったら注意文書を送付することやら…

 ところで、本日のご用件は?

 

『そう焦らないで、甥っ子。来週、ハンブルクからノーフォークへ向けて貨物船が出発する。』

 

 ノーフォークへ?

 護衛の随伴をお勧めしますよ?

 

『ええ、分かってるわ。でも鉄血公国海軍も手一杯でね。だから、貴方の艦隊に守ってもらえれば安心かなぁって。』

 

 ………え?

 

『ティルピッピの可愛い可愛い坊やなら、きっと引き受けてくれるでしょう?ねえ、ティルピッピ?』

 

「もちろんよ、姉さん」

 

 うおっ、ピッピ!

 聞いてたんかい!?

 

『経費は勿論私達が持つし、貴方への贈り物も送っておくわ♪それじゃあよろしくね、甥っ子♡』

 

 

 

 電話は一方的に切られてしまった。

 

 いやあ。

 困るなぁ。

 そんな長年付き合ったカノジョみたく「安心かなぁ」とか言われても困るなぁ。

 私も私で、もうMI5の職員でもなんでもない。

 海軍上層部の許可なくポンポン動けるわけではないし、何をするにも許可を得なければならないのだ。

 

 

 軍の命令というのは、肩に五つ星をつけた将軍が気まぐれに発する物ではない。

 どの世界でもそうであるように、命令というものには規則という根拠があるのだ。

 

 だから間違っても「昨日悪夢にうなされた、アレは凶兆の証」とかいう理由で攻勢を止めることはできないし、「茶柱が立った!今が好機!」とかいう理由で攻勢に出る事も出来ないのである。

 そりゃそうだろう。

 いくらなんでも50超えたおっさんの夢(信●の野望感覚)なんかで軍事組織が左右されればたまったもんじゃない。

 

 つまり、私が鉄血公国船籍の商船を護衛するには相応の理由が必要なのだ。

 ロイヤル船籍の貨物船なら『自国民の生命と財産保護』という理由が大手を振って使えるわけだが、外国船籍の商船を、それも母港からヤーマスまで護衛するとなれば話が違う。

 規則にも則った、こじつけでもなんでもいい、とにかく理由が必要になる。

 

 そう考えるとMI5にいた頃が懐かしく思えた。

 あの時、私は対外諜報顧問とかいうよくわからない、組織から少々独立性を持たされたポジションだった。

 おかげで長官に直接許可を要請できたし、そもそも長官の判断なしに色々と進める事ができたのだ。

 重桜のKANSENを東煌の港湾都市に派遣したり、北方連合の装甲列車を空路襲撃したり。

 

 その時に比べれば、今の立場はまるで雁字搦めである。

 

 

 

「坊やぁ〜、坊やぁ〜。もちろん引き受けてくれるでしょぉ〜〜〜?」

 

 ちょっと待ってピッピママ。

 引き受けるにも、理由がいるんだ。

 どの艦隊を割りてるかも考えないと。

 

「確かにそうね。……何かいい方法はないかしら……」

 

「…セントルイス?Mon chouに来週の各艦隊の予定を教えてあげたら?」

 

「勿論よ、ダンケルク。ええッと、第1艦隊『ハプスブルク』は母港の守備、第2艦隊『イシュトヴァン』は待機、第3艦隊『オタカル』も待機ね。」

 

「第4艦隊『フジヤマ』は私の指揮下で長距離移動演習に…」

 

 待って、ベル。

 

「はい?」

 

 長距離移動演習………これだ。

 

「ご、ご主人様?いくら長距離とはいえ命令から逸脱するのはどうかと思いますが。」

 

 ベル、ベル、君は命令から逸脱するわけじゃない。

 当初の見積もりが甘くて、ついうっかり鉄血船籍の商船に遭遇するんだ。

 

「ええっ!?」

 

 航路計器系統が故障して、母港の帰還まで商船に着いていくほかなくなってしまう。

 すまんベル!

 苦労をかけるね。

 

「………ご主人様ぁ。」

 

 

 

 ベルが呆れ顔をしていたが。流石に叔母からの要請を無下にするわけにもいかん。

 これまで鉄血公国の協力をいただいてきたし、これからもきっとそうであるなら尚の事。

 

 職権濫用の気しかしないが、解決策はこれしかない。

 ……やっぱり、ちょっとずつゾンビになってってんじゃねえかな、私。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ありったけの欲をかき集め

 

 

 

 

 

『"ゴッドファーザー"、こちら"フジヤマ"。現時刻をもって、()()()()()()()()()()()()。』

 

 ゴッドファーザー、了解。

 暗号無線機の状態は良好。

 作戦を続行されたし。

 

『フジヤマ、了解。アウト』

 

 

 "フジヤマ"、つまり重桜マッマズfeatベルマッマの報告を受けた。

 これから海軍規則抵触スレッスレの職権濫用フル私用任務を始めるという事には不安以外何も感じることができない。

 だからこそ予備の手段は考えておかねばならないし、準備もしかりである。

 

 

「第5艦隊『マンハッタン』も定位置についたわ、坊や」

 

 

 私をツークシュピッツェした(谷間に挟んだ)まま、ピッピママがそう伝えてくれる。

『マンハッタン』は原子爆弾製造計画の秘匿暗号名でもあるのだが、私の艦隊ではチーム・ユニオンの事を指す。

 このデストロイヤー共の主たる任務は第4艦隊フジヤマの援護であり、フジヤマが何らかの理由で任務遂行が不可能になった場合に備えるのだ。

 その為にフジヤマと鉄血公国船籍の商船の航路上で待機するのである。

 

 

「Mon chou、暗号無線機は順調に作動中よ。感度も良好。」

 

「鉄血製の暗号機なら、ロイヤル海軍当局に察知される事もないとは思うけど…油断はできないわね、ミニ・ルー。これは非正規戦…不測事態は常にワンセットよ?」

 

 分かってるよ、ルイスマッマ。

 

 

 出来る事なら非正規戦どころか何一つの戦闘も起きて欲しくはないが、あらゆる海域においてセイレーンが大航海時代のクラーケンよろしく跋扈している世の中である。

 故に私は今回、特別に神経を使わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 鉄血公国商船『びすまるく』号の艦長は、今年で52歳になるギュンター・マンリッヘルで、彼は自らが指揮をとるこの船の事を娘のように思っていた。

 

 この船長が船という、陸地の人々とは少々生活リズムの異なる職場を選んだ理由は、往々にして多くの人間により述べられるように金の為であった。

 彼が20歳を迎える前に勃発した戦争で、海運業は深刻な人手不足に陥っていて、それは賃金の高騰をもたらした。

 誰もが魚雷の脅威に怯えながら船の上での仕事などしたがらなかったのだから当然の事だが、マンリッヘルは安全より財産を取るタイプの男だったのだ。

 

 ギュンター・マンリッヘルの船は運良くロイヤル海軍の魚雷攻撃を受けずに済み、彼は終戦まで生き残った。

 ところが彼の幸運はここでは終わらない。

 セイレーンが全海域の9割を人類から奪い取った時でさえ、彼は海運業に携わり、そして生き延びたのだ。

 今では彼は"海運業の奇跡"なる名誉を海運業界に轟かせ、莫大な富を伴う素晴らしき老後を思い描いている。

 

 彼は3年前にビスマルク総合商社へと転職したが、それは退職金が桁違いに良かったからに他ならない。

『海の男』を辞めた後は、ハンブルクでゆったりと過ごそうと思っている。

 海運業で足跡を残したから海を見ていたいなどというセンチメンタルな理由ではなく、実家がそこにあるからこそ、彼はハンブルクへ帰ると決めていた。

 週末にはゴルフでもやりに行き、帰った後に港の景色をみながらビールでもやるのがいいだろう。

 かつて父がそうしていたように…

 

 

「艦長、鉄血公国海軍の護衛が離れます!」

 

 

 一等航海士からの報告を受け、回想から我に帰ったマンリッヘルは双眼鏡を覗く。

 祖国の旗を掲げる駆逐艦2隻が、びすまるく号から離脱していった。

 

 

「………政府のクソ共。今になってツケが回ってきたわけか。」

 

 

 マンリッヘルが双眼鏡を覗きながら愚痴を零す。

 政府も政府で責められる物でもないと頭では分かっていたものの、しかし、現実に外洋手前で護衛を引き上げる駆逐艦の様子を見れば、そう零さずにはいられない。

 

 

 元々の原因は、短期間で終わった冷戦だった。

 

 北方連合のスタルノフとかいう頭のおかしな男が、鉄血との国境線沿いに何十個という戦車師団を配置した。

 鉄血公国政府は度肝を抜かれ、大慌てで陸軍の強化に乗り出したのだ。

 

 この時期セイレーンの活動は沈静化しており、リソースに限りのある鉄血公国はそれを陸軍に優先させる他なくなってしまう。

 幸いなことに、ロイヤル海軍が北海及びバルト海までの通商の保護を請け負ってくれた為、鉄血公国は海軍を縮小して陸軍を増強することができた。

 

 ところが。

 北方連合のスタルノフが殺され、代わりにセイレーンの活動が本格的に活発化する。

 鉄血公国政府は既に海軍を縮小させており、リソースの再転換には時間がかかってしまう。

 よって必然的に海軍は手薄となってしまったのだ。

 通商保護を請け負うはずのロイヤル海軍も、セイレーンの活動活性化により鉄血の船の面倒など見ていられない。

 だから言わんこっちゃない!

 安易に目先だけを見てるからこうなるんだ!!

 

 

 マンリッヘルは苦虫を噛み潰したかのような顔で駆逐艦を見送ると、前方の海域へ目を向けた。

 まだ水平線上には点ぐらいのサイズにしか見えないが、双眼鏡を覗けば、それが何であるか分かってくる。

 

 KANSENだ。

 どうやら空母が2名、戦艦1名、重巡2名、軽巡1名という編成。

 びすまるく号艦長からすれば、皮肉の一言でも言いたくなる。

『ロイヤルの海軍には、まだ欠員なしの、それもKANSENの艦隊を用意できる余裕があるらしい』

 

 ただ、マンリッヘルは軽率な男でもない。

 これから護衛を依頼する相手にそんな無礼極まりない言葉を浴びせられるほどのアドベンチャーでもなかった。

 

 

 彼は通信士に指示して、こちらへ向かってくる艦隊に挨拶をする準備をさせる。

 ビスマルク会長直々のご命令で設置した暗号無線機の受話器を手に取ると、訛りがあるもののしっかりとしたロイヤル英語で呼びかけを行う。

 

 

「こちら鉄血公国船籍商船びすまるく。そちらはロバート・フォン……あー、うん、えー………」

 

『こちらはロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世鎮守府所属、第四艦隊"フジヤマ"です。そちらの船影を視認致しました、これより向かいます。』

 

 

 

 あまりに長過ぎて、護衛を請け負ってくれた指揮官の名前を忘れてしまったが、そんな無礼にも関わらず、応答した相手は上品極まりない物腰で返事を返してくれた。

 双眼鏡の中では、前衛の3名が速度を上げてこちらへ向かってくるのが視認できる。

 2人は黒髪の、白い制服を着た姉妹と思わしき東洋美人。

 もう1人はプラチナ・ブロンドのメイド服で、先ほどの通信の相手は彼女だと思われた。

 

 

「通信を中継していただけますか?そちらの指揮官にお礼を言わせて欲しい。」

 

『ご丁寧にありがとうございます。ご主人様…セントルイスファミリアにお繋ぎしますので少々お待ちくださいませ。』

 

 

 しばらく待つと、通信が繋がった。

 どうせロイヤルの高級士官なら、高慢ちきな態度で鼻がかかるような発音のロイヤル英語を使って来るだろうと、彼は予測する。

 今まで何度かあの国のお偉方向けに積荷を運んできた時は大抵そうだったのだ。

 だから丁寧な鉄血公国語で応答された時は少々驚いた。

 

 

『あー、えー、あー。こちらセントルイスファミリアです、聞こえますか?』

 

「ええ、聞こえています。この度は当艦の護送を引き受けてくださり誠にありがとうございます。」

 

『とんでもありません。通商に携わる貴方のような人々がいなければ、ロイヤルは明日にでも滅びかねませんよ。』

 

「はははは、そう言ってもらえるとやりがいも湧きます。ところで、この護衛は…その…なんと言いますか……」

 

『法的な問題ならご心配いりません。ただ、少しお願いしたいことがありまして。』

 

「ええ、勿論、大丈夫です。会長からもそのように指示されております。()()()()()()()()()()K()A()N()S()E()N()()()()()()、という事ですね?しかしまあ、リスクを被ってまで来てくださるとは…流石は会長のご親族のお方だ。模範的な騎士道精神です。」

 

『…………はい、ありがとうございます……沿岸部では最近、海賊行為が多発しておりますので、随伴する当鎮守府の第4艦隊が責任を持って護衛致します。』

 

「旗艦は誰ですか?」

 

『ええっと…プラチナブロンドのメイド服…ベルファストが指揮を執っております。事後の連絡は彼女に。』

 

「了解しました。色々とありがとうございます。会長からは貴方に向けての荷物もお預かりしておりますゆえ、楽しみにしておいてください」

 

 

 マンリッヘルは通常通りの手順で通信を終え、受話器を通信士に返した。

 これまで渋々護衛を請け負ってきたロイヤル海軍の高慢ちき共に比べれば、今回の護衛を寄越してきた男はかなり信用できる。

 短い冷戦の期間中、びすまるく号は何度もロイヤルに品物を運んだが、マンリッヘルはその度にクッソ貴族の"守ってやってる"アピールにうんざりさせられたものだ。

 少なくとも、今回はそれがない。

 それだけでも、彼としては良い知らせだった。

 

 

 

 

 

 びすまるく号に積載される積荷は、大抵ロイヤル上流階級向けの品物だった。

 鉄血製の高級家電、南部アイリス産の高級ワイン、北部イタレリのトリュフ。

 

 例えスラム街の人間が飢えていたとしても、これらが流通すること自体は悪いことではないだろう。

 つい最近までお互いいがみ合っていた国々の間で、早くも流通が復活しているのは喜ばしいことなのだ。

 かつてアダム・スミスが言ったように、市場と人間は()()()()()()()によって導かれるのである。

 

 

 問題はこの流通を感情的理由から遮断したがっているクズ共が、それを成し遂げられるだけの力を持ってしまったことなのだ。

 

 そしてそのクズ共の何人かが、錆の浮いたMASボート2隻と民生品のボート4隻で発進基地を出たのは、十分に計算されたタイミングでのことだった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゴートの簒奪者達

 

 

 

 

 

()()()引き入れる意味、あった?」

 

 

 コィバ産の最高級葉巻に火をつけながら、兄は妹に問いただした。

 この葉巻は元々あるロイヤル海軍大将の元へ届けられる予定の物だったのだが、先月その輸送途中を襲われて奪われたのである。

 

 奪った戦利品を楽しむ。

 17世紀にカリブの海で行われた海賊としての楽しみを、兄の方は今存分に味わっていた。

 妹も妹の方で、ブランデー片手にアイリス産のチョコレートを味わっている。

 

 

 

「ええ、意味はあった。アイツがいれば海軍の手段は筒抜け…マニュアルが足を生やして歩いているようなものよ?」

 

 

 妹の方はブランデーを一口やって、兄にそう返した。

 兄は葉巻をくゆらせ、妹の方へ歩みよる。

 物腰は優しく妹に接する兄のそれだったが、口調の方は少々厳しかった。

 

 

「本当にそう思うか?アイツに僕たちの本当の意図を気づかれないとでも?僕には…リスクとリターンが釣り合ってないように見える」

 

「勿論気づかれない。ふふふふっ。あの間抜けっぷりだもの、ちょっと同情してやっただけでまんまと堕ちた。この地下室の入り口は巧妙に偽装されてるし、あの阿保はここの事さえ気づきもしないでしょうね。」

 

「なら、あのメイドの方は?」

 

「…………」

 

 

 妹は少し押し黙ると、ブランデーを先ほどより多く口の中へと含む。

 今度の兄の懸念は、そう簡単に笑い飛ばせるものではないと気づいたからだ。

 

 

「メイド…カーリューとか言ったわね。たしかに少し厄介かもしれない。」

 

「カーリューは僕たちに心服したわけじゃない。あの阿保大佐がいるから付き随ってるだけだろう。」

 

「その通り。でも私たちがよりよくやっていくのなら、あのメイドの力が不可欠。今のところは、大佐を介してコントロールするしかないでしょうね。」

 

「艤装の問題もある。メイド単体じゃあ何の価値もない。」

 

「兄さん、少し落ち着いて…そう悲観的になる必要もないハズよ?とりあえず、今のところは大佐の手腕の様子見をしていても良いんじゃないかしら?」

 

「………今のところは急ぐ必要もなしか…。まあ、良い。ユスティア、お前がそう言うなら僕は信じるよ。」

 

「ありがとう、ポール兄さん。私たち、ヘスティングス兄妹の名をこの国中に轟かせましょう。誰もが私たちにひれ伏し、全てを差し出すように………」

 

 

 

 

 ヘスティングス家は代々ロイヤル海軍に多くの高級軍人を輩出してきた由緒ある家柄だった。

 だからセイレーンの脅威が初めて現れた時、殆どの者がその矢面に立たされたのだ。

 圧倒的なセイレーンの力を前に、ほぼ全員が命を落とし、彼ら兄妹の父親も例に漏れる事はなかった。

 

 ヘスティングス海軍准将が戦死した後、残された妻は2人の子供を養わなければならなくなる。

 だがその海軍准将の結婚は、決して親族に歓迎されるものではない貴賎結婚だったのだ。

 親族はことごとく未亡人を見放して、母親と2人の子供をヘスティングス家の屋敷から放り出した。

 まるでゴミのように。

 

 兄妹は自分達を追い出した叔父の言葉を、今も忘れる事が出来ない。

 兄に代わり新たなヘスティングス家の家長となった海軍准将の弟は、多額の賄賂で後方勤務に役職を得ていた。

 にも関わらず、戦死した准将の遺児に面と向かってこう言い捨てたのだ。

 

 

「兄貴は選択を誤ったが、俺は誤らん。」

 

 

 母方の実家もインフレーションに苦しんでいて、もう3人も口を増やす事には抵抗した。

 そして実家からさえも見捨てられた准将の妻は、ストレスで亡くなってしまう。

 残された子供たちにアテはなく、彼らは空腹と、寒さと、貧困と、疲れと、そして憎悪に震えながら日々をどうにか生き抜いた。

 

 何故勇敢な父親が死に、頭の腐った叔父が生きているのか。

 何故母親は死なねばならず、そして誰も助けなかったのか。

 兄妹の憎悪は臨界点に達し、2人はある結論に達する。

 

 

 "クズ共が平穏を謳歌するなら、私達だって謳歌してやる。金も、物も、何もかも、あのクズ共から奪えば良い。私達には知恵があり、そして他人を扇動できる。クズ共が私達を利用したなら、私達も他人を利用してやる!"

 

 

 

 兄妹が結論に達してから3日後、高等教育を受けた二人組に扇動されたスラム街の住人達の手によって、ヘスティングス家の屋敷は襲撃を受けた。

 

 過剰な警備とは裏腹に、警備員達の忠誠心はまるでなく、押し寄せる群衆を見て一目散に逃げ出したのだ。

 

 群衆は塀を壊し、門をこじ開け、窓を割り、そして予め屋敷の内部を知っていたかのように行動して内部を荒しまわり、食料、金品、武器弾薬を欲しいままにする。

 

 襲撃は勝手気ままなものではなく、明らかに何者かの指揮系統の元にあった。

 そして指揮系統を統括する者は、まるで何年もの間そこで暮らしていたかのように、警備員の質の低さや屋敷への抜け穴をことごとく知っていたのだ。

 どこに何があるか、何を奪うべきか、何が隠されているのか、まるで筒抜けだった。

 

 

 ある兄妹の叔父、バーナード・ヘスティングス海軍中佐が殺害されたのはその最中の事である。

 遺体は二本の斧でズタズタにされており、生きたまま長く長くいたぶられたようだ。

 彼の血で、遺体のすぐ側に書かれていたメッセージが後日警察により発見されたが、何の手がかりにもならなかった。

 

 

『彼は誤っていない。誤ったのはアンタの方だ。』

 

 

 

 被疑者が多すぎるせいで、警察はどうにもできない。

 どうやら頭のブチキレたスラムの住人が大挙して押し寄せ、あらゆるものを奪っていったとしか分からないのだ。

 誰が何をして、何を奪って、どこへ逃げたのか。

 証拠品が証拠品によって踏みにじられ、もう手のつけようがない。

 

 だから、取り敢えず、警察としては富裕層の各家庭に注意喚起する事にしたのだ。

 

 

「先日、ヘスティングス家が暴徒に襲撃され、数十万ドルの現金、食料庫の全て、警備員の拳銃15挺、散弾銃10挺とその弾薬、並びにバーナード・ヘスティングス氏のボート2隻が強奪されました。氏は暴徒に虐殺されておりますので、もう一度ご自宅の警備状況をご確認の上、不審な前兆がございましたら、お近くの署にご一報ください」と。

 

 

 賄賂で名高い海軍中佐バーナード・ヘスティングスのボートが、ある小さな輸送船の襲撃に使われたのはその一週間後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーナード・ヘスティングス氏が所有していたボートは、今は2挺の重機関銃を搭載し、57mm無反動砲M18を備えた凶悪な戦闘艇と化している。

 船主には元の持ち主を皮肉っているのか『簒奪者』なる文字が書かれていて、それがこのボートの名前になっていた。

 

『簒奪者』は今、MAS魚雷艇2隻と民生品ボート3隻を引き連れてある海域へと向かっている。

 その海域にはこれから富裕層向けの高級品を満載した貨物船が航行してくるはずで、『簒奪者』達はその船を襲うのだ。

 

 

 海賊船団の指揮を執っているのは、この『簒奪者』の船長でもある"ビッグレッド"と呼ばれる男で、その渾名の通り燃えるような赤毛が特徴の巨漢である。

 ビッグレッドはこれまで成功した11件の襲撃には全て関わっていて、部下達からの信望も厚い。

 前回失敗した12回目の襲撃には参加していなかったので、ヘスティングス兄妹傘下の海賊達は皆口を揃えて彼の不参加が失敗の原因と断定したほどだった。

 

 だから、今回この海賊行為に参加した者達は、襲撃の成功を確信していた。

 ビッグレッドに加えて、本物の職業軍人がアドバイザーとして参画しているのだから当然とも言えよう。

 

 その職業軍人と連絡を取るために、ビッグレッドは無線機に怒鳴り散らした。

 

 

「こちら"レッドワン"!アンタの言う航路じゃ、やはり遠回りじゃないのか!?」

 

『レッドワン、こちらのコードは"ホームベース"だぞ?』

 

「んな細けえこたぁいいんだよ!!」

 

『いいや、良くはない。無線傍受の可能性は低いが否定はできないからな。』

 

「そのためにこのややっこしいクソ無線機積んだんだろうが!」

 

『念には念をだ。さて、その航路に不満があるようだが…説明はしただろう?』

 

「んああ!!もし海軍に頭のキレるクソ野郎がいるなら、真っ直ぐ行く航路の先には予備の艦隊がいるんだろぉ!?でもよぉ!そこまで気ぃ張る必要あんのかよ!?」

 

『如何なる時もガサツはいけない。計画は細部まで詰めてこそだ。』

 

 

 

 

『簒奪者』でビッグレッドが無線機相手に怒鳴り散らしている時、その無線機の相手側では無精髭の元海軍大佐が海図を見ながら大男を宥めようとしていた。

 

 あの手の連中が綿密な計画とは縁がない事など百も承知だが、だからといって流されるわけにはいかない。

 そうでなければ自身がここにいる意味がないのだから。

 

 

 どうやらビッグレッドは不承不承ながら指示された航路を維持しているようだ。

 フォースターは海図の上に置くボートの駒を動かすと、少し満足げに頷く。

 よしよし、いいぞ。

 もし誰かさんが、我々の標的である貨物船に護衛を寄越しているとすれば、護衛にあたる可哀想なKANSEN達若しくは艦艇の乗組員達は大変な困難に直面する事になるだろう。

 

 だがまあ、仕方のない事だ。

 標的の貨物船は富裕層向けの高級品で溢れかえっていると言う。

 そんな私利私欲の塊のような船に、自らの都合で艦隊を派遣した指揮官が悪いのだ。

 誰だか知らんがいい気味だな、フォースターはそう思い軽く伸びをする。

 

 

「ご主人様、また無精髭が目立っていますよ?」

 

「…ん?あぁ、あぁ、すまん、カーリュー。」

 

「まったく…何度仰れば分かっていただける事やら…。お剃り致します。」

 

「あぁ、ありがとう。」

 

 

 カーリューは温かなお湯でシェービングクリームを泡だて、フォースターの無精髭の上に乗せていく。

 そしてゾーリンゲン製のカミソリを開いた時、彼女ははたと動きを止めてしまった。

 この品の良いカミソリを眺めた時、この品をくれた友人の顔が浮かび、そして、なんとなく胸騒ぎがしたのだ。

 

 

「どうした、カーリュー?」

 

「い、いえ、なんでもありません。」

 

 

 口ではそう言いつつも、頭ではこう思っていた。

 

(ああ、ベルファスト…どうか貴女の艦隊ではありませんように…)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅲ章 パイレーツ・オブ・ロイヤリアン
バブ・ストーリー


ピッピ「私〜がツイてるぜぇ〜」

指揮官「ツキ過ぎ」


 

 

 ベルファストからの定時連絡に支障はなく、作戦はまるで順調のように思える。

 あの銀髪爆乳パーフェクトメイドお姉さんの手にかかれば、護送なんて任務は案外楽勝なのかもしれない。

 通常無線機による記録に残る通信と、暗号無線機による記録には残らない通信のそのどちらもが、現時点では異常のない事を私に伝えていた。

 

 

 順調と言うのなら、それ以上に素晴らしい事はない。

 接敵なし、交戦なし、損害なしのパーフェクトな結果なら、私が嫌な顔をする理由は何一つないのだから。

 ただ、どうにも心配で仕方ない。

 

 あまりにも()調()()()()()()()()()()()

 第4艦隊"フジヤマ"からの連絡は異常なし、第5艦隊"マンハッタン"も異常なし、周囲の他鎮守府や他の商船の通信・航行状態にも異常はなし。

 いや、どうにもおかしい。

 

 自分で言うのが一番おかしいのかもしれないが、この作戦は本来存在しない不具合を必然的に生起させる前提で物事が進んでいるのだ。

 何か偶発的な失陥がない方が疑い深い。

 ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリアとかいう赤ん坊が、叔母の注文に答えるために進行させている作戦において、何一つの障害がない事などあり得るのだろうか?

 

 

 

「考えすぎじゃないかしら、坊や?」

 

 

 ピッピマッマが黒下着ガーターベルトという、お前は指揮官執務室をストリップクラブか何かにでもしたいのかと言いたくなる格好で私にそう言った。

 もう色々と突っ込みを入れたい要素しかないが、私としては本質的に規則違反の作戦に集中したいので、もう無視をする。

 

 無視されたのが腹立たしかったのか寂しかったのか。

 ピッピはなっげえポールを一本持ってきて、執務室の中央部分に設置し始めた。

 どうやらバーレスクでも始める気らしい。

 

 

 それでも私は、やはり目の前で行われている改装工事など気にも止めずに考えていた。

 ダンケが対抗してマイクロビキニ着てきたけどなんの反応もできない。

 とにかく、この作戦は不確定要素の塊なのである。

 ベルマッマに5分という短間隔で連絡をし続けるように命じてはいるものの、最早ずっと

 無線の送信スイッチを入れっぱなしにして欲しいレベルで心配なのだ。

 

 

「ねえ、ミニ・ルー?少し息抜きでもしない?あなたさっきからずっとそんな顔だし…」

 

 …………………

 

「ミニ・ルー?ねえ、聞いてるの?」

 

 …………………

 

「…聞こえてないみたいね」

 

「ぐすっ、坊やぁ、私とっても寂しいわぁ」

 

「Mon chou〜?帰ってきてぇ〜?」

 

「ダメね。思考の沼にどハマりしてるみたい。…はぁぁぁ。本当は使いたくなかったけど。」

 

 

 私を谷間に挟むルイスが、どこからか自身の1/16フィギュアを取り出した。

 胸元を大きく開いたカウガールの衣装を着て、右手にルイス軽機関銃を持つルイスマッマのフィギュアである。

 ルイスマッマはフィギュアを私に近づけて、フィギュアの背中にあるボタンに指をかける。

 

 

「は〜い、ミニ・ル〜?」

 

 ポチっ

 

 『私のブーツに(ベルギーの)ガラガラヘビ〜(ルイス軽機関銃)

 

 キャッ♪キャッ♪

 おっと、いかん。本能で反応してしまった。

 つーか、その明らかな版権違反フィギュアはなんなんだこの野郎。

 

「ミニ・ルー?一人で考え込まないで、少しは私達にも相談して?」

 

「そうよ、Mon chou。ベルファストが心配なのは分かるけど…」

 

「坊やがそんな顔で考え込んでると、私達も坊やの事が心配になってしまうでしょう?」

 

 あ〜、ごめんね、マッマ。

 つい…その…考え込んじゃってて。

 ………あんたらの格好に突っ込み入れてった方がいい?

 

「少し頭をほぐしてみましょうか。ねえ、坊や。あなたの心配の原因は、なぁに?海軍の規則に抵触すること?それとも貨物船の乗組員やビス姉さんの利益?」

 

 突っ込みの話はスルーかよ。

 …んっとね、両方かな。

 

 

 

 欲張りなように見えるだろうが、本当にその両方を心配している。

 

 まず、ビスマルク叔母さんの貨物船の方だが、勿論倫理的な問題から心配でもある。

 つまり決して緊急事態に陥らせたくはないのだ。

 あの艦長や乗組員を危険に晒したくはない。

 さらに言えば、私は家族を大切にしたいタイプの人間なのだ。

 ピッピとガチの血縁者になったからかどうかは知らないが、ビス叔母さんが悲しんでる顔を絶対に見たくない。

 叔母さんは私を頼ってくれたのだ。

 期待には必ず答えたいし、約束を守る甥でありたい。

 

 

「姉さんの方なら心配いらないわ。例え万が一この護送作戦が上手くいかなかったとしても、姉さんは坊やを責めたりはしない。失望もしない。これだけは絶対に約束できる。そもそも無理を頼んだのは姉さんの方よ?それは姉さんが一番よく分かってる。」

 

 ありがとう、ピッピ…そう言ってもらえると気がラクになるよ。

 

「嘘おっしゃい、Mon chou!顔に書いてあるわ!」

 

「ミニ・ルー。もう一つのあなたの懸念を当ててあげましょう。規則に抵触すること自体は、正直あまり恐れていないんじゃないの?」

 

 ギクッ

 

「あなたが心配しているのは、この作戦を私達だけで遂行しなければならないこと。つまり…外部のバックアップが得られないということ。だからあんな顔をして、少しでも悪い要素がありはしないかと考え込んでる…」

 

 て、テレキネシス系の読心術かよ…

 

「あぁ…なるほど…。本当に優しい子ね、坊や。」

 

「でも、Mon chou?ベルファストや重桜艦の強さはあなたも知っているでしょう?そんな心配しなくても、絶対に無事で帰ってくるわ!」

 

 何故だろう。

 すっげえ死亡フラグに聞こえた気がする。

 

「もぅっ!ミニ・ルー!考えすぎ!第一、援護の"マンハッタン"も待機してるでしょ!それに…」

 

『ご主人様!!』

 

 

 

 唐突に暗号無線機から張り詰めた声が聞こえる。

 間違いなくベルマッマの声で、無線の受話器を取った私の鼓動はバ●・ライトイヤー並みだった。

 えっと、その、つまり…あわや無限の彼方にさあ行くところだったのである。

 

 

『高速艇が2隻こちらへ接近中!どこから来たのかは分かりませんが、予めこちらの位置を知っていたように思えます!』

 

 了解した!交戦準備!

 

『了解!』

 

 ピッピ!"マンハッタン"を現場に急行させて!

 

「分かった」

 

 ダンケは"あいつら"にも連絡を!

 

「で、でも、Mon chou?少し焦り過ぎじゃないかしら?」

 

 なあ、ダンケマッマ。

 沿岸部から貨物船へ至る航路の間には"マンハッタン"がいたハズだよね?

 

「そうね」

 

 なのにワシントン(旗艦)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…!?すぐに準備させるわ!!」

 

 

 ピッピとダンケがストリッパーみたいな格好のまま執務室から飛び出していく。

 正直まともな服に着替えて欲しかったが、今は寸分を惜しむべき時なのだ。

 

 

 私は目の前の海図に目を戻し、ルイスが海図上のコマを動かす様を見る。

 正体不明の高速艇2隻は、どうやら貨物船と"フジヤマ"の南西側に回り込んで迫りつつあるらしい。

 ベルの続報を聞く限り、無駄のない機敏な機動を披露しているらしかった。

 ほぼ間違いなく海賊どもだろう。

 

 あわよくば"フジヤマ"を見て逃げ出して欲しかったのだが、そうはならなかった。

 しばらくして、ベルマッマの、本当に焦った叫びに近い声が私の期待をかき消した。

 

 

『ロケット砲!!!高速艇からロケット砲の攻撃!!!!!』

 

 ベル!?

 

『くっ!…大丈夫です、ご主人様!外れました!貨物船も我々も無事です!交戦許可をいただけますか!?』

 

 ああ、ぶっ殺せ!!

 交戦規定(ROE)は『セイレーン向け(皆殺し)』だ!!

 慈悲も残すな!!後悔させてやれ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2隻の高速艇は、ほぼ同時に無反動砲を発射したのだが、照準がお粗末そのもので明後日の方向へと飛んでいく。

 ただし、貨物船と護衛艦隊に脅威を感じさせるには十分で、攻撃者の思惑通り、KANSEN達は高速艇へ攻撃を始めた。

 まず火を吹いたのはベルファスト、高雄、愛宕の前衛艦隊の火砲である。

 ところが高速で航行する上に的の小さな高速艇は、砲弾の間をすり抜けるように逃げていく。

 

 

「クソっ!ふざけた真似を!ここは拙者が…」

 

「どうか落ち着いてください!深追いは禁物、我々前衛艦隊の分離が連中の狙いのようです!」

 

「本当に鬱陶しい高速艇だことッ!」

 

 

 

 高速艇はミニ●駆のようにクルクルと高速で離脱、その後最接近してもう一度無反動砲を射撃する。

 

 

「ハッ!私達にそんな砲が当たるとでも!?ベルファスト!高雄ちゃんに斬り込んでもらいましょう!私達は平気でも、貨物船なら危ないかもしれない!」

 

「…ッ、確かに民間の貨物船なら、当たりどころによっては…」

 

「なら、参るッ!」

 

 ガチンッ、ドゴオオオオッ!!

 

「なっ!?き、機雷だと!?」

 

 

 ベルファストが決断を迷う間に、高雄が前衛艦隊から離脱して高速艇を追おうとしたが、あの忌々しい高速艇はどうやら浮遊機雷をいくつか撒き散らしたようで、高雄はそれにかかってしまう。

 

 

「大丈夫!?高雄ちゃん!?」

 

「心配ない!ただのかすり傷だ!」

 

「皆さま、各個の判断で動いては敵の思う壺です!ここは貨物船の安全を優先しましょう!」

 

「断続的な砲撃を浴びせれば、連中も距離を取るしかない!愛宕、行くぞ!」

 

 

 前衛3名の砲撃の結果、高速艇2隻は、前衛の思う通りに離脱していったが、その間際に前衛とは少し距離を置いている後衛艦隊・天城の叫び声が無線に流れる。

 

 

『こちら後衛!南東方向から新たな高速艇の接近を確認!少なくとも2隻います!』

 

「このタイミングで!?」

 

『ベルファスト、赤城と加賀が航空機で援護します!その間に貨物船を守りつつ退避させた方がよろしいかと!』

 

「………ご主人様、こちら"フジヤマ"!敵の増援を確認!航空爆撃に伴い、貨物船を北方向へ移動させます!」

 

『了解した!今"マンハッタン"がそちらへ急行中!それまで連中に接近を許すな!』

 

「仰せの通りに!」

 

 

 

 

 高速艇は確かに厄介な存在ではあったものの、対処できないものではない。

 だが、ベルファスト率いる第4艦隊が更に厄介な事態に直面するのは、まだ先の事であった。




気がついたら100話超えとるやないか〜い!

皆々様のおかげさまで頭のおかしなサイコスートリーを3つ作ることができました、本当にありがとうございます。
オモチャをオペして怖い目にあった男の子が書いたような怪文章ではありますが、お楽しみいただければ幸いです。

どうぞこれからもよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鴨がKANSEN背負って来る

いつも以上に設定ガバらせてしまった気が…



 

 

 

 九九式艦上爆撃機のパイロットの練度は相当に高いもので、栄えある一航戦のパイロットとして十分に誇れるものであった。

 

 しかし、このパイロットは戦艦や空母を標的とした急降下爆撃・機銃掃射の訓練は積んでいても、高速で巡行し続ける高速艇を標的とした訓練を行った事はない。

 だから戦果を挙げられなくとも責められるべきではないし、誰も彼を責めなくても当然なのだ。

 

 ただ、赤城から発進した九九式艦上爆撃機は、そのせいで限定的な効果しかもたらせられなかった。

 航空爆弾は標的から外れ、機銃掃射でどうにか一隻を沈めるのが精一杯。

 予測不能の機動を繰り広げる高速艇相手に機銃掃射を当てて撃沈したのだからそれだけでも大きな戦果とも言えるが、高速艇はあと3隻も残っているのである。

 

 

 高速艇は決して広くはない範囲を高速で這い回るように機動し続けている。

 

 船に慣れていない連中がこれをやれば間違いなく船酔いを起こすかもしれないが、どうやら高速艇の連中は慣れきっていた。

 赤城も加賀も、この高速艇のウザったらしい機動により航空援護の活動を制限され、相当にストレスを溜めている。

 これだけ標的同士が近いと航空機同士が空中接触する可能性があり、せいぜい一機二機しか飛び立てない。

 故に有効な航空援護が出来ているとは言えないのだ。

 なんだかハエ相手に大剣を振り回しているようで、かなり歯がゆい。

 天城に搭載された主砲も、高速艇の機動と貨物船の近さにより発砲を控えざるを得ないかった。

 

 

 

 前衛艦隊の方もまさにモグラ叩きでもやっているかのような感覚に陥っている。

 ただ、貨物船には近づけさせていないという点では現在まで防衛に成功していると言えるだろう。

 貨物船『びすまるく』が北方向へ向け順調に回避行動を取り続けている以上、ギュンター・マンリッヘル指揮下のこの船が海賊に乗り込まれる事はないのだから。

 

 

 

 私はというと、これまでの状況を整理すればするほど、わけがわからなくなっている。

 海賊の高速艇が、KANSEN相手にはあまりに非力である57mm無反動砲や66mmバズーカ砲で無謀とも言える攻撃を仕掛けてきた。

 お世辞にも良く照準されているとは言えない上に、聞く限りは高速で機動し続けているようだ。

 

 貨物船への破れかぶれの突破を試みるわけでも、考えを改めて離脱するわけでもない。

 ただ貨物船とその護衛から一定の距離を保ちつつ、脅威を与えているだけなのである。

 

 連中の目的はなんなのか、皆目見当もつかない。

 既に4隻の内の1隻が沈んだというのに、連中は未だに命懸けの挑発行為を続けていた。

 その間に、彼らの目的である貨物船は北へ北へと退避して遠ざかっていく一方なのに…。

 

 

 

 ん?

 

 

 待て。

 待て待て待て待て。

 

 私はもう一度、海図と貨物船の周辺海域の情報を見直した。

 ひょっとすると、連中は貨物船を北に向かわせて何かしらの罠を仕掛けているのではないかと思ったのだ。

 だとすると大変危険な状況にある。

 ベルマッマ達とマンリッヘル艦長の身が危ない!!

 

 

 私はルイスマッマと共に資料と海図をもう一度精査する。

 過去の戦闘記録、事象、異常等々。

 スペシャルインテリ女史セントルイスと共に大急ぎで精査した結果、ある重大な事実が浮かび上がってきた!

 

 

『何も異常ありません』

 

 

 ないんかいっ!と思われた方、申し訳ありません。

 少なくとも、過去1年間にそこで戦闘が行われた形跡はない。

 幾度となく船が通ったし、そのどれもが何一つの異常を感じていなかった。

 そもそも、この海域自体、海賊行為が頻発していた海域からは遠い位置にある。

 

 

 正直言えば、何か異変があってくれた方が都合がよかった。

 原因が分かれば対処の方法はあみ出せるのである。

 ところが原因も分からず、何かの不安に苛まれ続けるとなるとこれほど嫌な事はない。

 ましてや、今の状況はまるで辻褄が合っていないのだ。

 

 

 

「坊や…あと少しで"マンハッタン"が到着するはず。それまで貨物船が守られれば私達の勝ちよ?ベルファストならよく統率をするはずだし、それはあなただってよく分かっているハズ。」

 

 なら、あの高速艇共が未だにベルを挑発している理由は?

 

「そ、それは…………」

 

 ピッピ。

 これは絶対に何かおかしいよ。

 連中は4隻も高速艇を使ってきたけど、4方向から回り込んできたわけじゃない。

 イチかバチかの大勝負を掛けたなら、絶対にそうしたハズだ。

 でもそうじゃない。

 連中は2隻ずつまとまってやってきて、いずれも南側からやってきた。

 北側に連中の待つ何かがあるんだ…

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世の読みは半分当たっていたが、もう半分を当てろというのは酷な話だろう。

 

 なにせ、そのもう半分とは経験則の領域になる話だからだ。

 

 ジョン・"ジャック"・フォースターは自身に厳しい経済的制約を設けながらも、海軍の任務はキッチリとこなしてきた。

 それも戦闘の多い最前線で、KANSEN達の損害をできる限り発生させずに、下衆の極み海軍中将が文句を言えないレベルでの話だ。

 いつかのブラック鎮守府のように、KANSENを使い捨てにしているわけでもない。

 もしそうならカーリューとララ●ンドごっこなんてできなかった事だろう。

 

 

 "フォン"付きの赤ん坊に比べれば、この大佐は階級でも、財産でも、名声でも、或いは経歴でも劣っていたかもしれない。

 だが、艦隊運用の経験値で言えば格段の差があったのだ。

 軍隊において稀に「ベテラン曹長からすれば新任少尉はまるで赤子」と言われることがあるが、これはまさにそれ。

 ましてやフォースターは現場で這い上がった男である。

 ピッピベルケルク=セントルイスファミリアは内部の敵か、MI5時代の諜報戦の経験こそあれ、本格的な外敵……つまりセイレーンとの戦闘経験は少ない。

 そしてこの経験値の差は、両者の知らぬまま対面する事になったこの戦場で徐々に威力を発揮しつつあったのだ。

 

 

 

 

 

 

『ポール!いつまでやらせる気なんだ!?いい加減こちらも持たんぞ!?』

 

「ビッグレッド、本当にすまない!あともう少し耐えてくれ!」

 

『………5分!あと5分だ!それであんのクソ大佐の言う通りにならなかったら引き揚げてやる!覚悟してろこの野郎!』

 

 

 無線はブチ切られ、ビッグレッドの怒りがフォースターに伝えられたが、彼としては全く悪い気がしない。

 あと5分だと?

 ()()()()()()()()()()()()

 

 フォースターは自身で気づかぬうちに不敵な笑みを浮かべていた。

 これなら"イケる"。

 彼自身の経験と勘が、作戦の成功は限りなく近いものだと判断していた。

 

 目の前にはヘスティングス兄妹がいる。

 兄のポールは厳しい顔つきで無線に向かい、妹のユスティアは祈りを捧げていた。

 この悪魔のような双子は、内心ではビッグレッド達の事などどうとも思ってはいない。

 しかし、目の前にいるただでさえ騙されやすい純粋無垢な元海軍大佐殿をさらに騙しやすくする為にもそうしているのである。

 

 

「上手くいきそうですか、大佐?」

 

「ああ、ポール!貨物船への乗り込みは、成功を保障しよう。だが、まだ油断はできない。全員が生きて帰ってこれるようにしなければ。」

 

「あぁ!…私も行くべきでした!皆んなだけを危険な目に遭わせるなんて…ッ!」

 

「すまない、ユスティア。この作戦は体力に余裕のある男達でしか務まらない。君は今できる事に最善を尽くすんだ。」

 

「今できる事………はいっ!」

 

 

 ヘスティングス兄妹は派遣した6隻の高速艇の内、1隻が撃沈された事には敢えて触れなかった。

 ここで豆腐メンタルの大佐が引け腰になってしまっては困るのだ。

 だからポールは接敵のタイミングで無線機から大佐を引き離したし、ユスティアは指揮に専念するように説得した。

 ここまで気を使うのは正直面倒だったのだが、大佐の浮かべる笑みを見る限りは上手くいったようだ。

 

 

 フォースターは自身の左腕に巻かれた古い腕時計に目を向ける。

 本当に年季の入ったものだったが、それは彼がまだスラム街で靴磨きをして生計を立てていた頃に手に入れたものだ。

 ある酔っ払いの小金持ちが彼の仕事中にゲロを吐き、小金持ちは酔いの勢いで使っていたその腕時計を彼に渡したのだ…詫びの印として。

 

 年季の入った腕時計が、フォースターのアドレナリン分泌を加速させる。

 

 

(フォースター、お前はあの街の人々を救うんだ!お前は人々の助けになりたくて海軍への道を選んだのだろう!ようやく目指していた者になれた!そうだ!やってやれ、フォースター!お前の力が皆んなを救うんだ!)

 

 

 

 実際に救われるのは…6割がヘスティングス兄妹の懐、4割がスラム街の可哀想な住人といったところなのだが。

 自身の正義を盲信し、双子の悪魔に煽られて暴走するフォースターは、その過剰な正義心をれっきとした違法行為に注ぐ事に何一つの疑問すら持てないほどには、どうかしていた。

 

 

 

 暴走する元海軍将校に双子の兄妹が嘲笑の視線を密かに浴びせていた時、無線機からビッグレッドの一際甲高い声が聞こえる。

 

 普段から声を張り上げまくるビッグレッドが、さらに興奮して大声を張り上げているので、無線機の受話器に耳を当てていたポールは難聴になるのではないかと思った。

 

 キーンという耳鳴りが十分に収まるまで間を空けて、ポールはもう一度ビッグレッドに再送を依頼する。

 もちろん、落ち着いて、ゆっくり喋るように言い添えて。

 

 

『んだからよぉ!あのクッソ大佐の言う通りだ!アイツら本当に来やがった!ションベンちびっちまったぜこのやろう!!!』

 

「何が来たんだ、ビッグレッド!?」

 

『大佐の言う通りだっつったろおおお!!セイレーンだ!!セイレーンの艦隊が出やがった!!!

 

 

 ポールが大きく目を見開き、驚きの目で大佐の方を見る。

 反対にポールの顔を見た大佐は、達成感丸出しの表情を浮かべていた。

 

 正直、ヘスティングス兄妹は大佐のトンデモ仮説を半信半疑のまま実行に移させていたのだ。

 だがしかし、その仮説はたった今を持って正しかった事が証明された。

 兄妹は少し気味が悪くなって顔を見合わせる。

 その様子を見てとったジョン・"ジャック"・フォースターはご丁寧に解説を始めた。

 

 

「俺は海軍にいる間に、最前線でセイレーンと戦っていた。何度も何度も、毎日毎日。だから…連中の行動パターンもどことなく読めてたんだ。」

 

 

 フォースターはもう一枚、自身で用意した海図を取り出した。

 付属の資料も何もなし。

 ただ、目の前にある海図と同じ海図にいくつかバツ印が書き込まれているのみである。

 これでは何の海図か皆目分からない。

 だが、フォースター自身には分かっていた。

 

 

「先々週、こことここの二箇所でセイレーンと海軍の戦闘が生起していた。連中は損害を受け撤退、海軍の損害は軽微。完全勝利だな。」

 

「それが、今回の襲撃とどう関係するのですか?」

 

「ポール、奴らは損害を受けた後どうすると思う?」

 

「…………補充、でしょうか?」

 

「そいつは二番目の段階だ。損害を受けた部隊が2つ以上あれば、奴らはまず合流する。」

 

「なぜですか、大佐?」

 

「それはな、ユスティア。その方が素早く攻撃行動を続けられるし、セイレーンは補充にそこまで事欠くわけでもないからだろう。まあ…結局は俺の経験則だな。」

 

「でも、二箇所とも貨物船のコースから北に外れています…なぜ合流した艦隊が南下すると思ったのですか?」

 

「いいや、ポール。南下はしていない。…忘れてるかもしれないが、その為にビッグレッドには命懸けの挑発行為をしてもらったんだ」

 

「「あ………」」

 

「あの貨物船の航路は、セイレーンの合流予想地点の南側を通っていた。だから北へ北へと誘導させる必要があった。彼らの奮闘が功を奏して何よりだよ。おかげで貨物船とその護衛艦隊は随分と北に退避したようだから。」

 

 

 兄妹はまた顔を見合わせる。

 この大佐は騙しやすいただの鴨などではなかったのだ。

 騙しやすい、()()()()()()()鴨なのだ。

 思わぬ拾い物には2人とも喜んだが、間違っても表にその笑みを出さないほどには気を遣っていた。

 

 

「これで、連中の護衛艦隊はセイレーンにかかりっきりになる。増援部隊が到着するまでの時間差で、奪えるだけ奪うんだ。ビッグレッド達の負担は大きいかもしれないが、とにかくスピード勝負になる。」

 

「分かりました、大佐!ビッグレッドには20分以内に終了せよと伝えます!」

 

「いや、ポール!15分だ!それまでに完了させろ!」

 

「はい!」

 

 

 

 ポールはそう返事をしたが、ビッグレッドには20分と伝える事にした。

 あの大佐は見積もりに余裕があり過ぎるように思えてきたのだ。

 そしてそのツケを払うにしても、払うのは彼ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カレー建造、私はクリーヴニキでした


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

WAになってあやす

 

 

 

 

 

 えええええええええ!?!?!?

 うっそおおおおおおんッ!?

 このタイミングでセイレーンって、あるぅ?

 

 海域異常ないって言ったじゃん!

 どっから湧き出てきたのよあのセイレーン艦隊!

 宇宙戦艦ヤ●トやエンペ●アル級ウォーシップみたくハイパーなんとかジャンプでもしてきたっつーのかよこの野郎!?

 

「落ち着いて、Mon chou!"マンハッタン"があと15分で到着するわ!」

 

 ダメだ、ダンケ!乗り込まれる!

 

「坊や!私の姉さんなら貨物船にも護衛の戦闘員を載せてるはず!」

 

 高速艇に乗ってる人数も分からない以上、それだけを頼りにもできないよ!

 ああ、クソッ、クソォッ!!!

 畜生畜生畜生畜生!!!!

 なんてザマなんだ、私とした事がッ!!!!

 

「落ち着いて、ミニ・ルー!」

 

 落ち着く!?

 これが落ち着いてられるか、ルイス!!

 貨物船だけじゃなく、ベル達だって危ないんだぞ!?

 あのクッソ忌々しいクッソ高速艇にクッソ撃ち込んでたから残弾もどれだけあるかわからない!!

 赤城や加賀も艦上機は爆装だろうから、雷装に変更するには時間がかかる!

 そんな中セイレーンの急降下爆撃機なんか来りゃ2度目のミッドウェーになっちまう!!

 ダメだダメだダメだダメだ、考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ!!!

 

「ミニ・ルー………」

 

 ポチっ

 

『私のブーツにガラガラヘビィ〜』

 

 キャッ♪キャッ♪

 ルイスゥゥゥウウウ!?

 マジでやめてくれないかな!?

 人が必死こいて考えてこんでる時にウッ●ィ擬きの人形引っ張り出しt「皆んな!ラッキールー♪よ!」

 

「「「「ラッキールー♪」」」」×9

 

 

 私が抗議の声を張り上げた瞬間に、指揮官執務室に9人のセントルイス級セントルイス達が雪崩れ込んできた。

 ルイスマッマによって一糸乱れぬ統率を維持する彼女達は、そのまま私を取り囲む。

 そして私自身はルイスマッマによって抱え上げられ、9人のセントルイスのど真ん中に放り込まれる。

 

 放り投げられた私は輪になったセントルイス達の馬鹿テガいアパラチアの山々で作られたクッションによって受け止められた。

 その後ルイスマッマは流れるようにその輪に入り込み、歌を歌い始めたのである。

 

 

 

「オ〜・オ・オ〜、さぁ、輪になってあーやそー♪」

 

「「「ラ・ラ・ラ・ラ・ラ〜、すぐに分かるから〜♪」」」×9

 

 

 やめろおおおおおおおおッ!!!!

 輪になってあやされてる場合じゃないんだよ本当に!!!!

 ルイスマッマ!?

 ベルがピンチなんだよ!?

 そんなN●Kから全力で激怒されそうな歌を歌ってる場合じゃねえんだよおおおお!!!

 そんな場合じゃねえええんだよおおおおおおおおおおおおお!!!!!

 

 

「………いいえ、ミニ・ルー。そんな場合よ?」

 

 はいぃ?

 

「あなたは私達にあやされなきゃいけないの」

 

 ……ルイス、本当にマジでやめてくれ。

 こうしてる内にも貨物船は破滅へと刻一刻と迫りつつある。

 この作戦は私が自分の都合で初めたんだ。

 ビス叔母さんは数ある選択肢の中から私をえらんでくれた、期待してくれた。

 だから私が責任を持って…

 

「いい加減にしないさいっ!!!」

 

 パッチィィィン!

 ルイスマッマから唐突に平手打ちをくらう。

 私の身体が赤ん坊なことは十分に考えられた強度での打撃だったものの、普段そんなことをされないからか異様に痛く感じた。

 

 正直、ちょっと衝撃だった。

 

 ルイスマッマからの平手打ちも衝撃だったけど、ルイスが目から大粒の涙を流しているのは尚更衝撃的だった。

 彼女は顔を赤らめて、本格的に悲しんでいるようだ。

 何がそんなに悲しいのだろうか?

 今まで私に手を挙げなかったのに、いきなりこんな事をしたのは何故なのだろう?

 

 私が一人で勝手に困惑しているうちに、ルイスが口を開く。

 

 

「………いつからなの?ミニ・ルー?」

 

 ………え?

 

「思い出してみて。ウィンスロップの時も、北方連合の時も、あなたは私達を頼ってくれたじゃない…」

 

 ルイス…

 

「私達はあなたの母親なの。例えあなたがそう思っていなくても、事実は変わらない、変えさせないわ。私達は母親、あなたは息子。可愛い可愛い、私達の息子…!」

 

 

 ルイスは私を抱えて、強く抱きしめた。

 彼女の温かみ、香り、柔らかさが先ほどの平手打ちを忘れさせるかのように私を包み込む。

 

 

「母親は息子のためならなんだってしてあげるの。なのに、今回のミニ・ルーったら一人で抱え込んでばかりじゃない!もっと私達を頼って!」

 

 ………マッマ

 

「そう!マッマよ!マッマを頼るの!もっと、色んな事で!一人でパニックを起こすくらいなら私達に放り投げてくれてもいいじゃない!あなたで手に負えないなら、マッマがなんとかしてあげる!」

 

 

 

 目頭に熱いものを感じて、私は抵抗する事も出来ずに温かな水滴を頬に垂らしていた。

 こんな…こんな事があって良いのか。

 私を抱えて込む優しい女性は、本当に心の底から私のことを心配してくれたのだ。

 彼女はたっぷりの母性を持って、私の全てを受け入れてくれるのである。

 良きも悪しきも喜ばしきも悲しきも。

 

 

「落ち着いてくれたかしら?………ねえ、ミニ・ルー。少しは私達を頼る気になってくれた?」

 

 グスッ、ごめん。ルイスマッマ。

 

「良いのよ、気にしないで。いい?あなたが反省しなければいけないのは、一人でなにもかもやろうとした事。決して私達に迷惑をかけたとかじゃない。勘違いしてはダメ」

 

 

 

 頭が急速に冷えていくのを感じる。

 長時間の連続射撃で焼きついた機関銃の銃身が、ジュワッと音を立てて冷却されるような感じだった。

 どうやら私は勝手にヒートアップした挙句、大切な事を忘れてしまっていたようだ。

 以前物理的従兄弟に「1人で抱え込むな」なんて言っていたくせに。

 

 私は息を整え、心を落ち着かせると、ルイスマッマに相談することにした。

 

 

 ねえ、マッマ…どうすればいいと思う?

 

「…うふふ、ミニ・ルー♪やっと元に戻ってくれた♪手を挙げちゃってごめんなさいね………さて、ミニ・ルー。あなたは自分で思ってる以上に用意周到な人間のはずよ?」

 

 そうかなぁ。

 でも、もしそうならベルマッマもこんな事には…

 

「はい、マイナス思考禁止!()()()()()、あなたはちゃんと準備してたハズ。思い出してみて?」

 

 …………あ。

 やっべえええええええ!!

 急いで命令を出さないとッ!!

 

「大丈夫♪ティルピッツに指令を出してもらったわ♪」

 

「坊や、私もあなたの為に戦う。実戦でも、執務でも。だからこの程度の事、心配しなくてもいいわ。」

 

「Mon chouを悩ませてしまった私達も、少し反省しないといけないわね。もし辛かったり、耐えられなかったりしたら…」

 

 お腹の中?

 

「ざんね〜ん!胸の中でしたぁ〜!」

 

 んな勝ち誇った顔されても………

 とりあえず、"彼ら"への命令は大丈夫か。

 間に合ってくれる事を祈るしかない。

 あとできる事は…。

 ピッピ?

 第3艦隊『オタカル』の現在地は?

 

「とっくの昔に出港済みよ?」

 

 え、マヂ!?

 

「坊やのドクトリンを知らないとでも思ったの?物量で押すスタンスが坊やの最大の特徴…なら増援に増援をかけようとするのは容易に想像できるもの。」

 

 

 

 どうにも、物事の計画が狂うとパニクる悪癖が間々表に出てくるのが私の悪癖のようだった。

 だが、素晴らしきマッマ達は事前に全てを予測して行動してくれている。

 おかげで清々しいほどに抜け漏れの多い私のような人間の計画でも、どうにか進めることができるのだ。

 

 

 さて、と。

 

 出来得ることはした。

 あとできる事と言えば、ベルマッマとマンリッヘル艦長に精一杯のエールを送ることぐらいだろう。

 私は暗号無線機の受話器を手に取り、手短に済ますつもりの連絡を取った。

 

 

『ご主人様!こちらベルファストです!』

 

 ベルマッマ、あと少し頑張って!

 今は高速艇よりセイレーンへの対処に集中してほしい!

 貨物船の方には"その手のプロ"を派遣した!

 だから、ベル!

 君にはあと15分ほど持ちこたえてもらいた

 

『我が子おおおおおお!!!我々を忘れてもらっては困るなぁ!!!』

 

 …あ、うん、すまん、加賀さん。

 すまんけど、普通無線に割り込んでくる?

 このタイミングで?

 と、とにかく後15分耐えろ、増援が駆けつける!

 

『『『了解!』』』

 

『マンリッヘル艦長より伝言です。"元より高リスクの任務です、気を負うことはありません。ただ、可能なら援護をいただきたい"』

 

 急行中と伝えてくれ!

 …本当にすm

 

『謝らないでください、ご主人様!私もご主人様の母親です!息子のためなら、あと15分くらい耐えてみせます!!』

 

 

 

 

 

 

 "息子"との交信を終えたベルファストは、セイレーンの艦隊を見やりながら155mm砲の再装填を行う。

 敵が優勢なように思えるが、こちらにも勝る点がないわけではない。

 その内の一つを挙げるならば…彼女の狂気の母性を挙げたとしても、違和感はないのではないだろうか?

 

 

 母性ってそんな怖いもんだったっけ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ノーマーシー・ノーライブ

今回視点がコロコロしちゃいます、すいませぬ


 

 

 

 

 

 ビッグレッド指揮下の海賊船団は、セイレーンと護衛艦隊の間の戦闘に乗じて貨物船に相当近づくことができた。

 砲弾が飛び交う、まさに命がけの状況ではあるものの、ここまで来れば後はいつも通り上手くいくはずだ。

 乗り込み、殺し、奪い尽くす。

 海賊船団の誰もが、その手の経験は豊富だった。

 

 

 今までの経験から、ビッグレッドは貨物船を2タイプに大別している。

 

 一つ目は抵抗も何もせずに命乞いをしてくるタイプ。

 これは非常にやりやすい。

 こちらも弾薬を無駄に撒き散らす事はないし、お互いの身の安全を確保しあった状態で無事に帰れるのである。

 

 

 二つ目のタイプは…少なくとも一つ目よりは格段に厄介で、故にビッグレッドはそういう連中が大嫌いだった。

 

 そのタイプとは、全力で抵抗してくる相手である。

 サブマシンガンで武装して乗り込んできた海賊相手に、ショットガンや拳銃で対抗を試みる連中。

 積荷はどうせ自分達とは何の関係もない物の癖して、使命感とやらに取り憑かれて必死に守ろうとするのである。

 

 撃ち合いに発展するとなると、ビッグレッドはいつも少しだけ悲しい気分になった。

 いくら彼が海賊だとはいえ、彼個人は人殺しを楽しんでやるタイプの人間ではない。

 できる事なら穏便に、そしてこちらの目的を果たせさえすればこの上なく幸せなのだ。

 

 なのに相手が武器を取ってしまったら、ビッグレッドの理想の形にはまずならない。

 向こうは何人かを失い、代わりにこちらも何人か失う事になる。

 海賊船団の乗組員達はいずれもスラム街のゴミだめのような場所でお互いに助け合ってきた大切な仲間なのだ。

 誰一人として無駄死にさせたくはない。

 

 

 だから鉄血公国船籍の貨物船からMG42の射撃音を聞いたときは()()()()()()()()()()

 ビッグレッドが拡声器で叫んだのにもかかわらず。

 どうやら向こうはこちらの『抵抗しないなら決して危害を加えない』という呼びかけを嘘だと思っているか、或いはそんなの関係なしに義務感に取り憑かれてしまったらしい。

 

 ビッグレッドは後から合流した2隻の高速艇を加え、計5隻を貨物船に接近させた。

 相手が争いを望むなら仕方ない。

 皆殺しにして、奪えるものを奪うしかなくなった。

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 40年近く海運業界に携わっていれば、プライドを持つなという方に無理がある。

 ギュンター・マンリッヘルのように海運業界で名声を得ているなら尚更のこと。

 そんな彼のプライドからすれば海賊風情に大事な品物を明け渡すなど、もってのほかでしかなかった。

 

 

 ビスマルク会長が自らの名を冠するフネを彼に託したのは、彼への期待に他ならない。

 欧州財界で1・2を争う元KANSENの資産家が、彼のシーマンとしての腕を買い、鉄血・ロイヤル間貿易の最前線たる貨物船を任せたのである。

 

 この栄誉を、この船を、あんな下劣で何の価値も持たないような海賊共に明け渡してなるものか!

 

 

 実際にも、ビスマルク会長は思慮深い()()だった。

 この貨物船・びすまるく号には少数とはいえ戦闘のプロが載せられている。

 彼らは旧政権時代に政党の軍隊に属していて、その経歴故に政権崩壊後は公職から追放されていた。

 それはつまり、国軍に復帰する事もできず、磨かれた戦闘スキルをドブに捨てる他ない事を意味する。

 

 ビスマルク会長は、そんな彼らを現役時代よりも高い給料で雇い入れたのである。

 例えそれが、『鉄血国家党親衛隊』元メンバーによる暴動・クーデタを恐れる政府からの支援要請に応じたものであったとしても、彼らにとってビスマルク会長は神のような存在だと説明するには十分なものだった。

 かつて国家元首に向けられた忠誠心は今はビスマルクに向けられ、彼らはビスマルクの利益を損ねんと画策する賊ども相手に一切の容赦をするつもりもない。

 

 しかしながら、悲しい事に彼らは一個分隊ほどの勢力しかいなかった。

 貨物船は本来人員を輸送する船ではないので、どんなに改装したとしても載せられる護衛要員の数はその程度なのである。

 よって、びすまるく号の護衛は僅か10人でおおよそ50人近い海賊から貨物船を守る事になってしまったのだ。

 

 

 

「乗り込まれる前に叩きまくれ!ありったけの徹甲弾を叩き込むんだ!」

 

ヤヴォール!(了解)

 

 

 10名の精鋭部隊の指揮を執るのは壮年のベテラン軍曹で、彼は自身の分隊で最大の火力を誇るMG42機関銃に壮絶な射撃をさせている。

 しかし、軍曹は毎分1200発の発射音を聞いてさえ、火力の不足を感じていた。

 乗り込まれるまでに、こちら側の5倍の勢力を持つであろう海賊どもを一人でも多く減らしておく必要があるからだ。

 更に言えば、一挺のMG42だけでは一方向しかカバーできない。

 少なくとも、あと一挺は重機関銃が欲しいところだ。

 

 分隊員の内の2人が、今大急ぎでMG34機関銃を武器庫から持ってきている。

 連射持続性のなさから、あまり期待のできないZB26軽機関銃を勘定に入れればこれで3挺の機関銃が揃ったことにはなるが、高速で動き回る小型艇を見ていると不安は募るばかりだ。

 

 軍曹は覚悟を決めた。

 おそらく、海上で減らせる海賊の数は10人前後が良いところだろう。

 だから乗り込まれる前提で物事を考えなければならないし、多勢に無勢で死ぬ事になるかもしれない。

 

 ビスマルクに雇われる私兵は、どんな職務であれ死亡の際にはとんでもない額の金額が支払われる。

 その金があれば、軍曹の妻と子供は一生暮らせるどころか庭付きの家でも建てれるかもしれない。

 自身の生命より金を取りたいわけではないが、残される家族にそれだけの保障がなされているのは有難い話でもある。

 

 

 だから軍曹としては、最後までビスマルク会長の為に働けるように最大限努力するつもりだった。

 ようやくMG34が到着し、彼はすぐに射撃を始めさせる。

 

 しかし、機関銃を持っていたのは彼らだけではない。

 海賊の方も高速艇に重機関銃を据え付けており、その合計は防衛側のそれより遥かに多いものだった。

 程なくして海賊船団から凄まじいまでの制圧射撃が加えられ、護衛達は身を縮める他なくなる。

 

 

「チックショウ!海賊の方が高火力とはどういう事だ!?」

 

「軍曹!どうやら5隻の内の2隻が援護射撃のようです!」

 

「なんだと?残りの3隻は接近中か?」

 

「そのようです。接近してくる分撃ちやすいのですが、制圧射のせいで狙えません!軍曹、ここは…」

 

「仕方ない、船内で迎え討つ!乗組員はセーフティルームへ向かっているか?」

 

「ええ、ですがまだ途中です」

 

「可能な限り時間を稼ぐぞ!」

 

 

 軍曹の指揮の下、分隊員達は清々と行動して準備を進める。

 貨物船の構造を考えた場合、海賊が一等乗り込みやすいのは後部からになるだろう。

 そこから侵入した賊どもは船のコントロールを担う操舵室を目指すはずである。

 

 だから護衛達は操舵室へ向かう廊下を固めた。

 限られた資材でバリゲートを築き、重機関銃2挺で武装する。

 側面はそれぞれの個人携行火器で固められ、そしてそれはほぼ全てが自動火器だった。

 

 

 軍曹は急ごしらえにしては比較的頑強な防備を固めていた。

 そしてそこに、あまり時間を置くことなく、複数の男達の足音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SBSといえば、英国海軍の誇るスペシャル・ボート・サーヴィスを思い浮かべる人も多いだろう。

 ところがどっこい、こちら側の世界ではSBSはロイヤル政府とはなんの関係もないものになっているのだ。

 

 スペシャル・ボーヤ・サーヴィス。

 創設者はピッピママ。

 この部隊は元々冷戦中に、北方連合の工作船を臨検を行う目的で作られている。

 だが、肝心の主目的である海上臨検を行う日は来なかった。

 なぜなら北方連合の工作員達は空路で侵入していたし、故にロイヤル領海に工作船など現れなかったからだ。

 

 SBSはロイヤル国防軍の組織ではなく、ピッピが代表を務めるM&M社の私兵組織という扱いである。

 だから不必要になったという理由で、急に取り潰される事もなかった。

 ピッピによりSBSに付与される任務の多用途化が進められ、そして現在に至るわけである。

 具体的には、海上臨検の他に強襲上陸、破壊工作活動、拉致・監禁・尋問etc

 最近では陸上において、ある赤ん坊に起きる可能性のある不測事態にも対処する事になった。

 

 

 

 設立の目的からして船内の近接戦闘のプロであることを求められた彼らほど、今回の任務に的確な部隊はいないだろう。

 3機の強化型ドラッヘ・ヘリコプターはいずれもSBS隊員を満載していた。

 強化されたエンジンと機体構造により、元の機体から大幅に航続距離の伸びたこのヘリコプターは、安全の確立された内洋に配置されていたイラストリアスから飛び立ったのだ。

 

 

 ドラッヘ・ヘリコプター1番機の機長は、早くも眼前に鉄血公国船籍の貨物船の姿を捉えていた。

 周囲に群がる高速艇も見えるが、セイレーン艦隊の方は第4艦隊"フジヤマ"の奮闘により貨物船から一定の距離を保っている。

 

 機長は作戦続行は可能と判断。

 搭乗するSBS隊員達に無線でこう伝えた。

 

 

「目標上空3分前!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白い日



ピッピ・ダンケ・ベル・ルイス
「私達はどんな時であれ、我が子を愛し、あやし、あやし、あやし、あやし、あやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやしあやし…(中略)、あやし続ける事を誓います。例え、何があっても、どんな時でも。」

「TPOはわきまえて?」


 

 

 

 

 

 5隻の高速艇の内、一隻はボーイズ対戦車ライフルを装備していた。

 だから海賊の内の何人かは、大型のドラッヘ・ヘリコプターが貨物船の直上へやってきた時、巨大な銃身を持ち上げて対空射撃の姿勢を取ろうと試みた。

 

 ドラッヘ・ヘリコプターは本来強力なヘリコプターではない。

 最も初期のヘリコプターの内の一つであり、現用のヘリコプターに比べればパワー・防御力・武装共に随分と見劣りする事だろう。

 それはそれで仕方のないことにしろ、しかし、M&M社によって運用されているこのドラッヘは例外だった。

 概ねの外観と名称以外、このドラッヘの元の機体との類似点を探す方が難しい。

 馬力のあるエンジンと基本構造の強化が、このヘリコプターの性能を現代のヘリコプターと同等の物まで引き上げている。

 

 

 故に、1人のSBS隊員が長大な対物ライフル・PzB39を用いて、ボーイズの射手を射抜く事も出来た。

 元々対戦車用として設計されたこの大型の対物ライフル銃は、口径こそ7.92mmながら長大な薬莢により並々ならぬ射程と威力を手に入れている。

 ボーイズ対戦車ライフルの可哀想な射手は射撃姿勢を取る前に頭の上半分を失くし、もんどりうって海へと転落していった。

 

 もちろん、海賊船団の重火器はボーイズライフルのみではない。

 だが、各艇につき2挺設置されている重機関銃も、ドラッヘに3挺ずつ搭載されたMG42の凄まじいまでの制圧射撃の前にはどうする事も出来なかった。

 

 

 

 3機のドラッヘは予定通り悠々と貨物船の直上へ至ると、眼下の甲板に2本のロープを垂らす。

 貨物船へ乗り込む一番手はSBSの隊長で、体躯のしっかりした大男である。

 大男はその見た目に反してスムーズに船の甲板へと降り立った。

 続いて降りるのは今回が初任務になる若者で、少々オドオドした様子でロープに手をかける。

 

 

「エィィイゼィィイ!!エィィイゼィィイ!!」

 

 

 独特のロイヤル発音で落ち着けと口にしていたものの、若者の様子はまるで落ち着いているとは思えない。

 そして、どうにか甲板には降り立ったものの、鉄血船籍の商船の甲板をさっそく吐瀉物で汚してしまうほどには緊張をしていた。

 大男は手にするステンガンの調子を確かめると、若者をチラリと見やって呆れたように鼻を鳴らし、そして構わず進み始める。

 

 

「待ってくれ!ゲロを撒き散らしながら歩きたくない!」

 

「俺はお前のパパでもママでもない。()()()()しろ、ブリッチャー!」

 

「………ギブソンのクソ野郎め…」

 

 

 どっからどう見ても北アフリカの沿岸でスツーカの発進基地に破壊工作を仕掛けたりはしない2人組を始め、合計15名のSBS隊員が貨物船の甲板に降り立った。

 彼らは装備の異常の有無を確かめると、一ヶ所に集まって行動を再確認する。

 そして、その後は元から決めていた計画を実行するために分散し始めた。

 

 例の大男・ギブソンは若者であるブリッチャーと共に船内へと進む。

 2人ともブラックユーモアに溢れる人間のようで、ぶっちゃけた話をすればギブソンがこの相棒を選んだ理由はそれである。

 

 

「この船の見取図は信用できるのか?迷わずに辿り着ける?」

 

「ああ、ブリッチャー。女房との散歩コースみたいなもんだ。」

 

「よくわかった!つまり奥さんとくっちゃべってる内に自分がどこにいるか分からなく」

 

「あのな、ブリッチャー!忘れるなよ!俺たちは常に判断しながら動く必要があるんだ!」

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 ギブソンがブリッチャー相手に声を張り上げた頃、私はといえばダンケ相手に声を張り上げていた。

 

 なんたってあのフランスマッマはこんなリアルタイムで推移するクライムサスペンスな状況下でとんでもない要求をしてきたのだから。

 

 

「Mon chou?今日はホワイトデーよ?お返しは?お返しは?お返しは?お返しお返しお返しお返しお返しお返しお返しお返し」

 

 

 バグんじゃねえええよおおお!!!

 

 つーか本気で言ってんの?

 この…ベルが真面目にクライシスなこんな時に!?

 

「何言ってるの?ライバルが減っている今こそがチャンスじゃない。」

 

 ダンケ、いつからそんなPSYCHO-PAS●になったんだ、お前は。

 あるいは手段を選ぶという行為を知らないマキャベリストか。

 いつだったか目の前でブリオッシュ作りながら18世紀欧州の血みどろ☆マキャベリズムを語ってくれた時があったけど、何も実践する必要まではないのでは?

 

 

 

 今ダンケマッマは私をルイスから奪って豊満なフレンチ・アルプスに迎え入れ、ボディソープ由来と思わしきフレンチローズ臭を余す事なく味わせているところだ。

 私としては一刻も早くルイスマッマの谷間へ戻りたい。

 ルイスに依怙贔屓しているわけではなく、作戦の進行状況を把握するには彼女の谷間がベストポジションなのである。

 対してダンケはソファに座っていた。

 これじゃあ作戦がどうなっているかまるで分かりゃしない。

 

 

「スペシャル・ボーヤ・サーヴィスが貨物船に降下したわ!まもなく貨物船内で戦闘員達と合流する予定!勝ったわね、坊や!」

 

 

 ルイスとは別の机でピッピが無線機から顔を上げ、私に報告をする。

 

 あの、いやね、ピッピ?

 まだSBS隊員が乗り込んだってだけで勝ってはいないし、ベルもベルで中々に危ないんだよ?

 勝ったっていうのは早計過ぎるっつーか負けフラグだから自重してつかぁさい。

 

 

「って事で私もホワイトデーのお返しをもらわなきゃ!」

 

 人の話聞いてた?

 

「ねえ、ミニ・ルー?」

 

 なんだよルイス今忙しいんだよつーかそこで見てないでさっさと私をその机の位置に戻しにきてくれないかい?

 

「私はさっき輪になってラッキールーしたから、ここはティルピッツとダンケルクに譲るわ。作戦の指揮は私に任せておいて?」

 

 やめてルイス。

 そんな事したら私の存在価値は何なのって話になるじゃん本格的に。

 そりゃ2ページくらい前に「頼りなさい!」って言われたけどよぉ、頼れってそこまで頼らないとダメなの?

 そういうルールなの、ねえ?

 そもそも、そんな「私はいいから、2人とも存分に楽しんで」感覚で指揮権を委譲させんじゃねえ!!

 

 私のだからね!?分かってる!?

 それ私の指揮権だからね!?

 

 

 

「じゃあこうしましょうか、ミニ・ルー。私のホワイトデーは…あなたの指揮権で手を打つわ♪」

 

 

 ミリタリー・ポリスが聞いたら卒倒間違いなしの暴言が飛び出てしまった。

 ねえ、セントルイス、ラッキールー、ルイスマッマ、お前は指揮権を何だと思ってんだこのやろう。

 そんなギフト感覚でポンポン取引できるもんじゃねえんだよ。

 いいかい、ルイス?

 アイビーリーグ出身のあなたならよおうくご存知だろうと思うけど、軍隊の命令ってのはまずきそふゲェッ!?

 

 

「は〜い、Mon chouの指揮官タイムしゅ〜りょ♪今日はホワイトデーなんでちゅよぉ〜?」

 

「ホワイトデーなのにホワイトデーのギフトが勝手にホワイトデーをサボったらホワイトデーの意味がないじゃない。坊や、ママの身体でゆっくり休みなさい。それがギフトたる貴方の義務。」

 

 

 分かった、分かった分かった。

 諦める。

 もう諦める。

 

 嫁艦の1人がクライシスだってのに指揮を諦めるのは職務放棄以前に倫理的な問題からしてクソ野郎でしかないけど仕方ないじゃん!!

 他の嫁艦3人がトチ狂ってて此の期に及んで私のことをホワイトデーのギフト扱いしてんだからさ!!

 

 

 全てはルイスに委ねられた。

 あのインテリハイパースペックマッマなら大丈夫そうな気しかしないからたぶん大丈夫でしょう。

 私がダンケとピッピにサンドウィッチされた瞬間には、ルイスがさっそく指揮権委譲後第一号の良いニュースを持ってきたから尚のこと大丈夫だと思われる。

 

 

「ミニ!SBSが海賊の背後に回った!これから包囲撃滅に移るわ!」

 

 ベルマッマ達の状況は!?

 

「そこまで深刻じゃなさそうよ?相手は量産型しかいないみたいだし。ただ、引き続き貨物船の援護は難しい状況みたい。」

 

 …SBSが上手くやってくれる事を祈ろう。

 

「ええ、そうね。それと、"マンハッタン"は予定より早く到着しそう!」

 

 おお、本当か!

 なら

 

「はい、ストップ。これから先は私が考えるわ。大丈夫、ミニ・ルーに不利益な結果にはしないと約束する!だから…今は安心して2人にあやされていて?」

 

 

 

 

 全てが恐ろしく順調に進めそうで、特に恐ろしいのはルイスが優秀な指揮官としても振る舞える事が分かった事だった。

 

 その内指揮官ですらいられなくなりそうで、私は暖かなダンケ&ピッピ'sオッパァの間で軽く身震いをする。

 

 

「Mon chou!?」

 

「坊や!?」

 

「「風邪?風邪?風邪?風邪?風邪?」」

 

 

 だ〜か〜ら〜、バグんなっての!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ここから出してくれ!俺は病気なんだ!

 

 

 

 

 

「くっ!中々数が減りませんね…」

 

 

 ベルファストは沈めても沈めても湧いてくるセイレーンの艦隊を見て、額の汗を拭った。

 彼女が対峙することになったセイレーン艦隊は、エリート艦こそいなかったものの、量産型の中でも中々の強度を誇るロック級戦艦を主体として構成されていたためにかなり手強い敵だった。

 何よりの問題は数である。

 2つの艦隊が何かしらの理由で合流したらしく、一艦隊ではありえない数の敵艦が現れていたのだ。

 

 

 対処できない問題ではない。

 ベルファストは自分にそう言い聞かせて砲弾を再装填する。

 残りの砲弾も段々と少なくなっていて、彼女達自身の疲労度もかなり高まってはいるが、それでもこのセイレーン艦隊の相手ならまだまだ勤めることができるだろう。

 どうにか時間を稼ぎ、増援である"マンハッタン"の到着まで持ちこたえる事なら自信を持って『YES』と言える。

 

 

 だが、貨物船の護衛の方はというと、それは不可能でしかない。

 

 指揮官は恐らく…彼女達の置かれている状況を十分に考慮したはずだ。

 でなければ貨物船よりセイレーンを優先しろなんて言わない事だろう。

 もし指揮官が私利私欲のみで動く人間であるならば、彼女達の安全は決して優先されない。

 

 更にいえば、指揮官は予備の手段まで整えていた。

 ベルファストの指揮下にある艦隊が貨物船の護衛を放棄せざるを得なくなった場合の予備手段はしっかりと用意され、そしてそのおかげでベルファストはセイレーンとの戦闘に集中できている。

 鬼の母性モードを発揮させても既に肉体的な限界は近いが、増援艦隊の到着までに精神的な限界を迎える事はなさそうだ。

 

 

 

 プラチナブロンドの美しいメイドは、彼女の左右で息を切らしている重桜美人の顔を見る。

 彼女達も限界が近く、息を切らしている様子が十分に伺い知れた。

 

 あと少し。

 あと少し持ちこたえれば、増援は確実にやってくる。

 増援がやってくるまで、貨物船をセイレーンから守るにはあともう一踏ん張り頑張ればいい。

 言うは易し行うは難しだが、溢れ出る母性とアドレナリンがどうにかしてくれそうだった。

 

 あともう一踏ん張り。

 その事を強調する為にも、ベルファストは左右の重桜美人達にこう呼びかけた。

 

 

「皆様、メインディッシュはこれからです!」

 

 

 ただ、せっかくのスキル発動決め台詞は、ユニオン出身の陽気な戦艦の一言によって掻き消されてしまった。

 無線機から聞こえてくる少しぶっきらぼうな物言いが、あと3分前に聞こえていたらベルファストが赤面する事もなかったろう。

 もちろん、彼女の指揮下にあるKANSEN達は、同情はするとも嘲笑をするようなKANSEN達ではなかった。

 だから"マンハッタン"旗艦・ワシントンの声を無線越しに聞いた時には誰もがベルファストの発言をなかった事にしたのだ。

 

 

『頭下げて耳塞いでろ!今から支援砲撃を見舞ってやるからよ!!!』

 

 

 ワシントンの底抜けに明るい声が終わるか終わらない内に、三隻の戦艦による怒涛の支援砲撃が始まる。

 後衛艦隊が戦艦のみというイカレっぷりの威力はしっかりと発揮され、ベルファストの直近にいたセイレーン艦隊の殆どが吹き飛ばされた。

 脳筋壊したがりチーム・ユニオン(の内の3名)の砲撃は、装填補助装置によりあまりにも間隙を削られている。

 直径38cmやら41cmの巨大なSHS弾が次々に空を切り裂いて降ってきて、セイレーン側の戦艦や重巡、空母を食いちぎっていく。

 そしてトドメと言わんばかりに、"マンハッタン"の前衛艦隊が前に進み出て砲弾を撃ち込んで行った。

 ヘレナ、ホノルル、フォルバンの全くもって統一性のない前衛艦隊は、仕上げと言わんばかりに魚雷と砲弾の嵐を巻き起こす。

 

 

 前衛艦隊のトドメをマトモにくらったセイレーン艦隊は北へ向かって敗走を始めた。

 ヘレナが後を追おうとするが、ベルファストがそれを止める。

 

 

「ヘレナ、深追いはやめましょう。まずは貨物船の安全を確保すべきです。」

 

「………ええ。」

 

「ベルファスト!貴女達には指揮官から後退命令が出ているわ!あとは私達に任せて、後退なさい。」

 

「恩に着ます、ホノルル。」

 

 

 ベルファストは"フジヤマ"艦隊の他のKANSENに指示して後退を始めた。

 天城が駄々をこねる加賀に圧力をかけていたし、重巡2人も多少なりとも不満なようだった。

 だが、砲弾も体力も消耗している以上、継戦を行うのは望ましくない。

 

 それに、ベルファストの息子は"マンハッタン"を援護する艦隊をも準備させているはずだ。

 万事抜かりはなく、ローテーションを組んでいる事だろう。

 貨物船を含めて、"マンハッタン"に任せておくのがベストな選択に思える。

 

 

 "マンハッタン"が"フジヤマ"と交代して、まだ3分も経たない内に、無線機の別の周波数が機能した。

 それは貨物船の艦長が携行している無線機の周波数で、呼びかけは"マンハッタン"へ向け行われている。

 

 

『おい!おい!聞こえるか!?こちらギュンター・マンリッヘル!貨物船内であんたらの部隊が合流した!どうやら助かりそうだ!』

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

「お前の手榴弾は()()()だと言ったな、ブリッチャー?」

 

「あー…どうにも初期不良が」

 

「初期不良!?初期不良だとくそったれめ!あれじゃあ、そよ風の方が有効だぞ!」

 

「じゃあアンタがやりゃ良かったろ!」

 

「俺がやったとこは全部上手くいっただろうが!だいたい、お前の…」

 

 

 何発もの拳銃弾が飛んできて、2人の口喧嘩を一時的に止める。

 SBSベテランのギブソンと、新人のブリッチャーは貨物船内の廊下で一悶着起こしていた。

 

 廊下の曲がり角の先に海賊共が築いたと思わしきバリケードがあり、ブリッチャーがそこへ手榴弾を投げ込んだのだが、見事に不発に終わったのである。

 

 案の定相手から撃ち返され、2人は廊下の曲がり角のこちら側へと身を引っ込めた。

 そして口喧嘩が再開される。

 

 

「ほら見ろブリッチャー!お前のせいであわや蜂の巣だぞ!?」

 

「じゃあなんでこんなクソに巻き込んだんだよ!俺は自分の意思で入ったわけじゃない!」

 

「お前を見込んだんだ!だがどうにも見込み違」

 

『誰だ!?』

 

 

 唐突に鉄血語が聞こえてきて、2人は顔を見合わせる。

 SBSは海賊がロイヤル人の集団で、保護すべき貨物船の乗組員は鉄血人の集団だと聞いていた。

 だから、もしバリケードの向こうにいる人間が海賊共なら、そちら側から鉄血語が聞こえてくるはずはないのである。

 

 

「撃つな!撃つな!SBS…スペシャル・ボーヤ・サーヴィスだ!」

 

「……よ、よしゅ(よし)しょのまま(そのまま)両手をだしゅて(出して)、ゆっくりと姿をみしぇろ(見せろ)!!」

 

 

 鉄血語訛りの酷すぎるロイヤル語が、バリケードの向こう側から返ってくる。

 まずギブソンがステンを脇に抱え、何も持っていない両手を出してからバリケードの相手に正対した。

 バリケードの向こうにいたのはシュタールヘルムを被り、軍曹の階級章を付けた男で、どうやら貨物船の護衛のようだ。

 続いてブリッチャーも姿を見せると、シュタールヘルムは安心した様子で、構えていたMP40の銃口を下に下ろす。

 

 

「あんたらもスペシャル・ボーヤ・サーヴィシュ()か!?」

 

「そうだ!その言い方だと…他のメンツもここに来たのか!?」

 

ムシェン(無線)で聞いてないのか?」

 

「ここへ来る前に何人かの海賊と撃ち合ってぶっ壊れちまった。」

 

「合計で7人ほどがここへ来たが…全員が掃討シェン()に移行した。……手榴弾投げる前に確認しといてくれても良かったろ!?」

 

「すまん、撃ち合いのせいで神経が過敏になっててな。ブリッチャーの手榴弾が特別製で良かった。」

 

「軍曹、どうかこの老人を責めないでやってくれ。角があったら手榴弾投げなきゃ気が済まなくなる病気なんだよ。」

 

「後で覚えてろよブリッチャー。」

 

「まぁまぁ、2人とも。今回の事は大目に見るとしょう(しよう)。バリケードの中へ来いよ。紅茶があるぜ。ティーバッグじゃないぜ。」

 

 

 

 源●マガジンにしか見えない会話をしながらも、ギブソンとブリッチャーは軍曹のご好意に甘える事にした。

 ここに来るまで3回海賊と撃ち合って10人ほど倒している。

 緊張というものを長続きさせていると、いつか必ず途切れ目というものがやってくるのだ。

 その途切れ目が戦闘の最中にやってこないよう、2人はバリケードの中に入って紅茶にありついた。

 

 

「セーフティ・ルームはどこなんだ、軍曹?」

 

 

 ギブソンが紅茶に口をつけながら軍曹に聞く。

 紅茶は品の良い香りからして、かなりの高級品だろう。

 だが、軍曹は高級品の紅茶よりもコーヒーの方が好みのようだった。

 

「あんたらの後ろにあるやつがそれさ。俺たちが海賊共に乗り込まれてから守ってる。」

 

「負傷者は?」

 

「3名。肩、腹、足をそれぞれやられた。幸運にも急所は外しているよ。あんたらが来るのがもう少し遅かったら我々も死んでたろうな。海賊共はあんたらのおかげで分散したし、そのおかげでまだこのバリケードがある。…ほら、予備のムシェン(無線)だ。戦局は中々優位らしい。」

 

「ご丁寧にどうも。」

 

 

 ギブソンは紅茶片手に無線機を操作して、各班と連絡を取る。

 鉄血の軍曹が言ったように戦局はこちらに有利らしく、それぞれの班が負傷者もなく順調に海賊を掃討しているようだ。

 

 SBSの作戦は、分散と機動戦だった。

 海賊の人数が多く見込まれた事から、少人数ずつ船内を移動させて敵を分離・各個撃破する作戦方針が採られたのである。

 結果として概ね上手くいっているようで、各班の殺害人数を足すと、その数が30を超えていた。

 

 

「…もうひと押しってとこか。行くぞ、ブリッチャー。」

 

 

 ギブソンは軍曹に紅茶の礼を言ってバリケードから立ち去った。

 乗り込んだと思われる海賊の数はそう多くはないはずで、それはつまりより掃討に手こずるという事を意味する。

 

 ただ、ギブソンは自身が死ぬ事は決してないと断言できるほどには自信と楽観を持てたし、そしてそれは間違いではなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロイヤルで一番ワルい奴ら

 

 

 

 

 

 ビッグレッドは怒りに燃えている。

 

 その怒りの成分を分析表に表せたのなら。

 主成分はSBSでも船の護衛でも海軍でも船の持ち主でもなく、ポールへの怒りで構成されていた。

 あの細長くて顔の良いクッソムカつくクソガキが、20分は猶予があるなんて言わなけりゃ、貨物船への乗り込みさえ取りやめていた事だろう。

 実際には20分どころか15分もなかったわけだが。

 

 

 どう考えても、今回の件は採算が取れそうもない。

 乗り込んだのは30人強、その内今生き残っているのは彼を含め5人ほど。

 あの悪名高い鉄血公国親衛隊と思わしき連中に粘り強く抵抗されて、セーフティルームでの人質確保は諦める他なかった。

 

 操舵室への一番の近道は、廊下からセーフティルームを経由するルートだったのだが、あの忌々しい親衛隊連中のせいで隊を2つに分けざるを得ない。

 一方のグループが別ルートで操舵室を目指し、もう一方のグループは貨物室を目指すのである。

 だが、隊を2つに分けたのが運の尽き。

 操舵室へ向かったグループはSBSとかいう連中の機動戦に翻弄され、次々に各個撃破されていく。

 ビッグレッドは腹心の部下に操舵室制圧を任せたものの、そのせいでビッグレッドは五分前に部下の断末魔を無線で聞く事になった。

 

 

 SBSは貨物室を目指したグループをもその毒牙にかけつつある。

 ビッグレッド自身、既に何度かあの悪魔のように強い戦闘員と接敵した。

 その度に何人も部下を殺され、そして生き残ったのが今の人数というわけだ。

 

 

「なんてこった…なんてこった!ちくしょう!!」

 

 

 ビッグレッドは大声を張り上げて怒鳴り散らす。

 こんなハズではなかった。

 この鉄血公国の貨物船に乗り込んだのは、部下を何人も失うためではなかったハズなのだ。

 生き残った部下達の内の1人は、金塊を二本持っていたし、ビッグレッド自身は目録のコピーを持っていた。

 たったこれだけの"戦果"ために27人死んだのだ!

 

 

 彼らの死は十分に嘆かわしいものだが、ただ呆然と泣いているわけにもいかない。

 せめて彼らだけでも生きて帰らねばならなかった。

 ビッグレッドはM1912ショットガンを腰だめに構え、大股で船内を突き進む。

 向かう先は貨物船の後部。

 彼らはそこから貨物船に乗り込んだ。

 だから、そこには高速艇があるハズだし、高速艇に乗り、急いで離脱する必要がある。

 

 

「いた!いたぞ!連中だ!」

 

 

 背後から下町訛りのロイヤル語と共に銃弾が浴びせられた。

 ビッグレッドはまた部下を1人失ったものの、すぐに振り返って応戦する。

 12ゲージのバックショットが立て続けに放たれて、背後からの銃撃者を十二分に牽制した。

 

 

「おいおいおい、大丈夫か?」

 

「俺の心配はしなくて良い、ブリッチャー!男のラブコメなんて誰が得する!?」

 

「ラブコメ?これのどこがラブコメなんだ!?人がせっかく良きサマリア人よろしく心配してやってんのに…」

 

 

 SBSの芸人コンビが漫才を始めているうちに、ビッグレッド達は発煙弾を投げつけてから走り出す。

 もうあと少しで船の外に出られるハズ!

 そうすれば高速艇が出迎えて………

 

 

 

 

 

 

 

 

 いなかった。

 

 そこにあったのは高速艇"だったもの"。

 薄っぺらい装甲を撒き散らし、炎上している高速艇が3隻、そこにあった。

 

 

「な……なんだ…と。」

 

「おい!ビッグレッド!!ビッグレッド!!下だ!!下を見ろ!!」

 

 

 炎上する高速艇を見て呆然とするビッグレッドに、下方から声がかけられた。

 それはどうにか生き残ったらしいMAS魚雷艇で、船上にマットを敷いている。

 魚雷艇の乗組員の1人が、ビッグレッドに向かって必死に手を振っていた。

 

 

「急げ!飛び降りろ、ビッグ!」

 

「ほ、ほかの連中は!?」

 

「後で話す!とにかく飛び降りるんだ、ビッグ!!」

 

 

 ビッグレッドは乗組員の言う通りに飛び降りる。

 かなりの高さがあったものの、マットはどうにか赤毛の大男を受け止めてくれた。

 彼はMAS魚雷艇の乗席に押し込められながらも、早くも離脱しようとしている操舵手に怒鳴った。

 

 

「おい!待て!まだ3人残ってる!」

 

「無理だ!もう待てない!あんただけでも生き残ってもらわないと!」

 

「一体何が起きてるんだ!?他の連中はどうしたっていうんだ!!」

 

「護衛艦隊の増援が来て、停泊してた他の船は沈められた!今浮いてんのはこの船と、あそこで時間を稼いでくれてるアンタの船だけだ!」

 

 

 操舵手がエンジンをフル回転させながら、一方向を指差す。

 そこではビッグレッドが乗ってきた『簒奪者』号が高速で這い回っていて、KANSENによる砲撃を一身に集めていた。

 おかげでビッグレッドの乗る魚雷艇は無事に発進できたものの、『簒奪者』はついに直撃弾を受けて轟沈する。

 

 

「………あ、あいつら…なんで……」

 

「アンタが俺たちの指揮に最適な人間だからだ!!アンタの代わりはいない!!貨物船に取り残した3人も分かってくれるハズだ!!とにかく、今は大人しく座っててくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 電話の呼び出し音が鳴り終わるまでの間、私は凄まじいまでに重い気分に襲われていた。

 

 掛けた相手はビス叔母さん。

 私は彼女の期待に添えたとは言い難い。

 

 たしかに、貨物の殆どは無事で、血に塗れた状態で回収された金塊二本と、目録のコピー以外に物的な損害はない。

 

 だが、本来ならば海賊共に乗り込まれるような事態こそ未然に防がねばならなかった。

 野蛮な連中に乗り込まれた結果、貨物船の護衛の内の3人が負傷。

 航路の変更から貨物船の着港は遅延したし、そのせいで決して安くはない損害も重なったハズだ。

 

 

 だから、私は気が重かった。

 

 

「今日はいつもより胸が重いわ、坊や。そんな顔しないで?姉さんなら分かってくれるって言ったはずよ?」

 

 私の気分と、物的な重さは関係ないと思うよピッピ。

 …たしかにビス叔母さんなら分かってくれそうだけど、なんだかなぁ…。

 

「大丈夫…本当に大丈夫よ、坊や。悲観的になり過ぎ。何のために私が貴方を挟んでると思うの?」

 

 ピッピ…ありがとう。

 でも…口添えをしてもらうわけにもいかないよ。

 せめて事実を伝えるのは、私からじゃないとね。

 

 

 

 やがて電話が繋がって、ビス叔母さんが電話口に出る。

 貨物船の件だという事は向こうも分かっていることだろうし、向こうはこちらの謝罪を待っているに違いない。

 少なくとも、ビス叔母さんがいつものように名乗ってくれないあたり、怒っているようにも思えた。

 

 

 

 あ、あの、ビス叔母さん。今回の貨物船の輸送の件、誠に申し訳ありませんでした。

 

『…………』

 

 ……も、申し訳ありません!怒ってますよね!やっぱり!

 

『…………』

 

 

 やべえよやべえよ。

 ガチの沈黙シリーズだよ怒りの沈黙シリーズだよこれ。

 マジでリアルにやべえ激おこモードなやつじゃんこれ!

 

 なんつーか油断してましたわ。

 ピッピが大丈夫って言ってくれたからか完全に油断してましたわ。

 ビス叔母さんのことだから結局は「あー、うんうん気にしないで、よくやってくれたわ」程度の感じで済んじゃうんじゃないかと期待してましたわ。

 

 よく考えろよ、ロバート以下略!

 相手は鉄血財界の大物やぞ!?

 ビジネスにそんな楽天的なわけがなかろうがっ!

 

 

 続く沈黙に冷や汗を流しながら、私は恐る恐る再び謝意を口にする。

 

 

 本当に…本当に申し訳ありませんでした。

 

『………………………はぁ〜い!何々〜!こちらビスでぇ〜す!…あら?この番号はティルの坊やからじゃない。ラインハルト!電話はママに任せなさいってあれほど言ったでしょ!』

 

 ん?

 

『あぁ、ごめんなさいね、ロブ君!ウチのラインハルトが勝手に電話取っちゃって。』

 

『あ〜あ〜↑だぶだぁぶ、ぶ〜ば〜↑』

 

 ん?ん?

 

『もしかして…貨物船の事で電話くれたの?相変わらず礼儀正しいのね。貨物船は無事に入港したじゃない、何も気にすることはないわ。』

 

『あ〜ぶ〜、あ〜ぶ〜…うっ、うっ、びえええええええええ』

 

『ああっ、ラインハルト!ごめんね、ちょっと痛かったね!ヒッパー!オムツの替えを持ってきて!』

 

 ん?ん?ん?

 

『…どうしたの?』

 

 あ、あの、私の従兄弟は…?

 

『………実はね、ロブ君。私、ティルピッピが羨まし過ぎて、ラインハルトを赤ちゃんに戻しちゃったの。』

 

 ………

 

『でもそっちみたいに上手くいかなくて…中身まで赤ん坊に戻っちゃった…』

 

 ………

 

『全力で治す方法を開発中だから、心配しなくてもいいわよ。』

 

 

 

 無茶苦茶じゃねえかよおおお!!!

 お前ら生命の倫理をマジで何だと思ってるんだよ!?

 貞操感ZEROの次は倫理感ZEROかよやめろよ本当に!?

 何でそんなに躊躇なくポンポン違法行為に手を出せんの!?

 ちょっと羨ましいってだけで可愛い息子をリアルベイビーに戻してどうすんの!?

 ラインハルトが鉄血公国情報部から外されたら私からしても結構割と痛手なんだけどさ!?

 

 

『心配しないで、甥っ子♪鉄血政府には財界から圧をかけてるから♪』

 

 

 心配しかねえよ、それ。

 何でそんな不当な圧力を誇らしげに語れるのかその神経からして分からんし、もっと言えば不当でしかない圧力かけられてる政府に思いっきり同情したい。

 けどそれやったらビス叔母さん泣いちゃうかもしれんし、鉄血財界敵に回したくないので絶対にできん。

 

 

『さて…と。ビジネスのお話ね。今回は本当に良くやってくれたわ。』

 

 でも、ビス叔母さん…ご期待に添えたとは…

 

『いいえ、充分よ?護衛戦闘員以外は誰も怪我していないし。負傷した彼ら自身、高額な手当てが支給されてウハウハしてるハズ。』

 

 負傷してウハウハとは…

 

『護衛を指揮してた軍曹も、そちらの私兵に助けられたと言ってたわ。…ティル?どうせ貴女も聞き耳を立てているんでしょう?』

 

「ええ、姉さん。SBSを解体しないでおいて正解だったわ。」

 

『本当にね。…ロブ君、今回の件が、鉄血側でどんな反応を巻き起こしていると思う?』

 

 さあ、想像もできませんな。

 

『私、嘘は嫌いなの。』

 

 ………皆が皆、不安に陥ってる。

 きっと叔母さんの配下にいる貨物船の乗組員達も、しばらくはロイヤル行きの航海を嫌がる事でしょう。

 鉄血海軍は相変わらず人手不足で、護衛を頼む事が出来ない。

 だから、通商を誰かに保護してもらいたいと誰もが考えている。

 

『その通り。そして、通商の保護は…そちらの海軍の規則では明文化されているでしょ?』

 

 なんで知っとんねん。

 

『つまり、今回の件を理由にすれば、あなたは自身の艦隊か、それとも配下の部下達に貨物船の護衛を命じる事ができる。』

 

 た、たしかに前例があれば強みにはなるでしょうが…海軍の任務は通商保護だけではありませんので。

 

『もぉ〜お!ロブ君の分からずや〜!ロイヤル海軍のお偉方も、数年前の流通途絶とインフレーションの記憶をなくしてはいないハズよ?海賊なんかに流通を左右されてはたまったものではない。だからあなたの提案は必ず通るわ』

 

 て、提案?

 

『そう!通商保護の提案!ロイヤル・鉄血間の貨物船を護衛する任務を文書で発行するためのね。…まだ分からないほど、あなたは鈍感じゃないハズよ、ロブ君?』

 

 

 

 分かるけど分かりたくねえええええ。

 

 ビス叔母さんが言ってるのは、今回の件をダシにしてビスマルク総合商社の貨物船を公式に保護なさいということ。

 つまりは、公用の認証を得ることで、ビス叔母さんの利益を公的にも保障できるようにするということなのだ。

 

 確かに、この意味は大きい。

 何故ならば今回ように小賢しい理屈付けを行うことなく、艦隊を派遣できるようになるのだから。

 ただ、これをやるとなると、鉄血船籍の船のみを対象にする事は難しい。

 提案が『通商の保護』である以上は、北海・ドーヴァー海峡側の海賊活動領域を通る全ての貨物船に保護がなされなければ辻褄が合わないからだ。

 

 だから、鉄血船籍のみならず、要求された場合には…………ほら見ろ!ダンケマッマとアヴマッマがもう書類作ってスタンバってんじゃん!!!

「Mon chou?良いよね?」

「ミーシャなら許可しますよね?」

 的な雰囲気丸出しで列作って待ってんじゃん!!

 

 

 いやね、通商保護をしたくないのかといえばもちろんそんな事はないんだけどさ。

 でもね、これやろうと思ったらそれこそ私の鎮守府にいる艦隊だけじゃ足らなくなる。

 配下に鎮守府がないわけじゃないけど、他の鎮守府の本来の任務に割り込ませてやらせるとなると………

 

 

「坊や、理屈付けはできるハズ。そして何より、この島国では海路の安全保障は何よりも重要なハズよ?何も悪い事はないじゃない!」

 

『ティルの言う通りよ、ロブ君。あなたには優秀な秘書達がいるハズ。それと、こう言ってはなんだけど、お礼はたっぷりとして、あ・げ・る♪…それじゃあ、よろしくね?』

 

 

 

 電話はそこで切られた。

 私が受話器を置くと同時に、案の定ダンケとアヴが書類を抱えて殺到してくる。

 こちらが目頭を押さえて考える時間下さいアピールしているというのにまるでお構いなしに迫ってくるし、色仕掛けしたいのかどうなのか分からんが真空パック入りの下着とか一緒に持ってくるのマジでやめろ。

 お礼はするからって言われてもさあ、ちょっと待って、状況を整理させて?

 

 

 ビス叔母さんは貨物船『びすまるく号』の護衛のお礼に、ダイヤモンド多数と一本の電動歯ブラシをくれた。

 その電動歯ブラシの本体は金で作られていて、幼児用のサイズであることを鑑みればかなり滑稽に見えるほど豪華な作りになっている。

 一回の護衛でこれだけの贈り物がなされるとなると、ほぼほぼ通る事が見込まれる私の提案の見返りは、途方も無いモノになるだろう。

 

 

 えっとね、あのね、こういうのはなんていうか知ってる?

 

 

 世間一般では汚職って言うんじゃないのかな?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤ん坊の給仕の涙

 

 

 

 

 

 おかえり、ベルファスト。

 

 

 私は酷く疲れた様子の彼女に、そう声を掛ける。

 

 ベルファスト。

 最初に我が鎮守府に来たSSR艦であり、そもそもアズールレーンを始めたきっかけ。

 そしてなにより…私のミス・ロイヤルにして、私の主たるマッマの1人。

 

 

 彼女は…間違いなく疲れていた。

 口では大したことはない、なんて言ってたが、あれだけのことをやってのけて疲れないなんて事があるはずもなく。

 

 ベルの並々ならぬ功績………彼女に指揮された第四艦隊は高速艇のみならずセイレーンからも貨物船を守っていた………に対して、何の褒賞もなく終わらせるほど、私は気の利かない男(赤ん坊)ではない。

 

 さあ、ベル。

 今日は君の日なんだ。

 ………ああ、いや、"フジヤマ"の他のメンバーにも後で褒賞を渡す気でいるが。

 まずは君からだ、何なりと言ってほしい。

 

 

 ベルファスト…いや、ベルマッマは実際にも疲れているに違いない。

 品の良い笑顔を浮かべていたが、欲望を隠す余裕などどこにもありはしなかった。

 彼女の白い口元は、僅かに動いて、たった一言を絞り出すように放つ。

 

 

 

「………それでは…あやさせていただきますね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30分後。

 

 私はベルマッマと2人きりで入浴していた。

 もちろん、私もベルも水着を着けているが、抱き抱えるベルの香りと体温と柔らかさはしっかりと感じる事ができる。

 

 彼女が一周遅れのホワイトデーと今回の功績を合算し、望んだものがこれ。

 

一日中ご主人様あやせる券

 

 こんな肩たたき券より価値のなさそうなものでも、ベルマッマにとってはかけがえのないものらしい。

 間違ってもその気持ちはわからんし、分かりたくもないが。

 まずもって、いつでもあやしてるじゃんって言いたい。

 ただ、マッマ達の中では『あやし占有率』と呼ばれるグラフが出来上がっているらしく、それによればベルは最近負けが込んでいるらしいのだ。

 うん、あれだね。

 訳がわからん。

 

 

 

「ご主人様、ベル加減はいかがでしょうか?」

 

 

 ベルに聞かれたけど、どうしよう。

 何も答えたくない。

 なんなの、ベル加減って?

 一瞬お湯加減かと思って返事しかけたけど、よくぞここまで耐えてくれた、私の理性よ。

 

 

「ご主人様。ファスト、してますか?」

 

 

 ………ベル疲れ過ぎてんだよね、たぶん。

 いつもの数倍は意味わからない発言…というよりもう何言ってんのかわかんない。

 何なの?ファストするって何なの?

 そんなセ●ムしてますか感覚で来られても閉口する以外に選択肢がなさ過ぎるっつーか、ない。

 

 

「あやしにベファリン♪」

 

 

 

 ベルマッマはどうやら暴走したいようなので、もうこの際暴走させまくることにする。

 なんたって私に出来る事といえば何もないのだ。

 しゃーねえじゃん。

 私を豊満なボデーで抱えて、ロイヤルで1.2を争うダイナマイトスタイルを駆使したがってそうなんだからさ。

 

 そりゃあね、ベルの事心配になるくらいには暴走されてるよ?

 でもね、こういう時はこういう時に日頃の疲れを出し切ってもらうのが良いんだよきっと。

 毎日毎日キャラ崩壊と理性のメルトダウンを小出しにされるよかよっぽど良かろう。

 

 

 

 

 長々としたお風呂が終わると、今度は2人きりでの夕食になる。

 

 驚くべきは作戦に参加した重桜マッマズ含めて、他のマッマ達が揃いも揃って律儀に取り決めを守っている事だろう。

 ピッピも、ダンケも、ルイスも「最近のベルは疲れてるから」とか言ってベルによる私の占有を許しているのである。

 自分で言うのもアレだが、信じられん。

 

 

 ただ、最近のベルの事を考えれば…他のマッマ達が彼女を心配する程には心身共に大きな負荷を強いられている事を、確かに容易に想像できる。

 親友のカーリューとその夫は闇落ちした可能性が高いし、海賊といえどロイヤルの人間に武器を向けていいものか考えた事だろう。

 そう思うと、"フジヤマ"の指揮官に彼女を選んだのは失敗だったかもしれない。

 ベルはロイヤル生まれロイヤル育ちのKANSENなのだ。

 少しぐらい気を使うべきだったなぁ。

 

 私自身にも反省の念がないわけではないので、あと20時間近く彼女と色々色々色々色々する事に異議はない。

 ただ、願わくば過剰に抱きしめたりとかはしないでほしいかな。

 ガチで窒息するから。

 

 

 さて、ベルマッマとのロイヤルディナー。

 目の前には柔らかそうなローストビーフ。

 ベルマッマは私を抱えたまま、ローストビーフを一片切り取って、それを更に細かく刻む。

 赤ん坊がそのまま飲み込んでも窒息する事はない程度に切り刻むと、ベルは私にその肉片を食べさせてくれた。

 うん、美味しい。

 少なくとも、ロイヤル料理は不味いという伝統が嘘に思える程度には。

 

 

「かつてロイヤル貴族は、日曜日に牛を丸々一頭屠って大きなローストビーフを焼いたそうです。」

 

 へえ〜。

 

「我がロイヤルの料理の評判が落ちたのは、残りの曜日でローストビーフの残りを消費する習慣が原因だとか。」

 

 貴族かぁ〜。

 

「もっと元を辿れば、地主と農奴の時代に遡ります。地主が1週間の働きを労い、ローストビーフの肉を与えていたようです。」

 

 ………ベル?

 つまり…ベルは…私に何か伝えたいのかな?

 

「うふふ、さすがご主人様です。"ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア"…このご家名にはちゃんとした意味がございます。」

 

 意味…

 

「ええ、その通り。特に"フォン"には…荘園の領主という意味があります。つまり、ご主人様も立派な貴族であるという事です。」

 

 ………ベル、分かってる、分かってるんだ。

 仮にもロイヤル海軍の高官が、鉄血の実業家に肩入れなんかするなんて許される事じゃないかもしれない。

 でも…ベルマッマ…分かってくれるでしょう?

 

「ご主人様、何か勘違いをされているようですね。このベルファスト、ご主人様の行為を責めるつもりは毛頭ございません。」

 

 ならなんで…

 

 

 ベルファスト、いやベルマッマは私を高々と抱え上げる。

 わ〜い、たかいたか〜い!

 じゃねえ、ベルマッマ!?

 こちとら一応まだ食事中なんだけど、一体何をしでかす気なの!?

 

 ベルは私を抱えあげると、椅子から立ち上がり、彼女が先ほどまで座っていた座席に私を座らせる。

 そして彼女自身は床に跪き、赤ん坊相手にまるで騎士のような姿勢を取った。

 おいおい、どうしたどうした。

 

 

「古来より貴族には、領民を守る義務がございます。」

 

 は、はあ。

 

「ご主人様も重々ご承知であると思いますが、ロイヤルは島国で、外洋の流通を遮断されては滅んでしまいます。差し出がましい事を言ってしまいますが…ご主人様がもしこのご依頼に応える事がご自身の品位を損ねないかとお悩みであるならば…こう申し上げましょう、そのような事は全くございません。」

 

 ベルファスト………

 

「流通を守る事は国民を守る事に直結致します。ご主人様はその第一線で奮闘されていらっしゃる…これだけでも、ベルファストとしてはとても誇らしい事なのです。」

 

 でも…ベル?

 すごく言いにくいんだけど、ベルの親友夫妻が私の所業を耳にした場合、彼らは我々が不正を働いていると思う事だろうから…

 今回の作戦で気づいたかもしれないけど、海賊どもはセイレーンが現れる事を知っていた。

 職業軍人を顧問にしているとしか思えないんだ。

 こんなこと言うのも心苦しいけど、ついこの間夫妻が拉致された事を鑑みれば………

 

「お気遣い感謝致します。ですが、ご心配には及びません。例え友といえど…いいえ、友であるからこそ、誤った道へ進んでしまったのなら、私にこそ彼女を引き戻す義務がございます!」

 

 

 

 素晴らしい給仕と言うのは主人の内心まで察してしまうらしい。

 もし、それが素晴らしい給仕の定義なのであるとすれば、ベルマッマは間違いなく完璧な給仕であろう。

 

 彼女は私の心配事を丸々読み取ってしまったのだ。

 即ち…ベルが親友と剣を交える事になりかねないのではないか、という心配事を。

 返答はこうだ。

 "心配ご無用"

 彼女の口からそう言ってもらえるのは、とても心強く、そして本当にありがたい事でもある。

 

 

「ご主人様が領主なら、ベルファストはご主人様に仕える騎士と言えます。そして…私はどんな時であれご主人様のご命令を優先致します。」

 

 ……ありがとう、ベルマッマ。

 

「書類の際は誠に申し訳ありませんでした…カーリューの鎮守府であると知り、つい私情を挟んでしまい…」

 

 あー、大丈夫大丈夫!

 全くもって気にしなくていいから!

 

「…相変わらず、お優しいご主人様です。さて、お食事の途中でしたね。失礼致しました。それでは、あと19時間54分33秒21、このベルファストをお楽しみ下さい!」

 

 

 

 ベルマッマとローストビーフを食べ終わり、私はビス叔母さんが贈ってくれた電動歯ブラシで歯を磨いてから寝る事になった。

 いつもと違い、今日はベルマッマオンリーとおネンネである。

 私は彼女の素晴らしき双丘に挟まれて、ベルの香りを囲まれながら、その温もりをとことん味わって寝た。

 

 ただの変態になりかけてるけど、一つ言える事がある。

 

 

 マッマって、やっぱり最高!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1945/ファーストライト/バブックス

 

 

 

 

 

 "ベルの日"の2日後

 

 

 

 

 

 

「ここは好きになれないわ。暑さと砂しかない…」

 

 

 青少年育成条例違反になりかねない薄着をしたピッピが、脇の汗をタオルで拭きながらそう零す。

 彼女と私はロイヤル南部の港町、ポーツマスを目指す列車に乗っていた。

 そこには1世紀近い歴史を誇る海軍基地があり、そして海兵隊の司令部がある。

 

 私は今回、ピッピとルイスを引き連れて、海軍のお偉方に通商保護の具体案を提出しに行くのだ。

 事前に取ったアポイントメントでは、待ってましたとばかりに賛意を示してくれたものの、実際はどうなってるのかわからない。

 海軍は歓迎していても、海兵隊は歓迎してくれているかもわからない。

 そもそも制服を着た赤ん坊をマトモに相手にしてくれるかどうかも、わからない。

 

 とにかくわからない事だらけで、私がパニクってフリーズしても大丈夫なように、ピッピとルイスには着いてきてもらったのだ。

 

 

 

 ロイヤル南部なら季節の変わり目なこの時期、鬱陶しいほどジメジメとした雨が降っていても良いハズだった。

 だが、どういうわけか今日は雨どころか真っ青な空の見える快晴で、昨日降った雨が水蒸気となってしまい、中々に蒸し暑い一日となっている。

 

 ピッピは早々と制服を脱いでシャツ一枚になっていたし、ルイスに至っては下着になろうとしてたから大慌てで止めた。

 これから大事なプレゼンが控えてるって言うのに、道中で公然猥褻なんか食らったらとんでもない事になる。

 本当ならピッピのシャツ一枚も諌めたいところだが、止めようとしたら本気の涙目になったからやめといた。

 

 ピッピは長く北欧にいたから、制服も厚手なのだろう。

 長い間寒い所での勤務が多かった影響か、春を迎えた雪だるまのように大量の汗をかいている。

 慣れない環境の中で、厚手の制服を着続けろというのも酷な話に思えたのだ。

 ………ルイスはたぶん便乗しようとしただけ。

 

 

 ただ、言うまでもなく、ピッピの胸は馬鹿デカい。

 そんな胸の谷間が惜しげもなくシャツの間から"Guten morgen(おはよう)"してるし、汗でグッショリしているせいで黒い下着が透けて見えている。

 本来なら私も大喜びする光景なのだが、決して公衆の面前で見せられたいものではない。

 

 

 ピッピはそんな状態で、私を抱き抱えていた。

 勿論私もシャツ一枚にされている。

 よってピッピの汗が自然に私のシャツにも染み込み、なんとも言えない不快感というか何かを私にもたらしていた。

 

 

「ねえ、坊や?暑いでしょう?ルイスが塩飴とミネラルウォーターを買ってきてくれるから、それまでは我慢しててね?」

 

 うん、ピッピママ。

 ついでに言うとピッピが汗をかき過ぎなだけだと思うし、ピッピの高すぎる体温で私まで熱くなってるから少しだけ離してもらえると…

 

「よちよち、私の坊や♪可愛い坊や♪ママがずっと一緒にいてあげますからねぇ〜♪」

 

 

 あー、ダメだこりゃ。

 完全に母性暴走特急になっちゃってるよピッピママ。

 

 

「それともぉ〜…私のナチュラルミネラルウォーター…飲んでみたい?」

 

 !?

 

「遠慮はいらないわ。あなたは私の大切な坊やなんだから。はい、あ〜ん♡」

 

 あ〜ん♡じゃねえよ、あーんじゃ。

 それただの脇汗でしょうが。

 やめて、ピッピママ?

 誰が中世貴族のラブアップルみたいな習慣しなさいとか言ったのよ。

 

「………坊やの汗がっ!すごい汗っ!こんなに汗をかいたら脱水症状で倒れちゃうかもしれないじゃない!」

 

 頑張って理由を作ろうとするな。

 そもそもピッピの汗が乗り移ってるだけだから大丈夫だよ?

 

「いいえ!大丈夫なんかじゃない!…坊や、私だって嫌なの、坊やにこんな物飲ませたくない!でも、非常時だから仕方ないじゃない!」

 

 暑さでおかしくなってるよ、ピッピ。

 そもそも、そんな非常時でもねえから。

 ピッピの脇汗飲まなきゃ死ぬような状況じゃないし、むしろ飲んじゃった方が有害だと思うなぁ〜。

 

「ルイスが塩飴とミネラルウォーターを買えなかったら!?こんな状況なのよ、坊や!?」

 

 いやだからどんな状況やねん。

 …もしかしてアレか?

 急に暖かくなり過ぎて頭トチ狂った結果、メ●ロの女の人になっちゃった感じ?

 電車乗ってるし、もしかして最初のセリフから伏線だった感じ?

 ………あのね、ピッピママ。

 少し落ち着こうぜ?

 いくら中の人が同じだからと言って、無理矢理にでもその世界観に突っ込んでいく必要性は皆無だと思うよ?

 まず持ってね、メ●ロでもなかったじゃん。

 脇汗飲ますシーンとかは。

 

バブチョム!生きるためよ!飲んで!」

 

「……ティルピッツ、ミニ・ルーに変なもの飲ませようとしないで?はい、ミニ・ルー、ミネラルウォーターと塩飴。今年は暖かいわね〜。」

 

 

 

 いやあ、ルイスが間に合って良かった。

 さもなきゃ危うくアン●と化したピッピに脇汗飲まされるところだったから。

 どんなド変態プレイさせる気なんだアイツは。

 

 私は無事にルイスから水と塩飴を受け取ってそれらを摂取する。

 ピッピが小声で「チッ!空気読んでよ、セントルイス」とか言ってたけど気にしない気にしない。

 しかしまあ、それにしても季節外れ程度には、いささか暖か過ぎる気がしないでもないなぁ。

 普通にしてればジワリと汗が出る程度には暖かい。

 まあ、昨日まで寒かったのもあるのかな。

 

 

 そんなこんな考えながら、私は列車の窓の外を見る。

 ポーツマス行きの列車から見えるロイヤル南岸の風景は、晴天の援護もあって非常に美しく見えた。

 

 なだらかな海、白い砂浜、漁をする漁船、中でパーリィーしてそうな個人所有のクルーザー、空を飛ぶカモメ………どれも良くある港町の…光景?

 

 あれ?

 普通、港町にはなさそうなものがあったような気がするぞ。

 まだ昼なのにネオンでビッカビカだった気もするが…

 気のせいかな?

 うん、気のせいだな。

 

 いいや、気のせいじゃない。

 しかもあのビッカビカしたクルーザー、着実に列車の方向に近づいて来てやがる!

 

 やがてクルーザーの甲板に1人のスキンヘッドがいるのが見えた。

 こちらに何か話しかけているようなので、私はルイスに窓を開けてもらう。

 

 

「お〜〜〜い!!バブチョム!!俺のこと覚えてるよなぁ!!」

 

 あー…これはこれは海軍参謀長殿!

 ご無沙汰しております!

 ところで…何してんすか?

 

「何って?迎えに来たんだよ、迎えに!」

 

 それはどうもご丁寧に。

 ありがとうございます。

 

「次の駅で列車を降りてこちらと合流しろ!ポーツマスまでパーリィーだ!FoooOOOO↑↑↑」

 

 

 誰だこのオッさんと思われた方々、この人実はロイヤル海軍の参謀長であらせられます。

 見た目が100%ピット●ルですし、中身も7割がピット●ルです。

 分かっていただけますでしょうか、私の気持ち。

 やっべえ奴に捕まっちまったような気しかしません。

 

 つーかね、バブチョムって何?

 そんなメ●ロ エクソ●スみたいな名前はもう固定なんですかね?

 

 

 私の困惑具合は棚に上げられ、私とピッピ及びルイスは次の駅で列車から降りてクルーザーに乗ることになった。

 

 もうね、なんつーかね、メ●ロ。

 カザフスタンの奴隷商人の本拠地かってくらいに水着のKANSENがクネクネ踊ってるし、そもそも大音量でメ●ロのストリップクラブのBGM流れてるし。

 今からヴォルガ川でも渡河するんでしょうかね?

 そしてその後はヤマンタウにでも行くのかな?

 ………頼むよ?

 たしかに、これから軍の上層部と面会するんだけどさ。

 まさかとは思うけど、カニバリズムとかおっぱじめてないだろうね?

 頼むよ?本当にさ?

 そこまであの作品に寄り添う必要性はないって分かってるよね?

 

 

 ピット●ル海軍参謀長閣下は素晴らしいお方で、汗だくの我々を見るなりクルーザー内のシャワーを使わせて下さった。

 私とピッピとルイスはお言葉に甘えて身なりを整え、そして甲板で涼む事にする。

 心地の良い潮風を浴びながら涼むこと1時間。

 とうとう、ポーツマスの巨大な軍港が見えてきた。

 

 

「バブチョム、そう緊張することはない。幕僚達には俺からも話を通してるからな!」

 

 

 海軍参謀長がそう言ってくれたが、私は不安しか浮かべる事が出来ずにいる。

 理由は主に二つ。

 一つは、私が元MI5だという事。

 経歴的に、軍一筋の純粋な海軍軍人ではないというのは、ダートマス出身の彼らエリートからすれば鼻に付くものかもしれない。

 

 もう一つは………呼ばれ方。

 核戦争後の世界で安住の血を求める北方連合横断の旅とかしてそうな新しい渾名で呼ばれているのがとてつもなく不安。

 

 ………大丈夫だよね?

 本当に大丈夫だよね?

 本当の本当にヤマンタウみたくなってないよね?

 せめて人間らしくクタバッててくれよ?

 あとピッピもピッピで、変なガスとか吸ってたりしないよね?

 ドクターに肺がボロボロだとか言われたりしてないよね???

 

 

 ピッピがメト● エク●ダスしだしたせいで余計な心配ばかり浮かんでくる。

 しゃあねえじゃん!

 フラグにしか思えないんだからさあ!

 

 

バブチョム?落ち着いて?ママがいつでも側にいるじゃない!何を心配する事があるの?」

 

 あのね、ピッピ。

 お前がその名前で呼び始めたからだよおおお!!!

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ちいさな独裁官

 

 

 

 

 

海軍幕僚達がヤマンタウの人食いになっていなかったのは確かに安心できる点ではあったものの、私は相変わらず青い顔をして、冷汗をタラタラと流しながらピッピの谷間で震えている。

 もう、ここまで来たらヤマンタウに挨拶しに行った方が良かったかもしれない。

 

 目の前にいるのは、ロイヤル海軍の黒や白の制服を着た人々だけではなかった。

 カーキ色もいたし、オリーブドラブもいる。

 伊達なアル●ー二のスーツや、ナポレオンの時代から飛び出してきたかのような軍服もいた。

 

 

 

 これは私の推測の範疇に過ぎないが、私の目の前にいる人々が幾つか電話を掛けるだけで、今すぐにでも第三次世界大戦が始まる事だろう。

 

 正面のウィン●ーズ総督が…ロイヤルの全軍の司令官が…まるで添え物のコロッケのように見えたのはこれが初めてだ。

 

 その両脇に居並ぶ方々といったら、それほどのご威光を放っていらっしゃる。

 

 

 

 鉄血公国大使がいたと思ったら、アイリス統一政府の大使がいる。

 反対側を見れば北方連合大使館の駐在武官が私を睨んでいるし、その隣のユニオン駐在武官がそれ以上に北連軍人を睨んでいた。

 我がロイヤルからは…私の少し昔の上司であるMI5長官が、頭を抱え込んで座っている。

 その他、各国の外交・情報機関のお偉いさん達が一堂に会していて、それはそれは大掛かりな光景だった。

 

 ここは国連安保理かな?

 …じゃ、なくてね………

 

 

 …

 ……

 ………

 

 

 こ、こんな話聞いてないんだけどおおおおおおお!?

 

 海軍幕僚は!?

 海軍幕僚どこ行った!?

 海軍と海兵隊のお偉いさん方に私の提案するハズだったよね!?

 何で人事が差し代わってんの!?

 何で国の代表団な方々がいらっしゃるの!?

 そもそもの話なんだけどさあ!?

 何で何一つの通告もないわけよ!!!

 

 

 

「…セントルイスファミリア少将。」

 

 

 すんげえくらい珍しく、ウィン●ーズ総督がかなり緊張した様子で私の事を呼ぶ。

 

 

「状況は理解したか?君の関わっている案件は、もはや国際問題になりつつある。」

 

 

 おおっと、不穏な感じがして参りました。

 ひょっとして…アレかな?

 私がビス叔母さんの依頼に応じて護衛部隊派遣したの、リークされちゃった感じかな?

 ビス叔母さんからたんまりと報酬受け取った証拠とか、握ってる感じかな?

 ………やっべえええぇぇぇ…

 

 

「…海賊行為の頻発は、もはや我がロイヤルのみの問題には留まらない。ユニオン、北方連合、アイリス、鉄血、いずれの国も海賊の許されざる蛮行によってもたらされる被害を心配しているのだ。」

 

 

 あぁ、よかった。

 口調からしてバレてるかもしれないけど、そんなに気にはしてないみたい。

 ふぅ〜。

 しかし、まあ、今ので段々と話が見えてきた。

 海軍幕僚向けのプレゼンが各国代表へのプレゼンに変更された理由は、それぞれの国家が北海での海賊行為の件を嗅ぎつけたからだろう。

 集められたメンツからしても…特にMI5長官がこの場にいる事からして…彼らは私が鉄血船籍貨物船を保護した事を知っているはず。

 その上で断罪する雰囲気で迎えなかったという事は…真に通商保護の対策をどこかの誰かが打ち出してくれないかと期待しているに違いない。

 

 

「さて、セントルイスファミリア少将。君はこの間、偶然にも鉄血公国の貨物船を海賊から保護したわけだが…」

 

 

 はい、ウィン●ーズ総督にしっかりバレてました。

 見るからに呆れ顔だし、「はぁ〜。お前までそんなヤツになるとは…」的な失望感漂っておりますごめんなさいウィン●ーズ総督だって叔母さんきっての頼みだったんだもん〜!

 

 

「そんな君だからこそ、海軍幕僚に提案を行うことにしたんだね?愛国心旺盛な君は、北海での海賊行為が、我が国の安全保障上の脅威になりかねないと判断したわけだ。」

 

 はい、その通りです総督!!(半分は嘘)

 

「では、その具体案とやらを我々に説明して欲しい。もし有効であると認められた場合には、海軍幕僚に手を回しておこう。」

 

 ありがとうございます!

 …私と致しましては、海軍規則に則り、商戦に対する護衛を配下の鎮守府に任務として付与したいと思う次第であります。

 公認していただければ…

 

「それでは根本的解決にはならん!」

 

 

 唐突に、野太い声がしたと思う。

 "思う"というのは、恰幅の良い北連軍人が口を開いた瞬間にピッピが私を谷間の奥へと押し込めて私の聴覚を保護してくれたからだ。

 ありがとう、ピッピ。

 でもね、北連軍人がひっくり返るくらいの怒号で「バブチョム相手に怒鳴るなんて許せない!」とかやめてもらえる?

 この場は決して過保護を披露すべき場所ではないと思うんだ、僕ぁ。

 柔らかなツークシュピッツェがマグニチュード8ぐらいで揺れてたし。

 

 ツークシュピッツェと張り合える双丘を持つルイスママが、怒り狂わんとするピッピの肩をポンポンと叩きながら前に出る。

 有り難い事にルイスの方はすごく落ち着いていた。

 

 

「まあまあ、ティルピッツ。落ち着いて。確かに、その人の言う通りかもしれないわ。護衛を付ければ確かに貨物船は守られるかもしれないけど、決して効率的ではない。」

 

「…ええ、そうね。そもそも海軍の任務は商船の護衛だけではない…だから、出来る事なら根源である海賊の巣を叩いてしまいたい。」

 

「でも、どうするつもり?マッコール、MI5時代の手腕は見事な物だった。そんな貴方の事だから、次の手は考えてあるんでしょう?」

 

 

 私の事を旧名で呼ぶ白髪交じりのN長官が、ルイスとピッピのやり取りに口を挟む。

 

 確かに、次の一手は考えてある。

 だが、それは海軍と海兵隊のタカ派相手にでも渡したいようなシロモノだった。

 私自身、こんな案を発案してる時点で自分の事をトチ狂っているとは思うし、実行に移すかどうかの前に軍のお偉方の視点からしてGOサインを出せるのか評定してもらいたかったのだ。

 

 

「勿体ぶるな、セントルイスファミリア。この場の誰もが、お前のような人間を待っていた。とんでもない劇薬になるくらいの想像はついている。」

 

 ………総督、劇薬なんてモノじゃないかもしれません。

 

「…司法省が、海賊をテロリストとして定義できるか検討中だ。そして、それは恐らく認定される事だろう。意味は分かるな?これは戦争なんだ。どんな手段であろうと、聞く覚悟はある。」

 

 …仕方ありません。

 本来であれば、まず軍の高官にご検討いただきたかったのですが……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マッコール!!マッコール!!」

 

 

 プレゼンが終わった後、MI5時代の上司が声を荒げながら、いざ帰らんとする私を呼び止めた。

 正確には呼び止まったのはピッピなのだが、長官はそんな事気にも止めずに、見た目赤ん坊の私に迫ってくる。

 …てか今更だけど、各国の高官揃いも揃って赤ん坊が軍服着てる事にはノータッチなのね。

 

 

「マッコール!貴方どうかしてるんじゃないの!?あんな案を出すなんて!?」

 

 長官、これは戦争です。

 躊躇はしていられない。

 

「戦争!?これが戦争!?…貴方、気は確か?貴方のやろうとしていることは、戦争なんかじゃない!」

 

 ………

 

「どういうつもりなの!?スラム街を更地にするなんて!!」

 

 語弊があります、長官。

 更地になるかどうかは連中の出方次第です。

 司法省はほぼ確実に海賊をテロリストとして認定する。

 …考え方を変えてください。

 これはテロとの戦いになるのです。

 我々は国民に銃を向けるのではなく、テロリストに銃口を押し付けるのです。

 

「巻き込まれる市民の事を少しでも考えたの!?」

 

 ええ、勿論!

 ですからMI5の協力が不可欠だとも説明させていただきました!

 そちらの工作員が調査をし、敵の根拠地を見つけた場合には私の艦隊が砲撃をします!

 "本土への攻撃"には該当しません、なんたってテロリストの根拠地なんですから!!!

 

「あんな建物の密集した地区に380mm砲なんて撃ち込んで、周囲の被害が出ないとでも」

 

 周囲の被害が!?

 だから何ですか!?

 …もう、この際ハッキリと申し上げましょう。

 あの地区は犯罪の温床です。

 まとめてデリートしなければ跡が絶ちませんよ!?

 彼らに同情する心がないわけじゃないが、ハエを叩くなら根絶やしにしないと!!!

 

「……マッコール……貴方、変わったわよ?」

 

 

 MI5長官はそう言葉を残して立ち去った。

 

 

 

 …変わった………

 

 変わったのだろうか?

 

 私は上を見上げて、ピッピの表情を見る。

 彼女は私に気づいて微笑んでくれたが、その笑みには若干の悲しみが含まれている気がしなくもない。

 ピッピもルイスも、最初私が発案した時には反対していたが、しかし、最後には同意してくれた。

 だから今日、発表相手が海軍高官から各国高官に変わった後も何も変更せずにそれを伝えたのだ。

 

 

「ねえ…バブチョム?」

 

 どうしたの、アンナッピ?

 

「もう少し…別の方法も探りましょう。総督も審議すると言っていたし…やっぱり、そこまでする必要は…」

 

 ………海賊はスラムから人的資源を調達してるし、連中は海岸の活動根拠地とは別にスラムにも根拠地を置いているはず。

 あの地区もあのままにしておけば、いずれ周囲の治安まで害し続ける。

 

「そうね…そうするしか、ないのかしら。」

 

 

 双丘が左右から圧迫され、私はアンナッピと化したティルピッピマッマの温もりと香りに埋められた。

 

 あの、ピッピママ?

 

 感情の起伏を胸で示す習慣、もうそろそろやめにしないかい?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅳ章 誰が為にベルは泣く
PDStB 赤ん坊の頭脳、即ちマッマ


 

 

 

 

 赤ん坊はベッドの上で眠っていて、母親達はちゃんと彼の周りにいた。

 ただし…メンツは普段と少々異なっている。

 いつもこの時間帯、健やかな寝顔を見守りつつ一緒に寝るのは4人の女性の習慣だったのだが。

 今夜はその習慣を中断し、赤ん坊を4()()()()()()()に任せ、彼女達自身はリビングでテーブルを囲んでいる。

 

 

 テーブルを囲む顔は、その全てが暗い表情を隠そうともしていなかった。

 

 ティルピッツ、ダンケルク、セントルイス、ベルファスト。

 

 赤ん坊の母親たるこの4人の女性達は、非常に悩ましい決断を下そうとしていたし、そしてその決断の内容は、決して赤ん坊の耳には入れたくないものだったのだ。

 

 

 赤ん坊と一緒に寝ていた4人の内の1人が彼女達の元へ来て、一度だけ頷いて戻っていく。

 セントルイス(E)から、「ミニ・ルーはちゃんと眠っているわ」という意味の合図を受け取った彼女達は、今4人のセントルイスに囲まれて寝ている息子の為の話し合いを始めることにした。

 

 

 

「最初に確認しておくけど…坊やに罪を被らせない。例え何があっても、何が起ころうと………何が代償であっても。それだけは、いいわね?」

 

 

 最初に口を開いたのはティルピッツ。

 そして、彼女の発言は他の3人の頷きを持って迎えられる。

 

 

「ミニ・ルーは正しい事をするの。私たちも母親なら…いいえ、母親だからこそ息子の理解者であるべきよ。」

 

「Mon chou…。あの案を実行するのは…正直少し悲しいけど…そうね、分かってあげないと…」

 

「ええ、その通り。だから、私たちがすべきは、坊やの提案に賛意を示してサポートする事。………でも、ニュースは見たでしょう?」

 

「はい…今度の総選挙、チェイブル首相は劣勢のようです。野党のマクドネルは過激なまでのリベラル派。ご主人様の作戦の実行時期によっては、マクドネルの攻撃対象となりかねません。」

 

「首相はMon chouにストップをかけた。あの人なら自身の選挙よりも公務を優先しそうだけど…でもストップをかけた。つまり、それだけ劣勢だという事…」

 

「マクドネルの勝利はほぼ確実でしょうね。あの大衆迎合主義者なら、スラムの破壊を提案しただけでもサタン扱いしてきそう。ミニ・ルーの意見に耳を貸そうとはしないでしょうね。」

 

「マニュフェストは矛盾だらけ。海賊対策を低予算でやり通し、スラムの復興なんて掲げているのよ?あんなヤツに坊やの思考を理解できるとは思えない!」

 

「恐らく、チャンスは一度だけ。チェイブル首相なら、()()()()()()()()()()()()でご主人様の作戦にGOを出す事でしょう。あのお方ならタダで引き下がるようなマネは致しません。」

 

「まさに"往生際の悪い"首相ね。Mon chouが尊敬するのも分かるかも。」

 

「ただ、そうなると…確かに責任の追及はチェイブル首相に向かうだろうけど…ミニ・ルーに余波がないとは思えない。」

 

 

 意見を交わしていた母親達はそこで黙り込んでしまう。

 

 そう。

 これこそ、テーブルを囲む4人の母親を悩ませる問題なのだ。

 

 

「嗚呼…坊やの応援をしてあげたい…でも、実行に移せば、坊やは到底無傷では済まない…!」

 

「マクドネルのような男なら、ミニ・ルーも断罪の対象にするわ。だから…」

 

「………なんでぇ…?…Mon chouはロイヤルを守ろうと頑張っているのに…なんでそんな酷い目に遭わなくちゃいけないのぉ………」

 

「ダンケルク、落ち着きましょう。…例えばの話ですが、作戦の立案が我々KANSENの独断で進められたとすれば、指揮官の責任はいかような物になるでしょうか?」

 

「………何が言いたいかは分かるわ、ベルファスト。その場合、坊やは監督責任のみで済むはず。」

 

「でも、ベルファスト。それをするという事は…海軍規則によれば………」

 

「このベルファスト!ご主人様の為に全てを捧げると誓いました!」

 

「しっ!ベルファスト?Mon chouが起きちゃうわよ」

 

「貴女の心意気は立派だけど、ここはやはり…坊やの真の母親である私が罪を被るわ

 

 

「「「…………………………………………」」」

 

 

「「「はぁ?」」」

 

 

「何言ってんのティルピッツ?Mon chouが誰のお腹から先に出てきたか分かってる?」

 

「そんな戯論を言うようなら、法を悪用して貴女の親権を失くしてしまうわよ?」

 

「ご主人様が真に頼っているのはこのベルファストです」

 

「ベルファスト?頭を打ったのかしら?ミニ・ルーは赤ん坊に戻って以来、基本的には私の胸の谷間でルールールールー」

 

「何度も言わせないで、貴女達。Mon chouを最初に身篭ったのは私なのよ?」

 

「Nein!!Nein!!Nein!!Nein!!坊やの真の母親は私!!いい加減に認めなさい貴女達ィ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は4人のセントルイスの谷間の間から、リビングで始まった第三次世界大戦の様子を伺っている。

 

 あんたらさぁ、せっかく小声でヒソヒソやってたの台無しじゃん。

 なんで普通に艤装で撃ちあったりとかしてんの?

 私が起きないとでも思ってんの?

 

 

 まあ、私といえば最初から起きていて、寝たフリをずっと続けていただけなのだが。

 つまり、マッマ達が何を相談していたかも、何をしようとしているのかも聞いている。

 本当に良いマッマ達だ。

 

 だけど、残念ながらそうはさせない。

 私はその為の策をいくつか練っている。

 作戦の全責任が、私を指向するような証拠品を手配するつもりでさえいるのだ。

 

 

 ありがとう、マッマ。

 

 情勢から鑑みると、私は失脚してしまうかもしれないが。

 しかし、マッマ達が刑罰を受けるよりかはなんぼかマシに思えるのだ。

 彼女達が罪を被ってしまい、一生後ろめたさと後悔に苦しめられるよりは。

 

 

 彼女達は、ここまでずっと、私を支え続けてくれている。

 だから、彼女達にはそれを継続してもらう。

 責任を取るのは指揮官の私の仕事。

 例え私の提示した『スラムに対する最終的解決』が原因で槍玉に挙げられたとしても。

 

 悪いが、マッマ達。

 それだけは絶対に譲らん。

 何があるにせよ、責任を取るのは私でなければならないのだ。

 

 

 

 リビングから聞こえてくる怒号と砲声を聞きながら、私は現段階での状況を整理する。

 

 ピッピの言う通り、来月実施予定の総選挙は作戦の実行に大きな影を落としていた。

 私と言う人間はつくづく空気の読めないもので、超リベラルを自称するガッチガチのハト派が勢いを増している中で、あんなタカ派の権化みたいな案を出してしまったのだ。

 

 どこの世界にもああいう似非人道主義者は転がっている。

 私も転生前の世界でそういう人間を目の当たりにもしていた。

 大衆迎合主義者というのは胡散臭い連中で、民衆の耳障りにいい事を吹き散らす割には責任という物を取ろうとはしない。

 ベネズエラではチャ●スやマドゥ●と言った人物がそれに当たり、そして、ベネズエラの経済は今日危機的な状況にある。

 

 

 ロイヤルの人々がそんな胡散臭い人間を選ぼうとしている理由が想像できないわけではない。

 

 戦争は長期化、国防予算は増大、重税が民生を圧迫。

 そんな状態では理性が削れてきてしまう。

 だからこそ、何か新しい変化を期待して絵空事に期待をかけてしまうのだろう。

 確かに国防予算は年々増加傾向にあるものの、しかし、それは必要によるものでしか無い。

 マクドネルとかいうペテン師は高過ぎるだのと吠えているが、軍の機能が予算不足に損なわれる方が結果的に高い損失をもたらすことに気づいてないらしい。

 セイレーンに対抗する海軍の機能が低下すれば流通の安全性も低下する。

 正に数年前のハイパーインフレーションの危機が再来しかねないだろう。

 低予算で高パフォーマンスの戦果を得るだのという主張は正に絵空事でしかない。

 予算を減じられた軍事組織に、従来の機能の維持などできはしないのだから。

 

 あのペテン師は恐らくその辺は何も考えていないが、いわゆる衆愚政治が幅を利かせつつあるのが現状である。

 

 

 

 さて、チェイブル首相が『待て』を掛けたのは選挙を考慮した結果というだけではないだろう。

 

 司法省がまだ結論を渋っているのも手伝っているのだろうか、恐らくいくら犯罪の温床とはいえ、ロイヤル海軍の砲弾をロイヤル本土に向けて撃つことに抵抗を感じている。

 

 

 

 私はあの人物なら即断すると思っていただけに、もどかしいような気持ちにすらなっていた。

 だが、まあ、今はまだ待っていても良いだろう。

 転生を果たしてからというもの、私の神経は少しずつ図太くなっている気がする。

 少なくとも…リビングでKANSEN達のスキルが発動されまくってても動じない程度には。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウォンテッド

 

 

 

 

 ヘスティングス兄妹にとっても『簒奪者』号の喪失は痛手だったが、決して戦力的な意味合いではない。

 あの戦闘艇は元々彼らが自らの手で殺した叔父貴の所有物であり、引き上げられて調べられればその事が明らかになるだろう。

 それはつまり、捜査の手が彼らの元へ伸びかねない事を意味するのだ。

 

 だが、ビッグレッドはヘスティングス兄妹の考えなど知らなかったし、どうでも良かった。

 どちらかといえば彼は自分の戦闘艇の喪失よりも、30人近い部下の喪失の方に怒り狂っていて、今朝方、その怒りをフォースターとかいう元海軍大佐へぶちまけようとしていた。

 

 結局、赤毛の大男がフォースターを責める事はなかった。

 彼が海軍大佐殿に割り当てられた部屋へ向かった時、その部屋の半開きのドアから怒号が聞こえてきたからだ。

 その怒号の主こそがフォースターで、そしてその怒りの相手はポール・ヘスティングスだった。

 

 

「ポール!俺は15分と言ったんだ!」

 

「大佐、ごめんなさい。まさか敵の増援があんなに早く来るとは…。それにたった5分でしたし…」

 

「その5分で敵の増援がやって来た!その5分で趨勢が変わってしまった!!その5分で30人の命運も決まってしまった!!!」

 

 

 フォースターは暴力を振るったが、それはポールへ向けられたものではない。

 海軍大佐の鍛え上げられた暴力は彼自身に向かって使われる。

 彼は私室の洗面台の鏡に頭を打ち付け、それを粉砕してしまった。

 

 

「………すまない、ポール。俺の詰めが甘かったんだ。多くの人を助けるつもりが、多くの仲間を失ってしまった…」

 

「大佐………」

 

「前線指揮官に自主裁量の余地を残すべきだったんだ…ビッグレッド……彼には本当にすまないことをした……」

 

 

 額から血をダラダラと流すフォースターを見て、赤毛の怒りは急速に冷却されていく。

 あの大佐も大佐なりに考え抜いていたのだろうと感心すると同時に、なんというか…ドン引きもしていた。

 とてもフォースターの部屋に突入できるような空気ではないが、赤毛は部屋に入ってフォースターにこう言いたかった。

 

「いや、あの、その、まず、止血しよっか?」

 

 

 ビッグレッドは踵を返し、仲間達の元へ戻る事にした。

 どうやら、そもそもの原因はフォースターではなくポールの方にあるらしい。

 あのクソガキはどうやら大佐のアドバイス通りに物事を進めなかったようだ。

 だから、フォースターがポールと話し終わったら、あのガキとはじっくりと話し合う事にしよう。

 そう思いつつ廊下を歩き出した時、背後から声をかけられる。

 

 

「あ、あの!艦隊指揮官の方でいらっしゃいますか?」

 

「………?」

 

 

 振り返ると、随分と丁寧な口調で話すメイドがそこにいる。

 …確か…カーリューとかいった。

 あのフォースターの嫁であり、そして優秀なKANSENの。

 彼女はすなまそうな顔をして、ビッグレッドに深々と頭を下げている。

 

 

「申し訳ありません!主人が細部までこだわっていれば、こんな事には!」

 

「………あの様子じゃあ、どうやらアンタの旦那が悪いわけじゃなさそうだ。旦那は旦那で良くやってたように見える。」

 

「いいえ!それは違います!主人はポール君への細かい指示を怠っていました!いくらこれまで作戦を指揮していたからと言って、ポール君は軍人ではありません!意思の疎通を図る為の努力を怠っていたのです!」

 

 

 考えてみれば、今回の襲撃は元々リスクの高いものであると誰もが承知していた。

 セイレーンに襲撃されている貨物船に乗り込むという時点で命がけだし、その命懸けの作戦を、ビッグレッド自身も「おもしれえ」と承知したのである。

 実際、海軍大佐の作戦は途中までその計画通りに進んでいた。

 ポールの判断の甘さはたしかにあったとして、それでも敵の対応部隊の速度は異常なモノであり、そしてそれは誰にも予測のできないものだっただろう。

 あのSBSとかいう連中の存在なんて、誰もがその影すら知らなかった。

 作戦に賛同した時点で、この偶然の敗因の責任は彼にもあるのである。

 

 

「…すまん。本当にすまん。」

 

「!!…貴方が謝らなければならない事なんて」

 

「いいや。俺たちも俺たちで、アンタの旦那やポールに任せきりにしていた。旦那は勿論、ポールも()()に立った事はない。だから、俺の立場からも意見を述べておくべきだったんだ。」

 

 

 ビッグレッドはそう言葉を残して立ち去った。

 赤毛の大男の大きな背中を見送るカーリューはその場に残され、少し救われたような気持ちになる。

 彼女からしてみれば、今回の失敗が組織内の断罪ではなく次回への材料として扱われている事は希望とも言える。

 夫が見限られることも、この組織が断罪の内紛で崩壊する事も、彼女の望みではない。

 ジョン・"ジャック"・フォースターの妻であり、しかしメイドでもある彼女は、今では夫のみならず、夫が活路を見出したこの組織の事さえ案じていたのである。

 

 

「本当に大佐を愛しているのね」

 

 

 赤毛の大男に背後から話しかけたカーリューだが、今度は彼女自身が背後から話しかけられる番のようだ。

 ただ、カーリューは振り向きはしない。

 声の主であるユスティア・ヘスティングスが、いや、ヘスティングス兄妹の両方が、夫を利用しようとしているだけのように思えていたからだ。

 

 

「ええ、勿論。心の底から愛しています。」

 

「本当に、本当に素晴らしい…うふふ、たしかに大佐は魅力的な男性ですものね」

 

「何をおっしゃいたいのでしょうか?」

 

「昔から、"出る杭は打たれる"という言葉があります。大佐のような人物が海軍の上層部に好まれるハズはありません。ですから……罪を被せるのにも抵抗はなかったのでしょうね」

 

「どういう意味ですか!?」

 

 

 ユスティアは悠然とカーリューの眼前へと歩いてくる。

 そして、驚愕するカーリューに一冊のファイルを手渡した。

 そのファイルは何枚もの写真と資料で彩られていたのだが、一番最初のページに貼っていたモノはビッグレッドが先回の襲撃で手に入れた唯一の戦利品…積荷の目録のコピーだ。

 

 

「ダイヤモンドと電動歯ブラシ。双方ともある男へ向けて送られています。そしてその男の名前も明記されていますね。」

 

「ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世………」

 

「そう。貴女の大切な夫を海軍から放り出した男。彼は何かの事故で赤ん坊の姿になってしまったようですが、本来はこういう男です。」

 

 

 ユスティアはファイルから次々と写真を取り出していく。

 低身長で少々肥満気味の海軍中佐時代から、鉄血公国式ラ●ザップ後のMI5時代、そして赤ん坊に退行した現在まで。

 

 

「これは……彼のMI5時代の写真ですね。隣にいるのは鉄血公国情報部長のラインハルト・レルゲン。それぞれ、ティルピッツとビスマルクが脇にいます。」

 

 

 ユスティアはその中でも、一枚の写真をカーリューによく見させる。

 それはロブ・マッコールなる人物が"フォン"の位を与えられた時の写真で、鉄血公国首相から勲章を授与される様子が映し出されていた。

 勲章を与えられる本人は緊張した様子だが、その脇にいるティルピッツはまるで息子が学校で何かの賞を取ったかのような微笑みを浮かべている。

 そしてそれを横から見ているのが、ラインハルトとかいう軍人で、更にその脇にはビスマルクが写っていた。

 

 

「この写真に写っている4名には、実を言うと擬似的な血縁関係があります。勲章と称号の授与の推薦はこのラインハルトとビスマルクからなされたもの。そして、今回私達が狙った貨物船はビスマルクの会社の物でした。……もう、意味は分かりましたよね?」

 

「………なんて事…………」

 

「あのセントルイスファミリアとかいう少将は、恐らく家族ぐるみの副職に手を染めている…。私達の活動を利用して、貨物船の護衛をビジネスとして始めようとしているのです。」

 

「しっ、しかし、それは貴女の勝手な推測でしかありません!第一、船の目録には少将向けの報酬が支払われていた!これはこれで問題ですが…家族ぐるみの副職とは考えにくい。ただの買収では?」

 

「確かにそうかもしれませんね。でも、考えてみてください。今回の件で、セントルイスファミリアは貨物船の護衛を請け負える能力を欧州中の海運業界に示した事になります。鉄血財界の大物であるビスマルクの知名度は言うまでもありませんね。大陸側の業者なら、私達に積荷を奪われるよりは多少高くても安全に運べる方法を選びたいはず。」

 

「………つまり、ビスマルクは少将に護衛を請け負ってもらう事で、彼女の所有する貨物船への依頼を増やす事ができる…」

 

「大陸側の海運業を独占できれば、セントルイスファミリアに支払った額などお小遣い程度になるでしょう。そして…カーリューさん、思い出してください。セントルイスファミリアは貴女と大佐を同じ護送車で運ばせました。」

 

「それが何だというのですか?」

 

「貴女がいれば、大佐は無事で済むと読んでいたのではないでしょうか?」

 

「…待ってください。意味が分かりません。主人が無事でいる事の、何が少将にとって利益になるのか…」

 

「大佐の担当海域は鉄血公国貨物船が非常によく通過する海域でした。たぶんセントルイスファミリアは私達の活動を知っていて、ビジネスへの転用を思いついたものの…大佐が邪魔になっていた。…実を言うと、大佐と貴女を運ぶ護送車の情報はMI5内部から流れてきたものです。」

 

「MI5は少将の古巣…」

 

「そう。並大抵の敵なら、他の鎮守府の残余の艦隊で対処できてしまうかもしれない。だからセントルイスファミリアはある程度厄介な敵を用意する必要があった。…私達に大佐を"救出"させたのは、それによって求められる護衛の質を向上させる為。」

 

「最初から…最初から全て仕組まれていたのですか!?あのクソ少将と鉄血女達のビジネスのために、あの人はッ!?」

 

 

 カーリューが声を荒げる様子を見て、ユスティアは同情的な顔をしつつ内心はほくそ笑んでいた。

 

 ああ、なんて騙しやすい人達なんだろう。

 なんておバカなのかしら。

 嘘に少しの真実を混ぜ込んだこのファイルが、夫を心の底から愛しているカーリューを騙すのには最適な材料に思えるほど。

 ちょっと冷静に考えば看破できそうな嘘なのに。

 愛は盲目っていう言葉は本当ね。

 

 ユスティアはそう思いつつも悲しい顔は崩さない。

 あとひと押しでカーリューをオトせそうなところまで来ているのだ。

 ここで台無しにされてはたまったものではない。

 

 

「カーリューさん。私達も軽率でした。でも、大佐が不当な罰を受けるのは耐えられなかった…」

 

「ありがとう………ございます」

 

「今度は私達に手を貸していただけませんか?来週、軍の鉄道で5人のKANSENと艤装が輸送されるという情報を入手しました。その5人は、元は大佐の鎮守府のKANSENです。」

 

「…あの子達を"奪回"しようというのですか?」

 

「ええ。彼女達を奪回し、艤装を手に入れれば、あの薄汚いセントルイスファミリアを倒す事ができるかもしれません!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ユスティアは失望することになった。

 カーリューが元の鎮守府の仲間を巻き込む事を渋ったのだ。

 あの長髪メイドにも、まだ理性というものが少しは残っていたらしい。

 

 ただ、良い感触は感じていた。

 遅かれ早かれ、あのメイドは落ちる。

 何かあとひと押しあれば、兄妹の従順なペットのようになる事だろう。

 

 ユスティアは何か…そんな材料がこれから降ってきそうな予感を感じていた。

 根拠も何もないものの、この先をなんとなく楽観視できる。

 

 そして、その勘はどうやら正しかったらしい。

 それほど時間を置くことなく、彼女は国防省内部の協力者から"良い知らせ"を受け取った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラスト・サイズ・オブ・マッマ

びそくぜんしん、を見て我慢できなかった。
今は反省している。


 

 

 

 

 

艤装の撃ち合いに打ち勝ったのはピッピマッマ。

 よって勝者たるピッピは幸せ満開な笑顔で私をツークシュピッツェに挟んでいる。

 そして私といえば、いつだかルイスのそれでそうなったように、身体中に染み付いてるんじゃないかと思うほどのピッピ臭に辟易していた。

 まあ、決して臭いとかじゃないんだけどね。

 でも24時間365日あの女性特有の甘ったるい匂いが自分からしてたら嫌になってくるじゃん?

 

 

「♪2人で小さなおもちゃ屋さんに行きましょう そこで99個の戦艦ティルピッツのプラモデルを買うの」

 

 ピッピ?

 やめて?

 なんだって君たちは毎回毎回版権を害しかねない曲を歌おうとするんだい?

 99個のプラモデル買ってどうすんの?

 アレか?

 それを海に浮かべた時、北方連合軍のソフトウェアにバグが発生して緊急事態にでもなるのかい?

 やめてくれ、ピッピママ。

 第三次世界大戦になっちまう。

 

「坊や〜♪坊や〜♪私の坊や〜♪」

 

 

 ダメだこりゃ。

 喜びに満ち溢れているピッピは大きな大きなお胸をたゆんたゆん揺らしながら踊り狂う。

 挟まれている私は軽く乗り物酔い。

 いやホント勘弁してくださいと思っていた時に、それは起こった。

 

 

 パッツンッ!!!!

 

 

 私は唐突にゼロ・グラビティなるものを味わうことになる。

 ふわっとしたかと思うと、私自身の自重は重力に忠実で、ピッピの谷間から滑り落ちかけてしまう。

 全神経が生存本能に刺激された結果、私は極自然に、そして反射的に両腕を広げて自身の落下を防ごうとする。

 よってピッピのお胸を上方から掴んでしまう形となった。

 

 

「キャッ!…もう!坊やのエッチィ!」

 

 ベタだなぁ。

 とりあえず、何が起きたのか状況を確認してもらってもよろしくて?

 

「えっ………あっ………下着が…壊れちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 あんな大はしゃぎするからだろうが。

 

 私がピッピの谷間からミッション・イ●・ポッシブルするハメになったそもそもの理由は、ピッピの下着の破損であった。

 あのバカでかい大きな大きなお胸を下方から支える要因が欠如した事により、私はピッピにセクハラを強いられたのである。

 なんてこったい。

 

 まあ、そういうわけで私とマッマ達は今デパートへ向かっているいやおかしくねえ?

 予備の下着とか持ってねえの?

 つーかなんで他のマッマ達も一緒なのよ?

 

 

「実は…坊や…私の下着、さっきので最後だったの。最近、成長期みたいに胸が大きくなり続けてて………♡」

 

 ピッピ、最後のハートマークは余計でしかない。

 そしてさりげなくダンケから下着を借りるんじゃねえ。

 ダンケもダンケで「これが最後の一本」とか言うんじゃねえ。

 最後の弾倉だからよく狙って撃ちなさい的な雰囲気で貸すんじゃねえ。

 

 

「実を言うとね、ミニ・ルー。私達も段々と胸が大きくなっちゃって…」

 

「きっと…毎日、Mon chouの事を想っているからね…」

 

「下着のサイズが合わなくなってしまった以上、私達も新しい下着を買わなければなりません。」

 

 

 待って、意味分かんない。

 なんでアンタらの胸の更なる巨大化がナチュラルに私のせいにされなきゃならんのか分からんし、そもそもただでさえバカデケえ胸がさらに大きくなるというのも理解できん。

 

 なんでそんな思春期の女の子感全開なわけ?

 なんで規格外の成長をさも当然の事かのようにカミングアウトできるわけ?

 一体何処を目指そうと言うんだい?

 その凶器なんじゃないのかと言いたくなる見事なお胸をさらに大きくして何をしようって言うんだ?ん?

 

 

 マッマ達は私の内心など気にも留めずに鉄血28号に乗り込み、デパートへ向かい、エレベーターに乗って、そして下着売り場へと進んでいく。

 放っておけば間違いなく何の違和感もないかのように下着売り場へ向かう事間違いなしなので、私はピッピの谷間で激しく自己主張する事にした。

 予備の下着も過去に壊してしまっていたらしいピッピがダンケの下着を借りていたおかげで両サイドからの圧が凄く、中々に気づいてもらえなかったものの、随分と泣き叫んだお陰でどうにか気づいてもらう。

 あーもー、ホント疲れる。

 

 私はピッピの谷間から降ろしてもらい、デパートの大理石の床で這い這いしながら彼女達に尋ねる。

 

 

 

 ちょっと待とうか貴女達。

 私も一緒に連れてく気か?

 

「ええ、もちろん。忘れたわけじゃないでしょうけど、坊やは私達から離れたらどうなっちゃうか分かるでしょう?」

 

 そりゃそうだけどさ、こういう時の『歩けるくん1号』じゃなかったっけ?

 いくら赤ん坊の姿とはいえ、中身はおっさんな私をそれでも女の園のクソど真ん中へエスコートしようというのか?

 どこまで一緒に行かなきゃいけないんだ、まさか更衣室の中にまで私を持ち込むわけじゃなかろうな?

 

「確かに…坊やの教育にも良くないかもしれない…」

 

「うふふ、流石ミニ・ルー!こういう日の為に、『歩けるくん1号』を改良していた甲斐があったわ♪」

 

 おお!さっすがルイス!

 

「名付けて、『歩けるくんMk3.block17』!

 1号よりも更に行動範囲が広がっただけじゃなく、耐久性も従来品より大幅アップ!」

 

 すっごおおおい!発明が得意なフレンズなんだね!

 

「何より、この新開発の吸収缶には………」

 

 

 ここまできて、ルイスが顔を赤らめる。

 私も愚か者ではない。

 人間とは過去から学ぶ生き物なのだ。

 自然に後退り、五感をフル活用して退路を探す。

 あれ、おかしいぞ。

 退路がない。

 

 

「………私の腋の下の匂い、谷間の匂い、脚の匂い…それから…私のi」

 

 逃げルウウウ!!!

 

「ダメよ!被りなさい!!!」

 

 

 ルイスマッマはまるで走り回る五歳児にそうするように私を抱え上げ、その美しい白い腕からは想像もつかないような腕力で『歩けるくんMk3.block17』を私に被せた。

 

 まあ、どのみち退路はない。

 

 私の行く手を塞ぐ母親達は、赤ん坊の目線から見れば万里の長城にすら見えたのだから。

 あのさ、君たち本当にこういう時だけは団結するんだよね。

 北大西洋条約機構を彷彿とさせる団結の強さだわ。

 昨夜艤装で撃ち合ってたとは到底思えない。

 

 

『歩けるくんMk3.block17』は言いようのないくらい香りのサプリメントでしかなかったし、それはもはや一種の催涙ガスとでも言うことができる。

 私は3度ほどむせたし、しばらく息ができなかったが、しかし、3分ほどするとどうにか呼吸を取り戻すことができた。

 モンすっげえルイス臭だぁ。

 

 

「それじゃあ、坊や♪私達は更衣室で下着を試着してるから、大人しくしてるのよ?」

 

 

 かつて旺盛だった私の闘争心も、『歩けるくん以下略』のお陰で今では萎えきっている。

 もう既にどこかへ逃げるというような発想は最早ない。

 だが、どうにも、その後に起こった惨劇は、私の想像の範囲を遥かに超えるものだった。

 

 

 

 パッツンッ!!!

 

パッツンッ!!!

 

パッツンッ!!!

 

 

 

「きゃあ!また弾けた!」パッツンッ!!!

 

「何よコレ!全然大きくな」パッツンッ!!!

 

「ベルゥ〜!?もう一つ大きなサイズを」パッツンッ!!!

 

「無理です、ルイス!それが一番大きな」パッツンッ!!!

 

 

 マッマ達が下着売り場へと前進し、いくつか商品を手にとって、その後更衣室へ入っていったのを見た後。

 惨劇はその時に始まってしまったのだ。

 私はとても無力だった。

 仕方がない。

 もうどうする事もできはしない。

 

 

 一体誰が悪いのだろうか?

 

 勝手に巨大な双丘を更に更に大きくしていったマッマ達だろうか?

 それとも彼女達の母性とやらを掻き立ててしまった私自身だろうか?

 或いは、彼女達のような"スーパーサイズ"を想定していなかったメーカーだろうか?

 

 

 

 マッマ達は顔を真っ赤にして、次から次に商品を更衣室に持ち込んでいる。

 その度にパッツンッ!!!というもの悲しい音が響き、その後にはマッマの悲鳴が続く。

 まるで衣類の大虐殺。

 何度でも言うが、私はどうする事も出来ないほどには無力だった。

 

 

 …あ〜あ。

 全部でいくらするんだろうか。

 クレジットカード持って来といて良かったよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四の"核"

 

 

 

 

 

合計で5000ドル。

 これがマッマ達による大惨事の対価。

 いくら私が海軍の高官であったとしても、この額は決して安くはない。

 全てが女性用下着に消えたとなれば尚の事。

 

 ただし、全てが全て、破損した下着の費用となったわけではない。

 結局はスペシャルオーダーメイドの下着を4つも発注したおかげで、この額にまで辿り着いてしまったわけだ。

 しかしながら、マッマ達に払わせるような事はしたくなかった。

 

 幸いにも、私はビス叔母さんの依頼により多額の臨時収入を得ている。

 そもそもマッマ達がいなければ私は海軍軍人としてやっていけるとは到底思えないし、言ってしまえば私の月給もマッマが稼いでくれているようなもの。

 だから高いと思う事はあっても、嫌だと思う事はなかった。

 

 

 

「あ〜ん、もぉ〜坊やったら最高よぉ♪」

 

 

 鉄血公国が誇る巨大な…ああ、もう。

 何度こういう表現をすればいいのやら。

 とにかく、彼女はあまりにもバカデカいお胸を支える新しいオーダーメイド下着の威力を早くも披露している。

 まあ、私も私で、今までより更にゆったりと挟まれる事に感動すらしていた。

 はいはい、そうですよ。

 私は変態ですよ。

 

 

 

 そして、今や立派な変態となった私と、その母親になったピッピは鉄血公国行きの飛行機に乗っている。

 スラム街の完全破壊は未だに「待った」がかかったまま。

 ならせめて、できる限りの海賊対策を打ち立てておこうという事になり、北海での海賊対策をより効率的に行うためにも鉄血政府の支援を得ることが求められたのだ。

 

 ウィ●ターズ総督が私を派遣したのは妥当な判断だろう。

 政府から"フォン"までいただいた私は、今や危険なまでに鉄血公国とズブズブな関係にある。

 向こうの行政には顔が効くし、何しろ叔母が国の財政を牛耳っているのだからこれ以上の援護はない。

 だから、私は二つ返事で快諾したし、せざるを得なかった。

 

 

「行ってこい、セントルイスファミリア。」

 

「え、でも」

 

「行け!!」

 

「あ、はい」

 

 

 総督の有無を言わせぬ命令により、私はピッピと二人きりで海外旅行ナウなのである。

 勿論、ほかのマッマ達はプラカード持って掲げてシュプレヒコールしてストライキするとか言い出した。

 ダンケマッマは特別背任で起訴するとか言ってたし、ルイスマッマは南の国境に壁を作るとか言ってたし、ベルマッマに至ってはEU離脱するとかよく分かんないこと言ってたけど、帰ってきたらあやしまくってええよ言うたら全部投げ捨ててくれた。

 ありがとう、マッマ。

 もうこれ以上何も言いたくない。

 

 

 

 さて、そうして私はピッピの谷間をエンジョイしたまま鉄血公国海軍省の入口にまで来てしまった。

 私は今日ここで、従兄弟の鉄血情報局長官ラインハルト代理ビス叔母さんと、鉄血財界第一人者のビス叔母さんと、鉄血海軍との繋がりが強いビス叔母さんと会談する。

 つまり、ビス叔母さんに会うだけでございます。

 だけだったのでございます。

 

 え、何?何だって?

 それだけで済むわけねえだろ?

 全くもってその通り。

 ただ単にビス叔母さんと久しぶりに会うだけだったら何の苦労もいらない。

 問題は、私達が会議室に入室した時にはビス叔母さんが常軌を逸した愛をラインハルトに注いでいた事。

 更には、叔母さんの親類であり、つまりは私の親類でもあるKANSENがそこにいた事である。

 

 

 右目を隠す艶やかな黒い長髪、ルイスマッマと同じタイプのナイススタイル、全体的に醸し出ている…危なっかしいような妖艶さ。

 どことなく禍々しさも感じられ、威圧感さえも伴っている。

 実力は、きっとその容姿に似合ったものだろう。

 

 私とピッピが会談予定の会議室に入った時、そのKANSENはこう言った。

 

 

 

「あらティル!久しぶり!ええッと…そのボウヤは誰かしら?」

 

「姉さんから話を聞いてないの?私の大切な大切な坊や♪」

 

「可愛いボウヤね……ボウヤ、何がお望み?哺乳類?子守唄?それとも、永遠なるあやし?

 

 

 これだよ。

 登場間もないどころか、まだ実装すらされてない癖に何だって初対面から母親ぶってくんだよ!?

 

 お気づきの方もいるだろうが、彼女こそ我らがNewマッマ、フリードリヒ・デア・グローセである。

 あのローンの次にヤバそうなお方が、ツ●ッターでちょっと紹介されただけで全力母親顔して迫ってきたのだ。

 立ち絵だと左手に指揮棒持ってるハズなのに、今彼女の両手にあるのは哺乳瓶とガラガラである。

 もうご勘弁願いたい。

 

 

「ロブ君、お久しぶりね。」

 

 あ、どうもビス叔母さん。

 ご無沙汰しております。

 

キィアアア!!シャベッタァァァアアア!!!

 

「幾ら何でも驚きすぎよ、グローセ。坊やは優秀だから、言葉を覚えるのも早いの。」

 

 ピッピ?

 さりげなく嘘をばら撒くんじゃねえ。

 

「さて、ロブ君。今日グローセを呼んで来たのはちゃんとした理由があっての事よ?」

 

 え?

 

「彼女が筆頭株主を務めている会社は、鉄血公国全軍への弾薬を納入している軍事産業の基幹ともいうべき企業なの。当然、最新鋭の技術も持っている。」

 

「その通り。ビスマルクから聞いたけど…ボウヤ、あなたロイヤルのスラム街を吹き飛ばそうとしてるそうじゃない。」

 

 

 私は軽く目眩がして、ピッピの柔らかな柔らかな柔らかな双丘に頭部の全重量を預ける。

 

 なんで、知っとんねん。

 

 てかよぉ。

 ビス叔母さん絶対ロイヤル内部に私以外の情報源持ってるよね?

 絶対スパイがなんか潜り込ませてるよね?

 あんたどんだけ先を行ってんのよ。

 どんだけ先の情報を得てんのよ。

 

 

「ああ、そういえば!ティルから聞いたけど、いつも()()にご贔屓どうも♪」

 

 

 ピッピ、口笛を吹いて知らん振りするんじゃねえ。

「〜♪」みたいな感じで流せると思うんじゃねえ。

 おっちゃん初めて聞いたぞ?

 今初めて鉄血製弾薬を購入してる話を聞いたぞ?

 もう色々あって3シーズン目も終わりかけだけど、初めて聞いたぞ?

 

 

 いったいどれくらいの割合で買ってたの、ピッピ?

 

「…45%ぐらいかしらね」

 

 本当に?

 

「…………全弾

 

 

 

 今ここに当鎮守府の新たな問題が露呈してしまった。

 鎮守府で使用するありとあらゆる弾薬を外国からの供給に頼ってたのである。

 これで、海賊問題は当鎮守府における生命線にも関わってくる問題である事がハッキリとした。

 弾がないのは玉がないのと同じ。

 つまり…この立ち話で判明したのは…海賊問題が当鎮守府の生命線さえ左右しかねない問題だったということだろうか?

 

 

「さてと…ごめんなさい、話が脱線したわね。我々はセイレーン技術の解析・研究を進めた結果、新しい種類の爆弾の製造に成功した。」

 

 

 グローセ叔母さんはそう言って、胸の谷間から一枚の白黒写真を取り出した。

 そこにはHe111爆撃機と、それに搭載されるフリッツXのような爆弾が写っている。

 …胸の谷間の使い方はもうこの際突っ込まない。

 

 

「名付けて"フリッツX-Ⅱ"。あぁ、言っておくけど、勿論核兵器ではないわ。放射線の恐れはいらない。」

 

「ただし、威力は核兵器並み。そうよねグローセ?」

 

「姉さん…まさかその爆弾をスラム街に…」

 

「ティル?私が何の考えもなしにロブ君に最新鋭兵器の事を教えたりすると思う?…貴女だって、察しているでしょう?」

 

「フリッツX-Ⅱの最大の特徴は、原料にセイレーン艦の残骸を使用している事。…ボウヤ、もう理解できたでしょう?」

 

 …なるほど………

 

 

 完璧じゃないか!!!

 

 

 こんな完璧な解決策があるものか!!

 そうだ、その通りだ!!

 このフリッツX-Ⅱを使用すればわざわざ私やマッマ達が泥を被る必要はない!!

 

 ありがとう、ビス叔母さん!!

 ありがとう、グローセ叔母さん!!

 まったく貴女方はどれだけ最高なんだ!!!

 

 

「坊やッ!?坊やッ!?正気に戻って!?」

 

 どうしたんだよ、ピッピマッマ。

 私は頗る正気だし、これ以上に晴れやかな気分もない!!

 完璧な解決策だよ…まさにこれこそが最適解なんだ!!

 

「街を一つ消そうとしているのよ!?姉さんも!!グローセも!!…皆んな一体どうしたって言うのよ!?」

 

「ティル?貴女こそどうしたの?」

 

「これ以上に良い解決策なんてないと思うけど?」

 

「そんな…そんなッ!…坊や、私があなたのスラム街攻撃案を支持していたのは、あなたがあくまでも民間人の被害に配慮すると言っていたからッ…」

 

「…少し落ち着きなさい、ティル。冷静に考えてみることね」

 

「………姉さんもどうかしてる…ごめんなさい、1人で落ち着く時間をもらえるかしら?」

 

 

 

 ピッピは頭を抱え、会議室から出て行った。

 すごく悲しそうだったし、何かショックを受けているようだ。

 今まで何があろうと私のやる事なす事全て肯定してくれていたピッピが衝撃を受けている様子は、私にとっても衝撃的なものだった。

 

 

 ………「1人で考えたい」とか言ってたのに、私を谷間に挟んだまま出て行ってる事には…触れるべきじゃないだろう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

箱舟の船頭

 

 

 

 

 

ピッピはシャワーを浴びてヴァイツェン(白ビール)を3本空けると、私を抱き抱えてベッドに入った。

 そのベッドがある部屋はピッピの実家にあり、どうやら小さな頃からの彼女の部屋らしい。

 部屋の中の机にはビス叔母さんとの成長の記録とも言える写真の数々が、丁寧に額入りで置いてある。

 その、ピッピのスーパープライベート空間とも言えるお部屋の、ピッピを幼少期から温めていたベッドの中で、私はピッピに温められていた…おNEWの下着その2姿のピッピに。

 

 

「………坊や…お願い…よく考えて?…私の身体をよく味わって…どんなことでもしていいから…

 

 

 ごめん、意味が分からん。

 困惑し過ぎてるのか、それとも精神が崩壊してしまったのか、それともいつもどおりなのか。

 私には到底皆目検討もつかない。

 

 "味わって"の解釈をしていただいてもよろしくて?

 さもなければピッピ、貴女のクッソエッロい腋の下とかprprするよ?

 何してもいいって言葉を額面通りに受け取るよ?ん?

 そもそも、ピッピの身体中prpr舐めまわしたところで考えが変わるとも思えないんだ、ごめんよ。

 

 

 はぁぁぁぁ。

 

 それにしてもピッピは酷く落ち込んでいるか、混乱しているかのいずれかのようだった。

 私を抱き抱えて寝転んだまま、寝るでもなく目を瞑り、その豊満なお胸で卵でも孵化させるのかというほど私を抱き抱えている。

 なんつーか…ピッピの鼓動とか体温とか香りとか色々色々伝わるし。

 

 

 

 流石にサイコ方面に走りすぎたかな?

 もう湾岸ミッド●イトがデイライトに変わるぐらいには37564(みなごろし)方面に突っ走っちゃったからねえ、ピッピの目の前で。

 フリッツX-Ⅱとかいう都合の良すぎるスーパー兵器見たせいで興奮して理性を失っていたようだ。

 だって、男の子だもん。

 

 

 真面目な話をすれば、ピッピが衝撃を受けてしまうのも分かる気もする。

 私がやろうとしているのは、要するに無差別な殺戮なのだ。

 街を一つ消す。

 建物も、街路も、そこに住む住人達もまとめて消し去ってしまう超兵器を、私はためらう事なく「使う」と断言した。

 

 後ろめたい部分がないわけではないが、もはやあのスラム街は手のつけようがない。

 フォースター大佐が大金を送り込んで行き着いた先が海賊行為だというのなら、もう救いなぞ見込みようがないのだ。

 

 確かに、あの海賊行為に助けられている、本当に可哀想な人々だっているかもしれない。

 悲惨な生活環境に置かれる何の罪もない人々が決してゼロだとは思えないし、年端のいかない子供だっている事だろう。

 誰もが罪人だと言える根拠なぞないし、俗に言う、"スラム特有の絆"なるものに助けられている人々も多いかもしれない。

 

 

 ただ、決して忘れてはならない。

 

 

 その連中の海賊行為は、流通という国家の動脈を切り刻んでいるのだ。

 一つの街の住人達の不法行為が、全国の真っ当な人々の生活さえ脅かしかねないのであれば、誰かが凄まじいまでの強制力を持って排除しなければならない。

 義賊被れなのかどうかは知らないが、それが例え上流階級の嗜好品を運ぶ輸送船であったとしても状況は変わらない。

 船が襲われる時点で、海運業者達は仕事を存分に邪魔されている。

 そして海運業者のビジネスが回らなければ、ロイヤルの流通は徐々に締め上げられるだろう。

 

 

 ピッピは…おそらくその辺は充分に理解してくれているはず。

 でも今卵を産んだばかりのニワトリみたくなっているのは…そんな彼女でも葛藤してしまうのだろう。

 

 彼女からすれば、私がフリッツX-Ⅱを使用するという事が…即ち、それは…私が…"可愛い息子"が"怪物"へと変貌してしまうかのような気持ちになるのではないか?

 ………大勢の老若男女を殺した"怪物"に。

 

 

 

「ねえ、坊や?やっぱり…使うの?」

 

 …使うしかないんだよ、マッマ。

 

「坊や…坊や…他の方法はないかしら…ああ!例えば!他のギャングをけしかけて」

 

 そのギャングがあの海賊連中を潰したところで、次はそいつらが跡を継ぐ。

 ギャングなんかが律儀に約束を守るはずがない。

 もしそうなら…あのスラム街はもう無くなってる。

 

「なら!なら、海賊拠点を潰していくのはどう!?骨の折れる作業だろうけど、MI5も協力してくれるはずよ!それなら街ごと消さなくても」

 

 海賊拠点は潰すけど、スラム街から先にやる。

 拠点を潰したところで人的資源の供給源が健在なら連中は別の所に同じような拠点を作るはずだ。

 そんなのじゃ意味がない。

 

「…………坊やぁ…」

 

 

 

 暖かな水滴が舞い降りてくる事は容易に想像できた。

 更にガッチリと抱き込まれる事も。

 ピッピの事だから柔らかい大きな胸で"説得"を試みるだろうなぁとか思ってたらその通りにしやがったし、おかげで想像してた通りに呼吸が苦しくなるし。

 

 それでも、私の考えは変わらない。

 私は、自分自身の強固な意志を持ってスラム街の住人を皆殺しにしなければならないのだ。

 見た目は見事なまでの赤ん坊かもしれないが、それでも海軍少将の階級章をつけて指揮官の椅子に座る以上は責務を果たさなければならない。

 そして、その責任は…私自身が取らなければならない。

 間違ってもマッマ達には取らせない。

 いつか、ルイスママにブチ怒られた事がある。

 "私達を頼って!"

 でも、今回ばかりは別。

 ノアが箱舟に乗せる人間を決めたように、私も決めねばならないし、そしてその責任は勿論、私にある。

 

 投下の計画は、私の頭の中でどことなく出来上がりつつあった。

 そしてその計画は、いずれの場合であっても最終的にはフリッツX-Ⅱの投下に結びつくものである。

 投下しないという選択肢はハナから用意されていなかった。

 

 

「………そう…坊や……。もう決めてしまったのね?」

 

 うん、ピッピ。

 心配してくれるのは有難いけど、これはもう決めた事なんだ。

 

「……………………坊やぁ……」

 

 …ピッピママ。

 ちょっとだけ、甘えてもいいかな?

 

「…え?」

 

 

 

 とはいうものの、私自身、これから何万人を殺そうとしていることに何も感じていないわけではない。

 頭では、理性では、手を血に染めなければならないと理解している。

 でも、人間というものはそんなに単純にはできていない。

 だから、私は…あぁ、自分からはやりたくなかったんだけど、ピッピに甘えまくる事にした。

 

 赤ん坊のそれと化した小さな身体を動かして、ピッピの豊かな母性のより奥へと入る。

 更に濃いピッピの匂いに包まれ、そして羽毛が生えてきそうなくらいに温められた。

 分かってる、分かってます。

 もはや変態以外何者でもありませんね。

 ただ、これからジェノサイドをおっぱじめようってんだから、落ち着ける場所に至りたいわけですよ分かってくれますか?分からない?ですよね、すいません。

 

 

 

「………坊や。坊やがもう決めているのなら…私たちは応援すべきね…。ごめんなさい、苦しんでいるのは私だけじゃなかったのに…。」

 

 ピッピ…

 

「ダンケルク達も衝撃を受けるかもしれないけど…でもきっと分かってくれる。少なくとも、私は何があっても坊やの味方よ?それだけは覚えておいて?」

 

 本当にありがとう…

 

「お礼を言いたいのは私の方よ、坊や。Dank e sehr…坊や、"北の女王"は母親になれた…あなたのおかげで。」

 

 

 

 私の母親の内の一人が、その目線を机の上に投げかける。

 まだ小さな頃のピッピ、ビス叔母さん、そしてその後ろに立つ彼女達の"母親"。

 ピッピにとっては、間違いなく微笑ましく懐かしい写真の内の一枚だろう。

 

 でも、私はその写真を見てふと思ってしまった。

 これから私はこういった親子を何組殺すのだろうか?

 

 

 少しだけ身震いしたので、私は自分からピッピの谷間の奥へと更に進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アトランティック・ウォー

令和最初の投稿が重すぎる件


 

 

 

 

 

 マーク・マクドネルは数いる候補者の中でも若く、活動的で、そしてクリーンなイメージを持たれた男だった。

 背の高いハンサムな首相選挙候補者は、同年代の女性だけでなく年配の男達さえ魅了していたが、誰もが外見のみで判断を行ったわけではない。

 彼は言うまでもなく、政治の名手だったのだ。

 

 

 …あぁ…言い忘れていたが、ここで言う政治とはいわゆる衆愚政治の事である。

 ありとあらゆる事を民衆の耳障りに良いように歪曲・曲解或いはすり替えを行なって、まことしやかに流布をする。

 それによって、政敵を貶め、相対的に自身をよく見せるのだ。

 

 マクドネルは典型的な大衆迎合主義者であり、そしてその他は大して考えてすらいなかった。

 つまり、彼にとっての最終目標は政権奪取のみであり、その後の運営については考えちゃいないのである。

 え?何?7,8年前に似たような集団を見た事がある?

 ………気のせい気のせい。

 

 

 

 とにかく、こういう類の勢い任せが本当に勢い付いている時ほど厄介なものはない。

 私の目の前に座るロイヤル首相ウィリントン・チェイブルはつい1時間前にその死ぬほど厄介な連中の相手をしてきたばかりで、ゆえに疲れている様子だった。

 多分気のせいだと思うけど、刺激的なクロステディのビキニ姿なピッピママの谷間に挟まれる私を見た瞬間に更に疲れてしまったようにも見える。

 気のせいだと思うけど。

 

 

 ピッピママは最終的には私の提案に完全に賛同してくれた。

 それは良しとして、何故クロステディのビキニ姿なのかは全く分からん。

 いや、「決意の証」じゃなくてね。

 鉄血から戻るなり

 

 

「あ、これからは私が坊やをホールドする係になるから。譲ることはないから。法律がどう言おうと、この関係はどうにもならないから。今までご苦労様、ルイス。」

 

 

 とか宣言して無制限潜水艦作戦おっ始めてんじゃねえ。

 

 

 ルイス激おこだったじゃん?

 瞬間湯沸し器ばりの激おこだったじゃん?

 激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーマーだったじゃん?

 ルシタニア号撃沈のニュース聞いたアメリカ人そのものだったじゃん?

 合計10名のルイス総出で襲いかかってきたじゃん?

 どこからか連れてきたお馬さんに跨りながらアキンボスタイルでリボルバー乱射するという、お前どこのレッド・デッド・リデン●ションなんですかってぐらいの襲撃してきたじゃん?

 そんなアングリアン・ユニアンズを一蹴するピッピは本当になんなんだろうか。

「究極の母性」とかなんとかで解決しようとするんじゃねえよ。

 

 

 チェイブル首相は葉巻を吸いながら、もうどうにでもなっちまえと言わんばかりの態度で私を見ている。

 まあ、おそらくロイヤルで今一番疲れている人物と言えば彼だろうから、そうなるのもしかたないというかなんというか。

 とにかく、首相は一刻も早くどうしようもないくらい複雑な関係を持つこの親子との会談を切り上げたそうになされているご様子だった。

 だから、もう短刀直入に要件に入ろうと思っていたのだが、最初に口を開いたのは首相の方だった。

 

 

「君の案はベルファストから受け取った。…全く信じられん!事もあろうかロイヤルの、それも海軍軍人がとんでもないことを考える!」

 

 首相、スラム街はもう手の施しようがありません。

 歴代のどの首相も、あの地区をどうにもできなかった。

 今ならできるのです、それも誰の手も汚さずに。

 

「いいや、君の手が血塗れになる。君の事だからキチンと手を洗い、何事もなかったように振る舞うだろうが…いいか、若いの。一度手についた血の匂いは中々に取れんぞ?」

 

 それは…失礼ながら…"ガリポリ"での経験談ですか?

 

「ハハハハハッ!…痛いところを突かれたな。だが…まあ、その…その通りだ。今でも悪夢に悩まされる。わしは大勢の若者を置き去りにしてしまった。」

 

 ………

 

「…君の案では大勢が死ぬ。"ガリポリ"の比ではないだろう。それも、死ぬのは若い兵士だけではない。老人、女性、子供…無防備な大勢が死ぬ。"死神になる覚悟"はあるのかね?」

 

 …あると言えば嘘になるかもしれません。

 ですが…いずれは誰かがやらなければなりません。

 

「私も全力でこの子をサポートします!おはようからおやすみ、おやすみからおはようまで!母親として!家族として!!」

 

 

 

 ピッピがいきなり立ち上がりながらそう宣言する。

 私にとってこの手の宣言はこれが初めてではないが、チェイブル首相からすれば初めての事だろう。

 故に首相はひっくり返る一歩手前の状態になった。

 

 

「勘弁してくれ、お嬢さん!わしはもうそんなに若くはないんだ!ふぅぅ…現職の首相が心臓発作で倒れちゃ洒落にもならん。しかもこの大事な時に。」

 

 マクドネルはただの偽善者でしょう。

 首相の足元にも及ばない人間です。

 なんなら、"始末"しますか?

 

「…MI5に長く居過ぎたな、若いの。今の君は…海軍軍人というよりはまるで諜報員だ。」

 

 悪巧みは昔から得意ですよ。

 

「かもしれんな。君がわざわざ、わしの所にあんな機密文書を送りつけてきた理由も想像がつく。…統合参謀本部議長が心配なんだろう?」

 

 その通りです。

 私の計画を実行するとすれば、ウィン●ーズ総督は責務を問われる事でしょう。

 

「間違いなく問われるな。」

 

 …現在、総督の次席はマクドネルに乗っかろうとしている空軍の大馬鹿野郎です。

 今の内に奴を追い出していただきたい。

 

「ほう、ウィン●ーズ君を守ってくれと言われるかと思っていたが。」

 

 残念ながら、その分水嶺は過ぎてしまっています。

 例え今、統合参謀本部議長の人事を変えたとして、あの大馬鹿野郎なら前任者に罪をなすりつけるでしょう。

 

「なるほど…だ、そうだウィン●ーズ君。」

 

 

 Oh,CRAP!!

 居たのかよ!?

 しかも机の下とか隠れ場所の選定が小学生かよ!?

 

 

「ええ、首相。お話はよく聞かせていただきました。"恩師想いの良い生徒"を持ちましたよ、本当に。」

 

 …………

 

「まあ、そう責めてやるな、ウィン●ーズ君。君の発案よりは…君自身の名誉を保てるやもしれん。」

 

 …総督が何か発案を?

 

「ああ。自殺行為だ、あんな案。"統合参謀本部議長が暴走してスラムの破壊を命じる"なんて物、実行すればわしまで巻き添えを食らうわい。」

 

(石原莞爾かお前は)

 

「…はぁ。セントルイスファミリア、お前の案は俺も読ませてもらった。かなり合理的だな…血も涙もないほどには。」

 

 おぅふ…すいません、総督。

 

「謝る必要はない。これで俺も自爆せずに国家の流通を守れるわけだからな。誰も泥を被らない、結構な事じゃないか。…後任は…空軍の馬鹿は繋ぎ役で、本命は海軍参謀長にする。俺もちょうどこの役職から降りたいと思っていたところだしな。いい加減疲れたよ。」

 

「君が思っているほど、わしらは無神経ではない。事前に総督と協議は済ませている。…Goサインを出そう。勿論、極秘だがな。」

 

 ありがとうございます。

 

「くれぐれもわしの任期が有効な内にやってくれ。次の選挙では、わしはきっと勝てん。マクドネルなら魔女狩りを始める事だろう。…しかし…はぁぁぁ…任期の終わりにこんな悪魔の所業に許可を出す事になるとは。」

 

「ははっ、首相。ホルタ会談では"悪魔とでも手を結ぶ"とおっしゃっていたでしょう?」

 

「ウィン●ーズ君、それはそうだが。まさか自身で悪魔になるとは思わんかったのだよ。」

 

 

 

 厳密に言えば、この場合、悪魔というのは私の事になるだろう。

 私はそれを発案しただけでなく、実行まで行うのだから。

 

 

 首相と総督に見送られ、私は自身の鎮守府へと戻ってきた。

 ルイスとベルが連合を組み、ピッピがダンケにあやし占有率の共有をチラつかせて味方に引き込むという、お前らは一体いつまで18世紀なんだと言いたくなるような争いを続けている間に、私はフリッツX-Ⅱの投下案をほぼほぼ纏め上げてしまった。

 フリッツX-Ⅱ自体は週末には届くとの事で、今は我が第六艦隊に守られながら北海の洋上にある。

 民間商船に偽装した鉄血海軍所属の輸送艦に積まれており、最終的には当鎮守府の海域近くで離脱する第六艦隊所属のアヴローラによって運ばれるのだ。

 投下に用いる航空機…これはドルニエ爆撃機をセイレーンの爆撃機に偽装させている…はグローセ叔母さんが自ら届けてくれるらしい。

 

 着々と準備は進み、あとは私がボタンを押せばいい。

 

 

 さあ、私は虐殺者だ。

 もう二度と迷うこともない。

 そこに誰が住んでいようと、もう考えない事にする。

 

 ヨシフ・スターリンは言っていた。

「1人の死は悲劇だが、100万人の死は統計だ。」

 これから私が目にする惨劇は、きっと"統計"になるハズだ。

 そして、それは…幾ばくかは私の助けになってくれる事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -------------------------

 

 

 

 カーリューは自身の目を疑った。

 

 今朝、ユスティア・ヘスティングスに渡された文書は彼女にとって信じがたく、そして同時に憤怒を誘発させるには十分なものだった。

 

 あろう事か海軍が、守るべき国民を虐殺しかねない判断を下そうとしている?

 スラム街のど真ん中に380mm砲弾を撃ち込むなんて頭がどうかしてしまったのだろうか?

 彼らとて知っているハズだ。

 この街に住む大勢の罪のない、可哀想な人々のことを。

 彼女の夫が守り通そうとしている、本当に大勢の人々を。

 

 

 カーリューは怒りと悲しみをコントロールする術を失いつつあった。

 誇り高いメイドが残忍なテロリストになるまで、そう時間はかからない事だろう。

 側から見るユスティアは、自身の詐欺の出来栄えには、とても満足していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キッズの日

 

 

 

 

 

『…じゃあ、来週には届きそうね?』

 

 はい、おそらくは。

 

『本当にありがとう。なんてお礼を言うべきかしら。』

 

 お礼を言いたいのはこちらの方です、ビス叔母さん。

 "あんな物"でよろしければいくらでもお送りするのに。

 

『ロブ君、気づいてないんでしょうけど、あの装置は私達の希望と言えるものなの。』

 

 そこまで!?

 

『ええ、そこまで。』

 

 

 

 ビス叔母さんに何の装置送ったかって?

 私を赤ん坊に退行させた、あのクソ忌々しい装置だよ!

 

 鉄血重工業の新鋭技術を持ってしても、あの装置の開発は困難を極めたらしい。

 よって、私は未だにアウン・●ウン・スー●ーさんみたく軟禁されている明石と夕張に、特赦を見返りとしてコピー品の製造を命じたのだ。

 大量生産品の幾つかがそうであるように、基礎理論が出来上がっていれば、後は資源と資金を投入して量産への道を目指せる。

 

 ビス叔母さんは最新鋭兵器であるフリッツX-Ⅱを私にタダで譲ってくれた。

 いくらリアルに血の繋がってしまった家族とはいえ、何のお礼もなしにするのは気が引ける。

 なので、栄えある第2号機を製造させて叔母さんに引き渡すぐらいの経費を惜しむわけもない。

 どこに需要があるんだ?って本気で言いたくなる変な機械と、核兵器(放射能抜き)は等価交換とは言い難いだろうが、それでも叔母さんは喜んでくれた。

 

 

『最高の報酬よ、ロブ君!…ラインハルトは今のままでも可愛いんだけど…やっぱり知的な彼にも戻ってきて欲しい…できれば身体はそのままで…』

 

 …………すいません、コメントは控えますね。

 

『…本当のこと言うとね…ロブ君、私達はもう莫大な報酬を貴方から受け取っているの。』

 

 ………はっはぁ!

 スラムの土地はもう抑えてるんですね。

 さすが叔母さん。皮肉なしにさすがです。

 

『その通り。既に大部分は抑えてるわ…貴方に疑いの目が向かないように、複数のペーパーカンパニーを通してアイリスの企業に買わせたから大丈夫よ。』

 

 お気遣いありがとうございます。

 

『このくらいやって当然!あの土地は都市部の再開発にもってこい。邪魔なスラム街が更地になれば、地価の上昇は間違いないわ。』

 

 作戦決行日は先程お伝えした通りです。

 それまでに残りの土地を抑えるべきかと。

 

『分かったわ、ありがとう。…貴方も貴方でさすがよ。私が土地を抑えるという予測ができたからこそ…電話をくれたんでしょう?』

 

 ええ、まあ。

 叔母さんは私の大切な"家族"です。

 それくらいの気は回します。

 

『本当に助かるわ。報酬はいくら欲しい?』

 

 報酬の為にお電話したわけでは…

 

『ロブ君。私、嘘は嫌いって言ったはずよね?恥ずかしがることないわ。私が"待ち望んでいたこと"をしてくれるのだもの。…知らないでしょうけど、不動産業への参入とグループ傘下企業のロイヤルでの本格的な展開は、中々見通しがつかなかった。』

 

 そういうことであれば…叔母さんにお任せします。

 こちらから提示するにも目安がない。

 

『なら、こういうのはどう?ティルの会社も不動産業に参入させる…スラムの30%を渡しましょう。建設費用はこちら持ち、収益はそちら持ち。これから更地になるスラムをベッドタウンにすれば、恒久的に高額の収入を望めるわ。それと…最新鋭の物も含めて、必要な兵器類は恒久的に提供する…それも費用はこちら持ちで。』

 

 最高です、叔母さん。

 ありがとうございます。

 

『ふふっ、ティルも貴方を良く育てているのね。…それじゃあ、幸運を祈ってるわ♪』

 

 叔母さんも幸運を!

 

 

 

 

 私は鉄血28号の後部座席で電話を切って"もらった"。

『歩ける君MK.Ⅳ』を被り、車に搭載された人工知能・プリンに頼んで電話を繋いでもらっていたわけだが。

 この姿では電話を切るのにも他人の補助がいる。

 

 

『執務室から電話できなかったの?』

 

 

 電子音を纏ったプリンツェフの声が私に問いかける。

 人工知能の言う通り、普段なら執務室から電話をしているはずなのだ。

 なぜわざわざマッマ達の体臭の塊である『歩ける君』なんか被って車から電話をかけたかといえば、マッマ達にはあまり聞かれたくない話だったからだ。

 

 なんたって、街を丸ごと一つ、それも老若男女問わず消し去ろうという時に、それを利用して金儲けをしようというのだから。

 ピッピママは鉄血でフリッツX-Ⅱ絡みの話があった際に卵を温める親鶏みたくなっていた…ほかのマッマにそんな話を聞かれちゃ何をされるか分かったもんじゃない。

 マッマ達はたしかに、最終的に大量破壊兵器の使用に全員同意はしてくれたものの、その様子は快諾とは程遠いものだったのだ。

 にもかかわらず、その上から更に金儲けまで目論まんというのである。

 よって私は、マッマ達が無駄に私を心配しないよう、こういうお話はコソコソ隠れてやりたいと思うようになっていた。

 しなきゃいいじゃん?

 その選択肢あると思う?

 

 

『なるほど、貴方なりの気づかいなのね。』

 

 まあね。

 

『でも残念ながら…』

 

 ガバッ!

 

「全部、最初から聞いてたわ、坊や。」

 

 ぬおおおおおおおおおおお!?

 ピッピィィィイイイ!?!?!?

 

 

 バックシートのサイドドアが開かれ、ピッピママが突入してきた。

 反対側のドアからはダンケ、運転席からはベル、助手席からはルイスが突入している。

 あんたらいつからそこでステンバーイしてたのよ!?

 1人寂しく電話してた意味ないじゃん!!

 

 

「Mon chou!」

 

 はい、ダンケママ。

 

「うぅッ、ぐすッ、そんな風に育てた覚えはないのにッ…」

 

 泣かないでルイスママ?

 

「ご主人様の御心が荒んでしまっているようですね…憂うべき事態です。」

 

 ベルマッマ、そんな重く考える必要は…

 

「あるわ、坊や!やっぱり貴方この間からおかしい!姉さんも姉さんだけど…」

 

「明石と夕立が"あの装置"の2号機を作ってたのは、そういうわけね。まるで闇取引じゃない、Mon chou.」

 

「10人で囲む10人で囲む10人で囲む10人で人で囲む10人で囲む10人で囲む10人で囲む10人で」

 

「ご覧ください、ご主人様!ルイスがショックで壊れてしまいました!」

 

 それ私のせい?

 ルイスって元からそんなんじゃなかったっけ?

 

うわ、ひっど。ご主人様、流石に今の発言は酷すぎます。ですので、これよりご主人様の御心を治療致します。」

 

 カウンセリングか?

 また胸の谷間に挟んで色々すんのか?

 あぁん?

 もう慣れちまったよ。

 

「うふふ。ご主人様、今日のベルファストは一味違います。荒んだご主人様の御心に必要なのは…あやしよりも癒し。」

 

 もっと早くその事実に気づいて欲しかったなあ。

 

「では、皆様。ベルファストの提案に賛同していただけますね?」

 

「はぁぁぁ。そうね、坊やにも癒しが必要。姉さんとの裏取引に何の抵抗感も感じなくなってしまったのなら尚更ね。」

 

「ビスマルクとの取引はもう取り消せないけど…少しは元のステキなMon chouに戻って欲しいわ。」

 

「10人で囲む10人で囲む10人で囲む10人で人で囲む10人で囲む10人で囲む10人で囲む10人で」

 

「それでは、『癒しン坊作戦』決行します!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30分後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど〜。しきかんもきっとつかれてるのね!じゃあ、わたしたちがあそんであげよぉー!」

 

 あ、ありがとう、ピッピちゃん。

 

「ピッピちゃんじゃなくて、ピッピおねえさんってよびなさい!」

 

「こらピッピ!しきかんはあなただけのおとーとじゃないのよ!」

 

「しきかんくんはわたしたちみんなのおとーと!」

 

「ひとりじめはよくありません!」

 

 

 

 マジでどうにかしちまったなぁ、ベルファスト。

 癒す方法が私を『鎮守府立ピッピベルゲルク=セントルイスファミリア幼稚園』にぶっ込む事っておかしくない?

 ねえ?

 そこでちょこんと座って、にこやかな笑顔でこっち見てるだけで全てが解決するみたいな雰囲気纏ってんじゃねえよ。

 

 もしかしてさ、私のことをどこかの航空母艦と間違えてない?

 駆逐艦より小さな子達と過ごせばはつじょっするとか思ってない?

 何度でもいうけどそっち方面の趣味はないからね、私。

 分かってる?ねえ?分かってやってる?

 

 

「は〜い、みんな♪アイスクリームの時間よ〜♪」

 

「「「「わ〜い!アイスクリームだぁ〜!!」」」」

 

 

 アイスクリームはいいんだけどね。

 うん、ありがとうルイス。

 でもねルイス。

 青い不織布マスクつけてアイスクリーム配りにくるのはやめてほしいかな〜。

 ネイビー●ールズって見たことある?

 あれの最初の方の斬新な爆破テロのシーンみたいな絵面になってるから。

 不必要に不穏な再現しないで?

 

 

「はい、しきかん!アイスクリームたべさせてあげるね!あ〜」

 

 ベチャッ

 

 

 ルイスはアイスクリームをコーンにのせて配っていて、ピッピちゃんは受け取ったアイスクリームを私の口元まで運んで来てくれた。

 ただ、アイスクリームを保持する角度が浅すぎて…つまり、地面と平行になり過ぎて、アイスクリームは床に落ちてしまう。

 

 コーンを握ったまま微動だにしないピッピちゃん。

 口を半開きにしたまま凍りつく私。

 せっかく「何かお姉ちゃんっぽいことしたい」と思ったのであろうピッピちゃんのご厚意は哀れ床の上。

 素敵な笑顔が阿鼻叫喚の号泣に変わるまで、おそらく…3.2.1…

 

 

「びえええええええええええええ!!」

 

「あ〜↑ほらほら、泣かないの!ミニ・ルーに食べさせてあげようとしたのね、偉い偉い!まだアイスクリームは沢山あるから!泣かないで!」

 

「でッ、でも、ゆがをよごじぢゃっだじッ、ぜっがぐのアイジュグリーム」

 

「お掃除はこのベルファストにお任せください!ピッピちゃんのお志はとても…」

 

「おそーじはわたくしにおまかせください!めいどちょーですので!」

 

 

 ベルちゃんがどこからか布巾を片手に持ってくる。

 あ、やめて、ベルちゃん。

 それ布巾やない、私の着替え。

 そんなもんでアイスクリーム拭いたら汚れが広がっ…あーあー、やっちゃったよ。

 ベルマッマのお仕事増えちゃったよ。

 おそーじプラスお洗濯になっちゃったよ。

 

 

「ベルちゃん、お志は立派ですが…その、困ります。」

 

 

 ベルファストが珍しく困り顔で苦言を呈す。

 たぶん、ガチ困りしてたからついこぼしちゃった感じだけど、ベルちゃんが泣き始める理由としては十分なものじゃった。

 わんわん泣いてるピッピちゃんにベルちゃんが加わり、ルイスちゃんとダンケちゃんが特に理由もないのに泣き始める。

 

 

「そんなつもりでは…あぁ、ごめんなさい、ベルちゃん!お志は本当に立派なんですよ!ただ…」

 

「みんな、泣かないで?ほ、ほら、ラッキールーのラッキーアイスを食べて元気出して?」

 

 

 見事にオロオロしてるベルマッマとルイスマッマ。

 私も何か彼女達を手伝えればいいのだが…いや、やめとこう。

 赤ん坊が手伝おうとすると返って迷惑にしかならん気がする。

 

 しかしまあ…

 私は断じてロリータコンプレックスなるものを患ってはいないものの、なんというか…そう、癒される。

 年下(に見える)存在がいるからかどうかは分からんが、お姉さんっぽく振る舞おうとして失敗していくミニマッマ達の姿がとてもとても微笑ましい。

 

 はぁぁぁ。

 よく考えれば、最近はビス叔母さんとダーティ・ビジネスに手を染めまくってたから、こういう純粋な子供のような心を忘れていたのかもしれない。

 そうか…ピッピは気づいて欲しかっ

 

 

「あははははッ!!ちびっ子達ぃ〜!!逃げる必要はないんだぞおおおおお」

 

「く、来るな!これでも喰らえッ!」

 

「ぐはッ!!!…はは、ははははは!!これしきでこのアークロイヤルの意思を止められるとでも思ったか!!」

 

 

 感傷的な気分を台無しにされた。

 見れば、当鎮守府ダントツの犯罪者予備軍・アークロイヤルが、いつのまにか当然のように我が鎮守府へ入り込んでいるツェッペリンちゃんを追い回していた。

 赤ん坊になっていなければ、私は今すぐにでも鎮守府警備隊に電話を掛けてつまみ出していたことだろう。

 アークロイヤルの方を。

 

 

「でゅふふふふふッ!いい加減に観念し…!?」

 

 おい、どうしたアークロイヤル。

 何故私を見つけた瞬間に立ち止まる何故ガン見する。

 おい、おい、やめろよ。

 お前それもはやストライクゾーンとかそういうレヴェルの話じゃねえよ。

 こっち見んな、ニヤつくな、ヨダレ垂らすな。

 やめろ、おい、やめろ。

 

「ぬふふほおおおおおお!?閣下あああああああ!?」

 

 こっち来んな来んな来んな来んな!!

 マジで来んなああああああああ!!!!

 

 

 ドカドカッ!!

 

「グフオッ!!!」

 

 

 ルイスマッマが躊躇いなく45口径でアークロイヤルを撃ってくれたおかげで助かった。

 腹部から血を流しながらもこちらへ這い寄ってくるアークロイヤルはゾンビそのものだが、じきにイラストリアスがやってきて医務室へ運んでいく。

 

 ふああ。

 マジで助かった…。

 アークロイヤルはしばらく地下牢行きだな………冗談抜きで。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エージェント・ジェンキンス

 

 

 ロイヤル鉄道が警備を強化したのは本当だが、それでもユスティア立案の襲撃計画には大して影響はしなかった。

 

 

 腰の重過ぎる内務省が、国内の業者に海賊への注意を呼びかける文章を送付したのはついこの間の事。

 行政機関というヤツは動き出しこそ遅いくせに、一度動き出したら徹底的にやろうとする。

 発行株式の実に55%を国が握る半官半民のロイヤル鉄道社も"筆頭株主"からの要請のおかげで、海での事業は何一つ持っていないにも関わらず警備対策を講じることになったのだ。

 どうやら行政は内洋流通の保全だけでは満足できないらしい。

 

 

 具体的には、陸軍の倉庫で山積みになっていた旧式のボルトアクションライフル…その昔にユニオンから送られた軍事物資の一つであるM1917ライフル銃…を持った武装警備員が増員配置され、車列にはM1895"芋掘り機"機関銃が設置された。

 鉄道社にとってはまさに不必要な経費の増大でしかないのだが、ロイヤル政府が内洋だけでなく国内流通の安全を危惧し始めた点は良い事だと言えるだろう。

 ただ、鉄道社自体は不必要な経費を増大させるつもりなどさらさらなく、警備員は最少限度しか増員されなかった。

 

 そしてそれは…ユスティア・ヘスティングスなる少女の計画にとって、鉄道社と行政の努力を殆ど無意味なモノにしていたのだ。

 

 

 

 この日の夜、首都発の貨物列車はリヴァプールへと向かっていた。

 

 現在ロイヤルの貿易輸入相手国の第1位はユニオンで、リヴァプールへ入港するユニオンの貨物船はたしかに多い。

 だが、貿易輸出相手国の第1位はアイリスで、リヴァプールから大西洋に向かう貨物船は大して多くはなかった。

 これから20年もすればマッシュルームヘアの4人組が奏でる音楽が、リヴァプールからユニオンのみならず世界中に"輸出"されることになるがそれはまた別のお話。

 

 ロイヤル鉄道社の貨物列車がリヴァプールへ向かっていたこの時点では、リヴァプール行きの貨物列車の数さえ少なかったのである。

 それにも関わらず、この列車が通常ダイヤに割り込んで運行されている理由はその積荷にあった。

 鉄道社は政府から特別に報酬を弾まれた臨時便であっても、勿論営利を追求した。

 よって政府から依頼された"積荷"の他に自社が取り扱う貨物もその臨時便に盛り込んだ。

 結果的には、列車はいつも以上に長くなったのである。

…いや、積荷という言葉を使うのもよろしくはないだろう。

 政府から輸送を依頼されたのは5名のKANSEN。

 それ故に長大な列車を牽引する機関車のすぐ後ろには客車が連結されていた。

 

 

 使用されたのは古い客車で、錆びついた椅子や埃っぽい内装が乗客の不健康を招きそうな車両だった。

 発注者は客車のグレードを指定しなかったのだから当然といえば当然かもしれないが…しかしながら、乗客達がこれまで人類に対して行ってきた貢献を考えれば少々配慮を欠いているかもしれない。

 事実、5人のKANSENは誰しもがあてがわれた客車への不満を胸にしていたし、この見るからに不健康そうな客車のせいで実際にも不健康な状態にある。

 

 

「けほっ、けほっけほっ…ゲホッゲホゲホ」

 

「ユニコーン!?」

 

 

 紫色の髪をした幼い少女はユニコーンのぬいぐるみを持っていたが、キュラソーはぬいぐるみの心配をしたわけではない。

 ユニコーンとはそのぬいぐるみを持っている少女の名前で、彼女はこの客車に乗って少し経った時から度々咳き込んでいた。

 それが今、ついに本格的な咳き込みに変わった事でキュラソーは心配で声をかけずにはいられなくなったのだ。

 

 

「ユニコーン?大丈夫ですか?」

 

「ゲホゲホゲホッ、けほけほっ…うぅ、お兄ちゃんに会いたい…」

 

「心配しなくてもまた会えますよ!」

 

「おい、そこの2人!離れなさい!」

 

 

 ユニコーンを励ますキュラソーに心無い声が浴びせられる。

 見れば"MP"の腕章を付けた制服制帽の男がNo.2リボルバーを構えていた。

 同じ腕章を付けた男達があと5人はいたが、いずれも不織布マスクを着用していて、咳き込む幼い少女の心配をしているようには見えない。

 

 "人でなし共"

 

 キュラソーはMPの傍若無人な態度に内心憤る。

 

 彼女達の指揮官は横領の罪で捕まった。

 そして反社会的勢力によって連れ去られた…或いは最初から内通していたと、少なくともMPには思われている。

 ただ、指揮下のKANSENにその責任があったかといえばかなり怪しい。

 彼女達は指揮官の頼みで質素な生活に耐えつつ、しかしそれでも海軍と国の為に働いてきた。

 そもそも、指揮官の頼みの理由も横領の内実もそれとなく知っていた…知らなければ文句の一つも出ないわけがない。

 指揮官が例え横領を働いていたとしても、彼は本当に高潔な人物だと、彼女は胸を張ってそう言える。

 

 それでも、ロイヤル海軍憲兵隊の連中は冷酷極まりない。

 職務上必要のない事しか知らされてないからか、或いは罪人の部下は所詮罪人だとでも思っているのか。

 彼らは自身の健康に留意してはいたが、これからユニオンに"左遷"されるKANSEN達については留意するどころかどうなろうが知った事ではないと思っているようだった。

 

 

 …いや、よく見れば全員ではない。

 確かに2人にNo2リボルバーを突きつけている冷酷な下士官を含めて、車内にいる6人の憲兵の内の5人は冷淡な対応を取っていた。

 だが、1人だけ…一番若く見える憲兵は下士官の態度が理解できないようだった。

 

 

「軍曹!こんな幼い子供が咳をしているのです!この状態で脱走なんか出来るとお思いなのですか!?」

 

「お前の戯言は胸の内にでも閉まっておけ、ジェンキンス。」

 

 

 下士官の態度からして、彼自身は自分の職務に不満を持っているらしい。

 彼はまだ若い憲兵…ジェンキンス二等兵を睨みつけ、リボルバーの銃身で苛立たしげに目の前のKANSEN達を指し示す。

 

 

「俺はこのKANSEN共をリヴァプールまで運ぶまでの間、警備の責任を持たなきゃならん。…責任を持つという事の意味を、お前は理解してるのか?」

 

「………」

 

「お前は先週配属されたばかりだから知らんのかもしれないが…」

 

「だとしても!目の前で苦しんでいる小さな女の子を見て、何も感じないのは」

 

「黙れジェンキンス!!」

 

「黙るもんか!…そこのメイドさん、あの子にこれを。」

 

「これは?」

 

「咳止めです。飲み物はこちらに。」

 

「ジェンキンス!勝手なマネは許さん!KANSENから離れろ!」

 

「その命令には従えません!」

 

「いい加減にしろこの青二才の若造がッ!今すぐにそこで止まれ!さもないと」

 

「アンタが止まんな!」

 

 

 顔に傷のある…背の高いKANSENが座っていた席から立ち上がり、軍曹の行く手を塞いだのはその時だった。

 まもなく彼女の妹も立ち上がったが、姉の方に比べれば随分と…なんというか、少なくとも迫力には欠けている。

 薄幸美人っぽい妹の、やや前方に立つ姉は正反対に全身から圧力を醸し出せるだけの迫力があった。

 

 

「貴様ッ!席に座れ!撃ち殺すぞ!」

 

「撃ちたきゃ撃ちな!それとも…アンタの鉄砲は逸物と同じで"見てくれ"だけなのかい?」

 

「ペン姉…!」

 

「下がってな、アリゾナ!」

 

 

 軍曹はワザとらしくリボルバーのハンマーを起こして見せたが、このKANSEN共は一向に引き下がろうとはしない。

 更には、生意気な新兵とメイド、そして紫髪の少女を下士官とは反対側の憲兵達から守るかのように、もう1人のKANSENが立ちあがっていた。

 

 

「フェニックス!」

 

「ユニコーンを頼む、キュラソー。アタシだけ黙ってるわけにもいかないだろ!」

 

 

 新兵の造反に加え、KANSENにも反抗された下士官はもうカンカンだった。

 赤黒くなった顔を残りの憲兵達に向け、目で合図をする。

 そして合図を受け取った4名の憲兵達は、それぞれの携帯火器…ステン2梃とNo2リボルバー2挺…の銃口を、ジェンキンスを含めた6名に向けた。

 

 

「もう我慢ならん…本当はもう少し生かしておく気だったんだがな!」

 

「なッ!?軍曹!?どういう意味ですか!?」

 

「悪いがジェンキンス、お前も死ぬ予定だった。KANSENが反抗して仕方なく射殺したっていうシナリオなら、憲兵側にも死者がいなきゃ怪しまれる。」

 

「…最低だ……」

 

「情報局(MI5)は報酬を弾んでくれたよ。それじゃあ、短い間だったが…」

 

 

 軍曹が引き金にしっかりと指をかけ、力を入れて.38口径弾の雷管をハンマーが叩く前に、列車が急停止する。

 軍曹はつんのめるようにして倒れたし、他の憲兵やKANSEN達も倒れてしまった。

 

 

「クソッ、畜生!何が起こった!?」

 

 

 いくら買収されるような人間とはいえ、下士官は腐っても下士官で、軍曹は倒れた後、転んだ拍子に落としてしまった制帽を拾いながら状況を把握しようとする。

 他の憲兵達の内、軍曹に続いて立ち上がったのはフェニックスの方にいた2人だった。

 軍曹反対側からその2人に怒鳴り声を張り上げる。

 

 

「さっさとそいつらを始末しろ!他の誰かが来る前に…」

 ヴスッヴスッ!

 

「があっ!?」「ぐおっ!?」

 

 だが、軍曹の部下2人がNo2リボルバーとステンガンを構える前に、くぐもった銃声が響く。

 その直後には軍曹の部下2人がそれぞれ頭に2発ずつ32口径弾を撃ち込まれて倒れ込んだ。

 憲兵2名を射殺した者はキュラソーの目の前にいて、彼女は驚きのあまり目を丸くする。

 彼は片膝をついて戦闘態勢を取っていたし、その姿はつい先程まで軍曹にどやされていた若者とは全く異なる空気を纏っていた。

 

 

「!?…あ、あなた!?」

 

「伏せていてください、キュラソーさん!」

 

「なぜ私の名前を「詳しい話はあとです!」

 

 

 ジェンキンスはキュラソーの頭を抑え、できる限りの低姿勢を維持させると、手にする火器を慣れきった動きで別の方向へと向けた。

 2人の憲兵を打ち倒した消音器付きのM1903自動拳銃は、次に軍曹の後ろでやっと立ち上がりつつあった別の憲兵2名に向けられる。

 ユニオン製の自動拳銃はそれぞれの肩と腕に1発ずつ弾丸を放ったが、腕を狙われた方への弾丸は目標から逸れていった。

 そして、今度はジェンキンスに弾丸が向かう番になった。

 

 腕を狙われた憲兵は弾丸が逸れた事を知るやいなや、腰だめでステンガンをフルオート射撃する。

 熱された弾丸が次々に空を切り、微々たる程には冷まされて飛んでいく。

 ジェンキンスはキュラソーとユニコーンを銃を持つ方と反対の手で、そして倒れたままのフェニックスを脚で座椅子の背後に退避させると、そこで初めて自身も古びた椅子の背後へと退避した。

 幾分か退避が遅れたせいで1発の9mm弾が彼の肩をかすめたが、彼は動じることなく32口径弾を2発、ステンガンの憲兵に撃ち込んだ。

 M1903のスライドはそこで止まったが、憲兵の頭にはしっかりと風穴が空き、ステンガンも仕事をしなくなる。

 

 

「ジェンキンス!裏切り者め!」

 

 

 軍曹がNo2リボルバーをジェンキンスに向けたのは、彼の自動拳銃が弾切れを起こしたちょうどその時だった。

 だがジェンキンスは動じない。

 それどころか、軍曹の背後にいるモノを見て安堵さえいていた。

 

 

「ハハッ!弾切れか?いい気味だなッ!あの世でせいぜい」

 

「うるさい。」

 

 

 さっさとリボルバーの引金を引けばよかったのに、軍曹はそうしなかったせいでジェンキンスを殺す事が出来なかった。

 買収された下士官は後頭部に38口径弾を撃ち込まれてその場に倒れこむ。

 ユニオン製のM12リボルバーは続いて肩を負傷した憲兵に向けられ、その頭にも風穴をあけた。

 

 

「間に合ってよかった、"ジェンキンス"」

 

「ええ、本当に。ユスティア、良いタイミングで来てくれました。重機関銃の銃声も聞こえなかったところを見ると、本当によくやったようですね。」

 

 

 軍曹を至近距離から撃ったせいで浴びた血飛沫をハンカチで拭くユスティアに、ジェンキンスは笑顔で応じる。

 "ジェンキンス"という名前自体は、この男の数ある偽名の内の一つに過ぎなかったが、彼自身はそれを気に入っていた。

 

 

「カーリューさんのおかげで列車の制圧がスムーズにできたの。機関銃の銃座もね。貴女には感謝しても仕切れないわ。」

 

「…当然の役目を果たしたまでです。」

 

「カーリュー…?カーリューッ!」

 

「キュラソー!?ちょっ!?」

 

 

 駆け寄ってきたキュラソーに抱きつかれるという事態は、対●忍スーツを着込むカーリューには想定外だったようだ。

 

 

「いててて…おっ!カーリュー!久しぶり!」

 

「元気そうでなによりね。」

 

「お久しぶりです…」

 

「カーリューお姉ちゃん!ゲホゲホッ」

 

「ユニコーン!?大丈夫ですか!?…ほら、このキャベツを頭に巻いて…」

 

 

 再開を喜ぶKANSEN達をそのままに、ジェンキンスとユスティアは停止した列車の車外に降りる。

 ユスティアが煙草を差し出して、ジェンキンスがそれを加えた。

 2人とも煙草を吸いながら歩き、会話を続ける。

 

 

「長期間の潜入任務、本当にご苦労様。」

 

「ありがとう…しかし、本当にあの娘を味方にしてしまうとは。」

 

「彼女も私たちの目標に賛同してくれたの。喜ばしい事だわ。…真実を知れば、きっと他の娘達も腐った政府に憤るハズ。」

 

「…僕も、君達に出会うまではただの政府の駒だった。でも君のおかげで真実を知ることができた。本当にありがとう。」

 

 

 列車の脇には、すでにロイヤル鉄道警備員達の死体が並べられている。

 "これはあの娘達には見せられないな"

 そう思いつつも、並べられている鉄道警備員達には同情を覚えた。

 彼らはあの薄汚い憲兵共とは違い、買収されたわけではないだろう。

 もし別の列車の警備をしていれば死ぬ運命にはなかったかもしれない。

 

 

「貨物車からは艤装を回収できたわ。それに…大型の機械も。送り主と受取り人は誰だったと思う?」

 

「さあ?」

 

「送り主はセントルイスファミリア。受取人はビスマルク。…きっと、憲兵共を買収したのもセントルイスファミリアね。」

 

「いや、憲兵はMI5から依頼されたと言っていた。」

 

「MI5?…貴方の古巣じゃない。…セントルイスファミリアの古巣でもあるから、手を回したのかも。」

 

「彼のプロファイルを読んだけど、あんな連中を雇うような男じゃない。もし君の言う通り僕やあの娘達を殺す気なら、ビスマルクから特殊部隊を借りたはずだ…()()()()()()()()()をね。」

 

「なるほど…でも」

 

「ユスティア!イチャついてるとこ悪りぃが、ポールから無線が入ってる。」

 

 

 ユスティアは少ししかめっ面をしてビッグレッドから暗号無線機を受け取ったのは、見た目麗しい元MI5スパイとの会話を邪魔されたからではない。

 彼女の思考が中断されたからだ。

 しかし、兄の方から連絡を寄越してくるということは…よほどの緊急事態に違いない。

 彼女は受話器を耳へ持っていき、兄の声を聞く。

 

 

「どうしたの、兄さん?」

 

『大変だ!大佐がッ、大佐がスラム街へ向かった!!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

総合的な脅威

 

 

 

 

 

カーリューはユスティアからこう言われていた。

 

「海軍がスラム街破壊を試みている事は決して大佐には伝えないように。彼は前回の失敗で多少なりとも情緒不安定に陥っています。大丈夫。私達と、これから助け出すKANSEN達がいれば、きっと阻止できます」

 

 彼女自身、落ち込み気味な夫の事をどこまでも心配していたし、だからこそ、ユスティアから渡された海軍の機密文書は隠しておいた。

 だが、隠し場所が悪かった。

 その文書は偶然ジョン・"ジャック"・フォースターに見つけられ、そして彼を暴走させるのには充分な威力を発揮した。

 

 

 フォースター"元"大佐はポール・ヘスティングスに何らの相談もせずにマニングトゥリー郊外にある海賊発進基地からスタッフカーに乗って飛び出した。

 あの文書が本物なら…捺印の形状から本物だと断じざるを得ない…スラム街に住む多数の人々が死ぬ事になる。

 同地出身のフォースターとしては、それを是が非でも回避したい。

 例え全員を救うのは無理だとしても…救えるだけの人々に叫び、訴え、引っ張って、あの地から生きて連れ出そう。

 今や彼のスタッフカーは一般道路の法定制限速度を優に超える速さでスラム街へ向かっている。

 

 もしかすると、計画が始動するのは当分先の事なのかもしれない。

 もしかすると、流石に腐った海軍上層部でも考えを改めるかもしれない。

 もしかすると、彼自身の行いはいたずらに混乱を招くだけなのかもしれない。

 

 そういう考えはあったものの、フォースターは歪な胸騒ぎに迫られていた。

 前回失敗した海賊行為の相手はセントルイスファミリア少将だったという。

 あの赤ん坊、見た目は幼くても頭の中はしっかりと腐りきっているに違いない!

 奴が鉄血の実業家と金銭的にも血縁的にも繋がっているという話を、フォースターはポールから聞かされていた。

 そんなクソ野郎なら、スラム街に380mm砲弾を打ち込む、などという大それた事さえ平然とやりかねないだろう。

幸か不幸かフォースターは戦艦の主砲の威力というものをしっている。

死ぬのは1人2人では済まない。

 

 フォースターはスタッフカーの速度をぐんぐん上げていく。

 そのおかげか、もうまもなくスラム街の光景が眼前に広がってきた。

 ヘスティングス兄妹に"救出"されてから、スラム街へ向かうのは初めてではなかったが、しかし、これ程までに急いでいた事もない。

 あの街の人々を救わなければ!

 

 加速する想いがアクセルを踏み込ませ、スタッフカーは更に加速する。

 フォースターが眼前のスラム街を見つめ、スタッフカーのエンジンが金切り声を上げた時、それは起こった。

 

 

 

 突然、眼前が眩いばかりの光に包まれる。

 

 目が眩み、スラム街から目を背ける間にも、彼は自身がふわりと宙に浮くような感覚を感じた。

 実際にもスタッフカーは数センチは宙に浮いていたし、やがて衝撃波の後に爆風もやってきた。

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 Kaboon!!

 

 私が自身の指で投下ボタンを押した結果、無人機仕様の改造爆撃機からはフリッツX-Ⅱが投下され、そしてその最新鋭爆弾はスラムの何万人かを一瞬のうちに殺害した。

 恐らくはあまりにも多くの人々の人生を奪ったにも関わらず、全くもってその実感は湧いてこない。

 ただただ、無人機仕様のドルニエから送られてくるライブ映像をぽかんと見つめ、大きなキノコ雲が浮かぶ光景に向かい合っているだけ。

 私をいつも通り谷間に挟むピッピマッマは少しだけギュッと強く抱き抱えてきただけだし、ダンケマッマは静かに目を閉じて十字を切っていた。

 きっと、カトリック教徒だけでなくプロテスタントの魂も救われるよう、ベルマッマも十字を切っている。

 ルイスマッマは私の心労が心配なのかアイスクリームを…って多ッ!?

 あ、あのね、ルイスマッマ。

 いくらなんでもそんな量のアイスクリームは食べれないよごめんよ。

 

 

 とにかく、私の作戦は"無事"に実行された。

 あと数十分もすればキノコ雲もスラム街の頭上から消え去るだろう。

 そのあと地上に残っているのは…僅かな残骸と更地だけのはず。

 一応、私は自身の鎮守府の警備兵力の一部を

 "救難活動"に参加させる準備を終えている。

 人っ子ひとり見つかりはしないだろうが、何もせずにボケッとしてれば最悪この作戦自体の関与さえ疑われかねない。

 残酷なまでに周到な準備を進めるのは気が重かったが、実行に移した時は本当に何も感じなかった。

 

 

「坊や…あぁ…坊や…」

 

 ピッピ、何も考えないで?

 

「……えぇ、そうするわ。でも、その言葉はあなた自身に向けられるべきものよ?坊や…あなたこそ何も考えるべきではない。何故なら、あな」

 

 

 電話のベルが鳴り、ピッピの言葉が遮られる。

 ピッピが素早く電話の受話器を取って、私の耳元にまで持ってきてくれた。

 私は現在うずくまっているピッピの谷間から少し這い上がり、より受話器を正しく保持できるようにした。

 

 

『…ロブ君?』

 

 あれ、ビス叔母さん?

 

『作戦成功おめでとう』

 

 あっ、これはどうもわざわざすいません、ありがとうございます。

 

『…でね、ロブ君?』

 

 何でしょうか?

 

『あなたが送ってくれた装置…リヴァプール近郊で奪われたそうなの。』

 

 

 私は血の気が引いていくのを感じたし、ピッピも青ざめ、ダンケとベルは卒倒し、ルイスは大量の『ラッキーアイスクリーム』を入れた巨大なカップを落っことしてしまった。

 

 え?マジ?

 いつもハイテンションなビス叔母さんの声のトーンが低いもんだからどうしたのかなぁ?と思ったらンなアクシデント起きとんのかい!?

 つーかなんで私より早く知ってんの!?

 

 

『私、もう我慢できないわ』

 

 もももももも申し訳ありません、ビス叔母さん。

 海賊行為を警戒してリヴァプールから遠回りで輸送する予定が、どこかのクソ共に奪われたんでしょう!

 申し訳ありません!

 私の部隊に運ばせるべきでした!

 ですので何卒!何卒!

 

『大丈夫、心配しないで。』

 

 

 メッセージの一つ一つから、ビス叔母さんの怒りがひしひしと伝わってくる。

 仰ってる内容はいつもと変わんないんだけど、声のトーンが極度に抑えられてて、「あ、これ怒ってんだな」ってのが嫌ってぐらい伝わるのよ。

 マジ何言われるか分かんねえな、怖ええ。

 

 

『あなたに罰を与えたりはしない…』

 

 

 ふぅ…

 あー良かった、やっぱビス叔母さん優し

 

 

けど

 

 ひえっ!

 

『ちょっとお願いしたい事があるの。』

 

 な、なんでしょう?

 

『………3時間後に着くから。』

 

 はい!?え!?ちょっ!?

 

 

 電話は既に切られ、私はツーツーと寂しい音を立てる受話器を耳にしたまま凍りつく。

 ふと見上げれば、私を挟むピッピマッマも青い顔をしていた。

 

 

「姉さんが鉄血を出るのは…ラインハルト君絡みかよっぽど重要な要件がある時だけ。もっと言えば…姉さんがロイヤルに来るなんてありえない!」

 

 ど、どして?

 

「考えてみて、坊や!姉さんは大陸側の欧州経済を牛耳ってるのよ!ロイヤル財界の連中が歓迎するわけないじゃない!」

 

 ………やっべええええええ!!!

 ルイスマッマ!

 鎮守府警備体制RED!!

 敵性勢力の襲撃に備えさせて!!

 

「分かったわ、ミニ!」

 

「え?坊や?いくらなんでもそこまで」

 

 するわ!!

 ロイヤル財界からすればドサクサ紛れにビス叔母さんデリートする絶好の機会じゃん!!

 つーかよお!!

 なんで叔母さんも時期選んでくんねえんだよおおおおおおおおおお!!!!

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 フォースターはようやく目を覚まして、ぼやける視界の中に妻の姿を捉える。

 妻も彼が意識を取り戻したことに気づいたのか、顔を近づけてきた。

 彼が妻の悲しげな顔を見たのはこれが初めてではない。

 鎮守府警備隊があるKANSENの命令で大虐殺を始めてしまった時や、ある軽薄な中将を"説得"しに行った時の妻の顔は…どうしようもないほど悲しげだった。

 だが、そういった時ですらここまで悲壮感のある表情はきっとしていなかったろう。

 

 きっと、彼の妻はもう既に半ば覚悟を決めているに違いない。

 段々と視界がハッキリしてきて、周囲にいるほかのKANSEN達や人々の事が見えてくると、その事がより一層確信できた。

 

 

 彼が痛みを感じていないのは、おそらくモルヒネを投与しているおかげだろう。

 目の前では白衣を着たキュラソーが、本当に最初から真っ白な白衣を着ていたか疑わしいほど白衣を血で汚しながらも手当を行なっている。

 海賊の衛生担当も懸命に助力しているが、誰もが絶望的な言葉を口にしていた。

「腸が半分ない」「内臓が潰れてる」「生きているのが不思議だ」

 

 今フォースターが手当てを受けている部屋野外からはユニコーンの悲痛な叫びが聞こえてきたし、ペンシルベニアが不器用ながらもユニコーンを宥めているようだ。

 アリゾナとフェニックスはキュラソーの手伝いをしているが、妻とその姉よりかはフォースターから離れている。

 アリゾナの方はもうまもなく泣きそうだった。

 

 

「あなた!あなた!頑張ってください!あと少しで助かります!」

 

 

 彼の妻…カーリューが彼の顔を覗き込みながら訴える。

 しかし、顔は真逆の事を"言っていた"。

「こんなところで別れるなんて」

 目に涙が溢れ、瞳は既に彼の死を覚悟しているようにも見える。

 フォースターは最後にカーリューになにかを伝えようとしたが、気道からは生暖かく鉄の味がする液体が迫ってきて、やがて彼を咳き込ませた。

 

 

「あなた!?」

 

「カーリュー!大佐に無理をさせないで!」

 

「でも、キュラソー!」

 

「心配なのはわかるけど、これじゃあ助かるものも助からないわ!」

 

 

 キュラソーは切開したフォースターの腹部と向かい合って色々な方法を試していたが、その彼女自身、状況が絶望的である事を認めざるを得ない。

 ここまでの重症患者は、きっと大学病院の名医でも救えないだろう。

 

 

 カーリューとキュラソーのやや後ろでは、フェニックスが血にまみれたガーゼやら治療具を運んでいる。

 彼女も彼女でほかのKANSEN同様、せっかく会えた指揮官が瀕死の状態でいる事を悲しんでいた。

 なにより、彼女自身が指揮官に対して何もする事が出来ないのが我慢ならない。

 彼女は部屋の隅にあったやや大きな木箱を八つ当たりとばかりに蹴った。

 

 

 

 その木箱は瀕死のフォースターが運ばれてくる少し前にこの部屋に運び込まれ、患者が運び込まれてからは存在すら忘れられていた。

 木箱の荷札にはこう書かれている。

 

『送り主:ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア

 受取人:ビスマルク』

 

 フェニックスが木箱の端を蹴飛ばした結果、何らかの理由で木箱の中身が作動し始めた。

 そして、木箱の中身の先には瀕死の患者と彼の妻がいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三坊、並び立つ


ビス叔母さんジッソオオオオオオオオオオ!!!
ジッソオオオオオオオオオオ!!
ジッソ、ジッソオオオオオオオオオオ!!
ピッピ1人ジャナイ!!
モウ1人ジャナイヨオオオオオオオオッ!!
ジッソオオオオオオオオオオ!!

(喜びのあまりメルトダウンしております、復旧までしばらくお待ち下さい)


 

 

 

 

 

ビス叔母さんは厳戒態勢をとる当鎮守府の飛行場にJu52輸送機で乗りつけてきた。

 ああ、いや、ビス叔母さんだけじゃない。

 我が親愛なる従兄弟・ラインハルト"一族"の皆さま総出でいらっしゃいやがった。

 なんなんだこの人たち。

 永住する気か?

 

 いくらアポイントメントもへったくれもないゲルマン人大移動をしてきたとしても、我が鎮守府に対し普段からご協力・ご支援頂いているビス叔母さん御一行に「帰れ」なんてとてもじゃないが言えはしない。

 だから私はピッピマッマァの谷間に挟まったまま、勇気を振り絞って話しかけんなオーラ全開のビス叔母さんにようこそおいでました的なサムシングを言おうとする。

 だが、ビス叔母さんはそれさえ遮ってきた。

 

 

「そんな事より、ロブ君。例の装置はどこ?

 

 あ、あの、ビス叔母さん?

 まずはお荷物の方をお預かり

 

装置はどこ?

 

 ビス叔母

 

「装置は、ど・こ?」

 

「ぼぼぼぼ坊や、まずは装置の元まで姉さんを案内した方がいいわ。」

 

 うううううん、そうだね、ピッピ。

 では、こちらになります。

 そうだ、他のお客様は…

 ああ、ありがとう、ルイス。

 今日ばかりは君が10人いることにこの上なく感謝したい。

 くれぐれも失礼のないようにご案内してくれ!

 うん、ありがとう!

 ………はぁぁぁ、疲れる。

 

 

 何が一番疲れるかって、見るからに不機嫌なビス叔母さんよ。

 もうね、雰囲気からしてマッキャベリもマッキャベリなのよ。

 ラインハルトを私と同じ状態にする為には手段選ぶ気全くないのよ。

 さっきからブンブン振り回してるルガーP08のアーテラリーモデルがどこまでも怖いのよ、冗談抜きで。

 

 トグルアクション方式自動拳銃を振り回しながら、ビス叔母さんは私及びピッピの案内に従って例の装置がある小部屋に向かう。

 扉を開けるとそこにはオレンジのツナギを着る明石と夕張がいて、既に装置のセッティングを終えていた。

 

 

「指揮官酷いにゃ!コピーを作れば特赦があるって言ってたにゃあ!明石は病気なんだにゃ釣りに行かないと治んないに」

 

黙れえええええええええッ!!!私達は皆んな病気なのッ!!あなたの病名は工作艦ッ!!そしてあなたがいないと私は私の大切なラインハルトをあやせないッ!!」

 

「ひえぇぇ!す、すぐにでも取りかかれるにゃ!」

 

 すまん、明石、本当にすまん。

 

「それじゃあ、ロブ君♪この装置借りるわね♪」

 

 

 ビス叔母さんは嬉々とした表情で谷間の間からラインハルト(ガチベイビィ)を取り出すと、そのまま哺乳瓶でミルクを与え、オムツを替えてから自身の前に座らせる。

 

 

「あ〜?アッ!アッ!きゃ〜」

 

「大丈夫よぉ〜、ラインハルト。すぐに終わりますからねぇ〜♪」

 

 

 ダメだ、とてもじゃないが直視していられない。

 明石と夕張が最終段階を施行している間に、私とピッピはそっと部屋から抜け出した。

 ビス叔母さんは装置を見て上機嫌に戻ったし、まあ、大丈夫でしょう。

 後は任せた、明石&夕張。

 

 2人の可哀想な工作艦を置き去りにした私とピッピはそのまま応接室へと向かう。

 ビス叔母さん来るっつってたけど、まさかあんな大人数でいらっしゃるとはカケラも思ってはいなかった。

 ラインハルトの物理的親戚一同…まもなくリアルな親戚一同となる…は中々の大きさを誇るハズの応接室を狭苦しい小部屋に変えていた。

 

 

「…突然押しかけて…その、悪かったわね」

 

 ああ、どうも、ヒッパー叔母さん、お久しぶりです。

 気にすることはありません。

 気に病む必要も…

 

「ビスマルクは指揮官が絡むといつも"ああ"なります。まったく…少しは周りに目を向けてもらいたいものです。」

 

「そ、そうだね〜…こっちの指揮官さんも優しい人で良かった!私はカールスルーエ!この娘はケーニヒスベルク!よろしくね!」

 

 こちらこそよろしく。

 ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア一世です。

 クッソ長いのでロバートなりロブ君なりロブロブなりお好きなように呼んでください。

 

「お久しぶり、ボウヤ。」

 

 ああ、これはどうも、グローセ叔母さん。

 

「覚えててくれて嬉しいわ♪」

 

 クラップ社の筆頭株主を忘れるわけがないでしょう。

 フリッツX-Ⅱの効果は抜群でした、さすがクラップだ。

 

「うふふ、お役に立てて嬉しいわ。…それはそうと、ビスからはこちらにいる期間について…何か聞いてるかしら?」

 

 いいえ、特には。

 

「…そう。まあ、ビスもあんな感じなら無理もないかしら。今回の渡英目的、なんだか分かる?」

 

 

 私がMI5にいた頃、ビス叔母さんは少なくとも1度ロイヤルに来ている。

 あの時はラインハルトが自殺を考えていたようだから…どことなく察して追跡していたのだろう。

 ただ、今回ロイヤルに来た目的は…一つはついさっき見せつけられた。

 

 

「その通り。一つはラインハルト君を"あやす"為ね…」

 

 …ノーコメント

 

「そして、もう一つは…。ここからは重要な話よ?もう一つの目的、それは…ビジネス」

 

 スラム街再開発事業の陣頭指揮を執りに?

 鉄血からでも出来るでしょう?

 

「いいえ、そちらの方じゃない。半年前、ロイヤルの石油会社が北連東部で油田を発見した。」

 

 ええ、チェフメ油田ですね?

 

「新聞をちゃんと読んでいるのね。えらいえらい♪…ビスは今、そのチェフメ油田の開発に参入しようとしているの。」

 

 あれ?

 北方連合の技術では開発が困難で、結局ロイヤル・ペトロリアム社が開発権を獲得したのでは?

 

「まだ決定したわけではないわ。北方連合の現書記長プーシロフは農業政策の失敗で突き上げを食らってるけど、それは結局塩害でダメになった農地に、多額の費用を注ぎ込んでいたから。」

 

 つまり…ああ、そういうことですか。

 トウモロコシ畑の失敗をチェフメ油田で取り返したいが資金がない。

 だから鉄血財界と競合させて、開発費の低下を狙いたい。

 

「そういうこと。鉄血財界とロイヤル財界は両者ともこの油田に注目している…多少開発費をケチられても、もたらす利益の方が大きいから。」

 

 なら…尚更ビス叔母さん鉄血にいた方がいいんじゃ…

 

「ビスは"覚悟を決めた"と言ってたわ。ボウヤ、これは鉄血財界とロイヤル財界の全面戦争になりかねない。だから、ビスは先陣に立つことにしたんだと思う。」

 

 交渉の第一人者に?

 

「いいえ!とんでもない!ロイヤル財界を叩きのめすのよ!!」

 

 な ん で そ う な る ?

 

「それに、ロイヤル財界のロルトシート家は…」

 

「やっふぉぉぉおおおおお!!!!ラインハルトの進軍は誰にも止められないわあああああああああ!!!!!」

 

 

 グローセ叔母さんとの立ち話の真っ最中に、ビス叔母さんがラインハルトを抱えて乱入してきた。

 もう、ビス叔母さんの喜びようっつったら…なんつーかな、ベルリンの壁崩壊か?ってレベル。

 かたや抱えられるラインハルトの顔は青く、「…いっそのこと赤ん坊にしてくれ」とか言ってる始末。

 "こちらの世界へようこそ"、ラインハルト。

 残念ながら、"もう逃げられんぞ"?

 

 

「ラインハルトォ!ラインハルトォ!ラインハルトォォォオオオ!!!」

 

「ビス!?少しは落ち着きなさい!」

 

「何言ってんのよグローセ!!ラインハルトがラインハルトなのよ!?つまりラインハルトは私の大切なラインハルト!!やっほおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 いかん、頭痛がしてきた。

 私はサイコウにエンジョイなビス叔母さんと、可哀想な従兄弟を直視するにはあまりに精神的に疲れてしまい、応接室を出ることにする。

 ピッピに頼んで、とりあえずビス叔母さんが落ち着くまで執務室でゆっくりする事にしたのだ。

 

 ところがどっこい、何の気なしにテレビをつけたがばかりに、ゆっくりなんて言葉は明後日に行ってしまったのである。

 

 

 

『…俺の名はジョン・"ジャック"・フォースター。元ロイヤル海軍大佐。そして今は…罪なき犠牲者の代弁者。』

 

 

 おい。

 おいおい。

 おいおいおい。

 

 なんだこれ?

 いいや、ダンケ、そうじゃない。

 電波ジャックされてるってのは見りゃ分かる。

 …私が疲れすぎてるのかな?

 テレビの中で赤ん坊が喋ってるように見えるんだけど?

 気のせいだよね?

 ね?ね?ね?ね?ね?

 とりあえず、ノーカロさんに連絡してあのクソ忌々しい電波ジャックなんとかして?

 公共の電波で垂れ流していいもんじゃねえから。

 

 

『今からおよそ5時間前、スラム街が心なき者達に攻撃された。政府機関はセイレーンの攻撃だと発表し、マスメディアも同調している。』

 

 

 テレビの中の赤ん坊は、頭にキャベツを巻かれている事を除けば、まじめに話をしているようだ。

 カメラを方を鋭い眼光で睨みつけ、一言一言に重みを加えられるだけの風格さえ持っている。

 

 そんな彼を1人のKANSENが谷間に挟んでいた。

 紫っぽい長髪のメイド服。

 私はこのKANSENにも心当たりがある。

 カーリューの両サイドには他にも複数のKANSENと思わしき少女達がいたし、更にその後ろには武装した男達もいた。

 

 テロリストがこんな動画を垂れ流す時は大抵ロクな事が起きない。

 頼む、ノーカロさん、急いでくれ。

 

 

『この放送を見ている方々に告げたい…これは断じてセイレーンの攻撃などではないっ!!!』

 

 

 ノーカロさん、マジでハリハリハーリー。

 

 

『この攻撃は、一部の薄汚れた政府の人間によって行われた、史上稀に見る犯罪に他ならない!!我々には証拠があるッ!!これがその文書』

 

 

 フォースターと名乗る赤ん坊がカーリューっぽいKANSENというかカーリューに一枚の紙切れを取ってもらう最中に、電波ジャックによる酷い放送は途切れた。

 おおっ!流石はCIU!!

 ノーカロさんには後でスペシャルボーナスだな。

 

 

「それじゃあ、ロブロブ。あやさせてもらいますね♪」

 

 いたんかい。

 あー、ごめん、ピッピ、できる限り早く戻るからさ、ちょっとだけノーカロさんに譲ってくれるかい?

 うん、ありがとう。

 そして泣かないで?

 

 

 

 涙を浮かべるピッピはこの際脇に置いといて…いや、本当にごめんね…私はノーカロさんの谷間で考える。

 今や、私の抱える厄介ごとは一つではなくなってしまったのだ。

 

 一方では海賊との戦い。

 スラム街に最新鋭爆弾を投下して数万人をデリートしたというのに、肝心の連中はガッツリ生きてやがる。

 もう一方ではロイヤル財界と鉄血財界の対立。

 ビス叔母さんはリスクを犯してでもこちらにいらっしゃったわけだから、私が巻き込まれないわけがない。

 

 

 根拠というものは全くなかったが、私にはこの2つの厄介事が無関係だとは思えなかった。

 時期的にも、タイミング的にも。

 そして、この2つが関係しているとすれば。

 

 ………あーもー、嫌になっちゃう。

 

 

 もういっそ、誰か私を普通の赤ん坊に戻してくれ!!

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず、これで『バブ・ベイビー』編前半を終わりたいと思いますが、お付き合いくださビス叔母さんジッソオオオオオオオオオオ(復旧まで今しばらくお待ちください)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2編『ベビーウォーズ』
全員、狂人


いつも通り雑すぎる人物紹介です


 

 

 

はるか昔…

 

遠い銀河の彼方で……

 

 

♪デデーン

 

 

BABY

WARS

 

 

 

 

♪テ〜テ〜テテテテ〜テ〜

♪テテテテ〜テ〜テテテテ〜

 

 

戦争が始まった!北海沿岸で海賊行為を働くヘスティングス一味を打倒すべく、セントルイスファミリア率いる帝国軍(?)はスラム街に最新鋭爆弾を投下し焦土に変えた!爆発に巻き込まれ、死亡したかに見えたフォースターは帝国軍(?)の幼児退行マシンで一命を取り留めていた。復活したフォースターは元部下のKANSEN達と共に反撃を試みる。同じ頃、鉄血財界の大物・ビスマルクは北方連合東部の油田を巡ってロイヤル財界と対立。新たな火種が燻っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介

 

 

 

 

 

 

 

◎帝国g…ピッピベルケルク=セントルイス家

 

○ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世

 

一応この物語の主人公だが、特に何もしていない見た目赤ん坊頭はおっさんのやべえ奴。

実は転生者。

やべえ奴なのに海軍中佐→MI5(ロイヤル情報部)→海軍少将という更にやべえ経歴の持ち主でもある。

 

前編ではゲスな中将を意図せずもその座から引きずり下ろしてしまい、代わりに役職に就任。

前任者が黙殺していたフォースター大佐の資金横流しに気づいて彼を処分する。

ところが、フォースターが資金供給していた海賊が彼を奪取。

叔母であるビスマルクの貨物船を護送した際、海賊の洗練された手法に危機感を覚え(実際にもフォースターが関与・指導)、その人的資源の供給を断つべくスラム街に新型爆弾を投下、数万人をデリートした。

 

後述の4大マッマとはガチな血縁関係で結ばれてしまった赤ん坊。

特にティルピッツ方の鉄血KANSEN達とは殊更に関係が深い。

MI5時代の功績から鉄血公国から『フォン』の称号を与えられた上、各国諜報機関では伝説的な存在と目されている…本人はマジで何もしてねえのに。

後述のラインハルトはガチな従兄弟。

 

尚、365日24時間ママと一緒にいるか、ママの体臭を嗅ぐかしてないと出血多量で死に至る。

 

 

 

 

◎4大マッマ

 

基本的に主人公をあやすことにこの世の全てを賭けるやべえKANSEN達。

もはや過保護の化身。

全員が主人公の親権を合法的に所持している。

『鎮守府からの手紙』で起業も行なっており、彼女達の会社『M&M』はロイヤル有数の企業に発展した。

 

 

 

○ティルピッツ /ピッピママ

 

鉄血公国代表母親。

子守唄と絵本朗読が得意な正統派マッマァ。

セントルイスファミリア鎮守府の中では最強の存在であり、第一艦隊では旗艦を務める。

少々天然なところがあり、子守唄に熱が入ってソロオペラになったり、絵本の朗読で感極まって泣いてしまったり、主人公から3m離れただけで泣いてしまったりする。

姉のビスマルク(後述)とは良好な関係だが、主人公を利用してビジネスを進める姉に多少の不信感を抱いていく。

 

M&MではCEOを務める。

4大マッマの中でもリーダー的な存在。

共同親権者の1人で、親位継承権第1位。

主人公への呼び名は『坊や』

 

 

 

○ダンケルク/ダンケママ

 

アイリス代表母親。

お菓子作りが得意な『お●あさんと一緒』系マッマァ。

もう最近ではオーブンとか使ってすらおらず、石窯でスポンジ生地焼いたりとかする本格派パティシエール。

大抵甘々優々お姉さんだが、たまに母性が暴走して突拍子も無いことをしたりする。

敬虔なカトリック教徒で、ジャン・バールとは仲が良い。

 

共同親権者の1人で、親位継承権第2位。

主人公への呼び名は『Mon chou(私の可愛い息子)』

 

 

 

○セントルイス/ルイスママ

 

ユニオン代表母親。

アイビーリーグ出身のサキュバス風インテリマッマァ。

知能が高く、規則を利用して主人公の親権における優先権を得たり、M&Mではマネジメントをしてたり、ごく稀に指揮官代理を務める事もある。

10人いるが、いずれもサイコチックな面があり、ヘレナやホノルル、ルイスちゃんを巻き込んで秘密結社『フリーアヤソン』を結成。

主人公を唯一無二のセントルイス級にしようとする。

もうやめてくれ。

 

共同親権者の1人にして筆頭親権保有者。

主人公への呼び名は『ミニ・ルー』

 

 

 

○ベルファスト/ベルマッマ

ロイヤル代表母親。

スーパーできる子ウルトラスペックメイドさん系マッマァ。

いつ何時も指揮官である主人公を補佐し、その執務が円滑に行えるよう自身の本来の職務に沿った気配り・心遣いを欠かさないフリをしてあやす。

基本的には主人公をあやしたいと考えているが、鉄血財界とズブズブな最近の主人公を心配してもいる。

幅広い人脈も持ち、コネクションを通じて主人公を助けつつあやす。意味不明。

5人いる。

 

共同親権者の1人、親位継承権第3位。

主人公への呼び名は『ご主人様』。

 

 

 

◎ピッピベルケルク=セントルイスファミリア鎮守府のゆかいな仲間たち

 

 

 

○プリンツ・オイゲン/プリンツェフ

 

当鎮守府きっての衛生兵と化してしまった鉄血公国の重巡。

幼馴染感とクールビューティ感を併せ持つ準マッマァ。

何かあったらとりあえず彼女の元に行けば大丈夫。

切り落とされた指を復元できる程度にはブラックジャックで、その立場を利用して共同親権者入りを目論む。

決め台詞は『死・ぬ・わ・よ?』

 

○プリン

 

プリンツェフ寄贈のセダン『鉄血28号』に搭載された人工知能。

マッマァ化しないため、主人公の心のオアシス的な立場でもある。

 

 

 

○アヴローラ

 

北方連合出身の軽巡にして、元内部人民委員部のスパイ。

基本的に明るくて笑顔の素敵な女の子だが、その笑顔の裏で常に謀略を張り巡らせているやべえ奴。

現在も北方連合とは多少なりとも繋がっており、後述のベニヤに協力してたりもするし協力されたりもする。

ルイスママと同じくらい知能が高く、共同親権者入りを目指す。

 

 

○イラストリアス/シャ●ン・ストーン

 

ザ・痴女。

もう、あざといとかそんなレヴェルじゃない。

一挙動一挙動が常に誘惑サッキュバスなシャ●ン・ストーン。

 

 

○エンタープライズ/エンプラさん

 

ヴァイオレッ●・エヴァー●ーデン。

彼女だけ作画が京●アニメーション。

 

 

○レパルス/レパちゃん

 

通称『GOD MATHER』。

前編でクソ野郎な中将閣下を即堕ちさせてNTRし、自身のペットにした正真正銘のサイコパス。

ちなみにペットの名前は『ちゅーしょ君』。

ある意味で鎮守府最"狂"な巡戦。

 

 

○グラーフ・ツェッペリン/グラツェン

 

強烈なプロテスタント信者にして宗教テロリスト予備軍。

信仰に目覚めた結果、それまでの神への不遜な発言の反動か狂信的な聖戦士と化す。

ただし、カトリックのジャン・バールに毎度毎度一蹴されてるあたり割とエンジョイ勢。

 

○ルーデル&ハルトマン

 

グラツェン搭載のJu87とBf109のパイロット。

ちなみにヒヨコさん。

2人も漏れなく宗教テロリスト予備軍。

 

 

○ジャン・バール

 

鎮守府におけるカトリックの代弁者。

咥えプルーム●ックがトレードマークなアイリスの戦艦。

グラツェンさんのローマ略奪を毎回一蹴したり、ユニオンの宗教象徴学者への調査依頼を行ったりする。

 

 

○アークロイヤル

 

紛う事なきロリコン。

ストライクゾーンの下限値が限りなく低く、赤ん坊と化した主人公にまで欲情するようになった為、現在地下牢で監禁中。

 

 

○ミニマッマ(ピッピちゃん、ダンケちゃん、ルイスちゃん、ベルちゃん、ツェッペリンちゃん)

 

気づいたらそこにいた系子供達。

赤ん坊の主人公相手にお姉さんぶるが見事に失敗していく心のオアシス。

ツェッペリンちゃんは何事もなかったかのように鎮守府入りしたが、経緯は全くもって不明。

 

 

 

●フリーアヤソン

 

ルイスママ主導の秘密結社。

創設目的からして「主人公をあやし、唯一無二のセントルイス級への道を指し示す事」という、やべえという事以外よく分からない組織。

メンバーはルイスママ、その他9人のセントルイス、ヘレナ、ホノルル、ルイスちゃん。

 

○ヘレナ

 

ルイスママの妹にして主人公の叔母。

鎮守府随一のあざとさを誇る。

老廃牛として処分される寸前の牛さんを買い取って飼育したりする心優しい娘。

 

○ホノルル

 

前編で転任してきたKANSEN。

セントルイスが10人いて困惑したり、訳も分からんままやべえ秘密結社に入れられたりする苦労人。

後に異常なくマッマァと化すが、実は前任地でトラブルがあり…

 

 

●チーム・ユニオン

 

ノースカロライナ、ワシントン、メリーランド、コロラド、ウェストヴァージニアからなるグループ。

一応CIU(ユニオン情報機関)傘下の実力派部隊のハズだが、基本的にぶっ壊す事しか考えていない。

主人公のマッマァと化している。

 

 

●重桜マッマズ

 

赤城、加賀、高雄、愛宕からなるグループ。

たまに天城さんもやってくる。

主人公のマッマァと化している。

加賀さんは料理の腕が板前すぎて接待に使われる程。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎ロイヤル

 

 

○マーク・マクドネル

 

ロイヤル新首相。

大衆に耳障りの良い事しか言わない典型的な大衆迎合主義者。

政権奪取以外は何も考えていなかったため、ロルトシート家の言いなり状態。

 

 

○フレデリック・フォン・ロルトシート

 

鉄血系移民由来の名家・ロルトシート家の現当主。

ロイヤル財界の代表的な人物でもあり、鉄血財界およびビスマルクとはチェフメ油田を巡って対立している。

鉄血系資本をロイヤルから締め出す為、マクドネルやヘスティングス一味を利用する。

 

 

●ヘスティングス一味

 

ポール/ユスティア・ヘスティングス兄妹による海賊組織。

富裕層向けの商品を運ぶ輸送船を襲い、利益をスラム街に還元するという義賊かぶれな海賊行為を働く。

故にフォースターやジェンキンスといった有力者も加わっている。

だが、名家出身の兄妹は組織の事を自分達の道具程度にしか見なしていない。

 

前編でスラム街が破壊された結果、組織内の団結が強化されてしまう。なんてこった。

 

 

○ジョン・"ジャック"・フォースター

 

ロイヤル海軍元大佐。

横領の罪で処分されるハズが、海賊によって助けられて即堕ちする。

スラム街での大爆発に巻き込まれて死にかけるが、見た目赤ん坊頭はおっさんのやべえ奴その③になる事により生き延びた。

悲劇に酔いしれ、徐々に性格が歪んでいく。

 

 

○カーリュー

 

フォースターの嫁にしてお母さんなメイドさん。

吐血してる赤ん坊の頭にキャベツとかネギとか巻いたりする根っからの自然治療派だが、それで本当に治すあたりラスプーチン。

自らの正義を盲信するフォースターとともに、徐々に歪んでいく。

 

 

○ユニコーン、アリゾナ、ペンシルベニア、フェニックス、キュラソー

 

フォースターの指揮下にいたKANSEN達。

海軍より奪取され、海賊側に大きな戦力をもたらす。

 

 

○ジェンキンス

 

元MI5の凄腕エージェント。

ある作戦において見捨てられた経緯からヘスティングス一味に加わる。

 

 

 

 

 

 

 

◎鉄血公国

 

 

 

○ラインハルト・フォン・ビスマルク

 

鉄血公国情報部長にして主人公の従兄弟。

ビスマッマァとガチな血縁関係に至った結果、ガチな従兄弟となる。

前編にて主人公と同様に見た目は赤ちゃん頭脳はおっさん状態になり、心労著しいあまり精神が消耗する。

実はこいつも転生者。

ビスマッマァの過保護に悩まされてているが、困難な事業に参入しようとするビスマッマァを心配してもいる。

 

 

○ビスマルク

 

鉄血財界の大物にして、ラインハルトのガチな母親。

ティルピッツの姉。

北方連合東部の油田を巡りロイヤル財界と対立。

ロイヤル側に手を引かせるべく、主人公の鎮守府へ渡航して直接陣頭指揮を執る。

 

 

○フリードリヒ・デア・グローセ

 

主人公とラインハルトの叔母。

鉄血公国・クラップ社の筆頭株主。

 

○ヒッパー、カールスルーエ、ケーニヒスベルク

 

海軍時代にラインハルトの指揮下にいたKANSEN達。

こいつらもラインハルトをあやす事以外考えていない模様。

 

 

 

 

 

 

◎北方連合

 

 

○プーシロフ

 

現北方連合書記長。

農業政策での失敗を取り戻す為、チェフメ油田の開発に鉄血財界を参入させて競合による開発費の下落を狙う。

 

 

○ベニヤ

 

北方連合内部人民委員部改めKGBのトップ。

アブローラと連絡を取ったりもしている。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅰ章 ト モ ダ チ
ボナペティ



新UIアプデ開け

ワイ「え、何このメトロ●リス感」


 

 

「あんた方は哀れみ深く慈悲深いという贅沢を自分に許せる。だが、わたしは軍人だ。国家元首としてチリ国民全体に責任を負っている。」

 ----アウグスト・ピノチェト(チリの軍人、政治家)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の眼前には、鉄血公国最大の港湾都市風タルタルステーキ…つまりはハンバーグが置かれていた。

 もちろん、私自身がその見るからに美味しそうな肉料理を食べることはできない。

 私ができるのは、"食べさせてもらう"ことのみ。

 今、私の右手に見えるナイフを取ろうとするだけで、マッマ達は半狂乱になること間違いなしなのだから。

 

 ピッピがナイフをハンバーグに入れて、ハンバーグが肉汁を皿にブチまけている間、私はテーブルの向かい側にいる従兄弟の様子を伺う。

 彼の目の前にも立派な鉄血公国最大の港湾都市風タルタルステーキがあるが、それを切り分けているのはビス叔母さんだ。

 従兄弟がふと顔を上げ、私と視線を合わせた。

 軽く挨拶のつもりでウインクしてみせるが、従兄弟は私を睨みつけただけだ。

 鋭い視線が語っている。

 "なんてモノに巻き込んでくれたんだお前は!"

 

 従兄弟の怒りも無理はない。

 だが、私に一体何ができようか。

 我が親愛なる兄弟・ラインハルトを見た目赤ん坊頭脳おっさんのボ●・ベイビーにしたいと言ったのは、今彼を自身の谷間に挟んで満面母親顔してるビス叔母さんなのだ。

 私に睨まれるような謂れはなく、それどころか個人的には寧ろ全力で同情して欲しい。

 ラインハルト、私は君よりよっぽど早くその状態になってしまったんだ。

 ここまでの孤軍奮闘な日々がどれだけ辛かったと思う?ん?

 1人じゃないだけ、まだマシだと思うぞ。

 

 

「ほ〜ら、ラインハルト♡今夜はあなたの大好きなハンバーグでちゅよぉ♡しっかり食べましょうね〜♡」

 

 

 ビス叔母さんもビス叔母さんで、とても数年前まで鉄血公国のKANSEN率いてアズールレーン側とドンパチしてたとは思えないほど母親エンジョイ勢してやがる。

 なんなんだこの違和感の無さは。

 まるで本当にラインハルトの事を自分の子供だと思っているかのような…なっちゃったもんねえ!

 ラインハルトのリアルなマッマになっちゃったもんねえ!

 

 気がつけば、私の口元にはハンバーグの一片が運ばれている。

 あー、ありがとうピッピ。

 そろそろこの「お前は老人ホームか?」と訴えたくなる過々々々保護っぷりにも慣れてきた自分自身が恐ろしい。

 

 

「まって!ミニ・ルー!」

 

 

 ハンバーグに齧り付こうとする私を止めたのはルイスママ。

 血相を変え、こちらの席に全力で駆けてくる。

 何か非常事態でもあったのかしらん?

 自然と身構えた私だったが、全くの杞憂でしかなかった。

 

 

「ふぅー、ふぅー…はい、どうぞ♡…ティル?ミニ・ルーのお口の中が火傷でもしちゃったらどうするの?」

 

「!…ええ、そうね、ルイス。次からは気をつけるわ。」

 

 

 別に気をつけなくてもいい。

 たかだか私のハンバーグふぅーふぅーする為だけにパールハーバーの第一報受け取った海軍の無線手みたいな動きしないでよ紛らわしい!

 ほら見ろ!

 テーブルの向かい側でも、ルイスマッマァに対抗心燃やしてグローセ叔母さんとビス叔母さんが"北風と太陽"してんだろうが!

 イソップ寓話の世界へようこそしてんだろうが!

 従兄弟のハンバーグが完全に熱を失いつつあるだろうが!

 ただの冷たいミートローフになりかけてるだろうが!!!

 

 従兄弟ラインハルトは冷めきったミンチの塊をモッサモッサとゆっくりと噛みながらこちらを睨んでいる。

 もうこの素晴らしき兄弟からの怒りの視線は避けられそうにないので、私はせめて視線を合わさずに済むよう、ビス叔母さんの方を向いて質問することにした。

 

 

 …叔母さん?

 

「「なぁに?」」

 

 失礼、ビス叔母さん?

 

「なぁに?」

 

 北連の油田を巡って、ロイヤル・ペトロリアム社と争うそうですね?

 

「もぉ!坊や!食事中にお仕事の話は」

 

「ティル、落ち着いて。貴女のルールに抵触するのは分かっているけど、ロブ君も私達の状況を知っておきたいと思うの。」

 

「………はぁ。わかったわ。」

 

「ありがとう、ティル。…それでね、甥っ子。あなたの質問には"まだ分からない"と返しておきましょう。ロイヤル・ペトロリアム社と戦うかどうかは相手の出方次第。」

 

 ははは、ビス叔母さん。

 貴女はいつかこう仰ったハズです。

 "嘘は嫌い"

 その言葉通りならば、貴女は今…自分自身を嫌っている。

 

「…さすがティルの坊やね。この程度じゃ騙されてくれないかぁ〜。仕方ないわ、白状しましょう。少なくとも私はこう思っている。"必ず争う事になる"」

 

 法廷の中でも、"外"でも。

 

「そうね。そして私達は悪役よ。()()()()()()()()2()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ロイヤル国会では、席の前に2本の線が引かれている。

 いわゆる"ソードライン"とはこの線の事で、国会中に質問等をする者以外はこの線を超えてはならないそうだ。

 ビス叔母さんの比喩表現は面白かったが、それが意味している問題は表現ほど面白くはない。

 

 

「当ててあげるわ、ロブ君。私達が途方も無いような事を始めようとしていると気がついた。」

 

 …………

 

「図星ね?」

 

 …ロイヤル・ペトロリアム社の株主ならご存知ですよね、ビス叔母さん?

 

「もちろん。フレデリック・フォン・ロルトシート。」

 

 ロルトシート家と戦うおつもりなんですか?

 

「………意外だったかしら?」

 

 正直なところ、正気を疑うレベルです。

 

 

 

 ロルトシート家。

 鉄血にその由来を持つこの名家の歴史は、まだ中部ヨーロッパの覇権を鉄血とは違う国家が握っていた時代にまで遡る。

 大手銀行と君主の間の連絡役を務めた"初代"ロルトシートは君主から気に入られ、ロルトシートの銀行が国家御用達となったのだ。

 その後、アイリスのナショナリストが大陸封鎖を始めると密輸で莫大な利益をあげて今日の礎を築くと、各国の王族とも血縁関係を結び、世界に名だたる財閥への道を進んだ。

 

 私のステキな叔母さんが敵にしようとしているのは、世界中にネットワークを持つ、紛れもなく"世界最強"の大財閥なのである。

 

 

「そう身構えないで、ロブ君。私達はロルトシート家に手を引いてもらいたいだけ。」

 

 何故そこまで北連の油田にこだわるん…プーシロフか。

 

「…ティル。貴女の子、本当に鋭いわ。ロブ君の言う通り、プーシロフは農業政策の失敗で突き上げをされている。」

 

 大方、突き上げている連中は揃いも揃ってタカ派中のタカ派なんでしょう。

 

「まさにその通り。プーシロフの次席は爆弾みたいな男で、ユニオンを非難し、()()()()()()()を訴えている。」

 

 前書記長のように、また鉄血との国境沿いに戦車師団を送り込むでしょうな。

 

「分かってくれるかしら。これはただの経済的な争いではない。国家の安全保障に関わる問題でもあるの。」

 

 ………叔母さん、ロルトシートはきっと手を引きませんよ。

 それも、断固たる意志を持って拒否するでしょう。

 

「そうかもしれないけど、損失を体感させれば…」

 

 いいや、損失があろうがなかろうが、手は引かない。

 

「なぜそう思うの?」

 

 ロルトシートはヴィスカーの株も持っていて、セイレーンがやってきた時から今の今まで莫大な利益をあげています。彼らは戦争で巨額の富を稼いだハズ。そして、冷戦が短期間で終わり、セイレーンとの戦いもすぐに落ち着いてしまった今…ロルトシートは新しい戦争を求めている…

 

「!…つまり、ロルトシートの狙いは」

 

「ボナペティッ!!!!」

 

 ダンケが机の上にデッカいクイニーアマンをドカッと乗っけたせいで、話の腰は完全に折られてしまった。

 

 

「ビスマルク.久しぶり!Mon chouに状況

 を教えたい気持ちは分かるけど、今はディナー中なのよ!仕事の話だけで潰していい時間じゃないわ!!」

 

 

 何というか、ダンケがまさしく怒れるアイリス人になっていたので、ビス叔母さんも何も言い返そうとはしなかった。

 

 私ももちろんそうだったが…

 

 

 しかしまあ、気付きたくない事にまで気がついてしまった。

 血が流れると金が動く。

 北連とユニオンの間でおびただしい血が流れれば…一体いくら稼げるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 




ビス叔母さん増やすぞおおおおおおおお


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アヤフェルノ

史上最高峰のワケワカメ


 

 

 

 

 

 首都近郊

 ロイヤル海軍第5兵器倉庫

 

 

 

 警備兵達は既に眠らされていて、もうカーリューの邪魔をする者はいなかった。

 彼女は事務室から鍵と目録を盗み、この巨大な倉庫へ忍び込んだ本来の目的を果たさんとしている。

 その目的とは"艤装の回収"。

 セントルイスファミリアの艦隊と戦うためにも、彼女達は武器を必要としていた。

 

 彼女は例の対魔忍のような衣装の上から、更にパーカーのようなものを被っている。

 フードを被り、顔をマスクで隠しているのだから、まかり間違っても正体が露見する事はないだろう。

 この計画では、それは何よりも大切な要素だった。

 たしかに艤装の回収も重要な目的だが、この作戦にはそれとは別に重要な目的も存在し、そしてそれは…もうまもなく達成される。

 

 

 

 屋根の排気口から侵入したカーリューが倉庫正面のシャッターの前に到着した時、唐突に複数のエンジン音が聞こえてきた。

 続けて車が急停止する音が聞こえ、最後には拡声器特有の「キーン」という甲高い電子音もやってくる。

 どうやら、時間通りに"連中"はやってきたようだ。

 "神は細部にまで拘る"

 考え抜かれた作戦ほど、完璧な物は存在し得ない事だろう。

 

 やがて倉庫正面のシャッターが遠隔操作によって強制的に開けられ、拡声器の声が後を追うように聞こえた。

 

 

『両手を上げて降伏しろ!そちらは包囲されている!』

 

 

 シャッターの向こうには複数の車両に乗った男達がいた。

 皆ステンガンやSMLEをカーリューに向け、ある者はスタッフカーのヴィッカース重機関銃を、またある者はハンバー装甲車のブレンガンをカーリューに指向している。

 そして、車列の先頭のジープから1人の男が降りてきて、得意満面顔でカーリューに話しかけてきた。

 

 

「我々は間に合わないものとタカをくくっていたのかね、"ジェンキンス"?」

 

 

 カーリューは男の間違いを指摘する事なく、黙って両腕を上げる。

 そして、上げきった瞬間に右手を握りしめた。

 

 得意満面男の部下達は、それを合図とした銃撃を受けて次々に殺されていく。

 合図を受け取った銃撃者達は、予め周囲の建物の屋上にいたのである。

 ある者はライフル、ある者はサブマシンガン、またある者は装甲車ごとM9バズーカで、男の部下達は生き絶えた。

 先ほどの態度はどこへやら、例の男はただただ困惑するばかりだ。

 

 

「いいや、好都合だった。」

 

 

 困惑する男を他所に、ジェンキンスご本人が

 カーリューの脇から姿を現した。

 カーリュー自身はここで初めてフードを外し、正体を露見する。

 得意面男は今では「バカな」と言わんばかりに口をパクパクさせていた。

 

 

「…久しぶりだね、ビクター。」

 

「くそッ、形成逆転というわけか」

 

「そのようだ。…君にはタップリと喋ってもらう。MI5は僕の事なんか綺麗サッパリ忘れてると思っていたけど、憲兵軍曹や君を見る限りそうじゃないらしいから。ぜひ、その理由が知りたいんだ。」

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 私はきっと、悪い夢を見ているに違いない。

 目の前で行われている謎すぎる儀式を見ながら、私は今見ているものが眠りの浅さに原因する夢だと信じたくなっている。

 その光景はあまりにも残酷で、残虐で…私の精神を本当に参らせた。

 

 

 

「ミニ・ルーを讃えよ!」

 

「「「ルー!ルー!ルー!」」」

 

「ルー♪」

 

「…る、ルー…」

 

「るー!」

 

 

 

 アーーーーーー、もうやだ。

 もう嫌だ。

 なんなんだよ、コレ。

 なんの儀式なんだよコレ。

 

 暗い密室の中で、私はルイスマッマァの谷間に挟まり、信仰の対象のような扱いを受けている。

 ルイスママは黒いローブのようなモノを着ていたが、他の9人のセントルイスや、セントルイスの妹のヘレナちゃん、巻き込まれた感満載のホノルル、そして八重歯の可愛いルイスちゃんは頭からすっぽりと全身を覆う白いローブを着ていた。

 彼女達は全員円陣を組むようにして立っており、その円陣の中心には魔法陣と燃え盛る十字架のようなものがある。

 

 時刻は朝の10時頃。

 今日は日曜日で、午後からはピッピやビス叔母さんと鉄血☆鉄血あやしんぐパーリーという謎イベントに参加する予定だった。

 だが、朝起きてピッピと朝シャンした直後にルイスママに捕まえられてこの部屋に連れてこられたのだ。

 何する気かと思えば、他のセントルイス達やヘレナやホノルルやルイスちゃん呼び出してこんな儀式をおっ始めてやがる。

 

 

「ミニ・ルーはルーの一員!つまりセントルイス級!ミニのファミリーネームには私達フリーアヤソンを示す偉大なる文字が刻まれているわ!」

 

 もう帰りたい…

 

「モオオオオオオオオッ」

 

 うおっ!?牛さんまで連れ込んだのかよ!?

 うへっ、ぐへっ、舐めるんじゃない!

 

「指揮官もルーだから、この子も喜んでるみたいね」

 

「ヘレナ…ルーって何?…そもそもルイスに何があったの?こんな…トチ狂ってた記憶はないんだけど」

 

「るー!るー!るー!るー!」

 

 

 ルー以前にフリーアヤソンとはなんなのだろうか。

 そもそもお前らはこの儀式によって何を得ようとしているんだ?

 何をしたいの?させたいの?

 おっちゃん分からないから、一旦落ち着いて解説して?

 

 

「そこまでよ!ルイス!」

 

「こッ!この儀式は!?」

 

「やはり、思ってた通りだ…これがフリーアヤソンの儀式です。」

 

 

 突然に部屋のドアが蹴破られ、ダンケママとジャンパール、それにロバート・ラン●ドンっぽい人が入ってくる。

 うわぁ、なんか余計にややこしそうな人々が来たぁ。

 ユニオンの大学で宗教象徴学を教えてそうな教授っぽい人は、鋭い視線をフリーアヤソンのメンバー達に投げかけながら解説を始めた。

 

 

「フリーアヤソン…起源はカール五世によるローマ略奪です。」

 

 ウソつけ。

 

「鉄血の新教徒を味方つけたカール五世は次々に教皇の軍勢を打ち破り、ローマの陥落は時間の問題でした。そこで、クレメンス7世は新教徒を落ち着かせるためにあるモノを提案したのです。」

 

「それは?」

 

「それが"あやしの権利"

 

 やめろ。

 クレメンス7世はそんな提案していない。

 

「自分があやしたい人間をあやす…これは中世の人々にとっては長年の夢でした。」

 

 中世の人々全員に謝れ。

 

「教皇庁がそれに認可を与えることは、異例かつ禁忌でしたが、カール五世の軍を止めるためには有効だと思われた。」

 

「だがカール五世は止まらなかった…」

 

「そうです、ジャンパール。新教徒には免罪符の繰り返しだと受け取られ、逆にローマへの進撃を早める結果になった。」

 

 マジで何がしたいの教皇庁。

 

「ですが、全ての人々が"あやしの権利"に魅了されなかったわけではない。ローマ陥落の寸前に、発行されたばかりの"あやしの権利"を手に入れて脱出した人々もいます。」

 

「…それがフリーアヤソンなのね?」

 

「ダンケルクの想像通り、彼らはまず欧州中を逃げ回り、新大陸が発見されるとそちらへと向かった。…もちろん、教皇お墨付きの"あやしの権利"を手にして。」

 

 そもそも、あやすのって許可いるの?

 信仰に反するサムシングなの??

 

「頭から全身を覆う白いローブ、中央に置かれた魔法陣と十字架、そして、指導者の黒いローブ…間違いない、彼女達こそフリーアヤソンの末裔です!」

 

「…気づかれてしまったのなら仕方ないわね。」

 

「ルイス!なんでこんな事を!」

 

「科学の力は信仰を凌駕しつつあるわ。貴女だって気づいているでしょう、ダンケ?だから、ミニ・ルーを唯一無二のセントルイス級にする事で…信仰の力を取り戻すのよ!」

 

 …ん?なんて?

 もう話の次元が無茶苦茶過ぎておっちゃんついてけないや。

 

「Mon chuを道具みたいに扱って…それでも貴女は母親なの!?」

 

「誤解よ、ダンケ。私はミニ・ルーを道具のように扱ったりはしないわ!」

 

 

 ルイスママはそういうと、燃え盛る十字架に手を伸ばし、火炎の中で熱せられた鉄の棒を手に取った。

 おいおいおい、ルイスママ。

 まさか焼印じゃないよね、ルイス?

 頼むよ?

 天●と悪●しないでよ?

 

 

「これがッ、私たちの答え!」

 

 

 ルイスはまだ熱せられて赤々としている鉄の棒を指向してダンケ、ジャンパール、ラン●ドン教授を下がらせる。

 ルイス!?

 焼印じゃないよね!?

 そのまま自分自身の胸元に押し付けようとかしてないよね!?

 ルイスママ火傷するの嫌だけど、そもそも私も貴女の胸元にいるからね!?

 忘れてないよね!?ね!?

 

 

 ルイスは意を決したように目を瞑ると、赤々とした鉄の棒を振り回す!

 

 

 ガラガラガラ〜♪

 

 

 ガラガラかいっ!?

 ハンドメイドのガラガラかいっ!?

 マジでいい加減にしてよルイスママ!?

 んな禍々しいガラガラ作らないでよ、めっさ焦るじゃんかよ!?

 

 

「ルイス…貴女は母親としての自分を辞めようとしているのよ!?いい加減に気づいて!?」

 

「残念だけど、私はもう気づいているの。この子をセントルイス級にする…邪魔をする気なら」

 

 

 そこからはもう、御察しの通りです。

 艤装の撃ち合いです。

 午後の鉄血☆パーリーには遅れました。

 もう勘弁してください。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東南の"ロレンス"

 

 

 

 

 

 3年前

 東南アジア

 マラヤン半島

 

 

 

 

 

 

 

 1人の男が鬱蒼としたジャングルの中をひた走っていた。

 いや、"男"と呼ぶには若すぎるかもしれない。

 体格もやや痩せ型で、背もそんなに高くはなく、肌は健康的な小麦色。

 髭が生え始めるか、生え始めたかの境界線ぐらいの歳に見える。

 街中で彼の第1印象を聞いて回れば、好意的な人々なら"若き冒険家"、対照的な人々なら"無謀な若造"とでも言われそうだ。

 

 さまざまな植物が生い茂るジャングルは、彼のような人間が走り回るのには厳しい環境だった。

 彼は何度も躓き、転び、起き上がり、痛みと苦しみに顔を歪ませながらも走り続ける。

 すでに30分はそうやって走り続けているが、しかし彼は安堵を得ることができないでいた。

 …その右手に、世界最強の海軍といつでも連絡が取れる携帯無線機があってなお。

 

 

「止まれ!何者だ!」

 

 

 彼が走るのを辞めたのは、長大なボルトアクション小銃の銃口を向けられながら誰何された時だった。

 そこで彼はこの30分で初めて立ち止まり、両手を上げ、息を整える。

 顔は強張っていたが、しかし、僅かな月明かりの中で相手の特徴を捉えると、やっと安堵の表情を浮かべて誰何に答えた。

 

 

「撃つな、アフマド!僕だ!ジェンキンスだ!」

 

「ジェンキンス?…おお、我が友よ!無事だったか!死んだかと思ったぞ!」

 

「残念ながら、悪運は昔から強くてね。…他の皆は?」

 

 

 未だに汗の止まらないジェンキンスは、エンフィールドライフルをようやく下げた現地人協力者が悲しげな顔をしているのを見て取った。

 

 

「…重桜陸軍に大勢殺された…だが、彼らの犠牲は決して無駄ではない…」

 

「…残念だ」

 

「お前が気に病む必要はない。お前や、今は亡き同志達のお陰で攻撃の準備が整った!重桜陸軍の部隊はこちらの企図通りに集結し始めている。…後はロイヤル・ネイビーの援護次第だな。」

 

「あ、ああ!任せてくれ!」

 

 

 ジェンキンスは嬉々として携帯無線機に周波数を入力し始めた。

 作戦規定上、協力者達からは少し距離を取り、回線が繋がるのを待つ。

 

 彼や彼の協力者達は、マラヤン半島を制圧する重桜陸軍を挑発して、ある区画に集中させる事に成功したのだ。

 今、アンダマン海にはロイヤル・ネイビーの機動部隊が秘密裏に展開している。

 世界最強の海軍が放つ砲弾が重桜陸軍を叩きのめした後、彼と協力者達は突撃し、残存部隊を掃討するのが作戦だった。

 全ての手筈が整った今、ロイヤルMI5所属の工作員ジェンキンスは本部への連絡を取ろうとしていた。

 

 

「HQ、HQ、こちらAJ。」

 

『…こちらHQ、エージェント・J、認証コードを。』

 

「認証コード、362581」

 

『認証コードを確認。…作戦は成功したようね?』

 

「はい、長官。やり遂げました。後は我らがロイヤルの女神達の砲雷と共に…」

 

『エージェント・J、今すぐにそこから離脱しなさい。』

 

「え…?」

 

 

 思いがけない命令に、ジェンキンスは戸惑う。

 この回線は長官直通のルートのハズだが、彼はもう一度周波数を確認した。

 下された命令は、それほどにまで予想外なものだったのだ。

 

 

『もう一度言うわ、ジェンキンス。そこから離脱しなさい。』

 

「し、しかし、長官!我々はこれから重桜陸軍に…」

 

『あなたの任務は完了よ。お疲れ様。回収班を向かわせるから、今から言う座標を覚えなさい。』

 

 

 長官は淡々と座標を読み上げていったが、ジェンキンスの耳にはまるで入っていなかった。

 信じられない命令と、信じられない展開。

 彼は無線機を耳元に保ったまま、協力者達の方を見る。

 先ほどのアフマドの他に、30人程の男達がそこにいて、ロイヤル製の銃器を手に希望に満ちた表情をしていた。

 

 ジェンキンスは、思い返した。

 そう、()()()()()()()()()()()&()q()u()o()t();()()()()()()&()q()u()o()t();()

 この男達の協力を得るために、自分がMI5長官から直々に与えられた"報酬"の事を。

 

"マラヤンの独立"

 

 アフマドの同志達が自らの命まで投げ打ったのは、ロイヤル・ネイビーの為ではない。

 ようやく永きに渡る植民地支配から脱せられると思ったからだ。

 ロイヤル政府に協力し、重桜陸軍を追い出せば、ようやく自らの政府を持てると。

 

 

 間違いない、ロイヤル・ネイビーの獲物は重桜陸軍だけではない。

 ロイヤル政府からすれば、マラヤンに居座る重桜陸軍と、内部にいる不満分子を同時に叩ける絶好のチャンスなのだ。

 なんてことだ!

 何故気づかなかった!

 

 彼は耳元で繰り返される、長官の『聞いているの?』という言葉を無視して一心に叫ぶ。

 

 

「伏せろおおおおッ!!」

 

 

 すぐに滑空音が聴こえて、火炎と衝撃が辺りを包んだ。

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 現在

 

 

 

 鉄血☆パーリーにはその日の午後、少し遅れての参加となった。

 すでに片乳丸出しパーリードレス(やめろ)を着たビス叔母さんの演説が始まっている。

 そして、私といえば両乳丸出しパーリードレス(やめろ)を着用したピッピィの谷間からその演説を聞いていた。

 …ああ、本当に丸出しなんじゃないよ?

 ビス叔母さんのパーリードレスのクソエッロい胸元みたいな布がクロステディになってる且つ白地バージョンをピッピマッマァは着てるわけ。

 それだけでも18禁だと思うけどね。

 

 

 まあ、衣装の方はさておき。

 ビス叔母さんがこのパーリーを開いたのは、単にエンジョイしたいからでは無いだろう。

 数年前には鉄血艦隊の指導者としてその名を馳せていた人物が、ほんの思いつきでこんな事をやるとは思えない。

 

 このパーリーは、我が鎮守府の大きなホールを貸し切って行われていたが、招待されたのはいずれも鉄血系資本の投資家や企業の人間だ。

 ヴィシア・アイリス中央銀行、ロイヤル=鉄血石油会社、北連債務管理局…

 いずれも鉄血系資本、それもビスマルク財閥の傘下にいる。

 

 考えてみてほしい。

 ロイヤルは歴史的に、海軍にその重きを置いてきた。

 馬上槍試合が得意な国王が海軍を強化して以来、ロイヤル海軍はヒスパニア海軍を打ち破り、東煌にまで進出し、アイリスのナショナリストを苦しめ、鉄血公国を封じ込めてきたのだ。

 つまるところ、ロイヤル・ネイビーはこの国の象徴なのである。

 そんなロイヤル・ネイビーの、一鎮守府とはいえ軍事施設の中で、鉄血の実業家達を呼び寄せてパーリーしている。

 ロイヤル政府は勿論面白く思ったりはしていないだろうが、政府以上にロイヤル財界とロルトシート家はこの事態を忌み嫌っているに違いない。

 

 少しでもカンの働く人間なら、このパーリーには2つの意味があることを見抜く事だろう。

 1つ、ビスマルク財閥はロイヤルでの事業に本格的に参入するという事。

 そしてもう1つは、ロルトシート家への宣戦布告。

 "ロルトシートの庭先で身内のパーリー"とは、そういう意味も持っているのだ。

 私も、もちろんビス叔母さん側に組み込まれ、この経済紛争の当事者になってしまっている。

 できればこの悪夢のような争いから逃れたかったのだが…叔母さんを見捨てるなんて所業をできるはずもなく。

 

 

 

 やがて叔母さんの演説は終わり、会場が拍手喝采に包まれる。

 叔母さんは声援に応えながらも台上を降り、こちらの方へ向かってきた。

 

 

「素晴らしい演説だったわ、姉さん」

 

「ありがとう、ティル。…ちょっとだけ、ロブ君を貸してくれないかしら?」

 

「…………」

 

「ティル…?」

 

「私の。わーたーしーの。わーたーしーのーぼーや。」

 ギュウウウウウウウ

 

 ぐへええええええ、ピッピマッマァ、潰れる!潰れる!

 

「お願いよ、ティル。代わりに…ほら、ラインハルト♪」

 

「え、なにそのプレゼント交換的なサムシング!?」

 

「…仕方ないわね」

 

 

 ピッピが渋々ビス叔母さんの要求に応じ、私は両乳丸出しドレスから片乳丸出しドレスへと移される。

 感想?

 正直あんまし変わんねえ。

 サイズ的にも香り的にも変わる部分がない。

 流石姉妹艦!というべきだろうか?

 …こんなクソみたいな場面で"流石"という表現を使いたくはないのだが。

 

 両乳丸出しドレス側に移ったラインハルトも同じ感想を持ったらしい。

 お互いに目を合わせ、恐らくは同じ意味のアイコンタクトを交わした。

 "やれやれ"。

 

 

「さて、甥っ子ロブ君♪…あなたとは少し2人きりでお話をしたいわ♪」

 

 

 叔母さんはそう言いながら、会場の外へと歩を進める。

 2人きりでお話したい事?

 ピッピを残置したところからみて、恐らく後ろ暗い話なんじゃないかと推測する。

 どうやら私という人間は悪い推測ばかりよく当たるようで、それは今回も的中した。

 

 

「…ねえ、ロブ君。沿岸部にアイザッツ・グルッペン(処刑部隊)を送り込もうと思うの。」

 

 

 ほら、これだよ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロルトシート家の人々

 

 

 

 

 

「ハハハハハッ!面白い事を言う!"ぐろーせ号"を止められないのか、だって?そちら側は要求の意味を理解してるのかね?ビスマルク財閥傘下の一大海運企業が保有する、欧州有数の豪華客船を止めるということの意味を!」

 

「フレデリッ…」

 

「おいおい、こちら側のファーストネームを使用して良いなんて言った覚えはないぞ?」

 

「!…し、失礼しました、Mr.ロルトシート…」

 

「まったく。そちら側は礼儀というものを知らないらしいな。こちら側との会談を許してやり、屋敷で息を吸う事も許してやってると言うのに。…正直、取り寄せたロブスターがペストにでも感染しないか心配だ。」

 

 

 

 フレデリック・フォン・ロルトシートとその面会者達のすぐ側では、大西洋の向こう側から取り寄せたロブスターがアイリス人シェフによって調理されていた。

 シェフは一流の中の一流らしく、ロルトシート家当主の一言に高笑いする事はあっても調理を疎かにする事はない。

 その手捌きは人を魅入らせるモノがあったが、ロルトシートはまるで関心を持っていなかった…まるで見慣れたとでもいうかのように。

 

 

 ロルトシートの面会者達はそれぞれ不快感を感じていた。

 

 ユスティア・ヘスティングスは散々コケにされたかのような態度を取られていたし、その隣のカーリューは面会開始早々自身の"ご主人様"を小馬鹿にされている。

 そしてカーリューの膝の上にちょこんと座る"ご主人様"は、こういう貴族趣味的な富豪の事を本能的に忌み嫌っていた。

 

 大西洋の向こう側から取り寄せられたロブスターは、一般的にイメージされるような赤々とした殻ではなく、黒い殻に身を覆わせている。

 アイリス人シェフがロブスターの立派な頭を叩き切り、身を開き、グリルし、身に火が通る間に頭の殻を利用してアメリケーヌソースを作っている間、ジョン・"ジャック"・フォースターはロブスターから目が離せなかった。

 食べたいと思ったのではない。

 あの大きなエビ1匹で、貧しい子供1人が何日食べ繋げる額になるのか考えていたのだ。

 

 

「さて。改めて…そちら側の要求は不可能だと断言させてもらおう。」

 

 

 ロルトシート家現当主は、よほど気に入った相手でもない限り、相手のことを『君』だの『あなた』だの言おうとしない。

 自分の事を『私』や『僕』とも言わないのと同じように。

 ファーストネームで呼び合う相手など、家族ですら数人しかいないのだ。

 

『こちら側』と『そちら側』

 ロルトシート家で自身と相手を示すのに使われるこの語句は、互いのいる階層をハッキリと分からせる意味を十二分に含んでいることだろう。

 

 つまり、ハナから突き放されたにも関わらず、ユスティアは食い下がろうと試みた。

 

 

「Mr.ロルトシート。"ぐろーせ号"はただの豪華客船ではありません。MI5内の情報源によれば、来週にはアイザッツ・グルッペン…ビスマルクお抱えの処刑部隊がその客船でロイヤルに入国します。」

 

「そちら側の情報源の信頼性なら確認済みだ。来週にはビスマルクの兵隊がマニングトゥリーをうろつく事だろうな。」

 

「ではなぜ…」

 

「なぜ?なぜ"ぐろーせ号"を止めないのか?うん?そう聞きたいのか?ビスマルクの豪華客船を止めることの意味は考えたのかね?」

 

「たしかに、リスクがないとは言えません!」

 

「その通り、途方も無いリスクがある。ビスマルクとの本格的な"戦争"をする事になるだろう…まだ時期尚早だ。」

 

「ですが!あの悪名高いアイザッツ・グルッペンの入港を許せば、Mr.ロルトシートのビジネスは更に侵食されかねないのでは!?」

 

「…どういう事かな?」

 

「ロイヤルにビスマルクの実働部隊が上陸すれば、奴はロイヤル国内で自由に動かせる暴力装置を手に入れる事になります!」

 

「フハハハハッ!ビスマルクはそんな愚か者ではない。彼女が暴力装置を持っているように、こちらにも暴力装置がある。彼女も当然、そのくらい知っている。」

 

 

 ようやく、ロルトシートの口からマトモな三人称が出てきた。

 目の前の3人の事は虫ケラ以下としか思っていないに違いないが、ビスマルクの事は認めているようだ。

 ユスティアにはそれが尚の事、悔しくて歯がゆい。

 

 

「Mr.ロルトシート、貴方は私達にビスマルクの邪魔をしろと仰った。スポンサーになって下さった。私達はこれまで貴方の仰る通り…」

 

「そう!そちら側にはこちら側の要求に従ってもらった。ロイヤル-鉄血間貿易の邪魔をしろ、とね。中古の魚雷艇を回してやったんだから、それくらいはしてもらわないと。…ところが最近そちら側はしくじってばかりじゃないか。ノルマも達成できないのに、ビスマルクの豪華客船を止めろだなんて言い出すのは虫が良すぎるとは思わないか?」

 

「そ、それは………」

 

「そちら側で何とかしたまえ。ちょうど北連から4隻、中古の魚雷艇を回してやれる。なあに、PTボートのコピー品だよ。あぁ、もちろん"特別価格"で提供してやろう。」

 

「………あ、ありがとうございます」

 

「艤装の件も心配いらない。来週には用意してやれる。」

 

「………」

 

「振込はいつも通りで頼むよ。それでは健闘を祈っている。…立ち去りたまえ。」

 

 

 

 

 

 

 

 3人の面会者達は、それはそれは惨めな気持ちで帰路につく。

 

 小さな赤ん坊を含めた誰もが、あの忌々しい大富豪の、一銭たりとも惜しまんとする態度には嫌気がさしていた。

 だが、少なくとも彼ら彼女らにとっては、あの大富豪は物資・兵器の貴重な供給源の1つなのだ。

 

 たしかに海軍の兵器庫を襲ったりもするが、何度も何度も繰り返せるわけではない。

 仮に警備兵を全員倒したとしても、ああいう施設には何かしらの警報装置があったり、監視カメラの映像が本部と共有されていたりする。

 そう長々と居座る事は出来ないのだ。

 

 先週カーリューは、海軍の兵器庫から艤装を奪取した。

 だが、それでも用意できたのは3セットのみ。

 残りの3セットはあの大富豪から買わねばならない。

 4隻の魚雷艇の代金を含めると、海賊団の資金はカツカツだった。

 

 

「…あの大富豪以外に頼れる奴はいないのか?」

 

「大佐、残念ながら。魚雷艇や艤装を秘密裏に用意できる有力者はそうそう見つかるものではありません。それに…あの大富豪の提示した"特別価格"は、闇市場では本当に"特別価格"です。」

 

「例えそうだとしても、あの男とは早く縁を切りたいものです…ご主人様を…あんな…!」

 

「カーリュー、俺は気にしちゃいない。」

 

「アナタ!?気にするべきです!!アナタが"あのセントルイスファミリアの足元に及ばない"などという評価をされて良いハズがありません!」

 

「…ありがとう、カーリュー。でも、俺は…やはり大富豪からの評価なんてどうでもいいんだ…」

 

「アナタ…」

 

「第三者からの評価なんかより、弱き人々の生活の方が気にかかる。そのためなら、大富豪からクソ扱いされようが耐えてみせるさ。…しかし、心配なのは…ユスティア、君は辛いだろう?」

 

「ふふ…大佐は本当にお優しい方ですね…。ええ、たしかに辛くはありますが…私とて大佐と同じ想いです。」

 

「君はまだ若いのに本当に逞しいな」

 

「アナタとユスティアさんの高いお志は本当に誇らしいのですが…やはり、ロルトシートは信用なりません。」

 

「………」

 

「………」

 

「彼は私達を利用する気でしかないように感じます。私も、ユスティアさんも、アナタのことも、きっと駒程度にしか思っていない。いずれ私達は切り捨てられるでしょう。」

 

「…実を言うと、ロルトシートから接触があったのは3回目の襲撃が成功した後です。彼は鉄血の輸送船を襲う代わりに魚雷艇を格安で提供してくれました。贅沢品を運ぶのも大抵鉄血船籍の船なので、私達も最初は好都合だと考えていたのですが…ここまで言えば分かると思いますが、やはり最初から利用する気でしかいなかったのでしょう。」

 

「いずれにせよ、あの男を頼らずに済むようにしないとな。っと、すまん、眠気が…」

 

 

 見た目赤ん坊の元海軍大佐の頭が、ガクンと揺れる。

 どうやら見た目だけでなく、体力的なものまで幼児退行してしまったようで、頭をフル回転させた結果脳が休憩を欲したようだ。

 

 彼の嫁にして給仕にして母親であるカーリューは、抱き抱えるフォースターの眠そうな様子を見てとると、多くの母親がするであろう行為を始めた。

 そう、あやし始めたのである

 

 

「あ〜↑よちよちよちよち、私のゴチュジンチャマ〜↑おネムしましょうね〜」

 

 

 流石のユスティアもこの光景には少し目眩を感じた。

 只でさえ、彼女の当初の計画は狂い始めている。

 このまま行けば、彼女の目論んでいた『大佐とKANSENの分離』は見事に失敗する事だろう。

 

 未だに切り離せないロルトシートとの関係と、ビスマルクの私兵団と、夫の母親になってしまったKANSEN。

 まだ10代の少女が扱うには、いずれもあまりに複雑怪奇で、あまりに過酷で、あまりに重い問題だった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カブ$カブ大作戦

視点ぐるぐるしてごめんなさい


 

 

 

 

 どうしよう、ピッピが全くもって私を手放そうとしない。

 どれくらい手放そうとしないかと言うと、『手放さないと出られない部屋』とかに入れられても手放さないくらいに手放そうとしない。

 例によってあの馬鹿デカいお胸に私を挟み、真っ白な柔肌と香りと温かみを途轍もない強制力で強いてくる。

 

 いつだかルイスが私の親権を手に入れて、こちらの体臭までルイス臭にする程私を独占していたことがあったが、ピッピのそれはルイスのそれより容赦がない。

 そもそもピッピのお胸はルイスのアパラチアよりも大きいという事を考慮すれば、それは私の置かれている過酷な環境を想像する助けになってくれるのではなかろうか。

 ルイスの時は、まだ頭を胸の間から出せていた。

 今ではそれすらできないのである。

 

 

「うんん…坊や、おはよう。それとも…まだ…眠っているのかしら…?」

 

 

 ピッピは今きっと、朝日を浴びて爽やかな朝のお目覚めをしているのだろう。

 だが私に朝日の光など届きはしない。

 私は監獄の中の囚人、または拉致された人質。

 田中●子の艶かしい声で起きているかどうか確認されたところで…返事のしようもない。

 

 

「………んん…おはよう、ティル。ロブ君はまだ寝てる?」

 

「おはよう、姉さん。ええ、まだ寝てるみたい。ラインハルト君はどうかしら?」

 

「ウチのラインハルトもよく寝ているわ。」

 

 

 なんとなくでしかないが、我が親愛なる従兄弟もビス叔母さんの胸の間で異質な朝を迎えているような気がした。

 ついにリアルな血縁関係に至ってしまった我が兄弟よ、お前とはいつか自由を得るための闘争を共に戦い抜く関係となるだろう。

 例え最後に待つのが敗北であろうと…

 

 

「起きて、坊や。」

 ギュムッ

 

 フゲエッ!?

 

 

 ピッピが軽く谷間を左右から押すだけで、私の脳は一気にスリーピーモードから通常モードへと移行する。

 仕方ないもん、生命の危機なんだもん。

 このまま二度寝なんかしたら確実に天に召されそうなんだもん。

 

 

「起きて、ラインハルト」

 ギュムッ

 

「フゲエッ!?」

 

 

 どうやらラインハルトも私と同じ憂き目に遭っているようだ。

 お互い苦労が多いなあ。

 もし、また元のサイズに戻れる事があったなら、その時は従兄弟と2人だけで飲みにでも行きたい。

 

 

「おはよう坊や♪手荒な起こし方をしてごめんなさい。でも、今日は大切な用事があるでしょう?」

 

「ラインハルトも!私達はロブ君にお願いしている立場なのよ?なのに寝坊なんてしたら会わせる顔がないでしょう?」

 

「ふぁい、ビスマッマ。」

 

 

 ピッピマッマァとビス叔母さんが言う"大切な用事"とは、叔母さんお抱えの特殊部隊『アイザッツ・グルッペン』の上陸援護である。

 

 海上援護の方は、もうすでに我が第二艦隊が実行中で、昨日の内にノーフォーク沿岸まで接近中らしい。

 私がスヤスヤ眠っている間にも、シリアスやジャンパールが働いてくれたおかげで特に問題なく入港出来そうだ。

 一度だけ小型艇が数艇姿を見せたらしいが…接近する前に逃げ出した。

 まあねぇ、フル艤装フル艦隊みりゃああのクソ海賊団どもも流石に考えを改めるでしょうよ。

 

 

 私はピッピマッマァと共に毎朝恒例の儀式・朝シャンを済ませたが、その間にアイザッツ・グルッペンは無事に入港した。

 彼らはこちらの警備部隊に迎えられ、現在鎮守府へ移動中とのこと。

 私は万全を期すために車列に無駄に過剰な警備を施していたが、その甲斐あってビス叔母さんの特殊部隊が攻撃を受けることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 ロルトシート家当主は、スーツに着替えたビスマルクの兵隊を満載した客船が入港したと知らされても、さほど関心を示さなかった。

 彼の関心ごとはもっと別な事にある。

 だから、海賊共が中古の魚雷艇が4隻"増えただけ"で襲撃を試みるような愚か者で無かったことに多少なりとも安心していた。

 

 

「海賊の馬鹿どもにしては賢明な判断をした。正直…あちら側がこちら側の企図を妨げるんじゃないかとヒヤヒヤしてたからね。」

 

「フレデリック、私としては笑い事じゃ済まないよ。」

 

「そう弱気になるな、エイミール。君にとってこれは…寧ろ追い風だぞ?ビスマルクは優秀な機動性のある部隊の1つを最前線から引き抜いた。地の利はこちらにあるし、アイザッツ・グルッペンは海賊相手に手こずる事になるだろう。」

 

「………なるほど、つまり………そうかそうか、君はつまりそういう奴だったんだな?

 

「テンプレやめれ。」

 

「すまん、つい。…つまり、君が言いたいのは、ビスマルクは大陸側の選択肢を1つ失ったと言いたいんだな?」

 

「その通りさ、エイミール。我々の主戦場はあくまで"大陸側"だ。庭先で乱痴気騒ぎを起こす気はないよ。」

 

 

 今日、フレデリック・フォン・ロルトシートは珍しくもファーストネームで呼び合う仲の人物と会話を楽しんでいる。

 その人物とは彼の弟・エイミールで、大陸側におけるロルトシートの顔とでも言うべき人物だ。

 セントルイスファミリアがロイヤルにおけるビスマルクの窓口となりつつあるように、ロルトシート家も大陸側にエイミールという窓口を持っているのである。

 

 

「まあなんにせよ…エイミール、我々の計画は始動する。準備は完了、用意は万全。ゴロツキ共とも話は付いてる。」

 

「…なあ、フレデリック?」

 

「どうした?」

 

「その…こんな大金をかける価値のある相手か?北連の連中も馬鹿じゃないし、ビスマルクが動く可能性だってある。」

 

「任せておけ、エイミール。ビスマルクは北連へは行けないよ。そんな事をしたら、プーシロフとの関係性が明らかになる。書記長が鉄血財界の大物と組んでいると知れたら、突き上げどころじゃ済まなくなるだろう。」

 

「彼女の妹、ティルピッツもそうなるか。だが…だとすれば…"彼"の方もそう易々とは出入り出来ないだろう?」

 

「"彼"の方なら安心していい。肩書きが使える。プーシロフの後進も、祖国を滅ぼす戦火から救った"彼"の事は冷遇できんしな。」

 

「なるほど、全て折り込み済みか。だが、そこまでして」

 

()()()()()()()なんだ、エイミール。ビスマルクの戦略において、恐らく"彼"は重要なポジションにいる。早いうちに消してしまった方が無難さ。」

 

「ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア…可哀想な赤ん坊だ。」

 

「彼は赤ん坊じゃない…まあ、いい。その話は今度にしよう。さて、そろそろ時間だな。エイミール、今日は忙しくなるぞ?」

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

「ミーシャ!ミーシャ、ミーシャ!!大変です!」

 

 

 すっげえ顔色の悪いアイザッツ・グルッペンの方々を出迎えていた時、アヴマッマがすっげえ顔色を悪くして駆け寄ってきた。

 まあ、たわわに実る豊かな双丘がブルンブルン揺れてたからか、アイザッツ・グルッペンの方々の顔色が若干良くなった気がする。

 …あー、アイザッツ・グルッペンと言っても、こちらの世界のアイザッツ・グルッペンはホロコーストとは関係していない。

 彼らはアズールレーンとの戦争中にはパルチザン狩りに精を出していたし、顔色が悪かったのは船旅に慣れていないからだ。

 いわば、対ゲリラ戦のプロフェッショナル。

 スガ●カオのオープニングテーマ付きで番組が取れる程度には活躍してくださる事だろう。

 

 それはともかく。

 

 いつもは冷静で、にこやかぁにドス黒い陰謀を考えてそうなアヴマッマが本当に青い顔をしていたから、私としては面食らった。

 もはや、「え?アヴマッマってこういう顔すんの?」ってレベル。

 その焦りの原因は想像したくもないが。

 

 

「ミーシャ、本当に大変です!一緒に北連に来てください!」

 

 いや、アヴマッマ?

 そんな隣のアパートまで来てください感覚で言われてもさあ。

 

「本当に大変なんです、ミーシャ!」

 

「落ち着きなさい、アヴローラ。坊やに、何があったのかちゃんと説明して?」

 

「はぁ…はぁ…ミーシャ、ロルトシートが動きました…」

 

 oops…

 

「ウクラニア(史実のウクライナ)です!ロルトシート傘下の投資会社が、ウクラニア・ガスプロム(パイプライン管理会社)の買収に動き出しました!」

 

 ぬわにぃ!?やっちまったなぁ!!!

 

「…坊やに何の関係があるの?」

 

 ピッピ、頼むよ…。

 ウクラニア・ガスプロムは北連から大陸側の各国に向けて伸びるパイプラインを管理してる。

 そんな会社を取られたらどうなるか…

 

「っ!?」

 

 北連にとって、天然ガスと石油は主力輸出品目だ。

 つまりパイプラインは生命線。

 そして、その喪失はプーシロフの失脚を招きかねない。

 更に言えば、パイプラインの先にいる鉄血の経済さえ締め上げる事ができる。

 

「ロブ君、飛行機を貸してもらえるかしら?」

 

「ダメです!ビスマルク、貴女が北連へ向かえば現書記長が追い込まれます!」

 

「クッ…なるほど、だからロブ君なのね?」

 

「はい。ミーシャなら海軍少将として北連海軍への視察に招待できます!現地で貴女と緊密に連絡を取りつつ、事態に対処するにはミーシャが適任なんです!プーシロフとベニヤもそれを望んでいます!」

 

「坊や…すごく辛いけど…鉄血の為なら仕方ないわね…」

 

「すぐに出発します!荷物は準備しました!さあ、ミーシャ、行きますよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 北方連合は社会主義国家だったが、ウクラニアはそうではなかった。

 だからロルトシートはウクラニア・ガスプロムを狙えたわけだが…しかし、引っかかる点もある。

 

 いざとなれば、北連は軍隊を送り込んででもパイプラインの確保に乗り出す事だろう。

 北連は国際的な非難を受け、プーシロフはまた突き上げを食らうだろうが、パイプラインのコントロールを失うよりは断然マシなハズ。

 

 つまり、ロルトシート家は、殆ど勝ち目のない賭けに打って出たわけだ。

 一つの大国の国家生命を脅かすなんて、いくら大財閥とはいえ正気の沙汰ではない。

 長い歴史を持つ名家が、大きな損害も想像できずに破れかぶれの買収を試みるとは到底思えない。

 

 

 ロルトシート家には間違いなく別の狙いがある。

 そして、アヴマッマにも別の狙いがある。

 

 

「ふぅぅぅ…ミーシャ、これでしばらくは2人きりですね♪」

 

 

 北連航空のツポレフ機のファーストクラスでアヴマッマにそう言われた時、私は少しばかり悪寒を感じた。

 …どうやら、今度はおはようからおやすみまでアヴマッマらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




にわかな上に設定が甘くてごめんなさい許してくださいなんでもしますからあら何でもするって言いましたねミーシャいやアヴマッマ、スタップスタップスタァァァアアアプ!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

封鎖できません!

 

 

 

 

 北方連合首都モスクワ

 

 

 

 

 

 観光名所としても有名な赤の広場は、高級ホテルのスイートルームから見下ろしても立派なものだった。

 流石に雪は溶けきっていて、クレムリンの衛兵隊も夏服に着替えていたが、今度は冬場に訪れてみたいと思わされる。

 純白の雪化粧をした赤の広場はどんな顔を見せてくれるのだろうか?

 少しばかり、心惹かれるモノがあった。

 

 

「ミーシャ、モスクワはどうですか?」

 

 …美しいところだね。

 

「うふふ♪気に入ってもらえて嬉しいです。ミーシャの北連語なら、街の散策もきっと楽しいですよ。時間があれば出かけてみましょう!…でも、今は」

 

 

 いわゆる、彼シャツ姿のアヴローラが私を優しく抱き上げた。

 スイートルームの窓際にあるベビーカーから抱き上げられた私は、そのままミニサイズのスーツに着替えさせられる。

 サイズこそ小さいが、有名ブランドのロゴが入るそのスーツはかなり値が張る代物のハズだ。

 オーダーメイドなら尚更値段が跳ね上がる事だろう。

 

 赤ん坊1人とそのマッマ(だと強弁する女性)の為に、首都最高のホテルと高級スーツを充てがう当たり、内部人民委員部改め『KGV』はかなり金回りが良いらしい。

 

 

 

 昨日郊外の国際空港に到着した時、ツポレフ機のファーストクラスを用意したのもKGVの連中だと察しがついた。

 ツポレフ機の昇降口に、黒スーツの屈強な男たちが待ち構えていたからだ。

 

 

「直接お目にかかるのは初めてですね、同志。私がKGV長官のベニヤです。」

 

 

 黒スーツ達の中でも殊更に地味な、モヤシのような男から挨拶された時は多少なりとも驚いた。

 鉄血情報部長でもあるラインハルトが『使えるヤツ』と太鼓判を押すあたり、ベテラン傭兵なスティーブ●・セ●ールを想像していたのだ。

 実際にはビー●ルズのポー●・マッ●ートニーみたいなひょろ長い男で、しかし、とても「素晴らしい世界を想像してみよう」とは言いそうもない雰囲気を纏っていた。

 その男から差し出された握手を握り返してこちらも自己紹介すると、私とアヴマッマはリムジンへと乗せられる。

 

 

「単刀直入に言います、少将。同志プーシロフは48時間以内にロルトシートが手を引かなければ…南西方面軍の24個師団を南下させます。」

 

 ずいぶんと"寛容"ですね。

 本当は今すぐにでも国境を越えたいのでは?

 

「はははッ。ラインハルト君から聞いていた通りですね、実に面白い。」

 

 …しかし、同時にジレンマもある。

 仮に侵攻したとして、ウクラニア軍がどう動くかはわからない。

 報復措置としてパイプラインを爆破されれば、北方連合の経済は大ダメージを受けるでしょう。

 

「そうです。あんな軍隊(ウクラニア軍)にもパイプラインを爆破できる程度の爆薬はある。だから、できる限り力づくの解決方法は避けたい。」

 

「ミーシャ、何かいい方法はありませんか?」

 

 ……恐らく、この手の問題に特効薬はありません。

 囲い込みを進言します。

 

「囲い込み…ですか、同志?」

 

 はい。

 セヴァストポリの黒海艦隊を出港させ、南側から圧力をかけましょう。

 ビス叔母さんに頼んで、鉄血側にも戦車師団を配置してもらいます。

 そうすれば…ウクラニアの出入り口は南西方面に絞られる。

 バルクス半島(史実のバルカン半島)に工作員はお持ちですか?

 

「!…なるほど!ええ、もちろんいますよ!すぐに動員します!」

 

「バルクス半島には独立の際北方連合が力を貸した国が多い…完璧です、ミーシャ!」

 

 アヴマッマ、これは第1段階でしかない。

 もしこれでウクラニアが諦めなければ…更に手を打たないと。

 

「何はともあれ、今夜中に包囲網を完成させますよ。鉄血側の説得はよろしくお願いします…おっと、ホテルに着いたようです。明日の朝、またお会いしましょう。」

 

 

 

 そこからスイートルームへと至り、私はビス叔母さんに連絡を取った。

 アヴマッマは「ミーシャ♪ミーシャ♪ミーシャとおっふろ♪」とかルンルン気分だったけど、ビス叔母さんとの電話が終わるまでは待ってもらう。

 …ねえ、アヴマッマ?

 そんなオヤツをお預けにされたチワワみたいなつぶらな瞳で見つめないでくれる?

 あと10分ばかし待ってて?頼むよ?

 

 

『………分かったわ、私の方から陸軍に働きかけましょう。』

 

 よろしく頼んます、ビス叔母さん。

 

『それはそうと…貴方と話したがってる子達がいるわ。はい、ど』ガッ

 

 ピッピ?

 

『…………』

 

 ピッピ?

 

『…………』

 

 いくらなんでも受話器引ったくるのは良くないと思うよ?ピッピ?

 

『………ミニ、私達のこと忘れちゃったの?』

 

 ルイスか〜い。

 

『最近、ミニ・ルーはティルピッツと絡んでばかりじゃない…グスッ、お母さん悲しいわ…えぐっ』

 

 なななな泣かないで、ルイスマッマ。

 帰ってきたらちゃんとあやされまくるから。

 

『やり直し』

 

 帰ってきたらあやちてくだちゃい!

 

『まあ嬉しい!ルイスマッマ楽しみに待ってるからね!髪の毛から爪先まで私の体臭で』

 

『ちょっと!ルイス!長電話禁止よ!…chou〜?帰ってきたら私とお風呂だから!』

 

 う、うん。

 

『ダンケ!?そんな約束は…』

 

『あなたポーカーで負けたじゃない、ルイス。…それじゃあ、ベルに変わるわね?』

 

『ご主人様、ロイヤルを出国なさる前に一言仰って下さっても良かったのでは?』

 

 あー、本当にごめんよ!

 緊急事態だったんだ。

 

『ご主人様の矯正も…』

 

(そこまで?一言言わなかっただけで、そこまで?)

 

『うふふ、冗談です。オセアニアの植民地から高品質なビーフを取り寄せております。楽しみにしていてください。それでは、ティルピッツ?』

 

『あーーーーーー、ぼーーーーやーーーはやくかえってきてええええええ』

 

 バグらないで、ピッピ?

 

『帰って来るの、楽しみに待ってるわ!私達の望みは貴方の無事だけ…どうか無事に帰ってきてね?』

 

 うん、ピッピ。

 それは約束するよ。

 

『ふふっ、嬉しい♪それじゃあ、お仕事頑張ってちょうだい♡』

 

 

 

 

 一晩明けた今朝、私はアヴマッマと共に朝シャンし、KGVの車で彼らの本部へと向かう。

 KGV本部の建物は、外から見るだけでも明らかに重い空気を漂わせていた。

 きっと上手くいっていないのだろうと思ったし、実際その通りだった。

 

 黒海艦隊は既に出港していたが…どうやら、バルクス半島の工作員達はまだ充分に働けていないらしい。

 明らかに昨夜一睡もしていないベニヤが言うには、封を開けたばかりのカイロのような状態とのこと。

 なんつーか、まあ、そうだよね。

 私自身、MI5時代に似たような経験をしているから同情できるというか何というか。

 ただ、その時は期待していた"細胞"達から「知るかバ〜カ」とばかり中指を突き立てられたから、ベニヤの立場の方がよほどマシだろう。

 E国の"細胞"連中絶対許さん。

 

 

 さて、ベニヤの工作員達はまだ上手く機能していない。

 これは悪いニュースだったが、良いニュースもある。

 ロルトシートの投資会社によるウクラニア・ガスプロムの株式買収が鈍っているようだ。

 原因は投資会社が買い渋っているのではなく、ウクラニア側の売り渋りらしい。

 勿論、相場の高騰を狙っているわけでもない。

 黒海艦隊が南側から圧をかけ始めた事で、国土への攻撃がウクラニア政府の脳裏にチラつき始めたのだろう。

 いくらウクラニア・ガスプロムを売って稼いでも、国土を失えば元も子もないのだから。

 

 だとすれば良い兆候だ。

 後はビス叔母さんが鉄血側の国境を埋めてくれれば万事うまくいく。

 案外、第1段階だけで済むかもな。

 そう思った矢先、ビス叔母さんから電話がかかってきた。

 そしてその電話は…悪いニュースでしかなかった。

 

 

『ウクラニア国境地帯、封鎖できません!』

 

 

 あのね、ビス叔母さん。

 リアルにクライシスなんだから、踊る大外交戦とかやめようぜ?

 どこにも需要はないし、そのお知らせ結構ショックなんだけど?

 

 てか、なんで?

 

『ごめんね、ロブ君。叔母さんの力不足よ…。鉄血はもう独裁政権ではなく、民主主義国家なの。』

 

 つまり…鉄血政府が乗り気じゃない感じですか?

 

『そう。スタルノフ(北連前書記長)が国境沿いに戦車師団を配置して以来、政府は北連をイマイチ信用しきれない。だから政府の中には、パイプラインの買収を好意的に捉えている者もいる。』

 

 なんてこった…。

 ま、まあ、叔母さんのせいじゃありませんよ。

 

『ありがとうロブ君。財界からも圧を掛けてみるけど、しばらく時間がかかると思うわ。』

 

 わ、分かりました。

 時間を稼ぐ必要がありますね。

 

 

 

 私は電話を切ると、アヴマッマに向き直る。

 

 ねえ、アヴマッマ?

 ウクラニアの首相と連絡取れたりする?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見て訪問

 

 

 

 

 

重桜首都・東京

 

 

 

 

 熱帯低気圧は南からやってきて、"冷戦"と"ホルタ会談"により戦火を免れた優美な街を存分に濡らしている。

 東洋一良く整備された道路のアスファルトは湿って特有の匂いを放ち、その道路を歩く人々は傘をさしていた。

 天より降りし恵は大抵の人々の歩みを遅らせていたが、しかし、"大抵"に含まれない人間はズボンの裾が濡れようと気にもせず早歩きを続けている。

 

 ユニオン中央情報局(CIU)分析官、『ショーン・ライアン』もこの日は"大抵に含まれない人間"だった。

 ボストンの大学を卒業し、その後ユニオン海軍兵学校を首席で卒業したこの男はCIUの分析官であり、同時に証券会社の一流職員という立場も持っている。

 だから常日頃から目立つような行動は避けていたし、目立った事は数少ない。

 

 

 だが、今日はそうもいかない。

 

 重桜中央証券取引所で重大な発見をしてから約20分、彼はCIUのセーフハウスへ向けて大股で歩き続けていた。

 悪名高い、かの特別警察が勅命により解散したとはいえ、重桜が情報機関を失ったわけではない。

 むしろ、方針の変換と人材確保先の拡大が広がり、前時代よりも強力な機関が出来上がったのだ。

 こんな雨の日に、白人男性が東京の道を大股歩きしていれば嫌でも"彼ら"の目につく事だろう。

 しかしながら、ライアン分析官は発見した問題を速やかに報告する義務感を優先させた。

 なぜならそれは…彼個人どころか、ユニオンという国家自体を危険に晒しかねない物だったからだ。

 

 

 CIU分析官はセーフハウスに入ると、暗号化された秘密回線に電話を掛ける。

 手早く照合を済ませると、この報告を一等早く受け取るべき人間を呼び出した。

 その人間の地位が地位ゆえに、電話口の相手は多少渋ったものの結局はライアンの要求に応じる。

 やがて、電話口にライアンの要求した男が現れた。

 

 

「ダリスだ。ライアン君、こんな夜中に何の用かね?」

 

「こんばんわ、長官。こちらは昼の2時ですが…時差がありますからね。すいません、どうしても緊急でお伝えしたければならない事がありまして。」

 

「…私は今年で60になる。こんな老人を夜中に叩き起こすに不十分な内容なら、君を老人虐待の罪で訴える事にしよう。」

 

「はははっ、長官、その点はご心配なさらなくて結構です。」

 

「で、内容は?」

 

「…重桜中央証券取引所で大きな動きがありました。重桜石油社の株式に大きな買い注文が出ています。」

 

「重桜石油に…?誰が買ってる?」

 

「ペーパーカンパニーです…重桜情報局の。」

 

「………すまんが、老人にも分かるように伝えてくれないか?」

 

「はい、勿論。重桜石油社は重桜政府と深く関わっていて、国策にも関与しています。その会社に情報局が"テコ入れ"をしているんです。」

 

「一体何のために?」

 

「……チェフメ油田

 

「…………」

 

「…………」

 

「………不味いな、ライアン君。チェフメの開発はロイヤルと鉄血の資本が係争中だ。ロルトシート家はウクラニア人を、ビスマルクはプーシロフを使って代理戦争をしている。北連の呑んだくれはそっちで手一杯になっているだろう。」

 

「この係争に乗じて、重桜は漁夫の利を得るつもりでしょう。彼らがチェフメの石油を手に入れたら、もうユニオンの顔色を伺う必要もない。それがもたらす結末は…」

 

強力な仮想敵の再来、か。よくやったぞ、ライアン君。すぐに閣僚を集めて対策を練る。…はぁ、この国の役人という仕事は老人に容赦なく鞭を振るうな、まったく!」

 

 

 

 

 

 

 重桜情報局の工作員は、もちろんショーン・ライアンという証券マンをマークしていたし、尾行もしていたし、それどころか彼が重桜の策略に感づいていたことも知っていた。

 

 にもかかわらず、彼らのセーフハウスの30m先に止めたセダンの中から誰一人として下車しなかったのは作戦指揮官の決定に従った結果だった。

 

 その作戦指揮官はセダンの助手席で、自身の計略が上手くいった事に内心ホッとしていた。

 

 

「上手くいって何よりですわ。」

 

「天城姉様、やはりあのネズミは始末すべきです。」

 

「加賀、我々はもう前時代とは決別したハズですよ?」

 

「しかし、姉様。今回の計画は重桜が独自の路線に進むいい機会だったのでは」

 

「過ぎしチカラは身を滅ぼします。重桜がユニオンに依存しているのは石油だけではありません。内実に合わないチカラは所詮役に立つものではない…何より、"そんなモノ"より"あの子"の方が大切ではなくて?」

 

「…………た、確かに…」

 

 

 天城は今、サラッと重要資源を「そんなモノ」呼ばわりしたのだが、にもかかわらず誰も否定する者はいなかった。

 

 もう、このあたり、本当に何なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………

 

 

 

 

 

 

 北方連合首都

 モスクワ

 某所地下室

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガスプロムの買収は北方連合とウクラニアの問題だった。

 だから当然、ウクラニアの首相とお話をするのは北方連合の首相でなければならない。

 プーシロフは厳密には"首相"ではなかったが、"書記長"という役職は国の代表を意味している。

 よって、ウクラニア首相との電話会談はプーシロフによって行われていた。

 

 私は、農業政策失敗か〜ら〜の〜パイプライン危機で精神的に追い詰められているに違いない同志プーシロフの額にすっげえ量の脂汗が浮いているのを見たし、顔色が消費期限切れの饅頭みたくなっているのも見た。

 だから、時間を稼ぎつつウクラニアの懐を探るなんていう芸当が彼に務まるのか少し不安にもなる。

 彼の後進が今すぐにでもユニオンとの核戦争を始めようとしてるような極右の人間ならその態度は致し方のない部分もあるのだが、だからと言ってこの会談をポシャる理由にはなり得ない。

 

「ミーシャ…めっ!」

 

あ、あの、アヴマッマ?

 

「ミーシャはミーシャにしかできない仕事があるはずです!交渉はプーシロフに任せて、ミーシャはそちらに集中してください!」

 

 集中?この状況で集中?

 

「はい!」

 

 ……あのねアヴマッマ、本当に集中させる気あるのかな貴女は。

 なんでKGV本部の秘密地下施設とかに連れ込むのかな貴女は。

 なんでわざわざちょっと指先触れただけでTU4爆撃機が飛び立ちそうなピカピカしたボタンとかプレスの効いた制服着込んだ保安要員とか政治要員とかPPSHとかPPSとか沢山あるところに私をぶち込んだのかな貴女は。

 これで集中なんぞできるか!!

 そもそも生きて出られるの!?

 私ちゃんと生きて出られるの!?ねえ!?

 

「安心してください、ミーシャ。今回は特別に特別の配慮を示してもらいましたから。ミーシャはきっと、この施設から生きて出られる唯一の外国人です!

 

 そういうこと言うから不安になるんだろうが!!

 

「しっ!ミーシャ、まもなくウクラニア首相との電話会談が始まります。」

 

 

 アヴマッマの言う通り、目の前のスクリーンにはウクラニア首相とスクリーン越しの会談を行うプーシロフの様子が映し出されている。

 もしスクリーン越しのスクリーンに映るウクラニア首相の顔色についてコメントを求められたのなら…私ならきっとこう返すだろう。

 "ウクラニア人は決意を固めつつあるようだ"

 

 私とアヴマッマの仕事は、この極秘の電話会談の様子を伺いつつ、プーシロフを補佐する事。

 

 同志書記長がこの会談に優勢な内に、ビス叔母さんが鉄血陸軍を国境沿いに配備できれば私の勝ち。

 逆に、鉄血政府が財界の圧力に屈しなかったり、ウクラニア人がロルトシート家へガスプロムを売り飛ばすと決意してしまえば彼らの勝ち…ウクラニア人ではなく…ロルトシート家の勝ちになる。

 はっきり言って楽勝とは程遠い。

 要となるのは"バランス"だろう。

 ウクラニア人に圧をかけ過ぎてもダメ、かけなさ過ぎてもダメ。

 国家生命のかかったジェ●ガをやろうと言うのである…それも赤ん坊が。

 

 ウクラニア首相とプーシロフのやり取りは、お世辞にも上品な会話とは程遠いものだった。

 スクリーンの向こう側にお互いの顔を見た次の瞬間には罵倒の応酬が始まる。

 とても一国の首相同士の電話会談には見えないし、きっと二人とも程度の良い教育を受けていないのではないかと思えた。

 

 

 

「黒海艦隊と国境沿い戦車師団の撤収!さもなくばアンタらのパイプラインを切り刻んでやるからな!」

 

「ハハッ!馬鹿め!そんな事をすれば貴様らが欧州中から責められるんだぞ!そんなことも分からんのかこのブタがっ!」

 

「ブタはお前だ、このハゲ頭!その薄っぺらい頭じゃロルトシートの北海油田の事なぞ思い浮かばんだろう!」

 

「なっ、このクソブタ野郎!ユ●公と手を組みやがったのか!薄汚えクソ」

 

 

 

 あの、やめて、アヴマッマ。

 私の仕事はね、クッソ下品な罵声を顔真っ赤にして怒鳴り散らしてる北連書記長閣下のお手伝いなんだからさ。

 だから呆れ顔をしてその大きな双丘で私の頭を挟むのをやめようぜ?

 スピーカーから聞こえてくる罵言雑踏を聞くのは確かに気持ちいいもんじゃないけどさ、でも聞かなきゃ分からないじゃん?

 お仕事できないじゃん?ジェ●ンガできないじゃん?

 

 

 その内に電話が鳴ったようで、アヴマッマがそれをとって話をし、勝手に切りやがる。

 

 

【やっぱり、鉄血政府はダメみたいです、ミーシャ。】

 

 

 アヴマッマ〜?

 双丘越しにテレパシー使ってこないでよ頭の中に直接話しかけて来ないでよ。

 全力で焦るじゃん?

 もう意味わかんないじゃん?

 

 …しかし、やっぱりダメかぁ。

 あのビス叔母さんでも説得できないとなると、鉄血政府はもう無理だろう。

 別の手?

 …………ないわけがなかろうが。

 私を誰と心得る、このマッマァが目に入らぬかぁ〜〜〜ひかえ〜ひかえ〜〜。

 …なにやってんだろ。

 

 

 スクリーンの向こう側で、ウクラニア首相が側近ぽい人に耳打ちされたのを見た時、私は"別の手"が成功したことを確信した。

 

 




近々重桜マッマァ祭するぜえ(可哀想な子なんです、わかってくださいね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メルティー冷戦

 

 

 

 

「やあ、ウクラニアと北方連合の紳士諸君。私はユニオン合衆国大統領、ハリー・トゥーマンだ。君達と直に話せる事を光栄に思うよ。」

 

 

 ウクラニア側にも、北連側にも新たなスクリーンが用意され、そしてそのスクリーンにはクリ●ト・イース●ウッドならぬハリー・トゥーマン大統領がデカデカと映っている。

 正直言って、"コレを仕掛けた"私からしても、この大統領の登場は場違いも甚だしく思えてしまう。

 

 ウクラニアと北連の間の、欧州へ向かうパイプラインに関する問題が、ユニオンの国益に直接影響するとは考えにくい。

 プーシロフからしてもウクラニア人からしても、大統領閣下の華々しい登場は全くもって面白くはない事だろう。

 彼らからすればユニオンの大統領など部外者でしかないのだから。

 正に、"招かれざる客"。

 

 

 だが、私からすれば大統領こそ招くべき客であったし、大統領も大統領で招かれていようがいまいが来る必要があった。

 そして、それは私の予備手段の成功を示す予兆ですらあったのだ。

 まあ、そんな事などカケラも知るわけがないウクラニア首相は、イース●ウッドの挨拶が終わるなり口火を切る。

 

 

「ユニオンがいったいいつこの問題に口出しできる権利を得たと言うのですか!?干渉行為も甚だしい!!」

 

「我々ユニオンは東欧の安定化を望んでいる。君達の急速な軍事行動のせいで、東欧のユニオンの同盟諸国は多大なストレスを受けているからだ。」

 

「私たちウクラニアもその"同盟諸国"のハズです!お忘れなきよう、大統領閣下!!」

 

「確かにその通りだが…その同盟のど真ん中にいる私の気持ちにもなってくれないか?親しい間柄とはいえ、私に何の断りもなく暴走なぞされたら、"()()()()()()()()()()()()()()?"」

 

「…ッ!」

 

「よく考える事だ、首相。君らが画面の向こう側にいるロシア熊と対等に渡り合えるのは、ユニオンの後ろ盾があっての事だ。我々の地中海艦隊に援護を頼みたいのなら、応えてやろう。…だが、そのかわり、言うことは聞いてもらう。いいね?」

 

「…………はい。」

 

「それでは君は席を外したまえ。ガスプロム社の売却も取りやめろ。」

 

「しかしッ、それは内政干」

 

「まだ分からないのか、小僧!…私の右手にある電話機がどこに繋がってるかぐらいなら分かるだろう。地中海艦隊が消えれば、北連の黒海艦隊と地上軍に対する抑止力は消えるぞ。」

 

「………分かりました、大統領。手を引きます。」

 

「それで良い。それではまたな。」

 

 

 ウクラニア首相は自身に割り当てられた画面の中から消え去り、そしてその画面自体も黒に染まる。

 後に残ったのは北方連合とユニオンという2つの超大国の指導者だけで、プーシロフは形容しがたい感情を表情に託してイース●ウッドの方へ向けた。

 

 

 

「…礼を言わせてくれ大統領。まさかユニオンが介入するとは思っていなかったが…」

 

「プーシロフ書記長、まさかユニオンが本当に世界平和を望んで介入したと思っているわけではあるまい?」

 

「やはりそうか。要求はなんだ、言ってみろ。」

 

「チェフメ油田開発競合に、重桜を参加させるな。」

 

 

 プーシロフは驚いた顔をしていた。

 恐らく、彼は今の今まで重桜が油田開発に乗り出そうとしていることは耳にしていなかったし、ユニオンの要求がその妨害"程度"のモノである事にも驚いたハズだ。

 書記長の表情が語っているのは、このプーシロフという強欲な男がユニオンの足元を見てこちらの要求を上乗せできないか思案しているという事だったが…どうやら、プーシロフはそれを諦めたらしい。

 スタルノフ前書記長と違い、プーシロフには分別というモノがある。そして、プーシロフの後身には分別はない。

 この事実はユニオンによる介入の側面を担っていたと言っても過言ではないだろう。

 

 分別のある男・プーシロフは恐らくとびきりの笑顔をユニオン大統領に向ける。

 

 

「ありがとう、ユニオンの同志よ。君からの要求には誠意をもって答えよう。今後チェフメ油田開発競合に重桜が入り込める余地はない。…来週から始まる重桜北方軍地上演習は我が国に対する示威行動だからだ!」

 

「分かってもらえて助かる。我々はスタルノフよりかは君が好きだよ。…ただ、一つ間違いを正さねばならない。()()()()()()()()()()()。内輪でやりたまえ、そういうのは。」

 

 

 

 ユニオン大統領が電話会談を切り上げ、彼のスクリーンが消えた頃には、私のいるKGV本部地下施設は歓声に包まれていた。

 北方連合の国家生命であるパイプラインは守られたのである。

 そう遠くない内に北方連合はウクラニア・ガスプロム社を強引にでも買い取る事だろうし、下手をすればユニオンが裏から手を回す事だろう。

 ウクラニア人には悪いが、あのパイプラインは東欧どころか世界を火の海にする可能性すらあるのだ。

 地域の安定化の為には北方連合がパイプラインを握る必要がある。

 

 

「いったいどんなマジックを使ったんですか、ミーシャ?」

 

 

 アヴマッマがコサックダンスを踊りながら訪ねてきたが、私自身は彼女の谷間で震度6くらいの大地震に見舞われた為それどころじゃなかった。

 もうね、気持ち悪い。

 ぐわんぐわんして、気持ち悪い。

 

 

「あ!ごめんなさい、ミーシャ!つい嬉しくて…」

 

 いいんだよ、アヴマッマ。

 種明かしをすると…重桜マッマズのおかげだよ。

 

「え?天城達ですか?」

 

 その通り。

 

 

 

 

 ウクラニア首相との会談を提案する前には、私は鉄血・ウクラニア間の国境封鎖を諦めていた。

 鉄血財界の重鎮であるビス叔母さんの要請さえ渋っているのであれば、鉄血政府は本当に動く気がないと踏んだからだ。

 そして国境が封鎖されないのであれば、ウクラニアはガスプロム社の売却へと歩を進める事だろう。

 

 …問題に行き詰まった時は、その問題を更に大きな枠で捉える事もまた有効な解決法になる。

 私はこの問題にユニオンを巻き込む事にした。

 ユニオンはウクラニアの同盟国であり、地中海の沿岸に大規模な艦隊を持っている。

 ウクラニアが北方連合相手にここまで強気な態度をとれる理由はおそらく二つ。

 ロルトシート家との関係と、ユニオンの後ろ盾だ。

 ウクラニアはまるで竹馬のように、この二つの"援護"を用いていた。

 だから、竹馬の片方を引き抜く事にした。

 

 

 ユニオンに直接連絡を取るのも良かったが、会談までに間に合うか怪しいモノがある。

 彼らの関心を集めるには…何か差し迫った脅威を与えれば、それ以上のものはないだろう。

 だから天城マッマの協力を取り付けた。

 重桜が油田を手に入れるとなれば、ユニオンとしては放っておくわけにはいかない。

 冷戦以前のパワーバランスに戻ることはユニオンにとっては悪夢でしかないのだから。

 早急に重桜の企みを破る必要がある、ちょうど北方連合がウクラニアと揉めている、ウクラニアを黙らせる代わりに北方連合へ要求する、そして円満解決!

 

 

 あーーー、完璧だよ、天城マッマ。

 ユニオンは私の思った通りに動いてくれた。

 ここだけの話賭けに近いっつーか賭けでしかなかったけど天城マッマがかなり上手いことやってくれたに違いない。

 彼女に連絡を取った時、私の要求……ユニオンの目につくような感じでチェフメ油田狙っちゃって?といういい加減極まりない要求……を一も二もなく受け付けてくれたあたりもう母上。マジ母上。マジ卍母上。

 

 

「何はともあれ、無事解決できたのはミーシャのおかげです!」

 

 いや、重桜マッ

 

「ミーシャのおかげです!」

 

 あ、ハイ。

 

「お礼にモスクワ市内の観光をしましょう!ミーシャ♪ミーシャ♪ミーシャと観光♪」

 

 

 30分後には、私はKGV本部地下施設を"最初に"生きて出てきた外国人となった。

 どうか、これが"唯一"になりませんように。

 内心そう願う私の事を知ってか知らずか、たぶん知らずに、アヴマッマはKGV本部前で列をなす高級車の内の1両に乗り込んだ。

 …勿論、超絶ルンルン気分のまま。

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

『"ジュピター11"、こちら"ジュピター12"、ターゲットは4両目の車両に乗った。』

 

「"ジュピター12"了解。これより追跡する。」

 

 

 高性能な望遠鏡を覗く一人の男は、仲間からの報告をKGV本部近くのホテルの一室で受け取った。

 仲間だけでなく、その男も手に持つ望遠鏡でターゲットを確認していたし、だからこそ捉えてから直ぐに動き出した。

 彼はホテルの窓を開け、26階からロープ降下でスルスルと地上まで降りる。

 降りた先には一台のバイクがあり、彼はそれに跨るとアクセルを踏んでエンジンを唸らせた。

 

 

『…なあ、ジュピター。あんな親子を殺るのはアンタの主義に反するだろう。』

 

「仕事中はコールサインで呼べ。…僕の主義がどうだろうと、仕事は仕事だ。」

 

『でも…アンタ昔言ってたじゃないか…』

 

 

 男は跨るバイクの上で少しの間だけ天を仰いだ。

 

「ああ、そうだ。僕はね、正義の味方になりたかっ【検閲により削除】

 

 

 

 男の乗るバイクには、細長いケースが括り付けられていた。

 中身は7×57モーゼル弾を使用するモンドラゴン自動小銃で、ゼロインその他必要な調整は済ませてある。

 彼は少し振り向いて、そのケースを見やった。

 

 

「………前にロイヤルでやった時はしくじった。今度はしくじらない。」

 

 

 男は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、バイクの速度を上げていった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ザ・ぶぁぶる

 

 

 

 

 ロイヤル

 

 ピッピベルケルク=セントルイスファミリア鎮守府

 

 

 

 

「ベルファスト、ASSO(オセアニア植民地の情報局)から情報提供です。一昨日の夜に"ジュピター"と呼ばれる暗殺者が北方連合に渡ったとのことです。」

 

「ご苦労様、オーファスト。…カナファストの情報とも一致しますね。」

 

「はい、ベルファスト。ONSET(ユニオン大陸北部の情報局)も"ジュピター"とご主人様の同行の一致を心配していました。」

 

 

 

 側から見れば3人のベルファストが話し合っているだけに見えるが…実は違う。

 何が違うかと言えば、それぞれ勤務していた鎮守府が違うのだ。

 今セントルイスファミリア鎮守府にいるベルファストは5人だが、全てロイヤルに常駐していたわけではない。

 彼女達の指揮官は雑にナンバーを振って満足してしまったが、彼女達は元々、世界のあちらこちらで別々に勤務していたのだ。

 

 

 まず、その昔からロイヤル・セントルイスファミリア鎮守府で勤務していたベルマッマことベルファスト。

 過去にオセアニアの植民地で勤務し、重桜にプレッシャーをかけるという任務に従事していたオーファスト

 そしてユニオンの北側でCIUの同行観察を主として活動していたカナファスト

 

 この3人のエディンバラ級ベルファストオーファストカナファストは、それぞれのコネクションを持ち合わせた結果、彼女達の指揮官に大きな危険が迫っている事を感じ取っていた。

 "ジュピター"と呼ばれる暗殺者が別名"デューク・エ●ヤ"と呼ばれているあたりからも、彼女達は特別にこの情報を不安視している。

 諜報界隈でも有名なこの暗殺者が、7mmモーゼル弾仕様のモンドラゴン自動小銃をよく使用し、そしてその自動小銃が数ヶ月前に指揮官への暗殺未遂に使われた銃と同一であると知れたならば、心配の度が過ぎるのも無理はない。

 

 彼女達としては、指揮官に危険の及ぶ前に処理したかった案件だが、肝心の"危険"は既に海を越え、北方連合に入国していた。

 これでは到底間に合いそうもない。

 せめて地理的に北方連合と国境の隣接する鉄血公国を頼りたいところだが………

 

 

 

「あ〜〜〜↑↑↑よちよちよちよちよちよちよちよちラインハルトォ〜〜〜↑↑↑」

 

「ぶへっ!ビスマッマ!やめて!脇汗飲ませようとしないで!やめて!

 

「ボーヤボーヤボーヤボーヤボーヤボーヤボーヤボーヤボーヤ、わーたーしーのーボーヤボーヤボーヤボーヤボーヤ」

 

 

 

 肝心の鉄血担当者達はご覧の有様である。

 

 財界の威信をかけ、ウクラニア政府への圧がけを試みたにも関わらず失敗してしまったビスマルクは、ショックのあまり鉄血情報部長でもある息子のラインハルト・フォン・ビスマルクをあやす事で全力現実逃避中

 こうなってしまっては誰も何もできやしない。

 それに加えて、ベルファスト達の同僚であるティルピッツすら3日間に渡る深刻な指揮官あやし量不足により施設療養中の薬物依存症患者と成り果てていた。

 

 他にも鉄血公国関係者がいないわけではないが…いずれもビスマルク、ラインハルト、ティルピッツほどの影響力はもっていない。

 

 

「困りました…ご主人様には危険が迫っているというのに…」

 

「もしご主人様に危害が及んで、これ以上お帰りが遅くなるのであれば…事態はご主人様自身の安否よりもかなり深刻です、ベルファスト。」

 

「………どういう意味でしょう、オーファスト?」

 

「ティルピッツは3日ご主人様をあやしていないだけであの体たらく。ダンケルクは脇汗を蒸留・ろ過して『夏本番に向けて、Mon chouの為にロ●ーヌ岩塩を精製するの』などと意味不明な供述をしています。」

 

「ベルファスト、オーファスト…ティルピッツやダンケルクよりもセントルイスの方が重大です。…彼女達全員で昨日から『ミニ・ルー生誕の儀』なるモノを始めていますし、そのせいでジャン・パールやグラーフが殺気立っています。…このままでは2度目の宗教戦争です。」

 

「…っ!……つまり、ご主人様の安否はこの鎮守府の機能自体がかかった案件であるという事ですね…。…しかし、歯がゆい思いですが、私達にはどうにもできません。ここはアヴローラに任せるしかないでしょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 北方連合

 首都モスクワ

 

 

 

 

 もし、今あなたがこの世界線でモスクワ市内を観光していたら、あなたはとてつもない恐怖を感じて凍りつく事だろう。

 

 あの悪名高いKGV所属のバイカー2名が先導する車列には、私の乗るリムジンと全く同じ色形をした高級車が他に14両、更にBA64装甲車が6両、T70軽戦車が4両随伴し、車列の前後はそれぞれ2両のIS-2重戦車によって守られている。

 広いハズのメインストリートはその軍事パレードのせいで非常に狭苦しく見えるし、IS重戦車は路肩の違法駐車車両を躊躇なく踏み潰しながら走行していた。

 おいおい、勘弁してくれよ。

 これじゃまるで、私が悪の親玉みたいじゃないか。

 

 私は今、15両あるリムジンの内の一両の、あまりにも広々とした後部座席で、アヴマッマの谷間に載っていた。

 ウクラニア・ガスプロムの問題が片付いた後、もうそれはそれはハイテンション上機嫌となったアヴマッマから市内観光を申し出られたのだ。

 厳密に言えば…申し出られたのではなく、スム〜ズに連れ出されたのだが。

 

 アヴマッマがおもむろに無線機を口元へと運ぶ。

 

 

「ステパン大将、こちら"ツァーリ"。その先のデパートの前に止めなさい。」

 

『イエス、ユアマジェスティ!』

 

 

 アヴマッマが北方連合陸軍大将に向かって"ツァーリ"と名乗り、まるで使い走りでもさせるかのように扱う。

 一国の総司令官レベルの軍人を護衛に使うとか…

 お前は一体誰なんだ、アヴマッマ?

 どういうマジックを使ったら陸軍大将をアゴで使えるようになるんだ?

 外国人一人に市内の案内をさせるためだけに一々物々しすぎないかい?

 

 つーかさ、大将の返事。

 返事、返事。

 何で一々コードギ●スみたいな返事すんの?

 何で一々著作権アウトローな返事すんの?

 何なの、本当にもう。

 叛逆か?叛逆なのか?

 著作権に対する叛逆のルシアンR2なのか?

 

 

「車両、停車します。」

 

「ご苦労、大佐。ミーシャと私が戻るまで待っていてください。」

 

「イエス、ユアマジェスティ!」

 

 

 リムジンの運転手は陸軍大佐で、大佐に運転手とかさせるなやという突っ込みを全力でしたかったが黙っておくことにした。

 

 アヴマッマがリムジンの後部座席からデパートの入り口へと降り立つと、他のリムジンから制服制帽且つピッカピカした長靴を履いたKGV保安要員達が駆け下りてきて私とアヴマッマを取り囲む。

 ザッと見ただけで30人。

 屈強な男達がPPSH41サブマシンガンを両手に、デパートの入り口でスクラムを組んでいる様子は圧巻である。

 この移動する肉壁が、アヴマッマの歩調に合わせてデパート内部へと向かっていく。

 やがて先頭の保安要員が長靴を鳴らしながらデパート入り口すぐのサーヴィスカウンターへと到達し、そして、サーヴィスカウンターの前で鳴り響く長靴の数はどんどん増えていった。

 

 まあ、だれが1番かわいそうかって…偶然入り口に居合わせてたこのデパートの責任者かな。

 白昼堂々KGVの小隊がザックザック長靴鳴らしながら来てんだよ?

 もうおっかなくて逃げたくなるわそら。

 

 相当な肝っ玉の持ち主なのか、デパートの責任者はKGVの大群を見てもキチッと気をつけの姿勢をしていたし、それを崩してはいなかった…いや、崩せなかったのかもしれないが。

 とにかく、KGVの大群は責任者を取り囲んだし、いつもの白い服に白い防寒帽のアヴマッマはにこやかに責任者の元へと歩んでいった。

 

 

「ど、同志アヴローラ!わ、わ、私めが何か不手際を致しましたでしょうか?」

 

「いいえ〜?何か不手際をしたのですか?」

 

「しておりません!わ、わ、私達は、ほ、北方連合の全人民の為に全力を尽くしております!」

 

「…ええ、知っています。」

 

「………」

 

「それで…一つお願いしてもいいですかぁ?」

 

「ひぃっ………は、はい!同志アヴローラ!」

 

「アイスクリームを2つ…私とこの子の分を。」

 

「はぃ!同志アヴローラ!今すぐに!!!」

 

 

 何の罪もないデパートの責任者は、屈強なKGV保安要員を引き連れたアヴマッマが、胸の谷間に挟む赤ん坊の為にアイスクリームなんか買いにきたが為に、胃潰瘍になったに違いなかった。

 嗚呼、なんて可哀想なんだろう。

 間違っても口に出す事は出来ないが、しかし、私は内心思う。

 アヴマッマがアイスクリームを買いに来なければ、あの責任者は在庫の心配をしているだけで今日一日終わった事だろうに。

 …アヴマッマ、貴女はそろそろ気づいた方が良い。

 周囲に不必要な圧をバラ撒きすぎじゃないかな、いい加減。

 

 

 

 責任者は飛ぶようにして戻ってきて、見るからに乳脂肪分に溢れた立派なアイスクリームを2つ持ってくる。

 アヴマッマは笑顔でそれを受け取り、次いで脇に控えるKGV大尉の方へ顔を向けた。

 なんということか!

 大尉が彼女の顔を捉える頃には、彼女の顔は()()()()()()()()()()()()()()へと戻っていたのを私は見届けてしまった。

 見るんじゃなかった!

 つーか、一挙動一挙動がマジで怖えよアヴマッマ!!!

 

 

「大尉、支払いを。」

 

「イエス、ユアマジェスティ!!」

 

 

 大尉が大袈裟なスチールのアタッシュケースから小さな小銭をいくらか取り出してデパートの責任者に渡す頃には、アヴマッマはにこにこ笑顔でアイスクリームを舐めながら出口の方へと向かう…もちろん、私にもアイスクリームを舐めさせながら。

 

 

「ミーシャ♪北方連合のアイスクリームは高品質なんですよ♪美味しいでしょう♪…次はお昼ご飯です!うーん…ミーシャはペリメニが好きしょうか?それともボルシチでしょうか?」

 

 

 どうやら次はペリメニかボルシチが美味しいレストランの店主がハゲ頭或いは白髪或いは胃潰瘍になる番らしい。

 私はその責任を取りたくないので、アヴマッマの谷間に少し深く入り込んで知らんぷりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 暗殺者"ジュピター"は鉄血公国製高性能スコープの向こう側に、ターゲットと思わしき人物を捉えていた。

 標的からはかなり距離があり、そもそも標的の周りに大勢のKGV保安要員がいるせいでターゲットを100%断定できたわけではない。

 KGV本部から発進した車列の目的地に検討をつけ、先回りをして、工事中のマンションの一角からのぞいている間、彼は"確証"こそ得る事は出来なかった。

 

 だが、彼は多数の男たちのグレーの制服の間から、白い服の、赤ん坊を胸の谷間に挟んだ女がデパートに入っていくのを確かに見届けていた。

 クライアントから提供された情報と照らし合わせた結果、ジュピターはこの女と赤ん坊こそ標的だと結論づけた。

 ならば、彼がすべき行動は概ね1つしかない。

 

 

「悪く思わないでくれ…これも仕事なんだ。」

 

 

 彼は工事中のマンションの5階にいたが、1階のほぼ完成した駐車場では仲間の車が待っている。

 その車の運転手は女性だが、運転その他諸々の技量においても彼に引けを取らない。

 ジュピターの算段は簡単で、且つ効果的。

 "1発だけ撃って、赤ん坊を葬り、車で逃走、祝杯をあげる"

 車列の周囲には重戦車もいる。

 122ミリ砲に捉えられる前に、逃げた方が賢明だろう。

 

 

 ジュピターはグレーの制服の男達の合間から、白い服の見えるポイントを探し出した。

 正面から狙撃したいとは考えていたものの、ターゲットの向きからして、彼女の豊満な胸を側面から撃ち抜くしかない。

 距離は決して近くはないが、特別な強化を施した7mmモーゼル弾なら女も赤ん坊も葬ることが出来るだろう。

 

 彼はもう一度風向きと強さを確かめ、そしてもう一度射撃姿勢を取り直す。

 そして、息を軽く止めてから、1発だけライフル弾を放った。

 

 

 

 

 スコープの向こう側では、白い胸が赤く染まり、ターゲットが倒れる頃には、赤ん坊は恐らく絶命した。

 女はしばらく自らの血の海でもがいた後、胸の谷間に挟んでいた大切なナニカに手を伸ばす。

 しかしそれは既に元のカタチを失っていた。

 彼女は絶望したようにナニカを手放すと、ピクリとも動かなくなる。

 

 ジュピターは仕事の成功を確信した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

陰謀のセロリー

 

 

 

 

 

「目が覚めましたか、ミーシャ?」

 

 

 

 明らかに1km以上離れた距離からやってきた銃声が耳に入った時、私は確かに意識を失った。

 そして次に目を覚ました時には、アヴマッマに抱き抱えられた状態だった。

 周りは…朗らかな農村地帯で、アヴマッマと私以外には人っ子ひとりいない。

 

 

「ふふっ、ミーシャったら♪そんなに周りをキョロキョロしなくても大丈夫ですよ♪私が付いています♪」

 

 いや、アヴマッマ?

 ここどこなの?

 

「………」

 

 

 アヴマッマが少しだけ暗い顔をする。

 何か後悔するような…何か後ろめたい物があるかのような…何か寂しいような…

 私も私で、どことなく悪い状況を想像せざるを得ない。

 何せさっきまでモスクワのど真ん中にいたのに、今では絵に描いたような農村にいるのだ。

 あれ、これひょっとして私とアヴマッマ天に召さr

 

 

 

「…ミーシャ♪これからはずっと一緒ですよ♪」

 

 え、ちょ、ちょ、アヴマッマ?

 立ち直んの早くない?ねえ?

 ぶっ殺されてんのになんでそんな穏便なスタイル保てんの?なんでそんな平常心なの?ねえ?

 

「ママはミーシャと一緒に死ねました…それだけでも…救われた気がするんです…」

 

 アヴマッマ?

 少なくとも私は救われた気はしてないよ?

 ピッピとかダンケとかルイスとかベルとか置いてきちゃってんじゃん?

 

「もう、ミーシャ!ママの事、嫌いなんですか?」

 

 いや、そうじゃないけど置いてきちゃったマッマァ達もマッマァ達なんだから…

 

「ボォォォヤぁぁぁぁあああ!!」

 

 

 

 突如として頭上からこの世のものとは思えない咆哮が聞こえてくる。

(まあ、実際もうすでに"この世"にはいないわけだし)とか思いながら空を見上げた私が見たのは、凄まじい光景だった。

 なんたって…『氷溶ける夏』スタイルのピッピマッマがフリーフォールしてきのだから。

 

 私は唖然としていたが、もちろん、アヴマッマも唖然としていた。

 だから私を保持する力は弱っていたし、ピッピマッマは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で私をアヴマッマから奪い取ることに成功しつつ無事着陸したのである…パラシュートなしで。

 

 合計72時間あまり。

 

 私をあやせていなかったピッピマッマは私を確保するなり、『氷溶ける夏』ビキニに包まれた豊満な爆乳に私を思い切り挟み込む。

 

 

「ああ!坊や!坊や坊や坊や!坊や?坊や坊や?坊や〜。坊や坊や、坊や坊や坊や坊や!」

 

 

 3日間あやしてないだけで言語は完全に崩壊しているものの、挟まれた感触とピッピマッマァの濃い匂いのお陰で、私自身はどうやら天に召されたわけではないと確信を持てた。

 ただそれは…もしかするとあと数秒だけの話かもしれない。

 もしピッピがこのままの腕力で私を締め付け続けたのなら、私は本当に天に召されてしまうだろうから。

 

 

 

「アヴローラ!!あなた私達を騙したわね!!!」

 

「べ、別に騙してなんかイマセンヨウ」

 

 アヴマッマ、とりあえず何がどうなってるのか説明してもらえる?

 

「嫌です!」

 

 

 彼女にも何かしらの計画があり、それが途中で上手くいかなくなった事に不満を覚えているのだろう。

 だから真っ白な頰を紅潮させ、これほどにまでないほど可愛らしい膨れっ面を披露している。

 それはそれは可愛いらしいのだが、私やピッピとしては現状を把握したい。

 

 

「ぷんぷん!嫌です!教えません!」

 

 ………はぁ、仕方ねえ、最終手段か…

 

「最終手段?…どういう事ですか、ミーシャ?」

 

 アヴマッマなんか大嫌い!

 

「!?」

 

 アヴマッマは僕ちんのマッマじゃないもん!

 もうちやない!ちやない!

 

「!?」

 

 

 哀れアヴマッマは相当ショックだったのか、メドューサの目を見てしまったんじゃないかと言うほどに凍りつく…ピッピママ、このタイミングでニタァって笑うのはさすがにやめたげて?

 

 

「そんな!嘘ですよね、ミーシャ!」

 

 ちゃんと教えてくれないと、僕ちんアヴマッマのこと嫌いになっちゃうもん!

 

「!?…お、お、教えます!ちゃんと教えてあげますから!だから、そ、そんな事言わないで…」

 

 じゃあ、おちえて?

 

「………仕方ありません。ごめんなさい、ティルピッツ、ミーシャ。嘘を、つきました。」

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 KGVは、いわゆるホルタ会談側の情報組織よりよっぽど早く暗殺者の情報を得ていたし、それは当然アヴマッマにも伝えられていた。

 

 普通ならそこで考えるべき事柄は…それでも私を北方連合へ連れて行くべきかどうか的なサムシングじゃないかと思う。

 ところがどっこい。

 アヴマッマは全くベクトルの違う方向を向いていたのだ。

 

 

 

 暗殺者が建設中のアパートから私を狙っていた時、私とアヴマッマはアイスクリームを食べていた。

 そして、私のアイスクリームには睡眠薬が盛られていたのだ。

 アヴマッマは頭脳明晰で、冷静で、非道なまでに周到で、スナイパーが待ち構えそうな地点を予測し、いくつかの経路を封鎖し、暗殺者をあの狙撃ポイントへ誘導したらしい。

 デパートから出る手前で銃声が聞こえるであろう時間までに、アイスクリームを買う時間、私が催眠薬入りアイスクリームを食べて、即効性の薬物が効く時間を綿密に計算して行動していたのだ。

 

 話は変わるが、あの暗殺者にも家族というものがいて、それはそれは綺麗な奥様と娘さんがいたそうな。

 KGV重桜支部はわざわざアヴマッマの為にリスクを犯してその母娘を拉致。

 プラチナブロンドの母は有無を言わせず髪をショートカットと三つ編みにされ、防寒帽を被せられ、あのデパートに連れていかれていたらしい…まだ幼い娘と共に。

 

 

 

 もうお分かりの方もいるかもしれないが、とんでもない謀略である。

 

 

 

 暗殺者はデパートに入って行く私とアヴマッマを、ハッキリとは捉えていなかったはずだ。

 何せ戦勝パレード並みの警護要員に囲まれていたのだから。

 アヴマッマと私がアイスクリームを買って出てくる少し前に、可哀想な母娘はアヴマッマ及び私と同じ服装をさせられて、アヴマッマの3m前を歩かされた。

 

 暗殺者は白い服に防寒帽のプラチナブロンドを見て引き金を引いたのだろう。

 それが実はターゲットではなく、自身の妻と大切な娘だと思うはずもない。

何せ母娘も警護要員に囲まれていたはずだし、あの距離では尚更識別なぞできないはず。

アヴローラによると暗殺者はKGVに囲まれて、事実を伝えられ、まるで顔芸のような凄惨な表情して、拳銃で自身の頭をぶち抜いたらしい。なーむーん。

 

 

 まあ、これだけでも十二分に恐ろしい話だが、これが始まりに過ぎないあたりがマジ卍。

 マジアヴマッマ。

 

 あろうことかアヴマッマはこの暗殺計画を自身の利益に繋げようとしたのである。

 私が睡眠薬で意識を失っている間に、KGVとアヴマッマはのどかな農村へと移動した。

 その後KGVは立ち去り、アヴマッマと私だけになり、そしてこのページの一番最初へと至るわけである。

 つまるところ、アヴマッマは、『2人揃って死んだ事にすることで、私の独占を狙った』のだ。

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 こえええよ!!

 マジこええよアヴマッマ!!!

 アヴマッマの発想もこええけど、こんな計画を寸分の狂いもなくやり遂げるKGVもこええよ!!!

 なんなのよ、一体!?

 こんなクソみたいな事やり遂げられるならウクラニア・ガスプロムぐらいあんたら自身で何とか出来たんじゃないの!?

 力注ぐベクトルが絶対におかしいからね、断言するよ!?

 

 つーか、ピッピもピッピでどうやって知ったのよ?

 

 

「………母子の絆♡」

 

 おい。

 

「じょ、冗談よ。ベルファストの情報源がたまたまKGVのそれと被っただけ。…危なかったわ、本当に坊やとお別れになっちゃうところだった…慌ててきたのよ?ジェットママライカー使って。」

 

「ちぇ〜、最後の最後までは完璧だったのに」

 

 ちぇ〜じゃないよ、ちぇ〜じゃ。

 欲望に忠実すぎるでしょ幾ら何でも。

 

「アヴローラは当分、坊やあやすの禁止ね。」

 

「なっ!酷いですよー!これぐらいで!」

 

 ごめん、アヴマッマ。

 今回ばかりは適正な罰に感じる。

 

「そんなぁ〜!」

 

「さて、坊やも無事回収出来た事だし…ロイヤルへ帰りましょう。」

 

 ………ちょっと待って、ピッピママ?

 ビス叔母さんと同じで、ピッピも北方連合に来たら鉄血公国とのつながりを疑われるんじゃないの?

 よく北方連合が領空通過を許可したよね?

 

「…………」

 

 おい。

 

「それはもちろん………領空侵犯☆」

 

 

 

 しばらくして、KGVと思わしき車列が数十台はこちらへ向かってくるのが見えた。

 

 行きはファーストクラスだったけど、帰りは囚人輸送機になりそうだな、これは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アヴマッマの計画はガバらせすぎだなぁとは思ったっすけどあの女にらやりかねねえと思いました(出自不明な風評被害


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅱ章 仁義なきハイハイ
カチコミのクチコミ


 

 

 

 

 

『主は世界地図がより多く大英帝国の版図に塗り替えられる事を望まれている。出来ることなら私は、夜空に浮かぶ星々さえも併合したい。』

 ------------セシル・ローズ(イギリスの植民地政治家)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒸し暑い東南アジアの気候は、かつて多くの西洋人を疲弊させたどころか死に追いやりもした。

 それでも多くの西洋人がこの地域の植民地化を推し進めたのには勿論理由がある。

 この地域の"クソ"蒸し暑い気候は、この地域にゴムや香辛料といった他の地域にはない恩恵を与えてもいたからだ。

 

 

 19世紀にロイヤルはこの地域の内、マラヤン半島を完全に手に入れた。

 この頃欧州でロイヤルと覇権を争っていたアイリスも、マラヤン半島から東を進んだ『大越国』と呼ばれる地域を手に入れている。

 帝国主義が列強の行動原理であったこの時代、技術の革新による距離の消滅が地図を次々と塗り替えていたのだ。

 

 

 当時、欧州どころか世界最強格だったこの二大国は、互いに植民地を欲しながらも、しかし決して"頂上決戦"を欲していたわけではない。

 ロイヤルにもアイリスにも、お互いより警戒すべき相手がいたし、常に漁夫の利を狙っている"欧州の憲兵"は事あるごとに野心を隠そうともしなかった(不凍港を狙っていた)

 

 鉄血公国の勃興と北方()()の南下政策は、思わぬところに平和をもたらす事になる。

 ロイヤルとアイリスは緩衝地帯を必要とし、そして『シャム王国』が選ばれた。

 しかし、無論、この国の国王はロイヤルとアイリスの"ノーマンズランド(緩衝地帯)"という扱いに安心できたわけではない。

 国王は国の近代化を望んだが、それには支援が必要だった。

 そしてその支援は、国王と同じ色の肌をした人々に求められた………()()()()()()()()()()()()()()()()である重桜に。

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 東南アジア

 

 シャム王国とマラヤン半島の国境付近

 夕刻近く

 

 

 

 

 

 

 その重桜陸軍の大尉は、この国のスコールというものには散々嫌気がさしていたし、自身の出身である瀬戸内の気候を思い出すと尚更帰郷願望に取り憑かれる。

 

 だが、祖国は彼に任務を与え、そしてその遂行を望んでいた。

 シャム王国と重桜の友好関係はセイレーンの出没する以前から存在する。

 彼の任務はその伝統的友好国の支援であり、具体的に言うのであれば軍事顧問であった。

 

 

「カブラギ大尉!現在警備状況に異常はありません。」

 

「敬語を使う必要はない、トンチャイ大尉。我々は同級だ。」

 

「しかし、同級といえども…」

 

「トンチャイ、我々の間に格差はない。君も私の事はカブラギと呼べ。」

 

「は、はぁ…では、カブラギさん。現状、国境地帯では目立った動きはない。正直なところ、あなた達重桜軍事顧問がもたらした情報がどの程度正確なものなのか疑う声もある。」

 

「まあな。実際に何も起きなければ、そう言われても仕方あるまい。我々の情報能力に対してどれだけの陰口が叩かれようと、それはそれで一向に構わない…わけにもいかんが。ただ、情報が正確だった時に何もしないよりかは断然良い。違うか?」

 

「…たしかにそうだが……マラヤンの独立派ゲリラが越境攻撃を仕掛けてくる理由が分からない。連中攻撃する相手を間違えてないか?」

 

「どういうつもりかは私にも分からんが、情報によれば背後にいるのは…」

 

「敵襲!!!敵襲ぅぅぅううう!!!」

 

 

 

 2人の大尉の会話は、突然の警告に遮られる。

 照明弾が打ち上げられ、重桜製の九二式重機関銃が独特の発射音を奏でると、そこに九九式短小銃の銃声が加わった。

 やがてはゲリラ側のものと思わしき、ルイス軽機関銃やエンフィールド小銃の銃声が応酬を繰り広げる。

 あっという間に戦場と化した国境地帯を見て取ったカブラギ大尉は、トンチャイを指差して指示を出す。

 

 

 

「ボケっとするな、トンチャイ!砲兵隊に砲撃を要請しろ!それから戦車隊と航空隊にも連絡を取れ!陸と空の3次元で敵を叩くんだ!」

 

「わ、わ、分かった!!」

 

「トンチャイ!」

 

「なんだ、カブラギ」

 

「"備えあれば憂いなし"だったろ?」

 

「おっしゃる通りで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 ロイヤル

 

 ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア鎮守府

 

 

 

 

 

 

 

 

 KGVはピッピの領空侵犯を見逃したばかりか、帰りのファーストクラスを用意してくれ、挙げ句の果てには「またいつでもおいで下さい」とまで言い放った。

やさしい世界…。

 

 私自身と北方連合の危機は無事回避されたわけだが、どういうわけか、私の方はまた新たな危機に直面していた。

 ピッピと私が鎮守府司令室に戻った時、そこではまさに"パールハーバー"が巻き起こっていたのである。

 …パールハーバーの方がまだいいかも。

 

 

「カチコミじゃゴラァァァ!!(高雄)」

 

「とっとと我が子ぉウチらに渡さんかい!!(加賀)」

 

「お前ら姐さんに恩あるんちゃうんかぁあああ!!姐さんの頼み聞かれへんちゅうのはどういうこっちゃゴラァァア!!(赤城)」

 

「ほ〜ら、愛宕お母さんの元にいらっしゃ〜い♪(愛宕)」

 

 

 

「おどりゃあ勝手に人のシマ入ってなに晒しとんじゃボケェ!!!(ダンケルク)」

 

「ウチらの大事な大事なミニ・ルーのガラをポンポン渡してたまるかいぃ!!シノギ持ってくるか指詰めんかいぃ!!!(セントルイス)」

 

「この際さっさと指詰めんかぃぃい!!(ベルファスト)」

 

「ほ〜ら、坊や。マッマと一緒にお風呂しましょうね〜♪(ティルピッツ)」

 

 

 

 

 あのよぉ、お前ら。

 広島ヤクザじゃないんだから一回落ち着け。

 淑女としてお話していただけませんかね?

 

 こちとら今北方連合から帰って来たばかりなのよ。

 もう、疲れに疲れてるのよ。

 なのに帰ってみたら仁義なきサムシングが始まってんのよ。

 どんだけ落ち込むか分かる?ねえ、分かる?

 

 頼むから、何が何で何なのか最初っから教えて?

 落ち着いて、淑女として品位を保った言葉の数々で。

 ホント頼むわ。

 心から頼むわ。

 

 

 

「では、私の方から説明させていただきます。」

 

 おお、天城さん。

 いたんですか、居ながらにしてなぜコイツらを止メナカッタンデスカネー?

 

「あなたには重桜へ来ていただきたいのです。」

 

 え?なんでまた?

 

「理由は着いてからご説明致します。重桜は今、少々困った問題を抱えてまして…あなたには是非ご助力いただきたいのです。」

 

 …嫌だと言ったら?

 

「…今回の協力は高くつきましたよ?」

 

 はい、行きます。

 

「ちょっと!Mon chou!いきなり過ぎないかしら!?」

 

「そうよ、ミニ・ルー!疲れてるんでしょう!私たちの谷間でラッキールーしてからでも」

 

「ベル☆ベルあやしんぐ/ザ・ワールドワイド☆してからでも遅くはないかと」

 

 勝手に謎イベント作んなや。

 …いやね、マッマ達。

 申し訳ないけど、北方連合の件は天城マッマの協力無しじゃマジでヤバニスタン共和国だったから。

 マジで欧州危機一髪になりかねなかったから。

 

「ごめんなさい、ロブ君…私が国境を封鎖できなかったばかりに…」

 

「やめてビスマッマ!脇の下に挟もうとしないでグヘグヘグホォ」

 

 ビス叔母さんを責めてるわけじゃないです、ラインハルト君離してあげて下さい窒息しますよその子。

 …と、言うわけで重桜に行かないという選択肢を取ると相応の対価を請求されても何も言えません。

 

「坊やがそういうなら…仕方ないわね。…私も重桜は初めてだし。」

 

 …………ん?

 ちょっと待て、何でナチュラルに一緒に行く気してんのピッピママ?

 たぶん僕ちん天城マッマ達と一緒に…

 おいちょっと待てピッピママ。

 その鋼鉄製のブラジャーいったいどこから入手したんだおい。

 さも何事もなかったかのように私を拘束しやがったな、この野郎。

 

「夏だから…致し方がないの。」

 

 ふざけんじゃねえ。

 

 

 

 

「カチコミじゃあゴラァァア!!(ダンケルク)」

 

「ミニ・ルーに何かあったらユニオンが黙ってへんでオラァ!!(セントルイス)」

 

「指詰めんかぃぃい!!(ベルファスト)」

 

 

「ええからとっととガラ渡さんかい!!(赤城)」

 

「おどりゃあ何勝手に人のシマ入っとんじゃボケがァァア!!(加賀)」

 

「指詰めんかぃぃい!!(高雄)」

 

 

 

 ………もうやだ。

 誰か助けて。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブラック・オプス

 

 

 

 

 

 重桜

 首都トーキョー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルマッマのコネクションは恐ろしい。

 彼女の根回しと調整により、ロイヤル海軍少将たる私の鎮守府を、あろうことか鉄血公国情報部長がお留守番するという前代未聞な大事態を可能としてしまったのだ。

 もうコネクションとかそういうレベルの問題じゃない気しかしないし、ベルマッマにはお礼を言うべきか言わないでおくべきか判断がつかん。

 

 ただ、おかげでビス叔母さんはアイザッツ・グルッペンを動かして海賊どもを狩れるし、私や4大マッマ不在の鎮守府への心配も薄まった。

 そう考えると……感謝すべきなのかな?

 

 

 ベルマッマにはお礼を言ったけど、お礼としてあやされる(今更ながら表現が随分おかしい)ことはできなかった。

 

 何故なら…………

 

 

 

 

 

 

 

 おい、誰だピッピに特注の鋼鉄製ブラジャーなんか売った奴。

 

 

 ただでさえ蒸し暑いのに、ピッピの谷間で…それも鋼鉄製ブラジャーでガッチンガッチンにかしめられてるせいでクッソ暑苦しい。

 その鋼鉄製ブラジャーも鋼鉄製ブラジャーで、無駄に便利(?)機能がついてるもんだから嫌になる。

 2つ以上の個体を結合すると、2人が私を挟めるようになってやがっており、そのおかげで私は今ピッピとルイスの挟み撃ちにあっていた。

 重桜の成●国際空港に着いてからずっとコレである。

 

 

 

「坊や?私の胸の居心地は良い?」

 

「ティルピッツ?ミニ・ルーは私の胸の方が居心地良いに決まってるじゃない。」

 

「あぁ、暑さでやられてしまったのね。可哀想なセントルイス。」

 

「口の利き方には気をつけた方がいいわ、ティルピッツ。真にミニの親権を持つのはこの私…ラッキールーなのよ?」

 

「ユニオンのカンガルー風情が吹かないで頂戴。坊やと私の絆は、海軍の規則なんかじゃ否定できない。まあ貴女は規則に縋らないと保てないほどの絆しかないんでしょうけど!」

 

「なッ!ちょっと!今のは許せないわティルピッツ!取り消しなさい!」

 

「取り消しません!」

 

「ティルピッツなんか大っ嫌い!」

 

「セントルイスの分からず屋!」

 

「死ね!」

 

「生きる!」

 

「死ね死ね死ね死ね!」

 

「生きる生きる生きる生きる!」

 

 

 私からすればどちらも暑さでやられてるようにしか見えない。

 お前らバルジの戦いしたいなら頼むから私を解放してからにしてくれませんかね?

 そんな男子中学生みたいな言い争いしてる暇があったら貴女方の赤ん坊に少しばかり目を向けてくださいませんか?

 暑さと熱気で熱中症まっしぐらでしょうが。

 

 

「はい、Mo〜n chou♪スポーツドリンクよ?」

 

 おお、ありがとうダンケママ。

 ピッピとルイス、春のめざめ作戦が終わるまでダンケルクに私を渡してくれないかな?

 

「死ね死ね死ね死ね!」

 

「生きる生きる生きる生きる!」

 

「2人とも口喧嘩に夢中にみたいね。…じゃ、chouはもらうわねぇ〜。」

 

 

 ダンケが2人の谷間からそっと私を引き抜いて自身の谷間に挟み込む。

 ピッピもルイスも口論に夢中で気づかない当たりが可愛いというか何というか。

 

 とにかく、私は口論中の2人よりかはトレビアンなフレンチマッマに救出されたおかげで(さっきからダンケに百年戦争ばりの睨みを利かせてるベルが若干の不安材料ではあるものの)当面の危機を回避することができたのだ。

 

 私はダンケママの谷間から、天城さんに向き合った。

 天城さんも天城さんで「ふぅ、これでようやく本題に入れますわね」的オーラを醸し出している。

 その向こう側に、「いーなー、お姉さんもアレやってみたい」って顔をした愛宕お母さんがいるけど気にしない。

 気にしたくもない。てかいつかされそうで怖いつーか近い将来絶対される(確信)。

 

 

 

「さて、今回重桜に来ていただいた理由をご説明致しましょう。」

 

 はい。

 

「シャム王国と重桜の間柄については…おそらく改めてご説明するまでもないでしょう。」

 

 

 一瞬イオ●でオフ会開いたのにだれも来なかった可哀想な実況マンの顔が思い浮かんだが、すぐに頭から追い出す。

 

 

「我々は伝統的な友好国であり、その友好関係は無論現在でも保たれています。」

 

 …早い話、その友好国に第三勢力が干渉しているんでしょ?

 

「そうです。先週から、ロイヤル領マラヤン半島の独立過激派が王国への越境攻撃を行っています。」

 

 はい?

 独立派ゲリラが越境攻撃?

 目的は?

 

「それが分かれば苦労は致しません!…ただ」

 

 ただ?

 

「ロイヤルMI5から提供された情報によると、マラヤン独立派は最近になって新たなスポンサーを得たようです。…何かご存知ありませんか?」

 

 MI5とは久しく縁を切っててね。

 そう言われても心当たりがあるかといえば…あるわ。

 天城さん、ひょっとしてロルトシート家の方々と悶着起こしたりした?

 

「ロルトシート家……いえ、聞き覚えはありません。あっ、存じないというわけではありませんが、少なくともシャム王国とマラヤン半島でその名は上がっていませんわ。」

 

 

 うーん、どうもきな臭いな。

 MI5時代、マラヤン半島関係の資料は一度だけ目を通した事がある。

 

 三年前、MI5はそこで『ハウスクリーン作戦』という作戦を実行した。

 当時はアズールレーンとレッドアクシズが熾烈な戦いをしていた最中だ。

 重桜陸軍は()()()であるシャム王国を拠点としてロイヤル領マラヤン半島に進軍。

 目的は勿論、航空機製造に欠かせないゴム資源。

 ロイヤル側としてもゴムは死活問題ゆえにこの半島を死守する必要があったものの、欧州で鉄血を相手にしていたロイヤルには余裕がなかった。

 

 だからMI5は、現地人を訓練して武装ゲリラに仕立て上げた。

『半島の独立』を報酬とした結果、現地人達の協力を得る事に成功。

 重桜陸軍はゆっくりとだが確実に半島から押し出されるようになる。

 

 しかし、ロイヤル側はこの地域のコントロールを失う気など毛頭なかったのだ。

 MI5は現地人ゲリラの信用を得ていたある工作員にゲリラ部隊を集結させ、また重桜陸軍も引きつけさせた上でKANSENの艦砲射撃により一網打尽にした。

 これが『ハウスクリーン作戦』である。

 なんてこったい。

 

 

 第一、その『ハウスクリーン作戦』の類いまれなる"戦果"により、独立派ゲリラはその殆どが木っ端微塵にされたハズである。

 にも関わらず、冷戦さえも終結した今になって再び活動を活性化させるという事自体考えにくい。

 復活した事だけでも驚きを隠せないし、その上越境攻撃までしてるとなればもうワケワカメ。

 つーかロイヤルでニュースになってないのはなんでや?

 

 

「それは恐らく、ロイヤル領ではあまり活動していないからでしょう。」

 

 え、待って意味わかんない。

 なんでロイヤルから独立したがってるくせにロイヤル相手には何もやんないの?

 本当に何がしたいの??

 

「…とにかく、現地に行くしかないでしょう。この季節では辛いものもあるかもしれませんが…」

 

 え、待って聞いてた話と違う。

 重桜でアレコレすんじゃないの?

 アレコレカレコレ工作すんじゃないの?

 なんでこのクソ蒸し暑い季節に東南アジア行こうとしてんの、ピッピ溶けちゃうよそれ。

 

「私も現地へ行く必要は、まだないと思う。まだしばらく様子を伺ってからでも遅くはないと思うわ。坊やの熱中症も心配だし。」

 

 心配してくれるんだね、ありがとうピッピ。

 でも心配するなら心配するで心配してそうな行動、しよっか?

 なんで今度はダンケと鋼鉄製ブラしたのかな?

 クソ蒸し暑いじゃん?

 まったクソ蒸し暑いじゃん?

 

「ブラジャナイヨ、大胸筋矯正サポーターダヨ(裏声」

 

 ピッピ?

 

「…だって坊やあやしてないとどうにかなりそうなの!」

 

「黙って見てれば、ティルピッツ!chouをあやしたいのは皆んな一緒なのよ!?順番くらい守って!」

 

「いやですぅ〜」

 

「なあッ!このジャガイモ女!いい加減に…」

 

『臨時ニュースです!シャム王国の東、アイリス領大越にて武装集団が蜂起しました!』

 

 

 あわやマジノ要塞攻略戦という時にニュースの音声がダンケとピッピの間に割って入り、

 普仏戦争はどうにか回避された。

 しかし、ニュース自体はあまりにも衝撃的かつ不可解でしかない。

 ただでさえごちゃごちゃな現在の東南アジアを、まだごちゃごちゃしたいかのような報道がニュースで流れている。

 

 

「ご覧ください!あなたが迷っている間にも、重桜のみならずアイリスやロイヤルまで危機に瀕しています!」

 

「…Mon chou!お願い!アイリスは大越を手放すわけにはいかないわ!せっかくヴィシアとの統合に向けたプログラムが進んでいるのに、隙を突かれたとなれば再び対立に至る可能性がある!そうなったらこれまでの努力も台無しなの!」

 

「ご主人様、祖国の危機です。どうか懸命なご判断を…あといい加減あやさせてくださいベル☆ベル心からのお願いにございます。

 

 

 

 ピッピ?ベルにも私をあやさせてあげて?(相変わらず表現がおかしい。)

 

 ダンケとベルの為なら仕方ないか…。

 ………暑いとこ苦手なんだけどなぁ。

 




ちょっと忙しくなるんで今週来週は更新遅れるかもしれませぬ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぱーふぇくと・おーだー

ぶっ込みしてごめんなさいついカッとなってやった今は反省している


 

 

 

 

 

 ロイヤル

 マニングトゥリー郊外

 

 

 

 

 

 

「フォイア!!」

 

 

 攻撃は2挺のMG42による一斉射撃から始まった。

 毎分1200発の猛烈な機銃掃射が、港町の郊外にあるボートハウスをギッタンギッタンに切り裂くと、続いて手榴弾が投げ込まれ、最後にシュタールヘルムを被った男達が突入していく。

 シュタールヘルムは例によってサブマシンガンを高く構え、建物の中へ次々と入る。

 彼らは9×19mmパラベラム弾仕様のMP34で武装し、この時代に考えられるものとしてはかなり高級な部類に属するその歩兵火器によって次々に海賊を始末していった。

 

 無論、海賊側から何らの抵抗もなかったわけではない。

 しかし、ステン短機関銃やトミーガンで武装して元MI5工作員から訓練されていたとしても…彼らはシュタールヘルム達にとって何らの障壁にさえなり得なかったのである。

 海賊達の大半は銃を構える前に、そして、その大半以外も引き金を引く前に殺された。

 数年に渡ってパルチザンを狩ってきたアイザッツ・グルッペンからすれば、海賊なぞただの的でしかなかった。

 

 

 

「クリア!クリア!」

 

「クリア!」

 

「クリア!」

 

 

 アイザッツ・グルッペンは15分しない内にボートハウスを制圧した。

 死体にした25人の海賊の他に脅威がないことを確認すると、この部隊の指揮官は次の指示を出す。

 

 

「イェーガー、ブービートラップがないか調べろ!連中の事だ、必ずどこかに何か仕掛けてやがるぞ!」

 

「ヤヴォール、中尉殿!」

 

「中尉殿!ビスマルク会長から通信です!」

 

「分かった、こっちへ寄越せ。」

 

 

 "中尉殿"が会長とお話しするのはこれが初めてではないが、しかし、彼は自然と背を正す。

 彼は鉄血随一の実業家相手に、良い知らせと悪い知らせの両方を報告しなければならない。

 故に、アイリスのパルチザン相手にドンパチやってた頃が懐かしく思える程度には気を張っているのだ。

 

 

『ご苦労様、中尉。』

 

「ありがとうございます、ビスマルク会長!標的は無事確保致しました!」

 

『…その前に聞いておかないといけない事があるわ。』

 

「……と、おっしゃいますと?」

 

『こちら側の死傷者数は?』

 

「誰一人として死傷しておりません!」

 

『そう………良かった、本当に』

 

 

 中尉は現役時代に上官の机の前で報告した時のような直立不動の姿勢を維持していたのだが、ビスマルク会長の…まるで上京した息子を想って電話をかけてきた母親感満載のしっとりとした母性溢れる声に軽く目眩を感じてふらついた。

 

 いかんいかん、正気を保たねば。

 

 鉄血公国情報部長ラインハルト・レルゲンをラインハルト・"フォン・ビスマルク"にしてからというもの、ビスマルク会長の一挙手一投足に抗しがたいバブみが溢れるようになっている。

 数年前、公国で全国民に対する演説を行い、アズールレーンとの明確な対立路線を宣言した凛々しき鉄血の指導者は何処へやら。

 今じゃエプロンを着けてキャベツを刻み、コロッケを揚げながら「ご飯よ〜」とか言ってててもまるで違和感がない。

 

 

「良い知らせは、我々に何の損害もなくこの建物を確保できた事でしょう。」

 

『悪い知らせは?』

 

()()()()()()()、会長。連中、一個小隊ほどの守備隊を残して消えました。フォースターも、ヘスティングス兄妹も、ジェンキンスも…それどころか装備や書類の類いも一切合切ありませんでした。」

 

『…私たちがボートハウスを特定する前に脱出したのね…了解、本当にご苦労様。あとはロイヤル官警に引き継ぎなさい。』

 

「了解しました。」

 

 

 

 

 

 

 中尉との電話を終えたビスマルクは、自身の息子に意見を求める。

 

 

「ねえ、どう思うラインハルト?」

 

「一昨日偵察した段階では活動の兆候が見られてた…連中が消え去ったのは少なくとも昨日になる。あまりにタイミングが良い。」

 

「ラインハルト…ママもそう思うわ。誰かが連中に情報を流してるとしか思えない。この場にいる誰かじゃないなら…」

 

「ロイヤルの警察か。或いはMI5。くそっ!こちらが動く時には連中に知らせなきゃならない!そういう取り決めの下、アイザッツ・グルッペンはロイヤルでの行動を許されてる!」

 

「でも、そのロイヤル官警が海賊と内通してるならアイザッツ・グルッペンを送り込んでも意味がない…何か別の手が必要ね」

 

 

 ビスマルクは物憂げな表情をしていたが、そのくせ赤ちゃん椅子に座るラインハルトの為にしっかりとガラガラを振っていたし、絵に描いたようなエプロンをしていたし、やがてコロッケを揚げ終わって「ご飯よ〜」とも言っていた。

 

 ちなみに、違和感はストライキ中のようだった…きっと黄色のベストでも着ているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 東南アジア

 シャム王国

 

 

 

 

 

「は〜い、お母さんが食べさせてあげますからね〜♪あ〜ん♡」

 

 

 私は愛宕お母さんに抱き抱えられながら、加賀さんお手製のSUSHIを食べている。

 ちゃんとアカチャナイズドされて作られたと思しき小さめのSUSHIは、そのサイズに見合わない値段のするもので、使われているネタはわざわざ重桜から生で取り寄せられていた。

 

 ここはシャム王国首都にある、加賀さんプレゼンツ重桜料亭フランチャイズ店舗の一つで、政府要人のみならず財界人や成功者にも主に接待に使われる。

 ピッピ創業のM&M社…(株)マッマとママのママママカンパニーはこんなところまで触手を伸ばしていたのだ。

 ワールドワイドで過保護を展開させたいとしか思えないし、実際そうする気しかないのだろう。

 

 そのフランチャイズの厨房に押し入った加賀さんは、現地人スタッフにアレコレ教えながら私やマッマ達の為に腕を振るいまくっているナウである。

 わざわざこの為に現地法人のアポを取り、食材を発注し、下準備を進めてくれた辺りマッマというよりは久々に帰省する上京息子の為に気合い入れて準備してくれるおっかさんでしかない。

 アリガタウアリガタウ。

 ヲイシイヲスシヲアリガタウ。

 

 

 ただ…私とマッマ達がシャム王国とかいうイオ●でのオフ会に失敗しそうな国に来たからと言って、それだけでこのご馳走が用意されたわけではない。

 今、私が家族連れ…いや、現実に即せばマッマ連れか…には場違いとも思わしき高級重桜料亭で北重桜海産の大粒いくらを貪っているのは、目の前にいる重桜陸軍大尉とお話をする為である。

 

 その陸軍大尉…鏑木大尉は、シャム王国陸軍の軍事顧問として、冷戦が始まる前からこの地域にいる。

 よってこの国の周辺にいるゲリラの事はつつがなく知っていたし、その情報には途方も無い信憑性があった。

 唯一何か言っておくべき事があれば…そのベテラン軍事顧問でさえ、喋る赤ん坊を目にする機会は今までに一度もなかったらしい。

 加えて私を抱える愛宕お母さんの左隣にいるピッピママが、店内の優美な重桜音楽をかき消すような勢いでガラガラを振ってやがる。

 やめてくれ、ピッピ。

 大尉のお話がまるで耳に入らんではないですか。

 ピッピ、スタップ。

 スタップ。

 スタァァァプッ!

 ふぅ、ありがとうピッピ…泣くな、泣くんじゃない。

 そうそう、落ち着いて。

 …はあ、疲れる。

 

 

「…話してもいいですか?」

 

 あ、すいません、大尉。

 発作みたいなモンです、どうぞお気になさらず。

 

「では、短刀直入に。大越とマラヤンの双方のゲリラ活動に関わっている組織がいると言えば…信じますか?」

 

 ………ロルトシート家?

 

「かもしれませんし、そうでないかもしれない。」

 

 と、おっしゃいますと?

 

「先週、ある貨物船が大越北部の軍港に入港した事が判明しています。大越の北部軍は独立派寄り。つまり、何かしらの軍事物資ではなかったかと我々は推測しています。」

 

 貨物船が軍港に入港して1週間後に武装蜂起となれば、ほぼ間違いないでしょうな。

 

「その貨物船について色々と調べると、ある海運会社の名前が上がりました。…HCRI社をご存知ですか?」

 

 

 

 ……………は?

 

 

 なんでそういう事するの?

 なんでただでさえ闇鍋の闇鍋なのにそういう事するの?

 こちとら赤ん坊の頭で国家生命のかかったジェ●ガやらされてんのよ?

 軽く児童虐待なわけなのよ?

 なんで横から余計な棒ブスブス突っ込んでくんのよ?

 なんでそういう事すんのよ?

 泣くよ?

 もう、本当に、泣くよ?

 

 

 

「ジャスパー・ヘチマティアルとロコ・ヘチマティアルのヘチマティアル兄妹による海運会社で、軍事物資の売買、組織の訓練、軍事顧問の派遣など、その業務は多岐に渡ります。」

 

 

 

 やめて、もう本当にやめて。

 もう既に脳内で『ボーダー●ンド』とか流れてきてるから、もうやめて。

 具体的な歌詞まで聞こえてるからもう本当にやめろぉお!!!

 

 

 

「我々も天城さんから情報をいただきましたが…私の見解を述べるならば、ロルトシート家がHCRIの背後にいる。ロルトシートはあの会社の株を30%保有していますからね。…最悪の場合、HCRIとのハードネゴシエーションになる可能性が高い。」

 

 

 

 えええやだよ。

 だってあのヒト達化け物級だって知ってるモン。

 なんなの?

 45口径バスバス食らって生きてる上に翌日にはベッドの上で腹筋してるって、本当に何なの?やめて?

 

 

 

「まあ、そう心配なさらずに。いざとなれば、我々SL班も協力致します。」

 

 ………今、なんつった?

 

「うふふ、マッコール様。重桜のSL班は腕の立つ情報組織です。鏑木大尉のご助力がいただけるなら、我々も心強いですわ♪」

 

 

 いつのまにか愛宕お母さんの右隣にすわった天城さんがそう微笑んでるけど、私としては全く微笑めない。

 

 あのさ、本当になんでそういう事するの?

 なんでそんな圧倒的負けフラグ立てんの?

 私絶対インドネシアとか行かないからな?

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フルメタル・母性

 

 

 

 

 

 どうしよう、ダンケが壊れた。

 

 

「いい〜?Mon chou〜?逃げる奴はゲリコマ(ゲリラ・コマンドゥ)よ!逃げない奴はよく訓練されたゲリコマよ!戦争は地獄ね、アハハハハハハッ」

 

 

 こわ。

 ダンケは今、大越北部へ向かうコリブリ・ヘリコプターからシャテルロー軽機関銃を撃ちまくっている。

 やめなよダンケママン。

 なんでそんな事するのよ?

 なんで現地の人々にナチュラルにケンカ売りながら闇鍋に加担するのよ?

 もう勘弁してつかぁさい。

 

 

 我々は、どうやらHCRI社貨物船から大越北部軍に引き渡されたらしいアヤシイ荷物を調査するためにヘリコプターで移動中。

 大所帯になるのを避けるため、重桜マッマズにはシャム王国でお留守番してもらい、久々に4大マッマとのみの行動でありやす。

 肝心の私自身は…今回はベルマッマによって挟まれ、眼下に広がる水田と、銃弾によって跳ね上がる泥、逃げ惑う人々を眺めていた。

 ごめんなさい、皆さま。

 私めにできる事は何もござーやせん。

 ダンケママンはわざとかそうじゃないか分からんが、良くも悪くも誰一人として仕留めちゃいなかった。

 それだけでも救いというか何というか。

 

 

 やがてコリブリ・ヘリコプターは着陸する。

 ここは大越中部軍及びアイリス植民地軍の飛行場で、北部軍の領域からもほど近い。

 ダンケによると最近北部軍は中央政府の意向を無視する傾向にあるという。

 え?何その一触即発秒読み段階みたいな状況?とは思ったものの、流石に北部軍も重桜とロイヤルという二大国を敵に回すような狂った連中ではあるまい。

 現に我々の派遣調査の要求は多少渋られはしたが受け入れられ、安全も約束された。

 

 

 さて、我々はこの飛行場で"水先案内人"と合流しなければならない。

 北部軍は調査に渋々同意したが、案内をする程歓迎はしていないのだ。

 土地勘のない我々には助けがいる。

 

 だから、この地域での活動が長いユニオンの工作員と合流するのだが…

 

 

 ちょうど飛行場に到着して30分後。

 唐突に、60年代後半を彷彿させるハスキーボイスなロッケンロールが流れ始める。

 上空からはローターの回転音がして、見上げれば弾痕だらけのドラッヘ・ヘリコプターが舞い降りてきていた。

 よく見れば頭にバンダナ、上半身裸体に血塗れ防弾チョッキという、CV小山●也な男が身を乗り出して載っているではないか。

 

 

「酷いナリね、ウッ●」

 

「ジャングルで見た目を気にすんのか、ルイス。ここは大越だぜ。」

 

 

 よし、わかったもう突っ込まない。

 もうこの男とルイスのやり取り見ただけでも、たぶんコイツが東南アジアで活動してるユニオンの工作員だって事が分かるしお前どこのSOGだよどっから湧いて出たんだよってくらいSOGなのは分かるからね。

 無駄なエネルギーは省エネしようじゃないか。

 え?何?結局突っ込んでるじゃないかって?

 はは、気のせいさ。

 

 

 

 私とママ達とウッ●軍曹は何台かの幌付きジープに分乗して移動を始める。

 その間に、ユニオンが何故アイリスの植民地に関わるようになったのかをルイスマッマが簡単に説明してくれた。

 

 

 

「えっとね、ミニ・ルー。ユニオンがこの地域での活動を始めたのは東煌内戦の時期なの。」

 

 へー。

 

「北東煌政府は南部を基盤とする統一政府の戦力を分散させるために、更に南側から圧力をかけようとしていたわ。つまり、大越を共産化する事によって、二正面作戦に追い込もうとしたわけ。」

 

 ユニオンとしては共産化の"ドミノ"を防ぎたい。

 だからCIUあたりでも介入させたのかな?

 

「ええ、そうよ。よく分かったわね〜♪良い子よ〜ミニ・ル〜良い子良い子ぉ♪…でも、当時の大統領は北連との関係を重視してたから、活動は小規模なモノに限られたわ。」

 

「俺からも補足してやるよ」

 

 はい、ウッ●軍曹

 

「確か3年前だな。ハウスクリーン作戦の後にCIUは東南アジアでの活動を諦めた。ケツを拭いたのが軍部だ。」

 

 質問いいですか、ウッ●軍曹。

 

「なんだ、マイソン?」

 

 

 あのね、軍曹。

 いくら元ネタの相棒に近づけたいからと言ってもね、そんな誤解を招くような呼び方しないでいただけます?

 それじゃまるで私が逸物か何かみたいじゃないのよ。

 …もうこの際どーでもいーや。

 

 

 CIUの活動がハウスクリーン作戦に影響を受けたのは、どうしてですかえ?

 

「簡単だ。マラヤン独立派メンバーの中には、CIUのアセットが多数含まれていた。…アセットとはつまり、CIUが動員できる資産・資材・資源、さらに言えば現地人協力者だ。」

 

 おうふ。

 でも…そうだとしたらMI5とCIUは相当揉めたのでは?

 

「それが、そうはならないんだな。3年前といえばアズールレーンとレッドアクシズの戦いが最も熾烈な時期だ。ロイヤルもユニオンも東南アジアどころじゃなくなったのさ。そこで、互いの情報組織は予め"調整"を行いあの作戦を実行したんだ。」

 

 ん?て、ことは?

 あの作戦は独立派メンバー全員を消し炭にする作戦じゃなかったの?

 

「ご名答。ロイヤルは独立派メンバーを全員消したがっていたが、ユニオンは何名かの保護を約束させた。…つまり、大越のコミー共と深く関わる独立派メンバーの保護を約束させてた訳だ。"ドミノ"を予防するのに役立つ、最小限の数のメンバーをな。」

 

 あの、すっごい今更な話なんだけどさ。

 これ僕ちんが耳にして大丈夫なのかな、すごく不安になってき

 

 

 ドオオオンッ

 スガガガガーンッ

 

 

 

 突然砲撃が始まった。

 何事かも分からずパニクっている間に、ジープの近くに砲弾が落下!

 私やマッマ達とウッ●軍曹を乗せたジープが横転する。

 ラッキー・ルーと一緒だというのに、私を抱えるベルマッマは横転したジープから投げ出されて偶然その近くにあった池に転がり落ちてしまった。

 なんてこったい。

 

 

「いてててて………マ、マイソンッ!!」

 

「ベルッ!?坊や!?大変…池に落ちたみたい!」

 

「Mon chou!!」

 

「ミニ・ルーを助けないと!!」

 

「…おい!ルイス、下着になるんじゃねえ!」

 

「止めないで、ウッ●!ミニを助けるためなら裸にでもなる覚悟はあるわ!」

 

「いいえ!ここは坊やの真の母親たる私が裸体になって坊やをレスキュー」

 

「ダメよ!Mon chouはアイリス版『彼女が裸体に着替えたら』を楽しむの!」

 

 

 流石のSOGも、狂気の母性にはドン引きである。

 

 

「………こ、こいつらイカれてやがる…クラフ●ェンコがマトモに思えてくるぜ」

 

「ぷはッ!!はぁはぁ、危ないところでしたねご主人様。このベルベル、このような時の為に水泳の訓練を……って、ご主人様?」

 

「ベル!?貴女の谷間にいた坊やは!?」

 

 

 ベルマッマは急いで水面に浮かんだが、そこで大切な事に気づく。

 その谷間に挟まっていたハズの私は、横転の衝撃でベルマッマから投げ出され、まだ池の中だったのである。

 

 

「ぼ、ぼ、坊やァァァアアア!!!」

 

 

 

 

 

 一方その頃、私はというと…

 

 

 

 えっ、ちょっ、ムリ!!

 マジでやばい、マジで溺れるッ!!

 いや、おま、赤ん坊が泳げるわけなかろうがッ!!

 やばい、マジで、息、が…

 

 

 

 ………14、26、42、45

 

 意識が遠のきかけた時、謎の数列を読み上げる女性の声が聞こえてきた。

 濁った水中で恐る恐る目を開けると、タイガーストライプの戦闘服に身を包むポニーテールプラチナブロンドな巨乳少女が私を抱き上げるところが見える。

 その少女は私を水面まで運ぶと、驚くべき事に立ち泳ぎで私を高々と掲げてこう叫んだのだ。

 

 

 

「一歩目!!水中からの脱出!!」

 

 ………いや、何でここにいらっしゃるんですか、アヴマッマ?

 

「ミ…いや、マイソン、私はアヴローラなんかじゃありません!我が名はヴィクトル・アヴノフ!!ヴォル●タでは皆兄弟です!!」

 

 ……………

 

「さて、ミ…マイソン!二歩目は!?」

 

 ……銃を手に入れろ〜

 

「さあ、行きましょう、マイソン!今こそこの手にヴォル●タを!!!」

 

 

 

 

 この3秒後、私はジト目のピッピママに取り上げられました。

 見事に意気消沈するヴィクトル・アヴノフ。

 あのよぉ、お前らヨォ。

 忘れてるかもしれかいから一応言っとくね?

 

 ここ、まだ砲撃のど真ん中だからね?

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一時と永遠に

 

 

 

 

 あのな、マッマ達。

 何をしたいのかは分かる。

 アレでしょ?

 "びそく"の影響でしょ?

 運営公式目の保養漫画の影響でしょ?

 

 そんなさあ。

 4人+アヴマッマで皆揃って水着に着替えてさ、クソエッロいとしか言えないような語彙力ベルリンの壁な感想しか抱けない綺麗な腋の下をアピールする暇があるならさあ。

 

 

 脱出しようよ、ねえ!!

 

 

 とりまこの砲弾の嵐からエスケープしようよ!?

 何余裕ぶっこいて×セクシー○エロスなポージングしてるわけ!?

 第一、アンタらそれを私にアピールしてどうしたいわけ!?

 赤ん坊に見せつけてどうしたいわけなんじゃいゴラ!!

 

 

 

 105mmや75mmと思わしき口径の砲弾が飛んでくる中、私のマッマ達はまるでTPOをわきまえない謎儀式に突っ走っている。

 ウッ●軍曹なんか砲撃の激しさ故に転げ回りながら「大統領〜ッ!!」とか叫んでいる始末だというのに…中の人的なアレでジャッ●・バウアーになっちまったらしい。

 そんな状況でグラビア撮影会をやりたがっているマッマ達は正気じゃないが、こんな戦場のど真ん中に高級車で乗り付ける方も正気じゃないと思う。

 だが、安心してほしい。

 この場に正気な人間なんて誰1人としていやしない。

 

 

 黒いボディーに赤いラインを入れたBM●がこの砲撃の中突っ込んできて、私の真ん前で急停止する。

 運転席のドアが開くと、意外な人物がそこにいた。

 え、いや、プリンツェフ?

 なんでここに?

 

 

「そんなことは後でもいいでしょ?脱出するわよ、あなた達。」

 

 

 プリンツェフはそう言ってまるで猫でも掴むかのように私の首を摘んで持ち上げると、その豊かなスウィッツァーアルプスに私を挟み込む。

 挟み込んだのは良いんだけど、助手席にはバウアーと化したウッ●軍曹が乗り込んだので、残りのマッマ5人は後部座席に寿司詰めとなってしまった。

 まあ、すげえ光景である。

 

 

「こらこら、頭を出さないの。ちゃんと私の谷間に入ってないと…死・ぬ・わ・よ?」

 

 

 プリンツェフはいつものキメ台詞とともに私を双丘の奥の奥へと埋め込んだ。

 そしてギアをドライヴに入れ、アクセルを目一杯踏んでキリングゾーンからの脱出を図る。

 高級車…鉄血28号のエンジンが唸りを上げ、後輪で泥を跳ね上げながら進み出す。

 その次の瞬間には、車があった場所に軽砲弾と思わしき榴弾が着弾して炸裂した。

 あっぶねー。

 

 

「攻撃してきたのは、一体どこの誰なの!?」

 

「大越独立派ではないでしょうか、ルイス。」

 

「信じてくださいミーシャ!この一件に北連は関わってません!神とミーシャに誓って!」

 

「そんなこと言って…。坊や、どうせ北連の仕業じゃないかしら…ねえ、アヴローラ!」

 

「ヴィクトル・アヴノフです!」

 

 アヴノフ!

 

「なんですか、ミーシャ!」

 

 北連が関わっている範囲はどこまでなの?

 

「"3年前"までです!それ以降北連はまるで関心を向けていませんでしたし、北東煌政府は大越どころじゃなくなりました!私がここにいるのもミーシャあやしたかっただけで…」

 

「攻撃したきたのは恐らく大越独立派だ!くそ、最悪だ!CT●に知らせないと!」

 

 独立派連中がこれだけの砲撃を行うにはバックに誰かいないと不可能だろう!

 内戦に敗れた北東煌政府や北方連合が無関与だとしたら、他の誰かが活動資金や物資を提供してるって事だ!!

 軍曹、何か心当たりは!?

 

「アンタらもそれを調査しに来たんだろうがッ!分かれば誰も苦労しない!…ただ、こちらの情報で確実なのは、北部軍が独立派と親しい関係にあり、さらに言えば北部軍は例の貨物船から重火器を含む兵器類を政府の許可なしに調達していたってことだけだな!」

 

 

 くそったれ!

 これじゃあ復習にしかならない。

 この地域に来てからと言うもの…いや、来る前から"ロルトシート"という名前が頭から離れないでいる。

 だが、残念な事にそれは私の推測でしかないし、証拠を得るための調査を開始する前にこの始末。

 おまけに…しばらくすると次の"クソ"が降ってきた。

 

 

 鉄血28号からから見て左側、ウッ●軍曹の方から銃声が聞こえてくる。

 後を追うように防弾仕様高級車が弾丸を弾く音が聞こえたし、その方向へ目を向けるとサブマシンガンを腰だめに撃ちまくりながら突撃してくる複数の歩兵が見えた。

 

 

「クソォッ!左から敵歩兵!!気をつけろマイソン!!」

 

「あの装備は北部軍!?連中、本格的に中央政府を裏切ったようね…Mon chou、南東方向へ向かいましょう!アイリス外人部隊の営舎があるはず!!」

 

「それはやめた方がいいんじゃない?この混乱の中で、このスピードで突っ込めば、彼らも黙ってないでしょう?誤射されない保証はない。」

 

「何もしないよりはマシよ、オイゲン。それに、外人部隊との合図も取り決めてあるわ!アイリスを舐めないで頂戴!」

 

 

 ダンケの指示で、車はアイリス外人部隊の営舎へと向かって全速力で走り出す。

 鉄血28号のエンジン音は最高潮だったが、敵の突撃部隊の勢いも最高潮だった。

 プリンツェフマッマの谷間からサイドミラーを除くと、背後に大型トラックが二台迫っていて、そしてその甲板にはサブマシンガンを持った兵士が満載されている。

 

 

『警告、背後に脅威を探知。』

 

「なら排除しなさいな。運転は私が請け負うから、アンタは敵の排除に集中なさい?」

 

『はいはい、汚れ仕事はロボットにやらせるのね』

 

 

 鉄血28号搭載の人口知能・プリンが戦闘モードへと移行した。

 上品なセダンのトランクが開いて単砲身のFLAK38がニョキッと顔を出し、その砲口を背後の大型トラックへ向ける。

 狙いをつけると、さも当然のように20mm榴弾を速射した。

 一般に、輸送用の大型トラックは20mm砲弾に耐えられるようには設計されていない。

 兵士満載の大型トラック2台は、満載の兵士諸共粉々になって横転した。

 

 粉砕された大型トラックを置き去りに、鉄血28号はもうまもなくアイリス外人部隊の営舎に到達するところだった。

 当然の事ながら既に厳戒態勢が取られており、営舎の外の防御陣地からは、こちらに向けて自動小銃や機関銃が指向されている。

 

 

「ちょっ!どいて!あなた達!」

 

 

 ダンケママは他の4人の寿司詰めマッマ達の間からどうにか抜け出すと、サイドウィンドウを開いて上半身を曝け出す。

 あぶねえあぶねえ。

 心配する私を余所に、ダンケは一体どこにしまっていたのかまるでわからないシュークリームを何個も手に掴み、自動小銃を構えてこちらを狙う外人部隊兵士達に放り投げた。

 

 

「は〜い!あなた達!約束のシューよ!私達の背後から来るのは全部敵だから、やっちゃって♪」

 

「「「Viva la Dunke!!!」」」

 

 

 放り投げられたシュークリームを受け取った外人部隊兵士達は、それを片手で食べながら、反対の手で自動小銃やサブマシンガンを射撃し始める。

 放たれた銃弾は鉄血28号の遥か上で密度の高い弾幕を形成し、そしてその弾幕が北部軍歩兵の突撃を破砕した。

 だが、破砕できたのは初撃のみで、すぐに次々と後続する北部軍歩兵部隊と守備を固めた外人部隊の間で本格的な銃撃戦が始まる。

 

 もっとも、私やマッマ達はダンケの機転のおかげで外人部隊の区画の奥…つまり最前線よりかは安全な場所へと離脱を図れた。

 

 

 

 ふぅ…ありがとうダンケ

 

「うふふ♪もっと褒めても良いのよ、Mon chou♪」

 

 サンキューサンキューマジ感謝、マッマの機転に感動な拙者、溢れ出る感謝感激、ダンケの母性がマジ刺激的

 

「て、ことでchouは私がもらうわね、オイゲン?」

 

「…仕方ないわね。はい、どーぞ。」

 

 

 安全な場所で鉄血28号を停車させで下車した後、プリンツェフはダンケの要求に応えるために私をその豊満な谷間から摘み出す。

 そのまま寿司詰めが原因で汗だくになったと思われるビキニのアイリスマッマに引き渡すかに見えたが、しかし彼女はダンケに私を渡す直前で動きを止めた。

 何事かと見てみれば、右耳にはめていたイヤホンを反対の手を当ててよく聞こえるようにしている。

 何か緊急の連絡でもあったんだろうか?

 

 

「………わかったわ。少し待って。」

 

 

 ダンケの「ちょっと!オイゲン!」という抗議の声を余所に、プリンツェフは私を再び谷間に戻した。

 そして、彼女はそのまま右耳のイヤホンを外し、今度はそれを私の右耳に嵌めた。

 ……他のマッマ達が、まるで私とプリンツェフが同じスプーンでアイスクリーム食べたみたいな反応してたけどこの際無視したいけど無視できるものじゃなかったからここに書き記す令和元年九月十日。

 

 プリンツェフのイヤホンが嵌められた右耳からは聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

『セントルイスファミリア少将!私です!鏑木です!』

 

 どうしました?

 

『現地の協力者から連絡がありました!アイリス植民地軍の飛行場からほど近い場所でHCRIの車列が確認されたようです!』

 

 マ!?

 

『はい!こちらの強襲チームが準備中ですが、そちらの方が近い!追跡をしていただければ仕留められます!』

 

 し、しかし、こちらも敵襲のど真ん中で…

 

『ええ、分かります!そちらへの北部軍の攻撃の情報は入っていますが…少将、これはHCRIを捉える唯一のチャンスです!連中を尋問すれば何か分かるかもしれない!』

 

 ………分かりました!すぐに追います!

 

 

 私が答えるや否や、プリンツェフが勝手に鉄血28号に乗り込んで猛スピードで走り出す。

 セダンの後方にいた他のマッマ達は泥を浴び、プリンツェフの独断専行と無礼な行為に抗議の意味で石とか投げ始めた。

 

 

 ちょ、プリンツェフ?

 他のマッマ達おいてけぼりだけど!?

 

「だから何?また寿司詰めにするの?今からHCRIの車列を追跡するのよ?そんな目立った状態が、追跡に適してると言えるかしら?」

 

 …お、おうふ。

 

「………まあ、本心を言えば…」

 

 

 プリンツェフが片手でハンドルを操作しつつ、私をその谷間の中で180°回転させる。

 

 

「HCRIを追跡する間…アンタは私のモノよ?」

 

 

 プリンツェフは…正にオッパイのついたイケメンっぽいカッコイイ系マッマへと変貌していた。

 何なの、この既に手遅れ感。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スレンダーマッマ







尋問官:思い出せ、マイソン!仕事帰りにコンビニに寄ったお前は、そこで5000円分のi●unesカードを手に入れた!

マイソン:違う!!

尋問官:違わない!!お前の任務は夕食の調達だったが、その夕食代はダイヤに変わっていた!…ベトナムで何があった、マイソン!!

マイソン:………ザラマッマのエロい水着が出ていた…我慢できなかった………














 

 

 

 

 

 前にもこういう事があったが、今回はより深刻だった。

 私はいつだかのように椅子に縛られているのだが、今回は前回のように歓迎されているとは微塵も思えん。

 私の向かい側には典型的な"くっ殺"表情のプリンツェフがいるし、私と彼女の間には筋骨隆々な元デルタフォースィーズと思わしき傭兵がいらっしゃる。

 

 私はぼやける視界をハッキリとさせるために、何度か長めのまばたきをした。

 その甲斐あってしばらくすると、今私が置かれている立場というものを認識できるようになってくる。

 

 

 

 

 

 追跡自体は上手くいっていた。

 鏑木大尉からの情報通り、『HCRI』と車体側面にデカデカと書かれた白い2台のSUVを追い続ける事に成功していたのだ。

 だが、"していた"という言葉の通り、我々の任務は失敗したのだった。

 

 鉄血28号は2台目のSUVから500mは距離を取っていた。

 そのSUVがハンドブレーキと類稀なるハンドル操作で180°ターンを披露し、鉄血28号に正対した時…私は悟らざるを得なかった。

 我々は追跡していたのではない、"誘い込まれていたのだ"と。

 鉄血28号は2台目のSUVの後部座席から射撃を受けてタイヤを撃ち抜かれ………その後の記憶はない。

 

 ただ、今の状況からして、鉄血28号は横転、私とプリンツェフは気を失い、そしてこの、よくわからないような部屋に閉じ込められたに違いなかった。

 

 

 

 

 

「おっ!目が覚めたか!よちよち良い子でちゅねえ…バル●〜哺乳瓶を持ってこい」

 

 

 監禁されているにも関わず、目の前のアラフィフ傭兵がそんなことを言うモンだから警戒心が一気に萎えてしまった。

 え?何その何事もなかったかのようなあやし技術は?

 何その…こう…前の妻とは色々あったから子供を持った事はなくて、でも欲しいと思った時期はあったからあやす練習はしてて、妻と離婚して数年経った今初めてその成果を示す時が来た的な反応は。

 

 筋骨隆々マンは私の拘束を解いて抱え上げ、CV石塚●昇な渋いボイスで私をあやし始めた。

 

 

「はいはい、よちよち〜」

 

「そこのおっさん?乳幼児を抱えながら喫煙なんて、頭沸いてるんじゃないの?」

 

「相変わらず口の悪い女だぜ、●ェキータ。」

 

「ほら、こっちに渡しなさい。その子が肺がんで死んでしまう前に。」

 

「畜生!!お前らまとめてぶっ殺してやる!!」

 

 

 聞いた事ないレベルの怨嗟の絶叫が聞こえ、何事かと見てみれば椅子に縛られたプリンツェフが凄まじい形相で怒号を上げていた。

 あ、あの、プリンツェフ?

 こんな状況でさ、他の人があやしたぐらいでそんな怒号あげなくても良くないかい?

 キャラ像完全崩壊キャラ像ポンペイ噴火させる必要はないんじゃないかな?

 

 

「そんなに叫ぶのがお好きなら、お好きなだけ叫ばせて差し上げますか?」

 

「やめとけバル●。ロコから指示されただろう?」

 

 

 片目眼帯巨乳筋骨隆々お姉さんがプリンツェフの喉元にナイフを押し当てたが、私を爆乳アホ毛お姉様に渡すアラフィフ傭兵が眼帯を制止する。

 

 

「ですが、情報を引き出すように指示されてもいます。」

 

「いきなり拷問から初めんじゃねえよ。ったく、ヤクザじゃねえんだからヨォ。…んで、そこの姐ちゃん。俺らを追ってた理由を教えてくれねえか?」

 

「………ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア少将からの指示よ。彼は今ロンドンにいて、アンタ達が不正な武器輸出をロイヤル植民地の周辺で行なっているのではないかと疑っている。…さて、ロイヤル海軍へのアンタらの要求は何かしら?」

 

 

 デキる子!プリンツェフめっさデキる子!!

 イイネイイネ!!

 

 HCRIはまさかロイヤル海軍少将が赤ん坊だと知ってるはずもないし、さりげなくロイヤル政府が黙ってないわよ的なオーラ含ませるあたり本当にデキる子!!

 アラフィフ傭兵と眼帯巨乳と爆乳アホ毛が顔を見合わせたあたり、プリンツェフの圧が効いているに違いない!!

 

 

「どうかな?私はそうは思わない。」

 

 

 せっかくのプリンツェフのファインプレーを、ベルマッマと同じくらい頭から足先まで真っ白な美人さんがブチ壊した。

 なんてこった、ロコ・ヘチマティアルのご登場である。

 元ネタの人物からして、今一瞬でプリンツェフの嘘を見破ったに違いない。

 エイメン。

 

 

「少将、悪党である私から言われるのもシャクかもしれませんが…赤ん坊のフリはやめて、お話いただけますか?」

 

 あの、なんで知ってんすかね、私の事。

 

「私は世界を舞台に活動する武器商人です。情報はいつでも入ります。」

 

 な、なるほど。

 

「さて、少将。どうか少将からお答えいただきたい。貴方が我々を追うのは…なぜでしょう?」

 

 

 白白しいと思うところはあったが、少し違和感も感じた。

 確かにHCRIは世界最大規模の武器商かもしれないが、世界中に植民地や情報組織を持つロイヤル政府相手に喧嘩を売ったりしたくはないに違いない。

 そんな事をすれば商売どころじゃなくなるというのは、彼女自身よく分かっているハズだ。

 

 もし、HCRIがSL班からの情報の通り大越独立派やマラヤンの過激派分子に武器を売っているとすれば…この反応はおかしい。

 理由をこちらに尋ねるどころか隠したいのだから、私のような人間を捕まえたら即座に殺してしまう事だろう。

 だが、どういうわけか私は武器商人の私兵の1人に抱えられ、ビス叔母さん級アホ毛オッパイにあやされているのだ…哺乳瓶でミルクを飲ませられながら。

 

 

「貴方の同行者が嘘をついているのは分かっています。第一に、セントルイスファミリアはこの場にいる。……そして第2に、我々は独立派のゲリラ連中相手のショボい取引なんか踏んでいない。」

 

 !?

 

「………え?2つ目は嘘じゃない!?

 

 

 美人さんの観察眼は恐ろしいものがあるし、私は考えを察せられてしまった。

 ただ、この美人さんは私以上に驚いているようで、まるでなにかの彫刻のように身体を捻って頭を左右から抑えている。

 

 

「しまった〜〜〜!!ハメられた〜〜〜!!」

 

 ハメられた?

 

「僕の方から説明しますよ」

 

 

 後ろから声が聞こえて、アホ毛爆乳の肩越しにその方向を見る。

 そこにはルネサンスの彫刻並みのポージングを披露している妹さんと同じくらい真っ白なお兄さんがいた。

 

 

「初めまして。僕はジャスパー・ヘチマティアル。HCRIのアジア担当です。…今回はある理由から、妹に手伝ってもらっているのですが…」

 

 その理由とは?

 

「…僕達HCRIは5年も前から、ロイヤルやアイリスの依頼で武器・装備品をこの東南アジアへと運んできました。」

 

 植民地軍向けに、ですか?

 

「いいえ…最初は東煌統一政府相手に、です。東煌内戦に北東煌政府が勝利してしまうと、共産主義政権が"革命の輸出"を目論む可能性は否定できない。そうなれば東南アジアの植民地へと南下する可能性は大いにあります。」

 

 …だが、問題は既に統一政府がレッドアクシズと手を組んでいた事。

 共産主義政権は厄介だが、ファシストに塩を送るようなマネもできなかった。

 統一政府が重桜に煽られて南進しないとも限らない。

 

「ええ。ただ、レッドアクシズによる支援も充分とは言えなかった。統一政府側も北東煌政府側も、互いに膨大な数の小火器を必要としていた。レッドアクシズ側には余裕がなくとも、ロイヤルやアイリスはまだ余剰火器を充分に保有していましたから、統一政府としてはその火器を手に入れたかった。」

 

 そこであなた方の登場か。

 

「ロイヤル・アイリスと統一政府はユニオンのうかがい知れないところで密約を結びました。フリーランスの武器商人を通じて武器援助を行う代わりに、統一政府の勝利後には南進を実施しない確約をするという密約をね。」

 

 統一政府への武器援助が表沙汰になれば、ロイヤルやアイリスはユニオンへのメンツを失いかねない。

 アズールレーン内部での内紛を避けるために第三者を介した取引が望ましかった…

 もちろん、その第三者は見返りを要求した。

 何せアズールレーンとレッドアクシズの勢力の境目を超えて武器を運ぶとなればリスクも高い。

 冷戦前、東南アジアはロイヤルと重桜の主戦場だった。

 ただの運送業務で終わらせるあなた方じゃないでしょう?

 

「我々はアズールレーン側と協議して、見返りに内戦終了後の植民地軍関連の仕事の独占を約束させました。」

 

 ところが問題が起きた。

 

「東煌内戦後、余剰となった大量の中古火器が『ハウスクリーン作戦』で壊滅していたはずの独立派ゲリラへと流れた…死に損ないに過ぎなかった組織が一気に息を吹き返す結果に。」

 

 …あなた方は逆に儲かったんじゃないのか?

 植民地軍もゲリラを抑えるための武器が必要になるだろう。

 

「ふふふ〜ふ、ところが、そうはなりません。レッドアクシズの情報機関が進出してきて、我々の"取り分"を掻っさらい始めた。植民地軍は内部で分裂をし始め、中央政府から離脱した派閥は取引相手を変更したんです。」

 

 SL班!?

 

「その通り。東煌での余剰兵器の横流しも、独立派ゲリラの再組織に手を貸したのも、植民地軍内部の分裂を煽ったのも彼らです。何せ、彼らには資金源が必要ですからね。…東南アジアの地図を塗り替える気なんですから。」

 

 ………ま、まさかとは思うが…

 

「東南アジアの植民地が欧州から独立すれば、アジアにおけるパワーバランスは重桜向きになる。独立派ゲリラへの支援をしているなら尚更のこと。…SL班は元々重桜情報局の武闘派連中の集まりです。大越の北部軍、マラヤン半島の独立派のみならず…シャム王国に至っては国ごと丸め込んでいます。」

 

 重桜情報局の目的は、冷戦より前の時代へ遡る事!?

 正気の沙汰じゃない!!

 第一、重桜は冷戦前の戦いでユニオンとロイヤルに太刀打ちできないことを実感したはずだ!!

 太平洋では主戦力を喪失しかけ、東南アジアではハウスクリーン作戦のせいで駐屯部隊の殆どを失ったのだから!!

 

「情報局の目的ではなく、SL班の目的です。

 彼らは重桜政府の方針から逸脱し、完全に暴走している…と、言っても言葉だけでは信じられないでしょう。」

 

 

 

 ジャスパー氏は私達が大越まで来ることになった原因である、ある貨物船についての写真と資料を手渡した。

 それはカリブ海の島国の公認印が捺印された正規の書類であり印鑑の偽造が不可能である以上はこの書類が本物である事を示していた。

 

 その書類によれば、この貨物船の所有者はサディア帝国にある船舶会社であることが分かる。

 ほかの書類には、その船舶会社が実態のない会社であり、シャム王国中央銀行がその資金源となっている事が明らかにされていた。

 さらに言えば、このシャム王国中央銀行はロルトシート家の援助を受けていたのである。

 

 

 ハ メ ら れ た。

 

 

 あまりの衝撃に目眩がしたし、つい力が緩んで書類を落っことしてしまう。

 なんてこった!

 完全に鏑木の野郎に騙されていた!

 

 もう、重桜サイドの誰も信用できないし、それは天城マッマだって同じだ。

 重桜情報局の要である人物がSL班の暴走を知らないわけがない。

 北方連合での暗殺未遂と、今回の東南アジアでの任務、そして北部軍の攻撃を踏まえると、考えられる仮説がある。

 

 

 

 

 SL班こそロルトシートの支援を受ける団体であり、恐らく重桜情報局は止めるフリをしつつ裏では手を組んでいる。

 東南アジアでのパワーバランスを変えるために行動する彼らにとって、ロルトシートからの財源は武器密輸と併せて重要だ。

 そしてその"大蔵省"が私の殺害を依頼したに違いない。

 

 ここ東南アジアなら、北方連合の時とは違って私を援護する勢力は無いに等しいのだ。

 暗殺実行にはまさにうってつけ!

 大越北部軍の突然の攻勢もこれで説明がついてしまう。

 攻勢の混乱の最中なら、ロイヤル海軍の軍人が殺されても説明ができる。

 ロイヤル側も重桜を疑いはできるが責めることはできない。

 

 

 クッソ!!クッソ!!クッソ!!

 

 何故だ、クッソ!!

 こんちくしょう!!

 

 年甲斐もなく…いや、年相応に涙が溢れる。

 まさか、まさか天城マッマに裏切られているとは思わなかった。

 あんなに…あんなに協力し合ってきたのに…

 

 

 

「落ち着きなさいッ!!」

 

 

 プリンツェフが固く縛られていたであろう両手のロープを、根性で引きちぎって私の元へ駆け寄ってきた。

 彼女はそのままオッパイ傭兵から私をふんだくり、自身の豊満な谷間へと入れ込む。

 

 

「アンタを裏切ったクソ野郎は私が責任を持って始末する!アンタを泣かすようなクズは、文字通り屑にしてやるわ!」

 

 ひっ、グズっ、あ、ありがとうプリンツェフ。

 

「…大丈夫。アンタがどうであろうと、私はアンタを裏切ったりはしないわ。」

 

 プリンツェフかっこいいよ〜、グズっ、かっこいい系マッマぁ〜

 

「何故なら、私こそアンタのマッ」

 

「いいえ、プリンツェフ。私こそ坊やのママよ?」

 

 

 うおおおおい!?

 びっくりしたあ!!!

 

 なんよピッピママ。

 なんでこんなトコいんのよ、あんたらアイリス外人部隊の基地で置いてけぼりだったやないかい。

 なんでさも当然のようにここにいるわけ?

 

「坊やの匂いを追ってきたわ。」

 

 いや、こっわ。

 

 

 

 

 気づけば4大マッマが周りにいて、HCRIの傭兵の皆さん及び武器商人のお2人は伸びていらっしゃる。

 何だろう、この溢れ出るホラー都市伝説感は。

 あんたらスレンダーマ●か何かか?

 

 

「ええ、スレンダーママよ?」

 

 ピッピ?

 そんなドヤ顏で言われても、そんなワードは都市伝説感全くないしただただコミカルなだけだからね?

 第一、ピッピスレンダーじゃないじゃん?

 ダイナマイトじゃん?

 

「ミニ?こう言うのもアレだけど、天城たちが裏切ったかどうかはまだ分からないわ。」

 

「平静さを保ちましょう、ご主人様。SL班の裏切は確実ですが、重桜情報局まで裏切ったというのはご主人様の推測の域を出ない…違いますか?」

 

「Mon chou!アイリス植民地軍情報部の、信頼できる筋から連絡があったわ。SL班がこちらへ向かっているとの事よ。待ち伏せして、じっくりと聞き出してやりましょう!」

 

 

 本当にありがとう、マッマたち。

 ヒステリーを起こしたが、彼女達のおかげで早くも立ち直る事ができた。

 

 そうだ、天城マッマの件は私の推測にしか過ぎないのだ。

 真相究明はSL班を嬲って聞き出してからでも遅くない。

 

 

 ただ、これが本当に天城マッマの裏切りだった場合。

 私は立ち直れる自信がなかった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ザ・ママとship

更新が空いた間に本当に色々な事がありました。
ザラマッマは次シリーズでママ躍してもらう予定ですので、もうマッマです(何言ってんだこいつ)



アニメで空母の上に空母突っ立ってたんだから、戦艦の中に入っても問題ないよね?


 

 

 

 

 

「うおっほおおおおおおお!!アニメアニメアニメアニメェェェエエエ!!!」

 

 …とりあえず落ち着いてくれないかな、ベルマッマ。

 

「これが落ち着いていられますか、ご主人様!?アニメですよ!ベルファストのアニメですよ!ベルベルが画面の中でヌルヌルと動き回るのですよ!?よくそんな平然でいられますね!?

 

「くっ!私もアニメに出ていれば…!坊やにヌルヌル動く私の勇姿を見せつけられたのに!…あ、でも、アレかしら?オープニングで姉さんが出てたから、私もワンチャン…」

 

「うふふふふ♪私はラッキールー♪情景とはいえ、私の大きな大きな"母性"をミニに見せられるのは幸運の極みね♪」

 

「…アイリスのこと…触れられてすらないじゃない………」

 

 あのさ、マッマ達?

 アンタら揃いも揃ってLive2D衣装持ってんじゃん?

 十分ヌルヌルヌルヌル動いてんじゃん?

 それに最初の一話見ただけでアイリスは出ないとか、そんな決めつけは良くないと思うよ?

 

 だからさ、元気出して?

 元気出そうよ。

 元気出してちゃんと重桜の秘密工作部隊の車列を待ち伏せようよ?

 

 ベルマッマ?

『ベルベル☆勝利の舞』とかやめてもらえるかな?

 目立って目立って仕方がないし、そのままじゃ奇襲失敗間違いなしだし、ナチュラルに他国に喧嘩売ってくからやれブリカスだのと悪口言われるんだよ?

 分かってる?

 自覚なし?

 これだからブリカスは。

 

 

 ベルママは何とか理性を取り戻すのに15分かかり、私自身はルイスママの蒸れた谷間から上半身だけ這い出るのに時間がかかったが、その間も重桜工作部隊の車列が通る事はなかった。

 

 あれ、おかしいな。

 本来ならばとうの昔に重桜の工作員部隊の車列はこの道へ至っているはずである。

 だがしかし、待ち伏せを始めてから今の今まで何の車両も見てすらいやしない。

 

 

「…それにしても遅いわね…本当なら、重桜の部隊は20分前にここを通過しているハズよ?」

 

 

 私を、アニメでも披露された凄まじいまでの大きさを誇る胸に挟んだルイスママが、時計を見ながらそう言った。

 

 

 ねえ、ルイスママ、どこからか待ち伏せの情報が漏れたって事はないかな?

 

「…………」

 

 ルイスママ?

 

…♪ラッキー!ルー ルー サイコー!踊りましょう〜 いつもの 笑顔で」

 

 静まれ。

 あのね、ルイスママ。

 ベルベルに対抗したいってのは分かるんだけど、何もこのタイミングでなくてもいいじゃん?

『しま●ろう』から全力抗議されそうな歌と踊りを始める暇があったら、まずは現状について考えようか。

 たのむぜ、本当に。

 

「ルイス、時間よ。」

 

 おお、さすがピッピ。

 そうだね、こういう時こそピッピみたいな冷静な人が判断と指揮を…あー、そういうこと?時間ってのは私の事をあやす交代の時間の事ですか。

 んなクソどーでもいい事あとからでもよくない?

 

 ドヤ顔で私を大きな大きな大きな大きなお胸に挟み込みながら、ピッピママは懐中時計を見る。

 

 

「…撤収しましょう、これ以上の張り込みは無意味だと思う」

 

「そうね。ティルピッツ達はchouを安全な場所へお願い。外人部隊は私の方で撤収させておくわ。」

 

「しかし…SL班はどこでこの情報を集めたのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「天城さんの言う通りだ。…このトンネルはガラ空きですね。」

 

「鏑木大尉。まさか姉様の言う事が信じられなかったとでも?」

 

「落ち着きなさい、加賀。」

 

「しかし、姉様っ」

 

「良いのです。これで、鏑木大尉も私達の事を信用したでしょうから。」

 

 

 セントルイスファミリア少将とアイリス外人部隊の待ち伏せを受けるはずだった車列は、全くもって別のルートを取っていた。

 それは山間部をくり抜いて作られた長大なトンネルであり、その昔に、重桜陸軍がシャム王国経由で大越に攻め入るのに用いられたものだった。

 

 

「セントルイスファミリアがHCRIの連中を追ったという連絡が入った以上、遠回りとはいえこちらのルートを取る方が安全です。あの男は大尉が思っていらっしゃるより頭がキレますわ。」

 

「…なるほど。奴のことは全てお見通しということですか。疑って申し訳ない。」

 

「疑われて当然ですわ。…むしろ疑われなければ私達の方から手を引いていました。こんな壮大な計画を描いておきながら、それしきの警戒心もないとあれば。」

 

「ご心配なく、天城さん。全ては順調に、且つ着実に進めています。重桜はまもなく東南アジアにおける覇権を握る事になるでしょう。」

 

「長年の夢が叶うわけですね。地下資源が豊富なこの地域を抑えれば、重桜は再び太平洋への道を開ける。()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「長年、といえば天城さんもお疲れ様でした。あんな長期間、ロイヤルの人間と行動を共にするのには疲れたでしょう?」

 

「仕方ありませんわ。全ては祖国の為。莫大な資金と人員と労力を費やしてきましたが、その成果はここにきて形を成しています。チェフメ油田を単体で手に入れるより、こちらの方が圧倒的多数を手に入れられる…先行投資とでもいうべきでしょうか?」

 

「はははははっ、実に面白い例えですね天城さん。…しかし、最後まで気を抜かないようにしなければ。ここへきて全てが水の泡なんて事態は避けたい。各地域の武装勢力とは、もう一押し計画を詰め直さなければ。」

 

「もちろんです。東南アジア全域での一斉蜂起…実現すれば欧米勢力はこの地域から手を引かざるを得ない…万事抜かりなくやりましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜〜〜↑よちよちよちよちぃ〜↑私の可愛い可愛い大切な大切な坊や♪鉄血が誇る大戦艦☆ティルピッピの乗り心地はどうかしら♪」

 

 

 何なんだ、この大きな大きなユニコーンは。

 私は"ユーちゃん"でもなんでもない。

 だってのに、ピッピママは私をまるで縫いぐるみが何かみたいに抱えて離さないでいる。

 優美な芳香と、特有の柔らかみと、そして生暖かい体温を味あわせながら、私をホールドして離そうともしていない。

 私の方はといえば、真剣な表情で考え込んでいるダンケ、ルイス、ベルの方に混ざりたい。

 我々は今、ピッピママの艤装たる戦艦ティルピッツの作戦司令室にいて、SL班に対する行動を勘案しているのだ。

 

 

 あの…マッマ達?

 頼むから、混ぜて?私を混ぜて?

 

「天城が裏切った可能性が本格的になってきたわね。彼女ならchouの考えも読めると思うわ。」

 

「私もダンケルクに賛成よ。…ミニを裏切るなんて…」

 

「重桜は昔から東南アジアを狙っていました。最初からご主人様を利用しようと行動していたとしても…おかしくはありません。」

 

「………安心なさい。後でしっかり、アンタのメンタルケアはしてあげるわ。…あと22分59秒後に。」

 

「私はヴィクトル・アヴノフ!!!」

 

 

 ダメだこのマッマ達、早く何とかしないと。

 この作戦会議でいっちゃん中枢にいなきゃいけない人間を会議に参加させる気がまるでない。

 プリンツェフはご好意嬉しいんだけど、そんな事より会議に参加させて?

 アヴマッマ、本当にそこにいるよね?

 私が幻覚見てるわけじゃないよね?

 そして何より、ピッピ?

 大きなユニコーンするなら、もう少しばかり会議やってる机の近くまで行ってくれないかな?

 そんな、艦長用と思しき肘掛付きの椅子にドカっと座って私をお胸に押し当てるくらいならさ。

 ねえ、聞いてる?

 

 

「よちよちよちよち〜」

 

 

 ダメだ、これは。

 まるで聞いてないな。

 

 

「よちよちよち…!!」

 

 

 ピッピが突然あやすのをやめた。

 何事かと思えば、作戦司令室の小窓からこちらへ高速で接近してくる小型艇が見える。

 

 

「戦闘配置!!繰り返す、戦闘配置!!」

 

 

 ピッピママが声を張り上げ、戦艦ティルピッツの副砲と対空兵装が動き出した。

 このタイミングで停泊する戦艦へ小型艇が接近してくる理由は数少ない。

 よく見ればその小型艇は重桜海軍の量産型魚雷艇で、最初に発見した1隻目の他にもう2隻が追随していた。

 

 マッマ達と私は、安全な場所として大越沖の洋上を選んだ。

 ピッピの艤装である戦艦に乗っていれば、洋上である以上接近する敵はレーダーで"丸見え。

 つまり、ある程度の警備能力が発揮できると考えたからだ。

 ところがどっこい、肝心のレーダーにはこの3隻の魚雷艇は探知されなかったのである。

 

 

「ぬかった!!重桜と鉄血はレッドアクシズ時代にある程度の技術共有をしていたわ!!クソッ!奴ら私のレーダーの弱点を知っている!!」

 

「ちょっと、ティルピッツ!そういうことは最初にMon chouに言わないと!!」

 

「ティルピッツを責めても無駄よ!…ミニ?お母さん艤装まで泳ぐのにちょっとビキニに着替えるから目を瞑って」

 

「ルイス!そんな時間はありません!ティルピッツ 、どうにか迎撃を!!」

 

「分かってる!裏切り者の重桜め!鉄血の大戦艦☆ティルピッピをナメないでもらえるかしら!!」

 

 ちょ、マッマ、ストップ!!

 

「…?ぼ、坊や?何故止めるの?早くしないと雷撃が…」

 

 ピッピ、何かおかしい。

 3隻の内の2隻が急ターンして帰っていったし、引き続きこっちへむかってくる1隻の甲板では誰かが手を振りまくってる…

 ………あれは…愛宕!?

 

「砲撃準備、ヨシ!!

 

 チョ待ッテッテバァ!!

 

「何よ、坊や!?」

 

 雷撃狙いなら2隻が離脱したのはおかしいよ、ひょっとして何かの伝令かもしれない。

 

「別方向に迂回して雷撃する気かも…それに、友好を装って、乗船してから坊やを狙うつもりかもしれない」

 

「!!…お待ちください、ティルピッツ。それは早計かもしれません。魚雷艇甲板上の旗が見えますか?」

 

「……?…坊や、双眼鏡を貸して?」

 

 はい、マッマ。

 

「………あ、あれは!…分かったわ、坊や。警戒は解かないけど、攻撃は待ちましょう。」

 

 

 私はピッピの気の変わりように少し驚いたが、彼女から双眼鏡を返してもらい、魚雷艇甲板上の旗を見て更に驚いた。

 "あの"旗が…ありとあらゆる船であれ…甲板上に翻っているという事は、その船にある人物が乗船されている事を意味する。

 私の知る限り、それは重桜連合艦隊旗艦・長門の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アニメ良かったですねー。
ただ、艤装のギミックには驚き桃の木山椒の木。
今までサラッと艤装盗むとか書いちゃってたけど、アレ見たら軍艦ごと盗まなあかんやん。
…沈黙の●艦かよ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロミオは何故ロミオなのか?

 ロイヤル

 セントルイスファミリア鎮守府

 来賓用宿泊棟・VIPルーム

 

 

 

 

 

 

「ア〝ー、今日も疲れた…」

 

 

 1人の乳幼児がベビーベッドの上で伸びをしながらそう零す。

 彼の名前はラインハルト・フォン・ビスマルク。

 鉄血公国情報部部長にして、祖国ではあのビスマルクに認められて手を組んでいると恐れられる人物である。

 …実際は、手を組むどころか縁を組んでしまったのだが

 

 そんな彼は今、従兄弟の代わりにあるロイヤルの鎮守府の管理を任されている。

 彼自身、一昔前まで海軍軍人だった。

 このKANSENの拠点を管理する毎日は本当に懐かしく思えている。

 ビスマルクからの重過ぎる過保護や、他の鉄血KANSEN達からの「私たちの子でもあるでしょ?」扱いには多少振り回される部分がないわけではない。

 だが、やはりそんな彼女達を見ているのは心の底から楽しく思えた。

 

 

 ……ただ、同時にある種の"過去"が彼を縛り付けている。

 それは、かつて彼が一番想いを寄せた相手。

 昔、キールの鎮守府で熾烈ながらも楽しい毎日を送っていた時を思い出すと、今の生活には"彼女"が欠けていた。

 

 

 

 彼女は失われた。

 数年前にアイリスの港町で。

 彼を庇い、自身の命と引き換えに彼を助けた。

 

 

 

 

 別に忘れようだとか思った事はない。

 でも、悔やむような毎日を、きっと彼女自身望んでいないだろうと思うことにしていた。

 だけど、少しだけ…。

 そう、今は少しだけ、彼女の事が恋しい。

 鎮守府での生活は、彼女への哀愁を彼に感じさせるに十分な要素を持っていた。

 

 

「………シュペー…君に会いたいよ。」

 

 

 いかに元海軍軍人の鉄血情報部長であったとしても、身体が赤子になってしまえば体力は赤子と同等になるようだ。

 彼は眠気を覚え、そしてそれに抗おうともしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、同施設内司令室では、ラインハルトの"母親"であるビスマルクがバスタオル一枚という姿で髪をドライヤーで乾かしていた。

 戦艦というクラス相応の、ダイナマイトボディーの素晴らしい肉体美がバスタオルという布切れのせいで余計に目立っているわけだが、彼女の目の前にいるアイザッツ・グルッペンの士官は何も感じてはいなかった。

 士官は無精髭を生やし、お世辞にも清潔感溢れるとは言い難い軍服を着ていて、よれた山岳帽を頭に不快な安葉巻の臭いを漂わせていたが…ビスマルクが何か感じることもない。

 この2人は冷戦前からの長い付き合いであり、士官はビスマルクが最も信頼を置く部下の内の1人だった。

 

 

「報告ご苦労様、テオドール。ロイヤルの沿岸警備隊も貴方ほど真面目なら良いのだけれど。」

 

「…会長、何か着てください。私は知っていますが、他の士官は知りもしませんからね。変な気を抱いてしまうかもしれませんよ?貴女が豊満な"皮"を被ったメスゴリ」

 

 ズバァンッ!!

 

「あらテオドール?何か言ったかしら?」

 

「な…なんでもないっす」

 

 

 唐突に発砲されたルガー・アーテラリーモデルの9mm弾が顔のすぐそばを通り、彼は冷や汗をかく。

 この会長、今度から"組長"とでも呼んでやろうか。

 テオドールは色々あって鉄血公国親衛隊の外国人部隊に入隊する事になるまで、サディア帝国の暗黒街でヒットマンをしていた。

 完遂した仕事は1つや2つではないし、自身の肝を試されるような状況に置かれたこともある。

 だが、それでも、この金髪美女には欲情できなかったし、恐れおののいていた。

 彼女は彼が所属した組織のボスよりも一枚上手で、一枚余計に恐ろしかったのだ。

 

 それに…もうそんな歳でもない。

 顔に深いシワを刻んだ大尉はもう50も手前になる。

 彼には今家庭があり、安定した老後も望めていた。

 彼を拾った挙句、"テオドール"という新しい名前までくれたビスマルク会長がいなければ、彼はもっと早くくたばっていた事だろうと思ってもいる。

 だから彼の会長への忠誠心は並々ならぬものがあった。

 ビスマルクもそれには気づいていて、だからこそ「メスゴリラ」ぐらいの軽口なら許すのである……ルガー"くらいで"。

 

 

「……さて、テオ。私が何の理由もなく、貴方に調査させるハズがないのは分かっているわね?」

 

「ええ。会長が当て推量をやった事はない…今回もアタリですよ。今朝のニュースを見た瞬間に私を呼んだのは正解ですね。」

 

「結果から教えて頂戴。」

 

「ロイヤル沿岸警備隊はサディア帝国が保有"していた"量産型コルベットと交戦していました。奴らには荷が重い相手です。」

 

「………聞くまでもないけど、"していた"という事は…廃艦予定だったものを横流しでもされたのね。」

 

「随分と大胆なことをしますよ、本当に。サディアは内戦が終わったばかりです。冷戦直前のゴタゴタっぷりは他にマネできないでしょう。」

 

 

 サディア帝国はホルタ会談の直前、親アズールレーン派と、親レッドアクシズ側、更には北方連合の息のかかった共産主義ゲリラに別れての内戦に突入した。

 突然の皇帝の崩御・幼過ぎる次期皇帝の即位と同時に始まったこの内戦は、その期間こそ短かったものの、様々な影響を多方面に及ぼす事になったのだ。

 結末からいえば、サディア帝国のKANSENであるヴィットリオ・ヴェネト達が中心となり、幼い次期皇帝への支持を集めて内戦を終わらせた。

 いかに強烈なファシストや共産主義者であっても、KANSEN達に立ち向かうだけの度胸は持ち合わせていなかったのである。

 

 しかし、内戦は当然ながら混乱を招いた。

 ヴィットリオ・ヴェネト達の動きは迅速だったが、多くのヒト・モノ・カネがサディアから流出するのを完全に防ぐことはできなかったのだ。

 サディア帝国海軍も多くを失った…解体予定だったガビアーノ級コルベットもその一部である。

 

 

 

「そのガビアーノ級がロイヤル沿岸警備隊を襲っている…それも一度や二度ではなく。襲撃はこれで六度目ね。」

 

「ユニオンの沿岸警備隊と違い、ロイヤルのそれは戦闘を前提とはしていません。一方的にやられたとしても何ら不思議ではない…しかし問題は、()()()()()()()()()()()()()()沿()()()()()()()()()()()()()、でしょう。」

 

「"連中"…?……さて、誰の事かしら」

 

「会長、人が悪過ぎます。廃棄予定とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、それを使って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「……そうね。対象は分かりきっている。」

 

「それでいて会長が何故とぼけた表現を使うとすれば…理由は簡単、連中の目的が分からないから。」

 

「素晴らしいわ、テオ。先程の軽口がなければあやしてあげたのに。」

 

「やめてください、女房にしばかれます。」

 

「…冗談はさておき……海賊どもの狙いは何かしら。貴方の意見が聞きたいわ。」

 

「…………この地図をご覧ください。」

 

「相変わらず準備がいいのね、テオ。」

 

 

 ビスマルクは笑顔で地図を受け取ったが、それを読んでいるうちに表情は段々と険しくなっていく。

 彼女は片手に持つドライヤーの電源を切り、今度は両手でそれを保持してよく読んだ。

 やがて、ビスマルクは鉄血公国国民に最もよく知られた表情……つまり、シリアス極まりない威厳ある表情になってテオドールに目を向ける。

 

 

「お手柄よ。警備を増強する必要がある。」

 

「連中の目的は明らかです。ですが…そのアプローチがわからない。海か、陸か、あるいは空か。」

 

「いずれにせよ、標的は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 ロイヤル中部

 スコットランド

 ダンディー

 

 

 

 

 古びた倉庫の中で、陰謀の最終段階が確認されていた。

 説明をする者は綺麗な海軍制服を着込んだ赤ん坊で、説明される者達はその赤ん坊の話を真剣に聞いている。

 側から見ればシュールな光景であるが、当の本人たちは真剣そのもの。

 彼らの前には机と地図があり、そして広げられた地図はある鎮守府周辺の領域を示していた。

 

 

「セントルイスファミリア鎮守府の東側…ここを見てほしい。緩やかな海岸で、上陸は容易だろう。ここにはS隊が上陸する。目標は可能ならば海岸の確保だが……君達の勇気に…俺はなんと言うべきか…」

 

「ご心配なさらず、大佐。正義の為です。5年前、我々はその正義を果たせなかった…自ら信じる正義に背を向けて身を守った…アレ以来、後悔に苛まれているんです。」

 

 

 暗い顔をする赤ん坊に声をかけたのは、鉄血公国陸軍の制服に身を包んだ下士官だった。

 ただ、この男は鉄血公国の人間ではない。

 彼は元ジョン・"ジャック"・フォースター鎮守府守備隊に属していて、指揮官の解任と同時に閑職へ左遷させられた。

 海軍上層部は、いわゆる"血に塗れた"関係者たちを自らの視界から消したがっていたのである。

 自分たちがそう命じたにも関わらず。

 

 彼がかつての敵の制服を着ている理由は、それがこの作戦における目的の1つだったからだ。

 制服のせいで、きっと彼は捕虜として適切な扱いを受けることができなくなるだろう。

 だが、彼にとってそれは大した問題ではない。

 なぜなら、捕虜になる気も、その心配も、微塵もなかったからだ。

 

 

「後の部隊は先程達した通りの行動を取ってくれ。…全ての準備は整った。障害となる沿岸警備隊も排除した。決行は明日。…………この作戦は人々の記憶に刻まれる事になるだろう。しかし、残念だが、栄誉を得ることはできないし、君達は君達として認識されない。こんな何の得にもならないような作戦に参加してくれた君達の勇気を心の底から誇りに思う。皆、ありがとう。」

 

 

 フォースターは悲痛な顔で締めくくり、周りの人々から喝采を浴びた。

 彼はこの作戦が陰惨をもたらす事を充分に認識していたし…自身では認めたがらなかったが…ある勢力に利用されていることも重々承知していた。

 それでも過去への贖罪と救済を求める彼の精神は、この破滅的な作戦へと彼を突き進ませている。

 痛ましいことに…本来なら彼を止めるべき妻でさえ、理性を失っていたのだ。

 

 

 悲劇に酔いしれた元海軍大佐は、誤ったカタチの連帯感というものにドップリと嵌まり込んでいた。

 海賊と手を組むロイヤル軍兵士も同様に。

 そしてそれを醸成させた人間が、この作戦において最も利益を得るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

長門う門

 

 

 

 

 

 

 鏑木大尉は自身の目を疑った。

 "何なんだ、これは"

 

 彼は今、念願とも言える東南アジア一斉蜂起の最終会議場へ来ている。

 少なくとも彼の予定では、この会場でアジアの諸民族による自立と相互扶助が約束され、重桜がその盟主として迎えられるハズだった。

 そう、西洋文明圏へ対抗する東洋文明圏の盟主としての重桜が、ここに誕生する()()()()()()()

 

 だが、会場に足を踏み入れた瞬間。

 諸勢力のリーダー達の冷めきった視線をモロに受けた瞬間。

 誰も彼もが早く帰りたいと言わんばかりのタバコの煙に塗れた空気を嗅いだ瞬間。

 

 

 

 彼は、その後ろに控える重桜美人達の裏切りを確信した。

 

 

 

「皆様、ご足労ありがとうございます。私は重桜情報局の天城と申します。既にお見知り置きいただいている方も多いでしょうが…」

 

「前置きはいい、大越はいつ落ちる?」

 

 

 どこかのゲンブ●マガジンで同志将軍に胃潰瘍を強いてそうな人物が、天城の挨拶に水を差す。

 だが、その隣に座っていた男が、金正日風の男に噛み付いた。

 

 

「ちょっと待て、大越はウチの管轄だ!」

 

「貴様らじゃあ拉致があかんだろうが!ウチに任せて、とっとと出てけ!」

 

「テメェらで勝手に決めてんじゃねえ!元はといえばウチの祖先が取り仕切ってた場所だぞ!」

 

「あ〜〜〜はいはい、出ましたよこのクソ爺!いつまでそんな大昔の事引きずって…」

 

 

 各勢力はここまで、紆余曲折を経ながらも団結を積み上げてきた。

 "少なくとも、独立までは"

 彼らは重桜と力を合わせ、当面の協力をお互いに約束していたハズなのだ。

 そしてそこまで骨を折ったのは、他でもない鏑木大尉である。

 重桜を中心に団結する事で植民地の独立は確固なる物になると説き伏せ、武器・装備・軍事顧問の支援をチラつかせながらこの利己主義者共を説き伏せてきたのだ。

「独立後、真っ先に利益を得るのは重桜への協力者です」と。

 

 ところが。

 このクソアマ共は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 情報局随一の頭脳派である天城が、些細な単純ミスでこんな事をするわけがないのだから。

 あのアマは確信を持ってやったに違いない!あのアマは諸勢力の団結の、根本的な弱さを知っていてやったに違いない!元々の団結の弱い諸勢力が、再びバラける事を目論んでいたに違いないのだ!

 セントルイスファミリアを裏切ったからといって、あのアマを信じたのが失敗だった。

 失敗どころじゃない、大失敗だ。

 まんまと騙された!!

 

 

 鏑木大尉は腰に差す14年式拳銃を素早く引き抜き、同じくらい早く振り返る。

 そこには嘲笑の笑みを浮かべる天城・赤城・加賀の三空母がいた。

 こんなことになるハズではなかった。

 本来なら、この会議は東南アジア地域の自立へ向かう、その最初の一歩になるハズだったのだ!

 この会議には一斉蜂起自体よりも重要な議題が隠されていた。

 それは前途した通り、重桜の旗の下に諸民族を団結させると言うモノだ。

 ところが、この女狐共はそれをぶち壊しにしやがった!!

 

 

 

「あら、鏑木大尉〜。怖いじゃないですか〜。女性にしていい表情ではありませんよ?」

 

「天城、赤城、加賀!貴様ら何をした!?」

 

「私達は別に何かしてはいませんよ?ねえ、加賀?」

 

「ええ、姉様。私にも何の話だかさっぱり。」

 

「………天城ぃ、貴様!!」

 

「その娘達が言っていることは本当ですもの。私からも重ねて説明すべき事はありません。ただ…言うべき事を言っただけ。」

 

「何だ!?何を言いやがった!?」

 

「本当の事です。…"これからの東南アジアは貴方達の内の、誰かの手の中にある"と。」

 

「SL班!!戦闘用意!!!!」

 

 

 

 大尉の咆哮と共に、何人もの覆面が会議場へと入ってくる。

 典型的なカーキ色軍服に身を包んだ彼らは…違和感しかないのだが…両手に軍刀を持ち、天城達との距離をジワジワと詰めていく。

 その光景はまるで……どこかのニン●ャ・スレイヤー感が半端ない…フシギ!

 

 ただ、見た目がニン●ャ・スレイヤーだったとしても、この連中が"その手の"プロ集団だと言う事は天城にも分かった。

 会議場内でお互いの刃渡りが触れないよう、且つ彼女達を完全に包囲できるよう立ち回っている。

 ついでに言えば、ここ数年の間にロイヤルやアイリスの植民地省要人が何人か日本刀で惨殺されているのだ。

 

 

「ではあれも…やはり貴方達の仕業でしたのね、大尉。」

 

「情報局の腰抜け共め!祖国は今、ユニオンの傀儡共に操られんとしている!この危機に貴様らは何も感じていないどころか気づいてすらいない!」

 

「何も気づいていないのは貴方ではありませんか?確かに太平洋での戦は重桜のチカラを示したかもしれません。ですが、ユニオンは力量に確信を持ったハズです。重桜を太平洋から締め出す事ができると言う、確信を

 

「………」

 

「大尉。貴方は祖国の荒廃した姿を見たいのですか?東南アジアを手中に納めたとしても、ユニオンと戦って無事で済むハズはありません。更に言えば、前と違って同盟勢力もいない…ユニオンは太平洋に全力を投入できるのです。」

 

 

 あまりに知性的な天城に、鏑木大尉は何も言い返す事ができない。

 

 

「…………クッ!黙れこの女狐!!」

 

「いや、女狐って言われても私達九尾」

 

しっ!加賀!空気を読みなさい、天城姉様と大尉のシリアスが壊れます」

 

「でも赤城姉様…」

 

「そんなのだからKYって言われるんですよ、加賀!」

 

「クソ、貴様揃いも揃って馬鹿にしやがって!3人揃ってやってしまえ!!」

 

「「「「「ははっ!!」」」」」

 

 

 

 ニン●ャ…ああ、いや、SL班が軍刀を手に天城達に迫る。

 当然天城達は身構えるが、いくらKANSENとはいえ、今の彼女達には艤装がない。

 SL班との人数差を覆せるかは………。

 

 と、その時。

 

 

「そこまでじゃ!!」

 

 

 

 ♪デェェェエエエン

 ………カァアアァァァ…

 

 パンパパパパンパパパパン

 

 

 

 唐突なBGMと共に会議場の電源が落ちる。

 鏑木大尉とSL班、それに天城達が何事かと辺りを見回すと…幼い女の子の声が聞こえてきた。

 

 

「お主らの行為は民への裏切りとも取れる!それでも蛮行を続けると申すなら、看過するわけにはいかぬ!………タカさん、アタさん、懲らしめてやりなさい!!

 

「「はっ!」」

 

 

 会議場の電源が復旧すると、そこには軍刀を持つ高雄と愛宕が。

 2人は急激な照明変化に目が追いつかないSL班に向かって突進。

 不意を突かれたSL班も我に返ると、愛宕・高雄との斬り合いに突入した。

 

 

 

 

 

「こ、こいつらいかれてやがる!!」

 

 

 それまで茫然としながら会議場にいた諸勢力の長達は一目散に外へと逃げ出した。

 こんなところで重桜の内乱に巻き込まれて死んでしまっては元も子もないではないか。

 だが、息を切らして走ったその先には彼らの天敵がいたのである。

 ………とびきり笑顔のダンケルクとベルファストが。

 

 

「皆様、ご機嫌麗しゅうございます。」

 

「ヒエエッ!!ベ、ベルファスト!?しょうがない、一度中に」

 

 

 踵を返そうと試みた彼らだったが、その退路には既にアイリス外人部隊が回り込んでいた。

 外人部隊は…恐らくダンケお手製のシュークリームを頬張っているが、銃はしっかりと彼らに向けてある。

 囲まれた彼らの様子を見て、笑顔のダンケはこう言った。

 

「はい、た〜いほ☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議場内では、大方の勝敗が決まっていた。

 SL班の戦闘員達は皆高雄と愛宕の"峰打ち"で伸びているか戦闘不能の状態に陥っている。

 ショッギョムッギョな斬り合いにも関わらず……特に愛宕が「峰撃ち」とか言いながらC96自動拳銃を至近距離からバンバン撃っていたが……誰一人として死傷者はいなかった、フシギ!

 

 やがて頃合いを見計ったかのように、先程の幼い女の子の声がまた発せられる。

 

 

「もういいでしょう、タカさん、アタさん」

 

 

 その言葉に続いて、会議室の通気口から一人の幼女が飛び降りてきた。

 どうやらその幼女は、その見た目にも関わらず重桜でかなりの畏敬の念を集めているらしい。

 その姿を目にした鏑木大尉と、SL班の戦闘員の内まだ意識のあった者…そして天城・赤城・加賀の3人は皆その場にひれ伏したのだから。

 やがて高雄と愛宕がその幼女の両脇まで来て、高雄が声を張り上げた。

 

 

 

「この紋所が目に入らぬかぁ!この御方をどなたと心得るッ!前連合艦隊旗艦・長門様であるぞ!!控えぇ!!控えぇ!!」

 

「「「「「は、ははぁっ!!」」」」」

 

 

 

 室内の誰も彼もが、長門と呼ばれる少女に平伏を重ねる。

 彼女は少し目を閉じて、そして連合艦隊の元旗艦として充分な威厳を放ちながら口を開いた。

 

 

「天城、赤城、加賀。顔を上げよ。此度はご苦労であった。そなたらの献身には、礼を言わせてもらいたい。」

 

「み、身に余る光栄にございます。」

 

「…さて、鏑木。」

 

「は、はっ!」

 

「重桜は民あっての国家!民は戦を望んではおらぬと言うのに、そなたらはまたもユニオンとの戦を起こそうと申すか!」

 

「し、しかし…」

 

「黙れぃ!此度の件、追って然るべき沙汰が来るであろう。甘んじて罰を受けよ」

 

「…はっ」

 

「…案ずるな。余とて、祖国の為祖国の為と長年異国の地で働いてきたお主らの忠義がわからぬわけではない。……本当にご苦労であった」

 

「…!……うっ、ウゥッ…長門様ッ」

 

 

 突如かけられた労いの言葉に、鏑木やSL班の戦闘員達は涙を堪えきれないようだった。

 彼らには処罰こそ下るものの、情状酌量の余地は充分に考慮される事だろう。

 そんな彼らの様子を見た愛宕が、微笑みを浮かべて長門に話しかける。

 

 

「うふふ。何はともあれ、此度も無事に一件落着のようですね、ご老公。」

 

「こ、これ愛宕!連合艦隊旗艦の座こそ大和に譲ったが、そんなに艦歴を重ねたわけではないぞ!」

 

「それでは何とお呼びしましょうか…ご幼公?」

 

「なっ!高雄までッ!それでは余の威厳が保てんではないか!」

 

「ご安心ください。どうであれ威厳に変わりはありませんよ、ご幼公♪」

 

「「「あははははははははっ!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

「え?何?え?え?え?え?も、も、も、もしかして、あいつら…私の坊やを………」

 

「ミニ・ルーを利用しただけ?………はぁ?

 

 あ、あの…ピッピ?ルイス?お願いだからこのまま"一件落着"させてあげて?

 もういろいろ限界だから。

 ほら見て?

 ダンケとベルは「ちっ!しょーがねーな」的雰囲気じゃん?

 このまま温和に済ませる雰囲気じゃん?

 

「……ダンケとベルは今度こそ植民地の不満分子を一網打尽にできたじゃない。で、私達は?私達は何を得たっていうの?ねえ?坊や傷ついたの見て凹んだ私達の取り分は?」

 

 あ、あのね、ピッピ。

 そこは寛容な心で

 

 

「おどりゃあああ!!ミニに何してくれとんじゃい!!指詰めんかいぃぃぃいいい!!!」(ルイス)

 

 

 あー…また始まった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コラ!コラ!コラッ!

 

 

 

 

 

 それじゃあ、つまり。

 天城さんはかなり壮大な計画を練ってたわけだね?

 SL班が抱えている野望が米粒に見えるほどの

 計画を。

 

「ええ。SL班は情報局との連絡すら途絶させ、完全な単独行動へ走っていました。ロルトシート家から資金を供給された彼らは、最早祖国からの支援すら必要していなかったのです。」

 

 彼らは軍事顧問という触れ込みでシャム王国に侵入し、王国軍の内部に絡みついた。

 

「鏑木大尉はそこで班を率いて独自のネットワークを構築しました…各植民地の不満分子の生き残りと」

 

 …しかし……天城さん。

 それは時系列が合わないんじゃないかな?

 諜報網の構築は数日なんかでできるもんじゃない。

 鏑木大尉が築いていた諜報網を作るとすれば…数年は優に超える。

 ロルトシートがビス叔母さんとの対立する事になったのはごく最近でしょう?

 

「ロルトシートは当初、別の思惑から鏑木大尉を利用していたのでしょう。SL班と結びつく事で、自身の関与を秘匿でき、且つロイヤル政府を脅迫することができる。…事実、この5年間天然ゴムの値段はロルトシート家の会社に優位を与えてきましたわ。」

 

『右手に金貨を、左手に銃を』とは上手く言ったものですね。

 天城さん…いえ、重桜情報局からすれば、鏑木大尉の暴走は看過できなかった。

 だから何らかの手を打つ必要があったんですね。

 

「………申し訳ありません…SL班と鏑木大尉は警戒心の塊のような集団です。私達が潜り込むには、貴方を裏切ったかのように…それも見せつけるようにやる必要がありました」

 

 ええ、分かっています。

 しかしまぁ、事前にご連絡してくれれば

 

「冷戦中の東煌での作戦はお見事でしたわ。私も多くを学ばせていただきましたが…特に感銘を受けたのは、その機密保持についてです。『知る必要の原則』。」

 

 分かりました、分かりました。

 たしかに、その点については私がやりましたから。

 私は勿論許そう…だが

 

「「私達が許すかな?」」

 

「坊やを傷つけるなんて許せない!」

 

「ミニ?メンタル大丈夫?心配しなくてもル・イ・ス・マ・ッ・マ♡が朝までラッキールーしてあげるからね?ルールールールールー」

 

 

 

 例の重桜料理店でささやかな祝勝の宴に誘われたはいいが、今回の件で特に得る物のなかったピッピとルイスにアルコールを飲ませて何事もないわけがなく。

 ヴァイツェン・ビールをガブ飲みするピッピは人格が鉄血の別のKANSENになっちゃったし、ジャッ●・ダニエルを直飲みしてるルイスは完全にバグってる。

 ダンケとベルはアイリス外人部隊の前でバーレスクみたいな事して大量のチップ投げられてるし、赤城と高雄と愛宕はHCRIの兄妹と次の商談が拗れて『極道のママ』状態。

 なんなんだ、このカオスは。

 

 

 

「坊や?坊や坊や坊や?坊や?…坊や?」

 

 ピッピ、飲み過ぎだよ言語崩壊してんじゃん。

 

「坊や坊や坊や坊や!坊や…坊や、坊や坊や坊や。………坊や♡」

 

 

 そのまま私を谷間に挟むピッピママ。

 そして、何の脈絡もなく服を脱ぎ始めやがる。

 

 

「ルー!?ルールールールールー。ルゥゥゥ…ラン☆ラン☆ルー♪」

 

 

 対抗するかのように服を脱ぎ始めやがる言語崩壊ルイスママ。

 え?何?止めないのかって?

 止まると思う?

 

 

 

「こほん、とにかく、今回はご協力ありがとうございます。お陰で重桜は救われました。長門様からもお礼の言葉を預かっていますわ。」

 

 ほほう。

 

「…『耐え難きを耐え』

 

 ちょ、待ってください天城さん。

 今回ちゃんと勝ったよね、我々?

 SL班の連中がまさかのトラップ仕掛けてたりしてないよね?

 

「?…ええ。」

 

 それならいいんだけど…天城さん、その手紙後ほどご拝読させていただいてもいい?

 聞いてるとナイーブになりそうな予感がしないでもないでもないでもでもないからさ。

 

「そうおっしゃるのでしたら、そう致しましょう。…今回は本当にお疲れ様でした。明日の飛行機は手配しましたわ。今夜はどうぞお楽しみください♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 同時刻

 ロイヤル

 セントルイスファミリア鎮守府

 

 

 

 

 

「2日後には来るのね?よくやったわ、テオ。」

 

「ありがたいお言葉ですが、しかし、2日後に来るのはただの先遣隊です。逐次増強する形になるでしょう。"即応"という言葉をいつまでもアテには出来ませんからね。」

 

「敵は充分に準備してくるでしょう。たしかに、即応対応だけでは入念な準備をしてきた敵に対して優位に立てるハズもない…」

 

「流石に私でもその辺は考えてますよ、ご安心を。しかし…今回は出費が嵩みますね。」

 

「相手はあのロルトシート。出費が嵩むのは承知の上よ?変に予算を惜しんで後で後悔するよりかは、ちゃんとした額を用意すべきでしょう。それに、油田が操業すれば今回の出費なんて端金に思えてくるでしょうし。」

 

 

 

 ビスマルクとテオドールは鎮守府のメインストリートを歩きながら、そんな会話をしている。

 東南アジアは夜だが、地球の反対側では午後過ぎといったところで、2人は昼食後のこの時間特有の眠気を感じながら歩いているのだ。

 眠気を我慢できない赤ん坊になってしまったラインハルトは眠っていて、そのお昼寝にはグローセが付き添っている。

 

 

 テオドールに沿岸警備隊襲撃事件の調査を命じてから、ビスマルクの考えている事柄は一

 項目多くなった。

 いや、一項目だけでは済まないかもしれない。

 彼女は鎮守府への襲撃を考慮すると同時に、別の事も考慮せざるを得なかったのだ。

 

 セントルイスファミリア少将が東南アジアに行っている間の管理を任されたラインハルトは、ロイヤル国防省からの許可を得たとはいえ、歓迎されていたわけではない。

 彼は外国の軍人なのだから当然の事で、その態度は他の鎮守府の指揮官も同様だった。

 周辺海域の情報も随分と出し渋られ、大抵は冷淡な態度の内に受話器を置かれるのが常なのだ。

 ラインハルトは精神的に疲れているように見えたし、それも彼女の心配事でもある。

 

 心配事は他にもある。

 海賊(彼女は彼らの仕業だとほぼ断定している)が最初の沿岸警備隊を襲ったのは、彼女の甥が東南アジアに経った次の日だった。

 つまり連中は…鎮守府の管理がラインハルトの手に渡った時点で行動を起こしたのである。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()としか考えられないのだ。

 

 海賊の行動に、どこまでの人間が関与しているのか。

 想像すらしたくはない。

 だが、ロルトシートを取り巻く人間関係を考えると否応なく最悪の状況に置かれている事が分かってくる。

 

 現首相・マクドネルから、海賊の長であるヘスティングス兄妹まで。

 ロルトシートが手を回していたとしても何らおかしくはない。

 "まんまとしてやられたわね"

 と、ビスマルクは思う。

 先程連絡を取った妹からは…ビールか何かを飲んでいたのか呂律がまわっていなかったが…東南アジアのゴタゴタにロルトシートが絡んでいる可能性を聞き出せた。

 

 もし、現実にそうであるとすれば…つまり、東南アジアでの問題をロルトシートが仕掛けたとすれば、奴らは意図して甥を鎮守府から離れさせ、ビスマルクとラインハルトを孤立する状況に誘い込み、そして襲撃を考えていると判断せざるを得ないのである。

 

 

 

 襲撃は明日かもしれない。

 或いは今日の夜かも。

 

 そう考えるビスマルクの頭上を、一機の戦闘機が通過する。

 慣習というものは一度付くと中々体から離れないもので、彼女と隣にいるテオドールも、2人揃って戦闘機に敬礼した。

 

 そういえば…外洋で任務中のグラーフ・ツェッペリンの艦隊がもうそろそろ帰ってくるはずだ。

 外洋での任務となれば、帰還途中に脅威がいないか基地まで偵察機を飛ばしていたとしても何ら不思議はない。

 彼女も、その戦闘機だと思った。

 

 

「グラーフが帰ってくるのね。」

 

「…ええ、ですが….あのパイロットは要指導ですね。安全規則違反だ。」

 

 

 ビスマルクは戦闘機の後ろ姿に違和感を覚える。

 アレはスピットファイアではないだろうか?

 グラーフ・ツェッペリンの艦載機ならMe109ではなかっただろうかとは思ったが、何せビスマルク自身は航空機には疎いし、グラーフは彼女の甥の指揮下にあるので甥が載せたのかもしれない。

 

 

 だが、スピットファイアが何かを地面に落とし、そしてそれが地面への落着と同時に爆発すると、ビスマルクは午後の眠気を吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『敵襲!!敵襲!!これは訓練ではない!!』

 

 

 鉄血語の放送が流れる中、シュタールヘルムの警備兵達が…饅頭と呼ばれるヒヨコや通常の人員を含めて…メインストリートへごった返した。

 ある者は高射砲へ、ある者はトーチカへ、ある者はレーダーへ。

 その混乱の中、ビスマルクは武器庫へと向かっている。

 人混みを掻き分けて先導するテオドールが、不意に彼女に尋ねた。

 

 

「安全な場所へ行くべきでは!?艦隊に指示を出さないと!!或いはラインハルトさんの元へ!!」

 

「いいえ、まずは武器!敵の攻撃がこの空襲だけで終わるとは思えない!!艦隊への指揮はヒッパーにまかせてある!!それに、連中の目的はきっとラインハルトと私だわ!!」

 

 

 ハリケーン戦闘機が2機低空飛行してきて、ごった返すメインストリートに機銃掃射を浴びせる。

 何人かがその犠牲になり、呻き声と断末魔がビスマルクの耳をつんざく。

 敵には後で頗る高い代償を払わせてやる。

 だが、今は。

 

 メインストリートにようやく最初のFlak 38が展開され、戦闘機に対空砲火を放ち始めた頃、ビスマルクとラインハルトは武器庫のある建物へと到着した。

 地下にある武器庫へ行くためにエレベーターに乗り、それが地下に到着すると足早に進む。

 進んだ先には1人のメイドがいて、ビスマルクは彼女に声をかけた。

 

 

「シリアス?"ソムリエ"はいるかしら?」

 

「ええ。いつでもいます。」

 

 

 自身も戦闘準備をしながら、シリアスは更に奥の部屋に手を向ける。

 ビスマルクはシリアスに礼を言い、奥の部屋への扉を開けた。

 そこにもまたメイドがいたが、それこそビスマルクが探していた相手だった。

 

 

「シェフィールド、()()()()()()()を。」

 

「ようこそ、お待ちしていました。」

 

 

 シェフィールドは様々な銃火器が掛かる壁の前で、ビスマルクを出迎える。

 

 

「鉄血産がお好みなのは存じておりますが、サディア産のオススメがございます。M1934自動拳銃。9mm弾仕様に改造済み、拡張弾倉とレーザーサイトが使用可能です。メインディッシュはいかが致しましょう。」

 

「何か…デカくて、ゴツいのを。」

 

「デカくて、ゴツい…」

 

 

 しばらく目を閉じて考えたシェフィールドは、思いついたように壁に掛かる銃の一廷を取り出す。

 

 

「M1907自動小銃。セミオートとフルオートの両方が使えます。.351弾を使用、光学サイトと銃剣をお取り付け致します。」

 

「もう一つ。接近戦用のモノが欲しい」

 

「では、これがいいでしょう。オート5散弾銃。セミオート射撃が可能です。しかし、装填は手動ですのでお気をつけ下さい。」

 

「最後に…デザートを。」

 

「デザート…」

 

 

 再び考え込むシェフィールド。

 やがて彼女は手元にあった箱を開き、一本のナイフを取り出した。

 

 

「鉄血産タクティカルナイフ。職人の手によって極限まで研ぎ澄まされた一級品です。」

 

「ありがとう、シェフィ。どうか気をつけて。」

 

「そちらこそお気をつけください。奴らの狙いは貴女でしょうから。」

 

 

 シェフィールドはそう言って、自身も手に持つトミーガンに50発ドラムマガジンを装填した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅲ章 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・サディア
危険なゾーン





ピッピ「どうかしら、坊や?私達もμ's衣装用意してみたの!」

ダンケ「chouを沢山あやせるように」

ルイス「あやし特化型の特別仕様よ♪」

ベル「ご主人様、メインディッシュは我々です☆」

赤ん坊「.…えっとね、それμ's衣装って言わないと思うよ。」

マッマ「「「「ええ!?」」」」

赤ん坊「…あのねマッマ。それμ'sやない。バーレスクや。」


 

 

 

 

 

『加害行為は一気にやってしまわなければならない。』

 

 ----ニッコロ・マッキャヴェリ(イタリアの思想家・外交官)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒスパニア(史実のスペイン)

 首都近郊

 "総統"官邸

 

 

 

 

 

 

 

『慈善事業じゃない事くらい、分かっているとは思うがね。』

 

「勿論分かっているとも。だが今度の件は大変感謝している。全ヒスパニアを代表して、ロルトシート家に感謝の意を表したい。」

 

『いくらおだてあげてもこちら側の要求には変わりはない。そちら側の対応によっては更に買い注文を出そう。こちら側が金を出せば、他家も買い注文を出すようになる。それくらい知っているとは思うがね、将軍?』

 

「………()()だ。」

 

『何だって?』

 

「私はもう()()ではない、()()だ」

 

『そうか。だがどうでもいい事だ。…アドバイスをしておこう、ビスマルクとは手を切りたまえ。そうすれば他家が買い込む余地が生まれる。リスクは分散され、ビスマルクからの借金も踏み倒せるぞ?悪い事はなかろう。それでは…せいぜいよろしく頼むよ。』

 

 

 

 フレデリック・フォン・ロルトシートが受話器を置いた後、ヒスパニアの国家元首・フランシス元帥は受話器を叩きつけた。

 かなり勢いよく叩きつけたので受話器は壊れ、側に控える副官がビクつく。

 

 

「あのシオン野郎共ふざけおって!!」

 

「落ち着いて下さい、元帥。経済政策に失敗した以上、我々が体制を保ちつつ敵を排除するためにはロルトシートの支援が必要です。…ビスマルクの支援はもうこれ以上…」

 

「…クソッ!あの鉄血女が黙って資金をよこしていればこんな事にはなっておらんのだ!あの女、北方連合で政変が起こった途端に手のひらを返しおった!!」

 

「元帥、ユニオンは我々を信用していません。ビスマルクも頼れない以上はロルトシートを頼るしか…!」

 

 

 フランシス元帥は目頭を押さえ深いため息を吐く。

 

 

「………分かったおる。致し方ない、サディアの件はロルトシートの言う通りにせよ。ロイヤル海軍の少将(セントルイスファミリア)がどうなろうと知ったことではない。」

 

「はっ!仰せの通りに!」

 

「だが!ビスマルクと手を切るかはまだ決める訳にはいかん!あの女は女狐より狡猾だ。少将を始末したら、出方をみよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サディア帝国南方

 地中海上空

 

 

 

 

 

 もちろん、最悪の事態だった。

 自身の鎮守府襲撃の一報を受け取ってから、私とマッマ達はせっかく天城さんが用意してくれた重桜航空のファーストクラス席を5席キャンセルしなければならなかったし、ピッピとルイスはほぼ二日酔いみたいな状態で揺れるC54輸送機に乗らねばならなかった。

 ただ、もちろんそれは"序の口"で、私はというと自身の鎮守府の為に電話を掛けまくらなければならなかったのだ。

 

 

 

 はい、はい、ですが、そこをなんとか…分かりました。………クソったれ!!

 

「chou!落ち着いて!アイリス海軍は北海で演習中の船団を送ってくれるそうよ!」

 

 おお!ありがとうダンケママ!

 外人部隊といい海軍といい、最近アイリス株がダダ上がりだぜこの野郎!

 

「…申し訳ありませんご主人様。このベルファストの実力不足で」

 

 ベルが悪いんじゃない、取り決めを守りもしない連中が悪いんだ!

 アイツら今まで散々我々を頼っておいて…!

 

 

 

 私は東南アジアに経つ前に、周囲の鎮守府にもしもの時には援護をお願いできるように下準備をしておいた。

 ところがここに来て、あのクソったれ連中は渋ってやがるのだ。

 おおよその理由は予想できる。

 誰も彼もが過去の経験から鉄血海軍との確執を感じているのだろう。

 ホルタ会談と冷戦が終わった後でさえ、過去の戦いを引き摺る大馬鹿野郎どもめ!

 

 言いたい事が分からないわけではない。

 私は海軍中佐時代にも鉄血艦隊と本格的にやり合った経験も記憶もないのだ。

 他の鎮守府には鉄血海軍に自身のKANSEN…中にはケッコンしたばかりのKANSENを沈められた人間もいる。

 政治的な都合でロイヤルと鉄血が友好関係を築いたとして、ついていけないし、ついていく気もないのだろう。

「内洋でヌクヌクとしていた、情報畑の若造が。何も知らないくせに。」

 そう言いたいに決まっている。

 

 

 だが、もし、それをこのタイミングになって拗らせるのなら、最初から引き受けたりしたのはどういう訳だろうか?

 或いはハメられたのだろうか?

 実は最初から連中はグルで、引き受けたフリをして私を陥れたのだろうか?

 なんて奴らだ!

 フォースター大佐のような論外はともかく、私は前任のクソ中将が通さなかった予算の増額要請を出来る限りの範囲内で緩和して通すようにしてきたハズだ。

 つまり、私の上番によって連中は今まで買えなかった資材や装備を手に入れる事が出来る様になったのだ。

 恩を仇で返された気しかしないし、ロイヤルに帰った暁には相応の報復をするつもりでいる。

 

 

「あぁ…坊や…坊やを裏切るなんて許せnオゲェェェエエエ!!!

 

「ミニ!忘れないで!私達を頼っオロロロロロロロ!!!!

 

 ピッピ、ルイス、とりあえず貴女方から落ち着いていただけるかしら?

 そんな、ビニール袋に吐瀉物撒き散らしてる状態じゃあ頼るに頼れんし、第一マッマが心配で心配でそれどころでもないからさぁ。

 

 

 当面、ピッピとルイスが頼れない状況なので、私はダンケママンの谷間からダンケとベルを頼りにビス叔母さんへの援護を試みている。

 私が各鎮守府に電話を掛けまくっている間にも、ベルとダンケはそれぞれのツテを当たってくれていた。

 飛行機には載らず、ピッピの艤装たる戦艦ティルピッツを伴って帰還中のプリンツェフとアヴローラもそれぞれ奮闘してくれているらしく、20分前には北連KGVから全面協力を確約されている。

 ただどうにも外的勢力のご協力のみでは限度があるのは明らかで、ロイヤルの直接行動部隊を動かせる人間の協力が一番に求められていた。

 

 

 ピッピお抱えのSBSは既に出動準備中、元海軍参謀長・現統合参謀本部議長のピッ●ブルは各鎮守府の"ケツを蹴り上げて"くれている。

 だがSBSのみでは不足だし、ピッ●ブルにケツを蹴られても動かない連中が多過ぎた。

 ダンケもベルもその辺は十分に理解してくれていたらしく、その証拠にベルが次のような報告を持ってきてくれた。

 

 

「ご主人様、MI5が行動部隊の派遣に応じて下さいました…ご主人様?」

 

 

 ベルの働きに落ち度があったわけでも、ましてその報告が歓迎されざるモノだったわけでもない。

 私の耳が遠いわけでも。

 それでも一瞬凍りついたのは、あのMI5長官の言葉が未だに鼓膜に張り付いて取れなかったからだ。

 

 

『マッコール、あなた変わったわよ?』

 

 

 長官は私のスラム街消滅計画を支持してはいなかったし、考える事すらおこがましいと思っていたに違いない。

 あの人ならスラム街が謎の新兵器で消え去った理由をセイレーンによる攻撃だとする海軍公式発表なぞ鵜呑みにするわけもないのだ。

 つまり、彼女は私が過去"最悪"の作戦を決行した事を知っている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()

 

 

「ご主人様!」

 

 はい、何でしょうベルたん。

 

「ご主人様が何をご心配なされているかは分かります。ですが、長官は決して不誠実な方ではありません。ご主人様の作戦に反対なされていたとはいえ、裏切るようなことはされないかと。」

 

 

 ……ベルの言う通りだ。

 あの長官がそんな事をするわけはないし、その根拠がないわけでもない。

 私は長官が持ち合わせていない確固たる"パイプ"を確保していると胸を張って断言できる。

 モスクワで出迎えられた時、私は国家元首並みの待遇を受けた。

 それどころかKGVの本部にすら入る事を許されている。

 長官からすれば、私の使い道はまだまだ残っているはずなのだ…少なくとも、スラム街のギャングどもよりかは。

 

 信じるべき人間すら信じられなくなる程には、私は判断力が鈍ってしまっているようだ。

 こういう時ほど有能過ぎるマッマ達が有難く感じられる。

 彼女達のサポート抜きでは、私はスターリンと化していてもおかしくはない。

 つまり…自分自身すらも信じられなくなるかもしれないということ。

 

 

 

「Mon chou、MI5とSBSが動いているし、アイリス艦隊が向かってる。そしてあなたの艦隊は強力で、ビスマルクの兵隊は世界最強クラスよ?….私たちが到着すれば、敵の攻撃は間違いなく退くことができるハズ。」

 

 

 我々を乗せるC54輸送機は特別改造が施されていて、そのエンジンは通常モデルの数倍の馬力を発揮できる。

 その輸送機は中東で一度給油して、早くも地中海へと到達しているのだ。

 我々がより早くロイヤルに到着すれば、それだけビス叔母さんへの援護も行える。

 だからこの輸送機を貸し出してくれたユニオン・CIUにも感謝のリリックが止まらない。

 もうね、マジありがとう。

 

 

 

 若干希望の予兆が見えてきて、私はようやっとツキが回ってきたという気分になった。

 ところが、その気分は長続きしなかった。

 CIUお抱えのパイロットが、悲鳴に近い金切り声を張り上げたからだ。

 

 

「後方に未確認機を確認!!衝撃に備えてください!!」

 

 

 直後に機銃弾がC54の機体を貫いて、極寒の外気を否応なく機内に押し込んだ。

 巨大な輸送機は傾き、ダンケママンは私をギュッと抱きしめる。

 後を追ってレシプロ戦闘機特有のエンジン音が耳に入り、私はダンケママンの腕と胸の間から窓の外を見やった。

 

 鉄血製のBf109A。

 この戦闘機のシリーズの最初期型だが、丸腰の輸送機にとっては間違いなく重大な脅威だ。

 なんてこったい。

 

 

「ご主人様、脱出します!」

 

 え、でも…

 

「確かにあの戦闘機が何者かは分かりませんが、こちらを撃墜しようとしているのは明らかです。旋回して次の掃射ではエンジンを狙うことでしょう。ご主人様、手遅れになる前に!」

 

 

 ベルマッマはグロッキー状態のピッピとルイスを引きずりながら機体後部へと向かう。

 ダンケママンの谷間に挟まる私が続くとそこには大きなカプセルがあった。

 

 

「こんな事もあろうかと、こちらの機材もユニオンから借用しておきました。」

 

 

 ベルはそう言いつつ、ピッピとルイスを押し込める。

 恐ろしいまでの準備の良さを見せつけられた私はこう思わざるを得なかった。

 

 ………ベル☆ベル、だいちゅき。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジョン・マッマ チャプターⅢ〜ママベラム〜




『もし、平和を望むなら、マッマと備えよ』


つまりお前は何もしないんか〜い。


 

 

 

 

 

 

 ロイヤル

 セントルイスファミリア鎮守府

 東側の海岸

 

 

 

 

 

 

 

 

 着上陸する側からすれば絶好のポイントだと思うであろう東側の砂浜は当然のことながら評定済で、海賊側のS隊は激しい砲火と機銃掃射に晒されることとなった。

 なだらかな海岸線に遮蔽物と呼べるようなモノはなく、彼らは殆ど無防備だ。

 81ミリ迫撃砲や77ミリ野砲の他、各種機関銃に彼らの多くが倒されていたが、しかし、例外もいた。

 元フォースター鎮守府守備隊の曹長はアイリス沿岸への上陸作戦に参加した経験があり、こういった状況でどう行動すべきかを身をもって学んでいたのだった。

 

 彼の分隊はまだどうにか死傷者を出さずにいた。

 81ミリ迫撃砲の砲弾痕に這いつくばり、機銃弾の嵐から身を守っている。

 だが、それもいつまで持つかは分かったものではない。

 迫撃砲の砲弾痕がそこにあるということは、それが評定されているということ。

 いつ迫撃砲や野砲の砲弾が降ってきてもおかしくはないのだ。

 

 

 曹長は焦りを感じていたものの、しかし安易に動くわけにもいかなかった。

 彼らの前方300mには強固なコンクリート製のトーチカがあり、銃眼からはM2重機関銃の銃身が覗いている。

 正直、ここまで接近出来たこと自体奇跡だと言えたが、しかし、彼らはその上このトーチカを破壊せねばならないのだ。

 

 

「よぉし!テメェら、ケツ上げろ!漢見せんぞ!」

 

 

 彼らの右方100mほどの位置で、5、6人の海賊がトーチカへの接近を試みる。

 曹長の分隊は精一杯の援護射撃を見舞い、海賊はトーチカへと近づいていく。

 だが、現実とは非常なもので、強固なトーチカは援護射撃を受け付けず、重機関銃の射手は容赦なく海賊に50口径弾を見舞っていった。

 本来対戦車用に作られた強力な弾薬は5、6人のソフトスキン・ターゲットをまるで野菜でも切るかのようにバラバラにする。

 

 

 

「くそ、やはりダメか。」

 

「曹長!曹長!KANSEN達が位置についたそうです。支援砲撃を頼めます。」

 

「!…そうか、有難い!座標を送るんだ!」

 

 

 

 座標をKANSENの艦隊…つまり、カーリュー、キュラソー、フェニックス、アリゾナ、ペンシルバニア、ユニコーン…に送った後、あまり時間を置かずに各種砲弾が沿岸沿いの陣地へと降り注いだ。

 戦艦の巨大な砲弾はコンクリート製のトーチカに直撃、その頑強な構築物を破壊する。

 曹長以下の戦闘員達は300mという至近距離で繰り広げられる猛烈な砲撃には彼ら自身も身を屈めなければならなかったが、おかげで正面の重大な脅威はなくなった。

 

 

「よし、砲撃が止んだな。全員異常はないか!?」

 

「異常ありません!」

 

「ではこれより前進して鎮守府内に侵入する!突撃用」

 

「突撃ィィィイイイ!!」

 

 

 先程とは別の海賊の一個分隊が早くも破壊された敵陣地へと走り出す。

 だが、曹長はその時、通常では有り得ない音を聞き、そして通常ではあり得ない現象を目の当たりにした。

 …なんと、戦艦の砲弾が直撃したハズの正面トーチカは依然として機能していて、M2重機関銃はまたもその威力を発揮したのである

 

 

「信じられない!なんという硬さなんだ!座標を再送しろ!」

 

「はい!………曹長!ダメです!KANSENは位置を変更中です。」

 

「くそったれ!仕方がない、肉薄攻撃を行う!お前達は援護しろ!」

 

「しかし、曹長!」

 

「やるなら今しかない!それに、砲撃のおかげで側方攻撃の心配はなくなった!…準備はいいか、援護射撃を俺に当てるなよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府北側のなだらかな丘

 

 

 

 

 

 

 

 ビスマルク総合商社・ロイヤル支店は前もって鎮守府の北側にある丘の土地を買収していた。

 その丘には鎮守府防衛用の陸上陣地が設けられ、そしてそれは高度に要塞化が為されていた。

 鉄血最大の企業はこの陣地にクラップ製の重砲やレーダーを持ち込んでいたが、それらは勿論最新鋭の設備だった。

 

 鎮守府沿岸守備隊の対砲レーダー操作員は、大して苦労もせずに、沿岸陣地に援護砲撃を行った艦隊の位置と予想進路を割り出した。

 そして、伝令が砲兵の陣地にそれを持ち込んだ時には、目標が170ミリ重砲の射程圏外にある事が明らかになったのである。

 ただ、幸運な事に、その時丁度2人のKANSENが士官用の車両に乗って到着した。

 砲兵陣地の指揮官は、彼女達を迎えた途端に状況を説明する。

 

 

「ああ!やはり呼んでおいてよかった!丁度貴女方が必要だったんです!」

 

「…つまり…重砲の射程外ということですね。」

 

「その通りです、ケーニヒスベルクさん。ですから、カールスルーエさんと2人で()()()へ向かっていただきたい!」

 

「分かった!行こう、ケーニヒスベルク!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府内

 来賓用宿泊施設

 

 

 

 

 

 

 

「沿岸の陣地は手酷くやられたようです、会長。」

 

「…あの砲弾の威力…間違いなくKANSENの物だわ。守備隊はそちらにかかりきりになるでしょう。急いでラインハルトを回収しないと。」

 

 

 

 武器を手に入れた後、防弾スーツに着替えて髪を短く纏めたビスマルクは、テオドールと共にそれぞれ自動小銃を構えながらゆっくりとラインハルトの部屋へと向かっていた。

 彼女はこの襲撃を受けた瞬間から、その目的が彼女自身とラインハルトである事を見抜いていたが、そのアプローチが今激戦が繰り広げられている海岸線からであるとは微塵も思ってはいない。

 アレはド派手な陽動作戦であり、沿岸陣地を突破した先にも予備陣地がある事を考慮すれば、ビスマルクの命を狙うには無謀が過ぎるのだ。

 

 よって、ビスマルクは既に別働隊の暗殺者達が鎮守府内の…それも宿泊施設に到達していると判断している。

 東側とは違い、打って変わったかのような断崖絶壁の西側にはそれでも一応の警備を置ていたが…しかし、今はその警備とは連絡が取れずにいた。

 あの絶壁を登ってきた連中が居たとすればかなりの手練れだろう。

 

 その時、ビスマルクは何かの気配を感じてさっと振り返った。

 銃剣付きのM1907が素早く目標に指向され、研ぎ澄まされた剣と彼女の眼が威圧感を放つ。

 それを向けられた相手は、数ではビスマルクに勝っていたにも関わらず、手に持つハイパワー拳銃ごと両手を挙げて敵意がない事を示した。

 

 

「う、撃たないでください、会長!」

 

「………貴方達は確かグローセの…」

 

「ええ、グローセさんのボディガードです。今、彼女の下へ向かっているところでして」

 

「既に接敵したようね。」

 

「…連中、相当なやり手です。こちらは4人やられました。」

 

 

 グローセはボディガードとして、元鉄血公国秘密警察の連中を雇っていたハズだ。

 彼らも公職を追放されたものの、拳銃の扱いに関しては親衛隊と遜色はない。

 その彼らが「やり手」というのだから、間違いなく敵の暗殺部隊だろう。

 

 

「連中は始末したの?」

 

「いいえ、逃げられました。我々は一応、グローセさんの安否確認に。担当のボディガードが3人ついていて、まだ連絡は取れていますが…いつ途絶える事やら。」

 

「なら先を急いだ方が良さそうね。」

 

 

 6名のボディガードと合流したビスマルクは、ラインハルトのVIPルームのある4階へと向かう。

 今や彼女達は一個分隊弱の戦力を有してはいるが、ボディガード達の武装は拳銃のみなので纏まって行動する事が前提だった。

 だが、2階に到達した時、ビスマルクはふと考えを変えたようだった。

 突然足を止めて、振り返りながら先程のボディガードに尋ねる。

 

 

「連中はどこへ向かったの?…武装は?」

 

「短時間の事で、どこに向かったのかまでは…。ですが目的からして3階に向かっているかと。武装はサイレンサー付きのステンとガバメントでした。」

 

「なるほど…順当ね。この施設は2階から4階に向かう階段が2つある。あなたが連中の行先を知らないのなら、2通りを探るべきね。私は向こうの階段を掃討する。あなた達はこの階段を。」

 

「正気ですか、会長!ボディガードの話通りなら連中恐らく十数人はいる。纏まって行動しているとすれば…」

 

「テオ、私を誰だと思っているのかしら?多数相手に戦うのなんて慣れてるわ。それより、ボディガード達の火力の方が心配よ。」

 

 

 ビスマルクはそう言いつつ、ボディガードの1人にオート5散弾銃を投げ渡す。

 

 

「頼りにしてるわよ、テオ。」

 

「承知しました。…全員聞いたな?我々はこっちだ、行くぞ。」

 

 

 ビスマルクはテオドール達と別れると、別の階段へと疾走していく。

 ボディガード達の様子からして、彼らと敵が交戦したのはそんなに前の事ではない。

 敵もボディガードと戦った事で真の企図が露見した事は分かっているハズだし、尚の事先を急ぐだろう。

 だから彼女も急いでいた。

『連中がラインハルトの部屋に到着する前に』彼女は連中を阻止せねばならない。

 

 

 急いだ甲斐あって、やがて前方から多数の男達の声が聞こえてくる。

 ビスマルクは鉄血財界の大物であり、その語学力は群を抜く物があった。

 彼女の耳は前方で交わされる男達の言葉をしっかりを捉え、そして、脳はその言葉を理解した。

 

 

「畜生!ショーンとグレゴがやられた!」

 

「ビクターもだ!連中も手練れだぞ!」

 

「声を出すな。対象まであと少しなんだぞ。」

 

 

 聞き違いのない、完璧なロイヤル英語。

 しばらく後方で様子を伺ったビスマルクには、この連中がたしかにズブの素人だとは思えなかった。

 3階に到達せんとしている彼らの動きと隊形を見て、間違いなく特殊部隊の類いの連中だと判断せざるを得ない。

 少なくとも、海賊の連中には見えなかった。

 

 だがビスマルクは躊躇しなかった。

 彼女は特殊部隊と思わしき連中のど真ん中へと平然と突っ込んでいく。

 

 

「コッ、コンタク」

 

 ズガンッ!

 

「ぐわっ!」

 

「ダニーがやられた!応射!応射!!」

 

 

 連中、やはり場数も踏んでいる。

 気配を消し去ったはずなのに、かなりの距離で接近に気づかれたビスマルクはそう思う。

 奴らは3階の廊下に退避し、ビスマルクの方向へ向けて早くも応射を繰り出している。

 しかし、それでも彼女は敵の猛烈な射撃を掻い潜りながら接近を止めることがない。

 そのうちに敵の弾の内の一つが、3階廊下に設置されていた巨大なレコードプレーヤーに当たった。

 そしてそのレコードプレーヤーには、ラインハルトお気に入りの音楽であるEDMが記録されたレコードが掛けられていて、巨大なスピーカーが大音量のEDMを奏で始める。

 

 

 

 EDMをBGMに、3階に上がりきったビスマルクはスライディングをしながら自動小銃を連射する。

 敵の数は恐らく8名、そのうちの3人に狙いをつけたが…2発は目標を捉え、1発は外れた。

 最も外れたのではなく、目標が身を隠したのだが。

 

 続く敵の応射から隠れるため、ビスマルクは廊下のソファに身を隠す。

 ソファにはすぐに複数の穴が穿たれ、中身の羽毛が上質ななめし皮から飛び出していく。

 ビスマルクは冷や汗を感じたが、しかし怯んではいられない。

 

 敵の注意を逸らすために、彼女は突拍子もない行動にでた。

 なんと、ソファの影から自動小銃を槍投げのように放り投げたのである。

 ユニオン製ライフルの先端に取り付けられた鋭い銃剣が敵の内の1人を捉え、その喉元を直撃する。

 他の敵はその壮絶な光景に気を取られ、一瞬射撃を緩めてしまう。

 その隙にビスマルクは、敵の懐へと潜り込む。

 

 

 まず手近にいた1人が足をはらわれて転倒した。

 立姿で射撃していたその男はステンガンの引金を引き絞ったまま倒れ込んだが、ビスマルクがステンガンを片手で掴んで制御し、他の敵へと向けていく。

 倒された敵のステンガンは、他の敵2名を倒し、転倒者自体はビスマルクのベレッタM1934で止めを刺される。

 

 残る敵2名の内、1人がショットガンの援護射撃を受けながら近接してくる。

 ビスマルクは先程止めを刺した男を持ち上げて12ゲージのバックショット弾から身を守りつつ近接してきた敵を狙い撃つ。

 近接を試みた敵は倒れたが、味方が死ぬなりショットガンの男はスラムファイアでの射撃に切り替えてきた。

 流石のビスマルクも、連続するバックショット弾の衝撃には敵わず倒れ込む。

 ショットガン野郎は恐らく洗練された戦闘技術こそ持っていないものの、その巨体と顎髭は重大な脅威であることを示していた。

 

 

 スラムファイアで転倒したビスマルクだが、仰向けになった彼女はすかさずベレッタで反撃する。

 だが、ベレッタは1発だけ9mm弾を放ってスライドを後退させた。

 その弾はショットガン野郎をよろけさせたものの、仕留めるには不十分な威力だったらしい。

 ブチキレた男は雄叫びをあげながらビスマルクに向けて突進したが、ビスマルクは華麗に突進を避け、男はビスマルクを通り越してズタボロのソファに突っ込んだ。

 

 

 よろけながら立ち上がる男の様子を見やったビスマルクは、ベレッタをホルスターに入れて男の首に向けて強烈な回し蹴りを喰らわせる。

 この距離なら格闘戦のほうが優位と判断したからだ。

 だが男はビクともせず、逆にビスマルクの足首を掴んで背負い投げのように投げ捨てた。

 硬い廊下に直接打ちのめされたビスマルクは苦痛の表情を浮かべ、男が彼女に馬乗りになって、その苦痛の表情に強烈な右ストレートを喰らわせた。

 

 

「よくもっ!!よくも俺たちのスラムを!!」

 

 

 男は拳を高々と挙げ、またも思い切り振り下ろす。

 その拳が再びビスマルクの整った上品な顔を捉え、鼻腔に傷をつけた。

 

 

「このままぶっ殺してやる!自業自得だ!!」

 

 

 三度拳を振り上げた男は、怒りに任せて再び拳を振り下ろしたが、今度はビスマルクが顔を背けた。

 結果男は自身の筋力をそのまま硬い廊下にぶつけてしまい、苦痛の雄叫びと共に顔を歪める。

 ビスマルクがその隙を突いて、男を上から退かして、今度は彼女が逆に馬乗りになった。

 …流石、戦艦。メスゴrおっとコレ以上は言わないでおこう。

 

 

 ビスマルクは馬乗りになると同時にベレッタを素早くリロードし、男の額に銃口を向ける。

 

 

「"自業自得"よ」

 

 

 そしてそのまま、容赦なく2、3回引き金を引いた。

 よく見れば男は赤毛だったようだが、銃弾で砕かれた頭蓋から溢れ出る血のせいでそれも定かではなかった。

 ビスマルクは殴られた部位を2、3度袖で拭ってヨロヨロと立ち上がる。

 どうやらかなりの深傷を負ってしまったらしい。

 

 

 だが、彼女には休む暇が与えられなかった。

 別のの階段の方から、STG44自動小銃の銃声が聴こえてきて、彼女の耳をつんざいた。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

母親病棟 〜性格母親なKANSENしかいない国家でマザコン生活〜


カブール&チェザーレファンの皆様ごめんなさい。
次話からはちゃんと(?)戻します。


 

 

 

 

 

サディア帝国近海

 地中海洋上

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、私のピッコリーノ♪私の私のピッコリーノ♪可愛い可愛い私のピッコリーノ♪()()()ザラマッマはどうかしら?」

 

「畜生!よくも私の坊やをっ!坊やを返せ、このゲス!カス!売春婦!」

 

「あ、あの、大人しくしてくださ」

 

「グルルルッ!!」(ピッピ)

 

「う、うわぁ…」

 

「まぁ〜!怖いわね、ピッコリーノ?大丈夫、ザラマッマが一緒だから安心して♪」

 

 

 安心できるもんか。

 

 ほんの30分前、正体不明の戦闘機に襲われた我々はカプセルで輸送機から脱出した。

 そこから海上に落着するまでは無事だった。

 いや、ひょっとしたら無事だったと言うのは早計かもしれない。

 何せ、サディアのKANSEN・カラビニエーレに曳航されるカプセルに乗るマッマ達は危機的な状況にあった。

 ピッピは嫉妬のあまりヒトのカタチをしたナニカになってしまったし、ルイスは依然グロッキーだし、ダンケとルイスは魂を失った抜け殻になってしまっている。

 そして、私といえばルイスマッマ並みに豊満なKANSENの谷間で今にも押しつぶされんとしていた。

 この短い時間に何が起こったのか。

 まあとにかく、30分前に遡ってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝ッ!!

 お、おぢるぅぅぅぅぅ!!!!

 

「ぼ、坊や!オエッ!ママにしっかり捕まって!!」

 

 

 ようやく吐き気が治りかけたと思しきピッピが、私をダンケの谷間から奪い取って自身の谷間に挟み込み、急速落下するカプセルの衝撃から守らんと固く抱きしめる。

 変態たる私は若干アルコールじみたピッピの体臭のおかげでなんとか若干の落ち着きを取り戻せたものの、しかし急速落下特有の"タマヒュン"のせいで恐怖に襲われていた。

 

 実を言うと、私はこういった落下系イベントが大嫌い。

 ジェットコースターとかヒュー・ストンとか、ああいう類いのアトラクションは転生前も極力避けてきたのだ。

 最悪の状況に直面した私は、藁にもすがる思いで、なり振り構わずピッピの双丘を両腕でガッチリと抱え込む。

 

 

「ん♡…ヒック…坊やのエッチぃ」

 

 

 ピッピの反応などかまってはいられない。

 つーか大丈夫かこのカプセル!?

 流石にこのまま海面にダイレクトアタックとかしないよね?

 ちゃんとパラシュートとか付いてるよね!?

 

 

「ご安心ください、ご主人様!このベルベル、ご主人様のお嫌いな事も完全に網羅しております。」

 

 おおっ、流石ベルベル!

 

「このカプセルにはパラシュートが…あら?」

 

 ……ベルベル?

 

「………申し訳ありません、ご主人様。パラシュートが付いておりません…」

 

 

 直後に抜け殻になるベルベルとダンケママン。

 まあね、これからこの急速落下カプセルで海面にダイレクトアタックするとなりゃあ当然だわな!!

 

 

「…坊や♡ソノ気があるなら、最初から言えばいいじゃない♡坊やとなら…悪い気はしないわ♡」

 

 

 それどころじゃねええんだよピッピィ!!

 こちとらそんな気分でも何でもねええんだよおおおお!!

 つーか分かってますぅ!?

 ピッピもピッピでクライシスなんですよ、分かってますぅ!?

 もちっと危機感持ってもらってええですかええええ!?

 

 

 恐る恐る見下げると地中海の美しい海面がグングンと迫ってきていた。

 この美しいブルーオーシャンにミートソースをぶち撒けるのも時間の問題に思える。

 ああ!なんてこった!こんなところで死ぬなんて!

 

 

 

 

 

 そう思った直後、眼下のすぐ下に迫ったブルーオーシャンに鮮やかなオレンジ色のマットが広がった。

 カプセルはそのマットに衝突したものの、衝撃は吸収されたようで、私とマッマ達は半回転するくらいで済んだ。

 おかげで私はピッピの馬鹿デカな双丘の下敷きになってしまって呼吸が危うい状況へと追い込まれたが、しかし、ミートソースになるよりかは勿論断然だった。

 周囲の様子を伺いたかった私は、ピッピの双丘をパンパン叩く。

 

 

「ん♡あ♡ぼ、坊や♡ヒック♡焦らないで」

 

 違う、ピッピ。そうじゃない。

 とりあえず起き上がって?

 あと、そろそろ酔いを覚まして?

 正気に戻って、とりあえず。

 話はそれから。

 

 

 ピッピが起き上がり、私がようやっとカプセルの外を窺い知る事ができるようになった途端。

 視野の中に2人のKANSENが入ってきた。

 だいぶ身長差のある2人は共に銀髪で、カプセルの外から我々の事…勝手に発情してる酔っ払いピッピ、酔い潰れて寝ゲロしかけてるルイス、抜け殻状態のダンケとベル、それから困惑する私…をキョトンと見ている。

 ま、まあ、カプセルの中地獄絵図だからね。

 そりゃあキョトンとされても…

 

 

「大成功だよチェザーレちゃああああん!!!!」

 

「ウッス。さすがカブール、天才っス。」

 

 あ、あの。どうも…

 

「どーも初めまして小生はサディアの戦艦のカブールといいますぅ!!こっちは妹で戦艦の…」

 

「チェザーレっス。ウッス。」

 

 いかん、頭痛がしてきた。

 

「と、いう事であなたにはサディアの首都まで来てもらいますぅうううう!!!」

 

 ………は?

 え?

 ちょ、ちょっと待ってもらえます?

 話の脈絡がなさ過ぎるんですが、なんでこの状況で…てか、誰の許可があって

 

「許可なんてもらうわけがないでしょおおおおお!!小生は思いついたアイデアをすぐに試したいし実行したいんですぅううう!!!なのにリットリオやヴェネトは確実性や安全性がどうだのゴチャゴチャと!!小生のアイデアは芸術なんです!あのオ●ショ●共に分かってもらえなくて結構!!!」

 

 …と、特に理由はないのね。

 

「ウッス。ないっス。」

 

「それじゃあああさっそくううう、連行してチェザーレちゃあああん!!!」

 

「ウッス。連行するっス。」

 

「ちょっと。待ちなさいカブール。」

 

「なあああ!!お前はポーラあああ!!」

 

「ヴェネトに何の連絡もなしにコトを進めるとか頭沸いてるのいや沸いてるよねゴメンね気づいてあげられなくてでも普通人なら声さえかけないと思うだって見るからにヤバいしキモいしでも私は真面目な重巡だから応援してあげるよネチネチネチネチネチネチネチネチ」

 

 

 うわぁ…

 なんだか面倒くさそうな人が増えたんですが。

 カブールに容赦なくネチネチ口撃を加えていくKANSENが現れて、ついでとばかりに茶髪のKANSENと衛兵隊みたいな格好したKANSENも現れる。

 いやぁ、まさかこんな乳中海がこんな闇鍋になっているとは…

 

 茶髪のKANSENはしばらくポーラと呼ばれたネチネチKANSENの後ろに控えていたが、どうやら此方が気になったらしくチラッと視線を向ける。

 その時だった。

 気のせいだと信じたいが、茶髪KANSENの瞳が此方…それも私の事を捉えて止まる。

 

 気のせいだ、気のせい。

 何か良からぬ事が起きる気しかしないが、やはりジンクスという言葉もあるし気のせい気のせいいや気のせいじゃない。

 理由は特にないのだが、私はそのKANSENと関わったらすっげえ面倒くさい事になりそうな気がしてならなかったし、久しぶりにある直感が働いていた。

 その直感はやがて警鐘となり、そしてその警鐘は茶髪KANSENが此方へ向けて近づくに連れて大きくなっていく。

 

 

「………」

 

 

 茶髪のKANSENが私を見下ろしながら立ち止まる。

 もう十中八九ヤバい気しかしない。

 

 

「………ん、しゅ、chou?大丈夫?」

 

「どうやら、皆様ご無事のようですね。」

 

「おっ、オブえっ!ミニ?あれ?ここは?私達さっきまで東南アジアにおぶええええっ」

 

「ルイス!しっかりして!坊やに掛かったら大変おぶええええっ」

 

 

 ピッピの谷間から這い出た私の背後では、マッマ達がようやく目を覚ましたり覚まし切れていなかったり釣られ嘔吐したりしていたが、申し訳ない事に私はそちらへ神経を向ける事ができないでいた。

 近づいてきたKANSENから目が離せないのである。

 やがて彼女は口を開き、私の直感の正しさというモノがどれだけ正確かという事を、私自身に改めて思い知らせたのだった。

 

 

 

 

 

 

「………ピ」

 

 ピ?

 

「ピッコリーノ?」

 

 

 

 

 

 はぁああああ。

 

 イタリア語でピッコロとは小さなものを指す。

 ドラゴ●ボールの緑の奴ではなく。

 つまり、その、ピッコリーノという言葉が示す言葉は…

 

 

『私の男の子』※意訳

 

 

 じゃねえええよおおおおおお!!!!

 

 

「あ〜↑私の私のピッコリーノじゃない!!覚えてる!?あなたの幼なじみよ!?」

 

 

 茶髪KANSENが自身の事を指差しながらそんな事を言ってくる。

 幼なじみ?

 いやおかしい…この娘と面識なぞあるわけ…あるわ。

 

 なんでや。

 なんでそうやってすぐ海馬に色々と後付けで書き込んでいくんや。

 今さっきアップデートされた海馬には、まだ子供の頃によく通っていたサディア料理店の店主の娘な女の子との出会いと別れの鮮やかな記憶(ハートフルストーリー)が記されている。

 なんでこんな事するの?

 人の海馬なんだと思ってんのよ本当に。

 

 

 

「…いえ。幼なじみ、ってだけじゃないわね。」

 

 

 ……またか。またなのか。

 また"ああいう類いの"宣言をされるのか。

 私は不安だったし、今日の不安はよく当たる。

 

 

「私はあなたのマッマでもあるわ♪さて、ピッコリーノ。あなたにまた会えるなんて…ザラマッマはとっても嬉しいわ♪」

 

「ぼ、ぼ、坊やと幼なじみ!?」

 

「chouとめんしきぃー…」

 

「私より前にご主人様とぉ…」

 

「オブええええ…」

 

 

 突如繰り出されたサディア帝国重巡・ザラの母親宣言。

 茫然とするピッピ。

 再び抜け殻になるベルダンケ。

 また二日酔いが悪化したルイス。

 

 肝心の私はというと、辟易していた。

 

 ハイカロリーすぎないかい、色々と。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ショタっ子・エンペラー

 

 

 

 

 

 サディア帝国

 帝都 チッタ・エテールナ

 

 

 

 

 

 

 ピッピもダンケもルイスもベルも、勿論馬鹿でかい胸をお持ちである。

 だから、これ以上いくら胸の大きな大きな女の人の谷間に埋められようとも動じずにいられる自信はあった。

 変な言い方だが、これ以上的確に私の胸中を表現するのは無理だろう。

 画面の前の諸氏が疑う余地もなく、私は変態であり、変態であって、変態なのである。

 

 

 だが、幼なじみマンマ・ザラとの出会いはその自信を一蹴してしまった。

 彼女の胸は、前途の4大マッマにはない特徴を持っていたのだ。

 

 それは…『密度』である。

 

 今ザラマッマの谷間に埋められている私は左右から凄まじい圧と重量を感じていた。

 別に彼女が圧を上げているわけでもなく、それどころか彼女は普通に立っているだけなのである。

 しかし、それでも私は左右から圧迫されていて、これは私が全くのシラフであることを考えると幻覚や幻影の類ではあり得ないのだ。

 左右から強制される、なめらかすべすべ肌、温かな体温、柑橘系の爽やかな香り…やはり間違いない。

 私はまったくもって"正常"だ。

 

 さて、私を挟むザラマッマはというと、サディア皇帝執務室の前で衛兵に皇帝との面会を求めている。

 執務室からは怒号とは言わないまでも言い争いに近い会話がなされているようで、当然の事ながら衛兵達はお引取りを願っているようだ。

 しかし…お引き取りを願いたいのは…ひょっとすると執務室の会話だけが原因なのではないのかもしれない。

 

 

 ザラマッマの背後には究極の殺意を煮えたぎらせている4大マッマが控えていた。

 地中海洋上でザラマッマに私を取られて以降、彼女達は私のニューマッマへの不信感を隠そうともしていない。

 この帝都へ連行されて、シャワーを浴びて回復したはいいけど…復活した途端から保護が重い。マジで勘弁してほしい。

 

 

「クッ…坊や…私の坊や、待っていて、すぐに助け出すから…」

 

「chouの幼なじみとはいえ、いきなりの母親宣言とはかなり無粋ね」

 

「油断したわ…ミニの幼なじみ…まさかそんな手があったなんて!」

 

「完全に盲点でした」

 

 

 あなた様の目は節穴でございますか?

 

 あのね、盲点じゃないのよ、盲点じゃ。

 むしろ頗る順当過ぎて困っちゃうレベルなのよ。

 もうこの際言っちゃうけどさ、いきなりママとか言われてみ?

 そっちの方が訳わかんなくない?

 言っちゃ悪いけど、まだ幼なじみがママって言い出す方が順当でしょうが鎮守府で出会った最初の女性がいきなりママとか言い出す方が無粋でしょうが!!!

 

 いいかい、ママ達。

 別にザラにエコ贔屓したい訳じゃないんだよ。

 でもね、幼なじみっていう、順序を追った好意の寄せ方をしてくるザラはすっごく受け入れやすいのよ。

 あんたら順序もクソもなかったじゃん?

 エンペリア●級ウォーシップがハイパース●ースジャンプしてきた並の好意の寄せ方だったじゃん?

 困惑すんの当然じゃん?

 

 

 ただ、勿論、4大マッマには随分と助けられてるし順序がどうであれ大ちゅきだからそんな戯言は胸の中にしまっておく。

 しまってはおくけども暴れるようなら容赦なく解き放つからな?

 いいな?

 大人しくしててよ?頼むよ?

 

 

 

 さてさて。

 

 ザラママは必死に衛兵への説得を試みている。

 衛兵も衛兵で決して人を通すなと厳命されているのだろう。

 職務を果たさんとする彼らは立派だが、しかし、私としては早く退けて欲しかった。

 ビス叔母さんはまだ私の鎮守府を守るべく戦ってくれているだろうし、私は送れた援護が充分だと自信を持っていうことができない。

 

 だから、いつだかベルがそうなったように危機的な状況に陥ったビス叔母さんを引き続き援護できるように、電話機を貸してほしい。

 そう、正直言って皇帝と直々にお話するようなお願い事ではないのは分かってる。

 だが、ザラマッマは私を拘束してこう言ったのだ。

 

 

「残念だけど、ピッコリーノ。あなた達は今、サディア国家警察の管理下に置かれたわ。ザラの許可があるまで軽率な行動はしないで頂戴?」

 

 

 スパイ扱いかよ!

 とは思ったものの考えてみれば我々、ユニオンCIUの輸送機から飛び降りてきたのである。

 疑われるのも当然か。

 ひょっとしてあのBf109はサディアの…流石にそれはない。

 CIUが領空通過許可の取得ミスなぞするわけもないだろう。

 

 

 とにかく、今私にできることと言えば…焦ったくて仕方ないが…ザラマッマがどうにか説得に成功する事を祈るだけ。

 幸い、祈りは通じたようだった。

 

 

「陛下は国を左右するお話合いをなされております、何卒ご理解ください。」

 

「じゃあ、陛下に伝えてもらえるかしら。"ザラが解決策を持ってきた"ってね。」

 

「!?」

 

 

 衛兵は迷った末、申し訳なさそうに執務室へ入っていく。

 二言ほどの非難に、衛兵の弁明と思しき声が続くと、やがて衛兵が扉の前へ戻ってきた。

 

 

「陛下にお許しいただけました。」

 

「ありがとう」

 

 

 ザラマッマと私、それに4人のマッマ達はサディア帝国の象徴たる皇帝陛下の執務室へと足を踏み入れた。

 

 中には4人の人物がいる。

 まず、正面のデスク。

 ピッピ並みに美しい銀髪をした豊満な女性がこちらを見ている。

 新聞・ニュースで散々サディアの中心的人物と捉えられていた彼女の事を見間違えるわけもない。

 彼女はまさしく、ヴィットリオ・ヴェネトだった。

 

 彼女から向かって、右手、我々から見て左手には緑の髪をした凛々しい女性が立っている。

 私は彼女のことも新聞の写真で見たことがあった。

 "女たらしの"リットリオ。

 過去の軽率な言動の割には、その行動は野心家で有能に思える物が多い。

 

 反対側には盛大な勲章を山ほど身につけた国防大臣が見え、そして最後の1人はやはり真正面にいた。

 

 

 

 サディア皇帝は即位時、僅か7歳であった。

 当然後見人が必要で、そしてその後見人は彼自身の望みと民衆の望みが一致した事により、彼の希望通りの人選となったのだ。

 ヴィットリオ・ヴェネトに支えられる、サディア帝国の新しい皇帝。

 

 そして、新しい時代を任された大いなる幼き皇帝は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェネトママの谷間にいやがった。

 

 台無しだよ。

 過去最悪級の期待の裏切り方だよ。

 幼くして皇帝になるってんだから、ラスト・エ●ペラー的なサムシング思い浮かべたくなるじゃん?

 なんか、こう、幼いなりにも威厳を保とうと奮闘してみたりとか。

 市井の生活に触れてみたりしたがるお年頃チックというかなんというか。

 後見人のいいようにはされまいと頑張りながら、後見人よりも民衆の支持を集めていく感動ストーリーというかなんというか。

 そんなのを期待していた私の純情を返しやがれこの野郎。

 

 後見人にベッタベタじゃねえか。

 グリスとアロン●ルファ塗りたくったんじゃねえかってぐれえベッタベタじゃねえか。

 ベッタベタもベッタベタよ。

 つーかさ、ヴェネトさんもヴェネトさんでマジ何なんですか?

 変な…歪な時代の変遷とかにまで合わせる必要はないからね?

 寧ろ合わせず、地中海を守ってきた、どこの勢力にも飲み込まれないオリジナリティとインデペンデンス溢れるお方でいらしていただきたい。

 

 

 

 私の内心なぞ知るわけもなく、私とマッマ達を連れてきたザラママは極々ナチュラルにヴェネトの目の前まで歩みを進める。

 

 

「ザラ、不審者の回収はご苦労様です。でもその不審者をこの子の眼前まで連れてきたのはどういうわけかしら?」

 

「…セントルイスファミリア少将のことなら知ってるでしょう?」

 

「ええ。」

 

「この子がそうなの。」

 

「………」

 

 

 目を細めるヴィットリオ・ヴェネト。

 ふざけてんのかって顔してるリットリオ。

 話にならんって顔してる国防大臣。

 そしてヴェネトの谷間から手を振ってくれるショタ皇帝…おい、なんだその「やっと仲間を見つけた」みたいな顔は。

 

 まあ、ザラママが何の脈絡もなく私の事をロイヤルの少将として紹介したのだから、それぞれの反応は当然の

 

 

 

「なるほど。その子がセントルイスファミリア少将というわけですね。」

 

「その通り。飲み込みが早くて助かるわ。

 

「ザラ、あなたの幼なじみの話を何回聞かされたと思って?それに、あの伝説的な"対外諜報顧問"が赤児になったという話なら、もう既に欧州中に知れ渡っていますわ。」

 

 

 えぇ〜、それはそれで困るな。

 

 

「約束しましょう、ヴェネト。私のピッコリーノなら問題を解決できる!戦争を始める前に、せめてチャンスを!」

 

「世迷言を言うな!…陛下!国防大臣として申し上げます。サディアが優位に立っている現状こそ最大の好機です。躊躇する事なく、どうかご決断を!」

 

 おいコラ待てや。

 なんや戦争って。

 まさかとは思うけど、我々が東南アジアで色々やってる時にこっちでもなんかあったの?

 ビス叔母さんクライシスな時に地中海もクライシスになってたの?

 ねえ?教えて教えて?

 

「大臣、陛下は私ではなくこの子です。決定はこの子の意思でなくてはなりません。」

 

 

 私の懸念をガン無視して、厳しい顔を国防大臣に向けるヴェネトママン。

 その7歳児に一国の国運を託すのもどうかと思った私だったが、直後、私は自身の偏見というものを恥ずべきこととなる。

 陛下は、私もよくそうするようにヴェネトの豊満な谷間から這い上がり、国防大臣にこう問いかけた。

 

 

「だいじん、ぼくらがぐんじてきゆーいにたてるのは…いつまで?」

 

「はっ!50時間後までです!それ以降我々は軍事的優位を失い、介入の機会もなくなります!」

 

「…わかった。じゃら(ザラ)!きみのむしゅこ(息子)さんに48じかんあたえる!それまでにヒスパニアとのもんだいをかいけつせよ!」

 

「有り難き幸せにあります、陛下。」

 

 あ、あの、すいません。

 質問、よろしいでしょうか?

 

「初めまして、少将。不審者扱いしたご無礼をご容赦ください。何しろ、この24時間で状況が目まぐるしく変わってしまいまして。」

 

 何があったんです?

 

「………ヒスパニアがデフォルト(債務不履行)を宣言しようとしています。」

 

 ・・・うっわ。

 

「流石、噂に聞くだけはありますね、少将。貴方ならこの意味がご理解いただけるかと。」

 

 理解したくはありませんがね。

 

「坊や、私達にも分かるように説明して?」

 

 わかったよ、ピッピママ。

 ヒスパニアは軍事政権になってから、経済政策で行き詰まって債務を重ねている。

 借入先の第一位は鉄血、第二位はサディア。

 そのヒスパニアが借金の返済が不可能だと宣言しようとしてる。

 

「…つまり?」

 

 ピッピ、ビス叔母さんは鉄血財界のリーダー的存在で、冷戦時代から親鉄血派のフランシス元帥を支援するために国内の資金を募ってた。

 それが今回破綻するってことは、ビス叔母さんが鉄血での信頼を失うって事になりかねない。

 最悪の場合、誰かがビス叔母さんの代わりに立とうと考えるかも。

 

「なっ…。もしかして、坊や。これはロルトシートの…」

 

 間違いない。

 大方、もう既に債務管理の為の組織でも作ってる事だろう。

 

「一説によると、ロルトシートはロイヤルで『ヒスパニア債務管理局』という組織を立ち上げたそうですわ。」

 

 

 私の予想を補強するようにヴェネトが付け加える。

 そうなると間違いなく計画的な"攻撃"だ。

 こういうのも悔しいが、ここのところロルトシート家の強大さを味合わされてばかりだ。

 北方連合、東南アジア、私の鎮守府。

 次いでとばかりにヒスパニアか。

 

 

「ビスマルクは間違いなく追い込まれます。ヒスパニアの破綻は彼女の信頼を傷つけるどころか破壊しますわ。」

 

 そして、貴女方サディアはヒスパニアの破綻を防ぎたい。

 なんたって、鉄血に迫る途方もない額を注ぎ込んでるわけだから。

 

「それもそうですが…より重大な問題もあります。3時間前、ヒスパニアが"海峡"を封鎖しました。」

 

 か…海峡を!?ジブラルタル海峡を!?

 

「ええ、そうです。恐らく我々への譲歩を求めての行動でしょうが、海峡の半分を管理するロイヤルをも刺激しています。無論の事、ロイヤルは既に艦隊を派遣しています。」

 

 目眩がしてきたぞ…

 

「残念ですが、ここでは終わりません。北連黒海艦隊は貴方の鎮守府の援護のために出航したばかりですが、もしヒスパニアの封鎖が解かれない場合は強行突破しようとしています。そして、ユニオンが同盟諸国への面子を保つために地中海艦隊を展開しました。…かなり深刻な状況です。」

 

 …逃げていい?

 

「お願いします、少将。サディアとしてもヒスパニアとの戦争は最終手段なのです。我らの海(地中海)は火薬庫どころかガスタンクになってしまいました。小さな戦闘が世界大戦に発展しかねない。」

 

 

 簡単にまとめると、ビス叔母さんが二重の意味で危ない状況だし、ヒスパニアとサディアの戦争が始まりかけてるし、それがきっかけでロイヤル・ユニオン・北方連合を巻き込んだ世界大戦になりかねない。

 特にユニオン。

 紛いなりにもヒスパニアの同盟国である以上、北方連合の強行突破を許すわけにはいかないのだろう。

 対する北方連合も北方連合で、私への援護という任務があろうがなかろうが座視するわけにはいかない。

 世界に名だたる黒海艦隊を地中海で止められるのは、朝食に小便をかけられるようなもの(耐え難く屈辱的)だろうから。

 

 

 ヒスパニア人のせいで、私はあまりに危機的な問題に直面しなければならなかった。

 だが、世界大戦を回避するという大きな任務があっても、ほかの…それもすぐ目の前にある問題を無視することはできない。

 私はザラママにお願いすることにした。

 

 とりあえず電話貸して、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すいません。
にわかが書いた文章なんで経済学的になんだソレってのが多分あると思われますすいません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デイ・ドリーム・ビリーバー

 

 

 

 

 

 ビスマルクがラインハルトの宿泊部屋に辿り着いた時には、もう既に先客がいた。

 その先客は既に縛り上げられていたが、しかし、ビスマルクは怒りのあまり自我を見失うところだった。

 何故なら、その部屋の光景は彼女にとって許しがたいものだったからだ。

 

 今縛り上げられている無礼者は、どうやらVIPルームに手榴弾でも投げ込んだらしかった。

 グローセが血塗れになって座り込んでいるし、彼女が抱え込んでいる赤ん坊も同じくらい血塗れになっている。

 その2名を見た瞬間から、ビスマルクは自身の怒りを抑制するという困難な任務をも始めなければならなかった。

 グッタリとしている自身の息子の姿は彼女に怒りと悲しみを執拗なまでに強いているが、もしここで自我を失えば、それこそこの攻撃を仕掛けてきたクソ野郎共の思う壺になってしまう。

 鉄血公国艦隊の長であった経験がまだ活きていて、おかげで幸いな事に彼女はどうにか自我を保つ事ができている。

 

 不埒なテロリストを縛り上げた者たち…テオドールとシェフィールド、シリアスがちゃんと奴の口まで縛っている事にビスマルクは何よりの感謝を示したかった。

 このテロリストが言葉を発する事ができたなら、間違いなくビスマルクの怒りを煽り立てた事だろう。

 だが、テオドールが気を利かせたせいでテロリストはせいぜい嘲笑の笑みを浮かべる事しかできずにいる。

 もちろん、それだけでも不愉快だったが、おかげでビスマルクは自身を落ち着かせる為の間を得る事ができたのだ。

 

 

「…会長、申し訳ありません。あの後シェフィールドさんやシリアスさんと合流したのですが間に合いま」

 

「何も言わないで……良くやってくれたわ。ソイツを地下牢にぶち込んで、医療班を呼んで頂戴。シェフィールドとシリアスも本当にありがとう。…おそらく、その男が以前リヴァプールで私の荷物を奪った"ジェンキンス"と呼ばれる男よ。MI5から海賊に鞍替えしたのはきっとコイツだけではない。調べてくれるかしら?」

 

「仰せのままに。」

 

 

 テオドールがテロリストを引っ立て、シェフィールドとシリアスが調べ物に向かった後、ビスマルクは勿論血塗れのグローセと息子の元へと進み出る。

 

 

「…ごめんなさい…ビス……あなたの……ボウヤ…」

 

「言わないで、グローセ。奴らの侵入を許したのは私のミス。あなた自身も危ないわ、今は安静にして。」

 

「…で、でも……」

 

「安静になさい!!」

 

 

 ビスマルクは自身でも()()()()()()()()()()()()()()()()()を自覚していた。

 …せざるを得なかった。

 まだグローセに抱き抱えられている息子は………息が絶えているように見える。

 

 彼女は恐る恐る息子の首元に手を伸ばす。

 その状態からすれば絶望的とは分かっているが。

 しかし、僅かな希望であっても縋らざるを得ない。

 だが現実は非情なもので、彼女は残酷な事実と向き合わなければならなかった。

 

 

「………ラインハルト…ラインハルト…!」

 

 

 彼女の息子、ラインハルトは息をしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

(以下ラインハルト視点)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと長閑な麦畑にいる。

 いやおかしい。

 先ほどまでグローセ叔母さんの腕の中で、これでもかとばかりにガクブル震えていたはずだ。

 

 朧げな記憶を辿る。

 空襲があり、沿岸への攻撃が始まり、俺はグローセ叔母さんに連れ出されるところだった。

 ところが、ボディガードの1人が侵入者の情報を得て、我々は立てこもる事になったのだ。

 

 立て篭もったはいいものの、最終的には我々は突破された。

 1人の男…かなりの()()()だった…がボディガード3人を瞬く間に撃ち倒し、グローセ叔母さんとも相討ちになった。

 叔母さんはまだしっかり生きていたけど、テロリストもしっかり生きていた。

 …そうだ、確か手榴弾を……

 

 

 従兄弟から以前、"あの世"へ行きかけた時の話を聞いた。

 今目の前に広がる光景を見る限り、俺は従兄弟の言った事は本当のようだと思わざるを得なかった。

 俺はビスマッマの暴走のせいで赤ん坊の姿になったハズだが…しかし、今ではしっかりと元の身体に戻っている。

 この辺りからしても、俺はほぼ間違いなく天に召されたのだろう。

 

 

 普通ならどうするだろう?

 泣き叫ぶだろうか?

 憤慨するだろうか?

 それとも。

 

 俺のように歓喜するだろうか?

 

 

 この悲劇的な最期に歓喜できたのは、俺の目の前に一人の少女が現れたからだった。

 いいや、少女だけじゃなくベンチも。

 その少女は公園でよく見かけるタイプの木製ベンチに腰掛けて、トルティーヤにヒントを得たと思わしきお菓子をサクサクと食べている。

 俺は衝撃のあまり声をかけられないでいたが、幸いな事に彼女の方が俺に気づいてくれた。

 

 

「…!…ラインハルト?」

 

「………そ、そんな…そんな」

 

「どうしたのそんな所に立って…。こっちに来なよ。」

 

「シュ、シュペー…会いたかった…」

 

「……うん!私も会いたかった!」

 

 

 俺はシュペーの隣に座り、彼女の頬を指先でつついてみる。

 彼女は少し恥ずかしそうな…なんとも可愛らしい表情を見せた。

 この実感、この表情。

 間違いない、本物のシュペー…俺のシュペーだ!

 

 

「ど、どうしたの、ラインハルト?急に泣いたりして…」

 

「シュペー…シュペー!お、俺はッ、君のことをッ、ウッ、グスッ」

 

「………」

 

 

 ずっと会いたかったシュペー。

 そのシュペーが目の前にいる。

 俺はなりふり構わず彼女に泣きついたが、シュペーはそんな俺の事を優しく抱きしめてくれた。

 彼女の匂いが記憶を呼び覚まし、俺の涙腺は止まることのない涙を垂れ流し続ける。

 

 

「グスッ、すまん、シュペー!俺があの時旅行なんて考えなければ…シェルブールなんか行かなければッ!」

 

「大丈夫、分かってるよ。皆、疲れが溜まってた。ラインハルトがしようとした事は決して間違ってないと思う。シェルブールでの事は仕方なかったんだ」

 

「でもッ、でもッ!」

 

「ラインハルト?」

 

 

 泣きじゃくる俺の頭を、シュペーは優しく撫で回す。

 

 

「本当の事を言うとね…私の事は忘れて欲しかった。いつまでもシェルブールの事を引きずっていって欲しくなかったから。」

 

「………」

 

「でも、ラインハルトは私の事を忘れなかった」

 

「忘れるわけないじゃないか!!」

 

「…そして、引きずることもしなかった。それって、とても難しい事だと思う。ラインハルトは本当に"強い"よ」

 

「シュペー!これからはずっと一緒にいられる!これからはずっと君の側にいられる!これからは」

 

「…ごめん、それはできない。」

 

「え………」

 

 

 シュペーからの突然の拒絶。

 俺は当然言葉を失った。

 その言葉の真意を問うかのように、俺は彼女の顔をみる。

 そこには、悩みの末決断を下した彼女の悲しげな顔があった。

 

 

「ラインハルト、私の事だけを見てはダメ。グローセさんやヒッパーちゃん、それにビスマルクさんの事も忘れちゃダメだよ?」

 

「………それって…」

 

「今ならまだ引き返せる。…ラインハルト、お願い。ビスマルクさん達には、ラインハルトが必要だと思う。」

 

「そ…そんな、嫌だ…せっかく会えたのに…シュペー…行かないでくれ…!」

 

「…ラインハルト。本当は私も寂しいんだ。でも、まだダメ。まだ来てはダメ。」

 

「シュペー…」

 

「ここにはまた来れるし、私にはまた会える。ラインハルトにはまだ、"あっち"でやるべき事があるハズ。それに…」

 

 

 シュペーが俺をベンチから立たせ、そしてまた抱きしめる。

 俺も俺で、反射的に彼女を抱きしめた。

 気づけば辺りには桜の花びらが舞い、辺りは白い空間に包まれている。

 

 

「大丈夫。私はいつだってアナタと共にいる…」

 

「シュペー…」

 

「ラインハルト……私のラインハルト……本当の本当に…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 "愛してる"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、目に涙を浮かべるビスマッマがいた。

 どうやらまだ俺は血塗れの赤ん坊の姿で、血塗れのグローセ叔母さんに抱えられているようだった。

 ビスマッマは俺が目を覚ましたのを見てとり、いつもやるように激しくではなく優しく俺を抱き抱える。

 

 

「…………」

 

「……ビスマッマ」

 

「ラインハルト、あなたが生きていてくれて……本当に良かった…私、あと少しで………ぐすっ、うっ、うぐっ、理性を失う所だったわ…」

 

「ごめんね、ビスマッマ。ママの事を置いてけぼりにしちゃう所だった。…本当にごめん、ビスマッマも大切なママなのに…」

 

「いいのよラインハルト。あなたが戻ってきてくれた事がなによりも大切なの。」

 

「お取り込み中失礼します、医療班が到着いたしました。」

 

 

 親子の感動の"再会"もそこそこに、シェフィールドが医療班を連れて入室する。

 彼らは真っ先に赤ん坊の元へ向かい、ついでグローセへの応急処置が始まった。

 

 

「…奇跡です。これで死ななかったとは…。手榴弾の破片が当たってはいますが、これがあと3ミリ右なら即死モノです…御加護があったようですね。」

 

 

 医療班の医師からそう言われて、俺は天井を見上げる。

 "私はいつだってアナタと共にいる"

 ありがとう、シュペー。

 そしてまた会う日まで。

 また、少しだけ泣きそうになったが、でも今度は涙を出さずに済んだ。

 いつまでも泣いてちゃ、彼女を呆れさせてしまう。

 だから、また会う日まではシュペーに誇れる人間でいよう。

 また会ったときに、今度は胸を張っていられるように。

 

 

 

 医師が俺への応急処置を終わらせた時、凄まじい砲声が聞こえた。

 ビスマッマのお気に入り、テオドールが部屋に戻ってきて、この砲声の正体を告げる。

 

 

「会長、砲兵陣地の80cm砲が砲撃を開始したようです!『敵艦1に大打撃』との事。」

 

「!…ようやく反撃開始といったところかしら。」

 

「反撃開始どころじゃありません、援軍も到着しています。出撃中の艦隊が戻りつつありますし、アイリス艦隊も合流してくれています。」

 

「ロブ君の援護ね。」

 

「それと…沿岸部も地上部隊の増援を得ています。」

 

「SBSの事かしら?」

 

「いいえ、守備隊の報告では『北連語としか思えない北連訛りの英語を話すボランティア団体』だそうです。」

 

 

 

 

 シュペー…それに、ブロ。

 どうやら俺はまだまだやっていけそうだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

今そこにあるママ

 

 

 

 

 

 

 もし、従兄弟に艦隊運用上の失点があるとすれば、鎮守府を防備するための艦隊を用意していなかったた事だろう。

 しかし艦隊運用に関しては私にももちろん失点があり、そのうちの一つを挙げるとすれば…それは鎮守府防備を担当する第1艦隊『ハプスブルク』の正規編成に4大マッマを組み込んでいた事だ。

 従兄弟にはビス叔母さんの鉄血艦隊の皆様がいるから大丈夫だろうとタカを括ってしまっていた。

 だから襲撃があった時、我らが精鋭第1艦隊はほぼ有名無実なモノと化していた。

 いや、そりゃあもう、この艦隊の核となるべき4大マッマは私に着いて来ていたのだから当然の結果である。

 奇襲攻撃の際、私の鎮守府にいた第1艦隊の正規メンバーはイラストリアスのみであり、他のメンバー…ピッピ、ダンケ、ルイス、ベル、それにプリンツェフは遠い異国にいた。

 そしてイラストリアスは制空権の確保に手一杯だった。

 

 

 いずれかのマッマが残っていれば、まだ違う運用ができたかもしれない。

 そもそも別の前衛艦はいなかったのか?

 臨時でもいいから、予備のKANSENを投入すれば別の運用は…本来の運用は可能ではなかったのか?

 この疑問に対する答えは単純で、従兄弟のラインハルトは攻撃重視型の士官だったのだ。

 つまり、奇襲攻撃を予期した結果、出来るだけ多くのKANSENを巡航させて先手を取ろうとしたのだ。

 だが、この方針は最悪のタイミングで誤算を招くこととなってしまった。

 

 

 覆水盆に返らず。

 だが、従兄弟はどうやらすんでのところで危機を回避できたらしい。

 私は重い重い気分でビス叔母さんに電話したが、彼女がいつも通りの冷静沈着さを保っていた事には感謝しきれても仕切れない。

 今度こそ罵声と怒声を浴びせられるのを覚悟していたから、彼女の単節かつ要領をよく捉えた返答は実にありがたかった。

 

 

 

『沿岸部の敵は一掃され、敵のKANSEN達は深傷を追って敗走中。あなたのおかげよ、ロブ君。まさか…KGVまでもがリスクを犯して援護してくれるとは思っても見なかったわ。』

 

 お礼を言うのはこちらの方です、叔母さん。

 

『いいえ、私の方よ。彼ら北連語交じりでなんて言ってたと思う?"ボランティア"よ?あんな訓練された"ボランティア"見た事がないわ。MI5もSFSを寄越してくれたし、SBSも来た。沿岸部はもう安全よ…とはいえ、まだ油断なんて出来ない。』

 

 敵のKANSEN部隊を捕捉するべきですね。

 巡航させていた我々の艦隊もそろそろ集結するハズです。

 

『"あなたの"艦隊ならもう敵艦隊を追ってくれている。まだ捕捉したとまではいかないけれど、時間の問題ね。とにかく、こちらの問題は私に任せておいて。』

 

 すいません叔母さん。

 私もこちらで解決せねばならない事がありまして…それまでお願いできますか?

 

『…ありがとう、ロブ君。本当の本当にありがとう。私はしくじった…しくじったばかりかロブ君に何の助けもできていない。なのに、あなたは…』

 

 しくじっているのは私の方です。

 ビス叔母さんが相手にしているのはロルトシート、そしてそのロルトシートの狙いは第三次世界大戦です。

 お互い及ばないところがあったとしても、連中の目的は阻止せねばなりません。

 お気を確かに。

 

『…そうね。とにかく、ありがとう、ロブ君。あなたのおかげで私達はロイヤル国内に集中できる。ヒスパニアの件は任せたわ…最初に言っておくけど、結果がどうなろうと、私はあなたを責めるつもりはない。』

 

 ………

 

『ラインハルトの負傷も含めて、あなたに落ち度はないの。全ては私とロルトシートに帰結する。その辺だけは、よく理解しておいて?』

 

 ……はい、ビス叔母さん。

 どうかご武運を。

 

『あなたもね。』

 

 

 

 

 

 

 

 ビス叔母さんやさちぃよぉ〜。

 やさちぃよぉやさちぃよぉ。

 

 さて、それはそれとして。

 ビス叔母さんにロイヤル方面の問題を任せた以上、こちらもこちらでやることをやらねばなるまい。

 

 

 ヒスパニアの元帥は…少なくとも今のところは恐らくビス叔母さんと手を切る気ではないハズだ。

 もし、元帥がロルトシートを新たなパートナーに迎えてビス叔母さんを切り捨てたすれば、躊躇なくデフォルトに踏み切っていた事だろう。

 独裁者というのは、自身の権力を保持する為にどんな手も使うハズ。

 なら、元帥が未だにデフォルトに踏み切っていないのは…きっと元帥がまだ迷っているからだ。

 ロルトシート家は本当に信用に値するのか、或いはビス叔母さん及び鉄血財界の報復から守られるのか。

 

 MI5時代に元帥のファイルを読んだことがある。

 まだアズールレーン側とレッドアクシズ側がやり合っていた頃、この元帥は北アフリカで挙兵して当時のヒスパニア共産主義政府を打倒し、その後は中立を貫いた。

 以降、アズールレーンとレッドアクシズの両方から援助を引き出し、冷戦中も同様の態度を取っている。

 中々の古狸っぷりだし、これを可能にしたのは彼自身の疑い深い性格にもよる所も大きいだろう。

 そんな彼の事だから、ロルトシートの事も当然疑っているに違いない。

 

 

 元帥を()()()()()()()

 

 

 私はそう考えた。

 ヒスパニアは元帥の支配下にあるが、必ずしも反対勢力がいないわけではない。

 独裁国家ではよくある事だが、民主主義を求める…所謂"自由の戦士"はどこにでもいる。

 当然ヒスパニアにもいるし、私は彼らに接触するつもりだった。

 

 

 つもりだったんだよ、本当はね。

 

 

 でもね、私の素晴らしいニューマッマのザラがね、

 

 

「ピッコリーノ、服が濡れたままじゃない!風邪をひいたらどうするつもりなの?ほら、ママと一緒にお買い物しましょ」

 

 

 とか言って私をサディア首都市内の服屋に連れ込みやがったんだよ!!!

 まあ、たしかに海難救助された時にちょっとばかし濡れたけどさあ。

 そんなエマージェンシーでもねえじゃん?

 ほっときゃ乾きそうじゃん?

 なんで?

 なんで今なの?ねえ?

 

 

「さて、ピッコリーノ♪服は袖を通さないとわからないでしょ?ママがお手伝いしてあげるから、お着替えしましょうね〜♪」

 

 

 何点かの赤子用衣類を手にしたザラママが、とびきりの笑顔で私を更衣室に運び込む。

 私を更衣室の中の台座に座らせると、ルンルン気分で着替えさせ始めた。

 

 …ひょっとすると、感づいている方もいるかもしれない。

 この服屋の名前は『Z●RA』である。

 どっちかっていうとヒスパニアのブランドなのだが…。

 

 しかしザラママはお構いなし。

 相変わらず嬉々とした表情で私の濡れた服を脱がせ、軽やかな手つきで新しい服を試着させていく。

 

 

「キィィィィィイイイッ!!ご主人様のお着替えはこのベルファストの仕事でしたのにィッ!!この、泥棒猫ッ!!」

 

 

 ベルファストがメイド●見たみたいな感じになってるけど知らないフリをしよう。

 ピッピがMG42を持って150連メタルリンクをジャラジャラさせてるし、ダンケが「アイリスならそんなコーデじゃ許さない」とか言ってるし、ルイスはルイスで「服なんかネットで買えばいいじゃない」とかファストファッション大量消費の象徴みたいな事言ってるるけど私は何も知らない。

 もう、知りたくもない。

 

 

「うん…これが一番似合ってるわね…」

 

 

 幾つか服を着せ替えさせた後、ザラママは真剣な眼差しを私に向けたまま、満足げに頷いた。

 

 

「…ピッコリーノ?あなたはどう思うかしら?ザラがプロデュースする最高の冬コーデよ♪」

 

 

 冬コーデもクソもあるかよ。

 私はザラママに鏡と向き合わされたわけであるが、そこに写っていたのはスーツを着込んだ赤ん坊である。

 ボ●・ベイビーですね、はい。

 まんまボ●・ベイビーです。

 どこがコーデなんですか?

 これのどこが冬コーデなんですか?

 コーデ的な要素全くないよね?

 ただのフォーマルスーツだよね、これ?

 

 

「さて。ピッコリーノの服装も整った事だし、会合の場所に向かいましょうか。」

 

 はい?会合?

 

「ピッコリーノ、私はあなたのママになったのよ?つまり、可愛い息子の考えも読めるようになったってコト。幼なじみなら尚更ね。」

 

 え…マ?

 

「そう、そのまさか。ポーラとトレントに頼んで、"ツテ"に話をつけてもらったわ。…まさか、ザラが考えもなしにあなたの服を選んでいたと思ってるの?」

 

 Oh,my manma!

 なんて素晴らしい!

 

「ザラの素晴らしさ、少しは伝わったかしら?」

 

 めっちゃ最高です、ザラマンマ。

 

「ヒスパニアの不満分子を動かすのにうってつけの人間がいる。だから、あなたには相応しい服装をしてもらわないとね。それに、丁度濡れてたし。」

 

 で、その人間ってのは?

 

「………本当は、ピッコリーノには合わせたくないんだけど…サディアン・マフィアのボスよ。」

 

 …マ、マフィアのボス!?(ガクブル)

 

「そう、彼の名は………

 

 

 

『アル・デンテ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いかん、腹が減ってきた。

 なんだその旨そうな名前は。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バブリック・エネミー

 

 

 

 

 

 アル・デンテ

 

 

 彼は水の都ヴェネチアで生まれた。

 父親は地元の漁師、母親はシチリア人で、彼女は夫というよりもヴェネチアの美しさに惚れ込んだようだった。

 ただ、ヴェネチアに惚れたといっても夫に何の魅力もなかった訳ではなく、彼の無口で誠実な性格もしっかりと彼女の心を捉えていた。

 両親は敬虔なカトリック教徒で、ステレオタイプなサディア人によく見られるように陽気で、一人息子のアルは母親の作るとても美味しい料理を食べて、何不自由なく育っていった。

 

 …なに?なんだって?

 漁師の息子が何不自由ないわけがない?

 なんて失礼な事をおっしゃる!

 

 まあ、その実、デンテ家には何不自由なく一人息子を育てられる理由があった。

 アルの父親ピエトロ・デンテの妻はシチリア・マフィア幹部の3番目の娘だった。

 妻の父親は組織の中で名を挙げてはいたものの、自らの娘達に自身と同じ世界での人生を歩ませようとは微塵も思っていなかったのだ。

 だから、3番目の娘が漁師と結婚すると言い出した時も寧ろ歓迎していたし、金銭的な支援もした。

 夫はそれを心苦しく思っていて、それが普段波風の立つことのないデンテの家に小さなあらs…高●船だと!?そんな小説は知らん!!

 

 

 アルが10歳の誕生日を迎えた年、サディアでは『ファシズム』と呼ばれる政治思想を実践しようとする政党が政権を握った。

 今でこそファシズムといえば暗いイメージがまとわりつく。

 ホロコースト、思想弾圧、第二次世界大戦。

 だが、本来のファシズムとは、決して排他的性格を持つものではない。

 その語源である『 束 』(ファッシ)が示す通り、ファシズムとは本来包括的な政治思想なのだ。

 その束の中にはユダヤ人も、ロマも、身体的・精神的障害者も、共産主義者も、資本主義者も、労働者も資本家も含まれる。

 ホロコーストに代表される排他的要因のほとんどは、ガスマスクを装着し易いように髭の両端を切り詰めた人物が加えていった。

 実際、ファシズムの生みの親であるMr.スキンヘッドはMr.髭からのホロコースト協力要請を断っていたのだ。

 

 

 だが、しかし、物事には何であれ例外がある。

 ファシズムは…少なくともサディアのファシズムは包括的思想だったかもしれないが、マフィアはその"束"の中に入っていなかった。

 ファシズム政権下のサディアで、マフィアは政府から忌み嫌われ、苛烈なまでの掃討が行われていったのだ。

 政府の治安維持活動への熱意は大衆の支持を集めたが、その熱意は時として度を過ぎてしまった。

 

 

 アルの父親、ピエトロ・デンテは真面目な漁師だった。

 だが、妻がシチリア人でマフィアの娘だというだけの理由で、その関係者だと疑われてしまった。

 アルが12歳の時、サディア国家警察は手早く彼とその妻を連行してしまい、アルは1人ぼっちになってしまう。

 

 アルは施設に送られたが、この施設は酷いものだった。

 すでに"わんぱく"だった彼は脱走し、母親のツテを求めて遠くシチリアにまで足を伸ばす。

 そこで、彼は運良く"おじいちゃん"の部下に拾われ、マフィアの庇護下に置かれたのだった。

 

 

 マフィアの世界に、アルは熱中した。

 熱中するどころか、年を重ねるごとに頭角を現していった。

 困惑する祖父をよそに、彼は当局を何度も出し抜き、仕事をこなし、配下を統括して、他の幹部達からも信頼されていったのだ。

 

 そしていつしか彼は………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は今、品の良いサディア料理店でビステッカを食べながら、目の前にいるイタリアンダイナマイトな女性と、その女性の谷間に収まっている赤ん坊を見ている。

 もう…なんというか変態というよりゴミを見るような目つきで見られてるし、その理由は大体想像がつく。

 そして、彼が口を開いた時、私は自身の予想が正しかった事を知った。

 

 

「…セントルイスファミリアって名前なら、恐らくシチリアでも知らねえ人間はいねえ。だが、そのセントルイスファミリアがスケ()の谷間に収まってるってのはどういう了見だ?」

 

 ま、誠に申し訳ない…

 

「この子を責めないでもらえるかしら?それに、こうなってしまった以上は庇護が必要でしょう?あなたがシチリアを訪れた時のようにね。」

 

 ザ、ザラママ?

 マフィアのドンの前でなんてこと

 

「ガハハハハッ!ちげえねえ!…少将殿、変な気遣いなんざ必要ねえ。こちらも気遣いをする気はねえしな。さて、用件を聞こうか。」

 

「ヒスパニアの」

 

「嬢ちゃん、肝っ玉が座ってるのは認めるが、こいつにはアンタが口を出すべきじゃねえ。プロとプロの話し合いなら、そのボウズに任せときな。」

 

 ありがとう、ザラママ。

 さて…と、Mr.デンテ。

 

「デンテでいい。」

 

 では、デンテ。

 あなたは非常に…幅広い人脈をお持ちだ。

 

「まあ、顔は広い方だからな。」

 

 ヒスパニアにもツテをお持ちだとか。

 

「………」

 

 我々はヒスパニアのある組織を雇いたい。

 報酬を支払い、あるテロ攻撃を実行してもらいたいのです。

 

『ビスク 祖国と自由』(E T A)は傭兵組織じゃねえ。奴らは愛国者。ただカネを払えば良いってもんじゃねえんだ。」

 

 では、フランシス元帥絡みならどうでしょう?

 

「………」

 

 元帥が、デフォルトの宣言をしようとしているという情報が入っています。

 貴方ならお分かりでしょう、デンテ。

 これがどういう事か。

 

「ETAの連中からすれば大した違いはないんじゃないか?フランシスが借金を踏み倒せば、"市井の人民"が重税から解放されるとすら考えるかもしれない。」

 

 はははっ…ああ、失礼。

 いくら彼らでもそこまで楽観的にはなれないでしょう。

 フランシスが鉄血の借金を踏み倒すとして、しかし、ヒスパニアには外貨が必要です。

 借りる相手が変わるだけだ。

 

「…分かった、認めてやろう、セントルイスファミリア。ETAは首を縦に振るだろうな。だが、アンタが忘れるべきじゃねえコトが一つある。」

 

 もちろんですよ。

 あなた方には利点がある。

 

「ほう…まあ、アレだろ?"地中海に自由を取り戻す"ってヤツだ。どうせアンタの事だから、こちらの足元はしっかりと見てるだろうからな!」

 

 ………

 

「舐めちゃいけねえぜ、ボウズ。いくらウチのアガリの殆どが密貿易によるモンだとしても、それだけでテメエにタダで協力してやる義理はねえんだよ!!」

 

 

 アル・デンテが立ち上がり、ザラママも対抗するように立ち上がる。

 デンテの背後に控える構成員達はM1934自動拳銃やM38短機関銃を構えたし、私及びザラママの背後に控えるピッピとベルもP38自動拳銃とトンプソン短機関銃を取り出した。

 まさに一瞬即発の状況だが、私としてはもう少しでいいから落ち着いて欲しい。

 

 

「勘違いしちゃいけねえぜ、ボウズ。」

 

 勘違い?

 いいえ、デンテ。

 私の提案はそんなものではありません。

 

「………」

 

 ETAのテロ攻撃により、我々はヒスパニアをコントロール下に入れる事ができるようになる。

 フランシス元帥はビスマルクの傀儡になり、あなた方はヒスパニアの地下世界をも手中に収める事が可能になるでしょうな。

 

「ハッ!何を言い出すかと思えば。いいか、ボウズ。あの元帥はファシストだ。俺はファシストってヤツが一番信用ならねえ!」

 

 お気持ちは察しますが、冷静になってみてください。

 元帥はただのファシストではありません。

 より"打算的な"ファシストです。

 

「違いが分からねえ」

 

 彼はファシストとして鉄血やサディアの支援を受けておきながら、先の大戦では中立を保った。

 冷戦ではホルタ会談側につきながら、共産主義者とも手を組んでいる。

 要するに、あの男の頭にあるのは自身の保身だけなんです。

 

 

 

 いつか、ヘレナが北方連合のマッドサイエンティストに連れ去られた時、ヒスパニアを経由していた事がある。

 いくら旧共産主義国家とはいえ、政府に全て覆い隠してそんな事ができるハズはない。

 要するに、政府も旧共産派の行動を黙殺していたと考える事ができるし、寧ろ元帥が一枚噛んでいてもおかしくはないだろう。

 

 元帥はまず保身と利益を求めている。

 その次に国家の安寧と安定を求めてもいるだろうが、優先順位は自信の方が高いに違いない。

 そして、元帥はそれを臆面することなくやってのけてきているのだ。

 

 

 サディアン・マフィアの大ボスは少し考え込んだ様子で再び席についた。

 背後の部下達に武器をしまうように指示し、2、3秒目を瞑る。

 そして次に目を開いた時には、彼の決断が下されていた。

 

 

 

「…わかった、ボウズ…いや、少将殿。アンタを信じよう。但し、マフィアとの約束を反故にすればどうなるかは分かるよな?」

 

 もちろんです。

 

「なら結構!ETAとの連絡を取り次いでやろう。…良い商談ができた。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 サディア料理店を出た後、私はザラママの谷間から矢継ぎ早に指示を出さなければならなかったし、判断をしなければならなかった。

 自身の策謀の中心が固まった今、様々な方向へ交渉と調整を行わなければならない。

 

 

「Chou!アイリス政府はあなたを全面支持しているわ!協力も承諾した!『大越のお礼だから気にしないで』だって。」

 

 鎮守府支援といい、アイリス寛大過ぎるだろ。

 いや、マジで有難いからお礼を伝えてつかぁさい!

 

「ミニ!マクラララ長官から電話よ!」

 

 え?マ?長官から直々に!?

 まあ…繋いでくだせえ。

 

『ロバート君、大変な事になったな。』

 

 はい、長官。

 一歩間違えば第三次世界大戦です。

 

『君の方で手を打ってくれているという情報を確認している。協力したいところだが、世論ではロルトシートが幅を効かせていてな。こちらは動けそうもない』

 

 承知の上です、長官。

 

『ただし、()()()()()()()C()I()U()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ブフォッ!

 

 思わず笑ってしまった。

 

『ふふふ、そうだ。"あの連中"だ。連中、どうやら我々のチャーター機を使って鉄血に行ってしまったよ。』

 

 ありがとうございます、長官。

 

『いいかい、ロバート君。私は君に何の協力もしていない。すれば私の政治生命どころじゃなくなる。』

 

 もちろんです、長官。

 

『君の健闘を祈る。』

 

「坊や!鉄血情報部から連絡!」

 

 ありがとう、ルイス…どうしたの、ピッピ?

 

「"ターゲット"はやはり鉄血にいる。それもよりにもよってベルリンに。ベルリンで債務管理局の説明会だなんて、舐められたものね!」

 

 連中、きっと私の手札がビス叔母さんの部隊だけだと思ってる。

 そう思わせておこう。

 アヴローラとの連絡は?

 

「間に合いそうよ。それと、ベニヤも世界大戦は望んでいないみたい。」

 

 だろうね。

 

 

 よし、よしよし。

 手札が揃いつつあるな。

 あとはサディアの皇帝にご相談するだけだ。

 

 そう思った時、ルイスママと同じくらい青々とした母親っぽくて仕方のないKANSENが携帯電話を持ってきた。

 

 

「ザラ?あなたの息子さんにお電話よ?」

 

「ありがとう、トレント。ほらピッコリーノ。」

 

 どうも、ザラ。

 …ご連絡いただき

 

『ぼくはきみのあんをしじする!こくぼーだいじんにつなぐから、しょうさいはかれにはなしてくれ!』

 

 

 マジ出来過ぎ君だろ、この皇帝。

 皇帝に麗しいお言葉を使いながら説明する手間が省けたので、私は迅速に国防大臣との会話に入る事ができた。

 あの皇帝、本当に7歳かよ…

 

 

『電話を変わった、国防大臣だ。』

 

 国防大臣、セントルイスファミリアです。

 貴方にお願いせねばならない事があります。

 

『皇帝陛下からは貴官の指示に従うように仰せつかっている。何なりと言ってくれ。』

 

 では…

 ヒスパニアとの戦争を準備してください。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コードネーム A.U.N.T

 

 

 

 

 

 ジブラルタル海峡

 

 

 

 

 

 

 

 

「…良い景色ね。」

 

 

 ブロンドの髪に、いかにも高貴なる者らしい芳香を漂わせる少女が、目の前の風景を見てそんな事を言った。

 背後には、まるで騎士か何かのように控える少女がいて、先程のブロンドに賛意を示しつつも渋い顔をする。

 

 

「ええ、全くです。…まさか、また人類同士でこの海を奪い合う事になるとは。」

 

「まだ決まったわけではないわ。それに、それを防ぐためにこのエリザベス様が派遣されたのよ?」

 

 

 クイーン・エリザベスを旗艦とするロイヤル艦隊が、現在ジブラルタル海峡のロイヤル側で待機しているのには理由がある。

 海峡のもう半分を管理するヒスパニアが、それを封鎖するという暴挙に出たからだ。

 彼女達はロイヤル首相マーク・マクドネル直々の頼みで、「欧州ひいては全世界の安寧を保証する」という大義名分の下、派遣されていた。

 

 

「確かに我々がここにいるのは、ヒスパニアの暴走を抑止するため」

 

「ヒスパニアだけじゃないわ。地中海の守護者を自負するサディア、ヒスパニアと国境を合わせるアイリス、黒海艦隊の行動を抑制されかねない北方連合…それに、同盟諸国への影響から引くに引けないユニオンまで。私達が仲裁をしなければならない相手は余りにも多い。」

 

「………陛下…」

 

 

 アズールレーンとレッドアクシズの戦争は終わり、冷戦さえ乗り越えた後、人類は再び手を取り合ってセイレーンとの戦いに戻ったのではなかったのか?

『戦いはいつの世も変わらない』

 ウォースパイトはかつて、あるユニオンの空母が言っていた言葉を思い出す。

 だが。

 

 変わらないのは果たして戦いの方だろうか?

 それとも、戦いをやめることのない人類の方だろうか?

 ウォースパイトは時に迷う事がある。

 自身が戦う意義と意味に。

 彼女その言葉を発した空母よりもよほど歴戦で、目の前のクイーン・エリザベスには絶対の忠義を尽くしているが、延々と続く戦いは時に彼女を迷わせた。

 人類の戦いに終わりはあるのか、と。

 彼女達KANSENが必要とされなくなる日はくるのか、と。

 

 

 クイーン・エリザベスはまだ美しい景気を見ていたが、背後のウォースパイトを始め多くの"下僕"達が同じように悩んでいる事に勘付いていた。

 それでも彼女が責めを発しないのは、彼女自身その悩みに同調する部分があるからだ。

 ただ、彼女は戦うこと自体に悩んではいなかった。

 "理由"は充分にある。

 問題は"期間"があまりにも連続して長引いている事だろう。

 

 ただ高慢なだけに見える少女は、その頭脳の中に"下僕"の心情を事細かに把握できる機能を備えていた。

 世界最強を自負するロイヤル海軍に彼女がいる事は、海軍が大衆迎合主義者の首相やロルトシートの手先に囲まれた状況において格別に幸運だったと述べる事ができるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄血公国

 

 首都ベルリン

 

 

 

 

 

 

 

 フレデリック・フォン・ロルトシートの弟であるエーミールは、この日ビスマルクに最後の一撃を加えんとしていた。

 ヒスパニア債務管理局の説明会を、ロルトシートの人間が、ビスマルクのお膝元であるベルリンで行うということ。

 これが何を意味するのか…鉄血の誰もが知っていた。

 

『ビスマルクの時代は終わり。ロルトシート家と手を組むべし。』

 

 商才に恵まれない者でもこれくらいの判断ならつくだろう。

 ヒスパニアの破綻を前提にした組織の説明会が行われるということは、ヒスパニアの支援を取り付けて回ったビスマルクの信用を完膚なきまでに叩き潰すということでもあるのだ。

 これが無事に終われば、ロルトシート家はロイヤルのみならず、鉄血公国をも手に入れる事になる。

 元々の係争の原因であるチェフメ油田は勿論の事、大陸側欧州の財界に覇を唱えるビスマルクを倒せば…もうロルトシートを邪魔するものはいない。

 

 

 だからこそ、エーミールは息巻いている。

 肩をいからせ、魂の情熱をその瞳に宿らせながら、彼は取り巻きのボディガード達と共に会場へと徒歩で向かっていた。

 道中、欧州各国のメディアから嵐のような取材を求められていたが、屈強なボディガード達が記者達を押し除け続けている。

 比喩でも何でもなく、彼を止められる者は誰もいない。

 普段は兄の威光の影に追いやられ、"いけすかないロルトシートの三枚目"などと陰口を叩かれた時もあった。

 だが、今や鉄血財界の中の大多数はエーミールに取り入ろうと必死になっていた。

 つまり…誰もがビスマルクの劣勢とロルトシートの伸長を感じていたのである。

 

 

 

 道路を進むエーミールから、こちらに向かってくる2台の黒いセダンが見えた。

 2台とも鉄血のど田舎でも見るタイプの車両で、極めて一般的という以外には何も特徴はない。

 だがエーミールは何か嫌な予感を感じていたし、そしてその理由は、その2両のセダンのどちらにも満員である4人が乗っていた事、そして2両とも何らかの統制下に行動しているように思えたからだ。

 

 現在、鉄血公国にエーミールを攻撃するような不安材料はない。

 …ないハズ。

 ビスマルクの配下はロイヤルに出払っているし、鉄血公国軍は政府に押さえつけられている。

 政府は最早、財界の巨頭がビスマルクからロルトシートに入れ替わる前提での方策にシフトしていた。

 こんな日中にエーミールをボディガードごと襲撃するという自殺行為をするような分子は、少なくとも思い当たらない。

 

 だが、2台のセダンの連中は、()()()()()()()だった。

 

 2台のセダンの後部座席からサブマシンガンの銃口が飛び出てきて、エーミールを取り巻くメディアごとドライブバイ射撃の標的にした。

 血と肉が飛び交い、恐怖と痛みの絶叫が響く中、エーミールは自身のボディガード達が次々に殺されていくのをしっかりと見てしまう。

 だが、生き残ったボディガードの1人が呆然とする彼を引っ張って、凄惨な不差別射撃の現場からどうにか連れ出したのだった。

 

 

 

 

 

「チクショウ!これが北連のやり方かよ!大将も何でこんな連中と合同作戦なんか」

 

「ワシントン!気持ちは分かりますが、今は任務遂行を優先すべきです。KGVがターゲットを離脱させました、我々は先回りしますよ!」

 

 

 2台のセダンによる銃乱射の後、1台のバンが走り出した。

 そのバンに乗るチーム・ユニオンの面々は、早くも襲撃現場からの離脱を試みているエーミールを捉えている。

 

 

「皆んな、ロブロブからの指示はわかっていますね?生け捕りにしますよ!」

 

 

 バンを運転するノースカロライナがバンの中のメンバー達にそう言ったが、彼女の声が聞こえたのか聞こえてないのか…メンバーの1人、コロラドはM9バズーカを手に取ってバンのサンルーフから身を乗り出した。

 

 

「ちょっ!コロラド!?私の話聞いてまし」

 

「情け無用フォイア!!」

 

 

 コロラドはノースカロライナの制止に耳も貸さずに引き金を絞る。

 成形炸薬弾がロケット推進により飛んでいき、エーミールの300m前方にあった車両を吹き飛ばした。

 結果としてエーミールとそのボディガードはひっくり返り、そして別方向の路地へと走り出す。

 

 

 

『ちょっと!チーム・ユニオン!何で余計なコトをするんですか!?ターゲットがあの車両に乗るのを待ってから再襲撃する手筈でしたよね!?』

 

「しゃらくせえ、このキチガイKGVめ!!テメェらこそ冷戦ん時と変わってねえじゃねえか!!」

 

「やめなさいワシントン!!…忘れてはいけません、ロブロブは私達が頼りなんです!」

 

『…ミーシャの為にも、ターゲットは生け捕りにしないと…ターゲットは路地へ。追跡を頼めますか?』

 

「分かりました。ワシントン、コロラド!ついて来なさい。メリーランドはバンの運転を!GO!GO!GO!」

 

 

 ノースカロライナとワシントン、それにコロラドがトミーガンやバズーカを片手にバンから飛び出していく。

 エーミールとボディガードは早くも路地へと逃げ込んで、ボディガードの方が時間稼ぎのためか自動拳銃で制圧射を見舞って来た。

 その間にもエーミールは1人で逃げ続けている。

 

 

「チッ!あのボディガード邪魔くせえ!」

 

「落ち着きなさい。ターゲットに当たる可能性があります。無闇に撃たないよ」

 

「情け無用フォイア!!」

 

 

 コロラドがまたM9バズーカを発射したが、今度は()()()()ボディガードに命中する。

 成形炸薬弾をまともに食らった可哀想なボディガードはバクハツ=シサンし、上品なローファーのみを残して蒸発した。

 …文字通り。

 

 

「コロラド!もうバズーカは禁止です!」

 

「…チェッ」

 

 

 コロラドが舌打ちをしたが、ノースカロライナはそんな彼女に構ってもいられない。

 ターゲットは既に路地へと歩を進めていて、今まさに次の大通りへと出ようかとしていた。

 

 

「人通りの多い通りに出られると厄介です!捕まえますよ!」

 

 

 ノースカロライナ達は足を早める。

 彼が先に大通りに出れば、別の警護チームに拾われる可能性があり、そうなればエーミールはこのキリングフィールドから安全に離脱できてしまう。

 だからノースカロライナとしては、この狭い路地でケリをつけてしまいたい。

 

 だが、エーミールは思ったよりも俊足で、ノースカロライナとの距離をグングンと開けて行ってしまう。

 結局、やはり彼の方が先に大通りに出て、走行してくるであろう彼の回収チームの車両に腕を振り始めるのが見える。

 ノースカロライナは更に急いだが、しかし、結局彼女達が急ぐ必要はなかった。

 

 

 エーミールの回収チームの車両と思われた1台のグレーのセダンが、フロントグリルをエーミールに当てて彼を弾き飛ばした。

 可哀想なエーミールはグルグルと回転しながら硬いアスファルト舗装の上に投げ出され、グッタリと動かなくなる。

 ノースカロライナ達が汗だくになりながら大通りに達した時、グレーのセダンから1人のKANSENが降りて来た。

 プラチナブロンドの髪をポニーテールにまとめた、工作員モードのアヴローラである。

 

 

「ふぅ〜。危ないところでしたね。ですが対象は"保護"できました。」

 

「ほ…"保護"…?」

 

 

 ワシントンは息を整えながら、ボロ切れのようにアスファルトの上に転がっているターゲットを見て、彼がちゃんと生きているのかさえ不安になっていた。

 

 

「大丈夫です、生きてますよ。」

 

 

 アヴローラは笑顔でそう言いながら、転がっているエーミールの腹部に強烈な蹴りを入れた。

 エーミールは呻き声と共に咳き込み、少し落ち着いてから呪いの声を挙げたが、アヴローラは再び蹴りを入れて彼を黙らせる。

 

 

「ね?この通りちゃんと生きています。…バズーカは予想外でしたけど、…よくやってくれました、ノースカロライナ。」

 

「……え、ええ。そちらも。」

 

「さて、対象も捕まえた事ですし、離脱してミーシャに報告しましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「ミニ!KGVとCIUの合同チームがエーミールを捕縛したわ!!」

 

 

 ルイスマッマが嬉々とした表情で私をザラママから奪い取って、そのまま谷間に納めやがった。

 今までザラママに独占されていたのが余程悔しかったのか、まるで私に匂いを擦り込むかのように入念に圧される。

 つまり私は息ができない。

 貴女は私を殺す気なのか、ルイスママ。

 

 

「ん〜↑私のミニ!ミニミニミ〜ニ♪もっともっとルイスママをあ・じ・わ・っ・て♡」

 

「坊や…エーミールを捉えたという事は…」

 

 うん、次のステップだね、ピッピ。

 さてはて。

 上手くいくといいんだけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

気違いアカゴの決闘

 

 

 

 

 

 

「ミ〜ニ〜ミ〜ニ〜♪私のミ〜ニ〜♪」

 

 

 …どうしよう。

 ビス叔母さんひいては我々の命運を左右しかねない作戦の直前…いや、もう既に実行中だってのにルイスママが私を手放そうとしない。

 確かにエーミール氏拉致作戦はユニオンの協力がデカかったけど、その見返り以上に手放そうとしない。

 

 ザラママは面白くなさそうな顔して腕組みながらこっち見てるし、ピッピは敵意丸出しだし、ダンケはハイパワー拳銃の整備を始めたし、ベルは舌打ちしながらルイスの周りをクルクル回ってやがる…人工衛星かお前は。

 

 ま、いつも通りなんだけどね。

 なんだけど、何でこのタイミングで始めたんだお前らは。

 

 あとね、何度も言うけどね、ルイスママ。

 貴女は私を殺したいんですか?

 そんなね。

 バッカデカいお胸で私を挟んでね。

 挙げ句の果てに両腕でホールドしてね。

 息できないじゃん?

 できないこたぁないけど、呼吸が苦しいじゃん?

 もう、絶望的なまでの腕力でご自身の香りとか柔らかさとか体温とかを強制しすぎじゃないかい?

 

 

「ミニは私の息子♪ラッキールーの息子♪だからミニ・ルー♪」

 

 うんうん、ありがとうルイスママ。

 だけどちょっとだけ落ち着こうか?

 ちゃんと周りは見えているのかな?

 ねえ?

 見えてる?

 クライシスなのは地中海情勢だけで十分なんですよ。

 お願いですからあなた方同士で勝手にクライシス始めないでください頼むから。

 だから、ここは少し他のママにも譲って…

 

「いや!」

 ギュムゥゥゥウウウ

 

 ふげえええぇぇ…

 

「ミニは私の!私だけのミニ・ルー!!」

 

 

 更に抱え込む圧を加えてくるルイスママ。

 私はミンチになろうかとしているのだが、しかし、原因はルイスママのアツ過ぎる抱擁だけではない。

 ザラママが手始めに、ルイスママへの反乱の狼煙を上げた。

 

 

「いい加減にしなさい、このッ、色ボケユニアン!ピッコリーノは私の幼なじみなの!」

 

「…だから何?法律上、この子の親権は私が持っているのよ?」

 

「!?」

 

「うふふ…その様子だと、貴女も加わりたいようね……共同親権保有者に。

 

 

 うわ、でた。

 また1人謎の闇組織に引きずり込もうとしてるよこのアメリカママは。

 しかもまた法的手段に訴える気してるし。

 もうやり方からしてラッキー・ルーじゃないよね、もうここまで来たらイリーガ・ルーだよね色々と。

 

 

 

「他の皆もよく聞いた方が良いわ…今年こそ、ミニのクリスマスプレゼントはこの私よ!誰にも否定させるつもりはないわ!もし邪魔立てするなら…」

 

 

 ルイスママがパチンと指を鳴らす。

 次の瞬間、今まで5人の母親と1人の赤ん坊しかいなかった部屋にスーツ姿の男達が入り込んで来た。

 

 

デ●●●ーから借りて来た弁護団よ!世界最強の弁護士達と戦って勝てると言うのなら、かかって来なさい!!」

 

 

 やめろおおおおおお!!

 なんだってそんな問題発言すんのよ!!

 軽く危機だよ!!

 このSSの危機だよ、ここまで来たら!!

 デ●●●ーからリアル弁護団来たらどうしてくれんのよルイスママ。

 オイラ(作者)ただの一般人だからね!?

 世界最強の弁護団出てくる間も無く木っ端微塵なんだよ!?

 つーかどっからそんなコネ引っ張ってきたのよおおおおお!?

 

 

「ああ、そう言えばミニは"初めまして"だったわね。この人はね、私のハー●ード時代の同級生なの。」

 

「ハハッ!僕●●キー、よろしくね☆」

 

 

 おい。

 

 

「セントルイスもお久しぶり☆」

 

「ええ、お久しぶりね。●●ーちゃんはお元気?」

 

「ウンッお陰様で元気だよ☆」

 

 

 某社のネズミっぽくて仕方のない弁護士とルイスママは和気あいあいとしていたが、私としては当然戦慄モノだった。

 他のママ達も流石にドン引きしている。

 ピッピは白い顔を更に青白くさせて「…ルイス、あなたなんて事…」つってるし、ザラは口をパクパクさせてるし、ダンケはハイパワーのスライド落っことしたし、ベルは人工衛星周回をやめて座り込んでいる。

 こうして、ザラママによる反乱…ザラの乱はあっけなく幕を閉じたのだった。

 

 

「………わ、分かったわ、ルイス。私もあなたの軍門に降りる…だから」

 

「あら。話の分かる娘で助かるわ、ザラ。あなたの賢明さに免じて、特別に共同親権者入りを許してあげる♪…ありがとう、●●キー。また何かあったらお願いね。」

 

「ハハッ!任せてよ☆」

 

「…さて!ミニ・ルーに関する法的優位性も再確認された事だし…とりあえず一安心ってところかしら。」

 

 どこが安心なんだy

 

 ギュムゥゥゥウウウ

 

 ふげえええええ!!

 

 

「もう!ミニったら、そんなにママのことキライなの!?」

 

 そそそそんなワケナイジャナイデスカー!

 

「……気持ちがこもってないわね、そんな風に育てた覚えはないのに……こうなったら、再教育よ!是が非でもミニを『真のセントルイス級』にするから覚悟して!」

 

 え、ナニソレどういう意味

 

「ミニがちゃんと自分の事を『あ、僕はセントルイス級だからルイスママの保護を受けないと』って思うようになるまで、私の一部として過ごしてもらうって事!!」

 

 ルイスママの一部???

 

「これから毎日毎時間毎分毎秒、365日24時間私から1ミリたりとも離れちゃダメ!

 

 ………え?…なんて?

 

「離れちゃダメ!!!」

 ギュムゥゥゥウウウ

 

 ふげえええええ!!

 分かりました分かりました!!

 安心です安心です安心です!!!

 ワーイワーイウレシイナー!!!!

 

 

 

 

 骨とか脊椎まで粉々になるんじゃないかという凄まじい抱擁から解放されたのは、私とルイスの近くにあった電話機がけたたましい着信音を上げた時だった。

 

 

「ミニ♪はい、お電話よ♪」

 

 あ、ありがとう、ルイスママ。

 ふへぇ、か、貸してくだせえ…

 ………はい、もしもし、こちらセントルイスファミリア。

 

『サディア国防大臣だ。貴官の言う通り、現時刻をもって第二作戦が実行された。…世界大戦にならない保障はあるのかね?』

 

 ………ええ。

 

『なら良いのだが…ともかく、我々は予定通り行動する。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒスパニア首都

 

 

 

 

 

 

 セントルイスファミリアとかいう赤ん坊がセントルイスにミンチにされかけていた頃、ヒスパニア首都の金融街では3件の爆弾テロが立て続けに発生した。

 被害に遭ったのはいずれも欧州で名高い銀行であり、更に言えばヒスパニアにとっては重要な債権者だった。

 そして、その事実はフランシス元帥に途方もなく差し迫った決断を強いたのである。

 

 反政府組織による連続爆破テロ。

 その標的となったのは、『鉄血中央銀行』、『サディア銀行』、『ヴィシア・アイリス統一金庫』である。

 言うまでもなく、ヒスパニア政府にとっては最悪の事態だった。

 

 

 

「元帥!アイリス陸軍の戦車師団が国境を越えています!目的は"自国民と自国財産の保護"だと主張しています!」

 

「サディア帝国海軍の船団の出航が確認されました!進路をジブラルタル海峡へと向けております!…目的はアイリスと同じです。」

 

「見え透いた言い訳を並べよって!…ついに連中もボロを出したというわけか。」

 

 

 爆弾テロと各国政府の対応があまりにも早かった事で、フランシス元帥はこの連続テロ自体がヒスパニアの債権者諸国…或いはビスマルク…によって仕組まれた物だと判断できた。

 人道支援や財産保護を建前に、元帥の政治体制を崩さんとしているのである。

 建前が建前だけにタチが悪い。

 

 

 ホルタ会談以来、ヒスパニアはサディアとアイリスそれに鉄血とは紛いなりにも同盟関係にあり、その条項には『同盟国内でのテロ攻撃に際しての自国民保護に関する協定』が含まれていた。

 現にアイリスとサディアの金融機関と国民がテロ攻撃の脅威に遭っているわけだから、アイリスとサディアの主張には正統性がある。

 もし元帥の軍がアイリスやサディアの軍に攻撃を加えれば、ヒスパニアの主張はどの国にも認められず、元帥は孤立し、不満分子の行動が活性化するだろう。

 

 よって、ヒスパニア軍による迎撃は自殺行為なのだ。

 

 

 

 本来なら元帥は激昂するところなのだが、今回ばかりは違った。

 狡猾な彼は、反政府分子による爆破テロと近隣諸国の軍事介入という未曾有の危機を"新しいパートナー"を推し量るための材料として考えていたのだ。

 

 ヒスパニア政府のトップであるフランシス元帥直々の命令で、ロイヤルのある邸宅とのホットラインが用意される。

 副官が接続と暗号化に問題がない事を確認すると、元帥はまるでひったくるように彼から受話器を奪った。

 

 

「…ロルトシート卿、ニュースはご覧になりましたか?」

 

『見るまでもない。こちら側は全てを把握している。なぁに、そちら側が心配するような事は何一つない。万事任せておきたまえ。』

 

「ならば安心です。」

 

『…まあ、それはそれとして…そちら側は未だにビスマルクと手を切っていないらしいな』

 

「!…そ、それは」

 

『まあ良い、コレでハッキリするだろう。遅かれ早かれ、そちら側はビスマルクと手を切る事になる。それでは、準備をしておきたまえ。』

 

 

 フランシス元帥としては、ロルトシートのクソ野郎共に頼らざるを得ないという現状自体が胸糞悪い物だった。

 だがしかし、今回ばかりは頼らざるを得ない。

 ロルトシートが何をする気かは知らないが、彼が元帥杖を持ち続ける為には、あの"いけすかない"連中に任せるしかなかった。

 

 それに、もしロルトシートが有効な手立てを打てるとすれば、連中が素晴らしいパートナーであるという裏付けにもなる。

 どちらにせよ、フランシス元帥は利益を得られるように立ち回るつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジブラルタル海峡

 

 

 

 

 

 

 ロイヤル本土から電報を受け取ったウォースパイトは急ぎ足で"女王陛下"の元へ向かう。

 彼女自身電報の中身を読んだし、その重要さのせいで彼女らしくもなく鳥肌を浮かべている。

 歴戦の騎士を戦慄させる内容が、その電報には記されていたのだ。

 

 

「陛下、マクドネル首相より電報です。」

 

「…読み上げなさい」

 

『ヒスパニアに対する複数の軍事行動を確認。特に、サディア海軍がヒスパニア側海峡への上陸を試みている模様。協定の範囲内とはいえ戦争勃発の可能性高しと判断。貴艦隊はこの事態に介入し、サディア海軍を阻止せよ。』との事です。」

 

「………そう。いよいよ始まったのね。」

 

 

 この日、ウォースパイトはクイーン・エリザベスの横顔に、今までで初めて、少しの憂いを見た。 

 だが、"女王陛下"が弱みを見せたのはその0.5秒にも満たない間だけだった。

 彼女は意を決したように振り返ると、配下の"下僕"達に声を張り上げる。

 

 

「さあ、ついてきなさい!!女王の艦隊の威力、見せつけてやるわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

若きマッマ達

 

 

 

 

 

『こちらロイヤル海軍所属:戦艦ウォースパイト。貴艦隊が行わんとしているのは戦争行為である。直ちに停止ないし撤退されたし。繰り返す…』

 

 ウォースパイトはサディア語の原稿を用いて、拡声器と通信の両方をもってサディア海軍の艦隊を止めんとしている。

 彼女を先頭とする世界最強の艦隊は砲列をサディア艦隊に向けていたし、サディア海軍の砲列もこちらを向いていた。

 しかしお互いのどちらも譲ることなく進み続け、かなりの時間が経つ。

 このままではロイヤルとサディアの戦闘が始まってしまうし、そうなれば泥沼式に各国の介入が相次いで第三次世界大戦へと至ってしまうだろう。

 

 

「…陛下、サディア海軍は止まりません。」

 

「………」

 

「進言を行なっても良いでしょうか?」

 

「…答えはNoよ。」

 

「陛下、お願いです。せめてお聞きください」

 

「ウォースパイト、あなたも弱腰になったわね…まあ、無理もないわ。あなたはきっとこう言いたい。「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。』」

 

「!?」

 

「残念だけど、それはできない。電報では、ヒスパニアへの軍事行動は複数あると言ってたわね?ここにマルセイユのアイリス海軍がいないという事は、きっと陸軍部隊の越境が行われているということ。」

 

「陛下!それでは」

 

「そう。残念ながら私達に選択肢はないの。マクドネル首相の狙いが何にせよ、ヒスパニアへの攻撃を止めるという命令が出た以上はサディア海軍との武力衝突を覚悟しなければならない。」

 

「……クッ…」

 

()()()()なさい、ウォースパイト。あなたがそんな状態では他の"下僕"に示しがつかないわ!」

 

「申し訳ありません、陛下。しかし…」

 

「まだ猶予がないわけじゃないわ。でも、いずれ衝突するのは時間の問題…いざ戦いという時に迷っていては、勝てるものも勝てないでしょう?」

 

「…………」

 

「ウォースパイト!迷ってはダメ!!躊躇なんて持ってのほかよ!!さあ、続きなさい、ウォースパイト!!女王の艦隊に恥をかかせないで!!」

 

「!………陛下…!…この愚かな"下僕"をお許しください!!」

 

 

 クイーン・エリザベスのおかげで、ウォースパイトはようやく悩みに蹴りをつける事ができた。

 眼前に迫るサディア海軍の存在は、彼女達に不可避の戦闘を強いんとしている。

 もう迷ってはいられない。

 ウォースパイトは艤装を稼働させ、もう幾ばくか後には交戦する事になるであろう敵へ砲口を向けた。

 

 

「ふん、やっと…いつものあなたが戻って来たわね。」

 

「サディア海軍尚も前進中!」

 

 

 ウォースパイトの"復活"を見たクイーン・エリザベスが満足げな表情を浮かべる間にも、彼女の艦隊の構成員であるレナウンが報告を挙げる。

 

 

「連中の猶予はあと僅か。各員は攻撃の用意をなさい!…戦闘開始点まで、5、4、3、2…」

 

「!!…陛下!本国より緊急通信です!!」

 

「?……」

 

 

 ロイヤル艦隊がサディア艦隊への砲撃を始めようとしたその刹那、レナウンが声を張り上げる。

 クイーン・エリザベスは先制攻撃のチャンスを失い、幾分不機嫌になったが、レナウンから暗号無線を回された後には機嫌を治していた。

 

 

「喜びなさい、ウォースパイト。"()()()()()()()()()()()()()"よ。」

 

「…?どういう意味でしょう?」

 

「本国より命令。ジブラルタル海峡に展開中のロイヤル艦隊は至急本国へ帰投せよ!」

 

 

 クイーン・エリザベスが命令の内容を配下に伝えた時、彼女は艦隊の中から歓声が挙がるのを聞いた。

 レナウンもウォースパイトも安心した表情を浮かべている。

 ロイヤル艦隊はヒスパニアの軍港へ進んでいくサディア艦隊を背に、早くも離脱を始めていた。

 

 

「………世界大戦は回避できた、か。」

 

「良かったわね、ウォースパイト。」

 

「へ、陛下!申し訳ありません!」

 

「何も謝ることはないわ。私だって、無意味に部下を失うような事はしたくないもの。」

 

「ですが…陛下にとっては最上の結果ではないようかと…」

 

 

 先程、クイーン・エリザベスは『あなたにとっては最高の結果』という言葉を使った。

 ウォースパイトはこの結果に多少安心しつつも、クイーン・エリザベスひいてはロイヤルにとっては決してベストではなかったかもしれないと気づいたのだ。

 

 

「ええ、そうね。女王の艦隊は恥をかいた。面白くはないわ。」

 

「………」

 

「でも、そんな事よりこれから先が心配よ」

 

「やはり、欧州秩序に対するロイヤルの影響力は」

 

「そんな事は政治家にでも任せておきなさい。私達はKANSENであって、人間ではないの。似せて作られてはいるかも知れないけど、彼らの政治にまで口を出してはならない。」

 

「では、先程のご発言は…」

 

「はぁ……ウォースパイト、私はこの艦隊の旗艦なのよ?世界大戦が回避されて、"下僕"達は気が緩んでる。こういう時ほど、事故は起きるモノ。」

 

「………!!」

 

「この結果が"私にとっても最高の結果"となるのは…そうね、艦隊が無事に入港してから、でしょうね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロイヤル

 

 ロルトシート邸

 

 

 

 

 

 フレデリック・フォン・ロルトシートはロイヤル海軍上層部を通して、ヒスパニア沿岸でのロイヤル・サディア両海軍の状況を事細かに把握していた。

 両海軍はロルトシートの目論み通り衝突する事はなく、結局はロイヤルが進路を明け渡した。

 だが、フレデリックがその事態に激昂する事はない。

 何故ならロイヤル艦隊に道を譲るよう要請したのは、他ならぬ彼だったからだ。

 

 

「………クソ。」

 

 

 

 彼は溜息混じりに悪態をつく。

 普段そんな事をするような人間ではない。

 だが、今日自身の計画が潰えたのを目の当たりにしてしまった彼としては、そんな態度を取ってしまっても無理はなかった。

 

 

 

 彼は今、自身の邸宅でテレビ会談を行なっていた。

 画面の向こうにはペン●ハウスかプレ●ボーイにでも乗ってそうな巨乳美女がいる。

 だが、ロルトシートが関心を持っていたのは際どい下着を寸分の恥さえ持たずに着ている肝の座った彼女ではなく、彼女がその豊満な胸に挟んでいる赤ん坊だった。

 

 

「警備費用をケチり過ぎた。それが今回の敗因だな。」

 

 ええ、そうでしょうね、Mr.ロルトシート。貴方らしくもない。

 

「エーミールは昔から無駄にケチな男だった。私の方から連隊規模のボディガードでもつけておくべきだったな。」

 

 覆水盆に返らずとは言いますが、とんでもないものを"溢して"しまいましたね。

 

 

 フレデリックはとんでもない初歩段階で綻びを生じさせてしまった自らの甘さを呪いながら目頭を押さえる。

 

 

「…私の負けだ、()()()()()()()()()()()()()…そう驚いた顔をしないでくれ。君は"そちら側"と呼ぶに相応しくない。」

 

 それは…とてもありがたい事です。正直意外でしたが。貴方ほどの人間なら…失礼ながらエーミール氏を諦めるかも知れないと心配していたので。

 

「ハハハッ!私は決して冷血人間ではないよ。…まあ、それ以上に。エーミールは大陸側の窓口だった。そんな人間を見捨てたとなれば、今まで味方だった連中からも見放される。」

 

 要所はしっかりと押さえていらっしゃっているとは思ってはいましたが…その点では助かりました。

 

「…君も君で、こうなった以上はエーミールを解放するんだろう。アイツは死ぬよりも辛く思うかも知れないが。我々はアイツのせいで大陸側欧州を失った。ヒスパニア債務管理局の説明会まで開いておいて、それをすっぽかしたどころか主催者まで拐われたんだからな。君の顔の広さには恐れ入った。」

 

 正直、KGVとCIUがいなければ終わりでした。彼らには感謝してもしきれません。弟さんは間違いなく無事にお返しします。

 

「君を信じよう………。さて、少将。君とは一度会っておきたい。昨日の敵は今日の友というわけだ。商談がある。」

 

「商談!?ふざけるのもいい加減にして!!そうやってミニを騙し討ちする気なんでしょう!!その後私達にひどい事する気なんだわ…同人誌みたいに!同人誌みたいに!!!

 

 

 あ、あのね、ルイスママ。

 この和解ムード全開の中でそんなトチ狂ったような考えに至らないで頂けますか?

 確かに騙し討ちが心配なのは分からなくもないけど、同人誌みたくなる事はないと思うよ?

 フレデリックさんがそんな酷い人に見える?

 見える!そうかそうかルイス!

 心配してくれるんだねありがとう!

 …とりあえず黙っててもらえるかい?

 

 

「信頼できなくとも無理はない。だが、ロルトシートの名にかけて騙し討ちをするような事はしない。これは保証する。」

 

 分かりました…それでは今からでも向かいま

 

「…悪いが、そこの貴婦人達は残して一人で来てくれ。彼女達にはしたくない話なんだ。」

 

「ほらやっぱり!酷いコトする気よ!同人誌みたいに!同人誌みたいに!!

 

 落ち着いてルイスママ。

 …失礼ですが、Mr.ロルトシート。

 私も色々とありまして、彼女達と離れるわけにはいかないんです。

 一人で行動すると…出血多量で死に至ります。

 

「………」

 

 ………

 

「………」

 

 ………

 

「…ぅぅぅうううん、分かった。で、あれば…誰か1人選んでくれ…」

 

「はい!はいはいはい!!私がミニと一緒に行くわ!!」

 

「ちょっと!ルイス!!いい加減にしなさい!それは坊やが決めるべき」

 

「決める?何を言ってるのティルピッツ?決めるとかそういうの以前に、今のミニ・ルーはラッキー・ルーの一部分なのよ?選択肢なんてあるわけないじゃない。」

 

 支離滅裂な発言・思考。

 

「…君は確かセントルイスだね?……うんうん、そうだ、それがいい。…少将、どうか彼女と共に来てくれ。では、会うのを楽しみにしている。」

 

 

 

 テレビ通話が一方的に切られ、私はルイスママと2人きりでロルトシートの長と会う事が決まってしまった。

 小躍りするルイスママと、即座に戦闘態勢を整える他のマッマ達。

 このまま武力衝突に至るのは心配の極みなのだが、しかし、ロルトシートに騙し討ちされるという心配は、不思議と沸かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 幕間 グ・リ・ン・チ☆

 

 

 

 

 

 本日は聖なるクリスマス。

 そういう訳で、ルイスママはまたも赤のTバックとビキニ姿でルンルンしてやがる。

 私を谷間に挟んだまま。

 …ちなみに去年のクリスマス何してたかって知りたい方は『鎮守府からの手紙 ベイビーアローン』をご覧になってください。

 

 

「はい、という訳で今日は幕間です♪ミニと一緒にクリスマスを祝うの♪」

 

 うん、クリスマスは良いんだけど…ついにイベントの為に本編止めるようになったのね。

 まあいつもの事だからいいんだけど。

 

「あら坊や。"クリスマスまでに本編終わらそうかな"とか考えてたのは誰かしら?」

 

 フゲッ(critical☆)

 

「冗談よ、落ち込まないで?私の私の私の坊y」

 

 

 ピッピが目にも止まらぬ速さで私をルイスの谷間から取り出そうとしたが、しかし、私はルイスから離れる事が出来ず、結果としてルイスとピッピの距離が縮むだけとなった。

 

 

「………ルイス?」

 

「あらごめんなさいティルピッツぅ〜。ミニ・ルーは今ラッキー・ルーと一体化してるのぉ〜。」

 

「なぁ!?あなた何てことを!?」

 

 本当に何てことをしてくれたんだよ!!!

 つーか本編中の「私の一部として過ごしてもらう」って一体化の事だったのかよ!!!

 それにしても本当にやるなよ!!

 本当の意味で一体化させんなよ!!

 キメラじゃん!!

 これじゃあまるでキメラじゃん!!!

 

 

「ジングルBELL〜ジングルBELL〜ジングルファ〜ストォ〜、今日は〜楽しい〜ベルファスト〜♪」

 

 

 いかん、頭が痛くなってきた。

 ベルファスト、落ち着いてくれ頼むから。

 そんな5人揃ってやってきて、クリスマスといえばケンタッ●ーみたいな感覚で自らを推してくるんじゃない。

 クリスマスといえばベルファスト、みたいな歌を歌うんじゃない。

 いいか、お前ら、よく聞けよ?

 クリスマスっていうのはね、キリスト様の御生誕をお祝いする日なんですよ。

 そんな私を谷間に融合してキメラ作り出してみたり、5人揃って自分を推したりする日じゃないんです。

 分かってます?

 

 

「ティルピッツ、セントルイス、そろそろダンケルクがケーキを焼き上げます。キッチンに向かった方が良いのでは?」

 

「ダンケのケーキ、ミニも好きよね?ルイスママと一緒に食べましょうね〜♪」

 

「坊や?こんなサイケスティックなサイコパスと一緒じゃ落ち着いて食べれないでしょう?ここはママと一緒に…」

 

「ご主人様、今年こそベルファストがご主人様にケーキをベルファスト致します。最近、ティルピッツやセントルイスにあやし占有率を取られてベルファスト出来ておりません。ですので、ここはこのベルファストがベルファストしてベルファストでベル☆ベルさせていただきたく…」

 

 

 

 マトモな秘書艦は居ないのだろうか?

 そもそもケーキの前に七面鳥ぐらい食べようぜ?

 ダンケもダンケできっと今頃は汗だくになりながらケーキを作ってるだろうし、まずは夕食を取ってからケーキでも遅くはないんじゃないかい?

 

 

「Mon chou〜!ケーキが焼けたわよぉ〜!」

 

 

 相変わらず、16世紀のやり方でケーキを焼いてくれたダンケママがザラママと共にやってくる。

 2人とも汗だくで煤だらけだが、ダンケルクのケーキの焼き方…轟々と燃え盛る巨大な窯でスポンジを焼くやり方…では致し方あるまい。

 ザラママの方は焼けたケーキにトッピングでもしていたらしく、胸元と口元に生クリームをデコレーションしてやがった。

 つまみ食いしたなこの野郎。

 

 

「食事の準備も大方済んでるわ。ピッコリーノの分は特別に腕によりをかけて作ったから、楽しみにしてて♪」

 

 う、うん、ありがとうザラママ。

 …ところで、"大方済んでる"ってのは、どういう意味?

 

「えっとね、Mon chou。メインディッシ」

 

「皆様!メインディッシュはこれからです!」

 

 ちょっと黙ってて、ベルマッマ。

 七面鳥が足りてない、とか?

 

「実を言うとそうなの。買っておいた分を誰かが食べちゃったみたいで…」

 

「でも安心してピッコリーノ。カラビニエーレが確保に向かってくれているわ。」

 

 そ、そうか。

 それは…よかった……のかな?

 よく分からんが…とりあえずアヴマッマ辺りを呼んできて?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラビニエーレはいかにもポルトガル伝来といった鉄砲を持って、寒い雪山を登っていた。

 クリスマスまでに狩っておいた七面鳥を盗っ人きつねに取られたせいで、カラビニエーレはまた狩りに向かわなければならなかったのだ。

 

 

「こんな冬山に七面鳥なんているんですかぁ!?」

 

「いるとすればこの辺りです。ここにいなければ、もういません。残念ですが。」

 

 

 同行するジャベリンの声を無視して、カラビニエーレは歩を進める。

 七面鳥を探してからもう数時間が経つ。

 流石にこの時期に七面鳥がいるとは思えなかったが、しかし、カラビニエーレは諦めるつもりはなかった。

 指揮官の為、他の皆のため、カラビニエーレは七面鳥を調達しなければならない。

 どことない使命感が、カラビニエーレを突き動かしていた。

 

 

「もう帰りましょうよ〜。七面鳥なんていませんよ。」

 

「諦めてはなりません!皆が自分達と七面鳥を待っているんです!」

 

「そうかもしれませんけど…」

 

「誰かはわかりませんが、最近、鎮守府に栗や小麦粉や生クリームを置いて行ってくれている方がいて、おかげでクリスマスケーキはちゃんと作れそうです。あとは七面鳥だけ!七面鳥だけなんです!」

 

「……うん、それなら…諦めちゃダメだよね!一緒に探そう、カラビニエーレちゃん!…あっ!」

 

 

 ジャベリンが唐突にある方向を指差し、カラビニエーレは振り返る。

 そこにはキツネが一匹いて、口に何かを咥えたまま、ジッとカラビニエーレの方を見ている。

 

 

「真っ白なキツネだ!かわい」

 

「こないだ七面鳥をぬすみやがったゴンギツネめが、またいたずらをしに来よったな、ようし。」

 

「えっ!ちょっ!カラビニエーレちゃん!?」

 

 

 今一瞬だけ作画とCVがにほん昔話になったカラビニエーレはマスケット射撃の名手でした。

 素早く弾丸を装填し、こちらを見たまま動かないゴンキツネに向かってドン、と打ちます。

 ゴンキツネは頭から血を吹き出し、その場にドサッと倒れました。

 

 カラビニエーレとジャベリンは倒れたキツネにソロリソロリと近寄っていきます。

 倒れたキツネを見ると、口元に栗が落ちているのを見つけました。

 

 

「ゴン…お前だったのか……(定期)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おい、どうしてくれる。

 クリスマスケーキ重くなったじゃん。

 軽々しく食えるものじゃなくなったじゃん。

 こんな重々しいクリスマス嫌だわ。

 なんで?

 なんでこのタイミングでゴンキツネしたの?

 ねえ?

 なんでこのタイミングで狩りをしようと思ったの?

 買ってくればよくなかった?ねえ?

 こんな事言うのもアレなんだけどさ、そこまで七面鳥に固執したかったわけじゃないんだよ。

 アヴマッマが買ってきてくれたから、結果的には解決したんだけどね…調達方法は考えたくないかな(鎮守府正門前に北連大使館の車が止まってた)

 

 

「坊や。カラビニエーレはあなたや皆んなの為に一生懸命してくれたのよ?」

 

 うん、うん、そうだね、ピッピママ。

 ありがとうありがとうカラビニエーレ。

 

「うあ〝あ〝あ〝あ〝!!!」

 

 カラビニエーレ?

 

「あなだにばわがらないでじょゔね!…なんのえんもゆがりもない〝ッ!…一生懸命ほんとに、少子高齢化ッ、高齢ェェェ者ァアッハァァア!ごゔれいしゃのがだの、ぶあ〝あ〝あ〝あ〝あ〝」

 

 やめろ、カラビニエーレ。

 野●村やめろ。

 キツネ殺しちゃって悲しいのは分かるけど、その泣き方はやめろ。

 兵庫県議員な泣き方はやめろ。

 …ジャベリンもありがとう。

 

「い、いえ…ところで、お聞きしてもよろしいですか?」

 

 どうしたの?

 

「その…ロングアイランドちゃんはどうして吊るされてるんですか?」

 

 ああ、これ?

 えっとね。

 七面鳥つまみ食いしてたの、この娘だったのよ。

 

「我が県ノミウワッハアアアーン!!!」

 

 うるせえ!落ち着けカラビニエーレ!!

 

「じゃあ、七面鳥を盗んだのはキツネさんじゃなくて…」

 

 うん、だからカラビニエーレちゃん絶賛野●村中なんだと思うんだ。

 でね、ベルとダンケがロングアイランドを問いただしてるんだけどね…

 

 

 

「正直に言いなさい、ロングアイランド!証拠はあなたを指し示してるのよ!」

 

「今なら唐揚げくん一個増量中!!」

 

「この映像をご覧になっても、まだシラを切るおつもりですか?これは一昨日の夜、食堂での映像です。」

 

「いいえ、ここはトイレです。」

 

「もう!良い加減にしなさい、ロングアイランド!」

 

「キィィィエエエエエ!!!」

 

「うわぁ…」

 

 

 ドン引きするジャベリン。

 無理もない。

 正直私だってドン引きしたいが、これを超えるドン引きを経験してきたせいで無駄に神経が図太くなってやがる。

 

 お前ら一々時事ネタやらんと気が済まんわけ?

 つーかもう、時事ネタですらないんだけどさ。

 どうせアレでしょ、ロングアイランド。

 朝からこの調子なんでしょ?

 

 

 

 

 

 

 七面鳥のつまみ食いや、ゴンギツネといったトラブルはあったものの、この日の夜にはちゃんと皆んなで七面鳥を食べて、ケーキを食べて、聖なる夜を祝って終えれた。

 来年もこうやって、皆と一緒にクリスマスを祝えたらいいなあ。

 …なんか死亡フラグっぽいな、やめとこう。

 

 

 ああ、そうだ。

 今年はゴンギツネと七面鳥横領の関係でプレゼント交換は無しになってしまった。

 買っておいたプレゼントはどうしたかって?

 そりゃあもちろん枕元の靴下に入れるんですよ。

 

 で、その結果どうなったかと言いますとね。

 

 

……朝起きたら巨大な靴下に身を包んだ全裸のマッマ達に囲まれてましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 幕間 赤子はつらいよ

 

 

 

 

 12月31日 23:00

 

 ロイヤル

 セントルイスファミリア鎮守府

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイスが私を谷間に挟んだまま、海岸の岩場に片足を乗せる。

 少し前のめりなセクシィポージングで水平線を覗き、背後に控えるピッピママに背中を向けたまま口を開く。

 

 

「もうすぐ今年が終わるわね……」

 

「今年が終わるとどうなる?」

 

「知らないの?……次のあやしが始まる」

 

 

 やめろ。

 ああ、いや、あやされたくないとかじゃなくてね。

 コ●ラライクなクールスタイルで年が明けようが明けまいが変わりもしない事をさも何かが変わるかのように言わないで下さいってこと。

 

 

「もう!ミニったら!最近ノリが悪いわよ?反抗期なの?」

 

「!……ぼ、ぼ、坊やに反抗期…うっ、ぐすっ、そ、そうよね、もうそろそろそんな歳よね…」

 

 

 フハァァァァ(溜息)。

 勘弁してくれマンマ。

 

 耐えられないじゃん?

 目の前でママに泣かれたら耐えられるわけないじゃん?

 ひょっとしてだけど分かってやってる?

 まあ、たぶん分かってやってるんだろうね。

 

 あとね、なんで一々ママにそれっぽい事言われるたびに突っ込むことなく順応しなきゃいけない義務みたいなの背負わすわけ?

 あなた方のワンアクションワンアクションに従ってたら疲れるじゃん?

 たまには突っ込みぐらいさせてよ?

 それすらやらせないってんならこのSS終わらせてやるからなこの野郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………

 

 

 

 

 

 

 元旦

 指揮官執務室

 

 

 

 

 

『あけましておめでとう!!』×7

 

 

「ああ〜↑坊や坊や坊や坊や坊や坊や坊や坊や坊や坊や坊や坊や坊やーーーー!!!今年も私と坊やのあやシング新年が始まるのね!」

 

「ミニ?ティルピッツは放っておいて、ル・イ・ス・マ・ッ・マ♡と一緒にハツモウデに行きましょう?」

 

「ちょっとセントルイス!いくらあなたに法的優先権があったとしても、Mon chouの独占は見過ごせないわ!私がchouとハツモウデ」

 

「皆様!このベルファスト、最近ベル☆ベル出来ておりません!ですので、ご主人様はロード画面で18禁スレっスレのセクシィ晴れ着をお披露目したこのベルファストと一緒に」

 

「私を忘れてもらっちゃ困るわ!恋愛ゲームでも、ハツモウデの王道と言ったら幼なじみでしょ!ここは私がピッコリーノとハツモウデに」

 

「ルイス〜?私と一緒に組むってのはどうかしら?私とあなたとなら、うまく行くと思うけど…ヒック!」

 

「ふぅん、少し見直したわオイゲン。見返りはミニの共同親権者入り?」

 

「もしもし、書記長、アヴローラです。新年早々申し訳ないのですが、KGVの暗殺チームを3個小隊お借りしたく…」

 

 

 

 新年最初の日からママママしいママアピール及びそれに纏わる陰謀と謀略が飛び交ってやがる。

 正直言えばもういつも通りの事だし、私に出来ることといえば相変わらずルイスママの谷間でミニラッキールーするくらいなので、ミニラッキールーする他ない。

 しかし、まあ。

 見事なまでのカオスっぷり且つとんでもない事件が起きそうな………

 

 

「chouを振り向かせる為ならっ!」

 

 …………おい!おいおいおい!!

 落ち着けダンケママン!!

 公式抱き枕と同じ格好になろうとするんじゃない!!

 下着をずらすな!

 ちゃんとシャツを着ろ!

 そして泣こうとするんじゃない!

 

「覚悟なさい、ルイス。今年こそハツモウデは私と坊やのラブラブ☆デートになるのよ!」

 

 ピッピ!!

 そのままステイ!!ステイ、ステイ!!

 お前が何故今クラウチングしてるかぐらい分かるからな?

 ルイスに文字通り突っ込もうとすんな!

 そんな特攻野郎●チームなんかされた日には私は圧に耐えられない!!

 ミンチになっちまう!!!

 

「ご主人様?ご覧ください、ベルファストの晴れ着です。このように大きくはだけた胸元であれば、ご主人様のリクライニングベルファストに…」

 

 ベル〜?

 あの……その晴れ着はどこから出してきたの?

 あのね、ロード画面でお披露目したからってね、まだ実装されたわけじゃないんだから"TKB"がギリッギリ隠れるくらいの危なっかしい着こなしでフラッフラするんじゃねえ、品位を保て。

 つーかリクライニングベルファストってなん

 

 

 >チュドオオオオオン!!

 

 

 オイオイオイ、何事オイオイオイ!

 

「もう我慢ならない!赤毛ツインテ爆乳キャラを横取りした挙句に指揮官まで狙うっていうわけ!?」

 

「横取り?何のことかしら?私はピッコリーノの幼なじみ、そしてマッマよ?あなたには関係ないでしょ、ホノルル。」

 

「黙って!あなたなんて所詮はキャラ被りの激しいジェネリックホノルルなのよ!ル族の一員として、私こそが指揮官の母親に相応しい赤毛ツインテ爆乳キャラ!」

 

 オイオイオイホノルルまでママ化オイオイオイ

 

「ハッ!ツンケンしているだけのレア艦なんかより、包容力抜群ムチムチSR艦の私の方が赤毛ツインテ爆乳キャラとしても、母親としても素晴らしいに決まってるじゃない!」

 

 オイオイオイザラママ爆弾発言オイオイオイ

 

「「こうなったら!」」

 

「どちらが真の赤毛ツインテ」

 

「爆乳マッマとして相応しいか…」

 

「「いざ、勝負!!」」

 

 

 >チュドオオオオオン!!

 >ズドドドドドドッ!!

 >ガガガガガガガガッ!!

 

 

「うぃ〜、ヒック!…ルイス?ザラとホノルルが戦っている現状を利用した方がいいんじゃないかしらぁ?」

 

「そうね。……はい、ミ〜ニ?ママ達と一緒にハツモウデしましょうね?今年もあなたの『ルイスママと一緒にずっとママママママママしていたい』っていうお願い事、私もお願いしてあげるから♪」

 

 ………去年に引き続いてコレかよ。

 と、とりあえず、この場から脱出しようよ。

 

「ええ、そうね、ミニ・ルー。それからハツモウデに行きましょう♪」

 

「あら、協定を忘れたのルイス?私にもママらせなさい。」

 

「…仕方ないわね、2人で挟みましょう。」

 

 

 

 ルイスとプリンツェフという、ユニオン鉄血代表クラスの豊満パイパイに挟まれながら、私は最早戦場と化している執務室から脱出を試みる。

 だが何事もなく脱出できるわけもなく…

 

 

Стоп!!(止まれ)

 

 あ、アヴローラ!?

 

「ミーシャ?まさかママ抜きでハツモウデしようなんて考えていませんよね?言うまでもありませんけど、ミーシャが一緒にハツモウデできるのは私だけですよ?」

 

「北連のスパイ如きが、ミニと一緒にハツモウデなんて」

 

цель!!(狙え)

 

 

 アヴマッマがルイスの言葉を遮って右手を上げ、彼女の背後から現れたKGVの工作員部隊にルイスとプリンツェフと私を包囲させる。

 …アヴマッマ?

 たまには彼らもお休みさせてあげて?

 こんなコトで徴発される彼らの身にもなってみて?

 

 

「スパイ如きなんて、あなたに言われる筋合いはありません。2人とも生きて帰りたければミーシャをこちらへ寄越しなさい。」

 

「……ルイス、何か手はないかしら?」

 

「今考えてるわ」

 

「無駄ですよ、お二人共。さあ、早くミーシャをよこしなs」

 

「ぼおおおおおおやああああああ!!!」

 

 

 クラウチングスタートを切ったピッピママが、KGV工作員を撥ね飛ばしながら突っ込んでくる。

 まるで暴走ダンプカーかバルセロナの雄牛のような状態の彼女は、アヴマッマをも押し除け、私及びルイスへと突っ込んできた。

 

 

「坊や!!坊や坊や、坊やあああああ!!!」

 

 やめろおおおお!!

 止まれティルピッピィィィイイイ!!

 圧死する!!

 ピッピとルイスの間で圧死するううう!!!

 

「させないわ、ティル!」

 

「なっ!?姉さん!?」

 

 

 私を助けようと思ってくれたのか、突進ピッピとルイスの間に割り込むビス叔母さん。

 ただし…忘れているのかどうか分からないが、ビス叔母さんの谷間には我が従兄弟ラインハルトがいた。

 哀れ彼は向かってくるピッピママに必死で両手を振っている。

 

 

「ティル叔母さん!ストップ!ストップ!ストップ!!」

 

「止まりなさい、ティル!ロブ君が圧死しちゃうわよ!?」

 

「ビスマッマ!?圧死しそうなの俺の方だからね!?ちょいちょいちょいちょい!ストオオオオオオ」

 

 

 バッフン!

 

 

 慣性の法則により、ピッピママは止まることができなかった。

 可哀想なラインハルトはピッピとビス叔母さんの谷間でサンドウィッチになってしまう。

 私の位置からはピッピママとビス叔母さんの双丘の間から、鮮やかなまでに赤い鮮血が見えたもんだから当然肝を冷やしたわけだが…何のことはない、ただの鼻血だった。

 

 

「ティル!ビス!!…他の皆も少しばかり落ち着きなさい!!」

 

 今度は何…グローセ叔母さん?

 

「元旦早々何事かと思えば…今日はおめでたい日のはずではないかしら?興奮するのは分かるけど、節度を持って、皆で一緒にお祝いするべきでは?」

 

 

 信じられないほどドデカいお胸を花魁みたいな晴れ着に包むグローセ叔母さんが、各自各々暴走気味のママ達に向かってそう言った。

 そのおかげか、マッマ達は頭を少しばかり冷やすことができたようだった…"節度"のくだりに関しては私から反論をしたいが今はやめておこう。

 

 

「………はぁ。私とした事が」

 

「chouのコトになると、いつもアツくなっちゃうのよね。」

 

「申し訳ありません…つい、ベル☆ベルできると思い、興奮し過ぎてしまったようです。」

 

「こんなおめでたい日に、親権の優先権なんて持ち出すモノじゃなかったわね…ごめんなさい、ミニ。」

 

「ヒック!私も飲み過ぎてたわ」

 

「いてててて…KGVも動員すべきではありませんでしたね…貴方達は帰ってください、ありがとうございました」

 

「…キャラ被りが激しいからって、ジェネリックはないわよね。ごめんなさい、ザラ。」

 

「こっちこそ、ピッコリーノ絡みで冷静さを欠いてたわ。ごめんなさい。」

 

「さて、皆落ち着ついたようだし…今度こそ皆で仲良くハツモウデしましょう♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………

 

 

 

 

 

 本当にありがとう、グローセ叔母さん。

 貴女のおかげで、今年も無事にハツモウデを終えることができました。

『マッマ達とずっとママママしていられますように』

 少しばかりゾっとするかもしれないが、今年もそう願った。

 何故なら私は赤ん坊。

 マッマ達とママママするのは、私の義務だからだ。

 

 

 

 ただし…ハツモウデした後、今度はグローセ叔母さんや重桜マッマズやチーム・ユニオン含めて内乱が始まったのは………別の話としたい。




あけましておめでとうございます。
令和2年もこの色々破綻しているSSをお楽しみいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 幕間 赤ん坊のシェフ

 

 

 

 

 

「よいしょ!」

 

「はい!」

 

「よいしょ!」

 

「はい!」

 

「よいしょ!」

 

「はい!」

 

 

 

 ピッピママとビス叔母さんが、流石は姉妹といった感じで息ぴったりにお餅をついている。

 ハツモウデを終えた後始まった『令和元年度チキチキ誰が坊やをあやすか大海戦』は結局天城さんの

 

「まあまあ、皆んなでお餅をつくのはどうでしょう?」

 

 という神レベルの機転により早期終結に至った貴女はどれだけ素晴らしいんだ天城さん。

 

 

 よって、ピッピとビス叔母さんの他にも、多くのママやKANSEN達がお餅を作っている。

 お餅をつくママ達は勿論、それを頬張っている娘達も楽しそうで…なんだか見ているこちらまで楽しくなっていた。

 

 ………だけどね、ピッピママ?

 水を差すような事言いたくないんだけどさ。

 上裸に"さらし"はやめようぜピッピママ。

 重い杵で結構な時間やってるから汗かくのは分かるんだけどさ、少しばかりね、品位をね、持ってもらいたいの。

 除夜の鐘ってあるでしょう?

 アレってね、煩悩を取り払うための鐘だったと思うんだけどさ。

 取り払った先から煩悩フルマックスな服装はいかがなモノかと思うよ、流石に。

 ……ビス叔母さんもね。

 

 

「よいしょ!」

 

「………お疲れ様、ティルピッツ。こんなに動くのは久しぶりね。しばらくデスクワークが多かったから。」

 

「いい運動にもなったわ。…ルイス、次はあなたの番よ。坊やを渡してもらえるかしら?」

 

「ええ、今渡すから待ってて」

 

 

 ポチッ

 

 

『セントルイス級分離シーケンス開始』

 

 

 おいおいおいおいルイスママこの野郎、知らない間になんていう改造(?)してくれとんじゃこの野郎。

 何?シーケンスって、何?

 そもそもルイスママと一体化するって時点でワケワカメなのに、ある特定の操作すれば分離できるって事の他ワケワカメなんだけど?

 つーかさっきお前はどこを押したんだ?

 

 

「………はい、ティルピッツ。お待ちかねのミニ・ルーよ。」

 

「ありがとう、ルイス。」

 

 

 ピッピママはルイスから私を受け取り、汗で上気した白い柔肌に私を迎え入れる。

 

 

「少し、汗臭いかしら….姉さん、シャワーを浴びてきましょう。」

 

「ラインハルトはこのまま、ママの汗を感じていたいでしょう?」

 

「は?」

 

「姉さん、ラインハルト君が風邪をひいてしまうわよ?」

 

「……はぁ、このままラインハルトにママ成分を擦り込みたかったけど…そうね、風邪をひいたら大変ね。」

 

 

 しっかり聞こえたけど、私としては何も聞こえていないコトにしたかったし、実際何も聞こえなかったコトにした。

 だってさあ、耐えられる?

 耐えられないでしょう?

 どう頑張っても、無理でしょう?

 

 

「ふへへへへへへっ、ちびっ子達〜!お餅つきは楽しいかい〜?」

 

 

 新年早々何ということだろうか。

 私とピッピの目の前を、1人の不審者が通り過ぎていく。

 アークロイヤル。

 言わずと知れた不審者であり、駆逐艦の敵であり、公共の敵である。

 どうやらお餅つきをした後美味しそうにはふはふ食べている駆逐艦達を見て「はつじょっ」したらしい。

 

 

 ベルマッマ?

 

「はい、ご主人様」

 

 MP呼んどいて?

 

「既にお呼びしております。」

 

 流石ベル!

 

 

 直後に甲高いサイレンが鳴り響き、MPがやってきてアークロイヤルを地下牢へと押し込めるために彼女の両手に手錠をかける。

 新年早々警察沙汰とは…頼むから懲りてくれアークロイヤル。

 

 

 

「うおおおおおお!!!」

 バッチィィィイイイン!!!

 

 

 今度は何事…

 凄まじい雄叫びと、何かが爆発=シサンするかのような音。

 何事かと振り返ると、そこにいたのはチームユニオンの面々である。

 特注品と思わしき鋼鉄製の臼に炊き立ての餅米を入れ、トールハンマーみたいな杵を雄叫びと共に振り下ろしている。

 

 

「どけ!アタシがやるわ!!」

 

「頑張りなさい、ワシントン。最高記録はメリーランドの二回です!」

 

「フン!あたしの記録に勝てるといいなぁ。」

 

「ハッ!楽勝だぜ!!…ハァァァアアア、トリャアアアアア!!」

 バッチィィィイイイン!!

 

 

 ドラゴ●ボールよろしく気合を入れたワシントンはそのまま勢い良すぎるほどに杵を振り下ろす。

 壊したたがりのお年頃。

 当鎮守府名物クラスのデストロイヤー・ワシントン。

 驚くべき事に、彼女が杵を振り下ろした後、そこには立派なお餅が出来上がっていた。

 

 

「よっしゃあああ!ま、こんなモンだぜ!!」

 

 

 得意げなワシントン。

 あのね、君たち。

 餅つきってそういう競技でもなんでもないからね?

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピッピと一緒にシャワーを浴びて帰ってきた頃には、ルイスがお餅をつき終わっていて、ダンケとベルが砂糖きな粉を用意していてくれた。

 湯気が立ち昇るほどの出来立てホヤホヤ加減からしても随分と美味しそうだし、私が席についてから少しした後には加賀さんが天城さんや赤城さんと一緒にお雑煮を持って来てくれる。

 例によって、お雑煮には私の大好物である牡蠣が入っている。

 

 

「きな粉餅も美味しそうですが、まずは加賀のお雑煮からお召し上がりになられてはどうでしょう?」

 

 うん、ありがとう赤城さん。

 それでは加賀さん、いただきます。

 

「ああ、我が子。しっかり食え。」

 

「!!…ご主人様!お待ちを!!」

 

 なんや、どうしたのベルマッマ。

 あの、食べる順番に関してはね、赤城さんの言う通り…違う?そうじゃない?

 

「ダンケルク、ご主人様。牡蠣をよくご覧ください。」

 

「何々?……どう見ても普通の牡蠣…!!」

 

「謀りましたね、赤城!!」

 

 

 おお。

 よく分からないが…どうやら、私の食事までもが何かしらの政治的材料にされたようだ。

 ふざけんじゃねえ。

 人の食事を何だと思ってやがるんだお前らは。

 

 何かしらのトラブルがあったようだが、天城さんの呆れきった表情を見る限り毒殺とかそんな不穏な類のモノではなさそうだ。

 

 

「chou!この牡蠣はアイリス産の高級種よ。通称『ブロン』。寄生虫被害のせいで数が激減して、今ではかなりの値が張っているの。」

 

 ………何か問題が?

 

「ご主人様。加賀のお雑煮には真牡蠣に混ざって『ブロン』が使用されています。つまり…」

 

 つまり?

 

「コレをchouが食べることは、重桜企業によるアイリス進出を、chouが許可したって事に」

 

 

 信●のシェフやめろおおおおお!!!

 もうやめろお前らあああああ!!!

 やめてくれよ本当にもう!!!

 たまには普通にご飯食べさせてよ!!!

 なんで信●のシェフ始めんのよ!!!

 なんで新年早々食事が信●のシェフになんのよ!!!

 

 

「ふっ、まさか勘づかれるとは…。だが、我が子。私の雑煮を目の前にして我慢はできまい?」

 

 ………なんつーか、食欲が失せ

 

「姉様と一緒に、一生懸命作ったんだ。素材選びから仕込み、調理まで。アイリスまで足を伸ばすのは大変だったが、我が子の為ならと手間隙をかけた。…だが、我が子が食せないと言うのであれば仕方あるまい。うっ、ぐすっ、残念だが」

 

 

 良心に訴えかけてくんじゃねえ!!

 信●のシェフ的な謀略仕掛けておきながら結局頼みの綱が政治的駆け引きとかそんなのじゃなくて良心の呵責かよ!?

 もうちょっと考えて!?

 信●のシェフやるなら信●のシェフやるでもうちょい考えてこういうのやって!?

 

 

「ああ、加賀…可哀想な子…。あのメイドのせいで…!?」

 

「うん?どうした、姉様?」

 

「………加賀、あのきな粉をみなさい。」

 

 今度はなんや。

 ダンケマッマの砂糖きな粉がどうしたんや。

 

「!?……おのれ!貴様らも謀ったな!?」

 

「あのきな粉の輝き…アレは北重桜産大豆のきな粉!それを我が子に食べさせると言うことは…」

 

「アイリス企業の重桜進出を、我が子が許すということっ!?」

 

 

 お前らもかよおおお!?

 お前らもかよベルダンケ!?

 え、何?何を思ってこういう事やらかしてくれたの!?

 つーかさ、言っとくけどね?

 僕ちん政治的権限なんてカケラも持っちゃいないからね!?

 何かを期待したのかもしれないけど、基本的に無駄だからね!?

 

 

 

 ダンケとベルと赤城&加賀が勝手に信●のシェフをやっていたにも関わらず、幸いな事にお雑煮ときな粉餅は熱を失っていなかった。

 

 私は盛大に溜息を吐き…そのせいできな粉が幾ばくか宙に舞ったが…手を合わせて合掌した。

 

 "いただきます。"

 

 

 私は無事にお雑煮ときな粉餅を平らげ、おかげで双方の謀略は引き分けに終わったのだった。

 

 

 

ふぅ。どうにかなったな。

 なんというか、こう、お正月くらいもう少し静かに過ごしたいモンだが。

 お餅も美味しかったし、しばらくはルイスマッマと…

はっ!いかんいかん!

 ルイスの一部分である事に慣れてしまっていた!

 マジでリアルなセントルイス級に至ってしまうところだった、アブナイアブナイ。

 

 自分自身で勝手に一喜一憂してた時、唐突に晴れ着ファストが私を抱え込み、その大きくはだけた胸元に私を押し込めた。

 

 

 「ご主人様、最近ファストしてませんよね?」

 

 

 ふはぁぁぁ。

 本来なら、彼女はこんなキャラじゃないハズなんだが…

 ベルファストはもう、私の内心を読み取るという作業をやめていた。

 

 

 「ご主人様。新年の元旦くらいはファストしていただきたいと思います。ご安心ください、ルイスに勝るとも劣らないリクライニング感をご提供させていただきますので。」

 

 

 リクライニング感って何?…………

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Ⅳ章 エンド・ゲーム
ウォーロード


 

 

 

 

 

『我は死なり。全ての破壊者なり。』

 

 

  -----J・ロバート・オッペンハイマー

   (アメリカ人物理学者、『原爆の父』)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲボォッ!!オエッ!!…カハッ、ゲ、ゲボォォオ!!」

 

「しっかりして!ペン姉さん!!」

 

「あと少し!あと少しで予備ドッグに着く!踏ん張れ!」

 

「くっ!しつこいですね、アイリス海軍!!」

 

「カーリュー!左舷より敵影!!」

 

 

 

 重傷を負ったペンシルバニアを護りながらも、カーリュー達はよく持ち堪えていた。

 だが、北海での演習から掃討戦に移行してきたアイリス海軍は既に装備が揃っており、彼女達を追い込んでいる。

 なんといっても演習の始まる直前に追撃命令が下った為、アイリス海軍は弾薬も燃料も十分だったのだ。

 

 

 今、カーリュー達の左舷方向からはアイリス海軍所属のTBFが2機接近しつつあり、その"腹部"に抱えたMk13魚雷を眼前の艦隊へと放たんとしている。

 だが、TBFが狙いをつけたその刹那…背後から2機のスピットファイア戦闘機が現れて、鈍重な攻撃機を蜂の巣にした。

 結果的に魚雷が放たれる事はなく、カーリュー達は助けられる。

 

 

「ユニコーン!ありがとうございます!…ユニコーン?」

 

 

 スピットファイア戦闘機の母艦たるユニコーンは、カーリューが普段知っているユニコーンではなかった。

 虚な目をして、何かに取り憑かれたかのように、飛行甲板からスピットファイア戦闘機を矢継ぎ早に出撃させている。

 

 

「ユニコーン……お兄ちゃんを…守ってあげたい……」

 

 

 普段の彼女からは考え難い発言だが、しかし、その彼女の目に光はない。

 カーリューはどこか不気味さと不吉さを覚えながらも、今はオーバーフロー気味なユニコーンの戦闘力を頼らざるを得なかった。

 TBFは4機撃墜されたものの、旧ヴィシア軍のFW190戦闘機やBF110攻撃機、アイリス海軍のF4F戦闘機、更なるTBF攻撃機が迫っている。

 その奥にはおぼろげながらアイリス海軍艦艇とKANSENの艦影が見えた。

 もうしばらくはユニコーンに頑張って貰わなければ。

 

 

「皆さま!本当にあと少しです!お気を確かに!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロイヤル

 ロルトシート邸

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラッキーアメリカママ・セントルイスの谷間でぐっすり眠っている間に、私はサディアからロイヤルへの移動を果たしていた。

 その間にもクイーン・エリザベスの艦隊はロイヤルへ帰還し、ビス叔母さんは海岸線を掃討、アイリス艦隊は海賊共を捕捉、サディアン・マフィアはヒスパニアに進出し、そしてロルトシートは大陸側欧州向けの…全ての窓口を閉じている。

 刻々と変化していた状況はハイパーインテリルイスママによって良く纏めて"伝えられ"、おかげで私は理解と解釈にあまり迷うことなく記憶することができた。

 

 

 ありがとうルイスママン。

 ありがとうありがとう。

 

「どういたしまして♡ねえ、ミニ・ルー?ラッキールーの伝達能力が他のママ達を凌駕しているということは…よく理解できたでしょう?」

 

 うん…そだね……

 

 

 そりゃあ本当によく纏められてて私自身助かっているにはいる。

 だけど、もういい加減双丘越しのテレパシーという伝達方法は…なんというか……辟易するものがあった。

 せめて口頭で頼むよルイスママ。

 

 

「双丘越しのテレパシーは、貴方のママである事の証拠でもあるのよ?使うのを躊躇わなければならない理由なんてないわ。」

 

 だめだこりゃ。

 ルイスママに頭の中身まで筒抜けだ。

 

「ええ勿論よ、ミニ。なんと言っても私たちは一体化しているの。…大丈夫。悩みがあったらいつでもルイスママにテレパシーして?」

 

 ……どうしよう。

 何も言いたくない。

 

「テレパシーしなくても、させるから♪

 

 何も考えたくない。

 

 

 

 ルイスママのサイコ具合の披露宴が終わる頃、ロイヤル・ロルトシート邸への旅路も終わろうかとしていた。

 バリバリキャリアウーマンチックなスーツを着るルイスママが、私を谷間に挟んだまま邸内へと連れて行ってくれる。

 門の前には当たり前のように衛兵がいたし、ルイスママはそこで武装解除され、愛用のガバメントを預かられた…が、ここだけの話彼女のバックアップガンが私の直下10cmにあるのであまり意味がない。

 

 胸の谷間とは何なのだろうか?

 こんな便利ポケットみたいな扱いされていいモンなの?

 そもそも、38口径リボルバーと予備弾薬及び赤ん坊が入る谷間って何なのよ?

 いくらなんでもデカ過ぎないかい、いや「ラッキー・ルー♪」じゃねえんだよ。

 

 

 ルイスママはその後フレデリック・フォン・ロルトシートのいる書斎へと通される。

 私も私で、今まで色々と苦戦してきた相手に会うという事で緊張していた。

 ママの谷間に挟まっているという滑稽さを、少しでも相殺できるが如く姿勢と襟を正す。

 でもルイスママが谷間をギュッとやりやがったので早速無意味になってしまった。

 

 

「ミニ、緊張しないで?あなたはいつも通りにしていれば十分魅力的なのよ?」

 

 この態勢でも?

 

「…………」

 ギュムゥゥゥ

 

 ふげえええええ分かった分かった分かりました!!

 

 

 ルイスママの有無を言わさぬ過保護によって、私は自身の自由意志を完膚なきまでに否定される。

 次いでまるで私が彼女の所有物であることを誰であれ容易に理解できるようにルイスママのフレグランスな匂いを刷り込まれた。

 その…気が遠くなるほど大きな双丘を使って………

 やがて我々はロルトシート現当主の書斎の前へと至り、ここまでドン引きしながらも我々を案内してくれた執事と思わしき人物がその扉を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中には…当然の事ながらフレデリック・フォン・ロルトシートその人がいた。

 だが意外な人物も、またその中にいた。

 

 

「久しぶりね、"()()()()()"」

 

 

 シワがれた声と、シワがれた肌。

 老いを感じさせる頭髪には白髪が交じり、この女性が職務のせいで自分自身にあまり時間を割けなかった事を示している。

 彼女は私の昔の上司…MI5のN長官だ。

 

 

 

 長……官?

 

「ええ。意外だったかしら?」

 

 長官が何故ロルトシート家に…

 

「感動の再会は傍に置いて、まずは挨拶といこうじゃないか。私がフレデリック、現ロルトシート家の当主だ。」

 

 ………あ、はい、すいません。

 初めまして、私はセントルイスファミリアです。

 彼女はセントルイス。

 どうかご無礼をお許しください。

 

「…まぁ、君の反応が理解できないわけじゃないさ。意外どころの話じゃないだろ?」

 

「マッコール、あなたはきっとこう思っていた。ヴィスカー社の株を握るロルトシートが軍需産業の先細りを恐れて第三次世界大戦を始めようとしている、と。」

 

 ………

 

「図星だな?…悪くはない考えだが、少し我々を見くびり過ぎだ。そんなハイリスクな賭けに出る理由が見当たるかね?」

 

「Mr.ロルトシートの言う通り、彼…いいえ、我々の目的はそんなモノではない。」

 

「目的はもっと別の方面にあったんだ…セントルイス君、悪いが席を外してくれないかね?」

 

 

 

 金属バットで頭を殴られた事はないが、私は恐らく、バットで頭を殴られるよりもガツンとした衝撃を受けていた。

 裏切られたと思ったわけではない。

 …だがしかし、もしかすると、『()()()()()()()()()()()()()()()』。

 穏やかな様子のN長官とロルトシート当主を見て、そんな考えが脳裏を過ぎったのだ。

 ルイスママもナニカを感じ取ったらしかった。

 

 

「………きっと、この子一人じゃ耐えられそうにないわ。それに、一人きりにしたら大変な事になってしまう…私はこの子から離れない。」

 

「………分かった、ならば約束してくれ。取り乱さずにいることを。」

 

「ええ」

 

「なら……この説明は私の方からすべきでしょうね。」

 

 

 

 N長官はゆっくりと立ち上がり、話し始めた。

 彼女がロルトシート邸にいる理由………つまり、MI5がロルトシートと組み、ビス叔母さんを攻撃していた理由を………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 ちょうど、後にセントルイスファミリアを名乗る事になる男がこの世界線へやってきた時、欧州のど真ん中では史上最大の買収が行われていた。

 伝統ある有名軍事メーカーのクラップ社が、KANSENであるビスマルクによって買収されたのだ。

 クラップ社は通常兵器だけでなく、KANSENの艤装または弾薬をも製造していて、この買収はその管理権がKANSEN自身の手に移った事を意味している。

 

 この出来事は何人かの人物に危機感を与えたが、最初に驚異を感じたのは…他ならぬロルトシートの当主だったのだ。

 

 

「ニュースを見たか、フレデリック!ビスマルクがクラップを押さえた!このままじゃ欧州の軍需産業にまでビスマルクの資本が」

 

「静かにしろエイミール!…すまない、我が弟よ。だが、もう少しよく考えるんだ。ビスマルクがクラップを押さえた事実はお前が思っているよりも厄介な問題をもたらすことに気づいてくれ。」

 

「……フレデリック?た、確かに鉄血資本が軍需産業に集中投資を始めればヴィスカーの優位さ」

 

「そんな事じゃない。これはもう…鉄血・ロイヤルの問題だけではないんだ。…仕方ない、MI5に連絡をしてくれ。」

 

 

 

 エイミールからすれば、こんな兄の姿を見るのは初めてだった。

 兄は打ちひしがれたようになっていたし、MI5長官への電話のさえも今までにないくらい追い詰められた様子で行っていた。

 そしてMI5の長官がロルトシート邸へ訪れた時、エイミールは初めてその理由を知る事になる。

 

 

 

「長官、一大事です。」

 

「ええ、分かります。まさか本当にこんな事が起こるとは…」

 

「我々は優位を失う事になるでしょう………KANSENに対する決定的な優位を(人類側の優位性)。」

 

「ビスマルクがクラップを手に入れたという事は、KANSEN自身が自前の武器弾薬を調達できるようになったと言う事。彼女達が人類に反旗を翻す時、止められるものはもう何も…」

 

「KANSENの素材であるメンタルキューブは…元はといえばセイレーンからもたらされた存在です。」

 

そんな存在が自己を持ち、挙げ句の果てに必要資材の自己調達まで始めれば何が起こるかわからない。

 

「少なくとも、我々はそう考えています。ただ、幸い、彼女達が"自立"を志すために必要なモノは後一つ残っている…燃料です。最近ビスマルク傘下の鉄血資本が油田開発技術への融資に動いています。」

 

「!!…もしかして、北方連合の」

 

「我々はそう睨んでいます、長官。」

 

「ですが、あの油田は北方連合の技術力では開発できませんし…鉄血と北連の関係からして、ビスマルクが手出しできるとは…」

 

「ええ、今はそうかもしれません。ですが長官。状況が現在のまま推移するとは思えません。情勢によっては…ビスマルクの食指が届くかもしれませんよ?」

 

「何としても阻止しましょう!長期的に動き、ビスマルクを封じ込めます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな!考え過ぎよ!私達が人類を攻撃するなんて!」

 

 私からも言わせてください。

 彼女達はそんな悪魔のような存在ではない!

 

「………ミニ・ルー…」

 

 現に彼女達はセイレーンから我々人類を守ってきたんです!

 そういった発言自体、彼女達にあまりに礼を失している!

 

「ええ、マッコール。今はそうかもしれない。或いは"今までは"。でも、どうしてこれから何年先も同じ状況だと思えるのかしら?」

 

「KANSENの軍事力は我々人類のそれを大きく引き離している。…いずれ、戦争は終わる。人類国家同士の戦争も、セイレーンとの戦争も。」

 

「残念ながら、私達人類はKANSENの目の前で数々の失態を重ねてきた。数年先は何事もなくても、世代を経ればいつか私達を見限る日が来るかもしれない!そんな時に、彼女達の手元に武器を持たせておけばどうなるか!」

 

 

 

 だんだんと、分からなくなってきた。

 長官とロルトシート当主がイカれているのか、それとも彼らの言う通りなのか。

 だが、少なくともこんな事を…。

 彼らがマッマ達自体を恐れているなんて事を、ママと相談するわけにも…

 

 

「少し、この子に考えさせる時間をくれないかしら?」

 

 テレパシェ……………

 

「ええ、いいでしょう、セントルイス、マッコール。でも、これだけは言っておくわ。私達があなたに目論みを明かしたのは、私達の一連の作戦が失敗したから。……もう、正直に言いましょう。私達はあなたも含めてビスマルクの一派を抹殺するつもりだった。」

 

 !!??

 

「海賊に大量破壊兵器の情報を流したのは私。"ジェンキンス"はM()I()5()()()()()()()()()()()()()。そして窮地のビスマルクの為に援軍を寄越したのは、混乱に乗じて彼女を抹殺する為」

 

 ルイスママ!今すぐビス叔母さんに

 

「安心なさい、作戦は放棄された。私達はもうお手上げよ。それでも、あなたを呼んだのは…きっと、あなたなら私達の抱いている恐れ(KANSENの暴走)を理解できると思ったから。どうか…どうかよく考えちょうだい。」

 

 

 

 

 

 ルイスママと私は別室に通された。

 私は凄まじく混乱していたし、到底考えるなんて事もできそうにない。

 長官の話は…あまりにも壮大すぎて別次元のモノに思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ガバガバェ…すいませぬ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アイ、KAN-SEN

 

 

 

 

 

 いつか…まだMI5に入る前に、変な夢を見た事がある。

 バイ●ハザードとかウォー●ング・デッドとか、或いは…古典的に言えばゾン●みたいな世界観に突っ込まれた夢を。

 側にダンケママがいた。

 彼女は必死に私を守ってくれて、2人で必死に安全な場所を探していた。

 

 そこへ電話が来る。

 私の兄からの着信だった。

『特効薬を研究中だが、アンデッ●共が迫っている。助けて欲しい』

 

 よくよく考えれば私に兄なんていやしない。

 しかし所詮は夢の中。

 私はその言葉を信じてラボに向かおうとする。

 

 そこでダンケは私を止めに来る。

『今行けば命はない。それでも行くなら、私を撃ち殺してからにして。』

 

 私は悩んだ末に、ダンケを撃った。

 アンデッ●にならないように、額めがけて。

 私は自分を守ってくれるダンケよりも、自身の家族を…"本来の"家族を選んだわけだ。

 そのあと研究所に辿り着いたが、兄は既にアンデッ●になっていたし、特効薬なんてありはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、本当にそれが夢で起きた事か疑わしいほど夢の内容を覚えていて…私は罪悪感に苛まれた。

 この人生で本当に久しぶりに、夢のせいで泣いた。

 重い重い罪悪感と、途方もない悲しみを感じたのだ。

 そして重い重い罪悪感と途方もない悲しみを背負ったまま、近くで寝ていたダンケマンマの豊満な母性に飛び込んだ。

 

 

「ごふっ!?………Mon chou?どうしたの?…泣いてるの?」

 

 うん、ごめん、ダンケママ。

 

「?………何か怖い夢でも見たのね?」

 

 

 隠していてもどうしようもないから、私はダンケにありのままを話す。

 幸いな事に彼女以外のマンマは起きていなかったし、私のダンケマンマは…他のマンマも皆そうであるが…寝ている女性の谷間に飛び込むという変質者紛いの行為をも受け止めてくれるような優々甘々マンマだった。

 

 

「………そう。大丈夫よ、Mon chou。きっと、夢の中の私もあなたの選択を理解していると思うわ。」

 

 でも、ダンケママ…

 結局、私は何も得る事なく…ただダンケを…

 

「ええ、結果的にはそうかもしれない。だけど、chouがお兄さんを信じたのはそこに希望があったから。…未来の事なんて誰にも分からないわよ。」

 

 ダンケ…

 

「夢の中の私に足りないところがあるとすれば…そうね、なぜ最後までchouを守ろうとしなかったのか。……これだけは言わせてちょうだい。私達KANSENは人々を守る為に存在しているの。人々を守る為なら…命すら投げ出すわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、私はルイスママと一緒に、他のママ達のいる…私の鎮守府へと帰る事にした。

 だが、話をしたかったのはママたちの内の誰でもなく、私のかけがえのない親戚にして家族でもあるビスマルク叔母さんだ。

 だから我が鎮守府へと帰った時、ピッピママの下へと向かって"もらう"。

 ビス叔母さんと話すには、彼女といてもらった方が良い。

 

 しかしその前にママ達全員にMI5とロルトシートの真の目的を話さねばなるまい。

 

『人類に対する潜在的な脅威の排除』

 

 正直気は進まない。

 KANSEN達はこれまでセイレーンの脅威から、必死に人類を守ってきたのだ。

 それなのにロルトシート家は彼女達を疑い、コソコソと卑劣な攻撃を仕掛けてまでいる。

 

 ルイスママに、この事を相談した。

 彼女はさも自然な事のように私の口内へレーズンやアーモンドを突っ込んでいきながらも、自身の考えを教えてくれる。

 

 

 

「ねえ、ミニ?仮に黙っていたとして、いつまで他のママ達に隠し通せると思うの?」

 

 ………そう、長くはもたないかな

 

「いいえ、ミニ。()()()()()()()()()()。ティルピッツやダンケルクやベルファストやザラも、いずれロルトシートの目論みを知る」

 

 ………

 

「なら、いっそのことミニから聞いておいた方が気持ちも落ち着くと思うわ。………ミニ?そんな顔しないで?大丈夫、彼女達はそれくらいじゃ揺るがない。前にも言ったでしょ?私達を頼って。」

 

 ………うん。ありがとう、ルイスママ。

 おかげで踏ん切りがついたよ。

 

「お礼なんていらない。私の可愛い息子だもの。………ほら、ミニ・ルー?レーズン♪」

 

 ルイスママ、ちょっとお腹がいっぱい

 

「レーズン」

 

 いや、あの

 

「レーズン」

 

 ルイ

 

「レーズン」

 

 ル

 

「レーズン」

 

 

 

 

 

 

 

 レーズンとアーモンドによるバグラチオン作戦はつつがなく終わり、私は昼飯の時間だと言うのに一切の食べ物を受け付けられそうになくなった。

 ゲップをどうにか堪えながら、私は母親達にロルトシートの目論みを伝える。

 もちろん、皆一応に声を張り上げた。

「私たちはそんな事をしない」

「意味がわからない」

「信じられないわね、Mon chou」

 ああ、最後のはもちろんダンケママ。

 

 なんというか…想像通り彼女達は困惑してしまってはいる。

 しかし…私の勘でしかないが…なんとなく、彼女達もそんな事態を頭の隅の方で考えていたようにも思えた。

 いいや考えていたはずだ。

 

 戦争はいずれ終わる

 そう遠くないうちに。

 なら、彼女達はその後何をするべきだろうか?

 

 カノウセイは、既に幾つか示されている。

 

 誰かが彼女達を奴隷のように扱う。

 冷戦では国家の"駒"として扱われ、強引な手段で量産を試みられる。

 ある集団に丸め込まれて犯罪に加担させられ、間違った正義感に身を任せられる。

 

 どれも、KANSEN達にとって良い結末とは思えない。

 彼女達の困惑具合も当然のものだろう。

 だが今は火急の用件がある。

 ビス叔母さんと話さねばならない。

 

 

 

 私としては『セントルイス級分離シーケンス』を発動して欲しすぎるほど発動して欲しかったのだが、しかしルイスママは許さない。

 例によって私をギュムっと抱き抱えたまま、微動だにしようとしないのだ。

 あのね、ルイスママ?

 これからビス叔母さんと話すのに、ピッピには是非ご協力いただきたく…

 

 

いや!ミニは私のミニ・ルーなの!離れない!絶対に離れないからっ!」

 

「ルイス!?いくら親権があなたにあったとしてももうそろそろ坊やを渡してくれても良いんじゃないかしら!?…私、坊やのあやし不足で幻覚や幻聴が…」

 

 私は薬物か何かなのか

 

「……仕方ないわね…はい、どうぞ。」

 

「ああ!坊や!坊や坊や坊や!坊や?坊や坊や坊や!」

 

 はいはいはい、ありがとうピッピ。

 ありがとうだから少しばかり腕を緩めようね〜。

 君達ひょっとして私を圧死させようとしてるのかい?

 私を圧死させる競技会とかあるのかい?

 アレか?

 イン●タか?

 バズるのか?バズるのか私の圧死が?

 私の圧死がイン●タ映えでもするのかな?

 

 ちょっとやめて欲しいかな〜。

 

「さて!坊やの準備も良いことだし、姉さんと話に行きましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビス叔母さんは自身の執務室…とは言っても、元は私が予備の部屋としてほったらかしにしていた会議室…でラインハルトを抱き抱えたまま、物思いに耽っていたようだった。

 入室した私とピッピには目もくれず、ずっと窓の外を見ている。

 まるで私が来るのを知っていたかのような…

 恥ずかしながら、そんなビス叔母さんの様子を見て、やっと私も気付く。

 

 

 "きっと、彼女は最初から分かっていた"

 

 

 ロルトシートの目的も、連中にMI5が協力していたことも、そして自身が人類から『恐れられている』ことも。

 恐らく、今回の件のほぼ全てを見通していた。

 そして見通した上で、今回の闘争を繰り広げていたにちがいない。

 …どうやら私の予想は、果たして正しいものだった。

 

 

「………全てを聞いたのね、ロブ君。」

 

 …はい、叔母さん

 

「そう………」

 

 叔母さん、ロルトシートとMI5の憂いは決して正確とはッ

 

「ラインハルトから"結末"を聞いたことがある」

 

 

 ビス叔母さんは私の話を遮って、胸元に挟まって寝ているラインハルトの頭を優しく撫でながらも、まだ外の方を向いている。

 

 

「ラインハルト…それに、ロブ君。あなたの世界では…鉄血は戦争に負ける。私達はそれまでに"死んで"いるか、生き残っても標的艦にされたりする。」

 

 ………

 

「でも勝った側…アズールレーンのKANSEN達も決して…必ずしも幸せになったわけじゃない。ユニオンと北方連合の冷戦は、あなたの世界でも起こったことでしょう?」

 

 ええ、そうです。

 

「…戦争が終われば"兵隊"は用済みよ。真っ先に捨てられる。ねえ、ロブ君?あなたも見てきたはず。」

 

 嫌と言うほど見てきました。

 

「だから、私も怖くなってきた。ひょっとしてセイレーンとの戦いが終われば、私達は人類から見捨てられるんじゃないかって。」

 

 或いは私のいた世界線のように…

 

「永遠に戦い続けるか。…ロブ君、本当はこんなこと言いたくないんだけど、()()()()()()()()()()()()()()。国家同士の争いはいつまで経っても終わらない。戦争が終わっても、お互いに組む相手を替えて争い続ける。」

 

 だから、叔母さんは"保険"を欲した。

 

「その通り。クラップを買収し、油田を確保できれば最低限の物資は管理下における。」

 

 叔母さんの狙いはロルトシートとの競合やプーシロフの支援なんかじゃなかった。

 本当の狙いは…KANSENを人類と"対等な"存在とすること

 

「…残念だけど、KANSENを単なる兵器として見ている人間もあまりに多い。私は保険が欲しいの。彼らが私達を裏切らないようにするための保険が。」

 

「姉さん、何故相談してくれなかったの?妹である私に、何か話しておいてくれても良かったじゃない!」

 

「ごめんなさい、ティルピッツ。あなたを巻き込みたくはなかったの。"コレ"をやれば、きっと私は人類から、悪魔のような扱いをされる。」

 

「そんな…」

 

「本当に残念だけど、そうなの。……ねえ、ロブ君。あなたならきっと私を止めようとすると思っていた。…私も…本当はこんな事をしたくはないけど………」

 

 

 

 ビス叔母さんは長い沈黙の後、素早い動きで振り返る。

 両手にはMP34短機関銃が握られていて、銃口はしっかりとこちらへと向いていた。

 気づけば旧ラインハルト鎮守府のKANSEN達が私達を取り囲み、MP34をこちらへ向けて構えている。

 

 

「姉さん!?」

 

 ビス叔母さん!?

 

「ごめんなさい、ティル、ロブ君。だけど、私はここで止まるわけにはいかない。あなたが邪魔だてをすると言うのなら…残念だけど、あなたには倒れてもらうしかないわ。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ベイビー・マッド・ドッグ

 

 

 

 

 

 

 彼が"ジェンキンスになるのを好む"のは、単純にその役になりきるのが容易だからだ。

 中流階級のイングランド人、上品な言葉遣いだが完璧な紳士とは言い難い振る舞い、そしてブロンドと蒼い瞳。

 "ジェンキンス"を演じる男…ジェイムス・ポンドにとって、これほど都合の良い役柄があるだろうか?

 

 彼は今独房の中でタバコをふかしつつ、あのビスマルクが赤黒い怒りの表情で訪れてくるのを待っていた。

 "彼女のラインハルト"は手榴弾の破片を喰らったはずで、ポンドの知識が正しければそう長くは持たない。

 独房に入ってから結構経つので、ラインハルト君は相当粘っているのだろう。

 だが、ビスマルクの訪問は時間の問題だ。

 あの状況でラインハルト君が生き残れる確率はそう高くはない。

 

 そしてラインハルト君の死は、ポンドの最後のミッションが達成されることを意味していた。

 ラインハルトを殺せばビスマルクは間違いなく発狂する。

 彼女が発狂すればつけ入る隙ができる。

 つけ入る隙ができれば…あとは長官がビスマルクに王手をかけてくださることだろう。

 

 

 しばらくして、ポンドは待ちに待った訪問を受けることになった。

 だが残念。

 独房を訪れたのは、彼の待ち望んでいたビスマルクではない。

 過去にMI5に所属していて、彼自身とも顔を合わせたことのある男…正確にはティルピッツの谷間に挟まる赤ん坊…だった。

 

 

 

「………クソっ。最後の最後でしくじったわけか。」

 

 …察しがいい。

 マラヤンの時(ハウスクリーン作戦)のようにはいかなかったな。

 

「ああ。あの時は長官が焦ったせいで台無しになるところだった。アフマドほどの用心深い人物が、こちらの裏切りを予期していないはずがない。あの後カバーストーリーを信じ込ませるのにどれだけ苦労したか。」

 

 放っておけば良かったじゃないか

 

「無茶言うな。あの地形で砲撃されても一掃にはならなかったろうし、アフマドは案の定予備部隊を残していた。…東南アジア最大の、ロイヤル海軍弾薬庫を攻撃させるために。」

 

 君はアンダマン海にいる架空の"重桜艦隊"による砲撃だと信じ込ませ、予備部隊と合流して移動するように勧めた。

 そして…そこでやっと…ロイヤル・ネイビーは()()()()()()()()()()ということか。

 

「随分と骨を折った作戦だった。結果としてロイヤルは東南アジアの安定を手に入れたはずだったが…あんたなら知ってるだろ?」

 

 まあね、この間SL班と戦ったのは私だ。

 

「やはりな。…そして今ここにいるということは…俺はラインハルト・フォン・ビスマルクの抹殺にもしくじったということだ。…正直、あんたも怒り狂っていると思っていたが。」

 

 長官と話したんだ、君の作戦は終わったよ。

 長身はサジを投げ、ロルトシートはタオルを投げた。

 私が怒り狂っているということはないが…当然愉快な気分でもない。

 

「なら、俺を拷問にかけるのか?」

 

 いいや。

 私は紳士なんだ。

 それに、君には借りがある。

 DRAの作戦の時に助けてもらった借りが、ね。

 

「………待てよ、次の指令か?」

 

 その通り。

 長官からは君を自由に使っていいと言われている。

 

「勘弁してくれ…これでようやく"()"になれると思っていたのに。」

 

 残念だがそうはいかん。

 女王陛下に仕えたように、私にも仕えてもらう。

 …では次の任務だ、ポンド君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………

 

 

 

 

 

 

 

 ビスマルク叔母さんが銃口を下ろしたのは、私が本心から彼女の考えに同意を示すことのできる部分があることを伝えたからだ。

 叔母さんは少し驚いた顔をしていて、最初は疑っていたようだが、幾つかの質問と熟慮の末に私の発言が真意であると受け取った。

 

 

「……ありがとう、ロブ君。でも、あなたは全力で私に同意してくれるわけじゃない。きっと、あなたなりの考えがあるのね?」

 

 KANSENが人類と対等というのは、いずれ破綻を招く結果になるでしょう。

 一見すれば一番安定感のありそうな方法ですが、人類側は将来ずっと根に持って回る。

 ですから、私の思うに、一等効果的な方法は………脅し続ける事です。

 

「油田やクラップを手に入れるのとは違うの?」

 

 油田を手に入れたところで、ビス叔母さん、そこを操業させるのは人類です。

 KANSENでは手に余るし、兵器工場にも同じことが言える。

 すべてをオートメーション化させるとしても、整備士はどこから連れてくるんです?

 

「なら、私はどうすればいいの、ロブ君。或いは、もう手はないのかしら?」

 

 いいえ、あります。

 ですが誰かが"悪魔"にならなければならない。

 

「坊や!まさかあなたッ…」

 

 分かってくれ、ピッピ。

 ピッピ達のためにも、やらなければいけない。

 

「分かったわ、ロブ君。あなたの計画を聞かせて頂戴。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様!…ティルピッツ、お願いです。どうかご主人様を渡してください。」

 

「ベルファスト?…あぁ…あなたも幻覚や幻聴に苛まれているのn」

 ガッ

「ちょっと!ベルファスト!?」

 

「申し訳ありません、ティルピッツ!埋め合わせは後ほど!」

 

 

 ベルママが無理やり私をピッピママから取り上げたのは、私がポンドへ新しい指令を出してからの帰り道。

 私としてはもう既にポンド君を自由の身にしてしまい、これから実行される新しい作戦への回帰不能点を通り過ぎたところだったので早くも執務室に戻りたかったのだが。

 しかしベルファストは、それを許さず既視感のある笑顔と共に私を谷間に深々と挟み込みながら自室へと歩み出す。

 コツコツと、足早に。

 

 

 

 やがて、ベルファストの私室に至ると、そこには思いもよらぬ陰惨な景色が広がっていた。

 

 

 

「アッ、アガッ!アッ!アッ!」

 

『ダメデス、タベナサイ』

 

「姉ちゃん!辛いだろうけど、元の姉ちゃんを取り戻すためなんだ!頑張ってくれよお!」

 

 

 

 暗い室内で逆トラバサミヘッドギアにかけられたヴァイオレッ…違う、エンタープライズが、背後から禍々しい機械に拘束され、口にブロッコリーをねじ込まれている。

 その近くでは最早半泣きのホーネットがいて、悶絶するエンタープライズを応援(?)していた。

 彼女達の目の前にはテレビが置かれていて、そのスピーカーからは耳にしたことのある曲が流れている。

『それでも前に進むの〜』

 機械はエンタープライズの口にブロッコリーをねじ込むと、無理やりヘッドギアを作動させた。

 

 

『ソシャク、ソシャク、ソシャク』

 

「ア〝ッ!ガッ!…モシャッ!モシャッ!モシャッ!」

 

『エンカ、エンカ、エンカ』

 

「…!……!……ゴ、クンッ!」

 

『タイショウノエンカヲカクニン、イチジテキニカイホウスル。』

 プシュー…

 

「ガッ、ガハッ!」

 

「姉ちゃん!」

 

「………お、お前はホーネット?私は…今まで何を…」

 

「!…良かった…ちゃんと戻ってきたんだ、姉ちゃん!」

 

 

 

 

 

 え、何このホラー映画。

 

「エンタープライズ様はあまりに偏ったお食事をされていましたので、あのように変わられてしまわれたのです。ですので、メイド隊の誇る生活指導マシン『ソシャク君Mk.Ⅷ』を用いての矯正を行わさせていただきました」

 

 …

 ……

 ………

 …………はい?

 

「以前はご自身のことを『ヴァイオレッ●・エ●ァーガーデン』などと名乗っていましたが、これ以降そのような事もなくなるはずです。」

 

 あのぉ〜、それなんだけどさ。

 エンタープライズの食生活が問題だったんじゃあなくて、ただ単に私が『お客様のためならどこへでも駆けつけますって言ってみて』とかクソみたいなお願いしたからそうなったんじゃ…

 

「例えそうだとしても、生活習慣の改善はなされるべきではないでしょうか。…さて、ご主人様、次はあなたの番です。」

 

 …

 ……

 ………

 …………はい?

 

「最近ご主人様も食生活偏重の兆候がございます。」

 

 いやちょっと待てや、ベル。

 そんなわけないやろが。

 あのね、僕ちんったら赤ん坊に戻って以来あなた方のフルアシストによって

 

「ではご主人様。昨晩何をお召し上がりになられたのか、覚えていらっしゃいますか?」

 

 ………

 

「………」

 

 ………

 

「………」

 

 ………コーンフレーク

 

「では、今朝は?」

 

 ………コーンフレーク

 

「本日のお昼は?」

 

 ………アーモンドとレーズン。

 

「それでは、矯正に移らさせていただきます。」

 

 

 ベルマッマが有無を言わせぬ力で私を掴み、椅子の上に座らせる。

 とは言ってもギャグトラバサミヘッドギア付きの方ではなく、普通の椅子に。

 目の前にはテーブルがあり、緑黄色野菜限定の会員制クラブのようになっているサラダが置かれていた。

 テーブルの向かい側にもまた椅子があり、そこにはベルマッマが座る。

 

 

「ご安心ください、ご主人様。いきなり『ソシャク君』を使うようなマネは致しません。まずは、私から食べさせていただきます。…はい、あ〜ん♡」

 

 あーん

 

 

 ベルマッマはフォークでブロッコリーを串刺しにして、私の口元へと持ってくる。

 彼女の笑顔を見れば、誰だってこのブロッコリーを拒否することなどできまい。

 この表情が拝めるタイミングは決まっている…ブチ切れている時のみ。

 

 何故彼女が怒っているのか見当もつかないが…私はこれ以上ブチギレ☆ベルベルが怒らないように、ゆっくりとブロッコリーを咀嚼して飲み込んだ。

 続くレタスも、パプリカも、問題なく飲み込んでいく。

 すると、ベルママの表情が崩れてきた。

 まるで季節外れの夕立のように、急に物憂げになっていったのだ。

 

 

 そしてトマトに差し掛かった時、ついにベルママが動きを止める。

 縦方向にスライスされた上にフォークで串刺しにされた哀れなトマトを皿の上に置き、俯いてしまう。

 私からすればチンプンカンプンな事態だったが、彼女が放った言葉が、彼女の行動の理由を説明した。

 

 

「ご主人様は…()()なのですね…」

 

 ベル?

 

「私は、てっきりビスマルクの悪影響を受けているものと……うっ、ぐずっ」

 

 

 ベルファストが、先ほどまでフォークを握っていた手で私の小さな手を包み込む。

 彼女の手は美しく、しなやかで、上品で。

 そして何より温かで、彼女が私に向けている感情を直実に指し示しているかのようだった。

 

 

 ど、どうしたの、ベル?

 

「心配なのです!!ご主人様がっ!!……申し訳ありません。このベルファスト、ご主人様とビスマルクとの会話を盗み聞きしておりました!!」

 

 …………なんてこった…

 

「ご主人様ぁ!!もう…もうこれ以上!…"怪物"にならないでくださいっ!!」

 

 

 ベルファストはもう泣くのを堪えていなかった。

 彼女は音をたてて椅子から立ち上がり、次いで私に駆け寄って豊満な母性で抱き上げる。

 それはそれは力強く、ルイスやピッピやダンケやザラに負けないほどの力で。

 

 

「耐えられまぜんっ!ご主人様がっ!あんなっ!あんなことを御発案されるなんてっ!スラムの時もそうでしたがっ、ご主人様っ!どうか、どうかご正気にっ!」

 

 …ありがとう、ベル。

 でも

 

「でももヘッタクレもあるのものですか!」

 

(すげえ言い回しだな)

 

「ご主人様はご主人様でいてくださいっ!どうかっ!どうか!!私はどうなってもかまいませんからぁ!!」

 

 ベル!

 

「…!はい、ご主人様」

 

 ……あぁ、ごめん、ベル。

 でもやっぱりマッマ達がどうなっても良いとは、間違っても思えないんだ。

 本当に悪いと思っているけど、私はもう実行した。

 どんな結果になっても、私はその責任を取るだろう。

 

「……ご主人様…」

 

 どうしても嫌なら、無理してついてこなくて良い。

 ベルがこうなるくらいには、私はベルに心配をかけてしまった。

 だから

 

「いやです!離れまぜんっ!ご主人様にはベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベル」

 

 ベル?

 

「ベルベルベルベルベルベルベル…でも、ご主人様……私はっ……このベルファストはっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が落ち着くまでには多くの時間が必要で、泣き続ける彼女の谷間にいたのは決して短い時間ではなかった。

 

 その間にも…ジェイムス・ポンドは数あるミッションの最初の一件を手をつけていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄金の国

 

 

 

 

 

 

 アイリス海軍の爆撃機は数をドンドン増していき、最終的には、カーリュー達は40機もの敵航空機に追われることとなる。

 彼女達は完全に追い詰められ、ペンシルヴァニアは息も絶え絶え、ユニコーンはオーバーフローな戦い方の代償で動けなくなり、2人ともアリゾナが必死に牽引していた。

 そしてカーリュー、キュラソー、フェニックスの残弾は残り少なく、そしていずれの艤装も何らかの理由で損傷・出火している始末。

 これでは、彼女達はあと1時間も持てば良い方だろう。

 

 どうしても我慢できなかったのか、フェニックスが悲痛な決断を下したのはその時だった。

 

 

「カーリュー!あたしが殿を務める!アンタは他の皆と逃げるんだ!」

 

「!…何をおっしゃるかと思えば…そんなこと…!」

 

行け!…黙って、行け!!このままじゃ皆んな全滅する!!……あの指揮官にはアンタが必要だ!!」

 

「フェニックス………くっ…残念ですが、致し方ないですね」

 

 

 カーリューは下唇を噛みしめながらも、フェニックスの申し出に甘んじざるを得ない。

 彼女達と海賊団はスコットランドの…それもまた北部に…どうにか拠点を確保していたが、このままでは拠点に辿り着く前に全滅だろう。

 …もっと最悪なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるが。

 カーリューはフェニックス…かけがえのない戦友に自己犠牲を強いなければならない自己の不甲斐なさに、下唇から血を滴らせながらも、礼を言う。

 

 

「ありがとうございます、フェニックス…あなたの事は決して忘れません。」

 

「…………気にすんな。指揮官をよろしくな…」

 

 

 

 フェニックスはこれまでの進路とは180°逆方向へと…つまりアイリス海軍爆撃隊の方へと可能な限りの全速で向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全隊高度・進路維持!敵への爆撃コースを維持しろ!」

 

 

 アイリス海軍爆撃隊長は自機のSBD急降下爆撃機を駆りながら、仲間に向けて無線通信を流す。

 敵は、消耗しているとはいえKANSEN。

 通常兵器で倒す事がどれだけ困難かくらいは、隊長には容易に想像できる。

 だが、その想像ができない人間もいた。

 爆撃隊の内、旧ヴィシア勢の一番機のパイロットは隊長と同じ階級で、しかもプライドの頗る高い人物だ。

 だから旧ヴィシア勢のJu87急降下爆撃機の編隊が先行し始めたのも、決して予想外の行動ではない。

 放っておけば彼らは大変な目に合うかもしれない、そう思った隊長はJu87部隊に向けて警告を発する。

 

 

「"ヴィシア2-1"、こちら"プロヴァンス1-1"、先走るな、敵の的にされるぞ」

 

『…"ヴィシア2-1"より全"ヴィシア"へ。"プロヴァンス"の指示は無視しろ、連中は腰抜けだ。』

 

「クソッタレめ!どうなっても知らんぞ!」

 

「放っておきましょう、隊長。案外我々の出る幕もないかもしれません。」

 

「………はぁ、そうなる事を願うよ。」

 

 

 後部機銃手の言う通り、もう"ヴィシア"の連中は公然と隊長を無視しているし、SBD部隊は爆弾を積載したまま帰ることになるかもしれない。

 どのみち放っておくしかないだろうと、隊長は半ば投げやりに思う。

 

 その時、隊長は敵KANSEN艦隊の中から1人のKANSENがこちらへと反転してくるのを見てとった。

 

 

「んん?…何をする気だ?多勢に無勢だぞ?無謀な事を。…"プロヴァンス1-1"から"ヴィシア2-1"へ。敵KANSENがそちらへ向け反転、注意せよ!」

 

『"ヴィシア"から"プロヴァンス"へ。余計なお世話だ、引っ込んでろ。』

 

 

 Ju87部隊一番機は捨て台詞とともに一気に高度をとり始めた。

 他のJu87も一番機に続いて高度を稼ぐ。

 よほど血気の盛んな"ヴィシア"隊は、早くも新しい獲物に食いつかんとしていた。

 Ju87部隊は攻撃に最適な高度に達すると今度は一気に下降、特有の『ジェリコのラッパ』を鳴らし始める。

 

 

 ♪テレレレ〜テレレ〜レレ〜

 

『たった一隻のKANSENで何ができる!』

 

 

 哀愁あふれるBGMと共に、既視感のある死亡フラグを盛大に立ち上げた"ヴィシア2-1"は高速でフェニックス目掛けて下降していく。

 Ju87が抱えている250kg爆弾が命中すれば、疲弊しているフェニックスには間違いなく致命的なダメージとなるだろう。

 後続機も次々と降下をはじめ、爆弾をフェニックスに命中させるためにグングン高度を落としていく。

 

 

 一方のフェニックスは副砲である127mm連装砲の装弾を終えていた。

 主砲の150mm砲は既に弾切れな上に、対空戦闘には適さない。

『ジェリコのラッパ』をしっかりと聞き取っていたフェニックスは、爆撃機の位置を正確に把握していたし、すぐに攻撃もできた。

 

 …だが、なぜか撃つ前にこう言わなければならないという謎めいた義務感に取り憑かれた。

 

 

「うちぃ〜かたぁ〜はじめィ!」

 

 

 フェニックスはかわぐち●いじな表情を浮かべながら、瞬時に127mm砲を構えて2発同時に発射する。

 そのうちの1発は、先程盛大な死亡フラグを立ち上げた"ヴィシア2-1"のど真ん中を捉えた。

 哀れJu87一番機は空中で四散し、残骸を撒き散らしながら海へと堕ちてゆく。

 そして同時に放たれたもう一発は"ヴィシア2-1"の僚機を捉え、その右翼をもぎ取った。

 

 127mm連装砲の複座駐退器から熱々の薬莢が飛び出ていくと、フェニックスはすかさず次弾を装弾する。

 彼女に向かってくるJu87爆撃機はそれだけではなかったからだ。

 しかし、フェニックスは仲間を思う熱き想いとともに戦闘における冷静沈着さを欠かさずにいて、そのおかげで何をすべきかよく心得ている。

 フェニックスの127mm連装砲は別のJu872機を捉え、今度は一門ずつ狙いをつけて撃つ。

 砲弾はまたも爆撃機を捉え、それを合成金属製の残骸へと変えていった。

 

 

 

「隊長!シュトゥーカ隊があァッ!!」

 

「何!?」

 

 

 後部機銃手の張り上げた声を聞いた爆撃隊隊長は海へと落ちていく複数の黒煙の筋を視認する。

 

 

「…くそっ!貧弱な武装だと?…このハリネズミめっ!」

 

 

 出撃前のブリーフィングで爆撃隊に敵情説明を行ったアイリス海軍航空隊の司令官は、カーリュー達の存在をあまりにも過小評価していた。

 軽率な判断をした司令官の代償は、遥かに高いものになりそうだ。

 だが、爆撃隊長の指揮下にはまだ多数の爆撃機がいる。

 "ヴィシア"隊を含めた全隊員に、隊長は無線通信を送った。

 

 

「"プロヴァンス1-1"から全機へ!敵はもうすぐ弾切れだ!機動を繰り返して無駄撃ちを誘え!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェニックスの後方では…彼女の奮闘のおかげで爆撃隊とは随分距離を取れたカーリュー達が尚も先を急いでいる。

 カーリューはフェニックスに殿を任せた時から振り返らないように決めていたが、しかし、回復して目を覚ましたユニコーンはその事を知るはずもない。

 彼女は不運にも敵爆撃機に囲まれているフェニックスを目にしたし、放っておくようなこともしなかった。

 

 

「カーリューお姉ちゃん!戻って!フェニックスお姉ちゃんがっ」

 

「ユニコーン!目を覚ましたのですか!…いけません、今戻れば彼女の犠牲を無駄に」

 

「シー↑ファング、発艦!!」

 

「ユニコーン!?」

 

 

 ユニコーンは目を覚ましたものの、自力で活動するには程遠い状態だった。

 かわぐち●いじな表情をしつつも、彼女は自身ができる最大の援護を思案し、そして思い当たる。

 故に彼女は甲板からシーファング戦闘機を飛び立たせる事にしたし、シーファングもまるでユニコーンの意思を汲み取ったかのように全速力で敵爆撃隊へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく機動を繰り返していた隊長機は、フェニックスから一発一発確実に無駄撃ちを"勝ち取っていった"。

 だが、隊長機はユニコーンの方向から向かってきた高速の機影2つとすれ違い、あわや失速するところだった。

 

 

「なっ!なんだ!?」

 

 

 隊長が振り返ると、彼とすれ違った機影…シーファング戦闘機の内の一つが、彼の僚機に機銃弾を浴びせているところだった。

 僚機は瞬く間に蜂の巣になって海へと落ちていく。

 更に、もう一機のシーファングが、味方のSBDを捉えていた。

 

 

「振り切れえええええ!!」

 

 

 シーファングに追われるSBDを見ながら叫びに近い声で張り上げた祈りも虚しく、SBDは機銃掃射を受けて空中で四散する。

 その光景を見ながら、隊長はブリーフィングに同席した、ある海軍パイロット……彼は雷撃隊の隊長であり、爆撃隊の前にKANSEN達と交戦して命からがら離脱した……の言葉を思い出す。

 

 

『敵の軽空母は高練度の戦闘機隊を次々に繰り出して、我々の大半を撃ち落とし、しかし不思議な事に私の機体のみを残して帰還していった。我々は、この軽空母を"カノウセイのケモノ"と呼んだ…決して獲物を逃す事のない、神の目を持ったケモノという意味だ。』

 

 

 すっげえこじつけ感。

 

 

 しかしながら、仲間の機体をことごとく撃ち落とされた隊長は認めざるを得ない。

 "こいつは本物の怪物だ"と。

 今目の前にいる赤い髪のKANSENだって、とんでもない対空戦闘をこなしている。

 

 隊長は少しの間考えたが、やがて意を決したように後部機銃手に語りかける。

 

 

「ソワール、鉄血との戦いじゃあ何度もお前に助けられたよなぁ!」

 

「はっ!」

 

「脱出しろ!」

 

「はっ…?」

 

「前を見ろ…オイル漏れだ。これじゃあ空母まで帰投できない。今なら奴の攻撃も止んでいる。」

 

「し!しかし、隊長は!?」

 

「………安心しろ、まだ死ぬつもりはない。だが、こいつはまだ奥の手を隠し持っている。奴の動きを止めることこそ…共和国が私に与えた使命なのだ!」

 

 

 

 SBDの後部機銃手は脱出し、機体には操縦手たる隊長のみが残る。

 隊長機はフェニックスの背後に回り込むと、一気に降下を試みた。

 

 度重なる戦闘で疲弊していたのか、フェニックスはシーファングの活躍に見入っていた。

 だからSBDの進入に気づいた時には、かなりの距離を縮められていた。

 

 

「…!?…しまった!」

 

 

 127mm連装砲はもう間に合わない。

 シーファング戦闘機もユニコーンの方へと引き返している。

 だが、たしかに"奥の手はあった"。

 フェニックスは自身の対空兵装…28mm機関砲『シカゴピアノ』を構える。

『シカゴピアノ』は猛烈な弾幕を張ったが、しかしSBDは絶妙な機動で弾幕を避けていく。

 

 

「引き上げないのか!?…アイリス海軍に、こんなパイロットがいるなんて!」

 

 

 油断していた。

 あろうことか油断していた。

 大敵を相手にしていたのに…いいや、大敵を相手にし、ほぼ打ち取った後だからこそ油断した。

 

 

「このバケモノめ!お前の咆哮を聞かせてみろ!!」

 

 

 隊長は叫びながらもドンドン高度を下げていく。

 そしてあわやフェニックスに衝突するかと思われる直前に、250kg爆弾を投下、投下された爆弾は絶望的なまでな精密さでフェニックスに迫る。

 フェニックスは今度は爆弾めがけて猛射を行うこととなった。

 

 

「うわああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ!フェニックスじゃないか!お〜い、フェニックス!」

 

「………あれ?指揮官…?」

 

 

 フェニックスは気がつくとただ広い草原にいて、その向こう側に彼女の指揮官、ジョン・"ジャック"・フォースター大佐の姿を捉えた。

 彼女と共にセイレーンと戦っていたときの、ピシッとした海軍制服を着ていて、草原に広げたシートの上に立ってフェニックスに手を振っている。

 

 赤い髪のKANSENは指揮官の方へ歩み出したが、しかし疑問符を浮かべずにはいられない。

 "アタシはさっきまで大海原にいて、指揮官は赤ん坊になったはず"

 だが、歩みを進めるフェニックスに違和感は感じられない。

 目の前の指揮官にも、そのそばでシートに座っているペンシルヴァニアにも。

 

 

「ペン姉?」

 

「お前も来たのかフェニックス。さっ、ここに座りな。」

 

「ペンシルヴァニアにフェニックスか…これでもう…寂しくはないな。」

 

「指揮官、あんた確か赤ん坊に」

 

「あははっ!もうその話はよしなよフェニックス。()()()()話じゃないか。」

 

()()()()?ペン姉、それはどういう意味…」

 

 

 フェニックスはどことなくだが、気がついた。

 だがしかし、彼女が事実に突き当たる前に、彼女の脳は暖かさと多幸感に包まれる。

 目の前にいる指揮官が突然それまでの笑顔を消して申し訳なさげな顔になった理由に彼女はもう思い当たることができなかった。

 

 

 

「お疲れ様、そして…すまなかった、ペンシルヴァニア…フェニックス。」

 

「指揮官…?何を謝ってんだよ…」

 

「………ありがとう、フェニックス………ああそうだ、フェニックス!お前はこれが好きだったよな!」

 

 

 キョトンとするフェニックスに、再び笑顔に戻った指揮官から琥珀色の瓶が差し出される。

 

 

「………バーボン?」

 

「ああ、そうだ。お前の大好物。…さあ、飲め。遠慮するなよ、ほら飲むんだ。バーボンを飲め、飲むんだ………………」

 

 

 フェニックスはバーボンを口にしながら、指揮官の顔を見て安心した。

 何か違和感はあるが、久しぶりに指揮官の笑顔が見れた気がするし、ここは何だか暖かい。

 ここに来るまでにかなりの疲れを感じていた彼女は、琥珀色の瓶を受け取って指揮官の勧めるままに飲んでいく。

 

 

「…………………………………いい飲みっぷりだ、フェニックス!…ほら、まだあるぞ。ドンドン飲め、遠慮しなくていい、ほら、飲むんだ……………………」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白 狼

 

 

 

 

 

 ザラマッマは私を谷間に挟んで、その柑橘系の素晴らしき芳香を味合わせながらも、丁寧な手つきでスパゲティをこしらえた。

 彼女の隣では、スタイルだけみればザラマッマの姉妹艦なのではないかと疑いたくなるルイスママがミートソースを作っている。

 生パスタが出来上がると、そこにはルイスママお手製ミートソースが加えられ、最後にザラマッマがパルメザンチーズを…その巨大なお胸を存分に揺らしながら…ソースの上に振りかけた。

 

 

「ほら、ピッコリーノ。あなた私の店のミートソースが大好きだったでしょう?ルイスに作り方を教えて、2人で作ってみたの。」

 

「色々と勉強になったわ、ザラ。ありがとう。…さて、ミニ・ルー?ザラとル・イ・ス・マ・ッ・マ♡のラッキーパスタ、味わって食べてね♪」

 

 ………あ、ありがとう、ザラママ、ルイスママ。

 

「………」

 

「………」

 

 

 ミートソーススパゲティは素晴らしい出来栄えで、その香りを嗅ぐだけで私の空腹中枢は突き動かされる。

 だが、私は、ある"別種の案件"を頭の中から追い出せずにいて、小さな赤ちゃん用フォークを手に取ったもののソースとパスタを混ぜる工程から先へは中々進めない。

 ふと見上げると、私を谷間に挟んでいるザラママと、向かい合って座るルイスママの両方が心配そうな顔つきでこちらを見ていた。

 

 

「………ピッコリーノ、私達はあなたの決定を支持するし…ザラはいつでもピッコリーノの味方よ?」

 

「勿論、私だってそうよ。だからそんな顔しないで、ミニ・ルー?」

 

 あ、ああ、ごめん。

 考え込むとついこうなるんだ。

 それじゃあ、いただきます。

 

「まずはしっかりと食べて、心を落ち着かせなさい。ザラのパスタを食べれば、きっと気持ちも軽くなるわ。」

 

「じゃあ、私達もミニと一緒に食べるわね?多く作りすぎちゃったし。」

 

 

 

 

 ザラとルイスの2人と一緒に美味しい本格パスタを食べ終わったあと、私はいつも通りに眠気を催して、ザラマッマの大きくて柔らかされど適度な硬度とハリを保つ双丘に後頭部を任せる。

 赤ちゃんにお昼寝は不可欠

 それに満腹の幸福感とザラママの谷間の温かさに叶うはずもなく。

 更に言えば、ここ最近は嫌な夢に悩まされる傾向にある。

 この様子だと、今日こそ良い夢が見れそうだとは思ったものの、実際に寝息を立て始めると、残念なことに私は楽観が過ぎたのだという事実と向き合うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 ロイヤル

 首都ロンドン郊外

 某鎮守府司令宅

 

 

 

 

 

 

 

 サー・イーサン・ウィルソン海軍中将は、時計の針がちょうど23時を回ったあたりでようやく自宅の玄関に到着した。

 彼は今、移りゆく時代の波とともに陰りを見せつつあるロイヤルの国際的地位を確保するための、ある重要な研究・開発の指揮を任されていて、その為に連日働き詰めの状態である。

 目の下には大きな濃いクマができ、瞳以外の部分は赤く充血しているものの、この日々から解放される日が近いというのもまた事実。

 それに、彼には日頃の疲れを癒してくれる大切な存在がいた。

 

 

「御到着致しました。上着はお預かり致します。……お怪我が無くて何よりです。」

 

「送ってくれてありがとう、ニューカッスル。だが…実のところ、私は怪我をしたいと思っている。この任を降ろされるだけの、軽い怪我をね。」

 

「まあ貴方様、そのような事は口にするものではありませんよ。それに、そのような軽傷であれば貴方様は()()()()()()()()()()()()()。」

 

「………ふはぁ。まあいい、あと少しの辛抱だ。」

 

 

 あと少しの辛抱。

 そう、本当にあと少しの辛抱だ。

 あと少し耐えれば、彼はこの重責から逃れることができる。

 来週実施される"試験"が上手くいけば、彼は栄光とともに参謀本部へと迎えられるだろう。

 

 その栄光をより確実なものにするために、ウィルソン中将は内部資料の幾つかを…それも重大な秘密保全違反とは承知の上で…持ち出していた。

 開発は彼の鎮守府で行われているが、日中目を通せなかった書類を自らのデスクで読むよりかは、少しでもリラックスできる場所で読みたかったのだ。

 それに…彼がそうしたのにはもう一つ理由がある。

 

 

 

「あら!お帰りなさい、アナタ!ニューカッスルさん、こんな遅くまでどうもありがとう。」

 

「こんばんは、奥様。お腹のお子様のご様子はいかがですか?」

 

「おかげさまで安定しているわ。来月には産まれる予定なの。」

 

 

 中将には妻がいる。

 それも、その母胎に3人目の赤児を抱えた妻が。

 だから中将としては仕事を早く切り上げたかったのだが、仕事が仕事だけにどれだけ早く切り上げてもこの時間帯になってしまう。

 

 

「では、私はこのへんで。明日もいつもの時間にお迎えに上がります。」

 

「ああ、ありがとうニューカッスル。それじゃ。」

 

 

 

 ニューカッスルはウィルソン中将と分かれて、彼と彼女をここまで乗せてきた黒い高級車へと戻る。

 運転席に座ると、彼女はエンジンをかける前に軽く目を瞑り、ふぅと息を吐いた。

 いい加減、こんな生活には、彼女自身も疲れを感じている。

 勿論、ウィルソン中将にかかる負担に比べれば、彼女の負担はまだ軽い方だろう。

 しかし、だからと言って何の疲れも感じないわけではない。

 

 アレでは中将の奥様も大変だろう。

 ただでさえ身重なのに、夫は夜中に帰ってきて、にも関わらずニューカッスルの知る限り彼女が夫の帰宅を出迎えなかった日はないのだ。

 本当に"強い"女性であることに疑いはなく、ニューカッスルは畏敬の念を感じるとともに慕ってもいた。

 "サー・イーサン・ウィルソン中尉"に告白してフられた時はショックだったが、あの女性が対抗馬では致し方もあるまい。

 最初こそ嫉妬していたが、今では彼女は中将も、その奥方も心の底から慕っているし、それに彼らに仕えている事に誇りさえ持っている。

 

 

 

 ニューカッスルは目を開けて、車のエンジンを掛けようとした。

 明日も朝の7時きっかりに同じ場所に車を止めて、中将をお迎えにあがる。

 奥様の素敵な笑顔に送られた中将を車に乗せ、多くの場合やるように他愛のないお喋りをするか、或いは…滅多にはないが…何かの相談をされながら鎮守府へと向かう事だろう。

 

 しかし、スターターに刺さったキーを回し、エンジンが軽く咳をしながらも掛かった時、彼女が考えていた事は全否定された。

 

 

 大きな爆発音がして、高級車のサイドウィンドウが砕かれる。

 ガラスの破片が幾つか、彼女の顔の柔らかな肌を切り裂き、ニューカッスルは痛みと衝撃と熱を感じ取った。

 ニューカッスルは出血していたが、しかし、負傷した自身の事よりも気にかかる火急の案件があり、それを気にしている場合ではない。

 

 

 その火急の案件とは、彼女の乗る高級車からすぐ右側。

 炎に包まれる…サー・イーサン・ウィルソン中将の邸宅だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "特別行動部隊"…つまりポンドはちゃんと任務を果たしたんだね?

 

「ええ、ミニ・ルー。目的のモノも確保したみたい。」

 

 どの憲兵隊の担当区域になるのかな?

 

「第47憲兵中隊よ。中隊長は…」

 

 ルイス、名前はいい。

 その男は買収できそうかな?

 

「ダメね。かなり清廉潔白な人物よ。でも次級の人間はギャンブルで借金まみれ。」

 

 では……仕方ない、中隊長を始末しよう。

 ポンド君に伝えてくれ。

 書類は予備のチームに回収させるんだ。

 

「………分かったわ、ミニ。」

 

 

 

 

 ザラママの谷間は居心地が良かったが、それでも私は悪い夢を見た。

 その内容は覚えていないが、起きた時には全身に汗をグッショリとかいていたのだ。

 だが、睡眠自体の効果はあり、私はもう真夜中の時間帯であるにも関わらず、いつも以上に判断力が冴えているように感じる。

 ルイスママとザラママの協力を受けながら、自分自身を嫌いになるような作戦を嫌というほどスムーズに実行・処理・立案できていた。

 

 

 ルイスとザラが私の指示を実行している間、ダンケとベルは頗る暗い顔で、しかし私のために紅茶やケーキを準備してくれている。

 私はルイスの谷間にいながらその紅茶やケーキを摂取するおかげで、脳に効率よく糖分を送れていた。

 思考力に糖分は不可欠だろう。

 …私の持論だが。

 

 

 そんな私や4人のママ達の様子を、椅子に座ってただただ見ている人物がいた。

 足を組んで腕組みもして、白い制帽を目深に被り、その制帽の鍔から蒼い瞳をこちらへと向けている。

 その人物とは…ピッピママだった。

 

 私が昼食後にウィルソン中将の襲撃を提案した時、ママ達は1人残らず落ち込んだ様子になったが、ピッピママだけは何かに勘付いたように視線を鋭くした。

 以来、彼女はその視線を私に投げかけたまま、今の今まで椅子に座っている。

 なんというか…雰囲気からしていつもと違う。

 

 

 彼女は…"戻っていた"。

 そう、『孤高の女王』とか言われていた頃の彼女に。

 鋭い目線といい、全身から溢れ出る覇気といい、フィヨルドにいた時の彼女そのものだ。

 どう例えたらいいだろう……そう、今の彼女はまるで白狼だ。

 

 会議室の一角に構えていた"白狼"がおもむろに立ち上がったのは、私が憲兵中隊長の暗殺を決定した時だった。

 彼女は何も言わずに立ち上がり、私とルイスの方へと歩んでくる。

 勿論何も言わずに、こちらへ鋭い視線を投げかけたまま。

 

 

「…ティルピッツ?どうしたの?」

 

「…………」

 

 ポチッ

「あん♡」

『セントルイス級分離シーケンス開始』

 

 

 

 ルイスママ、貴女一体どこに分離シーケンスボタン持ってんのよとツッコミたかったが、とてもそんな雰囲気ではない。

 ピッピはルイスから引き離された私を早々と谷間に入れ込み、ハンターのような目をしたまま他のママに語りかける。

 

 

「……ルイス、残りは任せていいわね?ザラ、ルイスと交代で仮眠を。ダンケとベルも手伝ってあげて。…ごめんなさい、借りは後で返すから、今は…」

 

 

 不思議な事に、ママ達はピッピの行動に何かしらの意義も唱えずにいる。

 全員何かしら示し合わせたかのように首を縦に振り、ピッピの行動に理解を示した。

 ルイスがピッピに一歩近づき、谷間にいる私に話しかける。

 

 

「ミニ、これは…本当はそうしたいけど…責任を私たちに転化させるためでもないし、あなたは何も心配しなくていい。ティルピッツに従って。」

 

 で、でも

 

「前にも言ったでしょう、ミニ?私達を頼って。」

 

 

 

 

 ピッピは足早に会議室を出ていくと、しばらくは使われていなかった彼女自身の部屋へと行き、手早くシャワーを浴びて(いつも通りの水着入浴)、その後下着姿で私を抱え込んでベッドに横たわった。

 彼女はその間何も言わなかったし、何かを聞こうともさせなかった。

 ピッピは今、私が見慣れた類の母親ではなかったのだ。

 

 

 そう、白狼。

 白い狼の、母親だった。

 

 

 

 

 

 




坊やが歪んでってます申し訳ない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

明日、マッマじゃない

 

 

 

 

 

 一年前

 

 

 

 

 

 

 

 

「私にはとっておきの特技があるの、指揮官くん」

 

 

 ある日の午後、ルイスマッマが香りの良いアメリカンコーヒー2杯を両手にそう言ってきた。

 その時私はちょうど執務がひと段落していて、疲れた頭をどう癒そうかと思案していたので、ルイスマッマが持ってくるコーヒーにありったけの砂糖とミルクをぶち込んでやろうと考えていた。

 ルイスはコーヒーの内の1つを、私の目の前に置く。

 私は砂糖のビンを片手にそのコーヒーを確認したが、既に砂糖とミルクが入れられていて私は驚いた。

 

 

「…"人を見る目"。その人がどういう人か、手に取るように分かるわ。どういった性格なのか、どういった趣味を持っているのか…」

 

 ………

 

「そして…そこから、何を欲しているのかも分かるの。」

 

 な、なるほど。

 

「指揮官くん。疲れているのは分かるけど、お砂糖の摂りすぎは良くないわ。ラッキールーのラッキーブレンドに、適度な量を入れておいたから、どうか味わって?」

 

 ありがとう、ルイス。

 ….ちょっと聞きたいんだけどさ。

 ルイスから見れば、私はどういう人間なのかな?

 

「…私の息子で

 

 あっ、結構。

 そこは飛ばしてください。

 

「もぅ………そうねえ。優しくて、賢くて。陽気で、一緒にいて楽しい人だと思う。…だけど……」

 

 だけど?

 

()()()()()()()()()()()()()があるから、そこは気をつけてね、指揮官くん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『昨日深夜、ロンドン郊外にある、ロイヤル海軍中将サー・イーサン・ウィルソン氏の自宅が襲撃され、邸宅が爆破される事件がありました…』

 

『中将は海軍装備開発部のチーフとして、永年KANSEN用装備品の開発に携わり…』

 

『焼け跡からは成人の男性と女性、それに2人の子供の焼死体が見つかっており…』

 

『ロンドン市警及び海軍憲兵隊は最近活動を激化させているヘスティングス海賊団による犯行の可能性を…』

 

 

 

 

 

 

 私の寝室には50インチのそこそこデカいテレビがあり、その両脇には鉄血公国屈指のオーディオメーカー製のスピーカーが控えている。

 白狼(母親)と化したピッピママと寝る事になった日の翌朝、私はママの谷間から、その50インチテレビのチャンネルを回していた。

 どのテレビ局も故サー・イーサン氏の悲劇的な死について報道していて、そして、私の狙い通り警察が海賊に疑いをかけたことも付け加えている。

 

 私の狙いが上手くいっていれば、もう間もなく電話が鳴

 

 

 ジリリリリリ!!!

 

 

 早えな、おい。

 

 まあ、ともかく、寝室のベッド脇にある電話が何かの警報をしているかのようにけたたましく鳴り出し、相変わらず何故か無表情・無言を貫き続けるピッピが受話器を私の耳元に持ってきてくれる。

 

 

 

『やあ。おはよう、セントルイスファミリア少将。朝早くにすまないね。』

 

 おはようございます、"新"統合参謀本部議長殿。

 

 

 電話の相手は新しい統合参謀本部議長…スラムへの大量破壊兵器投下の責任を追及されたウィ●ターズ総督の後任で、前海軍参謀長のピット●ルみたいなおっさん…で、私の作戦が上手くいっていることを指し示していた。

 ここまでは予想した順序通り物事が運べているし、計算外もない。

 そして、統合参謀本部議長が切り出した話題は…まさしく私が欲していたモノだったちょっと待ってピッピ、抱きしめないでこのタイミングで!

 

 

『ニュースは見たかね?』

 

 はい、ウィルソン中将はお気の毒に。

 

『ああ、全くだ。本当にいい奴だったのに。……組織の長という者の責務は残酷だ。良き部下の死を悼む前に後任を決めねばならない。』

 

 ………なるほど、分かりました。

 私が中将の職務を引き継ぐのですね?

 

『話が早くて助かる。引き受けてもらえるかね?』

 

 失礼を承知の上でお尋ねしますが…引き受けない、という選択肢は用意なされていないのでは?

 

『フハハッ!まさしくその通り。君は現時刻を持ってウィルソン中将の職務を引き継いだ。後ほど詳細を送ろう。だが準備は早急にしてくれたまえ。あまり時間をかけていられない。』

 

 直ちに準備にかかります。

 

 

 

 電話が切れた後、私は無言ピッピママに受話器を元の位置へと運んでもらう。

 その間にも、枕元にあるインターホンへと手を伸ばし

 

 

「………(スッ)」

 

 

 ピッピが少し身を引いたせいで、私はインターホンに手が届かない。

 彼女に近づくよう頼もうにも"言うこと聞かないもんオーラ"が凄いので、とりあえず自力での解決を試みる。

 よいしょ、よいしょ。

 よぉし、あと少しで届きそうな

 

 

「………(スッ)」

 

 

 ピッピィ?

 困るよ頼むよ本当に。

 私が一体何をしでかしたと申すのです?

 一体何が理由でこのようなサボタージュに走っているのです?

 そんなに?

 そんなにインターホン押させたくないの?

 

 

(……押させたくないに決まってるじゃない!)

 

 いや、あのピッピ?

 普通に話せば良いじゃん?

 双丘越しテレパシー使うまでもないじゃん?

 

(嫌よ。使うから。…坊やが気づくまで、ずっとこの状態を続けるからね?)

 

 気づくって、一体何を……

 

 

 ピッピの、無表情クールビューティーⅢ/怒りの母性もいい加減に疲れてくる。

 何かに怒っているなら伝えてくれりゃあいいのに。

 これじゃあせっかくここまで上手くいったのに、意味がなくなってしまう。

 

 

「ふあああ!疲れた……ティルピッツ、交代の時間よ!」

 

「ピッコリーノは私とセントルイスで預かるから、あなたは執務に戻って。」

 

 

 エロいという形容詞では到底伝え切れないほど妖艶な腋の下をおっ広げながら伸びをするルイスママと、シャワー浴びてきた直後感満載のザラが寝室に入ってきたのはその時だった。

 ああ、良かった良かった。

 何故私に何の相談もなく勝手に秘書官の勤務シフトが決められているのかは分からないが、しかし、ピッピが白狼状態ではニッチもサッチもいかんので少しありがたい。

 

 

 ねえ、ルイス、ザラ、インターホンを押してくれない?

 

「…………」

 

「…………」

 

 あ、あれ?なんで無視?

 

「…それじゃあ、ルイス、ザラ。坊やをお願い。」

 

「任せて、ティルピッツ。………」

 

「…………」

 

 

 ルイスもザラも、私をピッピから受け取った瞬間にシリアスな表情を浮かべて無言になる。

 私が何を言っても聞いている様子はないし、何をお願いしても答えてくれない。

 その代わり、ルイスはエロくてエロくて仕方のない腋の下を私の顔面に押しつけ、ザラの高密度な双丘が私の後頭部を支える。

 え、何この変態プレイ。

 

 ルイスママが腋の下を嗅がせるという暴挙に出たせいで私は到底発言をする気にはなれなかった。

 なんせ酸素を取り込むごとにルイスママの濃い匂いが雪崩れ込んでくるのである。

 とてもじゃないが口を開く気にもなれない。

 

 ピッピは私を明け渡した後、早々に部屋から出て行き、寝室には私と2人のママだけが残された。

 このままでは拉致があかん。

 私は迫りくるルイスママの匂いと闘いながら、苦労して言葉を放り出す。

 

 

 あ、あのぅ、マッマ?

 

「………」

 

「………」

 

 ぼ、ぼくちん今からおちごとちたいでちゅぅ…

 

「………」

 

「………」

 

 

 へんじがない。

 ただのしかばねのようだ。

 

 

 ルイスもザラもピッピと同じく、全く持って言葉を発する兆候さえ見せなかったが、しかし、コミュニケーション自体は怠らなかった。

 方法については言うまでもないだろう。

 ピッピのやり方に倣ったのである。

 

 

 

(…分かったわ、ミニ・ルー。私のミニ・ルー。状況を説明してあげる。)

 

 またテレパシーかよ。

 

(心配しなくても、あなたの計画は皆理解しているし、実行も順調そのものよ、ピッコリーノ。)

 

(じゃあ、何故ミニが拘束されているのか?ティルピッツが何故あんな風な態度を取っているのか?気づいてくれたかしら、ミニ?)

 

 ……ごめん、分からない。

 

(………教えてあげる。()()()()()()()()よ、ミニ・ルー。)

 

 !?

 そ、それはどういう…

 

(ミニ、あなたは自分では気がついていないようだけれど、徐々に性格が歪んでいってるわ。ベルやダンケが凄く落ち込んでいても、気にも留めていないし。)

 

(ピッコリーノはそんな人じゃなかったハズ。少なくとも、私の知るピッコリーノは何の罪もないウィルソン中将や憲兵中隊長の暗殺を命じたりはしない。)

 

(今までミニが手にかけてきたのは、死こそが相応しいクズ共だけだったけど…ここ最近は誰かれ構わず殺そうとしている。)

 

(皆んな心配なの。ピッコリーノの変質が、とても心配。…分かってくれる?)

 

 ………

 

(ミニ?)

 

 ……気遣いは嬉しいんだけど、やはり私は私でやるべき事をやらないと。

 

(!?)

 

 

 

 ルイスとザラが顔を見合わせるのが雰囲気でわかる。

 彼女達の気遣いは恐ろしいほどありがたい。

 だが、私にはやるべき事がまだたくさん残っている。

 ルイスやザラには悪いが…ここは劇薬でも使わねばなるまい。

 

 

 

 ルイス、ザラ、どうしても私に執務をやらせない気なら………

 

(どうするというの、ミニ?)

 

(この状況でどう脅すと…)

 

 君達は私の"ママ"ではなくなる。

 

!?…ミニ!いや!いや!いやぁ!それだけは、いや!!

 

ピッコリーノ、冗談でしょう!?

 

 "セントルイス"、それに"ザラ"、そこを退かないなら営巣に入れてやる。

 

認めないっ!そんなの認めないわ!!絶対絶対絶対絶対認めない!!あなたは私の息子なのよミニ・ルー!!

 

やめて!ママって呼んでよ、ピッコリーノ!お願いだから!!

 

 なら、とっとと執務室に連れて行ってくれ!!

 私にはまだやらねばならない事がある!!

 止めてはならない計画がある!!

 だから!!

 早く!!

 執務室へ連れて行け!!!行くんだ!!!

 

「………そ、そんな….ミニ…」

 

「うっ、ぐすっ」

 

「……仕方ないわ。執務室へ連れて行くから、お願い!ママって呼んで!!

 

 ………ごめんね…そしてありがとう、ルイスママ、ザラマッマ。

 

「「…………」」

 

 

 すっげえ罪悪感。

 だが仕方ない、

 ルイスやザラ…いいや。

 ピッピ、ダンケ、ルイス、ベル、ザラ。

 プリンツェフやアヴローラ。

 重桜マッマズにチーム・ユニオンまで。

 

 私は彼女達を守るためにありとあらゆる措置を講じねばならない。

 もう手段など選んではいられないのだ。

 必要ならば、誰だって始末する。

 容赦も情けもかけてはいられない。

 

 

 

 

 ルイスとザラは起き上がり、啜り泣きながらも、嫌々執務室へと歩き始めた。

 セントルイスは谷間に挟む息子の異変を止める事はもうできないのかと思うと、余計に悲しくなる。

 

 

 

 彼女のミニ・ルーは間違いなく変異していた。

 自身の考えに固執し、自身の予測以外の可能性は一切顧みていない。

 

 彼は今まさに…意固地そのものだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マッマの中に落ちて

 

 

 

 

 

 ロイヤル北部

 スコットランドの北端

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の夫は誠実な紳士で、どれだけ辛くとも苦悩を表に出すことさえしなかった。

 極貧の生活に追い込まれ、妻が身勝手な献身に走っても決して自我を見失う事なく。

 弱者に手を差し伸べ、自身を犠牲にしてでも助けようとする。

 

 その素敵な紳士は今、彼の妻の前で、己の血に塗れて息絶えていた。

 

 

 カーリューは最早取り乱す事もしなかった。

 ただ、一切の瞬きすらせず、血塗れのキャベツやネギを頭や首に巻いている赤児を見つめているだけ。

 そして、その口元は、誰にも聞き取れないような小声で何かをブツブツと言い続けている。

 キュラソーはどう声をかけて良いものか分からず彼女のことを見つめることしかできないし、ユニコーンはグッタリとしていた。

 そして、アリゾナはついに息絶えてしまったペンシルヴァニアの遺体を抱えたまま微動だにしない。

 

 

 恐る恐る口を開いたのはユスティア・ヘスティングス。

 彼女と医療班は、赤児の吐血を前になす術もなかった。

 彼女やカーリューは理解できていなかったのだ。

 以前連れ去った赤児の吐血が止まった、本当の理由を。

 それはキャベツでもなければネギでもなく、勿論自然治療法の成果なぞではない。

 赤ん坊には母親こそが必要で、よってフォースターは自分の血で窒息した。

 だが、ユスティアにとっては、フォースターを殺したのは自分だと言われてもおかしくはない状況に立たされた事が、形容のしようもなく絶望的に感じられる。

 

 

「………ごめんなさい、カーリュー…大佐には、最善を尽くしたのだけれど…」

 

「………」

 

 

 カーリューは疲れと絶望によって鋭く砥がれた目線を少しユスティアに向けただけだったが、その目線の鋭さはユスティアに粗相を強いるのに充分なものだった。

 ユスティアは歯をガチガチと鳴らしながら、軽く「ヒッ」と声をあげる事しかできない。

 しかし、幸いにもカーリューの怒りの矛先はユスティアではなかった。

 

 ユスティアにとってもう一つ幸いだったことは、その直後に彼女の兄が飛び込んできた事である。

 

 

「ユスティア!………あっ…ごめんなさい、カーリューさん…た、大変です、今すぐにでも移動しないと…」

 

 

 カーリューはユスティアに向けたのと同じ視線をポールに向け、結果としてポールは少したじろいだが、しかし彼にはまだ優先すべき事項を伝えられるだけの度量が残っていた。

 

 

「ロルトシートは僕らを見捨てました。昨夜海軍開発部の中将が暗殺され、嫌疑が僕らにかけられています。マクドネルはもはや無力で、海軍が我々を追っています。…お辛いのは重々承知の上で申し上げますが…移動しないと…」

 

「………」

 

 

 カーリューはまだ無言だったが、そのまま冷たくなった赤ん坊を谷間に迎えた。

 彼女の白い肌に赤い血が滴り、前衛的な絵画のようにそれが広がる。

 グッタリとした赤ん坊を収めた彼女はおもむろに顔を挙げ、そして帰港から始めて言葉を発した。

 

 

「………殺す。」

 

 

 

 

 

 海賊団の残党とKANSEN達は早速移動を始めた。

 ユスティアとポールは次善の策を持っていたが、カーリューはその無言の圧力を持って兄妹の意見を跳ね飛ばす。

 復讐に支配され歪んでしまった彼女は、燃え盛る憤怒に塗れていながらも、敵…いや、()にとって最も痛手となる方策を思案されるだけの頭脳を持ち合わせてもいた。

 

 無言の圧を振り撒く彼女に、海賊の残党はただ従うしかない。

 彼女が誰を殺したがっていて、或いは誰を殺そうとしているかは全員よく分かっていた。

 そして、下手に意見すればその殺意の矛先が己に向きかねないというのも重々承知していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダメだ、ピッピ!

 マグレイヴン少佐も始末させる!

 始末しないとダメだ、何が何でも!

 

「嫌よ、絶対認めない!少佐のどこが問題なの、坊や!?」

 

 少佐は勘が良すぎる!

 彼の経歴を見ろ、技術開発部の警備主任という地位が勿体なく感じるぞ。

 情報流出を防いだ回数は15回、内3件はKGVの非正規作戦!

 ダメだ、この男を生かしておくわけにはいかない。

 今夜中に始末しろ!

 

「ご主人様!!このベルファスト、もう我慢なりません!!一体どうなさったというのですか!?」

 

「そうよMon chou!!頭がどうかしちゃったの!?いくらあなたの為とはいえ、人殺しの手配なんてもうそろそろ嫌よ!!」

 

 嫌なら嫌でいい、チームから外れろ"ダンケルク"!

 "ベルファスト"も"ティルピッツ"もいつだって外れていい!

 私は必要だと思うことは何でもするし、何だって躊躇しないからな!

 

「うっ…!」

 

「くっ!」

 

「…坊や……」

 

 

 

 私が述べた事は決してコケ脅しなんかじゃない。

 確かに辛い決断ではあるが、必要とあらばママ達を"ママから除外する"気ですらいる。

 もうここまできたら失敗は許されないのだ。

 迷っている暇ではない、危険な要素は全て排除しなければ。

 

 そうでもしなければきっとママは守れない。

 今まで散々ママ達に守られてきた。

 今度こそ私が彼女達を救うのだ。

 その為にビス叔母さんに提案をして、資金を注ぎ込み、既に何人か手に掛けている。

 こんなところで止まるわけにはいかないんだ。

 

 

「………」

 

 ルイス、ルイス!

 海軍参謀本部が予想より早く動いてる!

 海賊団をぶっ潰す気だ!

 今連中を潰されたら、スケープゴートとして使えなくなる!

 

「………」

 

 対応しているのはトマス大佐の艦隊だ!

 彼を始末して対応を鈍化させよう!

 ルイス!聞いてるのか!?

 

「………」

 

 ルイス!!

 

 

 

 勘弁してくれ。

 ピッピの次はルイスかよ。

 

 今ルイスママは私を谷間に挟んだまま、俯いて微動だにしないでいる。

 頼むよルイス!!

 もう、そういう類の「怒ってますアピール」はウンザリなんだ!!

 いつか言ってたじゃないか、「私達を頼って」と!!

 だから頼ってる!

 君達が私の頼りであることには変わりない!

 なあ、頼むよ!

 分かってくれ!

 これも君達を守る為なんだから!

 なあ、ルイス?

 ルイス!!

 

 

 

「………!」

 

 おい、ルイフゲェッ!!

 

 

 ルイスママが意を決したように顔を上げ、谷間を両側から圧迫した。

 私は予想だにしていなかった圧かけをくらい、半強制的にちょっと面白いリアクションを取らされる。

 私の主張を封じた彼女は、唖然とする他のマッマ達を置きざりにしてカツカツと歩き出した。

 当然私は抗議の声を上げる。

 "おい、ルイス?"

 "頼むから戻ってくれ"

 "作戦が破綻してしまう"

 "またベッドにでも押し込む気か?"

 "やるだけ無駄だ、私の決定は変わらない!"

 etc………

 

 だが、ルイスママは黙々と歩き続ける。

 天の恵を受けしモデル体型のスラっとした脚が、廊下を大股で移動していた。

 私が何を言っても…最終的にはママから除外すると脅しても…全く耳を貸さずに歩き続けている。

 

 

 ルイスママは私を抱えたまま、彼女の部屋を通り過ぎ、風呂場を過ぎ、私の寝室も通り過ぎていく。

 一体私をどこへ連れていく気なんだ?

 そう思う私をよそに、ルイスママはドンドン歩き続ける。

 無言のまま、時折………大粒の塩水を降らせながら。

 

 

 

 

 彼女がやっと止まったのは、ある倉庫の前。

 ルイスママは黙々と鍵を開けて中に入ると、少しだけ埃をかぶった木箱を持ち上げて脇にどかす。

 その木箱に覆われていたモノを見た時、私の全身には鳥肌が立つ。

 

 

 や、やめろ、ルイスママ!

 そんな事してる場合じゃない!

 

「………」

 

 時間がないんだ!

 このままじゃ失敗してしまう!

 

「………」

 

 わからないのか、ルイス!

 この計画が失敗したら!

 ルイスだけじゃなくママ達全員が離ればなれになるかもしれないんだぞ!

 

「………」

 

 

 

 その装置とは…そう、私を赤ん坊にした、あの忌々しい機械である。

 ルイスは私の抗議などまるで無視したまま黙々とセッティングを進めていく。

 そして、最後には私を定位置に置き、彼女自身は椅子に座ってスイッチを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きて、ミニ・ルー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 とてつもなく暖かな、とても居心地の良い場所で、私は目を覚ます。

 傍らにはルイスママがいて、私を腕枕で抱えながらも上から覗き込んでいた。

 彼女の蒼い髪が私の鼻をくすぐるほど顔を近づけていて、鼻腔全体をルイスの良い匂いが包み込んでいる。

 

 一体、ここは…

 

 いや、そうだ。

 不味い、ここにいては不味い!

 まだ始末しなければならない人間が沢山いる!

 こんなところに、こんなところにいる場合じゃ………

 

 

 

 

 暖かな気温のせいだろうか?

 或いは鼻腔を包むルイスの香り?

 眼前に迫る彼女の朗らかな微笑み?

 後頭部に感じる、少ししっとりとした彼女の腕と…体温?

 

 

 何故かは知らないが、私の思考能力はドンドンと鈍重になっていく。

 私はルイスママに抱えられながら草むらの上で日向ぼっこをしていて、頭ではそんな事をしている場合ではないと理解していても、しかし贖うことができずにいる。

 

 よくよく見れば、私は"元に戻っていた"。

 赤ん坊の身体ではなく、鎮守府に来た頃の、おっちゃんサイズな身体に戻っているのだ。

 ルイスママは相変わらず半身で私の顔を覗き込んで、にこやかな表情を浮かべ続けている。

 

 

 

 ル、ルイス?

 

「なぁに?ミニ・ルー?」

 

 ち、近くない?

 

「…うふふふ♪やっと元のミニ・ルーになってくれたわね…」

 

 

 

 ルイスがそう言いながら、半身から仰向けになり、彼女の微笑みが私の視界から消えると、その眼前には穏やかな海が広がっていた。

 

 あぁ…ここには来たことがある。

 柔らかな日差し、海の香り、草の匂い、澄んだ空気………

 ここは一体………

 

 

「ここは私とミニの精神世界。」

 

 

 いやあなた人を胎内に打ち込んどいて挙句精神世界共有を強要するとか正気か?…とは思ったが口には出さずにいよう。

 空気読めないマジレスはよくない。

 

 

 

「ここはきっと…あなたの故郷。あなたが生まれ育った場所。…本当に帰りたいところ。だから、私達はここにいる。」

 

 …………ル、ルイス、戻らないと…

 

「………慌てなくても大丈夫よ、ミニ・ルー。ここにいる時間の経過は、現実のそれよりもずっとゆっくりなの。」

 

 へ、へぇ〜…

 

「ミニ。あなたが戦うのは、何のため?」

 

 ………どういう意味かな?

 

「はぐらかさないで。あなたがあんな事までして戦う理由はなに?」

 

 ママ達を守りたいんだ、ルイス。

 最近悪夢をよく見るだけど…アレはきっと予兆なんだ、"ああ"なる前に手を打たないと!

 

「落ち着いて、ミニ?ママにどんな夢を見ているのか、教えて頂戴?」

 

 

 

 

 起きた時には大抵忘れ去っている悪夢も、この精神世界では映画でも観ているように思い出せていく。

 私は、ルイスの香りに包まれながら…その悪夢について話し始めた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ル族になろうよ

 

 

 

 

 

 

 気づくと私はMPに付き添われ、法廷に向けて歩みを進めている。

 弁護側に座っているのはビス叔母さん。

 でも彼女は手元のラインハルトをあやすのに夢中で、裁判に集中しているとは言い難い。

 

 反対の検察側には、見慣れた連中が座っている。

 ウィンスロップ、レクタスキー、それにウィルソン中将。

 彼らは私に咎めるような目を向けて押し黙り、私に同情の余地すら与える気はないという意思表示を繰り返していた。

 

 正面の裁判官席を見ると、私の形勢がどれだけ不利なのか改めて見せつけられる。

 

 私の正面にいるのはフォースター

 あの偽善者。

 そして、その傍らにはカーリューが。

 

 

 

 裁判官は芝居がかった動作で判決文を読み上げる。

 "被告人は何万人もの無辜な市民を殺害した上、反省の態度も見受けられない"

 私の悪辣さと非道さをただただ非難しているだけに見えるような文面を読み上げ、有罪判決を下す。

 

 彼が判決を下すと、傍聴席からピッピとベルが飛び出てきた。

 "こんな裁判間違っている""姉さん!何故弁護しなかったの!?"

 MPが割って入り、射殺されるピッピとベル。

 私は激昂するが、別のMPに取り押さえられ、地面に顔面を叩きつけられた。

 

 

 取り押さえられた私の視界に映るのは、いつかのゲス中将。

 "安心したまえ、君のセントルイスとザラは私が預かる…責任をもってな"

 "いや!いやよ!助けて!ミニ・ルー!"

 "ピッコリーノ!!"

 

 

 やがて、MPが乱暴に激昂する私を立たせて、180°向きを変えさせ、刑務所へ送るために歩かせ始める。

 その正面にはダンケがいる。

 裁判所の入り口で、首を吊り、変わり果てた姿になったダンケが……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……怖い夢ね…」

 

 

 ルイスは私の悪夢を聞き終わると、そっと目を閉じて、もはや半泣きの私を、その大きな大きな母性に迎え入れる。

 母親が往々にしてそうやるように、抱き抱えた頭の後頭部を優しく優しく撫でながら。

 

 

「でも、やっぱり夢は夢…」

 

 ルイスママぁ、私は怖いんだ!

 どいつもこいつもママ達の事を恐れてる!

 今までママに守られてきた癖して!

 その恩を踏みにじり、ママ達を排除する事しか考えてない!

 

「ミニ・ルー…」

 

 あの夢だって、きっとただの夢じゃない!

 ある種の予言なんだ!

 このまま手を拱いてたら、あのクソ共はきっとママ達の始末にかかる!

 やられる前にやらないと!!

 

 

 

 ルイスママは泣きながら怒鳴り散らす私を、相変わらず抱き抱え、今度は背中をさすってくれる。

 そのおかげで、私はどうにか落ち着きを取り戻す。

 息を整え、その度に流れ込んでくる香りに安心感を得て、心に安息がもたらされていた。

 

 

 

「少し…何か食べましょう」

 

「ままぁ!あいすくりーむをもってきたよ!…あれ?しきかんくん、ないてるの?」

 

「ありがとう、ルイスちゃん。ミニの事はママに任せて?」

 

「………うん!わかったぁ!」

 

 

 気づけば、私とルイスママの周りに、ルイスちゃんやらリトルヘレナちゃんやらヘレナちゃんやらホノルルがいる。

 ん?

 待って?

 あなた方私とルイスママの精神世界にどうやって介入してきたわけ?

 

 

「うふふ♪安心して、ミニ♪彼女たちはル族だから♪」

 

 

 うん、ごめん、ルイスママ。

 全く安心できない。

 ル族が何なのか分からないし、そのよく分からない理由で精神世界のリンク機能について説明したみたいな流れにしないでもらっていいですか?

 大混乱。

 わかります?

 私の頭が大混乱。

 

 

「さあ、ミニ・ルー。そこに座って。まずはママのお菓子で心を落ち着けましょう?」

 

 

 

 ルイスママは私を抱き抱えたまま起き上がり、すぐそばに広げられたピクニック用のビニールシートの上に移動させる。

 そのシートの上にはテーブルが置かれていて、既にルイスちゃんとリトルヘレナちゃんがアイスクリームを頬張っていた。

 彼女達にはそれぞれホノルルとヘレナちゃんが付き添い、アイスクリームを食べさせている。

 PTAか何かのイベントでしょうか?

 

 

「はい、あ〜ん♡ミニの分よ♪」

 

 

 ルイスママがたっぷりの笑顔と共に、乳脂肪分たっぷりのバニラアイスを一口スプーンに乗せて差し出してくれる。

 私はルイスのご好意を受け取り、アイスクリームに食いついた。

 ヒンヤリとして、甘くて、優しくて。

 溢れる涙はまだ止まらぬまま、だが、私はそれをよく味わって食べる。

 

 

「美味しい?」

 

 うん、とても美味しい…

 

「良かった♪」

 

 

 ルイスママは引き続き、美味しい美味しいラッキーアイスを食べさせてくれる。

 その甘くて優しいアイスクリームを食べているうちに、私は段々と落ち着きを取り戻してきた。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 

 

「ミニ、あなたは本当に優しい子。ママとしてあなたを守らなきゃって思っていたのに、いつの間にかあなたが私達を守ってくれようとしてたのね。」

 

 

 アイスクリームを食べ終わったあと、ルイスママが再び私にハグをしながらそう言った。

 やっぱりルイスママは暖かくて、良い匂いで、優しくて…

 こんな"ママ"と一緒にいられる事が、本当に幸せに感じられる。

 

 

「ミニも私達と一緒に居たかったのね。…言うまでもないけれど、私達もミニと一緒に居たい。ずうっとずうっと…いつか死が私達とミニを別つまで。」

 

 うん、ママと一緒に居たい。

 ずっと、ママにこうしていたい。

 

「うんうん…とても嬉しいわ、ミニ。でもね…私達が一緒に居たいのはあなたなの、ミニ。」

 

 

 ルイスが私を抱く力を、グッと強める。

 彼女の香りと暖かさが先程よりも強く感じられ、その思いの丈を伝えていた。

 

 

「そう、あなたよ。私達が一緒に居たいのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いつも可愛くて、優しくて…心の底から癒してくれるような、私のミニ・ルー。私達皆んな、優しいあなたが大好き。」

 

 で、でも!

 時には手段に拘らず、目的のために…

 

「ううん。まだ分からないの?あなたは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の。…いい?誰も彼もを殺す必要はないちょっとしたアクシデントを与えるだけでも、ミニの目標を達成するに十分なはずよ?」

 

 ………そうか。

 うん、そうだ。

 ごめん、ルイスママ。

 目標を見失ってたよ…

 

「うふふ♪分かってくれて嬉しいわ♪」

 

「はぁ…こう言うのも何だけど、指揮官の()()()()()()()()()()()、私でもあるし…ごめんなさい」

 

 え?どったのホノルルたん?

 

「………フォースター鎮守府での民間人銃撃事件…命令を下したのは私なの。」

 

 ooops…………マジかよ。

 てかホノルルたんコッチの鎮守府来る前に問題があったって聞いてたけど…それってソレのことかい。

 

「フォースターの上司のゲス中将は、彼の妻であるカーリューを欲していた。…まあ、カーリューの奴が"慈善事業"の資金を不正に上乗せする為に、あのゲスに身体を売ったのが始まりよ。」

 

 んーーーあんまり聞きたくなかったなソレ。

 

「ゲスはいよいよカーリューを気に入って、フォースターがボロを出すのを手ぐすね引いて待ってたわけ。なのにあの男、そうとも気づかずにゲスの命令を無視しようとした。」

 

「だからあなたが引金を引かせたのね、ホノルル。あなたは大佐と彼女を守ろうとしたけど、結果は真逆になった。」

 

「そうよ、ルイス。()()()()()()()()()。…指揮官、私が言えたクチじゃないかもしれないけど、安易に過剰な方法を取るのは良くないわ。ルイスの言う通り、ほかの方法があるのなら…そちらも充分に検討するべき。そうでなければ、あなたやルイスが代償を払うハメになる。」

 

 …………うん、分かった。

 ありがとうホノルル。

 

「…さて!暗い話はここまでにして、ミニには私のスーパーラッキーゼリーを…」

 

 

 

『おぶっ、ゔええっ、おぶええっ!』

 

 

 

 え、何この天の声的なサムシング。

 天の声にしては品がなさ過ぎないかい?

 てかこれルイスママの声だよね?

 

 

「あ〜…残念ねぇ。産気づいちゃったみたい。ここまでのようね。」

 

 

 あのねルイスママン。

 そんな「お別れの時は近い」みたいな感覚で「出生の時は近い」みたいなこと言わないでもらえますか?

 てかね、こういう時に限界を伝える時ははもうちょっと浪漫というものをね、持ってもらいたいんです。

 よくあるファンタジーモノとかだとさ、こういう…異次元から元の世界に帰らないといけない時間って鐘の音とか女神の囁きとかでお知らせされると思うんだけどさ。

 どこの世界に産気づきでお別れの時告げる異次元がありますか?

 

 

「安心して、ミニ。ここから出たら、またル・イ・ス・マ・ッ・マ♡がたっぷりあやしてあげるからね?…ホノルルもありがとう。」

 

「別に!これくらいならやってあげるわよ」

 

「…それじゃあ、ミニ?戻りましょうね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「ダンケルク!ヴェスタルはまだ来ないの!?」

 

「まだ時間がかかるって!」

 

「セントルイス、僭越ながらこのベルファストが応援させていただきます!…ひぃ、ひぃ、ふぅ!

 

「どうか無事に生まれてきて、ピッコリーノ!」

 

「ちょっ、アンタ達どきなさい!セントルイスとこの子が死・ぬ・わ・よ?」

 

 

 

 下半身にシーツか何かをかけられ、汗をダラダラかきながら踏ん張るルイスママを、他のマッマ達が囲んでいる。

 残念ながら、私はそこから出てこない。

 

 あの不思議な精神世界から戻ったとき、私の身体もおっちゃんサイズに戻っていて、尚且つルイスママのいるベッドの隣のベッドに仰向けになっていた。

 どうやってここに来たのか思い出せないし思い出したくもない。

 ただただ呆然と天井を見つめ、本当に心の底から暖められたけれども決して思い出したくはないという矛盾した感想を抱いている。

 抱きながら、隣でルイスママを囲んでバタバタしてるマッマ達の声を聞いている。

 

 

 

「ウッ、ウゥッ!」

 

「あぁ!坊やの頭が見えたわよ!頑張って、セントルイス!」

 

「chouもあと一息よ!頑張って!」

 

ひぃ!ひぃ!ふぅ!

 

「もう少し!もう少しよ!」

 

 

 私の頭はそこにはないぞ、ピッピママ。

 大丈夫かお前ら。

 あなた方がルイスママの()()から出てくると思い込んでいるモノは、あなた方のすぐ隣にいるのです。

 何なんだ?

 何を待ってるんだお前らは。

 深淵か?

 ルイスママの()()深淵でもあるのか?

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのか???

 

 

 しばらくすると、白衣のヴェスタルさんが入ってきて、勝手に騒いでいるマッマ達を家畜か何かを見るような目で見つめる。

 

 

「…あぁ!ヴェスタル!セントルイスと坊やが大変なの!」

 

「………」

 

「坊やは無事に産まれるの!?ねえ、答えてヴェスタル!?」

 

「………」

 

 

 ヴェスタルさんは感情の篭らない、ロアナプラな目をしたまま私の方を指差す。

 ママ達は…当の当事者であるルイスママも含めて…キョトンとした顔つきでお互い目を合わせる。

 そして私の方を見る…お互いの目を合わせる…私の方を見る…キョトンとした顔つきでお互い目を合わせる。

 

 そうして何回か繰り返した後、ついに私に飛び交ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たなる黎明艦

 

 

 

 

 

 

 トマス大佐は悪態を吐いた。

 

 ほんの30分前、自宅にいた彼は電話で参謀本部から新たな命令を受け取っている。

 "海賊の位置が判明、貴艦隊はウィルソン中将の仇を取れ"

 トマス自身、中将にはよく世話になった過去がある。

 恩人の仇を討てると息巻いた矢先だけに、ショックは大きい。

 

 

「修理にはどれくらいかかる?」

 

「今は退避すべきだ、あてと一緒にいろ」

 

「ダメだ!中将の仇を討つ絶好の機会なのに…」

 

「気持ちは分かるが状況をよく見ろ!中将を殺した海賊共の征伐を任された途端にコレだ!…こんな事言いたくもないが…連中には内通者がいるようだ。」

 

 

 秘書艦である鬼怒の言う通り、状況をよく見れば、このまま押して通れるというわけではなさそうだ。

 彼は今、自宅から鎮守府への移動中に車に狙撃を受け、幹線道路の端から動けずにいる。

 幸いな事に、対戦車ライフルの物と思わしき銃弾は彼の頭を捉える事はなく、車のエンジンを破壊するに終わっていた。

 続けての狙撃も、伏兵もない。

 だが、この事件の意味するところは一つしかない。

 トマス大佐もまた狙われているという事。

 

 間違いなく、狙撃とは敵の軍事的意志を遅滞ないし頓挫させるのに効率的な手段の一つだろう。

 中隊長を狙撃すれば、中隊が丸々一個動けなくなる。

 次級の者が指揮を継いだとして、狙撃兵がいるとなれば指揮を継いだ者はまず狙撃兵への警戒と対処をしなければならない。

 当然中隊の軍事的意志は遅滞され、場合によっては頓挫するのだ。

 

 

「クソッ…分かった。確かに、死んでしまっては敵討ちもできん。直近の鎮守府の司令は…確かセントルイスファミリア少将だったか?」

 

「ああ。少将の配下は強者揃いと聞く。彼自身も情報機関時代には名だたる活躍をしたようだ。」

 

「しかし…遅いな。あの少将ならもう異変に気づいていてもおかしくないのに…」

 

「少将の憲兵隊ならすぐに対応してくれると思ったが…」

 

 

 

 

 

 とても恐ろしい集団心理である!

 

 

おかしい…これは、何かがおかしいぞ

 

………え?

 

セントルイスファミリア鎮守府の憲兵隊は大変優秀で、海賊による大規模襲撃の際も3時間以内に撃退したという…

 

そんなに!

 

少将の憲兵隊は旧鉄血親衛隊の猛者が雇われているという。現役時代は"髑髏の悪魔"と呼ばれた連中だ。…なのに、少将の憲兵隊はまだ現れない…これは…絶対におかしい…

 

「………」

 

何かがあったに、違いない…

 

 

 そう、もうお分かりだろう…

 誰も憲兵隊を呼んでいないのである!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやぁ、申し訳ありません。

 大佐からご連絡がないのは不審に思っていまして…ええ、ええ、捜索隊は出していたのですが…ああ、はい、まさかそのような状況とは想像もできず………

 

 

 トマス大佐は狙撃されてから随分と時間を置いて私に連絡を入れてきた。

 何というか…自らの過ちに気づくのに時間が経ち過ぎてしまい赤面している様子が電話越しにも目に浮かぶ。

 まあ、私の方と言えば何から何まで掌握していたのだが。

 

 

 当初の予定では、大佐は今日この日の内に側頭部に14.5mmのどでかい大穴を空けられているはずだった。

 だが、ルイスママに諭された私は計画を変更。

 …と、いうより私がルイスママの"中にいた"時にピッピママ達がシナリオをそう書き換えてしまっていた。

 

 ママ達…特に、ルイスママのおかげでどうにか理性を保てた私は、今ではルイスママの豊満なボデーに抱えられながら大佐と電話しているあのねルイスママ服を脱ぎ出すのはやめなさいワタクシ今一応お仕事中なんですよ?

 

 

『申し訳ありません、少将…ですが、任務は必ず果たします』

 

 いいえ、大佐。

 狙撃された以上、あなたに任務を継続させるのは、上官として認められない。

 

『少将!私は健在です!是非ともウィルソン中将の仇を取らせてください!』

 

 …もし仮にあなたの艦隊が出撃したとしましょう。

 

『艦隊は士気旺盛でいつでも出航できます!』

 

 あなたの艦隊なら、確かに海賊を蹴散らせるかもしれない。

 

『ええ!勿論!』

 

 だが、作戦途中にあなたが暗殺される。

 

『………』

 

 艦隊への指揮は途絶え、KANSEN達は孤立、退くことも進むこともできないまま…海賊の待ち伏せ攻撃を受けるでしょう。

 

『………』

 

 あなたの代わりの指揮は誰が取るんです?

 孤立したKANSEN達の救援は?

 秘書艦はあなたが暗殺された直後でも、冷静さを保てますか?

 

『…きっと無理です。』

 

 では、あなたをこの任務から外せざるを得ない理由はご理解いただけたかと思います。

 

『はい』

 

 大変残念でしょうが…どうかお気を確かに。

 

『………申し訳ありません、お手数をおかけします』

 

 いいえとんでもない!

 どうかお大事に。

 

 

 

 電話を切った後、すでに刺激的な下着姿になったルイスママがラッキー☆ユニオン式抱擁をしてくれた。

 私は現在、元のサイズの身体を取り戻しているわけではあるが、しかしながらルイスママの身長は私のそれを軽く超えている。

 よってルイスママは恵まれたプロポーションで私を包み込む事ができたし、私の顔面は…いつも通りに…彼女の谷間に納められた。

 

 

「ラッキー・ラッキー・ラッキー・ルー♪ミニ・ルーが完全復活してくれて、ママとっても嬉しいわ!ほら、疲れたでしょう?ママの身体で少し休んで♪」

 

「坊や!私もあなたが元に戻ってくれて嬉しいわ!」

 

 

 ピッピママが私に明るい笑顔を見せつつルイスママを睨みつけるという高度な顔芸を披露しながら、服を脱いで下着姿になり、ルイスママの方へと飛び込んだ。

 私の前半分は既にルイスママに包まれているが、今度は後ろ半分がピッピママに包まれて、私は2人の女性の豊満なボデーに包まれる。

 

 

 "こんな素晴らしいサンドウィッチを味あわされる私は、きっと特別な存在なんだと感じました。"

 

 

「ピッコリーノ!ザラもあやしてあげるわね!」

 

「ご主人様、次は少々狭くなりますよ!」

 

 

 次に左右からベルとザラが迫ってくる。

 お2人とも、言うまでもなく見事なまでのスタイルをお持ちで、そのスタイルを惜しむことなくこちらへと差し向けていた。

 既に下着姿の彼女達は、もう大きいという表現が不適切なほど巨大な双丘をたゆんたゆん揺らしながら走ってくると、さも当然のように私を左右から圧迫する。

 

 

  "今度は横からサンドウィッチ。

 押し当てられるのは、勿論ベル・ザーラ・オリジナル。

 何故ならママ達にとって私は特別な存在だからです。"

 

 

 

 最後に、今まで別室に入って暗号無線を使っていたダンケマンマがこの混沌の真っ只中へと入ってくる。

 彼女は下着姿で私を囲む4人のマッマを見ると、「何よあなた達!私は今の今まで働いてたのよ!」と言わんばかりの膨れっ面をして服を脱ぎ始めた。

 私は、何故あなた方は一々下着姿なんていうあられもない姿になりたがるんだと思いつつも、ピッピのすぐ右横に割り込んできた下着ダンケのフレンチアルプスを押しつけられる。

 

 わぁい!ハピネスだぁ!(キチ)

 ほらご覧、気づけば私は6方向から馬鹿でかい双丘に囲まれて………ん?6方向?

 

 

 よし、冷静になろう。

 現在、私が確認している下着マッマは5名である。

 つまり、6人目はアヴマッマかプリンツェフマッマがどさくさに紛れてきた結果であろう。

 

 言うまでもなく私は変態なので、マッマ達の匂いを嗅ぎ分けられる。

 …というより、嗅ぎ分けられるように訓練された。

 だってさあ、今の今まで谷間で持ち運ばれてて、密着風呂とか腋の下挟みとかされてたら否が応でもそうなるでしょ。

 

 よし、じゃあ、確認して行こう。

 

 まず正面から。

 すーはーすーはー。

 うん、間違いない。

 これはルイスママの匂い。

 次は右後面。

 すーはーすーはー…うん間違いない。

 これはダンケママ。

 左後面。

 すーはーすーはー…うん間違いない。

 これはピッピママ。

 右側面。

 すーはーすーはー…うん間違いない。

 これはベルマッマ。

 左側面。

 すーはーすーはー…うん間違いない。

 これはザラマッマ。

 

 

 おやおや?

 よく見れば前面はルイスママだけではない。

 もはや見慣れてしまったルイスママのブラの隣に、彼女のそれと同じくらい大きなブラが控えてやがる。

 アヴマッマやプリンツェフママのそれではない。

 何故そう断言できるかと言えば、訓練を(ry

 

 

 しかしながらなんだこの馬鹿でかい双丘は。

 アヴやツェフじゃなければ一体誰だと言うんだ。

 仕方ない。

 しょうもなく変態チックなのは重々承知しているが、私としては目の前の新出バストが何バストであるのか確かめなければならないのだ。

 私は誰のかも分からない新しいバストへと顔を突っ込み、判定を開始した…つまり、すーはーすーはーした。

 

 

「やんっ♡」

 

 

 バストが何か喋ったが、私は気にしていられない。

 こ、これはッ!

 全く新しいタイプの双丘だ!

 何故断言できるかと言えば私が訓練(ry!

 

 

 いや、「女性の谷間に頭突っ込んで何を偉そうに」と思うかもしれないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 判定方法は確かに少々アレだが、しかし、おかげで私はこの新しい双丘と見慣れないブラが指し示す意味を判断できる。

 こいつは新たな刺客かもしれない。

 もう少しでもしたら、短いナイフを私の腹部にでも突き立てないとも限らないだろう。

 

 この場で大声を挙げてもいいが、この新しい胸囲ならぬ脅威に悟られては危害を加えられるかもしれない。

 だから私は、できれば私の方からは使いたくなかった方法を用いた。

 

 

(ルイスママ、聞こえる?)

 

(ええ。ミニの方からテレパるなんて珍しいわね…どうしたの?)

 

(ママの隣に嗅いだ事のない匂いのママがいる。)

 

(え?…私の隣?……!?)

 

 

 ルイスママの対応は素晴らしいものだった。

 即座に私の頭を谷間に突っ込みながら身を引いて、代わりに恐らく…私は頭を谷間に突っ込まれて見えなかったが…ガバメントをどこからともなく取り出して新たな胸囲もとい脅威へと向ける。

 彼女の動きに感づいた他のママ達も同じように、瞬時に身を引いてそれぞれの火器を新出バストへと向けた。

 

 

「曲者!?」

 

「いつの間に!?」

 

「私達が気づかないなんて!」

 

「ご主人様!伏せていてください!」

 

 

 いやねベルマッマ。

 こちとらは伏せる以前にルイスママの双丘でラッキールーされて・ルーから伏せ・ルーこともできないんだけどね。

 …段々、ルー●柴見たくなってきたな。

 ともかく、マッマ達は早くも警戒態勢を取っている。

 そのおかげでマッマの輪の中に紛れ込んでいた不埒者の正体も明らかになった。

 

 

 

 明るい蒼のショートヘア、髪の毛と同じ色の瞳、シルクを思わせる白い肌を、同じくらい白い軍服に包んでいる。

 

 

「……あら。バレてしまってならしょうがないわ。」

 

 

 どことなくルイスママっぽさを併せ持つ彼女は、私の方へ向き直った。

 

 

「貴方が指揮官ね。これは、なかなか…あ、失礼。私は北方連合KGV所属、軽巡洋艦チャパエフよ。これからもよろしく頼むわ♪」

 

 か、KGV所属(カーゲーヴェー)

 てことはアヴマッマの…

 

「チャパエフ!やっと見つけました!」

 

 

 北連版ルイスママないし北連版愛宕お母さんが自己紹介をした時、肩をいからせてこちらへと歩いてくるアヴマッマが見えた。

 彼女はなぜか黒くメカメカしいボディスーツを着ていて、黒い仮面に縦のスリットが入った禍々しい仮面を装着している。

 …ボンド●ド?

 

 

仕事の手伝いもせずに勝手にあやしですか…あなたは本当に可愛らしいですね、チャパチ。

 

「うぅ…ごめんなさい、アヴドルドさん…っ!」

 

 アヴドルドって、誰?

 

「……さて、ミーシャ。KGVは配置に着きました。ご指示があれば"引き渡し"を支援できますよ。」

 

 

 

 仮面を外したアヴドルドがとびきりの笑顔を見せつつそう伝えてくれた。

 その隣ではチャパチがガーターベルトを履こうとしている。

 ちょっと待てお前ら一回落ち着いてちゃんとやって?

 下着姿で勤務しようとか考えないで?

 いい加減にしないとパパ棒おっ起てるよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タチャンカ

 ロンドン郊外

 幹線道路

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸いな事に、現在ロイヤルには自己批判をしなければならないと言う法はないし、そういった法ができる気配もない。

 だから私は、自身がいかに変態チックな事をしていてもそれを許す事ができる。

 今私は、アイリスで撃破された後回収されて新しい車体に載せ替えられた人工知能『プリン』の運転する『鉄血29号』の後部座席でルイスマッマの腋の下の匂いを存分に味わっていた

 

 

 

 ママママだいちゅきでちゅぅ!

 

「まあ嬉しい!頑張ってあなたを産んだ甲斐があったわ♪」

 

 ママママ〜ルイチュママぁ〜

 

「坊や?最近セントルイスばかりにママり過ぎじゃないかしら?…ピッピママの腋の下、味わってみない?」

 

 わ〜い!ピッピママだいちゅきでちゅぅ!

 ママママ〜、ピッピママぁ!

 

「ちょっ!?ティルピッツ!?私のミニ・ルーを誘惑しないで!!」

 

「あら、誘惑したのはあなたの方でしょう!それにあなたがあんな無理やりな使い方をしたから、あの装置も壊れちゃったじゃない!」

 

「そのおかげでミニ・ルーはミニ☆ラッキー☆ルーに戻ったのよ!あなたなんて親鶏みたいにミニの事を抱えてただけでしょう!」

 

「うっ」

 

「…ほぉら、ミニ?私のスーパーラッキーゼリー、美味しいでちゅあかぁ?」

 

 

 ピッピママを論破したルイスママは、今度は白桃のゼリーを取り出して(どこからとはあえて言わない)私に食べさせる。

 その、あまぁいあまぁいゼリーを食べながら、私はピッピとルイスの両方のママの匂いをクンカクンカしていた

 まるで変態じゃん!←何を今更。

 

 

 もちろん、ママ達の匂いをクンカクンカしていたのには理由がある。

 こんな変態行為に走ったのは、いや、走らざるを得なかったのはチャパエフのせいだ。

 あの軽騎兵が自分の事を私のママだと言い出したもんだから、同じ北連出身の既ママであるアヴマッマとの喧嘩が始まった。

 2人とも私を引っ張ったり、抱き込んだり。

 あわや窒息というところで、私はどうにか逃げ出したが………

 

 

 

「こら!戻りなさいミーシャ!」

 

「私の事はママと認めてくれないの、サーシャ!?」

 

 誰がミハイルや誰がアレクサンドルや!

(本来ミーシャはミハイル、サーシャはアレクサンドルの愛称)

 ふざけんな!あんたらと一緒にいたら死んじまう!

 この手に今こそじゆゴファッ!!

 

 

 

 

 元のサイズに戻ったのはいいのだが、残念ながら"ママの匂い嗅いでないと死ぬ病気"はまるで治っていなかった。

 その後大慌てのルイスママに抱きつかれたおかげで吐血は治ったものの、赤ちゃんだった頃に比べて格別のダメージが残ったのである

 だがここでは終わらない。

 

 ルイスママのママママしい抱擁の後も尚、彼女から少しでも離れると…なんというか…ライフポイントが削られていく感覚に襲われた

 つまり、簡単な話、症状は悪化したのである。

 ヴェスタルさん曰く、「症状の再発が病状を悪化させたのかもしれません」らしい。

 

 

 とんでもねえなおい!

 

 と思ったのは束の間。

 次の瞬間には、あろうことかルイスマッマが私の顔面をあのクソクソクソクソエロい腋の下と一体化させやがった

「どんな絵面だよ」だって?

 想像しないほうがいい。

 おかげで吐血自体は収まって気分も良くなったものの、人間としての大切なナニカを失ってしまった気がする。

 すると今度は人間としての大切なナニカなんてどうでも良くなってママにオギャる事しか考えられなくなったのであります私は悪くない。

 

 

 

 さてさて。

 ママ2人にオギャりながらどこへ向かっているのかと言うと、旧ウィルソン鎮守府である。

 私は本日付けでその鎮守府と、そこで行われている研究開発の指揮をも取ることになっていた。

 他のママ達は海路旧ウィルソン鎮守府へ向かっていて、私が到着するまでの間に引き継ぎの準備を整える手筈だ。

 私の計画は順調で、このままいけば来週には完成の域に達するだろう。

 ママだけに…

 

 

 しかし、人生そんなに単純にはいかないものだ。

 

 

 鉄血29号に搭載された人工知能が、まるで音声だけで味覚を刺激するような甘ぁい声で警告を告げる。

 

 

『後方から2台のピックアップトラック!武装した人員を乗せているわ!』

 

「この期に及んで海賊団!?もぉっ!どれだけ諦めが悪いの!プリン、ミニ・ルーの威光を思い知らせてあげて!」

 

『言われなくても』

 

 

 鉄血29号のトランクが開き、中からはアップグレードされた武装…30mm機関砲の砲身が現れる。

 だが、その機関砲が榴弾を放ち、にべもなく敵の車両に命中させた時、私は信じられないものを見た。

 その敵車両は到底30mm榴弾では考えられない大爆発を起こし、周囲の車をも焔の中に包んだのだ。

 

 

カミカゼ仕様!?…クソ、なんて事!プリン!サンルーフを開けなさい!坊やはルイスにしっかり捕まってて!」

 

「あ〜↑私のミニ・ルー↑」

 

 いや、ルイスママ、そんな場合じゃ

 

『敵の車両増加!…くっ!私だけじゃ対処困難!』

 

「任せなさい、プリン!貴女は他のルートと脱出路の策定を!」

 

 

 ピッピママが座席の後ろからMG42を取り出して猛射を喰らわせる。

 私の両耳はルイスママのものすごく大きな双丘に挟まれていたものの、しかし独特の銃声をしっかり聞き取ることができた。

 だが、それでもピッピが焦っている様子が伺える。

 どうやら、敵の数は次々と増え続けているらしい。

 ルイスママの身体にしっかりとしがみついた私は彼女が冷や汗をかいているのをしっかりと感じ取ったし、ピッピママもプリンもいつもの余裕ある態度ではなくなっている。

 

 

 緊迫した状況が続く中、私は自然とホルスターに手を伸ばす。

 なんだってカミカゼチックな爆弾魔が、私目掛けて接近してくると言うのだから無理もない。

 だが、ルイスママは私がホルスターに収まるPPKを取り出す事を許してはくれなかった。

 彼女はにこやかな笑顔のまま、凄まじい力を用いて、私の手にロングマガジンのついたM1903"ハンマーレス"を握らせようとしてくる

 

 このタイミングでか?

 このタイミングでか、ルイスママ?

 そんなさあ、こんな非常事態に使用する拳銃とか拘ってる場合じゃないじゃん?

 

 しかしルイスママは執拗にその拳銃の使用を強いてくる。

 あまりの血気迫る様子に逆らえるはずもなく。

 私は仕方なくその銃を握った。

 

 

「ミニ?その"ハンマーレス"はフルオート仕様よ?反動には気をつけて。…プリン、サイドウィンドウを開けてくれない?」

 

『了解。せいぜい接近戦の準備をする事ね。連中は本気よ。』

 

 

 タイヤの鳴る音がして、私は今空いたばかりのサイドウィンドウの方を見る。

 顎髭の凄いピックアップトラックの運転手がこちらを見ながら、グイグイと距離を縮めていた。

 私は手に入れたばかりのマシンピストルを両手で保持し、ありったけの弾丸を叩き込む。

 ありがたいことに、銃の性能ゆえか弾丸が顎髭野郎に命中したらしい。

 ピックアップトラックは鉄血29号から離脱してから、大爆発を起こした。

 

 

「ひゅ〜!さすが私のミニ!」

 

 ルイスマッマ!

 こちらの援護に回せる部隊を呼んで

 

「もう呼んであるわ。そろそろ着く頃だと思うけど…」

 

「♪ああ、ロストフのタチャンカよ、俺たちの誇りよ。麗しのロストフ娘よ。タチャンカは四輪の車輪で駆け抜ける」

 

 

 

 唐突に北連軍歌が聴こえてきて、私は先程顎髭野郎の頭を吹き飛ばした方とは別の方のサイドウィンドウを見る。

 ()()()()()だ。

 あの、レイン●ー・●ックスに出てくるマシンガンナーではない。

 四輪の車輪を持つ古めかしい荷車に、これまた古めかしいマクシム重機関銃を1廷載せたタチャンカである。

 その荷車を引くのは馬ではなく、あるKANSENの艤装だったが、しかし、一頭で引くにはあまりにも颯爽としたスピードで駆けていた。

 北連軍歌を意気揚々と歌うのはその艤装の御者で、彼女は歌いながら、更には手綱も操りながら、ナガンリボルバーを取り出して後方から迫ってきた別のピックアップの運転席に射撃を命中させる。

 

 

騎兵隊参上!…ユニオン風に言うとこうなるのかしら。とにかく、助けに来たわよ、私のサーシャ♪」

 

おやおや。性懲りもなく母親宣言ですか。あなたは本当に可愛らしいですね、チャパチ。

 

「ヒィッ」

 

「さて、私のミーシャ♪残存は私とチャパチに任せてください!ミーシャはとにかく鎮守府へ!」

 

 わかった、ありがとうアヴママ、チャパママ。

 

「わっ♪サーシャがついにママって呼んで」

 

チャパチ?

 

「ヒィッ」

 

 

 

 北連ママ2人に敵残存の対処を任せた我々は、急いで目的地へと向かうことができる。

 アヴドルドとチャパチならきっと任せても大丈夫。

 だから私は次の課題に取り組まなければならない。

 

 

 ルイスマッマ!

 ダンケマッマとベルマッマに電話を!

 

「はい、ミニ・ルー」

 

 ありがとう。

 もしもし、ダンケ?ベル?そっちの準備は大丈夫?

 

『準備万端バッチコイよ、Mon chou。今すぐにでも出立できるわ!』

 

『詰め込みは完了です、ご主人様。出航を早める理由も考えております。襲撃されたのは寧ろ幸運だったかもしれません。理由付けがより容易になりました。』

 

『沿岸にはザラとポーラに…』

 

 ん?今なんて?

 何でポーラがいんのよ?

 

『………あの娘もchouの事を息子だって…』

 

 ま た か よ。

 ここに来てまた性懲りもなくママ増やすんじゃねえよ。

 …まぁいいや。

 

『とにかく、ザラとポーラには沿岸を見張らせているけど、今のところ異常はないそうよ。』

 

 分かった。

 そちらへ着き次第すぐに出航しよう。

 ビス叔母さんには連絡をつけておいてくれ。

 

『鉄血艦隊は既に待ち合わせ場所に展開しています。ご主人様、どうか気を抜かずにご無事で。』

 

 ありがとうベルマッマ。

 

 

 

 私の計画が成功すれば、ママ達はきっと安泰でいられるだろう。

 ビス叔母さんの憂いも、ママ達の安全保障も、そして人類とKANSENの"共存"も確約されると私は信じていた。

 だからこそ、私は"アレ"を確実にビス叔母さんの手に渡さねばならない。

 

 しかし、それにしても気になるのは海賊共の動きだ。

 何故このタイミングであんなやぶれかぶれもいいところな襲撃をしてきたのか。

 …もしかすると私の計画に感づいた?

 いいや、考えすぎだろう。

 ロルトシートとMI5はもう手を引いて静観の構えを見せている。

 今更海賊をけしかけたところで、ママ達に囲まれた私相手にできることなぞたかが知れているのだ。

 世界最強の財閥と諜報組織の所業には思えない。

 だとすると連中の目的は何だろうか?

 今のところ考えられるのは、連中の気が触れて()()()()()()()()()()U()K()()をやらかしたい気分になったといったところ。

 それ以外に考えられないし、思い当たる節もない。

 そんな考えに至るような現状に、彼らは追い込まれている。

 

 だが、私はどうしても不安を払拭しきれなかったし、そしてその不安は的中することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、カーリューさん…」

 

「………」

 

「旧ウィルソン鎮守府にいるセントルイスファミリア艦隊が出航準備に入りました…狙い通りに行っています。…犠牲となった彼らの」

 

「………ウザい

 

「えっ」

 

「ウザい、と言いました。思ってもいないことを善人ヅラして口にするのは、いい加減やめにしてはいかがでしょう?」

 

「………ご、ごめんなさい…」

 

「口を閉じていなさい。さもなくば黙らせます。」

 

 

 カーリューは威圧と殺気でユスティアを黙らせながらも、着々と出撃準備を進めていた。

 海賊の小娘なぞに構ってはいられない。

 彼女は崇高な使命を果たさんとした夫を貶め、殺した連中に復讐をしなければならないのだ。

 冷徹な頭脳は、彼女の復讐を成功させるための手順を万事心得ている。

 限られた手札の中から最良の戦果をもたらす術は、苦しくも輝かしい鎮守府時代に夫を支える上で身についていた。

 分析力や洞察力、敵の思考を、敵の視点に立って考える事もできる。

 それを教えてくれた夫は、もうこの世にいない。

 

 さあ、今度はこちらが教えてやろう。

 大切なモノを奪われる苦しみを。

 崇高な使命に泥を塗られる屈辱を。

 救い出そうとしたモノを、土足で踏みにじられ、蔑ろにされる怒りを。

 

 カーリューには分かる。

 敵が大切にしているモノも、崇高に思っている使命も、救い出そうとしているモノも。

 だが彼女はそのいずれをも台無しにしてやるつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




更新が遅れがちですいません許してください何もしないから(何もしないんかい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タイタス・アンドロニカス

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

 

 お願いです、アナタ…どうか答えてください。

 仲間に裏切られた時、"ヒト"は一体何を信じるのですか?

 アナタの存在と成し遂げてきた事が、卑劣な連中の嘘と偽りで埋め尽くされたとしたら。

 

 私はきっと死にます…それも、とても惨めな死に方をする。

 アナタのいない今、私を突き動かしているのは復讐への執念だけ。

 か弱き者を救おうとしたアナタを葬り、アナタが命を捧げた存在を消し去った者ども。

 決して赦すものですか!

 

 ビスマルク、ラインハルト、セントルイスファミリア…奴らに死を!!

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧ウィルソン鎮守府の警備担当、マグレイヴン少佐は車を海賊の一味に破壊され、自宅から出るに出れなくなっている。

 

 いや、言い直そう。

 実を言うと、少佐のロールス・ロイスに爆弾を仕掛けたのは我らがジェイムズ・ポンド君である。

 だが報道では海賊のせいになっているし、当の本人達以外は誰一人疑っちゃいない。

 

 ついで、私の鎮守府では車爆弾による爆破テロが起きた。

 これも海賊のせいになっているが、実は鎮守府守備隊による自作自演である。

 だが報道では海賊のせいになっているし、当の本人達以外は誰一人疑っちゃいない。

 

 さらに、旧ウィルソン鎮守府にほど近い場所で、武器と覆面を積んだ黒いバンがロイヤル警察に見つかった。

 海賊のバンとされているが、実際はダンケママが用意したものである。

 だが報道では(ry

 

 

 

 

 ともかく、我々の準備は着々と進み、ここまでの唯一のイレギュラーといえば海賊のカミカゼ・アタックのみ。

 あとは"貨物"を無事に鉄血艦隊に引き渡すだけで、この計画は完了する。

 その為にも私は、これから出航する貨物船の操舵室にいて、(ピッピ、ルイス、ベル、ダンケのママママしい抱擁を受けながら)統合参謀本部議長と電話をしていた。

 

 

『……なるほど、つまり海賊の狙いはそこの資材なんだな?』

 

 少なくとも、私はそう見ています。

 ウィルソン中将の暗殺といい、私へのカミカゼ攻撃といい、連中、きっとここの設備の何かを狙っている。

 

『……この回線は安全かな?』

 

 私が安全ではない回線を使った事が?

 

『…いや、それなら安心だ。…ウィルソン中将の鎮守府で行われていた研究の内容を…知っているか?』

 

 いいえ(真っ赤なウソ)

 

『中将の指揮していた研究、それは…はぁ……核兵器開発だ』

 

 核兵器開発!?()

 

『そうだ。我がロイヤルはユニオンと北連、そして我々より開発を進める鉄血公国の脅威に対抗する為、必然的に核開発の必要性に迫られた。既にユニオンと北連は核兵器を保有している…鉄血公国にまで遅れをとるわけにはいかないんだ。』

 

 ………そんな重大な大役とは知らず…お恥ずかしい()

 ですがお任せください!()

 必ずやこの研究を守ってみせます!()

 

『そうだな…任せられる奴は君しかいない。くれぐれもよろしく頼む!』

 

 

 私は統合参謀本部議長との電話を切り上げて、受話器を置いた。

 

 

 

 

 そう、核兵器

 これが私の狙いだった。

 

 

 確かに安直に感じるかもしれない。

 

 "核兵器?

 そんなモノ持ってどうするんだ?

 使う機会なんてないだろう?

 どうせ持ってるだけで、金食い虫になるだけだ。

 これだからミリヲタは…"

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 第一、統合参謀本部議長の言う通り、鉄血公国の核兵器開発はロイヤルのそれより進んでいるのだ。

 しかしながら、私がウィルソン中将を殺害してまで手に入れたかったモノ…それは、鉄血公国、ひいてはビス叔母さんが核兵器を手にする上で必要不可欠なモノだった。

 

 もしかすると、お気づきの方もいるかもしれない。

 

 それは……『重水』だ。

 

 原子炉の減速材としての使用に適する重水は、鉄血公国が核兵器を完成する為に必要不可欠なモノだった。

 だが、ロイヤルは鉄血公国の核開発を見越して、鉄血の核兵器開発に必要不可欠な重水を世界で唯一の工場から買い占めた。

 鉄血公国は重水の使用を前提とした核開発を行っていたため、彼らの核兵器開発は頓挫していたのだ。

 ロイヤル政府が買い占めた重水はサー・イーサン・ウィルソン中将の鎮守府へと運ばれて、そこでロイヤルの核開発に使用されていた。

 ユニオンと北連はそれぞれ独自に重水とは異なる減速材を用いた実験・核兵器開発に成功していたが、ロイヤルはユニオンからの技術供給を断られたため、独自に重水炉の研究を行ったのである。

 

 

 重水と、ウィルソン鎮守府で極秘裏に進められてきた核開発データ。

 私はこの2つをビス叔母さんに引き渡すつもりだった。

 別に核兵器をアホのように量産する必要はない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 鉄血公国は大喜びで核兵器を開発するだろう。

 だが、まずは重水の供給者たるビス叔母さんが小型核を開発させる。

 重水炉なら核兵器の製造に必要なプルトニウムの生産効率が良く、燃料も価格の安価な天然ウランを使用できる。

 ビス叔母さんなら、鉄血公国政府にその程度の要求を付ける事は容易だろうし、鉄血政府もそれしきの出費の為に、喉から手が出るほど欲する重水を入手する機会をみすみす逃すはずはない。

 

 彼女は、核兵器を使用できる存在となり、それはKANSENが人類を脅す為の有力な材料になる筈だ。

 人類の制御を受けない核兵器の存在は、きっと実際の威力以上の抑止力となるだろう。

 無論、私は売国奴以外の何者でもないし、ビス叔母さんはきっと人類から"悪魔"のように語られるようになる。

 それでもビス叔母さんと私は合意した。

 人類がKANSENを脅かす可能性のある限り、KANSENも人類を脅かす可能性を示唆しなければならない。

 そしてそれは、きっとピッピやルイスやダンケやベル、それにザラ、ポーラ、アヴ、チャパ、プリンツェフといった、私の愛しいマッマ達を守る事にも繋がることだろう。

 ならばやらなければならない。

 選択肢はないのだ。

 

 

「…坊や、本当にやるのね?」

 

 勿論。

 

「ミニ…引くなら今のうちよ?」

 

 引かない。

 

「ご主人様…」

 

「chou…」

 

 ………マッマ…

 心配してくれてありがとう。

 でも、前にも言った通り、今度は私がマッマ達を守りたいんだ。

 故に、私はもう引かない。

 この作戦が原因で、全世界を敵に回したとしても。

 

「坊やの言いたいことは分かったわ。Danke sehr、坊や。」

 

「どこまでも素敵な私のミニ・ルー♪」

 

「…主人の願いの実現に努めるのは、メイドとしての責務です。」

 

「大丈夫、私達が最後まで一緒にいてあげるわ」

 

 ありがとう、ありがとう、マッマ達。

 では、出航するとしよう。

 願わくば、神の御加護があらんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セントルイスファミリアは直衛の4名と共に貨物船に乗っている。航路は送った海図の通りだ。もう間も無く出発するだろう。」

 

『…………』

 

「言うまでもないが、失敗は許されない。確実に奴を仕留めてくれ。」

 

『…言われなくとも、承知しております。主人の仇、逃すモノですか』

 

「………フォースターは良い奴だった。今週はいい奴を失い過ぎたよ」

 ガチャッ、ツーツー

 

 

 一方的に電話を切られ、男はため息混じりに受話器を置く。

 彼にとって、頼みの綱はあの"狂犬"しかいない。

 願わくばカーリューが、セントルイスファミリアを貨物船ごとドーヴァー海峡に沈めてくれるのを待つしかないのだ。

 

 

 先程言った言葉は世辞でも何でもない。

 フォースターは本当に良い奴だった。

 彼も、フォースターも、共にダートマス(海軍兵学校)の出身ではなかったし、だからこそ特別な友情で結ばれていた。

 ただ、彼は今その絆を、自らの目的の為に利用している。

 その事が自分でも本当に腹立たしかったし、今すぐにでも自分で自分を打ちのめしたかった。

 

 だが、セントルイスファミリアを止める為にはそうするしかない。

 MI5とロルトシートは匙を投げ、首相はまるで役に立たず、海軍もまるで動こうとしない今、彼が打てる最善策は、親友の妻の復讐心を利用する事だったのだ。

 

 

 セントルイスファミリアの計画に感づいたのは、カーリューとのやり取りの直前に行った電話を通じて、ではない。

 ウィルソンが暗殺され、海賊の所業とされるテロ事件が相次いだからだ。

 何故彼が真相を知ったのか?

 理由は簡単で、彼はカーリューと密接に連絡を取っていたからだ。

 前々から、フォースターやカーリューの為に海軍の廃棄予定の武器を横流ししたり、情報を海賊に流してもいた。

 

 決して情に動かされたわけではない。

 彼はずっと前からビスマルクの野望に気付いていたからだ。

 ビスマルクの野望をロイヤル内部で潰す為に、悪落ちした親友を通じて海賊を利用しようとした。

 そして、今も利用している。

 

 

 

「悪く思わないでくれ、セントルイスファミリア。…これも祖国の為なんだ。」

 

 

 統合参謀本部議長は椅子の背もたれに身を預け、少し俯き気味にそう呟いた。

 セントルイスファミリアがやろうとしていることを理解できないわけではない。

 ビスマルクの野望の発端も、人類側の愚かさが招いた事態だと言う事も承知している。

 だが、それでも彼は止めねばならない。

 あらゆる手を尽くして。

 彼が守るべき、ロイヤル国民のために。

 国民を守る軍人として、人類の愚かさを自覚しつつも、しかし、それでも守らなければならないのだ。

 

 セントルイスファミリアはKANSENの側に立ってしまった。

 故に、彼はかの男を排除しなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永遠のテロ

 

 

 

 

 

 出港してからは、まるで問題もなかった。

 航海は極めて順調、放っておけばそのままハンブルクにでも着きそうである。

  なんせ我が第6艦隊"マンハッタン"(ホノルル、ヘレナ、フォルバン、ノーカロさん、ワシントン、メリーランド)と第3艦隊"オタカル"(シカゴ、シュロップシャー、カラビニエーレ、エンプラさん、グラツェン)が警護しているのだ。 

  第3艦隊所属のイラストリアスが、今日は珍しく病欠しているが、しかし艦隊はほぼ万全の状態である。

 だが油断は禁物。

 特に、ここに至るまでの経緯を見れば、安定している時こそ危ないのだとわかる。

 

 私は貨物船の操舵室から、周囲の状況確認を試みた。

 ……"試みた"という言葉が説明する通り、それにすら失敗したのであるが。

 

 

 まず、私は進路に向かって右側の大海原を確認しようとした。

 

 ぽよん♪

 

「まあピッコリーノ♪焦るのは分かるけど…もっと時と場合を考えるべきではなくて♪」

 

 

 右側からはサディア最高峰の高密度クッションの反発力と柑橘系の香しさをいただいたので、そちらは諦め、次に左側を向く。

 

 

 ぽよん♪

 

「ベリッシモ♪ベリッシモ♪…私達の可愛いベリッシモ♪そんなに待ち切れないなら、ポーラとザラの2人であやしてあげるわね♪」

 

 

 左側からもサディア以下略な高反発性とラベンダー系の香しさをいただいた。

 これではどこも確認できないので、諦めて正面に視線を戻す。

 

 

 ぽよん♪

 

「うふふふ♪私のミニ・ラッキー・ルー♪今日は積極的なのね♪…それにしても、2人とも?少しは自重しないと、ユニオンから弁護団呼んじゃうわよ?

 

「ひっ!」

 

「くそっ!」

 

 

 くそっ!って言いたいのはこっちだわ。

 あのさ、ルイスママン。

 人ん家の弁護団ポイポイ投げつける癖どうにかならない?

 ミッ●ーでしょ?

 ミッ●ーの事でしょ?

 次いでにミ●ーちゃんとか●ーフィーとか呼ぶ気なんでしょ?

 やめてもらえます?

 

 

 

 

 出港して以来こんな感じなので、私自身は全く持って警戒だとか指揮だとか、まるでこなせていない。

 ポーラはさも何事もなかったかのようにママってくるし、ザラはそれに便乗、ルイスは法的優位性を存分に振り回すのだから仕方ないじゃないの。

 この場で珍しいくらい冷静極まりないのはピッピ、ダンケ、ベルくらいで、いつの間にか乗船していたアヴとチャパ、それにプリンツェフも真面目に仕事をしてくれるからありがたい。

 おかげで私が状況把握や指揮をしなくとも全てが順調に進んでいく。

 進んではいくけども、お前らいい加減にローテーションで私をあやすのをやめろ。

 私にも仕事をさせろ。

「何も心配はいらないのよ、ミニ?」じゃねえんだよ。

 そういう問題じゃないの。

 何でもかんでもやりたいわけじゃないけど、何でもかんでも知ってはおきたいのよ。

 せめて状況把握はさせて?

 

(もうっ。しょうがないわね、ミニ・ルー。先遣のホノルル達に確認させたけど、航路はクリアよ。愛宕や高雄も何も発見していない…今のところはね。とりあえず、今はあやされてても大丈夫♪)

 

 はい。

 指摘事項2点、1点目、不必要にテレパシー使うな。

 2点目、何もないからってあやすな。

 あやし過ぎだお前ら。

 ちったぁあやす以外の事したら?

 

 

 とは言うものの、右側左側及び正面を確認する遥か前から、私はベルマッマのバッカデケエ双丘に後頭部埋めて絶賛リクライニング中なのである。

 何故そうなったかというと、割愛する。

 皆様なら分かってくれますよね?

 分かってください。

 分かれ。

 

 

 

 さて、そんなこんなで私達の乗る貨物船は…監視とあやしを9人ものマッマ達でローテーションしながらも…目的の海域へと近づいていた。

 もうそろそろ鉄血の艦隊も見えてくる頃かなぁ。

 

 ここまで色々とあり、ある時は悲観し、ある時はパニクり、ある時は疑心暗鬼のあまり暴走したりしたものの、ママ達のおかげでどうにかマストな結果を残せそうである。

 本当の本当にありがとう、マッマ達。

 これでマッマ達は無事にいられるし、私もずうっとマッマ達と一緒にいられる。

 ありがたや、まじありがたや、ありがたや。

 ありがたありがた、ママンありがた。

 

 

 クソみたいな川柳を思い浮かべた時、私をリクライニングしていたハズのベルマッマが突如立ち上がる。

 何か悪い予感でもしたのか、顔は真っ青で、あまりにも急激に立ち上がったため、私は前方のルイスママンのバッカデケエ双丘に思いっきり顔面ダイブすることになった。

 

 

「ちょっ!?ベル!?危ないじゃない!!一体どうしたっていう…」

 

「………来ます!!」

 

 へっ?

 

「彼女が…カーリューが来ます!

 

 いやね、ベルマッマ。

 ベルマッマ優秀なのは分かるけど、幾らなんでもそりゃあ

 

「坊や!右舷より超高速の敵艦が接近!」

 

「了解、ホノルル達に迎撃させて!」

 

 

 ルイスママがついに私から指揮権さえも奪い取りやがった

 だが、実際に砲撃音が船の外から聞こえてくるとなると、そんな事にも構っていられない。

 だから私は、状況確認がより容易なように、ルイスママンのバカデケエ以下略に、どうにか頭を乗り上げる。

 確かに…まだ遥か遠方で本体は豆粒のようにしか見えないが…一本の派手な白い航跡と、そこへ撃ち込まれる無数の砲弾が見えた。

 無数の砲弾を放っているのはホノルル達で、やがてホノルルの焦り切った声が無線で伝えられる。

 

 

『ルイス!カーリューよ!…命中弾を多数与えてるハズだけど、なりふり構わず突っ込んでくる!勢いは落ちないわ!貨物船の待避を!』

 

「分かったわ、ホノルル。敵はカーリューだけとは限らないから十分に注意して!」

 

『姉さん!カーリューとは別の方向に別の艦影を確認!…あれは』

 

 

 ヘレナちゃんの焦りを含んだ声が、ホノルルに続いて無線で聞こえた時、特徴的な滑空音を耳にした。

 滑空音は次第に大きくなっていき、遂には貨物船の舷側に着弾する。

 幸いな事に直撃弾はなかったものの、複数の砲弾は貨物船を大きく揺らして、私とマッマ達に衝撃を与えた。

 

 

「ミニ、大丈夫!?」

 

「くっ!私の坊やを襲うなんて…目にもの見せてやるわ!!」

 

「落ち着いて、ティルピッツ!この貨物船の周囲には"マンハッタン"と"オタカル"が配備されているわ!chouに辿り着けるわけないじゃない!」

 

「だとしても、確かに遠距離砲撃は厄介です!ご主人様、ビスマルクに打電します!」

 

 ああ、そうしてくれ!

 砲弾の威力からして、恐らく敵は戦艦も連れている!

 スナイピングされれば危ないぞ!

 

 

 やはり、異常事態がないわけがなかったのだ。

 私はベルマッマに頼んで、ビス叔母さんへの連絡をつけてもらう。

 叔母さんのことだ、すぐに救援を送ってくれることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄血公国

 ベルリン

 

 

 

 

 

「ブロを助けないと!」

 

「………」

 

「何とか言ってよ、ビスマッマ!!」

 

 

 セントルイスファミリアの叔母、ビスマルクは彼女の甥からの緊急メッセージにしっかりと目を通していた。

 だが、彼女は動こうとしない。

 胸に息子をしっかりと抱き抱えたまま、その頭を撫でてばかりだ。

 ラインハルトは訳が分からなかった。

 従兄弟の運んでくる重水が手に入れば、鉄血公国は世界で3番目の核保有国になる。

 それどころか、ビスマルクが長年欲していた"人類への抑止力"をも手中に収めることができるのだ。

 

 それでも、ビスマルクが呆けたように、ラインハルトの頭を撫で回すばかりだった。

 

 

「ビスマッマ!?ビスマッマ!?」

 

「………ごめんなさい、ラインハルト」

 

「…ビスマッマ?」

 

「"啓示"が……"啓示"が下ったの。()()()()()()()()()()()()()()()。諦めるしかないわ。」

 

「どうしたんだよ、ビスマッマ…ママらしくもない」

 

「………ねえ、ラインハルト?」

 

「?」

 

「もし世界が変わっても…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………」

 

 

 正直、ラインハルトにとっては何が何やらだった。

 だが、ビスマルクの母性に満ちた…しかし悲観と諦めを存分に含んだ顔を見て、何となく察することはできる。

 きっと、本当にビスマルクにはどうにもならない事なのだろう。

 

 だから、ラインハルトは自身のできるベストを尽くす事にした。

 

 

「………うん、もちろんだよ、ビスマッマ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロイヤル北部

 海賊拠点

 

 

 

 

 

 ユニコーンはカーリューから面と向かって言われたことがショックで、まだ港から動く気にはなれないでいる。

 

 

『足手纏いです!!』

 

 

 今まで慕っていた、あんなに優しい存在が、まるで今まで本当は疎んじていたかのような表情と怒気を含んだ声でそう言ったのだから、彼女の心境はしょうがないものだろう。

 そんな彼女の様子を見たユスティアは、もう同じ手を使う事を諦めざるを得なかった。

 

 

「ユニコーンちゃん、落ち込むことはありません。」

 

「でも、カーリューお姉ちゃん、ユニコーンのことを……役立たずだって…」

 

「いえ!そんな事はありません!…カーリューさんは…その…きっと色々と取り乱しているだけです。」

 

「………」

 

「ともかく、今ユニコーンちゃんにできる最善のことは…指示された地点に行くことではないでしょうか?」

 

「………分かった…」

 

 

 ユニコーンは力なく項垂れながらも、ようやく艤装を身につけて港を出て行った。

 ユスティアはその様子を見て、ようやく一安心できる。

 

 

 カーリューはきっと理性を失ったわけではなかったのだろう。

 自殺同然の特攻任務。

 ユニコーンまで巻き込みたくはなかったのだ。

 だが、普通に説得しても、ユニコーンはきっと着いてくる。

 だから、あえてキツい言葉で、思ってもない言葉を投げつけたに違いない。

 ユニコーンがカーリュー達の跡を追うのを諦めるように………

 

 

 

 ユスティアにとっては、そんな事はどうでもよかった。

 もうあのメイドも、あのクソガキもどうでもいい。

 前哨からロイヤル警察が迫っているという情報を得てからかなり経つ。

 一刻も早く脱出しなければ。

 

 その障害になりかねないユニコーンが、あと1分でも移動を渋っていたら、彼女は迷わずユニコーンを射殺するつもりだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ワールド・イズ・ノット・イナフ

 

 

 

 

 

 

 きっとカーリューにはナニカが乗り移っているに違いない。

 私はピッピママの双丘に鼻から下を埋めながらもそう思った。

 護衛のKANSEN達から猛烈な砲撃を受けている彼女は、ここから見ても血飛沫を飛び散らせているのが見えるほどの負傷を負っていたのだが、しかし依然として全く速度を落とそうとはしない。

 

 

「ルイス!カーリューはきっと坊やと差し違えるつもりよ!私たちも艤装を付けて…」

 

「もう間に合わないわ、ティルピッツ!…『ブリッジから護衛戦闘員全員へ!近接戦闘準備!!』」

 

 

 私の頭を背後からパフパフするルイスママが、艦内放送を使ってそう命令を下す。

 こんな状況にも関わらず何やってんのよアンタらは。

 そうは思わないわけではないが、今はまさにそれどころではない。

 

 ヒューーーー

 チュドオオオオオンッ!!

 

 大きな音と共に貨物船がまたも大きく揺れて、水飛沫が船を包む。

 

 

「右舷に再び至近弾!!今度はもっと近いわよ、Mon chou!!」

 

「ご主人様!!ビスマルクから返答はありません!!」

 

 クソッ!!

 どうしたっていうんだビス叔母さん!?

 叔母さんはこの期に及んで尻込みするようなヒトじゃない!!

 通信妨害か?

 

「いいえ、ご主人様!通信機器は全て正常」

 

「ピッコリーノ!!カーリューが急接近!!!」

 

 

 ザラマンマが胸を私に押し当てながらも、差し迫った脅威を私に伝える。

 脅威を胸囲で伝える、なんちゃって。

 …アレかな。

 もう一回転生した方が良いかな、私。

 

 

 カーリューは既に、その般若みたいな表情が双眼鏡なしに見えるほど貨物船への距離を詰めている。

 くそっ!ここまでか!

 そう思った時、般若カーリューと貨物船の間にシカゴとシュロップシャーが割り込んだ!

 

 

「私たちの()に手出しはさせないわ!」

 

「大人しく帰ってもらいます!」

 

 

 少し疑問符をつけたくなるような発言をしながらも、カーリューに大火力をぶつける2人。

 爆炎と共に血飛沫が上がり、やがてそれは大爆発を起こす。

 やったか!?

 

 

 やってなかった。

 大爆発による盛大な爆煙の中から、一隻の軽巡が飛び出した。

 ただし、その爆煙の中から現れたのは般若の表情ではない。

 安らかに覚悟を決めた顔をして、着ているメイド服に恐らくは妹の血を染み込ませた、カーリューの姉・キュラソーだった。

 

 彼女はまるでラグビー選手のようにシカゴとシュロップシャーの間をすり抜ける。

 そして…

 

 

 

 

 

跳んだ。

 

 

 

 

 大きく、貨物船の遥か上を目指すかのように。

 

 ほんの一瞬だったはずだが、私にはとても長い時間に感じられる。

「Only ●ou〜」というゆったりとした曲調の歌まで聞こえてくるほど。

 "お前だからできた"

 "お前だから成し遂げた"

 あるFPSのように、そんな言葉さえ誰かからかけられている気もする。

 

 スローモーションの視界の中で、9人のママ達が全員私を庇うように、その大きな大きなお胸を押し当ててきた。

 そして9つの方向から、暖かさと温もりと芳香を感じた時、何か白い光がママ達の背後からやってくる。

 私はママ達の母性を感じながら、光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 ロイヤル北部

 旧化学工場

 

 

 

 

 

 

 今度ばかりは、ロイヤル警察も万全の準備を怠らなかった。

 陸軍の協力を取りつけた彼らは、正規の戦闘団かと見間違える重装備で海賊最後の拠点を叩いたのだ。

 準備の良さは功を奏し、海賊は今度こそ、死の淵に立たされている。

 

 

 

 

 

「撃たれた!!くそッ!!撃たれた!!…くそッ!くそッ!苦しいッ!ユスティア!助けてくれ!ユスティア!」

 

「離しなさいッ!この役立たず!!兄なら兄らしく妹を助けなさいよ!!アンタなんかに構ってられないの!!離してッ!!」

 

 

 腹部に7.7ミリの銃槍を負ったポール・ヘスティングスは、長年苦楽を共にしてきた妹から最悪な見捨てられ方をされようとしていた。

 血反吐が口から溢れる苦しみの底の中、一生懸命にユスティアの袖にしがみつくポールを、あろうことかユスティアは足蹴にしているのだ。

 ……その様子は、まるで"私の服が汚れるじゃない"とでも言わんばかりだ。

 やがてはユスティアの足蹴が功を奏し、ポールの腕が彼女の裾を離れる。

 

 

 だが、その時にはもう全てが遅かった。

 

 

 ポールにもう一発7.7ミリ弾が撃ち込まれる。

 そして、一拍ほど置いた後にはそれより大量の銃弾がポールの身体を引きちぎっていた。

 あまりに凄惨な光景に顔をこわばらせるユスティア。

 彼女が銃弾の飛んできた方向を見ると、そこには"ジェンキンス"がいて、彼の背後には大勢のロイヤル警官が見て取れた。

 

 

「ジ…ジェンキンス!アンタ裏切ったのね!?」

 

「…悪いがお嬢さん。俺は最初から"ジェンキンス"でも何でもない。…諦めるんだ。この建物は包囲されている。万が一にも君は逃げられない。」

 

「う、う、うるさい!うるさいうるさいうるさい!!」

 

「大人しく投降しろ。議会は今度の件の証人を求めている。少なくとも殺されはしないさ。」

 

「ふざけんじゃないわよ!…アンタなんか…アンタなんか…し」

 

 

 ジェンキンス、いや、ジェイムス・ポンドはユスティアが腰の後ろに手を回し、38口径リボルバーを向けるまでの間に、身体を少し右に寄せて銃口の線から身体を逸らす。

 その動作をこなしながらも、ポンドは右手でサッとPPKを構えて一発だけ銃弾を放った。

 放たれた銃弾はユスティアのリボルバーに命中。

 しかし安っぽいリボルバーはPPKの32口径弾のエネルギーを吸収しきれなかった。

 おかげで32口径弾は跳弾して、ユスティアの背後上方にあった何かの瓶に命中し、瓶はその中身をユスティアにぶちまける。

 瓶の中身は特有の刺激臭と共にユスティアに降りかかり、彼女の整った顔や、肌や、服を溶かして行った。

 

 

「ひぎゃああああ!!あづいッ!あづいッ!いだいッ!!いだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいッ!!!」

 

 

 ユスティアはその液を身体中から剥がさんと全身を掻き毟るが、その抵抗は全く持って無意味だった。

 やがて彼女は座り込み、息も絶え絶え、振り絞るように声を出し始める。

 

 

「……殺…して…」

 

 

 ポンドは濃硫酸をマトモに被り、整っていたはずの顔が崩れてしまったユスティアから目をそらして、今はもう息絶えているポールをチラリと見やった。

 そして、その後にまたグロテスクな状態になったユスティアに向き直る。

 

 

「………いいや。今の方が君には相応しい。」

 

 

 ジェイムス・ポンドは華麗に回れ右をして、もう2度とグロテスクなユスティアの方に向き合おうとはしなかった。

 後に残されたユスティアには、発砲不可能になってしまったリボルバーと、残り数分の寿命、そして全身の火傷の苦しみしか残されなかった。

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロイヤル北部海域

 某地点

 

 

 

 

 

 

 

 ユニコーンはまだ暗い顔をしたまま、目標地点へトボトボと向かっていた。

 まだ、カーリューの怖い顔が脳裏から離れず、周りの様子にさえ注意を払えない。

 今から行く海域に一体何が待っているのかも、何故そこへ行けと言われたのかも、まるで想像さえできなかった。

 ただ、今のユニコーンにできること。

 ユニコーンがカーリュー達のためにできることを…。

 

 

「ユニコーン!?」

 

「………!!…イラストリアスお姉ちゃ…ん?

 

 

 ユニコーンは突然立ち止まり、思いもよらない"再会"に困惑する。

 カーリューから指示された地点。

 そこには、彼女にとっても親しい人物…イラストリアスがいたのだ。

 

 

「イラストリアスお姉ちゃん…なんで?お姉ちゃんは今…確か、"向こうの"指揮官さんのところで…」

 

 

 困惑し続けるユニコーン。

 それもそのはずで、イラストリアスは今、ユニコーンの大切な"お兄ちゃん"を死に追いやった指揮官の下に所属している。

 

 

「……警戒するのも分かります。でも…ユニコーン、安心なさい。こんなコトはもう終わりますわ。」

 

「え?…どういう事?ユニコーン、イラストリアスお姉ちゃんが言ってる事、よく分からない…」

 

「大丈夫、怖がる事はありません。…さあ、ユニコーン。こちらへ。」

 

 

 イラストリアスはユニコーンが警戒を強めないようにする接し方を心得ていたし、その甲斐あってか、ユニコーンも大人しくそれに従った。

 ゆっくりとユニコーンを抱きしめるイラストリアス。

 

 

「あぁ、可哀想に。辛かったでしょう。でも、もう安心なさい。例え何があっても、ユニコーンは私の可愛い妹です。」

 

「………」

 

「…それにしても……今回ばかりは少しだけハメを外し過ぎましたわ。うふふふ。」

 

「……?」

 

 

 

 イラストリアスが高貴なモノらしい、お淑やかな笑い声をあげる。

 ユニコーンには何が何やらさっぱりで、なぜイラストリアスが笑ったのか分からない。

 でも、もうそんな事はどうでもよかった。

 今彼女は、安心できる人と一緒に大海原の水平線をジッと見つめている。

 

 

 その方向は、カーリュー達がユニコーンを置き去りにして向かっていった場所だった。

 だが、そのうちに水平線上に大きな白い光のドームが現れる。

 光のドームはどんどん大きくなっていき、そして、やがてはユニコーンとイラストリアスをも包み込んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 IN THE END

 

 

 

 気がつくと私は、長い長い廊下に、一人で立っている。

 目の前にはいつかの老人……そう、過去に天に召されかけた時に小麦畑にいた、あの老人がいた。

 老人は私の方を真っ直ぐ見つめ、かつては見せなかったような笑顔を私に向けている。

 

 

「アンタはよくやった、若いの。お疲れ様。お前さんの役割りは終わりじゃ。」

 

 …役割り?

 

「そう、役割りじゃ。アンタは儂の期待通りに役目を果たしてくれた。…本当に感謝しておる。」

 

 ………

 

「アンタは元に世界に戻れる。なぁに、タダでとは言わん。…"人生で一番の時"を良いように変えてやっておる。案ずるな、何の後遺症も残らんよ。」

 

 ………

 

「さて、それじゃあこの廊下を進んで…」

 

 

 言葉と脳より先に、身体が動いていた。

 私は笑顔でこちらに語りかける老人の胸ぐらを掴み、怒りと悲しみをぶちまける。

 

 

「おいおい、お前さん?どうかしちまったのかい?」

 

 どうかしちまってんのはアンタの方だろ!?

 これで終わりだ?役割りだ?

 ふざけんじゃねえ!!

 彼女達は!?

 ママ達はどうなった!?

 私の、私の大切な…

 

「…どうやら、長くいすぎたようじゃのぉ。」

 

 

 

 老人が突然、私の腕を掴み返す。

 こりゃあ驚いた。

 とても老人のそれとは思えない腕力で、私の腕をを引き剥がす。

 

 

「身の程を知れ、若イノ

 

 

 老人の顔が半分、何かおぞましいモノに変化した。

 ちゃんと人間の顔をしているが、その肌には青い脈が走り、肌全体が青白くなっている。

 私には、この肌の色に見覚えがある。

 ………セイレーン!?

 

 

イイヤ、ちと違ウ。ジャが、正解デモあル。せっカクじゃカラ、ワしの目的モ教えてやロう。

 

 

 廊下の壁の一部が、まるで巨大なスクリーンのように変化した。

 見ると、そこにはある鎮守府で停車している車が写っている。

 車には男が乗っていて、男はリボルバーを口に咥えたが、白い拳がサイドウィンドウを突き破り、男の愚行を止めた。

 

 この光景には見覚えがある。

 

 

ヲ前さんはトテも興味深イ"結果"を残シてくレた。……造反、冷戦、そしテ海賊行為…ドれも今マデの実験でハ得らレナカった結果だ。

 

 ………実験?

 

その通リ。定メられタ運命に抗ウKANSEN達が起コす"予想外"…これガなケレば、ワタシ達がコの時代ニ戻る意味がナい。

 

 なら、何故止めた!?

 もう少しで上手く行ったのに…!

 アンタらが望む予想外の結末を、その手にできたんだぞ!!

 

………イイや、それハ違う。

 

 

 老人の顔からセイレーンの部分が消える。

 彼は力を緩め、私の腕を解放すると、巨大なスクリーンに私を向き直らせた。

 

 

「……お前さんは少しやり過ぎた。」

 

 

 スクリーンには、もし鉄血が核武装した際の…つまりは私の作戦が完遂していた場合の光景が映し出されていた。

 

 

 

 遂に核兵器を手に入れる鉄血。

 ビス叔母さんも艤装から発射できる核砲弾を手にし、人類側への保険を手に入れる。

 

だが、鉄血軍部が暴走し、ビス叔母さんを暗殺。

 核兵器をアイリス首都に投下して、南進を始める。

 軍部はユニオンによる警告にも耳をかさず、KANSENを核武装させて脅迫すら行い、ユニオンも報復的にKANSEN用の核兵器を製作して対抗。

 やがてユニオンと鉄血は核戦争を始め、それはやがて世界中を巻き込み、この世界は荒廃してしまった。

 

 

 そ、そんな…これが私の行為が招く結果?

 

「M.A.D…核抑止力は、まさに狂気に満ち溢れておる。どう転ぶかは、儂らにも分からん。…発想は悪くなかったし、正直ビスマルクが"保険"を欲しがったのは喜ばしい"予想外"じゃったが…これでは意味がない。」

 

 まさかとは思うが……私がいたのは、一種の鏡面海域だったっていうのか?

 アンタらは良い結果を得たが、同時に最悪の結果を迎えそうになった。

 ………だから、リセットをするわけか。

 

「察しがいいの。…その通り。じゃから、アンタはこの世界を去らんといかん。…寂しいかも知れんがな。」

 

 

 やがて、スクリーンはただの壁に戻る。

 

 老人は一歩身を引いて、廊下の先へと腕を伸ばし、私の退場を促した。

 

 

 

「さぁ、行ってくれ、若いの。」

 

 ………あの…

 

「わかっておるよ。人間というものは、咄嗟の感情で過ちを犯すモノじゃ。もう気にするな。」

 

 …はは、どうも。

 

「案ずるでない。何度も言うが手土産は用意した。…それではの、若いの。振り返るでないぞ?」

 

 

 

 私は老人を置いて、ポツポツと歩き出す。

 とても寂しく、とても虚しく、とてもやるせなく感じたが、しかし、もう私に出来る事はない。

 だから、私は廊下を進むしかないんだ。

 

 

「じゃあな、ブロ!元気にやれよ!」

 

 

 背後から、従兄弟ラインハルトの声が聞こえた。

 私は振り返りたいという猛烈な誘惑に駆られるが、どうにかそれを抑え込む。

 そして、振り返るかわりに、右手を上げた。

 

 ああ。

 じゃあな、兄弟。

 元気でやれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウザったい目覚ましが私を叩き起こし、私は手探りで目覚ましを探し出してそのスイッチを切る。

 眠気なまこでボンヤリとしたまま天井を見上げると、そこには"遥か昔に"見た事のある光景が広がっている。

 

 

 そこは、私の実家の私室だった。

 今ではもう懐かしい壁時計があり、勉強机があり、本棚がある。

 私は頭だけを動かして、勉強机の上方に貼られたカレンダーの日付を見た。

 "20xx年"

 その年、私は高校に入学した。

 選択した進路は男子校だった。

 勿論いい思い出もあるが、男女共学の高校で過ごしたかったと、後年思うようになっていた。

 

 勉強机の脇にある鞄に目を移す。

 内申点が足りなかったせいで行けなかった男女共学の志望校のモノだ。

 どうやら、"行けなかった"という言葉は間違いなく過去形になったらしい。

 

 

 ああ、なるほど。

 コレが"手土産"か。

 

 

 私は高校生活をやり直せるわけだ。

 さて、どうしよう。

 もっと勉強に打ち込むべきかな?

 違う部活をやってみてもいいかも知れない。

 勇気を出して、隣の女子に声をかけたりとか…

 

 

 

 

 

 何故だろう、涙が溢れて止まらない。

 時計の針を巻き戻したのだ、滅多にない…いいや、居並ぶモノはほかに何もないレベルの特典だ。

 でも、私には、どうしても涙を止める事が出来なかった。

 

 会いたい。

 彼女達に…マッマ達に会いたい。

 あの優しくて、優しくて、温かいマッマ達に。

 

 

『坊や、私の可愛い坊や』

 

『chou〜♪今日はドーナツを作ってみたの♪』

 

『はい、ミニ・ルー。ラッキーアイスよ?』

 

『ご主人様、ベルファストの紅茶はいかがでしょうか?』

 

『昔から私のミートソースパスタが好きよね、ピッコリーノは。』

 

 

 もう一度。

 もう一度だけでいいから、ママ達に会いたい。

 ついに堪らなくなって、私は年甲斐もなく泣き始める。

 仰向けからうつ伏せに姿勢を変えて、柔らかい枕に顔を埋めておいおいと泣いた。

 

 

 

「どうしたの、坊や?」

 

 ……とっても悲しい夢を…とっても長い間見てたんだ。

 

「どんな夢?」

 

 優しい優しい…まるでママみたいな女性が、私を可愛がってくれる夢…

 

「どうだった?」

 

 とても楽しかった!暖かかった!

 もう一度彼女達に会いたい!

 …だって、お別れの言葉も言えずにッ!

 

「そう…それは確かに悲しいわね。」

 

 うん!

 ママに会いたい!会い…たい…よお…………?

 

 

アレおかしいな、枕が喋ってやがる。

 使っててあまりに違和感がないモンだから気がつかなかったが、確か実家の枕はこんなに柔らかくは無かった。

 

 甘い、優しい香りがする枕に、私は覚えがある。

 そして私は、記憶と現状の認識が正しいか確かめるために、枕を掴んでモミモミした。

 

 

「あんっ♡……もぅ、坊やのえっちぃ♡」

 

 

 恐る恐る顔をあげる。

 泣きじゃくったせいで"枕"と私の顔の間には透明なクソ汚いアーチがかかった。

 だが、それでも、"彼女"は優しく微笑んでくれる。

 

 

 

「大丈夫よ、坊や。私達はどこへも行ってないから。」

 

 …………

 

「坊や?」

 

 ピ…………

 

「ピ?」

 

ピッピママあああああ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 




終わらせ方が強引過ぎたかも知れません…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ これが私の望んでいるロマン!!

 

 

 

 

 ロイヤル

 

 

 

 

「イラストリアスお姉ちゃん…ユニコーン、何だか変な気分」

 

「うふふふ♪安心していいのよ、ユニコーン♪私がしっかりと"手ほどき"して差し上げますわ♪」

 

 

 エマニエ●っぽくて仕方のないイラストリアスが、ユニコーンを抱え、頬を紅潮させている。

 抱えられているユニコーンも顔を真っ赤にして、何やら両腿をモジモジさせていた。

 偶然その光景を側から見る事になったウォースパイトからすれば、この光景は戦慄モノだった。

 

 

「こほん」

 

「アッ、アッ、こ、これはウォースパイト様!?ご、ご機嫌麗しゅう…」

 

「…まったく、鉄血との緊張状態だというのに間の抜けたことをする。今派遣した艦隊への鉄血の対応如何で戦争が始まるのだぞ」

 

「も、申し訳ありません……それにしても、やはり鉄血は…」

 

「あぁ…恐らく、アズールレーンを離脱した事から考えても…」

 

「無駄な争いをどうして…」

 

 

 

 悲しげな顔をするイラストリアス。

 だがそれは、鉄血との戦争勃発だけに起因するモノではない。

 エマニエ●の妨害は、彼女にとってそれほど悲しい出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 凍海戦域

 

 

 

 

 

 

 

 フッドはビスマルクのチカラを目の当たりにして絶句する。

 艤装の威力からして、鉄血公国はとうとう禁忌にまで手を出したようだ。

 

 

「この力!…やはりあなた達は『あの力』を!」

 

「勘付いたのか…オイゲン、この海域から離脱する。」

 

「えぇ〜戦局は有利なのに、どうして?」

 

「秘密兵器がバレた以上、こちらが不利になる。命令に従って!」

 

「仕方ないわねぇ…子猫ちゃん達、また今度ね?」

 

 

 フッド達と急速に距離を置いていくビスマルク。

 その様子を見たフッドは、悲しげな顔で、鉄血KANSEN達に呼びかける。

 

 

「どうして…あの盟約を…。アズールレーンから離脱したのですか?」

 

「『忠誠こそ我が名誉』…力があるものだけが人類を救えるのよ。私達はただ違う選択をしただけ。あなた達に理解されるとは思わないわ、私達の行動の是非は未来の者に託すよ。………宿敵よ、ヴァルハラでまた会おう。」

 

 

 

 ビスマルクは捨て台詞と共に、ロイヤル艦隊からの離脱速度を上げていった。

 しかし、ビスマルクは、離脱をしながらも、1人考えに耽っている。

 その間にも、指揮官との無線交信を繰り返しながら。

 

 

『こちらラインハルト。ビス、ロイヤルとの接触は無事にこなせたか?』

 

「無線交信では暗号文を使うべきよ、ラインハルト。…まぁ、今回は傍受の心配もないでしょうけど。」

 

『あっ、すまない…俺もまだまだ未熟者のようだな。許してk…おうわっ!シュペー!?今ビスと交信中だ!抱きつくな!!

 

(……まったく、何度同じ事を繰り返せばいいのやら。)

 

 

 ビスマルクは呆れていたが、それは彼女の指揮官に対してのみではない。

 "全ては元に戻った"のだ。

 まだウィンスロップ少佐はKANSEN達をこき使っているし、北方連合の政情は安定していないし、ロルトシート家は大陸側の窓口を確保している。

 だが、そうであるべきなのだ。

 

 

(前回は良いところまで行ったのだけれど。…まったく、"奴ら"は()()()()()()()()()()()()()()()()()。まあ、良いわ。これでまたラインハルトをあやせるし。………でも、今度はシェルブールには行かないようにしないとね)

 

 

 ビスマルクはやるべき"使命"を果たした。

 後のことは来訪者(プレイヤー)次第。

 今度はどんな結末を迎えるか、まるで想像もつかない。

 だがスタート地点はもう過ぎ去った。

 さあ、始めよう。

 

 

 

 

 "これが君の望んでいる海戦(ロマン)!"

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

ご飯よおおおおお!!●●(私の名)!!いい加減に起きなさい!!

 

 

 今日は目覚まし時計ではなく、リアル母上の怒声とも取れる声に叩き起こされる。

 私はオフトゥンの誘惑……いや、正確にはオフトゥンじゃないけど、リアルに誘惑してくるんだなコレが……を何とか避けながらも、私はそこから抜け出した。

 

 

「坊やぁ〜…もう少し私で眠っていてもいいんじゃない?」

 

 母上に怒られりゅ。

 

「…ああ、そうね。お義母様に心配をかけてしまってもいけないし。」

 

「ミニ〜!お義母さんがそろそろ起きなさいって…ちょっと、ティルピッツ?いつまでもミニを引き止めるのは卑怯よ!」

 

「卑怯でも何でも、私はやりたいことをやるわ!それがカノジョたる者の権利なら尚更ね!」

 

 

 馬鹿でかい胸のせいで、エプロンの胸元のロゴが左右に引っ張られ過ぎているルイスが私をお越しにくる。

 お前ら、カノジョっていう割には母上の呼び方がなっていなさ過ぎだろ。

 なんでリアル母上と義理の血縁関係になる前提で物事進めてんの?

 なんでもう「私はこの子のお嫁さん兼マッマ♡になったから」的な気分でいんの?

 

 

 

 再転生(おかえり)を果たした私だが、戻ってきた世界は何もかもが元の世界とは違う。

 なんたって、去年の夏頃に一夫多妻制を認める法案が可決されていたし、私が通う事になっていた男女共学校も名前と校章以外全く別物だ。

 もしかすると私は未だにセイレーンの鏡面海域にいるのかも知れないとすら思う。

 

 

ご飯だっつってんだろ、はよ起きてこんかいいいいいいいいい!!!!

 

 

 だっども下の階から聞こえて来るリアル母上の怒声を聞く限り、無事に元の世界に戻ったんだなぁという実感が湧いて来る。

 私は軽くため息を吐いて、ピッピの上から起き上がった。

 ピッピも一緒に起き上がり、ルイスと3人で、私室を出て、家の階段を降りていく。

 

 

「あら、おはようMon chou」

 

「ピッコリーノはコーヒーがいい?それとも紅茶?オレンジジュースにする?」

 

 

 マイ・スイート・ホームの食卓には、既にダンケとザラがいて、私達の為の朝食を拵えてくれていた。

 食卓には既に普段着のプリンツェフとチャパエフもいて、プリンツェフは新聞片手にコーヒーを啜り、チャパエフはコーヒーにジンか何かを加えている。

 朝っぱらからアイリッシュ・コーヒーかよ。

 

 

「●●もダンケルクさんを見習ってくれるといいんだけどねェ。」

 

「このくらいお手伝いして当然よ♪chouのお義母さんのお役に立てて嬉しいわ♪」

 

「ほら見ぃ!アンタと全然違うでしょうが!」

 

 んな朝から高血圧にならんでも…

 父さん達は?

 

「朝っぱらから出かけよるよ!弟と妹は学校の部活じゃあ!アンタは部活の練習とかないんね!?」

 

「労働基準法を遵守しとるんじゃ」

 

「アンタら学生じゃろうが!!」

 

「いや、先生の」

 

「………なる。」

 

 

 母上のとの漫才を繰り広げている間にも、ダンケとザラは使用済みの食器を洗って片付けてしまっていた。

 私もピッピとルイスと共に食卓を囲み、目の前のクロックムッシュに噛りつく。

 

 

「ほいじゃあ、行ってくるけん。出かける時は鍵掛けるんよ?」

 

 

 私がクロックムッシュを食べ終わるまでに、母上はパートの仕事に向かい、家にいるのは私とマッマ達だけになる。

 いや、マッマじゃない。

 今では、ママ達は一応カノジョという事になっている。

 ホームステイの………。

 

 

 戻ってきた世界での、ピッピ達の位置付けは、ホームステイの留学生というものだった。

 ホームステイし過ぎてんだけどね。

 そもそも留学生という割にはそれぞれのお国に戻る気がカケラもない。

 ピッピに"ご両親も心配なさるでしょう、たまにはお国に帰りなはれ"と言ってみたら、「…いないの。……私達の両親は…もう…」とかめっさくさ涙目で言われた。

 すっごい罪悪感。

 

 

 

 ともかく、彼女達はママになるまでお国に帰るつもりもないらしいし、それまではカノジョでいる気らしい。

 よって私はピッピやルイスやダンケやベルやザラetcの双丘であやされ続けることができる。

 朝食を食べ終わった後に、早速ルイスママがママりにママる。

 

 

「はい、ミニ・ルー。お待ちかねのラッキー・ルーよ♪今日は土曜日だから、一日中ずぅっとラッキー・ルーできるわね♪」

 

「ちょっとルイス?お皿洗いが終わったら私もピッコリーノするんだから、それまでには譲ってよ?」

 

「焦らなくてもいいじゃない、ザラ」

 

「サーシャをあやしたいのはザラやあなただけじゃないの。」

 

「あやす時間は当配分されないとね。」

 

 

 チャパエフやプリンツェフも、ザラと共にあやす時間を求めているらしい。

 私としては思春期真っ只中にこんなデッカい母性の塊達に囲まれるのは、貞操の概念に差し支えさえあるような気がしている

 何か気分転換でもしないとな…。

 あ、そうだ!

 

 

 ね、ねえ、皆んなでお散歩に行かない?

 

「あ!いいわね、ミニ・ルー!私もまだこの辺は土地勘がないし…それじゃあ、ベル、アヴ、ポーラのお掃除が終わったら、皆んなでお散歩に行きましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく長い冬が終わり、春の暖かさが外を支配している。

 幸いな事にこちらの世界ではパンデミックは起きていないし、緊急事態宣言も出されていない。

 だから私は、9人もいるママ達に囲まれながらも散歩を楽しむことができた。

 

 川に沿って、堤防沿いを歩いていく。

 アスファルト舗装された道路の両端には桜が植えてあり、春の到来を伝えるように満開を迎えていた。

 

 

3番んんんんん、サードどどどどど、ワシントンんんんんんん

 

 

 河川敷では野球の試合が行われている。

 その少々寂れたグラウンドでは、ワシントン率いる『D.C.フライホークス』とボーグ率いる『シアトル・タコマーズ』の対戦が行われていた。

 応援が飛び交ってたりはしていない。

 観戦者は大勢いるが、応援スタイルはメジャーリーグ方式だった。

 

 

「アタシが決めてやるぜ、この試合!ここまで勝ち上がって来るまでに、アタシ達に敗れてきた、他のチームの思いも……」

 

 スパンッ!

 

「スリーストライク、バッターアウト!」

 

「んなぁ!!」

 

 

 んなぁじゃねえよ、んなぁじゃ。

 そんな少年野球漫画みたいな事やっとるからやろうが。

 ワシントンはど真ん中の直球を見逃して三振し、ピッチャーであるボーグはまた一つ奪三振を奪う。

 どうやら試合はシアトル・タコマーズに優勢らしい。

 

 

 タコマーズとフライホークスの試合の脇では、天城さんが赤城さんや加賀さんと共にお花見をしている。

 天城さんと赤城さんは着物姿だが、加賀さんはOLみたいな服を着て赤城さんに泣きついていた。

 

 

ぎいでぐだざいよ姉ざまっ!あの馬鹿部長っだら、わだじのぎがぐをマトモに見でぐれないんでずっ!!

 

「まあ、可哀想な加賀!わたしがそのクソ部長の元に行って"説得"してあげましょう!」

 

「おやめなさい、赤城。加賀、そんな無茶苦茶な企画では相手にされなくても無理はありません。もう少し現実味を帯びた提案を…」

 

 

 酔い潰れる重桜三姉妹のそのまた向こうでは、酪農家スタイルの服装をするヘレナとホノルルが牛さんを連れて散歩させている。

 そのうちにヘレナがこちらに気づき、手を振ってくれた。

 私が手を振り返すと、牛さんも私に気づいてくれたようで、舌をベロベロとさせる。

 

 

 いやぁ…まさか鎮守府丸ごとこちらに転生してくるとはなぁ。

 

 

 そんな微笑ましい(?)光景の数々を眺めながら歩いていると、もう幾分か歩いたようで、目の前に海が見えてくる。

 

 

 

 そう、いつか、ルイスママの胎内で見た、あの光景だ。

 私はふと立ち止まり、ママ達のいる背後を振り返る。

 こちらが何を思ったのか筒抜けのようで、ルイスママが一歩私の方へ進み出た。

 私も私で、とても公衆の面前ではやるべきではない愚行に走る。

 ルイスママの柔らかで大きな母性に顔を埋めたのだ。

 すかさず、対抗心を燃やしたピッピママが私の後頭部を双丘で包み込む。

 

 

 

 安心できる、香りと暖かさ。

 春の陽光に包まれて、とてもいい気持ち。

 あぁ…これこそが……

 

 

 

 

 

これが私の望んでいる母性(ロマン)!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おおよそ2年間、この怪文書にお付き合い下さった方々、本当にありがとうございました。
今度ばかりは本当にこれで終わりにしたいと思います。
長い間、本当にありがとうございました。


…と、言いつつもマッマ達に"会いたく"なって何か書くかもしれません。
その際は別建てでオムニバスチックなモノを投稿したいと思うので、生暖かい目でご覧下されば幸いです。

本当にありがとうございました。
皆様もマッマと共にありますように。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バブールレーンⅢ 『バブリカ』
恐怖と戦慄


ついやってしまった、反省はしていない


 

 

 

 

 

 

 目覚ましの音で目を覚ます。

 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ。

 うざったいことこの上ないが、しかし目覚ましに私を起こすように頼んだのは私自身なのだ。

 だから怒りに任せて叩き割るような事はしないし、その気力もない。

 "枕"に顔面を突っ込んでまま、私は手探りで音源を探してみる。

 

 

「んっ♡………ちょっと、ミニ・ルー?」

 

 

 手探りしていた右手が何か柔らかいモノに触れて、"枕"が抗議の声を上げた。

 

 

「ル・イ・ス・マッマ♡のことが好きなのは分かるけれど…こんな朝から積極的過ぎないかしら?」

 

 

 "枕"を無視して引き続き目覚まし時計を探す。

 あわよくばもう一度寝たいし、その意思を伝えたい。

 ところが私がついにその作業を終えないところで、私は強烈な圧迫感に襲われる。

 

 

「うっふふふ!もう、ミニ・ルーったら!」

 ギュムゥッ!

 

 

 "枕"が"抱き枕"に変異する。

 ところがこれでは私が抱き枕のようなモンで、巨大な2つの柔らかくて大きくて温かい良い香りを伴うものが押しつけられる形となった結果、私は呼吸という生命維持活動において最も重要な行為の中断を強要された。

 言葉では"枕"に対して意志を表示したい。

 ところが私は馬鹿でかいクッションのようなモノの奥底へ挟まれているために、そのような行動に出ることもできなかった。

 だから仕方なしに…そう、致し方なしに"枕"をポンポンと叩くことによって意志を伝える。

 

 

「あっ……ごめんなさい、ミニ・ルー。少し苦しかったかしら?」

 

 

 私は恐らくは7時間と45分ぶりに"枕"から顔を上げる。

 そこには美しい蒼の髪の女性がいて、こちらにとびきりの笑みを浮かべていた。

 

 

「ママの胸はどうだったかしら?ちゃんと眠れた?」

 

「…………えっとね、ルイスママン。少しばかり昨日の記憶を振り返ろうと思うんだがね。」

 

「ええ。」

 

「私は昨日の夜帰ってきて、お風呂に入って、貴女の拵えて下さったオレンジチキンを食べた事までは覚えてるのよ。」

 

「昨日は私が食事当番だったからいつもと違うお料理を作ってみたの。」

 

「うんうん、とても美味しかったよありがとう。それでね…もしも私の記憶が正しければ……私は昨日1人でベッドに入ったはずなんだがね?」

 

「ええ、そうね。でもきっとミニ・ルーはママのお腹の中が恋しいんじゃないかと思ったから…ミニが寝ついた後、お腹の中に入れたり出したりしてあやしたわ。

 

「………なんて?」

 

「きっとミニ・ルーは」

 

「待て、違う、そこじゃない。私を…あなたのお腹の中に入れるくだりがよく分からない。」

 

いつものことじゃないかしら?私の中にいるあなたを感じながら」

 

「いや、だからね。そうじゃないのよ。何か引っかからないかい?」

 

「え?…母親として普通のことじゃないかしら?お腹の中にあなたを押し込んで、温かさの存在を感じて…ああ、この子も大きくなっていくのねって思いながらあやすの。…ね?普通でしょう?」

 

 

 倫理観

 倫理観である。

 

 えらくしんみりとした口調で話されたが、ハッキリ言って良心と倫理へと造反に他ならない。

 分かるかな?

 あなた今、あろうことか成人男性を"お腹"の中に押し込んで、粘液まみれにして出して、そうしてまた押し込んで…という………まあ、アレだ、アレな作業を一晩中繰り返した挙句に、そのあまりにも大きな双丘で窒息させかけていたということを自供したわけだ。

 

 コレ、何かの犯罪にはならないのだろうか?

 そもそも"お腹の中に押し込む"、なんて行為自体考えられない状況だし、それを気軽に行うことを想定して法が作られるわけではなかろう。

 そう、彼女は気軽にこういうことをする。

 正確に言うと"彼女達"になるのだが。

 

 

「うっふふふ!…もう、ミニったら恥ずかしがり屋さんなんだから!」

 

 

 恥ずかしがり屋さんではないし、それどころでもない。

 こういう言い方はしたくはないが、私はこの件においてれっきとした被害者であるという自負がある。

 私だけじゃない。

 きっとこのSSをこの話から読み出した方がいれば、頭の中はきっと"?"マークでいっぱいになっている。

 何が起きているか分からない方も多いことだろうから、この際正直にご報告しておこう。

 

 

 ルイスママン、つまりはセントルイス級軽巡洋艦のネームシップたるセントルイスは、元々は彼女の指揮官で今は彼女の"息子"だと彼女自身が強弁している男…つまりは私…をその神聖なる母胎に突っ込んだりひり出したりする行為を頻繁に行っている。

 え?

 なに?

 まだ分からない?

 そらそうだろうよ。

 私だって分かんねえよ。

 なんだってこんな、おっさんを腹ん中に突っ込んで、なんというか…ほんわかとした微笑みを浮かべながら膨らんだお腹を摩り、そしてひり出すなんて行為をしたがるのか。

 またそれによって何を得たいのか、そもそもどうやったらそんな行為を行えるのか。

 私だってわかったモンじゃねえんだよ。

 

 けれどルイスママンはそれでもやるんだよ。

「母子の絆♪」とかなんとか言いながら私を母胎の中に突っ込みたがるんだよ。

 何故そんなことができるか聞いても「KANSENだから」としか言わないし、そうする事で「母親してる気分が向上する」とか訳の分からんことしか言わない。

 

 いったいどうしてこうなってしまったのか。

 

 セントルイスってさ、皆様一般的にご想像されるのは指揮官くんを優しくリード(色んな意味で)してくれる頼れるお姉さん的なサムシングじゃん?

 ウチのセントルイスまずもって私のこと「指揮官くん」って呼んでくれないからね?

「ミニ・ルー」っていう、私のことをセントルイス級軽巡洋艦にする気満々の呼び方してくるからね?

 もう海軍の上官としては見てくれてないのよ。

 存在しないはずの3番目のセントルイス級軽巡洋艦として扱ってくるのよ。

 言うまでもないけど私はKANSENではない。

 

 

 何故こんな事になったのか。

 お時間が許すならここに至るまでの狂気の過程を描いているから目を通していただけると大変ありがたい。

 簡単に言うと、ある日アズレンの世界に転生して、ブラック鎮守府倒したり北方連合とドンパチしたり海賊潰したりしてたら元の世界に戻され、その過程で私の嫁艦達は自分の事を私の妻ではなく母親だと思うようになり始めた。

 どこでそんなスイッチが入ったかなんて、私には知る余地もない。

 

 とにかく、私は今現在アズレン世界に転生する前の世界線にいる。

 私の素晴らしいKANSEN達と帰ってこれたのは良いが、問題は彼女達が私の"マッマ"であるという認識を未だに捨てていないこと。

 私は現代社会に戻り、高校生活を終え、大学へ行き、アズレン世界に飛ばされる前と同じように就職し始めた。

 そこに差異があるとすれば、そう、マッマである。

 彼女達と出会ってもう何年も経つ。

 歳を取らない彼女達だが、私の方は歳を取る。

 それも思春期から20代前半を2週してるので、中身は外見よりもよほど老けている。

 老けている男を未だに母体の中に押し込もうという彼女達には狂気さえ覚えるのだ。

 

 

 私は深くため息を吐いて身を起こし、ベッド傍のサイドテーブルに手を伸ばす。

 水差しとコップを取り、水を一口呑んで心を落ち着かせようと…そう考えていた。

 ところがそれを飲んで、私は違和感を覚える。

 

 なんだ、この、…生暖かくてヌルッとした水は…

 

 

「あ…ミ、ミニ…それ……私の羊水…//」

 

 

「羊水…//」ではない。

 それどころじゃない。

 どこの世界に水差しの中に自分の羊水ぶち込むクレイジーがいると言うのか?

 そもそもそんな事可能なのか?

 あれ、そういえば…今日はまだピッピもダンケもベルもザラも見ていない!

 

 

「ま、まさか…ルイスママン?…ここって…」

 

「うっふふ!ここまで気づかないってことは、私のお腹の中の環境への適応が進んでるってことだわ!しばらくすれば…ここがあなたにとっての本当の世界になるはず♪」

 

「……………」

 

「ッ!?…………うぅ、残念だけど、もうそろそろ限界みたいね。次はもぉっと長い時間、ここにいられるように頑張りましょうね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリブリブリブリブチチブシャアアアッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ!坊や!やっと出てきてくれたわ!…もう!セントルイス!坊やの独占はアレほど禁止したのに!」

 

「Mon chou?大丈夫?怪我はない?」

 

「ご主人様、気付薬をお持ちしました。どうかお気を確かに。」

 

「さて、と。長くかかったけど、ピッコリーノも無事に産まれてきたことだし。次は私の番よ?」

 

 

 

 何かの粘液に塗れて、私は震えてる。

 これは…悪夢だろうか?

 マッマ達は皆大好きだが、好意の寄せ方があまりに猟奇的過ぎる。

 だから私は、こんな恐ろしい体験を引き続きしなければならない。

 ティルピッツダンケルクセントルイスベルファスト、そしてザラ

 私はこちらに戻ってから、毎日いち日に少なくとも5回、この体験を強要されている。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

流行りのテラスでハイホー

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ、私をお腹の中に入れる習慣をやめてくれないか?」

 

 

 土曜日の午前8時。

 せっかくの休日の初っ端を台無しにされたその後で。

 私はティルピッツにダンケルク、セントルイスにベルファスト、それにザラと一緒に住んでいるアパートのリビングで彼女達にそう切り出す。

 ルイスの後、ザラに入り、その後はピッピ、ダンケ、そしてベルのお腹の中にぶち込まれた。

 率直に言って唯一の救いはどうやってぶち込まれたかまでは覚えていないこと。

 もしそれを覚えていたら、私は到底耐えられない。

 

 しかしマッマ達の方は私の発言に早くも耐えられなくなったようで、ピッピは朝刊を開いたまま凍りつき、ルイスとベルは顔を見合わせ、ダンケとザラは朝食の盛大なパンケーキを持った皿を落っことす。

 

 

「そんな…坊や、私たちの事、嫌いになっちゃったの?」

 

「ピッピ、そういう話じゃないんだ。だが、その、こういう行為は…その、何というか色々と疲れる。」

 

 

 ショックを受けたママン達の中で最も立ち直りの早かったのはルイスママ。

 彼女の頭脳の明晰さと決断の早さには定評がある。

 彼女は私の座るソファの近くまでくると、その隣に腰掛けた。

 

 

「ミニ・ルー…またその話ね。ミニ・ルーは私たちの人生の水平線を照らす、太陽の王子様なのよ?」

 

「…生命を支配する……そんな事をするのは…思い上がりを生むものだ。」

 

「支配なんかじゃないわ!私達は坊やとのより深い絆をめざしているのよ!?」

 

 

 ピッピが一歩進み出て反論する。

 私は面をくらったが、それでもキッパリと彼女達に告げた。

 

 

「これを読んで下さってる皆様もそうは思うまい!」

 

「……そんな…まだ通報されたわけじゃないのに………」

 

 

 ダンケが悲しそうな顔をするが、こちとらそんな顔をする理由がわからない。

 いやいやいや、ヤバいだろ普通に考えて。

 人のことを母胎に押し込んでひり出すってそんなポンポンとやっていいもんじゃないからね?

 

 そんなダンケの言葉を聞いて、ルイスがしんみりとした口調で語り出す。

 

 

「…うん………必ずしも強盗が悪いとは、キリスト様も言わなかったわ」

 

 

 ………おろ?

 あれ?あれ、ちょっと待って、ルイス?

 何か…おかしくない?

 

 

「ヘレナのLive2Dより、ミニ・ルーの回収に漕ぎ出すことが幸せの秩序じゃないかしら?」

 

「ち……秩序?」

 

「セイレーンだって!饅頭達のボートやロケットに合わせて回収中の設計図から余燼が飛び出して来る様は圧巻で、まるで自律戦闘なのよ、それは!私が総天然色のグレイゴーストや艦隊総ディエゴを許さないことくらい、北方連合じゃ常識なんだよッ!!

 

「………………ル、ルイスママ?」

 

「………今こそ春節に向かって凱旋するわ!純欄たる大宝と包子は半仙戯を潜り、友好度を同じくする月餅と桂花陳酒は先鋒を司りなさい!秘伝冷却水を気にするPOWの輩は、ポケット戦艦の進む航路にさながら図鑑となって憚ることはないわ!思い知って!寮舎コインたちの心臓を!さぁ!このイベントこそ内なる嚮導艦が決めた遥かなる開発艦!…進んで!集って!私こそが、指揮官様!うっふふふふふふふ!」

 

 

 ♪胸にエナジー

 ケミカルの泡立ち

 ハイヤーや古タイヤや

 血や肉の通りを行き〜

 

 

 

 直後に全速力で駆け出し始めるルイスとそれを全速力で追いかけるベル

 ルイスがぶっ壊れた理由は一つしか見当たらない。

 私が彼女のお腹の中に入ることを拒絶したからであろう。

 その結果彼女は"アレがリバティー、ユートピアのパロディー"になってしまったのだ。

 …………マジかよ、発狂しそうなのはこっちの方なんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、ミニ・ルー。取り乱してしまったわ。」

 

「ううううん、良いんだけどね、ルイスママン。…そこまでショック受けるような要求だったかな?」

 

「受けるような内容だったわよ!何を言ってるの、Mon chou!?」

 

 

 アレ待って、ダンケの言いようからしてひょっとして私の信ずる常識の方がおかしいのか?

 いやそんなわけはなかろう。

 あのさ、君たちどうやってるのかは知らないけど、既に成人を(2度も)迎えた男を母体の中にテレポーテーションさせるって道義的な問題ありまくりだからね?

 羊のクローン(ドリー)レベルで倫理観に問題があると思ってるのはひょっとしてこの中で私だけだったりするのかな?

 するっぽいね、でも私は改めないし改めるべきじゃないと思うんだ。

 ただしこの理屈はもう既に彼女達に通用するレベルを超えてなさそうなので、別の切り口からも攻め込んでみる。

 

 

「なあ…あの………皆んな、少し落ち着いてほしい。私自身もキツいものはあるんだが…その……マッマ達だってキツいでしょう、こんなコト毎日やってたら。」

 

「いいえ」

 

「まったく」

 

「ミニのためなら何度だってできるわ♪」

 

「ご主人様…やはりお疲れのようですね。」

 

「1人で溜め込むのは良くないわ。」

 

 

 何で君たちこういう時だけ全会一致なの?

 明らかにキツいでしょうよ。

 そこは認めましょうよ。

 貴女方の神聖なるその母胎が包み込むには、成人男性はあまりに荷が重いのは明らかでしょうよ。

 

 

「でも…そうね、坊やが肉体的にキツいのなら、私たちも考えないといけないわ。」

 

 

 ティルピッピが少しだけ目を充血させて鼻声でそう言った。

 精神的にツラいのは気合いでどうにかさせて肉体的にキツいのは少々緩めてやろうって私は貴女様のペットか何かでしょうか?

 その譲歩すら涙を禁じ得ないんですか?

 もうちょいすんなりとこの世の法則を受け入れちゃくれませんかね、私はぜひそうして欲しい。

 

 

「致し方ありません。ご主人様を癒すために始めたこの習慣が、ご主人様の肉体的疲労を増してしまうならば改善する必要がございます。」

 

 別に中止しても良いと思うよ、ベルベル。

 

「なら、こうしない?1人ずつ日替わりでピッコリーノをママポーテーションさせるの。」

 

 ママポーテーションって何それ初めて聞いたわ。

 いつのまにそんな慣用句作ってたの、貴女達。

 なんだろう…さも一般常識かのように語るのやめてもらって良いですか?

 

「少し寂しいけど…仕方ないわね」

 

 ダンケママン、それってあなたの感想ですよね?

 私の感想も考慮してください。

 

「そうね。ミニ・ルーのためにも理性的に考えないと。」

 

 こんなのを理性だと思ってるルイスママに驚いたんだよね。

 

「よし!そうと決まれば、まずは私から坊やを母胎で保護するわ!鉄血最新鋭戦艦ティルピッピ☆として当然の権利よね?」

 

「ちょっと!Mon chouにも決める権利があるはずよ!だから次のマッマは私」

 

「どの口で言ってるのかしら、ダンケルク?ミニ・ルーは既にセントルイス級軽巡洋艦の3番艦、ミニ・セントルイスとしての艦歴を始めているのよ!ここはラッキー・ルーが」

 

「皆さま!ご主人様はお疲れのはずです。ここはご主人様の忠実な従者たるベルファストの忠実なる母胎で優雅な羊水ティータイム」

 

「私のことも忘れないでもらえるかしら?サディアを代表するザラの母胎、ピッコリーノもきっと味わいたいはず!」

 

「クッ!坊やを巡るライバルが多すぎるわ!あなた達がいるのも考えものね!…仕方ない、ここは正々堂々勝負しましょう!」

 

 

「「「「「サイッショはグゥウ!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、Mon chou!まずアイリス代表やさやさあまあまダンケママのお腹の中でたっぷりあやしてあげるからね!」

 

「あ、あのさ。ダンケママ?」

 

「なぁに?」

 

「そもそも今日はもうマッマ達全員1人ずつ私を母胎の中に押し込んでる訳じゃんか?」

 

「ええ、そうだけど…きっとMon chouも、私のお腹の中でもう一度あやされて、癒されたいでしょう?」

 

「いや、あの…こういう風に言いたくはないけど、そのために死に物狂いのジャンケンで順番決めたんだし明日からでもウソウソウソウソゴメンゴメンゴメンゴメン泣かないで泣かないで泣かないで…ふはぁ…………わぁい!ダンケママのお腹の中楽しみだなぁ☆」

 

「うっふふふ!嬉しいわ、Mon chou!それじゃあママポーテーション第一日目担当、ダンケマッマの…アイリス式あやしんぐダンケをしっかりと楽しんでちょうだい♪」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恐怖のトリコロール

 

 

 

 

 フランスのどっかの街角

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけばフランスのどっかの街角にいる。

 いや、そもそも導入それで入ってんだからそりゃそうだろうよって話なんだろうが。

 

 アズールレーンの世界だと、フランスはアイリスという名の勢力として描写されていたりする。

 でも私の知る限りここはフランスだ。

 ダンケママならここをアイリスって言うかもしれないし、アズレンのSSなんだからアイリスって書けやと思われるかもしれないが、私はアズレン世界から現代社会に帰ってきたはずである。

 だからここはフランスのはずだ。

 だってほら、トリコロールあるじゃん。

 そこら中トリコロールまみれじゃん。

 ここまでフランス国旗を前に出しておいてフランスじゃねえとは言わせねえ。

 

 まぁ、とにかくフランスだ。

 フランスのどっかの街角の、よくテレビとかで見かける類のカフェテリア。

 その中で私はダンケママと、更にはもう1人のKANSENと向かい合って座っているいやおかしいそんなわけはない!

 

 

 

 

 記憶が正しければ私はダンケママのお腹の中に突っ込まれた。

 例によって、ダンケママがどうやって私をその母胎の中に引き入れたのかという記憶は消去されているが…しかし確実にダンケママのお腹の中にいる確信がある。

 つまりここは私とダンケルクの精神世界。

 そう、言うなれば『MAMARIX(ママリックス)』とでもいうべき場所のはず。

 このママリックスの世界に入り込む方法は二つ。

 ダンケルクとお連れさんになんらかの血縁関係があるか、あるいはお連れさんの方も私と共にダンケルクの胎内にぶちこまれているか。

 

 2人目のKANSENに呆気に取られていると、SDキャラ・ミニダンケルクがトテトテとやってきたが、これがまさしく私がダンケママのお腹の中にいる証拠でもある。

 

 

「……もんしゅう!ごちゅーもんは?」

 

 

 あ〜可愛いなSDダンケちゃん、私はアークロイヤルじゃないし奴のような趣味もないがそれでも可愛らしい。

 なんというか、こう、大きなメニュー表を頑張って運んできてる様がまさに癒しの塊なんだよねところで何このグランドメニュー、ブリタリ●百科事典並の厚さなんだけど。

 SDダンケちゃんから差し出された分厚いグランドメニューを受け取って"飲み物"の項目を開く。

 あまり細かいことは気にせず、コーヒーか何か飲んでとりあえず一息つくか。

 

 

『お飲み物 グランドメニュー

 

 ・お冷

 ・羊水

 ・羊水ブレンドコーヒー

 ・羊水アメリカンコーヒー

 ・羊水ウィーンコーヒー

 ・"カフェ・ダンケルク"バリスタの厳選ブレンド 〜ダンケルク産の研ぎ澄まされた羊水と共に〜

 

 ・羊水紅茶

(ダージリン、アールグレイ、アッサム各種ございます。当店自慢の羊水と共にどうぞ。)

 

 ・"カフェ・ダンケルク"名物『母性のカフェラテ』

 当店バリスタ厳選ブレンドを健やかなる羊水で淹れ、ダンケルク自慢の母n』

 

 

 私は泣いた。

 頭を抱え、次に顔を覆い隠し。

 周囲の目など憚ることなく、ただただ泣き喚いた。

 

 

 なんだこれは。

 これは一体なんなんだ。

 どこか私の理解の追いつかないことが、理解し難い何かが目の前には並べてある。

 これは一体何なんだろう。

 私はどうしてこんなものを見ているんだろう。

 

 突然泣き出した私を心配そうに見ているダンケルクにそのお連れさん、そしてSDダンケちゃん。

 何故心配されないといけないんだ、メニュー表を見たら分かるだろう?

 そんな…そんな、「メニュー表におかしな事でも書いてあったの?」みたいな顔をするんじゃない。

 おかしなことしか書いてないだろ誰がどう見ても!

 

 

 

「………とりあえず…私はカフェラテをお願い。アルジェリーは?」

 

「私は…紅茶をお願いしようかしら。」

 

「すとれーととみるくのどちらになさいますか?」

 

「せっかくだから、ミルクティーを頼んでみるわ。…ダンケルクの指揮官は何か頼まないの?」

 

 

 ダンケルクのお連れさんがそう問いかけてくる。

 あなたもあなたで何かおかしいとは思わないのだろうか?

 しかし私の同じようにメニュー表を開くその表情からは、何ひとつさえ異常を感じ取っていないことが窺い知れる。

 もう嫌だ。

 心の底からそう思うが、しかし喉が渇き始めたのもまた事実。

 致し方あるまい。

 

 

「あの………ダンケちゃん、この"お冷"ってのは冷えた羊水のことかな?」

 

「あっはは!ダンケルクの指揮官は変なこと言うのね!冷えた羊水なんて美味しくないでしょう?」

 

「はい!それはよーすいじゃなくてふつーのおみずです。」

 

「とりあえず、このお冷を頼むよ。」

 

「もしかして……Mon chou…私の羊水は………いや?」

 

「……………ぅぅぅぅぅぅううううううん、そうじゃなくて、何か冷たいものを飲みたくてさ。」

 

「ああ!そうよね、羊水を使うとどうしてもホットになっちゃうから…次はコールドでも美味しく飲めるように改良を加えておくわね、Mon chou!」

 

 

 加えなくて良い。

 世の中には時としてそのままにしておくのもまた一つの選択肢だったりするものがある。

 これはその典型だ。

 そもそもどうしてあなた様はそうまでして私に羊水を飲ませようとなさるのか。

 

 此度の羊水危機は無事に回避され、SDダンケちゃんがトテトテと厨房に戻ってからカフェラテ、ミルクティー、お冷をプレートに乗せて持ってくる。

 私達はそれぞれ自身の頼んだものを取ると、一口飲んでから話し合いが始まった。

 

 

 

「さて、Mon chou。今日はあなたに紹介したい人がいるわ。」

 

「えっとぉぉぉ…アルジェリーさん、だったっけ?」

 

「ええ、そうよ。どうぞよろしくね、Mon poussin。」

 

「こちらこそよろしくオイコラ待て今何つった?

 

「え?…だから…よろしくね、Mon poussin♪」

 

 

 Mon poussin…平たく言えば「可愛いヒヨコちゃん」。

 おフランスのご婦人方がご自身の子供に対して使う愛称だったような…………

 

 ま た か よ。

 

 ナチュラル過ぎないかい、いちいち。

 何だって君達毎回毎回私のマッマだって主張をしなきゃ気が済まないのかなぁ!?

 良いじゃんたまにはマッマ以外の何かになってみるってのも一つの手だと思うよ?

 てかこれ以上マッマ増やしてどうすんのよ!?

 言っとくけど今までマッマ宣言もらったのってピッピ、ルイス、ダンケ、ベル、ザラ、アヴローラ、ポーラ、チャパエフ、プリンツェフ(オイゲン)、それに重桜のヤベェ奴らにユニオンの脳筋戦艦勢その他諸々いるんですよ!

 下手するとその全員から母胎の中に押し込みたいと思われてる可能性があるわけよ!

 こんなん日替わりで五人ローテされるだけで発狂の数歩手前なのにその上で増やすの!?

 しかも母胎の中で増えんの!?

 なんで初対面がダンケの母胎の中なんだよ色々とおかしいだろうが!!!

 

 

 

「あ、どうしてここにアルジェリーがいるのか不思議なのね、Mon chou?」

 

「う、うん」

 

 それ以前に色々と不思議な事が盛り沢山なのだが。

 

「アルジェリーは既にあなたのマッマだから、こうして精神世界を共有できるのよ?そう考えたら不思議じゃないでしょう?」

 

 ………いや、不思議だよ?

 なんでそんな説明で私が「あ〜!なるほど!」って言うと思ってる感MAXな顔できんだよ。

 アルジェリーもアルジェリーで静かに目を瞑ってミルクティー啜ってる場合じゃないからね?

 何でそんな…なんというか名探偵が事件を一件落着させたみたいな態度してるんだい、まだ何も解決してないぜ?

 つーかそれダンケのミルクティー(意味深)って書いてなかったっけ、普通お友達のミルクティー(意味深)一切の躊躇なしに飲めるもんなの!?

 

 ああ、だめだ。色々と疲れる。

 諦めた。

 致し方なかろう。

 どうせここでマッマ増やすんじゃねえとかなんとか喚いたところで

 

「どうしてそんなこと言うの、Mon chou!?…セントルイスの教育が悪かったのね!こうなったら私が産み直してあげるから!」

 

 とか何とか言って母胎に押し込んで放り出すという恐ろしいイベントが始まるだけだろう。

 だからそんなことになる前に負けを認めてしまった方がいいような気がする。

 

 

「まあ…そういうことだから、改めてよろしくね、Mon prussian♪」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

「あっ………もうそろそろ、ここから出ないといけないみたいね。それじゃあ、Mon chou。お外に出ましょう。」

 

 

 

 

 

 

 ブリブリブリブリブチチブシャアアアっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネチョっといた粘液に塗れて、顔を真っ赤にしたアルジェリーマッマの目の前にいる。

 いや、やっぱりおかしいだろ。

 ダンケママのお腹の中に突っ込まれたはずなのに、何がどうやったらアルジェリーの方から飛び出して来れるんだよ。

 色々と頭がおかしくなりそうなので、もうこれ以上は何も言わないことにする。

 

 それにしても………はぁぁぁ………次は羊水コーヒーかな。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。