魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- (フォールティア)
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0. /00 Hass ähnelt der Liebe

──空が、燃えていた。

 

「…………」

 

血の臭い。焼ける鉄の熱と、灼ける空気の痛み。

生々しく石畳を流れる血と臓物の川。

苦悶と生への執着に溢れた断末魔。

街路樹はその葉を赤い焔に変えて自らを燃やし。

硝子は砕け、逃げ惑う者達に死の雨を降らせる。

 

「………………」

 

死に溢れた、生の終着点。これを地獄と呼ばず、何と呼ぶ?

溢れ出す混乱と狂気と憎悪と悲鳴。

老いも若いも、男も女も、すべからく平等に。

焼殺、圧殺、轢殺、絞殺、刺殺、撲殺、斬殺……。

まるでヒトの殺し方の博覧会のような地獄絵図。

 

──茫洋とそれを眺めて己が無力を自覚する。

身を苛む苦痛と、これだけの地獄を起こしてなお止まぬ殺意の奔流が否が応にも自身の『終わり』を宣告する。

 

「…………──」

 

爛れた喉から空気だけが洩れて言葉を成さずに炎に消える。

 

『認めない。こんな不条理は認めない。こんな理不尽は認めない。許さない、赦してなるものか』

 

何の因果も理由も無く、徒に殺され終わる結末など認めるものか。

ここで終わる命なれど、この思い(ノロイ)は永劫消えぬ、消えさせぬ。

遥か天上にて死を笑い、地獄を嗤い、殺戮をワラウ、『悪魔』を睨む。

 

『喩え幾千、幾万の時を経ようとも……貴様の『因果』に『応報』してやる』

 

──それは、死に向かいながら漸く見つけた渇望(ネガイ)だった。

全てに始まりの『因果』があるならば。

全てに等しく『応報』を与えん。

生ならば死を、死ならば生を。

貴様が我らに不条理なる死を与えるならば、次は我らが貴様に死をくれてやる……!!

我らが憎念、何れ貴様を喰い殺す宿怨と知るがいい!!

 

消えかかる命の篝火を燃やし、呪いを声ならぬ叫びで叩き付ける。

そうして最期の力を振り絞り、死への泥寧に沈む最中。

 

 

 

 

 

 

 

「──面白い。ならばその渇望(ユメ)、叶えてみせるがいい」

 

 

 

そんな、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春。それは始まりの季節。

卒業だったり、入学入社だったり。

『表』の町には桜が咲き誇り、穏やかな日差しに照らされているからか通りを歩く人々の顔色はやたらと明るいことだろう。

カラリと晴れた、そんな朝。

それとは対照的に俺の気分は──。

 

「…………最悪だ」

 

ベッドから起き上がった体勢のまま、右手で頭を押さえて溜め息を吐き出す。

クソったれな夢見は今に始まった事じゃないが、今回のは輪を掛けてクソったれだった。

血と憎悪と執念妄念復讐心を鍋に入れてかき混ぜたような悪夢。

醜悪な寝覚めに吐き気を覚えて口に手をやる。

枕元に適当に投げっぱなしだった時計を見れば時刻は朝の6時。

いつもより一時間も早い。

 

「あ~、クソ」

 

二度寝するような気分にもなれず、仕方なくベッドから降りて洗面所で顔を洗う。

と言っても溜めて濾過した雨水だが。

 

ここはミッドチルダの再開発エリア、D4区画。

通称『隔離街』。またの名を掃き溜め。

名前の通り、色んな所からドロップアウトした連中が集まっている魔窟だ。

軍であり、また警察機構である時空管理局の連中ですら、あまりここには寄り付かない。

というのも明らかにヤバい代物とかも扱ってはいるが、それを一切外に出さないからだ。

噂では隔離街の頭目らと何かしらの契約があるらしいが……まあどうでも良いことだ。

 

「さて、今日の依頼はっと」

 

朝食代わりの不味いレーションバーのモサモサとした食感に顔をしかめながら携行端末の投影ディスプレイを開いてメールボックスを確認する。

ここに住んでる人間は大抵二つのカテゴリに分けられる。

つまり、搾取する側か、される側か。

幸い俺にはやたらと頑丈な体とそれなりの力が有るので中途半端なその中間だ。

何となく性に合ってるから文句は無いが。

やってる事は何てことの無い、『掃除屋』だ。

 

「今日はあんまり良いの入ってねぇなぁ」

 

メールボックスをスクロールして眺めて見たが、あるのは安い報酬ばかり。こなせない事も無いが今一モチベーションが上がらない。

しばらくディスプレイを眺めていると不意に新しいメールが入った。

 

「ん……?」

 

さっとメールを開き、中身を確認する。

ほうほう……成る程ねぇ。報酬も悪くない。

ひとしきり内容を見て、俺はこの依頼を受ける事にした。

 

「承認、っと」

 

 

 

──そうして俺は何時ものように気軽に承認のメールを送った。

思えばこれが、俺の未来を決定づける、最後の選択肢だったのかも知れない。

或いは、最初から『そうなることを仕向けられていたか』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、第1世界ミッドチルダ・クラナガン湾岸部。機動六課・輸送車用倉庫。

 

 

「じゃあみんな、準備はいい?」

 

『はい!!』

 

朝焼けに照らされる青空の下、長い茶髪を左サイドテールに纏めた少女の声に威勢の良い返事が返される。

少女の名は高町なのは。ここ機動六課に属する空戦魔導士にして彼女の前に立つ四人の教官も務めている。

 

「それじゃ、今日の任務の最終確認。今回向かうのはミッドチルダの再開発エリア、D4区画。そこの地下に未確認の聖遺物の反応があって、D4のエリア統括者からその調査の依頼を受け、私達が出向く事になった」

 

D4区画、と聞いて四人の少年少女の顔に緊張が走る。

ミッドに居れば誰だって知っている『隔離街』。

ミッドのみならず様々な『星』からドロップアウトしてきたならず者達の巣窟だ。

アングラな品や危険な薬物が横行していると専ら噂の危険地帯。

とは言えそれらが一切表に出ないのは単にエリア統括者の手腕とカリスマによるものらしい。

 

「進入経路はどのように?」

 

自らの緊張を誤魔化すように少年少女の内の一人、ティアナ・ランスターが挙手をして質問した。

 

「進入経路は車輌をつかってD4区画付近まで近付いて、そこから地下鉄の廃駅を使ってD4に進入、目的地までそのまま降りていく感じだね」

 

「じゃあ直接D4に行くわけじゃないんですね、よかったぁ……」

 

なのはの回答にティアナの隣に立つスバル・ナカジマが安堵の息を漏らす。

 

「流石にエリオ君とキャロちゃんが居るからね。それに表立って隔離街を歩いたら余計な火種を生みかねないから」

 

それを聞いた赤髪の少年と桃色の髪の少女が顔を見合せほっと息を吐く。

 

「なのはさんは隔離街に行ったことが?」

 

「一度だけね。私と『フェイト』ちゃん、『はやて』ちゃんの三人でエリア統括の人との顔合わせもかねて任務に。……すごかったよ」

 

続くティアナの質問に苦笑いを浮かべてなのはは出来る限りオブラートに包んで隔離街をそう表現した。

 

思い浮かぶのは市街地であるこちら側と真逆の退廃した、街の体を辛うじて保った灰色のビル群と、薬物中毒者に狂人変人のオンパレード。

血腥い喧騒と悲鳴が常に聞こえる、常人であれば即座に逃げ出すであろうこと間違いなしだ。

下手なスプラッタホラーよりも恐ろしい異常空間。それが隔離街だ。

 

「繰り返すようだけど、そう言うわけでD4区画から直接行くんじゃなくて少し遠回りすることになるから。当然、地下だから暗所での動き方をしっかり思い出しながら任務に当たるように!」

 

『はい!』

 

「うん、それじゃあ時間だし、行こっか!」

 

隊員たちの頼もしい返事になのはは満足げに頷くと彼女を先頭に輸送車へと乗り込む。

そして一同はそれぞれ緊張と不安、期待と興奮を胸に隔離街へと向かうのだった。

 

それが、これから始まる歌劇の始まりとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





──蝮の尾を掴む者を蝮は咬む。穴を掘る者の上に穴は崩れる。壁を崩す者の上に壁は崩れる。木は自分の破滅を以って木を伐る者に復讐する。ささやかなことから重大な破滅が生まれるのである。

─レオナルド・ダ・ヴィンチ─


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/01 Rache gründlich

「よおクレン!依頼かぁ?」

 

「朝から精が出るねぇ?あとでお姉さんが精を出させてあげようか?」

 

支度を終えて依頼で指定された場所へと向かうため路地を歩いていると色んな奴らが声を掛けてくる。

 

「依頼だよ、ダムズ。それとシーナ、余計なお世話だっての」

 

まあ大抵どうでもいい足引きなので適当に返す。

というか下手に構うと面倒事に巻き込まれるのが目に見えてわかってる。

ダムズの方は明らか死んでる奴を引き摺ってるし、シーナの方はほぼ全裸な格好でまわりに男を侍らせてるし。

他には酔ったチンピラ同士が大乱闘、離れた所にあるビルじゃ多分イカレサイエンティストが爆発起こして窓吹き飛ばしてる。

 

ここじゃこんな事は日常だ。

死体が出ない日の方が少ないし、路地裏にはほら、薬物中毒でトチ狂ったバカがいる。

そういうロクデナシの巣窟なのだ。

今日も今日とていつも通りな街の様子に舌打ちが出る。

 

「チッ」

 

依頼された場所へ歩みを進めながら、内心の苛立ちを発散するように頭を掻く。

何と言うべきか……そう、『渇いて』いるのだ。

この街には理不尽や不条理やらに溢れている。

それがこの『隔離街(セカイ)』での当たり前。当然自然の法則。

だがそれが、俺に。『クレン・フォールティア』という人間にとってどうしても納得も許容も出来ない。

だが、今の俺にはそれをどうこう出来るだけの力も、諦めるだけの理性もない。

 

何の意味もなく児戯のように失われる命など認めない。

復讐すら認めない世界など無為無用。

因果には応報を。

 

そんな渇きが、いつも心の奥底で渦巻いて、苛立つ。

それを少しでも癒そうと思って始めたのが『掃除屋』。兼、『復讐代行』。

隔離街を離れるって手もあったのだが、ここで生まれ育った身で、今更表の世界に馴染める自信も、そうするだけの資金も何もかもが足らない。

だからこそこうやって、仕事をこなしながら無謬を僅かに慰めるしか無い。

 

 

 

 

 

「さて、と」

 

ボロボロなビルの森を抜け、廃棄された地下鉄の階段を降りれば、そこはもう光の無い暗闇の世界だ。

着ているコートのポケットから小さなライトを取り出して点けると、地下空間の有り様が露になる。

 

「相っ変わらずひでぇな……」

 

そこかしこに散らばった瓦礫や壊れた武器の類に、白骨死体。

『依頼』でたまに来るが、ここは大体何時もこうだ。

専ら組織間抗争で使われるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

漂う死臭には慣れたものだが、やはりここの空気感は好きにはなれない。

 

「幾つか通路潰れてなきゃいいが……」

 

幸先の悪さに悪態をつきながらも、依頼は依頼なので仕方無く歩みを進める。

時折ある非常灯と手に持ったライトの心許ない灯りで足下を照らして進んでいく。

 

今回の依頼は先日ここであった抗争で出た死体の回収、埋葬。及び遺留品の回収だ。

同時に依頼主の敵対組織、つまり抗争相手側がもしも居たならば亡くなった者達に代わって復讐を果たして欲しいという内容だ。

遺体遺品の回収自体はそう難しくないが、復讐代行の方が少しネックだ。

人数が多かったらそれだけ不利なワケだし。10人程度ならどうにかなるが。

まあ、実際かち合うかどうかは行ってみてからのお楽しみと言うことで。

 

「お、近道生きてるな。ラッキー」

 

古錆びたドアを開けてこれまたボロい階段を降りていく。

この地下鉄の廃道は2階層に分かれていて、当然エレベーターなんてものはないのでこうして階段を使わないといけない。

カツンカツンと冷たい暗闇に音を鳴らして降りていけば、先程と似たような廃道が見えた。

それと共に、上よりも濃い死臭も。

 

「ビンゴか」

 

どうやらここが抗争の現場らしい。

まだ少し燻っている煙と所々に転がった腕やら足やら肉片が抗争の激しさを物語っている。

そうして周囲を見渡していると。

 

──ザッ、ザザッ

 

「…………ッ」

 

視界に妙なノイズが走ったと思えば、次の瞬間、見覚えの無い『記憶』が荒波のように流れる。

 

血の臭い。焼ける鉄の熱と、灼ける空気の痛み。

生々しく石畳を流れる血と臓物の川。

苦悶と生への執着に溢れた断末魔。

街路樹はその葉を赤い焔に変えて自らを燃やし。

硝子は砕け、逃げ惑う者達に死の雨を降らせる。

 

まるで───地獄だ。

 

「ッハァ……!」

 

知らない筈の光景。だが『知っている』と自覚した記憶。

 

「何、だ……今の……?」

 

崩れそうになる身体を瓦礫に手を預けて支えながら、嘔吐感を堪える。

……ああ、そういえば、今朝も似たような夢だった。

だとしたらただのフラッシュバックだろうか?

その割には余りにも…………。

 

「っ……今は依頼が先決だろ」

 

思考の渦に呑まれかけたが、頭を殴って無理矢理引き戻す。

そうだ、今は依頼の最中で、ここはもう危険地帯なのだ

体調不良で不意打ち喰らって死にましたなんて笑い話にもならない。

唾を吐いて、認識を切り替える。

左腕を軽く振って、『相棒』の調子を確かめる。

うん、良好良好。

 

「…………ん」

 

と、そこで丁度気配を感じたのでライトを消して物陰に隠れる。

耳をすませば複数の足音が廃道の中を反響しているのが聞こえた。

距離は……少し離れてるか。数は6か。

足運びからしてすっかり油断しちゃってまぁ……。

ここで立ち去るまで待つのもアリだが、依頼の事もある。

……仕方ない。

 

「行くか」

 

もう既に起こるだろうとわかっている面倒事を思いながら渋々と、俺は足音のする方へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、見つかったか?」

 

暗い地下鉄の廃道の中、鼻に付く死臭に顔をしかめた禿頭の大男が周りにいる手下であろう男達にそう問うた。

 

「いえ……ここらには無いみたいです」

 

「非常通路ん中も見ましたが、死体だらけで武器の類はもう……」

 

「チッ、『ハイエナ』どもに持ってかれたか……?」

 

上がってくる報告に苛立ちを隠そうともせず、禿頭の男は舌を打つ。

彼らが探しているのはここで起きた抗争で味方側が置いていった武器の回収だ。

だが遅かったのか、先に来たであろう武器回収屋……通称『ハイエナ』が持っていったのか、既に使えそうな武器の類は見当たらなかった。

苛立ちが過ぎて、握っていた瓦礫が粉々に砕け散る。

 

「あのクズどもが……しらみ潰しに殺していってやろうか」

 

「クズ具合ならアンタらも大概同じだと思うがね」

 

男が濃密な殺気を溢れ出させ始めた所で、唐突に男を愚弄するような言葉が聞こえた。

それと、何かを引き摺るような音が。

 

「死体漁りもまあクズな行動だとは思うが?それ以前にどーでもいい理由で命の奪い合いしてアンタらも同じだろ」

 

廃道の奥、僅かな明かりの中から影が見える。

 

ジャラリ、ジャラ、ジャラララリ。

 

「まぁ、俺も似たようなモンだから人のことは言えないか」

 

非常灯の灯りに照らされて、真っ黒な外套を纏った男が現れた。

 

ジャラ、ジャラリ、ジャララリ。

 

左腕の袖口から、銀鎖を覗かせて。

 

「誰だ、お前……?」

 

「それよりアンタは、ここで起きた抗争の『勝った側』でいいんだよな?」

 

「何……?」

 

被せるように返された問いに男は一瞬、相手が何の意図を測りかねたが、素直に答えようとして……相手の正体に気付いた。

 

「お前……まさか、『代行』か!」

 

「そういう反応、ってことは『勝った側』か。よしよし、確認が出来て助かったよ」

 

男の狼狽した様子に相手は言葉とは裏腹に、一切喜ぶ素振りも見せない。

この場合の『代行』とは即ち『復讐代行屋』。

そしてこの街でそれに該当する者は一人しか居ない。

 

「クレン・フォールティア……!」

 

「御名答、とでも言えばいいのか?この場合」

 

つまらなそうに肩を竦める相手、クレンに男は部下達に武器を構えさせ、自身も構える。

表の世界ではグレーゾーンの銃型デバイスだ。それもリミッターが外れた殺人仕様。

それが。

 

「撃て!」

 

男の指示で一斉に放たれる。

一発擦っただけで致命傷足りうる魔力弾の弾幕。

普通の人間であればこれで肉片と臓物を撒き散らして絶命するだろう。

だが。この程度では『彼は死ねない』。

 

ジャラララララララ──!

 

巻き起こる煙が微かな光を呑み込んだ暗闇の中から、銀色が疾る。

 

「ギッァ……!?」

 

「なっ……!待て!」

 

蛇を模したチェーンヘッドがその顎で手下の一人の『喉を噛み千切った』。

そのまま首に巻き付くと、男の手を振り切って釣りでもするように煙の中へと手下ごと戻っていく。

 

「────!!」

 

そして、声に鳴らない断末魔が、静止した空間に落ちる。

煙が晴れるとそこには、頭の潰れた死体一つと、無傷のクレンが立っていた。

 

男には意味が解らなかった。

何故常人だったら三回は死んでいる弾幕を受けて死なない?何故ただの鎖一つで手下が死んでいる?

意味不明で、理解不能だ。

だが逃げる事など出来ない。否、逃げられない。

そんなことをしても『アレ』の事だ、直ぐにでも追い付かれて殺されるのがオチだろう。

ならば少しでも高い可能性に賭けるしかない。

混乱する精神で男が出した答えは……戦う事だった。

 

「撃て!撃ちまくれ!」

 

「ハッ、豆鉄砲だな」

 

半ば恐慌状態の手下に活を入れ、再度デバイスによる射撃を行わせるが、まるで当たらない。

銀鎖をワイヤーのように使って天井にぶら下がったと思えば、壁走りに三角跳びと、廃道の狭さを感じさせない縦横無尽の動きで弾の全てを避けていく。

 

「代行として、アンタらには死んでもらう」

 

手下のデバイスを銀鎖で絡め取ったと思えば即座に発砲。

空手になった哀れな手下の頭蓋と胸に風穴が空く。

残り二人。

 

「クソッ、なんで当たらねぇ!!」

 

「そりゃアンタ、俺が居た所狙っても当たるわけねぇだろっと」

 

「ぐぁあっ!」

 

喚く最後の手下の腕に銀鎖が絡みつき、腕の骨を粉々に砕く。

そのまま銀鎖を引っ張り手下を引き寄せると、勢いを乗せた蹴りをがら空きの腹に打ち込む。

吹き飛ばされた手下は壁に派手なクレーターを残し、絶命した。

この間、10秒。

 

「さて、アンタはどうする?」

 

最後の一人となった禿頭の男にクレンが軽い調子で訊いてくる。

……なるほど、復讐代行を自称するだけはある。

膂力も速度も人間離れしている。これで『魔力補助なし』なのだから、悪い冗談にすら思える。

しかしだ、だとしても男もこのままナメられたまま終わる訳にはいかない。

所属する組織の沽券に関わるし、何よりプライドがそれを赦さない。

 

「フン……これが回答だ!」

 

直後、投擲される瓦礫。

速度は先程の魔力弾よりも『速い』。

クレンは飛来するそれに銀鎖をぶつけ、それを粉砕する。

 

「……!」

 

「ォオオ!!」

 

その僅かな隙を縫って男は彼我の距離を詰め、拳を放つ。

 

「チッ」

 

舌打ち一つ。

空いた右腕でクレンはそれを防ぐ。

凡そ人が出していい筈のない衝撃が二人を中心に巻き起こる。

 

「アンタ……『ドランカー』か?ここまで外れてんのは久々に見たぞ」

 

「ハハ、正解だ小僧!」

 

「めんどくせぇな、オイ」

 

男の腹を蹴りつけ距離を離すが、男は堪えた様子も無くニヤついた笑みを浮かべるだけだ。

ドランカーとは詰まるところ、薬物中毒者の事であり、薬の摂り過ぎによって肉体と脳の箍が外れた連中の事を指す蔑称だ。

当然ながら本来外れてはいけないリミッターが外れているので身体能力は常人の比ではない。そこに魔法による身体強化が合わさるのだから手に負えない。

 

「さあ、続けようか?」

 

「は、来いよシャブキチが……!」

 

血にまみれた廃道で、再び衝撃音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「なのはさん、今の音……」

 

「うん、戦闘音だね」

 

同刻、D4区画。地下鉄廃道。

クレンが戦っている場所から二つほど挟んだ廃道を歩いていたなのは達は、遠くから聴こえる戦闘音に各々反応する。

その格好は出る前まで着ていた制服ではなく、戦闘用防護服『バリアジャケット』に変わっており、手にはそれぞれ得物であるデバイスを握っていた。

 

「んー……音の数からして二人、か」

 

冷静に状況を分析したなのは周辺の地図を展開すると、音のする方角と照らし合わせた。

それを覗き込むように見ていたスバルが地図を指差した。

 

「音の方角はこっちですね」

 

「うん、ルートにかち合っちゃうね……うーん、どうしよう」

 

管理局職員としても、一人の『高町なのは』としても、止めに行きたいのは山々なのだが、ここでの戦闘は表とは訳が違う。

肉片やら臓物やらが平気で飛び散る修羅の沙汰なのだ。

それなりの修羅場を潜ってきたなのはですら吐き気を催す程度には地獄めいている。

精神的にまだ未成熟なスバルとティアナ、未だ幼いエリオとキャロに見せるには早すぎると思うのだ。

かといって迂回路を探してみても、その殆どが落盤や崩壊で塞がれてしまっている。

 

(……最悪、認識阻害魔法を使って誤魔化すしかないかな)

 

そう結論付けるとなのははパンッと手を叩いて注意を促す。

 

「みんな聞いて。今聞こえた戦闘音の方向なんだけど、そっちが目的地に向かうルートとかち合います。ホントは避けたい所なんだけど、迂回路は殆ど使えない以上、このままルート通りに進みます」

 

「つまり……戦闘になる可能性も?」

 

「場合によっては。でも出来るだけ避けるよう、私の方で認識阻害魔法を使うから大丈夫。もしもの時は一時離脱を図るよ。みんなもそれでいいかな?」

 

『はい!』

 

「うん、じゃあみんな、周辺の警戒を怠らないように着いてきて」

 

そう締めくくって、なのはを先頭にして音のする方角へと歩き出す。

直進すれば精々30メートル程度の距離を非常通路と階段を使って遠回りに進む。

そして、最後の扉を開けた先に見えた光景は──。

 

「くたばれ、ガキがぁ!!」

 

腹から臓物を溢したまま暴れる禿頭の男と。

 

「おら気張れよドランカー。足がふらついてるぜ?」

 

それを翻弄する黒衣の男だった。

周りには三つの死体と壁や地面に広がった夥しい量の血痕。

 

「───」

 

──はっきり言って、地獄だった。

 




──人は些細な侮辱には仕返ししようとするが、大いなる侮辱にたいしては報復しえないのである。したがって、人に危害を加えるときは、復讐の恐れがないようにやらなければならない。
ニッコロ・マキャヴェッリ


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/02 Ein Stück Erinnerung

話が抜けてるのに今さら気づいた間抜けとは私のことだ……



すいませんでしたm(__)m


「おいおい、ご自慢の拳は飾りか?」

 

「っの、くそが……!」

 

やり合うこと早数分。

相手の禿げ頭の野郎は腹から中身を垂れ流し、身体中は傷だらけ。

対するこっちは精々一張羅の防刃防弾性のコートが汚れた程度だ。

そもそも相手は拳一つで戦い、俺には銀鎖(こいつ)がある。

最初の一発こそ防ぐことになったが、それ以外の攻撃は何一つ当たっていない。

 

「こっちに、来やがれ!!」

 

「態々テメェの得意距離に突っ込むとかアホのやることだろ、シャブキメすぎて知能低下してんのかオッサン」

 

拳をむやみやたらに振り回しながら距離を詰めてくるオッサンをわざとらしくスレスレで避けて、銀鎖で背中の肉を抉る。

何時だったか拾ったこれだが、取り回しも威力も申し分なく、使い続けたらこの通り、今じゃ身体の一部のように使いこなせる。

よろけながらこちらに向き直った男が剥き出しの殺意を向けてくるが、俺にしてみれば慣れたモノで、別段恐怖も感じない。

 

「くたばれ、ガキがぁ!!」

 

「おら気張れよドランカー。足がふらついてるぜ?」

 

「───」

 

「ん?」

 

銀鎖を弄りながら挑発した所で、ふと違和感を感じる。

視界に薄膜一枚を張られたような感じがした。

 

「オオオオァァァァ!!」

 

「やかましい」

 

もうそんな事を知覚する余裕もないのだろう男が絶叫にも似た咆哮を上げて突っ込んでくるのを、そこらにあったコンクリート塊を顔面にぶん投げて黙らせる。

 

何だ?他に誰かが居るのか?

ハイエナの連中か、はたまた流れの浮浪者か。

どうであれ、今ここに居られるのはマズイ。出来ればコンパクトにすませたいが、相手が無駄にタフなせいで攻撃も大振りのが増えている。

下手に巻き込みたくはないが……

 

──ザザッ

 

「ぐッ──!?」

 

また、あのノイズが走る。

 

赤い、紅い、緋い、アカい、世界。

血の川、臓物と肉の山、燃える空、絶叫、慟哭、救いを求める声、諦観の狂笑。

死んでいく、殺されていく。

老いも若いも、男も女も、人もそうでないモノも、有機も無機もなく皆殺される。

 

「ぁぐ──」

 

吐き気がする。

同時に、抑えようの無い怒りも。

 

「くそ、こんな時に──!」

 

見れば男の方は右目が潰れているにも関わらず、真っ直ぐにこちらに向かってくる。

だがお構い無しに最悪な景色は止まることなく流れ続ける。

迎撃の為に銀鎖を振るおうとしても集中が途切れて上手く動かない。

 

死ぬ、殺される。

血が、赤、灼ける空。

貫かれる、斬られる、焼かれる、刺される、溶かされる、潰される、裂かれる、抉られる。

違う、こんなものは違う、これは、人の死に方じゃない!

痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い──!!

 

「が、アアアアアアアアアアアアアアア──ッ!!」

 

振り切れた感情と幻痛がココロを苛み、叫びを上げる。

 

彼我の距離がゼロになり、男が拳を振り上げた。

その時──浮遊感が身体を襲った。

 

「ァ?」

 

ぶつ切りの意識で何とか下を見ると、そこにさっきまであった歪んだレールと砂利で埋め尽くされた地面は無く、代わりに、暗闇があった。

ああ、これは落ちるなと理解した時にはもう遅く、俺と男は足掻くことすら出来ずに足下の暗闇へと落ちていった。

 

その最中、襤褸を纏った男を見たような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのはさん、あの人たち!」

 

スバルの悲鳴にも似た声が廃道に響き渡る。

なのは達が黒衣の男と禿頭の大男が戦う此処に辿り着いてすぐの事である。

血みどろの光景を確認して、即座になのはが認識阻害魔法を展開して周辺の景色を『元の状態』に上書きした所で、それは起きた。

突如として黒衣の男が絶叫したかと思えば地面にヒビが入り、そのまま穴となって二人を呑み込んだのだ。

二人の落ちた先を予想して、なのはは苦い顔になる。

 

「マズイね……レイジングハート、この穴の深さを測れる?」

 

《yes.Master》

 

予想が正しければ彼らの落ちる場所は──。

 

《I agree with 20 meters of depth and the destination.》

 

「やっぱり、か」

 

パートナーであり、武器であるロッド型インテリジェントデバイス、レイジングハートからの回答に納得しながらもままならぬ事態に目を伏せる。

とはいえ、このまま手をこまねいているわけにはいかない。

気持ちを切り換えてなのはは隊員たちへと振り返る。

 

「みんな、さっきの人たちが転落した先が今回の目的地である聖遺物の居場所なの。そこで私たちはこのままこの穴を使って目的地までストレートに行きます。そして転落した二人の救助と聖遺物の回収を同時進行で行います」

 

『了解!!』

 

「まずは降下。状況を確認後、二手に別れて救助と回収。それじゃあ行くよ!」

 

先頭として両足に小さな桜色の魔力翼を展開したなのはが穴の中へ飛び込むと、次いでスバルがインラインスケート型インテリジェントデバイス、マッハキャリバーからウイングロードと呼ばれる足場となる道を穴へと繋ぎ、ティアナと共に螺旋状に展開したその上を駆け降りる。

エリオは体力の低いキャロをお姫様抱っこするとウイングロードに乗り、スバル達の後を追った。

 

《10 meters of rest》

 

「魔力濃度も濃くなってきてる……みんな、気をつけて」

 

『はい!』

 

レイジングハートからの通達と共に肌で魔力の濃さを感じる。

はっきり言って異常だ。なのは自身が経験した中でもこれは『闇の書』に匹敵……いや、並ぶ程だ。

一体、何が眠っているのか。

何より気がかりなのは落ちてしまった二人だ。

迅速に救助しなければ命に関わる。

 

(間に合わせてみせる──!)

 

不安と焦燥、そして決意を胸に、彼女は降下する速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっつつ……あぁ、ちくしょう」

 

どうやら少し気を失っていたらしい。痛む頭に触れながら瞼を開ける。

あの光景はまだ脳裏に流れているが、無理矢理無視して状況を確認する。

上を向けば薄暗くてよく見えないが何人かの人間が降りてくるのがぼんやり見えた。

 

「そこそこ深いとこまで落ちたか」

 

足にのし掛かった瓦礫を退かして立ち上がって埃を払い、少し深く息を吸おうとして……むせた。

 

「ゲホッ、ゴホッ!……なんだこの濃さ」

 

周囲をよく見れば、粒子状に視覚化するほどの魔力が漂っていた。

たまに隔離街で実験失敗した腐れサイエンティストのラボのまわりで見かけたが、ここまでのモノは初めてだ。

息苦しいような、それでいて落ち着くような。

不意に、風の流れる音が聞こえた。

 

「ちっ」

 

ガゴンッ!!

 

咄嗟に銀鎖を巻いた左腕で飛来したレールを弾き飛ばす。

飛来した方向を向くと、やはりあの禿げ頭が居た。

 

「クレン……フォールティアぁぁぁ……」

 

「野郎に、ラブコールされたかないね……ッ」

 

止まない頭痛にしつこいオッサン。

最悪の組み合わせじゃないか……取る依頼間違えただろ、これ。

 

 

 

 

 

 



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/03 Schluss mit Vergeltung

 ガリガリと、精神が磨り減る音が聞こえる。

 

「オォァ!!」

 

「ッ……いい加減、しつこいっての!」

 

 状況は最悪だ。

 濃すぎる魔力濃度の空気に、いまだに網膜を焼く最悪な景色、加えてどういうワケか傷が回復しはじめた禿げ頭。

 多分、周囲の魔力を取り込んで無理矢理再生してるんだろうが、自殺行為も甚だしい。

 濃すぎる魔力はそれだけで毒だ。それをリソースに治癒を掛けようモノなら、それは薬ではなく劇薬に等しい。

 つまるところ、『人では居られなくなる』。

 

「ガァァァァァ!!」

 

「ッぐ……!!」

 

 理性なんてとうに無いだろうに、的確に心臓を狙ってくる拳を両腕を交差させて防ぐ。

 ミシリ、と骨が軋むが知ったことじゃない。

 現実と悪夢の光景が明滅するように入れ替わりを繰り返し、思考は纏まらなくなっていく。

 やがては目に見える景色が曖昧になり、暗闇の底が赤く燃える『国』へと変わった。

 

 痛い、やめて。

 どうして、何故、私たちが何をした。

 生きていただけだ、生きていたかっただけだ。

 それなのに何故?

 何故殺されなきゃいけない?

 

 声がそこらの物言わぬ死体から聞こえる。

 悲嘆と憎悪、疑問と疑念。

 そんなものはこの街で飽きるほど聞いた筈なのに、どうしてこんなにも胸を苛むのか?

 解らない。だが、どうあっても聞き届けなければならない。そんな気がする。

 

「■■■■─!!」

 

 現実離れした光景に混乱した耳に、人でなしの咆哮が聞こえた。

 そうだ、今は……。

 

「ガッ……!?」

 

 殺し合いの最中だった。

 がら空きの腹に入った拳が内臓を潰す痛みに現実へ引き戻される。

 そのまま吹き飛ばされ、壁を幾つか砕き、硬い何かにぶち当たってようやく止まった。

 

「ガフッ……やべえな」

 

 どうやら内臓が幾つか『おじゃん』になったらしい。

 せり上がってくる血の塊を吐き出して苦笑する。

 たった一撃で瀕死まで持っていかれた身体をどうにか起こして正面を見据える。

 案の定、禿げ頭が異常に発達した右腕を構えながらやってくるのが見える。

 

 死にたくない。

 いやだ、死にたくない。

 

 赤い世界から生にすがる声が聞こえる。

 ああ、そうだな。死にたくないな。

 こんな所で死ねはしない。

 そも自分は何のためにここに居る。復讐のためだろう。

 彼らに不当に殺された者達の代行として、その復讐を成すために。

 ならば死ねない。死ぬわけにはいかない。

 

『では、戦うかね?』

 

 当然だ。

 俺は、理不尽を赦せない。不条理を許さない。

 因果には応報を。

 復讐を。ただひたすらに。

 理不尽と不条理を許す世界へ──!!

 

『よろしい。ならば牢獄を抜け、世界へと吼えるがいい。地を這う虎よ』

 

「上等──!」

 

 どこからか聞こえてきた妙な声に笑って返しながら、俺は背後にある『それ』に手を伸ばす。

 漆黒のモノリス。その中心にはさらに暗く、黒い『逆十字』。

『それ』が何なのかはわからない。判らないが解るのだ。

 これは『俺』のモノ。他でもない俺が担うべきモノ。

 ぞぶり、波紋を立てて右腕がモノリスに呑み込まれる。

 知ったことかと肩まで突き入れ、そして……掴んだ。

 

 「|汝は竜の牙をも引き抜くべし。獅子をも足下に踏みにじるべし《Du ziehst auch die Reißzähne des Drachens heraus. Sie müssen auch auf einen Löwen treten》」

 

 自分の知識には無い言語、しかしその意味を理解できる。

 これは、導きの祝言。

 

形成──(Yetzirah)

 

 ──今ここに我が恩讐を吼え立てん。

 

罪火・反逆の十字架(Verbrechen Rebellisch Das Kreuz)

 

 力が満ちる。

 まるで重荷が取れたように身体が軽い。

 視界はクリアに。あの光景はもう、見えない。

 モノリスは既に無く、あるのは身の丈ほどある巨大な灰の焔を纏った黒い十字架。

 

『使える』

 

 理由も理屈も無く、直感でそう感じ取り、十字架を掴んで楯のように構える。

 何となくだが、そうするのがこれには合っている気がしたのだ。

 経たず、禿げ頭の右腕が十字架に炸裂し──

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 禿げ頭の右腕が『弾け飛んだ』。

 いや、正確には灰の焔に十字に引き裂かれ、吹き飛ばされた。

 たまらず男がたたらを踏みながら後退るが、逃がすかよ。

 

「おらぁ!!」

 

「!!!?」

 

 銀鎖を走らせ、男の腹に喰い込ませる。

 肉に食らい付いた確かな感触を感じ取り、そのまま引き寄せる。

 まるで弾かれるように飛んで来る男との相対距離を測りながら、十字架の頂点を前にして構える。

 

 5。

 

 4。

 

 3。

 

 2。

 

 1。

 

「燃えろ、お前の罪によって」

 

 0。男の胸に十字架を打ち込み、そう唱えると、瞬く間に男の身体が灰の焔に燃やされ炭化していく。

 

「オオ、オオオォォォォォォォォ……!!」

 

 命乞いか、はたまた死への恐怖か。

 男はとうに焼け潰れた喉から慟哭のような叫びを上げて消えていった。

 あまりにもあっさりとした幕引き。

 それだけ、こいつの犯してきた罪が重かったのだろう。

 

 ……罪火・反逆の十字架。これは楯であり、杭だ。

 害意を持つ攻撃の一切を防ぎ、その力を灰の焔で相手に返す。

 そして、先程のように打ち込んだ場合は杭として、相手の過去から現在に至るまでに犯した罪をリソースとしてその身を燃やす。

 

「────はぁ」

 

 一体何なのか、これは。

 色々と起きすぎて混乱するあまり溜め息が出る。

 あの光景の意味は?形成とは何だ?あの声は何だった?

 わからないことが多過ぎて思わず天を仰いで見てもあるのはゴツゴツとした岩肌と暗闇だけだった。

 不意に、視界が明滅する。

 

「まずっ……」

 

 肉体的には形成を使った時点で何故か完治していたが、精神的な疲労まではどうやら治せなかったらしい。

 

「──!────っ!」

 

 がくりと崩れる身体が、誰かに支えられる。

 呼び掛けているのだろうか、声が聞こえた気がするが、それを確かめる間もなく、俺の意識は深い闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………眠ってますね」

 

「どうします?なのはさん」

 

「うーん……」

 

 黒衣の青年を抱き抱えたスバルと青年の状態を確認したティアナがなのはにそう訊いてくる。

 彼が相手にしていた禿頭の男は死んだ。目の前の青年が殺した。手に持っていた十字架で。

 隔離街では当たり前の光景だとなのはも知っているが、それでも心に波が立たない訳ではない。

 その十字架だが、今は見当たらない。青年の身体に溶けるようにして消えてしまった。

 あれだけの魔力と力。あれが件の聖遺物と見て間違いないだろう。

 つまり、この青年は──。

 

「聖遺物と融合しちゃってる、よね」

 

 いわんや、彼自身が聖遺物とさえ言える。

 友人に聖遺物所持者は居るものの、さすがに聖遺物そのものとなった人物など知る由もない。

 人か?聖遺物か?どちらとして扱えばいいのかわからない。

 

「キュルルル」

 

「あっ、フリード暴れないで」

 

 と、熟考していると遅れて来たキャロの慌てた声とフリードが暴れる様子を見せていた。

 恐らく、濃すぎる魔力濃度に気が立ってしまったのだろう。

 ……目的の物は既に無い。ならば長居は無用だろう。

 そう断じてなのはは指示を出す。

 

「みんな、一旦輸送車の所まで戻るよ。そこから六課とエリア管轄者にこのことを報告して指示を仰ごう」

 

『了解!』

 

 こちらでもて余してしまう問題な以上、迂闊な現場判断は危険と判断し、なのはは戻る選択を取った。

 

「その子は私が運ぶね?」

 

「はい」

 

 スバルから青年を預かる。

 防刃防弾仕様のコートや銀鎖を除けば見た目相応の重さだ。

 あんな膂力を出せるとはとても思えない。

 その顔を少し眺めたあと、なのはは青年を抱え直すと、来た時と同じように両足に魔力翼を展開し、飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も居なくなった、暗い地下空間。

 無音であるはずのそこに、足音が響く。

 それは地下空間と廃道を繋ぐ穴の下まで来ると止まった。

 

「役者はそろった」

 

『それ』は襤褸を纏った、男だった。

 否、男のようであり、女のようであり、幼子にも老人にも若人にも見える。正確にその姿を判別することが出来ない。

 

「いやはや、これまで最果て故に無用と捨て置いたが、こうもなれば些か面倒だ」

 

 困ったと言わんばかりの言葉、しかしその声音はまるで芝居染みていて、軽薄だ。

 

「しかしこのまま放置するのも癪と言うもの。女神の世界に異物は不要。端役にすらなれぬ者には消えてもらわねばなるまいよ」

 

 微かな風が『それ』の髪を揺らす。

 その瞳は今を見ているようでいて、しかし遠く、ここではない何処かを見ていた。

 

「だが、ただ潰してしまうにはここはあまりに惜しい。ならば端役に押し上げ、舞台の前座程度は務めてもらうとしよう」

 

『それ』は笑う。まるで舞台を整える演出家のように。歌劇を導く指揮者のように。

 

 

「では、今宵の復讐劇(ヴェンデッタ)を始めよう。その筋書きは在り来たりの三文芝居、役者もまた然り。しかしその熱意は素晴らしい、至高と信ずる。──故に、面白くなると約束しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──これより舞台は幕を開ける。

 神座より遠く離れた最果ての外典。

 語られざる、殺意への復讐劇──

 

 

 

 

 

 魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe-

 

 ──始まります。

 




復讐心とは我々に対して、憎しみの感情から害悪を加えた人に対して、同じ憎み返しの心から、害悪を加えるように我々を駆る欲望である。
──バールーフ・デ・スピノザ


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/ 登場人物紹介

プロローグ 登場人物紹介

 

 

・ クレン・フォールティア (18?)

 

赤みがかった黒髪と銀の瞳の、黒い防弾防刃コートを纏った青年。

第1世界ミッドチルダ、再開発エリアD4区画、通称『隔離街』で掃除屋兼復讐代行として日々を過ごしていた青年。

幼少期の記憶が一切無く、物心がついた時には既に隔離街に居た。

 

隔離街に特別な思い入れもなく、むしろその性質に常日頃からフラストレーションを感じているが、街を出ていく資金もなく、仮に出ていけたとしても真っ当な人間としていられないという確信から街に残っている。

 

理不尽や不条理を許容する世界を常に憎んでおり、一方的な暴力や殺人などを許すことが出来ない。自身であれ、他者であれ。

因果があるなら必ず応報を。報われぬ罪などあってはならない。

故にこそ望むのだ、全てに報いのある世界を。

 

性格は口は悪いものの基本的には誰にでも温厚。ただし隔離街での生活が長かったからか人を信用することに慎重になっている。

意外なことに子供には優しく接する。

 

《銀鎖》

クレンが左腕に装備する、蛇を模したチェーンヘッドの鎖。

ある日依頼先で拾ったものをそのまま使っている。

材質が不明で、伸縮自在、持ち主の意思で如何様にも動かせる。

それ以外なにか能力が有るわけでもないので聖遺物とも認定されない半端なマジックアイテム。

 

罪火・反逆の十字架(Verbrechen Rebellisch Das Kreuz)

クレンが地下空間で獲得した聖遺物。

灰色の焔を纏った巨大な黒い十字架。

現時点で判明しているのは、

・楯として使えば相手の力を増幅反射させる

・杭として使えば相手のこれまでの罪をリソースに相手を灰滅させる

という能力。

杭として使う場合の罪には差があり、最大級の罪は殺人。特に一方的な殺害であったならその火力は凄まじく、対象の魂までも焼き尽くす。

 

 

 

 

 

 

高町なのは(19)

 

時空管理局本局武装隊 航空戦技教導隊 戦技教導官、兼 前線フォワード部隊 スターズ分隊隊長 。

 

プレシア・テスタロッサ事件、闇の書事件、■■■■■■事件等、幼少期の魔法との出会いから数多くの事件を解決に導いてきたベテラン魔導師。

 

隔離街の管轄者からの依頼で、聖遺物の回収を教え子達と共に隔離街へと入る。

 

《レイジングハート》

インテリジェントデバイス。なのはの武器であり、良きパートナー。

武装形態は砲戦特化の杖。さらにある武装との合体形態も存在する。

 

 

 

 

 

 

 

???

 

襤褸を纏った男。

暗い青の長髪に矮躯の、一見すると弱々しく見えるが、その存在は只人にどうこう出来るようなモノではない。

迂遠な言い回しと芝居がかった物言いが特徴。

 

舞台を回す『蛇』。

 

 

 

 

 

 

 



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1. /01 Bündnisvereinbarung

「──なるほど、事態はそうなったか」

 

 ほの暗い空間の中、一人の男がそう呟いた。

 その蒼い瞳で何を見るでもなく、ただ虚空を見つめながら。

 あるいは何かを感じ取ったのだろうか。

 

「どうやら『虎』は牢獄を抜けたらしいな」

 

 くつくつと笑いを交えながら切れ長の瞼を細め、雑多に伸びた紺の髪を掻き上げる。

 そこに、もう一つ声が足された。

 

「ではどうするのかな、『観測者(レプチャー)』?」

 

「どうもしないさ、『マクスウェル』。暫くはあれが成熟するのを待つさ」

 

「……さしずめ、蛇の尾を持つ虎、か。相手はどうする?」

 

「シナリオ通り。少々退屈ではあるが、『ドクター』の人形達にやらせるさ」

 

 観測者と呼ばれた男は、マクスウェル、と返した男に変わらぬ笑みを浮かべたまま語らう。

 それは明日の予定を立てる子供のように無邪気であり、それ故に残酷でもあった。

 

「漸く、漸くだ。ああ、待っていろ『神座』とやら。必ずお前"も"殺してやる──」

 

 ほの暗い空間に、声が響く。

 まるで舞台の開演を告げるように──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何処だ、ここ?」

 

 目を覚ました第一声がこれだった。

 染み一つない小綺麗な天井、軋む身体を起こして周りを見ればチリ一つない無機質な部屋に首を傾げる。

 ドラッグで頭の逝った連中よろしく、『ここはどこ?私はだれ?』とでも言いたい気分だ。

 

「確か、あの禿げ頭を殺して……」

 

 そのまま気を失ったんだったか。そういえばあの時、誰かに抱えられたような……

 

「わっかんねぇな……ん?」

 

 頭を掻こうとして、右手に何かが有ることに気付く。

 正確には手のひらだ。目の前に持ってきて見ると、そこには奇妙な痣があった。

 

「十字架、か?」

 

 その形は俺があの時手にした十字架と似たような形をしていて、その中心には小さな文字が刻まれていた。

 

待て、しかして希望せよ(Warten Sie, hoffe es.)……?」

 

「──モンテ・クリスト伯」

 

 不意に、俺じゃない声が聞こえた。

 その方向に目を向けると、そこには焦げ茶色の髪の女が出入口であろうドアの縁に肩を預けて立っていた。

 あの制服……管理局か。

 

「うちの住んでる国では巌窟王とも呼ばれとる、有名な作品やね。うちもよく読んだなぁ」

 

「誰だ、アンタ」

 

 白いロングコートをマントのように肩に掛けて、いかにも偉そうな格好しているこの女。

 まるで隙が無い。下手に動けば即座に捕まるのが目に見える。

 

「ああ、自己紹介がまだやったね。私は八神、八神はやて。時空管理局 本局遺失物管理部 機動六課の課長兼総部隊長をやらせてもらっとる。よろしく」

 

「……クレン・フォールティアだ」

 

 よくわからんが、思った以上にすげえ立ち位置の人間だって事はわかる。

 そしてそれに恥じぬ実力者だって事も。

 隔離街の連中が束になっても敵わないだろうな、これは。

 抑えてはいるんだろうが、それでも肌に感じる魔力の質はこれまで見てきたどんな奴よりも高い。

 ……こりゃ逃げようと思わないほうが良いな。

 

「で?俺はどうしたってこんなところに居るんだ?懇切丁寧にベッドまで用意してくれてよ」

 

「君もわかっとるんとちゃうん?その右手の痣──正確にはその痣の中にある聖遺物について聞きたいことがあるんよ」

 

「聖遺物?」

 

 正直、聖遺物と言われてもピンと来ない。

 そもそもなんだその聖遺物って。『シスター』にも教わってないぞそんな事。

 

「あー、聖遺物って言うんはようするに現代とは隔絶した技術や魔法の総称や。ロストロギアとも呼ばれとる」

 

「ほぉ……つまりそのトンデモマジックアイテムが俺の中にあると」

 

「ある、というより同化やね」

 

「余計にタチ悪ぃじゃねぇか」

 

 いやまあ確かにデバイスなんか目じゃない火力を出してはいたし、あの時何となくわかった十字架の使い方でもかなりえげつないとは思ったが……そこまでのものだったとは。

 

「で、話を戻すけど。何か知っている事、解っている事はある?」

 

「って言われてもな。俺だってあの時は必死だったからな……まあ確信を持って言えることは一つだな」

 

「?」

 

「こいつが生まれた環境はマトモじゃない」

 

 これだけは絶対だ。

 生まれた環境も、込められた思いも。どれを取っても血と怨嗟にまみれてるのは確かだ。

 でなければあんな光景が見える筈もない。

 この世に地獄があるのなら、きっとあんな世界なのだろう。

 

「……何を、見たん?」

 

「さぁな、細かいことは俺にもわからん」

 

 あの光景を言語化したとしても上手く伝わるとも思えないので、適当に肩を竦めて誤魔化す。

 

「……そういうことにしとこか」

 

 バレてら。

 

「それじゃもう一つ。その聖遺物の使い方はわかっとるん?」

 

「ああ、それは──」

 

「はやてちゃん、来たよ~」

 

 答えようとしたところでノック音と共にゆるい声が聞こえた。

 ……今度は何だ?

 

「入って大丈夫よ、なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

「お邪魔するね」

 

「あ、もう起きてたんだ」

 

 八神(暫定的にこう呼ぶことにした)の返事に、明るい茶髪と金髪の女が二人入ってきた。

 ……おいおい、この二人も強いじゃねぇか。何だ?俺の持ってる十字架(コイツ)はそんなに警戒するもんなのか?

 

「まあ聖遺物である以上、警戒するに越したことはないからなぁ」

 

 さらっと読心しやがったコイツ……。

 

「紹介するで、こっちの白い制服の方が高町なのはちゃん。茶色い制服の方がフェイト・T・ハラオウンちゃんや」

 

「高町なのはです、よろしくね?」

 

「フェイト・T・ハラオウンです、よろしく……えっと」

 

「クレン・フォールティアだ」

 

「うん、よろしくね、クレン」

 

「お、おう……」

 

 それぞれと握手を交わし「あれ?ウチとは握手してくれないん?」だから心を読むんじゃねえ!

 ……改めて八神とも握手してから話を再開する。

 

「二人には君の──その十字架の警戒も兼ねて来て貰ったんよ。あとは諸々の確認を一緒にするため。こっちのが重点やね。……それで、十字架の使い方やけど」

 

「さっき言いそびれたが、俺にもよくわからない(・・・・・)

 

 正確にはわかっている。だが全てではない。

 確かにコイツらは管理局の人間である以上、その手の扱いにも長けているだろうが、隔離街で育ってきた身である俺にとってはまだ信用出来ない。

 こればかりは育った環境が環境だから仕方ない。

 あそこじゃ詐欺や裏切りなんて日常茶飯事だったからな……おいそれと人を信用出来なくなる。

 実際、あそこで信用出来たのは『シスター』くらいなもんだったし。

 

「ふむ……それはそれで(・・・・・・)危ういなぁ」

 

「はやてちゃん?」

 

 チッ、やっぱり読まれてるか……。コイツ、かなり"キレ"るな。

 流石にイカれた隔離街の連中よりも頭の回転が速い。伊達に役職付きじゃ無いってことか。

 他の二人は気付いてないみたいだが。

 

「君は、『封印処理』って言葉、知っとる?」

 

「さぁな……だがあんまりよろしくない響きではあるな」

 

「読んで字の如く、扱いの不明な聖遺物を暫定的に凍結処理して、管理方法が確立するまで保管すること」

 

「……脅しか?」

 

「事実や」

 

 八神の言葉をそのまま受け止めるなら、それはつまり、現状聖遺物と同化している俺ごとまとめて凍結されてしまうということだろう。

 しかもいつ管理方法がわかるかわからないときた。下手すりゃ世界が終わるまで。

 その間ずっと氷付けなんて死ぬも同然だ。

 

「少なからず使い方が解ってて、持ち主がコントロール出来るなら話は別やけど?」

 

「……オーケー、わかった。降参だ。性格悪いなアンタ」

 

「最初から素直に答えてくれん君が悪いんよ?」

 

「育ちが悪いもんでね」

 

 悪びれもせずそう答えておく。

 

「え?どういうことなの?」

 

「なのは……」

 

 いやここまで来て分かってないのか高町とやら……。

 

 

 閑話休題。

 

 

「それで使い方だが、ある程度はわかる。だが」

 

「全部ではない、と」

 

 八神の言葉に首肯して、俺はわかっている十字架の能力について話した。

 

「確実にカウンターを起こす盾に」

 

「対象を焼き尽くす杭、か──」

 

「でも罪の重さって何だろう?」

 

 上から八神、ハラオウン、高町の順に言葉が続く。

 仲良いなお前ら。

 

「多分だが、殺人が一番重い罪だろうな。それも一方的なやつなら尚更」

 

 現にあの禿げ頭は跡形も無く消滅したわけだし。

 

「ふむふむ。わかっている能力はそれだけなんやね?」

 

「ああ。これ以上があるかも知れないし、これだけかもしれない。そこはわからないがな」

 

「ふむ…………能力は強力……蓋をする?……いやこの場合は殻に……移動できれば……個人能力は……報告書通りなら……」

 

 なんだ、いきなり八神がぶつくさ言い出したぞ……普通に怖いんだが。

 かと思えばガバッと身を乗り出して来……いや近い近い。

 

「なぁ君!まともな働き口探しとらん!?」

 

「はぁ……?」

 

 いきなり何を言い出すかと思えば、働き口?

 

「え、はやてちゃん、まさか……」

 

「 そ の ま さ か や 」

 

 八神がこうなった理由が解ったのか、高町が訊ねると、八神がドヤ顔した。

 何故だろう、無性に腹立つ。

 

「君、隔離街に戻りたい?」

 

「は?なんでそんな……」

 

「い・い・か・ら!!」

 

「……戻りたくはねぇよ、あんな所。でもこっちでの生き方なんて知らねぇし……」

 

 そもそも俺は殺人者だ。それも自分の無繆を誤魔化すためにやってるようなロクデナシだ。

 正直な話、こっちに馴染めないだろう。

 根本的な倫理観が違いすぎるのだから。

 

「そこはウチらが責任持って教えたる。こっちの倫理観も、生活の仕方も、食い扶持も全部教えるし用意する。かわりに君にはウチで働いてもらいたいんよ」

 

「……………………は?」

 

 言うに事欠いて何言ってんだこいつ?

 管理局に逮捕ならまだわかる。こっちじゃ犯罪者も同然だしな。

 それがどうして管理局で働くなんて頓珍漢なもんが出てくんだ?

 

「いやいやいやいや、待て、待ってくれ。俺に管理局で働けだ?アホか?アホなのか?あるいはお前はバカなのか?」

 

「ひっどい言われよう……」

 

「誰だってそうなる、昔の私だってそうなる」

 

 凹む八神に対し、ハラオウンの方は納得顔でうんうん頷いていた。

 

「はぁ……とにかく、どうしてそうなったのか説明してくれ」

 

 混乱からくる頭痛に頭を押さえながら八神にそう要求する。

 

「簡単にいえば、戦力の拡充が目的やね。現状、ウチらの部署が抱えてる案件が結構シビアなもんで、本部から戦力を補充したいところなんやけど」

 

「管理局自体が人手不足だとでも?」

 

「……恥ずかしながらその通り。理由としてはもう一つあって、こっちのが重要やね」

 

 一旦言葉を切って八神はこちらを真っ直ぐ見据えてから、改めて口を開いた。

 

「君の命を守りたいんよ」

 

「何……?」

 

 いきなり何を言い出すんだ……?

 

「さっきも言った通り、君は聖遺物と同化した状態……つまり君自身が聖遺物と言っても過言じゃない。そうなれば必然的に封印処理になってまう。それを回避するには君をこちらに引き込んで保護観察処分にするか嘱託魔導士にする以外、方法がないんよ」

 

「……理由はわかった。だが、どうして俺にそこまでする?アンタ達とは今日あったばかりだろう?」

 

 普通ならさっさと本部とやらに突き出せばいいし、聖遺物こそあれど、所詮は隔離街のロクデナシの一人なのだから、目にかける必要すら無いだろうに。

 

「直ぐにでも失われそうになる命を、見捨てるなんて出来ないよ」

 

 俺の疑問に答えたのは、高町だった。

 

「アンタは見てただろう?俺は人を殺してる。あの時以前から何人もだ。そんな命を守りたいと?お人好しが過ぎるぞ」

 

「それでも、だよ」

 

「俺が拒否してもか?」

 

「君はまだそうなるのを認めてないでしょ?」

 

「強情だな」

 

「そっちこそ」

 

 睨み合うこと数十秒。

 俺はため息をはいてそれを終わらせた。

 なんというか、この高町という女はかなり芯の強いヤツらしい。

 あんな光景を見ても、当事者たる俺を守ろうだなんて言える辺り、相当なお人好しだ。

 

 ──久しぶりだな、こんな感覚は。

 

 そう思うと同時、悪くないとも思った。

 条件は破格と言えるし、何より──これは勘だが──コイツらは信用出来る。

 

「…………乗った」

 

「え?」

 

「その話に乗るってんだよ」

 

 呆然と間抜け面をさらす八神に左手を差し出す。

 

「右手は見ての通りだからこっちだが。これで契約といこうじゃねぇか」

 

「…………ありがとう」

 

 ぶっきらぼうに出した手を、八神の細い手が握る。

 

「ロクデナシなヤツだが、よろしく頼む」

 

「ウチらがロクデナシから引き上げたるから安心しぃ!」

 

 自嘲混じりの挨拶に、八神は受けて立つと力強い眼差しで笑った。

 

 

 

 

 

 ……コイツらと居れば、きっと俺の渇望(ねがい)は叶う。

 そんな頼りない、でも確かな勘を胸に、俺と八神の契約は成立した。

 

 




──復讐心とは我々に対して、憎しみの感情から害悪を加えた人に対して、同じ憎み返しの心から、害悪を加えるように我々を駆る欲望である。

──バールーフ・デ・スピノザ


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/02 Eindruck

八神はやて──ひいては機動六課との契約から二週間が経った。

その間、俺は八神が用意した戸籍謄本やら住民申請やら、とにかく書類関係に四苦八苦した。

時には八神やハラオウンに教わりながらそれらを書き上げ、無事に届けが承認され、そして今日。

 

「今日から私たちと一緒に戦闘訓練に参加することになった、クレン・フォールティア君です、みんなよろしくね?」

 

『はい!』

 

「いやおい待てコラ高町」

 

どういうわけか戦闘訓練に参加させられていた。

いや百歩譲ってそれはいいとしよう、だがなんで事前に一切の連絡も無かった?

八神が「まあまあ、行けばわかるから」とか誤魔化してた時点で怪しいとは思ってはいたが……。

 

「あれ?はやてちゃんから聞いてなかった?」

 

「一切、何も」

 

「あちゃー、はやてちゃんの悪い癖が出ちゃったかー」

 

「仮にも組織を預かる頭目がそれでいいのか……」

 

多分いたずら目的なんだろうが……俺を勧誘したときのあのカリスマとのギャップが激しい。

 

「んー、本当はクレン君のリハビリも兼ねて軽い運動をしてもらおうかなって思ったんだけど」

 

「全員バリアジャケットとデバイス展開した軽い運動とは」

 

「仮想ビル群を使った障害物レース」

 

「全ッ然軽くねぇ……」

 

おかしい、ここの連中もしかしたら隔離街の連中よりぶっ飛んでんじゃないか……?

 

「どうする?見学だけにしておこうか?」

 

「いや……いい機会だしやるわ」

 

見学を提案してくる高町にそう返して、俺は右手に持った片手剣型のインテリジェントデバイスを眺める。

戦わないで久しいのと、聖遺物と同化した今の身体のスペックを確認するのに高町の言うメニューは最適だろう。

 

「しっかし……管理局のBJってこんなにダサいのな」

 

「ちょ、それ他の部隊の人が聞いたら怒られちゃうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し経って、俺はスターズ、ライトニング分隊の面々と共に仮想空間に展開されたビル群の中に居た。

ルールは簡単、ここからゴールに指定された場所まで設置された障害物を越えるか破壊してゴールするだけ。

言うだけならそう難しいことではないが、確実に設置された障害物が面倒そうなのはわかる。何でかって?

 

「いっちに、さんっし……」

 

「ルートはこっちの方が速い……でもトラップの可能性も……」

 

さっきから真剣に準備してる奴らが隣に居るからさ。

いやなんだコイツらの雰囲気、これ訓練だよな?

確か名前はスバル・ナカジマとティアナ・ランスターだったか。分隊はスターズ分隊。

で、さっきからこっちを見てるのが……

 

「エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ、だったか?」

 

「あ、はい。エリオ・モンディアルです!よろしくお願いします!」

 

「き、キャロ・ル・ルシエです!」

 

「ああいや、そんなにあらたまらなくていい、よろしくな」

 

見たところ二人はまだ子供だ。

だがまあここに居るということは、この二人も何かしら戦う術を持ち合わせているんだろう。

隔離街に子供は居なかった……というか居させなかったので、こうして見るのは久しぶりだ。

 

「こういうの、やったこと有るのか?」

 

丁度良いのでエリオ達に今回の障害物レースについて聞いてみた。

 

「そうですね、何回かあります」

 

「結構難しい感じか」

 

「……やさしい時も、ありますよ?」

 

「…………」

 

エリオ、無理にフォローしなくていいぞ。

見てるこっちが辛くなる。

だがこれで、高町の設定するレースがそこそこ難しいのは分かった。

 

「出来る限りのことは、やってみるかね」

 

【みんな、準備はいい?】

 

並立つビル群を眺めていると、高町から通信が入る。

それと同時に俺たちの前に信号らしきものが投影された。

 

『はい!』

 

「おう」

 

【うん、それじゃあ改めてルールを説明するよ】

 

俺たちの返事を聞いて、高町がルールを話始めた。

 

【今みんなが居る場所をスタート地点として、3ルートに別れて、直線で10キロ離れた場所にあるゴールに向かってもらいます。陸路、空路は問わないけれど、道中にある障害物は必ず破壊するか迂回すること。以上がルールです】

 

「何時も通りね……」

 

「でも今日はクレンさん居るからちょっとは優しくなってたりして」

 

「逆に難易度上げてくるんじゃねぇか、アイツ……あとさん付けは要らねぇよ」

 

「デスヨネー」

 

ナカジマが希望的観測を言うがそれをバッサリ斬る。

単純に普段より人数が増えているのもあるし、障害物レースとは言っても各分隊の連携も見るつもりでもあるんだろう。

そんでもって俺個人のポテンシャルを測るいい機会だしな。

手に持ったデバイスを肩に担ぎ、左腕の銀鎖の調子を見る。

……良好良好。

 

【それじゃみんな、準備はいい?】

 

『はい!』

 

「何時でも」

 

【OK、カウントスタート!】

 

高町からの通信が切れると、投影されていた信号が点滅を始める。

5、4、3、2、1──。

 

「オープンコンバット!!」

 

そしてランスターの掛け声を皮切りに俺達は三方へと散るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レース開始からしばらく。

最初に現れた障害物はガジェットと呼ばれる機械兵器だ。

数は1。

ガジェットにはAMFと呼ばれる特殊なフィールドがあり、並大抵の魔法攻撃は通さず、ガジェット自体の攻撃は非魔法であるため一方的に攻撃が出来るという、魔法根本で出来たこの世界ではインチキみたいな性能の兵器だ。

しかも量産されているらしい。

そして、機動六課がメインで対処している厄介な奴だ。

 

「確か物理で倒すのも苦労するって八神が言ってたな……」

 

レース前に高町から十字架を使うなと言われた以上、今ある武器でどうにかするしかない。

 

「とりあえず、やってみるか」

 

さっきから鬱陶しく楕円形の駆体から伸びた二本の触手をうねらせているガジェットの顔面?カメラ?に銀鎖をぶつける。

が、やはりというか、一応マジックアイテムの銀鎖では少し装甲に傷を付けただけで終わった。

 

「ふぅむ」

 

お返しとばかりに飛んできた光弾を銀鎖で弾きながら考える。

普段人間やら生身のヤツしか相手にしてこなかったから、大体銀鎖で一撃で沈めて来た分、こういう機械系の敵の対処は確立出来ていなかった。

これもいい勉強と思って色々やってみるか。

 

「つっても、後やれんのは──」

 

足に力を込め、一気に加速する。そしてそのまま──。

 

「これだけだよな……!」

 

右手の剣を叩きつけた。

当然、これはフィールド貫通とか便利な魔法を付与してない、正真正銘ただの剣型デバイスなのでAMFを破れず、ガジェットに傷すら負わせられない。

 

「……は?」

 

……筈だったんだが。

どういうわけか、目の前には綺麗に真っ二つになったガジェットがあった。

それはもう綺麗に、断面が潰れた跡すらなく。

小さくスパークを出すだけで爆発すらしないガジェットを前に、俺は呆然と立ち尽くす。

 

待て待て、もしかしたら高町がガジェットのAMFを切っていたのかも知れない。

銀鎖で傷付いたのもそれが原因かもしれないしな。

 

【AMFは切ってないよ】

 

「しれっと心読むんじゃねぇ!」

 

訊こうとする前に高町の方からそう言ってきた。

となると何か?単純な膂力だけでガジェットをこんな簡単に斬ったってか?

 

【デバイスにも何も異常は見られないし、多分クレン君本人の力だけでそうなったね】

 

「もし仮にナカジマが同じ事をやったらどうなる?」

 

【普通に弾かれると思う】

 

「マジか……」

 

これが聖遺物の影響ってやつか?元から膂力には自信があったが流石にガジェットみたいな機械装甲を破れた事は無かったし……。

今後は力加減に気を付けねぇとダメかもな……。

 

「高町、次の相手の強さ、少し上げといてくれ。あと数も」

 

【わ、わかった】

 

一体一体ちまちまやったとしても、これじゃテストにもなりゃしないので、難易度を上げることにした。

流石にどっかで限界は来るだろ……?

 

それからは道路一杯にみっちり詰まったガジェットの大群やら、ビル群の各所からスナイプしてくる魔力球(スフィア)だったりを相手に戦って行ったんだが……

 

【なぁにこれ?】

 

「…………俺が聞きたい」

 

全く苦戦することなく撃破して、そのままゴールしてしまった。

 

【一応難易度は最高に設定したんだけど……】

 

「クリア、したな……」

 

当事者たる俺ですらまだ事態をうまく飲み込めていない。

ホントに何なんだこれは?今まで以上に身体が軽い。

膂力は増してるし、視覚や聴覚も向上、さらには直感とも呼べるような感覚の冴え。

聖遺物との同化とは、思った以上に肉体に変化をもたらすらしい。

 

「一応、データは取れたか?」

 

【まあ、うん……】

 

傍らで息を荒げて休んでいるランスター達を見やる。

ランスター達のコース難易度は10段階の4らしい。これは一般的な魔導士でも結構苦戦する難易度だそうな。

対して俺は難易度10……それで無傷かつ全く呼吸が乱れないあたり、自身の異常性がわかる。

 

「あー、高町」

 

【あ、なに?】

 

「とりあえずこっからは見学でいいか?嘱託になる以上、コイツらの動きも知っておきたい」

 

【わかった、それじゃあこっちに戻ってきて。丁度はやてちゃんも来たし一緒に見──】

 

「OK、八神を捕まえとけよ?とりあえずデコピン一発で済ませてやる」

 

こりゃさっさと戻らないとなぁ?

丁度いい、障害物のない単純なスピードも測るついでに走って行くか。

 

【…………、逃げるんだよォ~!】

 

【はやてちゃん、諦めよう?あと報連相は基本だよ?】

 

【ちょ、なのはちゃん!?バインドは反則やろ!?】

 

「待ってろよ八神ぃ!」

 

【ぴぃ!】

 

通信越しに八神の悲鳴が聞こえたが無視。

さて、俺の速力はどんなもんかな?

脚に力を込め、俺はビルの床を踏み抜いて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、今日1日、彼の様子を見てどう思った?」

 

夜。緊急出動もなく、普通業務を終えた六課の会議室にて、隊長・副隊長含めはやてが最も信を置く面々に、はやてはそう問い掛けた。

その額には真っ白なガーゼが張られていた。締まらない。

 

「んんっ、では私から」

 

若干弛んだ場の空気を咳払いで締め直して、桃色の髪の武人然とした女性、シグナムが自らの所感を話す。

 

「二三、言葉を交わした程度ですが、今の所さして問題は無いかと。倫理観や常識のズレも、高町やテスタロッサの教育で抑えられていると、思います。しかし……」

 

「あの戦闘力か?」

 

言い淀むシグナムにはやてがそう促すと、シグナムは静かに首肯した。

 

「はい。彼のあの膂力は剣士と自負する私から見ても異常と言う他ありません。シミュレーションとはいえ、ガジェットを魔力強化無しであのように切り捨てるのは私でも難しいでしょう」

 

「身体能力もそうだけど、アイツの戦い方もだいぶイカれてるよな」

 

シグナムの言葉をついで、その隣に座る赤髪の小柄な少女、ヴィータが苦笑した。

 

「大抵のやつは動きがパターンってか癖みたいなもんがある筈なのに、アイツにはそれが無い。あの銀鎖ってのを初擊に使ったと思えば次はいきなり斬りかかったり……ありゃ相手にすんのが一番面倒なタイプだな」

 

「隔離街での生活が、そうさせたのかも……」

 

ヴィータの言葉に、なのはは小さく呟いた。

復讐代行。無聊を癒すための人殺し。

その無聊とは何なのかはまだ分からない。だが、きっとヴィータの言う戦い方の異常性は、人殺しのために磨かれてしまったセンスなのだろう。

 

「ふむ……まあ戦闘力に関してはそもウチがそれを見込んでスカウトした以上、受け入れんとな。医者としてシャマルはどう思う?」

 

「うーん、そうねぇ……」

 

はやての質問を受け、淡い金髪の、穏やかな風貌の女性が答えた。

 

「はやてちゃんに言われて精密検査をしてみたけど、はっきり言って彼、人間辞めちゃってる感じよ」

 

「……どういう意味や?」

 

「握力速力筋力、各種臓器、肺活量その他諸々。リンカーコアと純粋魔力量。どれを取っても人間の範疇を越えてる。特に肉体の頑強さはおかしいなんてモノじゃない」

 

「具体的には?」

 

「理論上の話だけど、なのはちゃんのディバインバスター以下の攻撃は彼の生身の身体に傷一つ付けられない」

 

魔導士の常識を真っ向から潰すその言葉に、場に居た全員がざわつく。

なのはの使う直射型砲撃魔法、ディバインバスターは凄まじい火力と貫通力を持つ魔法で、大抵の魔導士ではこの火力を出すのは難しい。

つまる所、一般魔導士ではクレンを倒すことはほぼ不可能に等しい。

 

「さ、さすがに冗談だよなシャマル?」

 

「こんな事で冗談言わないわよヴィータちゃん、さらに凄いことにこれでまだ伸び代がありそうなのよ」

 

「……つまり?」

 

「まだ強くなるし硬くなる」

 

「……なるほど、人間辞めちゃってるわ」

 

ヴィータは思わず天井を仰ぎ、シグナムは何故か楽しそうにし、はやては──

 

「ま、大丈夫やろ」

 

特別、変わったことは無かった。

 

「教育はなのはちゃんとフェイトちゃんがやってくれとるし、戦技教育はヴィータとシグナムが。日常生活のサポートはシャマルとザフィーラが。ウチがいっちばん信頼出来る人達がついとるんやから、大丈夫や」

 

「はやてちゃん……」

 

「それにな?きっと彼、そんなに悪い人とは思えんのよ。あんな所に居たのに、エリオ君やキャロちゃんに気を回してたり出来るんやから。ちょっと、信じてみたいんよ」

 

だからみんな、頼まれてくれへんか?

そう最後に付け足してはやてが笑うと、その場に居た全員が笑顔で頷いた。

 

そうして会議は回りに回って、結局クレンに関しては要経過観察と、無難な所に着地して終わった。

 

「──形成(Yetzirah)、か」

 

皆を帰し、一人残ったはやてがポツリと呟く。

その言葉……Yetzirahという綴りをはやては自らの知識として知っていた。

Assiah、Yetzirah、Briah、Atziluth。

カバラにおけるセフィロトの樹の四層にして人が神の叡智へと至るための標。

なのはが聞いた彼の言ったワードはその内の二つ目。

 

(つまりAssiahには既になっていた……そしてYetzirah。恐らく、いや確実にあと二段階、あの聖遺物は進化する)

 

もし仮に自分の仮説通りだとしたら、最後に彼は……。

そこまで考えてはやては頭を振って不安感を払う。

 

「今から考えてもしゃあない、先の事よりまずは今や」

 

未だに謎の多い聖遺物とその持ち主たるクレン。

まずはその持ち主をどうにかしないといけない。主に経済面で。

 

「クロノ君に上げる資料もまとめんと。あー、忙し忙しい~」

 

気持ちを切り替えるように明るく独り言を少し大きく言って椅子から立ち上がると、はやては身体を伸ばして部屋から出ていった。

 

 

未来への微かな不安と、希望を抱いて。

 

 

 



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/03 Eisschuhbesitzer

皆様明けましておめでとうございます。本年もまた、よろしくお願いいたしますm(__)m


「専用デバイスぅ?」

 

「うん、専用デバイス」

 

俺のトンデモ肉体パフォーマンス露見から3日、最近よく絡んでくるヴァイスとグリフィスの二人と朝飯を食っていると(ここの食堂の飯はマジで美味い、マジで)、高町がそんなことを言ってきた。

 

「……普通、嘱託のやつにそこまでするか?」

 

「だって君普通じゃないし」

 

「…………」

 

野郎、ストレートに人が気にしてる事を……!

 

「まあ、こいつぶっ飛んでんのは確かだわな」

 

「るっせぇぞヴァイス、またデコピンしてやろうか?」

 

「おいおい、冗談だっ……ってぇ!?」

 

とか言いながら笑うヴァイスの右手にすばやくかつ力加減をしたデコピンを打ち込んでやってから高町に向き直る。

 

「あー、そりゃ俺の聖遺物(これ)が理由か」

 

「そんな感じかな。今のままだと実際に任務に出すにも支障が出るし、対外的にも持っておいた方がいいからね」

 

「ふーん……」

 

確かに、デバイス無しBJ無し、そんでもって聖遺物丸出しで戦っちゃ他の所にいらねぇ火種を蒔くことになるか。

それは確かに八神からしても歓迎したくない事態だろうな。

こっちとしても、あるに越したことはないので、ありがたく頂戴するとしよう。

 

「ま、そういうことなら。で、今日は俺はどうすればいい?」

 

「今日はデバイスとのフィッティングかな、シグナムさんが練習相手になるって言ってた」

 

「あれ?デバイスってもう出来てるんですか?」

 

予定を聞いていると、隣で茶を飲んでいたグリフィスが高町にそう訊ねた。

確かにおかしいな……専用デバイスってそんな簡単に出来るモンじゃない筈。

ようやく痛みから復帰したヴァイスもそこが引っ掛かっているらしく、疑問の目を高町に向けていた。

 

「んー、それは見てのお楽しみってことで。時間は何時も通りだから、よろしくね」

 

「あ、ああ」

 

……なんかはぐらかされた気がするが、まあいいか。

そそくさと去っていった高町の背を見送って、俺達は食事を再開……

 

「やっべぇ、そろそろ時間じゃねぇか!」

 

「では、僕はお先に失礼します」

 

「グリフィスてめ、って速っ」

 

「んじゃ俺も。あー忙しい忙しい」

 

「お前もかよ!?」

 

ゆっくり飯食ってたお前が悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、こうして直接話すのは3日ぶりか」

 

「そうだな」

 

「ふ、そう警戒するな。別に取って食ったりはしないさ」

 

時間と場所を移して、只今シミュレーター演習場。

並び立つビルの樹海で俺は桃色の髪を後ろに纏めた(ポニーテール?だったか)女─シグナム─と相対していた。

既に相手はBJを展開しているが、こっちはそれすらない全くの無手だ。

 

「さて、今日はお前のデバイスのフィッティングに付き合うことになっている訳だが……シャーリー」

 

「はい!」

 

シグナムの傍らに居た、シャーリーと呼ばれた眼鏡女子がアタッシュケースを持って俺の前にやってきた。

 

「シャーリーとはもう会っていたか?」

 

「ああ、この前根掘り葉掘り聞かれたよ……」

 

「いやぁ、あんな肉体パフォーマンス見せつけられたらつい~」

 

つい、の領域軽く越えてたぞ……。

四時間も質問責めとか最早拷問だからな?

本名、シャリオ・フィニーノ。機動六課の自称『メカニックデザイナー』。

自称の通り、デバイスの設計から調節、その他機械関係のエキスパート……らしい。

 

「それで?その中身が俺のデバイスってことになるのか?」

 

「その予定、ってとこですね。クレン君の身体能力に理論上耐えられる(・・・・・・・・)、現状の管理局が持つ最硬のデバイスです。クレン君の魔法式もまだわからないので、術式もまっさらな物を持ってきました」

 

仰々しい謳い文句と共に、シャーリーがアタッシュケースを開けると、中には四辺に銀の装飾が施された真っ黒なキューブが納められていた。

 

「これが……」

 

手に持ってみるとズシリとくる重さがあり、そして……俺の十字架ほどでは無いが、何か執念のようなものを感じる。

 

「試しに展開してみてください。一応形状は調節してあるので多分違和感は少ないと思います」

 

「……分かった」

 

シャーリーが下がったのを確認して、俺はキューブを心臓の辺りまで持ち上げ、告げた。

 

「──セットアップ」

 

《Setup》

 

瞬間、視界が光に包まれたかと思うと、デバイスの展開はあっという間に完了していた。

 

「ふむ、それがお前の……」

 

関心したようなシグナムの声に、俺は自分の姿を眺める。

黒いコートに簡素なインナーアーマーとグローブ。そして目を惹く金属質のブーツ。

何より特徴的なのは……

 

「……十字架?」

 

右手に持った巨大な十字架だ。

十字架と呼ぶにはあまりに無骨なそれは俺の身長よりも大きく、重い。

聖遺物の十字架とはまた違う、無機質なデザイン。

十字架の中央に持ち手があり、その表には赤いデバイスコアが。そこを起点として上下左右に色々(・・)と詰まっているようだ。

重量もかなりあるようで、突き立った衝撃で道路のセメントに小さく罅が入っていた。

 

「かつて管理局のデバイス開発課の研究者数名が作り上げ、ただの一人も使いこなせる人が居なかった最重量かつ最硬にして、単独での領域支配(エリア・ドミナンス)を目的とした複合強襲用デバイス(Multiple.Assault.Device.)──その名も、ヴィーザル」

 

「ヴィーザル、か」

 

日光すら呑み込む、艶のない黒色のそれを見上げ、名を呼ぶ。

 

Vielen Dank, Meister(よろしくお願いします、マスター)

 

重々しい、まるで巌のような声がデバイスから返ってきた。

これはどういう事かとシャーリーを見ると、嬉々として説明を始めた。

 

「元々はストレージデバイスだったんですけど、高度な火気管制が必要ってこともあって自律的にそれが出来るインテリジェントタイプに切り替えたんです!改造に協力してくれたカレトヴルッフ社の方たちには感謝しないとですね!さっきも言った通り元々はタワーシールド型だった形状を十字架型に、各種武装は据え置きなのでご安心を。外装変形機能をオミットして上下左右に武装を積んで、持ち手に回転機構を付けたので状況に応じて上下左右を切り替えて使うようになったんです!癖は強いですけどこれだけでかなりの簡略化ですよ!すごいですよね!!」

 

「あ、ああ、すごい、な?」

 

あまりの早口に9割がた話が理解出来なかった……。

ただまあコイツがかなり扱いづらい代物だってのは分かった。

後は実際に使ってみてからだな。向こうもそれがお望みらしい。

 

「シャーリー、そろそろ良いか?」

 

「積層外殻装甲のスライド機能が──あ、ごめんなさい!大丈夫です!」

 

シグナムの言外のプレッシャーにシャーリーは慌てて話を終わらせるとそそくさと下がっていった。

 

「さて、シャーリーには離れた場所からモニタリングしてもらうとして。準備はいいか?」

 

「……ああ、いつでも」

 

「最初は慣らしだ。デバイスにリミッターも掛かっている。適当に動いてみろ」

 

「分かった」

 

シグナムに言われた通り、いきなり実戦は流石に無理なので、ヴィーザルの感覚を掴む為に色々と動かしてみる。

 

「馴染むな……」

 

しばらく動かした後、素直にそんな言葉が出た。

聖遺物が同じ形だからか、はたまたこの並外れた身体能力故なのかはわからないが、かなり使いやすい。

これなら、あまり慣れていない魔法の行使も出来るかもしれないな。

 

 

「なあシグナム」

 

「なんだ?」

 

「一つ魔法を使ってみたいんだが、構わないか?」

 

「構わないが……そもそも使えたのか?」

 

「使えたっちゃ使えたんだが、俺のはちと特殊でな」

 

シグナムの問いに答えながら、ヴィーザルの持ち手を回転させ、脇に抱えるようにして構える。

丁度、十字架の下の部分に砲口があり、それが発射口になっている。

そのまま背後を振り返り、適当なビルに照準を合わせる。

 

《Kanonenform》

 

「──天駆けよ、我が黒星(こくせい)。焔となりて燃やし尽くせ」

 

自然と口をついて出た呪文がキーとなり、今までろくに使って来なかったリンカーコアが俄にざわめき立つ。

魔力が体内を駆け巡り、外界への干渉を始める。

式を組み上げ、そのイメージをヴィーザルとリンクさせる。

即座にヴィーザルの砲口にミッドともベルカとも似ない独特の魔法陣が浮かび上がる。

それを土台に俺からヴィーザルに流れた魔力が収束を始め、拳大の魔力球を作る。

……よし、いける。

 

《Schwarzer Ritter Speer》

 

「シュート」

 

ヴィーザルの掛け声に合わせ、トリガーを引いた。

 

──轟ッ!!

 

瞬間、魔力球は黒い一本の槍と成り、暴力的な威力を持って標的のビルを撃ち抜き、そのまま他のビルを三つほど破壊して消滅した。

 

「……よし」

 

「いや、よしじゃないが」

 

若干スッキリした感じに晴れやかな気持ちになっているとシグナムにそうツッコまれた。

 

「言ったろ?特殊だって」

 

「特殊にも程があるだろう……何なんだ、あの魔法陣は?ベルカともミッドとも違う、あの妙な式の構成は」

 

「さぁな、俺にもよくわからん」

 

シグナムの詰問に肩を竦めて誤魔化す。

誤魔化す、と言っても俺自身よくわからないのは事実だ。

『シスター』の所で魔法について学んでいた時からこの魔法陣と式だったし、試しにベルカ式とミッド式を使おうとしても魔法陣の構築すら出来なかったのだから。

 

「……全く、とことんイレギュラーだな、お前は。しかし、何故ヴィーザルはそれに対応できたんだ?」

 

【多分、ヴィーザル側でクレン君の術式の組み立て方を解析したからですね】

 

続くシグナムの疑問に答えたのはこちらをモニタリングしているシャーリーだった。

 

【ヴィーザルに使われたインテリジェントタイプのデバイスコアは、元々それに組み込まれる予定だったストレージタイプのハイエンド型コアを弄ったものなので、かなりハイスペックなんです。だからクレン君の魔法式の組み立てを解析して対応出来るようになったのかも】

 

「よくわかんねぇが、つまりコイツはかなり凄いヤツだと」

 

【その通り!】

 

お気に召しましたか?(Hat es dir gefallen?)

 

「最高だ」

 

コイツの性能もそうだが、コイツを調節したシャーリーにも、引き取ってきた八神にも感謝しないとな。

……それだけ期待を掛けられてるって事か。

隔離街では殆ど無かった、こそばゆいような妙な感覚に笑ってしまう。

 

「ははっ」

 

「どうした?」

 

「いや、何でもない……さ、慣らしは十分だ。本番といこうか、シグナム」

 

俺がそう告げると、シグナムは一瞬考える素振りをしてから、腰に佩いていたデバイスを構えた。

 

「……いいだろう。悪いが手加減は出来ん、構わないな」

 

「ああ、むしろそうじゃなきゃ困る」

 

対する俺も久々の魔力を使った戦闘に期待を込めて、ヴィーザルを盾のように前に出し、左腕から銀鎖を垂らす構えを取った。

 

「行くぞ、ヴィーザル。ついてこいよ」

 

了解(jawohl)

 

【ではカウントは私が、いきますよー】

 

前にも見た、信号を模したスターターが投影され、カウントを始める。

『表』に出て来て始めての対人戦だ。力加減、間違えねぇようにしねえとな。

 

「ああ、そうだ。それともう一つ」

 

カウントが残り五秒を切った所でシグナムがぽつりと呟いた。

 

【4】

 

「何だ?」

 

【3】

 

「そちらも、加減はいらん」

 

【2】

 

「は?」

 

【1】

 

「──でなければ、つまらんからな」

 

【スタート!!】

 

カウントが切れる。

 

「──ッ!?」

 

 

瞬間、轟音がビル群に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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/04 Töte und kämpfe

「ちぃっ!」

 

「不意を打ったつもりだが……流石だな」

 

「そいつぁどうも!」

 

スタートの合図とほぼ同時に斬り込んできたシグナムの剣をヴィーザルで防ぐ。

ヴィーザルはやはりシャーリーの言った通りかなり頑強なようで、かなりのスピードで剣を叩き込まれたにも関わらず、びくともしない。

 

「ヴィーザル!」

 

《Abblasen Lüftchen》

 

お返しにとヴィーザルの左右の装甲を開き、そこから覗いた4つの砲口から『そよ風』とは名ばかりの風の弾丸を撃ち出すが、当然のようにシグナムはこれを避け、さらに反撃を繰り出してくる。

ヴィーザルを回り込むように放たれる、横薙ぎの一閃。

だが、

 

「それも読んでんだよなぁ!」

 

「何……っ」

 

即座に俺はヴィーザルの左端から飛び出た円筒型の小型デバイス(・・・・・・・・・・)を掴み、魔力を流してシグナムの剣にぶつける。

 

「魔力剣か……!」

 

「正解、だ!」

 

押し退けるように魔力剣を払い、無理矢理距離を離す。

 

「……まるでビックリ箱のようだな、それは」

 

「違いねぇな、俺もそう思うよ」

 

距離を取ったシグナムの呆れた様子に、俺も頷く。

どうにもヴィーザル(コイツ)の中には今しがた出した魔力剣の他にも色々と機能だったり小型デバイスだったりが積み込んであるらしい。

恐らく、大きすぎる本体の隙をカバーするための物だろう。にしては出力が高い気もするが。

 

「さて、と。次はどうする?」

 

魔力剣をくるくると回しながら、そう言ってシグナムを見やると、何故か剣を鞘に戻した。

 

「近距離戦の次と来たら、中距離だろう?レヴァンティン」

 

《Schlange form》

 

ガシャリ、と鞘に収まった(レヴァンティン)から空薬莢が排出され、再度抜き放たれる。

そのフォルムは大きく変わっていないが、刀身には規則的なラインが出来ていた。

 

「では行くぞ」

 

シグナムがそう告げて、レヴァンティンを振るう。

ただの剣なら当たる筈のない距離。

だが、それを覆すようにレヴァンティンの刀身が伸びた。

 

《Verteidigung》

 

「マジかよ!?」

 

ヴィーザルが自動で発動した防御膜に食らいつくようにレヴァンティンの刃がギャリギャリと火花を散らす。

刀身が伸びる剣とかなんだそれ?アリかよ!?

 

「ふむ、やはり防がれるか。まあ、破ればいいか」

 

「こいつもしかしなくても脳筋か……?」

 

攻撃を防がれてるのにむしろ楽しそうにしてるあたりバトルジャンキーか?

と、そうこうしてる内に防御膜に罅が入り出す。

まずいな……動きたいのは山々だが、シグナムの奴、攻撃を多方向から撃ってきやがる。銀鎖を使おうにも、端から弾かれてしまって意味がない。

ここら辺はやはり経験の差か。

 

こと『殺し合い』という観念で言えば、俺の経験は異常とも言えるだろう。

しかし、シグナム達のような『戦う』という経験が俺にはない。

単なる殺し合いならその果ては必ずどちらかの死が有る。そこには誇りやら敬意何てものはない、獣染みた本能しかない。

だが、戦いにはそれらが有って、戦いの終わりには死以外の結末がある。

詰まるところ、『殺さず、倒す』という経験、戦闘は相手の方が圧倒的に上なのだ。

逆に、今まで殺し合いしかしてこなかった俺はその経験が無い。だからこそ動きにくい。何せ殺してはいけないのだから。

 

殺し合いならばこのまま無理矢理突っ込んでそのまま殴れば…………いや、待てよ?

 

「確か、俺の身体って滅茶苦茶強くなってたよな」

 

そうだ、ならこれ位の攻撃なら耐えられるはずだ。

 

「はっ、そんじゃやってみっか……!」

 

腹を決め、ヴィーザルを盾にして障壁魔法を展開。

銀鎖を巻き戻して両手でグリップを握り締める。

両足に力を込め……弾く。

 

「──ッ!」

 

生み出された加速は常人の反応速度を優に越え、音すら置き去りにする。

俺を止めようと唸る蛇腹剣はすべからく弾かれ、よしんば障壁を抜けても身体には傷一つ付かない(・・・・・・・)

成る程確かに人外だ。

 

衝撃。

 

「……今のは、中々堪えたな」

 

なら、これを涼しい顔して防いだシグナム(コイツ)も相当なイカレだろう。

いつ戻したのか、最初の剣の状態のレヴァンティンとその鞘を十字に構え、俺の突撃を止めていた。

 

「おいおい、今の結構ダメージ期待してたんだが……」

 

「何、衝撃をいなすのは得意なだけさ」

 

「だったら……!」

 

《festhalten》

 

いなす行動を取らせなきゃいい。

発動した拘束魔法が黒い鎖となってシグナムの身体に巻き付き、地面に固定される。

俺は距離を再度取り、ヴィーザルをカノンフォームに変更して、構える。

 

「こいつはどうだ?」

 

魔法陣が砲口に展開され、魔力が収束を始める。

全力、と行きたい所だが、大怪我させては問題になるのは確実なので込める魔力を調整する。

当然ヴィーザルにリミッターは掛かっているだろうが、まあ保険だ。

 

「フッ、確かにこれでは防ぐものも防げんな」

 

と、身体を固定されているにも関わらず、シグナムはそう言って笑いやがった。

コイツ……まだ余裕が有りやがるな。

認識を改め、最大限に警戒をしながら、俺は魔法を放つ。

 

《Schwarzer Ritter Speer》

 

「ぶち抜け──!」

 

闇を凝固させたような漆黒の騎槍が、一直線に空を裂いてシグナムへ突き抜ける。

 

着弾、爆発。

 

派手な煙が上がり、視界を覆う。

それなりに魔力を込めた一撃だ。直撃すれば相当なダメージは見込めるが、相手は相当な手練れ。

故に──

 

「疾─ッ!」

 

「そうなるよな!」

 

──当たっていない前提で考えるのは、当たり前だろう。

再度取り出した魔力剣が、レヴァンティンとぶつかり合う。

甲高い音を鳴らしながら火花が散る。

 

「今度はどういう手品だ?」

 

「何、防げないなら反らせば良いだけだろう?手首まで拘束しなかったお前のミスだ」

 

「……隔離街(アッチ)の連中も大概だったが、アンタの方がブッ飛んでるよ」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

軽口を言い合いながら何度も切り結ぶ。

 

「フッ、久々に熱くなってきたな」

 

「冗談抜かせよ、こちとら必死だっての」

 

もうフィッティングがどうとかはお構いなしにビル群を駆け抜けながら魔法を撃ち、その度にシグナムはそれらを防ぎ、反らす。

逆にシグナムの剣擊を俺は防ぎ、耐え、打ち返す。

こちらは身体スペックでシグナムを越えているが、シグナムはそれを技術でカバーしている。

単調な殺ししかしてこなかった俺とは根底にある経験に天と地ほども差があるのは当然か。

 

「お前に足りていないもの、それは経験だ」

 

袈裟に振るわれるレヴァンティンをヴィーザルで防ぐ。

 

「人を守る。己を守る。殺しとは違う、『戦い』の経験が圧倒的に不足している」

 

返す刀で横薙ぎ。障壁で防ぎつつ銀鎖と魔力剣による同時反撃。

 

「あんな所に居たのだから、ある意味当然だろう。しかし──」

 

切り結ぶ。

 

「もうそれは通用しない」

 

睨み合う。

ここに来て始めて俺はシグナムの眼をハッキリと見た。

強い意志のこもった、力強い眼だ。

 

「お前にはこれから、誰かを、或いは己の命を守る戦い方を学んでもらわなければならない。殺しなぞもっての他だ、そんな事をやらせるものか(・・・・・・・・・・・・)

 

「……ッ」

 

コイツ、もしかして俺の渇きを──。

 

「不本意だろうが、ここに来た以上お前にはそうしてもらう。それが私から言えることだ」

 

主もそれを望んでいるだろうからな。

そう付け足すとシグナムは力を抜いてレヴァンティンを鞘に納めた。

 

「この辺で良いだろう。そろそろシュミレーターも悲鳴を上げそうだしな」

 

【とっくに悲鳴上がってますよもう~!】

 

シグナムが笑うのと、シャーリーから悲鳴まじりの通信が入ったのは同時だった。

 

「お前もそろそろ手加減を続けるのが限界だろう?」

 

「……はぁ、そこも読んでやがったか」

 

ヴィーザルを担ぎ直し、溜息を吐く。

シグナムの言う通り、俺も熱が入り過ぎて手加減が効かなくなっていたのは確かだ。

このまま戦い続ければ全力になりかねない。

それは俺も望んじゃいない。

 

ビル群の景色が徐々に消え、白い基盤を露にしていく。

全体が消えたということは高町らの方も訓練が終わったらしい。

 

【うわぁ、もう何ヵ所か処理追い付かなくてエラー吐いちゃってるし……二人ともやりすぎですよ!最後の方なんかフィッティング通り越してただの模擬戦だったじゃないですかヤダー!】

 

「データもそれなりに取れたろう?」

 

【うぐぐ……そ、それはそうですけど!】

 

【お前らやりすぎだろ……こっちまで戦闘音響いてたぞ】

 

【にゃはは……シャーリー、あとで修理手伝うよ】

 

と、訓練を終えた高町とヴィータ、だったか。が通信に参加した。

画面越しには大分しごかれたのか、埃まみれのナカジマ達と涼しい顔のテスタロッサが見えた。

 

「そちらも終わりか?」

 

【おう、午前の分は終わりだな。こっちは今から飯行くけど、そっちはどうする?】

 

「だそうだが、フォールティアはどうする?」

 

「俺に聞くのかよ……あー、後から行くからパス。少しやることあるしな」

 

誘われるのはありがたい事ではあるが、込み合う時間帯は避けたいので辞退する。

当然といえば当然だが、俺はまだここの連中に警戒されているわけだし。

ヴァイスやグリフィスも、俺が早く溶け込めるように話しかけて来ているんだろうが、まあ隔離街出身な時点でこうなるのは解っていた。

俺としても余計な軋轢を生むのは避けたいので、あまり人が多い場所には近寄りたくないのが実情だ。

 

それに、やること……というか気になることがあるのは本当だ。

ヴィーザルを待機形態に戻し、BJも解除して俺はシグナムに背を向ける。

 

「相手してくれてサンキューな。次は圧しきってやる」

 

「フッ……ああ、楽しみに待っておこう」

 

自分でも柄にもないと思える捨て台詞を吐いて、俺は一足先にシュミレーターから離れた。

シグナムに言われた、『戦い』の意味を反芻しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ほう、では暫くは私が主体となると?」

 

薄暗い洞窟の奥の奥。

黄色がかった照明に照らされた白衣を纏った男は、壁に投影された画面にそう問うた。

 

【そうなるね。"彼"はどうやら僕らに競争してほしいみたいだしね】

 

黒く塗り潰された画面から落ち着いた、それでいて妙な不安感を与える声が響く。

 

「競争、とはまた随分と。私は構わないが、そちらはどうなのかな?マクスウェル」

 

【僕も構わないさ。そういう遊び心は大事だ。それに、条件としてはこちらの方が簡単だ。すでにゴールは目の前だ】

 

「ほう、やはり先輩(・・)とあって手が早い。すでに勝利宣言とは」

 

不気味な金の目を細めて男は笑う。

 

【何、手順の差だよ。自力でやるか、道具を使うか、というだけのね。所詮は僅差さ】

 

言葉は謙遜を。しかしそこはやはり男と同類故か、一種の傲慢さが垣間見えた。

 

【そういうそちらはどうなんだい?"鍵"探しは順調かな?】

 

「はは、ご存知でしょう?貴方も苦労した彼女たちが相手だ、当初より遅延が生じてしまっていますよ」

 

そう言ってもう一つ画面が投影される。

そこに映し出されたのは機動六課の面々だ。

 

【懐かしい顔触れだね……。いやはや全く、時が経ってまたもや彼女たちが障害となるとは】

 

「"彼"のお気に入りもここにいる以上、厄介さは以前の比では無いでしょう。お互いに、ね」

 

【違いない。しかし同時にチャンスでもある】

 

「然り。苦境となるのは確かだ、だが、だからこそ面白い」

 

暗い空間の中、二人の不気味な笑い声が響く。

……それはさながらこれから始まる劇を笑うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【そうとも。やりようは幾らでもある…………そう、最後に笑えれば良いのさ】

 

 

 

 

 

 



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/05 Erster Kampf

ヴィーザルのフィッティングから2日程。

俺達は今、ヴァイスが操縦するヘリに乗ってある場所へ向かっていた。

 

「ほな、ブリーフィングを始めるで?」

 

スターズ、ライトニングの面々が座る中、八神が立ちながら投影された画面を見て説明を始める。

 

「以前話した通り、うちらの追ってる案件……レリックについてなんやけど、ガジェットドローンを使ってそれらを集めようとしている犯人として上がったのがこの画像の人、広域次元手配犯ジェイル・スカリエッティ。今後は彼が犯人だと仮定して捜査を進めてくつもりや。捜査の担当はフェイトちゃん。おねがいな?」

 

「うん、任せて」

 

ジェイル・スカリエッティ、ねぇ……。

画面に映った紫の髪に不気味な黄色の瞳の男を眺める。

隔離街の連中……その中でもとりわけ頭のイカれた科学者と似たような目をしている。

まあ管理局に目を付けられてる時点で相当なヤツなんだろう。

そんな風に考えていると画面が切り替わった。

 

「そんで今日行くとこなんやけど……名前はホテル・アグスタ。目的はそこで行われるオークションの警備や」

 

「オークションの内容は管理局の認可を受けたロストロギアとかも出るから、それをレリックと勘違いしてガジェットが現れる可能性を考えて、今回主催者から私たちに白羽の矢が立ったってわけ」

 

八神の説明に高町が補足を入れる。

なるほど、つまりは護衛か。守りはどうも性に合わないが、仕方ないか。

 

「昨日から先に着いたシグナムとヴィータが施設警備にあたってくれとる。現場の総合指揮はシャマル。前線指揮はその二人が。スターズとライトニングの皆はそれぞれ副隊長の指示に従うようにな?」

 

『はい!』

 

「俺はどうする?」

 

「クレンはホテルの裏手側の警備や。指揮はウチが直接執るから、よろしくな?」

 

「総隊長直々かよ……」

 

そうだろうとは思っていたから、そこまで驚きはしなかったが。

確かに、俺の力……というかポテンシャルは複数人が入り乱れる前線には投入しづらいだろう。

下手すりゃフレンドリーファイヤを連発しかねない。

だったら裏手に回って単独行動のほうがこちらも動きやすい。

 

「クレンの能力上、味方を巻き込みかねへんからなぁ。それに単独のが動きやすいやろ?」

 

「よくご存知で」

 

「ただ状況によっては前線投入も考えられるから、よろしくな」

 

「了解だ」

 

まあ、こいつの指揮がどんなもんか知る良い機会にもなるだろ。

話を終えて、俺は目を瞑る。

到着まであと一時間。少しは眠れるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、こいつはどういうこった?」

 

ホテル到着から暫くして、ロビーに呼ばれた俺を待っていたのは見てからに高そうなドレスを纏った隊長陣三人だった。

 

「ふふん、どや?似合っとるやろ?」

 

代表してか八神がどや顔でそう聞いてくる。

 

「高町とハラオウンは似合ってるな」

 

「ちょっと!?」

 

「「あ、あはは……」」

 

いきなり呼びつけたかと思ったらこれだよ……。

ホントに総隊長かコイツ?……いや、こういう人柄だから出来るのかもな。

 

「んで?態々呼びつけて服の感想だけ聞きたかったのか?本題は?」

 

「…………」

 

「おい」

 

「あはは冗談や冗談!ちゃんと話あるって」

 

「てめぇ……」

 

前言撤回、こいつやっぱ腹立つわ。

若干の苛立ちを何とか抑えて、肩の力を抜く。

意識を切り替えてから再度問い直す。

 

「それで、本題は?」

 

「……一つは念押しや」

 

「はあ……分かってる、全力は出さねぇよ」

 

恐らく聖遺物の影響だろうが、俺の身体には八神たちがしているような能力リミッターが掛からない。

その代わりにヴィーザルにリミッターを掛け、それをボーダーラインとして負荷がかからない程度までしか力を出さない。

それがフィッティングの後に八神から告げられた契約だ。

当然な話だが、聖遺物の解放も厳禁だ。ガジェット相手じゃ過剰火力も甚だしい。

もし解放するなら八神に申請を通さないといけない。面倒ではあるが、リスクを最小限に抑える以上、仕方ない。

 

「もう一つは?」

 

「ん……初任務、がんばってな!」

 

「…………」

 

何を言われるかと思ったら、飛んできたのは激励だった。

久しく聞くことの無かったその言葉に一瞬、息が詰まる。

 

「ちょっと、無言は寂しいなぁ」

 

「あ、あぁ、悪い。言われ慣れてなくてな」

 

動揺した心を落ち着かせて苦笑する。

 

「ほんまに大丈夫?変に緊張しとらん?」

 

「心配しすぎだ……ったく、『シスター』に会ったみたいだ」

 

あの人とは性格も何も違うのに、何故かそう感じてしまう。

銀の髪に、金の瞳、いつも身体中に包帯を巻いた、あの人を。

 

「誰なん?」

 

「……何でもねぇ。そろそろ時間だ、持ち場に戻る」

 

「あ、ちょ──」

 

妙な居心地の悪さを感じて、踵を返す。

これ以上居ると、ボロが出てしまいそうだしな。

 

「仕事はちゃんとやる。任せろ」

 

引き止めの言葉を遮って、振り向かずにそう言って距離を離す。

ああそうだ、言い忘れてた。

 

「ああ、言い忘れてた」

 

「?」

 

「俺は服の事はよく分からねぇけど……それ、似合ってると思うぞ」

 

「んなっ……!」

 

よし、言うもんは言った。さっさと持ち場に行こう。

変な気恥ずかしさ的なアレは無視だ無視。

 

Sind Sie durch irgendeinen Zufall in Verlegenheit?(もしかして恥ずかしいのですか?)

 

「……うっせ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテル・アグスタの裏側。

ここが俺の持ち場だ。万年日陰らしい、湿った空気が頬を撫でる。

目と鼻の先にある柵を越えれば、その向こうには鬱蒼と繁る森と遠くに見える山嶺。

なるほど、たしかに景観の良さはある。

 

「────」

 

そんな風景を眺めながら、銀色のカバーが掛けられた配水管に腰かけて、隠し持っていた煙草をふかす。

背中を預けた給水塔の冷たさが心地いい。

 

Kein Rauchen in der Halle(場内は禁煙ですよ)

 

「一本だけだ。すぐに消す」

 

ヴィーザルからの注意をそう適当に誤魔化して煙を吐く。

漂う紫煙はそよ風に消えて、安物らしい雑な風味だけが口に残る。

作戦自体はすでに開始しているが、今のところ動きが無いためこうして暇を潰している。

当然な話だが、別に何もしていないわけじゃない。

 

「変化無し、か」

 

ジャラジャラと音を立てて銀鎖が巻き戻り、その蛇のようなチェーンヘッドを袖口に引っ込める。

先ほどからこんな感じで魔法を使ってチェーンヘッドに俺の視覚を共有させて周辺を走査している。

まあ反応は無いのだが。

 

「しかしまあ……俺が管理局に属すとはなぁ」

 

再度煙を吐いて空を眺める。

白い雲がちらほら漂うだけの青空が頭上に広がっていた。

隔離街に居たころはただ疎ましいと思っていた光景だが、何故か今は違って見えた。

ただ、それでも。

 

「……消えないか」

 

この胸の……いや、魂の渇きは癒えない。

隔離街の外に出ても変わらず、俺の中の渇きはまるで餓えのように疼いている。

十字架を手に入れて以来、むしろ以前よりも増している。

 

──不条の理を砕け。

 

──理不尽など許さぬ。

 

──報いを。絶対なる報復を。

 

明確な相手の居ない、燃え盛る復讐心。

果たしてそれが俺の心に起因するものか、あるいは──。

 

別の誰かか(・・・・・)

 

Was ist los?(どうかしましたか?)

 

「いや、何でもない」

 

突拍子もないことを考えついて、頭を振ってかき消す。

我ながらおかしな事を思い付く。

 

『この渇望が誰かに植え付けられたモノかもしれない』

 

なんて、幾らなんでも飛躍しすぎだ。

安物の煙草で変な方向に頭が飛んだんじゃないか?

中程まで残っている煙草を握り潰して、深呼吸する。

多少湿気ってはいるが、清涼な空気が喉を通る感覚に意識がすっと切り替わる。

 

「ったく、無い頭を回したって意味ねぇだろうが──っ?」

 

自戒するように愚痴を吐いたところで、俺の耳が『音』を捉えた。

同時に、慌ただしい様子のシャマルから通信が入る。

 

【クレン君、聞こえる?】

 

「ああ、聞こえてる。来たんだろ?ガジェット」

 

【え、ええそうなの。ホテルを全周囲を囲うように──ってどうしてわかったの!?】

 

「どうやら耳もやけに良くなったらしいからな。それで?俺はどうする?」

 

俺を動かすかどうかは八神の管理だ。俺やシャマルの一念で動けない以上、八神にどうするか聞くしかない。

シャマルが一度通信を切ると、今度は八神から通信が入る。

 

【話はシャマルから聞いたよ。完全に囲まれとるみたいやね】

 

「ああ。数もそこそこって所か。やおら五月蝿くなってきたな」

 

【一番数の多いホテル正面はスターズとライトニングが担当。左右側面をザフィーラに任せる。後方は……クレン、やってくれるか?】

 

「──了解(ヤー)。やってやるさ」

 

俺が答えるとヴィーザルがリミッターの解除が完了したと伝えてきた。

 

【正面に比べて少ないとはいえ、それでも相当な数や……気をつけてな】

 

最後にそう言い残して八神からの通信が切れる。

全く、心配性が過ぎるな。

 

「ま、言われた以上、期待には答えないとな。ヴィーザル」

 

Jawohl(了解)

 

バリアジャケット展開。

ヴィーザル、戦闘モード起動。

認識可能領域内で確認できた敵性体数37。

ホテルとの相対距離残り10.1km。

オープンチャンネルになった通信からはシャマルやシグナム達の声が慌ただしく流れている。

どうやら向こうは始まっているようだ。

 

「ま、こっちも騒がしくなるかもな」

 

Gehen wir mit dem ersten(初陣と行きましょう)

 

「フ……だな」

 

俺もヴィーザルもこれが初仕事だ。敵には悪いが俺たちの試金石になって貰うとしようか。

さあて、行くか──!

 

 

 

 

 

「こちらファントム0、クレン・フォールティア。出るぞ!」

 

 

 




復讐の知能、人間が今までに一番頭をはたらかしたのは、この部分である。


──フリードリヒ・ニーチェ


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/06 Bösartige

戦闘開始から三分が経過した。

時折通信から入ってくる情報によれば、前線の方はどうにか持っているようだ。

かく言うこっちはと言えば……

 

「今ので何機目だ?」

 

45 Flugzeuge(45機目です)

 

「ったく、数だけ多いな……」

 

森の中を駆け回ってはガジェットをヴィーザルと銀鎖で破壊する単調な『作業』だ。

ガジェットの防御力では俺の攻撃を防ぎきれないのはもう分かっているので、適当な一撃で簡単に壊せる。

勢い込んで出たはいいが、これじゃ拍子抜けもいい所だ。

踏みつけたガジェットをそのまま踏み潰して辺りを見回す。

ヴィーザルの索敵範囲にも反応は無い。

 

「八神、とりあえず近辺のガジェットは粗方片付いたぞ」

 

【早っ!?ちょいと待ってな。……ふむふむ確かに反応は無いなぁ。したら一度戻っ──警戒──を──】

 

「八神?おいどうし……切れちまった」

 

八神に連絡を取ったはいいがいきなりノイズが流れだし、通信が切れてしまった。

オープンチャンネルでの通信も同じく切れてしまい、無音になっている。

 

「……ジャミングか」

 

この手の類に覚えがあるとしたら、それしか無いだろう。

範囲がどの程度か分からないが、通信が切れる前に八神が言っていたように一度戻るべきか。

 

「どう思う?」

 

Ich fand das gut(それで良いかと)

 

考えをヴィーザルに伝えると肯定が返ってきたので、そのまま飛翔しようとして……止めた。

 

「……出てきたらどうだ。覗き見なんて趣味の悪いことしてないで」

 

「おや、やはりバレてしまっていたかな?」

 

飄々とした返事に振り替えってみれば、そこにはここに来る前に画像で見た男が立っていた。

紫の髪、金の瞳、華奢な体にスーツと白衣。

 

「御初にお目にかかる。私はジェイル・スカリエッティ。君達が追う次元犯罪者さ」

 

そう名乗ったその男はまるで貼り付けたような笑みを浮かべていた。

……ああ、この雰囲気。こいつは……。

 

「アンタ、俺と同じ(・・)か」

 

「ほぉ?既にそこまで理解出来るとは。未だ途上だというのに流石、というべきかな?」

 

愉快だといわんばかりの声音に対して、不躾に送られる視線には一切の温度がない。

人を人として認識していない。生物としてではなく、ただの対象としてしか見ていない。

隔離街の連中にもそういった奴は居たが、今目の前に居るコイツほどじゃない。

コイツのそれは度を越えている。コイツは、何の感慨も持たずに人を殺せる。

俺と同じ……『ロクデナシ』だ。

 

「ご明察の通り。私は君と同じ……いや、近しい存在だ。まぁ、今はそんなことはどうでも良い。今日は君に挨拶をしておこうと思ってね」

 

「挨拶だと?」

 

「そう身構えることはない。ちょっとしたプレゼントさ」

 

パチン、とスカリエッティが指を鳴らす。

すると現れたのは……醜悪な光景だった。

 

「……テメェ」

 

陰気に満ちた森の中、突如として視界を埋め尽くす程の『生きた屍』が俺を囲んだ。

漂う腐臭とうめき声が殊更醜悪さに拍車を掛ける。

眼窩が抉れた者、両腕が千切れた者、臓物を撒き散らした者──死の臭い。

 

「彼らはまあ、私の実験の被験体でね。肉体に様々な強化を施したは良いんだが、ご覧の通り。生者と死者の間なんて半端モノになってしまってねぇ……やはり『適当な町を潰して取ってきたモルモットじゃ無理があった』よ」

 

一閃。衝撃。

 

「おや……?まさか君は、怒っているのかな?」

 

「テメェ……知ってて(・・・・)言ってんだろ」

 

ガリガリ、と魔力剣を受け止めたスカリエッティの右手から音が鳴る。

幾ら非殺傷設定とはいえ、素手で受け止めれば出血程度はするはずなのだが、そんな様子はない。

成る程、近しい存在というのは嘘では無いらしい。

それよりも──。

 

「不条理、理不尽、不当な事やそれを成す人物を憎み殺意を持つ、というのはどうやら本当のようだ」

「っ……何で、知ってやがる」

 

この渇望はまだ誰にも言っていないし悟られてもいない。

例外はシスターだけだ。

 

「ははは、復讐代行なんて尤もらしい事をしていた時点である程度察しは付くさ。あとは少し引っかけてみればこの通り」

 

スカリエッティの右手が緩む。

瞬時に飛び退いて距離を取ってスカリエッティを睨むが、相変わらず貼り付けたような笑顔でこちらを見ている。

まるで新しい実験対象を見つけたように。

ああ、全く以てして、ムカつく。

 

「そう怖い顔をしないで欲しいな。先も言った通り、私は挨拶しに来ただけなのだから」

 

「テメェが来た理由がそれだとしても、こっちがハイそうですかってなるわけねぇだろ」

 

「フフ、それもそうだ。では、捕まってしまう前に退散するとしようか。君の状態も確認できた事だし」

 

「逃がすと思うか?」

 

「ああ……今の君程度に捕まえられるかな?」

 

《Schwarze Kette》

 

言うが早いか、拘束魔法の鎖をスカリエッティの足下から発動させる。

だが、それはまるで虫を払うような手の一振りで粉々に砕けた。

 

「そも、捕まえるなんて生温い感覚で私と相対すなんていうのは甘過ぎると言う他無い。……来るなら殺す気で来てもらわないと」

 

貼り付いた笑みはそのままに。しかしその殺気は隔離街の連中とは比にならない程の鋭さを持っていた。

この野郎、本当に自称科学者か……?

端から見れば華奢に過ぎる体格。とてもじゃないが『殺し合える』ような体つきではない。

そんな俺の疑念に対してスカリエッティは目を細めて答えた。

 

「何も直接武器を取って戦うだけが殺し合いではないよ。君もそれは経験済みだろう?つまり私はその手合いというわけだ」

 

「ああ、成る程。俺の一番嫌いなタイプだ」

 

「お褒めに預り恐悦至極」

 

「チッ」

 

舌打ち一つ、銀鎖を走らせるもその顎は虚しく空を噛む。

スカリエッティの姿は既に無く、その代わりに全てを見下したような声が森に響く。

 

「挨拶も済んだ事だし、今日は退散するとしよう。ああ、そこの出来損ない達は君に差し上げよう。ほんのプレゼントさ。……それと近い内に君たちに『招待状』が届くだろうから、楽しみに待っているといい。では、さようなら、地を這う虎よ」

 

その言葉を最後にスカリエッティの気配が消え失せる。

 

「追跡は?」

 

Unmöglich(不可能です)

 

「まぁ、そうなるか」

 

鋭敏になった俺の五感からもヤツの存在を感じない以上、完全にこの領域から離脱されたと考えるべきだ。置き土産付きで。

支配者たるスカリエッティが居なくなったことで、これまで茫然と立っていただけだった屍者……アンデッド共が一斉に動き出した。

 

【クレン!!】

 

と同時に悲鳴染みた声が脳裏に響いた。

 

「八神か?」

 

【うん。いきなり通信が途絶えたと思ったら、今度は復帰した途端熱源反応がそっちに大量出たってシャマルから連絡があったけど、状況は?】

 

回復した通信から努めて冷静であろうとする八神の声が聞こえる。

 

「色々とあったが……先んじての問題は、アンデッドの大量発生って所だな」

 

【アンデッドやと……?】

 

「ああ。チープな創作みたいな、な。目視出来る範囲でざっと30。そっちで総数は確認できるか?」

 

【………………確認した。総数は100、ガジェット反応は無い。クレンが言ったことが本当なら、それら全てがアンデッドってことになる】

 

「はっ、まるでパニックホラーだな」

 

ヴィーザルを担ぎ直し、俺に向かって駆け出して来たアンデッドの一体にフルスイングして吹き飛ばす。

BJも防御魔法もないただの死体は当然ながら肉片を撒き散らし、首を90度回転させて動かなくなった。

 

「全部対処する。これくらいなら問題はない」

 

【無茶せんといてよ?】

 

「は、抜かせよ。ガジェットよりぬるいさ」

 

言って通信を切ると、手始めに銀鎖を走らせ近くに居た10体を纏めて縛り上げる。

膂力に物言わせてそのまま引き寄せ──。

 

「そらよ」

 

ヴィーザルを振り抜いて頭を潰す。

潰れたトマトのように血と脳漿を撒き散らしてアンデット達は動きを止めた。

あまり気分が良いわけではないが、頭を潰した方が効率が良い。

 

「……チッ、最悪の気分だ」

 

隔離街に居た時も、似たような事は何度もあった。

ただこの手の『弔い』は何時までも慣れない。

……いや、慣れちゃいけないんだろう。

 

「……」

 

遠くに居た5体をヴィーザルの砲撃で撃ち抜く。

 

同時に湧くのはスカリエッティに対する怒りだ。

奴は失敗作と言った。命を愚弄した。無辜の人々の日常を奪いさった。

一方的に、理不尽に。

俺の望みを知った上で、それを刺激するためだけに。

 

Herr?(主?)

 

視界が明滅する。

赤い景色。蹂躙しつくされた市街、雑多に積み上げられた屍の山。

慟哭、狂気、悲鳴、嗚咽、罵声……混沌。

止まらない怨嗟の叫び。

何故だと、どうしてだと、嘆く声が聞こえる。

 

理解する。ああ、これは……。。

 

Herr!!(主!!)

 

「あ?」

 

Es ist vorbei(もう、終わりました)

 

「……」

 

どうやら無意識に身体を動かしていたらしい。

ヴィーザルに呼び戻されて回りを見渡せば、頭の無い死体があたりに転がっていた。

 

「全部か?」

 

Ja(はい)

 

「そうか……」

 

左手で顔を覆う。

あの光景は恐らくアンデット達が生前に見た光景だろう。

それが何を意味するのか、何を伝えたかったのか……だが、これだけは理解できる。

 

「……怖かったよな」

 

感傷なんて柄じゃないが、それでも。

 

「もう、怖がらなくていい」

 

かつてシスターがやっていたように両手を組み合わせ、祈る。

 

「どうか、安らかに」

 

綺麗事だと、自己満足でしかないと分かってはいるが、それではいそうですかと割りきれる程、俺は大人じゃない。

だから──。

 

 

「スカリエッティ、テメェには絶対に報いを受けてもらう」

 

 

そう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……たしかにアンデットね。腐り方が普通と違う」

 

「ああ……」

 

それから暫く経ち、表のガジェットも何とか殲滅し、今は後処理の最中だ。

俺は八神が向かわせて来たシャマルとシグナムと共に遺体を一ヶ所に集め検分をしていた。

これは流石にまだナカジマたちに見せるには早いと判断したらしい。

 

「見分け方ってのがあるのか?」

 

「アンデットって言うのは二種類あってね、一つは死体を無理矢理魔法や科学的な物で動かすものと、生きた状態の人間を薬物や魔法で過剰に強化した結果、肉体と自我が崩壊したものがあるの」

 

「今回のは後者だ。普通の腐り方では無いしな……お前には、嫌な役回りをさせたな」

 

「気にすんな。やれるのが俺しか居なかった、それだけの話だ」

 

遺体を寝かせ、両手があるものは手を鳩尾の上で組ませる。

彼らが居た場所を今八神が調べてくれている。

もし見つかれば遺体を綺麗な状態に戻して帰すのが決まりらしい。

見つからない、或いは拒否されたら管理局の扱いとなり、弔われる。

 

「……フォールティア」

 

「何だ?」

 

「残りはやっておく、お前は一度戻って主に報告してきてくれ」

 

「多分今ならオークションも終わってるから、着替えて外にいるはずよ。お願いね?」

 

「あ、ああ」

 

言うが早いか、シグナムに背中を押され、その場を後にする。

微かな陽射しが射し込む森の中をホテルへ向かって歩いていく。

そこではたと気付く。

 

「気でも遣われたか……」

 

Ich denke schon(そうかと思われます)

 

「ったく、別に問題ねぇってのに」

 

頭を掻いて気まずさを紛らわす。

全く、お人好し過ぎないか。

気遣いなんて何年ぶりだ?シスターが居なくなってからはそんなのとも無縁だったしな……

 

そんな事を考えながら歩くこと十数分。

ホテル・アグスタに到着した。

管理局の制服に付いた埃を適当に払ってから敷地内に入ると、ランスターが一人、建物の影に隠れるようにしてしゃがんでいた。

 

「よお、何してんだ。こんな所で」

 

「っ……!って何だ、アンタか」

 

「悪かったな、俺で」

 

突っ掛かるような言い様だが、ランスターは最初からこんな感じなので今更憤慨するような事もない。

近寄りつつ問い掛ける。

 

「で、何してんだ?」

 

「見回りよ。戦闘は終わったけど、巡視は必要でしょ」

 

「違いない」

 

だったらなんでしゃがんでたんだ、何て言ったらぶっ飛ばされそうなのでシンプルに返事を返す。

すると今度はランスターの方から訊いてきた。

 

「……アンタはどうなのよ」

 

「後処理はシグナムとシャマルがやるってんで、八神に残りの報告してこいってケツ蹴られたんだよ」

 

「なにそれ」

 

「俺が聞きてぇ」

 

アンデットの事は伏せておけとシグナムに言われていたのでそこら辺を飛ばして経緯を説明する。

 

「って言うかアンタ、総隊長の事よく呼び捨てで呼べるわね」

 

「あっちが普段はそれで良いって言ってるから、そうしてるだけだ」

 

「……お気に入りって事、か」

 

「別に、そういうのじゃねぇと思うがな」

 

ランスターがポツリと呟いた言葉につい食い気味にそう言った。

 

「どういう意味よ」

 

「呼び方一つで俺みたいなのを御せるなら安いもんだろ?俺、こんなだし」

 

隣に立って、そこら辺に落ちていた石ころを拾って握り潰す。魔力も何もない、ただの握力だけで。

握力といっても力もろくに入れていない状態でこれだ。

以前とは比較にならない程、聖遺物は俺の体を強化してくれやがったようだ。

 

「ご覧の通りろくでもない力を持った俺を、呼び方を好きにさせる位で言うこと聞かせられるんなら楽だろ。変にそういうので縛って反抗される方が面倒だろうしな。俺としちゃ、そこまで好き勝手するつもりも、反抗する気もないけどな」

 

「……」

 

「そういうこった。まあ、アイツがそこまで考えてるかは解らねぇがな」

 

「なにそれ」

 

「二回目だな」

 

苦笑して、背を預けていた壁から離れる。

そろそろ行かないと報告の遅れに八神が気付きそうだ。

 

「さてと、俺はもう行くわ。遅れると後が怖い」

 

そう言って立ち去ろうとすると、ランスターに呼び止められた。

 

「最後に一つだけ、聞いてもいい?」

 

「何だ?」

 

「…………才能、って何だと思う?」

 

「またぞろアバウトな質問だな……」

 

漠然とした質問に頬を掻く。

才能、ねぇ……。

珍しく不安げな表情のランスターを見て、俺は答えた。

 

「呪い」

 

「え……?」

 

「呪いだよ、一種のな。天才秀才善悪を問わない呪い。期待され、責任を負わされ、嫉妬され、羨望される。目立てば目立つ程それは大きくなる。それが個人に集中して、場合によってはそいつを殺す。その代償に才覚がある。それを是という奴も居れば否という奴も居る。あるいは何とか折り合いをつけて生きる奴だっている」

 

一区切りをつけて息を吸う。

 

「結局の所、才能なんて言葉は人の羨望や妬心が生んだレッテルなんだろうな。誰にだって善かれ悪しかれあるものなのにな」

 

こんな所か。そう締めて俺は肩を竦めた。

 

「大したもんじゃないが、俺が思う才能って言葉はそんなもんだ」

 

「ああ、うん……ありがと。引き留めて悪かったわね」

 

「構わねぇよ、気にすんな。それじゃあな」

 

何故そんな事を訊いたのか。

そう問える雰囲気でも無かったので、俺は物思いに耽るランスターを背にその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、報告遅れの原因は何かな?クレン?」

 

「道草食ってた」

 

「アホかーっ!!」

 

結局、報告には遅れ八神から熱い説教(オハナシ)を聞く羽目になったのは言うまでもない。




悪意というものは、他人の苦痛自体を目的とするものではなく、われわれ自身の享楽を目的とする。

──フリードリヒ・ニーチェ


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/07 Aber ich

「アンデットにスカリエッティ本人からの接触、かあ……」

 

「アンデット……いえ、遺体の胴体にもスカリエッティの名が印字されていましたので彼の言っていた事は確かかと」

 

「早い段階で犯人が確定したのを喜ぶべきか、はたまたキナ臭くなったのを悲しむべきか……」

 

午前の日差しが差し込む部隊長室ではやては額を抑えて天井を仰ぐ。

それを見てグリフィスは滲み出る彼女の苦労を推し量り同情の念を抱いた。

 

ホテル・アグスタ防衛戦から一日が経った。

後処理も一段落着き、六課はいつもの穏やかさに戻っていた。

しかしそれは表の事。裏では防衛戦でクレンが接触したという本件の首謀者と疑われているジェイル・スカリエッティの調査で持ちきりだ。

ここに来て本人自らが接触、しかもクレンの報告によれば彼と同じ、或いは類似する力を持っていると言うではないか。

そんなこんなでスカリエッティの経歴や現在の行方の調査が諜報部で忙しなく行われている。

 

「リイン、諜報部からの報告は?」

 

「まだ上がって来てないです。ただ代わりに一言だけ」

 

「ん?」

 

「支援者が居るのは確実、だそうです」

 

「せやろなぁ」

 

ホテル・アグスタに出現したガジェットの総数は90。

大半はクレンが撃破したようなモノだが、それにしても個人で用意するには些か多すぎる。

AMFや程度こそ低いが自立型のAIを搭載した機体をまるで湯水のように湧かせてみせたということは、それをして余りある資金があるからこそ。

支援者が居ると考えて当然だ。

 

「引き続き調査をするよう伝えといて」

 

「はいです!」

 

「では、僕はこれからミーティングがあるのでこれで」

 

「ん、よろしくな」

 

グリフィスが部隊長室を去り、リインが端末に集中し始めた所ではやては小さく息を吐く。

事態が発展したかと思えば、出て来たのは新たな謎。

さらに言えばクレンと同じ、『聖遺物』使いかもしれないとなれば頭痛もすると言うもの。

溜め息の一つくらいは許して欲しい。

 

そう思いながらはやては振り返って窓を見やる。

窓の外はいっそ小憎たらしいほど晴れた晴天だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ランスターの様子がおかしい?」

 

「いや、おかしいって程じゃないんだがな……」

 

ホテル・アグスタ防衛戦の翌日、午前の訓練前に寄ったヘリの駐機場で煙草を吸いながら俺はヴァイスの話を聞いていた。

 

「あの子が誤射しかけたって話は聞いてるか?」

 

「ああ、エリオから聞いた」

 

駐機所の壁に背中を預けた俺の隣にヴァイスが缶コーヒーを片手にやってくる。

そのまま俺と同じく壁に背中を預けて缶コーヒーを一口呷る。

 

「ふう…昨日帰ってきて直ぐに自主練やってたんだよ、四時間も。目端に入って気に掛かって見てたら夕方から夜までみっちりだ」

 

「そりゃまた随分な気の入りようだな」

 

「だろ?しかも休憩無しと来ちゃ流石に黙ってられなくてな。それとなく注意してみたんだが、聞く耳持ちゃしなかったんだわ」

 

「ふぅん……」

 

煙草を一息吸い、空に向かって吐き出す。

安物らしい味の薄い煙が薄らいで消えていく。

その様を眺めて思い出すのは昨日のランスターとの問答だ。

『才能とは何か』……まるでその言葉を恨むようなアイツのあの問いは何だったのか。

いや、恨むというのは少し違うな。言うなれば焦燥、か。

 

「焦ってるんじゃないか?」

 

「焦ってる?」

 

「ああ。どうしてそうなのかは分からないがな」

 

「まあ言われてみりゃ確かに焦ってるみたいだったな……」

 

缶コーヒーを飲み干してヴァイスはわざとらしく息を吐き出すと唐突に肩を組んできた。

 

「何だよ」

 

「そんじゃま、あの子が無茶しないよう見張りますか」

 

「どうしてそうなる、ってか俺もやんのか!?」

 

「そこはほら、年長者としてな?」

 

「いや俺も訓練とかあるんだが……」

 

「え?訓練いんの?お前が?」

 

「はっ倒すぞこの三枚目」

 

この野郎、人の気も知らずにズケズケと……。

しかしランスターのことも気掛かりなのは事実だ。あんな事を言った手前、それで無茶されたらたまったもんじゃないしな。

そこら辺を見透かしてこいつは俺を誘ったんだろう。

 

「はぁ……わかった、何も予定入ってない時は付き合ってやるよ」

 

「よっし、言質確保!これで共犯だな」

 

そう言った後ヴァイスは急に小声になると、

 

「……訓練の時もそれとなく目を配ってやってくれ。なのはちゃんも分かっちゃいるだろうが、最近余裕無さげだしな」

 

「……了解」

 

いきなり押し付けられた役目に心底辟易としながらもそれを了承する。

それを聞いたヴァイスが組んでいた腕を離すのと、ヴィーザルが訓練の時間を知らせるのは同時だった。

 

Es ist fast Zeit, Herr(そろそろ時間です、主)

 

「ああ」

 

「お、もうそんな時間か。そんじゃ頼んだぜクレン」

 

「はいはい、わかったっての」

 

煙草を握り潰して携帯灰皿に突っ込んで、見送りがてら念押ししてくるヴァイスに軽く手を振って俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、いざ訓練の時間となったワケだが。

 

(あー……確かに無茶な挙動が多いわ)

 

高町による連携訓練を、ビル群になったシミュレーターフィールドで眺めているとヴァイスの言っていた通り、無茶な動きが以前より増していた。

しかもナカジマのヤツも一緒になってやっていやがる。

とは言っても高町が注意すればすぐに止めているので、特に問題は無さそうだ。

 

「ほい、俺の勝ち」

 

「あっ……参りました」

 

パチリと小気味良い音をならして白が黒に変わる。

今やっているのは八神が暇な時にと渡してきた『オセロ』なるボードゲームだ。対戦相手はエリオ。

この手のモノはやったことが無かったが、これが意外にも面白いもんで先程からエリオと対局していたのだ。

というのも、コイツらの保護者たるハラオウンに頼まれたからだが。

 

「エリオは直線的過ぎるな。序盤の勢いは良いが、後半の組み立てが疎かになりがちだ」

 

「確かに、後半はどこに石を置こうか分からなくなっちゃいました」

 

「とは言え、序盤の組み立ては凄かったな。危うく負けそうだったし」

 

「そ、そうですか?」

 

「ああ。こりゃ直ぐに抜かれるかもな」

 

褒めて頭を撫でるとエリオは照れくさそうに笑った。

懐かしいな、こういうの。シスターの所居た時は毎日こんな感じだったなぁ……。

 

「次はキャロがやってみるか?」

 

「え?いいんですか?」

 

「構わねぇさ。それにやりたくてウズウズしてたろ?」

 

「あぅ……」

 

盤に所狭しと置かれた石を片付けて再度セッティングしてキャロを誘う。

エリオが退いた場所に図星を突かれて顔を赤くしたキャロが座る。

 

「ルールはさっき教えたし、エリオのを見たからもう分かるよな?」

 

「は、はい、大丈夫です」

 

「よし、じゃあ先攻か後攻選んでいいぞ」

 

「じゃあ……後攻で」

 

「了解、そんじゃ始めっか」

 

そうして俺は再び黒の石を盤に置いた。

 

 

──凡そ20分後。

 

「参りました……」

 

「ふぃ~……何とか勝ったわ」

 

ゲームは俺の勝利となったが、辛勝と言うべきだろう。

流石、ポジションオールバック。盤面の見方が広い。

今回が初めてだってのにストーナーだの偶数理論狙って使って来やがったぞ……。

 

「すげぇなキャロ、負けるかと思ったわ」

 

「そ、そうですか?」

 

「うんうん、凄かったよキャロ!」

 

支援系魔導士なだけあって、先読みには目を見張るものがある。

常に相手の先を読むような動きで的確にこちらの手を潰してくる。

いやはや、これは将来有望だな。

 

「エリオ、その辺にしとけ」

 

「え?」

 

「キャロが茹でタコになっちまう」

 

見れば俺が考えている間にもエリオが褒めに褒めるものだからキャロが恥ずかしがって顔を真っ赤にしていた。

 

「わぁ!?ご、ごめん!」

 

「あぅ~~」

 

「ダメだこりゃ」

 

「キュルゥ……」

 

完全にショートしてら……。傍らに立つフリードも首を横に振った。

と、そんなやりとりをしていると高町から映像通信が入った。

 

【エリオ、キャロ、そろそろ出番だから準備……どうしたの?】

 

うん、まあその反応だよな。

 

「エリオがキャロをたらしこんだもんでな、今キャロはオーバーヒートだ」

 

【えぇ……ってオセロしてたの?】

 

「ああ、ハラオウンに頼まれてな。何でも『二人の戦術眼を確かめるのにうってつけ!』なんて言われてな」

 

【にゃはは、フェイトちゃんらしいや。それで、クレン君から見て二人はどう?】

 

俺から見て、か……。

考えて、先程得た所感をそのまま伝える事にした。

 

「──ってとこだな」

 

【成る程ね……フェイトちゃんの言うとおり、戦術眼を確かめるのにはうってつけかも】

 

「?」

 

【ねぇクレン君、今からティアナとスバルが休憩入るから、休みがてらオセロやって貰ってもいいかな?】

 

「あ?……あー、別に構わねぇけど」

 

二人の様子見ろってヴァイスにも言われてるし、丁度いいっちゃいいか。

どうせ俺の訓練は午後だし、暇潰しがてらやるのも悪くない。

 

【うん、ありがと。それじゃあよろしくね?】

 

「そういうこった、エリオ、キャロ、フリード。行ってきな」

 

「はい!ありがとうございました!」

 

通信が終わり、二人に高町の所へ行くよう催促すると、エリオはフリードを連れ未だにオーバーヒート中のキャロをお姫様抱っこで抱えてビルの屋上から飛び降りて行った……。

……ありゃまたオーバーヒートすんな、絶対。

三度目となる盤の整理をしてから、ふと空を見上げる。

雲がちらほらあるが、それでも快晴と言えるくらいには晴れ渡った青い、青い空。

かつて疎ましいとすら思っていたそれを、今は美しいとさえ思える。

 

「……」

 

穏やかな陽光に右手を翳す。

思い返すのはあの男──スカリエッティだ。

ヤツと対峙してわかった事がある。それは……今のままじゃ俺はヤツに『届かない』という事だ。

力?技量?違う。もっと単純に、生物としての『位』に圧倒的な差があるのだ。

聖遺物によって人外の膂力を持った俺の一撃を容易く受け止め、傷の一つさえ無かった。

きっとあのまま戦いを続けたのなら俺は間違いなく死んでいただろう。それくらいには差があった。

 

「……肚を括るしかねぇか」

 

目には目を、歯には歯を。

ヤツが聖遺物持ちであれそうで無かれ、あの『位』に到達しない限り戦う事すら儘ならないだろう。その先にあるのは死だけだ。

ならばどうにかしてヤツの『位』に至らなければ……具体的な方法は分からないが。

それでもやらなければならないだろう。

無為に死を待つよりも、足掻いて死んだ方がマシと言うものだ。

 

「後で八神にも聞いてみるか……」

 

とは言え今の俺は嘱託魔導士の身。個人で好き勝手出来ないのも事実なワケで。

何はともあれ相談くらいはしておかないと後が恐い。あれで八神は怒ると恐いからなぁ……。

 

「あ、クレン居た!」

 

「ホントにオセロやってたのね……」

 

そうこうしてる内にナカジマとランスターが騒がしくやって来た。

俺は思考の海から意識を引き戻して振り返る。

 

「よお、やんちゃコンビ」

 

「やんちゃなのはスバルだけよ、一緒にしないで」

 

「えぇ~!?」

 

「まあ座れよ、高町直々のお願いだ。どっちからやる?」

 

そう誘って、結局俺はナカジマ、ティアナを相手に小一時間オセロをするのだった。

……流石に、頭が痛いわ。

 



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/08 Mock-Krieg

ヴァイスからの頼まれ事から2日が経った日の夜。

俺はランスター達の特訓の監視(?)をヴァイスにぶん投げて、部隊長室に来ていた。

その目的は──

 

「聖遺物の力を使いこなしたい、か……」

 

「ああ」

 

先日思い付いた、聖遺物の制御について。

現状、俺はこの十字架について全く理解が及んでいない。

能力だってあの隔離街の一件以来使っていない。

使い方が分かっていても、使いこなせないのでは意味が無い。

そういうワケで俺は八神に直談判しに来た、というのが顛末だ。

ソファの対面に座った八神が口を開く。

 

「確かに、スカリエッティも聖遺物──或いはそれに類する力を持っていると判明した以上、現状で対抗出来そうなクレンのその十字架の習熟は必要やね」

 

「だが、聖遺物の使用には本局への許可申請が要る、だろ?」

 

「せや」

 

聖遺物……ひいてはロストロギアと言うものは先史文明や各次元世界に於いて発見、発掘された現代技術では解明、制御が難しい代物の総称だ。

当然ながらどれもこれも未知なので制御方法が最初から確立されてる筈もなく。

そんな物を担い手だからとホイホイ使わせて暴走でもされたらそれこそ最悪だ、という至極全うな理由で使用には細心の注意と警戒の為に本局への許可申請が必須となっている。

現に八神が持っている夜天の書……だったか。あれも使用制限が掛けられ、制限解除には特別な申請が必要だ。

 

とどのつまり、八神が言いたいのは『現状では難しい』だろう。

 

「まあ、難しいよな」

 

「せやなぁ……ロストロギアならまだしも、聖遺物なんて管理局始まって以来の未知の代物となるとおいそれと許可も降りんやろなぁ」

 

「そもそも俺の立ち位置自体、かなり綱渡りな状態なんだろ?」

 

「うん。本来なら問答無用で本局の研究室送りなとこをアレコレやって嘱託魔導師にしてる」

 

つまりこれ以上は無理が効かないって事か。

何となく予想はしてたからそこまで残念な気分ではないが。

となると俺に出来るのは今まで通り、通常訓練あるのみ、か。

 

「ま、ダメ元で聞いただけだし、仕方ないさ」

 

「ごめんなぁ」

 

「八神が謝る事じゃ無いだろ、組織の決まりじゃしゃあないさ。悪かったな、時間とらせて」

 

「構へんよ、寧ろ嬉しいくらいや」

 

「……嬉しい?」

 

席を立とうとして聞こえた八神の言葉に首を傾げると、八神はクスクスと笑った。

 

「最初はあんな突っ慳貪な感じやったのに、こうしてちゃんと相談しに来てくれるようになって来た事が嬉しいんよ」

 

「……言ってろ」

 

笑う八神の様子に、どうにも心がざわついてしまい、そんな言葉しか返せなかった。

それでも八神はニコニコと笑うもんだから気が抜けてしまう。

この寛容さだからこそ、此処の連中は着いてくるんだろうな。

 

「はぁ……大した奴だよ、本当に」

 

「へ?」

 

「……あ」

 

やべ、口に出ちまった。

 

「今なんて?」

 

「何でもねぇよ」

 

「いや今絶対うちの事大した奴だよって」

 

「しっかり聞いてんじゃねぇか畜生!!」

 

思わず天を仰ぐ。

あぁ畜生、今すぐ数秒前の俺を殴りたい……。

そして正面を見れば先程とは違う、にやけ面の八神が。

……こんな時は。

 

「よし、聞きたいことも聞いたからもう行くわ。じゃあな」

 

「あ、ちょ──」

 

逃げる!!

俺は早口で別れを告げると即座にソファから立ち上がり、速攻で部隊長室から出た。

 

「また何時でも来いや~」

 

……ぜってぇに行かねえ。

 

背中に掛けられた八神の声に強く決意して俺は足早に部隊長室から離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げるようにして建物の外に出ると、穏やかな風が頭を冷やしてくれた。

見上げれば最早見慣れた夜空が広がっている。

 

「ふぅ……」

 

昔から空を眺めていると自然と落ち着くタチで、少し妙な荒れ方をしていた内心も呼吸する度に沈静化していく。

耳をすませば遠くからランスター達の自主練の音が微かに聞こえる。

ヴァイスに監視を押し付け……もとい任せているのでそちらには向かわず、シミュレーターがある海岸側へと足を運ぶ。

特に理由はないが、強いて言うなら気分だ。

時間が時間だからか、昼間とはうって変わって静かな敷地内を歩いていくと、もはや嗅ぎ慣れた潮の匂いと月を写す海面が見えた。

 

「……先客が居たみたいだな」

 

「あれ?クレン君?」

 

シミュレーターフィールドの前に着くと、高町が端末を弄っていた。

画面を見ると、どうやら明日の訓練用にセッティングを変えていたようだ。

 

「よお。こんな時間まで仕事か?」

 

「明日の模擬戦用にフィールドの調整をね」

 

「ふうん……」

 

普段俺やナカジマ達が訓練で動き回ってる裏ではコイツやシャーリーがこうして色々やってたんだな……。

 

「クレン君はどうしてここに?」

 

「八神から逃げてきた」

 

「はやてちゃん何をしたの……」

 

俺の答えに高町が苦笑いを浮かべる。

 

「何時ものからかいだ。ったく、ギャップ有りすぎんだろアイツ」

 

「まあ、それがはやてちゃんだし……私も色々されてるから」

 

「アンタも苦労してんな……」

 

ぼそっと呟かれた言葉に思わず同情する。

聞けば高町と八神、ハラオウンは子供時からの付き合いらしく、その頃からあの調子だったと考えれば高町の苦労も推し量れる。

 

「そういえば、ティアナとスバルはどう?無理してないかな?」

 

「やっぱ、気付いてたか」

 

端末に向き直った高町の問いに俺は肩を竦めた。

幾ら隠そうとしても魔力を多少なりとも使っていれば察知されるのは当然だ。隊長格たる高町なら尚更だろう。

 

「まあね。私としては、あんまり無理はしてほしく無いんだけれど」

 

「俺とヴァイス……主にヴァイスがそこら辺見て止めてるよ。アイツらほっとくと日跨ぐまでぶっ通しでやりかねないしな」

 

「そっか……因みに練習内容とか分かる?」

 

「主にツーマンセルの連携だな。あとは軽い組み手だ」

 

さっと答えてから煙草を取り出そうとして──止めた。何となく、気分じゃない。

 

「ティアナとスバルは結構無茶するから、心配なんだ」

 

「だろうな、端から見ててもそう思う。特にランスターは何かに焦っているようだし」

 

「ティアナが?」

 

そこで俺は一つ頷いてから高町に問いを投げ掛けた。

 

 

「なあ高町。才能って何だと思う?」

 

 

暫くの沈黙の後、高町は答えた。

 

「私の思う才能は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

天気は雲一つない清々しい快晴。

それを、真っ白な煙で汚す。

 

「──で、今日は模擬戦なわけだが」

 

「ああ」

 

「お前からみてあの二人、やらかす(・・・)と思うか?」

 

いつぞやと同じように駐機場の壁に寄りかかり煙草を吸い、煙を吐き出す。

それを二回ほど繰り返してから隣に座るヴァイスの問いに答える。

 

「やるだろうな」

 

「だよなぁ……一応忠告はしたんだぜ、これでも」

 

「精々なにも起こらないことを祈るんだな」

 

「お前それフラグって言うんだぞ……」

 

がくりと肩を落とし、ヴァイスは盛大に溜め息を吐いた。

まあ、気持ちは分からんでもない。

 

「最悪、高町がキレるだろうな」

 

「ああ……」

 

昨夜話した様子だと、ヴァイスが以前言った通り余り高町にも余裕が無さそうなのは何となくだが察せた。

……今日の模擬戦は、一波乱ありそうだ。

吸い殻を携帯灰皿に捩じ込んで、壁から背を離す。

 

「一応、アイツらの動向は見といてやるよ。俺にも責任はあるしな」

 

「あいよ、俺もできる限りフォローするわ」

 

お互い顔を見ずにそれだけやり取りすると、俺はシミュレーターフィールドに、ヴァイスは駐機所の中へとそれぞれ別れた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ今日は基礎教練のまとめとして、模擬戦をやっていくよ。ルールは簡単。制限時間内に私のBJに一撃、損傷を与える事。これまで教えた事をよく思い出して攻撃を当てるように」

 

「「「「はい!」」」」

 

シミュレーターフィールドは姿を変え、何時もの廃ビル群になっていた。

その中で高町が整列したランスター達に模擬戦のルールを説明している。

かく言う俺はそれをビルの屋上から眺めていた。

 

「お前は行かねぇのか?」

 

俺と同じように欄干に身体を預けたヴィータが訊いてくる。

コイツとはヴィーザルのフィッティング以来話す機会が増えた。

口調こそ粗野だが、性格はかなりの仲間思いのようだ。

風に揺れる赤髪を目端に捉えながらも質問に答える。

 

「俺はこれが終わってからだからな。順番待ちって所だ」

 

「相手は?」

 

「シグナムとハラオウン」

 

「隊長格二人同時かよ……ホントブッ飛んでるなお前」

 

「我が身の事ながら同意するわ」

 

隔離街に住んでた頃なら、管理局の隊長格二人同時に相手にしろとか言われたら即刻逃げてたわ。

それが今となっちゃそれ位じゃないと模擬戦にならないとか……。

 

「まあシグナムだけとタイマンじゃ、またあん時みたいにシミュレーターがエラー落ちするまでやるだろうしな」

 

そう、以前模擬戦をシグナムとタイマンでした時はお互い熱が入り過ぎてシミュレーターがエラーを吐く程やり合ってしまい、ハラオウンが止めに入らなかったらシミュレーターがぶっ壊れていた可能性すらあった、という事があったのだ。

今回はその反省点を踏まえ、最初からハラオウンに模擬戦の参加ついでに俺達がやり過ぎないように監視を頼む事にした。

 

「流石に前回みたいにはならねぇ……筈だ」

 

「不安になる言い方やめてくれよ……」

 

この前ん時はシャーリーの奴にシグナムと揃って説教されたからな……三時間も。

シスターの説教もまあ怖かったが、やはりというか女を怒らせると怖いのは何処に行っても同じらしい。

 

「ヴィータ副隊長、クレンさん、おはようございます!」

 

「おはようございます!」

 

「キュル~!」

 

そんな会話をしていると説明を聞き終えたエリオ、キャロ、フリードが屋上にやってきた。

 

「おう、おはよう」

 

「おはよう。エリオ達が来たってことは、最初はランスターとナカジマか」

 

挨拶を返してからビル群を見やると、既に高町達はここから結構な距離を置いて準備を始めていた。

さて、アイツら無茶しなきゃいいが……。

空中にモニターが投影され、高町達の姿が映し出される。

 

「なあ、クレン」

 

「あん?」

 

模擬戦が始まろうというタイミングでヴィータが再び声を掛けてきた。

 

「アイツら、なのはから一本取れると思うか?」

 

「……」

 

そんな試すような問いに俺は少し考えて──答えた。

 

 

 

「無理だな」

 

 

 

──模擬戦が、始まった。

 

 

 




次回、頭冷やそう回


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/09 Das Wichtige -1

初の前後編。


橙と青の光の筋が音を伴って初夏の空を切り裂く。

それを悠々と、まるで舞うように桃色の羽根が軌跡を描いて避けている。

模擬戦の始まりは緩やかだった。

ナカジマの出す魔力の足場──ウイングロードが空中に張り巡らされ、それを足場にランスターが援護射撃、ナカジマが前衛というこれまでのセオリー通りの動きだ。

とはいえ、それもこれまでの訓練や自主トレもあってか、精度が上がっているのが目に見えて分かる。

 

「へぇ、ちっとは出来るようになってるじゃねえか。お、クロスシフト」

 

隣で空中投影された中継を眺めてヴィータが鼻を鳴らす。

後ろで眺めているエリオ達も驚いているようだ。

遅れて来たハラオウンも映像に見入っている。

ここまでは順当、というかどうかこのまま何事もなく終わって欲しい。

だが、まあ大抵そう思っている時ほど無事に終わる事はないわけで。

模擬戦開始から二分、ランスター達の動きに違和感を感じはじめた。

 

「……マズイな」

 

見れば、どう考えてもこれまでの訓練で教わっていた動きから外れ出している。

ランスターの放った中距離誘導射撃魔法《クロスファイヤー》は本来の精度と速度を発揮せず高町を追い、それを挟むようにナカジマがウイングロードを滑走して突撃していく。

案の定、高町の放った魔力弾に迎撃されたが、それでも諦めた様子はない。

 

(ヴァイス……お前の言った通りになるかも知れねえぞ)

 

「ティアナが……砲撃……!?」

 

ハラオウンの驚いた声に、目を向けるとランスターが離れた位置から砲撃魔法用の魔方陣を展開しているのが見えたが……あれはフェイクだ。

感じる魔力の密度が違う。なら本物はおそらく……!

 

「ぉぉぉぉおりゃああああ!!」

 

烈帛の咆哮で大気を震わせ、ナカジマが再度高町に突撃する。

高町はそれを防御魔法で防ぐ。当然ながら高町の方が『上』だ。

ナカジマがあの防御魔法を抜けることはない。

だが、狙いはそれじゃない。本当の狙いは足止めだ。

その時、ランスターの幻影が消えた。

 

「あのバカ野郎……ッ!」

 

本命はランスターだ。

あのバカ、自分のポジション捨てて近接戦を挑もうとしてやがる。

ランスターの持つクロスミラージュが、その銃口から魔力刃を発生させる。

あれを提案したのは俺だが、元々は前衛が抜かれた時の緊急用だ。

はっきり言って無茶も良いところだ、何よりもあんな動きは訓練にない(・・・・・・・・・・・)

 

「でぇぇやぁぁぁぁ!!」

 

ランスターが叫びを上げ、ウイングロードから跳び降りながら高町へ向かって刃を振り下ろす。

 

「──レイジングハート。モード・リリース」

 

直前。俺は高町の声を聞いた気がした。

 

爆発。

 

吹き荒れた煙が視界を奪う。

そして薄らいでいく煙の中、高町の姿が見えた。

 

「おかしいな……二人とも、どうしちゃったのかな……?」

 

中継の映像から高町の声が聞こえる。

しかしその声音は何時もとは違う、なんの感情の起伏もない、平坦な物だった。

煙が完全に晴れ、状況が露になる。

 

「頑張ってるのは分かるけど模擬戦は喧嘩じゃないんだよ」

 

高町は無傷……では無かった。

ナカジマの拳とランスターの魔力刃。それぞれを素手で受け止めていた。

魔力刃を『握り止めた』右手から血がウイングロードに滴り落ちる。

 

「練習の時だけ言うこと聞いてるふりで、本番だけこんな危険な無茶するんなら、練習の意味ないじゃない」

 

静寂に包まれた空間で、高町のどこか辛そうな声が響く。

 

「ちゃんとさ……練習通りやろうよ。ねぇ、私の言っていること、私の訓練……そんなに間違ってる……?」

 

まるで何かを確かめるような問い掛けに、ランスターが出した答えは……銃口を向ける事だった。

魔力刃を解除し、距離を離すとその銃口を高町へと向けた。

そして展開される魔法陣は……砲撃用のものだった。

 

「もう誰も傷つけたくないから!誰もなくしたくないから! だから強くなりたいんです!」

 

「ティアナ……?」

 

錯乱しているのか、ナカジマが居るにも関わらず収束していく魔力。

それを眺めて高町はランスターを指差し──

 

「少し、頭冷やそうか」

 

「アアアア!!ファントムブレ──」

 

「クロスファイヤー。シュート」

 

魔法を、放った。

先に魔法を装填していたランスターよりも速く、その一撃は寸分違わず直撃する。

 

「ちっ……」

 

予想のついた結末に、俺は舌打ちする。

再び高町の手に魔法陣が紡がれる。ナカジマはバインドで拘束され、それを眺めるしかない。

俺もまた、止めようとは思わなかった。

これは、あの二人が選択した結末だ。

高町の教練から外れた事をしたという因果への、報いだ。

 

そして、第二撃がランスターを撃ち落とした。

 

 

 

「模擬戦はここまで。二人は撃墜されて終了」

 

 

高町のその言葉を最後に、ランスター達の模擬戦は終わりをむかえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、随分ご機嫌斜めだな」

 

「…………」

 

模擬戦からそれなりに時間が経ち、時刻はすでに夜の9時になっていた。

俺は宿舎内にあるトレーニングルームで一人筋トレをしていたナカジマに声を掛けたが、結果はご覧の通り。

 

──あれから二人は医務室に運ばれ、俺達は予定通り模擬戦を済ませた。

ランスターは撃墜と、これまでの疲労の蓄積もあってそのまま医務室で休まされている。ナカジマの方は軽傷だったので、こうして筋トレをして気を紛らわせている。

 

「しかしまあ、お前らもとんだ無茶をする。あんなフォーメーション、自主トレでやってなかっただろ」

 

「……少しずつ、隠れてやってた」

 

「へぇ……それで結果はアレ、か。良かったな、相手したのが高町で」

 

「ッ!!」

 

俺の言葉が癪に障ったのか、ナカジマがキッと睨んでくるが俺にしちゃ怖くも何ともない。

むしろ睨みたいのはこっちだ。

 

「仮にあれが実戦だったら、お前ら死んでたぞ」

 

「……そんな、こと」

 

「俺だったら殺してる。あんな稚拙なフォーメーション、二人まとめて殺してくださいって頼んでるようなもんだぞ」

 

前衛に囮をさせて後衛が近接戦で一撃必殺なんてのは愚策だ。奇策と言い張れば聞こえはいいが、成功しない奇策なんてのは愚策以下だ。

 

「……でも、なのはさんなら」

 

ナカジマが呟いたその言葉に、少しムカついた。

 

「そうか。テメェ結局、高町にただ甘えてたんだな」

 

「なっ、そんなこと」

 

「無いなんて言い切れんのか?教練無視したフォーメーションやっても許される、受け止めて貰えるなんて思ってたんじゃねえか?」

 

「それ、は……」

 

「模擬戦だから、大丈夫。『なのはさん』なら大丈夫。許してくれるから大丈夫。そんな考え方してたんじゃないのか」

 

「……っ」

 

唇を噛んで拳を握り締めてナカジマは俺を見る。

 

「それが甘えだってんだよ」

 

「わたし、は……わたし達は」

 

「スバル……?」

 

ナカジマが呆然と呟いた所に、ランスターが現れた。

どうやら医務室から出て来たらしい。

 

「よお、ランスター」

 

「アンタ……スバルに何を」

 

「言いたいこと言っただけだ。それで──」

 

眦を吊り上げたランスターの言葉を遮ってランスターを見る。

 

「二回死んだ感想はどうだ?ランスター」

 

「……模擬戦の事ね」

 

「ああ」

 

あの時ランスターは二回、高町のクロスファイヤーをくらっている。それは実際の戦場であれば二度、ランスターはそれに撃ち抜かれ絶命していたということになる。

そんな不躾な俺の問いに、ランスターはナカジマを見やった後に息を吐くように答えた。

 

「正直、まだ考えがまとまらない。でもアンタの言うとおり、私は二回、スバルは一回、死んだも同然よ」

 

「こっぴどくやられて少しは冷静になったか」

 

「少しね……それでアンタ、スバルに何言ったの」

 

内容によっては許さないと態度で示しながらランスターが睨んでくる。

丁度いいので、こいつにも言っておくか。

 

 

「──ってわけだ。ナカジマに向かって言いはしたが、これはお前に対しても言ってる」

 

「甘え、か……そうかもしれないわね」

 

「胸を借りるのと、ただそいつの優しさに甘えるじゃ雲泥の差だろ」

 

「そうね……」

 

頷いてはいるが、ランスターはまだ心が追い付いていないのか考え込んでしまう。

ナカジマもナカジマで俯いてしまっている……俺がそうさせたんだが。

そこでふと、昨晩の事を思い出す。

 

「なあ、ランスター。お前この前俺に聞いた事があるよな」

 

「何を?」

 

「才能とは何か」

 

「……確かに聞いたわね」

 

「あの問いが妙に引っ掛かってな……昨日、高町に同じ事を聞いてみた」

 

「……え?」

 

俺の言った事にランスターは目を見開き、ナカジマは俯いていた顔をガバッと上げた。

……食い付いたな。

 

「アイツに取っての才能は……」

 

そうして話を始めようとした所で、突然けたたましい音が六課内に響き渡った。

ちっ、間の悪い……。

 

「これって、緊急出動のアラート!?」

 

「……はぁ、仕方ねえ。話は後だ、とにかく行くぞ」

 

頭をガシガシと掻いて二人に呼び掛けると、目付きを変えて頷いてきた。

流石に切り替えは出来てるか。

アラートの中に混じるアナウンスを聞いて俺達は踵を返してヘリポートへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小型の飛行タイプの群体飛行か……」

 

「うん」

 

「……どうみても、こっちを試してるよなぁ」

 

ヘリポートに着いて早々、アラートの原因たる対象の情報を高町から聞いて溜め息を吐く。

場所は六課からかなり離れた海上、小型の飛行タイプガジェットが12機、レリック──六課が追っているロストロギア──の反応も無いのに飛んでいるらしい。

何もない海上で態々同じところをぐるぐる回っているなんて、誘い方が露骨すぎる。

 

「そんな訳で、今回は空戦になるから行くのは私とフェイト隊長、ヴィータ副隊長の三人」

 

「みんなはロビーで出動待機ね」

 

「そっちの指揮はシグナムだ。留守を頼むぞ」

 

高町の言葉尻を継いでハラオウンとヴィータがこちらに声を掛けてくる。

一応俺も空戦は可能だが、八神から『迂闊に君の情報を取らせられない』との事で、俺も居残り組だ。

仕方ないと納得しつつ視線を巡らせていると、高町がランスターをじっと見ているのに気付いた。

 

「それと……ティアナ」

 

「はい……?」

 

「ティアナは出動待機から外れておこうか」

 

その言葉に、空気が変わった。

これは不味いな……このタイミングで『その言葉は』不味い。

 

「今日は体調も魔力も調子でないだろうし──」

 

「高町、ストップだ」

 

「え?」

 

言葉を続ける高町にストップを掛ける。

 

「それとランスター、お前もだ」

 

「ッ……」

 

何かしら言おうとしていたランスターにも釘を刺す。

目付きからして反発する気が丸見えだっての。

このまま言いたいように言わせてもお互いに良くは無いだろう。

シグナムに目配せすると、察してくれたのかヘリに乗っているヴァイスに声を掛けた。

 

「ヴァイス、ヘリは出せるか?」

 

「皆さんが乗ってくれりゃ直ぐにでも!」

 

「そういう訳だ高町。さっさと行ってこい、こちらは任せろ」

 

確認が取れるとシグナムはそう言って高町の肩を叩くとヘリへと促した。

それを見てハラオウンも理解したのか高町の背中を押してヘリに入っていった。

 

「あー……ホントに大丈夫か?」

 

「何とかなんだろ」

 

「テキトーなことすんなよ」

 

「わかってるっての」

 

最後に残ったヴィータと軽口を交わして見送ると、三人を乗せたヘリは真暗な海へと飛び立っていった。

ヘリが完全に見えなくなり、ローター音も聞こえなくなって漸く肩の力を抜いた。

 

「少しは冷静になったんじゃないのか?高町が言っていたことは何も間違っちゃいなかった」

 

「分かってるわよ……分かってるけど……っ!」

 

「ティア……」

 

俯いて肩を震わすランスターにスバルが寄り添う。

 

[どうするよ、シグナム]

 

[バカに付ける薬はない]

 

[バッサリいくなぁ……]

 

念話でシグナムに意見を求めるも、俺以上にバッサリ切る始末。

今のこいつの状態で『あの話』しても意味ないだろうしな……何かもう一つ欲しい所だが……。

そうしてどうするか考えていると、誰かがヘリポートに繋がる階段を昇ってくる音が聞こえた。

 

「全くもう、見てらんない。みんな揃って不器用すぎで」

 

カツカツとヒールで床を叩いて現れたのは──

 

「みんな、ロビーに来て。私が説明するから。──なのはさんの事と、なのはさんの、教導の意味を」

 

六課の技術顧問、シャリオだった。

 




Das Wichtige -2 へ続く


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/10 Das Wichtige -2

シャーリーに呼ばれてロビーへと移動した俺達は対面式のソファにランスター達を座らせ、シャーリーとシグナム、そして話を聞き付けたシャマルが反対側に腰掛けた。

俺は俺で近くの壁に寄り掛かって話を聞くつもりだ。

暫くの沈黙の後、漸くシャーリーが話を始めた。

 

「昔ね、一人の女の子が居たの。その子は本当に普通の女の子で、魔法なんて知らなかったし、戦いなんてするような子じゃなかった」

 

シャーリーが投影型のキーボードを叩くと、空間投影されたモニターに恐らく小さい頃の高町の姿が映し出された。

 

「友達と一緒に学校へ行って、家族と幸せに暮らして。そういう一生を送るはずの子だった」

 

訥々と語られる、高町の過去。

魔法とは一切関係が無かった九歳の少女が、たった数ヶ月で命掛けの戦いに身を投じた。

俺のように殺し合いが当たり前の世界で生きていた訳でも無いのに、だ。

ハラオウンの実母が犯人だった『プレシア・テスタロッサ事件』、八神やシグナム達が深く関わった『闇の書事件』、そして遥か異世界の者による地球への侵攻と、同じく異世界の者達と共にそれを止めた『フィル・マクスウェル事件』。

何れを取っても下手をすれば星一つが滅びかねないような事件だ。

それらを全て数年の内に経験し、解決に導いた。

当然、未成熟な肉体と精神にそれは過大な負荷を与えるだろう。

それでも高町は止まらなかった。

 

誰かを救うため、自分の思いを通すための無茶を高町は続けた。

 

最早異常とすら思える精神性。

見くびっていた、高町という人間を。

普通だったら折れるだろう、という所で折れず、逃げずに倒れても立ち上がるその姿勢は子供らしからぬ異様さだ。

 

だが、どんなに強靭な肉体や心でも限界がある。

フィル・マクスウェル事件から4ヶ月後、任務先の異世界で再びの重症。

度重なる負荷に肉体が悲鳴を上げ、リンカーコアが損傷。

二度と飛ぶことも歩くことも出来なくなる可能性すらあった。

今こうしてランスター達の教導に当たれているのは、過酷なリハビリを超えたからこその物だった。

 

「なのはさんはさ、皆に自分と同じ思いさせたくないんだよ。だから、皆が無茶しないように……絶対元気に帰って来られるように、ホントに一生懸命考えて丁寧に丁寧に教えてくれてるんだよ……」

 

シャーリーがそう言って話を締めると、場には沈黙が落ちた。

……話すなら、今か。

 

「ランスター」

 

「……?」

 

「さっきの話の続き、聞きたいか?」

 

俺の問いにランスターは暫く俯いた後、小さく頷いた。

シャーリー達も興味があるのか聞く姿勢に入っているが、まあいいだろう。

 

「高町にとって、才能は……環境だ」

 

「環境……?」

 

「ああ。アイツ曰く……どんな人間にも必ず才能(ちから)はある。でも、それを無闇矢鱈に振り回したり、それに傲ってしまっては意味がない。視野を狭めてしまうから」

 

「視野を……狭める」

 

「視野を狭めるってことは自分から選択肢を閉じてしまうって事。自分にはこれしかないと思い込むから。かつての自分がそうだったから」

 

きっと、この話をしていた時、高町は昔を思い出していたんだろう。

今ならそう思える。

 

「そうやって無茶して……振り向いた時に、自分が色んな人に支えられて、心配かけて、応援して貰ってたんだって改めて気付いた。自分はどれだけ恵まれていたのか。どれだけ良い環境にいたのか。それから色んな事を学んで、自分に出来ることを増やしていった」

 

俺とは違う、高町にとっての才能は。

きっと一人で見つけたモノじゃない。

 

「だから、自分は他の皆にもそんな恵まれた場所で、自分の選択肢を広げてもらいたい……だから、自分にとっての才能は環境……だ、そうだ」

 

それが、アイツの答え。

平和な世界のごく普通の少女だった、──高町の想い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

月が照らす夜空に煙を吐き出す。

時刻は夜の22時。

結局あの後は自然と解散となり、エリオとキャロは就寝。

ナカジマは自室に戻り、ランスターは一人になりたいと言って外に出ていった。

俺は俺でこうして初夏の月を眺めながらロビーのすぐ外で煙草をふかしている。

隣の自販機の小さな振動音が耳に響く。

煙草の火を揉み消して携帯灰皿に入れた所で、ロビーの自動扉が開く音が聞こえた。

 

「あれ、クレン君?」

 

「よお、おつかれさん」

 

出てきたのは少し慌てた様子の高町だった。

任務終わりのその足で来たのだろう、多少の疲労が伺える。

その目的は一つだろうことは誰にだってわかる。

その為に態々待ってたしな。

 

「もう、あの時の話みんなにしちゃったでしょ」

 

「間が良かったからな。俺はまだしも、アイツらにはいい薬だろ。どうするかはアイツら次第だがな」

 

あくまで俺はただ忌憚なく話しただけだ。

それをどう捉えるかまでは流石に管轄外。

組んでいた腕をほどいて自販機から適当にコーヒーを『二本』買う。

そしてそのまま高町に投げ渡した。

 

「ほらよ」

 

「え?」

 

「ランスターの所、行くんだろ。アイツならこの先だ」

 

混乱している高町を促して、俺はその背中を押す。

 

「あんまり長話はすんなよ。身体冷えるからな」

 

何か詮索されるのも面倒なので、何か言われる前にロビーの中へ立ち去る。

自動ドアが閉まりきる直前、

 

「ありがとう」

 

なんて聞こえたが、きっと気のせいだろう。

足音が遠ざかり、ロビーの中に入りきった所で、俺は半身身体を反らした。

 

「隙あ……あらぁ!?」

 

「……何やってんだ、お前」

 

手刀でもしようと思っていたのか、空振ってたたらを踏んだ八神を冷たい目で見る。

俺の視線に気付いたのか、八神は気まずそうに頭を掻いた。

 

「何の用だ?つか事後処理はどうした」

 

「そこら辺は今はリインとグリフィス君がやっとる。ウチの出番はまだ後やから、こうして休憩に来たんよ」

 

「休憩と俺に手刀かますのに一体なんの関係が……」

 

「そこにクレンがおったから」

 

「理由になってねぇ……」

 

俺の呆れ顔に「冗談、冗談」とカラカラと笑ってから、窓の外を眺めた。

 

「ありがとうな」

 

「あん?」

 

いきなり何を言い出すんだ?

 

「ティアナ達の事、見守ってくれてたんやろ?」

 

「……ヴァイスに付き合わされてな」

 

「それでも、よ」

 

淡く射し込む月光に照らされて、八神の笑顔がいつもと違って見える。

 

「叱ったんやろ?ティアナ達」

 

「我ながら、らしく無いこと言っただけだ」

 

そう、らしく無い。

かつての俺ならあんな風に言うことなく、ただ無言で切り捨てていただろう。

だが、そうはならなかった……。俺も、少し変わってきているのだろうか。

 

「きっとな。でもそれを悪いとは思ってないんやろ?」

 

「……まあな」

 

確かに変化に対して俺自身、悪感情は無い。

ロクデナシの、人殺し。それは変わらないが、それを含めても俺はこの変化を受け入れている。

だが、変わっていない部分もある。

 

「渇望、やったっけ。確かクレンは──」

 

「復讐」

 

そう、それは……それだけは変わらない。

否、変えられない。

この世のあらゆる理不尽、不条理に対する復讐心。

その由来すら相変わらずわからないままだが、だからと言ってその火が弱まるわけでも、ましてや消えることはない。

 

「馬鹿馬鹿しいって思うか?」

 

少し自嘲混じりに問うと、八神は小さく首を横に振った。

 

「復讐自体は否定せんよ。その理由も、少なからず共感できるし。誰だって理不尽や不条理を押し付けられるんはイヤやからね」

 

驚いた……コイツがこんな事言うとは。

 

「清濁併呑せんと、総部隊長は務まらんのよ」

 

したり顔でニヤリと笑う八神に、俺は苦笑する。

懐が深い、なんてものじゃない。

受け入れてかつそれすら利用するだけの狡猾さがコイツには、有る。

敵に回らなくてつくづく良かった……。

 

「ふふふ、どや?少しは見直した?」

 

「これさえなければなぁ……」

 

「ちょっと!?」

 

まあそれでも、コイツはこうであり続けて欲しい。

六課の面々を思い出して、要らぬ心配だと断じる。

 

「何やその笑い~」

 

「別に。ただお前となら退屈しなさそうだなと思っただけだ」

 

「そら勿論、退屈なんてさせんよ!仕事いっぱいあるから!」

 

「それはそれでどうなんだ……」

 

きっとコイツなら、何があっても皆を引っ張って行けるだろう。

 

と……まったく、らしく無いことを考えながら八神と与太話を続け、夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、いつのように駐機場に行くと、ヴァイスともう二人が先に居た。

 

「お、ようクレン」

 

「よお……それで、意外な面子が来てるじゃねえか。どうした?」

 

ヴァイスと軽く挨拶を交わしてからその隣を見る。

来ていたのはランスターとナカジマだった。

二人は少し気まずそうにしてから、ガバッと頭を下げた。

 

「「ありがとうございました!!」」

 

いきなり言われた感謝の言葉に俺とヴァイスは揃って面食らう。

お互いに顔を見合わせるがなんの事かさっぱりわからん。

頭を下げたままの二人に気付き、慌ててヴァイスが声を掛ける。

 

「おいおい、頭を上げてくれ。いきなりお礼言われてこっちもびっくりしてんだ」

 

「あ、言うの忘れちゃってました……てへへ」

 

頭を上げ、誤魔化すように笑いながらナカジマは頭を掻いた。

さっきは突然な事に混乱したが、この二人が揃って来たという事はきっと自主練の事なのだろう。

 

「自主練、ずっと見て貰ったりアドバイス貰ったりしたので……その、ティアと話して二人でお礼をと思いまして。あ、言い出したのはティアなんですけd」

 

「余計な事は言わないでいい!」

 

全部言いかけたナカジマにランスターの拳骨が炸裂するが、止めるのが一足遅かったな。

見ろこのヴァイスのにやけ面。凄まじくイラッとするだろう?

軽く小突いて顔を引き締めさせると、ヴァイスは肩を竦めた。

 

「礼なんていい……って言うところ何だろうけど、お前さん達の熱意とかはちゃんと見てきたしな。きっちり受け取るよ」

 

「柄にもない事に付き合わされたが……まあ、悪い気はしなかったしな」

 

「色々根回ししてtいっでぇ!?」

 

「余計な事は言わんでいい」

 

頭を抱えてヴァイスが悶絶するがそんな事はどうでもいい、重要な事じゃない。

改めてランスターとナカジマの顔を見る。

その目には焦りや迷い何てものは見えず、真っ直ぐだった。

 

「吹っ切れたか」

 

「ええ、お陰さまで」

 

「もう大丈夫!」

 

自信あり、と態度で示すように笑うランスターとナカジマに釣られ俺も笑う。

ああきっとコイツらはもう、大丈夫なんだろう。

 

「ところでお前さん達、そろそろ訓練の時間じゃねえか?」

 

痛みから復帰したヴァイスがそんな事を言い、時計を見やるともう訓練の十分前だった。

 

「「「……やっば」」」

 

「変なとこで息合うな……。あーダッシュで行きゃ間に合うんじゃね?」

 

「シミュレーターまで走り込みだぁぁ!!」

 

言うが早いかナカジマは勢いよく走りだした。いや速っ。

 

「ちょっとスバル待ちなさい!てか速過ぎ!!」

 

「てめえナカジマ、一人先駆けとかやらせねえからな!」

 

「気ぃ付けてけよ~~……ったく、元気だねぇ」

 

遅れて走り出す俺とランスターの背中にヴァイスの気の抜けた声が掛かる。

 

 

 

 

青い空に初夏の日差し。昨日までと少し違う今日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──それで、準備は出来たのかな。賢者さま?」

 

【よしてくれ、僕はそんな柄じゃないよ】

 

淡い照明で照らされた洞窟の奥底。

白衣を着た男、スカリエッティは投影された画面に映る男の謙遜に笑った。

 

「ハハハ、これはまた異なことを。貴方の兵器開発技術はまさに賢者のようではないですか。同じ科学者として尊敬しますよ。おかげでこちらの研究も当初より進みましたから」

 

【それはお互い様だよスカリエッティ君。君との技術交流のおかげでこちらも予定より早く計画を進められた】

 

「ほう?ではもう準備は済んだと」

 

スカリエッティが眉根を上げると、画面の男はさも嬉しそうに笑う。

 

【既にこちらの星の一部を『支配下』に置いた。ついでに目障りな鉄の棺桶もね】

 

「成る程……早ければ明後日にでも彼女達に気づかれるでしょうね」

 

【ちょうどそちらに置いてきた(・・・・・・・・・)ダミーも期限切れになる。招待状としては十分じゃないかな】

 

楽しそうに語り終えた男にスカリエッティは頷く。

 

「十分でしょう。丁度こちらも『門の器』が完成した所です。だが肝心の『精練』がここでは出来かねる……時間が必要だ」

 

【……となると、君は敵に塩を送る(・・・・・・)のかい?】

 

「まさか。子守りを任せるだけですよ、暫くね」

 

言って、スカリエッティは笑う。静かに、狂ったように。

彼のそんな様子を見て男はやれやれと首を振る。

 

【場合によってはその子守りが無駄になるかも知れないよ】

 

「それならそれで構いませんよ。我々の目的はあくまで──」

 

 

 

【「彼の者(・・・)の再誕」】

 

 

【だろう?】

 

スカリエッティと言葉を合わせた男が茶化すように言うと、スカリエッティはにやけた顔を戻そうともせずに首肯した。

 

「然り。その為に我々がそれぞれ計画していますから」

 

【どちらかが失敗してもいいように、ね……さて、情報交換も済んだことだし、僕は失礼するよ。忙しくなるからね】

 

「ええ、ではまた……」

 

プツリと映像が切れ、辺りには静寂が漂う。

耳鳴りがするほど静まり返ったその場所で、スカリエッティは小さく呟いた。

それには確たる恐怖と確たる畏怖。

──そして確たる『狂気』があった。

 

 

 

 

「無機質で広漠な宇宙においては人類の価値観や希望などは何の価値もなく。人はただ盲目的な運命に翻弄されるのみである」

 

 

 

 

 

 



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