魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- (フォールティア)
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0.
/00 Hass ähnelt der Liebe


──空が、燃えていた。

 

「…………」

 

血の臭い。焼ける鉄の熱と、灼ける空気の痛み。

生々しく石畳を流れる血と臓物の川。

苦悶と生への執着に溢れた断末魔。

街路樹はその葉を赤い焔に変えて自らを燃やし。

硝子は砕け、逃げ惑う者達に死の雨を降らせる。

 

「………………」

 

死に溢れた、生の終着点。これを地獄と呼ばず、何と呼ぶ?

溢れ出す混乱と狂気と憎悪と悲鳴。

老いも若いも、男も女も、すべからく平等に。

焼殺、圧殺、轢殺、絞殺、刺殺、撲殺、斬殺……。

まるでヒトの殺し方の博覧会のような地獄絵図。

 

──茫洋とそれを眺めて己が無力を自覚する。

身を苛む苦痛と、これだけの地獄を起こしてなお止まぬ殺意の奔流が否が応にも自身の『終わり』を宣告する。

 

「…………──」

 

爛れた喉から空気だけが洩れて言葉を成さずに炎に消える。

 

『認めない。こんな不条理は認めない。こんな理不尽は認めない。許さない、赦してなるものか』

 

何の因果も理由も無く、徒に殺され終わる結末など認めるものか。

ここで終わる命なれど、この思い(ノロイ)は永劫消えぬ、消えさせぬ。

遥か天上にて死を笑い、地獄を嗤い、殺戮をワラウ、『悪魔』を睨む。

 

『喩え幾千、幾万の時を経ようとも……貴様の『因果』に『応報』してやる』

 

──それは、死に向かいながら漸く見つけた渇望(ネガイ)だった。

全てに始まりの『因果』があるならば。

全てに等しく『応報』を与えん。

生ならば死を、死ならば生を。

貴様が我らに不条理なる死を与えるならば、次は我らが貴様に死をくれてやる……!!

我らが憎念、何れ貴様を喰い殺す宿怨と知るがいい!!

 

消えかかる命の篝火を燃やし、呪いを声ならぬ叫びで叩き付ける。

そうして最期の力を振り絞り、死への泥寧に沈む最中。

 

 

 

 

 

 

 

「──面白い。ならばその渇望(ユメ)、叶えてみせるがいい」

 

 

 

そんな、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春。それは始まりの季節。

卒業だったり、入学入社だったり。

『表』の町には桜が咲き誇り、穏やかな日差しに照らされているからか通りを歩く人々の顔色はやたらと明るいことだろう。

カラリと晴れた、そんな朝。

それとは対照的に俺の気分は──。

 

「…………最悪だ」

 

ベッドから起き上がった体勢のまま、右手で頭を押さえて溜め息を吐き出す。

クソったれな夢見は今に始まった事じゃないが、今回のは輪を掛けてクソったれだった。

血と憎悪と執念妄念復讐心を鍋に入れてかき混ぜたような悪夢。

醜悪な寝覚めに吐き気を覚えて口に手をやる。

枕元に適当に投げっぱなしだった時計を見れば時刻は朝の6時。

いつもより一時間も早い。

 

「あ~、クソ」

 

二度寝するような気分にもなれず、仕方なくベッドから降りて洗面所で顔を洗う。

と言っても溜めて濾過した雨水だが。

 

ここはミッドチルダの再開発エリア、D4区画。

通称『隔離街』。またの名を掃き溜め。

名前の通り、色んな所からドロップアウトした連中が集まっている魔窟だ。

軍であり、また警察機構である時空管理局の連中ですら、あまりここには寄り付かない。

というのも明らかにヤバい代物とかも扱ってはいるが、それを一切外に出さないからだ。

噂では隔離街の頭目らと何かしらの契約があるらしいが……まあどうでも良いことだ。

 

「さて、今日の依頼はっと」

 

朝食代わりの不味いレーションバーのモサモサとした食感に顔をしかめながら携行端末の投影ディスプレイを開いてメールボックスを確認する。

ここに住んでる人間は大抵二つのカテゴリに分けられる。

つまり、搾取する側か、される側か。

幸い俺にはやたらと頑丈な体とそれなりの力が有るので中途半端なその中間だ。

何となく性に合ってるから文句は無いが。

やってる事は何てことの無い、『掃除屋』だ。

 

「今日はあんまり良いの入ってねぇなぁ」

 

メールボックスをスクロールして眺めて見たが、あるのは安い報酬ばかり。こなせない事も無いが今一モチベーションが上がらない。

しばらくディスプレイを眺めていると不意に新しいメールが入った。

 

「ん……?」

 

さっとメールを開き、中身を確認する。

ほうほう……成る程ねぇ。報酬も悪くない。

ひとしきり内容を見て、俺はこの依頼を受ける事にした。

 

「承認、っと」

 

 

 

──そうして俺は何時ものように気軽に承認のメールを送った。

思えばこれが、俺の未来を決定づける、最後の選択肢だったのかも知れない。

或いは、最初から『そうなることを仕向けられていたか』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、第1世界ミッドチルダ・クラナガン湾岸部。機動六課・輸送車用倉庫。

 

 

「じゃあみんな、準備はいい?」

 

『はい!!』

 

朝焼けに照らされる青空の下、長い茶髪を左サイドテールに纏めた少女の声に威勢の良い返事が返される。

少女の名は高町なのは。ここ機動六課に属する空戦魔導士にして彼女の前に立つ四人の教官も務めている。

 

「それじゃ、今日の任務の最終確認。今回向かうのはミッドチルダの再開発エリア、D4区画。そこの地下に未確認の聖遺物の反応があって、D4のエリア統括者からその調査の依頼を受け、私達が出向く事になった」

 

D4区画、と聞いて四人の少年少女の顔に緊張が走る。

ミッドに居れば誰だって知っている『隔離街』。

ミッドのみならず様々な『星』からドロップアウトしてきたならず者達の巣窟だ。

アングラな品や危険な薬物が横行していると専ら噂の危険地帯。

とは言えそれらが一切表に出ないのは単にエリア統括者の手腕とカリスマによるものらしい。

 

「進入経路はどのように?」

 

自らの緊張を誤魔化すように少年少女の内の一人、ティアナ・ランスターが挙手をして質問した。

 

「進入経路は車輌をつかってD4区画付近まで近付いて、そこから地下鉄の廃駅を使ってD4に進入、目的地までそのまま降りていく感じだね」

 

「じゃあ直接D4に行くわけじゃないんですね、よかったぁ……」

 

なのはの回答にティアナの隣に立つスバル・ナカジマが安堵の息を漏らす。

 

「流石にエリオ君とキャロちゃんが居るからね。それに表立って隔離街を歩いたら余計な火種を生みかねないから」

 

それを聞いた赤髪の少年と桃色の髪の少女が顔を見合せほっと息を吐く。

 

「なのはさんは隔離街に行ったことが?」

 

「一度だけね。私と『フェイト』ちゃん、『はやて』ちゃんの三人でエリア統括の人との顔合わせもかねて任務に。……すごかったよ」

 

続くティアナの質問に苦笑いを浮かべてなのはは出来る限りオブラートに包んで隔離街をそう表現した。

 

思い浮かぶのは市街地であるこちら側と真逆の退廃した、街の体を辛うじて保った灰色のビル群と、薬物中毒者に狂人変人のオンパレード。

血腥い喧騒と悲鳴が常に聞こえる、常人であれば即座に逃げ出すであろうこと間違いなしだ。

下手なスプラッタホラーよりも恐ろしい異常空間。それが隔離街だ。

 

「繰り返すようだけど、そう言うわけでD4区画から直接行くんじゃなくて少し遠回りすることになるから。当然、地下だから暗所での動き方をしっかり思い出しながら任務に当たるように!」

 

『はい!』

 

「うん、それじゃあ時間だし、行こっか!」

 

隊員たちの頼もしい返事になのはは満足げに頷くと彼女を先頭に輸送車へと乗り込む。

そして一同はそれぞれ緊張と不安、期待と興奮を胸に隔離街へと向かうのだった。

 

それが、これから始まる歌劇の始まりとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





──蝮の尾を掴む者を蝮は咬む。穴を掘る者の上に穴は崩れる。壁を崩す者の上に壁は崩れる。木は自分の破滅を以って木を伐る者に復讐する。ささやかなことから重大な破滅が生まれるのである。

─レオナルド・ダ・ヴィンチ─


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/01 Rache gründlich

「よおクレン!依頼かぁ?」

 

「朝から精が出るねぇ?あとでお姉さんが精を出させてあげようか?」

 

支度を終えて依頼で指定された場所へと向かうため路地を歩いていると色んな奴らが声を掛けてくる。

 

「依頼だよ、ダムズ。それとシーナ、余計なお世話だっての」

 

まあ大抵どうでもいい足引きなので適当に返す。

というか下手に構うと面倒事に巻き込まれるのが目に見えてわかってる。

ダムズの方は明らか死んでる奴を引き摺ってるし、シーナの方はほぼ全裸な格好でまわりに男を侍らせてるし。

他には酔ったチンピラ同士が大乱闘、離れた所にあるビルじゃ多分イカレサイエンティストが爆発起こして窓吹き飛ばしてる。

 

ここじゃこんな事は日常だ。

死体が出ない日の方が少ないし、路地裏にはほら、薬物中毒でトチ狂ったバカがいる。

そういうロクデナシの巣窟なのだ。

今日も今日とていつも通りな街の様子に舌打ちが出る。

 

「チッ」

 

依頼された場所へ歩みを進めながら、内心の苛立ちを発散するように頭を掻く。

何と言うべきか……そう、『渇いて』いるのだ。

この街には理不尽や不条理やらに溢れている。

それがこの『隔離街(セカイ)』での当たり前。当然自然の法則。

だがそれが、俺に。『クレン・フォールティア』という人間にとってどうしても納得も許容も出来ない。

だが、今の俺にはそれをどうこう出来るだけの力も、諦めるだけの理性もない。

 

何の意味もなく児戯のように失われる命など認めない。

復讐すら認めない世界など無為無用。

因果には応報を。

 

そんな渇きが、いつも心の奥底で渦巻いて、苛立つ。

それを少しでも癒そうと思って始めたのが『掃除屋』。兼、『復讐代行』。

隔離街を離れるって手もあったのだが、ここで生まれ育った身で、今更表の世界に馴染める自信も、そうするだけの資金も何もかもが足らない。

だからこそこうやって、仕事をこなしながら無謬を僅かに慰めるしか無い。

 

 

 

 

 

「さて、と」

 

ボロボロなビルの森を抜け、廃棄された地下鉄の階段を降りれば、そこはもう光の無い暗闇の世界だ。

着ているコートのポケットから小さなライトを取り出して点けると、地下空間の有り様が露になる。

 

「相っ変わらずひでぇな……」

 

そこかしこに散らばった瓦礫や壊れた武器の類に、白骨死体。

『依頼』でたまに来るが、ここは大体何時もこうだ。

専ら組織間抗争で使われるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

漂う死臭には慣れたものだが、やはりここの空気感は好きにはなれない。

 

「幾つか通路潰れてなきゃいいが……」

 

幸先の悪さに悪態をつきながらも、依頼は依頼なので仕方無く歩みを進める。

時折ある非常灯と手に持ったライトの心許ない灯りで足下を照らして進んでいく。

 

今回の依頼は先日ここであった抗争で出た死体の回収、埋葬。及び遺留品の回収だ。

同時に依頼主の敵対組織、つまり抗争相手側がもしも居たならば亡くなった者達に代わって復讐を果たして欲しいという内容だ。

遺体遺品の回収自体はそう難しくないが、復讐代行の方が少しネックだ。

人数が多かったらそれだけ不利なワケだし。10人程度ならどうにかなるが。

まあ、実際かち合うかどうかは行ってみてからのお楽しみと言うことで。

 

「お、近道生きてるな。ラッキー」

 

古錆びたドアを開けてこれまたボロい階段を降りていく。

この地下鉄の廃道は2階層に分かれていて、当然エレベーターなんてものはないのでこうして階段を使わないといけない。

カツンカツンと冷たい暗闇に音を鳴らして降りていけば、先程と似たような廃道が見えた。

それと共に、上よりも濃い死臭も。

 

「ビンゴか」

 

どうやらここが抗争の現場らしい。

まだ少し燻っている煙と所々に転がった腕やら足やら肉片が抗争の激しさを物語っている。

そうして周囲を見渡していると。

 

──ザッ、ザザッ

 

「…………ッ」

 

視界に妙なノイズが走ったと思えば、次の瞬間、見覚えの無い『記憶』が荒波のように流れる。

 

血の臭い。焼ける鉄の熱と、灼ける空気の痛み。

生々しく石畳を流れる血と臓物の川。

苦悶と生への執着に溢れた断末魔。

街路樹はその葉を赤い焔に変えて自らを燃やし。

硝子は砕け、逃げ惑う者達に死の雨を降らせる。

 

まるで───地獄だ。

 

「ッハァ……!」

 

知らない筈の光景。だが『知っている』と自覚した記憶。

 

「何、だ……今の……?」

 

崩れそうになる身体を瓦礫に手を預けて支えながら、嘔吐感を堪える。

……ああ、そういえば、今朝も似たような夢だった。

だとしたらただのフラッシュバックだろうか?

その割には余りにも…………。

 

「っ……今は依頼が先決だろ」

 

思考の渦に呑まれかけたが、頭を殴って無理矢理引き戻す。

そうだ、今は依頼の最中で、ここはもう危険地帯なのだ

体調不良で不意打ち喰らって死にましたなんて笑い話にもならない。

唾を吐いて、認識を切り替える。

左腕を軽く振って、『相棒』の調子を確かめる。

うん、良好良好。

 

「…………ん」

 

と、そこで丁度気配を感じたのでライトを消して物陰に隠れる。

耳をすませば複数の足音が廃道の中を反響しているのが聞こえた。

距離は……少し離れてるか。数は6か。

足運びからしてすっかり油断しちゃってまぁ……。

ここで立ち去るまで待つのもアリだが、依頼の事もある。

……仕方ない。

 

「行くか」

 

もう既に起こるだろうとわかっている面倒事を思いながら渋々と、俺は足音のする方へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、見つかったか?」

 

暗い地下鉄の廃道の中、鼻に付く死臭に顔をしかめた禿頭の大男が周りにいる手下であろう男達にそう問うた。

 

「いえ……ここらには無いみたいです」

 

「非常通路ん中も見ましたが、死体だらけで武器の類はもう……」

 

「チッ、『ハイエナ』どもに持ってかれたか……?」

 

上がってくる報告に苛立ちを隠そうともせず、禿頭の男は舌を打つ。

彼らが探しているのはここで起きた抗争で味方側が置いていった武器の回収だ。

だが遅かったのか、先に来たであろう武器回収屋……通称『ハイエナ』が持っていったのか、既に使えそうな武器の類は見当たらなかった。

苛立ちが過ぎて、握っていた瓦礫が粉々に砕け散る。

 

「あのクズどもが……しらみ潰しに殺していってやろうか」

 

「クズ具合ならアンタらも大概同じだと思うがね」

 

男が濃密な殺気を溢れ出させ始めた所で、唐突に男を愚弄するような言葉が聞こえた。

それと、何かを引き摺るような音が。

 

「死体漁りもまあクズな行動だとは思うが?それ以前にどーでもいい理由で命の奪い合いしてアンタらも同じだろ」

 

廃道の奥、僅かな明かりの中から影が見える。

 

ジャラリ、ジャラ、ジャラララリ。

 

「まぁ、俺も似たようなモンだから人のことは言えないか」

 

非常灯の灯りに照らされて、真っ黒な外套を纏った男が現れた。

 

ジャラ、ジャラリ、ジャララリ。

 

左腕の袖口から、銀鎖を覗かせて。

 

「誰だ、お前……?」

 

「それよりアンタは、ここで起きた抗争の『勝った側』でいいんだよな?」

 

「何……?」

 

被せるように返された問いに男は一瞬、相手が何の意図を測りかねたが、素直に答えようとして……相手の正体に気付いた。

 

「お前……まさか、『代行』か!」

 

「そういう反応、ってことは『勝った側』か。よしよし、確認が出来て助かったよ」

 

男の狼狽した様子に相手は言葉とは裏腹に、一切喜ぶ素振りも見せない。

この場合の『代行』とは即ち『復讐代行屋』。

そしてこの街でそれに該当する者は一人しか居ない。

 

「クレン・フォールティア……!」

 

「御名答、とでも言えばいいのか?この場合」

 

つまらなそうに肩を竦める相手、クレンに男は部下達に武器を構えさせ、自身も構える。

表の世界ではグレーゾーンの銃型デバイスだ。それもリミッターが外れた殺人仕様。

それが。

 

「撃て!」

 

男の指示で一斉に放たれる。

一発擦っただけで致命傷足りうる魔力弾の弾幕。

普通の人間であればこれで肉片と臓物を撒き散らして絶命するだろう。

だが。この程度では『彼は死ねない』。

 

ジャラララララララ──!

 

巻き起こる煙が微かな光を呑み込んだ暗闇の中から、銀色が疾る。

 

「ギッァ……!?」

 

「なっ……!待て!」

 

蛇を模したチェーンヘッドがその顎で手下の一人の『喉を噛み千切った』。

そのまま首に巻き付くと、男の手を振り切って釣りでもするように煙の中へと手下ごと戻っていく。

 

「────!!」

 

そして、声に鳴らない断末魔が、静止した空間に落ちる。

煙が晴れるとそこには、頭の潰れた死体一つと、無傷のクレンが立っていた。

 

男には意味が解らなかった。

何故常人だったら三回は死んでいる弾幕を受けて死なない?何故ただの鎖一つで手下が死んでいる?

意味不明で、理解不能だ。

だが逃げる事など出来ない。否、逃げられない。

そんなことをしても『アレ』の事だ、直ぐにでも追い付かれて殺されるのがオチだろう。

ならば少しでも高い可能性に賭けるしかない。

混乱する精神で男が出した答えは……戦う事だった。

 

「撃て!撃ちまくれ!」

 

「ハッ、豆鉄砲だな」

 

半ば恐慌状態の手下に活を入れ、再度デバイスによる射撃を行わせるが、まるで当たらない。

銀鎖をワイヤーのように使って天井にぶら下がったと思えば、壁走りに三角跳びと、廃道の狭さを感じさせない縦横無尽の動きで弾の全てを避けていく。

 

「代行として、アンタらには死んでもらう」

 

手下のデバイスを銀鎖で絡め取ったと思えば即座に発砲。

空手になった哀れな手下の頭蓋と胸に風穴が空く。

残り二人。

 

「クソッ、なんで当たらねぇ!!」

 

「そりゃアンタ、俺が居た所狙っても当たるわけねぇだろっと」

 

「ぐぁあっ!」

 

喚く最後の手下の腕に銀鎖が絡みつき、腕の骨を粉々に砕く。

そのまま銀鎖を引っ張り手下を引き寄せると、勢いを乗せた蹴りをがら空きの腹に打ち込む。

吹き飛ばされた手下は壁に派手なクレーターを残し、絶命した。

この間、10秒。

 

「さて、アンタはどうする?」

 

最後の一人となった禿頭の男にクレンが軽い調子で訊いてくる。

……なるほど、復讐代行を自称するだけはある。

膂力も速度も人間離れしている。これで『魔力補助なし』なのだから、悪い冗談にすら思える。

しかしだ、だとしても男もこのままナメられたまま終わる訳にはいかない。

所属する組織の沽券に関わるし、何よりプライドがそれを赦さない。

 

「フン……これが回答だ!」

 

直後、投擲される瓦礫。

速度は先程の魔力弾よりも『速い』。

クレンは飛来するそれに銀鎖をぶつけ、それを粉砕する。

 

「……!」

 

「ォオオ!!」

 

その僅かな隙を縫って男は彼我の距離を詰め、拳を放つ。

 

「チッ」

 

舌打ち一つ。

空いた右腕でクレンはそれを防ぐ。

凡そ人が出していい筈のない衝撃が二人を中心に巻き起こる。

 

「アンタ……『ドランカー』か?ここまで外れてんのは久々に見たぞ」

 

「ハハ、正解だ小僧!」

 

「めんどくせぇな、オイ」

 

男の腹を蹴りつけ距離を離すが、男は堪えた様子も無くニヤついた笑みを浮かべるだけだ。

ドランカーとは詰まるところ、薬物中毒者の事であり、薬の摂り過ぎによって肉体と脳の箍が外れた連中の事を指す蔑称だ。

当然ながら本来外れてはいけないリミッターが外れているので身体能力は常人の比ではない。そこに魔法による身体強化が合わさるのだから手に負えない。

 

「さあ、続けようか?」

 

「は、来いよシャブキチが……!」

 

血にまみれた廃道で、再び衝撃音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「なのはさん、今の音……」

 

「うん、戦闘音だね」

 

同刻、D4区画。地下鉄廃道。

クレンが戦っている場所から二つほど挟んだ廃道を歩いていたなのは達は、遠くから聴こえる戦闘音に各々反応する。

その格好は出る前まで着ていた制服ではなく、戦闘用防護服『バリアジャケット』に変わっており、手にはそれぞれ得物であるデバイスを握っていた。

 

「んー……音の数からして二人、か」

 

冷静に状況を分析したなのは周辺の地図を展開すると、音のする方角と照らし合わせた。

それを覗き込むように見ていたスバルが地図を指差した。

 

「音の方角はこっちですね」

 

「うん、ルートにかち合っちゃうね……うーん、どうしよう」

 

管理局職員としても、一人の『高町なのは』としても、止めに行きたいのは山々なのだが、ここでの戦闘は表とは訳が違う。

肉片やら臓物やらが平気で飛び散る修羅の沙汰なのだ。

それなりの修羅場を潜ってきたなのはですら吐き気を催す程度には地獄めいている。

精神的にまだ未成熟なスバルとティアナ、未だ幼いエリオとキャロに見せるには早すぎると思うのだ。

かといって迂回路を探してみても、その殆どが落盤や崩壊で塞がれてしまっている。

 

(……最悪、認識阻害魔法を使って誤魔化すしかないかな)

 

そう結論付けるとなのははパンッと手を叩いて注意を促す。

 

「みんな聞いて。今聞こえた戦闘音の方向なんだけど、そっちが目的地に向かうルートとかち合います。ホントは避けたい所なんだけど、迂回路は殆ど使えない以上、このままルート通りに進みます」

 

「つまり……戦闘になる可能性も?」

 

「場合によっては。でも出来るだけ避けるよう、私の方で認識阻害魔法を使うから大丈夫。もしもの時は一時離脱を図るよ。みんなもそれでいいかな?」

 

『はい!』

 

「うん、じゃあみんな、周辺の警戒を怠らないように着いてきて」

 

そう締めくくって、なのはを先頭にして音のする方角へと歩き出す。

直進すれば精々30メートル程度の距離を非常通路と階段を使って遠回りに進む。

そして、最後の扉を開けた先に見えた光景は──。

 

「くたばれ、ガキがぁ!!」

 

腹から臓物を溢したまま暴れる禿頭の男と。

 

「おら気張れよドランカー。足がふらついてるぜ?」

 

それを翻弄する黒衣の男だった。

周りには三つの死体と壁や地面に広がった夥しい量の血痕。

 

「───」

 

──はっきり言って、地獄だった。

 




──人は些細な侮辱には仕返ししようとするが、大いなる侮辱にたいしては報復しえないのである。したがって、人に危害を加えるときは、復讐の恐れがないようにやらなければならない。
ニッコロ・マキャヴェッリ


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/02 Ein Stück Erinnerung

話が抜けてるのに今さら気づいた間抜けとは私のことだ……



すいませんでしたm(__)m


「おいおい、ご自慢の拳は飾りか?」

 

「っの、くそが……!」

 

やり合うこと早数分。

相手の禿げ頭の野郎は腹から中身を垂れ流し、身体中は傷だらけ。

対するこっちは精々一張羅の防刃防弾性のコートが汚れた程度だ。

そもそも相手は拳一つで戦い、俺には銀鎖(こいつ)がある。

最初の一発こそ防ぐことになったが、それ以外の攻撃は何一つ当たっていない。

 

「こっちに、来やがれ!!」

 

「態々テメェの得意距離に突っ込むとかアホのやることだろ、シャブキメすぎて知能低下してんのかオッサン」

 

拳をむやみやたらに振り回しながら距離を詰めてくるオッサンをわざとらしくスレスレで避けて、銀鎖で背中の肉を抉る。

何時だったか拾ったこれだが、取り回しも威力も申し分なく、使い続けたらこの通り、今じゃ身体の一部のように使いこなせる。

よろけながらこちらに向き直った男が剥き出しの殺意を向けてくるが、俺にしてみれば慣れたモノで、別段恐怖も感じない。

 

「くたばれ、ガキがぁ!!」

 

「おら気張れよドランカー。足がふらついてるぜ?」

 

「───」

 

「ん?」

 

銀鎖を弄りながら挑発した所で、ふと違和感を感じる。

視界に薄膜一枚を張られたような感じがした。

 

「オオオオァァァァ!!」

 

「やかましい」

 

もうそんな事を知覚する余裕もないのだろう男が絶叫にも似た咆哮を上げて突っ込んでくるのを、そこらにあったコンクリート塊を顔面にぶん投げて黙らせる。

 

何だ?他に誰かが居るのか?

ハイエナの連中か、はたまた流れの浮浪者か。

どうであれ、今ここに居られるのはマズイ。出来ればコンパクトにすませたいが、相手が無駄にタフなせいで攻撃も大振りのが増えている。

下手に巻き込みたくはないが……

 

──ザザッ

 

「ぐッ──!?」

 

また、あのノイズが走る。

 

赤い、紅い、緋い、アカい、世界。

血の川、臓物と肉の山、燃える空、絶叫、慟哭、救いを求める声、諦観の狂笑。

死んでいく、殺されていく。

老いも若いも、男も女も、人もそうでないモノも、有機も無機もなく皆殺される。

 

「ぁぐ──」

 

吐き気がする。

同時に、抑えようの無い怒りも。

 

「くそ、こんな時に──!」

 

見れば男の方は右目が潰れているにも関わらず、真っ直ぐにこちらに向かってくる。

だがお構い無しに最悪な景色は止まることなく流れ続ける。

迎撃の為に銀鎖を振るおうとしても集中が途切れて上手く動かない。

 

死ぬ、殺される。

血が、赤、灼ける空。

貫かれる、斬られる、焼かれる、刺される、溶かされる、潰される、裂かれる、抉られる。

違う、こんなものは違う、これは、人の死に方じゃない!

痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い──!!

 

「が、アアアアアアアアアアアアアアア──ッ!!」

 

振り切れた感情と幻痛がココロを苛み、叫びを上げる。

 

彼我の距離がゼロになり、男が拳を振り上げた。

その時──浮遊感が身体を襲った。

 

「ァ?」

 

ぶつ切りの意識で何とか下を見ると、そこにさっきまであった歪んだレールと砂利で埋め尽くされた地面は無く、代わりに、暗闇があった。

ああ、これは落ちるなと理解した時にはもう遅く、俺と男は足掻くことすら出来ずに足下の暗闇へと落ちていった。

 

その最中、襤褸を纏った男を見たような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのはさん、あの人たち!」

 

スバルの悲鳴にも似た声が廃道に響き渡る。

なのは達が黒衣の男と禿頭の大男が戦う此処に辿り着いてすぐの事である。

血みどろの光景を確認して、即座になのはが認識阻害魔法を展開して周辺の景色を『元の状態』に上書きした所で、それは起きた。

突如として黒衣の男が絶叫したかと思えば地面にヒビが入り、そのまま穴となって二人を呑み込んだのだ。

二人の落ちた先を予想して、なのはは苦い顔になる。

 

「マズイね……レイジングハート、この穴の深さを測れる?」

 

《yes.Master》

 

予想が正しければ彼らの落ちる場所は──。

 

《I agree with 20 meters of depth and the destination.》

 

「やっぱり、か」

 

パートナーであり、武器であるロッド型インテリジェントデバイス、レイジングハートからの回答に納得しながらもままならぬ事態に目を伏せる。

とはいえ、このまま手をこまねいているわけにはいかない。

気持ちを切り換えてなのはは隊員たちへと振り返る。

 

「みんな、さっきの人たちが転落した先が今回の目的地である聖遺物の居場所なの。そこで私たちはこのままこの穴を使って目的地までストレートに行きます。そして転落した二人の救助と聖遺物の回収を同時進行で行います」

 

『了解!!』

 

「まずは降下。状況を確認後、二手に別れて救助と回収。それじゃあ行くよ!」

 

先頭として両足に小さな桜色の魔力翼を展開したなのはが穴の中へ飛び込むと、次いでスバルがインラインスケート型インテリジェントデバイス、マッハキャリバーからウイングロードと呼ばれる足場となる道を穴へと繋ぎ、ティアナと共に螺旋状に展開したその上を駆け降りる。

エリオは体力の低いキャロをお姫様抱っこするとウイングロードに乗り、スバル達の後を追った。

 

《10 meters of rest》

 

「魔力濃度も濃くなってきてる……みんな、気をつけて」

 

『はい!』

 

レイジングハートからの通達と共に肌で魔力の濃さを感じる。

はっきり言って異常だ。なのは自身が経験した中でもこれは『闇の書』に匹敵……いや、並ぶ程だ。

一体、何が眠っているのか。

何より気がかりなのは落ちてしまった二人だ。

迅速に救助しなければ命に関わる。

 

(間に合わせてみせる──!)

 

不安と焦燥、そして決意を胸に、彼女は降下する速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっつつ……あぁ、ちくしょう」

 

どうやら少し気を失っていたらしい。痛む頭に触れながら瞼を開ける。

あの光景はまだ脳裏に流れているが、無理矢理無視して状況を確認する。

上を向けば薄暗くてよく見えないが何人かの人間が降りてくるのがぼんやり見えた。

 

「そこそこ深いとこまで落ちたか」

 

足にのし掛かった瓦礫を退かして立ち上がって埃を払い、少し深く息を吸おうとして……むせた。

 

「ゲホッ、ゴホッ!……なんだこの濃さ」

 

周囲をよく見れば、粒子状に視覚化するほどの魔力が漂っていた。

たまに隔離街で実験失敗した腐れサイエンティストのラボのまわりで見かけたが、ここまでのモノは初めてだ。

息苦しいような、それでいて落ち着くような。

不意に、風の流れる音が聞こえた。

 

「ちっ」

 

ガゴンッ!!

 

咄嗟に銀鎖を巻いた左腕で飛来したレールを弾き飛ばす。

飛来した方向を向くと、やはりあの禿げ頭が居た。

 

「クレン……フォールティアぁぁぁ……」

 

「野郎に、ラブコールされたかないね……ッ」

 

止まない頭痛にしつこいオッサン。

最悪の組み合わせじゃないか……取る依頼間違えただろ、これ。

 

 

 

 

 

 



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/03 Schluss mit Vergeltung

 ガリガリと、精神が磨り減る音が聞こえる。

 

「オォァ!!」

 

「ッ……いい加減、しつこいっての!」

 

 状況は最悪だ。

 濃すぎる魔力濃度の空気に、いまだに網膜を焼く最悪な景色、加えてどういうワケか傷が回復しはじめた禿げ頭。

 多分、周囲の魔力を取り込んで無理矢理再生してるんだろうが、自殺行為も甚だしい。

 濃すぎる魔力はそれだけで毒だ。それをリソースに治癒を掛けようモノなら、それは薬ではなく劇薬に等しい。

 つまるところ、『人では居られなくなる』。

 

「ガァァァァァ!!」

 

「ッぐ……!!」

 

 理性なんてとうに無いだろうに、的確に心臓を狙ってくる拳を両腕を交差させて防ぐ。

 ミシリ、と骨が軋むが知ったことじゃない。

 現実と悪夢の光景が明滅するように入れ替わりを繰り返し、思考は纏まらなくなっていく。

 やがては目に見える景色が曖昧になり、暗闇の底が赤く燃える『国』へと変わった。

 

 痛い、やめて。

 どうして、何故、私たちが何をした。

 生きていただけだ、生きていたかっただけだ。

 それなのに何故?

 何故殺されなきゃいけない?

 

 声がそこらの物言わぬ死体から聞こえる。

 悲嘆と憎悪、疑問と疑念。

 そんなものはこの街で飽きるほど聞いた筈なのに、どうしてこんなにも胸を苛むのか?

 解らない。だが、どうあっても聞き届けなければならない。そんな気がする。

 

「■■■■─!!」

 

 現実離れした光景に混乱した耳に、人でなしの咆哮が聞こえた。

 そうだ、今は……。

 

「ガッ……!?」

 

 殺し合いの最中だった。

 がら空きの腹に入った拳が内臓を潰す痛みに現実へ引き戻される。

 そのまま吹き飛ばされ、壁を幾つか砕き、硬い何かにぶち当たってようやく止まった。

 

「ガフッ……やべえな」

 

 どうやら内臓が幾つか『おじゃん』になったらしい。

 せり上がってくる血の塊を吐き出して苦笑する。

 たった一撃で瀕死まで持っていかれた身体をどうにか起こして正面を見据える。

 案の定、禿げ頭が異常に発達した右腕を構えながらやってくるのが見える。

 

 死にたくない。

 いやだ、死にたくない。

 

 赤い世界から生にすがる声が聞こえる。

 ああ、そうだな。死にたくないな。

 こんな所で死ねはしない。

 そも自分は何のためにここに居る。復讐のためだろう。

 彼らに不当に殺された者達の代行として、その復讐を成すために。

 ならば死ねない。死ぬわけにはいかない。

 

『では、戦うかね?』

 

 当然だ。

 俺は、理不尽を赦せない。不条理を許さない。

 因果には応報を。

 復讐を。ただひたすらに。

 理不尽と不条理を許す世界へ──!!

 

『よろしい。ならば牢獄を抜け、世界へと吼えるがいい。地を這う虎よ』

 

「上等──!」

 

 どこからか聞こえてきた妙な声に笑って返しながら、俺は背後にある『それ』に手を伸ばす。

 漆黒のモノリス。その中心にはさらに暗く、黒い『逆十字』。

『それ』が何なのかはわからない。判らないが解るのだ。

 これは『俺』のモノ。他でもない俺が担うべきモノ。

 ぞぶり、波紋を立てて右腕がモノリスに呑み込まれる。

 知ったことかと肩まで突き入れ、そして……掴んだ。

 

 「|汝は竜の牙をも引き抜くべし。獅子をも足下に踏みにじるべし《Du ziehst auch die Reißzähne des Drachens heraus. Sie müssen auch auf einen Löwen treten》」

 

 自分の知識には無い言語、しかしその意味を理解できる。

 これは、導きの祝言。

 

形成──(Yetzirah)

 

 ──今ここに我が恩讐を吼え立てん。

 

罪火・反逆の十字架(Verbrechen Rebellisch Das Kreuz)

 

 力が満ちる。

 まるで重荷が取れたように身体が軽い。

 視界はクリアに。あの光景はもう、見えない。

 モノリスは既に無く、あるのは身の丈ほどある巨大な灰の焔を纏った黒い十字架。

 

『使える』

 

 理由も理屈も無く、直感でそう感じ取り、十字架を掴んで楯のように構える。

 何となくだが、そうするのがこれには合っている気がしたのだ。

 経たず、禿げ頭の右腕が十字架に炸裂し──

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 禿げ頭の右腕が『弾け飛んだ』。

 いや、正確には灰の焔に十字に引き裂かれ、吹き飛ばされた。

 たまらず男がたたらを踏みながら後退るが、逃がすかよ。

 

「おらぁ!!」

 

「!!!?」

 

 銀鎖を走らせ、男の腹に喰い込ませる。

 肉に食らい付いた確かな感触を感じ取り、そのまま引き寄せる。

 まるで弾かれるように飛んで来る男との相対距離を測りながら、十字架の頂点を前にして構える。

 

 5。

 

 4。

 

 3。

 

 2。

 

 1。

 

「燃えろ、お前の罪によって」

 

 0。男の胸に十字架を打ち込み、そう唱えると、瞬く間に男の身体が灰の焔に燃やされ炭化していく。

 

「オオ、オオオォォォォォォォォ……!!」

 

 命乞いか、はたまた死への恐怖か。

 男はとうに焼け潰れた喉から慟哭のような叫びを上げて消えていった。

 あまりにもあっさりとした幕引き。

 それだけ、こいつの犯してきた罪が重かったのだろう。

 

 ……罪火・反逆の十字架。これは楯であり、杭だ。

 害意を持つ攻撃の一切を防ぎ、その力を灰の焔で相手に返す。

 そして、先程のように打ち込んだ場合は杭として、相手の過去から現在に至るまでに犯した罪をリソースとしてその身を燃やす。

 

「────はぁ」

 

 一体何なのか、これは。

 色々と起きすぎて混乱するあまり溜め息が出る。

 あの光景の意味は?形成とは何だ?あの声は何だった?

 わからないことが多過ぎて思わず天を仰いで見てもあるのはゴツゴツとした岩肌と暗闇だけだった。

 不意に、視界が明滅する。

 

「まずっ……」

 

 肉体的には形成を使った時点で何故か完治していたが、精神的な疲労まではどうやら治せなかったらしい。

 

「──!────っ!」

 

 がくりと崩れる身体が、誰かに支えられる。

 呼び掛けているのだろうか、声が聞こえた気がするが、それを確かめる間もなく、俺の意識は深い闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………眠ってますね」

 

「どうします?なのはさん」

 

「うーん……」

 

 黒衣の青年を抱き抱えたスバルと青年の状態を確認したティアナがなのはにそう訊いてくる。

 彼が相手にしていた禿頭の男は死んだ。目の前の青年が殺した。手に持っていた十字架で。

 隔離街では当たり前の光景だとなのはも知っているが、それでも心に波が立たない訳ではない。

 その十字架だが、今は見当たらない。青年の身体に溶けるようにして消えてしまった。

 あれだけの魔力と力。あれが件の聖遺物と見て間違いないだろう。

 つまり、この青年は──。

 

「聖遺物と融合しちゃってる、よね」

 

 いわんや、彼自身が聖遺物とさえ言える。

 友人に聖遺物所持者は居るものの、さすがに聖遺物そのものとなった人物など知る由もない。

 人か?聖遺物か?どちらとして扱えばいいのかわからない。

 

「キュルルル」

 

「あっ、フリード暴れないで」

 

 と、熟考していると遅れて来たキャロの慌てた声とフリードが暴れる様子を見せていた。

 恐らく、濃すぎる魔力濃度に気が立ってしまったのだろう。

 ……目的の物は既に無い。ならば長居は無用だろう。

 そう断じてなのはは指示を出す。

 

「みんな、一旦輸送車の所まで戻るよ。そこから六課とエリア管轄者にこのことを報告して指示を仰ごう」

 

『了解!』

 

 こちらでもて余してしまう問題な以上、迂闊な現場判断は危険と判断し、なのはは戻る選択を取った。

 

「その子は私が運ぶね?」

 

「はい」

 

 スバルから青年を預かる。

 防刃防弾仕様のコートや銀鎖を除けば見た目相応の重さだ。

 あんな膂力を出せるとはとても思えない。

 その顔を少し眺めたあと、なのはは青年を抱え直すと、来た時と同じように両足に魔力翼を展開し、飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も居なくなった、暗い地下空間。

 無音であるはずのそこに、足音が響く。

 それは地下空間と廃道を繋ぐ穴の下まで来ると止まった。

 

「役者はそろった」

 

『それ』は襤褸を纏った、男だった。

 否、男のようであり、女のようであり、幼子にも老人にも若人にも見える。正確にその姿を判別することが出来ない。

 

「いやはや、これまで最果て故に無用と捨て置いたが、こうもなれば些か面倒だ」

 

 困ったと言わんばかりの言葉、しかしその声音はまるで芝居染みていて、軽薄だ。

 

「しかしこのまま放置するのも癪と言うもの。女神の世界に異物は不要。端役にすらなれぬ者には消えてもらわねばなるまいよ」

 

 微かな風が『それ』の髪を揺らす。

 その瞳は今を見ているようでいて、しかし遠く、ここではない何処かを見ていた。

 

「だが、ただ潰してしまうにはここはあまりに惜しい。ならば端役に押し上げ、舞台の前座程度は務めてもらうとしよう」

 

『それ』は笑う。まるで舞台を整える演出家のように。歌劇を導く指揮者のように。

 

 

「では、今宵の復讐劇(ヴェンデッタ)を始めよう。その筋書きは在り来たりの三文芝居、役者もまた然り。しかしその熱意は素晴らしい、至高と信ずる。──故に、面白くなると約束しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──これより舞台は幕を開ける。

 神座より遠く離れた最果ての外典。

 語られざる、殺意への復讐劇──

 

 

 

 

 

 魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe-

 

 ──始まります。

 




復讐心とは我々に対して、憎しみの感情から害悪を加えた人に対して、同じ憎み返しの心から、害悪を加えるように我々を駆る欲望である。
──バールーフ・デ・スピノザ


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/ 登場人物紹介

プロローグ 登場人物紹介

 

 

・ クレン・フォールティア (18?)

 

赤みがかった黒髪と銀の瞳の、黒い防弾防刃コートを纏った青年。

第1世界ミッドチルダ、再開発エリアD4区画、通称『隔離街』で掃除屋兼復讐代行として日々を過ごしていた青年。

幼少期の記憶が一切無く、物心がついた時には既に隔離街に居た。

 

隔離街に特別な思い入れもなく、むしろその性質に常日頃からフラストレーションを感じているが、街を出ていく資金もなく、仮に出ていけたとしても真っ当な人間としていられないという確信から街に残っている。

 

理不尽や不条理を許容する世界を常に憎んでおり、一方的な暴力や殺人などを許すことが出来ない。自身であれ、他者であれ。

因果があるなら必ず応報を。報われぬ罪などあってはならない。

故にこそ望むのだ、全てに報いのある世界を。

 

性格は口は悪いものの基本的には誰にでも温厚。ただし隔離街での生活が長かったからか人を信用することに慎重になっている。

意外なことに子供には優しく接する。

 

《銀鎖》

クレンが左腕に装備する、蛇を模したチェーンヘッドの鎖。

ある日依頼先で拾ったものをそのまま使っている。

材質が不明で、伸縮自在、持ち主の意思で如何様にも動かせる。

それ以外なにか能力が有るわけでもないので聖遺物とも認定されない半端なマジックアイテム。

 

罪火・反逆の十字架(Verbrechen Rebellisch Das Kreuz)

クレンが地下空間で獲得した聖遺物。

灰色の焔を纏った巨大な黒い十字架。

現時点で判明しているのは、

・楯として使えば相手の力を増幅反射させる

・杭として使えば相手のこれまでの罪をリソースに相手を灰滅させる

という能力。

杭として使う場合の罪には差があり、最大級の罪は殺人。特に一方的な殺害であったならその火力は凄まじく、対象の魂までも焼き尽くす。

 

 

 

 

 

 

高町なのは(19)

 

時空管理局本局武装隊 航空戦技教導隊 戦技教導官、兼 前線フォワード部隊 スターズ分隊隊長 。

 

プレシア・テスタロッサ事件、闇の書事件、■■■■■■事件等、幼少期の魔法との出会いから数多くの事件を解決に導いてきたベテラン魔導師。

 

隔離街の管轄者からの依頼で、聖遺物の回収を教え子達と共に隔離街へと入る。

 

《レイジングハート》

インテリジェントデバイス。なのはの武器であり、良きパートナー。

武装形態は砲戦特化の杖。さらにある武装との合体形態も存在する。

 

 

 

 

 

 

 

???

 

襤褸を纏った男。

暗い青の長髪に矮躯の、一見すると弱々しく見えるが、その存在は只人にどうこう出来るようなモノではない。

迂遠な言い回しと芝居がかった物言いが特徴。

 

舞台を回す『蛇』。

 

 

 

 

 

 

 



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1.
/01 Bündnisvereinbarung


「──なるほど、事態はそうなったか」

 

 ほの暗い空間の中、一人の男がそう呟いた。

 その蒼い瞳で何を見るでもなく、ただ虚空を見つめながら。

 あるいは何かを感じ取ったのだろうか。

 

「どうやら『虎』は牢獄を抜けたらしいな」

 

 くつくつと笑いを交えながら切れ長の瞼を細め、雑多に伸びた紺の髪を掻き上げる。

 そこに、もう一つ声が足された。

 

「ではどうするのかな、『観測者(レプチャー)』?」

 

「どうもしないさ、『マクスウェル』。暫くはあれが成熟するのを待つさ」

 

「……さしずめ、蛇の尾を持つ虎、か。相手はどうする?」

 

「シナリオ通り。少々退屈ではあるが、『ドクター』の人形達にやらせるさ」

 

 観測者と呼ばれた男は、マクスウェル、と返した男に変わらぬ笑みを浮かべたまま語らう。

 それは明日の予定を立てる子供のように無邪気であり、それ故に残酷でもあった。

 

「漸く、漸くだ。ああ、待っていろ『神座』とやら。必ずお前"も"殺してやる──」

 

 ほの暗い空間に、声が響く。

 まるで舞台の開演を告げるように──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何処だ、ここ?」

 

 目を覚ました第一声がこれだった。

 染み一つない小綺麗な天井、軋む身体を起こして周りを見ればチリ一つない無機質な部屋に首を傾げる。

 ドラッグで頭の逝った連中よろしく、『ここはどこ?私はだれ?』とでも言いたい気分だ。

 

「確か、あの禿げ頭を殺して……」

 

 そのまま気を失ったんだったか。そういえばあの時、誰かに抱えられたような……

 

「わっかんねぇな……ん?」

 

 頭を掻こうとして、右手に何かが有ることに気付く。

 正確には手のひらだ。目の前に持ってきて見ると、そこには奇妙な痣があった。

 

「十字架、か?」

 

 その形は俺があの時手にした十字架と似たような形をしていて、その中心には小さな文字が刻まれていた。

 

待て、しかして希望せよ(Warten Sie, hoffe es.)……?」

 

「──モンテ・クリスト伯」

 

 不意に、俺じゃない声が聞こえた。

 その方向に目を向けると、そこには焦げ茶色の髪の女が出入口であろうドアの縁に肩を預けて立っていた。

 あの制服……管理局か。

 

「うちの住んでる国では巌窟王とも呼ばれとる、有名な作品やね。うちもよく読んだなぁ」

 

「誰だ、アンタ」

 

 白いロングコートをマントのように肩に掛けて、いかにも偉そうな格好しているこの女。

 まるで隙が無い。下手に動けば即座に捕まるのが目に見える。

 

「ああ、自己紹介がまだやったね。私は八神、八神はやて。時空管理局 本局遺失物管理部 機動六課の課長兼総部隊長をやらせてもらっとる。よろしく」

 

「……クレン・フォールティアだ」

 

 よくわからんが、思った以上にすげえ立ち位置の人間だって事はわかる。

 そしてそれに恥じぬ実力者だって事も。

 隔離街の連中が束になっても敵わないだろうな、これは。

 抑えてはいるんだろうが、それでも肌に感じる魔力の質はこれまで見てきたどんな奴よりも高い。

 ……こりゃ逃げようと思わないほうが良いな。

 

「で?俺はどうしたってこんなところに居るんだ?懇切丁寧にベッドまで用意してくれてよ」

 

「君もわかっとるんとちゃうん?その右手の痣──正確にはその痣の中にある聖遺物について聞きたいことがあるんよ」

 

「聖遺物?」

 

 正直、聖遺物と言われてもピンと来ない。

 そもそもなんだその聖遺物って。『シスター』にも教わってないぞそんな事。

 

「あー、聖遺物って言うんはようするに現代とは隔絶した技術や魔法の総称や。ロストロギアとも呼ばれとる」

 

「ほぉ……つまりそのトンデモマジックアイテムが俺の中にあると」

 

「ある、というより同化やね」

 

「余計にタチ悪ぃじゃねぇか」

 

 いやまあ確かにデバイスなんか目じゃない火力を出してはいたし、あの時何となくわかった十字架の使い方でもかなりえげつないとは思ったが……そこまでのものだったとは。

 

「で、話を戻すけど。何か知っている事、解っている事はある?」

 

「って言われてもな。俺だってあの時は必死だったからな……まあ確信を持って言えることは一つだな」

 

「?」

 

「こいつが生まれた環境はマトモじゃない」

 

 これだけは絶対だ。

 生まれた環境も、込められた思いも。どれを取っても血と怨嗟にまみれてるのは確かだ。

 でなければあんな光景が見える筈もない。

 この世に地獄があるのなら、きっとあんな世界なのだろう。

 

「……何を、見たん?」

 

「さぁな、細かいことは俺にもわからん」

 

 あの光景を言語化したとしても上手く伝わるとも思えないので、適当に肩を竦めて誤魔化す。

 

「……そういうことにしとこか」

 

 バレてら。

 

「それじゃもう一つ。その聖遺物の使い方はわかっとるん?」

 

「ああ、それは──」

 

「はやてちゃん、来たよ~」

 

 答えようとしたところでノック音と共にゆるい声が聞こえた。

 ……今度は何だ?

 

「入って大丈夫よ、なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

「お邪魔するね」

 

「あ、もう起きてたんだ」

 

 八神(暫定的にこう呼ぶことにした)の返事に、明るい茶髪と金髪の女が二人入ってきた。

 ……おいおい、この二人も強いじゃねぇか。何だ?俺の持ってる十字架(コイツ)はそんなに警戒するもんなのか?

 

「まあ聖遺物である以上、警戒するに越したことはないからなぁ」

 

 さらっと読心しやがったコイツ……。

 

「紹介するで、こっちの白い制服の方が高町なのはちゃん。茶色い制服の方がフェイト・T・ハラオウンちゃんや」

 

「高町なのはです、よろしくね?」

 

「フェイト・T・ハラオウンです、よろしく……えっと」

 

「クレン・フォールティアだ」

 

「うん、よろしくね、クレン」

 

「お、おう……」

 

 それぞれと握手を交わし「あれ?ウチとは握手してくれないん?」だから心を読むんじゃねえ!

 ……改めて八神とも握手してから話を再開する。

 

「二人には君の──その十字架の警戒も兼ねて来て貰ったんよ。あとは諸々の確認を一緒にするため。こっちのが重点やね。……それで、十字架の使い方やけど」

 

「さっき言いそびれたが、俺にもよくわからない(・・・・・)

 

 正確にはわかっている。だが全てではない。

 確かにコイツらは管理局の人間である以上、その手の扱いにも長けているだろうが、隔離街で育ってきた身である俺にとってはまだ信用出来ない。

 こればかりは育った環境が環境だから仕方ない。

 あそこじゃ詐欺や裏切りなんて日常茶飯事だったからな……おいそれと人を信用出来なくなる。

 実際、あそこで信用出来たのは『シスター』くらいなもんだったし。

 

「ふむ……それはそれで(・・・・・・)危ういなぁ」

 

「はやてちゃん?」

 

 チッ、やっぱり読まれてるか……。コイツ、かなり"キレ"るな。

 流石にイカれた隔離街の連中よりも頭の回転が速い。伊達に役職付きじゃ無いってことか。

 他の二人は気付いてないみたいだが。

 

「君は、『封印処理』って言葉、知っとる?」

 

「さぁな……だがあんまりよろしくない響きではあるな」

 

「読んで字の如く、扱いの不明な聖遺物を暫定的に凍結処理して、管理方法が確立するまで保管すること」

 

「……脅しか?」

 

「事実や」

 

 八神の言葉をそのまま受け止めるなら、それはつまり、現状聖遺物と同化している俺ごとまとめて凍結されてしまうということだろう。

 しかもいつ管理方法がわかるかわからないときた。下手すりゃ世界が終わるまで。

 その間ずっと氷付けなんて死ぬも同然だ。

 

「少なからず使い方が解ってて、持ち主がコントロール出来るなら話は別やけど?」

 

「……オーケー、わかった。降参だ。性格悪いなアンタ」

 

「最初から素直に答えてくれん君が悪いんよ?」

 

「育ちが悪いもんでね」

 

 悪びれもせずそう答えておく。

 

「え?どういうことなの?」

 

「なのは……」

 

 いやここまで来て分かってないのか高町とやら……。

 

 

 閑話休題。

 

 

「それで使い方だが、ある程度はわかる。だが」

 

「全部ではない、と」

 

 八神の言葉に首肯して、俺はわかっている十字架の能力について話した。

 

「確実にカウンターを起こす盾に」

 

「対象を焼き尽くす杭、か──」

 

「でも罪の重さって何だろう?」

 

 上から八神、ハラオウン、高町の順に言葉が続く。

 仲良いなお前ら。

 

「多分だが、殺人が一番重い罪だろうな。それも一方的なやつなら尚更」

 

 現にあの禿げ頭は跡形も無く消滅したわけだし。

 

「ふむふむ。わかっている能力はそれだけなんやね?」

 

「ああ。これ以上があるかも知れないし、これだけかもしれない。そこはわからないがな」

 

「ふむ…………能力は強力……蓋をする?……いやこの場合は殻に……移動できれば……個人能力は……報告書通りなら……」

 

 なんだ、いきなり八神がぶつくさ言い出したぞ……普通に怖いんだが。

 かと思えばガバッと身を乗り出して来……いや近い近い。

 

「なぁ君!まともな働き口探しとらん!?」

 

「はぁ……?」

 

 いきなり何を言い出すかと思えば、働き口?

 

「え、はやてちゃん、まさか……」

 

「 そ の ま さ か や 」

 

 八神がこうなった理由が解ったのか、高町が訊ねると、八神がドヤ顔した。

 何故だろう、無性に腹立つ。

 

「君、隔離街に戻りたい?」

 

「は?なんでそんな……」

 

「い・い・か・ら!!」

 

「……戻りたくはねぇよ、あんな所。でもこっちでの生き方なんて知らねぇし……」

 

 そもそも俺は殺人者だ。それも自分の無繆を誤魔化すためにやってるようなロクデナシだ。

 正直な話、こっちに馴染めないだろう。

 根本的な倫理観が違いすぎるのだから。

 

「そこはウチらが責任持って教えたる。こっちの倫理観も、生活の仕方も、食い扶持も全部教えるし用意する。かわりに君にはウチで働いてもらいたいんよ」

 

「……………………は?」

 

 言うに事欠いて何言ってんだこいつ?

 管理局に逮捕ならまだわかる。こっちじゃ犯罪者も同然だしな。

 それがどうして管理局で働くなんて頓珍漢なもんが出てくんだ?

 

「いやいやいやいや、待て、待ってくれ。俺に管理局で働けだ?アホか?アホなのか?あるいはお前はバカなのか?」

 

「ひっどい言われよう……」

 

「誰だってそうなる、昔の私だってそうなる」

 

 凹む八神に対し、ハラオウンの方は納得顔でうんうん頷いていた。

 

「はぁ……とにかく、どうしてそうなったのか説明してくれ」

 

 混乱からくる頭痛に頭を押さえながら八神にそう要求する。

 

「簡単にいえば、戦力の拡充が目的やね。現状、ウチらの部署が抱えてる案件が結構シビアなもんで、本部から戦力を補充したいところなんやけど」

 

「管理局自体が人手不足だとでも?」

 

「……恥ずかしながらその通り。理由としてはもう一つあって、こっちのが重要やね」

 

 一旦言葉を切って八神はこちらを真っ直ぐ見据えてから、改めて口を開いた。

 

「君の命を守りたいんよ」

 

「何……?」

 

 いきなり何を言い出すんだ……?

 

「さっきも言った通り、君は聖遺物と同化した状態……つまり君自身が聖遺物と言っても過言じゃない。そうなれば必然的に封印処理になってまう。それを回避するには君をこちらに引き込んで保護観察処分にするか嘱託魔導士にする以外、方法がないんよ」

 

「……理由はわかった。だが、どうして俺にそこまでする?アンタ達とは今日あったばかりだろう?」

 

 普通ならさっさと本部とやらに突き出せばいいし、聖遺物こそあれど、所詮は隔離街のロクデナシの一人なのだから、目にかける必要すら無いだろうに。

 

「直ぐにでも失われそうになる命を、見捨てるなんて出来ないよ」

 

 俺の疑問に答えたのは、高町だった。

 

「アンタは見てただろう?俺は人を殺してる。あの時以前から何人もだ。そんな命を守りたいと?お人好しが過ぎるぞ」

 

「それでも、だよ」

 

「俺が拒否してもか?」

 

「君はまだそうなるのを認めてないでしょ?」

 

「強情だな」

 

「そっちこそ」

 

 睨み合うこと数十秒。

 俺はため息をはいてそれを終わらせた。

 なんというか、この高町という女はかなり芯の強いヤツらしい。

 あんな光景を見ても、当事者たる俺を守ろうだなんて言える辺り、相当なお人好しだ。

 

 ──久しぶりだな、こんな感覚は。

 

 そう思うと同時、悪くないとも思った。

 条件は破格と言えるし、何より──これは勘だが──コイツらは信用出来る。

 

「…………乗った」

 

「え?」

 

「その話に乗るってんだよ」

 

 呆然と間抜け面をさらす八神に左手を差し出す。

 

「右手は見ての通りだからこっちだが。これで契約といこうじゃねぇか」

 

「…………ありがとう」

 

 ぶっきらぼうに出した手を、八神の細い手が握る。

 

「ロクデナシなヤツだが、よろしく頼む」

 

「ウチらがロクデナシから引き上げたるから安心しぃ!」

 

 自嘲混じりの挨拶に、八神は受けて立つと力強い眼差しで笑った。

 

 

 

 

 

 ……コイツらと居れば、きっと俺の渇望(ねがい)は叶う。

 そんな頼りない、でも確かな勘を胸に、俺と八神の契約は成立した。

 

 




──復讐心とは我々に対して、憎しみの感情から害悪を加えた人に対して、同じ憎み返しの心から、害悪を加えるように我々を駆る欲望である。

──バールーフ・デ・スピノザ


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/02 Eindruck

八神はやて──ひいては機動六課との契約から二週間が経った。

その間、俺は八神が用意した戸籍謄本やら住民申請やら、とにかく書類関係に四苦八苦した。

時には八神やハラオウンに教わりながらそれらを書き上げ、無事に届けが承認され、そして今日。

 

「今日から私たちと一緒に戦闘訓練に参加することになった、クレン・フォールティア君です、みんなよろしくね?」

 

『はい!』

 

「いやおい待てコラ高町」

 

どういうわけか戦闘訓練に参加させられていた。

いや百歩譲ってそれはいいとしよう、だがなんで事前に一切の連絡も無かった?

八神が「まあまあ、行けばわかるから」とか誤魔化してた時点で怪しいとは思ってはいたが……。

 

「あれ?はやてちゃんから聞いてなかった?」

 

「一切、何も」

 

「あちゃー、はやてちゃんの悪い癖が出ちゃったかー」

 

「仮にも組織を預かる頭目がそれでいいのか……」

 

多分いたずら目的なんだろうが……俺を勧誘したときのあのカリスマとのギャップが激しい。

 

「んー、本当はクレン君のリハビリも兼ねて軽い運動をしてもらおうかなって思ったんだけど」

 

「全員バリアジャケットとデバイス展開した軽い運動とは」

 

「仮想ビル群を使った障害物レース」

 

「全ッ然軽くねぇ……」

 

おかしい、ここの連中もしかしたら隔離街の連中よりぶっ飛んでんじゃないか……?

 

「どうする?見学だけにしておこうか?」

 

「いや……いい機会だしやるわ」

 

見学を提案してくる高町にそう返して、俺は右手に持った片手剣型のインテリジェントデバイスを眺める。

戦わないで久しいのと、聖遺物と同化した今の身体のスペックを確認するのに高町の言うメニューは最適だろう。

 

「しっかし……管理局のBJってこんなにダサいのな」

 

「ちょ、それ他の部隊の人が聞いたら怒られちゃうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し経って、俺はスターズ、ライトニング分隊の面々と共に仮想空間に展開されたビル群の中に居た。

ルールは簡単、ここからゴールに指定された場所まで設置された障害物を越えるか破壊してゴールするだけ。

言うだけならそう難しいことではないが、確実に設置された障害物が面倒そうなのはわかる。何でかって?

 

「いっちに、さんっし……」

 

「ルートはこっちの方が速い……でもトラップの可能性も……」

 

さっきから真剣に準備してる奴らが隣に居るからさ。

いやなんだコイツらの雰囲気、これ訓練だよな?

確か名前はスバル・ナカジマとティアナ・ランスターだったか。分隊はスターズ分隊。

で、さっきからこっちを見てるのが……

 

「エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ、だったか?」

 

「あ、はい。エリオ・モンディアルです!よろしくお願いします!」

 

「き、キャロ・ル・ルシエです!」

 

「ああいや、そんなにあらたまらなくていい、よろしくな」

 

見たところ二人はまだ子供だ。

だがまあここに居るということは、この二人も何かしら戦う術を持ち合わせているんだろう。

隔離街に子供は居なかった……というか居させなかったので、こうして見るのは久しぶりだ。

 

「こういうの、やったこと有るのか?」

 

丁度良いのでエリオ達に今回の障害物レースについて聞いてみた。

 

「そうですね、何回かあります」

 

「結構難しい感じか」

 

「……やさしい時も、ありますよ?」

 

「…………」

 

エリオ、無理にフォローしなくていいぞ。

見てるこっちが辛くなる。

だがこれで、高町の設定するレースがそこそこ難しいのは分かった。

 

「出来る限りのことは、やってみるかね」

 

【みんな、準備はいい?】

 

並立つビル群を眺めていると、高町から通信が入る。

それと同時に俺たちの前に信号らしきものが投影された。

 

『はい!』

 

「おう」

 

【うん、それじゃあ改めてルールを説明するよ】

 

俺たちの返事を聞いて、高町がルールを話始めた。

 

【今みんなが居る場所をスタート地点として、3ルートに別れて、直線で10キロ離れた場所にあるゴールに向かってもらいます。陸路、空路は問わないけれど、道中にある障害物は必ず破壊するか迂回すること。以上がルールです】

 

「何時も通りね……」

 

「でも今日はクレンさん居るからちょっとは優しくなってたりして」

 

「逆に難易度上げてくるんじゃねぇか、アイツ……あとさん付けは要らねぇよ」

 

「デスヨネー」

 

ナカジマが希望的観測を言うがそれをバッサリ斬る。

単純に普段より人数が増えているのもあるし、障害物レースとは言っても各分隊の連携も見るつもりでもあるんだろう。

そんでもって俺個人のポテンシャルを測るいい機会だしな。

手に持ったデバイスを肩に担ぎ、左腕の銀鎖の調子を見る。

……良好良好。

 

【それじゃみんな、準備はいい?】

 

『はい!』

 

「何時でも」

 

【OK、カウントスタート!】

 

高町からの通信が切れると、投影されていた信号が点滅を始める。

5、4、3、2、1──。

 

「オープンコンバット!!」

 

そしてランスターの掛け声を皮切りに俺達は三方へと散るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レース開始からしばらく。

最初に現れた障害物はガジェットと呼ばれる機械兵器だ。

数は1。

ガジェットにはAMFと呼ばれる特殊なフィールドがあり、並大抵の魔法攻撃は通さず、ガジェット自体の攻撃は非魔法であるため一方的に攻撃が出来るという、魔法根本で出来たこの世界ではインチキみたいな性能の兵器だ。

しかも量産されているらしい。

そして、機動六課がメインで対処している厄介な奴だ。

 

「確か物理で倒すのも苦労するって八神が言ってたな……」

 

レース前に高町から十字架を使うなと言われた以上、今ある武器でどうにかするしかない。

 

「とりあえず、やってみるか」

 

さっきから鬱陶しく楕円形の駆体から伸びた二本の触手をうねらせているガジェットの顔面?カメラ?に銀鎖をぶつける。

が、やはりというか、一応マジックアイテムの銀鎖では少し装甲に傷を付けただけで終わった。

 

「ふぅむ」

 

お返しとばかりに飛んできた光弾を銀鎖で弾きながら考える。

普段人間やら生身のヤツしか相手にしてこなかったから、大体銀鎖で一撃で沈めて来た分、こういう機械系の敵の対処は確立出来ていなかった。

これもいい勉強と思って色々やってみるか。

 

「つっても、後やれんのは──」

 

足に力を込め、一気に加速する。そしてそのまま──。

 

「これだけだよな……!」

 

右手の剣を叩きつけた。

当然、これはフィールド貫通とか便利な魔法を付与してない、正真正銘ただの剣型デバイスなのでAMFを破れず、ガジェットに傷すら負わせられない。

 

「……は?」

 

……筈だったんだが。

どういうわけか、目の前には綺麗に真っ二つになったガジェットがあった。

それはもう綺麗に、断面が潰れた跡すらなく。

小さくスパークを出すだけで爆発すらしないガジェットを前に、俺は呆然と立ち尽くす。

 

待て待て、もしかしたら高町がガジェットのAMFを切っていたのかも知れない。

銀鎖で傷付いたのもそれが原因かもしれないしな。

 

【AMFは切ってないよ】

 

「しれっと心読むんじゃねぇ!」

 

訊こうとする前に高町の方からそう言ってきた。

となると何か?単純な膂力だけでガジェットをこんな簡単に斬ったってか?

 

【デバイスにも何も異常は見られないし、多分クレン君本人の力だけでそうなったね】

 

「もし仮にナカジマが同じ事をやったらどうなる?」

 

【普通に弾かれると思う】

 

「マジか……」

 

これが聖遺物の影響ってやつか?元から膂力には自信があったが流石にガジェットみたいな機械装甲を破れた事は無かったし……。

今後は力加減に気を付けねぇとダメかもな……。

 

「高町、次の相手の強さ、少し上げといてくれ。あと数も」

 

【わ、わかった】

 

一体一体ちまちまやったとしても、これじゃテストにもなりゃしないので、難易度を上げることにした。

流石にどっかで限界は来るだろ……?

 

それからは道路一杯にみっちり詰まったガジェットの大群やら、ビル群の各所からスナイプしてくる魔力球(スフィア)だったりを相手に戦って行ったんだが……

 

【なぁにこれ?】

 

「…………俺が聞きたい」

 

全く苦戦することなく撃破して、そのままゴールしてしまった。

 

【一応難易度は最高に設定したんだけど……】

 

「クリア、したな……」

 

当事者たる俺ですらまだ事態をうまく飲み込めていない。

ホントに何なんだこれは?今まで以上に身体が軽い。

膂力は増してるし、視覚や聴覚も向上、さらには直感とも呼べるような感覚の冴え。

聖遺物との同化とは、思った以上に肉体に変化をもたらすらしい。

 

「一応、データは取れたか?」

 

【まあ、うん……】

 

傍らで息を荒げて休んでいるランスター達を見やる。

ランスター達のコース難易度は10段階の4らしい。これは一般的な魔導士でも結構苦戦する難易度だそうな。

対して俺は難易度10……それで無傷かつ全く呼吸が乱れないあたり、自身の異常性がわかる。

 

「あー、高町」

 

【あ、なに?】

 

「とりあえずこっからは見学でいいか?嘱託になる以上、コイツらの動きも知っておきたい」

 

【わかった、それじゃあこっちに戻ってきて。丁度はやてちゃんも来たし一緒に見──】

 

「OK、八神を捕まえとけよ?とりあえずデコピン一発で済ませてやる」

 

こりゃさっさと戻らないとなぁ?

丁度いい、障害物のない単純なスピードも測るついでに走って行くか。

 

【…………、逃げるんだよォ~!】

 

【はやてちゃん、諦めよう?あと報連相は基本だよ?】

 

【ちょ、なのはちゃん!?バインドは反則やろ!?】

 

「待ってろよ八神ぃ!」

 

【ぴぃ!】

 

通信越しに八神の悲鳴が聞こえたが無視。

さて、俺の速力はどんなもんかな?

脚に力を込め、俺はビルの床を踏み抜いて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、今日1日、彼の様子を見てどう思った?」

 

夜。緊急出動もなく、普通業務を終えた六課の会議室にて、隊長・副隊長含めはやてが最も信を置く面々に、はやてはそう問い掛けた。

その額には真っ白なガーゼが張られていた。締まらない。

 

「んんっ、では私から」

 

若干弛んだ場の空気を咳払いで締め直して、桃色の髪の武人然とした女性、シグナムが自らの所感を話す。

 

「二三、言葉を交わした程度ですが、今の所さして問題は無いかと。倫理観や常識のズレも、高町やテスタロッサの教育で抑えられていると、思います。しかし……」

 

「あの戦闘力か?」

 

言い淀むシグナムにはやてがそう促すと、シグナムは静かに首肯した。

 

「はい。彼のあの膂力は剣士と自負する私から見ても異常と言う他ありません。シミュレーションとはいえ、ガジェットを魔力強化無しであのように切り捨てるのは私でも難しいでしょう」

 

「身体能力もそうだけど、アイツの戦い方もだいぶイカれてるよな」

 

シグナムの言葉をついで、その隣に座る赤髪の小柄な少女、ヴィータが苦笑した。

 

「大抵のやつは動きがパターンってか癖みたいなもんがある筈なのに、アイツにはそれが無い。あの銀鎖ってのを初擊に使ったと思えば次はいきなり斬りかかったり……ありゃ相手にすんのが一番面倒なタイプだな」

 

「隔離街での生活が、そうさせたのかも……」

 

ヴィータの言葉に、なのはは小さく呟いた。

復讐代行。無聊を癒すための人殺し。

その無聊とは何なのかはまだ分からない。だが、きっとヴィータの言う戦い方の異常性は、人殺しのために磨かれてしまったセンスなのだろう。

 

「ふむ……まあ戦闘力に関してはそもウチがそれを見込んでスカウトした以上、受け入れんとな。医者としてシャマルはどう思う?」

 

「うーん、そうねぇ……」

 

はやての質問を受け、淡い金髪の、穏やかな風貌の女性が答えた。

 

「はやてちゃんに言われて精密検査をしてみたけど、はっきり言って彼、人間辞めちゃってる感じよ」

 

「……どういう意味や?」

 

「握力速力筋力、各種臓器、肺活量その他諸々。リンカーコアと純粋魔力量。どれを取っても人間の範疇を越えてる。特に肉体の頑強さはおかしいなんてモノじゃない」

 

「具体的には?」

 

「理論上の話だけど、なのはちゃんのディバインバスター以下の攻撃は彼の生身の身体に傷一つ付けられない」

 

魔導士の常識を真っ向から潰すその言葉に、場に居た全員がざわつく。

なのはの使う直射型砲撃魔法、ディバインバスターは凄まじい火力と貫通力を持つ魔法で、大抵の魔導士ではこの火力を出すのは難しい。

つまる所、一般魔導士ではクレンを倒すことはほぼ不可能に等しい。

 

「さ、さすがに冗談だよなシャマル?」

 

「こんな事で冗談言わないわよヴィータちゃん、さらに凄いことにこれでまだ伸び代がありそうなのよ」

 

「……つまり?」

 

「まだ強くなるし硬くなる」

 

「……なるほど、人間辞めちゃってるわ」

 

ヴィータは思わず天井を仰ぎ、シグナムは何故か楽しそうにし、はやては──

 

「ま、大丈夫やろ」

 

特別、変わったことは無かった。

 

「教育はなのはちゃんとフェイトちゃんがやってくれとるし、戦技教育はヴィータとシグナムが。日常生活のサポートはシャマルとザフィーラが。ウチがいっちばん信頼出来る人達がついとるんやから、大丈夫や」

 

「はやてちゃん……」

 

「それにな?きっと彼、そんなに悪い人とは思えんのよ。あんな所に居たのに、エリオ君やキャロちゃんに気を回してたり出来るんやから。ちょっと、信じてみたいんよ」

 

だからみんな、頼まれてくれへんか?

そう最後に付け足してはやてが笑うと、その場に居た全員が笑顔で頷いた。

 

そうして会議は回りに回って、結局クレンに関しては要経過観察と、無難な所に着地して終わった。

 

「──形成(Yetzirah)、か」

 

皆を帰し、一人残ったはやてがポツリと呟く。

その言葉……Yetzirahという綴りをはやては自らの知識として知っていた。

Assiah、Yetzirah、Briah、Atziluth。

カバラにおけるセフィロトの樹の四層にして人が神の叡智へと至るための標。

なのはが聞いた彼の言ったワードはその内の二つ目。

 

(つまりAssiahには既になっていた……そしてYetzirah。恐らく、いや確実にあと二段階、あの聖遺物は進化する)

 

もし仮に自分の仮説通りだとしたら、最後に彼は……。

そこまで考えてはやては頭を振って不安感を払う。

 

「今から考えてもしゃあない、先の事よりまずは今や」

 

未だに謎の多い聖遺物とその持ち主たるクレン。

まずはその持ち主をどうにかしないといけない。主に経済面で。

 

「クロノ君に上げる資料もまとめんと。あー、忙し忙しい~」

 

気持ちを切り替えるように明るく独り言を少し大きく言って椅子から立ち上がると、はやては身体を伸ばして部屋から出ていった。

 

 

未来への微かな不安と、希望を抱いて。

 

 

 



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/03 Eisschuhbesitzer

皆様明けましておめでとうございます。本年もまた、よろしくお願いいたしますm(__)m


「専用デバイスぅ?」

 

「うん、専用デバイス」

 

俺のトンデモ肉体パフォーマンス露見から3日、最近よく絡んでくるヴァイスとグリフィスの二人と朝飯を食っていると(ここの食堂の飯はマジで美味い、マジで)、高町がそんなことを言ってきた。

 

「……普通、嘱託のやつにそこまでするか?」

 

「だって君普通じゃないし」

 

「…………」

 

野郎、ストレートに人が気にしてる事を……!

 

「まあ、こいつぶっ飛んでんのは確かだわな」

 

「るっせぇぞヴァイス、またデコピンしてやろうか?」

 

「おいおい、冗談だっ……ってぇ!?」

 

とか言いながら笑うヴァイスの右手にすばやくかつ力加減をしたデコピンを打ち込んでやってから高町に向き直る。

 

「あー、そりゃ俺の聖遺物(これ)が理由か」

 

「そんな感じかな。今のままだと実際に任務に出すにも支障が出るし、対外的にも持っておいた方がいいからね」

 

「ふーん……」

 

確かに、デバイス無しBJ無し、そんでもって聖遺物丸出しで戦っちゃ他の所にいらねぇ火種を蒔くことになるか。

それは確かに八神からしても歓迎したくない事態だろうな。

こっちとしても、あるに越したことはないので、ありがたく頂戴するとしよう。

 

「ま、そういうことなら。で、今日は俺はどうすればいい?」

 

「今日はデバイスとのフィッティングかな、シグナムさんが練習相手になるって言ってた」

 

「あれ?デバイスってもう出来てるんですか?」

 

予定を聞いていると、隣で茶を飲んでいたグリフィスが高町にそう訊ねた。

確かにおかしいな……専用デバイスってそんな簡単に出来るモンじゃない筈。

ようやく痛みから復帰したヴァイスもそこが引っ掛かっているらしく、疑問の目を高町に向けていた。

 

「んー、それは見てのお楽しみってことで。時間は何時も通りだから、よろしくね」

 

「あ、ああ」

 

……なんかはぐらかされた気がするが、まあいいか。

そそくさと去っていった高町の背を見送って、俺達は食事を再開……

 

「やっべぇ、そろそろ時間じゃねぇか!」

 

「では、僕はお先に失礼します」

 

「グリフィスてめ、って速っ」

 

「んじゃ俺も。あー忙しい忙しい」

 

「お前もかよ!?」

 

ゆっくり飯食ってたお前が悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、こうして直接話すのは3日ぶりか」

 

「そうだな」

 

「ふ、そう警戒するな。別に取って食ったりはしないさ」

 

時間と場所を移して、只今シミュレーター演習場。

並び立つビルの樹海で俺は桃色の髪を後ろに纏めた(ポニーテール?だったか)女─シグナム─と相対していた。

既に相手はBJを展開しているが、こっちはそれすらない全くの無手だ。

 

「さて、今日はお前のデバイスのフィッティングに付き合うことになっている訳だが……シャーリー」

 

「はい!」

 

シグナムの傍らに居た、シャーリーと呼ばれた眼鏡女子がアタッシュケースを持って俺の前にやってきた。

 

「シャーリーとはもう会っていたか?」

 

「ああ、この前根掘り葉掘り聞かれたよ……」

 

「いやぁ、あんな肉体パフォーマンス見せつけられたらつい~」

 

つい、の領域軽く越えてたぞ……。

四時間も質問責めとか最早拷問だからな?

本名、シャリオ・フィニーノ。機動六課の自称『メカニックデザイナー』。

自称の通り、デバイスの設計から調節、その他機械関係のエキスパート……らしい。

 

「それで?その中身が俺のデバイスってことになるのか?」

 

「その予定、ってとこですね。クレン君の身体能力に理論上耐えられる(・・・・・・・・)、現状の管理局が持つ最硬のデバイスです。クレン君の魔法式もまだわからないので、術式もまっさらな物を持ってきました」

 

仰々しい謳い文句と共に、シャーリーがアタッシュケースを開けると、中には四辺に銀の装飾が施された真っ黒なキューブが納められていた。

 

「これが……」

 

手に持ってみるとズシリとくる重さがあり、そして……俺の十字架ほどでは無いが、何か執念のようなものを感じる。

 

「試しに展開してみてください。一応形状は調節してあるので多分違和感は少ないと思います」

 

「……分かった」

 

シャーリーが下がったのを確認して、俺はキューブを心臓の辺りまで持ち上げ、告げた。

 

「──セットアップ」

 

《Setup》

 

瞬間、視界が光に包まれたかと思うと、デバイスの展開はあっという間に完了していた。

 

「ふむ、それがお前の……」

 

関心したようなシグナムの声に、俺は自分の姿を眺める。

黒いコートに簡素なインナーアーマーとグローブ。そして目を惹く金属質のブーツ。

何より特徴的なのは……

 

「……十字架?」

 

右手に持った巨大な十字架だ。

十字架と呼ぶにはあまりに無骨なそれは俺の身長よりも大きく、重い。

聖遺物の十字架とはまた違う、無機質なデザイン。

十字架の中央に持ち手があり、その表には赤いデバイスコアが。そこを起点として上下左右に色々(・・)と詰まっているようだ。

重量もかなりあるようで、突き立った衝撃で道路のセメントに小さく罅が入っていた。

 

「かつて管理局のデバイス開発課の研究者数名が作り上げ、ただの一人も使いこなせる人が居なかった最重量かつ最硬にして、単独での領域支配(エリア・ドミナンス)を目的とした複合強襲用デバイス(Multiple.Assault.Device.)──その名も、ヴィーザル」

 

「ヴィーザル、か」

 

日光すら呑み込む、艶のない黒色のそれを見上げ、名を呼ぶ。

 

Vielen Dank, Meister(よろしくお願いします、マスター)

 

重々しい、まるで巌のような声がデバイスから返ってきた。

これはどういう事かとシャーリーを見ると、嬉々として説明を始めた。

 

「元々はストレージデバイスだったんですけど、高度な火気管制が必要ってこともあって自律的にそれが出来るインテリジェントタイプに切り替えたんです!改造に協力してくれたカレトヴルッフ社の方たちには感謝しないとですね!さっきも言った通り元々はタワーシールド型だった形状を十字架型に、各種武装は据え置きなのでご安心を。外装変形機能をオミットして上下左右に武装を積んで、持ち手に回転機構を付けたので状況に応じて上下左右を切り替えて使うようになったんです!癖は強いですけどこれだけでかなりの簡略化ですよ!すごいですよね!!」

 

「あ、ああ、すごい、な?」

 

あまりの早口に9割がた話が理解出来なかった……。

ただまあコイツがかなり扱いづらい代物だってのは分かった。

後は実際に使ってみてからだな。向こうもそれがお望みらしい。

 

「シャーリー、そろそろ良いか?」

 

「積層外殻装甲のスライド機能が──あ、ごめんなさい!大丈夫です!」

 

シグナムの言外のプレッシャーにシャーリーは慌てて話を終わらせるとそそくさと下がっていった。

 

「さて、シャーリーには離れた場所からモニタリングしてもらうとして。準備はいいか?」

 

「……ああ、いつでも」

 

「最初は慣らしだ。デバイスにリミッターも掛かっている。適当に動いてみろ」

 

「分かった」

 

シグナムに言われた通り、いきなり実戦は流石に無理なので、ヴィーザルの感覚を掴む為に色々と動かしてみる。

 

「馴染むな……」

 

しばらく動かした後、素直にそんな言葉が出た。

聖遺物が同じ形だからか、はたまたこの並外れた身体能力故なのかはわからないが、かなり使いやすい。

これなら、あまり慣れていない魔法の行使も出来るかもしれないな。

 

 

「なあシグナム」

 

「なんだ?」

 

「一つ魔法を使ってみたいんだが、構わないか?」

 

「構わないが……そもそも使えたのか?」

 

「使えたっちゃ使えたんだが、俺のはちと特殊でな」

 

シグナムの問いに答えながら、ヴィーザルの持ち手を回転させ、脇に抱えるようにして構える。

丁度、十字架の下の部分に砲口があり、それが発射口になっている。

そのまま背後を振り返り、適当なビルに照準を合わせる。

 

《Kanonenform》

 

「──天駆けよ、我が黒星(こくせい)。焔となりて燃やし尽くせ」

 

自然と口をついて出た呪文がキーとなり、今までろくに使って来なかったリンカーコアが俄にざわめき立つ。

魔力が体内を駆け巡り、外界への干渉を始める。

式を組み上げ、そのイメージをヴィーザルとリンクさせる。

即座にヴィーザルの砲口にミッドともベルカとも似ない独特の魔法陣が浮かび上がる。

それを土台に俺からヴィーザルに流れた魔力が収束を始め、拳大の魔力球を作る。

……よし、いける。

 

《Schwarzer Ritter Speer》

 

「シュート」

 

ヴィーザルの掛け声に合わせ、トリガーを引いた。

 

──轟ッ!!

 

瞬間、魔力球は黒い一本の槍と成り、暴力的な威力を持って標的のビルを撃ち抜き、そのまま他のビルを三つほど破壊して消滅した。

 

「……よし」

 

「いや、よしじゃないが」

 

若干スッキリした感じに晴れやかな気持ちになっているとシグナムにそうツッコまれた。

 

「言ったろ?特殊だって」

 

「特殊にも程があるだろう……何なんだ、あの魔法陣は?ベルカともミッドとも違う、あの妙な式の構成は」

 

「さぁな、俺にもよくわからん」

 

シグナムの詰問に肩を竦めて誤魔化す。

誤魔化す、と言っても俺自身よくわからないのは事実だ。

『シスター』の所で魔法について学んでいた時からこの魔法陣と式だったし、試しにベルカ式とミッド式を使おうとしても魔法陣の構築すら出来なかったのだから。

 

「……全く、とことんイレギュラーだな、お前は。しかし、何故ヴィーザルはそれに対応できたんだ?」

 

【多分、ヴィーザル側でクレン君の術式の組み立て方を解析したからですね】

 

続くシグナムの疑問に答えたのはこちらをモニタリングしているシャーリーだった。

 

【ヴィーザルに使われたインテリジェントタイプのデバイスコアは、元々それに組み込まれる予定だったストレージタイプのハイエンド型コアを弄ったものなので、かなりハイスペックなんです。だからクレン君の魔法式の組み立てを解析して対応出来るようになったのかも】

 

「よくわかんねぇが、つまりコイツはかなり凄いヤツだと」

 

【その通り!】

 

お気に召しましたか?(Hat es dir gefallen?)

 

「最高だ」

 

コイツの性能もそうだが、コイツを調節したシャーリーにも、引き取ってきた八神にも感謝しないとな。

……それだけ期待を掛けられてるって事か。

隔離街では殆ど無かった、こそばゆいような妙な感覚に笑ってしまう。

 

「ははっ」

 

「どうした?」

 

「いや、何でもない……さ、慣らしは十分だ。本番といこうか、シグナム」

 

俺がそう告げると、シグナムは一瞬考える素振りをしてから、腰に佩いていたデバイスを構えた。

 

「……いいだろう。悪いが手加減は出来ん、構わないな」

 

「ああ、むしろそうじゃなきゃ困る」

 

対する俺も久々の魔力を使った戦闘に期待を込めて、ヴィーザルを盾のように前に出し、左腕から銀鎖を垂らす構えを取った。

 

「行くぞ、ヴィーザル。ついてこいよ」

 

了解(jawohl)

 

【ではカウントは私が、いきますよー】

 

前にも見た、信号を模したスターターが投影され、カウントを始める。

『表』に出て来て始めての対人戦だ。力加減、間違えねぇようにしねえとな。

 

「ああ、そうだ。それともう一つ」

 

カウントが残り五秒を切った所でシグナムがぽつりと呟いた。

 

【4】

 

「何だ?」

 

【3】

 

「そちらも、加減はいらん」

 

【2】

 

「は?」

 

【1】

 

「──でなければ、つまらんからな」

 

【スタート!!】

 

カウントが切れる。

 

「──ッ!?」

 

 

瞬間、轟音がビル群に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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/04 Töte und kämpfe

「ちぃっ!」

 

「不意を打ったつもりだが……流石だな」

 

「そいつぁどうも!」

 

スタートの合図とほぼ同時に斬り込んできたシグナムの剣をヴィーザルで防ぐ。

ヴィーザルはやはりシャーリーの言った通りかなり頑強なようで、かなりのスピードで剣を叩き込まれたにも関わらず、びくともしない。

 

「ヴィーザル!」

 

《Abblasen Lüftchen》

 

お返しにとヴィーザルの左右の装甲を開き、そこから覗いた4つの砲口から『そよ風』とは名ばかりの風の弾丸を撃ち出すが、当然のようにシグナムはこれを避け、さらに反撃を繰り出してくる。

ヴィーザルを回り込むように放たれる、横薙ぎの一閃。

だが、

 

「それも読んでんだよなぁ!」

 

「何……っ」

 

即座に俺はヴィーザルの左端から飛び出た円筒型の小型デバイス(・・・・・・・・・・)を掴み、魔力を流してシグナムの剣にぶつける。

 

「魔力剣か……!」

 

「正解、だ!」

 

押し退けるように魔力剣を払い、無理矢理距離を離す。

 

「……まるでビックリ箱のようだな、それは」

 

「違いねぇな、俺もそう思うよ」

 

距離を取ったシグナムの呆れた様子に、俺も頷く。

どうにもヴィーザル(コイツ)の中には今しがた出した魔力剣の他にも色々と機能だったり小型デバイスだったりが積み込んであるらしい。

恐らく、大きすぎる本体の隙をカバーするための物だろう。にしては出力が高い気もするが。

 

「さて、と。次はどうする?」

 

魔力剣をくるくると回しながら、そう言ってシグナムを見やると、何故か剣を鞘に戻した。

 

「近距離戦の次と来たら、中距離だろう?レヴァンティン」

 

《Schlange form》

 

ガシャリ、と鞘に収まった(レヴァンティン)から空薬莢が排出され、再度抜き放たれる。

そのフォルムは大きく変わっていないが、刀身には規則的なラインが出来ていた。

 

「では行くぞ」

 

シグナムがそう告げて、レヴァンティンを振るう。

ただの剣なら当たる筈のない距離。

だが、それを覆すようにレヴァンティンの刀身が伸びた。

 

《Verteidigung》

 

「マジかよ!?」

 

ヴィーザルが自動で発動した防御膜に食らいつくようにレヴァンティンの刃がギャリギャリと火花を散らす。

刀身が伸びる剣とかなんだそれ?アリかよ!?

 

「ふむ、やはり防がれるか。まあ、破ればいいか」

 

「こいつもしかしなくても脳筋か……?」

 

攻撃を防がれてるのにむしろ楽しそうにしてるあたりバトルジャンキーか?

と、そうこうしてる内に防御膜に罅が入り出す。

まずいな……動きたいのは山々だが、シグナムの奴、攻撃を多方向から撃ってきやがる。銀鎖を使おうにも、端から弾かれてしまって意味がない。

ここら辺はやはり経験の差か。

 

こと『殺し合い』という観念で言えば、俺の経験は異常とも言えるだろう。

しかし、シグナム達のような『戦う』という経験が俺にはない。

単なる殺し合いならその果ては必ずどちらかの死が有る。そこには誇りやら敬意何てものはない、獣染みた本能しかない。

だが、戦いにはそれらが有って、戦いの終わりには死以外の結末がある。

詰まるところ、『殺さず、倒す』という経験、戦闘は相手の方が圧倒的に上なのだ。

逆に、今まで殺し合いしかしてこなかった俺はその経験が無い。だからこそ動きにくい。何せ殺してはいけないのだから。

 

殺し合いならばこのまま無理矢理突っ込んでそのまま殴れば…………いや、待てよ?

 

「確か、俺の身体って滅茶苦茶強くなってたよな」

 

そうだ、ならこれ位の攻撃なら耐えられるはずだ。

 

「はっ、そんじゃやってみっか……!」

 

腹を決め、ヴィーザルを盾にして障壁魔法を展開。

銀鎖を巻き戻して両手でグリップを握り締める。

両足に力を込め……弾く。

 

「──ッ!」

 

生み出された加速は常人の反応速度を優に越え、音すら置き去りにする。

俺を止めようと唸る蛇腹剣はすべからく弾かれ、よしんば障壁を抜けても身体には傷一つ付かない(・・・・・・・)

成る程確かに人外だ。

 

衝撃。

 

「……今のは、中々堪えたな」

 

なら、これを涼しい顔して防いだシグナム(コイツ)も相当なイカレだろう。

いつ戻したのか、最初の剣の状態のレヴァンティンとその鞘を十字に構え、俺の突撃を止めていた。

 

「おいおい、今の結構ダメージ期待してたんだが……」

 

「何、衝撃をいなすのは得意なだけさ」

 

「だったら……!」

 

《festhalten》

 

いなす行動を取らせなきゃいい。

発動した拘束魔法が黒い鎖となってシグナムの身体に巻き付き、地面に固定される。

俺は距離を再度取り、ヴィーザルをカノンフォームに変更して、構える。

 

「こいつはどうだ?」

 

魔法陣が砲口に展開され、魔力が収束を始める。

全力、と行きたい所だが、大怪我させては問題になるのは確実なので込める魔力を調整する。

当然ヴィーザルにリミッターは掛かっているだろうが、まあ保険だ。

 

「フッ、確かにこれでは防ぐものも防げんな」

 

と、身体を固定されているにも関わらず、シグナムはそう言って笑いやがった。

コイツ……まだ余裕が有りやがるな。

認識を改め、最大限に警戒をしながら、俺は魔法を放つ。

 

《Schwarzer Ritter Speer》

 

「ぶち抜け──!」

 

闇を凝固させたような漆黒の騎槍が、一直線に空を裂いてシグナムへ突き抜ける。

 

着弾、爆発。

 

派手な煙が上がり、視界を覆う。

それなりに魔力を込めた一撃だ。直撃すれば相当なダメージは見込めるが、相手は相当な手練れ。

故に──

 

「疾─ッ!」

 

「そうなるよな!」

 

──当たっていない前提で考えるのは、当たり前だろう。

再度取り出した魔力剣が、レヴァンティンとぶつかり合う。

甲高い音を鳴らしながら火花が散る。

 

「今度はどういう手品だ?」

 

「何、防げないなら反らせば良いだけだろう?手首まで拘束しなかったお前のミスだ」

 

「……隔離街(アッチ)の連中も大概だったが、アンタの方がブッ飛んでるよ」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

軽口を言い合いながら何度も切り結ぶ。

 

「フッ、久々に熱くなってきたな」

 

「冗談抜かせよ、こちとら必死だっての」

 

もうフィッティングがどうとかはお構いなしにビル群を駆け抜けながら魔法を撃ち、その度にシグナムはそれらを防ぎ、反らす。

逆にシグナムの剣擊を俺は防ぎ、耐え、打ち返す。

こちらは身体スペックでシグナムを越えているが、シグナムはそれを技術でカバーしている。

単調な殺ししかしてこなかった俺とは根底にある経験に天と地ほども差があるのは当然か。

 

「お前に足りていないもの、それは経験だ」

 

袈裟に振るわれるレヴァンティンをヴィーザルで防ぐ。

 

「人を守る。己を守る。殺しとは違う、『戦い』の経験が圧倒的に不足している」

 

返す刀で横薙ぎ。障壁で防ぎつつ銀鎖と魔力剣による同時反撃。

 

「あんな所に居たのだから、ある意味当然だろう。しかし──」

 

切り結ぶ。

 

「もうそれは通用しない」

 

睨み合う。

ここに来て始めて俺はシグナムの眼をハッキリと見た。

強い意志のこもった、力強い眼だ。

 

「お前にはこれから、誰かを、或いは己の命を守る戦い方を学んでもらわなければならない。殺しなぞもっての他だ、そんな事をやらせるものか(・・・・・・・・・・・・)

 

「……ッ」

 

コイツ、もしかして俺の渇きを──。

 

「不本意だろうが、ここに来た以上お前にはそうしてもらう。それが私から言えることだ」

 

主もそれを望んでいるだろうからな。

そう付け足すとシグナムは力を抜いてレヴァンティンを鞘に納めた。

 

「この辺で良いだろう。そろそろシュミレーターも悲鳴を上げそうだしな」

 

【とっくに悲鳴上がってますよもう~!】

 

シグナムが笑うのと、シャーリーから悲鳴まじりの通信が入ったのは同時だった。

 

「お前もそろそろ手加減を続けるのが限界だろう?」

 

「……はぁ、そこも読んでやがったか」

 

ヴィーザルを担ぎ直し、溜息を吐く。

シグナムの言う通り、俺も熱が入り過ぎて手加減が効かなくなっていたのは確かだ。

このまま戦い続ければ全力になりかねない。

それは俺も望んじゃいない。

 

ビル群の景色が徐々に消え、白い基盤を露にしていく。

全体が消えたということは高町らの方も訓練が終わったらしい。

 

【うわぁ、もう何ヵ所か処理追い付かなくてエラー吐いちゃってるし……二人ともやりすぎですよ!最後の方なんかフィッティング通り越してただの模擬戦だったじゃないですかヤダー!】

 

「データもそれなりに取れたろう?」

 

【うぐぐ……そ、それはそうですけど!】

 

【お前らやりすぎだろ……こっちまで戦闘音響いてたぞ】

 

【にゃはは……シャーリー、あとで修理手伝うよ】

 

と、訓練を終えた高町とヴィータ、だったか。が通信に参加した。

画面越しには大分しごかれたのか、埃まみれのナカジマ達と涼しい顔のテスタロッサが見えた。

 

「そちらも終わりか?」

 

【おう、午前の分は終わりだな。こっちは今から飯行くけど、そっちはどうする?】

 

「だそうだが、フォールティアはどうする?」

 

「俺に聞くのかよ……あー、後から行くからパス。少しやることあるしな」

 

誘われるのはありがたい事ではあるが、込み合う時間帯は避けたいので辞退する。

当然といえば当然だが、俺はまだここの連中に警戒されているわけだし。

ヴァイスやグリフィスも、俺が早く溶け込めるように話しかけて来ているんだろうが、まあ隔離街出身な時点でこうなるのは解っていた。

俺としても余計な軋轢を生むのは避けたいので、あまり人が多い場所には近寄りたくないのが実情だ。

 

それに、やること……というか気になることがあるのは本当だ。

ヴィーザルを待機形態に戻し、BJも解除して俺はシグナムに背を向ける。

 

「相手してくれてサンキューな。次は圧しきってやる」

 

「フッ……ああ、楽しみに待っておこう」

 

自分でも柄にもないと思える捨て台詞を吐いて、俺は一足先にシュミレーターから離れた。

シグナムに言われた、『戦い』の意味を反芻しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ほう、では暫くは私が主体となると?」

 

薄暗い洞窟の奥の奥。

黄色がかった照明に照らされた白衣を纏った男は、壁に投影された画面にそう問うた。

 

【そうなるね。"彼"はどうやら僕らに競争してほしいみたいだしね】

 

黒く塗り潰された画面から落ち着いた、それでいて妙な不安感を与える声が響く。

 

「競争、とはまた随分と。私は構わないが、そちらはどうなのかな?マクスウェル」

 

【僕も構わないさ。そういう遊び心は大事だ。それに、条件としてはこちらの方が簡単だ。すでにゴールは目の前だ】

 

「ほう、やはり先輩(・・)とあって手が早い。すでに勝利宣言とは」

 

不気味な金の目を細めて男は笑う。

 

【何、手順の差だよ。自力でやるか、道具を使うか、というだけのね。所詮は僅差さ】

 

言葉は謙遜を。しかしそこはやはり男と同類故か、一種の傲慢さが垣間見えた。

 

【そういうそちらはどうなんだい?"鍵"探しは順調かな?】

 

「はは、ご存知でしょう?貴方も苦労した彼女たちが相手だ、当初より遅延が生じてしまっていますよ」

 

そう言ってもう一つ画面が投影される。

そこに映し出されたのは機動六課の面々だ。

 

【懐かしい顔触れだね……。いやはや全く、時が経ってまたもや彼女たちが障害となるとは】

 

「"彼"のお気に入りもここにいる以上、厄介さは以前の比では無いでしょう。お互いに、ね」

 

【違いない。しかし同時にチャンスでもある】

 

「然り。苦境となるのは確かだ、だが、だからこそ面白い」

 

暗い空間の中、二人の不気味な笑い声が響く。

……それはさながらこれから始まる劇を笑うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【そうとも。やりようは幾らでもある…………そう、最後に笑えれば良いのさ】

 

 

 

 

 

 



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/05 Erster Kampf

ヴィーザルのフィッティングから2日程。

俺達は今、ヴァイスが操縦するヘリに乗ってある場所へ向かっていた。

 

「ほな、ブリーフィングを始めるで?」

 

スターズ、ライトニングの面々が座る中、八神が立ちながら投影された画面を見て説明を始める。

 

「以前話した通り、うちらの追ってる案件……レリックについてなんやけど、ガジェットドローンを使ってそれらを集めようとしている犯人として上がったのがこの画像の人、広域次元手配犯ジェイル・スカリエッティ。今後は彼が犯人だと仮定して捜査を進めてくつもりや。捜査の担当はフェイトちゃん。おねがいな?」

 

「うん、任せて」

 

ジェイル・スカリエッティ、ねぇ……。

画面に映った紫の髪に不気味な黄色の瞳の男を眺める。

隔離街の連中……その中でもとりわけ頭のイカれた科学者と似たような目をしている。

まあ管理局に目を付けられてる時点で相当なヤツなんだろう。

そんな風に考えていると画面が切り替わった。

 

「そんで今日行くとこなんやけど……名前はホテル・アグスタ。目的はそこで行われるオークションの警備や」

 

「オークションの内容は管理局の認可を受けたロストロギアとかも出るから、それをレリックと勘違いしてガジェットが現れる可能性を考えて、今回主催者から私たちに白羽の矢が立ったってわけ」

 

八神の説明に高町が補足を入れる。

なるほど、つまりは護衛か。守りはどうも性に合わないが、仕方ないか。

 

「昨日から先に着いたシグナムとヴィータが施設警備にあたってくれとる。現場の総合指揮はシャマル。前線指揮はその二人が。スターズとライトニングの皆はそれぞれ副隊長の指示に従うようにな?」

 

『はい!』

 

「俺はどうする?」

 

「クレンはホテルの裏手側の警備や。指揮はウチが直接執るから、よろしくな?」

 

「総隊長直々かよ……」

 

そうだろうとは思っていたから、そこまで驚きはしなかったが。

確かに、俺の力……というかポテンシャルは複数人が入り乱れる前線には投入しづらいだろう。

下手すりゃフレンドリーファイヤを連発しかねない。

だったら裏手に回って単独行動のほうがこちらも動きやすい。

 

「クレンの能力上、味方を巻き込みかねへんからなぁ。それに単独のが動きやすいやろ?」

 

「よくご存知で」

 

「ただ状況によっては前線投入も考えられるから、よろしくな」

 

「了解だ」

 

まあ、こいつの指揮がどんなもんか知る良い機会にもなるだろ。

話を終えて、俺は目を瞑る。

到着まであと一時間。少しは眠れるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、こいつはどういうこった?」

 

ホテル到着から暫くして、ロビーに呼ばれた俺を待っていたのは見てからに高そうなドレスを纏った隊長陣三人だった。

 

「ふふん、どや?似合っとるやろ?」

 

代表してか八神がどや顔でそう聞いてくる。

 

「高町とハラオウンは似合ってるな」

 

「ちょっと!?」

 

「「あ、あはは……」」

 

いきなり呼びつけたかと思ったらこれだよ……。

ホントに総隊長かコイツ?……いや、こういう人柄だから出来るのかもな。

 

「んで?態々呼びつけて服の感想だけ聞きたかったのか?本題は?」

 

「…………」

 

「おい」

 

「あはは冗談や冗談!ちゃんと話あるって」

 

「てめぇ……」

 

前言撤回、こいつやっぱ腹立つわ。

若干の苛立ちを何とか抑えて、肩の力を抜く。

意識を切り替えてから再度問い直す。

 

「それで、本題は?」

 

「……一つは念押しや」

 

「はあ……分かってる、全力は出さねぇよ」

 

恐らく聖遺物の影響だろうが、俺の身体には八神たちがしているような能力リミッターが掛からない。

その代わりにヴィーザルにリミッターを掛け、それをボーダーラインとして負荷がかからない程度までしか力を出さない。

それがフィッティングの後に八神から告げられた契約だ。

当然な話だが、聖遺物の解放も厳禁だ。ガジェット相手じゃ過剰火力も甚だしい。

もし解放するなら八神に申請を通さないといけない。面倒ではあるが、リスクを最小限に抑える以上、仕方ない。

 

「もう一つは?」

 

「ん……初任務、がんばってな!」

 

「…………」

 

何を言われるかと思ったら、飛んできたのは激励だった。

久しく聞くことの無かったその言葉に一瞬、息が詰まる。

 

「ちょっと、無言は寂しいなぁ」

 

「あ、あぁ、悪い。言われ慣れてなくてな」

 

動揺した心を落ち着かせて苦笑する。

 

「ほんまに大丈夫?変に緊張しとらん?」

 

「心配しすぎだ……ったく、『シスター』に会ったみたいだ」

 

あの人とは性格も何も違うのに、何故かそう感じてしまう。

銀の髪に、金の瞳、いつも身体中に包帯を巻いた、あの人を。

 

「誰なん?」

 

「……何でもねぇ。そろそろ時間だ、持ち場に戻る」

 

「あ、ちょ──」

 

妙な居心地の悪さを感じて、踵を返す。

これ以上居ると、ボロが出てしまいそうだしな。

 

「仕事はちゃんとやる。任せろ」

 

引き止めの言葉を遮って、振り向かずにそう言って距離を離す。

ああそうだ、言い忘れてた。

 

「ああ、言い忘れてた」

 

「?」

 

「俺は服の事はよく分からねぇけど……それ、似合ってると思うぞ」

 

「んなっ……!」

 

よし、言うもんは言った。さっさと持ち場に行こう。

変な気恥ずかしさ的なアレは無視だ無視。

 

Sind Sie durch irgendeinen Zufall in Verlegenheit?(もしかして恥ずかしいのですか?)

 

「……うっせ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテル・アグスタの裏側。

ここが俺の持ち場だ。万年日陰らしい、湿った空気が頬を撫でる。

目と鼻の先にある柵を越えれば、その向こうには鬱蒼と繁る森と遠くに見える山嶺。

なるほど、たしかに景観の良さはある。

 

「────」

 

そんな風景を眺めながら、銀色のカバーが掛けられた配水管に腰かけて、隠し持っていた煙草をふかす。

背中を預けた給水塔の冷たさが心地いい。

 

Kein Rauchen in der Halle(場内は禁煙ですよ)

 

「一本だけだ。すぐに消す」

 

ヴィーザルからの注意をそう適当に誤魔化して煙を吐く。

漂う紫煙はそよ風に消えて、安物らしい雑な風味だけが口に残る。

作戦自体はすでに開始しているが、今のところ動きが無いためこうして暇を潰している。

当然な話だが、別に何もしていないわけじゃない。

 

「変化無し、か」

 

ジャラジャラと音を立てて銀鎖が巻き戻り、その蛇のようなチェーンヘッドを袖口に引っ込める。

先ほどからこんな感じで魔法を使ってチェーンヘッドに俺の視覚を共有させて周辺を走査している。

まあ反応は無いのだが。

 

「しかしまあ……俺が管理局に属すとはなぁ」

 

再度煙を吐いて空を眺める。

白い雲がちらほら漂うだけの青空が頭上に広がっていた。

隔離街に居たころはただ疎ましいと思っていた光景だが、何故か今は違って見えた。

ただ、それでも。

 

「……消えないか」

 

この胸の……いや、魂の渇きは癒えない。

隔離街の外に出ても変わらず、俺の中の渇きはまるで餓えのように疼いている。

十字架を手に入れて以来、むしろ以前よりも増している。

 

──不条の理を砕け。

 

──理不尽など許さぬ。

 

──報いを。絶対なる報復を。

 

明確な相手の居ない、燃え盛る復讐心。

果たしてそれが俺の心に起因するものか、あるいは──。

 

別の誰かか(・・・・・)

 

Was ist los?(どうかしましたか?)

 

「いや、何でもない」

 

突拍子もないことを考えついて、頭を振ってかき消す。

我ながらおかしな事を思い付く。

 

『この渇望が誰かに植え付けられたモノかもしれない』

 

なんて、幾らなんでも飛躍しすぎだ。

安物の煙草で変な方向に頭が飛んだんじゃないか?

中程まで残っている煙草を握り潰して、深呼吸する。

多少湿気ってはいるが、清涼な空気が喉を通る感覚に意識がすっと切り替わる。

 

「ったく、無い頭を回したって意味ねぇだろうが──っ?」

 

自戒するように愚痴を吐いたところで、俺の耳が『音』を捉えた。

同時に、慌ただしい様子のシャマルから通信が入る。

 

【クレン君、聞こえる?】

 

「ああ、聞こえてる。来たんだろ?ガジェット」

 

【え、ええそうなの。ホテルを全周囲を囲うように──ってどうしてわかったの!?】

 

「どうやら耳もやけに良くなったらしいからな。それで?俺はどうする?」

 

俺を動かすかどうかは八神の管理だ。俺やシャマルの一念で動けない以上、八神にどうするか聞くしかない。

シャマルが一度通信を切ると、今度は八神から通信が入る。

 

【話はシャマルから聞いたよ。完全に囲まれとるみたいやね】

 

「ああ。数もそこそこって所か。やおら五月蝿くなってきたな」

 

【一番数の多いホテル正面はスターズとライトニングが担当。左右側面をザフィーラに任せる。後方は……クレン、やってくれるか?】

 

「──了解(ヤー)。やってやるさ」

 

俺が答えるとヴィーザルがリミッターの解除が完了したと伝えてきた。

 

【正面に比べて少ないとはいえ、それでも相当な数や……気をつけてな】

 

最後にそう言い残して八神からの通信が切れる。

全く、心配性が過ぎるな。

 

「ま、言われた以上、期待には答えないとな。ヴィーザル」

 

Jawohl(了解)

 

バリアジャケット展開。

ヴィーザル、戦闘モード起動。

認識可能領域内で確認できた敵性体数37。

ホテルとの相対距離残り10.1km。

オープンチャンネルになった通信からはシャマルやシグナム達の声が慌ただしく流れている。

どうやら向こうは始まっているようだ。

 

「ま、こっちも騒がしくなるかもな」

 

Gehen wir mit dem ersten(初陣と行きましょう)

 

「フ……だな」

 

俺もヴィーザルもこれが初仕事だ。敵には悪いが俺たちの試金石になって貰うとしようか。

さあて、行くか──!

 

 

 

 

 

「こちらファントム0、クレン・フォールティア。出るぞ!」

 

 

 




復讐の知能、人間が今までに一番頭をはたらかしたのは、この部分である。


──フリードリヒ・ニーチェ


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/06 Bösartige

戦闘開始から三分が経過した。

時折通信から入ってくる情報によれば、前線の方はどうにか持っているようだ。

かく言うこっちはと言えば……

 

「今ので何機目だ?」

 

45 Flugzeuge(45機目です)

 

「ったく、数だけ多いな……」

 

森の中を駆け回ってはガジェットをヴィーザルと銀鎖で破壊する単調な『作業』だ。

ガジェットの防御力では俺の攻撃を防ぎきれないのはもう分かっているので、適当な一撃で簡単に壊せる。

勢い込んで出たはいいが、これじゃ拍子抜けもいい所だ。

踏みつけたガジェットをそのまま踏み潰して辺りを見回す。

ヴィーザルの索敵範囲にも反応は無い。

 

「八神、とりあえず近辺のガジェットは粗方片付いたぞ」

 

【早っ!?ちょいと待ってな。……ふむふむ確かに反応は無いなぁ。したら一度戻っ──警戒──を──】

 

「八神?おいどうし……切れちまった」

 

八神に連絡を取ったはいいがいきなりノイズが流れだし、通信が切れてしまった。

オープンチャンネルでの通信も同じく切れてしまい、無音になっている。

 

「……ジャミングか」

 

この手の類に覚えがあるとしたら、それしか無いだろう。

範囲がどの程度か分からないが、通信が切れる前に八神が言っていたように一度戻るべきか。

 

「どう思う?」

 

Ich fand das gut(それで良いかと)

 

考えをヴィーザルに伝えると肯定が返ってきたので、そのまま飛翔しようとして……止めた。

 

「……出てきたらどうだ。覗き見なんて趣味の悪いことしてないで」

 

「おや、やはりバレてしまっていたかな?」

 

飄々とした返事に振り替えってみれば、そこにはここに来る前に画像で見た男が立っていた。

紫の髪、金の瞳、華奢な体にスーツと白衣。

 

「御初にお目にかかる。私はジェイル・スカリエッティ。君達が追う次元犯罪者さ」

 

そう名乗ったその男はまるで貼り付けたような笑みを浮かべていた。

……ああ、この雰囲気。こいつは……。

 

「アンタ、俺と同じ(・・)か」

 

「ほぉ?既にそこまで理解出来るとは。未だ途上だというのに流石、というべきかな?」

 

愉快だといわんばかりの声音に対して、不躾に送られる視線には一切の温度がない。

人を人として認識していない。生物としてではなく、ただの対象としてしか見ていない。

隔離街の連中にもそういった奴は居たが、今目の前に居るコイツほどじゃない。

コイツのそれは度を越えている。コイツは、何の感慨も持たずに人を殺せる。

俺と同じ……『ロクデナシ』だ。

 

「ご明察の通り。私は君と同じ……いや、近しい存在だ。まぁ、今はそんなことはどうでも良い。今日は君に挨拶をしておこうと思ってね」

 

「挨拶だと?」

 

「そう身構えることはない。ちょっとしたプレゼントさ」

 

パチン、とスカリエッティが指を鳴らす。

すると現れたのは……醜悪な光景だった。

 

「……テメェ」

 

陰気に満ちた森の中、突如として視界を埋め尽くす程の『生きた屍』が俺を囲んだ。

漂う腐臭とうめき声が殊更醜悪さに拍車を掛ける。

眼窩が抉れた者、両腕が千切れた者、臓物を撒き散らした者──死の臭い。

 

「彼らはまあ、私の実験の被験体でね。肉体に様々な強化を施したは良いんだが、ご覧の通り。生者と死者の間なんて半端モノになってしまってねぇ……やはり『適当な町を潰して取ってきたモルモットじゃ無理があった』よ」

 

一閃。衝撃。

 

「おや……?まさか君は、怒っているのかな?」

 

「テメェ……知ってて(・・・・)言ってんだろ」

 

ガリガリ、と魔力剣を受け止めたスカリエッティの右手から音が鳴る。

幾ら非殺傷設定とはいえ、素手で受け止めれば出血程度はするはずなのだが、そんな様子はない。

成る程、近しい存在というのは嘘では無いらしい。

それよりも──。

 

「不条理、理不尽、不当な事やそれを成す人物を憎み殺意を持つ、というのはどうやら本当のようだ」

「っ……何で、知ってやがる」

 

この渇望はまだ誰にも言っていないし悟られてもいない。

例外はシスターだけだ。

 

「ははは、復讐代行なんて尤もらしい事をしていた時点である程度察しは付くさ。あとは少し引っかけてみればこの通り」

 

スカリエッティの右手が緩む。

瞬時に飛び退いて距離を取ってスカリエッティを睨むが、相変わらず貼り付けたような笑顔でこちらを見ている。

まるで新しい実験対象を見つけたように。

ああ、全く以てして、ムカつく。

 

「そう怖い顔をしないで欲しいな。先も言った通り、私は挨拶しに来ただけなのだから」

 

「テメェが来た理由がそれだとしても、こっちがハイそうですかってなるわけねぇだろ」

 

「フフ、それもそうだ。では、捕まってしまう前に退散するとしようか。君の状態も確認できた事だし」

 

「逃がすと思うか?」

 

「ああ……今の君程度に捕まえられるかな?」

 

《Schwarze Kette》

 

言うが早いか、拘束魔法の鎖をスカリエッティの足下から発動させる。

だが、それはまるで虫を払うような手の一振りで粉々に砕けた。

 

「そも、捕まえるなんて生温い感覚で私と相対すなんていうのは甘過ぎると言う他無い。……来るなら殺す気で来てもらわないと」

 

貼り付いた笑みはそのままに。しかしその殺気は隔離街の連中とは比にならない程の鋭さを持っていた。

この野郎、本当に自称科学者か……?

端から見れば華奢に過ぎる体格。とてもじゃないが『殺し合える』ような体つきではない。

そんな俺の疑念に対してスカリエッティは目を細めて答えた。

 

「何も直接武器を取って戦うだけが殺し合いではないよ。君もそれは経験済みだろう?つまり私はその手合いというわけだ」

 

「ああ、成る程。俺の一番嫌いなタイプだ」

 

「お褒めに預り恐悦至極」

 

「チッ」

 

舌打ち一つ、銀鎖を走らせるもその顎は虚しく空を噛む。

スカリエッティの姿は既に無く、その代わりに全てを見下したような声が森に響く。

 

「挨拶も済んだ事だし、今日は退散するとしよう。ああ、そこの出来損ない達は君に差し上げよう。ほんのプレゼントさ。……それと近い内に君たちに『招待状』が届くだろうから、楽しみに待っているといい。では、さようなら、地を這う虎よ」

 

その言葉を最後にスカリエッティの気配が消え失せる。

 

「追跡は?」

 

Unmöglich(不可能です)

 

「まぁ、そうなるか」

 

鋭敏になった俺の五感からもヤツの存在を感じない以上、完全にこの領域から離脱されたと考えるべきだ。置き土産付きで。

支配者たるスカリエッティが居なくなったことで、これまで茫然と立っていただけだった屍者……アンデッド共が一斉に動き出した。

 

【クレン!!】

 

と同時に悲鳴染みた声が脳裏に響いた。

 

「八神か?」

 

【うん。いきなり通信が途絶えたと思ったら、今度は復帰した途端熱源反応がそっちに大量出たってシャマルから連絡があったけど、状況は?】

 

回復した通信から努めて冷静であろうとする八神の声が聞こえる。

 

「色々とあったが……先んじての問題は、アンデッドの大量発生って所だな」

 

【アンデッドやと……?】

 

「ああ。チープな創作みたいな、な。目視出来る範囲でざっと30。そっちで総数は確認できるか?」

 

【………………確認した。総数は100、ガジェット反応は無い。クレンが言ったことが本当なら、それら全てがアンデッドってことになる】

 

「はっ、まるでパニックホラーだな」

 

ヴィーザルを担ぎ直し、俺に向かって駆け出して来たアンデッドの一体にフルスイングして吹き飛ばす。

BJも防御魔法もないただの死体は当然ながら肉片を撒き散らし、首を90度回転させて動かなくなった。

 

「全部対処する。これくらいなら問題はない」

 

【無茶せんといてよ?】

 

「は、抜かせよ。ガジェットよりぬるいさ」

 

言って通信を切ると、手始めに銀鎖を走らせ近くに居た10体を纏めて縛り上げる。

膂力に物言わせてそのまま引き寄せ──。

 

「そらよ」

 

ヴィーザルを振り抜いて頭を潰す。

潰れたトマトのように血と脳漿を撒き散らしてアンデット達は動きを止めた。

あまり気分が良いわけではないが、頭を潰した方が効率が良い。

 

「……チッ、最悪の気分だ」

 

隔離街に居た時も、似たような事は何度もあった。

ただこの手の『弔い』は何時までも慣れない。

……いや、慣れちゃいけないんだろう。

 

「……」

 

遠くに居た5体をヴィーザルの砲撃で撃ち抜く。

 

同時に湧くのはスカリエッティに対する怒りだ。

奴は失敗作と言った。命を愚弄した。無辜の人々の日常を奪いさった。

一方的に、理不尽に。

俺の望みを知った上で、それを刺激するためだけに。

 

Herr?(主?)

 

視界が明滅する。

赤い景色。蹂躙しつくされた市街、雑多に積み上げられた屍の山。

慟哭、狂気、悲鳴、嗚咽、罵声……混沌。

止まらない怨嗟の叫び。

何故だと、どうしてだと、嘆く声が聞こえる。

 

理解する。ああ、これは……。。

 

Herr!!(主!!)

 

「あ?」

 

Es ist vorbei(もう、終わりました)

 

「……」

 

どうやら無意識に身体を動かしていたらしい。

ヴィーザルに呼び戻されて回りを見渡せば、頭の無い死体があたりに転がっていた。

 

「全部か?」

 

Ja(はい)

 

「そうか……」

 

左手で顔を覆う。

あの光景は恐らくアンデット達が生前に見た光景だろう。

それが何を意味するのか、何を伝えたかったのか……だが、これだけは理解できる。

 

「……怖かったよな」

 

感傷なんて柄じゃないが、それでも。

 

「もう、怖がらなくていい」

 

かつてシスターがやっていたように両手を組み合わせ、祈る。

 

「どうか、安らかに」

 

綺麗事だと、自己満足でしかないと分かってはいるが、それではいそうですかと割りきれる程、俺は大人じゃない。

だから──。

 

 

「スカリエッティ、テメェには絶対に報いを受けてもらう」

 

 

そう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……たしかにアンデットね。腐り方が普通と違う」

 

「ああ……」

 

それから暫く経ち、表のガジェットも何とか殲滅し、今は後処理の最中だ。

俺は八神が向かわせて来たシャマルとシグナムと共に遺体を一ヶ所に集め検分をしていた。

これは流石にまだナカジマたちに見せるには早いと判断したらしい。

 

「見分け方ってのがあるのか?」

 

「アンデットって言うのは二種類あってね、一つは死体を無理矢理魔法や科学的な物で動かすものと、生きた状態の人間を薬物や魔法で過剰に強化した結果、肉体と自我が崩壊したものがあるの」

 

「今回のは後者だ。普通の腐り方では無いしな……お前には、嫌な役回りをさせたな」

 

「気にすんな。やれるのが俺しか居なかった、それだけの話だ」

 

遺体を寝かせ、両手があるものは手を鳩尾の上で組ませる。

彼らが居た場所を今八神が調べてくれている。

もし見つかれば遺体を綺麗な状態に戻して帰すのが決まりらしい。

見つからない、或いは拒否されたら管理局の扱いとなり、弔われる。

 

「……フォールティア」

 

「何だ?」

 

「残りはやっておく、お前は一度戻って主に報告してきてくれ」

 

「多分今ならオークションも終わってるから、着替えて外にいるはずよ。お願いね?」

 

「あ、ああ」

 

言うが早いか、シグナムに背中を押され、その場を後にする。

微かな陽射しが射し込む森の中をホテルへ向かって歩いていく。

そこではたと気付く。

 

「気でも遣われたか……」

 

Ich denke schon(そうかと思われます)

 

「ったく、別に問題ねぇってのに」

 

頭を掻いて気まずさを紛らわす。

全く、お人好し過ぎないか。

気遣いなんて何年ぶりだ?シスターが居なくなってからはそんなのとも無縁だったしな……

 

そんな事を考えながら歩くこと十数分。

ホテル・アグスタに到着した。

管理局の制服に付いた埃を適当に払ってから敷地内に入ると、ランスターが一人、建物の影に隠れるようにしてしゃがんでいた。

 

「よお、何してんだ。こんな所で」

 

「っ……!って何だ、アンタか」

 

「悪かったな、俺で」

 

突っ掛かるような言い様だが、ランスターは最初からこんな感じなので今更憤慨するような事もない。

近寄りつつ問い掛ける。

 

「で、何してんだ?」

 

「見回りよ。戦闘は終わったけど、巡視は必要でしょ」

 

「違いない」

 

だったらなんでしゃがんでたんだ、何て言ったらぶっ飛ばされそうなのでシンプルに返事を返す。

すると今度はランスターの方から訊いてきた。

 

「……アンタはどうなのよ」

 

「後処理はシグナムとシャマルがやるってんで、八神に残りの報告してこいってケツ蹴られたんだよ」

 

「なにそれ」

 

「俺が聞きてぇ」

 

アンデットの事は伏せておけとシグナムに言われていたのでそこら辺を飛ばして経緯を説明する。

 

「って言うかアンタ、総隊長の事よく呼び捨てで呼べるわね」

 

「あっちが普段はそれで良いって言ってるから、そうしてるだけだ」

 

「……お気に入りって事、か」

 

「別に、そういうのじゃねぇと思うがな」

 

ランスターがポツリと呟いた言葉につい食い気味にそう言った。

 

「どういう意味よ」

 

「呼び方一つで俺みたいなのを御せるなら安いもんだろ?俺、こんなだし」

 

隣に立って、そこら辺に落ちていた石ころを拾って握り潰す。魔力も何もない、ただの握力だけで。

握力といっても力もろくに入れていない状態でこれだ。

以前とは比較にならない程、聖遺物は俺の体を強化してくれやがったようだ。

 

「ご覧の通りろくでもない力を持った俺を、呼び方を好きにさせる位で言うこと聞かせられるんなら楽だろ。変にそういうので縛って反抗される方が面倒だろうしな。俺としちゃ、そこまで好き勝手するつもりも、反抗する気もないけどな」

 

「……」

 

「そういうこった。まあ、アイツがそこまで考えてるかは解らねぇがな」

 

「なにそれ」

 

「二回目だな」

 

苦笑して、背を預けていた壁から離れる。

そろそろ行かないと報告の遅れに八神が気付きそうだ。

 

「さてと、俺はもう行くわ。遅れると後が怖い」

 

そう言って立ち去ろうとすると、ランスターに呼び止められた。

 

「最後に一つだけ、聞いてもいい?」

 

「何だ?」

 

「…………才能、って何だと思う?」

 

「またぞろアバウトな質問だな……」

 

漠然とした質問に頬を掻く。

才能、ねぇ……。

珍しく不安げな表情のランスターを見て、俺は答えた。

 

「呪い」

 

「え……?」

 

「呪いだよ、一種のな。天才秀才善悪を問わない呪い。期待され、責任を負わされ、嫉妬され、羨望される。目立てば目立つ程それは大きくなる。それが個人に集中して、場合によってはそいつを殺す。その代償に才覚がある。それを是という奴も居れば否という奴も居る。あるいは何とか折り合いをつけて生きる奴だっている」

 

一区切りをつけて息を吸う。

 

「結局の所、才能なんて言葉は人の羨望や妬心が生んだレッテルなんだろうな。誰にだって善かれ悪しかれあるものなのにな」

 

こんな所か。そう締めて俺は肩を竦めた。

 

「大したもんじゃないが、俺が思う才能って言葉はそんなもんだ」

 

「ああ、うん……ありがと。引き留めて悪かったわね」

 

「構わねぇよ、気にすんな。それじゃあな」

 

何故そんな事を訊いたのか。

そう問える雰囲気でも無かったので、俺は物思いに耽るランスターを背にその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、報告遅れの原因は何かな?クレン?」

 

「道草食ってた」

 

「アホかーっ!!」

 

結局、報告には遅れ八神から熱い説教(オハナシ)を聞く羽目になったのは言うまでもない。




悪意というものは、他人の苦痛自体を目的とするものではなく、われわれ自身の享楽を目的とする。

──フリードリヒ・ニーチェ


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/07 Aber ich

「アンデットにスカリエッティ本人からの接触、かあ……」

 

「アンデット……いえ、遺体の胴体にもスカリエッティの名が印字されていましたので彼の言っていた事は確かかと」

 

「早い段階で犯人が確定したのを喜ぶべきか、はたまたキナ臭くなったのを悲しむべきか……」

 

午前の日差しが差し込む部隊長室ではやては額を抑えて天井を仰ぐ。

それを見てグリフィスは滲み出る彼女の苦労を推し量り同情の念を抱いた。

 

ホテル・アグスタ防衛戦から一日が経った。

後処理も一段落着き、六課はいつもの穏やかさに戻っていた。

しかしそれは表の事。裏では防衛戦でクレンが接触したという本件の首謀者と疑われているジェイル・スカリエッティの調査で持ちきりだ。

ここに来て本人自らが接触、しかもクレンの報告によれば彼と同じ、或いは類似する力を持っていると言うではないか。

そんなこんなでスカリエッティの経歴や現在の行方の調査が諜報部で忙しなく行われている。

 

「リイン、諜報部からの報告は?」

 

「まだ上がって来てないです。ただ代わりに一言だけ」

 

「ん?」

 

「支援者が居るのは確実、だそうです」

 

「せやろなぁ」

 

ホテル・アグスタに出現したガジェットの総数は90。

大半はクレンが撃破したようなモノだが、それにしても個人で用意するには些か多すぎる。

AMFや程度こそ低いが自立型のAIを搭載した機体をまるで湯水のように湧かせてみせたということは、それをして余りある資金があるからこそ。

支援者が居ると考えて当然だ。

 

「引き続き調査をするよう伝えといて」

 

「はいです!」

 

「では、僕はこれからミーティングがあるのでこれで」

 

「ん、よろしくな」

 

グリフィスが部隊長室を去り、リインが端末に集中し始めた所ではやては小さく息を吐く。

事態が発展したかと思えば、出て来たのは新たな謎。

さらに言えばクレンと同じ、『聖遺物』使いかもしれないとなれば頭痛もすると言うもの。

溜め息の一つくらいは許して欲しい。

 

そう思いながらはやては振り返って窓を見やる。

窓の外はいっそ小憎たらしいほど晴れた晴天だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ランスターの様子がおかしい?」

 

「いや、おかしいって程じゃないんだがな……」

 

ホテル・アグスタ防衛戦の翌日、午前の訓練前に寄ったヘリの駐機場で煙草を吸いながら俺はヴァイスの話を聞いていた。

 

「あの子が誤射しかけたって話は聞いてるか?」

 

「ああ、エリオから聞いた」

 

駐機所の壁に背中を預けた俺の隣にヴァイスが缶コーヒーを片手にやってくる。

そのまま俺と同じく壁に背中を預けて缶コーヒーを一口呷る。

 

「ふう…昨日帰ってきて直ぐに自主練やってたんだよ、四時間も。目端に入って気に掛かって見てたら夕方から夜までみっちりだ」

 

「そりゃまた随分な気の入りようだな」

 

「だろ?しかも休憩無しと来ちゃ流石に黙ってられなくてな。それとなく注意してみたんだが、聞く耳持ちゃしなかったんだわ」

 

「ふぅん……」

 

煙草を一息吸い、空に向かって吐き出す。

安物らしい味の薄い煙が薄らいで消えていく。

その様を眺めて思い出すのは昨日のランスターとの問答だ。

『才能とは何か』……まるでその言葉を恨むようなアイツのあの問いは何だったのか。

いや、恨むというのは少し違うな。言うなれば焦燥、か。

 

「焦ってるんじゃないか?」

 

「焦ってる?」

 

「ああ。どうしてそうなのかは分からないがな」

 

「まあ言われてみりゃ確かに焦ってるみたいだったな……」

 

缶コーヒーを飲み干してヴァイスはわざとらしく息を吐き出すと唐突に肩を組んできた。

 

「何だよ」

 

「そんじゃま、あの子が無茶しないよう見張りますか」

 

「どうしてそうなる、ってか俺もやんのか!?」

 

「そこはほら、年長者としてな?」

 

「いや俺も訓練とかあるんだが……」

 

「え?訓練いんの?お前が?」

 

「はっ倒すぞこの三枚目」

 

この野郎、人の気も知らずにズケズケと……。

しかしランスターのことも気掛かりなのは事実だ。あんな事を言った手前、それで無茶されたらたまったもんじゃないしな。

そこら辺を見透かしてこいつは俺を誘ったんだろう。

 

「はぁ……わかった、何も予定入ってない時は付き合ってやるよ」

 

「よっし、言質確保!これで共犯だな」

 

そう言った後ヴァイスは急に小声になると、

 

「……訓練の時もそれとなく目を配ってやってくれ。なのはちゃんも分かっちゃいるだろうが、最近余裕無さげだしな」

 

「……了解」

 

いきなり押し付けられた役目に心底辟易としながらもそれを了承する。

それを聞いたヴァイスが組んでいた腕を離すのと、ヴィーザルが訓練の時間を知らせるのは同時だった。

 

Es ist fast Zeit, Herr(そろそろ時間です、主)

 

「ああ」

 

「お、もうそんな時間か。そんじゃ頼んだぜクレン」

 

「はいはい、わかったっての」

 

煙草を握り潰して携帯灰皿に突っ込んで、見送りがてら念押ししてくるヴァイスに軽く手を振って俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、いざ訓練の時間となったワケだが。

 

(あー……確かに無茶な挙動が多いわ)

 

高町による連携訓練を、ビル群になったシミュレーターフィールドで眺めているとヴァイスの言っていた通り、無茶な動きが以前より増していた。

しかもナカジマのヤツも一緒になってやっていやがる。

とは言っても高町が注意すればすぐに止めているので、特に問題は無さそうだ。

 

「ほい、俺の勝ち」

 

「あっ……参りました」

 

パチリと小気味良い音をならして白が黒に変わる。

今やっているのは八神が暇な時にと渡してきた『オセロ』なるボードゲームだ。対戦相手はエリオ。

この手のモノはやったことが無かったが、これが意外にも面白いもんで先程からエリオと対局していたのだ。

というのも、コイツらの保護者たるハラオウンに頼まれたからだが。

 

「エリオは直線的過ぎるな。序盤の勢いは良いが、後半の組み立てが疎かになりがちだ」

 

「確かに、後半はどこに石を置こうか分からなくなっちゃいました」

 

「とは言え、序盤の組み立ては凄かったな。危うく負けそうだったし」

 

「そ、そうですか?」

 

「ああ。こりゃ直ぐに抜かれるかもな」

 

褒めて頭を撫でるとエリオは照れくさそうに笑った。

懐かしいな、こういうの。シスターの所居た時は毎日こんな感じだったなぁ……。

 

「次はキャロがやってみるか?」

 

「え?いいんですか?」

 

「構わねぇさ。それにやりたくてウズウズしてたろ?」

 

「あぅ……」

 

盤に所狭しと置かれた石を片付けて再度セッティングしてキャロを誘う。

エリオが退いた場所に図星を突かれて顔を赤くしたキャロが座る。

 

「ルールはさっき教えたし、エリオのを見たからもう分かるよな?」

 

「は、はい、大丈夫です」

 

「よし、じゃあ先攻か後攻選んでいいぞ」

 

「じゃあ……後攻で」

 

「了解、そんじゃ始めっか」

 

そうして俺は再び黒の石を盤に置いた。

 

 

──凡そ20分後。

 

「参りました……」

 

「ふぃ~……何とか勝ったわ」

 

ゲームは俺の勝利となったが、辛勝と言うべきだろう。

流石、ポジションオールバック。盤面の見方が広い。

今回が初めてだってのにストーナーだの偶数理論狙って使って来やがったぞ……。

 

「すげぇなキャロ、負けるかと思ったわ」

 

「そ、そうですか?」

 

「うんうん、凄かったよキャロ!」

 

支援系魔導士なだけあって、先読みには目を見張るものがある。

常に相手の先を読むような動きで的確にこちらの手を潰してくる。

いやはや、これは将来有望だな。

 

「エリオ、その辺にしとけ」

 

「え?」

 

「キャロが茹でタコになっちまう」

 

見れば俺が考えている間にもエリオが褒めに褒めるものだからキャロが恥ずかしがって顔を真っ赤にしていた。

 

「わぁ!?ご、ごめん!」

 

「あぅ~~」

 

「ダメだこりゃ」

 

「キュルゥ……」

 

完全にショートしてら……。傍らに立つフリードも首を横に振った。

と、そんなやりとりをしていると高町から映像通信が入った。

 

【エリオ、キャロ、そろそろ出番だから準備……どうしたの?】

 

うん、まあその反応だよな。

 

「エリオがキャロをたらしこんだもんでな、今キャロはオーバーヒートだ」

 

【えぇ……ってオセロしてたの?】

 

「ああ、ハラオウンに頼まれてな。何でも『二人の戦術眼を確かめるのにうってつけ!』なんて言われてな」

 

【にゃはは、フェイトちゃんらしいや。それで、クレン君から見て二人はどう?】

 

俺から見て、か……。

考えて、先程得た所感をそのまま伝える事にした。

 

「──ってとこだな」

 

【成る程ね……フェイトちゃんの言うとおり、戦術眼を確かめるのにはうってつけかも】

 

「?」

 

【ねぇクレン君、今からティアナとスバルが休憩入るから、休みがてらオセロやって貰ってもいいかな?】

 

「あ?……あー、別に構わねぇけど」

 

二人の様子見ろってヴァイスにも言われてるし、丁度いいっちゃいいか。

どうせ俺の訓練は午後だし、暇潰しがてらやるのも悪くない。

 

【うん、ありがと。それじゃあよろしくね?】

 

「そういうこった、エリオ、キャロ、フリード。行ってきな」

 

「はい!ありがとうございました!」

 

通信が終わり、二人に高町の所へ行くよう催促すると、エリオはフリードを連れ未だにオーバーヒート中のキャロをお姫様抱っこで抱えてビルの屋上から飛び降りて行った……。

……ありゃまたオーバーヒートすんな、絶対。

三度目となる盤の整理をしてから、ふと空を見上げる。

雲がちらほらあるが、それでも快晴と言えるくらいには晴れ渡った青い、青い空。

かつて疎ましいとすら思っていたそれを、今は美しいとさえ思える。

 

「……」

 

穏やかな陽光に右手を翳す。

思い返すのはあの男──スカリエッティだ。

ヤツと対峙してわかった事がある。それは……今のままじゃ俺はヤツに『届かない』という事だ。

力?技量?違う。もっと単純に、生物としての『位』に圧倒的な差があるのだ。

聖遺物によって人外の膂力を持った俺の一撃を容易く受け止め、傷の一つさえ無かった。

きっとあのまま戦いを続けたのなら俺は間違いなく死んでいただろう。それくらいには差があった。

 

「……肚を括るしかねぇか」

 

目には目を、歯には歯を。

ヤツが聖遺物持ちであれそうで無かれ、あの『位』に到達しない限り戦う事すら儘ならないだろう。その先にあるのは死だけだ。

ならばどうにかしてヤツの『位』に至らなければ……具体的な方法は分からないが。

それでもやらなければならないだろう。

無為に死を待つよりも、足掻いて死んだ方がマシと言うものだ。

 

「後で八神にも聞いてみるか……」

 

とは言え今の俺は嘱託魔導士の身。個人で好き勝手出来ないのも事実なワケで。

何はともあれ相談くらいはしておかないと後が恐い。あれで八神は怒ると恐いからなぁ……。

 

「あ、クレン居た!」

 

「ホントにオセロやってたのね……」

 

そうこうしてる内にナカジマとランスターが騒がしくやって来た。

俺は思考の海から意識を引き戻して振り返る。

 

「よお、やんちゃコンビ」

 

「やんちゃなのはスバルだけよ、一緒にしないで」

 

「えぇ~!?」

 

「まあ座れよ、高町直々のお願いだ。どっちからやる?」

 

そう誘って、結局俺はナカジマ、ティアナを相手に小一時間オセロをするのだった。

……流石に、頭が痛いわ。

 



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/08 Mock-Krieg

ヴァイスからの頼まれ事から2日が経った日の夜。

俺はランスター達の特訓の監視(?)をヴァイスにぶん投げて、部隊長室に来ていた。

その目的は──

 

「聖遺物の力を使いこなしたい、か……」

 

「ああ」

 

先日思い付いた、聖遺物の制御について。

現状、俺はこの十字架について全く理解が及んでいない。

能力だってあの隔離街の一件以来使っていない。

使い方が分かっていても、使いこなせないのでは意味が無い。

そういうワケで俺は八神に直談判しに来た、というのが顛末だ。

ソファの対面に座った八神が口を開く。

 

「確かに、スカリエッティも聖遺物──或いはそれに類する力を持っていると判明した以上、現状で対抗出来そうなクレンのその十字架の習熟は必要やね」

 

「だが、聖遺物の使用には本局への許可申請が要る、だろ?」

 

「せや」

 

聖遺物……ひいてはロストロギアと言うものは先史文明や各次元世界に於いて発見、発掘された現代技術では解明、制御が難しい代物の総称だ。

当然ながらどれもこれも未知なので制御方法が最初から確立されてる筈もなく。

そんな物を担い手だからとホイホイ使わせて暴走でもされたらそれこそ最悪だ、という至極全うな理由で使用には細心の注意と警戒の為に本局への許可申請が必須となっている。

現に八神が持っている夜天の書……だったか。あれも使用制限が掛けられ、制限解除には特別な申請が必要だ。

 

とどのつまり、八神が言いたいのは『現状では難しい』だろう。

 

「まあ、難しいよな」

 

「せやなぁ……ロストロギアならまだしも、聖遺物なんて管理局始まって以来の未知の代物となるとおいそれと許可も降りんやろなぁ」

 

「そもそも俺の立ち位置自体、かなり綱渡りな状態なんだろ?」

 

「うん。本来なら問答無用で本局の研究室送りなとこをアレコレやって嘱託魔導師にしてる」

 

つまりこれ以上は無理が効かないって事か。

何となく予想はしてたからそこまで残念な気分ではないが。

となると俺に出来るのは今まで通り、通常訓練あるのみ、か。

 

「ま、ダメ元で聞いただけだし、仕方ないさ」

 

「ごめんなぁ」

 

「八神が謝る事じゃ無いだろ、組織の決まりじゃしゃあないさ。悪かったな、時間とらせて」

 

「構へんよ、寧ろ嬉しいくらいや」

 

「……嬉しい?」

 

席を立とうとして聞こえた八神の言葉に首を傾げると、八神はクスクスと笑った。

 

「最初はあんな突っ慳貪な感じやったのに、こうしてちゃんと相談しに来てくれるようになって来た事が嬉しいんよ」

 

「……言ってろ」

 

笑う八神の様子に、どうにも心がざわついてしまい、そんな言葉しか返せなかった。

それでも八神はニコニコと笑うもんだから気が抜けてしまう。

この寛容さだからこそ、此処の連中は着いてくるんだろうな。

 

「はぁ……大した奴だよ、本当に」

 

「へ?」

 

「……あ」

 

やべ、口に出ちまった。

 

「今なんて?」

 

「何でもねぇよ」

 

「いや今絶対うちの事大した奴だよって」

 

「しっかり聞いてんじゃねぇか畜生!!」

 

思わず天を仰ぐ。

あぁ畜生、今すぐ数秒前の俺を殴りたい……。

そして正面を見れば先程とは違う、にやけ面の八神が。

……こんな時は。

 

「よし、聞きたいことも聞いたからもう行くわ。じゃあな」

 

「あ、ちょ──」

 

逃げる!!

俺は早口で別れを告げると即座にソファから立ち上がり、速攻で部隊長室から出た。

 

「また何時でも来いや~」

 

……ぜってぇに行かねえ。

 

背中に掛けられた八神の声に強く決意して俺は足早に部隊長室から離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げるようにして建物の外に出ると、穏やかな風が頭を冷やしてくれた。

見上げれば最早見慣れた夜空が広がっている。

 

「ふぅ……」

 

昔から空を眺めていると自然と落ち着くタチで、少し妙な荒れ方をしていた内心も呼吸する度に沈静化していく。

耳をすませば遠くからランスター達の自主練の音が微かに聞こえる。

ヴァイスに監視を押し付け……もとい任せているのでそちらには向かわず、シミュレーターがある海岸側へと足を運ぶ。

特に理由はないが、強いて言うなら気分だ。

時間が時間だからか、昼間とはうって変わって静かな敷地内を歩いていくと、もはや嗅ぎ慣れた潮の匂いと月を写す海面が見えた。

 

「……先客が居たみたいだな」

 

「あれ?クレン君?」

 

シミュレーターフィールドの前に着くと、高町が端末を弄っていた。

画面を見ると、どうやら明日の訓練用にセッティングを変えていたようだ。

 

「よお。こんな時間まで仕事か?」

 

「明日の模擬戦用にフィールドの調整をね」

 

「ふうん……」

 

普段俺やナカジマ達が訓練で動き回ってる裏ではコイツやシャーリーがこうして色々やってたんだな……。

 

「クレン君はどうしてここに?」

 

「八神から逃げてきた」

 

「はやてちゃん何をしたの……」

 

俺の答えに高町が苦笑いを浮かべる。

 

「何時ものからかいだ。ったく、ギャップ有りすぎんだろアイツ」

 

「まあ、それがはやてちゃんだし……私も色々されてるから」

 

「アンタも苦労してんな……」

 

ぼそっと呟かれた言葉に思わず同情する。

聞けば高町と八神、ハラオウンは子供時からの付き合いらしく、その頃からあの調子だったと考えれば高町の苦労も推し量れる。

 

「そういえば、ティアナとスバルはどう?無理してないかな?」

 

「やっぱ、気付いてたか」

 

端末に向き直った高町の問いに俺は肩を竦めた。

幾ら隠そうとしても魔力を多少なりとも使っていれば察知されるのは当然だ。隊長格たる高町なら尚更だろう。

 

「まあね。私としては、あんまり無理はしてほしく無いんだけれど」

 

「俺とヴァイス……主にヴァイスがそこら辺見て止めてるよ。アイツらほっとくと日跨ぐまでぶっ通しでやりかねないしな」

 

「そっか……因みに練習内容とか分かる?」

 

「主にツーマンセルの連携だな。あとは軽い組み手だ」

 

さっと答えてから煙草を取り出そうとして──止めた。何となく、気分じゃない。

 

「ティアナとスバルは結構無茶するから、心配なんだ」

 

「だろうな、端から見ててもそう思う。特にランスターは何かに焦っているようだし」

 

「ティアナが?」

 

そこで俺は一つ頷いてから高町に問いを投げ掛けた。

 

 

「なあ高町。才能って何だと思う?」

 

 

暫くの沈黙の後、高町は答えた。

 

「私の思う才能は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

天気は雲一つない清々しい快晴。

それを、真っ白な煙で汚す。

 

「──で、今日は模擬戦なわけだが」

 

「ああ」

 

「お前からみてあの二人、やらかす(・・・)と思うか?」

 

いつぞやと同じように駐機場の壁に寄りかかり煙草を吸い、煙を吐き出す。

それを二回ほど繰り返してから隣に座るヴァイスの問いに答える。

 

「やるだろうな」

 

「だよなぁ……一応忠告はしたんだぜ、これでも」

 

「精々なにも起こらないことを祈るんだな」

 

「お前それフラグって言うんだぞ……」

 

がくりと肩を落とし、ヴァイスは盛大に溜め息を吐いた。

まあ、気持ちは分からんでもない。

 

「最悪、高町がキレるだろうな」

 

「ああ……」

 

昨夜話した様子だと、ヴァイスが以前言った通り余り高町にも余裕が無さそうなのは何となくだが察せた。

……今日の模擬戦は、一波乱ありそうだ。

吸い殻を携帯灰皿に捩じ込んで、壁から背を離す。

 

「一応、アイツらの動向は見といてやるよ。俺にも責任はあるしな」

 

「あいよ、俺もできる限りフォローするわ」

 

お互い顔を見ずにそれだけやり取りすると、俺はシミュレーターフィールドに、ヴァイスは駐機所の中へとそれぞれ別れた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ今日は基礎教練のまとめとして、模擬戦をやっていくよ。ルールは簡単。制限時間内に私のBJに一撃、損傷を与える事。これまで教えた事をよく思い出して攻撃を当てるように」

 

「「「「はい!」」」」

 

シミュレーターフィールドは姿を変え、何時もの廃ビル群になっていた。

その中で高町が整列したランスター達に模擬戦のルールを説明している。

かく言う俺はそれをビルの屋上から眺めていた。

 

「お前は行かねぇのか?」

 

俺と同じように欄干に身体を預けたヴィータが訊いてくる。

コイツとはヴィーザルのフィッティング以来話す機会が増えた。

口調こそ粗野だが、性格はかなりの仲間思いのようだ。

風に揺れる赤髪を目端に捉えながらも質問に答える。

 

「俺はこれが終わってからだからな。順番待ちって所だ」

 

「相手は?」

 

「シグナムとハラオウン」

 

「隊長格二人同時かよ……ホントブッ飛んでるなお前」

 

「我が身の事ながら同意するわ」

 

隔離街に住んでた頃なら、管理局の隊長格二人同時に相手にしろとか言われたら即刻逃げてたわ。

それが今となっちゃそれ位じゃないと模擬戦にならないとか……。

 

「まあシグナムだけとタイマンじゃ、またあん時みたいにシミュレーターがエラー落ちするまでやるだろうしな」

 

そう、以前模擬戦をシグナムとタイマンでした時はお互い熱が入り過ぎてシミュレーターがエラーを吐く程やり合ってしまい、ハラオウンが止めに入らなかったらシミュレーターがぶっ壊れていた可能性すらあった、という事があったのだ。

今回はその反省点を踏まえ、最初からハラオウンに模擬戦の参加ついでに俺達がやり過ぎないように監視を頼む事にした。

 

「流石に前回みたいにはならねぇ……筈だ」

 

「不安になる言い方やめてくれよ……」

 

この前ん時はシャーリーの奴にシグナムと揃って説教されたからな……三時間も。

シスターの説教もまあ怖かったが、やはりというか女を怒らせると怖いのは何処に行っても同じらしい。

 

「ヴィータ副隊長、クレンさん、おはようございます!」

 

「おはようございます!」

 

「キュル~!」

 

そんな会話をしていると説明を聞き終えたエリオ、キャロ、フリードが屋上にやってきた。

 

「おう、おはよう」

 

「おはよう。エリオ達が来たってことは、最初はランスターとナカジマか」

 

挨拶を返してからビル群を見やると、既に高町達はここから結構な距離を置いて準備を始めていた。

さて、アイツら無茶しなきゃいいが……。

空中にモニターが投影され、高町達の姿が映し出される。

 

「なあ、クレン」

 

「あん?」

 

模擬戦が始まろうというタイミングでヴィータが再び声を掛けてきた。

 

「アイツら、なのはから一本取れると思うか?」

 

「……」

 

そんな試すような問いに俺は少し考えて──答えた。

 

 

 

「無理だな」

 

 

 

──模擬戦が、始まった。

 

 

 




次回、頭冷やそう回


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/09 Das Wichtige -1

初の前後編。


橙と青の光の筋が音を伴って初夏の空を切り裂く。

それを悠々と、まるで舞うように桃色の羽根が軌跡を描いて避けている。

模擬戦の始まりは緩やかだった。

ナカジマの出す魔力の足場──ウイングロードが空中に張り巡らされ、それを足場にランスターが援護射撃、ナカジマが前衛というこれまでのセオリー通りの動きだ。

とはいえ、それもこれまでの訓練や自主トレもあってか、精度が上がっているのが目に見えて分かる。

 

「へぇ、ちっとは出来るようになってるじゃねえか。お、クロスシフト」

 

隣で空中投影された中継を眺めてヴィータが鼻を鳴らす。

後ろで眺めているエリオ達も驚いているようだ。

遅れて来たハラオウンも映像に見入っている。

ここまでは順当、というかどうかこのまま何事もなく終わって欲しい。

だが、まあ大抵そう思っている時ほど無事に終わる事はないわけで。

模擬戦開始から二分、ランスター達の動きに違和感を感じはじめた。

 

「……マズイな」

 

見れば、どう考えてもこれまでの訓練で教わっていた動きから外れ出している。

ランスターの放った中距離誘導射撃魔法《クロスファイヤー》は本来の精度と速度を発揮せず高町を追い、それを挟むようにナカジマがウイングロードを滑走して突撃していく。

案の定、高町の放った魔力弾に迎撃されたが、それでも諦めた様子はない。

 

(ヴァイス……お前の言った通りになるかも知れねえぞ)

 

「ティアナが……砲撃……!?」

 

ハラオウンの驚いた声に、目を向けるとランスターが離れた位置から砲撃魔法用の魔方陣を展開しているのが見えたが……あれはフェイクだ。

感じる魔力の密度が違う。なら本物はおそらく……!

 

「ぉぉぉぉおりゃああああ!!」

 

烈帛の咆哮で大気を震わせ、ナカジマが再度高町に突撃する。

高町はそれを防御魔法で防ぐ。当然ながら高町の方が『上』だ。

ナカジマがあの防御魔法を抜けることはない。

だが、狙いはそれじゃない。本当の狙いは足止めだ。

その時、ランスターの幻影が消えた。

 

「あのバカ野郎……ッ!」

 

本命はランスターだ。

あのバカ、自分のポジション捨てて近接戦を挑もうとしてやがる。

ランスターの持つクロスミラージュが、その銃口から魔力刃を発生させる。

あれを提案したのは俺だが、元々は前衛が抜かれた時の緊急用だ。

はっきり言って無茶も良いところだ、何よりもあんな動きは訓練にない(・・・・・・・・・・・)

 

「でぇぇやぁぁぁぁ!!」

 

ランスターが叫びを上げ、ウイングロードから跳び降りながら高町へ向かって刃を振り下ろす。

 

「──レイジングハート。モード・リリース」

 

直前。俺は高町の声を聞いた気がした。

 

爆発。

 

吹き荒れた煙が視界を奪う。

そして薄らいでいく煙の中、高町の姿が見えた。

 

「おかしいな……二人とも、どうしちゃったのかな……?」

 

中継の映像から高町の声が聞こえる。

しかしその声音は何時もとは違う、なんの感情の起伏もない、平坦な物だった。

煙が完全に晴れ、状況が露になる。

 

「頑張ってるのは分かるけど模擬戦は喧嘩じゃないんだよ」

 

高町は無傷……では無かった。

ナカジマの拳とランスターの魔力刃。それぞれを素手で受け止めていた。

魔力刃を『握り止めた』右手から血がウイングロードに滴り落ちる。

 

「練習の時だけ言うこと聞いてるふりで、本番だけこんな危険な無茶するんなら、練習の意味ないじゃない」

 

静寂に包まれた空間で、高町のどこか辛そうな声が響く。

 

「ちゃんとさ……練習通りやろうよ。ねぇ、私の言っていること、私の訓練……そんなに間違ってる……?」

 

まるで何かを確かめるような問い掛けに、ランスターが出した答えは……銃口を向ける事だった。

魔力刃を解除し、距離を離すとその銃口を高町へと向けた。

そして展開される魔法陣は……砲撃用のものだった。

 

「もう誰も傷つけたくないから!誰もなくしたくないから! だから強くなりたいんです!」

 

「ティアナ……?」

 

錯乱しているのか、ナカジマが居るにも関わらず収束していく魔力。

それを眺めて高町はランスターを指差し──

 

「少し、頭冷やそうか」

 

「アアアア!!ファントムブレ──」

 

「クロスファイヤー。シュート」

 

魔法を、放った。

先に魔法を装填していたランスターよりも速く、その一撃は寸分違わず直撃する。

 

「ちっ……」

 

予想のついた結末に、俺は舌打ちする。

再び高町の手に魔法陣が紡がれる。ナカジマはバインドで拘束され、それを眺めるしかない。

俺もまた、止めようとは思わなかった。

これは、あの二人が選択した結末だ。

高町の教練から外れた事をしたという因果への、報いだ。

 

そして、第二撃がランスターを撃ち落とした。

 

 

 

「模擬戦はここまで。二人は撃墜されて終了」

 

 

高町のその言葉を最後に、ランスター達の模擬戦は終わりをむかえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、随分ご機嫌斜めだな」

 

「…………」

 

模擬戦からそれなりに時間が経ち、時刻はすでに夜の9時になっていた。

俺は宿舎内にあるトレーニングルームで一人筋トレをしていたナカジマに声を掛けたが、結果はご覧の通り。

 

──あれから二人は医務室に運ばれ、俺達は予定通り模擬戦を済ませた。

ランスターは撃墜と、これまでの疲労の蓄積もあってそのまま医務室で休まされている。ナカジマの方は軽傷だったので、こうして筋トレをして気を紛らわせている。

 

「しかしまあ、お前らもとんだ無茶をする。あんなフォーメーション、自主トレでやってなかっただろ」

 

「……少しずつ、隠れてやってた」

 

「へぇ……それで結果はアレ、か。良かったな、相手したのが高町で」

 

「ッ!!」

 

俺の言葉が癪に障ったのか、ナカジマがキッと睨んでくるが俺にしちゃ怖くも何ともない。

むしろ睨みたいのはこっちだ。

 

「仮にあれが実戦だったら、お前ら死んでたぞ」

 

「……そんな、こと」

 

「俺だったら殺してる。あんな稚拙なフォーメーション、二人まとめて殺してくださいって頼んでるようなもんだぞ」

 

前衛に囮をさせて後衛が近接戦で一撃必殺なんてのは愚策だ。奇策と言い張れば聞こえはいいが、成功しない奇策なんてのは愚策以下だ。

 

「……でも、なのはさんなら」

 

ナカジマが呟いたその言葉に、少しムカついた。

 

「そうか。テメェ結局、高町にただ甘えてたんだな」

 

「なっ、そんなこと」

 

「無いなんて言い切れんのか?教練無視したフォーメーションやっても許される、受け止めて貰えるなんて思ってたんじゃねえか?」

 

「それ、は……」

 

「模擬戦だから、大丈夫。『なのはさん』なら大丈夫。許してくれるから大丈夫。そんな考え方してたんじゃないのか」

 

「……っ」

 

唇を噛んで拳を握り締めてナカジマは俺を見る。

 

「それが甘えだってんだよ」

 

「わたし、は……わたし達は」

 

「スバル……?」

 

ナカジマが呆然と呟いた所に、ランスターが現れた。

どうやら医務室から出て来たらしい。

 

「よお、ランスター」

 

「アンタ……スバルに何を」

 

「言いたいこと言っただけだ。それで──」

 

眦を吊り上げたランスターの言葉を遮ってランスターを見る。

 

「二回死んだ感想はどうだ?ランスター」

 

「……模擬戦の事ね」

 

「ああ」

 

あの時ランスターは二回、高町のクロスファイヤーをくらっている。それは実際の戦場であれば二度、ランスターはそれに撃ち抜かれ絶命していたということになる。

そんな不躾な俺の問いに、ランスターはナカジマを見やった後に息を吐くように答えた。

 

「正直、まだ考えがまとまらない。でもアンタの言うとおり、私は二回、スバルは一回、死んだも同然よ」

 

「こっぴどくやられて少しは冷静になったか」

 

「少しね……それでアンタ、スバルに何言ったの」

 

内容によっては許さないと態度で示しながらランスターが睨んでくる。

丁度いいので、こいつにも言っておくか。

 

 

「──ってわけだ。ナカジマに向かって言いはしたが、これはお前に対しても言ってる」

 

「甘え、か……そうかもしれないわね」

 

「胸を借りるのと、ただそいつの優しさに甘えるじゃ雲泥の差だろ」

 

「そうね……」

 

頷いてはいるが、ランスターはまだ心が追い付いていないのか考え込んでしまう。

ナカジマもナカジマで俯いてしまっている……俺がそうさせたんだが。

そこでふと、昨晩の事を思い出す。

 

「なあ、ランスター。お前この前俺に聞いた事があるよな」

 

「何を?」

 

「才能とは何か」

 

「……確かに聞いたわね」

 

「あの問いが妙に引っ掛かってな……昨日、高町に同じ事を聞いてみた」

 

「……え?」

 

俺の言った事にランスターは目を見開き、ナカジマは俯いていた顔をガバッと上げた。

……食い付いたな。

 

「アイツに取っての才能は……」

 

そうして話を始めようとした所で、突然けたたましい音が六課内に響き渡った。

ちっ、間の悪い……。

 

「これって、緊急出動のアラート!?」

 

「……はぁ、仕方ねえ。話は後だ、とにかく行くぞ」

 

頭をガシガシと掻いて二人に呼び掛けると、目付きを変えて頷いてきた。

流石に切り替えは出来てるか。

アラートの中に混じるアナウンスを聞いて俺達は踵を返してヘリポートへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小型の飛行タイプの群体飛行か……」

 

「うん」

 

「……どうみても、こっちを試してるよなぁ」

 

ヘリポートに着いて早々、アラートの原因たる対象の情報を高町から聞いて溜め息を吐く。

場所は六課からかなり離れた海上、小型の飛行タイプガジェットが12機、レリック──六課が追っているロストロギア──の反応も無いのに飛んでいるらしい。

何もない海上で態々同じところをぐるぐる回っているなんて、誘い方が露骨すぎる。

 

「そんな訳で、今回は空戦になるから行くのは私とフェイト隊長、ヴィータ副隊長の三人」

 

「みんなはロビーで出動待機ね」

 

「そっちの指揮はシグナムだ。留守を頼むぞ」

 

高町の言葉尻を継いでハラオウンとヴィータがこちらに声を掛けてくる。

一応俺も空戦は可能だが、八神から『迂闊に君の情報を取らせられない』との事で、俺も居残り組だ。

仕方ないと納得しつつ視線を巡らせていると、高町がランスターをじっと見ているのに気付いた。

 

「それと……ティアナ」

 

「はい……?」

 

「ティアナは出動待機から外れておこうか」

 

その言葉に、空気が変わった。

これは不味いな……このタイミングで『その言葉は』不味い。

 

「今日は体調も魔力も調子でないだろうし──」

 

「高町、ストップだ」

 

「え?」

 

言葉を続ける高町にストップを掛ける。

 

「それとランスター、お前もだ」

 

「ッ……」

 

何かしら言おうとしていたランスターにも釘を刺す。

目付きからして反発する気が丸見えだっての。

このまま言いたいように言わせてもお互いに良くは無いだろう。

シグナムに目配せすると、察してくれたのかヘリに乗っているヴァイスに声を掛けた。

 

「ヴァイス、ヘリは出せるか?」

 

「皆さんが乗ってくれりゃ直ぐにでも!」

 

「そういう訳だ高町。さっさと行ってこい、こちらは任せろ」

 

確認が取れるとシグナムはそう言って高町の肩を叩くとヘリへと促した。

それを見てハラオウンも理解したのか高町の背中を押してヘリに入っていった。

 

「あー……ホントに大丈夫か?」

 

「何とかなんだろ」

 

「テキトーなことすんなよ」

 

「わかってるっての」

 

最後に残ったヴィータと軽口を交わして見送ると、三人を乗せたヘリは真暗な海へと飛び立っていった。

ヘリが完全に見えなくなり、ローター音も聞こえなくなって漸く肩の力を抜いた。

 

「少しは冷静になったんじゃないのか?高町が言っていたことは何も間違っちゃいなかった」

 

「分かってるわよ……分かってるけど……っ!」

 

「ティア……」

 

俯いて肩を震わすランスターにスバルが寄り添う。

 

[どうするよ、シグナム]

 

[バカに付ける薬はない]

 

[バッサリいくなぁ……]

 

念話でシグナムに意見を求めるも、俺以上にバッサリ切る始末。

今のこいつの状態で『あの話』しても意味ないだろうしな……何かもう一つ欲しい所だが……。

そうしてどうするか考えていると、誰かがヘリポートに繋がる階段を昇ってくる音が聞こえた。

 

「全くもう、見てらんない。みんな揃って不器用すぎで」

 

カツカツとヒールで床を叩いて現れたのは──

 

「みんな、ロビーに来て。私が説明するから。──なのはさんの事と、なのはさんの、教導の意味を」

 

六課の技術顧問、シャリオだった。

 




Das Wichtige -2 へ続く


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/10 Das Wichtige -2

シャーリーに呼ばれてロビーへと移動した俺達は対面式のソファにランスター達を座らせ、シャーリーとシグナム、そして話を聞き付けたシャマルが反対側に腰掛けた。

俺は俺で近くの壁に寄り掛かって話を聞くつもりだ。

暫くの沈黙の後、漸くシャーリーが話を始めた。

 

「昔ね、一人の女の子が居たの。その子は本当に普通の女の子で、魔法なんて知らなかったし、戦いなんてするような子じゃなかった」

 

シャーリーが投影型のキーボードを叩くと、空間投影されたモニターに恐らく小さい頃の高町の姿が映し出された。

 

「友達と一緒に学校へ行って、家族と幸せに暮らして。そういう一生を送るはずの子だった」

 

訥々と語られる、高町の過去。

魔法とは一切関係が無かった九歳の少女が、たった数ヶ月で命掛けの戦いに身を投じた。

俺のように殺し合いが当たり前の世界で生きていた訳でも無いのに、だ。

ハラオウンの実母が犯人だった『プレシア・テスタロッサ事件』、八神やシグナム達が深く関わった『闇の書事件』、そして遥か異世界の者による地球への侵攻と、同じく異世界の者達と共にそれを止めた『フィル・マクスウェル事件』。

何れを取っても下手をすれば星一つが滅びかねないような事件だ。

それらを全て数年の内に経験し、解決に導いた。

当然、未成熟な肉体と精神にそれは過大な負荷を与えるだろう。

それでも高町は止まらなかった。

 

誰かを救うため、自分の思いを通すための無茶を高町は続けた。

 

最早異常とすら思える精神性。

見くびっていた、高町という人間を。

普通だったら折れるだろう、という所で折れず、逃げずに倒れても立ち上がるその姿勢は子供らしからぬ異様さだ。

 

だが、どんなに強靭な肉体や心でも限界がある。

フィル・マクスウェル事件から4ヶ月後、任務先の異世界で再びの重症。

度重なる負荷に肉体が悲鳴を上げ、リンカーコアが損傷。

二度と飛ぶことも歩くことも出来なくなる可能性すらあった。

今こうしてランスター達の教導に当たれているのは、過酷なリハビリを超えたからこその物だった。

 

「なのはさんはさ、皆に自分と同じ思いさせたくないんだよ。だから、皆が無茶しないように……絶対元気に帰って来られるように、ホントに一生懸命考えて丁寧に丁寧に教えてくれてるんだよ……」

 

シャーリーがそう言って話を締めると、場には沈黙が落ちた。

……話すなら、今か。

 

「ランスター」

 

「……?」

 

「さっきの話の続き、聞きたいか?」

 

俺の問いにランスターは暫く俯いた後、小さく頷いた。

シャーリー達も興味があるのか聞く姿勢に入っているが、まあいいだろう。

 

「高町にとって、才能は……環境だ」

 

「環境……?」

 

「ああ。アイツ曰く……どんな人間にも必ず才能(ちから)はある。でも、それを無闇矢鱈に振り回したり、それに傲ってしまっては意味がない。視野を狭めてしまうから」

 

「視野を……狭める」

 

「視野を狭めるってことは自分から選択肢を閉じてしまうって事。自分にはこれしかないと思い込むから。かつての自分がそうだったから」

 

きっと、この話をしていた時、高町は昔を思い出していたんだろう。

今ならそう思える。

 

「そうやって無茶して……振り向いた時に、自分が色んな人に支えられて、心配かけて、応援して貰ってたんだって改めて気付いた。自分はどれだけ恵まれていたのか。どれだけ良い環境にいたのか。それから色んな事を学んで、自分に出来ることを増やしていった」

 

俺とは違う、高町にとっての才能は。

きっと一人で見つけたモノじゃない。

 

「だから、自分は他の皆にもそんな恵まれた場所で、自分の選択肢を広げてもらいたい……だから、自分にとっての才能は環境……だ、そうだ」

 

それが、アイツの答え。

平和な世界のごく普通の少女だった、──高町の想い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

月が照らす夜空に煙を吐き出す。

時刻は夜の22時。

結局あの後は自然と解散となり、エリオとキャロは就寝。

ナカジマは自室に戻り、ランスターは一人になりたいと言って外に出ていった。

俺は俺でこうして初夏の月を眺めながらロビーのすぐ外で煙草をふかしている。

隣の自販機の小さな振動音が耳に響く。

煙草の火を揉み消して携帯灰皿に入れた所で、ロビーの自動扉が開く音が聞こえた。

 

「あれ、クレン君?」

 

「よお、おつかれさん」

 

出てきたのは少し慌てた様子の高町だった。

任務終わりのその足で来たのだろう、多少の疲労が伺える。

その目的は一つだろうことは誰にだってわかる。

その為に態々待ってたしな。

 

「もう、あの時の話みんなにしちゃったでしょ」

 

「間が良かったからな。俺はまだしも、アイツらにはいい薬だろ。どうするかはアイツら次第だがな」

 

あくまで俺はただ忌憚なく話しただけだ。

それをどう捉えるかまでは流石に管轄外。

組んでいた腕をほどいて自販機から適当にコーヒーを『二本』買う。

そしてそのまま高町に投げ渡した。

 

「ほらよ」

 

「え?」

 

「ランスターの所、行くんだろ。アイツならこの先だ」

 

混乱している高町を促して、俺はその背中を押す。

 

「あんまり長話はすんなよ。身体冷えるからな」

 

何か詮索されるのも面倒なので、何か言われる前にロビーの中へ立ち去る。

自動ドアが閉まりきる直前、

 

「ありがとう」

 

なんて聞こえたが、きっと気のせいだろう。

足音が遠ざかり、ロビーの中に入りきった所で、俺は半身身体を反らした。

 

「隙あ……あらぁ!?」

 

「……何やってんだ、お前」

 

手刀でもしようと思っていたのか、空振ってたたらを踏んだ八神を冷たい目で見る。

俺の視線に気付いたのか、八神は気まずそうに頭を掻いた。

 

「何の用だ?つか事後処理はどうした」

 

「そこら辺は今はリインとグリフィス君がやっとる。ウチの出番はまだ後やから、こうして休憩に来たんよ」

 

「休憩と俺に手刀かますのに一体なんの関係が……」

 

「そこにクレンがおったから」

 

「理由になってねぇ……」

 

俺の呆れ顔に「冗談、冗談」とカラカラと笑ってから、窓の外を眺めた。

 

「ありがとうな」

 

「あん?」

 

いきなり何を言い出すんだ?

 

「ティアナ達の事、見守ってくれてたんやろ?」

 

「……ヴァイスに付き合わされてな」

 

「それでも、よ」

 

淡く射し込む月光に照らされて、八神の笑顔がいつもと違って見える。

 

「叱ったんやろ?ティアナ達」

 

「我ながら、らしく無いこと言っただけだ」

 

そう、らしく無い。

かつての俺ならあんな風に言うことなく、ただ無言で切り捨てていただろう。

だが、そうはならなかった……。俺も、少し変わってきているのだろうか。

 

「きっとな。でもそれを悪いとは思ってないんやろ?」

 

「……まあな」

 

確かに変化に対して俺自身、悪感情は無い。

ロクデナシの、人殺し。それは変わらないが、それを含めても俺はこの変化を受け入れている。

だが、変わっていない部分もある。

 

「渇望、やったっけ。確かクレンは──」

 

「復讐」

 

そう、それは……それだけは変わらない。

否、変えられない。

この世のあらゆる理不尽、不条理に対する復讐心。

その由来すら相変わらずわからないままだが、だからと言ってその火が弱まるわけでも、ましてや消えることはない。

 

「馬鹿馬鹿しいって思うか?」

 

少し自嘲混じりに問うと、八神は小さく首を横に振った。

 

「復讐自体は否定せんよ。その理由も、少なからず共感できるし。誰だって理不尽や不条理を押し付けられるんはイヤやからね」

 

驚いた……コイツがこんな事言うとは。

 

「清濁併呑せんと、総部隊長は務まらんのよ」

 

したり顔でニヤリと笑う八神に、俺は苦笑する。

懐が深い、なんてものじゃない。

受け入れてかつそれすら利用するだけの狡猾さがコイツには、有る。

敵に回らなくてつくづく良かった……。

 

「ふふふ、どや?少しは見直した?」

 

「これさえなければなぁ……」

 

「ちょっと!?」

 

まあそれでも、コイツはこうであり続けて欲しい。

六課の面々を思い出して、要らぬ心配だと断じる。

 

「何やその笑い~」

 

「別に。ただお前となら退屈しなさそうだなと思っただけだ」

 

「そら勿論、退屈なんてさせんよ!仕事いっぱいあるから!」

 

「それはそれでどうなんだ……」

 

きっとコイツなら、何があっても皆を引っ張って行けるだろう。

 

と……まったく、らしく無いことを考えながら八神と与太話を続け、夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、いつのように駐機場に行くと、ヴァイスともう二人が先に居た。

 

「お、ようクレン」

 

「よお……それで、意外な面子が来てるじゃねえか。どうした?」

 

ヴァイスと軽く挨拶を交わしてからその隣を見る。

来ていたのはランスターとナカジマだった。

二人は少し気まずそうにしてから、ガバッと頭を下げた。

 

「「ありがとうございました!!」」

 

いきなり言われた感謝の言葉に俺とヴァイスは揃って面食らう。

お互いに顔を見合わせるがなんの事かさっぱりわからん。

頭を下げたままの二人に気付き、慌ててヴァイスが声を掛ける。

 

「おいおい、頭を上げてくれ。いきなりお礼言われてこっちもびっくりしてんだ」

 

「あ、言うの忘れちゃってました……てへへ」

 

頭を上げ、誤魔化すように笑いながらナカジマは頭を掻いた。

さっきは突然な事に混乱したが、この二人が揃って来たという事はきっと自主練の事なのだろう。

 

「自主練、ずっと見て貰ったりアドバイス貰ったりしたので……その、ティアと話して二人でお礼をと思いまして。あ、言い出したのはティアなんですけd」

 

「余計な事は言わないでいい!」

 

全部言いかけたナカジマにランスターの拳骨が炸裂するが、止めるのが一足遅かったな。

見ろこのヴァイスのにやけ面。凄まじくイラッとするだろう?

軽く小突いて顔を引き締めさせると、ヴァイスは肩を竦めた。

 

「礼なんていい……って言うところ何だろうけど、お前さん達の熱意とかはちゃんと見てきたしな。きっちり受け取るよ」

 

「柄にもない事に付き合わされたが……まあ、悪い気はしなかったしな」

 

「色々根回ししてtいっでぇ!?」

 

「余計な事は言わんでいい」

 

頭を抱えてヴァイスが悶絶するがそんな事はどうでもいい、重要な事じゃない。

改めてランスターとナカジマの顔を見る。

その目には焦りや迷い何てものは見えず、真っ直ぐだった。

 

「吹っ切れたか」

 

「ええ、お陰さまで」

 

「もう大丈夫!」

 

自信あり、と態度で示すように笑うランスターとナカジマに釣られ俺も笑う。

ああきっとコイツらはもう、大丈夫なんだろう。

 

「ところでお前さん達、そろそろ訓練の時間じゃねえか?」

 

痛みから復帰したヴァイスがそんな事を言い、時計を見やるともう訓練の十分前だった。

 

「「「……やっば」」」

 

「変なとこで息合うな……。あーダッシュで行きゃ間に合うんじゃね?」

 

「シミュレーターまで走り込みだぁぁ!!」

 

言うが早いかナカジマは勢いよく走りだした。いや速っ。

 

「ちょっとスバル待ちなさい!てか速過ぎ!!」

 

「てめえナカジマ、一人先駆けとかやらせねえからな!」

 

「気ぃ付けてけよ~~……ったく、元気だねぇ」

 

遅れて走り出す俺とランスターの背中にヴァイスの気の抜けた声が掛かる。

 

 

 

 

青い空に初夏の日差し。昨日までと少し違う今日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──それで、準備は出来たのかな。賢者さま?」

 

【よしてくれ、僕はそんな柄じゃないよ】

 

淡い照明で照らされた洞窟の奥底。

白衣を着た男、スカリエッティは投影された画面に映る男の謙遜に笑った。

 

「ハハハ、これはまた異なことを。貴方の兵器開発技術はまさに賢者のようではないですか。同じ科学者として尊敬しますよ。おかげでこちらの研究も当初より進みましたから」

 

【それはお互い様だよスカリエッティ君。君との技術交流のおかげでこちらも予定より早く計画を進められた】

 

「ほう?ではもう準備は済んだと」

 

スカリエッティが眉根を上げると、画面の男はさも嬉しそうに笑う。

 

【既にこちらの星の一部を『支配下』に置いた。ついでに目障りな鉄の棺桶もね】

 

「成る程……早ければ明後日にでも彼女達に気づかれるでしょうね」

 

【ちょうどそちらに置いてきた(・・・・・・・・・)ダミーも期限切れになる。招待状としては十分じゃないかな】

 

楽しそうに語り終えた男にスカリエッティは頷く。

 

「十分でしょう。丁度こちらも『門の器』が完成した所です。だが肝心の『精練』がここでは出来かねる……時間が必要だ」

 

【……となると、君は敵に塩を送る(・・・・・・)のかい?】

 

「まさか。子守りを任せるだけですよ、暫くね」

 

言って、スカリエッティは笑う。静かに、狂ったように。

彼のそんな様子を見て男はやれやれと首を振る。

 

【場合によってはその子守りが無駄になるかも知れないよ】

 

「それならそれで構いませんよ。我々の目的はあくまで──」

 

 

 

【「彼の者(・・・)の再誕」】

 

 

【だろう?】

 

スカリエッティと言葉を合わせた男が茶化すように言うと、スカリエッティはにやけた顔を戻そうともせずに首肯した。

 

「然り。その為に我々がそれぞれ計画していますから」

 

【どちらかが失敗してもいいように、ね……さて、情報交換も済んだことだし、僕は失礼するよ。忙しくなるからね】

 

「ええ、ではまた……」

 

プツリと映像が切れ、辺りには静寂が漂う。

耳鳴りがするほど静まり返ったその場所で、スカリエッティは小さく呟いた。

それには確たる恐怖と確たる畏怖。

──そして確たる『狂気』があった。

 

 

 

 

「無機質で広漠な宇宙においては人類の価値観や希望などは何の価値もなく。人はただ盲目的な運命に翻弄されるのみである」

 

 

 

 

 

 



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2.
/01 unruhe


新章、開幕


「休みって……マジか」

 

「うん、今日はクレン君も含めてみんなお休みだよ」

 

ランスター達の一件から早くも二週間が経ち、初夏は過ぎ去り夏となって久しい今日、朝の訓練を終えた俺たちに告げられたのはほぼ1日休みというサプライズだった。

なんでも、さっきまでやっていた模擬戦が訓練の第2段階のテストだったらしく、ランスター達全員がそれを無事にクリアした事のご褒美だそうな。

ついでに俺も休みだ。

にわかに沸き立つナカジマ達を尻目に俺は少し悩む。

 

「どうしたの?」

 

「いや……休みって何したら良いんだ?」

 

「えっ」

 

正直な所、生まれてこの方こんな風に時間が空いたことがないのでどう過ごしたらいいのか全くわからん。

隔離街にいた頃は毎日が殺し合いみたいなもんだったし、こっちに来てからは基本的に訓練やらヴァイスの機械弄りに付き合っていたし。

 

「そうだなぁ、お前趣味あんのか?」

 

「無いな」

 

「即答かよ!」

 

ヴィータの問いに即答すると驚かれるが、仕方ないだろ、趣味なんて持ったことないんだし。

 

「えーと、じゃあやってみたい事とか。常識的な範囲で」

 

「やってみたい事、か……」

 

ハラオウンにそう訊かれ、考える。

やってみたい事、やってみたい事か……ああ、そういえば。

 

「本が読みたい」

 

「「「「「「「本?」」」」」」」

 

「ああ……ってお前ら息ぴったりだな」

 

何かおかしな事言ったか俺?

 

「いやぁ、クレンってそういうの興味なさそうな印象だったから。なんかこう、『本?何それ外人?歌?』みたいな」

 

「ナカジマてめぇ、さては喧嘩売ってるな?よし買った」

 

「ちょ、冗談だってぇ~!?」

 

ナカジマの奴に脅しを掛けるとランスターの後ろにそそくさと隠れやがった。

が、無慈悲にもランスターはナカジマの肩を掴むと俺の前に差し出した。

 

「はい、どうぞ」

 

「んなっ、ティア!?」

 

「今朝のお返しよ」

 

「お返しのレベル差がおかしくない!?あ痛ぁ!」

 

取り敢えずデコピン一発で勘弁してやろう。

運が良かったな、今日の俺は紳士的だ。

……とまあ、そんな茶番は置いといて。

 

「そういう訳でなんか良いところ無いか?」

 

と訊ねると高町たちは顔を見合わせてから口を揃えてこう言った。

 

 

「はやて(ちゃん)の所」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでウチん所に素直に来たと」

 

「そういうこった」

 

所変わって総隊長室。

俺は高町達のアドバイスに従って八神の元を訪れていた。

他のメンツはとっくに市街地へ出ていった後だ。

 

「しっかし意外やね、本なんて読むイメージ湧かんかったわ」

 

「高町達にも言われたぞ、それ」

 

備え付けの本棚をごそごそと漁る八神の背中にそう答えながら、コーヒーを淹れる。

勝手知ったるなんとやらだ。

 

「元々、本好きなん?」

 

「まあそこそこな。隔離街でもたまに本が流れてきたから、それを読んでたな。後は──」

 

「『シスター』の所で、かな?」

 

「……ご名答。忘れてなかったか」

 

「そら、あんな思わせ振りな言い方されたら嫌でも覚えるわ」

 

思い出すのはホテル・アグスタでの会話だ。

こいつの前で思わず言っちまったのが運の尽きか……。

言われた通り、シスターの所で世話になってた頃は本をよく読んでいた……というより読まされていた。

全く柄にもない聖書?だったかを反復で読まされた時は流石にしんどかったなぁ……。

 

「お、あったあった。ほい、これ。ウチのおすすめ」

 

「ああ、サンキュー……聞かないんだな」

 

「無理に聞く気はあらへんよ」

 

八神から本を受け取り、そのまま淹れたコーヒーを渡す。

俺の問いに対して八神は受け取ったコーヒーを一口飲んでからあっさりと答えた。

 

「確かに気にはなるけど、当人が言いづらい事を無理に聞き出す程人情捨ててへんよ」

 

「……アンタのそういうとこ、嫌いじゃない」

 

「そこは素直に好きって言ってくれてもええんよ?」

 

「誰が言うか」

 

隙あらば茶化してくる八神に雑に返して渡された分厚い本のタイトルを見る。

それは聞き覚えのある題名だった。

 

「──モンテ・クリスト伯」

 

「クレンの右手に刻印された文字を見たときにピンと来てな、ミッド文字の翻訳版を探して取り寄せてたんよ」

 

右手を見る。

そこには俺が聖遺物を手に入れた時からずっとある文字が刻まれていた。

 

『待て、しかして希望せよ』

 

それがどういった意味なのかすらわからないまま今まで来たのだが、果たしてこの本とどういった関係があるのか想像がつかない。

 

「ま、それは全部読んでのお楽しみやね。その時クレンがその言葉にどんな意味を持たせるのか、いつか聞かせてや?」

 

「ああ、わかった……暫くここで読んでても良いか?」

 

「ウチもまだここに居るから構へんよ」

 

「悪いな」

 

「そこは、ありがとうやろ?……ってもう聞いてないか」

 

許可を貰ってすぐに本を開いた俺に、八神のそんな言葉は届かず。

結局、メンテナンスを終えたリインフォースが来て呼び掛けてくるまで俺は本を読み耽るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、すっかり集中しちゃってまあ……」

 

総隊長用のデスクに腰掛け、はやては読書に集中しきっているクレンを眺めてふと笑う。

こうして見れば自分たちと何ら変わりない年相応の青年にしか見えない。

実際は自分たちを上回る力を持っているなんて、知らない人間から見たら露にも思わないだろう。

 

「ただいまですぅ~」

 

「ん、おかえりリイン」

 

と物思いに耽っていると雑務を終えたリインが書類を片手に入ってきた。

 

「あれ?クレン君が本を読んでるです?」

 

「ああ、ウチの本を貸しとるんよ。何や急に本読みたい言うて来たからなぁ」

 

リインから書類を受け取りつつ彼女の疑問に答える。

彼女は彼女で興味深そうにクレンを眺めては首を傾げていた。

 

「意外ですね、そういうのに興味無さそうなイメージでした」

 

「せやなぁ、人は見掛けによらんって事やな」

 

彼の言う『シスター』の教育の賜物なのだろうか。

会えるのなら会ってみたいとは思うが、居ると思われる場所が場所なだけに難しいだろう。

……そういえば、クレンを保護した以来の隔離街についてはまだ調べていなかった。

本局側からの報告も無いし、こちらもスカリエッティ関連でバタついていたので気にはしていても手を出せていなかった。

そこで、そういった事を聞ける知己を思いだし、連絡を入れようとした所で通信が入った。

 

「誰からです?」

 

「この回線……クロノ君からや」

 

奇しくも連絡しようとしていた当人からの通信に、迷わず出る。

空中投影されたモニターに見知った顔が映し出される。

 

【やあ、はやて。いきなりですまないね】

 

「久しぶりやね、クロノ君」

 

【前回の会議以来か。確かに久しぶりだ】

 

そう言って微笑む黒髪の男性こそ、管理局次元航行隊提督 クロノ・ハラオウンである。

名前から察する通りフェイトの義兄であり、25歳という若さにして本局管轄の大規模部隊を任される文字通りのエリートだ。

そしてこの六課設立の後見人の一人でもある。

 

「それでどうしたん?様子からみるに明るい話題じゃなさそうやけど」

 

【ああ……今そちらにクレン・フォールティアは居るか?】

 

「居るけど……『そっち』関連?」

 

【いや、単純に彼の意見も聞いてみたいのさ。それだけ今回の件は異質だ】

 

「つまり厄介事、か……リイン、悪いけどクレンを呼んでくれへん?」

 

「はいです!クレン君、戻ってきてくださーい!」

 

「んぉ、何だ?」

 

リインの呼び掛けにすっかり読書に集中していたクレンが本から顔を上げる。

 

「読書中のとこ悪いんやけど、ちょっとこっち来てくれる?」

 

「何だ、通信中じゃないのか?」

 

「そのお相手が君を呼んでるんよ」

 

まだ今一状況が掴めていないようだが、それでも本をテーブルに置いてこちらに来て投影モニタを覗きこんだ。

 

「アンタは、確か……」

 

【こうして顔を見合うのは初めてか……初見となる。僕はクロノ・ハラオウン。管理局次元航行隊の提督をやらせてもらっている】

 

クレンとクロノは、クレンが六課に所属する際に書面上でお互い顔を知っている程度だった。

クロノの言うとおり、顔を見合わせるのは今回が初めてとなる。

 

「クレン・フォールティアだ。その節は助かった」

 

【構わないさ、はやてからの無茶振りは今に始まったことじゃない】

 

「アンタも苦労してるんだな……」

 

「ちょっと変なとこで同調しとらん!?」

 

二人揃って肩を竦める様子に堪らずはやてがツッコミを入れる。

 

 

 

閑話休題。

 

 

「……それで、クレンの意見を聞きたいって言うほどの異質な案件って何?」

 

咳払いを一つ、はやてはクロノに事の詳細を訊くべくそう問うた。

クロノは頷くと「まずはこれを」と言って何やら操作すると投影モニタの半分が黒い画面で埋まる。

どうやら映像のようだ。映像の再生と同時にクロノが説明を始める。

最初に映し出されたのは、はやてが見慣れた次元航行船のブリッジだった。

 

【先日、ある管理外世界からこちらの世界──いや、管理局宛にあるメッセージが届いた。『救援を要請したい』と】

 

「救援?管理外世界から直接?」

 

【ああ、管理外世界で管理局を知る世界は限られる。イレギュラーな事態と判断した本局は直ぐに解析班を編成、発信元を特定した。場所は、はやてが知っている世界だ】

 

「ウチが知っている中で管理局に直接メッセージを送れるだけの科学力がある管理外世界……まさか」

 

【そう、そのまさかさ】

 

映像が切り替わると、そこには一つの惑星があった。

 

【メッセージの発信元は『惑星エルトリア』。数年前の『フィル・マクスウェル事件』の協力者、フローリアン姉妹達の居る惑星だ】

 

惑星エルトリア。そこはかつて荒廃の一途を辿っていた惑星。

映像で見る限りは荒廃を感じさせないほどに緑が多く、はやてが知る彼女達の努力によってここまで環境を復活させたのだと見てとれる。

 

【状況の確認のため、本局から選抜された偵察部隊がエルトリアに向かった。その途中、フローリアン姉妹がかつて言っていた宇宙コロニー『フロンティアロック』を発見、情報収集のために部隊は二手に別れ調査を行うことになった】

 

映像には20名程の魔導士が偽装用の服を着て小型挺でコロニーへ向かうところが流れていた。

その後、艦はそのままエルトリアへと何事もなく到着し、冒頭で見た緑豊かな星を映す。

そこでクレンが何かに気付いたのか声を出す。

 

「おい、これ……東側何かおかしくねえか?」

 

言われてはやてもエルトリアの東側を見ると、確かに妙な点に気が付いた。

……赤黒いのだ。それも溶岩や火山活動のようなモノではない、毒々しい赤と黒が混じりあったような色が星の緑を侵食するようにして存在していた。

そこで映像が一時停止される。

 

【クレンの言うとおりだ。彼らもそこに気が付いて、直ぐにフローリアン姉妹へ連絡を取ろうとした。しかし】

 

「通信が出来なかった?」

 

【正解だ。偵察部隊は一度本局に連絡したのちに許可を得て、操艦に必要な人員を除いた残りの全員でエルトリアに降りることにした。ここから先はその通信記録だ……先に言っておくが、かなりショッキングな内容だ。気をしっかり持っていてくれ】

 

そう言ってクロノは映像を再開した。

その内容は、幾つも修羅場を潜ってきたはやてをして吐き気を催すものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■/■/13:15

 

【あー、こちら偵察隊ロングストロークだ。聞こえるか?】

 

「こちら次元航行艦リーズベット、聞こえます。映像受信も良好です。位置情報のリンクも正常」

 

【そいつぁ良かった。こっちは丁度エルトリアに降りたところだ。見渡す限りの森林だ……荒廃してたって話が嘘みたいだな】

 

「視界は問題ありませんか?」

 

【……多少の霧があるが問題ないな、サーチングもノイズがない】

 

「了解しました。現在位置は例の赤黒い領域に程近いようです。一度その森を西に抜けてメッセージの発信者を捜しましょう」

 

了解(ヤー)。定期連絡は五分毎にやる。映像記録はそのまま送り続けるから観測を頼む。よし、お前ら行くぞ!】

 

 

 

■■■■/■/14:55

 

【定期連絡。リーズベット、まだ森は抜けないのか?もう二時間近い。ここいらの地質とかのサンプリングも粗方終わっちまったぞ】

 

「おかしい……もう抜けても良いはずですが。位置情報のリンクを調べてみます」

 

【空戦魔導士に上空を見てもらってるが異常は無いらしい……何かきな臭くなって来やがったな】

 

 

■■■■/■/15:43

 

「ロングストローク!映像受信が切れています、何かありましたか!?」

 

【何だって?あぁ、クソッ送信出来なくなってやがる!ジャミングか?サーチングはどうなってる?……何、異常なし?】

 

「ロングストローク、落ち着いてください。音声通信は可能なようです。今位置情報のリンクを修正していますのでその場で待機を。修正が完了次第回収します」

 

【ああ……すまない、リーズベット。だが修正はなるべく早くしてくれ。霧が濃くなってきた】

 

「急がせます」

 

 

■■■■/■/15:50

 

「こちらリーズベット。映像記録が復帰しました」

 

【こちらロングストローク。霧の濃さはご覧の通りだ。もう肉眼じゃ手元くらいしか見えねえ。今は部隊の全員で結界の中で固まってる。位置情報は?】

 

「あと五分程で完了します」

 

【わかった】

 

 

■■■■/■/15:52

 

【おいなんだよこれ!?一体何が起きてる!!】

 

「ロングストローク、状況を報告してください!ロングストローク!」

 

【霧の中から妙な液体が飛んできたんだ、それがロウウェルの奴に付いた途端、ロウウェルの身体が溶けたんだよ!ドロドロにな!クソッ、結界が食い破られてやがる!おい、空戦魔導士二人は真っ直ぐに上まで飛べ!限界高度までな!リーズベット、聞こえたな?そいつらを頼む】

 

「……了解しました」

 

【あぁ、畜生。リーシンもラグも溶けちまった……もう俺一人だ……みんな溶けちまった……いや、違う】

 

「ロングストローク?」

 

【溶けたんじゃない。これは……『作り替えられた』?は、ははははははははは!!そu…kぁ、rrrrrズベtト、見e@??】

 

「ロングストローク……?それ、は」

 

【ku._a6xha2tp.k6hUtj2-.adtga5twhl5b.28n!!!!!!!!!!!!】

 

 

──記録終了──

 

 

 

 

 

 

 

【……これが、偵察隊から送られてきた最後の映像だ】

 

「……生存者は?」

 

【帰還出来たのは、二人だけだ。あとは艦に残っていた乗組員達。実行部隊は全滅だ】

 

映像を見終えて、口元を抑えながらはやてはクロノからの報告を聞く。

その言葉尻をとらえてクレンが続けて問う。

 

「二人、ってことは映像の最後で飛ばした空戦魔導士か?ならコロニーに向かった連中も同じく……か」

 

【そうだ。フロンティアロックもまた、映像にあるような状況だったらしい。中はあの赤黒い粘液で一杯で、偵察隊は引き返す間もなく『溶けて粘液になった』】

 

「成る程、な。確かに異常だ」

 

──魔法による結界も、物理的な防御も貫通して一瞬で人体を溶かす粘液。

はやての知る技術態系には一切該当するものがない。

……否、一つだけならある。

隣に立つクレンを見る。

そう、『聖遺物』の力ならあり得る。これには既存の常識、摂理が当てはまらない。

そして既に自分達が追っているスカリエッティも類似する力を持っている事を。

そこでクロノが今回直接連絡をしてきた意図を理解する。

 

「……評議会で決まったんか?」

 

【正確にはまだ審議中だが……君達に通達が行くのはほぼ確実だろう。現状、君達が管理局に於ける最高戦力なのは間違いないのだから】

 

「わたしらが追ってる案件はどないするつもりや?こっちもこっちでかなり大事やけど」

 

【そこもまた審議中だが、『余計な茶々入れ』が出来ないようにはするさ】

 

「そう……なら色々準備しとかないとやね」

 

かつてクレンに対して言ったように、管理局は近年深刻な人員不足だ。

かといって普通なら出来て数ヶ月の部署にこんな大型案件を二つも抱えさせはしない。

つまり今回は異例中の異例というワケだ。

確かに条件としてはかなり厳しいモノだ。しかしだからといって無関係ですと断れるものでもない。

ならばやるしか無いだろう。未知領域の調査を。

クロノにそんな了承の意を伝えると、彼は深く頭を下げ、「ありがとう」と言った。

──暫しの沈黙が流れ、通信を終えようとしたその時。

 

 

【何?それは本当か!?】

 

映像の先で部下であろう人物から何か報告を受けたクロノが声を荒げた。

 

「どないしたん?」

 

【……落ち着いて聞いてくれ、はやて】

 

部下を下がらせたクロノがそう言って一拍を置く。

そして──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【フィル・マクスウェルが、『消滅』した】

 

 

 

 

 

 

そう、告げた。



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/02 Blitz

「次から次へと厄介事たぁ、面倒だな」

 

クロノ・ハラオウンからの連絡から暫く後。

ミッドチルダの海上上空に俺は居た。

清々しい快晴だ。冷えた風が心地好い。

 

「それで、俺はこの下のハエども全部壊せば良いんだな?」

 

【ええ、聖遺物の解放は出来ないけど、貴方の殲滅能力なら問題ないはず。お願いね】

 

了解(ヤー)

 

指令室のシャーリーと通信を終え、深く息を吐き出す。

事の発端は先にミッド市街地で休暇を楽しんでいたエリオ達が何やらことありげな子供を発見、それを報告したのが始まりだ。同タイミングでレリックらしき反応が地下から検出。

調査のため現場へ急行した高町、ハラオウン、シャマル、リインが子供を保護すると同時、地下と海上に大量のガジェットの反応が発生。

流石に量が量だけに俺も駆り出されたのだ。

しかも俺の足下にはレーダーを埋め尽くす幻影と実体で混成されたガジェットの群れと来た。

 

「っつーワケだ。行くぞ、ヴィーザル」

 

了解(Jawohl)

 

デバイスを展開。

そのまま自然落下しながら魔法陣を展開。雲を突き抜けると同時に、ヴィーザルの引き金を引いた。

 

《schwarzer Regen》

 

瞬間、ヴィーザルの砲口からその名に違わない広範囲に魔力弾の雨が鬱陶しく飛ぶガジェットへと降り注ぎ、破壊していく。

どうやら俺の魔法は単純火力でAMFをぶち抜いてガジェットを破壊出来るようなモノらしく、今の魔法だって対AMF用の魔法を付与した訳でも無いのにこの有り様だ。

 

「今のでざっと100くらいか?」

 

126機撃破です(126. Wir zerstören es)

 

「おー、結構行ったなぁ」

 

撃破数を確認してから、先に戦闘していた高町とハラオウンの所へと向かう。

 

「よお、お二人さん」

 

「え、クレン君!?」

 

「どうしてここに?」

 

「どうしてって、交代しに来たんだが」

 

八神曰く、本人含めて隊長格の面々はかなりのリミッターを自らに掛け魔導士ランクを下げることで部隊の上限ラインギリギリまで人員を増やしているらしい。

つまり今の高町たちは実力の半分も出しきれていないし、さらに言えばおいそれと殲滅力の高い魔法も行使出来ない状態だ。

そんな状態でこの数を相手取れば時間が掛かりすぎる。

そこで俺の出番と言うわけだ。

俺の魔法はヴィーザルにリミッターを掛けた今でさえあの火力だ。現状の殲滅力なら俺の方が二人より上。

なら俺がここを預り、二人にはランスター達と合流してもらった方が得策だろう。

と言うのが八神の考えだ。

 

「ここは俺に任せて、お前らはランスター達と合流してくれだとよ」

 

「大丈夫なの?」

 

「任せろ。ほらさっさと行ってこい、ついでにヴィータもな」

 

【了解だ。そんじゃ先行くぞなのは、フェイト】

 

通信先のヴィータは八神の指令の意図を理解したのか短く答えて通信を切った。

恐らくもう地上に向かっているのだろう。

 

「そういうワケだ。アイツらに任せたいところだが状況が状況だ。早めに行ってやれ」

 

「わかった、じゃあお願いするね?」

 

「おう」

 

状況を飲み込んだハラオウンの言葉に頷くと、ハラオウンは高町を連れて地上へと飛び立った。

その姿が見えなくなるまで高町はこっちを心配そうに見ていたが、そこまで俺の力量って不安になるか?

 

やりすぎないか心配なのでは?(Machen Sie sich keine Sorgen, wenn Sie es nicht übertun)

 

「そっちかよ……」

 

まあ気持ちはわからないでもないが、同時にそれは杞憂だろう。

何せただの殲滅だ。ゴミを消し飛ばすのにやりすぎも何もない。

さて、高町たちも戦闘領域から外れた事だし、始めるか。

 

「ヴィーザル、カートリッジリロード(・・・・・・・・・・)

 

装填(Laden)

 

ガゴン、と俺の言葉に反応して、ヴィーザルの上端装甲がスライドして巨大な空薬莢が排出される。

瞬間、ヴィーザルから爆発的な魔力が溢れ出す。

カートリッジシステム。本来ならベルカ式、限定的にミッドチルダ式にしか使用できない『蓄積魔力装填技術』。

それをシャーリーの方でヴィーザルに組み込んでいたのだ。そしてヴィーザルはヴィーザルでそれを俺の魔法に適応するようにしていた。

これによりヴィーザルの火力は一時的に増加する。

 

「さて、やるか」

 

魔法陣展開(Magic Formation-Einsatz)必要射程距離演算(Erforderlicher Reichweitenabstandsbetrieb)バレル内、魔力圧縮開始(Im Fass beginnt die magische Kompression)

 

ヴィーザルをカノンモードで構えると、足元と砲口に黒い魔法陣が展開され、魔力が収縮を始める。

その間にもガジェットからミサイルが撃ち込まれるが、俺とヴィーザルの頑強性からしてみればダメージにすらならない。

そうこうしている内に砲口側の魔法陣が高速回転を始め、耳鳴りのような音を出す。

 

圧縮完了(Komprimierung abgeschlossen)撃てます(Ich kann schießen)

 

「feuer」

 

《schwarzer Blitz》

 

トリガー。

小さな発射音を立てて砲口からは一筋の黒い光線。

極限まで圧縮された魔法の線はAMFすら容易く切り裂く刃となって射線上のガジェットの躯体を溶断する。

それだけに止まらず黒い光線は戦闘区域の端まで長く延びる。

 

【なに、これ、ふざけてるの……?砲撃魔法、なの?この射程距離は……】

 

通信から驚いた様子のシャーリーの声が聞こえるが、敢えて答えずに次の行動に移る。

そう、この魔法は何もただ細い光線を射つだけの侘しい魔法ではない。

じゃなかったら態々カートリッジを使う必要さえない。これの真価はここからだ。

 

「──weitverstreut」

 

《Zumutung》

 

トリガーを再度引く。

 

雷が、空を引き裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……?」

 

その光景を見て、口をついて出たのはそんな間抜けな声だった。

状況をモニターしていた指令室の面々は総じて一瞬、呆然としてしまった。

 

(ヴィーザルにリミッターかけてこの威力……ホント、規格外やなぁ)

 

そんな中、唯一はやてだけが呆れたような苦笑いを浮かべていた。

空を切り裂くような一条の黒い光線は、一転して『戦場に在るガジェット全てを撃ち抜いた』。幻影、実体を問わず。

クレンが引いた二度目のトリガーが起爆剤となり、光線が分岐したのだ。

……否、枝分かれしたと言うべきか。

それは正しく稲妻のような速度でガジェットに殺到し、一機一機を確実に貫いた。

回避すら許さない、絶対の一撃。

 

「シャーリー、戦況報告」

 

「あ……は、はい!戦闘領域内全てのガジェット反応が消滅しました!」

 

「ん……撃破時の実体と幻影のモーションパターンを解析しといて、それから周辺エリアの反応を調査。クレンにはヘリの護衛に行ってもらおか」

 

「はい!」

 

はやての指示に慌ただしく動き出すオペレーター達を見て、隣に立つグリフィスが訊ねた。

 

「あの魔法の威力……評議会はよく彼の嘱託魔導士入りを認めましたね」

 

「まあ、そこは色々と……な?」

 

その問いにはやてははぐらかすように笑う。

評議会……ひいては管理局自体、近年は人員不足に悩まされている現状、例えイレギュラーな存在でもこちらに協力的ならば受け入れざるおえない。それぐらいには人手が足りないのだ。

そこにはやてがもつコネクションと口八丁手八丁を合わせて隙をついて強引に認めさせたのだ。クレンの嘱託魔導士と六課配属を。

当然ながら色々制約はあるが、それでも彼をここに置くという戦力向上を考えれば些細なものだ。

 

「グリフィス君も、今のうちにいろんなトコとコネ作っといた方がええよ?後で『色々』お世話になるからなあ」

 

「は、はい」

 

はやてのそんな『イイ』笑顔を浮かべた助言にグリフィスはぎこちなく返す。

齢十九にしてこの貫禄、伊達に権謀術数渦巻く管理局のしがらみを生きてはいない。

 

「さて……ティアナ達はどうやろな。無事だとええんやけど……」

 

そんなグリフィスの内心を露知らず、はやてはモニターを睨みそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ディエチちゃん、ほんとにだいじょーぶ?」

 

「大丈夫だよクアットロ。障害物は無いし空気も澄んでる。よく『視える』よ」

 

廃棄都市区画──『隔離街』に程近い廃ビル群の内の一つ。

その屋上に二つの人影があった。

片や白いファーコートの下に体に張り付くような機械的な意匠の戦闘衣。

片や襤褸布を纏い、その下に同じような戦闘衣を身に付け、更に身の丈を優に超える襤褸布で被われた長物を担いだ女性達。

奇特にさえ見える格好を自然と着こなした二人はまるで日常会話のような気楽さで話を続ける。

 

「にしてもホントに撃っていいの?レリックはともかく、『マテリアル』の方は……」

 

どこも見ていないような目である一点を、常人には見えない程の遠い場所を見つめてディエチと呼ばれた少女は声音一つ変えずに

少し後ろに立つクアットロへ何かを確かめるように聞いた。

聞かれたクアットロはディエチが一瞥もしていないのにも関わらず大仰にリアクションをしてみせた。

 

「問題ない問題な~い♪ドクターとウーノ姉さま曰く『アレはホンモノ(・・・・・・・)』だからわたし達の今の武器じゃまず死なないらしいから♪」

 

「へぇ……確かにそれじゃあ死なないね。自我を持った『聖遺物』じゃ、今の私じゃ撃ち抜けない」

 

クアットロの言葉に懸念を払拭出来たのか、ディエチは自らの外套と長物の襤褸布を引き剥がす。

その傍らでクアットロが『長姉』と通信しているが、自身には関係無いと断じてディエチは『長物』を構えた。

それはあまりにも長大な『砲』だった。

少女の細い身体に不釣り合いな程のそれを容易く両腕に構え、ボソリと呟く。

 

「スタンバイ」

 

直後、展開されたのは既存の魔法陣とは似て非なる物。彼女達がISテンプレートと呼ぶそれは展開と同時に強く輝きだす。

そこで更にディエチが呟く。

 

「──偽典聖遺物(・・・・・)、展開。インヒュレートスキル、《へヴィバレル》リンク」

 

呟きに呼応するようにISテンプレートがさらに輝きを増し、構えられた砲口に魔力が収束し始める。

加速度的な収束で景色さえ歪んで見えだすが、ディエチの目は尚一点を見つめて動かない。

そしてそのまままるで囁くように言葉を紡ぎ出す。

 

我は星を喰らう(Ich esse die Sterne.) されど星は彼方遠くに輝く(Der Stern strahlt weit weg.) なればこの虹の弓と(Mit diesem Regenbogenbogen)稲妻の矢を以て(Mit dem Pfeil des Blitzes)星を射落とし喰らおうか(Lasst uns die Sterne schießen und sie essen!)

 

過剰なまでに圧縮されていく魔力が空間にすら作用し、大気を震わせねじ曲げる。

もはや一種の災害だ。

そんな異常に異常を塗り重ねたような光景に、クアットロは歪な笑みを浮かべただ眺める。

まるでギャンブルの結果を楽しむ賭博者のように。

 

無形(Tohu)──」

 

圧縮が臨界に達し、遂に『矢』が象られる。

狙いは遥か先。120km前方。

そこにはティアナ達が救助した少女が乗せられたヘリが飛んでいた。

急激な魔力反応の上昇に向こうも気付いたのだろうが、もう遅い。

 

「──虹を駆けよ(Führen Sie den Regenbogen)雷天の矢(Blitzpfeil)

 

そして、何の感慨も感情も無く、無慈悲に銃爪が引かれた。

 

 

 

 

 

 

 

星をも撃ち落とす極光が、ヘリを呑み込んだ。

 

 

 

 



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/03 brüllen

「ヘリの進路上に大型の魔力反応!!クラスは……計測不能!?聖遺物クラスです!!」

 

ディエチの砲撃の40秒前。

六課の管制室にオペレーターのアルト・クラエッタの悲鳴混じりの報告が響く。

管制室の空気が半ば恐慌する中、報告を聞いたはやては迷わず即座に指示を下した。

相手がイレギュラーならば、

 

 

「総隊長権限に於いてヴィーザルのリミッター解除を許可!クレンならそれだけでわかる!!」

 

「了解!」

 

 

──こちらも、『例外』をぶつけるまでだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、間に合うか……!」

 

遥か前方、点のようにしか見えないヘリへ向かって出せる全力で飛んでいるが、間に合うかどうかと言われれば間違いなくNOだろう。

 

突如として発生した、異常なまでの魔力反応。

しかも場所がヘリの進路上と来た。

どう考えたって穏やかではないし、これは勘だが……その異常な魔力反応は『撃たれる』だろう。

発生地点より遥かに遠いここまで感じられる程の魔力が、ヘリに向かって撃たれればどうなるかなんて考えるまでもない。

 

「クソが!」

 

悪態を吐いた所で何も変わらない事くらいわかっちゃいるが、それでも吐かずにいられない。

焦る心をそのままに飛んでいると、ヴィーザルがおもむろに声を発した。

 

指令を受理(Richtlinie akzeptieren)総隊長権限により(Nach Kapitänsgewalt)リミッターを限定解除します(Unbegrenzte Einschränkungen)

 

ガチャリ、と何かが外れる音がした。

それだけで八神が俺に何を求めているのかが理解できる。

ああ、そうだな。それなら間に合う(・・・・・・・・)

 

「行けるか、ヴィーザル!!」

 

貴方に応えます(Ich werde Ihnen antworten)

 

「ハッ、上等!」

 

『相棒』の景気の良い台詞に口端が吊り上がる。

既にヘリの向こうから見えるほど魔力の圧縮率が上がっている。

正直一か八かだろう。だがそれでも、不思議と『間に合わない何て結果は無い』と思えた。

 

「そんじゃあ行くか──形成(Yetzirah)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっふふのふ~♪どお?この完璧な計画」

 

「黙ってて。いま命中確認中」

 

「ええ~?確認する必要あるの?どうみても『消し飛んでる』でしょ」

 

ディエチの視線の先を眺めてクアットロは肩を竦める。

その光景はただ砲撃魔法が放たれたとは思えない様相だった。

着弾地点であるヘリは上空であったにも関わらず、爆発とその余波だけで真下にあった筈の廃ビル群は煙一つ立てず跡形もなく消え去り、その下にある地面さえもドーム状に抉れてしまっている。空にあった雲さえも不自然な形に切り取られ空間の異様さを際立たせている。

実にヘリの周囲半径10kmがこの有り様だ。

そんな、まるで天変地異でも起きたかのような光景に毛ほどの関心も見せず、ディエチは眼球にインプラントされたスコープでヘリがあった場所を睨む。

──そして、違和感に気付く。

 

「煙が立ってる……?」

 

そう、有り得ないのだ。

致命的な矛盾と言っていい。

着弾地点の真下は煙一つ立っていない(・・・・・・・・・)のに何故、着弾地点のヘリがあった場所に煙が立っている?(・・・・・・・・)

 

「よお、随分な挨拶してくれたじゃねえか」

 

着弾地点から拡声された声が聞こえる。

煙が晴れていき、視えたのは──。

 

「ファントム0からロングアーチへ。ヘリの防御に成功だ」

 

無傷のヘリと、こちらを睨む『逆十字架を持った男』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうわけだ。残念だったな」

 

遠くにある廃ビルの屋上から呆然とこっちを見ている妙ちくりんな格好をした女二人にそう告げる。

異常なまでの火力を放った奴らなので油断無くその姿を睨む。

……にしてもあの格好は無いだろ、全身タイツにファーコートとか、変態かよ。

 

センスを疑います(Ich bezweifle Ihren Sinn)

 

「お、ヴィーザルもそう思うか?」

 

上下を反転し、逆十字のような状態になったヴィーザルが珍しくそんな事を言った。

ヴィーザルのリミッター解除。それはつまり本来の異常なスペックを完全に解放し、聖遺物の内包(・・・・・・)すら可能ににした全力状態。

スライド展開された装甲の隙間から形成された《罪火・反逆の十字架(Verbrechen Rebellisch Das Kreuz)》が姿を覗かせ、黒い炎を噴き出している。

 

「調子はどうだ?」

 

問題ありません(Kein Problem)

 

返ってきたのは自信に溢れた言葉。

どうやら完全に安定しているようだ。

さて、それじゃあ……

 

「逃がさねえよ?」

 

「速っ……!?」

 

逃げようとしていた全身タイツ女達の前に『移動』して威嚇の為に銀鎖をその足元に叩きつける。

リミッターが外れている為、ヴィーザルの負担を気にすること無く振るわれたそれはコンクリートを容易く抉り、小規模のクレーターを生み出す。

 

「逃げんなよ?後が面倒なんだから」

 

具体的に言えば手足をへし折って無力化するのが面倒だ。

そうするくらいなら狙いやすい胴体をぶち抜いた方が早いんだが、当然ながら八神に止められてるしなぁ……。

等と考えつつ、拘束魔法で二人を縛り上げる。

 

「こんな美人捕まえて縛り上げるとか変態ですか~!?」

 

「うるせえよ、全身タイツファーコート眼鏡なんつー格好してるテメエが言うなよ。つか誰が美人だって?フッ」

 

「笑った!?いま鼻で笑った!?」

 

なんて眼鏡女と言い合いながらも予断無く二人の動きを注視していると、遠くから二つ、魔力反応が近づいてきているのを感じた。

この反応は……高町とハラオウンか。

 

「クレン君!」

 

「よお高町、ハラオウン。来たか」

 

「……この二人が?」

 

「ああ、ヘリに砲撃かました奴らだ」

 

近くに降り立った高町とハラオウンに事の説明をする。

 

「──ってワケだ」

 

「なるほど、それでヴィーザルがその姿に」

 

「んで高町、こいつらどうする?必要なら手足へし折るが」

 

拘束魔法で動けなくなっている変態二人を親指で指し提案するが、高町は慌てたように首を横に振った。

 

「いやいや、やっちゃダメだからね!?」

 

「そうか?どうせ片方は聖遺物持ってんだからそれくらいしといた方が良いんじゃねえか?」

 

「────ほ~んと、そうですよねぇ~♪」

 

と、話に割り込むように、沈黙していた二人の内、眼鏡の女が人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

そこで違和感に気付く。コイツ……『拘束魔法の制御権をハッキング』しやがった……!

 

「やるならさっさと殺せば良かったのに、のーんびりしてるからダメなんですよ~?だから管理局(アナタたち)は大事な獲物を逃しちゃうんですから♪」

 

一瞬だった。

拘束魔法が強制解除され、二人の身体が自由になると眼鏡女はもう一人を抱えると後ろへと……ビルの屋上から、跳んだ。

 

私の幸運は(Mein Glück ist)この指輪を見つけた事(Ich habe diesen Ring gefunden)そして貴方を愛した事(Und das, was ich liebte dich)ああ、愚かなる王よ(Oh, du dummer König)見えざる我が手が(Meine Hand kann ich nicht sehen)貴方を殺めれば(Wenn ich dich töte,)私は(Ich)王位を簒奪する者となる(werde derjenige sein, der den Thron besteigen wird)

 

「コイツも、聖遺物を……!?」

 

先程とは真逆の、まるで薄く拡がるような魔力の流れ。

その拡がりが大きくなるに連れて、二人の姿が『視認出来なくなっていく』。

 

無形(Tohu)──」

 

「まずい……!」

 

駆け出しながら放った拘束魔法はしかし、『二人の身体をすりぬけた』。

 

嘲笑え(Lachen Sie ihn an)ギュゲースの指輪(Der Ring der Gygès)

 

そして遂には完全にその姿も気配も目の前から消え失せた。目に映るのは廃れたビルの影だけだ。

姿を見えなくする?違う、そんなレベルの物じゃない。

完全に、一切の残滓無く、存在そのものが察知出来ないのだ。

これではまるで空気に溶けたような……

 

「存在の、希釈か」

 

自身の存在を空間に溶かす事で姿を見えなくする聖遺物と言うことか。

してやられた。流石にこれは想定していない。

だがまあ、やられっぱなしと言うのも癪だ。

それに……『これ』も返さないとな。

とりあえず巻き込まれたらかなわないので追撃しようとしている高町達を止める。

 

「高町、ハラオウン追わなくていい」

 

「え?」

 

「あの二人は聖遺物使いだ。お前らが追ってもダメージを与えられない」

 

《Kanone form》

 

カノンフォームに切り替え、ヴィーザルを脇に抱える。

十字架から溢れだす炎が身体を撫でるが、特に熱さを感じない。所有者故か。

 

「とりあえず範囲殲滅魔法でここいら一帯を吹き飛ばすからお前ら二人は上空に逃げとけ」

 

「え、えぇ!?」

 

「範囲殲滅魔法って、君使えたの?」

 

ハラオウンの問いに首肯する。

実際使ったのは隔離街に居た時に一回だけだが、使えないことは無い。

更に今回は向こうからわざわざリソース(・・・・)を、それも飛びきりのモノを寄越してくれたのだから威力についても問題ない。

一秒程こちらを見て、高町が頷いた。

 

「……わかった。私達は上空に待機、クレン君の魔法が終わり次第周辺の捜査で」

 

「了解だ」

 

「うん……行こう、フェイトちゃん」

 

二人が飛び去り、十分な距離を取ったのを確認して、俺はヴィーザルを構え……魔力を廻した。

 

「ヴィーザル、さっき受けた魔力リソースを変換。転用するぞ」

 

了解(ja)

 

瞬間、暴力的なまでの魔力の奔流が溢れ出す。

空間に物理的干渉を引き起こし、ビルの屋上を吹き飛ばす程のそれをヴィーザルがコントロールし、砲身へと圧縮を開始する。

ただそれだけで空気が軋みを上げ、プラズマが空を走る。

 

魔力圧縮40%(Magische Kompression 40%)

 

砲口に巨大な魔力の球が出来上がるが、まだ足りない。

先程受けたあの聖遺物クラスの砲撃の魔力を使い潰すにはまだ足りない。

……もっと、もっとだ。

 

魔力圧縮70%(Magische Kompression 70%)

 

砲口の魔力球が抑圧されるように小さくなっていく。

最初は俺を覆い隠すほどだったが、今では手に収まる程度までに小さい。

 

《──魔力圧縮100%《Magische Kompression 100%》》

 

そして遂に、圧縮が完了する。

空間の軋みもプラズマも消え、砲口には拳よりも小さな純黒の魔力球。

 

「さあ、返すぜ。テメエの魔力」

 

ヴィーザルの砲身を真下へ向け、獰猛に笑う。

どうせ廃都市なんだ、派手にやろう。

 

《schwarz brüllen》

 

「feuer」

 

銃爪を引く。

支えていた糸が切れたかのように魔力球が廃ビルの下へ下へと墜ちていく。

そして、遥か下。セメントで覆われた地上へ触れた瞬間。

 

「爆ぜろ」

 

──音が、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょちょちょちょ!?何あれ……何あれぇ!?」

 

偽典聖遺物を使いクレン達から離れたクアットロが膨大な魔力を感じて見たのはキチガイ染みたレベルまで圧縮された魔力球だった。

しかもどう見ても地面に向かって撃つつもりである。

あの超圧縮だ、あれが弾けたらどうなるかなど想像するまでもない。

 

「あー……あれ多分、私の砲撃で使った魔力だ」

 

「嘘でしょ……」

 

「マジ」

 

全速力で逃げていると、脇に抱えられたディエチが仏頂面のままそう分析した。

自分で使った魔力なのだからこそ、それが理解出来たのだろう。

確かに『ドクター』から彼の持つ聖遺物については聞いていた。しかし、偽典とは言え聖遺物の攻撃すらカウンターに転用できるとは流石に想定していない。

幾ら存在を希釈して物理干渉出来なくしても、空間ごと消し飛ばされれば意味がない。

 

「実体化するわ!」

 

「流石にヤバい?」

 

「死ぬ!流石にあれは死ぬ!」

 

聖遺物の展開を解除して、そこに回していた魔力を移動用へ回し、速度を上げる。

砲身が無くても元から機動力のないディエチを抱えながらクアットロは必死に浮遊魔法で駆ける。

もう後ろを気にしている暇は無い。とにかく遠くへと逃げなければ。

そうして逃げていると、不意にさっきまで感じていた魔力の波動が消えたことに気付く。

直感で、クアットロは理解する。

これは断じて攻撃を止めたのではない。『準備が終っただけだ』。

背骨に直接氷を突っ込まれたような、背筋が冷える感覚。

 

「……っ」

 

もしこの機械(・・)の身体に、本能などという機能があったのならば。

今日ほどそれを恨むことは無いだろう。

反射的に振り向いた、その視線の遥か先。

廃れたビル群の只中に、クアットロは『それ』を視た。

黒くて、暗くて、(くら)い、小さな球を。

それが地面へと堕ちるのを。

 

「っーーーーー!!」

 

 

闇が爆ぜる。

 

悲鳴にもならない声を叫びながら、クアットロはその圧倒的な死の感覚から逃れようと駆ける。

 

逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ───!!

 

背後から迫りくる破壊の波は、さも障害など無いかのように廃ビル群を一瞬で『消し』ながらその範囲を広げていく。

その様は先程、ディエチが撃った砲撃そのもの……否、それ以上だ。

星すら撃ち落とすと云われたかの一撃が、倍増して自分たちに返ってくるなど想像しろと言う方が無理な話だ。

もはや余裕などかなぐり捨てた。とにかく逃げろ。

泣き叫びたい欲求を歯を食い縛って耐えながら廃ビル群の外目掛け駆け抜ける。

元の効果範囲は知っている。そこにあの聖遺物の能力をプラスした効果範囲の外へと一直線で突き抜ける。

 

「~~~~~~~っ!!」

 

もう後一歩でも遅れれば波に呑まれる、極限のチキンレース。

想定外の自分たちの命をBETにしたギャンブルにクアットロは……

 

 

「ッハァ!!」

 

勝った。

ギリギリで。

ファーコートは中程まで消し飛び、余波による多少のダメージはあるが何とか生き延びた。

 

「ディエチちゃん……ハァ、生きてる?」

 

「……右足が吹っ飛んだけど、何とか」

 

「生きてるわね」

 

お互いに生存確認して無事を確かめる。

と、ディエチが振り向いて後ろを指差す。

 

「クアットロ、追って来てる」

 

見れば白と黒のバリアジャケットを纏った魔導士がこちらへ向かってきているのが見える。

 

「ディエチちゃん魔力を頂戴。もう一回偽典聖遺物を使って逃げるわ」

 

「え、うん」

 

この一瞬で心労がピークに達したのか、何振り構わなくなったクアットロに若干引きながらもディエチはその肩に触れ、残りの魔力を譲渡する。

渡された魔力と、自分のなけなしの魔力を使ってクアットロはもう一度偽典聖遺物を使い、存在を希釈すると、ディエチを抱えて空へと飛んだ。

 

「うっわあ……アレから逃げられたんだ、ワタシ達」

 

既に遠く離れた砲撃があった場所を眺めて、ディエチが言う。

つられて見てみれば、そこはまさに地獄だった。

いや、『無』だ。

まるで森のようだったビル群は消え去り、地面は抉れていた。

ここまではディエチの砲撃でも同じだった。

だが違う。

その範囲が違いすぎる。廃都市そのものが消え失せているのだ。さも最初からそうだったかのように。

紛れもない、虚無。

 

「……私、人を煽るの、もう止めようかな……」

 

「え」

 

小さくなっていくその光景を見て、クアットロはそう呟いた。

心に深い傷を負って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──斯くして、一人の少女を発端とする事件は一応の終わりをみせるのだった





今回の犠牲者:廃棄都市エリアさん

なお段々と規模が拡がっていく模様。


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/04 Wetten

「ホウゲキコワイ、ホウゲキコワイ、ホウゲキコワイ」

 

「……迎えに来てみれば、一体どうしたんだクアットロは」

 

廃都市エリアから離れた森の中、先程から見事な三角座りをしながらぶつぶつと呟き続けるクアットロを見て、彼女たちを迎えに来た紫の短髪の女性…トーレが引いていた。

 

「あー、まあ、うん。トラウマになるよね」

 

その後ろ、適当な木に寄り掛かっていたディエチはついさっきまでやっていたデッドレースを思い出してげんなりとした表情を浮かべた。

顔にこそあまり出ていないが、ディエチ自身も若干トラウマになっている。

とはいえ、足の遅い自分を態々抱えてまで共に逃げていたクアットロの方が心の傷は深いだろう。

ディエチはディエチで右の膝から先が無くなってはいるが。

そんな彼女を一瞥して、トーレは敢えて聞いた。

 

「動けるか?」

 

「……上半身は。下半身は全然。見た目は右足が吹き飛んだ位だけど、実際は『中身』もダメだね。ピクリとも動かない」

 

「耐久性の高いはずのお前がそこまで……か」

 

「いくら耐久性があっても、相手が本物の聖遺物使いとなれば関係ない」

 

そう断言するディエチの声音には、確かな実感が籠っていた。

ディエチの身体には、高出力の砲撃魔法の運用に耐えるための強化が施されている。

それは翻って彼女自身の防御力を意味する。

つまりディエチは高出力の砲撃魔法に対してある程度耐えられるのだ。

それも偽物とはいえ聖遺物を身に宿している以上、生半可な砲撃ならば歯牙にもかけないだろう。

トーレも、ディエチの耐久性の高さを知っているからこそ、その言葉に偽りがないとわかっていた。

 

「本物、それほどの物か」

 

「私ら姉妹全員総動員してやっと対等って位じゃないかな」

 

肩を竦めて、ディエチは冗談めかしくそう言った。

だがもし本当に姉妹を総動員して『アレ』と戦えと言われたのなら、正直な所、一目散に逃げるだろう。

もうあんな目は懲り懲りだ。こればかりはドクターには悪いが譲れない。

 

「損な役回りをさせたな、今回は…………さて、休憩は終わりだ。戻るぞ」

 

何となくディエチの心情を察したトーレは少しばかり悪い気がしたが、両手を叩いて出発を告げた。

 

「どうするの?」

 

「ホウゲキコワイホウゲキコワイホウゲキコワイホウゲキ…」

 

「二人揃ってその調子では碌に動けんだろう……抱えていくさ」

 

「助かる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……それで、ケースの中身は空だった、と」

 

「すいません……」

 

薄暗い洞窟の奥、一仕事終えて戻ってきた『娘たち』の報告にスカリエッティは狼狽することなく、逆に笑っていた。

 

「構わないさ、セイン。元々今回はレリックは重要では無かった。君たちの戦術テストだったのだからね」

 

水色の髪を短く切り揃えたセインに対し、スカリエッティは労うように語る。

彼の言った通り、今回はレリックの確保の可否自体は重要では無かったのだ。

あくまで主目的は自慢の『娘たち』が現状あの機動六課にどこまで通用するかのテストだ。

その為に"わざと"『門の器』とレリックを餌にしたのだから。

 

「ルーテシアもありがとう、大変だっただろう?」

 

「……ううん」

 

スカリエッティがそう話しかけると、セインの隣、年端もいかないような小柄な少女は小さく首を横に振った。

彼女とその傍らに浮かぶ一際小さな『融合騎』、アギトだけがセインやディエチらとは異なる格好をしている。

つまりは彼が造り上げた娘たちとは違う、純粋な『生者』だ。

 

「ただ、残念なだけ」

 

「ああ……君が探しているのはXI番目のレリックだからね。今回はVl番だった」

 

スカリエッティの言葉にこくりと頷いて、ルーテシアは報告は終わったと言うように踵を返すとそのまま洞窟の薄闇の中へ歩いていってしまった。

その背中をアギトが慌てたように追い、二人の姿が完全に見えなくなった所でスカリエッティは肩を竦めた。

 

「どうやら、機嫌を損ねてしまったようだ」

 

「目当ての物じゃなかったからね」

 

ディエチのざっくりとした言い様に笑みを浮かべたあと、スカリエッティは意気消沈した様子のクアットロに声を掛けた。

 

「さて……彼が、聖遺物を使ったというのは本当かい?クアットロ」

 

「はい……お陰様で私はこの通り、ディエチちゃんに至っては右足の膝から先が『消滅』。下半身のフレームも異常をきたしちゃってます」

 

先程までの情緒不安定さから辛うじて立ち直ったのか、疲れた様子のクアットロが何とか答える。

それを聞いたスカリエッティはと言うと、

 

「ふふ、成る程……」

 

笑っていた。

 

「ドクター?何か」

 

流石に怪訝に思ったトーレがスカリエッティに問うが、彼は頭を振るとその疑念に答えた。

 

「彼が聖遺物を使った……いや、使ってしまった(・・・・・・・)以上、あちらは否が応にも『招待状』を受け取らざるを得なくなったな、とね」

 

張り付けたような笑みを浮かべ、スカリエッティは嗤う。

 

(──お膳立ては済んだよ、賢者さま?)

 

そう彼方に居る『同業者』に語りかけながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──と、言うわけで私ら機動六課は管理外世界、惑星エルトリアの調査に向かうことが決定しました」

 

機動六課本棟内にあるブリーフィングルーム。

薄暗い部屋の中、唯一光を放つモニターには少し前に見たばかりの惑星の画像。

その前に立つ八神が重々しく決定事項を告げた。

一部の者は複雑そうな表情を浮かべ、また一部の者は戸惑った様子だ。

その様を眺めながら、モニターから一番離れた部屋の隅に座っていた俺は背凭れに背中を預けた。

 

昨日の騒動から一夜明け。

レリックはランスター達の機転により確保、保護したガキは高町が無事に聖王教会とやらが持つ病院へ送り届けた。

今日はそれの事後処理やら何やらに追われていたのだが、それが漸く終わった俺たちを待っていたのがこれだ。

 

惑星エルトリアの調査。

昨日の時点ではまだ決定とまではいっていなかったのだが、今日になって急遽決定となったらしい。

というのも、エルトリアのあの『黒いナニカ』の侵食速度が増したというのが一つ。

そしてもう一つは……俺が原因だ。

 

(まさか、あのリミッター解除が八神の独断だったとはな)

 

つまる所、昨日の聖遺物解放の許可は本来、本局の決議によって降りる筈のものだったのだ。

それを八神の奴は緊急事態と言うことで省略、総隊長権限を使って独断で無理矢理許可を下したのだ。

まあ、それでどうなるかといえば、当然ながら本局としちゃイイ気はしないだろう。

組織としてもそうホイホイとそんな事をされちゃ面子にも関わる。

……で、そんなオカンムリな本局の連中がその件を不問にする条件として出してきたのがあの惑星の調査、というわけだ。

本局所属の精鋭が尽く死に絶えたあの惑星の。

どう考えたって鉄砲玉扱いだろうそれを連中は提示してきた。

 

そして事実上断れない八神は受けざるを得なかった、という事だ。

そこに関しちゃ高町を筆頭に全員納得していたようだから変に衝突するような事は無かった。

かくいう俺も、八神の判断は間違っていなかったと納得している。

あの場ではああするしか無かった。それだけだ。

 

「これまでの説明で何か質問がある人おる?」

 

昨日聞いた話と同じ説明を終え、八神が全員にそう問うと、ランスターが静かに挙手した。

 

「はい、ティアナ」

 

「はい、向かう人員についてはもう決定しているのでしょうか?」

 

「人員についてはまだ決まっとらんけど、大まかな選出は始めとる。早ければ明日にでも通達できる予定や」

 

「わかりました」

 

ランスターの質問が終わった所で次々と手が上がり、八神は一つ一つ答えていく。

予想期間や業務の引き継ぎ、使用資材の納入etc……作戦規模が規模だけに動く物も大きいのだろう。

 

それから暫く、大体の質問が出尽くし、再び静かになった部屋を見渡してから八神は一つ頷いてから口を開いた。

 

「もう質問は……無いみたいやね。それじゃあブリーフィングはこれで終了。以上、解散!」

 

八神の言葉を皮切りにぞろぞろと隊員達が退出していく。

その流れに敢えて乗らず、俺は全員がハケるのを待っていた。

三分ほどで人は居なくなり、だだっ広いブリーフィングルームには俺と八神だけになった。

 

「あれ?クレンはまだ戻っとらんかったの?」

 

「……まあな」

 

俺に気付いた八神の声に雑に返して椅子から立ち上がる。

そのまま八神の元に向かい、纏め置かれていた分厚い資料の束を持つ。

 

「戻るんだろ?」

 

「う、うん、ありがと……」

 

 

俺の行動に驚いた様子だったが、廊下に出るとそれも無くなって普通に話し掛けてきた。

 

「にしても厄介な事になったなぁ~……」

 

「結果として、大型案件二つ抱えることになったようなモンだしな」

 

「せやなぁ……、皆にはちょっと申し訳なく思っちゃうわ」

 

漸く捜査が発展してきたと思った所に、明らかにヤバい事態の捜査も追加されると、流石の八神も弱音が出るようだ。

いや、誰だって出るか……。

 

「エルトリアには知り合いが?」

 

「うん、私だけじゃなくてなのはちゃんやフェイトちゃん、シグナム達、それに昨日話したクロノ君も知り合いの人たちが向こうに居るんよ」

 

そう言うと八神はつらつらとその知り合い達について話し出した。

総隊長室に戻る道すがら、然したる距離も無いから簡潔に語られた話。

以前、シャーリーから高町の経歴を話された時に少しばかり聞きはしたが、改めて聞くとやはりその規模の大きさに驚かされる。

 

──フィル・マクスウェル事件。

惑星エルトリアから地球へと来訪した者達を端に発した事件。

その内情は、個人の因縁やら家族関係やら、魔法と見分けが付かないほどに発展した高度な科学技術、八神が持つ《夜天の書》から別たれた存在など複雑怪奇を極める。

 

それらをつらつらと解りやすく八神が話し終えた所でちょうど部屋の前に到着した。

 

「──ざっくりとやけど、そんな事があったんよ」

 

八神がドアを開け、中に入ると俺も続いて部屋に入り、資料の束を机に置く。

 

「すげえな、そん時アンタらはまだ12歳くらいだろ?」

 

「せやねぇ……いやぁ、えらく昔のように感じるわ」

 

椅子に座って染々と言う八神が若干老けて見えた。

口には出さないが。

 

「今、『老けてるなぁ』とか思ったやろ?」

 

バレてら。

 

「……んんっ、そういやその事件名で思い出したんだが、フィル・マクスウェルについてはどうなってる?」

 

咳払いで適当に誤魔化しつつ、ソファに座って八神に問う。

本局にて拘束されていたフィル・マクスウェルは昨日、ハラオウン提督曰く『消滅』した。

それが少し気掛かりなのだ。

余りにもタイミングが良すぎる(・・・・・・・・・・)と。

八神もその事については考えていたのか、少しの沈黙の後、口を開いた。

 

「……現在も消息不明や。クロノ君からの情報じゃ、脱走した形跡も、拘束具を破壊しようとした形跡もなかったらしい。元からそこに居なかったように、部屋から居なくなってたって。文字通りの消滅やね」

 

「きな臭えな……」

 

「やろ?」

 

俺が淹れたコーヒーを受け取って、八神は小さく肩を竦めるとそれを一口飲んだ。

 

「……多分やけど」

 

「?」

 

「これがクレンが前、スカリエッティに言われた『招待状』なのかも」

 

眉を潜めてそう呟いた一言に、俺は沈黙しつつ考える。

──もし、八神の言っている事が事実だとしたら、少なからずマクスウェルとスカリエッティは繋がっている事になる。

話に聞く限り、マクスウェルも相当な技術の持ち主だ。それがあのスカリエッティと手を組んでいたら……。

 

「最悪だな」

 

「やね。でも、もう決まったことやし行くしかない。それに、これはチャンスでもある」

 

「チャンス?」

 

どう考えても最悪としか言いようがないだろうに、何がチャンスなのだろうか。

そんな俺の目線に気付いた八神が苦笑する。

 

「スカリエッティは少なからずクレン君を知っていた。その力も。なら、マクスウェルも知っている可能性が高い。脅威度から見ても君の力は最も警戒すべきものやろしね。そしてエルトリアのあの状況に昨日の聖遺物クラスの魔法……仮定やけど、彼らは聖遺物ないしそれに近い力を持っている」

 

「つまり?」

 

「君の聖遺物について何か分かるかもしれない。そんでまだ考案段階やけど、私らの戦力アップに繋がる要素も……なんてな?」

 

コイツ……転んでもただじゃ起きねえ奴だな。

押し付けられた仕事を逆手に取って自分の手札にしようとしてやがる。

 

「当然、リスクは高いし確実にリターンが見込めるとは言えん。そんでもやると決まった以上は何かしか成果をぶん取らないと。徒に皆を危険に晒すだけ、なんて私は嫌やからね」

 

そう言い切って八神はコーヒーを飲み干すと、先程とは逆の自信に満ちた笑みを浮かべた。

 

「そういうわけやからクレン君、よろしくな?」

 

全く、コイツは……面白い奴だ。

コーヒーをぐい、と飲み干して八神の持ったカップに自分のカップを小さく当てる。

こん、と小気味のいい音を立てた、文字通りの乾杯。

いいさ、付き合ってやる。

 

お前の『賭け』に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──エルトリア出発まで、あと一週間。

 

 

 



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/05 Reise

惑星エルトリア編、はじまります


「招待状は無事、受け取られたそうだよ、マクスウェル」

 

「そのようだね。先程、ドクターから連絡があったよ」

 

どことも知れぬ冷たい暗闇の中。

かつて『観測者』と呼ばれた紺髪蒼眼の男の言葉に、『マクスウェル』は肩を竦めてやれやれと苦笑を浮かべた。

 

「完璧なタイミングだ。流石、『無限の欲望』と称されるだけある。おかげで此方も色々と準備が整ったよ。一つの懸念材料を除いて、ね」

 

「ほう?何か面白いものでもあったのかな?」

 

困った様子のマクスウェルに対し、観測者は逆に面白いものを見つけたように問い掛ける。

 

「ハハッ、人の困りごとを面白いで片付けるなんて、酷いなぁ」

 

「私にとっては人間のそれこそが面白いのさ。困り、悩み、悔い、懊悩する。私には理解出来ないものだからこそ娯楽になるのだから」

 

「まあ、君のそれは今に始まったことでもないし、構わないけれどね……懸念材料とは他でもない、『生き残りの彼女達』さ」

 

「ああ、例の『予定外』か」

 

マクスウェルの台詞に心当たりがあったのか観測者は思い出したように口端を上げた。

 

「まさか彼女達が『特異点』だったとは、流石に予想していなかったよ。おかげて計画の進行に遅れが出てしまっている」

 

「世界の用意した『楔』たる特異点、か……」

 

「これもまた、君の言う()の力かな?」

 

探るような物言いのマクスウェルに対し、観測者は「だろうな」と短く返した。

 

「だが問題ないだろう。今のお前なら呑み込む事は容易い筈だ」

 

「そうだね。管理局の戦力を加味しても勝ち目はあるさ」

 

自信に満ちた返答に観測者は小さく笑い、瞑目した。

どうやら話はここまでのようだ。

観測者の態度からそれを理解してマクスウェルは踵を返す。

 

「そうさ……勝ち目はある。なぁに、最後に笑えればいいのさ。例え途中にどんな困難があっても、ね」

 

──此処に来ることはもうない。

そう断じて暗い道を突き進むマクスウェルの独白は、底の見えない闇に吸い込まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──エルトリア調査計画発表から一週間。

それまでの間は随分と慌ただしかった。

先日の戦闘の事後処理に始まり、エルトリア出発に際して不足する人員を補う為、本局からの応援人員への業務の一時引き継ぎ等々……やることが山積みだった。

そんな諸々が無事に終わって、今。

 

「なんつーか、気味悪い色合いの空間だな」

 

「確かにそうね……」

 

「え?おいしそうじゃない?」

 

「「それはない」」

 

俺たちは次元航行部隊本局に来ていた。

窓の外を眺めていた俺とランスターの突っ込みを受けて轟沈したナカジマを初め、エリオとキャロ、高町ら隊長陣も総出だ。

理由は当然、エルトリアに行くためだ。

『次元の海』と称されるこの薄気味悪い広大な空間の中を漂うように本局は存在している。

円筒が何本も交差したような見た目をしているここに、今回の遠征で俺たちが乗艦する次元航行艦がある。

乗艦までの待ち時間が暇なので、こうして待機ロビーで暇を潰しているというわけだ。

 

「にしてもほぼ総出とはな」

 

「六課の半数近く、スターズ、ライトニングに至っては全員だものね」

 

「確か、シャーリーさんの他にもデバイス開発課の人たちとカレドブルッフ社の人達も乗るんだよね?」

 

「みたいだな。八神が手配したらしい」

 

「整備班のシャーリーさんはわかるけど、開発課とカレドブルッフ社の2つは何でかしら?」

 

「──何でも、我々の戦力向上に繋がるとの事らしい」

 

三人での会話に割り込んだ声に振り向くと、そこにはヴィータとザフィーラと言う名の狼?を連れたシグナムが立っていた。

敬礼するランスターとナカジマを尻目に、俺はシグナムに訊ねた。

 

「戦力向上?デバイスの改造でもするのか」

 

「さて、な。私もそこまでは聞かされていない」

 

「まあ、はやてが悪そうな顔してたからまた『裏技』でも思い付いたんじゃねぇかな」

 

「…………」

 

上から、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ。

しれっと言ったが裏技ってなんだ裏技って。

アイツ見た目によらず腹黒いから、そう言った事は上手そうだが。

 

「ああ見えて主は策謀が得意だからな。とは言え、我々に理由を明かさないというのも珍しい」

 

「だとしても、整備班総出というだけで、今回の調査が大事だとわかりますね……」

 

ランスターの緊張気味な言葉にシグナムは頷くと窓の外を見た。

 

「ああ、そうだな……」

 

「ま、いざとなったら守ってやっから、安心しとけって。お前らだってこういう日の為に訓練してきたんだろ」

 

「「……はいっ」」

 

ニカッと歯を見せて笑うヴィータにランスターとナカジマがほっとしたように返事をしてみせた。

どうやら緊張は解れたらしい。

話も一段落ついたところで、壁のスピーカーからアナウンスが流れた。

 

「機動六課各員に通達。乗艦準備が完了しましたので第8ゲートより乗艦を開始してください。繰り返します──」

 

「……どうやら準備が終わったようだな。行くぞ」

 

「ああ」

 

シグナムに促され、俺達はぞろぞろと移動を始めた人並みに合流し、ロビーを抜けてゲートへと向かった。

無機質な白い廊下を抜け、無数の検査機らしき物を特に反応も無く通り抜けた先に、それはあった。

濃紺色と深青に染まった、巨大な(ふね)が。

さながら剣のように艦首に行くにつれて鋭く尖った独特なフォルム、艦尾には鳥の翼のような三枚翼が折り畳まれている。

 

「こりゃ……デケェな」

 

そんな艦の様子を歩きながら眺めて、驚きが口をついて出る。

 

「私もこのタイプは見たことがないな……ヴィータはどうだ?」

 

「いんや、あたしも見たことがねぇな。こんな型のやつ今まであったか?」

 

シグナムとヴィータもどうやら初めて見るタイプの艦らしい。

隣ではナカジマとランスターがしきりに「すごい」だの「かっこいい」だのと驚いた様子だ。

まわりも似たようなもんで、誰も彼も艦に見入っている。

とは言え立ち止まる事はせず、通路にそって俺達はその艦の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

「──ようこそ、機動六課の諸君。次元潜航艦『パラディオン』へ」

 

ブリッジに集められた俺達を待っていたのは随分と貫禄のある、無精髭を生やした初老の男だった。

その横には八神をはじめとする各隊隊長陣。

 

「私はこの艦の艦長であるロディック・トルクスだ。よろしく頼む」

 

ロディック、と名乗った男はそう言って目礼すると改めて今回の作戦について話し始めた。

 

「諸君らの目的は惑星エルトリアの調査及び異変の原因の排除となる。我々パラディオンの目的は君たちを安全かつ確実にエルトリアに運び、そして『必ず』無事に君たちをここに帰すことだ……例え何があってもだ」

 

「……」

 

なんつー目力だよコイツ……。

目深に被った軍帽から覗く瞳の強さに思わず息を呑む。

 

「クロノ提督に託された以上、我々にはそうする義務がある。意志もな……今回、君たちが向かうエルトリアは既に知っての通り、魔境と化している。だが、敢えて言わせて貰う」

 

そこで区切り、ロディックは一呼吸置いた後に、言った。

 

「──必ずこの艦に帰ってこい。以上だ」

 

『はっ!!』

 

その言葉で挨拶は終わりだと、敬礼する部隊員達から視線を移し、ロディックは八神に目配せをすると俺達に背を向け艦長席へと登って行った。

代わりに出てきた八神が空気を切り替えるように手を叩く。

 

「よし、それじゃ発艦準備に入るから各員持ち場に着くように!到着は発艦から12時間後やから、それまでに各種準備や整備を行うように!解散!」

 

テキパキと指示を出されると、ぞろぞろと隊員たちが持ち場に着くべく方々に動き出す。

かく言う俺達戦闘要員もデバイスの整備などがあるのでブリッジから出ようと踵を返した所で、八神に呼び止められた。

 

「あ、スターズとライトニング、クレンはちょっと残ってくれる?」

 

「何かな?はやてちゃん」

 

高町が代表して理由を聞くと、八神は俺やランスター達を見た。

 

「わたしらと違って、クレンやティアナ達はこれが初めての航海やろ?せやから良い機会やし、ここで船の発進を見てもらおうかなぁ、と」

 

「確かに私達、次元航行艦の発進シーケンスは見たことないですけど……宜しいんですか?」

 

「大丈夫!ロディック艦長には許可貰っとるし」

 

「いつの間に……」

 

今さっき!とかしれっと付け足してドヤ顔する八神にハラオウンが頭を抑える。

右を見ればランスター、ナカジマ、キャロが苦笑いをしていて、左ではエリオが…………

 

「わぁぁ……」

 

なんかスゲェ目を輝かせていた。

 

「エリオ、こういうの興味あったのか」

 

「あ、えっと……はい」

 

年相応の反応をしていたのが恥ずかしいのか、エリオは赤面して目を反らした。

それを無理に追求せずに、俺は正面に広がる風景を眺めた。

二層に別れたコントロールシートの数々と、それを迷いなく操作するオペレータ達。

それらに迷いなく指示を下す艦長たるロディック。

 

「……まあ、気持ちはわかる」

 

「え?……ふふ、そうですね」

 

何というべきか……上手くは言葉に出来ないが、格好いいんじゃないか?

そうして暫く待っていると、前準備が整ったのか俄にブリッジが騒がしくなる。

いよいよか……。

 

「ジェネレータ出力安定、グリーン」

 

「メイン及びサブブースター正常ライン維持!」

 

「高速潜航用フィールド起動、波長安定確認」

 

「複合レーダー並びにソナーに影無し!」

 

「艦内重力制御をアクティブ、航行用に切り替え!」

 

「航路設定完了しました!」

 

「パラディオン、全システムオールグリーン。……行けます」

 

オペレータ席からの最後の言葉に、ロディックが立ち上がる。

そして高らかに出航の宣言を上げた。

 

 

 

「では行こう──次元潜航艦パラディオン、発進!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──惑星エルトリア 西部 荒野地帯 森林境界線

 

 

「……ふぅ、なんとか今日も乗りきれましたね」

 

ボロボロになった青い服を纏った赤髪の女性が生い茂った木々の1つに背を預け、疲れ混じりにそう言葉を吐き出した。

 

「なんとかって……這う這うの体じゃない」

 

「そっちもじゃないですか」

 

赤髪の女性は右隣に座る、同じように木に寄りかかる桃色の髪の女性を見る。

その髪色と同じ桃色の服はこれもまた赤髪の女性と似てボロボロになっていた。

 

「私はいいの!」

 

「理屈になってないですよ……」

 

「細かいことは気にしない!……はあ、疲れたなぁ」

 

桃髪の女性はそう言って黄昏に染まる空を見上げた。

つられて赤髪の女性も空を眺める。

雲の無い澄んだ空には弱々しく輝く一番星が見えた。

徐々に暗くなっていく世界に、桃髪の女性は不安げに呟いた。

 

「あの通信、届いたのかな」

 

「届いた筈です、きっと」

 

不安を払拭するように赤髪の女性がそう返した。

世界が、夜に落ちる。

月はまだ姿を見せない。

そんな暗闇の中、赤髪の女性は立ち上がると桃髪の女性に手を差し出した。

 

「帰りましょう──みんなが待っています」

 

「……うん」

 

その手を掴んで桃髪の女性は小さく頷いた。

やがて歩きだした二人の女性は、顔を覗かせ始めた月の方角へと歩き始めるのだった。

 

 

 

 




長らく更新を空けてしまい申し訳ありませんm(__)m
少し私生活の方で環境の変化があったため遅れてしまいました。重ねて謝罪申し上げます


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/06 Traum

皆さま新年明けましておめでとうございますm(__)m


──空が、燃えていた。

空気は焼かれ、一つ息を吸えばたちまち喉が渇き爛れる。

視界全てを覆う灼熱に瞼を開けていることが苦痛にさえ感じられる。

あまりに現実的な感覚と、非現実的な光景。

 

(……夢、か)

 

声にさえならない思考が夢の中に響いて消える。

自分の意思に関係なく動き出した足のままに周りの景色が変わっていく。

石畳の道を挟むように建ち並ぶ二階建てが精々の、レンガ造りの家屋からは人の気配がしない。

十中八九、中の人間は『とっくに死んでいるんだろう』。窓に張り付いた血が如実にそれを語る。

 

──ナイ。

 

並び立つ街路樹は赤々と葉を燃やし、その下にはうず高く積まれたかつて人間だった(・・・・・・・・)肉塊が独特の異臭を放ちながら焼けている。

 

───リナイ。

 

遠くから、近くから聴こえるのは悲鳴と絶叫と、意味の無い祈りの言葉。

天に向かって伸ばされた腕の持ち主は、それだけを遺して潰れた肉片に変わり果て、かつては憩いの場であったろう噴水広場は血溜まりと化している。

あまりに醜悪。

あまりに劣悪。

あまりに凄惨。

あまりに悪辣。

 

人は斯様にも多彩に死ぬのかと見せ付けんばかりの死の博覧会。

誰一人として同じ死に様は無く。

尽くその尊厳や意思を凌辱され、徒に死んでいる。

 

(……………………)

 

そんな光景を見させられて、冷静でいられる筈もない。

俺の心は悲嘆に暮れることも、恐れることもなく、ただただ『怒り』だけが渦巻いていた。

 

──────タリナイ。

 

景色が変わる。

そこは先程までの街では無く、広く厳かな雰囲気の漂う場所だった。

それさえも赤く染まり、建物自体は崩壊寸前な程にボロボロになっているが。

視界が動く。

元の色さえわからない、血に染まった絨毯の先、装飾華美な玉座の上。

白亜の壁に、それは居た。

 

『───タリナイ。マダダ』

 

それは、磔にされた男だった。

かつては鮮やかな色合いだっただろう衣は引き裂かれ、上裸を晒した四肢は杭によって壁に打ち付けられている。

その腹からは絶えず血が流れ出ており、もう男が長くないと悟らせるには十分過ぎた。

 

『コレデハカテナイ。マダタリナイ。『アレ』ニハトドカナイ』

 

だというのに男の口は明瞭に言葉を発している。

一体、誰に────

 

『………』

 

(──ッ)

 

目が、合った。

虚空を見ていた男の瞳が、鋭く俺の目を見据えている。

そして、男の口がゆっくりと開いた。

 

 

 

 

『奪え』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ppppppppppp──

 

 

「ッッッ──!」

 

落ちるような感覚に、目が覚める。

跳ねるように上体を起こし、けたたましく鳴る端末のアラームを乱雑に止めて、俺は深く息を吐いた。

隊員にそれぞれ与えられた仮眠用の部屋で、一人荒い息を落ち着ける。

 

「……クソッ」

 

込み上げる嘔吐感を無理矢理に呑み込んで悪態をつく。

想起する夢の光景を消すように端末の時計を見る。

朝の四時……と言っても今は次元航行中だから朝日も何も無いのだが。

ベッドから立ち上がるとひんやりとした、それでいて張り付くような感覚に嫌気が差す。

 

「寝汗ひでぇな……」

 

見ればベッドシーツにも汗が滲んだ跡がある。

……最悪だな。

盛大に溜め息を吐き出してからそれらをひっ掴み、着替えも一緒に抱えてからシャワーを浴びるべく部屋を出た。

 

 

 

ぐらつく様な不快感のままシャワールームで汗を流し終え、多少はマシになった気持ち悪さを誤魔化すように、休憩室に据え付けられたウォーターサーバーから水を取り出してイッキ飲みする。

 

「はぁ…」

 

喉を通る冷たい感覚に漸く頭が冴えてくる。

近くにあった椅子に腰を降ろして身体から力を抜いた。

 

「……」

 

薄暗い休憩室に、冷蔵庫などの小さな音が響く。

聖遺物に目覚めてからこっち、似たような夢は何度も見た。

大抵は最初に見たあの夢と同じ内容だったが。

だが今日のは……あまりにもハッキリとしていた。さながら明晰夢のように。

頭にこびりつく様に夢の内容が離れない。

そして『奪え』と言う言葉。

あれはまるで警告のような……。

 

「あれ?クレン?」

 

「あ?」

 

考えに耽っていると声がしたのでそちらを向くと、食堂の入り口に八神の奴が立っていた。

 

「……なんだ、八神か」

 

「なんだとは失礼やね……朝からこんな美女に会えるんやからもっと喜んだらどうなん?」

 

「美女……?」

 

「マジトーンで返されるとは思わんかったわ……」

 

肩をわざとらしく落として苦笑する八神の顔を見て、どういうわけかさっきまであった不快感が鳴りを潜めた。

 

「美女ってのはシグナムとかシャマルだろうよ。お前はどっちかってぇとまだ美少女の側じゃねえか」

 

対面に座った八神にそう返すとポカンとした表情で見つめられた。

何だ、何かおかしな事言ったか?

 

「おい、どうした」

 

「はっ!えっ!?何!?」

 

「俺が聞きてえよ……」

 

フリーズしたと思ったら今度は慌て出したぞコイツ……。

朝から忙しいやつだな。

俺は傍にあるウォーターサーバーから水を一杯取って八神に差し出した。

 

「ほらよ、これ飲んで落ち着け」

 

「……………ぷはっ、落ち着いたぁ」

 

「元気な奴だな全く……んで、こんな朝から何やってたんだ?」

 

八神が一息ついた所で、ここに来た理由を訊ねる。

 

「本局に出すレポートの作成と、昨日やった会議の確認しとったんよ。んで、一段落ついたんで休憩に」

 

いや~デスクワークは肩が凝るわ、なんて続けながら朗らかに笑う八神が、今度は俺に訊ねてきた。

 

「で、クレンはどうしてここに?こんなに早く起きてるの珍しいやろ」

 

「ん……まあ、ちょっとな」

 

「なんや歯切れ悪いなぁ」

 

話すか話さまいか少し考える。

夢の内容が内容なだけに話して良いものか……。

ちらと八神を見れば口元こそ笑ってはいるが、目は真剣なものだった。

穏やかだが、決して人の話を馬鹿にせず真剣に聞くタイプ。

つくづく『シスター』と似ていると思ってしまう。

 

「まあ、お前なら話してもいいか……」

 

だからだろうか。どうにもこういう視線に弱い。

不意をついて出た言葉を呑み込むワケにもいかず、俺はそのまま話し出す。

 

「有り体に言や、夢見が悪かったんだよ」

 

「夢?」

 

「そ、夢。内容は……多分、聖遺物の記憶」

 

そうして俺は八神に夢の内容を全て話した。

その間、八神は身動ぎ一つせずに俺の顔を見て話を聞いていた。暫くして、全て話し終えたところで八神が漸く口を開いた。

 

「蹂躙された市街に、血塗れの玉座。磔の王に、『奪え』……か」

 

「八神は似たような……持ってるロストロギアの記憶……でいいのかわからんが、夢で見たことはあるか?」

 

「流石に無いなぁ……私の夜天の書はあくまで膨大な魔法のストレージみたいなモンやから。守護騎士たちも管轄ではあるけどあくまで自己意識のある独立した個人やからね。契約を辿って互いの過去を見る、ってのも無いなぁ」

 

「そうか……」

 

となるとこれは聖遺物特有のものなのだろうか。

八神も同じ答えなのか、頷いた。

 

「今まで見てきたロストロギアにもそういった事例が無い以上、その聖遺物特有の性質と見るべきやろね。ただ、そうなると気になるのが夢の最後で言った言葉やな」

 

「奪え、ってやつか?」

 

「それもそうやけど、その手前もや。『これでは勝てない。まだ足りない。『アレ』には届かない』って言葉。まるでクレンに警告してるみたいやろ?」

 

人差し指をピッと立てて考察する八神に、俺は確かにと頷いた。

それに関しては俺も妙だとは思っていた。

現実離れした光景に対してそこだけは明らかに何かが違った。

 

「多分やけど、その警告の対処法として『奪え』って言ったんやと思う。流石に何を奪えば良いのかまではわからんけど」

 

「だな……いきなり奪えって言われたって、それが何なのか解らないんじゃどうしようもない」

 

肩を竦めて苦笑する。

明確な答えこそ無いが、それでも八神に話したことで少しスッキリした気分だ。

 

「悪いな、朝からこんな話で」

 

「ええよ、むしろ話してくれてありがとう」

 

「礼を言いたいのはこっちなんだがな」

 

「困った時はお互い様やろ?」

 

そういってイタズラっぽく笑う八神を見て俺は思う。

やっぱコイツは美女って柄じゃねえな。

 

「今、失礼なこと考えたやろ」

 

「何のことやら」

 

「はぁ、まあええわ……あ、せや、さっきの話し、シャーリーに話しても構わへんか?」

 

「シャーリーに?またどうして」

 

別に構わないが、何故シャーリーに話す必要があるのだろうか。

 

「クレンも知っての通りシャーリーも含めて、開発課には聖遺物の調査をして貰ってるやろ?」

 

「ああ……それでか」

 

俺が六課に所属する条件の一つに、聖遺物の調査に協力。六課は定期的に調査結果を上に報告するというのがある。

 

「調査を進める上で今の話は結構重要そうな気がするんよ……デリケートな話なのに、ごめんな?」

 

「しょうがないだろ、元々そういう契約だしな。構わないさ」

 

肩を竦め、許諾する。

そうなるのを前提で話したのは俺なのだし、断る理由もない。

むしろ、態々こうやって窺ってくる八神の義理堅さに驚く。

 

「ありがとな。っと、もういい時間やな。そろそろ戻らんと」

 

時計を見ればもう6時を回っていた。

少し耳を傾ければ既に廊下の方が少し賑やかになってきている。

 

「俺も一度戻るか……」

 

「午前中には着く予定やから、それまでに体調整えといてや」

 

「はいよ」

 

空になった紙コップを2つ重ねてゴミ箱に投げ入れて、立ち上がると俺と八神は休憩室を出た。

 

「話して少しは気が楽になった……サンキューな」

 

「ふふん、困った時は私に任せときっ」

 

別れ際、そういって笑った八神の顔が暫く頭に残ったのは何故だろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

惑星 エルトリア ー???ー

 

「……微量の揺らぎを観測。『お父様』」

 

「ああ、彼女たちがそろそろ来るようだね」

 

噎せ返るような腐臭、鉄と油、錆と血の臭いが充満する空間に、彼は居た。

 

「敵ですか」

 

「敵ですね」

 

「私たちを殺める敵」

 

「私たちが殺める敵」

 

「お父様を殺める敵」

 

「お父様が殺める敵」

 

「滅ぼしましょう」「溶かしましょう」「仲間にしましょう」

 

「それこそが私たちの愛」

 

「それこそがお父様の愛」

 

「それこそが」

 

 

 

──「我らの怒り」──

 

 

否、彼女たちが居た。

腐臭と鉄と油と錆と血の臭いを纏った赤黒のおぞましき何かが。

視界全てを覆い尽くすそれを眺め、彼──マクスウェルは嗤う。

 

「ハハハハハハハ!そうとも、これは僕の怒りだ。僕の生き甲斐を邪魔した君たちへの!」

 

天を仰ぎ、まるで恋人を待ちわびるような、それでいてどこまでも醜悪な内面を滲ませた表情で、彼は静かに宣言した。

 

 

 

 

「──さあ、リベンジマッチと行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 



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/07 Begegnung

『本艦はまもなく惑星エルトリア付近に到着します。次元潜航状態から通常航行に移行しますので、各員は指定位置にて待機して下さい。繰り返します──』

 

八神との会話から暫く経ち、軽い朝食も済ませた午前九時頃。

そんな放送が流れ、艦内がにわかに騒がしくなる。

 

「いよいよか」

 

「みてぇだな」

 

待機場所である一室で暇潰しにと喋っていたヴィータが特に慌てる様子もなく憮然と答えた。

 

「緊張してるか?」

 

「少しはな。流石に初めての事ばかりじゃこうもなる」

 

悪戯っぽい声音の質問に肩を竦める。

次元潜航だの、惑星調査だの、普通じゃ経験すること無いだろ。

そんな俺のひねくれた返しにヴィータは「確かにな」とか言いながら笑う。

 

「ま、そんぐらいの緊張感は持っておいた方がいいぞ。緊張しないってのはそれはそれで問題だしな」

 

「なるほどな…………じゃあ、あれはどうなんだ?」

 

すっと指を指す。

その先にはカタカタ震えているナカジマとそれを必死に抑えようとしているランスターが居た。

 

「ありゃ逆に緊張しすぎだ」

 

ヴィータが盛大に溜め息を吐いて、額に手を当てる。

 

「ったく、あれじゃいざって時に動けねぇだろ……」

 

あとで発破かけてやるか、と憮然とした顔でそう付け足すとヴィータが外を見る。

つられて外を見ると同時に、小さな揺れを感じる。

次の瞬間、見えた景色はこれまでとは違うものだった。

 

「……」

 

「お、着いたな……ってクレン?どうした?」

 

目の前に広がる暗闇。それを埋めるように輝く那由多の星。

圧巻と言う他ない光景に、俺はただ息を呑むしかなかった。

 

「ああ、お前達は宇宙は初めてだったか」

 

いつの間にか横に立っていたシグナムが俺や、ナカジマ達を見て言う。

 

「よく見ておけ。この無数の星々、世界を回り守るのが我々の仕事だ」

 

「守る……か」

 

柄じゃない。そうは思うが、強く否定する気にはなれなかった。

そんな感傷に浸っていると、ヴィータが手を叩いて注目を集める。

 

「よーしお前ら、これからブリーフィングだ。さっさと行くぞ」

 

そう言ってシグナムと共に先導して全員で部屋を出る。

扉が閉まる間際、振り向いて見た星の輝きは、暫く忘れられそうにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一時間後。

艦はエルトリアの成層圏ギリギリに停まっていた。

ちょうど変質されたとされるコロニーの真反対の位置だ。

 

「しっかし、まさかこんな代物まで用意してあるなんてな……」

 

対面に座ったヴィータが物珍しそうに周りを見渡す。

 

「私達も初めて乗りましたよ。この『ランチ』って言うのは」

 

隣に座ったランスターもヴィータと同じようにキョロキョロとしながらそれに同意した。

『ランチ』と呼ばれたこれは、何でも最近開発されたばかりの『広域未開拓惑星探査用小型輸送艇』……らしい。

「陸も空も宇宙も行けるちょっとデカいキャンピングカーや」なんて八神は言ってたが、そもそもキャンピングカーが何なのかわからない。

……まあそれはそれとして、調査の長期化の予想と、第一次調査での失敗の対策として今回初めて運用されることになったらしい。

車、と言うには大きすぎるこれに、実働隊である、ライトニング、スターズ、そして八神とリインフォースと俺。

もう一台に医療スタッフとデバイスメンテナンスの為の開発課が搭乗している。

 

「……時間やね」

 

空間投影された時計を見て、八神は声を上げた。

 

「これより、惑星エルトリア第二次調査を開始します!」

 

『ランチ一番二番、発進します!』

 

パラディオンのオペレーターの声と同時にランチが加速し……

 

俺たちはエルトリアへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

一方、エルトリアでは。

 

「何だ、アレは?」

 

荒れ果てた台地の上で死に絶えた肉塊を踏みつけた黒衣の女性が、空から落ちる一条の光を見つけた。

 

「隕石……にしては軌道がおかしいですね」

 

傍らに立つ暗い赤衣の女性もそれを見つけて目を細める。

仰々しい左腕の籠手には機械らしき物の首が雑に握られていた。

 

「もしかして、フェイト達かな!?」

 

濃紺色の軽装に身を包んだ女性が期待したような目で光を見つめる。

対して黒衣の女性は首を横に振る。

 

「さあな、逆に『彼奴ら』の新しい玩具かも知れん。直線で堕ちてくる隕石なんぞ、有り得んからな」

 

「如何しますか、王よ」

 

「無視も出来まい。丁度手も空いたのだ、偵察に行くぞ」

 

「はっ」

 

「了解っ!」

 

王と呼ばれた女性が飛び立つと、二人の女性もまた空へ飛び立つ。

果たしてあの光はこの淀んだ空を晴らしてくれる物か、或いは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大気濃度、魔力濃度安定。周辺十キロ圏内に熱源反応無し。何時でも降りれますぜ」

 

聞き慣れたヴァイスの声に瞼を開ける。

どうやら到着したらしい。

 

「てか居たのかヴァイス」

 

「最初から居ただろ!?てかお前の席から運転席見えてたよなあ!?」

 

「いや気にしてなかった」

 

「辛辣ッ」

 

態とらしく胸を抑えて苦しむヴァイスは放って置くとして「冷たくないか?なあ」……放って置くとして、俺は座席から立ち上がり八神たちの後ろについてランチを降りた。

念のためにとデバイスを起動し、エルトリアの地を踏みしめた。

 

「……見渡すかぎりの荒野だな」

 

ぐるりと周囲を見ても代わり映えのしない赤茶けた荒野が広がっているだけだ。

木の一本も生えちゃいない。

ナカジマたちは物珍しそうに見ているが、俺は気になったことがあり八神に近付く。

 

「なあ八神、降下地点はここで合ってたのか?」

 

「いや、違ってる。降下前に確認したポイントと何十キロとズレとる」

 

顎に手を当てて考え込んでいた八神がそう答えた。

 

「ズレてる?」

 

「そや。数メートル位ならまだ誤差で済ませられるけど、流石に何のアクシデントも無しにキロ単位でズレるなんてのは普通ありえへんからな」

 

確かに可笑しな話だ。

直前まで合っていた降下地点がいざ降りた途端ズレているなんてのは。

そう思い、頷こうとした所で感の良くなった耳が音を掴んだ。

 

「……予想より状況が進んでるのかも知れんね。とりあえずは周辺の調査を──」

 

「待て」

 

八神の話を遮り、耳を澄ます。

この距離……近いな。

 

「ヴァイス、周辺に熱源反応は無いんだな?」

 

通信を開いてヴァイスに問う。

その間も音は段々と近づいてきている。

 

『待ってろ……ああ、熱源反応は無いな。どうかしたのか?』

 

返ってきた答えに俺は危機感を強めた。

何故ならあり得ないからだ。

この世界に『熱を出さずに動ける物など無い』。

 

「警戒態勢!」

 

異変に気付いた八神が叫ぶと、高町達を筆頭として即座に陣形が組まれる。

そこから一歩踏み出し、俺は遠くを見据える。

 

「なんだ……ありゃ?」

 

そうして見えてきたのは視界一杯に広がる土煙と、黒い『ナニカ』だった。

 

「クレン君、見える?」

 

「ああ……黒い何か、獣みてえな奴が軽く二十……いや三十……っ!?」

 

高町の問いに答えようとして、俺は咄嗟にヴィーザルを正面に構え障壁魔法を展開した。

耳障りな音と共に、向こうから飛来した物体が障壁に衝突する。

 

「何っ!?」

 

「奴さん、やる気みてぇだぞ八神!!」

 

ナカジマの驚愕を遮って八神に叫ぶ。

同時に障壁魔法の範囲を広げ、ランチを含めた部隊全体を包むと、次々と物体が雨のように飛来する。

 

「あの距離から撃ってくるか……なのはちゃん、見える?」

 

「うん、クレン君が防いでくれたおかげで方向と距離もバッチリ」

 

八神の言葉に何かを察したのか、高町が俺の隣に立ち、レイジングハートを腰だめに構えた。

 

「レイジングハート、カートリッジリロード」

 

《Reload》

 

ガコン、と小気味のいい音を鳴らして空薬莢が排出される。

そこで俺も高町が何をするのか理解して、障壁の一部に穴を開けた。

丁度、レイジングハートが通る程度の大きさだ。

 

「相手の防御力は未知数だ。気をつけろよ」

 

「うん、分かってる」

 

レイジングハートの先端に魔法陣が展開し、魔力球が精製される。

そして。

 

「ディバイン──」

 

彼我の距離にして30kmを。

 

「バスターー!!」

 

桃色の閃光が引き裂いた。

 



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/08 Auftakt

今回短めですm(__)m


「直撃確認……」

 

派手に上がる土煙に確かな手応えを感じた高町が遠くを睨みながら呟く。

俺の目から見ても直撃は確実だ。

事実、当たったのを見たのだから。

だが。

 

「……ダメ、止まってない!」

 

「あれ喰らって脱落が二匹だと?ふざけてんのか?」

 

土煙を突っ切って獣のようなヤツらが速度を更に上げこちらに向かってくる。

幸いなのは速度を上げたからか、物体を射出してこなくなった事くらいだ。

 

「防衛陣形形成!!急いで!それとランチを何時でも出せるようにしといて!」

 

『了解!』

 

即時に判断を下した八神の指示に従い、陣形が作られる。

 

「クレン君、一番槍頼める?」

 

それぞれが慌ただしく動く中、八神がそう言ってくる。

 

「任せろ」

 

何となくそう来ると思っていたので、即答しておく。

 

「理由聞かないんやね」

 

「言われないでも判るっての」

 

ヴィーザルを担ぎ直し、笑って返す。

現状、六課で最大火力を出せるのは俺だけだ。頑丈さも違う。

口火を切るのにはうってつけだろう。

ヤツらを近付けないためにも俺が突っ込んで足止めしたほうが良い。

俺の返答に「ありがとう」と言い、八神は肩を叩くと離れていった。

 

「さて、つーワケだヴィーザル。誉れある一番槍だとさ」

 

盛大に行きましょう(Lasst uns großartig gehen)

 

「はっ、お前も中々言うようになったじゃねえか」

 

随分やる気なヴィーザルに思わず笑う。

形成された陣形より更に前に出て、地を踏み締める。

低く腰を落とし、左手を地面に添え、止まる。

正面にはもう目を凝らさずとも見える黒いヤツら。

距離を計り、タイミングを合わせ……今。

 

 

「そんじゃあ────行くぞ」

 

爆ぜるように大地を蹴りつけ、一気に加速する。

景色が歪んだかと思えば、もう既に黒いヤツらが目の前に居た。

突然現れた俺を見てヤツらの動きが一瞬、『ブレる』。

ああ、それはいけねえな。

そんなの見せたら……

 

「こうなるぞ、っと」

 

ヴィーザルの大質量に殴り付けられたヤツらの一匹が、轢き潰された蛙のように地に叩き付けられ潰れる。

 

「よお、お前ら。さっきは随分なご挨拶だったな?」

 

俺を囲うように止まったヤツらを見渡す。

黒ずんだ腐肉と機械とケロイドのような何かが混ざった、グロテスクな明らかに自然のモノではない獣擬き。背中には一際異質な石のようなものが埋め込まれている。

首も顔も無いそれらが威嚇するように四肢を振るわせる。

まあそれはどうでもいい。

 

「返事はすんだことだし、じゃあ死ね」

 

どうせ殺す事に変わりは無いのだから。

 

 

 

 

 

【はやて、私たちはどうする?】

 

口火を切ったクレンの一撃を見て、フェイトの通信が入る。

中空に浮きながら戦況を見ていたはやては一瞬目を細めると即座に情報を伝える。

 

「全体に通達。どうやら相手は純粋物理攻撃が通るものと魔法攻撃が通るもので別れとるみたいや。見分けは背中にある石の色。緑が物理を通し、黄色が魔法を通す。直線機動は速いけど、どうやら複雑な回避は出来んようや」

 

【こちらスターズ1、了解。ヴィータちゃんとスバルは緑の石のをお願い。ティアナと私で黄色を担当!】

 

【はいよ、行くぞスバル、着いてこいよ!】

 

【は、はい!】

 

【こちらライトニング1、シグナムとエリオをヴィータ副隊長と合流させます。私とキャロはなのはと合流を】

 

【承知した。遅れるなよ、エリオ】

 

【はい!】

 

情報を聞くやいなや、素早く陣形が変わり、二つに別れる。

そのまま接敵するのを確認して、次にはやては後方に控えるシャマルに通信を飛ばす。

 

「シャマル、敵影は?」

 

【今のところは追加は無いみたい。けど念のため、ザフィーラがランチの回りに防壁を張ってくれてるわ】

 

「ナイスやザフィーラ。シャマル、ランチのレーダーとのリンク情報を共有できる?」

 

【丁度いま出来たところ。共有するわね】

 

空中に投影された画面に周囲の地形、味方、敵、天候などの情報が一斉に浮かび上がる。

 

「リイン!」

 

「ハイです!」

 

「地形データから敵の位置の索敵、お願い」

 

「おまかせあれです~!」

 

傍らで待機していたリインに地形情報を渡すとはやては横で浮かせていた長物を手に取って構えた。

 

「全く……リミッター解除が出来ないからって、総隊長をテスターにしようとするとか、カレトヴルッフも肝が据わっとるわ」

 

はやての身長よりも長いそれは、一つの砲だった。

 

砲というには少しばかり心許ない細さだが、カレトヴルッフの作った立派な武装だ。

 

カレトヴルッフ社製試作電磁加速式魔力衝撃砲《ヴェレ》。

 

『波』を意味する名を冠したこれは使用者の魔力を弾として形成し、内蔵されたバッテリーによってバレル内で瞬時に加速して撃ち出し、着弾の衝撃で敵の足止めないし無力化を狙うものだ。

一般的な長距離射撃魔法程度の威力しか出ないが、一発あたりの魔力消費効率が良く、尚且つそれによってそれぞれの魔力発動……ミッド式やベルカ式、はやてのような特殊型問わず使用出来るメリットがある。

特殊型故にカレトヴルッフ製の武装と相性が悪く、使用出来なかったはやてにとって、これは今の状況と合わせてありがたいものだった。

 

「ま、使えるものは何でも使う!これでわたしもカレトヴルッフデビューや!」

 

ベルカ式の騎士甲冑に武骨な砲とアンバランスな組み合わせだがそれはそれ。今は気にしている場合ではない。

少量の魔力を装填し、軽くトリガーを引くとバッテリーが起動し小さく駆動音を立てる。

準備完了。

 

「総員に通達、これより衝撃砲による援護射撃を開始します。目標は敵陣後方部!」

 

【いつでもどうぞ!】

 

事前予告を発すると前線から直ぐに返答が来る。

 

「衝撃砲、発射!」

 

それを確認してはやては、トリガーを更に引いた。

バヂヂッ、と空気が弾ける音を立て、魔力弾が敵の後方目掛けて発射され……

 

バゴンッ!!!!

 

その身体を宙に弾き飛ばした。

当然、前線の猛者達がそれを見逃す筈もなく。

無防備に浮いた敵は為す術無く、クレンを筆頭に蹂躙されていく。というかほぼクレンが後方を食い散らかしている。

 

「敵の数、残り僅かです!」

 

「シャマルとヴァイス陸曹に索敵範囲を更に拡大するよう伝えて。熱源以外にもソナーも使ってな」

 

「ハイです!」

 

ヴェレを降ろし、戦場を眺める。

 

「随分な挨拶やな、フィル・マクスウェル……」

 

小さく呟いた所で、

 

【ふん、何かと思えば漸く来たか、貴様ら】

 

そんな声が通信越しに聞こえた。

 

【熱源反応あり!数は三つ!】

 

「ああ、大丈夫や。それは敵じゃない」

 

同時に聞こえたヴァイスの報告にそう返して、はやては西の空を見上げる。

そこには三つの人影があった。

その内の先頭に立つ、自分と瓜二つの一人を見て、はやては微笑んだ。

 

「久しぶりやね、『王様』?」

 

「ふん、ああそうだな。『小鴉』」

 

 



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/09 Invasion

二台のランチが、荒れ果てた荒野を走る。

日は陰り、昼か夜か曖昧な明るさとなり、どうにも不気味な雰囲気だ。

 

「しかし、このランチとやら中々に居心地が良いではないか。驚いたぞ」

 

「王様のお眼鏡にかなったようで何よりやわ」

 

そんな中、八神とそれに瓜二つな黒交じりの銀髪女が会話していた。

 

「……双子?」

 

「私が知るわけないでしょ……それ言ったらなのはさんとフェイト隊長のとこの二人も双子だっての?」

 

「……無いね」

 

「無いわね」

 

これまた高町とハラオウンと瓜二つな女二人を見てランスターとナカジマが同時に肩を竦めた。

 

 

あの正体不明の犬擬きを俺たちが撃破した直後に現れたあの三人──八神曰く味方らしい──の案内で現在ランチは三人が拠点としている場所に向かっている。

事後処理もそこそこにあわただしく出発したために未だにランスター達は訳知り顔な隊長陣と八神から色々聞いていた俺を除いてこいつらの名前を知らない。

 

 

「八神総隊長、この方たちは……?」

 

「……ふん、初見の者たちも確かに多い。知らんのもしようがないか」

 

偉そうにふんぞり帰っていた八神のそっくりさんは座席から立ち上がると自信満々に胸に手を当て自らの名を発した。

 

「我が名はディアーチェだ、覚えておけ」

 

「私はシュテルと申します。以後お見知りおきを」

 

「レヴィだよ、よっろしくぅ!!」

 

それに続いて高町のそっくり、シュテルとハラオウンのそっくり、レヴィが名乗る。

 

「三人はフィル・マクスウェル事件の時の関係者でな、まあ説明すると長くなるからあとでアーカイブで見てくれると助かるわ」

 

八神がそう付け足すとディアーチェは鼻を鳴らして座席に座り直した。

 

「ちょうど外で『掃除』をし終えた時に空から落ちてくる物が見えまして」

 

「それで見に行ってみよーって向かったら君たちだったってわけ」

 

「は、はあ……」

 

上司と同じ顔にまだ戸惑っているのか、ランスターが何とも微妙な顔になっている。

まあ、俺も先んじて八神からフィル・マクスウェル事件について聞いてなきゃ同じ顔してただろうな……髪の色と長さを除けば、それくらいには瓜二つだ。

 

「積もる話もあるが……先ずは現状、我らが置かれている状況について軽く話しておくか。仔細は拠点に着いてからで構わんだろう。シュテル」

 

「御意に」

 

一つ目礼してシュテルが立ち上がると俺たちの前に画面が空間投影される。

そこにはあの『黒い何か』が一切ない、本来の姿であろうエルトリアが映っていた。

 

「事の発端は1ヶ月程前。東にある孤島があなた方も知る赤黒い謎の物質……私達は暫定的にシャドウマターと呼称する物によって消滅しました」

 

 

画面が切り替わり、孤島がシャドウマターによって完全に消えた画像になる。

元々あった木々の生い茂る孤島は赤黒い液体に覆われ、跡形も無くなっていた。

 

「その数日前に孤島周辺に異常反応を察知していた私達はこれを調査すべく孤島に向かったのですが……」

 

「着いた途端に変な化け物に襲われたんだよねぇ……」

 

「変な化け物?さっき俺らが戦ったような奴らか?」

 

「あれくらいだったらまだ良かったんだけど……」

 

「私達が会敵したのはそれ以上の……文字通りの化け物です」

 

再び画像が切り替わる。

そこに映っていたのは……人だった。

否、それは人言うには余りにも──

 

「え、何コレ……」

 

「人……なの?でもこれは……」

 

不気味過ぎた。

赤黒い液体の上に佇む、人。

しかしその顔は人と呼ぶには整い過ぎ、眼には光こそ宿っているものの、焦点が合っていない。

表情のようなものは一切感じ取れない、異様なまでの無機質さを画面越しに放っていた。

女性のような身体に張り付くようなボディスーツを纏ったそれがシュテル曰く化け物だと言う。

 

「コレは、いえ、彼女『達』は自らを『姉妹達(シスターズ)』と呼称し、私達を襲ってきました」

 

「達、ってことは複数人居るのか」

 

「はい。目測ではありますが、ざっと二百人程」

 

「は?」

 

二百?二百っつったか今?

画面がまた切り替わると、先ほどの人が画面を埋め尽くした。

エリオとキャロが小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。

それを聞いてか、シュテルが画面を元に戻す。

 

「──結論から言って、私達は敗走しました」

 

その一言に、八神達が瞠目する。

 

「どういうことや?私達と同等の戦闘力がある王さまや君らが敗走するなんて……」

 

「……フン、そもあれはもう戦いですらないわ」

 

八神の言葉にこれまで沈黙していたディアーチェが苛立たしげに声を上げた。

 

「こちらの攻撃は殆ど通じず、最大火力で漸く掠り傷程度。だと言うのに奴らの攻撃は我らの防御を紙切れ同然に『喰い破って』くるのだからな」

 

「前提からして戦いにならなかったよ」

 

「文字通り、次元が違うと呼べるほどの差がありました」

 

三人がそれぞれ所感を口にする。

彼我の戦力差は歴然……か。

 

しかもこれに加えてあの犬擬きと来た。厄介すぎるだろ、これ。

 

「即座に撤退を選び、どうにか逃げきり拠点まで戻りこの事をキリエ達にも報告した後は、そちらの知る通りです」

 

「管理局に救援要請を送った、って事やな?」

 

「はい」

 

そして今に至る、と。

しかしそうなると一つ気になることがある。

 

「なあ、シュテルつったか。俺達がここに来る以前、管理局から一度調査隊が来た筈だが、何か知らないか?」

 

そう、第一次調査隊の存在だ。

彼らはエルトリアに到着した時、ディアーチェ達に連絡を取ろうとして出来なかったとクロノが言っていた。

結果として管理局も決して軽くない被害を被ったわけだが、そもそも何故お互いに高い技術力を持ちながら通信が出来なかったのか疑問だったのだ。

 

「はい、存じています。到着を確認したことを連絡しようとしたのですが……」

 

「繋がらなかった、か」

 

「はい。何らかのジャミングを疑ったのですがその傾向も無く、至近距離まで近付けばと思い転送位置まで向かったのですが、その時にはもう」

 

「全滅、だな」

 

ジャミングでは無い通信障害、か……厄介だな。

あまり良いとは言えない状況に各々が閉口してしまい、重苦しい空気が漂う。

それを知ってか知らずか、運転席のヴァイスが正面を見据えながら声を上げた。

 

「お三方、拠点ってのはあれですかい?」

 

「む?……ああ、そうだ彼処こそ我らの拠点」

 

ディアーチェの言葉につられ、運転席の窓から外を見る。

そこには先ほどまでの荒野とは真逆の風景が広がっていた。

小高い丘を背に一面の緑と青空。その中にポツンと家が一つ建っていた。

審美眼なんかとは一切無縁な俺だが、思わず「すげぇ……」と声に出してしまう程にその光景は雄大だった。

他の面々の同じようで、一様に目の前の光景に驚いていた。

それを横目に、ディアーチェが言う。

 

 

「そして──最終防衛線だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初動はまずまず、かな」

 

閉じていた瞼を開き、マクスウェルは僅かに口端を吊り上げた。

視界に広がるのは簡素なデスクと無駄に広い部屋だ。

それ以外には何もない、無機質で生活感などとは無縁の、人間味のない部屋。

それを一瞥してから息を吐き出す。

椅子を回して後ろの窓を見れば、見えるのは鈍色の空と赤黒い『海』。

 

「うん……いい調子だ」

 

……総て、『家族』だ。

種族も性別も有機物も無機物も無く、赤黒の海は須らくマクスウェルの家族である。

事実、マクスウェルはその海を慈愛を以て眺めていた。

 

「素晴らしい、全く素晴らしいよ……僕にもこれだけ家族が増えた」

 

穏やかな、それでいて何かが致命的にズレた表情で愛おしげに手を伸ばす。

 

「でも、まだ足りない」

 

伸ばした手を止め、ゆっくりと握りしめる。

さながら、掌に止まった虫を緩やかに捉えるように。

 

「……折角なんだ、彼女達にも楽しんで貰わないと、ね」

 

再び眺める窓の外。

そこにはマクスウェルに呼応するかの様に赤黒の海から『何か』が産まれ落ちた。

 

「────■■■■■■」

 

余りにも巨大。余りにも異質。余りにも──哀れ。

天を食み、地を侵すは七つ頚。

 

「さあ、もてなしはこれからだ……君たちも僕の家族にしてあげよう。機動六課」

 

「■■■■■■■■■■■───────ッ!!!!」

 

天地揺るがす絶叫が響き渡る。

果たしてそれは慟哭か、或いは戦いの高揚か。

 

 

 

 

七岐の大蛇、侵軍開始。

 



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/10 Einsam

長らくお待たせして申し訳ありませんm(__)m
法事が片付いたので更新再開します


「得てして、孤独とはそれほどに苦痛かと疑問に思うのだが」

 

ほの暗い空間の中、一人座した『観測者』は虚空へと問いを投げた。

 

「さて、ね。私はそもそも孤独を苦痛とは感じては居ないから、貴方の納得出来る解を提示できるわけではないが……」

 

答える者など居ない筈の空間に声が響く。

観測者が目線を滑らせると、そこには白衣の男が立っていた。

 

「致命的な価値観のズレというのは、なまじ会話が出来る人間ほど辛いものなのだろうね。言葉は通じるのに意味が通じないのではそれは他者と隔絶しているのとそう変わらないさ」

 

「ジェイルか……ふむ、そういうものか」

 

対して驚いた様子もなく、観測者は現れたスカリエッティの言葉を飲み込む。

 

「とは言え、貴方には関係がないだろう?貴方に取っては全てが平等、総てが貴方の『愛』の対象なのだから」

 

仰々しく宣うスカリエッティに観測者はただ視線を元に戻した。

確かに関係ない。

彼にとって全てはただ愛すべき……否、救う(愛す)べき存在なのだから。

否定も拒絶も関係なく。それすら飲み干し抱擁し愛しつくす。

 

──狂った世界を壊すために狂わ()せる。

 

狂い、殺し、愛する。

ただそれだけだ。それだけしかないのだ。

 

「しかし珍しいね、貴方がそんな疑問を口にするとは」

 

「何……見世物の説明が欲しくなっただけさ。それで、何か用か

な」

 

「いいや、ただ顔を見に来ただけさ。観測者──否、滅びに微睡む最後の蛇よ」

 

スカリエッティの言葉に彼は……嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄い、という他無かった。

いや単純に俺の語彙力がないのが問題なんだろうが。

それ位しか言葉が思い付かない程に、ランチから降りて見た光景は雄大だった。

ディアーチェ曰く、こんな環境再生を数年の内にたった五人でエルトリアの各所で行ったというのだから驚きだ。

隔離街が奈落の底のように思える。実際そうなんだが。

そんな光景に目を奪われていると、遠くから走ってくる人影が見えた。

 

「お~い!!」

 

「ちょっと待ってよお姉ちゃん速すぎるから!!」

 

赤と桃というめちゃくちゃ目立つ髪色の二人がこちらへと駆け寄ってくる……ってかマジで速いな。

2~3キロ離れてたのにもう目の前に居やが……

 

「あ、止まれない!」

 

赤髪の方が土煙を上げながら通り過ぎていった……。

ブレーキ掛けるタイミングをミスったなありゃ。

桃髪の方はきっちり俺達の手前で停止していた。

 

「もう、はしゃぎ過ぎでしょお姉ちゃん……」

 

「いやぁ、つい勢いつけすぎましたね!」

 

諌める桃髪に対して即座に戻ってきた赤髪がカラリと笑う。

元気いいなオイ。

 

「お待ちしていました、皆さん」

 

「お久しぶりです、アミタさん」

 

快活に笑うアミタと呼んだ赤髪と八神が握手するのを見て、ナカジマ達が目を瞬かせる。

それに気付いたのか、赤髪はこちらを見るとにこりと笑顔を浮かべた。

 

「そちらの方々は初めてお会いしますね、私はアミティエ。アミティエ・フローリアンと言います。気軽にアミタって呼んでください」

 

そういうアミティエ──アミタで良いか。に続いて傍らの桃髪が名乗る。

 

「私はキリエ・フローリアン。名前の通りお姉──アミタの妹よ。よろしくね?」

 

「「「「よろしくお願いします!」」」」

 

「……よろしく」

 

元気に一礼するナカジマ達に続いて適当に挨拶を交わしておく。

こういうのは余り慣れてないんだ。だからそんな目でこっちを見んな八神。別に照れてねぇ。

 

 

 

「さ、こんな所で立ち話もなんですから、案内がてら中でお話ししましょうか」

 

それから一通り自己紹介を軽く済ませるとアミタがそう提案してきた。

特に断る理由も無いので八神はそれを了承する。

 

「それはありがたいんですけど、結構な大人数ですけど大丈夫ですか?」

 

「心配ご無用ですっ!空き部屋なら一杯あるんで!」

 

「無駄に拡張したからでしょうが!!」

 

「こ、こんな時の為にですよ!……多分」

 

なるほど、姉がボケで妹がツッコミか。

そんな姉妹漫才を見ているとキリエが視線に気付いて恥ずかしそうに顔を逸らしてしまった。

 

「ふふ……それではお言葉に甘えさせて貰います」

 

「はい、それじゃ行きましょうか!──と、そうだ一つ言い忘れてました」

 

前を歩きだしたアミタだが、急に立ち止まるとこちらを振り替えって、言った。

 

 

 

「ようこそ、フローリアン・ラボへ!!」

 

 

 

 

 

 

フローリアン姉妹に引き連れられ、厩屋を抜けて生活スペースであろう木造の古民家へと入る。

予想より大きく広い家の中を進み、地下への階段を降りていくとそこには上とは真逆の光景が拡がっていた。

 

「ラボって名前に偽り無し、か」

 

白い床に白い壁、そして白い天井の廊下は広く、長い。

無駄に拡張したってのは嘘ではないらしい。

幾つもある扉と、窓から見える部屋の中からして様々な研究がなされているのが分かる。

まあ分かるだけで学のあまりない俺からしたらちんぷんかんぷんなんだが。

それらを眺めながらさらに進んで行くと他とは違う両開きの扉の前に着いた。

 

「こちらがミーティングルームになります……我々に、いえ、この星に起こったことをお話ししましょう」

 

アミタの言葉に続き、扉が開く。

さて一体、何を聞かされるやら……。

 

 

 

「改めて、今回呼び掛けに応じて頂き、本当にありがとうございます」

 

薄暗く、正面の空間投影された画面以外照明の落とされたミーティングルームでアミタが俺達に一礼する。

それを前置きとして説明が始まった。

 

「概要は既にディアーチェ達から聞いたそうですが、改めてこの星の状況についておさらいを。1ヶ月程前に突如として東の孤島を中心に赤黒い物質、仮称シャドウマターが発生しました。これの調査の為、ディアーチェ達に向かってもらったのですがシャドウマターから現れた『姉妹達』と自称する複数の人型存在に妨害を受けて撤退した……ここまでは宜しいですか?」

 

先程と寸分違わぬ情報に全員が頷く。

 

「では続きを。調査失敗を受け、私達のみでは対処が不可能と判断し管理局へと通信を試みました。それと同時期に定期連絡を取っていたコロニー・フロンティアロックからの連絡が取れなくなりました。調査も考えたのですが宇宙に上がる術が無くこちらは断念し、地上の調査を優先しました」

 

コロニー・フロンティアロック、か……確か、あそこはもう既に『終わっていた』筈だ。

 

「その様子を見るに……ダメ、でしたか」

 

こちらの様子から察したのか、アミタは沈痛な面持ちで目を伏せる。

少しの沈黙の後、アミタは説明の続きを語りだした。

 

「──暫くして管理局の方々が来たのを察知したので連絡を試みたのですが、失敗。何度か試しても繋がらず、到着地点に赴いた時にはもう……。それから暫くは積極的調査はせず、散発的に現れる狂犬(ウリディンム)毒蛇(バシュム)と仮称した獣のようなものを討伐しつつ、それらから取ったサンプルを使って調査をしてきました」

 

「そして、その結果わかったことが一つ」

 

アミタからキリエが引き継ぎ、画面が切り替わる。

様々な数式や魔法陣のような図式がならべられた画面を背に、告げた。

 

「あのシャドウマターの海……『赫海』の性質は」

 

 

 

「自然摂理を書き換える……いやそれよりも厄介な、大規模な現実改編よ」

 

 

現実改編。その言葉に八神達隊長陣が息を呑む。

 

「……なあ、現実改編ってなんだ?」

 

隣に座るナカジマに聞くが黙って首を横に振られた。ナカジマ達にも解らないらしい。

キリエ達の様子を見るに相当ヤバイのは解るが、どうヤバイのかが解らない。

そんな頭に疑問符を浮かべる俺達に気付いたのか、八神が声を上げる。

 

「現実改編……私らの常識や自然摂理では考えられない『自己摂理』を世界というテクスチャに上書きする、いや押し付ける、禁忌とされる大規模魔法や。歴史上でもベルカ戦争以前に一度だけ使われたって断片的な情報しかない代物や」

 

「わたしもはやてちゃんから教えて貰ったんだけど、とても魔法とは呼べないようなものなの。だってそれはもう……」

 

「ただの『人』の所業じゃない。『魔人』や『魔神』の領域」

 

高町の言葉尻をハラオウンが補足する。

 

「例えるなら、既に絵を描かれたキャンバスの上から更に新しい絵を描くようなものか」

 

「概ねその解釈で間違ってないわ。それがどれだけ馬鹿馬鹿しいことか解るでしょ?」

 

「ああ……全く馬鹿馬鹿しいな」

 

それはもう戦うとかそういう次元じゃない。

摂理という、本来人間には不可侵な領域を自分に都合よく塗り替えて押し付けてくるなんてワケが解らない。

 

「だからこっちの魔法を侵食出来たわけか。そもそもが摂理の外側だから」

 

「そういうことです。さらに厄介なことに赫海の持つ摂理が最悪なんです」

 

「……と、言うと?」

 

「──同化と増殖」

 

もう一度画面が切り替わり、赫海の映像が流れ出す。

 

「先ず第一の同化ですが、これは魔法も物質も関係ありません。命も。赫海の眷属であるウリディンムやバシュムの放つ攻撃はあらゆる防御を侵食し同化する。致命傷を負えばその命ごと溶解して赫海の一部となる」

 

「……第一次調査隊か」

 

該当する事例を思い出し、頭が痛くなる。

つまり彼らは肉体を変質させられ死なず、死ねぬままあの赤黒い海に溶けてしまったと言うことか。

……クソが。

 

「第二の増殖。これは第一の同化を元にウリディンムやバシュム。或いは私達もまだ観測していない『何か』を赫海から生成します。そしてそれらもまた破壊されるか致命傷を負うと同化の摂理に呑まれ赫海に還る……」

 

「最悪だな。敵は死兵まがいのことを無尽蔵に出来、なおかつこちらがやられれば相手の便利なリソースになる、と」

 

シグナムの呆れ混じりの声にキリエが肩を竦める。

 

「最悪も最悪よ。こっちの資源と体力は限られてるのにあっちはそんなのないもの」

 

「けど、だからハイわかりましたと退くわけにはいかんなぁ」

 

八神はそういうとパンっと手を叩いた。

 

「事情はわかりました。どれだけ最悪な状況かも。だからこそ、私達は協力を惜しむつもりはありません。共にこの状況を打開しましょう」

 

そう言って差し出された手をアミタが握る。

 

「ありがとうございます!こちらこそどうか、どうかお願いします!!」

 

 

「……契約、か」

 

その様子を眺めて小さく呟く。

これでもう俺達は退けなくなった。

置かれた状況はあまりに悪く、容易く死ぬ綱渡りのよう。

それでもああも笑ってみせたのだ。

 

(何を考えているやら……)

 

 

 

 

 

 

 

 

孤独とは、不意に、衝動的に訪れる。

一人で居るときはもちろんのこと、人混みを歩くとき、誰かと話している時。

それを感じたのは何時だったか。

 

……そう、物心ついて直ぐだ。

 

最初は同年代の子供たちと。次は親、その次はまわりの大人。

 

噛み合わない。ズレた感覚。

 

親曰く、聡明だったらしい自分の会話はどうやら話のレベルが誰よりも一つ、上だったようだ。

いや違う。一つ、ハズレていた。

 

価値観の相違、倫理観の相違、死生観の相違……枚挙にいとまがない程に、ハズレていた。

 

死ぬべきを生かし、壊さざるを壊し、廃絶を生存させ、排他を共存へ。

 

故にこそ。自分が疎外されるのは当然の帰結だった。

周りからも、親からも。

 

不意に訪れた孤独は、地獄だ。

何もない、無味無臭、虚構、虚無、無為、無力。

嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──

 

だから──

 

 

「ああ、お前の孤独を埋められるのはお前だけだ」

 

 

 

『僕』はその声に応えてしまった(・・・・・・・)



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/11 Grabmarkierungen

夜。

哨戒終わりに外で煙草を吸いつつぼんやりと空を眺める。

 

結局あのあと隊長陣を残して俺たちは解散。出された指示に従って陣を作った後はフローリアン姉妹手製の料理を食った。

なんでも歓迎会をしたかったそうで。

それからパラディオンへの連絡と何時でも出陣()られるように準備を整え、今に至る。

 

「よおクレン、おつかれさん」

 

「おう」

 

ランチの上で星を見ていると、湯気を立てたカップを二つ持ってヴァイスがやってきた。

 

「周りはどうだった」

 

「ん、まあ地形としちゃ申し分ないんじゃねえかな」

 

渡されたカップに口をつけ、コーヒーを口に流し込む。

 

「見通しがよくて周りはここを囲うように川と小さい丘。天然の要塞だな」

 

「拠点としちゃ上々ってか」

 

「ま、相手が普通ならな」

 

そりゃごもっとも、と俺の言葉に肩を竦め、ヴァイスもカップを傾ける。

 

「しかしまあ、遠い別世界だってのに夜空は変わらんねぇ」

 

「そうか?随分違うだろ」

 

ぼやきに似た呟きについ返してしまう。

しまった、と思った時には既に遅く、意外そうな顔でこっちを見てきた。

 

「あー……星の位置も有無も違うし、空の澄み具合も違うだろ」

 

「確かに言われてみりゃそうだな」

 

「お前、普段から空とか見てねえだろ……」

 

「……そんなことねえよ~」

 

誤魔化し下手くそかテメエ。

 

「勝てると思うか?」

 

空気が緩んだ所で唐突にヴァイスがそう聞いてくる。

 

「……さあな」

 

「玉虫色の返事だな」

 

「確証がねぇのに勝てる、なんて簡単には言わねえよ」

 

コーヒーを飲み干し立ち上がる。

眼前に見える景色のその先を見据える。

ああそうだ、なんとなくだが解る。

(お前)はそこにいる──。

 

「だが」

 

「?」

 

「一発はぶん殴ってやらねえとな」

 

「……ハハ!そいつぁ確かにそうだな!クソ忙しい中わざわざ呼び出してくれたんだ、それくらいはしないとな!」

 

「だろ?」

 

俺の提案にカラカラとヴァイスが笑う。

どうやらコイツもムカついてはいるらしい。

ひとしきり笑うとヴァイスが空になったカップを軽く掲げた。

その意図を察して俺も同じようにする。

 

「んじゃ、そんなクソッタレをブッ飛ばすのを目標に」

 

 

「「乾杯」」

 

澄んだ夜空に小さな音が反響した。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

まだ早朝だと言うのにラボには忙しない雰囲気に包まれていた。

 

「医療班のテントはこっち、医療物資は三番コンテナの中だから二番ランチの隣で!」

 

「整備と研究班は必要な物を持ってラボ前に来てくださーい!」

 

「誰か手ぇ空いてるやつ、レーダーの設置手伝ってくれ!」

 

方々から声が聞こえては人があっちこっちと動き回る。

そんな中、俺はと言うと。

 

「こいつはまた……随分な所だな」

 

鬱蒼と茂る森の中を歩いていた。

 

「まあ元々瘴気の谷、なんて呼ばれてた場所だしね」

 

「すいません、空路だと分かりづらいところにありまして」

 

前を歩く案内人の二人が口々に返す。

 

早朝、フローリアン姉妹に呼び出された俺は目の前に居る二人の少女、イリスとユーリの案内である所に向かっている。

なんでも俺の力……聖遺物に関連するかもしれないらしい。

 

 

「普通の人なら近付けないけど、君なら問題無いでしょ」

 

「んなトコに連れてくのか……そもそも瘴気ってなんだよ」

 

「広義においては病気を引き起こす空気と言われてますけど、此処のはまたちょっと違います」

 

ウェーブの掛かったブロンドの髪を風に揺らしてユーリが答える。

小柄で華奢な身体ながら迷い無く足場の悪い森の中を歩く様から通い慣れているのがわかる。

 

「人間、というか動物や金属を腐食させる粒子。それが此処の瘴気の正体よ」

 

軽妙な足取りで岩場を飛び越えてイリスが続ける。

 

「ほら、あれがその瘴気よ」

 

立ち止まったイリスが指差す先……入り組んだ森の出口からそれは見えた。

 

「成る程、見るからにヤベエな」

 

足下の崖から見える谷を覆い隠すように薄紫の霧が漂っていた。

なんかもうあからさまに身体に悪そうな感じである。なんなら谷を上ってくる空気まで臭い。

 

「……で、今からあん中に入ると」

 

「yes」

 

「よし帰る」

 

「ちょっと待ちなさいよここまで来てそれは無いでしょ!?」

 

「うるせえいくら俺が聖遺物で人外になっててもこんな臭ぇ所居たくねえわ!!腐乱死体より臭ぇとか尋常じゃねえだろ!」

 

何だったら聖遺物のせいで感覚が鋭敏になってる分余計にキツイ。

畜生、鼻が曲がりそうだ……。下水道ん中で化学薬品ぶちまけてもこんなにひでぇ臭いにはなんねえぞ……。

襟元をその見た目から想像出来ない膂力で掴んで離さないイリスに抵抗しているとユーリが何かを懐から取り出した。

 

「こ、こんなこともあろーかとー!」

 

「……なんだ、それ」

 

「防臭効果付きの耐毒マスクです、これなら臭いも気にならない筈です」

 

そう言ってユーリは俺にマスクを手渡すとイリスにも同じ物を渡した。

口周りを被うだけの簡素な物だが……着けてみると成る程、確かに臭いが感じられない。

 

「もうユーリ、あるなら最初から言ってよ!」

 

「ご、ごめん、まさかこんなに『強く』なってるなんて思って無かったから……念のために持ってきておいてよかった」

 

「普段は臭いがキツくないみたいな言い方だな」

 

会話に割り込んで訊ねるとユーリは肯定した。

 

「はい、何時もはここまで臭ってくることは無いんですけど……最近になって時折瘴気がこのあたりまで上ってくるようになったんです」

 

「私としては逆だと思うんだけどね、っと」

 

再びイリスを先頭に崖脇の隘路を進んで行く。

道中にあった岩を軽々と退かしてイリスがそう続けた。

 

「逆?」

 

「量が増えた瘴気を今回の目的地……谷底にあるモノが吸ってるんじゃないかって仮説よ」

 

「こんな臭ぇもんを吸うモンねえ……」

 

降りていくほどに濃くなる瘴気を手で払う。

生物も金属も腐らせる、と言う割には俺もヴィーザルもこれと言った変化はない。

試しに左腕の銀鎖を叩いても特に崩れたりもしていない。

だが、制服の金具を触るとまるで砂のように一部が崩れた。

 

「にしても、アンタらは大丈夫なんだな。こんな所に居て」

 

「私もユーリも人とはちょっと違いますからね」

 

「それでもこのマスクみたいに対策は必要だけどね……着いたわ、ここが谷底よ」

 

「っても何も見えねえけどな」

 

視界を奪う瘴気のせいでここが底と言われてもあまり実感がない。

どうにか二人の姿が見えるだけで後は乾いた土と岩と奇妙な形をした植物が……植物?

 

「こんな所に植物が自生すんのか……」

 

ある意味驚きだ。

 

「さ、目的地はこの先よ。行きましょ」

 

そう言って勝手知ったるとばかりに歩きだしたイリスの後を追い、入り組んだ道とも呼べぬような谷底を奥──という表現が正しいかわからないが──へと向かう。

その途中。

 

「瘴気が薄くなった……?」

 

若干クリアになった視界と肌に張り付くような感覚が消えた事に気付いた。

 

「正解よ。この辺りからは瘴気が薄く……いや、無力化されるの」

 

「無力化?……ああ、だからさっきの仮説か」

 

「そう言う事よ。マスクはもう外して大丈夫、臭いも無いしね」

 

言われた通りマスクを外すと確かにあの不快感しかない臭いが消えている。

 

更に進むと瘴気の霧さえ消えて視界が開けたものに変わった。

先程までとは打って変わって、逆に空気が澄んでいるのがわかる。

 

そのまま歩みを進めて十数分程。

イリスが足を止めた。

 

「ここよ。今回の目的地」

 

目の前には巨大な門が聳え、侵入を拒むかのように固く閉じていた。

門扉には幾何学的な紋様が描かれいるが擦れていて全容は見えない。

 

「これ、開けられる?」

 

「随分とぶ厚そうだが、大丈夫だろ」

 

イリスに頼まれ、門扉を片手で軽く押すとズズ……と重々しい音を立てて門が開く。

隙間から抜けてくる冷えきった空気を感じながら門を開けきると──。

 

「……墓場?」

 

そこは墓地のようだった。

ただただ広大な空間に幾つもの墓標のような何かが天井に空いた穴からの光に淡く照らされている。

生の一つも感じられない、伽藍の堂がそこにはあった。

だが、だがこれは──。

 

「ここは、私とユーリが初めて出会った場所。あの時から一度しかここに来ていないのだけれど、その時からこの『墓標』はあったの」

 

先に入ったイリスの言葉が聞こえる。

 

「ですがどれだけ調べても詳細は解らなくて……それで聖遺物と同化したと言われる貴方なら何か感じられないかと思って一緒に来て貰ったんです」

 

私と関連するとは思うんですけどね、と続けたユーリ。

まさか、解らないのか?この『密度』は明らかに普通じゃないのに。

墓標の一つ一つ、何れを取っても異常の塊。魔法でも科学でもない外法の収束物。

理屈ではなく魂が解を出す。

 

 

「これは──ここにある墓標は全て───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────『聖遺物』だ」

 

 



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/12 Sieben Hals

「は……?聖遺物ですって?これが全部?」

 

「ああ。力は弱いが聖遺物なのは間違いねぇ」

 

聖遺物と同化しているからか、そういった所が感覚的に解る。

墓標のように聳える数多のそれらは確かに聖遺物らしい魔力のようなものを持っている。

だが、見た目どおり風化しているからか、俺の持つ十字架ほどの力は感じられない。

まるで脱け殻のようだ。常人が触れてもなんら影響を及ぼすこともないだろう。

それくらいには弱々しい。

 

「で、こいつらはどうするんだ?」

 

「そうね……出来れば持って帰りたい所だけど」

 

「流石にこの数となると全部は無理そうですね」

 

「だろうな」

 

パッと見でも五十はある。大きさも形も様々だ。

それを全て地上に持って上がるのは飛行魔法を使っても厳しいだろう。

何回か往復するのもアリだが、流石に日が暮れる。

 

「となると、この中でもまだマシな奴を選別してから持ってくしかないか」

 

「ですね」

 

「賛成」

 

ユーリとイリスの賛同も得られたので、さっさと行動に入る。

ヴィーザルの検知機能と勘を頼りに俺は聖遺物の選別に。

二人は運搬用の厳重なケースを魔法らしき技術で作り上げていく。

 

それから一時間後。

 

「こんなもんか」

 

「結構あるわね……」

 

「でもこれなら何とか三人で運びきれそうですね」

 

目の前に積まれたケースを見る。

最終的に16個まで絞られた聖遺物はこうして過剰なまでに厳重なケースに納められた。

とはいえ、どれだけ弱まろうと聖遺物は聖遺物だ。慎重に運ぶに越したことはないだろう。

 

「長居は無用だし、ちゃっちゃと運んじゃいましょう」

 

「同感だ」

 

飛行魔法の応用で振動を与えないようにケースを何個か浮かせる。

流石に制御が難しいな……。

イリスとユーリも同じようにケースを浮かせると、それを引き連れそそくさと出ていく。

二人の背を追い、俺もまた墓所のような部屋を出る。

 

 

巨大な扉を締め切る直前。

 

「──────」

 

襤褸を纏ったナニかが見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃地上では──。

 

「しっかしまぁ……勢い込んで色々準備したはいいが、終わってみると暇だねぇ」

 

「それもう4回も言ってますよ、ヴァイス陸曹」

 

急拵えの観測所のコンテナの中、ヴァイスの愚痴にアルト・クラエッタが所狭しと並べられたモニターから目線を離さずにつっこむ。

 

「そうだっけか?」

 

「そうですよ。もう、ルキノも居ないんだからちゃんとして下さいよ」

 

「グリフィスも"あっち"だもんなぁ……」

 

あっち、というのはミッドチルダの機動六課のことだ。

流石に全てを本局に任せるわけにもいかないので、グリフィス他、選出された人員が残っている。

シャリオは技術スタッフと掛かりきり、ザフィーラは周辺哨戒、リインフォースははやての補佐。

結果としてロングアーチの中で観測所の担当はヴァイスとアルトになった。

 

「今、全体の目になれるのは私達だけなんですから」

 

「……」

 

ちら、と見たアルトの横顔は真剣そのものだ。

 

「仕方ねぇ、慣れてねぇが真面目にやるかねぇ」

 

愚痴を言った所で何が変わるでも無し、と気持ちを切り替えてモニターに向き合う。

 

「……」

 

「……」

 

長い沈黙。

唸るような低い機械音とキーボードを叩く音だけがコンテナ内に鳴る。

 

「…………ん?」

 

不意に、ヴァイスが声を上げる。

 

「どうしました?」

 

「いや、地震計が反応したんだが、妙だな」

 

モニターに映るグラフを見つめ、眉根を上げる。

気になったアルトが椅子ごと移動してモニターを見ると同じように疑問符を浮かべた。

 

「微弱な地震……にしては長いですね」

 

「だな。発生源は出せるか?」

 

「ええと、これですね」

 

ヴァイスの代わりにアルトがキーボードを操作してモニターを切り替えるとエルトリアの地球儀が現れ、その中の一転が淡く明滅していた。

 

「赫海の中か?」

 

「そうみたいですね」

 

「あん中じゃこっちの常識が通用しねぇ、って話だ。こういうこともあるのかねぇ?」

 

「どうなんでしょう、一応報告をあげたほうが」

 

アルトの提案に「そうだな」と答えようとした時、他のモニターを見たヴァイスはあることに気付いた。

 

「おい、待て」

 

「え?」

 

「一時間……いや、五分前のでいい。この発生源の画面出せるか?」

 

「は、はい」

 

ヴァイスの指示に従い、五分前の発生源が画面に映される。

その画面と現在の画面を重ねると──。

 

「ウソ……震源が」

 

「ああ、動いてる。しかも──こっちに向かってな」

 

一筋、ヴァイスの頬を冷や汗が伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後。ヴァイスからの報告を受けた六課メンバー達は俄に慌ただしく動き始めた。

ラボ内に臨時に設置されたブリーフィングルームでは、はやてを始めとした面々とフローリアン姉妹、ディアーチェ達が大型モニタを前に話し合っていた。

 

「状況はどうなってる?」

 

「探査用ドローンから観測情報が来ました。画面に出します」

 

リインフォースが投影キーボードをタッチすると、多少ボヤけてはいるが画像が映し出される。

 

「七つ首の白い蛇……アミタさん達は」

 

「いえ、見たことがないですね」

 

「我らも同様だ。あんなものは一度も見かけておらん」

 

はやての問いにアミタとディアーチェが口々に答える。

 

「てことは向こうが早速仕掛けて来たってことやろな……」

 

「というと?」

 

「こっちの土台が固まる前に潰すか、あるいは勢いを削ぐつもりでしょう。牽制、みたいなものです。リイン、詳細を」

 

「ハイです」

 

再度、リインフォースがキーボードを操作すると、蛇の外観上の情報が現れる。

 

「体長凡そ700m、首を上げた際の高さは300m弱。重量は約29,000tと推測されます」

 

「デカすぎんだろ……」

 

あまりの大きさにヴィータが引きつった笑いを溢す。

もはやそこらの山と変わらない巨大さだ。

 

「今後、対象をムシュマッヘと呼称します。ムシュマッヘは現在、赫海東側からこちらへ向かって進行中。ウリディンムやバシュムも呼応するように群れを作ってムシュマッヘに追従しています」

 

「総数は?」

 

「現在確認出来るだけで300ほど」

 

「多いな。これが増えることも有り得るか」

 

「赫海の性質上、その可能性もありますね」

 

シグナムのぼやきにアミタが返す。

戦力差は絶望的。そんな事実が実感として染み込んでくるような感覚がブリーフィングルームを満たした。

それを意に介さず、はやては話を続ける。

 

「リイン、ムシュマッヘがここまで到達するまでの時間は?」

 

「は、はい。現在の速度のままと仮定すると、到達まで2日かかります」

 

「相手はまだ赫海を出ていない……赫海ギリギリのラインで考えると半日くらいかな」

 

「そうですね。前線構築の時間を考えるとそうなりますです」

 

モニタに映る地図に防衛ラインの線と、時間が書き込まれる。

それを一瞥したあと、はやては通信回線を開いた。

 

「シャーリー、例の研究はどう?」

 

《正直芳しくはないです。あと一歩が足りない感じで》

 

「それじゃあもう一つの方は?」

 

《そっちはバッチリです!何個か試作品は出来てるんであとはテストだけです》

 

「ん、ありがとう。……クレン」

 

《聞こえてる》

 

「あとどれくらい?」

 

《40分、いや20分で到着する》

 

「重畳や、頼むよ」

 

《おう》

 

通信を終え、はやては瞑目する。

タイムリミット、資源、武器、環境……あらゆる情報をかき集め、作戦を構築する。

限られた条件で、最大限の効果を求め、そして……。

 

「……よし」

 

瞼を開き、立ち上がる。

 

「私にいい考えがある」

 

 

 



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/13 ein enger Feind

「既にブリーフィングで話した通り、七つ首の大蛇『ムシュマッヘ』が率いる大群がこちらに向かって押し寄せてきとる。今回私達が行うのは迎撃戦や」

 

ムシュマッヘ発見の第一報から6時間。

荒野をかっ飛ばすランチの中で八神が揺れに微動だにせず作戦を説明する。

 

「このまま行けば会敵するのはここ……何もない平野になる」

 

八神が空間投影された地図に指差した先には傾斜もろくにないだだっ広い平原だ。

 

「相手戦力を考えると、マズイね」

 

高町の指摘に頷いて八神が次に指したのはそこから更に北東だ。

 

「ここは……渓谷だな」

 

同席したディアーチェが思い出したように呟く。

地図の見方はよくわからないが、等高線を見るに間違いないようだ。

 

「そう、渓谷や。平野では無く、ここで迎え撃つ」

 

そう言って地図を指で叩くと渓谷の中程に青い凸が現れる。

 

「敵の総数をここで集めて動きを制限。現時点の最大火力を以て敵の数を減らす。正面戦力としてスターズ、ライトニング、ファントムを置く。そして──」

 

「渓谷左右に我々が展開する、ということですね」

 

「その通りや、シュテルちゃん」

 

「……ちゃん付けは止めてください」

 

「ふふ……渓谷左右にアミタさんを始めとする方々を置き、渓谷出口にランチを待機させる」

 

渓谷の左右と出口付近に青い凸が増える。

これが今回のこちらの陣形ということだろう。

確か……鶴翼陣形、だったか。そんな形をしている。

 

「作戦の第一段階としてなのはちゃん、フェイトちゃん、クレン、そして私の砲撃魔法で敵の初動を乱す。足止めが出来れば上出来やな」

 

「足止め?」

 

「クレンはまだしも、私達の火力じゃそこがせいぜいなんだね」

 

疑問符を浮かべたエリオにハラオウンが補足を教える。

 

「口惜しいけどその通りや。幸い、衝撃などの物理干渉は与えられるから勢いを削ぐことは出来る筈や。そして第二段階は──」

 

そこから八神はつらつらと作戦を説明していった。

 

「──以上が作戦や」

 

作戦説明を終え、八神が口を閉じるとランチ内は沈黙に包まれる。

隊長陣は作戦内容を飲み込む為だとわかるが、ナカジマ達はどうやら違うようだ。

不安や恐れ──それとわかる表情を浮かべていた。

ああ、そういえばコイツらはこういうのは初めてなのか。

 

張り詰めたように冷たく、それでいて乾いた空気。

殺さなきゃ殺される、誰が死ぬとも知れない、戦場(殺し合い)の空気だ。

 

コイツらはそれに当てられちまってる。

 

「八神」

 

「わかってる。今回、各隊員には後方支援に回って貰うつもりや」

 

「え……」

 

「私達、ですか?」

 

八神の言葉に、ランスターが青ざめた顔を上げた。

 

「そや。そんでいざとなったら直ぐにランチまで後退して欲しいんや」

 

「それって」

 

「……後退から三分。連絡が無かったらランチでラボまで戻れ。そのままパラディオンとやらに回収してもらったらさっさと元の世界に帰るんだな」

 

ディアーチェの放った一言に、ランスター達が息を呑んだ。

……詰まるところ、俺達が全滅した時の最後の保険だ。

第一次探査隊と同じように、伝達役としてコイツらには生きて帰って貰わなきゃならない。

だからこその後方支援のポジションなんだろう。

 

「これは重要な役割なんや。お願い、な?」

 

「っ……は、はい」

 

自分たちに何が託されたのか理解し、納得して、ランスターは強く頷いた。

 

──渓谷は、目前に近付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、八神」

 

「なんや?」

 

作戦ポイントである渓谷の中間地点。

俺達前衛組は即席のバリケードやトラップ郡の後ろで待機していた。

 

「奴さんらは本当に来るのか?」

 

奴さん……ムシュマッヘ達、ひいては赫海の能力を考えるとわざわざ此処を通らずとも良い筈だ。

ともすればここに戦力を展開すること自体が大きな隙になりかねない。

だと言うのに何故、自信を持って八神はここに陣を置いたのだろうか。

 

「来る。確実に」

 

即答だった。

 

「前回の一戦が挨拶だとするなら、今回は顔合わせって所やな。こちらとあちらの戦力の、な」

 

「その為に態々会敵するってか?随分回りくどいな」

 

『そういう人ですよ、彼は』

 

会話に割り込むように、オープンチャンネルで通信が入った。

アミタだ。

 

『慎重に慎重を重ね、相手戦力を見定め、削り、そして最後に全力で蹂躙する……彼の戦い方です』

 

『そう考えると、今回ここに来るのは当然ってことなのよね。何せ全戦力が集まってるわけだし』

 

『ここで戦力を見定めるもよし、あわよくば全滅してくれれば良い。そんな所だろうな。何にせよそういう性格だ。小鴉の言うとおり、こちらがここに居ると解れば来るだろうさ、確実にな』

 

イリスとディアーチェも通信に参加し、八神の意見に賛同した。

 

「そういう訳や」

 

「……成る程ね。で、もう一つ気になってたんだが」

 

「なんや?」

 

「随分ゴテゴテしてんな、それ」

 

「ああ、これ?」

 

八神が自身に取り付けられたゴテゴテした装備を指差す。

騎士甲冑の上に装着された漆黒のそれは、鎧のようにも見える。

高町やハラオウン、アミタ達も色と細部が違った似たような物を装備している。

 

「シャーリー達技術班とカレトヴルフの方達の共同開発の新装備や。名付けて」

 

『名付けて"全環境対応型疑似次元断層生成特殊外殻装甲 フォートレスⅡ"!!』

 

「うおっ!?」

 

通信に割り込んで大声で長ったらしい名前を自信満々に叫んだのはシャーリーだ。

 

『クレン君のトンデモ防御力を見て着想を得たこの武装は、なんと!!次元航行艦が持つ次元断層生成防御装甲を人のサイズまでダウンサイジングした一品!!既存のフォートレスより重量こそ上がってますけどそれを補って余りある防御力!!他の武装との互換性もバッチリで頭の先からデバイスの先までカバーしてくれる優れものなんですよ!!凄いですよね!!』

 

「お、おう……」

 

とてつもない勢いで捲し立てられ、気の抜けた返事しか返せない。

いやこいつのこの情熱は一体どこから来るんだ……。

 

「シャーリー、パラディオンとの座標差異の修正は?」

 

『バッチリ修正完了してます!超長距離エネルギー送受信システムも問題なく使用できます、何時でもフォートレスⅡは起動出来ます』

 

「流石、仕事がはやくて助かるわ」

 

『いえ、では……御武運を!』

 

シャーリーが通信から抜ける。

嵐みたいだったな……。

 

「それがブリーフィングで言ってた試作品ってことか」

 

「せや。ただバッテリーだと直ぐ電池切れになってまうからパラディオンからエネルギーを直接受け取らないと戦闘機動には使えないのが欠点やな」

 

「座標差異を気にしてたのはそれでか……」

 

しかし次元断層を使うとは……俺や今回の連中ならまだしも、普通の魔導師にとっちゃ難攻不落もイイとこだろうな。

まさに城塞(フォートレス)ってか。

 

 

『レーダーに反応あり!来ましたぜ、隊長!!』

 

沈黙を切り裂くようなヴァイスの報告に空気が切り替わる。

 

「来たな」

 

「……せやな」

 

それと同時に足元から振動を感じ始める。

揺れは徐々に大きくなり始め、そして

 

『目視可能域に到達……オイオイオイ、なんだよこれ……』

 

俺達の遥か前方。渓谷の影から。

 

 

 

「■■■■■■■■■──」

 

赤黒い水と哀れな獣の群れを連れてそれは現れた。

 

嗚咽のような唸りが渓谷に響く。

嘆きのような音を立てながら大地を進む。

慟哭のように上げられた頭は天を突く。

落涙のように身体中から黒い何かを溢れさせ。

 

黒きそれは現れた。

 

「■■■■■■■■■■■────!!!!」

 

名をムシュマッヘ。

 

即ち七岐の大蛇。始源の毒蛇である。

 



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/14 Schlangenjagd

長らくお待たせして申し訳ありませんm(__)m


「■■■────」

 

凝固した油のような濁った十四の瞳がこちらを睥睨する。

生物的な反応のない無機質なそれに、通信越しにランスター達後方支援が息を呑むのが聞こえた。

 

「……砲撃準備!!」

 

緊迫した空気の中、八神の号令が響き渡る。

尚も進み続けるムシュマッヘへと一斉にデバイスの切っ先が向けられる。

 

「後方部隊、ヴィレの発射は!」

 

【い、何時でも撃てます!!】

 

「合図と同時に即時連続一斉射!砲撃前の足止め頼むで!」

 

【……了解!】

 

地上戦力である後方支援は、本戦力の俺達が空中に居るため射線を気にすることなくその火力を撃ち込むことが出来る。

その間にこちらはこちらで砲撃の用意を進めると言った算段だ。

 

「ヴィーザル」

 

チャージまで後25秒(25 Sekunden zum Aufladen)

 

砲撃形態のヴィーザルからの回答に、魔力の装填速度を上げる。

いつぞやの形成発動状態とは比肩するとまでも行かずとも、それなり以上の火力は出せる筈だ。

高町達の砲撃魔法のチャージも相まってか、周辺の魔力濃度が一気に上昇する。

空中に数多の魔法陣がさながら天蓋の如く拡がった様は異様とさえ思える。

 

「ヴィレ一斉射……()てぇ!!」

 

そうこうしていると後方支援からの一斉射撃が始まる。

一瞬、空気を引き裂く音がしたかと思えば次の瞬間には同じく地上にいた首の無い犬(ウリディンム)一本角の蛇(バシュム)が破裂音と共に宙を舞った。

その肉体にダメージらしい損傷こそないが、勢い込んで突っ込んできた最前線の動きが僅かに止まる。

 

チャージ完了。撃てます(Gebühr abgeschlossen. Ich kann dich erschießen)

 

それだけあれば、十分だ。

 

「スターライト・ブレイカー!!」

 

「プラズマザンバー・ブレイカー!!」

 

「響け終焉の笛、ラグナロク!!」

 

次々と放たれる殲滅魔法がムシュマッヘの躯に殺到する。

数多の色で形成された極彩の破壊。

いっそ美しいとさえ感じるそこに、『黒』を差し込む。

俺が持ち得る現状最大の砲撃魔法を。

 

「百の御手を以て、十二の化身を打ち砕かん──」

 

砲口の魔法陣が変形し、分裂し、五つの擬似的なバレルへと変貌する。

 

「ヘカトンケイル」

 

星の光すら消し去るような黒が、大蛇を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天まで届きそうな黒煙が立ち上る。

リミッターを解除された殲滅魔法の一斉攻撃は渓谷の底の形を変えてしまっていた。

谷の中にもう一つ谷が出来上がったと言えばその威力が解るだろう。

最前線で動きの止まっていたウリディンムとバシュムは、耐性も何も関係無くその姿を無くしていた。

 

端から見ればもう決着は着いたと考えるだろう。

だが、今この場に居る全員がそれは『否』、と感じている。

 

「──作戦第二段階開始!!王様、シュテルちゃん!!」

 

【チッ、そう簡単には行かんか!】

 

【チャージまでの時間稼ぎをお願いします】

 

当然、そこで止まる八神ではない。

側面に展開していたディアーチェとシュテルが即座に魔法のチャージに入る。

それと同時。黒煙をまるで意に介さず大蛇がその姿を現した。

 

「無傷かよ……」

 

「わかってはいたけど、これはちょっとショックやわ……」

 

その白い鱗に煤すら着けずに悠々とした様子は、砲撃魔法を四発も食らったとは思えない程に変わっていない。

何らかの防衛処置が取られた形跡も無い以上、純粋に硬いということだろう。

話に聞く、核シェルターとやらより硬いと想定できる時点でおかしいが。

 

「後方部隊、ヴィレの連続投射開始!ウリディンムとバシュムを前に進ませんようにな!!」

 

【了解!】

 

「両側面及び本隊近接戦魔導士は動きの止まったウリディンムとバシュムを迎撃!」

 

【承知しました、我が主】

 

「砲撃魔導士は継続してムシュマッヘに砲撃魔法を!少しでも動きを止める!!」

 

【了解!!】

 

八神の指示を受け、それぞれが動き出す。

そんな中俺は、ムシュマッヘを見ていた。

 

「……お目当ては俺ってか」

 

その眼が相も変わらずこちらを睨んでいる。

最初は偶然かと考えたが、どうもそうでは無いようだ。

蛇の知り合いなんざ居ないし、あんな奴に睨まれる筋合いも無いのだが。

実際問題狙われてしまった以上、やれることは決まっている。

 

「八神」

 

「わかってる。でも……」

 

「気にすんな。何となくこうなりそうな気はしてたしな」

 

招待状だの何だのと……奴らはどうにも俺を狙っている節がある。

であればムシュマッヘがこちらを目標と捉えるのは何らおかしくはない。

今、この状況に於いてはそれがプラスに働く。

 

「……わかった。無理はせんようにな」

 

「任せろ」

 

短い会話を終え、俺は改めてムシュマッヘを見る。

全くもって情熱的だな。微動だにしねぇ。

 

「期待に応えてやるよ」

 

動き出した戦場の先、白い大蛇の元へと。

魔法陣を蹴りつけて飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多種多様な魔法が飛び交う中を突き進み、ムシュマッヘの前に到着する。

その眼は相変わらず俺を捉えて離さず、かと言って敵意も殺意も感じない。

注視はするがそこに何の意思も無い。人間ならいざ知らず、獣の類いの体でそれはあまりに不気味だ。

 

「視ているが、見ていない、か」

 

まあ、だから何だと言う話だが。

結局の所やることは変わらない。

 

「ヴィーザル」

 

了解(Ja)

 

十字架(ヴィーザル)を掲げる。

 

(……そういや、正式な手順踏んで使うのはこれが始めてだな)

 

改めてハプニングだらけのこれまでに苦笑する。

とはいえ、何ら後ろめたさもないというのは中々どうして気分が軽い。

 

形成(Yetzirah)──」

 

ヴィーザルの重々しい黒鉄の装甲が割れ開き、純黒の焔がその身を顕す。

スイッチが切り替わる感覚。

 

人でなしから化け物に。

戦闘から抹殺に。

生存から殺害に。

 

─────そして 因果には 応報を。

 

瞬き一つ。それだけでクレン・フォールティアと言う存在は同じ名前の兵器に成り果てる。

 

「■■■──」

 

そこで始めてムシュマッヘの眼に『揺らぎ』が生まれた。

どうやら俺を脅威と認識したらしい。

七つの首、十四の目が一斉に意思を持って殺さんと睨んでくる。

実に『好都合』だ。

 

「■■■■■──!!」

 

睨み合いに飽きたのか、或いは殺意が先走ったか。

七つ頸の一つが頭を振り下ろしてきた。

圧倒的大質量。その一振だけで恐らく戦略級魔法と同等の一撃。

当たれば容易く肉片一つ残らず消えるそれが墜ちてくる。

 

 

 

衝撃。

 

 

 

中空で炸裂したそれは渓谷の岩肌を削り飛ばし、同高度の雲を消し去った。

 

「──成る程な」

 

戦略級魔法と同等は強ち間違いでは無いようだ。

だが、それだけだ。

 

──────これでは足りない。これでは死ねない。

 

「■■■!!」

 

頭上の首が違和感に気付いたのか、鱗を軋ませる。

もう遅い。

その白い鱗に十字架を食い込ませ、無造作に力を込める(・・・・・)

 

「返すぜ」

 

「────」

 

断末魔すらなく、白蛇の首が焼失した。

振り下ろされた質量……その威力をそのまま文字通り返した結果がこれだ。

 

──────脆いにも程がある。

 

残された六つの頭が警戒と殺意を込めてその顎を開く。

漸くその気になったらしい。

 

──────首が一つ飛んでそれとは随分とノロマのようだ。

 

それじゃ、一つ。

 

「往くぞ」

 

蛇狩りの始まりだ。




皆様、よいお年を


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/15 Feind

「何よ、あれ……」

 

上空で繰り広げられる光景に、ティアナは思わずそう溢した。

 

あの威容を誇る大蛇の一撃一撃が大気を震わせ、クレンに殺到する。

自分ならまず間違いなく瞬殺だと確信できるそれを彼は容易く受け止め、挙げ句に頸を十字架を叩きつけて消し飛ばしている。

普段から模擬戦ではあるが戦っている隊長陣も大概規格外だが、あれは違う。

凡そ人間の戦いではない。

凡そ人間の持ち得る力ではない。

……文字通りの、化け物だ。

 

「ティア!こっちはもうバッテリー切れそう!」

 

停滞しかけていた思考を、スバルの声が引っ張り上げる。

 

「……っ、予備バッテリーにリロード!!ローテーションで弾幕を途切れさせないようにして!エリオ、キャロ!」

 

「「了解です!」」

 

即座に指示を出し、ヴィレの銃爪を引く。

 

「……ああ、もうっ」

 

小さく息を吐く。

その声は微かに震えていた。

それは戦場への恐怖、或いは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう、キリが無ぇな」

 

もう何度目か忘れたが、ムシュマッヘの頸を殴り飛ばしながら悪態を吐く。

コイツの頸、消した先から再生しやがる。

それが七つ。

デカい上に超速再生とか面倒にも程があるだろ……。

 

「本体もろとも纏めて消し飛ばすしかねぇか……?」

 

周囲への被害を考えると普段ならやるのを躊躇うが、流石にそう悠長に構えてもいられない。

こうしている間にもコイツはジリジリと進んでいるし、下も徐々にだが押されてきている。

もとより物量と言う点において圧倒的なまでに差がある以上、こうなるのは分かっていた。

なので、ここいらで足止めだ。

 

「八神!!」

 

【作戦第三段階!!王様、シュテルちゃん!!】

 

【任せるが良い!】

 

【命令を受諾。崩落させます……!】

 

【前線魔導士は指定位置まで後退!ド派手に行くでぇ!!】

 

騒がしい通信を聞きながらもう一度頸を蹴り潰す。今度は少し手加減をして衝撃を全体に通すように。

 

「■■■■──!?」

 

芯まで通った衝撃が大蛇の身体をよろめかせる。

タイミングは、今。

 

【ルシフェリオン・ブレイカー!!】

 

【ジャガーノート!!】

 

見計らったかのように両サイドの断崖越しに(・・・・・)放たれた砲撃魔法が大蛇に殺到する。

バランスが崩れた状態だ、ダメージは無くともその衝撃でもう立て直しは不可能だ。

──天を衝くような威容が、渓谷の底に頭を垂れた。

 

当然、これだけで終わりじゃない。

衝撃を与えるだけなら元より断崖越しに撃つ必要は無い。

あくまでこれは副産物。

本命は、撃ち抜かれて自重を支えられなくなった断崖、渓谷の一部だ。

腹に響くような地鳴りと共に、巨大な岩石の塊となった渓谷が大蛇を押し潰さんと崩落する。

 

「■■■■──!!」

 

絶叫とも取れる悲鳴を上げながらムシュマッヘが抵抗しようとするが、その頭一つの数十倍もある大質量に為す術なく地面に叩き付けられ土煙に沈む。

付近にいたウリディンムやバシュムも例外では無く、瓦礫に押し潰されていく。

 

「……酷ぇな、こりゃ」

 

上空からそんな様を眺めて、苦笑してしまう。

半月状に抉れた渓谷……元渓谷と、谷底に出来た瓦礫の山。地形破壊にも程がある。

環境活動家が見たら卒倒しそうだな、これ。

 

【こちら八神。全員生きとる?】

 

【近接魔導士組、全員無事です】

 

【側面組、同じく】

 

【後方支援組、大丈夫です】

 

「こっちも問題ない」

 

八神からの通信に答えながら地上に降り立つ。

目の前には渓谷の中程まで崩して出来た瓦礫の壁。この中にムシュマッヘが居る。

 

【クレン、どう?】

 

「……ま、そりゃ生きてるわな」

 

魔法を使わなくても、地響きだけで分かる。

元より超常の類い、この程度で死ぬ筈もないだろう。

 

「…………退がれ!」

 

叫んで、十字架の力を使って大規模防御魔法を構築する。

 

死ぬ筈が無い。死ぬ筈が無いのなら──

 

 

「■■■■■■■■■■■■──!!!!」

 

 

 

──反撃してくるのは、当たり前の話だ。

 

 

 

──────────。

 

 

 

閃光、衝撃。

 

さながら嵐の中に居るような感覚。

破滅的なまでの力の濁流。災害そのもの。

 

「───ッ」

 

それを防御魔法で受け止める。

一瞬か、はたまた何十分とそうしていたのかは分からない。

 

閃光が消える。

明滅する視界が徐々に彩りを取り戻し……

そして、現実を顕にする。

 

「おいおい……マジかよ」

 

後ろを振り向いた瞬間、思わず乾いた笑いが漏れた。

 

───渓谷が、消えていた。

 

俺を起点として、その左右。

存在していた筈の渓谷の岩肌が、無い。

有るのは硝子化し、赤熱した地表だけだ。

そして正面には……

 

「■■■■──────」

 

七つ頸。その大きく開いたそれぞれの口からは白煙が立ち上っている。

 

【──ちら、────るか────こちらランチ!!おい、何があった!?】

 

「ヴァイスか、生きてやがったか」

 

【勝手に殺すなよ……八神総隊長は】

 

【生きとるよ、なんとかね】

 

「残りは?」

 

【みんな私の近くに居る。無事よ。ありがとうな、クレン】

 

「…………で、どうするよ」

 

口からどころか、全身で廃熱し始めたムシュマッヘを警戒しながら八神に問う。

足止めは意味を為さず、赫海を塞き止める渓谷は消えた。現にあの赤黒い水が徐々にだが流れだしている。

状況的には、詰みに近い。

手はあるにはあるが──。

 

 

 

「──いやはや、素晴らしい」

 

 

と、不意に声が聞こえた。

 

「予想では既に君たちは敗走、或いは何人かは僕の家族になっていたんだが……」

 

ムシュマッヘの身体、その上から。

 

「それを覆した。素晴らしい、改めて称賛させて欲しい」

 

奴は、現れた。

 

「───久しぶり、そして初めまして」

 

張り付けた笑顔を浮かべて。

 

 

 

「僕の名はフィル・マクスウェル──君たちの、敵だ」




久々な上に短くて申し訳ありませんm(__)m


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/24 vaincre

「僕の名はフィル・マクスウェル──君たちの、敵だ」

 

ムシュマッヘの頭上から奴はそう宣言した。

 

首元まで延びた茶髪に整った顔立ち。引き締まった身体には白と濃紺に彩られたバリアジャケットのようなモノを纏っている。

そして何より──狂った目をしている。

 

「本当に君たちは素晴らしい。あらゆる逆境に対抗し、諦めず、折れず。正に英雄のようだよ」

 

「マクスウェル──!!」

 

仰々しく語るマクスウェルに、いつの間にか近くまで来ていたアミタが武器の銃口を突き付ける。

 

「貴方が……貴方が何故ここに居るんです!!」

 

「何故ここに?不思議な事を聞くね。僕は最初からこの星から出ていない(・・・・・・・・・・・・・・)よ」

 

「な……」

 

この星から出ていない?

だが確かコイツは捕まって投獄されて……消えた筈だ。

 

【成る程、納得がいったわ】

 

「八神?」

 

【地球に来ていたのは複製の複製。或いは偶発的な産物、ってことやな】

 

「正解、あの時よりも聡明になったようだね、八神はやて君。……その通り。あの事件においての"僕"が語ったのは全て嘘さ。人しての僕は元よりここにいる僕だけ」

 

「そ、れじゃあ、ユーリが殺したのは」

 

「当然、複製さ。正確には僕と記憶をリンクさせた泥人形が正しい。アレは色々と役立ったよ。お陰でこうして諸々の準備が整ったからね」

 

「……準備だと?」

 

「そうとも、クレン・フォールティア。蛇の尾を持つ虎。僕はね……この星の生命全てが欲しいんだよ」

 

恍惚とした表情で、ヤツはそう宣った。

堂々と、それが当然のように。

それはつまり──。

 

「この星全てを、テメェの海に沈めるってか」

 

「沈める?正確には違うな。ただ僕の家族になって貰うだけだよ」

 

「そうか、わかった」

 

ああ、納得した。理解した。

コイツはもう、『人間』じゃない。

 

「くたばれ──!」

 

一度の踏み込みでヤツの真っ正面に到達し、十字架を頭に振り下ろす。

肉を潰す感覚。血と脳漿が飛散し、蛇の頭に降り注ぐ。

だが、殺したという感覚がない。

現に、

 

「即断即決。いいね、実に良い」

 

コイツは死んでいない。

肉を焼かれ、頭蓋が割られていると言うのに、マクスウェルはまるで意に介さず笑っている。

 

「けれど今の君では殺せないよ、僕は。立っている場所が違うのだから」

 

「何を……言ってやがる」

 

「君は聖遺物を宿し、その力を行使してはいるけれど。今使っているそれはほんの"触り"というだけの事さ。もっと深く、高みに至らないと」

 

トン、と。腹に手を添えられる。

 

(まず────っ!!)

 

ただそれだけの行動で俺の身体は吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。

 

「ッ!?」

 

「クレンさん!!」

 

クソが、あれだけで何本か骨が砕けたぞ……!?

聖遺物の影響で勝手に治りはするが、激痛が視界を明滅させる。

アミタが近寄ってきて身体を起こそうとするのを手で制止する。

血反吐を吐き捨てヤツを睨むが、まるで意に介していない。

 

「ほら、ね?立ち位置を理解したかな、クレン・フォールティア」

 

「……ああ、よくわかったよ」

 

コイツは、あのスカリエッティと同じだ。

生物としての位層が違う。『人間』では勝ち得ない存在だ。

再生した顔を一撫でして、マクスウェルが笑った。

 

「いいね。勤勉は美徳だよ。……それに免じて今回は君たちを見逃そうじゃないか」

 

「……は?」

 

アミタが信じられないものを見るような目でマクスウェルを見る。

奇遇だな、俺も同じだ。

それを察したのか、マクスウェルは微笑みを絶やさないまま語りだす。

 

「元より今日はただの挨拶のつもりだったしね。君たちの実力も測れた。──何よりも、クレン・フォールティア。君の『残量』もね」

 

「何……?」

 

残量?一体何を言っている?

 

「ヒントを上げよう。……リンカーコア程度(・・)であれだけの火力が出せると思うかい?」

 

【なんやと?】

 

「まあこれは宿題かな。期限はそうだな……三日にしようか。三日後、また会いに来るよ。その時に答えを聞こうじゃないか」

 

まるで教師のように穏やかな口調で語り終えたマクスウェルが手を鳴らす。

それだけで、ムシュマッヘ達が溶けて消えた。

 

「答えを見つけ、そして至ってみせて欲しい。そうすることで僕もまた目標に近付けるからね……期待しているよ」

 

そう言ってマクスウェルもまた、赫海に溶けるようにして消えた。

それと同時に赫海が引いて行く。ヤツが言った、三日間の猶予の為だろうか。

皆が皆、呆然とする中で声が漏れ出た。

 

「…………見逃されたな」

 

掌を握り締める。

辺りを見れば消し飛んだ渓谷と焼け爛れた大地。

くすんだ空気を吸い、吐き出す。

 

生きている。生き残った。だがこれは────敗北だろう。

 

この星に来て初めての戦闘。

俺達はどうしようも無く……敗けた。



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/25 Wechseln von statischen

 

「────圧倒的敗北や」

 

ラボに出来た臨時のブリーフィングルームの机に座した八神が一言発した。

改めて突き付けられた現実に戦闘に参加した面々は一様に肩を落とす。

 

結局あの後、深追い等はせず、簡単な周辺環境の調査をしてから急ぎ足でランチに揺られて帰って来た。

時間はとっくに夜になってしまっていた。

 

「幸い、人的被害こそ無かったけれど……」

 

「あのまま戦っていたら確実に全滅だった」

 

高町の言葉をハラオウンが継ぐ。

これも事実だ。ムシュマッヘのあの火力と言い、マクスウェルと言い。

ムシュマッヘは俺ならまだしもマクスウェルはもはや次元が違う。

戦いにすらならないだろう……2秒持てば良い方だ。

話し合う八神達から視線をずらしてナカジマ達を見れば、表情こそまともそうに取り繕っていたが、身体が震えていた。

 

「おい、大丈夫かお前ら」

 

「う、うん、大丈夫だょよ?」

 

「大丈夫じゃないな」

 

ょよ?ってなんだ。どうやって発音してんだ……。

ナカジマの素頓狂な反応に困惑していると、ランスターが話し掛けてきた。

 

「アンタはどうなのよ。派手に吹き飛ばされてたけど」

 

「あぁ、まあ……あばら骨何本かへし折れたがもう治ってる」

 

「……どうなってんのよその身体」

 

「俺が知りてぇ」

 

いや本当に。

今までも傷の治りは早かったが、これはちょっとばかりおかしい。

聖遺物の影響、と言われればそうなんだろうが。

それに、マクスウェルの言っていた『残量』と言うのが気になる。

残量と言う以上、何かを消費しているのだろうが……それが何なのか、皆目見当もつかない。

それにしても……帰って来てからなんだか身体が重いような……。

 

「え……クレンさん!?」

 

「あ?どうしたエリオ」

 

「どうしたって……目から血が!」

 

「血?」

 

慌てた様子のエリオに言われ、目尻に軽く指を触れる。

……確かに血だ。通りで少し視界が赤くなっ──

 

 

「─────────」

 

「クレンさん!?」

 

「ちょっとクレン!?クレン!!」

 

──不意に、意識が断絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音が、聞こえる。

 

肉が裂ける音。

骨が砕ける音。

 

悲鳴と慟哭はやがて狂気に変わり。

血と脂と肉が川を作る。

 

その中で。

 

「……そうだ。命とは即ち混沌である」

 

ただ一つ、声が聞こえた。

 

「故にこそ。命は何よりも強き力と成り得る」

 

疲弊しながらも厳かに。

苦悶しながらも清廉に。

 

「奪え。奪い返せ。奪還せよ。命は命によってしか抗えぬ」

 

「奪った者から奪え。──総ての因果に応報を」

 

それは果たして呪い(祝福)のように。

 

──声が、遠くなる。

 

 

 

「─────それでも■■は、貴方を命を掛けてお慕いしております」

 

 

 

世界切り替わる刹那、聞いたことの無い誰かの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「結論から言うと。このままだと遠からず彼は死ぬわ」

 

翌朝、ランチ2号車。その車内に作られた医務室で、シャマルは集まった面々にそう告げた。

どよめき出す声の中で、はやてが続きを促す。

 

「……精密検査の結果、外見だけ見れば確かに彼は至って健康。脳に異常があるわけでもない。ただ──摩耗しているの」

 

「摩耗、ですか?」

 

「そうなのアミタちゃん。摩耗……そうとしか言いようがないの。異常なまでの肉体再生能力。それがあるのに彼の肉体は衰えていっているの。こんなの、以前の診察では無かったのに」

 

「原因は……聖遺物、か」

 

「可能性は高いわ」

 

「……厄介やな」

 

はやての一言にシャマルも首肯する。

原因に当たりはついているが、それが本人と同化、しかも剥離方法も不明となると為す術がない。

 

「それと、これを見て」

 

「これは?」

 

シャマルが空間投影した画像にキャロルが首を傾げる。

しかし、なのはそれが何なのか一目で理解した。

 

「リンカーコア……」

 

「そう、今の彼のリンカーコアの状態よ。何か気付かない?なのはちゃん」

 

問われて、なのはは画像に映るパラメーターを隅々まで確認する。

そして、あることに気付く。

 

「……リンカーコアが、魔力を消費していない?」

 

「正解」

 

それは魔導士としてあり得ない事だった。

魔導──魔法を使う上でリンカーコアの魔力消費は切っても切れない関係だ。

あれだけの戦闘を行ってその様子が一切ないはまず有り得ない。

消費なしで魔法を行使するとはつまり、何も使わないで薪に火を点けろと言っているようなものだ。

それが不可能な事など分かりきった事実だ。

 

「そう。有り得ないの、この状態が。魔導士として矛盾している。なら彼は何を代償に魔法を──魔法に似た"ナニか"を行使していたのか」

 

ここから先はまだ調査中よ。そう続けてシャマルは話を締めくくった。

 

「今後の戦闘参加は、無理やな」

 

「ええ……原因と対処法が解らない以上、出すべきでは無いわね」

 

「そうやね……」

 

現状、六課最大の戦力はクレンだ。

彼を主軸としたからこそ先程の作戦は成立したようなもの。

それが出来ない以上、今後のリスクはより大きなモノとなる。

ならば、とはやては考える。

彼と並び立つには至らずとも、戦力の強化は必須だろう。

このままでは駄目だと、この場に居る全員が理解している。

諦観は無い。やれる事はまだある筈だ。立ち止まるな、動け。

 

「シャマルは引き続き調査を。シャーリーは回収した聖遺物の調査。何が関係あるか解らんから相互で情報を共有するように」

 

「「了解」」

 

「スターズ及びライトニングは今後の戦闘に向けてアミタさん達と連携が出来るよう訓練を……アミタさん、お願い出来ますか?」

 

「任せてください、手伝えることならなんでもします!!」

 

「宜しくお願いします……ヴァイス陸曹達は周辺の観測、調査を頼むわ。必要ならドローンありったけ使っても構へん」

 

「了解であります」

 

矢継ぎ早に指示を出し終えた所でパン、と手を鳴らす。

それだけで場の空気がガラリと変わる。

静から動へと。

 

 

 

「さぁ、動くで!」

 

 

 



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/26 Sezession

 

クレンが倒れて一日が経った。

当人は未だに目を覚まさず、時折うなされながらも医務室のベッドで眠っている。

 

「…………」

 

ガラス越しに彼のバイタルを見つつ、シャマルは濃い目に淹れたコーヒーに口を付ける。

あれから一晩。彼女はこうなった原因を探るべく過去のデータを洗っていた。

戦闘時のバイタル、定期検診のデータ、その他諸々……。

 

「結果として解ったのは、生命体としての矛盾した状態である。か……」

 

シャウカステンに貼られた幾つもの画像を眺めて溜め息を吐く。

稼働時間こそ短いものの、それなりに生きてきたつもりだが、こんな状況は初めてだ。

以前、シャマルは彼の身体を診て『人間をやめている』と言ったが、今回のこれはその具現とも言えるだろう。

 

「……どう報告したものかしらね、これは」

 

苦笑混じりに呟いた声は、心電図の音に呑まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

一方、フローリアン・ラボでは。

 

「む?むむむむ?」

 

シャリオがモニターとにらめっこをしていた。

フローリアン姉妹達の協力で作られた臨時のデバイス研究室では他にも職員が慌ただしく歩き回っているが、彼女に近付こうとする者は居ない。

というのも、昨日から人にお見せ出来ないような顔で聖遺物のデータを可能な限り調べては唸っていたからである。

触らぬシャリオに祟りなし。それがここでの暗黙のルールだった。

とは言え、渡すべきデータなどはちゃんと渡すのだが。

 

「形状は様々、質量兵器っぽいのから剣、槍の武器状の物、さらには儀式道具めいた物までバラバラ……それぞれ特定の人物が近付くと共振のような振る舞いを取る」

 

キーボードを叩く指は止まらず、むしろ加速していく。

 

「電気による反応は無し。魔力による反応は微弱ながら有り。魔力を吸収するような動きは有ったけど、それで活性化するようなことは無かった……動力源が魔力である事が多いロストロギアとはまた違う動力源ってことかな」

 

検証結果を口にしながら頭の中を整理していく。

 

「魔力の性質に近くて、かつ、動力源になるような物か……ん?」

 

ふと、引っ掛かりを覚える。

 

「共振、吸収……動力源の違い……魔力ではない何か……」

 

モニターに映るデータが切り替わり、クレンのバイタルが映し出される。それに付随する幾つものグラフがある事実を浮き彫りにする。

 

「嘘でしょ、まさか──」

 

そして気付く。気付いてしまった。

聖遺物の動力源。クレンの『魔法』の大元。矛盾した肉体と倒れた原因が何なのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、何かわかったんかな」

 

それから数時間後。ブリーフィングルームに集まった面々を代表して、はやてがシャマルとシャリオの二人に問う。

 

「はい」

 

「ええ」

 

対して二人はただ首肯で応える。

最初に口火を切ったのはシャリオだった。

 

「結論から言います。彼の──いいえ、聖遺物の動力源は…………命です」

 

その一言に、ブリーフィングルーム内がざわめき出す。

それをはやては手を挙げることで抑えて、続きを促す。

 

「……それで」

 

「えぇと……これまでも似たような性質を持つロストロギアは確認されて来ましたが、殆どがシステム的な暴走──つまり後天的に発現したものです。そしてそのプロセスはリンカーコアの魔力精製量を上回るスピードでの魔力吸収に肉体が追い付かず、結果として命を落とす、と言うものです」

 

ですが、と前置きしてシャリオは大型モニターに聖遺物のデータを映し出す。

 

「聖遺物は違います。最初から命を使う前提(・・・・・・)で創られているんです。だからこそ、あれだけの火力を有する魔法──いえ、力を使えるのです」

 

「……まるで、闇の書やな」

 

重苦しい沈黙の中、誰にも聞こえない程小さくはやては呟く。

 

「……聖遺物の力は皆さんも知っている通りでしょう。そして、その力はどう見積もっても人ひとりの命では賄えない。恐らくですが、聖遺物は命……魂をその内部にストックしている」

 

「魂のストック……フォールティアの元居た場所……まさか」

 

「そうです──聖遺物は殺した人間の魂をメインの燃料にしている可能性がある」

 

シグナムの問いにシャリオは努めて冷静に回答する。

 

「つまり、聖遺物を継続的に使うには人を殺し、魂を奪う必要がある……という事です。魂のストックが無くなった場合、自身の魂を消費する事になり、最後は」

 

「聖遺物に魂を吸い付くされて死ぬ……ってことかよ」

 

胸糞が悪いと言わんばかりにヴィータはデスクに拳を叩き付ける。

はやてに仕える騎士達にとって、この事実はあまりにも重かった。

 

「……ここからは、私が話すわ」

 

沈黙を振り払うように、シャリオの後を継いでシャマルが前へ出る。

モニターが切り替わり、今度はクレンのバイタルデータが並べられた。

 

「聞いた通り、聖遺物が魂を燃料に動くものだとして……彼の状態を報告するわね。……外的、内的損傷無し。内臓運動異常無し。血液検査異常無し。至って健康のように見えるけれど、実際には違うわ」

 

データの一部を抜き出し、拡大して表示されたそれに一同は首を傾げる。

グラフのようだが、それが何を示しているのかまでは分からない。

 

「これは彼の脳を検査した際のデータを纏めたもので、左から右に向かって新しい物になるわ」

 

「……下がり幅は狭いけど、右肩下がりになってる」

 

「その通りよ、キリエちゃん。……これはね、彼の脳から筋肉に送られる信号の強さなの。そしてそれは日を追うごとに弱くなっていて、弱くなるスピードも上がっている。状態としてはALSのそれに近いけど、筋肉の衰弱は起こっていない。まるで脳を介さず動いているように、ね。……とはいえ、脳波が弱まっているのは確かよ」

 

「結論は?」

 

「……このスピードで行けば、あと二日」

 

「…………そっ、か」

 

二日。シャマルの告げたたった二文字がはやてにのし掛かる。

それは、マクスウェルが宣告したタイムリミットでもある。

 

…………。

 

沈黙がブリーフィングルームを満たす。

はやては考える。

彼の力は強力だ。こと、今回の作戦はその力があったからこそ成立し、死者0名という奇跡めいた結果に導いてくれた。

今後の作戦においても同様に、戦力として隊長陣と共に主軸となるのは間違いないだろう。

部隊を率いる者として考えるならば、1人の犠牲で多大な戦果を得られるなら迷わずそれを選択するべきだ。

だが……

 

(……冷酷には、なれんなぁ)

 

八神はやては、選べなかった。

そしてそれは此処に居る全員も同じだった。

 

「……クレンは今回の作戦から離脱──」

「おい」

 

はやてが言い切る直前、ここに居ない筈の声が響いた。

 

「…………」

 

ブリーフィングルームの入り口に、クレンが立っていた。

そのまま荒々しく歩みを進め、はやての前に立つ。

その表情は歩き様とは真逆に、全くの無表情だった。

はやてもまた、無表情を繕ってその視線を受け止める。

 

「俺を今回の作戦から外すってのは、本当か」

 

「本当や。理由は……クレンのが解ってるんちゃう?」

 

「ああそうだな。もうすぐ死ぬらしい」

 

「だったら」

 

「だが。それだとアンタらが今度は死ぬぞ」

 

「死なんよ」

 

「死ぬな。解ってんだろ、リスクが高過ぎるって。全員仲良くくたばるよりも、俺一人死ぬほうがマシって事に」

 

「──クレン!!」

 

「…………」

 

悲鳴にも似た一喝が、クレンの口を止めた。互いの視線が交錯する。

 

「……チッ、分かったよ」

 

暫くの沈黙の後、諦めたように舌打ちしてクレンは踵を返した。

 

「…………状況が悪くなったら、好きにやらせてもらう」

 

去り際に一言残して。

ブリーフィングルームのドアが閉じきると、はやては強張っていた肩の力を抜いた。

そして改めて告げる。

 

「作戦に変更無し。クレンは今回の作戦から離脱や」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ぐ」

 

視界が赤い。歪む。

ラボからランチへと戻る道を歩きながら、奇妙な……いや、不愉快な感覚に襲われる。

眠りから覚めて、離脱を告げられてすぐこれだ。八神にあんな啖呵切ったのにこの体たらく。

そりゃアイツも離脱しろと言うか。

 

「ああ、クソっ、動きにくい」

 

眩暈までしてきやがった……。

たまらずラボの壁に手をついて倒れるのを防ぐ。

明滅と歪曲を繰り返す視界が現実感を薄れさせ、幻聴にも似た声が頭の中を壊れたジュークボックスのように反芻する。

 

【コロセ、コロセ、コロセ】

 

『ウバエ、ウバエ、ウバエ』

 

「うる……せぇ」

 

このまま意識を失うのはマズイ。失ったらただ倒れるだけじゃないと勘が警告してくる。

足に力を込め、耐える。

幻聴が遠ざかっていく。その代わりに今度は脳髄に剣が刺さった。

 

「か、ぁ」

 

違う、頭痛だ。

麻酔無しで神経を焼き切るような痛みが思考を散らせる。

痛い、痛い、痛い痛い痛い──。

 

【コロセ】

 

「……っ」

 

ダメだ。此処に居たら俺は。

 

「ヴィー、ザ、ル……!」

 

離れなくては。はやく、はやく。

ヴぃーザルがなにか言ってるきがするが、ムシ。

セッとアップを済ませて加速魔ホウ、展開。

 

「い……け……!!」

 

遠クへ、とにかく、遠く────。

 

オレが|アい「つらを

 

コ[ロサナ/イために



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/27 aufgeben

 

「……『彼』が拠点から離れたようです」

 

「いかがしますか?」

 

「お父様」

 

「ああ……」

 

お父様。そう呼ばれて、腐肉と鉄の玉座に座るマクスウェルは微睡みから目を覚ます。

眼前には愛する娘たち……家族が居た。

黒い長髪、整った顔立ち……姿形こそ一様に同じだが、マクスウェルは自らがつけた緻密な差違で個々を認識している。

 

「迎えに行ってあげなさい。出来れば生きたまま」

 

「五体の欠損は」

 

「構わないよ。生きていれば幾らでも治せるからね。……とはいえ手負いの虎だ。くれぐれも、気を付けて」

 

常人が見ればおぞましいと思うだろうそれを、マクスウェルは慈愛を以て接している。

そして『娘たち』とされたそれらは甘んじてその寵愛を受け止めている。

まるでそうするしか出来ないように。

 

「わかりました」

 

「では50人程で」

 

「確保に向かいます」

 

「──いってらっしゃい、我が娘たちよ」

 

「行って参ります」

 

一礼し、娘たちが去っていく。

その背中を眺めながらマクスウェルは一人呟く。

 

「さて……君の力を見せてくれ。蛇の尾を持つ虎よ」

 

 

 

 

 

 

 

──熱い。

 

「………………ァ」

 

瞼を開く。どうやら意識を失っていたらしい。

 

「ここは……」

 

辺りを見ると鬱蒼とした木々しか見えず、見上げても日の光は微かにしか差し込んでいない。

森の中、か……。土地勘もないのに森に入るとは、意識が朦朧としていたとは言えあまり宜しくない。

 

「身体は……動くな」

 

相変わらずあの声と奇妙な衝動はあるが、今のところ問題はない。

むしろこれからが問題だ。

 

「どうするか……」

 

このまま戻っても、この衝動がまた強くなる可能性が高い。

意識こそ保っているが、これも何時まで持つかわからない以上、迂闊に戻るべきではないだろう。

今でさえ、何でもいいから"殺したい"のだから。

 

「ッ!」

 

頬を殴って意識を戻す。

油断するとこれだ。やはり戻るのは無しだ。

となると後は──。

 

「進むしか、ないか」

 

奴の……マクスウェルの本拠地を探しだして、殺す。

それだけを考えよう。シンプルで悪くない。

 

「……よし」

 

ヴィーザルを握り直し、一歩踏み出

 

「見つけました」

 

パスッ、と。

その脚が撃ち抜かれた。

 

「ッ──」

 

たまらず脚が止まる。

ジワリ、とバリアジャケットに血が滲み出す。

撃たれた方向に銀鎖を飛ばすが、当たった感触がない。

 

「チッ」

 

近くの木に背中を押し付け、ヴィーザルを正面に立てながら杖代わりにする。

何処だ、何処から撃たれた……?

そもそも殺気も何も感じなかった。ヴィーザルも感知していなかったということは超遠距離からの狙撃か、或いは──。

 

「こちらです」

 

「な──」

 

衝撃。

景色が遠退く。

自分が蹴られた、と理解したのは木を何本かへし折って地面に叩き付けられた後だった。

 

「ッ、カ……」

 

反応できなかった。

どうやら思った以上に消耗していたらしい。それに加えて相手のこの強さ。

 

「ハ──悪い冗談だな、クソッタレ」

 

あらぬ方向に曲がった左腕はもう使い物にならない。

右足は撃ち抜かれ、思うように動かない。

満身創痍ってヤツか?

 

「お父様から、貴方を連れて来るよう命令を受けました。抵抗は無意味です。投降してください」

 

半分赤く染まった視界で俺を蹴り飛ばした奴を見る。

黒い長髪、端整な顔立ち、黒い鎧のようなボディスーツ。間違いない、コイツらは報告にあった──。

 

「テメェらが『姉妹達(シスターズ)』ってヤツか」

 

「姉妹達?いいえ、その名は仮初め」

 

なんだ?声が増えて……

 

「私達にはお父様から付けられた名があります」

 

「新しきヒト」

 

「新しき家族」

 

「生死の概念を超えた霊長」

 

『ラーム・ラハム』

 

五十の声が名乗る。それが至上と言うように。

 

「さあ、クレン・フォールティア。私達と来て下さい」

 

「私達なら、その渇きを癒すことが出来ます」

 

ラーム・ラハム達が手を差し出してくる。

現状の力の差は明らかで、こっちは文字通りのズタボロ。

良すぎるタイミングでこの状況。癪だが、マクスウェルの手の上だったってことか。

 

「──わかった。投降してやるよ」

 

両手……は上がらないから右手だけ上げて無抵抗の意思を示す。

おまけにヴィーザルを待機状態にした所で連中もそれを認めた。

 

「投降、確認しました」

 

「こちらに。ご案内します」

 

「ああ」

 

漸く血の止まった脚を引きずりながら歩き出す。

 

──熱い。

 

奇妙な衝動を、連れたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クレンの反応は!?」

 

「魔力感知反応無し、生体反応もまだ感知できません!」

 

「あのバカ、一体どこ行きやがった……!」

 

怒号混じりの喧騒の中、ヴィータは苛立たしげに壁を殴った。

クレンがラボから去ってすぐ、彼の反応が消失したことに気づいた観測班のアルトからの報告がはやての頭を抱えさせた。

流石にあんなやり取りのあと直ぐに消えるとは思っていなかったのだろう。

当然ブリーフィングルームはざわめきだし、観測所にはひっきり無しに人が出入りしている。

 

「いやぁ、すんげぇことになってんなぁ」

 

そんな様子を観測所でぼんやりと眺めながらヴァイスはぼやく。

 

「何呑気なこと言ってんだ」

 

「そう言われましてもね。そんなに騒ぐことかなぁ、と」

 

「はぁ?」

 

ヴァイスの発言にヴィータは思わず聞き返した。

 

「騒ぐことかな、ってお前……」

 

「いやまぁ、軍規的にはマズイでしょうけども。なんつーか、アイツが仲間外れにされたから逆ギレして~ってのが考えらんないんですよ」

 

そんなヤワなタマじゃないっしょ?とヴァイスは肩を竦める。

それに、と付け加え、

 

「これは勘なんですが……アイツ、絶対派手に何かかましますよ」

 

自信満々にそう言って笑った。

何だかんだ男同士、それなりにつるんだ仲故の発言にヴィータは納得したような、したくないような微妙な表情になった。

そんな会話をしているとアルトが慌てたように声を張り上げた。

 

「ヴィーザルのデバイス反応、ありました!!」

 

「何だと?」

 

落ち着かない様子で待機していたスバル達を諌めていたシグナムが観測所に入ってくる。

 

「場所はどこだ?」

 

「信号から逆探知……出ます」

 

アルトがキーボードを叩き、モニターにエルトリアの惑星儀が現れ、光点が示された。

が。

 

「……おい、アルト。これ間違いないのか?」

 

その場所を見てヴィータが確かめるように問い掛ける。

念のためと、アルトが再度逆探知を行うが、光点の場所は変わらない。

 

「…………」

 

流石のシグナムもその結果に閉口し、静かにモニターを見るしかなかった。

アルトはこれが確実なモノと判断して、ブリーフィングルームに居るはやてに通信を繋いだ。

 

「こちら観測所……八神総隊長、聞こえますか」

 

「聞こえとる。見つかったんか?」

 

「はい……」

 

一度言葉を切って、アルトはモニターを見上げる。

 

 

 

「クレン・フォールティア。彼は今…………赫海の中心に居ます」

 

 

 



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/28 Verdreht

 

「赫海に動きは!?」

 

「ありません!座標も同様に動きありません!」

 

慌ただしく指示連絡が飛び交うブリーフィングルーム内で、はやてはリィンに指示を投げつつ、上がってきた情報を整理していた。

 

数時間前にクレンが失踪。その様子を発見した整備班員曰く、「熱に魘されているようだった」「足りないと呟いていた」「止めようとしたら魔法で飛んで行ってしまった」と言う。

そしてほんの十分前、彼のデバイスであるヴィーザルから座標信号が送られてきた。

よりにもよって赫海のど真ん中である。

 

結果としてラボも情報を受け取ったパラディオンも、水を打ったように動き出した。

ただの脱走にしては無謀を通り越して自殺行為である以上、何かしらの理由、事態があるはずだと、はやては考えた。

 

(赫海は生命を溶かす、文字通り死の海。先遣隊があんなことになった以上、当然人間には入ることが出来ない。聖遺物使いだから入れたんか……?)

 

これまでの資料やクレンのバイタルデータなどを次々と捲りながら考える。

 

(それに、わざわざ入って行った理由や。私らが確認している、ウリディンム達くらいならワケなく倒せるはず。そうじゃないなら……)

 

姉妹達、と書かれた資料を見つけ、読み込む。

 

(王様達が接敵した時点で、最大火力で掠り傷程度。こちらは撤退を余儀なくされるダメージ……それにあの数や、いくらクレンでもあの状態じゃ……つまり、クレンは脱走してから姉妹達に捕捉、連れていかれた可能性が高い、か?)

 

確たる証拠こそないが、最もこれが近いだろうとはやては決めた。

同時に、ヴィーザルの座標が未だ動いて居ないことに疑問を覚えた。

 

「送ってきたのはヴィーザルの座標だけ……シャーリー、クレンの座標は?」

 

「未だ反応ありません」

 

「ふむ……」

 

考える。

この場合、クレンは一体どうなっているのか。

死んだ、というのは考えにくい。

仮に向こうが殺したにしても、あまりにも動きが無さすぎる。

こちらにとっての最大戦力だ。殺したのならさっさとこのラボを潰しに来るだろう。

そうなって居ない以上、クレンは生きている。

なら彼は今、"何をしているのか"?

 

「……ぁ」

 

はた、と思い出す。

整備班員の証言の一つを。

 

「足りないと呟いていた」

 

そこからはやてが想起したのは、エルトリアに到着する直前の、クレンとの会話だ。

 

『コレデハカテナイ。マダタリナイ。『アレ』ニハトドカナイ』

 

『奪え』

 

そんなことを言われたと、彼は言っていた。

 

あれが本当に、聖遺物の言葉だとしたら。

赫海の性質が生命を溶かして、『保存』できたのなら。

 

「クレン……まさか」

 

「総隊長?」

 

「…………赫海から、"奪う"気なんか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

投降してから約二時間。

あの森から連れられてきたのは赫海の上空だった。

陸を埋め尽くすような赤黒い粘液が何か腐ったような臭いを放ち、大気は薄紫に汚れている。

そして、無音だった。

 

「こちらです」

 

「……何も無いだろ」

 

俺を囲うように立つラーム・ラハムの一人の言葉に、そう返す。

見渡す限りの赤赤赤。拠点らしきものなど見当たらない。

と、不意に赫海が動きだした。

 

「なんだ、これ」

 

渦も潮流も無く、がぱり、とまるで巨大な口を開くように、俺達の足下で赫海に穴が空いた。

奈落、と形容するに相応しい、真っ暗な闇がそこにはあった。

困惑する俺をそのまま引き連れてラーム・ラハム達はその中へと入っていく。

おおよそ地下50mくらい下ったところで、開いていた赫海の口が閉じ、真っ暗闇に……ならなかった。

気味の悪い赤い光が全体を照らしている。光源もなにもないのに、だ。

それに赫海がこちらを埋めるようなことも無かった。むしろこちらを避けるように空間が出来ていた。

 

通路があるわけでもないのに迷わず進む連中の後を付いていきながら、俺は小さく唸った。

 

「……うるせぇ」

 

この中に入ってからと言うもの、衝動を促すような声とは別の、囁き声のようなものが四方八方から聞こえている。

 

「どうかしましたか」

 

耳も塞げずに顔をしかめていると隣に居たヤツが無表情に問い掛けてきた。

 

「ここは、いつもこんなうるせぇのか」

 

「うるさい、ですか」

 

少しの沈黙のあと、ソイツは答えた。

 

「……今、私たち以外に物音を発するものは居ません」

 

「…………そうか」

 

俺には聞こえて、コイツらには聞こえないのか。

じゃあ何なんだ、この声は。俺に何を望んでいるのか。

疑問に思いながらも俺は赫海の奥へと進んでいく。

 

囁き声は、止むことは無かった。

 

 

 

 

「たすけて」「ここからだして」「こわい」「ころして」「しなせて」「かえして」「いたい」「やめて」「かえりたい」「しにたい」「きえたい」「いきたい」「おねがい」「たすけ───

 

 

 

 

「ようこそ、クレン・フォールティア」

 

赤黒い空間の最奥、さながら神殿のような場所にマクスウェルは居た。

血と肉と鉄が混ざりあったような、歪で腐った玉座の間で、さながら王のように座していた。

 

「僕の"家"に」

 

「……ハ、家にしちゃ随分悪趣味だな。スプラッタが好みかよ」

 

漸く再生を始めた身体の痛みに耐えながら軽口を叩く。

口許に滑り落ちた脂汗を舐め取る。

その行動だけがこの空間において唯一の人間らしい行動のように思えた。

強まる衝動をそれで押さえ込んだつもりになりながら、俺は口を開いた。

 

「……で、なんでわざわざ俺をここまで連れてきた。今のアンタらなら簡単に殺せるだろ」

 

無駄話は不要、と。さっさと本題に入った俺の問いに、マクスウェルは首を横に振った。

 

「確かに。君を今すぐ殺すのは可能だ。容易く出来るだろう……だが、それじゃダメなんだ」

 

「何……?」

 

「タイミング、というモノさ。今の"位階"の君を殺し、取り込んだ所で、大した力にはなり得ない。それでは僕の──僕たちの目的には届かないんだ」

 

僕"たち"……となるとやはり、あのスカリエッティと協力しているのは確かなのだろう。

だが、なんだこの違和感は。それだけじゃないと勘のようなものが告げている。

俺の疑問を余所に、なおもマクスウェルは語る。

 

「だから君にはせめてもう一つ、位階を上げて貰わないと。その様子だと、まだ上がるに至っては居ないようだけどね」

 

「…………」

そう言って至極残念だと肩を竦め、苦笑する。

対する俺はもう余裕がない。

衝動と囁き声が強くなってきている。

 

『奪え』「たすけて」『殺せ』「いたい」『奪え』「しなせて」──

 

「ハ、ぁ……」

 

汗が止まらない。

乱れた呼吸が収まらない。

渇きが止まらない。

熱さが増していく。

 

抑えろ、と銀鎖に左手を噛ませて痛みで誤魔化す。

余裕ぶったマクスウェルを睨みながら俺は改めて問う。

 

「それで?俺を連れてきた意味は何なんだよ」

 

「君にまだ死なれちゃ困るんだ。だからまあ……餌でも上げよう、とね」

 

「ハ」

 

なんだ、それは。

 

「まあ僕の家族から奪えるのなら奪って見せて欲しい。出来なければ君は"失敗"だったというだけさ」

 

ラーム・ラハム達がいつの間にか手にしていた銃剣を俺に突きつける。

銀鎖が牙を離す。衝動(怒り)は、もう抑えようが無い。

 

視界が明滅する。

思考がストロボのように乱れていく。

身体の熱が、声が遠ざかる。

 

意識が切れる、その間際。

 

「────どうなっても、知らねぇぞ」

 

意味のない忠告を、吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

ぐしゃり、と何かが潰れる音がした。

それが愛娘の身体が半ば消えたものだと理解したのは、眼前の黒い影が揺らいでからだった。

 

「───」

 

ラーム・ラハム達が一瞬遅れで銃剣の引き金を一斉に引く。

普通の人間なら持つことすら不可能な大口径のそれが、嵐のように撃ち出される。

肉片すら残さないと言わんばかりの正確な射撃。だと言うのに。

 

ぐしゃり、とまた一人。今度は身体の右半分が潰された。

 

「────」

 

この時点でマクスウェルはこの事態がおかしいと考えた。

ラーム・ラハム達の火力は十分だ。それは彼を回収した戦闘において立証されている。

安全マージンはあった。あった筈なのに。

 

ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり

 

消えていく。削られていく。

求められたプロセスをなぞる機械のような正確さで愛娘たちが『処理』されていく。

それを眺めていると

 

「お父様」

 

近くに控えていた愛娘の一人が振り返る。

 

「お退き下さい。彼は今の我々ではおさ」

 

ぐしゃり

 

その頭が、弾けた。

制御を失った身体が祈るように膝を付き、崩れる。

 

仕事を終えた銀鎖の、蛇を模したチェーンヘッドが不快な音を立てながら持ち主の元へと返っていく。

たまらず、声が漏れる。

 

「ハ──」

 

それは次第に笑い声に変化した。

 

「ハハハ──これが」

 

視界の先。血に塗れながら無言で立つ彼を見て、マクスウェルは確信する。

ああ、彼は。彼こそが。この"世界"で唯一の。

 

「本物か──!!」

 

 

 

 

 

 

ぐしゃり

 

 

 

 

 



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/■■ ある男の人生

 

──夢を、見ている。

 

「ああ、僕はきっとこの世界で幸せ者だよ■■■■■」

 

「ふふ、おかしな人。これからもずっとに決まっているでしょう?■■■■」

 

陽気な日差しと、穏やかな潮風。

花が舞い、多くの人が祝福する、一生で最も大事な日。

隣に座り、クスリと笑う愛しの君。

これからの未来に思い馳せれば、確かに彼女の言うとおり、ずっと幸せな時が続くのだろう。

ずっと弱っていた父も、漸く安心させられる。

妻を愛し、子を抱き、年を取り、そして穏やかに……。

どこにでもある日常のような生活が待っている。

海の陽射しに"浅黒く"なった掌を握る。

 

「そうだね。ずっと……ずっとさ」

 

 

 

 

 

 

──夢を視ている。

 

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

僕は、ここに居る。

暗い。寒い。冷たい。

僕は罪人じゃない。なのにどうして。

こんな岩室のような監獄に囚われなければならないのか。

逃げなければ。帰らなければ。

彼女が待っている。父は心労が酷いだろう。きっと皆だって──。

 

「…………ッ」

 

監獄の床を削る。掘る。

大丈夫だ。僕なら……行ける。

 

「──もし。誰か居るのかね」

 

「……!?」

 

ぐらついた床の底石の向こうから、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

──夢を、観ている。

 

「──良いかね。■■■■君」

 

あの日からずっと僕を導き、照らしてくれた■■■■神父が、腕の中で弱っていく。

その声はご老体の筈なのに若く、そして強かった。

 

「何度も、何度も伝えたが……あの島に行きたまえ。君にならば、託せる。私には、もはやたどり着くことは叶わん」

 

「そんな……神父!僕には……!」

 

戸惑う僕の腕を掴み、神父はこの暗闇の中ですら輝いて見える翡翠に似た眼で見据えた。

それは何処までも力強く、何処までもか弱かった。

 

「総てを君に託そう……■■■■・■■■■君。私の死を使って、この監獄から出たまえ。君の"望み"の為に、あれを使うのだ」

 

瞳から、光が失われていく。

 

「──元より、私には──渇望など──」

 

 

 

 

 

──夢をみている。

 

「──何故、あいつが……!」

 

「ハハ……嘘だ。お前、お前が……?」

 

「あ、ああ……■■■■、■■■■!!どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてお前がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

世界は、理不尽に溢れている。

三人。"私"を陥れた存在に復讐を果たして、その思考に至った。

 

なぜ正しき行いをした者が報われず、悪しき行いをした者が甘い汁を啜るのか。

 

私にはそれが許せなかった。

だからこそ復讐を果たし、その過程で救えるものは全て救ったつもりだ。

私を慕う者、嘗ての恩師、罪なき子供、苦しめられた者達……。

 

かつて囚われていたあの監獄島の上から、最後に救った二人が手を振っている。

 

「…………」

 

進む船の上からそれを眺め、思う。

私の復讐は終わったと。同時に、これからが始まりだと。

 

「……世界は、理不尽に溢れている」

 

自然と、声が溢れる。

 

「これから私は……その理に抗おうと思う」

 

長かった監獄生活ですっかり白くなった掌を握る。

 

「きっと、穏やかな日々では無いだろう……それでも、着いてきてくれるか?」

 

傍らに立つ少女に問い掛ける。

答えなんて解りきっているのに。

長い髪を風に遊ばせながら、少女は笑って見せた。

黄昏に染まるその笑顔はどこまでも輝いていた。

 

「ええ。きっと、穏やかでは無いのでしょう。─────それでも■■は、貴方を命を掛けてお慕いしております」

 

「そうか──」

 

それだけで、十分だった。

少女の手を握る。

船は、風に乗った。

 

「では往こうか──"世界"と戦いに」

 

 

 

 

──夢が、終わる。

 

 

 

 



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/29 Rückgabe

 

ぐしゃり

 

「…………あ?」

 

肉を潰す嫌な感覚に、意識が戻る。

ぼやけた視界を瞬きではっきりさせると、振り抜いた拳がラーム・ラハムの胴体を吹き飛ばしていた。

 

どれくらいトンでたんだ?

 

鬱陶しい声と衝動に意識が持っていかれた間の記憶は当然無い。

辺りを見れば死体の山。これを全て俺がやったんだろうか。

ラーム・ラハムの下半身を蹴り飛ばして山の一部にしてやると、視界の端にヤツを見た。

 

「で、どうだった?」

 

「笑うしか無いね、全く……こうも差を見せられては僕の立つ瀬がないよ」

 

俺の問い掛けに、肩を竦めたのはマクスウェルだった。

今のが最後だったのか、周りにはもう誰も居なかった。

 

衝動は、すっかり消えている。

 

「ともあれ、これで餌付けは終わり。気分はどうだい?」

 

「最高に最悪だな」

 

感覚で解る。今の俺は満たされている(・・・・・・・)

ここまで来れば嫌でも理解する。

聖遺物の燃料は魂で、今の俺はラーム・ラハムを殺し尽くしたことでその魂を吸収したという事に。

全くもって最悪の気分だ。

 

「テメェ、コイツら作んのに何れだけの命を使いやがった」

 

「一体辺り、人間10体だね」

 

「……クソ野郎が」

 

吐き捨てる。

そのせいなのか知らないが、囁き声が『内側』からも聞こえるようになってしまっている。

怨嗟……というよりは救済を求める声。

それが幾百、幾千と大合唱だ。衝動が無くなったというのに頭を抱えたくなる。

 

「んで、どうすんだよ。餌付けが終わったから、昼寝でもさせてくれんのか?」

 

「お望みならそうしようか?とはいえ、帰って貰っても構わないけどね」

 

「は?」

 

思わず間抜けな声が出る。

 

「言ったろう?目的はあくまで餌付け。君という器が満たされた以上、僕の目的は完遂された。後は君の自由さ」

 

肩を竦めて笑うマクスウェルには、他意は無いようだ。

先程まで感じていた威圧感も消えている。

帰ると言えば本当に帰してくれるだろう。

 

「まあ、戦うのならそれも構わないよ。あまりオススメはしないけど」

 

「…………」

 

……無理だな。今やりあっても勝負にすらならない(・・・・・・・・・)

殺さなくてはいけないと叫ぶ本能を、理性が抑えて結論を下す。

多少は食い付けるだろうが、そこが関の山だろう。

 

「チッ」

 

堪らず、舌を鳴らす。

つまりはコイツの言う通り、さっさと逃げ帰るべきということだ。

全く、忌々しい。

 

「帰る。ヴィーザル返してくれ」

 

「おや、気付いていたのかい?」

 

「バレてねぇとでも思ったか?」

 

手を出すと、マクスウェルがいつの間にか盗んでいたヴィーザルを投げ返して来る。

それをキャッチして踵を返す。

長居は無用だ。

 

「じゃあな。次は殺す」

 

「楽しみに待っているよ。蛇の尾を持つ虎よ」

 

ムカつくような言葉を最後に、俺は玉座の間を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレン・フォールティアの背中を見送り、その気配が消えたのを確認して、マクスウェルはため息混じりに苦笑した。

 

「……やれやれ、ラーム・ラハム50人が手も足も出ないとはね」

 

堆く積み上がった死体の山。

丹精込めて作り上げた愛娘達。その身体に宿るものは最早無い。

 

その山に手を翳し……握る。

 

途端、山はぱしゃり、とあっけなく水のように弾けて消えた。

特に感慨もなくそうして娘達を弔ってから、マクスウェルは改めて考える。

 

「ラーム・ラハム50人を殺す合間に、赫海からも魂を何割か持っていかれたか……全く、規格外にも程がある。本物とはこうも……」

 

違いすぎる。

あれが途上?不完全?冗談じゃない。あれが聖遺物の使徒?だったら我々は何なんだ。

あんな者が更に位階を上げる?

……無理だ。制御なんて出来る筈が無い。

 

目的の為とはいえ、恐怖せずには居られない。

あれは獣だ。今こそ檻に収まっているが、何れは我々を喰い殺す、怨讐の獣だ。

 

「だが、やらなくては……やらなきゃいけないんだ」

 

全ては理想の為に。

新世界の為に。

『本物』を超越する。

 

「大丈夫……僕にはこんなにも家族が居る。そうさ、最後に笑えればそれでいい」

 

不意に出た言葉。果たしてそれは覚悟か。或いは、虚しい励ましか──。

微かに震える彼の傍らには、誰も居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にあっけなく出れたな……」

 

来たときと同じように大きく開いた穴を通って赫海から出る。

道中何があった訳も無く、何故か肩透かしを食らった気分になった。

いや何もなくて良かっただろ、と虚しくセルフツッコミして気持ちを切り替える。

改めて周囲を見渡しても追撃が来る様子も無い。

 

「さて、と」

 

当初の目的であったマクスウェルの殺害は達成出来なかったが、ヤツのおかげ──と言うのも癪ではあるが──で殺人衝動は無くなった。

と同時に、何かに近付いているような、奇妙な感覚がある。

まあこれは後で良いだろう。兎に角、今はここから去るのが先決だ。

なのだが…………。

 

「どっち行けば良いんだ……?」

 

地図を起動しても、赫海のど真ん中なだけあって座標が滅茶苦茶だ。

これじゃ現在地すらわからない。

 

「ヴィーザル、何か方法は──」

 

【────クレン!!】

 

ヴィーザルに訊こうとした所で、割って入るように声が響く。

それはよく知っている声だった。

 

《クレン、聞こえるなら応答して!》

 

「ああ、聞こえてるよ。八神」

 

応えなかったら何度も繰り返しそうなくらい必死な声に、返事をすると、心底安心したように息を吐く音が聞こえる。

 

「……悪い、脱走しちまった」

 

【それは後でしっかり話するから覚悟しとき】

 

「…………おう」

 

これ帰ったら無事じゃ済まねえヤツだな……まあ、当然か。

しかし、どうやってこっちに通信を繋げられたんだろう。

 

【ヴィーザルがずっと信号を送り続けてくれたんよ】

 

「……お前」

 

必要と判断しました(Für notwendig befunden)

 

ナイス過ぎる。

 

【兎に角、今そっちにルート情報送ったからさっさと帰って来ぃ】

 

地図を見ればちょうど帰還ルートが小気味良い音と共に表示された。

これなら座標がイカれてても問題なく帰れるだろう。

 

「了解。追手も無さそうだ。さっさと帰るさ」

 

【──待ってるから】

 

八神の声が遠ざかる。それに妙な感覚を感じながらも、俺は帰還の途に着く。

 

 

 

 

 

──振り返って見た赫い海は、変わらず声が聞こえた。

 

 

 



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/30 Relief

明けましておめでとうございますm(__)m(今更


 

「クレン・フォールティア、帰還した」

 

「……おかえり」

 

フローリアン・ラボの入り口で待っていた八神が安堵した表情で笑った。

結局あの後も特に問題も無く、こうして無事に戻ってこれた。

行きとは違い、今は意識もハッキリしている。

 

「色々聞きたいこと、言いたいことはあるけど……先ずはシャマルのとこで診てもらい」

 

「……ああ」

 

堪えるような八神の顔に何と返せばいいか分からず、頷くことしか出来なかった。

その後、シャマルの居るランチまで向かう道中では、高町達実働部隊、フローリアン姉妹とその家族に全力で心配された。

別に無用だと言ったら高町の雰囲気が『OHANASHI』モードになったので全力で謝った…………死ぬかと思ったぞ。

 

で。

 

「なんで最後がお前なんだよ」

 

「心配して来た友人に対して酷くね?普通喜ぶとこだろ」

 

残念がりながらも、あっけらかんと肩を竦めるヴァイスがランチの前に居た。

 

「ま、お前さんなら無事だとは思っちゃいたが、前よりも元気になってねぇか?」

 

「……まあな」

 

あったことがあったこと故に正直に伝える訳にもいかないので曖昧に返す。

それで察したのか、ヴァイスは「そうかい」とだけ口にしてから小さな箱を投げてきた。

 

「これは……」

 

「忘れ物だ。ラボに落ちてた」

 

見ればそれは、俺の煙草だった。

 

「今から診察だってのに渡すか普通?」

 

「吸ってないんだからノーカウントだ、ノーカウント」

 

いたずらっぽくニシシ、と笑って俺の肩を叩くとヴァイスは歩き出した。

 

「今度は落とすなよ~」

 

と呑気な声を残して。

おかげでこっちはすっかり肩の力が抜けてしまった。

……気を遣われたか。全く、お人好しが。

 

「……行くか」

 

何とも言えないむず痒さを誤魔化すように、俺はランチの扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………完全回復ね」

 

唖然といった体でそう言ったのは、俺の前に座る白衣姿のシャマルだ。

悩ましいと言わんばかりに額に当てられた手に、金糸の髪がかかる。

 

「何があったか……は、あとで聞くとして。肉体面は特に問題無しね。むしろ以前の状態より良くなってるわ」

 

「確かに、前と比べても身体が軽い感じがあるな」

 

「本当、どうなってるのかしら」

 

「俺が聞きたいくらいだ」

 

十字架を握ってからこっち、包帯だの薬だのと無縁になっている。怪我をしようが速く再生するから不用なのだ。

それを当たり前に受け入れている俺も俺なんだが。

 

「とりあえず、診察は終わりよ。本当なら安静にして欲しいけれど、それも言ってられないし……」

 

「わかってる。大人しくしてるさ」

 

ここまで言われてまた脱走を考えるほど俺もバカじゃない。どうしようもない理由があったからああなっただけだ。

その理由も解決したんだし、医者の言うことくらいは聞く。

さて、用事も済んだことだし、八神のとこに行くとするか──。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思っていた時期も、俺にはありました。

 

「リンカーコアの損傷はやっぱり無し、ヴィーザルの魔法使役履歴にも魔力使用の形跡は極少量!!つまり魔法の起点につかっただけ……ってコト!?そうなるとやっぱりあの火力は投入した魂の量で決まる、場合に依っては使用者の命を削る諸刃の剣なのね!シミュレーションで魔力や電力置換じゃ勝てない筈よね、となるとリンカーコアの外部装置による調整補強じゃなく増幅を前提とした設計が必要になる!フォートレスに増幅機能を追加しながら攻撃兵装に次元断層を発生させる機能を付けられればウリディンム達だって倒せる!!ね!!」

 

「ね!じゃねぇよ!!」

 

ランチを出て直ぐにデバイスバカ(シャーリー)に捕まり、開発班の居るラボの研究室に拉致されて、これである。

連行→ヴィーザル奪取→データ取り→解説。

ここまでで1分。隔離街のマッドでもこんなに速くねぇぞ……。

 

「ふぅ……すっきりした」

 

なに果てたような顔してんだこいつ……。

どうにかしてくれと回りの研究員連中を見ると、サッと全員視線を反らしやがった。

ああ……うん、こいつらも被害者か。

 

「いやぁ、ごめんなさい!君とヴィーザルのお蔭で今回の対抗策が色々出て来ちゃって、つい♪」

 

「おいこいつ殴っていいか?」

 

普段まとも……まとも?な筈なのにデバイスが絡むとなんでこんな酷くなるのか。

心配された俺が言うのも何だが、こいつの頭が心配だ。

 

「さっと見たけどヴィーザルにも異常は無し、外装の傷もそこまで酷くないから、こっちで治しておくね?」

 

そしてこの落差。

こいつのスイッチは一体どこにあるんだ……。

 

「ああ、うん。頼んだ」

 

「時間取らせちゃってごめんね?総隊長のとこ行くんでしょ?」

 

「一応な。何があったかも話さねぇとだし」

 

内容が内容だからあまり話したくは無いが……こればかりは仕方ない。

 

「そっか、それじゃあ気を付けてね?」

 

「?……ああ」

 

ヴィーザルをシャーリーに預け、研究室を後にする。

 

気を付ける……って何をだ?

 

 

 

 

 

 

 

で、漸くブリーフィングルームに来たわけで。

 

「改めて、クレン・フォールティア嘱託魔導士、帰還した」

 

「はい、ご苦労様」

 

二人しか居ないそこで形式ばかりの挨拶を交わす。

ちょっとした間の後、お互いに肩の力を抜く。堅苦しいのはここまでだ。

手近な椅子に腰掛けた所で八神が口を開いた。

 

「ホントに無事でよかったぁ……」

 

「……悪かったな。あんなこと言って直ぐにその、脱走しちまって」

 

「なんか理由があったんやろ?それを聞かんと、怒るもんも怒れんわ」

 

「違いない」

 

顔の前で手を組んで、話を聞く姿勢になった八神に、俺は脱走してからの事を話す。

意識も無く森に逃げ込み、ラーム・ラハム達に襲われたこと。

捕まってマクスウェルの本拠地に連れていかれ、『餌付け』と称した戦闘があったこと。

時間にして三時間程の事を包み隠さず話した。

 

「──以上が、俺が脱走してからの顛末だ」

 

「……成る程」

 

話を頭の中で整理しているのか、八神は目を瞑り「んー」と小さく唸った。

そしてたっぷり二分後、ぱっと瞼を開いた。

 

「とりあえず、状況は解った。今回は聖遺物の暴走……というよりは捕食本能の作用って事で処理しとくわ。やけど、流石にお咎め無しってワケにはいかんし」

 

「まあ、そうだろうな」

 

敵前逃亡ならぬ敵陣特攻、それも上官命令無視ともなれば謝ってハイおしまいとは出来ないだろう。

罰は甘んじて受けるとしよう。

 

「ちなみにクレン、体調は大丈夫なん?」

 

「あ?ああ、問題ない」

 

シャマルには安静にして欲しいとは言われたが、聖遺物を使わない限りはさして身体に影響はないだろう。

なのでそう答えた。答えてしまった。

 

「そっかぁ、それは良かったわぁ」

 

見れば八神の大変いい笑顔。

おかしいな、笑顔なのに寒気がするぞ?

そのままパチン、と八神が指を鳴らすと勢いよく入り口の扉が開かれ、シャーリーがこれまた素晴らしい笑顔で入ってきた。

 

「罰としてクレンには、シャーリーのデバイス開発の手伝い他、ラボの仕事の補佐をやってもらうわ」

 

「総隊長、いいんですか?いいんですね?持ってきますよ!?」

 

「ちょ、ま、八神テメッ……!?」

 

急転直下の事態に混乱しているとシャーリーに右腕を掴まれた。

いや力強ぇよ、デバイス絡むと肉体のリミッター外れんのかコイツ……!?

次いで左腕も掴まれたとそちらを見れば、アミタがニッコリとしていた。

 

「ア、アミタ?これは一体どういう……」

 

「はい!クレンさんとはまだ戦闘連携について話してなかったので!あと色々と手伝って貰います!!」

 

ああ、うん。大変元気な事で。

なんかもうツッコミ入れる気力が削がれた……。

 

「じゃ、頑張ってな~」

 

「…………ぉ~」

 

八神の白々しい応援を聞きながら俺はブリーフィングルームから引きずられていくのだった。

 

……これがドナドナってヤツかい、シスター…………。



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/31 Oder jeden Tag

 

「死ぬかと思った……いや死ぬわ」

 

あれから半日、みっちりと動き回らされた。

その内容はそれはまあ酷いもので。

デバイス開発と回収した聖遺物の残骸の研究に付き合わされ荷物運びやら検査やらをやらされた。

それが終わったかと思えばアミタに連行されて──。

 

「じゃあとりあえず、私達と闘いましょう!」

 

「待て待て待て待て」

 

日が傾き始めてからやってきたのは、ラボの敷地からかなり離れた荒れ地だ。

普段から訓練で使っているらしいそこで、アミタが朗らかに笑うのに俺はツッコミをせずにはいられなかった。

何故かって?ラボのメンバーであるディアーチェ、シュテル、レヴィ、ユーリ、イリス、キリエが完全武装で立っていたからな!!

これにアミタを加えて七対一。パワーバランス最悪か?

 

「多勢に無勢過ぎんだろ、せめて三・三で分けろ」

 

「ん~、でもシミュレーションだとそれで勝てなかったんですよ」

 

「は?」

 

それは単に設定ミスでは?

 

「比較対象が姉妹達……今はラーム・ラハムだっけ?それを二段強くした設定だったんだけど」

 

「結果は?」

 

「三分で全滅ね」

 

やれやれと肩を竦めるキリエに戦慄する。

全滅ね、なんて軽く言ってるが、そもそもそんな設定の奴に三人で三分持たせられる方がおかしい。

んで勝てないからと本人を前に全戦力投入、と。

……これ、俺死ぬのでは?

 

「いや、待て流石に俺はそこまでじゃ無いぞ?ここはやっぱ三人で」

 

「じゃあデバイス展開してくださいね!」

 

「話聞けや!?」

 

こちとらさっき帰ってきたばっかだぞ?

つかテメェら武装が若干変わってるじゃねえか、絶対強化しただろ。

 

『私がやりました!』

 

ちくしょう、シャーリーの奴のくっそ腹立つ笑顔が見えやがる……!

 

「因みにシャマルさんから、聖遺物無しならやっていいとお墨付きを頂きました!」

 

「くっそ!先回りしてやがった!」

 

八方塞がりとはこのことか……。

しょうがねぇ、やるか。

 

「はぁ……わかった。ヴィーザル」

 

了解(Ja)

 

デバイスを展開してから、懐から取り出したカートリッジを差し込む。

これはさっきシャーリーから手渡されたもので、曰く、純粋な魔力のみで構築された魔法式が入っているらしい。

つまり、魂をいちいちコストにしなくて済むのだ。

模擬戦の際はこれを使えって言われたが……さっそく出番が来るとは。

 

「準備完了だ。何時でもいいぜ」

 

「では────行きます!!」

 

十字架と双剣が、火花を散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荒野の上空を、幾つもの光が交錯する。

さながらイルミネーションのようなそれは、その実、荒々しい戦いの軌跡でもある。

 

「おー、やってんなぁ」

 

「ヴィータか」

 

七対一の模擬戦と聞いて、急いで振られた仕事を終わらせやってきたヴィータに、シグナムが声を掛ける。

 

「マジで七対一なんだな……」

 

「ああ。アミタ達もよくやっている」

 

「普通、クレンの方ほめねぇか?」

 

「七対一程度、アイツはこなすだろう。地力の差もあるしな」

 

会話をしている間も、目を反らさず模擬戦を観戦する。

連れだってやってきたティアナ達もまた、シグナムから少し離れた位置で同じように真剣な眼差しで模擬戦を見ていた。

 

「お、クレンにダメージ判定」

 

「今のは……レヴィの一撃か。あんな小技を使うようになったか」

 

「隙がねぇな……前衛はレヴィとキリエ、中衛にアミタ、イリス、シュテル。後衛にユーリとディアーチェか」

 

「元より連携が取れている上に、武装も強化されているな。強さで言うならば、管理局でも上位だろう」

 

「アイツらも成長してんだな……」

 

戦況を分析しつつ、しみじみとそんな事を言うヴィータに、シグナムはふっと笑う。

 

「なんだよ」

 

「いや……存外、お前も寂しがり屋なのだな、とな」

 

「んなっ……!?」

 

顔を真っ赤にしたヴィータがシグナムを睨むが、当の本人は素知らぬ振りをして目を合わせない。

 

「何、私達も成長しているさ。だからそう羨むな」

 

「……べつに、羨ましくねぇし」

 

模擬戦は膠着状態のように見えるが、しかし着実にダメージ判定をお互いに重ねている。

小さく小さく。それでも確かに進んでいる。

それから口数少なく模擬戦を見ていると、二人を呼ぶ声が聞こえた。

 

「シグナム副隊長、ヴィータ副隊長~」

 

「ん?」

 

「ありゃあ……シャーリーか」

 

振り向けばシャーリーが慌てた様子で、こちらに駆けて来ていた。

走ってきたからか、或いは運動不足からか。駆け寄ってきてから荒い息を調えて、シャーリーは顔を上げた。

 

「はぁ、はぁ……良かった、二人とも揃ってた、ふぅ」

 

「何かあったか?」

 

「はい──とても、重要なことが。詳しい説明はラボで」

 

「……わかった」

 

シグナムは振り返って空を見上げる。

戦いはまだ、終っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬかと思った……いや死ぬわ」

 

これちょっと前にも言ったな。

這う這うの体でシャワーを浴び、ランチ内の仮眠室(エリオ、ヴァイスと相部屋)に戻ってきたのは夜になってからだ。

模擬戦の結果?……数の暴力ってのは、酷いよな。ギリギリで判定負け。

 

「あ、お帰りなさい」

 

「おう……って、まだ起きてたのか」

 

仮眠室の簡易ベットに腰かけて、起きていたのはエリオだ。

ヴァイスは観測所で夜哨に入っている。

 

「何してたんだ?」

 

エリオの対面に座りながら訊ねると、投影された映像を見せてきた。

これは、さっきの模擬戦か。

 

「凄い内容だったので、見直してたんです」

 

「へぇ……何か参考になりそうか?」

 

「実は、所々速すぎて……」

 

「見えなかったと」

 

確かに乱戦めいた状況だったし、魔法が入り乱れてたからな。俯瞰では見にくい所があるのは当然か。

……仕方ねぇか。

 

「解らなかったとこ再生してみろ」

 

「え?」

 

「教えてやる」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

子供の面倒見るのが年長者の仕事……だよな、シスター。

 



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/32 Der morgige Spielplan

 

マクスウェルの刻限まであと一日。

流石のラボもいよいよと言う雰囲気になり、皆が皆、慌ただしく動き回っている。

そんな中、スターズ、ライトニング分隊の隊員たちはと言うと……。

 

「負けました……」

 

「あ、ありがとうございました」

 

イリス、ユーリとの模擬戦に明け暮れていた。

地面にへたりこんだスバルに、ユーリが手を差しのばして立ち上がらせる。

小柄で儚げな印象とは裏腹な力強さに、スバルはやはり強いと感じた。

 

「前よりは動けてたわね、皆上達してきてる。特にティアナの指揮は格段に上がってるわ。頑張ってるのね」

 

「ぁ……ありがとうございます!」

 

イリスからの褒め言葉に、まさか褒められるとは思っていなかったのか、ティアナは一瞬呆けてから慌てて返礼した。

 

そもそも何故こうなったかといえば、端的に人手不足である。

 

隊長陣は一日のほとんどを各班への指揮や会議に費やさざるを得なくなっており、その忙しさはティアナ達から見ても大変なものだと理解できる。

なので割り振られた仕事を終えた後に、自主的に基礎訓練をやってはいたがやはり限界はあるもので。

どうしたモノかと頭を悩ませていたところ、偶々手透きだったイリスとユーリが模擬戦相手に手を上げたのだ。隊長二人には止められたが絶対に無理をしないことを条件に飲んでもらった。

 

違う環境故か、それからの成長は目覚ましく、イリスの言の通りティアナのそれは最も大きいものだった。

 

「私達も危ないとこが何回かありました」

 

「確かにね。ほぼ初見の攻撃を躱されたときはホントにびっくりしたわ」

 

戦術眼、或いは戦略眼、とでも言うのだろうか。

そういった面での成長度合いは凄まじいと呼べるものだった。

こちらの攻撃をまるで『分解』でもするような戦術は、圧倒的な力を持つユーリをして危ないと判断できる代物だ。

何より、それを信じて実行できるスバル達もまた驚異的なのは言うまでもない。

 

「さ、模擬戦はおしまいよ。私達はこれからラボに戻るけど、そっちは?」

 

「少し反省会をしてから戻ろうかと思ってます」

 

「了解よ、なのは達には伝えておくわ」

 

「皆さん、お疲れ様でした」

 

「「「「ありがとうございました!!」」」」

 

ユーリの労いに四人揃って礼をし、その背中を見送る。

姿が見えなくなった所で頭を上げて、姿勢を崩した。

 

「さ、ストレッチしながら反省会よ」

 

パンっと手を叩き、ティアナが場の空気を切り換える。

それに伴ってそれぞれが身体をほぐし始めた。

 

「いやぁ、最後惜しかったね~」

 

「ユーリさんの鎧装に傷は付けられたんですけど」

 

「傷は傷でもかすり傷ね……被弾判定には入らないでしょ」

 

「残念でした……」

 

「キュー……」

 

ポキポキと小気味よく骨を鳴らしながら思い思いに口にしていく。

 

「けどさ、途中のエリオとの連携は良かったよね!」

 

「ウィングロードを檻に見立て、足場を確保しながら戦う……これなら陸戦の僕も空中で動ける……ティアナさんの作戦のおかげです」

 

「あそこは良い線行ったと思ったのよねぇ……」

 

ウィングロードは構造と術式がシンプル故に頑丈だ。

それをイリスを中心に包むように展開する事で、空中でありながらエリオのような陸戦魔導士も地上と同じように戦える。

これによって二対一を作り出しつつ相手の連携を切る作戦だったのだが……。

 

「鎧装のパンチ一発で粉砕されるとは思わなかったわ」

 

分断したはずのユーリが一撃でウィングロードの檻を粉砕した時は「ウソでしょ……」と声が漏れてしまった程である。

 

「私とキャロの二重バインドも悪くなかったわね」

 

「僕が間に合うのがあと一瞬速かったら、一撃入ってたかも……」

 

「想定より割られるのが速かったから、仕方ないわ。スバルのマッハキャリバーでも間に合わなかっただろうし」

 

「だね。あれは私でも無理だったかな」

 

動きを拘束して一撃。シンプルだが堅実なこれもまた攻撃を通すには至っていない。

その後も話題が尽きることはなく、あーでもないこーでもないと話していると通信が入った。

 

【皆聴こえる?】

 

「フェイト隊長?はい、全員聴こえてます」

 

唐突に入った通信の相手はフェイトだった。

 

【全体通しての作戦会議があるから、今から来てもらえるかな】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな集まったみたいやし、始めよか」

 

哨戒班を除いて全員が集まったブリーフィングルームで、八神が会議を始める。

 

「リィン」

 

「はいです。先ずは現状について、改めて説明します」

 

大型モニターの画面が切り替わり、周辺地図などが一気に表示される。

 

「赫海の動きは依然として無く、散発的にウリディンムやバシュムが哨戒範囲に侵入するのみで、前回のような侵攻には至っていません。侵入した個体もディアーチェさんらによって殲滅されています」

 

あまり姿を見ないと思ったら、哨戒班に混ざってたのかアイツら。

横目でディアーチェを見たらドヤ顔していた。八神とそっくりだな。

 

「……うぅん」

 

そんな事をしていたら、横に座っていたランスターが小さく唸っていた。

 

「どうした?」

 

「赫海の動きがどうも納得いかないと言うか……」

 

「?」

 

「……ごめん、なんでも無いわ」

 

話を切り上げられてしまった。

そうこうしている内に会議は進み、開発班の番になった。

 

「はぃ、それでは……説明に……入ります……」

 

モニターの前に現れたのはゾンビだった。

間違えた、シャーリーだった。白衣は肩からずり落ちてるし、髪はボサボサ、眼鏡にはヒビが入っていた。

 

「しゃ、シャーリー?大丈夫なん?」

 

「えぇ、はい……ちょっと、開発に熱が入っちゃって」

 

「ちょっと……?」

 

にへらと笑うシャーリーに八神が若干引いていた。

誰だってそうなる。俺だってそうなる。

 

「ま、まぁ、兎に角。開発班の進捗について聞かせて貰える?」

 

「はい」

 

モニターが切り替わり、今度は見たことの無い武装の設計図や、俺とイリス、ユーリが持ち帰った聖遺物の画像が表示された。

 

「各デバイスとカレトヴルフ社のAEC武装の『融合』は、スターズ、ライトニングの隊員四名を除いて完了しています。その四名のデバイスについても、今日中にはフィッティングまで完了できます。この『融合』によって、フォートレスⅡに搭載した次元断層発生機構を攻撃に転用できます」

 

次元断層を攻撃に転用……?

 

「次元断層によって対象の防御性能の一切を無視して結合分断し、直接攻撃を叩き込む。これにより聖遺物ほどでは無いですが、ムシュマッヘクラスの敵にも攻勢に転じることが出来ます。武装名称は──『ディバイダー』」

 

ディバイダー。そう称されたデバイスの数々は、確かによく見れば高町達のデバイスに似ていたが、その姿はより攻撃的になっていた。

断固として敵を殲滅する。執念にも似た何かが込められているようにも見えた。

 

「次に回収した聖遺物ですが、どうやら個々に特定の人物が近付くと微力な反応を見せることが分かりました」

 

「特定の人物?」

 

「はい。炉心、金剛杵、折れた二剣、銀の弾丸、朽ちた長剣、黒い翼……それぞれ、なのは隊長、フェイト隊長、スバル隊員、ティアナ隊員、エリオ隊員、キャロ隊員に反応を示しました」

 

「影響は?」

 

「今のところ、双方に影響は確認されませんでした」

 

「ふむ……」

 

「開発班からの報告は以上です」

 

「了解や」

 

シャーリーが一礼して席に戻ると、再び画面が変わり、今度は……赫海が現れた。

八神が立ち上がり、笑った。

 

「さて、それじゃ……明日の予定について、話そうか」

 

 




次回、決戦開始。


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/33 Das entscheidende Spiel beginnt

 

「こう見ると壮観やなぁ」

 

「この盤面を作った奴が何言ってやがる」

 

目の前に広がった光景を見て白々しく言う八神に苦笑する。

 

あれから一日。今日はマクスウェルが設定した『宿題』の提出日……という名の決戦だ。

 

場所は先日綺麗さっぱり平野になった渓谷の更に先。赫海の最前線間際の丘。

俺達は丘の上。赫海は下に位置している。

丘の斜面にはまるで絨毯のように敷き詰められたトラップと、自動化されたヴェレの数々、さらにはザフィーラによって築かれた剣山のような馬防柵(次元断層付き)が、赫海の侵食を食い止めるように丘の前面を囲っている。

さらにはイリスがありったけの資材を使って改良、量産していた『エクスカベータ』と『ヘクトール』と呼ばれる巨大兵器が馬鹿げた数の砲塔を前線に向けていた。

これを見た高町が「戦争みたいだね」と口にしていた。

 

「で、配置は変わらずか」

 

「うん」

 

隊長、副隊長、及びフローリアン姉妹達は前回同様、前線を張る。

違うのは、ナカジマ達隊員らも前線に出るということだ。

 

「いいのか?」

 

「前回はフォートレスの配備間に合わなかったのと、火力面を考えての事やったからね。今回は両方足りてるし、前線が広い。人数を考えるとこうもせんと」

 

「ヴァイスの奴、責任重大だな」

 

前線の崩壊が予想された段階で、ナカジマ達をヴァイスがランチで回収、撤退する手筈になっている。

アイツの腕ならまあ、やってくれるだろ。

 

「さて、そんじゃ俺も行くか」

 

ヴィーザルを担ぎ上げ、俺も前線で待っている高町達に合流しなければ。

そう思い一歩踏み出した所で、八神に呼び止められた。

 

「クレン」

 

「あ?」

 

「…………その、生きて帰ろうな」

 

なんつー顔してんだ。

 

「ハ……たりめぇだ、バァカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬防柵の少し前。

そこには先程上がった、前線のメンバーが待っていた。

 

「よぉ」

 

「あ、クレン君。少し遅かったけど、どうしたの?」

 

「少し八神と喋ってただけ……なんだよ」

 

「ううん、なんか微笑ましいなぁ、って」

 

「?」

 

微笑ましい?

高町の言葉にいまいち要領を得ないでいると、他の連中も集まってきた。

全員が全員、デバイスをディバイダーにアップグレードし、(いつの間にか)小型化したフォートレスⅡを装備している。

 

「様変わりしないのは俺だけってか?」

 

「貴様が様変わりしたら余計に強くなって、我らの取り分がなくなるだろうが」

 

「さすがにそれはやだなー。せっかく新しくして貰ったのに」

 

「……これなら、全力を出せそうです」

 

俺の愚痴にディアーチェが呆れ、レヴィはデバイスを手繰り、シュテルは以前にも増して鋭利になった籠手を握り締めた。

 

「いよいよ、ですね!」

 

「あんまり突っ走らないでよ、お姉ちゃん。フォロー大変なんだから」

 

アミタは意気軒昂とばかりに拳を握り、キリエは頭を抑えた。

 

今回の作戦に細かい指示は無い。

元々、消耗戦には戦力的に向かない上、赫海を考えるとじり貧なのは目に見えている。

だが、ディバイダーでの攻撃であれば赫海を『削る』ことが出来るのを、事前の哨戒でディアーチェ達が証明している。

そうとなれば後は手当たり次第に赫海と敵を潰して回り、マクスウェルを引き摺り出すのみ。

 

マクスウェルの相手は俺だ。

赫海はまだしも、聖遺物使いとなれば高町達ではまだ厳しい。

未だに『進んでいない』俺だが、少なくとも足止めは出来る筈だ。

いや、違うな……。殺さなくてはいけない。

そう決意した所で、赫海が蠢動を始めた。

 

「来たな」

 

「そうだね」

 

「それじゃあ、動こうか」

 

大地を揺るがすようなそれを感じながら、ディアーチェ、高町、ハラオウンがそれぞれの仲間の背中を押して持ち場へと向かっていく。

それを見計らっていたかのように、赫海からウリディンム、蛇のようなバシュム、ムシュマッヘに加え、見たことの無い化け物が次々と湧き出てくる。

 

「ヴィーザル。加減は抜きだが、構わないな」

 

主の思うがままに(Wie der Herr will)

 

「……出来た奴だよ、お前は」

 

十字架を構え、気前のいい相棒に笑う。

これから死地だと言うのに、気分は心地好いとさえ思う。

敵の害意の籠った視線が温く感じる。

 

【全隊に通達、こちら総隊長 八神はやて】

 

オープンチャンネルでの通信が入る。

 

【これより作戦名 テン・コマンドメントを発動。最大戦力で赫海を『割る』──星を侵す赫き毒を我らが手で打ち払う!!】

 

天を震わすような八神の檄が響くと同時、赫海の空に浮かび上がるのは巨大な白の魔法陣。八神のモノだ。

 

【この一撃を以て開戦の合図とする──】

 

魔法陣から顕れるのは黒い旭日。

アイツ、のっけから広域殲滅魔法かよ──!!

 

【遠き地にて、闇に沈め】

 

ムシュマッヘ達が異変に気付き、空を見上げるが、もう遅い。

 

 

【デアボリック・エミッション】

 

 

浄化の黒光が、赤い毒を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いが始まった。

初動の広域殲滅魔法により削り取られた赫海の穴に、前線部隊が食らいつく。

更にはエクスカベータ、ヘクトール、ヴェレによる過密なまでの支援砲撃により赫海は虫食い状態となる。

丘を上がろうとした赫海と前線を抜けた獣達は、次元断層の馬防柵とユーリ、イリスによる攻撃で一瞬で塵すら残らず消滅した。

 

「スバル前に出すぎよ!キャロ、エリオに支援魔法お願い!フリードは二人を守って!」

 

「了解!」

 

「「はい!」」

 

「キュルー!」

 

有利に進んでいる戦況の中、前線で戦うティアナは仲間達に指示を出しながら、改良されたクロスミラージュ・ディバイダーの銃爪を引き続けていた。

 

(ホテル・アグスタの時の比じゃない、敵が多すぎる……!)

 

内心で歯噛みする。

休む間もなくやってくる敵達には辟易する。上空のなのはやシュテル、ディアーチェらによって大幅に数を削られてなお、これだ。

終わりが見えないなんてモノじゃない。蟻が泳いで大海を渡るような無謀ささえ感じてしまう。

 

「チッ」

 

スバルに肉薄しかけたバシュムの頭を舌打ち混じりに撃ち抜きながらも、一秒ごとに変わる戦況を絶えず分析する。

 

(大型の敵はなのはさん達が対処、中型は副隊長やアミタさん達。小型は私達……まだ始まって20分だけど、おかげで体力は温存出来てる。ありがたいわ)

 

前線という負担はあるが、それでも戦場を俯瞰的に見ることが出来る。

敵の動きは一見バラバラで、野性的だ。

連携なんてものは無いし、攻撃の巻き添えを気にすることもない。

だからこそ、これだけの少数で前線を維持出来ているのだが。

だが、それ故に気になることがある。

 

(ムシュマッヘとかの大型はまだしも、ラーム・ラハムが在るのになんでまだバシュムとか小型のを産み出しているの……?)

 

大型を除いて、残り全てがクレンをしてウリディンムの倍以上に強いと言ったラーム・ラハムだったとしたら、こうはなっていなかっただろう。

 

(生産に次回が掛かる?違う。だとしてもこれまでの時間で数は揃えられる筈。─────時間?)

 

マクスウェルの目的、それが何か気付き掛けた、その一瞬。

 

「どうやら貴女が今、一番危険なようですね」

 

声が聞こえた。

振り返る。

張り付けたような無表情な顔。女。振り上がった手には、銃剣。

 

「ぇ──」

 

凶刃が、振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

「ちっ、無駄に数が多いわね」

 

「相手はほぼ無尽蔵、ですからね!」

 

大剣と双銃のヴァリアント・ザッパーを悠々と振るいながら、キリエとアミタは地上の戦線を切り開いていく。

対大型の敵への有効打を持たない彼女らは、大型の敵をディアーチェらに任せ、主に中型の敵を相手にしていた。

とはいえそれなり以上の期間、戦ってきた存在。苦戦することなく屠っていた。

ウガルルム、と仮称された巨大な獅子を両断して、キリエは大剣を肩に担いだ。

 

「お姉ちゃん、気づいてる?」

 

「ええ、気づいてますよ」

 

キメラのような外観のムシュフシュを蜂の巣にしたアミタが、キリエの問い掛けに答える。

 

「数は多いですが、攻勢に出るというには些か勢いに掛けています」

 

「まるでこっちを足止めしてるみたいね」

 

「他地域の赫海が迂回して来ないのも気になる所で──っ」

 

アミタが言葉を切り上げる。

それを見て、キリエもまた、『何』が来たかを理解した。

二人の眼前には既に獣はいない。

──それとは比較にならない存在が立っているだけだ。

 

キリエは苦笑を浮かべた。

 

「あぁ、全く……」

 

アミタもまた同じく、自らを鼓舞するように笑った。

 

「これは……」

 

 

「厄介なことになりそうですね……!!」

「厄介なことになりそうね……!」



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/34 Welle

 

「間一髪、と言った所か」

 

「──シグナム、副隊長?」

 

ティアナに振り下ろされた凶刃が動きを止める。

寸前で間に合ったシグナムがそれをレヴァンティンで受けたからだ。

攻撃が失敗したと悟ったのか、長髪の人形めいた女……ラーム・ラハムが一足飛びで距離を取る。

 

「無事か?ランスター」

 

「は、はい!ありがとうございます、シグナム副隊長!」

 

「なら良い。さて、あれが報告にあったヤツか」

 

油断なく剣を構え、シグナムはラーム・ラハムの姿を見る。

報告と寸分違わぬ姿と武装。そして膂力。

長らく戦場に身を置いたが故の勘が告げる。

強い、と。

 

「ランスター」

 

「はい!」

 

「すまんが、周りを頼めるか?」

 

「……っ、はい!!」

 

何を言わんとしているか察したティアナは、すぐさま踵を返して駆け出した。

 

「逃がしませ」

 

「いいや、逃がさせてもらう」

 

その背を追撃せんとしたラーム・ラハムの左腕が滑り落ちる。

振り向けば、2メートルはあった距離を一息に詰めたシグナムが真横に立っていた。

 

「悪いが、ここから先は通行止めだ」

 

「その様ですね」

 

銃剣が翻る。

人外の剣速で振るわれたそれは、しかし空を切る。

半歩、たったそれだけ後ろに下がっただけで避けられたからだ。

そこでラーム・ラハムは判断を下した。

 

「先ずは貴方を殺さなければならない様ですね」

 

言葉とは裏腹に、明確な敵意も敵意も無く、機械的に銃口が向けられる。

爛、とシグナムの目が鋭く光る。

 

「フ──」

 

まるで烈火のように魔力が吹き上がる。

 

「来い」

 

戦端を切る言葉は、それだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラーム・ラハムだぁ?ちっ、こっちはデカブツだけでも面倒くせぇってのに、なぁッ!!」

 

四体目となるムシュマッヘの頭を、巨大な鉄槌たるグラーフアイゼンで叩き潰しながら、報告を受けたヴィータはごちる。

 

「でもでも、それだけ向こうも余裕が無くなって来てるって事じゃない?」

 

そこに、ウシュムガルと呼称された、四本脚の竜を蒼い雷光で消滅させたレヴィが合流する。

 

「そう思いてぇのは山々だが、こういう時は大抵、もっとヤバいモンが出てくんだよ」

 

「なにそれ、フラグ?」

 

「経験談だ!」

 

「貴様ら!口を動かす暇があるなら手を動かさんかぁ!」

 

二人の会話を割るように、ディアーチェからお叱りの言葉が飛んでくる。

開戦からここまで、出し惜しみなく高火力の魔法を打ち続けている彼女だが、その勢いは未だ衰えない。

 

「わかってるっての!」

 

「ところでクレンって何処に居るの?姿見えないけど」

 

言われた通り、敵を手に持った大剣、バルニフィカスの雷を纏った一振りで灰に変えながら、レヴィが疑問を口にする。

 

「アイツなら、なのはとシュテルとフェイトの四人で最前線だよ」

 

ほら、とヴィータが指差す方をレヴィが見ると、戦線のさらに先、最前線に戦いの光が見える。

その輝きたるや、殲滅魔法のバーゲンセールの様相である。

 

「うわぁ……」

 

「加減抜きでやってこい、なんてはやてが言うもんだからあれだよ……」

 

「シュテルがウッキウキだったのはアレが原因かぁ」

 

能天気が取り柄のレヴィでも、流石に引く。

とはいえ、負けん気が起きるのも無理もなく。

 

「つーわけで、こっちも負けてらんねーぞ」

 

「……だね!よし、ジャンジャン掛かってこーい!!」

 

「いや限度考えろよ!?」

 

テンションの上がったレヴィが敵陣に突っ込むのを諌めるべく、ヴィータもまた突っ込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【情報連絡、ラーム・ラハムが出現!現在、シグナム副隊長、フローリアン姉妹が応戦中!】

 

「了解や。ヴァイス陸曹、他に情報は?」

 

ランチにて連絡役をしているヴァイスからの通信に、はやては戦場を俯瞰しつつ応答する。

 

【今は特に……いや、ちょっと待ってくださいランスターから】

 

「ティアナが?」

 

前線に居る者からという前置きに、殲滅魔法に回していた意識を向ける。

リアルタイムの前線からの意見は何よりも重要だ。予想であれなんであれ、軽く見ていいモノではない。

 

「聞かせて」

 

【……赫海の全体像を見て欲しい。時間稼ぎの可能性有り、とのことです】

 

「赫海の全体像……?」

 

要領を得ない意見だが、時間稼ぎというワードが引っ掛かったはやては、即座に判断を下す。

 

「データ、今こっちに出せる?」

 

【了解……ラボとのデータリンクなんで一分前のモンですが、出します】

 

「これは……」

 

空間投影された画像を見て、はやては迷わず全体チャンネルの通信に叫んだ。

 

「総員後退!!丘の上まで退避急げ!!空戦魔導士は陸戦魔導士を可能な限り引っ張って!!」

 

【総隊長、一体なにが】

 

 

 

「──『波』が、来る!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後退命令だと?」

 

耳をつんざくような大音声に、疑問が過る。

戦況は僅かながらこっちが優勢だ。多少の疲弊はあるが、今後退する理由には足りないだろう。

最前線で共に殲滅魔法を撃ちまくっている高町も小さく首を傾げていたが……続く八神の言葉に顔色が変わった。

 

【──『波』が、来る!!】

 

「……っ!急いで陸戦部隊と合流しないと!」

 

「チッ、流暢に聞いてる暇はねえってか」

 

ムシュマッヘの首を丸ごと消し飛ばした高町が、勢いをそのままに踵を返して飛んで行く。

八神といい、この慌てようは普通じゃない。

理由はともあれ、シュテルと共に高町を追おうとした所で、俺は見た。

 

「────は?」

 

最前線の更に先。赤く染まった水平線の先から来る、『波』と呼ばれたモノを。

波がどういったモノかは知らないが……アレはもはや壁だ。

海という大質量の壁が、何もかも呑み込まんと馬鹿げた速さで迫って来ている。

本能が叫ぶ。『アレはマズイ』と。

 

「クソッタレが──!」

 

あんなものがこちらに到達したら壊滅どころの話じゃない。跡形も無く消え去るだろう。

そんなことは到底許せるわけがない。

ウシュムガルを蹴り飛ばした反動で一気に加速して地上へと駆ける。

道中の敵はこの際無視だ。そんな余裕は無い。

 

「え、クレ──」

 

「うわっ」

 

「黙って捕まれ!!」

 

視界に足止めを食らっていたランスターとナカジマを見つけたので襟を引っ掴んで肩に抱えると、そのまま丘まで一直線に飛翔する。

回りを見れば他の陸戦部隊も先行した高町やハラオウンに回収され、丘に避難を開始していた。

とは言え、そんながら空きの背中を連中が見逃すはずもない。

 

「■■■■──!」

 

「るっせんだよ死ね!!」

 

飛びかかってきたウリディンムの顔面を蹴り潰し、地面に叩き落とす。

足止めついでに死なば諸ともってか?勝手に死んでろド畜生が。

 

背後から迫る獣達。

丘に陣取る八神、ユーリ、イリス。そしてエクスカベータとヘクトールの援護射撃のお蔭でなんとかそれらは問題無いが、丘までが遠い──!

 

「波がもうこんな近く……!」

 

ランスターが悲鳴にも似た声を上げる。

肩に担いでしまったから後ろの状況が見えてしまったんだろう。

ナカジマも同様で、息を呑んでいる。

 

「クレン、私だけでも」

 

「下ろせなんて言ったら後で思い切りぶん殴るぞテメェ」

 

「っでも」

 

「うるせぇ黙ってろ……!」

 

感覚でわかる。波がもう直ぐそこまで迫って来ている。でも今のままじゃスピードが足りない。

使いたくは無かったけど仕方ねぇよな……!

 

「やるぞヴィーザル!」

 

了解!!(ja)

 

形成(Yetzirah)!!」

 

瞬間、景色が伸びる。

爆ぜるような音を背後に置き去りにして加速する。

 

丘に到着して二人を投げ下ろす。

波の到達まであと五秒。

 

即座にヴィーザルを地面へと突き立て、魔法を構築。

あと三秒。

 

冷脈の楯(Svalinn)!!」

 

波に対抗する障壁が丘の前に立つ。

そして──

 

 

 

濠──────!!!!

 

波が到達した。

 

 

「っ、お────」

 

重い。重すぎる。

ムシュマッヘの頭突きが貧弱に感じる程の大衝撃。その反動がヴィーザルを握る手を震わせる。

ザフィーラ、高町、ユーリ、八神が展開していた要塞級防御魔法も、一枚、また一枚と砕けていっている。

 

「ぐ、く──!」

 

さながら意志を持ったかと錯覚するほど、重圧が増していく。

障壁が軋み上げるのを聞きながら、タイミングを待つ。

 

(あと少し、ほんの少し、耐えろ……!)

 

一秒か、或いは一分か。

時間は定かでは無いが、その瞬間がやってきた。

 

(衝撃が弱まる……今!!)

 

「ヴィーザル!!」

 

突き立てた相棒を引き抜き、十字架の先端を今なお向かってくる波へと向ける。

聖遺物(コイツ)の力、とくと見せてやる──!!

 

「熨斗つけて……返すぜぇ────!!」

 

────漠ッ!

 

波による衝撃。それを倍にしたカウンターが炸裂する。

放射状に放たれた衝撃は、こちらを呑もうとした波を逆に消し飛ばし、大地を露出させた。

 

海が、割れた。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんでもアリね、アイツ」

 

目の前の馬鹿げた光景に、イリスはもはや笑うしかなかった。

丘を襲った波はその存在が嘘だったかのように消滅し、切り取られた場所には抉りとられた地面。

これを馬鹿げていると言わずしてなんと言うのだろう。

あまりの状況に、戦場が静まり返る。

 

だからだろう。

薄ら寒い拍手が余計に耳に響くのは。

 

「ユーリ」

 

「うん……」

 

隣に立つユーリが、眼光鋭く正面を睨む。

聞こえているし、見えている。

そしてそれが何を意味するかも、理解した。

 

「……全く、素晴らしい。本物はこうじゃないと」

 

これまでが、彼にとって茶番であった事を。

そして、ここからこそが、

 

「それじゃあ、初めようか────戦いを」

 

本番であると。

 



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/35 ti'amtum schrein eindringen

短めです


 

「……ここまでが茶番だってのか、テメェ」

 

「茶番も茶番だよ。この程度だと本気で思っていたのかい?」

 

気色の悪い笑みを浮かべてマクスウェルは嗤う。

 

状況は一瞬で最悪に持ち込まれた。

俺達が広げた戦線は波に呑まれ、丘の四方を赫海に囲まれた。

これではランチによる離脱も不可能、空からの離脱なんて悠長なマネなんて出来る筈もない。

 

「赫海を圧縮、遠方から射出することによる大質量攻撃……規模が大きすぎる。もう一発はこない筈よ」

 

「じゃなきゃ困るっての」

 

こんな状況だと言うのに、やけに冷静なランスターがクロスミラージュの銃口を方々に向けながら分析する。

 

「何にせよここからが本番よ。本命が出たんだから、アンタに任せるしか無いわ」

 

「……わかってる」

 

ヴィーザルを構える。

ランスターの言うとおりだ。ここからは俺が行くしかない。

 

「諦めない、か。そうだ、そうでなくちゃいけない。君たちは……君はそうあるべきだ。でなきゃ僕も意味がない」

 

「何をごちゃごちゃと──」

 

「だからこそ、僕は君たちを敵と認めよう。だからこそ──君たちを全力で叩き潰す」

 

空気が、変わった。

飄々としていたマクスウェルの語気が強まると同時、いいようの知れない悪寒が走る。

感じる。理解する。

これから始まるモノは、『波』など歯牙に掛けぬ、隔絶した驚異だと。

 

 

 

[高らかに我らの喜びを告げよ(Laut verkünde unsre Freude)]

 

どくん、と赫海が鼓動する。

 

[悦楽の響きを広げるように(froher Instrumentenschall,)]

 

世界が色を変える。吸い込む大気は重く。視界が歪み出す。

 

[愛しき我が兄弟よ、その心に(jedes Bruders Herz empfinde)この列壁の木霊を受け取るが良い(dieser Mauern Widerhall)]

 

世界と言うテクスチャが塗り潰されていく。

聴こえる悲鳴はさながら世界の断末魔のように。

 

[ここに我らの愛の金の鎖を通して(Denn wir weihen diese Stätte)我らの居場所を献堂するのだから(durch die goldne Bruderkette)]

 

赤く、朱く、緋く、赭く、赫く。

総てが染まっていく。

 

[そして其処にこそ、(und den echten Herzverein)我らの真の絆が産まれるのだから(heut'zu unserm Tempel ein.)]

 

 

[創造(Mi Ha'ash)──]

 

 

[創生万魔 慈母浸殿(ti'amtum schrein eindringen)]

 

 

それは、腐肉の神殿である。

それは、焼鉄の墓場である。

それは、生誕の産湯である。

それは、厄災の神室である。

 

万象一切が赤赫に染まり、中天には黒い太陽が鎮座し、高らかに謳い上げた彼の背後にはおぞましき神殿が顕れていた。

 

 

 

 

「は──」

 

何だ、これは。

視界全てが赫海に埋め尽くされ、世界は変わってしまった。

否が応にも理解する。してしまう。

 

(違いすぎる)

 

力量がどうとか、そんなスケールじゃない。

文字通り、世界が違う。

恐怖が、身体を走る。

 

「ぇ──」

 

傍らで呻き声が上がる。

視界をずらすと、そこには

 

「な、にこれ……脚、が」

 

脚があらぬ方向に曲がったナカジマがいた。

 

「なんで、脚、痛くないの……?ぁ、あ」

 

「スバル!!」

 

悲鳴を上げかけたナカジマを、脇腹がドロリと溶けたランスターが一喝する。

振り返れば、他の奴らも同じだった。

 

キャロは片腕が捻れ、エリオは首が直角に折れ曲がり、シグナムは両腕が地面に延び落ちて、ヴィータは背中がくの字にひしゃげ、高町は顔の片方が溶け、ハラオウンは両足がぐちゃぐちゃに歪み、八神は右半身が関節とは逆方向に曲がっていた。

後方のザフィーラたちも姿が見えにくいが、似たようなものだろう。

 

「やはり、『本物』と『特異点』が居るとこんなものか」

 

それを見て、神殿の上に立つマクスウェルは、まるで予想した実験結果が出て呆れたような顔でそう言った。

 

「本来なら一秒と経たずに僕の家族に出来るのだけど……ままならないモノだね」

 

「テメェ……」

 

「この状況で悲鳴を上げないのは称賛に値するよ。全く度しがたい精神性だ」

 

マクスウェルは乾いた拍手をしながら酷薄に嗤う。

 

「結果は順当。とは言え、残った君たちを同時に相手取るのは少し手間かな」

 

「君『たち』?」

 

「……理由は解りませんが、私達は無事です」

 

隣に来たアミタが銃口をマクスウェルへ向けた。

確かに、コイツら……エルトリア組は姿が変化していない。

 

「特異点……世界が今際の際に定めた最後の楔。厄介だよ本当に。君たちさえ居なければ、目的はもっと早く果たせたのに」

 

「アンタの目的なんでどうでもいいけど、敢えていうなら御愁傷様ね」

 

挑発するように鼻で笑うキリエの身体は、言葉とは裏腹に震えていた。

 

「我らとていつ変質が始まるか解らん。小鴉達のこともある、さっさと終わらせるぞ」

 

「魔力はまだあります」

 

「援護は任せて!」

 

それを補うように上空からディアーチェ達がやってくる。

イリスとユーリも変質した奴らを守護するように立ち上がっていた。

……全くもって奇妙な話だが。

最初に感じた恐怖は、もう消えていた。

その変わりにあるのは──

 

──怒り。

 

この不条理をもたらしたヤツへの怒り。

この状況に陥らせてしまった自分自身への怒り。

この世界への怒り。

そして何よりも──ただマクスウェルという男がムカつく。

 

「ヴィーザル」

 

御随意に(Nach eigenem Ermessen)

 

故に──。

 

「さあ君たちも家族にしてあげよう」

 

「──ぶっ殺す!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────そろそろか」



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/36 Widerstand

 

「マクスウェル……!」

 

「ハハッ──!」

 

十字架と銃剣がぶつかり合う。

その度に大気が軋み、悲鳴を上げる。

マクスウェルを守護する筈の化け物達すら、近付けば余波で消し飛んでいる。

その凡そ戦いと呼べぬ様相を地上から見上げながら、はやては苦悶の表情を浮かべた。

 

「クレン……」

 

足りない。そう、足りないのだ。

聖遺物について殆ど解っていない自分でも理解できる。

(燃料)』が足りない。

餌やりとしてマクスウェルから奪った魂だけでは、アミタ達を除く、エルトリアの人類の魂を保有するだろうマクスウェルには届かない。

位階についてもそうだろうが、それ以前の問題なのだ。

その差異があるからこそ、マクスウェルもあれだけ余裕なのだろう。相手の自滅を待つだけなのだから。

そこまで理解して尚、はやては思考を止めない。

 

(何か、何かある筈や。見落としているもの、この状況の穴が)

 

アミタ達が自分達を守るべく戦っている。この時間を無駄には出来ない。

痛みを感じない右半身を睨み付け、自らを奮い立たせる。

そして、身体が変質してなお狂うこと無く耐えている隊員達に声を掛ける。

 

「みんな!!」

 

ただの呼び掛け、それだけで隊員達の目に光が戻る。

たった一言で、はやてが何を言いたいのかを直感で理解する。

身体を使って戦えるような状態では無い。

だが、まだ生きている。考えられる。

ならば思考をもって戦うだけだ。死に絶えるその刹那まで、考え抜いて、動くだけだ。

 

「だと思って、先に……動きましたぜ、総隊長」

 

「え──」

 

声がした方向に振り向く。

そこには、ランチに寄りかかったヴァイスが立っていた。

 

「ヴァイス陸曹……!」

 

「よっ、皆さんお元気そうで」

 

右目が潰れ、左腕がケロイドのように溶けているにも関わらず、ヴァイスは何時ものように笑っていた。

 

「動いたっていうのは?」

 

はやての問いに対し、ヴァイスは右手で上を指差した。

 

「ラボとパラディオンとのパス、繋ぎましたぜ。フォートレスのエネルギー、切れてないでしょ?」

 

「確かに切れてない……でもどうやって」

 

この異界が出来た時、確かに一瞬、フォートレスのエネルギーは切れた。外界から隔離されたからだろう。

それがどうして今使えているのか。

 

「先遣隊の座標ズレが、聖遺物の影響じゃないかって考えた技術班の連中がアホみたいな対処法思いつきましてね」

 

「まさか……!」

 

「そのまさか。通信用ドローンに、クレンが回収した聖遺物の欠片をぶっ込んだんすよ」

 

やべぇっしょ?と苦笑するヴァイスに、はやては頭を抱えたくなった。

貴重かつ危険な代物を何に使ってるんだとか、せめて許可取れとか、それはそれとして現状助かってる事実に溜め息を吐いた。

つまり聖遺物による外界からの断絶を、聖遺物の抵抗力によって無理矢理抉じ開けているのだろう。

ぶっつけ本番でゴリ押しにも程がある。

 

「今さっき打ち上げたのを含め四機。こいつらが生きてる内は外と連絡が取れます」

 

「つまり勝負は、その四機が壊れるまでってことやな」

 

恐らく自分達の変質が止まっているのはマクスウェルの言う特異点の他に、フォートレスの次元断層による影響があるのだろう。

逆に言えば次元断層が無くなればこちらは緩やかに変質して、赫海の一部になる。

文字通り、時間との勝負だ。

 

「みんな、聞いての通りや。時間まで全力で道を探し出す!さあ、機動六課……動くで!!」

 

『了解!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッラァ!!」

 

「フッ──!」

 

もう何合目かのぶつかり合い。

先程から全力で十字架を叩き付けてはいるが、マクスウェルの野郎は未だに余裕綽々といった様子だ。くそったれ。

 

「あれだけ餌を上げたのに、君はまだ聖遺物の位階、いや、自らの本質に気付いていない」

 

「あぁ?」

 

ヴィーザルから取り出した魔力剣で銃剣を受け止めた所で、マクスウェルが軽薄な笑みを浮かべてそう言った。

 

「君は僕らと同じだ。だが違う。本来ならこうなる筈がない(・・・・・・・・)

 

「何を…ッ!」

 

魔法剣を弾かれた一瞬で、腹に脚がめり込み蹴り飛ばされる。

 

「カ──」

 

「渇望があるのに曝け出さない。何を躊躇ってる?生娘でもあるまいし、望みのまま動くことの何を恐れる?」

 

血反吐を吐き出しながらもマクスウェルの声を聞く。

 

「躊躇うな、恐れるな。その渇望を引き摺り出せば君は僕を殺せるんだ」

 

何だ、コイツは。

さっきから言ってる事が滅茶苦茶だ。

叩き潰すと言ったと思ったら、今度は殺しかたのレクチャーか?

 

「仮にテメェの言う通りやったとして、テメェに何のメリットがあんだよ」

 

「前にも言っただろう?今の君では意味が無いんだ。成り損ないでは、強度が足りないからね」

 

「……まるで俺がネジか歯車みたいな言い方だな」

 

「そう、その通り。君の魂は貴重な歯車なんだ。だが今はすっかり錆び付いている。これじゃあ使い物にならないんだ」

 

やれやれと肩を竦め、嘆息する様が神経を逆撫でする。

 

「だから早く目覚めてくれないかい?ああ、それとも──」

 

不意に、銃口が向けられる。

その先は──

 

守りたいもの(・・・・・・)が邪魔かな?」

 

「────ッ」

 

思考する前に身体が動く。

後の事なんて考えない無鉄砲さで、射線上に身を投げ出した。

 

タンッ

 

呆気の無い、間抜けな音が耳朶を叩いた。

 

滲み出した視界に、目を見開いたマクスウェルの顔が見える。

悲鳴のような声が遠退く。

五体から力が抜け落ちる。

 

世界から、遠ざかる。

 

眉間に空いた孔から、クレン()が流れ出す。

 

落ちて、墜ちて。

 

俺は

 

 

 

ぱしゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これは、驚いたな」

 

今まで薄ら笑いをしていた顔が強張るのを、マクスウェルは感じていた。

 

──八神はやてを狙った銃撃。それをクレン・フォールティアが庇い、結果、頭を撃ち抜いた。

 

調べのついている彼の経歴を考えれば、見捨てると踏んで撃ったのだが。

こうなるとは予想していなかった。

 

つまらない幕引きだと、心底思う。

この程度で死ぬほど、『本物』は脆いのか。

眼下の赫海に出来た小さな波紋が消えていくのを眺め、失望する。

 

「成り損ないは成り損ない、か。仕方ない。残念な結果だけど、計画を少し引き延ばさないといけないかな」

 

そう言い切った直後、衝撃が身体に伝わった。

 

轟──!

 

視界は白く染まり、押し流すような感覚が続く。

それが魔法──それも殲滅魔法に分類されるものと分析すると、虫を払うように手を振った。

たったそれだけの所作で魔法は跡形も無く消え失せた。

下手人は誰か、探すまでも無かった。

 

「マクスウェル」

 

淡々とした呼び声。

無感情とも取れる声音はしかし、マクスウェルには違って聞こえた。

それは『怒り』。

魔法を撃った張本人──八神はやての怒りだ。

 

否。

 

この戦場に居る全ての『人間』の怒りを感じる。

久しく忘れていた感覚に、マクスウェルは笑う。喜びではなく、苛立ちを込めて。

 

「君たちは……全く、諦めを知らないようだね。最大戦力を喪い、物量差で負け、肉体を変質して尚、何故諦めない?」

 

彼にとっては当然の疑問だった。

これまで『家族』にしてきた人間は皆、最後は抗うことを諦めていた。

だと言うのに何故、彼女達の目はまだ死んでいない?

 

「諦める必要が何処にあるん」

 

「何?」

 

マクスウェルの問いに対し、返ってきたのは、まるで馬鹿でも見るかのような視線と言葉だった。

 

「身体は動く、頭も回る。武器は握れる、魔法は使える。ならまだやれる事がある筈やろ。諦める必要は無いやろ」

 

「彼が死んだと言うのに?」

 

「帰ってくる」

 

「は?」

 

「クレンは必ず帰ってくる」

 

気でも狂ったのかと、衝動的に言いそうになる。

眉間を撃ち抜かれ、抗うこと無く赫海に沈んだ男が帰ってくると、八神はやては本気で思っているのか?

 

「せやから今、私らがやるべき事は一つ」

 

呆気に取られたマクスウェルに指が突き付けられる。

それは明確な抗戦意思の表明。そして──

 

 

「──時間稼ぎや」

 

 

座標指定だ。

 

「な─────

 

 

 

光が、マクスウェルを呑み込んだ。



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/37 Erwachen

 

「アレを使うのか」

 

【お願いできますか】

 

「……ふむ」

 

時は遡ること五分前。

クレンがマクスウェルとぶつかり合っている最中であった。

宇宙からも見えるほど赫海が変化を起こし、ブリッジの観測員が忙しなく情報を集めている。

そんな中飛んできたはやてからの通信に、パラディオン艦長、ロディック・トルクスは眉間に皺を寄せた。

 

「アルカンシェルⅡ……か」

 

【座標指定は私が】

 

「ともすれば貴官らも無事では済まんぞ」

 

【とっくに無事じゃないんです、今更ですよ。それに】

 

「それに?」

 

【私達は絶対に帰りますから】

 

「…………ふん」

 

通信越しのはやての笑顔に、ロディックは鼻を鳴らし、帽子のつばに指を掛けた。

 

「良いだろう。発射準備がある、四分持たせてくれ」

 

【ありがとうございます】

 

「礼なら全員帰って来てからにしてくれ……死ぬなよ」

 

【……了解!】

 

通信が切れたモニターから目を離して、ロディックは長く息を吐いた。

若者を矢面に立たせた不甲斐なさ、後ろから見ることしか出来ない苛立ちを全て吐き出して、立ち上がる。

覚悟に応えずして何が年長者か。

 

「パラディオン回頭!アルカンシェルⅡ、発射準備に入る!!」

 

『了解!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は戻り、現在。

 

「ぐ、ぉ──────」

 

天上より放たれた光の柱。『虹』を冠するその光にマクスウェルは呑まれた。

 

──アルカンシェルⅡ。元であるアルカンシェルが超広範囲を消滅させる物ならば、こちらは一点突破、単独目標の消滅を目的としている。

弾頭を発射するアルカンシェルと違い、Ⅱは柱状の光線として放たれる。

闇の書事件を経て開発されたそれは、空間歪曲と反応消滅を次元断層という壁に閉じ込め乱反射させ、『あらゆる防御概念ごと破壊する』。

 

たとえ魔法が効かない存在であろうが、物理的干渉──この世界(三次元)に居るのなら、この破滅の奔流からは逃げられない。

 

「確かに、私らの攻撃じゃアンタは倒せない。けどほんの少しでも動きは止められる」

 

「八神、はやて──!」

 

肉体を細胞単位で分解、歪曲されながらも再生し続けるマクスウェルが忌々し気に声を上げる。

 

「言ったやろ?時間稼ぎって」

 

照射時間、最大稼働にして26.18秒。

それこそが八神はやてが、時空管理局が用意できた時間。

はやては信じていた。たった26秒だが、それが大局を左右する事を。

だからこそ、彼女は武器を掲げ不敵に笑うのだ。この『足掻き』を、確かな物とするために。

 

「──人間、なめんな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堕ちていく。

何も見えないし、聞こえない。

ただ何かが抜け落ちていくような感覚だけが残っている。

 

「────」

 

自分は何をしていたのだろう。

眉間の虚から流れ出す記憶を辿ろうと思考する。

 

(確か誰かと戦って、赤い海に落ちて。それから──)

 

無秩序な浮遊感の中で、両手を伸ばす。

するとコツン、と指先に何かが当たった。

 

(冷たい──)

 

まるで世界全ての冷気を凝縮したような冷たさだった。

悲嘆と恐怖と虚しさが伝わってくる。

どう考えても普通じゃない。普通じゃないのに、手放せない。

──きっとこれは自分の中にあったもので、大切なモノだから。

落とさないように、離さないように、掌に握り込む。

 

(痛っ──)

 

裂けるような感触に、『目を見開いた』。

何も見えなかった筈の目には、血を流す掌と、肉を裂いた十字架 が映った。

 

(十字架……)

 

傷口を抉るそれは、祈りを捧げる物の筈なのに、どこまでも鋭利で、祈りを拒絶するような……矛盾した存在だ。

のたうつような傷口の熱を感じながら十字架を眺めていると、声が聞こえた。

 

『それは怨讐、あるいは宿怨──原初より人類が持つ、逃れ得ぬ業だ』

 

(──誰だ)

 

『お前であり、お前でなく。或いはお前の始まりだ』

 

声のほうに首を向ける。

相変わらず真っ暗なはずのそこに、蒼い焔のように揺らめく双眸が浮かんでいた。

 

『魂が流れ出している今だけの存在だ。気にする必要は無い』

 

目だけしか見えないのに、そいつが首を振ったように見えた。

 

『それよりも今、重要なモノは一つ。──私であり、私でない者よ。お前はその手に持つものの真意を知るべきだ』

 

(真意……?これの?)

 

『然り。お前の持つ『怒り』、その本質。理由も無く怒るのは獣以下の畜生がすることだ。故に問おう──お前は一体、何に復讐を求めるのか』

 

言われて、()は直ぐに答えられなかった。

今、漫然と持っているこの復讐心。その切っ先の行方を、俺は定めていなかった。

零れ流れる記憶を今一度辿り、想起する。

 

復讐代行。それは他人の復讐心を借りただけの嘘だ。その時だけは良くても、結局は自分を偽っているに過ぎない。

 

では今戦っているマクスウェル?

これも違う。これは表層に出てきた一部に過ぎない。

 

遡れ。

俺が知る最初の怒りは何処にある。

思い出せ。

この魂の始まりを。

俺と言う存在(オブラート)を掻き毟り、引き剥がし、切り開いて抉り出す。

俺ではなかった俺の魂。そこにある《渇望》は──

 

 

【認めない。こんな不条理は認めない。こんな理不尽は認めない。許さない、赦してなるものか】

 

【全てに始まりの『因果』があるならば。全てに等しく『応報』を与えん】

 

 

視界が変わる。世界が変わる。

暗闇は彼方に消え去り、燃え盛る玉座が目に映る。

玉座の上には腹を裂かれ、血を流す無冠の王。

光を宿さない琥珀色の瞳が俺を捉えた。

 

……知っている。俺は、この光景を、この男を、もう()っている。

 

【そうだ。意味なく喪われる命などあってはならない。総ての命に意味があるのだから】

 

【それを無意味に奪い、喰らい、嘲笑うものを、赦しはしない】

 

 

──報いがあるべきだ。

善行には正しく信賞を。

悪行には残酷な必罰を。

 

総てに報いたい。

全てが報われろ。

 

やり逃げ(・・・・)が罷り通るなど許すものか。

認めない、赦さない。

そんな狂った世界なぞ壊れてしまえ。

 

 

理解し、掌握する。

己の内にあるモノがなんなのか。

俺自身が何を望むのか。

途端、今まで漠然としていた身体の感覚がハッキリと戻る。

自分が誰で、何を為すべきなのか。

眉間の虚は、消えていた。

 

「戻らねぇと」

 

それだけを考えて玉座へと一歩を踏み出す。

世界が軋むが知ったこっちゃない。

握り締めた十字架も、流れ出る血もそのままに走り出した。

加速を始めた視界の先で、無冠の王と蒼い焔が俺を見る。

 

【『改めて、問おう。お前は何に復讐をする』】

 

「決まってんだろ」

 

玉座を踏みつけ、問い掛ける『影』を駆け抜けて、邪魔な壁を殴り割る。

自問自答はもう終わりだ。

こっからは──

 

「世界にだ」

 

──俺の復讐だ。

 



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/38 Rückgabe

 

「やぁぁぁ!!」

 

「まだ、足掻くのか」

 

振り下ろされた一対の銃剣を受け止めながら、マクスウェルは呆れとも、称賛とも似た呟きを吐く。

アルカンシェルⅡの光は既に無く、破壊の奔流を耐え抜いた彼に待っていたのは特異点たるアミタ達と、機動六課の特攻めいた決死の攻撃だった。

 

「当然、です──!」

 

「アンタから私達の世界を取り戻すんだから!!」

 

動きの止まったアミタの影からキリエが躍り出、大剣を凪払う。

 

「残念だけど」

 

普通ならば確実に入った一撃はしかし、片手で止められた。

 

「それは無理な話だよ」

 

「なっ──ぐぁっ」

 

アミタを巻き込んだ回し蹴りが直撃し、弾丸のように地面へと衝突する。

マクスウェルにとってはただの蹴りだが、彼女達の骨を砕くにはそれだけで十分に過ぎた。

 

「かっ、ぁ……」

 

「あれでまだ息がある。全く、厄介だな特異点というのは」

 

血反吐を吐きながらも立ち上がる二人を見て、肩を竦める。

ほとほと呆れ果てた頑丈さだ、嫌気が差す。

先の自分の言葉をそのまま返されているようだ。

『お前には無理だ』と。

二人の追撃を『家族』に任せ、マクスウェルは次の標的を見定める。

 

機動六課は最早虫の息だ。

放って置いてもいずれ完全に変質して、赫海の一部となるだろう。

使える兵装で以て抗っているが、それが精々だ。

ならば問題は残る五人、ディアーチェ達だろう。

判断と同時に飛来する赤い砲撃魔法を切り払い、即座に銃爪を引くが、放たれた光弾が届くことはなかった。

 

「やらせないよっ!」

 

「そういうことだ、腐れ者」

 

シュテルを守るべく、レヴィとディアーチェの魔法が炸裂する。

 

「……世界の死に際の断末魔、生への渇望の具現」

 

殺到する蒼雷と黒闇を片手で握りつぶし、一息に空を駆ける。

 

「なにっ」

 

「それが特異点。──『星の熱量と存在の重量、全てを託された、惑星の使徒』」

 

一瞬の間に懐へと踏み込まれてなお、自爆紛いの反撃の為にディアーチェは魔法陣を構築しようとするが、それ諸ともに腹を切り裂かれ、枯れ葉のように吹き飛ばされる。

 

「本来ならリソースはほぼ無限、頑強さも僕たちに比類するレベルだが……」

 

「お前ぇ……っ!!」

 

振り下ろされるレヴィのバルニフィカスを蹴り砕き、バランスの崩れた身体に拳が叩き込まれる。

 

「か──」

 

骨が砕け、血煙を吐き出しながら墜落するレヴィに目もくれず、最後の標的たるシュテルへと接近し──

 

「枯れ果てた星の出力ではこれが限界か」

 

咄嗟に出された左腕を籠手ごと切り落とす。

奇しくもそれは数年前のあの事件の焼き増しと同じ結果──。

 

「──掴まえましたよ」

 

にはならなかった。

デバイスをかなぐり捨て、空いた右腕を絡め、マクスウェルの腕の関節を極める。

 

「何を」

 

こんな事をしたとて、マクスウェルには何のダメージも無い。

だが、ほんの少し。瞬き一つに満たないこの間隙を生めればシュテルには十分だった。

 

「頼みます、ユーリ、イリス」

 

「「任された!!」」

 

シュテルの声に応えるように躍り出た二人の斬撃が、マクスウェルの左腕を切り裂き抉る。

 

「──これは」

 

ここに来て初めて負傷らしい負傷をおったことに、驚きを隠せない。

 

「貴方の言うとおり、この星は枯れかけです」

 

「その出力は確かに弱い。私達全員に満遍なく供給したら、当然その力は弱くなる」

 

鎧装を完全に展開したユーリと、身の丈程の長刀を携えたイリスが一気呵成に攻め立てる。

『危険』を察知したラーム・ラハム達が壁となり立ちはだかるが、抵抗する間もなく両断されていく。

 

「まさか……リソースを偏らせたのか?五人を囮に」

 

唖然とする。

かつての『ぬるま湯』の彼女たちなら、確実に取らない選択をした事に。

 

「元より無傷で勝てるなんて思ってないわよ……!!」

 

「それでも、私達は貴方に──貴方にだけは!!」

 

苛烈なまでの猛攻。

もはや型も何もない魔法と高等科学の乱流が波濤となってマクスウェルを襲う。

銃剣は砕かれ、盾となる家族は蹂躙され、肉体は傷付いていく。

 

(なるほど、枯れかけとは言え、星の質量を偏らせた重さというのはこれ程までに重いものか)

 

それでも死なない。倒れない。致命的ではない。

マクスウェルは、こんなものでは到底死ねない(・・・・・・・・・・・・・)

もっと恐ろしいものを知っている。もっと苦しいものを知っている。

あの冷たさ、寒さを知っている。

だから──。

 

「──君たち、邪魔だ」

 

ぐしゃり。

 

攻撃が、止まった。

 

「な、ぁ?」

 

「なん、で、これ……は」

 

突然現れた腐肉の槍に身体を何ヵ所も貫かれ、二人は血反吐を吐き散らす。

鎧装は砕け散り、長刀は折れ、そして。

 

「堕ちろ」

 

身体は血袋に成り果てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーリ!イリス!!」

 

アミタの悲鳴が鳴り響く。

脱力しきった身体が地面に堕ちるのを、シャマルの魔法が受け止める。

 

「……シャマル」

 

「内臓をやられてる、早く本格的な治療しないと直ぐにでも……」

 

「……っ」

 

診断と同時に治療を始めたシャマルの答えに、はやては歯噛みする。

状況は最悪を超過して致命的だ。何せもう戦力が無い。

エクスカベータらやヴェレも、殆どが破損ないし過剰運用によるオーバーヒート。

上空のドローンも、異界の圧力に耐えきれずに一機、また一機と数を減らし、フォートレスの出力は最早、風前の灯火。

やれることと言えば魔法と、辛うじて動くヴェレでラーム・ラハム達を近付けさせないことぐらいだ。

こうしている間にも変質は刻々と進み、はやて自身、もうシュベルトクロイツを支えにしなければ立つことすらままならない。

空を睨めば、こちらを冷たく見下ろすマクスウェルが見えた。

その顔に、言い様の無い違和感を覚える。

 

(さっきまでの余裕が、ない……?)

 

圧倒的な差違に笑ってすらいたのに、今はその影すらない。

だが本気になったわけでも、怒っているようにも見えない。

むしろ、まるで何かに怯えるような……。

 

「ああ、その目。気に入らないな」

 

不意に目が合う。

マクスウェルは冷めた目ではやてを見ながら、唸るように声を出した。

 

「君たちこそ怯えるべきだろう?恐れるべきだろう?なのに何でまだ、そんな……戦う目をしていられる?」

 

心底信じられないと、責めるような問い掛けに、はやては正面から答える。

 

「さっきも言ったやろ。クレンは必ず戻ってくる。私達はまだ動ける…………アンタに勝つ可能性は、まだゼロじゃない」

 

答え終わると同時、ケロイドに変わった脇腹に激痛が走る。

そこからは見覚えのない獣の脚が生え始めていた。

 

「……そうかい。よく解った」

 

諦めたようにマクスウェルは肩を落とし、頭を振った。

そして、直後。

 

「が──ぁ」

 

「君こそ一番に殺すべきことが」

 

一瞬で距離を詰めたマクスウェルの手が、はやての首を締め上げていた。

突然の苦しさに肺から空気が抜け、はやての視界が白く明滅する。

部隊の仲間たちの悲鳴が耳朶を叩くのが遠くに聞こえる。

遠退きかける意識を歯を喰い縛って耐えながら、マクスウェルを睨む。

 

「君は彼女達の希望であり旗印だ。君が声高に希望だの未来だの口にすれば、それだけで力になる、なってしまう」

 

「────っ」

 

なのは達がはやてを奪還しようと動こうとするが、急速に訪れた変質の激痛と崩れたバランスに、魔法の構築すら覚束ず、地面を這うことしか出来ないでいた。

 

「君が死ねばそれも無くなる。君たちの可能性はゼロになる……これでチェックメイトだ」

 

首に掛けられた力が一層に強くなる。

フォートレスの防御はすでに無く、はやての命を守るモノは無い。

意識が途絶えかけ、石榴のように弾ける自分の頭がイメージとなって過る。

明確な死が目の前まで来ている。

……それでも尚、はやてはマクスウェルを『笑った』。

ここに来て初めてみせた、人を馬鹿にするような笑いを。

 

「何が、可笑しい」

 

「はは……知っ、てる?マク、スウェル」

 

「……何を」

 

「そ、れ────フラグって、言うんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────────は?」

 

目を見開く。口が呆けたような息を漏らすのを止められない。

理解が出来ない。信じられない。信じたくない。現実じゃない。有り得ない。

こんな事があって良い筈がない。

 

空転する思考が却って現実を認識させる。

 

 

 

──切り落とされた右腕の先。

大地に突き立った十字架の袂に『それ』は居た。

 

じゃらり。

 

風にのたうつ蛇頭の銀鎖が、まるで獄囚の足音のように鳴く。

 

野晒しにされた罪人の襤褸切れのような外套が、黒い影を落とす。

 

祈るように跪いた男が顔を上げる。

 

そこあったのは敬虔なる信徒の顔ではなく。

 

獲物を見つけた獰猛なる獣の顔だった。

 

「──待たせたな、はやて(・・・)

 

立ち上がり、閉ざされた瞼が開かれる。

 

世界を見たその瞳は、『蒼く』耀いていた。

 

 

「こっからは──俺の戦争だ」

 

 

クレン・フォールティア、帰参。



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/39 Briah

 

マクスウェルがその姿をクレン・フォールティアだと認識した時、始めに感じたのはその存在の『圧』だった。

先程までとは何もかもが違う。本当にあの弱々しかった彼なのか?

だが、それよりも問題なのは。

 

「……何故、生きている」

 

確かに殺した。

眉間を撃ち抜き、骸が海へと落ちる姿を目にした。

ならばとっくに自分の『家族』となっている筈だ。

それがどうして、今、こうして平然と立っている?

 

「頭ブチ抜いてくれてありがとうよ、マクスウェル。お陰で色々スッキリした」

 

「何?……ッ」

 

胡乱な事を言うクレンの眼を見た瞬間、マクスウェルは反射的に銃剣の銃爪を引いた。

目標を撃ち抜くはずの弾は十字架に弾かれ、虚しく消え失せた。

 

「……当たらねぇよ」

 

見れば十字架の姿も、これまでとは違っていた。

デバイスの様な機械的な構成も重厚さも無ければ、焔を纏ってもいない。

剣だ。薄く、鋭く、ただ対象を殺す事に目的を集約した殺戮兵装。

その切っ先が、マクスウェルへと向けられる。

宣戦布告、いいや違う。

これは紛うことなき、

 

「行くぜ、クソガキ(・・・・)

 

──殺害宣告だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉が思考へと流れ出す、溢れる。

あの海から俺が連れ出した数多の魂たちの声だ。

 

『死にたくなかった』『おかあさんにあいたい』『もう終わりたい』『どうしてこんな事に』『生きたい』『生きたかった』『死にたい』『あの子に会いたい』

 

与えられた不条理、理不尽に嘆く声。

だが、その内に在るのはただ一つ。

 

『許さない』

 

その不条理、理不尽を与えた者への憤怒。

 

「ああ、連れて行ってやるよ」

 

聖遺物統合完了(Relic-Integration abgeschlossen.)行きましょう、主(Lass uns gehen, Herr)

 

十字架と『一つ』になったヴィーザルから、頼もしい言葉が聞こえる。

 

「させるか──!」

 

俺が何をするか理解したのか、マクスウェルがご自慢の家族たちを全てこっちにけしかけて来る。

無力化したはやて達よりも俺を優先したんだろうが……こっちとしてはおありがてぇ限りだ。

 

「ヴィーザル」

 

承知(einwilligen)

 

十字架の切っ先を化け物達へゆっくりと振る。

傍から見れば距離も間合いも無い、無為な行動だろう。

だが、それだけで十分だ。

剣先の軌跡をなぞるように放たれた斬波が化け物達の躰を両断した。

 

「なんや、それ……インチキかいな」

 

後ろでへたり込んだはやての、間の抜けた声が聞こえた。

インチキではな……インチキみてぇだな。

まあ、もっとインチキ臭くなるんだが。

 

「マクスウェル」

 

「……何だい」

 

「お前、家族家族って言う割には、死んでも悲しまないんだな」

 

「………………何が、言いたい」

 

「いや、何。俺でさえ持ってるモノを、お前は持っていないんだと、再確認しただけさ」

 

嗤うように銀鎖の蛇がじゃらじゃらと鳴る。

マクスウェルの顔にはこれまでの余裕はなく、苛立ちに歪んでいた。

その様は事が上手く行かずに癇癪を起こすガキのようだ。

 

──あの海の中に漂う魂達に色々なモノを聞いた。

星の事、文化、人の営み。

そして、一人の子供の話。

 

聡過ぎるが故に恐れられ、知り過ぎるが故に遠ざけられる。

 

友も家族も己を怖れ、離れていった。

 

孤独を知るが故に他者を知らず、己の願いだけが肥大化する。

 

ただ、愛して欲しい。温もりが欲しい。家族が欲しい。

 

全くもって、巫山戯た話だ。

哀れと思えど、同情は無い──。

 

「知った口を聞かないで貰いたいね」

 

「あぁ知らねえ。テメェの事なんざクソ程興味もねぇ。だが──」

 

十字架を大地へと突き立てる。

 

「こちとらガキの癇癪諫めねぇと寝覚めが悪ぃんだよ」

 

「は?」

 

「説教の時間だクソガキ、テメェの殺した奴らに泣いて詫びやがれ」

 

さあ、始めるか。

俺の創造を。

 

大気が震える。

大地が軋む。

空が歪む。

マクスウェルの展開した『世界』が怯えるように揺れる。

 

地獄の復讐心が我が心に煮え繰りかえり(Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen,)死と絶望が我が身を焼き尽くす(Tod und Verzweiflung flammet um mich her)

 

身の内から、外へと。

己と言う世界を広げる。

世界というテクスチャを侵襲し、塗りつぶし、塗り変える。

絶対的な自我の肯定。

摂理の侵食汚染。

 

お前が彼の者に苦しみを与えないならば、(Fühlt nicht durch dich Sarastro Todesschmerzen,)お前はもはや我が子ではない(So bist du meine Tochter nimmermehr.)

 

報復せよ、復讐せよ。

その憤怒を今こそ吠え立てよ。

身の内を焦がす獄炎が溢れ出す。

 

打ち離そう、永遠に(Tochter nimmermehr. Verstossen sei auf ewig,)

 

永遠に捨て去り、永遠に忘れ去ろう(Verstossen sei auf ewig, Verlassen sei auf ewig,)

 

血肉を別けた総ての絆を(Zertrümmert sei'n auf ewig)

 

黒い焔より幾千もの剣が象られ、大地を呑み干さんと突き立たつ。

それは墓標であり、報復の覚悟を知らしめる象徴。

 

報復の神々よ、我が呪いを聞くがいい(Hört, Rachegötter, hört der Mutter Schwur!)

 

赫い海を喰らわんと、黒の世界が牙を向く。

それは無慈悲に殺され、辱められ、堕とされた魂たちの慟哭と憤怒の表象。

 

創造(Briah)──」

 

厄災翻す報復の剣(Nibelungen Vergeltung Balmung)

 

 

 

 

 

黒天が、世界を覆った。

天上に輝く蒼い月だけがこの十字架の丘を照らしている。

静かで美しいとさえ思える光景に、しかしはやては恐れを抱いた。

 

(なんや、これ──)

 

何処までも純粋に研ぎ澄まされた怒り。

報復せよと幾重にも残響する叫びが聴こえるような錯覚さえ覚える。

 

(これが、クレンの創造)

 

マクスウェルのような悍ましさは無い。

ただ煮え滾る怒りが音もなく燃えているような、静かな熱を感じる。

この世界が何を齎すのか、自分たちはどうなるのか。

解らない、解らないが、一つだけ解る。

 

「クレン」

 

「ああ」

 

「──頼んだで」

 

ここから先は彼の戦いである事。

もはや人間では到達しえない、理外の闘争なのは確かだろう。

悔しく、歯痒い想いを呑み込んで絞り出した言葉に、クレンは一歩踏み出すことで応えた。

 

「任せな」

 

見えずともはやてには分かった。

クレンはきっと……笑っている。

 

 

 

 

 

──今、此処に。新たな『魔人』が産まれ落ちた。




創造の発音は
「ニーベルゲン ヴァーゲルタング バルムンク」です


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/40 Verletzung

 

ただ一歩、クレンが足を踏み進める。

戦いの火蓋はそんな呆気の無い物で落とされた。

 

創造位階。それもお互いに自らの渇望を世界に押し付ける覇道である以上、起こる事は至極単純だ。

 

「さあ、陣取り合戦と行こうぜ?」

 

「ふざけたことを……っ!」

 

何方がより己の願いが強いのか。

即ち、互いの世界のぶつけ合いである。

マクスウェルは苦虫を噛み潰したような顔で大小様々な『家族』を赫い乳海より産み出し、クレンへとけしかける。

その数、千三百体。

対するクレンはただ十字剣の切っ先をマクスウェルへと向けた。

 

「復讐の時間だ、お前達」

 

魂達が歓喜に震えるのを感じながら、十字剣を振り払う。

たったそれだけの所作でムシュマッヘの首が千々に斬れ、ウリディンムの胴は両断され、バシュムの頭が捻り潰れ、ラーム・ラハムの身体に孔が開く。

 

「なんだ、それは」

 

一瞬で創り上げられた凄惨たる現実に、マクスウェルの頬に冷や汗が一筋流れる。

 

また一歩、クレンが歩みを進める。

マクスウェルの世界が軋みを上げる。

 

──同格の筈だ。

慰めにもならないのを承知で、そう考える。

同じ創造位階、なのに何故、こうも違う?

これではまるで──。

 

「赤子と大人じゃないか……」

 

魂という燃料の差は歴然だ。

何せ此方は数世代に渡る蒐集によってニ千万もの数に及んでいる。

惑星の守護者たる特異点、彼女達を一蹴に降してみせたのだから、その強さは今この場に居る誰より確かな物の筈だ。

なのに何故、自分の中から高々四百万程度の魂を奪っただけの彼が自分を圧倒するのか。

この明らかな『異常事態』が理解出来ない。

 

「なんなんだ……なんなんだよ君はァ!!」

 

理解出来ない恐怖に、堪らず叫ぶ。

心からの慟哭に、クレンはただ一つ答える。

 

「ただの──復讐代行だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──俺の創造。俺の世界。

 

その力は少しややこしい。

前提として己と、相手──今ならマクスウェル──の魂全てと『対話』し、報復を望む者を己の力とする。

そして生じる摂理は当然、報復だ。

 

奪った者から奪い、殺した者から殺す。

害成す者に害を成す。

 

『相手の敵意を倍にして返す。』

 

理屈では難しいが、実際やってみると至極やりやすい。

何せこれは俺が隔離街でやってきた事の延長線上にあるから。

要はいつも通りだ。話を聞いて、復讐を代行する。

少し違うのは、報復を望む魂達が共に力を振るう位だ。

 

……怒りというものは、人間が持つ感情の中で最も苛烈で、強いものだ。

 

それが放つ熱量は時として人の身に余る業を成す。

高々、四百万の魂が数千万の魂に喰らいつく事なんて、ワケのない話だ。

 

消えると解っていても、こんな形に堕とした奴に一撃をぶつけ無いと気が済まない。

そんな魂ばかりだ。今更、彼我の戦力差なんて恐れるものじゃない。

 

大体、あんな中に有って自我を失わなかった魂達だ。

ただの燃料に墜ちた魂なんて歯牙にも掛けないだろう。

 

大蛇を焼き、獅子を擂り潰し、毒竜を斬り割いて、人で無しを塵にする。

其処らに突き立つ剣を薙ぎ、投げ、刺し、振り下ろす。

その度にマクスウェルの世界は軋み、罅が入る。

指数関数的に消えていく魂と肉塊を一つ一つ確かめながら突き進む。

もはや戦いとすら呼べない蹂躙行軍。

 

一歩進む度にマクスウェルは引き攣った顔で後退る。

 

「来るな、来るんじゃない。何で、何でこんな……どうして」

 

そして、互いの世界の境界線へと辿り着く。

マクスウェルは俺の目と鼻の先で怯えた表情でこちらを見ていた。

そこで俺は考えていた事を口にした。

 

「ずっと違和感があった」

 

「え……」

 

俺の言葉に、マクスウェルは呆気に取られたようで、息を漏らした。

 

「なあ、マクスウェル。何世代も生き抜いて世界を見てきたお前に、俺は問いたい」

 

「な、何を言って」

 

「お前にとって、家族ってなんだ?」

 

「──────────は?」

 

聖遺物、或いは俺自身の渇望、本質に気付いた時、俺はマクスウェルの創り上げたこの世界と、言葉に違和感を覚えた。

 

──『家族』。

思えばマクスウェルは事あるごとにこのワードを口にしていた。

 

俺自身、血縁としてのそういった者は居なかったが、似たような存在は居た。

そこに向ける感情も、理解しているつもりだ。

喜びを共有したり、共に悩んだりもした。

……居なくなった時は、悲しさや虚しさもあった。

 

だが、どうにもコイツにはそれがない。

今だってそうだ。

アレだけ家族、家族と言いながら、俺にこれだけ殺されても悲しむ様子は一切無い。

俗に言う、親愛の情のようなモノを感じないのだ。

 

最初はそう言っているだけの狂言だと思っていたが、どうも腑に落ちなかった。

赫海に落ち、マクスウェルの過去を垣間見た時、俺は漸く合点がいった。

 

「家族、家族、は──」

 

「なぁマクスウェル。お前」

 

フィル・マクスウェル。コイツは多分──

 

「家族が何なのか、知らないだろ」

 

──親愛を、知らない。

 

 



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/41 Familie

 

「何だって?」

 

唖然とした声が、マクスウェルの口から漏れ出した。

 

家族が何かを知らない?

 

なんだそれは。

問い掛けの意図は解らない。

だが、自分の内にある致命的な何か(・・)を指摘されたという確信はあった。

心臓に冷たい針を突き立てられたような感覚が、冷や汗を流させた。

 

「答えろ、マクスウェル。お前にとって、家族とは何だ?」

 

クレンからの改めての問いに、マクスウェルは唾液を呑み込んで答える。

 

「家族、は家族だろう?共に泣き、笑って──」

 

「嘘を吐くなよ。そんなんじゃないだろ、お前のは」

 

見透かすような言葉が、抉るように精神を削る。

薄っぺらいヴェールを容易く引き裂かれ、マクスウェルは下がれもしないのに後ろに踏み出した。

 

「──────」

 

言葉が口をついて出ない。

 

家族。

家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族。

 

知っている、その言葉を知っている。

本質だって知っている。知らなければ自分はこんな力を手にしていない。

渇望足りうるモノになる程、自分はそれを求めているのだから。

 

なのに、何故。

自分はこの問いに心から正しいと言える答えを言えないのか。

 

顔を蒼くして沈黙するマクスウェルに、クレンは確信を得たと息を吐く。

 

「やっぱりな。これなら合点が行く」

 

「……何を勝手に納得してるんだ」

 

こうなる事を予想していた様子のクレンに、マクスウェルは反射的に銃口を向けていた。

だと言うのに彼は全く臆せず、銃口の先に居るマクスウェルを見ていた。

 

「お前の渇望は、『家族が欲しい』って所だろう。いや、皆家族になれば良いが正しいか」

 

「…………」

 

沈黙。

そう、それは正しい。

フィル・マクスウェルという存在が真に望むモノ。

 

「成程、確かに渇望だ。だがそれは──魂では無く、お前の本能(システム)が求めているモノに過ぎない」

 

「何だって?」

 

本能、システム──。

それを聞いた瞬間、マクスウェルは咄嗟に耳を塞ぎたい衝動に駆られた。

これ以上聞くな。理解するな。それを知ったら自分は自分を保てなくなる……!

だと言うのに、銃剣を握った右手を、血が滲むほど握り締めた左手を動かす事が出来ない。

手錠を掛けられ、下される罰を聞くことしか出来ない罪人の様に。

 

「お前は親からの愛情を知らない。物心付く前に捨てられたから。

 お前は友からの友情を知らない。共に在ろうとしなかったから。

 だがお前は、お前の本能は知っている。生物として生存するために、家族は──『必要な物』だから」

 

──パキリ、と。ナニカにヒビが入った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自然界の生物として。

親──家族という存在は不可欠な物だ。

育ち、生き方を学び、社会を識る上で必要であり、それを経て『個』として成立する。

そもそも、親が存在しなければ子は産まれることすら無いのだから、当然の話であるが。

無論、産まれ落ちた子は親──家族を本能として求めるだろう。

そうしなければ死ぬ以外の未来が無いのだから。

そこに心が介在する余地は無く、産まれたばかりの子はただ生きるために母の乳を、或いは父が獲って来た餌を求める。

至極当たり前の道理だ。

 

だが、もしも。

人間社会の生物として。

産まれた時点で自我を確立し、生き方を知り、社会を理解し、それらを以て自立出来る力を持つ子が産まれたとしたら。

本来、時間を掛けて感情、心を知るべき親、家族を必要としない『個』だったとしたら。

……そこに愛情を知る余地はあるのだろうか。

 

フィル・マクスウェルは家族を知っている。心を知っている。感情を知っている。その本質を知っている。

ただ、知っているだけだ。『情報』として。

だからこそ、この男が産み出すのは本能のままに動く動物か、何もかも欠落した肉人形しか存在しない。

 

渇望とは即ち魂の写し身。

だが、心無き伽藍の肉体に宿る本能を魂に移したとて、果たしてそれは本当に魂からの渇望足りうるのだろうか。

 

答えは、明白だ。

 

パキリ、と。赫い乳海にヒビが入った。

 

「違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!僕は、僕の、僕の欲しいものは!!家族なんだ!!だから間違ってない、彼らは僕の家族なんだ!!」

 

焦りか、或いは動揺か。

狂ったように捲し立てるマクスウェルに、俺は初めてコイツの感情を見た気がした。

 

「は、なんだよ、怒れんじゃねぇか」

 

ああやっぱり、と。心から納得する。

コイツは、フィル・マクスウェルはガキだ。

事ここに至って漸く感情らしい感情を持ち始めたガキだ。

波の様に押し寄せるマクスウェルの『家族』を黒い十字剣が一刀に伏すのを感じながら笑う。

 

これまで罪も何も感じることの無いまま振る舞っていたガキが、始めて現れた大人に良いように抑えられることに癇癪を起こしているようにすら思える。

 

「……邪魔だ、邪魔なんだよ、君は。もう喋るな、殺してやる」

 

「やってみろよ、クソガキ。お前が撒いた(タネ)だ、テメェで収穫してみろよ」

 

「────────ッッッ!!!!」

 

誰かを想うことも知らない、空虚な渇望の一撃が振り降ろされる。

抑え方も何もない、ただ情動のまま振るわれるそれは無防備な俺の肩に当たり、止まった。

 

「!?」

 

バリアジャケットを引き裂いた銃剣はしかし、俺の身体に切傷を付けることは無かった。

 

感情が、心が伴わない渇望。

それは薪の無い火と同じだろう。

より燃える為の薪が無ければ炎になることはなく、ただただ燃えるだけ。

十にはなれるが百にはなれない。

 

だからこそ、この結果だ。

 

銃剣を刃ごと握って引き寄せる。

 

「歯ァ食いしばれマクスウェル」

 

「なんっ──」

 

ああ、良い位置だ。

成す術無いまま引っ張られたマクスウェルへと俺は構え──

 

「いっぺん泣きを見やがれ、このファミコン野郎がッ!!」

 

その顔面に、拳を叩き込んだ。

 

 



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/42 Augen im Himmel

 

めり込んだ拳が振り抜かれ、これまでの圧倒的な強さが嘘のようにマクスウェルの身体が吹き飛ばされる。

 

「がっ……ぁ」

 

一瞬止まった呼吸を取り戻し、漸く絞り出せたのはうめき声だけだった。

これまで二千年弱生きてきた中で、『初めて』感じた痛みが全身を駆け巡り、立ち上がることさえ覚束ない。

 

「痛、い」

 

殴られた衝撃で滲む視界には、自分の掌が見える。

そこへぽたりと何かが落ちた。

赤黒く、ドロリとした液体。

それは彼自身の口から垂れ落ちた血だった。

 

「…………っ」

 

自分から止め処なく流れ出る血。

突き付けられた傷付いた証に、マクスウェルは内側から湧き出す熱を感じた。

それが何なのかも解らないまま、衝動に突き動かれるままに立ち上がり拳を握り、振るった。

彼は魔人だ。雑に振るわれるそれでさえ、人間の頭程度なら容易く千切り飛ばす威力が有る。

 

「ああ、そうだ。それで良い。そうじゃなきゃ『俺達』の復讐が出来ない」

 

乾いた音と共にその拳を受け止められ、お返しとばかりに鳩尾にクレンの足がめり込む。

 

「か、ひ───」

 

漸く得た怒りと言う感情ごと口から空気が漏れ、内臓が潰される音が骨伝いに脳へと届く。

血反吐を吐いて、膝が折れそうな所で胸倉を捕まれ、無理矢理に立たされる。

 

「なに寝てやがる。まだ終わりじゃねぇぞ」

 

遠退きかけた意識が、左腕を砕かれた激痛で引き戻される。

 

「い──ぎ」

 

「テメェがやったこと、やってきたことだろ。人も、何もかも、好き勝手に潰して混ぜてグチャグチャにしておいて、自分だけは逃げられると思ってんのか?」

 

「──」

 

「殺してるんだ。俺もお前も殺されもすることだってある事、わかってるよな」

 

否応無く再生する身体にクレンの言葉が突き刺さる。

 

(殺される?僕が?……死ぬ?)

 

不意に、クレンの目を見た。

その目には見覚えが有った。

何十回、何千回、何万回と見た、肉体の変質の只中にあって尚、自分を睨んでいた者達と同じ目だ。

そこに在るのは、困惑でも悲嘆でも恐怖でも無い。

 

お前を赦さない

 

という感情のみ。

今なら理解出来る。それは怨讐であると。

生き残る事など許さない。無惨に朽ち果て死に絶えろ。

苛烈に燃え盛る焔の如き怨嗟と憤怒。

四百万の魂が持つその感情が己の身一つに注がれる。

その事実を理解した時、マクスウェルは『恐怖』した。

 

「───────ひ」

 

ガタガタと揺れて噛み合わない歯の隙間から、引き攣った声が漏れる。

クレンの創造した世界、その中天に浮かぶ蒼い月に無数の目が開き、マクスウェルを見つめていた。

 

知ってる、知らない、知りたくない、覚えている、覚えていない、覚えていたくない、見ている、見ていない、見ていたくない、忘れろ、忘れたい、忘れられない

 

咎めるように、突き刺すように、喰い潰すように、割き千切るように、射抜くように

 

見つめる目を、見てしまった。

 

「ぁ、アァァァァァァァァァああaAAAaaaaaaaaa!!」

 

絶叫が上がる。

肉体が引き裂かれ、血管が潰れ、神経が刺され、魂の奥底を直接灼くような激痛が全身を駆け巡る。

視線を固定され、瞼が閉じないまま『視線に焼かれている』。

血液が沸騰し、指先が壊死し、脳が焦げ付いてもまだ死ねない。死なせてくれない。

肉体が『変質』しても尚、死にきれない。

死ぬことを許してくれない。

 

「四百万人分の魂の怨讐だ。そう簡単に終わるかよ」

 

「い゛、い゛やだ───死に、たぐ」

 

「そうだな、誰だってこんな目に遭えばそう思うよな」

 

血泡を吹きながら腕を掴み懇願するマクスウェルを見て、クレンは言い放った。

 

「───それでも、死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼月の元、響き渡る絶叫と凄惨極まる光景は、はやて達にも見えていた。

あまりの残酷さに、目を背けたり、堪らず吐き出す者さえ居た。

その中にあって、はやては視線を反らすこと無く、クレンの背中を見ていた。

 

(これが、創造。これが……聖遺物の力)

 

法則も、摂理も、何もない。ただ己の世界を押し付ける圧倒的な暴力。

この創造世界に於いて、彼はほぼ神と同義なのだろう。

あれ程の猛威を振るい、自分達を苦しめたマクスウェルが成す術無く蹂躙される様を見れば嫌でもそう思ってしまう。

恐れがないと言えば、嘘だろう。

こんなモノを見せられて恐れない者が居るのなら、それは狂い者か、同じ魔人となった者くらいだろう。

 

マクスウェルの創造した、あの赫い世界はとうに砕け散り、あるのは足元に僅かに残った赫海の欠片のみだ。

外界と微かに繋がっているであろうそれが、彼にとっての命綱なのだろう。

あれは魂のリソースだ。あれが有る限りマクスウェルは死なない。

更に言うなら、この状況にあって『死ぬことが出来ない』。

数千万の命の分殺され、数千万の命の分生き返る。

当人からすれば最早無限とも呼べる地獄だろう。

 

やりすぎだ、とはやての人間らしい倫理観が内側で警鐘を鳴らす。

止めるべきだ、とはやての軍人としての感覚が呻く。

凡そ人知を超えた所業と絶え間無い悲鳴を聞いて、そう考えるのは至極真っ当だろう。

 

「…………」

 

だが止められない。声を出せない。

誰もこの復讐に異を唱える事が出来ない。

これを成しているのはクレンであり、そして何よりマクスウェルに殺され辱められた四百万の魂なのだ。

幾年も鈍る事無く研ぎ澄まされたその怨讐の心に、生半な言葉を掛ける事など出来はしない。

 

(だったら)

 

ならばせめて。目を逸さないように。

彼と彼らの行いを、八神はやては忘れぬように記憶に刻もう。

彼の命を救った、責ある者として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬られ割かれ潰され轢かれ打たれ、凍えて埋もれて燃えて。

四百万の魂による、幾年月に及ぶ怨讐の執行を一度に叩き込まれ、最早掠れた悲鳴しか出せないマクスウェルを眺める。

 

「かヒ───っ、ぁ゛」

 

魂に直接刻まれるダメージが肉体へと表出した事による激痛は、マクスウェルのあの余裕綽々な面の皮を剥がすのに十分だったようだ。

わざとそのままにしておいた赫海との繋がりによって再生と責め苦の板挟みに遭ったのだから当然だろうが。

そんな頼みの綱の赫海も、もう水溜り程度しか残っていない。

掴んでいた胸倉を離したことでマクスウェルの身体はその水溜りへとべしゃりと落ちた。

 

「ヒ、たす──たすけ──みんな」

 

必死の形相で水溜りを掻き集めるその樣に、かつての異様は見る影もない。

折檻され果てただ喚く子供のようだ。

端から見ればもう勝敗は決したように見えるだろう。

だが、それでも確信めいた感覚がある。

コイツはまだ何かを持っている、という確信が。

そしてその確信は、経たず証明される。

 

「あぁ、みんな、そこにいたんだね」

 

不意にマクスウェルの動きが止まり、そんな言葉を呟いた。

虚ろな笑い顔、その視線は空を見上げていた。

 

「アハ、ハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

壊れた自動人形のように、マクスウェルがけたたましく笑う。

両のひしゃげた腕を広げる様は、まるで何かを迎え入れるかのようにも見えた。

 

……空?

 

上を見上げても、俺の創造世界の暗天だ。

だがマクスウェルはその先──エルトリアの空を見ている気がする。

空……、何かを忘れているような。

脳裏に引っ掛ける何かを思い出そうとしていると、不意に後方に控えていた八神が叫んだ。

 

「クレン!!」

 

「どうした八神!!」

 

見れば八神は通信をしていたのか、耳元に指を当てていた。

そしてその表情は……固まっていた。

 

 

 

 

「コロニーが…………落ちてくる」



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/43 Dáinsleif

 

「コロニーだぁ?」

 

八神の言に思わず間の抜けた声が出る。

コロニー・フロンティアロック。確か先遣隊が突入した時には既に中は全滅、赫海と同じ様になっていた筈だ。

 

(赫海と同じ……?)

 

それはつまりマクスウェルにとっての魂のリソースだ。

元の総人口が分からないからどれほどかは不明だが、戦力を回復されるのは間違いない。

 

「落下地点は、此処や」

 

「……だろうな」

 

野郎、自分がこうなる(・・・・)事すら勘定に入れてやがったな。

恐らく、地上の赫海の残量が規定を下回ると落下するよう仕組んでいたんだろう。

リソースの回復もそうだが、何よりもマズいのはその質量だ。

惑星一つ分の総人口の殆どが入植していたコロニーだ。

その大きさは小惑星と変わらない。

そんな大質量がエルトリアに落ちようものなら、どれ程の被害を生むのかは想像に難くない。

八神の生まれ故郷、地球に有るという核兵器。それと比較にならない威力なのは間違いない。

そしてそんな大質量、大火力に俺の創造世界は『耐え切れない』だろう。

なんの変わりの無い、無人のコロニーであるなら少しは耐えられるだろうが、厄介極まりないことにアレは今や赫海の一部。つまり聖遺物の影響を受けた代物だ。

それが大質量を伴って干渉して来るのだから、その侵蝕に防ぐ手立てがない。

更に問題が一つある。それは、

 

「アレの落下に、八神達は耐えられない」

 

俺やマクスウェルはまだ魂のリソースを使えば生き残れるだろう。

しかし普通の人間である八神達は確実に死ぬ。

如何にフォートレスが有ろうが、あんな物をぶつけられれば秒も保たずにエネルギー切れだ。

 

オープンにした通信越しでは、パラディオンがどうにかコロニーを止められないかと慌ただしくしているのが聞こえる。

 

【アルカンシェルは!】

 

【ダメです、冷却間に合いません!】

 

【コロニー、再加速!速すぎる……あと二分で落下軌道に入ります!!】

 

【聞こえたか、機動六課!ランチを追加で降ろし、緊急転移魔法で回収する。撤退しろ!!】

 

ロディック艦長の怒号にも似た声がこの場に居る全員に響く。

撤退……それはつまりこの惑星を見捨てるという事。

あれだけのデカさだ、落ちれば向こう数十、或いは数百年は生命が存在しない惑星になるだろう。

……マクスウェルを除いて。

そうなればヤツの一人勝ちだ。その数十年の間で戦力を増強されればこちらは最早打つ手が無い。

ここで撤退するという事は、将来的な俺達の敗北と同義だ。

 

これだけの事をやった奴が一人勝ち?俺達が敗ける?

 

「───────は」

 

冗談じゃない。笑わせるな。

そんな……そんな事。

俺が許さねえ(・・・・・・)

 

【何をしている、早く──】

 

「なぁ、おいロディック艦長よ。あと何秒でコロニーは地上に落ちる?」

 

創造世界を解き、見上げた空にハッキリと壁の様に視認出来るコロニーを見ながら問う。

 

【何を】

 

「何秒だ」

 

【……六十秒だ】

 

「そうかい」

 

それだけ有れば十分だ。

 

【一体、何をするつもりだ】

 

おいおい、この状況でそれを聞くか?

答えなんて分かりきってるだろうに。

 

「決まってんだろ────コロニーを、吹っ飛ばす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ?」

 

開いた口が塞がらない、とは正にこの事だろう。

遠巻きならがもしっかり聞こえたクレンの一言に、はやては唖然を超えて溜息が出た。

コロニーを?吹っ飛ばす?あの超大質量を?

言っている事はシンプルなのに、脳が理解を拒否しようとするのをどうにか堪える。

 

【─────】

 

通信越しではロディック艦長も同じ心境なのか、無言で息を漏らしていた。

あまりに荒唐無稽な所業だ。そんな容易く実行出来るなら艦長だって撤退を命じたりしない。

 

確かにクレンは魔人だ。魔導師など歯牙にも掛けない、文字通り次元の違う存在だ。

あのマクスウェルをここまで追い詰めたのだから、その力に疑う余地は無い。

だが流石に……

 

「あんなんどうやって吹っ飛ばすんや……」

 

もう壁を通り越して空そのものの様に近付いて来ているコロニーを見て、そんな言葉が出てしまう。

だがクレンは、それを一笑して答えた。

 

「バ火力にはバ火力ぶつけんだよ」

 

簡単だろ?等と付け足して戯けたように肩を竦めて見せた。

そして徐ろに歩きだすと、未だ壊れた様に笑いながら跪くマクスウェルへと近付き──

 

「おい」

 

その顔面に蹴りを叩き込んだ。

なんの備えもなくモロに入った蹴りに倒れたマクスウェルの頭を掴み上げ、顔を睨み付ける。

 

「そんなに会いてぇんなら早めに『みんな』とやらに会わせてやるよ、マクスウェル」

 

「ハハハ、ハハ────ハ?」

 

余りの強い衝撃に、マクスウェルの瞳に僅かながら理性の光が戻る。

だが、理性を取り戻すには些か遅きに失したようだ。

…………或いは理性など、取り戻さないほうが良かったのかも知れない。

 

いよいよ大気による摩擦で赤熱化したコロニーが迫ってきている。

そのコロニーに向かってクレンは、マクスウェルを

 

 

 

 

「そんじゃあ……行きやがれぇ!!」

 

 

 

投げた。

 

 

【「──ハァ!?」】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、行ったな。そんじゃあ──」

 

ぶん投げたマクスウェルがコロニーへと向かって飛んでいったのを確認して、俺はヴィーザルを構えた。

ボロボロとはいえ、どうせアイツも魔人だ。あの程度じゃ死なない。

だから──

 

「いくぜ、ヴィーザル」

 

了解(ja)

 

この一撃で殺し切る。

 

十字剣となったヴィーザルという炉心に魂という火を焚べる。

凝縮されてなお燃え盛る魂が、光となって溢れ出す。

青褪めた焔が剣を覆い、零れ落ちる。

その熱量が地を焼き溶かし、足が埋もれる。

構わず、魂を更に込める。

 

──これは俺の復讐ではない。

 

──これは、この星に住まう凡ての復讐だ。

 

その渇望を、俺という存在全てを使ってヤツに叩き付ける。

 

大気が揺らぎ、稲妻が弾ける、超局所的天変地異。

その『余力』さえも剣へと込める。

星を思い、人を想い、そして唯一人を憎み、憎悪し、怨讐を誓った魂達の焔が一振りの剣へと収まった。

 

「──報復の刻は来た」

 

振り被り、ただ告げる。

 

耳朶を叩く轟音も、けたたましいマクスウェルの凶笑も意識から抜け落ちる。

 

コロニーに磔にされたマクスウェルを睨み、俺は

 

滅びの剣(Dáinsleif)

 

剣を振り下ろした。

 

剣先から光が放たれ、そして

 

 

 

 

 

 

 

世界から、色が消えた。




今話で今年の投稿は終了となります、1年間ありがとうございました

来年もまた、よろしくお願いいたします


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/44 Aufräumen und die Nacht

明けましておめでとうございますm(_ _)m
本年もよろしくお願いいたします!


 

死にたくない

 

死にたくない

 

しにたくない

 

しに く い

 

し    い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ほぉ」

 

何もない、何も映さない暗闇の中、襤褸を纏った男が立っている。

何もかもを持ち、何もかもを映して居るようで、何もかも欠落している様にも見える男が一人。

何も無いはずの足下を見て微かに声を漏らした。

其処には何も無い。

その目には何も映らない。

 

だが確かに、『何か』が有った。

 

余りに小さな砂利の一粒を爪先に当てたような感覚。

虚無の中にあって有り得ざる異常。

 

「成程────」

 

感嘆するようでいて、しかし空虚に男は口を僅かに歪めた。

 

「どうやら、今宵は少しばかり脚本がズレそうだ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────────」

 

この光景を、何と表すればいいのだろうかと、はやては投げ出しかけた思考を掻き集めた。

 

一瞬の閃光、咄嗟に全員に保護魔法を掛けなければ鼓膜が吹き飛び兼ねない轟音。吹き荒ぶ爆風と煙。

それらに目を瞑り、再び瞼を開けて見えた物は──

 

「────青空」

 

醜い肉塊と成り果てたコロニーも、狂笑を叫びあげていたマクスウェルも……あの悍ましい赫の空も。

全て、消えていた。

残されたのは二人の魔人の激突によって荒れ果てた大地と、満身創痍の自分達。

そして……。

 

「……………」

 

空を見上げる、クレン・フォールティアと言う『魔人』がただ一人。

 

ああ、ダメだ──そっちは、ダメだ。

 

確証のない予感が警鐘を鳴らす。

このままだと彼が、ずっと遠くに消えてしまう予感。

 

「クレン……」

 

震える声で彼を呼ぶ。

遠すぎるその背中を呼び止めるように。

いつの間にか変質から元に戻っていた身体を引き摺りながら、歩き出す。

 

他の皆はあの衝撃に気を失ったのか、誰も声を上げることは無い。

通信もイカれたのかノイズすら聞こえない。

風の一つも吹かない、ただただ無音の世界。

不格好に足を引き摺った跡を残す音だけが、やけに響いて聞こえる。

 

「クレン……!」

 

蓄積した疲労と、枯渇しかけの魔力のせいで視界が滲む。

それでも歩みを止めようとは思わなかった。

ただ一言を、伝えるが為に。

 

ああ、あまりにも遠い。

ほんの少し前まで、すぐ隣にあった筈のあの背中が。

遠く遠く、彼岸の果てまで行ってしまったかのよう。

 

倒れかける足に喝を入れる。

閉じかける瞼を意地で開く。

頭を上げ、ただ前を見据えて、あの背中へ。

 

時間にすればほんの一分にも満たない時間。

はやてにとって長く永い道程を歩いて、ようやく。

彼の肩を強く、しっかりと叩いた。

 

「クレン」

 

「…………八神?」

 

一瞬の間の後、呆気に取られたように、クレンがはやての顔を見る。

その顔は魔人ではなく、はやてがよく知る、クレン・フォールティアという一人の『人間』の顔だった。

 

(あぁ──)

 

あぁ良かった、と心の底からそう安堵して。

はやてはクレンに──

 

「────お疲れさま!」

 

そう言って、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4番ランチ、まだ荷物乗るぞ!!」

 

「誰かラボの荷出し手伝って〜!」

 

「資材はこっちに纏めてくれ、整理するから」

 

マクスウェルとの決戦から一週間が経った。

ラボは帰り支度でにわかに忙しく人員が動き回り、所構わずガヤガヤと賑やかだ。

そんな中、俺はと言うと──。

 

「ヴィーザルが聖遺物と融合したのはまあ良いでしょう、元よりそうなるだろうな〜とか思ってましたし?通常魔法を使えなくなったのもまあ、良いでしょう。聖遺物の出力を考えれば今までが特殊な状況だったんでしょうし。ですが形を……形状再設定を不可能にした!!そんなのって無いでしょう!!もっと色々改造したかったのに!!」

 

「いや知らねえよ!?」

 

「ちょっと、医務室では静かにしてくれないかしら〜?」

 

医務室のベッドに寝かされた上、シャーリーに質問責めされていた。

いや待ってくれシャマル、俺は被害者だぞ。

 

俺以外にもあの戦闘に参加した殆どがここで療養中。

マクスウェルの聖遺物の影響で身体が変質していたのが元に戻っていた事の経過観察も兼ねて、ロディック艦長が『片付けはやっとくから全員休め、寝ろ』と厳命したからだ。

最初の二、三日は大人しかったが、流石に暇過ぎたのか今となっては各々好き勝手に過ごしている。

筋トレや読書に始まり、トランプやらボードゲーム、果てはどっから持ち込んだのかゲーム端末まで。

医務室なのに医療器具に違和感を覚えるくらいの自由空間である。

 

俺自身は至って健康で、片付けの手伝いくらいは出来るのだが、『やかましい、休め』と艦長に一喝されたので大人し……く休みたかったなあ……。

 

帰ってきて医務室にぶち込まれ、次に目を覚ました時に全員から顔を覗き込まれてた時はホラーかと思ったわ。

その後はスターズ、ライトニング、終わりにヴァイスまで、見舞いと称した雑談に付き合わされた。

 

日々の検査と、アホほど密度の濃かった時間のせいで終わらない報告書作成で、瞬く間に時間が過ぎて今に至る。

 

「はぁ……で、跡地はどうだったよ」

 

「どうもこうも、何もなかった(・・・・・・)ですよ」

 

「そうか」

 

あの一撃でコロニーもマクスウェルも消え失せた。

あれだけ俺達を苦しめた奴だったが、その最期は呆気の無いものだ。

奴の消滅と同時に、赫海による影響も消滅したことがその後の調査で判明している。

現在は主に赫海に飲まれていた領域の安全性を調査隊を派遣して確認している。

とはいえ安全性はほぼ確実らしく、調査隊曰く『世界の修正力』が働いているというのが説だ。

 

「何にせよ、ここでの仕事は終わりか」

 

「そうだね、あまり長く向こうも空けられないし、準備が終わり次第……明日には出発かな」

 

話を聞いていたのか、茶の入った紙コップを片手にハラオウンがやってきた。

 

「一週間休みが貰えただけマシか」

 

「グリフィス君達も頑張ってくれてるからね」

 

「アイツ真面目だからなぁ……」

 

今頃ゲッソリとした顔で書類かたしてんだろうな、簡単に想像出来る。

 

「あ、そう言えばはやてを見なかった?」

 

「八神を?」

 

「私は見てないかな……どうかした?」

 

「ううん、そういう訳じゃ無いんだけど、なんだか元気が無さそうで。見掛けたら少し話し相手になってくれるかな」

 

「まぁ、良いが」

 

「ありがとう、お願いね」

 

そんな話の後、少し雑談をしてその場は解散した。

時間はもうじき夜になる。

散歩がてら八神を探すとするか。

──俺も、アイツには言っておかないといけないことが有ることだし。

ベッドから降り、制服の上着を羽織って俺はランチから外へ出た。

 

日中に粗方片付けは終わったようで、あれだけ機材や資材でごった返していたラボの周りは閑散としていた。

ラボの方を見ると明かりが点いていて、中からは作戦に参加していたスタッフ達の声が聞こえる。

声から察するに、ちょっとした食事会をしているようだ。

邪魔をしては悪いと思い、気付かれないよう窓から中を覗いてみたが八神は居ないようだ。

 

(……とりあえず外から回ってみるか)

 

ズレた上着を直して、ラボに背を向ける。

少し冷えてきた空気を感じながら、ラボの周りをぐるりと歩いていると、医務室代わりのものとは別の、もう一台のランチの上に人影を見つけた。

どうやら、らしくもなくあんな所に居たようだ。

 

「……仕方ねえな」

 

小さなその背中を見て、俺は一度ランチへと戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

なんとなく、考えがまとまらない。

止めるシャマルに無理を言ってスタッフメンバーに指示を出し、労いも込めて食事会の許可を出した後、はやては一人ランチの上で星を見ていた。

考えるべき事は山程ある。

あるのだが、ぼんやりとしてしまう。

あれからもう一週間も経とうと言うのに、どうにもこんな風になってしまう。

会話は出来るけれど、事務的というか集中出来てないというか。

 

「あー……なんやろ、これ」

 

もやもや?ぼやぼや?

言語化しようにもこんな事は初めてなので全く表現出来ない。

なんなら若干ムカついている。

何でだろうかとあーだこーだと考えていると、そう言えば戻って来てからこっち、一度も話していない人物が居ることに気が付いた。

 

「…………そうや、何で話してなかったんやろ」

 

彼が目を覚ました時は自分でも驚くほど喜んだ記憶はある。

ただその後は報告書やら全体指示やらで慌ただしく過ごしていた。いたのだが……

 

「話す機会なら幾らでもあった筈やけど」

 

そう、休憩時間や消灯前に話そうと思えば話せた筈だ。

なのに今になって気付くこの体たらく。

まさか無意識に避けていた?いやいやそんなまさか。そうする理由も無いのに?だったらなんで?いや嫌いとかそんなんじゃないし?

 

「うー……わっからん!」

 

「さっきから何あーだのうーだの唸ってんだ」

 

パンクしそうになる頭を抱えていると、声と共に視界が真っ暗になる。

 

「は?え?」

 

「なんだその間抜け声、アンタでもそんな声出すんだな」

 

からかうような言葉に、真っ暗になった原因を引っ剥がす。

 

「……もう、ふ?」

 

ベージュ色の毛布の残りが、頭からスルリと落ちた。

いやそんな事よりも大事な事がある。

さっきから笑いを堪えたような声がする方向に顔を向ける。

一週間どころかもっと聞いていなかったんじゃないかと思えるくらい、久しぶりの声。

 

「よぉ、八神」

 

「………………クレン」

 

微かに見上げた右隣に、彼が立っていた。



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/45 Rückgabe

 

「ほらよ」

 

「え、あ、ありがと……」

 

コーヒーの入ったカップを八神に渡して、毛布を肩に掛ける。

カップを両手に持って、漸く自分が思ったより冷えていた事に気付いたようだ。

 

「あったかいなぁ」

 

「そりゃ淹れたてだからな」

 

ぶっきらぼうに返しながら隣に腰を降ろす。

 

「…………」

 

「…………」

 

……き、気まずい。

身体を冷やしたら良くないだろうと色々持ってきたは良いが、渡した後を全く考えていなかった……!

いやだったら何で座ったのだ俺よ。

そら話聞いてやれと言われはしたが、向こうが喋らないんじゃどうしようもなくないか?

ともあれ、何か適当に話題を振ってみるか。

 

「久しぶりだな、こうやって話すの」

 

「そやねぇ、お互いあれやこれや忙しかったから」

 

あの決戦から帰ってきてからと言うもの、八神は方々に指示を出しながら忙しくしていた。

そのせいか、こうして二人で話すのは随分久々だ。

 

「クレン、体調は?」

 

「至って健康だ。じゃなきゃ態々お前を探しに出て来ねぇよ」

 

「何、心配してくれとるん?」

 

「ああ」

 

「……」

 

八神が押し黙ってしまった。

……待て、何で俺は即答した?

 

「お……俺含めて皆がな?」

 

何だか気まずくなって変な補足を付け足してしまった。

いや無難だな、無難。うん。

 

「そそそそっか、そうやな、ごめん」

 

「おう……」

 

沈黙。

どうしてこうなった。

だぁぁぁぁぁあ!!何を間違えたぁぁぁぁあ!!

なんかもう頭抱えたくなってきた。こんなむず痒い感じだったか?コイツとの会話って。

なんというかもっとこう、気楽じゃなかったか?

久々過ぎて感覚忘れちまったか?俺。

 

「あー……」

 

と、言うか。

こんなしおらしい八神は初めて見た。

大きめの毛布にすっぽり収まって両手に持ったカップからちびちびコーヒーを飲む姿は小動物的ですらある。

はぁ……細かい事考えるのは止めよう。単刀直入に聞いてしまおう。

 

「……何があった」

 

何と無く顔は見づらいから視線は正面を見ながら聞いてみる。

少しの沈黙の後、八神が答えた。

 

「んー、何ていうか、もやもやというかぼやぼやとするというか」

 

「なんだそりゃ」

 

「けど今は収まった」

 

「なんだそりゃ」

 

思わず二回同じ科白を言ってしまった。

八神が話を続ける。

 

「多分、安心したんやと思う」

 

「安心?」

 

「うん。生き残った事、勝てた事、クレンが……生きてて、勝って、無事だった事」

 

「ああ──」

 

マクスウェルに一度殺された時……俺は八神の目の前で頭を撃ち抜かれ、赫海に落ちた。

聞けば八神は俺が帰って来るとマクスウェルに啖呵を切って皆を鼓舞したらしい。

それでもきっと不安だったのかも知れない。

俺が死にきって、もう戻らないかも知れない。皆死んでしまうかも知れない、と。

 

「医務室でクレンが目ぇ覚めた時からや、こうなったの。気ぃ張ってたのが一気に緩んだんやろなぁ」

 

「あん時凄かったもんなアンタ。メッチャ踊ってたぞ」

 

「え、ウソやろ!?」

 

「ウソだ」

 

「……」

 

「アッツ!?おま、無言でカップ押し付けんなよ!?」

 

「罰や罰!あんだけ心配掛けたんやからこれくらい黙って受けとり!!」

 

ぐ、そう言われると何も言い返せねぇ……。

グイグイとカップの熱を腕に押し付けられるのを甘んじて受けていると、不意に肩にトン、と小さな重さを感じた。

見れば八神が俺の肩に頭を乗せていた。

 

「本当に……心配したんやから」

 

「……あぁ」

 

思えば、俺は八神に心配を掛けさせ過ぎていたのだろう。

脱走するわ、目の前で死ぬわ、蘇ったかと思えばコロニー消し飛ばすわ……全く、我ながら心配する要素しかねえ。

 

「ごめん、少しこのままでもええ?」

 

「構わねぇよ」

 

だから、この肩口を濡らすモノを、受けないわけにはいかない。

 

「もう、一人で行こうとせんといて」

 

「ああ」

 

「抱え込まないで、私に話して」

 

「ああ」

 

「約束、やからね」

 

そこまで言って、八神が顔を上げる。

雲間から、月が顔を覗かせた。

 

「………………」

 

穏やかな月光に照らされたその笑顔に、俺は息を呑むことしか出来なかった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──その、本当によろしいんですか?」

 

「事情が事情ですし、本局は上手いこと言い包めますんで」

 

翌日、パラディオンブリッジにて、申し訳無さげに佇むアミタにはやては笑って返した。

話していたのはアミタ達エルトリア人の今後の事だ。

マクスウェルが斃れ、赫海──聖遺物の汚染は消えたが、それが齎した環境破壊の爪痕が星の各地に残ってしまった。

結果としてアミタ達が再生した惑星の八割以上が荒れ果てた荒野へと変わり、本来の緑豊かな大地が残っているのはラボの周辺のみとなってしまった。

アミタ達の掲げる惑星再生をするにも、物資のやり取りをしていたコロニーも先の被害により既に無く。

エルトリアは人類が住むには以前にも増して厳しい状況へと追いやられていた。

 

この状況を受け、アミタ達はこの一週間協議を重ねた結果、本事件の重要参考人として管理局に保護を申し入れた。

アミタ、キリエとしては父母の眠る地を離れるのは苦渋の決断だろう事は、はやてもロディックも分かっていた。

二人はこれを本局──主にクロノ──と相談の上に認め、今に至る。

 

「何れにせよ皆さんには参考人として来ていただく事にはなっていましたし。クロノく──提督も丁重にもてなすと言ってくれましたから、安心して任せてください」

 

「私からも本局には言っておこう。何、言って聞かなければ実力で聞かせるだけのこと」

 

「それ、査問官が聞いたら大変なことになりますよ?」

 

ロディックの冗句に苦笑する。

元海賊の彼ならば本当にやりかねないからだ。

 

「艦長、準備整いました」

 

「む、そうか」

 

副艦長の言葉にロディックは談笑を切り上げると、艦長席のスイッチを押し、艦内放送のチャンネルを開いた。

 

「全乗組員に告げる。先ずは皆、ご苦労だった。そしてよく生き残った。誰一人欠けず戦い抜き、こうして共に帰れることを心から嬉しく思う!」

 

「これより本艦は管理局本局への帰路に着く!諸君、家に帰るまでが作戦だ!気を抜くなよ!!」

 

そう言い切って笑い、艦内放送を切るとブリッジの全員がロディックの合図を待っていた。

 

「パラディオン、発進!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、エルトリアを巡る戦いは幕を降ろし、クレン達は自らの巣へと帰る。

 

彼方へ飛び去る艦の背を、ただ一つの星だけが見送っていた……。



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/ 2章登場人物紹介&用語解説

 

・クレン

はやて達と共にエルトリア調査隊として参加。

聖遺物保持者としてマクスウェルと戦う最中、一度殺された事で自身の渇望を明確に認識。

形成位階から創造位階へと昇華した。

管理局本局から、より危険視される事は確実だが、本人は特に気にしていない様子。

魂の内側で邂逅した謎の二人に関しては、気にはなっている。

はやてに対して感情の変化があった模様。

魂の渇望は『全てが報われる世界であれ』。

 

厄災翻す報復の剣(Nibelungen Vergeltung Balmung)

ニーベルンゲン ヴァーゲルタング バルムンク。

クレンの至った創造位階。覇道型。

周囲は夜となり青い月が中天に座す、黒い十字架の丘を展開する。

発動の際、周囲に存在する聖遺物保持者の持つ魂から、報復を望む者を引き抜く事が出来る。

その能力は因果反転。敵のあらゆる攻撃、害意、その力の結果を相手に跳ね返す自動迎撃機構。

更にクレンの行動すべてにプラスの補正が働く。

黒い十字架を使った攻撃も可能で、ムシュマッヘなど、巨大な敵すら一刀に伏すことが出来る。

 

中天の月には敵への報復を望む魂達が居り、その怨讐によって対象の魂に直接ダメージを与える、回避不可能の攻撃。

苛烈なダメージは肉体へと表出する程である。

攻撃を開始する際は月に無数の目が現れ、対象を補足する。

 

・ヴィーザル

クレンの創造位階到達に伴い、聖遺物の力がヴィーザルの拘束力を越えた事で聖遺物と同化。

元の形を失うものの、自立思考とデバイスコアはそのままに形を変えてクレンの武器として共に戦う。

 

元の巨大な十字架から、クレンの背丈と同程度の長さの長剣になった。

形はケルト十字を模したもので、中心に持ち手、四方に刀身が延びた特異な形状をしている。

刀身のフラー部に位置する部分には銀色で解読不能な文字が刻まれている。

 

見た目こそスリムになったが重量は変わらず、常人が持つことは不可能なままである。

 

滅びの剣(Dáinsleif)

ダインスレイヴ

落下するコロニー、フロンティアロックを消滅させた超広範囲殲滅級魔法──のような代物。

この時点でクレンは魔法を使う事が出来なくなっていた故に急造で生み出されたもの。

その効果は至極単純。

魂を有りっ丈ヴィーザルに込めて撃ち放つ。

その威力は作中の通り、小惑星規模の物を消し飛ばす程である。

当然ながら、後にはやてから使用禁止を言い渡された。

 

 

 

・八神はやて

機動六課メインメンバーを連れ、エルトリア調査隊として派遣。

本局が聞いたら頭を抱えかねない作戦(環境破壊甚だしい渓谷破壊)を指揮し、エルトリアの面々と共にマクスウェルと戦った。

最終戦では撃墜されたクレンが復帰することを信じてあらゆる手を尽くし時間を稼ぎ、生還。

クレンに対して感情の変化があった模様。

 

 

・シャーリー(含む開発班)

本章過労死枠。

圧倒的戦力差を聖遺物抜きで詰めた技術的特異点を数多作り出した。

ミッドチルダ帰還後は全員二週間の有給を勝ち取った。

 

・フォートレスⅡ(ツヴァイ)

正式名称 全環境対応型疑似次元断層生成特殊外殻装甲 フォートレスⅡ。

管理局の保有する最新鋭艦が持つ次元断層防御装置を、カレトヴルフ社のフォートレスを基礎に人間サイズまでダウンサイジングした代物。

既存のフォートレスより重量こそ増したものの、文字通り次元断層を生成する為、殲滅魔法が直撃しようが五体無事に活動可能な防御性能を誇る。

ただし次元断層を維持するための要求エネルギーが尋常じゃなく高く、バッテリーでは2秒と経たず切れてしまう為、母艦からの常時エネルギー供給が必須である。

最終戦ではさらなる機動性の確保の為、再度小型化に成功している。

 

・ディバイダー

カレトヴルフ社のAEC武装のノウハウを各戦闘員のデバイスに最適化させ融合した武装。

先のフォートレスⅡの次元断層生成機能を攻撃に転用するため、後述のアルカンシェルⅡの設計思想を元に開発された。

近接攻撃や魔法の表面に次元断層を被せる事で対象の防御を無理矢理こじ開ける事で直撃させる。

文字通り、次元断層を相手にぶつける機構。

聖遺物保持者、フォートレス装備者以外では防御不可能の最強の矛である。

デバイスの形状はより鋭利な、攻撃的なデザインに変更された。

 

・ヴェレ

カレドヴルフ社が本作戦に持ち込んだAEC武装。

衝撃波を撃ち放つ非殺傷性がウリだが、本作戦ではリミッターを外され、常人が直撃すれは四散しかねない状態で運用された。

マクスウェルの放つ獣達にはダメージを与えられはしないものの、衝撃波による足止めとして活躍した。

 

 

・ティアナ、スバル、エリオ、キャロ

初の大規模作戦、死線、エルトリア組との交流を経験した事で大いに成長。

最終戦ではフォートレスⅡとディバイダーを装備し、前線での激戦を戦い抜いた。

特に成長目覚ましいのはティアナ。相手戦力の解析、それを加味した作戦立案や戦術で、模擬戦相手のユーリとイリスをしてこちらの動きを『分解』されると思わせる程となっている。

 

 

・なのは、フェイト、シグナム、ヴィータ

隊長陣として最前線で戦い抜いた。

久々のリミッター無しの全力戦闘に、全員無自覚ながらも張り切っていたが、最終戦での途中脱落に強く後悔の念を抱いている。

 

 

・エルトリア組

マクスウェルに『特異点』として警戒されながらも戦い、全員欠けずに生還した。

作戦終了後は本事件の重要参考人として本局にて保護となるが、本人達は助力してくれた六課の面々に恩を返すべく考えを巡らせている。

 

・特異点

惑星の持つ自浄作用。

マクスウェル曰く、世界の死に際の断末魔、生への渇望への具現。

星が外敵によって死に瀕した際、選出された存在が惑星の熱量と存在重量を託された使徒とされる。

特異点となった者は星のリソースを際限なく使う権限を与えられ、聖遺物の力の作用に対しても、元の現実に戻す力──世界の修正力で対抗することが出来る。

しかしエルトリアの場合、一度瀕死になった上、マクスウェルの手によって限界まで星の寿命を削られた事で出力が足らず、エルトリア組が敗北する事となった。

 

・パラディオン

ロディック艦長が駆る、本局所属の新造次元潜行艦。

既存の艦からアップデートを施したことで機動性及び隠密性が強化されている。

長期任務に耐えられるよう居住性も高く設計されており、保有する全ての艦をこれにしてくれと局員から声が多数挙がっている。

 

・アルカンシェルⅡ

アルカンシェルの運用データを元に開発された新機軸の艦載兵器。

元のアルカンシェルが広範囲に影響を及ぼす事での二次被害を軽減するため、一点集中での運用を前提とした設計になっている。

発射時は砲口から柱状の光線が照射され、光線内の対象を空間歪曲と反応消滅で消滅させる。

最大照射時間26.18秒。

 

 

・フィル・マクスウェル(本作設定)

本章の首謀者として赫海を生み出し、エルトリアを襲ったがクレン達と戦い、死亡。

観測者と呼ばれる人物から聖遺物を授けられ、遠い過去の時代から生き続けてきた怪物。

劇場版detonationで現れたのは彼の記憶の一部を持ったコピーであり、これと繋がる事で外部の情報を得ていた。

幼少より自立した生活が可能な脳と肉体をしていた事が原因で周囲から忌避され捨てられた事で、本来持ちうる情緒が致命的に欠けている。

それ故、心からの渇望を持ち得る事が無く、肉体の生存本能としての『親、家族』を求める衝動が魂に反映された。

創造位階到達者だが、本来のBriahとは異なり呼び方がMi Ha'ash(ミハーシュ)となっている。

保有する聖遺物は原初の海水。

魂の渇望は『みんなかぞくになればいい』。

 

創生万魔 慈母浸殿(ti'amtum schrein eindringen)

ティアムトゥム シュレイン アインドリンゲン

マクスウェルの創造位階。覇道型。

全天を赤黒い液体で満たし、中天に黒い太陽、そしてマクスウェルの背後に血肉で出来た神殿が出現する。

能力は強制変生。有機、無機問わず範囲内の存在は強制的に作り変えられる。

魂の強度や特異点、ディバイダーなどの外的要素次第で多少は耐えられるが、通常であれば1秒と経たずに肉塊に成り果てる。

赫海の力はそのままである為、強制変生を耐えたとしても、無尽蔵に発生する獣達の物量が襲い掛かる。

 



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3.
/01 treffen


新章、開幕です


 

この世界は間違っている。

そう思ったのは果たしていつだったか。

 

眼下に広がる地獄を見て、男は考える。

 

物事には、必ず終わりがある。

命ある物がそうであるように、不変のように見える岩ですら、時間と共に削られ砂礫と変わる。

始点が生じたのならば、同時に終点も生じる。

そう、あるべきだった。

 

男はこの地獄を知っている。

数多の死の博覧会。血と肉片、炎と絶叫と阿鼻叫喚。

一度も観れば十分のこの光景に、男は『既視感』を感じている。

否、既『知』感と言うべきか。

 

今に至るまでの事。

その全て、吐き出す息も所作も何もかも知っている。

最早何度目かなど数えるのも愚かしい程に己はこの地獄を作り上げている。

同じ時代、同じ時間、同じ場所、同じ人々、同じ魂。

疾うの昔に奪い去った筈の全てをまた奪う感覚。

 

長針が巻き戻り、短針が次の時間を刻まない時計のようだ。

そんな物はもう時計とは呼べないだろう。

なのにこの世界はそれが当たり前とばかりに繰り返す。

 

──この世界は間違っている。

そう思ったのは生まれた(・・・・)時から。

 

だから狂わす(こわす)

死血を啜り、終わる世界を羽撃く為に。

 

水銀の蛇が生まれた日、それは終端の蛇が生まれた日でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルトリアの一件から二ヶ月が経ち、季節は秋を越え冬になった。

無事にミッドチルダに帰還した俺達は任務完了の喜びもそこそこに、普段の生活へと戻っていた。

 

「んで、シャーリーとカレトブルッフの連中は今日も本局か」

 

「だな。今日はフォートレスⅡについて査問だとよ」

 

「本局の人達、また頭抱えるでしょうね……」

 

朝の食堂で俺、ヴァイス、グリフィスの三人で朝食を摂りながら雑談に興じる。

 

「そりゃあんなトンチキ兵装ばっかりだとな」

 

シャーリーを筆頭とした開発班は、帰還後のレポートで開発したディバイダーを初めとした新兵装が本局開発部の目に不幸にも止まってしまい、この二ヶ月間ほぼ毎週本局に呼び出しを喰らっている。

特にディバイダーは、デバイスの仕様を独断(とシャーリーの執念)で変更したせいで目茶苦茶に詰められたらしい。

非殺傷設定に戻せる仕様を実装していた事で言い逃れたというのは、準備が良いんだか……。

 

「つかそういうお前こそ査問終わったのか?」

 

「ああ、昨日ので最後だ……っても、俺は殆ど喋ってねぇが」

 

当然ながら俺も査問された。

聖遺物の進化やらなんやらと、帰還してからこっち、毎日本局に顔を出しては査問会だ。

とは言え、質問に答えたのは殆ど八神だ。

少しでも俺の封印をチラつかせる質問が来ると、凄まじい弁舌でそれを跳ね返していた。

同席してたクロノ提督がドン引きするほどには、まあ……凄かったな。

 

「そう言えば、戦闘員の訓練強度をまた上げたんでしたって?」

 

「ああ、それか」

 

グリフィスの問いに麦茶で喉を潤してから応える。

 

「最近ナカジマ達の成長がすげぇってんで、高町が上げたんだよ。確か……一番上まで」

 

「一番上って……大丈夫なんですか?」

 

「赫海に比べたらマシだってよ」

 

まあ確かに、あんな修羅場を生き抜いたらどんな訓練も熟せるわな。

おかげで最近は俺対ナカジマ達で模擬戦組まれる事さえあるんだが、成長著しいのは確かだ。

 

「アミタちゃん達はどうしてっかねぇ」

 

「それなら先週、本局から聖王教会の方に移動したそうですよ。取り調べも終わりましたから」

 

「へぇ、教会か。確かに堅苦しい本局よかそっちのが良いわな」

 

食い終わったヴァイスが爪楊枝を咥えて肩を竦める。

聖王教会、確か管理局に協力してる所だった筈。

しかし教会、か……。

 

「どした?」

 

「いや、何でもねぇ」

 

頭を振って誤魔化す。

ある日突然居なくなったあの人。わかっているのはシスターという事だけ。

聖王教会なら何かわかるかも知れないが……。

 

「あ、クレン君いたいた!」

 

「ん?」

 

そんな事を考えていると、跳ねるような声が俺を呼んだ。

声の元を見ると高町が手を振りながらこっちに歩いて来た。

 

「よお、早朝訓練は終わりか?」

 

「うん、さっき終わったとこ。クレン君は?」

 

「書類ならもう終わってる。どうかしたのか?」

 

持っていた湯呑みを置いて聞くと、高町は一つ頷いて、言った。

 

「今から、聖王教会の病院に行かない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!なのはさん!シグナムさん、クレンさんもお久しぶりです!」

 

車で高速道路に乗ってニ時間程。

山間部に在る聖王教会の病院で俺達を出迎えたのはアミタと、

 

「申し訳ありません!」

 

打って変わって頭を下げたシスター服の女だった。

どうして彼女が頭を下げているかと言うと、俺達の移動中に以前ナカジマ達が保護した子供が脱走したという報告が来たからだ。

エルトリアからの帰還後、依然目を覚まさないその子供の様子を見に高町は何度も此処に来ていたらしい。

それがまさかの脱走。一応管理局から監視を任されている身としては、こうする他無いのだろう。

 

「状況はどうなっていますか?」

 

「はい、特別病棟とその周辺の避難と封鎖は出来ています。今の所、飛行や転移、侵入者の反応は見つかっていません」

 

「外には出られないって事か」

 

「はい……」

 

「それじゃあ、手分けして探しましょう。シグナム副隊長はシスターシャッハと」

 

「ハッ」

 

「クレン君はアミタさんと」

 

「了解だ。特徴は?」

 

「金髪で背はこのくらい」

 

「わかった。アミタ、案内頼む」

 

「はい、こっちです!」

 

さて、まさかの事態だが……どうなるやら。

 

 

隔離街に居た頃、誘拐やら迷いこんだやらした子供を保護してはシスターの伝手で聖王教会に引き渡していた。

関わり自体はあったが、実際にこうして関連施設に来るのは初めてだ。

 

特別病棟の中は封鎖もあって酷く静かで、足音が良く響いた。

廊下を歩きながら居なくなった子供を探しているが、その姿は一向に見つからない。

案内してくれているアミタと雑談していると、気になるワードが出た。

 

「……人造生命体?」

 

「はい、検査ではそうだと、シスターシャッハが」

 

件の子供が人造生命体だと言う。

 

人造生命体。文字通り、人の手によって作り上げられた試験管ベイビーという奴だ。

人の都合で作られ、人の都合で弄ばれ、人の都合で廃棄される。

生命体とは言われちゃいるが、実態は体の良い実験材料か愛玩道具が関の山。無機物と大差が無い。

 

隔離街でも腐る程見てきた。

無造作に積み上げられた、そいつらの死体の山を。

 

「私も最初聞いた時はびっくりしちゃいましたよ。イリスとユーリが調べましたけど、そうと結論つけたから、確かなんでしょう」

 

大抵の人造生命体というのは、その殆どが異形や何かしらの異常を抱えている。

ハラオウンのような健全な身体というのは早々出来上がるモノではない。

余程……それこそ隔絶した腕を持つ科学者で無い限りは。

 

「人造生命体。そうであるだけで、こんな風にせざるを得ないなんて……」

 

「魔力量、肉体が検査では普通でも、何か仕込まれてる可能性が高い。そういう、モンだ」

 

そう、生まれからして普通では無いのだから。

先の通り実験材料扱いなのだ。大抵は魔力が暴走していたり、はたまた異様な膂力を持っていたりと、危険要素を持っている確率が高い。

こうするのは至極真っ当ではあるのだ。

 

「ん?おいアミタ」

 

渡り廊下に差し掛かった所で中庭見ると、金髪の子供が草むらの中に入るのが見えた。

 

「あれは……あの子です!」

 

俺の指差す方向を見てアミタが頷くと、通信で全体に呼びかける。

 

【こちらアミタ、子供を見付けました!中庭に居ます】

 

【こちら高町、ちょうど中庭に居ます】

 

高町の声に顔を上げると、確かに高町が反対の渡り廊下の下から現れた。

アミタと顔を見合わせ、合流の為に駆け出す。

流石に嵌殺しの窓をぶち破るほど常識知らずじゃない。

階段を駆け下りて中庭に入ると、既に来ていたシャッハとシグナム、そして高町と例の子供が振り返る。

 

金の髪が翻る。

そこで俺は初めて子供の顔を見た。

 

緑と赤の瞳が、怯えた眼差しで俺を認識した。

 

──矛盾している。

不安、怯えが綯い交ぜになったその瞳とは裏腹に身体から滲み出ている圧がある。

威圧ではない。これは、存在の圧だ。

少なくともエリオ、キャロより幼いだろうこの子供が持つべきそれではない。

 

持っている感情と存在の圧が噛み合わない。

そんな矛盾を、この子供は抱えていた。

 



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/02 Vorhersage

 

「臨時査察って……機動六課の?」

 

「うん……」

 

午後、機動六課の総隊長の執務室には、フェイトとはやてが悩み顔で話していた。

 

「地上本部にそういう動きがあるんよ……」

 

「地上本部の査察はかなり厳しいって聞くけど」

 

「うちはただでさえツッコミどころ満載の部隊やしなぁ」

 

「今配置やシフトの変更があったら、かなり致命的だよ」

 

エルトリアの一件で、ただでさえ本局から睨まれていると言うのに、ここに来て追い打ちを掛けるように地上本部の査察……はやてをして、頭を抱えたくなる事態だ。

口八丁手八丁、散々誤魔化し煙に巻きとして来たが、地上本部には効きが悪い。

 

「うぅ〜、どうにか乗り切る手を考えんと」

 

「……これ、査察対策にも関係するんだけど、六課設立の本当の理由、そろそろ聞いても良いかな」

 

機動六課。レリックを初めとしたロストロギア関連の危険任務を専任とする、古代遺物管理部の機動課、つまり実働部隊……というのが設立の理由だ。

確かに現場に専任出来る部隊が必要なのはわかる。しかし他の課でもそれぞれ少数ではあるがそういった隊は保有している。

そうなると、態々新しい課を作る理由も薄い。

元の状態で維持出来ていたのだから。

なのに実際はこうして機動六課は設立され、維持されている。

査察官の資格を持つフェイトから見て、この課の設立理由は疑問に思うには十分だった。

 

「そうやね……まあ、そろそろええタイミングかな。これから聖王教会本部、カリムん所に行くんよ。クロノ君も来る」

 

「クロノも?」

 

「なのはちゃんと一緒に付いてきてくれるかな?そこでまとめて話すから」

 

「うん、わかった……なのは、戻ってるかな」

 

はやての提案を了承して、フェイトはなのはに連絡すべく空間投影されたディスプレイから通信画面を開いた。

 

【う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!゛!゛】

 

途端映し出されたのは幼女の泣き顔と盛大な泣き声、そしてその幼女に服を掴まれたなのはとクレン、それを何とか宥めようとするスバル達だった。

 

【ちょっと待てヴィヴィオ!そこは掴むな引っ張るな!ベルトが外れんだろうが!】

 

【い゛っ゛ち゛ゃ゛や゛だ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!】

 

【いやマジで待て、待ってくれズボンからやべぇ音がしてるから!?露出癖なんざ持ち合わせてねぇよ!?力強えなオイ!!】

 

「な、なのは、これは一体……」

 

画面越しに鼓膜を叩く大絶叫を聞きながらなのはに問うと、苦笑が返ってきた。

 

【あー、あはは、実は……】

 

【あっ】

 

【あっ】

 

「「あっ」」

 

……答えようとしたタイミングでクレンのズボンが遂に天寿を迎えた。

 

 

「……ふ、殺せよ」

 

慌てたはやてとフェイトがなのは達の居る部屋に入ると、真っ白に燃え尽きたクレンが腰にブランケットを巻いた状態で部屋の隅に座っていた。

それをフリードとエリオが神妙な面持ちで慰めている。

件の少女は相変わらずなのはの足に縋り付いたまま、片手には無惨な姿になったズボンが握られていた。

……正にカオスである。

 

「これはひどい」

 

思わず率直な感想が出てしまった。

 

「……六課の誇るエースオブエース、聖遺物使いも、子供の前じゃ形無しやね」

 

気を取り直してなのはに話掛けつつ、姿勢を正したスバル達に休むよう伝えると、フェイトにアイコンタクトを送る。

 

(お願いできる?)

 

(任せて)

 

頷き一つ、フェイトは自然体で少女──ヴィヴィオへと近づいていった。

フェイトにヴィヴィオを任せ、はやてはクレンに歩み寄る。

 

「派手にやられたなぁ」

 

「ああ、八神か……」

 

漸くはやてが居たことに気付いたクレンが憔悴しきった顔を上げた。

さながら戦地帰りの兵士めいた顔に、苦笑することしか出来ない。

 

「まさかパンツまで持ってかれるとはな……エリオのカバーが無かったら終わってたぞ」

 

「クレンさんの『ドラゴン』はなんとか守り通せました」

 

「ああ、マジで良くやってくれた。昼飯のデザートを進呈しよう」

 

「ありがとうございます!」

 

「何やのこの会話……ドラゴン?」

 

男同士の謎の友情に突っ込みつつ、このままだといけないと咳払いをして空気を切り替える。

 

「えーと、クレンは午後空いとる?」

 

「午後は……いや、何も無いな。どうかしたのか?」

 

「私ら今から聖王教会の本部に行くんやけど、一緒に来る?」

 

「それは構わないが……大丈夫か?」

 

クレンの視線の先にはフェイトに宥められ、なんとか落ち着いたヴィヴィオの姿があった。

雛鳥の刷り込みか、或いは別の何かがあったのか、ヴィヴィオはなのはとクレンにべったりだったようだ。

彼女は目覚めて間もなく、直ぐに離れるのは気が咎めるのだろう。

 

「今シッターさん呼んだし、フェイトちゃんのおかげで落ち着いとるから大丈夫や」

 

そこまで言ってから、はやてはクレンに念話を送る。

 

【……シスターのこと、気になるんやろ?】

 

【お見通しかよ……】

 

これには敵わないと肩を竦ませ、クレンは大仰に頷いてみせた。

 

「了解だ、着いていく。エリオ悪い、俺の部屋から替えのズボンとベルト持ってきてくれるか」

 

「わかりました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘリに揺られること数十分。

俺達は山間にある聖王教会本部へと足を踏み入れた。

深緑の屋根と少し色褪せた石造りの建屋は大きく、それでいて威圧感は無く、森と同化するような柔らかな印象を見るものに与える。

隔離街の古木造りとは当然ながら見てくれからして違う。流石本部。

案内人に連れられ長い廊下を何本も歩いた先、少し大きな扉に入ると、金髪の女性が俺達を迎えた。

 

「高町なのは一等空尉であります」

 

「フェイト・T・ハラオウン執務官です」

 

ああ、そう言うのか。

 

「クレン・フォールティア嘱託魔導士d……です」

 

なれない敬語と敬礼をすると、柔和な笑みを浮かべて女が歩み寄ってきた。

 

「はじめまして、聖王教会教会騎士団騎士、カリム・グラシアと申します」

 

そういって静かに一礼する女性、グラシアの所作は何処となく俺の知るシスターに良く似ていた。

グラシアに促され、部屋の奥に進むと、窓際の円卓には既に先客が居た。

 

「ハラオウン提督?」

 

「少し遅かったな、四人とも」

 

書面と通信越しにしか目にしていない提督が座っていた。

その目にはうっすら隈が出来ていた。

まあ十中八九原因はエルトリアで好き勝手に暴れた俺達の火消しだろうな……。

 

「まあ、ちょっとしたハプニングがあって……」

 

「ハプニング?」

 

「「…………」」

 

八神の言に高町とハラオウンがさっと目を逸らした。

俺は天を仰いだ。

頼む、察してくれ。

 

「…………まあ、深くは聞かないでおこう。とりあえず、座ってくれ」

 

ありがとう提督、サンキュー提督。

俺は今、心からアンタを尊敬するよ。

席に着いた所で、少しの談笑の後。

八神は口火を切った。

 

「さて──先々月の一件についてのまとめと、改めて機動六課設立の裏表。それから……今後の話をしよか」

 

カーテンが閉ざされ、部屋が薄暗くなる中、提督が話始める。

 

「まず六課設立の表向きの理由は、ロストロギア、レリックの対策と、独立性の高い、少数精鋭の実験例……知っての通り、六課の後見人は僕と騎士カリム。そして僕とフェイトの母親で上官、リンディ・ハラオウンだ。それからかの三提督も設立を認め、協力を約束してくれている」

 

円卓に投影される画像には、入隊するときにチラ見した老人達が映っていた。

高町達の反応を見るに、有名人だったのか。それもかなり権力のある。

 

「その理由は、私の能力と関係があります」

 

提督の話を継いで騎士グラシアが立ち、持っていた紙の束を紐解くと、淡い光を纏ったそれがひとりでにバラけて宙に浮いた。

 

「私の能力、プロフェーティン・シュリフテン。これは最短で半年、最長で数年先の未来を詩文形式で書き出す、予言書の作成が出来ます」

 

「予言書……?」

 

しれっととんでもねぇ能力だな……。

 

「二つの月の魔力が揃わないと発動出来ませんから、出力出来るのは年に一度だけですが……そこに書かれた文書がこれです」

 

カリムがそう言うと、紙束の一枚がそれぞれ高町、ハラオウン、俺の目の前に躍り出ると、文字を浮かび上がらせた。

これは──。

 

「予言の中身も古代ベルカ語で、解釈によって意味が変わる難解な文章。世界に起こる事件をランダムに書き起こすだけで、的中率はせいぜい割と当たる占い程度──」

 

「『古き結晶と無限の欲望集い交わる地 死せる王の元、聖地よりかの翼が蘇る 死者達が踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち 其れを先駆けに、数多の海を渡る法の船も焼け落ちる』」

 

「え?」

 

「クレン、君はまさか、読めるのか──!?」

 

「あ?ああ、読めるな?」

 

口をついて読んでしまったが、驚かれるようなことか?

 

「これ、まだ続きがあるな」

 

「続き?けど解読では貴方が読んだ所までだった筈……読んでくれるかしら」

 

騎士グラシアに頼まれ、もう一度文章を読み込む。

確か……ここから。

 

『そして法と理が焼け落ちた後、昏き地の底より死血を啜りし竜が現れる 境界は崩れ去り、数多の海は虚無へ沈む 終結の竜は果てへと至り、回帰に牙を剥く』

 

「──だってよ」

 

読み終えて周りを見れば全員一様に顔を蒼くしていた。

ああそりゃそうだ。読んだ俺だって意味に気付く。

これは、この予言の結末は──

 

 

 

 

 

──世界の、終りだ。



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/03 Opa

 

「……その予言は、本当なのか?」

 

「読んだままを言っただけさ」

 

暫くの沈黙の後、絞り出されたクロノ提督の言葉に俺も頭を抱えたくなる衝動を抑えて答えた。

 

「前半部分……古き結晶はレリック、無限の欲望は同じ二つ名を持つスカリエッティ。中間は分からないけど、中つ法の塔は地上本部、法の船は恐らく本局の事、だよね」

 

動揺から立ち返ったハラオウンが言った解釈を、八神が首肯した。

 

「うん。この予言をそう解釈すると、結果として地上本部の壊滅。そして最終的に管理局システムの崩壊が示唆されてるんよ」

 

「あくまでよく当たる占い程度。だからと言って無視も出来ない内容……実際にスカリエッティが表に出て来た以上、対策を取らないわけにもいかなかったんだね」

 

「ええ、そうです」

 

高町の言に創始者の三人は頷いた。

予言に対抗する、現状の最高戦力を終結した精鋭部隊。

それが機動六課が生まれた本当の理由。

 

「問題は、クレンが解読した後半部分だな……意味の読み解け無い部分が多いが、一つだけ解る部分がある」

 

「『数多の海は虚無へ沈む』、ですね」

 

数多の海、それは前半の一節『数多の海を渡る法の船』から見て、恐らく管理世界……いや、全ての世界の事だろう。

虚無は虚数空間、或いはそれですら無い何か。

何にせよ碌でもない結末になるのは確かだろう。

 

「死血を啜りし竜に『回帰』、か。ここに来て新しいワードが出るとはな」

 

「あとで無限書庫に調べて貰うようにせんとなぁ」

 

無限書庫……確か、管理世界の殆どの書籍やデータが集められた場所、だったか。

 

「教会でも調べてみます」

 

「この件は三提督にも上げておこう……さて、分からない事は追々として。先の一件と今後についてだ」

 

クロノ提督がそう言って紅茶を飲み込んだことで、この話題は締めくくられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議は回りに回り、終わった頃には夕方になっていた。

開かれたカーテンからは茜色が射し込んでいる。

八神達を見れば、まだ何やら話し込んでいた。

うわすっげぇ悪人顔、提督引いてんぞ八神。

 

「あの、クレンさん……でよかったかしら」

 

旧交の邪魔をするのも悪い気がするので離れた所で壁に寄りかかっていると、グラシア……だったかが話しかけて来た。

 

「呼び捨てで構わね……ないです」

 

「ふふ、なら私も砕けた話し方で構わないわ、クレン」

 

「んぐ……」

 

あー、畜生、やりにくい!!

なんだ、シスターってのはどいつもこいつもこんなんなのか!?

 

「OK、わかったグラシア」

 

「名字呼びが気になるけど、まあ良いでしょう」

 

「はぁ……で、どうしたよ。向こうは良いのか?」

 

「ええ。それよりも気になることがあって」

 

「古代ベルカ語か」

 

グラシアが俺の目を真っ直ぐに見てくる。

彼女の話じゃ古代ベルカ語は読み解くのが難解なモノという扱いだ。

文章ともなればさらに難易度が跳ね上がる。

そんな文章の未解読の部分を何故即座に読めたのかが気になるらしい。

と言っても。

 

「俺にもわからん。何でか読めた」

 

「本当に?」

 

「こんな事で嘘ついてどうすんだよ」

 

猜疑の眼差しに肩を竦める。

俺自身、これまでの人生で古代ベルカ語なんて見たことが無かった。

なのに読めた、理解出来た。

その言語を最初から知っていた(・・・・・・・・・・・・・・)ように。

これも、俺の魂に関わる事なのだろうか。

俺の答えに納得しないまでも呑み込んだのか、グラシアが肩の力を抜いた。

 

「わかったわ。ごめんなさい、気になってしまって」

 

「いや、気にしないでくれ」

 

……そう言えば騎士って言うくらいだし、グラシアなら何か知ってるかもしれない。

 

「なあ、一つ聞きたいんだが、良いか?」

 

「何かしら?」

 

夕日が山陰に沈む中、俺はグラシアに問う。

 

「シスター……クラウディア・イェルザレムって名前を知らないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜になり、管理局に帰って来た俺は話があると言う八神達と別れ、一足先にヴィヴィオが保護されている部屋へ向かった。

 

「よおエリオ、キャロ」

 

「あ、クレンさん!」

 

「おかえりなさい!」

 

部屋に入ると窓際のソファで横並びに座った三人が顔を上げた。

どうやらあのあと付きっ切りで面倒を見ていたようだ。

 

「シッターは?」

 

「今は夕飯を片付けに」

 

「そうか」

 

テーブルの上には絵本が何冊も置かれ、ヴィヴィオの周りには何体ものぬいぐるみがさながら彼女を守るように鎮座していた。

ヴィヴィオに視線を移すと、がっつり目が合った。

 

「…………」

 

え、なんだ?どういう感情なんだこの顔は……。

ぱっと見では無表情。だが何か言いたげな雰囲気も感じる。

躊躇ってるのか……?

 

「どうした、ヴィヴィオ」

 

膝を折り、目線の高さを合わせて聞いてみる。

隔離街で子供を保護していた時は何時もこうしていた。

暫くそのまま静観していると、おずおずとヴィヴィオが口を開いた。

 

「お……」

 

「お?」

 

「おじ……うぅ……」

 

「……?」

 

 

 

「おじいちゃん!!」

 

 

そう言って抱きついてくるヴィヴィオ。

……………………………って。

 

「─────────────────は?」

 

「「えっ」」

 

「「えぇぇぇぇ!!!???」」

 

何時から居た高町&ハラオウンよ。

いや今はそんなことはどうでもいい、重要じゃない。

というかそれどころじゃない。

え、何、おじいちゃん?おじさんならまぁ二千歩譲ってまだ分かる。分かりたくないけどそうしよう。

言うに事欠いておじいちゃんて……えぇ…………。

何故か抱きついたままぐずり始めたヴィヴィオを抱きかかえながら天を仰ぐ。

 

「おじいちゃん……おじいちゃんて……」

 

「クレンさんて、19歳……ですよね?」

 

「頼むキャロ、そこで疑問符を出さないでくれ。なんか自信無くなってきた」

 

あっれおかしいな、俺まだ若い筈だよな?

まあ確かに詳しい年齢は分からんが、シャマルの検査で肉体的には19歳って事になってる。

 

「えっと……クレン君。どういうこと?」

 

「お れ が き き た い」

 

高町の問いに俺はそうとしか返せない。

俺の人生においてヴィヴィオみたいな子供は関わった事が無いし見たこともない。

そもそもおじいちゃんと呼ばれる家族関係を持っていない。

というか年齢的にどう考えても有り得ない。

 

「えっ、とだな、ヴィヴィオ。俺はヴィヴィオのおじいちゃんでは無「おじいちゃん!!」……せめて最後まで言わせてくれよ」

 

聖王教会、管理局の医療機関曰く、ヴィヴィオは記憶喪失或いは記憶がそもそも無い。

なのに俺をおじいちゃんと呼んでいる。

 

「クレン君の何かが、ヴィヴィオの記憶を刺激したのかな……」

 

「っと……どうするよ」

 

高町とハラオウンに気付いたヴィヴィオが今度は高町に抱きつきに行くのを見送ってハラオウンに聞く。

理由はわからないが、こうなった以上一度シャマルあたりに診てもらうべきだとは思うが……。

 

「今はやめておこう。まだ来たばかりで不安だろうし、あまり環境を変えるのは良くないかもだから。報告は私から上げておくよ」

 

「……了解した」

 

ハラオウンの言う事も一理ある。

そう納得し、エリオとキャロを連れ部屋を出ようとすると。

 

「おじいちゃんいっちゃやだ……」

 

と、ヴィヴィオに裾を掴まれた。

 

「だから俺はおじいちゃんじゃ──」

 

流石に一言言っておこう、俺の名誉の為にも──

 

「…………」

 

「もうおじいちゃんで良いか……」

 

──名誉とか最初から無いから捨てた。

 

「「クレンさん!?」」

 

仕方ねぇだろ、この目は裏切れねぇって。

だが一つだけ気になることがある。

これだけは確かめなきゃならない事が。

 

「なぁ、お前ら」

 

「何?クレン君」

 

「──俺って、臭うか?」

 

「え、気にするの……そこ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、宜しかったのですか本当に」

 

「構わないさウーノ。記憶が想起されるなら計画を前倒しにすれば良し、そうでないなら計画通りに。何も変わらないさ、結果はね」

 

暗い洞窟の中、ウーノと呼んだ紫髪の女性の問いにスカリエッティはキーボードを打つ指を止めずに淡々と答えた。

空間投影されたモニターには幾百幾千幾万もの文字の羅列が幾何学模様を構築している。

 

「彼の血族──諸王時代最後の血統。そして今に至る時代の始祖にして王。どれほど肉体から記憶を消しても、魂に刻まれた記憶は消せはしない」

 

さながら曲を奏でる様な打鍵は止まる事無く、尚も加速していく。

 

「全く、回帰の蛇とやらも皮肉な真似をしてくれる。こちらが一族のクローンから魂の励起をしていると言うのに、あっさりと『本物』を出してくるとはね」

 

だからこそ、『神』なのだろう。

だからこそ、彼は己の渇望が不可能で可能(・・・・・・)だと確信する。

この渇望が渇望足り得ると、魂から確信している。

 

「だが、おかげで『門』の完成が間近だ。あとは……」

 

指が止まり、スカリエッティが顔を上げる。

その視線の先には、幾つものレリックと呼ばれる真紅の結晶が宙に鎮座していた。

 

「もうすぐ、もうすぐだ……」

 

恍惚とそれを眺めスカリエッティは嘯く。

 

 

 

「私は神を────造る(・・)



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/04 Ruhige Tage

 

「────む」

 

朝霧の漂う湖の畔で、男は目を覚ます。

傍らには男と同じ様に草を敷いただけの簡素な寝床に眠る少女と融合騎の姿があった。

 

「…………」

 

少女の顔に掛かった若紫の髪を指でどかし、融合騎が蹴り飛ばした小さな毛布を掛け直すと、男は静かに立ち上がり、湖へと歩き出す。

水面に映る男の顔は正に巌の様で、眉間の皺といい、固く結んだ口といい、人相としては酷いものだと自嘲したくなる。

冷水で顔を洗い、まだ少しぼやけた思考を覚醒させると、男は目深に被っていたフードを外した。

 

男の名はゼスト・グランガイツ。

 

ルーテシア、アギトと行動を共にする、一人の『騎士』である。

 

【やあ、ゼスト。気持ちの良い朝だね】

 

「──スカリエッティ」

 

朝の爽やかな空気を澱の底に沈めるような声に、ゼストは顔を顰めた。

通信越しでも、コイツの声は不快に過ぎる。

 

「何の用だ」

 

努めて感情を抑えてスカリエッティに問う。

ルーテシアでは無く自分に直接連絡をしてくる場合、大抵碌でもない事態を引き起こす時だ。

そしてその予感は何時も的中する。それも、ゼスト自身が望まない形で。

 

【そろそろ、計画を進めようと思ってね──協力して貰うよ。ゼスト・グランガイツ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、これ絶対朝練でやるメニューじゃないよな」

 

「アンタが、ゼェ、それを……ハァ、言うんじゃ……無いわよ……!!」

 

口をついて出た俺の言葉に、息も絶え絶えなランスターが吐き捨てた。

以前より負荷の上がった訓練だが、今日は高町に頼まれてランスター達対俺の、4対1の模擬戦が組まれた。

しかも双方直撃判定一回で脱落のサドンデス形式。

二十分にも及ぶランスター達の奮戦の結果、俺の勝ちで幕を閉じた。

 

「しかし俺も抑えてたとは言え、二十分も耐えるとか。お前らも大概バケモンじみて来たな」

 

聖遺物こそ発動してないが、肉体のスペックは言いたか無いが天地の差だ。

それをランスターは策で埋めてきた。

 

「まさかビルの倒壊に巻き込んで直撃判定出そうだなんて、普通考えねぇだろ」

 

ナカジマとエリオが撹乱陽動、フリードとキャロが援護しつつランスターと弾幕を張りながらビルの基礎を破壊。

これを俺の攻撃を掻い潜り、勘付かせないようにやるのだから、流石に焦ったぞ……。

シミュレーションとはいえ、四方(・・)からビルが倒れてくる圧迫感にはゾッとした。

 

「あれでなんで直撃判定じゃないのぉ……」

 

「倒壊まで時間があるだろ?だからビルをぶった斬って当たらないようにした」

 

「「「「…………」」」」

 

ナカジマの疑問に答えると、四人が信じられない物を見たような顔をした。何故。

 

「バッッッッッッッッッカじゃないの!?」

 

「めっちゃ溜めたなぁ」

 

「普通ビルは斬れないのよ!!あんな大質量スパスパ斬れてたまるかぁ!!」

 

「無法……無法だぁ!」

 

「僕も斬れるようにならないと……!」

 

「エリオ君、それは流石に無理じゃないかな……」

 

「キュ〜……」

 

ランスターはキレ、ナカジマは嘆き、エリオはなんかあらぬ方向性に覚悟を決め、キャロとフリードがそれを窘める。

うーん、カオス。

 

「はーい、皆お疲れ様〜」

 

そんな様子を離れてモニタリングしていた高町が、労いの言葉を掛けつつやってきた。

 

「「「「ハイ!!」」」」

 

さっきまで四人ともぶっ倒れてたのに何時の間にか整列してやがる……。

 

「クレン君もお疲れ様。どうだった?」

 

「ディバイダー仕様も馴染んでるみてぇだし、戦術も良好。模擬戦なら文句なしだな」

 

「実戦だと?」

 

「……連中相手だとまだ少し厳しいかもな」

 

連中……スカリエッティ一派の聖遺物使い、戦闘機人とかいう奴らを相手取るならもっと力が欲しい。

逆に言えば出力さえどうにかなれば負ける事は無いだろう。むしろ辛勝すら有り得ない。

それくらいにコイツらの実力は上がっている。

 

「エルトリアでの経験か?」

 

「かもね……さて、今朝の朝練は終わり!みんな身体を休めるように!!」

 

「「「「お疲れ様でした!!」」」」

 

四人の大きな挨拶が朝空に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝練が終わり、朝食を済ませた俺は書類仕事を早々に終わらせて、シャーリーの居るデバイス整備室に来ている。

 

「よお」

 

「あぁ、クレン君。早かったですね」

 

「ヴィーザルの調子はどうだ?」

 

所狭しと様々な機器が並ぶ中を進みながらヴィーザルのメンテナンスを頼んでいたシャーリーに訊ねると、シャーリーは肩を竦めた。

 

「相変わらず、ですね。現状では聖遺物でもあり、デバイスでもある……というのが結論です」

 

「そうか」

 

「カートリッジシステムと複合武装が消失した代わりに出力が以前より数百倍上昇。外殻装甲の追加も拒絶され聖遺物の『檻』としての機能も消失してるけど、どういう訳かデバイスコアは現存。機能不全もなく良好な稼働をしている」

 

「つまり?」

 

「ほぼほぼ聖遺物と化してる」

 

「管理局的に大丈夫なのか?」

 

「ぶっちゃけ限りなく黒に近いグレーですね」

 

「だよなぁ……」

 

それはつまる所俺を嘱託魔導士たらしめている『枷』が無いにも等しい状況と言うことだ。

先日あった地上本部の臨時査察では偽のスペックデータを提出するという、バレたら一発アウトの荒業で回避したそうだが、このまま隠し通すというのも難しいだろう。

 

「この事、八神は?」

 

「もう伝えてあります。多分後で言われるでしょうけど、暫くは通常戦闘でもかなり抑えた戦い方をして貰うと思います」

 

「だな……」

 

軽い素振り程度でガジェットを両断するのをさらに抑えて戦わないと行けないか……以前のヴィーザルのような物理的なリミッターが無い分、より気を回さないといけなくなるな。

 

「とはいえ、私達の相手は聖遺物使い……抑えると言ってもそう簡単ではないでしょう」

 

「聖遺物で思い出したんだが、エルトリアで回収したヤツは今どうなってるんだ?」

 

「ああ、アレなら今は本局で保管、調査されてますよ。ただ──」

 

「ただ?」

 

「時折ひとりでに動くみたいです。知り合いが言ってました」

 

「なにそれ怖い」

 

聞けばどういう訳か保管ケースからすり抜けて出ている事があるらしい。しかも全部。

その知り合い曰く、何処かに向かいたがっているようにも見えるとか。

 

「ホラーじゃねぇか」

 

「まあ人の魂入ってるんですから、半ば呪いの人形と似たようなモンでしょう」

 

「お前って、存外ドライだな……」

 

「散々とんでもない光景見せられたんですから、慣れもしますよ」

 

ニヒルに笑って見せたシャーリーに肝っ玉の強さを感じていると、昼休憩を知らせるチャイムがなった。

 

「お、もう昼か」

 

「メンテナンスも終わりですし、食べに行きますか」

 

「だな」

 

待機形態になったヴィーザルを受け取って、昼食を摂るべく整備室を出ると、高町とナカジマにかち合った。

 

「あれ?クレン君にシャーリー?」

 

「よお、今から昼飯か」

 

「うん。そっちも?」

 

「ああ」

 

「私達ヴィヴィオと一緒に食べようと思ってるんだけど、クレン君も来る?」

 

そのまま廊下を歩いていると、高町からそんな提案が飛んでくる。

 

「俺は構わないが……」

 

「うーん、私は食べたら直ぐに戻っちゃうし、遠慮しときます。クレン君は行ってください。『おじいちゃん』、何ですから♪」

 

「テッメ、シャーリー!!」

 

「ひゃあ怖い、それじゃまた!!」

 

駆け出したシャーリーの背が瞬く間に廊下の角に消えた。

アイツ脚速ぇな……。

 

「ったく……はぁ」

 

「…………クレンおじいちゃん」

 

「聞こえてんぞナカジマ」

 

「ギクッ」

 

「あはは……それじゃ行こっか?」

 

高町に促され、ヴィヴィオの居る部屋に俺達は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。ミッドチルダ地上、108部隊隊舎。隊長室。

照明を落とされた部屋には、投影モニターの光だけがあった。

そのモニターを三人の男女が見つめている。

 

「現場検証と合わせて、六課からデータを頂きました」

 

スバルと似た顔立ちの女性──ギンガ・ナカジマが口を開いた。

それを継ぐ形で緑髪の女性、マリエル・アテンザ技士官が続ける。

 

「この魔法陣状のテンプレート、使っている動力反応、これまでの物より桁違いに高水準かつ高性能です。それに加えて聖遺物まで持っています」

 

「間違いなさそうだな」

 

壮年の男、ゲンヤ・ナカジマの問いに、マリエルははっきりと頷いた。

 

「はい。この子達全員、最新技術で作られた『戦闘機人』です」

 

戦闘機人──人体に機械部品を埋め込んだ、文字通りのサイボーグ。

才能や努力に左右されず、安定した戦力を生み出す。と言えば聞こえは良いが、倫理的にも技術的にも生産は安定せず、その発展は表立っては閉ざされていた。

だが、スカリエッティは如何なる手を使ったのか完成に漕ぎ着け、しかも安定した生産すら可能にしていた。

さらには聖遺物すら行使するという、現状の管理局にとって悪夢のような存在になっている。

 

「……マリーさんのデータを、六課とすり合わせないといけないのですが」

 

「通信で済ます話じゃねぇな……俺が直接出向くか」

 

「八神部隊長のお戻りは、20時過ぎになるそうです」

 

「マリエル技士官はお暇かい?」

 

「ええ、私もそろそろスバルの顔も見たいですから、ご一緒します」

 

「ああ、こっちからも頼む……19時頃出るとするか。それまでは休憩室で適当に時間を潰しといてくれ。ギンガ」

 

「わかりました。ではマリーさん、こちらに」

 

ギンガに促され、マリエルが部屋を出た後、照明の戻った天井をゲンヤは見上げた。

 

「やっぱりと言えば、やっぱりか」

 

視線を降ろすと、机に置かれた写真立てに映る、今は亡き妻の笑顔が見える。

 

「まだ何も。何も終わっちゃいねえか──なぁ、クイント」

 

問いかけても、妻の笑顔は変わらず、答えが返ってくる事は無い。

 

戦闘機人、レリック、聖遺物。これまで数多の犠牲を出しながら、なおもスカリエッティは止まらない。

無限の欲望。その名の証左かのように。

だが、ここ最近は動きがあまり無い。静かに過ぎる程。

それでもゲンヤには確証めいた勘がある。

確実に、近く管理局を揺るがす致命的な何かが起こると。

 

「──スカリエッティ、何を考えてやがる」

 

 



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/05 Ein neuer Wind

 

翌朝、早朝訓練の為に屋外シミュレーターへとやって来た俺達の前に、見覚えのない人物が二人、高町と共に立っていた。

 

「陸士108部隊より一時出向となりました、ギンガ・ナカジマです」

 

「デバイス技士官、マリエル・アテンザです。よろしくね」

 

ギンガ、とか言う方はナカジマとそっくりの顔立ちだ。双子だろうか。

それより問題は……

 

「気軽に声掛けてね~」

 

マリエルとかいう奴だ。なんてこった、テンションぶち上がってる時のシャーリーと同じ目をしてやがる。

そして目線が俺──というより背中に背負ったヴィーザルに固定されて全く瞬きしてねぇ……。

 

主、何故か寒気がします(Herr, ich bekomme aus irgendeinem Grund Gänsehaut)

 

と、小声でヴィーザル。

いや、うん。デバイス(?)に寒気があんのかとか聞きたいがお前の心労は察するぞ。

大丈夫、何かあっても庇えるはずだ。

 

「クレン君、だったかな?」

 

「あ、ああ……」

 

「あとで、じっくり、デ バ イ ス 見 せ て ね ?」

 

「アッ、ハイ」

 

【…………】

 

ごめんこれ無理。

なんで隔離街のイカレマッドサイエンティスト共より闇深い目ぇしてんのコイツ……え、怖ぁ。

 

「し、紹介も済んだ事だし、朝練行っとくか!!」

 

空気を読んだのか、ヴィータが気持ち大きめの声でそう言った。

そのおかげか視線も漸く俺(ヴィーザル)から離れてくれたようだ。

ヴィータには後で礼を言おう。

 

「で、俺は今日はどうする?」

 

「私と軽い模擬戦かな。その後は──」

 

俺の問いに答えた高町が不意に目線をずらす。

その先にはナカジマとナカジマ姉(そう推測した)がストレッチをしていた。

 

「観戦かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で。模擬戦なんだが。

 

「高町テメェ!どう考えても軽くねぇだろこれ!!」

 

「そっちに合わせてるつもりなんだけど!」

 

群がる魔力弾の雨霰と剣波の応酬、次々ぶっ壊されていく眼下の建造物群。

そう……どっからどうみてもガチバトルである。

軽い模擬戦とは????

 

ルールは昨日と同じ一発被弾でアウトのサドンデス。

高町はリミッターと砲撃魔法禁止、俺はヴィーザルを使うわけにもいかないので量産品の剣型ストレージデバイスの使用とそれによる固有魔法使用不可と、お互いにハンデはある……。

 

あるんだが、却ってそのせいで決着が付かない。

 

「ディバイダーとフォートレス使っちゃダメ?」

 

「殺す気か!?」

 

高速低速変速入り混じる桜色の魔力弾が殺到するのを、銀鎖を振り回すことで軌道を反らし、そのまま銀鎖の蛇頭を差し向けながら同時に突撃する。

 

「けどこのままだと朝練終わりまでかかっちゃうよ」

 

だがそれを安易に許す高町ではない。

後方へ飛び退りながら放たれる弾幕から、さらに迂回する軌道の魔力弾が上下左右から殺到する。

 

「ハッ、だったらそれまでに終わらせてやるよ」

 

正面に30、包囲に15ずつ。

銀鎖を引き戻す?残念だがこれの対処は間に合わない。

なら、やることは一つ。

 

「ッラァ!!」

 

直撃コースのモノを全部ぶった斬る。

それ以外は必要最小限の動作で回避しつつ手首のスナップと空中機動で次々と斬り捨てていく。

我ながら曲芸めいた動きだと自画自賛したくなるな、コイツは……!

 

10、16、23、41……

 

正に波濤と呼ぶに相応しい弾幕を斬り続けながら、銀鎖を手繰る。

幾つか魔力弾にぶつかった感触の後、不意にその感覚が無くなる。

この感じ……狙い通り、弾幕を抜けたか!

 

「なっ……!」

 

高町の驚いた声が聞こえ、薄くなった弾幕から表情も見えた。

驚愕に目を見開いた顔……だった。

 

「相討ち、だね」

 

転じて、苦笑いに変わる。

それと同時、俺が最後の魔力弾に剣を振り下ろそうとした瞬間。

魔力弾が自ら光を強く放った。

まさか、

 

「近接信管──!?」

 

打撃音と爆発音が、シミュレーターの空に響いた。

 

 

模擬戦の結果は相討ち、つまり双方リタイアである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、スバル」

 

「何、ギン姉?」

 

「ここって、何時もあんな(・・・)なの……?」

 

なのはとクレンの模擬戦が終わり、現在ナカジマ姉妹による模擬戦。

 

拳と蹴りの応酬を繰り返しながらもギンガは戸惑いを隠せなかった。

それもその筈、あんな模擬戦は見たことが無いからだ。

苛烈を通り越して最早実戦と大差無い威力のぶつけ合い。だというのに当の本人達はさも準備運動でしたという体でこの模擬戦をモニタリングしている。

ギンガは若干、出向してきた事を後悔したくなってきていた。

 

「流石に何時もじゃない、よっ!」

 

「くっ」

 

「けどなのはさんだけとは珍しいかも」

 

蹴りと蹴りがぶつかり合い、お互いを弾くように距離を取る。

 

「大体は隊長陣四人同時だし」

 

「は?…………は?」

 

訂正、ギンガは出向を後悔した。

一対一であれな光景だと言うのに四対一?それが毎回?

一体どんな罪を犯せばそんな地獄に叩き込まれるというのか。

 

「余所見厳禁!」

 

「甘い!」

 

隙を突いたスバルの拳をプロテクションで防ぎ、ガラ空きの胴へカウンターを叩き込む。

が、これもまたプロテクションで防がれる。

 

(……硬い)

 

以前であれば間違いなく砕いていただろう防御が抜けない。

当っていた攻撃もスレスレで回避される。

間違いなく、スバルは六課に来て急速に成長している。

正直、あんな光景を目の当たりにした後だと素直に喜んでいいのか分からないが、喜ばしいことに変わりはない。

 

「相棒!」

 

「ブリッツキャリバー!」

 

と、妹の成長を頼もしく思いつつ、模擬戦は続く。

全くの同時にウィングロードが展開され、戦いの舞台は空中へと移っていた。

 

 

 

 

 

 

 

ナカジマ姉妹の模擬戦。

結果はナカジマ姉の勝利で終わった。

とはいえ紙一重での敗北、模擬戦の結果としては上々だろう。

 

「反応も防御も良し、攻めの姿勢も悪くなかった」

 

「だが超至近距離でのスピードで一手遅かったな。しかし、動きはよかったぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

ヴィータとシグナムの総評を受けて、ナカジマの顔が綻ぶのを横目に、俺は高町とハラオウンに連れられナカジマ姉の所に居た。

 

「改めて紹介するね。彼がクレン・フォールティア君」

 

「よろしく」

 

「私はギンガ・ナカジマ。スバルと混ざっちゃうでしょうし、ギンガで構いませんよ」

 

「ああ、分かった」

 

闊達なナカジマの姉だけあって、物腰は落ち着いたものだ。

戦闘スタイルはゴリゴリのインファイターなのが以外にすら思える。

しかもエルトリアを経てかなりの成長を見せたナカジマを下せる程の実力者と来た。

一時出向とはいえ、ナカジマ達にはいい刺激になるだろう。

 

「…………」

 

そんな事を考えていると、ギンガにじっと見られていた。

 

「どうかしたか?」

 

「ああ、えっと……普通、なんだなって」

 

「普通?」

 

一体どういう意味だ?

 

「失礼な話ですが、隔離街から来たと聞いていて、その……」

 

「あぁ……」

 

六課の皆はもう慣れたものだから忘れていたが、隔離街の人間と聞いて普通の人は良い顔をしない。

重犯罪者達の檻にして楽園。それが一般における隔離街の認識だ。

かつて住んでいた人間として、その認識は間違っていない。

どいつもこいつもロクデナシのヒトゴロシ、マトモな感性の奴なんていやしない。

……一人を除いて。

 

「ごめんなさい、こんな事」

 

「いや、気にしないでくれ。アンタは姉なんだ、妹が居るトコに隔離街出身者なんて心配して当たり前だ」

 

そう、全く持って正しい反応だし、そうするべきだとも思う。

しかし、それをして俺を普通と呼ぶのか。

 

「普通、普通か……」

 

相変わらず渇望は在るし、人を殺した罪は消えないだろうけれど。

俺を普通と、そう足らしめているモノがあると言うのなら。

それはきっと。

 

「コイツらのおかげ、だな」

 

「なにか言った、クレン君?」

 

「いや、なんでも無い。次の模擬戦があるんだろ?行こうぜ」

 

高町の言葉を適当にはぐらかして歩き出す。

普通に見える事、それが少しだけ誇らしく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後。

 

「じゃあ次はギンガも居ることだし、クレン君を抜いた五人対、隊長副隊長四人でやろうか」

 

「ぇ゜」

 

とんでもない事を言い出した高町に、ギンガが宇宙言語を吐き、

 

「え、なにこれ地獄?」

 

と絶望の言葉を漏らしたのは俺の胸の内に仕舞っておく。

 



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