レヴィアタンの啼哭 (ウンバボ族の強襲)
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あるコロニーの最期


没ネタの供養です。
オリキャラ主人公です。

※グロ注意


 

 地獄を見た。

 

 

 私たちのコロニーは、たった1月で崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 その日は、何でもないはずだった。

 学校から帰ると、物凄い量の消防車やめったに見ない装甲車が沢山あった。

 

「何か、あったの?」

 

 と心配になってお母さんに聞いた。

 

「北地区の装甲壁が壊れたらしいって」

 

 あぁ、北地区ってあの治安の悪い場所でしょ? 怖いよね。

 アラガミ入ってきたりとかしないよね? 

 したら避難勧告とか出るかな、そしたら何を持っていけばいいんだっけ? 

 確か荷物は少なくしろってネットに書いてあったよね。

 一応何かあってからじゃ遅いだろうから持っていこう。

 ハザードマップをちゃんと見て、避難所の確認もしておこう。

 水は大事だから、数日分と、全然おいしくない緊急食糧と、身分証明書――ないから学生証でいいかな?

 ねぇ、お母さん、アラガミ来ないよね? 大丈夫だよね?

 

 そこまでは、鮮明に覚えている。

 

 その翌日に、避難勧告が出た。

 なのに、私は学校がどうなってるか心配でネットを見た。

 学校のサイトは更新されていない。

 だけど、避難勧告だ。別に休んだって問題ないよね?

 出席日数が心配だった。折角皆勤賞を取っていたんだから、内申点がつくと思っていた。

 用意しておいて良かった、なんて悠長なコトを言いながら防災セットを持ったお母さんと一緒に避難所に向かった。

 避難所は公的施設で、沢山の人が集まっていた。

 顔さえ見たことのない人もいた。

 アラガミなんか嫌だな、とか早くフェンリル来ないかな、とかゴッドイーターが退治するんだって? とか言っていた。

 ある人は怯えていた。

 お母さんより少しだけ年上のその人は、まだ装甲壁が今ほど丈夫じゃなかった時代の生き残りだった。

 だから、アラガミを見たことがあった。

 装甲壁を破って来たと言うアラガミは小型種だった。

 その人の家族は一瞬にして食われたと言っていた。

 お腹の大きかった母親が、その母親を庇った父親が、となりで寝ていたまだ小さな弟が。自分がいま生きているのは家族が喰われている間に逃げだしたからだと半狂乱になって言った。

 

「……昔の話だよね?」

 

 昔の話だ、と思い込もうとした。

 まだ、装甲壁が弱くて、人は今よりずっと数が少なくて。

 今は違う、と思い込もうとした。

 

 

 そこから先の記憶はどこか曖昧だ。

 

 

 2,3日で終わると思っていた避難生活は終わらなかった。

 何時まで経っても帰宅していいという許可は下りなかった。

 皆荷物を少なめにしていたからだろう、持ってきた消耗品や手持ちの食糧はすぐに底をつきた。

 すると行政が用意した食料や水や毛布が配られるようになった。

 非難して1週間が経過したとき、もっと広い場所に移るようにと指示された。

 なんでそんなことするんだろう、と私は思った。

 学校の友人が心配だった。

 みんな、どこで、どうしてるんだろう、と思った。

 消防からの指示で、皆で列を作って移動することになった。

 妙に町が静かだ、と思った。

 だって、そうだ。

 今街には誰も居ない。何も起きていない。

 いつも通るハズの自家用車や運送トラックのかわりに、今まで他所のコロニーの報道か、娯楽映画でしか見たことが無かった、装甲車ばかりが目に入って来た。

 何か嫌だな、と思った。

 

 

 後ろの方から絶叫が聞こえた。

 

「何? え? え? 何??」

 

 叫び声がした。

 何かと思って振り向くと、見えた。

 

 何かが、人の上に覆いかぶさっているのが。

 

「え? 何? え??」

 

 多分、「助けて」か「いかないで」のどっちか、だったと思う。

 とにかくその言葉は音を為していなかった。それはすぐに絶叫へと変わり、人はすぐに肉塊になった。

 

「え? 人……今、人、ひとがっ……」

「早く!! 早く行けってば!!」

 

 とっさに、お母さんが私の手を引いた。

 目に焼き付いて離れない、なんて言って呆けている私の足を進ませたのは、以外にも音だった。

 

「やめろ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ! だれか、だれか助け……うわあああああああ!」

「おいていかないで!! 助けて!!」

「早く行け!! 俺はいいから早く行けって!! うあ……ぎゃああああああああああああ!!」

「神様……神様……神様……!」

「夢だ、これは夢だ……全部嘘だ……嘘なんだ……!」

 

 音は止まらなかった。

 何かが吼える音、追いかけてくる音が響いた。

 

 その時私は生まれて初めて、死ぬかもしれない、と本気で思った。

 

 

 それが怖くて、ただ怖くて、死にたくない一心で走った。

 

 

 

 

 辿りついた避難所は確かに広かった。

 だけど、人はどこか減っているように見えた。

 思わず、耳を塞いだ。

 何人減っているのか、なんて知りたくもなかった。

 

 

『×××コロニーの皆さん、落ち着いて聞いてください』

『×月×日×時、北地区の装甲壁が決壊、そこから大型、中型種が多数侵入。大型種中型種の討伐は成功したものの多数のゴッドイーターが負傷。その結果小型種アラガミ全145体の侵入を許すことになり、内訳はオウガテイル45体、ザイゴード30……』

『東地区側に向かったアラガミへ避難誘導は間に合わず、×日、集計結果の予測によると死者300、行方不明者1360名にもおよび……』

『現在、フェンリルが全力で迎撃しておりますので、みなさんにも協力願います』

 

 

 市長からの、非常事態宣言以外の何でもなかった。

 私は、ここで初めて何があったのかが分かったのだった。

 

 それでも、私はやっぱり、分かってなかった。

 

 きっと、何とかなると思っていた。

 ずっと大人しくしていれば、じっと我慢していれば。

 いつか、誰かが、何とかしてくれるんじゃないか……って思っていた。

 

 配給される食事の量が減った。

 足りない。どう見ても、足りない。

 子供だって足りないのだ、大人が足りる訳がないと思った。

 お母さんが「私の分も。ゾーヤが食べていいから」と言った。

 食欲がない、なんて大嘘をついて。

 

 薬はすぐに枯渇した。

 避難所の中で、病人は次々に倒れていった。

 何人も死んだ。

 死んだ遺体はどこかへ持っていかれた。

 墓地なんかじゃないだろう。

 死体の処理は、あんまり考えたくなかった。

 

 

 食料をめぐり合って、若い男の間で諍いが起こった。

 皆、とにかく、お腹がすいていた。

 誰かが食料を盗んだと騒ぎが起きた。

 犯人はすぐに見つかった。早すぎる程に。

 「違う、俺じゃない。俺じゃないんだ!!信じてくれ!」

 そう言う『犯人』はすぐに避難所の外に追い出された。

 そして、帰ってこなかった。

 

 あぁ、地獄なんだな、ここ。

 

 ……とその時はっきりと自覚した。

 

 

 

 

 沢山いろんなことがあった。

 ある日は少し年上の女の人が泣いていた。

 強姦されたと泣いていた。

 でもそっちの犯人は分からなかった。

 翌日、彼女は共同の便所で首を吊っていた。

 

 別の日は子供が死んだ。

 まだ赤子だった。

 誰か粉ミルクを持っていませんか、とその数日前から母親らしき女性は何人にも訪ね歩いていた。

 赤ん坊の死因は栄養失調だった。

 死んだ我が子を抱えた女性は、呆然として座っていた。

 誰かが見かねて「もう死んでるんだから、早く捨てろ」と言った。

 その女性は、子供を抱えたまま『外』に出て行ってしまった。

 ……その先は考えたくない。

 

 

 おかしいな、と思った。

 我慢していれば、耐えてさえいれば、こうゆう場合、誰かが何とかしてくれるんじゃないの? と。

 警察とか、消防とか、フェンリルとか、ゴッドイーターが。

 ……なのに、事態は全然良くならない。

 もう走れない。もう立てない。空腹で死にそうだ。

 もう無理だ。今逃げろって言われ立って、逃げられない。

 

 誰か、誰でもいいから、誰か。

 私たちを助けて。

 

 

 

 

 

 

 

 ゴォン、と何かが打ち付けるような音が響いた。

 

 あぁ、嘘でしょ? 

 

 周囲の人が騒ぎ出す。

 ガチャガチャと言う音がする。

 アナウンスが響く。

 

『緊急警報! 緊急警報!! 誰も、そこから動かないで!!』

 

 

 

 ねぇ、冗談でしょ?

 

 

 

「うそだよね……?」

 

 

 

 分厚いハズの壁が、壊れた。

 そこを突き破って出てきたのは――アラガミ、だった。

 そうだ、この壁よりずっと固いし、分厚かった装甲壁まで破ったんだ。

 ここが、安全なわけが――そんなわけが、なかったんだ。

 

 みんながパニックになって走りだした。

 動けなかった人は、皆アラガミの餌になった。

 体が勝手に動いた。

 どこにそんな体力があったんだろう。人の波に押し流されるよりも早く、私の足は動いた。

 どこでもいい、走らなきゃ。

 走って、逃げなきゃ。

 

 逃げなきゃアイツらに食われる。

 

 もう、手には何もなかった。

 

 液晶端末の画面とにらめっこしながら、必死に集めた水も、携帯食料も、身分証代わりの学生証も。

 何もかも放り投げて走っていた。

 ……一体どこで、こんなになっちゃったんだろう?

 ……どうしていれば、正解だったんだろう?

 

 ちゃんとしていた。ベストをつくしていた。

 大人のいう事聞いて、我慢して、辛抱して、大人しくして、逃げて、逃げて、耐えたのに。

 危機意識が足りてなかった? じゃあ、だったら教えてよ、一体どこに逃げれば良かったんだろう?

 まさか、壁の外、とか言わないよね……?

 

 走りながら、無意味な自問を繰り返した。

 ああ、もう、一体、どこで、詰んでいたんだろう。

 

 ひょっとして、あの日、装甲壁が破れた日に、もう……?

 

 

 

 

「ゾーヤぁ!!」

 

 

 

 ふと、右手が軽くなった。

 

 

 

「お母さん!!!!」

 

「ゾーヤ!! 逃げて!! 来ないで!! 逃げなさい!!!!」

 

「お母さん!! お母さん!!!!」

 

 

 気が付くと、私の手を握っていたお母さんは居なくて。

 十数メートルくらい向こう側に倒れていて。

 その後ろに、口を真っ赤にしたアラガミが、迫っていて。

 

 ……やらなきゃ。

 

 お母さんに向かって手を伸ばさなきゃ。

 

 

 

「ゾーヤ! 逃げて!! いいから逃げて!! 早く!!」

 

「お、かあ……さん……」

 

 

 母は逃げろと絶叫している。

 足が、竦んだ。

 助けなきゃ……。

 ……あぁ、でも……。

 

 

「……うっ……うぁあああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 聞きたくない。

 聞きたくないから、叫んだ。

 この叫び声で、耳も、現実も、潰れればいい。

 そう思った。

 

 聞きたくない。

 お母さんの最期の声も、音も、見たくない。聞きたくない。

 

 嫌だ、嫌だ、と思って走った。

 

 とにかく走った。

 

 もう嫌だ、こんなの。

 うんざりだった。

 苦しいのも、怖いのも、もう嫌だった。

 誰かが死ぬのを見るのも、自分が死ぬかもしれない恐怖におびえるのも、ただただ、怖かった。

 怖くて、怖くて。

 ……もう。

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 ばきゃり、とそんな音がした。

 見ると、手が、変な方向に折れていた。

 

 

 

「うそ……? え……?」

 

 

 

 あつい、と思った。

 真っ赤な、血が、溢れて、溢れて、その場所から、どんどん力が抜けていく――そんな感覚。

 

 

 

「嘘……嘘だ……こんな……こんなの……こんなの……!!」

 

 

 

 見えたのは、大きな牙。

 目の前にいるのは、犬にも獣にも似た、そんなアラガミ。

 それが、私の周りを囲んでいて。

 逃げ場がもう、どこにもなくて。

 がくり、と膝をつく。

 膝をつく、という表現は嘘だ。

 

 ……だってもう、膝なんかない。

 私の足は、何故か、目の前のアラガミの口にあって。

 

 

 

「嫌……だ……こんな……こんな、さいご……嫌だ……嫌……!」

 

 母の名を呼んだ。

 助けて、助けてお母さん、と叫んだ。

 助けて、お母さん、と、さっき死んだばかりの母を呼んだ。

 

 思考と視界が真っ赤に染め上がっていく。

 

 腕が折れた、手が潰れた。足首がもげて、太ももが裂けた。

 血がドバドバ面白い様に出て、それが鉄臭くて、ぐちゃぐちゃしてて、生ぬるかった。

 痛い、痛い、苦しいと、熱い。

 誰か、誰か。

 誰か助けて、死にたくない。もう嫌だ、楽にしてほしい。

 痛いのは嫌だ、苦しいのは嫌だ、寒い、熱い。

 もう楽になりたい。

 死にたくない。

 なんだかとても眠い。

 目を閉じるのが怖い。

 

 煮え立った頭で考えた、支離滅裂な思考は、ふと暗転した。

 

 あぁ、これが死だ……と本能で悟った。

 これでもう、目を開けなくていいんだ、と思った。

 怖くて、怖くて、堪らない。

 

 

 

 

 私の真っ黒に染まった視界のなかで、ふと、何かが横切ったような気がした。

 赤い何かが、見えた。

 人だ、と思った。

 すぱすぱと面白いかのようにアラガミを何かで斬って伏せていく。

 その人が斬ったアラガミが黒い霧になって消えていく。

 

 

「おい、聴こえるな?」

 

 

 どこか、遠い。

 霧の向こう側から反響してくる様な声が聴こえてきた。

 

 

「どこもかしこも死体ばかりでうんざりだ。ようやく生きているのが見つかった」

 

 

 本当に、心底うんざりしているような声だった。

 

 

「生きたいか?」

 

「……」

 

 とっさに声が出なかった。

 叫び過ぎて喉が潰れてしまったのか、喉の奥が熱くて、血の味がした。

 でも、答えられなかったのは、喉の傷のせいじゃない。

 

 

「お前には選択肢がある。今のお前は瀕死だ。だが、救う手段がない訳じゃない。

 ……俺は、今ここで、お前に止めを刺してやることもできる。どうする? 死にたいのなら楽にしてやる。

 生きたいなら、助けてやる」

 

 

 その人はもう一度聞くぞ、と言った。

 

 

 

「生きたいか?」

 

 

 

 痛みは消えない。熱も、寒さも、苦しさも、何もかもが消えていない。

 でも、確かに段々と鈍感になってはいるようで。

 それが凄い怖いと思った。

 

 でも、同時に考えた。

 

 私はこの先、どうやって生きていけばいい?

 この地獄を見た後で、今日という地獄を背負って、どうやって、生きていけばいい……?

 

 

「……しにたくない」

 

 

 私の口が、勝手にそう答えていた。

 

 

「死にたくない……。死にたく、ない……でも――――でも、けど、もう」

 

 

 顔が熱いな、と思った。

 顔じゃなくて、目が。

 血じゃない水が、目から溢れていた。

 

 

 

 

 

 

「生きていたくない」

 

 

 

 

 

 だって、そうだ。

 

 この先この地獄を抱えてどうやって生きていけばいい?

 

 それにもうどうせ私は助からないだろう。

 この人は助かると言ったけど、きっと、それは多分嘘か何かだろう。

 

 だって、そうじゃなきゃ駄目だ。

 

 誰も、助からなかった。

 家族を亡くしたと嘆いていた人も、食料欲しさに盗みに走った青年も、普通に生きていれば幸せだったはずの女性も、赤子の母親も、私の母も。

 誰も助からなかったんだから。

 私だけが、助かっていいはずがない。

 私だけが助かるなんて、そんなことは、あっちゃいけない。

 

 死にたくない、死ぬのは怖い。

 今だって怖い。怖くて怖くて、堪らない。

 だけど、もう、生きていられない。

 だからもう、終わらせてほしい――――そんなつもりで言った。

 

 

 

「そうか」

 

 

 

 その人は、何かを納得したような声で、そっとつぶやいた。

 

 

 

 

 

「なら、適任だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










==以下補足説明==




オリ設定てんこ盛りだった黒歴史をリメイクして供養します。







 

・ゾーヤ・ミハイロヴナ・クトゥーゾワ


 15歳。コロニーに住んでいた旧ロシア系の少女。
 普通の学生なお嬢さん。父親がおらず、母親と二人暮らしだった。
 母親を失い天涯孤独の身の上となる。
 更に、オウガテイルにムシャられ四肢の大半を失った。
 
 この後『延命処置』として、
 『アラガミのコアを直接人体にぶち込むという』という施術を受ける。

 この後、戸籍上アレッサンドロの養子になり、手術のせいで赤毛赤目になる。




・アレッサンドロ・クトゥーゾフ

 
 多分20代後半。
 赤毛赤目の男。
 体内にカリギュラ仕込んでる。メチャクチャ強い。

 特殊部隊『グレイプニル』の隊員。
 相棒を失っており、そのせいで心が荒み、自暴自棄に陥っている。











黒歴史の供養に付き合っていただきありがとうございました。



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第89研究所にて



全く視点が変わる2話です。



※オリ主&オリキャラ

※捏造設定だらけ



 

 あのドアから、生きて出てきた奴はいない。

 

 それが俺達の現実だった。

 

 

 この部屋の中には、どこか体が欠けた子供ばかりが集められていた。

 手がない奴、足がない奴、ハンシンフズイとかで全く動けない奴、顔が潰れている奴。

 とりあえず、五体満足な奴なんか居ない。

 年齢も人種も性別も統一されていない子供たちが、同じように、白い、無機質な服を着せられて、首から番号札をかけている。

 何をするわけでもない。

 毎日毎日、決められた時間に決まったような食事とよく分からない錠剤を与えられ、注射器で血を抜かれ、検査台に縛り付けられ、機械にスキャンされれば日課は終わる。あとは、何もすることが無い。

 そして、ある日、番号を呼ばれて部屋から出ていくのだ。

 呼ばれた奴が、帰ってきたことはない。

 出てくるのは、いつだって、袋に入れられた『何か』だった。

 当然、その『何か』が分からない程おめでたい馬鹿はここには居ない。

 どうせあの部屋では何かロクでもないことが行われていて、多分入ったら最期で、俺達は今ここでモルモットの如く解剖台に乗せられる順番を待っているのだろう。

 

 ふざけるな、と思った。

 

 俺はこんな場所で、意味も分からず死ぬ気はない。

 利用されて、黙って大人しく殺されるなんざ冗談じゃない。

 今は監視下に置かれているが、絶対に逃げ道があるハズ。

 必ずスキができるハズだ。

 その機会を伺って必ず脱出してやる。

 

 

 

 

「こんな訳の分からない場所で死んでたまるもんか――――か?」

 

 

「…………は?」

 

 不意に横から声がした。

 

「どうだ、図星だろ? 隣座るぞ」

「……」

 

 ……随分と尊大な口調な奴だ、と思った。

 年齢は同じだろうか、随分と華奢な体格だった。

 やはり同じような検査服めいたものを着ており、番号札を下げられている。

 違いがあるとしたら、欠けている部分だった。

 そいつは、目にはぐるぐると包帯が巻かれていた。

 

「あぁ……ちょっと親がアラガミ化してな。この通り目が見えない」

「……は?」

 

 今、何か凄いことを聞いたような気がする。

 

「何てことはない。退役ゴッドイーターで、偏食因子の投与を受けていた母親が、運が悪くてアラガミ化して、目を食われた。父親はその時捕食されて死んだ。だから今は天涯孤独の身の上だったりする。よろしく」

「……」

 

 そいつはさらり、と何でもない様に自分のことを語った。

 だが口調とは裏腹に話は中々壮絶だった。

 そんな重い過去はコイツにとっては自己紹介の代わりでしかない様だった。

 今度はお前の番だ、とばかりに水を向けてきた。

 

「お前は? どこがない?」

「……足だ」

 

 俺は素直に答えることにした。

 どうせ、することもない。

 それに、この手の手合いはきっとこちらが答えてくるまで質問攻めにしてくるだろう。

 自分が話すことを嫌がれば嫌がるほど、詮索してくるタイプの人間だ。

 だったら、さっさと白状して手間を省きたかった。

 

「両足がない。装甲壁を破って来たアラガミに喰われた」

「装甲壁が? まさか。アレが食い破られたのか?」

 

 そいつはきょとん、として言った。

 最初こそ、何を言ってるんだコイツは、と思ったものの、考え直す。

 親がゴッドイーターだった、と言っていた。

 と、いう事は今ではこんな場所に居るが、本来コイツはもっと裕福で恵まれた環境に居たのだろう。

 何故だが俺は、この世間知らずのボンボンに厳しい現実を教えてやろう――そんな気分になっていた。

 

「お前らの様な特権階級からしたら、信じられないだろうが。一番貧しい外壁地域だとな。装甲壁なんかあってない様なものだぞ? しょっちゅう食い破られている。補修もロクにされないし、アップデートも後回しにされる」

 

「そんな場所があるのか?」

 

「スラム街と言う奴だ。……どいつもこいつも貧乏だった。俺の親もだ。アラガミに襲われている俺を、仲間が助け出したのはいいが、もう足はズタズタになっていた」

 

 言って思い出した。

 忘れもしない、クソの様な曇天だった。急に寒くなったり暑くなったりするとロクなことがない。

 その日、俺は近くのゴミ山を回ってゴミを漁っていた。

 なんてことはない、シティと呼ばれる内壁の中から出たゴミが、こうしてスラムの近くに捨てられる。

 ゴミの中にはまだ使えるものがある。

 使えるものはジャンク屋に売り払えばわずかだが金がもらえる。

 俺はそうやって金を貯めていた。その金で大人になったら、内壁に行こうと考えていた。

 スラムの中にはそうやって内壁に行ける奴がいる、内壁にさえ行ければ今よりも豊かな人生がある。

 だからお前も頑張れよ、などと言う年上の仲間に本当か嘘か分からないことを吹かれて、俺もそれをとりあえず信じ込んでいた。

 そうやってゴミを漁っていた時に、警報が鳴り響いた。

 気づいた時にはもう遅かった。

 名前もよく分からない狼の様なアラガミが、俺の足に食いついていた。

 片方の足があっという間に食われて、倒れた。もう片方にも食いつかれた。

 抵抗できたのは最初だけだ。あとはただ、意識が飛びそうになるのを堪えているだけで精一杯だった。

 叫ぶ力も無くなり、このまま死ぬのかと思ったことは覚えている。

 その時になってようやく近くにいた年長の仲間が、神機使いを連れてきた――らしい。

 その光景を俺はもう見ていない。血の気の失せた真っ青な顔で、気絶していた……らしい。 

 

「金がないから医者に診せられない。そもそも、医者なんか居ない。居たとしても薬も機材もない。このままじゃ腐って死ぬだろうと言われた。

 そしたら、たまたまフェンリルのスカウトが来た。スラムにはよく孤児が出て、そいつらをフェンリルが持っていく。どうやら、足がない子供が欲しかったらしい。

 ……だから『善意の治療』とやらを受けさせてくれると言われて来た。金と引き換えにな」

 

 要するに、俺は親に売られたのだ。

 仕方ない、と思う。

 

 両親は学がない、金もない。たとえあったとしても、あのスラムから一生出ることができない人種だろう。

 家にはまだ小さな弟と、赤ん坊の妹が居て、なのに、母親はまた腹を大きくしていた。

 子供を育てるには金が要るし、足を亡くした厄介者をちょうどよく一人追い出せる。

 ……仕方ないんだ、と思った。

 悲しくはない。苦しくはない。俺もいつかは出ていくつもりだった――それが、早まった、それだけだ。

 そう言い聞かせた。

 

 

「そうか……お前も大変だったな」

 

 

 実の親がアラガミになって、ソレに目を食われたとか言うお前程じゃないと思うが。

 と言い返そうと思ったが、やめた。

 

 こんな場所で、不幸の格付けをし合うことに何の意味がある?

 この先に待っているのはどうせ解剖台か、ガス室なんだろう。

 だとしたら、こんな場所で過去の古傷を舐め合ったところで惨めさが増すだけだ――と思った。

 

 

「ところで、良いニュースと、悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」

「……こんな場所でニュースか?」

「聞かなければ何も答えない」

 

 そう言うと、そいつはテコでも動かんと言うかのように居座った。

 多分、俺が何か言うまで動くつもりはないだろう。

 思わずため息が漏れた。

 どうも俺は、こいつと居ると調子が狂うらしい。

 

「……じゃあ、良いニュースからにしろ」

「分かった」

 

 そいつは上機嫌そうに笑った。

 

「助かるぞ。お前も、俺も」

「……何?」

「お前はまた自分の足で立てるし、歩けるし、走れる様になるだろう。俺の場合は多分目だから。俺の目はまた見えるようになるだろう」

「お前……知ってるのか? あの向こう側で何をやってるのか」

「じゃあ次は悪い方だ」

 

 人の話を聞きやしない。

 

「人間じゃなくなる」

「……は?」

「まぁ、見た目は人間だが、多少アラガミと混ざることになる。だから、もう全うな人の体だとは思わない方がいい」

「……」

「簡単に言うとゴッドイーターになるようなものだ。だが腕輪はないぞ。この場合は必要ないからな」

 

 俺は母親の影響で生まれたころから偏食因子を持っているから今更なんだがな、などとソイツは自分のことなのに、どこか他人事の様に言い放った。

 

「ちょっと待て……俺達は、あそこでゴッドイーターの適合検査を受けるのか?」

「適合検査じゃない。もう少し荒っぽいやつだ」

「適合検査って……あの失敗したら死ぬ奴だろう!?」

「へぇ、スラムじゃそう言われているのか。……まぁ、当たってはいるな。確かにアレは失敗すると神機に食われて見るも無残、語るも無残な死に方をすると言う。

 が、今時の検査で失敗するやつなんかそうそう居ない。適合検査をやる前に遺伝子検査をして、ちゃんとシンクロ率を確かめてからだ。だから失敗する確率は低いぞ」

「……じゃあ、俺達はゴッドイーターになるのか……?」

「神機を使ってアラガミを倒す……という訳にもいかないだろうがな」

「は?」

 

 さっきからコイツの言っていることは支離滅裂で滅茶苦茶だ。

 何を言っても、雲を掴む様にふわふわした返答しか返ってこない。

 だから俺は少しだけ苛立っていた。

 

「おい、いい加減にしろ!! ハッキリしたことを言え!」

 

 そいつは、笑った。――――様な気がした。

 目元は見えなかったが、口元が笑っていたから、多分笑ったんだろう。

 

「そうカリカリするな。……が、人の怒鳴り声なんか久しぶりに聞いたなぁ」

「怒らせたのはお前だ!」

「はいはい。まぁ、とは言っても俺も全部分かってる訳じゃないんだがな」

「構わん。知ってることを全部話せ」

「了解」

 

 やはり、どこか掴みどころがない奴だ。

 やりずらい、と思った。

 会話の主導権を握られっぱなしな気がする。

 ……まぁ、俺が知っている情報は何もないのだから、仕方ないような気もするが。

 

 

「今、新しい実験が行われている。それは、人体に直接アーティフィシャルコアをぶち込むという手法だ。コアは知っているな? 神機に使われているアレだ。アレを直接人体に入れる――簡単に言うと、神機をそのまま人間に埋め込む、というわけだ」

「……」

 

 ゴッドイーターの使う武器、神機の仕組みってそんな風になっていたのか、とそこで初めて知った。

 そうか、俺は神機にされるらしい。

 何故だが、このときの俺の脳内配線はそうなっていた。

 

「だが、ソレは『大人』や既に『ゴッドイーター』になっている者には無理だ。だから俺達の様な子どもが選ばれた。成長過程の子供ならば、完成品の大人よりもオラクル細胞への適合率が高い。

 ついでにオラクル細胞を体に入れるにあたり、腕か足か腹かどこかを切断しなきゃならない。だが、それは面倒だ。だったら、初めから欠けていればいい。ついでに身寄りがないのが丁度いい。

 ……それで、選ばれたのが俺達、というわけだ。まぁ、言ってしまえば人体実験の被検体、だな」

「…………そうか」

「あまり驚かないな。憤慨もしないのか?」

「何となくそんな気はしていた」

「成程」

 

 画一化された服装、番号札、やたら飲まされる錠剤に、妙に念入りな検査。

 ここまで揃っていて何だか分からない程俺は鈍くはない。

 おぼろげにあった疑念を、言語化された――その程度のことしか感じなかった。

 

「で、成功率はどれくらいあるんだ?」

「そんなところまでは流石になぁ……まぁ、良くて5割、悪ければ3割程度じゃないか?」

「あぁ、なんだ」

「失望したか?」

「いや、思ったよりも可能性はあった」

「……最悪3割だぞ?」

 

 そいつは聞き返してきた。

 変な奴だ。自分で言った数字なのに、自信が持てないらしい。

 

「だからどうした。俺がその3割に入れば何の問題もない」

「……」

「何で黙る!?」

「呆れたヤツだ」

 

 馬鹿にしてるのかコイツ。

 

「自分の豪運を信じて疑っていないようだな」

「当然だ。俺が本当に運が悪かったら、足を食われたときに死んでいた」

「……あぁ、それもそうか」

 

 言葉とは裏腹に、口調は「その発想はなかった」とでも言いたげだった。

 うるさい黙れ、知ったことか。

 俺は本気でそう思っていた。

 

 俺は本当に、あの時死ぬかと思った。

 足を食われながら、誰にも見られず、ここで一人ぼっちで死んでいくのだと本気で考えた。

 それを生き抜いたのだ。

 なら、自分の強運を想って何が悪い?

 

「それに、どうせこのまま脱出できたとしても、両足がなければ、俺などすぐに死ぬ。飢えて死ぬか、アラガミにでも食われて死ぬか。そのどちらかが俺の末路だろう。だったら3割だろうが1割だろうが乗ってやるさ。それで死ねばそれまでだ」

「あぁ、そうだな。そっちの方が現実的だ」

「どうせ一度拾った命だ。もう一度くらい、拾ったっていいだろう」

「……」

 

 

 

「だから、お前も、そうしろ」

 

 

 

「は?」

 

 

 

 そいつはぽかん、と口を開けた。

 あぁ、呆けているな、と思った。

 案外感情の機微に疎いらしい。

 

 

「3割だか5割だかは分からんし、知らん。だけど、俺はこんな場所で死ぬ気はない。適合だろうがなんだろうが、足がまた生えるのなら安いものだ。だから、お前も死ぬな。まだ見てないものが山ほどあるんだろう?

 絶対目がまた見えるようになるから――――だから、死ぬんじゃない」

 

 何故か、そう思った。

 

 

 

 

 根拠はない。だが、話していて漠然と感じたのだ。 

 コイツはきっと、放っておくと死ぬだろうな、と。

 自発的に死ぬのではなく、多分どこまでも受け身で。

 何となく、コイツから生きる意志のようなものが、あまり感じられなかった。

 だから、自分のことなのに他人事のように語る。

 

 きっと、コイツも傷を負っているのだ。

 

 だって、そうだ。

 親が化け物になって、自分を食おうとした? そんな修羅場をたまたま生還したのだ。

 地獄でなかったハズがない。

 そしてこいつは、まだ、その地獄から脱却できていない。

 

 だから、コイツに今ここでこう言わなければ、勝手にコイツは死んでしまうんじゃないか――なんて思った。

 

 俺は、コイツに死んでほしくなかった。

 

 

 

「……お前はお節介なやつだな」

 

 

 

 初めて、そいつの感情が出たような気がした。

 それは心底安堵したかのような――そんな声に、聴こえた。

 

 

 

「お前には言われたくない」

「……それもそうか」

「あぁ、そうだ」

 

 それから少しだけそいつは黙って、また口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、どんなアラガミを入れられたい?」

「はぁ?」

「どうせ入れられるんだ。だったら願望位言ったって良いハズだ」

「……」

 

 そこで口ごもった。

 俺は、そこまでアラガミに詳しくない。

 見たことがあるのは、俺を食ったあの妙な犬のようなアラガミだけだ。

 アレだけは嫌だが、他のアラガミなんか知らなかった。

 

 

「俺は、サリエルがいいな」

「サリエル?」

「あぁ、アレはな、上半身に女の姿があって、空を飛んでいて、黒い蝶みたいで。綺麗だ」

「……」

 

 アラガミは人類の敵のハズだ。

 それを綺麗だ、と言えるコイツの神経はやはりおかしいんだろう。

 と、俺は思った。

 

 

「お前はルフス・カリギュラがいい」

「ルフス・カリギュラ?」

「あぁ、竜の様なアラガミだぞ。しかも、滅茶苦茶強いし、赤い。そして、何処まででも飛んでいける」

 

 正直どうでもいい、と思った。

 アラガミなんか俺は大嫌いだ。

 だが、アラガミを綺麗だとか強いとか評しているコイツの口調は、嫌いじゃなかった。

 それに、何処までも飛んでいける――その言葉は魅力的だった。

 

 

「……悪くないな」

 

 

 

 

 

 

 

 



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狼の巣①

※この話に出てくる『グレイプニル』はGE3で出てくるだろう『グレイプニル』とは多分一切全く関係ありません。




 

 

 目が覚めた場所は、天国じゃなかった。

 

 まぁ、仕方ない。私は天国に行けるような善行は積んでいない。

 じゃあ、地獄か、と言えばそうでもない。

 個人的な印象だけど、地獄はきっと、多分、暗い。

 私が目を覚ました場所は、点滴だか何だかよく分からないチューブを沢山繋いだ清潔なベッドの上だった。

 

 

「おい、起きたか」

 

 

「え……あ……はい……」

 

 

 聞き覚えがある声だった。

 見覚えがある赤だった。

 

 だが、それ以外は分からない。

 髪も、目も、真っ赤な男がそこに居た。

 年齢はよく分からない――見た目は若い、きっと一回りくらい年上だろう。

 普通じゃあり得ない様な毒々しいまでに、鮮やかな真紅だった。

 それでも綺麗な色だなぁ……なんて私は思った。

 

 

「赤毛がそんなに珍しいか」

「あ……す、すみません……」

「それに、お前も今は同じ髪の色だぞ」

「え……そんな訳……って……え?」

 

 

 ずいっと手鏡を押し付けられる。

 そこには確かに、いくらかやつれた自分が映っていた。

 あぁ、体重計とにらめっこのダイエットとかしてた自分が馬鹿みたいだ。

 私の少しクセのある髪は、あまり珍しくもない淡い茶色だった。

 クラスの女の子が持っていた真っすぐな長い金髪に憧れていた。

 せめて、と未練がましく背中まで伸ばした髪だった。

 お母さんと同じ、特に珍しくもない。普通の淡い茶色だ。

 

 それが今、真っ赤に染まっていた。

 

 

「え? えぇええええ?! なんで!? なんで、こんなっ、赤ァ!?!?」

 

 毒々しいまでの、鮮やかな赤だった。

 ついでに目の色までもが真っ赤に染め上がっている。

 前は特徴もないような眼の色だったのに。

 今は美醜は関係ない。

 とにかく思ったのは、「これ、私じゃない」だった。

 

 

「あの……これ、何!? アラガミに襲われた後遺症かなんか……ですか!?」

「はァ? そんな訳がないだろうが。喰われた位で髪や目の色が変わってたまるか」

「えぇ? じゃ何でこんな色に……?」

「おい、どこまで覚えている」

「え? どこまでって何が……」

「だから、どこまで覚えているか記憶を言え」

 

 

 覚えていることを言え、と言われた。

 

 ふと、目の前をよぎったのは、巨大な顎だった。

 

 

「……あ」

 

 

 そして、思いだす。

 あぁ、地獄だった、と。

 

 

「名前は?」

「ゾーヤ……ゾーヤ・×××」

「ゾーヤか。年齢は?」

「14……じゃなかった、えっと、15歳」

「所属は?」

「所属?」

「学生だったのか?」

「あ、はい」

「どこの学校だ? どのクラスだった?」

「えっと、×××コロニーの×地区。第3中等学校の3年Bクラスで……した」

「そうか」

 

 男は今言った事をクリップボードに書き付けた。

 

「えっと……ここ、どこでしょう……」

「今は俺が質問する。疑問があればその後に聞け」

「あ、はい」

 

 ハッキリしている。

 道理だ、と思った。

 

「住所は?」

「×××コロニーの南地区×番地×番で……アパートの名前は×××で1号室」

「家族構成は? 同居していたのは母親だけか?」

「……はい、お母さんと二人……」

「……そうか」

「…………」

 

 不安に、なってきた。

 何をしているんだろう、私。

 何を、聞いているんだろう、この人。

 

 私はこんな所で、何をしているんだろう……?

 

 

「どこまで覚えている?」

「…………」

 

 覚えている。

 かなり、鮮明に。

 学校から帰ったことも、避難警報が出ていたことも。

 適当だったけど、大真面目に、ネットを見ながらリュックに色々詰めて、荷造りをしたことも。

 指定の避難場所まで行ったことも。

 ……その後も。

 

「おい、聴こえているか?」

「……あ……はい。……ごめんなさい……」

「謝らなくていい。分かっている範囲で答えろ」

「…………覚えて、ます……。日付とか詳しい時間は、忘れちゃったけど。その日は学校から帰って、そしたら警報が出てて、壁が壊れたって、アラガミが入ってきてたって……それで、何か適当に荷物用意して、避難したんです。小さいとこに。それで……。

 ……それ、で……」

 

 あぁ、嫌だ。と思った。

 ここから先は、思いだしたくない。

 

「その後大きな避難場所に移動しろって言われて、お母さん、と一緒に……移動して。

 そこから、何日たったのかよく分からなくて、人がいっぱい死んで、子供とか、死んで……自殺者とか、出て。そしたらある日……イキナリ避難所、壊れて……」

「それで?」

「壊れて……逃げて……」

「その時、親は死んだのか」

「…………はい」

 

 そうだ、死んじゃったんだんだ。お母さん。

 覚えてる。

 はっきり、覚えてる。

 手を放してしまったことも、お母さんが倒れていたことも。

 来るな、逃げろと叫んでいたことも。

 見たくなかった、聞きたくなかった。

 だから、馬鹿みたいに叫んで逃げたことも。

 

 そこから、私も喰われたことも。

 

 

「あっ……そういえば、手……?」

「自分がアラガミに喰われたことは覚えているか?」

「……!」

 

 容赦のないその問いが、ずぶりと突き刺さった。

 そんな気がした。

 

「……はい」

「オウガテイルと言う小型種に襲われていた。お前は瀕死の重傷だった。だから、俺がここまで連れてきた」

「…………はい」

 

 やっぱりこの人、あの時助けてくれた人なんだ……と分かる。

 

 その瞬間、急に怖くなった。

 あの時、私は言った。

 「死にたくない」

 「でも、もう生きていたくない」

 確かに、そう言ったのだ。

 

 だって、本当にそう思った。

 生きていたくなかった。もう、このまま死ぬんだと本気で思った。

 もう生きていられる気がしなかった。

 もう自分が生きてていいと、思えなかったのだ。

 ……なのに、私は、まだ。

 ここで、こうして、生きている。

 

 ちらりと、男を見た。

 特に何の表情も浮かんでいるようには見えなかった。

 怒りとか、同情とか、

 あるいは、軽蔑とか。

 不幸中の幸い、そんなものがあるようには見えなかった。

 

 どうしよう。

 この人がそうなら。

 私は、この人に自分の心をさらけだしてしまったことになる。

 

 

「……」

「その先からはもう、記憶がない、そうだな?」

「…………はい」

 

 そこで、おしまい。

 後のことは本当に何も覚えていなかった。

 男は、ふぅ、とため息をついた。

 

「ゾーヤ・×××。お前はあの時重体だった。意識を失ったお前の命を救うために、オラクル細胞止血、偏食因子を伴う回復錠の投与、及び輸血を行った。そのままでは失血死だったからな。また、重要な臓器をいくつか破損していた。両足左腕は既に捕食されていた為回収は不可能だった。だから、人命救助の為の本人の了解を伴わない緊急手術をした」

「…………」

「今ある手足はその移植の結果だ。しばらくは拒絶反応で苦しんでいたようだが、今では完治している」

「え? しばらく?」

「お前が意識を失ってから既に1月が経過している」

「……」

「どこも痛くないだろう?」

「……はい」

「髪が赤くなったのはその副作用だ。本題はここからだ」

 

 今度はこちらが喋る、とでも言うかのように、男は少し前かがみになって座った。

 

「お前の腕と足には、アラガミのコアが移植されている。つまり平たく言えばその部分だけ人間じゃない。

 現在神機に使用されているアーティフィシャルコアと同じものだ。よって、お前はこれから定期的にメンテナンスと偏食因子の投与を受けなければならない。

 そして、これは俺の個人的な願いになるが、お前にはゴッドイーターとして活動してもらいたい。

 特命機関『グレイプニル』の一員として」

 

「へ? な、何ですかそれ?」

 

 一度に一気に言われても頭が追い付かない。

 

「コアって……あの神機のコア……? え? 手足……うわ、本当だ! なんかすごい手術痕ある!?」

「ちなみにソレは一生消えないからな」

「……えー……まぁ、それは……命助かったらしょうがないと言いますか……むしろそのくらいで助かったんだから、安いというか……。これ、コンシーラーとかで頑張れば隠せそうだし」

「…………」

「え? じゃあ私……人間じゃなくなっちゃった……ってやつですか……?」

「もう全うな人の体だとは思わない方がいい」

「あー……はい……。そうですか……。で、ゴッドイーターになるって……一体、どう言う……?」

「理論上同じ塩基配列を使っている神機との適合率はあるということになるからな。お前のコアはオリジナルコアではなくクローンコアだ。つまり、お前と適合する神機が現時点でざっと45台ほど存在する」

「……45台……」

「45台の神機、全てに適合できることになる。多少の誤差はあるだろうが。だから今から訓練を重ねればすぐにでもゴッドイーターとして活動することが可能になる。『グレイプニル』は人手不足だ。だからこそ戦って貰いたいと言っている」

「ぐれいぷにる……?」

「俺の所属する機関の名だ」

 

 だんだん分かって来た。

 つまり、この人は最初からこっちが目的だったのだ。

 私が助かった理由。救われた理由。

 それが、何となく分かった。

 きっとグレイプニルのゴッドーターは、皆『こう』なのだ。

 私は、助けられたとき、運よく足も手もなかった。

 だからちょうどいい、グレイプニルとか言う機関のゴッドイーターにする為――だろう。

 

 

「グレイプニル機関。もう感づいては居ると思うが、グレイプニルのゴッドイーターになる為の条件は、『コレ』だ。自身の体の一部に人工コアをぶち込む事だ。それにより多数の神機の適合と、他の神機使いよりも遥かに優れた適合率を可能とする。だから戦場で圧倒的に有利だ。

 同じクローン系列ならば誰の神機を使っても問題ない。他人の神機を使用することができないゴッドイーターの欠点だった武器の制限が、俺達にはない。第一、神機がなくなっても十分戦えるし、倒せるし、殺せる。

 それにアラガミも喰えるしな」

 

「は? ……ハァ!?!?」

 

「当然だろう? 体が神機と同じような状態なんだ。神機で食おうが自分で食べようが大差ない。だからレーションを持ち歩く必要がなくなった。兵站という概念が消え去った俺達の活動限界は、偏食因子の制限時間がタイムリミットだ……だからまぁ、やろうと思えば神機一つで飛び出しても、2週間活動は可能だ」

「…………」

「何だその眼は」

「アラガミ……食べるんですか……?」

「喰えるぞ。結構美味い」

「……」

「おすすめはハンニバルだ。カリギュラもイケる」

「………………」

 

 あんなもん喰うのか。

 信じられない、信じたくない。

 

 ……と、言うよりも、私は、まだ、自分が置かれた状況のことを信じたくないし、まだ呑み込めていなかった。

 

 だって、信じられない。無理だ。

 死んだと思っていた。あの時、死んだんだと。

 これはまだ、私が見ている末期の夢じゃないか。

 何か変な妄想じゃないか――と、そんな感じのことを思った。

 

 

 

「無理強いはしない。そのままでも生きていくことはできるとは思うが。……まぁ、考えろ」

 

 赤毛の男はそのまま部屋を出ていった。

 残ったのは部屋に、私一人。

 真っ白な部屋だった。

 天井も、壁も、シーツも、枕も、何もかもが、白い。

 薄気味悪い程、白い。

 

 

「……私」

 

 

 

 

 

 

 生き残っちゃったんだな。

 

 生きたくなかったのにな。

 

 もう、生きて、いたくなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな顔だったんだな、お前」

 

 

 目が覚めて、飛び込んできたのは、見覚えのない奴だった。

 誰だお前は。

 言おうとして、ふと気づく。

 聞き覚えがある。

 俺は、この声を、知っている。

 

「……誰だ?」

「忘れたのか、薄情者。ずっとお前の横にいた68番だ」

「…………お前か!!」

 

 番号札を覚えていてよかった、と思った。

 

 

 あの後、俺は部屋の中に呼ばれて入っていった。

 ついに自分の番が来たと分かった。

 恐怖は無かった。死ぬときは一瞬だ。

 きっと麻酔で意識を奪われているのだから恐怖も痛みもないだろう。

 それに恐怖も、痛みも、十分知っている。

 あの日、足を食われながら嫌と言うほど味わった。

 「じゃあな。生きていたらまた会おう」とコイツが軽く手を振ったことだけは覚えている。

 

 

「ねぼすけ」

「なんだこれ……痛い。凄く痛い」

「先に入ったハズのお前がいつまでも眠りこけているから暇だった。もうこれ死んでいるんじゃないかと思った」

「……生きてるぞ」

「あぁ、そうだな」

「勝ったぞ。俺は。3割だったな」

「そうだな」

 

 ざまあみろ。

 と思った、言ってやった。

 誰に対してかは分からない。

 人体実験とやらを押し付けたどこぞのクソマッドサイエンティストか、とっくにゴッドイーターに塵にされた俺を食った雑魚のアラガミ共にか、はした金で俺を売りつけた親にか、それともこんなクソったれな世界にか。

 知らないし、そんなもの分からなかった。

 だが、俺は生きている。

 ざまあみろだ、また殺し損ねたな。

 そう思った。

 

「何だか俺もゴロゴロする」

「あぁ、そうか……お前は目か」

 

 文句を言うソイツは目をしきりにこすっていた。

 普通の目玉で、瞳の部分が黄色い――そんな目が埋まっていた。

 

「ずっと空っぽだったからなぁ……ないコトに慣れると、在ることが気持ち悪くて仕方がない」

「そうなのか?」

 

 そう言って真っすぐそいつを見る。

 初めて、こいつと、目が合った。

 

「まぁ、初めまして。だな」

「……あぁ……そうだな……」

 

 その時ようやく先ほどの言葉の意味が分かった。

 「そんな顔だったんだな、お前」――とコイツは言った。

 そうだ。

 何日か共に過ごし、話していたものの――俺もコイツも、今初めてお互いの顔を見ている。

 コイツに至っては全てが。

 俺は目元だけ見えていなかったことになる。

 

「よく『ちゃんと目を見て話せ』って訳知り顔で言う奴が居るが。別に目なんか見なくたって喋れていたな。また大人の嘘が一つ分かった」

「……ほざけ」

「なんだ、どうした。まだ何処か痛いのか?」

「……あぁ、痛い。クソ痛い」

「鎮痛剤要るか?」

「…………」

 

 

 

 

「どうしたんだ? ……泣く程痛かったのか?」

「…………」

 

 

 

 

 あぁ、そうだ。

 痛かった。まだ定着してない傷が、引きつる足が、痛くて痛くて堪らなかった。

 だから俺は、全部痛みのせいにした。

 

 

「……痛い」

「誰か呼んでこようか?」

「……嫌だ。ここに居ろ」

 

 

 痛かった。

 どこもかしこも、居たくてたまらなかった。

 だがそれよりも。

 

 ここに居たいと、心が叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、名前は?」

「……は?」

「そういえば聞いていなかった」

「……」

「やっと初めましてなんだ。名前くらい教えてくれ」

「…………サンドロ」

「サンドロか、いい名前じゃないか」

 

 

 

 

「アレッサンドロ・クトゥーゾフだ」

 

 

 

 








黒歴史の焼き直しなので。
GE2RB出る前に考えてたんだぜ……コレ……(でもグレイプニル絶対出ると思ってたよ…)

しかも連載しておk--!と感想欄で言われたので即興で考えました。
即興の2話なのでとりあえず設定を喋らせておきました。
次の話もやっぱりないので、今から頑張って考えようと思います。



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狼の巣②


タイトルを付けました。




 

 

 誰もが私に優しくしてくれた。

 その優しさが、痛かった。

 

 

 同情されてるんだな、と思った。

 多分、客観的に見たらそうだろう。

 私のコロニーは、結局全滅したらしい。

 私一人だけが、生き残ってしまったらしい。

 誰も、助からなかった――らしい。

 

 理由はよく分からない。

 テレビやワイドショーやネットの記事は色んなことを言っている。

 遅すぎた警報、手抜きだった北地区の装甲壁。後回しにされた貧困区域。

 物資の見積もりの甘さ、避難誘導の甘さ、アラガミ予測の甘さ、ゴッドイーターの到着の遅さ。

 とにかく、叩ける所を叩いていた。

 誰もかれもが、漠然と持つ不安や恐怖や怒りを、叩き付ける場所を探しているみたいに見えた。

 

 だけど、私は、誰かが悪いなんて思えなかった。

 

 

 ……あんなもの、どうしようもない。

 人の力じゃ、どうしようもない。

 

 

 ……そんな風に、思えた。

 

 あの時、荒ぶる神、アラガミ。なんて呼ばれている理由がようやく分かったような気がした。

 アレは、罰だ。

 神様を忘れて漫然と生きている人間に与えられた、罰だ。

 だって、そうとしか思えない。

 なんで、と聞いたって絶対答えなんか帰ってこない。

 誰が悪かったんじゃない。

 ただ。

 ただ、運が悪かった――――それだけなのだ。

 そう。 

 私は、ただ悪運が強かっただけで、今、ここに居る。

 

 

 

 居たいと、自分で望んだわけじゃなくても。

 

 

「経過はどうだ?」

 

 そして、何気にこの人は面倒見がいいらしい。

 

「……こんにちわ……」

「ゴッドイーターになる決心はついたか?」

「……スミマセン、そっちはまだ……」

「分かった」

 

 しかも、聞き分けもいいと来た。

 

「サンドロさん、そんなに急かしたらゾーヤちゃん可哀想ですよ」

「いや……急かすとかそういうのじゃ……」

「無理強いはしていない。こうして待っている」

「犬じゃないんですからそんな待ち方ありますか。それに、回復期間は十分に置かないと駄目ですから! しつこい男は嫌われますよ! ねぇ、ゾーヤちゃん」

「……いやむしろ……何か……悪いです……」

「そこまで分かっているのなら、早くゴッドイーターになれ」

「だぁーかぁーらぁー!! サンドロさァん!!」

 

 もー、うるさいオッサンで嫌だね。と看護師さんが苦笑いする。

 否定はしないでおく。

 

「経過の方は順調ですよ。ゾーヤちゃん結構適合率高くて。リハビリも順調です」

「なら問題ない」

「ただし、体の」

「問題ないな」

「あります。大アリです。無神経なサンドロさんには分からないデリケートな女の子の悩みです」

「いや……そんな重大な問題はないですって」

「そんなに無神経か?」

「無神経ですね!!」

 

 ゾーヤちゃん、分からないと思うけど、あなたの回復の仕方は凄いんだよ?

 普通よりも全然早いんだよ。

 だから、自信持って、早く元気になろうね――――と、看護師さんは言った。

 

 悪い人、じゃないと思う。

 むしろ、きっと、いい人だと思う。

 そうですね、と笑顔で答えておく。

 ……うまく笑えているといいんだけど。

 

「…………」

 

 そんな私の横顔を、その人はずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

「話がある。席を外してくれ」

 

 

 

 

「はァ!? 言われて外すと思いますか!? どうせ、幼気な女の子を脅迫するか誑かしてヤバいアラガミと戦わせようとかしてるんでしょう!?!?」

「脅迫はしない。誑かしたりなんかしない」

「信じませんよ! 悪い奴は皆そう言うんです!!」

「ただの簡単な事務手続きの話だ」

「黙れこのロリコ――」

 

「あの……!」

 

 何かヤバいワードが出てきそうだったから、制止の声を上げる。

 

 

「あの、大丈夫です。私、平気ですから! あの、二人だけで話します」

「……」

 

 看護師さんは、凄い目で「10分だけですから」と言って席を外した。

 その人は、すぐには話そうとはしなかった。

 さっきまで大声で話していたのが、嘘の様に静かだった。

 何から話せばいいのか、迷っているのか。

 あるいは言いたい事を、どのように言えばいいのか考えているのだろう。

 

 

「えっと……話って……やっぱ……ゴッドイーターになれって話です、よね……?」

「……ソレもある。が、今は別件だ」

「え゛別件って本当だったんですか」

「嘘はつかない」

 

 変な所が律儀な人だった。

 

 

「お前の親類を探していた。どの道、成人までは後見人が必要だろうと思っていた」

「……え?」

「その結果だが、お前を引き取る近い親類は居なかった。かなり遠い親類にはなるが、別のコロニーで生活している血縁者は居た。どちらも30代の夫婦だ。子供は幼児と赤ん坊が2人居る。そこならば当たれるが――どうする?」

「……どうするって……」

「おそらくは顔も見たことが無い親類になるだろう。だが、お前が希望するならば、グレイプニル機関及びフェンリル本部からの圧力がかけられる。安全な装甲壁の中で生活したければ奴らは首を縦に振るしかないだろうな」

「それ恐喝じゃ……」

「お前にはそれだけの価値と権利があるということだ」

 

 その人は、ハッキリと言い切った。

 

「価値……? 権利……?」

 

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 

「親代わりになる人間には謎の資金援助が出る様にも手回しできる――子供を預かるにあたり、一番のネックはどうせ金だろうから、渡すものさえ渡せば黙るだろう。それでも虐待するようなクズならさっさと出てくればいい。相応の対価を支払わせてやる。

 ただ、偏食因子とメンテナンスだけは受けなければならんだろうから――」

「……あの、まだ、一緒に住むとは……」

「何が不満だ」

 

 どきり、とした。

 何かを、見透かされたような気になった。

 真っ赤で真っすぐな視線が射る。

 この人はそうだ、いつも、射るように人を見る。

 

 ……だから怖い。

 

 その眼が怖くて、思わず視線を逸らす。

 私は俯いた。

 

「……だから、まだ、親戚と一緒に、住むってわけじゃ……。……その、向こうの家だって迷惑だろうし」

「金は出すと言っている。兄弟はまだ幼い。今なら姉が一人増えたところで分からないだろう。何だったら成人すればすぐに家を出ればいい」

「……いや、でも。イキナリ変なのが来ても、普通迷惑じゃないですか?」

「……綺麗事を言うつもりはないが、被災した親戚の娘を疎むような奴らは、それまでの人間という事だ。そう悲観せずとも人はそんな人間ばかりじゃない。調査も手回しも、専門の人間が行う。お前心配する必要はない」

「だから、そういう訳じゃなくって」

 

「まだ母親のことを引きずっているのか」

 

 

 ……これだ。

 

 この人は、いつも、言葉に容赦がない。

 一番怖い場所を、触られたくない場所を。

 容赦なくグリグリと突き通す。

 

 

「…………はい」

「分かっているだろう。もうお前の母親は死んだ。死人が願っても帰ってくることはない。

 …………どんなに、願っても――――だ」

「…………」

 

 分かっている。

 そんなことは、分かっている。

 お母さんは死んだ。

 私の目の前で。

 ……目の前というのは少し間違いがある。

 私は、お母さんの最期から、目を背けた。耳を塞いだ。

 大事な人の最期から、逃げたんだ。

 

 それでも、死んだということだけは、分かっている。

 

 

「なら、お前がここで立ち止まることに何の意味がある?」

「……意味なんか……」

「死んだお前の母も、お前がここで立ち止まることを、望んでなど居ない筈だ」

「分かってますよ!! そんなこと!!」

 

 

 はっとした。

 やってしまった、と思った。

 

 この人、私の、命の恩人なのに。

 私は、なんでこの人のことを怒鳴りつけているんだろう。

 

 ……駄目だ。

 早く、謝らなきゃ。

 

 

 ……なのに。

 

 

 

「お母さんは振り向くなって言ったんです! 逃げろって――逃げろって言ったんです!! 生きろって……!

でも、でも私にはっ! お母さんが進んでほしいとか、生きてほしいって願うってこと位! 分かっているんです!!」

「なら、何故そうしない?」

「…………」

「お前の母親が最期に願ったことはソレだろう? 理解しているなら、そして、今その願いを叶えることが可能ならば、何故そうしない。生き残った者には、死者の願いを可能な限り叶える義務があるはずだ」

「…………」

「何もかもが手遅れになってからじゃ遅いぞ。一生後悔することになる」

 

 どこか強い響きだった。

 その強さが、今の私には眩し過ぎた。

 

「……そこまで、母親が大事か?」

「……決まってます……」

 

 むしろ、そうじゃない人がいるのか? 

 と聞きたい。

 

「悪いが俺は共感できない」

 

 ここに居たらしい。

 

「俺の親は不具になった俺をフェンリルに金で売った。アラガミ化した親に目玉を食われたヤツも居た。だから俺には分からない。そこまで死んだ母親に固執するお前の気持ちが」

「……」

「自分の人生だ。自分で決めろ。無理強いしてやれる仕事でもない。強制的に神機で戦わされた者の末路も最期も、嫌と言うほど見てきた」

「…………」

 

 ガラリとドアが開く。

 

「はい10分ですよーー! ゾーヤちゃん大丈夫? このお兄さんに何か変なコトされなかった!? ……ってめっちゃ落ち込んでるぅ!? ……サンドロさん……変なこと言うなって私言わなかったァ!?!?」

「言われた覚えはない。言った覚えもな」

「はい死ね無神経野郎。ゾーヤちゃん……えっと、何かこの変人に言われたかもしれないけど、気にしなくっていいからね! コイツ人間辞めて頭がアレになっちゃっただけだから!」

「コイツも同じ状況だが?」

 

 出てけテメェ、と言いながら看護師さんがぐいぐいと追い出していく。

 

「えっと、本当に大丈夫? ごめんね、アイツ、ちょっと色々あってからおかしくなってるみたいで……」

「……」

「あの……ゾーヤさん……」

「あ、平気です」

 

 ちょっと、ショックだったんです。

 だけど、甘えるなって言われただけですから、大丈夫です。

 確かに私駄目だったなぁ、なんて思うので。

 

 と、言った。

 ちゃんと言ったのに、私の顔を見た看護師さんの表情は真っ青になっていた。

 

 

「……ねぇ、本当に、大丈夫?」

「……え?」

 

「あのね、私、結構色んな人見てきたけど……本当に大丈夫な人って、そんな顔しない。本当にアイツに何言われたの? ……お姉さん怒らないから言ってごらん? っていうかもういっそ面会謝絶にするね?」

「いや、そんな……」

「ゾーヤちゃんは怒っていいんだよ。命の恩人だからとか言って遠慮する必要ないよ。アイツのやったことはね、怪我してる人間の傷口押し広げてそこに塩塗りこんでいる……本当最低。男の腐ったような奴……」

 

 看護師さんの悪罵は止まらなかった。

 なんでも、あの人が悪いらしい。あの人のいう事は、あまり気にしなくてもいいらしい。

 誰もが、そう言った。

 口当たりのいい言葉で、耳障りのいい言葉で、私のことを慰めてくれた。

 

 

 それが、真綿で首を絞められているように感じる。

 

 嫌だ。

 優しくしないでほしい。

 

 そう心が絶叫を上げる。

 

 もう私に優しくされる価値なんかない。

 慰められてもいい人間じゃない。

 もう慰めないで欲しい、優しくしないでほしい。

 だったらいっそ死ねと言ってほしい。

 責めて責めて責めて欲しい――。

 

 その時、あの人の赤い髪が見えた。

 

 驚いてドアの方を見る。

 誰も居ない。

 そうだ、いる訳がない。

 さっき部屋から追い出した、それに、あの人だってゴッドイーターなら暇じゃない。

 

 じゃあ、なんだ。

 

 あぁ、そうか。

 

 

 あの人は私に同情しない。慰めてくれない。優しい言葉は何一つかけてはくれない。

 ただ、真っすぐに現実だけを突き付けてくれる。

 

 ……それが良かった。

 

 

 悪い人なんて、ここには誰も居ない。

 ただ誰もが優しくしてくれる。可哀想だと憐れんで、優しく慰めてくれる。

 そのやさしさが、痛い、重い。苦しい。

 

 あの人だけが、私を、優しさで押し潰さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、君を心配していたんだ」

 

 

 あぁ、そうか。まぁ、そうだろうな。

 

 

「君は……いつまでも一人で戦っている。あの日から、無茶な戦い方ばかりをするようになった。まるで、死に惹かれている様に。死にたがっているように、見えた。だから心配していた」

 

 

 それは事実だった。

 全てを失ったと思った。

 あの日、全てを無くしたと思った。

 もう生きていても仕方がない、もう死んだって良いと、本気で思った。

 

 足を失ったときよりも、親に売られたときよりも、アラガミと戦って死の淵を彷徨ったときよりも。

 あの日の方がよほど辛かった。

 

 

「そんな君があの子を拾って来た時、少しだけ安心したんだ。あの子さえ居れば、きっともう君は死に急がないだろうと思った。あの子が傍に居て、君をこの世に繋ぎ止めてくれる楔になってくれれば――」

 

「あのガキはアイツじゃない」

 

 

 今だって、そうだ。

 虚無は終わっていない。

 

 

「アイツの代わりなんか居ない――そう簡単に見つかってたまるか。アイツの存在はアイツだけのものだ。はき違えるな、反吐が出る」

「……じゃあ、君は何であの子を助けた……?」

「だから、俺の代わりにする」

 

 

 アイツの代わりなんぞ居る訳がない。

 もし居たとしても、もう、あんな想いはしたくない。

 二度と。

 

 だからもう、俺は相棒など作らない。

 

 必要としない。

 

 

「サンドロ……何か変なことを考えてはいないだろうな?」

「余計な詮索はするな。出撃許可は貰ったぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと優等生ごっこをしていると、たまにハメを外してみたくなる。

 ちょっと悪いコトがしてみたくなる。

 そんな心境だった。

 

 

「うぉぉ……凄い、広い……! そして高い!」

 

 

 今からリハビリの時間のハズだった。

 先生や看護師さん達が今頃病室から居なくなった私を探しているかもしれない。

 ……いや。探しているだろう。多分。

 

「凄い。こんなに高い場所、コロニーには無かったな」

 

 あったかもしれない。

 でも、行ったことはなかった。

 やっぱりグレイプニルとか言う機関はきっと凄いのだろう、と思った。

 だからきっと、あの赤毛の人も凄いのだろう。

 ゴッドイーターというだけでも、凄い人に思える。

 その中でもきっと特別で、多分ものすごく強いのだろう。

 そんな人たちが、必死になって私を治そうとしてくれている。

 

「そう考えると結構今の私って凄いよな」

 

 両手を見る。

 なくなったと思えない程綺麗な手があった。

 足だってちゃんとある。

 あの日無くしたと思っていたものが、綺麗に、すっかり治っていた。

 手術痕は残ったけど、服を着てれば見えない。

 ひょっとしたら元よりいいかもしれない。

 ……いや、多分いいんだろうな。

 この足はきっと、前の足よりもずっと速く走れるだろう。

 

「何か髪の毛も赤くなってるけど……これはコレで悪くないっぽいし」

 

 結構可愛い、肌が白いから赤い髪がよく似合っている。

 なんて言われた。

 

「神機45台適合とか……世の中のゴッドイーター志望者に知られたら殺されそう……」

 

 生き残って、手にした特典は、結構デカかった。

 

「……本当に」

 

 何だか知らないが、謎のお金も謎の場所から出ていると言う。

 分からなかった。

 これが、私の価値なのか。

 あの人は言った。私には価値があって、権利があると。

 そんなこと、産まれて初めて言われた。

 というか、言われる予定が人生になかった。

 

 私は今、どこからか降って来たよく分からない贈り物を両手に抱えて立ちすくんでいる。

 作り笑顔を浮かべて。

 

 

「……お母さん、何て言うかな」

 

 

 調子に乗るな、とくぎを刺すだろうか。

 良かったんじゃないの? だろうか。

 何かの間違いじゃないの――これだろうか。

 

 分からない。

 

「……あいたい」

 

 すぐ会えるはずだったのに。

 

「……お母さん」

 

 会いたい。

 会いたくて、会いたくてたまらない。

 

 会って話したいとか、謝りたいとかじゃない。

 

 ただ、もう一度だけ会いたい。

 

 

 でも、会ったら怒るだろうか。

 怒るだろうな。

 だって、あの時、置いていってしまった。

 

 あの時、私が、手を離さなければ。

 もしかしたら、ここに居るのは私一人じゃなかったかもしれない。

 

 もしかしたら、お母さんと一緒にここに来られたかもしれない。

 

 

 

 

 

 そう思うと、体が勝手に動いた。

 

 

 

 

 これだけ高かったら、もしかしたら、と思った。

 

 地面がやたらと近くに見えた。

 ただここから一歩踏み出すだけだ。

 一歩、踏み出すだけでいい。

 きっと痛みも恐怖もないだろう。

 ほんの数秒だけ我慢していれば済む話だろう。

 

 これから、何十年とこの思いを抱えて生きていくのに比べたら、随分安い話だろう。

 

 そうだ、それがいい。

 とても、名案に思えた。

 フェンスを乗り越えて、足を進めて、体がふわりと浮くような錯覚をしたその時だった。

 

 

 

 

「何をしている!!」

 

 

 

 痛いほど腕を握りしめてくる力があった。

 強い力で引っ張って、冷たいコンクリートの上へと戻された。

 着地する場所が逆だったな、なんて思った。

 やっぱり見えたのは、燃えるような、不気味なくらい綺麗な赤い髪だった。

 

 あぁ、嫌だな。

 また助けられた。

 

 

 

「何をしようとしていた!!」

 

「……え? あ!」

 

 

 のぼせていた頭からさっと血の気が失せていく。

 冷えた脳みそはすぐに、「今この人めっちゃ怒ってる」と警報を鳴らした。

 本当に物凄い怒っている――ように見えた。

 大人の男のガチギレだ。

 怖くないわけがない。

 

 

「えぇっと……あのー。コレはーその……違う感じで……」

 

 

 トンチンカンな言い訳をしようと試みる。

 

 

「死のうとしたな」

「……えーっと……」

「死のうとしたな!?」

 

 分かってるじゃないか。

 

 

「言っておくが強化されたお前の体じゃ、この高さから死ねると思うなよ……! せいぜい痛みでのたうち回って終わるだけだぞ。腕や足が折れるかもしれないが、そんなもんはすぐに再生する。肋骨が折れて内臓に突き刺さるからそっちの方が面倒だ」

「…………」

「痛いは嫌だろう、どうせ死ねない。余計に痛がって終わるだけだ。無意味なことをするんじゃない」

「…………じゃあ、どうすれば、いいんですか……?」

 

 じわり、と目の前の景色が歪んだ。

 熱いな、と思った。

 目が熱い。とても熱い。すごく熱くて嫌になる。

 もうこんな熱なんか要らないのに。

 

「痛いとか考えませんでした。痛いかもとか、全然考えられませんでした。ただここから落ちればお母さんに会えるかなって、それで頭がいっぱいになっちゃいました。でも、ここから落ちただけじゃ駄目なんですよね? じゃあ、どうすれば私はお母さんに会えますか……?」

 

 その人は一度だけ黙り込んだ。

 何かに耐えるように、真っ赤な目を、閉じた。

 少しだけ黙って、やがて絞り出すように答えた。

 

「……死んだ人間は蘇らない。お前はもう、二度と、母親に会うことは出来ない」

 

「そんなこと分かってます!! お母さんは死んじゃったんです!! 生き返らせてくださいなんて頼んでない! そんなこと言ってない!!

私はただ、もう一度お母さんに会いたいんです!!」

「…………信仰は勝手だが、おそらく死後の世界なんてない」

「じゃあ、どうすればいいんですか!!」

 

 頭のどこかで、これが、凄い八つ当たりだと分かっていた。

 死ぬのを引き留めてくれた人に、何言ってんだろうな自分――だった。

 それでも、私は答えが知りたかった。

 何故か、この人ならば、私の欲しい答えをくれるんじゃないか――なんて依存とも思考放棄ともつかない。そんなものを丸投げしているような。

 

 それでも、投げたものを受け止めてくれるか、打ち返してくれるかを期待した。

 

 

「……なら、お前が死ねば、俺も死ぬ」

 

「……は?」

 

 だが、返って来たのはとんだ変化球だったときたもんだ。

 

「お前は俺が拾ってきた。そのお前が死ねば、その責任は俺にあるという事になる。お前が生きようとするだけの何かを与えることができなかった。その俺の無能さがお前を殺した。

 ……だとすれば、もう、俺にはお前にこれ位しかしてやれることがない」

 

 などと、それらしく理屈をつけて。

 ……ふざけるな、と思った。

 

 これじゃあ、とんだ脅迫だ。

 

「……駄目ですよそんなの」

「何が」

「だって、あなたは強い」

「お前だって鍛えれば俺程度の実力はすぐにつく」

「……だって、あなたはその力で沢山の人を救えるんですよ……?」

「お前だってそうだ」

「私には無理です……無理です……。そんな強くない。そんな強くないんです。誰かを助けられるほど私は強くないし、強くなんかなれない。不可能なんです。今は、自分のことで、精一杯で、他の誰かを助けようなんて――」

「何か誤解をしている様だが、俺は別に誰かを助けようなどと思ったことはない」

 

 嘘だ。

 それは嘘だ。

 だったら、何故、この人はこんなに私を救おうとしてくれる?

 生きていたくないといったのに、拾って、変な手術までして、命を助けて。世話を焼いて。

 自殺まで止めて。

 

「お前が死んだら、俺も死ぬ。いいのか」

「……それは……やめて、下さい」

 

 関係ない他人を死に巻き込むことを、頭が反射神経で拒否した。

 感情か理性だったのかは分からない。

 どっちでもいい。

 

 

 

「コレを渡そうと思った。それでお前を探していた。すると病室に居なかった。病院内で誰もがお前を必死に探していた。どこを探しても居ない、と言っていた。

 もしかしたら、と考えた。そしたら、お前は、ここに居た」

 

 そこまで言われて、初めて気が付いた。

 反対側の手で、何かを握りしめていた。

 その大きな手が私の手に重ねられた。

 

「……」

 

 何かを渡された。

 ゆっくりと、指を開いてみる。

 

 そこにあったのは、何の変哲もない。

 でも、私にとっては、大切な、髪留めだった。

 

 

「……これ……。……お母さん……の……?」

 

 

 お母さんの髪留め、だった。

 

 私によく似た、何の変哲もない。

 普通で、ありふれた、すこし癖のある栗色の髪を、いつもコレで留めていた。

 

「閉鎖コロニーに無理を言って入った。名目は調査任務だ。お前の住所を聞いていたから漁って来た。何か遺品になるようなものがあればと思ったが……。……悪いが、遺体までは回収できなかった」

 

 なんだ、それ。

 

 とんだダイナミック空き巣みたいだ。

 今でもアラガミでうじゃうじゃで、食い荒らされ放題で、人間の形をした死体もロクに転がってない場所で。

 私に聞いた住所だけを頼りに、金目のモノなんかないような家で。

 ……わざわざ、こんな髪留めだけを、回収してきてくれたのだ。

 

 一体どれほどのリスクだったのだろう。

 それとも、この人は、そんな危険さえも鼻歌交じりに踏破するのだろうか。

 するだろうな。

 だって、物凄い強い人だから。

 

 

「もう、これ以上になにをしてやればいいのか、分からない」

 

 

 そんなことを、真顔で言った。

 

 

 

 

「怖かった」

「何が」

「本当は、怖かったんです……。認めるのが」

「……母親の、死を、か?」

「はい」

 

 

 がらがら、と何かが崩れる音がした。

 

 

 

「分かってるんです。お母さんはもう、一か月も前に死んでる。今行方不明扱いですけど、それはただ死体が見つかってないだけで。お母さんの時間はもう、一か月まえに止まってて。

 私の目の前で死んだんです。しかも、私は、お母さんの死からも、目を背けた。怖かった。ただ怖くて、こんなの嘘だって、夢だって、耳も塞いで、目を背けたんです」

「それは…………悪いことじゃない」

「いいえ! 違うんです! ちゃんと受け止めるべきだった!!」

「…………」

「大事な人の死なら、ちゃんと受け止めるべきだったんです!! なのに、私が、認めたら――私がお母さんが死んだって、認めたら。本当に、本当に、お母さんが無くなっちゃいそうで……。でも、お母さんはもう死んでいて。それは、ちゃんと分かってて――分かって、るのに」

「理解はしているのに、受け止められないのか」

「……頭の中が、ごちゃごちゃで」

「……」

 

 ぼろぼろ、と何かが決壊した、ような気がした。

 

 

「どうした」

「どうもしません」

「どこか、痛いのか?」

「……分かりません」

 

「泣く程、痛いのか?」

 

 そう言われて初めて、自分がないていると自覚した。

 

「うっ……ぁ……あぁあああ……!」

 

 多分ずっと泣きたかった。

 でも、泣くのが怖かった。

 泣いたら認めることになる――皆死んだんだと、認めることになる。

 それは、凄く凄く悲しいことだった。

 同時に、その瞬間、母の死を受け入れることができた。

 

 ……できてしまった。

 

 うしろめたさがなかった、といえば嘘になる。

 悲しみを全部飲み込めたかというと、曖昧になる。

 だけど、確かに「これからも、生きていかなきゃならないんだな」と、はっきり思った。

 その時、背中をさする誰かの手が、ただ、物凄く優しくて、温かかった。

 

 もう、この手はお母さんの手じゃないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく泣くと、正気に戻った。

 

 そしたら、声も出ない程恥ずかしくなった。

 

 

「うわぁぁぁぁ……最悪だ……」

「恥じることじゃない。普通の学生として生きていた人間で、その年齢ならば当然の反応だろう」

「えぇ……だけどそのー……。すみませんでした……」

「謝る必要はない」

「じゃあ、ありがとうございました……。……えっと……」

 

 

 その時、私は、この人の名前をまだ知らなかったことに、ようやく気づいた。

 

 

「あの、すみません。お名前を」

「サンドロだ」

「……え?」

 

「アレッサンドロ・クトゥーゾフだ」

 

「……アレッサンドロさん……」

「サンドロでいい」

 

 サンドロでいい、と言ったとき、その人は何故か少し悲しそうな、どこか切なそうな表情を浮かべた

 ――様に、見えた。

 

 

「……サンドロさん」

 

 その名前が似合っている、と思った。

 

 

 

「そうだ、言い忘れていた。これからはお前もクトゥーゾフを名乗れ」

「……ん? それサンドロさんの苗字ですよね……?」

「籍に入れた」

「ハァ!?!?」

「戸籍に入れた。親類の調査をしたらあまり有望とは言えなかった。やめておけ、あんな親戚。もうお前の血縁者は見つからないから俺が後見人になるのが最適だし手っ取り早い」

「……ちょっと待ってください!? え!? だって私……」

「手続きは既に完了している――。……どうした、何だ、その顔は」

 

 多分、真っ赤になっていたのだろう。

 だって、私、と口の中で言った。

 

 

「まだ……そんな年齢じゃ……!!」

「はァ?」

 

 何を言ってんだコイツ、という全く理解不能という表情のサンドロさん。

 数秒後、何かに気づいたのか、多少慌てたような顔になった。

 

 

「何を勘違いしている!!」

「え? だ、だだだだって『籍に入れた』ってそーゆー意味じゃ……?」

「養子にした!!」

「……え? えぇええええ!?!?」

「当たり前だろうが!! 自分の年齢をよく考えろ!! 俺を犯罪者にする気か!!」

「スミマセン! 命の恩人です!!」

 

 だが、言い方に問題がなかったとは言わせない。

 

「まぁいい……。馬鹿みたいな勘違いをする余裕があるという事は、まぁ頭が多少マトモになっていると言うことにしておいてやる……。……行くぞ、ゾーヤ」

「……はい! サンドロさん!」

 

 誰かに名前を呼ばれて、随分久しぶりに返事をした。

 そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 ……あ、そうだ。

 戸籍に入ったという事は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー……『お父さん』って呼んだ方が――?」

「やめろ。本当にやめろ」

「…………冗談です」

 

 

 その後、私は、病院中を探し回っていたと言う医者と看護師さんに、屋上に居たことから、飛び降りようとしたことまで全部バレて。

 ――――メチャクチャ怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













足だよ・・・!

 

そうだ、足だ。

ウンバボ族は今まで何を見ていたんだ・・・。

ハルオミさん・・・やっとあなたの言っていることが理解できました。

ただニーハイではないんですねコレが。

いまのウンバボ族のムーヴメントはそう・・・・・・和装+生足。

和装は基本的に下に何もつけない。

だから色々端折るがつまり和装で激しい動きをした場合――生足が見えるという事。

あの丈でだぞ。

生足が視えちゃうんだぞ。

ちらっちらっと見える。

みえそう・・・でもみえない・・・!っていうのもいいし

どばっと見えて「うぉおお見えたぁああ!」っていうのも最高ですよね!?!?

媚びを売りまくったミニじゃないんだぞ、隠すことが前提になっている丈で見えるんだぞ。

媚び売りまくってるミニもいいけどね!!

あの禁断感と背徳感はヤバい。

激しい動きをすることが前提だったのか、それとも計算外だったのかはとりあえず置いておいて

着物の裾からちらっと見えちゃう生足はもう最高にエロい。

正直褐色肌も「なんかもう褐色ってだけでエロいよね」と話が進まなくなるので今回は対象が色白であると仮定するとするじゃろ・・・?

 

適度にジメっとした薄暗い部屋。

薄い光しか入らない障子。

役割をはたしていない行燈。

滅茶苦茶に散らばるお手玉や手毬や折り紙。

意味深な赤縄。

微妙にはだけた暗い色の系統の着物。

そこから見えちゃう真っ白なふくらはぎ。

よく見ると見えてる太もも。

 

どうだ!!??

急に寒くなって来たので卑猥な妄想をこじらせたら新しい性癖の扉を開きました。

お目汚し失礼しました。

次回もちゃんとやります。

今から話を考えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆追記事項

 

=名前について=

 

アレッサンドロはイタリア系の名前。クトゥーゾフはロシア系の名字です。
ちなみにGE本編でアリサが名乗っている通りロシア人的な名前は
 

自分の名前+父称+苗字 となります。

 
更に男女で後半二つは若干変わったりします。
アリサの場合はアリサ・イリーニチナ・アミエーラなので、男の子になるとイリニッチ・アミエーリになるんじゃないでしょうかね(適当)
サンドロさんことアレッサンドロには父称はありません。

 

つまり何が言いたいのかと言うと、名前の付け方があえてデタラメになっているという事です。

イタリア系の名前の後ろにロシア系の苗字が平気でくっついています。
ゾーヤもサンドロも混血しすぎて人種がどうなのかハッキリしていない感じです。
国家が崩壊し、コロニーを再建するにあたり、人種が混ざりすぎてもうどうでもよくなった世界観出したかった・・・んだろうと思います。過去の自分が。




 

 

 

 

 


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