Fate/Grand Order Cosmos in the ash and blood world (ローレンス教区長)
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プロローグ

宵闇に蝕まれ、()を喪い

 

 

 

威光に昏み、()を見落とし

 

 

 

狩に溺れ、箍を壊し

 

 

 

使命に欺かれ、真実を濁される

 

 

 

果てには、啓蒙、未知の解答(こたえ)

 

 

 

果てには、救済、惑星(ホシ)の開拓が

 

 

 

其は人也や?

 

 

 

或いは……獣か?

 

 

 

 

 

今ここに、虚数世界にて試される

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人よ、人間性を焚べよ。そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、兼ねて血を恐れ給え。その先に如何なる苦難が有ろうとも、我等の軌跡を阻もうとも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

威敬光輝不夜神殿都(いけいこうきふやしんでんと)アノール・ロンド』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異形(いぎょう)深淵血界常夜魔都(しんえんけっかいとこよまと)トゥメル・イル・ヤーナム』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総じて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混沌創世神話異界(こんとんそうせしんわいかい)フロム』と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ふぅ、読んでいるだけで死んでしまいそうな気分です……。

 

 

 

これより、我がマスターと相棒たるマシュ・キリエライトがこの虚数世界に生じた混沌(カオス)に引きずり込まれるようです。この様な事に巻き込まれるなど……運命とは斯くも残酷のようです。

 

 

 

幸運値がEまたはDのサーヴァントとの縁契約が起こす厄ネタにございますね……。

 

 

 

寝ても醒めても、阿鼻叫喚の地獄世界に何を見いだすのでしょうか。

 

 

 

そして、艱難辛苦を越えどのような成長をされるのか……楽しみにございます。

 

 

 

冒頭の音読は(わたくし)不夜城のキャスターがお送りいたしました……。

 

 

 

そして、お聞きになられたお客様方にどうか、巻き込まれぬ事をお祈りしております……。

 

 

 

……さて、冷蔵庫に閉まってあったプリンでも…………お待ちください、アサシンの騎士王様、その手に持っているのは、もしや……いえ……その……なんでもありません……。

 

 

 

……どうぞ、ご堪能下さいまし……。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

……………………ふぅ、悲しさで、死んでしまいますぅ……。

 

 

 

……仕方ありません……代わりになる物をーーーこ、これは……!?

 

 

 

い、嫌ですっ……! 何故、(わたくし)が召喚される羽目に……っ!

 

 

 

こ、こういうのは、もう少し幸運の低いお方が……くっ、こうなったら、意地でも!(杖ブンブン)

 

 

 

くっ……これでは持ちません……! (わたくし)の筋力ではとても……っ!(ぷるぷる)

 

 

 

しかた、ありません……!宝具『千夜一夜物語(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)』!(ボンっ)

 

 

 

………なんとか、拒絶できたみたいですね……一時はどうなるかと。

 

 

 

ふぅ……魔除けも貼りましたし、これで、大丈ーーーーー(シュイン)

 

 

 

 

 

ーーサーヴァント、不夜城のキャスター改め王妃シェヘラザード。先に記すならば、まず、彼女の幸運は低くはない。どちらかと言うと豪運の部類だ。しかしながら召喚されてしまったのは何故か。

 

 

偏にそれは彼女が、フラグを立ててしまっただけである……。

 

 

 

 

 

 

 




感想批評、カモン(高啓蒙)

ノリで書き上げたコレw

モチベ上がったり、気分で更新する予定ですw

誤字やミスがありましたらご気軽にどうぞ


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一話

長いです()
※後半、ほんの少し加筆いたしました


「きょ、虚数深度計器メーター振り切りました! 現座標、計器把握不可能値に到達ッ!」

 

 猛然と振動する最中、警告音にかき消されながらも計器スタッフの悲鳴染みた報告が響く。

 

「ーー緊急推進力補助命令(プログラム)は!? 作動してるのか!?」

 

 司令塔の一角、シャーロック・ホームズがこの緊急事態に声を荒げ、スタッフに確認する。しかしこの振動する乗り物の中で、まともな回答が出来る者などおらず。それを煽るかの如く、振動が激しさを増す。

 

『警告ーー虚数深度、深淵(アビス)域に到達。並行虚数年代暫定、神代に回帰。及び、緊急命令(プログラム)一部機能停止』

 

 アナウンスがホームズの問いに答える。無情にも最悪の報せと共に、勢いを増すばかりの振動とけたたましい警告音が木霊するだけだ。スタッフ達は言わずもがな、まともに行動できず狼狽。

 

「総員席に着け! 操縦士(パイロット)はなるべく機体を安定させる事に努めて、自動(オート)から手動に切り替え、減速を図って! ーーはいはーい、聞こえる? 立香くん」

 

 ーーただ一人、万能の天才を除いては、だが。

 

『はい!』

 

 工房兼自室で雑務を行なっていた彼女だが、突然の振動と警告音に迅速に反応。仮にも英霊、格落ちの肉体でも、メインルームに踏み込み指揮を執る胆力は天才を自称するに遜色無い行動だ。

 ダヴィンチは通信機越しに、立香の安否を確認する。溌剌とした返事を聞き、少々ばかりではあるが胸を撫で下ろす事が出来た。

 

「オーケー。マシュも一緒だと思うから部屋に備え付けてあるベルトで、揺れに備えて。部屋から一歩も出ないようにね。ーーホームズ、 状況報告!」

 

「芳しく無いを通り越して、未知数になっている! 計器諸々、振り切ってお釈迦だ!アナウンスは警告ばかり! レオナルド端的に聞こうーー()()()()()()()()()()!?」

 

 ダヴィンチと同じく英霊、それも知恵者の部類であるホームズ。この狼狽と焦燥に呑まれた状況でも、探偵として培われた状況把握能力は健在。何時ものまどろっこしい言い回しは鳴りを潜め、要点だけを問う。ーーつまり、それだけ今の状態が悪いという事を暗に表してしまっているのだが。

 

「わからないーーというより、この状況自体が異常(イレギュラー)だ! 地上は漂白されているし、次の目標地点に辿り着くのは早すぎる。なにより、ひとつめの異聞帯(いぶんたい)を越えて未だ()()()()()()()()()()()()()も昏睡状態だし、彼が何かをしたとは考え難い!」

 

「ーーなら、他のクリプターからの報復は!?」

 

「無きにしも非ず、だ! だが、異聞帯(いぶんたい)が虚数世界に伸びていたのならとっくに捕まっているだろう!?」

 

 ダヴィンチの声が響く。シャドウ・ボーダーは依然として謎の揺れに苛まれ、搭乗員達は大人しく席に着きシートベルトを締める事を余儀無くされている。

 

「ぬうおぉぉおぉ!? 何がどうなっているんだ!? 優雅にベーコンエッグで朝食に洒落込もうという矢先に警報、振動のオンパレード! トドメに朝食は吹き飛ぶ始末!チクショウーー!? 操縦班と()()()、制御薄いよ、何やってんのぉ!?」

 

 船頭に座っていたゴルドルフが、テンパっている。シャドウ・ボーダー内での割と贅沢な食事を振動によって床にブチまけられ、憤慨したい所だが鳴り響く警報に気圧されてしまい。いち早く、シートベルトを締めた。そして未だ継続する揺れに発狂しかけ、間抜けな悲鳴と共に隣にいたスタッフに向けて叫ぶ。

 

「五月蝿いぞ、オッサン! こっちも頑張って抵抗してんだ! こんの……なんで動かねえんだよ! ーー後、俺の名前は()()()()だっ!」

 

「フォウフォーウ!(これで、ベーコンエッグはオレの物)」

 

「クソ、これじゃあジリ貧か……! ってこら、フォウ拾い食いはやめなさいっ……。やむを得ないーームニエル、減速そのままで突っ込んで!」

 

いっ!? 正気ですか!? ーーというより何処に突っ込むっていうんですか!? 外は真っ暗、何が原因で揺れてるのかわからないんですよ!?」

 

 ムニエルの言う通りだ。シャドウ・ボーダーの外は文字通り漆黒の闇。その中で突っ込む、など正気の沙汰とは言い難い。

 

()()()()()()()()()()()()()! ともかく、減速しつつ進む! 今はもう、流れに沿うしかないの!」

 

 釈然としないが、従う他に選択肢はない。ムニエル及び操縦班は減速と少しでも振動を抑える事に努める。

 

 ーーしかし、その矢先に振動とは別物の衝撃が、乗組員を襲う。

 

「わあぁああああああぁーー! なんだなんだ!? 今度はなんなんだあ!? ーーうおおぉぉおおおあああああぁ!?!?

 

「新所長殿! 少々お静かにーーー」

 

ば、バカぁ!?ひ、ひだひだ、ひ、ひひ左いぃ!!

 

 ゴルドルフがなんとも言えない絶叫を上げる。耐え兼ねたダヴィンチが諌めるが、間髪入れぬ悲鳴と慌てふためく腕に遮られてしまう。左に何があるのだろうか、と左辺の窓を見やればーー

 

 

 

 

 

 ーーそこには、幾何学模様の深海魚の様なバカでかい怪物が船体左に喰らいついていた

 

 

 

 

 

ーーーーー!?!?

 

 全員に戦慄が駆ける。理解不能の出来事、そしてーー目の前の現実(怪物)に。

 

『ーー緊急防衛命令(プログラム)作動。警告、一部命令(プログラム)の損傷により、敵生命体に防衛プランΣ(シグマ)を決行』

 

「なんじゃありゃあ!? 深海魚のバケモンかあ!?ーーど、どうします、ダヴィンチさん!!?」

 

「ーーーーーー、」

 

 1番最初に醒めたのは皮肉にも、サーヴァントではなく、操縦士のムニエルだった。彼は、目前の怪物とアナウンスに発破をかけられ、不運にも現状唯一動ける者となってしまっている。

 助力と指示を仰いだ万能の天才様は悲しいかな、未だにフリーズアウトの真っ最中。ゴルドルフに至っては泡を吹きながら白目を剥いて失神している。

 

「クッソーーホームズ! アンタはーーー」

 

 ダヴィンチが駄目なら、ホームズしか居ない。ムニエルはホームズにも指示を仰ぐため、シートベルト越しに身を乗り出す。その途中に静電気の様なモノが身体を走った。

 

 

 

 ーーGyaaaaaaaaaaa……!!

 

 

 

 それと同時に耳を塞ぎたくなる悍ましい断末魔の叫びが船内に木霊し、シャドウ・ボーダーにまたあの振動が舞い戻る。

 

「ーーハッ!? 怪物は如何なった!? 」

 

 漸く、醒めることに成功したゴルドルフ及び要人達。しかし、目先の恐怖は去り、後の祭りとなってしまう。

 

『報告、敵生命体ーー大型幻想種の撃退に成功。警告、左船体装甲板及び、霊子概念装甲に損傷を確認。速やかに安全地帯、仮拠点を形成し修繕メンテナンスを推奨。緊急報告、虚数深度、深淵(アビス)域中層に到達。並行虚数年代ーー計測不能、仮定カンブリアと仮称』

 

 されど、アナウンスは凶事を伝える事に際限なし。怪物は去ったが、問題の原点たる謎の振動は健在なのだ。

 

「ーーチッ、今ので上手い事()()()()()と期待したが、そう上手くいかないか……。幻想種は追って来てない、な……よし。ムニエル、そのまま進行続行だ。ーームニエル?」

 

 このままでは、船体に出る被害は大きくなるのは火を見るより明らかだ。故にダヴィンチはこの振動に抵抗するのではなく、追従して機会を図ろうと計画した。いま抵抗でもしていたら、またぞろ、あの深海魚の様な幻想種に襲われる羽目になってしまう。というか、あの幻想種は一体何処から湧いたのだろうか、外は虚数世界の深海にいる様な物。光などシャドウ・ボーダーが放つライトのみで、真っ暗。それなのにポッと湧いたのは何故だろうか。そもそも、この虚数世界に住まう生き物がいたなんて嘗てない発見だ。

 と、思考に耽るのを中断して操縦しているムニエルに指示を出す。

 しかし、彼は沈黙を保つばかり。その面貌はどういう訳か上窓に向けられている。

 

「ムニーー」

 

 もう一度、問いかけてみようとすると徐に、ホームズの声が遮る形で入る。

 

「……は、ハハ、ハハハハハーーーー」

 

「なんだ、ホームズ。急に笑い出して……っ」

 

 揺れる最中、常習している薬でも切れたのだろうか、とダヴィンチは怒気を伴った声音をホームズに向ける。

 

 

 

 

 

 ーーそして、

 

 

 

 

 

 彼らは気づくだろうーー

 

 

 

 

 

 ーー上窓いっぱいに、広がる幾何学模様の星空を

 

 

 

 

 

「あー……これは、ちょっと……」

 

 

 

 

 

 先ほどの幻想種の群れ、端的に言い表すのならコレが適切だろう。

 

 

 

 

 

 

「万事休す、かな……」

 

 

 

 

 

 

 振動は、無情にも続く。何処かに連れて行くが如く、万能の天才はその端正な貌に乾いた笑みを浮かべる。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ーー先輩ッ!」

 

 唐突な揺れと共に頼れる後輩ーーマシュ・キリエライトが自室へ入ってくる。

 

「マシュ!」

 

 俺ことーー藤丸立香(ふじまるりつか)は傍らに置いてあった霊基を記録してあるアタッシュケースを手に、着ていた礼装の作動準備をする。

 

「この揺れはなんなんだーーおっと!」

 

「わかりません! ですが、非常事態なのは確かです!」

 

 徐々にだが立っているのが酷しくなってきている。転倒しそうな所をマシュが支えてくれなければ倒れていただろう。

 

『警告ーー虚数深度、深淵(アビス)域に到達。並行虚数年代暫定、神代に回帰。及び、緊急命令(プログラム)一部機能停止』

 

 揺れに耐えているとそこへ、サイレンと共にアナウンスが響く。意味不明な用語とプログラムが如何とか。はっきり言って謎だが良くない報告だって事は、この振動が鮮明に体現している。

 

「先輩、とにかく、ダヴィンチちゃんに指示を……きゃっ!」

 

 振動に耐えきれず、ベッドに尻餅をつくマシュ。下手をしたら俺までマシュの二の舞になり兼ねない。俺は腕に付属している通信機を起動する。と、丁度そこに通信が届いた。

 

『はいはーい、聞こえる? 立香くん』

 

 この事態でも、何時もと変わらず快活に聞こえる慣れ親しんだ英霊、ダヴィンチの声。あちらでも、相当な被害を受けているのか、通信に若干の雑音が入ってくる。

 

「はい!」

 

 安否の問いかけに答え、ダヴィンチより指示が下される。

 

『オーケー。マシュも一緒だと思うから部屋に備え付けてあるベルトで、揺れに備えて。部屋から一歩も出ないようにね』

 

 その指示を最後にブツン、と通信が切れる。備え付けのベルトは確か、ベッドに付いていたはずだ。丁度マシュの下敷きになっている。

 

「先輩っ!」

 

 マシュはいち早く気づき、下敷きなっていたベルトを引っ張り出す。その後、俺を誘い互いにベルトを装着する事になった。絵面的にマズイ感が否めない気がするが、この緊急時だ許してくれる。うん。

 

「ーーおわっ!」

 

「ーーきゃっ!」

 

 継続的に揺れる最中、強い衝撃を伴った今までの振動とは毛色の異なるモノが襲う。

 危うく、体勢を崩す所だった。すんでのところで踏ん張る事に成功した俺。下にいるマシュに覆い被さる、なんて事になったら……ランスロットにどんな目に合わせられるか、想像したら寒気が……。

 

「マシュ……大丈夫?」

 

「は、はい! あ、ありがとうございます……」

 

 若干顔が紅くなってますけど……ま、まあ本人も大丈夫って言ってるし、これ以上は墓穴というか何か良くない事が起こりそうだし、やめておこう。

 

「と、というより先ほどの揺れは……」

 

「わからない、ダヴィンチちゃんからは何もーー」

 

 明らかに毛色の違う揺れ。それはなんだったのか、俺はベルトに締められながらゆっくりと間隣の丸窓を覗き込む。この虚数世界での生活が暫く続いてる現状。人知れず、外の景色を眺めてしまうのは人間の持つ感情故の物だろう。しかし、何度も見ているのは漆黒の闇ばかり。慣れてしまったそれを覗くのは造作もないーー

 

 

 

 ーー筈だった

 

 

 

 知らずの内にマシュの手を握ってしまった。きっと俺の手は手汗が酷い事になっているだろう。

 

「っ……先輩……?」

 

 怪訝そうに問う後輩に、俺は何も言えやしない。それもそのはずだ。窓に、ああ、窓にーー

 

 

 

 ーーバケモノがいるんだもん……。

 

 

 

 この時ばかりは俺が上でよかった、と心から思う。

 こんなの女の子が見たら絶叫するわ、いや、気絶するよ。多分。というか、どっから湧いたのコイツ……。いつも見る闇色の世界から、この、深海魚……? っぽいのが出てきたら眠れなくなるわ。

 

『ーー緊急防衛命令(プログラム)作動。警告、一部命令(プログラム)の損傷により、敵生命体に防衛プランΣ(シグマ)を決行』

 

「て、敵生命体ーー!?」

 

 不運にもーーいや、この場合は正常なーーアナウンスが自室に響く。下にいるマシュは身体を起こし、丸窓を覗こうとするが、俺が引き止める。

 

「ちょーーマシュ、落ち着こうか。体勢が、体勢がヤバいから……!」

 

「あ、す、すみませんーーって言ってる場合ですか、先輩!? 敵生命体が窓にいるんですよ!? 船内に侵入してきたらどうするんですか!?」

 

「あ、それは大丈夫だと思うよ。見た感じシャドウ・ボーダーと、どっこいどっこいの大きさだしーーアバババババババ!?

 

「それは大丈夫の定義に当てはまりませんっ!ーー!?!?!?

 

 お怒りなマシュのキレッキレのツッコミが冴え渡ると、瞬間、俺とマシュに静電気が走る。種類的にエジソンの鬣を撫でて喰らった奴にそっくりだ。さては、お前交流だなぁ?

 

 

 

 ーーGyaaaaaaaaaaa……!!

 

 

 

 凍りつくような、断末魔が響き渡る。

 俺とマシュの背筋に嫌な怖気を残し、バケモノは退いたようだ。丸窓をゆっくり覗けば、バケモノが堪らん、とばかりに尻尾を巻いて消えていく。星光のように光輝する幾何学模様が、綺麗だったとは口が裂けても言えやしない。彼奴がこの電撃に耐えて、シャドウ・ボーダーを食い破ってきたらマシュ共々、餌になっていたかもしれないのだから。

 

「消えた、みたいだね……おっふ」

 

 暫く、バケモノが逃げ去った跡を追うが、際立った変化は最早ない。意外と臆病な奴だったのかもしれない。そこには変わらぬ漆黒が続く虚数世界の海が続いている。眺めていると、シャドウ・ボーダーに例の揺れが舞い戻る。俺はバランスを崩す羽目となった。

 

「ち、近い、です……先輩……」

 

 アカン、下にマシュがおるんやった(汗)

 覆い被さる事、フラグの如し……ラノベ主人公かよ、俺。まあ、似た様なもんだから別に良いよネ(白目)

 あ、ちょ、ランスロットさん。その手に持つ剣と機関銃を降ろして頂けないでしょうか……普通に死にそう……あ、待って! 話せばーーー

 

 …

 

 ……

 

 …………

 

 はい、現実逃避でした。……決して、マシュのマシュマロの感触を愉しんではおりませんので悪しからず。

 

『報告、敵生命体ーー大型幻想種の撃退に成功。警告、左船体装甲板及び、霊子概念装甲に損傷を確認。速やかに安全地帯、仮拠点を形成し修繕メンテナンスを推奨。緊急報告、虚数深度、深淵(アビス)域中層に到達。並行虚数年代ーー計測不能、仮定カンブリアと仮称』

 

「え、それ結構ヤバくない?」

 

 思わず、突っ込んでしまった。後半よくわからなかったけど装甲に穴空いたって事だよね?

 俺は体勢を立て直し、再び丸窓を覗く。もしかしたら、損傷した部分を視認できるかもしれない。

 

「………っと、流石に見えない……か」

 

 視界に収まるのは例の如く見える闇色の世界。損傷の見当たらないシャドウ・ボーダーの船体。

 それと、上らへんに綺麗な星空が見えるだけだ。

 

 

 ……あれ、おかしくね?

 

 

 通常ーー虚数世界の通常はあまり知り得ないがーーは真っ暗で変わり映えの無い景色の筈だ。星空なんて、見えるはずもない。そもそも地上じゃない訳だから。

 

「……マシュ、そこから窓のところ見える?」

 

「っ……? いえ、見えませんが……?」

 

 先ほどからこの位置がマシュの死角になっているのは確認済み。それでも聞いてしまったのは怖いからだ。

 

「何か、見えたんですか? ……もしかして損傷部分を発見したんですか!?」

 

 怪訝な表情から一転、少々の興奮と共にマシュは早計な勘違いをする。

 

「あ、いや、その……損傷、とかじゃなくて、ね。上にちょこ〜っと変なモノが見えたから、もしかすると俺の目がおかしくなったのかと……は、ハハハ、ま、まあ! 大丈夫だよ!うん」

 

 割と、いや、無理があり過ぎる返答にマシュは困惑の色を見せ、どう答えるべきかと沈黙する。俺はその隙にもう一度窓の外を見遣る。願わくは俺の見間違いであって欲しい。

 

「…………………」

 

 いや、普通に光ってます。満点の星空が上にありますよ、はい。

 俺は腕に付属している通信機へ目を向ける。いつもならこんなのが来たらいの一番に連絡が飛ぶのだが、俺の予想、それも最悪の予想が当たってたとしたら今頃、司令室の面子はフリーズしているに違いない。

 

(クソっ、軽く詰みだな……この状況は)

 

 独りごちに胸中で独白する。マシュはまだ気づいていないが、それも時間の問題だろう。

 

『警告、敵生命体ーー大型幻想種を複数探知。船体全装甲板及び霊子概念装甲による防御成功率70パーセント』

 

 警告が不吉を知らしめ、全身に怖気と寒気が迸る。やはり、俺が視認した星空のような明かりは先ほどのバケモノの群体で間違いないだろう。

 

「せ、せんぱい……っ!」

 

 マシュの声が震える。見えざる恐怖は筆舌に尽くしがたい程恐ろしいのだ。俺はもう一度上を見上げる。閃光が近づいているがどうする事も出来ない。

 

 

 

 ーーAaaaaaaaaa !!

 

 

 

 響き渡る雄叫びと轟音、それに伴い船体は大きく揺れる。咄嗟に俺はマシュを庇う。ベッドに備え付けているベルトが痛いほどに締め付けるが気になどしていられない。

 

『警告ーー敵生命体の攻撃を確認。sみy……かにkono空間の離脱を推奨』

 

 衝撃と船体への負荷の所為か電気が点滅する。アナウンスまでバグる始末だ。

 

(やばい、ヤバイ、ヤバい……!! どうする!? 司令塔からの指示は無し、揺れに揺れる船体、サンドイッチな状況に礼装でどうにか出来るレベルでもない! まさか、さっきので司令室、潰れてるとかそういうオチか、コレ!?)

 

 最悪ーーいや、絶望のパターン。俺の脳みそは発狂寸前で可愛い後輩は絶賛涙目で硬直。更にダヴィンチちゃん達がフリーズでは無くお釈迦になっているかも、というデッドエンド一直線フラグ。

 外では、バケモノの群れが狩をするかのように船体をグルグル囲み回っている。一気に襲い掛かって来ないのが、僅かな気休めとそれ以上の不安を与えてくる。

 

 

 

 そしてーーその時が、やって来る。

 

 

 

『警告ーー敵生命体多数、攻撃態勢に移行』

 

 

 

 宣告は無機質に。

 

 

 

『防御成功率ーー30パーセント』

 

 

 

 宣告は無慈悲に。

 

 

 

『衝突までーーあと』

 

 

 

 宣告は残酷に。

 

 

 

『3ーー

 

 

 

 宣告は凄惨に。

 

 

 

『2ーー

 

 

 

 宣告は……

 

 

 

『1ーー

 

 

 

 宣告はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コポリ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………っ?」

 

 

 

 聞こえたーーなにか、が?

 

 

 

 感覚()を澄ますーーなにか、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ゴポリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見えたーー水、だ。

 

 

 

 感覚()を凝らすーー水が見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ボコリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眩しい……窓を突き抜ける光が感覚()を刺激する。ーー気の所為だろうか、揺れが消えてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボコリーーゴポ、ゴポゴポ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あぶく)が弾ける。下では後輩が気絶している。ーー不気味だ。衝撃が無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーボコ、ボコボコボコ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あぶく)が騒然と沸き立つ。しかし、徐々に静まって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボコ、ゴポポポポ……ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あぶく)が、消えた。それを皮切りに光も弱まって行く。俺はベルトを外し窓に手をかけ、 窓の外に感覚()を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然と口角が引き攣り上がる。呼吸しようと吸い込めば、代わりとばかりに乾いた失笑が浮かんでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に、ガラス越しにあるソレーー怪物達の圧殺死骸

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは、ハハハハハハハハハーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 否、真に感覚()を向けるべきはそこではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オオォォォオオオオ————!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソレを潰した岩の手(・・・)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その雄々しき山の御手

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————————————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天地揺るがす惑星(ホシ)の如き、その畏姿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てを見透かし、戦慄を誘う赫き、その紅眼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 如何にこの身が矮小なることや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 されど、俺は、いや————人類()は知っている。この存在を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遙か悠久(ムカシ)の火の灯る、水ならざる時代の更に前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈し、悪鬼羅刹が蔓延る時代の更に前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星が輪郭を得る前の————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————灰の時代

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の『究極の一(アルティメット・ワン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其の名は————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————岩の古竜、なり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身じろぎ一つで、虚数の海を狂わせる暴威に俺は動けない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感覚()を劈く雄叫びに、船体は礫のように弾かれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃に耐え兼ねた俺は、部屋を舞う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『超強力電磁波を確認。強制浮上を試みます。総員、衝撃に備えてください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを最後に、俺の意識は吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー火の粉が、舞う。

 

 捨てられ、忘れ去られた常夜なる工房の庭園。そこで一人の男が即席らしき篝火を囲い、暖を取っている。

 

「ーーーそら、取ってきたぜ」

 

 どさり、と無造作に何かが投げ捨てられる。

 

「………貴公、飽きぬのか……?」

 

 男は横を一瞥し、投げ捨てられた物を見遣ると背後にいる人物へ嘆息を送った。

 

「零より一、さ。飽きる云々より、有るか無いかで判断するのが賢明ってモンだろう? ……まあ、ワインの一本でもありゃあ良かったんだが……無い物ねだりは出来ねぇさ」

 

 背後の人物は軽々とした口調で、隣に座る。声質からして男性とするが、その出で立ちがあまりにも不気味であった。

 

「貴公の、その、やはり慣れんなぁ、その格好……あの鳥人間を思い出す」

 

 隣に座ったその男は、縦長の黒いトップハットを被り、鴉羽で出来たインバネス。胸元には留め金の代わりに純金製のメダルを用い、血の如く赤い塗料で逆さ吊りのルーンーー狩人の徴ーーが描かれている。

 獣皮で出来たズボン、左足に吊るしてあるホルスターには意匠の込んだ大口径の古式銃が収まっており、ベルトと銃の合間には幽々と光を放つ洋燈がくっついている。そして、わかりにくいが片脚が義足であり、さながら闇夜に蠢く刺客、或いは人狩り人のようだ。

 

 ーー取り分け目を惹くのは顔につけているマスクだろう。所謂、ペストマスクと云われる物だ。

 

 赤茶け、古惚けた鞣革で出来たソレは異様さを醸し出し、隣にいた男に何とも言えない曖昧な反応をさせるに至る。

 

「フハハ、鳥人間とは言ってくれるじゃねえか。まあ、強ち間違いじゃねえが、完璧に()()を辞めたつもりは無いぜ、灰かぶりの騎士様よぉ……」

 

 何処か、楽しそうに軽口を言う男は立ち上がりーー投げ捨てた()()、熊と狼を掛け合わせたかの様な獣の亡骸にインバネスから取り出した無骨な鉈とノコギリをくっ付けた得物を突き立てる。

 ザクリ、と肉の断ち切れる音が響くと、皮の剥がれた獣の肉が篝火へと放られる。

 

「……灰まみれなのは仕方なかろう……。手入れしても結局、こびり付くのだから」

 

 軽口を言われた男は、俗に絵物語の慇懃なる騎士に見紛う紫紺色と緋色の上級騎士の甲冑を身に付け、背に煌びやかな紋章を誇る大楯を背負い、その傍らには捩くれた螺旋状の大剣と太陽の絵を縫い付けられた護符(タリスマン)を置いている。

 

 ーーされど、その身は灰に塗れ、何処か燃え滓の様な風貌とも見える。

 

「ハッ、そうかい、その灰が敵の目にでも入ってくれりゃあ御の字だな」

 

「まったく、相変わらずだな貴公は……」

 

 口角をマスクの内に吊り上げ皮肉を言う様は、やはり何処か楽しげであり嫌味に聞こえる筈の言葉はすんなりと風に巻かれ火の粉と共に爆ぜる。それを騎士格好の男は呆れた口調で返す。

 パチパチと獣の肉に火が通り、獣臭さが辺りに舞う。焼ける様は沈黙を呼び、両者が暖を取るのには十分過ぎる物だ。

 

「よっし、上手に焼けましたっと。アンタも食うかい?」

 

「……遠慮しておこう」

 

 騎士に肉切れを勧めるが断わられる。どうやら、この肉に飽きて辟易しているようだ。狩人は器用にマスクをずらし肉にかぶりつく。鋭利な犬歯と僅かだが、銀色の頭髪が露わとなり、雑味と獣臭さが五感を襲う。最早慣れきって仕舞えばどうと言う事は無い。

 

 

 

 ーーー刹那の瞬間、世界が揺れる

 

 

 

「……来たか」

 

 騎士が宇宙(ソラ)を見上げ、呟く。雄大なる漆黒の海原は嘲笑う暁を讃える。

 

「………」

 

 狩人は沈黙を破らず、獣肉を()む。

 

「漸くだ。我が悲願……いや、()()が悲願を成就する火種が、この地に……」

 

 何処か執念と悲哀を帯びた声音で宣う騎士は大剣と護符(タリスマン)を携え、立ち上がる。

 

「………行くのか?」

 

 肉を()むの中断し騎士に問う。だが、そこに応答は無く、ガシャリ、と騎士が歩み始める音が響く。

 

「……精々、失敗(しくじ)らんようにな()()()

 

 最後、送る言葉に騎士は右手を軽く振る。

 

 ーーその背に静かな意思を添えて。

 

 

 

 

 

 薪が爆ぜる。一人となった狩人は新たに切り出した肉を篝火に焼べていた。革のズボンより出る銀で造られた義足が鈍く火に照らされ、獣脂が火に当てられ爆ぜ騒ぐ。

 

「......Well,well(やれやれ). All'm appeared too late (遅すぎる登場だよ、まったく)

 

 独りごちに、呟く様は言い得ぬ感情を彷彿させる。

 

You would also think so(お前もそう思うだろう)?」

 

 

 

Dolls of Maria(人形よ)......」

 

 

 

 その問いは……打ち捨てられた人形に向けられる。しかし、只の人形が喋るはずもなく、物悲しく篝火が音を立てるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、批評カモン(高啓蒙)

長いですが、内容は深くありませんw

暇つぶしにどうぞw

……エスト瓶って美味しそうですよね




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二話

且ノ
※加筆いたしました。
※2023/4/28一部修正


 

汝、子らに秘跡を強いたまえり

 

 

 

聖血による報いあらん

 

 

 

聖血の秘する報いあらん

 

 

 

いざ、人に報いせん

 

 

 

聖血によりて!

 

 

 

血は潔白であり、神聖である

 

 

 

ああ、これは冒涜なるや?

 

 

 

その拝領、汝の御霊に相応にあらず

 

 

 

狂獣は穢れた土地を踏み、やがて越えるだろう

 

 

 

血は潔白であり、神聖である

 

 

 

ああ、これは冒涜なるや?

 

 

 

神秘、忘れ棄て去るは

 

 

 

生命の上位に至るに能わず

 

 

 

如此く宣べ伝えよ

 

 

 

恐れよ

 

 

 

宣べ伝えよ

 

 

 

血の

 

 

 

その毒なるを

 

 

 

猛毒の恐怖を

 

 

 

饗宴は約束された

 

 

 

聖血によって

 

 

 

さあ、衰微の酒を酌み交わそう

 

 

 

ああ、この毒の盃を……

 

 

 

 

 

狩人の手記

 

項、ローレンスの警句より

 

 

 

 

 

 ーーーーーー

 

 

 

 

 

「痛ぇえ………」

 

 鈍痛が頭に響く。

 意識が飛んで、どれくらい経つのかはわからない。俺ーー藤丸立香ーーは鈍痛と倦怠感に苛まれた頭と身体を力任せに起こす。節々に違和感を感じるが、どうやらデカイ外傷はなさそうだ。

 

「ここ……何処だ……?」

 

 辺りを見渡せば、直ぐに浮かぶ疑問。未知の場所というのはよくわかった。しかしながら他に言い表しようのない程に肉眼に映る景色は非常に悪い。

 

「霧、だよな……コレ。ロンドンを思い出す……ってそうだ! マシュ、マシュはっ!」

 

 過去の思い出に浸りかけた俺は大事な後輩の事を思い出す。辺りを見回そうにも、濃霧の所為で自分の足元すら分かりにくい。兎にも角にも、後輩を探すのと並行してこの濃霧を抜けねばならない。焦燥に駆られ僅かだが走行してしまった。

 

「クッソ、見えねぇっーーーおっふ!?」

 

 濃霧の中で闇雲に走るのは非常に危険という事を失念していた俺は、例の如く何かに躓きすっ転ぶ。もし、これが断崖絶壁への路だったらと想像するのはもう少し後になる。俺は躓いた原因である足元を見遣る。視界が悪く定かではないが、これはーー

 

「ーー霊基のケース……?」

 

 自分の成した偉業、人理救済。その結晶と成果を万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチが形にした物。

 それが何故こんな所に転がっているのか、それを考えた瞬間ーー俺の背に嫌な汗が伝うのと顔が青褪めるのを明確に感じた。

 

「……ま、さか……」

 

 何故、俺が外ーーシャドウ・ボーダーの艦内ではなく、霧立ち込める外に居たのか。予想する事は難くない。

 

 

 ーーシャドウ・ボーダーが大破したのだと

 

 

 刹那にその想像を否定する。そうであるなら、自分だけが生き残っているなど都合が良すぎるのだ。サーヴァントであるホームズ、デミであるマシュ、型落ちの器なれど信頼できるダ・ヴィンチがいる。遥かに人間より頑丈である筈の存在が、こんなところで、と。この様な妄想が蔓延り、俺の脳内では、間違いであって欲しい、という一抹の淡い希望が刻まれる。俺はケースを抱え、走り出そうとした。

 

「何処だ……ある筈だ! ーーーーあっ」

 

 走り出し、あって欲しくは無い残骸を探り、深みに消えるすんでのところで気がついたーー通信機を使えばいい、と。

 俺は、すかさず付属の通信機を見遣る。もし生きているならシャドウ・ボーダー或いは後輩の安否を知ることができる筈だ。

 

 

 ーーしかし、現実は甘くない。

 

 

「…………マジかよ」

 

 見遣る。……見遣ったのはいいのだが、割れている。それも綺麗に粉々だ。スマホの画面よろしくに。

 

(……アレか? アレなのか……? さっき転んだ拍子にバッキリ逝っちゃったのか? あああ、もう、耐久性上げといてよ、ダ・ヴィンチちゃんっ……!)

 

 理不尽な八つ当たりも状況が状況であるが故に、憚ることも出来はしないだろう。

 俺は空を見上げる。濃霧が未だ立ち込め、空色すら判別し難いが……これで、吹っ切れた。

 

(よし、行くしかないか。ここで蹲るより動かないと、それに案外皆んな近くに居るかも知れないし)

 

 所謂、一周回って冷静になった、だ。俺は一度深呼吸を取り、礼装を確認する。通信機が使えなくともこっちがあれば、多少なりともやりようはある。ケースを抱え直し、意を決して濃霧の深みへと足を進める。

 

「よっと。壁でもあればやり易いんだけどなあ……」

 

 つい、愚痴っぽく呟いてしまう。濃霧に塗れているが、歩く先々で古びた煉瓦のような物が疎らに転がっている事に気付いた俺は、この濃霧の中に建物ないし建造物があると思い始めていた。もしかしたら、霧がなければ古い遺跡なのかも知れない。俺は仄かに浮かび上がった好奇心とも言える感情と建物があると言う希望に胸を僅かだが躍らせる。

 

(建物があるなら、人ーーもしかしたら皆んなが……とにかく先をーーーっ?)

 

 シャドウ・ボーダーの面々との再会を想像し、歩みを進める最中ーーナニカに触れる。

 

「なんだ?」

 

 もう一度触る。最初に触れた時の感触は壁。俺は念願の建物かと思い咄嗟に踏鞴を踏む。これで建物の壁なら御の字だが、そうは問屋がおろさない。触れた壁が、靄ーー濃霧の壁なのだから。

 

「霧、の壁だな……入れないのかな?」

 

 ペタリペタリと触り感触を確かめる。石壁ならば是非もなく諦め、それを伝い何処へ続いているか探っただろう。しかしながら、今あるのは霧の壁。どうして先に進めないと決めつけられるのか、俺は湧いた好奇心を煽られ触診じみた手つきで触りまくる。

 

 

 ーーそれが、絶望への境界だとは知らずに

 

 

「……むぎぎ、この、開けっての、ああもう、これでも喰ら……っえ!」

 

 押したり引いたり。俺は抉じ開けるべく、数多の手法を試す。されどビクともしない壁に業を煮やした俺は、遂に礼装に備わっている最強魔術『ガンド(確定スタン)』を霧の壁へとぶっ放す。

 すると、壁は煙を巻くかのように消えてゆく。先程のビクともせぬ頑強さが嘘のように思えるかのようだ。

 

「おろ? なんか都合良く開いた……?」

 

 霧の壁が消えると共に周辺の濃霧も消えていく。視界がクリアになり一帯の景色が露わとなる。

 

「廃都っぽい……けど結構しっかりしてるな。というか普通にもう少し行けば建物に行き着いてたのか……でもなんで霧まで消えたんだ? もしや、さっきの結界だったりして……まあ、何とかなるか」

 

 映る景色は廃都そのもの。もう少し進んでいれば建物の壁に行き当たる寸法であったことに軽く嘆息しつつ俺は奥へと邁進する。

 霧の壁については深く考えぬ事にした。良く分からないし、別に大事には至らないだろうと高を括る。

 濃霧が晴れ、視界にある土地のーー全容とはいかないがーー地形がわかり、コレにより多少の推測が可能となった。まず、この未知の土地には人がいる事がわかる。そして建物の作り的にヨーロッパに近いこと。故に人がいた時に英語で話せば意思疎通が可能、というのが考えられる。まあ、その間にカルデアメンバーに会えれば意思疎通の云々は杞憂として消えるのだが。

 

「せめて通信機がお釈迦にならなければなぁ……でも、役に立った事ってあったっけ……?」

 

 ふと、考えて見れば通信機系統がまともに使えた記憶が、あまり無い。だいたい、途中で妨害を食らったり横槍を加えられたりと散々だった気がする。

 

「やっぱり、文句でも言っとこーーー何だ?」

 

 

 ーー不意に、物音がする。例えるならば、そう床を踏む音のような。

 

 

 音の出所、俺からして右側の廃塔。一見すれば、廃ビルとも見えるそれは苔生し宿り木に食まれ、ある種の神秘さと不気味さを醸し出し、何処か近づいてはならぬ雰囲気を匂わせる。

 

「………誰か、居ますか?」

 

 遠目から、だが軽く声をかけてみる。幸い辺りは静まりかえっている、生き物ーーひいては音らしい音など自分の独り言を抜いて特に無いのが現状だ。

 

 

 ーー先程の音を抜いて、だが。

 

 

 聞き間違いならそれでも良い。人が居て自分に警戒しているならそれでも良い。

 

 

 だがーー何だ? この嫌な感覚は。

 

 

 覚えのある嫌な感覚、この数年である意味慣れ親しんだ疎ましいモノ。

 

 

「誰か、居ませんか……?」

 

 

 再度の問い掛け、それは吸い込まれるように消えていく。

 

 

 

 ーーぎしっ

 

 

 

 軋むーー何かが、廃塔を歩いている。

 

 

 

 ーーぎし、ぎしり

 

 

 

 石床が悲鳴を上げ始めるーー人、ではない何かが近づいてくる。

 

 

 

 ーーぎし、べきっ

 

 

 

 何かが、折れた。俺は礼装に魔力を送る。来たる人ならざるであろう者に牽制を敷くため。

 

 

「……っ!」

 

 

 息を飲む。恐怖に全身を飲まれながら。

 

 

 

 始めに見えたのは、そうーー二匹の

 

 

 

 しかし、その犬は俺の既知する犬とはかけ離れている。

 

 

 

 瞳は炯炯と血走り、紅い眼光を迸らせ此方を睨めつけている。

 

 

 

 体躯は餓狼や餓鬼の如く痩せ細っている。肌は爛れ、悍ましく地獄の番犬にすら見紛う。

 

 

 

 正に、腐れ犬である。

 

 

 

 されどーー息を飲んだのは()()だけではない。

 

 

 

 

 

 ーーその獣など歯牙にもかけぬ、異形が現れたからだ。

 

 

 

 

 

 その異形、二匹の狂犬を伴わせ、両の手に只人など優に一閃できる無骨な大鉈を携え、筋骨隆々の体躯と山羊の頭蓋を合わせ持つ。その容姿と相なすようにその荒んだ紅き瞳には理性を写さず、狂気が宿っている。

 

 

 

 ーーその者、指し示す言葉があるのならこう呼ばれるであろう。

 

 

 

 ーー山羊頭のデーモン(犬のデーモンに飼われている山羊さん)と。

 

 

 

「…………」

 

 俺は硬直する。正直言って、こういう化け物系なら第七特異点(古代バビロニア)亜種特異点(セイレム)で見てるから大丈夫なのだが……いきなりのエンカウントに反応出来ず硬直に至ってしまっている。

 百歩譲ってグールとか骸骨ならガンドを否応なしにぶっ放していた。しかし、コイツに打って良いのだろうか、いや、大鉈持ってる時点で打つべきなんだろうけど両隣にいるわんわんおが突っ込んで来てヤバそうなのだ。噛まれたらアウトだろ絶対。

 

(………よし、逃げるか)

 

 化け物のエンカウントによりどうするか考えていた俺は、逃走を決断する。現状、異形どもは俺との距離を縮めたり、何かしらのアクションを起こさず均衡状態を保っている。

 何故、均衡状態を保っているかはハッキリ言って不明だが、今の状況では僥倖だ。

 

「……………」

 

 目前の化け物ーー特に山羊頭は、不気味な程に静かだ。その反面連れだっている狂犬達は、襲い掛かりはせずとも威嚇の唸りと警戒の眼差しを絶えず向けて来る。

 

「ふう………」

 

 軽く息を吐く。これで彼方も多少なりとも動きを見せるだろう。

 

「………………………ダッ!」

 

 人類最速ーー英霊は抜いてーーの陸上選手もびっくりな華麗なる逃げ足。見よ、特異点で鍛え上げた脚線美。これにはあの化け物も面食らって唖然としてるに違いなーー

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 ーー走り出し見事に逃走、とは行けず。俺はその辺にあったであろう瓦礫の破片に足を取られ、綺麗に頭からすっ転ぶ。

 辺りは転倒した際に起きた激しい摩擦音を残し、なんとも言えぬ寂寥的な痛みを伴う沈黙に支配される。その中で俺の思考は動転を極めていた。

 

(やっば、俺マジで転んだ? 転んじゃったの? 死亡確定じゃね、コレ? てか、何で転ぶの? バカなの?うっかりイシュタル様でもこんなギャグみたいな転び方しないよ? ちくしょう、頭ぶつけて痛てぇし………あああぁぁああ!ヘルプ! マシュ、助けて!この際、胡散臭いパラケルススや教授でも可!)

 

 グルグル、思考がごちゃ混ぜに成り果てショートを引き起こす手前とでも言うのか、その所為で未だ起き上がる事も出来ず俺は地に伏している。

 

 

 ーーそれ故に、気づけた。近づく足音に。

 

 

「ーーーっ!」

 

 全身が強張るのを鮮明に感じ、冷汗が浮かぶ。

 のっそりのっそり、と単調な化け物の足音が聞こえる。人間よりも巨体である化け物は当然、人間を優に越す体重がその足取りの強さを響かせる。

 

(……焦るな、落ち着け、今動いたら即座に殺される。最悪、令呪をリソースにして連弾ガンドで切り抜けようーーー!?)

 

 化け物達の気配により思考がクリアになった今、俺は即席の打開策を見出す。今のところマシュもいない、契約しているサーヴァントも存在しない。ならばこそ出来る案だが、そうも言ってられなくなった。

 二匹の狂犬が俺の傍を品定めするかのように回る。本命の山羊頭より足の速い此奴らが先んじて来るのは自明の理だが、失念していた俺にとって大いに焦燥を浮かばせられる羽目になる。

 

(クッソ……詰み、か……っ)

 

 ーー詰み。

 

 最悪の状況を如実に表すソレは俺の胸中で音を立て侵食する。もし、ここで自棄になり先程の連弾ガンド作戦を強行すればワンチャンと思いたいがそれはあまりにも無謀な博打となる。

 第一条件として、敵との距離が一定無くてはならない。本命の山羊頭が来ていないとは言えサブの狂犬達が目先にいる時点でこの作戦は詰んでいるのだ。

 俺は、唇を引き結び拳を握りしめる。もっと早く、いや、ドジを踏んで転ばなければ如何にかなったやもしれないが………後の祭りだ。

 

 

 遂にーー金属音が響く。

 

 

 山羊頭が犬に追いつき、右の大鉈を掲げる。これにより、完全に退路を絶たれる。

 

 

 ーー令呪でマシュを転移させるか?

 

 

(……却下。そもそも、呼べるならそうしてるし、ボーダー内で、しかも意識不明で転移してきたら餌が二つになるだけだ)

 

 

 ーーならば、礼装に魔力を焚べ先程のガンド強行作戦をするか?

 

 

(これも、アウト。確定スタンだけど殺傷能力は、ほぼゼロだし撃った反撃を食らって死に兼ねない)

 

 

 ーーならば、ならば如何する?

 

 

(如何するって?ーーそんなの、決まってるだろう!)

 

 

「ーーガンドは撃たないって言ったな! あれは嘘だよ、チクショウ!」

 

 

 部の悪い賭けがなんだ。そんなもん幾らでもやってきたーーこのカルデアに来てから何度くたばりかけたかもう覚えてない程にな!

 

 

 ーー冬木(火炎と死霊)

 

 

 ーーオルレアン(竜種の巣窟)

 

 

 ーーセプテム(皇帝達の狂気)

 

 

 ーーオケアノス(大英雄からの逃走)

 

 

 ーーロンドン(魔術王との遭遇)

 

 

 ーーイ・プルーリバス・ウナム(狂王の暴虐)

 

 

 ーーキャメロット(女神と神王との戦闘)

 

 

 ーーバビロニア(人類悪の壮絶)

 

 

 ーーソロモン(終局の死闘)

 

 

 ーー亜種特異点や今の現状

 

 

 挙げればキリのない武勇(ピンチ)は俺に諦めないことの大切さを教えた。その悪足掻きが如何出るかは知らない。だが、蹲るよりはずっとマシだ。

 

「まずは一匹ィ!」

 

 這い蹲っている状態から一気に身体を起こし右にいた犬にガンドを見舞わせ、握り締めていた砂利を山羊頭に放る。この時点で博打は成功の域だ。犬の一匹は止め、左側の犬は急な展開について行けず面食らい硬直。本命の山羊頭には上手いこと砂利が視覚を奪った。あとは逃げるだけだ。

 

「あばよ、バケモン!もう、二度と会わないことをいのーーー」

 

 

 

 ーー刹那に聞こえる風切り音

 

 

 

 二の句を告げ終わる前に振るわれるもう一振りの大鉈。この時失念していた二つの要因。一つは言わずもがなもう片方の空いていた大鉈。もう一つは()()()()()()()だ。その二つを入れてないが故にこの誤算は浮き彫りとなり、今襲いかかっている。それもそうだ

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「あ、ーー」

 

 

 

 全身に走るーー死の瞬間

 

 

 

 呆けた声と共に俺の身体はーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴公、少々蛮勇が過ぎるのではないだろうか……しかしその諦めん心は実に良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山羊頭がーー灼けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少々、遅くなってしまったが……なに、英雄は遅れた頃にやって来るものだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーその騎士、紫紺色と緋色の上級騎士の甲冑を身に纏い、煌びやかな紋章を誇る大楯を背負い、右手に捩くれ劫火を帯びた大剣と左手に太陽の絵を縫い付けた護符(タリスマン)を装う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー灰に塗れて、尚も燻る内なるに俺は魅了され、その威姿に太陽を拝謁()た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、前置きが長くなったな。いい加減、貴公らも焦れただろう。混沌の火より出でし憐れな悪魔とその追従と……只人よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、貴公、只人であり世界を獣より救った人理のマスターよ。このーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忘れ去られた地獄に、な

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……某所、ある湖にて……

 

 

 

『どうだい、マシュ? 立香君は居そう?』

 

 映像と共に映る可憐な少女の姿。映像の受信者は身に付けていたバイザーを外し、通信機へと目を向ける。

 

「……いえ、バイザーによる周囲探索を行いましたが、周囲に先輩の反応はありません……」

 

『うーん、やっぱりボーダーとは別の場所かなぁ……。それにしてもこの場所は、なんなんだろうね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、見た感じ地底湖なのは確かなんだけど向かっていた彷徨海(ほうこうかい)の付近である北欧にこんな地底湖は無かった筈だ』

 

 この場所に疑問を浮かべる可憐な少女ーーダ・ヴィンチーーは大いに悩む。何故こんな場所に漂着したのか。真っ先に浮かぶ原因は、不気味な幻想種の群れと並行して発生した振動によって座標が狂ってしまったと考えるのが妥当であるのだが、如何せん引っかかる。あの振動の原因は()()()()()()()()()()()()もののそれを口にするのは非常に突拍子のないことだ。

 憶測ばかりでは真実すら逃す危険もある。どちらにせよこうして五体満足でいるのだから儲け物、と考えた方が良いのかもしれない。

 なにせあの幻想種の群れからどの様な経緯で逃れることが出来たのか自分は知り得ていないのだから。

 

『ーーなんにせよ先ずはこの場所の探索だね。ボーダーからの魔力サーチは辺り一帯の魔力濃度が濃すぎて全く以って意味が無くなってしまったからバイザーからの肉眼映像を元に地図を作る訳だけど……行けるかい?』

 

「はい。システム良好、周囲探索を続行、もしくは先輩の身柄を保護を優先します」

 

『オッケー。……君に頼ってばかりというのも戴けないな。ホームズの奴を焚き付けて場所の解明とペーパームーンの更新を急ぐとしようーーなんだ、ホームズ何か分かったのか? ごめんね、一旦切る』

 

「了解。何か進展がありましたら報告します」

 

 電子音が通信の終了を告げ、マシュは軽くため息を吐く。

 

「何処に、いるんですか……先輩」

 

 いつも隣に居た自身の大切なマスターたる藤丸立香。彼が居ないことに弱々しく独白するマシュは握る盾に力を込めてしまう。

 気を失い、目が覚めたボーダー船員達は胡乱げな思考をあの幻想種に襲われた事を思い出し、すぐさま覚醒に成功した。そして次に目の当たりにした光景に息を飲んだ。

 辺り一帯に広がる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そして、ボーダー内の計器がはじき出した()()()()()()()()()()()()()に船員は目をひん剥く羽目になった。

 事態は急を要した。なにせ魔素が濃すぎて通常の人間が外に出られなくなり、サーヴァントの面々とダ・ヴィンチが即席で作った呼吸器を付けたメカニックが、船体の修繕に駆り出されたのだ。未知の場所、濃すぎる魔素、何がいるか分からない恐怖。これらが船員を襲い軽いパニックに陥るところだったが万能の天才を自称するダ・ヴィンチの手腕にて修繕とシステムの再起動は一時間足らずで終了した。

 ここで、安堵、とは行けるはずも無いのが世知辛い世界だ。

 

 

 人類最後のマスターである藤丸立香が姿を消していたのだ。

 

 

 その事実に我を無くしかけたのは言うまでもなくマシュであった。あの緊急事態が発生した際、一緒にいたはずであり、本来ならば姿を消すなどあり得ない事態だ。船員は修繕箇所を探すと並行してマスターの消息をくまなく捜索し、そして修繕が終わるに合わせマシュに船外の探索を命じたのだ。

 

「絶景、と言うべきでなのでしょうか……先輩と一緒だったら」

 

 肉眼に映る果てしない樹林と湖に対し、吐露する様に述べ、バイザーを装着する。ボーダーから数百メートル先にいるマシュは更に奥を遠視機能で、把握を図る。

 マシュの此処まで歩いて見た結果を表すならば、多少の曲がり道はあるが大雑把に見て道のりは真っ直ぐに近い。地質も岩石質、ではなく砂浜であり、もう少し行った先に流木と何やら()()()()()が点在している。

 

「映像、ボーダーに投影記録します。記録(ログ)を別個に保存しますので後でこっちも見てもらいましょう」

 

これにより、ボーダー内の立体地図とペーパームーンに微量ではあるが情報が行く。

マシュは砂浜の道に沿い、先程の流木がある地帯へと足を踏み入れる。

 

「よいしょっと、流木のある地帯ーー仮称、漂流物エリアに突入。……やはり骨、ですね」

 

骨、と一口に言っても様々なものがある。現代なら蜥蜴の様なものや哺乳類のもの。しかし、マシュの目の前に鎮座する()()()はおよそ現代、ひいてはこの地球の歴史に反する様なものであった。

 

 

鋭い牙とボーダーの高さよりも一回り大きい角の生えた頭蓋骨

 

 

指し示す言葉があるなら、それは巨人。

 

 

或いはーー

 

 

ーー悪魔(デーモン)と。

 

 

「目算、約50メートル弱。この世界に生息する幻想種の遺骸と思われます。引き続き、探索を継続。どう判断しますかダ・ヴィンチちゃん」

 

記録に継続の意思を載せ、通信機の電源を入れる。本来ならば快活な声音と共にダ・ヴィンチが出る筈だが今回はもう一人のサーヴァント、シャーロック・ホームズが応答する

 

『戻ってきて構わないミス・キリエライト。できる事ならサンプルが欲しいが生憎、研究用の設備が未だ誤差修正中だ。ーーああ、それとダ・ヴィンチなら工房に籠って用事を済ましている最中だ。故に私が出させて貰ったよ』

 

「了解です。これより帰還します記録(ログ)の閲覧準備をお願いします」

 

『手配しておこう。あと全船員に伝えたい事もあるので、急かす様で悪いが速やかな帰還を頼む』

 

その、言葉を最後に通信は切れた。伝えたい事とはなんなのだろうかと思いながらマシュは帰路へと足を向ける。

 

「凶報で無ければ良いのですがーーん? これは……?」

 

悪い予感を胸に秘めながら砂を踏む。

ザクリ、と砂浜を踏みしめる音に違和感を覚えたマシュはバイザーを外し、足元に注意を向ける。

 

「これは、鱗……?」

 

鈍い鉛色と淡い藍色を放つ一見、大きめの貝殻のようだが貝殻の特有の蓋跡が無い。故にマシュは鱗と判断する。

 

「綺麗ですね……サンプルとして持ち帰りたいところですが、またの機会にーーー」

 

 

 

____aaaaa……____

 

 

 

「ーーっ……?」

 

突如、襲う目眩と山彦の様な声らしき音にマシュは身を揺らす。

 

「今の、は……?」

 

身を立て直すと共に辺りを見遣る。しかし、変化は無く。未だ踏み込んでいないバイザーで目視できない最奥があるばかりだ。

 

「………帰らなくちゃ……」

 

バイザーと大盾を持ち直し、再び帰路へと歩みを進める。

 

 

ーー()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー湖の最奥にて、世界樹(ユグドラシル)が如く大樹の下で()()()()が星見どもを観察()る。

 

()()()()は、何をするでもなく唯、観察()るのみであった。

 

 

 

 

 

まるで……()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

火が陰るが如く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダ・ヴィンチ……これは……やはり」

 

「うん。間違いない、ここはーー」

 

 

 

 

 

 

特異点だ」




感想、批評カモン(高啓蒙)

いや〜難産でした。こんなにかかるとは(白目)

それにキャラの口調が微妙な感じに……アドバイス欲しいです(泣)

ではまた次回 且ノ

……糞団子って食用なのでしょうか?(狂気)


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三話

且<オッホウ、アケオメエエエェェエ!


 

古い時代

 世界はまだ分かたれず、霧に覆われ

 灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった

 

 

 

だが、いつかはじめての火がおこり

 火と共に差異がもたらされた

 熱と冷たさと、生と死と、そして光と闇と……

 

 

 

そして、闇より生まれた幾匹かが

 火に惹かれ、王のソウルを見出した

 

 

 

最初の死者、ニト

 イザリスの魔女と、混沌の娘たち

 太陽の光の王グウィンと、彼の騎士たち

 そして、誰も知らぬ小人

 

 

 

それらは王の力を得、古竜に戦いを挑んだ

 

 

 

グウィンの雷が、岩のウロコを貫き

 魔女の炎は嵐となり

 死の瘴気がニトによって解き放たれた

 

 

 

そして、ウロコのない白竜、シースの裏切りにより、遂に古竜は敗れた

 火の時代のはじまりだ

 

 

 

だが、やがて火は消え、暗闇だけが残る

 

 

 

今や、火はまさに消えかけ

 人の世には届かず、夜ばかりが続き

 人の中に、呪われたダークリングが現れはじめていた……

 

 

 

火の時代創世記

 

とある火守女の語り

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 光が世を灼き闇を消す(殺す)。白亜の巨壁に築かれた雄大なるその神殿の最奥にて神が一柱(ひとはしら)、物憂げに座している。

 その御名、始まり火より『王のソウル』を見出した三柱が一、太陽の光の王グウィン

 偉大なりしグウィン王その()である。太陽の名を冠し、体現するその高貴にして威厳ある面持ちは、本来ならば世を照らす光輝に溢れるのだが、その面貌は何処か物憂げさを醸している。

 

『嗚呼、憂鬱である……』

 

 発する玉音に大気は光輝さを増す。しかして、その雰囲気は曇った儘に近衛も世話係も居ない神々しくも侘しさを覚える玉座に響く。

 憂鬱、と彼は呟く。それが何に対して当てがう感情か、それは直ぐにわかるだろう。

 

「ーー偉大なるグウィン王。只今、帰還致しました」

 

 そこへ、一人ーーいや、計三人の人物が玉座の間に謁見を賜り傅く。

 グウィン王は意図せぬ訪問に、その面貌に帯びた憂いをほんの少しだが緩める。

 

『面を上げい、我が忠実なる四騎士達よ。此度の遠征、大義である。して、如何なる戦果を挙げたのか……傾聴するのも一興だが、すまぬが先約がある故、またの機会となる。赦せ』

 

 グウィン王は忠実なる部下達に賛辞の言葉を向ける。

 

「お誉めに預かり恐悦至極にございます偉大なるグウィン王。では重要な……いえ、()()に変わらぬ事でございますが一点だけご報告いたします」

 

 賛辞に応えたのは、最初の者ではなく別の、白磁の仮面を身に付ける女性であった。

 

『よい、申せキアラン』

 

 キアランーーそう呼ばれた女性。四騎士、唯一の紅一点。大王グウィンより賜った白磁の仮面と二本の短刀を懐に忍ばせ大王の仇敵を宵に巻き始末する役目を負うーー王の刃キアランその人である。

 彼女は恭しく会釈するとともに口を開く。

 

 

 

 「灰と狩人が動きました」

 

 

 

 チリ、と騎士達の周りに火の粉が舞う。大王の放つ光輝が火を帯びたのだ。それが、なにを示すかは語らずとも理解できる。

 

『そうか、遂に……』

 

 宿し王のソウルが、脈動する。玉座より天下を見下ろす双眸は遥か彼方を見つめ……そこに過去を憂う哀愁と、その秘奥に燻る烈火の意志を思わせる。

 

『ーー御苦労、キアラン。では、四騎士に勅命を下す』

 

 重々しく威厳の玉音が再度響く。

 

『これより我が神域ーー威敬光輝不夜神殿都(いけいこうきふやしんでんと)アノール・ロンドを含める領域において、不埒な灰と下賤な狩人を見つけ次第ーー』

 

 

 

 

 

 

『即刻、始末せよ』

 

 

 

 

 

『尚、お主達には暫しの(いとま)を与える。万全を期して任をこなせ』

 

「ハッ! 」

 

 そう告げると、四騎士達は王の御前より踵を返す。しかし、大王は去り際に四騎士の一人を呼び止めた。

 

『……アルトリウス』

 

 四騎士が一、大王より賜わりし大楯と身の丈を越す大剣を携え、数多の偉業を成し、諸人に四騎士最強と囃される騎士。その噂違わぬ実力にて、ある国の姫君を異形の化け物より救ったと称される彼はーー深淵歩きのアルトリウスと讃えられている。

 アルトリウスは大王の呼びかけに足を止め大王の元へ再度、跪く。

 

「御身の前に」

 

 大王はアルトリウスが傅くと共に先程の憂いを帯びた顔に戻り、忌々しそうに言葉を吐き捨てる。

 

『ああ、アルトリウスよ。お主には少々、我が元の()()をして貰いたい』

 

 アルトリウスはその言葉に疑問符を浮かべる。何故警護を任されるのだろうかと。

 

「恐れながら、グウィン王よ。その手の任ならばキアランが適任にございましょう。何故、私めにその任を?」

 

 その言葉にグウィン王は嘆息を漏らす。その行為にアルトリウスの身体は緊張に染まりかけたが、その行為の意味が自身に向けるものでは無いと悟ったのだ。

 

『わかっておる。本来ならばキアランや他の近衛に頼むが、生憎とこの通り、皆出払させておるからな』

 

 確かに近衛やお付きの銀騎士たちの姿は無い。アルトリウスここに来て漸く、理解に及ぶ。

 

「どなたか来訪に?」

 

 その言葉に沈黙と同時に大王の貌に深い皺が刻まれる。失言と瞬間焦ったが、肯定の沈黙であるとみたアルトリウス。

 再度、口火を切ろうとする矢先、その役を大王に掠め取られる。

 

『その通りだアルトリウス。それと、お主にした理由はこれだーー()()()()()()()()()()()()()。ーー出て来い、盗み聞きは十分にしたであろう?』

 

 

 

悍ましい青ざめた魔物よ

 

 

 

 刹那、大王の光輝が宵闇に喰まれアルトリウスに途轍もない頭痛が走る。名状し難き血の色彩を纏いその貌なき顔貌は嘲笑に溢れている。穢れた臓物と肢体をひけらかすかのように触腕は蠢動を繰り返す。

 

「月、の魔物……っ!」

 

 意識が不明瞭になる中、アルトリウスはその醜悪な化け物の字名(あざな)を口にする。

 

 月の魔物。確かに、大王の言う通りだ。他の四騎士ならば発狂すらしていたかも知れない。自身の持つ、嘗て深淵に溺れた経験が無ければ王の御前にて無様な醜態を晒す事さえ考えられた。

 

hsjmk1&89きおmd?

 

 言葉ならざる言葉が魔物より発せられる。脳髄に針を刺された様に響くそれは途轍もない耳鳴りを引き起こし、周囲の大王が生み出した光輝を蝕み狂わせる。アルトリウスは大剣に手を掛け、目前の魔物へと斬りかかろうと試みるが、大王に制される。

 

『剣を引け、アルトリウス。此奴に今、敵意はない。ーー貴様も、その煽る態度を控えよ魔物。要らぬ問題を生むと分からぬか?』

 

 大王が魔物へと苦言を呈すと、魔物は戯ける素振りを見せ、その悍ましい雰囲気を解く。大王は嘆息を一つ吐くと魔物に言葉を向ける。

 

『話はわかっておろうな。ーー貴様の所の狩人が動いた、と』

 

 盗み聞いていたのならば、話は早いだろうとばかりに大王は先程のキアランの報告の内容にあった事を告げる。そして魔物はそれに対し、皮肉る様に返す。

 

ソレハ、オ互イ様ダロウ? 大王ヨ。ーーデ、()()ニ来タトキハ殺シテ構ワナイ、ソウイウ約束ダッタナ

 

『話の腰を折るでない。分かっているのならば疾く去れ、我らは基本()()()()()()だ。青ざめた月の魔物ーー異形(いぎょう)深淵血界常夜魔都(しんえんけっかいとこよまと)トゥメル・イル・ヤーナムの主人よ』

 

 大王は心底、忌々しそうに魔物を払う。それに対し魔物は愉悦そうに身を震わせるばかりだ。

 

ギギギ、随分ト()()()殿ニ嫌ワレテシマッタモノダ。デハ、オ言葉ニ従イ消エルトシヨウーーソコノ騎士ニ斬ラレ兼ネンカラナ

 

 アルトリウスは未だ剣から手を離さずにいた。何せ相手は生粋の異形の邪神。己が主人にいつその毒牙を向けるかわかったものではない。アルトリウスは鋭利な殺意を以って魔物へ警戒を向ける。

 しかし魔物は飄々と戯け、アルトリウスの威圧に圧されたとばかりにあっさりと身を引く。その行為がアルトリウスにとって如何に不気味だったかは言うべくもない。

 

近イウチニ、マタ、会ウトシヨウ。ーーサテ、()()()()()()()()()()()……楽シミダァ

 

 そう告げて、魔物は暗澹と蠢く青ざめた魔力と共に大王とアルトリウスの目前より消え失せる。大王は重々しくため息を吐くと、未だに殺気を収めぬアルトリウスへ向けて言葉を向ける。

 

『やれやれ、気味の悪いこと、この上ない……。御苦労であったアルトリウスよ』

 

 大王の賛辞を受け、殺気を懐へとしまい込んだアルトリウス。燻った殺気の鎮火とばかりに鞘へ剣を仕舞い込み長く息を吐く。全身に走った緊張諸々を一気に吐き出す気分にアルトリウスは幾分かの安堵を感じるが、大王の御前と思い出すや否や、即座に傅く。

 

「はっ、お誉めに預かり恐悦至極にございます」

 

 傅くアルトリウスに、満足そうに頬杖を突く大王は下がり休息を取るよう命ずる。

 

『此度は大儀である。下がれ。お主も休息を取り、次なる任へと準ぜよ』

 

 大王の言に従いアルトリウスは拝礼と共に玉座を去る。自身の甲冑が人気のない宮中に響くも虚空に巻かれ消え失せるのみであった。

 

『ーー嗚呼、遂にだ。実に()()()()……』

 

 完全に人気が消えた玉座にて大王は吐露する。その内に火を帯びながら。

 

『約束は違えぬ。決してな……』

 

 哀愁と後悔、憤怒と寂寥感だろうか、大王の底知れぬ中にあるのは。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 偉大なる大王は、そう呟くのだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「で、ここは何処なんですか?」

 

 俺は平静を装うべく努めて悠然と身を起こす。自分の目前に先程まで生きて俺を襲った化物が、焼死体となり地を転がっている。

 それらは先程の面影を大なり小なり携えているが、最早消し炭に近く、もしこれを理由を知らずに第三者が見たのであれば、ある種の憐れみをも抱かせるであろう仕上がりになっている。

 だが、それらに意識を割いている場合では無い。なにせこれらを、こんがり焼き果てさせた()()が目の前にいるのだから。

 俺はその()()に意を決して問うた。声が震えずに済んでホッとしているのは秘密だ。

 

「……ここは『不死街』の外れ。『亡者』共もあまり近づかぬ危険な場所だ」

 

「『不死街』に『亡者』……?」

 

 俺の脳内に疑問符が出現する。

 不死街、亡者……全く聞き覚えが無い。それどころか言い得ぬ不安が込み上げてすら来る。もし、この不安が事実であるとするのならば、俺は非常に不味い状況に陥っていることになる。

 

「ここは欧州では無いんですか? イギリスとかフランスとか、聞き覚えのある国はありますか?」

 

「……? 貴公、何をーーーああ、そうか、そうであった。貴公らは現代からの使者であったな、この地に所縁も知識も無いはずだ」

 

 ()()ーーいや、騎士甲冑の男は軽く此方に詫びるように会釈を介すと徐に彼方へと歩みを向けた。

 

「着いて来ると良い。見せたい物もあるしーーー何より貴公の考える靄も晴れるだろう」

 

 元来、寡黙なのだと先入観を持ってしまったが存外に茶目っ気のある性質(タチ)では無いだろうか。

 先ほどの化物を灼いた時に感じた絶対的な気迫とは別に、人間性を備に感じられる。少なくとも、俺を害する気は無さそうだ、と思いたい。

 

(サーヴァントだよなぁ……どう見ても。ってことはこの世界の抑止力(カウンター)側の英霊と考えて良さそうだ。でも、なんか引っかかるんだよな……ーーーちょっと待て、()()()()()()()()()だって? )

 

 特異点(ストーリー)異常事態(イベント)で鍛えられた観察眼とでも言うのだろうか。英霊達と比べるも烏滸がましい拙いものであるが、それを以って自身に背を向けて歩く騎士甲冑の男へと考察を連なって行く。

 見分ではあるが、まず間違いなく英霊だと言うのは判断出来た。山羊頭の化物やゾンビっぽい犬を剣から出した火焔で焼くなど人智の及ぶ事態では無い。これで一般人です、と言われたならば失笑を禁じ得ないだろう。

 次に感じたの他の英霊とは少々、毛色が違うかも知れないという事だ。これに関しては信憑性の欠片も無い憶測の域だ。

 

 例えるなら、そうーー狐に化かされているような。

 

 そうして俺は思考に耽ると、ふと、怖気を被る事を思い出したのだ。

 

(あーーーやっばい。コレそう言う事だろ、絶対。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()うわ……テンプレやん。巻き込まれ不可避って訳だ。と言うより抑止力(カウンター)だとか思うなんて、相当慣れちゃったみたいだな俺。そもそも()()()()()()()()()()()()がホイホイこんな所に現れるものじゃないっての)

 

 脳内に旗が立つ音が響く最中、騎士甲冑の男ーーこの際、セイバーでいいかーーが歩みを止めた。

 

「着いたぞ貴公。ここからならば一望出来よう」

 

 言葉を区切る、セイバーは指を霧の彼方へ差し向け宣う。

 

 

 

 

 

「であらば確と見よ。この世界の()()()()()()

 

 

 

 

 

 ……息を、飲む。

 呼吸すら満足に行えない。セイバーの指を差し向けた瞬間、銀幕を上げるかのように濃霧が晴れて行く。その先にあった光景は白昼夢や気をやっていると思いたくなる程に異彩を放つ。

 

 

 

 

 

 

昼と夜が同時に起きている

 

 

 

 

 

 その筆舌に尽くしがたい光景はある種の神話を象っているように思える。二極、太陽と月、闇と光、其れ等を如実に表す目下の世界。

 

 ーー片や満月の明かりに彩られた摩天楼を抱きし常夜(とこよ)の古都。其処に活気などあり得ず、陰鬱な寂寥を醸しだす。時折、その古都より聞こえ来る遠吠えは、暗澹たる狂気とその古都に潜むであろう深淵を、血生臭い冒涜的なナニカを匂わせる邪悪な世界。

 

 ーー片や日輪に見守られし落陽無き城下。神在りし其の世は光輝と神聖を衆生へ齎らし、彼方の果てに座し威光を以って世を照らす。されど其の奥底に秘匿せり虚栄の影、悍ましくも睥睨する神々の浅ましき終末の恐怖は虚偽の輝きを衆生に抱かせる欺瞞の世界。

 

それ等の世界は()()()()()()()()()()巨大な渓谷を境界線に睨み合っている。

 

 

 

 

 

「……どうだ。実に馬鹿げているだろう」

 

 

 

 

 

 セイバーは自嘲するように呟くーーまるで、嘆くかのように。

 

 

 

 

 

「ーーー此処は忘れ去られた地獄」

 

 

 

 

 

 セイバーが再びその言葉を口にする。確かにその通りだ。

 

 

 

 

 

「この世界に住まう人々はそう揶揄する。しかし揶揄するからには歴とした呼び名もあると言うことに他ならない」

 

 

 

 

 

 セイバーはその光景を背に此方へと向き直り、大仰に両手を広げ告げる。

 

 

 

 

 

「あえて、もう一度言おうーーーようこそ、人類最後のマスターよ」

 

 

 

 

 

 兜の中にある紅い双眸が俺を捉える。その瞳は賢者のように好々爺のように俺を見透かす。

 

 

 

 

 

「我は『剣士(セイバー)』のサーヴァント。真名を()()()()

 

 

 

 

 

「此処なる地獄、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「其の一端『威敬光輝不夜神殿都(いけいこうきふやしんでんと)アノール・ロンド』」

 

 

 

 

 

「其の対極なる忌憚『異形(いぎょう)深淵血界常夜魔都(しんえんけっかいとこよまと)トゥメル・イル・ヤーナム』」

 

 

 

 

「総じてーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『混沌創世神話異界(こんとんそうせしんわいかい)フロム』である!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、俺は悟ったのである。地球にあって地球では無い世界にまぎれ込み、マスターとして債務を果たすのだと。

 

 つまるところ、こうだ。

 

 

 

 ーー異常事態(イベント)()巻き込まれた(お時間だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、記録をスクリーンに投影します」

 

 電子音を立て、デバイスが起動する。スクリーンに投影されるのは果て無く続く巨大な樹林と湖の景色である。

 鬱蒼と生い茂るのではなく均整の取れた樹林と透き通る鏡面のような湖にボーダーの搭乗員達は感嘆する。

 

「此方が、別個の記録です。ボーダーより50から100メートル程行った地点の記録になります」

 

スクリーンに新しい表示が出る。多少の傾斜や歪曲を帯びた砂浜に、何やら複数の漂流物と思しき遺物が転がっている。拡大されるとそれは、巨大な頭蓋骨であった。その大きさに新所長たるゴルドルフが顔を青くするが、他の者も似たり寄ったり故にスルーされる。

 

「う〜ん、どうやら、まだ先があるみたいだね。とりあえず、このデカイ巨人の頭蓋は置いといてーーー次に、こっちで解った事を伝えるよ。ホームズ、分析図出して!」

 

鈴が転がるような美声に、搭乗員等は肩の力を抜く。

ダヴィンチはホームズに何かの分析図を出すように指示する。ホームズがデバイスを叩くと立体図形式のホログラムが浮き上がる。

 

「コレを見て欲しい。コレはマシュが送ってきた地理データを元に断片的なマップを作ってみたんだ」

 

機械的なホログラムにダヴィンチはその中にある赤い点を指差す。

 

()()()()()()()()()()()。それで、別個の記録を反映してみると……」

 

ダヴィンチがデバイスを弄るとホログラムが一新されて行く。搭乗員は、その事実に目を疑う

 

「な、なな何だコレは! おい、ダヴィンチ!おちょくっとるのか貴様ァ!?」

 

先ほどより顔貌を青くしたゴルドルフが吠える。それも、そうだ。ダヴィンチが指し示した地点が余りにも現実離れしているのだから。

 

「いえ、新所長殿。紛れも無い事実です。我々は今、地上より地下約2900キロメートル付近に漂着しているのです

 

後ろの方でデバイスを弄っていたホームズが新所長へ告げる。

 

「あり得ん! ()()()()()()()()()!? それも、こんなテレビの秘境番組にありそうな地底湖染みた場所が広がっているなぞ信じられん! 」

 

騒ぎ立てようが事態は変わるべくもない。ゴルドルフも場が沈黙を呼ぶと共に閉口してしまう。

 

「そ、それよりも先輩。先輩の足取りは掴めたのでしょうか?」

 

沈黙に発破をかけるべくマシュが口火を切る。

それに答えたダヴィンチの表情は芳しくない。

 

「残念ながらリッカ君の消息は未だ掴めていないんだ。ゴメンよ……計器がお釈迦になっていなければ多かれ少なかれ動く事は出来るんだけど……。メンテが完了次第、直ぐに探し出してみせるよ」

 

「そう、ですか……。ありがとうございます……」

 

吉報は聞くに叶わず。

未だに足取りの掴めない状況に痺れを切らしそうなマシュ。その痛ましい姿にゴルドルフも嫌味を言えず仕舞いになる。

 

「ーーーさて、そろそろ本題に移るとしよう」

 

ホームズの声が艦内に響く。

 

「先ず我々は今、危機に瀕していると言う事を認識しなければならない。ダヴィンチ、ファイルを開いてくれ」

 

ダヴィンチがファイルを開くと『最優先事項』と書かれた項目が目につく。

 

「この危機を脱するために為すべき事は、多く見積もって五つ。第1にこの区画、地底湖より脱出を図る。シャドウ・ボーダーの整備は間も無く終了する。それを以って地上に上がり、現状の把握を務めたい。第2にマスター藤丸立香の保護、救出。これは言わずもがな、彼無くして離脱をする事は出来ない。この空間、いや、この世界の魔素のレベルは人が生きれるものではないが故に早急に当たらねばならない」

 

ホームズはまくし立て、小休止を挟む。そして尤も重要な事を口にする。

 

「第3にーーーこの特異点を解決する

 

『!?』

 

一同ーーダヴィンチを抜いてーーが困惑する。

特異点、今、特異点と言ったかコイツ。

 

「ま、待ってください! それこそあり得ない! まさかここに魔神がいるって訳ーーー」

 

搭乗員のムニエルが叫ぶ。

あり得ない、と。確かに言いたくなる。何せその特異点の元凶たる魔神王ゲーティアは滅びたのだから。

 

故にーーー咄嗟に閉口した。その意味を理解したからだ。

 

「その通りだ。ミスタームニエル。()()()()()()()だ」

 

終局にて魔神達はバラバラとなり、消えて行った。

その中で、生き残った存在がいたのも周知の事実である。

 

「バアル、フェニクス、ゼパル、アンドラス、ラウム、グラシャラボラス。挙げればまだいるだろう。彼らソロモン七十二柱の魔神は大元を滅ぼされ散りじりになり、あらゆる形で我等に接触を図ってきた」

 

「これも……その一環だと?」

 

()()()()()()()()()()()

 

含みのある締め方をしたのはダヴィンチだった。

彼女は張り詰めた表情のまま、ホームズに振る。

 

「ーーーと、この様に述べたが……まだ確信では無いので伏せておきたかったと言うのが事実。それよりも第4と第5の案件について話を戻そう」

 

舵を戻すとばかりにホームズは進める。

疑問が募るが今は飲み込むに限ると判断する搭乗員たち。

 

「第4はこの特異点より脱出。第1と大差無いが、至極当然の帰結だろう。そして第5に彷徨海への航海である。元より、我等はそこへ向かう為に進んでいるのだ。ーーー以上が『最優先事項』だ異論や疑問はあるかね?」

 

一様に沈黙する。ホームズは是としダヴィンチを一瞥する。

ダヴィンチは嘆息を漏らしつつも各員に告げる。

 

「よし、これで報告も済んだ。ーーーそれじゃあ皆んな一旦休息を入れるとしよう!メンテや更新とかは私とホームズでやっておくから、皆んなはマイルームで休んでて。二時間後にブリーフィングを始めるので遅刻しないよーに!」

 

明るい解散命令を受け各自はゆっくりと離脱して行く。

その中でマシュは、酷く重苦しい顔をしながら自室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………漸く、たどり着いたか……。フン、この()()に踏み込むのにどれだけ苦労したことか、おまけに長ったらしい回廊にキノコ人。トドメにバジリスクとは……いやはや、殺す気満々というのが実に良い。鐘を鳴らしていただけの老体に斯様な魔境へ赴けとは、これは後で()()に損害賠償と老人虐待を叩きつけてやるのも良いな」

 

不気味な鎚を肩に担ぎ、不満を口にする。

 

「まあ、ともあれ無事に着けたのだ。仕事を為すとしよう。……ふむ、あれが星見供の船か。彼処に()()の言っていた娘がいるらしいな」

 

小さな青い薬を一口飲む。

 

「では、行くとするか……」

 

 

 

シャドウ・ボーダーに未曾有の刺客が忍びこむ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、批評カモン(高啓蒙)

いやー難産に次ぐ難産w
自分でもあやふやになってくる始末でヤバかった……
アドバイス欲しい(涙目)

それでは、皆さんインフルエンザや風邪に気をつけてお過ごし下さいm(_ _)m

最後の奴……一体何ドーさんなんだ……!?



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四話

且ノ

※一部、編集しました。


 

We are borne of the blood (我ら血によって人となり)

 

 

 

Made men by the blood(血によって人を超え)

 

 

 

Undone by the blood (血によってまた人を失う)

 

 

 

Our eyes are yet to open (知らぬ者、未だ瞳開かぬ者よ)

 

 

 

Fear the old blood(兼ねて血を恐れたまえ)

 

 

 

 

狩人の手記

 

項、医療教会(ビルゲンワース)の警句より

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「先輩……」

 

 彼女————マシュの部屋は酷く暗かった。

 備え付けの明かりを点けていないのもあるが、彼女の裡にある重鈍な鉛のような感情がより一層、部屋の雰囲気を重暗くしているのに拍車をかけることになっているのだ。

 

「先輩……何処にいるんですか……?」

 

 寝具に腰かけたマシュは腕に付属している小型の通信機を撫でる。

 問いかけに対する答えは虚空に消え、通信機は沈黙に耽るばかりである。

 腰かけたベッドに蹲るように通信機を見つめる彼女の面持ちは痛ましい程に悲哀に歪み、その美しい紫の瞳からは涙が溢れ、次第に小さな嗚咽へと変わって行く。

 彼女の部屋は物が少ない。

 というよりも必要な物しか置いていないという方が、適切である。

 少なくとも————これは偏見だが———— 一般の思春期の女子の部屋に比べると非常に質素、或いは均整の取れた部屋だ。

 私物が皆無という訳では無い。

 例を挙げるならばベッド横にあるライオンのぬいぐるみや貰い物であるボトルシップに、置き時計、あと魔獣(フォウ)の毛ブラシ。

 何故こんな話を————()がしているのかと言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 始めまして————私はギャラハッド……の()()だ。

 

 

 故あってほんの少し出てくる羽目になってしまっている。

 直ぐに消える予定なのだが、あの人でなし(マーリン)に野暮用を頼まれてしまったのが運の尽きだ。

 彼奴自身にやらせれば良かったんだが、彼等に()()()()()()()()()()()()手前、ソレをダシにされてはどうにも出来ない。

 そも、何故こんな事になってしまったのかは言うべきではないだろう。

 本来なら彼奴のペットの魔獣(フォウ)に頼んだらしいが、マトモに取り合ってくれないみたいだ。

 ともあれ、彼奴もこの異常事態は予想外だったらしい。

 情けない話だが、今回ばかりは()()()()()

 

 

 何せ————彼女たちがこの世界に来るのは非常にあり得ない事なのだから

 

 

 それについて、話す余裕は……如何にも残されていないらしい。

 

 

 ああ————願わくば杞憂で済めばいいんだが、儘ならないのが世の中だ。

 

 

 それでは、お暇しよう。

 野暮用も済ませたし、何より先程通り余裕は無い。

 私もあの人でなし(マーリン)も。

 

 それに————

 

 

 

 ————変な奴も入って来たみたいだしね

 

 

 

 

 

 

 

「んぅにゅう……?」

 

 間の抜けた声が部屋に響く。気づけば寝ていたらしく顔にはシーツの跡と不恰好な寝癖がついてしまっている。

 カチコチ、と置き時計が秒針を刻む音がやけに耳につく。寝ぼけ眼を擦り、欠伸を噛み殺す様に身体を伸ばす。

 

「……今、何時でしょうか」

 

 ベッドの上隅に置いてある置き時計を手取ると、その時針を見遣る。幸いにもたいして時間は過ぎておらずブリーフィングの予定時間に遅刻する事は無いだろう。

 

「よいしょっとーーーあっ」

 

 ベッドから降りようと身体を動かした拍子に眼鏡を落っことしてしまう。

 カラン、と小気味の良い音を立て床下へと落ちたそれに手を伸ばして取ろうと身を屈ませる。

 

「割れては……なさそうですね、よかった。始末が大変ですし」

 

 

 

 

 

 ————………ィィン…

 

 

 

 

 

「………っ?」

 

 

 

 

 

 眼鏡を掴み身体を起こそうとした矢先ーー耳鳴りがする。何処か、鐘のように聞こえる耳鳴りが。

 

 

 

 

 

 ————…………イィン………

 

 

 

 

 

 身体を強張らせるもゆっくりと起こし自室を見遣る。

 瞳に映るのは明かりを点けて無いながらも変わらぬ自室だ。

 

 

 

 

 

 ————………ィィイン………

 

 

 

 

 

 まただ。耳鳴りが、する。

 しかも、次第に大きくなっている気がする。

 

 

 

 

 

 ————……イィィイン………

 

 

 

 

 

「————あぐぅあ………!?」

 

 

 

 

 

 ————リイィィィン

 

 

 

 

 

 聞こえた、はっきりと

 その瞬間に鋭利な痛みが脳髄に走りベッドから転げ落ちる。

 

 

 

 

 

 ————リイィィィィン

 

 

 

 

 

痛い、痛い、痛い————痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

 

 

 

 ————イタイ!!

 

 

 

 

 

 なんだ、ナンダ、何だ————これは!?

 

 

 

 

 

 頭が、割れる!!(汝、啓蒙を求めよ)

 

 

 

 

 

 助け、て、誰カ、頭がワレル、せ、んぱい、SえnPai————

 

 

 

 

 

 ————リイイイイイィィィィン

 

 

 

 

 

 ————響わたる鐘の音によって薄れ行く意識の最中、私は、啓蒙()

 

 

 

 

 

 ————血濡れの処刑人が手を此方に伸ばしているのを

 

 

 

 

 

 嗚呼、誰か、助けてください……

 

 

 

 

 

 ————先、輩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『偽・万能の人(ミニ・ウォモ・ウニヴェルサーレ)』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瑠璃色の閃光と金属が炸裂する音を皮切りに轟音がひしめき合う。

 炸裂により生じた粉塵を纏い、シャドウ・ボーダーから逃れるように飛び出す影が一つ。

 ()()————血濡れの処刑人ブラドーは気絶しているであろうマシュを抱え、後退りしながら風穴の開いたシャドウ・ボーダーを睨め付ける。

 

 

 

「いやはや、してやられたよ。既に侵入者が居たなんて予想外だった……」

 

 

 

 冷静な男性の声。カツン、と穴から金属音が上がる。未だ僅かばかり立ち込める煙の中から顔を見せたのは精悍な顔立ちの痩せぎすな男だ。

 先程聞こえた爆発を起こした少女の声と違う事を確認したブラドーは胸中で溜息をつく。

 

 新手————いやもう一人いたのか、と。

 

 穴より降り立った男はブラドーを一瞥すると、軽く目を細める。

 

「……彼女をどこへ連れて行くつもりだ」

 

「…………」

 

 ブラドーは沈黙を選択し、ゆっくりと抱えていたマシュに不気味な戦鎚を向ける。その行為が何を示すのかは想像に難くない。

 男の眉が釣り上がる。しかし、次第に鋭利なモノへと変化する。

 

「厭らしい事をする。拐かすくせに、その実、()()()()()()()()()()()()()()ようだ。この場で————()()()()()()()()()()()()

 

 ブラドーの徴と無遠慮に伸ばされた髭に隠された口が笑みに歪む。

 マシュに得物を向けながら、一歩一歩確実に退くために歩みを進めるブラドーに対し目の前の男は手を出さず静観を決め込んでいる。思いの外、この娘を盾にする策は功を奏したらしいと喜ぶが、流石にこのまま見逃す訳も無いだろうと自嘲する。何せ目の前の男は一瞬たりとも自分から目を離さないのだから。

 

「………」

 

 ジリ、と砂利を踏みしめる。ブラドーは逃走の算段を整えるべく奸計を案じる。

 実際は何故こんな事を引き受けてしまったのかと若干、後悔している。煩わしい荷物運びなど早々に終わらせて自室に篭り、鐘を鳴らしていたいのが本音だ。

 一層のこと、この娘の脚や腕を一本捥ぎ取り、目の前の男に投げつけて、面食らったところを見計らい、逃げる。というのも良いのでは無いかと思えてくる。

 依頼内容はこの娘を()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。

 

 

 つまりは別に五体満足で無くても良いということだ。

 

 

 多少は傷物になっても構わないという保険が生まれた訳だ。

 それに、この小間使いや丁稚がやるような仕事を無償で引き受けたのだ。これぐらいは看過して欲しいものだと肩を竦める。個人的には殺さないだけ良心的だと宣ってやりたい。

 

「逃げる算段を考えているようだが生憎それをさせる程、愚かしくは————無いつもりだ!」

 

「————!」

 

 静観をしていた男が動いた。此方が動かない事に痺れを切らしたのか、はたまた、彼方も算段があってのことか、どちらにせよ動かざるを得ないのは確かである。

 ブラドーはすぐさま後方へ、飛び退く。男が徒手空拳を放つ。マシュに向けていた戦鎚で合わせ弾いていなければ僅差で避ける事は出来なかっただろう。それに弾いた瞬間に感じた嫌な重さを伴う男の拳にブラドーは背に薄ら寒い物を感じる。

 

 

 もし、油断して食らっていたら吹き飛んでいた、と。

 

 

 弾いて生じた衝撃を起点に、身を翻す。その間際に風切りの音が耳に届く。

 一転、二転と威力を殺しながら地を滑るブラドーは突貫してくると直感し、反射的に戦鎚を薙ぎ払う。しかし、その直感と反し戦鎚は空を切る事となる。男が予想よりも遅く動いていたからだ。

 

「今だ、やれダヴィンチ!」

 

「そーれ!」

 

 少女————ダヴィンチというのか————の可憐な声音と共にブラドーの足元より魔法陣が浮かび上がる。ブラドーは気を目の前の男に取られすぎた事に舌打ちし、魔法陣へと意識を移す。こういった造詣に深い訳では無いが、見た所、即席の捕縛用ゴーレムの錬金だ。

 術式は簡素なソレだが、対魔力の低いブラドーには覿面であり、粘土の様に絡み確実に身体を蝕んで行く。

 猪口才と振り上げた戦鎚で砕き一蹴しようとした矢先、ダヴィンチが懐に侵入するのを捉えてしまった。

 

「レオナルドパーンチ! 芸術を知りたまえ!」

 

「ぐっ……!」

 

 しまったと自責の念と共に振り上げた戦鎚をダヴィンチへ向けるが最早、後の祭りである。脇腹を捉えた物々しい義手が可愛いらしい掛け声と共に深く突き刺さる。

 苦痛と衝撃で体勢を大きく崩す。吹き飛ばなかったのは皮肉にも相手の仕掛けたゴーレムがストッパーになったからだ。

 不味い、とばかりに戦鎚を構え直すブラドー。しかし、仕切り直しはこの状況では不可能に近い。このまま、荷を捨て逃亡を図るのも辛苦を伴うだろう。

 初っ端から下策を弄していれば状況も変化したのだろうが今更それをするために意識を割く訳にも行かない。

 決めあぐね、躊躇していると、男が跳躍した事に意識を持って行かれる。

 

「すまないが、ミスター。これで決めさせて貰おう————ダヴィンチ、受け身とミス、キリエライトの保護を頼む」

 

「まーかせて! およそ私は万能だ。確実にこなして見せましょう。————君も覚悟したまえ……大切な友人を拐かそうとするその罪、きつ〜い一撃を以って贖うといい!」

 

 空高く跳躍した男の腰あたりから機械の駆動音と共に数多の硝子レンズのような物が飛び出る。ブラドーは警鐘が全身に響くのを感じる。

 構えていた戦鎚をダヴィンチの華奢な身体に振るい鈍い音を立てるも、その細い身体の何処にそんな力があるのか、と思う程の拘束力を以って身動ぎすら許されない。

 

 レンズが光を蓄え始め本格的に身の危険を感じるが、一足遅かった

 

 

「ぅ、ぐ————やれ、ホームズ!」

 

 

 ダヴィンチが痛みを堪えながらも、叫ぶ。

 

 

 レンズが光を帯び、此方を捉え、そして————

 

 

 ————臨界点を超え、光が諸共を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 「『初歩的なことだ、友よ(エレメンタリー・マイ・ディア)』」

 

 

 

 

 

 静かに告げられる真名『初歩的なことだ、友よ(エレメンタリー・マイ・ディア)

 男————ホームズの嘗て友へ向けた台詞にして起源を宝具へ昇華させたもの。

 彼の起源『解明』とは即ち解き明かす事に他ならない。この宝具は解析不能や理解不能な存在に対し、必ず真実に辿り着くための手掛かりや道筋を『発生』させる。

 この宝具の最も恐ろしい点は、あらゆる事を解き明かせるということ。些細な事から綿密な事柄、やりようによっては深淵さえも丸裸に出来るのだ。

 そして、もう一つ。この宝具によって如何なる不可能をも可能に出来るという点だ。あまりにも突拍子のないモノだが、彼の宝具がどれ程恐ろしいか一端ながらも理解できるだろう。

 だが、これだけのモノには相応のデメリットや制約があるのが世の常だ。この宝具で謎に対して道筋を発生させたとしてもそれを見つけ、物にするためには『発見』するための要素が必要になる。自身で探すか、マスターに探させる、という行動が不可欠なのだ。そのため初見に撃てば相手のちょっとした情報、ひいては怯み(デバフ)を与え味方に(バフ)を与えるぐらいに収まる。

 されどこの数瞬の隙こそ二人にとって、とても重要な要素なのだ。

 

「むぐぉ……!」

 

 強烈な閃光に呻き怯むブラドー。したりとばかりにマシュを拘束していた腕を解き回収し共に渾身の一撃を与え撃退————

 

 

 

 

 

 ————するのが二人の理想だった。

 

 

 

 

 

 ブラドーの顔貌が笑みに染まる

 

 

 

 

 

 ブラドーは戦鎚を深々と腹部に突き刺し、引きずり出す

 

 

 

 

 

 現れたのは身の毛のよだつ醜悪な戦鎚だった()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『狂気なりや瀉血の御技(サラッソス・ヴァーン・ズィン)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赫黒く、蠢動を繰り返し、見る者の正気を奪うソレを地に叩きつけ、刹那に名状しがたい金切声に似た絶叫と不気味な紅い閃光が響き渡る。咄嗟に構えるも時すでに遅く、両者はブラドーの巻き起こした奔流に飲み込まれた。

 

「うぐぁああああ!?」

 

 途轍も無い耳鳴りと頭痛に見舞われ、絹を裂くような叫び声があがる。

 声の主は最も近くにいたダヴィンチに他ならない。

 解放した宝具『狂気なりや瀉血の御技(サラッソス・ヴァーン・ズィン)』で鬱陶しい術を引っぺがす。

 次にブラドーはしがみついていたダヴィンチが怯んだ隙を見計らい、蹴り飛ばす。その華奢な体躯を如実に表すかのように少女の身体は、蹴鞠の如く弧を描き飛んで行く。本来なら万能の天才を自称するダヴィンチだが、敵の宝具を至近距離で食らってしまっては如何にする事も出来ないし、スペアの身体なのだから尚更だろう。

 

 

 だが————

 

 

 バリツ!!

 

 

 ————例外は何処にでもいるものだ。

 

 

「————!?」

 

 

 ————何故、動ける!?

 

 

 ブラドーは突撃して来た男————先ほどホームズと呼ばれていたな————に対し目を剥く。

 至近距離の直撃とは行かずとも当たってはいたはずのホームズが何故、反撃に転じる事ができたのか。その現実に狼狽しかけるも、反射に近い形で異形の戦鎚を揮う。

 

「……!」

 

 音を超える霊長最強たるサーヴァント————霊基が脆弱だったとしても————の飛び蹴りを片腕で揮う戦鎚で受け止めるのは無茶が過ぎた。同じサーヴァントでも腕と脚とでの膂力の差は覆す事は厳しく衝撃が全身を強襲する。破壊音と同時に土煙が舞う。

 堪らんとばかりにブラドーは衝撃を利用し後方へと飛び退く。幸か不幸かはともあれ、逃れるチャンスをダメージと引き換えに得たブラドーは両者のいた地点より数メートル離れた地点に足を下ろす。

 たかが数メートル、されど、数メートル。残心を忘却せずにすぐさま視線を向ける。そして、その()()に驚き、瞠目する。

 

「ほう……よもや()()()()()()で我が秘蔵の一撃を()()()()とは恐れ入る。貴公……ホームズと言ったか、久方ぶりに愉快なモノを見れた事に感謝しよう。クハハ————つまらない荷物運びになると思ったのだが、予想外だよ」

 

「お褒めに預かり光栄だ、ミスター」

 

 くつくつ、と嗤うブラドーに皮肉を返すホームズ。

 

「っ、うぐぅ……ハッ————彼奴は!?」

 

 気怠げな呻きをあげるも、即座に意識を取り戻すダヴィンチ。節々が痛むが弱音など吐ける訳でも無く、状況の理解に努める。その様は歴史に名を残すに至る英雄然とした物の片鱗を感じさせる。

 

「起きたかダヴィンチ。彼なら、ほら、彼処にいる」

 

「不味い、さっさと捕まえないとマシュが、ホームズ動けるか————ホームズ?」

 

 気絶していた己へ叱責したい所だが、今は侵入者兼人攫いの男を捕獲ないし排斥するのが先決であり、ホームズも起きているこの状況ならまだ奪還のチャンスがある。ダヴィンチはホームズが顎で示す先にいた男を捉え、走り出そうとする。

 

 

 が————そこで、違和感を感じる

 

 

 何故————ホームズは追わずに場所だけを示した? それに何故男も逃走せず此方に視線を向けているのか?

 

 

「フン、少女よ、よく見ると良い。貴公の相棒は既に————()()()だぞ」

 

 

 絶句する。一瞬、何を言われたのか理解が及ばなかったが、ホームズの方を見て理解してしまった。

 

 

「ホームズ! お前まさか……!?」

 

 

 その台詞を皮切りにホームズの身体から血が噴き出た

 

 

 それでも尚倒れ臥さないのは強靭な精神力による賜物か、それとも意地か。どちらにせよ看過できるものに能わない。

 

 

「クハハハハ! まさか()()で宝具の効果を誤魔化すとは、可能でも即座に実行するなど実に思い切りの良い事だ」

 

 

 男の嘲笑が響く。苛立つダヴィンチは義手を男に向けるが、目の端に倒れ込むのを捉えてしまい慌てて駆け寄りに向かう。

 

「ホームズ!」

 

 倒れ込んだホームズの右手には紅いアンプルと箱に入った粉薬が収まっていた。どんな物なのかは言わずもがなだろう。

 

「讃えたまえよ貴公、彼の決断力と思い切りの良さを。————では長らく邪魔をした。お暇をするとしよう」

 

「————!? 逃す訳には————痛ぁっ!?」

 

 このまま逃すなど以ての外だ。ダヴィンチはホームズを傍らに置いたまま踵を返す男に義手を再度向けるが、激痛が身体に走る。

 何故、今なのかと戸惑うが、忌々しくも男が言い忘れていたとばかりに告げる。

 

「嗚呼、そうだ。言い忘れていたが私の宝具は()()()()だ。数日もすれば消えるが、その間、無茶をすれば祟り目にあうだろう。それと————貴公らの奮闘に免じてこの娘を()()()()()()()()()()()安心して取り逃がすと良い……」

 

「クソ、待て————!」

 

 刹那、乾いた音が辺りに響く。それを最後に男は姿を消した。

 

 

「して、やられたか……」

 

 

 名残惜しくもその台詞は風に巻かれる。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「とは言え————仕込みは済んだか、ホームズ?

 

 

「ああ、完璧……とは言い難いが起動には成功した。彼の宝具にも多少の細工はできたが、数瞬では瑣末なモノになってしまった。ないよりはマシだがまあ、後は彼女がマスターと合流出来るかにかかっている」

 

 

 眼を瞑り倒れ臥すも、淡々と言いのける。側から見れば血濡れ男を美少女が膝枕している絵面になるが、不思議と何にも感じない。

 

「全く、今回はお前の持っていた薬に救われたが、彼奴の宝具……気色悪いったらありゃしない。何なんだアレ、美への冒涜だね。正しく」

 

 可愛らしく憤慨するが、ダヴィンチはその実とても恐ろしく感じている。

 

「それはそうだ。アレは非常に私達にとって()()()()()。特に()()()滅法覿面だ。尤もそれによって救われもしたんだが」

 

「どういう意味だ? ……おっと」

 

 ホームズは身体を起こす。流石にこの状態で説明するのは居心地が悪いのか、それとも動けるまで多少なりとも回復出来たのかはわからない。

 言った意味が如何なものかは知り得ないが、大凡禄でもないのは予想できるだろう。

 

「初歩的且つ単純な話だ。アレはマトモな性質(タチ)の人間や思考が常識的な者に多大な影響を及ぼす効果を持っている、という事だ」

 

「何だ、それは。狂人の所業じゃないか」

 

「至極、的を得ている表現だ」

 

 言うや否や、早々に立ち上がるホームズにダヴィンチは訝しげな視線と言葉を向ける。

 

「……もう、いいのか?」

 

「ああ。早急にやらねばならない案件も増えたようだからな。それに、そろそろ戻らないと新所長殿が痺れを切らす頃合だろう?」

 

 軽口を言う様に空元気を垣間見る。相当に無理をしているのは火を見るよりも明らかだが、如何にする事も出来ない。

 足取りはやはり覚束ないが、途中で倒れ臥すと言うことも無くシャドウ・ボーダーへと帰還するホームズを尻目にダヴィンチは目頭を抑え、空を仰ぐ。

 

「……ほんと、次から次へと問題ばかり……勘弁願いたいな、もう」

 

 そう言い捨てダヴィンチも帰路へ着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————やあ、貴公があの騎士殿が連れてきたマスターか。色々、聞きたい事はあるだろうが、まずは自己紹介だ」

 

 烏羽のインバネスに紅い逆さ吊りのルーンを携えたペンダント。そして最も眼を惹くのはトップハットに不気味なペストマスクにこの表しようもない、そう————月の香り

 慇懃な騎士とは違うが何処か気品と儚げさを帯びたその風貌に面食らい同時に————

 

「初めまして、人類最後のマスター。私は狩人……こほん、暗殺者(アサシン)のサーヴァント」

 

 

 

「真名を……そうだな……」

 

 

 

「まあ……気軽に()()()()()、とでも呼んでくれ。よろしくな、マスター」

 

 

 

 ————同時に……とんでもなく胡散臭いような、何処か抜けているような、そんな物を感じた。

 




ギルバート(仮)「あれ? 出番これだけ?」

オスカーさん「南無」

ブラドー「お届け物でーす」



感想批評、カモン(高啓蒙)

いやー、久しぶりに書くと疲れますねw
戦闘むずいんじゃ……
ダヴィンチちゃんとホームズの口調とか、ギャラハットとかもう発狂してしまうくらいムズイ
アドバイスください(血涙)

今回は少々短めですが、キリが良いのでここまでで。

評価、誤字報告にコメントありがとうございますm(_ _)m

これらを励みに精進して参りますので今後ともよろしくお願いします

あ、活動報告にアンケートやってるんで気が向きましたら覗いてみてくださいw


狂気なりや瀉血の御技(サラッソス・ヴァーン・ズィン)
ランク:B+
種別:対人宝具
レンジ:1〜10
最大捕捉:

血濡れの処刑人ブラドーの持つ宝具。
自身の身体へと突き刺し、はらわたの、心の底に溜まった血を吸い、悍ましい本性を露わにする呪いの一撃。
嘗て、ブラドーが人の中に巣食う醜悪な血を出す為に見出したモノ。
それこそが唯一の方法だと彼は信じていた。

早い話が両手持ちにした時のアレ。
敵含め自分を発狂させる恐ろしい武器。
本作では「真人間ほど効き、狂人に近ければ近いほど影響が少ない」
という仕様です。
並みの英霊に撃てば発狂不可避ですが、ダヴィンチちゃんとホームズは無事。
理由は、まあ、なんとなくわかるよね?
ホームズに至っては、完全に相性の悪さで発狂。しかし、手持ちのお薬(意味深)で事無きを得た。


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五話

且<オッホウ! 遂に出番か!この私のマジェスティックな活y「首を出せい」ギャアアアアアアアアッ!

且<ヌゥア! まだだッ!まだ、諦めん!我らの出番はすぐ其処に「狩らなきゃ」ギャアアアアアアアアッ!

且<ああ、これが目覚め、すべて忘れてしまうのか……(シュウウウウ


狩&首 『仕事したわ〜』


 

過去も未来も、そして光すらも

 

 

 ”闇の刻印”は、それが現れた人間から全てを奪うという

 

 

 そしてやがて、失くしたことすらも思い出せなくなった者は

 

 

 ただ魂をむさぼり喰う獣、”亡者”となる

 

 

 遥か北の地、貴壁の先

 

 失われた国、ドラングレイグ

 

 

 

そこには、人の理を呼び戻す

 

 ”ソウル”と呼ばれる力があるという

 

 

 その身に呪いを受けた者は朽ち果てた門を潜り、彼の地へと向かう

 

 まるで、光に惹かれる羽虫のように

 

 

 

 

望もうが望むまいが

 

 

 

 

火の時代黎明記

 

 とある老婆の語り

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「適当な所に腰掛けてくれて構わんぜ、何せ何処も彼処も取っ散らかっているからな。これ以上荒らされても誰も憚るまいよ。」

 

 暗殺者(アサシン)ーーーギルバートはそう言って机の上に腰掛ける。相変わらずその奇抜な出で立ちが目を惹くが、それよりもこの館に意識が向く。

 

「………片付けるべきだったな」

 

 後方より渋い声音が聞こえる。慇懃な騎士、剣士(セイバー)ーーーオスカーはこの散らかり様を見て嘆息を漏らす。散乱する書物に工具、よくわからない瓶や空のフラスコ、埃を被った石像に形容出来ない造形の赤い石ころも転がっている。

 

「構いやしねえよ、男3人のむさ苦しい館だ。片しても、また汚れるのが落ちさ」

 

 同意したくないが、何故か否定も出来ない言い草に苦笑いが浮かんでしまう。

 確かに、こんだけ汚いと逆に掃除するのも億劫になる。

 

「貴公、それでは身もふたもないではないか……すまない、マスターこの荒れ館で我慢してくれ。この阿呆は後で糞団子の刑に処しておく」

 

「ちょっと、それは酷くないか?」

 

 糞団子の刑とは如何なものか。想像を絶するものだろう、うん。

 とはいえ、セイバーにあれよあれよと連れられて『不死街』と告げられた場所より遥か彼方、常夜の土地に踏みんだ俺は、状況整理に追われていた。

 まずは、アレだ。ここが何なのかを明確にする必要がある。先程から空気に飲まれつつあるが、意を決して口を開く。

 

「あ、あの、それで、ここは何なんですか?」

 

「ん? 特異点だが」

 

 さらり、と言いのけるオスカーに面食らってしまう。ベッキリと質問の腰をへし折るオスカーに対しギルバートは南無、と天を仰ぎ、疲れたようにフォローを入れる。

 

「あー……悪いな、そこの騎士様は少々鈍いきらいがあってな悪気は無いんだが……要は、ここがどんな特異点か聞きてえんだろ? ちょうど良い、ここいらで話すとしようじゃねえか」

 

「貴公、鈍いとはなんだ。鈍いとは」

 

 先程の糞団子の刑宣告の意趣返しとばかりにギルバートに鈍感だと言われるオスカー。

 反論するも何事もなげにスルーされてしまうその姿は少しションボリしているように映ってしまう。

 

「さて、前提としてマスター。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というのは理解しているな?」

 

 こくり、と頷く。

 この世界が俺のよく知る世界では無い、というのはオスカーの見せた光景でハッキリと理解した。尤も、特異点という時点で大なり小なり人智の外を突きつけられるのは覚悟している。

 燃え盛る街や、竜種の跋扈する世界に神霊ホイホイな世界があるのだ。もう、はっきり言えば慣れた。

 だが、今回ばかりは異常と言わざるを得ない。数多の世界を見て来たが、あの様に昼夜が同時に起きている世界は初めてだ。

 

Very well.(よろしい)では、先ずこの特異点を支配する者がなんなのか……教えよう」

 

 先程とは打って変わり、ギルバートの雰囲気が変化する。威圧感とでもいうのだろうか、全身に鳥肌が走る。

 

「事の発端はマスター、アンタの倒した魔術王の持つ聖杯がこの虚数世界に入って来たのが原因とされている」

 

「え……?」

 

 虚数世界、俺達シャドウ・ボーダーが進み続けていた虚空のような世界だ。

 ギルバートの言い振りでは此処はまだ虚数世界なのだと聞こえる。

 

「疑問を抱くのも無理も無い。察しの通り、此処は本来なら何も無い筈の虚数世界だ。特異点なぞ出来る訳もない。ただ、コレが魔術王の作りし聖杯の恐ろしい所だ。聖杯を基盤に()()()()()()()()誰もせんだろう。理屈では可能な気もしなくも無いが、思い浮かんだところでソレを実施する勇気は目を剥く。なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからな。真に願望器とは恐ろしいと感じられる」

 

 息を飲む。

 確かに魔術王ーー人王ゲーティアーーの作りし聖杯はギルバートの言う通り七つの特異点、世界を作ってみせた。その理屈を以ってして、まさか虚数世界にこのような世界を創るとは。

 だが、疑問が残る。この世界をゲーティアが創ったとするならば人理焼却の際、何かしらのアクションが存在する筈だ。それに虚数世界に特異点を創っていたのなら、カルデアにいた頃の俺ではきっと手を出せず仕舞いとなり、ゲーティアの勝利に終わっていた。なにせ、虚数の海に明確な座標など映りはしないのだから。

 

「まあ、それが()()()()()()()()()()()()()()()()()。魔術王が意図して送ったのか、それとも魔神の何某かの手によってか、考えたくは無いが……うっかり、落っことしたのかもしれない。過程はどうあれ結果として、特異点という舞台は産まれた。そして問題はその後だ

 

 ギルバートはそこで区切り、小休止を挟む。捲し立てるべく懐より小瓶を取り出し中身を呷る。

 

「舞台が整えば、演劇が始まる。それと同じように魔術王の聖杯は聖杯戦争を始めるため役者を呼んだ。そう、英霊(サーヴァント)だ。其れ等を呼び、特異点は完成となる。だがーーー先程の通り問題が起きたんだ。即ちーーー」

 

 

 呼んだ英霊が洒落にならなかった

 

 

「至極、単純な問題だ。虚数世界に於いての聖杯による英霊召喚。不確かな世界で真っ当な者が来るなど笑止千万。魔術王ないし、その同胞は草場の影より大いに焦っただろう。なにせ、呼び出したのは理解の及ばぬ神霊(バケモノ)なのだから

 

 ぞわり、と身の毛が総立つ。神霊、嘗てウルクの大地を駆けた際、出会ったマジモンの天災の化身。それらがこの世界にて呼び出されているというのか。

 

「呼び出されし、多くの其れ等は次第に徒党を組み、また排斥を繰り返し()()()()()()()()()()()()()()()()。太陽と月の異様……此処まで来ればなんとなく察しがつくだろうマスター?」

 

 弾かれたように、その言葉が身体に響く。

 あの光景こそ、その具現であったのだ。ギルバートは一拍置き、その御名を語る。

 

「ーーー片や白亜の巨壁に築かれし神殿に、日輪を称えるその者。雷霆を操りし、()()()()()()()()()()にして不夜を敷く……その偉大なる御名をーーー」

 

 

 ーーー太陽の光の王グウィン

 

 

「ーーーそして、天高き摩天楼、悍ましき暗澹を湛える魔都に、月輪を抱きし悪辣なる者。()()()()()()()を以って恐慌と常夜を敷く……その憚られし忌名をーーー」

 

 

 ーーー月の魔物

 

 

「………」

 

 沈黙が辺りを支配する。月明かりと静けさに包まれた館の一部屋に於いて、この特異点の支配者を知る。

 身体が震えを訴え、動悸が早くなる。その名を聞くだけで矮小な人の身である事が正確に痛感させられるこの事態。まるで、蟻が像に挑むが如く、愚かしいとすら思えてしまう。

 

「と、まあ、この特異点がとんでもねえ二柱の神霊に支配されているって事だけ念頭に入れとけマスター。多少なりとも()()いるが、()()()()()()()()

 

 何処か引っかかりを感じるが、今は頷いておくに限る。説明の内容は理解したが、少し疑問に思う部分がある。

 

「聖杯はそのどちらかの神霊が持っているんですか?」

 

「ああ、()()()。ぶっちゃけ、聖杯を持っている云々はさっき言った通り()()()()()()()()。どちらかが所持していようが、何も出来ないはずだからな」

 

 いまいち要領を得ない。聖杯を所持しているのならばこの特異点は完結し、碌な事が起きないと約束されているのに。どういうことだってばよ?

 様子を察したギルバートは肩を竦め、説明する。

 

「ああ、その疑問は大いに正しい。確かに碌なことは起きない。だが、それでは足りないんだよ

 

「というと?」

 

 問いかけに対し、ギルバートは両の手を組み、告げる。

 

「いいか、これは、奴らの真の狙いであり、またこの世界が二分に至り形を維持している証左に他ならない」

 

 居住まいを正す。この世界の支配者の願望を知る事ができるのだ。

 

 

 

「奴らは、欲しいのさーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「ほえ……ひ、瞳に火……?」

 

 意味がわからない。というかなんだソレ? アイテムだろうか。それに血って……神様が実は吸血鬼ってオチなのだろうか。謎のワードに集中力を切らしてしまった矢先、空気気味だったオスカーが喋る。

 

「無理も無い。只人、普通の人間には頭のおかしい言葉にしか聞こえぬからな。貴公、そこら辺の説明はどうする気だ?」

 

 問いに、ギルバートは唸りながら、頭を捻る。暫し、おし黙り黙考に耽ると弾かれたように此方を向く。

 

「一層の事、全部見せちまうか」

 

「いや、アウトであろうが」

 

 諌めるツッコミが閃く。

 なに、危ない物なのだろうか?

 

「アンタのだけ見せれば良いだろう? 俺のよりは安全だろうし」

 

「いや、しかしだな……」

 

「発狂でもされてみろ、洒落にならんぜ」

 

「まあ、確かに……仕方なし、か……」

 

 ため息混じりに、渋々了承するオスカーは左腕の籠手を外す。

 見たく無いと言えば嘘であるが、そんなに危険であるならば御免被りたいのも事実。

 断ろうと、声をかける寸前ーー声を失う

 

 

 

 

 

「不本意であるが、致し方なし。であらば、見るが良いーーー我が内なる火を

 

 

 

 

 

 それは、正しくーー()の灯りであった

 

 

 

 

 

 根源、そう表す他あり得ぬ光輝に俺は魅入られる

 

 

 

 

 

 ヒトの辿り着きし、深淵。その最奥

 

 

 

 

 

 一切衆生が取り憑かれ求むる太陽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火は翳り、(フレイム・フォールン・)王達に(ザ・ローヅ・ゴーン)玉座なし(・ウィズアウト・スローンズ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厳かな声が響く。左腕に納まりし光輝より出るそれは、常に輝きを湛え、それでいて哀愁に濡れている。古き故郷を思い出すような声音に俺は意図せず手を伸ばしてしまう。

 まるで、誘われた蛾のように。それに触れるべく手を伸ばす、すんでの所でーーー

 

 

 ーー異変が起きる

 

 

「うお!? なんだ!?」

 

 消魂(けたたま)しい、地鳴りと共に大地が揺さ振られる。散乱としている部屋が混沌と化すのにこれ以上ない要因だ。机に座していたギルバートは転がるように体勢を崩し、オスカーも甲冑の金属音を響かせ地に手をつく。

 

「あっ……」

 

 暫くして揺れが収まると同時にオスカーの手に収まっていた火が消える。名残惜しげに、伸ばしていた手で虚空を掠めるが、後の祭りと成り果てる。

 机より降り立つギルバートは、一足先に館から出ており、月夜の先ーー日輪の彼方を睨め付けている。それに気づいたオスカーも館の外へと駆け出す。

 俺も惚けた頭を乱暴に振りなんとか意識を覚醒させ、二人の後を追う。

 

()()じゃあ無えな……ってことは大王の領地で何か起きたとしか、考えられねえ」

 

「………」

 

「問題発生ってこと?」

 

「いや、注意に越した事は無えが、如何にもコッチに被害は及びそうもーーーおい、剣士(セイバー)!? 何処行くつもりだ!?」

 

 地鳴りは鳴りを潜め静寂を生む。ギルバートの言う通りならば、先程の地鳴りはこの常夜の土地では無く、不夜の土地に降りかかったモノのようだ。

 問題無しと判断しようとした矢先、沈黙していたオスカーが何処かへと駆け出す。

 

「観に行く」

 

「え、マジかよ!? なんで!?」

 

「嫌な予感がするのだ。大事が起きる、そんな予感だ。ではーーー先に行く、貴公はマスターを頼む」

 

「おい、待てーーークソ、マジで行くつもりだ! 仕方ねえ、話し足りない部分もあるが、一先ずあの脳筋騎士を追っかけるぜ、マスター!」

 

「は、はい!」

 

 制止の言葉を振り切り、とんでもない速度で邁進するオスカーに俺は瞠目しながらもギルバートの身体にしがみつき目視で追う。本来であれば乗り物顔負けの速度で走る英霊を目で追うなど不可能に等しいが、ギルバートが並走さながらの速度で疾走しているお陰かギリギリ追えている。

 しかしながら、振り落とされそうで戦々恐々なのは仕方ないことだろう。

 そして、数分もしない内に初めて出会った場所『不死街』の全貌できる地点へと辿り着いた。

 

「はあはあ……クソ……全力、疾走、とか、するもんじゃ、無えな……ってかあの全身甲冑で暗殺者(アサシン)の俺と、俊敏でタメはるとか、おかしいだろ……」

 

 俺を降ろし肩で息をするギルバートに合掌をし、前で沈黙しているオスカーを見遣る。その眼差しは甲冑により隔てられてはいるが、絶句しているように感じる。

 

「オスカーさん?」

 

「………」

 

 声をかけるも、反応が無い。訝しむ俺は再度声をかけようとする。

 

「あの、オスーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オォォオオオオオオォォオオオーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー耳を劈き、大地を揺さ振る益荒男どもの雄叫びが響きわたる。

 

 

 ーー不夜の土地、その遥か後方

 

 

 ーー連なりし、霧纏う御高き山々の影を背に

 

 

 ーー自らの栄えある御旗を掲げ

 

 

 ーー数多の名の在りし英雄どもが轡を並べ神の根城に弓引かんと睨め付ける

 

 

「……おいおい、なんじゃありゃあ……!? 軽く百万は超えてるぜ、これ!」

 

 ギルバートが、狼狽を隠さずに叫ぶ。

 不夜の土地の後方に圧巻と言わざるを得ない程の謎の大軍勢が押し寄せようしている。なにが如何なっているか甚だ理解し難い状況に俺は硬直する。

 そも、何故不夜の土地にこのような大軍が集結しているのか、目的はなんなのか、ありとあらゆる疑問と視覚的情報に脳がオーバーヒートを起こしそうになるも、沈黙を保ってきたオスカーが唐突に口を開いた。

 

「……ありえん」

 

 それは否定の心情であった。

 

「なにがだ!?」

 

 悲鳴染みた返しにオスカーは気にかけず口を開く。

 

「カーサス、イルシール、ソルロンド、カタリナ、ヴィンハイム、ロンドール、ゼナ、フォローザ、アストラまで……何故、何故、彼の国々の強者たちが今になってグウィン王に楯突くのだ!

 

「っ! ……アンタの知己の国か」

 

 狼狽していたのも束の間、オスカーの剣幕に気圧され冷静さを瞬時に取り戻すギルバート。聞き及ばぬ異郷の国々の名を聞くに察し、オスカーに所縁あると判断する。

 

「……如何にも」

 

 短く告げるオスカーの声音はくぐもり、震えている。

 

ok(よし).だったら、話は早い。このまま、成り行きを見るぞ」

 

「……」

 

 俺もそれが、最善だと把握した。

 この全容を一望できる地点での静観が唯一にして安全な選択肢だからだ。

 そも、謎の特異点。敵の首魁の名を聞いただけの状態では対策を考えるどころかこの特異点の状況すら測れない。ましてや、謎の大軍勢がこの特異点を支配する首魁の一角に戦を仕掛けようとしているなど、俺らが何をしようが、意味も無い。

 

 しかしながら、疑問はある。

 

 何故、彼等は戦を仕掛けようとするのか。

 

 オスカーの剣幕を鑑みれば、その理由が腑に落ちないのがひしひしと伝わる。何故、今なのか。それに尽きるだろう。

 

「! おい、動いたぞ」

 

「!」

 

 正しい解答などいざ知らず。空気を引き裂くように凡そ百万以上の軍勢が動き出す。

 すわ、進軍かと思いきや隊列が三分割されるように分かれて行く。角笛の旋律と太鼓のリズムよって緻密に行動する軍勢に怪訝さを感じ行く末を見遣る。

 三隊列になった軍勢が左右に展開するように境界を作る。中央が等分に開いた状態になり、まるでなにかを迎え入れるように陣取る。

 軍旗を全て両極端に携え、太鼓の音と盾を打ち付ける鼓舞の様子が目に映る。

 

 

 

 

 

 そしてーーー其れ等がやって来た

 

 

 

 

 

 勇猛なる益荒男を引き連れ、霧深き山々より出でたる新たなる()()()()()

 

 

 

 

 

 片や、輪廻の円環を掲げ終末の刻を破却せんとする()()()の御旗

 

 

 

 

 

 即ちーーーロスリック

 

 

 

 

 

 片や、紅き双竜の竜紋を徴し貴き人の理を表す偉大なる御旗

 

 

 

 

 

 即ちーーードラングレイグ

 

 

 

 

 

 そして、巨人の骸より創りし御座より見下ろす彼の者

 

 

 

 

 

 総大将と思しき、風体に二翼の忠臣を置く姿、威風堂々たるや陰り無し

 

 

 

 

 

 その者ーーー遥か貴壁の王

 

 

 

 

 

 嘗て失われし(ソウル)の業を修め、巨人殺しを成し得た英雄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー不死王ヴァンクラッド

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァン、クラッド王……!」

 

 籠手を握り潰さん勢いで拳を握るオスカー。

 その兜に隠れた面貌がどれほどの苦渋に染まっているか、推し量ることすら憚れる程如実に伝播する。

 

「奴さんの総大将と見た……剣士(セイバー)、突っ込むなよ。今はマスターもいる。アンタがあの三つ編み髭の爺さんにどんな因縁持っているかは知らねえし、此処で手出しするのも厳禁だ。静観に徹するのが最善だ……堪えてくれ、頼む」

 

 遠見鏡で覗き込んでいたギルバートが、オスカーへ言葉をかける。心なしか肩に置いた手に力が篭って見えるのは見間違いではないだろう。ギルバートが同じ状況ならば逆だったかもしれないのだから。

 

「………」

 

 頭を垂れ、沈黙するオスカー。哀愁と悲哀、そして静かなる憤怒を感じさせる。

 それは、果たして先鋒にかそれとも、何も出来ない自身へか。

 

 

 そして、沈黙は遂に破られた。

 

 

 大本命が出陣を終えると同時に、角笛の音色が変わる。

 今まさに弓引かんと睨め付ける軍勢に対し、未だ謐けさと共に動かぬ不夜の神殿は、不気味に見えるばかりである。

 

 

 

突撃せよ

 

 

 

 王の命令が軍勢へと伝播し、それに連なるように咆哮が響きわたり凡そ百万以上の英傑が不夜の神殿へ進軍を開始する。タクトを振るうように賽は投げられ、音沙汰のない神殿へと埒外の蹂躙が始まらんとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーその、刹那に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー神狼の咆哮が戦慄いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魂魄が悲鳴をあげる

 

 

 

 

 

 喉が渇き、焼け付く感覚が全身に疾る

 

 

 

 

 

 身体が、心が、一刻も早く逃げろと警鐘を鳴らす

 

 

 

 

 

 アレには、絶対に勝てない

 

 

 

 

 

 ヴァンクラッド王の軍勢は、その遠吠え一つで戦意を砕かれた

 

 

 

 

 

 砂塵が舞い、神狼が戦場へと降り立つ事を知らしめた

 

 

 

 

 

 ーーーその出で立ち、巨躯にして華奢

 

 

 

 

 

 ーーー跨る神狼に引けずの優美さを持ち

 

 

 

 

 

 ーーー身の丈を越し得る大剣を揮う膂力を有す

 

 

 

 

 

 ーーー嘗て、彼の時代に生き謳われし伝説

 

 

 

 

 

 ーーー遍く魑魅魍魎、悪鬼羅刹を斬り伏せ

 

 

 

 

 

 ーーー化物に攫われし姫君を救うべく深淵すら踏破した

 

 

 

 

 

 ーーー騎士の中の騎士

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深淵歩きアルトリウス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠然と神狼より降りる様に、益荒男たちは雑兵の如く狼狽える。

 

 

 

 

 

 背に携えし、大剣を抜き放ちーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー軽い、一振りで有象無象を吹き飛ばした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

 目を、疑う。幾らなんでも物理の概念が仕事していない。

 丘や山を消すところなら見聞したが、軽い一振りでほぼ全軍壊滅は馬鹿げている。

 

 

 

 

 

 軽く振るわれた筈なのに、途轍も無い衝撃が戦場に駆け巡る。まるで暴風雨に晒されているように舞い上がる砂埃と礫に襲われ身動きを禁じられてしまう。

 戦場から程遠い此処ですらもこれ程の暴威を見舞わされているのだ。本陣は筆舌に尽くしがたい始末だろう。

 

 

 

 

 

 その最中にて、彼の騎士は駆け出した

 

 

 

 

 

 軽やかな足取りは高らかに、淀み曇りなど有りはせず

 

 

 

 

 

 その鋒を敵の将へと居抜き向けん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー弐刄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特大剣を携える黒騎士がその剣ごと両断される

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー参刄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大鎚を持つ騎士が立ち塞がるが歯牙にも掛けず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー肆刄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、いとも容易く、ヴァンクラッド王の首が落とされた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狼騎士は颯爽と踵を返し、残党は脱兎の如く散り散り消えて行った

 

 

 

 

 

 その光景を見せつけられ、オスカーは崩れ落ちた

 

 

 

 

 

 這い蹲るその背は余りにも悲哀に満ち

 

 

 

 

 

 ギルバートは沈黙を貫き

 

 

 

 

 

 小さく哀哭をあげるオスカーに、俺は無力にも動けなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はっ」

 

 意識が覚醒する。

 朧げに混濁する頭が、再起動をせんと身体を震わせる。

 

「ーーーぐぅ」

 

 代謝を確認すると同時に鈍痛が頭に疾り、目の前がノイズの様に歪曲する。

 

「こ、こは、何処でしょうか……?」

 

 漸く以って、自分の置かれている状況に意識が行く。マシュ・キリエライトは、暗がりに居る己の付近に目を向けてみる。

 案の定、真っ暗で何も見えたものでは無いが、少なくとも屋外では無い様だと判断する。

 

「んっーーーあっ……」

 

 身体を動かす。どうやら椅子に座っていた様だ。立ち上がると同時に何かが懐より落下する。

 カラン、と小気味の良い音を立て足元へ転がった。

 

「これは、あの時の」

 

 鈍い鉛色と淡い藍色の色彩を放つ鱗。ボーダー付近の探索により手に入れた物。ポケットに入れっぱなしだったのか、忘れていた。

 

「ともあれ、なんで、こんな所に居るんでしょうか……?」

 

 再度、懐のポケットへしまい込むと辺りを見回す。暗いのは不変であるが、流石に目が慣れると言うものだ。

 マシュは、椅子から身を乗り出し、拓けた場所を探そうとする。辺りはどうやら、それなりに広域で、多人数が座れるように数多の座席が用意されている。階段状に形成されており視点が中央に集中するような構造で、回廊が一直線に続いている

 

 さながら、大学の講義室だ。

 

 乗り出した身を引き、回廊へ出ようとするマシュ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オッホウ! 素晴らしいッ!こんな悪夢に美少女とはッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ーーー!?!?」

 

 

 

 

 

 刹那に響く途轍も無い声量にマシュは全身を強張らせ、音源の方向を向く

 

 

 

 

 

 方向転換と同時に、スポットライトが点灯する。

 

 

 

 

 

アッハハハ!お嬢さん(フロイライン)! どうやらお困りのようだッ!」

 

 

 

 

 

 其処には教壇の上に腰掛ける珍妙なナニカが居た。

 

 

 

 

 

「始めまして、お嬢さん(フロイライン)。自己紹介は必要かなぁ?」

 

 

 

 

 

 不気味に戯けるさまに萎縮するも曖昧に頷く。

 

 

 

 

 

 「ンンン〜Majestic (素晴らしい)な反応だアッ!!」

 

 

 

 

 

 くねくね、気色の悪い動作と共に壇上に立ち上がり慇懃に礼をする。頭の鉄柵の様な付属品を物ともせずに。

 

 

 

 

 

「ワタシは! この()()のスゥパァーアドバイザー兼案内役のミコラーシュ!」

 

 

 

 

 

 徐々に顔を上げ九十度辺りで笑みを浮かべるミコラーシュなる人物

 

 

 

 

 

「そして、ようこそ、並びに残念()()()()お嬢さん(フロイライン)

 

 

 

 

 

 愉悦と憐憫の入り混じった視線を向けられる。

 

 

 

 

 

「此処なるは啓蒙地獄、只人はひとたまりもないだろう」

 

 

 

 

 

でぇもッ! ご安心を! このスゥパァーアドバイザー兼案内役のミコラーシュが、あなた様のBad end フラグを回避に導いて差し上げましょう!! そう、このーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メンシスの悪夢からッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拝啓、先輩、ダヴィンチちゃん、ホームズさん、カルデア職員各位様

 

 

 

 

 

 わたしはどうやら、とんでも無い事に巻き込まれてしまったようです(涙目)

 




感想批評カモン(高啓蒙)

やりきった。

今作で最も出したかった奴出せて満足

マシュのぶらり悪夢巡りw
マシュの命運や如何にw


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六話

お ま た せ

※長いし荒いので加筆、修正するかもです


狂気の死血

 

血の遺志を宿した芳醇な死血

 

使用により狂気的な血の遺志を得る

 

それはまさに狂気であり、まともな人のものではない

 

或るいは、まともであることの————なんと下らないことか

 

 

 

狩人の手記

項、狂気なる啓蒙より

 

 

 

 

 

 

「さてさぁ〜て、お嬢さん。用意はよろしいかなぁ? では行こう! 直ぐに行こう! 啓蒙が我等を待っているっ!」

 

「は、はあ……」

 

 曖昧極まる返事をしてしまう。事実こういう手合いに関する経験が少ないマシュは生返事に似た切り替えししか出来ないのは普通の事である。いや、というよりこの珍妙なおっさんにドン引きしているだけなのだが……。

 講義室に位置するであろう、この部屋でテンションMAXなミコラーシュはマシュとの間に得も言えぬ温度差を生み出している事に気づくことは無いだろう。

 とは言え、こんな傍から見れば無人のーーミコラーシュとマシュを除いてーー真っ暗な部屋から出る、というのは賛成であった。

 

「ーーさあ、啓蒙よッ! 今行くぞ!」

 

「ちょ、ミコラーシュさん!?」

 

 マシュが部屋からの退出を請おうとした矢先に、ミコラーシュは空中回転しながら扉をブチ開けた

 

 これにより、意図せずーーとても、強引にーー外に出る羽目になった。

 しかしながら、良い機会だとも言える。どちらにせよ、ここから出るのも時間と都合の問題であったのだから、如何に突拍子のない行動をとられても結果オーライだ。

 

「待ってください!」

 

 蹴破るドアの悲鳴を聞きながら慌ててその、奇抜な後ろ姿に追走するマシュ。

 甲高い靴音を響かせるワックスの効いたタイルを駆け、懸命にその後ろ姿を見失わぬよう努めるが、その珍妙且つ奇抜な姿の何処にそのような脚力があるのか、高笑いと共に猛進する。デミ・サーヴァントたるマシュもその姿に思わず瞠目するが、それ以前にミコラーシュの速度に追いつけなくなりそうだった。

 

「ちょ、本当に、待っ—————」

 

いよいよその姿が霞に消えるかと危惧した瞬間

 

 

 

 

 

それに、気が付いた

 

 

 

 

 

ぶわり、と全身の汗腺から汗が噴き出るのを感じる

 

 

 

 

 

ついさっきまで、必死に追いかけんと息巻いていた両足が凍り付いたかのように硬直する

 

 

 

 

 

「—————ッハ、ぁ—————」

 

 

 

 

 

息が詰まる。それと同時に脳髄に頭痛が走り、掠れた喘ぎがもれる。

 

 

 

 

 

硬直した足が悲鳴を上げ始め、ナニカを思い出す。

 

 

 

 

 

そうだ————コレハ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時の感覚だ(汝、啓蒙を求めよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()の顔に精気は無く、眼窩は落ち窪み深淵を思わせる。青白い——否、()()の肌は人を優に超す人外へと至らせ、人であった名残故か学生服を身に纏うソレに悍ましさを醸し出させる。

 そして、特筆すべきはその下半身。鳩尾から、下にかけて

 

 

 

 

 

ーードロドロに溶けている

 

 

 

 

 

水銀を思わせるその異様な姿。その光景に意識が遠のくのを感じ、すわ卒倒かと思いきやーー

 

 

 

 

 

目を合わせてはいけない

 

 

 

 

 

ーー背後に先行していたはずのミコラーシュが体を支えていた。

 

 

 

 

 

「ミコーーー」

 

「シッ……声を出してはいけないよ、お嬢さん。()()に気づかれてしまう」

 

 先程の狂熱した様子とはうって代わり、冷静さを伴った声音でマシュへ制止を促す。その姿に思わず面食らうマシュは慌てて、出かけた声を口元を抑えて押しこむ。それと同時に双眸をギュッと引き絞り息を殺す。ミコラーシュの登場と共にどの様な状況か、思い出したのだ。もし、ここでミコラーシュの言う()()に気取られていれば、どうなっていたかは想像に難くないと言える。

 

「………っ」

 

ぐじゅり、と気色の悪い生々しい蠕動音が耳に響く。音が聞こえて来る毎に大きくなっているのを感じ取ってしまう。

 

 

ーー近づいてきている

 

 

 壁際、こちらからは死角になっているだろう箇所。

 目を開ける事など能わず、ゆっくりと近づいてきているソレらに只管、気取られまいと努める他ない。

 

 

 

 

 

ーーーぐじゅり

 

 

 

 

 

ーーーぐじゅり

 

 

 

 

 

ーーーべちゃっ……

 

 

 

 

 止まった、視覚を塞いでいる故にそう判断せざるを得ない。現にあの気色の悪い蠕動音が止んだのだから。

 否、そんなことはどうでも良い。問題は

 

 

ーーどこで止まったかだ

 

 

マシュの体躯が小刻みに震えだす。

 

 

 

 

 

考えるべきではない

 

 

 

 

 

思い浮かべてはいけない

 

 

 

 

 

啓蒙()ては、いけない

 

 

 

 

 

そいつが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前にいるなんて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口元を抑える手に力が籠る。顔からは血の気が引き、開けまいと固く閉ざした瞼からは涙が零れ落ちそうになる

 

 

 

 

 

目の前で、蠢く

 

 

 

 

 

ナニカが蠢く。閉ざされた瞼越しに感じる存在感が、この悪夢を現実だと突きつける

 

 

 

 

 

ーーああ、そうだ

 

 

 

 

 

ーーいっそのこと、目を開けてしまおうか

 

 

 

 

 

心が、身体が、底知れぬ恐怖に晒され、ついに限界を迎えてしまったマシュは糸が切れた人形のように、消え入る蝋燭の灯りの如くその身体を弛緩させーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アッハハハハハァ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー背後から響く高笑いと共に身体が宙を舞った

 

 

 

 

!? ミコラーシュさん!?」

 

「ハッハァ! おっと、失礼! お嬢さん、君の表情があまりにも素晴らしーーーンンンッ! Majesticだったもので、つい後ろでスタンバイしていたのを忘れてしまっていた!」

 

 喜悦の表情を浮かべ、宙を舞う様は格別に気色悪い。しかし、小脇に抱えられたマシュにそんなことを考える余裕はない。二の句を述べる前にミコラーシュは、颯爽と薄暗い回廊を超えてゆき、重さを感じさせぬステップで二階の手すりへと降り立つ。

 借りてきたネコのように萎縮してしまっているマシュをゆっくりと降ろすと、ハッ、と我に返ったように手すりの上にいるミコラーシュを問い詰めた。

 

「い、いいい今の、あれ、何なんですか!? 人じゃあないですよね!? 悪夢とか、メンシスとか、理解ができません!? というか、先ほどのセリフ言い直しても同じ意味です!」

 

「オウ!? ちょ、待ちたまえ、お嬢さん! この状態での解説は不可能ーーーお、落ちるっ! 落ちてしまう! 今わたし縁際(へりぎわ)だから!」

 

 マシュの堰を切ったようなラッシュによりスケート選手も真っ青な体勢で、高さ数メートルありそうな手摺り上で意図せず背筋の強さを証明せざるを得なくなったミコラーシュ。このまま、一階フロアへダイブさせるのも吝かではないが、そうは問屋が卸さない。

 

「あ、すみません……」

 

すんでのところで、マシュが後ろに引いた。あと数舜、遅ければ落とせていただろう、惜しい。

 

「ふぅ……いやはや、危ない危ない。目覚めるのを覚悟してしまった……。ま、お嬢さん、君の言う通り些か説明不足に過ぎたようだ。うん、紳士たるものこれではいけない。では、ここいらで語り明かそうではないかーーー新しき啓蒙について!

 

「結局、さっきと同じ!?」

 

 悲しきかな、如何に取り繕うがミコラーシュは見紛う事なき変態だ。このように本人が紳士と嘯いても、捉える世間は満場一致で変態の烙印を引き攣った笑みで押すことだろう。とりあえずマシュは泣いて良い。

 

「オッホウ、中々に良いツッコミだ! 素質あるぞぅ、君ィ! ……とまあ、冗談はこのくらいにして語り明かそう。スゥパァーアドバイザー兼案内役としての本懐の一端をお見せするとしよう。ぶっちゃけ、このまま変態ロールしていたいのだが……私は効率を尊ぶ性質(タチ)でね。話せる瞬間(タイミング)があるならそこでしてしまうのが最善だと思っている。---何しろ、わたしは、お嬢さん。君……貴公のBad endフラグの回避をさせるためにいるのだからッ!!」

 

 得も言えぬ悪寒が走る。が、一言いわせて頂きたい。いつも通りなら、恥や見聞を物ともせず啓蒙へダッシュするのだろうが今回は役割が真面な故か、多少マイルド風味かもしれないという事をご理解、頂きたい。しかしながら、素が気色悪い所為でこの様に、カッコつけても微妙な感じなのは最早運命(さだめ)だろう。そも、最初と中盤で台無しにしているのだから、如何ともし難い。

 幸か不幸か、本人はソレに気づいていない様子だ。

 

「ここは悪夢ーーー言ってしまえば異界だ」

 

「異界、ですか……」

 

「その通り。ああーーー別に難しく考える必要はないよ。一種の夢の世界、と漠然と思ってくれれば良い」

 

 ……未だ落ちかけた手摺りの上を巡回しながら説明するミコラーシュは割と不自然さを感じさせない。いや、寧ろ堂に入っているとすら感じる。

 珍妙珍奇な恰好だが、よく見れば頭以外は学生服のような意匠を思わせられる。もしかしたらここの、学徒だったのかもしれない。それならば説明姿に違和感を感じないのも、理由が付く。

マシュは、ふと、ミコラーシュの言う夢の世界、というのに既視感を得た。

 

「夢……もしかしたら先輩みたいな」

 

「おやおや、このような状況に陥った事がある知り合いがいるようだね。なら、話は早い。君も()()()()()()()()()()()()()()、ということだ。()()()()()()()()

 

 ミコラーシュは意外そうにお道化るも、手間が省けたとばかりに事実を突きつけてくる。

 全身に血の気の引く感覚が走る。

 嘗て、マシュは自身のマスターたる藤丸立香が意識を失う事態(イベント)に陥ったことを思い出したのだ。

 

「…………」

 

無言で頬を思いっきり引っ張ってみた。

 

アッハハハハ!どうだい? 痛いかね?」

 

「いふぁいれす(痛いです)」

 

「そうだろう、そうだろう! 夢なのに痛い! 是すなわち、夢か現実か!? 曖昧模糊ここに極まれりッッ!

 

 器用に縁際で腹を抱えて笑うミコラーシュに若干の怒りを覚えるが、それ以上にテンションと明かされた事実についていけない。

 要約すれば、マシュは現在幽体離脱(巌窟王イベント)状態だと言う。まさか自身が先輩の二の舞を喰らう羽目になるとは思ってもいなかった。

 

「……まあ、頬をつねる程度で目覚められれば、どれだけ楽だろうか……ともあれ、君は、何者かに誘われココ(悪夢)にいる」

 

 姿勢を正すと、ようやく縁際を降りる。

 

「その理由は、なんにせよ……いや、考えるべくもなく碌でもないに違いない」

 

「ここは、悪夢。そう、悪夢だ。只人たる君が踏み込むべきではない埒外の地獄」

 

 理性的に聞こえるソレは酷く憐憫を含むように聞こえる。この狂人のような人物の一抹の人間性の表れだろうか。

 マシュは知らずのうちに手に力を籠める。

 

「君も見ただろう? 悪夢の住人たる学徒の成れの果てを」

 

 後方を向いたミコラーシュより、()()の正体が告げられる。

 先ほどまで、対峙していたであろうミコラーシュの言う学徒の成れの果てに、マシュは思い出し、身震いしてしまう。

 

「今から言うことを、しっかりと覚えておきたまえ、お嬢さん」

 

こちらを振り向き一泊を置くミコラーシュ。その瞳は今までの狂気に揺れてなど、いなかった。

 

 

 

「もし、ここで死ねばーーー彼らと同じ結末を迎えるだろう

 

 

 

息を吞む。足元の感覚がなくなる。まるで、穴に落ちたように

 

 

 

「それだけではないよ、お嬢さん。文字通り()()()()()()()()

 

 

 

動悸が激しくなると共に顔が青ざめていくのが解る

 

 

 

「未来永劫、目覚める事無くこの悪夢を彷徨い、この悪夢の虜にされてしまう。悪辣な下卑た悪夢の主の玩具に成り果てる

 

 

 

ふらつく身体を抑えるように両肩をつかまれ、支えられる

 

 

 

「わかるかい? その恐怖、()()()()()()からしたら決して、耐えられぬ絶望が」

 

 

 

支える手に力が篭るのを感じる

 

 

 

 

 

「ーーーだが、決してそうはさせない」

 

 

 

 

 

その言葉に、顔を見上げてしまう

 

 

 

 

 

「わたしは、そのタメにここにいる。言っただろう? Bad endフラグの回避をサポートするスゥパァーアドバイザー兼案内役だと」

 

 

 

 

ニチャリ、と笑ってみせる

 

 

 

 

「…………ふふ」

 

「おん?」

 

面食らったように、暫し顔を見つめていたマシュが顔を伏せ小さく笑う。間抜けな反応を返すミコラーシュは、得心が追いついていないようだ。

 

「ミコラーシュさん」

 

「なんだい、お嬢さん」

 

マシュは軽く呼吸を整え、その言葉を告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最ッ高に気持ち悪いですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

…………

 

……………………

 

 

 

 

 

「…………ウボァ

 

 

ここに来てからの一番輝かしい笑顔で告げられたミコラーシュは膝から崩れ落ちたという…………。

 

 

 

◆◆◆

 

 

Damn it(クソが)! 何でこうなるんだ!」

 

「うおあああぁあ! 洒落になんねぇって!」

 

「し、死んでしまいますぅ!」

 

「…………すまん」

 

「と、とりあえず、安地。安地探そう!」

 

五者ともに様々な反応を見せ、全速力で地を駆ける最中、後方より忍び寄る巨大な影。

 

 

ーー拝啓、カルデア職員各位様。

 

 

ーーこの特異点に迷い込み、早数日。いかがお過ごしでしょうか?

 

 

ーーえ、俺ですか?

 

 

 

 

ーー今、岩に追われています

 

 

 

 

ーー助けてください(泣) 敬具

 

 

 

 

◆◆数日前◆◆

 

「で、どうするよ?」

 

 口火を切ったのは壁に凭れかけているギルバートだ。俺たちはあの後、常夜の土地近くにある荒れ館へ戻り、暫しの休息を取っていた。そこへギルバートの口火切りだ。

 

「どうするってのは………」

 

 問いを問いで返すようになってしまうが、仕方がない。横目でオスカーのほうを見遣る。

 窓際の端っこで座り、太陽のほうを見ながら護符(タリスマン)を弄っている。あの日以来、何処か意気消沈気味にみえてしまう。

 

「そこの騎士サマは放っておくとして、アンタはやるべき事があるんだろう? 聖杯については……所在が分からねえから保留として、奴らのお目当てであるオレらが持っているアイテム。それがある限りオレらは、東奔西走と逃げなくちゃならない。今までもそうやってきたしな。で、最初の質問だ」

 

 あ、オスカーが体育座りになって”の”の字を書き始めた。

 俺はオスカーを尻目にギルバートの面貌を見据え、どう答えるかに悩む。悩んだ末、そこで、一つの疑問が浮かんだ。

 

「仮に、えーと………瞳に火、でしたっけ? それが敵の手に渡るとどうなるんですか?」

 

「ーーーああ、この特異点は虚数世界より抜け出し、表面ーーー地上へと君臨するだろう。文字通りにな」

 

 オスカーが答えた。さっきまで、いじけていたのに、機会を待ってたなコイツ。

 

「…………」

 

 案の定ギルバートはオスカーを恨めし気に睨めつけるが、ドヤ顔で対抗されて顔を背けさせられてしまった。というか器用だな、こいつら。二人とも顔を隠してんのに。

 

「とまあ、茶々はあったが、そういうことだ。なんにせよアンタはこの特異点を超えて次の目的地に行かねばならない訳だ。ならば、自ずと選択肢は浮かぶんじゃないか?」

 

 選択肢、確かにそうだ。今まで、先送りにせざるを得なかった事についても同様に考えて、いかなければならないのだから。この特異点を正すより前に、先ずはシャドウ・ボーダーとの連絡、或いは皆が無事かを確かめねばならない。マシュも心配しているだろうし……。

 

「……ひとまずは皆と合流したいかな」

 

「よし、なら場所特定をしよう。……先にやっとくべきだった感が否めんがな。おい、オスカー。都合の良い『奇跡』なんかないのか?」

 

 オスカーは弄っていた護符(タリスマン)を置き、懐を漁る。しばらくして満足のいく物が発見できたのか、数枚の羊皮紙を取り出した。

 

「これなんかどうだ?」

 

「どれどれ……」

 

 羊皮紙を見合わせる二人を他所に俺は蚊帳の外へと追いやられた気分だ。というか奇跡って、なんぞ?

 

「あのー、お二人さん」

 

『ん?』

 

「奇跡って何ですか?」

 

 あー、そういえば説明忘れてたわー、みたいな雰囲気を出すギルバートとキョトンとしているオスカー。あ、そういえば、なんかまだ説明したりないとか言ってたなこの暗殺者(アサシン)。まあ、いいか。とりあえず蚊帳の外へと俺を追いやった『奇跡』とやらの説明を聞こうじゃないか。

 

「『奇跡』ってのはあれだよ、ほら。オスカー説明」

 

「ここで私に振るのか貴公……」

 

 本当だよ。お前が説明すんじゃないんかい。

 

「……『奇跡』とは()()()が生むエネルギーを基に神秘を行使する業だ。主に純エネルギーを司るとされ、物質的な概念を伴わない。多少の例外があるがな……」

 

「雷とか、ですか?」

 

「その通り。基本触れないフワフワ系だと思ってくれれば良い。今から見せるのも触れない類のものだから、わかりやすいと思うぞ」

 

 フワフワ(雷)とはこれ如何に。

 そう言って羊皮紙を床に置き、護符(タリスマン)を掲げるオスカー。ふと、気のせいか空気が揺れたきがした。

 

「『家路』」

 

 ぼう、と淡い黄金の光が護符(タリスマン)を中心に包み込む。暖かく、優しいその光が迷える者へと家路を示すように羊皮紙へと集まってゆく。

 

「この『奇跡』は本来、術者を帰路へ導くための物……決まった場所への転移ともいえるが、今回は多少勝手が違う。帰るべき場所を失った者、或いは分からなくなった者へはこの様に……」

 

 集まっていった光が流動し、三次元的な立体図が浮かび上がった。ホログラム、と言えるソレは現代での最新技術にも勝るとも劣らない輝きを放っている。感嘆を禁じ得ない程に美しい光景にしばらく唖然としていたが、その図にて数か所、点滅している部分を視界に捉えた。

 

「………収穫はあったな。しかし、これは……」

 

「ああ、こりゃマズいな……()()()()()()()()()()()だな」

 

 ()()()()()()()()()()()()()が常夜の反対側である不夜の土地を指示している。ということは、そこにカルデアの皆がいるのだろうか? しかし、大王の領地……たしかグウィン王と呼ばれる神霊が治める領域。あの、大軍勢を木っ端のように蹴散らした化物がいる所。

 俺は体が強張るのを感じた。

 

「この術は貴公の中にある寄る辺、つまり親しい者、縁を結んだ者、関りを持った者、といった風に記される………早い話が、アイコン表示だ。まあ、精度はお察しだ。余りにも数が多いと大きい点滅になる。そら、ここに三つの点滅が集まっているだろう。これが、私たちだ」

 

 強い点滅を示す、反対側の上の隅っこに表示されている三つの点滅。これが俺ららしい。これにより何故、複数の点滅があるのかという疑問も合点がいった。どうやらオスカーの説明にある関りを持った者が、ちらほらと居るらしい。人数制限は已む無し、というべきか。見たところ五人以上は表示が、一纏まりにされている。カルデアの点滅らしき部分が一番大きいのもそういうこと、らしい。

 ともあれ、改めてこの特異点は異質と感じさせられる。オスカーにつれられて、一望できる場所から覗いただけでも迫力があるというのに、こうした無機質的な図でも変わらぬ、雰囲気を如実に感じる。まるで、ワン〇ースのパンク〇ザード島だ。

 

「ほー、アンタ中々に慕われているな。お仲間の星見屋だけじゃなく、ゲストもこんな所にいるとは……いやはや、救世の英雄はモテモテだねぇ」

 

 ギルバートが点滅の数を数えて、からかってくる。といっても、ばらけている反応を見る限り3、4個ぐらいしかないが………。まあ、少し嬉しい。場所は様々だが、一番遠い点なんて図のギリギリ表示できる場所にある。まあ、それは置いといて、誰と再会できるのかが若干楽しみである。………早く皆と会いたいのが本音だが。

 

「一番近いのは、ここ(ヤーナム)の中だな………効率重視で行くなら近いところから攻めるのが定石だ。しかし、アンタのお仲間は十中八九、大王の領地にいる。判断は任せるぜ、貴公」

 

 そう言って、ギルバートは判断を求めてくる。オスカーの方を向いても同じ反応を示すばかりだ。

 

「ーーー大王の所へ行こう」

 

「決まりだな」

 

「……異論は無い」

 

 一刻も早く合流すべきだろう。一時、シャドウ・ボーダーが大破したと勘違いして大いに狼狽えたこともあり、オスカーの『奇跡』といった特殊な形で皆が無事であることを知れたのは非常に僥倖だった。

 

「よし、そうとなれば直ぐに用意………おい、ちょっと待て」

 

 用意をするべく動き出そうとした矢先、ギルバートに待ったをかけられた。

 

「どうした、貴公」

 

 オスカーが訝しむ。俺も同様だ。

 

「ここ………点が増えてないか?」

 

『……は?』

 

 オスカーと声が重なる。それとそれと同時にギルバートが指し示す、地点を見遣る。点滅している点を数えてみると確かに増えている。計四つに。そして、

 

ーーギルバートの指先はここを示している

 

 

『…………』

 

全員で出入口に視線を向けると、ナニカが倒れる音が響く。

 

「………誰が見に行く?」

 

両者の顔を見合わせ、問う。

 

「貴公、行くといい」

 

「なんでオレ!?」

 

 ポン、とギルバートの肩に手を置くオスカー。きっと、兜の下は笑顔にあふれている事だろう。

 同情を禁じ得ないが、正直ありがたい。この手の展開では見に行った者がパックリとやられてしまうのがお決まりだし、流石にこんな分かりやすいフラグは回収したくはないので、俺はギルバートにサムズアップを向けた。

 

「ちょ、マスター!? アンタもかよ!? ……仕方ねえな! おいオスカー! 貸し、一つだからな!」

 

「ああ、骨は拾ってやろう」

 

「死ぬ前提かよ……」

 

 面倒くさそうにインバネスコートから武骨なノコギリと大鉈を掛け合わせたような得物を取り出し、扉の向こうへと進んでいくギルバート。俺とオスカーその後を隠れながら追う。ありえないとは思うが本当にパックリ、と逝かれてしまっては困るので後方の扉越しでスタンバイしておくのが吉だろう。何気に仕向けたオスカーも心配そうだし。

 

『うん? いないじゃないか。どういうこった、こりゃ?』

 

 扉越しに聞こえる怪訝そうなギルバートの声。

 オスカーと顔を見合わせる。いまいち要領を得ないが、ギルバートの言葉通りなら先ほど倒れた音の主が居ない、ということだろうか?

 

『んだよ、行き損かい。じゃ、戻ろーーー』

 

 ギルバートが扉のノブに手を掛けた。それと同時にオスカーが懐から、棍棒を二本取り出し一本を手渡してきた。

 その瞬間察したーーーこれ、フラグ回収パターンだと。

 

「ーーーって、んな陳腐なモンに引っかかるわけねえだろうが!」

 

 そのセリフと共に扉を素早く開け、体勢を低く屈ませたギルバートが視界に入る。どうやら、あっちも察していたらしい。オスカーと俺は遠慮なく()()()()()()()()棍棒を振りかぶる。

 

 

ーーーゴシャ

 

 

鳴るはずのない虚空より奏でられる鈍い音。ソレは悲鳴と共に交響曲に早変わりした。

 

 

 

イッテエエエェエエエ!?!?

 

 

 

弧を描きながらドサリ、とナニカが倒れる。見るからにそれは人だ。

 

ーーやっちまった

 

 闖入者だと決めつけ、多少の乱暴は免罪符と共に見逃されると思ったが、これは洒落にならない。下手をすれば事案だろう。俺は青ざめ、力なく棍棒落とす。カラン、と鳴るソレはなんとも言えぬ寂寥感と沈黙を育んだ。

 

「…………ん? お前、()()じゃないか! なにしてんだ、ここで?」

 

 沈黙を破ったのはギルバートだった。吹き飛び、断末魔の悲鳴を上げ、鼻血まみれで目をまわしている人物に声をかけたのだ。状況が読めない俺にはさっぱりだが。

 

「---もし」

 

 そこへ、美しく透き通った声音が響く。この男だけのむさ苦しい場所に似つかわしくないものだ。全員ーー気絶している蜘蛛?さん以外ーーが声の方を向く。俺はその時の得も言えぬ安堵と歯がゆさを決して忘れないだろう。

 

「シェヘラザードさん!」

 

 褐色の肌に口元を隠すベール。大きな錫杖に、ないすばでぃ(誤字にあらず)。透き通った声音は何処か儚さを思わせ、聞き手を魅了する語り部のキャスター。嘗て千一夜物語を語り、悪辣なる王を改心させたという。

 アガルタではお世話になりました、ありがとうございます(いろんな意味で)

 そして、これで分かった。ギルバートの言った点が増えているということが。シェヘラザードのことを指していたのだろう。

 

「ああーーーマスター。ご機嫌麗しゅうございます。ようやく見覚えのある方に会えて、とても、とても安心しております…………ところでパッチ様はご無事、でしょうか?」

 

「パッチ? …………ああ倒れている人かーーーってそうだ! 手当てしないとーーーちょ、おお、オスカーさん!? なにしてんの!?」

 

「いや、とどめを刺してやろうかと………」

 

 気絶しているパッチなる人物を手当てしようと見遣れば、何をとち狂ったのかオスカーが手に持った棍棒でオーバーキルを目論んでいた。いや、マジでなにしてんの。ギルバートの方を見遣れば、腹抱えて笑っている。

 

「ブハハハハハ! 最高だ貴公! ()()に慈悲はいらねえってか!」

 

 ひーひー、と心底面白いとばかりに笑い、オスカーを止めずにいる。おいおい、なんでそんな殺意たらたらなのだろうか。ギルバートは面白がっているので兎も角、オスカーに至っては本気な気がする。というか、知り合いなのだろうか? この人と。

 

「いやいや、ダメでしょトドメ刺しちゃ! ギルバートも笑ってないで運ぼうよ!」

 

 俺は、パッチさんを持って引きずろうとする。すると、くぐもった呻きが耳に届く。

 

「…………てぇえな。何がどうなって…………うおあ! なんだ!?ーーー痛ぇ!?」

 

 咄嗟に放してしまった。するとオスカーがしゃがみ込んでパッチさんの輝く頭を鷲掴み、視線をこちらに向けさせる。

 

「久しぶりだな。ハゲ(貴公)

 

「あっ、えーと………どっかでお会いしたこと、ありましたっけ?」

 

「ほうほう、雷をご所望か」

 

 そういって左手に構えた護符(タリスマン)が帯電し始める。やっぱり知り合いっぽい。

 

うえあ!? ちょ、旦那。そいつは話が違う! お互いノーカウント、そうノーカウントだってーーー」

 

「今謝れば許す」

 

すみませんでした

 

 拘束を振り解き、華麗なスタイリッシュ土下座を披露するパッチさん。輝く後頭部が、神々しさすら醸し出させるほどだ。

 

「ふん………まあ、今のところはそれで勘弁してやろう。貴公、見苦しい醜態をさらした。申し訳ない」

 

「い、いえ……お気になさらず……ところで再度となりますが、傷のほうはよろしいのでしょうか? 死なれては困りますので………」

 

「大丈夫でしょう。エストでも飲んでおけば」

 

「は、はあ………」

 

 雰囲気に呑み込まれ、ドン引きしていたシェヘラザードへ謝罪をするオスカー。未だ。土下座の状態で顔を下げているパッチさんへ一瞥すると、館の中へ戻っていった。

 オスカーがいなくなると安堵のため息を吐いて空を仰ぐパッチさん。とても生き生きとしている。

 

「いやー、面白いモンが見れたぜ」

 

 カラカラ、と笑うギルバートがこちらにやって来た。

 

「知り合いですよね? 完全に」

 

「おうよ。所謂、腐れ縁ってやつだな。なあ、蜘蛛よ!」

 

 マスクの内ではきっと笑顔だろう。呼ばれたパッチさんはびっくりしているが………。

 

「って、カラスのアニキじゃねえか。久しぶりだなぁ、なんでここに?」

 

「白々しいわ、俺だとわかってたくせに、後ろ致命(バックスタブ)しようとすっから棍棒喰らうんだよ。またぞろ空き巣でもしようと企んでたんじゃねえのか? 綺麗な嬢ちゃんまでつれてよ。相変わらず欲深な事だ」

 

「いやー………ハハッそんなことする訳ないじゃないですかー。姐さん、なんか言ってやってくださいよ」

 

「うえ!? わ、(わたくし)ですか!?」

 

 急に振られて焦るシェヘラザード。今までの流れ的にパッチさんがどんな性格なのか、なんとなく理解できた。確かに軽薄そうだ。というか、なんで一緒にいたのだろうか? そこが一番の疑問なんだが、個人的に。

 

「まあ、互いに積もる話もあんだろう。意図せずだがマスターの縁者と巡り会えたんだ。中に入ってゆっくり話すとしようじゃないか」

 

「流石、アニキ話が早え! さっそく、休ませてーーー」

 

「お前は後で糞団子の刑だ。オスカーに手配させとく」

 

「そんな、殺生な!?」

 

 なんとも、表情豊かな人物だ。そう思いながら俺は館へ入る。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ほー、大王の領地に向かう、ね………」

 

 パッチさんーーー改め、パッチ。彼がこの荒れ館へ足を向けた理由は単純であった。

 大王の領地とこの常夜の大地の狭間、でっかい峡谷の付近で野営をしており、時折に各地を転々とまわりながら商売を営んでいたそうな。

 そしてその道中、ぶっ倒れていたシェヘラザードを見つけ、下心MAXで近づいたところ、シェヘラザードの得意技である土下座に天啓を受け、行動を共にするようになった。

 そして、パッチと共に行動するにあたり、疲労したシェヘラザードにパッチが気を利かせ、偶々視界に入ったこの荒れ館で休息と空き巣をしようとして、俺らに出くわしたという。……理由はどうあれ、シェヘラザードを気遣ったうえでの行動だったので、糞団子の刑ではなく雷落としの刑になった。南無。

そして、現在。共に大王の領地へ行かないかと提案中なのだ。

 

「一緒に来てくれると助かるんですが………」

 

「正気かよ、死にに行くようなもんだぜ坊主」

 

「どういう、こった。そりゃ?」

 

 ギルバートが問う。確かに若干だが要領を得ない。パッチはあぐらに姿勢を崩し、話し始める。

 

「この間の大軍勢のやらかしで、警備がきつくなったのさ。俺がここ(ヤーナム)に来たのもそれが理由でもある。更に言っちまえば、大王が”王の刃”を動かしやがった」

 

「………笑えぬ冗談だ」

 

「まったくだよ」

 

 オスカーの言葉に肩を竦めるパッチ。いまいち話についていけない。”王の刃”とはなんぞやとオスカーに視線を向ける。

 

「大王の誇る彼の四騎士。あの大軍勢に対して、大立ち回りした騎士のご同類だ」

 

 身体に緊張が走る。パッチの言う通りなら今、向かえば高確率でアレの同類と顔を合わせるということだ。

 俺はグッと息を吞み、決意を抱こうと努める。どっちにしろ、その化物の根城に行くんだ。このぐらいの不安要素は笑顔で飲み込まなければならない。

 

「ーーーそれでも、行かなくちゃいけないんです」

 

 ここで、足踏みをしている訳にはいかない。

 

「………へえ」

 

 半目で値踏みをするように見遣ってくるパッチ。ニヤけてはいるが、目は笑ってはいない。

 

「死ぬかもしんねえぜ。坊主」

 

「上等です」

 

「バケモンであふれてても、それでも行くと?」

 

「返り討ちにします」

 

「ハッ、剛毅なこった。ガキ一匹でどうにかなるほど容易い場所じゃあねえんだぜ?」

 

 その言葉に飄々とした、それでいて槍のように鋭い威圧感を感じる。

 彼は本気で言っている。間違いなく的を得ている言葉だ。

 

ーーだから、だからこそ言える

 

「大丈夫です。俺には()()()()()がいますから」

 

 その言葉に、パッチは瞠目する。オスカーとギルバートは嬉しそうに頬を掻き、シェヘラザードさえ恥ずかしそうに微笑んでいる。

 僅か数日だが、俺はこの二人を()()()()()だと思っている。簡単に信じすぎとも捉えられるが、二人を見ていて、俺が出した結論の一つだ。()()()()()()()()と。

 

 

「ーーーハッ」

 

 

 鼻で笑う声音。だが、不思議と嘲りではないと感じる。

 

「姐さんの言う通りだ。心底お人好しで普通。それでいて、良くも悪くも善人臭ぇ………臭すぎて背中を蹴り損ねちまうな、コイツは」

 

 パッチはかぶりを振るとお手上げとばかりに、苦笑いを浮かべた。

 

「気に入った! もとより、行く当てもない風来坊。姐さんの知り合いだと聞いちゃあいたが、どうも信用できねえと疑って、カマかけてみたらビックリ………まともじゃあないか」

 

 先ほどの苦笑いを浮かべていた表情とは打って変わり、大仰に反応してみせるパッチ。

 

「坊主、喜んでついて行こう。精々、寝首を搔かれんようにな」

 

 軽薄そうな笑みを浮かべるパッチの頭はひどく輝いていた。

 

「とは言ったものの、厳戒態勢では侵入が困難どころか無理ゲーの域に上っちまうが……そこはどうすんだ? 谷越えは兎も角、オレらは()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「あん? そうなのか、あの神殿に向かうってなら()()()

 

 ギルバートの言葉に意外そうに反応を見せるが、楽勝と嘯いてみせるパッチ。その自信の出所は何なのだろうか?

 すると、ナニカを察したのかオスカーが口を開いた。

 

「貴公、まさか………」

 

「ああ、その通りだぜ旦那」

 

 ニヤリと不敵に笑って見せ、口を開く。

 

 

 

センの古城を目指せばいいのさ

 

 

 

 俺はその言葉に疑問符を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 遥か彼方、大王の領地に面する山岳の深下。光の一切を許さぬ暗黒の墓所にてある人物が、眉間に皺を寄せていた。

 

 幽玄に在りし信仰に殉ずる者にして死告天使が如く終わりを告げる、伝説の暗殺者。暗殺教団ニーザル派の初代頭目にして継名の原点。ハサン・サッバーハその人である。

 嘗て、人理の旅路にて太陽の騎士をあしらい、大地母神を地に堕としてみせた彼が、何に顔を顰めているのだろうか。彼は呆れ交じりに口を開く。

 

 

 

 

 

働け……

 

 

 

 

 

 底冷えするような声音が墓所に響く。配下の骨どもが戦慄するも言われた()()は意に介していない。

 そして、ゆっくりと答えた。

 

 

 

 

 

 

嫌です

 

 

 

 

 

 棺桶に靠れ、口をあけながらだらけている伝説の三柱が一柱、大王グウィンと並びこの墓所を根城とする死の神たる存在。

 

 

 

最初の死者ニト只今、ニート(お仕事)中である

 




感想、批評カモン(高啓蒙)

てことで更新。漸くタグの不夜城キャスターが仕事し始めましたw

もうちょい先に出す予定だったんですが、気づいたらこんな遅くに……。

そして、ついにアノールロンドへ向かう事になったマスターくん。お供を増やしていざ、進撃! 運命や如何にw

…………感想くれないかなー|д゚)チラッ



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七話

遊戯王にハマり始めたので初投稿です(あけおめ)


そこはロスリック

 火を継いだ、薪の王たちの故郷が、流れ着く場所

 

 巡礼者たちは、皆 北に向かい

 そして、予言の意味を知ることでしょう

 

 

 

火は陰り、王たちに玉座なし 

 

 

 

 継ぎ火が絶えるとき、鐘が響き渡り

 古い薪の王たちが、棺より呼び起されるのです

 

 

 深みの聖者、エルドリッチ様

 

 

 ファランの不死隊、深淵の監視者たる御方々

 

 

 罪の都の孤独なる王、巨人のヨーム様

 

 

 追放者にして錬成の探求者、ルドレス様

 

 

 そして、呪われし憐れなる双王子、ローリアン様ならびにロスリック様

 

 

 ですが、彼の王たちは玉座を捨てるのでしょう

 

 そして、火のなき灰の方々がやってくるのです……

 

 名も無く、薪にもなりそこなった

 呪われた不死の方々

 

 しかし、だからこそ

 

 

 (あの方)残り火(思い出)を求めるのでしょう

 

 

 

火の時代終末記

 

 とある火守女(愛しき彼女)の語り

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ──夢を、見た

 

 暗く、昏く、漆黒より深い水面(深淵)から引きずり出される感覚に陥いる。それと同時に暗転する。次に映し出された光景は、何処か既視感を得る場所を映し出していた。

 そこは、牢獄。薄暗く、陰鬱とした雰囲気を惜しげもなく晒す咎人の檻。松明に揺られ、最低限の灯りしかない廊下で耳を研ぎ澄ませば、聞こえて来るのは何者かの怨嗟と苦悶の呻きに世を呪う呪詛ばかり……。

 ふと、ひとつの牢の前で視点が固定される。松明が生み出す灯りの影に隠れ、ネズミに食まれた藁束の粗悪な寝床に片膝を立て、蹲る襤褸布纏いの男。表情は窺い知れぬが、決して明るいものではないのは言うまでもないだろう。

 すると、上方で鈍い金属音が響き、一条の光が牢を照らす。それと同時にナニカが牢へ落ちてきた。

 

 

 ──死体

 

 

 そう表現できるソレは酷く痩せ細り、まるで木乃伊の様である。

 落ちてきた死体を見遣った襤褸纏いの男が、落ち窪んだ双眸を上へ向けると視点もそれに連なり、上を向く。そこにいたのは、紫紺色と緋色の上級騎士の甲冑を身に着けた慇懃なる騎士であった。彼は男を一瞥すると、死体を指さしてどこかへ足を進めていった。

 男は騎士の指さした死体を、もう一度見遣る。貧相な身体に巻かれた腰布に錆びた鍵が括り付けられているのを見つけ、ゆっくりとソレを手に取り、立ち上がる。

 

『————』

 

 手中にて鍵を弄り、何かを呟くがノイズが如き雑音に遮られ、聞き取れない。

 男が鍵を使い牢を出ると視点が、男を見下ろすように移動する。男は、壁に備え付けられている松明を手に取り、使った鍵を辛うじて無事であったポケットの一つへ入れる。男はところどころにある部屋を叩き、中にいるであろう囚人たちに声をかける。しかし、返ってくるのは要領を得ない胡乱な返事か、狂気に塗れた呪詛ばかり。

 まともなのは残っていないと諦め、廊下を松明で照らしながら進むと、水路のような場所に辿り着いた。行き止まり、或いは下層への道をゆく羽目になるだろうソレは明らかに進むべきではないものだと告げる。男は、焦燥を胸に辺りを松明で照らした。

 松明の灯りはこの暗がりで、非常に役に立つ。それを如実に示すかのように男は、一つの通路を発見できた。

 天が微笑んだ、とばかりに歓喜した男は、通路をひた走った。

 

 通路の最奥は、上へ続く梯子の道だった。梯子の頭上を見遣れば、松明の灯りが見える。男は、錆びついた梯子を慎重に登って行く。

 最後の段を上り終え、男は正面を向く。視線の先には松明の灯りではない澄んだ光が、湛えられていた。

 

 

 ——外だ

 

 

 男の声だろうか、或いはナニカか。ともあれ、男は一心不乱に駆け出した。

 待ち受けていたのは出口ではなく、この建物の庭園か中庭か、どちらとも表現できる開けた場所。正面に大きな門を構え、もしかするとここが建物の本拠なのかもしれない。

 男は、辺りを見回して手頃に登れそうな壁がないかを探す。足をかけたり、飛び乗ろうと試みたり、を何度も繰り返すが、あまり芳しくない様子だ。

 男は、諦めて正面の大門を見遣る。ため息を吐きながら、扉に手をかけようとしたその時——

 

 

 ——その、壁際にあの騎士がもたれ倒れていた。

 

 

 男は予想だにしていなかったのか数舜固まるが、弾かれたかのように騎士へと詰め寄る。

 

『————!』

 

 ノイズが走るが、言わんとすることは理解できる。騎士はぐったりとしており、傍から見れば死に体と判断できる。

 返答は遅く、酷く胡乱げなものだ。か細く、聞き取れるかすら怪しい。

 

『……おお、君は先ほどの……どうやら、”亡者”じゃあないんだな……』

 

 騎士の弱々しい声が、聞こえる。男は頷くが、騎士に見えているかはわからない。

 

『よかった……』

 

『————!』

 

 呟かれた言葉に男は、騎士を揺さぶる。意識を失いかけている、と思ったのだろう。

 

『————私はもうダメだ』

 

 男が揺さぶっていた手を止め、石像のように固まる。襤褸布の外套により窺い知れぬ表情はきっと悲哀に満ちていると感じる。

 

『……もうすぐ死ぬ。死ねばもう、正気を保てない……』

 

 僅かにだが、騎士の声が震える。両肩を掴む男の腕に力が籠る。

 

『……だから、君に、願いがある……』

 

 男はゆっくりと頷く。それを騎士に知覚されているかは、知りえない。しかし、騎士は言葉を絞り出す。

 

『……同じ"不死"の身だ……観念して、聞いてくれよ……』

 

 再度頷く。その意思は如何なものだろうか……。

 

『……恥ずかしい話だが、願いは、私の使命だ……それを、見ず知らずの君に、託したい……』

 

 騎士は話し始める。自身が何のためにこの場所へと赴いたのかを。

 

『私の家に伝わっている"不死"とは、使命の印である』

 

『……その印、あらわれし者は、北の不死院から……古い王たちの地にいたり……』

 

 

 

 

 

『目覚ましの鐘を鳴らし、不死の使命を知れ』

 

 

 

 

 

 一息に言い終えた騎士は四肢の力を抜く。慌てた男が、支えると、感謝の言葉と共に辞世の句を述べる。

 

『……ありがとう……よく、聞いてくれた……これで、希望をもって、死ねるよ……ありがとう』

 

『…………』

 

 男は悠然と立ち上がり、騎士もそれを察したのか、最後に土産を渡そうと身じろぎする。

 すると、男はおもむろに騎士を掴み、肩を貸すように背負う。騎士は突如襲った浮遊感と男の行動に狼狽した。

 

『き、君、何を……』

 

『————』

 

 ノイズが走る。騎士はその言葉に唖然としたように硬直する。男に背負われた騎士は消え入るようにくぐもった声をあげた。

 

『……そうか……すまない……そうだよな……その通りだ……諦めるべきではない、よな……』

 

 甲冑が音を立て、男に騎士が引きずられていく。その命僅かであろう者を背負い、目の前の扉を開く。単なる気まぐれなのだろうか、或いはこの男の人間性ゆえの行動だろうか、どちらにせよこの騎士は、その運命に儚い、眩しい思い出を手に入れることが、できたのだろう。

 

 堅牢な扉が開き、視界が開けた場所を捉え、正面には出口と思しき扉が鎮座していることを目視する。男は騎士を背負い直して、前へと進む。

 

 

 

 

 

 その瞬間————轟音を立て、何かが降りて来た

 

 

 

 

 

 岩石のような肌に、でっぷりと肥えた腹。面貌はおよそ普通の生き物とはかけ離れ、埒外の生物だと如実に示す。その両腕に似合う武骨な大槌を携え、体躯には不釣り合いな小ぶりの羽を生やした巨大な化物。

 

 男は、弾かれたかのように前へ繰り出そうとする。死中に活を求めるが如く、賭けに出たのだと思わせる。騎士を背負ったままに、一心不乱に出口であろう正面の扉へと駆け出す。

 幸い化け物の動きは鈍いようだ。好機とばかりに全身に力を入れる。

 

 

 

 ————ドン

 

 

 

『————!?』

 

 体当たりを受けたような衝撃。そのまま男は小脇に逸れた道へと入りこんでしまう。男は驚愕と同時に理解してしまった。

 

 

『————行け』

 

 

 その言葉に咄嗟に手を伸ばす。しかし、外れる金属音と共に格子が下りてくる。叫びをあげるが、何かが倒壊する轟音に巻き込まれ、消えていく。化け物の振り上げた大槌が、建物のレンガを掠めたのだ。

 衝撃が、建物を揺さぶり土埃を巻き上げる。格子が悲鳴をあげるが、物ともしない堅牢さをみせる。

 

 

『————行ってくれ』

 

 

 土埃の勢いが収まると、騎士の声が透き通るように再度、響く。既に死に体であった彼の騎士、化け物の大槌が叩きつけられ、生まれた衝撃の余波を受けて甲冑の節々に罅傷を作っている。まともに喰らえば、容易く物言わぬ亡骸に変貌するであろう彼は、それでも、立っていた。

 化け物が構えをとる。大ぶりに振り上げた大槌が、騎士を圧殺せんと影を作る。それに応じるかの如く、携えた直剣を化け物へと向ける。

 

 

『————!!』

 

 

 男は叫び慟哭をあげる。格子越しに必死に手を伸ばすが、それに——騎士が応じるはずもない。

 

 

 そして——風切り音と、遅れて爆ぜる爆音が大瀑布の様に土埃を巻き上げ、男を吞み込んでしまう。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「知らない天井だ」

 

 目が覚めれば、こんな言葉がこぼれていた。夢或いは追憶というのだろうか、こういった経験には多少覚えがある。多重な契約によるフラッシュバックや過去を覗いてしまうことが多々あった。ハッキリ言って良いものではない。人は———この場合サーヴァントか———誰しも知られたくないものが存在する。ソレを一方的かつ、偶発的に見てしまうのは気分が悪い。

 

「…………」

 

 時間は早朝…………いや、正確にはわからない。文字通り沈まぬ太陽と月が存在し、昼夜の概念が吹き飛ばされたこの世界で、何度目の目覚めを繰り返したのだろうか。

 正しい時間など、知ることもできない現在。PMかAMか判断できるであろう文明の利器たる腕に装着した通信機は、ひび割れと共に沈黙している。

 

「さっきのは、きっと…………」

 

 横を見遣れば、窓辺に肩を預けながら器用に兜の隙間から、鼻提灯を作り眠っている間抜けな騎士が一人。苦笑いを禁じ得ないと思いつつ、視線を彷徨わせる。

 床で歯ぎしりをしながら夢見の悪そうな面を晒すパッチに、この建物内で真面に残っていた寝室を宛がわれたシェヘラザード。扉越しに聞こえる気配は穏やかなものだ。どうやら、結構な心労を溜めていたようだ。

 ふと、一人———ギルバートがいないことに気付く。俺は、かけていた毛布をパッチにかけ、荒れ館を探索する。床が軋むが、別に皆を起こすに至らないだろうと判断し、出入口へと差し掛かる。

 待ち構えているのは、曖昧な空と肌寒さを感じる空気。改めて、この建物の外観に目を向ける。第一印象は、そう、教会だ。寂れた雰囲気とは別に何処か神聖なものを直感した。

 敷石で作られた階段を降り、辺りを見回せば荒れた庭園と、ある種、整えられた墓標の数々。意匠の凝った鉄柵が辛うじて境を作るが、厳しいものを感じる。少し歩いてみれば、鉄柵の連なりが門へとなっているのを発見した。

 

「結構広いんだな、ここ。…………開くかな、コレ」

 

 独り言ちに呟き、鉄柵で作られた門に手を触れる。押すべきか、引くべきか、勝手がわからないが試す価値はあるだろう。

 好奇心をくすぐられ、触れた手に力を入れる。

 

「よう、マスター。早い目覚めだな」

 

 降って湧いたように現れたギルバート。相も変わらぬ不気味な風貌に初見の時は大層、驚かされたが今はもう慣れてしまった。

 

「ギルバートもね。いなくなってたから探そうかと思ったんだけど、取り越し苦労で済んで、よかった」

 

「そりゃあ、申し訳ない。なにぶん、眠るのが億劫だったもので。まあ、マジレスするとサーヴァントには睡眠なんて必要ないし、こんな昼夜崩壊した世界で眠るのも馬鹿らしいと思ったんで、ぶらついていた、だけなんだが…………」

 

 言い分に苦笑をこぼしながらも、確かにその通り、だと納得してしまった。サーヴァントたるもの魔力で顕現する存在、それ故の仮初の肉体だ。カルデアでは、まあ、その奇跡にあやかり惰眠を貪る者も多少覚えがあるが、今はどうでもいいだろう。

 

「で、その奥に興味でもあんのかい?」

 

 図星をつかれ、少々の気恥ずかしいを感じる。十代後半とはいえ好奇心に従った子供染みた行動を他人に見られるのはきっと、いくつになっても羞恥を帯びるものだ。

 俺の顔は少し赤くなっていると思う。

 

「はは、好奇心は猫をも殺すってな。まあ、死に要素のない、ただの墓所さ。あのでかい木がある離れ庭って感じだがな」

 

「へえー」

 

 マスク越しで朗らかに笑っているであろうギルバートの指す木。確かにでかい。あの木の生えた場所に続いているのか、と得心がいく。

 ふと、墓所と聞いて思った。ギルバートは、その墓所の主を知っているのだろうか? もしかすると、知人や知り合いが眠っているのだろうか。そうであるなら、この話題は避けるべきと思い、館に戻ろうと切り出そうとするが、ギルバートが思いがけぬ言葉を口にした。

 

「なんなら見ていくか? 別段、何かがある訳でもないし…………鬼ごっこするのには最適な広さだとオレは思うぜ」

 

「おい、最後」

 

「冗談だ。墓で鬼ごっこなんてしたら、祟られちまうよ」

 

 くつくつ、と笑う様はどこまでが冗談なのか、わかりかねる雰囲気を醸す。

 

「どうぞ、入りたまえよマスター殿」

 

 鉄柵を引き──引き戸だったのか──エスコートするギルバート。そのペストマスクさえなければ見栄えも良かったろうに、と思うのは俺だけだろうか。

 

「うわぁ!」

 

 視界に映り込んだその景色に対して思わず感嘆の声をあげてしまった。

 ギルバートの言う通り、とても広い。この空間だけ、別の次元にあるような感覚を覚えた。墓所と聞いてたくさんの墓石が立っているのかと思ったが、その先入観を否定するように清廉な空気に包まれたここは、例えるならそう、聖域の様に感じる。木々のアーチ、真っ白い美しい花々、そして一番、目を引くのは月に湛えられた大樹だ。

 

「おっ、運がいいな今日は普通の月か」

 

 ギルバートの言葉に見惚れていた意識を浮上させられる。確かに何日か前に見た時では暁だったと思うが、今は優しい色をした満月だ。どういうことだろうか? 

 

「さて、な。原理は知らんが何日か毎に色が変わるらしい。基本は薄気味悪い赤月だが、たまに普通の色に戻る。そんなところだ。特に意味もないと思うぜ」

 

 ギルバートに視線を向けると肩を竦めて、説明してくれる。だが、本人も意図や原理を知らないらしい。

 俺は再度、空を見上げる。嘗てオスカーに連れられて、この特異点を一望できる場所で見た月。あの時は酷く恐怖を誘ったが、ここで見る月は何というか、負の感情を催さない。

 広い場所、ということもあり、すこし燥いで木のアーチや、花に目を向けて、そして大樹の下に足を運べば、その根元に小さな墓石だろうか、この庭の花が供えてあるのを見つける。

 

「…………なあ、ギルバート」

 

「あー?」

 

「このお墓って誰の?」

 

 えっちらおっちら、とついてきたギルバート問いをかける。

 

「あー、それ? …………わからん」

 

「へ?」

 

「いや、なんていうか…………そもそも、ここな。仮拠点を探している最中に見つけた場所であって、詳しい事は知らん」

 

 知らん、という言葉に呆けてしまったが、咀嚼してみると合点がいく。確かに東奔西走と各地を転々としている、というギルバートとオスカーの二人。拠点の有用性ならともかく、故知らぬ故人の墓について掘り下げるなど、場違いでもあった。知人の墓、と高を括ったが杞憂で済んでよかった。まあ、それでも律儀に花を供えているあたり、お人好し感が滲んでいる。十中八九、オスカーだろう。

 

「ふーん」

 

 墓石を尻目に踵を返そうと振り返り、館に戻ろうかとした時、ギルバートがおもむろに口を開く。

 

「なあ、マスター」

 

 呼び止められ、踏鞴を踏む。視線を合わせると、マスクに隠れている双眸が、真っ直ぐにこちらを覗いている。ほんの少しの沈黙が下りた。

 業を煮やしたわけでもないが、なにも返さぬのもアレだと思い、返答の句を告げるべきか、と口を開く。がその前にギルバートが口火を切る。

 

 

「夢でもみたのか?」

 

 

 ぎくり、と身体が強張る。図星を突かれ、固まってしまった様にギルバートは苦笑いの声音と共にトップハット越しの頭を掻く。

 

「カマかけのつもりだったんだが…………ものの見事に当たっちまうと、妙な気分になるな。これは」

 

「…………ごめん」

 

「なーに、謝ってんだよ。コイツはオスカーのミスさ」

 

 そう言って、ため息混じりに肩をすくめる様は、酷く呆れた感じを鮮明に表現する。ふと、ここで疑問がよぎる。何故、ギルバートはオスカーのことだと察知できたのだろうか? 

 そういった機微に鋭いのか、或いは別のナニカがあるのか。

 

「なんで、オスカーの事ってわかったの?」

 

「…………少々ばかり、覚えがあるだけさ。契約サーヴァントの過去を覗く条件は多岐に渡り存在するが、その大前提は密接な繋がりだとオレは考えている。故にコッチが注意していればある程度の融通が利くのさ。俺のを覗かれたならばわかるし。知り合いの嬢ちゃんはまだしも、パッチに関しては契約もしていない。順当にめぐって、オスカーだろうと思っただけだ。…………まあ、あの騎士様はニブチンだからな、とりあえず、ほっとけ」

 

 ギルバートの言葉に苦笑いを返しながら、あの夢で見たものを反芻する。

 牢獄に気狂い、でかい化け物。それに立ち向かう騎士に助けようと手を伸ばした襤褸をまとった男。

 

 そして、あの予言。

 

 目覚ましの鐘に不死の使命、それがなんであるかは皆目見当もつかない。ただ、あれがオスカーの大事なものなのは理解できた。

 

 襤褸をまとった男。きっと、あれがオスカーなのだろう

 

 であるならば、あの騎士はオスカーの…………

 

「じゃあ、先に戻ってるぜ」

 

 ギルバートの声で、我に返った。

 

「あっ…………ま」

 

 軽やかな足取りで、出口に向かうギルバート。咄嗟に呼び止めようとしたが、遅かった。

 

「…………戻るか」

 

 独り言ちに呟く。見えなくなったギルバートを尻目に墓石を一瞥する。流石にこのまま去るのも無作法だ、と思い膝立ちになって合掌する。供花も既に供えてあるので、合掌のみで済ます羽目になるが、このくらいは許容してくれるだろう。

 

「…………どうか、安らかに」

 

 嘗て、契約していた真夏の聖女(喧嘩上等ヤンキー)竜殺しの聖人(カメラマンの人)が教えてくれた聖句を胸中で呟き祈りを向ける。やや和洋折衷なスタイルだが、死人に口なしだ。

 

「さて、みんな起きたかな?」

 

 膝についた泥を払い落とし、各々、寝ていた仲間が起きたかどうか思考する。まあ、きっとギルバートが叩き起こしてそうな気がするので、これも取り越し苦労に終わるだろう。ふと、フライパンとフライ返しを手に、微睡む羊たちに強制目覚ましを敢行するギルバートがよぎる。軽く吹き出しながら、変な電波だと頭の片隅に追いやる。流石に、パッチやオスカーになら兎も角、シェヘラザードを叩き起こすようなことはしないだろう。

 整えられた、とは言い難い若干の獣道を歩き、出口を目指す。後ろを振り向けば風に煽られ、白い花弁が月に向けて巻かれる様は実に神秘的かつ幻想的な風景が見送る。この場所が特異点であり、墓所でなければ、マシュと共に訪れたいと思うほどに素晴らしい庭園だ。

 

「また、来れるといいな」

 

 呼応するように独白は風に巻かれ、消えてゆく。鉄柵に触れた腕に力を籠める。

 耳を澄ませば、パッチの悲鳴染みた声が聞こえる。俺は、今日も賑やかになりそうだ、と苦笑を零し僅かな抵抗と共に開く鉄柵を越え、荒れ館へと歩みを進めた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「さて、各々、支度はできたな?」

 

 朝? の身支度と食事を終わらせ、ギルバートが音頭を取る。気を引き締めて頷く様を一瞥し、満足げに口を開く。

 

Very well(よろしい). 諸君、いよいよ大王の領地に向かう事となる。オスカー『奇跡』を出せ」

 

「『家路』」

 

 ギルバートに促され、オスカーが『奇跡』を発動する。太陽の刺繍が施された護符(タリスマン)を掲げると、淡い光輝が舞い上がる。蛍日のように周囲を包み、形を成してゆく。何度見ても、感嘆を禁じ得ない光景だ。

 隣を見遣れば、シェヘラザードが魅入るように『奇跡』を凝視している。俺も初めて見た時はこんな感じだったのだろうか、と思うと吹き出しそうになってしまう。

 

「ハッ相変わらず煌びやかなこった。で、ここが『センの古城』だ」

 

 皮肉っぽく返しながらパッチは森に覆われているだろう砦の如く聳え立つ城塞を指さした。

 

「『大渓谷』はアンタらがルートを知ってるっつうから良いとして『不死街』を越え『黒い森の庭』に踏み込むことになるな」

 

 寂れた街をなぞりながら、説明してゆくパッチ。割とサマになっている、と思いながら『奇跡』を見遣る。

 不死街、あの山羊頭がいた場所だ。

 黒い森の庭、見る限り鬱蒼とした森林のようだ。所々に開けた場所や人工物の意匠も点在するが、それを飲み込むように木々が茂っている。

 

「地理に関しては旦那とオレが引率する形で、連れていく。まず目下の課題として『黒い森の庭』を越える手立てが必要となる。……まあ、別に何かブツがいるわけじゃねえが、これだけは覚えておけっつうのがある」

 

 一度、言葉を切るパッチ。ヘラヘラと軽薄そうな笑みを湛えた面貌を引き締め、槍のような眼光を放っている。

 

「絶対にはぐれるな。もし、はぐれて自分よりでかいのと鉢合わせたら死んだふりか全速力で走って逃げろ。いいな?」

 

「は、はい!」

 

 有無を言わせぬその雰囲気に気圧されつつも、なんとか応える。

 

「とまあ、こと生き残るのに定評のある先輩からのありがてえ助言だ。精々噛みしめておきな」

 

 軽薄な笑みを浮かべ、パッチによるお話はお開きとなり、細かい準備を行い館を後にするのだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ここ何処だよ……クソ」

 

 案の定フラグ回収していた。

 あれだろうか、俺は方向音痴の呪いでも受けてしまっているのだろうか。この特異点に来てから、やたらとはぐれたり迷ったりするのだが、何か要因があるのだろうか? 

 

「そこんトコロ、どうよ?」

 

 俺は隣で蠢いている、樹木の化け物に問うてみた。

 化け物は急に問いを投げられた所為か、そもそも話しかけて来るとは思ってなかったのか、面食らったように甲高い鳴き声を上げ、愕然と硬直している。

 

「ああ~そう思います? ですよねー。はい、ガンド」

 

 哀れ、樹木の化け物———エントっぽいの———は回答を答える前に鬼畜マスターの最強礼装の餌食となってしまった。南無。

 

 道中、はぐれる前にオスカーやギルバートがボコボコにしていたのを目にしてしまった故か、エントっぽいのは慣れた。途中、キノコ人もいたが美味しそうと思ってしまった俺は悪くない。シェヘラザードは滅茶苦茶、怯えていたが山羊頭の奴を見た後だと、どうも迫力に欠ける。

 図太くなったもんだ、と胸中で苦笑しながら辺り見回す。

 辺りは一面の木々。日光を通さない鬱蒼とした森の中に瓦礫や人工物の遺物があり、苔の苗床になっている。幻想的ではあるが、不気味さや暗然さを孕み、ともすれば中世の魔女が潜む森を思わせる。

 

「『黒い森の庭』か……的を射ている表現だよな」

 

 その庭が誰のものかはさておき、と霊基のケースを握りこんで逃避しておく。魔女ならまだしもト〇ロを百億倍くらい怖くしたのが出てきたら洒落にならない。シ〇ガミ様みたいなアルカイックスマイルの生物もご遠慮願いたい。まあ、エントやキノコ人が出ている時点である程度は諦めているのだが……。

 小高い瓦礫や石礫を迂回しながら所々で確認できた光る草花を目印にしながらそれを辿っていく。オスカー曰く、この森の光源には極力、注意を払えとの事だが状況がアレ故に辿るほかないだろう。あちらも俺がはぐれることは想定外なイベントだったはずだ。

 ひょいひょい、と光る草花————輝花とでも呼ぼうか————を踏まぬよう歩きながら進んでゆく。本当はオスカーたちを見失った場所にとどまっておけば良かったんだろうが、気づいたらボッチになっていたので如何ともし難い。暇だからボヤきながら進んでいこうか。ちょいと————多大に————リスキーだが皆が見つけてくれるかもしれない。ワンチャン、カルデア勢も。

 

「いやーマジつらいわー。先輩つらいわー、マシュ助け————」

 

 ————ズルッ

 

ヘアっ!? 

 

 輝花の光で影になっていたと思しき石片に足を取られ、かかと滑りの要領で奇声と共にしりもちをついてしまう。

 

「なんだよマジで!? 出鼻くじかれすぎじゃね、俺!?」

 

 ボヤいて即座に足踏み外すとか、若干恐怖を感じてしまうやが。ガチ呪われてしまったのだろうか? 

 恐怖をごまかすため、叫びながら転んだ要因たる石片を見遣る。すると、あることに気が付く。

 

「……石像?」

 

 石片と勘違いしていた()()は苔むし、長い年月を経たであろう、騎士を形どった石像であった。俺は、しりもちをついた拍子に付着した泥を払い落とし、しげしげとその像を観察する。

 なるほど、石片と決めつけるには早計だったわけだ。それはそうと中々に立派な像ではないか。新品だった当時はさぞや、素晴らしい物だったに違いない。美術的な観察眼など持ち合わせていないが、素人目に見てもわかるナニカが感じられる。そうまるで————

 

 

「————動き出しそうなくらい」

 

 

 ————グラッ……

 

 

「…………」

 

 

 あかん

 

 

 ————ズズズ……

 

 

 これは……

 

 

 ————ギギ……ガシャン

 

 

 

 

 

フラグだったああああぁぁああ!?

 

 

 

 

 

 土の擦れる音と金属の不協和音が響き終わり、俺の絶叫が辺りに木魂する。自殺行為だが目の前に特大の死亡フラグがあるのだ。叫んだって罰は当たらないだろう。

 俺は幽鬼が如く起き上がる石像を背に、脱兎の勢いで逃走を図る。幸いに相手は石造りの像だ。俊敏性ではきっと俺に軍配が上がる。

 

「あっぶね!?」

 

 頭上をなにかが掠める。咄嗟に避けれたのは偶然に近い。頭を掠めたものが俺の進行先で轟音を引き起こし、軽く大地を揺らした。

 余波で抉られた地面が苔と土を舞い上がらせ、土埃を舞わせる。すんでのところで体勢を変えた俺は思わず踏鞴を踏む。

 

 

 飛んできたのは————埋まっていた特大剣であった。

 

 

 ふざけるな、と胸中で罵る。踏鞴を踏んだ勢いで後方を見遣れば、体勢を変えた石像が目に映る。コンマ数秒とはいかないが、あの石像は地面から引き出した自身の得物を俺に向けてぶん投げてきたのだ。足では追いつかないと判断し、リーチと膂力にものを言わせた投擲をあの石像は繰り出してきた。

 

(どうする!? 幸いに相手は鈍間、フィジカルとリーチで圧殺してくるのに間違いはない。問題は対抗手段が皆無なこと! ガンドで麻痺らせて遠くに逃げるか? それとも————待てよ?)

 

 そこで————はたと気が付いた。令呪だ。

 

(そうだ、令呪だ! オスカーとギルバートを呼べば楽勝だ。なんで気づかなかったんだ!)

 

 契約サーヴァントの転移及び召喚。初歩的且つ重要なことを今のいままで、忘れていた。山羊頭の一件で使用するのを渋った事を皮切りに、無意識下で使用を避けていたのだろう。

 ともすれば、マシュが呼べる————いや、この場合は合流も兼ねてオスカー達だ。

 

「令呪を以て命じる。来い剣———」

 

 

 

 その瞬間————風切り音と腕に鋭い痛みが走った

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

 

 驚愕と目を疑う光景だ。網膜に焼き付いて見えるのは、己の手の甲を貫く緑の針

 

 

 

 風切り音の方角を見遣れば、逸れる数時間前に見慣れていたと嘯いたエントがいる

 

 

 

「あいつ……!?」

 

 

 

 身体に感じる違和感。痛みを感じる手の甲を起点に血管が黒紫に染まってゆく。

 

 

 

 ————毒だ……! 

 

 

 

 脳より導き出された解答が今の現状を如実に表す。

 油断していた。マシュとの契約による毒への耐性。その効果による恩恵に、どこか過信していたのかもしれない。

 

 だって、そうだ————いつ何時、この加護を超える物が現れるなんて、簡単に想像できたはずだ。

 

 呼吸と動悸が激しくなる。血管を這うように巡る毒は痺れるような痛みと熱湯に晒したような熱さを伴い、思考を鈍らせる。明らかに尋常の毒ではなく猛毒の類だと痛感させられる。オスカー達が瞬殺していたせいもあり具体的な行動など理解できていないのが仇となった。まさか毒針を飛ばしてくるとは。

 

「マズ……ッ!」

 

 逡巡すら許されぬこの状況。エントに意識を割こうとすれば、重厚な足音を響かせて件の石像騎士がにじり寄ってくる。

 嫌な汗をかく身体に鞭を打ち、もう一度令呪を起動する。

 

「令呪を以て命ずる来いオスカー……!!」

 

 令呪が輝き魔力が霧散すると、空気が揺れ始める。何度も見たサーヴァントが現れる兆候だ。

 

 

 

 ————その刹那、全身に激痛が走る

 

 

 

————ッッッ!?!?

 

 

 

 声にならない悲鳴が出てしまう。訳が分からない、理解できぬ事態に恐慌する。

 

(なに、が、どうなって……!?)

 

 ようやく、そこで理解できた。令呪が一角、欠けていることに。

 

「冗談、だろ……!」

 

 つまりは不発となったのだ、令呪での緊急召喚が。

 おもわず、口に出してしまうほどに愕然とする状況。何故、不発に陥ったのか、思い至る節はこの毒針だ。というよりこれしかないだろう。憶測だが魔力に作用する毒————もしくは魔術回路への不全を引き起こす毒か。どちらにせよ禄でもないのは確かだ。

 

 

 

 ————徐々に近づいてくる死の兆し

 

 

 

 激痛と麻痺により動作が緩慢となって、四肢を繰ることが困難となる。毒を喰らった身体に鞭を打った結果が、死亡フラグの強化とはお世辞にも笑えない。俺は気力を振り絞り、這うように地面を進む。

 毒を盛ったエントは如何やら、仕事は終わったとばかりに颯爽と逃げたらしい。石像の巻き添えを恐れたのか、興味を失ったのか、どちらにせよ追加攻撃を受けるという予想は杞憂に終わってくれた。しかしながらメインたる石像が健在なのだから、状況が最悪なのに変わりない。

 自身の這いずる速度より、石像の歩み寄る速度のほうが早いらしい。

 

 

 

 俺の低くなった頭上を暗い人型が覆った。

 

 

 

 ————これまでか……!

 

 

 

 山羊頭の時のように都合のいい増援は望めない。頼み綱であった令呪も不発、毒で退路を断たれ挙句石像はもう目と鼻の先で、攻撃準備を整えている。

 

 

 

 

 

 そして————容赦なく拳が振り上げられ

 

 

 

 

「————」

 

 

 

 

 

 柘榴と化す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————はずだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴公————」

 

 

 

 

 

煌びやかに金銀の残像が閃く

 

 

 

 

 

「見知らぬ若人がここで、何をしている?」

 

 

 

 

 

 訝し気に聞こえる澄んだ女性の声

 

 

 

 

 

 石像を細切れに帰し、金銀の刃を携えこちらを見据えるのは

 

 

 

 

 

 ————白磁の仮面を身につけた女性だった

 

 

 



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八話

お ま た せ

※独自解釈と若干のキャラ崩壊があります。
※フォント邪魔だったら消しますのでご容赦を(いいフォントあれば教えてください)




黄金の残光

 

 グウィン王の四騎士の一人

 

 ”王の刃”キアランの用いた黄金の曲剣

 

 彼女の剣技はいっそ舞踏のようで

 

 暗闇に不吉な金の残像を描き出す

 

 嘗て彼女はその刃を友の供養に捨てたという

 

 それは黄泉路の果てに沈んだ友への哀慕か

 

 或いはそれ以上の懸想か

 

 

火の時代黄金記

 

 とある騎士の語り

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ふむ、これでよい。しかし若人よ、この森で備えもなくうろつくとは剛毅を通り越して蛮勇の域だぞ」

 

 諌める声音に呆れを伴わせ、白磁の仮面を身に着けた女性は無駄のない手つきで応急処置を施してくれた。

 刺さった針を抜くのに身構えたが、予想より遥かに容易く抜針されたので杞憂に済んでくれた。彼女が持参したであろう包帯と紫色の軟膏によって身体にあった不快感や倦怠感が、ある程度————末端の痺れや魔術の使用ができないくらい————にとどまって、回復を果たす。

 俺は諫言に対し、苦笑と精一杯の言い訳することにした。

 

「はは……途中で仲間と逸れてしまいまして……」

 

「————それは、真か?」

 

 すると女性は仮面に隠れた双眸を訝しげに————いや、絶句気味にこちらに向けられる。

 数舜の沈黙が生まれるも、彼女が口火を切り直したので、こちらが質問する格好のタイミングを逃してしまう。

 まあ、あとで聞けば良いか。

 

「……そうか。貴公、ならば仲間の所へ送り届けてやろう」

 

「えっ」

 

 手間が省けに省けた。窮地を救ってくれたばかりか手当までしてくれた恩人に対して、仲間と合流できるまで————或いは毒が抜けきるまで————付き添ってもらうなど、少々おこがましいかと感じ、チャンスを見計らい提案するつもりだったのだが、あちらから提案されるとは思ってもみなかった。

 

「なにを驚いている、至極まっとうなことだろう? 助けたからには放り出すのも寝覚めが悪い。それとも……備えもない怪我を負っている若人を見捨てる、薄情者にでもみえたか?」

 

「い、いえ、滅相もない!」

 

「フフフ……冗談だ」

 

 仮面下の口元に手をやり笑う様は、中々に絵になる。意外と気さくな方らしい。

 金銀の双剣を繰り、舞踏をするかのように石像を細切れにする姿に若干気圧され警戒していたが、命の恩人に対して流石に失礼だな、これは。

 

「ともあれ貴公、名は何という?」

 

「あ、えっと、藤丸立香っていいます。貴女は?」

 

 女性が名を問うてきた。確かに、お互い名乗っていない。ちょうどいいので俺からも問うとしよう。

 

「……」

 

「……あの?」

 

 彼女との間に沈黙が降りる。

 やばい、地雷を踏んだか? いや、早計だと信じたい。流石に名前がタブーなお辞儀さま系ではないだろう。たぶん、メイビー。

 

「————んんっ、すまん。名前だったな。えっと、そうだな……キ、いや、うん……」

 

 おろ? なんか別ベクトルで地雷踏んだっぽいな、これ。

 

「あの、なにか事情があるんでしたら————」

 

「じ、事情などないぞ! ……そ、そう————ヨルシカ。暗殺者(アサシン)のサーヴァント、ヨルシカだ」

 

 初見のクールビューティー感は吹っ飛び、若干のアホっぽさが出てきてしまった。

 あれだな、ペース乱すと取り乱して顔真っ赤にするタイプ。カーミラさんみたい(偏見)

 というかサラッと真名を聞いてしまったが、大丈夫だろうか? あとで後ろからざっくり切り裂かれてお釈迦になってしまう未来はご遠慮願いたいところだし。まあ、偽名っぽいし、平気か。

 

「……では、リッカ。一時とはいえ貴公と行動するその縁に感謝を。改めて私は———ヨルシカ、暗殺者(アサシン)()()()サーヴァントだ。故あってこの『暗い森の庭』を散策している」

 

 仕切り直しとばかりに女性————暗殺者(アサシン)ヨルシカは自己紹介をしてゆく。礼儀にのっとり、俺も自己紹介とこれまでの経緯を彼女へ説明する。

 

「それは、貴公、よく無事であったな……悪魔(デーモン)に出くわすとは」

 

 あれは、マジで死ぬかと思った。オスカーが来なければ今頃、あのゾンビ犬達と山羊頭のパーティーメニューのオードブルになり果てていただろう。と言っても、先程まで毒針に苛まれてミンチになる寸前だったのだから笑えない。こうしてみると結構、死にかけている気がするな、俺。

 一歩間違えれば、三途の川へ水泳するなんてことが起きかねないレベルで、ハードだった。久しぶりの高難易度クエストですね、コレ。

 

「なんとか生きてますけどね」

 

 霊基のケースへ、ちらりと視線を向ける。マシュがいない現状、使えるかどうかは分からないし誰が呼ばれるかも不確定だ。狂戦士(バーサーカー)のヘラクレスなんか呼んで人間の干物に仕上がってしまったら、目も当てられない。もし、消費(コスト)の少ないサーヴァントを呼べたとしても、自分の魔力が持ち金となるので、あまり建設的ではない。現状、毒で魔術的な行動が制限されているせいもあり、やるのは負け博打になるのが必至だ。そも、契約を結んでいるサーヴァントが三体以上いるのに増やすのも変な話だが現在、恩人のヨルシカさんはともかく、契約したサーヴァント全員と逸れているので博打染みた行動に出るのも念頭に入れておくのが良いのだろう、きっと。

 

「たしかにな。経緯と事情は粗方理解した。では、逸れた仲間と最後に会った場所は……わからないようだな」

 

 ばつが悪い表情を浮かべていると思われるヨルシカに苦笑しか返せない。気付けば逸れていた、などという呆れられる言い訳を言えるはずもなく、子供な英雄王から教わった迷子の常套手段である『お家わからない』の顔をすれば、存外伝わったらしい。というかわかってたら、こんな事しないわい。子ギル、ありがとう……。

 

「ここの地理はある程度、把握しているが……センの古城か。小僧、中々に険しい道を行くのだな」

 

「えっマジですか?」

 

「マジだとも」

 

 マジかよ……概要とか聞いてなかったわ。てっきり、その場所に行けばすんなり終わるのかと想像していたのだが、そんな楽には進めないのが現実、と言わんばかりのヨルシカさんの言。諸行無常じゃねえか。まあ、是非もなしってこれ一番言われてるから。

 

「取り合ず、めぼしい場所を虱潰しに探せば自ずと巡り会えるだろう。————それよりも」

 

「はい……うえっ!?」

 

 美麗な籠手に包まれたヨルシカさんの手が、目の前にあった。反射的に身体をのけぞらせてしまい、体勢を崩す。よく見るとその手に何かが収まっている。ここ数分でトラウマになった毒針だ。

 

「アレらは片付けてしまって良いだろう?」

 

「アッハイ。ドウゾ」

 

 ヨルシカさんが顎をしゃくり示す場所には、十数弱の群れを成したエントが威嚇をしながら睨みつけている。

 まさか、少し前にガンド打ち込んだ奴が報復に来たのだろうか? 

 

「丁度良い機会だ。一時とはいえ、命を預ける刃となる者の切れ味くらい、確かめておくべきだろう。なに、先の石像よりは丁寧に剪定してやるとも。お誂え向きな木がワラワラと集まってきたばかりだしな」

 

 ふふん、とうまいことを言った雰囲気を出すヨルシカさん。仮面の下には得意げな顔が浮かんでいることだろう。

 確かに丁度良い。意趣返しの相手が徒党を組んで戻ってきた、というカモネギ的な状況にあやかってここはヨルシカさんの提案に乗るべきだろう。どっちにしろやらないとまずい状況だし。

 おのれ、エントども腕の恨みここで晴らしてやろうぞ! 

 

「じゃあ、お願いします。先生」

 

 まあ、やるのヨルシカさんなんだけどね(某やかましいインドのお方)

 ちなみに俺はバターチキンカレーが好物です。

 

「Yes.My master. 手早く始末しよう……」

 

 その言葉を最後に、エントたちは金銀の閃光に巻かれていった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ————轟

 

 

 音で表せばこの様なものだろうか。立香が最初に認識したであろうそれは、悲鳴を上げる暇すら与えず、代わりに乾いた炸裂音とモノを言わぬ死骸を生み出すに至る。

 仲間の一体が、目の前で斃れる様であっけにとられたエントたち。惚けて状況の処理に置き去りにされるが、そんな悠長な隙が生じれば、どうなるか。それを体現するように金銀の閃光は悠々と翻り、エントたちの意識が戻ってくる頃には既に後方へと残光をたなびかせていた。

 甲高い雑音染みた悲鳴が辺りに木魂する。如何やらエントたちにも痛覚はあるようだ。

 数体ほど遮二無二にその腕を振るう。ほぼ痛みに作用する防衛反射に近いそれだが、当然の如く間合いにいないヨルシカに届くはずもなく徒労と終わる。

 比較的に軽傷だった幾匹かが、明確に敵意と憎悪を携え、ヨルシカのいる方へと飛びかかる。流石に腐っても鯛ならぬ人外。道中、木っ端のように吹き飛ばされていようが人間より身体能力は格段に上である。一匹ならばまだしも、数匹ならばワンチャン届くであろうという短絡的な思考がエントたちには過っているのだろうが、相手が悪すぎだ。

 尤も、自分たちより上位である石像騎士をみじん切りにカットした相手に徒党を組んで挑むあたり、お頭の方は残念なのが明らかだ。

 

「脆い」

 

 金銀の残光が円を描く。

 剣の圧、とでもいうのだろうか。それに押し負ける形で吹き飛ぶエントたちは潰れた音を響かせて、切りわかれた半身を目にすることだろう。

 断末魔を上げながら身悶えるエントを尻目に、ヨルシカは立香へ口火を切る。

 

「どうだ。私もやるものだろう?」

 

 得意げに誇るその姿は、彼女の凛々しい雰囲気を吹き飛ばしポンコツ臭を醸すには十分な材料だ。立香は苦笑と転がっているエントに足元をすくわれるのではないかと、内心ヒヤヒヤしていた。

 

(……やっぱりエリちゃんとカーミラさんと同じような感じがする)

 

 ヨルシカに失礼だが立香は少し不安になった。

 

「さて、後はとどめを刺し……む?」

 

 対の片割れである銀の短刀を転がるエントへと切先を突き立てる直前、エントたちが一斉に後退りするように足掻く。往生際が悪いと言えばそれまでだが、どうにも様子が妙である。切先の向けられたエントならまだしも、他の離れた個体まで一斉に狼狽するのは腑に落ちない。まるで

 

 

ヨルシカより怖いものが近づいて来ているかのような

 

 

「ヨル————」

 

「————シッ」

 

 ヨルシカの名前を呼ぼうとした立香の声が制止される。

 既に切先をエントから外して刀身自体を逆手に構え、視線を後方へと向けている。辺りはエントたちが恐怖し這いずり回る音以外に存在しない。

 虫の声も鳥の声も、そこにはなく、ただ不気味な静寂がその場を支配する。

 

 

 

 

 

 ————ア……ァアアァア

 

 

 

 

 

 地の底より響く何者かの呻きが、風と共にやって来た。

 呻きが届けば、なにかが僅かに地を震わせ、怯えて隠れていたであろう鳥たちが一斉に飛び立つ。その勢いは恐慌に苛まれた群衆のように立香の眼には映った。

 

(なんだ? 何が来たんだ!?)

 

 立香の胸中はそのことで一杯だった。襲ってきたエントたちは立香やヨルシカのことなど、とうに忘れた様子で我先に、とこの場を離る。その情けない姿を馬鹿に出来ないほど立香もまた、逃げ出したい気分であった。

 

 尋常の存在では、無い

 

 息を、吞む。

 静謐な恐怖は滲む出る悍ましさを隠しもせず、静けさの中に圧倒的な存在を知覚させる中、立香はどこか覚えのある気配にも感じ取れた。

 ヨルシカの方へと見遣れば、犇々と鋭い殺気を放ち、気配の方向を睨みつけている。

 意を決して、ヨルシカに声をかけようとする。この沈黙にも似た状況を少しでも取り払いたい気持ちが、感じ取れる。しかし物事とはそう上手くいくものではない。

 現に————

 

 

 

 

 

 ————絶望が蹄を鳴らしてやってきたのだから

 

 

 

 

 

 音を立てて悲鳴を上げる樹木の叫びを嘲笑うかのように蹂躙するその巨大な体躯

 

 

 

 

 

 筋骨隆々にして粗野な野性味と恐怖を煽る異形

 

 

 

 

 

 (いわお)の如し(かいな)には無骨な大槌を携え

 

 

 

 

 

 炯炯とした瞳を輝かせ、獲物を追う

 

 

 

 

 

 その異形をなんと例えるべきか貴き先人はこう、答えるだろう

 

 

 

 

 

 地獄の牛頭鬼(ごずおに)或いは

 

 

 

 

 

牛頭のデーモン(大橋から落っこちたアイツ)

 

 

 

 

 

 立香は絶句した。嘗て遭遇した山羊頭のデーモン(犬のデーモンに飼われている山羊さん)と近縁を思わせる風貌。巨躯と牛頭蓋であることを除けば、似ているという感想が浮かぶであろうが生憎とそんな余裕は彼方にへと吹き飛ばされてしまった。

 生臭い吐息を吐き出し、理性のかけらも映さぬ血走った瞳をこちらに向けつつ大槌を振りかぶる。空気が悲鳴を上げると同時に立香は自分の首筋が締まるのを感じる。

 潰れるような声を上げるも轟音と衝撃波にかき消されてしまい、大地を揺らし暗い森の視界を更に遮るように土煙が舞い上がる。化け物の持つ大槌によって巻き起こされた砂塵が顔面に直撃するが、石礫よりかは幾分かマシである。何が起きたのか後ろを確認すれば、ヨルシカが立香の首根っこを掴みあげ、大樹の上に登っていた。

 

「無事か?」

 

「ええ、なんとか……どわ!?」

 

 立香の安否を問うヨルシカは、確認するや否や立香を上へ放り投げ大樹の枝木に引っ掛けた。

 器用な荒業とも言える所業に変な声が出てしまった立香は、重力による落下する恐怖を連想して反射的に引っ掛かった枝木に抱きつく要領でしがみつく。

 

「暫くその上で待っていろ。巻き込まれては敵わんからな」

 

 放り投げた張本人たるヨルシカは言い終えると金銀の双剣を構える。

 

「ヨル————」

 

 水を向ける前に地鳴りが響く。土煙が晴れ、醜悪な面貌をみせる牛頭の怪物は先ほどの一撃で潰れていない立香たちを認識すると、憤怒をあらわにした雄叫びを上げる。理不尽、ととれるそのありようにその生き物が知性らしい知性を有してないと理解するのに時間はかからない。

 ヨルシカは圧を伴う咆哮を風に巻くように数本の大樹の上を飛び交うようにして駆け出す。怪物は動くヨルシカに標的を定めて、叩きつけた大槌を引き上げ勢い良く振るう。自身の膂力にモノを言わせた単純(シンプル)で強力無比な攻撃。

 遮二無二振るわれた大槌の軌道上にあった木々が悲鳴を上げながら倒壊してゆく。一切合切を打ち砕く暴力にヨルシカは軽業の如く無事な木々を縫うように飛び交う。

 軽やかにあしらわれる様に更なる怒りと業を煮やしたかのように追撃を繰り出してゆく怪物。ヨルシカは怪物を中心に円を描くように疾駆する。

 

 

————金銀の残光が誘蛾灯の如く輝いている

 

 

 完全に痺れを切らした怪物は一際大きな咆哮を上げ、赫怒に染まった双眸をヨルシカに向けて両手に持ち替えた大槌を振り下ろした。天高く聳える小山が崩落するかの如く、叩きつけられたソレは正に天地を砕く勢いである。ヨルシカは衝撃波に煽られて木端の如く吹き飛ぶ。

 

 

————金銀の残光が誘蛾灯の如く輝いている

 

 

 豪勢のまま回転するヨルシカは叩きつけられ、すわ衝突かと思いきやこちらも埒外の筋力を以て、大木の幹に足をつけ、曲刀を突き刺し背を反るようにしてぶら下がる。

 怪物はヨルシカの叩きつけられる姿を思い浮かべ、溜飲を下げる腹積もりであったが、当の本人が無事なことに再度、苛立ちを伴わせ怒りの炉心に薪をくべる。振り上げた大槌を振り回しながら怪物は耽溺するようにヨルシカの方へと吶喊する。

 

 

————金銀の残光が誘蛾灯の如く輝いている

 

 

 ヨルシカは金紗のような美しい三つ編みを宙に晒し、頃合いかどうかを見積もり、白磁の仮面の下にある(かんばせ)を妖しく歪ませる。

 

 

————金銀の残光が誘蛾灯の如く輝いている

 

 

 十分な距離を取り、立香に被害が被ることはなく、邪魔な障害物はある程度片付けさせた。憐れな牛は思惑通り誘いに乗って、こちらへと猛進してきている。

 

 

 で、あるならば後は———————

 

 

 

 

 ———————如何に切り刻むか、そこが重要だ。

 

 

 

 

 

————金銀の残光が死の舞踏を舞い始める

 

 

 

 

 

 煌びやかに舞う姿、女神が如く

 

 

 

 

 

 彼女の剣技は舞踏のようで

 

 

 

 

 

 切先を向けられた者に、甘き死を齎すだろう

 

 

 

 

 

闇夜に映えし金銀の残光(アルジャン・デ・オーロ・バイレスパーダ)

 

 

 

 

 

 音を置き去りにする絶技に牛頭は成す術もなく、細切れに帰す

 

 

 

 

 

 

 最後に残ったのは、優美に尾を引く金銀の残光と

 

 

 

 

 

「どうだ、私もやるものだろう?」

 

 

 

 

 

 仮面の下でドヤ顔するヨルシカの若干弾んだ声だけだった

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「そもそもだ。センの古城が何処に通ずる場所か、わかっているのか?」

 

「たしかアノール・ロンドって聞いたんですけど」

 

 あの牛頭をヨルシカさんが瞬殺した後、俺はこの鬱蒼とした森を二人で歩いていた。ヨルシカさんについていく感じで、輝花を辿り歩くといったほうが正しいかもしれない。

 ヨルシカさんの問いに漠然とした答えを出すと、軽いため息を吐かれながらこう言われた。

 

「大王の住まう神殿に向かうための試練の間だ」

 

「試練の、間……」

 

 そういえば険しいとか言ってたな襲われる前に。というか大王の住まう神殿って魔王城に突入ってことじゃないですかね? 

 そりゃ険しいと言われる訳だ。ラスボスの一角が住まう城に向かうための試練が生半可なわけがない。

 俺はてっきり大王の領地に仲間がいるのでセンの古城という場所に赴けばすぐに終わるのかと思ってたわ。

 

 ん? なんか間違えてるのか、これ? 大同小異な気がするんだが。まあ、いいか。

 結局のところ皆と合流できれば御の字なのだから、今さっき悪夢が去ったのに、色々なことを考えて気を滅入らさせることの方が辛い。

 というかなんで、あんな化け物にエンカウントする確率が高いのだろうか。こんなにも運が悪い性質(タチ)だったろうか? 

 振り返ってみると……ああ、結構あったわ(白目)

 でかい蛇(酒狩り)ワイバーン(逆鱗とか牙)スプリガン(球根)、そういえばデーモン(心臓)も余裕で狩ってたわ。

 

「ともあれ、道のりはそれなりだ。辿り着くにはこの森を踏破せねばならないのだから。そら、ここいらで野営の準備をしよう。暗くてよくわからないと思うが、それなりに時も経っている。あんなもの(牛頭のデーモン)に出くわしたのだし、休んでも誰も憚るまい?」

 

 おっと白目向いてる内に結構進んでいたらしい。ヨルシカさんの方を見遣れば、丁度良い洞穴染みた穴が開いている。行き止まりがすぐ見えるので何かの巣窟というわけではないようだ。

 俺は、ありがたい申し出だったので、素直に受ける。

 

「そうですね。正直、結構疲れました……」

 

「フフ……素直でよろしい。貴公は休んでいるといい。私は薪と食料でも調達しておこう」

 

「じゃあ、俺は少しここの掃除でもしておきますね」

 

 ただ休むのもあれだし、掃除くらいはしておくべきだろう。天然の洞穴ということで例に洩れず、汚れている。流石に全部は無理だが腰掛るところぐらいは綺麗にしたい。衛生的にも、精神的ににもよろしくはないし。

 というか薪は良いが、食料は何を取ってくるつもりだろうか? 

 この森で食料にできそうなものあんまり、想像できないのだが……あ、キノコ人とかかな? 

 いや、やめよう。想像してたら悪寒がしてきた。

 俺は身に走った悪寒を振り払うように掃除の手を進める。

 

「……よしっ」

 

 完璧とは言い難いが、多少はマシになった。そうこうしているうちにヨルシカさんが戻ってきて、小脇に抱えた薪木を洞穴の隅に立て掛ける。

 

「気が利くではないか」

 

「このくらいは、しておきたいですから」

 

「それもそうだな……そら、今日の夕餉(ディナー)だ。魚でも居ればよかったのだが、まあ、妥協した。許せ」

 

 そう言って差し出されたのは、林檎と洋梨を足して二で割ったような果実に血抜きをされた結構なサイズの蛇、後はゼンマイみたいな山菜だろうか。

 蛇が出てきたときは、ぎょっとしたが、某ビックボスも美味しいって言ってたし別に問題はないな。それよりも俺は、キノコ人がなくて心の底から安心している。

 

「さあ、早速いただくとしよう。鮮度が落ちてしまう」

 

「はい!」

 

 こうして、暗い森での夜のような時は更けていった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 パチリ、と篝火が小さく爆ぜる。

 薪の小気味良い音が辺りに響き、不思議と静寂が返ってくる。

 蟲も獣も果てには化け物さえも感じさせない静謐の間。ある種の穏やかさすら感じさせるそれは、彼の騎士が見せた『家路』のようで何処か故郷を思わせる。

 ふと、立香の脳裏にあの光景がちらつく。あの館で見た夢と吸い込まれるような輝きを放つ燈火(根源)の一端。思い出すだけで全身が泡立つような錯覚と、腕に鈍痛が走る。

 

「……眠れないか?」

 

 透き通るような声音を立香へと向けるヨルシカ。

 拝借した毛布を捲り、身体を起こすと立香は疲労を感じさせる苦笑を浮かべる。

 

「そう、みたいです……」

 

「無理もない。こんな未知の森で野営など今どきの若人には荷が重かろう。ましてや、毒に蝕まれる身であるなら尚更というものだ」

 

 ヨルシカはそう言って懐より小さな樽を差し出す。

 立香はゆっくりと受け取り、樽の栓を引き抜く。

 中には篝火の明かりで黄金色に輝く液体が満たされていた。

 飲み口より漂う得も言えぬ芳醇な香りに、息を吞む。口に含めばくらり、と感じる痺れに何処か蜂蜜に似た濃厚な甘みが口内に満ち広がる。

 

「落ち着いたか?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 感謝の言葉を述べる立香に、ヨルシカは仮面の下より柔和に微笑むと、篝火の明かりが白磁の仮面を照りつけ、儚さにも似た美しさを醸し出す。

 

「良い機会だ。今宵の無聊を慰める昔ばなしでもしてやろう」

 

 思いもよらぬ提案に軽く目を丸くする立香。

 

「貴公も眠れぬようだし、私も退屈だ。ならば一つ年長者が若人に物語を聞かせるのも一興というわけだ。どうだろうか?」

 

 軽くお道化るように小首をかしげるヨルシカに、軽く吹き出してしまいそうになった立香は誤魔化すように苦笑を浮かべる。

 

「じゃあ、お願いします」

 

 ヨルシカの言う通り、良い機会であるのは事実だ。現地のサーヴァント、それも()()()ともなれば少なからず情報を持っているはずだ。直接聞くべきとも思えるが、今の状態での判断はできない。毒に眠気、頭について離れない、あの光景。

 できれば、直ぐにでも頭の片隅に追いやりたい気分なのだ。

 

「では、まず昔ばなしより前に、少しこの世界について語ろう。貴公も気になっているだろうし、今からする昔ばなしを理解しやすくもなる故にな」

 

 ヨルシカの話を要約するならば、こうだ。

 前にギルバートに説明を受けた通り、ここは虚数世界の中であるという。シャドウボーダーで駆け抜けていたあの空間にて、魔神の生み出した聖杯が舞い込むことにより形を得たのだと。

 

「太陽も月もある。空もあれば、生き物もいる。しかしながら混沌と狂っている。二分に区分された世界、魑魅魍魎が跋扈し、両方に世界の主を置き統べる。人間————人類といえる者は限りなく少なく、まともなものは聖杯の寄る辺より呼ばれたサーヴァントか、或いは逸脱した人間性を持つ者ぐらいだろう」

 

 まともなものは、サーヴァントか或いは逸脱した人間性を持つ者。

 その言葉に立香は沈痛な面持ちで沈黙する。山羊頭に出くわしたあの不死街とかいう場所に人の気配が全くないのはそういう事なのだろう。

 

 古来より魑魅魍魎が跋扈すれば餌となるのは常に人間だ。

 

 ふと、あの夢で聞いた『不死人』という単語が脳裏に過る。

 

「不死人……」

 

 ポツリと呟かれた言葉にヨルシカは反応を見せる。

 

「知っているのか。ならば話は早い。そう、今からする昔ばなしは一人の不死となってしまった者についてのお話だ」

 

 言葉通りであるならば、不死。

 すなわち死なず人を意味し、人類の誰もが一度は夢想する奇跡。ゲーティアが作ろうとした終わりなき世界の一端。

 

「この世界はある神話を基に形作られている。分類でいえば……世界創造の神話だろうか。常夜の土地に関してはよく知らんが、不夜の土地ではそういわれている」

 

 立香はギルバートが言っていた()()()()()()()という言葉を思い出した。これは不夜の土地であるグウィン王の世界を指している。『混沌創世神話異界』と称されるこの世界が、どこの世界、どこの国の神話であるかは知る由もない。これは憶測だが、この世界はギルバート達が言うように()()なのかもしれない。或いは剪定された世界の一端か。虚数世界の特異点と告げられた世界にも骨組みとなる要素があるのは間違いないはずだから。

 

「————嘗て、世界は霧に覆われ灰色の岩と大樹と、朽ちぬ■■ばかりがあった」

 

 語り部の初めは凛と透き通る声音だった。聞くものを惹き付け虜にするような美しきもの。

 しかし、一部に違和感が走る。不快ではない、だが聞き取ることができない。まるで靄がかかるような(思い出してはいけないような)感覚を覚えるが今は気にするべきではないと耳を傾ける。

 

 

いつしか、世界に『』が灯り差異が齎され命が生まれた

 

暗闇より生まれし幾匹かの命は『』の内に大いなる力を見出し

 

世に在りし■■を打倒し時代を生み出した

 

火の時代の始まりだ

 

……だが、始まりがあれば終わりがある

 

世界に灯りし最初の火は翳り、世に『暗黒』を残し始める

 

そして、『暗黒』は人々に呪いを蔓延らせた

 

死なずの呪い、即ち————

 

 

不死である

 

 

呪いを受けし者たちは忌避され疎まれ、やがて『北の不死院』へと追いやられる

 

それに深い悲しみと嘆きを受けた大いなる者の一人は決意した

 

世を照らす最初の火に焚べる『薪』とならんと

 

そうして大いなる者は自らの力を信ずる者に託し、『預言』と共に焚べられた

 

最初の火は長き安寧を再び齎した

 

しかし、は翳り消え入るのが運命(さだめ)

 

呪いはゆっくりと世界を覆うだろう

 

絶望と退廃を、暗闇を約束された世界にある男が現れた

 

『預言』を聞いた不死の呪いを帯びた一人の男が

 

男は大いなる者の信を得た者から、世界を照らす火を再び灯し興す術を示される

 

それは大いなる者と同じようにに焚べる『薪』となる術を

 

だが、それには大いなる者と同じく大いなる者となる必要があった

 

『薪』となった大いなる者の同胞を手にかけ、力を奪う必要が……

 

こうして男の贄となるべく進む旅路が始まったのだ

 

那由多の如き長い時をかけ、星霜を経て大いなる者の資格を遂に得た

 

男はに自分を焚べ、世界を照らし大いなる者の偉業を再現した

 

そして、長き安寧が訪れたのだった……

 

 

 立香の息を飲む音が、篝火の爆ぜる音にかき消される。ヨルシカの語った最初の火がもし、あの騎士の見せた火だとしたらヨルシカの話はきっと彼のことを————

 

「その人は……その、厭わなかったんですか、身を犠牲にするのに」

 

 ヨルシカへ歯切れの悪い問いをかける立香。視線を下げたヨルシカの仮面に篝火の灯りが照らされる。数舜の沈黙を経て、ヨルシカは口を開いた。

 

「さて、どうだろうか。心情など考える由もない。不死になり、思うところもあるだろうが存外、満足しているかもしれんぞ?」

 

 徐に小さい薪を篝火へと焚べるヨルシカ。立香は視線を落とし小樽の中の黄金色を見遣れば、そこには疲れた顔の自分が映っている。

 不夜の土地の根幹が詰まった昔ばなし、と判断するにはまだ情報が足りないのかもしれない。だが、この世界————特に不夜の土地はオスカーに縁が深いのかもしれない。そんな気が立香の所感であった。

 

「たぶん……」

 

「ん?」

 

「その通り、だと思います」

 

「……そうか」

 

 薪を弄りながらも紡がれる言葉はとても穏やかで、慈愛に満ちていた。

 

「そうだな、満足しているに違いない。世界を救ったのだ。とても名誉なことじゃあないか」

 

 仮面の下では微笑みを浮かべているであろうヨルシカは、そう言って再度、懐より何かを取り出し立香へと手渡した。先程の小さい樽とは違い、更にひとまわり小さい美しい装飾を施された瀟洒な小瓶であった。

 

「これは?」

 

「昔ばなしに付き合ってくれた礼だ。紙芝居屋のように飴玉でもあれば良かったが、貴公にはこっちの方がお似合いだ。お守り、とでも思ってくれれば良い」

 

 渡し終えたヨルシカは洞穴の岩壁へ背を凭れる。

 

「さあ、そろそろ良い頃合いだ。明日……と言っても昼も夜も無いが、貴公の仲間を探すことになる。休めるときに休んでおけ」

 

 その言葉に頷き立香は樽の中身を一気に呷る。陶酔染みた浮遊感を覚えると共に眠気も襲ってくる。

 

 脳裏にチラついていたあの火の輝きは消えていた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 吹き抜ける風に寒さと視界に映る暗さに眩暈を感じながらも起きた俺は、ふとヨルシカさんの方を見遣る。そこに彼女の姿は無く、もぬけの殻となっていた。惚けていた脳が目を覚ましてきた。もしかしたら置き去りにされた、なんて考えてみたがヨルシカさんがそんなことをするとは思えない。しかし、万が一そうであったらどうしようかと胡坐で頭をひねってみる。

 

「うーん、どうしたもんか……」

 

「あいつなら飯を取りに行ったよ」

 

 ふと後方より声がした。

 そうか、それならば安心だ。じゃあ俺もこの消えかけた篝火に闘魂を注入してやろう。おっと、ご丁寧に教えてくださった方に挨拶もしないとは不作法というもの……って兄上(巌勝さま)も言ってたし挨拶は大事だよネ。

 

「そうですか。ありがとうございま————……」

 

「どうしたんだい、固まっちまって。アタシの顔になんかついてんのかい?」

 

 後ろを振り向いて、声の主へと目を向ける。そこには————

 

 

 ————白い猫がふてぶてしい顔で鎮座していた。






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次回は、月光蝶かなぁ……


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