バタフライエフェクト (insane)
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悔恨と懐古と…… 01

蝶の舞う音が響く


何時もなら起きる気にもならない平日の朝。変わらず掛け布団にくるまって俺は一日を過ごすつもりだった。俺にはもう起きる理由なんてない。何かのために動くのは無意味だと知ったんだ。

 

(…………)

 

全てを失った。大事なものを、全て。

 

(…………)

 

何かのために奔走しても空回りしかしてこなかった。悪い結果から更に悪い結果を呼び起こして、そこからまた最悪の結果を呼び起こす。そうだとも知らずに夢中だった俺は、どれだけ滑稽だったのか。

 

(…………)

 

俺にはもう、起きる理由なんてない。全てを失ったのだから。

 

(そう思っていた…………()()()()()()。)

 

でも。

 

それでも。

 

「あと、一回。一回だけ。」

 

一縷の望みをかけて、また馬鹿みたいに頑張ってみようと思えた。

 

「ずっとここでこのまま、ぐずぐずして終わらせていいのかよ……っ!」

 

何故そう思えたのか、理由なんて分からない。

 

「終わらせない。」

 

無意味だとしても、足掻く事に意味があると信じて。

 

「何を犠牲にしてでも、君達を守る。」

 

あの頃の笑顔を取り戻したいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田舎の小さな病院で産まれた俺は父に望(のぞむ)と名付けられた。希望を持って人生を挑んでほしいとの願いからそう名付けたと父は言っていた。

 

幼少期、自分は産まれ故郷で暮らしていた。優しい母と賢い父に育てられた。一人っ子だったが、良い両親の元に産まれたのが幸いして寂しさは感じなかった。

 

そのためか自分は明るい性格になった。幼稚園では沢山友達が出来た。所謂幼馴染ってやつだ。男女別け隔てなく接していたらしく周りの大人達からは評判が良かったと母が言っていたのを思い出す。

 

自分が九歳のとき。父の都合で家族皆が引っ越しすることになった。転勤ではない、と父も母も口を揃えて俺に言っていた。特にその事に何かを感じる事も無く俺は産まれ故郷を去った。

 

引っ越し先の東京で暮らす事になった俺だが、転入先の小学校で独りぼっちになることは無く、むしろ人気者として名を馳せた。明るい性格のおかげだろう。親に感謝である。

 

不自由も無く自分は生きていた。趣味も充実していたし、勉学や運動に不平不満があった訳でも無かった。そこそこモテたし、お金にも困らなかった。

 

そんな俺に大きな変化が訪れたのは小学六年、十二歳の夏の頃。趣味のカメラ撮影で撮れた写真を眺めていると、周りの空間が揺れだしたのだ。時空が歪むように揺れだしたのだ。それが面白くてずっと写真を眺めていると、なんと俺は過去に戻っていたのだった。

 

子供の俺は純粋だった。過去に戻るという不思議体験をそのまま信じたのである。ドッキリや幻、幻覚等の可能性を疑いもしなかったのである。

 

そのタイムリープ現象に心奪われた俺は何度もそれを繰り返す様になった。過去に戻って、出来なかった事をやって帰って来た。凄く楽しくて、これを自分一人だけの秘密にしたかったため、俺はそのことを誰にも口外しなかった。

 

そのうち俺はタイムリープ現象に法則を見つけた。

 

一つ目、戻る過去はその写真を撮った時刻、場所である。

 

二つ目、自分以外の存在も意思を持って行動する。

 

三つ目、過去に起こした行動によって元いた自分の未来が変わる事がある。

 

一と二には直ぐ気付いた。三に気付いたのは、秋の話になる。

 

詳しくは覚えていないが、確か、喧嘩を仲裁するか否かという問題だった筈だ。いじめっ子と委員長がクラス内で喧嘩を始め、非があるのはどちらなのかという裁判染みたものが始まったのだ。勿論、最初は委員長の肩を持った。いじめなんて嫌いだったから。クラスメイトの皆も同じくそうした。結果、先生はいじめっ子をガミガミと説教した。委員長は無罪放免。

 

ざまあみろという委員長を含んだ女子の声が聞こえた事を俺は一生忘れない。

 

過去に戻った俺はいじめっ子の肩を持った。理由なんて些細なもので、あの一言が単純に許せなかったのだ。せめて、俺だけでもこのクソ女に反発してやろうと思った。

 

するとどうだろう。ざまあみろと未来で言っていた連中は途端にいじめっ子の肩を持ち出した。望がそう言うなら確かにそうなんだろ。その声が聞こえた時、小学生ながらに世の構造というものを知った。

 

元の未来に帰ると俺は驚いた。あのいじめっ子が改心していたからだ。どうやらあの喧嘩、悪いのは委員長側だったらしい。この未来では彼女が怒られていた。

 

これからはいじめなんてしない。皆に信じてもらいたいから。いじめっ子の彼はそう言った。この言葉は何処か、社会の残酷さを表しているように思えた。

 

さて、この話、これで終わりではない。何故か俺と彼が友達になっていたのだ。

 

理由は明白なもので、いじめをしていた自分のような奴でも信じてくれたから、というものだ。

 

最初は嫌だなあ、面倒臭いなあ、と思っていたが、分からないもので。

 

こいつと俺は、24歳現在、大親友である。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

中学生はまあまあ楽しかった。そのまあまあというのには理由がある。

 

小学生の頃にあった純粋さを失ったからという、誰もが通ったであろうものだ。

 

実際、小学生の頃に俺がいるからという理由でコロコロと意見変える奴を見たら純粋さなんてどっか行くだろう。

 

だがあのいじめっ子、名前を大希と言うんだが、彼とは更に仲良くなった。

 

馬が合う奴で、この頃から既に自分の中で彼を親友にカテゴライズしていた。

 

その代わり俺は八方美人では無くなった。浅い交流しかなかった他の同級生達と喋らなくなったのもこの頃からだろう。

 

大希は結構良い奴だった。

 

つーかイケメンだった。容姿も性格も。

 

小学生の頃のアレが不思議に思えるレベルのイケメン。

 

訊くと、親の虐待が理由でムシャクシャしていたらしい。

 

中一の春に離婚して父に引き取られてからは満面の笑みである大希。というか虐待していたのが母親であることに俺はびっくりしてしまった。自分の母親があんなに優しいから、特に。

 

因みにあの喧嘩騒動以来、俺は過去に行かないようにした。

 

未来が変わる可能性を知って怖くなり、使えなくなってしまったのだ。

 

だから俺が中学生の頃に撮った写真は他の年代と比べるととても少ない。

 

今現在、その量の少なさに親が少し悲しんでいるがそれは致し方ない。すまん。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

高校生。この三年間は自分の人生に於いて最も激動的だった。良い意味でも、悪い意味でも。

 

高校はまあまあ良い所に入った。自分は元々父の影響からか頭が良かったし、大希は中学で学年一位の実力者だった。挑戦はせず、絶対に落ちないであろう高校へ共に入学した。

 

そうして先ず、中学とのある違いに俺達は驚いた。

 

(可愛い子ばっかりやーーーー!!!!!)

 

二人とも男子高校生の一員で、思春期真っ盛り。女性には目がなかった。

 

俺らがそんなかわい子揃いの女性の中で、一番気になった生徒がいた。

 

それは、高垣楓という二年生だった。

 

いや、ヤバいよ。なんなんアレ。反則。

 

と、三時間くらい二人仲良くファミレスで話したのは懐かしい思い出だ。

 

本当に彼女は可愛くて、大希に至っては一目惚れしていた。まあ、解る。

 

思春期のアホ高校生は女性関係の行動に於いてのみ早い。そんなこんなで俺らは直ぐ行動に移した。

 

彼女の所属する声楽部に俺らは入ったのだ。

 

同じ狙いの男生徒や彼女への憧れから来たであろう女生徒がうじゃうじゃいて、その人数の多さに部長は少し困っていた。高垣さんは副部長だった。

 

忽ち、この高校の声楽部は大所帯となった。

 

 

 

 

 

高垣さんの最初のイメージはミステリアスな人だった。近寄りがたい、高嶺の花。

 

しかし声楽で彼女の事を見ていると少し違っているようだった。

 

(……人見知りでは?)

 

挙動不審が目につくのだ。『あ、』とか『えっと、』とか『その、』が多いし、そもそも目を見て話さない。

 

(人見知りでは?じゃなくて人見知りで確定だよねこれ。皆さん見た目に惑わされてません?)

 

「望……楓さん、マジミステリアスだよな。」

 

気づいてないよこいつ。やはり一目惚れは厄介だ。

 

「なあ、頼む。楓さんと話そうと思うと心臓の高鳴りで死んでしまう。俺の良い情報を楓さんに流しておいてくれ。」

 

……やはり一目惚れは厄介だ。

 

 

 

 

 

高垣さんの次のイメージは先に言った通り人見知りだった。挙動不審だからね。

 

だが彼女と話してみるとこれも違っていたことに気付かされた。

 

(…………お茶目だ。)

 

話が面白い。駄洒落が好き。笑った顔が可愛い……可愛い。

 

ミステリアスの片鱗なぞ、そこには存在していなかった。

 

(というか瞳が綺麗な色してる。群青っぽい。)

 

「声の出し方、ですか?そうですね……えっと……お腹に力を入れるだけじゃ、あまり声は出ません。他にも入れる、というか、うーんと、イメージするんです。」

 

説明下手可愛い。

 

 

 

 

 

「望、どうだった?」

 

「高垣さん可愛い。」

 

「俺の事を伝えてこいやアホ。」

 

 

 

 

 

一年生の頃はそんな感じで、高垣さんが凄い可愛い、で終わった。平和で愛しい日々だった。

 

二年生になるとそこからまた、色々と変わっていった。

 

大希が副部長になって、高垣さんが部長になった。

 

一年生のメンバーが自分達の時と比べ、あまり増えなかった。

 

高垣さんがそれを悲しんで、大希がそれを慰めた。

 

そこから彼らが仲良くなった。

 

どうしてか俺も仲良くなった。

 

三人で遊ぶようになった。

 

……どうして?

 

「大希!?俺がいたら邪魔だろ!?何してんだよ!」

 

「だって二人きりとかまだ恥ずかしいもん。」

 

「乙女かお前。気持ち悪。」

 

「酷い。」

 

 

 

 

 

そんな乙女な一目惚れクソ男のせいで俺は面倒臭い事に巻き込まれた。

 

でも三人で遊ぶ時高垣さんはよく笑う。だからまあ、別にいいかとも思っていたり。役得だよね俺。

 

声楽は副部長と部長がこんな人なので、円満に滞りなく一年を過ごしていた。特に夏に全国へ行けたのは嬉しかった。可愛い子がいるという不純な理由から入った声楽部だったけど、一年以上やってると愛着や信念が沸くものだ。

 

勉学も問題は無かった。ていうか出来すぎなのが逆に問題だったかもしれない。大希が中学の時と同様に学年一位を取ったのだ。ここそこそこの進学校だぞ……すげえな。とかなんとか、俺は思った。大希に勉強の秘訣を訊くと恋をする事と返って来た。死ねばいいと思います。

 

一応、俺の学力も上位二割には食い込んでいるから大丈夫だと信じたい。

 

ところで、今更な事だが、高一のバレンタインの話をしようか。

 

急にどうしたと思うかもしれない。でもこの話はとても重要なものだ。

 

……大希が兎に角モテた。とことんモテたのだ。

 

何あれ。チョコ十個とか初めて見たよ。しかも慣れてる感じの大希の顔も初めて見た。はは、またか。じゃねえんだよ。毎年こんなんかよ。羨望の眼差し。望だけに。

 

そして話を戻せば、二年の今もあいつはモテモテだ。よく告白されてる。いや、よくとは云っても一ヶ月から二ヶ月に一回だけど。充分に多いね。

 

俺は、まあ、高校で告白された事なんて、ないですけどね……

 

(……でも高一のバレンタインで一個だけチョコ貰ったっけ。)

 

高垣さんからの手作りを。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

こんなありきたりの平和というものは長く続かない。突然、終わりはやってくるのだ。歴史がそう教えてくれている。

 

高二の秋、高垣さんは殺された。




東京なのに楓さん?ってなると思うけど説明はきちんとします。


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悔恨と懐古と…… 02

嘲笑う声が聴こえる


あまりにも突然の事だった。

 

高垣さんは運悪く通り魔に襲われ殺された。何十ヶ所も鋭利な刃物で刺されていたらしい。僅か18年の短い人生だった。

 

彼女の死という影響力は凄まじく、学校中が悲しみに明け暮れた。暗い雰囲気を常に纏っていて、まるで廃校のようだった。

 

その日から俺の周りは転落していった。

 

大希が不登校になった。恋をしていた相手が殺されたショックで、あいつは元気を失ってしまった。

 

声楽から人が去っていった。部長の死と副部長の不登校は高校生の心には重すぎる内容だった。

 

自殺者が出た。好きな人が無惨に殺されて自棄になったのだろう。自分の全く知らない誰かではあるが、尊い命が失われた。

 

学校が非難を受けるようになった。事後対応が杜撰であるという的外れな指摘を呑み込まざるを得なかったのだ。

 

彼女の死から二週間後、大希が自殺した。何故自殺に至ったかは不明で、それは服毒によるものだった。

 

転落の一途を辿る中、俺は葬式で痩せこけた大希の死体をはっきりと見た。そしてその時、固く決意した。

 

こんなクソリアル、変えてやる。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

葬式が終わって家に帰った俺は早速行動に出た。

 

スマホに入っていた画像の、高垣さんが死ぬ三時間前に撮影した、部室で三人が揃っている写真を表示する。

 

集中してそれを見詰めていると、忽ち視界が揺れだした。

 

(大希も高垣さんも救ってみせる。)

 

固い決意を胸に抱いて。

 

俺は、過去に戻った。

 

 

 

 

 

2011 10/12 17:02

 

 

 

 

 

手に持つスマホの感覚。肌に馴染む制服の布地。隣から香る爽やかな二つの匂い。

 

「どうでしょうか。上手く撮れてますか?」

 

「上手く撮れてますよ楓さん!」

 

聞き飽きた二つの声。楽しそうな、これから起こる悲劇を知らない二人の表情。

 

「……よく笑えてるよ。二人とも。」

 

本当に、よく、笑えてる。

 

「……?」

 

高垣さんが不思議そうな表情を見せた。機微に聡い人だ。

 

「俺用事あるんで!楓さん!望!んじゃまた!」

 

「おう。またな。」

 

「はい。また。」

 

ドタバタと音を立てながら走り去っていく大希。久しぶりな感じがして少し気持ち悪い。目が潤む。

 

《俺も用事あるから、帰るわ。》

 

「楓さん。話があります。時間、大丈夫ですか?」

 

さておき俺は行動する為、前とは違う選択肢を選ぶ。

 

《はい。また明日。》

 

「え、ええ……大丈夫だけど。どうしたの?」

 

すると、彼女も前とは違う選択肢を選んだ。

 

(よし。)

 

「まあ次期部長候補とかそんなところの話がしたくて。高垣さん、部活辞めちゃいましたし。」

 

全くの嘘だが仕方ない。許してくれ高垣さん。

 

「三年生ですからね。」

 

「そうですね……それで、どうです?一緒に寄り道でもしません?」

 

「……ふふ。もしかして口説きにきてます?」

 

「そうだと言ったら来てくれますか?」

 

「いいえ。」

 

「食えない人だ。」

 

「ふふ。」

 

「はあ。」

 

「…………ウソです。行きますよ、ナンパ後輩。」

 

鞄を左手に提げこっちこっちと右手で手招きする高垣さん。ニヤニヤした顔が苛立ちを誘うのと同時に、懐かしいこのやり取りに俺は嬉しさも感じた。

 

「……オッケーです駄洒落先輩。」

 

 

 

 

 

19:51

 

 

 

 

 

レトロな木彫の雰囲気が立ち込める喫茶店で時間を潰して早数時間。もうすぐ高垣さんが殺される筈の時間。

 

「あと三十分くらいいても大丈夫ですかね?」

 

理由もおかず、交渉してみる。なにがなんでもいてもらわねば。

 

「親になんて説明すればいいと思います?」

 

「彼氏と一緒でしたーとか言えばいいんじゃないすか。」

 

「……なんか、本当に口説きにきてません?」

 

「気のせい、気のせい。」

 

ジトっとした視線で見詰められる。身がすくむんで止めてほしいっす。

 

 

 

 

 

20:00

 

 

 

 

 

駐在を了承してくれた高垣さんは変わらず珈琲を嗜んでいる。異変はない。

 

 

 

 

 

20:05

 

 

 

 

 

そろそろ雨が降ってくる筈だ。もう少ししたら高垣さんを送るとしよう。

 

 

 

 

 

20:15

 

 

 

 

 

「今度こそ、帰りましょうか。高垣さん。」

 

「やっと解放されるー……」

 

「ごめんなサイエンス。」

 

「五点。」

 

「悲しい。」

 

高校生らしい、意味の無い問答と軽口を叩き合いながら店を出る。

 

高垣さんを救えた。

 

ただそれが嬉しくて、嬉しくて堪らない。

 

微笑みが隠せない。

 

良かった。これで皆が順風満帆の人生をまた過ごせる。

 

周りの風景が揺れだして、まるで映像を早送りするかのように移動していく。

 

さあ、元いた未来に戻ろう。

 

これでハッピーエンドだ。

 

 

 

 

 

10/29 7:00

 

 

 

 

 

「ふー…………て、うわ……」

 

元の未来に戻ってくると、直ぐ鼻血が出てきた。少量だったが脈絡の無さに驚いてしまう。

 

(頭もいてえな……)

 

今までのタイムリープでこんな事は起きたこと無いのに……

 

まあ、さておき、自室の机にあるティッシュを一枚手に取り鼻下を拭く。

 

今日は学校だ。行く準備をしなくては。

 

 

 

 

 

8:25

 

 

 

 

 

学校に着き、自分のクラスに入る。何処か雰囲気が暗い。

 

(……高垣さんは救えた筈、だよな。聞いてみよう。)

 

俺は近くにいたクラスメイトに話しかける。

 

「なあ、今日、雰囲気暗くね?なんかあった?」

 

すると怪訝とした表情で返答された。

 

「……いくら認めたくねえからって、そんな気丈に振る舞う必要はねえぞ。」

 

まさか、そんな。

 

「高垣さんが殺されたのか!?」

 

腹に力を込めて訊く。

 

「は?」

 

心底不思議だと言わんばかりの声色だった。

 

「ち、違うのか?」

 

 

 

 

 

「殺されたのは、大希だよ。」

 

 

 

 

 

19:14

 

 

 

 

 

ここではあの未来が消えて、何故か大希が死ぬ未来となっていた。

 

高垣さんの代わりに殺される筈だったであろう大学生の女の子が通り魔に襲われた時、見捨てられない性格なあいつが自分の身を呈してその人を守ったというのだ。

 

……前の未来でも今の未来でも死んだ。大希が運命に嫌われているかのように俺には感じられた。

 

(悲しさは感じない。)

 

自室に入り、鞄を投げ捨てる。

 

(喪失感もない。)

 

スマホを開いて再度、あの写真を表示させる。

 

(ただ、俺が必ずあいつを救ってやらねばならないという義務感があるのみ。)

 

「安心しろ大希。俺がなんとかするから。」

 

風景がぼやけていく。

 

「運命が大希を見捨てても俺は見捨てない。」

 

高垣さんと結ばれるまでは死なせないからな。覚悟しろよ色男。

 

()()()()()()()()()()。」

 

自嘲気味にそう呟いた。

 

 

 

 

 

10/12 17:02

 

 

 

 

 

手に持つスマホの感覚。肌に馴染む制服の布地。隣から香る爽やかな二つの匂い。

 

「どうでしょうか。上手く撮れてますか?」

 

「上手く撮れてますよ楓さん!」

 

やる事は単純明快。ただ二人を引き留めるだけだ。

 

(そんなに気張らなくてもいい。落ち着けよ俺。)

 

《俺用事あるんで!楓さん!望!んじゃまた!》

 

「大希、今日暇か?」

 

違和感のないように自然な会話へと持ち込むために、大希が暇ではない事を分かっているがこれを訊く。

 

「おう、暇だぞ?なんでだ?」

 

(……え?)

 

しかし返答は予想外のものだった。

 

「そ、そうか。」

 

「うん?おう。」

 

過去が変わってるのか……?

 

「どうしたんですか?下を向いて。」

 

高垣さんに心配される。いけない。

 

「いや、何でもないです。高垣さんはどうですか?暇ですか?」

 

「超暇です。フリーです。」

 

「そんで?つまりは皆して暇だから何処か行こうぜっていう認識でいいのか?」

 

大希が発言する。呼応して俺はそれに返す。

 

「ああ。三人で喫茶店でもどうかなって。」

 

あそこが絶対に安全であることは前のタイムリープで判明している。あそこに行ければ後は消化試合だ。

 

「いいですね。喫茶店に行けるなんてウキウキっさ、なんて。ふふっ。」

 

「それはちょっとキツい気が……あ、俺もオッケー。」

 

よし。

 

「早速行こうか。」

 

 

 

 

 

18:07

 

 

 

 

 

喫茶店に着いて早数十分が経つ。ここに来るまでに異変は無かった。残す懸念事項は時間のみ、だな。

 

「八時くらいまでここにいない?」

 

提案する。

 

「了解でーす!」

 

妙にテンションの高い高垣さんがそう答えた。酒でも飲んだのかこの人。まだ飲める歳じゃないけど。

 

「あー……俺、十分前くらいに出てく。」

 

おずおずとした態度で大希はそう言った。

 

「用事か?」

 

「まあ、そんなとこ。」

 

「そうか。なら丁度良いし、その時間になったら皆で一緒に帰ろうぜ。」

 

悪いが一人では帰せない。死なせてたまるか。

 

「そうですね。」

 

「……いいのか?二人でいれば別に」

 

「いいんだよ。てか、そっちの方が楽しいし。ね、高垣さん。」

 

「そうですよ。可愛い後輩二人と一緒にいる方が幸せです。」

 

「……わかった。」

 

不服そうな表情のこいつは珍しいな、なんて、俺は呑気に思った。

 

 

 

 

 

19:51

 

 

 

 

 

「そろそろ出ようか。」

 

発言する。

 

「なんか、付き合わせてるみたいで悪いな。」

 

「ドントマインドの精神で行きましょう。」

 

「へ?」

 

妙に陽気な高垣さん、やっぱりアルコールとか入ってそう。飲めない年なんだが。

 

 

 

 

 

20:00

 

 

 

 

 

訊くと、大希は家に帰るだけらしい。それが用事というのはどこかおかしく聞こえたが、それは込み入った事情があるのだろう。大希は嘘を言わない奴だ。

 

さて、それを踏まえてやる事は一つだろう。

 

「なあ、なんで地下鉄使うんだよ。俺いつもバスなんだけど。」

 

大希が言う。

 

通り魔に襲われた女の子を助けて死んだということは、つまり、その現場に出くわさなければ死ぬことはないということ。今向かっている地下鉄はバス停と真逆の方向だ。これで未来が書き変わる。

 

加えて、何かしらのイレギュラーが発生したとしても俺がいる。万が一の時は俺がなんとかすればいいのだ。

 

「気分だよ気分。それにバス使わないと死ぬ病気でもねえんだしいいだろ?」

 

「まあ、そうだけど……」

 

大希はまた、少し渋っていた。

 

 

 

 

 

20:05

 

 

 

 

 

人通りのいい場所に俺らは着いた。流石東京だ。比喩などではなく、本当に人が溢れかえっている。

 

ここまでこれば、九割九分九厘で大希も高垣さんも死なないだろう。

 

通り魔が来たとしても誰かの悲鳴ですぐさま分かるし、そもそもこの人の数で二人の個人を狙うとしたらそれはもう計画的殺人だ。そんなのは有り得ない。

 

大希も高垣さんも人に恨まれる様な人ではないのだから。

 

 

 

 

 

20:15

 

 

 

 

 

列車に揺られながら思う。

 

今度こそ、救えたのだと。

 

さあ、元いた未来に戻ろう。

 

ハッピーエンドが待っている筈だ。

 

 

 

 

 

10/30 7:10

 

 

 

 

 

「…………っ」

 

元いた未来に戻ると、相も変わらず鼻血が出てきた。頭痛もする。

 

「またか……」

 

手に持つティッシュで鼻下を拭く。

 

(これで誰かが死んでたらシャレになんねえが……)

 

どうすればいいものか。

 

(…………電話だ。電話すれば直ぐに分かる。そうだ。)

 

あの二人の安否を確認するならそれが手っ取り早い。何故前は思いつかなかった。

 

ふと思い立ったその最良法を俺は急いで実行した。

 

 

 

 

 

8:15

 

 

 

 

 

結果は大成功だった。大希も高垣さんも生きていた。

 

(良かった……ほんとに、良かった。)

 

しかし運命はきちんと残酷であった。

 

通り魔が例の如く出現し、女子大生一人を殺害。犯人は未だに逃走中。

 

(油断はまだできない。)

 

タイムリープ能力があるとはいえ、何度も続けると自分の気を病ませてしまう。常日頃とこんな事を続ける気なんて更々ない。

 

(英雄志望者じゃねえからな。俺は。)

 

出来れば普通の、穏便な暮らしを過ごしていたい。そう思った。




年代に特に意味はないです。適当なので曜日云々は気にしないで下さい。


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悔恨と懐古と…… 03

嘲笑う声が聴こえる


二人を救った後は驚く程平和だった。

 

通り魔は捕まらなかったが、また襲ってくることはなかった。

 

何かしらの蟠りも残らなかった。

 

学校も部活も友達も、明るく過ごすことが出来ていた。

 

しかし変化が無かった訳ではない。

 

「楓さん成分の不足で死にそう。」

 

「キメェ事言うな。」

 

高垣さんとの付き合いが薄くなったのだ。

 

当たり前ではある。彼女は受験生だ。

 

忙しくて俺らと話す暇などないだろう。

 

話す暇などないだろう。

 

……話す暇などない、だろうか。

 

それくらいはあると、思うのだけれど。

 

 

 

 

 

2012 2/14 7:50

 

 

 

 

 

世がざわめきたつバレンタインデイ。はっきり言って自分には関係がない。

 

小さい頃は多少モテたがもうモテないのだ。モテキ過ぎ去るの早すぎワロタ。

 

比べてあいつは凄い数のチョコや告白を貰うだろう。それに困る姿を見て俺は羨ましがる。毎年の行事だ。今年もそれを行える事に喜びを覚えた。

 

(大希を救って良かったと、やはり思える。)

 

思いっきり弄ってやろう。

 

(……俺の靴箱の中になんか入ってるんですが。)

 

高校に着いた俺が脱履した靴を入れようとしたらそこにはなんと手紙が!?

 

……なんだこのテンションは。

 

(バレンタインだし果たし状ではないな。告白とか?そうすると古典的だしベタだな。可愛い。)

 

まあ、入れるとこ間違えてるんですけどね。

 

(大希の靴箱は上ですよ、っと。)

 

その手紙を大希の靴箱の中に入れる。中には既にチョコが二つと手紙が一つある。やりおる。

 

(おっちょこちょいさんだなこいつ。)

 

 

 

 

 

15:45

 

 

 

 

 

「行ってくるわ。」

 

「おう。いってら。」

 

大希と廊下で別れる。俺は家に、彼は一年の教室に向かう。

 

(高垣さん一筋だし今年も断るんだろうなあいつ。少しだけ勿体ないと思う。うん。)

 

いや人の自由だけどね?誰を好きになるかなんて。でも俺も男だからさ。思っちゃうのよ。

 

(今年も俺はなんにもなしかー。小学生の頃の名声はいずこへ……)

 

「あれ、高垣さん?何してるんですか?」

 

二年生の脱履場に高垣さんがいた。びっくりした。

 

「わざとらしいですよ望くん。これいらないんですか?」

 

その手にはチロルチョコ。……嬉しいけどさ。

 

「いります!ありがとうございます!」

 

手を差し出して受け取る。やったぜ!

 

「……嬉しいですか?」

 

「はい!男からしたら何でも嬉しいものですよ!特に高垣さんから貰うんですから最高です!」

 

「…………」

 

「……どうしたんです黙りこくっちゃって。」

 

「いえ、友チョコなのにそんな喜ばれるとは思わなくて。少し引いてます。」

 

「引かないで!」

 

 

 

 

 

19:30

 

 

 

 

 

家の中、貰ったチロルを味わって食べる。

 

「うまうま。」

 

勢いに任せてメールを送信!

 

「チロルうまうま感謝感激、っと。」

 

直ぐに返信された。

 

「苦めなの平気なんですか……平気ですよ!」

 

また返信がきた。

 

「そうなんですね、か。」

 

それは何処か突き放す様な文言に感じられて、少し寂しくなった。

 

(……たかがメールの文言にそんな意図はねえよバカか俺は。中二病かよ。)

 

高垣さんの一言一言に一喜一憂してる自分が少し気持ち悪くて、俺は風呂に入った。シャワーは色々ときれいさっぱり洗い流してくれる。

 

もうその日に携帯に触れる事はなかった。

 

何故か、怖くなったから。

 

 

 

 

 

3/2

 

 

 

 

 

高垣さんを含む三年生の卒業式の日。厳格な雰囲気が空気中を漂っていた。

 

バレンタインの日以来、高垣さんを見ていない。俺だけではなく大希もだ。

 

あいつ曰く彼氏でも出来たんじゃないか、らしい。そんなわけないと思うが。

 

今日を終えると三年生の大半とはもう会えなくなる。さようならだからな。

 

(まあ、三年の中で仲が良い人なんて高垣さんしかいないし別にそれで構わないけど。)

 

 

 

 

 

卒業式が終わり、二年生が解放された。

 

三年は同級生と色々あるだろうから高垣さんも少し後に来るだろう。

 

そう思い、俺と大希は部室で他の部員と共に彼女を含む三年生を待っていた。

 

しかしいくら経っても彼女だけ来ない。

 

どうしたものかと悩んでいると声が聞こえてきた。一年と三年の会話だった。

 

「かえちゃん?かえちゃんならもう帰ったよー?」

 

……帰った?

 

「なんか引っ越しで忙しいらしくて。」

 

「…………おい、望。行くぞ。なんか、胸騒ぎがする。」

 

引っ越しって、何で急に、

 

「望。」

 

大希に肩を掴まれる。

 

「楓の家、行くぞ。」

 

「…………分かった。行こう。」

 

意味が分からなかった。でも引っ越しをするということは、会えなくなるかもしれないということ。

 

せめて別れくらい言わせてくれよ、高垣さん。

 

靴紐が解けているのも気にせず、ただ彼女の家へ走った。

 

 

 

 

 

家に着いた時、彼女と彼女の家族はいなかった。

 

出掛けていたらしかった。

 

俺は彼女にメールを入れる。

 

引っ越しの事何で言ってくれなかったんですか、と。

 

電話は憚られた。

 

何故かは分からなかった。けど、したくなかった。

 

大希は遠慮なく電話した。が、出なかった。

 

進展は見込めなかったため、その日は帰った。

 

次の日の朝、俺の携帯に高垣さんからメールが入っていた。

 

言う必要がありますか、と。

 

言葉を失った。

 

同時に、心が痛くなった。

 

何故痛くなったかは分からなかった。

 

 

 

 

 

俺が三年になって知った事だが、高垣さんは故郷に帰ったのだという。

 

訊くと、故郷の大学に進学したらしかった。

 

その時は、何も感じなかった。

 

 

 

 

 

二年生の春休み。俺は高垣さんの連絡先とメアドを消した。

 

おかしくはない。どうせもう会えない人だ。

 

大希は保持し続けていくらしい。

 

勝手に故郷に帰った人の事なんてどうでもよかろうに。大希は優しい奴だ。

 

次に高垣さんと写っている写真を燃やした。データ類は消した。

 

おかしくはない。どうせもう会えない人だ。

 

……高垣さんの事は忘れる事にした。

 

おかしくはない。どうせもう会えない人だ。

 

ただの友達だ。そのただの友達がいなくなっただけだ。

 

この行動は、なんらおかしくはない。

 

 

 

 

 

三年生はつまらなかった。

 

特に何もなかった。

 

埋まらない日々をダラダラと過ごしていた。

 

成績は落ちた。

 

先生方に心配されたが、それも多少だ。数ヵ月すると心配なぞされなくなった。

 

大希は順調に一位を取り続けていた。

 

あの日本最高峰の大学も夢ではないとちやほやされていた。

 

俺とは対照的な大希。

 

劣等感は抱いたが、憎らしくはなかった。

 

健全な努力家を憎む程余裕が無い訳では無かったからな。

 

人望にも差が出た。

 

俺は孤立し、彼は人気者となった。

 

当然の帰結だろう。

 

彼は俺と違って素晴らしい人間なのだ。

 

一人の友達が何も知らせず何処かに行っただけで拗ねる様な人間とは違うのだ。

 

凡人は天才に傅くしかないのだ。

 

 

 

 

 

高校を卒業し、大学へ進学した。

 

彼は言わずと知れた日本一の大学へ。

 

俺はそこそこの一般的大学へと。

 

仲は切れなかった。

 

不思議と切れなかった。

 

それが少し嬉しかった。

 

彼は優しい。

 

こんな自分とも付き合ってくれるなんて。

 

やはり彼は人格者だ。素晴らしい人間なのだ。

 

 

 

 

 

大学では地味な生活を送った。

 

サークル等には入らず、バイトを多めにやった。

 

初めてのバイトは新鮮で、働く事に楽しさを覚えたのもこの時だった。

 

本を読むようになった。

 

時間がそこそこ出来るようになった、つまり暇ができた俺は、読書という安価で長続きしやすい趣味に走った。

 

また写真を撮る様になった。

 

理由は読書と同じで、猶予が出来たからだ。風景を美しく撮るため暗中模索していたのが懐かしい。

 

そしてどうしてなのか。友達が一人出来た。

 

「まーた暗い顔してるぞ☆何読んでるの?」

 

「プラトンの国家。」

 

「……?」

 

佐藤心。俺の二つ上の大学三年生。心理学部生だという。

 

「よく分からん……なんだこれは……」

 

「先輩、口調。」

 

「おっとすまねぇ☆」

 

……癖が、凄い。

 

 

 

 

 

地味ではあったが最初の二年間は楽しかった。心のおかげである。

 

特に泊まり掛けの旅行でははしゃいだ。やべぇくらいに楽しいものだった。

 

しかし心が卒業してからの二年は想像通りの退屈なものだった。

 

勉強にやる気は出なかった。

 

バイトして、本読んで、写真撮って、心や大希と遊んで。

 

単位がギリギリで死ぬかと思った。

 

 

 

 

 

大希とは違って大学院に行くつもりはなかったので俺は就職活動をしなければならなかった。

 

しかし、それはそこまで大変ではなかった。

 

狡い業だが、コネのようなものである。

 

父の就職先に行く事にしたのだ。

 

目に見える贔屓は無いだろうが、多少は融通が効くだろう。

 

思った通りだった。

 

高学歴ではなく資格もあまり持たない自分が内定を貰えたのだ。

 

つーか俺一人だけが受かった。

 

嘘だろ。父さんの息子に対する贔屓が過ぎる件について。入社後苛められたらどうすんねん。それに人事部の目は節穴なのか。俺一人っておかしいだろ。一人だけならもっと優秀な人材いたじゃん。なして俺なの。

 

これらの疑惑は解決せず、半ば強制的に俺は父の勤め先である346プロダクションのアイドルプロデューサーとして働く事になった。

 

 

 

 

 

ふと、俺は高垣さんのことを思い出してしまった。

 

自分の部屋でボーッとしてるといつも思い出してしまう彼女の事。

 

忘れることができなかった。

 

彼女は美人で、アイドルに向いている。

 

だから今彼女のことを考えてしまうのもおかしくはない………………いや、違うか。

 

本当は寂しいのだ。

 

彼女のいない数年間は空虚だった。

 

心の穴がずっと埋まらなかった。

 

……高垣さんは、自分にとって、とても大きな存在となっていたのだ。

 

加えて高校の頃に犯したあの行動は、ただの強がりだった。

 

少なからず俺も、彼女に恋心を抱いていたのだ。

 

叶わない癖に、抱いていたのだ。

 

烏滸がましくも、抱いていたのだ。

 

それに気づいたのは、研修生だった俺が、偶然にも貴女と出会った時だった。

 

俺が23歳で高垣さんが24歳の時だった。




次からプロデューサー篇です


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成功と宿痾と…… 01

嘲笑う声が聴こえる


綺麗だった。とても綺麗だった。精巧な機械のようだった。

 

夏の事。研修生として先輩プロデューサーにこの職のいろはを学んでいたとき。

 

ビル内の廊下を歩きながらアイドルに於ける宣材写真の重要性を教え込まれていたとき。

 

モデルさんの撮影も共に控えていたとき。

 

運命の様だった。専用控え室から貴女が出てきた。

 

「の、望くん……?」

 

彼女は何も変わってなかった。変わらず美しかった。

 

六年ぶりの再開。嬉しくはあった。

 

「なんだお前。楓さんと知り合いか?」

 

「……高校の同級生です。」

 

「そうか。」

 

でも、俺は臆病だ。

 

「お久しぶりです。楓さん。六年ぶりですね。」

 

興味のない素振りをした。

 

自分から関係を切り離し、だが、運命的に再会した。

 

ここで前の様に馴れ馴れしくできるだろうか。

 

しかも彼女は有名なモデルではないか。

 

俺はスキャンダルの元になる。

 

それに、彼女からしても面倒臭いだろう。

 

他人のままで終わらせるべきだ。

 

この自分勝手な感情は、貴女に出会えたからもうすぐ消えていくはず。

 

幸せそうな貴女に出会えたからもうすぐ消えていくはず。

 

自分みたいな邪魔者は彼女の様に穢れを知らない高貴な女性と親密になってはいけない。

 

高校時代に知ったのだ。その魅力にとり憑かれると。

 

「……ずっと、ずっと会いたいと思ってました……っ!」

 

ああ、止めてくれ。泣かないでくれよ。

 

勘違いするだろう。

 

頼むから期待させないで。

 

側にいれるかもなんて思わせないで。

 

自分は貴女にとって害悪なんだ。

 

昔と変わらない優しさと弱さを俺に見せないで。

 

この醜い恋を諦めさせてくれ。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

秋の事。高垣さんは別事務所のモデルを辞めて、この346プロダクションに入る事になった。

 

高校での引っ越しの件はごめんなさい。

 

また一緒ですね。

 

もう離れません。

 

そんな甘言に惑わされる。

 

悪くないと思ってしまう。

 

駄目だ。彼女に迷惑をかける。切り離さないと。

 

そう思った俺は自分の身分も考えず、部長に直談判をかけた。

 

高垣さんはアイドル部門でなくモデル部門でこそ輝く。

 

何故こちらの部門に態々異動させたのか、と。

 

すると返ってきた答えは全く予測もできなかったものだった。

 

「お前に期待しているのだ。理解しろ。」

 

このおっさんは頭が沸いていると思わざるをえなかった。

 

研修生に期待しているという事が果たして異動に直接的関係があるのか甚だ疑問だったのだ。

 

この会社は近い内に潰れるんじゃないかとこの時は本気で思った。

 

上司の見る目の無さに呆れかえっていたのだ。

 

俺には学歴も無く、資格も無く、経験も無い。

 

そんな奴に期待とかバカなのかと。

 

……別に彼女がアイドルとして輝く事に不満を感じている訳じゃない。

 

俺が彼女の近くにいれば、いつの日か必ず俺が間違いを犯す。

 

それをどうしても避けたいだけなのだ。

 

 

 

 

 

奮闘虚しく、高垣さんのプロデュース方針は俺が決める事になった。

 

(なんで俺なんだ。)

 

研修生にこんな事をやらせるなよ。経験不足で失敗するぞ。

 

(…………まあやれと言われたんだからきちんとやりますが。)

 

約一週間から二週間程で高垣さんのプロデュース方針案を分かりやすい様に纏めた。それを先輩に渡す。

 

俺の案は多方面に浅く売り出すというものである。

 

高垣さんは自身のモデル経験から様々な仕事への繋がりを見込める。尚且つ、それに関係して彼女は知名度がある。

 

美しく、絵画染みている容姿は老若男女幅広く受け入れられるに違いない。

 

アイドルとしては新人である事に加えて、歳が歳であるが、自分にはこれでいけるという謎の自信があった。

 

高垣さんならいけるという自信があった。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

冬の事。年末合同ライブの現場下見の帰り。

 

夕方で、街中のライトが光だす頃合い。

 

「あれ?ひっさしぶりー。」

 

彼女に声をかけられた。相変わらず可愛い人だ。

 

「覚えてない感じ?」

 

無反応でいるとそう彼女に続けられた。

 

(……覚えてるが黙っておこう。)

 

「すみません……覚えていませんね。」

 

「そ、そっすか……」

 

「それでどうかしましたか佐藤さん。」

 

「覚えてんじゃねーかっ☆」

 

寒さで鼻を赤くしている心に再会した。

 

 

 

 

 

二人で居酒屋に入る。心曰くここは焼き鳥がばか旨らしい。

 

そこでは二年間の昔話が盛り上がった。

 

愚痴が多かったと思う。特に心の。

 

「私の夢、知ってるっけ?」

 

ほろ酔いな彼女が問う。

 

「……知らないです。」

 

同じくほろ酔いな俺が答える。

 

「…………アイドルになりたかったんだ。昔から。」

 

真面目な表情と真剣な声色。あのふざけた二年間からは想像もつかないシリアスだった。

 

彼女は矢継ぎ早に語る。酒を煽りながら。

 

「小学生くらいかな。テレビに出て有名になりたーいって思い出したのは。」

 

「その不純な動機とチヤホヤされたいっていう欲望からアイドルを夢見だしたの。容姿には自信あったし歌手とか女優より楽そうに思えたからね。」

 

「中学生の頃頑張ったんだよ?オーディション受けに行ったりして。でも周りの子の本気に私の適当が勝てる訳なくてさ。」

 

「落ち続けたよ。なんだかそれが悔しくって急に本気になったの。私の方が可愛いんだって。スウィーティーなんだって。前までの適当さは嘘みたいに笑顔の練習したり。」

 

「でもダメだった。なんかが足りなかった。それがなんなのかは分かんないまま親に禁止令くらってね。勉強しろって言われた。これ以上は無理かなって自分でも思って、勉強することにした。」

 

「だから大学は悪くないとこ入れたよ。ご存知の通り。大学ははっちゃけた。適当と本気と勉強で人生なーんも遊んでなかったからさ。二人で泊まりの旅行行ったよね。あれは人生で一番楽しかった。」

 

「大学を卒業して就職した。けれどもまたこけた。仕事って難しいねー。クビになったよ。一ヶ月前。」

 

「んでさ、最近思うんだ。もう一度だけ、夢を見たいって。小さい頃見てた風にさ。」

 

「もう年齢考えりゃ無理な事わーってるんだよ……でも……」

 

「…………やっぱり、アイドルなりてぇよ……っ」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

部長に二回目の直談判を起こしたのは居酒屋に行った次の日だった。

 

「スカウト権限を認めろ?それは無理だ。期待してるとはいえ早すぎる。一年と少しを待て。」

 

俺はこの日、自分が説得能力に長けている事に気づかされた。

 

次に、自分は情で動きやすい人間である事、公私混同をしてしまう人間である事にも気づかされた。

 

最後に、部長が無能である事にも気づかされた。

 

二十以上も年下の若造に論破されて癇癪を起こすとは。御愁傷様。

 

 

 

 

 

「よーっす。来たよー……さむっ。」

 

「佐藤心さんですか?」

 

「…………?……そ、そりゃそうでしょ。どうしたの突然呼び出して。」

 

「貴女をアイドルへスカウトしに来ました。」

 

「…………へっ?」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

春の事。年末の評判が予想を遥かに上回り良かったらしく、高垣さんの歌う『こいかぜ』のCD発売が急遽決定した。

 

結局この時も高垣さんはアイドルとして346に所属している。なぜなら俺の方針案が大成功を修めたからだ。

 

先輩プロデューサーは驚いていた。

 

お前の方針通りにやれと上司に言われた。そしたらこれだ。才能あるぜお前。と。

 

部長も驚いていた。

 

まさかここまでとはと。

 

……そんなに驚く事だろうか。ただ交渉したりスポンサーについて思案したり効率性を重視したりすればこんなものは簡単だ。そんなに褒められる事はしていない。

 

だが評価が上がっている事実、これは悪くない。つーか嬉しい。

 

その後、この新人アイドル育成案の大成功により、研修生から独立して直ぐの新人プロデューサーにしては大きい数のアイドルを任される事になった。この会社は能力主義。四月から正式なプロデューサーとなる俺へ異例にも担当アイドルを五人もつけやがった。

 

これも嬉しいっちゃ嬉しいが新人に期待しすぎだろ。

 

まあ、それはさておき。俺が担当するアイドルとはこの五人である。

 

方針を決めた俺自身がプロデュースをする方が効率的であり、成功しやすいという理由から、高垣楓。

 

スカウトをした本人であるという理由から、佐藤心。

 

今年最も売っていきたいユニットを最も期待できる有能に任せたいという理由から、モノクロームリリィより、速水奏と北条加蓮。

 

俺が最も売っていきたいアイドルだと思い、自分から担当を立候補させてもらったという理由から、

 

「すみません……ボールペンを失ってしまって……」

 

「うっかりなのは変わらないな。姉さん。」

 

そして従姉であるという理由から、

 

「ほい。みゆねぇ。」

 

三船美優。




アイドルの選出は完全な好みやでもみやで。


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成功と宿痾と…… 02

嘲笑う声が聴こえる


2018 4/2 9:00

 

 

 

 

 

会社には逆らえない。モノクロームリリィの名実的台頭がプロデューサーとして一先ずの最優先事項となった。

 

ユニットの二人とプロジェクトルームで初めての挨拶を交わす。

 

「こんにちは、北条さん、速水さん。これから私が貴女方のプロデューサーです。よろしくね。」

 

俺の発言に続き、青いショートの髪の子が発言する。こっちが速水さんだったよな?

 

「えっと、私は速水奏……って、もう知ってるかしら。」

 

速水さんで合ってたようだ。

 

「ああ。プロフィールはざっとだけど目を通しておいた。」

 

「なら自己紹介は省いても大丈夫ね。プロデューサー、これからよろしく。」

 

差し伸べられた手を握る。握手だ。

 

微笑みを絶やさない彼女は少し大人びていた。女子高生らしくなくて、十七歳である事に未だ疑問を捨てられない。

 

底が見えないといえばいいのだろうか。蠱惑的なイメージが見受けられる。

 

喋りや態度からして彼女は感情にあまり振り回されないタイプの人だろう。

 

こんな若造にプロデュースされるのを知れば普通は苛立ちが先出する。初対面の時もその苛立ちが出る筈だ。

 

けれども彼女にはその様子がない。理由がアイドルとして危ない橋を渡らされている事に気づいていないアホだからか秘密主義を気取った大人被れだからか俺に期待しているお人好しだからかは分からないが、せめて気力がないからだとかいう理由ではないことを祈る。

 

さて、隣にいる茶髪の少女は先述した例に漏れず不機嫌な女子高生である。

 

「加蓮。彼に挨拶したら?」

 

速水さんが俺を見ずに横を見ている北条さんへ話しかけてくれた。

 

「……北条加蓮。よろしく。」

 

横を見たままぶっきらぼうに答えられる。分かりやすく不機嫌だなあ。速水さんとは真逆だあ。

 

彼女はアイドルに対する熱量なら誰にも負けないと先輩から聞いた。

 

憧れていたらしい。アイドルというものに。

 

しかし小さい頃から体が弱くて体調を壊しがちだったらしく、入院生活等の影響もあってか所属アイドルの中では最も体力がないという。

 

その為少し擦れたのだと。

 

心と体の解離で気が立つ中の左遷染みたこれだからまあ、不機嫌はしょうがないと思うけど……

 

一応目線くらいはこっち向けよ?

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

速水奏という女の子は天性のアイドルとしての才能がある。

 

ボーカル、ヴィジュアル、ダンス、どれをとっても高水準だった。

 

練習すればその内容を1日で覚える、自分の魅力を理解している、多種多様の人々それぞれの扱いを心得ている等々。

 

これが新人アイドルかと疑ってしまう程だ。

 

高垣さんも充分におかしいのだが、彼女は更に上をいっておかしかった。

 

彼女は感情を表に出さない。俺と初めて会った時の様に。

 

それは自分に対する絶対の自信を持っていて、尚且つ、自分の絶対的な実力を信じていたが故のものだったのだ。

 

表れる余裕も飄々とした態度もからかう様な誘惑も。

 

やはりそれが理由だったのだ。

 

(俺がいなくても全然やっていけそうだな。)

 

一ヶ月後のインストアライブが楽しみである。

 

 

 

 

 

対応して、北条加蓮という女の子に才能なんてものは見受けられなかった。

 

歌は悪い訳ではなかった。透き通るその声は武器になると確約できる。

 

しかし残りは全くだった。

 

笑顔は碌に出来ない、魅せ方は分かってない、振り付けは忘れる、踊りが固い、練習は失敗ばかり、態度が悪い、直ぐ感情的になる……

 

熱意だけが先立って実力がついていっていない、アイドルとして悪い例であった。

 

加えてよく無理をする。これが一番勘弁してほしい。

 

体が資本のアイドルが無理をするのは言語道断である。

 

それなのに彼女はひたむきに努力し続けるし、それを止めない。

 

絶対的な自信もなく、実力もなく、ただ抱き続けている夢と数える程しかいないファンの為一所懸命頑張る。

 

それが彼女だった。

 

俺も新人だけどプロデューサーだ、いざというときは頼ってくれな、と言うと、

 

「アンタを頼るなんてそんなのアタシっぽくないよ。アタシなら利用するね。信頼してないし。分かった?()()さん?」

 

挑発的な笑みで返されるのだ。

 

「利用出来るもんならしてみな、()()?」

 

「キレた。ポテトコースね。」

 

「すみませんでした許して下さい。」

 

北条さん、強い。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

2018 4/28 9:27

 

 

 

 

 

今日は高垣さんのテレビ出演に関する打ち合わせが別会社で行われる。

 

プロダクションから徒歩三十分程度の場所にある会社だ。

 

これくらいの距離なら俺は歩いて行く人間である。

 

かのジョブズも散歩の意義を語ったように歩く事は効果的だ。

 

売り出しのイメージや案が浮かんでくるのも大体歩いている時だしね。散歩は神。

 

(…………あ、猫だ。寝てる。)

 

道端の影が射す草原で二匹の猫が寄り添って眠っている。真っ白な猫と真っ黒な猫。コントラストと暗い緑色が何処か異国感を出していて……イメージされるのは不思議の国のアリスみたいな西洋だろうか。心がざわつく。ただしこれは良いざわつきだ。

 

(可愛い。写真撮ろ。)

 

光と音を消して、パシャリ。

 

俺も写ろ。自撮りスタイルで、パシャリ。

 

みゆねぇに後で送っておこう。きっと喜んでくれる。

 

(っと、急がなきゃな。)

 

遅れたら会社と高垣さんまでにも迷惑かかっちまう。

 

 

 

 

 

14:54

 

 

 

 

 

150分の打ち合わせが終了して、現在その会社内にある自販機で買った珈琲を休憩室にて飲んでるとこである。

 

(50分くらいは無駄だったな……自社の宣伝は他所でやってもらいたい。)

 

近頃のテレビ業界は目に見えて衰退してきている。情報の隠蔽や操作、裏業界での画策が国民に露呈し出したからだ。

 

だからといって関係者まで巻き込まんでも……

 

(高垣さんの仕事に関する打ち合わせで宣伝とかうちの事務所をなめきってんなこの会社。)

 

と、珈琲を七割と少し飲んだところで、

 

「プロデューサー?」

 

ここにいる訳がない高垣さんが休憩室に入ってきた。

 

「な、何でここにいるんですか!?」

 

驚きである。その驚きで珈琲を溢してしまった。それはさておき高垣さんの今日の仕事は夕方からだ。何故昼からこんなところにいる?しかも夕方の仕事も別会社で行われるのだが?

 

そう思考していると。

 

「雑誌のインタビューでここに来たんですが……中辻さんから聞いてませんか?」

 

「……いえ、部長からは何も。」

 

なんであの人の名前がここで?というか雑誌のインタビュー?聞いてないぞ。

 

つーかインタビューするからこっちの会社に来て下さいってテレビはまじで傲慢だな…………

 

「……えいっ」

 

思考の中途、パシャリという音と共にフラッシュがたかれた。高垣さんに写真を撮られたらしい。

 

「ちょ、何するんですか!」

 

「ふふっ。写真を撮ったんですよ?」

 

ニコニコしながら俺に言う。

 

「そ、そんなのは分かってます!消して下さい!」

 

懇願。

 

「やーですー。夕方の仕事があるので失礼しまーす。」

 

それも空しく逃亡された。

 

(……なんで急に俺の写真なんて撮ったんだよ。)

 

ぱっと俺の前に現れてぱっといなくなった彼女。用件は何だったのだろうか。まさか理由も無しに俺へ会いに来るなんて事はない筈だ。

 

(…………)

 

いつのまにかこの会社に対する心の中の不満は消えていた。

 

代わりに、高垣さんの事を考えてしまっていた。

 

 

 

 

 

残っていた珈琲をちびちびと飲み、空の缶をゴミ箱に捨て、やはり彼女の事を考えながら俺は346プロへ戻った。

 

 

 

 

 

17:07

 

 

 

 

 

医療室に到着した。ノックも忘れ、ドアノブへ手を掛けて入室する。

 

彼女は目元を赤くしてソファーに座っていた。

 

「ごめんね。」

 

震え声は、実に弱々しかった。

 

 

 

 

 

数分前、仕事用として渡されたスマホが鳴った。勿論ワンコールで出る。

 

「はい、こちら346プ」

 

「プロデューサーさんですか!?」

 

相手は俺の言葉を遮って話してきた。失礼な奴だと思いかけたがよく聞くと聞いたことのある声だった。というかちひろさんだった。

 

千川ちひろ。アイドル事務の手伝いをしてくれる方だ。雑務系統も担当してくれてとても助かっている。因みに年上。

 

そんな彼女の焦っていて取り乱している声色は、

 

『望。高垣さん、殺されたんだってさ。もうこの世にいないんだってさ。』

 

いつの日か聴いた、あの声に似ていた。

 

「どうかしましたか。」

 

ちひろさんの返答は。

 

「___」

 

 

 

 

 

足関節捻挫。それを聞いて命に関わるモノではなかった事に安堵した。

 

しかし全治までの二週間は後の活動へ響かせない様にするため、絶対安静にしないといけなかった。

 

すると会社的且つ個人的に困る事が一つ出てくる。

 

『五月一日のインストアライブが崩れる事になる』のだ。

 

それはつまり『モノクロームリリィ』の初ライブがおじゃんになるという事を指すのだ。

 

 

 

 

 

そう、怪我を負ったのは、

 

 

 

「泣かないでくれ。君の落ち度じゃない。」

 

 

 

「……そうじゃないの。」

 

 

 

見えなかった心の底で誰よりも仲間のことを考えていた、

 

 

 

「加蓮に迷惑かけちゃったな、って。」

 

 

 

天性のアイドルとしての才能があった、速水奏という優しい少女だった。




中辻は主人公Pの上司です。アイドル部門の部長で、50代。
主人公Pは望って名前ですね。まだ23歳です。もうすぐお誕生日。結構な有能で、新人アイドルの高垣楓を半年でテレビ出演させた腕前からもその才能が分かります。それとしゅがはとみゆねえの出番はもうちと待って。
望の親友が大希くんです。大学院に通ってます。無茶苦茶頭が良くて、運動も出来て、将来が約束されてて、女性からモテて、友達も多い。こっちの方が主人公らしいですね。


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成功と宿痾と…… 03

嘲笑う声が聴こえる


「…………ライブ、出来ないのね。」

 

物悲しい雰囲気が漂う。

 

「その怪我で無理はできない。しょうがないよ。」

 

そうしてふと、その赤い目尻の語る真実がなんなのか、俺は気になった。

 

「泣いてた?」

 

失礼ではあるが、続けて俺は訊く。

 

無能な事に、俺はまだ彼女の事を理解していない。

 

理解しなくても、彼女はやっていけると思ったから。

 

才能があって、未来が約束されているから。

 

だから、理解していなかった。

 

親が弟ばかりを構って、兄の事を理解しようとしないのと同じ様に。

 

「意外?」

 

泣いていたという憶測は、案外すんなり認められた。隠したりしないのか。

 

「意外だよ。君はいつだって冷静沈着な人だと思ってたからね。」

 

このような事態に陥っても慌てず最善を熟考する人というイメージは違っていたらしい。

 

「私一人の問題じゃないもの。」

 

ゆっくりと口を動かし。

 

「昔話、聞いてくれる?」

 

「ああ。」

 

静かに彼女は、語り出す。

 

「……加蓮とはユニットを組む以前からの友達だったわ。私はスカウトされて、彼女はオーディションに受かってアイドル候補生になったの。見習いとして一緒にレッスンを受けてた時に意気投合してね。二人で色んな所へ行ったのを今でも鮮明に覚えてる。」

 

「私は何をやっても直ぐにこなせる天才型らしくて、同期のアイドル候補生の中でもトップだったわ。ずば抜けていた。だから、嫌われた。妬まれたの。女って怖いわね。独りになっちゃった。」

 

「対して、加蓮はへっぽこだった。素人目でも解るくらいアイドルには向いていなかった。けれども加蓮は諦めず努力したわ。ひたすら、ただひたすら。それこそ倒れるギリギリまで。」

 

「時期毎に全アイドル候補生がランク付けと絶対評価をされるのはプロデューサーなら勿論知ってるよね。この会社の本気が犇々と伝わってくる制度よ。それで数百人の中から努力だけで、彼女は私に次ぐ二位という順位を勝ち取ったの。凄いわよね。」

 

「とても喜んでたわ、加蓮。飛び跳ねてた。周りの子と一緒に喜んでた。……加蓮は万人に好かれるの。私と違って、女子高生らしいから。天才じゃなくて、凡人だから。」

 

「それから二ヶ月後、私がアイドルとしてデビューする事になった。ソロでね。でもそれって、普通に考えれば早すぎるデビューよね。だから何故これほど早いのかトレーナーさんに訊いてみたら、君が凄いからって返されたわ。」

 

「君は既にアイドルとして上流であると言っても過言ではない、だって。私みたいな候補生ごときが、デビューさえしていないくせにそんな地位を取れるなんて豪語されて、馬鹿馬鹿しいと思った。アイドルって、そんなに簡単なんだなって感じたわ。」

 

「そうしたらやる気なくなっちゃって。どうせアイドルとして頑張っても才能で片付けられて、頂点を取っても当然と言われて、女の子らしい虚勢を張っても自信と勘違いされる。皮肉っぽく言えば天才故の苦悩ってヤツよ。」

 

「だから、私は加蓮をデビューさせて下さいって常務に直談判しに行ったわ。彼女の方がよっぽど適任だもの。当然反対されたけど、私も食い下がった。とことんね。」

 

「結局折衷案で片付いたわ。ご存知の通り、ユニットでのデビューよ。」

 

「泣いてたの、加蓮。やっと夢見たステージの第一歩を踏み出せる、努力が報われたって。」

 

「候補生の皆からも祝福されたわ。彼女だけね。」

 

「……加蓮は、何処までも真っ直ぐで、本気で、妥協を許さなくて、自分に厳しくて、周りに優しくて、夢を追い続けていて、努力してて、なんにも自分は出来ないって笑いながら言う子なの。強くて、かっこいい。私と違って弱さや絶望でさえも武器にして戦ってる。」

 

「私の削がれたやる気を取り戻させてくれたのは他でもない、加蓮よ。彼女の為に、私は私を利用した。才能を彼女の夢の糧としてきた。」

 

「やっとなの。やっと、お返しが出来るの。仲良くしてくれたお返しが。やる気をくれたお返しが。光明を見せてくれたお返しが。」

 

「いずれ、加蓮はトップアイドルになる。私は確信してる。見せてくれた光明は、形容なんてできない程に光り輝いてた。」

 

「…………でも、私が台無しにしてしまった。冷静になんて、いられる訳ないじゃない。潰したのよ。またとない機会を。加蓮を輝かせる事の出来た機会を。」

 

「私は、こんな自分が許せない。友達を幸せにさせる事すら出来ない自分が。」

 

「…………悔しい、のよ……っ!」

 

……奏が、顔を下に向けて泣き出す。俺が初めて見る、感情の暴露だ。

 

(友達、か。)

 

奏の思いとあの時の俺の思いは、少し似ていた。

 

だからだろうか。

 

どうしようもなく、助けてあげたいと思ってしまった。

 

「奏、もし……もしもの話だ。」

 

「……?」

 

奏は、いつもと違う、年相応の表情で俺を見る。

 

「その怪我が無かった事になる方法があるとしたら、どうする?」

 

「……何が、言いたい訳?」

 

凍てつく懐疑の視線。

 

「例え話だよ。つまり、過去が書き換えれたらどうしたいか、って事。」

 

「…………決まってる。」

 

「何?」

 

優しく問い返す。

 

「こんな、小さな失敗をしなかった過去に書き換えるわ。」

 

「……そうか。分かった。」

 

奏が、そう望むなら。

 

「でも、過去は変えられないのよ?知ってた?」

 

嘲る様に謗られる。

 

「知らねぇよ。」

 

ソファーから立ち上がって扉に向かう。

 

「その野蛮な口調は素かしら?」

 

ドアノブを乱雑に回し。

 

「ああ。そうかもな。」

 

部屋を出た。

 

 

 

 

 

17:29

 

 

 

 

 

男子トイレの個室に籠って、スマホを開く。

 

「不思議の国の白ウサギ、ならぬ白猫だな……」

 

二匹の猫と冴えない顔をした俺が写っている写真を表示。

 

「奏のやつ、顔くしゃくしゃにして泣きやがって。」

 

風景が揺れだす。

 

「笑顔の方がお前にはお似合いだっつーの、大人被れが。」

 

そして___

 

 

 

 

 

2018 4/28 9:27

 

 

 

 

 

自撮りスタイルで携帯を掲げる自分。

 

近くでは二匹の猫が寄り添って眠っている。

 

八時間前にタイムリープ出来ているようだ。

 

(夕方五時前、俺が奏の側にいればなんとかなる筈。)

 

今から七時間半後か。

 

(……そういえば、捻挫の原因を聞き忘れていた。)

 

失敗した。それも訊いておけば良かった。

 

まあ、取り敢えず、タイムリミットまでは大分ある。

 

予定は出来るだけ遵守していかなければならない。打ち合わせに行こう。

 

 

 

 

 

14:00

 

 

 

 

 

遊歩道を一人で歩く。

 

あんなクソ会社の中、前と変わらず珈琲を飲んで、時間を潰す暇はない。

 

急いで戻ろう。

 

そうだ。346に着いたら奏に付きっきりでいればいい。

 

レッスンは休ませよう。

 

危ない場所には行かせないようにしよう。

 

夕方五時過ぎに彼女が無傷なら俺の勝ちだ。

 

今日を乗りきれば……

 

 

 

 

 

15:25

 

 

 

 

 

「今日のプロデューサーさんおかしいわよ?頭でも打った?」

 

失礼な事を奏にずばり言われる。

 

ここは346内にあるカフェ。二人でゆっくりと話込んでいる最中であった。

 

「冗談きついよ奏。」

 

「……なんか、急に名前呼びになったよね。気持ちの変化?それとも……魅了されちゃった?」

 

「秘密。」

 

彼女に訊いてみると、本日の私用はないという。

 

あの時の様に、時間を適当に潰せればオッケーだろう。

 

さて、何を話そうか。

 

 

 

 

 

17:30

 

 

 

 

 

気づくと、男子トイレの個室に俺はいた。

 

「なっ、どういうことだ!?」

 

(さっきまでカフェにいたのになんで……)

 

奏も、回りの喧騒も、薫り立つ豆の匂いも、キレイさっぱり全て消えて無くなっていた。

 

代わりにあるのは俺と、静寂と、ツンと鼻に刺さる臭いのみ。

 

手に持つスマホを確認する。夕方の五時半。

 

(…………俺は、戻された、のか?)

 

今まで一度もなかった経験に俺は驚く。

 

未来が変わった様子はない。

 

ということはつまり、未来が変わったから戻されたという訳ではないという事だ。

 

(そういえば、あの頭痛と鼻血も無い。)

 

鼻の下を触っても水っぽさは感じられない。

 

そもそもタイムリープをして未来が変わった場合、戻る未来はいつも元の未来の数時間後だったと記憶している。

 

高校生の時も、夜にタイムリープして帰って来た時は朝になっていた。

 

それなのに今回は同じ時刻に帰って来ている。

 

(このタイムリープ、もしかすると俺が分かってない事実がまだあるんじゃないか?)

 

一つ目、戻る過去はその写真を撮った時刻、場所である。

 

二つ目、自分以外の存在も意思を持って行動する。

 

三つ目、過去に起こした行動によって元いた自分の未来が変わる事がある。

 

これだけじゃなくて、まだルールがあるんじゃないか?

 

そのルールに違反したから、戻されたんじゃないか?

 

「……先ず、何で戻されたのか考えねぇと。」

 

 

 

 

 

2018 4/28 9:27

 

 

 

 

 

自撮りスタイルで携帯を掲げる自分。

 

近くでは二匹の猫が寄り添って眠っている。

 

(最初と似た感じで過ごしてみよう。)

 

猫たちを起こさないよう、ゆっくりと俺は会社へ向かった。

 

今回のタイムリープは、実験だ。

 

 

 

 

 

14:54

 

 

 

 

 

自販機で買った珈琲を飲み干し、ゴミ箱に捨て、高垣さんを休憩室で待つ。

 

(もうそろそろ来ると思うが。)

 

「プロデューサー?」

 

高垣さんはやはり現れた。ほぼ同じ時刻だ。

 

「こんにちは高垣さん。今日は確か、雑誌のインタビューでしたっけ。」

 

最初の時は知らなかった情報を出す。

 

「ええ。少し緊張してしまいました。」

 

高垣さんはニコニコと喜ばしげに語られる。見ていて飽きない。と、

 

「隙あり!」

 

パシャリ、と写真を撮られた。

 

「うおっ!?」

 

「ふむ……キリッとしててカッコいいですね。」

 

そう言いながら彼女はドアへ向かう。

 

「それでは、夕方の仕事があるので。」

 

そして彼女は舌をペロッと出して、そそくさと出ていってしまった。

 

「…………からかいに来ただけかよ!!」

 

ごほんっ……兎も角これより、対応が違っても変わらない行動がある、という事が分かった。

 

このタイムリープに於いては、俺がこの休憩室にいれば必ず高垣さんが現れ写真を撮って帰っていくという一連の行動だ。

 

高校生の時のタイムリープに於いては、通り魔が誰かを殺すという行動だ。

 

つまり、導かれる結論はこうだろう。

 

『四つ目、過去に起こされた行動には、必然性を持っているものもある。』

 

 

 

 

 

15:25

 

 

 

 

 

又、俺は一つの仮説を考えた。

 

未来に戻されたのは何故か、についての仮説だ。

 

今までのタイムリープと今回のタイムリープの違いを洗い出すと、一つだけ、分かりやすく気になる点があった。

 

それは、滞在時間である。

 

今回のタイムリープに於ける滞在時間は最も長く、単位を示すと約六時間。

 

今までのタイムリープでこれほど長く過去に滞在したことはない。

 

したがって、強制的に送還されたのは長く過去にいすぎたからではないか、というものだ。

 

この仮説の証明は簡単である。

 

俺がこのまま、男子トイレの個室で目を覚ませばいいだけであるのだから。

 

 

 

 

 

17:30

 

 

 

 

 

気づくと、男子トイレの個室に俺はいた。

 

……なるほどね。つまりはこうか。

 

『五つ目、過去の長時間滞在、厳密には六時間の滞在は出来ない。六時間滞在を行った場合、元の未来へ強制送還される。』

 

(頭痛、鼻血は無しか。)

 

「未来が大幅に変わると出るって事なのか……?」

 

ボソリと呟く。

 

「まあ、それはどうでもいい。どうせ分かる。」

 

写真を表示するためのアルバムを閉じ、そそくさとメールを開く。

 

高垣さんに雑誌のインタビューが終わったのは何時頃かを訊き、奏には怪我をした時の状況を訊く。

 

さて、まだまだこのタイムリープの成功には時間がかかりそうだ。




感情を吐き出す奏とか良くないですか?……え?それはお前の性癖だ?ああそうだよ性癖で悪いかァ!?(逆ギレ)


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成功と宿痾と…… 04

嘲笑う声が聴こえる


17:37

 

 

 

 

 

高垣さんから簡潔なメールの返信が来た。

 

『13:50頃に終わりました。』

 

打ち合わせが終了した時刻は13:30。大丈夫そうだ。

 

『ありがとうございます。』

 

『そういえばお昼に撮ったこの写真っていります?』

 

高垣さんが文面と共に昼撮られた写真を添付して送ってきてくれた。

 

『まだ、いりません。』

 

『そうですか……わかりました。』

 

 

 

 

 

17:43

 

 

 

 

 

奏からメールが届いた。

 

『なんで?』

 

疑問の一言。それに返信する。

 

『また怪我をしない様にするため。』

 

『そう。』

 

納得はしていただけたみたいだ。

 

『誰からも聞いてない?』

 

再度、疑問をふっかけられる。

 

『奏が怪我した事しか聞いてないよ。』

 

『そう。』

 

この返信の後、とある約束が送られてきた。

 

『今からする話、誰にも言わないでね。』

 

秘密を条件として提示してきたのである。

 

『勿論。』

 

その条件を呑む意を示す。

 

少し時間を待つとその時の状況説明が送られてきた。

 

『16:30近くに階段から突き落とされたの。』

 

(…………突き落とされた?)

 

その思いもよらない文言に言葉を失う。

 

『どういうことだ。誰にやられた。』

 

『……エレベーターの隣にある階段は分かるよね?あれを使って四階から一階まで一人で歩いてた。』

 

『二階まで降りた時、私の後ろに人の気配がして。立ち止まって振り返ろうとしたら急に足音がした。』

 

『それで突き落とされたって訳。手で思い切り肩を押されたわ。はっきりいって捻挫で済んだのが奇跡よ。』

 

『誰にやられたのかは分からないわ。見れなかった。』

 

取り敢えず俺は、落ち着いて、返信する。

 

『そうか。教えてくれてありがとう。』

 

『……気にしないでね。プロデューサーがやったんじゃないんだから。』

 

気遣う優しさに少しだけ心が落ち着く。

 

『ああ。』

 

不審感を抱かせないよう、普通のプロデューサーがするような返信をする。

 

『直ぐそっち行くからまだ動くなよ。』

 

『わかってるって。』

 

 

 

 

 

さて、どういうことだ。

 

奏は突き落とされた。正体不明の奴に。

 

何故だ。突き落とされたのはなんでなんだ。

 

わからない。どういうことなのか。

 

…………兎に角、分かる事から考えていこう。これは後回しで構わない。

 

俺にはタイムリープがある。結局はそれで犯人が判明するのだ。

 

突き落とした理由もそいつに訊けばいい。

 

だから、この話題は置いておこう。

 

(先ず、写真。)

 

制約として俺は六時間しか過去にいられない。そのため、高垣さんの写真を利用して今回のタイムリープを成功させようと思っている。

 

奏の捻挫は16:30頃。誤差があっても15分程度。

 

昼に撮られた俺の写真を利用すれば、制約の問題はクリアできる。

 

今ある写真を使っても良いが、撮られた時刻は15:00だ。少し遅い。

 

一度過去に戻って14:00に写真を撮ってもらい、それを使おう。

 

そうすれば余裕が出来て、尚且つ、なんらかのトラブルが起きても対応がし易い……

 

…………いや待てよ。

 

(こんな面倒臭い事をしなくても自分で撮ればいいんじゃないか?)

 

一々高垣さんを待たず、13:30かそこらに自撮りしてやれば。

 

(そうだな。そうするか。)

 

どうやら結構回りくどい考え方をしていたようだ。固い頭に残念な気持ちを覚える。

 

(さておき、次だ。)

 

自分の行動について思考する。

 

13:30の少し後に会社を出ると346に着くのは14:00頃。

 

二回のタイムリープ通りならプロジェクトルームに奏がいるが、もしいなかった場合は捜さなければならない。それを踏まえて14:30頃。

 

そこからギリギリまで奏に付き添うというのは二回ともと変わらない。

 

なぜなら起こるかもしれないイレギュラーに対応するにはこれが最も手早いからだ。

 

彼女から離れないようにするのを忘れてはいけない。

 

(そして、最後に考えなければならないこと。)

 

過去に起こされた行動には、必然性を持っているものもあるというルールだ。

 

もし、奏の怪我が免れる事の出来ない現実だったとすると、このタイムリープは原点から無意味であったという結果に終わってしまう。

 

確かめなければならない。必然性の有無を。

 

(通り魔の時は『誰か』一人が死ぬ事だった。)

 

必然性があったとしても、人は誰でもいいのか、怪我は捻挫に限定されるのか、場所は限定されるのか等、様々であろう。

 

(非道だがやるしかない。)

 

やるべき事は簡単だ。

 

奏が突き落とされる時間に別の人を階段で歩かせる。

 

これだけだ。

 

これでその別の人が突き落とされた場合、誰かが突き落とされる事が必然であるという事になる。

 

しかしすると犠牲者が必要である。

 

ならば奏以外の誰かが犠牲になり、解決だ。

 

これでその別の人が突き落とされなかった場合、誰かが突き落とされる事が必然でないという事になる。

 

しかしすると奏の安全が分からないままである。

 

ならば単純に奏を拘束して、解決だ。

 

加えて、これを数回繰り返し、その全てでその別の人らが突き落とされた場合、必然性の存在を証明できた事になる。

 

更にプラスして、これらの様な試行を繰り返せば、タイムリープについても、犯人についても知ることができる。

 

自分のため、皆のために、やるべきなのである。

 

俺はタイムリープのルールがなんたらと言っているが、それらは所詮全て予測に過ぎない。

 

証明が出来なければ『多分こういうの』といった漠然としているモノしか出来えないのだ。

 

(……でも、我ながらクソ野郎だな。)

 

何の罪もない人で実験を行うとは人道としてどうなのか。当たり前だがクズである。

 

自分がその別の人になればいいかもしれないが、それは出来ない。

 

もしも『怪我が捻挫である』事象が必然でなかった場合を考えると、階段から突き落とされるのだから最悪死ぬかもしれない。

 

タイムリープ能力を持つ自分が死んだら本末転倒だろう。

 

(だから他人を使ってやるしかねえんだよ。)

 

俺がクズになって奏が救われるなら喜んでやるさ。

 

 

 

 

 

2018 4/28 9:27

 

 

 

 

 

17:48

 

 

 

 

 

打ち合わせの終了後、直ぐ写真を撮って戻って来た。

 

アルバムを開く。そこにはきちんと13:30の自撮り画像が保存されていた。

 

(制約はこれでクリア。)

 

その写真を見つめる。

 

(…………あれ?)

 

風景が変わらない。動く事なく、佇んだまま。

 

見つめ続ける。

 

(……過去に戻れない。)

 

別に、動揺はしなかった。低い確率で起こり得るであろうトラブルの一つを引いてしまったに過ぎないからである。

 

つまり、予想はしていた。

 

過去にて写真を撮り、思ったのだ。

 

タイムリープ先で撮影した写真を用いて更にタイムリープが出来たらそれは終わりのないものになるのではないか、と。

 

そうでなくとも普通に考えればこれはズルである。

 

タイムリープという人智を超越する力を人が持ち、しかもその人の人生の何処にでも戻る事が出来て過去を変えられるとしたら、それは神様だ。人じゃない、と。

 

タダで俺はこの力を持てて過去をやり直せている。

 

多少の不便はついてくるだろう、と。

 

理論として完成はしていないが、なんとなく、タイムリープの能力を鑑みるとそう思えた。

 

そしてそれは間違ってなかったらしい。

 

(やっぱ高垣さんにやってもらうしかないか。)

 

『六つ目、タイムリープに於いて、その戻った過去で初めて自意識的に撮られた写真を用いた半永続的タイムリープは不可能である。』

 

 

 

 

 

2018 4/28 13:58

 

 

 

 

 

休憩室で高垣さんを待つ。事前に高垣さんへ休憩室集合を呼び掛けておいたのでそろそろ来ると思われる。

 

珈琲は飲んでいない。

 

「来ました。」

 

何故かドヤ顔で入室してきた彼女。なんだこの人。

 

「ドヤ顔ウザいんで止めて下さい。」

 

「ドヤ顔で、どやされる。」ドヤァ

 

「寒っ。」

 

大して上手くもない駄洒落を聞かされうんざりした所で。

 

「えいっ。」

 

パシャリ、と写真を撮られた。

 

「何するんすか。」

 

「うんざりとした表情は貴重だなって思ったので。」

 

今回はそういう理由付けになるのか。面白いな。

 

「その写真欲しいんで今送ってくれません?」

 

意思をそのまま彼女に伝える。

 

けれどもタイムリープ用に必要とは言わない。つーか言えない。

 

「?……わかりました……」

 

 

 

 

 

ピロンという少し古くさい音と共に俺の写真が送られた。

 

(今度こそ、クリアだろう。)

 

「にしてもそんな写真何に使うんですか?」

 

高垣さんにそう問われる。

 

「秘密。」

 

暈してそれに答えた。

 

 

 

 

 

17:49

 

 

 

 

 

トイレの個室にてアルバムを確認する。

 

高垣さんに送ってもらった写真がきちんと保存されていた。

 

顔を歪ませている自分の写ったその写真を見つめる。

 

次第に、風景が揺れだした。

 

(六つ目のルールは確定で良さそうだ。)

 

にしてもえらく都合の良いルールもあるものなんだな。

 

 

 

 

 

2018 4/28 16:22

 

 

 

 

 

現在の俺は一階の階段近くにいる。必然性を確認するため、奏が突き落とされた詳細時間を俺は知らなければならない。

 

 

 

 

 

14:50頃に奏を捕捉した俺は、コソコソと彼女をつけ回っていた。

 

捻挫までの道程に何をしていたかを知っていた方がいいかも知れないと思ったからだ。

 

結果、おおまかにだが俺はこの日の彼女の行動を知れた。

 

~15:50頃まで一階のカフェで休憩。最初のタイムリープ時と同様。

 

途中で加蓮と合流。二人でカフェを出る。

 

16:00頃に四階端にあるプロジェクトルームへ入室。

 

16:10頃に退室。

 

16:15に分かれる。奏は階段へ、加蓮はレッスンルームへ。

 

加蓮にレッスンの予定は入れてない。多分自主練だろう。

 

奏はスマホを見ながら歩いていた。危険なものだが、あいつに限ってSNSはあり得ないし、様子が不自然であった。

 

秘密の提示、不自然さ、そして、

 

メールでの『誰からも聞いてない?』という文言の違和感。

 

(もしかして、脅されてるのか……?)

 

考えながら、先に俺は一階に向かった。

 

 

 

 

 

そして今に至る。

 

(外にいるから中がどうなっているのかは分からない。)

 

非常階段みたくドアの付いている階段で、中の様子は音からしか判断が出来ない。

 

その音も僅かなものだ。

 

しかし人が突き落とされた時に出る音はいくらドア越しといえどもはっきり聴こえるものである。

 

何度も言うが今は奏が突き落とされた詳細時間を知りたいだけだ。調べたい事があってもそれは後。犯人が誰かはまだで良い。

 

と、

 

ガタンバタン。重いものが落ちる音がした。

 

ドアを開ける。

 

そこには、倒れている奏と走り去る人影があった。

 

「っ……あっ…………」

 

時計を確認。16:25。

 

(次は代替の用意。)

 

 

 

 

 

17:49

 

 

 

 

 

トイレの個室。状況の温度差で風邪をひきそうだ。

 

(……あれ。鼻血が。)

 

実に少量の血が鼻から垂れてきた。頭痛はない。

 

トイレットペーパーを取りそれをふく。

 

(未来が変わったのか?)

 

取り敢えず携帯を確認してみる。と、

 

(奏としてたメールの内容が違う。)

 

誰かに落とされた、という内容ではなく。

 

(プロデューサーからカフェまで来いというメールがきたから言うとおりに行った、そしたら落とされた、貴方がやったのかと思ったけど違ってた……)

 

「俺が指示した?」

 

そんなことは当然していない。メールの履歴も無い。

 

そもそも俺が奏を落とすメリットが無いのだし、記憶もしていない。

 

(………………私用のやつか……やられた。)

 

俺には二つの携帯がある。一つは業務用として支給されたもの。これは肌身離さず持ち歩いている。

 

もう一つは私用の、つまり自分で購入した自分のものだ。仕事中はプロジェクトルームに置いてある。

 

勝手に使われたということだろう。

 

そうすると、俺の携帯を使った奴、つまり、プロジェクトルームに出入りしていた奴が犯人である可能性が高いということか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………………まさか。)

 

ふと、浮かんでしまった一つの最悪のストーリー。

 

それは、

 

《途中で加蓮と合流。二人でカフェを出る。

 

16:00頃にプロジェクトルームへ入室。

 

16:10頃に退室。》

 

加蓮の策略によって引き起こされた事件である、というものだった。

 

 

 

 

 

2018 4/28 16:23

 

 

 

 

 

変わらず俺は一階の階段近くにいる。何故なら確認せねばならない事があるからだ。

 

それは前述通り、加蓮がこの事件に関与しているかどうか、である。

 

(そうであってほしくないから、確認してぇんだよ……っ!)

 

加蓮と奏は正反対だ。でも、だからこそ、ぴったりと合致する。互いが互いを高め合っている。

 

友であり、仲間であり、ライバルでもある。

 

最高ともいえる関係だ。

 

それに俺は疑問を持ってしまった。

 

疑問を持ててしまえるのだ。

 

俺はたまらなくそれが嫌だ。もしかしたら加蓮が犯人なのかもしれないなんて思えてしまうこの状況には吐き気がする。

 

彼女が犯人でない事を確かめなければならない。

 

確かめなければならないんだ。

 

そのための根回しもしておいた。

 

奏へそのままプロジェクトルームで待つようにメールを入れ、加蓮にカフェへ来るよう指示をしたのだ。

 

これで加蓮が奏と同じく突き落とされた場合、加蓮は犯人ではない事になる。

 

しかももしそれで加蓮が足首を捻挫させたのなら、必然性に共通項が出来る。つまり、存在の証明に近付けるということであり、一石二鳥だ。

 

加蓮が突き落とされなかった場合は……他の方法を考えるまで。

 

(だって、加蓮がこんなことする筈がない。そうさ。加蓮は犯人なんかじゃねぇんだ。)

 

分かっててもこんな事しなきゃ加蓮を信じれない俺は人間のクズだ。

 

 

 

 

 

16:25

 

 

 

 

 

ガタンバタン。重いものが落ちる音がした。

 

ドアを開ける。

 

そこには、倒れている加蓮と走り去る人影があった。

 

(ほらな!やっぱ加蓮じゃなかった!俺のアホ!死ね!)

 

倒れている加蓮に近づく。

 

「大丈夫か加蓮?」

 

「った…………だ、大丈夫……誰あいつ……っ」

 

「分からん。足触るぞ。」

 

そう言って足首辺りを調べる。

 

「い、いたいいたい!!」

 

「ご、ごめん。」

 

外踝に異常。捻挫だ。

 

しかも加蓮の倒れ方が奏の時と同じである。

 

偶然にしては出来すぎだ。

 

(これは、必然といっても差し支えないだろう。)

 

 

 

 

 

17:51

 

 

 

 

 

帰還地点となっているトイレの個室で垂れてくる鼻血を拭きながら考える。

 

(分かった事を纏めていこう。)

 

・16:25に奏は俺の携帯を使った何者かに階段から突き落とされた。

 

・事象の必然性は存在する。今回は恐らく、誰かが突き落とされて足首を捻挫する、というものだろう。

 

・犯人はまだ不明。プロジェクトルームに入っても違和感のない人物が犯人である可能性が高い。アイドル、役員、事務員、等々。

 

・奏につきっきりでなくても彼女は救える。

 

「…………よし。」

 

アルバムで写真を表示させる。

 

(やる事は決まった。)

 

風景が揺れだした。

 

《もしも『怪我が捻挫である』事象が必然でなかった場合》

 

(自己犠牲って、俺は嫌いなんだけどな。)

 

 

 

 

 




《今回は恐らく、誰かが突き落とされて足首を捻挫する、というものだろう》

……抜き出した意味は別にないです。


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成功と宿痾と…… 05

嘲笑う声が聴こえる


16:25

 

 

 

 

 

一人、階段を歩く。四階。

 

奏には先程と同様に待機メールを送り、加蓮にはアプローチをかけずそのままレッスンルームへ行かせた。

 

三階。

 

これで奏が怪我をする未来はなくなる。俺が誰かは分からんクソ野郎に突き落とされてハッピーエンド。

 

二階。

 

さあ、やれよ。クソッタレ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……一階。

 

(…………?)

 

何も起きない。

 

時計を確認する。時刻に違いはない。

 

何故何も起きないんだ。誰かが突き落とされて足首を捻挫するのは確定事項だろう。その役を買って出てるんだぞ。早く落とせクソ野郎。

 

それともなんだ。確定事項自体が間違いとでも言いたいのか。

 

付随情報があるのか。

 

分からない。全然分からない。

 

(俺は大希と違って頭が良い訳じゃねぇんだ。止めてくれよ。)

 

と、隙間風の音が微かに響いているのに気付いた。

 

(風……どっから吹いているんだ……?)

 

この状況に少し混乱していた俺はただ風が吹いているだけなのにそれをおかしいと思ってしまった。

 

風が吹く事の何がおかしいのだろうかと今は思う。

 

が、しかし、それが幸を奏したのも疑いようのない事実だった。

 

(ドアが開いてる。さっきは閉まってたのに。)

 

二階の階段と廊下を隔てるドアが、僅かに開いていたのだ。

 

耳を澄ますと、そのドアの向こう、つまり廊下から足音がした。遠ざかっていく。

 

「……そういうことかよ……っ!」

 

はっとした俺は急いで一階から二階へ上がり、完全にドアを開け、走り去って行く人影を追いかける。

 

(妙にタイミングのいい奴だと思っていたがそこから見ていたのかっ!)

 

だがそうするとおかしい点が一つある。

 

何故俺は突き落とそうとしなかったのか。

 

単純な答えだ。そしてその答えは、付随情報について考えてた時も浮かんだものである。

 

(即ち、誰かが突き落とされて足首を捻挫する、じゃなくて、アイドルが突き落とされて足首を捻挫する、という事だったんだ。)

 

そもそも加蓮が突き落とされた時に考えるべきだった。

 

俺が加蓮を呼び出した事は誰も知らないはずなのに何故犯人は知っていたのか、と。

 

それが思い付かなかったとしても、犯人がなんのためにこんなことをやったのかを考えるべきだった。

 

奏が怪我をしないようにすることを考えるだけじゃダメなことに気付いていなかった。

 

犯人がアイドルなら誰でも突き落とすつもりだったという事が加蓮の件から分かり、アイドルを傷つけてメリットの生まれる奴が犯人であることも分かった。

 

なら、ここで奏を救う云々を完遂した所で再犯される可能性があるではないか。

 

しかも、加蓮や心、みゆねえ、高垣さんに被害が及ばないという保障はない。

 

このクソ野郎の正体を暴いて、白日の元に曝さなければ、このタイムリープは成功し得ない。

 

こいつみたいな社会の宿痾は、絶対に許さない。

 

「逃がすかよ……っ!」

 

 

 

 

 

16:58

 

 

 

 

 

見失わないよう躍起になって犯人を追いかけていると、スマホが震えだした。

 

ちひろさんからの電話だった。

 

(……いや、『それ』は有り得ない。犯人は逃げ続けてるのだから。)

 

奏の時と状況が被って、焦る。

 

だが犯人は今も逃げ惑っている。そういう電話ではないだろうと思いながら俺は電話に出た。

 

 

 

 

 

17:52

 

 

 

 

 

鼻血を拭くのも忘れ、呆然とトイレの個室で立ち竦む。

 

「加蓮が、レッスンルームで、足首を捻挫……」

 

ちひろさんの電話の内容は、加蓮が自主練中に怪我をしてしまった、というものだった。

 

アイドルが突き落とされて足首を捻挫する事も必然ではなかった。

 

足首の捻挫のみが必然性を持つ事象だったのだ。

 

「結局あのクソ野郎も見失ったし……クソっ。」

 

電話に気をとられたせいで犯人には逃げられた。男か女かも分からないまま。

 

「…………落ち着けよ。俺。」

 

犯人が16:25に二階のドアの向こう側にいる事、そしてそいつがアイドルを突き落とそうとしている事が分かったのだ。

 

これを使って今度こそ犯人を捕まえる。

 

「難しくやろうとしすぎなんだよ。もっと単純に考えろ俺。世界は人が思う程難しくはないんだ。」

 

奏を救い、犯人を暴く。

 

難しい事じゃ、ないだろう?

 

 

 

 

 

16:20

 

 

 

 

 

今回のタイムリープは、干渉を出来るだけ控えた。

 

早めに346へ到着した以外、最初と同じである。

 

奏は犯人のメールによって階段まで来るし、加蓮は自主練しにレッスンルームへ行く。

 

これじゃ駄目だと誰かが言うかもしれない。

 

いや、これで良い。俺はそう確信している。

 

今までタイムリープを理論がなんだ必然がなんだと難しく解釈していたが無駄だった。

 

変に過去をねじ曲げるよりかは、一つだけスパッと過去を変えた方が成功しやすい事に漸く気付いたのだ。

 

だるま落としだってそうだろう。

 

一思いに力を込めてやった方が成功する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今二階の廊下にいる。階段へ向かっているところだ。

 

(奏が犯人の思惑通りに階段を過ぎようとする方が油断するだろう。)

 

実際そうだった。

 

廊下の影に隠れて階段の方を見ると、格好の変わらないクソ野郎が僅かに開けたドアから上を見つめていた。

 

(ハナから犯人を捕まえようとしていればよかった。)

 

悪いとは言わないが、奏を救うためのこれまでのタイムリープが滑稽に思えてきてしまう。

 

(……もともと、過去に戻ってやり直してる時点で滑稽ではあるんだがな。)

 

思いながら、そっと、足音を、たてぬよう、近づく。

 

そっと、そっと。

 

抜き足、差し足。

 

(俺のアイドルに夢中なのは嬉しいが……)

 

怪我させて終いにゃ泣かせたってのは許せないかな。

 

「おい。」

 

静かに声をかけながら距離を詰める。拳の届く距離まで。

 

相手は驚いているようだ。帽子を目深に被っていて詳しくは分からないが。

 

まあ、何をするかは決まっている。

 

俺には怒りって感情があるからな。

 

殴らせろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹に一発の殴り、これまでの恨みを込めて『足首』に三発の蹴り、顔に一発の張り手を食らわせて帽子を剥ぎ取った。

 

 

 

その姿に俺は声を失う。

 

 

 

「…………何やってんすか、先輩。」

 

 

 

左頬の赤く腫れた、床に伏す先輩プロデューサーが、そこにいた。

 

 

 

 

 

犯人だった。

 

先輩が犯人だった。

 

あの温厚で、優秀だった先輩が。

 

(わけ、わかんね…………)

 

「やりすぎだろお前……いって……足首真っ青じゃん……」

 

ぼそぼそと呟かれる。

 

「何やってんすか。」

 

震える声を隠しもせずに質問をした。

 

「うっわ。やべぇなこれ。くそいてぇ。」

 

平気そうな声色で何かをほざかれる。

 

……ふざけんなよ。

 

「……な、何やってんすかっ!」

 

感情をあらげてもう一発顔を殴ろうとする。が、掌で拳を止められた。

 

「分かってんだろ。じゃなきゃこんなにやられねぇだろうし。」

 

俺の問いに、冷静にそう答えられた。

 

それに俺は、ただ絶望して。

 

失望して。

 

悲しくて。

 

ただ泣きながら。裏切られたと思いながら。

 

「…………お前、人間のクズだよ。」

 

「そうか。」

 

「人の事考えろよ社会不適合者。」

 

「ああ。」

 

「許さねえからな。絶対に。」

 

「知ってる。」

 

「辞職に追い込ませてやる。」

 

「……クソ野郎。」

 

全てを諦めたような瞳で俺を見る先輩。

 

その見当違いで馬鹿馬鹿しい意見に腹が立ち、俺は伏したままの『本物のクソ野郎』の腹を蹴りあげる。

 

「っぐ……げぼっ……っ……」

 

痛みに地面を転がる先輩。ざまあみろ。

 

「どっちが本当のクソ野郎か、そこでいつもみたいに検討してろ。」

 

時計を確認すると、既に事件の時間は過ぎていた。

 

多分これで大丈夫だろう。こいつの足首も捻らせておいたし。

 

共に過ごした嘘の一年間を振り返り、悲しくなる。

 

まさかアイドルを蔑ろにするような人だったなんて、と。

 

人として、勿論プロデューサーとしても、最低である。

 

こいつみたいな社会の宿痾は、絶対に許さない。

 

排除してやる。

 

どうせ、嘘だったんだ。あの楽しかった日々は。

 

悲しさなど、感じなくていい。

 

泣かなくていい。涙なんて止まれ。

 

ただ、こいつを。このクソ野郎を。

 

 

 

 

 

22:43

 

 

 

 

 

未来へ戻ると、そこはトイレの個室ではなく人通りの少ない歩道だった。

 

(これは、高校の時と同じ…………っ!)

 

ズキズキとする頭痛とある程度の鼻血。

 

しかもこの時間。

 

これは未来が大幅に変わったということだろう。

 

と、

 

(っ!な、なんだこれ……記憶が……っ!)

 

覚えのない記憶が頭の中を巡っていく。

 

 

 

 

 

あの後先輩プロデューサーは医療室に運ばれた。

 

奏と加蓮を含む担当アイドルは無事であった。

 

彼を運んだのは俺。

 

怪我の原因を訊かれた時、先輩は暈して答えた。

 

俺は17:30にプロジェクトルームへ行った。

 

少し後にプロジェクトルームに来た奏がメールの件で怒った。

 

途中、加蓮が乱入した。

 

____

 

 

 

 

 

記憶の流れ込みが止まった。夜の道を一人で帰るところでだ。

 

どうやら記憶の補完のようだった。

 

スマホのメール欄を開く。

 

そこには日常が記されているだけだった。

 

(…………救えた、のか。)

 

良かった。

 

《「こんな、小さな失敗をしなかった過去に書き換えるわ。」》

 

「感謝しろよ奏。お礼はキスな。大人っぽいお熱いやつ。ははっ。」

 

暗い夜道で一人ごちる。

 

一粒の涙が、俺の目から落ちた。




重い……重くない?


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失敗と萌芽と…… 01

嘲笑う声が聴こえる


あの日から、先輩は会社に来なくなった。

 

全身の怪我による自宅療養という理由から、らしい。

 

出来ればそのまま一生療養していてもらいたいものだ。

 

あんな人と、俺は働きたくない。

 

善人を装って人を陥れようとした人と、一緒に過ごしたくはない。

 

可能なら、顔でさえ見たくはない。

 

本当に、失望した。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

取り敢えずの対処だろうか。先輩の担当していたユニット、ニュージェネレーションズは彼の療養中、別のプロデューサーが担当する事になった。

 

三人とも彼の事を心配していた。大丈夫かな、と。

 

良い子達だ。彼女らは優しいんだな。

 

そう思ったのと同時に俺は同情もした。

 

彼の本性を知らない事、そして、騙されている事に。

 

せめて彼女らには本質を見せないでほしいと俺は彼に向かって切に願った。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

2018 5/1 16:27

 

 

 

 

 

この世界では起こらなかったあの事件から三日後。特に何かが変化した訳でもなく通常通りにこの日が来た。インストアライブの日である。

 

先輩はまだ療養中である。この三日間でそれが当然だと思う反面、流石にやりすぎたとも思い始めていた。

 

自分勝手に失望して暴行を加えるなんて俺の方こそ人としてどうなんだと、この小さな役立たずの脳が気付いたのだ。

 

今まで先輩が人を傷つけていたとはいえ、いくらなんでも俺のこれはやりすぎではないか、と。

 

暴行を加えるなんて、しかも怪我の状態から考えて彼が行った行為の中で俺が最も酷いではないか、と。

 

罪の意識に苛まれて、俺はきちんと眠れていない。

 

枯れた涙と黒い隈で窶れている。

 

(というか、本当に先輩が犯人だったのか?)

 

よくよく考えるとおかしい点がいくつも見つかるのだ。

 

(結局、先輩がアイドルを狙っていた理由が分かっていない。)

 

あの時は失意に呑まれて肝心な事を無視してしまっていた。

 

それは先輩の、分かってるだろ、という発言だ。

 

まさか彼がタイムリープについて知っている筈がない。

 

そうでなくてもこの発言は前後の会話から考えると些か噛み合っていない様に思える。

 

で、あるならば、この分かってるだろとは一体何に対しての発言なんだ。

 

まだある。

 

(怪我の原因を訊かれた時、先輩は暈して答えたが、それは何故だ。)

 

素直に俺にやられたと言えば良かったのに先輩は意識的にその内容を暈して答えた。

 

この選択は彼にとって一ミリもメリットがない。

 

そもそも俺が先輩を痛めつけていた時、先輩は不動であった。抵抗しなかった。なすがままにされていた。

 

これもおかしい。

 

何故逃げなかったのだ。あそこでいつかのタイムリープの様に逃げていれば言い訳が効いたかもしれなかったのに。

 

(俺はあの事件を完全に分かっていなかった。それなのに、俺は、)

 

不思議な点や不可解な点が残っているこの事件。

 

先輩が療養から帰って来たら詳しく訊かなければならない。

 

そして謝らないといけない。

 

何が可能なら顔でさえ見たくはないだ。あんな人と働きたくないだ。

 

俺みたいに怒りへ身を任せて直ぐ人を殴る様な奴の方がよっぽど顔を見たくないし働きたくもない。

 

全身全霊を込めて俺は先輩に奉仕しなければならない。

 

全権利を譲渡する勢いで彼に尽くさなければならない。

 

(俺は暴力に訴えるクソ野郎だ……)

 

心底、自分の勝手さに辟易する。

 

こんな俺なんて必要ないのだから死んでしまえばいいのに。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

都内の某有名CDショップでのインストアライブ。346のアイドルがデビューする時、毎度歌唱する事になっている「お願い!シンデレラ」を本日モノクロームリリィの二人が歌う。名実共に今日がユニットのデビュー日となる。

 

二人は現在最終確認のため控え室で待機中だ。

 

(そろそろ迎えに行こう。この事は一旦おいといて、だ。)

 

この店の人通りや年齢層、購入CDジャンルの内訳等を見ながら俺は先輩の事を考えていた。

 

しかしここからは心を入れ換えろ。

 

一人のプロデューサーとして彼女達とは接しなければならないのだから。

 

(彼女達にはもうこの件は関係ないんだしな。)

 

そうだ。これは俺がクソ野郎である証明なだけで、優しく思いやりのある二人とは関係ないのだ。公私は分けろ。

 

 

 

 

 

と、歩いていると、控え室に到着した。

 

裏口の奥にそっと佇んでいる簡素な控え室だ。

 

ここから二人のシンデレラストーリーが始まるのだと思うとワクワクしてくる。

 

奏と加蓮、二人の紡ぐ物語はどんなものになるのだろうか。

 

せめて、俺と先輩みたいにはなってほしくないと思う。

 

(公私。公私の分別。)

 

駄目だ。また考えている。今は分けろ。魔法使いがこんなんでシンデレラが輝けるか。

 

「二人とも。出番だ。」

 

俺は灰色のドアから二人のいる中へ呼び掛ける。

 

ガタガタ、なんて音が少しして直ぐ、奏が出てきた。少しの沈黙の後、後ろ手にドアを閉めた彼女は俺にこう言った。

 

「…………プロデューサーさん。頼み事、していい?」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

奏の話によると加蓮がガクブルに緊張しきって足の震えが止まらないのを嘆いていたらしい。

 

もう少ししたら行くと加蓮は言ったけどこのままだと本気を出せず終いでライブが終わりそうだし、激励宜しく、と。

 

軽い感じにそう言ってはいたが、表情を見れば奏が加蓮の事を気にしているのは丸分かりだった。全く。素直じゃないな。

 

(激励、か。)

 

先に行かせた奏が言うにはまだ自分に自信が持ちきれてないのが緊張の原因だと。

 

確かにその通りである。

 

加蓮の中毒ともいえる量の自主的なレッスンが自信の無さに起因しているのは間違いない。

 

才能が無く、周りの子の方が出来るのに選ばれた。アイドルになれた。ライブが決まった。

 

怖いのだろう。失敗が。

 

一度でも失敗したら才能のない私なんてもう這い上がることなどできない。どれだけ練習しても、努力しても、まだ心配だ。完璧を、最良を求めなきゃ。

 

なんて、思い込んでしまっているのだろう。

 

ドアを開ける。そこにはパイプ椅子に座っている加蓮の姿があった。

 

「あ……プロデューサーじゃん。その、ごめんね。緊張しちゃってさ。ちょっとだけ待って?」

 

早口で、そわそわしながら彼女が言う。

 

貼り付けたようにしか見えないその笑顔が俺を悲しくさせた。

 

「加蓮。」

 

「…………何?」

 

「……緊張してるのか?」

 

優しく問う。すると彼女ははぐらかすこともなく存外素直に答えてくれた。

 

「……えっと、緊張ていうか、心配、かな。」

 

「心配?」

 

俺も部屋の端に畳んで置いてあったパイプ椅子を組み立ててそれに座る。

 

「…………何でも最初が一番肝心、でしょ?失敗したらどうしようって。」

 

尻すぼみになっていく声には自信を感じられない。奏の予想通りである。

 

「大丈夫だ。失敗なんてしないさ。」

 

激励をかける。

 

「ずっと加蓮は頑張ってきたんだ。自分に自信を持て。自分を信じろ。心配なんて、するな。」

 

「…………そう、かな。」

 

「ああ。そうだ。加蓮なら、出来る。」

 

力強く、加蓮の目を見据えて言う。

 

自信を持ちきれていない加蓮にそうではない、君は自信を持てる程に努力してきたではないか、だから自信を持っていいんだよ、と言う。

 

激励のために言う。

 

ゆっくりと口を開いた加蓮の震えは止まっていた。

 

「二人なら、出来る?」

 

…………勿論。

 

「モノクロームリリィの二人なら、絶対出来る。」

 

口の端を上げて笑い、俺はそう言った。

 

貼り付けたようにしか見えなかった笑顔は既に消えていた。

 

 

 

 

 

17:00

 

 

 

 

 

小さな小さなライブが始まった。

 

観客が数えれる程しかいない実に小さいライブだ。

 

けれども一生懸命に歌い、踊るその姿は実に大きく見えた。

 

どこか、星の瞬きに似たものを感じた。

 

 

 

 

 

17:10

 

 

 

 

 

ライブが、終わった。

 

拍手喝采とはいかなかったが微かに手を叩く称賛の音が聴こえた。

 

奏と加蓮の二人が舞台から戻ってくる。

 

 

 

 

 

明るい壇上と対比的なその暗い顔が語る真実は、実質的なライブの失敗であった。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

途中で一度、加蓮が転んだだけである。ただそれだけの失敗である。

 

別に進行に影響は与えなかったし奏のフォローもあって加蓮は素早く振り付けに戻れたしなんらこれからのアイドル生命に関わる様な事では無かった。

 

…………しかし加蓮にとってはあまりにショックなようだった。

 

隠れて、二人の言い合いを聞いていてそう思った。

 

「気にしないで。加蓮。あの後上手く立ち回れていたんだから。」

 

「……でも、失敗は失敗だよ。最初っから失敗しちゃったんだアタシは。」

 

「そんな、気負わないでも」

 

「……奏はさ、完璧だったね。」

 

「…………え?」

 

「全部完璧だったよね。失敗しないだけじゃなく、教えてもらった以上の事をパフォーマンスしてみせた。ほんと、完璧。凄いよ。アタシなんかと全然違う。」

 

「ど、どういう」

 

「昔っからそうだったのをアタシは覚えてる。天才だって誉めそやされてた奏と凡才以下だって馬鹿にされてたアタシ。何もしなくても一位の奏と死ぬほど頑張ってやっと二位のアタシ。……数日で完璧の奏と何ヵ月もやって失敗するアタシ!奏は期待されててアタシは期待されてなかった!」

 

「加蓮……?」

 

「ねえ、気分いい!?良いんでしょ!?自分の才能がよーく知れ渡ってくれるもんね!!上にいきやすいもんね!!」

 

「そんなことない……そ、そんなことない!」

 

「知ってるよ……アンタがアタシと一緒にユニットとしてデビューさせろってプロデューサーかそこらのお偉いさんに言ったんでしょ!?」

 

「っ……そ、そうだけどそれは!」

 

「それは……何?何があるわけ?」

 

「えと……その……」

 

「…………もういいよ。アンタには、失望した。」

 

「か、加蓮!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中で一度、加蓮が転んだだけである。ただそれだけの失敗である。

 

別に進行に影響は与えなかったし奏のフォローもあって加蓮は素早く振り付けに戻れたしなんらこれからのアイドル生命に関わる様な事では無かった。

 

しかし加蓮にとってはあまりにショックなようだった。

 

劣等感と疑惑と失敗。加えて、ユニットの圧倒的力量差。

 

多少あった称賛の音が加蓮には皮肉の様に聴こえたのだろう。

 

お前は転んでいたけどあの子は完璧だった。だから褒めてやる。と。

 

(でも、加蓮。)

 

隠れている俺の横を衣装のまま走り去っていく彼女の目には大粒の涙が浮かんでいた。

 

そして呆然自失の奏は白い肌を更に白くさせて、目を虚ろにし、独り、泣き出した。

 

何故か、二人の姿が自分と先輩の関係に重なって俺には見えてしまった。

 

(自分が信じれなかったとしても、友達は、信じていてほしかった。)

 

「俺と同じ間違いを犯しちゃ駄目なんだ。」

 

ズボンポケットのスマホを手に取る。

 

(奏の思いと加蓮の思いは相反している。互いに真逆同士だ。)

 

アルバムを開き……

 

「でもだからこそお前ら二人は最高のユニットなんだ。」

 

加蓮、気づいてるか?

 

あの速水奏って女は、お前にとって最高の友達であって最高の仲間であってそして最高のライバルなんだぜ。

 

ライバルってのは、両者が対等な場合にしか成立しねえもんだ。

 

(お前は実は無茶苦茶凄い奴なんだよ。)

 

教えてやらなきゃならない。

 

北条加蓮という女の子の凄さを。

 

「それに二人が泣いてる所も悔いを残す所もできれば見たくねえんだわ。」

 

暗く淀んでいる風景は次第に揺れだし…………

 

 

 

 

 




加蓮も奏も大好きなのになんでこんな目に合わせてるのか自分でも分からない。そして展開の雑さ。文章を書く力。足りなさすぎワロえない。


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失敗と萌芽と…… 02

嘲笑う声が聴こえる


×

 

 

 

 

 

そういえば。

 

俺はふと、いつの日かの、質問ともつかない呟きをどうしてか思い出した。

 

大希、お前は深く色んな事を考える奴だった。それが俺にどれだけの良い影響を与えてくれたことか。

 

「男女同士の友情が成立しないなんて本当かなって思うんだけど、どう?」

 

「さあ……?俺にはよく分かんねー。」

 

自分の曖昧な返答を無視して、彼は続ける。

 

「そもそもだよ。」

 

「うん。」

 

「これ、同性同士の友情なら上手くいく、なんて考えにも取れるじゃん。でもそんなの傲慢にも程があるよな。」

 

その呟きに俺はどのように返したのか。

 

もう覚えてはいない。

 

 

 

 

 

2018 5/1 16:31

 

 

 

 

 

タイムリープした俺は変わらず店の裏口奥にある控え室へ向かっていた。

 

時間が近づいていることを知らせるためである。

 

《「…………もういいよ。アンタには、失望した。」

 

「か、加蓮!」》

 

そして、あの悲劇を未然に防ぐためである。

 

奏と加蓮の終わり方があんなものでは二人とも報われない。

 

すれ違って、勘違いして、誤ったまま判断が下されるのは人との関係に於いて最も起きてはならない事象の一つだ。

 

加蓮の失敗がなかった過去にする。もしくは、失敗したとしても仲違いが発生しなかった過去にする。これが俺の任務である。

 

控え室に着いた俺は早速声をかける。

 

「二人とも。出番だ。」

 

(過去に起こされた行動には必然性を持っているものもある訳だからそこを先ず判断しねぇとな……)

 

前と同じくガタガタという音がして直ぐ、奏が出てきた。少しの沈黙の後、後ろ手にドアを閉めた彼女。

 

「…………プロデューサーさん。頼み事、していい?」

 

奏は困ったように、だけど嬉しそうにそう問うた。

 

(…………本当に、友情は理論で解決するべきなのだろうか?)

 

彼女の見せたその表情にふとそう思ってしまった。

 

「なんか、頼み事をするのに凄く嬉しそうだな。」

 

単純な質問。困ってると言うのなら何故そんなに朗らかなのか、と。

 

「そう?……ううん、そうかも。」

 

「?」

 

「うん。そうね。確かに嬉しいわ。」

 

咀嚼し、答えを返される。

 

「どうして?困ってるんだろ?」

 

俺の再度の質問に彼女は答えてくれた。

 

「だって、友だちの為にこうやって信用できる人へ頼み事が出来るなんて()()()()、初めてだから。」

 

「……」

 

「部屋の中にいる加蓮は今、緊張で足を震わせてる。止まらないよーなんて嘆いてる。」

 

言葉を続けられる。

 

「プロデューサーさんなら魔法をかけてくれそうじゃない。激励の魔法を。」

 

俺も口を開く。

 

「でも、自信を持てとか俺が言っても駄目かもしれないぞ。俺が加蓮に魔法をかけられる保証なんてないんだから。」

 

実際、自信を持て、なんて言ってさっきは失敗してしまった。二人の友情を壊してしまった。

 

と、奏に返答される。

 

「そんな()()()()()()()みたいな魔法じゃなくていいのよ。」

 

「はっ?」

 

間抜けた声が出てしまった。

 

「私が貴方に期待してるのはプロデューサーとしての激励じゃなくて、友人としての激励。」

 

少し俺は頭を悩ませる。友人としての激励?

 

「加蓮の事、好き?」

 

奏にそう訊かれる。

 

「勿論。」

 

「……私は?」

 

「当たり前だろ。好きだ。」

 

「そ、そう……」

 

なんだ。話が脱線しそうじゃないかこれ?

 

「ごほんっ。えっと、私が言いたいのは、好きな人には()()()()()を重要にしながら接してあげてほしいってこと。」

 

《犯人だった。

 

先輩が犯人だった。

 

あの温厚で、優秀だった先輩が。》

 

(……何で今思い出す。止めろ。考えるな俺。)

 

浮かんだ光景を頭の中から振り払う。

 

そして直ぐ近くにいる奏へ集中する。瞳が少し潤んでいた。

 

「……頼める、かな?」

 

奏はいつもと違う、年相応の表情でそう言った。

 

(……全く。素直じゃないな。誰も彼も。)

 

「頼まれた。任せろ。」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

奏を先に行かせ、俺は入室する。部屋の中には前と変わらずパイプ椅子に座った加蓮がいた。

 

「あ……プロデューサーじゃん。その、ごめんね。緊張しちゃってさ。ちょっとだけ待って?」

 

早口で、そわそわしながら彼女が言う。

 

貼り付けたようにしか見えないその笑顔が今の俺には悲しく映らない。

 

「加蓮。」

 

「何?」

 

「俺の事好きか。」

 

「…………は、はあ!?」

 

椅子からバッと立ち上がり目を見開く加蓮。

 

「突然何言ってるの!?す、好きかって、え!?」

 

「俺は好きだ。加蓮。」

 

騒がず俺は喋る。

 

「あ……う……今は、ズルいよ……」

 

もじもじといじらしい彼女。そんな彼女に俺は詰め寄る。

 

「うぇ!?」

 

「……」

 

「あわわわ……」

 

発言を俺は止めない。彼女の両手を掴み言う。

 

「ライブで心配なんだろ。失敗しないかどうか。」

 

「……あえ?」

 

気の抜けた加蓮の声が響いた。

 

「《あえ?》じゃなくて。どうなんだ?」

 

「え、好きとかの話は?」

 

「俺が加蓮の事を一人の友人として応援しているって伝えたかったからその話をしただけだが。」

 

握る両手を離すことなくそう続けた。

 

すると彼女は溜息をついて残念そうな表情になった。

 

だと思った、て何だ貴様。呆れるんじゃない。

 

そう思いながらふと見えた彼女の足に、緊張による震えは見られなかった。

 

「……まあそりゃね。心配するよ。肝心な初ステージなんだし。」

 

ぶっきらぼうに答えられる。

 

「……加蓮にとっての成功って何だ。」

 

俺は問い掛ける。

 

「……完璧に、最良のパフォーマンスを披露すること。」

 

加蓮は答える。

 

そしてそれに俺は反駁しようとし、しかし。

 

「なーんて言うとでも思ってた?」

 

予想外の返しだった。

 

努力中毒、異常な量の自主連、熱意……

 

彼女にとって、これらは全て『成功』の目的を達成するためのものだと思っていた。

 

「……違うのか。」

 

「んー、昔はそうだったよ。確かに今もたまーにそう考えちゃう節はあるケド……ホントにちょっとだけ。プロデューサーさんに担当される前までは、そして奏とユニットになるまでは完全にその把握だったね。」

 

少しの独白で、彼女はこの場を支配する。

 

「完璧にやろう、絶対成功させよう。そう考えてアタシ、候補生の時はバカみたいに張り切ってた。何故ならアタシの知ってるアイドルはいつだって()()()だったから。」

 

「それに速水奏なんていう化物さえいたんだもん。強くそう思い込んじゃった。完璧こそアイドルなんだって。」

 

「ユニットするまでは奏のこと憎かったなー。だってあんなの反則じゃない?天才だよ天才。あたしと真逆だもん。だから奏への当て付けみたいにあの頃はレッスンしてた。こちとら凡才代表じゃボケー!って感じで。」

 

「そっからなんかアタシとその憎らしい速水さんでユニットになりまーす。パチパチ。ではアイドル街道行ってらっしゃい。って軽い感じでデビューして。びっくりした。」

 

「『あれ?こんなのがアイドル?』そう思った。」

 

「それにユニットデビューの話、奏が出した案らしいじゃん。態々有名になれる筈のソロを断ってまで。」

 

「これ今でも不思議なんだよね。まあ奏ってそういうところあるし、もう気にならないけど。」

 

「そんで不貞腐れて下向いてた目を上にスライドしたら、いかにもな新人がアタシのプロデューサーだった。」

 

「左遷を疑ったね。酷い会社だって非難したくなったよ。その時は。」

 

「でも、さっき言った通り、こっからアタシの認識が変わっていったの。」

 

「プロデューサーさんはいつも言ってた。アイドルに正解があってはならない、これは数学ではない、って。」

 

「楓さんの様子を見てるとそれに偽りはないよう思えた。」

 

「奏はいつも言ってた。ボーカルを求めるなら歌手を欲すし、ヴィジュアルを求めるならモデルを欲すし、ダンスを求めるならダンサーを欲す。アイドルの才能は少なくともこの三点の限りではない。って。」

 

「病院のテレビで見てた景色を思い出せば、それは確かだった。」

 

「自分の観念を考え直した。アタシは。」

 

「せめて初めてのライブでは失敗したくなかったから。」

 

……俺は、彼女の瞳を見据え、訊く。

 

「答えは見つかったか?」

 

彼女は、俺の瞳を見据え、言った。

 

「アタシも含めて、誰か一人でもライブを楽しいと思えなかった場合。それがアタシの思う今の()()。少なくとも()()()じゃない。」

 

(あの時の加蓮は。)

 

《「全部完璧だったよね。失敗しないだけじゃなく、教えてもらった以上の事をパフォーマンスしてみせた。ほんと、完璧。凄いよ。アタシなんかと全然違う。」》

 

(やさぐれて、心にも無い事を言っていたのか。)

 

《何故か、二人の姿が自分と先輩の関係に重なって俺には見えてしまった。》

 

(…………)

 

と、彼女が俺の手を強く握り返す。

 

意を決した、そんな目で彼女は自分を見据え直し、言った。

 

「プロデューサー、一緒なら出来るって、言ってよ。」

 

震えた、さっき消えた筈の足の震えに似た、それ。

 

その言葉に俺ははっきり返答する。

 

(…………勿論。)

 

「俺ら三人でなら、絶対出来る。楽しくて、最高の、モノクロームリリィだけのライブを。」

 

口の端を上げて笑いながら。

 

 

 

 

 

蝶の羽音が、微かに聴こえた気がした。

 

 

 

 

 

17:00

 

 

 

 

 

小さな小さなライブがまた始まった。

 

観客が数えれる程しかいない実に小さいライブだ。

 

けれども一生懸命に歌い、踊るその姿は実に大きく見えた。

 

どこか、星の瞬きに似たものを感じる。

 

一等星の輝く様な笑顔だった。

 

成功を確信した。

 

 

 

 

 

20:40

 

 

 

 

 

気づけばそこは家だった。

 

(……理論無しで案外いけるもんだな……痛……っ。)

 

ズキズキとした頭痛、多少の鼻血と共に記憶が頭脳に流入していく。

 

 

 

 

 

インストアライブはミス無しで成功を収めた。

 

喧嘩もなく、反対に二人はより仲良くなった。

 

次の日の予定を確認したりして解散、帰宅。

 

 

 

 

 

「ははっ……モノクロームリリィ、神だな……」

 

若者みたいな言葉が口から溢れた。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

そういえば。

 

俺はふと、いつの日かの、質問ともつかない呟きをどうしてか思い出した。

 

大希、お前は深く色んな事を考える奴だった。それが俺にどれだけの良い影響を与えてくれたことか。

 

「男女同士の友情が成立しないなんて本当かなって思うんだけど、どう?」

 

「さあ?俺には分かんね。」

 

自分の曖昧な返答を無視して、彼は続ける。

 

「そもそもさ。」

 

「うん。」

 

「これ、同性同士の友情なら上手くいくよなんて考えにも取れるじゃん。でもそんなの傲慢にも程があるよな。」

 

その呟きに俺はどのように返したのか。

 

もう覚えてはいない。

 

けれど。

 

けれど、()()()ならこう答えるだろう。

 

友情なんてものは、全て傲慢から出来ている、と。

 

スマホに高垣さんから送ってもらったあの写真を表示する。

 

(先輩。)

 

周りの風景がグラグラと揺れ出す。

 

(すんません。)

 

そして……

 

(俺の傲慢に付き合って下さい。)

 

 

 

 

 

2018 4/28 16:20

 

 

 

 

 

本日二度目のタイムリープが、始まった。




待たせたな。ごめんなさい。


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失敗と萌芽と…… 03

嘲笑う声が聴こえる


プロダクションの二階、端にある階段まで延びる廊下の陰にまた俺は隠れる。

 

見れば、帽子を目深に被った先輩が相も変わらず待機していた。

 

(……やってやる。)

 

今から行う事は全て俺の傲慢だ。

 

奏の怪我や加蓮の挫折等を解決した()()を消してしまうかもしれないものだ。

 

ひどく馬鹿馬鹿しい身勝手を俺は起こそうとしているのだ。

 

けれど、

 

《三人とも彼の事を心配していた。》

 

これは、彼女達のため、そして先輩のため、勿論俺のためにも起こすべき傲慢である。

 

(出来てない人間だな。俺は。)

 

早速行動を開始する。

 

廊下の陰から足音を隠さずに俺は出た。

 

反応し、振り返った先輩を無視して発言する。

 

()()。」

 

急いで逃げようとする先輩を見ながら続ける。

 

《「分かってんだろ。じゃなきゃこんなにやられねぇだろうし。」》

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

……俺のこの言葉に、逃走しようと動かしていた足を先輩は止めた。

 

代わりに帽子を脱ぎ、階段から視線を離して口を開いた。

 

ゆっくりと、徐に。

 

「……そうか。誰かにリークされたか。」

 

ここからは思考戦である。

 

たとえ友情やら傲慢やらを理由にしてきたとはいえ、俺の担当を陥れようとした事実がある。

 

彼の友人だから。分からない事だらけだから。

 

俺はこそこそといく。

 

プロデューサーとして培われた能力を存分に発揮させてもらおう。

 

(リーク?……単独犯じゃ、ない?)

 

ということは、先輩の犯そうとしたこの一連には仲間がいて、そして俺の一言で裏切られたと認識した……

 

あの時の言葉とも被せたが……そこまで信用されてないのか。

 

『誰かに』ということは三人以上の可能性が高い。しかし現場の周りに人はいなかった。加えて信用の薄さが真だとすると……

 

「はい。ありがたいです。」

 

最初はこの答えでいける筈。

 

「……その様子だと俺はまだ安全なのか?ニュージェネは?」

 

震えた声で先輩は俺に言う。

 

(安全……ニュージェネ……?)

 

物騒なにおいのする単語が出てきた。

 

もしかすると俺は、結構危ないもんに口を突っ込もうとしてるのか?

 

というか身の安全を訊くって、しかも他の娘の事も。

 

(……おいおい、とことん俺はクズ野郎か?)

 

自虐的に己を揶揄する。

 

先輩の瞳には怯えが付きまとっている。

 

完全に()()()()()挙動だ。

 

リーク云々も仲間じゃなくて脅してる奴ら。

 

脅してる奴らからけしかけられた仲間だと思われてこんな怯えてんのか。

 

《怪我の原因を訊かれた時、先輩は暈して答えた。》

 

流入してきた記憶を思い出す。

 

(……カマかけてみるか。)

 

これらの会話や思考等から、ある一つの仮説が俺の頭の中に浮かび上がった。

 

それは最悪に近い仮説である。

 

有り得ないと信じたい仮説である。

 

もし正しかったのなら、俺のこれらの憶測が全て事実に変わる仮説である。

 

しかし、芸能界なら起こりうるであろう仮説でもある。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

俺のこの発言に先輩は黙る。

 

(どうだ……?)

 

その沈黙は先輩がきちんと破ってくれた。

 

()()()()()()()()()。ははっ。」

 

(ビンゴ……っ!)

 

ポロポロと涙を流す彼。

 

反して確信を得た俺はこそこそしなくてもよい、というよりむしろ、大胆にいくべき確証を得ることができた。

 

時計を確認すれば今は16:23。奏が突き落とされる時間が迫っていた。

 

(急ぐか。)

 

俺は泣いている先輩の元へ進み、手を握り、言う。

 

「すんません先輩。今までの全部嘘です。」

 

「……は?」

 

潤んだ瞳を投げつけられる。

 

「はっきりいって貴方が何言ってるのか全く分かりませんし、リークとかそもそも何ですか状態です。」

 

「お、お前、えっと、は?」

 

膝を床について俺を見上げている彼は少し安堵しているようにも見えた。

 

「取り敢えず立って下さい。別の場所で話しましょう。」

 

手を引っ張りあげる。

 

「ちょ、ちょっと待て、って、うあ!」

 

と、バランスを崩して彼が転んでしまった。

 

「いって……あ、足が……」

 

「す、すみません。」

 

俺はそう言いながら時計を再度確認する。

 

(16:25。まじか。ごめん先輩。)

 

「くっそ……多分捻挫だぞ。いてえ。」

 

必然性事象がここで発生してしまった。また先輩を怪我させてしまうなんて。

 

「ほ、ホントすみません……えと……」

 

「もういいから。今は兎に角医療室まで俺を運んでけ。」

 

「でも、」

 

「訊きたい事があるんだよ。沢山な。」

 

「っ…………分かりました。」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

医療室には運悪く人がいなかった。

 

その為、簡易的な処置しか彼には施せなかった。

 

思えば先輩には迷惑ばかりかけて何も還せてない。

 

氷嚢を先輩の踝にあてがいながらその冷気にのせられるよう、俺は冷えた気持ちになった。

 

と、彼が口を開く。

 

「望、お前どうして俺だって分かった。顔は隠してたのに。」

 

どうやら先ずはそこかららしい。

 

確かに彼からしたら不思議だろう。どうやって自分だと知ったのか、と。

 

だが生憎ホントの事は言えない。何故かは自明の理だ。

 

嘯くしかない。

 

「奏にメールしたの先輩ですよね?」

 

「……それは分かってるのか。」

 

「はい。俺のプロジェクトルームに入って怪しまれない、尚且つ、私用の携帯をそこに置いてある事を知っているのは先輩だけなので。」

 

「そうか。」

 

溜息と共に彼は相槌を打つ。

 

続けざまに彼は言う。

 

「お前何をどこまで知ってるんだ。」

 

少し含みを持たせた感じ。試してるのか?

 

「奏を階段から突き落とそうと思索していたこと。それと……先程の会話から察するに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ですかね。」

 

その言を聞いた先輩は、また溜息をついた。ゆっくりと。

 

()()()()だとマジで仲間じゃないな……ははは……」

 

暗い表情を彼は隠しもしない。

 

「……なあ。」

 

先輩の柄にも合わない小さな声。

 

「はい。」

 

力強く返す。

 

「地獄を一緒に渡る気、あるか?」

 

情けない鳴き声を俺は聞く。

 

あの頃見ていた、知性と優しさを携える貴方の面影はどこにもない。

 

疲弊しきった貴方は別人のようで。

 

どことなく、やさぐれていた頃の貴女を思い出して。

 

《「アンタを頼るなんてそんなのアタシっぽくないよ。アタシなら、利用するね。信頼してないし。分かった?『新人』さん?」》

 

俺は、ただ一言。

 

「あります。」

 

かけた迷惑の分、利用して下さい。

 

それもまた友情のカタチ、でしょ?

 

 

 

 

 

五、六分後。二人の密会は始まった。

 

「俺は脅されてる。()()退()()()()()()()()()()()な。」

 

「……俺?なんで俺なんすか?」

 

突然の情報に驚く。脈絡がないからだ。

 

「後で話すからまあ聞け……んで、脅してきてるのはお前の推察通り裏切り者だ。そいつから奏を階段から落とせって命令された。ただし死んだりしても責任は負いませんだってよ。ふざけやがって。」

 

先輩は奏を階段から突き落とそうと()()()()()()のではなく()()()()()から俺が仲間じゃないと気づいたということか。

 

にしても『そいつ』というには裏切り者は一人なのだろうが、

 

《『誰かに』ということは三人以上の可能性が高い。》

 

矛盾点が生じる。

 

裏切り者は誰なんだ。

 

これらを彼に訊く。

 

()()()()だよ。俺を脅してんのは。でもそれ以外に仲間がいるのかもしれないし、そこを俺はしらないから。」

 

……は?

 

中辻?

 

部長?

 

中辻部長って、それ、

 

「部長が俺を辞めさせようとしてるって……何で……」

 

呟いた一人言にも彼は返答してくれた。

 

()()()()()()()()()()。」

 

「ど、どういう、」

 

「よく考えろ。思い出せ。」

 

 

 

 

 

「何故お前だけ入社出来たか。」

 

《それに人事部の目は節穴なのか。俺一人っておかしいだろ。一人だけならもっと優秀な人材いたじゃん。なして俺なの。》

 

「何故楓さんがお前の担当になったのか。」

 

《研修生に期待しているという事が果たして異動に直接的関係があるのか甚だ疑問だったのだ。》

 

《研修生にこんな事をやらせるなよ。経験不足で失敗するぞ。》

 

「何故研修生上がりたての新人が五人担当するのか。」

 

《四月から正式なプロデューサーとなる俺へ異例にも担当アイドルを五人もつけやがった。》

 

「しかもその五人の遍歴考えてみろ。おかしいだろ?」

 

《今年最も売っていきたいユニットを最も期待できる有能に任せたいという理由から、モノクロームリリィより、速水奏と北条加蓮。》

 

「最後は今日の楓さんの仕事だ。どうだ?」

 

《「雑誌のインタビューでここに来たんですが……中辻さんから聞いてませんか?」》

 

「つまりな。」

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ。」

 

 

 

 

 

氷嚢を俺は床に落としてしまう。

 

手が、いや、全身が冷えてしまったから。

 

友情の傲慢でタイムリープしてみれば、突きつけられたのは自分の危機。

 

思い違いで先輩を傷付けた最初の過去よりも今の和解的エンドを迎える過去の方が彼にとっては良いものだろう。

 

そう思ってた。

 

なのに蓋を開けてみれば待っていたのは絶望。

 

両者が等しく背負う、絶望。

 

「採用理由、は……」

 

今度は俺が声を震わせ、問う。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()だ。お前は高校生の時の同級生というステータスを利用された憐れな犠牲者。綻びを見せちまった俺よかはましかもしんねえけど。」

 

「……楓の引き抜き?ステータス?」

 

「中辻はお前をなんとしてでも退けようとしてる。高垣楓という最高の原石を使用するにあたって最大の障壁となるからだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 

 

 

頭が真っ白になる。

 

だって、これは、あまりに話がでかすぎる。

 

《「地獄を一緒に渡る気、あるか?」》

 

地獄より最悪だ。

 

こんな訳の分からない事に俺と楓が巻き込まれているのだから。

 

「望。これを聞いたからには協力してもらうぞ。」

 

唐突の強い口調にしどろもどろしてしまう。

 

「な、何に。」

 

「話訊いてたから分かるだろ。俺とお前だけじゃねえ。担当してるアイドル達も危ねえんだ。ニュージェネ、モノクローム等々。」

 

「……」

 

「退職や引き抜きで済めば優しいもんだ。あいつ、俺を脅す時こう言ったんだぞ?」

 

『望くんを退ける事に失敗すれば、君の担当アイドルは私が全余生をかけて滅ぼしてあげよう。さて、どんな味がするのかな?』

 

俺はただ閉口する。

 

部長は俺を目の敵にして、今までずっと退職させようとしていたのか……?

 

というか、このままだと楓も、皆も危ないじゃんか。

 

先輩の言うことに嘘は感じられない。

 

確かに正当性のあるものだったからだ。

 

「何で先輩は脅されてるんですか……」

 

そう訊くと、多少の困惑の後。

 

「……痴情の縺れ。凛、卯月、未央。全員とだ。」

 

「……そっすか。」

 

「ああ。」

 

その返答を聞いて俺はまたまた思考する。

 

どうするべきか。

 

何をすべきか。

 

何が出来るか。

 

熟考する。

 

『自然に生きるなんて、私には難しすぎると思いませんか?』

 

《「…………やっぱり、アイドルなりてぇよ……っ」》

 

《「…………悔しい、のよ……っ!」》

 

《「プロデューサー、一緒なら出来るって、言ってよ。」》

 

《「……ずっと、ずっと会いたいと思ってました……っ!」》

 

《最後に、部長が無能である事にも気づかされた。

 

二十以上も年下の若造に論破されて癇癪を起こすとは。御愁傷様。》

 

熟考した。

 

何が出来るか。

 

何をすべきか。

 

どうするべきか。

 

返答を求めて俺は先輩へ問う。

 

「協力ってことは、先輩が()()()()()を目的としてるっていう事でいいですか。」

 

彼は嬉しそうに、それでいて悲しそうに返す。

 

「ああ。生半可な姿勢じゃ、学生気分で温厚に行ってちゃ守りたいものも守れない。」

 

「そんなことできるんすか?」

 

「ここは化物の宿る芸能界だぞ?やろうと思えば案外やれる世界なんだよ。」

 

そんな先輩の言葉を聞いた俺は。

 

 

 

 

 

「協力します。案は?」

 

 

 

 

 

5/2

 

 

 

 

 

先輩の状態に関する未来以外は変わらず、次の日。

 

()()()から先輩は会社に来なくなった。

 

足関節の捻挫で有給をとったのである。

 

出来ればそのままずっと休んでいてほしいものだ。

 

しかしそうもいかない。

 

彼の有給保有日数は丁度一ヶ月だった。

 

つまり()()()()()()()()()()()()()はたったの一ヶ月であるということ。

 

つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()はたったの一ヶ月であるということ。

 

俺と先輩は先ず部長を失脚させるために『俺の責任問題とするため行われそうになった奏の事故』の連関を上手い具合に隠滅させる必要があると考えた。

 

最初から怪しまれたら試合終了だからである。

 

その為俺は知らんぷりを貫き、先輩は前述したように行動した。

 

よって、この一ヶ月間は先輩の担当グループのニュージェネレーションズが他のプロデューサーに担当される訳だがそれは考えなくてもいい。部長がこの時点で彼女達に手を出してもメリットがないからだ。

 

とはいえ何かやらかされる可能性もないとは言えない……

 

それで先輩も先輩で有給中、色々と活動するらしい。

 

脅されてからただ傅いていただけじゃないのだと。

 

失脚に追い込む手立ては現在、充分でないにしてもあるにはあると。

 

一ヶ月後、必ず揃えて出社すると。そう言われた。

 

さて、では、これらのものから導かれる俺のすべきことは一つだろう。

 

幸いにも俺にはタイムリープがある。

 

それを用いて俺はひたすら守るのだ。

 

先輩と俺のアイドルを守るのだ。

 

(()()()()()()()()()()()()()()。)

 

皆の笑顔を守るがために。




話がエグい方向いってる……(予定調和)


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韜晦と約束と…… 01

嘲笑う声が聴こえる


随分と昔の、大体俺が小学生くらいだろうか、そんな頃の話だ。

 

岩手に住むいとこの家へ遊びに行った俺は二つ歳上のお姉さんにお世話になっていた。

 

そのお姉さんが三船美優ことみゆねぇである。

 

名前に違わず美しくて優しいみゆねぇと遊ぶのはとても楽しかった。

 

自分の我が儘にも文句一つ言わず付き合ってくれたのは子ども心に嬉しかった。

 

一週間程度の滞在の、ある日のこと。

 

一階にいたみゆねぇのお母さんの怒声が二階の俺のもとまで聞こえてきた。

 

朝も早いというのに何が起きたのだろうか。

 

気になって見に行くと、そこではみゆねぇが無表情で佇んでいた。

 

お母さんは悲しそうな顔をして怒っていた。

 

みゆねぇは異論も反論も起こさずじっとそのお叱りを受けていた。

 

お母さんはそれを見て更に口調を荒げた。

 

誰が何を言っていたのかはもう覚えていない。

 

けれどもただ、その光景が普通と比べれば異常であったことは確実で。

 

後にみゆねぇが俺へと放ったあの言葉が脳にこびりついて離れない。

 

「自然に生きるなんて、私には難しすぎると思いませんか?」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

アイドルを保護するように生活して一週間が経った。変化はない。

 

いやまあ、モノクロームリリィのインストアライブ成功により、多少二人の仕事が増加したという変化はあったが。

 

それ以外の部長に関係する変化は何も起きていなかった。

 

自分は彼の失脚の為に暗躍する者ではない。故に大人しくするのが最適解であり、受動を心掛けるのが安全策であるのだ。

 

先輩が密かに裏活動をしている以外、暗い事業は起きていない筈である。ならばやはり俺のこの選択は正しいものであろう。

 

と、そんな思考中、

 

「プロデューサー、寝癖。」

 

そう高垣さんが俺に指摘してきた。

 

鏡を見てみると確かに立っている。これは恥ずかしい。はやく直そう。

 

「ありがとうございます。楓さん。」

 

一言彼女へ感謝を述べてから俺はトイレに逃げ込んだ。

 

 

 

 

 

「……ふふっ。幸せ。」

 

「なのに、彼は……」

 

「やっぱり許せませんね。」

 

部屋から出る際、何処かからか冷たい声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

更に一週間が経ったある日、俺はある()()を知った。

 

ちひろさんから手渡された厚い封筒。全社員に配布されたらしい資料に疑問を持つ。

 

社内にて周囲に人がいないことを確認してからそれを開き、中身を見る。

 

「社内改革の為の人事異動について、って……は?」

 

そこにはつらつらと文字列が並べられていた。内容は単純で、これはつまり。

 

(事前対策としての摘心……あいつらとばされるのか。)

 

中辻の名前がその資料内にはあった。

 

彼と関係を築いていた人事部の奴らの名前も同様である。

 

要約すると、この資料は彼らの無問題的左遷について書かれているようであった。

 

この資料を確認した俺は急いで先輩に電話をかけた。

 

まだ動く時ではないと言っていたのに何故、と訊くためである。

 

しかし彼の返答は困惑に満ちていた。そんなのは知らないと。

 

(どういうことだ……?)

 

これが先輩の手管ではないという事は、俺ら以外に中辻の悪事を暴いた奴がいるという事を示唆している。

 

唐突すぎる人事異動などそういった作為がなければ会社は起こさないからだ。メリットがない。

 

さて、そのように考えるとこの作為者は味方に思える。しかし安易に結論付けてはいけない。高垣さんやみゆねぇ、俺と先輩の担当アイドルの未来もかかっているのだから。

 

したがって作為者は中立的であると仮定することしか今の俺らには出来ない。確実なものが何一つ無い、ぽっと出の作為者なのだからそいつが誰なのかも分からないのだ。不明瞭に帰結せざるをえない。

 

(……取り敢えず皆に影響が無けりゃいいんだ。)

 

俺はこの作為者を中立と結論付けて、中辻と人事部の一部の奴らが地方にとばされるのを見届けた。

 

とばされるまでの数日、中辻の俺を見る視線は明らかに殺意を孕んでいたがそんな勇気など無い、口だけのおっさんだ。しかも遠くの支社に行ってもう会う事などない野郎だ。興味も無く、ただ無視した。

 

こうして、釈然としないまま奏と先輩の事件は幕を降ろした。

 

(一応、俺の辞職と高垣さんの引き抜きはこれで解決としていいだろう。)

 

幾ばくの日にちを経て六月。先輩は仕事に復帰した。

 

日常が戻ってきていた。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

事実を知ってからの五月、六月、七月は俺にとって久しく思える平和の日々が続いてくれた。

 

五月の後半では心がアイドルデビューを飾った。

 

確かに四月の時点で心は正式なプロダクション所属のアイドルとなっている。しかしそれはただアイドルという称号を与えられたに過ぎないものだ。

 

このデビューで歌った事が、人前に立って音を響かせた事が、実質的な始まりといえるだろう。

 

実際、彼女の満足げなあの表情を見ればこの時初めて彼女にアイドルとしての自覚が芽生えたという事は想像に難くない。

 

「……プロデューサー。」

 

「ほんとに……ほんっとに、ありがと。」

 

「まだ、夢、諦めなくてよかった……っ!」

 

 

 

 

 

六月はみゆねぇがアイドルデビューを飾った。

 

その淑やかに歌う姿は数少ない人々を魅了した。

 

当たり前だが、新人も新人なみゆねぇのインストアライブにファンなどはいる筈がなかった。

 

現実は寂れたものであったのだ。

 

しかしながら、俺にはドーム公演に負けない程のアイドル特有のオーラが感ぜられた。

 

みゆねぇは奏や加蓮、心と違っていた。魅了する力が特に強いのだ。

 

やはり俺が見込んだ通りだった。

 

みゆねぇには()()()()()があった。

 

誰も、俺以外の奴がそれを見出だす事は出来なかったようだが。

 

「あの、こんな感じで良かったのでしょうか……」

 

「魅了された……ですか?」

 

「それなら、安心です。」

 

 

 

 

 

ライブの数日後には高垣さんの誕生日を控えていた。

 

盛大に、とはいかなかったがそこそこの規模で彼女の誕生日を皆で祝ったらしい。

 

《らしい》というのは丁度出張でその場に俺がいなかった事を指している。

 

そのため後日、俺は個人的に彼女を祝う事となった。

 

とはいえ高垣さんは名の知れたアイドルだ。二人で何処かへ出掛けたりご飯を食べに行ったりなどは出来ない。

 

貧相な脳を使って思いついた事はプロダクション内のカフェで少しの会話を交わすくらい。

 

加えて俺は一プロデューサーである。

 

誕生日プレゼントを担当アイドルにあげるなんて背徳行為は出来なかった。

 

祝うと言ったのに、してあげられた事は会話だけだった。

 

……それなのに。

 

「ありがとうございます。望くん。」

 

貴女はそうやって、嬉しそうな素振りをする。

 

まるで恋する乙女のように微笑むのだ。

 

「嬉しいな。」

 

酷い人だ。貴女は。

 

期待させるのが上手すぎる。

 

悪女じゃないか。

 

本当に困ってしまう。

 

今年も、俺の誕生日を貴女は忘れず祝ってくれた。

 

同じように数時間程度会話して、祝福してくれた。

 

胸のあたりがむず痒い。

 

(そんなこと、有り得ないのにな。)

 

身体の火照りは夏の暑さじゃ誤魔化せなかった。

 

 

 

 

 

七月では奏と加蓮それぞれのソロ曲発売が決定された。

 

デモも完成しており、あとは二人の歌を入れるだけ。

 

発売予定月も既に決まっていて、奏のは九月、加蓮のは十月である。

 

異例の速さと言わざるをえないこの決定には二人に言えない裏事情があった。

 

中辻の件だ。

 

実はソロ曲発売を提起したのは彼であったらしい。

 

上が検討した結果による決定はそうそうな理由があっても覆らない。

 

俺的には中辻の名残など吐き気を催してしまうが、やはり会社の方針は絶対である。

 

中辻のことだ。どうせ新人の自分をソロで失敗させて色々と難癖を付け、芸能界から引き摺り降ろすつもりだったのだろう。もう関係無いが。

 

……いや、案外、中辻も良い所があったかもな。

 

「か、奏!新曲!しかもソロ!ソロだって!」

 

「わ、分かってるから落ち着いて!肩を揺さぶらないで!」

 

「やったー!!!!」

 

「話聞いて!?」

 

(二人を幸せにしてくれたんだから。)

 

災い転じて福となすとはこの事か。

 

笑いながら俺はそう思った。

 

「プロデューサーさんも笑ってないで加蓮を止めて……じゃないと吐くよ……」

 

「待って、吐かないで。」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

2018 8/7 8:43

 

 

 

 

 

真夏日として太陽は猛威を奮う。たれ落ちた汗が蒸発するのも一瞬の事だった。

 

今日は346プロダクションに於ける選出型ドームライブの日。我らがアイドルや彼女達を推してくれるファンにとっての一大イベントの一つである。

 

毎年八月の前半に開かれるこの定例ライブは芸能界全体と比較してみても規模が大きく、世間への影響も多かれ少なかれ与える為、プロデューサー達にとっての大々的イベントでもある。

 

今日のライブに出演出来るアイドルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の計十七人。《15:30~21:30》の六時間をそのアイドル達で回す事となる。

 

俺の担当からはなんと二人も選出されることとなった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

他のプロデューサーからは驚きを超えて戦慄の域に着くと言われてしまった。

 

それは当然でいて妥当だろう。このような若輩者がプロデューサー歴十年、二十年の方々を軽々と追い越しているのだから。

 

そしてアイドル歴一年半の高垣楓はまだしも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

プロデューサーらはみゆねぇの実力を甘く見すぎている。経験不足と年齢を引き合いに出し、不可能性を論証しようと躍起になるクレーマーにはさすがに憤りを隠せなかった。同じプロデューサーなのに、アイドルを愛する者であるのに、結果に納得せずぐちぐちと文句を言われ続ければ勿論怒るに決まっている。

 

まあそのような軋轢は置いといて。

 

俺はみゆねぇの自意識的な向上心を発見できた事がなにより嬉しかった。

 

今まで自己を隠しがちだった彼女がわざわざ任意の試験を受け、且つ、アイドルとしての意思を表明してくれた。

 

姉の成長が喜ばしかった。

 

けれどもその反面、残念だったこともあった。

 

「まだちょっとだけ心残りかな。」

 

助手席にて加蓮が呟く。

 

ドームに向かうこの車内には運転手の俺と隣に座る加蓮がいるのみであった。

 

奏は別件で到着が遅れる事になり、高垣さんとみゆねぇはプロダクションにて確認をとっているのでここにいない。二人だけの空間である。

 

彼女も任意の試験に挑戦したアイドルの一人だった。一所懸命に取り組んで、本気で挑んでくれた。

 

しかし結果は惜しくも三位。出演は叶わなかった。

 

俺はそれでも()()を残せたのだから充分だと考えているが、そりゃ本人からしたらな。

 

今、一緒にドームへ向かってる理由も頭数増やしというアイドルとしては悔しいものなのだ。

 

「……そうか。」

 

「心残りってか、悔しい。」

 

「悔しい?」

 

「アタシ負けず嫌いだもん。腹いせにライブの準備めちゃ早く終わらせてやりたい。それで皆遅い!って皮肉りたい。」

 

「ボランティアじゃん。」

 

「キレた。デートコースね。」

 

ポジティブなのはいいが勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

11:07

 

 

 

 

 

準備を一段落させてドーム外の自販機に行く。

 

炎天下の労働はキツイ。休み休みじゃないとやってられない。

 

加蓮と二人で自販機の前に立つ。

 

「なんで外の自販機使うの?中にあるよ?」

 

加蓮がゴミを見る目付きでそう糾弾してくる。暑い中引っ張り回してごめんなさい……

 

「炭酸が売り切れてた。」

 

「……あっそ。」

 

汗を流したら炭酸を飲みたくなるよね。

 

「アタシはお茶。」

 

「うい。」

 

注文を聞き入れて俺は小銭を財布から取り出した。

 

 

 

 

 

二人で飲料をがぶがぶ飲み干していると、遠くに人影が見えた。

 

ドームの外なのでたとえ道路を介していても顔の判別はつく。決して陽炎と見間違えたりはしない。

 

「美優さんだ。」

 

加蓮が言う。

 

あれ?もうそんな時間かと思いつつ俺はみゆねぇに向かって手を振る。

 

向こうもこちらに気づいたらしく手を振りながらこちらへ()()()()()

 

(……()()()()()?)

 

「送迎車無いの?」

 

加蓮が何気なくしたであろうその質問に俺は凍りついた。

 

 

 

見えたのだ。

 

 

 

歩く彼女の近くに停車されていた車。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

加蓮が咄嗟に叫ぶ。警鐘を鳴らす。

 

だが、遅かった。

 

大きな音と共に道路へ血が飛び散った。

 

夏の暑さと反比例するように、頭が真っ白になった。

 

「……プロデューサー。」

 

《自然に生きるなんて、私には難しすぎると思いませんか?》

 

(車にとばされた……)

 

「プロデューサーっ。」

 

《あの、こんな感じで良かったのでしょうか……》

 

(小石みたいに……)

 

「プロデューサー!!」

 

加蓮に腕を掴まれ、はっとする。

 

「美優さん、美優さんが!」

 

増した喧騒と冷や汗に現実感を取り戻す。

 

泣き叫ぶ加蓮、喚き叫ぶ通行人、後ろでざわめくプロデューサー達。

 

心が、冷めていく。

 

義務感が、醒めていく。

 

これまでを思い出して。

 

「……加蓮。朝、俺を撮った写真見せろ。」

 

命令する。冷静沈着と要求する。

 

「そんなことよりも美優さんでしょ!?」

 

怒る加蓮。ああ、埒が明かない。

 

そう思った俺は警察に電話しようとして取り出したであろう加蓮の携帯を奪い取り、写真の欄を開く。

 

「何すんの!」

 

強く反抗する彼女を受け流しながらその写真を表示した。

 

今朝の八時頃、プロジェクトルーム。丁度良い。

 

じっと見つめていると風景が揺れだした。

 

「スマホ返せっ……!」

 

そつなくいなしてひたすらに集中する。

 

覚醒した義務感のままに俺は。

 

美優を救う。

 

 

 

 

 

8/7 8:32

 

 

 

 

 

気づくとそこはプロジェクトルームだった。

 

時間や状況からしてタイムリープは成功しているとみて確かであろう。

 

(みゆねぇを、美優を、救う。)

 

ただその義務のままに俺は___

 

「ねえ。」

 

スマホを片手に持つ加蓮が俺を見る。

 

据えた目は震え、怯えを孕んでいて。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……まさ、か。)

 

俺は目を見開く。

 

蝶という、そのささいな羽ばたきに。

 

バタフライエフェクトに。

 

未だ知らない、何かに。

 

加蓮が声を発す。

 

ゆっくりと。

 

力強く。

 

……

 

 

 

「……()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

真夏日として太陽は猛威を奮う。たれ落ちた汗が蒸発するのも一瞬の事だった。

 

(そんな……神様……)

 

何故こんな事を。

 

 

 

 

 

嘲笑う声が聴こえる

 

 

 

 

 




6/14 楓さんの誕生日
6/26 プロデューサーの誕生日
この話から楓さんは25歳、プロデューサーは24歳です。


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韜晦と約束と…… 02

嘲笑う声が聴こえる


「答えてよ。プロデューサー。」

 

加蓮は動揺のままに詰問する。まるで信じられないといったように。

 

俺は当惑するばかりであった。

 

だってそうだろう。

 

何故、過去に戻った事を知っているのか。それを知る方法はただ一つで、しかも俺の持つこのタイムリープだけでそれは可能になるというのに。

 

まさか加蓮も一緒にタイムリープしたというのか?

 

なんで?どうやって?

 

訳が分からない。これまでこんな事は一度として起きたことがない。

 

いや、もうこの際そういうのは一旦置いておこう。

 

「さっきまで、アタシのスマホいじってたじゃん……ねぇ……」

 

加蓮が俺と共にタイムリープしてきたという事は確定している。

 

(だとすれば、なんて言えばいい。こんな能力。)

 

「美優さんは……生きてるよね?」

 

泣き出しそうな声で彼女は俺にそう発言した。

 

混乱しきっていて、目線に落ち着きがない。

 

(言うべきなのか……でもそれでもし加蓮に被害が及んだら……)

 

子供の頃は毎日のように同じ事を考えていた。

 

タイムリープができる俺は、もしかしたら殺されるかもしれない。

 

国家機密機関か暗殺部隊か国際秘密組織かは知らないが、兎に角、こんな世界を変える事ができる能力を持ってしまった俺はなんらかの理由で近いうちに殺されるんじゃないだろうか。

 

それか、俺にこんな能力を与えた奴がいて、当然そんな奴は国に注目されるに決まっているだろうから、そいつが捕まって拷問されたりして俺の事を吐き、暗殺されるんじゃないだろうか。

 

ずっとこのような事を考えては恐ろしくなり、掛け布団にくるまって震えていた。

 

大人となった今の俺はこんな有り得ない事を信じていない。

 

しかしこれが荒唐無稽な絵空事である保証など何処にも無い。

 

だからタイムリープについて他人に話すのは控えたいのだ。

 

騒がれるのが嫌という理由や面倒臭い事に巻き込まれたくないという理由も勿論あり、したがって、この事を加蓮に話すのが憚られるのだ。

 

けれども。

 

(……こうなっちゃ、仕方ないか。)

 

「……加蓮。」

 

一言そう呼び掛けると彼女は素直にこちらを向いてくれた。

 

「車の中で全部話す。付いてきてくれ。」

 

「……一緒に地獄を渡る気があるのなら、な。」

 

 

 

 

 

2018 8/7 8:43

 

 

 

 

 

「時間遡行って……プロデューサー、人間……?」

 

「人間だよ。多分。」

 

俺は車内で自分の子供時代の目覚め、能力の制限、関連して高垣さんについて等々を洗いざらい加蓮に説明した。

 

前置きとして秘密厳守を約束してもらい、あまり深く突っ込まないという契りも交わしておいて。

 

そして、中辻連関の事件は伏せておいて。

 

「アタシが突然タイムリープに目覚めた訳は?」

 

「説明した通り、全く分からん。」

 

「写真の撮影者も同様にタイムリープするってことはないの?」

 

「……続けて。」

 

「プロデューサーは美優さんを救おうと過去に戻る為北条加蓮が撮影した写真を使った。んでさ、戻る過去がその写真を撮った時刻と場所になるってのは撮影者の意思に依存する事を意味してそうじゃない?」

 

「ほう。」

 

「だからアタシもタイムリープしてしまった。記憶を引き継いで遡行できた。」

 

「……」

 

「聞かせてもらった限りなら一番有り得そうな事だと思うんだけど……どう?」

 

「……確かにそれっぽいな。」

 

嘘を吐く。

 

俺は、加蓮のその論理が破綻している事を知っている。

 

中辻の件を伏せた関係で彼女は奏に関するタイムリープを知らない。

 

あの時俺は高垣さんの撮影した写真を用いてタイムリープを行った。

 

けれども彼女に影響は無かった。いつもどおりだった。

 

……結局、加蓮がタイムリープに目覚めた理由など分かる筈がないのである。

 

こんな神様じみた能力では、理解できる事の方が少ないのである。

 

考えるだけ無駄であり、今最優先すべきは美優であるのだ。

 

運転しながら俺は頭の中を切り替え、熟考する。

 

彼女は11:00過ぎに車にはねられて死亡する。それを防ぐにはどう行動すればよいのか。

 

先ず配慮するのは彼女の予定である。今日は大々的なライブの日。美優が死亡する未来があるとしても、悲しいかな、社会人として守らなければならない体裁というものがあるのだ。

 

その為、無理矢理彼女を引き連れて事故から守ることはできない。

 

彼女は9:50迄、会社に拘束される。

 

そこから送迎車が彼女を会場まで運ぶことになる。大体10:00頃には出発してる筈だ。

 

おおよそ40分の道程を終え、一旦全アイドルはドーム内の裏口近くにある大部屋へ集合。ゆとりをもって、これは11:30迄に行われる事となっている。

 

横槍を入れる事が可能になるのは事故ギリギリの時間帯になるであろう。

 

さて、これらを理解した上で彼女の行動を思い返すと疑問点が幾つか浮かび上がる。

 

最も大きく、明白な疑問は送迎車の存在である。

 

加蓮も言及したように送迎車が近くに見当たらなかったのはどう考えてもおかしい。

 

ウチの運転手はライブ前のアイドルをやすやすと道端に放り出す痴呆じゃないし、というかアイドルを放る事で生じるメリットが存在しないのだ。

 

それでは送迎車は何処に?

 

第二に美優の存在である。

 

11:00も過ぎた頃にドーム表の遊歩道で何をしていたのか?

 

彼女だって集合時間が間近に迫っていた事を知っていただろう。社会人なら尚更気にするものを、何故あそこまで呑気に佇んでいたのか。

 

そして第三に。

 

「加蓮。」

 

「何。」

 

「美優を轢いたあの車、おかしくなかったか。」

 

「……タイミングの事?」

 

「ああ。」

 

「まあね。ちょっと()()()に感じた。」

 

車のタイミング。

 

自販機でジュースを選んでいる時からずっと路上に停車していたその車は美優が現れて突然、動き始めたのだ。

 

信号を無視し、歩道へ突っ込んで行く姿は作為を孕んでいた。

 

(まさかとは思うが……)

 

《中辻の俺を見る視線は明らかに殺意を孕んでいた》

 

(…………)

 

「ねえ。」

 

思考中、加蓮に呼び掛けられる。

 

「なんだ。」

 

「……ちょっと後に、ほんのちょっとだけ後にはもう、美優さんが死んでるんだよね。」

 

窓の外に広がる風景を見つめながら独白される。

 

「それをアタシと、プロデューサーで死なない未来に変える。」

 

「これって、()()()の?」

 

その質問に俺は間髪入れず断言する。

 

「正しいよ。」

 

「自分勝手じゃない?」

 

「正しさなんて全部自分勝手さ。俺が望まない未来は悪だし、望む未来は正だ。」

 

「……」

 

「嫌なら止めていい。協力なんてしなくても俺でなんとかする。」

 

「……嫌じゃないよ。協力させて。」

 

「そうか。」

 

「うん。」

 

 

 

 

 

11:00

 

 

 

 

 

適度に準備を終わらせて二人で外へ出る。

 

階段を降り、美優の立っていた遊歩道まで歩く。

 

不自然に停められた車は前と同様にそこにいた。

 

「プロデューサー。」

 

感情のままにその車まで行こうとした加蓮を、しかしながら俺は止める。

 

「駄目だ。」

 

「でも!」

 

声を荒げる加蓮。

 

「なんて言うつもりだ。これから貴方は人を殺しますって言うのか?」

 

俺は冷静さを促す。

 

「……でも、怪しい。」

 

「次の機会でいい。今回は美優を保護して中まで連れていく。」

 

そう言うと加蓮はこちらを凝視した。

 

「次って何。また戻るの?」

 

目を丸くして問われる。

 

「失敗したら戻るさ。」

 

訊く必要もないだろうに。

 

「成功するまで?」

 

(……?)

 

()()()()だろ?」

 

俺がそう返答すると加蓮はそれっきり黙ってしまった。思春期とはよく分からない。情動の機微が激しい。

 

そう考えながら前の美優の歩行方向を鑑み、その道筋を辿っていくと一人で空を見上げている女性を発見した。

 

こちらに気づいた彼女は目線を下げて発言する。

 

「二人が何故ここに……?」

 

「美優さん……!」

 

うって変わって明るくなる加蓮。

 

それとは裏腹に困惑した様子の美優の手を取り、加蓮と共に三人で裏道に入る。

 

「集合時間が早まったんで迎えに来たんです。な、加蓮。」

 

「う、うん。」

 

俺がそう言うと美優はある疑問を口にした。

 

「え……?遅くなったと言われましたよ……?」

 

その疑問に俺は悪寒が走った。

 

直感が、再来を予測したのだ。

 

虚偽の申告をされている。

 

不自然な路上駐車。

 

消えた送迎車。

 

中辻の件。

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「誰にですか。」

 

「運転手の方にです。」

 

これは、結構ヤバいかもしれない。

 

「あ、加蓮ちゃん。奏ちゃんね、早く来れるかもって言ってましたよ。」

 

「え……ああ、ありがとうございます……」

 

取った手を離してから二人の会話に俺は割り込む。

 

「二人とも先にドームまで行ってくれ。俺用事思い出した。」

 

「え!?」

 

加蓮の声を無視し、裏道から離脱して先程の遊歩道へ向かう。

 

二人に行かせた裏道は迂回路だから前の未来は起こり得ないに違いない。

 

もしこれで美優が死んだら……

 

(一番大変なタイムリープになる。)

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

ドームの表通りに戻るとまだあの車は端に停車されていた。

 

(加蓮にああ言った手前、これか……笑えないな。)

 

歩みを止め、車内を見つめる。そこにいた一人の痩せ細った男性は何事かを呟きながらこちらを睨みつけていた。迫力のない、やる気も感じられない瞳である。

 

俺は彼に車から降りるよう指示する。しかし睨んだまま動く気配が無い。

 

どうしようかと思案していると彼は俺に向かって中指を立て、こう言った。

 

「失せろガキ。」

 

余裕も無かった俺はその程度の煽りでいとも簡単にキレてしまった。

 

落ちていた石を使って窓を割り、男を引き摺り出す。

 

「ひぃぃっ!!ご、ごめんなさいごめんなさい!!」

 

ガラスを片手に胸ぐらを掴んで、訊く。

 

「三船美優って知ってるか。」

 

「は、はい!!知って、知ってます!!知ってますから殺さないで!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。違うか?」

 

「そう!!そうです!!ごめんなさいぃ!!」

 

泣き出すのも周りの静止も俺の耳には入らない。入るのは美優についての情報のみ。

 

「たの、頼まれた、頼まれたんです!!やったら借金をちゃらにしてくれるって、そう言われて、」

 

「誰に言われた。」

 

「し、知らねぇよ!!顔会わせたのは今日の朝が初めてだし、そ、そいつだってこれから()()()()()()()がどうとか、」

 

()()()()()()()?」

 

()()()()()()()()()って言われて……」

 

……ああそんな。

 

(最悪だ。)

 

 

 

 

 

美優さんと共にドーム裏に着く。ギリギリ集合五分前だ。セーフ。

 

それに美優さんは今もこうして生きている。隣で歩いている。

 

とても嬉しいけど、心の奥は少しだけムズムズする。

 

彼女は一度死んだことを覚えていない。アタシが泣いて、プロデューサーが決心したことを知らない。

 

美優さんは()()()()()()()()のだ。

 

(どこか空虚に思えてしまう。この嬉しさも、その優しさも。)

 

と、

 

「おや、三船さん。」

 

帽子をかぶり、黒の手袋をしきりに弄っている初老の男性にアタシ達は話しかけられた。

 

膨らんでいる彼の胸ポケットが妙に気になった。

 

 

 

 

 

11:34

 

 

 

 

 

騒動を起こして警察を呼ばれてしまった俺は入り組んだ裏路地を走りながら()()()()()()を操作する。

 

写真を表示し、それをじっと見つめていると風景が揺れだした。

 

(これは()()()()だ。執念と欲望にとり憑かれた()()()による計画殺人だ。)

 

路上駐車していたあの男は金で雇われた一般人だった。

 

美優の送迎を行う運転手に頼まれ、意思的に殺そうとしてた。

 

何故かは分からない。が、何らかの理由から運転手が美優を殺そうと画策していたのは事実だ。

 

ならば、今日失敗したところでまた美優を殺そうと計画するのは自明の理である。したがって、運転手の動機を探らなくてはならない。先ずリセットだ。その後、必然性も調べる。

 

(過去に戻って、もしも加蓮に美優が殺されたって言われたら……)

 

動機を探る意味がなくなり、ほぼ詰みだな。

 

 

 

 

 

8/7 8:32

 

 

 

 

 

気づけばそこはプロジェクトルームだった。

 

途端、加蓮が地に座り込む。スマホを放り、顔は絶望に染まっていた。

 

しきりに掌を見ては、血が、血が、と声を発していた。

 

加蓮のスマホと俺のスマホを交換して、俺は呪った。

 

ふざけた道化師が造り出したような運命を、呪った。




内容がハードになっていく。


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韜晦と約束と…… 03

嘲笑う声が聴こえる


8:43

 

 

 

 

 

呆然と震えていた加蓮を致し方なくプロダクションの医療室に預けてきた数分後。

 

車を運転しながら俺は状況を整理する。

 

あの状態の加蓮と会話をするのは困難と判断して、詳細に何が起きたかは聞かなかったが、彼女のあの一人言から察するに美優は殺されてしまったのであろう。

 

送迎車の運転手に殺害されてしまったのであろう。

 

何らかの思惑から画策された計画の失敗を悟った運転手は犯罪の危険を顧みず、自ら行動に移したのだ。

 

わざわざ金を使って自分の代わりに美優を殺してくれる共犯者をつくったくせに、何を早まったのか今日行動に移したのだ。

 

運転手は逮捕を恐れていた。その証左は所々に表れている。間違いなく逮捕を恐れていた。

 

けれども運転手は自分の手で美優を殺した。明日以降に計画を持ち出して殺害すれば良かったのにわざわざ今日に、だ。

 

どれだけ()()()()()()()()()()が伺える。

 

加えてここにはまた別の意思を感ぜられる。

 

運転手がどうしても今日中に美優を殺害したい事は既に示した。

 

なら、何故事務所で犯行を行わない。金で雇った誰かを自分の送迎車近くにでも配置しておく方がよっぽど効率的でやりやすい。奏の時のように階段から落とすのも良いだろう。

 

何故そうしないのか。

 

ライブに気を遣ってる訳でも無ければ、事故に見せかけたい訳でも無く、憎しみや逮捕への恐れも関係はない。

 

アイドルの誰かが傷害を負えばライブは中止になるし、やむを得ない場合は運転手自身が殺しに来るし、提示したような感情に()()()()()()()()()という疑問の答えになるものは含み得ない。

 

じゃあどうして?

 

分からない。運転手が何を考えているのか。

 

だって、おかしいんだ。

 

変な行動が多すぎる。

 

美優を殺害したいという意思とは裏腹に色々と噛み合っていないのだ。

 

彼女を殺したいならやり方はいくらでも…………

 

……いや待て。

 

ちょっと待て。

 

発想を転換させろ、望。

 

(……()()()()()()()()()()()()ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとしたら?)

 

もしも、運転手でさえ()()()()()だとしたら。

 

憎しみを餌にされて雇われた受動側だとしたら。

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そう言われていたとしたら。)

 

仮定だ。

 

仮定してみよう。こうだったとして、考えてみよう。

 

そうするとどうだ。どうなる。

 

(美優を轢いたあの男は送迎車の運転手が作為者に命令されて雇った。)

 

…………撹乱のため……?

 

(どうしても美優を今日中に殺そうとしたのは作為者が命令したから。)

 

……やはりライブか?

 

(事務所での犯行は作為者が許可しなかった。)

 

……疑惑の目を逸らすため。

 

これらと事件背景を元に作為者を考察すると……

 

(……プロデューサー、か。)

 

もし、美優の送迎車の運転手が受動側だと判明したら。

 

もし、この作為者が本当にプロデューサーであったとしたら。

 

……もし、中辻が関係していたら。

 

(有り得なくないのがクソだ。ふざけやがって。)

 

鼻下をさすりながら俺は暑さに汗を流す。

 

美優は必ず救う。

 

しかしその後が全く予想出来ない。

 

今までも分からない事だらけではあった。

 

しかし予測の出来る不明確だった。

 

今回は最低最悪である。

 

俺のこの、不出来で役立たずな頭が憎い。

 

大希なら簡単に切り抜けるだろうに。

 

自己嫌悪が止まない。

 

(そういえば鼻血が出てきてないな。)

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

いつからでしょうか。隠すようになったのは。

 

余りある能力が争いを生んで、争いを終わらせる人はいつも余りある能力を持つ。

 

秀麗であれば平等は生まれず、平等を求める人はいつも秀麗だ。

 

称賛は他の劣等を生む。

 

研鑽は他の堕落を生む。

 

私の幸福は私だけの幸福で、私の不幸は私以外の幸福になり得る。

 

完璧である事は上辺だけで望まれ、欠陥のある事は深層まで望まれる。

 

私は出来る子でした。

 

けれども皆、私を疎外します。

 

ひそひそ話、内緒話、噂、デマ。

 

出る杭は打たれる。

 

私は天才でした。

 

だから人扱いされません。

 

奇形種や腫れ物を扱うのと同様で、果たして私はこれでいいのだろうかと思慮を巡らせました。

 

いつからでしょうか。隠すようになったのは。

 

皆の幸福を願って、個を()()()のは。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

9:02

 

 

 

 

 

「はい。大丈夫です。ちょっとした寝不足ですから。はい。ありがとうございました。」

 

そう言ってアタシは医療室の扉をゆっくりと閉める。

 

なんとなく、暫くそこに立ったまま深呼吸をしてみた。すーはーすーはー。

 

変わらず鼓動は鳴り止まない。常時より速く脈打つ心臓はこの状況をよく理解している。

 

(頑張れアタシ。)

 

 

 

 

 

数十分、ベッドの上で冷静になろうと目を瞑っていたアタシはさっき起きた光景を思い出していた。

 

くるまって、小さくなって、思い出していた。

 

全く知らないおじさんに私達は突然襲われた。

 

手には刃物を持っていて、怖くて、足がすくんで。

 

転んだアタシを守ろうと身を挺した美優さんは勢いのままそのおじさんに刺された。

 

心臓の近く。ふかくふかく。

 

生温い。黒かった。

 

冷たくなっていく。でも何もできなくて。

 

霞んでいく世界に震えて。

 

……

 

何度も何度もその記憶を反芻した。

 

細やかにリフレインさせた。

 

その内震えが止まって、涙が溢れてきた。

 

声を圧し殺して泣いた。枕の湿りが広がっていくのを眺めながら。

 

泣き終わると体が重くなった。動けないほどに大きく疲労していたらしい。

 

反芻を止めて、そのまま眠った。温かさに包まれて。ふかくふかく。

 

でも直ぐ目を覚ました。スッキリとした目覚めじゃなかった。けれど明瞭に、何をしなきゃならないかが判るほどには頭も醒めていた。

 

重くもなく、軽くもない身体を起こす。

 

「同情でも、恩義でも無いんだから。」

 

「ただ、切磋琢磨するライバルが欲しいだけだし。」

 

「ライブも台無しになっちゃヤだし。」

 

「韜晦したまま逃げ切るなんて許さないよ。美優さん。」

 

蝶の嘲笑う声が聴こえた気がした。

 

 

 

 

 

四階のプロジェクトルームでプロデューサーのスマホを回収する。

 

瞬時、電話をしようか迷ったが。

 

《「()()()()だろ?」》

 

そうはせず、部屋に置いておいたアタシのスマホポーチにそれを仕舞って持ち運ぶ。

 

(プロデューサーはなんとしてでも美優さんを生存させようとしてる。)

 

彼女の生存が第一で、それ以外はそこまで重要視していない。

 

頑なな性格だ。彼はアタシが何かを提言したところで改めることなどしない。

 

そもそも彼自身だって一生懸命頑張っている。それを否定するつもりは無い。邪魔するつもりも無い。

 

(あの服装……帽子と手袋。)

 

醒めた頭が思い出してくれた。あれはここの送迎車を運転する人達の制服だ。

 

その制服を着用していたということは、彼がこのプロダクションに勤めている会社員であることを意味している。

 

ドームへの出発時刻まではまだ充分にある。今、彼はこの会社にいるに違いない。

 

(先ず地下駐車場に行こう。次に別棟の社員棟に忍び込む。)

 

アタシはプロデューサーの補佐を行うのだ。

 

そう心に刻んで、プロジェクトルームを出た。




短くてごめんね。


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韜晦と約束と…… 04

嘲笑う声が聴こえる


9:09

 

 

 

 

 

天井に張り巡らされた蛍光灯は止まず点滅を繰り返していて、物寂しくも怪しい雰囲気を醸し出している。

 

ここに来る度にアタシは思う。

 

なんとも言えない独特の臭気を発しているこの地下駐車場が嫌いだ、と。

 

思い出したくもない()()()()()が自発的に呼び起こされてしまうから。

 

特に、美優さんの惨状を目撃してしまった今は。

 

『大丈夫。』

 

靄がかった声に、騙されてしまいそうになるから。

 

(きっつい……鼻もげそう……)

 

鼻をつまんで、こそこそと歩き回る。車は沢山停めてあるが人は誰もいない。

 

アタシは慣れた不気味さにはさして動揺しない。しかし苛立ちの気持ちがどうにも抑えきれない性分であった。

 

どうしても病院のエタノールが思い出されてしまって。独り病室に佇むあの頃を思い出してしまって。

 

無音の空間に一人分の足音だけが響く。籠ったように反響するところがますますあの病棟を連想させて気が散ってしまう。腹がたつ。

 

『大丈夫だよ。』

 

何が大丈夫だった……一体何が……

 

(もう、出よう。人がいないんなら用なんてない。)

 

燻る気持ち悪さにたまらずアタシは入り口へ足を向ける。無駄に時間を浪費してしまったと判断して。

 

『私は加蓮ちゃんの___』

 

アンタのせいで()()は……っ!

 

(違う。忘れろ。こんなものは今、関係無い。)

 

両手で頭を叩く。出てけ。アタシの頭の中から出てけ。アンタは()()だ。なんでもない妄想だ。許可も得ずにうろちょろと脳内を闊歩するのは許さない。許せない。

 

階段に着いて、上へと昇っていく。足取りは自然と急ぐカタチになっていた。

 

……次第に、アタシの頭の中から幽霊は出ていってくれた。

 

いつの間にか滲んでいた冷や汗を手の甲で拭う。

 

結局、有益な情報は何も得られなかった。

 

乱されただけだった。

 

(……どうにもやはり、美優さんの死に引き摺られてしまう。)

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

私が十三歳の頃。ふわっと記憶していること。ただ一つだけ記憶していること。

 

お母さんが怒っていました。私に説教をしていました。

 

悪い事をしたから怒られたのではない筈です。行動もしてないのにどうやって悪事を働くのでしょう。

 

だからといって、何もしていない事に対して怒られたというのにもなんだか違和感。

 

他愛もない普通な生活。既に平均を座右の銘にして生きていた私からすると、怒られる理由が全く見当も付きませんでした。

 

これを記憶しているのも多分そのせいです。訳が分からないんです。悪い事なんてしていないのに怒られたのです。

 

抜きん出ない。平均。平々凡々。中庸。エトセトラ、エトセトラ。

 

平和でいるには消極的平等が肝心なんです。

 

耐え忍び、笑う。これが重要。

 

まさかこの()()()()がお母さんの怒りの理由だなんて、そんなことありえないだろうし……

 

実を言うと、私は後にも先にもこの一回しかお叱りを受けていないんです。だから気になるのは当然ですよね?

 

何度もリフレイン。()()()を探さないと。

 

そうやってずっと考え続けて幾数年。糸口さえ不明なまま。

 

(もしかして私、何か忘れてるのかしら……?)

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

9:31

 

 

 

 

 

ドームに到着して、直ぐ、俺は外に出た。忌まわしき遊歩道へ歩を進めるためであった。

 

美優を轢き殺す予定のあの男には勝手なでまかせを用いて退場してもらった。嘘も方便だ。

 

その後中に戻った俺は注意をはらいながら周辺の仲間達を観察した。怪しい行動や不明な人相が無いか等。

 

しかしなんの変哲も見当たらない。驚く程に自然であった。

 

俺が、浮いているみたいだった。

 

 

 

 

 

社員棟へアタシのようなアイドルが入るのには許可証が必要となる。名前の通り、社員の為の職場であるからだ。アイドルが楽々と出入りできる所ではない。

 

その許可証というものは別に大層ご立派なものではない。ただの紙切れ、つまり切符形式だ。

 

しかし発行に一日以上かかる。入棟審査とかいうよく分からないやつを経てそれが認可されるまで待たなければならない。

 

(地下駐車場はもう行きたくない……ので。)

 

無断で侵入するしかない訳だ。

 

助かることに社員棟の周りは夏の力で草木が生い茂っていた。隠密に、バレないようにするのは簡単だ。蝉の煩さが足音も消してくれている。よっぽどじゃなければ侵入できる。

 

(そうして三分前に第一ミッションはクリアした、けれど……)

 

階段の陰に隠れて様子を見る。人の気配は消える事がない。

 

(ライブ当日だから、そりゃこうなるか……)

 

話し合いを絶えず続ける三人の女性、資料片手に奔走する一人の男性、無表情に佇む警備員。どこかからか聞こえてくる電話の音、息をきらす音、怒鳴り散らす音、シュレッダーの音。

 

できればアタシは初老の男性運転手を捜したかった。最悪、名簿かなにかを盗み見てやるつもりでさえあった。でもこの状況じゃそんな愚行は無理だ。見つかれば締め出される。

 

(どうにか……どうにかしないと……)

 

 

 

 

 

9:42

 

 

 

 

 

高垣さんからドームに着いた旨のメールが送られてきた。事務所での確認を早めに切り上げたらしい。時間に大分余裕のある到着だ。

 

裏手には既に彼女がいた。声をかけると此方に気づいた彼女が手を振ってきた。爛漫たる桜の様な笑顔だ。

 

側には関係者が数人いて、彼らにも挨拶しながら話を始めようとするが。

 

「期待してますよ。楓さん。」

 

「…………あの、」

 

ちょいちょいと手をこまねく高垣さん。密談をご所望のようだった。しょうがなく一言彼らに謝ってから二人だけでその場から離れる。

 

「どうしたんですか?」

 

そう俺が訊くと、彼女はゆっくりとこう言った。

 

「その、ですね。あそこの彼らの中の___」

 

 

 

 

 

「北条さん?何してるの?」

 

停滞していても意味がないと動き始めた瞬間、声をかけられる。頭の中が白く染まった。人の気配が最小限になったタイミングで移動を試みた結果がこれか。

 

「い、飯田さん……」

 

話しかけてきたのはアタシの送迎を担当する運転手の飯田さん。二十代の女性。鋭く睨みつける目が人の優しさを孕んでいない事で有名な人だ。

 

「あの、なんていうか、」

 

まずい。アイドルが社員棟に入る時、その情報は事前に伝えられているものだ。無断で許可無しは百パーセントバレるし、言い訳が効かない。しかも彼女は真面目だ。冗談が通じない。詰んだ。追い出される。

 

「ここは悪戯で侵入していいところではありません。何をしていたんですか。」

 

「あっと……えと……」

 

最適な言い分が思いつかない。まさか美優さんが云々なんて言えないし。どうしよ。

 

と、アタシがうんうん唸っていた横で、飯田さんの隣にいた男性が彼女を宥めだした。

 

「まあまあ落ち着いて。別にいいじゃないですかこれくらい。」

 

「でも葛城さん……」

 

「加蓮ちゃんも悪い事しようとしてここに来たんじゃないんでしょう?」

 

男性にそう問われる。

 

「あ、加蓮ちゃんと僕って初対面か。ごめんごめん。誰だこのおっさんって感じだよね。」

 

 

 

「葛城って呼んでくれればいいよ。()()()()()()()()やってるおじさん。初めまして。」

 

 

 

「は、初めまして……」

 

 

 

 

 

「楓さん。すみません。もう一回お願いします。」

 

声が微かで聞こえなかったので再度の発言を促す。すると彼女はばつの悪そうな顔をして、申し訳なさそうにこう言った。

 

 

 

「あそこの黒い手袋をした彼は私の運転手じゃないんです。それなのにその振りをしていて、しかもいつもの運転手の方が見当たらない。おかしいんです。()()()()()()()()。」

 

 

 

俺は彼女につられて関係者達が集まっているそこに目線を向ける。

 

彼は帽子をかぶり、黒の手袋をしきりに弄っている。いつもの彼だ。異変を感じはしない。

 

しかしながら高垣さんがおかしいと言うのなら俺はこれを調べなければならない。

 

(美優の件を優先したいが、仕方ないか。)

 

「楓さん、彼を俺の元まで連れてきて下さい。そしたら中で待機を。」

 

「わ、分かりました。」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

「どうしましたプロデューサーさん。到着、早すぎましたか。」

 

高垣さんが連れてきた彼の、はきはきとした声でそう言われる。声質は同じだ。間近からの見てくれも全く同様のものである。

 

「いえ、飯田さんに話があって。」

 

「……桜田です。飯田は北条さんの方です。」

 

引っ掛からないか。

 

「ああ、すみません。間違えました。」

 

「いえ。別に構いません。それで?」

 

「貴方の写真が撮りたくて。いいですかね?」

 

詳細まで調査するのにうってつけの理由を提示。カバーを外してからスマホを出す。

 

「良いですよ。」

 

「ありがとうございます…………はい、ありがとうございます。オッケーです。」

 

写真をちらと見て、一旦それをしまう。後で確認しよう。

 

「……終わりですか?」

 

「ああ。もう一つ。スマホ見せてくれません?」

 

ここでどうでるか。普通なら見せない。見せたとしても携帯は自分で持っているものだ。だが後ろめたい事を画策する者は逆に見せて潔白を証明しようとする。個人情報の宝庫を他人に一任するのだから。

 

(これだけで判断を下すのは愚策……しかし判断の手掛かりにはなり得る。)

 

「……ありません。」

 

「えっ?」

 

予想外の応答に空気が抜ける。確かに貴方は五十代ですけど携帯は常備しているものだと考えてましたよ……

 

「車の中です。取りに行ってきますね。」

 

「そこまでしな……行っちゃった……」

 

彼は足早に去っていく。わざわざ取りに行くなんて律儀な人だ。

 

彼が見えなくなって、考える。

 

別段、変化した様子は無い。容姿、声質、口調も以前同様。おかしいところなんてなかった。いつもの彼だ。

 

(高垣さんの意図が分からない……()()()()()()……)

 

と、思考途中、加蓮のスマホが揺れる。どうやらメールがきたらしい。タイトルには『プロデューサーへ』と書かれている。

 

そこには俺が彼女を置いていってから今に至るまでの行動の結果や美優がどのようにして殺害されたのか等の情報が記されていた。

 

絶望し、恐怖していた加蓮が美優の為に行動した記録の数々。キツイ状況を忘れ、少し心が温かくなった。

 

そんな中、俺は目を見張った。温かさは汗と共に蒸発していった。

 

(葛城さんを初めて知った……!?)

 

美優の送迎車の運転手を、彼女を殺した相手を、()()()()()()だと?

 

意味不明だ。加蓮は美優が殺されるのを目撃した、その筈だ。彼女が嘘を吐いたとは考えられない。真実だろう。

 

それなのに初対面?顔を隠していたのか?

 

それはない。ドーム周辺に顔を隠した変人がいれば通報は免れられない。ましてやライブ当日だぞ。格好は普通で間違いない。

 

しかも加蓮は掌を見て《血が》と呟いていたのだ。美優と一緒に移動して、美優が殺された。恐らく犯人は直ぐ近くまで迫っていた。

 

それで初対面……初対面だと?

 

(…………待て。なんだこの文は。)

 

下にスクロールして出てきた一文。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……ああ、俺は、勘違いをしていたのか。)

 

そうだ。美優の送迎車の運転手が犯人であると決めつけた理由は全て状況証拠であった。ただ可能性が一番高いというだけで彼を犯人だと決めつけてしまっていた。

 

(桜田さん、()()()……)

 

先程撮影した彼の写真を加蓮に送って、数分後、これとは別のメールが彼女から届いた。確信を得ながらもそれを開く。

 

「間違いない……か。」

 

(見つけたぞ、くそったれが……ッ!!)

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

()()は約束を忘れ、謎も忘却した。

 

私だけが覚えている。

 

あの約束の真意も、この謎の答えも。

 

死や彼の友情の因果でさえも。

 

全て、私だけが知っている。

 

プロデューサーである彼が()()()()()()()()()()事も、私は知っている。




(設定の見直しをしてたら遅くなりました。)


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韜晦と約束と…… 05

嘲笑う声が聴こえる


8/7 8:32

 

 

 

 

 

もう一度過去に戻り、俺は隣にいる加蓮へ声をかける。

 

「犯人の目星がついた。付いてきてくれ……加蓮?」

 

そっと伺うと、彼女の顔は青ざめていた。動揺に足が震え、手を無心に見つめていた。

 

「…………また目の前で美優さん殺されて……手が、手が温いの。血だよ。血で温いんだ。」

 

そうして、ごめんね少しだけ待ってと彼女に言われる。そうだ。何故気がつかなかった。未来を変えない限りはタイムリープする度に彼女に美優の死を経験させる事となる。

 

(目の前で美優が殺される。そんなの、辛いに決まってる。それを俺は。)

 

ゆっくりと俺は加蓮を抱き締めた。体いっぱいに、包み込むように。安心させてあげたかった。申し訳なくて、どうしようもない気持ちになった。

 

ここで俺に、固い決意に似た義務感が芽生えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。加蓮の為に、美優の為に、これ以上の負担はかけられない。と、そういうものが。

 

早くなんとかしないと。

 

これは俺にしか出来ないのだ。

 

やらねばならない。

 

俺の、俺だけの義務なんだ。

 

俺が、なんとか…………

 

 

 

 

 

9:40

 

 

 

 

 

落ち着いてくれた彼女を連れて行き、ドームに着く。要所要所が前回と同様になるよう行動して、桜田が予定通りにドーム裏まで来るよう細工する。四つ目のルールだ。

 

因みに加蓮をわざわざこの場まで連行してきた事にはきちんとした理由がある。なんとなく惰性のまま事件に巻き込むつもりなど勿論毛頭ない。

 

その理由とは単純である。確認だ。

 

今のところ百分率でいえば九十九パーセント、桜田が犯人であることに間違いはない。しかし念には念をおしておきたい。

 

彼は数十年このプロダクションで働いているベテランだ。仕事に誇りを持ち、人望も厚い。俺もお世話になってる。中辻でさえ彼には頭が上がらなかった。

 

そんな彼が作為者に命令されて自社のアイドルを殺害する……なんて、どう考えても不自然なんだ。

 

それに出来すぎている。まるで一本の糸に手繰られているかのようだ。自分の思う様に行動して、加蓮の思う様に行動して、高垣さんに言われる様に行動して。俺らは警察でも何でもないただの一般市民。何故ここまで上手くいくのか。どうしてこんなに単純に、結果へと辿り着く事ができてしまう。

 

大きく俺は、()()()()()気がする。

 

再度燻る疑念に、どうしても人間性を捨てきれない。

 

(…………考え過ぎだな。)

 

汗がポタリと滴り落ちる。それと同時に加蓮が俺の肩を叩いた。どうした。

 

「その……犯人だって確認したらさ。我が儘だけど、えと……離れたい。ここから。」

 

「……怖い、か。」

 

「……うん。今になって感情がごちゃごちゃしてきてさ。なんか、よく分かんないけどまた泣くかも。それか殴りそう。怨み込めて、顔を。」

 

「…………楓さんの控え室で待ってろ。頑張ってくれてありがとな。加蓮のおかげで美優を救えたよ。」

 

そう俺が言うと、彼女は強調して発言した。瞳の奥をじっと見つめられながら。

 

「ダメだからねプロデューサーさん。犯人に危害を加えたりするのは。」

 

「自己犠牲と他己犠牲もダメ。たとえ戻れるとしてもだよ。」

 

「……ごめん。ちょっと酷い事言う。」

 

「……美優さんを救うとかもう言わないで。それ、神様気取りみたいで、()()。」

 

「今のプロデューサーさん怖いよ。何処かに行っちゃうんじゃないか、なんて、そんな感じして……」

 

「加蓮……?」

 

「……訳、分かんないよね……ごめん……」

 

泣いていた。加蓮は泣いていた。怯えるようにして、何故か泣いていた。

 

分かったから、大丈夫だから、と返答する。数秒おし黙った後、加蓮はこれを了解してくれた。不安げな表情をそのままにして。

 

(そろそろ加蓮の情緒が不安定になってきたな……どうにもここでタイムリープを終わらせるしかないらしい。)

 

裏手から少し離れた所に立てられたパワーパイプテントに置いてある私用の携帯を前回と同様にポケットにしまう。勿論、高垣さんからのメールを見てからである。

 

暫く待つと周りが少し騒がしくなった。その中心に向かってみれば前と全く変わらない。高垣さんと桜田さんがそこにいた。

 

「加蓮。」

 

「……うん。そう。」

 

加蓮は俺の問いに間髪入れず答える。そうか。百パーセントでいいんだな。

 

「胸ポケットにナイフ隠し持ってるから、気をつけて。」

 

次いで発言される。なんだよ。殺意バリバリで合ってたじゃねぇかクソッタレが。

 

「……楓さんと一緒に行け。」

 

「……」

 

「心配するな。日常は目前まで迫ってる。任せろ。」

 

「……うん。」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

平均的な日常を送っていって、あっという間に二十二歳。

 

私は四年制大学を卒業してそこそこの会社へ入る事になりました。

 

教授方から院に推薦されたりもしましたがいまいち興味を持てず、結局波風の立たないOL人生を三船美優は選んだのです。

 

働いてみるとまあまあ過酷ではありました。けれどもホワイト寄りの企業だったので()()()使()もせず、ある程度のハラスメントにも目を瞑って毎日を生活していました。

 

そんな私に一人だけ、同期の友人が出来たのです。

 

彼女の名前は桜田日和。

 

思慮分別の利く、優しい人でした。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

高垣さんと加蓮をドームの中へ誘導し、桜田を呼ぶ。今度はテントの陰で、二人だけ。密会の形となる。

 

「どうしましたプロデューサーさん。到着、早すぎましたか。」

 

彼のはきはきとした声は一字一句がキレイに聞き取れる。耳にも心地よい。

 

「いや、ちょっとした質問なんだけど。」

 

「……はあ。」

 

だから聞き逃す心配はない。()()()()()()()

 

「美優を殺せと誰に命令されたか、言ってみろ。」

 

ナイフでの攻撃はさすがに勘弁なので彼から距離をとってそう問うてみる。核心を突かれて動揺を見せるかと思いきや、しかし、表情を一切変える事はない。何も喋らず、ぴくりとも動かない。

 

怒りを扇ぐ意を込めて挑発してみる。

 

「どうした。それでも使って俺を脅せよクソジジイ、ん?物忘れが激しいのか。それともボケたか?胸ポケットだよ、胸ポケット。そこに入ってるご自慢の髭剃りだ。」

 

手を用いてオーバーリアクションにそう伝えると、さすがに動揺したのか表情が驚きに満ちていく。

 

「ああ、そうそう。テメェが雇った表の粗大ゴミ、あいつなら収集車で帰った。」

 

「……そうですか。」

 

やっと口を開いた彼に俺は再度問う。

 

「誰に命令された。」

 

「ここ。」

 

にこやかに質問を無視されて怒りが沸き上がる。質問してるのはこっちだろうが。

 

「おい、ジジイテメェ、」

 

「静かだね。周りに誰もいない。」

 

またもや無視され、抑えきれない。

 

(このクソッタレが……っ)

 

「いいかげんに、」

 

「私はこう見えても鍛えてたんだよ……確かに今はヨボヨボだけど……()()()()()()()()()()()()()。」

 

「……は?」

 

そう言って彼は俺の元まで()()()()

 

まさか、そんな、

 

(おい嘘だろ、待て、待て……っ)

 

驚きから足を溝に引っかけてしまい、バランスがくずれる。急いで体勢を直し、顔を前に向ければ、拳。タイムリープよりも速い一瞬。そして対比するかの如き長い頬の痛み。全身から力が抜け、地面に平伏する。立ち上がれない。血の味がする。口内で出血したようだ。眩暈もする。たった一刹那で、こんなことが、

 

(ヤバい、殺される、)

 

見上げるとそこには年老いた殺人犯。暑く焼けるようなコンクリートに思考が乱される。

 

膨れあがったそれはナイフの証。彼は目前に大きく迫り来る壁の様な圧倒感で、俺に恐怖を与えた。

 

ただ恐れる事しかできない。

 

何度も肉薄した筈の死を俺はこの時初めて明白に実感したのだった。

 

しかし、何を考えたのか。彼は立ち去った。足早に逃げていった。

 

呆然として、十数秒後、ふらつきながら俺は立ち上がった。場違いな安堵で体が崩れそうになるが、すんでの所でなんとか堪える。水っぽい血液を路上に吐き捨てて、どうにか、なんとか。

 

(クソ……ざけんなよ老いぼれが……!)

 

再び沸き上がる恐怖を義務感で押し潰す。加蓮と美優の為にやらねばならない。ただその一心で全てを押し潰す。

 

相手は定年間近のジジイだ。殺されたりなんてしない。考えるな。大丈夫だ。殴られるのは慣れている。ナイフなんて避けりゃいい。そうだ。強気に。強気に行くんだ。理性的な思考はムダだ。今は排除しろ。恐怖してはならない。あの殺人犯から、真実を聞き出さなければならない。獰猛に食らいつけ。

 

(追うしか、ねぇだろ……っ!)

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ…………くっそ……げほっ……」

 

(いた…………っ)

 

ビルとビルの隙間、細い路地裏道にて固い壁に体を預け、肩で息をしながら額の汗を拭う。憎たらしい真夏の暑さと油断の効かない本気の走りで既に疲弊しきった俺は、余裕もなく体を引き摺って彼の元へと近づいていく。

 

(もう、言い逃れは出来ねぇぞ……)

 

奥に佇む人影は多少息を荒げている程度で濃い疲労の様子が見受けられない。息を調えながらゆっくりと彼の方へ進むが、どうにも真実を聞き出す方法を思い付かない。

 

「誰に……命令されてんだ……げほっ……教え、ろ……」

 

彼自身も路地裏の奥からこちらに歩いてくる。真剣そのものの彼の表情は、仕事に臨むいつもの姿と全く変わらない。

 

「なあ、頼む……教えてくれよ……」

 

けれどもただ一つだけ違う点があった。手に持ったナイフ。新品の輝きを失っていない、小さなナイフは。

 

「…………俺も、殺すか……?」

 

赤を求めている。

 

そう言いたげだった。

 

音も脈絡も慈悲も無く殺人犯は走り出す。

 

猪突猛進の様であった。

 

彼はナイフを突き立てて襲いかかろうとする。

 

俺の体は疲れでほぼ動かない。重くずっしりと感じられる。

 

それでも避けなければならない。

 

普通ならそう思うだろう。

 

しかしそれでは駄目だ。

 

(()()()()()()()()。)

 

逆に利用しろ。

 

獰猛に食らいつけ。

 

殺す勢いでいけ。

 

そうだろう。

 

()()()()()()()()

 

彼女達を救うのだ。

 

やれ。

 

怯むな。

 

(人間性を捨てろ。)

 

左手を前に出して、ナイフを受け止める。刃の部分が掌を貫いて血に赤く染まる。動きは止めた。

 

「くそ……っ!」

 

まごつきを易々と見逃すようなヘマをやらかすつもりは毛頭ない。素早く右手で相手の頭を掴み、頭蓋骨を割る勢いで壁に叩きつける。

 

「がっ……」

 

一回、二回、三回。容赦など、猪にはいらない。

 

「…………」

 

足が地面につき、両手はだらしなく垂れ下がる。コントロールを放棄した彼の体は手を離すといとも簡単に地に倒れ込んだ。腹に蹴りをいれても反応はない。

 

死んだかと思い、徐に心臓部へ耳をあてる。

 

(……死んでねぇのかよ。)

 

微かな心音で生まれた残念と安心と不安の混合的な感情が俺を支配する。それは彼の頭頂部と自分の左手の鮮血が些末事であるかの様に錯覚させた。

 

(……俺はここで、どうにかして終わらせなければならない…………しかし…………)

 

この惨状に、俺は暫し逡巡する。

 

またタイムリープした方が良いのではないかと。

 

ここから得られる情報は果たしてあるのだろうかと。

 

脳震盪で意識不明の犯人と、手に穴を空けたプロデューサー。

 

今から何ができるかと。

 

(…………)

 

加蓮はおそらくもう無理だ。

 

(彼女をこれ以上巻き込んではならない……)

 

死んで()いない。まだ誰も。

 

(………………やるしか、ない。)

 

「焦るな……義務を果たすんだ……義務を……」

 

 

 

 

 

10:02




言い訳しません。マジにごめんなさい。


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韜晦と約束と…… 06

嘲笑う声が聴こえる


10:48

 

 

 

 

 

車内にて先輩は口を開く。

 

「何があったかは訊かない……今だけは俺も黙秘する。共犯者にもなろう。だがこれからは、何かあったらゲロる。これは冗談抜きでヤバい。」

 

それに俺は静かに首肯する。思えば、運転席で声を渋らせて発言する先輩の姿というものは中々のレア物であった。珍しく、そこには厳格さが漂っていた。現在の様子が普通では決してない事をそれだけで語っている。

 

……あの後の俺は思考を巡らせ、結果、先輩を頼る事にした。

 

可能性として中辻の件を捨てきれない以上、俺にとっての協力できる人物は先輩ただ一人に絞られる。危険ではあったが、致し方ないものだった。

 

電話を用いて緊急の要請をすると、予想に反してすんなりと彼は来てくれた。掌の血が地面に水溜まりを作りそうな勢いだったのでとても助かった。その優しさには頭が上がらない。

 

応急手当をして体を縛った桜田を一緒にトランクへ収納し、そして彼は、途中で買ってきたらしい医療用の針糸で俺のキズを縫合してくれた。真摯に無言で、施してくれた。

 

先輩は今さっきの様な態度をずっと貫いてくれている。詳細を訊きはしてこない。最初にあの惨状を見せた時は顔をしかめたものだが、今は冷静だ。この余裕の無い状況下、この対応は本当に有難い。

 

包帯の巻かれた左手は痛みをあまり感じない。やはり先輩を頼って正解だったようだ。

 

「全部終わったら、病院行けよ。」

 

「……はい。ありがとうございます。先輩。」

 

拙い感謝の気持ちを誠実に伝える。

 

彼の返答は真摯な無言であった。

 

 

 

 

 

10:50

 

 

 

 

 

部屋の灯りがなんとなく暗く感じる。治るものでもないが、アタシの気持ちと同調して風景が様変わりするのは当たり前だが気持ちの良いものではない。

 

楓さんの控え室でパイプ椅子に座り、ただぼーっと、鏡を見つめて早何分か。たぶん、十分かそこらだろう。体感でしかないが、勘みたいなものは鋭い方だ。

 

スタッフさんに呼ばれていなくなってしまった楓さんは当分帰ってこないと思う。裏口の大部屋でライブの確認がある筈だから。

 

(窶れてるなあ……アイドルのくせして、見事に醜い顔してる……)

 

もう一人のアタシは見るに耐えない、酷い表情をしていた。くすんでいて、煤がかっている。魔法をかけられる前のシンデレラでさえ、もうちょっとマシなものなのに、アタシは。

 

「ネガティブなんだ……どうしようもなく。」

 

プロデューサーさん。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。葛城さん。」

 

ドーム裏にて、僕にそう言ってくれる美優ちゃん。こういう礼儀正しいところから親の教育が見てとれるなんておっさんくさい考えを払拭し、一、二言の言葉を交わし合って、彼女は会場へと姿を眩ましていった。

 

本当に凄いと思う。こんな世間知らずの運転手にはアイドルとかよく分からないけど、デビューから一ヶ月半でこんな大きな箱を担当するって、おそらくウチの業界で最速だ。しかも二十後半。なかなかに驚く。

 

それなのに嫌みや驕りがない。黒い噂も全くたっていない。結構、有り得ないレベルの話だ。純粋に力があるということなんだろうが……これほどの逸材が何故今まで眠っていたのだろうか。

 

極めつけはプロデューサーだ。どう考えても悪手だろう。手に余る。確かに優秀だが、若手すぎるのだ。彼が先輩と慕っているあのプロデューサーならまだ納得がいく。ニュージェネレーションを売り出した、れっきとした敏腕なのだから。

 

これは、贔屓ではなかろうか。いや、僕はしがない運転手だしそういうことがあったとしても別にいいんだけど、会社の事を考えるとどうしてもね。

 

期待の新人と名高いモノクロームリリィの速水奏と北条加蓮、歌姫とも形容される高垣楓、そして天才と称賛される三船美優。

 

(触れてはいけない業界の闇ってやつだったりしてな。はは。ないか。)

 

唐突に今日の運転の指示も()()()から来たし。大きな策略、的な?でもまあ、さすがにありえんか、そんなこと。

 

(会社の損害と利益とを天秤にかけたら、このアイドル業界は慎重にならざるをえないからね。)

 

「彼も新人ながら五人の担当をするなんて、まったく、尊敬するよ。給料あんまり変わらないのにさ…………五人?」

 

奏ちゃん、加蓮ちゃん、楓ちゃん、美優ちゃん。あれ?

 

(あと一人、誰だっけ。)

 

 

 

 

 

11:01

 

 

 

 

 

先輩に迷惑はかけられない。加蓮と同様にこれ以上巻き込む訳にはいかない。そう思って、彼とはドーム裏で別れた。

 

楓さんらの集まる大部屋から離れた、人気の無い裏倉庫。埃を被った粗大ゴミが隅々に鎮座しているそこへ桜田と一緒に入室。錆びた鉄の臭いと切れかかった蛍光灯が自分の会社の地下駐車場を思わせて、少し居心地が悪い。

 

まだ気絶しているコイツの手を取り、先輩から貰った手錠を用いて排気管とそれを繋げる。彼は他のアイドルとも仲がいい。その内の一人からくすね盗ったのだろう。ご立派なこった。

 

鍵をかけ、拘束を解き、待つこと数分。桜田が目覚めた。混乱や焦燥は見えない。

 

「よう、殺人犯。」

 

そう声をかけると彼はゆったりとした所作でこちらを見た。手錠をがちゃがちゃして、コイツは嫌みったらしくほざく。

 

「あらぬ嫌疑で殺されかけた私の身にもなってくれ。」

 

「逃げたお前が悪いんだよ。」

 

そう諭してやるとコイツは、愉快極まりないといった様子でこう言った。

 

「自分の狂気に気づいてないのか、お前は。冷静にこの状況を鑑みろ。どっちが悪だ?」

 

「黙れ犯罪者が。美優を殺そうとしてたのは分かってんだよ。吐け。真実を話せ。早く。」

 

もう十一時を過ぎている事は知っている。どうにかして真実を知り、防がねばならない。

 

「妄想も大概にしろ。意味がわからん。取り敢えず、この手錠を外せば訴訟は止めてやる。何が言いたいか賢い君なら分かるだろう?」

 

「言い逃れるなよクズが……全て知ってるんだぞ、俺は……!」

 

コイツ、口を割る気がないらしい。ヤバいぞ。非常に不利だ。美優が、美優がまた。

 

「何がだ。これまでの業務内容とかか?それとも、この不合理な非行か?精神が錯乱しているぞ。落ち着け。」

 

「ッ……この……ッ!!」

 

桜田の襟元を掴み上げる。頭に血が昇って、迫り来る時間に焦ってしまって、美優と加蓮に迷惑はかけまいと急いでしまって。

 

理性と思考をかなぐり捨てた俺は、とんでもない大馬鹿野郎だった。

 

(いっ……!!)

 

桜田は冷静だった。だから勝った。俺は興奮していた。だから負けた。

 

早すぎる。桜田が目覚めて、たったの一分も経っていない。その間に彼はこの物置から脱出する算段をたてていたのだ。

 

彼の口車に乗ってしまった俺は激昂した。それ故に近づきすぎてしまった。忘れていたのだ。彼の強靭な肉体を。

 

「プロデューサーの君ならおそらくここにでも……あった。」

 

手錠のかけられていない腕で、腹に一撃。強烈な痛みに俺は蹲ることしかできない。

 

そうして無様にもがき苦しんでいる俺の衣服から彼は携帯と鍵を取り出し、手錠を外した。

 

「賢明な愚者に情報の置き土産だ。君の言うとおり、私は三船美優をこれから殺しに行く。」

 

代わりに彼は俺の左手と排気管を手錠で結ぶ。今になって傷が鈍く痛んできた。

 

()()……そして()でもある……()()()()()()()()()()を、彼女にはどうしても償ってもらわなければならない。」

 

独白と共に、携帯と鍵をゴミ山の奥に投げ捨てられる。頭を抑えてふらついている様子を見るに、桜田も平常ではないらしかった。

 

「それにしても君が……まさかこんな事をするなんて思ってもいなかった。頭がキレるとは知っていたが、理性的だと認識していたからね。盲点だったよ。」

 

彼は部屋の扉に手をついて、更に言葉を繋ぐ。

 

()()()()()()()……君からは。」

 

「…………」

 

「同じ穴の貉。ただそれだけだ。」

 

そう言い残して、彼は頭を押さえながら消えていった。

 

どうしてこんなことになったのか。そんな困惑だけが俺を支配していた。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

「____心、その……気にすんなよ。すごく良かったと思ってるし。俺は。」

 

「あえ?何の話?」

 

「いや、任意試験。ドームの。」

 

「あー、ブービーだったあれねー。別に気にしてないよー。」

 

「あ、あっけらかんと……てっきり落ち込んでるものだとばかり。」

 

「デビュー二ヶ月、二十六歳、崖っぷちの超新星☆佐藤心ことしゅがーはぁと見参☆……これ、あり?」

 

「俺的にはあり。」

 

「世間的には……?」

 

「なし、だな。うん。」

 

「おい☆お世辞でもオッケーって言えよ☆言え☆」

 

「はいはい。オッケーオッケー。」

 

「…………真面目になるとね。はぁとはさ、アイドルになれればそれでいいの。それ以上や以下はいらない。高尚や低俗はどうでもいい。」

 

「……」

 

「私は奏ちゃんみたいに万能にはこなせないし、加蓮ちゃんみたいに努力を積み重ねられないし、美優ちゃんみたいに才能を扱えないし、楓ちゃんみたいに上手く立ち回れない。ダメダメなんだ。」

 

「……」

 

「でも、そんなはぁとにもあるの。アイドルになるっていう、()()()()()()()()が。その自負が。目標が。」

 

「……なら、尚更落ち込まないか?」

 

「焦ったって良いことないし。それに、プロデューサーがいるしっ☆」

 

「え……」

 

「望は()()()()()()()なの。つまりそれは、プロデューサーが望ってこと。」

 

「うーん……よく分からん……」

 

「そう?」

 

「それって要は感情論的なもんだろ?もっと、論理的な理由があるのかと思った。」

 

「……はあ。はぁと、ショック……そうなるんだ……」

 

「え、なんか変だったか?」

 

「こんな時も論理、論理、論理。少しくらいは激情的でも許されるんだから、そうなればいいのに。」

 

「自己矛盾してるぞ、それ。」

 

「人間なんて矛盾の塊だよ。冷静な人ほど激昂するって言うじゃん?」

 

「そうか…………」

 

「……ホントに順位とか、気にしてないから。ありがとね。()()()()()()()。」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

不思議と頭は冴えている。殴打の痛みはひき、感情も収まりがついてきた。

 

まとわりつく困惑、不安、絶望にうちひしがれながら、左手の呪いを壊そうとする。

 

しかしどうにもならない。鼬の最後っ屁であった。

 

「美優……加蓮……」

 

地に這いつくばって名前を溢す。口が渇いていて、音が全く出ない。もう、時間は過ぎた。理解するしかなかった。美優は殺されたのだ。

 

「俺が……俺は……」

 

どうしてこうなってしまった。こんな、意味の分からない事態に陥ったのは、何故だ。

 

「自業自得だ……俺が、()()()()()()……」

 

口許に流れた涙が塩辛くて、嗚咽と咳が苦しくて、ああ、どうしようもない、どうせなら私の命を、この腐った無価値な人生を奪っていって欲しかった、彼女達に罪などないのに、どうしてこのような仕打ちを……

 

「同じ、穴の……貉……」

 

確かにそうだ。俺はクズで、紛れもなく、最低の痴呆。理論、理論、理論で掴んだ未来を感情論で踏み潰す。己の身勝手で他人を利用する、殺す。これはこれは、どうやら桜田や中辻なんかよりもよっぽど悪党らしい。こんな奴が、高垣さんを好きだとか……

 

(もう、どうしようもないな。)

 

どこかからか愉しそうに俺を、()()()()()()()()()

 

隙間風を便りにしているようだ。廊下にいるスタッフの話し声ものっている。

 

悲観は加速する。まるであの頃のように。

 

高校生の時、俺は高垣さんが帰郷して無となった。

 

同じく色が、世界から消えた。

 

「おいおいどうなってんだよ……マジにおかしいぞ今日は……!?」

 

「ライブはどうなるんだ!?」

 

急いでいる足音、余裕の見えない声。非日常の嘲笑。

 

(ごめんな。俺のせいで。)

 

「中止に決まってんだろっ!早く動けっ!」

 

「誰か警備員呼んでこい!!警察も!!」

 

……やはり俺は、クソ野郎だ。

 

(何かの為に動くなんて、無意味だった。)

 

()()()()()()()()()()だとか、()()()()()()()()()()()()()だとか、()()()()()()()()()()()()()()()()だとか……なんなんだよこれ!!」

 

「終いには桜田の爺さんが()()()()()()()()()()だとよ!!頭に包帯巻いて!!訳わかんねぇよ!!」

 

こんな運命、()んじゃなかった。

 

(もう、俺には分かんねぇ……)

 

 

 

 

 

「人質は()()()()!三船美優が交渉中!一体どうなってんだあのプロデューサーのアイドルは!」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

いつかの大学終わり、暇が合ったので俺らは会談することにした。飯でも食いに行こう、という感じだ。

 

「男女同士の友情が成立しないなんて本当かなって思うんだけど、どう?」

 

道を歩きながらの軽い話だった。俺からすれば、ただの談笑。そうして切り上げるような何でもないもの。

 

「さあ……?俺にはよく分かんねー。」

 

正直にそう返答される。望はこういう奴だ。分からない事ははっきりと宣言する。

 

「そもそもだよ。」

 

話しが進めやすくてとても助かるなあ。なんて思ったり。

 

「うん。」

 

「これ、同性同士の友情なら上手くいく、なんて考えにも取れるじゃん。でもそんなの傲慢にも程があるよな。」

 

だから、別に求めてなんていなかった。意味なんてなかったんだ。

 

知らなくてよかったのに。

 

適当に流してほしかった。

 

相槌で重畳だったんだよ。

 

なあ。

 

「俺と心はその反証になりそうだな。」

 

「……えっ?」

 

誰なんだよそいつは。

 

「ああ、うちに佐藤心っていう面白い先輩がいてさー。」

 

「そ、そう。」

 

なんの話をしてんだよ。

 

「ほら、この人。可愛くない?どう?」

 

「そう、だな。」

 

お前にはいるだろ。どうしてだよ。なんでそうやって。

 

「……楓はどうなんだ。」

 

まさか彼女の想いを知らないなんて、そんなこと。

 

「…………優しい先輩だったよね。」

 

……そうか。

 

お前は、()()()()()()

 

見てみぬふりをして、誤魔化して。

 

そうやって上塗りを重ねて。

 

自分で背負って。

 

(なら、俺のする事は__)

 

 

 

 

 

2018 8/7 12:13




結末までの道筋とかは決まってるんで、あとは書く時間さえあればなんですよ。


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韜晦と約束と…… 07

描き出されるのは失敗と悔恨の人生路。そして。


生を受けて二十数年経ち、世間というもののやるせなさや友情というものの曖昧さに、否が応でも流されてしまう大人の気持ちが理解でき始めた頃。少しずつ暗くなっていく道を、私は歩いていました。

 

平々凡々とは、暗闇です。灯りの無い人生こそが波風の立たない本物の普通。最早形式ばった儀式と化した個の殺害は、己を蝕む病の様で、療養のしようもなく、装いの仮面は既に外れなくなっていました。

 

これまでは自分のせいで色んな人が傷ついた。幸せになってほしい人も私が曇らせた。だから、自分を白く塗りたくった。一般と同化してしまえば、皆、幸せになれる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ならば、これでいいでしょう。朝が辛くて、仕事にうんざりして、お昼ご飯を節約して、夕方は眠気と戦って、残業を能面で片付けて、疲弊しきって帰宅して、死んだように眠って、朝がきて…………

 

会社勤めの私は、こういう仄暗い人生街道で良いんです。これが私の選択で、それでいて且つ、私の辛い分を誰かが幸せになってくれているのです。

 

だから、この道を歩いているんです。

 

(()()()()()()()。私は、絶対に。)

 

 

 

 

 

「大丈夫、美優?顔色悪いよ?」

 

「あ、いえ……その……あまり寝てなくて。でも、大丈夫です。安心してください、日和さん。」

 

「そっか。良かった。いつもの笑った顔じゃなかったから心配しちゃった。」

 

きれいに清掃されたオフィスにて、ソファーに座る桜田さんにそうやって配慮されます。

 

桜田日和。おそらく唯一の友人である彼女とは、付き合いが短いにも関わらず、珍しく気の置けない間柄でした。

 

思えば、友人となったきっかけは些細なもので、仲良くなったのもなんとなくの偶然だった筈。始まりを忘却してしまっている私からすれば、こんな風に会話をしていることでさえどこか烏滸がましい気がします。

 

不思議とはこの事を言うのだろうと朧気に思います。対極の存在が友情を育み、世間を生存している。反発する事も無く、そのうえ作用し合っている。僻み嫉む事無く、尊重し合って関係している。

 

桜田さんは私と全然違う。自分からすれば、彼女の様なキラキラとした存在と、私の様な陰目の存在が何故ここまで合致するのか、甚だ疑問でした。

 

彼女とは一緒にいると幸せになれる。全く、誰かさんとは真逆だったのです。

 

(悉くシニカルジョーク。私なんか、不幸を運ぶだけ。)

 

だから、やっぱり、羨望くらいはしてしまう。

 

 

 

 

 

全く変化のない事務作業の工程を無意識に反復できるようになった頃から、目に見えて桜田さんの機嫌は良くなっていきました。

 

元々明るい人ではありましたが、それとは少々ベクトルの違う、他己的な影響を受けた明るさを感じます。

 

それを不思議に思い、しかしながら、あまり人の事を詮索しても幸せにはなれないという事を私は知っています。

 

ですから、直接的に理由を見聞するような事は決してしませんでした。親しき仲にも礼儀あり、とでも言うのでしょうか。自分の行動で誰かを不幸にしたくはありません。これは杞憂などではなく、正当なものです。

 

それにしても何故でしょうか。心がほんのちょっぴりだけ、ウキウキとしだしているのです。

 

(友人が喜んでる姿ほど嬉しいものはないと断言できます。これを見たら。)

 

仕事に対する精の出し様が、人生に対する目の輝き様が、ほとんど一変していて。

 

胸の奥がじんわりと温かく感じました。

 

……因みに、噂の体ですが、彼女は仕事の成績が特に良質らしく、早期の昇進が期待出来るので云々と。

 

優秀な人材は声のかかる時期も早いんだなぁと世間知らずに一考したり、一人の友人として誇りに思ったり。

 

そうして、私の心内の羨望の中に()()()()()()()()()が生まれることとなりました。

 

 

 

 

 

漸くこの平穏志向が報われて、幸せになるべき人が幸せになりだした頃。

 

会社は慌ただしく移ろい行く社会の趨勢模様を描いているようで、有り体に言えば、所謂繁忙期に入ったところでした。

 

それまでのルーチンワークよりも数倍過酷で、削らざるを得ない睡眠時間に精神を磨り減らす日々を過ごす。直前に萌芽したポジティブな自尊心がもし存在していなかったら、摩耗に減退、再度荒んでいた事でしょう。

 

休みたくても休めないのは当たり前。皆が頑張っている。沢山の事務処理、雑務が舞い込んで。

 

(自分の為にじゃなくて、皆の為に。これが、幸福の路。)

 

前向きに捉えて発言します。

 

「あの、手伝います。何かやれることとかありますか。」

 

こうして増加した仕事量に、自虐的な満足感。

 

だって、桜田さんは私なんかと比べ物にならないくらい社会に身を費やしている。彼女の努力と幸福を無駄にさせない為、少しでもサポートをしたいんです。

 

それが、()()なんです。

 

(せめて彼女くらいは幸せにしたいから。)

 

その一心で心身を賭しました。

 

空き時間の有効活用。

 

僅かな仮眠と(たなごころ)ほどの間食。

 

習得し立てのアロマテラピー。

 

エトセトラ、エトセトラ。

 

大丈夫。

 

まだ大丈夫。

 

倒れる手前までなら頑張れる。

 

あと少し。

 

ほんのちょっとの我慢。

 

踏ん張り所はここなんですから。

 

仕事だけに集中して。

 

誰だって必死に頑張っている。

 

私も頑張らないと。

 

皆の為に。彼女の為に。

 

幸福の、為に……!

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

「……桜田さんが死んだ…………?」

 

 

 

 

 

(どうして。)

 

突然の友人の夭折に、くたびれた私の脳髄がショートしました。

 

(なんで。)

 

睡眠不足で前方不注意。自動車三台が交通事故を起こして彼女だけが死んだ、と。

 

(彼女は、違う。)

 

それを知ったのは彼女が死んでから一週間後の事でした。

 

(神様。)

 

葬式も既に終わっていて、私は、彼女に別れすら言えませんでした。ない交ぜの真っ白い感情は、不恰好な渦を巻いて中空に離散していくばかり。

 

(彼女じゃありません。)

 

どうして一週間も彼女の死を知る事が出来なかったのか、何故彼女が事故を起こす程に疲弊していたのか、なんで彼女の異常に気付く事が出来なかったのか。

 

(私のせいですか?)

 

そういった思案が浮かんでは、自責となって消化されていく。

 

(幸福なんて嘘っぱちですか?)

 

ポジティブな自尊心は崩壊して、羨望が破滅の導火線であった事に辿り着く。

 

(まだ不幸が足りませんか?)

 

やっぱりこんな結末になるのかなんて、諦観と妥協の極地に収束する。

 

(ほんと、シニカルジョーク。)

 

簡単な事でした。

 

私が不幸の根因だったんです。

 

私がいるから皆が不幸になる。

 

私がいるから友人が不幸になる。

 

私がいるから幸せになるべき人が不幸になる。

 

(間違いだらけの人生。)

 

自分は人扱いされてはいけなかった。

 

不幸にならなければならなかった。

 

平穏や平凡じゃ生温かった。

 

思い切りどん底へ、行くべきだった。

 

(ごめんなさい。)

 

「……辞めなきゃ。会社。」

 

(ごめんなさい。)

 

「連絡先も全部削除しないと……」

 

(ごめんなさい。)

 

「明々後日が引っ越し……」

 

(こんな私で、ごめんなさい。)

 

「ひっぐ……えぐ……ごめん、なざい……ごめんなざい……出来が悪くて……ごめんなさい……」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

カラリとした風が肌を凪ぐ。季節は秋めいて、夜の訪れも夏と比べて随分早くなってきた。寒くはないが涼しいと言うには少し厳しい。スーツ姿で震えてしまう。

 

来たことのない住宅地というものは往々にして珍妙なものに見えてしまう。その場所に慣れていないという事もあるのだが、なんとなく異国感が漂っていてムズムズとするのだ。階段が錆びた銀色を誇示していれば、尚更。

 

珍妙さを誇るそれで上へ昇る度に鋭い鉄の音が響く。ここは古びた小さいアパート。この場所が都会である事に間違いはないのだが、ただそこはかとない過疎感をコイツは周辺に漂わせていたので、少し心配になる。

 

目的の部屋に到着し、扉を叩く。事前に訪問するという連絡はしておいた。一応だが。

 

(だからいる……よな?)

 

そう考えたのも束の間、床の軋む音の後、その扉はゆったりと開いていった。

 

瞬間、現在の彼女の窶れた顔に似合わない、密閉空間に充満していたであろう艶やかなアロマのそれが漏れ出てくる。貴女らしいけど、貴女らしくもない。

 

「……久しぶり、みゆねぇ。」

 

一年間と音信不通であった従姉の彼女、三船美優。

 

変わらない容貌に代わって、返ってきたのは居心地の悪さと暗い雰囲気。

 

唐突にみゆねぇからの連絡が途絶えて色々と心配になった俺は数ヵ月前からコソコソと彼女の捜索活動を行っていたのだが、発見出来て嬉々御満悦、安心ながらに向かってみようと、そうしたらしたで一抹の後悔を抱いてしまった。

 

濁り澱んだ眼と痩せこけた頬。いつの日かの純真さは面影すらない。

 

一体何があったのか。それも気になるが、一番はみゆねぇの状態だ。ご飯はちゃんと食べてるのか、とか。

 

「取り敢えず中に入れて欲しい。その……世間話とかさ。迷惑じゃなければなんだけど。」

 

「………………どうぞ。」

 

ぽつり。糸の解れの様な掠れた声で返される。どうやら黒濁の瞳は俺の姿を映していないらしい。

 

(相当に精神が参ってるな、これは。)

 

全然、みゆねぇは大丈夫ではなさそうだ。

 

 

 

 

 

「今日も来たよ。暇だったし。体調は?」

 

「…………大丈夫です。」

 

「……そう。良かった。」

 

口実を付けて彼女の家に足を運び続けて八日目。ただ一心に、ほっとけなくて、あの時の笑顔をもう一度見たくて。胸に蟠るエゴイズム染みたお節介を俺はどうしても焼かずにはいられなかった。

 

ベルガモットの香りが些かに漂う。思うに、みゆねぇの状態は八日前よりも大分良くなった。しかしその代わりに、彼女の表情は反比例する様に暗くなっていた。それが堪らなく俺の感傷を誘引して、同時に腹立たしい。

 

みゆねぇの大切な友だちが事故で死んでしまった事、会社を辞めた事、人間関係をリセットしようとした事、それら全てを後悔している事……それら洗いざらいを俺はこの一週間で聞かされた。

 

無力感と挫折、絶望。大きな虚無感が彼女を包んだのだ。

 

俺を見つめているみゆねぇの瞳はどうにも俺を映しているように見えなくて、うっすらと故人(とも)の陰影が揺らめいているのみ。

 

(なんでもない会話が最たる緩和材なのは理解している。)

 

でも、そんな事しかできない自分自身が、()()以上の臆病者に見えた。

 

そんなことでいいのかよ。

 

失敗を恐れて行動しないなんて、本末転倒じゃないか。

 

何の為に俺は、継続してここに来ているんだ。

 

励ましたいからだろ。恩返ししたいからだろ。元気になってほしいからだろ。

 

自分まで悲観的になってどうするんだ。

 

そんな考えを持って、一週間経つ。

 

既に準備は万端だ。

 

(少しうざったいくらいでいい。)

 

そろそろ行動に移そうか。

 

「……みゆねぇさ、明日一緒に出掛けない?」

 

「……え……ど、何処に……?」

 

希望に溢れたステージに、笑顔を振り撒くシンデレラ。与えられるのは非日常。

 

細やかなる恩返しをさせて下さい、姉さん。

 

笑顔の魔法という恩返しを。

 

「アイドルのライブ、だよ。」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

連れてこられたのは彼の勤務先の会社。リハーサルライブ……とやらが行われる専用の箱?があるらしく、それを眺望できる狭い部屋に私は入れられました。

 

プロデューサー見習いである従弟の彼は仕事があるようで、これを見れば世界は変わる、と一言残し、直ぐに戻る事を確約して、名残惜しげにここから去っていきました。

 

この一室は完全防音で、一方の壁がガラス張りとなっています。階上に建てられていて、つまりはガラスの窓から見下ろす形でライブを眺望する事となります。

 

「…………」

 

私と同じくして連れてこられたのでしょう。隣にもう一人、背の高い女性がいます。壮観な会場を見つめているその姿は端麗としていて、まるでモデルのよう。寡黙ささえも魅力に映ります。

 

私とは違って希望に満ち々ちている決意の表情が、より一層清楚な美しさを引き立たせていて。

 

それがまた、己の醜悪さを明るみに晒していくのです。

 

(辛くてたまりません。)

 

階下では準備に追われている方々が目まぐるしく動き廻っています。笑顔をきらす事無く、溌剌と。

 

彼は……こんなものを私に見せて、責めたかったのでしょうか。

 

お前が失わせた笑顔を思い知れとでも?それとも、成功の対価とやらでも自慢したいのでしょうか?

 

(早く、終わらせて下さいよ。()()()()()。)

 

照明が暗がりを灯し、見守る人々は静寂を演出する。

 

異質な緊張感の中、張り積められた糸は激を切る。

 

途端、ステージを照らすスポットライト。

 

そこには依然として立つ可愛らしい女の子達がいました。

 

(ああ、()()()()()()()。)

 

浄瑠璃のようだなんてニヒルに決めつけて。

 

そう思って、ふと。

 

「ふふっ……」

 

独特の雰囲気で隣人が笑いだしました。朗らかに、優しく……暗幕から見守るアイドルプロデューサーみたいに。

 

「安心して下さい。」

 

それがどうしてか、見透かされているように思えてならない。

 

「童心のままで、いいんです。」

 

心の奥底を。くゆる悩みを。

 

「キラメキに憧れる少女で、いいんですよ。」

 

()()を。

 

(………………)

 

「サビ、始まります。一緒に観ましょう?」

 

隣人に導かれる様に、私はまた、アイドルを観測します。

 

彼女はすっと私の手を握り、瞳はアイドルを離しません。

 

童心に戻って。

 

隣人の温もりと共に、それを実行してみます。

 

最高潮のボルテージに釣られ…………そこには依然として立つ可愛らしい女の子達がいました。

 

(……あれ。)

 

ポップな音楽に合わせて歌い、踊り、笑っていました。

 

(()()。)

 

純粋に自分を表現して、包み隠さず本音で生きて、笑顔を運ぼうと頑張って、憧れを憧れで終わらせない為に……本気で向き合って。

 

(なに、これ……)

 

同じステージで他の子に負けないよう、()()()()()()()()。貶める事を、しない。

 

秀麗を鍛錬し、平等を棄てた彼女達は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

称賛が他の劣等を生まず、寧ろ意志を向上させていた。エンターテイメントというそれを。

 

研鑽が他の堕落を生まず、寧ろ対抗意識による相乗効果を産出していた。理性的で、友愛に満ちている。

 

それぞれの幸福は満遍なく万人に配当され、それが称賛と研鑽という連鎖反応の起因となっていた。

 

完璧である事は望まれない。敢えて、欠陥のある事を望まれる。人間味が幸福を産出するから。

 

出来る子、出来ない子は関係なくて。

 

誰かが疎外される事もなくて。

 

ひそひそ話、内緒話、噂、デマさえあれど。

 

出る杭でも打たれ難い。

 

天才か凡才かはどうでもいい世界。

 

アイドルは、実に()()()()でした。

 

個性のままに、己が欲望のままに、幸福論を振りかざして笑顔を産む自己表現。

 

誰もがずっと、隠さない。

 

皆の幸福を願って、個を()()()()()()

 

「……頬、触ってみては?」

 

隣人がぼそりと、そう呟きました。

 

言われた通りに触れてみれば、驚嘆。

 

「…………笑っ、てる。私。」

 

(これがアイドル……)

 

これまでに感じた事のない高揚に揺さぶられて混乱してしまう。胸の奥が、熱い。

 

()()()()()()

 

そう思って、ふと。

 

重い楔が剥がれていく感覚。

 

止めどなく溢れる感情論に、心の理という枷が崩壊していく。

 

理解したのです。感情が、それを。

 

ここにありました。

 

私の理想が、幸福論理が。

 

やっと見つけられました。

 

紆余曲折なんて軽いものではなかったのですが、漸く、辿り着けたんですね。

 

平穏志向も自己韜晦も自己犠牲も全部間違ってました。

 

()()()()()()()()()

 

たったのこれだけだったなんて。

 

あんな風に、アイドルとして人生を賭ける人の比べられない程に幸福な事を、もっと早く知っていれば。

 

(ただそれだけは、考える。)

 

もしそうだったとしたら……

 

(親友は夭折せずに、済んだのでしょうか。)

 

階下でアイドル達はまだ舞踏会を楽しんでいます。

 

冷酷にもそれが対照的で、変に感傷的になってしまっていた私は、耐えられずに泣いてしまいました。

 

唐突に現実感が増してきたのです。

 

片や失敗だらけの人生を送って、親友を殺したバカな大人。片や成功を夢見て人生を送り、万人に幸福と笑顔を献上する潔白な青少年。

 

拭いきれない悔恨を残し、のうのうと生存するしかないなんて。

 

「辛い事とか、あったんですか?」

 

隣人は慟哭する私にそう問うた。

 

二人は数秒を沈黙する。

 

「……私、たまに彼女達の練習を見学しに来るんです。」

 

語り出す隣人の表情は、暗澹の渦にまみれていて見えなかった。

 

「例えば今日とかは仕事で失敗しちゃいまして。その、個人的にダメだったな、とか思う程度の小さいものなんですけど……」

 

「それでもやっぱり落ち込んじゃいます。こんな簡単に人って落ち込むものですし、貴女や、彼女達のプロデューサーさん、スタッフさん、この会社の役員の方々は恐らく、私なんかの数百倍大変な思いをしていらっしゃるのだと思います。」

 

「抱え込んで、溜め込んで、悩んで……そうやって過ごしていると、ある日を境にいきなり笑えなくなります。会話や駄洒落のキレも落ちて、やる気も無くなります。果てには幸せが逃げていきます。気付くと、身体も心もボロボロに。」

 

「発散って大事なんだなぁと、最近遅くも気付きました。こまめにリフレッシュして、希望を胸に抱く。のびのびと笑ってみせる。そんな感じの小さなポジティブシンキングが。」

 

「けれどもそんなの難しいんです。世間とか社会とか、そういう暗雲に揉まれた大人達は無条件になんて笑えない。自分だけが幸せになんてなれない。そう、作り替えられていくものです。」

 

「…………誰にでも、失敗や悔恨は付きまといます。あの時ああしていればよかった、こうしていればよかった、取り返しのつかない事をしてしまった、って。」

 

()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「そしてその分、()()()()()()()()。」

 

「今更なんて遅い、ではありません。()()()()()()()んです。」

 

「……童心のままで、いいんです。」

 

その柔らかい一言を最後にして、隣人は黙した。

 

暗がりにすらりと映る姿は凛としていて、美しく。

 

「大丈夫。なんとかなります。」

 

「機会があれば、また会いましょうね。」

 

静かにこの場を立ち去って、微かに名残惜しく。

 

(…………)

 

目下の舞踏会は謙虚さの欠片も無く、爛漫に続いている。

 

(……)

 

キラキラとした存在。まるで彼女のようにも感ぜられる。

 

(やりましょう……)

 

終わらせよう。これまでのシニカルジョークを。

 

(やるしかありません……)

 

平凡を逸脱する覚悟を持とう。あの羨望のままに生存しよう。

 

(桜田さんはアイドルでした。幸福を、笑顔を、私に届けてくれる個性でした。)

 

「…………もう、悔やむ事のないように。」

 

(今度は私が、偶像になる番だ。)

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

素晴らしい結末とも言えるのでしょうか。

 

「くそっ……近寄るな、近寄るな……っ!」

 

彼と彼女を取り囲む有象無象は緊急事態に荒唐無稽なダンスを披露している。アイドルよりも上手に出来て、偉いものです。

 

「た、助け……!」

 

案外この状況で冷静にいられる自分自身には、結構な驚きを隠せません。経験が生きているという事ですね。最悪ながらに。

 

「黙れ、黙れっ!殺すぞ北条加蓮……っ!」

 

三船美優個人としては、これを諦念や失望、失敗に悔恨とマイナスには受け取っていません。

 

「っ……ぁ……」

 

人通りの多い廊下でナイフを彼女の頸にあてがい、全員を脅す彼。誰も近付く事はしません。無闇矢鱈と挑発してしまっては彼女を失う事になります。それは防がなければならない。それに加えて、恐ろしいのです。自分の失われる事が末恐ろしいのです。

 

「余裕がないんだよ……分かるか北条。私はこの後、獄に追い込まれて終わりだ。確実にそうなる。ああ、絶対にそうだろう。だから一人くらいは殺せる勇気がある……お前とかな……大人しく人質でいろ……いてくれよ……?」

 

醜くも、残酷な程に美しく、彼も偶像にすがっていました。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」

 

あの頃の私が、再度、頭をもたげたのです。

 

「さあ……三船、美優…………やっと、待ち望んだこの時が来た……悲願の成される、この時が……!」

 

描き出されるのは失敗と悔恨の人生路。

 

()()()……命で償えッ!」

 

そして、抜け出す事の出来ない運命路。




そろそろ物語の核心に迫っていきますね。


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