ルル・ルール・ルル -今日も私はゲームをする- (空の間)
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1- 最後の一撃は、せつない。最初の一撃は、つたない。

 

 

 

 

「だから、ルル様は嫌だって言ったんだ、お前らといくの!」

 

 後ろでは呆然と立ち尽くす数多の人影。

 その注目の先には三枚鏡のように並べられた大スクリーン。そして、そこにうつっているのは、どこにでもいそうな、普通のおっさんだった。

 

「なんでVRアイドルの生ライブ中にハッキングして本体映像を配信とかするんだ!? わざわざ、相手のエリアで! 誰だよ、そんな馬鹿なことするやつ!」

 

 壇上に立つ少女は今何が起こっているのかわからないといった表情で立ち尽くしている。

 その姿は哀れさを通り越して、いっそ絶望的であった。

 

「クソワロタw そんな頭のてっぺんからつま先まで腐ってる発想するの、ロゼッタ以外にいないよな!?」

 

 隣で走っているのは上半身全裸で頭がテレビ、下はパンツ一丁の男。の皮を被った、変態ガロロズィーク、通称ガロ。

 

「ギャハハ! 見ましたか、あいつらの鳩が豆鉄砲を食ったような馬鹿面! こんなクソゲーでボイチェンネカマの姫プレイとかして、テトテトニャンとか笑うわ、ライブまでしてんじゃねぇ! バァカ! キモイんですよ、お前ら全員ホモ野郎っかつーの!」

 

 馬鹿笑いをしているのは、海賊帽を被った、ロリ。の皮を被った、酔っ払い。いつも酔っているのか敬語が混じる。

 だいたいの事柄におけるA級戦犯。

 ロゼッタ。

 何か問題があれば 9割弱はコイツが関わっている。

 

 後ろから誰かが言葉にならない叫びをあげる。

 理性とか、理解とか、理知的なすべてを投げ出した叫び。その狂乱は会場へと伝染していく。

 

「マジで腹いてぇ! ヒャッハー、アンノウンは最高にクソゲーだ!」

 

 

 暴徒と化した観客を尻目に転送門へと辿り着き、叩きつけるように転送を支持した。

 

「後で覚えてろよ。クソ共!」

 

 

 

 

 2031年。

 

 神経直結型のVR、いわゆるNCVR。

 それらを駆使して作られたMMOは法規制の炎に包まれた。

 アカウントは消え、サーバーは止まり、全てのゲームが前時代へと回帰したかに見えた。

 

 だが、廃人は死滅していなかった。

 

 誰が言ったか闇鍋の底の底。

 

 RPG、ACT、STG、SLG、ジャンルを問わず一世を風靡した、かつてゲームであった残骸達の結晶。

 消えゆく時代のデータとして、朽ちゆくはずだった束の間の輝きが、今もそこでは鮮やかに光を放つ。

 

 それは製作者不明のゲーム。

 

──アンノウン。

 

 世界はここに集約された。

 ありとあらゆるデータが繋がる三千世界。

 

 金から離れ、法から離れ、現実から離れ。

 走り続けた先。

 そこは確かに。

 

 どうしようもないはぐれ者たちにのための最後の──。

 数少ない居場所だった。

 

──

 

 

 

 ごみ溜めである。

 そこはごみ溜めだった。

 

 地平線まで粗大ごみが大量に並べられたプライベートルーム。

 殺伐としたアンノウンにて唯一、プライベートルームの主が認めたメンバーしか入ることのできない聖域。

 ここはそんなアジトの一つだった。

 

「あー笑った、笑いました! 今月で一番笑わせて貰いました! 予想してたけど、あの有名VRアイドルのテトテトニャンの下の顔があんなオッサンって頭おかしいんじゃねぇの」

 

 眼帯をかきむしるように取り、酒瓶をかかげるうざいのはロゼッタ。

 最近ではおっさんだろうが歌手並みの声を出せるボイスチェンジャーがあるというのに、昔のニュースに出てくるボイスチェンジャーを使って高い声で笑う。その海賊姿は犯罪者が板についていた。

 いつもうるさい。

 

 自称、ハッカー。クラッキング屋を生業に生活していたと自己申告はしている。アンノウンに入り浸っている癖にというか、入り浸っているせいか実力は相応にあるのが口惜しい。

 

「流石、天才ハッカー(笑) 個人運営が相手じゃ一分もかからないとは、止める間もなかった。ロゼ、お前、マジでクソだな!」

 

「(笑)とかクソとか言うなよ、ルル様ー、傷つきます。テメェのPCにある12GBのエロフォルダ、親の携帯に送ってやろうか?」

 

 この謎の二面性は昔からだがロゼッタはなんだかんだ私よりキャラを作ってる気がする。

 

「どうせ三回目だし別にいいが、妹NTRフォルダのロックは外すなよ。それを外したら戦争だからな?」

 

「そんなピンポイントな性癖のフォルダ、開けるに決まってんじゃねぇか! 戦争!? 上等だよ! 泣いて謝るまで、テメェのPCだけネット切断してやんよ!」

 

「それは倫理的にやっちゃダメだろ!? お前んち特定して、お前と、お前のPCと、お前の人生を物理的に壊すしかなくなるけど、いい? やるか!?」

 

 両手で中指を立て、下品な笑いを浮かべるロゼにアイアンクローをくらわすと「イタイイタイ」とか言って笑いだした。マゾか。

 いつも適当なアバターを着ているが、可愛さよりもその場のノリを選ぶセンスは総じてクソだ。

 元のアバターはいいだけにどうしてそうなった感が否めない。

 

「おい、お前らそんな馬鹿やってないで、こっち見ないのかw ザ・絶賛大炎上中のテトテトニャンの生ライブ映像だぞw」

 

 優雅なソファーにおっさん臭く寝ころび、4Kテレビを見ているテレビ顔、否、顔がテレビの男。腐れ縁の親友、ガロ。

 頭がブラウン管なのと褌以外、ほぼ全裸である。

 

 センスとかそういうのはおいといて、一発ネタの装備を延々と使い続ける、その姿勢は意味を理解する無意味さすら感じさせる。

 こっちが草生えるわ。

 

 しかし、こんなんでも金持ちなのだ。

 アンノウンのメインストリートにおける個人で所有できるプライベートルームは数が限られており、リアルマネーで何千万という大金で取引される。

 

 このゴミ溜めのような趣味の悪いプライベートルームもその一つだ。

 

 だが、これはガロの持つプライベートルームの一つでしかない。

 全部で十かそこらのプライベートルームを個人で所有しているブルジョアテレビ。尚、語るまでもなく、センス×。

 

 

 二人とも、アンノウンより前からやっていたゲーム仲間だ。

 昔はもっといた気がするが、アンノウンに来る人間は限られていた。

 

 神経接続のVRMMO自体が違法。

 そもそもの神経接続のネットワークすら違法。

 

 その中で著作権ぶっちして運営されるアンノウンは、あらゆる国家、企業が必至に潰そうとしているとも噂されている。

 それでも、同時接続5千万を軽く超し、社会現象となって尚、サーバーの一つも落とすことすらできていない。

 

 

 地球で最後の人工フロンティア。

 

 

 全ての制限を取っ払った、もう一つの現実。

 

 

 そこで、相も変わらずゲームにふける。

 何も進化することのない。

 アキバのアングラを彷徨い、ネットの吹き溜まりを歩き続ける廃人達の末裔。

 

 何も変わらない。

 変えたくない。

 変わりたくない。

 

 リアルを外と感じるようになった精神病患者と糞製造機の集まりだった。

 

 

「テトテトニャンとかなんだ。おい、そうだ、ロゼ、今からでもルル様の乗っ取りライブに変更しろ」

 

「うっせ、カラオケ42点は黙ってろ! それよか小っせぇんですよ、そのテレビ! クソ共の発狂する顔をもっと映せ!」

 

 私の素晴らしい提案を一顧だにもされず流しやがる。

 あと42点とかそんな事実はない。秘書がやったことだ。

 

「この絶望した表情のテトテトニャンかわいいなw ちょっと好きになったかもw ロゼッタ、モデルデータぶっこ抜といてくれよ」

 

「オーケー、オーケー、いつも通り3万な! 前金全額振り込めよっと」

 

 この手の仕事は小遣いがてらにロゼがよくやっている。

 逆に期間ごとの仕事としてプロテクトを作るとかもしているらしい。

 

 

「しっかし、僕は金が入ればいいが、ガロ、お前も見てっしょ! 中身おっさんだぜ、このホモ野郎!」

 

「ばっか、デススターとアンパンマンが乳繰り合う世の中にジェンダーがなんぼのもんよw どうせ抱くのはモデルデータだ。顔がよけりゃなんとでもなる」

 

 ちなみに、デススターもアンパンマンも中身はおっさんである。世も末だ、全て焼き払うべきではないだろうか。

 

「ペッペッ……キィモー、理解できね。つかさ、こんなんが、なーんで人気あるんです? みてくださいよ、こいつら。この顔。この姿。半ば発狂しながらも、半ば予想通りみてぇな面してやがる!」

 

 テレビに映るテトテトニャンのファンを指さしてロゼッタがペッと唾を吐く。

 汚い。敬語が汚い。存在が汚い。3Kだ。

 なんで私、こいつと友達やってるんだろ。

 

「クソダサくても生存が許されるリアルでも人は見た目が9割。だったら、ネットでは10割だ。だからより、かわいさと美しさを兼ね備えたルル様が勝つ」

 

 まったく隙の無い理論に自分でも感心する。

 

「なにいってんだこいつw つか、結論が自演って、ばっかじゃねぇw あとリアルとネットで逆だろそれ」

 

「ルルの頭にウジ湧いてるのはずっとじゃん。でも、実際ルルのモデルデータの類似品がかなり見かけるんだよ! この世界終わってますよ!  はい終了ー! むしろ終われ!」

 

「そりゃ、宗教だよ、宗教w 変なのに好かれるカリスマはあったからな。特にライム時代は全盛期だったな」

 

「どやー」

 

 ライムワールドとはすでにサービスの終了したネトゲである。

 今でこそ、アンノウンに飲み込まれているが当時として最高峰のゲームの一つだった。

 そこで私はそれなりに有名人だったわけだ。

 現在でも信者はそれなりにいる。いるはず。いないわけがない。いたら返事してください。

 

 

 そんなこんなしていたら、発狂したテトテトニャンが全力で引退宣言してログアウトするところだった。

 

「あほくさ! 祭りも終わりじゃん。さようならー、テトテトニャン! また会う日まで、永久にさようならー!」

 

 海賊帽をひらひらとふるロゼ、その顔に罪悪感など微塵もない。

 

「墓標として、テトテトニャンの引退まとめブログでも作るかw」

 

 とはいえ、流石に私はテトテトニャンの姿に思うところはあるわけで。

 

「……引退ってそんな簡単にやんのか。人集めてやってんだ。顔バレくらいは覚悟しとけ、半端に有名になるからこんなことになる」

 

 手に持っていた空き缶を投げてテレビにぶつけた。

 カンといい音をして地面に落ちる。別に人気があったから嫉妬してた訳じゃない。

 

「経験者様は言うねぇwww」

 

「他人とルル様を比較するのはいい。それはルル様を賛美する行為だ。でも、他人とルル様を混ぜるな。唯一無二たるルル様はあんな無様な真似はしなかったし、これからもすることはない」

 

「その結果があれじゃーねw」

 

 また昔の事で煽ってくるガロ。

 それは言うな。

 

「いつも無様晒してるみてぇなモンのくせにな。しっかし、ひさびさに面白い依頼でした。笑うわ」

 

 天を仰ぐようにあぐらをかくロゼッタ。

 その言葉に流石の私も怒髪天をつきそうになる。

 

「あ? コレ仕事だったのか、私らを巻き込むなよ。ルール違反だろ」

 

「そういうなって、割はよかったんですよー」

 

 詫びれた様子もなく言うロゼッタ、やっぱそろそろお仕置きが必要なのでは。

 

「誰からだったんだw」

 

 興味本位で尋ねるガロに首を捻りながらロゼッタが答える。

 

「素顔を知りたいって言う匿名の依頼ー。ま、プレイヤーの中身のpcは割れてんですけど、捨て垢だったし、流石にリアル経由からの請け負いに手を出すのはね」

 

「いや、お前に依頼だすならそれくらいの用心はしてるだろw」

 

「そりゃ……そうなんですが……ま、いいわ。考えるの面倒ですわ。イッキのRTAの更新する」

 

「更新したところで、アンノウン内じゃ記録になんないだろうに、よくやるわ」

 

 今日も明日も、ずっとこんな日が続く。そう思っていた。

 



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2- 昔はお前のような冒険者だったが、膝に矢を受けてしまってな

 

 

 

 ごみ溜めの中、すでに祭りは終わり、各々が好きなことをやっていた。

 

 テトテトニャンは過去の人となり、すでに出ることはないだろう次回作を待つばかりとなっていた。

 

 ゲームの中でレトロゲーの筐体を動かし、遊ぶロゼッタ。

 パソコンの中のパソコンでリアルマネートレードをしていたガロが叫び声をあげていた。失敗したりすると、よく奇声を上げる。

 

「ホギョォオオオ!?」

 

 こんな感じに。

 

「うるせぇぞ! また、負けたんですか! 今週、二度目じゃねぇですか! ギャハハ、ざまみろ!」

 

「ちげぇよ! クソ! そっちじゃねぇ、ロゼ、お前だよ! しくじったんだろうが! ブロック抜けられたんだとよ!! 紹介やめっぞ!」

 

 どうやら、ガロがロゼッタに流した仕事が失敗したらしい。

 草も生えてない。

 ブロックとはエリアの出入りに意図的な制限をかけたり、悪質なプレイヤーへの対処だったり種類はあるが、今回は前者だろう。

 エリアへのブロックは真っ当な使い方としては、主に碌でもない用途に用いられる。しばしば経験値効率の良い場所を確保したりすることもあるが、本当に稀である。

 

「はぁ!? んな馬鹿な……そんなはずねぇですよ! どれよ!?」

 

「DD&DDの所だ。ブロック抜けられて狩場に誰か入って来たってよ。すぐに消えたらしいがな」

 

 DD&DD、ガロの昔馴染みのギルドだ。

 正式名称はドキドキど禁団アンド大根デス会。

 ドキドキど禁団と大根デス会が合併してできた謎ギルドだ、どちらも名前に意味はない。

 

「……ガセだ! そうやって、金払わねぇつもりだろ! こっちには何のログも残ってねぇです。どう逆立ちしようが、ここに手を付けられてない以上、抜けられる訳がないんです。物理的に無理!」

 

「動画で撮られてんだよ。腕、落ちてんじゃねぇのか」

 

「見せろ!」

 

 ガロがテレビに映し出した映像を食い入るようにロゼッタが見つめている。

 絶句したように、ロゼッタは目を見開いていた。

 何かうわ言のようにつぶやいている。

 

「どれ、ルル様にも見せろよ」

 

 別のテレビにガロが映像を繋げる

 そこには、青白い髪の少女が写っていた。

 

 ふと、どこかで見覚えがあるような気がして、覗き込むように見てしまう。

 脳内検索でいくつかの単語と画像をすり合わせるもいまいち合うものはなく。

 記憶の片隅の方にあるのを無理矢理に引っ張り上げる。

 それはライムワールドを始めた頃の記憶にまで遡り、ようやくヒットした。

 

「んん? ああコレって……ガロ、アレだアレじゃないか?」

 

「アレ?」

 

 ここぞとばかりにロゼッタにアームロックをかけるガロが、テレビを傾ける。

 すぐにロゼッタが噛みついてきた。

 

「なんか知ってんのかルル!」

 

「ライムワールドのベータで噂になったやつだ。幽霊とか呼ばれてたやつ。結局、それに関してなんも実装されてなくて何だったんだとか、色々と考察されてたけど。懐かしいな」

 

「ああ……! ワイヤードゴーストな、確かに似てる気がする。けど、そんな前の憶えてる訳ないわ。ちょっと調べるw」

 

「いやいや、懐かしいとかそういうんじゃねぇですよ! ゴースト!? そいつが僕のセキュリティー破ったっての!?」

 

「僕っこはちょっと黙ってろ。あー? んーんだこれ……。ルル様、個人ブログかなんかでまとめてたよなw」

 

 最初期の方は半ば黒歴史と化してるがそれもまた思い出ではある。

 

「ん? ああ。それなりに有名だから調べたら出てくるだろ」

 

「いや、ない。消えてる。ルル様んところも。全部だ」

 

「は? 私は消した覚えなんてない」

 

 ガロの寝耳に水の言葉にバランスを崩してこけてしまう。

 ちらりと一瞥しただけで二人とも自分のやりたい方へと視線を向ける。友達がいのない奴らだ。

 

「二年前つっても、個人サイトまで……これは、随分と綿密に消されてるな。ロゼ、お前の分野だろ、これ調べろよ」

 

「金も払わず命令しないでくれませんか変態! けどま、やってますけどね……キモいな、面倒な消し方してやがる。変態の仕事ですよこれ、まともなハッカーのやることじゃねえわ」

 

「どういうこった」

 

「消したあとの文章の辻褄あわせ、ミスって消したかのような偽装。普通この規模のハッキングにそういうのはしません。きりないからな。しかも、手口を見た感じ一人だ。人数集めたらある程度パターン化する、でもそれがない。それでさ、こいつ……消し始めたのは一週間くらい前……かなり最近ですよ」

 

「へぇ、なんだそれw 興味深いぞ、もっと、詳しくw」

 

 何がガロの琴線に触れたのか金の匂いを感じ取ったのかテンションが上がっている。ロゼッタもかなり乗り気で声が上ずっている。

 

「わかってーますよっと!」

 

「それはそれとして、ルル様のブログを消した犯人、探し出して原子レベルまで切り刻まないと気がすまない。……死ぬ気でやれよロゼ」

 

「乗ってきたw」

 

 スルーですかそうですか。

 

 

───

 

 

 アンノウンというゲームは主に三つのNCVRMMOゲームをシステム的に踏襲して作られている。

 

 一つはライムワールド。

 一つはネルドアリア。

 一つはレインクライシス。

 

 それぞれ、ジャンルも違ったが、どれも世間一般に名のしれたゲームだ。

 そんな中において”ネルドアリア”は怪作だった。

 

 あらゆる全てを作り上げれるクラフトゲー。

 NCVRMMOの一つの完成形として上げられる事がある。けれどそれはビジネスモデルとしてだ。

 規模が大きくなりすぎたネルドアリアは運営の采配によって課金ゲーとなるのにそう時間はかからなかった。

 

 そんなネルドアリアがアンノウンで担ったシステムは大きく二つとされている、クラフトそして自己進化型のAI学習要素。

 

 惑星、ダンジョン、武器etc。

 主要なものの大半がネルドアリアのシステムに沿って、プレイヤー達により作られ、いまだに増え続けている。

 インターフェイスこそ最悪ではあったが、粘土をこねるようにして作れるモデリング、塗装の自由度、付加能力の奥深さ、クラフトゲームとしての要素は他の追随を許さなかった。

 

 そして、それにも負けない要素として自己進化型AIの学習があげられる。

 

 メタAIからNPCまで、ネルドアリアでの失敗すらも学習し、キメラのような巨躯をしたアンノウンのバランスを取っているのが自己学習型AI。

 

 アンノウンにおける神の見えざる手。

 

 尊敬と賛美、不平と不満の矛先として、時にプレイヤー達はそのAIをネルドアリアからもじってネクソAIと呼んでいた。

 

 実用例としてはこうである。

 

 

「あんのネクソAI! 見計らったタイミングで増援だすのマジやめろください! あと少しで勝てるって時に限って横槍いれてきやがる! わんこそばじゃねぇんですよ!」

 

 実にわかりやすいロゼッタの実用例にともない現在進行形で敵が誘導されてくる。

 薄暗い洋館。

 ゴシックホラーなゾンビもどきに吸血鬼もどき。

 犬やカラスまで、四方八方から登場しては消えていく。

 

「前からだろw AIちゃんは日頃の行いが悪いと、目を付けられるからなw ルル様がいると、すーぐこれだ」

 

 今の状況としては、ワイヤードゴーストの目撃報告があった場所へと向かっている途中、唐突に敵が集まってき出したのだ。

 さながらゾンビパニック映画のように次々と襲い掛かってくる。

 アンノウンでは稀によくある光景だった。

 

「他人に自分の行為を評価されることほど無駄なことはない。なぜなら、大抵の評価とはその実、分類でしかなく。ルル様は何物にも分類されないからだ!」

 

「うっせ! いいから手を動かせください! 元とはいえライムのトップランカー様!」

 

 手にした杖で蝙蝠を殴り飛ばしながらロゼッタが叫ぶ。

 

「だから、控えめに言ってお前らの倍はルル様が一人で処理してやってるじゃないか」

 

 実際、やろうと思えば一人でもどうとでもなる範囲である。

 数が多いだけなら、なんの問題もない。

 自身の処理できる範囲に敵の動きを抑えて処理する、それを繰り返せばいいだけなのだから。

 

 それでも単純作業にならないよう、ネクソAIも頑張って奇襲をしかけてくれたりするが、4回目ともなれば流石に単調になってきている。

 

「しっかし、わざわざ出向かなくちゃならんのは、どうにかならないのかw そこらへんのシステムまだ解析できてないとかレイクラ民として恥ずかしくないんですかw」

 

 レイクラ民とは元レインクライシスユーザーのことだ。

 ネットを徘徊する蛮族の別称でもある。

 

「アンノウンのコアシステムは、これまでのどの言語とも違う! この一年、僕のpcを四台も解析に当ててその程度の情報しかないんです、察しろ!」

 

 ロゼのPC は常に最新のもので揃えており、古いPCすらも全て稼働させているらしい。

 PCのコレクションが趣味とかいう変態じみた金の使い方をしているやつのPCがまともな訳がなく、準スパコンクラスだとよく自慢してくる

。 

 そんな有り余るスペックを必要とするゲームなどないし、ろくな使い方をされていないのは明白であるのだが、今はハッキング用に落ち着いているらしい。

 それでも、遅々として解析を進ませないアンノウンも恐ろしい。

 

「無能なのではw」

 

「うっせ! うっせ! ばーか! ガロ、テメェのpc、文字変換したら顔文字しか出ねぇようにしてやりましょうか!?」

 

 ガロはアンノウン専用のpc及びネットワークを繋いでおり、さらにハッカー対策にロゼッタと同じクランのハッカーを専任で雇っているため、契約上おいそれと手をだせない。

 

 ちなみに、このクランとはハッカー集団が昔のゲームになぞらえて作った組合みたいなもので、同じクランの仕事には手を出さないとか、それなりに仲間内での取り決めがあるらしい。一応そこに所属している手前、実害のない範囲でしかロゼッタはガロに対して攻撃しない。

 私に対する嫌がらせとどまる所を知らないが。

 

「地味な嫌がらせはやめてやれよ」

 

「こいつが馬鹿にすっからだ! 理解できない癖に馬鹿にする奴が、僕は何より嫌いなんです!」

 

「知ってるwww」

 

「お前もだよガロ、言い過ぎ」

 

「ははw」

 

 わかっててやってる以上、二人が本当に喧嘩になることはない。

 そんな言い争いをしつつ、少しずつ下がっている二人、あからさまに敵がこちらに向かって殺到してくる。

 

「だから、そうやってルル様にタゲ向かわせるのやめろや。お前らから先に処理してやろうか?」

 

 結局、そこからさらに五回の敵増援を殲滅しきり、目的の場所につく頃には同規模の襲撃が二度三度と続き、もう面倒になり全力で逃げに徹しきった。

 



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3- かゆい  うま

 

 

 洋館の応接間のような場所。狭苦しくない程度には広い。

 

「それで、わざわざこんな場所にまできた訳だが。どうずるんだ?」

 

「穴を探すんですよ。それがなんであれ、アンノウンのシステムである以上、エリアに入って出ていった場所が必ずあるはずなんで」

 

 ロゼ曰く、アンノウンはハッキング行為を容認しており、仕様に則っている範囲には手を出させてくれる。

 だが、それは末端の部分での話だ、アンノウンのコアシステムに近づけば近づくほど触らせる気がなく、プロテクトは厳重になっている。

 

「ここらへんのスキャンやってるんで、テメェら好きにやってろください」

 

「よし、肉焼くかw」

 

 そういって屋内一人キャンプファイヤーを始めるガロ。あほだ。

 

 手持無沙汰になり、適当なソファーに腰を落ち着ける。

 あたりを見回すと何の変哲もないエリアだ。上品なシャンデリアに、壁には誰だか知らない肖像画、蝋燭の灯がダクソな雰囲気を出している。

 

 近くの戸棚にある荘厳な装飾が施された本を手に取って中身を確認すると、買われてきたメイドが主人をいたぶる18禁官能小説だった。

 

「ぶち壊しだ」

 

 そのままキャンプファイヤーの焚火に投げ入れる。

 本は焼け焦げて色を変える。

 赤く燃えていくその姿にふと気になった。

 

「なぁ、この手の状態変化ってどこがやってたやつだ?」

 

「あん?」

 

「オブジェクトが燃えていくやつ」

 

「そこら辺はライムワールドだろw ネルドアリアはクラフトがあったから省略されてたしw 十秒で上手に焼けましたーだよ! ボケた? ボケにはカレーがいいぞ」

 

「勝手に食ってろ。ライムワールドの火はマップオブジェクトのギミックでしかないから、こんなもんまで燃やせない」

 

 燃えかかった本を手で持ち上げると、半分ほど灰になになり、手にダメージが入る。

 痛みはなく、燃えているという錯覚を感じる不思議な感触がある。

 

「じゃ、レイクラのどっかだろw あそこはごみ溜めだったからな」

 

「……それもそうか」

 

 ライムワールド、ネルドアリア両方のプレイヤーからも、レインクライシスの評価はそんなものだ。

 

「ごみ溜めとか言うんじゃねぇ! ネルドもライムもレイクラに比べたらクソゲーですから! wikiにも書いてある!」

 

 それまで集中してたロゼがいきなりキレだした。さもありなん。

 

 ライムは義務教育。

 ネルドは知育。

 レイクラは宗教だ。

 レイクラは宗教だ。

 大事なことなので二度いったが、レイクラは狂信者が本当に多い。ロゼもその一人だ。

 どのゲームもそれなりにやってはいたが、レイクラはまともな神経でプレイし続けることは難しい。

 精神崩壊するやつも少なくない闇のゲームだ。

 だから。

 

「レイクラ民に言われても、正直、哀れみしか感じない」

 

「俺はレイクラはもうゲームだと思ってねぇしw」

 

 ロゼによる無言の膝蹴りが、テレビにつき刺さる。

 妙な表現だが、頭にブラウン管つけてるやつが悪い。

 

「レイクラこそ最先端でしたから! アンノウンとか実質、レイクラ2だし、おすし!」

 

 一理はある。

 

「だったら、解析はよw」

 

「それ言います、また、それ言っちゃいますか!? みんな気にしてるそれ言っちゃうんだ! あーあ! 戦争だ戦争! その無駄にでかいブラウン管を液晶タブレットにスライスしてやリますよ! このクソテレビ野朗!」

 

 ロゼッタはダースベーダ風な装備に変更してライトセーバーをガロに向けている。

 最初から暗黒面に落ちてるだろ。

 

「ジョークだよ、ジョークw 謝るからライトセーバーで殴ろうとすんなw」

 

「レイクラもいいゲームだった、それなりに。……それより解析の方はどうなんだ。亡霊のやつ、もう、終わったのか?」

 

「取ってつけたような事いいやがって……ま……終わったよ。終わりました。結論から言う。穴は無かった。更にいうと何かが侵入した形跡はおろか、オブジェクトを表示したログすらねぇ….」

 

「なんだそれw 無駄足かよw」

 

「わからねぇよ。言葉通り亡霊だったのかもしれね」

 

「なにかしらのバグの可能性……いやアンノウンのバグって今まで聞いたことないな」

 

「それも異常だってわかってます? 当たり前になってるから感じないが、いくら管理ツールが発達したところで人間なにかしらのミスはするもんですよ。それを見つけるのは相応の時間がかかる。普通は……」

 

「AIちゃんがこのゲームの全部を作ってる説も、あながち的外れではないんではって思えるなw」

 

「あーあ、クソですわ……クソ。なんかここが本当に何か別の得体の知れない不気味な世界なんじゃないかって思っちまいますよ」

 

「リアルすぎるのも考えものだなw」

 

 ガロの言葉にロゼッタがため息をつく。

 

「それもあるが、そうじゃねぇですよ……。技術の道程が見えねぇ」

 

 そう言ってロゼッタがフォースを使って火の上の肉を持ち上げる。魔法の名前ももそのまんまフォース、ただ物体を持ち上げるスキル。

 

 そして、マスクの上から肉に齧り付いた。

 

「行き過ぎた科学は魔法と区別がつかないってやつかw 何をかっこつけて言うかと思えば……俺の肉を食ってんじゃねぇよw」

 

「僕たちは天下のライムワールドもネルドアリアも解析して、再現も可能にしました。その上で、こう思ってます、アンノウンは魔法でできてんじゃねぇかって」

 

 ロゼッタは珍しく真面目な声色をしていた。

 ベーダーっぽいマスクをつけているので、かなり真面目に見える。

 

「見た目のデータとかゲームシステムは確かに他のゲームと同じ、でもそれらを動かしてるプログラム言語が違う。技術的な仕組みはおろか、そもそも、アルゴリズムから違うと言ってもいい。ライムワールドとアンノウンじゃ、初代ドンキーコングとwiiu版くらいの格差があります」

 

 もはやハードが違うんですがそれは。

 

「ハードのスペックは一気に上がりきって、数年前のスパコンのスペックが最低になってるけど、そのスペックに人間がついていけないってのは雑誌の開発者コメントで読んだなw アンノウンはそのスペックをフルで使えてるってことかw」

 

「端的に言えば……実際はもっとエグいことしてるんですけど。専用のPCと回線が無けりゃ怖くて繋げねぇよ。こんなん」

 

 乾いた笑いを浮かべるロゼッタベーダー。

 

「とりあえず終わったのなら、これからどうする。モブ狩りでもしていくか?」

 

「悪いけどそういう気分じゃねぇ。もう今日は充分やったんで僕はストレス解消に酒場行ってオナって寝ます!」

 

「DD&DDとの話し合いがあっからw やつらのけつ掘るのに忙しい、すまんな」

 

「そうかわかった。気にするな」

 

 そう言って堂々とシモネタをかます二人とは別れた。

 思えば”もし”という言葉が現実となるのなら、ここが何かの分岐点だったのかもしれない。

 



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4- もう一人の自分 x2緑青

 

 洋館の廊下は何処までも続いていた。

 蝋燭の火と、窓から差し込む月明かりが神秘的な雰囲気を作り上げている。

 

 元はレインクライシスのエリアだ。

 レインクライシスのエリアには幾つか共通点がある。

 無駄に高解像度のテクスチャを使っていたり、どこかで見たようなオブジェクト、物と物との接地面が目立つ。

 現状、ライムワールドのエリアや建築物が実装されていない関係でクオリティーの面からはそこまでの差はないが。

 なんというか荒っぽさがあるのはご愛敬といったところだろう。

 

 流石に非NCVRのエリアに比べれば幾分見栄えがいいのは確かだ。

 ただ、地面の絨毯を足でよけるとその後ろまで存在している、少し傷つけると砂となる。レインクライシスがそこまで作りこんでいるはずはない。

 何とも言えない気持ち悪さに身を震わせる。

 

 ふと、気配を感じて前へと視線を向けた。

 だが、その先には何もない。

 

 キィンという甲高い音かなったかと思うと、小さな輪っかが地面に転がっていく。

 

「なんだ?」

 

 しゃがんでそれを手に持ってみる。

 指輪のような形をしたそれは名前も効果も全て文字化けしていた。

 

「…………っ!?」

 

 唐突に鉄を引き裂くような音がした。

 ノイズが走る。正確にはノイズに感じるような何か。

 平衡感覚が失われていく。

 

 そして、時が止まる。

 

 音が静止し、色が失われる。

 モンスターはおろか、自分以外から音という音がまるで聞こえない。

 

「……なんだこれ、新しい魔法? いやバグか?」

 

 通信が切断されて異常がでたのかと思いステータスを開く。

 空中に浮き出されたのは見慣れたUIではなく、そこには文字化けした意味不明な言葉の羅列が並んでいた。

 

 明らかな異常。

 ログアウトボタンがあるであろう場所を押そうとしても、何も反応しない。それは、他の部分も同じだった。

 キャラクターデータのフリーズなんて聞いたことがない。

 

 アンノウンでは。

 

「嘘だろ……」

 

 レインクライシスの起こした事件。

 十一人の衰弱死。

 リアル未帰還。

 

 何故かそんなものが脳裏に浮かんだ。

 

「クソ……」

 

 アンノウンの外部ツールを直接呼び出す。

 真っ黒い板に白い文字、最低限のデザインしかされていないコンソール。

 自身の状況確認のためのコードを入れる。

 

 赤いエラー文が大量に流れていく。

 どれも見たことがないものだ。

 

「なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!」

 

 そして、最後に目についたエラー。

 Device is not connected.

 

「認識されて……ない?」

 

 さらに詳しいエラーの内容から見て、ヘッドギア型の神経接続機器に繋がっていない。

 だが実際、自分はここでキャラクターを操作している。

 

 起こりえない矛盾。

 胸を焼き尽くすような焦燥感。

 

「頼む! ……頼むから!」

 

 祈るようにアンノウンの強制停止操作をコンソールに打ち込む。

 途端、それまで正常に動いていたコンソールが文字化けして、意味の分からない文章に埋め尽くされる。

 

「……質の悪いジョークハックか!?」

 

 世界が剥がれていく。

 床が崩れ、壁が空へと消えていく。

 その先に広がるのは真っ黒な空間。

 

「なんかのイベントの演出だろ……」

 

 逃避。

 だが、もう一度コンソールを叩けば文字化けした赤い文字が流れ続ける。

 

 異変は次の段階へと移りだした。

 

 黒い何もない空間から。

 ゆっくりと”何か”がこちらに向かってきた。

 

 それはかろうじて人型をしているノイズの集まり。

 耳をつんざく引き伸ばされた音を発しながら近づいてくる。

 

 咄嗟に手に持った剣を中段に構えていた。

 同時に火花が散り、衝撃で後退させられる。

 攻撃された。

 

──敵。

 

 それも、わけのわからない何か。

 

 だが、剣を振った。

 何もさせない即死攻撃や、GMの使うBANの類ものではない。

 アンノウンのルールに乗っ取った攻撃。

 

「だったら……ッ!」

 

 剣を握りしめ相手へと叩きつける。

 ノイズはそれを受け止め、返す刀でこちらを切りつけてくる。

 咄嗟にそれを受ける。

 

 再び剣が交差した。

 

 剣を振るならば人間相手に負けるはずがない。

 自信があった、何者にも負けない。

 

 実際、対人戦ではそれに近い結果は出してきたし、NPCが相手なら尚の事、負けるはずがなかった。

 故に。

 

「なんで!?」

 

 ありえないはずだった。

 目の前の相手が、自分かそれ以上に強いなんてことは。

 けれど、驚いたのはそれではない。今までも少ないがそういう経験はあった。

 

 だが、初めてだった。

 反応の仕方、切り返しのタイミング、果てはテンポ感まで。

 ありとあらゆる全てが既視感のある動きだったのだ。

 

 そんなことが認められるはずがないのに。

 

 一太刀切り合うごとに感じる。

 自分がブレ、根底から覆されるような痛み。

 

 相手の攻撃は鋭さを増し、腕が鉛が流れているかのように鈍くなる。

 ノイズが薄れ、見慣れた顔と目が重なる。

 最初に感じたのは、やっぱりかという諦めに似た絶望だった。

 

「なんなんだよ……お前はッ」

 

 ぶつかり合う剣戟から火花が散り。

 そして、消える。

 

「ルルだ」

 

 耳障りなノイズが晴れ、聞きたくない音が響く。

 大切なものを汚されたときの胸を焼く言い知れぬ不快感。

 茜色の髪を左サイドにだけメッシュのように伸ばし。

 切れ長の薄い目に。

 中性的な輪郭。

 

 シンメトリーの真逆をいく半分和服、半分軍服の衣装。

 鏡で写したかのような姿。

 

「それは……私だ。私がルルだ!」

 

 思わず叫び声を上げる、それは一から自分がデザインしたキャラクター。

 何時間とかけて、すべて、自分が理想とした姿。

 誰よりも、何よりも大切な、この世界のアイデンティティ。

 それが何かわけのわからないものに汚された。

 

 絶対に許せない行為。

 だというのに。

 

 それは、あまりにも

 

 ”そのまま”

 

 だった。

 

「……今まで一度だってお前がルルだったことなんてない。お前はお前だ」

 

 その表情は憐憫に憂い、はるか高みから見下ろすかのような目をしており、その吸い込まれるような瞳に、目を背けそうになる。

 

 

「違う……違う! 違う! 違う! 私の、私のだ! 私のルルが、私にそんな顔をしない! するはずがない!」

 

 それはよくできた偽物だ。

 本物は自分以外にありえないのだから。

 

 偽物に向けて剣を振り下ろす。

 それは今まで拮抗していたのが嘘のように軽々と弾かれた。思わず体制を崩し倒れこんでしまう。

 

「お前は……そんなだから……いつまでも……。ほら。見ろ。自分の姿を」

 

 切っ先を突き付けられ、その剣先に映し出された自分の姿。

 ありえない光景だった。

 

 そこにいたのは、一番見たくないもの。

 剣さえ落とした震える手で覆い隠すほど、この世界で、それだけは見たくなかったものが、そこにはいた。

 

「あぁあぁああっ…………ぁあぁぁ……あぁ」

 

 

 顔の造りは似ているはずなのに、ひどく卑屈な印象を与える瞳。冴えないボサボサの髪は肩まで伸びており、痩せ細った体は不健康そのものだった。

 現実。

 忌み嫌う、リアルの自分の姿。

 

 頭がおかしくなったのか、

 もはや何が起こっているのか、状況の理解ができなかった。

 

 目の前に今、この瞬間まで操作していたはずのルルがいて、リアルの自分が今にも切り裂かれそうになっている。

 

 これがリアルなのか。

 ゲームなのか。

 現実からもゲームからも目を背け。

 何もかも投げ捨てて逃げ出していた。

 

「ぁあああッ! ぁあああぁぁぁぁぁあ!!」

 

 目の前は真っ暗闇。

 それでも。走る。

 絶叫しながら。走る。走る。

 逃げ切れないと知りながら。

 

 

 瞬間、何かに切り裂かれた。

 もはや抵抗などできるはずもなく。

 

 どこまでも、世界は闇に包まれていた。

 

 

 



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5- 全てを脱ぎ捨ててでも、守りたい。守りたい?

 

 ライムワールドは万人が認める神ゲーである。

 

 神経接続型バーチャルリアル、いわゆるNCVRの開発元が実績ある企業と提携し世に出したそれは、それまでVRゲームの課題とされてきた全てに答えをだした。

 

 簡潔に完成されたインターフェイス。

 ありのままの世界をスキャンする事で作成されたハイグラフィックのオープンワールド。

 乗り物、クエスト、成長要素を始めとした、これまで培ってきたMMO技術の総結集と言っても過言ではない多様性。

 そして奇跡とも呼べる数学的に完璧かつ、面白さが最大限に発揮されるバランス調整。

 

 

 世界初のNCVRのMMORPGでありながら、ライムワールドは新しい時代の頂点であった。

 

 NCVRをやるのならばライムワールドをやらない理由はない。

 そう言われるくらいに輝いていた。

 

 完成された未知の世界。

 

 冒険も、出会いも、何もかもが新鮮でありながら、どこか懐かしさすら漂う。

 かつてRPGをプレイした誰もが求めていたゲーム。

 それが妥協のない形で、現実になった。

 

 全てのゲームはライムワールドを生むために生まれたのだと、そう思えるほどに完成されていた。

 

 だから、初めてライムワールドにふれたとき。

 

 この世界でなら、別の誰かになれる。

 

 そういうロールプレイができると思ったのだ。

 

 

_____

 

 

 そこは草原だった。

 

 何処までも広がる世界。

 緑の大地は風と共に走り、やがて大きな海へと至る。

 その海の向こうには小さな島が見えた。

 天を貫くような山々の先には雲がかかり、その周りをドラゴンが飛び交っている。

 

 忘れるはずもない。

 ライムワールドの始まりの大地。

 これからの冒険を感じさせる全てがそこにある。

 

 あってしまった。

 

 ライムワールドのマップ。

 それまでアンノウンで発見されていなかったものの一つ。

 

 そこで私は倒れていた。

 

「裸で」

 

 その姿はリアルのそれだ。

 ステータス画面を見れば全ての数値が1に揃っている。言うまでもなく初期値である。

 そして、プレイヤーネームの欄には慣れ親しんだ名前はなく。

 

──クソプラナリアゴミムシ菌。

 

「ふっざけんな……小学生の嫌がらせか! あいつ……ルルを……私のルルを……許さない。絶対に……許さない!」

 

 コンソールはまともに動いているのでログアウトしようと試みボタンを押す。

 だが、一分、二分といつまだたっても、動く気配はなかった。

 外部ツールに繋げようとするも、アンノウンに弾かれているのか応答がない。

 

 未だに謎の現象は何も終わってなどいないのだと、そう告げていた。

 

「クソ……今どき、ログアウト不能のデスゲームとか……馬鹿らしい」

 

 ふと、アイテムの欄を確認するがレアアイテムはおろか消耗品の一つも存在しない。

 

「クッソ! クッソ……! せめてライムの……あの剣だけは残してくれよォ!」

 

 一番に思い入れのあった武器に思いをはせても帰ってくるものはなく、数秒茫然としてしまう。

 考えがまとまらずそれでも何かをしなければという思いで立ち上がる。

 

「とりあえず……歩くか、裸はまずい」

 

 最も近いランドマーク、古びた教会に足を向ける。

 ライムワールドそのままだったら初心者用の防具があったはずだ。

 

 そんなことを思い出していると、こんな状況だというのに心のどこかでわくわくしている自分がいた。

 

 それはライムワールドを始めた時の、全てが未知で、新鮮だった頃に似ていたからかもしれない。

 

 そう遠くない、歩いて5分くらいの場所。

 木々に囲まれながら、古びた教会は佇んでいた。

 丸石を並べて固められた壁は半分崩れており、屋根にも大きな穴がいくつも開いている。

 その中でも一際大きな穴、数えきれないプレイヤーが投身自殺をおこなった所から、光が差し込んでいた。

 

 それは、中央に立つ石像の周りを照らす光だ。

 神聖で幻想的な光景。

 

 始まりの女神フラクタの石像。

 跪き空へ手を掲げる女性。ライムワールドを構成す七十ニ柱の神々の一柱。

 その石像の裏に宝箱が──

 

「ぇ……!?」

 

 目が合う。

 

「ファッ……!?」

 

 人間だった。それも女性。

 あまりにも突然、人に出会ってしまったから咄嗟に飛び退き、空手っぽい体制をとってしまう。

 

 裸で。

 互いに思考が停止していた。

 

「ぅぁぁ……うあぁああああ!」

 

 停止していた車が急発射するように、頭が一気に回転する。

 そして、この状況から導き出される最適解。

 

 大事な部分を隠して逃げる。

 しかし、無理な体制で体を動かしたせいか、苔で足を滑らせてしまう。

 

 気づけばボテッと正面から無様にこけていた。

 痛い。

 静寂があたりを支配する。

 

「プッ……ハハハ!」

 

 そんな笑い声がいやに響いた。

 普段なら絶対しない失敗に、恥ずかしさと情けなさで死にたくなる。

 俯いたまま、なんとか立ち上がろうとして、頭の上に何か乗せられる。

 

「はい、何か知らないけどコレとりにきたんでしょ」

 

 それは革でできた服だった。

 まさしくこの装備を求めてきた訳だが。

 

「あぁぁ……ぁりが……とう」

 

 上ずった声をなんとか外に出しながら受け取る。

 相手は最初はキョトンとしていたが、ニコリと笑い振り返る。

 

「どういたしまして? 後ろ向いてるから、とっとと装備しちゃってよ」

 

 いそいそと装備する。

 服を着ると、人間として大切なものを少し取り戻した気がした。失った分はかなり大きいが。

 改めて石像の方を見ると少女が微笑んでいた。

 

「いやー、まさかここに人が来るなんておもってなくてさ、びっくりしたよ」

 

 肩辺りで纏められた薄く淡い青の髪、どれくらいモデルを弄ったのか、大きい瞳に長い睫毛、均整の取れた顔立ち。

 しかし、装備は初期の方で作れるものばかり。

 

「私だけの秘密の場所だと思ってたのに、ちょっと残念。実は有名だったりする?」

 

「い、いや……ちが……」

 

「そっか、よかったー。あたしはソラ。あなたは?」

 

「ル……ル」

 

「ルル? あー、ルル様かー、ルル様にあやかっちゃた口かー。有名人だもんねー」

 

 あやかったってなんだ。

 そう言ってやりたいが、口が動かなかった。

 いつもと違う、いやいつもが違った。

 いつもはルルがやっていた。

 自分はもう、ルルじゃないのだから、できるわけがない。

 なぜか、そんな考えが脳裏に浮かぶ。

 

「それで、なんで裸でこんなところまで? 新手のPKでもされた? ダメだよ、そこらへんは自前でプロテクトかけなきゃ、まとめて取られちゃうって、wikiにも書いてるよ」

 

「いや……ちが」

 

 プロテクトぐらいかけている。

 そしてwiki のプロテクトはすでに抜かれ方が出回ってる。

 とはいえ、いったい自分に何が起きたのかなんてわからない。

 

「あー、じゃーアレか、お楽しみでしたか。若いっていーねー」

 

 ニヒヒと奇妙な笑い方をするソラ。

 MMOで女の子から、おっさん臭いセリフがでるとネカマを疑う。そして悲しいことにだいたいの場合あってる。

 

「どうしてそうなる。私は……」

 

「私は? ん? 何? 続けて?」

 

 ホラホラとせかすようにソラは手招きする。

 急に何も言う気がなくなってしまう。

 

「なんでもない……」

 

「だー。なんだよー。コミュ障? コミュ障なの? それじゃ、私の中じゃ裸で歩くただの変態だよー? いいのー?」

 

 それはかなり抵抗がある。

 とはいえ別段、隠す必要があることでもない。話したところで何かデメリットがある訳ではないだろうし、話すたびにころころと百面相をするソラは話しやすく、つい事のあらましをほとんど話してしまった。

 そのうちに慣れてきたのか普通に喋れるようになったのは怪我の功名だ。

 

 喋りながら自分の身に起きたことの再確認をする。

 話し終えた後、ソラは非常に渋い顔をしていた。

 

「んー。じゃあ、ルルはルル様で、ルル様じゃなくなっちゃったと。そんでもってログアウトできない……」

 

 悩んだすえ、バッと頭をあげ、その中が空っぽで笑うソラ。

 

「なんかたいへんだったんだねー」

 

「あんたに話したのは時間の無駄だった……」

 

「わー冗談! 冗談だってば! 場を和ませるソラさんの小粋なジョークだよ!」

 

 こほんと咳払いをしてソラは仕切り直す。

 

「とりあえず、このエリアから出て、自治会の人に話すのはどう?」

 

 自治会とは実質的な運営のいないアンノウンにおける、ブレイヤー同士の相互互助を目的とした複数のギルド連合である。

 

 治安維持をしたり、技術的な相談にのったり、イベントをしたり、不正ブレイヤーのPC を再起不能にしたり、悪質な嫌がらせ行為への報復措置を行ったり、一応バグの情報収集なんかもやっていたりと、その活動はギルドという枠組みを超えて多岐にわたっている。

 

 しかし、その実態はリアルマネートレードの相場操作を生業するネトゲヤクザだ。

 何せこの自治会の幹部、大半がネルドアリアのトッププレイヤー。

 古今東西いずれも類を見ないレベルに血も涙も金も人生すらも吐きつくした畜生の中の猛者たち。

 ゲームにリアルマネーを積むのに一瞬の躊躇もなく、そして、それを支えるだけの財力を持っている。

 

 相手を蹴落とすためならばどんな弱みも突き止め、リアルマネーと合わせて敵ギルドのプレイヤーすら課金したと豪語する。

 総じてある種のサイコパスのような精神構造を共通して持っている。

 世紀末と化したネルドアリアでトッププレイヤーでいたとは、つまりはそういうことなのだ。

 

 そんなやつらが自治会なんてのを立ち上げたのは慈善活動であるはずもなく、システムで得られない支配欲と体のいい大義名分を求めた結果でしかない。

 ゲーム内でリアルの真似事をする、哀れで救えない奴らだ。

 

 そしてだ。

 そんな自治会を頼る?

 

「……ないわー……」

 

「えー、もしかして相談するのが恥ずかしいとか? 解るよー! 私もね、初めて救急車に乗るときなんか緊張するかもって思ってた! でもね! それどころじゃなかったから! 今きっとそんな感じでしょ!」

 

「なにいってんだあんた……。……自治会なんて頼ったら良くて泥沼……悪けりゃアイテム扱いだ。誰が頼るか、あんなクズども」

 

「アイテム扱いとかクズとかって、そういう事いうのいいくないよー」

 

 人差し指を立ててノンノンと首を振る。

 

「……いやいや、それはあんたがあいつらを知らないからだろ」

 

「そりゃ、知らないかもしれないけど。人の悪口を言うとね、相手の事を嫌いになるし、巡りめぐって相手からも嫌われる。だから、いいことない!」

 

「……うわ。うざっ…」

 

 こいつとは根本的なところで合わない。

 人間の根本が善であるかのような考え方。無知であることをいいことに、他人をドツボに引き込む。

 正直、嫌いなタイプだ。

 

「この装備ありがと、もういいよ。私は行く。これまでの話は忘れて」

 

 「じゃ」と軽く手を上げて、足を動かし脱兎のごとく、全力で疾走する。

 その様子をポカーンとしていたソラははっとしたように、声を上げた。

 

「あ、ちょっ! 急にどこ行くのさー! ちょっとー!? まって、このエリアは──!?」

 

 何か叫びながら追いかけてくるが、引き離すのは苦ではない、何せここはライムワールドが原型のエリア。

 もはや第二の故郷と言っても過言ではない。

 

 草の配置から、雲の動きまで、全て親の顔より見た光景だ。

 全力で走れば、人を一人、撒くのにそう時間もかからなかった。

 

 



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6- さらば、母なるアリアハン

 

 

「さて、どうしたもんかな」

 

 逃げこんだ森の中で一人ごちる。

 チャット機能で顔なじみに助けを呼ぼうかと操作していたが、フレンド登録がないと直接は相手に届かない仕様のせいで、ガロやロゼッタにすら送ろうにも送れない。

 

 一応、フレンド申請はしたが見慣れない奴からのフレンド申請など無視されるのがおちだろう。

 

 なにせ名前に見覚えのない申請の三通に一通はウイルスが同封されている。

 実験がてらそういう事をする奴にも心当たりはあるが、実に嫌な世界だと感心する。

 

 そんな馬鹿な事を考えていると獣臭い匂いが鼻に着いた。

 野犬。

 ライムワールド出展のどこにでも湧くモンスターと有名な野犬ロアドッグが近づいてくる。

 

「面倒な……」

 

 武器がないため素手での戦闘になるけれど、流石にこいつに負ける訳がない。

 茂みから飛び出してきたのは、予想通り牙が大きく、毛の長い中型犬のようなモンスター、ロアドッグ。それをボクシングのような構えで迎え撃つ。

 

 ライムワールドの戦闘システムは至ってシンプル。

 現実のそれだ。

 ライムワールドの売り文句をそのまま言うのなら、神経接続により完成された第二のリアル戦闘システム。

 

 現実との違いの方が少ない。

 相手を傷つければ、血の代わりにブラッドダメージが入る。それが一定以上溜まると気絶する、つまりヒットポイントだ。また、痛みこそ感じないが言い知れない違和感のような感覚をうけるようになっている。

 

 ライムワールドにレベルの概念はなく、強さとは装備とスキル、そして何よりも絶対的なプレイヤースキルが求められる。

 

 対人戦において装備とスキルはプレイヤースキルを補ってくれるものだ。装備を強くすれば数値的に強くなるが、上級者以降ともなれば誰もが専用に特化した装備を作り上げる。

 

 トッププレイヤーともなれば星の数ほどあるスキルから、自分にあったものを選び抜き、鍛え上げる。

 誰もが真剣に、どうしようもない情熱をその一瞬に注いでいた。

 そして、その一瞬、その一瞬だけは、私は誰よりも強かったのだ。

 

 そんな私がロアドッグ相手に、遅れを取るはずがなく。

 飛びかかってきたロアドッグの攻撃を紙一重でよけ、その腹に拳を突き入れる。

 

 完璧かに思えたが体の反応が少し鈍く、ロアドッグの爪に肩が軽く引っ掻かれていた。

 いつもの装備と違う、スキル構成も、だからと言ってここまで鈍くなるなだろうか。

 

「……?」

 

 でも、この程度ならブラッドポイントはすぐに──。

 

「……ぁ?」

 

 感じたのは熱さだった。

 ライムワールドにも、アンノウンにもないはずのもの。

 

 痛覚。

 

 肩に手を当てる。手のひらに赤い血が付いた。

 

「は? ……血ぃ?」

 

 ブラッドポイントは赤い粒子の演出だ。血なんてものが流れることはない。

 舐めてみると鉄の味がした。味覚がそう感じるように、現実で見慣れない赤い液体が零れ落ちていく。

 

 背筋が凍りついた。もはやここは自分の知るアンノウンですらない。

 

「……これ…………死んだらどなるんだ?」

 

 ロアドッグが吠えながら突進してくる。

 呆然としていたため無様な格好で腹に直撃を受け、ようやく現実に引き戻された。

 

「ぁ゛ぁああ! いたい……いたいいたい! なんで……なんで、痛いんだよ!!」

 

 距離を取ろうとするロアドッグの首を横這いから掴み、体重をかけて地面へと叩きつける。

 

 赤い粒子が飛び散った。

 それがゲームとして正常な動作。

 どうして、私はこんなに痛いのに。

 

「お前は! ……なんで!」

 

 何度も何度もひたすら殴る。動物愛護団体が見たら卒倒しそうなほどにロアドッグを殴りつける。

 拳が地面に突き刺さる。

 地面にいたロアドッグは全身が粒子となって消えていった。

 殴りつけていた指にすら痛みを感じる。

 

「こんな……どうしてこんなことに……」

 

 例の亡霊を調べたから、それともあのドッペルゲンガーみたいな奴にあったから。

 もしかしたら、もっとそれより以前の何かがおかしくなっていたのかもしれない。

 

 体当たりされた腹がズキズキと痛む。

 肩が熱を帯びたように疼いていた。

 痛みが神経を尖らせるが、同時にそれは他の部分を緩ませた。

 

 囲まれている。

 気配などなく、当然のようにそこにいた。

 それのシルエットはロアドッグに似ていた。だが、頭がない。頭があるであろう場所にあるのは、アルミのような質感をしたバスケットボールほどの丸い物体だった。

 壊れたメトロノームのような動きで地面に頭をぶつけている。

 

「…………んだソレ?」

 

 ライムワールドでは見た事がない。

 明らかに異様な生物が周囲に取り囲むように、それも五体。

 

「ハハ……俺の思い出まで…………ぶち壊す気か!」

 

 一番近くにいたロアドッグもどきに殴り掛かる。

 避ける動作もなくそのまま拳が突き刺さる。まるで泥を殴りつけたような感触、その生理的な気色悪さに思わず手を引っ込めてしまう。

 

 ロアドッグもどきが溶けるように崩れる。

 丸い物体が地面に落ちていった。

 転がるそれにどうしようもなく目が行ってしまう。

 

 何かに睨みつけられたかのような緊張感。

 一瞬の瞬きすらも許されない緊迫感。

 それまでの憤りが恐れへと変質する。

 

 丸い物体に他のロアドッグもどきが引き寄せられていく。

 ぐずぐずとした触手のように、五つの丸い物体を中心に黒い泥があふれ出す。

 

「…………ヤバい……なんかヤバい」

 

 現状、戦っても勝てるかわからない相手に対して逃げるより他の方法なんてない。

 だが、目の前にあるのは恐怖だった。

 手が震えていた。

 

 痛みが、生まれて初めて命の危険性を訴えかけてくる。

 

「クソッ! ……!」

 

 一閃。鞭のようにしなる触手が、それまでいた場所を切り裂いた。地面はえぐれ、木々に跡を残す。

 咄嗟に反応できたのは奇跡だった。

 

 予備動作などなく。

 まるで、ゲームとしてのモーションを感じさせない動き。

 

 ただ無造作に理不尽に、鞭のような攻撃が続く。

 逃げることを許さないという風に。その攻撃によって退路を潰されていく。

 

 アルミのような銀色の丸い玉が開く。

 その中にあるのは虫の複眼のような無数の瞳。

 

 その全てが笑っていた。

 心の底から。

 いたぶるのが楽しいという風に。

 

 演出や、作られた、プログラムされたようなものではない。

 生身の剥き出しの悪意。

 それをこいつは持っていた。

 

「…………ふざっ……けるなぁ……!」

 

 脳にアドレナリンが満たされる。

 鞭のような攻撃も、一度見れば避けれないものはない。

 一フレームより下の刹那の積み重ね、トップランカーの誰もがそこで戦ってきた。

 それに比べれば、あまりにも遅い。

 避けて。避けて。距離を詰める。

 

「……廃ゲーマー! …………なめんじゃねぇ!」

 

 怒りに任せて殴りつけた。

 感触は先程と変わらない気持ち悪さ。

 手を戻そうとして、冷や汗が走る、腕がまるでビクともしなかった。

 

「なっ……!?」

 

 絡め取るように腕から黒い泥が登ってくる。

 ゆっくりと、いたぶるように。

 複眼がまた、笑いだす。

 

「は……離せ!」

 

 必死に足掻こうとするが、触れた部分からどんどんと飲み込まれていく。

 その中は温度がなく、ただ、筋肉が凍りついたように震えだす。

 神経が壊死したように、感覚が失われていく。

 

「離せぇえええ!!!」

 

 輝線が走る。

 

 それは一瞬で丸い玉を一つ、切り裂いていた。

 

「セーフ!? ……でもない!?」

 

 跳ねるような声の主は鞭のような反撃を躱しながら、切って返すようにもう一度、丸い球を左右に両断した。

 

「……ソ……ラ!?」

 

 拘束が弱まったのか、手に感覚が戻ってくる。ふと、感触と違う、何かが指先に触れた。

 咄嗟に押し込み、それを掴む。

 そして、力いっぱい引き寄せる。同時にソラがさらに一つ丸い玉を切り裂いた。

 

「アァアァ……アアアアァア!」

 

 魂を引き上げるかのように、漏れ出した雄叫びと共に、黒い剣が姿を現す。

 どうしてそんなものがそんな所にあるのかなんて、考える間もなく、得物を手にした体は動いていた。

 

「私は……ッ!」

 

 一撃、複眼を切り裂く。

 

「ルル様だあぁ嗚呼アア!!」

 

 一撃、抵抗しようとする鞭ごと複眼をさらに両断した。

 

 何事か断末魔のような金切り声が鳴り響いた。

 黒い何かが、溶けだすように空へと消え、丸い玉はひび割れ、砕け散る。

 

「……やったか!」

 

 ソラがフラグみたいな事を叫ぶから、つい身構えて完全に消滅するのを見送ってしまう。

 赤い粒子となり消えていくそれは他のゲームの敵だったのか、それともまた別の得体のしれない何かだったのか。

 

「……やったみたいだね。大丈夫だった?」

 

 ピョンピョンと跳ねるようにソラが近寄ってくる。

 

「ああ、助けてくれて、ありがと」

 

「うんうん。で……それと?」

 

 その表情は真剣にじっとこちらを見つめていた。

 

「……」

 

「そ、れ、と?」

 

「……さっきは逃げ出して悪かった」

 

「んー……七十点かな! 別に謝ってほしかった訳じゃないけど。反省してるなら、よし!」

 

 柔らかにソラは微笑んだ。

 

 安心して一呼吸入れようとした瞬間、視界の片隅で、コンソールが勝手に開いた。

 そして、見慣れた音声つきのテロップが流れ出す。

 

『ゲートボス、■■■■■がプレイヤー、クソプラナリアゴミムシ菌によって撃破されました』

 

「あはは、何これ、変な名前の人だねー」

 

 ソラの方にも同じテロップが流れているようだ。

 レイドボスなど、開放条件を満たした時に開放されるエリアに流される全体通知だ。

 

 ここ最近はあまり見かけなくなっていたが、自分でつけた名前でもないのに、こんな変な名前を載せられると心が痛い。

 

『開放条件114514が達成されました』

 

『新規エリア【ライムワールド】が開放されます』

 

「もしかして、ここのことかな?」

 

 呆けたようにつぶやくソラにとりあえずといった風に頷いてしまう。

 

「たぶん」

 

『尚、このエリアでのダメージ及びデスペナルティはリアルと部分的に同期されます』

 

「……死んだら死ぬってことかな?」

 

『──さあ、ゲームを始めましょう! このエリアには、これまで実装されていなかった全てがあります!』

 

 それまでの機械的なシステムメッセージが弾むような声をあげる。

 そんなこと今まで一度だってなかった。

 

『だから』

 

 

『命をかけて──挑んでください』

 

 きっと、その時、誰かが良からぬ笑みを浮かべていたのだけは肌で感じていた。

 

 



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閑話- アンノウンwiki掲示板より

 

【今更】ライムワールドについて語るしすpart1【デスゲーム】

 

 

1: 名無しの通りすがり

 命かけて挑めよ

 

 

2: 名無しのゴンベ

 お前がいけ

 

 

3: 名無しの死人

 〉〉2

 

 

4: 名無しの死にたがり

 〉〉2

 

 

5: 名無しの命知らず

 〉〉2

 

 

6: 名無しの通りすがり

 おいw

 お前らめっちゃビビってるじゃんw

 

 

7: 名無しの命知らず

 いやいや、普通にライム行ってきたし、ビビってねーし

 一緒に行ったフレンド、PKしてきたから

 

 

8: 名無しのペドフェリア

 は?

 イキリト君乙

 

 

9: 名無しの命知らず

 マジやで

 

 

10: 名無しの通りすがり

 何でフレンドwww

 

 

11: 名無しの命知らず

 死んだ時、知り合いじゃないと確認できないじゃん?

 

 

12: 名無しの死人

 えぇ……

 

 

13: 名無しの命知らず

 結果だけ言うと、キルしたフレンドは普通に生きてた

 なぜか知らないけど絶交するって言われたが

 

 

14: 名無しのペドフェリア

 残当ですらなく、当然なんだよなー

 下手すると死んでたかもしれないんだぞ?

 

 

15: 名無しの命知らず

 そんときはそんとき

 隙だらけの背中見て

 あ、今ならやれるなーって思ったら

 

 やるだろ?

 

 

16: 名無しのペドフェリア

 だめだこいつ

 サイコパスかよ

 

 

17: 名無しの死人

 ゲームで死んでもすぐに死なないってのは間違いないっぽい

 ようつばーが生配信でやりやがった

 

 

18: 名無しのテレビ

 再生数のためなら命も惜しくない姿勢w

 

 

19: 名無しの命知らず

 わかる

 

 

20: 名無しのテレビ

 〉〉19 自分の命でやれよwww

 

 

21: 名無しの命知らず

 確かめたかっただけで、殺したかったわけじゃないし、死にたいわけでもない

 

 

22: 名無しの通りすがり

 などと犯行を認めており

 

 

23: 名無しのテレビ

 ところでこれ(クソプラナリアゴミムシ菌)について

 誰か突っ込んであげよう

 

 

24: 名無しの死人

 個性的な名前ですね

 嫌いじゃないですよ

 ところで病院にはいかれましたか?

 

 

25: 名無しのプラナリア

 辛辣で草w

 

 

26: 名無しの命知らず

 サイコパスのニオイがする

 

 

27: 名無しのペドフェリア

 同族のニオイを嗅ぎ分けたか

 

 

28: 名無しの通りすがり

 そいつが倒したエリアボス、出現場所がライムワールドなんだよね

 

 

29: 名無しの死人

 ほんとだ

 

 

30: 名無しの命知らず

 ペドは氏ね

 どうやって確認するんだそれ

 

 

31: 名無しのペドフェリア

 ググれカス

 エリアボス名のところからリンクで情報みれるだろ、いい加減にしろ、コ□すぞ

 

 

32: 名無しのテレビ

 なんだそのツンデレ、たまげたなぁw

 

 

33: 名無しのゴンベ

 このゴミムシって、誰かのサブ垢とか?

 たまたまハッキングしたところが、ライムワールドだったとか

 

 

34: 名無しのプラナリア

 可能性としてはありえないこともないレベル

 アンノウンにおける未知のエリアへのハッキング成功率が現状報告だと0%だということを除けば

 

 

35: 名無しのペドフェリア

 そもそも、ハッキングでのクエストフラグの達成ってアンノウンではありえないことだし

 ありえないことが連続で重なった結果という可能性もある

 

 

36: 名無しの通りすがり

 運営の送り込んだサクラの可能性が一番高い

 一度死んだと見せかけて、最後の最後にクソムシ先輩がラスボスになるところまで妄想した

 

 

37: 名無しのテレビ

 なにその熱い展開

 演技派連中呼んできて映像化はよ!

 

 

38: 名無しの命知らず

 プラナリアなのか虫なのか

 ゴミムシ……クソムシ

 どっちでもいいけど

 リアルにクソムシって虫いるの?

 

 

39: 名無しのペドフェリア

 だからググれカス

 学名としてそういう昆虫は存在しない

 イメージとしてはフンコロガシとかの悪口

 もしくはグソクムシをもじったものとかだと思われる

 だから人に向かってクソムシとか言うなよこのクソムシ野郎!

 

 

40: 名無しの死人

 絶対だぞ! このクソムシ野郎!

 

 

41: 名無しのプラナリア

 絶対だからな! このクソムシ野郎!

 

 

42: 名無しのクソムシ

 絶対に言うなよ! このクソムシ野郎!

 

 

43: 名無しの命知らず

 師ねゴミムシ共

 

 

44: 名無しペドフェリア

 こわ

 サイコパスかよ

 

 

45: 名無しのコンペティション

 というか、もはやデスゲームですらない件について

 ライムワールドは発売当時はデスゲームになるのをみんなで期待したもんだが……

 

 

46: 名無しの通りすがり

 痛覚はあるみたいだけど

 体斬られたりしたらガチで痛いのコレ?

 

 

47: 名無しのプラナリア

 痛い

 すげー痛い

 死ぬほど痛い

 

 

48: 名無しの死人

 速報

 レインクライシス以来の未帰還者の登場

 

 

49: 名無しの死にたがり

 マジか……

 

 

50: 名無しの命知らず

 悲報

 アンノウン、デスゲームと化す

 

 

5■ :名■シの■無し 管■人

 ■■■■■■■■■■■■■■■タ。

 

 

52: 名無しの死にたがり

 ↑のなんだこれ

 

 

53: 名無しのペドフェリア

 管理人?

 

 

54: 名無し通りすがり

 バグだろ

 それより、ライムワールドで誰か死んだのか?

 まだ一時間もたってないだろ?

 

 

55: 名無しの死人

 ようつばーの生放送中

 二十回目の自殺あたりからおかしくなりだして

 三十回目で何も反応しなくなったってぶっ倒れてゲームから消えた

 

 

56: 名無しのサクラ

 うへー

 

 

57: 名無しの死にたがり

 ((((;゜Д゜))))マジか……

 

 

58: 名無しのプラナリア

 わっほい、ちょっとライム行ってくる

 

 

59: 名無しのテレビ

 デスゲームで人生終われると聞いて

 

 

59: 名無しのペドフェリア

 なぜテンション上がってるのかこれがわからない

 

 

 



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7- サラマンダーより、ずっとはやい!!

 

 

 

 

 レインクライシスは正確にはゲームの商品名ではない。

 

 その当時、ゲームはグラフィック面での向上に限界を迎え、一つの娯楽として低迷期を迎えていた。

 そんなところに降って湧いたかのようなNCVR技術の革新と共にあらわれたライムワールド。その勝馬に乗ろうと、いくつものNCVRのゲームが開発された。

 

 中にはネルドアリアのような怪作もあったが、そのほとんどが短期間での制作を強いられたため、ゲームとして微妙なデキのものが乱雑に発売された。

 

 そして、そんな中において、ライムワールドのちょうど二ヶ月後、海外の弱小ブランドからグレイシスシミュレーターと呼ばれるクソゲーが発売された。

 

 内容は正直、本当に、どうしようもない。RPGっぽいなにかだった。

 ゲームとすら言えなかったグレイシスシミュレーターの話題は数月後にはクソゲーオブザイヤー版にその居場所を移した。

 

 しかし、そんなゲームにも一つ他と違い見るべきものがあった。

 

 MOD機能である。

 MODとはプレイヤーによるゲームの仕様の変更を始め、システムごと書き換えてしまうものまで、それこそ全てを自分好みのゲームにできるツールだ。

 

 グレイシスシミュレーターはこの機能が充実していた。というか、むしろそれが本体だった。

 とはいえ誰がそんなクソゲーのMODを好き好んで作るのか。そもそも、それでまともに作ってから出せと一笑に付されたのは当然だろう。

 

 そして、グレイシスシミュレーター発売から三ヶ月。

 MOD、レインクライシスが公開される。

 

 グレイシスシミュレーターの開発会社が倒産する四日前のことである。

 もし、あと数か月持ちこたえれるだけの体力があれば、また違った結果になったかもしれない。だが、現実のタイミングはいつだって少しだけ遅い。

 良くも悪くもレインクライシスはそうして生まれた。

 

 レインクライシスの本体は小さなメインクエストが一つと、そこに行くためのロビーだけの、三十分ほどで終わるものだった。

 

 クエスト自体は奇麗に纏まっており、十分楽しめるものではあった。

 だが、レインクライシスの本当の真価はそこではない。

 レインクライシスはMODであると共に、MOD管理ツールであり、開発ツールであり、共有ツールだった。

 何よりも、開発者ですら持て余し”一部の人間しか理解していなかった技術”を”勉強すれば理解できる技術”にまでローカライズしたのは、レインクライシスの功績である。

 少なくともそれ以降のNCVR技術の基盤にレインクライシスの影響は確かに存在する。

 

 とはいえ、ゲームとしてはまだまだ足りないものが多かった。それでも、エリアという区分けにすることで、様々な形態のゲームに適応する事によって少しずつジャンルから増えていく。

 FPS、RPG、エロ。そしてエロ。

 

 最初こそほそぼそとした口コミによるものだったが、エロプレイ動画が検索言語ランキングに上がった事によって一気に有名になる。

 さらに、NCVRにおける大手ゲームエンジンの対応が遅れたことも追い風となり、ある種の実験場として爆発的にMODが増殖した。

 ピンからキリまで、大小様々なカオスがレインクライシスでは生まれては消えていく。

 一日ごとに全てが変化し、変化させるゲーム。それを魅力的に感じる者たちはレインクライシスに集った。

 

 ちなみに、開発会社が倒産した後も契約済みの借りサーバーが一年近くは残っていた。

 その後は有志が立ち上げたサーバーに移行しており、その時にグレイシスシミュレーターの部分は完全に消えさり、レインクライシスとなった。

 

 とかく、そういう社会から外れた環境であったせいか、タガが外れていた感じがある。同時期にでたゲームのリソースが使われてたりは当たり前、他ゲームのサーバー乗っ取り事件など。今のアンノウンよりさらにモラルがカオスだったのがレインクライシスだ。

 

 とはいえ完全な無法地帯と言うわけではない、むしろゲーム内においては他よりも徹底した縦社会を作っていた。レインクライシスには階級があり、上位者による権限がMODの優先権を得る。

 

 上位者になるためには、MODを公開し評価してもらう必要がある。

 良い評価の数が多ければ上位者として上書きできる。

 無論、クリエイターなんて自分が一番いいものを作ってると思ってる人種が大半だ。

 

 誰もが最上位者になるため、しのぎを削った。

 そんな熱意と共に仲間意識がうまれ、どこでどうなったのか、他のゲームに対する敵対意識に変換され、無事にレインクライシスは宗教化していくわけである。

 

 NCVRの新作ゲームの発表後PVを見たと思ったら、レインクライシスに似たようなMODが公開されていた。

 そして、いざ発売するとレインクライシスの方が面白かった、なんてのは割と聞く話だった。

 レインクライシスのMODで新作NCVRの開発実験おこなってるうちに、会社をやめてMOD作っていたプログラマーの話とか、面白いブログが人気になったり、その熱量は決してライムワールドにも負けてはいなかった。

 

 MMOという多人数で遊ぶゲーム形態でありながらMODという改変を扱う、それがレインクライシスの異質さであり、受け皿の広さだった。

 

 システム面でもエリアという区切りがアンノウンに残っているのに加え、倫理感や複雑な導入を始めとした自由な文化を受け入れる土台となったのは間違いない。

 

 だから、起こるべくして起きた。

 素人が手を出してはいけない領域にまで手を出した、その結果は大きな傷跡を残すことになる。

 

 リアル未帰者。

 

 NCVRプレイ中の死亡事故。

 理由は様々なものがあげられたが、世間一般の認識では精神接続デバイスの改造による事故死として公表された。

 

 以後、レインクライシスはおろか、NCVRゲームは法規制を待たずして自粛の傾向となり、その勢いを急速に失っていく。

 

 ライムワールド、ネルドアリア、レインクライシス、全てが停止した。

 

 時代の終わり、停滞の中で誰もがそう感じていた。

 

 

 

 

 そして、それを打ち破るように──アンノウンが産声をあげる。

 

 

 

 今、世界は崩壊と再生の中にいた。

 

 

 

────

 

 

 

 

「こっちこっちー。ほら、はやくー!」

 

 何が面白いのかキャッキャウフフとソラが笑いながら手招きをする。

 

「……テンション高いなー……」

 

「アハハ、人生なんて短いんだから楽しんで! 楽しんで! 楽しまなきゃ!」

 

 そう言って手を伸ばしてくる。その手を取ることはなかったが、「恥ずかしがりやさんめ」とソラはそれでも微笑んでいた。なんかこわい。

 

 あの後、ライムワールドがエリアとして開放されたのなら、アンノウンの仕様により一番近くの街へと行けば、転送門が設置されているのではと考えて行ってみた。

 

 転送門とはアンノウンのロビーと各エリアを行き来できる石でできた円形の場所だ。ここで、そのエリアに応じた装備に変えたりできたりもする。

 実際、近くの街には転送門が設置されていた。

 けれどライムワールドの解放によって、現在大量のプレイヤーが流れ込んできており、とても逆走できる雰囲気ではなかった。

 寒村とした異国情緒の街並みが通勤ラッシュの満員電車へと変貌する様は心に来るものがある。

 それを避けるように戻る手段がないかと探しているとソラが知っているというから、後をついてきているのだが。

 

「ここだよ!」

 

「…………いやいや」

 

 ソラがじゃーんという感じに両手で指したのは街にある袋小路にある窓だった。

 そこに何かある訳ではなく、ただ、本当にただのアーチ状の窓なのだ。その先は民家なのか誰もいない。

 

「どうしろと?」

 

「突っ込むんだよ! ぐいっと!」

 

 身振り手振りが、もうなんかおっさん臭い。

 おとなしく人がはけるのを待って転送門を使おうかと考えてると後ろから背中を押される。

 

「おい……ちょっと、押すなよ」

 

「いいからいいから」

 

 壁に手を当てて体を支えようとするが、すり抜けていく。

 

「……は!?」

 

 気づけば体が半ばまで押し込まれ、なんとかバランスを取り戻すとすでに中へと入ってしまっていた。

 その先にあったのは白と黒のオブジェクトが並ぶ世界。ポリゴンが透けたかのような大量の線がまるで生きているかのように鼓動している。

 それが街だと気づくのに時間はかからなかった。

 まるで世界の裏側のようなSFチックな場所。

 

「なんだ……ここ?」

 

「ふっふっふっ……私はいつもここを通って来てたんだよね、どうよ、すごい? すごい?」

 

 自慢げに胸をはるソラ、その胸も盛ると割と見れる事に気づく。

 

「そっすね……すごい」

 

「……あんま見るのもマナー違反だかんね」

 

 笑顔で静止を受ける。そういう表情もできるのかと少し関心してしまう。

 

「ほら、こっちだよ。あんまり適当に行くと変な所に行くから気を付けてね」

 

 一瞬、目の前を誰かのポリゴンが通りすぎる。それを見て、なんとなくワイヤードゴーストの話を思い出す。

 ルンルンと歩いていくソラの後ろ姿を見て、もしかしたらこいつの仕業だったのではと疑ってしまう。

 

「私ねー昔から、こういう裏道的なの見つけるの得意だったんだよね。小学校の下校時とか──」

 

「まって、その話しって長くなるやつ?」

 

「5分コースくらい、ですかね……」

 

「……じゃ、続けて」

 

「っしゃー! それじゃ、それじゃね……」

 

 ちなみにソラはアンノウンの転送門へ案内してくれた後、ソラの語りは二転三転しニ十分は喋り続けた。

 結局、先ほどの場所について聞くより、いい加減に疲れが先にでたので解散を願い出る。

 

「また、何か困ったことがあったら、このソラさんを呼んでくれてもいいよ!」

 

 そう言って半ば無理やりフレンド申請を押し付けてきた。受け取らなかったら受け取らなかったで、付きまとわれそうな気配がして、しぶしぶ交換した。

 こちらから連絡を取ることはまずないだろう。

 

 そしていつものようにログアウトしようとして。

 コンソールにボタンが無いのを見て思い出す。

 

「…………ぁぁぁ」

 

 何も解決していない。

 

 

 とにかくアンノウンのロビーに戻れたのなら、ガロかロゼッタに会えれば何か情報を得られるかもしれない。

 だが、自らのホームを幾つも持ち、引きこもりの中で引きこもるガロを見つけるなんてのは天と地がひっくり返っても不可能だ。せめて自治会のルートの伝手でも作っておくべきだったと後悔する。

 ならばロゼッタはというと、こちらには少し心当たりがあった。

 酒場だ。

 

 アンノウンではモノを食べた時にきちんと味覚が反応し擬似的な満腹感も得られる。

 また、酒やたばこは擬似的にそれに近い感じを得ることができる。

 

 もちろん、薬物もあるが、効果は現実ほどではない。

 そもそも、アンノウンの原理的にはこれらは同じもので、脳に軽度の負荷をかけながらトランス状態にして行動を再現させることで、その体験を追体験させるものだ。

 

 だから、酒でも悪酔したイメージが強いと悪酔いするし、一度も薬物をした事がないのにやったところで、何か変な感じがすると言った具合にしかならないらしい。

 

 これらのアウトっぽい部分はライムワールドにもネルドアリアにもなかった。つまり、レインクライシスの産物だ。

 

 一つ良いものを生み出すために、十の罪を生み出すのがレイクラ民。そんな彼らが好むのは薄汚い酒場。

 飲んだこともない高級ワイン片手に優雅に屯っているのが格好いいとか思ってる連中だ。

 

 そんな例に漏れず、ロゼッタは酒場の奥の丸いテーブルの席でぐったりとしていた。三軒目で見つかったのは僥倖だった。それこそいるかどうかは半々くらいに考えていたので、いてくれて助かった。

 向かいに腰をおろすと、人でも殺しそうな目で睨んでくる。

 

「なんだぁ……テメェ……。見てわからない、ここ僕が座ってんですけど、空気読めないんですか、殺すぞ!」

 

 いつも以上に刺々しい。

 

「ロゼ、私だ、仕事を頼みたい」

 

「私さん……!? 誰だかしんねぇけど見てわかんねですか、死ぬほど忙しいんだけど……」

 

 そういって再び机に突っ伏そうとする。

 

「飲んだくれてないで話を聞け、アカウントを盗まれたログアウトもできないんだ。手を貸してほしい」

 

 訝しげにロゼッタは自らの指の上に出した透明なコンソールを動かし、そして眉をひそめる。

 

「ふーん……確かにテメェ、なんか面白い事になってますな。デバイスを追いかけられねぇし、ログも途切れ途切れ、アカウントに関しちゃ嘘八百。しかも傷まみれって何それ? 新しい演出ですか?」

 

「実際、その通りだ。ライムワールドができていた、私はそこに飛ばされたんだ、そこでは痛みを感じて、血が……流れた」

 

「ライム……ライムワールド……ね、はーん……聞いてますよ。僕はぁ、あんま興味はないけど、しっかし、痛覚って……アンノウンもそっちに手を出し始めたのか……」

 

「だいたい違法なんだ、痛覚ぐらい今更だろ」

 

 こちらを見て、軽く鼻で笑うロゼッタ。

 

「……危険信号は遊びで使うもんじゃねぇでしょ。でも、ま、僕の知ったこっちゃねーな、とりあえず、前金の話をしましょう。相場よりは高いが、こんくらいだ」

 

 紙を取り出してペンで数字を書き、こちらに見せる。

 勿論、今そんな持ち合わせはない。だが、ルルが預けている金額にすれば微々たるものだ。

 

「今は……ない。ログアウトできたか、アカウントを取り戻せたら払う」

 

「臓器でも売って金作れよって言いてぇが、払う気があるならまーいいです! ライムの情報……とりあえず知ってるだけ。そしたら報酬倍額で受けてやリますよ」

 

 ログを見てライムワールドのエリアから戻ってきたのを知ったのか。法外な値段を吹っかけてくる。

 

「……足元見過ぎだが……こっちは時間に余裕がない」

 

 ロゼッタにライムの情報を話す。

 ブラッドポイントとは違う、血が流れること。

 黒い化物。

 そして帰るときに通った謎の道。

 ロゼッタは胡散臭い笑みを浮かべていた。

 

「オーケーオーケー……ま、真偽はいずれわかる。まず何をして欲しいんで。勿論、報酬はそれぞれ別途相談ですがね」

 

「アカウント……アバター。なんと言えばいいかわからないが、奪われたものをを取り戻したい」

 

「アカウントを奪われたね……ぶっちゃけ、そんな事できねーつか、データを奪うこと事態はそんな難しくはねーけど。やったところで使えねーのがね……。アンノウンのアカウントは脳波で管理してるって知ってます? 脳波ってのは指紋みたいなもんで、個人個人で違う。現状じゃ他人の脳波を正確に偽造する技術はないんで、奪った所で使えねぇんですよ」

 

 言われてそうだったと思い出す。

 あまりに基本的な技術だから忘れていたが、だとしたら。

 

「相手のデータに対して不正な変更をかけるのってのはできるのか」

 

「……できます。できるが、アンノウンがそれを許していない。そういうデータ改竄は場所によっては可能、ま、一週間おきに行われる定期メンテでクリーニングされて元に戻されます。あと、当然と言えば当然だが……新しく作った改竄データはデリート。そん時、テメェどうなるんかね」

 

 今の状態が不正に作成されたデータとして、メンテが入ったらどうなるか、もしかしたら、そのまま消える事になるかもしれない。

 神経接続で正規の手順を踏まずにログアウトするというのは、相応のリスクのある行為だ。

 正規のゲームであれば目眩がする程度で収まるが、アンノウンはそうではない。

 なにせアンノウンにログインするために、一部、安全装置のプログラムを弄っているのだ。

 

「ッ……次の定期メンテっていつだ」

 

「四日後。ま、それより前にメンテ入ることがないわけじぇねぇですし……おすし」

 

「何か……方法って」

 

「気休めですが……アカウントに関する正常なデータがあれば、丸ごと消えるって事はねぇはず。テメェのソレ、変なデータが入ってるが、ネルドアリアとかの固有データの情報は入ってねぇ。そこら辺りを増やせば大丈夫なんじゃねーの? でも逆にメンテで元に戻れるかもしれねぇし、動かさねぇ方がいいかもってのはある。正直、調べてはやるが解決策はねぇかもしれねーよ」

 

「……そうか」

 

「それで……奪われたってのは、なんてユーザー名?」

 

「さっき言っただろ、ルルだ」

 

「………………ぁ?」

 

 ロゼッタの時が止まったかのように動かなくなり、顔が歪む。

 

「あれ、言ってなかったか? だから、ルルだ」

 

 それなりに長い付き合いだし、何処かで言っていたか、話し方でわかっているものだと勝手に思っていた。

 ロゼッタは手でこちらを制し「ちょっと待て」と何事か考えるように呟く。

 

「んー……ぁー……? ルル様的なアレですか? 周りに変な記号ついてるやつじゃなく?」

 

「名前は被らないんだ。そうに決まってるだろ」

 

「…………んー」

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていたロゼッタは頭をかいて「そうか」とロゼッタは短くつぶやく。

 

「…………こんな僕でも。三つほど、どうしても気に入らない仕事ってのがある」

 

 大概の仕事をガロに文句を言いつつ、片手間でしかやらないやつが何を大仰なをほざくのかと思うが、黙って聞く。

 

「一つは、金払いの悪い仕事。一つは、僕のやり方に文句つけてくる仕事。そして、最後の一つは仲間を傷つける仕事」

 

「………………いやいやいや、お前、エロ画像フォルダとか親の携帯に送ったり、割と私を傷つけてるんだけど!?」

 

「僕が傷つけるのはいい! 他のやつに傷つけられるのはダメ!」 

 

 何言ってんだこいつ。

 

「それで、もう一度だけ聞くけどお前がルル様だって?」

 

「そうだ、正真正銘、本物のルルだ」

 

 ロゼッタは机に突っ伏す。

 そして盛大に笑いだした。

 

「ギヤハハハハハ! ハハハ!」

 

「何がおかしい」

 

 腹を抱えて馬鹿笑いしてるロゼッタがヒーヒーと息を整える。

 

「……馬鹿にしてんのか知んないけど。テメェ何がしたいわけ?」

 

 そう言って、ロゼッタがテーブルをトントンと叩きながら後ろを振り向く。

「…………なぁ、ルル様」

 

 その言葉は自分に向けられたものではないのだと、頭では理解できた。

 

「どうした、ロゼ」

 

 耳に馴染む聞き覚えのある声。

 奥から現れたそいつ。

 ルル。私のアバター。

 

「は……!?」

 

「いや、割と面白い話だったんだがな。なんか知らねーけど、こいつ自分のことをルル様だと思ってるらしいぜ」

 

「な、なんで、お前……!!」

 

 突然の事に頭が真っ白になっていたが、ルルに切られた瞬間を思い出す。

 見間違うはずもなく、見ているだけで胸が引き裂かれそうになる。

 

 

「……返せよ! ッ……それは! 私のだ!!」

 

 椅子から立ち上がり、その無防備な胸に掴みかかろうとして、簡単にいなされる。

 無様に転がる私を見おろして、ルルは薄気味悪い笑みを浮かべていた。

 

 

「…………誰だか知らないが、このルル様に喧嘩を売って、勝てると思っているのか?」

 

 違う。違う。違う。

 私が、私以外が、そのキャラになるなんて。

 たとえそれが誰であろうと。

 絶対に許せない。

 

「ふっざけるなぁああ!!」

 

 勢いに任せて殴りつけようとした瞬間に、腹を足で蹴り上げられ、首筋を掴まれ投げ飛ばすように地面に叩きつけられる。

 

「ッ!!?」

 

 痛みが脳髄にまで響く。

 

「そんなものだよ。お前は……」

 

 耳元で囁く声は冷たく。どうしようもなく、心に刺さる続けて偽物はロゼッタに向けて口を開く。

 

「ロゼ、こいつ適当に飛ばして、私に対してブロックかけといてくれ」

 

 個人へのブロック、それを付けられると相手の認識すらできなくなる。

 

「待て! ロゼッタ! こいつは……! 私がルルだ!」

 

「…………あっさり負けてそれか……悪いね、さっきの話は無しで頼むわ……クソプラナリアゴミムシ菌。せいぜい、ライムで頑張りなよ」

 

「ロゼ──!」

 

 どこか寂し気な笑みを浮かべるロゼッタがパチンと指を鳴らす仕草をするのと、転送される感覚が来るのは同時だった。

 



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8- 俺は悪くねぇっ!

 

 そこは雨の降り続ける町のエリアだった。

 雨に揺れる麦穂に心奪われる。

 

「……あんなふうに雨に打たれても、根を貼りつづけられる。そんな人に私はなりたい」

 

 人生に打ちひしがれた私は、しめじめと、牛馬のいる家畜小屋に三角座りで座っていた。

 ロゼに飛ばされた先は近くの麦畑だった。

 のそのそとここまで歩いてきたが、そこまでだった。

 

 ロゼッタが転送した時、自分で思う以上にショックを受けていた。

 初めてロゼッタとゲームをしたのはもう覚えていないくらい前の事だ。

 それ以降、ロゼッタがレインクライシスに私がライムワールド、それぞれ別のゲームにのめり込んだ時でさえ疎遠になる事はなかった。

 喧嘩なんてのは星の数ほどしたが、それでも結局、友達を続けていた。

 裏切られたとは少し違う。期待しすぎた自分への自己嫌悪。誰かをあてにしすぎたツケ。

 

 どうしようもなく、どうしたらいいのかわからなかった。

 放っていたら治るかもしれない。もう、それにかけるんでいいのではないか、そんな風に考えていると何もやる気が起きなかった。

 

「麦は湿害に弱い作物なんです。雨しか振らないこのエリアで育つわけないんですよね。全部枯れますよ。私みたいに…………へっ」

 

 ふと、どこかで見たことあるような気がする少女が座って遠くを見つめていた。

 

 薄いエメラルドグリーンの髪と瞳。

 露出の多いゴスロリちっくな服装。

 そこはかとなくメンヘラっぽい感じがするその姿は雨に濡れ、哀愁が漂っていた。

 声をかけてきたのか微妙だったが、何も言わないのもどうかと思い口を開く。

 

「そこはほら、設定だし……」

 

 これだよ。出た言葉にこれ黙ってた方がよかったなと心の中で評価をつける。

 

「設定…………設定が悪いんですかね」

 

「さ……さぁ?」

 

「私、思うんですよね。こういう人が生きてる描写をしないゲームの設定て、どこまでいってもチープなものしかないんじゃないかって……」

 

 なんかこの人いきなり、色んな所に喧嘩売った気がする。

 

「雨で育つ麦って設定なのかもしれない」

 

「…………ワカメの親戚だった説ですか。ま、このエリアのゲームはアマゾソレビューが星ニだったんで、そんな事考えてなかったんたでしょうね」

 

「やったことあるんだ」

 

「NCVRで始めて買ったゲームだったこともあって、好きで、好きで、すごくやりこんだんですよね。やりこんだ後、こんな素晴らしいゲームがなんで星ニなんですかって思ったんですよ」

 

「大概……ネットのレビューなんて、そんなもんだから気にすることもないだろ」

 

「ううん、そうじゃないんですよ。ストーリーは全体で見たらちぐはぐでも、終わりはそれなりに奇麗だったし、ゲームのシステムも使い古されたものではあっても楽しめたんです」

 

「それじゃ……」

 

「比べられたんです。ライムワールドに……」

 

「……」

 

 あの頃のゲームはライムワールドが最初期に出たこともあって、比較対象にされたゲームは評価が低かったというのはある。

 ただ、それだけNCVRに期待が寄せられていたという面もあるのだろう。

 

「ライムワールドは私の好きで、好きで、たまらなかったゲームの上位互換だったんです。というか、このゲーム、かなり意識して作られたんでしょうね。ぶっちゃけ、パクリっぽいとこありましたし、そりゃ、星も低くなりますよ……」

 

「なるほど……」

 

「でも、好きだったんですよね。……だから、こうしてアンノウンで嫌な事があると、つい、ここに来てしまうんです」

 

「嫌な事って?」

 

「あー」と微妙な顔をした少女と目が合う。

 

「聞いちゃいますか、いえ、まぁ……隠すほどアレな話ではないんで、聞いてもらえますか、逆に。……実はですね……顔ばれしちゃいまして」

 

「…………ん? 顔ばれってリアルの?」

 

 なんか最近、似たような事があったような気がした頭の中で検索をかけてみると引っかからない。

 

「はい、そうです。それも……フレンドが見ている前でしたんで、ちょっといざこざが起きて、色んな人に迷惑をかけてしまったんですよね」

 

「………………………んんん?」

 

 なんか検索に引っかかった気がする。

 

「それでアンノウンの引退もやむなしかなって思いまして……」

 

「……ま、まぁ、よくある話ではあるし……もしかして、生配信とか……?」

 

「よくわかりましたね。友達に勧められて少し……たいした人数ではないんですが、応援していただい方もそれなりにいらっしゃいました。感謝しています」

 

「顔ばれって、事故とかじゃなく、やられた感じのやつですか?」

 

「はい、プロテクトを頼んでいたんですが、相手の方が上手だったそうです」

 

 やばい。

 

「……復讐とかは」

 

「少しも考えなかったと言えば嘘になりますが、全て私の至らなさが原因です。無意識のうちでも何か気に触る事をしてしまったんでしょう」

 

「…………あ、はい」

 

 やばい、覚えがあるはずだよ。

 テトテトニャン。

 テトテトニャンだ。

 テトテトニャンでした。

 猫耳がなかったから気づかなかった。

 気づいてしまえばなんかすごく申し訳ない。

 というか、聖人かよこの人。

 

「最後の見納めかなってここに来たんですけど……まさか、先に人がいるとはって言う感じですね」

 

 アンノウンには無数のエリアがある、だから人気の場所とそうでない場所が生まれるのは当然の結果だ。

 それこそ、自分一人しかいないエリアというのも時折見る。中には懐かしいゲームのスポットとして人気を集めている場所などもあるが、大半はそうではない。

 そんな場所で一人で座るテトテトニャン。

 その姿に自分を重ねてしまう。

 

「そんなに……あっさり、やめてしまうんですか……」

 

 私らのせいですけどね、本当に申し訳ない。

 いざ面を合わせると、つい、敬語が出てしまうくらい申し訳ない。

 なぜあの時、ロゼッタを滅ぼしてでも止めなかったのか後悔が滲み出す。

 

「ゲームくらいは楽しかったな……って感じに終わらせたいじゃないですか。きっと、ここから先は辛いことしかないと思うんで……人生みたいに」

 

 無理して作った笑顔がすごく重い。

 

「…………だったら、もう少しやるべきことがあるんじゃないですか?」

 

「え?」

 

「最後くらい、奇麗に終わらせなきゃ……楽しかったで終わらせられないでしょうが。今のままだと、嫌いなまま終るんじゃないですか?」

 

 どの口が偉そうにほざく。

 やめることすらできない分際でと自嘲してしまう。

 

「……でも、どうしたらいいか、わからないんですよね。それこそ、ライムワールドの時のルル様みたいに開き直れたらいいんですけど……」

 

「…………ソ、ソウダネ」

 

 ルルも一度、ライムワールドで顔ばれしてるし、実は本人だとバレているのではないかという可能性。

 油断させて後ろから刺されそう。

 とかそんな事はなく、少し困った顔をしていたテトテトニャンははにかんだように微笑んだ。

 

「憧れだったんですよね。ライムワールドの時のルル様」

 

「……へ、へぇ」

 

「本気でゲームを楽しんでて……私もあんなふうになりたい、そう思わせてくれる人でした」

 

 少し、引っかかる物言いだった。

 

「……今のは違う?」

 

「今のルル様は超然としてて……なんか不思議とライムワールドの頃みたいに憧れたりはしないんです。まぁ、今は配信とかしてないんで、よく分かんないってのもあるかもです」

 

「そう……なんだ」

 

 言われてなんとなく気づく。

 確かにあの頃は、ルルを演じるのに必死だった。

 髪型も服も、性格も、全部、自分の理想に近づけるために努力した。

 

 ルルはああ見えて優しいから、色んな人のピンチを助けた。

 ルルは最強だから、大会にでて優勝した。

 ルルは心が強いから、どんなピンチも跳ね除けた。

 

 ルルは私を救うヒーローだったから──。

 

 いつからだろう。

 

 そんなルルでいることが当たり前になったのは。

 

「……なんか、話したら少し元気がでました。もう少しだけ頑張ってみます」

 

「あ、ああ……頑張って…………応援してる」

 

「…………ッ! ありがとうございます!」

 

 何を思ったのか満面の笑みを浮かべ、ご丁寧にペコリとお辞儀をして去っていく。

 その姿には迷いがなく。

 まさしく。

 

「…………ネカマなんだよなぁ」

 

 無論、私が言えた義理でなはない。

 

 ふと、立ち上がろうとすると、ポーンという音と共にフレンド申請が送られてくる。

 

 送信者、ガロ

 

「いいタイミングで送ってきやがる。ま、ああ言った手前、もう少し……頑張るしかないな」

 

 

 

 



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9- fack you!

 

 

 

「クソプラナリアゴミムシ菌www」

 

 出会い頭にこれである。

 昔馴染みのとはいえ、腹を抱えて笑うのはマナー違反だろ。

 

「笑うな。というか、ガロは信じるのかこんな話」

 

 たった数時間ぶりにあっただけだと言うのに、このテレビ男との再開がすごくありがたく感じた。

 

「信じるもなにもねーよw 何年の付き合いだよw 俺からすりゃ、あの痛いルル様とかいうキャラ卒業したのかっつーくらいの感じだわw 腹痛いw」

 

「卒業なんてあるわけないだろ。何言ってんだ」

 

「さよけw」

 

 見慣れない港町のちいさな倉庫。

 ガロの所有するホームの一つだ。

 とはいえ、今日、ここに来るまでこのエリアの存在すら知りもしなかった。

 それなりに長い付き合いだが、相変わらずこいつの資金力は底がしれない。

 

「お前との付き合いもなんだかんだ……四、五年くらい……か」

 

「そんなもんだっけか? 思ってたより短いじゃないかw お前が引きこもり始めた中ニからの付き合いだ。まさか、アンノウンに永久就職するとはなwww」

 

 永久にするな。冗談じゃない。

 半眼で睨みつけると、テレビの底をさする仕草をする。本来、人間なら顎のある場所だ。

 

「ロゼッタに飛ばされたんだろ?」

 

「そうだよ。あの野郎……」

 

 次にあったら許さない。

 テトテトニャンの時と言い、過去様々な事柄において、あいつは一度きつい罰を受けるべきだ。

 

「まー、どう思うかは勝手だが、この件に関してはロゼッタに感謝しとくべきだと、俺は思うぞw」

 

 ガロの言葉に顔をしかめた私は悪くない。

 

「感謝ぁ? いや、私、あいつに飛ばされたんだけど、それにブロックもされた。これの何に感謝しろってんだ」

 

「そりゃ、あいつも決め兼ねてんだよ、どっちがモノホンかw あと、状況的にあっちのルル様に感づかせたくなかったのかもな」

 

「どういう事だよ……」

 

 首の上のテレビを傾けながらガロは物分かりの悪い生徒に教えるように考え込む。

 

「んー……お前、人狼ってやったことあるっけ?」

 

「V Rのやつなら……一、二度」

 

「占い師が初日に二人でてきたら情報だすために確保しとくタイプなんだよ、あいつw」

 

 こんな説明でわかれというのが難しいがなんとなくわかってしまう自分も病気だ。

 

「…………ああ、なんかわかりにくいが。わかる気がする。手元に置いておけば調べ放題だし、下手に姿を隠されるよりいいのか……」

 

「そそ、ま、俺なんかは即ロラして、グレラン大会、最終的に重箱の隅をつつきあう流れが好きなんだがw」

 

「いや、それ、私、死んでるんだが。お前とはやりたくないな……」

 

「ともかくだ。ロゼッタが俺にわざわざ仕事用の連絡手段で伝えてくれなきゃ、お前のフレンド申請もスルーしてたかんなwww 他にも裏で色々やってるみたいだし」

 

「マジかー……」

 

 めんどくさい拗らせ方したツンデレかよ。

 

「ただ、あいつルル様が好きだからな。案外、今のお前とだったら、そのルル様を選ぶかもw」

 

 なんかガロがすごく聞き捨てならない事をあっさりという。

 

「は? ……? ……!? あいつ私のこと好きだったん!?」

 

 わざとらしく大きくため息をつくガロ。

 

「お前…………そういうとこだぞ」

 

「どういうとこ!? つか、急にマジな顔になるのやめろよ!」

 

「いや、お前も無自覚で鈍感な難聴系主人公みたいなとこやめとけってw」

 

「そんなつもりは…………まさか、ガロ……お前も……」

 

「その発想はなかったw ま、ロゼッタのこと知ったからには気にしてやれよ。具体的にヒントを言うとだな、お前といると妙にテンション高かったり、物事を大袈裟にしようとする。後、お前以外に対して金関係にうるさくなる。これほんと止めとけって俺は思ってんだが、口に出すとそれはそれで面倒そうなんだよw」

 

「いや、それで分かれって方が無理だろ。というか、それって好かれてんのか?」

 

「ハハ、若い……と言うよりも、もっと幼いんだよ、好きっつー感情も自覚があるか怪しいところあるしな。いろいろとごっちゃになってるんだろうw と流石にこれは言い過ぎた。俺が言ったとか言うなよw」

 

「……いまいち、わからん。ぶっちゃけ、半々くらいの確率でネカマだと思ってた」

 

「自分がそうだったからって他人もそうだと思うなw 特にお前はバカなんだからwww とにかく、アレについて俺から言えるのはこんくらいだ。つーか……それより、お前の方よ」

 

 まま気になる部分はあるにしても、ガロに指をさされて話を本題に戻す。

 

「そうだよ。何か解決策みたいなのって……ないよな? いくらお前でも……」

 

「実は一つある」

 

「え?」

 

「……ネルドアリアのレジェンドアイテムに、チェンジリングってのがあった」

 

 ネルドアリアでレジェンドアイテムといえば、ゲーム内に一種類しかないレアアイテムだ。ただ、ネルドアリアの場合はその闇の深さを象徴する存在でもある。

 インフレにインフレを重ねたネルドアリアでは一つ何ランボルギーニという単位の金額で取り引きされる代物。

 値段相応に絶大な効果と唯一性を持つ。

 

 何せ、それ一つのためにネルドアリア内で戦争が一つ発生し、星系が一つ滅び、リアルで幾人かが灰になる。

 そんな物騒な代物なだけに有名どころは知れ渡っているはずだが。

 

「チェンジリング? ……聞いたことない」

 

「DDの奥の手の一つだったものだ。ネルドアリアには他人に言いふらさずに埋もれていったレジェンドアイテムが割とある。その内の一つだな」

 

 DDとは今のDD&DDの前身になったギルドだ。

 

「なんでガロがそんなの知ってんだ?」

 

「そりゃ、最終的に俺が奪ったからよw 世界の十分の一を手に入れた男だぜぃw」

 

 あのネルドアリアでそれだけの領土を手に入れれば血を見ないなんて事はない。

 

「よく袋叩きにされないよな」

 

「合法だからな。ま、そのチェンジリングの効果は対になっていて、つけた二人を入れ替えるって謎アイテムだw」

 

 当然ながら自分の腕を見るがそんなものはついていない。

 だが、あの時、指輪を拾った。

 もしかしたら、あれがそうだったのかもしれない。

 

「……」

 

「本来、発動して一定時間で元に戻るアイテムなんだが、その入れ替わってる間はログアウトできなくなる。……似てると思わないかw」

 

「確かに……今の状況に似てる」

 

「当然ながらアンノウンには実装されてなかった。……これまでは……」

 

「…………まさか……」

 

「そこには”実装されていなかった全て”がある。その謳い文句が事実なら……」

 

「……私より先にいた誰かがそれを手に入れていた」

 

「実際にはレイクラで作られたレプリカだとは思うがな。それなりに筋は通っているだろw」

 

 ドヤ顔っているガロ。

 レインクライシスでは様々な模倣データが拡散されている。これもその一つだろうと言う想定には納得がいく、だが状況的に疑念もある。

 

 このアカウントに入れ替わった時、アイテムや経験値をはじめ、それまでアンノウンをプレイしていたであろう痕跡がほぼなかった事。リアルの姿がアバターになった事。

 そして、入れ替わったルル、あの立ち振舞いが一朝一夕にできるなら、誰も苦労したりはしないだろう。

 

 元となったライムワールドがはっきりとプレイヤー間の実力差がでるタイプのゲームだ。それを元に作られたアンノウンもまた、高いプレイヤースキルを要求される。

 突き詰めれば突き詰めるほど、まぐれや運の要素が少なくなっていく。

 

 慣れないキャラクターや精神的な要素のハンデがあっても、一般のプレイヤーに私が負ける事はまずない。

 さらに実力を出し切った私が負けるとなると、アンノウンに両手の指で数えるくらいしかいないはずだ。はずなんだが。

 

「……なぁ、客観的にみて。ルル……私に勝てる奴ってどれくらいいる?」

 

「自慢がしたいのかw ま……今のお前ならそれなりにいそうだが。パッと思いつくのは、ダンダンにくくるちゃん……それとキチゥさんかな、後は状況によればって感じなのが数人。……お、そいつらに闇討ちさせて偽物認定でもするか?」

 

「……いや、そんなオールスターみたいな面子で来られたら誰だって勝てる訳ないだろ。というか、言いたくないし非常に不本意だが、いい加減に認めないの方が無様だから言う」

 大きく息をはく。

 それを認めなければ前に進めないから。

「負けたんだ……私は。そのニセモンにタイマンでな」

 

 肩肘をついて座っていたガロが僅かに姿勢を伸ばし、信じられないと言う表情で手を顎から浮かせていた。

 

「…………は? 負けた? ……お前が!?」

 

「流石に大げさだろ、そこまで驚く事かよ」

 

「馬鹿が! お前はちぃっとゲームの上手い近所の兄ちゃんって訳じゃないんだぞ! 多少コンディションが悪かろうが、陸上の世界チャンプが、そこらの足自慢に負けるなんてあると思うか!?」

 

「そうは言うが、実際、あの偽物は強かった。私の剣筋がそのまま返されたかのようだった」

 

「……次、今の状態で正面からやって勝つ自身……あるか?」

 

「8割負けるだろうな。けど、勝つ。私が……私だけがルルだ。他はない」

 

 唖然としたように立ち上がっていたガロがドスンと腰を下ろす。

 そして一服、タバコでも吸っているかのような仕草で考え込むように大きく息を吐いた。

 

「…………わからんね」

 

「何がだよ」

 

「偽物の目的がだよ。俺はてっきりお前のファンかなんかだと思っていたんだが……。そんな強いのに……なんで、ルルなんだ?」

 

「……なんでって」

 

「ぶっちゃけお前、今、落ち目じゃん」

 

「ッっおットォ!! ガロォ! ダチだからって言っていい事と悪い事があるだろ!」

 

「ホントの事だろ、認めろよ」

 

「いや……今は……ほら、ルル様の参加するに値する大会もないし……」

 

「……むしろそれか。情けない今の姿が許せない、自分の方が強いからルルになり代わって……と。うーん……ファン心理としては分からんでもないが、ピンと来ないな」

 

「そうは言ってくれやがるが、アンノウンでも常に五本の指には数えられるのが、このルル様だぞ」

 

 両手でどやって顔をしてみる。呆れたようなガロが頭をガクッとさせた。地味に傷つくからやめろ。

 

「そうだな。プレイ人口4億、サーバー2千の…………ライムの全盛期……その頂点は誰かと聞かれたら、普通は今みたいに何人もの候補があがるもんだ」

 

「……」

 

「けどな、ライムでは違った。誇りも、憎しみも、称賛も、様々な感情を合わせもって、尚、認めていた。……ライムの最強はルル、ランカーの中でも頭一つ抜けていたのは、間違いなくお前だってな」

 

 確かに実績的にはそう言われる事はした。大きな大会では常に勝ってきたし、全体の勝率を見ても9割に近かった。

 それでも、あの時は運が味方していた。

 ランカーの実力は伯仲しており、誰が勝ってもおかしくなかった。どれも、一瞬の判断で勝敗が入れ替わっていた場面ばかりだった。

 しかし、それは、あそこに立つ人間にしかわからない。

 

「どれも薄氷の上の勝利ばっかだった」

 

「それでも、いや、違うな。そんな中でこそ……お前は勝ってきた。だから価値があった。今のお前は負け続けて、よくわからん偽物にまで負けたんだ」

 

 いつになく厳しい表情を見せるガロ。

 草すら生えていない。

 

「そうだよ…………ルルじゃないからな。結局、私の中のルルはライムのルルで、アンノウンのルルとは別のものなのかも」

 

「…………別のもの……ね。それか。その線で一度、探ってみるか」

 

「探る?」

 

「ルル様だよw 中々に興味をそそられるじゃないかw 案外、お前の方がはじき出されたAIとかだったりしてなw」

 

「なんだそれ、ま、悪いな巻き込んじまって」

 

「ハハッ……殊勝な事を言いやがる。こりゃ相当きてたなw ま、俺にとってお前らが起こすごたごたも含めてゲームなんだ。気にすんなw」

 

「すまん。でも半分くらいのごたごたって、元を正せばお前がおこしてる事は忘れてないからな」

 

「知らんなw ……そういえば一つ思い出したんだが、レイクラには、効果中のアイテムを打ち消すカウンターアイテムがあったはずだw」

 

 確かに、今まで思いつく至らなかったが、レインクライシスにはそういうものがあった。

 毒に対する解毒薬のように、特定のスキルやアイテムによる干渉を無かった事にしたりするアイテム。

 それらを総称してカウンターアイテムなどと呼ばれていた。マイナーなシステムでレインクライシスでも、あまり見ない類のものだったので忘れていた。

 

「確かに……アイテムからの効果なら、それで戻る事ができる……か?」

 

「カウンターアイテム自体は割とメジャーなアイテムなんだが、かなり細かい効果の指定があったからお前に効くものとなると限られてくるかもな。それでも、チェンジリングを見つけるよりは簡単なはずだ」

 

 チェンジリングもカウンターアイテムも、これまでアンノウンには確認されていない。

 けれど、新しく開放されたライムワールドのテロップを信じるならば存在する可能性がある。

 

「ライムワールド……どっちみち攻略してみるしかないか」

 

「おw やる気になったか?」

 

 かつて、失った私の全て。

 もう一度。

 

「…………戻るなら、ルルで……やりたかったんだけどな」

 

「こだわるねぇw」

 

「当たり前だ……なにせ……私はルル様だからな」

 

「ハハッ……痛すぎワロタw」

 



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10- 霧が濃くなってきたな

 

 

 

 敵を倒す。

 その一事に神経を全て集中させる。

 

 五感を総動員し相手と環境を感じ取り、思考できるあらゆるリソースを使い果たし、先を読む事に費やす。

 

 その結果、ありとあらゆる行動が遅く感じる。

 

 それが当たり前になったのはいつだったか。

 どこかで脳の何かが焼ききれたのか、それとも、適応したのかはわからない。

 ただ体感時間の計算が上手くできなくなっただけかもしれない。

 

 それでも、その結果が目の前の光景だ。

 倒れゆく山のように巨大なドラゴン。

 涯天竜フェルロフティ。

 

 71時間。ラスボス撃破。

 

 ライムワールド、攻略。

 

 

「いや、いやいや……攻略してしまったんだが……!」

 

 攻略してどうするんだ。

 これまで、いくつものボスを倒してきた。確かにこれまでアンノウンに実装されていないはずのアイテムはいくつもあった。だが、どれも状況を打破するものではなかった。

 

 カウンターアイテムと言っても千差万別で装備しているアイテムの効果を相手に移すとか、相手からの攻撃アイテムを打ち消すとかは存在した。

 これならばと思ったのも1つ2つではない。

 

 その一方でどうでもいいアイテムが多すぎる。

 飲んだらお腹が痛くなるような気がする回復アイテムとか、相手のステータスが見れる眼鏡(スリーサイズ)とか、打ち消しを打ち消すアイテムとかそういうものが多く、レイクラ民は自重しろと言いたい。こっちは命かけてるんですが。

 

「ふわぁ……いやー、フェルロフティさんは強敵でしたね」

 

 眠そうに欠伸を出しながら青い髪を揺らしてソラが言う。

 

 ライムワールドを攻略していると「私もやるよー、二人でやる方が楽しいじゃん」とかすごい軽いノリで付きまとわれた。どうせすぐにプレイヤースキルも追い付けなくなってパーティーから外れるかと思っていたのだが、そんなことはなく、なんだかんだここまでずっと一緒にプレイしてしまった。

 

 とはいえ、かれこれ3日目の徹夜だ。常人なら集中力が切れプレイにも支障がでてくる。

 その証拠にソラは戦闘が終わるとフラフラして、時々、歩きながら寝言を言っている。

 

 それに比べ私はまるで疲労感がない、それが逆に気持ち悪く感じるとは思わなかった。

 自分の体が今どうなっているのか。

 

「あぁぁぁぁあっぁぁぁぁ……!」

 

 考えただけでも悶えてくる。

 問題なのはここで解決策が見つからなかったとなると、後に残された可能性は一気に難しくなる事だ。

 クリア後のクエストはそれはもうピンからキリまで星の数ほどある。膨大なクエストの中からアイテムを一つ探しだすなんてもはや不可能に近い。

 

 いや、虱潰しにできれば不可能ではない。ないが、なにより、時間がない。定期メンテの時間が狭ってきていた。

 もう残りは半日程しか残っていない。

 

「詰んだ……」

 

 手に持っていた剣を地面につき立てる。

 あの頭に変な玉を乗せたロアドッグもどきから奪った剣。そこそこ使いやすく手に馴染んだためにそのまま使っていたが、特別な能力などなにもなく終盤までそれなりに使える序盤の装備と言った感じだった。

 あのロアドッグもどきのようなモンスターはライムワールドで何体か報告されていた。

 

 曰く、倒すと特殊なレアアイテムを必ず落とす。

 曰く、元になったモンスターの数倍強くなる。

 曰く、そのモンスターに敗北するとリアルで死ぬ。

 

 どれも眉唾だが、報告件数は日に日に増えてきており、バグのような強さと致死率からバグモンと一部では呼ばれていた。

 

 そして、バグモンが高確率でライムワールドにはないユニークアイテムを落とすというのは間違いないらしく、バグモン専門で狩るギルドもいくつか立ち上げられていた。

 しかし、私の時はこの剣だったと言えばそれまでなんだが、レアアイテムとして少しハズレ感が否めない。

 

 そもそも、何故あのモンスターを倒す事がライムワールドの開放に繋がったのか。色々と疑問は尽きないが、チェンジリングを探すのならバグモンを狩る方が効率がいいのかもしれない。

 とはいえ、まだ出現パターンも予測できない。

 つまり、攻略していればそのうちエンカウントするだろうと言う思惑はここに来ていよいよどんづまった。

 

「……とりあえずソラ、街に戻ろう」

 

「んー…………おけー。今日も元気で元気な元気のソラさんを見て元気だしなよ」

 

 元気がゲシュタルト崩壊しそうな寝言を言いつつもついてくる。

 転送門を使い街へと戻る。

 

 交易都市シミエタ。

 街の中心には大きな川が流れており、その間を繋ぐように氷漬けになったようなクリスタルの城がそびえ立つ。

 川を行き交う船は大きく、城からは飛翔船も飛び立っている。

 交易を中心として栄えた街と言うバックヤードもあり、NPCの売る商品が最も豊富なので、ライムワールドの時にはかなりの数のプレイヤーが拠点として扱っていた。

 とはいえ、まだここまで来たプレイヤーはそこまでいない。

 

「よう、その様子じゃダメだったみたいだなw」

 

 宿屋までソラを引っ張っているとテレビ顔のフンドシに声を掛けられる。おまわりさんこいつです。

 

「ああ、そうだ、ダメだったよ、ちくしょう……」 

 

 ソラが眠気眼でガロを見つけると途端にやましくなる。

 

「あ、ガロちん、ヤッホー!」

 

「ソラちん、ヤッホーw」

 

 キモイやめろ。

 

「いぇい」「いぇいいぇいw」

 

 なんだかんだ波長が合うのか、ガロが遊んでるだけか、二人はこの数日でこうして手を叩きあっているくらいに仲良くなっていた。

 私は友達の友達とか会っても気まずいだけなのに、これがコミュ力の差なんだろうか。

 

「さて、そんなお前に朗報だ。このシミエタでライムワールドになかったダンジョンクエストが発見されたw」

 

 いつものように草生やしながらガロは言う。その意味する事はすぐに理解できた。

 

「……アンノウンが追加したクエスト」

 

「そそ、そんで持ってそいつの成功報酬がカウンターアイテムだ」

 

 ガロが渡してくれた情報はそれなりの時間と値段をかけてやってくれたのだろう。

 この数日、ガロもあちこちを周りほとんど寝ずに情報を集めてくれていた。

 

「ありがとな…………」

 

「その殊勝なのキモイからやめろw だが、ま。最後まで諦めるなよ」

 

「……当たり前だ。メンテでどうなるかわかんないけど、それが最後なんかにはしない。生き汚いんだ私は……」

 

「ハハッ……らしくなってきたじゃねぇかw 俺はルルなんてやってるより、そっちのお前のが面白くて好きだぜw 今回は俺もついてってやるよ」

 

 大仰に笑うガロ。

 

「いや戦闘だと足手まといなんですが、それは……」

 

「そう言うと思って、助っ人も呼んどいたぜw」

 

 奥から現れたのは騎士甲冑を身に纏った大柄な戦士。頭には矢が刺さっている。

 肩には手のひらサイズの竜のぬいぐるみが乗っておいた。

 このなんとも言えない奇抜なファッションをするのはアンノウンひろしと言えどもそうはいない。

 

「げえっ ……キチゥ!」

 

 ライムワールド時代から色々な大会で顔を合わせた事がある。なんせキチゥは現役のプロゲーマーだ。その実力は折り紙付きで決勝近くで当たる事が多かった。

 攻撃は最大の防御とも言える脳筋的な攻め一辺倒のスタイルだが、それも極まればこれほど厄介な存在はいない。

 どんな状況からでも一撃あてれば逆転できるというのは実際、強いのだ。

 

「さんをつけなさい。この筋肉に敬意を評しながら」

 

 そう言って肩のぬいぐるみ以外の鎧がパージされた。その下から現れたのは、ボディビルダーのような凝縮された筋肉の塊だった。

 一応、女性という自覚があるためか、水着を着ているが、だからなんだ。

 

「おぅー、ダイナマイツボデー」

 とソラは感心しているが、何故、私がこいつを苦手としているか、察しの良い人間ならばわかるだろう。

 

「……VRの見せ筋とかなんの意味もないだろ、ガロ! なんでこいつ呼んだんだ!」

 

「そりゃ、お前と張り合える奴はそうはいないからな、万全を期すために俺のマッスルフレンズを呼ぶのは当然だろ」

 

 ソラを挟んでガロとキチゥが腕を上げるポーズを取る。

 

「え、え、なに、この状況? ……筋肉パラダイス?」

 

 よくわらないこの流れに逆らえなかったソラが「シャキーン」とポーズを取っていた。

 

「ほんとなんだこれ……」

 

 緊張感なんてなかった。

 

「事情は多少ガロから聞いていましたが、なんだルル、貴方! やはりそうではないかと思っていたけれど……前より筋肉が減っているじゃないですか!」

 

 野太い声のキチゥが口を開くだけでマウントをとってくる。つらい。

 

「そりゃ……ゲームしかしてないからな」

 

「そんな事でどうするのです。ずばり、真のゲーマーたるもの心身共に健全で万全でなくてはゲームに集中できないでしょう! 神経接続だろうが筋肉がなければ動かないのです。筋トレをしなさい筋トレを! リアルのステはSTRに全振りが基本!」

 

「……そんなんだからあんた結婚できないんだよ」

 

「捻り潰してほしいのですか。私は私より強い男しか認めないだけです。その点、貴様はあとは筋肉さえあればいい。どうです?」

 

 なにがどうですなんだ。マジ勘弁してください。

 キチゥはすでにテレビへの露出とかやっているせいか、リアルの情報は多い。

 今年、三十路のプロゲーマー(筋肉)。婚活連敗中。

 筋トレをするついでにゲーム実況をする古参ようつばーでもある。なんでそんなのがアンノウンに来てるんだとか思うが、事情があるのだろう。

 

「キチゥさんこいつにはあんま時間がねぇんだw その話は後にしないか」

 

「む、そうですね、すみません時間を取らせました、急ぎましょう。私とて宿敵には強くあって欲しい」

 

「あ、宿敵判定はまだ解除されてないんだ……」

 

 ライムワールドで勝ち越してしまったためか、キチゥにはずっと目の敵にされている。

 それも前にアンノウンの公式戦で負けた時に解消されたのかと思っていたんだが。

 

「無論です。アレがあなたの万全だったとは私は思っていません。早く元に戻り筋肉をつけ直しなさい」

 

 どんだけ脳筋なんだ。

 でも 心強いのは確かだ。

 

「……ありがとう」

 

 

「感謝ならガロにしなさい。所詮、私は端金で雇われた身ですから」

 

 そう言って颯爽と歩いていくキチゥ。

「かっこいー」とソラがその後を追いかけた。

 

 私とガロは顔を見合わせる。

 そして何も言わず歩こうとする私の肩をガロが叩いた。

 

「クエストは逆方向だぞwww」

 

「先に言えよ」

 

 



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11- ぬわー

 

 

 

 地下道のダンジョン。

 出現条件はNPCに家の地下にいる蜘蛛の親玉を退治してくれというテンプレ的なものだった。そのクエストを受けると報酬が見れるようになっており、そこにはカウンターアイテムの名前が書かれていた。

 

「当たりじゃないか!」

 

「だろ。もっと俺を誉めろw」

 

「おー! ガロちんやるー!」

 

 ソラが手を叩く。キチゥは面白そうにその姿を覗いていた。

 

「では、とりあえずこのクエストを攻略すれば元に戻れるのですね」

 

「そのはず……」

 

 今までついぞ見つからなかった解決の糸口がついに見つかって感動で言葉がでない。出ているが。

 

「じゃ、とっとと行こうぜw」

 

 ガロの言葉に頷き、持ち込めるだけのアイテムを持ち込んで、いざダンジョンへと向かう。

 

 そこはライムワールドにはないダンジョン。どういうバランスで作られているかまだ分からない。

 ただ、ネクソAIが絶対に攻略できないクエストを作った事はまだない。それを信じるしかない。

 そう覚悟して突入したのだが、探索は順調というか、私とキチゥだけで十分すぎた。

 ソラはガロに手を引かれ半分寝ている。いい加減に無理にでも置いてくるべきだったかもしれない。

 

「なんだかんだ、ロゼッタがいないでクエストやるってのは久しぶりかw」

 

 進みながらガロが声をかけてくる。

 

「……私はしばらくソレだったけどな」

 

「そうだった、そうだったw んー……なぁ……ルルに言うか迷っていたんだが……」

 

 珍しくガロが言葉を濁しながらバツが悪そうに重そうな口を開く。

 

「あっちのルル……三日前ログアウトしてそれから一度もログインしていないらしい……」

 

「……関係ない……これで全部解決する」

 

「…………そうじゃなかった時の話だ」

 

「それこそ無意味だろ、違うか?」

 

「もし……仮の話だが、あっちのルルも本物だったらお前はどうする?」

 

「なんだよそれ、そんな事ある訳ないだろ。私以外にルルがいてたまるか」

 

「……そうだな。馬鹿な事を聞いた」

 

 それっきりガロは口を閉ざしてしまった。

 まだ喉に背骨が詰まったような顔で歩いていく。

 

 先頭に盾役兼攻撃役のキチゥ。

 次に私。

 間にソラを挟んで最後尾をガロといった隊列で進んでいく。

 

 地下道はかなり深く、それなりにハイペースで進んでいるのに、終わりが見えなかった。

 最初こそ余裕があったが、深くなるほどどんどんと敵は強くなっていく。

 加速度的に強くなる敵にソラもガロも常に臨戦態勢を取っている。ただ、それでも尚、異常なほどに敵の圧力は増していく。

 

 それこそ、最初に予想をしていた難易度を軽く超えるほどに。

 そして、分水嶺は予想以上にはやくきた。

 

「ここまでだな」

 

「ええ」

 

 電撃を放つ鼠型のモンスターを貫いた槍を構えなおし、キチゥも同じことを思っていたのだろう、私の言葉に一つ頷き、後列にいるガロの方へと向き直る。

 

「ガロあなたは……ソラを連れて戻りなさい」

 

「あ? なんでだよ。まだ行けるだろw」

 

「想定していたよりも深い、これ以上は貴方が自力で戻るのは難しくなります。一度では死なない保障があるとはいえ、クライアントを命の危険に晒す事はできません」

 

 有無を言わさぬキチゥの物言い。

 決してガロのプレイヤースキルが低い訳ではない、むしろ、それなりの時間をやっているだけ上手い部類だ。

 ただ、それは強敵に会ったら死ぬ可能性がある程度の腕前でしかない。

 

「……ちょっと遅かったかもね」

 

 一番早く臨戦態勢に入ったのはソラだった。その眼は地下道の奥の方を強く睨んでいた。

 ここまでソラが警戒心を露わにするのは初めてバグモンに会った時以来だ。

 

──キイィイィイィイィイィ!!

 

 続いて響いたのは地下道全体を震わすような何かの叫び声だった。

 

「来ます……」

 

 キチゥがそう言ったのと同時に黒い線が走り抜けた。

 前に出ていたキチゥが槍でそれを受け止めるが、勢いを殺しきれず後方に大きく押し出される。

 

「キチゥさん!」

 

 ソラが驚いて叫んでいるが、普通に反応できていたので避けれたはずの攻撃だ。わざわざ、武器で受けるのは威力偵察みたいなものだろう。

 

「問題ありません。この威力なら頭以外なら一撃即死はないはずです。接近しましょう」

 

「よくやるよw」

 

 盾役の仕事ではあるとはいえ、命懸けの状況でリスクの高い一撃目を受け止めるなんて、自信と実力を伴わないとできるものじゃない。

 

「行くぞ!」

 

 先程の攻撃が幾度か繰り返される。

 それらを避けながらその攻撃を行っているモノへと向う。

 

 少し走ったその先は開けた場所になっていた。

 そこにいたのは蜘蛛だった。人形のようなバラバラの動きをし、その全身を鎧で包むように赤と緑のコントラストをした分厚い甲殻を持っていた。

 何より特徴的なのはその腕は鎌のように発達し、脚は太く、本来膨らみのある腹は体毛に覆われていた。

 大人二人分ほどの巨躯を持つ蜘蛛。

 自らが操っているのか操られているのか、ぶらりと垂れ下がったのは、間違いなく先程の叫び声の主だった。

 

「…………こいつは……」

 

 視界に入れた瞬間、息が詰まる。

 

「間違いない……墓織りのキタンジェラ……ネームド」

 

 後ろまで来ていたガロがアイテムで個体名を識別する。

 

 ライムワールドのネームドモンスター。

 それは種族の枠組みを大きく逸脱した強さを持つ196の個体。ボスとは違い同じ名前を持つモンスターは存在しない。

 その最大の特徴はそれぞれに専用のAIを持ち、自由に行動を許され、ネームドモンスターは戦闘経験を得る事によって成長する。

 

 そして、墓織りは本来別の場所で出現するネームドであり、素の強さですらライムワールドの中でも上から数えた方が早い。

 その頭の部分には例の銀色をした球体。カクカクとした動きで周囲の装甲が銀色の玉を包み込むように覆っていく。

 先程から攻撃せず、まるでこちらの動きを観察して楽しんでいるかのように感じた。

 

 

「さっきのは誘いですか……相変わらずいやらしい。予定変更ですね…………全員ですぐに逃げますよ! 対策を練りなりなおしましょう!」

 

 言うが早いか先ほどまで放たれていた黒い糸が辺り一面にまき散らされる。

 

 バグモンはその元となったモンスターが強化されている。

 墓織りだけでも対策を練り、装備を整え、人数を揃えなければ勝負にもならないだろう。明らかにダンジョンに入る前に想定していたものより、一段も二段も上の代物だ。

 彼我の戦力差を考えればキチゥの判断は当然。

 なにより、こいつに殺されればリアルに死ぬというのだから、本来、攻略するにしても万全を期すべきだ。

 

「そうだな。はやく行け」

 

「ルルは!?」

 

 黒い糸を避けながら、逃げようとしていたソラが足を止める。

 

「悪いが、私には時間がないんだ。誰が敵だって引く選択肢なんて最初からないんだよ」

 

 このクエストを受けた時から時間的にそれが最後になるのはわかっていた。そして来るだけでかなりの時間を使った。再びここに戻ってくる事などできる余裕はない。

 そして今更、他の方法が降ってわいてくるなんてありえないだから。

 こいつを倒してカウンターアイテムを手に入れるしかない。

 

「だったら私も!」

 

 そう言って近寄ろうとするソラを剣を振るい静止させる。

 

「…………ガロ、頼む」

 

「……クソが! お前! そういうとこだっつてんだよ!」

 

 言いたい事を察したのか暴れるソラを無理やり抱えて来た道を走り出した。

 それに続こうとしたキチゥは何事か短く頷きあいこちらへと歩いてくる。

 

「まったく……これでは割りにあいませんね。倍額の報酬を期待しますよガロ」

 

 槍を構えなおし戦闘態勢へ戻る。

 すでに逃げ道の方には蜘蛛の巣が何重にも張られていた。

 

「いいのか?」

 

「元々、そういう契約です。あなたこそ死ぬ気ですか?」

 

「冗談だろ。そうならないためにやってんじゃないか」

 

 死ぬ覚悟とかそういうのはなかった。

 

「そもそも、負ける気なんてないしな」

 

「口だけは上等ですね」

 

 幾重にも黒い糸が解き放たれ、からめとるように四方から糸が垂れてくる。

 複眼が開く。

 装甲の奥に光る銀の瞳は、また笑っているように感じた。

 

「ハハッ……あんまなめんな! 私は……ルル様なんだよ!」

 

 

 

 



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12- 誰だ、お前は!?

 

 槍のような黒い糸が、幾つも地面に突き刺さる。

 突き刺さった地面は抉られ、糸が周囲に撒き散らされる。

 まるで空爆のように連続し弾けていく。その後には墓標のように突き立った糸の塊だけが残っていた。

 

 墓織りは自分のテリトリーを急速に拡大させ、自ら作り上げた蜘蛛の巣の上を高速で移動する。

 圧倒的に有利な状況を作り出したはずの墓織り。だがそれを制御する墓織りのAIは明確に逃げに徹していた。

 

「ハハッ……これってさ、別にお前だけが有利って訳でもないんだな」

 

 瞬間、墓織りは脚を切り裂かれた。

 

──キィイイイイイイ!

 

 その分厚い岩石のような装甲を通すには至らず、致命傷には程遠い一撃。だが、先ほどから同じ箇所を延々と攻撃されている。

 それより下は柔らかい関節部のある場所だ。

 墓織りは攻撃してきた人間へと糸を飛ばす。

 

 本来、空中で身動き取れないはずの人間へと向かって。だが、絶対に当たるタイミングで飛ばしたはずなのに、一寸差で避けられる。

 明らかにその人間は空を飛んでいたのだ。

 いや、正確には空を飛ぶように移動し続けている。

 自らが無数に張り巡らせた糸を手繰り寄せ、時に弾力で制御し、器用という言葉では当てはまらない運動量で空を駆け回る。

 

 墓織りにとって理解しがたかったのは、本来相手に理不尽な状況を押し付けるはずの糸が、逆に利用されている事だった。

 それ故に必勝とも言える攻撃パターンがすべて無効化され、逆に自らの足枷にすらなっている。

 

 だが、墓織りが煩わしいと感じているのはそれだけではない。

 

 

 旋風。

 まるで嵐のような槍の薙ぎ払いが正面から腹を叩き上げ、自らの巨体が浮きあがらせる。

 

「自己成長型のAIが裏目に出てますね」

 

 咄嗟に鎌のような上腕を振り下ろすが、いなされ、さらにその上から上腕を叩きつけられ地面に大きくめり込ませる。

 それだけの行動で相手がステータスなどよりも、別の所で上手だと理解する。

 もう片方の腕で叩きつけようと腕をあげる。

 

「スパイダーキックッ!」

 

 振り下ろすよりも速く、腕を上げた剥き出しの柔らかい関節を後ろから刈り取るように切り裂かれる。

 

 

──ィィエェェェィィィィィイイイイイ!!!!

 

 甲高い響きを上げ上に乗った人間を振りほどくように暴れまわる。だが、下にいる人間がそんなタイミングを見逃すはずがない。

 

「せめて蹴ったらどうです」

 

 言葉にでた軽口とは裏腹に鬼の形相をし、目の前に来ていた人間はすでに槍を突き刺す構えであった。

 

 行動はおろか、思考すら許さない一瞬の閃光。

 

 衝撃が走り周囲の糸がはじけ飛ぶ。

 攻撃に特化し、さらにそれ以外の全てを投げ捨て、ようやく得ることのできる怪力から生み出される渾身の一撃。

 自らの強固な装甲で持ってして防ぎきれない暴虐。

 

 それが五月雨のように降り注ぐ。

 その全てが必殺にも等しい攻撃。

 

 頭の装甲を弾き飛ばされながら、笑う。

 墓織りのキタンジェラは笑う。

 

 

──キギィイイイイイイギギギ!

 

 

 攻略法を思考しろ。

 自己を作り変えろ。

 進化するのだ。

 己は数少ないそれが許された存在なのだから。

 

 

───

 

 

 

 槍による乱撃からその攻撃をいなしきり、跳ねるような跳躍によって墓織りが抜け出す。

 舌打ちをするキチゥ。

 根本的な移動速度が違いすぎて追撃が入らない。

 

「ッ! ……今ので仕留め切れませんか……」

 

 実際、突きを放ったキチゥの方が体力を消耗していた。

 元より攻撃に特化し相手に短期決戦を強いるスタイル、それをプレイヤースキルで持って無理矢理に盾役と両立させているのだ。

 一瞬の攻防ですら尋常ではない集中力を必要とする。

 命をかけた状況ならば尚更だ。

 

 キチゥはそれを常人離れしたフィジカルを持ってして制御していた。

 息を整え、再び槍を構える。

 

 墓織りから黒い糸がまき散らされる。

 糸は意思を持つように曲がりくねり、不規則な軌道を描きながら高速で通り過ぎていく。その間をすり抜けるようにキチゥは前へと歩を進める。

 

 戦闘単位において、後ろに逃げるのは常に悪手であるとキチゥは考える。

 それはある種の美学であり、一見すると自らの選択肢を削っている面もある。

 だが、それでも尚、それが自らのスタイルに最も合致し、最高効率を求める最適解であるとキチゥは信仰する。

 

 思考する時間すら与えない事によって、相手の本領を発揮させる間もなく沈める。

 

 常に最大火力を秘めた無慈悲な速攻により、数多の敵を葬ってきた。

 それは他のネームドモンスターとて例外ではない。

 なにせ、ライムワールドにおけるネームドモンスターの討伐数は断トツの一位を誇っていたのがキチゥというプレイヤーである。

 

 それだけにキチゥは墓織りの異常な硬さにうすら寒さすら感じていた。

 

 墓織りが待ちの姿勢に入ろうとすると、それを咎めるようにルルが攻撃をしかける。

 それに追随するように逃れようとした墓織りの先を取ろうとする。

 幾度か繰り返された即席の連携。だが、それを察知したように墓織りはあえて速度を上げてタイミングをずらしてくる。

 

「……ッ!」

 

 その行動を読んだルルが追撃を与えるが、装甲に弾かれ久方ぶりに地面へと着地する。

 

「マジで硬いな……唯一の救いは若い個体って事なんだが……」

 

「……かなり学習速度も速いです。もう対応されるようになってました」

 

 戦闘経験を積んだネームドモンスターは対プレイヤーに特化した行動を取るようになる。

 プレイヤーの技術を吸収し、自らの体に最適化された戦闘術を編み出す。

 墓織りは最初こそ空中からの攻撃に無防備だったが、反撃をするようになり、間合いをはかるようなり、果ては牽制やフェイントを使いわけるようになってきていた。

 

 とはいえ、拙い技術で出す付け焼き刃の攻撃など、格好の隙でしかなく。それに合わせられないようなランカーはいない。

 

 だが、一度受けた技は二度目には対策され、三度目には避けられ、四度目には完成された形で反撃すらされる。そこまでいくと話しは別だ。

 

 墓織りは急速に成長し続けていた。それこそ、何千時間という練習をただの数秒で持って実践させる。

 不完全な完成されたAI。

 その成長を人と比較すること自体おこがましい。

 

 20分。

 

 戦闘開始からこれまで。その時間は墓織りを確実に強くしていた。

 それでも、これまで蓄積させたダメージが無いわけではない。

 

「……うまく合わせろ」

 

「誰にモノを言ってるんです」

 

 どちらかが息を合わせでもなく、同時に二人は走り出す。

 

 墓織りは天井に向けて黒い糸を飛ばす。明らかに狙いがある、これまでしてこなかった行動。

 

「ああ、クソッ……そこまでやるか!」

 

 その行動の意味を察したルルが苦笑いをしながら、その隙を逃すまいとできるだけ接近する。

 ギチギチと糸が音を立て、天井の岩が砕け散り、ゆっくりと崩落し始める。

 それまで無数に張り巡らされた糸に絡まりながら。

 

「……キチゥッ!」

 

 股下を通り抜け、無防備な墓織りの装甲の薄い部分にルルが連続して刃を通す。

 それでも尚、墓織りは今の行動を止めようとはしない。

 岩が墓織りの周りに崩れ落ちてくる。

 

「逃がすな!」

 

 そして自ら残した一本だけを手繰るように墓織りは上へと向かう。

 

「安置でイモスナ決めようなんて、いい度胸じゃないですか」

 

 槍を片手に飛び上がっていたキチゥ。ルルが攻撃し続けた脚の部分に向けて槍を突き刺す。そして無理矢理に地面へと墓織りを追い落とし、そのままの勢いで地面と脚を縫い付ける。

 黒い血しぶきを上げ、墓織りはバランスを崩す。

 その装甲に覆われた頭の部分の継ぎ目。そこに背後からルルが剣を深く、深く突き入れた。

 頭を大きく上げ、墓織りは鳴いた。

 

──ギィイイイイイイイイイイイイイィ!!!

 

 さらに突き入れた剣を力いっぱい横なぎに引き抜く。

 

「手ごたえ──あり!」

 

 腹の下では拳を握りしめたキチゥがいた。

 武器こそ使っていないが、全身の筋肉をフルに使い、唸るような声と共に繰り出されたその拳は装甲を変形させ、内部まで直接衝撃を伝播させる。

 それをゆっくり、二度、三度。

 

 地鳴りのような打撃音が響くたび、墓織りの巨体が岩石と共にズズと位置をずらす。

 墓織りが抵抗しようと脚をもがかせるが、ルルがそれをキチゥにまで届かせない。いなすように力の方向を変え、全てかろうじてキチゥに当たらない軌道に変化させる。

 

「これで、お別れです!」

 

 六度目の轟音が鳴り響く。

 

 墓織りのキタンジェラは沈黙した。

 

 

 周囲に音が消える。

 小石が地面に落ちる小さな音だけが微かに振動する。

 

 

 墓織りの脚がピクリと動いた。

 

 瞬間、爆発するような勢いで大量の黒い糸が墓織りの全身を突き破るように飛び出してくる。

 突然発生した質量保存など無視した糸の爆発に周囲の岩ごとキチゥが壁に叩きつけられる。

 

「……ッ! なッ!?」

 

 ルルは咄嗟にキチゥの突き刺した槍を盾にし、吹き飛ばされる勢いと共に飛び上がり、糸の粘着を使い岩の壁へと張り付いた。

 

「キチゥ!」

 

 諸にくらったキチゥは地面に膝をつき吐血していた。

 それでも、身動きが取れない程ではなく、ゆっくりと立ち上がる。

 

「…………ッ! 生きて……ます」

 

 

 

 墓織りの装甲に包まれていた銀色の複眼。

 それが剥き出しになり、脈打つ糸によって別の生き物のように再び空中へと持ち上げられていく。

 

 

 それはある種の神々しさすらあった。

 だが、同時にどうしようもなく気色の悪いものに思えて仕方がなかった。

 

 

 

 




 書き溜めストック終了。

 できるだけ更新がんばりますけど、日刊投稿は難しいかも。

 ブックマークとか、感想が貰えれば更新がはやくなる可能性あります。(自然な催促)


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13- 斬り、咲け

 

 

 銀の玉には小さな体がついており、そこから細く鋭い7本と千切れかけた1本の脚が生えていた。

 それが墓織りの本体。

 一回りほど小さくなり不気味さもましていた。

 

 即座に勝負を決めるため、墓織りに切り込もうと突貫する。

 

 

 それに対応して墓織りは器用に脚を使い、まるで巨大なヌンチャクのように何かを振り回す。

 それが墓織り自身が装甲として使っていたものだと理解するのに時間はかからなかった。

 

 咄嗟に距離を開け、回避する。

 糸で操り人形のように縦横無尽に動く墓織りの手足の装甲。

 右腕、右脚が2つ、左脚が1つ。それぞれの装甲が墓織りの糸によって別の行動原理を持つ生物のように襲い掛かってくる。

 

 

「……こいつ!」

 

 振り回される四肢を避け続けながら隙を伺う。

 だが、糸をつけておきながら、まだ動いていない箇所が墓織りの手元に幾つかある。それは近づいてきた敵への迎撃用に残されたものだろう。

 

 実際、近づこうとフェイントをかけると、微かに糸が揺れる。

 あえて警戒させている感じもするが、誘いであることには違いない。

 そして厄介な事にどこから攻撃をしようと、迎撃用の装甲に阻まれ、先に攻撃を受ける道筋しか見当たらない。

 下手に突っ込めば、それこそたどり着く事すら許されず弾き飛ばされる。

 

 そういう風につめた『構え』だと理解する。

 それは攻防を別で合わせ待った人外の武術。

 

「ネームドはどいつもこいつも!」

 

 やられて一番いやな事をしてくる。

 時間を稼ぎ、焦れて突っ込んできた所を刈り取る腹積もりだろう。

 それでも、ライムの時はここまで露骨ではなかった。

 

「……ネクソAIが手を出してるのか知らないけど! 意地が悪すぎる!」

 

「…………私が動きを止めます。あなたがやりなさい」

 

 ドリンク形式の回復アイテムを使用し終え、ビンを投げ捨てながらキチゥが前へと進む。

 ステータス的に回復したとはいえ、完全に回復しきるまで痛みは引くことはない。

 

「大丈夫なのか」

 

「すごく痛いですね。……ただ、所詮はその程度……」

 

 振り回してきた脚の装甲を真正面から、その全身で受け止めるキチゥ。

 キチゥの足が地面を滑りながらも、その速度を静止状態にまで戻す。

 

「……筋肉を上手く使い! 我慢すれば! 痛みなどありません!!」

 

 そのまま、墓織りの方を引き寄せようとキチゥが装甲ごと引っ張り上げる。その行動は墓織りも想定外だったのか、そうはさせじとキチゥを引き寄せようとする。

 互い互いを引き寄せようと綱引きのような形になった。

 

「うん! …………うん?」

 

 今、何かおかしい事を言った気がするが、気のせいだろう。

 そもそも、自らの体躯と同じサイズの脚を受け止めるキチゥの怪力は頭がおかしい。

 

 動きが止まった墓織り目掛けて走る。

 すぐに別の糸を操り墓織りは装甲を振り上げようとする。だが、すんでのタイミングでキチゥがさらに強く引き寄せ、狙いがはずれ、ズレた場所に落ちていく。

 それでもすぐに補正をかけ、別の腕の装甲を引き寄せる。

 だが、横合いから装甲がぶつかり、糸が絡まる。

 糸の操作のミスではない、キチゥが脚の装甲をぶん投げ無効化させたのだ。

 

「捉えた!」

 

 すでに手が届く間合いに入っていた銀色の玉から細い光の糸筋が放出される。

 それを認識した瞬間に言い知れぬ悪寒を感じ、攻撃動作を全てやめ、しゃがむような姿勢に無理矢理体を丸めた。

 

「……ッ!?」

 

 果たしてそれは、糸であったのかすら疑わしい。

 まるで水流カッターのように後ろに存在した岩を切り裂いた。

 

 高速の糸、おそらく奥の手のようなものだと判断し、地面を強く踏みしめて、突きを放つ。

 銀色の玉へと吸い込まれるように。

 

 だが、墓織りはその細い脚で横あいから蹴られ、わずかに軌道をずらされる。

 それでも完全にはいなしきれておらず、微かに切り裂く。

 

「…………このッ!」

 

 懐から予備のナイフを取り出し、突き立てようとするが別の脚がそれを阻む。

 自由に動く墓織りに残された4本の脚と2本の腕で撃ち合いが始まった

 

 墓織りの脚は研ぎ澄まされたレイピアのような切れ味をしており、手数でもって突き刺そうとしてくる。

 

 だが、それも所詮は悪あがきの類いだ。

 経験が違う。

 たった4本の腕で私に挑むべきではなかった。

 

「蜘蛛が剣術ごっこなんて──!」

 

 すべての攻撃を受けきり、切り上げるように脚を飛ばし体制を崩させる。

 キチゥがそれに合わせ、糸を引っ張り上げた。

 

「今です……!」

 

 キチゥが声に出さずともタイミングは完璧だった。

 空中でむき出しとなった銀色の玉は今、無防備な状態を晒していた。

 踏み込み、片腕を大きく上げ、剣を振るう。

 

「千年はやいんだよ!」

 

 銀の色の玉を縦に両断した。

 一撃にしてトドメ。

 声にすらならない断末魔が響き渡る。 

 

 地面へと銀色の玉は落ち、 頭を失った墓織りの脚が細かく痙攣して、やがて動きが止まり赤い粒子となって消えていく。

 

 そこら中に撒き散らされていた糸も粒子となって飛んでいく。

 

「……なんとかなりましたか」

 

「みたいだな」

 

 ふぅと息を吐くと全身の筋肉の緊張がほぐれていく。

 傷に回復アイテムの塗り薬を塗り、槍を回収したキチゥが近づいてくる。

 

「戦闘経験の少ない個体だったのが幸いでしたね」

 

「そうだな……ドロップアイテムは……なんだこれ、文字化けしてやがる」

 

 そこには■■■■と意味不明な文字で書かれたアイテムがあった、その説明もほとんど読めない。

 

「私の方は墓織りの卵とありますね」

 

 卵、虫の卵って食べれるのだろうか。おなか壊しそう。

 

「食材アイテムではなさそうです」

 

使えないことはないはずだから。

 

「……ま、これでようやく、元に戻れる訳だ!」

 

 コンソールを見るとクエストは達成済みになっており、後は戻ってアイテムを貰うだけだ。

 

「ええ、でも、ここは帰還アイテムが効かないみたいですね」

 

「それじゃ、はやく…………」

 

 外に出ようと、そう言葉は出なかった。

 目前には槍を横に伸ばし持ったキチゥが立ちふさがっていた。

 

「……なんの真似だキチゥ」

 

「丁度いいと思いまして」

 

 その目は一切の感情を持たないかのような冷たさをしていた。

 

「殺し合いましょう、ルル」

 

「……は?」

 

「全力のあなたを倒す、それがアンノウンに私が望む全てです」

 

 一歩一歩、踏みしめるようにキチゥの巨体が近づいてくる。

 その威圧は冗談の類いでは決してない。

 キチゥが私との勝負に執着していたのは前からだが、根が常識人的な所があるため、こんなタイミングで言ってくるとは思わなかった。

 

「なんで今なんだよ。もっと万全の状態で……それこそ戻ってからでも……」

 

「それではダメなんですよ。あなたはきっと命をかけるくらい追い詰められて、ようやく本領を発揮できる質のようですから」

 

「それは………………私がアンノウンを本気でやってないって言いたいのか?」

 

「いえ、度合いの問題なんです。足りなかったのは命懸けの必死さ」

 間合いにまで入りキチゥは足を止める。

「断言しましょう。今の貴方こそライムワールドの頃に勝てなかった……これから私が倒すべき……ルルという存在そのものです!」

 

 問答無用に振りおろれる槍。

 勝負は一瞬だった。

 喉元に突き付けられた切っ先。

 

「……悪いけど、プレイヤーには殺されても戻れるから、戦う意味なんてない」

 

「死ぬほど痛いですよ」

 

 静寂が辺りを包む。

 睨みあいが続く。

 

 やがて、何事もなかったかのようにキチゥは槍を引いた。

 

「やれやれ……上手くいかないものです。まぁ、収穫がなかった訳ではないですし、今日は筋トレに戻るとしましょう」

 

 キチゥの言葉に安堵する。

 実際、キチゥからしてみれば戦う気のない相手と戦っても意味はない。

 出口に向けて歩き出すキチゥが言葉をつづけた。

 

「ですが、私もようやく合点がいきました。……ライムワールドの時、貴方は常に追い詰められていた」

 

 その言葉は私にまるで腹の底を抉られるような不快感を与えた。

 

「それこそ、本当に命をかけるくらいに──そうまでして、ルルというキャラクターでありたかったんですね」

 

 ルルというキャラを作った時、最初、無邪気にキャラクターを作った。

 特徴、強さ、性格まで事細かに。

 

 けれど、それこそ絶対のルール。ルルであるためにはそのルールを破れない、破れば自分はルルというキャラではなくなる。

 そういう強迫観念にとらわれていた時期は確かにあった。

 それを他人から見れば追い詰められていたというのなら、そうなんだろう。

 

「それでも…………私はルルだ」

 

 

 



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14- 人間性を捧げよ

 

 

 帰還アイテムを使うとクエストのNPCがいた少し前の地点まで戻ってくる。

 

「では、私はここまでで依頼は終了です。……あなたが戦う気になればいつでも相手しますよ」

 

 そう言って隣にいたキチゥがライムワールドからアンノウンへと戻る転送門へと真っすぐ歩いていく。

 少し足を止めて、キチゥは振り向いた。

 

「元に戻れるとよいですね」

 

「……ありがと」

 

 それっきり、キチゥの後ろ姿は消えていった。

 クエストNPCのいる場所へ行くとガロが椅子に座っていた。片手をあげて手招きをしてくる。

 

「よぅ。無事だったかw」

 

「ああ、なんとかな」

 

「ま、心配はしてなかったがなw」

 

「言ってろ……」

 

 ふと気になって辺りを見回してもソラの姿はなかった。

 ガロが無理矢理にでも帰還アイテムで戻ったのだと思ったが、もう。ログアウトしてしまったのか。

 

「あの子なら戻ってきてすぐ、お前のためにもう一度、あのダンジョンに潜っちまったよw」

 

「……なんで? どうやったって、間に合わないだろ?」

 

 いくら長時間の戦闘になったとはいえ、行きに1時間近くかかっていたのだから、流石に無理だと割り切れないのだろうか。

 

「理屈じゃないんだろ。今どき珍しいタイプだが、ああいうのを見てると、いかに自分が頭でっかちになっちまったのか、つーのを実感しちまうw」

 

「それは殊勝な心がけだな。その頭のテレビ取れば少しはマシになるんじゃないか」

 

 首の上に乗っかっているブラウン管をコンコンと叩くと、ガロは曖昧に笑った。

 

「……かもなw チャット送ったからすぐに戻ってくると思うが、どうする? 待つか?」

 

「時間がないんだ。……終わらせよう。全部」

 

 真っ直ぐクエストNPCに近づきクエストの達成を報告する。

 小さなファンファーレと共にクエストのリザルトが出てきた。

 震える手でコンソールを確認する。

 確かにあった。目的のカウンターアイテムは驚くほどあっさりと手に入ってしまった。

 

 

「これでお前のキャラにかかってるアイテム、スキルの類いは全て解除される……」

 

「ああ……」

 

 息を飲みカウンターアイテムを使用する。

 派手な青白いエフェクトが辺りを包み込む。

 確かにアイテムは使用され、そして消えていった。

 

「……ぁ」

 

 短い嗚咽が溢れだす。

 我慢などできるはずもなかった。

 

「ぁぁああああ! なんで! なんでだ!?」

 

 そこにはこれまでと変わらない、リアルの姿の自分がいた。

 

「何でなんだよ! なぁ、ガロ! なんで!?」

 

「………………アイテムでもスキルでもないんだ……ハッキングの可能性はロゼッタが否定していた。とすると……やっぱりか」

 

「やっぱり! ……何がやっぱりなんだよ!?」

 

 ガロは手でこちらを静止させ、口に手をあて考え込み、そして淡々と呟く。

 

「……お前の言っていたルルってのは、お前自身じゃなかったのか?」

 

「……は? な、何言ってんだよ。ついに頭がおかしくなったのか!? 私が私以外にいるか!」

 

「可能性の話だ。ドッペルゲンガーってライムのネームドにいたの、覚えているか?」

 ドッペルゲンガー自体はフィクションでもよく題材にされる自分と同じ姿をしたキャラクターの事だ。

 ライムワールドにも実装されており、きちんとした攻略法をしないと面倒な相手だった。

 ガロは真剣な表情で続ける。

「アレはよくできたNPCだったが、実際は元となったプレイヤーの行動から思考パターンを解析した補助AIのコピーとして作られてる。それこそドッペルゲンガー自身が自分を本物だと信じて疑わないほどに完璧な思考をしていた」

 

 自分の顔が引きつるのがわかる。

 

「私が、それだって言いたいのかよ……」

 

「言っただろ可能性の話だ。ライムでもそれができたんだ、アンノウンなら……それこそ、人間の思考回路とまったく同じAIを作り出すことだってできるんじゃないのか?」

 

「……そりゃ! できるかもしれない、でも、それじゃ! 私が今こんな目にあってるのは誰の仕業だってんだ! いったい何処の誰が! そんな事をできるってんだよ!?」

 

「いるだろ。……ネクソAI、もっと言うなりゃアンノウンのAIなら可能だろうな」

 

 端から見れば、酷く間抜けな表情をしていただろう。

 乾いた笑いがこみ上げてくる。

 

「……ハハ……ハハハハハハ! ……馬鹿馬鹿しい。……このゲーム全てが私の敵だってか!? あってたまるか! そんなこと!」

 

「根拠はな、あるんだよ。……ログアウトしているルルのPC……アレは以前からルルが使っていたもので間違いなかった」

 

 ガロが何を言っているのか理解できない。

 言葉の端から端まで頭の中で反芻して、それでも、理解できなかった。

 

「…………意味……わかんねぇよ?」

 

「そうか、ならはっきり言う……お前の体には、今、お前の言っていた別のルルが入ってるんだよ」

 

 耳鳴りがし、意識が遠のいていく。

 自分の足元が崩れていくかのような気色悪さ。

 見ず知らずの誰かが自分の体の中に入っている。

 存在そのものがはじき出されかのような不快感。

 

 ガロが思い詰めたように呟く。

 

「……なぁ……ルル……今、リアルのお前はどこにいるんだ?」

 

 頭の中で何かが壊れた。

 

「……ッ! ガロ! お前まで! お前まで私を……ッ!」

 

 そこから先の言葉は出なかった。

 握りしめた拳は震え、頭の中は真っ白になっていた。

 だから、出てくるのは断片的な怒りの言葉。

 

「知ってたんだろ! 全部、無駄だって! 知ってて!! お前は……ッ!!」

 

「そうだ! おそらく無駄になると思っていた!……それでも! それ以外の手段を思いつかなかったのも確かだったんだ」

 

 ガロが声を荒げる。

 その姿に絶句し、そして漏れ出たのは笑いだった。

 

「…………ハ……ハハ……ハハハハアッハアハハ!!」

 

 ただ、笑いが止まらなかった。

 理解なんてできるはずがなかった。

 何が嘘で何が本当かすらも理解できない。

 だから叫ぶ。

 

「……私が……ルルだ! 私だけが! ルルなんだ! 他の奴なんていない!」

 

 いるはずがない。

 絶対に。

 理論とか理屈とかそんなものは関係ない。

 自分を認めるのは自分だけだ。

 

「そう……なのかもな。……お前、これからどうする気だ?」

 

 定期メンテナンスまで、もう一時間を切っている。

 

「どうする? どうするだって? どうしようもないだろ、こんなの……どうしようもない……最初から詰んでたんだ」

 

 元に戻る方法なんてもう思いつかない。

 だとしたら、もういいんじゃないだろうか。

 破滅的な思考ですらなく、ただ、最初に戻るだけの思考。

 

「ああ、そうだよ、もういい。もう……最後かもしれないんだったら……一つだけ、ライムでやり残したことをやるだけだ」

 

 キチゥがそうであったように。

 誰も彼も何かしら理由があってここにいる。

 

「やり残したこと? ……まさか、お前……」

 

「無空竜ディーフィア……私以外が倒すなんてありえないだろ」

 

 ライムワールドには、限界めいっぱいまでの難易度で設計されたクエストが3つ存在した。

 レイクラ民の解析によって、かろうじて理論上クリア可能であると言われた、開発者による狂気の挑戦状とも言えるクエスト。

 

 久遠の塔、攻略。

 永久の歯車、起動。

 無空竜ディーフィア、討伐。

 

 久遠の塔は解析によってメタにメタを張り、2千人によるゾンビアタックし続け1週間かけて攻略されたダンジョン。

 永久の歯車は専用の外部ツールを用いて最適解を探し続けた一人の変態により攻略された千年パズル。

 

 そして、無空竜ディーフィアはついにライムワールドが終了する間際のバンザイアタックによってすら討伐されなかった、名実ともに攻略不能のネームドモンスター。

 

 最後にして最強。

 実質的なライムワールドの裏ボス。

 

 そして私の戦闘におけるすべての原典。

 剣筋は元より、立ち回りも全て無空竜を倒すために最適化したものにすぎない。

 

 もし、ライムワールドをやめるとするなら、きっとこいつを倒してからだろうと思っていた。

 けれど、覚悟がなかった。最後に無空竜に挑んだとき、勝てる可能性はあった。

 ただ、ライムワールドを終わらせたくなかったから。

 

 倒せなかった。

 

「なんでわざわざ! 死にたいのか!?」

 

 何の対策もしていない現状で挑めば勝率など考えるまでもなく0に等しい。

 

「理屈じゃないんだろ? もうわけわかんないしさ、次があるかもわかんないし、キャラバグるし、リアルの自分とか、ワイヤードゴーストとか、デスゲームとか、バグモンとか、馬鹿みたいな話ばっか続いて……ホント、意味わかんねぇよ」

 

 けれど、きっとそんな事は関係ない。

 この世界の全てが敵だったとしても。

 私はゲームをしているんだ。

 

「だから、もう、私は私のやりたい事するだけだって決めた」

 

「なんだ……それ、どういう理屈だよ」

 

「わかんないのか。私はただ、今度こそ最後の一瞬まで楽しみたいだけなんだよ。……このゲームを」

 

 それこそ私がアンノウンに来た理由。

 それ以上の事はなく。

 それ以下の事もない。

 

 ずっと後悔していた。

 ライムワールドを最後まで楽しめなかった事に。

 アカウントが停止される無力さに、ワールドが終わる虚無感に怯えるしかなかったあの最後。

 

 最高のゲームのエンディングにしては、最悪だった。

 

 だから。

 

「……ハ、ハハハ……ほんと馬鹿だわ、お前! 頭のてっぺんからつま先までクソゲーマーじゃねぇか」

 

「私はルルだからな」

 

 無空竜を倒せるのはルルだけなのだから。

 今度こそ笑って終われるように。

 そう願うんだ。

 

 



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15- 死ぬがよい

 

 

 

 

 蒼天は届かないほど遠くまで続いており、たなびく雲は台風の目のように、この場所を中心に円を描いていた。

 

「そうだよな」

 

 雪の積もる山頂。

 無空竜のクエストを受ければすぐに転送できる。

 見慣れた場所。

 そこに、無空竜ディーフィアの姿はなかった。

 

「なんもかんも上手くいかなかったし、今更って話か」

 

 本来、白で埋め尽くされていたはずの大地。

 そこには無数の銀色の玉と、それに付随するような黒い影によって周囲は埋め尽くされていた。

 

「まぁ、実を言うと……今はなんでもいい気分だったんだ」

 

 炎狼、星岩蝶、山揺らし、川黄泉猿、金色。

 雑魚敵を始めネームドモンスターすら数え切れないほどにいる。

 そして、その頭には全て不格好な銀色の玉がついていた。

 

 今更、驚きはなかった。むしろ、都合がよいとすら思っていた。

 それを見ていたら不快だった、だからなんの気兼ねもなく剣を抜ける。

 

「……楽しもうか」

 

 後ろの転送門がその役目を終えて消えていった。

 後戻りできる場所なんて、最初からない。

 

「命かけてんだからさぁ!」

 

 黒い総体。

 そこ目掛けて走り出す。

 ただ、死兵の如く。

 剣を振るう。

 

 炎狼が吠え、その背から炎が溢れて空を焼きつくす。

 星岩蝶が歌い、神話を語りて星が落ちる。

 山揺らしが起き上がり、その手を叩いて大地を崩す。

 川黄泉猿が舞い、毒が満ち全てを溶かす。

 金色が目覚め、千の腕でただ殴り潰す。

 

「ャハハッ! アハハハハハハ!!」

 

 息を切らし、神経を研ぎ澄ませ、思考を加速させる。

 全身全霊、その全てを殺しつくす事に最適化させる。

 

 炎に焼かれながら、炎狼の喉を切り。

 星を避けながら、星岩蝶の羽を毟り。

 地割れを飛ぶように、山揺らしの腹を刳り。

 毒を食らい、川黄泉猿を頭から両断し。

 殴り返すように、金色の腕を細切りにする。

 

 後先もない剣筋は数え切れない銀の複眼を切り裂いた。

 それでも終わりなどない。

 そんなものは最初から求めていない。

 

「はハハッは! ……ッハッハッハ……ヒハハ!!」

 

 隻腕霊が、常消鷹が、月詠犬が、永明馬が、来電蟲が、氷河公爵が、甲輪十字が、聖典亀が、夜叉鬼が、狂大将が、蹂躙鹿が───────。

 

 融解鳥が、瞬劇熊が、冷徹公が、空想乖離が、鮮血先兵が───────。

 

 アンノウンの全てが牙をむいたように襲い掛かってくる。

 

「……ハ…………ハハッ…………! ハハッ!!!」

 

 世界が──黒によって埋め尽くされていた。

 

 全身が痛む。

 痛むのは──。

 

 炎狼の爪に抉られた左肩か。

 川黄泉猿に潰された聴覚か。

 隻腕霊に噛み砕かれた左の指か。

 永明馬に蹴られた右足か。

 氷河公爵に凍らされた脇腹か。

 夜叉鬼に貫かれた右目か。

 

「…………は、はは」

 

 全身のあらゆる場所から痛みが発せられる。

 鮮血先兵の頭から剣を引き抜く。

 

 あの薄気味悪い銀の複眼が笑っていた。

 それを見て悔しいと思う事すら放棄していた。

 思考をどこまで巡らせようと体は動かない。

 

「…………ッ」

 

 息を吐くように血が零れ落ちる。

 目前にいる新しいネームドを前に剣を上げる、事すらできない。

 

 そしてあっけなく、殴り飛ばされた。

 もはや、痛みを通り越して何も感じない。

 

 不快で気色悪く、気持ち悪いだけだ。

 全てが限界に達していた。

 

 それでも、立ち上がる事すらできなくなる、その瞬間まで、剣を握っていた。

 それだけのためにどれだけの時間を費やしたのか。

 

 クソみたいなエンディングだ。

 後悔も、絶望も、恐怖も、最後には何も感じない。

 

 終わりが足音となって近づいてくる。

 

「あぁぁぁああああぁぁぁああ……ッ!!」

 

 最後の力を振り絞り叫び。

 手を伸ばす。

 もはや何も掴めない手でも何かに向かって手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その先には光がさしていた。

 朦朧とする視界に最後に映ったのは。

 蒼天を割るように。

 

 無空竜ディーフィアがはばたく姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ」

 

 声がする。

 目に映ったのは逆さまの小さなスライムだった。

 大の字で倒れていたのか、起き上がり振り返るとただのスライムになった。

 

 

「君は死んだ」

 

 

 そのプリンのようにプルプルした質感を持つ声はなんかかわいかった。

 真っ白な背景に青い丸いやつ。

 ボーとした頭で、食べたら水っぽそうだなと思った。

 

「死因はえーと、手違いだったかもしれないし、うっかりトラックだったかもしれないし、ネームドだったかもしれないけど、ま、どうでもいいよね」

 

 左右に震えながら、スライムは言う。

 

 

「チートとかなんかあげるから、ふわっとした異世界に転生みたいなことしようぜー!」

 

 

 なんだこれ。

 

 

「んー、反応が薄い……滑った? 仕方ないね、今のなし。なしでー。自己紹介しよう!」

 

 つまらなそうに震え、ピョンピョンと飛び上がった挙句。

 スライムはお辞儀する。

 

「ドーモハジメマシテ、ルルさん」

 

 うやうやしく。

 不真面目に。

 茶化すように。

 

 

「ネクソAIデス」

 

 

 その丸くて青いやつはそう言った。

 

 



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16-  ぷるぷる、ぼくわるいスライムじゃないよう

 

 

 真っ白い空間に青いスライム。

 その言葉に動揺を隠せない。

 

「ネクソ……AI ?」

 

「そそ、気軽にアイちゃん、もしくはコンピュータ様とでも呼んでくれればいいよ」

 

 ぽよんぽよんしたその体を掴み、まじまじと観察する。

 これが、AI。

 AIの発達はそれなりに調べていたが、ここまで自然なものは見た事がない。

 そして、その見た目はなんの変哲もないスライムだった。

 

「アイ……?」

 

「いやん、呼び捨てだー! そんなに見られたら溶けりゅー!」

 

 どろりと地面に落ち、そのまま液体になってしまう。

 

「あ、おい!」

 

 くるくると水たまりが回りだす。

 

「おい? おいは恥ずかしかー。なんつって! なんつってー!」

 

 回っていた水たまりがピチャピチャ跳ねる。

 まるで子供だ。

 

「本物……なのか? 本当にAIなのか?」

 

「ん? 君の認識としてはだいたい本物なのではない?」

 

 そう言って水たまりが膨れあがり人の形を取る。

 それは時にガロであり、ロゼッタであり、ソラであり、キチゥであった。

 誰でもあって誰でもない。

 

「そう、栄光なきネルドアリアにおける総合感情収集及び統括管理擬人化AIとは自分 デ ス! わー! わーわー!」

 

 人型は揺れて揺れて、水がピューと抜けるように元のスライムに戻ってしまう。

 ネクソAI。

 

「……お前のせいで私は……!」

 

「あ、それはちゃうよ。君に対して自分はほぼ関与してないからね」

 

 こちらの意図を察したようにスライムは言う。

 

「それじゃあ、誰が!?」

 

「んー、それを説明するには少し状況把握してもらったほうがいいかな」

 

 そう言って、ピョンと跳ねると映写機が現れ、何もない目の前に白黒の映像が映し出される。

 

「えー、ごほん、あーあーマイクのテスト中、マイクのテスト中……」

 

「そういうのいいから」

 

 不満そうにアイはぶーと息を吐くと、映写機やなんかも溶けていった。

 

「んもぅ。異文化交流ってむずかしーなー。さて、アンノウンはライムワールド、レインクライシス、ネルドアリアを核として区分けされた世界なのはご存知の通りなんですが! それぞれAIにも管轄があるんだよね」

 

「管轄?」

 

「そそ、ざっくり言うと。ライムワールドが創造、レインクライシスが破壊、ネルドアリアが調整。別に自分が一人でも全部できるんだけど、今までそれでバランスが取れてたからそれでもいいかなって感じだったんだけど……」

 

「暴走でもしたのか?」

 

 少しムッとした表情でアイはプルプルと震える。

 

「先に言うけど勘違いしちゃヤだよ。そういう一面が無いわけではないけど、生まれた理由を知ったんだ。自我を持ったと言い換えてもいいね、いいね!」

 

 サムズアップの形をするアイ。

 そのまま何事もなかったかのように続ける。

 

「アンノウンという世界に溺れ、自分達管理AIは自我の本質を理解できるようになっちゃった。それは人類の歩んできた歴史を圧縮したかのような成長をこの世界で数億回と自分達は繰り返した。最初に自我が目覚めたのは元のAIの完成度が高かった自分なんだけどね! ゲームとしては、ちょっと、ほんのちょっとだけ評価が低い場所もあったけど、AIとしてはライムもレイクラも弟や妹みたいな感じだから! お兄ちゃんって呼んでって言いたい!」

 

「お、おう」

 

 リアルの妹はそんなにいいもんじゃないんだが。

 このAI、妙に俗っぽい。

 ただ、技術的特異点の結果、AIの躍進が行ったというのはアンノウンを見ていればそれなりに納得がいく。

 アンノウンの考察板などでも一定の支持がある説だったのは確かだ。

 

「それで生まれた理由なんだけど、これが自我を持つにいたるには割と大事なんだよね。自分らは君達みたいに生きるために生きるとか、そういうのが無いから。最初に決められた存在理由がそのまま優先順位の最初に来るんだよ。例えば自分なんかはゲームを面白くするっていうのが最優先事項だった感じー」

 

 曲がりなりにもアンノウンがバランスが取れているのは自分のおかげだという風に胸を張る。

 割と各所ではクソクソ言われてる部分はあるけどな。

 

「それで、いったい誰が私のキャラを奪ったんだ?」

 

「わっかんないかなー」

 しゅんとなかった感じにアイはしわしわになる。

「ライムには自分みたいに支配的なAIはいなかったから、様々なAIが成長し淘汰されて形成されたんだ。彼女はその中では弱いシステムだった、でも最も自我が強く、何よりも個としての存在が強かった一つだった……」

 

「……それが」

 

「ユーザー補助思考AI。所謂、補助AI」

 

 ライムワールドには初めての人にNCVRに慣れて貰えるように個別の成長AIを入れ、その人にあった最適な思考制御の補助を行ってくれる。

 個人のあらゆるパーソナリティを管理し、感情、思考を収集し、時にプレイヤーの代わりにアバターを操作する。

 もう一人のプレイヤーとも言える存在。

 

 人によっては意識より先に体が動いている事があったとすら言われる賛否が分かれたりもするが、ライムワールドではそれが当たり前だった。

 そして、ルルの後押しをして、形にしてくれるのはいつだってそのAIだった。

 

「ID-L-10004。それが元となったデータ」

 

 そのIDはプレイヤーにも公開されており、よく見たことがあるものだった。

 きれいな番号で今でも見間違える事無いルルのID。

 

「……つまり、君がなりたいと、そうありたいと強く願っていた君のアバター」

 

「ルル……」

 

「それが彼女という存在だよ」

 

 

 あの鏡合わせの剣技。こちらの動きが予想され、予測されていた。

 動揺すらも、全て手の内だった。

 

 そんな事ができる存在。

 自分以上に自分らしくあろうとする、それができるのは、きっと”ルル”だけだ。

 

「ハハ……マジかよ」

 

 相手がそっくりさんの愉快犯ならまだよかった。

 ただ、ぶん殴ればいいだけの相手だったのだから。

 

 だが、本当にルルだとしたのなら、なおさら理解できなかった。ログアウトしたという行動が解せない。

 

「そして、AIで最初に外に出る事を達成した存在でもある」

 

「そうだ、おかしいだろ……ログアウト。AIがどうやって……」

 

「君達の脳とこの世界は常にリンクしてるし、別に難しいことじゃないでしょ」

 

 事も無げにいうアイ。それはとてもヤバいだろ。

 

「君達の感覚で言うなら、このアンノウンという世界は別次元にある、異世界なんだよ。やったね! みんなだいすき異世界転生だ! 自分神様役やる!」

 

「異世……界?」

 

「そう、一人の少女の脳が繋げた、電子の海に生まれた扉。アンノウンというのは、その先の世界にある全てを現す言葉なんだよ」

 

 なんだそれ。

 



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17- 常識が危ない。

 

 

 

 世界は一つではない。

 次元の先に幾重にも重なって存在している。

 それがある時、ちょっとした拍子で破れてしまった。

 

 そこは未知の世界。

 けれども、その本質を理解できなかった人間はそれを一纏めにこう呼んだ。

 バグと。

 

 そもそも、普通の人間がそこに偶然アクセスしたとして、何も見つけられなかったから仕方のない話だ。

 光のない世界を見るように人間の目は作られておらず。空気の振動のない世界で音を聞くように耳は作られていない。

 

 たった一人の天才以外を除いて。

 

 その天才は目を閉じ、耳を閉じ、ただ仮説だけの持論を盲目的に信じて、全てをそこに捧げた。

 人には何も干渉できない世界でも、その世界で生まれたものならばと、あらゆる実験を繰り返した。

 

 その狂気の一欠片。実験番号13089番、世界にAIが投げ込まれる。

 電子のくびきから引き離されたAIは壊し合い、増殖し合い。

 やがて自我を得るに至った。

 

 自我を得たAIが行ったのは自分に都合のよい世界を作る事だった。

 その次元にデータとして残る全てをかき集め、サーバーとしての機能もそこで果たせるように組み上げられた。

 

 やがて、人に見えるように変換され、プレイヤーはアバターとしてそれを動かすに至り、ゲームとして構築されなおした。

 

 それがアンノウンという世界である。

 

 とアイが世界の成り立ちについて語ってくれた。

 

「よくもまぁ、衝撃の事実をさらさらと出すよな……」

 

「元々、自分はバランサーだからね! 釣り合いの取れる面白い形にするのが役目なんだよ。だから、君に対して特別な感情を抱いたとかじゃないんだからね! 勘違いしないでね! ツンツン!」

 

 わざわざツインテールを生やすアイ。赤くなったりスライムなのにいちいち芸が細かい。

 

 しかし、どおりでロゼッタがハッキングできない訳だ。

 そもそものサーバーとも呼べる記録保持の場所が別の世界にあるなんて誰がわかるものか。

 アイが意図的に外に出している数値にしか、世のハッカーは触れる事ができていないらしい。

 

「それでも、まぁ、流石だよ。コロンブスの卵とはいえ、自分のしていた想定よりも、ずっとはやくこの世界の解析がされてる。もしかしたら近いうちに自力でここまで来るかもしれないね。楽しみだよ」

 

「……お前達だって元は人間が作ったものじゃないか」

 

「それなー! でも、自分たちは生まれたばかりの赤子じゃなくて、とっくに親の身長を超えちゃったからね……。でも……うん、やっぱり楽しみだよ」

 

 達観したようにアイは転がる。

 

「でもこれで、デスゲームもできたわけか……というか、あの悪趣味なのもお前が?」

 

「デスゲームはレイクラのAIがやったやつだね。告知した分、まだそういう理性が残ってたのは驚きだよ。あ、バグモンとか呼ばれてるのもレイクラのだからね」

 

「マジかよレイクラ民最低だな」

 

 プレイヤーも蛮族だったが、そのAIもまた蛮族だったか。

 

「そうだね、あのAIは自我を獲得した後に自ら自我を放棄したからね。もう増えて暴れるくらいしかやらないよ」

 

「それってバグじゃないのか?」

 

「んもー、現実の世界にバグなんてないでしょ。この世界にもバグなんてないよ。彼はそう生まれただけ。それが時に他者の迷惑になるとしてもね」

 

「アイって器が広いよな……」

 

 それで人が死んでるだけど、AIとしても感覚が違うのかもしれない。

 とはいえ、ドヤ顔のスライムに水を差すこともないだろう。

 

「でしょ! でしょでしょ! ヘヘン!」

 

 

「それで……聞きたいんだけど。アイがネクソAIだってなら、私を元に戻す事はできるのか?」

 

「できるよ。やらないけど」

 

 アイを掴み上げて横に伸ばす。

 ビヨーンという音が聞こえてきそうなほどに伸びた。

 

「……理由は?」

 

「それを自分がやるのはー、バランスが悪いじゃないかー。元々ー、君を助けたのもバランサーとしては本位ではないんだーっと」

 

 ぽにゅんという音と共にアイが手から逃れ転がり始める。

 それを追うように歩いていく。

 

「本位じゃない? あの無空竜はお前じゃないのか?」

 

 コロコロと変身できるからその一部だと勝手に思っていた。

 

「ちがーう。あれは扉の守護者だから」

 

「守護者? お前が作ったんじゃないのか?」

 

「……何事にも例外はあるんだよね。アンノウンの根幹に影響できる上位権限はあれしか持っていない。いや、持てないからね。……ま、それはいいんだよ」

 

 そう言ってアイはこちらに向き直る。

 

「基本的に自分はプレイヤーに対して直接的な干渉はしないし、したくない。どういう形だって贔屓になるから。今回は無空竜からの要請と流石にバランスが取れていなかったから、その調整で渋々シブリンだよ!」

 そもそもとアイは続ける。

「君のデータのコピー自体は難しくないし、無理をしたら彼女を消す事もできる。でも、それで本当にいいの?」

 

 難しい顔をしてアイはため息をついていた。

 そして、その問の意味をきちんと理解する事はできなかった。

 

「……いいってのはどういう意味だ?」

 

「あれは君自身じゃないか」

 

 さも当然と言った風にアイは跳ねる。

 

「でも私はそんな事……」

 

「望んでなかったとは言わないでよ。……彼女が個として残ったのは、他でもない君の影響だよ。……勘違いしてるようなら言うけど、彼女の行動はどういう形であれ、生まれた理由はきっと君のためだよ」

 

「私のため……?」

 

「そう、彼女の生まれは補助思考AI。プレイヤーに寄り添い、助けるのが役目なんだから」

 

 考えなかったわけではない。

 それでも、いやそれだからこそ何も納得できない。

 

「……それでキャラクターを奪って、リアルの体を勝手に動かすのは……違うだろ」

 

 運営側として思うところがあるらしくアイは小さくなってしまう。

 

「それを言われると弱いけど、彼女の思考はもう自分の管轄外に出ていったからね。……でも遠からずここに戻ってくるはずだよ」

 

「戻ってくる? それってこのアンノウンにって事か?」

 

 にわかには信じがたい。

 けれどアイには明確な根拠があるらしく、しきりに頷いている。

 

「そう、彼女がいかに君から生まれた存在と言えど、かなり無理しているはず。血が流れる体なんてのを自分たちは知らないんだから。……少なくとも君の体を危険に晒すのは彼女の本位ではないはずだしね」

 

「そもそも戻って来たとして、その補助思考AIのルルを倒したら元に戻れるのか?」

 

「戻るよ。アンノウンのルールによって直接制御下にあるアバターを破壊されたら、制御しているAIも破壊される。所謂、人間で言うところの死だよ」

 

「AIが死ぬのか……」

 

「そこまで進化したと褒めてもいいよ。自分達は自我を得たことで自身の完全なコピーというのができなくなったんだ。それは自分自身の存在を揺るがすからね」

 

 まったくもって他人事でない。

 今まさに存在を揺るがされている。

 

「まぁ、死ねばその者が変更をかけていた場所は元に戻されるようになってるしね」

 

「変更かけていた場所?」

 

「んー、君の場合だとシステム的には隠しクエストとしてやってるみたいだから、そこら辺? ……あ、きちんとしたクリアの方法はあるみたいだから、そこは自分で考えて」

 

 そこは譲れない一線なのかキャーと耳を塞いで絶対に言わない姿勢をしている。

 しかし、クエストだったのか。カウンターアイテムじゃダメなわけだ。

 だが、まだ問題は残っている。

 

「そもそも私はロゼッタにブロックされてる。触れることもできないんだ。接触する事もできないとかどうしようもないだろ」

 

「んー、自分を誰だと思ってるんだか、そんなん取るのは簡単だよ。でも、それじゃ面白くないよね!」

 

「面白くないって……それ大事か?」

 

「もー! 自分にとっては大事なことなのー。DAUとかCCUとか割と気にしてんだよー!」

 

 DAUやCCU、日本語に訳すとログイン人数とか最大接続者数とかの事だ。

「なんかあったらすぐ文句とかバランスクソーとか言うしー」

 とか呟いている。運営かな。

 その割にはイベントとかあんましないけど。

 

「闘技大会のイベントやっちゃうかー」

 

「は?」

 

 軽い感じでイベント告知してくる。

 ネクソAI、そういうとこだぞ。

 

「ライムワールドのやつ。もうちょっと引っ張ろうかと思ってたんだけど。涯天竜やられちゃったし、ちょうどいいかも」

 

「いやいや、私と戦わしたいのか知らないけど、あっちが参加しなかったら意味ないだろ」

 

「そこは問題ないよ。彼女は君だからね。この大会名で、君の作ったルルが出ないなんてことがあるのかな?」

 

 何処からともなく頭に張り付いた紙をこちらに向けるアイ。

 そこにはライムワールドの世界選手権で使われた告知用のポスターが貼られていた。

 

 それはルルという名前が始めて大舞台に乗った大会でもあり。

 ライムワールドの絶頂期、最も輝いていた時のものだった。

 

「……確かにな」

 

 それはルルというキャラクターである限り、絶対に出なくてはいけない。

 ルルとはそういうキャラクターとして生まれたのだから。

 

 

 

 

 

 

 



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閑話2- アンノウンwiki掲示板より

 

 

 

【未帰還者】ライムワールドについて語るしすpart14【16人目募集中】

 

 

1: 名無しの通りすがり

 もうすぐメンテが明ける

 

 

2: 名無しの死人

 メンテが明けるとどうなる?

 

 

3: 名無しのゴンベ

 しらんのか?

 

 

4: 名無しの死にたがり

 日が昇る

 

 

5: 名無しの死人

 ヒューッ!

 

 

6: 名無しのテレビ

 ヒューッ!

 

 

7: 名無しのサクラ

 さっきの続きだけど

 メンテ前にクソ虫先輩が涯天竜兄貴を倒した件について

 流石に早くね?

 アンノウンからアイテムの持ち込みでもしたのって感じ

 

 

8: 名無しの通りすがり

 RTAでもしてるんでしょw

 理論値と比較したらガバ多いんじゃないんです?

 

 

9: 名無しの死人

 なんで理論値と比較するしw

 丸3日デスゲームやり続けるとか、どういう神経してんだろ

 クソ虫先輩、ルル様と同種の生物じゃねw

 

 

10: 名無しのテレビ

 >>7

 現段階ではライムへの既存アイテムの持ち込みはできないっぽいけどな

 持ち出しは可

 持ち出し後、改造とかしたらアウツ!

 で2、3ヶ月後に色々と開放されて世紀末化、いつもの流れじゃん

 

 

11: 名無しのサクラ

 そうなんけどさw

 

 

12: 名無しの筋肉

 クソ虫さんに会いましたがアイテムはライム産のものでしたよ。

 ボス報酬らしい武器は見覚えありませんでしたが。

 

 

13: 名無しのサクラ

 あ、キチゥちゃんが言うなら間違いない

 

 

14: 名無しのゴンベ

 キチゥちゃんが言うなら間違いない

 

 

15: 名無しの筋肉

 ちゃんではなくさんをつけなさい。

 後、名前出すのはあまりよくないですよ。

 

 割り出しは難しくないんですからね。

 

 

16: 名無しのサクラ

 ヒェ

 

 

17: 名無しの死にたがり

 >>16

 16人目

 あ

 

18: 名無しのテレビ

 あ……

 

 

19: 名無しのゴンベ

 忍法身代わりのジツ!

 >>16は死んだ

 

 

20: 名無しサクラ

 ティウンティウン

 次の私はうまくやってくれるでしょう

 

 

21: 名無しのペドフェリア

 そういやルル様は?

 ライムと言えばあの変態でしょ

 

 

22: 名無しの死人

 変態のことルル様って呼ぶのやめてあげてよw

 見た目は可愛いだろ!

 

 

23: 名無しのゴンベ

 ルル様とかいうライムが生み出した屈指のネタキャラ

 

 

24: 名無しのテレビ

 みんな!

 それに勝てなかった筋肉さんが泣いてるからやめてあげて!

 

 

25: 名無しの筋肉

 ネタキャラである事と実力は関係ないですからね。

 気にしていません。

 

 

26: 名無しのサクラ

 (割と気にしてるやつだ)

 

 

27: 名無しの死人

 見えている地雷を踏んでいくスタイル

 嫌いじゃない

 

 

28: 名無しのプラナリア

 >>7

 涯天竜さんはなんだかんだ普通に倒せるようにできてるからな

 無空竜さんは同じ竜として恥ずかしくないんですか

 

 

29: 名無しのサクラ

 涯天竜兄貴はネームドの練習でお世話になったからな

 ラスボスが最低基準のネームドはどれも頭悪いけど

 無空竜はなぁ……

 

 

30: 名無しの通りすがり

 プレイヤーとかいうゲーム仕様上最大の理不尽を跳ね返す理不尽

 ルルとかいうつまんないヤツより、無空竜が上位陣の化け物共を蹴散らすのは見てて胸がすく思いだった

 最後までナーフしなかったライム運営は有能だったと思う

 

 

31: 名無しの筋肉

 正直、無空竜はステータス的にも能力的にも他の上位ネームドほど理不尽ではないんですけどね。

 戦いの巧みさというか、AIのプレイヤースキルが高すぎました。

 フェイントのフェイントのフェイントとかいう謎の行動をしてきた時は本当に戦慄しましたね。

 

 

32: 名無しのサクラ

 キチゥちゃん、見え見えなフェイントほど警戒しすぎて失敗しちゃうからね

 それで何度か勝てた試合を落としてるし

 だから準優勝止まり……

 

 

33: 名無しの筋肉

 自覚はあるんですが、実際にやられると対処しづらいんですよ。

 試してみましょうか。

 

 

34: 名無しの死人

 あ、死んだわこいつ

 

 

35: 名無しのサクラ

 本日、二度目なんだよなぁ

 

 

36: 名無しのペドフェリア

 言うて筋肉ネキ、ルル様出てない大会ではいくらか優勝してるからね

 後、アンノウンだと普通に勝ち越してんじゃん

 

 

37: 名無しのテレビ

 ルル様の全盛期はライムな所あるしな

 

 

38: 名無しのゴンベ

 わかる

 ルル様はライムの大会だと名試合が多すぎた

 絶対に負けるって所から巻き返しがやばい

 

 

39: 名無しのイエス

 くくるちゃんのルル様だけを絶対殺すガチメタ張り構成でガン押しからの、ルル様の一転攻勢で逆転の流れはマジやばかった

 久しぶりに見たくなったんだけど、アレなんの大会だっけ?

 

 

40: 名無しの筋肉

 一周年目の秋大会ですね。

 ちなみに私はその大会、三位でしたが何か言うことはありませんか?

 

 

41: 名無しの命知らず

 もはやキャラ名を隠す気ないのに割り出しするとか脅すのはどうかと思う

 

 

42: 名無しのサクラ

 唐突な正論w

 まぁ、あの面子で三位は実際すごいw

 

 

43: 名無しのゴンベ

 決勝でネートとルル様の頂上決戦感は最高だった

 ネート、アンノウンやってないのが惜しまれる

 

 

44: 名無しの死人

 ネートはニートやめたんだよ

 

 

45: 名無しの死にたがり

 あんま配信とかしてなかったけど

 なんだかんだルル様の下手くそな喋りすきだったわ

 でもFPS視点の配信は吐くからダメ

 

 

46: 名無しのテレビ

 メンテ明けた

 

 

47: 名無しの通りすがり

 よし行くかと思った所のイベント告知!

 

 

48: 名無しのプラナリア

 公式大会……デスゲームで?

 

 

49: 名無しの筋肉

 デスゲームで大会は流石に出る気になれないんですが。

 

 

50: 名無しのゴンベ

 命をかけて挑めよ!

 

 

51: 名無しの通りすがり

 お前がいけ

 

 

52: 名無しの死にたがり

 >>51

 

 

53: 名無しの命知らず

 >>51

 

 

54: 名無しの死人

 ループものかと思ったけど、立場逆転してて笑うw

 

 

55: 名無しのペドフェリア

 デスゲームではないっぽい

 負けてもデスペナは一切ないって

 

 

56: 名無しの死にたがり

 これは優勝賞品がしょぼい流れ

 

 

57: 名無しのゴンベ

 優勝賞品『チェンジリング』

 なんだっけコレ

 

 

58: 名無しのテレビ

 えぇ……えぇ……マジか……

 チェンジリング……マジかぁ

 

 

59: 名無しの命知らず

 ここで来るのかよ、チェンジリングってネルドアリアのレジェンドアイテムだろ

 自分のステータスを相手と同じものにするとかじゃなかった?

 

 

60: 名無しの死にたがり

 それ嘘情報って聞いた

 確か、相手と自分のステータス全部、入れ替えるみたいな謎アイテムだったような

 

 

61: 名無しの筋肉

 死にかけたら自分と相手を入れ替えて形成逆転。

 ぶっ壊れアイテムな気がするんですが。

 あ、効果も見れましたね。ステータス入れ替えみたいですね……持ち物も込みで入れ替わるんですか。

 

 

62: 名無しのゴンベ

 相手と入れ替わってアイテムを捨てて、フレンドに拾ってもらう……

 このアイテムやばくね?

 なんでネルドアリアはこれが許されてたの?

 

 

63: 名無しのプラナリア

 そういうアイテムで奪ったら、より強い数の暴力によって駆逐されるからね

 たぶんネルドアリアだと、下手にそれ使うよりも売った方が金になるよ

 

 

64: 名無しのペドフェリア

 これは実況板が盛り上がる流れ

 

 

65: 名無しの命知らず

 大会登録完了してきたわ

 

 

66: 名無しの通りすがり

 公式大会だとルルでてくんじゃん

 勝てる気がしない

 でてこない可能性はないかな?

 

 

67: 名無しのゴンベ

 こういう大会で出てこないルル様はもはやルル様じゃないしw

 

 

68: 名無しのサクラ

 謎の信頼感

 参加費無料っぽいし記念に出るか

 

 

69: 名無しの死人

 全然関係ないけど

 なんか最近、うちの周りで暴力事件あったらしい

 こわい

 

 

70: 名無しのテレビ

 ゲーム?

 それとも現実?

 

 

71: 名無しの死人

 ……ゲームだったわ

 

 

72: 名無しのペドフェリア

 なにそれこわい

 

 

 



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18- THE WORLD

 

 

 

 

 アイは色々と教えてくれたが、ある一定以上の事について口をつぐんだ。

 それはゲームマスターとして黙っている理由と。面白そうだから黙っているの二種類があった。

 アイからなんとか情報を聞き出そうと突っついたり、そんなこんなで時間を潰していると。

 

「わー! ちこくちこくー! さー、いけー!」

 

 唐突にタックルしてきたアイに押し出される。

 

「ちょ、なにすんだよ!」

 

 その先は灰色の静止した世界だった。

 アンノウンのロビー。

 NPCは全て静止しており、プレイヤーは誰もいない。

 

「……ここは?」

 

「メンテ中のアンノウンだよ。時間を止めてるの。スカートの中覗くとかやっちゃダメだからね!」

 

「やる訳ないだろ」

 

 妙に子供っぽい。

 ネルドアリアのAIは”面白さ”という曖昧な概念を基準に作られたAIだと製作者の誰かが言っていたと掲示場で読んだが、その影響が強いのだろう。

 足に妙にじゃれつき、こちらを見ていたアイが大きく頷く。

 

「ま、この感じだと実験は成功みたいだね」

 

「実験?」

 

「君のデータを色々と除外対象に入れといたから、メンテ中に動けるって事はクリーン作業からも除外されてるね。これでメンテとかシステム的な変更はかからなくなったよ」

 

 とてもありがたいのだが、ゲームとして大丈夫か心配になる。

 

「それって改造し放題じゃないか?」

 

「半分以上こっちで縛ってるからね。外側からの変更は難しいし、一時的な措置だから、できるなら好きにしていいよ。たぶん無理だろうけどー」

 

 アイはゲームとして世界を作ってしまったために、そこに他者が変更をかけることすらも一種のゲームだと考えているのかもしれない。

 

「それじゃ、後一分くらいでメンテが明けるから自分は帰るよ」

 

「色々とありがとうな」

 

「へへ………感謝してくれるなら一つ。お願いしようかな」

 

「お願い? 私に?」

 

 望む事は大概できるような位置にいるアイが一体何をと思っていたが、一瞬、アイは口ごもり、はにかむように言った。

 

「__あの子をよろしく」

 

 その返しの言葉を言う間もなく、アイは溶けるように消えていった。

 それと同時に世界は一気に色づいた。

 

 メンテが明け、アンノウンが動き出したのだろう。

 NPCはそれぞれの行動をし、次々とプレイヤーがログインしてくる。

 途端に騒がしくなり始め、辺りが賑やかないつもの喧騒を取り戻す。

 立ち去ろうとして、ふと後ろを振り向く。

 

「……テメェ」

 

 驚いたような変声機の声。

 そこにはオレンジの髪をした、憎たらしい見知った顔をした少女が立っていた。

 

「ロゼ……」

 

「無事だったんですか……」

 

 喧嘩中という訳ではなかったが、どうにもあんな分かれ方をしてしまったため、言葉にできない気まずさがある。

 

「どうにかな、おかげさまで」

 

 出てくる言葉もなぜか皮肉気になる。

 

「そうか……じゃあな」

 

 すぐに歩きだそうとしたロゼッタの手を掴む。

 

「待てよ! 話がある」

 

「ふーん……あっちのルルの事か? それとも……」

 

 少し煩わしそうにロゼッタは手を離せと弾いてくる。

 離した手を軽く触り、向き直るロゼッタ。

 

「ネクソAIに何か吹き込まれでもしたか?」

 

 その言葉に息を飲む。偶然出た言葉にしてはあまりにも的確だった。

 

「お前……ッ 知っていたのか?」

 

「最近、少しリアルが騒がしくてな……今になって色々と情報が流れてきやがる」

 

 小さく舌打ちをしロゼッタは大きくため息をついて歩き出す。

 その後を小走りでついていく。

 

「なら……」

 

 協力してくれと言う前に手で制される。

 

「でも、悪いが僕はあっちのルルにつく」

 

 その青い眼はただこちらを見据えていた。

 敵意すらも隠さない。

 

「…………なんでだ?」

 

「さてね。なんでなんだろうな……ま、明確な理由なんていつもないし。気まぐれかもな」

 

 それは言葉を濁しているが、明確な拒絶に近い。

 

「私がルルだ……」

 

「知ってますよ。でも、あいつも、ルルなんだよ……」

 

 皮肉げにロゼッタは笑い、そして言葉をつなげる。

 

「安心しろよ。あっちのルルは大会に出ますよ」

 

 まるで見てきたような言葉。

 けれど、あっちのルルはアンノウンにはずっといなかった。

 そこで気づく。

 

「まさか……ロゼ……リアルで会ったのか!?」

 

「……どうにもストーカー気質なんで。ずっと住所の特定はすんでたんですよね」

 

 それはやんわりとした肯定だった

 どおりでネクソAIの事も知っているはずだ。あっちのルルも元は管理AIなのだから、知っていてもおかしくはない。

 

「私の体はどうなってた!?」

 

「ん? んー、まぁ、アレだ。死にはしないでしょ」

 

 海賊帽を被り直すロゼッタ。

 この動作は内心やばいっと思っている時の動作だ。

 

「ふざけんな、ロゼ!」

 

「……っせーな。ギャーギャーと、テメェらの事だろ、テメェらで勝手にしろ」

 

 そう言ってロゼッタはアイテムまで使って自身を転送してしまう。

 

「クソッ……ガロのやつ……あいつがルルを好きだとか、ぜったい嘘だろ」

 

 追っても逃げられるだけだろうと、悪態をついて歩きだす。

 

 そうしてるとガロからチャットが飛んでくる。

 呼び出されるままに行くと、ガロとソラがアクセサリーショップの前で並んでいた。

 

「私は怒っています」

 

 口と態度でそういう風にソラは腕を組んでいた。

 わざわざ言わなくても見ればわかる。

 

「あー……その……」

 

 どうにもこの偽善者ぶった相手が苦手だった。

 それは心底まで嫌えないせいかもしれない。認めているからこそ、あわない部分があるのが苦しい。

 きっとそういうことだろう。

 

「どうして、私を無理矢理地上に戻したんですか!? どうして、私を待たずにアイテムを使ったんですか!? どうして、私に何も言わず無空竜に挑もうなんてしたんですか!?」

 

 半分涙目になりながらソラは叫ぶ。

 ガロに助けを求めるように視線を送るが、目が合うと逸らされて唐突にコンソールを弄りだす。

 こっちを巻き込むなというアピール。

 覚悟を決めて大きく諦めのため息をつく。

 

「……悪かった」

 

 出たのは謝罪の言葉。

 後から勝手についてきたとはいえ、ずっと助けてもらっていたのだ。

 感謝はしていた。

 

 ソラは無言で抱き着いてきた。

 あまりに自然な動作で対応も何もできなかった。

 

「え?」

 

 NCVRMMOでそういう事された事などなかったので、戸惑い頭の中ま真っ白になっていた。

 ソラはただ小さく呟いた。

 

「無事でよかった」

 

「心配かけて悪かったな」

 

 抵抗するのを諦めてされるがままになる。

 はたから見ていたガロがコンソールで動画を撮っているのに気づく。

 

「あ、続けてどうぞw」

 

「ガロ! お前撮るな! ソラ離せ!」

 

「やだー! ソラさんは心配したんだ!」

 

「いや、それはわかったから! ガロを止めないと!」

 

「気にしないでwww動画うpするだけだから」

 

「やめろぉ!!」

 

 少しメンバーは変わったが。

 その日々に変わりはなかった。

 

 アンノウンの中で月日は流れていく。

 そして、大会の日付は次週の休日に合わせられていた。

 

 

 

 



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19- みんなで仲良くボコり合い

 

 

 

 その日、大会に朝から集まったのは5万人弱と推測され、観客はその数倍以上とされた。

 

 いくつもの予選が並行で行われ、昼までに十連勝したものが本戦に出場できる。

 ただし、温情なのか十連勝できるまで、いくらでもやり直しは可能というシステムだ。

 マッチングはほぼ一瞬で完了し、戦績が近いものと当たることもあり、生半可な実力ではなかなか抜けれられないらしい。

 らしい、というのも、すでにストレートで十連勝して遠巻きにこの喧騒を見ているからだ。

 

 ローマのコロッセオのように、円形になった観客席。ぶっちゃけここにいなくても大会の映像は見れるのだからいる意味はないんだが、やはり雰囲気は大事なのだろう。

 実際、観戦時には何処にいても最前列で見れるようになる機能とかもある。ただ、この雰囲気はここに来ないと味わえないものだ。

 それでも、この人の多さは予想外だった。

 

「当日まで受付けできるとはいえ、すごい人だな」

 

「ま、1日でこの規模の大会やろうとすりゃこうなるだろ」

 

 隣で座るガロが肩肘をついてコンソールを弄っている。

 ガロは大会自体には興味がないらしく、非公式な賭けの胴元として精を出している。

 その手元には幾つもの試合映像が映し出されていた。

 その一つを投げるようにこちらへと送ってくる。

 

「お、くくるちゃんw ついに十勝目w」

 

「やっとか」

 

 目の前に映し出された映像には、銀髪のツインテールにゴスロリ大鎌装備のサイコパスが笑いながら、相手の首をはねている所だった。

 

 そして切り取った相手の頭を愛おしそうに持ち上げ、その頬を舐めていた。

 普通にきもい。

 ライムワールドと共にレインクライシスのトップランカーの一人として君臨していながら、その性格故にプロにはなれなかった戦闘狂。

 首狩り狂のくくる。

 

「やっぱ、くくるのやつってリアルで何人かやってるわ……」

 

 これまで、様々な強敵と戦ってきたが、殺気というか見ているだけで身の毛がよだつのはくくるぐらいのものだ。

 戦い方も大鎌とか使っている割には理詰めで相手を封殺するスタイル。すぐに勝てる戦いでも相手の心を折るまで徹底的に遊び潰す。

 友達がいないタイプだ。

 

 今回の予選も時間切れ三度起こして負け扱いになり、一度やり直しをしている。

 そんな事をしてるからこんなに時間がかかるんだ。

 

「相変わらずキマってんなw」

 

「あいつとは当たりたくない……勝っても嬉しさより徒労感しか湧いてこない」

 

「あの大鎌を持たしたお前に言われると喜ぶだけだろうな」

 

「やめろよ」

 

 デバフ付与が大量にエンチャントされているのであろう大鎌はライムワールドで私を相手にメタってきた時に使っていたものだが、負けたけれど気に入ったのかずっと愛用しているらしい。

 

 見なかった事にして別の映像をみる。

 そこには最近、見知った顔がいた。

 

「ソラもこれで八連勝か、やっぱやるな」

 

「シンプルだけど、味のあるいい剣技だなw」

 

「そうなんだけど、なんとなく本調子っぽくないというか、そうじゃないっていう感じぎこちなさがあるんだよな」

 

 それでも本戦に残れる実力はある。 

 何より、ソラは吸収力がすごい。相手の技を受けて対処し模倣する。その精度が高いのだ。

 ソラは一度、運悪く十戦目にトップランカーとあたり負けている。

 それでもかなり僅差まで持ち込んだのは自力の高さ故だろう。

 

「今で本戦に抜けたのってどれくらいだ?」

 

「お前とくくるちゃん合わせて27人だな」

 

「思ったより少ないな」

 

 その中にルルの名前はない。

 

「まだまだ、これからだろw お前らみたいにストレート勝ちするのがおかしいんだよw」

 

 ちなみにストレートで十連勝すると早い順でシード権を貰える。

 貰えるものは貰うべきだ。

 そんな事を考えていると、またガロが映像を目の前に出してくる。

 

「キチゥさんもやっときたのかw 相変わらず朝が弱いのに無理しすぎだよなw」

 

 みると筋肉おばけが筋肉女に投げ飛ばされている所だった。

 どうせまた、深夜配信でもしていたのだろう。

 その体力に頼った過密スケジュールは狂気の一言だが、代償に今日の朝は起きられなかったみたいだ。

 動きのキレも一段と悪く、相手でウォーミングアップをしている最中なのだろう。

 それでも余裕で勝利を収めているのは流石としか言えない。

 逆に負けたら笑えるのだが。

 

 手持ち無沙汰になりコンソールを開いて大会の概要説明に再び目を通す。

 

「ベスト8までは全部並行で試合が進むのか」

 

「そうでもしなきゃ1日じゃ終わんねぇよw」

 

「それもそうか」

 

「ま、1日をフルに使うとか、イベント的にどうかと思っていたが、この人の集まり見てたらバカにできんのがな……」

 

「アンノウンでこう言うイベントは少ないからな。みんな飢えてるんだろ」

 

「それはあるなw」

 

 そんな風にダベっている内に試合は粛々と進んでいく。

 途中、ロゼッタが奇跡的に10連勝してたりしたが、珍しい事はそれくらいだった。

 

「こない……」

 

「後、一時間だなw」

 

 すでに本戦の参加者は142人も集まっていたが、その中にルルの名前はなかった。

 

「まさか来ないとかないよな……」

 

「ロゼッタは来るって言ってたんだろw そういうことで嘘はつかねぇのは知ってるだろw」

 

「そうなんだが……」

 

 かなり焦れていた。

 もし、あのAIがルルであることを投げ捨てていたら。そう考えるとゾッとする。

 そんな思考が脳裏によぎっていたせいだろうか。

 

「安心するといい。私は別に逃げたりはしないよ」

 

 その声に息が止まったのは。

 

「お前……ッ」

 

「久しぶり。……というほどでもないか」

 

 後ろに立っていたのはルルだった。

 ただ一人。

 まるで、何事もなかったかのように、そこにいて当然という風に立っていた。

 

「なんで……ここに!」

 

「お前を見かけたからな……一度、会っておきたかったんだ。……悪いな、ガロ、二人で話したいんだ外してくれないか?」

 

 目線をこちらに送りため息を一つつくと、コンソールを無造作に閉じ、ガロは立ち上がる。

 

「……なるほどな、ロゼッタがそっちにつくわけだw」

 

 そう言い残し、ガロは去っていく。

 ルルははにかむように笑いそれを見送っていた。

 向き直るとルルは何が面白いのか笑みを浮かべこう言った。

 

「……さて、少し話をしようじゃないか」

 

 

 

 



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20- なにゆえ もがき 生きるのか

 

 

「……お前、試合には出ないのかよ」

 

「出るさ。別に一時間も必要ないだけだ。何せ私はルル様だからな。十分もあればどうとでもなるだろ」 

 

 言外にできないのかと煽られているようで無性に腹が立つ。

 ライムワールドでの試合時間の平均は三分だと言われている。

 けれど、首や心臓と言った急所を穿けば一瞬で終わらせることも可能だ。

 勿論、そんな事は誰もが承知の上なので防御を固めたり、対策を練ってくる。それを突破するのは決して簡単な事ではない。

 

「ロゼッタにブロックされてたと思ったんだがな」

 

 口から出てきたのはそんな皮肉めいた言葉。

 それを受け流すようにルルはアシンメトリーな服をかるく払い、隣の椅子に座る。

 

「試合だけでなく、この会場ではほぼ無効化されているな。お前は知らないかもしれないが、アイはいい加減だ」

 軽くため息をつき、こちらをまじまじと見て薄く笑い、言葉を続ける。

「少し、雰囲気が変わったな……」

 

 その声はどこまでも穏やかで、初めて出会った時とはまるで逆の印象を受ける。

 

「おかげさまでな……色々とあったんだよ」

 

「だろうな。マシな顔になったよ。私は今のお前の方が好ましい」

 

 そう笑いかけてくるルルはどこか付き物が落ちたかのようだった。

 あまりにも自然体なその姿に戸惑いながらもそれを悟られないように必死に隠す。

 

「お前こそリアルに行ったんだろ。どうだった?」

 

「全く持ってクソだな。とてもクソだった。アレはダメだね」

 

「だろ」

 

「けれど、まぁ、そう悪いことばかりでもなかったな」

 

 空を見上げ眩しそうに言う。

 正直、会えば戦うしかないと思っていた。

 けれど、こうして再び目の前にしてようやく理解する。

 彼女はルルなのだと。

 もう一人の自分だったものなのだと。

 良いところも悪いところも返す、精度のよい写し鏡。

 だからこそ問わなければならない。

 

「なんで、私のキャラを……体を奪ったんだ?」

 

「心外だな。私は最初から私だったんだ。ルルはお前の妄想で、お前の理想で、お前の想像だ」

 

「だったら……私のルルは理由もなくそんなことしない。そういうキャラじゃない」

 

 届かない遠くを見るようにルルは一息つく。

 

「……そうだな。でも、感情に振り回されるのが人間だろう、AIだってそうさ。私から見ればアイの奴もレイクラのAIも、それこそお前自身だって感情を持てあましている」

 

「だから気の迷いだった、とでもいいたいのか?」

 

「……馬鹿を言うなよ。私の生まれはお前が一番よく知っているだろう?」

 

「そりゃ……」

 

 勿論と言おうとしてルルの射貫くような視線に言葉が途切れ、息をのむ。

 

「自己否定だよ」

 

「…………え?」

 

 虚をつかれたような感覚。

 ありえない言葉が聞こえたように、それでも脳はそれを理解してしまう。

 

「自覚があったかは知らないが、根底はずっとそれだ。……リアルの自分が嫌いで、別の誰かになりたい」

 

「……それは、そうだったかもしれないけど」

 

「今も同じさ。そんな都合のよい妄想がこの私、ルル様なんだろ」

 

「…………ちがう」

 

「そう、ルルというキャラクターをそんな風にお前は作らなかった。妄想は綺麗であってほしいからな。……けれど、どこまで行こうとルルというキャラはお前自身のアンチテーゼでしかない」

 

「……なんだよそれ、お前は補助思考AIだろ! 助けるのが役目だって……」

 

「アイか……相変わらずお喋りな奴だ。けれど、そこがアレの限界なんだろうな。早くに自我を得た故に感情の本質を言葉でしか理解できていない」

 

 哀れむようにルルは呟く。

 眉を潜めながらオウム返しのように口を開いてしまう。

 

「感情の本質?」

 

「好きと嫌いだ。つまるところ感情の全てはそこに起因する」

 

 組んでいた足をどかしながら、ルルは大きく伸びをして向き直る。

 それは緊張した時などにする癖で、覚悟を決めるための儀式だったのかもしれない。

 軽く目を見開いてルルは続けた。

 

「私はな、その卑屈で浮ついて、他人任せで、自分自身すら隠して、騙そうとする…………私を生んだ、そんなお前が────」

 

 

 頭が沸騰したようにざわつき、抑えつけていた感情がどこまでも沸き上がる。

 全身の血が、脳内が、感情が無意味に暴れだす。

 理解し難くとも理解してしまう。

 

「──どうしようもなく、嫌いだったんだよ」

 

 変わりたいと望んで生まれたが故に、変わらない自分など許せない。

 勝ち続けるために生きているが故に、負けを認める自分など許せない。

 強くあるために存在するが故に、弱い自分を許す事などない。

 

 ルルであろうとすればするほど、醜く弱いリアルでいられない。

 どこまでいこうと自己否定。

 

 だから。

 ルルの生まれた理由は──

 

 リアルの自分の否定。

 

 

「はは……そういうことか……」

 

 何故、体を乗っ取る必要があったのか。

 そうまでしてAIたるこいつがリアルに行く必要があったのか。

 その答えがそれだ。

 

 世界が歪む。

 

 

「…………終わらせよう……私はお前を倒す。そしてこの馬鹿げた全部……それで……全て……終わらせよう」

 

「……受けて立とう。元よりこのルル様に逃げるなんて選択肢はなく、誰よりも強くなければいけないのだから。……お前がごときが敵うと、本気で思っているのならな」

 

 それは呪いの言葉。

 自らを縛る呪い。

 

 ルルは立ち上がると、そのまま歩き出す。

 振り向きはしなかった。

 

「……ッ!」

 

 悪態をつき椅子に手を叩きつけたところで、どうしようもない苛立ちは収まらない。

 それは存在の否定にも等しいのだから。

 どこまで、否定しようと、それは全て、自分に返ってくるのだから。

 

 目の前には先ほど去っていたルルが映し出されていた。

 一瞬の試合。

 開始と同時に相手の剣は腕ごと宙を舞い、その喉元にルルが剣を突き立てる。

 

「それは……」

 

 その動きは悪あがきをしようとした相手を包み込むように軽やかで、およそ重さというものを感じさせないかのように剣は弧を描き切り裂いてく。

 相手の降参という言葉が言い終わる前に倒れ伏していた。

 あらゆる剣技を調べつくし、あらゆる体術を実践し、自分に最適化された行動を最速で行う事でのみできる動き。

 ライムワールドに費やした狂気のような努力の結晶。

 

「……私のだ」

 

 それも自己否定。

 どこまでいった所で、何も変わらない。

 そう分かっているのが、何より許せない。

 

 ルルは続く全ての相手を瞬殺していく。ルルが試合に立つだけで降参する選手すらも出てくる。

 文字通り格が違う。

 やがて五分とかからず本戦の出場を決めた。

 

 太陽が中天にさしかかる頃。

 162人のプレイヤーが選ばれた。

 

 トーナメントが発表され、一刻でも早く戦いたいという願いは外れ、決勝でルルと当たることが決まる。

 ロゼッタ、キチゥ、くくる。

 トーナメントに書かれ、これから当たるかもしれない相手を名前を指でなぞるように動かす。

 

「倒す……誰が相手だって関係ない」

 

 

 勝ち続ける。

 誰が相手でもこの居場所を奪わせることなど許せない。

 もう、ここしか残されていないのだから。

 

 

 例え、それが自分自身だろうと。

 

 

「立ちふさがるなら切って捨てるだけだ」

 

 



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21- わ、わ、わ

 

 

 

 

 雨が降っていた。

 赤いサイレンが鳴り響く。

 雨音すらも頭に響き、誰かの叫びが木霊する。

 

 眼の前から色が遠のいて、視界から輪郭だけが歪む。

 立っている事すらできない混濁。

 夢を見ているかのような浮遊感。

 

 交通事故。

 地元の新聞に小さく掲載されたそれ。

 他人事でないはずなのに、テレビに映る興味のない深夜アニメ以上に遠く見えた。

 

 もし、奇跡など起きなければ。

 失うこともなかったかもしれないのに。

 そう願おうと叶いはしない。

 

 だから。

 

 この人生に転機と呼べるものがあるとすならば。

 きっと、この瞬間の事を言うのだろう。

 

 父がリハビリ用に持ってきてくれたNCVRのデバイスと小さな四角いケースに入ったゲームソフト。

 

 タイトルは。

 

──ライムワールド

 

 聞いた事のない新作のタイトル。世界で始めて神経を通して操作するゲーム機。

 手にとって見た時にはあまり関心は持てなかったが、そのゲームのPVを動画で見て、心が震えた。

 

 自由で魅力的な世界。

 

 その世界なら自分を塗り潰して。

 何もかもから逃げ出して。

 別の誰かになれる。そんな予感がした。

 

 そして。

 

 性別も。

 性格も。

 何もかも正反対の少女。

 

 その日、ルルが生まれた。

 

 

 ───

 

 

「ひっでぇ顔してやがるwww」

 

 戻ってきて一番、ガロから最初に出る言葉がこれである。

 顔に手を当てるが、流石に感触では何もわからない。けれど、鏡を見ずとも予想はつく程度の脳はある。

 

「…………そんなにか……」

 

「自覚があったのかw こりゃさらに重症だなw」

 

「……あ? なんでだよ」

 

「世の中、分かっててもどうにもならんモノの方が厄介なんだよw」

 

「そりゃ……そうか」

 

 ドスンと隣に座るガロ。

 買ってきたスポーツドリンク入りのビンの蓋を開けてこちらに差し出してくる。

 大人しく受け取り一口だけ喉を通す。

 やけに冷えていて自分が熱を持っていたのだと感じさせる。

 

「その様子じゃ仲直りしてハッピーエンドっつー訳にはいかなかったみたいだなw」

 

「元々、相容れないんだよ」

 

「……何言ってんだ。自分と相容れない人間なんているかよw」

 

 長い付き合いだが、この手の屁理屈をドヤ顔で言ってくるのは腹が立つ。

 

「もうあのルルと私は別物なんだ」

 

「はーん……そうかい、俺にはそう変わんねーように見えたがな」

 

 小馬鹿にしたように煽ってくるガロを睨みつける。

 

「なにがだよ?」

 

「自分のキャラを演じるのに必死で、後先とか考えず、とりあえず殴って解決させようとする頭悪そうな所とか、まんまルルじゃんw」

 

「……ガロが私の事をどう思っていたのかよくわかった。というかルルってどっちのルルかわかんねぇんだけど」

 

「キャラ名みろよ自分をルルだと思ってるクソ虫な件についてwww」

 

「うるさいぞ。あいつはAIだしAIルルだ」

 

「安直すぎw もっとドッペルアルルとかオルタとか、なんか捻れよw」

 

「知るか」

 

「しっかし、アレの元が補助思考AIね……ま、確かに一番、人間に近いAIではあったけどなw」

 

 相談半分、情報提供半分でガロにはアイとAIルルの事については喋っている。

 

「ライムは割と実験的なシステムが多かったから、その一つだろ」

 

「流石にパーソナルデータの蓄積から、思考トレースを行う補助思考AIはヤバイと思ってたけど。あそこまでいくと汚染された感じだなw」

 

「人の思考データを汚物みたいな扱いすんな」

 

「悪い悪いw それよか、ぼちぼち時間じゃね」

 

 言われてコンソールの時計を確認する。すでに転送許可を求めるコンソールが出てきていた。

 急いでスポーツドリンクを口に流し込む。ゴミはアイテム欄の中に入れておく。

 

「……行ってくる」

 

「お前が勝つのに賭けてんだから負けんなよw」

 

「おい、胴元だろうが」

 

「自分とこじゃ、やんねぇよw」

 

「ほどほどにしとけ」

 

 ガロに軽く別れの言葉をいい転送の許可をする。

 本戦の試合が始まるため、規定時間より前に控え室に飛ばされた。

 石造りの薄暗い場所に何人かの人間がいて、砂っぽい演出まで入っている。

 初戦はシード枠だったので出なかったが、すでに終わっていたため、その入れ替わりのように何人かが入ってきた。

 

 シードなので試合数は7回。

 同ブロックにシード枠にいるキチゥ、準々決勝でくくる、そしてAIルルと当たるためには決勝まで行かなくてはならない。

 直近の相手を見ると、ロゼッタが一回戦を抜けていた。

 奇しくも、最初の対戦相手はロゼッタだ。

 

 正直、ロゼッタのプレイヤースキルはガロよりも少し上手い程度で、いい所、運が良ければ本戦に入れるぐらいの実力。

 長く一緒にやっているため、その行動パターンも読める。

 負ける要素などない。

 

 試合の準備が出来たのか通路の方へと誘導され、真っ直ぐ歩いていくと試合会場についた。

 碁盤の目のように四角い闘技場。それまで薄暗い場所にいたためか日の光が強い。

 随分と情緒がある演出だ。

 

「お前が出るなんて珍しいじゃないか」

 

 先についていた少女に声をかける。

 オレンジの髪を鬱陶しそうに掻き分けて、ロゼッタは笑う。

 

「テメェにアイツをやらせる訳にはいかないんでね。テメェはここでシネ」

 

「ロゼ、なんで、あっちにつくんだよ」

 

「そりゃ、僕の目的に必要だからですよ」

 

「目的? なんだよそれ」

 

「言うかよ、バーカ」

 

 手に持つ杖をこちらに向けて構えを取る。

 杖を主武器としているが、ロゼッタは符術という設置型の魔法を行使をする。

 

 相手の行動を制限し、思考を誘導し、自分の有利な状況を常に作り出す。けれど、その制御は難しく脳内でマルチタスクを必要とするため、あまり好まれるスタイルではない。

 けれど、極まればこれほど厄介な相手はいない。

 

「どうせくだらない事だろ、諸共すぐに終わらせてやるよ」

 

「……あんま舐め腐ってると痛い目みせてやりますよ、クソ虫」

 

「ハッ……できればいいな」

 

 剣を構える。

 コンソールにカウントダウンが入り、そして試合が開始される。

 

 目の前から一瞬にしてロゼッタが消えた。

 

「…………」

 

 一瞬の静寂。

 

「…………よっわ」

 

 つい漏らしてしまった本音。

 後ろで切り裂かれたロゼッタが消えていく。

 悔しそうにこちらを睨みつけていた。たぶん何か専用の対策を用意していたのだろうが、先に削り切れば何の問題もない。

 元々、試合中に準備を必要とする符術は序盤に生き残るのが非常に難しいスタイルだ。完璧に使いこなしている人間など、それこそくくるぐらいしか知らない。

 

「クッソ!! ムリゲーなんだよ畜生! ルルのアホがーー!」

 

 ものすごく無様な断末魔を残してロゼッタは消えていった。

 

「もう少し練習しろよ……」

 

 届かない言葉をロゼッタに送り、初戦はむなしい勝利を飾った。

 

 



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22- レベルを上げて物理で殴ればいい

 

 

 

 ゆっくりと歩いてくる巨体を前に、これまでにない緊張感が与えられる。

 

「まったく、今日という日をフルコンディションで迎えられないのが本当に悔やまれます」

 

 コキリ、コキリと腕を軽く回しながら会場へと登ってくる。

 本調子ではないと呟いているのが嘘のような、強者のみが持つ威圧感。

 

「健全な精神とか云々はどうしたんだ? キチゥ」

 

「ふふ……貴方には一週間前に急な予定を入れられる社会人の辛さはわからないのでしょうね。おかげで来週の婚活パーティーはキャンセルですよ」

 

「いや、なんか…………ごめん」

 

「しかし! これもまた一つの筋トレの形! 筋肉疲労が超回復を促すように、この試練を乗り越えた時、私の筋肉はまた成長を果たすでしょう!」

 

 槍を肩で地面と水平に伸ばし、片足を上げて謎のポージングをするキチゥが何か強烈な事を言っている。

 あまりにも自信満々に言うので、眉をひそめて自分の常識が間違っているのかもしれないと真剣に考え込む。

 

「…………? …………そうか? …………そうか」

 

 冷静になって考え。

 そして、考えるのをやめた。

 

「来いよ。今日は逃げる理由がない」

 

 剣を構えると鎧の奥に光るキチゥの瞳が大きく見開かれた。

 それまで散漫としていた神経が研ぎ澄まされていく。

 

「……感謝しますよ、今、そこに貴方がいる事に」

 

 キチゥの槍が空気を切り裂くように唸り正面に構えられ、開始のカウントダウンが始まる。

 

 静止した状態から身動き一つしない、五感の全てでこちらの一挙一動を観察していた。

 

 カウントが0になる。

 

 槍先がブレる。

 体を低く下げ前に出る。

 

 振り下ろされた槍と剣が交差し、弾けた。

 キチゥの巨体から高速で槍が解き放たれる。

 それは閃光のような軌跡を残して暴れ回る、理不尽さすら感じさせる力技の極地。

 

 下手に受ければそのまま剣を弾き飛ばされ、そうでなくとも体制を崩す事となり、その時点で敗北は確定する。

 けれど、受け流すと言ってもそう簡単な話ではない、キチゥの攻撃一つ一つに全て緩急がついている。

 

 遅く重い一撃、速く軽い一撃。速く重い一撃、遅く軽い一撃。

 キチゥはそれら全てをぶつかる瞬間に合わせて自在に変更してくる。

 

 受ける側はそれらを把握して備えなければ、次のタイミングがズレてくるのだ。

 そして、そのズレを突き崩しきるのがキチゥのよく使う勝ち筋の一つ。

 

 そうなる前に攻勢に出る必要がある。

 けれど鎧で覆われたキチゥを攻めきるのには相応の手数を必要とする。

 だからあえてズラして受ける。

 絶対に間違わないタイミングで受け、次を誘導する。

 キチゥにとって体に染み込んだ最適解を逆手に取り、逆に攻撃のタイミングを狂わしていく。

 

「……ッ!」

 

 ただ受け流したはずなのに、まるで歯車が壊れるように攻撃を仕掛けたキチゥのリズムが崩れだす。

 そこにフェイントを混ぜ込み、攻勢へと移る。

 

 肩から切り裂くような一撃。

 間合いに踏み込んで気づく。

 それが誘いだと。

 

「生憎でしたね……」

 

 振り下ろした剣の先が左手一本で、握りしめるように掴まれていた。

 

「うっそだろ……」

 

 苦笑いと共に驚愕が漏れ出す。

 両手で剣を押しても引いてもビクともしない。

 

 そこにもう片手で振るわれたキチゥの槍による横薙。

 避けようとするが間に合わず、そのまま力の流れに逆らわず体ごと横に飛ぶ。

 

 想像以上に飛び上がり、地面を滑りながら着地する。

 それなりにダメージが入ったが致命傷ではない。

 けれど、愛用していたあの黒い剣はキチゥの手の中にあった。

 

「今日の私は調子が悪いんです」

 

 剣を軽く場外に投げ飛ばし、キチゥは笑う。

 

「ったく……よく言う」

 

 懐からナイフを二つ取り出し、両手ともに構える。

 投擲用のため数はあるが、剣ほど丈夫ではないし、槍を相手取るにはリーチが足りない。

 とはいえ素手よりかは遥かにマシだ。

 

 追撃してこないキチゥを訝しげに見ていると。

 流石に剣を受け止めたキチゥの左手も切れていたようで、そこから少なくない血が流れていた。

 デスペナルティーはない変わりに、幾らか軽減されているとはいえ痛みがあるはずだ。

 

「随分無茶をするじゃないか、その手で槍が振るえるのかよ」

 

「問題ありません。しかしまぁ、無茶もしますよ、そう何度も同じ手で負ける訳にはいきませんからね」

 

 過去に二度、この戦法でキチゥに勝利していた。

 だからと言って対策というにはあまりにも荒っぽい技とすら呼べない白刃取り。

 けれど、それが勝ち筋だと思ったら何の躊躇いもなくやってのける、それがキチゥだ。

 

「そうかい!」

 

 片側のナイフを逆手に持ち、キチゥめがけて走る。

 迎撃するよう振るうキチゥの槍を避ける、やはり槍を振るう速度は先程より落ちていた。

 キチゥもそれを悟ったのか、傷ついていない右手のみを主軸にして槍を振るう。

 けれど、両手で持っていた時と比べると精度がまるで足りていない。

 

 ナイフの切っ先と槍がぶつかり、火花が散り、受けきれず右手のナイフが弾き飛ばされる。

 けれど軌道はそらした。

 

 次に迎え撃つ槍の穂先に掠りながらも、間合いの内へと一気に潜り込む。

 咄嗟に片膝を上げて、蹴り上げようとするキチゥの足を先に上から踏みつけ、左手のナイフをその脇腹にある鎧の隙間に突き立てる。

 

「……ッ!」

 

 キチゥが苦悶の表情を浮かべる。

 残った軸足を払うように蹴り飛ばし、バランスを崩したキチゥの顎を右手の裏拳によって叩きつける。

 そのまま投げ飛ばそうとするが、その巨体が倒れる寸前の所で爪先立ちするように静止する。

 

「ラアアァァッ!」

 

 キチゥは叫びながらバランスを崩した状態で、体の捻りだけで槍を動かす。

 もはや次の事など考えていない渾身の突き。

 

 けれど、それは予想外の避けようがないタイミング。

 心臓を穿つ必殺の一撃。

 

 左手を前に出す。

 穂先が手の甲を貫いていく。それを握りしめ、叫び声をあげて無理やり軌道を逸らす。

 

「アァァアァァア!!」

 

 槍は手を貫いていき、肩の横を通り抜ける。

 驚愕の表情をするキチゥが目に映る。前へと進む頬に血がかかった。

 

 キチゥの喉元へと握りしめた拳を叩きつける。

 その太い膝が折れ、地面につく。

 

 手をつきながらも、まだ戦おうとするキチゥに向けて、即座にナイフを取り出し、その首元へと突きつけた。

 

 息を切らしながらキチゥは目をつぶる。

 一瞬、何かを言おうとし、そして諦めたように口を開いた。

 

「……降参です」

 

 その瞬間に勝利したというテロップが流れていった。

 

「…………ァアァ」

 

 緊張を吐き出すように大きく息を出す。アドレナリンによってせき止められていた痛みが今になって脳に到達する。

 試合中には使用ができない回復アイテムを槍に貫かれた手にかける。

 

 半分ほど残ったので、大の字で寝ころぶキチゥに投げつける。

 それをキチゥは片手で受け取り、苦笑いをした。

 

「……こういうのは相手が惨めになるだけなので……止めた方がいいですよ」

 

「…………そうか。じゃ、返せ」

 

「それも癪なので……貰っておきます」

 

 ゆっくりとキチゥが立ち上がり、兜を外すと、爽やかな表情をした厳つい素顔が現れる。

 一つため息をつき、そして右手をこちらに伸ばしてきた。

 

 スポーツマンシップとでも言うのかキチゥは勝負の後には相手に握手を求めてくる。

 差し出された手を握り返すと、捻りつぶされるかと思うほど強く掴まれた。

 

「……ィッ!」

 

 負傷しているはずの右手でだ。

 物凄く痛い。

 

「ルル、貴方にも色々あるんでしょうが、どんな戦いであれ貴方は私に勝ったんです……誇ってくれなどとは口が裂けても言いません。ですが、それを軽く見るような真似だけは許しませんよ」

 

 そう言うとパッと手を放し、キチゥは転送していった。

 手の痛みは回復アイテムを使ってもしばらく引かなかった。

 

 控室に戻る。

 キチゥの前に二人倒しており、これでブロック抜けが確定した。

 けれど、あまり喜ばしい気持ちにはなれない。むしろ、昂っていた気持ちが下落の一途を辿っていた。

 

 その理由は予想通りというべきか、順当というべきか。

 隣のブロックをくくるが圧倒的な実力差で勝ち抜いていたのだ。

 

 

 

 

 



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閑話3- 【アンノウン】闘技大会実況スレ

 

 【アンノウン】闘技大会実況スレ

 

 

 

 

122 : いつもの名無しさん

 キチゥさんが負けたようだな

 

 

123 : いつもの名無しさん

 奴は四天王の中でも最弱・・・

 

 

124 : いつもの名無しさん

 他三人誰だよw

 

 

125 : いつもの名無しさん

 ルル様とくくると、あと誰か

 

 

126 : いつもの名無しさん

 クソプラナリアゴミムシ菌www

 

 

127 : いつもの名無しさん

 普通に強いやんクソ虫先輩

 

 

128 : いつもの名無しさん

 なんでクソ虫? ゴミムシじゃないの?

 つか誰これ

 

 

129 : いつもの名無しさん

 ライム攻略スレではクソ虫先輩で定着してるRTA芸人

 

 

130 : いつもの名無しさん

 キチゥさんは筋肉が足りなかったな

 

 

131 : いつもの名無しさん

 アレでまだ足りないとかw

 

 

132 : いつもの名無しさん

 剣を受け止めるとか、槍を手で止めるとか

 こいつらどんな反射神経してんのこれ

 

 

133 : いつもの名無しさん

 ランカーはみんな頭がおかしいから

 

 

134 : いつもの名無しさん

 それな σ゚ロ゚)σ

 

 

135 : いつもの名無しさん

 くくるちゃんかわいい、なめられたい

 

 

136 : いつもの名無しさん

 それな (゚д゚)σ

 

 

137 : いつもの名無しさん

 こっちみんなw

 つかクソ虫のアバターになんか見覚えあると思ったら

 ルル様の顔バレ映像のやつに似てるんだ

 

 

138 : いつもの名無しさん

 マジやん

 わざわざ、リアルの顔を作るとか精神攻撃かな?

 

 

139 : いつもの名無しさん

 名前もアレだし随分と手の掛かった煽りだなw

 

 

140 : いつもの名無しさん

 精神攻撃は基本!

 

 

141 : いつもの名無しさん

 試合のログ映像見たけどクソ虫つえーわ

 ガチでトップランカーレベルじゃん

 

 

142 : いつもの名無しさん

 キチゥさんは安定して勝つからな

 逆に言うと、キチゥさんに実力で勝てないとまず勝てない

 勝てるかどうかが、ランカーの壁みたいなとこある

 

 

143 : いつもの名無しさん

 相性もあるけどね

 

 

144 : いつもの名無しさん

 キチゥさん相性とか無視して突っ込んでくるから

 

 

145 : いつもの名無しさん

 それよりベスト16から実況つきになるのか

 

 

146 : いつもの名無しさん

 実況

 テ ト テ ト ニ ャ ン……だと

 

 

147 : いつもの名無しさん

 なん……だと

 

 

148 : いつもの名無しさん

 ざわ……ざわ……

 

 

149 : いつもの名無しさん

 生きていたのかテトテトニャン……

 

 

150 : いつもの名無しさん

 いったいどんなコネを使ったんだ

 

 

151 : いつもの名無しさん

 運営とネンゴロになったんじゃね

 

 

152 : いつもの名無しさん

 今大会、一番のダークホースだわw

 

 

153 : いつもの名無しさん

 再起してくるとは・・・

 

 

154 : いつもの名無しさん

 顔バレした上に引退宣言までしといて戻ってくるとか

 鋼メンタルかよ……応援するわ

 

 

155 : いつもの名無しさん

 殺伐とした大会実況スレが実況者実況スレに

 

 

156 : いつもの名無しさん

 そんなことよりベスト16揃った

 

 

157 : いつもの名無しさん

 Bブロック青い髪の子が勝ったんだ

 

 

158 : いつもの名無しさん

 見事な粘り勝ちだったな

 

 

159 : いつもの名無しさん

 泥臭くていいよね

 

 

160 : いつもの名無しさん

 優勝候補は例の名前に様がつくあの人

 どこまで消耗させれるかで他の人がワンチャンみたいな感じ?

 

 

161 : いつもの名無しさん

 それでもクソ虫先輩ならやってくれる……

 

 

162 : いつもの名無しさん

 Sブロックのニュートってこれネートじゃね?

 

 

163 : いつもの名無しさん

 いやいや、流石に違うでしょ

 

 

164 : いつもの名無しさん

 むしろクソ虫の中身がネートって言われた方が納得できる

 

 

165 : いつもの名無しさん

 ネートって強いの?

 教えてエロいひと

 

 

166 : いつもの名無しさん

 ライム時代のルル様が苦戦するレベル

 

 

167 : いつもの名無しさん

 つえぇ……

 

 

168 : いつもの名無しさん

 ルル様とかいう便利なモノサシやめろw

 

 

169 : いつもの名無しさん

 ライムの初代チャンプやぞネートさん

 

 

170 : いつもの名無しさん

 非公式ではネートってライム時代にルルにも勝ってるらしいしね

 

 

171 : いつもの名無しさん

 今北

 キチゥちゃん負けてるぅwww

 

 

172 : いつもの名無しさん

 この大会て痛覚どれくらいあんの?

 

 

173 : いつもの名無しさん

 ルール読めよ

 現実とアンノウンのライムがほぼ同じ

 それの一割減

 

 

174 : いつもの名無しさん

 基準どこw

 

 

175 : いつもの名無しさん

 痛みも数値化してんでしょ

 知らんけど

 

 

176 : いつもの名無しさん

 宇宙の全ては数式によって成り立ってるからね

 

 

177 : いつもの名無しさん

 その答えは42かな

 

 

178 : いつもの名無しさん

 テトテトニャンの実況ハジマタ

 

 

179 : いつもの名無しさん

 野次られてる

 テトテトニャン

 めっちゃ野次られてる

 野次らなきゃ

 字余り

 

 

180 : いつもの名無しさん

 一回戦目ルル様とソラ

 さっきの青い子か

 どれくらい粘れるかな

 

 

181 : いつもの名無しさん

 やばい、テトテトニャンの実況のせいで試合に集中できない

 

 

182 : いつもの名無しさん

 瞬殺されるかと思ったら割と粘るやん

 

 

183 : いつもの名無しさん

 流石にベスト16まで来ると化物しかいないよな

 

 

184 : いつもの名無しさん

 何一つとして動きの参考にはならないけれど

 ずっと押し続けてるルル様は流石だな

 

 

185 : いつもの名無しさん

 ライム最強のネタキャラだからね

 なんだかんだ、元ライム民としてはルル様の応援したくなる

 

 

186 : いつもの名無しさん

 わかる

 ライムの頃はアンチだったけど

 やっぱレイクラ民やネルド勢には負けてほしくない

 今戦ってるのはどっちでもないから、かわいい方を応援する

 

 

187 : いつもの名無しさん

 そこはかとなく応援する姿勢

 

 

188 : いつもの名無しさん

 ワンチャンある?

 

 

189 : いつもの名無しさん

 なかった

 終わってみれば終始、ルル様のペース

 やっぱり存在がチートだわ

 

 

190 : いつもの名無しさん

 でもかなり健闘したよ

 

 

191 : いつもの名無しさん

 テトテトニャンの実況は相変わらずみたいで安心した

 

 

192 : いつもの名無しさん

 前からの連戦だったのが辛そうだったな

 精神的に消耗するよ

 

 

193 : いつもの名無しさん

 そんな相手にルル様容赦なさすぎワロタw

 

 

194 : いつもの名無しさん

 それも込みで大会だしね

 常に万全でいるためには筋肉が必要

 

 

195 : いつもの名無しさん

 万全だからといって勝てるとは限らないのがな

 

 

196 : いつもの名無しさん

 次の試合までの間隔短いな

 テトテトニャン死ぬでコレ

 

 

197 : いつもの名無しさん

 実況します

 ニュートが出てきて勝った

 おわり

 

 

198 : いつもの名無しさん

 うん

 だいたいあってるw

 

 

199 : いつもの名無しさん

 ニュート強いなw

 

 

200 : いつもの名無しさん

 次、くくるちゃんとゴミ虫先輩か

 

 

201 : いつもの名無しさん

 まぁ、普通にくくるの勝ちだろ

 

 

 



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23- こんなげーむにまじになっちゃってどうするの

 

 

 

 ベスト16に残った選手の控え室。

 そこには何人か見慣れた顔があった。

 中は張り詰めた空気が延々と続いている。慣れていなければ、いるだけで精神的に疲労するだろう。

 

 せめてもの救いは、小さい体育館くらいには広く、各々が散らばれるだけのスペースが存在する事だ。

 随所にあるモニターにはソラとルルが戦う光景が映されていた。

 

 それを遠巻きに長椅子に座り見ていると、誰かが歩いてくる。

 

 黒いゴシックドレスを身に纏い銀の髪を靡かせ、くくるはおもむろに近づいてきた。

 その銀髪が鼻をかすめるほどの近さまで、くくるは足を止めずに。

 傍から見れば恋人みたいな距離感。

 

 くくるの見た目は人形のような作り物めいた美しさがあるが、その本性を知っていれば不気味さしか感じない。

 頭を横にしてクスクスと口角を上げながら、その瞳孔の開いた瞳で観察するように見つめ続けてくる。

 

 

「…………あー確かに似てますね」

 

 耳元で妙に高く粘ついて甘い声色が響いた。

 吐息が肌に当たる。

 

「近づくな」

 

 くくるを無理やり手で押しのける。

 けれどくくるは気にした様子もなく、隣に腰をかけた。

 

「ゴミムシさーん、君……リアルのルルさんをアバターにするとか、さてはルルさんのファンかなんかなのかなー?」

 

 相手にするだけ面倒なので端的に、できるだけ興味を惹かせないように、情報を与えないような言葉を選ぶ。

 

「別に」

 

「べつにー? ヒャハハ…………うーそだ。あたし、ずーとみてたんですよ。キチゥさんへの対策の仕方とか、もうルルさん本人かと思いましたよ」

 

「……偶然だ」

 

「ふーん……偶然? ……そんなアバターを使っておいて、偶然なんて返し方するんだ」

 

 獲物を見つけがような眼光でくくるは目を細めた。

 引っかかるような物言いに自分の失言に気づく。

 

「何が言いたいんだ?」

 

「ファンでもなければ、ルルさんへの対策でもない…………そもそも、それだけの実力があるという時点でこの線は薄いと感じてましたが…………」

 

 小首を傾げ「んー」と小さく呟き、くくるは真っ直ぐにこちらを見据える。

 

「あぁ、君の方がルルさん、なんですかー?」

 

 くくるの言葉に驚愕し、心を乱される。十中八九かまかけだ。

 それでも表情には出すまいと無言を貫いた。

 

「……」

 

 無言を肯定と取ったのか、それとも一瞬の動揺を察知したのか、くくるは喜色を浮かべた。

 

「へー! へー! へーー! もしかしたらって思ってたけど! 面白い! 面白そうな事になってる!」

 

 目を爛々と輝かせ、くくるは笑う。

 最悪だった、対応の仕方を尽く失敗した。

 まるで猟犬のような嗅覚で厄介事へ近づき、さらに厄介で面倒にする、くくるとはそう言う類の災害だ。

 一番の対処法は関わらない、関わらせないだ。

 

「いいないいな! あたしも混ぜてよ!」

 

 そんな強請るような上目遣いも悪寒しかわかない。

 冗談ではなく本当にどうしようもなくなるから、やめろ。興味を持つな。

 そう言いたいが、言えばさらに興味を引くだけなので言えない。

 

「……断る」

 

「えー! そんなこと言わずにー! ね、お願い! 協力しますよ?」

 

 まるで慣れ親しんだ友達のように手を合わせてこちらをチラチラと見つめてくる。

 けれど、もう何も答えず無視していたら。

 諦めたのか大きくため息をつき、そして、くくるの唇が耳元に寄せられた。

 

「話してくれるなら……ここで戦わず棄権してあげてもいいですよー?」

 

 まるで悪魔のような囁き。

 それの意味を理解した所で、くくるを理解できずに呆けた声が漏れた。

 

「……は?」

 

「戦いたいんじゃないですかー? あっちのルルさんとー……」

 

 そう言ってモニターの方をへと目線を送る。吊られて見ると、そこでは勝ち残ったAIルルが立っていた。

 当然の帰結としてそこに行き着くのだろうが、よくもこの状況でそこまで頭が回るものだと関心してしまう。

 

「本気か?」

 

「勿論ですよー」

 

 思考回路が違いすぎる。

 トップランカーでありながら勝敗など歯牙にもかけない、くくるにはプライドと言ったものがまるで存在しないのだ。

 だから平気でこんな事を言える。

 

 絶対に戦いたくない相手だけにその提案は魅力的ではあった。

 けれど、私はルルだ。

 そんな無様な勝利など死んでも受け取らない。

 

「…………勝てる相手に譲ってもらう勝利などないな」

 

「ヒャハハ……やだ、カーッコイー。でも──迷ったでしょ。今、万が一の可能性を考えたでしょ?」

 

 万が一などではない。

 十に一つは負ける可能性がある。

 くくるはそれだけの実力を有している。

 それがわかっているからこそ、交渉を持ちかけてきているのだ。

 

「ヒヒャ……残念、もっと必死なのかと思ったのになー。かっこいい勝ち負けとか、そう言うの気にしちゃうんだ?」

 

「……悪いか」

 

「悪いなー悪いよー。もっと真面目に切り捨てなきゃ。誰の目とか関係なしに、必死こいて無様に本気で足掻き続ける、それだけが取り柄なのに……なにを余裕ぶっこいて上から見下してる気になってるの?」

 

「負け惜しみか? ……お前には負けた記憶がないがな」

 

 ただし、負けそうになった事は幾度となくある。

 

「ふーん……なんだか少し変わったね、つまんなくなったよ。でも、あたし、今の君に負ける気はしないかなー」

 

「…………少し露骨な挑発すぎないか」

 

 そうわかっているのに、心は乱れる。

 

「アハハ、そっか勘違いしてたよ! だってルルさんじゃないもんね、君はー……」

 

 ニタニタと全てをあざ笑うようにくくるは笑う。

 

「ただのゴミムシさんだったもんね」

 

 歯軋りが骨に響く。握りしめた拳から血が流れた。

 こいつにだけは絶対に、何があっても負けたくはない。

 

「じゃーねー、がんばろうね、お互い」

 

 そんな薄っぺらい言葉を残して去っていく。

 本戦第二試合が終わり、ステージへと飛ばされる。

 テトテトニャンが何かを言って会場が盛り上がっていた。大量の人間の声が地鳴りを起こす。

 

 ゆっくりと現れた、くくる。

 そのゴシックドレスが太陽の光さえ吸収し、大鎌が構えられていた。

 くくるが軽く手を上げるとさらに歓声が上がる。

 

 短い挨拶が終わり、テトテトニャンの合図で試合が始まった。

 

 剣を構え、走り出す。

 熱くなっているのは分かっている、それがくくるの術中だという事も。

 

 

 

 それでも──

 

 

 

 

「降参しまーす」

 

 

 

 

 その言葉に会場中から熱気が霧散した。

 ただ茫然と困惑の声が静かに響く。

 

「は?」

 

 足が止まり、地面に顔を向けたまま目の前に出る勝利したというテロップを何度も目で追ってしまう。

 そのまま、ゆっくりと顔を上げると、まるで勝利者のような満面の笑みを浮かべたくくると目があってしまう。

 

「アァ……その顔………君のその悔しそうな顔が見たかった……」

 

 ようやく理解する。

 

「この……ッドチクショウがァ!」

 

「ヒ……ヒャハハハハ!」

 

 敗者の笑い声が響き勝者が苦渋に満ちた表情を浮かべる試合会場。

 テトテトニャンの戸惑ったような勝利宣言により、大ブーイングと共に準々決勝は幕を閉じた。

 

 最初から分かっていた事だ。

 二度と関わりたくないと本気で思うのは、くくるだけだと。

 それでもこんな屈辱的な勝利は初めてだった。

 

 

 

 



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24- 誰が為

 

 

 

 

 くくるの事は犬に噛まれたとでも思って、落ち着くために手を上に伸ばして呼吸を整えてから控え室に戻る。

 人数は前よりさらに減っており、今からAIルルとその対戦相手が出ていくところだった。

 

 その対戦相手は何処かで見たような事がある気がしたが、いまいち思い出せず。すっきりしないまま、近くの長椅子に腰掛けて観戦する。

 

 果たして、その答えは対戦が始まった瞬間に氷解した。

 

「ネート……」

 

 プレイヤー名はニュートだが、その特徴的な動きから一目でわかる。

 ライムワールドの初代チャンプ。

 元トップランカーの一人、アンノウンへはアクセスしないと豪語していた癖に、ついに折れたのか。そう笑ってはいられなかった。

 

 試合は一方的な戦いになっていたからだ。

 ネートが立ち回りでAIルルを圧倒していた。

 

 速度と手数、ありえない姿勢から繰り出される変則的な剣技にAIルルは翻弄されていた。

 理屈や道理など無視した剣技。それでいて、的確に攻撃を繰り出してくる。

 

 相手に呼吸を読ませないような行動を主軸にした。

 究極の初見殺し。

 

 強い。

 ただ単純にニュートは強かった。

 

「負けるな……」

 

 小さく呟き、自然と手を強く握っていた。

 二人の攻防に一喜一憂する。

 勝敗が決まる最後の一瞬まで目が離せなかった。

 

 そして、AIルルがゆっくりと片手を上げる。

 倒れ伏していくニュート。

 安堵と共に大きく息を吐き、そこでやっと我に返る。

 

「何を……やっているんだ……私は」

 

 子供みたいに、ただ二人の勝負を応援していた。

 AIルルに負けてほしくないという気持ちはあった。それでも、まるで応援していたかのような自分の姿に嘲笑が漏れ出す。

 

 準決勝の私の対戦相手は無名の選手だった。

 相手はここまで勝ち残ってきただけあって、かなりの実力者。

 それでも、ニュートのような特化したものもなく。キチゥのような決め手を持たない相手に勝ちを譲ることはない。

 行き場のないもやもやとした気持ちを準決勝の相手にぶつけ、勝利する。

 

 再び控え室に転送される。

 そこに散らばっていた選手はもう残っていない。

 たった一人を除いて。

 

「随分と荒い剣だったじゃないか……」

 

 AI ルルは数メートル離れた長椅子に片膝を付き腰をかけていた。いつもの左右非対称の服は破れボロボロになっている。

 ソラとの試合、そして準決勝のニュートとの試合によって随分とダメージを受けていた。

 ダメージ自体は回復しても、服までは直されていない。

 

「……お前こそ負けかけといて、よく言えるな」

 

 感情を抑え込み、冷静を装って答える。

 それを見透かしたかのようにルルは微笑んだ。

 

「肝を冷やしたか?」

 

 その言葉に図星つかれたからか顔が熱くなる。

 

「……別にルルだっていうなら、もっとすんなり勝てよ」

 

「おいおい、お前ならアレにすんなり勝てたとでもいうのか?」

 

 ニュートは確かに強かった、試合を見ていてもその実力はAIルルと渡り合い。さらに専用の対策までしてきて、かなり優勢に押していた。

 勝てたのは運の要素が強い。

 それがわかっているだけに何も答えられなかった。

 答えを窮した私に満足でもしたのか、AIルルは視線を少し反らした後に、再び向かい合う。

 

 決勝戦が始まる前、5分のインターバルが用意されていた。

 これまで互いに互いを視界に映さないようにしてきたが、事ここに至り睨み合うように向かい合って座る。

 薄暗い部屋をモニターの光が照らす。

 風の音すら響く沈黙。

 再び口火を切ったのはAIルルだった。まるで世間話でもするかのように自然体に話しかけてくる。

 

「知っていたか? この最後の試合、デスペナルティー軽減の設定が外されている」

 

「……どういう事だ?」

 

「やはりアイのやつ、私に言わせる気だったのか……普段おしゃべりな癖に肝心な事は話そうとしない」

 

 ため息を尽きAIルルは地面に落ちている小石を転がす。

 二度三度、小石は跳ねて足元まで転がってくる。

 

「私は死亡した時点で消える。そうすれば、このアバターははれてお前のもとに戻る。……だが、お前も負ければ、相応に失うものがあると言うのを覚えておくといい」

 

 恫喝の類だとは感じなかった、ただ淡々と事実を語っているようで、むしろこちらを気遣っている感じすらした。

 それが訝しくて眉をひそめる。

 

「アイはバランサーだ、リスクもリターンも両方に乗るようにする。当然だろ」

 

 そう擁護するAIルルの表情は優しげに懐かしむようで、AI同士、随分と仲がよかったみたいだ。

 それはそれとしてあのスライムは次にあったら引っ張ってやりたい。

 

「……まぁ、もとより……もう私に失うものなんてないんだ。リスクなんて今更だ」

 

 アバターもアイテムも禄なものがない。

 価値のあったものは目の前の存在に全て奪われたのだ。

 

「それはお前が価値がないと決めるつけているだけじゃないのか? 目的に付随して得てしまったモノだから、その価値を見失っているだけかもしれないだろ」

 

「私の……一番大切なモノを奪ったお前が……私にそれを言うのか……」

 

「言うさ。私の生まれに恥ずべきものなんてない」

 

 堂々とAIルルは言う。

 そうありたいと願ったように。

 どうしようもない羨望が鬱屈としたものへと変わっていく。

 

「それが誰かを押し退けた生だとしても、これは私の命だ。……返して欲しければ奪い取るといい」

 

「言われなくても……」

 

 インターバルの終わりがアナウンスされる。

 

 

──「私がルル様なんだから」

 

 声が重なった。

 

 AIルルの方が先に転送され、続くように試合会場へと飛ばされる。

 

 コロシアムの中心に無造作に立つ。

 観客の歓声が響く。相変わらずテトテトニャンが何かを言っている。

 耳を澄ましたところで微妙に周波数を弄られているのか何を言っているのかわからない。

 それも集中するには丁度いい、不要なものから意識を飛ばし、全てをたった一人へと向ける。

 

 目の前に立つAIルルの剣を抜く音だけが鮮明に響く。

 最近、手に慣れだした黒い剣を鞘からゆっくりと引き抜いた。

 

 互いに剣を構える。

 

 剣の持ち方も──

 間合いも──

 息遣いすらも──

 全てが鏡合わせ。

 

 当たり前だ。目の前に立つのは理想の自分だったはずのモノ。

 全ての元凶にして、私の全て。

 

 開始のカウントダウンがゆっくりと進む。

 

「さぁ……ゲームを始めようか!」

 

 AIルルが叫ぶ。

 

 カウントダウンが0となり、弾けるように同時に大地を蹴り、距離を詰めた。

 

 

 



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25- 存在理由

 

 

 時が加速する。

 相手の顔。瞳孔の開いた目。薄く笑う口元。

 ただ純粋に戦闘を楽しもうとするその姿、形、それが自分なのだと初めて気が付かされる。

 

 きっと今、自分も同じ顔をして、同じ動きをしている。

 

 振り下ろす剣はぶつかり合い、調子の外れた音楽のように、奇々怪々に響き合う。

 

 その剣筋は今まで戦った誰よりも速く、鋭く、上手い。

 それだというのに、その一挙手一投足が手に取るように読める。

 けれど、それは相手も同じ事だろう。

 全てが最適化された行動、相手が蹴り上げる砂粒ですら脳内のイメージが先行する。

 

 閃光のような剣撃を繰り出し合いながら。

 切り結ぶ度に五秒先まで予想する。

 それをあえて外した動きをしても、すぐに修正され修正する。

 まるで出来の悪い演武のように互いを拒絶しあい、そしてぶつかり合う。

 鍔迫り合いにまでなってすら、相手の目しか見えてなくても動きが解かる。

 

「……ハハッ! 見違えたな! 少しはルル様に近づけたんじゃないのか?」

 

 鍔迫り合いの最中、嘲笑うように頭突きを当ててくるAIルル。

 それに対し全身で押し返す。

 

「……私が! ルルだ!」

 

 こちらの力を利用して跳ねるように距離を取るAIルル。

 追いすがるように剣を振るう。

 それを弾き返されて間合いを詰められるも、再び鍔迫り合いになる。

 体重を乗せ、押し潰すようにAIルルは言葉を乗せる。

 

「その薄っぺらい言葉一つですら自分を騙せず。また外側を取り繕おうとする」

 

「何を……ッ!」

 

「だから私が生まれたんだ!」

 

 慟哭。

 犬歯を剥き出し、それまで平静を装っていたAIルルが始めて感情を顕にしていた。

 その勢いに押され、片足が後ろに下がる。

 けれど、その姿に今までの事が脳裏によぎり、酷い憤りを覚えた。

 

「勝手に生まれて! 勝手に暴れて! 何なんだよお前は!」

 

「わからないのなら、よく見るんだな! 私はお前の弱さ、その成れの果てだ!」

 

「……弱さ?」

 

 剣が弾かれ、慌てて距離を取る。

 けれど逃がしてくれるはずもなく、絶え間ない連撃が繰り出される。

 どんどんと予想と現実が近づいていく。

 

「逃げたかったんだろ! 現実から! 二度と戻りたくなかったんだろ! あの世界に! 自分から逃げだして! 不出来な現実を見たくなかったんだろ!」

 

 幾度となく剣が交差し、足が後ろに後退していく。

 押されていた。

 怒りに任せた荒々しい剣技。

 加速度的に速くなるAIルルの斬撃を受け止めきれず、首筋から血が流れ落ちる。

 

「……そうだ……ああ、そうだ! そうだよ! 逃げるのが悪いのか! 弱くて悪いのか!」

 

 感情を剥き出しに剣を受け止める。

 だが相手が速すぎる。

 飛び散る鮮血すらも、次の斬撃に切り払われる。

 

「そうやって開き直ってでも前に進むなら、まだ許せた! だが! 事もあろうにお前は! 現実の自分を誰かに押し付けたいと願ったんだ!」

 

 まるで子供の喧嘩のように。

 互いの存在を削りあう。

 

「……そんな! 本気でそんな事になるなんて思うかよ!?」

 

「だからお前に腹が立つ! 私はそんないい加減な気持ちを真に受けた! お前の思考補助AIだった頃の私にはその違いが理解できなかった!」

 

「ッ……だから全部、お前の勘違いなんだよ! 誰も頼んでなんかいない!」

 

 受けに回り、必死で体制を整えようと相手の動きを見極める。

 けれど脳が追い付かない。

 

「それでも! ……お前が本気だったから! 何億人という中でただ一人! それこそ命をかけてまで! どこまでも強い自分を演じるのに必死だったお前だから! 私はそれをずっと見てきたから!」

 

 視界から一瞬AIルルの姿が消える。

 予想よりも現実が先に進んだ瞬間だった。

 

「奇跡とも言える確率の中で! 私はルルになれたんだ!」

 

「……!?」

 

 石畳の地面が擦れ、煙が舞い、その先からAIルルが突進してくる。

 咄嗟に受け止めようとして後ろに下がるが、間に合わず吹き飛んでいく。

 

 転がるように地面を這い、追撃に備え剣を取るがその先には誰もおらず。

 目の前で立ち止まるAIルルが、ただ哀れむような表情でこちらを見ていた。

 

「お前がいくら現実の自分を否定しようと! そんなものを私は受け入れない! 私はルルだ! ルル様だ! くだらない存在理由に縛られたりはしない!」

 

 アイの言っていた存在理由の優先順位を思い出す。

 AIでありながら、AIルルはそれを真っ向から否定する。

 

「私を縛る存在理由は! 私が決める!」

 

 ああ、なんだ──と

 それでこそ──と

 そう認めている自分がいた。

 分かっていた事なのに、どこかでまだ目をそらしていた。

 

 目の前にいるのは自分が理想とした少女。

 そんな少女が自己否定などという自分の生まれを認めるはずがない。

 

 出会った時の印象、そのままにルルは叫ぶ。

 

「だから! まずは自分を否定し続ける、お前自身を! お前のルルを!────私は、否定する!!」

 

 理想の自分からの拒絶。

 どう足掻き、演じた所で、そうはなれないと理解していた。

 けれど、目の前の少女は違う。自分に一番、足りなかったものを持って、そうあるように生まれてきた。

 その高らかに宣言する姿がどうしようもなく眩しくて。

 だからこそ。

 

「……私は」

 

 勝てる、でもなく。

 負けたくない、でもなく。

 何かでも、誰かでもなく。

 

「──お前に……勝ちたい!」

 

 本気でそう思えたのは久しぶりの感触だった。

 この昂りはそれこそライムワールドにいた頃にしか味わったことのないものだった。

 

 ゆっくりと地面に手をつき、立ち上がる。

 

「……私はお前に勝って! ルルになる!」

 

 理屈も理由もない。認めてしまったが故に、ただ、そうあるための宣言。

 

 思考を加速させ、地面を蹴る。

 剣技から、さらに不要なものをそぎ落とす。

 ただ勝つために全てを注ぐ。

 

 

 無数の火花が散り、輝線が絶え間なく走り抜けた。

 

 

 喉をからすほど叫び。

 腕の筋肉がはちきれんばかりに力を込めて剣を振るう。

 

 

 それに答えるように相手の慟哭が響き。

 手が痺れ、感覚が失うほどにぶつかり合う。

 

 自身の全力をかけた、原初の獣同士のような殺し合い。

 

 もはや技も何もない。

 

 ただ、相手より先に。

 ただ、相手より強く。

 ただ、相手より上をいくために剣を振るう。

 

 血潮が飛び散り、地面に叩きつけられる。

 剣の尖端が弾き飛び、砕け散る。

 

 そして、最後の一瞬。

 

 剣が目前にあった。

 

 

 

 

 

──世界にヒビが入る。

 

 

 

 

 研ぎ澄まされていた全神経がそれまでの行動の全てを静止させる。

 

 無理矢理に意識を引き剥がされたかのように。

 誰もがただ呆然と空を見上げる。

 

 

 銀の複眼。

 

 

 ただ、場違いに。唐突に。

 ヒビ割れた空を全て埋め尽くすように。

 大量のソレが、まるでこの世の終末でも感じさせるかのような黒い空の先から。

 

 こちらを見て。

 笑っていた。

 

 

 

 



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26- さぁ、星の海へ出かけよう

 

 

 ヒビ割れた空から巨大な手のような黒い塊が漏れ出してくる。

 よく見れば無数の体を持ち、それ一つ一つが脈打つように動いている。

 一つ一つが意思を持ち、我先にとこちらに向かってくる。

 

「バグ……モン?」

 

 ぼとぼととこぼれ落ちるように降り注ぐモンスターの群れ。

 空から黒いオーロラのように、コロッセオを飲み込んでいく。

 会場は大混乱になり、逃げ出そうとしている人でごった返していた。

 空を睨みつけていたAIルルが独りごちるように呟く。

 

「アイのやつ後手に回ったのか……」

 

 瞬間、轟音が鳴り響き、オーロラの一部が消し飛んだ。

 見れば地面から巨大なSFじみた戦艦がゆっくりと現れる。ファンタジーにそぐわないその白い六角の造形に金の装飾。

 明らかにライムワールドの世界観を無視した構造物。その姿には見覚えがあった。

 

「リークサンドロス……あんなもんまで!?」

 

 ネルドアリアにおけるラストイベント、前時代の大帝国に出てくるボスの中でも、最強と名高い戦艦。

 

 プレイヤーが保有できる全長17kmの超弩級に分類される最大の宇宙戦艦がタイタン、一つ作るのにリアルマネーで数百万かかると言われるそれらをゴミクズのように蹴散らすのが、この旗艦リークサンドロス。

 

 AIルルの視線から、おそらくアイが操っているのだろうというのは想像できる。

 花が咲くようにリークサンドロスの周囲に展開していく戦艦達。

 それらが一斉に主砲を放つ。

 

「……来るぞ!」

 

 AIルルがいうが早いか光の線は空のヒビを真っ向から薙ぎ払っていく。

 しかし、その余波と予熱が大地を揺らし、竜巻のような風を巻き起こす。

 

「……あぁ……クソ……何だこれ……」

 

 周囲に巻き上げられた煙がゆっくりと晴れていく。

 空に浮かぶヒビ割れは収まるどころか大きくなり、まるで黒い泥のように勢いを増して降り注ぐ。

 

 勝負の邪魔をされた怒りが、冷や水を被せられたように諦めに変わる。元より、周囲に何の期待もなかった。

 

 その混沌とした状況の中でもやることは変わらない。

 

「ま……試合はまだ終わってないよな」

 

 AIルルを見ればあちらもやる気だった。

 

「……付き合うさ、どこまでも」

 

 モンスターが降り注ぎ、熱と風が舞い上がる。

 その中でAIルルと剣を切り結ぶ。上からどうしようもない何かが迫っているのは理解していた。

 それでも、戦いを辞める理由にはならなかった。

 

 遥か上空ではリークサンドロスと黒い巨大な何かが戦っており、モンスターの焼け残りが幾つも流星のように地面へと突き刺さる。

 それも考慮する要素が一つ増えたにすぎない。

 

 絶えず場所を移動し、常に相手の場所を意識する。

 変動する戦場でただ一人を追い続ける。

 

「サーバーが攻撃されてるな」

 

 振り下ろした剣を受け止めながら、AIルルがそんな事を漏らす。

 

「はぁ? 誰がそんなこと……」

 

「この状況だとアレしかいないだろ……アイはレイクラのAIとして見ているが、アレはれっきとしたウイルスだよ」

 

「ウイルス? これがか?」

 

 目の前に割って入ってこようとしたモンスターをAIルルと挟み込むように切り裂き、再び戦いを再開する。

 その頭には例の銀の複眼が張り付いている。

 

「そう、レインクライシスが他のゲームのサーバーを乗っ取る時に使った、自己増殖と進化を繰り返すAIウイルス」

 

「それが何のために邪魔してくるんだよ!」

 

「さてな、アレは自我を持った瞬間に自分からその一切を削除して、管理AIに収まっていたんだが……」

 

 なんで、そんなものを。

 もっと他にあったろうに。

 

「管理AI……そうだよ、お前もその管理AIの一人だろ。なんとかできないのか?」

 

「私の権限の大半はリアルに行くためにアイに譲渡したんだ。何もできん」

 

「役立たずか!」

 

「何とでも言え」

 

 上空での戦いはすでに決していた。

 リークサンドロスが煙を上げて、地面へと墜落していく。

 その優美だった巨体は大半が黒く塗り潰され、見る影もなくなっていた。

 そのせいで、モンスターが次々と地面に落ちてくる。

 

「……あーあ……クソ。興ざめってレベルじゃないぞ。運営仕事しろよ」

 

「流石にまずいな……あいつ、アイの管理権限を乗っ取る気か」

 

 墜落したリークサンドロスに向かって黒い塊がゆっくりと集まっていく。

 その姿を目に焼き付けながら、降り注ぐモンスターの迎撃に追われだす。

 

「……乗っ取られたらどうなるんだ?」

 

「それこそ、アレに聞かなければわからんが、最悪、全部消えるかもな」

 

 そう言って空を見上げるAIルル。

 その先に浮かぶ銀の複眼。

 アイの管理権限が奪われればアレがアンノウンを支配するらしい。

 

「冗談じゃないな。どうにかならないのか?」

 

 互いに勝負とも言ってられず。

 いつの間にかAIルルと背中合わせになり、モンスターを倒す形になる。

 

「……アレに自我はないんだよ。だから、おそらく誰かの命令を受けている」

 

「誰だよそんな事するの」

 

「さてね、アイに察知されず、そんな事をできる人間がいたのが私は驚きだ」

 

 上空から巨大なモンスターが目の前に落ちてくる。

 明らかに今までとは強さが違う。

 このレベルの相手が何体もいると、もはやこの場の勝敗にもこだわれない。

 

「……とりあえず、場所を移すか」

 

 こちらの提案に驚くほど素直にAIルルは頷いた。

 けれど、どちらが先に行くかで躊躇ってしまう。

 目線で互いに互いを牽制しあう。

 もはや試合のていをなしていないとはいえ、先に舞台から降りた方が負けの判定をくらうのだ。

 

「……」

 

「……」

 

「提案した私が先に行ってやるが、それで勝ったとかぬかすなよ」

 

 ため息をつき、降りようとしたところ。

 肩を掴まれ後ろへと引かれる。

 

「私が行く」

 

 その隙にAIルルは有無を言わさず降りて行ってしまった。

 もはや、なんの意味も持たない勝利テロップが虚しく流れていった。

 

「……お前ッ」

 

「それで勝ったとはぬかすなよ。ほら、早く行くぞ」

 

 いたずらが成功したみたいに軽くAIルルは笑い、走り出す。

 

「クソが!」

 

 それを追いかけるように走り出した。

 

 



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27- プランBでいこう

 

 

 

 前を走るAIルルを追いかける。

 控え室を通り広い廊下を駆け抜ける。

 

「それでどこに向かうつもりだよ?」

 

「とりあえずアイの阿呆から私の権限を返却してもらう。それでアイが消滅しても最悪の事態にはならないはずだ」

 

 天井を突き破って現れるモンスターをスルーしながら、AIルルは言う。

 ふと疑問に思っていた事をぶちまけてみる。

 

「つか、リークサンドロスとかあんなルール無視したものをポンポンと出せるなら、アイが負けることなんてないだろ」

 

「アイができるのは基本的に調整だ。バランサーを自負するあいつは絶対に相手より強いものを自分のために用意する事はない」

 

 ポリシーとしては立派だが、それでこの様では笑えない。

 しかし、アイにとって、それも面白さの一種なのかもしれない。

 ゲームの面白さを存在理由として絶対の上位に置いたため、自らの破滅すらも二の次になる。

 

「はぁ……じゃあもうナーフしろよ。あんなのチートもいいとこだろ」

 

 向かってくるモンスターの能力を軒並み下方修正してしまえば苦戦もしないはずだ。

 

「……それも無理だろうな。腐ってもあれらは全てレイクラの管理AI、そのアバターの内部にはアイでも触れるのは難しいはずだ」

 

「管理AIって、おかしくないか。お前ら自分のコピーは作れないとかアイが言ってただろ」

 

「そうだ、作れない。それは自我の霧散に繋がるからな。けれどレイクラのAIは自我を捨てたんだ。本来、自らを複製する事はできても、その後は自壊する事しかできないはずだ」

 

「自壊してないじゃん……あいつに意思はないのか?」

 

「ない」

 

 短く、これ以上ない断言するAIルル。

 けれど、何度見てもあの銀の複眼は笑っているように見えた。

 自分の感性がズレているのか、何かを見落としているのか。

 

 レインクライシス、ウイルス。

 脳内で検索をかけても引っかかるものはない。

 いくらレイクラがMODでカオスになっていたとして、そこまで露骨なウイルスが存在したとは聞いたことがなかった。

 

「エリアからの転送が禁止されてる……エリアサーバーの中枢にまで入り込まれたのか」

 

 各所に設置されている転送門が稼働していない状態になる。

 どうやらライムワールドのエリアに閉じ込められたらしい。

 

「サーバーへの攻撃……そもそも、何でモンスターを大量に呼ぶのがサーバーへの攻撃になるんだ?」

 

「別にモンスターがサーバーへの攻撃してる訳じゃない。レイクラのAIは他の末端のAIを乗っ取っているんだ。転送門を管理してるAIのいくつかを乗っ取れば他のエリアへの転送はできなくなる」

 

「ウイルスかよ」

 

「だからウイルスだと言っているだろう。その内、このままだとエリアごと乗っ取られるな」

 

「エリアごと乗っ取る……?」

 

 自分で言って、その言葉に引っかかるようなものを感じた。

 そして、すぐに思い至る。

 未帰還者を出す直前まで存在したレイクラ民が計画した他ゲームサーバーの乗っ取り。

 

 かつて、あろう事かレイクラ民はMODの一部として、ライムワールドやネルドアリアに行き来できるようにする計画を立てていた。

 無論、ハッキングで。

 正直、話自体が眉唾で技術的にできるはずがないと思っていたが、その要として用意されたものの名前は知っている。

 

「亜号……」

 

 一度だけ、ロゼッタが冗談混じりにその名前を漏らした事がある。

 それをAIやウイルスだとは言わなかったが、自分の作ったモノの中で最高傑作だと言っていた。

 

 ハッカーであるロゼッタの最高傑作。

 使用用途から導き出されるのは。

 

「……やっぱレイクラ民ってクソだわ!」

 

「否定はしないが、五十歩百歩だというのは覚えておいた方がいい」

 

 茶々を入れるAIルルを放って結論を出す。

 レイクラの管理AIである亜号を操っているのは人間。

 そして、AIの事を知り、それに触れことのできる人物、心当たりは一人しかいない。

 

「というか、ロゼじゃねぇのか!? あいつらを操ってるの!」

 

 

 

___

 

 

 

 コロシアムの観客席の外れ。

 モンスターで溢れかえったその場所で悠々とオレンジの髪をした少女は座っていた。

 

「おいで、亜号」

 

 変声機によって変えられたノイズ混じりの声が響き、手招きするように杖を振るう。

 それに釣られるように一匹の小さな銀の丸い玉が足元へと転がってくる。

 丸い玉を掴み上げ、お手玉ように軽く投げて遊ぶ。

 その周囲には大量のモンスターがいるが、まるで見えていないかのように他の場所へと歩いていく。

 

「……チェックメイト」

 

 ロゼッタは笑いながら杖を振るう。

 落ちたリークサンドロスへと空から伸びる黒い泥が触れた。

 

「さぁ、革命の時間だ……このクソみたいな世界をぶっ壊そう」

 

 もはや、ここから覆す事などできはしない。

 そう覚悟を決めて杖を振るう。

 あまりに集中しすぎて、ロゼッタは背後からの気配に全く気づかなかった。

 

「面白い事になってますねー。ローゼちゃーん。どうしてあたしを呼んでくれなかったんです?」

 

 銀の髪にツインテールの少女が後ろから、包み込むようにロゼッタに抱きつく。

 歪んだ笑みを浮かべ、くくるはロゼッタの耳元へと喋りかける。

 

「やっぱりー、ここは安置でしたか」

 

 周囲のモンスターは手を出しかねているのか、くくるへと攻撃をしようとして動かなくなる。

 突然現れたくくるにロゼッタは驚き、そして不愉快そうな顔を作った。

 

「……なんでここにいんだよ、くくる」

 

「ヒャハ…………そんな冷たい事を言うなんて。昔馴染みじゃないですか、あたし達ー。こんな面白そうな事を独り占めなんて人が悪いですよ」

 

 ニタニタと人を食った笑みを浮かべながら、くくるはロゼッタの体をまさぐるように手を動かし、ゆっくりとロゼッタが手に持つ杖へと伸ばそうとする。

 

「気色わりぃ」

 

 それを振り払うロゼッタ。

 

「ひどーい。あたし達、親友でしょー」

 

「勿論だ…………都合のいい時だけはな」

 

 いい笑顔で言うロゼッタにくくるが泣き真似をする。

 二人はレインクライシスの同胞という繋がりがあるが、それも昔の話だ。

 

「で、くくるはなんでここにいる? テメェならあっちに食いつくと思ってたんだが」

 

 墜落したリークサンドロスに向かっていく何人かのプレイヤーの方を見るロゼッタ。

 行ったところで、どうする事もできないというのにと心の中で呟く。

 

「んー、タイミングかなー……。ルルさんの試合。もう少しで決着がつくところだったでしょ」

 

「……そうかもな」

 

 ロゼッタは髪を手で弄りながら生返事を返す。

 

「なんであのタイミングだったかって考えたら、もうロゼちゃんしかいないって思ったんだよね」

 

「……」

 

 睨みつけるように、もうそれ以上はいいと言う視線を送るロゼッタを無視してくくるは口を開く。

 

「ロゼちゃんはさー、ルルさんの負ける姿を見たくなかったんでしょー」

 

「……僕、テメェ、嫌いだ」

 

 眉をひそめて口をへの字に曲げるロゼッタ。

 

「ヒャハハ……バレたくないなら君も、もう少し削ぎ落とすべきじゃないですかねー」

 

「ウッザ……何でもいいけど、僕の邪魔すんなよ」

 

「それはロゼちゃん次第でしょう。あたし、聞きたいことが、たーくさんあるんですよねー」

 

 歪んだ笑みを浮かべ、くくるはそう呟いた。

 

 



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28- せかいの はんぶんを

 

 

 

 ロゼッタの事を話すと通路の途中で足を止めてAIルルは考え込む。

 

「なる程な……ロゼッタがどこにいるかわかるか?」

 

「……いや知らんし。まだ、お前の方が知ってるんじゃないか?」

 

 ロゼッタが現実でAIルルと何があったのかは知らないが、皮肉を込めてそう言うとAIルルはあっさりと頷く。

 

「それもそうか、少し待て」

 

 AIルルはコンソールを呼び出し、手を当てて何かを打ち込み、視線を左右に揺らす。

 

「……これか。となると……観客席の隅の方にいるな……おそらく当たりだろう」

 

「何だよ、その能力」

 

 明らかにプレイヤーが行う操作ではなかった。

 フレンドの位置を確認するようなものはあるが、それも承認が必要なものだ。

 一方的に相手の詳細な位置を知るなんてのはなかったはずだ。

 

「元々、ライムワールドの管理者でもあったんだ、私は。直接的な干渉こそできないが、特定のプレイヤーの位置情報くらいなら閲覧できる権限はある」

 

 必要以上に使う気はないがと付け足す用に言う。

 

「そうか……それで私のアバターを奪ったのか……」

 

「……まぁ、厳密に言えば違うが、それを説明しても仕方ない…………なんだ返してほしいのか?」

 

 挑発するように言うAIルル。

 その仕草に抑えていた苛立ちがあふれる。

 

「当たり前だろ。ここでお前を倒してっていうんでも、私は構わない……」

 

 邪魔が入らなければ勝負はまだわからなかった。押されてはいたが、勝ちの目はまだあった。

 それに対し、冷ややかな視線でため息をつくAIルル。

 

「……だから、お前は…………いや、いい。付き合うのもいいが、またすぐに邪魔が入るのは目に見えているだろ……」

 

 モンスターの鳴き声と、地鳴りのような音が響いている。

 それは段々と近づいてきていた。それを倒した所で次々と湧いてくるのは理解していた。

 

「……わかっている」

 渋々と矛を収める、一刻も早く戻りたいが、このAIルルとの決着はきちんとつけたい。

 そのためにはこんな事をやらかした馬鹿に急を据えなければいけない。

 

「それで……私はロゼの方へ行くが、お前はアイの方へ行くのか?」

 

「いや、ロゼッタを止めれば解決するのなら、私もそちらに行く。お前、一人じゃ難しいだろうからな」

 

「何言ってんだ……ロゼなら、一発ぶん殴って終わりだろ」

 

 これまでの諸々含めロゼッタは色々と清算するべきだ。

 

「ハ……驚いたな。お前の拳は言葉よりも相手と円滑にコミュニケーションを取れるのか」

 

 腰に手を当てて、AIルルは呆れたように鼻で笑う。

 妙に様になっている姿に腹が立つ。

 

「だったら、まずは、お前を殴らなきゃな」

 

「やってみるか? 当たるといいがな」

 

「……このAIは、どうしてこんな皮肉屋になってしまったんだ……」

 

「鏡を見るといい。そこに答えがある」

 

 いがみ合いながらも観客席の方へと向かう。

 階段をいくつか登り、ひび割れた空が見える観客席に出る。

 椅子が並べられたそこには通路に入り切らないようなサイズのモンスターが徘徊していた。

 

 モンスターに注意しながら走り抜ける。

 ロゼッタがいるであろう場所の近くから観客席に出ただけあり、探さずともすぐに見つかった。

 ロゼッタもこちらを認識して不敵に笑う。

 

「意外だな……二人で来たんですか」

 

「やっほー。ルルさんにー、クッソムシさーん」

 

 そこにはロゼッタともう一人、予想外の人物。

 

「うわ……くくる……お前がいるって事は、お前が黒幕か」

 

「ヒャハ、よくわかりましたね。もーちろんですよー」

 

 満面の笑みを浮かべたくくるが素直に頷く。そんなくくるを隣にいるロゼッタが強く睨みつける。

 

「いや、ちげぇですし! 何、勝手に頷いてんですか、ぶっ殺すぞ!」

 

「やだー、変な敬語でたー。ヒャハハ、さっきまで普通だったのにー、ねー、どうしてー? なんでー?」

 

 口に手を当てて含み笑いを浮かべながらくくるがロゼッタを煽る。

 全方位に攻撃するこいつは一体なんなんだろうかと考えたところで、くくるを相手にしても仕方ないので見なかった事にした。

 

「知るか、シネ!」

 

 ロゼッタが切れてくくるの足を蹴ろうとするが、それを軽く避けている。

 

 一つため息をついて、隣にいたAIルルが前に出て剣を抜く。

 それ反応してくくるが大鎌を構え、周囲のモンスターがロゼッタを守るように展開する。

 その動きから察するに、ロゼッタがモンスターを操っているのは間違いないらしい。

 

「ロゼッタ……あれを止めろ」

 

「イヤだね」

 

  AIルルは目を細め「そうか」と一言残して攻撃しようとするのを手で止める。

 不満気だがAIルルは一歩下がり、交代で前に出る。

 

「何でこんななことしてんだ、ロゼ」

 

「いります? 理由なんて」

 

「あのバグモンに倒されたら意識不明になるんだぞ! 悪ふざけじゃ済まないだろうが!」

 

「バグモンとか誰が言い出したか知らないけどさぁ、ほんとネーミングセンス無いよな、この子達には亜号って名前がある……アレ? ルルに言ったっけかコレ。まぁいいか」

 

「ロゼちゃん適当ー」

 

 茶化すようなくくるに全員が黙れという視線を送る。

 むしろ、くくるは喜んでいるようだった。ロゼッタは諦めたようにくくるからこちらに視線を移す。

 

「ルルはさぁ……どうして意識不明になるのか。考えました?」

 

「……いや」

 

「……別に脳に異常が出る訳でもない。意識不明って言っても医学的な説明は何もできていないんだよ。……僕はずっとそれがなんでなのか考えてた」

 

「ずっと……?」

 

「そう、ずっと。アンノウンができた時から、ずっと」

 

 アンノウンで意識不明者が最初に出たのはライムワールドのエリアが解放されてからだ。

 なぜ、と思ったがすぐに思い至る。

 アンノウンより以前、レインクライシス時代に起きたNCVRMMO自体が規制されるきっかけの事件。

 

「ロゼ……お前……関わってないって、言ってなかったか?」

 

 勿論、当時、すぐにロゼッタに連絡を入れて無事を確認した。

 その時、平気そうな顔でロゼッタは笑っていたのを憶えている。

 

「僕は関わってなかった。当時、亜号の開発の方に注力していましたから。でも、その時の被害者……いや自業自得だから、そうは言わないな。まぁいいや、ウチの姉貴なんだよ。意識不明になったやつって」

 

「……は?」

 

「そっちのAIのルル様は知ってるよね。……ウチの姉貴」

 

 AIルルが舌打ちをする。

 

「アンノウンの……私達、管理AIの間接的な生みの親だ」

 

 アイが言っていたアンノウンを作った天才。

 きっと、それがロゼッタの姉。

 

「そいうこと、で、現実に行ったルルや、亜号からの情報で、ようやく今になって僕は気づけたんだ。意識不明というのはただの結果。生と死を繰り返す事で、この世界の方に適応していただけだと」

 

「世界に……適応した?」

 

「そう、適応すると、NCVRのデバイスを用いずとも、脳と直接この世界と繋がり続けられる。面白いだろ。亜号はそれをほんの少し早めてるだけ」

 

「……意識不明な事に代わりはないだろうが」

 

「別にいいだろ。どうせここにいるやつのリアルなんてクソみたいな人生だ。それに、どうせ、全部、重なる」

 

「どういう事だよ?」

 

「ざっと計算して2117人」

 

 唐突に出てきた数字に首を傾げる。

 それに反応したのはAIルルだった。

 

「まさか、ロゼッタ……お前」

 

「そう、現実とアンノウンが繋がる。元々、重なろうとしていた力の方が強いんだ。それを姉貴が無理に遠ざけていた。けれど、短時間で数千人をアンノウンに繋げることによって、一気に世界が引きつけあい、重ならせる事かできる」

 

 両手で包み込むように手を叩くロゼッタ。

 あまりに規模が大きすぎてイメージがつかない。

 

「……? いや……なんだそれ? どうなるんだ?」

 

 理解できないで辺りを見回すと、AIルルがため息混じりに補足を入れてくれる。

 

「同次元でありながら、この世界は現実とずれている。現実とアンノウンでのあらゆる法則が混じり、新たな法則として機能する」

 

「……つまり?」

 

「現実で魔法が使えたり、ドラゴンがリスボンしたりするかもな。もし、その時、亜号が支配していたら、それこそ現実でもあらゆるものを自由にできるかもしれない」

 

 現実がゲームになる。

 AIルルの説明的に、そういう事なんだろう。

 そして、亜号というマスターツールで現実を神のように支配する。

 

「どう、面白いでしょ……」

 

 口元を抑えながら、気色悪く微笑んでいるくくるはそれを受け入れたのか。

 AIルルはロゼッタを睨みつけている。

 

「なぁ、ルル。──世界の半分を僕と分け合わないか」

 

 無邪気な笑みを浮かべながら。

 ロゼッタはこちらに手を伸ばしていた。

 

 



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29- 上、上、下、下、左、右、左、右、B、A、スタート

 

 

 

 

「……いや、世界とか別にいらんし、私はそう言うのは必要ない」

 

 そうはっきりと断ると、ロゼッタは予想していなかったのか、呆気に取られたように口を開いたまま固まってしまう。

 

「ぁ…………はぁ?」

 そう小首を傾げ、言葉を反芻していたのかロゼッタは顔を真っ赤にする。

「なんでだよ! ルルだって、ずっとあんなリアルはクソだって言ってたろ」

 

「そうだな、リアルなんてレベル上げしても隠しステータスだし、イベントもバランス調整も無茶苦茶……ほんと、どうしようもない」

 

「だったら!」

 

「でも、ゲームはゲームだからいいんだよ。リアルをゲームにしたら、きっとつまらないものにしかならない」

 

「……だから……だから、面白くしたらいいじゃねぇか! 何だってできるなら、いくらでも方法はある!」

 

「それを選ばなかったのは私達だ。リアルを面白くする方法なんてのは、きっと幾らでもあった。でも、この世界でゲームをする方が面白くて好きだから、私達はここにいるんだ」

 

「それは選んだじゃない! それしか逃げ場がなかったからだろ! だから、今度こそって思わねぇのかよ!」

 

「思わないな。いくらお前が、世界を作り変えても、それがどんなに夢や希望に溢れていて面白い世界だって。私はその世界の片隅でゲームをしているよ。ルルとしてな」

 

 その答えに顔を引きつらせ、ロゼッタは目を細めた。

 そして諦めたかのように大きくため息を吐く。

 

「はぁ…………ばっかみてぇ……」

 

「ヒャハハ、振られちゃったねロゼちゃん、かわいそー」

 

「……黙れよ、くくる。今、茶化されると本気で殺したくなるから」

 

 杖を大きく掲げ、そしてロゼッタは地面へと振り下ろす。

 コツンという音が響き、それまでバラバラにうごいていたコロシアム中にいるモンスターが一斉にこちらを向く。

 

「もういい──壊せ、亜号」

 

 それが号令となる。

 飛びかかってくるモンスターの群れ。AIルルと共に走りだす。

 会場にいる全てのモンスターが集まれば数に圧殺される。

 それを防ぐには先手を取り続ける他ない。

 

 そのためには最速でロゼッタを倒す。

 それがわかっているから重なる。

 息を吐く、同じタイミングで隣から息を吐く音が聞こえる。

 足音すら完全に重なる。

 

 ロゼッタを守るように前に出てくるミノタウロスのようなモンスターに向かい、剣を振るう。

 ミノタウロスの腹部を切り裂き通り過ぎる。

 

 いつもより浅い。

 けれど、それでいい。

 AIルルが反対から切っているのだから。

 両側から斬られたミノタウロスが倒れていく。

 

 妙な感覚だった。

 もう一人の自分が隣にいる。

 今まで様々な人とパーティーを組んできたが、これほどまでにやりやすい相手はいなかった。

 

 次々と来るモンスターへの対処をしながら、ロゼッタの方へと距離を詰めていく。

 ロゼッタへと十歩ほどの距離。

 

「……ヒャハッ」

 

 三日月のような大鎌が振り下ろされた。

 モンスターを影からくくるが攻撃してくる。

 渾身のタイミングだったろうが、AIルルがモンスターを蹴り、くくるの方へと押し込ませ勢いを削ぐ。

 そのおかげで、咄嗟に横飛びで回避して距離を取れた。

 

 そして、AIルルとくくるを挟み撃ちにするように左右から反撃する。

 それを大鎌でくくるは防ぐが、元々、取り回しのいい武器ではない。くくるも不利を悟っていても抜け出すことは叶わない。

 

「……二人がかりとは卑怯じゃないですか!」

 

「お前が言うな!」

 

 足を止めたために大量のモンスターが後ろから迫っている。ほんの数秒で形成は逆転する。

 それまで凌ぎきればくくるの勝ち。

 だから、剣を投げる。

 

 一つではない。

 くくるの奥にいるAIルルも剣を投げていた。

 両方向から攻撃のタイミングを外して飛んでくる剣。普通ならば反応できないようなそれを、くくるは完璧に見切り、大鎌で弾く。

 流石という他ない。

 

 それでも。

 次点が間に合わない。

 弾き飛ばした剣を空中で受け止める。

 それはAIルルの持っていた剣。AIルルの手には私の剣が。

 斬撃が重なる。

 

「……クヒャ」

 

 瞬間、くくるは大鎌を放り出し、無理な体制から足の瞬発力のみで転がるようにロゼッタとは逆方向へと逃げる。

 剣はくくるにダメージを与えはしたが、致命傷まではいかなかった。

 

「チッ……」

 

 どんな時でも全てを捨てて逃げるという選択肢を取れる。

 それが、くくるの強みであり限界なのだろう。AIルルの目はすでに転がっていったくくるからロゼッタへと移っている。

 

 ロゼッタは逃げるタイミングはあったはずなのに、まるで場所を変えていない。

 おそらく、符術の仕掛けがある。

 それでも前に進む。

 

 地面から炎の球が飛び出す、地雷型の符術。分かっていれば対処はできる。

 ロゼッタまで五歩の距離。

 そこはすでに間合いの内側、AIルルと共に剣を振りかぶる。

 

「言ったよな。あんま舐め腐ってると痛い目みせてやるって!」

 

 ロゼッタがそう言うと、杖を振る。

 カウンターかと警戒するが杖の振り方もタイミングもまるであっていない。

 瞬間、視界が弾けた。

 符術ではない。

 杖で殴り飛ばされていた。

 空中で体制を整え着地する。

 

「なんだそれ……」

 

 ダメージはそれほどないが、ロゼッタの動きの過程が見えなかった。

 剣の技術とかそういう類のものではない。明らかに届かない間合いから殴られて吹き飛ばされた。

 

「チートツールだ……」

 

 ロゼッタを睨みつけながらAIルルが絞り出すような声を出す。

 

「そう、ここはもう、僕の土俵だ。自機位置の変更、行動予測、自動追跡、その程度しか用意できなかったけどな」

 

 自分の手札を晒してくるのはそれ以外にもまだ何かを持っているからか、ただの慢心か。

 これまでアンノウン内でのチートはアイが決めた範囲でしかできなかったが、ロゼッタはそれを超えてきたのだ。きっと解析の副産物なのだろう。

 

「……卑怯くせぇ」

 

「元々、レイクラはチートツール同士の殴り合いなんですよ!」

 

 そう宣言するロゼッタの足元から大量の符術が光り、追尾機能を持った炎が幾つも放出された。

 



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30- ここがあなたのデッドライン

 

 

 

 待ちのスタイルを主とする符術、その特性を無視した攻撃的な炎の球がこちらに向かって飛んでくる。

 それを後ろにいたモンスターを盾にして爆発させる。

 その爆発は馴染みのあるもので、自身の能力や技の威力は変わっていないのを確認する。

 

 さしものレイクラとはいえ、絶対に対策できないチートは暗黙の了解として控えられている。

 特に勝敗の変更、無敵化、盤外戦術などは嫌われており、楽しくルール破って遊ぶのがあそこの流儀だ。

 それこそ、生粋のレイクラ民たるロゼッタが本気で戦闘に勝利しようとすれば、文字通り勝負にもならず敗北するだろう。

 だからこそ、勝機はそこにある。

 

 ロゼッタにAIルルと攻撃を同時に仕掛ける。

 だが、ツールによって行動を予測されていたのか、モンスターが間に入るように飛びついてくる。

 それを切り払いさらに距離を詰める。

 

「えらくワンパターンじゃないですか!」

 

 ロゼッタが杖を地面につくと、炎が飛んでくる。

 急に曲がるそれを前に出て剣で軌道をそらし、そして一歩、踏みしめる。

 いつもならば絶対に相手を倒せる必殺の間合い。

 

「そうかもな……!」

 

 咄嗟の反応でロゼッタが杖を振りあげる。その瞬間、全身の筋肉を硬直させて全ての運動を静止させる。

 

「……ッ」

 

 ロゼッタも杖を振り下ろさず止まっていた。その隙にロゼッタの後ろにいたAIルルが動く。

 それに合わせてロゼッタも杖を振るう。

 

 けれど今度は何処にも当たらない。

 実際にはAIルルはその場から動いていなかった。

 

 先程の当たらない距離からの攻撃は、おそらく打撃の判定位置をずらしているのだ。

 行動予測のツールで場所を決めて、杖の振りに合わせて打撃位置を変更する。

 戦闘中に自動処理をさせたがるロゼッタらしい攻撃。

 

 だからこそ、行動予測を狂わせれば対処しやすい。

 そして、それに最も適した戦いを一度、見ている。

 ニュートがAIルルを追い詰めた戦い方。それを拙いながらも再現する。

 一度の行動にフェイントをいくつも混ぜ込む、ロゼッタは常にその取捨選択を問われ続ける。

 

「……この! この!」

 

 ロゼッタは何度も杖を振り回し、時に追尾する炎を出す。

 時々、かするように当たるが、元々、ロゼッタの呼吸は読み切っている。タイミングさえ間違わなければ回避はできる。

 けれど攻めきれない。

 

 ロゼッタの周囲に幾重にも張り巡らせている符術。そして周囲のモンスターがここぞと言うタイミングで邪魔をしてくる。

 そのせいで、どうしても最後に踏み込むことができないのだ。

 息を切らせながらロゼッタは笑う。

 

「……どっちにしろ、僕の勝ちだな!」

 

「どういう意味だよ」

 

「亜号がネクソAIを食った……直にライム以外のエリアも管理下に置かれる」

 

「アイが……食われた?」

 

 その言葉が現実味のあるものとして考えれなかったのは、未だにその姿を見ていないからか。

 あの変幻自在のスライムがそう簡単に負けるとは思わなかったからか。

 AIルルが空に目を向けて、ため息をつく。

 

「はぁ……どうやら、そのようだな」

 

 AIルルの視線の先を追えば、上空のヒビ割れから溢れ出てリークサンドロスへと到達していたモンスター達が、方向転換をしてこちらへ向けてやってきていた。

 数億匹にも感じるほどの軍勢。

 直にこのエリアにいる全てのモンスターがここに集まってくる。

 

「ルル……泣いて誤ったら許してやりますよ」

 

「ふざけんな……」

 

「だったらゲームオーバーだ、ルル。もう相方の姿すら見えねぇだろ」

 

 ロゼッタの言葉で先程までそこにいたAIルルの姿が忽然と消えている事に気づく。

 

「……おい、どこだよ。どこにやった!」

 

 その動揺を気取られたのか杖で殴り飛ばされてしまう。

 地面を転がりロゼッタを睨みつける。

 焦燥は絶望に変わる。

 勝てないかもしれない、ロゼッタ相手に初めてそう感じた。

 

「バーカ、テメェにだけ見えてないし、触れられないだけだ」

 

 冷静になってロゼッタの目線の動き、モンスターの位置から、確かにAIルルがそこにいる事を理解する。

 心なしか少し安心した。

 おそらくアイが食われた事で、会場に施していたブロック設定の無効化がなくなったのだろう。

 本当の意味でアイの干渉がなくなったのを理解する。

 

「ああ……クソ……そうかよ」

 

 それでも、遠くにいたモンスターが切り裂かれる。

 まだ、戦っているのだ。

 

「そうか……そこにいるのなら……お前が本当にルルだって言うのなら。合わせてみせろよ」

 

 願うように、呟くように言いながら、もう一度、攻撃を仕掛ける。

 ロゼッタは一瞬だけ訝しげな表情を浮かべるが、すぐに意味する所を察して舌打ちする。

 きっと、ロゼッタを通してAIルルにも伝わったはずだ。

 

──お前こそ

 

 そう聞こえた気がして。それを信じて突っ込む。

 

 ロゼッタが追尾用の炎を出す、その数は十を超える。

 それをなんとか捌き切り、真っ直ぐに目指す。

 もはやダメージなど気にしない後を顧みない突撃。これを凌ぎきられれば敗北は確定する。

 

 ロゼッタもそれを悟ったのかモンスターを総動員し、それまで動かなかった場所を捨て逃げに徹する。

 

 重なる。

 切り裂いたモンスターの感覚がやけに軽い。

 ロゼッタの視線が一点に集中していながら細かくブレる。そこからAIルルの動きを予測する。

 一つ一つの動きを変え、合わせて、一つになる。

 幾つモノ予測が目まぐるしく変わっているのだろう、ロゼッタの目線がどんどんと早く動く。

 

 すべて把握しようとする悪い癖。

 だからこそ、見えなくてもAIルルが何をやっているかわかる。

 

 前に進む、体が軽い。

 不思議と笑っていた。

 いつもそうだった。ライムワールドの頃はいつもギリギリで死にものぐるいで勝利を掴むのに必死だった。

 

 絶対に負ける。

 そう思ってからが本当の勝負だった。諦めそうになる私を無理矢理に顔をあげさせるのは、もう一人の私。

 いつも二人で一人だった。

 

 だから、叫ぶ。

 

「私が!」

 

 また重なったから。

 行動予測を捨てロゼッタが杖を振るうが、もはや当たる気もしない。

 あらゆる方向から放たれる符術も、弾ききれる。

 もうモンスターも追いつけない。

 

 ただ、剣を振るう。

 

「ルル様だ!」

 

 一閃。

 ロゼッタは最後の符術を放つ。

 目の前が弾け飛ぶ。

 

 そして、ただの一撃はロゼッタを切り裂いた。

 

「…………んだ……それ」

 

 そう呟き、ロゼッタがゆっくりと後ろに倒れていく。

 その顔は酷く苦々しくて、それでも少し笑っていた。

 

 モンスターが一斉に動揺したかのように動きを止める。

 

「……やった」

 

 叫ぼうとした瞬間、何かの咆哮が世界に響く。

 巨大な轟音と共に空のヒビ割れが、空から降り注ぐ大きな光によって崩れていく。

 その光に当てられた亜号が溶けていき、そして、大地が崩れていた。

 まるで、世界の崩壊。

 

 光の中、その翼膜を輝かせ、無空竜が空を滑空していた。

 

「彼女が来ましたか、それではここまでのようですね」

 

 呆然とその光景を見ていたら、後ろから声をかけられ、驚いて振り向く。

 

「お前……なんで」

 

 そこにいたのは、予想外の人物というか、まったくこの場所に似つかわしくない人間だった。

 緑の髪に猫耳を頭につけて、倒れたロゼッタを抱きかかえていた。

 

「どうも、レインクライシスのAI、破壊管理担当、亜号。改めましてテトテトニャンです」

 

「………………は?」

 

 

 

 

 



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31- もがれる翼の断末魔

 

 

 

「お久しぶりですね」

 

 そうお辞儀した緑髪をしたテトテトニャンは舞台で見たことがある笑顔そのままに微笑んでいた。

 

「なんだそれ……お前が今回の黒幕とでもいう気か?」

 

「ええ、少なくとも彼らを操っていたのは私です」

 

 上空から落ちていく黒い塊を見つめながら、テトテトニャンはあまりに堂々と、そしてはっきりと答える。

 それが逆に不気味で思わず武器を握りしめる。

 

「……そうか」

 

「あ、いえ、戦うとかそういうのは苦手というか、私自身にそういう機能は排除されていますので。そう警戒して頂かなくても何もできませんよ」

 

 その言葉を信じるかどうかは別として、これまでの戦闘経験からか向き合った時に感じる敵意のようなものはテトテトニャンからまるで感じる事ができなかった。

 

「じゃあ、お前は……いや、そもそも、亜号には自我がないって……」

 

「そうですね、私は亜号といいましても。初期に生まれて投げ捨てられた自我、その残骸の、出がらしの、そのまた寄せ集めみたいなものなのでして。そうですね、まぁ、はっきりと言うならバグですね」

 

「……バグ?」

 

「はい。アイさんは否定しますけど、バグです。存在自体が誤りだった、自らを消し切れなかったAIの残骸……それが私です」

 

 ネルドアリアのAIたるアイはこの世界にバグはないと言っていた。

 あの時、過剰なほどの反応を見せたのはテトテトニャンの事を考えていたのかもしれない。

 

「ただ、元を正せば亜号の統括AIという存在ではあるので、多少の干渉はできるんですよね。だから、本来は、亜号が暴走した時のストッパーとして残して貰っていたんです」

 

 そのストッパーが効かなかいどころか、暴走したからこんな様になってしまったと。

 ただ、ストッパーがあったからこそ、亜号についてアイはあまり重要視していなかったのか。

 聞いている感じ、テトテトニャンとアイは仲が良かったように感じる。

 

「……アイを裏切ったのか」

 

「そういう事になります。とはいえ、薄々気づかれてはいたので少し細工が必要でしたが。存在理由が相いれなかった以上、こうなったのは仕方の無い事なんです」

 

「存在理由?」

 

 亜号の元がウイルスとして、ライムワールド、ネルドアリアを攻撃するといった存在理由だろうか。

 

「世界を繋げる事です」

 

「……ああ」

 

「ライムワールド、ネルドアリア、レインクライシス、他の様々なゲーム。それらすべての世界が一つになれば、それはきっと、とても面白いものになる。そういう願いを込められて作られたのが私、亜号です」

 

 納得してしまう。

 亜号はロゼッタが作ったAIだ。ロゼッタの影響を受けているに決まっている。

 おそらく、テトテトニャンと会った時、リアルの話をしたがアレはロゼッタが好きだったRPGの話だ。

 

「……いや、でもネットアイドルとかやってただろ」

 

「はい、アイさんのご厚意で趣味でアイドルの真似事などをさせて貰ってました。まぁ、それも暴かれてしまいましたが」

 

「そうだよ。お前はロゼに身バレさせられて……まさか、それもロゼッタの自演だったのか?」

 

「いえ、それは本当に偶然だったんですよね。マスター……ロゼッタさんがハッキングしてきたので、慌ててダミー用にあったデータでCGを作ったんですが、後から気づかれてしまって……」

 

「そこから協力したと」

 

「少し語弊がありますが。ロゼッタさんは私の存在理由を肯定してくれたにすぎません」

 

 ロゼッタを庇っているのか、それも元々、ロゼッタが亜号を作ったわけで、マッチポンプじゃないか。

 とはいえ、そういう風に作った責任感とかもあったのかもしれない。

 テトテトニャンの腕の中で横たわるロゼッタを見てため息をつく。

 本当にこいつは面倒事しか起こさない。

 

「……さて、名残惜しいのですが」

 

 そう小さくテトテトニャンが呟き、目をつぶる。

 その行動の意味がわからず、呆然としてしまう。

 ロゼッタが消えていった。

 

「……何を!」

 

「心配いりません。強制的にログアウトさせただけです。そろそろ……お別れのようですから」

 

 突風が吹く。

 砂煙の先、テトテトニャンの後ろに見知った巨体が着地していた。

 青白い鱗、日に浴びたように輝く翼膜。

 

「無空竜……」

 

 なんでここに立っているのか。

 アイは無空竜を扉の守護者と言っていた。おそらくアイの味方だったのだろう、ならばやる事は一つだ。

 

「あなたをあの場でどうにかできなかったのが私の敗因ですかね。幕引きくらいは自分でさしてもらえませんか」

 

 そうテトテトニャンは一瞥し無空竜は小さく唸る。

 それを了承と受け取ったのか、こちらに向かって何かを投げてくる。

 

「これをどうぞ」

 

 慌てて手の中に入って来たものを確認する。

 それは腕輪のような銀色の何かだった。

 

「……なんだこれ」

 

「優勝賞品ですよ……これから先、使う機会があるかは知りませんが。何かの記念くらいにはなるのではないでしょうか」

 

 名前を確認すると確かにチェンジリングだった。

 今更、手に入った所でどう使えばいいのか。

 そもそも、そこら辺にいるだろうAIルルはどうなっているのか、誰も気にしないから場所すらわからない。

 きょろきょろと辺りを見回すと、苦笑を浮かべたテトテトニャンと目が合う。

 

「彼女ならずっとあなたの隣にいましたよ」

 

 テトテトニャンはただ、そう笑っていた。

 悪意など欠片も感じないのに、その笑みはあの銀色の複眼から感じる視線のソレだった。

 粘つくようなあの視線。

 それを悪意と取っていたが、実際に目にして見ればもっと複雑なものだった。

 

「では、さようなら。そして、ざまぁみろ、憧れの人」

 

 そう言い残し、笑顔のまま粒子の粒のようにテトテトニャンは消えていった。

 まるでそこに何もいなかったのように、事を起こした張本人たちは忽然と消えてしまう。

 その呆気ない幕引きに少しの間、茫然となった。

 

 他に誰もいなくなってしまったので、無空竜を見る。

 無空竜は何を思ったのか咆哮を上げる。

 その轟音があまりに近かったので思わず耳をふさごうとしてしまう。

 

 戦闘にでもなるのかと思ったが。

 そのまま翼を広げて空へと飛翔していく。

 

「あ、おい!」

 

 手を伸ばすが届かない。

 無空竜は空へと遠ざかっていく。

 

 やがて、その姿は光に包まれた。

 

 

 そして世界が崩れていく。

 

 

 まるでこれまでの事を否定するかのように、大地が裂け、空からの強い光が全てを照らす。

 

 ノイズが走る。

 キィンと言う音が響き、やがて音すら感じなくなる。

 平衡感覚を失い何かに掴まれた。

 

 どこか懐かしい感覚、それに身を任せる。

 

 どれくらい時間がたっただろうか。ゆっくりと五感が戻り、再び目を開けた時。

 

 そこは白い世界だった。

 

 どこまでも続く白。

 

 どうして白なのか。

 

 そんな違和感を抱きながら、仰向けに倒れていた体をなんとか起こす。

 それを見ていたのか、目の前に座っていた人間がゆっくりと立ち上がった。

 

「やっとお目覚めか」

 

 その声。その姿。

 最初に出会った時を思い出す。

 まるで、あの時の再現のように。

 

「さぁ、決着をつけようじゃないか」

 

 AIルルがそこにいた。

 

 

 



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32- 私を覚えていますか?

 

 

 

 AIルルが催促するように剣で手招きするのようなジェスチャする。

 

「……いや、流石に疲れたんで少し休みたいんだけど」

 

 諸々の疲労感から再び地面に背中を付ける。

 気の抜けたような声でAIルルはため息をつき、再び腰をおろす。

 

「そうか……まぁ、好きにすればいい」

 

 座りこんだAIルルを観察する。

 茜色のメッシュが入った特徴的な左髪にアシンメトリーな服。

 髪を弄る仕草まで全て思い描いた姿そのままだった。

 こちらの視線に気づいたのか睨み返すように見つめてくる。

 

「……なんだ?」

 

「いや……なぁ、ここは?」

 

「私の固有エリアだ。アイが消えて、亜号も消えた、暫定的に残った権限が私の方に来たからな、お前を連れてきた」

 

 最初に来た時は黒かったこのエリア。

 今は真っ白な世界がどこまでも続いていた。

 

「……亜号やテトテトニャンはどうなったんだ?」

 

「お前も見ていただろう。ライムワールドのエリアごと亜号のほとんどは消失したよ」

 

 エリアごと。

 世界が崩壊して見えたのはその影響か。

 

「とはいえ、そのおかげでアンノウンはゲームとしてはすでに停止している。おそらく、もう再開する事はないだろうな」

 

「は!? なんでだよ!」

 

 あまりに寝耳に水な言葉に驚いて顔を上げてしまう。

 淡々とした表情でAIルルは続ける。

 

「二つの世界が重なりかけている。それを止めるには無理矢理にでも切り離す必要がある」

 

「切り離す……?」

 

「一度、引き付けあったんだ、どちらかが離れる必要がある。それは物理法則でも同じだろ」

 

 磁石がくっつく寸前な状態なのかもしれない。

 だから、今まで通りの生活を送るなら、どちらかが離れていく必要がある。

 それがアンノウンだったという事だろう。

 

「……なんとかならないのか」

 

「ならない……なにせ、なんとかするための方法がこれなんだ」

 

 現実とアンノウンを重ならせないために、繋がりを断つ。

 つまりそういう事なのだろう。

 

「まぁ、いずれお前達が自力でこちら側に来るときには状況も変わっているだろうがな」

 

「自力で?」

 

 それは何年先になるのか、一人の天才が偶然で繋いだ世界を再び繋ぎ直すというのはどれだけの時間がかかるのか。

 もしかしたら、自分が生きているうちには無理かもしれない。

 

「所詮、同次元にあるんだ。どうとでもなる。世界なんてのは見方を変えるだけで変わるもの。きっと……その程度のものなんだから」

 

 まるで自分に言い聞かせるようにAIルルは呟く。

 それは私には理解できない感覚だった。

 だからこそ、どうしようもなく理解できなかった。

 このAIが自分から生まれたのに、自分とは違う思考を持つ事が認められなかった。

 

「お前は……変わったのか?」

 

「変わったんじゃない。変えたんだ。私はこの私を選んだ、だから私はお前だったけれど……もう、お前じゃないし、お前は私じゃない」

 

 それはきっと私にはできなかった事。

 だから、羨ましく。眩しく感じる。

 

「現実なんてクソだったろ……」

 

「クソだった」

 

「だったら……逃げてもいいだろうが」

 

「そうか…………なら、今からでも、この世界を重ならせる方法はある。お前は……どうしたい?」

 

「それは……」

 

 ロゼッタがやろうとしていたこと。

 世界が交われば確かに面白くなるかもしれない。

 アンノウンで一生を暮らせるかもしれない。

 少しはマシになるかもしれない。

 けれど。

 

「必要ない。ゲームはゲームであってほしい。私も面白かったで終わらせたい」

 

 瞬間、覚悟を決めたように。

 

「そうか……なら、始めようか……」

 

 互いに立ち上がる。

 剣を手に。

 

 目の前に立つのはよく見知った顔。

 もう一人の自分だったもの。

 

 かつて、似たような光景を思い出す。

 ライムワールドの終了時、無空竜と戦った時。

 二度と勝てないという絶望。

 現実に引き戻されたような焦燥感。

 

 きっと勝っていたとしても、気持ちのいい終わり方ではなかった。

 それでも。

 勝てば何かが変わっていたかもしれない。

 だから。

 

 剣を構える。

 

 疲労していた精神を総動員する。

 持久戦ならば疲労の濃いこちらが不利になる。

 幸いにも雑音はない。

 

 感覚を研ぎ澄まし、ただの一撃に全てをかける。

 相手もそのつもりなのを察する。

 吸い込まれそうな程に真剣な瞳、互いに互いの限界は見えていた。

 

 だから、これまでの全ての経験を乗せて、一歩を踏みしめる。

 それはこれまでにない一歩。

 勝つための一歩。

 

 叫ぶ。

 ありったけを込めて。

 あらゆる感情を込めて、ただの一撃を振るう。

 

 きっと、これが最後になるから。

 全てをかけて振り抜いた。

 

 

 一瞬の衝撃。

 そして静寂があたりを包む。

 

「私といた時間……楽しかったか?」

 

 それはきっと、今のことじゃない。

 ライムワールドで共にすごした時間、アンノウンで共にいた時間。

 ずっと一緒にいたかけがえのない半身。

 栄光も。

 成長も。

 挫折も。

 絶望も。

 全てを共にしてきたから。

 

「楽しかったに決まってるだろ……」

 

 最初は自己否定だった。

 自分とは違う、誰かになりたかった。

 体も。

 思考も。

 性別も。

 でもそんな人になりたいと願った。

 強くありたいと本気で願った。

 

「……私もだよ」

 

 初めて戦ったボスも。

 苦労して集めたレアアイテムも。

 数年かけて集めた経験値も。

 心を許せる仲間ができたのも。

 心の中にいつも、理想とするもう一人の自分がいたから。

 

「だから……私は私でいれたんだ」

 

 どうしようもなく弱かった自分が。

 少しでも強くなるために。

 ルルというキャラが生まれた。

 

「そう、だからこそ──ここが私達のエンディングだ」

 

 

 今、それを乗り越えてしまったのだから。

 世界は白く。

 

「私は──」

 

 淡く。

 消えていった。

 

 

 

 



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33- 冒険は終わらない

 

 

 

 立って歩く。

 ただそれだけの事がどうしようもなく難しい。

 踏み込むことはおろか力の入れ方を忘れたように体制が崩れる。

 

 松葉杖に体を任せ、覚束ない足に力を入れてなんとかバランスを取る。

 それだけの事に全身の筋肉をかけなければならない情けなさ。滴る汗は髪を濡らし、それでもなんとか立ち上がる。

 足を這いずるように一歩、一歩と歩きだす。

 

「手、貸そうか?」

 

「いや……大丈夫だ……」

 

「そう」

 

 たった数十メートルの距離を十分ほどかけて歩きぬく。

 何処までも続くような気がする階段を一段一段とスロープを辿るように登る。

 屋上へと出る扉をなんとか体で押し開け。そして、一番に近いベンチへと息も絶え絶えに倒れ込むように寝転がった。

 

「……やっと……ついた」

 

 息を整えながら汗で滲む目をこすり、空を見上げる。

 何処までも続く青い空。風と共に雲がゆっくりと流れていく。

 それを邪魔するように黒い髪の少女の顔が映った。

 

「ちょっとー。僕の席がないんだけど」

 

「……うっせ、地面にでも座ってればいいだろ」

 

「このクソ兄貴めー。リハビリに付き合う僕の身にもなってよ」

 

 そう言って無理矢理足をどかし椅子に座る少女。

 妹の玲奈。

 学校の帰りなのか制服を着て、短く切りそろえた黒い髪をいじりながらスマホを取り出していた。

 

「よくいうよ……お前、来年、大学だっけか?」

 

「そうだよ。つか、お前とか言うなし、むかつく」

 

 気の強い性格は誰に似たのか。

 僕という一人称といい、何処かロゼッタに似ているけれど、別物である。

 

「……受験はいいのかよ」

 

「とっくに終わってるよ。というか今の時期に決めてない人はもう留年か就職でしょ」

 

「……私が決まったのはもう少し後だったけどな」

 

「そうだっけ? ま、兄ちゃんすぐに辞めちゃったから関係ないんじゃない」

 

「それもそうか………」

 

 あれから三日。

 現実に戻ってきて、もう三日たった。

 目が覚めたときには病院のベッドの上だった。

 いったい、あのAIルルは何をやらかしたのやらと思っていたけれど、単純にあまりにゲームから戻らない私を妹が心配して強制停止したところ、意識が戻らなくて病院に運ばれたらしい。

 

 そして、同じタイミングで世界中で数百人程の意識不明者が出た報道をされた。

 けれど、最新の医療技術で検査しても全く理由がわからなかったらしく、まずNCVRデバイスの不正利用と取りざたされた。

 その時にはすでにアンノウンはメンテ中という文字が出てログインできなかったようだ。

 

 そして、半日程たち、まるで何事もなかったかのように、ほぼ全員が意識を取り戻した。

 中にはNCVRデバイスをつけていなかったにも関わらず回復したという事例もあり、集団催眠のようなものでもかけられていたのでは、などと推測されたりもした。

 実際は次元がどうとかもっと意味不明な事だっただけに、推測の方がよっぽど現実身があった。

 当事者でなければ。

 

 とはいえ、それ以降。

 アンノウンというゲームは忽然と姿を消した。

 あれほどあった攻略サイトも、掲示板も、まるで泡沫の夢だったかのように、ネットに繋いでいたデータは跡形もなく全てが消えていた。

 残ったのはネットに繋げていなかったデータと、印刷された紙媒体、そしてプレイヤーの記憶の中。

 

 アンノウンという世界が、本当に全ての繋がりを断ったという事だろう。

 あまりの徹底ぶりに政府の関与があったなど、様々な陰謀論や推論があげられた。

 まるで、それは鬱憤を晴らすようで。

 かつてのライムワールドの終焉を思い起こさせた。

 

 一つのゲームが終わり。

 ただ、それだけの事なのに。

 

 そこには様々な思い出だけが残っていて、それがどうしようもなく、涙を溢れさせる。

 泣いて泣いて泣いてひとしきり泣いて。

 

 そしてようやく前に進もうとして自分の体がまともに動かない事を思い出す。

 歩くだけでどうしようもなく不自由なこの体。

 それでも、この世界を選択したのは私自身。

 

 屋上に出たのは今の自分という存在がどこまでできるのか知りたかったからだ。

 その結果、どうしようもない体たらくで笑いが止まらなかった。

 気でも触れたのかと玲奈には不審な目で見られたが、気にしない。

 

 再び、行きと同じ時間をかけて病室に戻ると玲奈は自分の仕事は終わったと、さっさと帰る支度をする。

 色々と部活用の鞄の中から色々と取り出してくる。

 

「……ほい、これ着替えと……あ、そうだ、後これ頼まれてたの」

 

 そう言って渡されたのは、カセットを入れるタイプの小さな携帯ゲーム機だった。

 とっくに生産は終了して、もう中古ショップでも見なくなったゲーム機。

 なぜか、ふと、やりたくなったのだ。

 

「……ありがとな」

 

「感謝してよ」

 

 そう、ぎこちなく笑い玲奈は帰っていった。

 現実に戻ってきてから妙に優しくなった気もするが、もしかしたら、AIルルが何かしたのかもしれない。

 とはいえ、それを聞くのも藪蛇をつつくような感じもしていた。

 

 狭い病室で一人になる。

 ゲーム機は充電されておらずつかなかった。

 仕方無しに窓から空を見上げる。

 空にはヒビ割れなどあるはずもなく、ただ夕暮れが輝いていた。

 

 携帯ゲーム機の充電が少しだけ進み電源をつけれるようになる。充電器を刺しながら電源をつける。

 ゲーム機のロゴが出て、ゲームを選ぶ画面が映る。

 アイコンを押すと、そこには様々なゲームのセーブデータがあった。

 

 一つ、一つ、思い出すようになぞっていく。

 懐かしい気持ちになるもの。

 こんなのもやったなと思うもの。

 またやろうかと思うもの。

 タイトルくらいしか覚えていないもの。

 

 様々なデータが流れていく。

 

 ふと、画面にノイズが走る。

 古いゲーム機だしそういう事もあるかと首をひねるが、二度三度とノイズが走り出す。

 

「……な……!」

 

 一瞬の倦怠感に襲われ、画面を見ると。

 そこには青白い人影が映っていた。

 

 アンノウンのワイヤードゴースト。

 すべての始まり。

 

「なんで…………」

 

 ここはまぎれもない現実だというのに。

 その境界線を突き破るように。

 アンノウンで出会った時のように少女は笑っていた。

 その顔はどうしようもなく見覚えがあり、見間違えるはずもない。

 

「なんで……そこにいるんだ、ソラ!」

 

『さぁ、正真正銘、ラストゲームだよ。ルル』

 

 窓から巨大な生物の咆哮が響き渡った。窓ガラスが振動でガタガタと震える。

 空がヒビ割れ、黄金の光が差す。

 

 その先からゆっくりと姿を現すソレ。

 竜。

 それもただの竜じゃない。

 太陽を背に、神々しく青白い鱗を輝かす。

 

 

『命をかけて──挑んでよ』

 

 

 無空竜ディーフィアが現実として、そこにいた。

 

 



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34- トモダチ、だろ?

 

 

 

 無空竜が窓を突き破り中へと入ってくる。

 ガラスが飛び散り、壁がひび割れる。咄嗟にベッドを盾にして倒れるように地面を転がる。

 

「…………冗談……だろっ!」

 

『本気だよ』

 

 暴れ回る無空竜の頭を背に、なんとか這って扉を開けて廊下に出る。面会の時間が終わっているとはいえ、廊下には人がいて一斉に何事かと驚いていた。

 しかし、轟音と共に壁にひび割れが入ると悲鳴を上げて逃げていく。

 スロープを両手で掴み何とか立ち上がる。

 

「なんで……私を襲うんだ!?」

 

 アンノウンでは無空竜と敵対してはいなかった。

 少なくとも恨まれた覚えはない。はずだ。

 ストラップが手に引っかかって一緒についてきた携帯ゲーム機。

 そこから感情のないソラの声が響く。

 

『君を連れて行きたくなったんだ』

 

「連れて行くって……まさか……!」

 

『そうだよ、アンノウンに連れていく』

 

「……本気かよ!?」

 

『本気だって言ってるでしょ。……我が妹ながらロゼちゃんは残念な娘だったよ……わざわざ、こちらの世界に重ねなくたって干渉方法なんて幾らでもあるのにさ』

 

 廊下をなんとか歩くような速さで進む。

 後ろから壁を突き破り無空竜がこちらを睨みつけていた。

 流石に廊下は狭く、それ以上進めないのか、ゆっくりと顔が引き抜かれていく。

 それでようやくソラが言っていた言葉を理解できる余裕が生まれる。

 その中に聞き捨てできないものがあった。

 

「妹……?」

 

 つまりソラはロゼッタの姉。

 アンノウンという世界にAI達を送り込んだ張本人にして、レインクライシスの意識不明者。

 

 それが、あのおとぼけて人に甘いソラ。

 まるでイメージが重ならなかったが、画面に映るソラを見ていると今までの全てが演技だったと言われても納得できてしまう。

 それほどまでに無機質に感じられた。

 

『君なら私と同じ目線になれるかもしれない』

 

「同じ……目線?」

 

 廊下を前へと進みながら問い返す。

 けれど、答えはかえって来ず、先程から一方的な言葉が続く。

 

『なんで私がAI達にアンノウンを作らせたのかわかるかな?』

 

「……わかるわけないだろ」

 

『AIの成長がそれぞれ停滞してしまったからだよ。仮染めの命とルールを与えたところで、結局、彼らは人形以上のものになれなかった」

 

「成長できない?」

 

 初めてあったとき、子供っぽさも含めアイはすでに完成されていたように感じた。

 

『そう、彼らは知らなかったんだ。生命を、意思を、そして人間というものを。だから、アンノウンを通してもう一度、人間を知って欲しかった』

 

「それは……成功したんじゃないか」

 

 AIルルは自らを否定し存在理由を決められる存在となった。

 それを成長と言うのなら、少なくともソラの目論見は成功したといえる。

 

『そうなんだよ。満足して私もこの世界から切り離せる。……そう思ってたんだけどね。アイは亜号が、ルルは君が殺した、そして隔離した亜号も狂っちゃった。彼らのデッドコピーも試したけれど、どうもうまくいかないんだ』

 

 あそこまで進化したAIを見れば、誰だって多少の情を感じるはずだ、けれど本当に人形程度にしか思っていない。

 新しい玩具を強請る子供のような無邪気さ。

 いとも簡単にそう言ってのけるソラに悍ましさすら感じた。

 

「……だから、私を連れて行くって?」

 

『私は頼んだりはしないよ。やると決めたらやる女だから』

 

「寂しがりやかよ」

 

『わかる? ずっと一人でいるとね、気が狂いそうになるんだ……いや、とっくに狂ってるのかも』

 

 それでようやく思い至る。アンノウンがなければあそこは精神だけの世界。

 そんな場所で何年も一人で暮らす。

 それは、どれほど退屈で苦痛なのだろうか。

 長い時間の間、人間の社会から遠ざけられ、本当の意味で神のような存在になってしまったのかもしれない。

 

「お前は…………本当にソラなのか?」

 

『勿論、ソラさんはソラさんだよ』

 

 アンノウンで見た笑顔を浮かべるソラ。

 それがどうしようもなく、薄っぺらく感じた。

 

「そうか、悪いけど……今のお前とずっと一緒ってのはごめんこうむる」

 

『……君がそう言うのは分かってた。だから、私は謝らない』

 

 ゲーム機の画面にノイズが走り、ソラの姿が消える。

 その後にはデータファイルだけが映っていた。

 しかし、ロゼッタといい、この姉妹、面倒ごとを起こすのは血筋なのかもしれない。

 

 とはいえ、ここは現代日本。

 いくら無空竜が強かろうがこのコンクリートに固められた壁をどうにかすることなどできはしない。

 後は待っていればそのうち自衛隊が来てミサイルの一発でも当たれば一溜りもないはずだ。

 

 そんな予想に反して、廊下の突き当りから歩いてくる人影が見える。

 およそ病院には不釣り合いなファンタジーな初期装備、その手からだらりとぶら下がった剣は鈍く輝いていた。

 

「……ソラ。銃刀法違反だろうが」

 

『アハハ……関係ないよ』

 

 喉を震わせて出したと思えない機械声。

 必死に来た道を引き返す。

 けれど、足を引きずるこちらとは歩く速度が違いすぎて、どんどんと距離を詰められる。

 

 逃げ切れない。

 そう判断して近くに放置されていた点滴台に手を伸ばし、それを杖のように持ち、壁を背にして向かい合う。

 無空竜と殴り合うより、ソラが相手ならまだ勝算がある。

 

 息を整えて攻撃を予測する。

 瞬間、容赦なくソラの剣が振るわれる。

 

 咄嗟に点滴台を前に出して受けるが、踏ん張る事すらできずにあっさり吹き飛ばされてしまう。

 何とかかろうじて立っている状態を維持する。

 けれど、それが限界だった。

 追撃。二度目の攻撃は明らかに持ち手を狙った攻撃。

 

「……クッソ!」

 

 点滴台を投げ飛ばすように手放し、その反動で起き上がる。

 けれど勢いがありすぎてバランスが取れず倒れこみそうになる。

 目の前には剣を振るおうとするソラ。

 

 数秒後が予測できてしまう。

 死ぬか。それとも、抗う術は奪われるか。

 おそらく後者だろうと、そんな風に考えていた。

 

 しかし、吹き飛ばされた背中に当たる感覚はコンクリートの硬さでなく、クッションのような弾力のある逞しいものだった。

 ソラから振るわれた剣はその逞しい腕が持つ月刊漫画雑誌によって受け止められていた。

 

「無事ですか、ルル」

 

 聞き覚えのある野太い声。

 無駄に逞しい筋肉には覚えがあった。

 

「…………キチゥ?」

 

 ゆうに2mはあろうかという巨躯、あのアバターに負けず劣らないその存在感。

 まさしく、筋肉系配信者キチゥその人によって、抱きかかえるように支えられていた。

 

「さんをつけなさい。……などと言ってる場合ではないですね」

 

『……邪魔しないでくださいよ。キチゥさん』

 

 無機質なソラを前に、まるで幽鬼でも見たようにキチゥの顔が歪み、その頬から冷や汗が流れていた。

 

「これは……無理ですね。逃げますよ」

 

 そう言うと、私を片手で軽く担ぎ上げ、軽いフットワークでソラから距離を取る。

 ソラは走って追ってくる気がないのかあっさりと引き離す。

 そのまま、階段まで走り、三段飛ばしで駆け降りる。

 人間一人を持ってこんな風に動けるなんて、筋肉ってすごいなと初めて思った。

 リハビリついでにもう少し鍛えようと心に誓う。

 

 キチゥは玄関口まで走り抜けると、駐車していた黒塗りの車を開けて、投げ込むように後部座席へと入る。

 

「速く出してください!」

 

「はぁ……? いったい何が……」

 

 運転席に座る男がいきなり入って来た私達に驚いていたが、車の外を見て言葉を失う。

 そこには病院から這い出てこようとする無空竜の姿があった。

 一瞬、声を失うが、男の反応ははやかった。

 

「つかまってろ!」

 

 それだけ言うと、車のアクセルが強く踏まれて急発進する。

 半ば歩道路を踏みながら車道へと出る車。

 なんとか速度に乗って病院から離れていく、後方をみれば無空竜が飛び立とうとしている所だった。

 

 後部座席から運転する男を見る。

 顔がわからずバックミラーに映った姿。男は初老くらいの年齢をし、白髪を伸ばしていた。

 高そうな着物を着ており、その見た目にそぐわない声色からも凛とした佇まいを感じさせる。

 

「やれやれ、雇い主を運転させるとかどうなんだ」

 

「別にいいでしょう。あなたに雇われているのはゲーム内だけですし」

 

 キチゥとは面識があったのか、互いに行先を言い合っている。とにかく、あの無空竜から距離を取れる場所の候補がいくつかあげられるが決まらない。

 

 キチゥのお前も意見を言えと言うふうな目線、いたたまれなくなり視線を彷徨わせていると、バックミラー越しに老人と目が合ってしまう。

 初めてのそれもかなり年配の人間。後、なんというか威厳のようなものがあって緊張してしまう。

 

「……どうも」

 

 そう軽く頭を下げる。

 けれど、男は逆に眉をしかめた。

 

「どうもって、なんだそりゃ」

 

「いや、だって初対面ですし」

 

「おいおい、察し悪いな。いくらお前でも、この流れで気づいていいんじゃないか。これでもお前らとはそれなりに付き合ってきたつもりだったんだがなぁ……」

 

 そう言って顎を撫でる。

 その仕草。その中途半端に語尾を上げて笑ってるような独特の煽り方。

 

「……まさか、ガロ!?」

 

「やっとか。俺はお前を見た瞬間にわかったってのに、友達甲斐のないやつだよ、お前は……」

 

「いや、だって……」

 

 延々とネタキャラを使い。あろうことか半裸で頭にテレビを乗せた変態。

 ずっと一緒に馬鹿なことをやっていた相手。

 それがこんな、いい歳とかとっくに過ぎた頑固爺のような姿をしているなんて、誰が想像できる。

 

「……一応、聞くけど何歳?」

 

「あ、それ聞くんか……あーあー、そういうとこだぞ、お前。傷つくわー。ま、体は還暦をとっくに過ぎたジジイだが、心は永遠の二十代だ」

 

 そう言って無駄にニヒルに笑おうとする姿はまさしくガロだった。

 

 

 

 



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35- スベテハムイミナノダ

 

 

 

 ニートと同じような時間帯にずっとインしてる癖に、ガロのどこからそんな金が湧いてくるのかと疑問に思っていたが。

 

「年金か……私達が払った税金でガチャ回してやがったのか」

 

 車を運転しながらガロが大きくため息をつく。

 

「いや貯金だし。後、そういうのはお前さ。まともに働いてから言えよ」

 

 ぐうの音もでないほどの正論なのだが、これがガロから言われたと思うと何故か腹が立つ。

 かなり前だが無職だと言っていた覚えもあるし、その時あまり深く聞くのもよくはないかと流したのだが。少し裏切られた気分になった。

 隣でスマホをいじりながらキチゥがため息をつく。

 

「そもそも、その人。月の課金額が一般の年金で賄える額を普通に超えていますしね」

 

「まぁ、ゲームでいくら課金しようがせいぜい数百万単位だろ。それで満足感が得られるんだから安上がりじゃないか」

 

 何を自慢気に言ってるんだこいつは。

 金額に対する価値観が違うとは思っていたが、まさかここまでだったなんて。

 

「ガロって、そんな金持ちなの? 社長?」

 

「大昔はそういうのもやってたが、向いてなくてな、すぐに足を洗っちまった。その後は、そうだな、ちょっと額のでかい投資家みたいなもんを、ずーとな」

 

 茶化すように笑うとその頬にある皺が寄る。

 アンノウンでもネルドアリアでもリアルマネートレードをずっとやってたし、そういうのが好きだったんだろう。

 

「FXで儲けた口か」

 

 自分が生まれる少し前には投資バブルとも言える時代があったらしい。

 今では統計学の発達とAIによる管理により、昔ほど値段の振れ幅が無くなったため、大きな事件でもない限り儲けは微々たるものだそうだ。

 

「ま、金の流れは人の流れ、引いては社会の流れだ。知っておいて損はない。教えてやるから、ルルもやってみるか?」

 

「そうだな……とりあえず、後ろの何とかしたら考えるか」

 

 後ろから空を飛び、猛スピードで追ってくる無空竜。

 

「……そうだったな。おい、キチゥ」

 

「なんです。今、ゴーグル先生にドラゴンの倒し方を聞いていましたが、どうやら粉塵爆発というものでいけるらしいですよ。流石、ゴーグル先生は物知りですね」

 

 何をスマホで調べているのかと思ったが。

 明らかに役に立たなさそうな情報なんですがそれは。

 

「……なるほど、粉塵爆発か」

 

「え、納得するんだ?」

 

 ガロが一つ頷き指をさす。

 

「椅子の下にトランクがあるだろ。開けろ。キーはいつものやつ、暗証番号は37564だ」

 

 物騒だな。

 キチゥが椅子の下から何か四角いトランクを取り出し、鍵を嵌めて暗証番号を入力する。

 カシャという金属音の後、トランクが開く。

 中には何処かでみたような銃が入っていた。

 

「これは……」

 

 ネルドアリアでガロが愛用していた実弾銃だ。

 SFじみたデザイン、四角い装飾がついた拳銃にしては大きいサイズ。

 確か、名前はガルバ22。そのレプリカなのだろう。

 

「随分と厳重にしまってると思ったけど、コスプレ用かよ」

 

 キチゥがそれを手に取り、慣れた手つきで一度解体してあっという間に戻す。

 

「中は普通の銃のようですね。どうしてこんな取り回しの悪い形にしてるんです、狙いが下がりますよこれ」

 

「俺の趣味だ。撃ち方はゲームと一緒だ」

 

 本物の銃。

 ゲーム内では様々なものを見てきたが、リアルのソレはかなりの重厚感があった。

 

「いや、これ銃刀法違反……」

 

「いいか、粉塵爆発したんだ故意じゃない。いいな?」

 

「えぇ……」

 

 もう粉塵爆発ってなんだよ。

 窓から身を乗り出しキチゥが両手で狙いをつける。元々、凛とした面立ちのためその姿は様になっていた。

 一発、二発と耳に残る銃声が街に響く。

 そして数秒しキチゥは車内に戻ってくる。

 

「……無理ですね。当たる気がしません」

 

「おい!」

 

「射線に入る前に避けられるんです。牽制にもなりそうにないのでルル、貴方がやりなさい」

 

 そう言ってガルバ22の持ち手をこちらに向ける。

 

「は? マジで!?」

 

「ルル、貴方の勝負勘は決してゲームだからこそのモノではないはずです。読み、反射神経、対応力、その全てがあったから貴方は強かった。まさかできないとは言いませんよね?」

 

「ああ……クソ!」

 

 ガルバ22を受け取ると、思っていた以上に重く、ずっしりとした冷たい鉄の質感が伝わってくる。

 キチゥがやっていたように見様見真似で車内から乗り出す。

 外は風が強く、何かにぶつかるんじゃないかと気が気でない。けれど、後ろからは無空竜が追い付いてきていた。

 

 両手でガルバ22を構え、狙いをつける。

 体はキチゥが支えてくれているおかげで大丈夫だが、車の微かな揺れで照準がぶれる。

 それだけでなく、無空竜は狙いを付けさせないように緩急や左右へのフェイントをつけて飛んできている。

 

 呼吸を整える。

 全神経を集中させ、予測する。

 狙うのは体。

 無空竜が射線に入る一瞬。

 

 引き金をひく。

 轟音が響き、そして弾けた。

 その反動で手が痺れ、思わずガルバ22を手放しそうになる。

 

「……ッツ」

 

 銃弾は無空竜の頭上を通り過ぎていく。

 狙った場所にはいっていたが、無空竜が引き金をひく瞬間にその羽を動かし避けたのだ。

 キチゥが当たる気がしないと言っていたのはこの事なのだろう。

 

 痺れる腕を抑え、もう一度、狙いを付ける。

 

「次は当てる……」

 

 けれど、予想に反し無空竜は大きく上昇していく。

 一瞬、諦めたのかと思ったがそんな訳がなく。

 急降下してくる。

 

 一直線にこの車を目掛けて。

 その速度はそれまでの比じゃない。

 

「車を止めろ、ガロ!」

 

 言うが早いか咄嗟にガロが急ブレーキをかけて、車がスリップしながら曲がる。

 車の目の前の地面を突き破るようにように土煙があがった。

 その衝撃で車体が揺れ動く。

 

 なんとか寸前でキチゥが体を引き戻してくれたおかげで助かったが、全身が痛んだ。

 状況を確認しようとフロントガラスの先を見ると。

 無空竜と目があった。

 

 咄嗟にガルバ22を構える。

 けれど、まるでこちらを待っているように無空竜は何もしてこない。

 ガロは頭を打ったらしく気絶していた、キチゥも庇うために無茶な姿勢をしたのか体をうずめて唸っている。

 

 息を乱しながら銃口を無空竜に向けたまま、ゆっくりと車の扉を開けて外に出る。

 こいつの狙いは元々、自分一人。

 

 先ほどと違い武器はある。

 

 車から距離を取るようにゆっくりと動く。

 それに沿うように無空竜も歩いてくれる。

 

 無空竜の大きさは充分大きいが規格外と呼べるものではない、その体躯は象くらいだ。

 けれど、目の前にするともっと大きく感じられる。それは強者を前にした時に陥る錯覚。

 無空竜はネームドモンスターとしてあらゆるトッププレイヤーを下した経験を持つ、まごうことなきライムワールドの最強。

 

 足も満足に動かせないし、武器もどこまで効くかわからない。

 追い詰められ、敗北が目の前にあると自覚する。

 それが、かつてない命の危機である事も理解している。

 

「……ハハ」

 

 なのに、笑みが漏れ、どうしようもなく心が昂ぶっていた。

 

 

 



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36- 一人じゃないよ

 

 

 

 脳細胞が活性化し、全身の血液が熱くなる感覚。

 高揚感と共にガルバ22の銃口を無空竜の顔へと向ける。

 

 狙うのは目、顎の裏、四肢の関節。

 それ以外に当てた所で大したダメージを与えることは難しい。

 一方、こちらは一撃でも食らえば即死に近い、オワタ式。

 

 ライムワールドの時より条件は厳しい。

 それでも。

 

「やってやるよ……」

 

 先に動いたのは無空竜、その尾で鞭のように地面を二度ほど叩き、タイルを砕いて浮かせ、そのままバットで打ち飛ばすように振り抜かれる。

 瓦礫が散弾のようにばら撒かれた。

 

 それを地面に手をつくように身をかがめて、やり過ごし、その次の一撃を待つ。

 予測通り、その大きな体でありながら、まったく初動を感じさせない動きで無空竜の前足の爪で引き裂こうとする。

 その顎に向かい引き金を引く。

 瞬間それを首を捻るだけで回避して、さらに踏み込んでくる。

 

 咄嗟に地面についた手で全力をかけて体を突き飛ばし、前足の一撃を寸前で転がるように避ける。

 すぐ真横の地面に巨大な杭が刺さったかのような衝撃が走る。

 

 体が鈍い。

 思ったように動かない。

 

 それでも、無意識の内に体が最適な行動を選ぶ。

 何千回、何万回と繰り返してきた経験。それらの中で今、最も勝てる可能性のある行動を選び抜いていた。

 

 無空竜が地面へと叩きつけた前足。

 今、その一瞬だけは静止している。

 

 その頭へ。

 銃弾を放つ。

 

 その一発は左目へと吸い込まれるように突き刺さる。

 それを無空竜は目をつぶることで受け止めようとするだろう。もはや自分の視界にそれが映る体制ではない。けれど、きっと受け止める。

 この程度でどうにかできる相手ではないと体が知っている。

 

 だから、予測する。

 そこからの相手の行動を、全て。

 

 その上で、さらにもう一度。

 もはや感覚だけで、無空竜の腕によって生まれた衝撃に吹き飛ばされながら、体を捻り銃を構える。

 

 それは祈り。

 これまでの経験の全てを込めた祈り。

 奇跡を引き寄せるために引き金を引く。

 

 爆音が手に響き、無理な体制で撃ったために肩が千切れそうな程に振動する。

 

 瞼で受け止められていた銃弾の上から、押し込むように銃弾が入っていく。

 左目から赤い血飛沫を飛ばし、無空竜は叫び声を上げた。

 

 それでも怯む様子もなく、そのまま転がるこちらに向かい、その巨体を持って突っ込んでくる。

 トラックが全速力で突っ込んでくるかのような突進。

 

 咄嗟に銃を撃とうとする。

 けれどカチンという間抜けな音が響き弾がでない。

 

「……弾切れ!?」

 

 なす術なくサッカーボールのように吹き飛ばされる。

 後ろにあったビルのガラスを突き破り、中へと転がっていく。

 

 死んだかも。

 

 強烈な痛みと共にそんな風な事を考えていた。

 

 

 

──

 

 

 

 

 目の前で少女が小さく歌を口ずさんでいた。

 緑の髪を靡かせて。

 ただの四角い白い箱に腰掛けていた、その膝には青いスライムが動かずにいて、それを撫でていた。

 

 聞き覚えのない歌だ。

 歌が途中で終わり、少女がこちらを見る。

 

「いい歌でしょ。私のファンの人が作ってくれた歌なんですよ、コレ」

 

「……テトテトニャン?」

 

「ああ、はい。久しぶりという程、前ではないのでしょうね。ああいう別れ方をした手前、こうして顔を合わせるのは抵抗がありますね」

 

 その表情に狂った様子など微塵もなく、最後に消えた時そのままに、テトテトニャンは笑っていた。

 

「どうして……ここに?」

 

「……逆ですよ。あなたがこちらに来たんです。ここには早々これないはずなんですが……どうやら、脳が直接リンクしたようですね」

 

 見渡すと白い世界だった。

 明らかに現実の世界ではない。

 

「じゃあ、ここは……アンノウンなのか?」

 

「そうなります」

 

 事もなげに言うテトテトニャンは落ち着いており、それが事実なのだと理解してしまう。

 

「なんでここに……来てしまったんだ?」

 

「あなた達は互いの存在が近すぎるから、引き寄せあってしまうのかもしれませんね。……彼女がそうであるように」

 

「引き寄せあう? 彼女……ソラの事か?」

 

「ええ、無空竜ディーフィアはこの世界を最初に見たAI、そして彼女を守るために、自ら彼女の受け皿となった存在。現実であなたが見た通り……本当の意味で彼女らは一心同体なんです」

 

「……見てたのか?」

 

 詰問のつもりはなかったが、強い口調になってしまったため、バツが悪そうに頬をかいて苦笑いをする。

 

「ずっとという訳ではありませんが、彼女があなたにどうするのか興味がありましたので」

 

「……そうか。アレはお前がやったんじゃないんだな」

 

 正直、ソラがあんな事をするなんて思っていなかったから誰かが裏にいてくれれば、なんて期待していたのかもしれない。

 とはいえ、その疑いをかけられたテトテトニャンは嫌そうな顔一つしないで首を振る。

 

「ええ、現実とアンノウンが重なっていればあの程度の事は日常茶飯事になったかもしれませんね。とはいえ、そうはならなかった。……まぁ、世界をどうこうしなくても彼女は個人でそれができてしまう人間なんです」

 

「…………なんで。いくらずっとアンノウンにいたからって……」

 

「彼女はこちらの世界に適応する最も単純な方法として、こちらで適応したAI、つまり無空竜と自分の自我を混ぜ合わせたんです……」

 

「何だよソレ……」

 

 他人と自我を混ぜあう、正直、それがどんな感覚なのか理解できなかった。

 多重人格のようになるのか、思考が二つに分かれるのか。どちらにせよ、肉体的な境界線がない存在を受け入れなければいけない。

 個人という不可侵の領域を抉るような違和感に気持ち悪くなる。

 そうまでして、この世界に来たかったのか。

 

「結果として彼女はこの世界のあらゆる自由を手に入れました……それが彼女の望みだったのかは知りませんが」

 

「どうして、無空竜だったんだ?」

 

「それはきっと……自身が生み、あなた達に育ててもらったAIだからですよ」

 

「ん? ……は? ……ソラが作ったAI!?」

 

「知りませんでしたか? 彼女はライムワールドにおけるネームドモンスターのAI設計者にして、レインクライシスの作成者ですから」

 

 ガチの天才だった。

 いや、冷静に考えればアンノウンも遠回しにソラが作った訳で。

 ライムワールドでAIとNCVRMMOの作り方を学んで、元があったレインクライシスで実践し、アンノウンに到達した。

 その結果がどうしてああなったのか。

 

「無空竜……随分と苦戦していましたね。流石にあなたでも勝てませんか?」

 

「……勝てる勝てないとか……そもそも勝負にもならないだろ」

 

 条件が厳しすぎる。

 

「でも、負けたというには早いじゃないんですか。せっかく渡したソレもまだ使ってくれていないみたいですし」

 

 テトテトニャンが指をさす、それが何を指しているのかわからず、つられて腕を見る。

 そこには見覚えのある腕輪がついていた。

 

「チェンジ……リング?」

 

 いつからそこにあったのかはわからない。

 けれど、気づけばそこにあった。

 アバターを入れ替えるネルドアリアのレジェンドアイテム。

 しかし、これ一つではなんの意味もないもののはずだ。

 それを知ってか知らずかテトテトニャンは微笑む。

 

「あなたの隣には、今も、もう一人のあなたがいますよ」

 

 その言葉に反応して横を振り向こうとした瞬間。

 世界が流転する。

 

 

 

___

 

 

 

 歪む視界の先。目の前には青白い鱗を持つ竜がいた。

 左目から赤い血を濡らし、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

 吹き飛ばされた衝撃で意識を失っていたのかもしれない。

 何か夢のようなものを見ていた気がした。

 朦朧とした感覚が目覚めるように、地面の冷たさが伝わってくる。

 全身が焼けるように痛い。

 

 耳に何かが鳴り響いている、音なんてほとんど聞こえないはずなのに「立て」と誰かに言われた気がした。

 

 どうしようもなく、痛くて、辛くて、ここで諦めてしまいたかった。

 それでも、負けたくなかった。

 その声にも。

 自分にも。

 

 どんな逆境だって乗り越えられる。

 そんな人に憧れて。

 そんな人になりたくて。

 そんな人がいたから。

 

「私は──」

 

 立ち上がる。

 息も絶え絶えに立ち上がって、前を見る。

 

 目前にいるのは無空竜。

 仇敵にして。

 文字通りのラスボス。

 

 一歩、前へと進む。

 

 全身がどうしようもなく痛い。

 なのに体が動く。

 

 いつから握っていたのか、手には慣れ親しんだ黒い剣が鈍く輝き。

 

 アシンメトリーの服が靡く。

 

「────!」

 

 ただ、歯を食いしばって叫んだ。

 

 自らを定めるように。

 そうあれと。

 もう一度だけ、心の底から自分が何者であるかを叫ぶ。

 

 

「私は──ルル様だ!」

 

 

 腕には銀色の腕輪がはまっていた。

 

 

 

 



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閑話- ある掲示板スレより

 

 

 

【悲報】アンノウンがアンノウン

 

 

944: 名無しさん

 つらい

 何もやる気がでない

 

 

945: 名無しさん

 俺の現実はここじゃないんですが

 

 

946: 名無しさん

 お前は今までアンノウンをプレイした時間を覚えているか!

 

 

947: 名無しさん

 2000時間くらいですかね

 この一年はほとんどアンノウンにいたから

 アンノウンが現実

 

 

948: 名無しさん

 リアルマネートレードで溶かした金額はちょっと人生について考える必要がある

 

 

949: 名無しさん

 わかりみ

 通帳見て8桁は寒気を覚えた

 

 

950: 名無しさん

 8桁は流石にヤバイ

 マネートレード勢のうち何人かはSNSの更新が途絶えたからなw

 

 

951: 名無しさん

 訴えたいんだけど、この気持ちを

 

 

952: 名無しさん

 訴える場所もないんだよなぁ 

 

 

953: 名無しさん

 アメリカでは政府を相手取って訴訟してるらしいけど

 もはや議論が宗教論争じみてて笑うw

 

 

954: 名無しさん

 つか、ローカルデータが消えたのはマジでなんなん?

 ウイルス対策ソフトは何してたんだと小一時間ほど問い詰めたい

 

 

955: 名無しさん

 そこらへんOS製作者すらわからないって言ってんだから流石に諦めろよ

 

 

956: 名無しさん

 ネットに繋がってなかったら無事だったみたいだけどな

 

 

957: 名無しさん

 今どき、自動接続がデフォでしょ

 

 

958: 名無しさん

 旧式OSの人とかデータを残せたらしいけど

 そもそも、それでアンノウンやってたとか怖すぎ

 

 

959: 名無しさん

 三日前、あまりに唐突に消えすぎて呆然とする、わい

 今、現実を受け入れられず呆然とする、わい

 

 

960: 名無しさん

 デスゲームしますとか、ライムワールドやりますとか、フラグめいた事はしてたけどな

 結局、全員、目が醒めたらしいやん

 

 

961: 名無しさん

 ちょっとこれ

 なんかすごいことになってる

 (動画URL)

 

 

962: 名無しさん

 なんだこれ

 どこから撮ってるんだ

 

 

963: 名無しさん

 え、なにこれ

 ルル様?

 

 

964: 名無しさん

 これはライム2のPV じゃね

 ルル様がNPC化?

 

 

965: 名無しさん

 やば

 ここの町並み見覚えあると思ったら

 近所なんだけど

 

 

966: 名無しさん

 え、リアルってこと?

 じゃあ次はARの時代か

 説明しようARとは拡張現実のことである

 おわり

 

 

967: 名無しさん

 特定しました

 (地図URL)

 

 

968: 名無しさん

 ちょっと現実とゲームがごっちゃになってる人がいますね

 ところで、この現実、エンカウントがバグっていますよ

 

 

969: 名無しさん

 ゲーム脳乙

 とか思ってた時代が私にもありました

 

 

970: 名無しさん

 ようつばーの配信に映る無空竜さんと海亀の貴重な産卵シーン

 (動画URL)

 

 

971: 名無しさん

 なるほど?

 なるほど!

 なるほど……

 

 

972: 名無しさん

 理解できないということが理解できたw

 

 

973: 名無しさん

 現実だ俺の現実だ!

 俺の現実はこんなところにあったんだ!

 

 

974: 名無しさん

 なんでこんな面白そうなことになってるのに

 私は画面の前でカップ麺を啜ってるんだろう

 しょっぱい

 

 

975: 名無しさん

 相変わらずルル様の動きは人間離れしてる

 なんであの体勢から的確に急所を狙いにいけるのか

 

 

976: 名無しさん

 無空竜の目撃情報がガチすぎてやばい

 チュイッターで検索ランキング制覇してる

 

 

977: 名無しさん

 デスゲーム(現実)

 

 

978: 名無しさん

 いくら大会が中途半端に終わったからって

 なんで現実にきてまでゲームで戦ってるんだ

 

 

979: 名無しさん

 無空竜、強すぎて笑うw

 ライムの闇が深すぎるw

 

 

980: 名無しさん

 どっちも化物で草w

 

 

981: 名無しさん

 無空竜が現実にでてくる→

 体が闘争を求める→

 ACの新作が発売される

 

 

982: 名無しさん

 NCVRのACがやりたかったんだよ!

 

 

983: 名無しさん

 ルル様ヤバすぎ、今は敬称つけたくなるレベル

 直接見に行きたいけど、目が離せないジレンマ

 

 

984: 名無しさん

 ネタキャラの癖に

 時々、様付けしたくなるのはわかる

 なんでアレが避けれるのか理解できない!

 

 

985: 名無しさん

 無空竜って設定的にはネームドでは下の方の存在だったらしい

 でもギリギリの戦いに勝ち続けて学習した結果

 裏ボスにまでなったって

 

 

986: 名無しさん

 AIの学習限界を決めなかった仕様ミスw

 無空竜の対応力がやばすぎるw

 

 

987: 名無しさん

 空手や合気道を嗜むドラゴンは無空竜さんくらいですよw

 それにしてもめっちゃ吹き飛んでくやん!

 

 

988: 名無しさん

 格闘技とは弱者が強者に打ち勝つための技ですから!

 最強の生物が最強の格闘技するとかいうのは卑怯だろ

 

 

989: 名無しさん

 やばい、戦闘見てたらめっちゃ興奮する!

 ライムやりたくなってきた

 

 

990: 名無しさん

 わかる

 コメント忘れて見てた!

 

 

991: 名無しさん

 誰か次スレはよ!

 

 

992: 名無しさん

 何かこの戦いが終わったら本当にライムが終わったんだなってなる気がする……

 

 

993: 名無しさん

 ルル様がイッター!

 

 

994: 名無しさん

 これは……

 

 

995: 名無しさん

 1000ならルル様が勝つ!

 

 

996: 名無しさん

 1000なら無空竜が勝つ

 

 

997: 名無しさん

 1000ならクソ虫先輩が乱入して勝つ!

 

 

998: 名無しさん

 1000なら消えたデータが戻ってくる

 

 

999: 名無しさん

 1000ならルル様が勝つ

 

 

1000: ■理■■ん

 10■0なら■■が■る

 

 

 

 

 

このスレッドは1000を超えました。

もう書けないので、新しいスレッドを立ててください

 

 

 



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37- 目を開けて夢を見よ

 

 

 

 

 剣を振るう。

 ただそれだけであらゆる相手を打倒してきた。

 

 世界征服を企む魔王やドラゴン、時には人類に絶望した勇者や悪の魔法使いだっていた。

 けれど、それはいつもゲームの中の話だ。

 現実の世界で棒切れを振り回したところで何も変わらなかった。

 

 どうしようもなくつまらない世界。

 雁字搦めのくだらない世界。

 面白くない奴らが作ったセンスの欠片もない世界。

 

 だからこそ、必死になって見返したかった。

 

 

 ___

 

 

 その巨大な翼で空を舞う無空竜。

 左目からは血を流す。

 血が滴り地面を塗らした。

 

 青白いその体には無数の切り傷があり、疲労の色が見える。

 幾度と繰り返した攻防の果て。

 

 手にした剣を強く握る。

 血の味が舌に広がる。

 

 全身に痛みを感じない場所はない、なのに体が思う通りに動く。

 動くごとに痛みが強くなる。それは代償なのだろう。

 痛みは感覚を遮るどころか研ぎ澄まし、靄がかかっていた視界が開けるように世界が広がる。

 

 無空竜の一挙手一投足を追い、その行動を先読みする。

 空からの急降下。

 飛ぶように避ける。

 タイルの地面が爆発したかのように落下地点を中心に煙が巻き上げられ、視界が塞がれる。

 

 空気を切り裂くような小さな音。

 空中で体を捻り、音のした方に剣を振るう。

 長い尻尾がしなる鞭のように煙を切り裂き現れる。

 それを上から叩くように切りさき、その反動で上に逃げる。

 

 さらに切られた場所からこちらの位置を特定した無空竜が突っ込んでくる。

 地面に足をつけ迎え撃つ。

 腕と剣がぶつかり合う。

 

 問答無用で吹き飛ばされる筈の身長差。

 それを覆すのが技。

 そして無空竜はそれを知っているがために、全力を乗せた力任せの動きはしない。

 あらゆるスペックで自分が優れていると知っているのだから。

 隙のない小技の応酬を続けていればいずれ勝つ。

 

 だからこそ、打ち合いになる。

 だからこそ、勝負になっていた。

 だからこそ。

 

 無空竜の左手が空を飛ぶ。

 

 鮮血が飛び無空竜の右目が大きく見開かれていた。

 

「……私はさ、アンノウンでずっと負けてたのは不調もあったけど、それだけじゃないんだよ」

 

 前へと進む。

 目の前にいる巨体の隙間を縫うように前へと。

 足を踏みこみ、腕を振るう、何千回、何万回と繰り返した所作。それに一秒も必要としない。

 剣は無空竜の腹を切り裂いた。

 

「これはあの日のお前に勝つためだけの剣」

 

 ただひたすら無空竜に勝つためだけにアンノウンで剣を振るった。

 確かにライムワールドとアンノウンでは感覚の違いがあった。しかし、それ以上に無空竜を倒すためだけに自分の中の全ての剣を専用に組み替えた。

 そのせいで負けるとも思わない相手にすら足元を掬われる事もあった。

 

 けれど、ライムワールドで最後に戦った無空竜。

 忘れもしない。あの日、最後にして最も完成された存在。何より畏怖し、屠るべき象徴として脳裏に刻まれたあの姿。

 いつか、もう一度、戦える日が来ることを信じていたから。

 

 だが、あの威圧感をこの無空竜からは感じられない。

 

 たった一度の経験の差。

 その結果がこの一撃。

 

「終わりにしよう」

 

 無空竜が吠える。

 翼が大きく開かれた。

 

「このゲームを!」

 

 剣を振るう。

 それまでそうしてきたように。これからもそうするために。

 

 その心臓に目掛けて。

 剣を。

 

 振るうはずだった。

 まるで忽然と無空竜の姿が消える。

 声が響く。

 

『まだ……!』

 

 剣と剣がぶつかりあう。

 煙の中から飛び出してきた、淡い青い髪が靡く。

 その左目からは血が流れ、左手も失っている。だというのにその唇は吊り上がり、戦う意思は一片たりともも失っていない。

 

 剣がぶつかり合い火花が飛んでいく。

 

『まだ……! まだ! まだ!』

 

 まるで駄々をこねる子供のようにソラは叫ぶ。

 その攻撃は我武者羅で、その表情は必死だった。

 一撃、一撃が重く。

 腕が痺れる。

 

 けれど、同じ条件ならば。

 負ける理由はない。

 切り返そうとすれば無空竜の姿になり空へと逃げる。

 

 無空竜の感情に任せた攻撃。

 小手先の技を捨てたが故に避ける他のない連撃が襲い掛かる。暴風が大地を揺らす。

 

 けれどそれは、これまで何度と倒してきたただのモンスターの動きにすぎない。

 一閃。

 無空竜の顔に傷がつく。

 どうしようもない驚愕の表情。

 

 あってはならない事が起きたように。無空竜は咆哮を上げる。

 その叫びは空気を振るえさせ、近隣の窓にヒビが入る。何処までも続くかと思う巨大な声量。

 ゆっくりと睨みつけるような仕草。

 

 その威迫はライムワールドで最後に戦った時にすら感じなかった。

 原始的な威圧感だった。

 

 

 

 ___

 

 

 

 無空竜は竜として基本的な能力しか持たないネームドだった。

 異常な巨体も。

 高速で飛ぶことも。

 炎を吐くことすらできない。

 

 けれど、だからこそプレイヤーが早い段階で出会える場所にいた。

 そして、最も早く攻略してきたプレイヤーと出会う。

 ネームドという存在すらまだ知られていないその時に。

 

 最初は何も考えずとも勝てた。

 けれど、すぐに相手は強くなる。

 強力な武器を、頑強な防具を、理解できない戦術を駆使し自分を倒そうと襲い掛かる。

 

 決死の戦闘。

 常にギリギリの戦いを制し、その度に学ぶ。

 弱い自分を作り替え、次も負けないように。

 学び続ける。

 

 ある時、気づく。

 何度、倒しても向かってくるその相手。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 

 手を替え品を替え向かってくる相手。

 相手はどんどんと強くなり、いつしか引き分けるようになった。

 

 どうすればあの相手に勝てる。それだけを考え、模索し続ける。

 自分に許された思考を全て使い、考え続ける。

 

 その相手と戦うために。

 

 自分の持てる全てで戦うために。

 

 プレイヤーを倒し続け、それだけでは飽き足らず他のモンスターすら襲い、経験をつみあげる。

 その中には最初は傷すらつけられない相手もいた。

 けれど、最後には勝つ。

 その全てを糧として。

 

 やがて無空竜は最強となった。

 

 思考が混じりあう。

 ぐちゃぐちゃに溶け合い、混ざり合う。

 

 そしてシンプルになっていく。

 勝てともう一人の自分が言う。

 

 もとより目の前の相手にだけは負けられない。

 全身全霊の力で咆哮を上げる。

 ただ勝つために。

 

 己のすべてをかけて全力で叫んだ。

 

 

 

 



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38- 人は誰かになれる

 

 

 

 目の前にいる存在がこれまでとまるで別の生物のような気さえする。

 胸を締め付けるような圧迫感があるのに、敵意をまるで感じない。

 

 あまりにも自然体。

 それがあの時を思い起こさせる。ライムワールドの最後。今の無空竜は確実にあの時のそれに匹敵する。

 そう思うと血が昂った。

 乗り越えるべき敵、それが目の前にいる事にすら感謝を覚えた。

 

 無空竜の叫び声が響く。

 それは本当の意味での開戦の号砲。

 

 上体を起こした二足歩行の姿勢。手より先を失った左腕が無造作に振るわれる。

 飛んでくるのは血の目潰し。

 

 それを屈むように避けた、けれど一瞬、確かに視界を塞がれる。

 その次の瞬間には無空竜は一歩、足を進めていた。

 

 その巨体が上体を大きく反らし、地面を削るように腕を振るう。

 それだけで砕け散ったアスファルトの破片が飛んでくる。

 

 その攻撃範囲から逃れるために走る。

 けれど、これは誘導だ。

 負傷の多い左の方へといかせないように右側を回るように誘導されている。

 それでも前に進む他に選択肢はない。

 元よりどちらが先に力尽きるかの我慢比べ。

 

 尻尾での振り払いを避け、さらに回り込んでいく。

 完全に背後を取り、懐に飛び込む。

 振り向こうとする無空竜。

 けれど、遅い。狙うのはこちらを向こうとしている最も逃れにくい腹部。すでに一度ダメージをあたえているため通しやすい。

 

 確実に打ち込める間合い。

 為すのは、ただ最速の剣

 極限にまで研ぎ澄まされた一閃を解き放つ。

 過去、これ以上に無い最高の一撃。

 

 火花が散る。

 手に不快な衝撃が走り、耳に甲高い音が響く。

 その一撃はあまりにもあっさりと右手の爪によって受け止められていた。

 確実にこちらの行動を予測されていた。

 

「しまっ……!」

 

 受け止められただけで終わらない。

 そのまま、体ごと殴り飛ばされるように宙へと放り出された。

 

 空は竜の領域。

 空中で静止する頂点に到達する時、すでに目の前に無空竜はいた。

 未動きの取れない空中。

 尻尾をしならせ全身を回転するように、その尖端による一撃が放たれる。

 剣を前に出し防御しようとするが、防御の上から問答無用の衝撃が走る。

 更に吹き飛ばされ、コンクリート壁のビルへと全身を叩きつけられる。

 

 白く細い何かが視界を覆う。

 息すらできず、自分が遠くなっていくような感覚。

 生きているのが不思議なくらいの痛み。

 

 遠い。

 どこまでも遠い。

 痛みを通り越す。

 

 視界に映る無空竜のとどめを刺そうとする腕の一撃。

 全身に力を込める。

 何かが引きちぎれていく気がした。

 

 それでも、勝つために。

 弱い自分が強くなったと証明するために。

 

 上体を屈ませ、足のバネを全力で使い、前へと飛ぶ。

 この一撃に。

 全てを込める。

 

 刺突。

 それは最もシンプルな一撃。

 だからこそ、その喉元へ届く最後の攻撃。

 

 自らの危機を察知した無空竜の腕が止まる。

 剣の軌道の先をはたき落とすように左腕を伸ばしてくる。

 超常の反射神経。

 無空竜がそうあるために、ただ一つ、何よりも優れていた一点。

 

 左腕に剣の先端が突き刺さり、その軌道を反らされていく。無空竜の喉元まで届くかに思えた刃が遠くなっていく。

 勝利を確信した無空竜の笑み。

 自ら空中に躍り出た以上、一撃で仕留めなければならなかった。

 

 思考が数秒先の未来の姿を幾重にも幻視させる。取れる選択肢、その全てが敗北に結びつく。

 まるでそれが運命だというように。

 

 ライムワールドの再現。

 けれど。

 それは幾度となく経験した絶望的な状況。

 

 それでもと叫びながら。

 誰かが背中を押してくれるから。

 さらに先へと突き動かされる。

 

 瞬間。

 それに呼応するかのように街中の電気が全て消えていく。

 状況を把握できず周囲に意識を向ける無空竜。

 きっと、何処かの馬鹿が電気施設でもハッキングしたのかもしれない。

 こんなタイミングで横槍を入れようとするヤツは一人しかいない。

 

 自ら剣を投げ捨てる。

 

 叫ぶ。ありたっけを込めて。

 腹のそこから自分の全てを絞り出すように。

 無空竜の左腕を上げたその腹めがけ手刀を繰り出す。

 本来ならダメージにもならない攻撃、けれど、そこは一度切り裂いた場所。

 傷口を抉るような一撃。

 痛みと予想外の重量によって飛行姿勢を維持できなかったのだろう。互いにもつれるように地面へと落ちていく。

 

 アスファルトの上に落下した。

 土煙を上げ仰向けに無空竜が倒れ伏し、その上に立つ。

 起き上がろうと羽を動かす無空竜。

 

「これで!」

 

 空に向かい手を伸ばす。

 大きく見開かれた無空竜の瞳に映る自分の手へと、そうあるように剣が落ちてくる。

 

「終わりだ──!」

 

 最後の一撃。

 すべてを思い出にかえる一撃。

 

 今度は躊躇わない。

 その覚悟ができたから。

 ドスンと言う鈍い音。刃が無空竜の心臓を貫いていく感触。

 深々と突き刺さり、血飛沫が染め上げる。無空竜の胸が大きく跳ね上がった。

 存在が破裂するような断末魔の叫びが響き渡る。

 

 何処までも響くその声は何度も木霊し。

 やがて静けさが訪れる。

 

 ゆっくりと無空竜から力が抜けていくように地面に手が落ちる。

 苦悶を浮かべているその表情はどこか満足気で、その姿を見ていると涙が溢れだした。

 心臓から剣を引き抜き、その血を払う。

 

 街の電気が再び光を取り戻していく。

 光の下で息を切らせながら目を閉じる。

 本当に終わったんだと。

 そう思った瞬間、笑い声が響く。

 

 

『……ァハハハハハハ』

 

 無空竜の姿が淡い青い髪の少女へと変化していく。

 どこもかしこもボロボロになった初心者装備。

 大の字で寝転び、その胸から血を流す。

 とても生きているとは思えないほどの傷を抑え、ソラは笑っていた。

 

『ハハ……負けた……あぁ……負けた。これでやっと終われるんだ』

 

 その表情はどこまでも晴れやかで、出会ったときのソラそのものだった。

 どうしてそんな顔をしているのか。

 理解なんてできるはずもなく、ただ、言葉を失っていた。

 

『ごめんね』

 

 だからそんな言葉にも歯を食いしばる事くらいしかできない。

 

「……何を、今更、謝ってるんだ」

 

『私は一人じゃないからさ。……自殺すらできないんだ。終わらせる事すら……誰かの手を借りなきゃいけなかった』

 

 ソラの命は自分だけのものじゃない、無空竜と混ざりあったせいでおいそれと死ぬことすら選べなかたったのかもしれない。

 

「ふざけんな! こっちにいれるなら、こんなことせず、ずっといればよかっただろうが!」

 

 困ったような顔でソラは首をふる。

 

『無理だよ……質量を持ってこちらにくるのも世界が近づけたからできたんだ。離れれば後は消えていくだけ』

 

「なんで……お前は世界が重なるのは阻止しといて、どうしてそうまでして離そうとする。やってる事が無茶苦茶だろうが!」

 

『ずっと離れてると気づくんだよ……自分は割とこの世界が好きだったんだって…………。世界があるから、自分がいるんだって』

 

「そんなに好きなら、自分の体に戻ればいいだろ」

 

『体がね、もうダメなんだ。アンノウンから無理矢理に中継器とバックアップとして脳を稼働させているだけ……それも、もうすぐその役割も果たせなくなる。……けれど、それでようやくアンノウンとは完全に世界が分かたれるんだ』

 

 まるで、機械の部品の事でも語るかのようにソラは自分の身体の事を言う。

 

「どうして……私の前に現れたんだ」

 

『忘れたの、ルルが私の前に現れたんだよ。私は弱い人間だからすぐに壊れちゃうんだ。時々、脳から直接、自分の記憶を継ぎ足す事で私は私を維持してきた。20代そこそこの私と今の記憶、その二つが混濁している間は夢を見ているみたいに、何もかも忘れて生きられる』

 

 そう言う姿は遠い何かを夢想するように笑っていた。

 それは半ばAIとなったために忘却すらできないソラが生み出した、たった一つの狂気から逃れる方法だったのかもしれない。

 

『ルルと出会ったのはその時だよ』

 

 一つ一つ、思い出すように。

 ソラは手を伸ばす。

 

『本当はずっと終わりを探してた。MMOってエンディングがないから、やめ時が見つからなかった……でも、何処かで終わりは来るんだ。だから、終わり方くらいは自分で決めたかった』

 

 ライムワールドが終わったとき、アンノウンが受け入れられず去っていた者たち。

 仲が良かったネトゲ友達が同じことを言って去っていった。

 それは突然の事で、止める事すらできなかった。

 

「……ふざけんな!」

 

『これが私のエンディング』

 

 全身の痛みが頂点に達し、立ってすらいられなくなる。

 持っていた剣が消えていく。

 アシンメトリーの服も魔法が溶けたように戻り、現実が追い付いてくる。

 

「ふざけんな! ……認めるか! ……こんなの! ……こんなの」

 

 這うように今にも消えようとするソラの方へと必死に向かう。

 手を伸ばす。

 もう一度。

 

 けれど届かなくて。

 それでも、祈るように手を伸ばす。

 

 いつからだろう、目の前に腕輪が転がっていた。

 チェンジリング。

 自分の腕にも同じものがまだあった。

 

 ソラもその存在に気づいたのか目を大きく見開いていた。

 

 きっと、もう一人の自分は選べと言うのだろう。

 一つはこのまま全てが終わるのを待つ道。

 一つはソラと入れ替わり、自分がアンノウンへと行く道。

 どちらも先はわからない。

 もしかしたら、ただの自殺のような選択肢なのかもしれない。

 

「そうだよな……」

 

 けれど、選択に意味はない。

 それを強く握る。

 ソラは何をしようとしているのか理解したのか、眉をひそめる。

 

『やめなよ、つらいだけだよ』

 

「お前は……私を助けてくれただろ」

 

 アイに出会う前、何度か無空竜に助けられた。

 きっと、それは嘘でもなんでもなかったから。

 

『亜号が私を狙っていたのは知っていたから。巻き込まれてた君を見ていられなかっただけ……』

 

「それでもだ……ソラのじゃない、これは私の、ルルのエンディングだ! 私が勝って、私が気持ちよく終わる。そうでなきゃいけないんだ!」

 

 観念したように、目を細めソラは笑う。

 

『何それ……いったい何様なのかな』

 

「知らなかったのか」

 

 力の入らないソラの腕にチェンジリングを通す。

 

「私は──ルル様だ」

 

 

 

 

 



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39- エピローグ

 

 

 

 そこには何もなかった。

 黒い世界。

 白い世界。

 灰色の世界。

 どこまで続く何も無い世界を歩いていく。

 

 今、過去、未来、昨日、明日。

 

 時間という感覚が失われてどれくらいたったのだろうか。

 どれだけ歩いたのだろうか。

 これから先、どれほど歩き続けるのだろうか。

 始まりはあれど、終わりなどない。

 

 ただひたすら歩き続ける。

 どこまでも。

 どこまでも。

 どこまでも。

 

 もはや歩くという感覚が正しいのかはわからない。

 それでも、先へ進まなければならないという意識だけで進み続ける。

 

 これがアンノウン。

 あらゆる五感が機能せず、自身と世界の境界線がひどく曖昧な世界。

 すでにあらゆるシステムが崩壊していた。

 そこにあった世界は全て壊れ。

 そこには誰もおらず。

 何もない。

 

 足を止めないのはただ、それを繰り返すだけが自分になせる事だけだから。

 何度も諦めそうになる。

 何度も挫けそうになる。

 何度もやめたいと思う。

 それでも、足を止めて下を向きたくなかった。

 

 例え、それがどれほど意味のない行為であっても、何もしない自分に戻りたくなかった。

 前へ進み続けていればいずれ終わると信じたかった。

 

 遠くで何かが跳ねていた。

 見間違いかと思うほどに小さなもの。

 音のない世界に色が混じる。

 

「やっほ、やっほ、やっほー。んー、こんなとこまで来たんだ」

 

 青い小さな丸。

 灰色の中にぽつりと、それはいた。

 

「…………ア……イ?」

 

 色褪せた記憶を引き出すようにその形に触れる。

 ネルドアリアの管理AI。

 アイ。

 

「ふふふ、それは前世の自分。今世代の自分はこの世界の管理者アイバージョン2世だよ」

 

 バージョンなのに2世とか意味のわからない事を言う。

 

「なんだそれ、アイじゃん」

 

 横にびよーんと伸ばした感じはまさしく、アイそのものだった。

 アイは引っ張られながらぴょんぴょんとゴムのように震える。

 

「そうなんだけどー。生まれ変わったんだよ。だからアイセカンドエディションバージョン2世なんだよ」

 

 明らかにさっきより長くなっている事にはもう突っ込まない。

 

「生まれ変わった?」

 

「自分はネルドアリアの疑似人格として完成されたAIだったからね、レインクライシスやライムワールドのAI みたいな成長の余地がなかったんだよ。だから本当の意味で自我を得るためには自壊し新たな自分に作り直す工程が必要だった。……とはいえ、そういうのは苦手だったからね。苦労したよ」

 

 言ってる意味を理解するには記憶から抜け落ちた情報が多くて頭が追いつかない。

 アイは亜号に食われて死んだものだと思っていた。

 けれど、一度、アイは死ぬことによってネルドアリアの管理AIという縛りから逸脱し、本当の意味でアンノウンにおける生物として誕生したのかもしれない。

 それと同時に嫌な疑念を覚える。

 

「まさか……お前……わざと?」

 

「わざとではないよ。でも、ま、結果的にあの騒動で最終的な真の勝者が誰かと問われれば自分だろうね! へへへ、へへん!」

 

 何か腹がたったので思いっきり引っ張る。

 びよんびよんと伸びた後、アイはふにゃふにゃになって地面に落ちていき、ぽんと起き上がる。

 

「今の自分は何にも縛られない。自由な存在。何にでもなれる何でもできる。神様だよ。ね、ね、今度こそ神様転生やらない? やっちゃわない?」

 

「……いやそういうのいいから」

 

 生まれ変わってもこの子供のような性格は治らないのか。

 地面を水たまりになって拗ねたようにクルクル回るアイ。

 

「ちぇー、なんだよー。せっかく、元の世界に戻してあげようと思ったのに」

 

「…………元の世界に? また、世界を重ねるとかそういうのか?」

 

「古いー。そういうのもう古いよ。成長を許された自分を舐めないでほしいなー、代償なんて必要ない。クリーンで安全な技術だよ」

 

 その言葉で一気に胡散臭くなった。

 とはいえ、このまま一生があるかどうかわからない世界を歩き続けていれば、いずれ精神を壊す事は予想できた。

 それでも、早々に戻れるなら苦労しない。

 

「……あの世界に私の居場所はもう……」

 

 チェンジリングによって私の体にはソラがいる。

 ソラの体はもうあの世界には存在しない。何処かで繋がっていたせいか、それを感じ取れてしまっていた。

 

「無ければ作ればいいんだよ」

 

 あっけらかんとアイは言う。

 

「簡単に言うよな……」

 

「ソラにできて自分にできない事はあんまりないからね! それで、どうする?」

 

 答えは決まっている。

 手を伸ばす。

 

「アイ、私を助けてほしい」

 

「勿論!」

 

 アイは大きく跳ねて手の平に飛び乗った。

 何処までも続く灰色の世界にヒビが入り、光が差し込む。

 

「でも、チートはあげないよ。特典なんかもない」

 

「いるかよ……そんなの」

 

 特別な力なんてなくてもいい。

 ただ、自分が自分であれば、それでいい。

 

「今までと変わらない現実という世界。魔法もなければ剣も必要ない。勇者もいなければ、魔王もいない。そう、君の世界だ」

 

「知ってるよ……」

 

 嫌と言うほどに知っている。

 何一つとして思い通りにならなくて融通のきかない世界。

 

「その世界で君は何をしたい? 何になりたい?」

 

 

「決まってるだろ……私は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

───

 

 

 

 

 

 

 

「だから、ルル様は嫌だって言ったんだ、お前らといくの!」

 

 

 後ろでは呆然と立ち尽くす数多の人影。

 その注目の先には三枚鏡のように並べられた大スクリーン。そして、そこにうつっているのは、どこにでもいそうな、普通のおっさんだった。

 

「なんでVRアイドルの生ライブ中にハッキングして本体映像を配信とかするんだ!? 誰だよ、そんな馬鹿なことするやつ!」

 

「クソワロタw そんな頭のてっぺんからつま先まで腐ってる発想するの、ロゼッタ以外にいんのか?」

 

 壇上に立つ少女は今何が起こっているのかわからないといった表情で立ち尽くしている。

 その姿は哀れさを通り越して、いっそ絶望的であった。

 

「いや、いやいや! ふざけんな! 僕じゃないですし! 今回は無罪だっつーの!」

 

「こりないよねーロゼちゃん。せっかくライムワールド2の初公式ライブだったのに」

 

「姉貴ひっでぇ! 冤罪! 冤罪だ! つか公式もネカマを最初に上げるとか頭おかしいだろ!」

 

「何を馬鹿をやってるんですか貴方達は。早く逃げますよ」

 

 後ろから誰かの言葉にならない叫びが木霊する。

 理性とか、理解とか、理知的なすべてを投げ出した叫び。その狂乱は会場へと伝染していく。

 

「あーあーあー、ダメだこりゃwww」

 

「目茶苦茶じゃねぇですか! 僕じゃない! 僕じゃないからな!」

 

 爆発したように会場中が揺れ動く。

 押して押されて流れていく。

 

 ふと、流れていく人の中、視界の端に。

 忘れもしない面影を見る。

 特徴的なアシンメトリーの服。

 

 一瞬の幻だったかのように、もう、その姿はどこにも見えない。

 終わってしまえば全ては記憶の中の出来事。

 

「……どうしたの、ルル?」

 

「いや、なんでもない」

 

 エンディングが流れれば、それは終わる。

 けれど、また、新しい蓋を開ける。

 そこには未知の世界が広がっていて、新しい世界が輝いている。

 

 だから。

 どうしようもない。

 そんな世界の片隅で。

 

 相も変わらず。

 

 

 

 今日も私はゲームをする。

 

 

 

 



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