アオアシラと新米ハンターが仲良くなる話 (天葵)
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アオアシラと新米ハンターが仲良くなる話
『青熊獣 アオアシラ』
私が拠点とするユクモ地方をはじめとした、温暖湿潤な地域の山や森林に好んで棲息する牙獣種。
下半身や腹部は柔らかい毛皮で覆われている反面、頭や腕、背中は堅い甲殻に覆われている。
いずれも青い色彩が美しいため、ギルドでは『青熊獣』と呼ばれる。
モンスターの中では比較的下位に位置するが、それでも駆け出しのハンターにとっては強敵に他ならない。
堅い甲殻。人間の何倍もある体躯。当たれば容易く致命傷となるであろう鋭い爪。
雑食なので川辺で魚を取ったり、大好物であるハチミツを食べる姿を目撃されることが多い。
さて、私がこんな分かりきったことを長々と語ったのは理由がある。
「グオォォ!」
「ちょっと、追いかけてこないでー!?」
顔だけを後ろに向けると、口の端からハチミツを垂らしながら私を追ってくるアオアシラの姿。血走った眼のモンスターに追いかけられるほど怖いものは無い。
回復薬グレートを作りたくて渓流へハチミツを採取しにきたところ、後からアオアシラが乱入。
一応抵抗したけどあっさりと横取りされ、カチンときた私はアオアシラの尻を蹴飛ばしてしまった。
アオアシラが小さく唸りながらゆっくりと立ち上がり、その鬼気迫る表情にビビって逃げ、その結果今に至るということである。
器小さいなぁもう! いいじゃん尻の一つや二つ、減るもんじゃないんだし。
そんなことを考えていると、心なしかアオアシラの走る速度が上がったように感じた。
「ひいぃー! すみません嘘です尻は減りますよね!?」
自分でも何を口走っているのか分からないほど無茶苦茶な言葉を発しながら、悲鳴をあげる肉体を無理やり動かす。
あんなのに捕まったら死ぬ! モノホンのベアハッグが死因なんて嫌だぁ!
体感バルファルク並みの速度で渓流中を逃げ回っているうちに30分ほどで撒くことができた。しつこすぎるぞあの熊。
採取をする気分じゃなくなったので、その日は泣く泣く帰宅した。
あの熊公、絶対に許さん。
帰り道、密かにアオアシラに復讐することを決意し、どうしてやろうかと笑みを浮かべる。
そんな私の顔を見てアイルーが顔を引きつらせた。失礼な奴め、モフッてやろうか。
モフッてやろうかオーラを出すと、アイルーは慌てて竜車の運転に戻った。
また勝ってしまった。
……ああでも、それはそれとして、明日ハチミツ取りに行かなきゃ。回復薬と薬草だけだと厳しい。
秘薬? あんなの作れるか!
買おうにも私の極薄財布ではまるで足りず、肩を落として諦めたのは良い思い出……。
そのうち漢方薬に手を出してしまうかもしれない現状で、回復薬グレートは神様に等しい存在なの。
明日こそは……!
◇◆◇◆◇
渓流のエリア5。
エリアの中央には巨大な切り株があり、アオアシラがハチミツを食べにやってくる場所でもある。
このエリアにハチの巣があって、そのせいでアオアシラとかいう青い熊が寄ってきてしまう。
アオアシラが来ないうちにそこへ小走りで駆け寄り、しゃがんでハチミツを採取する。
うへへへへ……これだけあれば回復薬グレートがいくつできるかな? もっと寄越せぇ……!
今日はいつもよりハチミツの量が多い。もっと働くんだハチたちよ、社畜のごとく。
そう語りかけながら最後のハチミツを採取すると、背後から小さな振動と今一番聞きたくない咆哮が聞こえた。
自分でも分かるくらい顔が引きつらせながら、ゆっくりと振り返った。
そこには予想通り、青い毛皮と堅い甲殻に包まれたアオアシラが立っていました。
ははは。
「グオオォォォ!」
「何で今日もいるのよ!? 暇かこのやろー!」
悪態をつきながらくるりとUターンして全力疾走。アオアシラは私が全てのハチミを採取したことを理解したのか、再びドシドシと音を立てながら私を追いかけてきた。
くそぅ! 一体私が何をしたというのだ!
神様に嫌われてるんじゃないかと思うレベルで不運なことばかりだ。
温泉に入れば足を滑らせ、野良アイルーをモフればブルファンゴに突進され、肉を焼いていたらジャギィたちに囲まれる。
ここまで来ると呪いか何かなんじゃないかと真剣に考えながら足を動かし、近いうちにオトモを雇おうと決意した。
一応目的は達成できたけど、あのアオアシラどうしようかな。今の私の実力だとちょっと難しいかなあ……。まだハンターになって一か月も経ってないし。
まあ、被害報告はないらしいから大丈夫か。
そう結論づけるが、報告はしておいた方が良いかと村長の元へ向かった。
どうせいつもの所にいるでしょう。
終わったら温泉にでも入ってスッキリしよう。
「あらあら、こんにちはハンターさん。どうしました?」
「こんにちは村長。最近この辺りでアオアシラの目撃情報ってありました?」
「ええ、一昨日辺りに一件ありましたわ。とはいっても、特に気にする必要はありませんわ」
「え? でも放っておいたら被害が出るんじゃ……」
「目撃情報があったアオアシラは、昔からこの辺りに住み着いている子なんです。今まで襲われたという報告もありませんし、討伐するのは忍びないということで此方からは一切干渉していませんわ」
何と、人を襲わないモンスターなんていたんだね。
……あれ、私思いっきり襲われてるんですけど。アイツ眼が血走ってたんですけど。
処す? 処す?
「分かりました、そういうことなら」
「はい、ではまた」
「さよならー!」
村長に手を振りながら自宅へと向かう。
ま、被害無いんなら別に良いや。早く帰ってグレート作らなきゃ。
さてさて、調合書はどこにしまったかな。
◇◆◇◆◇
「……で、何で今日も居るのよ」
「?」
「あーっ!? 食べるの! ハチミツ食べるのやめなさい!」
「グォ!?」
首を傾げつつもハチミツを口に運ぶアオアシラに対して、両手を大きく上げ下げするという意味不明な動作で威嚇して止める。
案の定『なんやこのキチガイ……』みたいな顔をするアオアシラ。
狙ってやったのは私だけどちょっと傷ついた。
……って。
「違う! 私はあなたに言いたいことがあるのよ!」
「?」
「ハチミツください」
「グォッ」
真顔でそう言い放つと、『付いて来い』とばかりにのそりと立ち上がり、隣接しているエリア6へ向かうアオアシラ。
え? ちょちょちょ、どうしたの?
アオアシラの意図が読めず困惑する私。
……とりあえず付いて行こう。考えなしに動いてるわけじゃないだろうし。
そう考えて後ろについていくと、エリア6で流れている小川の前で立ち止まった。小川をじっと見つめて、なにかを探している。
私は特にやることも無いので側にあった岩に腰を下ろし、その様子を眺めていた。
五分ほどが経った頃だろうか。唐突にアオアシラが腕を振り上げ、小川の水を引っ掻いた。
なにしてるんだろ、水遊び?
そう思った私の目の前に、一匹の魚が落ちてきた。
……これ、サシミウオ?
「グォ」
今度は『ちょっと待ってろ』的なニュアンスで鳴いて、エリア5へと戻っていった。
うーん……何がしたいんだろう? モンスターと意思疎通なんて不可能だから何考えてるのかななんて分からないし……うーん。
「ま、このサシミウオでも食べて待ってよっと」
考えても分からないことは放棄するに限る。
サシミウオは生でも食べられる分、重宝してる。美味しいしね。
できるだけ平らな岩を探して、その上にサシミウオを乗せる。
回復作用はいらないから、パパっと鱗を取って捌いちゃおう。
どうでもいい話だけど、ハンターの中には簡素だがスープなどを作る人もいるという。
最低でも肉さえ焼ければ良いので、わざわざそんなことをするハンターは少ないけど。
……よし、オッケー。この内臓はアオアシラにでもやろう。食べるでしょ多分。
じゃ、いただきます。
サシミウオを齧りながらしばらくの間待機していると、アオアシラが戻ってきた。
「グォ」
「あー、付いて来いってことね」
手招き(?)をされて、岩から降りる。
やけに人間臭いなこのアオアシラ。モンスターの手招きとか初めて見た。
下手なことを言って怒らせてもアレなので、黙って付いていく。
エリア6から7へ行き、エリア7から9へ。
私この辺り来たことないなー。何があるんだろ?
そんな私の疑問を見透かしたかのように、アオアシラは古ぼけた社を指した。
「あっ、こんな所にハチミツあったんだあ!」
社のすぐ横にハチの巣があり、そこでハチミツが眩い光を放っていた。
嬉々として駆け寄り、持てるだけ採取する。
「うへ……うへへ……回復薬グレートがいっぱいできるぞぉ……!」
恍惚とした表情でそう呟く私に引きながら、アオアシラは小さく鳴いて去っていった。
……なるほど、こことエリア5とで半分こしようということか。
やだイケメン。性別知らないけど。
そういうことなら、ありがたくいただこう。これからは定期的に通わなければ。
うへへ……ハチミツが一つ、二つ……。
ハチミツでいっぱいになった瓶に満足して帰ろうとBCキャンプへ向かう途中、エリア5に足を運ぶことにした。
ひょいと顔を出して覗いてみると、アオアシラがハチミツを美味しそうに食べていた。
可愛い……。
普段なら絶対に目にすることが無い光景にほっこりした気分になり、アオアシラに手を振る。
「アオアシラー! ハチミツ、ありがとねー!」
感謝の言葉を告げると、アオアシラは照れ臭そうに手を振り返してくれた。
どこまでも人間臭いアオアシラだね、と思わず笑みがこぼれた。
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