道具屋さん、始めました (飛沫)
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第一章
ユニコーンの水薬


猫が出てるのは趣味です。
猫大好き!


 とある農村にある小さな一軒家。

 一匹の真っ白い猫が、チリンチリンと鈴を鳴らしながら階段を上っていた。尻尾の半ばくらいに結ばれた赤いリボンに鈴が付いており、猫が動いたり尻尾を揺らすたびに、チリンチリンと可愛らしい音が辺りに響く。

猫は身につけているエプロンを翻しながら階段を上り終える。着いた先は屋根裏部屋だ。

 掛かっているカーテンのせいで部屋は薄暗いが、猫にはしっかり中の様子が見えていた。

 数冊の本が開かれたまま置かれている机。

 服が掛けられた椅子。そして膨れたベッド。

ベッドの傍によれば、布団から濃い灰色の髪がはみ出している。確認してから猫は尻尾を振ってみる。

 

 リンリン

 

 軽やかな鈴の音が室内に鳴り響くが、ベッドの主は起きる気配がない。

 そもそも身じろぎ一つしていないので、熟睡して耳にも入ってないのだろう。

 猫は尻尾を振るのを止めてベッドをジッと見つめる。そして、腹部辺りの検討をつけると、そこ目掛けて勢いよく飛び跳ねた。

 

「起きるニャーン!」

 

「ごばはぁっ!」

 

*  *  *

 

「ゴフッゲハッ……ちょっとエンス。もうちょっと優しく起こしてって何度も頼んでるじゃない。この起こし方だといつか絶対に内臓が飛び出るわよ」

 

「ボク、ちゃんと鈴鳴らしたニャン。シルキちゃんが起きなかったんだニャン」

 

 上手く息ができず、むせ込みながら抗議をしてみるものの、飛び乗ってきた猫は悪びれもせずに涼しい顔をしている。

 この子はエンス。ケット・シーと呼ばれる猫の妖精で、二年前にわぁわぁ騒ぎながら川に流されていたのを助けてから、料理や掃除等の一切の家事をやってくれている。

 今だってきっと、朝食が出来たから起こしに来てくれたのだろう。

 エンスがいてくれるお陰で、私はギリギリまで寝ていられるのだから、強く文句を言える立場ではない。「分かったわよ」と起き上がる。

 

「今日の朝はシルキちゃんが好きな目玉焼きとソーセージニャン。早く支度して一緒に食べるニャン!」

 

「はいはい」

 

 ……何時も思うんだけれど、私の好物はチーズとベーコンなのに、なんでエンスは間違えるんだろう。

 

*  *  *

 

「さぁてと。お腹も膨れたことだし、仕事を始めますかね」

 

 朝食を食べ終えた後、私は仕事道具を抱えて地下室へとやってきた。

 この地下室は、上の家の規模に比べればそこそこ広くて立派な作りをしている。逆をいえば地下室に力をかけ過ぎて、家が小さくなったんじゃないかと思う。あくまで想像だけれど。

 抱えていた道具を机の上に置いてから、銀の燭台に火を灯す。

 銀には退魔と浄化の力があるとか。まぁ、私がこれから作るモノは、そこまでする必要はないのだけれど。この燭台を使うと、なんか空気が変わったような感じがして気合が入るから使わせてもらっている。

 手元が明るくなったので、持ってきた水を沸騰させる為の準備をする。

 使うのは村のあちこちから湧いている湧水だ。

 特別な力があるわけでもない普通の水だけれど、綺麗な水だから濾過とかの手間がないのは楽でありがたい。

 そもそもこの村の主要な産業は、豊かな水を使って牛や羊や山羊を育てる酪農だ。チーズやバター、ヨーグルトを作っていれば、色々な商人が買い付けに来てくれるので、充分に生活できる。

 それをあえてせずにこうやってせっせと道具なんかを作っているのは、女一人と猫一匹じゃ育てられる動物の数なんて限度があるし、私がやってるモノ作りは他にしている人がいないので、そこそこ商売が成り立つからだ。隙間産業万歳。

 そんなことをぼんやりと考えながら、乳鉢を引っ張り出す。すり潰すのはユニコーンの角の欠片だ。

 ユニコーンの角は病気や毒、うまい使い方をすれば死者すら蘇らせられる万能薬だが、万能だけあってお値段は非常に高い。たいていはどっかの王様やお金持ちの貴族様の持ち物だ。

 けれど、ユニコーンの角は欠片になると途端に価値がかなり下がる。

 欠片だと治せるモノが限定されてしまうし、それを使うくらいなら他の薬で、と、使い道が無くなってしまうのだ。そのくせ、貴重品ということで値段は安くはなるものの、やっぱり他の品に比べれば割高のまま。だから、店の方でも欠片は持て余し気味になる。そこに私は目をつけて、知恵を絞って使い道を考えたのだ。

 

「〜〜〜♪」

 

 鼻歌を歌いながら欠片をゴリゴリ潰していると、水が沸騰してきた。火を止めてすり潰した欠片を投入して、ガラス棒で掻き混ぜる。

 一度ガーゼで濾してから、冷めるのを待ちつつ陶器でできた仕切り箱を用意する。冷めたら均等になるよう水を注いで、布で包んでいた小さな目玉を取り出した。

 コレは防腐処理の魔法を施した、チカトリスの目玉だ。見た瞬間石になるという成鳥のコカトリスの目玉と違い、幼鳥のチカトリスの石化効果は薄い。見たところでしばらくの間、身体が痺れて動けなくなる程度だ。コレも考えれば、色々と使い勝手のいい道具になる。

 仕切り箱に移した水がすっかり冷めたのを確認してから、チカトリスの目玉を箱の前に付き出す。満遍なく箱を見せてから、ひっくり返して軽く叩いてみれば。

 コロリと、親指くらいの大きさに仕切られた水が箱から転がり落ちてきた。一つ摘んで力を加えてみれば、グニグニとゴムのような弾力を指先に伝えてくる。多少強く押しても、潰れる気配はない。

 そのまま口に入れて噛んでみると、プチッという音と共に膜が破れて、少しばかり苦味のある水が口内いっぱいに広がった。

 

「ん、この味なら配合も完璧ね」

 

 ゴクリと飲み干せば、なんとなくだけれど身体が軽くなった気がする。

 とりあえず完成だ。箱の中に今作ったユニコーンの水薬をしまって、お店を開けるべく上の階へと戻った。

 

*  *  *

 

 道具の陳列をしていると、扉のベルが鳴ってお客さんが入ってくる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 立ち上がりながら振り返れば、立っていたのは顔馴染みの行商人さん。村の乳製品を買い付けた後、急いでいなければ寄ってくれるお得意様だ。

 

「久しぶりシルキちゃん、あの水薬あるかな? ちょうど無くなっちゃって」

 

「ああ、今日の作りたてがありますよ。」

 

「そりゃ良かった! じゃあ仲間にも頼まれてるから十二個で。これで足りるかな?」

 

 差し出されたのは親指の爪くらいの大きさのガーネット。行商人の人たちは荷物になるのを面倒がって、銀貨の代わりに宝石で支払う人も結構いる。宝石とは言っても、アクセサリーに出来るほど質のいいものではないけれど。どちらかと言えば扱いは鉱石に近いか。

 

「少々お待ちください……。はい、これなら十二個ほぼちょうどのお値段になりますね。ありがとうございます」

 

「いやぁ、この薬を持っているだけで安心して仕事できるんだよね。助かるよ」

 

 最新の鉱石表で値段を確認してから頷けば、行商人さんは喜んでユニコーンの水薬を十二個分取っていく。

 この薬は値段の関係上、一般家庭ではあんまり需要がないけれど、行商人さんたちの間では好評だ。風邪や食あたり、関節の炎症等何にでも効くから複数の薬を持ち歩く必要がなくなるし、効果も飲んでから数分で出てくる。

 だから、旅の途中で具合が悪くなっても大丈夫、というわけだ。

 

「それにしても一人四個はたまに不安になるんだよね。もう一個ぐらい何とかならない?」

 

「それ偶に言われるんですけれどね。その薬沸騰させて作っているとは言え、安心して飲めるのは二ヶ月くらいだから、四個ぐらいじゃないと無駄になると思うんです。だいたい皆さん、そんなにしょっちゅう具合悪くなる訳じゃないみたいですし」

 

「あー、言われて見ればそうかも。じゃ、今日の所はこれで。次もよろしく」

 

「はい、お待ちしております。良い旅を!」

 

 手を振って見送れば、行商人さんは笑顔で店を出ていく。満足してもらえて何よりだ。

 閉まった扉を見つめていたら、いい匂いが鼻孔をくすぐる。お、と首をそっちの方に向ければ、エンスが木のトレーにコーヒーと牛乳を載せて立っていた。

 

「シルキちゃん、お昼作ったから一緒に食べるニャン」

 

「もうそんな時間か。じゃ、一旦休憩にしよっか」

 

「今日のお昼はシルキちゃんの好きな卵とトマトのサンドイッチにしたニャン!」

 

「……ありがとうねー」

 

 だから、好物違うってば。美味しいからいいけれどさ。



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魔力を帯びた銀の竪琴

途中で出てくる物語の元ネタは、アッシュールバニパルの炎です。
クトゥルフ神話大好き!


「よしっ! 今日の営業は終了ー!」

 

 お客さんを見送って、私は家の鍵を掛けた。勿論、その際に扉を開けてやって来そうなお客さんの有無を確認したのは言うまでもない。

 思いっきり伸びて身体の凝りを解していると、「お疲れ様だニャン」とエンスが鈴を鳴らしながら隣にやってくる。

 

「ご飯かニャン? お風呂かニャン? それとも可愛いボクをモフモフするかニャン?」

 

「んー、とりあえずはご飯にしよう。お風呂はその後で入ろうか。あ、あと今日はエンスのことモフらなくていいから」

 

「何でニャン! ボクの毛並みは月の光を浴びてもキラキラ輝くくらい艶々だニャン!」

 

「いや、エンスの毛並みが最高なのは知ってるわよ。今日はこの後もうちょっと仕事しないとだから、アンタの毛が付くと不味いのよ」

 

「ニャン?」

 

 全身の毛を逆立てて威嚇をしていたエンスが、キョトンとした顔で私を見上げた。

 

「私が昔作った道具の直しを頼まれててね。明日引取りに来たいって言われているから、これからやらないと間に合わないの」

 

*  *  *

 

「ボク、久しぶりに工房に入った気がするニャン」

 

「何時もはエンスが掃除と洗濯している時に作業しているからねー。ニヶ月ぶりくらいじゃない?」

 

 地下への階段を下りていると、リンリンと鈴を鳴らしながらエンスがついてくる。毛の問題が一瞬頭に浮かんだけれど、エプロン着けているならまだいいか、と思い直す。口に入れるモノじゃないし、私が毛だらけじゃないのなら、大丈夫だろう。

 作業台の前に立ち、何時ものように銀の燭台に火を灯す。預かり物を包んだ布をめくれば、黒ずんだ銀の竪琴が姿を見せる。

 

「うわぁ、こんなにボロボロになるまで使っていてくれたんだ。嬉しいな」

 

 しかも、あの時私が渡したのは銀ではなくて普通の木の竪琴だった。それを銀の竪琴に移してまで使ってくれるなんて。頑張った甲斐があったなぁ。

 

「シルキちゃん、こんなの作った事あったかニャン?」

 

 覗きこんだエンスが、不思議そうに首を傾げる。そうか、エンスは知らないんだもんね。

 

「コレを作ったのは四年前だから、エンスがくる前ね。ちょうどこの店を始める頃かな」

 

 私自身がこの竪琴の持ち主に憧れていて、応援するという気持ちもあったけれど、私の作る道具が世間に通用するかという腕試しの気持ちも入ってた。渡した時に凄く喜ばれたから、メチャクチャはしゃいだのと同時に「やっていける」と自信を持てたんだっけ。

 

「頼まれたのは切れかけている糸の交換だけど、ついでだから竪琴の汚れも落としちゃおう」

 

「せっかくだからボクも手伝うニャン!」

 

「あ、エンスもやってくれるんだ? ありがとう。じゃあ、そこにあるアルミ鍋にお湯と塩を入れてくれる?」

 

「量はどれくらいがいいんだニャン?」

 

「お湯は竪琴が全部浸るくらいで。塩は適当でいいよ」

 

「分かったニャーン」

 

 鍋を抱えるとエンスは階段を駆け上る。少しすると、チャプチャプ音を立てながら戻ってきた。お風呂に使う予定だったお湯を持って来たらしい。鍋を火にかけるのを見届けてから、私は竪琴から糸を外してエンスに渡す。

 

「沸騰したら火を止めて、竪琴を放り込んじゃって。直ぐに綺麗になるから」

 

 燭台を買ったお店の人から教えてもらった、汚れ落としの方法だ。竪琴の方はエンスに任せて、私は糸の作成に取り掛かる。

 棚から取り出したのはアラクネの糸と、セイレーンの髪の毛。

 アラクネの糸は蜘蛛の魔物が作り出す糸で、強い強度としなやかさの両方が備わっていてかなり使い勝手のいい素材だ。加えて魔力をとてもよく通すから、魔導具や特殊な効果のついた武器や防具には、かなりの割合で使われていたりする。

 セイレーンは美しい歌声で船を遭難や難破させる海の魔族。

 その災いから逃れられるようにと、船乗り達がお守りとして持つのが主だけれど、音楽で仕事をしている人がその美声を得られたらと、お守りにすることもある。同じような効果は、セイレーンの羽やマーメイドの鱗があったりする。どれをお守りにするかは、その人の好みというやつね。

 糸と髪、それぞれを同じ長さに揃えていると、後ろからエンスの興奮した叫びが聞こえてきた。あー、銀が綺麗になる瞬間はいつ見ても面白いものね。私も何度も見ているけれど、飽きないし。

 

「凄いニャン! あっという間に綺麗になったニャン!」

 

「汚れが落ちたなら、お湯から引き上げていいわよ。後はその辺りに磨き布があるから、それで仕上げをお願い」

 

「了解ニャン!」

 

 エンスが元気よく頷いているのを見てから、私も作業を始める。

 ピンセットを使って、アラクネの糸の中にセイレーンの髪の毛を埋め込んでいく。出来るだけ中央に寄せたほうがバランスがいいから、何度かやり直しながら位置を整えて。

 そうやって、予備の分まで考えながら二十本分の糸を作り終えると「シルキちゃん、こんなんでどうかニャン?」とエンスがピカピカになった竪琴を見せてきた。こっちも終了か。

 

「うん、バッチリ。じゃあ、これで仕上げ!」

 

 チカトリスの目玉に糸を見せる。これで、ちょうどいい硬さの丈夫な糸になるのだ。

 

「よしっ、出来た。後は出来を確認してもらって渡すだけね!」

 

「ところでシルキちゃん。これ頼んだのってどんな人なんだニャン」

 

「ああ、フェルクスさんって言ってね。この村出身の吟遊詩人様よ」

 

 モノはついでだ。目をパチパチさせているエンスに、私はフェルクスさんについて色々と教えてあげることにした。

 

*  *  *

 

「ごめんねシルキちゃん、無理を言ってしまって。頼んでおいたモノ、出来たかな」

 

「は、はいフェルクスさん! ここに! バッチリ!」

 

 次の日、開店と同時にやって来たフェルクスさんに、立ち上がって竪琴を手渡す。

 その際、顔が真っ赤になって声が一オクターブ高くなるのは仕方がないだろう。

 だってこの人、凄い綺麗な顔をしているんだもの!

 心臓をバクバク鳴らしながら、私は前に立っているフェルクスさんの顔を凝視する。

 サラリと溢れる銀の髪に、優しげに細められた緑色の瞳。

 私と似たような色合いの髪と目なのに地味な自分とは違って、フェルクスさんはどうしてこんなにも輝いて見えるのか。美人だからか。いや、でもこの人の場合、本当に後光が差している可能性も捨てきれない。

 荒い息でガン見している私に気にせず、フェルクスさんは弦の調整をしていく。お、笑みが優しそうなものから、満足気なものに変わった。今回も気に入ってもらえたようだ。

 

「糸の硬さも指への馴染み具合も前回と変わらないよ。いい仕事をしてくれたんだね、本当にありがとう」

 

「い、いえ! 此方こそありがとうございます!」

 

 至近距離で向けられた極上の笑顔に思わず「ごちそうさまでした!」と叫びたくなるのを堪えながら頭を下げるとフェルクスさんの「お礼を言うのはこちらだよ」という声と共に腕を引かれ、掌に代金を握らされる。

 ええと、金貨が六……六枚だとぉ!?

 

「え!? フェルクスさん、金貨でしかも六枚って! 二枚でも多いくらいなのに」

 

「でも、前回はもらいっぱなしでお金払っていなかったし。利子と考えてちょうどいいんじゃないかな」

 

「いや、アレは私が勝手に押し付けたようなもので……」

 

「けれどね、この竪琴のお陰で随分稼がせてもらったんだ。貰ってもらわないと私の気持ちが収まらないよ。だから、ね?」

 

「そ、そういうことでしたら……ありがたく頂戴いたします」

 

 再び笑顔を向けられては、断ることなんか出来ない。それにフェルクスさんの言葉通り、ここ数年でフェルクスさんの名前はかなり知れ渡るようになっていた。元々それなりに有名な人だったけれど、今は知らない人はいないんじゃなかろうか。

 

「あ、あのフェルクスさん。代金を貰って更にお願いをするのは気が引けるのですが。もしよければ、一曲歌ってもらえませんか?」

 

 金貨をしまいながらおずおずと、実は昨日の夜から考えていたお願いを口にしてみる。フェルクスさんは「勿論」と了承してくれた。

 

「確かシルキちゃんは『炎の宝石』の物語が好きだったよね」

 

 竪琴をかき鳴らして、フェルクスさんが歌い出す。

 

 ある小さな国の王様に恋をした魔術師が、王様の力になりたいと旅に出て『炎』と呼ばれる程に赤く輝く、握り拳くらいの宝石を手に入れて戻ってくる。

 魔術師は王宮に住み『炎』を使って予言をし、王様を支えた。王様も魔術師を大切にし、予言の通りに善政を行うと、国は大きく栄える。けれどある日『炎』の話を聞いた大国が国に攻め込み、王様を殺してしまう。

 捕らえられ、目の前で大切な王様を殺された魔術師は悲しみ、大国の支配者を呪った。

 そんなに『炎』が欲しいのならば、世界が滅ぶまで其処で『炎』を握り締めていろ、偽りの王、と。

 すると大国の支配者は『炎』を握り締めたままもがき始め、玉座に倒れるように座り込むと、そのまま事切れてしまった。

 慄く兵士たちに構わず、次に魔術師は自分の命と引き換えに地獄から魔物を呼び出して命令をする。

 大国の兵士たちを皆殺しにして、その後は世界が終わるまで『炎』の番をしろ。『炎』は私と王様の物だ。奪う奴は食い殺せと。

 炎の宝石はその御伽を聞いた二人組の男が、『炎』をひと目見ようと世界を旅する冒険譚だ。

 何度も聞いている話だけれど、フェルクスさんが語るとまるで自分が体験しているように光景が思い浮かぶ。

 歌声にセイレーンの髪が反応しているんだろうけれど、私が同じように歌ってもここまで心に響くことはないだろう。やっぱりフェルクスさんは歌が上手いんだろうなぁ。

 いつの間にかエンスも一緒になって聞き入っていて、彼が頭を下げると同時に精一杯の拍手を送る。

 そのまま扉を開けて見送りまでしようかと思ったけれど、歌声は村中に届いていたらしく、出ると同時にフェルクスさんは何十人もの村人に取り囲まれた。

 きゃあきゃあと歓声を上げる女の人に連れられて行くフェルクスさんの背中を眺めていると、エンスが呟く。

 

「シルキちゃんから話は聞いていたけど、凄い人だニャン」

 

「でしょ。あんなに歌の上手い人なかなかいないわよ。特等席で聞けたし、今日はいい日ね」

 

「いや、それもそうニャンだけれど」

 

 

「……あの人、あんな見た目でもう五十近いなんて、詐欺もいいところだニャン」

 

 あぁ、そっちか。

 

「私が小さい頃から全然見た目変わってないからねー、フェルクスさん。一体何食べたらあんな風になるのかしら」

 

「世の中は不思議でいっぱいだニャン」

 

「ねー」



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町へ買物・上

世界観みたいのを軽く説明しています。
かなり適当な設定ですが。


 ゴトゴトとリズミカルな音を立てて、馬車は森の中を走っていた。

 少々薄暗いが木々の間から差す光は荘厳で、何処か神秘的な雰囲気を森に与えていた。

 山賊や獣の気配もせず、景色を楽しむには絶好の状態なのだがあいにくと私はそんな気分になれず。

 

「うぇっぷ、気持ち悪い」

 

「シルキちゃん、しっかりするニャン」

 

 エンスに膝枕されながら、込み上げてくる吐き気と必死に戦っていた。

 

「エンス、その辺の袋に、ユニコーンの水薬が入っているから、ちょう、だい」

 

「分かったニャン!」

 

 目を閉じたまま指示を飛ばすと、ゴソゴソを荷物を漁る音が聞こえてくる。しばらくすると、見つかったのだろう。「口を開けるニャン」と言う声が降ってくる。

 

「あー」

 

 言われた通りに口を開けば、ポトリと水薬を落とされた。そのまま噛みしめれば、味わいなれた苦味が口内に広がっていく。

 飲み込んで数十秒、ようやく吐き気が収まってきた。この薬は怪我以外なら効果があるので、こういう使い方もできるのだ。かなりもったいないけれど。

 

「はぁ、本気で戻すかと思った。これでしばらくは平気だわ」

 

「というか、毎回毎回こんな目に合うくらいなら、態々行かなくてもいいんじゃないかニャン? 薬ももったいないニャン」

 

「んー、行商人さんに頼むのも手なんだけれど、やっぱり自分の目で見て気に入ったのを買いたいのよねー。掘り出し物があったりもするし」

 

 それに何より、買物は楽しいのだ。これから向かう町はこの辺りで一番大きいだけあって、村では見ないような品物がわんさかあるし、夜でも開いている店が沢山ある。

 日が沈んだら眠るか読書をするか、或いはエンスをモフモフするしか選択がない村とは大違いだ。まあ、あんまりにも賑やかだから、暮らすのならそれはそれで大変なのかもしれないけれど。数カ月に一度行くには、最高に楽しめる所なのだ。

 

「それにしても、今回もいっぱい頼まれたニャン」

 

「うえぇ、アンタよくこの揺れの中で読んでいられるわね」

 

 エンスが袋から取り出した紙を広げ始めたので、私は起き上がって外へと視線を向ける。読み始めたのは、村の皆から頼まれた買物リスト。

 町へ出掛ける時は馬車を使うから、ついでに買うものは無いかと聞いておくのだ。馬車だから荷物が増えた所で問題は無いし、向こうも気を使って多少のお駄賃をくれる。

 多少といっても集まればそこそこの額になるので、馬車や宿代に充填させてもらう。私にとっても村の皆にとっても、悪くない話なのだ。

 

「今回の頼まれものはー、青と赤の布と靴に使えそうな革。それから鉄と珪砂がーーー」

 

 エンスの声を聞きながら、ぼんやりと森の緑を眺める。

 このまま進めば夕日が沈み切る前には、町へと着けるだろう。肝心の買物は宿をとって一泊した後になる。村に戻れるのは、おそらく明後日の夕方だ。

 往復の馬車代と二日分の宿代。それだけでも結構な出費になる。馬を借りて、エンスと一緒に乗って行けば、かなりの節約になるのだろうけれど。

 

(熊とかに遭うと嫌だしなぁ)

 

 この辺りで追い剥ぎが出るという話は聞いていないけれど、熊や猪を見たという話は何度か耳にしている。

 野良犬一匹にすら勝てるかどうか怪しい私達には、やっぱり馬での旅は不安だ。

 

(まぁ、安全第一で行くのが一番か)

 

 ガタン!

 

 突然、馬車が大きな音を立てて揺れた。窓から身を乗り出して前を見ると、デコボコな道が広がっている。

 

「ごめん、これ以上起きているとまた酔いそうだから寝るわね。町に着いたら起こして」

 

 ゴロリと横になると、頭を持ち上げられて膝枕された。

 お礼を言おうと口を開くと、それより先に「ボクがシルキちゃんを気持ちよくさせてあげるニャン!」と言われる。は? と思う間もなく

 

ムニュウ

 

 エンスの前足が顔に押し付けられる。

 ……気持ちよくするってコレのこと? まぁ、確かに肉球の感触は悪くないけれど。

 

「シルキちゃん、どうニャン?」

 

「生ぬるい」

 

*  *  *

 

 その後、エンスの癒し効果?もあってか、酔いに襲われることはなかった。

 日が沈む前に目的地にも着くことが出来たので、泊まりたかった宿も取ることができたし。

 

「やっぱり賑やかね、この町」

 

「色んな人がいるニャン」

 

 キョロキョロと田舎者丸出しで、私達は広場を眺める。横切るのは甲冑やローブを着込み、剣や杖を手にした戦士、魔術師といった人たちのグループ。そう、この町は近くにある大きな山がダンジョンになっていて、そのダンジョンを探索する冒険者たちのお陰で栄えているのだ。

 今はこういうダンジョンや遠い沖・高い山ぐらいにしかいない魔物だが、百年以上も昔はあっちこっちにウロウロしていて、遠出の買物は命がけで行われるくらい危険な行為だったらしい。平和になったのは『英雄たち』と呼ばれる冒険者一行が、魔王と呼ばれていた魔物たちの支配者を倒したから。以来、魔物はダンジョンや人のいない僻地に住み着くようになったという。

 噂によればこの町のダンジョンで、魔王と英雄たちの最後の戦いが繰り広げられたとか。倒された魔王はこのダンジョンの奥深くに封印され、実際に最深階には開かずの間があるとか。

 加えて魔王はまだ死んでいなくて、再び地上に出ようと魔力を使って魔物を生み出し、ダンジョンが魔物で溢れたら魔王が目覚める時、なんて言われていたりする。

 けれどまあそれが本当の話だとしても、毎日何組もの冒険者たちがダンジョンに潜り、ドラゴンやマンティコアなんかを倒していたりするので、復活するのは当分先になるだろう。

 魔王の噂話は沢山あるけれど、英雄たちのその後の話はあまり聞かない。新天地を目指して旅立ったとか、それぞれ故郷に戻り幼馴染の恋人と結婚して幸せな余生を過ごしたとか、そんな程度だ。話が事実なら、多分前者なんじゃないかと思う。だって「英雄の子孫です」と言い出す人見たことも聞いたこともないし。

 とまあ、そんな訳で本来なら危険極まりないダンジョンが隣にあって恐れられる筈の町は、強力な武器防具や魔導具の素材を手に入れられる貴重な町として栄えている。魔物がお金になるって。平和って凄い。

 

「さってと、どこでご飯食べようかしら?」

 

「ボクお肉がいいニャン!」

 

 予約を入れた時間が遅かったので、宿で夕飯は出せないと言われてしまったが問題は無い。

 食事処は沢山あるし、何よりーーー。

 

「あ、ここ良さそうじゃない?」

 

「本日のオススメはキマイラのお肉って書いてあるニャン! シルキちゃん、ここにするニャン!」

 

 ここには珍しい魔物の肉を食べさせてくれる店があるのだ!

 ちょっとクセのある味だけれど、香草や香辛料で煮込むと、そのクセがまたいいアクセントになってーーーあ、考えるだけでお腹が減ってきた。

 

「じゃあ、決まりね! いっぱい食べるわよ!」

 

「ボクも色々食べて、レシピを覚えるニャン!」

 

 無事に店も決まった事だし、今日はここで食べ明かそう。

 ウキウキとした気分のまま、私たちは勢いよく店の扉を開いた。



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町へ買物・中

本当は上下編で終わらせるつもりだったのですが、上手く纏まらず。
買物話はもうちょっとお付き合い下さい。


 次の日。馴れない枕のせいで早く起きた私たちは、宿に今日の予約を入れると外へ出た。

 晴れた空の下、市場からは威勢のいい声が響き渡る。軽く一周して美味しそうなスープを提供している屋台を見つけると、備え付けの椅子に腰掛けて朝食を取ることにした。

 

「昨日のお店は大当たりだったわね」

 

「今日の夕飯もアソコで食べたいくらいだニャン」

 

 オススメの野菜スープと、プレーンドーナツを齧りながら昨日の事を思い出す。

 目当てはモンスターの肉だったけれど、出されるモノ全てが大当たりだった。

 特に気に入ったのは、ダンジョンに生えたキノコを使ったパスタ。

 ダンジョン育ちのせいか、どことなくカビ臭い料理を出されたとき「あ、コレは頼んじゃいけないものを頼んだのかも」と覚悟をしたのだけれど、食べてみれば凄い濃厚なキノコの味にビックリ。

 美味しい美味しいと連呼していると、給仕の女の人が「ダンジョンの中は気温と湿度が一定で、天候に左右されないから良い物が出来るんですよ」と教えてくれた。

 それならと頼んだダンジョンで育ったキノコと葉野菜を使ったサラダも美味しかった。相変わらずカビ臭かったけれど。

 朝食を食べながら買物する順番や頼まれた品の再確認、ついでに今日の夕飯は何処で食べようかなんて話をしていると、段々と通りが賑やかになってくる。

 店が開き始めたんだろう。ココも人が増えてきたので、私とエンスは食器を返して一番の目的である買物をすることにした。

 

*  *  *

 

 まず、最初に向かったのは換金所で、行商人さんから代金の代わりに受け取った宝石類を換金する。たまに鉱脈が見つかったとかで値段が変更されることがあるけれど、今回はそんな事は無かったようで、予想していた金額とほぼ同額の銀貨をもらえて胸を撫で下ろす。ついでに更新された鉱石の価格表も数枚もらっておく。一枚は自分用、残りは村で使う用だ。

 しっかりしたお金を手に入れたので、今度は頼まれ物の買物へ。お駄賃をもらっているのだ、忘れたり最悪お金が足りなくて買ってこれなかった、という事がないように早めに済ましておく。

 何軒かある日用品店をザッと覗き、どの店で何を買うか軽く算段を付ける。だいたいの店は纏めて買えば多少値引きしてくれたり、商品を宿まで届けてくれるので、利用しない手は無いだろう。

 

「そういえばエンス、この前新しい鍋とフライパンが欲しいとか言ってたわよね。ついでに買っちゃう?」

 

「嬉しいニャン! それなら一緒にお皿も買って欲しいニャン!」

 

「えー、割れ物は村の方で買おうよ。お気に入りを買ったのに、馬車の揺れで使わない内に駄目になった、なんてなったら涙しか出ないわ」

 

「でもこのお皿、ちょうど二組だし描かれている猫もボクに似てるニャン。可愛くないかニャン?」

 

「うーん」

 

 あーだこーだ言いながら、買物を楽しむ。その後買い忘れが無いか、メモとにらめっこしながら最終確認。うん、ちゃんと全部買ってあるっと。

 

「よーし、それじゃあお目当てのの店に行くわよー!」

 

*  *  *

 

「コピアさん、こんにちはだニャン」

 

「いらっしゃ……あら、シルキちゃんとエンス君。お久しぶりね、四ヶ月ぶりくらいかしら?」

 

「それぐらいですね。何か面白い品とかあります?」

 

「ウフフ、私の店に置いてあるのは全部オススメ品よ」

 

「ですよね。それじゃあ色々見させてもらいます」

 

「ええ、ごゆっくりどうぞ」

 

 許可をもらったので、ぐるりと店内を見回す。

 決してお得意様、という頻度ではないけれどケット・シーを連れて買物に来るのは私ぐらいらしく、このお店の主・コピアさんには顔を覚えてもらっていた。

 コピアさんの所で買物を始めたのは、年が近そうな女の人が店をしていたことで入りやすそうだと感じた、というのが理由なのだが、思った以上に私の好みの品が揃っていてビックリしたのを覚えている。

 とにかくこの店は品数が多いのだ。基本この町はダンジョンにいる魔物の身体や魔力を帯びた鉱石なんかを目当てに人が来るので、どの店も冒険者がダンジョンで見つけた戦利品の買取は行っているのだが、コピアさんは「普通それは要らないだろ」という様な物すら買取る。

 どう見ても折れてガラクタと化した剣やボロボロになった鎧、果てはダンジョンにあったというカビ臭いゴミのような物が棚に置かれているのを見たときは軽く感動すらした。そんなゴミを買いに来るお客さんがいるから買い取っているとのこと。何の為に買うんだろう。嫌がらせ用に、とかじゃあ……ないよね?

 

「とりあえず、ユニコーンの欠片はあるだけ買うとしてー」

 

「シルキちゃん、チカトリスの目玉はどうするニャン?」

 

「あー、アレも結構使ったもんねぇ。そろそろ魔力切れ起こしても不思議じゃないから買っておこうか。お、コカトリスの目玉もある。ちょっと扱いが怖いけれど、これも買っちゃおうかな」

 

「ニャン、光るコケ? 面白そうだニャン!」

 

 ヒョイヒョイと手にしたカゴに買うものを詰めていく。元々買うつもりだったものに、たまたま見つけた使えそうなもの。あっという間にカゴはいっぱいになった。んー、こんなものかなぁ。

 

「あっと、アラクネの糸も忘れないようにーーー」

 

「そうだ!」

 

 突然、コピアさんが大きな声を上げた。何だ、と思わず凝視すれば「そうだ、シルキちゃん。コレどうかしら」と二階へ上がり、少しすると、ピンク色のサイドテールを揺らしながら戻ってくる。両手で抱えている鳥かごみたいのが『コレ』なのだろうか。覗き込んでみると。

 

「コレって……アラクネの幼体ですか?」

 

 鳥かごの中にあったのは、掌に乗るくらい小さな糸車と機織り機、そして蜘蛛の身体に少女の上半身がくっついた魔物だった。ひょっとしたら少女の下半身が蜘蛛になったのかもしれないけれど、些細な問題なのでどっちでもいいだろう。

 私の質問に、コピアさんは首を振る。

 

「アラクネは正解だけれど、持ってきた冒険者さんたちによれば、この子はこれで成体らしいわ。普通なら子羊くらいの大きさが成体だから、突然変異なのかもね」

 

「なるほどなー」

 

 物珍しさからしげしげと眺めていると、小さなアラクネは居心地悪そうに下を向く。あらら、意外と恥ずかしがり屋さんか?

 

「で、この子がどうしたんですか?」

 

「よければなんだけれど、この子買わない? シルキちゃんあるだけ糸を買っていくでしょ。値段はそうねぇ……全部込みで金貨三枚くらいでどうかしら?」

 

「え、いいんですか?」

 

 思わぬ申し出に、つい訊き返してしまう。糸はそんなに高額な素材じゃないけれど、使い勝手がいいから、いくらあっても困るものではない。余れば店で売ったっていい。でも、それはコピアさんだって同じはずだ。

 

「ええ、正直な事を言えばこのまま手元に置いた方が利益が出るのだけれど、一ヶ月くらい王都に行かなければいけないことになってしまって。そうすると世話ができなくなるから。ダンジョンに戻せば退治されちゃうだろうし、それならと思って……」

 

 薄紫の瞳を細め、苦笑しながら理由を説明されて納得した。それなら……いいかな。私も出かけるけどせいぜい三日くらいだし、その間は家の庭に離しておけばいいだろう。元々アラクネはそんなに凶暴は魔物ではないし。

 幸いフェルクスさんからもらったお金はまだ残っている、ここは思い切って買ってしまおう。

 

「……ウチの子になる?」

 

 二年前の、溺れていたエンスを助けたときと同じ言葉をかけてみる。

 すると、小さなアラクネは俯いていた顔を上げて此方を見つめた。

 いいよって考えて大丈夫かな?

 

「よろしくね」

 

 返事こそないものの、アラクネはコクリと頷いてくれた。



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町へ買物・下

とりあえずこれで買物話は終了です。
お付き合いいただきありがとうございました。


「良かったわね、チョコ。大事にしてくれる人が見つかって」

 

 ニコニコと、コピアさんが鳥かごの中のアラクネに話しかける。

 

「ん? チョコってアラクネの名前ですか」

 

「えぇ、蜘蛛ってチョコレートの味がするって聞いたことがあるから、チョコという名前にしたの」

 

「……へぇー」

 

 ……コピアさんって綺麗だし商売も上手いと思うんだけれど、名前を付けるセンスがちょっと残念な気がする。このお店の名前も「すわ、一大事!」だし。絶対に道具屋に付ける名前じゃないと思う。

 ちょっと残念な視線をコピアさんに向けていたら、後ろの扉が開いて新しいお客さんが入ってきた。

 やってきたのはドワーフのおじさんと、どこか眠たげにしている女の人だ。何だか珍しい組み合わせ、冒険者なのかな?

 

「邪魔するぞ、コピアさん。アレは手に入ったかの?」

 

「レイスさん。もう少ししたら知らせに行こうと思ったんですよ。今、此方のお客さんの対応をしているので、ちょっと待ってもらえます?」

 

「あ、そっちのお客さんを優先してもらって大丈夫ですよ。私はもうちょっとお店の棚をみていたいんで」

 

「そう? じゃあレイスさん、持ってきますから」

 

「すまんの二人とも」

 

「「いえいえ」」

 

 再び二階へ向かうコピアさん。どうも大事な物は上に置いておくようだ。

 そして私は、カウンターから一歩離れて棚を物色し始め、レイスさん、と呼ばれたドワーフのおじさんは、相変わらず眠たげの女の人を連れてカウンターの方へやってくる。

 その時女の人のスカートから、コロンと光る何かが転がり出てきた。なんだろう、とそばによって拾い上げてみると。

 

「……ぅゎ」

 

 あったのは、小指の爪くらいのルビーだった。それも凄く真っ赤な。これだけ質のいいルビーなら、磨かない状態でも金貨五十枚以上はいくんじゃないだろうか。

 

「……」

 

 エンスに目配せするとネコババという単語が一瞬頭をよぎるが、イヤイヤと首を振って否定する。これだけの宝石、無くしたら気づかないわけがない。店にいるのは私たちだけだし、直ぐにバレてしまうくらいなら、やらない方がいい。

 

「あの、落としましたよ」

 

 落とした本人に声をかけるも、此方を見向きもしてくれない。代わりに返事をしてくれたのは、レイスさんの方だった。

 

「おお、すまんの! うっかりしておったわい」

 

「いえいえ」

 

 出された掌に宝石を落とすと、レイスさんは隣にいる女の人を叩く。

 その音を聞いて、私はあんぐりと口を開ける。コツコツと、まるで硬いものを叩くような音が聞こえてきたからだ。

 

「ん? お前さん、ジュエルドールをしらんのか?」

 

「じゅえるどおる?」

 

 識らない単語に、そのまま口にすれば「おう、コイツは儂が作ったジュエルドールでな」と説明してくれた。

 詳細は秘密だが、要は石で作った人形に命を吹き込み、動けるようにしたらしい。

 で、その人形に砕いた質の悪い宝石の粉を飲ませると、貴族様の手元や胸元に飾っても恥ずかしくないような宝石に生まれ変わって、掌から出てくるようになるとか。

 

「ごらんの通り、魂の元になる魔力が切れかけていてな。動かなくなる前にこうしてやって来てみた、というわけだ」

 

「はぁ、そうなんですね」

 

 なるほど。眠そうにしているのは、魔力が無くなりかけているからなのか。しかし言われるまで、人形だって気づかなかったよ。昔話とかでよく『秘宝』なんて呼ばれるアーティファクトを作るのは、ドワーフ族が多かったりするけれど、やっぱり語られるだけあって恐ろしく器用な種族なんだな。

 感心しながらジュエルドールを眺めていると「レイスさん、お待たせしましたー」とコピアさんが戻ってきた。

 

「大きなタンポポの綿毛ニャン!」

 

 エンスが叫ぶ。コピアさんが手にしている壜の中には、指摘するように白く輝く綿毛のような物体がフワフワと浮かんでいる。

 確かにタンポポの綿毛に見えなくもないが、不正解なので教えることにした。

 

「違うわよエンス。アレは『精霊の魂』ってヤツ」

 

「ニャン?」

 

「精霊って基本的に魂がない存在らしいけれど、長く生きたり人間に触れたりすると魂を持つようになるのよ。コレはソレ。ホムンクルスを作るときには必須って話は聞いたことがあったけれど」

 

「その通り。魂はジュエルドールのような生き人形にも欠かせなくての。しっかし、コピアさんが手に入れてくるのは一級品じゃの。汚れ一つないわい」

 

 レイスさんが壜を受け取って蓋を開けると、精霊の魂は自ら意思があるかのようにジュエルドールの前まで浮遊し、胸の中へと吸い込まれる。するとどうだ、眠そうにしていた瞼がぱっちり開く。

 へぇ、黄色の瞳か。オレンジの髪色の相まって優しそうな感じを受ける。

 

「じゃあ、金貨二十枚になります」

 

「あいよ。ああ、そうだ。シルキさん……と言ったかの? 儂はこの町で鍛冶屋をしていてな。何か作りたい物があったら寄ってくれ。石を拾ってくれた礼じゃ、安くしとくぞ」

 

「あ、はい。ありがとうございます!」

 

 やった、知り合いができた。いいことはしとくものね。

 代金を払い、レイスさんが店を後にしようとした時、新たなお客さんが入ってきた。

 

「あ、いたいた。レイスさん! 探したんですよ」

 

 訂正。コピアさんのお客さんじゃなくて、レイスさんに用があるようだ。

 

「僕たち、火竜を倒したんです! ソレを使って剣を作ってもらえないですか!?」

 

*  *  *

 

「この鱗と爪を使いたいんですけれどーーー」

 

「ふうむ、悪くはないな。そうすると使う金属はーーー」

 

「あ、ミスリル銀ならありますよ。一個銀貨八枚で」

 

 ワイワイと。コピアさんの店は完全に武器の相談所と化していた。入ってきたのは三人組の若い冒険者たち。大きな剣を背負っている戦士風の女の子と、杖を持った男の子二人だ。

 

「……貴方は会話に交ざらなくていいんですか?」

 

 チラリと視線を向けながら、隣の壁に寄りかかっている男の人に声を掛ける。

 年は三十半ばくらい。薄着の服の上からでも分かるくらいがっしりした身体付きだから、てっきり同じ冒険者かと思ったんだけれど。

 

「ん? ああ、俺は只の運び屋だ。彼女たちの荷物を運ぶのを手伝っただけで、グループのメンバーというわけじゃないんだ」

 

「そうなんですね」

 

 この人なら棍棒だけでサラマンダーとか倒せそうな気がするけれど。意外だ。

 そんな会話をしている間に、どんな剣を作るかの相談は纏まったみたいで。

 

「レイスさん、早く早く!」

 

「分かった分かった。そう急かさんでくれ、じゃあの、コピアさんにシルキさん。マクナベティル殿もまた今度飲みにでも行こう」

 

 冒険者たちに背中を押されながらレイスさんは外へ出ていって、残ったのは私とマクナベティルと呼ばれた隣の男の人になる。

 

「で、マクナベティルさんは何時もの買取かしら?」

 

「ああ、こんな物を引き取ってくれるのは君のところしかないからな」

 

 頭を掻きながらマクナベティルさんが背負っていた袋をカウンターに置く。

 ひょこりと覗いてみると、中に入っているのは欠けたり割れたりした火竜の鱗だ。

 

「あら、さっきの子たちからの貰い物?」

 

「いや、火竜に挑んで倒れていた冒険者からだ。教会で治療費が掛かったから、運び賃が払えないと謝られながら渡されてな。いつもすまない、こんなものばかり買取ってもらって」

 

「何言ってるんですか。売れるからちゃんと買取るんですよ」

 

 言いながら、ねぇと笑いかけてくるコピアさんに、私も頷きながら笑顔を向ける。

 どうやら、欲しい素材がまた一つ増えたみたい。

 

*  *  *

 

「いやー、今回もいっぱいいいのが買えたわー♪」

 

 ルンルンと上機嫌で、私とエンスは宿へ向かっていた。買った品物の重量で腕が痛いけれど、幸せの重みというヤツだ。

 

「持ってきたお金も殆ど使ったニャン」

 

「今日の宿代に夕食代、明日の馬車代が残っただけだもんね。村に戻ったら色々作って稼がないと」

 

 今回は思い切って初めて買った素材もある。どんな道具を作ろうかと考えると、今から楽しみで仕方ない。でも、その前に。

 

「今日も食べるわよー!」

 

「荷物を置いたら昨日のお店に直行だニャン!」

 

 戻るまではこの町を思いっきり楽しまないと!

 夕飯を食べた店は、今日はユニコーンの肉を仕入れるつもりだと言っていた。一体どんな味がするのか。期待で胸を膨らませながら、私たちは宿へと急ぐことにした。



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ワイン染めのシルクハンカチ(マンドラゴラのエキス入り)

とりあえず猫を可愛く書くのに全力投球しています。


 町を出た後は、お約束の乗り物酔いに苦しみながらも無事に村に着くことができた。

 戻ったのは夕方くらいだったけれど、頼まれた買物を村人たちに届け終わる頃には、辺りはすっかり暗くなっている。さて、二日ぶりの我が家だ。特に何をしたわけではないけれど、今日はよく眠れるわね。

 

「ただいまー」

 

 鍵を差し込んでドアを開けると、しかめ面をしたエンスが叫ぶ。

 

「臭いニャン!」と。

 

*  *  *

 

「エンス、開口一番にそれは止めて。悲しくなるから」

 

 たしなめてみるものの、エンスは止まらない。

 

「臭いニャン、臭いニャン、お酒臭いニャーン!」

 

 走り出すと、家の窓を開け放つ。まぁ、猫は人より鼻が利くという話だから仕方がないか。実際に室内には、酒の匂いが充満しているし。

 やれやれと、肩を竦めてから置いてあるランプに火をつける。目指すは匂いの元である厨房だ。

 ハンカチを鼻に当てたエンスを連れて、鍋の前に立つ。出る前にした蓋はあるけれど、この匂いからして出たわね、アイツ。

 

「コラ! 部屋が酒臭くなるから大人しくしてろって言ったでしょ!」

 

「ブクブクブクブクブーーーー♪」

 

 鍋の中から覗いている花をむんずと掴んで叱りつければ、酔っ払ってご機嫌状態のマンドラゴラが顔を出した。

 

*  *  *

 

「シーちゃん、エーくん、おかえんなさーーい!」

 

「臭いニャン!」

 

 酔っ払い特有の無駄に高いテンションで挨拶をしてくるマンドラゴラ。口を開くと酒精の匂いが一層強くなる。

 辺りに漂う酒の香りに、エンスはますます険しい顔をすると、口にしていたハンカチでマンドラゴラをぐるぐる巻にした。

 

「えー、エーくん。まだ浸かっていたいよー」

 

「もうお終いニャン! おやすみニャン!」

 

 そのままゴロゴロと転がすようにして、拭き取れきれていなかったお酒を吸わせると、今度は棚からシルクの布を引っ張り出して包み、布が仕舞われていた棚に押し込むようにして仕舞う。

 

「来月のラッキーアイテムの発表ー。シーちゃんはトウモロコシ、エーくんは緑のチョークでーす。思わぬ高級アイテムが手に入るかも!」

 

 それではまた次回、と叫ぶとマンドラゴラはぐうぐうとイビキをかいて寝始めた。わかっちゃいたけれど、疲れた。マンドラゴラはワインに浸すと未来を予言する、なんて言い伝えがあるけれど、あの様子を見ていると酔っ払いの戯言にしか聞こえない。ラッキーアイテムも微妙だし。トウモロコシ握りしめて手に入る高級アイテムって何よ。

 

「お手て汚れたニャーン」

 

 そしてエンスは沈痛な表情で、白い毛に染みたワインを拭っていた。さっき手にしたハンカチではなく、何故か私が着ている上着で。

 いや、この服はもう脱ぐだけだからいいんだけれどさ。洗濯はエンスがしてくれるから、いいんだけれどさ。

 

「とりあえず、この鍋は地下に置いておこうか。明日使うんだし」

 

「シルキちゃん、ここはお酒臭いから、一緒に上で寝てもいいかニャン?」

 

「いいけど、床でいい?」

 

「シルキちゃんに蹴っぽられるくらいなら、床の方が全然いいニャン!」

 

「うるさい!」

 

 うー、余計なこと訊くんじゃなかったわ。

 

*  *  *

 

 次の日、多少遅めの朝食を食べた後は、何時ものように仕事道具を抱えながら地下へ降りていく。ドサリと道具を机にのせてから、昨日置きっぱなしにしていた鍋の蓋を開けてみる。

 

「この量なら、頼まれていた枚数以上できそうね」

 

 用意したのはバケツとザル、ミョウバン。そして手触りのいいシルクのハンカチ三十枚だ。

 今回作る道具は、ワインで染めたシルクのハンカチ。来週、王都の大きなお屋敷で富裕層が集まるパーティがあるので、それに参加するお嬢様たちに向けた品だ。

 もちろん、ただのワイン染めではない。マンドラゴラを三日間漬け込んでエキスをたっぷり含んだ特製のワイン染めだ。

 

*  *  *

 

 先に媒染液を作って、その中にハンカチを漬け込んだら、マンドラゴラのワインを弱火で温め始める。

 

 マンドラゴラ。理不尽に流された血や涙が染み込んだ大地にしか生えないと言われているこの植物は、別名不吉の花と呼ばれている。基本的に処刑場や古戦場等にしか生えないからだ。けれどダンジョン内でも(圧倒的なレベル差でボコボコにされた冒険者や魔物たちの)理不尽な血や涙が大量に流されているからか、あの町の道具屋ではポツポツと見かけたりする。

 曰く付きの場所に生える事とその希少さから、マンドラゴラは引っこ抜く時におぞましい悲鳴を上げ、それを聞くと恐ろしさのあまり死んでしまうなんて伝説もあるけれど、コピアさんの話だと耳栓をつけていれば悲鳴は防げるらしい。万が一聞いても、一時的に気を失う程度だとか。噂に尾ひれがついたとは、おそらくこういうことを言うのだろう。

 

 ワインが温まってきたので、今度はハンカチをワインに漬けて染め始める。

 

 で、このマンドラゴラ。引き抜いた後は薬にするのだが、一番有名なのは惚れ薬だろう。

 マンドラゴラを煎じたモノに興奮作用のあるチョコ、神話に『禁断の果実』として度々登場するリンゴ、精力剤としてダンジョンでも魔力回復薬としている活躍しているイモリの黒焼き等を混ぜ、仕上げに使用する人の血を数滴垂らす。それを飲み物なり食べ物なりに混ぜて、惚れさせたい相手の口に入れてしまえばあら不思議。たちまち夢中になってくれる。例え相手が自分に興味がない、嫌われている、他に好きな人がいたとしてもお構いなし。心を捻じ曲げてまで、相手を自分に振り向かせる。マンドラゴラの惚れ薬は、そういう、ちょっと怖い薬なのだ。

 

「んー……ちょっと色が薄いかな」

 

 一度ハンカチを鍋から取り出し、軽く水洗いをしてから染まり具合を確認する。悪くはないんだろうけれど、何だか少し安っぽい。

 なので、もう一度鍋に戻して染め直す事にする。この染めの良い所は、こうやってやり直しが出来るところだ。色を濃くしたいのなら、染め作業を繰り返すだけでいいし。

 

 なんでそんな怖い薬の元になるマンドラゴラを買ったのか。単にお買得品だったからだ。コピアさんの棚に置かれていた割引価格のマンドラゴラ。どうも引っこ抜いた冒険者がうっかりして、武器や防具を入れた袋にマンドラゴラを突っ込んでしまったらしい。左脚は切れ、あちこちに切り傷をこさえていた姿を見て「うわ、痛そう」と呟いたのは覚えている。

 そんな視線を向けていたら、勘違いしたコピアさんに「ご覧の通り傷だらけだけれど、本物なのに変わりないから。お買い得よ」と言われ。「ああ、それなら」と私もその気になって買ってしまった。村についてから惚れ薬を使いたい相手がいる訳でもなく、更にこんな小さな村では需要がないことにも気づいて、ちょっと落ち込んだけれど。

 それでも、今はこうやってキチンと役に立ってくれている。意外な効能があるということが判明したのは、偶然だったけれど。

 

 マンドラゴラを買って直ぐ、私はマンドラゴラをワインに浸してみた。持っていた本にマンドラゴラをワインに漬けると、未来を予言するなんて書いてあったから、惚れ薬が駄目なら予言で役に立ってもらおうと考えたのだ。

 けれど結果は昨日を見れば判ると思うけれど、失敗だった。酔っ払ったマンドラゴラはラッキーアイテムがどうだとか、十二星座の今日の運勢はとか。「予言」というより「気休め程度の占い」のようなことしか喋らない。オマケに、運勢が最悪と言われて怒ったエンスが、片付けようとして躓き、頭からワインをかぶるハメに。

 慌ててタオルで拭いてみるも、完全には取り切れず。

 風呂に入れば? と勧めても水が大嫌いなエンスは嫌だとベソをかきながら突っぱね。結局紅白みたいな色になりながら、その日を過ごしたのだが。

 

「皆が哀れんで、オマケしてくれたニャン」

 

 夕方、買物に出たエンスがカゴいっぱいに詰め込まれたパンやソーセージを持って帰ってきて、異変に気づいた。傍によると、ワインの匂いの他にクラクラする『何か』を感じる。これはひょっとして。

 

「エンス、このオマケは哀れみとかじゃないと思うわ」

 

「じゃあ何だニャン」

 

「今無性に、アンタの事モフモフしたいのよ。多分だけれどあのワインのせいで、テンプテーション状態なんじゃない?」

 

*  *  *

 

「よしっ! いい染まり具合!」

 

 二回染めることによって、シルクのハンカチは綺麗なパープルピンクになった。

 後はこの色になるよう、時間を調整しながら他のものも染めていくだけだ。

 このハンカチの名前は誘惑のハンカチ。

 使い方は簡単。気になる人の前で、さり気なく口元にハンカチを持っていくだけ。

 すると、ワインに染み込んだマンドラゴラの魅了の効果が、相手の鼻腔に入る。ドキリとするのは一瞬だけれど、相手は彼女に魅力を感じたのだと勘違いし気になってしまう、という寸法だ。

 効果はこれだけ。惚れ薬とは違い、あくまで相手に自分を意識させるだけの力しかもっていないが、ダンスパーティーや立食パーティーの場で使えば、そのまま会話やダンスへと持っていきやすいので、貴族のお嬢様方からは高評価をもらっている。

 あちら様はお金に不自由しないぶん、家の都合で婚約者などを決められていて、恋愛の自由はあまりないとか。だから、せめてパーティーぐらいは憧れの人と踊りたいのだろう。

 

「間に合うように急げ急げ〜♪」

 

 とりあえず、お客さんが来たらエンスに呼んでくれ、と頼んで私はひたすらワイン染めに専念することにする。

 明日は五日に一度くるほうき便の日だ。

 それに間に合うように頑張らないとね。



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ザントマンの安眠香

活動報告の所でネタの募集は始めました。
良かったらネタ下さい


「ん〜ふ〜ふ〜♪」

 

 チャリチャリと音を立ててお金を積み上げていく。

 金貨が三枚に銀貨が十二枚。この前作ったシルクハンカチの売上だ。

 ほうき便で送ったハンカチは、無事に知り合いの商人さんの手元に届き、完売になってくれたようだ。

 流石貴族の皆様、少しばかり高めの値段でも渋ることなく買ってくれる。町の買出しでかなりのお金使ったから、こういうお金になる仕事は助かるわー。

 

「シルキちゃん、顔がニヤけてるニャン。だらしない顔だニャン」

 

「まとまったお金が手に入ったんだもの。そりゃ顔だって緩むわよ」

 

 ひとしきりチャリチャリ積み立てて満足した後は、お金をしまってから棚を眺めた。

 在庫がギリギリになるまで買出しに出かけないから、幾つかの商品は品薄状態になっている。うーん、どれから手を付けようかしらね。

 

「じゃあ、今日はこれを作ろうかな」

 

 こういう時は直感を信じるのが一番。一番最初に目を向けた、在庫が数個になっている薄紫色のお香を作ることにした。

 

*  *  *

 

 お店を締めてあらかたの用事を片付けてから、私は地下に来ていた。

 このお香の効果を確認するのは、夜が一番いいからだ。

 

「よいしょっと」

 

 持っていた袋を机の上に置けば、ドサリと重たそうな音がした。口元を固く縛ってある紐を解いてひっくり返せば、ザラザラと溢れ出てきたのは紫色の砂。ザントマンの砂だ。

 普通は睡魔として、眠らない子供たちに眠りの砂を撒いて寝かせる存在なんだけれど、あのダンジョンにも出てくるらしい。

 眠らせるだけの能力しか無いのだけれど、強い魔物と一緒にいたりすると、眠らされてボコボコにされる可能性があるから、見かけたら一番最初に倒す相手になっているとか。可哀想だけれど、命に関わるから仕方がないわ。

 これは、その倒したザントマンが持っていた砂の袋だ。どんな薬や魔術よりも効果があって、副作用もないから眠り薬として使うなら最高なんだろうけれど、目に直接入れないと効果がないから使い勝手としてはいまいちになる。飲み薬として利用できれば良かったんだろうけれどね。

 

「しっかしこの砂って何が原料なのかしら」

 

 砂を中央に集めながら疑問を口にする。

 多分魔術の一種なんだろうと思うけれど、作り方が解らない。一応、アラクネの糸を使えば粉薬は作ることができる。アラクネの糸は魔力をよく通すし、糸の中に溜めることもできるから、糸に回復魔術なんかをかけてからメドゥーサの首やコカトリスの目玉を使って硬化させた後に乳鉢とかですり潰せば、粉薬になるのだ。

 ちなみにアラクネの糸は熱に弱いので、回復魔法をかけた糸をお湯の中に放り込めば溶けて水薬になる。

 それぞれのメリットは、水薬なら苦味が少なく飲みやすい、粉薬なら長期間の保存がきくことだ。

 だから、この粉も最初はそうやって作っているのかと思っていたんだけれど、アラクネの糸で作る薬は白い色になる。薄紫にはならないから違うんだろう。うーん、謎だ。

 悩みながらも何度も作っているので、手は勝手に材料を集めていた。

 タブノキから作る粉に香原料となるラベンダーの粉末、それに水だ。

 ラベンダーの粉末とザントマンの砂を混ぜてから、好みの匂いになった所でタブ粉を投入。後は入れ過ぎないよう注意しながら、水を少しずつ足していく。

 

「あ、おかえりー」

 

 粉を捏ねて練り上げていると、天井から糸が垂れてきて小さなアラクネーーーチョコが降りてきた。

 この子はとにかく働き者だ。毎日糸を吐いて、もらってきた小さな糸車で紡いでくれている。

 アラクネの糸は需要が高いから、店に置いておくだけで行商人さんたちがついでに買っていってくれる。あと一ヶ月もすれば、買った代金分は稼いでくれる筈。

 だから最近は鳥かごの戸を開けっ放しにして、仕事が終わったら好きにさせている。前にも言ったけれどアラクネは凶暴な魔物ではないし、そもそもこの大きさだ。人に迷惑をかけることなんてしないだろうし。

 チョコも、裏にある薬草やハーブを育てている庭をチョロチョロしているらしく、戻ってくるとどことなく満足した表情になっている。たまに、口元を鱗粉だらけにしたり、虫の脚をボリボリしながらやってくる姿にうわぁってなるけれど。

 

「ああ、コレが気になるの? コレはね、ザントマンの安眠香よ」

 

 机に降り立つと、私が捏ねているのが気になるのか、傍に立つとじっと手元を見つめてきた。

 

「ザントマンの砂はいい睡眠薬になるんだけれど、目に入れないと効果がないっていうのが不人気の理由の一つでね。だからお香にして、自然に目に入るようにしてみたの」

 

 モチロン、直接入れるわけじゃないから効果は幾らか落ちる。ウトウトして眠くなったなー程度だ。でも、強い薬が使えない小さな子供や、興奮して手に負えなくなった動物にはそれで充分。この村の人は殆どが酪農を営んでいるから、何かと需要がある。

 そんな私の説明を、チョコは黙って聞いてくれているけれど、一体どこまで理解してくれているのやら。ある程度は人の言葉を理解しているみたいだけれど、エンスより脳みそ小さいだろうからなぁ。

 

「さてと、これで完成ーって、しまった、これしばらく乾燥させないと使えないんだった」

 

 数十個のコーン型を作り終えて、さぁ、効果を確認しようとしたところで気がつく。そうだ、お香って乾燥させて水分飛ばさないと駄目だった。いつもすぐ出来るのばっかり作ってたからなぁ、すっかり忘れてたわ。

 

「せっかく夜に作ったのに、うっかりしてたわ。仕方ない、もう寝るだけだからこのままにしておいて、明日風通しのいい所に置いておこう」

 

 となると屋根裏部屋かな。持っていく時はひっくり返さないよう気をつけなきゃ。

 

「今日はこれで終わり。チョコ、一緒に戻ろう?」

 

 腕を伸ばせば、スルスルと登ってくるチョコ。

 肩までやってきたのを確認してから、私は階段を上り始めた。

 ちょっと予定が狂ったけれど、たまにはこんなこともあるわよね。安眠を促すために、エンスをモフモフしようかしら。



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ヒカリゴケのランタン(失敗作)

たまには失敗もしますよ、と。
今年の更新はこれで最後だと思います。
来年もどうぞよろしくお願いします。

そして、ネタを提供して下さったT.S.F.様、ありがとうございました!


「うーあーぐーあー」

 

 お客さんがいないことをいいことに、私は店内のカウンターに突っ伏して唸り声を上げていた。悔しい、悔しい。

 

「あーあーあーあー」

 

「シルキちゃん、元気を出すニャン。そんな時もたまにはあるニャン」

 

「だってー、だってー」

 

 慰めようとしているのか、エンスがムニムニと肉球を押し付けてくる。気持ちは嬉しいけれど、やっぱり気分は晴れない。

 

「だいたいアレ買ったのはボクだし、今回のだって思いつきで作ってみようとしたワケだから、シルキちゃんがそこまで落ち込む必要ないニャン」

 

「そうは言うけれどさー、作ろうと決心した時に、絶対上手くできるって確信していたからさー、できないのは悔しいのよー」

 

 ブーブーと頬を膨らませながら、隣にあるソレを睨みつける。ビシャビシャになっている机の上に置かれているのは水の入ったガラスの鉢と、グシャグシャになったヒカリゴケの残骸だ。

 

*  *  *

 

 今回私が作ろうと奮闘していたのは、ヒカリゴケを使ったランタン。エンスが面白そうだとコピアさんの店で見つけた品物だ。

 コピアさんの店には色々な物が置いてあるけれど、主に三種類に分類される。薬草や武器、防具など、冒険者向けの品。冒険者がダンジョンで見つけてきた鉱石やモンスターの部位で、外からやってくる商人や職人に向けた品。最後が、魔術師とかが作って持ち込む魔導具だ。

持ち込んでくる魔術師の種類は様々だ。現役の魔術師が己の腕試しに作った魔導具。引退した元冒険者の魔術師が、あればダンジョン探索に役に立つんじゃないかと作り出した魔導具。そしてたまにあるのが、これは売れるだろうと自信満々で作ったものの需要に掠りもしなかったので、泣く泣く捨て値で売り払った魔導具だ。

 今回使っていたヒカリゴケは、最後の需要が無かった魔導具に分類される。コピアさんの話によれば作ったのは、光の魔法が得意な魔術師で、ダンジョンに生えている植物からヒントを得たとか。

 あの町のダンジョンは魔力を帯びて光る植物や鉱石があって、ランタンや松明を持ち込まなくても充分なくらいの明るさがあるらしく、例の魔術師はそこからインスピレーションを受けて、魔力を使わずとも光る物を作ろうと思ったらしい。

 結果、出来たのは暗闇に反応して光るコケ。いざ商品化! と鼻息荒くしたものの、このコケが育つには綺麗な水が大量にないと駄目なことが発覚。ダンジョンの町はこの村ほど豊富に水がないし、ここに比べればそれほど綺麗でもない。なので売りに出したところ、どこも買い取ってくれず何軒も巡った末に、コピアさんの店で引き取ったという話だ。

 私も話を聞いたとき、このコケを商品にしようなんて思いもしなかった。ただ、村にはそこかしこに綺麗な湧き水があるからコイツを使って地下室をもう少し明るくできたらなー、と考えていた程度だ。銀の燭台だけじゃ部屋全体は明るくならないし。

 素焼きの入れ物に水とコケを詰めて。以前よりうっすらだけど明るくなった地下を見て、思いついたのだ。

 村には綺麗な水がわんさかあるんだから、うまく使えば有効活用できるんじゃないかと。

 

 

*  *  *

 

「くっそー」

 

 ガバリと起き上がって、ヒカリゴケを引き寄せる。初めに考えたのは、地下に置いたように素焼きの器にコケを詰めて配布する方法だ。けれど、これだと上の面しか光らないので明るくなる場所がかなり限定されてしまう。しかもほんのり周りを照らすくらいの光しか放たない。元となった光る鉱石や植物は魔力を糧にするから、数える程度しか無くても階層を充分に明るくすることができるが、コイツは自力で光っている分明るさは控えめだ。作った魔術師も辺り一面コケに覆わせて、ってイメージで作ったらしいし。

 ならば、と用意したのはランタンだ。四方がガラスだから明るくなるだろう思ったのだが。

 予想以上にコケの光はヘッポコだった。普通にランタンに灯りをともした方が、マシなんじゃないかというレベル。これじゃあ駄目だと、最後に用意したのは糸。大量のコケを丸めて糸でグルグル巻いて。出来たのはボール状になったヒカリゴケ。

 継ぎ足し継ぎ足ししながら丸めるを何度か繰り返すと、ようやく及第点かなと言えるくらいの光源にはなったものの。

 それくらいにするには子供の頭くらいの大きさにしなければならず、それなら普通に油を使って火をつけた方が楽だし持ち運びも便利だという結論になったのが、つい今しがたになる。

 

「元手かからなくてラッキー♪ってなると思ったんだけれどねー」

 

「でもシルキちゃん、『ウィル・オ・ウィプスのランタン』っていう安くて便利で長持ちの魔導具が既にあるニャン。アレに打ち勝つのは難しいじゃないかニャン」

 

「……確かになー」

 

 ウィル・オ・ウィプスのランタンっていうのは、魔術師という職業だったら誰でも作れる人工灯だ。一つで部屋を明るく出来るくらいの強い光を放ち、持っていれば一ヶ月は平気と比較的長持ち。値段も銀貨一枚と銅貨三枚とお安く、事前に頼めば光の色も変えてくれる。

 うん、考えれば考えるほど、勝てる要素が見つからない。

 

「そうね、エンスの言うとおりだわ。何時までも落ち込んでいてもしょうがない」

 

「お? 元気が出たかニャン?」

 

「うーん、というか王道の商品に勝負するなんて、無謀にも程があるなって諦めがついたというか、目が覚めたというか」

 

 そもそも「隙間産業」が私の作る品のモットーだしな。今回の失敗は忘れよう。

 

 こうして、ヒカリゴケは商品化されることなく地下室でひっそりと光り続けることになった。

 その後、別の使い方を見つけ、無事に活躍してもらうことになるのだけれど……それはまた別の機会に。



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当てるだけ!雷帝の抱擁!

明けました。今年もよろしくお願いします。


 二重線を引いたり、グチャグチャと文字を消してあちこち黒くなっている数枚のメモ用紙を眺めていると、甘い匂いが漂ってきた。

 お、と視線を台所へ向ければリンリンと鈴を鳴らしながらエンスがやってくる。

 

「シルキちゃん、おやつを持ってきたニャン!」

 

「ありがとう、エンス。お客さんも来ないし、休憩にしようか」

 

 メモ用紙で散らかっていたカウンターをざっと片付けると、エンスが二枚の皿をヒョイと載せた。今日はリンゴのコンポートか。美味しいのよね、コレ。

 

「う〜ん、シャキシャキしてしっとりして美味しいわ」

 

「お口にあって何よりだニャン。ハチミツを使うのがいいって本に書いてあったんだニャン」

 

「へ〜」

 

 相槌を打ちながらシャクシャクとコンポートを咀嚼する。ああ、本来なら働いている時間に堂々と休憩を取ることの、なんと素晴らしいことか!

 しかし、至福の時間も長くは続かず半分くらい食べたところでドアの鈴が鳴り、お客さんが入ってきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 急いでカウンターに載ったお皿を片付けるも、馴染みの行商人さんには見られてしまったようだ。「休憩中にゴメンネ」なんて笑われてしまう。

 

「あー、すいません」

 

「いいよ。そんな事で目くじら立てるほど心が狭くはないし。ゆっくりどうぞ」

 

「イヤイヤ、流石に顔馴染みとはいえお客さんを前にして食べる、なんて失礼な事はしませんよ。今日は何をお求めですか?」

 

「えっと、ユニコーンの水薬を四つと傷薬を二つ。あ、それにザントマンの安眠香を六つもらえるかな」

 

「え、珍しいですね。安眠香を欲しがるなんて」

 

「うん、俺が行っている村で子供さんが生まれた家が何軒かあってね。なかなか寝てくれなくて困っているって言っていたから、安眠香の事を話したら是非とも売ってくれと頼まれてね」

 

「へぇー」

 

 うーん、私の知らない所で必要とされるとは。嬉しいようなくすぐったいような。

 言われた品を棚から引っ張り出してカウンターに置くと、ドサドサと隅っこに追いやっていたメモ用紙たちが床に落ちた。んもう、何やってるんだか。

 

「ん? こりゃ売上票か何かかい?」

 

 直ぐに行商人さんが拾って渡してくれたので、礼を言ってから首を振る。

 

「違いますよ。ソレに書いてあるのは新しく作ろうと思っていた獣避けの品です」

 

*  *  *

 

『シルキちゃん、無理だったらいいんだけれどさ。熊とか猪に遭遇しないような、或いは遭遇しても切り抜けられるような道具とか、作ってもらえないかな』

 

 何人かのお客さんにそう頼まれたのは、数ヵ月前。この辺で熊が出たという話はたまにしか聞かないけれど、色んな場所で売買する行商人さんたちは違うらしい。

 盗賊たちなんかは奪われたお金や商売品なんかを取り戻す為に、冒険者たちを雇って討伐隊が作られたりするらしいけれど、獣たちにはそんな事はあまりしない。

 行商人さんたちも自衛の為に武器を携帯していたり、多少の魔術を使えたりしているけれど、流石に本職の冒険者たち程の腕はない(あったら、冒険者として生活しているだろうし)ので、獣に遭ったら逃げるのが基本なんだそうだ。確かに、剣一本で熊に勝てるとは思えない。

 そんな訳で贔屓にしているお客さんの為に、それっぽいものを作る事ができないか、と考え。

 メモ用紙にああでもないこうでもない、と書き連ねていたのだ。

 

*  *  *

 

「へー、そりゃ出来たら嬉しいねぇ!」

 

「やっぱりある方がいいですか」

 

「使わないに越したことはないけれどね、そういう物は持ってるだけで安心というか……。ちなみにどう? 作れそう?」

 

「一応自分なりに案を出してまとめてみたりしていますからね。前のと違って今回は成功すると思うんですがね」

 

「え、前?」

 

「あ、いや。何でもないです」

 

*  *  *

 

「さってっと。期待されているようだし、これは失敗は許されないわね」

 

 次の日。朝食を食べ終えた私はお客さんたちの期待を背負った品を作るべく、地下室へとこもっていた。今回使う材料は三つだ。

 まず一つは青紫色をした水晶の結晶のような形をした物で、数十秒ごとに雷の様な閃光が走る。コレはちょっと珍しい鉱物……ではなく、雷系の魔術が得意とする魔術師が作った『雷帝の咆哮』と呼ばれる戦闘用の魔導具だ。

 魔術師の人たちの中でも「この魔術は得意だけれど、あの魔術は苦手」ってのは結構いるらしい。中には「この魔術は凄く強いけれど、あの魔術は全く使えません!」ってバランスの悪い人もいるんだとか。この〜帝の咆哮シリーズと名付けられている魔導具は、そういった不得意分野がある魔術師向けに作られた物だ。

 使い方は簡単。この結晶に魔力を込めて、敵に向けて放り投げるだけ。

 しかも、込めた魔力の強さによって威力が変わるらしく、なんちゃって咆哮になる時もあれば、名に違わぬ(或いはそれ以上の)威力を発揮する時もあるのだとか。

 そして、隣にあるガラスのように透き通った石はダンジョンに落ちているアイテム『魔石』だ。綺麗だけれど、価値はそんなにない。要は、ダンジョンにある石ころやゴミクズが漂っている魔力を含んで変化したものなのだ。ダンジョンに行けばそこかしこに転がっているらしいし、名前の割には含まれている魔力は、下の上くらいで大したことはないらしい。

 けれど、弱い魔術を長時間持続させるにはちょうどいい触媒になるのだとか。『ウィル・オ・ウィプスのランタン』や『消えない松明』なんていう火種の材料には欠かせないと聞いたことがある。

 最後のは説明は不要だろう。チョコが吐いて巻いてくれた、アラクネの糸だ。

 

 作り方としてはまず、魔石にアラクネの糸をグルグルと巻きつける。魔石が糸で真っ白に覆われたら、今度は雷帝の咆哮をトンカチで叩く。

 

「魔力を込めなければ大丈夫って話だけれど……衝撃で感電なんて、ならないわよね」

 

 平気だと言い聞かせてみるも、どうしても及び腰での作業になってしまう。コレを砕いて使った、なんて人の話は聞いたことがないから、万が一を考えると、不安でしょうがない。

 ビクビクしながらの作業だったけれど、感電することはなく終えることが出来た。砕いた欠片は、更に乳鉢で砂ぐらいまで細かくすり潰す。

 それをトレイに均等に降りまいてから蒸留水を注ぎ、糸を巻いた魔石をくっつかない程度に距離を取りながら、置けるだけおく。

 

「さて、後は様子を見るだけね。上手くいきますよーに!」

 

*  *  *

 

 あれから五日後。巻いていた糸を外すと。

 

「よしっ! 思っていた通りの出来だわ!」

 

 無色透明だった魔石は、青紫の透き通った石になっていた。砕いた雷帝の咆哮の魔術が水に溶け込み、糸を伝って上手い具合に魔石へ浸透してくれたのだ。チカチカと光る閃光もバッチリ入っている。後は何時ものように効果を確認するだけだ。

 

「さぁエンス! 投げつけて!」

 

「本当にいいのかニャン?」

 

 壁の方に移動して指示を出すと、困惑顔で問われる。だってしょうがないじゃない、威力確かめる方法なんて、実際にぶつけてもらうしかないんだもの。

 

「大丈夫! 魔石の魔力程度なら、数分痺れる程度で済むはずだから!」

 

「でも」

 

「ていうか早くして! 私も怖いのよ! 覚悟が鈍らない内に早く!」

 

「わ、分かったニャン! エイ!」

 

 エンスは慌てたように頷くと、机に置いてある五本の砂時計をひっくり返し、青紫の魔石を投げた。ソレが肩に当たった瞬間。

 

「アババババババ!」

 

 ビリビリとした痺れが全身を駆け巡り、悲鳴が漏れる。痛みやダメージはあまりないが、ただ、痺れて動けない。

 

「アババババババ!」

 

 どのくらい情けない声を上げていただろう。フッと痺れが消えた。

 力が抜けて尻もちをつくと、心配そうな顔をしたエンスがこっちに走ってくる。

 

「シルキちゃん、痛くないかニャン!?」

 

「うん、大丈夫。それより時間は?」

 

 駆け寄ってきたエンスの頭をポンポンと叩きながら、机の上の砂時計に視線を向ける。

 左から二番目までの砂が落ちきっているってことは。

 

「二分って所か……」

 

 身動き取れない状態がそれだけあれば、充分逃げられるわね。

 

「とりあえず合格ね。はー、よかった」

 

 ほっと安堵の胸を撫で下ろす。思った効果が出ない場合は、量や時間を調整して再度効果を確認しないとになる。

 正直、痛いのとかは好きではないので、一発で成功してくれたのは本当にありがたい。

 

「商品名決めないとね……ビリビリ痺れ玉」

 

「ダサいニャン! せっかくだから雷帝の抱擁とかどうニャン?」

 

「何がせっかくなのかよく分からないけれど……まぁ、確かにそっちの名前の方がカッコイイのは確かね。じゃあ、コレは『雷帝の抱擁』で決まり」

 

 後は材料費とかを計算して値段を決めないと。

 

「この商品、売れるかニャン?」

 

「うーん、作る度に効果確認しないとだから、私としてはそんなに売れて欲しくはないけれどね」

 

 しかし願い虚しく。馴染みの行商人さん全ての手に渡り切るまでの間、私は何度も二分の痺れを味わう羽目になるのだった。



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初めての買い取り・上

ちょっと短いのですが、キリがいいので。
月に二本くらいアップできるよう頑張りたいです。


 商品の数を確認して在庫を補充していると、カウンターを雑巾がけしているエンスが呟いた。

 

「お客さん来ないニャン」

 

「何言ってるのよ、さっき一時間で三人も来たじゃない。三人よ、三人。凄いことじゃない」

 

 流石に一人も来ないなんてことはないけれど、私の店は一日で二十人も来てくれれば大繁盛になる。正直、多いのか少ないのかは人の判断によるのだろうが、それでしっかり生活できるのだから、私は充分な人数だと思ってる。

 

「でも暇でつまらないニャン。庭に出て夕飯に使えそうなハーブを摘んできてもいいかニャン?」

 

「いいわよー別に。あ、そういえばエンス、また空いてる所にキャットニップとエノコログサ植えたでしょ。庭は傷薬に使う薬草とハーブの為にあるんだから、あんまり趣味に走らないでよ」

 

「……シルキちゃんが何を言っているのか、ボクさっぱり分からないニャン」

 

「とぼけるんじゃないの」

 

 明後日の方を見ながら答えるエンスの頭をガシガシと乱暴に撫でていると、ベルがなって扉が開いた。お客さんかと振り返ると、どこかで見た大柄な男の人が半分だけ顔を出してこちらを伺っている。

 ええとあの人は……ああ、思い出した。この前コピアさんの店にいた運び屋をやっていた人だ。名前は確かマ、マク……マクラ? マクア?

 

「すまん、君がシルキという女性であっているだろうか?」

 

「え? あ、はい」

 

「俺はマクナベティルと言うんだが。覚えているだろうか」

 

「ええ、覚えてますとも」

 

 ああ、そんな名前だったっけ。長い名前だとしっかり覚えてられないのよね。

 

「それで、こんな所までどうしたんですか?」

 

 中に入るように促して、用件を尋ねてみる。

 交易が盛んなあの町から、こんな田舎の村にまでわざわざ足を運ぶ理由が、私には思いつかなかったからだ。

 たまに食道楽みたいな人が、村にまで来てチーズやバターを買いに来ることはあるけれど、それだったら直接牧場の方に行くだろうし。

 

「ああ、コピアが王都に出かけてあの町を留守にしているのは知っているか?」

 

「言ってましたね、そんなこと」

 

 この前買い物した時に、一ヶ月くらい居ないような事を口にしてたわね、そういえば。

 

「それで、コピアから出かける前に言われたんだ。俺が買い取ってもらう商品の大半は、シルキという女性が買っていくと。だから自分がいない間は、直接本人の所に行って買い取ってもらえばいいってな」

 

「か、買い取りですか!?」

 

「え、あ。 な、何か問題があったか?」

 

 思わず大きな声を上げると、マクナベティルさんはビクリと身体を震わせ、私を見つめた。私とエンスなんかを片手で抱えられそうな体格の人が、こんな事でビックリするなんて。見かけほど気が強くないのかな。まぁ、それは置いておくとして。

 

「いえ、買い取りって……そこまでして、元が取れるのかと思いまして」

 

 この村からダンジョンの町までは、馬車でほぼ一日。馬で来ても六時間以上はかかるハズだ。

 時間もかかるし、お金もかかる。それでも単価の高い品ならば、かける価値はあるだろうが私がコピアさんの店で買う品の半分以上は訳あり品みたいなものだ。マクナベティルさんがここまで足を運ぶ程の儲けはないと思うのだけれど。

 お金の心配をする私にマクナベティルさんはキョトンとした表情をするが、直ぐに「それなら大丈夫だ」と返してきた。

 

「俺には、相棒がいるからな。此処に来るのにも連れてきてもらったんだ」

 

「ああ、そうなんですか」

 

 マクナベティルさんて、ダンジョンで運び屋やってたんだっけ。よく考えれば足になる動物がいるか。うーん、でもかかる時間の事を思えばやっぱりもったいない気がするんだけれどなぁ。

 

「二時間もかからなかったかな。いつもダンジョンの中ばかりだから、ここに来る途中の景色は新鮮で時間が経つのを忘れたくらいだ」

 

 なぁ? なんてマクナベティルさんが扉越しにいるであろう何かに話しかける。

 二時間足らずでここに来れる動物ってどんなのだろう。天馬とか?

 好奇心のまま、そばによって外で待機しているのであろう生き物を見てみると。

 いたのは、牛ぐらいの大きさの犬(多分)だった。艶々した黒い毛皮の中で、目玉だけが宝石のように赤く輝いている。コ、コイツは。

 

「シルキちゃん! ボク怖いニャン!」

 

 エンスが私の後ろに隠れてギュウとしがみついてきた。そりゃそうだろう、目の前にいるのはブラック・ドッグ。恐怖心だけで人を殺せる魔犬で、ドラゴンの仲間に分類されるぐらい恐れられている魔物だ。

 ビビりながらも、心のどこかで納得していた。確かに魔物がうじゃうじゃいるダンジョンなんかで運び屋稼業をするのなら、これぐらいおっかない魔物を従えてないと無理だよね。けれど……。

 どうしよう、と腕を組んで思案する。あの町ならそんなに珍しくないかもしれないけれど、ここは魔物なんか無縁の田舎の村。こんな大きくて、人なんか簡単に噛み殺せそうな外見の犬が店の前にいたら大騒ぎだ。てか、牛や山羊が見たら絶対にパニックになる。下手したらショックのあまり乳が出なくなるかもしれない。

 

「あの、ですね」

 

「ん?」

 

「家の裏、小さいんですが庭があるんですよ。天気もいいですし、良かったらそっちで話をしませんか? あ、勿論そちらのブラック・ドッグ様もご一緒に」



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初めての買い取り・下

実を言うとこのおっさんキャラの方が、主人公よりも設定がモリモリだったりします(おっさんキャラ大好きなので)

設定がお披露目できる日がくるといいんですけれどね。


 マクナベティルさんとブラック・ドッグを連れて、私たちは裏庭にやってきた。

 ここは小さいながらも柵があるから、覗きこみでもしないかぎりは見えることはない。中央には大きな林檎の木があるから、適度に日差しも遮ってくれるし。

 敷布をしいて、マクナベティルさんに先に座るように促せば、隣にいるブラック・ドッグもしゃがみ込む。……こうやって近くで見ると、規格外の大きさだと改めて解る。

 さっきは牛くらいかと思ったけれど、もっと大きいかも。小竜くらいあるんじゃないかな?

 ちなみにお店の方は、窓を開けて来客用のベルの音が聞こえるよう対応してある。怖がってるエンスに「接客は私に任せて、店番してていいわよ」と言ってみたんだけれど「シルキちゃんが食べられるかもしれないニャン! 心配ニャン!」とガンとして傍から離れない。その言葉にちょっと感動したのだけれど。

 

「……ねぇ、熱いんだけれど」

 

「怖いニャン」

 

 エンスは私の背中にしがみついたまま、一向に動かない。心配ってのは建前で、離れるのが怖いってのが本心な気がする。

 

「えっと、それで……売りたい品というのはどんなのですかね?」

 

「ああ、とりあえず持ってきたのはコレらなんだが」

 

 背負っていたリュックを降ろして、マクナベティルさんが品物を取り出す。

 出てきたのは掌サイズのガラス瓶にみっちり詰められた白と金の粉物が二つ。

 中途半端な長さの物を纏めた木の枝が四塊。

 ボロボロの鱗が八枚。

 そして、瓶に収められた針のように尖った結晶? のようなものに重そうな袋。

 最後は透明な石数個だ。

 七点の内の半分は名前が解る。

 重そうな袋の中身はザントマンの砂だろう。あの袋私も持っているし。んで、透明な石はこの前使った魔石だ。

 ボロボロの鱗は、この前買った火竜の鱗。そういえばアレ、まだ手を付けてなかったわね。アレでどんなの作ろうかな。

 そして白の粉物はユニコーンの角の欠片で、金の粉は妖精の粉。

 妖精の粉は、妖精や虫っぽい魔物の羽から作られる粉だ。無傷の魔物の羽は帽子やドレスの装飾に使われるのだけれど、少しでも欠けたり折れたりした物は、砕いて細かくする。

 するとこんな金色の砂になるのだ。この砂を身体にまぶすとほんの数センチだが、浮くことができるようになり、浮いてる距離は僅かとはいえ、これが結構楽しかったりする。実用性があるかと問われればうーん、という感じだけれど。浮いた状態で移動するのは少しばかりコツがいるし、出来ることって本当に浮くことだけだし。

 速さや高さの爽快感を求めるのなら飛行の魔術や箒、鷹の羽衣といった変身具を使うほうがてっとりばやいし確実だ。

 なのでこの妖精の粉、冒険者が鎧や剣にまぶして重さを軽減させる他には、人が気まぐれに買うぐらいしかなく、人気的には微妙なところだったりする。私は好きなんだけどな。

 

(で、あの二つは何だろ?)

 

 じっと、正体不明の品物を見つめる。

 木の枝みたいのは他の物に例えようがないくらい、見事なまでに木の枝だ。先端が青くなっているのが多少気になる点だけれど、それ以外に特徴的なモノは見当たらない。

 瓶に詰まった謎の結晶も検討がつかない。コピアさんの店に置かれていたのなら、買わなくても用途や効用を聞いたりするから頭に入っている筈だから、記憶に無いってことは初見の品なんだろう。

 何だろうなー。結晶ってことは魔力の籠もったアイテムの可能性が高そうだけれど。

 

「ねぇ、エンス。あの二つのアイテムの名前知ってる?」

 

 背中に引っ付いたままのエンスに訊ねてみれば、ようやく顔を上げて金色の目を細めて、指差す品を見つめる。

 

「空の木ニャン」

 

「空の木?」

 

「ボク覚えてるニャン。あの先っぽが青い枝は、空の木に間違いないニャン。あの木に登って川に落ちて流されたんだから、忘れるわけがないニャン」

 

「へー」

 

 そういう理由で川に落ちたんだ。知らなかったわ。

 嫌な過去を思い出して不快になったのか、背中に押し当てられている前足に力が込められる。

 ……爪が食い込んで地味に痛い。壁にしがみついてるわけじゃ無いんだから、もうちょっと手加減して欲しいんだけれど。

 

「エンス、痛い」

 

「ゴメンニャン」

 

 注意して、ようやく爪が引っ込められる。やれやれ。

 

「じゃあ、あの枝がどんな効果を持っているか知ってる?」

 

「うーん、空の木は標高があって魔力を持った土地に生える珍しい木、ってことぐらいしか知らないニャン。使ったこともないし」

 

「そっか」

 

 まぁ、使わないなら仕方がない。

 ならばとマクナベティルさんを見れば、向こうは心得たというように頷き、教えてくれた。

 曰く、空の木というのはエンスが言っていた「標高が高く魔力を持った土地に生えた」木の総称で、条件さえ当てはまれば針葉樹でも広葉樹でも空の木になるとのこと。先端が青くなっているのが、その証拠らしい。

 特徴としてはとても軽く、更に土地の魔力を取り込んでいることから魔術との相性も良いとのこと。空を飛ぶ為の箒を作るなら、空の木で作るのが一番なんだとか。

 他にはこの木で笛を作って吹けば、鳥や虫を集めて使役することの出来る魔法の笛が作れるという話も聞いたけれど、作り方も吹き方もかなり特殊らしく、私じゃ到底作れそうにないから諦めた。

 

「まぁ、コイツは軽い事と魔力を帯びているということを覚えていてくれればいいと思う。燃やした灰なんかは、撒けば浮くくらい軽くなるぞ」

 

「へぇ。それにしてもあの町のダンジョンに、こんな木があるなんて初めて知りましたよ」

 

「一人前になった証拠として、冒険者が山頂に木を植えるんだ。空の木は魔力を取り込むから成長も早いし、箒や笛にすればなかなかいい値段になってくれる。誰が始めたかは忘れたが、いい風習になってくれたよ」

 

「え? 態々木を植えに、冒険者の人は山頂を目指すんですか?」

 

「ん? そうか、シルキは町の人間じゃないから知らないか。あの町のダンジョンは少し変わっていてな。最初の階は上に向かうよう作ってあるんだ。そして山頂に着くと、今度は下に向かうようになっている。だから、無理に目指すわけじゃないぞ」

 

「ほへー」

 

 こんな感じで、マクナベティルさんは色々と説明をしてくれる。

 他にも熟練冒険者たちは、ダンジョン内で全滅しても大丈夫なように、手に入れたユニコーンの角を教会に預けているとか(瓶いっぱいのユニコーンの角の欠片は、そういうのを運ぶうちに溜まっていったらしい)コピアさんに買い取ってもらう物の品の大半は、お金の無い駆け出しの冒険者から代金の代わりに受け取った物だとか、よもやま話を沢山してくれた。

 ダンジョンなんて入ったこともないからなかなか新鮮で、面白いのだけれど。

 

(うわ……機嫌悪いなぁ)

 

 マクナベティルさんが暗い茶色の瞳を細めて笑う度に。楽しそうに言葉を紡ぐ度に。

 いつの間にかマクナベティルさんの背もたれになっていたブラック・ドッグから、殺気の籠もった視線をぶつけられる。私とマクナベティルさんが長々と話しているのが、相当面白くないみたいだ。お陰でエンスはすっかり固まっている。

 

(前からどうして、あのガタイの良さで冒険者をしてないのか不思議に思っていたけれど、今日で納得したわ。こんなに嫉妬深い相棒がいたら、他の人とパーティーなんか組めないわね。食い殺されちゃう)

 

「で、どうだろう。買い取ってもらえるだろうか?」

 

「うーん、そうですね」

 

 マクナベティルさんの問いかけに、腕を組んで思案する。とりあえず名前の知っている物は、全部使う物だから買い取ってもいい。妖精の粉は殆ど趣味になるけれど。空の木は初めて見た品だけれど、面白い効果を持っているから買い取り決定だ。ただ。

 

(これどうしようかな?)

 

 ちらりと、針の結晶を見る。この結晶は「精霊の破片」と言って、要は精霊の魂になり損ねたモノらしいんだけれど、マクナベティルさんも効果は解らないんだとか。

 流石に効果が解らないのなら、買い取っても仕方ない気がするけれど、拒否したら前にいるブラック・ドッグが怒り狂いそうだし。

 

(……いっか)

 

 話を聞く限りコピアさんは買い取っていたようだから、使いこなせないようなら訳を話して、また買い取ってもらおう。

 

「……全部使えそうなので、買い取らせてもらいますよ。ただ、私は買い取りはしたことないので、コピアさんが払ってくれていた値段を教えてもらえますか?」

 

「ああ、分かった。だいたいコレの値段は―――」

 

 あまりいい手段ではないが、マクナベティルさんに任せることにした。話してみて彼が誠実な人種だということは確信できたし、いくつかの品は、販売価格は分かっている。

 それを踏まえて交渉すれば、そうそうぼったくられはしない筈だ。

 

*  *  *

 

「あー、怖かったニャン」

 

 マクナベティルさん達が庭を出てようやく。エンスが私の背中から離れる。この子結局、会話に参加することが無かったわね。まぁ、仕方がないか。私だって夜道に一人であのブラック・ドッグに出会ったら腰抜かしてるだろうし。

 

「それにしてもあの犬、凄くドラゴン臭かったニャン」

 

 ……ん?

 

「え? 犬じゃなくて?」

 

 妙な事を言うので、思わず訊ね返すとエンスは力強く頷く。

 

「ふーん、ドラゴン臭いねぇ……」

 

「あ! その顔は信じてないニャン!」

 

「いや、そんな事無いわよ。ただ、犬なのに不思議だなーって」

 

 まぁ、ブラック・ドッグってドラゴンの仲間らしいからね。そんな事もあるのかも知れない。

 

*  *  *

 

 山の中。マクナベティルが歩いていると、隣を歩いていたブラック・ドッグが頭を擦り付けてきた。

 

「どうした? アキュニス」

 

 頭を撫でてやればアキュニスと呼ばれたブラック・ドッグが口を開く。

 

「ご主人、売れて良かったねー」

 

「そうだな。全部買い取ってもらえて何よりだ」

 

「当ったり前だよ。買い取り拒否したら食い殺してやるんだからー」

 

 瞳をキラキラと輝かせながら物騒な言葉を口にするアキュニスに、マクナベティルは苦笑いを浮かべる。ブラック・ドッグはかなり本気なのだが、彼は冗談だと考えているようだ。

 

「さて、じゃあ帰るとするか」

 

「了ー解。はー、やっぱり化けるのは疲れるなー」

 

 アキュニスが大きく伸びをすると全身が輝き、目も開けられないほどの強い光が辺りを覆う。

 やがて、輝きが収まると其処にいたのは黒い鱗を持った巨大な竜。

 マクナベティルが背中に乗ると、竜は咆哮して飛び立つ。

 彼がダンジョンの町で、ドラゴンライダーと呼ばれているのをシルキが知るのは、もう少し先のことである。



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清水のショール

猫のリボンは、日によって色が変わります。多分。


 ベッドに潜って熟睡していたら突然、ビシリと顔に何かがぶつかった。

 

「……?」

 

 正体を確かめるべく薄目を開けると、見えたのはクネクネと動く白いモノ。真ん中辺りに青いリボンと鈴があり、白いモノが動く度にリンリンとなる。あー、コレはエンスの尻尾か。

 

「起きたかニャン?」

 

 降ってきた声に返事をしながら、大きく伸びて眠気を追い出す。時間は五時前。何時もより一時間以上の早起きだ。

 

「こんなに早く起きて大丈夫かニャン? シルキちゃんも、ボクと一緒に昼寝するかニャン?」

 

「子供じゃないんだから平気よ。それに早起きするのは今日だけだから、支障も出ないし」

 

 起き上がってカーテンを開ければ、日が昇っていないので外は薄暗い。気温も低く寒いくらいだ。

 

「さてと。それじゃちょっと出てくるから、ご飯の用意をよろしくね」

 

*  *  *

 

「うー、お日様が出ないだけでこんなに寒いなんてね。お昼の暑さが嘘みたいだわ」

 

 家で一番大きな鍋を抱えて、私は目的地へと歩き出す。生き物を育てているだけあって村の朝は早い。いくつもの家からもう煙や灯りがついているのを見つけて、毎日凄いなぁと感心しながら足を進めていると、大きな泉へとやって来た。

 ここは村にいくつかある湧水の中でも最も大きく、深い泉だ。当然、水温もここが一番低い。

 よっこいしょーとしゃがみ込んで、鍋で水を汲み取る。鍋の縁ギリギリまで水を汲んだので結構重いが、それはこの前買い取った妖精の粉を使えば解決だ。うーん、この前コレ買っておいてよかったわ。

 

「あら、シルキちゃん。早起きね」

 

 フワフワと浮かぶ鍋を抱えて帰ろうとした所で声をかけられた。振り返るとお隣……と言うには少し離れすぎているけれど、そこの家の奥さんが。十数頭の牛を、旦那さんと三人の子供と一緒に育てていて、チーズやミルクなんかをよくお裾分けしてくれるいい人だ。

 

「おはようございます。はい、ここの冷たい水を素材に使おうと思って。まあ、早起きするのは今日だけですけれどね」

 

「あら、早起きすると時間がたっぷりとれていいわよ。これからもお勧めするわ」

 

「いや、遠慮しておきます。出来れば長い時間ベッドと友達でいたいんで」

 

「ほんとに、シルキちゃんたら」

 

 苦笑いを浮かべながら、奥さんも持ってきたバケツに水を汲む。せっかくなので、そっちにも粉を撒く。良くしてもらってるから、こういう時に返さないとね。

 

「ありがとう、助かるわー」

 

「いえいえ、いつもお世話になってますし。あ、そうだ。ちょっとお願いしたいことがあるんですが」

 

「まっ、何かしら?」

 

「えっとですね」

 

 ゴニョゴニョ。

 

「ああ、それだったらお安い御用よ。早速今日から取り掛かるわ」

 

「ありがとうございます。材料費と手間賃は、取りに行くときにでも持っていきますので」

 

「分かったわ。そっかぁ、もうそんな時期かぁ。だからシルキちゃんが態々早起きして、宝珠様の泉まで水汲みにくるわけね」

 

 時間が過ぎるのはあっという間ね、なんてしみじみと呟いた後「あ、そろそろ行かないと」と奥さんはバケツを持ち、頭を下げながら歩いていった。

 後ろ姿を見送ってから、私は鍋を抱え直して泉を覗き込む。

 水底にはこの薄暗い中でもはっきり見える、真珠のように白く輝く珠がある。この珠がさっき奥さんが言っていた宝珠様―――村に伝わる秘宝「水の宝珠」だ。

 話によれば、何百年も前にやってきたドワーフが村人たちに親切にされ、礼として作って置いたのだとか。

 わらしべ長者もいいところだが、昔話なんかはほんの少しの食料を分けたり、優しい言葉をかけたりしただけで、破格の幸運や一生かけても使い切れない程の金貨をもらえたりすることが多々あるので、ありえない話ではないのだろう。

 とにかく、この水の宝珠があるお陰で村は水の豊かな土地になり、天候に左右されずに安定した生活をすることができている。

 勿論、話を聞きつけて盗みにやってくる人間がいないわけではない。だけど、絶えず大量の水を作り出す宝珠は泉から持ち出すのが凄く大変だし、例え色々と犠牲にしながら宝珠を持ち帰っても次の日になると宝珠はこの泉の底に戻ってくる。お陰でここ数年、水の宝珠にちょっかいを出す余所者はきていない。持ち出せないなら、諦めるしかないからね。

 

「おっと、私も戻らないと」

 

 特別忙しい訳ではないけれど、ここでぼんやりしていてもしょうがない。

 どうせお店を開ければ、大半が暇な時間になる。

 のんびりするなら、そのときにしよう。

 

*  *  *

 

 早起きしたついでだ、今日はご飯を食べる前に、仕事に取り掛かることにした。

 まず最初に、マクナベティルさんから買い取った空の木の枝に「消えない松明」という魔導具で火をつける。直ぐにパチパチと燃え上がるので、火事にならないように注意だ。

 二塊分を燃やせば、それなりの量の灰が出る。その灰を集めて、鍋の中に投入。ぐるぐると掻き混ぜて、いい具合に汚くなったところで、布と濾過器を使って水を濾す。何度も繰り返し綺麗になった水を、ガラス瓶へと移しコルクで蓋をする。ロウソクの火で確認すると。

 冷たくて綺麗なだけだった水は今、ぼんやりと淡い水色の光を発していた。空の木の灰を浸したことによって、魔力が染み出したからだ。よく見てみれば水の中には雪のような結晶がいくつもあって、それがロウソクの火を反射して、魔力のとはまた違う光を発している。

 前回この水を作った時は、こんな結晶は出来なかったわね。ということは、今回の方が含まれる魔力の量が多いのかな?

 

「ご飯できたニャーン」

 

 上からエンスの声が聞こえてきた。返事をしてから手に取った瓶を持ったまま階段を上り、早速完成品を見せる。

 

「ほら、エンス。もう完成したわ、空の木は優秀ね」

 

「早いニャン! 魔石は駄目な子ニャン!」

 

「まあ、あの使い方が間違っていたんだろうけれど」

 

 前回は、同じ魔力の水を作るときに細かく砕いた魔石を使ったのだが、この状態になるまで十日近くかかったのだ。元々魔石は魔術を付加して使う物だから、魔力を取り出すような使い方には向いていなかったということなのだろう。

 

「ご飯食べたら、これ冷やしに行ってくるわ。そして、夜になったら手伝いお願いするから頼むわね」

 

「分かったニャン。じゃあ早くご飯を食べるニャン」

 

 置かれたのは野菜がたっぷり入ったスープに、焼いたパンとベーコン。そして、チーズのオムレツだ。

 やった、大好物ばかり。これで今日も頑張れるわ。

 

*  *  *

 

「エンス、周りに人がいないか確認してー」

 

「えーと……大丈夫ニャン。ここにいるのはボクたちだけニャン!」

 

 ぐるりと周囲を見渡して報告するエンスに頷いて、私は持っていたランタンを置いて準備を始めた。ここは村にある泉の一つで、共同のかばたとして使われている場所だ。当然、今あるのは私が浮かべた瓶数個しかない。

 紐で括り付けていた瓶を引き寄せ、中の水は持ってきたジョウロに注ぐ。そして、持ってきたボウルを地面に置いて、目隠しをすれば私の方は準備万端だ。

 

「エンス、ジョウロの口はこっちの方向でいい?」

 

「バッチリニャン」

 

「ちゃんとお守り持った?」

 

「首から下げてるニャン」

 

 このお守りというのは、石化を防ぐお守り。今回はチカトリスの成鳥であるコカトリスの目玉を使うから、石化防止は必須だ。本当はお守りを二つ買えばいいんだろうけれど、結構高額なので一つで頑張ることにしている。目隠しすれば何とかなるしね。

 万が一に備えて、石化回復の道具も用意してある。夜に作業するのも水を冷やす他に、犠牲者を出さない為でもあるのだ。

 

「シルキちゃん。やってくれだニャン」

 

「はいはーい。流すわよー」

 

 合図を下にジョウロを傾けると。

 ジョロジョロと流れる水は、カランカランと小石の様な音を立ててボウルの中に溜まっていく。やがてジョウロが軽くなり、「片付けたから大丈夫ニャン」という声がしたので目隠しを外して視線を足元に向ける。

 ボウルの中には、淡い光を放つ水色の小石の山が出来ていた。一粒掌に転がせば、ひんやりとした冷たさを伝えてくる。

 ただの冷たい水を石にしただけでは、こうはならない。透明な石になるだけで、冷たさは失われる。魔力を帯びることによって、不思議なことに温度まで封じ込めることができるのだ。

 

「後は隣の奥さんにショールを作ってくれってお願いしたから、届くのを待つだけね」

 

「じゃあそれまでにひたすら、コレに穴を開ける作業をするニャン。いい暇つぶしになるニャンね」

 

 今回作るのは清水のショール。

 ショールに、今作った石をビーズにして縫い付けるのだ。肩や頭に巻けばひんやりとして気持ちがよく、これから暑くなる時期にはちょうどいい。

 ヒントを貰ったのは氷系の魔法をアラクネの糸に掛けて織る氷のマントという魔導具だ。けれど、それ程高くないとはいえ、アラクネの糸百パーセントで作ればかなりの値段になるし、何より冷たすぎて普段使いには向かない。それこそ砂漠地帯を移動したり、灼熱の炎や魔法を使う魔物と戦う冒険者の為の魔導具だ。

 それを庶民用にしたのが、清水のショールになる。

 

(今回は前に比べれば完成までに時間が掛かってないし、籠もってる魔力も多いから付ける数は少なくてすむかも。お値段もちょっと安くできるかもね)

 

 売れるといいなー、なんて考えていると。

 

「あ、流れ星ニャン!」

 

 急いで上を見上げるが、とき既に遅し。

 見れたのはエンスだけか。

 

「エンス、何をお願いしたの?」

 

「コレが売れますようにニャン!」

 

「ありがとう。じゃあそろそろ帰ろっか」

 

 せっかくだからと手を繋いで我が家へと向かうことにした。

 その途中にも何度か流れ星はあり、最後の奴でようやく、私も願いを掛けることができたのだった。



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食べ放題!

なんかよく分からないのですが、いきなりUAが爆上がりして、ブクマもいっぱいつけてもらえました。
この場てお礼をいわせて下さい。本当にありがとうございます。
アンケートも沢山の回答ありがとうございました。
主人公は現状維持で猫とイチャイチャさせようと思います。

あと皆、ネタをくれてもいいのよ……(チラッチラッ)


 午前の十一時過ぎ。

 本来は店を開けている時間だけれど、私たちは外に出ていた。

 鍵をかけてから『本日休業。ご用がある方は広場までお願いします』と書いた紙を貼り付けておく。

 

「よっし。コレで誰か来ても大丈夫。人が来るなんて今日はまず、ありえないだろうけれど」

 

 パンパンと手を叩きながら、忘れている事はないか頭の中で確認していると、エンスの声が聞こえてきた。

 

「シルキちゃーん。早く来るニャーン」

 

「今行くわー。ちょっと待ってて」

 

 しっかり鍵がかかっているか確認して、私はエンスがいる方へと向かう。少し走れば、鳥かごを抱えたエンスの姿を見つけることが出来た。

 

「お待たせ。さ、行こっか」

 

「急ぐニャン! 無くなっちゃうニャン!」

 

「まだ始まったばかりじゃない。もうちょっとのんびり行っても大丈夫よ」

 

 急かすエンスを落ち着かせようと喉を撫でてやりながら、腕の中に収まっている鳥かごへ視線を向けると、入っているチョコと目があった。

 不安そうにしたり、興奮した様子は見受けられない。何時ものように大人しく、しかしどこか不思議そうな表情で此方を見ている。

 

「何時もより賑やかでびっくりした? 今日はね、数ヶ月に一回領主様がやってくる日でご馳走が出るの。だから、皆で外に出たわけ。留守番なんて拷問以外の何物でもないからね」

 

「三kg分の食べ物を提出すれば、好きなだけ食べていいんだニャン。出さなくても、銀貨五枚に銅貨九枚払えば参加していいんだニャン。隣の村や、商人さんたちもやってきて凄く賑やかなんだニャン!」

 

 私たちの説明を理解できたのか。表情からは読み取れなかったが、これから三人で出かけるんだという事は、分かってくれたようだ。鳥かごの縁を両手でしっかり掴んで、揺れても問題ない姿勢をとるのを見てから、私たちは広場へと歩き出す。歩くたびに、持っている籠の中からカチャカチャと音がするが、それは私が対価として差し出すリンゴジャムだったりする。

 裏庭にあるリンゴを使った物で、当然エンスの手作りだ。結構評判で店で売ったりお裾分けのお礼に渡したりと、年に何度も作っているが、余ることはない。

 あのリンゴの木は、私たちがこの家に住む前から存在している。もういないけれど育ててくれたお祖父ちゃんが言うには、私たちが住む家の前の持ち主は結構有名な占星術師で、それと同時にとんでもないリンゴ狂だったとか。

 それで村にやってきた魔術師に頼んで、栄養さえしっかりやれば、何度でもリンゴが採れるようにしてもらったらしい。

 今回のジャムは、数日前に熟れた採れたてのリンゴを使った奴だ。この前使った空の木の灰を乾かして、木の根の傍に埋めたらいい肥料になってくれたらしく直ぐに立派な実をつけてくれた。ひょっとしたら、まだ魔力が残っていたのかも知れない。

 

「あ、いい匂い」

 

「お肉の匂いニャーン」

 

 広場に近づくに連れて漂ってくるいい匂い。耳をすませば楽しそうな音楽も聞こえてくる。

 今日もいい一日になりそうね。

 

*  *  *

 

 匂いが示すように、広場は既にお祭り状態だった。あちこちにテーブルや椅子、ベンチ等が置かれ、中央には何人ものシェフが包丁を持って食材を切り分けたり、ゴウゴウと音を立てている焼き場で調理をしていたりする。

 

「こんにちは、参加したいのでよろしくお願いします」

 

「はい、村の方ですね。今重さを測りますのでお待ちを―――。確認しました。では、どうか楽しんで下さい」

 

 受付業務をしている領主様のメイドさんたちに、持ってきたリンゴジャムを籠ごと渡す。すると直ぐに天秤に乗せられて重さを調べられ、基準を満たしていると確認がとれれば、領主様の紋章が刻まれた銀のトレイを渡される。このトレイを持っていれば、好きなだけ飲み食いが出来るのだ。

 

「うーん、どれから食べようかしら。みんな美味しそうで目移りしちゃう」

 

 出来上がった料理が置かれているテーブルの前に立ち尽くす。温かく柔らかいパンに、柔らかそうな煮込み料理。他にも、普通の家じゃ絶対に作れそうにないような手の込んだソースがかけられた肉や香草のいい匂いをさせている蒸した魚等、お金持ちのパーティーのメインディッシュを張れるような料理が皿に置かれている。

 色々と葛藤した結果。

 

「最初はこれにしよーっと」

 

 炙った厚切りのベーコンに蕩けたチーズを乗せた料理を手に取る。

 皆美味しそうだけれど、好きなもの同士の組み合わせに勝るものは無いわね、やっぱり。

 

「後は……コレとコレと……」

 

 他にも何品かの肉や魚料理、飲み物をトレイに載せて、エンスが座っているテーブルへと向かう。はい、と皿を渡せばエンスの髭がピン! と伸びた。因みにチョコには、ベーコンの欠片を渡しておく。

 

「「いただきまーす(ニャン)」」

 

手を合わせて、早速口いっぱいに頬張る。

 

「うー、しあわへー」

 

 行儀が悪いとは理解しているけれど、言葉にせずにはいられない。ベーコンの旨味と濃厚なチーズが、舌の上でうまい具合に絡み合って至福の時へ導いてくれる。

 コレを褒めなかったら、一体何を褒めればいいのか。そんな感じだ。

 

「美味しいニャーン♪」

 

 隣で魚を食べているエンスの尻尾も真っ直ぐに立ち、上機嫌を示している。チョコも大人しく食べているので、気に入ってくれたのだろう。

 その後、持ってきた料理や新しく取ってきた料理を食べ比べていると、何度も聞いたことのある歌声が響いてきた。この声は! と振り返れば、音楽隊がいる一角が女性達に占領されている。

 ああ、やっぱりフェルクスさんも来ていたんだ。

 

「相変わらず凄い人気ね。人が多すぎて全然見えない」

 

「シルキちゃんはいかないのかニャン?」

 

「あの人だかりを掻き分けるのは……ねぇ。フェルクスさんのあの綺麗な顔は、この前間近でバッチリみさせてもらったし、歌はちゃんと聞こえてくるから、そこまで無理しなくてもいいや。今回は」

 

 ついでに辺りをグルッと見回してみる。食事に夢中になっている間に、広場には随分と人が集まってきていた。

 奥の方ではビール樽のようなお腹をした領主様と、顔なじみの行商人さんたちが、ワインや食べ物を片手に持ちながら話をしている。

 まぁ、この食事会は行商人さんたちにとっては売り込みのチャンスだ。取り引きしている商品を皆に食べてもらえ、気に入ってもらえたら取引してもらえる。実際、村のお店にも「食事会で美味しかったから」と販売が始まったワインなんかは結構ある。

 

「……今日は私も飲んじゃおうかなー」

 

「ニャン? まだお昼ニャン」

 

「いいじゃない、殆どの人が飲んでるし。それにさっきも言ったけれど、今日仕事頼まれるなんてありえないし。平気平気」

 

 トレイを持って立ち上がる。丁度持ってきた料理も食べ尽くしたので、エンスに次に食べたいものを訊ねれば「お肉ニャン!」と返ってきた。

 なのでワインと肉料理、まだ食べてない料理数点を取る。席に戻って、エンスたちとフェルクスさんの歌を聴きながらワインを楽しんでいる時だった。

 

「仕事の話をしたいのだが……」

 

「ふへ?」

 

 突然、身なりの良い年下っぽい男の子に声を掛けられる。しかも仕事の。

 まさかの事態。その時の私は、茹でたトウモロコシを固く握りしめていた。

 



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貴族様のお願い

そういえば書いてなかったのですが、この世界のお金の感覚は

銅貨=二十円くらい
銀貨=五百円くらい
金貨=一万円くらい

な計算で書いてます。


「俺も色々と、珍しい物を探してはみたんだかな。しかし、あの爺が持っていないとなるとなかなか見つからねーんだ」

 

「はぁ」

 

「悩んでいた時に天使が教えてくれたんだ。天使が俺と出会ったパーティーに持っていったハンカチは、姉たちから教えてもらったある商人から買ったのだが、少しばかり不思議な力を持っていて、天使曰くそんなハンカチは、売っている商人以外からは見せられたことがないってな」

 

「はぁ」

 

「天使が言っていた商人に会って脅……頼み込んだ。向こうも最初は渋っていたが、ちぃとばかし怒鳴……強く頼んで話せばお前のことを聞かせてくれた」

 

「はぁ」

 

「奴はお前のことをこう話していたぜ。『彼女が作る品は、少しばかり魔力が籠もっている。そして何より、彼女が扱う品は他に作る人を見たことがない』と」

 

「はぁ」

 

「……おい、聴いてるんだろうな?」

 

「あぁ、大丈夫です。ちゃんと聴いてますのでご安心下さい」

 

 あまりにも気のない返事を繰り返していたせいで不機嫌そうに訊ねられたが、すぐさまそんな事はないと首を振って否定する。

 これでもお客様あっての商売だ。流石に話を聞き流すなんて無礼はしない。ただ、話を聴いている内に段々と話が脱線してきた(彼女が可愛いとか天使とか)ので、いい加減な返事をしてしまっただけだ。

 

*  *  *

 

「とりあえずお話を聞かせていただいて、貴方様が頼みたい『仕事の内容』は理解できました」

 

 向かい合って座っている相手に対し、知っている限りの丁寧な言葉で対応する。

 目の前にいる上等な服を纏った人は、いわゆる貴族様という奴だ。お名前はザベル・シグクシア。子爵様の次男で、結構乱暴な話し方だが、歳は十九と私より五つも下だったりする。

 で、ザベル様の話を纏めるとこうだ。

 一ヶ月ほど前、ザベル様は富裕層が集まるパーティーに参加。その時に、私が作ったワイン染めのハンカチを持った商家のお嬢様といい感じになったらしい(しかし話を聞いた限り、お嬢様が落としたハンカチを拾って云々なので、ハンカチの効果は発動していない。というか、お嬢様はハンカチを買ったものの使い方を理解していないような?)。

 貴族様とはいえ次男では家は継げない、商家のお嬢様も、長女と言うわけではないのでそこまで結婚相手に拘る必要はない。寧ろ、子爵とはいえ貴族様とコネクションが出来るのは悪い話ではない。うまい具合に両者の思惑が重なり、さぁお付き合いになるかと思いきや。

 その話に待ったを掛ける人物が現れた。お嬢様の祖父だ。お嬢様を溺愛している祖父は、ザベル様にこう注文したそうだ。

 孫と付き合いたいのならば、世界を旅した儂が見たことの無いような、珍しい物を持ってこい、と。

 当主を退いたとはいえその商家は祖父の手腕で今の地位を築いたらしく、未だ発言力は相当なものだとか。

 そんな訳で、王都の店をあちこち回ったものの『見たことの無い珍品』とやらは見つからず。お嬢様のアドバイスを聞いたザベル様は、とりあえずハンカチを売っていた商人さんを締め上げて私の情報を入手。

 たまたま、領主様の息子さんと知り合いだったので、それを利用して村まできて接触。しかし、その時の私はワインを何杯か煽っておりとてもじゃないけれど仕事が出来る状態じゃなかった。

 なので昨日は一旦引いてもらい、今日改めて店に来てもらって詳しい話を聴かせてもらった訳だ。

 

「で、どうなんだ? 出来るのか、出来ねえのか」

 

 青紫の瞳から、刺すような強い視線が向けられる。出来ますって言わなきゃ殺されそうだ。タレ目で、どうやればこんな凶悪な目つきになるのやら。

 というか、貴族様でこんなに口の悪い人は初めて見た。口調だけ聞いていれば、ダンジョンの町でたまに見る盗賊紛いの冒険者そのものだ。格好や立ち振る舞いに品があるから、かろうじて「あぁ、この人はいい家柄に生まれたんだな」と理解する。……天使と呼ばれるお嬢様は、ザベル様の何処にときめいたのだろう。

 

(顔かな、やっぱり)

 

 睨みつけてくるザベル様の顔をまじまじと眺めながら、そんな事を考える。

 私はこの世界で一番綺麗な顔をしているのはフェルクスさんだと思っていたけれど、目の前にいるザベル様も恐ろしいくらいの美人だ。

 ただ、タイプが違うか。優しそうで穏やかな、まるで物語に出てくる理想の王子様のようなフェルクスさんと違って、口と態度は良くないくせに、立ち振る舞いは紳士的なザベル様はアンバランスで危険な魅力がある。何というか、たまにゾクゾクするような格好よさがあるのだ。

 

(危険な香りのする男の人が、自分だけを『天使』って呼んで大切にしてくれる……あぁ、そりゃあ箱入りのお嬢様にはたまらないくらい刺激的な恋だわ)

 

 納得できた。

 

「確かに、私向けの仕事と言えば仕事ですね」

 

「ということは出来るんだな」

 

 ニヤリと笑って、ザベル様が身を乗り出してくる。悪い顔だけれど、綺麗だ。私はフェルクスさんの陽だまりような笑顔の方が好きだけれど、ギラギラとした強い意志を宿す瞳に惹かれる人もいるだろう。

 好みがフェルクスさんで良かった、と本気で思った。もし、こういう悪い男が好みだったら、私は速攻で首を縦に振っている。挙げ句「お金はいりません」とまで言うかもしれない。フェルクスさんは、この前キチンと払ってくれたけれど、ザベル様のような解っている人は悪い笑顔で感謝の言葉を言うだけで、本当に払ってくれないだろうから。

 

「そうですね……」

 

 頷きながら、何を作ろうか考える。提示されている条件は『珍しい物』だけ。有用性や価値の高さは無し。隙間産業で生きている私にはピッタリだ。

 

(んー、それならアレを作ろうかな)

 

「エンスー!」

 

 窓に向かって叫べばリンリンという音と共に、エンスが窓辺にやってくる。持っているカゴの中には、バジルやらの数種類のハーブと小さな虫を詰めたガラスの瓶が入っている。チョコ用かな?

 

「シルキちゃん、どうしたニャン」

 

「悪いんだけれどさ、私これからもう一仕事するから店番お願い。後、お昼なんだけれど―――」

 

 それまで言って、ザベル様の方を見る。

 

「どうします? ついでに何作るか見学します? それならお昼も用意しますけれど」

 

「あ、いいのか? 基本的に魔導具の制作は秘密だって聞いてるが」

 

「今回はお店に出す品物じゃないですから、構いませんよ。……アレを態々作ろうと思う物好きもいないと思いますしね」

 

「なら、見せてくれ。天使に丁度いい土産話が出来る」

 

 決まりだ。

 

「エンス、お昼は三人分で。王都からのお客様だから、村の美味しいミルク使ったシチューでお願いね」



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妖精のオーブ(オーダー品)

GW前に投稿できて良かったです。


 エンスにお昼を頼んだ私は、早速ザベル様を連れて地下室へと向かった。

 

「へぇ、下はこうなってるのか。上より広いんだな」

 

「転ばないよう、足元に気をつけて下さいね」

 

 銀の燭台を灯しながら、物珍しげに眺めるザベル様に注意を促す。

 光る苔を増やしてあちこちに置いたお陰で、地下は以前よりは明るくなっているが、上に比べればだいぶ暗い。それでも、後ろにいるザベル様の髪は、その僅かな光をも反射させて金色に輝いている。

 

「じゃあ始めるんで、そこの椅子にでも座って眺めていて下さい」

 

「おう」

 

 おぉ、流石貴族様。座り方もイチイチ優雅だ。その姿を確認してから、私は持ってきた道具を机に広げる。

 

「えっと、それじゃあその商家のお爺様の体重を教えてもらえますか? 解らなければ、ザベル様の予測でいいので」

 

「あの爺の体重? そうだな、結構痩せ型だがあれだけタッパがあれば……七十数キロってところじゃないか」

 

「なるほど。なら七十五としておきますね」

 

 持ってきた瓶を手に取り、天秤を用意する。

 確か三kgに対して一gが適正量だっけ。ということは二十五か。

 分銅を使いながら金色の粉の重さを量っていると、早速ザベル様から質問が飛んできた。

 

「おい、その粉は何だ?」

 

「これは妖精の粉ですよ。人や物にふりかけると、重さがなくなって浮かぶようになるんです」

 

「へぇ。で、態々量って使うのか」

 

「普通に使う分なら、適当でいいんですけれどね。キチンと商品として使うなら量った方がいいかなと」

 

 あまりにも少なければ浮かないし、多すぎるとただでさえ取りづらいバランスが、更に取りづらくなってしまう。お金をもらう以上は、半端なもの作れないからね。

 量ったら、粉は一旦鉢の中へ。次に、小さな錠前の付いた木箱に手を伸ばす。

 

「あ、そうだ。お爺様の好きな色とかって解ります? もしくは、よく身に着けている色とか」

 

「何で俺が、あの爺の嗜好を把握してなきゃならないんだ。天使ならともかく」

 

「そうは言いますが、コレお爺様のご機嫌取りの品じゃないですか。少しでも気に入られるような物にした方が、いいと思いますよ?」

 

「……確か、赤や橙系の装飾品を身に着けていたような気がする」

 

「解りました」

 

 鍵を差し込めば、カチンと音を立てて錠前が外れる。中身は、行商人さんたちから代金の代わりに受け取った宝石だ。暖色系の色の宝石となると……これかな。

 選んだのは数個のカーネリアン。暖かみのあるオレンジ色が、妖精の粉の金色にも合いそうだ。

 早速カーネリアンをトンカチで叩いて細かく砕き、更に細かくするべく乳鉢に移して磨り潰す。

 

「宝石は色合いに使うのか? 何か勿体ねぇな」

 

「いえ、色合いも多少はありますが、宝石は魔術の効果を増幅する触媒の効果があるので、それ目的で使います。ほら、魔術師の人って杖に宝石を嵌め込んだり、アクセサリーをよく身に着けているでしょう? ああやって宝石を持っていると、魔術の威力が上がるんですよ。ちょっと乱暴な言い方ですが、それと同じです」

 

「あー、宮廷魔術師がジャラジャラ着飾ってるのはそういう意味か。てっきり金があるのを見せびらかしているとばかり思ってたぜ」

 

「うーん、そのジャラジャラがどんな意図を持っているかまでは解らないですが、質が良い物ほど高い効果を発揮するのは確かです。ついでに言うと、宝石類は半永久的に使えますからね。魔術師にとっては必需品ですよ」

 

 ゴリゴリと乳棒を動かしながら、会話は続く。うーん、やっぱり石だけあって細かくするのに時間がかかる。ついでだし、魔石も一緒に砕いて細かくするかな。

 一旦手を止めて小さめの魔石を取り出し、先程と同じようにトンカチで叩く。カーネリアンと混ぜて磨り潰そうとしたら、ザベル様が手を出してきた。「暇だから俺もやる」そうな。……まぁ、そんなに難しい作業でもないしやってもらうか。

 もう一つ乳鉢を出して、お願いをする。向かい合ってゴリゴリと乳棒を回す以外、特にすることもないので、再びとりとめのない会話が始まる。

 

「そういえば、随分と珍しい猫を飼ってるんだな。あの大きさ、ちょっとしたガキくらいだろ。オマケに喋る、この辺じゃあんなのがうじゃうじゃいるのか?」

 

「エンスは猫じゃなくてケット・シーというれっきとした妖精ですよ。二年前、町に買い物に行く途中で川に流されていたのを助けてから、一緒に住んでいるんです。猫扱いすると怒りますよ」

 

「川で拾ったぁ?」

 

「ええ、何でも木登りしてたら落ちたとか。そのせいで、すっかりお風呂嫌いになっちゃって。洗濯みたいに、一部分が濡れるのは平気らしいんですがね。毛づくろいしているから汚れているわけじゃないですけれど、一度でいいから洗ってフワフワしたエンスのお腹に顔突っ込んでみたいですよねー」

 

「結局お前も猫扱いしてるじゃねーか!」

 

 なんて話や。

 

「ザベル様って凄く綺麗な顔してますよね。女の人に騒がれるんじゃないですか?」

 

「あぁ。だから態とガラを悪くしたんだが、余計騒がれるハメになっちまった、畜生。……お前は騒がないな」

 

「私はフェルクスさんが理想なんで。でも、ザベル様もメチャクチャ綺麗な顔してると思いますよ」

 

「フェルクスって吟遊詩人のか? アイツこの前公爵の令嬢と歩いているの見たぜ。パトロンなのか、色々貢がせてたな」

 

「フェルクスさんの幻想をぶち壊すのやめてもらえません!?」

 

 なんて会話を三十分ほどすれば、乳鉢の中身はすっかり粉になっていた。

 

「こんなもんでいいか?」

 

「大丈夫です。じゃあ、此方に下さい」

 

 受け取ってから鉢に移し、均等になるよう混ぜ合わせた。それから、チカトリスの目玉を使って少し硬くしたアラクネの糸を鋏で細かく切って、捏ねるようにしてまた混ぜる。魔力に反応して粉が充分に絡んだ短い糸たちを、形を整えるようにして丸めれば最後の仕上げだ。

 

「はい、ザベル様。コレで目隠しして下さい」

 

「はぁ?」

 

「今からコカトリスの目玉を使うんで、石化防止の為です」

 

「予防のアクセサリーとかねぇのか?」

 

「あるけれど、高いから一つしかないんです。終わったら声掛けますんで、それまで外さないで下さいね」

 

「チッ、仕方ねぇ」

 

 しっかりと目隠しをしたのを確認して箱からコカトリスの瞳を取り出すと、作ったものを見つめさせる。終わったと声を掛け、ザベル様が目隠しを外してから、完成した商品を見せた。

 

「はい、妖精のオーブです」

 

 オレンジと金のマーブル状の、一見するとちょっと変わった日長石みたいな石を握りしめながら、使い方を説明する。

 

「身体に触れた状態で『浮かべ』と念じると、こうやって五十cmくらい浮くことが出来ます。移動は、行きたい方向に少し身体を傾けると、スムーズに動くことが可能です。装飾品として使うなら、ブローチとかに加工するといいと思いますよ」

 

「確かに珍しい品だ、見たことがない。てか、ちょっと俺にも貸してくれ」

 

「どうぞどうぞ」

 

 渡せば「おお!」という感嘆と共に、ザベル様の身体がフワリと浮かぶ。こうやってはしゃぐ姿は年相応だな。

 

「宝石を使って粉の力を強化しているので、浮く距離も安定感も増しています。流石に永久に使えるってことはないですが、魔石で魔力の補強もしているので、一年くらいは持ちますよ」

 

「それぐらい持てば上出来だ。しかし中々面白い魔導具だってのに、何で売らないんだ?」

 

「……お金払ってまで欲しいですか、コレ? 楽しいのは確かですが、できる事なんてやっぱり浮くだけだし、一応宝石使っているから結構いい値段しますし」

 

「……言われてみれば、そうだな」

 

 実際、コレを作って村や店の中で使っていると「貸してくれ」と言われた事は何度かあるが「売ってくれ」と頼まれたことは一度もない。

 そういうアイテムなのだ、コレは。

 

「まぁ、珍しい物全部が全部『価値のある品』ってわけじゃないということで」

 

「そういうことだな。で、いくら払えばいい?」

 

「ちょっと待って下さい……(見学料と昼食代込で)金貨一枚に銀貨九枚、銅貨十三枚ってところですかね」

 

「分かった。ほらよ」

 

 ちょっと上乗せしたけれどあっさりと払って下さった!! やっぱり、貴族様は貴族様だわ!

 ニヤケそうになる顔を必死で抑えつけていると、エンスが昼食ができたと叫ぶ。

 その後三人でシチューを食べていると、ザベル様はエンスに色々と質問をしてきた。最後は私の方を向いて「お前とは気が合いそうだな」と笑顔で言われたけれど……いったいどういう意味だろう?



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ハルピュイアのブーツ

今回は作るのよりも主人公の生い立ち話です。
相変わらず大した設定ではないですが。

平成最後の投稿に間に合ってよかったです!


 お店を閉めたあと、数カ月に一回の割合で置いてある全ての商品の在庫を確認する。よく売れる商品は暇があれば確認して作るけれど、中にはあまり出ない商品もあったり、出なさ過ぎてすっかり忘れている商品もあったりする。そんな商品を頼まれたら在庫切れだった―――なんてうっかりを防止する為にも、たまにやる在庫確認は結構重要だったりする。

 

「ええと、まずはー」

 

 とりあえず、一番手近な棚から見ていく。ここに置いてあるのはユニコーンの水薬やアラクネの糸など、よく出る商品が多い。

 水薬は、まだ半分くらいあるから大丈夫かな。とはいえ、出る時は一気に出たりするから、これ以上減るなら作らないとだけれど。店の売上の三割くらいは、この水薬が支えているし。アラクネの糸はチョコの頑張り次第なのて、とりあえず放っておこう。

 その勢いのまま、どんどんと周りの棚を整理していく。ザントマンの安眠香も前に比べると出るようにはなったけれど、この量なら作らなくても平気だ。雷帝の抱擁は……あー、随分と少なくなってる。明日辺りに作ったほうがいいかな、コレは。……あんまり気が進まないけれど。清水のショールも、残りが数枚になってる。縫い付ける石の方はまだ残っているから、また村の人にお願いしてショールを作ってもらわないと。

 

「それじゃ今度はこっちー」

 

 調べ終えたら、次は反対側の棚を調べていく。こっちはエンスが作ったジャムやジュース、ハーブの砂糖漬けなんかの食品や裏の畑の薬草を使って作った傷薬なんかが商品として置いてある。

 こっちも急いで補充しなきゃってのは無さそうだ、と思っていたら。

 

「あ」

 

 一番下の棚。少々埃を被ったブーツが、一足だけ残っていた。

 

「あー、あったなこんなの」

 

 屈み込んで引っ張り出してみる。シャフトの部分に数枚の風切羽と、小さな宝石を埋め込んだこのブーツはハルピュイアのブーツ。名前の通りプーカという妖精の革で作ったブーツに、ハルピュイアの羽根と宝石をあしらった物だ。

 プーカは化けるのが得意な妖精で、冒険者達の防具の修復の素材としてよく使われている。外見どころか性質までそっくり化けてくれるから、ちょっとした破損や綻び程度なら買い直すよりずっと安く仕上がってくれる。

 このブーツも、そんなプーカの能力に目をつけて作ってみた品だ。流石に羽根の本数が少ないので、能力の完全コピーとまではいかないけれど、羽根の軽さと風を起こす性質は持っているから普通のブーツよりも軽く、多少早く歩くことが出来る。

 個人的にはなかなか悪くない商品だと思うんだけれど、馬に乗って商売にくる行商人さんが多いので残念ながら売上はイマイチ。とはいえ使ってくれた商人さんたちの評判はいいし、腐る物でもないから、切らさない程度には作っている。革素材に宝石も使っているから、売れればいい額になってくれるしね。

 

「コレも作っとこうかな。まだ材料が残っていればいいんだけれど」

 

 二階に上がって確認をしていると「シルキちゃん、帰ったニャーン」と買い物に出掛けていたエンスの声が下から聞こえてきた。返事をして降りれば、エンスは誰かを連れている。

 

「こんばんは、シルキさん」

 

 そう言って頭を下げてきたのは紺色のローブに同じ色の三角帽子を被り、左脇に箒を携えた私と同じくらいの歳の女の人。ほうき便の魔女さんだ。

 

「あ、こんばんは。どうかしました?」

 

「シルキさん宛の手紙がありまして、届ける途中にエンス君に会ったんです。そのまま渡してもよかったんですが、お店にエンス君が作ったジャムがあると聞きまして。ついでだから、買いにきちゃいました」

 

 右手を物凄い勢いで動かしてエンス撫でながら、魔女さんは左手で手紙を差し出す。コレはエンスを構うのが目的で、手紙を渡すのがついでと見た。まぁいいや。魔女って基本的に猫好きらしいし、手紙が来たのは本当みたいだし。

 

「そうなんですね、態々すみません。えっと、ジャムはいくつ必要ですか?」

 

「二つでお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 手紙を受け取ってから、ジャムの瓶を二つ手に取る。包んでいると、相変わらず右手を忙しく動かしてエンスを撫で回しながら、魔女さんが話しかけてきた。

 

「そういえば、シルキさんには定期的に荷物が届きますね」

 

「ええ、本を送ってもらうんです。私、物語読むのが好きなので。後は、海の魔物の素材とかですね。この辺じゃあ手に入らないですし」

 

「いいですねえ、大事にされていて。恋人ですか?」

 

「……え?」

 

 思ってもいなかった言葉を言われて、魔女さんを凝視してしまう。

 

「アレ? 私変なことを言いました?」

 

「いや……送り主見てないのかなって」

 

「ああ、私の担当はこの辺りなんですよ。その手紙はかなり離れた港町から送られてますよね? 其処の担当から渡されただけなので、お相手の方は見ていないというか」

 

「あー、そういうことですか」

 

 ならば、さっきの質問が飛び出たのも納得。

 

「いや、これ父さんからの手紙なんです」

 

「え、お父さん?」

 

 今度は魔女さんが素っ頓狂な声を出す。

 

「え、へ? シルキさんてこの村出身じゃないんですか?」

 

「違いますよ。私はここから馬車で二週間くらい掛かる港町の生まれです。この村に来たのは四歳くらいですかね」

 

「覚えていないんですけれど、その頃に母さんが病気で死んでしまって。商船の航海士をしていた父さんは、私を船に乗せながら育てようと考えていたらしいんですが、乗物酔いが酷いんですよ私。それで父さんも船に乗せるのは諦めて、この村で画家をしていたお祖父ちゃんに預けてそのままって感じで」

 

「へぇ、画家さん」

 

「私といた時は風景画ばっかり描いてましたけれど、元は王都で貴族様たちの肖像画を描いていたとか。そこそこ有名だったらしいので、どっかの貴族様のお屋敷にはお祖父ちゃんの絵が残っているかもしれないですよ」

 

「そうなんですねー」

 

「ええ。それじゃあこれ、エンスのリンゴジャムです。ハーブの砂糖漬けも付けときましたのでよかったら食べてください」

 

「あ、ありがとうございます。何かすみません。オマケしてもらった挙げ句に、色々失礼な事訊いちゃって」

 

「お構いなく。手紙届けてもらいましたし、生い立ちだって隠しているわけじゃないですし。じゃ、銀貨一枚に銅貨二十枚になります」

 

「はーい」

 

 こんな会話をしたのが五日前の事。

 そして今日、私は例の魔導具を作る為に道具一式を持って地下へと来ていた。

 

*  *  *

 

 作業台の上に置いたのはプーカの革で作ったブーツ。勿論私が作ったのではなく、村の靴職人さんに革を渡して作ってもらった物だ。流石に私程度の腕じゃ長旅に耐えられるような立派な靴は作れないし、この村は人口の割には職人さんが多くいるので利用しない手はないだろう。

 

「えっとそれで、付ける羽根の本数と位置は……」

 

 とりあえずこのブーツに関して私がすることは羽根の調整くらいなので、残っている一足を眺めながら膠液を使ってハルピュイアの羽根と宝石を固定したあと、糸を使って縫い付ける。

 ……そういえばコレって、どうやって性能確かめていたっけ。履いた靴を売り物として出すわけにはいかないし。

 

「前回どうしたっけ?」

 

 作り終える前に思い出せればいいんだけれど。

 ま、最悪一足自分用にするしかないか。勿体無いけれどね!



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町へ買物・再び

絨毯は車をイメージしてます。


 村の乳製品の買い手は大体が行商人で、基本は一対一の取引だ。けれどたまに、大口というか大きな商家が取引にやってきたりする。

 

「ひゃー。いつも凄いけれど、今回は特に数が多いわねぇ」

 

「馬車がいっぱいニャン。大行列ニャン」

 

 お客さんもいないので私とエンスは窓から野次馬根性丸出しで、やってきた商家の馬車を眺めていた。ざっと数えただけで十台近くはある。村中のチーズ買い占める気なのかしら?

 

「しっかし本当に凄いわよね、ここの商家さんは」

 

 頬杖を突きながら、ボソリと呟く。今日来ているのは王都に屋敷を構えているという商家さんだ。半年に一回くらいの割合で沢山の馬車と共に村にやってきて、買えるだけの乳製品を買い込んでいく。その為この商家さんがやってくる日は、村中が大騒ぎになる。最も私は全然縁がないので、こうやって呑気に眺めるだけだけれど。

 ボーッと指示を出しているリーダー格っぽい人の仕草を観察していると、不意に目があった。そのまま逸らされるかと思いきや……アレレ、此方に来る?

 ズンズンと歩いてくる商家の人に、私は思わず姿勢を正す。エンスなんか完全にびっくりして「シルキちゃん、謝るニャン」と腕を引っ張る。謝るって……ただ見てただけよ。今までも何回もやっていたことだし、文句や注意をされたことも一度もない。今回に限ってというのは……無いと思う。うん。

 不安を余所に、商家の人は遂に窓の所にやってきた。エンスは私の背中に隠れている。ど、どうしよう。やっぱり謝ったほうがいいかしら?

 

「不躾な質問をいたしますが……シルキ様というのは貴女のことでしょうか?」

 

 身構えていたらまさかの様付けで、名前を訊かれた。びっくりして返事も出来ず、それでも何とか頷いてみせれば、相手は真面目な顔を綻ばせる。

 

「ああ、良かった! 実は大旦那様から貴女様に渡す品物を預かっていたのですが、お顔を存じ上げなかったので。訪ねようにも村の方々も忙しく働いてくれているので声もかけられず困っていた所、貴女様のお姿を見かけまして声をかけさせていただきました。しかし、ご本人様だとは露知らず。どうか、ご無礼をお許しください」

 

「え、ええと……大旦那様? 渡す品?」

 

 何で、という疑問がグルグルと頭の中を回ってろくな言葉が出てこない。大旦那様って誰。そもそも私はこの商家とは一切取引をしたことがないから、渡す品物と言われてもてんで見当がつかない。

 ひょっとして他の誰かと間違えているんじゃないだろうか。でも、シルキって名前は村には私だけだし。

 混乱している私に気がついていないのか、商家の人は大旦那様から私への感謝の言葉を述べ「お納め下さい」と長い巻物を差し出してきた。貧乏性の私は反射的に「ありがとうございます」と頭を下げてソレを受け取る。

 受け取ると、向こうも深々と頭を下げて馬車の方へ戻っていった。とりあえず用件は終わったらしい。とはいえ私の方は、未だ何か起きたのかよく把握出来ずぼんやりとしていると、エンスがグイグイと服を引っ張ってくる。

 

「シルキちゃん、ソレ……」

 

 指摘されて、ようやく受け取った物に視線を向ける。そういえば私は何を貰ったんだ?

 

「ん? コレ……」

 

 絨毯かな? あ、でもなんか紙が挟まっている。使い方の説明書? 絨毯に?

 

*  *  *

 

「いやー、早いし快適だしお金も掛からないし。凄いわねー、コレ」

 

「ボク、乗り物に乗って青い顔してないシルキちゃん初めて見たニャン」

 

 次の日。私達は早速貰った絨毯を使って、ダンジョンの町にやってきた。そして、綺麗に巻いて腕に抱えた絨毯を見る。

 『空飛ぶ絨毯』。コレが私達が大旦那様―――ザベル様が妖精のオーブを贈った相手に貰った品だ。使い方はそれ程難しいものではなく、行きたい方向を念じながら魔力を絨毯に流し込めば、そちらに進むようになっている。魔力がない場合は、魔石を握りしめながら行きたい方向を念じればOKだ。

 しっかしこの絨毯、本当に凄いわ。馬車だったらほぼ一日かかる距離が半日で着くし、全然揺れないから気持ちも悪くならないし。お金も魔石代くらいで済むから経済的だし。

 

「確か大事に使えば、十年くらい保つんだっけ。駄目になったら次も買おうかしら」

 

「でも、金貨百枚の超高級魔導具ニャン。お金貯められるかニャン?」

 

「……頑張る」

 

 いや、いっそ自作するという手もあるかも。見たところこの絨毯は、飛行の魔術を掛けたアラクネの糸とシルクで織られている。そこに宝石を数カ所に縫い込んでって感じだから何とか……ならないか。十年保たせられる作りなら、多分もっと複雑で丁寧な仕事をしているだろうし。素人が簡単に作れるわけないわよね。やっぱり地道に貯めよう。

 そして、この高級魔導具をポンとくれた大旦那様も凄い。ザベル様は只の商家としか言わなかったから、ちょっと裕福なくらいかと思っていたのに、まさか村に買い付けにくるあの商家だったとは。あそこ確か、王都で十本の指に入るくらい大きくてお金持ちだったはず。

 

「あー、こんなことならザベル様にもうちょっと吹っかけておけば良かったわー」

 

「シルキちゃん、悪い顔をしているニャン」

 

 ま、金貨一枚ちょいの品が百枚の高級品になっただけで充分過ぎるか。欲張りすぎるのも駄目だから、よしとしておこう。

 

「さて、予定より早く着いたしこれからどうしようかな」

 

 今はまだ、お昼をちょっと過ぎたくらいだ。前回の買物からまだ二ヶ月と経っていないから、村からの頼まれ物もそんなにない。今からコピアさんのお店に行ってもいいんだけれど、こっちもそんなに買うものもないしな。

 

「エンス、どっか行ってみたい所とかある?」

 

「ニャーン」

 

 訊いてみると、エンスは首を傾げたあと。

 

「行ってみたいと言うか……ボクたち、行く場所っていつも決まっているから、それ以外の所に行ってみたいニャン」

 

 そんな事を言ってきた。なるほど。

 

「だったら行くところは決まったわ。観光気分で行ってみましょ」

 

「ん? 結局何処に行くニャン?」

 

「とりあえずはこの町のダンジョンの入口。せっかくコピアさん以外の知り合いが出来たんだから、其処を覗いてみましょうよ」



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町へ買物・再び 二

次々と明かされるキャラたちの(全く重要ではない)秘密!

そして感のいい方はお気づきかもしれませんが
シルキ→ツルギ
エンス→ランス
フェルクス→ファルクス
コピア→コピス
レイス→メイス
マクナベティル→マクアフティル
アキュニス→アキュリス
ザベル・シグクシア→シンクレアー・サーベル
アフィア→アフェナ
とキャラの名前は皆武器の名前をもじってます。
名前考えるの難しいですよね。


 一旦宿をとって絨毯を預けてから、私たちは町のダンジョン目指して歩き出した。

 この町のダンジョンはなんと、町の中にダンジョンが存在している。元々は別れていたらしいのだけれど、町が発展していくにつれて取り込んだ形になったのだとか。いくら冒険者たちが毎日ダンジョンに潜って魔物退治をしているとはいえ、怖くないのかしら。私は嫌だなぁ。

 歩いて十五分ほどしてくると、段々と大きな山が見えてきた。アレがダンジョンか。ついでに並んで歩いている人の比率も、冒険者の人たちが高くなってくる。

 更に十分ほど歩いて、ダンジョンの入口へと辿り着いた。何時もは離れた場所からぼんやりと眺めていただけだったが、こうやって見ると大きいなぁと実感する。山頂部分もしっかりと青い。

まさかあの青さが木の枝だったとはね。

 ぐるりと見回してみると、私たちのような物見遊山みたいなのは数えるくらいしかいなかった。後は全員冒険者。地図を開いて楽しそうに話をしていたりするのがこれからダンジョンに潜る冒険者で、疲れた顔をしたり大きな袋を抱えていたりするのが、探索を終えた冒険者かな?

 キョロキョロと物珍しげに顔を動かす姿は、さぞかし目立ったのだろう。ふと視線を感じて前を向けば、革製の防具みたいのをガッチリと着込んだ、赤い髪の青年がこっちに向かって歩いてきた。口元にあるホクロがチャームポイント……かな?

 

「観光の方ですか? ココはダンジョンなので、これ以上近づくと危険ですよ」

 

「あ、すいません。知り合いの人が此処にいると聞いたので、ちょっと見にきただけなんです。ダンジョンに入るつもりはさらさら無いので安心して下さい」

 

 私の言葉に、男の人は「なら大丈夫です」と笑ってみせる。そんなにこのダンジョンは危険なのかと顔を顰めていると、詳しく説明してくれた。

 何でもこのダンジョンは魔王を封じ込めているという噂が立つだけあって、内部は桁違いの魔力が溢れているのだとか。

 お陰でダンジョン内に生息しているカラスやカエル、カタツムリなんかも相当強化されていて、油断していると痛い目をみるらしい。

 カタツムリに泣かされるなんて想像もできないけれど、彼が私に嘘をつく理由なんてないから本当なんだろうなあ。

 

「ところでお兄さん。マクナベティルさんって知ってるかニャン? ボクたち、その人に会いにきたんだニャン」

 

「え、隊長ですか?」

 

「隊長?」

 

 え、マクナベティルさんて、そんな肩書を持っている人だったの?

 驚いているとふと空が暗くなり、彼が「あ、戻ってきましたよ。隊長」と明るい声を上げる。そのまま、深く考えずにエンスと一緒に顔を上げれば。

 

「ヒィッ!?」

 

「ニャーーン!」

 

 頭上には全長三十m以上はありそうな黒竜と、その首に跨っているマクナベティルさんがいた。

 

「シルキか。こんな所までどうした?」

 

 バッサバッサと風圧を巻き起こしながら黒竜が地面に降りてくると、ピョンと飛び降りて歩いてくる。一方、そんなマクナベティルさんを見ながらも私たちは声が出せなかった。

 だって竜よ。しかも黒竜!! 確か黒竜って炎すら吐けないけれど、凄く凶暴で力が強いんじゃなかったっけ!?

 何でそんなのに乗ってるの。この前のブラックドッグはどこにいったの!?

 

「隊長、この人は隊長に会いにきたそうですよ。冒険者じゃないそうですし、どこで知り合ったんですかー」

 

 うわ、黒竜がメッチャ私を見てる。宝石みたいな赤い瞳で睨んで

 

『あの犬、凄くドラゴン臭かったニャン』

 

 あー! そういうことか! どんな魔術を使ったのか知らないけれど、この黒竜はあの時のブラックドッグか!

 ど、どうする。ここで「町に買い物にきたついでに、マクナベティルさんの顔を見に来ました♪」なんて口にしたら、間違いなく殺害対象にされちゃう。

 な、なんかそれっぽい理由というか訊きたい事というか。

 

「マクナベティルさん! 私、ドワーフのレイスさんの所に行きたいんですが、住所とかご存知ないでしょうかね!?」

 

*  *  *

 

「ハッハッハ、それで逃げるように儂の所にやってきたわけか」

 

「笑い事じゃないですよ。マクナベティルさんの黒竜に睨まれている間、生きた心地がしなかったんですから」

 

 豪快に笑うレイスさんに渋い顔をしながら、出されたコーヒーを啜る。うぅ、牛乳がないのなら、砂糖もらっておけばよかったかな。でも、今はこの苦さが生きていることを実感できて、ちょうどいいかも。

 

「まぁ、この町の人間ならともかく、他の者は黒竜なんか見たら大騒ぎになるだろうからな。マクナベティル殿が気を遣ったんだろうて」

 

「そうなんでしょうね。でも、竜って変身できるんですか?」

 

「竜は魔物の中でも一二を争う強さと魔力の持ち主じゃからなあ。変身は造作もないぞ。尤も、素で強い存在を、態々弱く見せる状況なぞ限られてくるからの。あまり知られてはおらんな」

 

「ふむ、勉強になりました」

 

 こら、エンス。そんな苦そうな顔しない。当たり前のように牛乳と冷たい水が置いてあるのなんて、私たちの村くらいなんだから。

 

「マクナベティル殿の黒竜はアキュニスという名前だった筈だが、確かマクナベティル殿が卵から孵して面倒みたらしいから、慕う気持ちが一層強いんじゃろうて。儂が言うのもおかしいが、まぁ大目に見てやってくれ。ところで、来たついでじゃ。何か作っていくか? お前さんたちには金貨六十枚分の借りがあるからな、その分まではタダにしておくぞ」

 

「あのルビーそんなにしたんですか。うーん、どうするエンス。包丁でも作ってもらう?」

 

「ボクが使っている包丁は、この前お肉屋さんにお願いして研いでもらったから平気だニャン」

 

「なら私が仕事で使うナイフを作ってもらえますか? 色んな素材切ったりするんで、ボロボロになっちゃって」

 

「あい判った。材料の希望はあるかね」

 

「んー、その辺はあまり詳しく無いので、専門家のレイスさんにおまかせします。あ、でも切れ味よりも頑丈さ重視でお願いできますか」

 

「それなら丁度いいのがあるわい。じゃあ作ってくるから少し待っていてくれんか。三十分もあればできるからの」

 

 立ち上がるとレイスさんは棚から材料らしきものを取り出し、奥の鍛冶場へと入っていった。一方の私たちは、レイスさんのジュエルドールからお代わりのコーヒーを貰いながら待っていると。

 

「おい、じーさん。頼んでいたの取りに来たぜ」

 

「アレ、ザベル様じゃないですか」

 

 今度はザベル様に遭遇した。何でここにいるのかと問われ、事情を話したあと同じように訊ね返せば「宮廷騎士の試験に合格したから、腰に佩く剣を注文して取りにきた」とのこと。

 宮廷騎士って剣の腕が物凄く立たないとなれないんじゃなかったっけ? そんな簡単になれるものじゃない筈なんだけれど。

 加えて容姿も良くないとって……ザベル様の顔だったら余裕か。うーん、地位もあって顔も良くて剣の腕もあるって、ちょっと欲張り過ぎなんじゃないの?

 

「できたぞシルキさん……って。おや、子爵様もいらしたか」

 

「ああ、完成したって連絡もらったからきたんだが」

 

「今持ってきますので、お待ち下され」

 

 レイスさんは私の前にナイフを置くと、もう一度奥に引っ込む。透き通った素材で作られた鉤爪状のナイフだ。コレ金属じゃあないわね。素材は何かしら?

 

「シルキちゃんシルキちゃん、それボクが持つニャン、持ちたいニャン!」

 

「はいはい、やっぱり男の子ねー。落とさないように気をつけなさいよ」

 

 持っていた紐に通してエンスの肩からぶら下げてやっていると、レイスさんが一本の剣を持って戻ってきた。ううん、嫌味じゃない程度に華美な装飾が施されているわね。いったいいくらするんだろう。

 

「レイスさん、これって材質は何ですか?」

 

「あぁ、それは黒竜の爪で作ったんじゃ。ちょっとした金属よりも硬いし切れ味もなかなかだぞ。あいにく長さがないから剣には向かないが、ナイフにするにはうってつけの素材だわい。さて子爵様、ご注文の剣の仕上がりはいかがですかな?」

 

「文句のつけどころがねえな」

 

「ザベル様ー、好奇心でお訊ねしますがその剣ちなみにお幾らですか?」

 

「さぁ? この前のパーティーで踊った侯爵の次女が『金は出すから好きに作ってくれ』って言われたからきいてもねぇな」

 

「凄いニャーン」

 

 本当にあるんだ、そんなこと。

 

「……ん?」

 

 と、今頃になってようやく、私はもう一人、人がいることに気がついた。屈み込むと、ザベル様の腰にしがみついていた小さな女の子と目が合う。

 これまた上等な服に、光の反射次第で黒にも見える深緑の髪を、ザベル様と同じように結っている。……マクナベティルさんの黒竜も、人として考えたらこんな感じなのかな? この子も目が赤いし。

 

「妹さんですか?」

 

「何言ってやがる。天使だ」

 

 ……はい?

 

「え、ヤバくないですか? だってこの子、十もいってないでしょ。……ええと、おいくつですか?」

 

「アフィアです、七歳になりました!」

 

「一回りも違うじゃないですか!」

 

「五十の爺が二十の孫みたいな娘を嫁にする話に比べれば大したことねぇだろ」

 

「いや、まあ、そりゃそうですけれど」

 

「だいたいシルキだって似たようなことしてんじゃねぇか」

 

「はい?」

 

 

 

『ところでエンス、お前何歳なんだ?』

 

『ボクは十四歳になったニャン!』

 

『てことは十違いか……。お前とは気が合いそうだな』

 

『はぁ』

 

 

 あー、あのセリフはそういう

 

「って違います! 一緒にしないでもらえません!?」

 

*  *  *

 

「アハハハ、それじゃシルキちゃん、エンス君のこと囲ってたと思われてたのね」

 

「何をどうとったら、その考えに至るか理解できませんけれどね」

 

 手を叩いて大笑いするコピアさんに、しかめっ面のまま答える。

 あの後、もの凄い勢いで間違いを訂正しておいたけれど、ザベル様はイマイチよく解らないという顔をしていた。今度出会ったらもう一回、言い含めておいた方がいいかもしれない。

 

「しっかし『あの』ザベル様が、七歳の女の子とねー」

 

「コピアさん、ザベル様の事知ってるんですか?」

 

「王都に行ったとき、飽きるくらい耳にしたわよ。ほら、ザベル様って貴族様でも次男じゃない? ひょっとしたらって、若い娘は貴族、庶民関係なく騒いでいたわ。王都でならフェルクスさんと双璧を成すくらいの人気があるんじゃないかしら」

 

「えぇ〜、フェルクスさんの方がいいと思いますけれどね〜」

 

「相変わらずフェルクスさん大好きなのね。ところでシルキちゃん、今回の買い物はこれだけでいいかしら」

 

「はい、マクナベティルさんが色々持ってきてくれたんで」

 

 頷いて、数個の魔石と空の木の枝二塊を受け取る。あ、そうだ。

 

「コピアさん、マクナベティルさんから買い取ったんですが、コレってどういう効果があるんですか」

 

 鞄から持ってきていた「精霊の破片」を出して見せてみる。

 

「精霊の破片ね。コレは―――」

 

 曰く、やっぱりこの素材は単品ではかなり使いづらい品物らしい。コピアさんはこの精霊の破片を集めて精霊の魂に作り変えることが出来るそうだけれど、それは魔女であるコピアさんの特権だ。話を聞いても、私には真似できそうにない。

 

「で、どうしよう。使わないなら買い取るわよ?」

 

「んー……もうちょっと持ってます。私なりに使いみちが思い浮かぶかもしれないですし」

 

「ん。解ったわ。……話は変わるのだけれどシルキちゃん、お金にまだ余裕はある? そして、夜に予定はあるかしら?」

 

「夕飯食べた後の予定は無いですし、お金はまだ余裕ありますけれど……どうしたんですか?」

 

「実は今日、広場で変わった市をするの。よかったら一緒に行かない?」



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潜入、裏市場

『』がやけに多い。
市場のブースのイメージはデザフェスです。広さはサンクリぐらいを想像してもらえれば。


 夜の九時過ぎ。私とエンスはコピアさんに連れられて、町の広場までやってきた。

 何時もは、冒険者たちの情報交換の場所として使われている広場。夜は閑散としている様しか見たことがなかったけれど今は違った。

 

「うわ〜……」

 

「綺麗ニャン」

 

 ため息をついてから被っていたフードを外して、空を見上げる。広場には数十匹もの蝶が淡い光を放ちながら、羽ばたいていたからだ。当然、魔術で造られたモノなのだろう。白や赤、緑や青など様々な色の蝶が蛍のように光を発しながら空を舞う姿は、普通では見ることのできない夢のような光景だ。

 

「これもひょっとしてコピアさんがやったんですか?」

 

「そーよー。四千枚の紙に魔力を込めたの。一人でね。これだけ大きい町なのに魔女は私だけしかいないから、この仕事はいっつも私の所にくるの。……まぁ、お金は悪くないからいいんだけれど」

 

*  *  *

 

 『魔女』は生まれつきの特技というか、資質の一つだ。こればっかりはどんなに努力しても手に入る力ではない。ちなみに、この資質は持っているのが男の人でも『魔女』と呼ばれることになるが、一応理由はある。

 そしてどういう人が『魔女』と呼ばれるか。だいたいは「割と豊富な魔力があるのに魔術が使えない」人を指す。魔力を持っている人は得意不得意はあれど、呪文を唱えれば魔術を使うことができる。まぁ、中には相性の悪い属性を持っている人もいるけれど、必ず得意な属性というのは存在する。『魔女』にはそれがない。どんな呪文を唱えても失敗というか、ポシュンという気の抜けた音がする以外何も起きない。

 魔術が使えない『魔女』だけれど、代わりに凄いことができる。魔力そのものを物に流し込んで生き物のように動かしたり、純度の高い魔力の結晶に更に魔力を注ぎ込んで人形たちの魂の元を作ったりすることができるのだ。

 物に命を吹き込む。それが『魔女』の能力。扱える魔力が多ければ岩に命を与えてゴーレムを作ったり、生き物そのものを作ることだって可能だ。この町のダンジョンに封じられているという魔王みたいに。

 百年以上前に君臨していた『魔王』も、元は『魔女』だったと言われている。というか、それまで場所によって『御子』とか『神の執事』とか色々呼び方が異なっていた存在が『魔王』の出現によって『魔女』に統一されたのだとか。『魔王』が男の人だったら別の呼び方になっていたのかもね。

 

「へー、四千枚ですか。凄いですね。最終的にはそれが皆飛ぶんですか?」

 

「どうかしら。三千くらいはいくかもしれないけれど、流石に全部はないんじゃない? それよりハイ、これが許可証よ。コレを出すと受付で腕輪と交換してくれるわ。後、さっきも説明したように名前と住所を書かさせるけれど、嘘書いちゃ駄目よ」

 

「承知しました」

 

 差し出された紙を受け取って眺める。私たちがこれから参加するのは『裏市場』と呼ばれるちょっと変わった市。基本は、この町の商人ギルドに一定の会費を払った人以外は参加することが出来ないイベントで、余所者は私みたいに条件を満たした知り合いがいないと入れてもらえない。

 

「すいません、受付お願いします」

 

「はい、それでは此方が参加者用の腕輪になりますので、ちゃんと嵌めて下さいね。そして、此方にお名前とご住所をお願いします」

 

 木の腕輪と一緒に赤い紙を渡されたので、言われたとおりに名前と住所を書き込む。

 

「はい、確認させてもらいますね。あら、町の方ではないのですね?」

 

「あ、コピアさんから連れてきてもらって」

 

「コピアさんからの紹介ですか。失礼しました。どうしましょう? もし、次回以降も参加されるつもりでしたら、お手紙を送りますが」

 

「あれ? 会費払っている人以外は駄目なんじゃ?」

 

「出店されたい方は会費を払っていただく必要がありますが、買う目的でくる方は大丈夫ですよ」

 

「でしたらお願いします」

 

 せっかく簡単にここに来られる手段が手に入ったのだ。もらっておいて損はないだろう。

 

「かしこまりました。それでは、本日は『裏市場』を楽しんで下さいね。貴女にとって素敵な商品が見つかりますように」

 

 受付の人が紙にチェックを入れると紙はパタパタと勝手に折り畳まれていき、やがて蝶の形になるとヒラヒラと夜空に向かって飛んでいった。おお、こんな風になるんだ、面白いなー。

 

「コピアさん、お待たせしました」

 

「お帰り。ちゃんと腕輪を貰えてきたみたいね」

 

「はい。でもあの紙、適当な事書いたらどうなるんですか?」

 

「その為に腕輪があるのよ。この腕輪はナナカマドの木で作られていて、一面にホオズキの花が彫られているんだけれど、嘘ついたりすると花が光る仕様になっているの。この市場は『売り手と買い手の存在が明確になっていれば何を売ってもいい』がモットーだから、そしたら参加不能よ」

 

「なるほど」

 

 コピアさんが嘘を書くなって言っていたのはそういう意味だったのか。

 

「じゃあ私も受付済ませてくるからちょっと待ってて」

 

 駆け出したコピアさんを見送ってから、エンスを撫でたり顔のマッサージをしてやって待つこと数分。腕輪を嵌めたコピアさんが戻ってきたので、案内される方に向かって歩き出す。今回出店する場所につくまでに、コピアさんから『裏市場』の歴史を軽く教えてもらった。

 裏なんて付くから物騒な成り立ちなのかと思いきやその逆で、要は「変な所で危険な品物を売買されるくらいだったら、いっそのこと両者に責任を持たせた上で取引させた方がいいんじゃないか」で始まったのだとか。まぁ今はお客さんの層も変わってきて『危険な品物』よりも『ちょっと高額な珍品・貴重品』が多くなってきたらしいけれど。

 

「さて、着いたわ。ここが今日の私のお店よ。いっぱい売れるといいんだけれどね」

 

「準備なら私も手伝いますよ」

 

「ありがとう。じゃあこの敷布、その机にかけてくれるかしら?」

 

「コレですね。エンス、そっち持ってー」

 

「ニャーン」

 

 三人で手分けしながら、店開きの準備を進めていく。ええと、コピアさんが売る品は精霊の魂に惚れ薬に鴆毒とかの強い毒薬か。……結構物騒なのもあるな。

 

「色々ありますねー」

 

「精霊の魂や惚れ薬はコッチに出したほうが売れるのよ。ほら、錬金術師とかの人って冒険者じゃないし。鴆毒とかも、大抵はダンジョンの魔物用に冒険者たちの人が買っていってくれるんだけれど、かなり強い毒だから万が一を防ぐ意味でコッチで売るの。売った相手の名前さえ残れば、あんまり責任とらなくていいし」

 

 確かに。

 

「さて、準備はこれで終わり。開始は十時だからそろそろね。後は私がやっておくわ」

 

「でしたらちょっと辺りを回ってきますね。エンスはどうするの?」

 

「ボクはここで招き猫になるニャン!」

 

「ん。じゃあコピアさん、エンスをよろしくお願いします」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 コピアさんたちに見送られて、私はその場を後にした。

 とりあえず何処から見てみようかな。



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裏市場での買い物

珍しくタメ口な主人公。

基本的に
年上・自分より地位(金)が上そうな人
お客さん(になりそうな人)
今後長い付き合いになりそうな人
には敬語使う感じで書いてます。


 下ろしていたフードを被り直して、私は散策を始めた。「雰囲気出るから」と貸してもらったフードだけれど、ただでさえ暗いのに横の視界が遮られて正直歩きにくい。コレ被らない方がいいわね。

 結局数歩進んでから、フードは外すことにした。視界が広くなったので、軽く辺りを見回してみる。

 こうやって見ると、空気が結構独特だ。普通の市場は声を張り上げて商品を勧めたり、歩いている人の気をひこうと呼び止めたりしてくることがよくあるけれど、この市場はそういう勧誘がほとんどない。皆静かに商品を磨いたり配置を変えたりして、お客さんが来るのを待っている。

 夜だから大きな声を出せないというのもあるかもしれないけれど、それだけ商品に自信があるのだろう。ひょっとしたら、固定客とかがついているのかもしれない。と、思っていたら。

 

「姐さん姐さん、見ていかないか? 珍しい物が沢山あるぜ」

 

 不意に声をかけられた。立ち止まって右を向けば、私よりも少しだけ若そうな男の人が手招きしている。

 特に欲しい物や買いたい物も無かったので、冷やかし半分で誘われてみることにした。

 

「こんばんは。呼び込みするなんて珍しいのね」

 

「ハハハ、オレは毎回この市に参加してるわけじゃないからね。馴染みのお客さんがいるわけでもないし、こうやって呼び止めないと見てもらえないんだ。それに誰かが足を止めてくれれば、他の人も覗きやすくなってくれるしさ」

 

「この町の人じゃないんだ?」

 

「あぁ、生まれはココから随分離れた砂漠のオアシスの町だよ。船に乗ってアチコチ旅をしながら商売をしているんだ。今日はたまたまやってきたら、変わった市場をするって聞いてギルドの人に頼んだら、飛び込みで場所を貰えたんだ。姐さんはこの町出身?」

 

 言われてみれば確かに。彼の肌は、このちょっと暗めの所でもはっきりと判るくらいいい色に焼けている。彼の話すとおり、暑い国や海上に反射する陽射しで焼けた肌の色だ。

 

「違うわ。私もたまたま町によったら裏市場をするって聞いたから、知り合いの人に連れてきてもらったの。私はココから馬車で一日かかる村の出身よ。チーズやヨーグルトが美味しいから、機会があったら足を延ばしてみて」

 

「あぁ、そうさせてもらうよ。それじゃ、オレの自慢の商品を見てくれ。今日は海に関する品を色々持ってきたぜ」

 

 机に視線を向ければアコヤ貝の貝殻に真珠や珊瑚等を中心とした海の宝石や素材が、いっぱいに置かれていた。

 おー、コレはイッカクの角ね。確かユニコーンの角と同じ材質で出来ていて、効果も一緒なんだっけ。

 

「んー、そうね……」

 

 声をかけてくるだけあって、品質は凄くいいのは分かった。けれどコレは私のようななんちゃって職人よりも、貴族様や魔術師の方が喜びそうだ。鱗や髪なら、父さんに頼めば送ってもらえるし。

 そんなことを考えながらも、琥珀の欠片は混ぜて使うのにちょうどよさそうだったので買おうかな、と思っていたら机の端に置かれた赤い粉末の小瓶が目に入った。おや、何だろう。

 

「ねぇ、コレは何?」

 

「あぁ、それは人魚の血液を乾燥させた物だよ」

 

 気になる品を指差して訊ねると、彼はソレを手にとって軽く振ってみせた。サラサラと瓶の中で揺れる赤い粉。へー、これが人魚の血ねぇ。

 

「使い方は簡単だ。この粉を水に溶いて飲むか患部に塗るだけ。海の生き物だから、ひょっとしたら塩水の方が効果が高いかもな。傷なら何でも治せるぜ」

 

「傷なら……何でも?」

 

「あぁ、治せない傷なんてないさ。凄いだろ?」

 

「その割には、目玉商品にはなっていないみたいだけれど?」

 

 指摘してみると、彼は「そこなんだよな」苦笑いする。

 

「まぁ、ちょっと問題点があってさ。人魚ってのは元々呪われた生き物らしいから、そういう生き物の血肉に触れると、呪いまでもらってしまうんだ。呪いとはいっても腕や脚に鱗が生える程度で、解呪の道具なんかで簡単に祓うことができるんだけれどね。」

 

「あー、傷は大抵回復魔術でなんとかなるから、解呪の道具を使ってまで治す傷となるとかなり限られてくるわけか」

 

「そうなんだよ。オマケに冒険者たちは戦いでついた傷は勲章みたいなモノだと思っているだろ? となると、欲しがる相手ってのは火傷とかした貴族のお嬢様方ぐらいしかいないけれど、まず火傷なんてしないし」

 

「そーねー」

 

 でも『傷なら何でも』ってのはやっぱり惹かれるわね。ものは試しに買ってみよう。

 

「じゃあコレとコレ、下さいな」

 

「まいど!」

 

 とりあえず教えてもらった人魚の血の粉末と、目をつけていた琥珀の欠片を彼に渡す。すると、机の下から籠くらいの大きさの白い椀みたいのを取り出して、それに商品を入れて差し出してきた。コレ……卵の殻? 大きいわね。

 

「コイツはロック鳥の卵の殻さ。結構丈夫だし見た目の割には軽いから、買ってくれたお客さんには入れ物代わりにあげてるんだ」

 

 へー、何か使えそう。

 

「ねえ、お金払うからこのロック鳥の殻、もう何枚かくれない?」

 

「別にいいけれど……そんなモノ欲しがるなんて変わった姐さんだな」

 

 銅貨十枚で、ロック鳥の殻を更に五枚程譲ってもらうことにした。売買した商品とそれぞれの名前と住所を紙にしたためれば、受付の時と同じように紙は勝手に折り畳まれると一匹の蝶になって、私たちの周りをフヨフヨと飛び始める。

 

「さっき初めてみたけれど、綺麗で凄いわよね」

 

「聞いた話だと、市が終わる時間になると自分で受付の方へ向かうらしいぜ。市の開催中は灯りの代わりになって、終わったら自動で主催者の元へ戻る。便利だよなー」

 

 そんなやりとりをしているうちに、数人の人がやってきて机の上の商品を眺め始めたので、邪魔にならない内に退散することにした。

 

「さて、次はどこに行こうかしら?」

 

 蝶の数はだいぶ増えて、最初の頃より広場は明るくなっている。たまに挙動不審な人を見かけるが、そういう人は大抵腕輪が赤く光っていた。あーあ、嘘ついたのか。アレだけはっきりバレちゃうと、もう買い物は無理だろうな。

 横目でやっちゃいけない事をした人の姿を追っていると、しかめっ面をした男の人が文句を言いながら、嘘をついた人を店から追い出している場面に遭遇した。嘘をついてまで何を購入しようとしていたのか。興味を持った私は、ついでにその店を覗くことにした。

 

「こんばんは」

 

「あぁ、いらっしゃい」

 

「前の人、追い返していたみたいだけれど何をやらかしたの?」

 

「見てたのか。……ダンジョンの魔物を仕留める為に強い毒を持った虫を売ってくれと頼まれたんだが、紙に名前を書く時に腕輪が光ったんだ。あの女、多分殺しで使うつもりだったんだろ。ふざけやがって」

 

 舌打ちしながら、竹の虫籠に入った蜂を見せられて理解した。なるほど、この人は蟲使いか。

 蟲使いはその名の通り、蟲に魔力や専用の餌を与えて訓練できる魔術師の事を指す。膨大な知識と特殊な技術が必要なので、一代限りでなれるものではない。大抵は蟲使いの家系に生まれた子か、或いはその一族に弟子入りして修行した人がなる、ちょっと珍しい職業だ。……数が少ない分、かなり稼げるらしいけれど。

 

「そういうのを防ぐためにこの市場を利用している訳か。蟲使いってのは大変なのね」

 

「それもあるし、虫は生き物だからな。普通の店に卸しても需要が噛み合わないと売れないから、こういう場所で売買した方がいいんだ。たまにオーダーを頼まれる時もあるし。そういう時は虫を訓練させて、次の市で渡すって感じだな」

 

「ほー」

 

「君は……冒険者じゃなさそうだな。僕が扱うのは主にダンジョンの道案内や、戦闘時のサポートができる虫だが、アクセサリーにできる蝶も少しはいるよ。ほら」

 

 そう言われて見せられたのは、光沢のある緑や黒、青い色をした数匹の蝶。へー、こんな綺麗な色の蝶がいるんだ。でも、私の店でアクセサリーなんて需要が無いし。あ、そうだ。

 

「ねぇ、美味しい虫っていない?」

 

「……その注文はなかなかないぞ。一体どうした」

 

「いや、知り合いから掌サイズの成体のアラクネを譲ってもらってね、育てているんだけれど冬の餌をどうしようかと考えてて。肉も食べられる娘なんだけれど、虫の方がいいかなーって思って」

 

「それ本当にアラクネか? 掌サイズの成体なんて初耳なんだが。まぁ……一応要望に応えられるのはいるぞ。食べられて自力で増やせるのが」

 

 と、出されたのは瓶に入った数匹の……ナメクジかな?

 

「食用で作ってみたんだ。売れたことはないけれどな。勿論味は保証する、試しに一つどうだ?」

 

 ほら、と一匹スプーンで掬って突き出されたので口に含んでみる。ん! 凄い濃厚なトマト味!

 

「野菜の味が凝縮されて、美味しいわねコレ……って何でそんな顔してるの?」

 

「いや、本当に食べるとは思わなかったからさ」

 

「そう? こう暗いと姿がよく見えないから気にしないわよ。それにほら、プルプルしてゼリーみたいだし」

 

 とりあえずコレは買っても損はないと、私の勘が囁いている!

 四匹の食用ナメクジを買って、私は蟲使いの彼のお店を後にする。味は食べさせた物によって変化して、増える速度はそんなに早くないらしいし、増え過ぎたら塩でも撒けば溶けて消えると教えてもらった。管理がしやすいのはありがたい。やっぱりその辺は職人ね。

 その後はレイスさんがお店を出しているのを見つけて生き人形を譲ってもらったり、初めて魔導具を作ったという女の子の店で石化予防のお守りを半額くらいの値段で買ったりと、いい買い物をさせてもらい、残りの時間はコピアさんの店で売り子の手伝いをした。

 あんまりにも専門的な質問をされて困惑したり、売り物と勘違いされて怒り狂うエンスを宥めたりと忙しかったけれど、村のお店じゃ絶対に経験できない事が沢山あってなかなか楽しめたのは事実だ。

 珍しい品も手に入ったし、帰ったらどんな道具を作ろうかしら。ワクワクしてきたわ。



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チョコへのお土産

よく考えたらコレ、蜘蛛の捕食の仕方じゃないですね。
まあいいや。


 裏市場を楽しんだ後はコピアさんの手伝いをし、片付けやらなんやらを終えて宿に戻ってきたのは、夜中の三時を廻った頃だった。その後ベッドにダイブして目が覚めたのが九時手前。宿を出て、後は村に帰るはずだったのだけれど。

 

「どうだシルキ、アキュニスの背に乗るというのも中々気持ちいいだろう?」

 

「ハイ、トッテモカイテキデシタ」

 

 どこか得意気に語りかけてくるマクナベティルさんに、私は首をブンブン振りながら片言で返す。

 こんな状態になっているのは、決して乗物酔いで吐気をこらえているからではない。

 マクナベティルさんの後ろに控えているアキュニスちゃん(今は村の中なので、ブラック・ドッグになっているけれど)がおっかなくて、変な事を口に出さないよう神経を張り詰めているからだ。

 

*  *  *

 

 そもそも、何故マクナベティルさんに送ってもらう状況になったのか。原因は私がもう一度コピアさんの店によったことから始まる。裏市場での買物をした結果、いくつかコピアさんの店で買い足したい品が出てきたのだ。なので、夜の内にお邪魔したい事を伝え、朝一でそれらの品を買いに向かう。

 その中にひっくり返したり零したりすると、空飛ぶ絨毯に悪影響を及ぼしそうなのが一つあった。ほうき便でそれだけ後から送ってもらおうか、と考えていた時。買取でマクナベティルさんがお店にやってきたのだ。

 マクナベティルさんは甕を抱えている私を見ると、目を丸くしてどうしたんだと聞いてくる。私も私で、あまり深く考えずにこの甕を買ったこと、買ったはいいもののひっくり返すと大変だからコレだけ別口で送ってもらおうと思っていると素直に答えてしまった。すると人のいいマクナベティルさんは、だったら俺が運ぼうかと提案してくれ、私も眠かったのでありがとうございます助かります、と頭を下げて送ってもらうことになったのだが。

 そうしたら黒竜ーアキュニスちゃんの機嫌の悪いこと悪いこと。ここでようやく、マクナベティルさんの背後には、ヤキモチ焼きの恐ろしい存在がいることを思い出したのだが時すでに遅し。

 マクナベティルさんはすっかり準備を整えていて、「あ、やっぱりいいです」と断る言葉が出なかった。多分断れば断ったで「手間かけさせてどういうつもりだ」とアキュニスちゃんは怒っただろうし。

 というわけで約二時間程の空の旅は、相変わらず生きた心地のしない恐怖の旅だった。ううぅ、次からは軽率にお願いしますなんて絶対に言わないようにしよう。

 

「じゃあ、俺たちは帰るとするか。またなシルキ」

 

「あ、マクナベティルさん。ちょっと待ってもらえます?」

 

 背を向けて村を出ようとするマクナベティルさんを引き止めて、私は一度家へと入る。そして、台所からまだ手を付けていない塊のチーズを取り出し、軽く包んでから外に出た。

 

「あのコレ、良かったら食べてください。村のチーズで、結構人気のあるやつなんです」

 

「そんな、気を使わなくてもいいんだぞ。送ることは俺が言い出したことなんだし」

 

「いや、そうは言っても往復考えればそれなりの時間を割いてもらっているわけですし、これ貰い物でたまたま家にあったものなので。私も出した以上はもう引っ込められないですし……」

 

 言いながらも、チラチラと目を向けるのはアキュニスちゃんの方向。ちゃんとお礼しますよ! 厚意に甘えることばっかりはしませんよ! と物と視線で訴えれば、若干ながらも圧力は弱まっているような。

 

「そうか、そうだな。ならばありがたく頂いていくとしよう。ありがとう、シルキ」

 

「いえいえ、本当にありがとうございました」

 

 必死の訴えは通じたようで、マクナベティルさんはひょいとチーズを抱えると「また手伝えることがあったら気軽に声をかけてくれ」なんて優しい言葉をかけてから、アキュニスちゃんと一緒に村の外へ出ていった。姿が完全に見えなくなってから、私は長い長い安堵の息を吐く。

 

「はー、タダより高い物はないって本当ね」

 

「いいのかニャン? アレ、シルキちゃんが大好きなチーズニャン。しかも結構いいお値段のヤツだニャン」

 

「うぅぅ、そりゃあ惜しいわよ。あのチーズ凄く美味しいやつだし、そう簡単に手に入る物じゃないし。けれど、ありがとうございまーすだけじゃあ、アキュニスちゃん絶対勘弁してくれなそうだったし。背に腹は代えられないわ。何であんなに私の事を目の敵にするかなぁ」

 

「そりゃあ、マクナベティルさんが気を遣ってくれるからじゃないかニャン」

 

「でも、マクナベティルさんは完全に親切心だけでやってくれて、下心なんてこれっぽっちも無いわよ。それくらい分かってると思うんだけれどなー」

 

 ま、愚痴ったところで何かが変わるわけでもないから、この辺で止めておこう。

 荷物を足元に纏め辺りを確認しながらチョコを呼べば、ハーブの葉っぱの影からチョコが姿を現し、こっちに駆け寄ってきた。あぁ、やっぱり怖かったのね。

 

「ただいまチョコーってわぁ、食事中か。食べ終えちゃいなさい。今日はお土産があるのよ。気に入ってくれるといいんだけれど」

 

 両手に抱えた青虫を見て、手で早くとジェスチャーを送れば、チョコは口を大きく開けて頭から齧り付いていく。あっという間にペロリと平らげて、口元をゴシゴシと擦ると終わった言わんばかりにこっちを見る。

 

「まず一つ目、非常食を買ってきたわよ。これで冬がきても安心ね。この村の冬は雪が深いから、春までコレ食べてなさいね」

 

 言いながら、裏市場で買ってきたナメクジ入りの瓶を見せると、チョコはあからさまに嫌な顔をした。え、コレ食べなきゃなの? って言わんばかりだ。

 

「シルキちゃん、思いっきり嫌な顔されてるニャン」

 

「え!? 味は保証するわよ、本当に美味しいんだから!」

 

「でもやっぱり、見た目って凄く大事だと思うニャン」

 

 うーん、喜んでくれるかと思ったのに。当てが外れたわ。

 

「どうするニャン、塩を撒くかニャン?」

 

「いや、でも味は悪くないのよ。……もう少し使い方考えるわ。せっかく買ったんだし」

 

「ボク、シルキちゃんのその貧乏性だけは直したほうがいいと感じるニャン」

 

「もったいない精神といって。じゃあコッチはどうよ。ほら、出てきなさい」

 

 と、腰のポーチのボタンに手をかけて蓋を開ければ、ヒョコリとチョコサイズの男の子が顔を出す。

 この子は、裏市場でレイスさんに譲ってもらった生き人形。机の上で踊ったり掃除したりと見ていて飽きないので、それなりに人気の商品なんだとか。こんな大きさでも生き人形なので、金貨七枚となかなかの品だ。この大きさでこの値段なら、あのジュエルドールは金貨何百枚分なんだろう。

 

「お、こっちは気に入ったみたいね」

 

「美系だからニャン。正直ニャン」

 

 さっきのナメクジとは打って変わって、チョコが生き人形に近寄ってきた。生き人形の方も怯える素振りもなく、目の前に立つチョコをジッと見つめている。

 お互い嫌がっている素振りはないから、コレは仲良くできそうね。そういえば生き人形って呼び辛いわね、名前つけないと。えーと、チョコの相棒(になるかもしれない)から。

 

「チョコ、この子はトリュフという名前の生き人形よ。一緒にいる相手の行動を見て学習するらしいから、お手本になるように頼むわね」

 

 そう紹介すれば、任せろという感じの視線を向けていた。私の言ってることをどこまで理解しているかは分からないけれど、とりあえず預けて大丈夫そうだ。

 家の中に戻っていくチョコとトリュフの姿を見送ってから、私とエンスも荷物を抱える。

 

「シルキちゃん、この甕はどうするニャン」

 

「それは其処に置いたままでいいわ。これから使うし、ひっくり返すと面倒だし。何しろ入ってるのスライムの酸だから、身体についたりすると火傷まではいかなくてもヒリヒリして痛いわよ」



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ロック鳥のボール

今回のアイテムのネタは、カド=フックベルグ様から拝借。ありがとうございました!

そしてなんとビックリ。この話、アイテム作りをメインと謳っているのに、肝心のアイテム作りは全話中半分もないんだぜ。

つまりはネタがないってことですね。ネタ下さい。活動報告にて待ってます。


 甕を抱えて、私は家の周りを一周する。どの辺りに置くのがベストかを検討した結果、畑やリンゴの木からも遠くて、万が一ひっくり返しても被害が出なそうな左側の角っこが良さそうなのでそこに置くことにした。

 

「うわ、この刺激臭、やっぱり好きになれないわね」

 

「臭いニャーン」

 

 蓋を外した途端にツンとくる独特の匂いにたまらず顔を顰めていると、後ろにいたエンスが匂いから逃げるように腰の辺りに顔を押し付けてくる。何でこの子、いつも私の服でやり過ごそうとするのかしら。家の中からハンカチでも持ってくればいいのに。

 さて、このスライムの酸は名前の通りスライムが吐いたり、倒したときに溢れた体液を集めたものだ。本来ならスライムはそれほど強くない魔物らしいのだけれど、ダンジョンの町にいるスライムはダンジョン内の豊富な魔力によってかなり強化されていて、冒険者泣かせの厄介な奴という位置づけにいるのだとか。

 で、厄介な奴となっている原因が、ここにある酸のせいだ。元々のスライムの体液は、変な匂いがする粘着性の液体であって、身体に付着しても害はないという。けれど、ダンジョン町の強化されたスライムの体液は、強い酸性の液体になっている。皮膚に付けばまるで日焼けしたかのような痛みを伴い、武器や防具によってはドロドロに溶ける……まではいかなくても劣化が早まって直ぐに使い物にならなくなるとか。買ったばかりの物を駄目にされたら、確かに膝から崩れ落ちるようなショックを受けるだろう。私なら少しの間立ち直れないかもしれない。

 

「臭いニャン。臭いニャン。シルキちゃん、こんな臭いのどうするニャン」

 

「臭いって連呼しないでよ。この酸は、コレを漬ける為に買ってきたの。コッチの方がお酢よりも酸度が高いから、早く仕上がるかと思ってね」

 

 エンスをしがみつかせたまま、取りに戻ったのはロック鳥の卵の殻。酸を跳ねさせないよう注意しながら沈めれば、直ぐにシュワシュワと小さな気泡が、殻から大量に作られる。

 

「アレ? せっかく買ってきたのに、ソレ入れちゃうニャン?」

 

「別にこの殻欲しさに買ったわけじゃないもの。そりゃ確かにこっちじゃ珍しい物だけれど、籠代わりなら他にも沢山あるわけだし。私が欲しいのは別の物よ」

 

 五日もすれば分かるから楽しみにしてなさいな、そう言ってから私は甕の蓋をしっかりと閉めた。

 

*  *  *

 

 朝と夕に蓋を開けて、様子を確認すること二日目。

 

「あら、もう溶けちゃってる。結構殻の厚みがあったから、もうちょっと日にちがかかるかと覚悟していたけれど、やっぱり酸度が高いと違うのね」

 

 私はその辺に転がっていた木の枝を使ってそれを掬い取ると、地下室から鍋を取ってきて水を張り、ソレを突っ込む。すると、ちょうどエンスがやってきたので見せてあげる事にした。

 

「ほらエンス、殻が溶けてくれて綺麗にコレだけが残ってくれたわ」

 

「あ! コレ卵の膜ニャン!」

 

 そう、私が材料にしようと考えていたのは卵殻膜の方。大きいから普通に剥がす事も出来るだろうけれど、それだと千切れる可能性があったから、殻だけを溶かしてくれる酸の液体に漬け込んでいたのだ。

 

「膜をどうするんだニャン?」

 

「まずは数日水に晒しておきましょ。変な臭いがするのも嫌だし。臭いが取れたら膜の強度を試してみて、普段使いが耐えられそうなら、色々作って売り出すわ」

 

 更に二日後。卵殻膜が無臭になったのを確認してから、水気を十分飛ばしてお店のカウンターへ持っていく。卵殻膜の他に脇に抱えているのは、貰った黒竜のナイフに靴職人さんから作ってもらった型紙、そしてコピアさんの店で買ってきたボロボロになったぬいぐるみ一体。

 コピアさんのお店って、本当に何でも扱ってるわよね。私的には、欲しいものを安く手に入れられたからよかったけれど。

 

「四六時中忙しいわけじゃないし、売り物でもないから暇を見て作っちゃいましょ」

 

「シルキちゃん、ボクも手伝うニャン。何をすればいいニャン」

 

「このぬいぐるみから綿を出してくれる? 綿を使いたいの」

 

「任せるニャン!」

 

 ニャンニャンと上機嫌で歌いながらぬいぐるみにナイフを突き立て、中から綿を引きずり出すエンスを横目で見ながら、私は卵殻膜に型紙を当てて型をとっていく。六枚ほど切ってからそれぞれを縫い合わせ、中にエンスが出してくれた綿と妖精の粉を詰めれば浮かぶ手作りボールの完成だ。軽くて浮かんでいるから、どんな子が投げても遠くに飛んでいってくれるので、遊ぶにはもってこいの品になっている。

 

「シルキちゃん、試さないのかニャン」

 

「この部屋で投げたら酷いことになるから勘弁して。遊びたいなら外で」

 

「おはようございます!」

 

「お母さんのおつかいできましたー!」

 

「ショール七まいです。おおさめ下さい!」

 

 遮るようにベルを鳴り響かせて、三人のちびっ子たちがお店に入ってきた。おっ、お隣さんの子どもたち。ちょうどいいタイミングで来てくれたわね。

 

「ありがとう、じゃあこれお金ね。お母さんに渡してね、ネコババは駄目よ?」

 

「しないよー。まっすぐ帰ってきなさいといわれたもん」

 

「そっかそっか。じゃあ後コレも上げる。いつもみたいに思いっきり遊んでちょうだい」

 

「あ、ボール!」

 

「遠くまでとんでくボールだ!!」

 

 ボールを見せた瞬間、子どもたちの目が輝きを増す。ここまで素直に喜んでくれると、私も上げたかいがあるというか。嬉しくなるわね。

 

「また色々試しているから、十日と一ヶ月くらいしたらどんな状態になっているか見せに来てくれる? その前に壊れたら、直ぐに持ってきてくれると助かるわ」

 

「いいよー!」

 

「じゃあ帰りまーす!」

 

「シルキお姉ちゃんありがとう!」

 

 キャッキャとはしゃぎながら、お隣さんの子どもたちは帰っていった。お姉ちゃん……いい響きだわ。でもあと何年するとそれがオバサンに変化するのか。それを考えるとちょっと怖い。

 

「丈夫そうだったら、膜で何を作るニャン?」

 

「そうねー、ポーチや背嚢辺りかしら。でも背嚢だと卵殻膜が足りないか」

 

 それに結構透けるから、難しいかな。でも行商人さん曰く変わった物を持っていると、それで話しかけられることによって商売のきっかけが出来たりするって言っていたから、ありか?

 

「とりあえず目標はポーチにしておこうかな。また職人さんにお願いして型紙と作り方教えてもらわないと」

 

「お金払うのかニャン?」

 

「いや、ユニコーンの水薬数個でなんとかなるんじゃない? あの人よく二日酔いで呻いてるの見かけるし」

 

 と、ポーチにするつもりでいたロック鳥の卵殻膜だったが。

 その後、子どもたちが遊んでいるのを見かけた行商人さんの希望によって、ボールのまま売り出すことになった。何でも子供の多い町とかに持っていくと、こういう『誰でも楽しく遊べる物』は売れるのだとか。うーん、そうくるか。




今回の話の為(?)にスケルトンエッグを作ってみたのですが、アレゲロマズですね。
人間の食うもんじゃねぇ。


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人魚の丸薬

チョコの狩り(虫取り)につきあわされ、ゲリラ兵と化したトリュフの話も入れたかったのですが、上手く捩じ込めず。
次回に回すことにします。


 店番中、お客さんが来なくて暇をしていた私は、ポケットから小さな小瓶を取り出して、砂時計のようにひっくり返しながら眺めていた。

 中にある粉末は瓶の動きに合わせて、砂のようにサラサラと動く。それにしても綺麗な赤だ。もうちょっとどす黒い色をしているかと思っていたけれど。これで砂時計を作ったら、案外人気がでるかもね。本来の使い方とはまったくかけ離れることになるけれど。

 

「シルキちゃん、何見てるんだニャン」

 

 背後からかけられたエンスの声で我に返る。自覚は無かったがそうとうぼんやりしていたみたい。

 振り返る前に、エンスが右側に立って覗き込んできた。

 

「綺麗な粉ニャン。シルキちゃん、砂時計を作るのかニャン?」

 

 うーん、やっぱり考えることは一緒みたいね。

 

「それも考えたけどね、需要は解らないけど値段が釣り合わなそうだから止めとくわ。コレで薬が作れたらって見てたのよ」

 

「コレお薬になるニャン?」

 

「そーよ。人魚の血液で、傷なら何でも治せるのが売り文句なんですって」

 

 私の言葉にエンスはますます解らないという顔をして、首を傾げる。

 

「でもシルキちゃんには、残っているような傷ないニャン。お客さんだって、シルキちゃんが作った傷薬で、だいたい何とかなるって言ってるニャン」

 

「自分が使うつもりで買ったんじゃないわよ。今まで大きな怪我なんてした事ないし。使いたい相手は別にいるわ」

 

「えー? そんな知り合いいたかニャン?」

 

「いるわよ、目の前に」

 

 可愛らしい顔で見上げてくるエンスの頭をグリグリと撫でる。そう、この薬はエンスの為に買ってみたのだ。

 エンスとは二年前、わぁわぁ騒ぎながら川に流されたのを助けて以来一緒に生活している。もうちょっと詳細に語るのならば、私がダンジョンの町へ買い物に行く途中、乗物酔いが限界突破し我慢出来ずに盛大に吐いてしまい、体調を整える為に川辺で休んでいる時に大声で助けを求めながらエンスが流されていたのだ。私の体調がだいぶ回復したことと、御者をやっていた人が親切で助けるのを手伝ってくれていなければ、エンスはここにいることはおろか、生きていたかも解らない。

 御者の人が馬を繋ぐロープを川に投げてくれたお陰で、引っ張り上げることができた時、エンスは長い事水に浸かっていたのか、随分と冷えていて。焼け石に水状態なのは分かっていたけれど、ポタポタと全身から雫を垂らしている姿があんまりにも見ていられないモノだったので持っていたハンカチで拭いていたら、大泣きしながらエンスがしがみついてきた。心境を酌んで黙って落ち着くまで撫でていたけれど、服がじんわりと濡れていく感触にゲッと思ったのは誰にも言っていない秘密だったりする。

 その後親切な御者の人が防寒用の毛布を持ってきてくれたのでエンスを包み、助けた手前落ち着くまでは面倒を見ようと、もう一人分の料金を払って一緒に連れてきたのだ。以来エンスは帰りたがる素振りを全く見せずに、住み着いて家事全般をやってくれている。エンス曰く、溺れないように顔を上げているのが精一杯で帰る道を覚えていないのと、ここの方が仕事が少なくて楽(何でも流される前にいた妖精の国では、大きなお城のフットマンとして雑用は何でもやっていたの)だとか。

 私としても、道具の作成に加えて掃除に料理と一人でやっていた時に比べれば自由な時間を持つことができているので、居てもらえるのならばずっと居てもらいたいくらいだから問題はないのだけれど。

 と、そんな感じですっかり元気になったエンスだけれど、やはり川に流された出来事は心に影響を及ぼしている。前脚が濡れる程度はまだ我慢できるようだけれど、身体や顔が濡れるのはひどく嫌がり、洗濯等をする時は不釣り合いなほどの大きなエプロンを着ないと駄目。加えて寝ていると夢に見るのか、たまにだけれど苦しそうな顔をしながら脚をバタバタ動かしたりしている。気付いた時は起こしているけれど、私が知らないまま魘されて目を覚ます事だってあるはずだ。それを癒やすことができたなら、と何度想像したことか。

 

「売っていた商人さんの言葉を信じるなら、心の傷だって治せるでしょ?」

 

「でも見えない傷ニャン。どうやって治すニャン」

 

「そこなのよねー。でも、トラウマを治すのに使えそうな道具を買ってみたから、試してみる価値はあるでしょ? 私はエンスをお風呂に入れて、フワフワになったお腹に顔を突っ込む夢は諦めていないわよ」

 

「シルキちゃん、それニャンだけれど」

 

「お二人さん、こんにちは。雷帝の抱擁が欲しいんだけれど」

 

「いらっしゃいませ、雷帝の抱擁ですね。お幾つですか?」

 

 お客さんが来たので会話を打ち切り、接客に集中する。それからはポツポツと人がやってきたので、話題は再開されることなくその日は終わった。

 

*  *  *

 

 あれから数日後。ユニコーンの水薬を作り終えたら時間が余ったので、人魚の粉末の薬も作ってみることにした。

 天秤を用意して、人魚の血の粉末を量る。コレってどれくらいの量がいるのかしら。エンスの身長は子供くらいだからそれを考慮するとうーん。

 悩みながら結局参考にしたのは、ユニコーンの粉末だ。これで効くだろうと思われる量を用意して、次に引っ張り出したのはドラゴンの角の欠片。

 ユニコーンの角が病気や毒に有効なのに対し、ドラゴンの角は呪いに有効だ。粉にして飲めば、その魔力の高さから大抵の呪いは解呪できるし、ある程度の大きさの物を身に着けていれば呪いを跳ね返すお守りになってくれる。

 なので貴重品にもかかわらず、お金持ちやレベルの高い冒険者たちはドラゴンの角を欲しがって、手に入れたらアクセサリーにして持っている。正直呪われることなんて滅多にないから飲んだ方が安上がりなんだけれど、ドラゴンの角の粉末は吐き出したくなる程の苦い物なので、大体の人はそれを飲むくらいならとアクセサリーを選ぶというワケ。お陰で欠片はユニコーンの角同様、私でも手の届く値段で手に入るんだけれどね。

 

「さて味は……ヴォェ」

 

 確認の為に小指に少量とって舐めてみると、思わず声が出てしまった。うーん、この苦さ。とってもじゃないけれど、そのままじゃエンス飲めないわ。味を和らげるとなると……。

 悩んだ末、上からとってきたのはステビアの粉末。畑に植えているハーブの一つで、独特の甘味を持っている。砂糖よりもずっと甘いから、これならそんなに量を増やすことなく味を変えることが出来るはず。

 三回味見をすると、何とか飲み込める程度の苦さになってくれたので粉末を加えて混ぜ合わせる。これで完成と言いたいところだけれど、エンスは粉薬を飲むのが苦手だ。マタタビの粉末も、よく鼻息で吹き飛ばしちゃうし。

 なので薬を小皿に移し、スポイトを使って水を数滴垂らしながら捏ね上げていく。すると、丸められるくらいの粘度になったので形を整えれば、なんちゃって丸薬の出来上がりになる。

 

「よしっ、これでエンスも飲めるわね。後は乾かない内に飲ませちゃいましょ」

 

*  *  *

 

「ハイ、エンス。この前言ってたトラウマが治るかもしれない薬を作ってみたの。飲んでみて」

 

 パンとサラダの朝食をすませた後、私はさっき作った人魚の薬と乳白色の液体が入ったコップをエンスに渡す。

 

「もう作ったのかニャン。って、この飲み物は? 牛乳じゃ無いニャン」

 

「バンシーの涙っていう水薬よ。飲むと涙が出るんですって。ほら、嫌なこととか悲しいこととかがあると、泣いてスッキリすることがあるでしょ? だから人魚の薬を飲んで泣いたら、トラウマも消えるんじゃないかなって」

 

「その言い方だと、試してないニャンね」

 

「私はトラウマができるような悲劇の人生送ってないからね。でも、エンスが飲めるように味見はしてみたから。飲んでみて」

 

 半信半疑という顔をしながらも、とりあえずエンスは薬を飲んでくれた。そして直ぐに渋い顔をする。

 

「変な味ニャン!」

 

「しょうがないでしょ、ドラゴンの角が入っているんだから。それでも、飲めるようにって努力したのよ」

 

 そんなやりとりをして数分後。効果が現れた。エンスの両眼からポロポロと涙が溢れ始めたのだ。ハンカチを渡そうとすると、ブンブンと首を振ってからしがみついてくる。

 

「ちょ、エンス。服が濡れ」

 

「シ、シルキちゃん。ボク、怖かったんだニャン! 大っきな声で助けてって叫んでも、誰も来てくれないし、口を開けるたびに水が入ってきて苦しかったニャン!」

 

(……水を差すのはやめておこう)

 

「その内に身体も冷たくなって、前脚も思うように動かなくなって。ボク、死んじゃうんだって思ってたニャン。だからシルキちゃん達がロープ投げて引っ張ってくれて、陸に上げてもらって助かったのを実感した時、生きてるんだって嬉しくて嬉しくて……。シルキちゃーん、助けてくれてありがとうニャァァァァン!!」

 

*  *  *

 

「落ち着いた?」

 

「ニャン。スッキリしたニャン」

 

 あれから十分ほどエンスは泣き続け、しゃくりあげる頻度が緩やかになった頃を見計い、私は部屋で着替えてきた。戻ってくるといたのは何時もの調子のエンス。あれだけ泣いても目元とかが腫れてないなんて。やっぱり魔法薬は違うわね。

 

「どう? トラウマは克服した感じ?」

 

「多分。思い出しても、前みたいに怖くはないニャン」

 

 よし、目論見は成功したみたいね。なら―――!

 

「そう、じゃあお風呂に」

 

「入らないニャン!」

 

「はぁ、何でぇ!?」

 

 速攻で断られて、大きな声を上げてしまう。トラウマ克服して、濡れるの平気になったんじゃないの!?

 

「溺れる前から、お風呂好きじゃないニャン! ボクだけじゃなくて、ケット・シー族はだいたいお風呂好きじゃないニャン。猫だからしょうがないニャン」

 

「普段は猫扱いすると不機嫌になるクセに……」

 

「それはそれ、これはこれニャン。でもシルキちゃんは命の恩人だから、何時でもお腹撫でていいニャン。モフモフするニャーン!」

 

 叫ぶなりエンスは、仰向けに寝転がって大の字になる。脱力しながら顔を埋めて撫でていると、ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてきた。

 私を命の恩人だと思っているなら、一回くらい願望を叶えてくれてもいいのに。

 でもまぁ、大切な同居猫だ。これ以上夢に魘されることがなくなったのだから、それで良しとしておこう。うん。



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休日の過ごし方

第一部、完!!(大嘘)

でも、50話くらいまでには上手く纏めて終わらせたいですね。


 今日は定休日。お客さんの入り用によっては暇な時間が出来てゴロゴロできるから必要ないような気がするのだけれど、やっぱり休みは欲しいから、十日に一度の割合でお店は閉めている。どうしてもということで対応する事はあるが、お医者様や産婆さんと違って命に関わるわけではないから、そんな事は基本的に稀と言ってもいい。今回ものんびりとした休日を過ごせるハズだったんだけれど。

 

「ねーシーちゃん、構って構ってよー。退屈ー」

 

「煩いわねぇ。そう言うから、こうやってポーチに入れて話し相手になってやってるじゃない。干し終わったらちゃんと向き合ってあげるから、それまで待っててよ」

 

 地下室の端に紐を通し、其処にハンカチを干す。勿論コレは以前作ったことのある、マンドラゴラのエキスが詰まったワインで染めたハンカチだ。三日後に舞踏会があるとかで、夕方のほうき便までに乾いてくれるかしら。単価が高いのはいいんだけれど、このハンカチは効果が一週間しか保たないから作り溜めできないのが残念よね。

 そして私の腰のポーチに収まってやいやい騒がしくしているのは、ワイン浴をさせていたマンドラゴラ。大抵は酔っ払うと予言というもおこがましい、いい加減な占いもどきを口にしてそのまま眠るんだけれど、たまに喋り上戸というか、話し相手になれなれと煩くなる時があるのだ。

 

「おし、これで陰干し終わり!」

 

 二十枚程のシルクハンカチを干し終えて手を軽く叩く。そして作業所の椅子に座ってから、半分ほど身体を出していたマンドラゴラを机に置いてやる。

 

「で、何を構えって?」

 

「何でもいいよー。お話ししよー」

 

 そうは言うものの、基本的にマンドラゴラってお酒に漬けた時は意識があるけど、それ以外は冬眠というか意識が無い状態だから最近のこと話しても、噛み合わないのよね。どうしよう……あ、そうだ。

 

「そういえば、アンタの占いこの前大当たりだったわよ。ラッキーアイテムのトウモロコシで、高級アイテムが手に入るってヤツ」

 

「ふふん、そうでしょそうでしょ。私凄いんだから。何でもお見通しなんだよー」

 

「フーン、じゃあエンスの緑チョークで手に入る高級アイテムってどんなの?」

 

「えー? そんなの言ったっけー?」

 

「言ったわよ。憶えているもの」

 

「記憶にございませーん」

 

 まったく。都合のいい事。それから十五分も喋っていると、マンドラゴラの声が小さく途切れ途切れになってきた。

 

「ほら、無理して起きてないで寝ちゃいなさい」

 

「ううー、シーちゃん。またお話ししようね。おやすみなさーい」

 

 マンドラゴラ用に使っているシルクのハンカチでクルクルと包んでやると、グゥグゥと寝息が聞こえてきた。これで一つ仕事が片付いたわ。

 ハンカチを抱えて、一階に上る。厨房にある棚にマンドラゴラをしまってから、お店の方に向かう。そういえば朝食以来、エンスを見ていない。洗濯物は終わったかな?

 お店の方にエンスはいた。日が当たってちょうどいい温もりなんだろう。カウンターの上で丸くなって眠っている。落ちないとは思うけれど、一応声は掛けておこうか。

 

「エンス。気持ちいいのは分かるけれど、危ないから別の場所で寝たほうがいいわよ」

 

 背中を撫でながら囁くと、返事の代わりに尻尾を揺らして鈴を鳴らす。イエスかノーか。当然、私には分かるわけがない。

 

「リンリン音立てても何言ってるか分かんないわ。ホラ、落ちると悪いから別の場所行きなさい」

 

「うーん、シルキちゃんに運んで欲しいニャーン」

 

 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、エンスはそんな事を言ってきた。勿論目は瞑ったまま。コイツめ。すっかりお休みモードに突入か。かと言ってこのままにしておくのも何だし。仕方がない。

 私は一度二階に行き、クローゼットの中からエンスのシーツに使おうと思っていたタオルを取ってくると、それでエンスを包んで抱き上げる。

 

「ニャーン、シルキちゃん何するニャン」

 

「何って運んでるのよ。ついでに寝床のシーツも新しいのに変えてあげる」

 

「やだニャンやだニャン。シルキちゃん、ボクのこともっと大事に扱うニャン」

 

「嫌ーよ。着替えたばっかりの服、毛だらけにしたくないもの。あ、コラ暴れないの。落っことしちゃうでしょ」

 

 初めはモゾモゾと蠢いていたエンスだったが眠気には勝てなかったらしく、十数秒でゴロゴロと大人しくなった。ベッド代わりにしている大きい木箱に着いたら、宣言通り中のシーツを交換してやる。この毛の量は叩いても、簡単には落ちそうにないわね。かと言ってそのまま捨てるのは勿体無い気がする。灰にして、リンゴの木の肥料にでもするのが一番納得できる方法かな。

 時間もある事だし庭の隅で燃やしてしまおうかと外に出ると、畑の方で身を低くしながらゆっくりと歩いているチョコを発見した。トリュフに至っては匍匐前進している。完全にチョコの兵隊と化しているわね。生き人形ってのはどちらかと言うと観賞目的で作られるモノで、こんな肉体労働をする事はないのだけれど……。トリュフはチョコについていくのを嫌がる素振りは無さそうだからとやかく言うことはしないでおく。元々チョコの友達というか相棒のつもりで買ったわけだし、本人たちが納得しての行動なら問題ないし。

 それにしてもアラクネは基本は大人しい魔物なハズなのに、チョコはかなり積極的だ。まぁ、狂暴かと問われれば違うと答えられるけれど。この虫取りひょっとしてコピアさんが仕込んだのかな。

 やがて、チョコたちの動きがピタリと止まる。ここからじゃ見えないが、虫を見つけたのだろう。その間に火をつけようと「消えない松明」を取りに行き、戻ってくると既に狩りは終わったらしい。目が合うとどうだ! とばかりに得意げな顔で走り寄ってきて、糸や針を使って仕留めた数匹のバッタを見せられた。害虫を退治してくれるなら何よりだ。

 

「凄いわね。ありがとう」と言えば早速チョコは食事を始め、トリュフはその場に座って食事風景を眺めている。

 二人を踏まないように足元に注意しながら、私はシーツに「消えない松明」を押し付けて火をつける。パチパチと燃えるシーツを確認してから

 とりあえずこれで、今日やらないといけないことは終わり。後は夕方のほうき便に、ハンカチ届けてもらうのを忘れないようにしないと。

 それまでは何をやろうかな。食糧店で美味しそうなチーズやベーコン、ワインを物色してもいいしエンスのリボンを新調するのも悪くない。牛乳に蜂蜜混ぜたモノでも飲みながら、午後からの事を考えようっと。



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幼馴染がやってきた

アンケートを設置してますので、答えてもらえると嬉しいです。


 長かった夕方が、ちょっとずつ短くなり始めた秋。もう少しで日が沈むという時刻に、私とエンスは明日エンスの尻尾に結ぶリボンの色を話し合っていた。

 

「エンスー。明日は紫色じゃなくて、こっちのオレンジ色のにしたら? 最近寒色系が続いているし」

 

「でも寒くなってくる時期に、あんまり明るい色だとチグハグな気がするんだニャン。それにボク、明るい色より暗い色の方が好きだニャン」

 

「うーん」

 

 箱に仕舞い込んでいたリボンを取り出して、ああでもないこうでもないと話し合う。とはいえ、エンスの尻尾のリボンはそんなに重要な用事ではない。ただ単に閉店間際でお客さんが来ないので、暇を持て余しているだけなのだ。

 結局エンスの希望通り、明日のリボンは紫色になった。

 余談だけれど、エンスのリボンは首輪の代わりみたいなモノだったりする。ダンジョンにも妖精はいるけれど、アレらは意思疎通が出来ないしそもそも友好的でもない。対してエンスみたいに妖精の国や町にいる妖精は、会話もできるし懐けば私の家みたいに住み着いて生活の手伝いをしてくれる。

 でも、基本的にそういう妖精は自分の住処から出るのは稀だ。だから珍しがられて、声を掛けられることはしょっちゅうだった。

 なので尻尾に鈴付きのリボンを結ぶことにしたのだ。こうすれば飼い主というか、主人がいるということが分かる。エンスくらいの大きさになると、首輪のサイズを見つけるのも大変だし、そもそも「猫じゃないニャン!」ってつけてくれないからね。

 以来、しつこい声掛けはなくなった。一回だけ誘拐されそうになったけれど、猫の身体能力を使って本気で逃げ出せば、誰だって追いつくことなんかできないので問題はないし。

 カウンターに商品のように並べられたリボンを片付けている間、お客さんがくる気配も皆無だったからちょっと早いけれど店を閉めてしまおうかな、と考えていたら。

 

「やっほーシルキ。買い物にきたよ!」

 

 扉のベルを大きく鳴らしながら、幼馴染が入ってきた。

 

*  *  *

 

「あ、ステリアちゃん十日ぶり。買い物って……もう無くなったの?」

 

 彼女の姿を見た途端、つい渋顔になってしまう。今やってきたのはステリアちゃんという私の幼馴染で村唯一の狩人だ。普段は鳥や兎を獲っているけれど、頼まれれば鹿や猪、狼や熊まで仕留める凄腕だったりする。勿論、弓や鉈だけで熊に挑むのは無謀もいいところだけれど、彼女は魔術を使うことができる(しかも強い)ので問題はない。猟師なんかよりも冒険者として生活したほうが間違いなく稼げると思うのだけれど、ステリアちゃん曰く「ここのヨーグルトが毎日食べられなくなる生活なんて送りたくない」とのこと。まぁ、ここの乳製品は美味しいからね、気持ちは分かるわ。

 

「なんでそんなに嫌な顔するのさ。上客がきたんだ、もっと嬉しそうな顔しなって」

 

「だってステリアちゃん、雷帝の抱擁あるだけ買っていくでしょ。アレなくなる度に、私は体を張って効果を確認しなきゃだから曇り顔にもなるわよ」

 

 基本的にお客さんには失礼な言葉や態度は出さないようにと気を配っているけれど、ステリアちゃんに対しては幼馴染という気安さもあって、つい素を出してしまう。

 というか、文句を言うくらいは許されてもいいかもしれない。何しろステリアちゃんはさっき口に出したように、雷帝の抱擁を「便利」と全て買っていってしまうのだ。最近ようやくお店にくる行商人さん全員に行き渡り、これで痺れる二分間から開放されるかと思っていたのに。ダメージは無いけれど、あの痺れは結構キツイのよ。

 

「まぁ、売らないってことはしないけれど。とりあえず今回は八個でいい?」

 

「随分と少なくないかい? この前アタシが全部買って、補充したんじゃないっけ」

 

「いや、コレ作るのにちょっと時間かかるから、全部ステリアちゃんに売るわけにはいかないのよ。作っている間に他のお客さんから欲しいって言われても困るし。その代わり今回作るときにステリアちゃんが欲しい数作るから。幾つ欲しいの?」

 

「そうだねぇ……可能なら二十以上は欲しいかな」

 

「そんなに使うの?」

 

「だってこれから冬に向かうだろ? そうすると猪や熊の駆除の依頼が増えるんだよ。普通に魔術を使って狩ってもいいんだけれど、そうすると毛皮に焦げや傷がついたりして買取価格が下がったりしちまうからね。シルキの作った玉なら、傷つけることなく動きを制限することができるから、値段がそんなに下がることがなくて助かるんだ。頼むよ」

 

「まぁ、そういうことなら」

 

 お金に関わることなら仕方がない。誰だって少しでも儲けたいわけだし。あ、でも作るときに欲しい数が分かるのはいいかも。今度から事前に欲しい数を聞いて、作ろうかな。

 結局作る数は四十になった。材料は……ギリギリ足りるかな?

 今度まだコピアさんのお店に行って買ってこないと。あの絨毯を貰ってから、格段にダンジョンの町に行きやすくなったから、本当に楽になってくれたわ。絨毯様々ね。

 そんな感じでやりとりをして、いざ支払いと言う時にお金が足りないという事実が発覚した。この数だと金貨が必要になるからね。

 

「どうする? 取りに戻るなら待ってるけど?」

 

 ちょっと考え込んでから、ステリアちゃんは「じゃあコレと交換とか。どう?」と持っていたウズラを二羽出してきた。丸々としていて絶対に美味しいやつだ。悪い取り引きじゃないわね。

 

「血抜きと内臓は全部取り出してあるよ」

 

「どうせなら羽根も毟っておいてほしかったけれど……そこまで言うのは贅沢か。エンス、お願いしていい?」

 

「任せるニャン!」

 

 受け取るとエンスは鍋を片手に、羽根を毟るために外へ出ていった。おーおー、尻尾立てて興奮しちゃって。でもあれだけ気合入れているなら美味しいもの作ってくれるわね。今日は流石に無理だろうけれど、明日の夕飯はウズラの丸焼きかな。

 

「それで、いつ出来そうだい?」

 

「一週間くらい見てもらえる? 雷帝の抱擁は最低でも五日かかるし量も多いから。もうちょっと遅くなるようだったら、連絡するわ」

 

「それぐらいなら今ある数で、ギリギリ間に合うかな。頼んだよ」

 

「了ー解。あ、そうだステリアちゃん。冬になったらなんだけれど」

 

「何時ものアレだろ? ちゃんと取っておくよ。世話になっているし、処理込みでね」

 

「ありがとう。助かるわー」

 

 覚えていてくれたようで安心していると、チョコとトリュフがカウンターにやってきた。ステリアちゃんを見た途端、凝視しだす二人に首を傾げる。

 

「シルキ、新しいの増えた? てか、なんでアタシはこんなにガン見されてるんだい? そんなに珍しい格好というわけでもないと思うんだけれど」

 

「あー、多分弓とか狩猟の服が珍しいんだと思う。この子達に畑の虫取りお願いしているから、参考にしようと思ってるんじゃないかな」

 

「ふーん。じゃあ、もっとコッチにおいで。せっかくなんだから、よく見ておきな」

 

 ステリアちゃんが手を出せば、二人は素直に掌に飛び移る。そのまま肩にまで持ち上げられると、興味津々といった様子でアチコチ移動しながら眺める姿に、私とステリアちゃんは微笑ましい気持ちで眺めていた。



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花の砂糖水 一

アンケートは正月くらいまで設置しているので、よろしくお願いします。

余談ですがこの小説に出てくるキャラのAPP値は

APP21(チート級)フェルクス&ザベル
APP18 エンス&トリュフ
APP16 コピア&ステリア
APP15 マクナベティル
APP14 チョコ&アフィア
APP12 シルキ
APP11 レイス

というイメージです。別に主人公が低いわけではないのですが、周りが高すぎるという


「へぇ、面白い効果だね。シルキちゃん、こんなのも作っているんだ」

 

「エヘエヘ、まぁ。作ってみたのは最近で、お店で初めて出したお客さんも、フェルクスさんが初めてなんでふへれど」

 

 なんだか変な言葉遣いになっている気がしないでもないけれど、意識しても直りそうにないから放っておくことにした。多少言動がおかしくても、フェルクスさんはそんな相手見慣れているだろうし。

 

「んー、でもコレはありがたいな。蜂蜜も入っているなら喉にもいいだろうし。この効果も、ボクたちみたいに話でお金を貰う商売をしている人間にはピッタリだよ」

 

「んひぃ、フェルクスさんに褒めてもらえて恐縮です」

 

 気分は完全に舞い上がっていた。その後は締まりのない顔をしたり、動きが不審な物になる度にエンスが背後から突いてくれたおかげで、なんとか普通に売買のやり取りができたけれど。本当、よくできた子だわ。

 

「それじゃあまた。シルキちゃん、面白い品を作ったら教えてね」

 

「はい、また。ご歓談下さい!」

 

 手にスッポリ収まる瓶を持って、フェルクスさんは出ていった。扉を開けっ放しにして見送って、完全に姿が見えなくなってからようやく閉めてお店に戻る。ほぅ、と息を吐けば、興奮していたせいか吐く息まで熱を持ってるような気がした。

 

「エンス、どうしよう。あのフェルクスさん凄く破壊力持ってるわ。ただでさえおそろしく顔が整っているのに、あんな効果までついたら本当に物語に出てくる王子様そのものよ。いや、もう実在する天使様でもいいわ。その内フェルクスさんを見て死ぬ人がでるかもしれない」

 

「シルキちゃんがそう思うなら、もうそれでいいと思うニャン」

 

 どうやらツッコム気すらわかないみたいだ。その後しばらくフェルクスさんを讃える言葉を口にしていると、可哀想な人を見るような目をしながらエンスが口を開く。

 

「シルキちゃん、そんなにフェルクスさんの事が好きなら好きですって言ったらどうニャン。歳の差二倍くらいあるけれど」

 

「いや、私は別にフェルクスさんといい仲になりたいわけじゃないのよ。あの人は私の理想というか憧れの王子様というか。すぐ近くで見ていられるだけで充分だから、これ以上距離をどうこうって気はないわ。というか、私程度じゃ恋人なんて無理よ」

 

「そうなのかニャン?」

 

「うん。けどフェルクスさんが結婚したりしたら、一日か二日は泣いて使い物にならない自覚はあるわね」

 

「面倒くさいニャーン」

 

 欠伸をしながら隣に寄り添ってきたエンスの喉元を撫でておく。けれど、まさかアレが売り物になるなんてねぇ。

 ゴロゴロという喉の音を聞きながら思い返す。今回フェルクスさんに売った物は、私たちだけで使おうと考えていた調味料。売り物にする気はなく、寧ろ材料が材料なだけに売れるとは想像もしていなかった。

 けれど予想外の効果があり、フェルクスさんがその効果をえらく面白がったのだ。使ったのは就寝前で、その時に効果に気づいたけれどまさか半日近く持つなんてね。

 

「ところでシルキちゃん、今度からアレ売るのかニャン?」

 

「試しに置いても損はないかもね。とはいえ、売るとしたら注意書きはしとかないとかな。知らなかったなんて文句言われても困るし」

 

 そんなやり取りをしながら奥の方に戻ろうとしたら、再び扉が開いた。フェルクスさんが買い忘れでもして戻ってきてくれたのかと顔を綻ばせるが。

 

「よぉ、シルキ。邪魔するぜ」

 

「お、お邪魔します!」

 

 入ってきたのは顔の良さならフェルクスさんに引けを取らないザベル様に、ええと天使ちゃん……名前何だっけ? の二人だった。

 

「アレ、ザベル様? どうしたんですか、こんな所まで。王都からこの村まで馬車で一日以上かかりますよ。宮廷騎士のお仕事はいいんですか?」

 

「もう一本剣を作ろうと思ってな。レイスに頼んだら四日かかると言われたから、コッチにも来た。前回食べた食事は悪くなかったし、天使がもう一度エンスに会いたいって言ってたからな。宮廷騎士は休みだ。討伐依頼や外交の護衛があれば別だが、魔王がいた時代と違うからそこまで忙しくはねぇよ」

 

「でもダンジョンの町からでも、馬車でくればかなりの時間がかかるでしょうに」

 

「絨毯に乗れば二時間ちょっとだろ」

 

 いや、四時間くらいはかかりますよ。二時間って、マクナベティルさんのアキュニスちゃんくらいの速さなんだけれど。よく泣かなかったわね、天使ちゃん。

 

「ん、この匂い……蘭か?」

 

 スン、と鼻を鳴らしてザベル様が訊ねてきた。よくご存知で、と答えれば香水のお陰で花の匂いには詳しいんだとか。

 

「付けてる匂いを当ててやれば、喜んで色々と便宜を図ってくれるからな。努力して覚えたぜ」

 

 うわぁ、悪い顔してるなぁ。

 

「しかし香水にしちゃ匂いが薄いな。生花があるわけでもなさそうだし」

 

 不思議そうな顔をしながらも、ザベル様の興味はそこまでだったようだ。コッチへ向き直ると、また変わった物を作ったかと質問される。変わった物と言えば……人魚の丸薬か。一応、報告した方がいいのかな?

 

*  *  *

 

 シルキとザベルが話し始めた姿を見て、エンスは首を傾げた。先程ザベルは、この村での食事が気に入ったと言っていた。王都で貴族や富裕層相手に腕を振るうコックに敵うとは思っていないが、美味しいと言ってくれたのなら前回同様、昼食をご馳走したほうがいいのか。それを確認したいのだが、二人は自分の視線に気づいてくれそうにない。どうしようかと悩んでいると、背中をスルリと撫でられた。

 振り返れば、ザベルの腰にしがみついていた少女が立っていた。以前ダンジョンの町でちらりと見たが、名前までは覚えていない。なんとか思い出そうと首を捻っていると、察した向こうが「アフィアです。七歳です!」と自己紹介してきた。

 

「えっと、アフィアちゃん。ボクに何か用かニャン」

 

「妖精さん、可愛い!」

 

 アフィアの言葉に、エンスは僅かに警戒した。「可愛い」という言葉は、エンスにとっては挨拶の一種のようなものになっている。実際シルキは毎日のように「エンスは本当に可愛い顔してるわねー」と言いながら撫でてくるし、村に買い物に行けば「可愛いから」とオマケしてもらうのもしょっちゅうだ。

 だが、エンスにとって「可愛い」は時にマイナス要素になることもある。ケット・シーの国にいた時、必要以上に仕事をしていたのは城のお姫様に「可愛い」から気に入られ「エンスにして欲しい」とちょくちょく用事を言いつけられていたからだ。極めつけは川に落ちて流された時のこと。

 

『エンス、あの花が欲しいニャン。取ってきてニャン』

 

 空の木に咲いていた花が欲しいと言われ、その結果足を滑らせた原因は、お姫様の我儘だった。だから、お金持ちのお嬢様の口から発せられる「可愛い」は苦手だ。無茶を言われるんじゃないかと身構えてしまうが。

 

「妖精さん、ギュってしてもいいですか?」

 

 アフィアのおねだりは、それほど無茶な要求ではなかった。緊張しつつも頷けば、エンスはギュウと抱きしめられる。

 

「凄い、妖精さん温かくてフワフワです!!」

 

 そのままスリスリと頬ずりされた。同じような背丈なので彼女の頬が顔に当たるのだが、向こうは特に気にした様子はない。しばらく抱きつかれているとアフィアは満足したのか「ありがとうございました」と離れて頭を下げてくる。コレ以上何かを要求してくることはなさそうだ。お金持ちとは言っても人を相手にして財を成した商人、王族とは違ってそれほど我儘に振る舞っていいという教育はされていないのかもしれない。

 

「アフィアちゃん」

 

「はい、妖精さん」

 

「ボクの事はエンスって呼んでいいニャン」

 

 言いながら、エンスは再びシルキたちの方を見た。今はシルキが赤い粉が入った小瓶をザベルに渡しながら、身振り手振りを交えて話をしている。やはり自分が二人を見ていることに気がついていない。

 

(やっぱりボクが、アフィアちゃんを相手をした方がいいみたいだニャン)

 

「アフィアちゃん、お腹空かないかニャン? ボクでよければ何か作るニャンよ」

 

「本当ですか!? じゃあエンスさん、私甘い物が食べたいです」



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花の砂糖水 二(焼きリンゴ添え)

ちょっと読みにくい箇所があるかもしれないですが我慢して読んでやって下さい。

後、遅くなりましたがアンケートありがとうございました。個人的には猫好きゆえ、エンスがぶっちぎりの一位になると思っていたので、シルキが一番票を獲得したのがちょっと意外でした。
あまり特徴のない主人公ですが、気に入ってもらえて嬉しいです。
とりあえずアンケート結果を参考にしつつ、キャラの出番を増やしたりしたいと思います。


 アフィアを後ろに従えて、エンスは台所へとやってきた。中に入ってからくるりと振り返り、質問をする。

 

「甘い物なら、何が一番好きなんだニャン?」

 

 ゆらゆらと揺れるシッポを目で追っていたアフィアだったが、声を掛けられて我に返ると大きな声で答えた。

 

「私、トルテが大好きです!」

 

「ニャーン、トルテ……」

 

 直ぐに頭に思い浮かべたのは、キルシュトルテ。お城のお姫様が大好きで、何度も運ばされたお菓子だ。コックが作っている様子も何度も見ているので、何となくだが作り方も分っている。

 だが、菓子は料理と違って「何となく覚えている」では作れない。ちょっとでも分量を間違えれば、生地が膨らまなかったり柔らかくならなかったりする。トルテが好きだと言うくらいだから、普段からよく食べているのだろう。そんな相手にうろ覚えで作る菓子など出せない。

 加えて材料も揃ってなければ、作る時間もそこまで確保できない。リクエストに応えるのは諦めることにする。

 

(聞かなかった事にするニャン)

 

 エンスはそのまま何事もなかったかのように、小氷室と呼んでいる木の箱を開く。二段の箱の中にはブリキの板が貼られていて、上の段に氷を置いておけば、下の段に置かれている食物を冷やしたり保存ができる優れ物だ。村にはあちこちから水が湧き出ているので、魔術師としても優秀なステリアに銀貨八枚払えば一月に何度でも氷を作ってくれるし、更に四枚追加すれば家まで届けてくれる為、村人の何割かはステリアに氷の製造を頼んでいるとか(魔術を使える者は、自分で作っているらしい。とはいえ、商売できる程の魔力を持っているのはステリアくらいだが)。

 

「ニャーン」

 

 根野菜や肉など、色々収まっているが菓子作りに使えそうな材料に限定すれば、あるのはカスタードクリームとチーズだ。後はテーブルに置かれているリンゴ。コレらを使ってできるお菓子というと。

 

「アップルパイニャン?」

 

 コテリと首を傾げながら自問自答してみる。これならシルキと一緒に何度か作っているので、失敗することはないだろう。だが、アップルパイならアフィアも何度も口にしているハズ。それも、プロが作ったモノを。敵わないとは分かっているが、やっぱり比べられるのはいい気分ではない。どうせなら、余り食べたことのないようなモノ―――。

 

(閃いたニャン!)

 

 その時、エンスにある菓子が浮かび上がった。此処にある材料を使って、なおかつお金持ちのお嬢様がまず食べないようなモノが。

 

「アフィアちゃん、トルテはちょっと無理だけれど、代わりにリンゴを使ったおやつを作るニャン」

 

「アップルパイですか!? 私、パイも大好きです」

 

「違うニャン。ボクが作るのは」

 

「焼きリンゴニャン!」

 

*  *  *

 

「まずは、ヘタの周りをくり抜くニャン」

 

 何時もはシルキが使っている椅子にアフィアを座らせると、エンスは自分の椅子を隣に置いてテーブルに上がっていたリンゴを手に取り、ナイフで円を描くようにしてヘタの周りを切り取っていく。あっという間にテーブルに置かれていたモノと持ってきたモノ、計四個のリンゴが綺麗にくり抜かれた。

 

「凄い、次はどうするんですか?」

 

「今度はスプーンを使って、芯を取り出すニャン。危なくないからアフィアちゃんもするかニャン?」

 

「はい、やります!」

 

 エンスからスープ用のスプーンを受け取ったアフィアは、手近にあったリンゴを手に取ると慎重な手付きで先端を芯の周りに埋め込み、芯を掻き出すようにして取り除いていく。

 

「底まで掘らないように気をつけてニャン。でも、塞ぐ事は出来るから、心配しなくても大丈夫ニャン」

 

「合点承知、こんな感じでいいですか?」

 

「それで問題ないニャン」

 

 底は抜けることなく、無事に四個のリンゴの芯がくり抜かれる。アフィアが身を乗り出し、真ん中が大きくくり抜かれたリンゴを覗き込むようにして見ていると、エンスが絞り袋にカスタードクリームを詰めて戻ってきた。

 

「今度はこのクリームをリンゴに詰めるニャン」

 

「やりたいです!」

 

「じゃあ、どうぞニャン」

 

 アフィアは今度は立ち膝で、リンゴの中にクリームを流し込んでいく。

 

「エンスさん。焼きリンゴは、リンゴにクリームを入れて焼くお菓子なんですか?」

 

「基本はシナモンシュガーとバターを入れて、焼くニャン。けれど、必ずコレを入れなきゃいけないっていう決まりは無いから、何入れたっていいんだニャン。大抵美味しくなるから問題ないんだニャン」

 

 リンゴ二個目でカスタードクリームは空になってしまった。残りのリンゴには何を入れるのかと、期待のこもった瞳でエンスを見つめているとチーズを手にして一口サイズに切り、クルミと一緒に詰め込んでいく。

 

「チーズとリンゴって合うんですか?」

 

「チーズ狂いなシルキちゃんのオリジナルだけれど、ボクは結構好きだニャン。後は蜂蜜を使うんだけれど……無かったんだニャン。うーん」

 

 少しばかり悩む仕草をしてみたあと「アフィアちゃんは好き嫌いあるかニャン」と訊ねてきた。「私、食べられるものなら何でも食べますよ!」という元気のいい答えが返ってくるとエンスはコクリと頷いて、瓶に入っていた水を数滴垂らす。黒胡椒を振りかけたら完成らしい。温めておいた竈の中にリンゴを収めると、椅子を竈の前に引っ張ってきてお喋りを再開した。

 

「そういえばアフィアちゃん」

「はい、何でしょう?」

 

「そういえばザベル様、以前から気になっていたことがありまして。今お尋ねしてもよろしいですかね?」

「別に構わないが、何だ?」

 

「「どうやって天使ちゃん(ザベル様)とこんな関係になったんですか(ニャン)?」」

 

「えっとですね、お姉様が呼んだ商人さんから、ハンカチを買ってもらったんです。パープルピンクの綺麗なハンカチなんですよ。けれど、それをパーティーで落っことしちゃって。ザベル様が、拾ってくれたんです」

「視界でチョロチョロしてた小さいのが、ハンカチ落としたのに気づかなかったみたいでな。渡してやったんだ。その時は別に何も思わなかった」

 

「ザベル様を初めて見た時、本の中の王子様が出てきたのかと思っちゃいました! お礼を言いたかったんですが、ザベル様は王子様だから、綺麗な女の人がずっと隣に居てなかなか傍に行けなかったんです」

「その後も小さいのがチョロチョロしていたのは分かっていたんだが、俺も色々と予定があったから、気にも止めてなかったぜ。一通りまた約束や頼み事をして、一息つこうと思ったら、その小さいのがやってきてよ」

 

「ずっと見ていたら、ザベル様が何にも食べていない事に気がついたんです。だから私、きっとお腹が空いていると思って。メイドさんにおすすめのお料理を教えてもらってから、ソレを持ってザベル様の所に行って一緒に食べたんです。とっても美味しかったです!」

「どうも俺の行動をずっと見ていたらしくて腹が減ってないか、良かったらコレを食べてくれって食事を差し出してきたんだ。言うと同時に向こうも腹を鳴らしてな。流石に一人で食べるわけにもいかないから、連れて共に食べることにしたんだよ。それがまぁ、いい食べっぷりでな。大口開けて食べる姿見てたら、なんかイイなと思えてよ。それが切っ掛けか」

 

「ニャーン(王子様……詐欺師の間違いニャン)」

「そうだったんですか(いっぱい食べる子が好きなのか。ロリコンじゃなくてよかったわ)」

 

 互いに同じような会話をしている間に、焼き上がりの時間になったようだ。エンスが取り出して切り分けて差し出すと、アフィアは目を輝かせながらナイフとフォークを手に取る。美味しいと笑顔で食べ始めていたアフィアだったが、チーズ入りの焼きリンゴを口に入れた瞬間、ハッとした表情となりエンスを見た。

 

「エンスさん、これお花の匂いがします!」

 

「うん、コレは花の蕊を利用して作った砂糖水を使ったんだニャン。ボクたちは蜂蜜代わりに使っているんだけれど、どうかニャン?」

 

「凄いです! 初めて食べました。お花の匂いも良い匂い。私、この甘味大好きになりました」

 

「良かったニャーン」

 

 上機嫌でリンゴを頬張るアフィアの姿に、エンスも嬉しそうだ。そして自分も誘われるようにナイフとフォークを取ると、焼きリンゴを手にとった。

 

*  *  *

 

 人魚の丸薬の話をしたらザベル様は興味を持ったようで、欲しいと言ってきた。何でも、騎士の中に女の人にひどい振られ方をして女性不信になっている人がいるらしいので、その人に使ってやりたいのだとか。

 エンス専用に作ったので作り置きは無いですと答えれば、急ぎではないから作ったら送ってくれと言われた。そんなに時間はかからないんだけれどな。ザベル様と天使ちゃんの滞在時間を聞いて、直ぐに帰らないようなら折を見て作って渡してしまおうか。

 と、ここで天使ちゃんとエンスの姿が無いことに気がつく。何処にいったのかとキョロキョロしていると、台所に繋がっている扉が開いて天使ちゃんとエンスがやってきた。

 

「ザベル様、焼きリンゴです。美味しいので温かい内に食べてください!」

 

 天使ちゃんが喋る度に、花の香りが辺りに漂う。それに気がついたザベル様が固まった。私も慌ててエンスに元へ向かう。

 

「ちょっと、エンス。アレ使ったの? 駄目じゃない、ちゃんと許可とらないと」

 

「ボクちゃんと訊いたニャン。好き嫌いはないかって」

 

「……そんな質問じゃ許可とったなんて言えないわよ。ちゃんと話して了解を得ないと」

 

「おいシルキ!」

 

「ほら、こういう面倒くさいことになるんだから」

 

 こめかみに手を当てながら、私は返事をして振り返る。てっきり文句を言われるかと思いきや、ザベル様は天使ちゃんの傍に行くとワシワシと頭を撫でながら早口で捲し立ててきた。

 

「どうなってやがる。天使がさっき嗅いだ蘭と同じ匂いさせてるぞ。いや、天使が話すたびに蘭の匂いがしやがる。何したんだ、マジで天使が天使になったのか。このままじゃ勘違いした精霊共に天に連れて行かれちまうぞ、どうしてくれる」

 

 あ、ザベル様は興奮すると私と同じタイプになるのね。とりあえず称賛されているみたいだから、咎められる心配はなくなったからよかったわ。

 

「えーとですね。さっきフェルクスさんにも売ったんですが、飲むと花の香りをさせる甘味料を作ったんです。効果は半日程度でなくなりますし、別に副作用とかはないんで安心して下さい」

 

「なる程、蜂蜜か砂糖代わりにして使ったのを天使が食べたわけか。で、さっきエンスに許可がどうの言っていたが、それはどういう意味だ」

 

 あ、それはちゃんと聞いてたんだ。うーん……納得してくれるかしら。

 

「使っている材料がちょっとアレなんですよ。毒物とか使うのが禁止されている物じゃないんですが見た目が……。とりあえず実物を見せますね」

 

 断りを入れてから地下室へ行き、目的の物を持って上がる。

 

「それ……ナメクジか?」

 

「正解です」

 

 嫌そうな顔をするサベル様に構わず、私はスプーンに乗せた半透明の白いナメクジを目の前に突き出す。

 

「このナメクジは、蟲使いの人から買った食用ナメクジなんです。そこにいるアラクネのチョコにと思ったんですが、絶対食べないって拒否されまして。仕方がないから私達で食べてたんですよ」

 

「魔物すら食いたがらないの食うってどういう神経してんだ。お前大丈夫か?」

 

「シルキちゃんは貧乏性だから、仕方がないんだニャン」

 

 ……何でここまでボロクソに言われなきゃなのかしら。

 

「そうは言いますけれど、コイツ上手く育てれば濃厚で美味しいんですよ。で、なんかいい方法は無いかと色々試してみたんですけど」

 

「見た目は大事って改めて知るだけの結果になったニャン」

 

 遠い目をするエンスを見ながら、思い返す。

食用ナメクジは食べた物の味を何倍も濃厚にするという特徴があったので、以前ダンジョンの町で食べた洞窟キノコの濃厚パスタを再現しようとキノコを食べさせて、夕飯に出してみた。

 結果「これならカビ臭かったあっちの方がマシニャン」とエンスに言われるくらい、パスタの中で蠢くナメクジはグロテスクだった。食べたら、美味しかったけれど。

 その後も懲りずに挑戦してみたが、やっぱりどれも食べる気が失せる物ばかりで。あの時平気な顔して食べられたのは、薄暗かったからだと思い知らされた。

 

「で、もう仕方がないから塩撒いて処分しようとしたんですよ」

 

 するとどうだ。このナメクジ、てっきり縮こまって動かなくなると思っていたら、溶けて大量の水になったのだ。ならばと再び挑戦した結果。

 

「花を食べさせて砂糖で溶かすと、蜂蜜風味のいい味の水になる事が判明しまして。甘味料として使うことにしたんです」

 

「そこまでして使うか。もはや執念だな」

 

「シルキちゃんは元が取れないと悔しさのあまり、頭がパーンってなって夜眠れなくなるから、必死なんだニャン」

 

 だから、何でそこまでボロクソに言われなきゃなのよ。材料にさえ目を瞑れば、数輪の花で蜂蜜並に甘い甘味料が作れるんだから凄くお得なのに。

 匂いだって、味に比べればほんのり香るくらいだから不快なものではないし。ザベル様なんかがこの匂い使って女の人でも口説けば、絶対皆落ちると思うんだけれどな。

 とは思うものの、ザベル様の反応はイマイチなので勧めておくのはやめておいた。

 焼きリンゴも最初は食べるのを渋っていたけれど、天使ちゃんに「あーん」をされると躊躇なく口に含み。

 更に息が良い匂いだと天使ちゃんが大はしゃぎすると、苦手意識は綺麗さっぱり無くなったみたいで、人魚の丸薬と一緒にお買い上げとなった。

 恋の力は偉大ねー。




焼きリンゴの作り方は、グレーテルのかまどを参考にしました。月曜日の密かな楽しみです。


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魔術を覚えよう

魔法少女(少女?)誕生


「魔術を覚えてみようと思うんだけれど」

 

 モグモグと昨日残ったサラダを挟んだサンドイッチを口にしながらそんなことを言えば、エンスはビックリしたような顔で私を見る。

 

「シルキちゃん、急にどうしたんだニャン。冒険者になりたくなったのかニャン」

 

「そんなわけないじゃない。冒険者になるつもりなら、おじいちゃんが死んで一人になったときにさっさと村を出てるわよ。空飛ぶ絨毯を使うためにね、覚えておいたほうが得かなって思ったの」

 

「そういうことかニャン」

 

 あの便利な絨毯が手に入ってから、私たちがダンジョンの町に行く頻度は格段に上がった。前は数カ月に一度だったのが、今や半月に一度になっている。

 馬車を丸々一台借りて行っていた頃に比べれば、凄く楽になったしお金も節約できているのだけれど、問題……と言う程のモノではないのかもしれないけど、一つあった。それが魔力だ。

 空飛ぶ絨毯を操る為には魔力がいる。絨毯自体に色々と魔術が掛かっているから、使う魔力はそれほど強くなくていいのだが、私は今まで魔術の必要性を感じなかったので全く使えないのだ。

 勿論、魔力が無くても魔石があれば絨毯は使える。けれどアレは道具作りの材料として買っているものだから、出来るだけそっちの方に回したい。もし魔力が使えるようになれば、元手はかからなくなる。無料、なんて素敵な言葉だろう。

 それに魔術が使えるようになれば、作れる道具の幅も広がるだろうし。なんちゃって魔導具から卒業できるかも。

 

「てことは、ステリアちゃんに教えてもらいに行くのかニャン」

 

「そーねー」

 

 コップの牛乳を一気に飲み干してから、どうしようかと考える。魔術を使うにはまず魔力が必要で、魔術師とか魔術が使える人に付いて、魔力の溜め方とかそういうのを教えてもらうのだ。たまに生まれつきとか何かのきっかけで、自然に魔力を解放できる人もいるけれど、そういう人は魔術関係でそこそこ有名になれるような人だけ。多分だけれど魔力の量が多くて、勝手に溢れちゃうんだろう。

 そういえば、ステリアちゃんも小さい頃から魔術が使えていたわね。気がついたら使えていたって言っていたから、生まれつき派なんだろうな。それを考えると凄い子と幼馴染してるのね、私って。

 

「ステリアちゃん、今忙しいからなぁ」

 

 村で簡単な魔術が使える人は皆ステリアちゃんから教わっているけれど、この時期は狩りで出払っている時の方が多い。冬に備えて動物たちの行動範囲が広くなるから、追っ払う為にあちこちと呼ばれているからだ。それに今の時期の鳥や鹿は脂肪を蓄えているから、獲って売るには丁度いい。この前のウズラも、美味しかったもんな。

 私の中では、ステリアちゃんにお世話になる気はほぼ無かった。暇ならともかく、稼ぎ時の邪魔はしたくない。それに教えてもらわずとも、魔術を使えるようになる方法はいくつかある。とりあえずこの時点で一番手っ取り早い手段は……よし。

 

「エンス、今度お店休む時にダンジョンの町に行くわよ」

 

「ニャーン? もう無くなった材料があるニャン?」

 

「買い物もあるけれどね。あの町のダンジョン、入ってみるわよ」

 

 魔力を使えるようになる方法の一つに「魔力が溢れている空間に滞在する」というのがある。あのダンジョンは強い魔力に溢れているから、入口辺りでもモンスターが狂暴になってるってダンジョン付近で誰かが教えてくれたっけ。一階辺りでもウロウロしていれば、魔術が使えるようになる……筈!

 

*  *  *

 

 そうして次の店休日。私たちは宣言通り絨毯に乗ってダンジョンの町までやってきた。宿屋に絨毯を預かってもらってからダンジョンの近くにあるという、冒険者が集まる酒場目指して歩き出す。

 中に入ると何組かの冒険者のチームが、テーブルを囲んで飲んだり食べたりしていた。うーん、酒場っていうからもっとお酒の匂いが強烈かと思っていたけれど、そんなでもないわね。どのグループも比較的静かに飲食しているしって、よく考えれば当然か。これからダンジョンに向かうってのに、具合が悪くなるほど飲んだり食べたりするわけ無いわよね。

 そのままカウンターに向かうと、マクナベティルさんには負けるけれどかなり大柄で強そうな人が、お玉と小皿を手にスープの味見をしていた。犬の刺繍がついているエプロンが、なんとも可愛らしい。袖を捲った左腕に一文字の傷がある所をみると、怪我で引退した冒険者で此処に酒場を作ったんだろうな。

 私達に気がつくとマスターは不思議そうな顔で見つめてくるが、魔術を使えるようになりたいから一緒にダンジョンに連れて行ってくれる冒険者のグループを紹介して欲しいと頼む。

 前、コピアさんに言っていたのよね。どうしても欲しいアイテムがある時は、ダンジョン前の酒場に行って欲しい物を取ってきてくれという依頼を出すか、そのアイテムが出やすい階層に行く冒険者のグループに入れてもらうかって。すると、合点がいったと言う顔で紙を渡してくれた。

 

「そういう事だったら、この紙に書いてそこのボードに貼りつけておきな。やってくれる冒険者がいたら、教えるぜ」

 

 なるほどなるほど。依頼書を作って待つわけか。

 用件や人数、日時の項目にどんどんと書き込んでいって依頼書は完成した。報酬の額でどれくらいにすればいいか分からずに少し固まっていたけれど、マスターが相場を教えてくれたのでその金額にしておく。手数料として銀貨二枚を渡せば、私の依頼書は無事にボードに貼ってもらえた。後は声を掛けてくれる優しい冒険者のグループを待つだけだ。

 待っている間にどうだと、マスターからメニューを渡されたのでペラペラと眺めてみる。むう、どれもこれもそそられるけれどこれからダンジョンに連れて行ってもらうとなると、お酒は駄目か。料理もな、煮込み料理がお勧めみたいだけれど、いつ声を掛けてもらえるか分からないとなると限られてくるわね。

 仕方がなく、柘榴のジュースにナッツとドライフルーツの盛り合わせを頼んで待つことにする。エンスと互いに手にしたものを食べさせあいながら時間を潰していると、頭上から声が降ってきた。

 

「シルキ? ここで何をしているんだ?」

 

 顔を上げれば、驚いた顔をしたマクナベティルさんが。私達はボードを指差して魔術を覚えたいので、魔力が濃厚なこのダンジョンに潜って魔力が使えるようになりたいのだと説明する。

 

「そういうことか。なら、これからダンジョンに皆を運ぶから一緒に来るか?」

 

 マクナベティルさんの後ろには、ゾロゾロと何グループもの冒険者たちが並んでいた。皆ゴツゴツというか重厚そうな鎧や武器を携えていて、どの人も腕に自信があって強い事が、装備品だけで察せられる。

 ありがたい提案だけれど、こんな人たちが挑む階層なんかについていったら、簡単に死んじゃいそうな気がするわ。教会での蘇生って色々条件があった気がするし、まず死にたくないから辞退させてもらおう。

 

「うーん。誘ってくれるのは嬉しいんですが、ダンジョンの奥に潜るのは怖いので遠慮しておきます」

 

「アキュニスの背中に乗ったままなら、大丈夫だぞ」

 

「そうなんですけれど、やっぱり初めてのダンジョンは怖いんですよね」

 

 あ、よく考えればマクナベティルさんに気を遣ってもらうと、アキュニスちゃんに睨まれちゃう。やっぱり、全力で断っておくべきね。

 怖いという事を全面に押し出して、遠慮していれば「そうだな、魔力を使えるようになるだけなら、一階を歩いていても十分か」と頷いてくれたので一安心。でも、これで殆どの冒険者がいなくなっちゃうから、またしばらく待たないとか。

 

「隊長ー。アキュニスの準備が整ったんで、何時でも出発できますよ。今回の冒険者は何グループですか?」

 

「お、いいところにきてくれた。オルアム、ちょっと頼み事を聞いてくれないか」

 

「いいですけれど、一体何ですか。あ、こんにちは」

 

 マクナベティルさんの背後から話しかけてきた誰かは、こっちに来て私たちに気がつくとペコと頭を下げてきた。この人、前ダンジョンの入口にいた時に声をかけてくれた人よね。オルアムって言うんだ。

 

「そう難しい事じゃない。彼女はシルキと言って俺の知り合いなんだが、魔術を使えるようになる為にダンジョンに行きたいらしい。一緒についていってやってくれないか」

 

「ああ、この前の隊長の……。構いませんよ。次の運びまで一時間ちょい暇になりますから。ええと、シルキさん? 早速行きます?」

 

「お、お願いします。じゃあこれ、料金です。そこに依頼として貼ってたんで」

 

「どうもご丁寧に。魔術を使えるようになるんだったら、一時間くらいダンジョンにいれば大丈夫だと思いますよ。なら、隊長たちが出発次第俺たちも出ますかね」

 

*  *  *

 

「どうでした? 初めてのダンジョンは」

 

「いやぁ、カエルってあんなに凶悪な顔と声になるものなんですねぇ」

 

 爽やかに笑うオルアムさんに、げっそりとした声でなんとか答える。エンスも怖かったのだろう。尻尾を丸めたまま、私の背中に顔を埋めて返事もしない。

 前、ダンジョン内では生き物が凶暴化していると教えてもらっていたけれど、想像以上の変貌だった。カラスはまだ分かるのだけれど、カエルとカタツムリは完全に別の生き物と化していたわ。カエルじゃなくてKAERUね、アレは。

 一人で入っていたら、絶対にトラウマになっていたわ。

 でもまぁ、あんな変貌を遂げるくらい濃い魔力の空間にいたんだから、きっと魔術は使えるようになっている筈。ええと、確か一番簡単な炎の呪文は。

 

「プロメテウス」

 

 呟くと、胸の辺りに握り拳くらいの火の玉がポッと現れ、メラメラと燃える。おー! これが魔術。私も遂に使えるようになったのね。

 燃える火の玉に感動していると、オルアムさんも拍手しながら「おめでとうございます」と祝福してくれた。そしてそのまま、ジーッと私の顔を見つめてくる。……何かしたかな、私。

 

「あの……顔に泥か血でも付いてます?」

 

「ああ、いえ。隊長がね、シルキさんが昔いた妹さんに似てるって言ってたんで、つい」

 

「へー」

 

 それであんなに気を遣ってくれるわけか。納得……うん? 昔って……?

 

「え、マクナベティルさんて何歳ですか」

 

「俺も正確な歳は知りませんが、アキュニスが七十なんでもう百いってると思いますよ」

 

「……へ?」

 

 今、なんて言った?

 

「ああ、そうか。この町の人間じゃないからシルキさんは知らないか。ドラゴンライダーってようは竜の眷属になるってことなんですよ。そうすると竜と同じ寿命になるし、外見も眷属になった時点で成長が止まるらしくて。だから見た目よりずっと年寄りですよ、隊長は」

 

 突然明かされる衝撃の事実に、考えが追いつかない。

 ええと、つまり。外見はそのままで凄い歳をとっていると言う事は。

 

「フェルクスさんはドラゴンライダーだった……?」

 

「何でそうなるニャン」



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トリュフのメンテナンスとお買い物

買い物とか日常の描写が大好きです。
ハリポタでも一番好きなシーンはダイアゴン横丁での買い物シーンです。


 混乱した思考を元に戻すのには少しばかり時間がかかったけれど、何とか落ち着く事に成功する。それにしてもマクナベティルさんが百歳超えかぁ。大人しいオジサンかと思いきや、おじいちゃんだったのね。

 その後はオルアムさんと別れ、町に戻る。とりあえず目的の一つは達成出来た。次に目指すのは、レイスさんの鍛冶場だ。

 

「こんにちはー、トリュフの具合はどうでしたかね?」

 

 扉を開けて中を窺えば、背中を向けているレイスさんを発見する。振り返る前に傍に行けば、机の上で足をブラブラ揺らしているトリュフもいた。トリュフを受け取る時に、関節部分にゴミや傷が無いか定期的に検査した方がいいと言われたから、ついでに見せにきたのだけれど、どんな物だろう。

 

「おお、シルキさんか。メンテナンスはさっき終わった所だ。結構動き回っているようだが、まだ問題はなさそうじゃの」

 

「それは何より。トリュフも良かったわねー、おかしい箇所はないって」

 

 声をかければ、トリュフはレイスさんに深々と頭を下げた。さて、と辺りを見回せばチョコがこっちに向かって走ってくるのが見える。どこかに潜っていたのか、髪の毛には埃がついていて左腕には藻掻くカマドウマをしっかりと抱えていた。足元にまでくると大きく口を開けてかぶりつこうとしたが、カマドウマも命がかかっている為必死だ。自慢の跳躍でチョコの腕から逃げ出すと、ピョンピョン跳ねながら奥へと消えていく。頬を膨らましながら追いかけるチョコ。さて、チョコが追いつくかカマドウマが逃げ切れるか、どっちかしらね。

 

「おや、シルキさんは虫は苦手じゃないみたいだの」

 

「まぁ、ハーブ弄っていればよく見ますし噛み付いて来るわけじゃないですからね。今日ダンジョンで見たKAERUやMAIMAIに比べたら可愛いものじゃないですか」

 

「ほう、ダンジョンに行ってきたのか」

 

「はい。今更なんですけれど、魔術覚えた方が便利だなって感じまして」

 

「お前さんも物作りを生業にしているようだしの。使えて損はあるまい。ところで……なんでこの生き人形は、女子の格好をしているんじゃ?」

 

 お前さんの趣味か、と問われて苦笑いしながら否定しておく。トリュフが女性狩人っぽい格好をしているのは、ステリアちゃんの衣装を参考にしているからだ。チョコとトリュフにとっては狩人=ステリアちゃんの姿になっているみたいで、存分にステリアちゃんの服の作りを観察すると、早速二人して作り始めたのがこれだったというわけ。

 

「まぁ、理由は納得できたが……止めんかったのか」

 

「だって、着替えてもトリュフ嫌がりませんでしたし。人形ならあんまり性別関係ないかなとも思いまして」

 

 加えてトリュフは、顔の作りもどっちとも取れるような感じになっている。だから、女の子の格好をしていても全く見苦しくはない。まぁ、こうやって趣味は疑われるけれどね!

 レイスさんは複雑な表情のまま、トリュフの服の裾を捲っている。どうも、服の作りが気になっている様子。見様見真似で作ったものだから、近くで見ると粗が目についちゃうのよね。かと言ってトリュフサイズの型紙もないから、作り直すことも出来ないんだけれど。

 その後、レイスさんが狩人の衣装と弓矢を作ろうかと提案してくれたので、お願いしておいた。男物でいいんじゃよな、と再確認されたから、信用されてないなぁと思ったけれど。

 やり取りを終えて、お店を出ようかと思っていた時だった。レイスさんに呼び止められる。

 

「ところでシルキさん。魔術を使うのなら、宝石を一つくらい持っていた方がいいぞ」

 

「宝石……ですか」

 

 確かに魔術師は必ずと言っていいほど宝石がついた装身具や杖を持っているわよね。

 

「知っているとは思うが宝石は魔力を増幅したり、場合には魔術を吸収して効果を和らげたりしてくれる。壊れたりしない限りは永久に使えるし、使い込めば使い込むほど馴染むから、損はせん。儂のお勧めは腕輪か指輪じゃな」

 

「あぁ、着ける箇所によって発揮する効果が違うんですっけ」

 

 確か帽子やピアスとかの頭部に着けるものは魅了や混乱とかの精神系からの防御、首飾りとブローチ・ベルトが向けられた魔術全般の緩和、そして杖や指輪・腕輪は発動する魔術の強化よね。靴やアンクレットは……何だったけ。能力向上だったかな?

 幸いレイスさんにはまだ金貨五十枚近くの『貸し』が残っているから、ここでいっちょ奮発していい指輪か腕輪を作ってもらうのもありかもしれないが。

 

(私程度の魔力だとそんな良い物、無駄遣いな気がするんだよなぁ)

 

 ステリアちゃん並に魔術が使えるなら価値はあるだろうけれど、勿体ない気がしてならない。だからといって安物作ってもらうのも、ドワーフのレイスさんには失礼な気がするし。とりあえず今回は、保留にしておこう。

 

「そうですね。じゃあ中古とかで良さそうな物を探してみます。良いのが無かったらお願いしますね」

 

「うむ、お前さんにはまだ借りが残っているから、その時はとびっきりのを作ってやるぞ。ああ、そうだ。中古のを選ぶ際は、好みもあるだろうが一番指に馴染む物がいいから、それを決め手に選ぶといいじゃろう」

 

「へぇ、参考にさせてもらいます。じゃあチョコー、行くわよ」

 

 声を掛けると、チラチラと何度も後ろを振り返りながらチョコが戻ってくる。悔しそうな表情だし、こりゃカマドウマには逃げられたか。

 それでも持ってきた鳥かごを開けば、トリュフ共々大人しく中に戻ってくれる。再度お礼を言ってから、私たちはレイスさんのお店を後にした。

 

* *  *

 

 指輪を買う機会は直ぐにやってくる。コピアさんのお店に行く途中の広場で蚤の市を開催していたのだ。何でも『遺跡』から見つけた品を販売しているのだとか。

 『遺跡』は魔王に壊されたり滅ぼされたりした、百年以上も前の町や城の事を言う。中には魔物の巣窟と化している『遺跡』もあったりして、危ないらしい。その代わり逸品が眠っている可能性も高く、宝探しを生業としている冒険者たちの稼ぎ場になっている。

 ここなら、丁度いい指輪があるかも。

 そう考えてフラフラしていると、若い女の子たちが集まっているお店を発見。寄ってみれば、装飾品を中心に販売しているみたい。若奥様もいかがですかと言われたので、若奥様ではないけれど覗いてみることにした。

 指輪も数個あったので、早速片っ端から嵌めてみる。色々と素敵なデザインがあるけれど……私の指に一番しっくりきたのは、緑の石がついた金の指輪かな。翡翠みたいな色をしているけれど、幾らだろう?

 店主に値段を訊ねれば、金貨四枚と銅貨十二枚だと教えてもらった。そんなに高くないわね。と言う事はクリソプレーズかしら?

 どうしようかと考えている傍から、指輪は幾つも売れていった。うん、買えない金額ではないから、思い切って買ってしまおう。

 店主に金貨分のサファイアと銅貨十二枚を払い、早速指輪を右手の中指に嵌めてみる。うん、いい感じ。

 

「これからよろしくね」

 

 指輪に挨拶して広場を出ようとしたら、別のお店で天使ちゃんの姿を見つけた。何やら店主と真剣な顔で話し込んでいるけれど。

 

「このブローチ、幾らですか?」

 

「そうだね、金貨二十三枚と銀貨十三枚ってところだね」

 

「お願いします。もう少しオマケして下さい」

 

「うーん、なら金貨十九枚と銀貨十六枚でどうだい?」

 

「いいですか?」

 

「いいよ。お嬢ちゃん、商売人の娘だろ? サービスさせてもらうよ。その代わり、次もよろしく頼むぜ」

 

「はい、では王都に来た時は是非寄ってください! グリーク・メアンダーというお店です」

 

 おお、やっぱり商売人ね。華麗に値引きして更に店まで紹介するなんて。

 天使ちゃんは、受け取ったブローチを大事そうに肩から下げているポシェットにしまう。そして顔を上げると、此方に気がついたようだ。

「シルキさん、エンスさん、こんにちは!」と元気よく挨拶して歩いてくる。

 

「アフィアちゃん、こんにちはニャン」

 

 天使ちゃん、アフィアって名前なのか。

 

「こんにちは、アフィアちゃん。アフィアちゃんも買い物?」

 

「はい、お買い得な掘り出し物がいくつかあったので、購入していました」

 

 そう言われて見せてもらったのは、さっき買ったのであろう貴石を嵌め込んで作ったモザイク画みたいな花のブローチに、カメオが数点。流石お金持ちの家の娘。良い物買ってるわね、値段も良い物なんだろうけれど。

 

「コレを王都に帰ったらお兄様のお店で売ってもらうんです。いいお小遣いになります!」

 

 あ、よく見たらアフィアちゃん、ちゃんとルーペと小さなウィル・オ・ウィプスのランタンを持っているじゃない。うん、やっぱりこの子はいい商売人になるわね。

 

「シルキさんは何か買われたんですか?」

 

 正直、アフィアちゃんが買った品の前に出せるような品ではないけれど……見栄張っても仕方ないし。

 

「ほら、コレよ。アフィアちゃんに比べれば大したものじゃないけれどね」

 

 前置きしてから指輪を外してアフィアちゃんに見せる。てっきり微妙な表情をされるものだと覚悟していたら、もらったのはお褒めの言葉だった。

 

「わぁ、素敵な指輪ですね。良い買い物ですよ」

 

「そ、そう? アフィアちゃんが買った物に比べれば、半分以下の値段だけれど」

 

「それは、指輪が全体的に小さいからだと思いますよ。石の色も綺麗ですし、ベゼルの彫金もシンプルですがしっかりしているので、普通の大きさならもっとします」

 

「アフィアちゃんに褒めてもらえるなら、得な買い物だったのね。他にも指輪はあったんだけれど、これが一番しっくりきたの。他のは指に当たるっていうか、違和感があったというか」

 

「きっと他のは、指輪に作り変えた品だったんじゃないですかね」

 

「そんなのがあるの?」

 

 アフィアちゃんはコクリと頷く。

 

「遺跡で見つかる品の中には、需要がなくて売れにくい物もあります。それらはフープを着けて、指輪にしちゃうんですよ。違和感はそこからきているかと」

 

「へぇー」

 

 レイスさんのアドバイスはそういうのも含めていたのかしら。何にせよお陰で本物を手にできたから良かった良かった。

 

「私、お兄様についてきたのでそろそろ戻ります。シルキさん、エンスさん。王都に来たら是非グリーク・メアンダーにも寄って下さいね」

 

「こちらこそ。またザベル様と村に来た時は、私の所にも寄ってね」

 

 手を振るアフィアちゃんと別れてから、私たちも広場を出た。今度はコピアさんのお店で買い物ね。……お金足りるかな?



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本題、買い物

本当はここに道具作成の話も入れたかったんですが、入れると長くなりそうなので次回に回します。
期待していた方がいたら申し訳ありません。


 予定外の買い物を終えてから、私たちはコピアさんのお店『すわ、一大事!』にやって来た。うん、ちゃんと営業中の札が掛けてある。コピアさんも一人でお店を開いているから、たまに買い物や、配達なんかで留守になる時があるのだ。お客の出入りを見ている限り、私の店よりずっと儲けていそうだから、店番を雇っても良さそうな気がするのだけれど。

 早速店内にお邪魔すれば、コピアさんはどこかの冒険者グループの持ち込み品を品定めしている所だった。

 私たちに気付いてくれたので、笑顔で軽く頭を下げてから店内を見回すことにする。とりあえず買う物は決めているけど、何か掘り出し物があると面白いかも。

 手を後ろに組みながら、置いてある踏み台に乗って上の棚を覗いていたら、掌にムニッと柔らかい感触が。触り慣れたこの感触は、と視線を下げれば肉球でニギニギしているエンスがいた。

 

「シルキちゃん、コレなんかどうだニャン」

 

 突き出してきたのは、小さな箱。長いこと棚にでも置かれていたのか色は褪せていて、開ければ中身はオルゴール。箱の外にはキチンとネジも付いている。専門ではないから詳しくは分からないけれど、多分作り自体はオーソドックスな物だと思う。ただ、気になるのはシリンダー部分と櫛歯が金属ではなく黒い石みたいな材質で出来ている所だ。可能性としては、魔物の身体を使って作った魔導具の一種なんだろうけれど、どんな効果なのか想像もつかない。まぁ、この様子からみるに効果は微妙で売れなかったのだろう。話を聞いて、興味が湧いたら買ってみようかしら。

 とりあえずオルゴールはエンスに持っていてもらって、他に買う物をカゴに入れていく。コレとコレでしょ、後はコッチにコイツに……魔石は今回は要らないわね、ダンジョンでしこたま拾ってきたし。しっかしダンジョンのあちこちに転がっている景色はある意味壮観だったわ。安いとは言え、お金が落ちているようなものよアレ。

 一通り買う物も揃ったので、お金が足りるかどうか計算してみる。……何とか足りるわね。予定外の出費はあったけれど、用心してお金を多めに持ってきて良かった。

 後は冒険者グループとの話し合いが終わるのを待つだけなので、先にお金を準備しておこうと財布を取り出していると、冒険者たちの方も上手いこと話が纏まったらしい。ありがとうございます、また来ます、なんて言いながら出ていった。

 

「ごめんなさいね、シルキちゃん。お待たせして。今日はこれだけで良かったかしら?」

 

「はい、とりあえずこれで。ちょっと気になるのが一つあったんですが、それはまた後でにするんで」

 

「解ったわ。あら、また珍しい物を買うのね」

 

 カウンターに欲しい物を広げると、コピアさんは目を丸くする。今回は何時もの素材の他に二品程、系統の違う物があるからだ。

 一つは、魔術書。基本中の基本の呪文が書かれている、入門書みたいなもの。魔術が使えるようになった人は、まずはこの本を買う。そして、書いてある魔術を唱えたりして得意・不得意な魔術を調べるんだとか。感覚で解るのかな。

 そしてもう一つは『底無しの袋』。冒険者や重い荷物を扱う行商人さん必須の道具で、文字通り物が大量に入る袋だ。見た目は普通なんだけれど、小さな小屋なら丸々一軒入るくらい中が広くなっている。麻と一緒に風の魔術を封じ込めたアラクネの糸を織り込んで作るんだとか。糸には妖精の粉もまぶしてあるので、重さもほとんど感じないとか。お値段は少し高めだが、一個買えば二年は持つから元は充分とれる筈。

 

「さっきダンジョンに連れて行ってもらって、魔術が使えるようになったんです。ほら、前に言ったじゃないですか、空飛ぶ絨毯で来てるって。絨毯を操る魔力ついでに簡単な呪文も覚えてみようかなって」

 

「なるほどね」

 

 お会計をしてもらえば、手元に残ったのは銀貨七枚と銅貨二十枚。これで足りるかどうか微妙だが……訊いてみよう。

 

「あと、コレって何ですか?」

 

 エンスに預かってもらっていた小振りのオルゴールを見せれば、コピアさんは丁寧に説明してくれた。

 この小さなオルゴールは『夢魔のオルゴール』という品物で、バジリスクの瞳を使って硬化した夢魔の爪を、シリンダーと櫛歯に加工して作った物だとか。魔力を込めながら、或いは魔石を箱に入れた状態でネジを回すと、必ず夢が見られるらしい。

 んー? 中々面白そうな品だけれど?

 

「結構前に持ち込みで買い取った魔導具なんだけれどね、冒険者の皆からの評判はイマイチで。シルキちゃんが買ってくれるのなら、安くするわよ」

 

「それは非常に助かりますけれど……なんで評判悪かったんですか? 必ず夢が見れるってかなり良いと思いますけど」

 

「見られる夢が楽しい夢とは限らないのよ。買った冒険者の人たちが全員こう言ってたわ『夢の中でもダンジョンに潜って、魔物に追いかけ回された。疲れた』って」

 

「あぁー……」

 

 印象に残っている出来事が夢に出てきやすいんだ。まぁ、私は日常的にダンジョンに行く事はないからそういう夢を見ることは無いから、関係ないけれど。

 

「一応注意はしたけれど。どう、買う? 買ってくれるなら銀貨一枚でいいわよ」

 

「その値段なら買います」

 

 提示された格安価格に、私は速攻で購入を決定する。でも絶対にKAERUが出てくるから、今日は使うのは控えておこう。

 代金を払って品物を受け取ったら、早速袋の出番だ。ポイポイ放り込んでから持ち上げてみると、確かに重みは感じない。これだったら絨毯に乗せても大丈夫ね。良かった。

 さて帰ろうかと隅に置いていた鳥かごの所に行けば、チョコは微動だにせずコピアさんを見つめている。ん、これは……コピアさんを覚えているのかしら?

 そっと鳥かごの口を開けてやると、チョコは一直線にコピアさんの元へ移動した。自分が吐いた糸を使いながら器用にカウンターをよじ登ると、コピアさんの前に立つ。注がれる視線にコピアさんも気がついたようだ。「あらチョコ、久しぶり。その様子だと元気にしていたみたいね。シルキちゃんの村の暮らしはどう?」と声を掛けながら頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。ちゃんと最初に面倒見てくれた人は覚えているのね。

 帰る準備は一旦ストップして、私は再び辺りを見回す。そんなにちょこちょこ連れて来られるわけじゃないから、もうちょっと感動の再会をさせておこう。ボーッと視線を彷徨わせていたら、さっきの冒険者たちから買い取ったであろう品物が見えた。他に見る物もないし、ちょっと盗み見させてもらおうっと。

 一番数が多いのは、大きめの魔石かな。それに魔力を帯びてぼんやりと光っている鉱石とか、薬に使われそうな植物とか。後は魔物の素材も少し。ダンジョンよっては魔法属性が付与された武器防具が出たりもするらしいけれど、この町のダンジョンから手に入れられるのは基本的に素材だけ。武器防具は素材を持って鍛冶屋さんに作ってもらうか、コピアさんみたいに素材を買い取ったお店が鍛冶屋さんに依頼した物を買うかのどっちかになる。

 そんな感じで眺めていたら、あるものが目に入って一瞬ギョッとなった。人の腕があったからだ。直ぐに尖った爪や大きさからして、小型の妖精だと気づいたけれど……びっくりしたなぁ。何に使うんだろう、アレ。

 

「あの、コピアさん。あの小さな腕みたいのって、何ですか?」

 

「ああ、コレ? イタズラ妖精の右腕よ」

 

「イタズラ妖精の……右腕?」

 

 何でも、あのダンジョンにはそんな呼び名を付けられている小さな妖精がいるんだとか。戦闘能力はそれ程高くはないけれど、冒険者たちからは見つけたら直ぐに退治される魔物になっているそうだ。理由は名前の通りの『イタズラ』のせい。手に入れた素材を別の物にしたり、持ち込んだ食料や飲水を腐らせたりと、中々質の悪いことをしてくるらしい。ダンジョンに行ったことのあるコピアさんも、何度か被害を受けたことがあるらしく、やられる度に「本気で殺してやろうと思った」との事。

 そんなイタズラの中でも、一番困るのがダンジョンの強制離脱だそうだ。イタズラ妖精が冒険者たちに向けて右腕を振り上げるとあら不思議。一瞬の浮遊感を味わった後、ダンジョンの入口に立っているんだとか。

 

「一瞬でダンジョンから出られるとか、話だけ聞いてると凄く便利そうなんですが」

 

「タイミングにもよるわよね。強敵を倒して素材を集めている最中だったり、やっと新しい階層にやってきたばかりだとコンニャロって思っちゃうわよ。さっきのグループの人たちもね、新しい階層でようやく欲しかった素材を採ってる最中で戻されたらしくて。オマケに袋を少し離れた場所に置いていたから、荷物はその階層に置き忘れた状態になったらしくて」

 

「あぁ〜、そりゃあキレない方がどうかしてますね。……荷物大丈夫だったんですか?」

 

「大騒ぎしながらそこの階層まで降りたって言っていたわ。今までの最短時間だったって。で、無事に荷物は残っていてくれて安心していたらまたその妖精がやってきたらしくて」

 

「先手を取って退治したのかニャン」

 

「そのついでに腕も斬り落として持ってきたみたい。たまにいるのよ、イタズラ妖精に酷い目に遭わされたから腹いせに腕持ってきたって冒険者」

 

「へー。で、その腕って使い道あるんですか?」

 

 質問にコピアさんは、苦笑いしながら首を振る。

 

「欲しいって人は現れたことないわね。多分だけれど、買い取ってるのも私の店だけじゃないかしら。私の店は『どんな品でも買い取ります』を信条としているし、売りに来る冒険者達も『断られたから持ってきた』って人が多いし」

 

 ふむ、となるとこの腕の使い道というのはまだ分かっていないんだ。腕を振ると戻るって言うのなら……うーん、失敗するの覚悟でちょっと作ってみようかな。

 

「あ、コピアさん。その腕も売ってくれませんか? 他にも残っているのなら、それも」

 

「いいわよ。誰も買っていかないから、本数が溜まったら骨にして、スープの出汁にでもしようかも思っていたくらいだし。何か良いもの出来そう?」

 

「パッと思い付いたから、失敗するかもしれないですけれど。あ、それでもし考えていたのと同じ効果が得られたら、コピアさんのお店で売ってもらうことって可能ですかね?」



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蛙(帰る)キャンディ(委託販売)

しばらくはアイテム作成パートが続きます


 コピアさんの店で買い物をしてから三日。パッと思い付いた新商品だったけれど、何となく構想が纏まってきたのと、材料が揃ったので試しに作ってみることにした。

 朝食を片付けて何時もなら、地下室に籠もっている時間。私が台所で準備をしているとエンスがはて、という顔をしてきた。

 

「シルキちゃん、さっきイタズラ妖精の骨を使った魔導具を作るって言ってなかったかニャン?」

 

「ええ、けれど今回は『道具』じゃなくて『料理』だから、コッチの方でやる方が都合がいいのよ」

 

 鍋やらトレイやらを持って往復するのも面倒だしね。

 

「じゃあボクも見てていいかニャン」

 

「いいわよ。どうせ今回作るのは試作品みたいなものだし。何だったら手伝って」

 

「分かったニャン!」

 

 元気いっぱいに返事をして、エンスが隣に並ぶ。それを横目で見ながら、持ってきていた料理本を開いて道具と材料を並べていく。砂糖に水飴、水。肝心の妖精の骨も忘れないようにしないと。

 私が持ってきた材料を見て、エンスも何を作るのか察したようだ。

 

「キャンディ作るニャン」

 

「正解ー」

 

 今回作ってみるのは、妖精の骨を混ぜたキャンディだ。個人的に骨を食べるのは抵抗があったので、甘い菓子に混ぜ込めばまだマシかなと思ってのこと。クッキーとか他にも候補はあったけれど、日持ちの事を考えてこっちにした。

 

「まずは骨を砕いて、と。お願いしていい?」

 

「任せるニャン。これ、全部使うニャン?」

 

「そうねぇ……使うのはコレだけにしておいて。残りは無事に試作品が完成してから使うことにしましょ」

 

「ニャーン」

 

 三本の骨をトンカチで荒く砕いてから、すり鉢に入れてエンスに渡せば、ゴリゴリと音を立てて骨は粉になっていく。

 

「シルキちゃん。もし、前のランタンみたいに失敗したらどうするニャン?」

 

「そうしたらコピアさんじゃないけれど、スープの出汁に使うしかないんじゃない?」

 

「妖精のスープって美味しいかニャン」

 

「さぁ。でも不味いってことは無いんじゃない? 一応骨からとる出汁だし」

 

 互いに首を傾げながらも、手は止めない。私は深めのバットに油を塗ってから、キャンディの材料を鍋に入れてグツグツと煮詰めていく。

 キャンディは何度か作った事があるので、酷い失敗をすることはないだろう。温度計を差し込んでキャンディの温度に気を配りながら、持ってきたジャム用の瓶の蓋を開ける。

 中に入っているのは、三匹の食用ナメクジ。身体が半透明の緑色になっているのは、数枚のミントの葉っぱを食べさせていたからだ。どうもコイツは、食べさせたモノの色になるらしい。リンゴの皮を食べさせれば赤い色になって、青い花の花蕊を食べさせたら青い色になったし。

 モゾモゾしているナメクジに大さじ一杯分の砂糖を振りかければ、身体を微かに震わせた後、鮮やかな緑の液体と化す。量としては、瓶の半分といったくらいね。

 見た目とかは別として、このナメクジは食用としては本当に優秀だと思う。懐くことはないから溶かすことに罪悪感は湧かないし、溶ける時もあっさりとしたものだから、使う時に最後の姿を思い起こすこともない。つくづく、外見がナメクジってのが惜しいわね。じゃあ何だったらいいのかと問われると、答えられないけれど。

 

「そろそろいいんじゃないかニャン」

 

 指摘されて我に返り、温度計の表示を確認する。うん、ちょうどいい感じ。キャンディも僅かに色がついている。これ以上煮詰めると茶色くなってしまうから、もう火は消してしまおう。

 鍋の下の火を消したらエンスがすり潰してくれた骨の粉と、作ったばかりのミント水(シロップ?)を数滴垂らす。木ベラでよくかき混ぜれば、たちまちキャンディは綺麗な緑色になりながらミントの香りを辺りに漂わせた。私は爽やかなミントの匂いは結構好きなんだけれど、エンスはあまり好きではないらしい。鼻を押さえて文句を言う。

 

「シルキちゃん、臭いニャン!」

 

「ちょっと、私が臭いみたいな言い方やめて!!」

 

 誤解されそうな言い方に大声を出しながらも、まだ作業は続く。骨粉が綺麗に溶けて混ざったのを確認してから、バットの中にキャンディを流し込む。冷ましている間に、多少ミントの香りは落ち着いてきた。それでも消えることはない。流石、半日近く匂いが残るだけあるわね。タイミング間違えると熱で匂いが消えちゃうことがあるけれど、その心配はないみたい。

 冷めたキャンディが固まったのを確認したら、手を洗って今度は練る。何時ものように私の背中に顔を埋めて匂いをやり過ごそうとするエンスをくっつけたまま、キャンディを両手で掴んで伸ばす。引っ張ってはくっつけて伸ばしをくりかえせば、鮮やかな緑色をしたキャンディは空気を含んで優しい黄緑色になる。色合い的にはコッチの方がドギツくなくていいかも。

 最後にキャンディが完全に冷たくなる前に形を整えて、ハサミで均等な大きさに切って丸めれば完成だ。エンスも丸めるのを手伝おうとしてくれたけれど、やんわりと止めさせた。伸ばす時に、ちょっとスースーしたのよね。させたら絶対にニャンニャン騒ぐわ。

 

「よし、とりあえず……こんなモノかな」

 

 後は私の予想が正しいか確かめるだけ。このキャンディが、考えている通りの効果を発揮してくれるといいんだけれど。

 バットの中で転がっているキャンディを空になった瓶に詰めると、エンスに外に出るよう頼んで地下室に降りる。作業場の前に着たら、キャンディを一つ取り出してパクリ。ん、コレは!

 

「美味しい」

 

 ミントの爽やかな香りと、すーっとする感覚が鼻を通って目が覚めた。けれど辛すぎるわけではなく、ちょうどいい塩梅。

 悪くない、全然ありだわ。もし失敗したら、骨粉を入れないキャンディを作って売り出してもいいんじゃないかしら。砂糖水単品で売り出したけれど、使い方が限定的過ぎるみたいで、手にとってもらえないし。うん、そうしよう。

 と、想像以上の美味しさに満足しながら舐めているけれど、肝心の効果は一向に現れない。うーん、コレだと駄目か。だったら。

 ならばと、私は舌で転がしていたキャンディを奥歯の間に挟み込み、力を込めてキャンディを砕く。ガリッと音がした瞬間、目の前が一瞬青く染まり、浮遊感に包まれる。そして。

 

「あ、シルキちゃん! おかえりニャン!」

 

 気がつくと私はお店の外の扉の前に立っていて、鈴をリンリン鳴らしながらエンスが抱きついてきた。

 まだ浮遊感は抜けていなくて頭はぼんやりするけれど……成功したみたいね、コレは。

 

「やっぱりイタズラ妖精の右腕そのものに、ダンジョン……というか、地下から一瞬で地上に出られる能力が備わっていたみたいね」

 

 冒険者の人たちが右腕を切り落とすという話を聞いてもしかしたらと思っていたんだけれど……読みが当たってくれて嬉しくなる。

 

「じゃあ早速、コピアさんの所に送って売ってもらうニャン」

 

「そうね。でもその前にやる事はいくつかあるから、お店に並ぶのはもうちょっと先になるでしょうけれど」

 

 何しろこのキャンディは冒険者に、コピアさんが売ってもらうことをお願いする品だ。値段とかお互いの取り分とか売り方とか、決めなきゃいけないことがいくつかある。

 それを聞いて、思うところがあったのだろう。エンスはあっ、と声を上げる。

 

「そういえばこんなキャンディ作ったら、マクナベティルさんのお仕事、取ることになっちゃうニャン。あのおっかないドラゴンが許してくれるかニャン」

 

「それは大丈夫だと思うわよ。アキュニスちゃんが機嫌悪くするのは、マクナベティルさんが自分以外の誰かに関心を持つことだから。仕事云々で怒ることはないわ。多分、きっと」

 

「その言い方、凄く不安だニャン」

 

 とはいえ、確かに仕事を奪う可能性があるから、値段設定は慎重に決めないと。

 

「ま、駄目なら駄目でしょうがない。その時は骨粉を入れない普通のハーブキャンディとして売り出せばいいわ。食べて分かった、コレは売れる」

 

「だったら、キャットニップのキャンディも作って欲しいニャン!」

 

「それ喜ぶのエンスかフェルパーくらいじゃない? まぁ、考えておくわ」

 

 残ったキャンディを眺めながら、返事をしておく。素直に喜ぶエンスを見て、あんまり需要がないのは解っていたけれど作ってしまったのは、それから数日後の話だったりする。

 甘い? だって可愛い顔するんだもの。仕方がないわよね。



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宝石魚(試行錯誤編)

発売日以降、ずっと聖剣伝説3のリメイクばっかりしてました。
トロコンして現在五周目に突入しているのですが、一向に飽きる気配がありません。つまり素晴らしいリメイクってことです。
幸せ!!
そのうち聖剣伝説の小説も書きたいです。


「ホラ、こっち終わり。じゃあエンス、今度は反対の手見せて」

 

「ニャーン」

 

 お客さんもいない暇な時間を持て余した私は、エンスをカウンターに座らせ出された腕の肉球を押し出すようにして触った。すると、当然ムニュっと爪が出てくるので、傍に置いていたヤスリを手にして削りにかかる。

 

「随分伸びたわねー」

 

「だって切ってないニャン」

 

「まぁね」

 

 ゴリゴリと音を立ててヤスリをかければ、多少時間はかかるが爪先は丸く、短くなっていく。本当の事を言えば切ったほうが時間がかからないのだけれど、爪切りだと折角掃除した床に切った爪が落ちてしまうので、ヤスリを使って削っているのだ。それにお客さんもいないから、時間をかけた方がいい暇つぶしになるし。

 

「そういえばシルキちゃん、あのミント臭い飴の評判はどうだニャン」

 

「ミント臭いって、なんかおかしくない? うん、この前来たコピアさんからの手紙だと、ポツポツ売れているみたいよ」

 

 馬鹿売れという程でもないけれど、いくつかの冒険者グループが人数分買ってくれているらしい。

 というのも私は知らなかったんだけれど、転移魔術というのは中々使いづらいんだそうだ。回復魔術や攻撃魔術と違い、行きたい場所というのをしっかりと意識しないと全然違う場所に飛ばされたりするのに加え、グループ全員を同じ場所に転移させるとなると、魔術師全員ができるわけではないんだとか。

 後、マクナベティルさんの方もアキュニスちゃんの体格の関係上降りられる地点が限られているらしく、ダンジョンに潜った冒険者が町に戻る為に利用するには、乗せてもらった場所まで戻らないと駄目らしく。

 転移魔術が苦手な冒険者グループが、緊急用で買っていってくれるそうだ。

 

「あのドラゴン、怒ってないかニャン?」

 

「マクナベティルさんの運び賃が、一人につき銀貨二枚に対して、蛙キャンディはコピアさんへの委託代も含めて銀貨三枚。とりあえず値段に関しては対抗してないから向こうの仕事を横取りしてる事にはなってないわ。それと手紙によると、マクナベティルさんは逆に感謝してくれているみたいよ。帰りに拾ってやれない冒険者が減るのは、何よりだって」

 

 確かに転移魔術を使えない冒険者が、魔物に襲われてマクナベティルさんの元に戻れなかったら待っているのは死だ。あのダンジョンの町は立派な教会があるから、寿命ではない不慮の死に対しては蘇生をする事が可能だけれど、高価なユニコーンの角が必要だし、遺体の条件も『死後二日以内の損傷が軽度な物』と厳しめだ。直ぐに別の冒険者グループに拾われたらラッキーだろうけれど、一階でもあんな狂暴なKAERUがいるくらいだ、深層で全滅したらあっという間に魔物の腹の中に収まってしまうだろう。冒険者たちがある日から姿が見えなくなって、しばらくしたらボロボロになった装備品が見つかったっていうのは……顔馴染みには少しクルものがあるわよね。きっとマクナベティルさんの言葉は本心なんだろう。

 

「四十個作ったうち十五個は売れたみたいだから、そのうちまた作らないとね。行商人さん用に作った只のミントキャンディも、眠気覚ましにはピッタリらしくて評判いいし。売れる商品が増えるのはいい事ね」

 

「あんなミント臭いキャンディがいいなんて、皆鼻がおかしいんだニャン」

 

 因みに、蛙キャンディもミントキャンディも、材料に虫を使ってますと表示はしてある。魔物の肉を平気で平らげる冒険者たちは気にせず買ってくれるみたいだが、やっぱり行商人さんたちは一瞬身構える人が多い。それでも、実物を見れば皆安堵して買っていってくれるけど。まぁ、虫がそのままの形で入っているわけじゃないからね。やっぱり見栄えは大事ということだ。

 

「エンスは本当にミントの匂いが嫌いなのね。はい、こっちの爪も短くなったからおしまい」

 

「ありがとうニャン。ついでに足の爪はどうするニャン」

 

「足はいいでしょ、床に爪跡もないし。あ、足で思い出したけれど、冬用の長靴の確認しておきなさい。壊れてたり大きさが合わなかったら、靴屋さんで買わないとだから」

 

「解ったニャン」

 

 元気よく返事をすると、エンスはピョンとカウンターから飛び降りて奥の方へ駆けていった。それを見送ってから、私はこの前買った『底無しの袋』を手に取る。

 

「うーん、どうしたものかしらねぇ……」

 

*  *  *

 

 悩みの原因は、五日前に村長がお店にやってきた時に持ちかけられた『相談』にあった。

 

「やぁ、シルキ。今、ちょっと時間があるか? 話したい事があるんだが」

 

「えっと……お客さんいないから大丈夫ですけれど……どうかしました?」

 

 何でもない風を装いながらも、心臓はちょっと落ち着かない。この前支払った税金を、少し誤魔化したのがバレたのかと思ったからだ。去年代替わりしたこの村長は私より六つ歳が上で、子供の頃からしっかりしていたから気が付かれてもおかしくない。

 とりあえず、お客さんに対応できるようにと扉を開けたまま奥の部屋に案内する。ミルクと紅茶を用意しながらどうやって言い訳しようか考えていたら、村長が口を開いた。

 

「話ってのは……四年前にも親父から言われていた品の事だ。覚えているか?」

 

「四年前……いえ、すいません。ちょっと記憶には」

 

 四年前と言えば、私がこの店を始めたばかりの頃になる。今よりもまだ魔物の素材や魔術に関して知識が乏しかったから、頼まれても出来なかったんだろうけれど……駄目だわ。さっぱり思い出せない。

 

「村の湧水について、覚えてないか?」

 

「湧水……あ! 思い出しました!」

 

 それまで示してもらって、ようやく記憶を引っ張り上げることに成功する。そうだ、四年前と言えば雨の日が少なくて、あちこちの村や町で水不足が発生していた。そのせいで、村にある『水の宝珠』を盗もうとする人が絶えない時期があったのだ。幸いにも大した被害は無かったし盗む側の事情が事情だったから、前の村長が同情して私に『大量の水を持ち運びできる魔導具は無いか』と相談しにきたのよね。結局、いい案が浮かぶ前に纏まった雨が何回か降ってくれたおかげで、話は有耶無耶になっちゃったけれど。

 

「ひょっとして『大量の、水を持ち運び出来る魔導具』についてですか?」

 

「あぁ、それだ。覚えててくれたんだな」

 

「まぁ、ヒント出してもらえましたし……。でも、そこまでして需要ありますか?」

 

 あくまで湧水は只の水。教会で祝福され邪や魔を祓う聖水でもなければ、快癒の魔術が込められた薬でもない。冷たくて美味しいけれど、なんの効力もない水なのだ。事実、四年前の水不足の時以来、宝珠泥棒はやってきていない。そこまでして欲しがる人がいるかな。

 と、私は懐疑的だったけれど、村長は違う考えの持ち主だったようだ。「探せば色々とあるだろう」と言ってくる。尤も、具体的な案は教えてくれなかったけれど。

 

「……まぁ一番の理由は、タダみたいな資源があるのだから、有効活用できないかって思ったからなんだがな」

 

「確かに、放っておいてもジャンジャン湧き出てますからね。元手が掛からない状態でお金を稼げれば最高ですし」

 

「そうだろう! 成功したらその金で、村をもっと整備したいんだ。この村は周りの村や町に比べれば、多少は裕福だろ? 規模に対して、職人もいるしな。整備して住みやすくなれば、移住してくれる人間が増えるかもしれない。俺は村をもっと大きくしたいんだ。目指すは町だな」

 

「大きな夢ですねー」

 

 そうはいうものの、酪農はかなり大変だから移住は難しい気がするけれど。でも、もし村民が増えてくれたら、私にとっても美味しい話だ。乳製品を作る人が増えれば、それだけ行商人さんもやってくる。ついでにとウチで買い物してもらえれば、絨毯を買う資金を貯めるのも楽になるだろう。

 

「とりあえず急ぐものではないが、方法を考えておいてくれないか。いい案があれば報酬に加え、お前が誤魔化した税金も見なかった事にしておいてやる」

 

「あー……承知しました」

 

 クソ、やっぱりバレてたか。ま、大した金額じゃないから、払えと言われれば払ったけれど。用件を伝えると、紅茶を飲み干して村長は帰っていった。そしてその日以降、暇な時には考えを巡らせているのだが。

 

*  *  *

 

「思いついたものの、どうもパッとしないのよねー」

 

 手にとった袋の口を開いて頭を突っ込みながらボヤいていると、エンスの声が聞こえてきた。袋から頭を抜いて視線をそっちに向ければ、私の名前を呼びながらエンスが戻ってくる。

 

「シルキちゃん、長靴は壊れてなかったけれど、ちょっと小さくなってたニャン」

 

「じゃあ新しいの作ってもらわないとね。はい、これだけあれば足りるでしょ。余ったら、そのまま夕飯の材料でも買ってきて」

 

 私は袋から金貨を一枚取り出すと、エンスに握らせた。エンスの長靴は足が足な分特注になってしまうので、値段が張ってしまう。流石に金貨は多すぎだとは思うけれど、まぁ用心に越したことはないだろう。

 

「ニャン。今日は魚でいいかニャン?」

 

「おまかせするわ」

 

「じゃあ魚ニャン。ってシルキちゃん、また袋とにらめっこしてるニャン」

 

「村長に頼まれた話、一応案は浮かんでいるんだけれどね。どうも気に入らないから、もっと良いのがないか考えていたのよ」

 

 今、考えているのは『底無しの袋』を改良するという案だ。半分麻、半分アラクネの糸で作られているこの袋を全部アラクネの糸にして、空間を広げる風の魔術と、水を弾く風の魔術を掛ける。そうすれば、大量の水を持ち運べる袋の完成だ。ただ、色々と問題があって。

 まずはお金だ。いくら私がチョコを飼っていて、アラクネの糸に不自由していないとはいえ、魔術がかかった純度百パーセントのアラクネの糸の製品というのはいい値段になる。私が全部一人でできればもう少し安く抑えられるかもしれないけれど、空間を広げる魔術はともかく防水の魔術は覚えていないから人に頼まないと無理だ。加えて袋を織るとなると、道具屋を営んでいる私では時間が足りない。そもそも機織り機が家にないから無理だ。結局これも人に頼む事になり、お金がかかる。詳しい見積もりを出せば、いい金額になってしまうだろう。

 そしてもう一つの問題が、欲しがってくれる客の数が未知数だということだ。水の売買を始めたらひっきりなしに注文がくればいいが、宝珠泥棒が来ないことを考えれば、あまり期待はできないと思う。『底無しの袋』の使用期限は約二年。私が考えている袋の寿命も多分それくらいになるだろう。その間に注文がどれくらいきてくれるか。少なければ、商売としては成り立たない。

 

「今思いついている方法だと『需要と供給』の関係が釣り合わなそうなのよね。村長が考えてる旨味のある商売には、ほど遠いわ」

 

「フーン、大変なんだニャン」

 

「とはいえ、至急の仕事ではないからね。これから冬に入る事を考えれば、やり始めるのは春以降だろうし。もうちょっと私らしい方法がないか探してみるわ」

 

「頑張るニャン。じゃあボク、靴屋さんに行ってくるニャン」

 

「行ってらっしゃーい」

 

 と、見送っていたのだか、エンスは扉を開けたかと思ったら直ぐに閉めて戻ってきた。

 

「ちょっと、何で戻ってきてるのよ」

 

「雨降ってたニャン」

 

「傘させばいいじゃない」

 

「結構いい降りだから、傘あっても濡れるニャン。昼寝して、雨が収まったら行くことにするニャン」

 

 そう言うとエンスは、この前買った夢魔のオルゴールを持って寝床の方へと行ってしまった。全く、濡れるの本当に嫌いなんだから。

 けれどエンスの言うとおり、いい降りのせいか以降お客さんは来ず。

 結局その日は早目に店を閉め、大きな傘を持ってエンスと一緒に店を回ることにした。



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宝石魚(閃き編)

引き伸ばして申し訳ないです。
色々と書きたい小説が多くて。

タイトルからして、作り方は皆様大体察しているんじゃないですかね?


 カゴを背負って、私は森の中を歩いていた。右手には火ばさみ、茶色トンボの尻尾に結わえた糸を左手首に緩く巻き付けて、あてもなくフラフラ移動する。

 

「お?」

 

 クヌギの木ばかりが生えている場所に来た時、茶色トンボが渋い声で歌を歌いだした。私は足を止めて、茶色トンボが見ている方角を確認する。北ね、よし。

 しっかりと見極めてから、私は再び歩き出す。この茶色トンボは、私が探しているアイテムを見つけ出す能力に長けているのだ。こうやって特定の方角を見つめながら歌いだしたら、二百メートル以内に良い物がある可能性が高いので、期待してもいいだろう。

 数分後辿り着いたのは、垂涎ものの場所だった。ガッツポーズをしたあと、早速火ばさみで落ちているアイテムを拾い出す。あるのは殻が金や銀に輝くカタツムリや、四色のクローバー。コレらはコレクターが多いのでいい値段で売れてくれる。あー、もっとないかな。

 

「あ!」

 

 目につくもの全てをカゴに入れてから、更にあるモノを見つけて声を上げた。緑色の水玉模様のネズミを見つけたのだ。コイツは瓶に入れて上手に育てると、青の縞模様が入った種を産む。それを水の中に沈めればたちまち芽を出して緑の花を咲かせるのだけれど、これが食べても良し飾っても良しの優秀な花なのだ。見つけた以上、絶対に捕まえないと。

 こっそり近づくと、気づいていないのか木の穴から動かない。捕まえられると確信して、火ばさみをネズミに向けて伸ばした時だった。

 突然、ネズミが走り出す。するとどうだ。ネズミが進む方向にいつの間にか道ができていて、あっという間にネズミの姿が見えなくなった。

 

「え? あ、あ、待て!」

 

 急いで追いかけると、ネズミは道の先で立ち止まりコッチを見ている。そして、私が追いかけて来ているのを確認すると、また道を作って逃げ出すのだ。

 それを何回繰り返しだだろう。

 

「クッ……チュー太のクセに生意気な……」

 

 息切れはしないけれど、流石にイライラしてきたわ。なんか馬鹿にされているというか。遂に我慢の限界がきて思いっきり叫ぶ。

 

「きえー! いい加減にしなさいよ!!」

 

*  *  *

 

 叫ぶと同時に景色が変わった。ん……ここは私の部屋の天井じゃあ?

 

「……アレ?」

 

 気がつけばベッドにいて、枕を握りしめていた。ということは今までのは夢? どうりで突拍子もない展開になるわけだ。

 ベッドから起きないまま辺りをキョロキョロしていたら、鳥かごにしがみついたチョコとトリュフが私のコトを凝視していた。見世物小屋の動物を見ているような顔で私を見てくるから、少し恥ずかしくなってくる。この様子じゃ、夢の中で散々に言っていた文句も全部聞かれているんだろうな。変な事……言ってないわよね。

 

「お早うチョコ、トリュフ。変な夢見てただけだから、病気とかじゃないわよ」

 

 起き上がって笑ってみるも、二人は変わらない瞳でジッと見つめ続けている。うーむ、まさかモンスターと人形に珍獣を見るような目を向けられるとは思わなかったわ。

 朝から少し落ち込んでいると、バタンと勢いよくドアを開けてエンスが部屋に入ってきた。もう私が起きているのが解ると、目を真ん丸にする。そんなに驚くようなこと?

 

「シルキちゃんが起きてるニャン、珍しいニャン!」

 

「あー。今日はね、何か変な夢見たせいで何時もより早く目が醒めたのよ。お陰でチョコにも変な目で見られてるし」

 

「変な夢ってアイツのせいかニャン?」

 

 指をさす机の上には、夢魔のオルゴールが載っている。そういえば昨日、試しにと鳴らしてみたんだっけ。

 

「でも、何もなくて良かったニャン。起こしに行く途中で叫び声が聞こえたから、ボク、シルキちゃんが寝相悪くて落っこちたのかと思ったニャン」

 

 うげ、エンスにも聞かれていたのね。恥ずかしい。

 

「とりあえず、ご飯できたから食べるニャン。美味しいの食べれば、気分もよくなるニャン」

 

「そーねー」

 

*  *  *

 

 その後、何時ものようにカウンターでぼんやりしながらお客さんを待っていたのだが、やはりまだ面白くない気分が残っていて顔に出ていたのか、エンスに指摘をされた。

 

「一体どんな夢を見たんだニャン」

 

「んー……私ももう詳細な内容は覚えていないんだけれどね。起きる直前にネズミを追いかけてたのはしっかりと記憶に残っているわ」

 

「え、シルキちゃん猫になってたのかニャン?」

 

「いや、なんか凄くお金になるネズミだったのよ。それで捕まえようとしてたんだけれど、ネズミが走るとその先に道が出来て逃げられるっていうか」

 

「ニャーン?」

 

「うーん、どう説明すればいいかしらね。なんか空間が広がるっていうか、そのネズミが動くと壁があってもその壁がもっと奥にいくというか。ん?」

 

 動くことによって空間が広がる? もしそんな魔導具ができるなら、村長の依頼の打開策になるんじゃ。

 

「どうしたんだニャン」

 

 黙り込んだ私に、エンスが心配そうな声を上げる。少しして、思いついたアイデアの素晴らしさについ本音を漏らしてしまう。

 

「私って実は天才じゃないかしら」

 

「え、シルキちゃん大丈夫かニャン」

 

 途端にエンスの瞳が、心配して損したと言わんばかりの胡乱げなモノに変わる。

 

「いーじゃない、自画自賛したって。悩んでいた問題点の解決策が浮かんだら、自分を褒めてやりたくなるわよ。さて、と」

 

 メモ用紙は見つけたから、後はペンがその辺に無いかしらと視線を彷徨わせていると、部屋の中で虫取りに勤しんでいたチョコとトリュフが、気づいてペンを持ってきてくれた。

 

「ありがとう。じゃ、お客さんがいない内にアイデアを上手くまとめて」

 

「お早うシルキちゃん。ユニコーンの水薬と雷帝の抱擁、後はミントキャンディと傷薬が欲しいんだけど」

 

「お客さん、来ちゃったニャンよ」

 

「ぐぇぇぇぇ」

 

「え、な、何か取り込み中だったかい?」

 

「あえ、大丈夫です。少々お待ちくださいね」

 

 出鼻は挫かれたものの、お客さんが来たからと言ってアイデアそのものが吹っ飛ぶわけじゃないから問題はない。暇な時間にざっと書き上げて、文字を消したり付け加えたりしていれば、お昼ぐらいには上手いこと形になってくれた。ついでに残った時間で手紙も書き上げて、ほうき便の魔女さんに配達も頼んだので準備は万端。

 よし、明日早速作ってみよう!



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宝石魚(作成編)

折角なのでこの機会がない限り、一生公開されないであろう魔王ちゃんの設定でも載せようと思います。

黒髪金瞳の美人さん。APP18。年齢は26。
胸に剣がぶっ刺さっている状態で封印されている。
封印されている部屋は魔力が充満しているので、あらゆる種類の花が分単位で咲いては枯れのカオスと化している。魔物もこの部屋から生まれ、ある程度育つとダンジョンへ巣立っていく。
封印の部屋の扉には「永遠の憩いにやすらぐを見て、死せる者と呼ぶなかれ。果て知らぬ永劫ののちには、死もまた死ぬる宿めなれば」のパクリっぽい文書が刻まれている。
魔物が凶暴なのは、大好きだった冒険者(英雄たち)の一人に剣で止めをさされたから。こんなに好きなのに。酷い、憎い、絶許。でも好き。相当なヤンデレ。


 出した手紙の返事が来た。予想通りの承諾の内容だったので、私は早速明日は休みますと書いた紙を店の入り口に貼って、地下室に籠もる。

 

「今回のも試作品だから、材料は適当に有るものでやってみよっと。基となる宝石はどれがいいかしら」

 

 錠前がついた小さな木箱を開いて、代金として受け取った宝石を物色した。試しに作るだけだから、質は二の次。大事なのは大きさと形だ。

 

「うーん、これがいいかな」

 

 手に取ったのは、親指サイズの紫水晶とカンラン石。両方とも丸みを帯びた縦長な形が、作る形にちょうどいい。

 次に準備するのは、ちょっと大きめの魔石。コレをトンカチで叩いて、砕けた欠片の中から欲しい形を二つ選ぶ。ちょうど三角っぽい尖ったのがあったからコレにしよう。

 そして、ポケットからリボンのように細くて長い白い布を取り出す。コレは、チョコが半端に残ったアラクネの糸で作った布だ。繋ぎ合わせて大きな布を作ってみようと考えた事もあったけれど、実現するには年単位になりそうだったので、近いうちに染めてエンスの尻尾用のリボンにでもするしか使い道がないかと思っていたけれど……良かった。無駄にならなくて。

 その布を鋏で四等分にしてから、宝石と魔石を繋ぐように貼り付けてみる。この長さの半分でも大丈夫かな。布だってそんなにあるわけではないから、節約出来るのはありがたい。

 さて、長さを確認したら、次は布を使って二つの石をくっつける作業だ。だけどその前に、呪文を唱えないとね。

 

「エウクレイデス」

 

 布の上に右手を翳し空間を広げる風の魔術を唱えれば、中指に嵌めている指輪が小さな閃光を放つ。コレで布に魔力を込める事が出来た。後は糊で石をくっつけてから、妖精の粉を塗したアラクネの糸で、くっついている箇所をぐるぐる巻きにしてみる。ん、ちょっと不格好だけど……こんなもんかな。

 そして最後の仕上げに、チカトリスの瞳で布と糸を補強する。触ってみれば布というよりも皮のような感触になっていた。これなら、動くのにも支障のない硬さだと思う。剥がすのも簡単だろうしね。

 とりあえず、思い描いていた形に作ることは出来た。その後は何時ものように、少なくなっている商品を作ってからお店に出る。

 

「シルキちゃん、そろそろお店開けるかニャン?」

 

「そうね。ところでエンス、コレ何に見える?」

 

 作った品を補充しながら、ポケットからさっき作ったばかりの試作品を取り出して、見せた。エンスはちょっと考えてから「魚?」と答える。ああ、良かった。ちょっと形が悪かったけれど、ちゃんとそう見えて。

 

「これが袋の代わりになるアイデアニャン?」

 

「そ。こっちの方が底無しの袋作るよりも安上がりで、簡単に準備できるからね。とはいえ効果の方がまだ分からないから、実際問題使えるかどうかは、はっきりしないけれど」

 

 この前見た奇妙な夢を参考にして作った魚モドキの原理はこうだ。まず空間拡張の魔術を付与したアラクネの布を、宝石と魔石にピッタリと貼り合わせる。指輪の宝石で多少は強化されている空間拡張の魔術と、糸に塗した妖精の粉は、胴体部分の宝石に反応して本来以上の効果を発揮する、筈。

 更に尾びれの代わりにしている魔石が魔力を供給してくれるので、少量の布でも広がった空間を留めておく事ができる……と思うのだ。ぶっつけ本番だから、どこまで上手くいくか分からないけれど。

 要は底無しの袋の中に水を入れるんじゃなくて、瓶の水の中に袋と同じ効果を持つ道具を入れて、空間を広げようって作戦だ。理論としてはそう悪くないと思うんだけれど、どんなものだろう。

 

「でも、広げるってもコイツ多分沈むだけだからそう上手く……あ、だからコピアさんからお手紙がきたニャンか!」

 

「はい正解。後はコピアさんにお願いするって寸法よ」

 

 そう、この魚モドキはこれで完成というわけじゃない。あの夢の時みたいに動き回ってくれないと意味がないので、魔女のコピアさんに命を吹き込んでもらって自由に動けるようになってようやく本領発揮になる。

 

「うーん、でもお値段が心配ニャン。高かったらどうするニャン」

 

「そりゃないんじゃないかしら。裏市場の時に、コピアさん言ってたでしょ『四千枚の紙に、一人で魔力を込めた』って。四千枚が全部使われるわけじゃないらしいから、いい値段するなら予備作るほど頼んでこないと思うのよね」

 

 あ、でも『いいお金になる』とも言っていた気が。ちょっと心配になってきた。

 

「そんなわけで明日は起きたら、直ぐに絨毯に乗ってダンジョンの町に行くから。早めに寝なさいよ」

 

*  *  *

 

「お早うシルキちゃん。手紙をもらって、用事は分かっているわ。さ、どうぞ入って」

 

「おじゃましまーす」

 

「ニャーン」

 

 次の日、コピアさんの元へ訪れると、出迎えてくれたコピアさんが「お店だとじっくり話す事もできないから」と二階の自室へと招いてくれた。

 

「飲み物持ってくるから、少し待ってて。触らなければ、その辺見て回っても構わないから」

 

 一旦下へ戻るコピアさんを見送ってから、私はお言葉に甘えさせてもらい、室内を観察させてもらうことにした。うーん、広い。自室と工房を兼ねている部屋ね。あ、扉発見。棚に置いていない品物は二階から持ってきていたから、この扉の向こうが倉庫になっているのかしら?

 

「なんか、見ただけじゃ使い方が分からない道具があるニャン」

 

「それだけ本格的な工房ってことなんでしょ。私の地下室と比べるのは失礼よ」

 

 だいたい私の作る魔導具は、作り方さえ分かれば誰でも作れるようなモノしかない。使っている器具だって、普通に売っているのばかりだしね。

 グルッと一周し終えると、タイミングよくコピアさんがお盆にジュースらしきものを載せて戻ってきた。

 

「遅くなってごめんなさいね。オレンジジュース嫌いじゃないといいんだけれど。エンス君も平気かしら」

 

「大丈夫ニャン」

 

「良かった。それじゃあ話に入りましょうか。命を吹き込むって事なんだけれど、料金としては」

 

「コ、コピアさん。お店の方はいいんですか? 私はお昼とか休憩時間の合間に相談するのでも、十分ですけど」

 

「ああ、それは心配いらないわ。最近ね、一人雇ったのよ」

 

 おう、それなら安心だ。でも、人が雇えるくらいの余裕があるのはちょっと羨ましいな。

 

「買取とかはまだ全然だけれど、接客とお金の計算には問題ないから、任せても大丈夫。対応できない事があれば呼んでって伝えてあるしね」

 

「男の人ニャン、女の人ニャン?」

 

「女の子よ。元は回復系の魔術が得意な冒険者だったんだけど、大人しすぎる性格で冒険稼業は合わなかったんだって。彼女がいた冒険者チームから相談受けてね、話をしてみれば確かに大人しかったけれど、内気過ぎて何も言えないってわけでもなかったから私の所で働かない? って誘ってみたの」

 

「じゃあ、彼女にとってはラッキーでしたね」

 

「そうだといいんだけれど。で、料金の話に戻るんだけれど、生きているように動かすだけなのよね。動ける日数によって前後するけれど、その大きさなら二匹で銅貨一枚ってところかしら」

 

「え、破格じゃないですか。そんなに安くていいんですか?」

 

「人の言葉を理解して言うことを聞かせるとか、ある程度の意思を持たせたいってなると魔術も複雑になってくる分金額もかかるけどね、動かすだけならこんなモノよ」

 

「ニャーン」

 

「で、ホムンクルスとか生き人形になると、精霊の破片使って魂を作らないとだからもっとお金がかかるわね。手間かかるし面倒くさいし」

 

 なるほどね。

 

「となると魔王って名前の通り、凄いんですね」

 

「凄いってものじゃないわよ。精霊の破片無しに魂作れるわ、肉体も魔力だけで作れるわってもう完全に規格外よ。しかも一日に何十、何百だからね。一体何代掛け合わせたらそこまでになるんだか」

 

 肩を竦めるコピアさんの話を聞いて、昔お祖父ちゃんから教えてもらった事を思い出す。魔女は突然生まれるものだけれど、魔女の力を持つ人が結婚して子供が出来ると、必ず魔女の力を持って生まれるんだとか。そして魔女同士が結婚すると、必ず両親よりも力の強い子が生まれると。

 魔王もそうやって生まれた子らしく、お陰で世界は滅ぶ寸前まで陥った。だから今じゃ、魔女は結婚してはいけないことになっている。

 

「さて、お喋りはこれくらいにしておいて、早速その魚ちゃんを動かしましょうか。動ける日数、どれくらいがいい?」

 

「とりあえず実験なんで、三日も動けばいいですかね。あ、因みに大きさ的にはどれくらいまで大丈夫です?」

 

「大型犬くらいまでならいけるかしら。私、大きい物に命吹き込むのは苦手なのよ。ゴーレムとかは一度も成功したことないし。その代わり、一度に作れる数ならそれなりにこなせるから」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「じゃあいくわよ。ヤルダバオート!」

 

 呪文を唱えると、すぐさま宝石魚がビチビチと尾ビレをくねらせるようにして動き出した。早速持ってきた小さな瓶に魚を移し、一緒に持ってきていたワイン瓶に入れていた水を注いでみる。

 お、おおお! なんか手品みたい、絶対に溢れる量入れてるのに水が全然溢れないなんて! なんか楽しくなってきたわ!

 ちょっとワクワクしていたら、例の店員さんに呼ばれてコピアさんは降りていった。やがてワイン瓶は空になるけれど、小瓶の方はまだ余裕がありそうだ。持ってみても全然軽いし、妖精の粉もキチンと効果を発揮しているみたい。後は家に帰って、限界を調べるだけね。

 

「おし、お金払ったら帰ーるのは勿体無いわね。上手くいったお祝いに美味しい物食べて、ちょっと寄り道してから戻ろうか。何食べたい?」

 

「さっきチラッとみたんだけれど『ハーピーの肉入りました』って張り紙があったお店があったニャン。そこ行きたいニャン!」

 

「ハーピーかぁ。ならそこ行きましょう。初めてね、ハーピーって」

 

 その後家に戻って調べてみたら、親指サイズの大きさでも、六十リットル程度は容易に収納できる事が解った。これだったらもっと大きいサイズ―――例えば掌ぐらいの宝石を使えば、商売として成り立つわね。

 

「でもシルキちゃん、宝石は高いニャン」

 

「水晶系なら、そこまで値段張らないわよ。それに宝石っていってもピンキリだから、質の悪いのだったら安いのあるでしょ。魔術に関しては『宝石』ってのが一番重要だからね」

 

「……ネコババされたらどうするニャン?」

 

「そんなことする連中には、二度と売ってやらなきゃいいだけの話よ。まぁ、やりとりするのは村長だから、誓約書みたいの書いてもらうんじゃないかしら。私の仕事は、儲けになりそうな方法を考えるまでだから、そこまで心配する必要はないわ」

 

「ニャンかー」

 

 そして次の日、店の張り紙を見て何かを察した村長がやってきたので、宝石魚の水の収納っぷりを実践してみれば「これならいける」と無事採用になった。宝石を買う初期費用はかかるけれど、買えば永久に使えるというのも気に入ってもらえたポイントのようだ。

 誤魔化した税金も、目を瞑ってもらえたし。……次からはもうちょっと上手くやろう。



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火竜の琥珀玉(失敗作)

久々の失敗話。なので作成パートは、メチャメチャあっさりです。

そしてヒロイン力皆無の主人公。
今さらですが、少しくらい萌え要素つけとけばよかったなと思ってます。


 地下室からゴリゴリと何かを磨り潰す音が響く。音を出しているのはエンスだ。白い前脚とピンクの肉球が、乳棒と乳鉢を抱え一生懸命動いている。

 

「シルキちゃん、ドラゴンの角はこれくらい砕けばいいかニャン?」

 

「どれどれー。ん、そうね。これぐらい細かくなっていれば問題ないわ。じゃあ次、そこに人魚の血の粉末があるから、混ぜてくれる? ちょっと量が多いけれど、残しても仕方がないから全部入れちゃって」

 

「了解だニャン。……大丈夫かニャン?」

 

「うん、平気。範囲が広いだけでそれ自体は重症って訳じゃないから。エンスが作ってくれる人魚の薬飲めば、痕も残らず治るわよ」

 

 心配そうな顔で覗き込んでくるエンスに、シルキは苦笑いを浮かべながら答える。何故、何時もは一人でやっている調合をエンスに頼んでいるかといえば理由は簡単。

 右手の掌をいつくもの水ぶくれができる程火傷してしまい、物を掴めなくなっていたからだ。

 

*  *  *

 

「さて、そろそろコイツを使って何か道具を作りたいのだけれど……問題があるのよね」

 

 それは半月ぐらい前の事。私はあちこち欠けたり、薄くなったりしてボロボロになった数枚の鱗を、扇のように広げながら悩んでいた。これは火竜の鱗といって、名前の通り火竜の身体に張り付いている鱗だ。この鱗はそのまま使うなら防火や防熱の効果を発揮するが、砕いたりして粉状にすると発熱や発火の効果を発揮するという真逆の特徴を持っている。なので冒険者たちは鱗のまま使うなら防具、粉にしたら鍛冶屋さんに頼んで製鉄時に混ぜてもらい、炎を放つ武器にしてもらうって寸法だ。

 まぁ、使い道は圧倒的に前者が多いけれど。

火を放つ剣ってカッコイイ事はカッコイイんだけれど、魔術で代用できちゃうからね。炎を出すにしても、剣に魔力流さないと駄目だし。

 そんな事を言いつつも、私が作ろうと考えているのは後者の使い方だ。こんなボロボロの鱗じゃ防火効果を十分に発揮できないだろうし、冒険じゃ発熱効果は大して役に立たないかもしれないけれど、日常生活ならばそんなことはない。

 

「何が問題なんだニャン?」

 

「んー? この鱗なんだけれどさ、粉にして他の材料と混ぜる時に熱を出すらしいのよ」

 

 私が今考えているのは、粉状にした鱗と宝石を混ぜて作った石を載せた指輪だ。これから冬に突入すると、村は身長以上に降り積もる雪のせいで陸の孤島と化す。なので私は仕事がなくなり、春になるまでご近所さんの雪掻きや牛等の世話をしてお金や食料を稼ぐのだが、手袋を着けたままで細かい作業はやりづらいと常々思っていた。だから何枚か手に入ったこの鱗を使い、発熱効果を持った魔導具でも作って手袋いらずの状態にしたかったのだけれど。さっき言った通り、大問題があるのだ。

 

「熱を出すとなると、アラクネの糸が使えなくなるからね。どうしようかと」

 

 調べたところによると、発熱の温度は100度近くになるらしい。お湯に混ぜただけで溶けて消えてしまうアラクネの糸は、一瞬で影も形もなくなるだろう。私は基本、宝石を混ぜ合わせて何かを作る場合は、粉にした宝石と混ぜたい材料に細かくしたアラクネを糸を繋ぎとして使う。そしてコカトリスの目玉で石にし直すという感じだから、それか使えないとなるともうお手上げだ。

 

「じゃあ、宝石を溶かして直接混ぜるしか無いニャン」

 

「普通の家の火力で、宝石が溶ける訳ないじゃない。ああいうの溶かすのって、多分鍛冶屋さんにあるような炉が必要よ。私の家の鍋で宝石転がしたところで、煤がついて黒くなるか変質して価値がなくなるかのどっちかになるわ」

 

「なら専門家に訊けばいいんだニャン。レイスさんとかどうかニャン」

 

「そこまで考えが及ばなかったわ。アドバイスありがとうエンス。だったらダンジョンの町に寄った時、レイスさんに相談してみよっか」

 

 そしてこの前、宝石魚の件でコピアさんのお店に行った時に、レイスさんの所にも寄って質問してみた。少し唸ってから、レイスさんは教えてくれた。

 

「そういうことだったら、琥珀を使ったらどうじゃ?」

 

「琥珀ですか」

 

「うむ。アレは正確には松脂みたいなモノで石じゃあないが、使えば宝石と同じ効果を発揮するからの。木の樹液だから融点はそれほど高くはないだろうし、火にかければ臭いはキツいかもしれんがお前さんがしたいことは出来ると思うぞ」

 

「ほうほう」

 

 これは良いことを聞いたわ。琥珀なら前に欠片を買っているし、お店の木箱にも幾つか入っていた筈。早速試してみましょう。

 

「ありがとうございます。帰ったらやってみます。あ、その内買い物にもきますのでよろしくお願いします」

 

「おお、そうか待っとるぞ。何を作るかは知らんが、思ったのが出来るといいの」

 

 お礼を言ってから、絨毯に乗って村に向かう。そして、時間があった今日に琥珀を溶かして、中に砕いた魔石と火竜の鱗を混ぜてみたのだ。

 エンスがいたら騒ぎ立てそうな悪臭と戦いながら、何とか卵ぐらいの大きさの琥珀玉が完成する。手をかざすと周りの空気がほんのりと暖かかったので、コレは上手くいったと直接掴んだのが不味かった。

 というか私は宝石を使った混ぜ物に魔石を入れるクセがついていて、それを失念していたのが失敗だった。

 僅かながらも魔力を放ち続ける魔石に、魔力に反応して熱を発する火竜の鱗。加えて、魔力の効果を何倍もあげてくれる宝石の琥珀。何が起きたかは明白だろう。

 

「熱っっ!!」

 

 握って数秒後、ジュッという音がして掌全体に燃えるような熱さと痛みが走る。反射的に琥珀玉を離したけれど、もう遅い。

 こうして迂闊な私は、右手の掌全体を火傷するというヘマをやらかしてしまったのだった。

 

*  *  *

 

「シルキちゃん、完成だニャン」

 

「助かるわ。じゃ、苦いの我慢して飲んじゃうか」

 

 エンスに指示して作ってもらった人魚の丸薬と、水の入ったコップを前にして、私は覚悟を決める。

「よし」と呟いてから、左手で丸薬を摘まんで口の中に放った瞬間だった。エンスが「あ!」と悲鳴を上げる。

 

「ステビア入れるの忘れたニャン!」

 

「ちょ、そういうのはもうちょっと早くいいんんん!?」

 

 咄嗟に口を固く閉じて、手で塞ぐ。何コレ!? 苦い通り越して喉が嚥下するの拒否するレベルなんですけれど!?

 

「ん゛ん゛ん゛ん゛!」

 

 あまりの刺激にじわりと涙が浮かぶ。ヤバイ。このままじゃ、一分以内に吐き出しちゃう。でも人魚の血はもう在庫がないから、なんとしても飲み込まないと!

 私は急いで、近くの水槽に駆け寄る。そして、中にいる一匹のナメクジをつまみ上げると同時に口の中に押し込むようにして突っ込み、思いっきり奥歯で噛む。

 ブチュ、という感触がして口全体が甘くなる。うぅ苦味と甘味が合わさってこれまた微妙な味だけれど、なんとか、なんとか、飲み込めるわ!

 

「んぐっ!」

 

 後は口直しにもう一匹摘まんで、口のなかで転がす。安堵の息を吐いていると、耳をへたらせたエンスがやってきて謝ってきた。

 

「すっかり忘れてたニャン。ごめんニャン」

 

「いや、私も指示し忘れていたからいいわよ。しっかし苦さに血の味が合わさると、あんな最悪な味になるとわね。ステビア混ぜる選択は間違ってなかったわけだ」

 

「それにしても、さっきの凄い絵面だったニャン」

 

「ええ、お客さんなんかには絶対見せられないわ」

 

「……ところで、あの玉はどうするニャン?」

 

 エンスに指差されて、放り投げて転がったままの琥珀玉の事を思い出す。うーん、そうだなぁ。

 

「そのままじゃ熱くて使えないから、布で何重か包んでお風呂にでも入れて保温材にでもするしかないかな。今のところそれぐらいしか思いつかないわ」

 

「作り直さないニャン?」

 

「んー」

 

 魔石入れないで琥珀だけで混ぜて作っても、魔力流せばあの熱量になるのならば、指輪として使うのは無理よね。琥珀じゃなくてガラスにすればマシかしら。でも、ガラスってそう簡単に溶かせるのかな。さっぱり解らない。

 

「再チャレンジするとしても、しばらくは無しかな。鱗は全部使っちゃって、代替案も浮かばないし」

 

「じゃあ、今回は失敗作だニャン」

 

「久々のね。しかも治ったとはいえ、火傷するオマケつき。ちょっとへこむなー。肉球ムニムニして、お腹モフモフしないと元気でないかも」

 

「しょうがないニャン! せっかくだから、オヤツも作ってあげるニャン!」

 

「やった!」

 

 冗談めかして我が儘を言えば、ヤレヤレと肩を竦めながらもエンスも乗ってくれた。やっぱり失敗すると、落ち込んで気分も良くないけれど、関係ないお客さんには見せられない。

 ガッカリしたことは二人だけの秘密にして、今日も何時も通りに頑張りますか。



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今年最後?のご新規様

前回のナメクジ食いは、正直ブクマ下がるだろうなーと覚悟していたのですが、気がついたら増えているという予想外の展開に。
アレ?意外とナメクジ君人気者?


 リンゴジャムのパンとミルクたっぷりのコーヒーの朝食を終え、エンスと一緒に食器を片付けた後、私は地下に降りずせっせと編み物に勤しんでいた。

 そろそろ雪が降って行商人さんが訪れなくなるため、商品を補充する必要がないのだ。なので今はあるだけの品で対応し、足りないようなら作って後で改めて取りに来てもらう、という流れをお願いしている。使用期限のある品の在庫抱えたくないしね。

 

「シルキちゃん、そろそろお店開けるかニャン」

 

「そうね、すぐにお客さんが来ることはないでしょうけれど、時間だから開けとこうか。あ、その前にエンス、手を出して」

 

「ニャーン」

 

 差し出された手に、今編んでいる手袋を当ててみる。この前、長靴が入らなかったのでひょっとしたらと調べたら、手の方も多少大きくなっていて窮屈になっていた。なのでちょうど村の人から、今年刈った羊毛で作った毛糸をもらったので、空いた時間で作ってみたのだが。

 

「んー、少し大きいかしら。ちょっとはめてみてくれる?」

 

「確かにおっきい感じだけれど、ぶかぶかってほどでもないニャン。外でお仕事するには、不都合は無いニャン」

 

「そっか。じゃあ、編み直さなくてもいいわね」

 

 それなら私の分を編んで、残った毛糸の量をみてマフラーでも作ればいいか。

 

「チョコ、貴女も新しい毛糸いる?」

 

 鳥かごの中にいるチョコに今ある毛糸を見せながら訊ねれば、しばらく私の掌にある毛糸の塊を見つめてからゆっくりと首を振る。そして、足元に置かれている手袋の毛糸を解す作業に戻った。

 チョコが解しているのは、去年殆ど使わなかった私の手袋。チョコが冬に強いのか解らなかったので(ダンジョンは温度が一定だし)、暖をとれるようにと手袋を一組、鳥かごの中にいれてみたのだ。するとチョコは、手袋の右手を布団代わりにして潜り込み、左手はほどいて自分とトリュフのセーターの材料にし始めた。まさかの行動に少し驚いたけれど、チョコやトリュフサイズの服を作れるほど私は器用ではないから、自作してくれるのはありがたい。

 

「ふーん。まぁ、足りないようなら教えてね。直ぐに分けるから」

 

 コクコクと頷くチョコを眺めてから、トリュフの姿を捜してみる。いつもチョコの傍を離れないから、近くにいると思うんだけれど―――あ、見っけ。

 鳥かごの裏に、トリュフはいた。いつの間に捕まえたのか、羽虫を一生懸命針に刺している。これはチョコの朝御飯かしら? やはり夏に比べると、虫が貧相だ。ベーコンの切り落としがあったから、それをプラスしておこうかな。

 立ち上がって食材を持ってくるついでに、店の鍵も開けておく。そうして、カウンターまで椅子を引っ張って編み物の続きに取り掛かる。開店と同時にお客さんが来るほど私の店は繁盛していないし、雪で来られなくなる前に買いだめしておこうと、行商人さんたちの方も酪農家の人の方を優先させるし。なので最初のお客さんがくるのも、三十分ぐらい後だろうと思っていたのだが。

 

「あら」

 

 十分ぐらいで扉のベルがなったので、顔を上げる。珍しい事もあるものだ、と思っていたら。

 

「やぁ、姐さんおはよう。オレのこと、覚えてる?」

 

 入ってきたのは以前裏市場で買い物をした、砂漠のオアシス生まれだと言っていた青年だった。

 

*  *  *

 

「ええ、覚えてるわよ。あの日以来ね。態々来てくれたんだ?」

 

「半分正解。あの市場で一仕事した後は、他を色々回っていてさ。また、こっちにくる用事が出来たから、姐さんの言葉を思い出して足を延ばしてみたんだ」

 

「ふーん」

 

「で、折角だから姐さんのお勧めの乳製品を買い付けようかと思って、村に来て直ぐにここに来たんだ。いやぁ、広々としたいい村だね」

 

「え? よくお店が解ったわね。村の誰かに訊いたの?」

 

 私の店は解りやすい村の入り口ではなく、もう少し奥に引っ込んだ所にある。まぁ、看板はあるし村自体それほど大きくないから、ちょっと探せば見つかるけれど、来て直ぐってのは難しいんじゃないかしら。

 

「ああ。ちょうど向かい側から歩いてくる人がいたからね、教えてもらった」

 

「ふーん」

 

「藍色の長い髪の凄く綺麗な人だったよ。この村は美人さんがいていいね。また来る理由の一つになる」

 

「藍色の髪……ねぇ」

 

 パッと頭の中に数人の候補が浮かぶけれど、会いに来たいほどの美人となると。

 

「その人、私と同じくらいの歳で狩人の格好していた?」

 

「そうだな。姐さんの友達?」

 

「ええ、幼馴染みのステリアちゃんよ」

 

「へぇ」

 

「言っておくけどステリアちゃん、もう結婚しているからね」

 

 ついでに言うと、もう二児の子持ちだったりする。旦那さんは十も離れている元狩人で、結婚する切っ掛けも、この旦那さんが怪我で狩人を辞めると言ったからだ。

 元々、旦那さんに狩人の仕事を教えてもらっていて、彼に好意を抱いていたステリアちゃんはその言葉をきくやいなや「だったら私が養うんだー!」と叫んで家に突入。その後も毎日の日課のように猛烈なアタックを仕掛け、遂に旦那さんが白旗を上げる事になった。ちなみに、プロポーズもステリアちゃんからするという徹底っぷり。旦那さんは女顔でも華奢な訳ではないけれど、あの時ほどステリアちゃんが漢らしく見えた日はなかった。

 

「そうなんだ。あぁ、別にあの姐さんを口説いてどうこうってつもりはないぜ」

 

「ステリアちゃん綺麗な見た目とは裏腹に、知り合い以外には結構容赦ないから変な気を起こしても、冷たくあしらわれるだけよ。あんまりにもしつこく迫って、魔術食らってた人もいたしね」

 

「そうはならないから、安心してくれ」

 

 なら、いいんだけれど。

 

「それで、用件は何かしら? 乳製品なら、私の店じゃなくて直接作っている人の元へ行った方が早いし安いわよ」

 

「いや、どうせなら姐さんのお勧めの味を教えてもらおうかと思って。姐さんの紹介って言えば、向こうさんともスムーズに交渉出来そうだしさ」

 

「それもそうね。だったら、チーズは---」

 

 とりあえず、私が懇意にしている何人かを教えておいた。簡単な地図を描いて渡したので、迷うこともないだろう。

 一通り話をした後、彼は私が作っている商品にも興味を持ってくれたので、軽く説明すれば「へぇ、便利そうだ! 買わせてもらうぜ」と色々お買い上げしてもらえた。こっちも在庫が捌けてくれるのは非常に助かるので、期限の近いユニコーンの水薬をオマケしておく。

 私も人魚の粉末が欲しかったので訊ねてみたのだが、アレは大して売れないからあんまり持ち歩いてなく、裏市場で買ったので最後だったらしい。というか、売り物が全部捌けて在庫が空になったから、仕入れにこの村にきたんだとか。うーん、残念。

 でも、全く収穫がなかったわけではない。そのまま彼---クヴァンジュ君の故郷、砂漠の話になったのだけれど、水場の関係で町や村の距離が凄くあって交流が大変な分、転移魔術や移動の魔導具が凄く発達しているのだとか。

 空飛ぶ絨毯もクヴァンジュ君の町で作っている魔術師が何人もいて、頼めば多少融通をきかせてくれると言うことだ。

 

「その代わり見た目がちょっとアレな、訳あり品って奴だぜ。性能には問題ないから、その辺を気にしないでくれるなら承るよ」

 

「乗るのなんて私たちくらいだから、そこまで煩く注文付けませんよ。じゃあ、その時は宜しくお願いしますね、クヴァンジュさん」

 

「長い付き合いになると解った途端、あからさまに口調が変わるんだな、姐さん。ま、そういうの嫌いじゃないぜ」

 

 その後もダラダラと世間話をしていると、あっという間に三十分くらいが過ぎていく。

 

「これ以上いると、他のお客さんが入れないだろうから、失礼するぜ。姐さんまたな。春になったらよらせてもらうよ」

 

「ありがとうございましたー」

 

 クヴァンジュ君が買った物を底無しの袋に積めていると、彼の服から小さな袋が落ちた。だが、クヴァンジュ君は気づいてない。

 

「何か落ちましたよ」

 

  カウンターから出て、拾ってみる。ん、柔らかいわね。中身は何かしら?

 首を傾げていると、気持ちが伝わったのか袋の口が開いて『中身』が見える。

 『ソレ』は目玉だった。真っ赤な目玉が、ジッと私を見つめている。固まっていたら、ソレはズルリと袋から出てきた。

 イメージをしてもらうなら、蜘蛛が近いだろうか。真っ赤な目玉からは、両脇に黒い繊毛に覆われた脚がついているのだ。もっとも蜘蛛と違って、この目玉に付いている脚は十二本だけれど。

 相変わらず固まっていると、それに気づいたクヴァンジュ君が「ゴメンゴメン」と謝りながら袋を回収する。すると、目玉の化け物も袋の中に引っ込んだ。

 

「ビックリさせて悪かった。コイツは蟲使いの幼馴染みがくれた、幸運のお守りなんだ。コイツがいるからか、商売も結構順調でさ。今じゃ大事な旅のお供だよ」

 

「フ、フーン」

 

「でも姐さんが叫び声上げたり、放り投げないで本当によかった。コイツ、自分に酷いことする人間には仕返しするんだ。怪我させたり、不幸な目に遭わせたりさ」

 

「よ、良かったニャン。シルキちゃん」

 

「じゃ、オレ行くよ。姐さんも元気で」

 

 軽く手を挙げて、クヴァンジュ君は出ていった。扉がしまったのを確認してから、ボソリと呟く。

 

「コレが異文化コミュニケーションってヤツになるのかしら」

 

「あんなお化けが幸運のお守りだなんて、世界は広いニャン。それにしても、不幸のお裾分けがなくてよかったニャン。解ってて、何もしなかったのかニャン?」

 

「ううん、単純に衝撃的過ぎて動けなかっただけ」

 

 結果的にそれが吉と出てくれたけれど。

 

「まぁ、最後のカルチャーショックはビックリだったけれど、面白い話が色々聞けたのは収穫だったわ。新しい商品も閃いたし」

 

「ニャン? 早速作るかニャン?」

 

「そうね。売るのは来春になるだろうけれど、今年最後の新商品、明日にでも作ってみるとしますか」



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アリアドネが繋ぐ糸

用は糸のついてない糸電話


「ええっと、たしかここにしまっておいた筈なんだけれど……捨てちゃったかしら」

 

 ゴソゴソと、地下室で荷物置き場と化している角で、私は魔導具に使う材料を探していた。おかしいわね、見つからないなんて。動かした記憶はないんだけれどなぁ。

 疑問に思いながら奥の方を漁ると、見覚えのある木箱が出てきた。あ、確かこれだ、記憶が正しければこの箱の中に、私が探している物が入っている筈。

 木箱を引っ張り出してから、そっと蓋を外して確認する。うん、そうだ、これだこれ。良かった、見つかって。

 触れてみて、品質に問題ない事を確認してから、私は箱ごと机の上に置く。さて、早速作っていきますかね。

 

*  *  *

 

 まず、最初に木箱から白い粉を使う分だけ取り出す。これは焼き石膏、コイツを使って今からチョークを作っていくんだけれど、かなり久しぶりだから、前みたいに上手く作れるか少し不安が残る。

 とりあえず、焼き石膏と混ぜる水を必要な量だけ量っておく。用意が出来たら、今度は以前マクナベティルさんから買い取ったはいいけれど、使い道が見出だせずに仕舞いっぱなしになっていた『精霊の破片』を持ってくる。

 鋭い見た目とは裏腹に、意外と硬くないので乳鉢でゴリゴリするだけで簡単に粉末状になってくれるので、粉にするのにそれほど時間はかからなかった。粉になったら、焼き石膏と一緒にしてから水を加えて混ぜる。精霊の欠片は絵の具と違うから、絵の具のように綺麗な色が出る期待はしていなかったけれど、予想に反して綺麗な青色になってくれた。青ということはこの欠片は水の精霊が元だったりするのかしら?

 石膏と精霊の欠片がすっかり溶けたら、型に入れて固まるまで待つ。石膏なのでそれほど時間はかからない。数分して型から取り出したら完全に固まるまで数日置けば、チョークは完成となる。それにしてもチョークなんて久しぶりに作ったけれど、意外と覚えているものね。何だかんだいってもずっと作り続けていたから、身体が覚えているってヤツになるのかしら。

 実をいうと、チョークは絵描きだったお祖父ちゃんに作り方を教わってよく作っていたのだ。この村は人数の割にはお店が充実している方だと思うけれど、流石に画材を扱っている店はない。この村にきた時にお祖父ちゃんは、貴族様相手の肖像画きは引退して風景画を描いていたのだけれど、そこそこ名が売れていたからか風景画を買いに来る画商さんがたまにやってきていて、使う道具や絵具なんかはよく私が作っていたのだ。

 画商さんにも何度か紹介されていたから、多分お祖父ちゃんは私を画家にしたかったんだろう。だけどなれなかった。お祖父ちゃんが色々技術を教えてくれたから、それなりの絵は描けるのだけれど、お金を出してまで欲しいと思えるような個性というか魅力が私の絵には残念ながらない。悪くは無いんだが残念だな、と寂しそうに笑うお祖父ちゃんに、悪いことしたなぁと今でも思うことはある。けれど、頼まれて絵具を作るのは凄く楽しかったし、結果こういうお店を開く事ができて、ちゃんと食べていけるようになったから、全くの無駄というわけでもなかったんだろう。うん。

 さて、チョークは出来たので、もう一つ使う予定の道具の作成を行うことにしよう。

 用意したのは、チョコが作ってくれたアラクネの布。リボンくらいの細さなので、鋏で切って正方形になるように並べてから、針と糸で縫っていく。できるだけ凹凸が出来ないように注意を払いながら縫い上げれば、掌よりも二回りほど小さい大きさの布になる。それから、小さな片手鍋にこの前作った火竜の琥珀珠を入れ、作ったばかりの布に押し付けて伸ばしていけば皺がとれてピシッとした状態になる。結局この琥珀珠は、皺取りで使う石炭の代わりにした。多分、妥当な使い方だろう。

 最後にチカトリスの目玉を取り出して布にかざすと、丈夫な厚手の紙っぽい感じになった。表面もザラザラしているし、イメージした通りの出来になってくれたので嬉しい。

 

「あ、そうだ。コレにチョークを見せたら、直ぐに固まってくれるんじゃないかしら」

 

 チョークは固くなりすぎると使いづらいんだけれど、チカトリスの目玉ならちょうどいいかもしれない。

 名案を思い付いたので、早速実行に移してみる。失敗しても材料はまだ残っているから、また作ればいいだけの話だし。

 そしてチョークにチカトリスの目玉を翳せば、読みが当たって数日間乾かしたような硬さになってくれた。これはいい時短だ、売り出す時は大活躍してくれるだろう。

 

「さってと。それじゃあ完成させちゃおう」

 

 私はチョークを手にして、布にイラストを描く。とはいっても面積はそれ程広くないので、複雑なモノにはしない。青色なのでそれをイメージした雲と雨を描き、もう一つの布にもイラストを描く。同じ物を描くのがポイントだ。仕上げにコカトリスの目玉をかざせば、布はイラストごと石化して薄い石板になる。出来上がった石板を、割れ防止のガーゼを敷いた口が広いガラス瓶に魔石と一緒に入れれば、試作品は完成だ。

 

「後はエンスに頼んで、狙った効果が発揮されるか確認するだけね。っともうこんな時間。そろそろお店を開けないと」

 

 時計を見ると、結構時間が経っていてびっくり。探し物で手間取っていたみたい。

 私は作ったばかりの瓶二本を脇に抱えて、急いで階段を駆け上がった。

 

*  *  *

 

「じゃあ、行ってくるニャン」

 

「行ってらっしゃい。頼んだわよ」

 

 お昼過ぎ。袋にさっき作った瓶を忍ばせながら買い物に出かけるエンスを見送ってから、私はカウンターに戻る。端にもう一つの瓶を置いて、時々横目で見ながらお客さんを待っていると。

 

「きた!」

 

 コトリという音と共に、瓶の中に一枚の紙が出現した。コルク栓を外して、紙の内容を確認する。

 

『お肉屋さんのおばさんが、今日のおすすめは鶏と羊だって言ってるニャン。ボクにはオマケしてくれるって、シルキちゃんはどっちが食べたいニャン?』

 

 成る程成る程、そうきたか。

 

『じゃあ羊で。料理はエンスに任せるから、買う量は好きにしていいわよ』

 

 新しい紙に返事を書いて瓶の中に入れれば、魔石が一瞬点滅したのち紙は消滅する。そして数分後、再び紙が現れて裏に書いてあった言葉は「それなら厚めに切ってもらって、夕飯はソテーにするニャン」というもの。

 

「よしっ! 成功!」

 

 周りに誰もいない事をいいことに、私は万歳をする。この瓶に入っている石板は、クヴァンジュ君の故郷の話からヒントを得て作った簡易転移魔法陣、手紙程度の軽いモノをやり取りできる魔導具だ。

 精霊の欠片は粉にして分割すると、磁石のように互いを引き寄せようとする効果が現れるらしい。なのでその性質を利用して、彼の故郷では料金を払えば誰でも使える移動魔法陣が国のあちこちにあるのだとか。

 勿論向こうの魔法陣は人を動かすからもっと複雑で、加える材料や魔術なんかも桁違いなのだろうが、紙切れ一枚ならこの程度の作りで通用すると解った。そして、コイツのもう一ついい点は『同じ魔法陣同士でしか反応しない』というモノだ。だから一本チョークを作れば、模様のデザインを変えるだけで量産が出来る。当然、私も模様が被らないように注意もしないとだけれど。

 お客の行商人さんには、仕事で町や村を渡り歩いている為に、家族や恋人のいる家になかなか戻れないという人も結構いる。会えない分せめてと、需要はそこそこあるだろう。ほうき便もあるけれど、直ぐに届けるってのは難しいからね、この村なんか田舎だから、五日に一度まとめてくるし。

 

「後は容器の問題かな」

 

 今回はガラス瓶を使ったけれど、割れる心配を考えると行商人さんには向かないかもしれない。まぁ、この辺りは金属とか木の筒に変更すれば解決すると思う。どうせ売り出すのは春がきてからになるから、それまでに村の職人さんに相談してしっかり考えておけばいいや。

 とりあえずこれで、手元に置いていた素材は全て使い道ができた。正直、精霊の欠片はこっちじゃ使い方が限定的過ぎて、コピアさんに買い取って貰おうかと考えていたから、ありがたい。

 クヴァンジュ君には改めてお礼を言わないと。いつまた、来てくれるかな。



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ウサギ&ライチョウの足 ターコイズ付き

これにてこの話は完結です。
長い間お付き合い下さり本当にありがとうございました!!
とりあえずおしまいですが、何か小咄を思い付いたら更新したいと思います。

そして、またアイテムのネタが浮かんだら、続編を書きたいと思うので、その時はよろしくお願いします。


「エンス、そろそろ休憩にしましょう。鍋の方も温まったみたいだし」

 

「分かったニャン」

 

 呼び掛けると、持っていたシャベルを雪山に突き刺してエンスが傍までやってきた。座る場所に濡れてもいいぼろ布を敷いてから、私はかけていた鍋に指を入れて温度を確認する。うん、だいぶいい感じ。持ってきていた火箸で、鍋の中に突っ込んでいた火竜の琥珀珠を取り出したら、厚手の布にくるんで胸元に仕舞う。あー、温かい。

 冷えた身体が少し温かくなったので、今度は琥珀珠をエンスに渡してから、木でできたコップを二つ準備する。鍋の中で保温していたのは牛乳と蜂蜜。牛乳は人肌くらいの温かさになっているし、蜂蜜もトロリと柔らかくなっているから、直ぐに溶けてくれそうだ。

 

「はい、エンス。蜂蜜は好みで入れてね。これ飲んでもう少し頑張りましょう」

 

「ありがとうだニャン」

 

 コップを渡せば、エンスは直ぐに息を吹き掛けて牛乳を冷まし始めた。その間に私は蜂蜜を入れちゃおうと、スプーンで掬ってかき混ぜる。雪掻きして疲れたから疲労回復の意味も込めて、少し多めに入れたんだけれど……ちょっと甘過ぎたわね、コレ。どうしよう。

 チラリと鍋の中を見れば、もう牛乳は残っていない。仕方がないのでそのまま飲み干し、口に残る甘ったるさは新雪を食べて調整することにした。ようやく口の中がサッパリしたので、ふぅと一息ついていると、遅れてエンスも飲み始める。そのまま十分くらい身体を休めていると、エンスが申し訳なさそうな顔つきで話かけてきた。

 

「シルキちゃん。ボク、もう少ししたら夕飯の準備をしないとだから、家に戻らないとだニャン。残りはお願いしてもいいかニャン」

 

「大丈夫よ。頼まれていた雪掻きもかなり片付いたから、これくらいだったら私一人で終わらせられるわ。何だったら、休憩終わったらそのまま戻ってもいいし。あ、戻るなら鍋一式持っていってくれる?」

 

「それぐらいお安い御用ニャン。じゃあボク、帰るから後はお願いだニャン」

 

「ええ、転ばないよう気を付けなさいよー」

 

 鍋を抱えて走るエンスの後ろ姿を見送ってから、私もソリに雪を載せて決められている雪捨て場所へと向かう。疲れるけれど、私の胸元くらいまでしか背丈のないエンスと私だったら、明らかに私の方が早く終わらせられる。とっととやって、お風呂でゆっくり疲れをとろう。

 それから一時間程で、頼まれていた箇所の雪掻きは終わる。家の人にそれを伝え代金を貰うと、一緒に塩漬けの肉と大きめのチーズを渡された。

 

「いいんですか? こんなにいただいて」

 

「ああ、シルキにはこの冬の間、何度も世話になるだろうからな。チーズ好きなんだろ? エンスと食べてくれ」

 

「じゃあ遠慮なくいただきます。人手が欲しい時は、気軽に声かけて下さいね」

 

 深々と頭を下げてから、上機嫌で家へと向かう。こういうオマケが結構あるから、冬の仕事は大変だけれど嫌いではない。

 玄関の扉を開ければ、暖められた空気が全身を包んだ。こういう時、誰かがいてくれるのは本当にありがたい。家に帰ってからまた一仕事って、地味に悲しくなってくるからね。

 

「お帰りニャン。今日は温かいシチューにしたニャン」

 

「ありがとー。やっぱり寒い日には熱々のスープが一番ね。チョコ、トリュフただいま。外は凄く寒かったわよ」

 

 コートに積もった雪を払っていると、モコモコに着こんだチョコとトリュフが出迎えてくれた。チョコは思っていた通り寒さに強くないので、部屋が暖かくないと手袋の中からは出てこない。ただ、冬眠はしないみたいだ。トリュフは人形だから寒さは全く気にせずに動いているけれど、チョコが作ってくれたからか毎日律儀にセーターを着て、机の上を箒で掃いたり雑巾がけをしてくれていたりする。小さい人形が精一杯頑張っている姿は、結構な癒しだったりする。

 

「そういえば、明日もお仕事あるニャン?」

 

「ええ、厩舎の雪降ろしが待ってるわ。それやったら二日はお休みにしているから、一日は家の掃除をして、もう一日はゆっくりしましょう」

 

「じゃあその日はボク、お布団から出ない事にするニャン」

 

「だったらご飯は宿屋で摂ることにしよっか。そんなに混んでないといいけれどね」

 

 皆でテーブルを囲って食事をしながら、今後の予定を話し合う。普段なら行商人さんで賑わう村唯一の宿屋兼食堂は今、近隣の村から来た子供達の宿舎になっている。畑が雪に埋もれてすることが無いからと、家畜の世話や除雪作業の手伝いにきてくれているのだ。

 子供だから出来ることには限度があるので、貰える金額はそんなに多くない。大人の出稼ぎに比べれば半分くらいだと思う。

 けれど宿と食事代を引いても、一冬働けば子供にとっては大きな額のお金が貯まるらしく、宿屋は子供達で満室だ。因みに一日働いた子たちは結構な量のご飯を食べるから、宿屋で食べる時は混み具合の他に食材の残り具合も気にしないといけない。下手するとみんな食べ尽くされて閉店、って可能性もあるからね、その辺は気を付けないと。

 

「シルキちゃん、今日は疲れただろうから後片付けはボクがやっておくニャン。お風呂に入ってきていいニャン」

 

「いいの? ならお言葉に甘えさせてもらうわ」

 

「任せるニャン。だから明日も頑張ってニャン」

 

「了解。エンスも夕飯の支度頼むわね」

 

 じっくりお風呂に浸かって疲れをとった後は、もう眠るだけになるのだが一仕事しようと自室の机に向かう。この時季の地下室は寒すぎて、とてもじゃないが短時間でもいたくないのだ。

 

「よっと」

 

 縛られていた巾着の紐を解いて机の上に広げる。転がり出てくるのは沢山のウサギと少量のライチョウの足だ。これはステリアちゃんに頼み、一年かけてコツコツと貯めてもらったもので、掃除と消毒は済んでいるから、後はもう加工するだけ。やっぱり持つべきものは親友だ。まぁ、こっちもステリアちゃんのお願いには融通をきかせたり、多少のオマケはしたりと出来る限りの便宜は図ったんだけれどね。

 とりあえず近くに転がっていたウサギの足を手に取り、巾着と一緒に用意していた小箱を引き寄せる。開ければ箱一杯に入っているのは、ブローチの留め具。村の鍛冶屋さんに頼んで作ってもらっていたのだ。

 幾つか箱から取り出してからウサギの足に宛てがってみて、カーブや当たり方が微妙に異なる中から、一番しっくりくるのを探しあてたら貼り付けるための準備にうつる。木の器に半分くらいの粉を入れてお湯と混ぜれば、糊のように粘った状態へと早変わりだ。

 

「チョコにトリュフ。見にきたの? これはね、ダンジョンにいる大蜘蛛の糸を乾燥させて粉にした物よ。粘着性の強い糸らしくてね、お湯に入れると簡単に接着剤になるの」

 

 本来の糸は、大人の冒険者の動きを鈍らせる程らしいから、かなり強いのだと思う。けれど一度乾燥させたからか、そこまでの粘着力は無くなっている。とにかく、お湯に入れるだけで使い勝手のいい糊になってくれるので、私としては非常に楽でありがたい。膠もいいんだけれど、冬だと使い勝手悪いからね。

 留め具にこの糊を塗って、グーッと数分押し付ければ、ウサギの足のブローチが出来上がりだ。そしてピンの部分に、小さなターコイズを付けたチェーンを通して完成。安物故に色は褪せて白に近いけれど、石がターコイズであれば品質に問題はない。

 こんな感じで、ブローチを二つ作ってから片付けをしていると、チョコが不思議そうな顔で私をみる。もう終わりなのか、と。

 

「これは春になったらお店に出す品だから、急いで作らなくていいのよ。雪が溶けるまでまだまだかかるから、少しずつ作っていくの。さ、もう寝ましょ。お休みなさい」

 

 ランタンの火を消してベッドに向かえば、チョコは手袋の中に潜り込む。基本こんな毎日で、たまに買い物を頼まれ絨毯でダンジョンの町に出かけるを繰り返している内に暖かくなって、人の往来が可能になるくらい雪も少なくなってきたので、お店を再開する。一番最初に来てくれたお客さんは、兄弟で行商をしているお得意様だった。

 

「やぁ、久しぶり。冬の間はどうだった?」

 

「毎日、身長以上の雪相手に頑張ってましたよ。お二人さんは?」

 

「こっちも雪の少ない町や村を渡り歩いてたよ」

 

 数ヶ月ぶりの雑談話を交えた商売は、やはり楽しい。それに久しぶりだからか、買ってくれる量も種類も多いし。

 

「あ、忘れるところだった。シルキちゃん、ラビット・フットのブローチある?」

 

「ありますよー。この時期の目玉商品ですからね」

 

 言いながら、カウンターの下にしまっていたケースを取り出して二人に見せる。しばらくの間、どれにしようかと色々手に取り悩んでいたが決まったようだ。

 

「じゃあ、俺はコレ」

 

「僕はコッチで」

 

「ありがとうございます」

 

 代金を受け取って、それぞれにブローチを渡す。このウサギとライチョウの足のブローチは、春から本格的に商売を再開させる行商人さんたちにとって、幸運のお守りとしてそこそこの需要がある。何より。

 

「ん、じゃあ交換な」

 

「あいよ、兄さん」

 

 チェーンに繋がったターコイズは、怪我の身代わりになってくれるのだ。この小さな石でも、落馬程度の怪我なら一度だけだが無かったことにしてくれる。しかも、ターコイズは人に贈られる事によってパワーが上がるらしい。こうやって交換するだけで、褪せた色も鮮やかな水色に戻るのだ。だからこの時期は、中のよいグループでやってきてお買い上げしてくれる事が度々ある。

 お二人を見送ってから、私は次のお客さんを待つべくカウンターへと戻る。この一年も良い年になりますように、そんな願いを胸に抱きながら。



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新しい家族

明けましたおめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

人外と人が仲良くしているのが性癖です。
とりあえず主人公の家を、人外ハウスにしていきたいです。
ちなみに酒蟲のイメージは可愛くないミギーです。
ミギーは可愛い!!


「へぇ、ここがあの蟲使いの人の家かぁ」

 

「おっきいニャン」

 

 見上げるような形で、私たちは目前にある大きな屋敷を眺める。今日はある物を買いに、ダンジョンの町までやってきた。ただ、私はそこまでダンジョンの町に詳しくないので、町で一番の長寿であるマクナベティルさんに住所を訊ねて、ここまでやってきたのだ。

 

「ええと、どこからどうやって入ればいいのかしら?」

 

「シルキちゃん、あそこの壁になんかあるニャン」

 

 まごついていると、何かを見つけたらしいエンスが服を引っ張りながら右の方向を指差すので、そっちの方に歩いて行く。すると「当家に御用の方は、此方の鐘を鳴らしてください」と書かれた看板が、壁にかけられていた。こんな広い屋敷、しかも外で鐘を鳴らしてはたして聞こえるのかと疑問がわくが、他に指示が書かれている場所も無さそうなので、素直に従って鐘を手に取る。チリチリと鳴らせば、鐘と同じ銀色をしたトンボがやってきて、私の前で停止した。

 そのまま見つめ合うこと数秒。周りを何度か飛び回ってから、ゆっくりと左側へと飛んでいく。動きを視線だけで追っているとトンボは一旦止まり、また私の前にきてから左側へと飛んでいく。ついてこいって事よね、これは。

 エンスと一緒にトンボの後ろを歩くと、茂みに隠れるように存在している入口を見つける。扉に手を伸ばそうとすると、内側から開いてフードを被った若い男性が出てきた。

 

「ようこそ。……初めてのお客さんかな?」

 

 あ、覚えられてないか。あの暗さだし、仕方がないかな。クヴァンジュ君だって、私が村のこと話してなければ『買い物した客』の一人で片付けられてたかもしれないし。

 

「あー、前に裏市場で食用ナメクジ買ったんだけれど、覚えてないかしら」

 

「あぁ、貴女か。すまない、暗かったから顔まではハッキリ解らなかった。その後、あのナメクジはどうだ。ひょっとしたら返品を希望だろうか」

 

「いや、その辺は納得済みで買ったんだから、しないわよ。あのナメクジたちは直接食べるのは厳しいから、砂糖で溶かしてシロップにして活用させてもらってるわ。ミント食べさせたのを使ったキャンディなんか、結構人気なのよ。味も匂いもしっかりしててクセになるって」

 

「へぇ、そういう使い方があったか。あの姿のまま食べるくらいの方法しか思い付かなかったから、それは盲点だった。参考にさせてもらおう。なら今日は買い物か?」

 

「えぇ、ちょっと欲しいものが出来て相談にきたの」

 

「だったら、中へ入ってくれ。部屋に案内する」

 

「お邪魔します」

 

「ニャーン」

 

 招き入れられて着いた先は、大きな屋敷のイメージに相応しい客間だった。王都の貴族様のお屋敷も、こんな感じなんじゃないかしら。行ったことないから解らないけれど。

 

「村長さんの家より凄いニャン」

 

「比べられるような物じゃないでしょ。でも、噂には聞いていたけれど蟲使いって儲かるのね」

 

「それほど多い職業じゃないからな。この町の規模でも、蟲使いは三軒ほどしかない。確かに稼げるが、生き物な以上虫の管理は手間だから金額に見合った忙しさだと思うぞ」

 

 まぁ、そんなものか。楽してガッポガッポな仕事なんてまず無いわよね。

 

「では、用件を聞かせてもらおうか」

 

「えっとね、計算の手伝いをしてくれる虫が欲しいの。私、宝珠の村って所で道具屋を営んでいるんだけれど、ちょっと忙しくなりそうだから」

 

 理由は、以前村長に頼まれた水の販売だ。この冬の間に村長は、知っている限りの知人や友人に、宝石魚を使った水の運搬作業について手紙で熱く語ったらしい。そして、春になったら畑の種蒔きなんかで水の注文が予想以上にやってきてしまった。販売作業自体は村長がやるけれど、宝石魚の作成やコピアさんへのお願いは私が担当になっている。繁盛するようなら、他の人に引き継ぐつもりだけれど。

 なので私は今お店の接客、販売する魔導具の作成に加えて宝石魚の仕事が入って少し忙しくなりそうなのだ。人を増やす事も少し考えたんだけれど、仕事を教える為に時間をとられると本末転倒だし。後、私の家狭いから一人入れるだけで場所の確保が大変なのよね。

 と、色々な理由を話すと彼が申し訳なさそうな表情をしてきた。あ、これは無いかな?

 

「すまないな、僕は冒険者向けの虫を作るのが主だから、経営の手伝いをする虫というのは今手元にいないんだ。作れないこともないが、仕込むのに時間がかかる。君は今すぐ欲しいんだろう?」

 

「ええ」

 

「なら、店舗向けの虫を作る蟲使いがいるから、そっちを紹介しよう。僕が紹介状でも書けば、向こうともスムーズにやりとりできる筈だ」

 

「ありがとう。でも、貴方も作れることは作れるんだ?」

 

「ああ、蟲使いの技術は年数を積み上げて作った物だから、何処かの家で万が一の事があっても対応できるように、ある程度の情報は共有している。尤も、秘技なんて言われるのは流石にしまってあるがね。ところで、魔導具にも計算をしてくれる物があるだろう? そっちじゃなくていいのか?」

 

「いや、私が欲しいのは『数字を見るなり聞くなりして、自分で勝手に計算してくれる』ってヤツなの。あの魔導具は、使うと凄く便利らしいけれど計算して欲しい事を私が書き込まないとになるから」

 

 彼が言っているのは『知恵の文具一式』のことだろう。

 空の木を材料にした魔力のこもった紙と、ダンジョンにいる『賢者』と呼ばれる魔物の混ぜたインク、更に魔石をペンにした三点セット。それを使って計算したい式を書き込むと、答えを出してくれる優れものだ。知りたいことを書き込む手間はあるけれど、大きな数字の計算も数秒かからず答えを出してくれるし、知りたい事を書き込むと物によっては教えてくれる辞典のような働きもしてくれるので、あれば重宝すると思う。けれど新しい物を創造するのは苦手なようで、魔物の素材を幾つか書いてこの素材で新しい魔導具のレシピを書いてくれと頼んでも『出来ません』と返ってくる。残念。

 

「なるほどな。じゃあ、今紹介状を書いてくるから寛いでいてくれ」

 

「ありがとう。こっちこそ手間をかけさせちゃってごめんなさい」

 

「そういう時だってあるさ。あ、大丈夫だとは思うが、この部屋からは出ないでくれ。盗人対策で毒の虫も何匹か放っているんだ」

 

「ええ、安心して。絶対に出ないから!」

 

「危ない場所には絶対行かないニャン!」

 

 彼が部屋を後にしたのを見届けてから、私とエンスは言われた通りにソファーに腰かける。

 

「蟲使いのお家はおっかないんだニャン」

 

「それだけお金があるのよ。さっきも言ったけれど、この部屋からしてすごい造りしてるじゃない。今座っているソファーだって、革張りでフカフカだし」

 

 それにこの部屋に入った時から、甘い果物のようないい匂いがするのだ。多分、お香でも焚いているんだろう。やっぱり余裕のある人は違うわね、私もお店で真似して……いや、多分エンスが臭いって喚くから、やめておいたほうがいいか。

 考え事をしながら、ソファーに深く身を沈めていた時だった。

 

「ミャウ~~」

 

 どこからともなく、猫のような鳴き声がきこえてくる。エンスを見れば「ボク、こんな猫みたいに鳴かないニャン!」と抗議してくるが、しょっちゅうニャンニャン言っているので、説得力は皆無だ。さっきもニャーンとか言っていたし。

 でもまぁ確かに、エンスの鳴きかたじゃなかった。何処かに本当の猫でもいるんだろうか。餌用だったらいやだなぁ。

 

「ミャウ~~ミャウ~~」

 

 再び聞こえてきた猫の鳴き声。加えて、バチャバチャと水面を叩くような音もする。ひょっとして、子猫が桶か何かに落っこちて溺れているんじゃ。だとしたら、流石に見過ごすことは出来ない。

 私は立ち上がって音がした方に向かってみる。ええと、確かこの辺から……。

 

「気持ちわムグッ」

 

 猫の鳴き声をした物を見つけ、私は大きく目を見開くと同時に、後ろについてきたエンスの口を塞ぐ。クヴァンジュ君のお守りの虫を思い出したのだ。下手なこと言って、呪いや不幸を貰うのはごめんこうむりたい。

 いたのは、なんというか肉の塊に目玉がついたような奇妙な生き物だった。赤みがかかったずんぐりした身体に、カタツムリの触覚のようなのが一本ついていて、先にはギョロリと大きな目玉がついている。これも……虫なのかしら。というか虫の基準って何だっけ?

 

「ミャウ~~」

 

 私に気づいてもらえて嬉しいのか、身体の大きさの半分くらいまで口を開いて、奇妙な生き物が鳴く。見た目とは裏腹に、声だけは可愛らしいのでギャップがひどい。何だか、自分の中の常識がドンドン壊れてなくなっていきそうだ。

 

「ミャウ~~ミャウ~~」

 

 バシャバシャと小さなヒレらしきもので水面を叩きながら、丸い水槽の中をくるくると泳ぐ奇妙な生き物。動く度に甘い匂いが周りを漂う。どうやら、この部屋からしていた良い匂いは、ここが発生源のようだ。うーん、それにしても良い匂い、なんか酔っちゃい……うん?

 

「うわ、シルキちゃん! 何やってるんだニャン!」

 

 驚くエンスを他所に、生き物が泳いでいる水を掬って舐めてみる。やっぱりこれお酒だわ、しかも凄く上等な。何コイツ、こんな良いお酒の中で生きてるの?

 

「待たせたかな。ん、酒蟲がどうかしたか?」

 

 疑問を浮かべていたら、手紙を持った彼が戻ってきてくれた。シュコ、この虫の名前かしら。

 

「酒蟲は名前の通り、酒の虫だよ。水の中に入れれば上等な酒になるし、口にすればどんなに強い酒でも、水のような感覚で飲み干せる体質になる」

 

「コイツを食べるって、ナメクジ食べるよりハードルが高いニャン」

 

 エンスの突っ込みに、思わず頷く。酒蟲もナメクジも食に関する事なのに、見た目が残念過ぎる。食欲をそそるとは言わなくても、減退させるような見た目じゃないほうがいいのに。

 

「それは大目に見てくれないか。酒蟲は、作ったばかりでこれから改良していくから」

 

「え、これで完成じゃないの?」

 

「あぁ、新しい虫を作る時はまず最初に能力を決めて、その能力を維持できるような最低限の身体を作るんだ。それから、能力を最大限に発揮できそうな虫へと時間をかけて改良していく。グロテスクな外見の虫は、大抵が試行錯誤中の状態だね。蟲使いの知識は、そうやって積み重ねてきたものなんだよ」

 

 へぇ、じゃあコイツはもうしばらくしたらスマートな外見になるのか。ナメクジは……無理かな。食べるに関してだったら、あの状態が一番食べやすいといえば食べやすいし。

 

「じゃあ、これが手紙だ」

 

「ありがとう。ごめんね、買わないのに手間だけかけさせちゃって」

 

「そんな時もあるさ。今度はよろしくと言いたいところだが……冒険者ではないから難しいか」

 

「それなら、今度は事前に頼んで取りにくる形にするわ」

 

 じゃあまた、と出ていこうとした時だった。

 

「ミャウ~~!」

 

 酒蟲の悲しげな声が響き渡る。振り返れば、水槽の縁から身を乗り出してじっとこっちを見ていた。

 

「……どうやら貴女に懐いたようだ」

 

「私何もしてないわよ?」

 

「姿を見て、叫び声をあげなかったからじゃないか?」

 

 そんな理由で? いや、でもこの見た目ならそれだけでも充分なのかもしれない。とはいえ、私が何も言わなかったのはクヴァンジュ君の虫のせいだけど。

 

「ミャウ~~ミャウ~~」

 

 寂しげな声と一つの目玉で、私をじっと見つめる酒蟲。なんだろう、ナメクジと違っていじらしいというか、心に訴えてくるものがある。見た目は完全に化け物なのに。

 

「ミャウ~~」

 

「……ねぇ、この酒蟲はいくら?」

 

「シルキちゃん買うのかニャン!?」

 

 値段と相談になるけれどね。

 

「金貨四枚でどうだろう」

 

「金貨四枚かぁ……」

 

 ちょうど持ってきた予算分だ。こっちを買うと元々買う予定だったのが買えなくなる。どうしようかな。うーん。

 

「じゃあ……こっちをもらえるかしら」

 

「え、計算するのはどうするんだニャン」

 

「いや、よくよく考えたら普通の虫買って持って帰ると、チョコのターゲットになりそうな気がしたから」

 

 買って数日で、チョコのお腹のなかは少し笑えない。それに比べ、酒蟲なら絶対に食べないだろう。ナメクジで難色を示したくらいなんだし。

 

「それでいいのか?」

 

「ええ。このお酒美味しかったから、毎日味わえるなら悪くないかなと思って。計算は、魔導具の方にするわ。アレも使えば、楽できるようになるし」

 

 こうして予定変更して、私は酒蟲を買い上げることにした。ガラス瓶の中で嬉しそうに泳ぎ回る酒蟲を抱えながらコピアさんの店へ向かっていると、エンスが呟く。

 

「シルキちゃんの家は、ドンドン人じゃ無いものが増えてるニャン」

 

「それ、エンスが言う?」

 

 だけど、指摘された通り確かに私の家のなかは妖精に魔物、人形と勢揃いだ。加えて今度は虫が加わる。

 アレ、意外と魔境と化しているわね。もしかしなくてもこれって寂しい一人暮らしになるのかしら?



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作成アイテム解説一覧

活動報告にあるネタ募集に「今まで作ったアイテム一覧が欲しい」という意見をいただいて、それもそうだなと思い作ってみました。

大したことは書いてないので、ふーん程度に読んでもらえれば。

ネタはまだまだ募集しているのでお気軽にどうぞ!


・ユニコーンの水薬

 砕けたユニコーンの角の破片を煮込み、成分を抽出させた水を、チカトリスの目玉の硬化効果によって外側をグミ状態にした薬。

 傷は治せないが、ちょっとした病気や関節の炎症、食あたりや乗り物酔いには速効で治す事が可能。

 消費期限は約二ヶ月。

 

・魔力を帯びた銀の竪琴

 船員を惑わす程の美声を持つセイレーンの髪を、魔力を通しやすいアラクネの糸の中に閉じ込め、その糸を使って作られた竪琴。初期は木製の竪琴だったが、その後使用者の吟遊詩人・フェルクスによって銀製の竪琴に作り直された。効果は、使用者の歌声の上方修正。

 歌が上手い人間ほど、その恩恵が大きい。

 

・ワイン染めのシルクハンカチ(マンドラゴラのエキス入り)

 マンドラゴラを最低一日浸けた赤ワインで染めたハンカチ。

 半径五十cm以内に人がいる状態で、ハンカチを口元に持っていく(ように動かせば)、魅了効果がある匂いが相手の鼻腔に届き、相手はハンカチを持った人物を意識するようになる。

 効果は男女関係無し。一週間程度の効果しかないので、作り置きは出来ない。

 

・ザントマンの安眠香

 眠りをもたらすザントマンの砂を火をつけて使うお香に練り込んだ物。ザントマンの砂は質のいい睡眠薬だが、眼に入れなければ効果がなく、また砂を眼に入れるのには抵抗があるため、煙にして自然に眼に入れられるようにした。

 砂そのものを入れるよりも多少効果は落ちるが、強い薬が使えない子供や興奮した動物を大人しくさせるには十分なので、酪農をしている村人が好んで買っていってくれる。最近になって、行商人も買っていってくれるようになった。

 

・ヒカリゴケのランタン

 完全な失敗作。ヒカリゴケは暗闇でぼんやりと光り、綺麗な水を与えれば勝手に増えるという扱いやすい植物。初めは、薄暗い地下室を明るくするために使っていたが、水が豊富な村ならば普通に明かりとしても使えるんじゃないかと考えて試行錯誤してみる。

 しかしあくまでぼんやりと光る程度のコケでランタンと同じ光量を作るにはかなりの量が必要で、四苦八苦した末に出来た試作品はかなりの重量になってしまい、扱いやすさからはかけはなれた代物になったので作成を断念。

 結局、最初の地下室の明かりとして使用することに落ち着いた。

 

・雷帝の抱擁

 魔術が使えない行商人に護身用として、作られた魔導具。

 ダンジョンの町で売られている『雷帝の咆哮』という雷撃が籠められた結晶を砕き、蒸留水と共に敷き詰めて、そこにアラクネの糸を巻き付けた魔石を載せておく。

 すると、数日をかけて蒸留水に染みでた雷撃の魔術が、アラクネの糸を伝って魔石に浸透していく。かかる日数は五日ほど。

 魔石に取り込ませた雷撃は、威力は本来の咆哮に比べればかなり落ちるものの、ぶつけられた相手が痺れてその場から動けなく程度の力は残っている。

 効果時間はきっかり二分。シルキとしては、作る度に効果の検証として痺れを経験しなければならないから、あんまり売れて欲しくないなあ、と思っているとか。

 また、使い方によっては悪用も出来るため、人となりを知っている常連客以外には売らないようにしている。

 

・清水のショール

 多量の魔力を含んだ空の木の枝を燃やし、灰を水と混ぜた後、濁りがとれるまで何度も濾す。水の中に一定量の魔力が含まれると、淡い水色の光を放つようになるので、確認できたらその水を一日かけて冷やす。

 冷やした水をコカトリスの目玉を使って石化させると、冷たいままに水色の小石と化すので、それに小さな穴を開けてショールに縫い付けると、ひんやりと冷たさを纏う、暑い夏にぴったりな品物が出来上がる。

 冷たさの持続は一ヶ月ほど。次回からショールだけ持ってくれば、小石を縫い付けるだけなので若干割安になる。

 

 ・妖精のオーブ

 元はシルキが遊び半分で作った趣味の品。非売品、というか作っても高すぎて売れない。

 物に振りかけると浮かぶ妖精の粉に魔術の効果を増加させる宝石と魔石を砕いた粉を混ぜて、更に硬化を施したアラクネの糸を繋ぎとして形を整える。

 最後に、コカトリスの目玉を使って完全に石にすれば完成。

 オーブを身体に触れさせた状態で『浮かべ』と念じれば僅かだが身体が浮く。移動には少しコツがいるが、慣れればそれほど難しくはない。

 冗談半分でレシピを売ったら、金貨七十枚になって本人はかなりビックリ。

 

・ハルピュイアのブーツ

 変身した相手の能力を使いこなせるプーカの皮に、ハルピュイアの風切羽と宝石を膠で貼り付けて作られたブーツ。

 プーカの皮にハルピュイアの軽さと風を起こす能力が付属されるので、長時間歩いても疲れにくい作りになっているのだが、宝石がついているからか値段が高めな事と、馬でやってくる行商人が多いので売れ筋商品ではない。

 ブーツを作れるほどシルキは器用ではないので、靴職人に素材を渡して作って貰っている。後はシャフト部分に宝石と風切羽をくっ付けるだけなので、作り方としては非常に楽。

 

・ロック鳥のボール

 頑丈で大きなロック鳥の卵殻をスライムが吐いた酸に漬け込み、残った卵殻膜に妖精の粉と綿を詰め込んで作られたボール。ずっと浮いているので、投げると遠くまで飛んでいく子供たちの楽しい玩具。

 シルキ的にはある程度乱暴に扱われる事によって、素材の強度がどのくらいあるか調べる為に作っただけの品だったが、偶然子供たちが遊んでいる姿をみた行商人にアドバイスされ、ボールのまま販売することになった。

 アドバイスが無ければ、映えるポーチになっていた筈。

 

・人魚の丸薬

 川に落ちて以来、お風呂が大嫌いになった(と思っていた)シルキが、洗ってフワフワになったエンスをモフりたい一心で作った薬。非売品。因みにエンスは元から風呂嫌いだったので、飲ませても効果はなかった。無念。

 人魚の血は、傷であれば身体でも心でも治せる優れもの。同時に身体の一部分に魚鱗が生える呪いが生じるが、簡単に解呪できるので代償としては成立していない。

 今回は解呪効果を持つドラゴンの角の粉と一緒に飲む事によって、呪いを無効化した。

 商品化は、甘味で誤魔化してもドラゴンの角が吐き出したくなる程苦いのであんまり考えていないが、人に頼まれれば作る予定だとか。

 

・花の砂糖水

 シルキがチョコの冬用の食事と思って買った食用ナメクジを溶かして出来た砂糖水。

 花の蕊を食べさせてから砂糖で溶かすと、濃厚な蜂蜜風味の水になり、更に半日程度だが吐く息が花の香りになるので、それを瓶詰めにしたもの。

 シルキは当初、原材料が虫なだけに自分たちだけで使おうと考えていたが、吟遊詩人のフェルクスに話したら絶賛されたので販売してみた。

 しかし売り上げはイマイチだったようで、今はキャンディの材料になっている。

 

・蛙(帰る)キャンディ

 地下から地上まで、一瞬で戻れる不思議なキャンディ。名前の由来は帰ることと色が緑な事をかけていることからきている。

 ダンジョンにいる『イタズラ妖精』は、様々なイタズラで冒険者たちから殺意を抱かれているが、その中でも一番いやがられているのが右手を振り上げる事によって起きる、ダンジョンからの強制離脱。

 その為、冒険者たちはイタズラ妖精を見つけると真っ先に右腕を斬り落としたり消し飛ばしたりするのだとか。

 このキャンディは、そんな妖精の右腕の骨を砕き、混ぜ込んだもの。食べるとどれだけ深い階層にいても、地上に戻る事が出来る。

 噛み砕くと即効で効果が発動するが、舐めていると舐め終わるまで効果が発動しないので、噛み砕きを推奨。味はミント。

 舐めたら意外にも美味しかったので、骨をいれていない普通のミントキャンディも売られている。こちらもなかなか好評。

 

・宝石魚

 胴体部分が宝石、尾鰭は魔石で作られた魚。胴体と尾鰭の繋ぎには妖精の粉を振りかけて硬化を施し、更に風系統の空間拡張の魔術をかけたアラクネの布が使われている。

 とはいえ、これだけでは動くことはないので、最後に魔女・コピアから魔力を注ぎ込んでもらい擬似生命を与えてもらうことで魔導具として完成。

 この魚は動く度に、僅かだが空間拡張をしていくので、容器に入れて泳がせれば見た目よりもずっと大量の水を入れる事が出来る。

 だいたい親指位の大きさの魚で、六十リットル容量が増加。掌ぐらいになればプール位の容量が増えるかも?

 

・火竜の琥珀玉

 鱗のまま使えば防熱・防火、砕いて使えば発熱と発火するという火竜の鱗を使って作った宝石もどき。

 琥珀を熱で溶かし、その中に砕いた魔石と火竜の鱗を練り込んで固めたもの(アラクネの糸は熱で簡単に溶けてしまう為に、今回は繋ぎとして使えなかった)。

 効果としては悪くないが、常に発熱し続けているので、扱いには細心の注意を払わなくてはならない。実際考えなしに触ってシルキは右手に大火傷をおった。

 しわ取りの石炭やカイロの代わりとしての活用方法があるが、本来考えていた使い方とは異なるため、分類は失敗作になる。多分効果は一冬続く。

 

・アリアドネが繋ぐ糸

 アラクネの糸で織り硬化させてキャンバスっぽくした布に、石膏に『精霊の破片』を混ぜて作ったチョークに簡単なマークを描いた物。

 精霊の破片はこの国では、生き人形やホムンクルスを動かす精霊の魂を作るためにしか使われていないが、砕いて使用すると互いにひかれ合う性質を持っているらしく、他の国では移動魔法陣の素材として使われている。

 しかも同じマーク同士でしか効果が出ないので、チョークを一本作ればいくつでも量産出来る優れもの。

 作ったものを口の広い容器に魔石と共に入れて、移動させたい物を置けばもう一方のマークの方へ送ることが出来る。魔石があれば壊れるまで半永久的に使用可能だが、作りが単純な為に送ることが出来るのは精々手紙一枚分ぐらい。

 

・ウサギ&ライチョウの足 ターコイズ付き

 ステリアに頼んで消毒してもらったウサギとライチョウの足に留め具と小さなターコイズを付けたブローチ。魔導具というよりはお守りのようなもの。

 幸運を呼び寄せるというウサギ&ライチョウの足に、災いの身代わりになるというターコイズの組み合わせ。実際に落馬程度の怪我ならば、ターコイズが砕けることによって無かったことにしてくれる。

 人に贈られる事で効果が上昇するので、仲の良い行商人同士で店を訪れ、贈り合う光景がこの時期の名物。

 ウサギとライチョウとで効果は変化しないが、ライチョウの足の方が珍しいのでお値段は高め。なのでライチョウの方がいつも売れ残る。



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第二章
ある日の道具屋の日常


こっちに移すことにしました。ブクマして下さった方は申し訳ありません。どうぞ宜しくお願いします。

とりあえずラストの構想が固まってきたので、ゆっくり投稿していこうと思います。どうぞよろしくお願いします。


 温かな布団に頭から潜り込んで、私は夢も見ないほど深い眠りについていた。このまま気が済むまで眠っていられたら最高なんだろうけれど、現実はそう上手くはいかず。

 

「シルキちゃーん、起きるニャーン」

 

 私の名前を呼ぶ声で、目を覚ます事になる。布団の中で大きく伸びてから起き上がると、緑のリボンのついた鈴をリンリンと鳴らすエンスがいた。

 

「ふぁぁ。おはよう、エンス」

 

「おはようニャン。近頃はちゃんと起きてるニャンね」

 

「だって寝たままだと、またお腹目掛けて飛び乗ってくるじゃない」

 

「それぐらいやらないと、シルキちゃん起きてくれないニャン」

 

 痛みを思い出して思わずお腹に手をやる私を他所に、悪びれる様子もないエンス。もう一緒に暮らして四年になるというのに、変なところで容赦してくれないんだから。

 

「まぁ、お陰でしっかりと起きられるようになったから、良かったといえば良かったんだけれど」

 

「なら、何も問題ないニャン。今日はお店はお休みだけれど、ご飯食べたらどうするニャン」

 

「んー。商品は昨日沢山作っておいたから、特にやることがないのよね。でも天気がいいから、畑の草むしりとかハーブと薬草の摘み取りでもしようかしら」

 

「それならボクも手伝うニャン。そのままお昼は外で食べるニャン? するならサンドイッチ作るニャン」

 

「あら、いい案ね。お願いできる?」

 

「まかせるニャン!」

 

 得意気に胸を叩くと、エンスは下へと降りていった。さて、私も降りてご飯を食べに行くとしますか。

 

*  *  *

 

「うぇぇ、またいる。これで五匹めよ、勘弁して欲しいわ」

 

 薬草の手入れをしていると、葉についている大きな青虫を見つけてしまい、思わず顔をしかめた。ちょっと多すぎやしないかしら。

 

「チョコ、いる?」

 

 青虫を摘まんで、私の後ろでじっと作業を見ていたチョコに見せれば待ってましたといわんばかりに大きく口を開けるチョコ。その口に虫を入れてやれば、頭からムシャムシャと食べ始める。

 

「いい食べっぷりね。美味しいようで何よりだわ」

 

「シルキちゃん、容赦ないニャン」

 

「だって、薬草に付いちゃってるんだもの。そこら辺に生えている植物や、最悪私たちが使うハーブならまだ放っておいてもいいんだけれどね。お客さんに売る商品を食べられちゃ売り物にならなくなるから、必死にもなるわよ」

 

 それにしても薬草って結構苦いのに、食べる虫が付くなんて凄い。それだけ効果があるということなのかしら。

 その後も見つけた虫をチョコに上げたり、抜いた雑草をトリュフと一緒に堆肥置き場に持っていったりすると、あっという間に時間がすぎて、お日様が頭上で燦々と輝くようになっていた。お腹も空いたし、お昼休憩にしますかね。

 

「エンス、そろそろお昼にしよっか」

 

「じゃあ、サンドイッチ持ってくるニャン」

 

「あ、私が持ってくるわよ。どこにあるの?」

 

「台所のテーブルの上にあるニャン。お願いするニャン」

 

 私は頷いてから家へ向かう。サンドイッチが入ったバスケットを手にして戻れば、エンスが日陰が出来ている林檎の木の下でシーツを広げて待っていてくれた。

 

「戻ったわよ。エンス、ありがとね」

 

「これくらい当然だニャン。あ、酒蟲も連れてきたニャンね」

 

「ええ。天気のいい中、一匹で留守番させるのも可哀想だと思ってね」

 

「ミャウ~~~」

 

 左手に持っていたカップから身を乗り出して鳴くのは、水を上質なお酒に変える虫・酒蟲だ。正直見た目がアレなので、最初は見た人全てにドン引きされていたのだが、今じゃすっかり人気者になっている。

 と、いうのも銀貨六枚分購入してくれたお客さんに、酒蟲のお酒を一杯飲ませるというサービスをはじめたら、これが思っていた以上に好評を博したのだ。中には酒が飲みたいが為に、エンスが作ったジャムや砂糖漬けを買いにくる村の人まで現れる始末。何人かの人には「この酒を販売しないのか」と訊かれたが、その問いには首を横に振っている。

 いや、私だって出来ることなら売りたい、元手なんてかかってないから。けれどこのお酒は『酒蟲の身体が水に触れている』間しか、酒になってくれないのだ。酒蟲がいる丸い水槽から汲んだ酒は、飲まないでいれば一分程でただの水に戻ってしまうので、商売には使えない。もうちょっと改良されれば希望はあるかもしれないけれど、蟲は長い時間をかけてゆっくりと作っていくらしいから、そうなるにはまだ年月が必要だろう。

 

「ミャウ~」

 

 カップを地面に置くと、チョコとトリュフがテクテクと歩いて傍にきた。その手にはいつの間に摘んだのか、白い小粒な花がある。チョコがその花を差し出すと、酒蟲が前のめりになりながら受け取った。最初はやはり見た目で遠巻きにしていたチョコだったが、酒蟲は見た目に反して懐っこくて愛想がいいからか、しばらくすると傍に寄ってきて、今ではご覧の通り仲良くやっている。同じ屋根の下に住んでいるのだから、仲良くしてくれているのはありがたい。

 

「ミャウ~~ミャウ~~♪」

 

 花を抱き締めたまま、ご機嫌で頬ずり(?)をする酒蟲。意外にも光り物や綺麗な物が好きらしく、チョコたちから花を貰うとこうやって全身で喜びを露にする。水槽にもこの前、ガラス工房の職人さんからもらった色ガラスを敷いてやれば、一日中楽しそうに泳いでいたっけ。

 はしゃぐ姿を横目で追いながら、バスケットからベーコンにチーズとレタスが挟まったサンドイッチを取り出す。

 

「ん、美味しい」

 

 口の中に広がるベーコンとチーズの塩気に目を細めながら、私は村の入り口へと視線を向けた。今や村には、しっかりと整備された幅の広い大きな道が長く続いている。

 村長が村の水を売り出して二年、注文の方は予想よりも順調だったらしく、道の拡張と整備は直ぐに着手された。お陰で馬車の往来も以前より多くなり、村人と行商人さんたちとのやりとりもよく見かけるようになっている気がする。とはいえ、肝心の村への移住はほぼ増えていないけれど。村長は態々私の店にまで来て「何でだ!」って叫んでいたけれど、仕方がないんじゃあないかなぁ。確かに住みやすいとは思うけれど大きな町からは遠いし、そもそも酪農って気軽に出来るモノじゃないだろうし。

 村に変化が訪れているように、私の生活も少しずつ変わり始めていた。まずは、行商人さんが増えたお陰でお店にきてくれる人も増えた事(でも忙しいには程遠い)、そしてアフィアちゃんのツテであの大商人様と繋がりが持てた事だ。

 まぁ、ツテができたからと言って、私が商品をあの大商人様の所に直接卸すわけじゃない。国全土にお店を持つような規模相手では、私が一日中商品を作ってもあちらが欲しい数には足りないだろうし、そもそも向こうは優秀な魔術師がいる工房を幾つも抱えているから、私が必死こいて作る必要はないのだ。私が作った商品のレシピを買い取ってもらい、あちらで製造する、そんな関係になっている。

 因みに売れたのは妖精のオーブだ。何でも貴族のお子様の遊び道具に評判がいいんだとか。あんな高価な物を玩具にするなんて、金持ちは本当に凄いわ。

 

「あー、美味しかった。ご馳走さま、エンス」

 

 持ってきたサンドイッチを全て平らげ、礼を言えばエンスは大きな欠伸をしてから半分閉じかかった眼で此方を見る。

 

「眠くなってきたニャン」

 

「寝ればいいじゃない。今日はお店も休みだし、ポカポカして暖かいし。片付ける時になったら起こしてあげるわよ」

 

「じゃあお言葉に甘えるニャン。お休みニャーン」

 

 もう一度大きな欠伸をしてから、丸まって昼寝を開始するエンス。数分もしない内に、ゴロゴロと喉をならしながら寝息をたて始めた。視線を移せばチョコとトリュフは畑に戻り虫取を再開し、酒蟲が手を振りながらそれを見送っている。

 

「酒蟲、私家に戻って本をとってくるから、ちょっと一人でいてくれる?」

 

「ミャウ~~」

 

 返事をするように手を上げる酒蟲を確認してから、私は立ち上がって部屋へと向かう。

 こんな穏やかで暖かい毎日が、これからも続きますように。



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シャボン玉のオブラート

以前感想でナメクジオブラートにしたら?という意見をもらったのでそれをパク、参考にしました。


「はぁ、今日も美味しいご飯だったわ。ごちそうさまでした」

 

「お口にあって良かったニャン。お粗末様でした」

 

 手を合わせて深々とお辞儀すると、同じように頭を下げてくるエンス。言葉は謙遜しているけれど、顔は若干ドヤ顔だ。自信作だって言っていたから、当然って思っているんだろう。本当に美味しかったしね。

 

「シルキちゃん、今日のお休みはどうするんだニャン。この前みたいに、畑の草むしりとハーブの手入れに勤しむのかニャン」

 

「んー。まぁ多少の手入れはするけど、この前ほど丁寧にやらなくてもいいんじゃない? 虫はチョコたちが食べてくれるだろうし」

 

 言いながら窓辺に立ち寄って外の様子を眺める。今日も外はいい天気だ、お日様は雲ひとつない空の上で燦々と輝いているし、林檎の木の葉が揺れてもいないから風も吹いていないのだろう。何かをするとしたら―――あ、そうだ。

 

「オブラート作ろうかしら。晴れてるし風も強くないから」

 

「あー、じゃあボク吹く役やるニャン。アレ楽しいニャン!」

 

「だったらエンスにお願いするわね。酒蟲はどうする? 準備が出来たら私たち外に出るけれど、この前みたいに一緒に来る?」

 

「ミャウ~!!」

 

 問いかければ水槽の縁に身体を預けた状態で万歳のように両手を上げて叫ぶ酒蟲。これはついていきたいって反応よね。

 

「はいはい、じゃあ直ぐに準備してくるから待っててね」

 

 酒蟲の頭をポンポンと軽く叩いてから、地下室へと向かう。目指すのは、食用ナメクジが入っているガラスの水槽だ。網状の蓋を開けて、中から花の蜜を食べさせて白い色の身体になったナメクジをスプーンで二匹掬って、縁が少し深い皿に入れる。

 最初は持て余していたこのナメクジだけれど、今やすっかり無くてはならない大切な素材になっている。常時十匹は飼っているし、無くなりそうになったら蟲使いの彼の所に行って買い足しているくらいだ。もっとも、彼曰く「買いに来るのは貴女だけだ」と言われてしまったけれど。飼育しやすいし、使い道は色々あるから便利だと思うんだけれどなあ。

 皿に移し小匙一杯分の砂糖をかければ、あっという間にナメクジは溶けて水になった。ちょっと掬って味を確認。うん、相変わらず甘くて美味しい、とりあえず一つ目の準備が出来た。次の準備に移ろう、次も簡単なものだけれど。

 皿を持って台所へ戻ると、近くにあった鍋に少量の水を入れて火にかけた。沸騰する間に、今度は食器を洗う石鹸を手にとってスプーンで削る。量はほんの少しで充分、溶けやすくなるように細かく刻んでから鍋に投入してかき混ぜ、完全に溶けたのを確認したら、砂糖水の中に少量ずつ足していく。沢山入れると石鹸のせいで苦味がでて甘さが消えてしまうし、かといって少なすぎると泡になってくれないし。意外と配分が難しいのだ。

 

「んー……これがギリギリの味かなぁ」

 

 何度か舐めてみて味の方はいい感じになったので、今度は輪っかを作った指を浸してフッと息を吹き掛けてみる。すると、輪っかの中に出来た膜が空気を受けて泡になり、一つのシャボン玉になって辺りを漂う。よし、こっちも問題なしね。

 

「エンスー、準備出来たわよ」

 

「こっちも準備しておいたニャン」

 

 皿と酒蟲を入れたコップを持って裏庭に出れば、子牛の角から作った笛と使い古した清潔なシーツを地面に敷いたエンスが手を振って待っていてくれた。お願いと皿を渡せば、角笛の先を液に浸しシーツの角にエンスが立つ。

 

「いくニャンよー、シルキちゃん」

 

「いいわよ、やっちゃってー」

 

 合図を送ると、思いっきり息を吹く。すると大小様々なシャボン玉ができ、シーツの上をフワフワ移動し始めた。それらが消えたり何処かに行ったりしない内に、私はポケットからチカトリスの目玉を包んだ布を取り出しシャボン玉を見せると、漂っていたシャボン玉がゆっくりと落ちていく。

 シーツに触れても、チカトリスの魔力によって弾力を得たシャボン玉は壊れたりしない。何度か小さくバウンドした後、他のシャボン玉にくっついてようやく動きを止めた。全てのシャボン玉がくっついたのを確認してから再び合図をすれば、エンスは大量のシャボン玉を作る。それを何度か繰り返して、シーツにシャボン玉の山が出来たら一度作業を止めて私たちは隅っこに腰を下ろす。

 

「ニャン、シルキちゃん」

 

「ありがとう」

 

 ハサミを受け取り、くっついているシャボン玉が壊れないようにそっと剥がしてから切り込みを入れて、シャボン玉を開く。後はその繰り返しだ。ひたすらハサミで切り込みを入れて開き、大きさごとに揃えて重ねる。ある程度たまったら大きめな物は四角に切って、小さめのはそのままにして、また大きさごとに揃える。

 これはシャボン玉で作ったオブラート。元は、ユニコーンの水薬を買ってくれた行商人さんにオマケで付けていたものだ。

 あの水薬は普通に呑み込んでもいいんだけれど、噛めば一分もしないうちに効果が現れる作りになっている。だけど独特の苦味があって、私は作る度に確認していたから大して気にもとめてなかったけれど、苦手だという人はそこそこいた。

 ナメクジは自然に増えるし、石鹸だって使うのは少量でお金も殆どかからなかったから、苦手な人も楽に飲めるようにとやっていたんだけれど、そのうちに村の人が欲しいと言い始める。子供や、家畜が薬を飲みたがらない時に使いたんだとか。なので四角いオブラートは十枚、丸いオブラートは二十枚で銅貨一枚で売ってみたら、行商人さんも欲しがり始めた。

 そんなに儲けはないけれど、欲しがる所は沢山あるから、持っていても損にならないんだとか。元々嵩張らないし、重くもないから大した荷物にはならないんだろう。こちらとしても、売れる品が一つでも増えるのはいいことだ。

 

「シルキちゃん、これ切り終えたらお昼にしないかニャン」

 

「そうねー、ちょっと風も吹いてきはじめたし、今日はこれで止めにしましょう。おっと」

 

 風で飛んでいこうとしたシャボン玉を捕まえて、元の位置に戻す。こりゃもう少しペースをあげていかないとかも。

 なんて考えていたら、ハーブ畑から戻ってきたチョコとトリュフが察してくれたのかシャボン玉を剥がすのを手伝い始めてくれた。酒蟲は手伝えないので、ミャウミャウ鳴いて応援だ。うーん、なんか見ているだけで微笑ましくなってくるわ。

 

「エンス、剥がしはトリュフたちに任せて、私たちは切るのに専念よ」

 

「解ったニャン! 早く終わらせてお昼にするニャン」

 

 こうして、スピードアップが出来たことによって、風が強くなる前に作業を終えることが出来た。午後からは風が吹いた関係か雨も降ってきたし、早めに切り上げてよかったわ、本当。



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癒しの蜜蝋クリーム

なんか蜜蝋クリームって文字を見ると、蜜蝋が食べられそうな気がしてきます。


「頼むよ、姐さん。コイツを買い取ってくれないか」

 

 店にやってきたクヴァンジュ君が、私の顔を見るなり拝むようにして頼み込んできた。

 

「え? いや、突然すぎて話が見えないんですけど?」

 

 一方の私は、半ば呆気にとられたままそれに対応する。本当に、どうしたっていうの?

 戸惑っていると「実は」とクヴァンジュ君が切り出してきた。何でも、お客に頼まれた品物の桁を一つ間違えて、購入してしまったこと。仕方がないので在庫として持っているのだが、かれこれ三ヶ月経っても購入者がでないこと。腐るものではないものの、この様子だと何時まで経っても捌けないから、人助けだと思って買ってくれないかというものだった。

 

「う~ん、別に買ってもいいんだけれど……蜜蝋でしょ? 使い方が解らないのよね」

 

「蜜蝋で作れる道具を紹介している紙も付けるから! 姐さん、お願いだ!」

 

「ん~」

 

「それならほら、何種類かの精油とオイルもつけるからさ。頼むよ!」

 

「そこまでいうなら……買おうかしら。クヴァンジュ君にはお世話になってるし、使い方が解るなら新商品が作れるかもしれないし」

 

「ありがとう姐さん! じゃあ、これ一式置いとくから。あ、もしいい感じの品が出来たら教えてくれよ!」

 

 金貨一枚・銀貨四枚を支払うと、カウンターの上にドカドカと品物を置いてクヴァンジュ君は出ていく。値段がするだけあって結構な量ね。

 

「こんなにいっぱい、使いきれるかニャン?」

 

「それは、私が作る新商品次第よね。えっと、これが作り方の説明が書いてあるって紙かしら?」

 

 一番上に置かれていた、折本らしき紙に手を伸ばす。えーと何々、蜜蝋の使い方はハンドクリーム等のお手入れ用品に、蝋燭や艶出しワックス。へぇ、思ったよりも使い道ってあるものなのね、知らなかったわ。

 

「それでシルキちゃん、なんかいいアイディアは頭の中にあるのかニャン」

 

「んーん、さっきも言ったけれど蜜蝋なんて初めて扱うから、さっぱりよ。これから考える感じ?」

 

「本当に案が無い状態で買ったのかニャン? 金貨も出して?」

 

「クヴァンジュ君困ってたしね。それにホラ、あんまり渋るとあのお守り蟲に目を付けられる可能性がね」

 

「ニャー……」

 

 少し遠い目をする私に、エンスも得心が行ったように頷く。久しぶりに見た例の物は、立派な角を生やしていた。何故角、お守りに角の必要性は感じないんだけれど。しかも角が袋を突き破るからって、小箱に移されていたし。理解できないわ。

 

「まぁ、この作り方の説明を見る限り、お店で売るとしたらハンドクリームか蝋燭のどっちかになるわね。持ってる材料を見返しながら、良さそうな組み合わせを考えてみるわ」

 

*  *  *

 

 クヴァンジュ君から蜜蝋を買って十日。面白そうな組み合わせが浮かんだので、何時ものように地下室にこもる。

 今回作るのはハンドクリームだ。材料は蜜蝋とオマケでもらったオイル(名前は忘れた)に、蜜蝋を受け取るときに一緒に買った人魚の血(というか買い物の本命はこっちだった)、ドラゴンの角の欠片だ。あ、そういえば精油ももらってたんだっけ。折角あるんだからこっちも使っちゃおう。

 というわけで、貰った精油の小瓶にも手を付ける。瓶は四本、大きさ的には使いきりという感じだけれど精油は高級品に分類されるから、これだけの量は太っ腹だと思う。金貨は払ったけれど、買った物の総合計を考えれば間違いなく払った以上の額になっているだろう。

 さて、どの匂いにしてみようかしらと、ラベルを見てみる。へぇ、バラの匂いもあるんだ。珍しいわね、折角だからこれを使ってみよう。

 使う予定の材料を机の端に一纏めにしてから、作り方が書かれた紙を見つつ作業を始める。

 まずは蜜蝋とオイルを温める、と。なるほどね。頷きながら、小さな片手鍋に水を注いで火にかける。

 で、沸騰する間に使う量を量っておくとしますか。

 説明書を参考にしながら、今回使う分の量を取り出す。お試しだからほんの少しでいい。お湯が沸く前に準備が完了したので、そのまま暇潰しに読み進める。

 説明書には作り方の他に、蜜蝋に関する蘊蓄や、作る際の詳細なアドバイスなんかも載っていた。こうやって読んでいくと結構面白い、蜜蝋も白と黄色の二種類あって、白い方が精製されているんだそうだ。この蜜蝋は白いから、精製されているんだろう。ということはやっぱりいいやつなんだなこれ、クヴァンジュ君は儲け度外視で売ったのね。

 一通り読み終わる頃には鍋の水が温まっていたので、オイルと蜜蝋を瓶ごと入れて溶かす。そして、蜜蝋が溶けきった事を確認したら、細かく砕いたドラゴンの角の欠片を加えてガラス棒でゆっくりかき混ぜる。角の色が白で良かった、黒だったらあまり見映えがよくなくなっていただろう。効果には問題ないけれど、こういう品は見た目も購買意欲に関わってくるし。

 角の粉が下に溜まることなく、蜜蝋内に満遍に散らばったのを見てから、今度はオイルへ手を伸ばす。こちらに混ぜるのは人魚の血、やり方はさっきと同じで、オイルの中に血の粉末を混ぜたら瓶をゆっくり回して馴染ませる。オイルだから溶けてくれるかちょっと心配だったけれど、それは杞憂だったようですぐにオイルは鮮やかな赤色に変化した。後はこの二つを合わせるだけだ。

 湯せんから蜜蝋とオイルを取り出して、ハンドクリームの容器に移す。移しながらガラス棒でかき混ぜれば、白い蜜蝋と赤いオイルが合わさって薄紅色になっていく、うん、色合い的には結構いいんじゃないかしら。

 

「おっとと、そういえば精油もあったんだ。固まりきる前にいれないと」

 

 危ない危ない、すっかり忘れるところだった。角に置いていた精油を引き寄せて、数滴垂らしたら勢いよくかき混ぜる。途端にバラの良い匂いが、周辺に漂う。うん、私が扱うには珍しいってだけで選んだバラの香りだけれど、こうやって見ると薄紅色の蜜蝋に凄く合ってる。ナイスな判断だったわ。

 

「よし、後は冷めて固まるのを待つだけね」

 

 再度説明書に目を通し、やり残しややり忘れた事がないか確認をする。どうやら大丈夫みたいだ、蜜蝋は常温で固まってくれるらしいから、このまま置いといて問題ないだろう。

 

「効果は後で確認するとして、お店を開けるまでまだ時間もあるし、もうちょっと何か作っておこうかしら」

 

 確か、ユニコーンの水薬が在庫の半分を切っていたはずだ。丁度いい、今作ってしまおう。

 蜜蝋のクリームが入った容器を邪魔にならない場所にどけてから、次に作る品の材料を持ってくるべく、席を立った。

 

*  *  *

 

 夕飯後、片付けやお風呂なんかを終えてもう寝るだけの状態になってから、私は地下室へと足を運ぶ。机の上にある容器を手にとってから、蓋を開けて中身の確認。匂いよし、固さよし、思い描いた通りの出来に思わずにんまりするが、肝心の効能はこの状態じゃまだ解らない。なので机の引き出しに入っていた、黒竜の爪で出来たナイフを取り出すと、手の甲に当てて軽く引く。微かな痛みが走り、少し経つとじわじわと血が滲み出した。痛いのは好きじゃないからこんな程度でいいだろう、と納得しながら持っているナイフを翳してみる。

 ここ二年以上、結構な頻度で使っているけれど欠け一つついていない。レイスさんは竜の爪は頑丈だと言っていたけれど、頑丈にも程があるだろう。こんな爪で攻撃されたらなんて考えたくない、冒険者の人たちって本当に度胸があるわね。

 改めて感心しながらナイフをしまい、クリームを適量手にとって、傷ついた箇所に擦り込んでみる。滲みたりとか、ピリピリするとかいった感覚は一切なし。そのまま塗り込み続け、クリームが完全に馴染んでベタつきもなくなってから手の甲を見てみると。

 滲んでいた血は消え、傷も綺麗に塞がっていた。ようしっ、効果も狙った通りのモノになった!

 

「エンスー、新商品が出来たわよー」

 

 容器を強く握りしめたまま階段を上ると「おめでとうニャン」とエンスが出迎えてくれたので、そのまま報告を続ける。

 

「ほら、この前買った蜜蝋で作ったクリームよ。人魚の血と、ドラゴンの角の粉を混ぜてるの。一応、ハンドクリームとして手荒れやひび割れに効果があるようにしているけれど、この治癒の力なら、身体全体に使っても問題ない感じよ」

 

「フーン、でも人魚の血はともかく、ドラゴンの角の欠片はちょっと値段がするニャン。ユニコーンの水薬はちょっとした病気なら直ぐに治せるから、高めの値段でも皆買っていってくれるけれど、傷だとそこまで需要がない気がするニャン。シルキちゃんが作る傷薬だってそこそこ評判はいいニャン」

 

「これはアフィアちゃんに渡して、王都の方で売れるか判断してもらうのよ。ほら、妖精のオーブはあっちじゃそこそこ需要があるみたいじゃない? これもひょっとしたらいけるかもしれないわよ」

 

「それなら、またレシピの代金として纏まったお金が入ってくるニャン? そしたらまた、お祝いで美味しい物食べたいニャン!」

 

 目をキラキラさせて、おねだりをしてくるエンス。あー、前回は大きな牛の肉の塊を買ってローストビーフを作って食べたもんね、あれは美味しかった。ワインも奮発して、結構良いやつ飲んだし。

 

「そうね、じゃあ無事に商品化できるようだったら、またいいもの食べましょ。超分厚いステーキとか」

 

「楽しみだニャン!」

 

 そんな会話をしていたと言うのに。

 

「はぁぁぁぁ~」

 

 一週間後、私はカウンターに突っ伏しながら、長い長いタメ息を吐いていた。

 

「シルキちゃん、駄目だったニャン?」

 

 脱力した姿をみて、何となく事情を悟ったエンスが訊ねてきたので、首だけを動かして頷いてみせる。

 

「うん。なんかね、石鹸で似たような効果を持つ物があるんだって。しかもそっちは保湿と肌荒れの予防もついてるとか」

 

「あー、それは勝てないニャン」

 

 しかも、例の石鹸が販売されるようになったのは、つい最近なんだとか。この蜜蝋クリームを半年前くらいに思いついていて、アフィアちゃんに見せていたら僅かだがチャンスはあったかもしれない、それを考えると悔しい。

 

「じゃあ、そのクリームはどうするニャン? お店で売るかニャン?」

 

「いや、ウチの店で売るにはちょっと値段が高すぎるわ。前エンスが言ったけれど、傷薬なら私が作るので充分だし。これは私が使う用にして、残った蜜蝋は普通のハンドクリームにしてお客さんの反応を見てみることにするわ」

 

 その後、お試しで作ったハンドクリームだが、評判としてはまずまずといった感じだった。通年置ける商品にはならないかもしれないけれど、乾燥や寒くなる時期になったらそれなりに売れるかもしれない。とりあえず、買った素材が無駄にならなくて一安心だ。



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久しぶりのダンジョンの町・上

どうでもいい小話。
このダンジョンは元は十層構造で、山頂にて魔王との最終決戦がありました。
倒した後、最初は山頂で魔王を封印していたのですが、山頂にて魔物が増殖、町に降りてくるかと英雄たちは慌てますが、魔物たちは何故かダンジョンを掘り始めて新たな層を作り出しました。その度に英雄たち、或いは冒険者たちが魔王を最新層に移した結果、今のダンジョンの状態となりました。以降六十年以上変化はありません。

なので、昔はそんなに攻略が面倒なダンジョンではなかったという。本当にどうでもいいですね。


「うーん、美味しい!」

 

 ゴクリと、口いっぱいに頬張っていた肉の塊を飲み込んでからホウ、と一息。笑みがこぼれるのを止められない、こんなに幸せでいいんだろうか。

 手元のグツグツと音を立てたままの食器を見れば、皿の中にはまだまだいくつもの肉がゴロゴロ転がっている。大盛りにしておいて正解だった、並盛だったら絶対足りなくて追加注文して、待っている時間に歯ぎしりしてただろうから。

 ホクホク顔で新たに肉を口の中に放り込んでいると、向かい合っているエンスが自分の皿にあるソーセージを半分にして差し出してくる。

 

「シルキちゃん、そのお肉とボクのソーセージを交換して欲しいニャン!」

 

「いいわよ。はい、あーん」

 

「ニャーン、美味しい!」

 

 尻尾をピンと立たせながら、満足そうな顔をするエンス。私が食べているのは、スノーウルフと呼ばれる魔物の肉。特に魔導具に使える素材は無いけれど、この狼の鮮やかな水色の毛皮は美しいだけじゃなくて、滑らかな触り心地としっかりした厚みがあるので、防寒具の方で結構需要があったりする。私も何度か見たことあるけれど、水色のコートとかマフラーとか凄く目を引くのよね。生憎と結構なお値段がするので、いいなぁと眺めるくらいしか出来ないけれど、手袋だったら……いけるかしら。今度、値段を見てみよう。

 

「じゃあ、こっちをどうぞニャン。あーん」

 

「んん! ワニ肉のソーセージってのも美味しいのね。見直したわ」

 

「気にいって貰えて良かったニャン」

 

 モグモグと咀嚼する度に、ハーブの香りと香辛料の味が口の中に広がる。ワニってのは、大きな口に鋭い牙を持ったメチャクチャ凶暴な、トカゲとドラゴンを混ぜたような生き物(クヴァンジュ君談)らしい。正確には魔物じゃないらしいが、この町のダンジョン内の生き物は、全て魔王の魔力から生まれているから、ここでは魔物扱いだ。本来水辺にいるらしいワニが、どうしてダンジョンなんかにいるかというと、さっきも言った通り、封印されている魔王の魔力によって産み出されているというのは勿論だけれど、ダンジョン内に巨大な湖のような水溜まりがあるからだとか。その水溜まりには大蛸や大王イカなんかの海の魔物もいて、他にも火山や氷の世界、夜のように暗い階やあちこちから毒が噴き出している階など、特殊な階層があって変わった魔物はそういう所にいるらしい。それにしても湖に火山に氷なんて、もうダンジョンというより小さな世界って感じ。『英雄たち』はどうやって攻略したんだろう。

 考えながらも口と手を動かし続けていたら、あっという間に食べ終えてしまった。大盛りだったからそこそこお腹は満たされたけれど、食べようと思えばまだいける、何しろここの料理は他じゃ滅多に食べられないのだ、無理をしてでも食べておきたい。

 何にしようかとメニューを眺めていると、本日のお薦めが書かれている紙がペラリと出てきた。そういえばこれはまだ見ていなかった、どんなのがあるだろうと早速眺めてみると……あ、大王イカのイカスミパスタってのがある。珍しいみたいだけれど、値段はそれほど高くないしこれにしようかな。

 頼む物を決めてメニューから顔を上げると、エンスも真剣な顔でメニューを眺めていた。

 

「エンス、何食べる? 私はせっかくだから、大王イカのイカスミパスタにしようと思ってるんだけれど」

 

「ニャン! ボクは大王イカのイカスミリゾットが気になるニャン」

 

「じゃあ、一緒に頼もっか。すいませーん」

 

 横を通るウェイターさんを呼び止めて、共に食べたいものを注文する。村は山に近いから、海の生き物の料理なんて殆ど口にする機会はない、一体どんな料理だろう、楽しみだ。

 

*  *  *

 

「ふー、お腹いっぱい」

 

「流石にデザートは食べられなかったニャン」

 

「あれ以上食べたら、食べたの全部出しちゃうものね」

 

 苦笑いしながら、エンスと一緒に腹ごなしも兼ねて町の中を歩く事にした。どうせ用があるのはレイスさんとコピアさんの店だけで、帰るまでの時間にはまだまだ余裕がある。色々と見て回るのもいいだろう、なんて考えていたつもりだったんだけれど。

 

「ありゃ」

 

 足は無意識の内に知っている場所を目指していたようで、気が付いたらダンジョンの入口にまできていた。誰か知っている人がいるかしら、とキョロキョロしていると後ろから声をかけられる。

 

「あれ、シルキさん? 久しぶりですね」

 

「あ、こんにちは。今日は非番ですか?」

 

 振り返れば、いたのはダンジョンで運び屋をしているオルアムさん。冒険者どころか、この町の人間でもない私が顔を覚えて貰っているのは、彼が慕っている上司ことマクナベティルさんの妹さんに似ているからだそうだ。

 

「いや、もう少ししたら隊長が戻ってくるから、そうしたら隊長と交替してアキュニスで冒険者を送迎しにいきますよ」

 

 緩く首を振ってから、上を指差して教えてくれた。ダンジョンの運び屋は六人いるそうで、一日に三回ほどの送迎を交替でやっているとのこと。

 因みにアキュニスというのは、マクナベティルさんと契約? をしている黒竜の名前で、マクナベティルさん大好きっ子。そのせいで、妹に似ているからと気にかけてもらっていた私に、小動物ならストレスで死ぬんじゃないかと思うくらい激しいガン飛ばしを何度もくらったのはいい思い出だ。目で何度も「マクナベティルさんは親切でいい人だと思います、それ以上の感情は持ち合わせていません。誓って! 本当に!」と何度も訴えて、最近漸くお許しを貰うことができた。まぁ、アキュニスちゃんを怖くないと思えるようになったのは、もう一つ要因があるんだけれど。

 オルアムさんとそんなやり取りをしていたら、頭上が暗くなったので視線を上げれば、そこにいたのは話題に上がっていたマクナベティルさんとアキュニスちゃんだ。向こうも私たちに気が付いたようで、乗せていた冒険者を降ろすと、此方にきてくれた。

 

「シルキ、元気にしていたか。今日はどうしたんだ?」

 

「偽妹。何の用だー」

 

 怖がりのエンスは直ぐに後ろに隠れるが、私は幾分か馴れたのでアキュニスちゃんの言い種に苦笑しながら対応する。

 アキュニスちゃんを怖がらなくなったのは、彼女の声のお陰。見た目とは裏腹に、とにかく可愛らしい声をしているのだ。これを聞くと「ああ、小さい子がお父さん(?)をとられたくないんだな」とほっこりした気分になり、恐怖心が吹き飛ぶ。尤も、この可愛らしい声はアキュニスちゃんも気にしているようで「喋るとなめられるー」とぶうたれていた。可愛い。

 

「こんにちは、マクナベティルさんとアキュニスちゃんもお元気そうで。今日はお店で扱う商品の素材を買いにきたんです、コレってあります?」

 

 せっかくダンジョンから戻りたての冒険者グループがいることだしと、ある素材の名を口にすれば、マクナベティルさんは頷いて冒険者たちに声をかけてくれる。直ぐに、なん組かのグループが手を挙げてくれたので、早速交渉して全て買い取らせてもらった。私的にはお店で買うよりも多少安く買えて、冒険者的には売れない半端物も買い取ってもらえるということで両者共に悪くない取り引きだと思う。

 

「これからコピアの店か?」

 

「その前に、レイスさんのお店ですね。トリュフのメンテナンスしてもらっているので、回収してこないと」

 

「そうか、じゃあな。何かあったらまた来てくれ」

 

「はい、その時はお世話になります」

 

「今日はもう駄目だー、偽妹ー」

 

「こらアキュニス」

 

「だってご主人ー」

 

 騒ぎだした二人に軽く礼を言ってから、私はエンスを引っ付けたままダンジョンを後にする。さて、それじゃあトリュフたちを迎えにレイスさんの所に行こうかしら。



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久しぶりのダンジョンの町・下

エンスだって可愛いから、客寄せには凄く貢献しているんですよ!!(謎の対抗心)


 マクナベティルさんたちのいるダンジョンから離れて暫く歩いた後、レイスさんのやっているお店へとやってきた。失礼します、と声をかけながら店内へと足を踏み入れれば、レイスさんが振り返ってこっちをみる。

 

「おう、戻ってきたかシルキさん。こっちも少し前に、トリュフのメンテナンスが完了したぞい。今回も特に問題はなかったから、安心してくれ」

 

「ありがとうございます。トリュフ良かったわね、特に交換する所は無いって」

 

 机に腰掛けて足をぶらつかせていたトリュフに声を掛ければ、やったぜという感じで親指を立ててくるトリュフ。前に比べれば、随分と男の子らしくというか、やんちゃになった気がする。チョコの影響もかなりあるんだろうけれどね、あの子トリュフのこと毎日連れ回して虫取り手伝わせてるし。お陰か、弓の腕はかなり上達していて、室内で虫退治を頼めば百発百中で仕留めてくれる。

 レイスさんに礼を言ってから代金を支払い(とは言っても、お金はレイスさんへの貸しから引かれるので、私は銅貨一枚すら払う必要はないのだけれど)移動用の鳥籠の扉を開ければ、当たり前のようにトリュフは鳥籠に移動しちょこんと座り込む。さて、次はと。

 

「チョコー、何処にいるのー?」

 

 鳥籠を持ったままトリュフについてきたチョコへ呼び掛ける。すると、壁の隙間からチョコがニュッと顔を出してきた。前回のように虫を抱えているふうではないけれど、口元が動いているから、捕まえて食べたわね。家の中なら芋虫の可能性は低いだろうから、羽虫かバッタ系かしら。

 そんな推理をしていると、鳥籠の中から手を振っているトリュフに気付いたようだ。チョコも鳥籠の傍に走ってくると、自分から扉を開けて中に飛び込む。これで、二人揃ったわね。

 直ぐに出ようかとも思ったけれどレイスさんが「特に急ぎの仕事もないし、客がくる予定もないからゆっくりしていかないか」と声をかけてくれたので、お言葉に甘えてもう少しお邪魔させてもらうことにした。

 エンスと一緒に椅子に腰掛けて、ダンジョンの町で最近起きた事や、私の宝珠の村で起きた事なんかをコーヒーとお菓子をいただきながら話す。コーヒーとかを用意してくれたのは以前見たジュエルドールだ。お礼を言うと笑顔を返してくれるが、この笑顔がまた綺麗で、もし人形だと知らない男の人がこんな顔を向けられたら、一目惚れしちゃうんじゃないかと思う。

 これで喋ったら完璧でしょうね。

 

「今ふと思ったんですけれど、レイスさんが作る人形って喋りませんよね。やっぱり声をつけるのって難しいんですか?」

 

「ん? イヤ、喋らせること自体はそれ程難しくはないぞ。ただ、ワシらのように流暢に喋らせるとなると、調整が鬼のように面倒でな。かと言って調整しなければ、声に抑揚が無さすぎてかなり聞き取りづらいものになっちまうんじゃ」

 

「へぇ、そうなんですか」

 

「まぁ、人形作製に関しては、それぞれの職人のこだわりがモロに出るからな。ワシは顔の造形に全力を注ぐが、他にはそこまで注力せん。関節なんかは服なんかで隠せるし、声だって変に弄るくらいなら、喋らせないでいた方がいいんじゃないかと思っているくらいだしのう」

 

 ふーん、私は人形が綺麗な顔をしているのは当たり前だと思っていたのだけれど、そういう訳ではないんだ。だったら、それぞれの拘りを持つ職人が集まって人形を作ったら、理想のヒトガタが出来るのかしら。

 いや、でも拘りが強すぎたら喧嘩になって結局出来ないかも。

 レイスさんの所にお邪魔していた時間は三十分程だっただろうか。中堅っぽい感じの冒険者グループが防具の相談にやってきたので、退散することにした。

 

「それじゃあレイスさん、私たちはこれで失礼しますね。また今度、よろしくお願いいたします」

 

「お邪魔しましたニャン」

 

「何時でもきてくれ」

 

 外に出た私は鳥籠を抱え直して、最後の用事であるコピアさんの店を目指す。そういえばコピアさん、この前買い物に行った時に、もうちょっと広い空き物件を見つけたから其処に移動するって言ってたっけ。ええっと、移転した場所はどの辺りだって言ってたっけ?

 住んでるわけじゃないから、いまいち疎いのよね、その辺り。

 

「ねぇ、エンス。コピアさん、何処に新しいお店があるって言ってたっけ?」

 

「シルキちゃんが知らないのに、ボクが知るわけないニャン!」

 

 知らない事を誇らしげに言うんじゃないわよ。でも、エンスの言う事ももっともだ、となれば。

 

「じゃあ、広場に行ってみよっか。あそこなら人がいっぱいいるから、訊ねれば教えてくれるだろうし」

 

 くるりと足の向きを変えて、広場に向かう事にした。声を掛けやすそうな人がいればいいなぁ、なんて思っていたら広場では市場が開催されていたようで、かなりの賑わいを見せている。その賑わいの中でも一ヵ所、特に人が多いテントがあった。しかも群がっているのは女の人ばかり、そのくせ冒険者っぽい人や町の住人といった感じで、統一感がない。

 市場のテントは、売っている品物は様々だけれど、大まかに冒険者向け、町の住人向けと別けられている。だから、気になって思わず近寄って覗いてみると。

 

「あ! シルキさんお久しぶりです。お元気でしたか!?」

 

 元気な声で、アフィアちゃんが挨拶をしてくれた、はーん、ってことはこの女の人が集まっている原因は。

 

「あ? シルキ? お前も今日はここに来てたのか。偶然だな」

 

 予想通り、テントの直ぐ近くにはザベル様が立っていた。相変わらずケチの付け所が無いくらい、整った顔をしてらっしゃる。というか、丹精込めて作られたレイスさんの人形の器量よりもいいって凄いことよね、よく考えたら。

 

「こんにちはアフィアちゃん、ザベル様。私はこれからコピアさんの所で買い物ですよ。お二人こそ、ここで商売なんて珍しいですね」

 

「えへへ、お兄様が冒険者さん向けに良さそうな貴石をいっぱい仕入れたので、預かって売りにきました。お駄賃として、売った額の二割を貰えるので、頑張って完売させたいです!」

 

「俺は、宮廷騎士の呼び出しも無かったから、天使の付き添いだ。黙って立ってりゃ人がどんどんよってくるからな」

 

 成る程、アフィアちゃんの客寄せ兼用心棒をしている訳だ。これだけ女の人が集まっているのだから、効果は充分に発揮されているようだし、更に買い物をすればザベル様が一言話しかけてくれる模様。売れないわけがない、アフィアちゃん商売上手ね。

 

「シルキさんも、よかったら見ていって下さいね」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

 誘われたのでマジマジと眺めてみる。置かれているのは、イヤリングやペンダントに使えそうなものから、杖の先端や胸元を飾るのに良さそうな大きさの原石だ。大きさだけじゃなく品質も色々揃っているようだから、どんな人の要望にも応えられそうな感じがする。

 この前使い果たしたターコイズが幾つかあったので、それを有るだけ買い込む事にした。

 

「ところでザベル様、『すわ、一大事!』って名前の店が移転したんですけれど、何処にあるかご存知です?」

 

「悪いが知らねぇ、俺がここで足を運ぶのはドワーフの鍛冶屋が主だからな」

 

「ごめんなさい、シルキさん。私もわからないです」

 

 あー、まぁ二人もここの住人じゃないからね、当然か。

 アフィアちゃん達は知らなかったようだけれど、私が買い物している間にエンスが冒険者に訊ねてくれていて、コピアさんの新しい店の所在は無事にゲットすることのとが出来た。

 教えてもらった住所に向かえば、見覚えのある看板が目に飛び込んでくる。確かに、前の店よりも大きいかも。

 

「あら、シルキちゃん。いらっしゃいませ」

 

「い、いらっしゃいませー」

 

 ドアを開ければ、コピアさんと新しい店員のマカエルちゃんが出迎えてくれた。

 

「移転おめでとうございます。広くていい感じですね」

 

「ありがとう。中古物件だから、それ程綺麗じゃないけれど、結構気に入ってるの。これもマカエルちゃんが来てくれたお陰よ」

 

「そ、そんなコピアさん……照れちゃいますよ」

 

 恥ずかしそうに顔を俯かせるマカエルちゃん。店番として雇ったつもりだったようだけれど、どうやら魔導具を作る才能があったらしく、今は職人兼店番で仕事をしているんだとか。売り上げもマカエルちゃんの魔導具のお陰で上々らしく羨ましい限りだ。

 

「でも、店が判って良かったわ。迷うか心配してたの」

 

「あー、いや。自信なかったんで、人に訊いたんです。広場で市が出てて、ザベル様がいて人もいっぱいいたんで丁度よか」

 

「ええ!? ザベル様!?」

 

 途端、マカエルちゃんが声を張り上げた。見れば顔が真っ赤に染まっている、ザベル様のファンなんだ、マカエルちゃん。

 

「あ、あの。コピアさん、私、その」

 

「いいわよ、行ってらっしゃい。そういえば休憩もまだだったし、ゆっくりしてきていいわよ」

 

「ザベル様、貴石の原石売ってるテントにいますよ」

 

「あら、じゃあついでに魔導具の材料も買ってきちゃいなさいよ。其処に買い付け用のお金あるから」

 

「は、はい! ありがとうございますぅ!!」

 

 示された場所から皮袋を取り出すと、一目散に走り出した。うーん、やっぱり人気あるんだ

ザベル様。

 

「好きなんですね、マカエルちゃん」

 

「ええ、レイスさんの所に行った時に見て以来、あんな感じ。見てて楽しいわ」

 

「コピアさんは行かなくていいんですか?」

 

「私は其処までじゃないし。それに、私まで出たら誰がシルキちゃんの相手をするのよ」

 

 そりゃそうだ。

 

「とりあえず、ゆっくり見ていって。広場がそんな調子なら、こっちもしばらくお客さんこないだろうし」

 

「はーい、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

「掘り出し物を見つけるニャン」

 

 コピアさんのお墨付きだったので、時間いっぱい使って素材をしこたま買い込む。色々新しい素材も買い込んだから、新作を作るのが楽しみだ。



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ウンディーネの雨避け

どうでもいい、豆知識

保存の魔術の呪文は、ピーターデュランドです。
保存する食品そのものにかけると、固くてとてもじゃないが食べられない物になってしまうので、基本的には保存したい物を入れた容器にかける魔術です。
要は缶詰めですね。


 ダンジョンの町から戻ってきた私は、地下室に籠ると、早速底無しの袋をひっくり返して買ってきた品物を机にぶちまけた。まぁ、ちょっと乱暴だけれど、壊れ物が入っている時はもうちょっと丁寧に扱うわよ、本当なんだから。

 転がり出てきた素材を種類毎に別けて仕舞い、明日作る魔導具に使うものはそのまま机の上に。とりあえず、作るものはもう決まっている。用意するのは、ボロボロになった透明な布のような素材。一見服の切れ端のようにも見えるけれど、これはウンディーネの身体の一部らしい。冒険者たちが使う時はもっと大きな布にした状態で、マントのようにして羽織るんだそうだ。その名も『水のマント』。炎系の魔術は魔力によって布状態になった水によって相殺され(とはいえ、氷のマント程炎に強い訳ではないらしい)、水系の魔術は同じ水によって弾かれるんだとか。

 と、話だけ聞くと凄く便利な魔導具のように思えるけれど、ボロボロになっている状態から分かる通り、魔術に強い分物理的な攻撃には凄く弱いので、戦闘時には全くといっていいほど役に立たないらしい。なので羽織るのも、もっぱら魔術系の罠がある所ぐらい。もったいないなぁ。

 そんなことを考えながら、買い占めたウンディーネの素材を机の上に並べ、大きさを揃えて二段にしたトレーに載せていく。これで、準備は完了だ。後は明日やろう、これからやったところで意味ないし。

 残りの素材を片付けていたら、上からエンスの声が降ってきた、どうやら晩御飯が出来たらしい。今日のご飯は何だろう、この前ステリアちゃんからもらった猪肉かしら、それともダンジョンの町で安かったから買ってみた、コカトリスの肉を使った料理かしら? 楽しみだわ。

 

「はいはーい。もうちょっとで片付けが終わるから、先に食べててー」

 

 温かいうちに食べちゃおう、と私は片付けを急ぐ。因みに夕飯はコカトリスの揚げ物とサラダだった、揚げ物はこの前クヴァンジュ君から貰ったカレー粉で味を付けたんだとか。

 貰った次の日にはカレー粉が入った瓶とにらめっこしていたと思ったんだけれど、いつの間に調理方法を覚えたのか訊ねれば「宿屋のおじさんに粉を半分渡して、使い方を考えてもらったんだニャン」とのこと。ついでに「今度グヴァンジュさんが来たら、カレー粉沢山欲しいってお願いするんだニャン」とも言っていた。

 どうやらカレー粉をいたく気に入ったらしい。美味しいし、粉いれるだけでいいからね。気持ちはよく解るわ。

 

 

*  *  *

 

 次の日、私は少し早起きして水の宝珠がある湧水の泉で大量の水を汲んできた。そして、食事の前に少しでも仕事を片付けてしまおうと昨日トレーに置いておいた、ウンディーネの素材を外へと持っていく。この作業は床を水浸しにするから、外でやる方が掃除をせずにすむのだ。

 これから作るのは、一年前に作った商品で、ユニコーンの水薬や雷帝の抱擁ぐらい人気と需要がある。この二つとの違いは、村の人にも需要があるという所だろう。

 まずは、汲んできた水に『賢者』と呼ばれる魔物が作ったインクを少量混ぜてからジョウロに移し、大きめのガーゼを床に敷く。そこにウンディーネの素材の切れ端を、ガーゼ限界までそれを広げる。そして、ガーゼ目掛けてジョウロの水を降らせると、ウンディーネの素材同士がくっついて、敷いた分だけの一枚の布になるのだ。

 詳しい仕組みはわからないけれど、水の化身と呼ばれるウンディーネだ、湧きたての、汚れなんて殆どない綺麗な水は素材とほぼ同質の純度を持っていて、そのお陰で繋ぎの役割を果たすんじゃないかと勝手に思ってる。小難しい法則なんてどうでもいい、とりあえず大事なのは端切れ状態だったウンディーネの素材が、敷いているガーゼ程の大きさの布に再生してくれたことだ。ダンジョンの町で同じ作業をするなら、何度も水を濾過しないと駄目だろうから、かなりの時間をかけることになるだろう。それが水の宝珠のお陰で、汲んできた水をかけるだけですむのはありがたい。大きな町に比べれば不便なことはいっぱいあるけれど、田舎は田舎でいいところもあるってことね。

 ある程度の大きさになったウンディーネの素材は、引っかけないよう注意しながらトレーの上に置いていく。しばらくはその繰り返しだ。ガーゼがビチャビチャになったら、絞って水気をきってまた敷く。三十分程続けていたらトレーの上にはそれなりの大きさに作れたウンディーネの素材が山盛りになっていた。なので、今度はそっちのをくっ付ける事にする。縦三枚、横三枚にして水を注ぎ、一メートル程度の正方形になれば、ある程度完成だ。

 今回出来たのは十五枚、水が繋ぎになってくれたお陰で、切れ端の素材はまだ結構残っている。今日はもう地面がグチョグチョになったから、残りは明日以降にやろう。この量なら、多分今日と同じくらいの数ができるはず。

 作った分は、丸めて職人さんに作ってもらった木の筒の中に収めておく。

 この筒ってまだ予備あったかな? 行商人さんたちから、使い終わったら回収していたんだけれど、数の方はきちんと把握はしていないので、残りが幾つあるかはっきり解らない。全部しまったら数えておこうっと。

 片付けて家に戻ると、エンスが朝ごはんを準備をして待っていた、なんていいタイミング。私が戻ってくる時間を見越したようだわ。

 食べたら、一緒に後片付けをしてお店を開ける準備をする。今日もお客さんがそこそこやってきてくれますようにっと。

 

*  *  *

 

 次の日、私はもう一度同じことをして計三十枚程の素材を作り、木筒に収めた。後は何時ものように効果を試したいんだけれど、なかなか思うような天気にならずに数日が過ぎる。そして一週間後、ようやく効果を試すのに絶好な天気になった。

 

「エンスー、念願の雨になったから、ちょっと外に出てくるわね」

 

「行ってらっしゃいニャーン」

 

 エンスに声を掛けてから外に出ると、結構いい降りの雨が出迎えてくれる。よし、これぐらい激しい降りなら、試すには申し分ないわね。

 私は例の木筒の蓋を開けて、ウンディーネの素材を取り出して広げてから、髪の毛を一本抜く。残念なことに抜くほどの髪の毛が無い人は眉毛や睫毛、何だったら鼻毛だっていいが、とにかく顔に生えている毛を用意する。そして、ウンディーネの素材を爪で軽く裂いたら、其処に髪の毛を挟み、筒に入れていた小瓶の水を裂いた所にかければ、髪の毛を取り込んだ状態で元通りだ。小瓶に入っている宝珠の水には、保存の魔術をかけているから、半年くらいはそのままにしていても問題ない。

 最後に、これも木筒に入れていた巾着から、妖精の粉と砕いた魔石を混ぜた粉を取り出し、ウンディーネの素材に振りかければ。

 ウンディーネの素材は私の頭を中心にしてフワフワと浮かび上がり、雨を遮ってくれる。

 商品名は『ウンディーネの雨避け』、使う人間の毛を入れると、素材に混ぜた『賢者』の血がそれを関知して自動で追尾してくれる品物だ。顔の毛を使うのは、頭を中心にして雨を避けるため。パチパチと良い音を立てて、雨を弾いてくれるのは結構楽しかったりする。

 使うには少しばかり準備が必要なので多少手間は掛かるけれど、作ってしまえばこの状態で半日はもつ。使い終わったら手で簡単に裂けて、適当な川や湖に放り込んでおけばその内に同化してくれるからゴミの心配もしなくていい。何よりも浮いているから両手が空いたままなのが、村の人や行商人さんに好評な理由だ。

 作業したりするには便利だからね、王都の方にも需要があるかアフィアちゃんに訊ねてみたんだけれど「残念ながら」と首を振られた。

 どうやらお金持ちの方々は、雨が降ったらご自慢の傘を差して見せびらかすのが最近の流行なんだとか。うーん、此方の方が動きやすいと思うんだけれどね、お金持ちの方の考えることは解らないわ。

 その後、十五分ほど雨の中を走ってみたり踊ってみたりしたけれど、濡れることはなかったので大丈夫そうだ。

 今日から売り出せば、早速幾つか売れていった。うーん、この調子だとまた作った方がいいかも。近いうちにまたダンジョンの町に行く事になるかもね。




今回で製作アイテムのストックが尽きてしまったので、幾つか思い付くまで小休止になります。
活動報告でネタを募集してますので、何か良いネタありましたらよろしくお願いします!


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来訪、奇跡の人

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

話が思い付いたのでチョロっと更新です。
ネタはまだ募集してますのでお気軽にどうぞ!!


 カウンターで暇をもて余していたので、窓を開けて誰かこないかなーと眺めていたら、村長が村のあちこちを右往左往しているのを見つけた。何をしているんだろうと、目で追っていると村長が向かったのは一軒しかない宿屋だ。

 中に入っていくのを見送ってから、視線をカウンターへと戻す。あそこに行ったって事は、外から身分の高いお客様が来られるからおもてなししてくれってお願いに言ったんだろう。私にはあんまり関係が無さそうだけど。

 

(どんなお客さんがくるんだろう?)

 

 乳製品がそこそこ有名な村だけれど、買いにくるのは殆どが行商人だ。たまにお金持ちの食い道楽がやってきたりするけれど、そういう人は大抵がお貴族様だから領主様の屋敷にお世話になるから宿屋にはまず泊まらない。アフィアちゃん家の馬車も大所帯だから、村に泊まる事はない。うーん誰だ、想像もつかないわ。

 

(ま、いっか。どうせ私には関係がない事だろうし)

 

 少しだけ考えてから、思考をお店へと戻す。解らない事で何時までも悩んでいても無駄だ、解ったところでどうなるわけでもないし。そんな事よりも、目の前の事に集中してお金を稼ごう。

 と、私の中で謎のお客さんの話は終わったつもりだったのだけれど。

 エンスと一緒にお昼ご飯を食べていたら、何故か村長がやってきた。そして、私の顔をみてこう言いはなった。

 

「五日後に奇跡の人が王都からいらっしゃるそうだ。おそらく数日は滞在するだろうから、そのつもりでいてくれ」

 

「はぁ」

 

 あー、さっき宿屋に行ってたのはそれを伝えていたからか。ふーん『奇跡の人』、そりゃまた凄い人が来られるわね。

 

「でも、なんで態々この村に泊まるんですか? ここ、乳製品とお水美味しいですけど逆に言えばそれくらいしか取り柄ないですよ。領主様の屋敷だって、頼めば出せるでしょうし」

 

「それくらいって言うな、お前が住んでる村だぞ!」

 

「いや、解ってますけど。でも、村の宿屋と領主様の貴賓室なんて設備が段違いでしょうに、変わった人だなと」

 

「用があるのはこの村らしいからな。村に居なければ意味がないんだそうだ」

 

「ほーん」

 

 村にいないと駄目な用件ってことは……ほぼほぼ水の宝珠でしょうね。アレ、動かせるもんじゃないから何をするのか解らないけれど。

 

「ところで、何で店にまで来て報告してきたんですか? 話聴いた限り私は役に立たないと思うんですが」

 

「いや、別に他意はない。嫁に安眠香が少なくなったと言われた事を思い出して、買いにきたついでに教えてやろうと」

 

「ふーん」

 

 その後、たわいもない会話をしてから村長は帰っていった。見送った後、エンスが隣にやってきて袖を引っ張ってくる。

 

「奇跡の人って凄い人が来るニャン!」

 

「そうね、てか生きてる間にお目にかかるなんて。凄い幸運よね」

 

 『奇跡の人』ってのは名前の通り、奇跡のような凄い事を行える人の事を言う。例えば、傷口に涙を溢す事によって失った手足すら再生させることの出来る聖職者や、どんな激しい嵐も歌うことで鎮めてしまう船員とか。

 そんな奇跡の人だが生まれてくる確率は物凄く低く、数十年に、下手すれば百年に一人生まれるか生まれないかってくらいだ。前述した二人も百年以上前の人間で、吟遊詩人の唄になっているから、国の人なら殆どの人が存在を知っていると思う。

 ちなみに、奇跡の次に凄いのが奇術になる。これの定義は奇跡に近い行為を魔力や魔導具等の条件を付けて、制限的にやることを言う。

 有名なのはダンジョンの町で行われる死者蘇生じゃないかな。

 アレは『聖職者』が『死後二日以内の損傷が軽度な物』に『ユニコーンの角』を媒体にして魔力を注ぎ込むことで出来る疑似奇跡だし。

 そして、魔術は奇術を呪文と魔力だけで使えるようにした物になる。奇跡や奇術を魔術にしようと研究している人は、魔術師にはよくいるらしいけれど、成功したって話はまず聞かない。

 それだけ難しいってのもあるんだろうけれど、片手間の研究という体の人が多いというものあると思う。

 確実に歴史に名前は残るし、魔術を使える人全員から感謝はされるものの、お金にならないからねー、仕方ないわよね。

 

「ところでシルキちゃん、やってくる奇跡の人ってどんな人なんだニャン」

 

「うーん、その辺は村長教えてくれなかったから解んないわね。どんな奇跡かも聞いてないし」

 

 ほぼ関わり合いにならないだろうから、言う必要無しと思われたんだろう。私も休む時以外は、ほぼほぼお店籠って外に出ないから会う確率は低そうだし。

 

「まぁ、村にいるとは言っても私たちはあんまり関係なさそうだし、そもそも会ったところで役に立たないだろうから、気にすることないわよ」

 

「言われて見ればそうだニャン。じゃあ忘れる事にするニャン!」

 

「別に忘れる必要もないけれど……まぁ。いいや。ほら、私は店番に集中するから、エンスも夕飯何作るか真剣に考えなさいよ」

 

「解ったニャーン」

 

 と、話はそれで終わって何時もの日常に戻る筈だったのだけれど。

 

「この店だぜ。お前に渡した薬を作ったのは。挨拶しとけよ」

 

「彼女なのか。初めまして、貴女のお陰で立ち直ることができました。改めて礼を言わせて下さい」

 

「は、はぁ……ご丁寧にありがとうございます?」

 

 何故か騎士っぽい姿のザベル様と、知らない人が店に入ってきたかと思ったら、深く感謝された。戸惑いながら返事をしていたらザベル様が隣の人をつつく。

 

「おい、何も解ってねーみたいだぞ。教えてやれよ」

 

「あまり僕の黒歴史を人にさらけ出したくはないんだが……恩人なわけだしいいか。女に振られて落ち込んだ騎士に人魚の丸薬を作ったのを覚えてないかな、その騎士が僕なんだよ」

 

「あ……あぁ!」

 

 なるほど、この人が手酷い振られ方をした騎士様か。ザベル様じゃないけれど、十人いたら六人くらいは振り返るくらい容姿は整っているし、何より宮廷騎士なんて誰に言ったって自慢できる花形の職だ。何で振ったんだろう、もしかして頭悪かったのかな。

 

「あれ、でも何でザベル様たちがこの村にいるんですか。しかも正装して」

 

「奇跡の人の護衛だよ。王都と村の往来と、滞在期間はここの宿屋で世話になる」

 

「護衛なのにここにいるって……サボってるんですか?」

 

「騎士は僕たちを入れて四人来ているので、護衛は他の騎士がやっています。なので大丈夫です」

 

「お前が俺に対してどんなイメージを持っているか、よぉく分かったぜ」

 

 そんな事言っても、普段のザベル様の態度とかみてたら……ねぇ?

 

「あ、ザベル様。好奇心で訊くだけなので答えられなければ別に構わないんですが、奇跡の人ってどんな方なんですか? あと能力とか」

 

「もう六十近くになるからじいさんだよ。流石に能力については教えてやれねーな。というか、ざっくり聞いた程度だから俺たちも詳しく説明できねーんだよ」

 

「ただ、この村に来たのは『この村に欲しい色がある』という事らしいですよ」

 

「色……ですか」

 

 何それ、色を使う奇跡っててんで想像つかない。でも、聞いたことないからお話になっているような力を使う人じゃないってことだけは分かったわ。

 

*  *  *

 

「ありがとねエンス、手伝ってくれて」

 

「気にしなくていいニャン。今日はもう朝ご飯の準備ができたから、暇なんだニャン」

 

「別に二度寝してたってよかったのよ?」

 

「どうせ直ぐ起きなきゃだからいいニャン。ちゃんとお昼寝もするニャン」

 

「そう、ならいいけど」

 

 ある日の早朝、私はエンスと一緒に大鍋を持って水の宝珠がある泉へとやってきた。日中がじんわりと暑くなってきたので、そろそろ清水のショールに使うビーズを作ろうと思ったのだ。

 泉に行くと先客がいた、見た目は頭は薄いけれど髭はご立派なおじいさん。見たことない顔だ、この村の人の顔はだいたい知っているのでこのおじいさんが例の奇跡の人なんだろう。

 エンスと揃って小さく頭を下げれば、向こうも軽く頭を下げてきた。挨拶が終わるとおじいさんはまた泉を無言で見つめだしたので、私たちも邪魔しないようにさっさと水を汲むことにする。

 うーん、冷たい。水の宝珠は今日も綺麗で冷たい水を大量に作り出してくれている。

 

「重いニャーン」

 

「はいはい、これ付けるからちょっと待って」

 

 水をなみなみとたたえた鍋が持てないと騒ぐエンスに革の紐でくくった妖精のオーブをなべに結びつける。鍋程度の大きさなら、親指くらいの大きさのオーブで十分だ。前は粉を振りかけていたけれど、こっちの方が応用が利くから今はこうやって使っている。

 と、二人で騒いでいたらおじいさんがじっとこっちを見ていた。騒いで不快にさせたかなー、謝ろうとしたら。

 

「すまんが、その魔導具の色をもらえんか」

 

 突然そんな事を言われた。意味が分からずに黙っていたらおじいさんが続ける。

 

「貰うのは色だけで、効果は失われないんだがどうだろうか」

 

「ま、まぁそのまま使えるのなら……どうぞ?」

 

 まだ理解しきっていないけど、効果は変わらないってならいいか。奇跡の人の力をみられるなんてまずないことだし。

 おじいさんの頼みに、エンスが妖精のオーブを見せると、取り出したのは大きな筆。それをオーブに押し付けると、金色に輝いていたオーブは透明な球体になり、代わりに筆が金色になった、凄い。

 二人してしげしげとその様を眺めていると、おじいさんが次に取り出したのは青色の石っぽいもの。それに筆先を押し付け、ポンポンと軽く叩くように動かす。すると、筆先から金色が青色の石に移っていく。へー、凄い。これが奇跡の力なんだろうか。

 見ている内に青色の石は見たことのある宝石、ラピスラズリへと変化した。エンスと一緒に拍手していると、おじいさんが照れ臭そうに頭を掻く。

 

「人にコレを見られるのは久しぶりで緊張したな。儂はこうやって自然の色を取り込んで、ガラス玉に色を付ける能力があるんだ。それを何十、何百と繰り返すと自然の力が宿るのか宝石になってな。今回は教会の司祭に頼まれて、王笏に使う宝石を作っていたところなんじゃ。ほれ」

 

 見せてくれたのは、鶏の卵くらいありそうな深い緑色のエメラルド。……こんなの普通じゃ絶対に存在しないって。これで完成なのかと訊ねたら、後数十回程度色を足さなければ完璧な色にならないとの事。職人は妥協を許さないってやつか、てか私には十分完成品にしか見えなかったけれど。

 そんな事を話している内に、おじいさんが泉に筆を突っ込んでくるくると回す。途端に深い青緑色が筆に吸収されて、透明な泉へと変わるが、しばらくするとじわじわと色が戻ってきた。なので、妖精のオーブへ視線を向けるがこっちの色は戻らない。何が違うのかと目を細めていたら、おじいさんが教えてくれた。なんでも、泉や炎の様に常に変化したり流動しているのは色が戻るけれど、物とかは変化がないので色は戻らないとのこと。そんな違いがあるのね。

 

「あぁ、そうだお前さん。色をくれた礼……になるかは分からんが、よかったらこれを貰ってくれないか?」

 

 言われて差し出されたのは、エメラルドの出来損ないみたいな石。なんでそんな表現なのかと言うと、緑色の中に白い丸みたいのが幾つも入っていたからだ。

 

「これは、泉の色を貰う時に泡が入ってしまってな。ほれ、あんな風になって」

 

 見ると、ゴポリと大きな音と共に泡が浮かんできた。ん、今まであんな泡出てきたっけ?

ちょっと記憶にないんだけれど……。

思い出そうとしたが、おじいさんの言葉で意識を引き戻される。

 

「泡の色が入ると、ご覧の通りの色になるから、泡が入った時は別のガラス玉に移していたらこんなのが作れたんだ。見た目はアレだが、宝石には違いないから魔導具の材料にはなるだろう。護衛の騎士から聞いたが、お前さんだろう? 猫を連れた魔導具作りの職人は」

 

「僕は猫じゃないニャン! 妖精だニャン!」

 

「はぁ。まぁ戴けるのなら、ありがたく頂戴しますが」

 

 怒るエンスを宥めながら、私は汚いエメラルドを受けとる。確かに、見た目はかなりよくないが宝石なのは間違いない。混ぜ物として使えば問題ないだろう。お礼として貰うには、大層過ぎる品な気がするけれど。

 と、軽い気持ちで受け取ったのだが。この宝石が、実はとんでもない品物だと後日判明したりする。



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謎の宝石

イメージはモルダバイトです。
この前ミネラルマルシェで見つけたのですが、想像以上の値段で、買うのにはかなり勇気がいりました。


「ミャウ~~!」

 

 酒蟲の鳴き声で、私は眺めていた石を掌に握りしめたまま、カウンターへと戻った。「どうしたの?」と声をかければ、酒蟲はバチャバチャと水槽の中で水を叩いている。ああ、構えってことね。

 頭の辺りを人差し指と中指で軽く撫でてやってから、水槽に立て掛けてある柄杓を手にして水槽の中をゆっくり掻き回してやる。流れの渦ができると、酒蟲は流れにそうようにして泳ぎ出す。すると、待ってましたと言うように、チョコが木のお椀を被りながら寄ってきた。どうやら、お椀を船代わりにして船旅に出るつもりらしい。

 チョコがお椀の中で座りこんだのを確認してから、ゆっくりと水槽に浮かべてやる。そんなに広いわけではないが、チョコにとっては立派な冒険になるのだろう。身体を傾けることによつて、舵取りをするチョコをカウンターから応援するトリュフ。ほのぼのする光景が広がっていた。

 トリュフもお椀に乗ればいいのにと思うのだが、用意しても首を振るばかりで乗る素振りはみせない。生き人形のトリュフは精霊の魂という魔力の塊で動いているから、魔力の伝導を良くするために鉱石を素材として作られている為、見た目よりもずっしりしている。

 だから、沈む可能性を考えてトリュフは拒否を続けるのだろう。私はそんなに気にはしてないんだけれどね、例え重さでお椀や水槽が割れたとしても高級品じゃないし、酒蟲もエラ呼吸じゃないから死ぬわけでもないし。

 トリュフだって人形だから呼吸してるわけじゃ……ないわよね?

 そんな事を考えながら、チョコたちの姿を眺めていると、握りしめたままの石の事を思い出す。そうだ、ちょっと試してみようかな。

 

「ごめん、チョコと酒蟲。お楽しみの最中悪いんだけれど、ちょっといい?」

 

 言いながら、酒蟲をチョコの乗っているお椀に移して、水槽から出す。それから、握りしめていた宝石を水槽の中に沈めてみる……反応なしか。

 

「やっぱり、普通の水じゃなんもなしか。当然と言えば当然だけれど……法則がよく解らないわねぇ」

 

 袖を捲って底に沈んだままの宝石を拾う。緑の中に白い円のような不純物が入っているようなエメラルド擬き、これは二日前に奇跡の人から色を上げたお礼としてもらった物なんだけれど、コイツが意外とクセモノだと解ったのは数時間前の事だった。

 

*  *  *

 

 奇跡の人から貰った宝石は、あまり綺麗なものじゃないけれど宝石な事は間違いない。なので、ワイヤーで即席の指輪を作ってステリアちゃんにプレゼントしてみた。前に、私が指輪を買ったことによって使える魔術が増えて、作り出せる魔導具の種類が増えたことを話したら、羨ましがられたことを思い出したからだ。

 なにぶん素人が作ったものだから、少々不格好な指輪だったけれど、それでもステリアちゃんは喜んでくれて、今度猪か鹿を仕留めたら良い箇所のお肉を分けてくれると約束してくれた。

 だがその数時間後、ステリアちゃんが困惑した顔でお店にやってきて、私が何かを訊ねる前に一言告げる。

 

「あの指輪、ヤバイんだけれど」

 

 どういう意味かと首を傾げていると「説明するよりもみて貰った方が早い」と私の腕を掴み、狩り場である森の中へと案内してくれた。そして、ステリアちゃんの言っていた「ヤバイ」を見て思わず呟く。

 

「なにこれ?」

 

 あったのは、氷漬けになった一本のとちの木。勿論、そろそろ夏になろうという時期なので、自然に出来たものじゃないだろう。

 

「え、ステリアちゃんの魔術ってこんなに威力あったの?」

 

「そんなわけないじゃん。シルキがさっき指輪くれたじゃない? あれはめて凍結の呪文唱えたら、狙いがそれてこの木にあたっちゃったんだけれど、その結果がこれってわけ。ヤバくない?」

 

「ヤバイってか……不味いよねぇ。一応村長に報告しとく? 私としては見なかった事にしたいけれど」

 

「私だって言いたくないよ。だいたいこの森に毎日入るの、私と狩り教えてる双子の弟子くらいだし。ただ、そうやって高を括ってる時に限って、フラフラと村長がやってきてバレたりするんだよね」

 

「そうなんだよねー、じゃあ軽く報告だけしよ。燃えたわけじゃないから、そこまで詳細に言わないで『氷の魔術使ってたら森の木に当てちゃって駄目にした』程度に」

 

「見にこないかな?」

 

「淡々と報告しとけば『解った』で済むと思うわ、村長に『言った』って事実があればいいのよ。見に来るとしても明日以降でしょ、その間には氷も多少は溶けてると思うわ。最近暑くなってきているし」

 

 まぁ、万が一直ぐに見にきたとしても、林業やってるわけじゃないからそこまでキツイお咎めが来ることはないだろう。

 だいたいこの森管理しているの、実質ステリアちゃんみたいなもんだし。

 

「けれど、これだけ魔術が強化されるとなると、火の魔術なんて使わなくてよかったね。あっという間に山火事になっちゃうし」

 

「いや、火の魔術も使ってる。ついでに雷も。ただ、そんなに威力は上がらなかったんだよ。氷の魔術だけ、こんなことになったのは」

 

「え、そうなの?」

 

 氷というか、水系統の魔術にだけ凄く反応する宝石なんてあるんだ? 初めて聞いた。

 ステリアちゃんの言葉を疑うわけじゃなかったけれど、どうにも信じられずにいたので、私も指輪を借りていくつか魔術を使ってみた結果。

 火と風の魔術は、若干威力が上がったかなー程度だったのに対し、水の魔術の効果は劇的だった。

 私の魔力程度で、辺り一面水浸しになる有り様だったんだもの。こりゃびっくりだ。

 

「うーん、ごめんステリアちゃん。これ返してもらってもいい?」

 

「問題ないよ、返そうと思ってたし。私はこれから村長に報告に行くけれど、シルキはどうするの?」

 

「これをくれた奇跡の人に、質問してみる。いつもこんな感じなのかーって」

 

 その場で一旦別れて、ワタシは急いで宿屋に向かう。非番らしい護衛の宮廷騎士の姿を外で見かけたので、まだ村にいてくれているのは解っていたが、女将さんに訊ねると領主様に呼ばれて今日は戻ってこないんじゃないかと言われてしまった。

 多分アレだ、王都からきたお客様なのにずっと村にいたから領主様がもてなしたいって自分の屋敷に招待したんだろう。領主様、身分問わず人に美味しいもの振る舞うの大好きだから。

 食べ放題の時にはよくお世話になってるし、喋ったことなんてないけれどさ。

 戻らないのは残念だけれど、まだ村にいてくれているのが解ったので問題はない、明日の午前中には戻るらしいから、その時にもう一回訪ねることにして店に戻ったのだ。

 

*  *  *

 

「うーん、そんなに詳しくないってのもあるんだろうけれど、さっぱりだわ」

 

 握りしめていた石を太陽に透かして眺めてみるも、納得出来そうな答えは浮かばない。当たり前と言えば当たり前だけれど。

 一応、特定の魔術を強化する宝石の存在は聞いたことがあるけれど、そういうのは大抵「色」が関係する。火なら赤系、水なら青系みたいな風に。これはエメラルドで緑だから、強化先なら風とか土とかが普通なんだけどな。何で水なんだろ。

 その後、考えるのにも飽きたので、カウンターで転がしたりお手玉にしたりして過ごす。それにも飽きて放置していたら、チョコとトリュフがボール代わりにして遊びだしたのでそれを眺めて過ごしているとお客さんがやってきたので気持ちを切り替えて対応している内に時間が過ぎていく。

 最初は散々悩んでいたけれど、他の事に気を取られていると、興味も薄れていって。エンスが作ってくれた夕飯を食べる時には、頭から綺麗さっぱり無くなっていた。

 次の日、チョコとトリュフが例の宝石で遊んでいるのを見て昨日の事を思い出した私は、石を持って大急ぎで宿屋を目指す。

 ちょうど王都へ帰るところだったのか、外にいた奇跡の人に、申し訳ないなと心の中で頭をさげながら声をかけて昨日起きた事を話すと、返事は予想外のものだった。

 

「そりゃ妙な話だな。自慢じゃないが儂の作った宝石は、見た目は最高級だが魔術の強化には不向きなんじゃよ。自然の色を使うとはいえ、数日程度で作るものだからな。星と一緒に育つ石とは年季が違うんじゃろ。実際、使われるのは王侯貴族の装飾品用としてばかりで、魔術師に頼まれたことは一度もなくてな」

 

「えぇ……でも、水系の魔術はシャレにならない強化になったんですよ」

 

「ううむ……水の色を使ったから、強くなる可能性は無くもないが……ぬ、そういえば」

 

 心当たりがあったのか、ピカピカの頭をかきながら奇跡の人が言う。

 

「お前さんに渡したあの石は、泉の側に転がっていたガラス質の石を使って作ったんじゃ。予備のガラス玉をきらしていてな。困ってたところ、丁度近くにあったもんだからそこに濁った色を移して……何時もと違うことといったらそれぐらいなんだが」

 

「あー、ガラス石の事ですか」

 

 奇跡の人が言っているのは、この村周辺でたまに見つかる緑色のガラスの事だろう。石ほどではないかもしれないけれどそこそこ硬くて、光にかざせば透き通って綺麗に見えるから、村の子供は一度は探すのに一生懸命になる。私もいくつか見つけた記憶があるから、家のなかを探せば出てくるかもしれない。

 

「あのガラス石は自然に出来た物だろうから、水の色と反応して凄い事になっちゃったのかもしれないですね」

 

 それにしても威力高過ぎだったけれど。

 

「なるほどのう。扱いが面倒なら、引き取ろうか? 元々お前さんに押し付けたもののようだし」

 

「いえ、原因が解れば扱いに問題ないので。すいません、帰るのに時間とらせちゃって」

 

「何、構わんよ。こっちも一つ賢くなったからな。それにしてもここのヨーグルトは旨かった。また食べにきたいもんじゃ」

 

「へへへ、村長と領主様が聞いたら喜びますよ。それでは」

 

「ああ、また会えたら」

 

*  *  *

 

「えー、それで持ち帰ってきたのかニャン」

 

「だって、ある意味レアな宝石じゃない? なんか惜しくなって」

 

「やっぱりシルキちゃんは貧乏性なんだニャン。使い道がないのにとっておくニャンて」

 

「だって場所とるモノでもないし。いーじゃない、チョコたちのオモチャにもなってるんだし」

 

 再びボール代わりにして遊び始めたチョコたちを眺めながら、事の顛末をエンスに話すと、呆れたような視線と言葉が返ってきた。ですよねー。

 

「それに、ひょっとしたら意外な所で活躍するかもしれないじゃん?」

 

「そうかニャン? 性能が尖りすぎてて僕には想像つかないニャン」

 

 うん、実は私もそう思う。でも、この勿体ない精神は性分だから、仕方ないのよね。



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鳥笛(仮)の様なもの(前編)

サクッと道具作りにいくつもりだったんですが、気がついたら過去話が長くなってたので、道具作りは後編に回します。


 私が思いっきり嫌そうな顔をしているのを無視して、あるだけの雷帝の抱擁をお買い上げしたステリアちゃんが、持ってきた袋に物を詰めながら「そういえばさ」と切り出してきた。

 

「好きなタイミングで、借りたい獣を呼べる魔導具とかって作れる?」

 

「えー、何で急に?」

 

「ほら、今は二人教え子として連れてるじゃん。あの子らに狩りのやり方とか対処法とかを教えてあげたいんだよ」

 

「あー」

 

 パッと頭に出てきたのは、双子の姉弟だ。一年ほど前に村に移住してきた家族で、両親は山羊と牛を育てていて、子供たちはステリアちゃんに狩りを教えて欲しいって頼んできたんだっけ。

 上の子が弓の扱いが上手くて、下の子は魔術が使えるんだとか。前にきた時に「仲もいいし、あの調子で狩りを続ければいい腕の狩人になれるだろうから、私も鼻が高いよ」と自慢気に話してたのを覚えている。

 凄い凄いって連呼してたけれど、ステリアちゃん一人でバンバン魔術ぶっぱなしながら、弓の腕も一流なの自覚してるのかしら。この子もかなり規格外なんだけれどな。

 

「あれ、でも動物ごとに縄張りがあるってステリアちゃん言ってたよね? だったらその辺りウロウロすれば目当てのに遭遇するんじゃない?」

 

「んー、欲を言うとこっちに有利な場所に呼び出して対処法教えてやりたいんだよね。最初からいきなり狭い場所で戦うのも大変じゃん?」

 

「確かに」

 

 言われてみれば、ステリアちゃんが一人でやるわけじゃないしね。ひょっとしたら二人を庇わないといけない場合があるかもしれないと考えれば、動きやすい場所がいいのは当然か。

 

「で、どう? ある?」

 

 動物を好きに呼び出せるモノ……なんか、ダンジョンの町でそんなのを聞いた……気がする!

 

「なーんか、それっぽそうなの聞いた記憶はあるけどよく覚えてないなー。今度ダンジョンの町に行ったら聞いてみるけど……作るとしたら一からになるから時間かかるよ、いい?」

 

「作ってくれるなら全然待つ! 教えるとしても、最初は鳥や小動物からになるしさ。じゃ、出来そうな算段ついたら教えてよ。あ、これも上げるから食べて!」

 

 数十枚の銀貨と手に持っていた鴨をカウンターに置いて、ステリアちゃんは帰っていった。

エンスが羽を毟る為に外に出たので、暇な私も付いていくことにする。

 

「せっかくだから今日は丸焼きにするニャン」

 

「やったぁ。正直、ステリアちゃんに雷帝の抱擁持っていかれた時はウゲェと思ったけれど、許しちゃおう」

 

「何だかんだで二人とも仲がいいニャン」

 

「私が村にきた時から何度も遊んでいたからね。同年代で女の子は、私とステリアちゃんしかいなかったし」

 

 とは言うものの、あくまで『よく遊ぶ程度の仲』だった気がする。本格的に仲良くなったのって―――アレか。

 

「でも、今みたいに気安くやり取りするようになったのって、私の結婚詐欺を捕まえてくれてからじゃないかな」

 

「え!? シルキちゃん結婚しようとしてたニャン!?」

 

「あれ、言ってなかっ……たわね」

 

 どうやったっていい記憶じゃないもんねぇ。今思い出してもイライラするし。

 

「お店創めてすぐくらいだから六年前か。先代の村長が『一人じゃなにかと不安だろう。旦那がいれば少しは安心できるんじゃないか』って紹介してくれたのがね、その詐欺師だったわけよ」

 

「え、この一人用の家で二人住めるニャン?」

 

「最悪、地下にベッド置けば二部屋作れるのよ、冬は寒くて死にそうになるけどね。一応あの詐欺師、行商人って事でそんなに家に寄り付かないって設定になっていたし、新婚なら当分はベッド一つでもよかったんじゃない?」

 

 まぁ、詐欺師は元々戻ってくるつもりなんざこれっぽっちも無かっただろうから、住まいがどうであろうと気にもしてなかったんだろう。

 

「あの詐欺師、おじいちゃんの絵は残ってないのかって何度もきいてきてさ。それが目当てで近づいたきたんでしょうね」

 

「怪しいと思わなかったニャン?」

 

「おじいちゃん、王都で長いこと描いてたから、知ってる人はそこそこいたのよ。風景画描き始めてから好きになったって人もいたし。だから、詐欺師もそんなタイプかと思ってたの。それに、村長からの紹介だったから怪しい人とは考えもしなかったし」

 

「ニャーン」

 

 今なら、あんまりにも都合のいいこと喋る相手なら、多少は警戒したかもしれないけど、あの時はまだ自立したばかりの小娘だったからね。騙すのなんかそう難しくはなかったんだろう。

 

「肝心の絵はおじいちゃんが死ぬ前に、何度も取引のある画商さんに引き取ってもらっていたから、詐欺師の目論見は果たせなかったんだけれど、その代わりにお金になりそうなモノ全部持ち出しやがって」

 

「それでどうしたニャン」

 

「普通にキレ散らかしながら、村長に文句言いに言っただけよ。それで」

 

 何言ったかまでは覚えてないけれど、相当騒いでいたんだろう。ステリアちゃんが「さっきからシルキが喚き散らしてる声が聞こえるんだけど」とやってきたのだ。そして、困り果てた村長から事情をきいて「馬貸してくれたら捕まえられるかも」と馬に跨がり数時間後。

 

『ほら、コイツだろ!?』

 

 ステリアちゃんの後ろには、縄で縛られ髪や服のあちこちを焦がしたり、氷漬けにされて血の気の失せた詐欺師が乗っていた。

 

「ちゃんと捕まえたニャン? それなら……あ、解った! 殺したんだニャン!!」

 

「あんた怖がりのクセに物騒な話好きよね。普通に腹に一発食らわせた後に領主様の所に突き出したわよ」

 

 その後は知らない。まだ繋がれたままなのか、出られたのか。どっちにしても、この村に戻ってくるなんて事はないだろう。

 

「でも、シルキちゃんの知らなかった過去が解ったニャン。結婚しようとしたのは意外だったニャン」

 

「あの時はねー、寂しかったのよ。今は賑やかになったから考えてないけれど。後は……まぁアレよ」

 

「ニャン?」

 

「顔というか雰囲気が……フェルクスさんに似ていたのも……正直ある」

 

 途端にエンスが、呆れた顔をする。

 

「だから、顔を殴らなかったんだニャン!」

 

「当たり前でしょ! 別人だろうと、フェルクスさん似の顔をビンタするなんてとんでもない!」

 

「てかシルキちゃん、前にフェルクスさんと結婚なんて考えてないって言ってたニャン。アレは嘘ニャン?」

 

「本人そのものは崇拝対象だけれど、それっぽい人みたらいいなー、くらい思うでしょ。てかアレ以来もうフェルクスさん一筋よ、他なんて見向きもしてないわ」

 

 それからお客さんが来るまで、私の熱いフェルクスさん語りと、エンスの突っ込みは延々と続いた。

 

*  *  *

 

数日後、ダンジョンの町に買い出しに行くことになったので、買い物ついでにコピアさんに例の道具ついて訊ねれば。

 

「シルキちゃんが言ってるの、たぶん鳥笛じゃないかしら。空の木から作れて、吹くと鳥や虫を呼べて使役できるやつ」

 

「あ、きっとそれです。空の木って事は……マクナベティルさんから教えてもらったのかなぁ」

 

「実物あるけど見てみる?」

 

「是非是非」

 

 出されたのは、それほど特徴のない横笛だ。でも確か作り方が特殊なんだっけ、段々思い出してきた。

 

「見た感じはそんなに珍しそうな笛には見えないですね」

 

「確か、笛にする木の条件が色々あったんじゃなかったかしら。後、作る日とか使う道具とかに制限があるとか」

 

「へぇ」

 

 でも、そういう面倒臭さなら、なんとかなりそうかも。最悪、私の腕で作れそうになかったら、村の職人さんに道具だけ揃えてお願いするって手もあるし。

 よく知りたいなら、マクナベティルさんに訊いた方がいいと言われたので、帰り際にダンジョンに寄って、詳しい条件や笛の吹き方とかを教えてもらってきた。うーん、これ作り方よりも吹き手の方が大変そうだな。そんなことを考えながら、ステリアちゃんに鳥笛の事を話せば。

 

「……悪いけど私、楽器類なんて触ったこともないから、そんな笛の吹き方なんて出来る自信ないんだけれど。だいたい呼び出したいの鳥じゃなくて獣だし」

 

「だよね」

 

 結論。鳥笛を作るより、自分で一から考えた方がよさそう!

 てか、作るのは楽器じゃなくて「音が出せる魔導具」って認識の方がいいわね。



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