生き残って役に立て (屑の鑑)
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甘ったれ

9A-91が好きだから書いた。それだけです。


 旅は道連れ世は情け、などと昔にはそんな諺があったらしいが。もしもそんな言葉を吐く輩が居るのならば、この世の何処に情けがあるんだと吐き捨ててやる。

 

 国がまともに機能せず、力のある企業に自治が任されるこの世の中。崩壊液によって大地は汚染され人類は多くの土地を奪われた。その上で、崩壊液によってミュータント化した人類と、鉄血人形などという敵対勢力に人類は晒され続けている。

 

 人間が生きていくためには、力のある企業か国に傅く他に方法はない。そんな最後の砦にさえ切り捨てられたのであれば、放浪の末に野垂れ死ぬか、捨て駒として使われてやる程度しか道がない。

 

 

 

 俺は、捨て駒として使われてやることをよしとしなかった。

 企業の為に死ぬなんて真っ平ごめんだ。人類の為になどと言う大義名分を飾って死ぬなどふざけるな。自分の為に、自分が生きたいから、これからも生き続ける。

 

 だから、任務を言い渡されたときは、煙に巻いて逃げてやった。鉄血のエリアボス相手に一人で時間を稼げ? 笑わせてくれる。手切れ金代わりにスモグレくらいはばら撒いてやったが、弾までやるつもりはない。追撃してきた輩には鉛玉をぶち込んでやったが、それだけだ。身代りも偽装工作もしていないが、たかが一人の下っ端を追うくらいなら、もっと有意義に時間を使うことだろう。追っ手のことなど考えない。そもそも、工作するだけの資材がないわけだが。

 

 さて、晴れて俺は自由の身だ。これからどうするかなんて、考えていない。ひとまず物資の補給ができる地域を探す必要があるだろう。最悪、鉄血の司令部に潜り込んでもいい。もと雇い主のところにちょっかいを掛けたら、もれなく人形のスナイパーで俺のド頭をぶち抜かれるからなしだ。

 

 確か、この近辺には鉄血の司令部があった筈だ。エリアボスは生憎、俺を追ってか、あるいは俺が逃がした部隊を追って留守にしている。空き巣をするにはちょうどいい。一張羅のドラグノフを至近距離の相手に向ける事態にならないことを祈ろうか。

 

 裏工作を引き受けてやるのだから、見つかった時の言い訳も万全になるというものだ。

 さてさて、鉄血のエリアボスとやらは一体、司令部にどれだけの物資を溜め込んでいるんだろうねぇ。

 

 

 

 潜入のために下調べをしたが、奴らの司令部には雑魚しかいなかった。貴重な弾丸を空っけつになるまで使って、中身は殲滅した。足りない分は銃剣で頭部を突き刺した。我ながら見事な不意打ちだと自画自賛しながら、油臭いやつらの司令部を悠々自適に闊歩する。

 

 まず、弾薬はリュックに詰め込めるだけ確保した。スモグレと閃光弾も補充した。この世紀末世界では、銃弾は食糧の次に価値が重い。食糧と弾薬が満たせるのならば、裸になろうと構わない。根無し草の俺には住処などは無縁の代物だ。食糧、武器、これさえあれば上等だ。性欲? そんなものはそこらに転がった人形とよろしくヤってろ。それが嫌なら自家発電でもするんだな。

 

 それにしても、電灯もなしによく住み付けるものだ。油臭さは鼻が曲がるほど。腐肉を放置してるんじゃないかと疑うレベルだ。もしかすれば、人間や人形を拷問でもして不法投棄してるかもしれないが。俺の知ったことではない。

 

 資材置き場の個室とはおさらばだ。帰り際に余った資材は全部爆破するか、リアカーにでも積んで根こそぎ運ぶとしよう。

 

 今更だが、鉄血の司令部は廃棄された寂れた工場を使いまわしているだけだった。天井には物資を運ぶためのリニアレールらしき線路が張り巡らされているが、どれも機能はしないだろう。真っ赤に錆びついてみるも無惨だ。

 

 次の部屋は、中央に大机の置かれたそれなりに広い部屋だ。大方、お偉様のために用意された場所なのだろう。妙に質のいいところが腹立たしい。ご丁寧に戦略地図まで置き去りだ。中身を見てみれば、これからの計画が綿密に書かれている。よほど仕留めたい相手が居るのか、書き込みの量が尋常ではない。地図が辞書になりそうなほどに。何故、こんな機密書類を燃やさなかったのかは知らないが、トンズラこくために精々利用させてもらうとしよう。俺は地図を丸めて、ポケットに突っ込んだ。

 

 他に目ぼしいものは無く、最後の部屋だ。何故か、部屋の隅にあった木箱の中にチョコレートが山積みにされていた。しかも、妙に鉄臭い。しかし、贅沢を言っていられるものでもない。腹に詰め込めるだけ詰め込んだ。喉が焼けそうだが仕方がない。

さて、木箱ごと持ち去ろうと持ち上げると、おっかなびっくり。まさかの地下室への入り口だ。梯子が現れた。それもここだけは、生臭い。鉄臭い。油臭い。全部が入り交ざって、鼻がひん曲がりそうだ。はっ、臭い物には蓋をしろ、ってか?

 

 怪しさ満点だ。この臭いから地下室の使用用途の察しはつく。俺は木箱を降ろして、梯子に手を掛けた。想像した使用用途が正しければ、間違いなく物資があるはずだ、と。

 

 地下に入ってみれば、鼻だけじゃなく目に染みた。目を開いているだけで痛みが走るほど澱んだ空気に思わず涙が出てくる。あぁ、いてぇったらありゃしねぇ。暗すぎて何も見えねえ。夜戦用のライトをリュックから取り出して使ってみれば、予想通りの有様だ。部品がゴロゴロと転がってやがる。赤い油のアートはよくもまぁ映えている。昔のスプラッターホラーなんて目じゃないね。独房ごとに模様が違うのは作者のセンスだろう。

 

 拾うのはとりあえず、転がった銃器のパーツだ。使えそうなものをチョイスして、リュックにポケット、とにかく突っ込んでいく。涙で視界が霞んでやりにくいったらありゃしない。

 

 血に濡れていたが、人間の服も手に入れた。男物だ。二対のドラコーンの紋章の上質な制服。かっぱらって上に着こんだ。シャツやパンツはとてもじゃないが使えない。まだ蛆が湧いていなくてよかった。

 

 茶色のイカしたベレー帽は二つ拾った。一つはダミー用、もう一つは趣味だ。

 

 そうして物資を回収しながら独房を回っていると、いよいよ一番奥だ。ここにきても涙が止まらないほど空気が酷いのだから、さっさとおさらばしたいものである。

 

 独房の中を照らしてみれば、びっくらこいた。まさか、原型を保って稼働しているヤツがいるとは思わなかった。腹部から下半身まで一部透明な生地を使った痴女丸出しの格好。よく見える腹部には小さな穴が十箇所ほど。赤い油が流れ出ている。白い頭髪はストレスで脱色したのか元からか、ボサボサになって地面に汚く垂れている。両手両足は鎖で繋がれて、傷がないところを探す方が難しい有様だ。だが、確認してみれば息がある。

 

 勿体ない。素直な感想が頭の中に浮かんで、思わず溜息が漏れる。涙を流し過ぎたせいか震えた息だ。情けない。

 

 鎖の鍵を探そうと対面の独房を見てみれば、あっさりそこに放られていた。ついでに使い込まれてはいるが、原型を保ったアサルトライフルもある。大当たりだ、と思わず口元が二やついて止まない。緩んだ心を引き締めるために、口は真一文字に結び直した。

 

「捨てる神ありゃ、拾う神ありってな」

 

 自分の震え声には甚だ嫌気がさしたが、それでも嬉しさの方が勝った。急いで拘束を解いてやろうと思えば、そいつは顔を上げて虚ろな瞳で俺を見ていた。

 

 目が死んでいる。そのことが気に食わない。俺が拾うのだから、使い物にならなくては意味がない。一発、渇を入れてやるかとそいつの肩に手を置くと、あからさまに身体を跳ねさせて怯えてやがる。はははっ、笑いものだ。

 

「生きろや。悟った様なツラする暇あったら、今生きることに全霊を注げ」

 

 相変わらず、甘ちゃんのようなしゃがれ声が耳障りだ。涙だって止まらない。こんなことなら、防塵ゴーグルを捨てなきゃよかったと思ってしまうが、何分あれは嵩張る上に実用性が皆無だ。不満は飲み込んで、痴女の死んだ目を力強く見返してやる。

 

 そうし続けていると、徐々に女の目に光が戻ってきた。そうして縋るように希望を宿すと、安心したように意識を手放した。しかし、息はある。幸せそうに眠っている女に、思わず溜息がこぼれる。運ぶのは俺か、と。

 

 鍵を使って鎖付きの手錠を解いた後、俺はそいつを姫抱きにして運ぶ。相変わらず、幸せそうな寝顔が癇に障る。

 

「俺は囚われの姫を助ける王子さまってか?」

 

 反吐が出る。臭い空気を詰め込んだ唾を吐き捨てて、俺は機械仕掛けの姫を運びながら地下を脱出する。ようやくまともな空気にさらされても、涙はしばらく止まることは無く、流れ続けていた。

 

 

 

 俺は戦利品を両手と背中に抱えながら、鉄血の司令部を後にする。思いの外温かくて柔らかい戦利品を、さてどうやって活用してやろうかと考えながら。

 

 背後で、鉄血の司令部が大爆発を起こした。どうやら、資材の爆破には成功したようだとほくそ笑みながら、俺は誰も居ない元市街地を歩き続ける。

 

 生き残るために。

 ただ、歩き続けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて意味不明なクールを決めて、旧市街地の空き家に転がり込んだわけだが。

 

「しきかぁん……どうですか?」

 

 甘ったるく間延びした女の声が耳につく。特上の枕の上に頭を置きながら、俺は横向きになってリラックスしていた。耳の穴をほじくられているというのに、安心感ときたら豪奢な寝具に身を包んだ時のような感覚だ。

 

「ん、まぁ。それで続けてくれ」

「はい」

 

 緊張感が、この甘ったるい声に溶かされる。純度100%の好意の声は、どんな心の防壁も飴細工のように一瞬だ。かれこれ一ヶ月間、この空き家で生活しているが、どうにも弛んでしまった。本来ならば拠点を転々とするところなのに、長居していることがその証拠だ。

 

「指揮官」

「なんだ。9A-91」

 

 呼びかけると、9A-91は一度耳かきを引っこ抜き、代わりに顔を近づける。ふっ、と耳の奥まで通り抜ける湿った息が吹きかけられる。背筋に這いずる快感に思わず身体が跳ねる。

 

「かわいい」

 

 不覚だ。まさか、そんなことを言われるなど。というより、救ってやった相手に対して何て暴挙だ。これは今一度、力関係を分からせてやる必要があるかもしれない。だが、馬力の上ではヤツの方が上なのが……どうにも、手厳しい点だ。

 

「ずっと。私の傍から、離れないでくださいね?」

 

 愛の告白にしては、どうにもド直球で重苦しいものだが。それくらい重い方が、息を吹けば飛ぶような俺にはちょうどいいのだろうか。

 

「傍にいたいなら、生き残れ。役に立て。それだけだ」

「はい。指揮官が私にそう望むのであれば、指揮官のために全霊を尽くします」

 

 だから、と相変わらず甘ったるい声で。だが、恐ろしく背筋に寒気を走らせるような気持を込めた声で。

 

「私の傍に、ちゃんと居てくださいね?」

 

 そう言い切ってから、また耳かきを始めるのだった。

 

 

 

 あぁ、どうしてこんな甘ちゃんになってしまったのか。

 俺は自分が情けなくて仕方がなかったが。結局、9A-91とかいう純情の風にあおられて、ひらひらと流されるのであった。

 

 




まだ続く。
気ままに書いていきますとも。



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朝っぱらから

 

 

 この旧市街地はグリフィンの管轄から少し離れた場所に存在する。そうはいっても街一つを挟んだ程度の距離なのだが。下っ端如きにまさか管轄外の地域にまで乗り出さないだろうと見越してのことだ。隠れ蓑には丁度いい。

 

 鉄血の司令部の資材を爆破してから、9A-91を拾ってから一ヶ月半が経過した。この旧市街地は相変わらずくたびれた様子で、完全なゴーストタウンだ。鉄血だってそうはいない。五日に一度、斥候なのか雑魚が数体見回りをして帰るだけだ。

 

 今日だって、奥地に入ることなく表面上だけ警邏して、鉄血の雑魚は帰って行った。ビルの屋上からスコープで奴らの動向を覗いていた俺の口からため息が漏れる。呆気ない。張り合いがない。面倒がないに越したことは無いのだが、ぬるま湯につかり過ぎると体が鈍ってしまいそうで心配だ。だからといって、無駄な消耗をしようとも思わないが。

 

 大方、この地域は緩衝地帯といったところか。さほど重要な拠点ではないが、取られたら癪に障るから敵の動向だけは確認しておく。見つかる心配はなさそうだが、油断はできない。グリフィンの奴らが乗り込めば、全面戦争だ。そうなる前に動きを察知して、トンズラこかなきゃならねぇ。

 

 どちらにしても、一朝一夕でどうにかなる話でもねぇ。気長に奴らの動きを探って、逃げるタイミングを窺う。それだけだ。

 

 俺はもう一度スコープを覗く。帰り道に敵がいないことを確認すると、さっさと地上に下りて、鼻歌まじりに帰路を踏みしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある日の朝の事だ。

 

 拠点にしている空き家は住宅街の奥地にあり、設計ミスなのかほとんど日が差し込まない。そのせいもあってか、この住宅街をくまなく調べなければ見つからない、という利点があるわけだ。

 

 さて、今日も物資を調達するかと意気込んで起き上がろうとすると、腕を掴まれていることに気付く。敵か、と全身が一瞬だけ粟立つが、手元を見てみれば幸せそうな「拾い物(9A-91)」の顔がある。衣は身に纏わず全裸だ。両足を折り畳んで身体を縮こまらせている姿は、どうにも小動物を思い起こさせる。小ぶりな胸に押し付けるように手を握られていたが、関係ない。引き剥がして起き上がる。

 

 さて、今日は何処から資材を拝借しようかと。リュックの中から地図を取り出して考える。ふと飲み物が欲しくなり、インスタントコーヒーの粉末をコップの中に入れて水で溶く。お湯? そんな贅沢なモノがあるわきゃねぇだろ。ライフラインは死んでいる。火なんて起こせば煙が立ち、一発でお相手にモロバレよ。

 

 敵さんの機密の地図は、面白いほど役に立つ。時期と情報を照らし合わせて偵察を行えば、動きが手に取るようにわかった。今日は東に三つほど進んだ街中でドンパチしてるだろう。ちょいと危ないが、まだ撤退する時期ではない。それに、まさか馬鹿正直にグリフィンへの撤退ルートを選択するわけもないだろう。先回りされていたら最悪なのだから。どうせ、北か南の四つ五つ先にある街で決戦するにきまっている。

 

 なら、追撃を仕掛けようとする敵司令部へ空き巣に行くのがいいだろう。まさか、鉄血の奴らが私情を挟んで泥棒に構うわけもあるまい。司令部にいるエリアボスは、確実にお目当ての獲物を狙って追撃する筈だ。

 

 ならば、今日は敵地のドンパチやらかしているど真ん中に行って、そこの司令部に忍び込むのが良いだろう。俺が到着する頃合いには、追撃戦に移行している。していなければ、そのタイミングを計って空き巣をすりゃいい。ただ、資材はこの前みたいに爆破はしない。要らぬことを起こして、奴らの優先順位を上げる必要はどこにもない。前のあれは相手からの追撃を受けないための措置だった。それだけだ。

 

 粉末コーヒーの味? そんなもんゲロマズに決まってんだろド阿保。ただカフェインとってなきゃやってられねぇってだけの話だ。これだって、ここを漁っていたらたまたま手に入った代物だ。賞味期限? 知ったことか。風化して読めたもんじゃねぇ。

 

「指揮官」

 

 泥水のような黒い水に口をつけていると、背後から思いっきり体重を掛けられ、首に腕を回される。一匹狼のときの俺なら即座に地面に叩きつけてやっていたが、今は一人じゃねぇ。甘ったるいこの声も、聞きなれちまって今じゃカフェインよりもよく働いてくれる。機械仕掛けだろうが、女の身体は柔らかいし、あったけぇ。存外、こいつのこういう行動は気分が悪くなるものでもない。

 

「起きたか。たく、俺より寝坊助たぁ、良い御身分だな」

 

 皮肉交じりに言いながら振り返れば、「拾い物」は相変わらず全裸だった。ボサボサになった白い髪……というより銀髪(どうやら地毛らしい)が前に垂れて、胸やら股間やらを絶妙に隠している。

 

「万全を維持するためには、必要なことです」

「なら、俺の万全を維持するために朝食でも作ってくれないのかね」

「食材があれば喜んで」

 

 こいつはとにかく、俺の傍に居れば上機嫌だ。むふふ、などと声に出すほどに。注意しなけりゃ俺の鼻歌をマネする始末だ。咎めたら捨てられた子犬のような顔をするから、やりづらいったらありゃしない。

 

「起きたなら、ベッドの上座れ」

「いやん。指揮官、まだ朝ですよ? ベッドに座った私を押し倒したいなんて……そんな……えへへ」

「昨日搾り取られて空っけつだド阿保」

 

 どうしてこいつは、俺に好意を寄せるのかはわからない。今も心底幸せそうに、はにかんで照れ臭そうに「いやんいやん」と純情乙女の恥じらいっぷりを発揮している(そんな恥じらいがあるなら普段の痴女丸出しの服をどうにかしてほしいものだが)。もしも俺が、暗い鉄檻から姫を助け出したヒーローに映ったのなら……少しは、同情してやろうと思う。

 

 こいつは何でもこなせた。物資を運ぶことはもちろん。昼の戦いも優秀でありながら。夜戦ともなれば鬼神の如き強さを発揮する。俺が逃げることに集中しようとも、夜のこいつの前ではどうなるか分からない。昼は俺の独壇場だが、夜はこいつの独壇場だ。お互いに補うような関係には笑いが込み上げてくる。

 

「俺の所有物なら、ちったぁ見た目気にしろ。小奇麗に作られてるんだ。そこらを整備するのは俺の役目だ」

 

 俺は拾い物を引き剥がし、リュックから櫛を取り出した。それを見ると、「拾い物」はまた一段と頬を綻ばせて、踊るようにステップを踏みながらベッドの上にちょこんと座った。俺はその背後に座って、こいつのボサボサになった髪に櫛をいれる。

 

「指揮官」

 

 一本一本、ほつれたところは手で丁寧に解いてやり、痛んだキューティクルには櫛を優しく通して伸ばしていく。一朝一夕では変化はわからないものだが、これを一ヶ月も続けていれば、くすんだ銀髪も輝きを取り戻しつつあった。

 

「なんだ?」

「後ろからぎゅーって、抱きしめていいんですよ?」

「なんだそれ」

 

 女の身体というのは、どうにも扱いに困るところがある。少しでも力を込めて抱きしめれば、そのまま潰れてしまいそうなほど柔らかく、華奢なのだ。力加減がわからない。せっかくのモノを壊してしまっては台無しだと、ついつい割れ物を扱う要領になってしまう。それだけでも、こいつは身体を跳ねさせるものだから、俺としてはほとほと困った問題だった。

 

「大体、それじゃ櫛を通せないだろ」

「櫛は後で良いんです。後ろからぎゅって抱きしめてくれて、それから……ベッドの中に引きずり込んでくれたりして。くんずほぐれつ……」

 

 こいつの戯言には、どうにも調子を崩される。嫌がらないというところが特にそうだ。積極的なところも、どうかしている。

 

「朝っぱらからヤってられるか。今日はこれから物資の調達だ。敵の司令部に空き巣するぞ」

「はい。それなら、帰って来てから……お願いします、ね?」

 

 「拾い物」が振り返って、俺の目をまじまじと見つめて来た。コバルトブルーの瞳は、海よりも深く、深淵よりも澱んでいる。見つめれば見つめるほど、深みにはまりそうな妖しい魅力を内包していた。こちらを引きずり込もうとする魔力がある。見れば見るほど、底に堕ちていくような倦怠感が押し寄せてくる。

 

「成果に応じてやる」

 

 そういうと、先ほどまでの深海のような瞳はどこにいったのか。水底にまで光を差したかのようなキラキラした瞳で、「拾い物」は「ふん」と鼻息を立てた。

 

「ハラショー! 指揮官、約束です。……えへへ、指揮官を好きにしていいだなんてぇ……」

「おまっ、そこまで言ってねぇ。おいこら、いや、お前、俺の話聞いてる? ねぇ?」

 

 ダメだ。こいつ、一人で飲み込んだ後に勝手にトリップしやがった。俺が絡むと途端に暴走するこの癖はどうにかならないのか? ならないんだろうな。こいつが止まった試しなんて一度もないんだから。

 

 思わず溜息が漏れると、それがこいつのうなじに当たったのか、ビクッと身体を痙攣させた。頬をほんのり赤くして息が荒くなる。しかし、相変わらずうわごとを呟きまくっているのだから、きっと大丈夫だろう。

 

「指揮官、ダメですよ、そんなところ……きゃっ!」

 

 台詞はあるが、全て独り芝居なのだから。傍から見ている俺は頭を痛める他にない。もしかすれば俺は、ひどいポンコツを拾ったのかもしれないと、こいつの髪に櫛を通していくのだった。

 

 

 

 



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夜間行動

 

 

 足りない。何が足りないかと云えば、夜間スコープだ。ついでにサイレンサーが不足している。この前に鉄血の司令部で拾ったパーツは全て銃器の内部構造の交換用予備パーツだ。オプションではない。

 

 由々しき問題だ。ドラグノフしかない現状において、夜間用スコープがないのは死活問題だ。肉眼で捕捉にしたって限度ってもんがある。お相手が馬鹿正直に照明ぶら下げているなら良いのだが、当然ながらそんなことはない。だからといって、夜間用の迷彩を装備しているわけでもないのだが。

 

 簡潔に言えば、夜間において偵察ができない。特に、今いるような森林地帯では、余計に光が差し込まない。ただのスコープで覗いたところで闇、闇、闇ばかり。敵の司令部は最低限の照明がつけられているから、まだのぞき見の余地はあるが。警邏に関してはあまりに不透明になってしまった。

 

「ちっ、せめて暗視ゴーグルがありゃいいんだがな」

 

 ただ、悪いことばかりでもない。鉄血の奴らは夜間になると暗視ゴーグルを必ず装備している。それで照明要らずの警邏をしているわけなのだが、そのせいで視界制限もされている。警邏の連中は照明のある司令部の方に目を向けられない。あとは、閃光弾を使ってやれば簡単に視界が潰れる。悪いことばかりでもなかった。

 

「お前、その機体に暗視機能とか搭載されていないのか?」

「搭載されていれば、指揮官の姿をもっと鮮明に見れるのに……」

「ド阿保。偵察のために使えや」

 

 しかし、困り果てた。もう三日も経っているのに、鉄血のエリアボスが姿を現す気配がない。かといって、司令部にボスが居ないかと云えば、それは鉄血の雑魚どもの動きを見て違うと確信できる。何より、警邏にしては数が多過ぎる。ボスが出払っているなら、雑魚も多少は出払う筈なのに。

 

 地図の書き込みを思い出す。俺の考察が正しければ、奴らはまだこの近辺にいる「逃したくない獲物」を追っている筈だ。ボスが出てこないということは、まだその段階ではない、ということ。詰めに入り切れていないのは、思いの外、奴らの獲物が手練れだったということか。こうなるなら、もう少し手を抜いて任務に背きゃよかったのだが。今言っている場合ではない。

 

「指揮官」

 

 また、あの甘ったるい声だ。少し離れて後方を見張っている筈の「拾い物」の荒い息が聞こえてくる。またかコイツ。見てみれば、発情期の獣の如きギラギラとした目で俺の事を見てやがる。そのくせ眦はトロンと溶けるように柔らかいときたものだ。幼さと大人びた一面がごちゃ混ぜになって、俺に言いようのない背徳感を味あわせてくる。

 

「もう三日もご無沙汰です」

「あと一日でも我慢しろ」

「昨日も、おとといも、そう言いましたよね」

「ならもう一度命令してやる。あと一日我慢しろ」

 

 昨日なら、この「命令」というワードでこいつは引き下がった。ならもう一日くらいと思えば、近づかれて肩を掴まれる。力強く、逃さないとばかりに人形特有の馬力をもって。あぁ、こうなりゃ仕方ねえ。

 

 俺はもう一度、相手の司令部の方を確認した後、「拾い物」の腰に手を回した。相変わらず、力を少し込めれば折れそうなほど細くて脆く感じられる。だが、今回ばかりは容赦しない。ダンスのように緩やかにターンを決めてアシストしてやり、さっきまで俺が背にしていた木に「拾い物」を押しつける。同時にこいつの両方の腕を肩から解いて木に押さえつけることも忘れない。

 

「しきか――っ」

 

 その状態で、抵抗させないまま唇を塞いだ。マストゥーマウスだ。限界まで力を込めて押さえつけながら、口の中を蹂躙する。歯茎に沿って執拗に、あるいは舌と舌を絡み合わせて。極力音を立てず、抵抗も許さない。「拾い物」が喉の奥を何度も鳴らすが、その音さえ漏らさせはしない。

 

 その感触を堪能しているのか。「拾い物」は目を閉じて、成されるままになっている。こいつら人形の口の中は、油臭いのかと思えばそうでもない。存外に、花のようにリラクゼーション効果のある風味だ。そのせいで、苛立っていた思考は徐々にクリアになっていく。何をしているんだ、と自分自身に新しい苛立ちが湧いて来る。その全てを、こいつの口の中を蹂躙することで発散する。

 

「――くはっ」

 

 一通り、もはや喉すら鳴らさなくなるまで、足が震えて立っているのすらやっとになるまで、唇を重ね続けてやった。舌で蹂躙してやった。腰を支えていた手と、両腕を固定していた手を放してやれば、その場にぺたんと力なく座り込み、どこか虚ろな瞳で俺の事をぼーっと見上げてきた。

 

 その姿が、あまりにも凄惨な少女の現場のような臨場感があるものだから。俺の中の背徳感が背筋に電流を奔らせた。いっそ、腹の底全部をぶつけてやろうかと睨み返してやると、「拾い物」はへにゃっと溶けるように顔を綻ばせた。

 

 その姿を見て、カッと頭に血が上るのを感じた。抑えていた奔流が溢れ出し、ほぼ本能のままに「拾い物」の腕を引っ張って引き寄せた後、地面に叩きつけて押さえつける。

 

「命令だ」

 

 蔑むように「拾い物」を見下ろして、俺は冷たく言葉を突きつける。

 

「声を出すな」

 

 続けざまに「命令だ」と俺は口にする。

 

「音を立てるな」

 

 どこまでも冷たく、突き刺さるように言葉にしたにもかかわらず。「拾い物」は相も変わらず蕩けた顔で笑っている。触れば今にも崩れ落ちそうなほど儚い姿が、余計に頭に血を昇らせる。

 

「命令だ」

 

 わかっている。こんな場所で行為に及べば、どれくらい危険かということくらい。理性で分かっていても、しかし本能が抵抗を許さなかった。抑えの利かない感情の奔流に、もはや抗うことはしなかった。ただ、その他すべての激情を「拾い物」の小奇麗な顔、その中でも一際、瞳にぶつける。鼻が触れ合うほど顔を近づけて、瞳と瞳を突きつける。

 

「抵抗するな」

 

 こいつの瞳の奥底にまで届かせるように、真っ直ぐ見つめて。力強く睨み付けて。「拾い物」の両腕に跡がくっきりつくほどの力を込めて。

 

「指揮官の望むままに」

 

 こいつは、とんだ毒婦だ。自覚は無いのだろう。天然なのだろう。だからこそ、毒婦なのだ。知らず知らずのうちにではない。わかっているのに、人を破滅の道へと追いやる毒を含んでいる。

 

 この「拾い物」は間違いなく、意図せず「命令違反」を起こした。きっと、こいつ自身も自覚していない。だが、結果として俺の激情を煽っているのだから。

 

 きつい灸を据えてやる。声を出したなら口を塞いでやる。抵抗するのであれば制圧する。音を立てるのなら先を読んで音を殺す。

 

「人形風情が。随分いい女になったな?」

 

 皮肉を込めて、最大限の侮辱を吐き捨てる。だが、「拾い物」は心底嬉しそうに微笑んで見せるのだ。

 

「はい」

 

 幸せそうに、百合の花が似合うような清らかで綺麗な顔で。その顔を見て一瞬、呆然として力が緩む。その刹那の隙に目を光らせて、「拾い物」は音を立てずに押さえつけていた俺との立場を逆転させた。あまりに鮮やかで、巧妙過ぎる手さばきに目を瞬かせる。

 

「指揮官」

 

 「拾い物」の瞳に、怪しい光が宿った。今度はこちらの番だと言わんばかりに。自分の唇をちろりと赤い舌で湿らせて。さっきまでの綺麗な顔とは真逆な。泥沼のように汚いツラして、嗤って見せた。

 

「私から、目を離さないでくださいね?」

 

 あぁ、やっぱり夜のコイツにはどうやっても敵わない。

 とんでもない「拾い物」だと、俺は諦観の念をもって、全てを受けいれた。

 

 

 

 





これがまさに泥風呂



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二人三脚

 

 あぁ、寝不足だ。やらかした。普段なら「拾い物」に夜間の警戒を任せて仮眠をとるのに、おっぱじめたせいで徹夜だ。頭の中はミントガムを噛んだときの口の中並にすっきりしているが、思考能力は鉛玉を詰め込んだリュックのように重苦しい。幸せそうな顔で俺の見事な胸板に顔をうずめて休眠している「拾い物」には心底腹が立つ。

 

 しかし、幸いだったのは敵がこちらに気付かなかったことか。いや、この「拾い物」が中途半端に命令を守ったおかげでもある。こいつのポンコツっぷりは身に染みた。だが、それを込みにしても、これからも現場には連れてくるだろう。それくらいの価値が、この「拾い物」にはある。睡眠不足など必要経費と割り切ろう。

 

 こんな時に「ユキ(覚せい剤)」かタバコでもありゃいいんだが、そんな贅沢品は当然ながら持っていない。そもそも、タバコなんてふかそうものなら煙で位置がモロバレだ。

 

 敵の司令部に、未だに動きらしい動きはない。今は夜間装備を外した鉄血の雑魚がうろついている。数は最低でも五人一組。陽が昇る前の警邏状況も確認したが、俺らの見える範囲では、その時点で夜間装備と通常装備が半々だ。

 

 もしも相手の司令部に強襲を仕掛けるなら、陽が昇る前。このタイミングしかない。だが、俺たちの目的はあくまで「空き巣」だ。強襲に必要な物資も人員もあるわけがない。そんなリスクを冒してもリターンが少なすぎる。

 

 あと四日だ。四日、何も無ければ撤退する。それだけの時間何も無ければ、俺の推測が間違っていたと認めるしかない。また他の鉄血の司令部に狙いをつけて、空き巣を狙うとしよう。

 

 今日も退屈な見張りの日々が始まるのだろう。憂鬱な気分に思わず溜息を吐きそうになった、まさにその時だった。

 

「――っ!?」

 

 横に置いていたドラグノフに思わず手を掛けて、寸でのところで自制する。あまりに衝撃的な光景に、息を殺して注視する。頭の中の憂鬱な気分など吹き飛んだ。思考は一息でクリアになった。意識が覚醒した。

 

 鉄血の司令部の入り口に堂々と、見覚えのある人形が現れた。長いバレルに黒いサイレンサー、銀の銃身のアサルトライフルを持った、桃髪の女。だが、後ろには誰も居ない。他に誰かを引き連れた様子もない。囮か? それとも内通か? 寝返って密告。あるいはダブルスパイ。どんな状況だって考えられる状況だ。敵対しているには、あまりに堂々とし過ぎている。

 

 あの人形の名前は確か、「ST AR-15」だったか。まさか、グリフィンの指示の筈もあるまい。誰がスナイパーの居る砦に照明引っ提げながら特攻するものか。それくらいの野蛮で愚鈍で有り得ない光景だ。

 

 人形は、まるで散歩でもしているかのように敵司令部へと入って行った。警備の穴をついたのか? それともサイレンサーで音が聞こえなかった? まさか本当に鉄血に寝返ったのか? ダメだ、現状じゃまるでわからない。

 

 だが、状況は動いた。間違いなく無駄足にはならない筈だ。まさか同業者(空き巣)なわけがあるまい。グリフィンか。あるいは鉄血か。あの人形か。アクションは必ず起こる。その起こった瞬間、隙間を狙って……資材を貰い受ける。

 

「こいつが起きたら、銃の整備から始めるか」

 

 そうすれば、あとは見張りだけで事足りる。

 あぁ、これほどまでにことが上手く運ぶなんて。最高だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃の整備も終わり、事前のリロードも終えて。後は見張りをして機を窺うだけとなった頃合い。陽は既に傾き、沈みかけている。もうすぐ夜になるということもあってか、夜間装備を頭につけた雑魚がちらほらと見え始める。

 

 昨日から一睡もしていないが、状況のおかげで眠気はない。「拾い物」の調子も良好だ。起きてからは恙無く警戒に当たっている。今日は警戒に当たって徹夜をする。仮眠をとるのは、明日の明け方からだ。まさか、グリフィンも人形も、朝っぱらや昼間から強襲を掛けるわけがあるまい。そんな時間から暴れたなら相当な馬鹿か、夜戦の大嫌いな民族だけだろう。

 

 あの桃髪の人形は、司令部に入ったきり出てこなくなった。バラされたか、人質にされたか、それとも寝返ったのか。どの可能性も考慮に入れて動かなければならない。

 

 鉄血の雑魚が、また目の前を通っていく。距離にしてみれば15mくらい開いているが、目視するには十分すぎた。こいつもまた夜間装備を持っているとなると、既にほとんどの相手の雑魚は夜間装備に切り替えていることだろう。

 

 さて、今日もつまらない警戒にならないことをお祈りする時間か。いない神にご利益なんてあるとは思えないがね。くだらないことを考えながら警戒していると、急に鉄血の雑魚の動きが止まった。

 

「警戒」

 

 予め決めていたワードで「拾い物」にも伝達する。緩んでいた弦がピンと張り詰めるように空気が変わった。何をやっているのか、注意深く見ていると、雑魚どもは司令部の周辺を回り始めるのをやめて、入り口の方に向かっていく。何だ、作戦会議か? いや、雑魚を集める必要はない。まさか鉄血が人間よろしく「朝礼」などをやる筈もない。そうだとしたら俺は大声で笑い転げて射殺される自信がある。

 

 現実的な線としては、特殊装備への換装だろう。ならば、侵入は今がチャンスか? いや、内部構造が分かっていないのにそれはない。最悪、囲まれてハチの巣にされる。中にボスも居るのだから、猶更だ。ここは、待ちの一手に限る。

 

 しかし、予想は斜め上を向いて裏切られた。奴らは、司令部に入るわけでもなく、何処かに出払っていきやがった。思わず目が丸くして、二度三度、瞬きをして現実を確かめてしまった。目を擦って、自分が現実を認識できているかを疑った。まさか、俺は自分が知らないうちにヤバい薬でも服用してたのだろうか。鉄血の雑魚が軒並み明後日の方向に出撃していく姿に、頭の中が真っ白になっていく。

 

「おい」

「どうかしましたか?」

「俺の目には、鉄血の雑魚が明後日の方向に出払ったように見えるんだが」

「出払いましたね」

 

 何事もないように落ち着いた「拾い物」の声が癪に障る。こいつは本当に状況がわかっているのだろうか。

 

「これは夢か? 俺は気づかないうちにヤバい薬でも服用していたか?」

「現実です。お薬も、そんな高価なものはうちにはありませんね」

「俺は拾い食いとかしていないよな?」

「チョコばかり食べてましたよ? 虫歯には気を付けてください。あ、毎晩のように私を食べてくださってもいいんですよ?」

 

 おかしい。どうして「拾い物」のこいつは落ち着いているんだ? ひょっとしてグルか? 鉄血と組んで俺にドッキリでも仕掛けようとしているのか? そんな馬鹿なことがあって堪るか! あと、虫歯は余計だド阿保。仕方ないだろ、チョコしかないんだから。それと、テメエは食われる側じゃなくて食う側だろうがポンコツ。

 

「おい」

「何ですか?」

「命令だ。これが現実だと証明しろ」

 

 こんな荒唐無稽なことが現実になって堪るか。鉄血のエリアボスがそこまで馬鹿なわけがないだろ。俺たちの今までの苦労は何だったんだ。もしもそれだけお馬鹿な相手なら、笑いながら殺してやる。この屈辱を忘れてなるものか。

 

「指揮官。こちらを向いてください」

 

 現実を証明する手段を見つけたのだろう。言われた通り「拾い物」の方を向いた瞬間、頬をこいつの両の手で掴まれて、そのまま人工呼吸と洒落込みやがった。

 

 思わず身を引くが、後ろが木のせいでさがれない。他所を向こうにも、引き剥がそうにも、力が強過ぎて抵抗できない。周りに誰も居ないことをいいことに、執拗にいやらしく音を立てて、舌を絡めとり、更に隙を見計らって俺の後頭部を押さえつけ、もう片方の手は背中に回してきた。燃え尽きそうなほど情熱的に、苛烈に、まるで自分の所有物だと好き勝手にマーキングするほど無遠慮に口の中で暴れてみせた。呼吸が苦しくなり、肩を叩いて知らせても止まらない。いよいよ意識を失いそうになった時、俺は本気で「拾い物」の腹部を蹴りつけて引き剥がした後、関節をきめてその場に押さえつけた。

 

「ごほっ、ごほっ……がはっ。あぁ、クソ。テメエ、何のマネだ!?」

 

 大声をもって怒鳴りつける。幸い周りには誰も居ない。声を出すことを憚る理由はどこにもない。怒りの感情のまま、腕に力を込めて拘束をきつくする。もう片方の手で首を絞めつけて、返答次第では、と眼力に殺意を乗せた。

 

 だが、「拾い物」はさも当然のように笑って見せた。「ほら、言った通りになった」とばかりに、計画が上手くいったときの上機嫌な笑い方だ。

 

「現実を証明してみました。役得です」

 

 えへへ、とこんな状況にも関わらず朗らかに蕩けた笑みを浮かべる「拾い物」を前にして、毒気を一気に抜かれる。舌打ちをしながら、拘束を解いて自由にしてやった。

 

「だからってあんなやり方があるか」

「夢は、痛みや苦しみがないと目覚めないので。指揮官の限界まで、キスしちゃいました」

「しちゃいました、じゃねぇよド阿保」

 

 おかげで酸欠だ。頭に血が溜まっていくのがわかる。顔が馬鹿みたいに熱くなってきた。やり場のない怒りが腹の底に沈殿している。

 

「あぁ、わかったよ。ここが現実だってことはな。現実なら、早く行くぞ」

「はい。あっ、指揮官。ちょっとお腹が痛くて立つのが難しいです。手を貸してくれませんか?」

「置いていくぞ」

「指揮官のいけず」

 

 まるで夫婦漫才だ……と思った時点で、俺の頭は末期なのだろう。こんなポンコツを拾ってしまった俺は、もしかすれば世界一不幸せな指揮官とやらではなかろうか。

 

 あぁ、一匹オオカミの頃が恋しいと、そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 中に入ってみれば、相も変わらず鉄血の司令部は汚らしい。ここもまた廃棄工場跡地だった。最低限の照明はついているが、それだけだ。鼻につく古い油の臭いが不快感を煽る。積み上げられたパーツは錆びついていて使い物にならない。一階の大広間は外れだ。

 

 資材を積み上げるなら、間違いなく奥の小部屋の何処かだ。こんな戦場になりそうなど真ん中において、敵の銃弾や手榴弾で爆破されたら目も当てられない。警戒しながら、薄暗い敵司令部の中を進んで行き、目的の小部屋に辿り着く。「拾い物」にアイサインを送ると、すぐさま扉の前に待機してドアノブに手を掛ける。そして俺がドラグノフを構えたところで、扉を開けて中へと転がり込んだ。

 

「……クリアです」

「誰も居ねえのか。こりゃあ、雑魚が全員出払っているかもしれねぇな」

 

 俺は部屋に入ってから扉を閉めて鍵をかける。カチッ、と耳当たりの良い音に「拾い物」はいち早く反応して、こちらに期待するような視線を向けてきたが無視した。俺に無視されて「しゅん」と落ち込んでいたが、知ったことではない。手分けをして、中の棚や机を漁り始める。

 

「……鉄血の、二年ぐらい前の資料か?」

 

 夜間用のライトで照らして出て来た書類に目を通すが、小難しいことばかり書いていてよくわからない。要約すれば「製造計画」と「売り上げ目標の推移」について書かれているとみていいのだろうか。何かの隠喩や暗号ならお手上げだ。

 

「指揮官。ワインがありましたよ」

 

 棚を漁っていた「拾い物」が、その中から両手で抱えるほどの大きな瓶を取り出して見せてくる。嗜好品として素晴らしいモノを見つけて来た「拾い物」からすぐさまワインをふんだくろうとしたが、その手をひらりと躱される。何の真似だ、と目で訴えかけると、「拾い物」は俺の方を真っ直ぐに見て口を開く。

 

「帰ってから、期待してますね?」

「……あぁ、わかった」

 

 拒めば地面にワインを叩きつけそうな勢いだった。背に腹は代えられない、と俺は渋々了承してから、ワインを受け取ってリュックの中に詰め込んだ。しっかり尻に敷かれているような事実には、目をつぶる。今は酒が大事だ。酒の喜びに純粋に浸ろう。酒浸りになって嫌な事を忘れよう。

 

 ワインとつまらない資料以外には特に何もなく。俺たちは次の部屋に向かおうと扉を開けた瞬間。

 

 ――銃撃音が、工場内を木霊した。

 

「警戒」

 

 言いながら、ハンドサインで指を二本立てる。すぐさま「拾い物」が前衛に立ち、後衛が俺に入れ替わる。狙撃の構えを取り、さてどこにいるかと目と耳を澄ませた。

 

 次の部屋の近くまで進みながら、周囲の警戒は怠らない。銃撃音から、細かく連続した音はある程度の連射性能があるとみて一人はアサルトライフルだろう。マシンガンにしては排莢の音が控えめだ。もう一人はほぼ同時に三回の発砲音が二回……三点バーストのハンドガンを二丁持ちといったところか。

 

「無視」

 

 交戦中に割り込む趣味は無い。味方とわかっているならともかく、そうじゃなければ最悪混戦で、共倒れになる。藪をつついて蛇を出さないためにも、静観してこちらはこちらの作業に移らせてもらうとしよう。

 

「警戒」

 

 先ほどと同じ手順で、次の小部屋の入り口に。突入した後は「拾い物」の合図を受けてすぐさま扉を閉めて鍵を掛ける。一見したところ、ここにも物資はない。ならばまた嗜好品でもないかと、手分けして漁ることにする。銃撃戦はBGMとして受け入れるのが吉だ。

 

 今度は俺が戸棚を調べたが。結果は外れだ。精々、いつのものか分からない茶葉が置いてある程度だ。紅茶は好きではないが、あるに越したことは無いとリュックの中に詰め込んでおく。「拾い物」の方を見てみるが、目ぼしいものはなかったのか首を横に振った。

 

「ちっ。まさか、司令室に溜め込んでいないだろうな?」

 

 そうだとしたら厄介だ。漁夫の利を取りたいものではあるが、混戦になった時は目も当てられない。とにかく、小部屋は残りひとつ。最後の一室にあることを願うしかない。

 

「警戒」

 

 二本指を立てて、流れ作業のように部屋から出て行き次の部屋に進んで行く。ここまで来て鉄血の雑魚と遭遇しないところを見ると、本当に出払っているのだろう。銃撃戦と用心のために警戒はしたままだが、少しは気が楽になるというものだ。

 

 ふと、鳴っていた銃撃の音がぷつりと止んだ。

 

「隠蔽」

 

 即座に工場内の物陰にお互いが別々の場所に身をひそめる。ドラグノフは股の間に立てかけて、物陰に隠れるようにする。二階から鳴っていたであろう音が鳴り止んだということは、下りてくる可能性が高い。進路一番先にある階段の様子を窺っていると、「拾い物」が俺の方を見て来た。その目を見てから、俺は指を三本立ててサインを送る。

 

 階段との距離はおよそ10メートル。「拾い物」のところからは5メートルといったところか。リュックの中から音を立てないように銃剣の刃を取り出して、ドラグノフの先にセットする。

 

 合図は、アサルトライフルの銃撃音だった。なり始めて瞬きした間に、階段を駆け下りる音が鳴り響く。その瞬間、俺は地を這うように、「拾い物」は通常の姿勢で物陰から飛び出して階段に向けて走りだした。

 

「――っ、お前は!?」

 

 階段から飛び出したのは鉄血だった。それを見た瞬間、いや見る前から「拾い物」は飛び出してくるのに合わせて自身の名前を冠するアサルトライフルを発砲した。弾丸はしかし、鉄血が両腕で防いだことによって頭には当たらない。すかさず弾幕を張る「拾い物」は鉄血との距離を即座に詰めていく。鉄血は防御しながらも、虎視眈々と格闘戦の準備をしていた。眼光が鋭く、怪しい光が宿っている。

 

「甘い!」

 

 鉄血が「拾い物」に格闘戦を仕掛けようとした直後、それを躱して鉄血の横を通り抜けた。階段を踏み鳴らす音に、ポカン、と呆然とした一瞬。俺は鉄血を銃剣の間合いにおさめていた。この一撃で脳天を貫くために確実に、相手の手前で踏ん張りをきかせ、そこで生まれた力の全てを腕に込めて鉄血の脳天を串刺しにせんと突きを放つ――!

 

「――ッ!?」

 

 しかし、寸でのところで首を横に向けて躱される。野性の本能か、それとも機械の特別な感知能力か知らないが、避けられた。驚きの二連続に、しかし鉄血が硬直することは無い。無慈悲に俺に向けて手に持っていた二丁拳銃のうちの一本を向けて来た。

 

「死ね」

 

 カチ、と先に小さな音が響く。鉄血はまだ引き金を引いていない。俺の手に伝わるドラグノフが少しだけ軽くなる。そうだ、それでいいと俺は嗤った。

 

「馬鹿が」

 

 銀色が閃いた。次の瞬間には鉄血の首に深々と刺さる銃剣の刃。トリガーを引ききることも忘れて呆然となる鉄血の頭に向けて、俺は軽くなったドラグノフの銃口を突きつけた。

 

「死ね」

 

 重々しく、ドラグノフの銃声が木霊する。鉄血の頭はこの一撃により破裂して、汚い油をぶちまけながら力なく地面に倒れ伏した。

 

 なんてことは無い。「拾い物」が地を這うように突撃する俺を隠しながら襲撃と牽制を行い、「拾い物」とスイッチして俺が銃剣で仕留めることを狙い、それが外れれば予めターンをして待っていた「拾い物」がドラグノフにつけられた銃剣を外して敵の首にぶっ刺す。そして、俺のドラグノフの銃弾でフィニッシュだ。

 

 同じ相手には、一度きりしか通用しない奇襲だが。鉄血のエリアボスクラスにもなれば、これくらいしなければ仕留めきれない。前衛と後衛のありきたりでは、予想を上回った身体能力や特殊武装によって攻撃を躱され、結局、狙撃手の俺が先に殺される。

 

 だから、その全てを無力化するための刹那の攻防。これが、鉄血のエリアボスを相手取るために必要な方法。少なくとも、今の俺はそう考えている。

 

 相手の土俵に上がってやる義理などない。

 

「お疲れさまでした、指揮官」

 

 鉄血の首にぶっ刺した銃剣を引き抜いて、油を振り落としてから「拾い物」は渡してくる。俺はそれを受け取り、リュックの中にすぐに詰め込んだ。

 

「お前もな。パートナーくらいには認めてやるよ」

 

 こいつの身体能力は、夜戦時、暗闇の中では特に真価を発揮する。銃剣を一瞬で解除するなどという神業を、平然とやってのける。精確無比な射撃もさることながら、体術に体捌きに至るまで他の人形とは一線を画する。視線の切り方は絶技の域だ。

 

 夜のこいつは、絶対に相手取りたくない。

 俺は、心底そう思う。

 

「上のヤツも片付けますか?」

 

 普段の甘ったるい声とは違う。凛々しく、頼りがいのある声が耳を打つ。その声色はまさしく軍人や、戦士が数十年も戦いに身を置くことで手に入る玄人のものだ。

 

「いや、いい。どうせグリフィンだ。下手に処分して目をつけられちゃ堪らねぇ」

「わかりました」

 

 今のこいつの目は、普段の蕩けた様な、甘える様なものではない。眼光が鋭利なナイフのように鋭く、冷え切っている。きっと頭の中では、戦場の状況を完璧に把握して冷静な分析を下しているのだろう。

 

「愛してるぜ。これからもよろしく頼むわ」

「今は目の前のことに集中を。指揮官を失ってしまったら、私にはもう……何も、残されないので。ですから、ご自分の事を優先してください」

 

 あぁ、やっぱりこいつはポンコツだ。

 だが、だからこそ俺にはピッタリなのだと、そう思う。

 

「行くか」

「はい」

 

 これくらいメリハリついていた方が、俺の覚悟も固まるというものだ。

 俺はこいつと、地獄の果てまで付き合うことになる。

 

 長年の勘が、もう逃げられないぞ、と呟いている。

 

 上等だ。

 最期まで付き合ってやる。

 

 「拾い物」を拾ったのは俺だ。

 最期まで面倒を見るのは、持ち主として当然のことだろう?

 

 

 

 さて、資材をかっぱらって、おさらばするとしますかね。

 

 

 

 





さっそくですが、誤字報告の方、ありがとうございます。適用させていただきました。

こんな感じでこれからも続けさせていただこうと思います。
9A-91ちゃんは「かっこかわいい」。これ正義ね。



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Not Found

エラーコード「404」の話。



 

 今まで、俺の物語というのはいつも俺だけで完結していた。

 雇い主の命令には確かに左右されたかもしれない。戦場の不確定要素に作戦をかき乱されたことなど数知れない。だが、その全てを俺は一人で乗り切ってきた。利用できるものは何でも利用した。志を同じくした奴を囮に使って逃げたことなど数え切れない。任務のためなら、同じ勢力の司令部さえ切り捨てて行動した。

 

 生きるために。自分の為に。それだけを胸に俺は戦い続けてきた。

 

 永遠に一匹狼のまま、そんな俺らしい最期、どっかで惨たらしく死ぬものだと思っていたが。思わぬ「拾い物」が全てを変えてしまった。一匹狼の肩書を消し飛ばした。

 

 だが、俺を指揮官だと敬っているのは表面上だけだ。本当にそう思っているなら命令違反を起こすものか。

 

「なぁ」

 

 だから、俺は試しに聞いてみようと思った。

 

「俺がもし、お前に”俺を殺せ”と命令したら、どうする?」

 

 そんなくだらない質問に、「拾い物」のこいつは綺麗な笑顔で答えた。

 

「指揮官の捨てた命を、私が拾わせていただきます」

「具体的には?」

 

 瑞々しい唇に、ちろりと舌が這う。恍惚な笑みを浮かべて、背徳感と愉悦に染まった醜い表情で、「拾い物」は酔いしれるように言った。

 

「指揮官を監禁します」

「そうか」

「指揮官を私の好きにします」

「へぇ?」

「指揮官には私の為に生きてもらいます」

「御免だな」

「指揮官には私しか見えないくらい、私に溺れてもらいます」

「そういうのは胸の内にそっとしまっとけ」

「指揮官が私なしじゃ生きられないように仕向けます」

「どんな言葉で?」

 

 一瞬も迷うことなく。醜さがさっぱり消えて、花園のように可憐な笑みが浮かんだ。

 

「生き残って役に立て。今生きることに全霊を注げ。悟った様なツラする暇があるなら、私の為に生きなさい、と」

 

 最初から手遅れなのだと、そう思った。

 人形のくせして、聖人のように綺麗な笑顔で涙を流しながら言う「拾い物」の姿を見て、俺は確信した。

 

「なら、死ぬわけにはいかねぇな。お前にタマ握られるなんざまっぴらごめんだ」

「はい」

 

 嬉しそうに頷く「拾い物」を見て、俺は目をそらすように天井を仰いだ。ボロ臭くて所々に染みが合って、場所によっては穴すらあいている有様が。

 

 どうにも、他人事のようには思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵司令部への空き巣はつつがなく終わったのは、もう一週間も前になる。予想通り、階段に一番近い小部屋に資材は置いてあり、鉄血の雑魚すらいないのをいいことに、運べるだけ運び出してやった。ついでに、鉄血の使っていた二丁拳銃もちょろまかした。

 

 結局、上に居たのであろう桃髪の人形とも出会うことはなく、万事順調に事を終えることができた。拠点に帰ってきた晩には盛大にワインを飲み明かしたが、その後のことはよく覚えていない。気づけばいつも通り、「拾い物」と一緒のベッドで寝ていた。頭痛と腰痛を感じたが、無視だ、無視。気にしていたら禿げそうだ。

 

 資材は思っていた以上に潤沢だ。特に、弾薬と「拾い物」を修理するためのパーツには事欠かない。夜間ゴーグルに夜間スコープも鉄血の基地の中で拾えた上に、徹甲弾と焼夷手榴弾のおまけつきだ。

 

 今のところ、一番の問題は食糧だ。そろそろ、チョコレートばかりでは体にガタが出始める。ここらでひとつ、まともなパンやら野菜やらを補充しておかなければまずい。だからこそ、休業していた傭兵活動を再開しようと決めた。

 

「傭兵活動、ですか?」

「そうだ。俺の食糧がそろそろまずい。主食がチョコレートとか笑えねぇ。せめて炭水化物がなきゃやべぇってもんだ」

 

 だが、グリフィンからの依頼を受けるのは少し不味い。街に行く程度であれば構わないが、依頼を受けるとなればまた無茶ぶりをされかねない。何より、トンズラこいた身としてはこれ以上関わってもロクなことがないのは明白だ。

 

「グリフィンに戻るんですか?」

「んなわけあるか。任務煙に巻いて逃げて来たからな。おちおち出て行けば、また捨て駒に使われるか、最悪頭に鉛玉だ」

「でも、この周辺にはグリフィン以外の有力な団体は……」

 

 こいつの言いたいことも、まぁ理解できる。俺たちが拠点にしている周辺には後ろにグリフィン。前は鉄血。上下は緩衝地帯。そんな場所だ。他から依頼を受けるためには、拠点を移すほかにない。そう思うかもしれないが。

 

「いや、ツテはひとつだけある。こんなことなら死体運びもやればよかったが……まぁ、これがあれば十分だ」

 

 そう言って俺が取りだしたのは、鉄血のエリアボスがもっていた二丁拳銃だ。「拾い物」はそれを見て目を丸くして、まさか、と口を開いた。

 

「16LAB……ですか?」

「大正解だ」

 

 グリフィンと密接な関係にある研究機関。それが「16LAB」だが、何も一枚岩というわけじゃない。俺たちの価値を鉄血のエリアボスの無力化、及び武装の奪取をみせれば、さぞ食いつきが良いことだろう。たかだか傭兵の一人二人、匿うのは容易なことだ。それで優秀な人材が確保できるなら、間違いなく乗ってくるはずだ。

 

「これから、16LABと接触を図る。その中で金をもらって、食い物買って、食い繋ぐ。プランはこれでいこう」

 

 この後、特に予定もない。善は急げという言葉もある。早速、身支度を整えようと椅子から立ち上がる。それとほぼ同時だった。

 

 ――コンコン、と控えめなノックが耳を打つ。

 

「警戒」

 

 一本指のハンドサインを送りながら、退路である路地裏に繋がる窓に視線を配る。最悪、すぐに逃げられるように。リュックを背負って。後ろ手にスモグレと閃光弾の二つを手に持った。

 

『あれ、返事がないね』

『無視しているのよ。潜伏場所にいきなりですもの。警戒するのは当然よ』

 

 能天気な様子の高い声と、落ち着き払った女の声が扉越しに聞こえてくる。どうやら、いきなり殺そうなどとは思っていないらしい。まぁ、当然だ。殺すなら外から手榴弾なり、この一帯を爆破するなりすればいい。お行儀よくノックをするくらいだ。話し合いがあるのだろう。だからといって、逃げる準備は怠らないが。

 

「継続。開けろ」

 

 「拾い物」は俺の指示に従って、警戒を継続しつつ扉をゆっくり開いた。薄暗い路地裏の、対面にある煉瓦造りの家の壁が見えてくる。「拾い物」の先には、茶髪と鼠色の髪の瓜二つの女が、サブマシンガンをこさえて立っていた。

 

「ハロー、傭兵さん。今いいかしら?」

「これから用事があるんでな。お帰りくださってどうぞ」

「あら、軽口を叩くほど暇なら問題ないわね。お邪魔していいかしら?」

 

 人の話を聞かない女だった。というより人形というべきか。どういうわけか、左目の傷を修復もせず残している奇特なやつ。部屋に招き入れろとは、お互いに信用しようという魂胆か。お前の部屋を攻撃すれば私たちにまで被害が及ぶから、攻撃はしないよ、という。もしそうなら、笑わせてくれる。

 

「はっ、人形が。ダミーじゃない保証はあんのか?」

「保証は出来ないわ。でも、こういう時こそ殿方の甲斐性の見せどころじゃない?」

「何だ、そういうお誘いか?」

 

 冗談まじりに言うと、絶対零度の視線がこちらに向いた「拾い物」が夜戦の時にも見せたことのないような視線で、俺を凝視していた。地雷か、と俺は溜息をひとつこぼし、肩竦めて「冗談だ」と口にする。

 

「お人形さんに尻に敷かれるのが趣味なのかしら?」

「はっ。抱き心地は最高だぜ?」

「下品ね。まぁ、いいわ。実力はよく知っているから」

 

 児戯のような舌戦は、このくらいで十分と思ったのか。矛先は俺の情報に向いてきた。

 

「簡潔に言うわね。あなた、私たちの部隊に入ってみない?」

 

 あぁ、なるほど。部隊とは、そういうことか。傭兵稼業をやっていれば、嫌でも耳につく。こいつらは、なるほど。そういう目的だったのか。

 

「生憎、まだ墓場に入るわけにはいかねぇな」

「勘違いしないで。これは純粋な勧誘よ。次の作戦、私たちだけだと被害が大きそうだから。人手が少しでも欲しい所なの。それこそ、死んだ者扱いされている、都合の良い傭兵さんがね?」

 

 何だ、やはり勘違いではない。知らない人間を、それも女所帯に勧誘なんざ。しかも被害が大きそうだから人手が欲しい? 死んだ者扱いの都合の良い人材? ふざけるのも大概にしろ。

 

「欲しいのは鉄砲玉の間違いだろ?」

「そんなことない! 部隊に入れば、みんなかぞくだ!」

 

 鼻で笑って言った俺に、今まで話していなかった茶髪の方が大声を上げて反論してきた。その内容がますますおかしくて、俺はくつくつと喉を震わせた。

 

「家族? ままごとなら他所でやれ。それとも何か? 俺は別の墓場にいくのか? あるいは、義兄弟の杯とか洒落たことヌかすのか?」

「そうじゃなくて――」

「無駄よ、ナイン。そいつは一匹狼よ? 私たちの考えがわかるはずもないわ」

「なら、ちゃんちゃらおかしいな。まったく考え方の合わない俺を勧誘なんて。まさか、404(部隊名)と同じく、目的まで見失ったのか? それとも、まだかわいい夢に縋ってるのか? チビ」

「……どういう意味かしら?」

 

 俺はめいっぱい顔を歪ませて、嘲ってみせる。いやらしく、心底バカにした風に、可哀想なやつを見る様な視線を鼠色の女に向けて。

 

「自虐ネタなんだろう? 404(胸なし)

『ぷっ――!』

 

 俺の言葉のすぐ後に、嫌に粗い音声が響いた。どうやら、何かしらの通信装置で仲間と連絡を取っていたらしい。まぁ、当然といえば当然だろうが。俺の言葉は、どうやら通信相手にはご好評のようだ。

 

「……今笑ったわね?」

『し、仕方ない……じゃない……! だって、ぷっ、あははっ!』

「おーおー、お仲間にも笑われて。え、そんなに気にしてたの?」

「っ、大体あなたのお人形も――!」

「こいつのは手頃なサイズだな。手にすっぽり。で、壁って掴めるの? 正面から。抉らないと無理じゃね?」

『――ッ! ――ッ!』

 

 通信先のお相手の大変ご満悦の様子で俺も気分が良くなった。要らないとわかっていても、トドメを刺してやろうかと、思わず嗜虐心が芽生えてしまった。そのせいか、口からぽろりと。

 

「で、見つかったのか? パッドは」

 

 ぷつん、と通信を切るような音が聞こえて来た。鼠色の髪の人形は血色の悪い顔から一転、顔を真っ赤にして、親の仇とばかりに俺を視線だけで射殺そうとしてくる。それがあまりに面白おかしくて、追撃に鼻で笑って肩を竦めてみせた。

 

「……オッケー。交渉決裂ね。夜道には気をつけろよゴミ」

「おう、忠告ありがたく受け取っておくぜ? ラッテンフェンガー」

 

 結局、言葉を交わしただけでお相手……404小隊(Not Found)は帰ってしまった。まったくもって何がしたかったのか理解に苦しむが。もしかすれば、言葉責めを受けたい変態人形が居るのかもしれないと、俺はただ呆れて溜息を吐いた。

 

「何だったんでしょう? あの女たち」

「知るか」

 

 何はともあれ、16LABに向かうため、俺たちは身支度を始めるのであった。

 

 

 

 




別に45姉が嫌いなわけではない。うちには100レべが二体いる。好きな部類。でもなじるのは止められない。

二話の時点でこの話はやろうと決めてた。

404=サイトが見つかりません=UMP45姉の御胸が見つかりません。

大満足☆彡



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