魂の在り処 (金魚鉢の金魚)
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魂の在り処

本作品は、「小説家になろう」投稿作品「シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~」の二次創作となります。

作者である硬梨菜様には、いつも楽しい時間をいただいていることに何よりの感謝を。

【注意事項】
 読んでいるだけでテンションが上がっていく作者様のような筆力はありません。
 また、独自設定は勿論、設定の見落とし、解釈誤り等が多分に含まれている恐れがあります。
 それでも良いという奇特な方は、しばしお付き合い下さい。

 幕末汚染度:低
 これは、一人の青年が金魚鉢の中に魂の在り処を見つける話。



 抜けるような青空。正しく天晴れな天気。

 気持ちの良い風を感じて、シノギは一つ頷いた。

 

「悪くないじゃないか」

 

 時代劇でよく見た風景。江戸を模して造られたという街並みに、シノギは楽し気に目を細める。

 浪人風の自分の衣装は、継ぎ当てだらけで少々みすぼらしいが、最初はこんなものだろう。

 ワクワクとした心に押されて、一歩踏み出して―――

 

「チュー―――」

 

 直後、視界が暗転した。 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 知らない天井を見つめる。

 所々に穴が開いていて、差し込む日差しが少しばかり目に痛い。

 むくりと身を起こして周囲を見回せば、壁にも幾つもの穴が開いていた。

 打ち捨てられたボロ小屋。自分が転がっていたのは、そんな場所らしい。

 

「え? は?」

 

 呆然とした面持ちでシノギは首を捻る。頭の中は疑問符だらけだった。

 いきなり視界が真っ暗になって、次の瞬間には別の場所にいた。意味が分からない。

 とはいえ、ここで呆けていても仕方がない。狐につままれたような気分のまま、傍らに転がっていた打刀を手に立ち上がる。

 

 ボロボロの木戸を開くと、その先に立っていた男と目が合った。

 大上段に刀を構え、彼はにっこりと笑う。

 

「ようこそ」

「え? あ、ど、どうも―――」

 

 朗らかな声に、混乱したまま愛想笑いを返す。

 そして、シノギは両断された。

 

「天誅」

 

 視界が暗転する寸前。そんな言葉が聞こえた気がした。

 

 

 知っている天井を見つめる。ボロ小屋の天井。

 差し込む日差しに目を細めながら、シノギはようやく理解していた。

 つまり。

 

(つまり、俺は殺されたらしい。おそらく、これで二回目)

 

 死んで、ここで目覚めた。要はそういうことなのだろう。

 寝転んだまま首を動かせば、ボロボロの木戸が目に入る。

 その向こう側を睨みつけながら、シノギは身を起こした。傍らの打刀を手に取る。

 

「…………」

 

 抜いた刀を右手に、左手を木戸へと伸ばしながら、ゆっくりと深呼吸。 

 胸中で、カウント。

 

(十、九、八、七―――……)

 

 ゼロと同時に戸を開け放つ。思い切って飛び出しながら、シノギは刀を横薙ぎに振るった。

 ヒュッと音を立てて、刃が虚しく空を切る。

 

(いないか!)

 

 流石に二度続けて正面で待機している、ということはないらしい。

 舌打ちしながら、素早く左右へと視線を巡らせる。チリっと、うなじのあたりが疼く。

 直後―――

 

「天っちゅうううう――――ッ!」

 

 上空から襲い掛かってきた刃に、シノギは頭を叩き割られた。

 

 

 知っている天井。

 むくりと、シノギは身を起こした。

 

「…………」

 

 無言のまま、傍らの打刀を手に、木戸を蹴り開ける。

 直後、一斉に飛びかかってきた複数の人影に滅多刺しにされた。

 

 

 知っている天井。外に出る。死ぬ。知っている天井。外に出る。死ぬ。知っている天井。外に出る―――……

 

 もはや見飽きた天井。シノギは身を起こした。

 ここに来てから、既に一時間超。だが、未だに外に出て一分を超えた試しがない。

 刀は手に取らない。そのまま、据わった眼差しで木製の戸を睨む。

 

『和風もののフルダイブVRゲーム? それなら―――』

 

 脳裏に浮かぶのは、別のゲームで知り合った友人の言葉。

 『鹿追』という名前で遊んでいるから、始めたら合流しようと言っていたヤツは、今どこにいるのか。

 

『結構ニッチだから、プレイ人数は少ないけど、作り込みはしっかりしているし、プレイヤー間でギスッたりしていないし、和気藹々と楽しめるからオススメ』

 

 あの大嘘吐きは絶対殺す。

 固く誓いながら、シノギは刀を掴んで立ち上がった。

 

『辻斬・狂想曲:オンライン』

 通称、幕末。

 

 鹿追から薦められたVRゲームの名前である。

 何やら物騒な名前だなと思ったが、ネット上の評判は上々だった。

 公開されているスクリーンショットに写るプレイヤーは、本当に楽しそうに笑っていて、ギスギス感もなかった。皆、それはそれは楽しそうに、斬ったり斬られたりしていた。

 

(いや。「笑顔で斬り合っている」という所で、何かおかしいと感じるべきだった気がする)

 

 鹿追は殺す。だが、よく考えると、自分の目も節穴だったのだろう。

 始めたゲームは、とんだクソゲーだった。

 延々と続くリスキル地獄。死亡回数は、もうじき三桁。しかも、話を聞きつけたのか、時間と共に初心者狩りどもの数が増えている。そろそろ心が折れそう。

 とはいえ、このまま止めるのは、流石に情けない。

 故に、瞳の奥に暗い熾火を点して、シノギは朽ちかけた木戸を開け放った。

 

「天誅ぅううああああ!!!」

「うるさい!! 死ねぇええ!!」

 

 壊れたような笑顔の男に、怨念を込めた刃を叩きつけて、シノギは吠えた。

 十数秒後、袋叩きにされて、ボロ小屋に送り返された。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 シノギは、走っていた。

 

「ウェルカム天誅ァアアア!!」

「―――お構いなくっ!!」

 

 振り下ろされた刃を弾き、しかし追撃はしない。その必要がない。

 攻撃を捌かれ、体が泳いだ男の胸から刃が生える。あからさまに隙を見せた男を、誰かが背後から刺したのだ。

 ゲフっと声を漏らす男の脇を駆け抜ける。下手人と一瞬目が合った。昏い瞳。きっと自分も似たような眼をしているのだろう。

 

 走る。

 

「天誅ぅううう!!」

 

 上空から降ってくる声に、進路変更。同時に、頭から飛び込むように体を投げ出す。そのまま、転がる勢いを利用して立ち上がる。

 

 走る。

 

 背後に落下した誰かは、追いかけては来なかった。別の誰かに天誅されたのだろう。

 あるいは、別の誰かを天誅しているのか。

 

 走る。

 

 ボロ小屋のあった裏通りから、少し大きな通りへと差し掛かる。

 チリチリとしたうなじの疼き。それが僅かに強まった気がした。嫌な予感を覚えて急停止。即座に後退。

 

「運命の出会い天誅!!」

 

 どら焼きを咥えた女が、建物の角から飛び出してきた。

 朱塗りの大槍が目前を貫く。矛に返しが付いている。刺し貫かれたら、逃げられなくなるだろう。

 ぐりんと、女の顔がこちらを向いた。一瞬でどら焼きが咀嚼され口の中に消えていく。

 女が笑った。素敵な笑顔だ。

 シノギも笑った。いや、単に顔が引きつっただけだ。

 

(やばい)

 

 陰のない、楽しさだけが一杯に詰まった良い笑顔。こういう連中はヤバイ。

 これまでの経験から―――二時間程度の乏しいものではあるが―――、シノギは何となく、対峙する相手の脅威度が分かるようになっていた。

 

 昏い、澱んだ目をした連中は、それほどでもない。無論、自分にとっては格上なのだが、それでも逃げに徹すれば、逃げ切れる。囲まれれば死ぬが。

 だが、満面の笑みを浮かべていたり、澄んだ目をしている連中は駄目だ。

 ステータスも武器の性能も、プレイヤースキルも段違いで、ゲーム開始直後の自分が対応できる相手ではない。何より、相対するには同等の狂気が必要だ。

 

(誰か、誰か……)

 

 押し付ける先を探して視線を動かす。だが、近くにプレイヤーがいない。

 追手連中の気配は、なぜか唐突に消えていた。役立たず共めと、シノギは毒づいた。

 

「あはっ」

 

 鮮やかな緋色の和服。小柄に見合わぬ大身槍。

 くるりと槍を回して、彼女は艶やかに微笑んだ。

 ばちこーん、とウィンクを一つ。次瞬、その姿がブレた。

 

「~~~~~ッ!!」

 

 咄嗟に傾けた頭の横を朱槍が貫く。

 キュボッという空気が抉り抜かれた音に背筋が粟立った。止まるなと、シノギは萎えそうな脚を叱咤して踏み込んだ。

 

(槍が引き戻される前に―――!)

 

 避けられるとは思っていなかったのか、槍女が目を丸くしている。

 槍が引き戻されるまでの一刹那。加速した世界の中で、シノギは、格上の相手を驚かせたことに、知らず笑みを浮かべる。

 一歩で刀の間合いに入る。反撃など考えない。どうせ防がれる。

 二歩。加速しながら、槍女の隣へ。

 そして、三歩目。彼女の背後へと抜けて、大通りへと至る。

 

(抜けた!)

 

 五歩。六歩。大通りを歩くNPC達の中へと紛れ込めば、追撃の手も止まるだろう。

 そんな風に甘いことを考えて。

 

「つれないね」

 

 耳元で囁かれた甘い声に、背筋が凍った。

 誰の声かなど、考えるまでもない。

 

「いけず天誅」

「ぐべ!?」

 

 シノギは、ボロ小屋送りになった。

 記録更新。五分くらい生存。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 餡の詰まった饅頭を一口。

 

「鹿追、ね」

 

 濃いめに淹れられた緑茶を口に含む。餡の甘さがお茶に溶ける。餡の甘さとお茶の香りが融合して口の中にハーモニーを広げる。

 

「知られてない名前だね。少なくともランカーの類ではないわ」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 大通りの茶屋。

 隣でみたらし団子を食べる女。その傍らには朱塗りの大槍。

 お茶を飲みながら、シノギは首を傾げた。

 

(なんで俺、自分を殺した相手とお茶してるんだろうか)

 

 しかも、相手のおごりで。

 にっこりと笑う彼女から視線を外し、シノギは湯呑みを置いた。

 

「どうして、助けてくれたんですか?」

「うん? 君とお茶をしたかったからだよ」

 

 何度目になるのか分からないリスポーンを経て、ボロ小屋を出たシノギを待っていたのは、相変わらずの天誅の嵐……ではなかった。

 直前にNPCごと己を壁に縫い付けて、ボロ小屋送りにした女。彼女が一人、笑顔で小屋の前に立っていた時は、思わず回れ右をしてログアウトすることを考えた。

 そんな彼女から「お茶をしよう」と連れてこられたのが、今いる茶屋である。

 その間、チュートリアル天誅などと叫んで斬りかかってくる連中の姿はなく、故に、シノギの生存時間は過去最長記録を更新し続けている。

 

(何やったんだろうな。この人)

 

 死んで蘇って、あのボロ小屋を出るまでの時間は、一分あったかどうか。

 そのわずかな時間で、大通りからボロ小屋前まで移動し、かつあの場に集まっていた連中を排除した。

 まさか、力ずくではないだろうが、方法がさっぱり分からない。

 

「このまま、人を探すにせよ、君はその前にやるべきことがあると思う」

「やるべきこと?」

 

 首を傾げるシノギに女が頷いた。お茶で口を湿らせて、続きを口にする。

 

「『幕府軍』と『維新軍』、そのどちらかに所属すること。

 リスポーン地点を宿舎に変えれば、リスキル狙いは減るから、今よりは大分マシになる」

「……リスキル狙いが、減る?」

「宿舎に入ってきた敵対勢力のプレイヤーは、もれなく袋叩きに合うから」

 

 だから、宿舎から出るまでは、リスキル狙いが自勢力のプレイヤーだけになる。単純に考えても半減だと、そう続けられた言葉に、シノギは半眼になった。

 何で同じ勢力のプレイヤーからリスキルされるのか。

 そういうものだと、女は笑った。そういうものなのかと、シノギはため息をついた。

 

「イベントアイテムのイチト質屋流しで一時解散の承諾を取り付けたけれど、今頃は連中もチュートリアル通りに再集合しているハズ。

 このまま、リスポーン場所を変えずに天誅されたら、また、さっきまでのリスキル地獄が始まるよ」

「イチト質屋流し?」

 

 聞きなれない単語に首を傾げると、アイテムを質屋に流すことで、他者の手に渡るようにすることらしい。

 つまり、彼女はシノギとお茶をするために、交渉に値するようなアイテムを失ったということになる。

 

「……何でそこまで」

「ふふ。誘ったのは私だし、大したアイテムじゃないから気にしないで。それで―――」

 

 どちらの勢力に所属するのかと、彼女は続けた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 『辻斬・狂想曲:オンライン』における基本的な世界観は、幕末期の日本準拠となっている。

 プレイヤーの多くは、『幕府軍』か『維新軍』に所属して、己が得物を頼りに動乱の時代を駆け抜けていくのだ。

 どちらの勢力に所属するか、についての判断基準で大きなものは、やはりプレイヤーの好みだろう。新選組ファンなら『幕府軍』だろうし、維新志士好きなら『維新軍』といったように。

 

 特段の思い入れがないならば、勢力別に得られるボーナスの内容だろうか。

 『幕府軍』に所属したプレイヤーは、基本となる刀剣系スキルにボーナスが付き、『維新軍』に所属したプレイヤーは鉄砲を武器として使用可能になる。

 

(ボーナス内容で選ぶにしても、結局は好みか)

 

 斬り合いが好きか、銃も使いたいか。やはり好みなのだろうと、シノギは思う。

 無事に『幕府軍』に登録を済ませ、宿舎の外へと足を向ける。

 何はともあれ、ようやく一息ついた。

 外で待っている女―――朱塗りの大槍を目印に歩を進めながら、本格的に鹿追を探す算段を考える。

 

「新人さん、ご歓迎天誅ゥウウウ!!」

 

 上から降ってきた誰かに、両断された。

 槍女が、肩を震わせて顔を背けたのが見えた気がした。

 

 

 

 

 本日の天気予報。晴れのち天誅。ところにより花火が降るでしょう。

 

 

 

 

 

「天ッッちぐばぁあ!?」

「大甘ね」

 

 屋根から飛び降りてきた刺客を、中空で朱色の槍が串刺しにする。

 そのまま、穂先の死体を槌頭に見立てて、側方から突っ込んで来る男へと叩きつけた。

 鈍い音が響く。女が笑って、大槍を旋回させた。死体が刺さったままの大槍が、周りの雑魚共をなぎ倒す。

 

「あはははは。肉槌天誅!!」

「ぎゃば!?」

 

 穂先に返しが付いているために、突き刺さった死体が中々抜けない。

 それを良しとして、楽しそうに肉の大槌を振り回す姿に、シノギは「うわぁ」とドン引きしながら刀を振った。

 こちらの方が弱そうだと、正しく見極めた襲撃者。その刃を弾いて逸らす。

 

「ちっ」

 

 手に感じる痺れに顔をしかめながら、シノギは襲撃者に肩口からぶつかっていく。

 ひらりとかわされて、背後を取られる。襲撃者の刃が閃いた。

 

「マタドール天誅!」

「なんのぉおお!」

 

 突撃の勢いのまま、前方に倒れ込む。横薙ぎに走った銀の光跡が空を斬る。

 斬撃エフェクトが描く三日月を見上げながら、土の上を倒れたまま滑る。

 一太刀目はかわせた。だが、次は無理だ。

 襲撃者が追撃の太刀を振り上げる。刃が陽光を受けてきらめいた。

 こちらは、まだ立ち上がることすら出来ていない。だが、シノギは笑う。

 

「辞世の句を詠んでもるぁ嗚呼ああ!?」

「ほーむらん!!」

 

 いつの間に接近してきたのか。槍女が生み出した暴風が唸りを上げる。横殴りに肉槌をぶち込まれた襲撃者が、シノギの視界から吹き飛んだ。

 その衝撃でやっと外れたらしい、誰かの死体もすっ飛んでいく。

 

「……やれやれ」

 

 壁にぶち当たって目を回している襲撃者へと、嬉々として飛び掛かっていく女の姿に身震いしながら、シノギは体を起こす。

 見回せば、死屍累々。しかし、思ったよりも数が少ない。

 

(手強いと見て諦めた?)

 

 あるいは、別の手を打つため、仕切り直しに退いたか。

 何にせよ、デコイとしてのお役は果たせたらしい。ブンブンと手を振るご満悦な女に手を振り返し、シノギは天を見上げた。

 

「……俺、何やってるんだろう」

 

 残念ながら、天の応えはない。

 

 もっとも、『真っ当に遊べている現状』に不満など口にすればバチが当たるだろう。

 本来なら、自分は狩られるだけの存在だ。ヒエラルキー的には最下層に位置すると言って良い。ゲーム開始から二時間ちょっとの、先達に斬られるための新品の的。

 それが、デコイ役とはいえ、どういうワケか狩る側に立っている。

 

 当たり前だが、自分が新人の中で群を抜いて強い、などとシノギは思わない。

 その原因―――朱塗りの鮮やかな大槍を見つめる。

 彼女と離れた瞬間、自分はあるべき立ち位置に戻るだろう。

 

(まさか、善意なワケないよな)

 

 なぜ、彼女が自分と一緒にいるのかが分からない。

 初遭遇時に問答無用でぶっ殺された以上、彼女が他のプレイヤーと比べて善良である、なんてことはないハズだ。

 かといって、気に入られているとも思わない。何しろ、自分は彼女から名前すら教えてもらっていないのだ。

 今の『真っ当に遊べている異常事態』に、どこか薄ら寒いものを感じて、シノギは女の笑顔から目を逸らした。

 

「新人君。大丈夫かい?」

「ええ。おかげ様で」

「それなら良かった。さて、そろそろ気をつけないと危ないかな」

「危ない?」

「うん。でも、説明は後だね」

 

 いつでもどこでも天誅と刃閃くこの世界で、あえて注意を促す理由。

 そんなもの一つしかあるまい。

 女が笑みを浮かべながら槍を握り直す。そこに警戒の色を見て、シノギは彼女の視線の先を追う。

 男が一人。立っていた。

 

 

 つい先ほどまで乱戦が繰り広げられていた長屋地帯の一角。

 今は、打って変わって静寂が支配していた。

 

 人影は三つ。

 黒漆の太刀を肩に担いだ編み笠の男。

 対峙する朱塗りの大槍を構えた女。

 そして、初期刀を手にしたボロい衣装の男。

 

(場違い!!)

 

 ちょっと恥ずかしい。シノギは、ばら撒かれた持ち主不在の刀剣を物欲しそうに見やる。

 自分が倒したワケではないので、アレを漁るのは少し恰好悪い。だがしかし……

 

「リア充滅ぶべし」

「壁ならそこにあるよ」

 

 問答する槍女と笠男の向こう側―――建物の角から現れた農民らしきNPCが、剣呑な空気を感じてか、そそくさと戻っていく。

 鍬を担いだその姿を見て、自分たちがいる場所が長屋地帯であることに思い至る。

 

(住民大迷惑!!)

 

 直後、空気が動いた。

 仕掛けたのは槍女。鋭い呼気と共に朱槍を振り下ろす。

 

「温い!!」

 

 編み笠の死角。弧を描いて頭上から襲い掛かった穂先を、男は難なく弾く。

 次瞬、一足で槍女を太刀の間合いに捉える。豪風が渦巻いた。

 

「おっと」

 

 横薙ぎに振るわれた太刀を、女は宙へと舞ってやり過ごす。

 そのまま、虚空で槍を手繰り、独楽の様にクルクルと回る。その勢いを乗せて、穂先、石突きと続けざまに反撃を撃ち放つ。

 だが、その全てを男は太刀で払い除け―――

 

「っらぁ!!」

「おおっ!?」

 

 蹴りをぶち込まれた女が吹き飛んだ。

 

(これは、俺、死んだな)

 

 思いながら、吹き飛ぶ女と入れ違いにシノギが前へと飛び出す。

 女が体勢を立て直す数秒を稼げれば御の字だろう。そう思いながら打刀を振るう。

 弾かれた。

 編み笠の男が吠える。

 

「女に守られてんじゃねぇよ!!」

「開始二時間ちょっとの新人に無茶言うな!!」

 

 振り下ろされた太刀を、体を横に振ってかわす。

 続く横薙ぎを、咄嗟にしゃがみ込んで頭上に流す。

 

(やばい速い。見えるけど追いつけない!!)

 

 隙の多い大振りであるハズなのに、先読みしてもギリギリでかわすのが精一杯。

 シノギは声にならない悲鳴を上げながら、立ち上がる勢いを推進力に換える。太刀を振り抜いた男へと、大きく踏み込み込んでの突き。

 だが、すでに男の姿はない。

 

「はあ!?」

 

 太刀を振り抜いた勢いを殺さずに、左足を軸に旋回したらしい。

「無理じゃない!? それ転倒しない!?」というシノギの内心を他所に、男は華麗に新人の突撃をかわした。

 

「マタドール天誅!」

 

 背後から声が聞こえる。突きを放った直後、踏み込んだ足に重心が乗っている。

 一瞬の硬直がある。かわせない。否、とシノギは胸中で叫んだ。

 

(こなくそぉおおお―――ッ!!)

 

 踏み込んだ足に体を引き付ける。同時に地面を蹴って、さらに前方へ。

 つんのめりながら、数歩分の距離を稼ぐ。

 

(追撃がなかった?)

 

 振り返れば、生きている理由は明白だった。

 笠男が大きく距離を取っている。代わりに槍女がシノギの背後に立っていた。

 どうやら復帰してきたらしい。

 

「助かったよ。ありがとう」

「いや。こちらこそ」

 

 肩を並べる。一瞬視線を交わして笑い合う。

 直後、何故か笠男がイラついたように飛び込んできた。

 

「リア充爆発天誅ゥウウウウ!!」

 

 雷の如き速度を以て、男の太刀が振り下ろされる。

 凄まじい気勢の乗った、しかし、妙に雑なその一撃を、シノギと槍女は左右に分かれてかわす。間髪入れず、二人は同時に反撃した。

 渾身の一撃の直後。これ以上ないタイミングで、打刀が男の胴を横に薙ぐ。

 だが、威力が足りていない。致命傷にはならず、男が切り返しの刃を振るおうと―――

 

「―――二人の共同天誅」

 

 朱塗りの槍が編み笠を貫いていた。

 

 

 崩れ落ちる男の姿に、シノギの口からため息がこぼれる。クルリと槍を回す女と目が合って、お互いの健闘を称えて笑い合う。

 

「お疲れさ」

 

 何か飛んできた。ボールのようなそれは、倒れた男の笠に当たり、閃光を放つ。

 轟音。衝撃。世界が回った。

 

「な、ななな!?」

 

 混乱する頭を動かせば、自分が宙を舞っているのに気が付いて、さらに混乱する。

 建物の破片らしきものと一緒に、青い空へと吸い込まれていく。

 

「な、何これーーーー!?」

「あっはっはっは。やられた!!」

 

 悲鳴を上げるシノギに、笑い声が応える。視線を向ければ、すぐ近くに女の姿があった。

「リア充爆発した」と楽し気に笑う彼女に、シノギは口を開きかけ、止めた。

 その笑顔を見て、どうでも良くなったのだ。何かがストンと胸に落ちる。こういうのを、腑に落ちたというのだろうか。

 

 彼女の笑みに昏いものはない。一杯の楽しさを詰め込んだ笑顔。

 それは、仲の良い友達と遊ぶ子供のような―――

 

 空へと視線を移す。抜けるような青空が、視界一杯に広がっている。

 

(ああ。いい天気だな)

 

 シノギは、槍女と同じように笑った。そして、地面へと落下した。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 二人で並んで、お茶を飲む。

 

「最後のアレは、紅蓮寧土の仕業だろうね」

「紅蓮寧土」

「ランカーの一人だよ。花火を鍬で飛ばしてくる変わり種」

 

 幕末弾道物理学の権威なのだそうだ。幕末弾道物理学って何だ。

 要は、自分たちは、投げ込まれた花火に吹き飛ばされたということらしい。

 爆発そのもので即死しなかったのは、運が良かったのか威力が低かったのか。

 

「根城に近いから注意しておかないと、とは思っていたんだけれどね。

 笠の男が強かったから、綺麗に忘れちゃってたよ」

「絶妙なタイミングだったな。あれ」

「完璧な余韻天誅だったね」

 

 強敵を倒して意識が弛緩した一瞬。もはや芸術の域だろうと、女は笑う。

 近接武器ならともかく、遠距離からの投擲でアレは神業だとシノギも頷いた。

 

「このゲームのランカーって、皆、あんな変態なのか?」

「うーん。概ねそうだね。でも頂点は、さらに別次元」

 

 そっかー、とシノギは笑って湯呑を置いた。一息ついて、空を見上げる。

 そろそろ日が暮れる。

 綺麗な夕焼けに目を細めて、大福に手を伸ばした。

 

「ところで、鹿追さんや」

「何かなシノギ君」

 

 シノギは、もぐもぐと大福を咀嚼する。ごくりと呑み込んで、軽く手を合わせた。

 ごちそうさま。

 

 立て掛けていた刀に手を伸ばす。

 隣で女が、朱槍を手に取る気配を感じながら、勘定を置いて立ち上がる。

 シノギは「うん」と一つ頷いて笑った。

 

「楽しいゲームを紹介してくれてありがとう天誅」

「いやいや気に入ってくれて良かったよ天誅」

 

 打刀と朱槍が交錯する。誰かが漁夫の利を狙って仕掛けてくる。

 間髪入れずに二人で迎え討ち、いえーいとハイタッチ代わりに再び刃を交わす。

 

 ―――天が笑った気がした。

 

 

 

 

 

 これは、一人の青年が金魚鉢の中に魂の在り処を見つけた話。

 

 今はまだ、金魚どころかその糞にすぎない彼。

 鮫になる日が来るかは、まだ分からない。

 

 




 お付き合いいただき、ありがとうございました。
 多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。

 原作たるシャングリラ・フロンティアは、読んでるだけでテンション上がるし、設定は綿密かつ大量だしと、物凄くお薦めです。
 絶対損はしないと思うので、是非一読するが良いと思います。



 なお、笠男の死因は、うらやま死。
 誰も信じられなくなる「エリートぼっち養成ゲーム」で、無自覚イチャイチャとか見せられたら、そりゃキレて、動きがおかしくなるよね。


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サクラダセブン

本作品は、「小説家になろう」投稿作品「シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~」の二次創作となります。

作者である硬梨菜様には、いつも楽しい時間をいただいていることに何よりの感謝を。

【注意事項】
 読んでいるだけでテンションが上がっていく作者様のような筆力はありません。
 また、独自設定は勿論、設定の見落とし、解釈誤り等が多分に含まれている恐れがあります。
 それでも良いという奇特な方は、しばしお付き合いください。


幕末汚染度:低

似たような汚染度の仲間達と遊ぶ話。


 藩邸から城門まで六百メートル足らず。

 徒歩でも一〇分に満たない僅かな道程を、大名駕籠と、それを取り巻く二〇名程の供侍がゆっくりと進んでいく。

 駕籠に乗っているであろう人物の役職を考えれば、随分と護衛が少ない。それは、供侍の力量に対する信頼の表れか。それとも、ただの平和呆けか。

 

「……護衛の数は、二〇名。良し、情報どおりだ」

 

 その行列を陰から覗う人影が七つ。

 そのうちの一人。頭目らしき男が、満足げに頷いて背後へと向き直った。六人の同志の顔を見回し、彼は口を開く。

 

「―――各々方、討ち入りでござる」

「四十七人には、随分と足りんのう」

「ふふ。忠臣蔵ですか」

 

 その言葉に、小柄な老爺がニヤリと笑った。傍らにいた大柄の男も外見に似合わぬ繊細な笑い声を漏らす。

 二人の反応に、頭目は、少し照れたように頬を掻いて口調を戻した。

 

「大丈夫。ここにいる皆は、一人あたり七人分くらいは戦える。お釣りがくるさ」

「一騎当七って、また微妙な」

「でも、実際は相当やばいでござるよ。七対一なら、普通は袋叩きでござる」

「あー、確かに。いや、花火があれば、集まって来た所を……」

「それ、ただの自爆でござるよ」

「馬鹿なことを言ってないで、そろそろ動かないと」

 

 頭目の言葉に、火縄銃を担いだ男が微妙そうな表情を浮かべ、赤髪のござる侍がそうでもないと手を振った。そして、脱線しかけた流れを女侍が引き戻す。

 頭目が、コホンと咳払いを一つ。

 

「それじゃ、皆、始めよう」

 

 「応」とその場の全員が頷いた。頷きながら、シノギは思った。

 

(あれ? 俺、空気になってない?)

 

 何にせよ。彼ら七人は、各々の得物を手に動き始める。

 さあ、天誅の時間だ。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 人気のない夜道を、シノギは一人歩いていた。

 目的は特にない。ただの散歩である。

 

「街の作り込みは、ほんと出来が良いよな」

 

 今宵は新月。まともな光源がないにもかかわらず、視界が十分に確保されているのは、ゲーム的な都合によるものか。

 薄暗いというよりは、仄明るい夜の闇。

 その闇の中、浮かび上がる純和風の街並みを、シノギは楽しそうに散策する。

 散策しながら、そっと腰に差した刀へと手を伸ばす。

 先ほどから、足音が一つ増えていた。

 

「―――ッ」

「これさえ、なければなっ」

 

 無言の襲撃。背後から振り下ろされた白刃を、振り返りざまに体を捌いてかわす。

 そのまま、抜き打ちに辻斬りの首を刎ね飛ばした。

 

「無言で斬りかかってくるからな……」

 

 兆候を見逃すと、アッサリと殺されるだろう。

 もはや耳に馴染んで久しい「天誅」の掛け声もなく、無言で凶刃を振りかざす通り魔達。

 NPC扮する正統派の辻斬りに、シノギは小さくため息をもらす。

 

(いつ襲われるか分からないから、ほんと気が休まらない)

 

 だからといって、「天誅」の掛け声と共に―――

 

「天ッ誅ゥウウ!!」

 

 ―――屋根の上から降って来られても困るのだが。

 シノギは、ウンザリとした面持ちで、上空からの襲撃者を迎え討つ。

 空中で白刃を振りかぶる襲撃者。その足をシノギの右手が摑まえた。

 単独での上空奇襲式天誅は、察知されればただの的である。

 

「てい」

「っ?! ぬわああーーー!?」

 

 空中で足を引っ張られた襲撃者に為す術などない。

 見事に体勢を崩し、後頭部から着地する。ごしゃ、と何やら硬く重い、それでいて生っぽい音が闇夜に響く。

 悶絶するように頭を抱える辻斬りに、シノギは刀を突き付けて尋ねた。

 

「辞世の句とか詠む?」

「……その力、少し私に、貸してくれ。今度時間を、頂ければと」

「ええと、俺ももう落ちるから。昼過ぎ頃に、……そこの蕎麦屋でも良いか?」

「恩に着る。後、出来ればアイテムは質ぐぺ」

 

 ぐっさりと頭に刃を突きたてて、シノギは深くため息をついた。

 無言で襲い掛かってくるNPCを相手にした時より、ずっと気疲れしている。そんな事実に気が付いて、シノギは、そっと天を仰いだ。

 

 そこに、月はなかった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 真正面から真っすぐに斬光が叩きつけられる。

 

「天ッ誅ァアアアア!!」

「―――っ」

 

 叫び声と共に振り下ろされた白刃を横に打ち払い、シノギは、相手の側方へと踏み込んだ。

 返す刀で一閃。すれ違いざまに、敵対者の首を刎ね飛ばす。

 足は止めない。崩れ落ちる敵対者を尻目にその場を離れながら、周囲へと目を配る。

 完全な乱戦であった。

 

(……うへぇ)

 

 同じ目的で集った三〇名近い数のプレイヤーが、お互いを蹴落とそうと盛大に殺り合っている。

 そんな光景に顔をしかめながら、シノギは刀を握り直す。

 

「うらああああああ!!」

「マタドール天誅」

 

 横合いから突っ込んできた新手の突進をひらりと躱し、背後へと回り込む。

 間髪入れずにその背に刃を叩き込んだ。が、浅い。

 

「うははははははは―――っ!」

「本当に猛牛みたいだな」

 

 あるいは、イノシシと言うべきか。

 足を止めずに駆け抜けていったせいで、十分な傷を与えられなかった新手が転進する。

 何が楽しいのか、けたたましい笑い声と共に再び突っ込んで来る。その姿に、シノギは舌打ちをしながら刀を構えた。

 

(これ、まだ予選なんだよな……)

 

 若干、辟易としながら、シノギは楽しそうな牛男を迎え討った

 

 

 少しだけつゆにつけた蕎麦を手繰る。

 生姜の風味を感じながら、シノギはつるりと麺を喉奥に流し込む。

 

(ネギとか刻み海苔とかの薬味もないし、すごく地味だけど……)

 

 隠し味に入っている味噌のおかげか、生姜が強すぎるということもなく、シンプルながら中々に味わい深い……ような気がする。

 

「それで、どうかな?」

「―――」

 

 掛けられた声に、脳内での食レポを終えて、シノギは小さく息をついた。

 蕎麦から、向かいに座っている男へと視線を移す。

 

「うん。当たりだと思う。何か妙に美味い」

「ああ、うん。この蕎麦屋、結構評判良いんだよ。時代小説好きなんかが、よく来るらしい」

「へ~」

 

 男の言葉に、「何で時代小説?」と内心首を傾げながらシノギは目を細める。

 昨夜、上空奇襲式天誅を仕掛けてきた男は、イトウと名乗った。

 その彼から聞かされた話を吟味しつつ、シノギは蕎麦へと箸を伸ばす。

 

(……七人でパーティー組んで、幕臣を襲撃する、ね)

 

 イトウの提案は、MMORPGの類であればごく普通のお誘いだった。パーティーを組んで、手強いモンスターに挑む。ただ、それだけ。

 だが、このゲームは『辻斬り・狂想曲:オンライン』―――通称、幕末である。協力プレイのお誘いとか、考えるまでもなく罠である。

 ただ、単独で倒せない相手のドロップアイテムを狙うのなら、徒党を組むしかないのも事実。で、あるならば、疑問点は一つだけ。

 

「何で七人?」

「ああ。それは―――」

 

 このゲームは、七人パーティー制である……などという事はない。

 故に、敢えて七人と人数を決める理由が分からないと、シノギは問いを口にする。

 手練れ四、五人で挑んでも良いだろうし、逆にもっと大勢で挑んだ方が楽じゃないのかとの疑問を受けて、イトウは頷いた。

 

「護衛の数が、襲撃者の人数で変動する仕組みになっていてね」

「……難易度的には、七人が一番楽になる?」

「戦力比としては、襲撃者七人以下に対して護衛二〇、十八人に対して六〇だから、こちらの人数が増える分には大差はないんだけどね」

 

 戦力比は、約一対三を維持。

 ただし、十九人以上になると、レートが十倍に跳ね上がるらしい。

 つまり、運営側は七人以上十八人以下で挑む事を適正としているということか。

 そんなシノギの理解を肯定し、イトウは言葉を続ける。

 

「で、参加人数があまり多いと、ドロップアイテムを手に入れる確率が減る」

「その理屈は分かる。けど、リスポーンするなら周回するという手も……」

「リスポーンは一週間後だから、固定でもないのに何周もするのは無理がある。

 それに、一部の幕臣は、戦闘エリア内に自分を倒した経験のあるプレイヤーがいると、超強化されるようになっているんだよ」

 

 どれくらい強くなるかというと、最低でも時代劇で処刑用BGM演奏中の主人公くらいだとか。

 つまり、適正人数の上限である十八人で挑んでも、容赦なく皆殺しである。

 

「ランカー連中……デュラハンあたりは、強化後NPCをタイマンで倒してるらしいけどね」

「そっかー」

 

 話に聞く上位陣の頭のおかしさに、シノギは遠い目で頷いた。

 ちなみに「倒した経験のあるプレイヤー」判定は、護衛が戦闘状態に入ってから幕臣が死亡するまでの間、戦闘エリア内に一瞬でもいたこと、らしい。

 このため、幕臣に止めを刺す直前に残りの面子が戦闘エリアから離脱する、といった方策は採れない。

 つまり―――

 

(倒せるのは、実質一回だけ。それでドロップアイテムを入手出来なければ、骨折り損)

 

 やっぱりクソゲーじゃないかな。

 そんなことを考えながら、シノギは小さく笑った。

 食事を終え、勘定を済ませる。

 

「それで」

 

 暖簾を潜りながら、背後のイトウへと肩越しに視線を向けて、シノギは口を開いた。

 

「―――他の五人は、もう見つかっているのか?」

「武士は食わねど高天誅ッ!!」

 

 店先で出待ちしていた誰かに串刺しにされた。

 やっぱりクソゲーだと思う。

 

 

 恥ずかしい死にざままで思い出し、シノギは顔をしかめる。

 リスポーン後、再び店に到着するまで待っていてくれたイトウの懐は深い。

 

(しかも、アイテム取り戻してくれていたとか、神だな)

 

 そんな神、イトウが集めた残る五人は、中々に個性派揃いであった。

 シノギは「よく集めたものだ」と、他の五人の様子を見て唸る。

 

「くっそ、何だこのクソジジイ。はや―――ッ!?」

「呵呵、温い温い」

 

 身を低くし、影の様に疾走。突然飛び上がり、すれ違いざまに敵対者の首筋をはね斬る。

 脇差一振りで縦横無尽に動き回る小柄な老爺。

 古平と名乗った彼は、シノギ達七人の中で最も高い技量を有していると言えるだろう。ただし、その傍らで太刀を振るう大男が弱点になっているようだったが。

 

「天ッ誅ゥウウウ―――!!」

「危ないっ!」

「あ、ご、ごめん。ありがとう」

「なんの、なんの。それより、次に備えよう」

「うん!」

 

 大男を斬り伏せんと気勢を上げた敵を、横合いから走り込んだ古平が斬り伏せる。礼を言う大男―――鬼若に、古平は呵々と笑って応じる。

 二人、背中合わせに刃を構え立つ。

 鬼若の外見に見合わぬ細い声と古平の若々しい声。そして、二人の仲睦まじい様子から、その関係性が何となく透けて見える。

 

「くっそ。他ゲーでやれよ」

「リア充爆発しろ!」

 

 何やら察して苛立ったのか、さらに複数名が気炎を吐いて突貫する。

 が、そんな彼らを嘲笑うかのように、銃声が響き渡った。

 

「―――」

「うわ!?」

 

 頭を撃ち抜かれた男が、隣の男を巻き込んで転倒する。

 慌てて立ち上がろうとする男の頭を、赤髪の侍が叩き割った。

 

「ぐっじょぶ、でござるよ」

「こっち見んな! 場所がバレるだろうが! つか、周り見ろ!!」

 

 刀を鞘に納め、ぐっと親指を立てる赤髪に、少し離れた木の上で男が火縄銃を取り換えながら顔をしかめる。

 ひたすら銃撃に特化した変わり種の彼は、接近されると非常に脆い。能天気なござる侍に舌打ちをして発砲。罵声と共に放たれた銃弾が、赤髪を掠めるように奔った。

 

「おろ?」

「おろ? じゃねえよ阿呆!」

 

 倒れる敵の姿に目を丸くする赤髪へと、さらに別方向から刃が迫る。間に合わないと、狙撃手―――吟醸は舌打ちをした。

 

「おろろ!?」

「はンっ、このまま―――」

 

 初撃を躱しながら、赤髪が慌てて刀の柄へと手を掛ける。

 戦闘中に納刀した馬鹿者を笑って、敵対者は刀を振り上げた。追撃を放とうとして、ぎょっと目を見張る。

 ―――赤髪が、いつの間にか刀を抜いていた。

 

「あ?」

「天誅、でござるよ」

 

 いつ斬られたのか。右のわき腹から左の肩へと走る斬痕に、呆然としたまま崩れ落ちる敵対者。その様を見下ろしながら、抜刀債を名乗る少年は得意げに笑った。

 ちなみに名前は誤字ったらしい。

 

「……笑ってないで、次に備えなさい!」

 

 相変わらず周囲の状況を省みない抜刀債に対して、小言を口にしながら女侍がフォローに入る。正統派の剣閃が、迫っていた新手を斬り伏せんと迸る。

 だが、対する敵手も手練れであったようで、その刃を難なく弾く。

 

「甘い甘い」

「そう」

 

 ニヤリと笑う男。その笑みを冷たく見据えながら女侍―――アオエは、再び踏み込んだ。

 右手一本で叩きつけるように刀を振るうが、やはり当然のように受けられる。

 軽い手応えだと、男が笑みを深める。

 直後、乾いた炸裂音が響き渡った。

 

「な、あ!?」

「残念ね」

 

 硝煙を上げる銃口。いつの間にかアオエの左手に握られていた六連発銃に、男はうめき声を漏らす。即死はしていないが、衝撃に動きが止まる。

 そこに残る弾丸を全て叩き込まれ、男はその剣腕を発揮する間もなく地に沈んだ。

 

「いいんちょ格好いいでござる」

「誰が委員長よ!! それより、ぼさっとしてないで早く動く!!」

 

 委員長呼びに嫌な想い出でもあるのか、アオエは憤慨したように息を漏らした。

 もっとも、追い立てるように抜刀債を叱るその様は―――

 

「……どう見ても、委員長キャラだよな」

 

 火縄銃を構えながら、木の上で吟醸がぼそりと呟いた。

 

 予選―――幕臣に挑む権利を掛けた乱戦。その中で未だに倒れた者がいないのは、イトウの率いる一党のみだ。もはや、戦いの趨勢は決していると言えるだろう。

 程なくして、イトウとその仲間を除き、立っている者はいなくなった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 目的のかち合った三パーティー―――二十一名。

 その全てを排除して、シノギ達は木陰から大名行列を覗う。

 藩邸から城門までわずかに六百メートル足らず。徒歩でも一〇分と掛からない僅かな道程を、二〇名の供侍を伴って大名駕籠が進みゆく。

 

「各々方、討ち入りでござる」

 

 イトウの言葉にニヤリと笑う古平と、その傍らで微笑んで頷く鬼若。一騎当七かと微妙そうな顔をする吟醸に、微妙どころか結構ヤバイと手を振る抜刀債。

 そろそろ動かないと、と委員長―――アオエが窘めて、イトウがその言葉に頷いた。

 

「それじゃ、始めよう」

「応」

 

 イトウの号令の後、七名は動き出した。

 

 

 桜田門外の変。

 幕末の世を盛大に揺るがした一大暗殺事件は、この『辻斬り・狂想曲:オンライン』において、毎週発生する恒例行事である。

 大老という最高位の幕臣を城外で天誅することができる、というのは中々にオイシイ。

 手に入る「刑死兆」の性能もそれほど悪くないとなれば、それを狙う者達は後を絶たず、毎週のように彼の大老は首を落とされる。

 で、あれば、当然ながら攻略手順も確立されているワケであり。

 

「んじゃあ、一番槍いただき、と」

 

 手筈通りに、まず吟醸が大名駕籠へと銃撃を叩き込む。

 響き渡る銃声に、一行が動きを止めた。駕籠を担いでいた陸尺が慌てて逃げだしていく。

 同時に、供侍達が一斉に抜刀した。

 彼らは、銃撃の方向を速やかに見定めて、吟醸へと殺意の籠った視線を向ける。

 

「さて、行くか」

 

 同時、シノギも陰から飛び出した。

 最初に銃撃を駕籠に叩き込むと、護衛の大半が狙撃者を狙って動く。

 その動きを牽制役が遅らせ、狙撃役が引き撃ちに徹して数を減らしていく。さらに残る面子が後方や側面から敵の数を間引いてやれば、それなりに有利に戦えるハズだ。

 そういう手筈だったのだが―――

 

「お、多いでござるよ!?」

 

 反撃に動いた供侍の数が多い。想定ならば護衛の半数、一〇名程度と見込んでいたその数は、一七名にも上っていた。

 大名駕籠の周りに三名だけ残し、残る全てが一斉に突撃してくる様に、牽制役である抜刀債が悲鳴を上げた。

 

「ひえええ、でござる」

「ちっ、話が違うじゃねぇか!?」

 

 抜刀債が必死に剣を振るうも、数に圧されて後退する。吟醸もその後方で毒づきながら銃撃を叩き込むが、流石に多勢に無勢だ。

 抜刀債を抜いて吟醸の所に向かう者も出始め―――

 

「あ!」

 

 誰かが声を上げた。

 直後、見覚えのある色とりどりの爆発が、護衛達をまとめて吹き飛ばした。

 

(……今、花火を投げ込んだのは)

 

 見上げた先に、抜刀債と吟醸の姿もある。

 天高く舞う二人が叫ぶのは、悲鳴と罵声のどちらだろう。

 唖然とした面持ちで視線を動かせば、イトウとアオエの姿が目に入る。

 目を丸くしているイトウを他所に、アオエが残る護衛へと斬りかかっていく。

 誰の仕業かは、一目瞭然だった。

 

「……まあ、いいか」

 

 シノギは少し悩んで、気にしないことにした。

 早々に退場した二人には悪いが、敵は一網打尽で万々歳だ。散り様も派手だったので問題ないだろう。

 

「それに、気にしてる余裕もなさそうだし」

 

 外道めと言わんばかりにこちらを睨む侍に、シノギは目を細める。

 二刀を構えるその出で立ちは、夜半の辻斬りNPCとは格が違う。集中しなければ、瞬殺されるだろう。

 

「―――っ!!」

 

 鋭い呼気と共に侍が踏み込んできた。風を裂く刃の音に、背筋がわずかに粟立つ。

 一太刀目は弾くことに成功する。間髪入れずに放たれた二太刀目は、後方に跳んでやり過ごす。

 着地と同時、今度は前方へと向かって飛び込んだ。追撃に踏み込んできた侍に強引に鍔迫り合いを押し付ける。

 交差された二刀とシノギの打刀が噛み合って、軋むような音を立てた。

 

「―――」

「……ぐ、ぅ」

 

 完全に力負けしている。歯を食いしばりながら踏ん張るが、徐々に押し込まれていく。

 

(もう、少し!)

 

 小さな影が侍の背後に迫るのを視界の端に捉え、数秒を持ち堪える。

 脇差が侍の背後で閃いて、シノギに掛かる圧力が唐突に消え去った。

 「天誅」と、老爺が呟いた声が耳に届く。

 

「―――っ」

 

 「卑怯者」とでも言いたかったのだろうか。

 目を見開いた侍が口の端を何度か震わせて、しかし言葉にならずに沈黙する。相当な手練れであったハズの侍は、背後から心臓を一突きにされて地に臥した。

 

「助かったよ」

「こちらも、動きを止めてくれてやりやすかった。少々、思う所もあるがのう」

 

 剣客的に、と苦笑いを浮かべる古平に、シノギは肩を竦めて応えた。

 

「天がやれっていったから仕方ない」

「ま、まあ、そうじゃな」

 

 

 守る者のいなくなった大名駕籠。

 中に気配はあるものの、特に動く様子はない。シノギは、首を傾げた。

 

「これから、どうするんだ?」

「史実では、駕籠の外側から滅多刺しにしたそうですが……」

「うわぁ」

「まあ、反撃を受けずに一方的に仕掛けるなら、それしかあるまい」

 

 鬼若の言葉に、シノギは容赦ないなと声を上げた。

 古平が苦笑しながら鬼若へと目を向ける。困った表情を浮かべる鬼若へと、分かっているとばかりに頷いて、老爺はイトウへと視線を移した。

 

「で、実際どうするんじゃ?」

「こうします」

 

 答えたのはアオエだった。

 その手に持った六連発銃が、立て続けに銃声を響かせる。

 銃撃。リロード。銃撃。リロード。銃撃。リロード。銃撃。リロード。

 無表情で二四発もの銃弾を大名駕籠に叩き込み、彼女は頷いた。

 

「これで」

「いや。残念だけど―――」

 

 イトウが首を振る。全員に退がるよう指示をしながら、自身も後退する。

 直後、シノギは全身が総毛立つような感覚に襲われた。

 駕籠の中の気配が膨れ上がる。その圧に押されるように、駕籠が内側から弾け飛ぶ。

 

「これからが本番だ」

 

 告げるイトウの言葉に嘘はない。

 飛び散る駕籠の破片の向こう側。壮年の侍が静かに座して、こちらを見ている。

 

 ―――幕臣最高位。大老。

 

 鞘に納められた「刑死兆」を手に、炯々とその瞳を燃え立たせている。

 

「来るが良い。狼藉者どもめ」

 

 厳かな声が告げる。

 その声の重さに、半ば気圧されながらシノギは舌打ちをした。

 

(ここで怖気づいてどうする!!)

 

 勢いづけるように強く踏み込んで、一息に間合いを詰める。

 大老は座したまま動かない。

 打刀の間合いに入る。直後、空を斬り裂く音が聞こえた気がした。

 

「―――だ、ぁっ!!」

 

 間に合ったのは、完全に偶然だろう。

 反射的に立てた刃が斬撃を受け止める。抜き打ちに叩き込まれた刃を、シノギは信じられない思いで見据えた。

 

「嘘だろ、おい」

 

 大老は座したままだ。

 手振りだけで放たれた斬撃。その速度と重さに戦慄する。

 大老の腕がブレた。勘任せで斬撃を逸らし、舌打ちをしながら一旦距離をとる。

 追撃はなかった。

 

「いや。追撃できないのか?」

 

 座したまま動かない大老。その腰に、ダメージエフェクトを見つけてシノギは目を細めた。

 その疑問を肯定するように、イトウの声が上がった。

 

「大老は、最初の狙撃で必ず腰を負傷して動けなくなる。

 距離を取れば、とりあえず追撃は避けられるハズだ」

 

(そういうことは、先に言えよ!!)

 

 内心で毒づきながら、シノギは刀を構えなおす。

 とはいえ、近づかなければ、こちらも攻撃のしようがない。

 

 アオエが再び銃撃を放つのを見ながら、シノギは考える。

 易々と斬り払われる銃弾を見て、考える。

 

(飛び道具はまず効かない)

 

 花火ならいけるかも知れないが、ドロップアイテムごと吹っ飛ばしかねない。

 ならば、近づくしかないわけで。

 

「……俺が受ける」

「すまない。任せる」

 

 イトウへと声を投げれば、彼はしっかりと頷いて駆け出した。

 同時に古平も動き始めたのを視界に捉えつつ、シノギは一気に間合いを詰める。

 三方向から狼藉者が大老へと迫る。最も早く接敵するのはシノギである。

 

「―――っ!!」

 

 大老の眼光を腹に力を入れて受け止める。

 刹那、空気が揺れた。今度は勘任せではない。シノギは、確信をもって刀を振るう。

 エフェクトが弾け飛び、甲高い鋼の音が響き渡った。

 弾かれることなく、大老の斬撃を受け止めて、シノギは牙を剥くように笑う。

 

「いつか、全力のアンタを独力で倒したいな」

「―――痴れ者め」

 

 大老が、一瞬、笑ったように見えたのは、ただの錯覚だろう。

 シノギが見つめる先で、イトウと古平の刃が振るわれた。

 

 

「終わった」

「いやはや。強かったの」

 

 生き残った五人が、大老の死体を取り囲む。

 全員の視線は、斃れた幕臣が持つ一振りへと注がれている。

 じり、と誰かが足を動かした。各々が、他の面子の位置をそれとなく確認する。

 

「……で、刑死兆は誰が持つ?」

 

 これまで、誰もが考え、しかし口にすることのなかった禁句。

 徒党を崩壊させるその一言を、発起人の責任としてイトウが口にした。

 

「まあ、分かっていたことだけど、ここは―――」

「―――ッ」

 

 最初に動いたのはアオエだった。

 イトウの言葉を待たず、一挙動で拳銃を抜き放ち、照準。発砲。

 こめかみを撃ち抜かれ、イトウの頭が横にブレる。彼が崩れ落ちるより早く、アオエは後方へと飛び退いた。次の標的へと銃を向け――――

 一瞬で間合いを詰めた古平に、ヒョウと首筋をはね切られて即死した。

 

(おま、口火を切って、瞬殺されるなよ!!)

 

 人数が減るのが早すぎる。しかも、残った面子が悪すぎた。

 シノギは、鬼若へと刀を向けて、クソッタレと内心で悪態をつく。

 鬼若と古平はコンビだ。この瞬間、二対一が確定した。

 斃れたアオエの傍らで、古平が勝者の笑みを浮かべた。呵々と笑う。

 

「欲をかくと全て失うぞ。取り巻きの得物で我慢しておけ」

「いや。二人とも武器は打刀以外だろ。ここは打刀使う人に譲るべきでは?」

「呵々。それはそれ、これはこれじゃな」

「ごめんなさい。退いてください」

 

 古平の言葉に押されるように、鬼若が太刀を振り被る。

 牽制のつもりだったのか。殺意の無い、どこか気の抜けた不用意な横薙ぎ。

 その迂闊さを、シノギは笑った。

 

(正直、向いてないと思う)

 

 千載一遇の勝機。大振りの斬撃を潜るようにスライディング。

 大男の反応は鈍い。その足元を滑り抜け、地面を蹴り込んで立ち上がった。

 背後を取った。間髪入れず、体ごとぶつかるように刃を捩じ込む。

 

「ぴゃぁッ!?」

「あ」

「――――っ!? おまっ、何てところに!?」

 

 痛みはなくとも触覚はある。

 心に致命傷。尻を抑えて崩れ落ちた鬼若の惨状に、古平の爺ロールも崩壊する。

 とりあえず、引き抜いた刃で首を刎ね、シノギは居直った。

 さっきのは、体格差から生じた偶然である。つまり。

 

「天がやれっていった!!」

「ふ、っざけるなぁああああああ――――ッ!!」

 

 古平が激高した。真っすぐに距離を詰めてくる。

 単調な動きで突き込まれた脇差を打ち落とし、手首の返しで切っ先を跳ね上げる。

 踏み込んで、古平の胸を貫いた。

 

「―――天誅」

 

 シノギの呟きは、虚しく辺りに響いた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 何とか勝ち取った「刑死兆」を携え、独り、帰り道を歩む。

 ひどく疲れたな、と重い足取りで進む道は、しかし途中で行き止まりだった。

 

「おかえり。どうだったかい?」

 

 刃片手にそう笑みを浮かべて問うてくるのは、見覚えのある顔。

 先ほど、そう……予選の時に斬り伏せた一人だ。

 

「ああ。そりゃそうか……」

 

 ずらりと並ぶ二〇名を超すプレイヤーども。その目が一様に「刑死兆」へと向けられているのを感じ、シノギは笑った。

 

 彼らは敗者で、シノギは勝者だ。だが―――

 

 まさか、その立場は不動のものだと?

 一回敗北しただけで幕末の住人が大人しく諦めるとでも?

 

 甘い大甘だと、誰かが嘲笑う。

 

 最終的に「刑死兆」を手に入れれば良いというのなら、わざわざ幕臣を斬らずとも良い。

 最後に残った一人。疲弊しきって戻ってくるその者を囲んで斬れば、己にも入手の機会は巡ってくる。

 

「ハ―――」

 

 そんな事にも気が付けなかった己を嗤い、シノギは「刑死兆」を抜き放つ。

 見せつけるように掲げれば、集まった狂人達が爛と目を輝かせた。

 

 限定アイテムでも何でもない、一週間に一回は入手機会があるドロップアイテムだ。

 それでも、シノギにとっては己の手で掴み取った華である。故に、おとなしく渡すつもりはないと、高らかに宣った。

 

「これが刑死兆だ。欲しけりゃ力づくで奪って見せろ!!」

「天ッ誅ァアアアアア―――――!!」

 

 ここに敗者復活決勝戦が始まった。

 

 

 結論から言えば、シノギは袋叩きにされた。

 

 真正面から斬り掛かってきた相手を叩き切り、背後からの凶刃を肉盾でやり過ごし、全方位からの攻撃は地面を無様に転がって躱し―――、そのついでに数名の足を斬り払って戦力を奪う。

 奮戦と呼んでよいだろう。

 それでも、気が付けば足を斬り飛ばされて、地面に跪いていた。

 周囲には、にっこりと得物を構える幕末の住人達。

 

「大したものだと思うよ。一〇人以上やられるとは思わなかった」

「……その顔、覚えたからな」

「おお。怖い怖い」

 

 男が肩を竦めて笑う。幕末万歳、天誅万歳、と言わんばかりの朗らかな表情は、悪意の塊であるのに、なぜか陰湿さの欠片もない。

 その顔を睨みながら、シノギは膝立ちで刀を構える。せめて、後一人くらいは叩き斬る。

 そんな決意を胸に、「刑死兆」の柄を強く握りしめた。

 

「―――」

 

 ザっと、後ろで足音がした。直後、どさりと誰かが倒れる音がする。

 笑っていた男の表情が固まった。

 その視線は、シノギの後方へと向けられている。

 

「馬鹿な。何でここに。いや、そうじゃない」

「―――」

「そっちから歩いて来たってことは、さっきまで城にいたってことだろう!?」

 

 男が首を振りながら、後ずさる。

 亡霊でも見たかのように、震える声で、男はシノギの後方を指さした。

 

「何で城から出て来たのに、首が繋がってぎゃば!?」

 

 不用意なことを口にした男の首が宙を舞った。

 一瞬でシノギの背後から男の元へと移動したソレは、周囲を見回して一つ頷いた。

 気軽な調子で、鏖殺を宣言する。

 

 ソレの名前は、海蘊藻屑。

 

 デュラハンとも呼ばれる金魚鉢に棲まう鮫である。

 

 

 首筋に刃が触れる。

 辞世の句を詠むならどうぞと告げられて、シノギは辺りを見回した。

 生きている者の姿はない。わずか数分で無人となった光景に、まるで嵐のようだと苦笑する。

 実際、ランカーと呼ばれる連中は天災の類だろう。

 

 花火が降ることもあれば、皆の首が空を舞うこともある。

 

 理不尽極まりない猛威に、シノギはどうしようもないと諦観を覚え、同時に僅かばかりの憧憬を胸に抱く。

 

「……辞世の句の前にひとつだけ。

 貴方は、強化後で、立って動ける大老を天誅したことはありますか?」

 

 答えは肯定だった。

 シノギは小さく笑って礼を言った。続けるように決意を口にする。

 

「いつの日か、この手に掴む、朝日影」

「―――――、―――――」

 

 振り下ろされた刃が、「天誅」と静かに死を告げた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 暖かい蕎麦湯を飲み干して、シノギは、ほぅっと息を吐いた。

 向かいでは、鹿追が冷酒を片手に笑っている。

 

「中々に波乱に満ちた経験だったようだね」

「やっぱりクソゲーだろ」

 

 恨めし気なシノギの言葉を、軽く笑って流しつつ鹿追は視線を逸らす。

 その目が見つめるのは、傍らに立て掛けられている打刀だ。

 これまでのシノギの佩刀と比べると、随分としっかりとした拵えの一振りである。

 

「質に流してくれたのかい?」

「……ああ。イチトで流してくれた」

 

 流れるタイミングまで教えてくれたため、こうして取り戻すことが出来たのだ。

 武士の情けだろうか。わりと破格の対応に、シノギは腑に落ちないと首を傾げる。

 そんな彼の様子に、鹿追はクスリと笑って頷いた。

 

「ま。終わり良ければ総べて良し。良かったじゃないか」

「そうだな。でも――――」

 

 いつの日か。

 お情けじゃなくて、自力でこの手に掴んでみせる。

 口には出さずに、シノギは新しい愛刀を手に取った。

 

 

 とりあえずは、鬼若さんに謝りに行こう。あれは、自分でも流石にないと思う。

 




 一話のみだったはずが、何となく思いついたネタがあったので、蛇足と思いつつ続きを書いてみました。
 多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。

 幕末のNPC関係をはじめ、このSSの設定は、九割方がねつ造なので、名前を借りているだけの別物になっていそうな気がすると、恐々としている今日この頃。


新人:幕臣狩って、アイテム手に入れようぜ。
   一つしか手に入らない? 別に争わなくても周回すればいいじゃん。
   リスポーン期間が長い? これを機に半固定PT組もうぜ。

運営:一回でも倒したら、二回目から幕臣は超高難度化するので割に合わなくなるよ。
   欲しかったら、頑張って一回目で手に入れてね。

患者:アイテム入手失敗したから、幕臣天誅したプレイヤーを家路天誅するよ!
   プレイヤーは、いきなり超強化したりしないからね。

運営:にっこり


 NPCドロップをネタに共食いをさせるなら、幕末運営はどうするだろうと考えた結果、私の頭ではこの程度しか思いつきませんでした。
 本当の運営は、もっと悪辣な仕組みを用意しているものと確信しています。


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弓と流れ星

 本作品は、「小説家になろう」投稿作品「シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~」の二次創作となります。

 作者である硬梨菜様には、いつも楽しい時間をいただいていることに何よりの感謝を。
 そして、カテゴリー認定おめでとうございます。

【注意事項】
 読んでいるだけでテンションが上がっていく作者様のような筆力はありません。
 また、独自設定は勿論、設定の見落とし、解釈誤り等が多分に含まれている恐れがあります。
 それでも良いという奇特な方は、しばしお付き合い下さい。

 幕末汚染度:中の下
 これは、特に意味も無く行われたある挑戦の話。


 こちらへと疾走する影に身構える。

 地を這うような姿勢。左右にステップを刻みながら、間合いを侵略するその動きは、まるで蛇のようだ。

 牙たる脇差しを矮躯で隠し、影が速度を増した。

 

「――――っ!!」

 

 脛を狙って繰り出された一閃を、後方に跳んで回避する。

 直後、刃が軌跡を跳ね上げた。

 鈍く輝く切っ先が、心臓を狙って突き込まれる。

 距離が近すぎる。こちらは刀を振れない。

 

「っなん、とぉ!!」

 

 咄嗟に盾にした刀の柄が、刺突を受け止めたのはマグレだった。

 だが、マグレでも何でも生きている。ならば反撃だ。

 必殺の一撃を受け止められ、瞠目する敵手を睨み。

 

 ――直後、横に吹き飛んだのに目を丸くした。

 

「いや。緩急の付け方が絶妙だね。良い感じに感覚を狂わせてくる」

 

 朱槍の柄を引き戻して笑うのは、緋色の女だった。

 文字通り横やりを入れた彼女は、くるりと朱槍を回す。

 壁に叩き付けられ朦朧としている敵手へと、ひたりと穂先を向ける姿は、飄々として捉えどころがない。

 その背後には、胸を貫かれ絶命した大男の姿があった。

 

「ぐ……か、呵呵、これはイカンか」

 

 敵手――矮躯の老人が苦笑交じりに頭を振る。

 彼は、こちらと女の間で視線を行き来させた後、倒れている相棒を見て息をついた。

 

「質には流してもらえるかの?」

「脇差しは使わないからいいよ。何なら預かっておくが?」

「そこまでは言わんよ」

 

 残念。やって来たところを再天誅しようと思ったのだが。

 そんな自分の考えを見透かしたのか、女がこちらを見てニヤついた。

 それを無視して、刀を構える。

 このまま会話を続けて回復されても面倒だ。

 

「それじゃ」

「うむ」

 

 足元がおぼつかない老人が、それでも脇差しを構える。

 その姿を睨み、油断なく小さく息を吸って。

 強く踏み込んだ。

 

「天っちゅア――!?」

 

 すこん、と頭に衝撃を受けて転倒する。

 倒れる瞬間、眉間に矢文が刺さった老人を見て――

 

(くっそ!!)

 

 己に起こった事態を理解して、シノギは呪詛交じりの罵声を上げた。

 己の後頭部に生えているだろう矢に、天誅と書かれた文が結ばれていることを、彼は知っている。

 とても良く知っていた。

 

「また、“あいつ(くいっ)”か!?」

 

 いつか絶対殺す。

 暗転する世界の中、震える指を上に向けて、シノギは絶命した。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 金魚鉢に棲まう鮫、その第六位――摩天郎。

 またの名を、“あいつ(くいっ)”という。

 上を指さすゼスチャーまで含めての二つ名を有する男は、幕末では非常に珍しい弓使いだ。

 

 近接戦闘ではそれほどでもない彼だが、高所に陣取った後の戦闘能力は、やはりランカーに相応しいデタラメの一言だった。

 変幻自在、正確無比。

 しかも、思考の隙間に差し込むように放たれる矢は、警戒していても防ぐことが叶わない。

 数を揃えて挑んでも、大抵は近づくことさえ出来ずにリスポーンだ。

 というか、正面から突撃しているのに、どうして後頭部に矢を受けるのか。

 最終的に、花火で足場ごと吹き飛ばすという対応策が確立されたが、それはつまり、正攻法では倒せないということだ。

 

「いや。本当に見事な腕だよね」

「何か、最近“あいつ(くいっ)”に殺られる回数が増えてる気がする」

 

 鹿追は、どうやら上手く切り抜けたらしい。

 彼女が回収してくれた“刑死兆”をありがたく受け取って、シノギはため息まじりに首を振った。

 合流した茶店での一服は、ひどく苦い。

 

「多分、行動範囲と時間が被っているんだろうね。河岸を変えるかい?」

「……いや」

 

 鹿追の言葉に、シノギは首を横に振った。

 高所に陣取った後、“あいつ(くいっ)”はしばらく動かない。

 ならばと、彼は据わった目を鹿追に向ける。

 

「そろそろ一回くらいは、お返事をするべきだと思うんだ」

「今、何通くらい貰ってるんだい?」

「……三〇くらい、かな」

「熱烈だね。ラブラブじゃないか」

 

 鹿追が笑う。シノギは、刀と一緒に渡された矢文を握りつぶした。

 グシャグシャになった文は、フィニッシュアローとでも言うべきトドメの一矢に結びつけられているものだ。

 文面は“天誅”の一言。稀に“m9(^Д^)”などの顔文字。

 遠距離攻撃なので、天誅のかけ声を掛けられない。

 そのための代替手段ということらしい。死ねばいいのに。

 

「お返しを届けるにしても、方法をどうするんだい? やはり花火?」

「それしかないと思う。……というか、今回はどこから撃たれたんだ?」

 

 不意打ちで射貫かれたので、“あいつ(くいっ)”の拠点をまだ見ていない。

 今更ながら問えば、相棒は火の見櫓の上だと答えた。

 その手にした団子の串で、遠くに見える櫓を指し示す。

 

「根元を吹っ飛ばすのはそう難しくない。勝ち筋はハッキリしてるね」

「周囲が結構開けてるから、身を隠しての接近は無理か」

 

 一方で、“あいつ(くいっ)”も近くの建物の屋根に飛び移るといった退避が出来ない。

 勝負は、接近できるか否かに尽きるだろう。

 

「遠くから花火を櫓の根元に投げたら、楽に吹っ飛ばせないか?」

「う~ん。届く前に撃ち落とされそうだね」

「だよなぁ」

 

 むむっと唸るシノギに、鹿追がピッと指を立てた。

 

「ここは正攻法で、盾を取りに行こうか」

「盾?」

 

 首を傾げたシノギに、彼女は笑ってうなずいた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 Q:幕末における盾と言えば?

 A:その辺を歩いてる誰か

 

 鹿追の問いに、何を当たり前の事をと告げた答えを思い出し、シノギはため息をつく。

 まさかとは思うが――

 

「俺、最近、思考が畜生よりになってないか?」

 

 いや、まだ大丈夫。

 そう首を横に振りながら、シノギは側方へと跳び退いた。

 その傍らを、腰だめに刃を構えた志士が「天誅!」の声とともに通り過ぎる。

 

「もう少し隠せよ天誅」

「ぐぺ」

 

 バタバタと足音を立ててのバックアタック。

 それを間抜けと首級にして、シノギはため息をついた。

 中々、手頃な仲間()が見つからない。

 と、視界の端で影が動いた。

 

「ちっ!!」

 

 咄嗟に薙いだ“刑死兆”が、投じられた短刀を打ち落とす。

 間髪入れず、死角に向かってシノギは刀を振るった。

 甲高い音が響き渡る。打刀に脇差しが噛み合って、火花を散らした。

 

「しつこい!」

「呵呵」

 

 古平、本日二度目の襲撃である。

 鍔迫り合いを維持しつつ、老爺が歯を剥き出して笑う。

 力ではこちらの方が強い。

 そのまま押し込もうとしたシノギは、ふと影が差したことに気がついて、後方へと飛び退いた。

 

「天ッ誅ゥウウウ―――!!」

 

 一瞬遅れて、眼前に男が降ってくる。

 見覚えのある横顔だ。

 

「イトウ!?」

 

 “刑死兆”を取りに行った時のリーダーに、シノギは声を上げた。

 力量はあれどお人好しの印象が強かった彼は、シノギの手元を見て笑う。

 ギラついた眼光がこちら射貫いた。

 

「よしよし。ちゃんと“刑死兆”を持っているね?」

「目が怖っ!?」

 

 ゆらりと打刀を構えるイトウ、その影に隠れるように身を低くする古平。

 二人を前に、シノギは舌打ちをした。

 

(二対一はキツいな)

 

 戦えば負けるだろう。

 何とか避けたいが、幕末の住人相手に話術など無意味だ。

 とはいえ、知り合いかつ相応のメリットを提示出来るなら、低確率ながら一時しのぎは可能だ。多分。

 構える二人に、シノギは手のひらを向ける。

 

「まあ待て。儲け話があるんだが、乗るつもりはないか?」

「……内容は?」

 

 イトウがわずかに殺気を緩めた。相変わらず人が好い(チョロい)

 古平が動く前に、早口で続きを告げる。

 

「ランカー狩り、やってみる気はないか?」

「……詳しく聞こうかの」

 

 どうやら、興味を引けたらしい。

 臨戦態勢のまま、動きを止めた二人を前にシノギはニヤリと笑った。

 

 ――盾二枚ゲット。

 

 

 

 

 風呂にも使えそうな大釜の中で、うどんが泳いでいる。

 茹で上がった麺が、そのまま桶の中に投じられ、カウンター席に並ぶこちらへと突き出された。

 それを受け取りながら、イトウが「なるほど」とうなずいた。

 

「火の見櫓に“あいつ(くいっ)”が」

「確かに、狙い目と言えば狙い目かの」

 

 早速と、釜揚げうどんを啜るイトウの隣で、古平が顎に手をやった。

 説明を終えたシノギへと流し目をくれて、彼は小さく笑う。

 

「ま、先ほど眉間を撃ち抜かれた恨みもあるし、乗せられてやろうか」

「ん。俺も参加するよ」

「助かる」

 

 二人に頭を垂れた後、シノギはふと首を傾げた。

 今更だが、いるはずのもう一人の姿がない。

 

「そういえば、鬼若はどうしたんだ?」

 

 まだ、十一時だ。

 相棒の名を口にするシノギに、古平はうどんをつゆに浸けながら答えた。

 

「もう十一時じゃからな。先ほど落ちた(ログアウトした)よ」

「…………そうか」

 

 何とも言えない表情を浮かべ、シノギも箸を手に取った。

 しばらくの間、無言でうどんを啜り――

 

「今、感覚の違いに戸惑ったか?」

「戸惑ってない」

 

 十一時は、そろそろ寝る時間である。

 そりゃそうだと爽やかに笑い、「とは言え」とシノギは続けた。

 

「残念だな。いてくれるとかなり心強かったんだが」

「今、生け贄的な意味で言ったじゃろ」

「言ってない」

 

 仲間は大事だ。

 “一人は皆のために、皆は一人のために”である。

 変なことを言わないでくれと笑うシノギの隣で、イトウが箸を置いた。

 もう食べきったらしい。

 

「あまり準備に時間を掛けては、“あいつ(くいっ)”が火の見櫓からいなくなる。これから、どうするんだい?」

「うん。さっきも言ったけど、作戦は多分、正攻法になる。花火を確保して、後は盾を用意して突撃するって感じ」

 

 だから、準備にさほどの時間は掛けない。

 待ち合わせの時間まで、残り三〇分を切っている。追加の人員確保も難しいため、シノギの準備はあと少しでおしまいだ。

 

「あと少し?」

「ん。花火と“最強の盾”の確保」

「一つも終わってないじゃないか!?」

「いやいや。一つはもう終わるし」

 

 言って、シノギは店の奥でぐらぐら煮える大釜に目をやった。

 その傍らには、大きな蓋がある。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 “あいつ(くいっ)”が陣取る火の見櫓は、十字路の中心に建っていた。

 十字路に至る通りの道幅は、二〇メートル超と中々に広い。

 道の両側に軒を連ねる町屋は、いずれも平屋造りで背が低いため、見通しは大変良い。絶好の狙撃場所だ。

 

 それゆえだろう。通りからは人の気配が絶えていた。

 それどころか、裏手に広がる長屋町も閑散としている。

 といっても、時折、天誅のかけ声が聞こえるので、人がいないワケではないようだ。

 

「さすがに、この辺りは無人か」

 

 ガラリと、火の見櫓を右目に町屋の戸を開ける。

 誰もいない屋内を見て、シノギはポツリと呟いた。

 

 ――この中を通れば、ある程度は安全かもしれない。

 

 そんな温い考えに、シノギは首を横に振った。

 相手はランカーだ。建物から飛び出した瞬間に射貫かれるだろう。

 いや、そもそも――

 

(“あいつ(くいっ)”も馬鹿じゃないから、当然、対策は持ってる)

 

 シノギのインベントリを占有する花火は、こちらだけの武器ではない。

 建物ごと吹っ飛ばされれば、為す術なくリスポーンだ。

 手にしていた長い縄を放って、シノギは戸を閉めた。

 

「さて――」

 

 しばらくして、鹿追が二名の助っ人を伴って合流した。

 シノギと鹿追を含め、これで六名。

 

「決して多くはないな」

「時間的な問題があったからね」

「まあ、確かに。これだけ人がいなくなってると」

 

 “あいつ(くいっ)”が、いつ河岸を変えてもおかしくない。

 時間がないという鹿追の言葉に、全員が同意した。

 

「改めて、作戦についてだけれど――」

 

 残念ながら、人数的に班を分けての陽動作戦などは難しい。

 改めて告げられた鹿追の提案により、正面の大通りを全員で爆走する脳筋案となった。

 

「一人三秒くらい耐えれば、誰かがたどり着ける」

「万歳アタックかぁ」

 

 火の見櫓まで、およそ百メートル。

 回避行動を取りながらでも、あっという間に勝負が決まるだろう。

 遠い目をする助っ人(肉の盾)の傍らで、別の一人が鹿追へと目を向けた。

 

「そっちが得た戦利品は、後で分配で間違いないんだよな?」

「もちろん。分配の日時と場所は説明したとおり。全滅した場合や大した戦利品を得られなかった場合は、別に用意した報酬を支払うよ」

 

 そこで嘘を吐くほど間抜けではないと、鹿追が答える。

 

「呵呵、そこを信用出来ないなら、帰るしかないからのう」

「ま、今更だね。信用しているよ」

 

 古平の言葉に、イトウがうなずく。

 残る仲間達(射的の的)も、そこを疑うつもりはないようだった。

 もっとも、チラチラと他の者たちを見るその眼は、明らかに仲間に向けるものではない。

 

(最後の一人になれば、戦利品総取りだもんな)

 

 戦利品を分配すると約束したのは、鹿追とシノギの二人だけだ。

 他の者達はそんな約束はしていない。ゆえに戦利品を差し出す必要は無い。

 仮に求められたとしても、最後の一人となって、「戦利品は爆発で失われた」とでも言えば、それを否定することはできない。

 また、後ほど集まったところを上手くやれば(鏖殺すれば)、別に用意されたという報酬を含め、かなりの収入となるだろう。

 

(こちらとしても、分配した後に回収するつもりだしな)

 

 お互い様だと、シノギは内心で笑った。

 ギラついた眼光を隠そうともせず、牙を剥くような笑みを向け合った後、六名は肩を並べる。

 “釜の蓋”を持つ者二名。

 花火は、全員が十数発をインベントリに格納している。

 

「位置について――」

 

 鹿追の声に、一斉に身構える。

 先頭を駆けるのか、先行者を盾に走るのか。

 それとも、盛大に足を引っ張ってやるのか。

 各々の方針を見定めるように、互いの呼吸をうかがう。

 

「よーい、ドン!!」

 

 鹿追が手を打ち鳴らすと同時、五名は一斉に飛び出した。

 

 

 

 

 一斉に飛び出した一団。

 頭ひとつ抜けたのは、古平だった。

 

「はやっ!?」

 

 あっという間に距離を開き始めた先行者の背に、シノギは思わず声をもらす。

 狙撃を避けるため、不規則にステップを刻みながら、しかし全く躊躇なく疾走する。

 そこに、“あいつ(くいっ)”が矢の雨を浴びせ掛けて来た。

 

「なんの!」

 

 古平が気炎を吐く。

 ヘッドショットを狙った一矢を、首を振って躱す。

 さらに加速。側面から襲ってきた二の矢を、その背後に置き去りとした。

 弧を描く矢が明後日の方向に飛んでいく。

 

「おお!」

 

 後方を追う者達から歓声が上がった。

 こちらにも飛んできた矢を“釜の蓋”で受け止めながら、シノギは独走する背中を見つめる。

 と、古平が跳躍した。

 一瞬遅れて、その足元に火矢が突き立った。

 

(ん? 火矢?)

 

 怪訝に思った瞬間、前方から古平の姿が消えた。

 閃光と轟音。

 土塊と焔星を撒き散らして吹き上がる爆炎。花火だ。

 

「地雷!?」

 

 先ほどの火矢が、埋められていたものを起爆したのだろう。

 事態を察して、仲間の一人がぎょっとした様子で足を止めた。

 

「足を止めるな!」

 

 警告の声を上げた時には、その仲間は仰向けに倒れ始めていた。

 頭から矢が生えている。シノギは思わず舌打ちをした。

 

「くっ!!」

 

 背後で、誰かが花火を投げた。

 爆音とともに咲いた華が、追い撃ちに放たれた矢の群れを吹き散らす。

 その衝撃波は上空に乱流を生じ、束の間ではあるが狙撃を――

 

「あっ!?」

 

 シノギの斜め前を走っていた男がつんのめった。

 堪らず放り出した“釜の蓋”が、転倒した男の前方に落ちる。

 男の膝は、矢に撃ち抜かれていた。

 

「ひっ!?」

 

 慄然とする男のこめかみに、矢文が突き刺さったのは次の瞬間のことだった。

 結んだ文が翼となって、矢の軌跡を制御しているらしい。

 その異様な軌跡を見て気が付いた事実に、シノギはゾッと背筋を震わせる。

 

「後ろだ!」

 

 背後からの警告。

 咄嗟に横へと跳びながら、“釜の蓋”を後ろに向ける。

 手元に衝撃が伝わる。舌打ちをしたシノギは、一瞬前まで己がいた空間を、四矢が並んで貫く様を見た。

 自分が防いだ矢を含めて、五矢がこちらを狙っていたらしい。

 

(うへぇ)

 

 顔を引き攣らせるシノギを、後方にいたイトウが追い抜いていく。

 どうやら、先ほどの警告は彼がしてくれたらしい。

 

「もうすぐだ!」

 

 励ます声にうなずいて、シノギもその後を追う。

 火の見櫓まであと少し。

 そう奮い立つ彼らを嘲笑うかのように、空から花火が投げ込まれる。

 ぎょっと目を見開く二人の頭上で、火矢がそれを撃ち抜いた。

 至近で爆裂した花火が、色とりどりの星を撒き散らす。

 

「――――っ!!」

 

 反射的に“釜の蓋”を掲げたシノギの前で、イトウの体が傾いた。

 緑の流星を頭に受けて、断末魔すらないままに果てたのだ。

 ダメ押しとばかりに矢が降り注ぐ。

 

「くっそ!!」

 

 最後の一人となって、シノギは走る。

 頭上に“釜の蓋”を持ち上げて、脇目も振らずに全力疾走。

 雨のように矢が蓋を叩く中、ヒョウという風音が聞こえた気がした。

 

(だああああ!!)

 

 釜の蓋を持ったまま、地面にダイブする。

 無様に顔で地面を削りながら、頭上を撃ち抜いた矢が櫓に突き立つ音を聞いた。

 そして。

 

「届いた!」

 

 地を滑る勢いそのままに、火の見櫓の根元に頭突きする。

 衝撃に目を回しかけながら、シノギはインベントリを操作した。

 ありったけの花火を辺りにばら撒く。

 

「よし。後は、導火線に火を――」

 

 直後、遙か後方で爆音が上がった。

 

 

 

 

 振り返ったシノギは、スタート地点付近に立つ鹿追と、彼女の右側にあった町屋が吹き飛ぶ様を目にした。

 どうやら、あらかじめ連なる建物全てに大量の火薬を置いていたらしい。

 

「建物の中を通る案を採らなかったのは、これが理由か」

 

 連なる町屋が順を追って爆砕する。道半ばで果てた戦友達の骸を吹っ飛ばして連鎖する炎は、派手な導火線のように見えた。

 

(行き着く先は、当然ここ)

 

 火薬は、十字路の角地にある建物にも仕掛けられているはずだ。とはいえ、そこから櫓を吹き飛ばすほどの威力はあるまい。

 しかし、火の付いた木片などはシノギのいる場所まで届くだろう。

 そうなれば、今ばら撒いた花火に引火する。予定どおり櫓は吹き飛ぶハズだ。

 離脱前のシノギごと、色鮮やかな華が咲く。

 

「まあ、そうだよな」

 

 吹き飛んだ建物の破片を避けるためだろう。

 爆炎の上がった建物の向かい側へと移動して、こちらに手を振る鹿追に、シノギは笑顔を向けた。

 彼女の行動に疑問はない。誰だってそうする。

 自分だってそうする。

 だって、生き残りは己だけで十分だ。天がそう言っている。

 

「――――」

 

 笑顔の鹿追が、その左手側から吹き出した炎に飲まれて消えた。

 長い縄を導火線とする花火が生んだ爆発は、彼女が仕掛けたもののように連鎖することはない。

 しかし、通りの真ん中あたりまで届く大輪の華となった。それを見届けて、シノギは迫り来る破滅へと目を戻す。

 もう猶予はない。

 

「さて――」

 

 やるだけやってみよう。

 破壊不能オブジェクト(絶対の盾)“釜の蓋”を持ったまま、シノギは櫓へと向き直った。

 数歩分の助走を以て跳躍、櫓の柱を蹴ってさらに上に。

 三角跳びの要領で高さを稼ぐ。

 無論、この程度で破滅から逃れられるとは思っていない。

 

「ほっ」

 

 シノギは、空中で己が足下へと“釜の蓋”を差し入れる。

 直後、角地にあった建物が吹き飛んで、炎が周囲に降り注ぐ。

 花火の一つが誘爆した。

 閃光に轟音。

 咄嗟に閉じた瞼の裏が赤く染まる。音の濁流に呑み込まれた。

 飽和する感覚の中、“釜の蓋”を踏み締める感触だけを寄る辺とし、シノギは鮫のような笑みを浮かべた。

 

「―――は」

 

 二度は出来ない。

 極まった集中が、シノギの世界をスローに変えた。

 “釜の蓋”を突き上げる力を足裏で捉え、重心を調整し、荒れ狂う波を乗りこなす。

 飛び散る色とりどりの焔星とともに、シノギは空を飛ぶ。

 

「は、ハハハハハハ――――ッ!!」

 

 カッと目を見開いて、耳鳴りを吹き飛ばす勢いで高笑い。

 気がつけば、火の見櫓が下方にあった。

 驚きの表情でこちらを見る“あいつ(もはやゼスチャー不要)”をシノギは睥睨する。

 さあ、天誅の時間だ。

 

「――――っ!!」

 

 “釜の蓋”を蹴って跳ぶ。

 視線の先で、摩天郎が弓弦を引き絞った。

 ヒョウと放たれた矢を、左手を盾に受け止める。無論、その程度で勢いは減じない。

 

流星(メテオ)天誅――!!」

「ヌケボびゃッ!?」

 

 櫓に飛び込むと同時、シノギは“刑死兆”を一閃した。

 “あいつ(くいっ)”の首がくいっと飛んで。

 直後、下半分を砕かれた櫓が、焔と破片を撒き散らしながら倒壊した。

 

 

 そして、誰もいなくなった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「いやー、参ったね」

 

 笑いながらみたらし団子を口にする隣で、シノギは無言のままお茶を啜った。

 いつもの茶屋で飲む一服は、とてもとても苦かった。

 

 “あいつ(くいっ)”を無事に倒した……ような気がするシノギ達だが、残念ながら戦利品は得られなかった。

 何しろ敵も味方も皆殺しである。

 勝者不在の戦場跡にばら撒かれた各種装備にアイテムは、リスポーンした者達が戻った時には、綺麗さっぱり失われていた。

 

「まあ、仕方ないよね」

 

 様子を窺っていた誰かによって、持ち去られた(ハイエナされた)らしい。

 当たり前と言えば当たり前な結果に、シノギは据わった目を天へと向けた。

 戦利品が得られなかったため、代わりの報酬を助っ人達に渡したことを考えれば、大赤字も良いところだ。

 

(まあ、報酬は取り戻したから良いとして)

 

 シノギはため息をつく。

 取り戻せなかったものを思い、恨めしげに呟いた。

 

「俺の“刑死兆”」

「あっはっはっは」

 

 おのれと呪詛を吐くシノギの隣で、鹿追が楽しそうに笑い声を上げた。

 今日も幕末は平常運転だ。

 




 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
 カテゴリー認定を見て何か書きたくなったので、さらに蛇足を重ねてしまいましたが、多少なりとも楽しんで頂けたなら幸いです。

 恐ろしく無謀なことをされた硬梨菜様に乾杯。(24会場…)
 やったぜ!




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