Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─ (山田風)
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リリー、舞う:改

19/1/16:改訂


 鬱蒼とした森があった。獣の鳴き声があたりかまわず響き、陰湿な気配が漂う森は薄暗さと相まって人に恐れを抱かせるには十分である。

 

 人も立ち入らぬであろうその奥深くに、人工的な建物があった。外壁は崩れ落ちツタに覆われたその姿は、人も去って長い放棄施設と見える。

 

 だがその打ち捨てられた施設の周囲にある多くの人の姿が、その考えを打ち消す。有刺鉄線の柵に厳重に囲われた敷地を、屈強なプロのガードマンがにらみをきかせて歩き回る。中央に陣取るのは長大な銃器を抱えた、人よりふた周りも大きいパワードスーツ。いくつものセンサーと防犯カメラまでもがさりげなく設置され、隠れる者をあぶり出す。

 はたしてこの僻地にこれほどまでの厳重の警備がいるとは、この施設にあるものの重要性が伺える。

 

 これらあまたの鋭い眼に不審なものは見当たらず、機械類に異常も感知されていない。柔らかな木漏れ日が彼らを照らし、涼しげな風がその間を吹き抜ける。いつもと変わらぬ平穏な時を彼らは過ごしていた。

 

 ───だが、過ぎ去る影に気づかない。施設は未だ腹の中に異常を見いだせなかった。

 

 

ーーーー

 

 

 薄暗いコンピュータルームに二人の男が入ってきた。小太りと痩身、対照的な二人は同僚らしく、激論を交わしながらもコンピュータを起動する。画面が灯る度に明るくなっていく部屋の中、天井の隅に潜み二人を見つめる影には気づかなかった。

 

 ───影が動き出す。音もなく降り立ったのは、年端もいかない少女。薄手の服を纏って、二人へと音もなく近づいていく。

 男たちは手元のコンソールで作業を続けながら論戦を続けている。散歩しているかのように背後から少女が近づいているというのに、気づく様子はない。

 男のそばに立つと、少女は二人の首筋へと手刀を振るった。振り向かせたいかのように軽くこづくと、

 

「うぐッ……」

「ん、おい───がッ」

 

 それだけだというのに二人の意識は瞬く間に刈り取られ、コンソールへと倒れ伏した。

 

 男等を脇によけると、イスに立って操作を始めた。彼女がそのまま作業をするには、身長が足りないためコンソールに手がまともに届かず、作業がしづらいのだ。

 

 いくつかキーをたたけば、画面にいくつものウインドウが瞬く間に開かれていく。そこに書かれている中身に彼女、リリー・ザヴァリーはおのずと頷いた。

 

「───よし、このパスなら十分だ」

 

 男たちが使用していた操作権限に納得し、キーをたたき始めた。

 

 男等と比べるとまるで様子の異なる少女。彼らから奪って端末を操作するのだから、招かれざる客であることに違いない。

 しかし何故ここにいるのか。侵入者なら、外に敷かれた頑強な警備網によって弾かれる。仮に通り抜けられたとしても、施設内の警備もそれに居並ぶように厳重だ。いたる場所に設置された監視カメラに死角はなく、不審人物は決して逃さないのだ。

 だが、全てを彼女はすり抜けてきた。霞のごとく姿を掴ませず、影のようにどこにでも現れる。

 

 古来よりそのような存在を表すものとして、伝えられる言葉がある。

───それすなわち”忍者”。影に生きる者。

 

 

 彼女が今触れているのは、施設の秘中であるデータベース。

 彼女が男らを気絶させてまで欲しがったのはその操作パスだ。男等それぞれにパスと暗証番号がされているのだが、彼らの地位によって触れられる範囲が大きく異なる。気絶させられた男たちはかなり上の地位だったようで、多くの情報がたいした暗号も無しに打ち明けられていく。

 

 その中に目当ての情報を見つけると、リリーは懐からチップを取り出した。コンソールに差し込むと突如としてチップが動きだし、データを吸い上げて記録を始める。

 

 

 この施設は、公式には動物の研究施設とされている。いかなる研究が為されているか探れば『動物の肉体や体組織、遺伝子の探求を元に生物学を中心とした学問にさらなる発展を促す』などという長ったらしくも耳障りの良い、ありがたい理念を贈られることだろう。

 ここにあるのは、類まれにみる最高の設備。そして素晴らしき腕を持つ研究医と、一切の妥協を許さず学問へ身も心も捧げる探求の徒。豊富な資金によって協力な後押しをされるこの環境は、研究者にとって憧れともいえる存在であろう。

 だというのに、この施設は全くの無名である。記録は有っても一般に公表はされていない。

 

 研究するのは『ホモ・サピエンス』。人間というものは、被検体には存在しない。この施設が研究するのは『動物』である。

 

 学問の追求のために生き物の血を抜き、皮をはぎ、体を切り刻んでは内臟を漁る。世間一般ではおぞましい虐待と言われ蔑まれる行為だ。しかし一度『研究』という言葉で覆ってしまえば不可抗力となり、その手に及んだ生き物たちは『必要な犠牲』となって労れるだけとなる。

 そうなってはいくらでも刻み放題だろう。ここに研究所が開かれてから、いったいどれほどの『動物』が悲鳴をあげ、血を流し、息絶えてきたのだろうか。

 コンピュータを操作をすれば、いくつもの画像データが現れる。いくつもの肉塊が写された写真。ともすればただ食肉倉庫などを写しただけに見える。だがよく見ればどれもが凄惨な、おぞましいとしか言いようのない写真であることにきづくだろう。そのような写真がいくつも、沸くように現れる。

 生きた人体標本、水槽に浮かぶ内臓図解。男、女、子供、大人、赤ん坊。男女、年齢も色も区別なく多くの人がそこにいた。

 

 なぜここまで人を集められたのか、動画に残されていた手術の中の言葉からわかった。

 誰にも、ある共通点がある。

 

「……やっぱりね、みんな()()()()()()()()。ずいぶん遊んでいること」

 

 ならば、彼らにとって()()()()()()()()のだから心も痛めたりなぞしない。

 ただ映像を眺めながらも、リリーは眉をひそめていた。

 

 データをコピーする間も、リリーは操作を続ける。

 抜き出すのは違法な研究データだけではない。資金の出所、不審な資金の流れ、関係者など、出来る限りの事を探していく。

 そう何度も忍び込めるものではない。やれることはやっておくのだ。

 妙に数も少なく品名のない搬出入記録を漁っていると、その手を止めた。

 

「へぇ、いたんだ」

 

 表所を変えなかったリリーが初めて、笑った。

 コンピュータのほんの片隅。果たして隠したのか、それとも間違えたのか。コンピュータの設定ファイルに忘れられたように紛れて、そのデータはあった。

 そこに有ったのは、薄闇の中で話し合う何人かの人影。ほとんどが影になっている中、かすかに月明かりに照らされて一人の顔が伺えた。

 至って普通のスーツ姿の男。

 それを、じっとリリーは見つめていた。

 それは間違いなく、忘れることのない───

 

「これを残すのはね……さて、どうしましょうか」

 

 一瞬の思案。その間にチップはコピーを完了した。

 

「───終わったのね」

 

 リリーはキーを叩き、件の画像を消去した。チップでもその画像を消去する。いたって私的な操作だが、それも含めて作業の証拠も消去する。それくらいは容易な事。

 チップを懐にしまい込むと、コンソールに背を向けた。

 

 部屋の隅に転がっている男たちはいまだに眼を覚まさないどころか、非常に心地よい様子で眠っている。よほど寝ていなかったのだろう。恰幅の良い男のひどいいびきが少々耳に付くが、たいしたことでは無い。この部屋は防音も厳重。外にも漏れはしないのだ。 痩身の懐をまさぐると、パスカードを手に取った。

「せっかくだし、資料室も見せてもらいましょうか」

 

 

ーーーー

 

 

「敵襲、敵襲!」

「ものども出会えぇい!」

 

 施設の平穏は、けたたましい警報に突如として破られた。

 時代がかった呼び声に応じるように、ガードマンが次々と姿を現しては敷地を走り、多くのパワードスーツが顔を出してセンサーを走らせる。

 

 未だかつて無い騒ぎとなった研究施設を、屋上から見下ろす影がある。リリーだ。

 

「ばれたにしては、さすがに早すぎない……?」

 

 リリーは屋上の縁に立ち、騒ぎを眺めていた。

 いざ離脱というときのこの騒ぎ。

 窓から屋内をのぞいてみれば、あわただしく動き回るガードマンに混じって研究者たちも動いている。資料を抱えた人、泰然とした人が入り乱れ混然としていた。

 

 つま先だけで屋上からぶら下がっていた体を起こすと、周囲を見渡した。

 施設を囲う木々は、屋上よりもかすかに高い大樹だ。枝を伝って行けば、楽に離脱が出来る。

 

「もう少し探りたかったけど、ここいらが潮時かしらね」

 

 直下では、蟻のようにガードマンが湧き出ては侵入者を捜索している。

 

「ここかぁ、ここかぁ!」

 

 そこらの茂みすら漁る大騒ぎに、最後の置きみやげのようにリリーはこぼした。

「そこにはいないよ」

 

「────ああ、ここに居るな」

 

 屋上に突如現れた気配。背後からの声にリリーは刀を手に取り、振り向きざまに抜き放つ。だが刃が届くよりも先に、刀はその手から弾き飛ばされた。

 

「おまえが曲者だな」

 

 それは、黒づくめの細身の男。 

 男が振るったのは棍だ。二メートルは有るであろう、細く長い棍。その威力はすさまじく、弾かれた刀は砕けている。リリーに当たればただでは済まず、腹を破り腸が砕けていたことだろう。

 

「何奴!」

「それはおまえがよく知っていることだろう!」

 

 忍者であるリリーにすら、その気配を気取らせない。それは忍者に違いない。

 さらにはリリーの背まで取って見せたのだ。一瞬でもリリーが反応するのが遅ければリリーの首は無くなっていただろう。

 この男は、強い。

 

 男は棍を振るう。絶命させんとする強烈な一撃がリリーに迫る。リリーは背後へとジャンプ。そうして、宙へ身を踊らせた。

 

「ぬッ!」

 

 男もまた、追って屋上の縁を蹴った。

 

 施設は地上四階。常人ならば転落死は逃れられない。だが、それを覆すのが忍者だ。

 平然と地面に着地したリリーを追って、男は垂直の外壁を踏んだ。風のように走るというのに朽ちた外壁は、男が触れたのが嘘のように崩れない。

 半ばで跳ねて地に降りたった男に小さな影がいくつも迫る。リリーの放った手裏剣だ。

 男が水平に戻るまでの一瞬の隙を狙ったものだ。しかし手裏剣は男の体をすり抜けた。

 これはただの錯覚にすぎない。自身に当たらない手裏剣は無視し、当たる手裏剣は棍に受けるだけのこと。

 

「嘘っ!」

「甘いな! そら、返すぞ!」

 

 男が棍を振るい、刺さった手裏剣をリリーに飛ばす。そして、男も駆けた。

 

(投げ返した。それも、多い!)

 

 リリーが投げた数よりも明らかに多い。同時に男も自身の手裏剣を投げたのだ。

 

(避けられる? 避ける!)

 

 疑問は挟まない。その自信があるのだ。取り出した苦無を手にリリーは前へと跳ねた。

 

 手裏剣は走るリリーの首、背、足と急所を狙っていた。飛び跳ねることで、ラインから体をずらしてかわす。

 そして苦無を振るい、また別の手裏剣を打ち落とした。それはリリーの回避を織り込んで投げられたもの。

 

「あがッ───」

 

 リリーの先で断末魔がした。通りがかったガードマンが不幸にも最初の手裏剣を浴びて絶命したのだ。

 

 なにも分からないように仰向けに倒れるガードマンの背後から、影が飛び出してきた。

 棍を振りかぶったあの男。手裏剣をも追い越し、リリーの先に待ちかまえていた。

 

「いつの間に──ッ!」

「遅いぃッ!」

 

 空気すら斬り裂かんばかりに鋭く振られた棍を、リリーは苦無で受けた。その勢いはすさまじく、宙のリリーは踏み止まることもできない。

 リリーは野球ボールのようにあっさりと、壁へ打ち出された。

 

 逃走ルートを宙で逆戻りしていくリリーは、そのまま壁に打ちつけられるかに思われた。しかし身をひねって壁に足を向けると、壁に見事に着地。そのまま一回、二回とバク転し、バッタのように大きく跳ねる。そこへ棍が突き刺さった。

 

 砕けた外壁が吹きあがる中に、男は立っていた。

 

「ははは、若いのになかなかやる。だがこの程度で驚くとは、先は短いぞ!」

「うるさい!」

 

 二人が叫び、棍と苦無が打ち合った。

 リリーは、逃げようにも逃げられない。目の前の男はリリーが逃げようとすればその隙を逃さない。

 どうにか逃げるだけの隙を作るしかないのだ。

 棍と苦無が打ち合うその下で、ガードマンたちがようやく外の仲間が倒れていることに気づいた。

 

「おい、どうした!」

「外だ、外にいるぞぉ!」

 

 ガードマンたちは周囲を警戒し、敷地へと集まり出す。施設内から飛び出すもの。森へと駆け出すチームもいた。

 

 だが、二人の忍者の姿に気づかない。その戦いは、その眼には写らない。

 二人の舞台は壁だけにあきたらず、地上へと広がった。

「しッ──」

「たァ──!」

 

 男が棍を振るう。リリーが苦無を振るい、手裏剣を投げる。

 男の動きはガードマンの森に入っても揺るがない。それどころかガードマンを巧みに盾にして、一層苛烈さを増した。

 

「があぁ!」

「なッ」

 

 巻き添えを食らったガードマンが次々と倒れる。

 人の目には映らない戦い。ときおり削れる草とえぐれる土、響く音、血を吹き出し倒れるガードマンだけが跡を残す。

 何が起きているのか、ガードマンには理解できない。金属音が響いて、また一人男が倒れる。

 

「何だ、なにが居るんだ!」

 

 超常現象ともいうべき光景に、ガードマンは恐怖を抱いていた。訓練された屈強な男たちですら、恐怖を抱いたのだ。

 いくら強大な敵に立ち向かい任務を果たすよう訓練を積もうとも、このようなオカルトに対処する訓練は積んでいない。

 その腕に抱いた銃器も、この現象にはまるで効果を発揮しなかった。

 頼れるものがないことが、よけいに恐怖をあおっていく。

 

「あ、ああァッ!」

 

 後ずさった一人のガードマンが、透明な嵐に背を向けて森へと駆けだした。

 これがきっかけとなり、ガードマンたちは次々と逃げ出していく。施設へ。森へ。銃器を落としたことも気にする余裕すらなくしていた。

 

「わあぁっ、逃げろぉ!」

「見えない化けもんだぁ!」

「あ、おい!」

 

 隊長であろう男の制止もよそに、ガードマンたちはちりぢりに逃げ出していく。

 取り残された隊長も後を追おうとして、

 

「あッ───」

 

 グルリ、と男の首がねじれて空を向いた。男が振った棍に当たり、絶命した。

 

 

 ザッ、という音で二人は姿を現した。変わらず棍と苦無を構えて向かい合う。

 だがその様子は、当初とはずいぶんと違っていた。

 男は変わらず、悠然と棍を構える。だがリリーは体中を浅く斬り、全身に血をにじませていた。

 少しばかり荒くなったリリーの呼吸だけが響く中、男は入った。

 

「はは、ずいぶんと静かになった」

「ええ、こんな時は、静かにお茶でも飲みたいわね」

 

 平然と言葉を返すが、リリーの息はあがっている。すこしだけ、構えた苦無の切っ先も揺れていた。

 

「一つ、聞いても良いかい」

 

「なぜ、あの男たちを庇っていたんだい?」

 

 鋭くにらむだけのリリーにかまわず、男は続ける。

 

「あの男たちへ棍が当たることを、君は極力避けていただろう。気にもとめなければ、その傷が無かったと断言できる」

 

 男には、それが分からなかった。

 リリーはガードマンの森の中で、極力ガードマン等をかばう動きをしていた。

 

 自身の攻撃はガードマンを避けるように放ち、男がいくら隙を見せようともガードマンを巻き込んでしまうなら、決して攻撃しない。

 出来うる限り男の攻撃にガードマンが巻き込まれぬよう立ち回り、攻撃をはねのけるときも当たってしまわぬように注力していたのだ。

 

 その姿、あまりに隙だらけ。

 そうして隙をつかれ続けた結果が、その血塗れの姿である。

 

「なぜだ」

「──昔、教わった言葉があるわ」

「ん?」

「──忍びは、盗まず殺さず。何にもないところにむやみに忍びの技を向けては、忍びがすたるわ」

 

 その言葉に、男は思わず笑みをこぼした。

 ある意味では当然のこと。忍びの技は仕事の為にある。己の欲望に従って盗みを働く忍びは、その名を名乗るのにはふさわしくないだろう。

 ああ、なんて忍者に────

 

「──じゃあ、投降してくれないか。そんな心優しい君は、ぜひお茶にお誘いしたい」

「冗談言わないで、ペド野郎」

「おや、残念」

 

 男が構えを変えたその一瞬に、リリーは手裏剣を投げた。矢のごとく跳ぶ手裏剣が狙うは眼前。男は棍をずらしながら受け止める。

 

「さすがにしつこ──!」

 

 男は目を見開いた。眼前に飛んでくる手裏剣がある。今受け止めたはずの手裏剣。ならばと再び棍をずらして受け止めて、

「な……!」

 

 またも眼前。三度、同じ位置に手裏剣がある。避ける間もなく、また受け止める。

 またも眼前。受け止める。眼前、受け止める。眼前、受け止める。

 眼前。眼前。眼前────

 

「何────!」

 

 男は驚嘆していた。

 あまりの早さに、ただ受け止めるしかできない。避けようとすれば手裏剣は追いかける。棍の防御を止めれば、その瞬間には眉間に手裏剣が刺さることだろう。

 リリーの手裏剣は、ただ顔面、眉間をねらい投げてくるだけだ。

 手裏剣を何度も、的を違わず正確に投げることは出来て当然の技。

 だがそれを鼓動よりも早く、こうも素早く投げ続けるとは!

 糸のごとき手裏剣の滝は、男へ降り注ぐ。

 

「だが、いつまで続くかな……?」

 

 一分にも満たない、だが彼らには長すぎる時間。それだけでもリリーが投げ続けることは驚きだ。男としては拍手も送ってやりたいほど。

 それだけの間に、男の棍にはびっしりと手裏剣が刺さっていた。

 ずしり、と重みが加わる。この程度、男には気になるのものでは無い。だが、疑問に思わざるを得ない。

 

「どれだけの手裏剣を隠してやがったんだ────?」

 

 棍に手裏剣を止める中に、男はあるものをみた。受け止めた手裏剣の一つ、その中に一つ、見覚えのある傷があった。

 それは間違いなく、己が投げた手裏剣。

 

 クク、と男は笑いをこぼした。

 

 手裏剣を初めとする忍器の製造者が消えてしまった今、それに限らず刀も苦無も貴重だ。だから忍者はそれら忍器をできる限り拾い上げて再利用するのが一般的である。

 実際男は余裕がある限り使った手裏剣は拾い上げるし、取りこぼした時は時を改めて拾い直すことも少なくない。

 だから、傷に見覚えがあった。

 だがリリーは、戦闘中にやってのけた。あれほどに息をあげて無茶をして、上手の相手に気取らせず!

 

「見事……!」

 

 男は笑う。

 リリーはそれを聞いたかどうか、手裏剣の動きが変わった。

 糸状のラインは傘のように広がった。首や脳天にとどまらない、全身の急所を一気に狙うラインだ。

 

「ぬぅん!」

 

 男は気合いと共に棍を回し、手裏剣を全て打ち落とす。一気には一気。少しでもタイミングが狂えば、棍を抜けた手裏剣が深々と急所に刺さるだろう。

 

 そして第二波。再び棍を振るい手裏剣を打ち落とす。

 

 さらに棍を二回転して、男は止めた。

 見れば、そこには血痕しか残されていなかった。リリーはすでに消え去っている。

 

「あの幼さで、こうもやってくれるか……殺せなかったのは、惜しいな」

「しかし────」

 

────なんと忍者にふさわしくないのだろう。

 

 地面に落ちた手裏剣に囲まれ、男は空を見上げていた。

 

 風が吹く。優しく包み込む、されど冷たい風。

 次の瞬間には、男も手裏剣も、すべて消え去っていた。

 血を流すガードマンの亡骸だけが、後に残る。

 

 

ーーーー

 

 

 針葉樹林のなかに、湖畔があった。その水面は月光を鮮やかに写し、静かに凪いでいる。

 そのほとりのロッジの窓辺で、ワインを嗜む壮年の男がいた。

 真っ白な髪と骨ばった体は、男の限界が確かに近づいていることをゆうに語る。しかしその心魂はまだしぶとく熱を放ち、瞳はよどんだ熱に揺れていた。

 

 仕事を終えたばかりなのだろうか、傍らのパソコンはいまだこうこうとひかりを放っている。仕事終わりのかすかな息抜きか、ワインを揺らし、香りを堪能していると、現れた気配に眉を上げた。

 背後に人影が現れ、男にかしづく。壮年の男は振り向きもせずに声をかけた。

 

「来たか」

「はっ。依頼、完了しました」

 

 答えたのは、リリー。

 

 男がそっと差し出した手に、データチップが置かれた。それは、リリーがデータベースに差していたもの。

 

 男はおもむろにパソコンにチップを差し込むと、あふれるデータを眺め始めた。

 数々の文書、写真、動画記録。

 満足したのか、男はしっかりと頷いた。

 

「確かに、頼んだ通りだな。コーディネイター違法研究の証拠、よくぞつかんでくれた。これなら───」

 

 その顔はほころび、笑みを浮かべている。

 調整者(コーディネイター)。その名を知らないものはこの世にいないだろう。

 ある遺伝子改変技術を受けて産まれでた人々の総称だ。優勢な遺伝子を組み合わせて調整(コーディネイト)された人々に、自然のまま生み出された自然人(ナチュラル)は恐れることが多い。

 時には人と認めなかったり、旧世の魔女狩りもかくやというほどの迫害も起きる。

 あの研究施設も、そのような一派が密かに作り出したものだった。

 遺伝子調整には免疫系や風貌、能力など多岐にわたる。強靱な肉体や免疫は、無茶な臨床試験や人体実験にさぞかし役立ったことだろう。

 

「ああ、そうだ。報酬は送っておこう……」

 男は身をよじらせて背中を丸め、笑いをこらえるのに精一杯の様子。

 

「この一大スキャンダル、あの男をゆするには十分だ」

 

 先のことを想像してか、体の揺れは一段と大きくなってくる。

 

「ところで、だ」

 

 男はこらえた笑いに身をひきつらせながら、言った、

 

「君も、コーディネイターだろう。何か感じ入るものはないのかい? 」

「───いえ、私は任務をこなすのみ」

 

 ただ、そう答えた。

 依頼は依頼だ。依頼の中身に忍者は関与しない。その一線を越えて依頼主に干渉するのは、差し出がましい、余計なこと

 

 男は鼻を鳴らす。体の揺れも収まった。リリーの返答に興がそがれたのか、ひらひらと手を振った。

 

「今日はもういい。ご苦労だったな」

「もったいなきお言葉。では、失礼します」

 

 その言葉が終わる頃には、リリーの姿はどこにも無い。

 一人になった男はようやく、身を翻して笑いをはじけさせた。

 

 欲に塗れた笑い声が、湖畔に響く。それを聞くのは、静かに輝く月。

 そして遠く、樹の先から見つめる少女の影───

 

 

ーーーー

 

 広がる森のてっぺんを、月明かりに照らされてリリーは駆ける。

 取り出した端末を覗くと、少し眉をひそめた。

 

「次の依頼……まだ来てないか」

 

 端末を閉じ、その走りを一層早める。風が吹かれて、森の闇へと消えていった。

 

 

 

 世はC.E.(コズミック・イラ)

 果ては宇宙のコロニーにまで人は住む。安寧な人の世に寄り添うように、影はそこにある。

 

 その技、修羅のごとく。その瞳、菩薩のごとく。

 駆けること、光のごとく。生きること、影のごとし。

 

 その名は『忍者』

 

 リリー・ザヴァリー。彼女もまた、その一人。

 




【リリー・ザヴァリー】
 VS ASTRAYに登場する少女。コーディネイター。
 VS ASTRAYはDESTINY直後の時系列だが、そのときで12歳である。





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リリーと『撞球獄』

『絶対に、確実に、確保してもらいたい』

 

『事は一刻を争う。あれは、連合と我々の、世界の行く末を決める鍵なのだ』

 

『頼むぞ、忍びたちよ』

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 きん、きん、と。 

 静寂が包む漆黒の宇宙に、光るものがあった。

 

 きらめく白刃。

 十メートルはあろうデブリが切り裂かれる。

 

 岩塊が砕け散る。

 飛び散る石つぶの中を二つの閃光が走る。

 暴れ回る閃光はやがて離れ、近づき、絡み合う。

 

 二つの光は連れ添うように、宙域を離れていく。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 忍者、リリー・ザヴァリー。今日は宇宙に来ています。

 以前から思っていましたが、宇宙はとても寒いです。

 空気が無く、日光もなければ極寒なのは当然なのですが。

 だというのに、どうしてこんなに心地よいのか。くるりくるりとミストラルを動かせば、目前のデブリを這うように回避できる。

 まるで手足のように動きます。

 

 えい、と加速させれば、星空が背後へ延びていく。ミストラルが跳ねるように動く。

 通常のミストラルでは、まるで戦闘機のようなこの高速機動はできない。これはいわば"忍者カスタム"といったところか。

「宇宙のほうがいいのかな、でも寒い方が苦手なんだけどなぁ……」

 

 このどうしようもないジレンマ。思わずぼやく。

 

「いやあ、すまんすまん!」

 

 併走するミストラルからの通信。そう言ってくるのは、忍者のコージン。かなり年を食っていると思われる男。彼が今回の相方だ。

 

「噂に聞く、くの一の腕っ節、見てみたくてな!」

 

 ────ん?

 

「噂? どういうこと?」

「最近業界じゃ噂になっとるよ、幼いくの一奮闘す、とね」

 

 忍者が噂にあがるとは、なんでそんなことになったのやら。やりづらくなってしまう。

 まあ同業ならいいだろう。一般に漏れないだけマシだ。

 

「それで、どうだったかしら、評価は」

 

 うむ、とコーゼンは考え、言った。

 

「才がある。よく見とるし、よく体も動く。とくにそのみすとらる、の動きは最たるもの。眼を見張るものがある」

「あら、ずいぶんと高評価」

「あとは、経験と時間だな」

「……どうしようもないじゃない」

「その通り。もうちょい、そもそもの体が仕上がればよかったと思うがな」

「私、コーディネイターですので

「忍者に、こーでぃもなちゅらるも、関係無かろうて」

 

 忍者なんて、産まれにナチュラルもコーディネイターも関係ない。

 ただ、幼少から修行を積み、鍛える。試練を越え、忍者となる。

 

「それだけでその腕、十分かもしれんが……」

 

「──わしら猫目衆に来んか?」

「どういうこと」

 

 それは、聞き捨てなら無いことだった。

 

「仲間にならんか。お前さんならうちでもやっていけるし、なによりもっと学べる。それは──」

「──いらない」

 

 私はそう言い切った。

 

「そうか」

 

 コージンは気楽に言う。

 どこまで本気なのか、善意なのか、打算なのか。

 

「そんなことより、今回の任務、わかっているの?」

「わかってる、ひろいものやろ。えらい簡単な内容の」

 

 あきらかに話を逸らしたのに気にせず、しっかりと返してくれる。とりあえず人当たりはいいみたいだ。

 

「それなのに二人体制なんて、どうなってるのよ」

「決まってる。何かあるんだ」

 

 当然だろう。危ない積み荷に危険な連中。そんなことはしょっちゅうだ。

 

「スピード便での配達希望だそうだ。もっと速度を上げよう」

「ええ、今日中にお届けしちゃいましょうか」

 

 スロットルを引き、さらにスピードを上げる。

 宇宙に、二つの軌跡が刻まれる────。

 

     ◇   ◇   ◇

 ────C.E.67

 リリーがまだ六つのことである。

 

 彼女はまだ、忍びとして未熟のころ。

 忍闘衆『飛草衆』のもとで、修行の日々を過ごしていた。

 

 忍者といえど、産まれたそのときから地を駆け回り、影から影へ身を移したりなぞ、簡単にできるものではない。

 技術を教えるものがいるのだ。

 幼きものは忍者コロニーや地上の里で修行を積み、外では兵器の教練を行う。

 

 今は宇宙、デブリベルトの中にその姿はあった。

 彼女が駆るのは教練用の作業ポッド。もちろん、忍者カスタムが施されている。バーニアを吹かせコースを巡る。

 このときは、機体制御の練習をしていた。

 

 ポッドを操り、カーブを切る。体中がかき混ぜられそうになる中、加速はゆるめない。

 今日の教練は宇宙のデブリコース巡り。ただのデブリベルトに見えるが、忍者が使うのだ。もちろんただのデブリベルトではない、らしい。

 

「おっと!」 

 

 グン、とバーニアを吹かす。ほぼ直角を二連続。

 直線コースを揺るがずに、突然現れたデブリを避ける。

 急な機動だが、危なげなくよけた、コースをそれたりなんてしない。そう確信できた。

 

「まだまだだなぁ、嬢ちゃんよぉ!」

 

 だけどそれは違っていたらしい。

 どういうことだ、と疑問に思い、通信を受ける。

 画面に現れたのは、モッサリ赤毛に合わない薄い顔の男。

 忍、ミジョウ。

 今日の私の、教師役。

 

「そういうのは、こうやるんだ」

 

 いきなりコースに割り込んだミストラルが、そう言って飛ぶ。

 あれにミジョウが乗っているのだ。

 目の前にデブリ帯につっこんでいく。

 

 当たる!

 そう思ったときには、デブリがミストラルをすり抜けた。

 

「あ……」

 

 ぼうぜんとする間にも、次々とミストラルはデブリをすり抜けていく。

 やることは簡単だ。ぶつかるラインに乗ったデブリを、避け、元のラインに寸分違わず戻る。だがすり抜けたように見えるほどとなると、時間は一瞬もない。

 

 「このくらい、当然のようにできるようにならねばな」

 

 笑っていうミジョウに、カチンと来る。

 

 ならば、やってやろうじゃあないか!

 私も一気にバーニアを吹かし、突っ込む。だがデブリでは無い。

 突っ込むのは────ミジョウのミストラル。

 

「ほう!」

「せい!」

 

 気合をこめる。全身が揺さぶられる。

 背後には、ミジョウのミストラルがいる。

 軌道は、直前と変わらない。

 

「よし!」

 

 気分良く目の前にデブリに突っ込み、かわす。

 また軌道を見れば、軸にぶれは無い。デブリを射すような軌跡が刻まれている。

 二度、三度。越えて七度、デブリに軌跡を射した!

 

「どうよ、このくらい簡単よ!」

「ほう、そうかそうか」

 

 ミジョウはそう、気をよくしたように言って、

 

「これならどうだい!」

 

 そばのデブリを投げ飛ばした!

 これは、ちょいと避ければすぐにかわせる。

 

「こんなの簡単よ」

「なら」

 

 今度は二つ。あっさり回避。

 二つと、その影に隠した一つ。一吹かしで回避。ズレたように見えるだろう。

 

「このくらい、お茶の子さいさい!」

「ほう?」

 

 警報。──背後にデブリ接近

 教練用ゆえ設置されている保険用の警報機が、音をたてる。

 

「うそ!」

 

 ゴウ、と吹かせば、今いたところをデブリが通り過ぎていく。二十メートルはあるあの大きさ、自然のものだ。

 

「誘導された……!」

「そう、わしがおまえの動きを操った」

 

 ミジョウが言う。目前にミストラルのアンカーを構えていた。

 ミジョウが敵なら、これだけの隙が有れば、アンカーが打ち込まれていた。私の命は無かったのだ。

 

「全包囲を視ろ。地上では、下は少しの注意で十分。だが宇宙ではそうもいかない。常に重力から解き放たれた空中に有るようなものだ」

「そんなのどうしろっていうの! 目でも足りないのよ!」

「宇宙では地上以上に己の感覚が頼りになる。この宇宙は、確かに死んでいる。だが、生きている」

「────」

「心の眼で感じるのだ。宇宙を、地球を、己を。万物に宿る、その息吹を」

「息吹……」

「そう。それが────」

 

──心眼──

 

 それが、私がミジョウに教わったこと。

 私の中に、確かに有るもの。

 

     ◇   ◇   ◇

 

「見えたぞ、採集地!」

 

 コージンの声に、意識が浮かぶ。

 久しぶりの夢だった。懐かしい過去だった。

 

 デブリに紛れて、浮かぶ船の姿がある。

 

「こっちも確認した、戦艦の残骸だ」

「こいつはぁ……まるせいゆ、三世級か、評判のいい船だな」

 

 マルセイユ三世級は、連合製の旧式輸送鑑だ。今はひしゃげて曲がっているが、軽くつぶれた円筒の形状は特徴的だ。

 浮かぶ残骸は爆発を起こしたようで、船体のあちこちが破裂したように口を開けている。

 この船はジャンク屋など民間に非常に広くわたっている。基本、その素性は船を一別しただけでは判断できない。

 だが。

 

「ふむ、こりゃぁ、裏のもんかね」

「特務隊か、それとも大がかりなスパイか」

 

 わかる人にはわかるものだ。

 この船は表沙汰にはならないような怪しいモノと見える。

 それはつまり────

 

「けっこうヤバいんじゃないの、今回」

「ワシらに『今回は』なんて区別が有るか?」

「それもそうね!」

 

 笑うしかない。忍者が引き受ける仕事は、いつも傭兵が断るような面倒くさい厄介事。

 

「くだらないこと言ってないで、さっさとやっちまうか」

「ええ、まずは、荷物を見つけなくちゃ」

「荷物はトランクだったか?」

「めんどーねぇ……」

 

 宇宙艦は巨大で、100~200メートルはゆうにある。その中から人一人見つけるだけでも手間だというのに、その手荷物となるとかなりの手間だ。

 

 私はスロットルをさらに開く。

 ミストラルは加速し、残骸に近づいていく。

 

     ◆   ◆   ◆

 

 マルセイユ三世級は輸送艦である。大ざっぱな仕組みとしては、前部の積載部と後部の艦船部に分けられる。そのため手間は船の見た目に比べて、さほどかからないと推測された。

 

 コージンと手分けをして、トランク捜索に当たるリリー。

 ミストラルで骨組みをかきわけて道を作り、無事な通路を見つけては、船内に降り立つ。

 理由はわからないが、撃沈した船。

 船は完全に死んだようで、電気は通らず船内は真っ暗だ。

 少人数で運用していたのか、死体に会わない。回収の依頼が来るあたり、脱出した人はいないのだろう。脱出したなら、すでに自分たちで済ませているはず。忍者に依頼をする事はない。

 

 リリーは立ち止まる。目の前にはわずかにあいている扉が有った。隙間から、赤い氷の粒が漂っている。血だ。中に誰かがいたのだ。

 トランクの事を考え、リリーは爆薬は控える事にした。代わりに取り出したのは刀。

 リリーが刀を振るえば扉は裂かれ、隙間は広がった。

 

「とりあえず、ここならいそうだな」

 

 扉の先は脱出ポッドだった。だが爆発の影響だろう、中は半分ほどが押しつぶされていた。

 簡素な長椅子だけの室内に、おびただしい量の血液が漂っている。その中央で男がうずくまるように身を縮めて浮いていた。身にまとうスーツの背に大きな破片が刺さり、血が溢れでている。

 男は身じろぎもしない。死んでいるのだ。

 

(爆発から破片を受け負傷、ポッドに逃げ込むも無かったが、ポッドも破損し窒息か失血かで死亡、か。どっちも苦しいわよねぇ)

 

 男は腹にトランクを抱えていた。リリーは取ろうとするも、男も腕が思いの外強くて苦戦する。

 男の表情は伺えない。だが死んでなお、そのしつこさが執念を思わせる。

 その腕を切り落とすしか手は無かった。

 外装部から離脱する最中、リリーはめくれあがる装甲の中にあるものを見た。

 

「トランクを確保したか!」

「ええ。それとコージン、この船が沈んだ理由、わかったわ」

「うん? いったいなんだい?」

「デブリよ」

「はぁ?」

「デブリの衝突が、沈没の原因よ」

「おいおい……」

 

 コージンは気の抜けたような声を出した。

 宇宙において、デブリとの衝突事故は意外と珍しいものではない。だが、沈没するほどとなると非常にまれだ。

 デブリとの衝突は、デブリと船体の航行ルートが交差し、その接触タイミングが一致し、レーダーと人の目が見落とし、迎撃ができなくて初めて起きる。しかしこうして衝突するデブリのほとんどが小石程度のものだ。それくらいは、船は進むだけで浴びる程にそこら中に浮いているので、無視できるほどには装甲は有る。

 だがデブリの質量がいまも脅威であることは変わらない。その為にレーダーや迎撃装置など対策がなされているのだ。

 

「なんで、そんなマヌケな事になる」

「とはいっても目の前に証拠があるからしょうがないじゃない」

 

 そう言ってリリーが見たのは船の下側、腹の部分。中程にぽっかりと大穴が空き、奥に巨大なデブリが顔をのぞかせている。

 岩塊のデブリ。貴重な創星期の遺物か、それとも資源衛星のゴミか。何にせよこの船が不運だったことには違いない。

 

「モノは見つけたんだ、さっさと行こうか。こんなところじゃこっちまで運を無くしちまう」

「運勢がどうだ、運命がどうというのは、よくわからないわ」

「若いのに枯れてるな。ま、天は気まぐれよ」

 

 二機のミストラルは船の残骸から離れていく。

 

「デブリが増えてきたわね」

「気をつけろ、かなり濃くなっている。早く出よう」

 

 船が沈むデブリ帯はずいぶん濃くなっていた。いつ頃からもわからぬ古い船や岩塊など、様々な大きさのデブリが増えている。

 デブリ帯とはいわばデブリの川。流れてきたのかもしれない。ただ、あまりに多過ぎる。

 二機のミストラルの進行上にデブリが迫るが、難なくかわす。

 

「おっと、さすがに怖いな」

「怖いの? こんなの簡単よ」

 

 そう言う間にも、次々とデブリが横切っていく。

 

「きゃっ!」

 

 死角から飛び込んでくるデブリに、リリーは悲鳴を上げてミストラルの杭手裏剣を打ち込んだ。

 砕けたデブリを浴びながら、リリーは冷や汗を拭った。

 

「おいおい、ビビるとはどうした?」

「うっさい!」

 

 そう言いながら、コージンもミストラルのアンカーでデブリを打ち砕く。

 しだいに、緊張は高まる。

 

「これは来たのかしら」

「誰かいるなぁ、これは!」

 

 緩やかに流れていたデブリの川は、激流へと変じていた──

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

「おいおい、なんだよ、あれは……」

 

 航路からはずれた宙域にそのデブリ帯はわたっていた。かなりのデブリが流れて危険であるが様々な年代のデブリが流れ着くとあって、ジャンク屋に密かに人気の宙域であった。

 今日もあるジャンク屋の船が一つ、がこのデブリ帯を目指してこの宙域を訪れていた。

 

 そして、その異変を見たのである。

 

「何あれぇ!デブリが」

「見たことありませんよ、あんなデブリの動きは」

 

 船内のジャンク屋らが見る先では、デブリ帯がある。以前に来たときには、緩やかに漂っていた。

 それが今はどうだ。

 濁流のように、激しく流れる。

 活発な青年も、その奔流を眺めていた。

 

「くうぅーっ! いって見てぇ!」

「ええ~っ! 危ないよぉ!」

「危険です! 緊急の対処に行くわけでもない、ただのデブリベルトです!」

 

 長身の青年や少女が必死にとどめる。二人の声はたしかに届いている。

 だが、活発な青年はうねりの中に動く光をめざとく見つけたのだ。それは青年のメカマニア故の好奇心を刺激されていた。

「わかってる。けどよぉ、あの中になにかいるんだ。すげぇメカがあるかも知れねえ、悔しいなぁ……」

「二人の言うとおり、止めた方がいいわよ」

「やっぱ、ぞうだよな、プロフェッサー?」

「あれは手出ししちゃいけないわ」

 

 青年も折れ、ジャンク屋らはデブリ帯に背を向けた。

 今なおデブリは荒れ狂い、乱れ渦巻く。それはまるで、デブリの龍────

 

 

「気を抜くなよ、嬢ちゃん!」

「うるさいわよ!」

 

 荒れ狂うデブリの波にまぎれ、二機のミストラルがいた。

 

 回避をし、打ち砕き、ミストラルは舞う。

 スラスタを吹かし、時にワイヤーをデブリに引っかけ、大胆に動き回る。

 

 それはリリーが一際大きいデブリを迎撃した時であった。

 

「なっ────」

「コージン!」

 

 その影から現れた小粒のデブリに、コージンのミストラルは貫かれた。

 動きの止まったミストラルに次々とデブリが衝突し、ミストラルは砕けていく。

 

「あれは、助からない……!」

 

 回避運動を続けながらも、リリーはそのさまを見ていた。

 

「狙いは間違いなくこのトランク。敵は、どこにいるの」

 

 だれかがこのデブリを制御しているはずである。

 

 ある通信が入ったのは、そのときであった。

 回避と迎撃ばかりに専念するしかなかったリリーが、機体を静止させる。

 それに合わせて、波が引くようにデブリの流れが穏やかになっていく。やがてデブリはリリーを中心におくように漂い始めた。

 通信機から声が聞こえる。

 

『礼を言おう、話を聞いてくれるとはな』

 

 出てきたのは、所々で引っかかって甲高くなる、ひび割れたような男の声。

 

「何の用?」

『お宝、見つけたんだろう? 渡してもらおうか。そうすれば、このデブリ帯を抜けられる』

「わぁ、ありきたり」

 

 リリーはしぶしぶ答える。

 

「それじゃ私のメリットにならないわよ」

『命が残るだろう?』

 

 ふふん、とリリーは鼻でわらって言った。

 

「臆病なあなたじゃ、何も出来ないわよ」

『忍びに、まだそういうか?』

 

 ギシリ、とデブリが再びうねり始めた。

 背後にデブリが迫る。

 直撃コース。リリーは難なくかわす。

 脇からデブリが迫る。かわそうとするが、回避先にもデブリを見つける。併せてかわす。

 さらにデブリが二つも迫る。さきほどは見なかったものだ。

 

「さっきは無かったのに!」

 

 バック転。落ちるようにかわした。

 回転する機体からリリーは見た。

 デブリ同士が衝突する瞬間を。

 飛び去ったデブリとデブリが衝突し、弾けてコースを変える。その先でまた別のデブリとぶつかる。

 どれもが、リリーから離れず、周りを巡る。

 

「デブリがぶつかって、はねかえってるのか!」

 

 なんということだ、質量の大きいデブリで小さなデブリを跳ね返し、さらに巨大なデブリで大きなデブリを跳ね返す!

 四方八方からデブリを叩きつけ、回避するなら、意識も無い影から飛来するデブリでしとめる。

 これは、デブリではじける三次元ビリヤード!

 

「常に変化する網に捕らわれ、まともに動けまい!」

 

 男は叫ぶ。

 

「これぞ、忍法『デブリ・撞球獄!』」

 

 どうする、どうする、どうする────

 ふ、とリリーの脳裏に言葉がよぎった。

 

──万物の、息吹を──

 

 スッ、とリリーは眼をつぶった。ミストラルも動きを止める。デブリに囲まれた中でのこの行動。

 男の目には自殺行為に映った。

 

「む……抵抗を止めるのか────ならば!」

 

 叫ぶ。デブリが鳴動する。

 

「死ぬがよい!」

 

 一斉にデブリを放った。リリーを中心にデブリが集う。

 

「潰れろぉ、紙屑のごとく!」

 デブリが一つになった。現れた極大のデブリはあまりの衝撃からか、次の瞬間にはチリのように崩れた。

 

「ははっ! 潰れて、ハジケっ────」

 

 チリの中を、閃光が走った。

 杭手裏剣が、デブリに隠れた作業ポッドを、男の胸板を貫いている。

 放ったのは──なにも変わらない、ミストラル。

 

「な……ぜ、だ」

 

 なぜ無傷なのか、なぜ一撃で当てられたのか。疑問を解くには遅すぎる。

 血を吐く。紫電が機内を舞った。炎が男を覆う。

 爆発。光がきらめく。

 チリとなり、あとにはなにも残らない。

 

 リリーはゆっくりと眼を開け、息を吐いた。疲労し、じっとりと汗をかく。

 『心眼』がなければ、回避も索敵も攻撃も叶わなかった。

 それだけのことをして、ようやくあの男を打ち倒せたのだ。

 

「ありがとう、コージン、ミジョウ先生」

 

 機首をふり、ミストラルを走らせる。まだ、仕事は終わっていない。

 早く荷物を届けなくては。

 リリーは、振り返らない。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

「大旦那様、コーヒーでございます」

 

 うむ、とうなずき、老人は若いメイドの出したコーヒーを受け取った。

 書斎に香ばしくも芳醇な香りが広がり、鼻をくすぐる。一口含み、微笑んだ。あの若いメイドが自身で入れるこの一杯のコーヒーが、老人のお気に入りであった。

 

 老人は気分をよくしながら書類を取り出す。それは、リリーが確保したトランクに大切に仕舞われていたもの。

 いすに座りながら、真剣な眼差しで書類を読み込む。しかし老人は次第に震えだし激昂した。

 

「なんだ、これは!」

 

 顔を赤くし書類を机に叩きつけた。

 

「ふざけるなよ、やつら……モビルスーツ、だと。決戦兵器が、人形だというのか!」

 

 怒りからか、老人は叫び、やがて痙攣するように笑い出した。

 

「はっ、はは、こいつは傑作だ! 人形風情が、人形を持ち出すか!」

 

「はは──」

 

 笑いが突然途切れ、老人はいすに仰向けに倒れ込んだ。表情は恐怖にひきつり、眼はただ宙の一点を見つめる。こわばった手が胸をつかもうともがく。

 

 

「大旦那様、コーヒーでござ、い────」

 

 コーヒーを届けようと若いメイドが部屋を訪れたときには、老人はいすの上で苦悶の表情を浮かべて、力無く腕を垂らし息絶えていた。

 

 その日、ある軍事産業会社の会長が死んだ。心臓発作である。経済界の大物として畏れられていたことから暗殺も考えられたが、直前に飲んでいたコーヒーや、本人の体から毒物は検出されなかった。幾分年を取っていたことからある種の諦めもあったのだろう。早々に自然死ということで処理され、盛大な葬式が開かれた。ウィンスレットやアズライルなど多くの名家も弔問に訪れ、その死を悼んだ。

 

 発見されたとき、テーブルの上に資料などは何も無かったという。

歴史に『モビルスーツ』の名が刻まれるまで、あと二ヶ月。

 




【ミストラル】
連合のモビルアーマー。メビウスゼロよりも旧世代。ちなみにメビウスが三種ではもっとも新しい。
土台に乗った卵のようなかわいらしい形が特徴。なお固定武装はバルカンのみ。
これの改造型が、ASTRAY初期にロウ・ギュールらが乗っていたMA『キメラ』である。


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ユニウス・セブン忍法帳.一 旋風編

 

 プラントはユニウスセブンに、その公園はあった。面積はとかく広く、中でも広大な森をゆく遊歩道がとくに人気のある場所であった。

 あたりはもう暗いが、まだ明かりをともす電灯によってかろうじて光をたもつ頃、その遊歩道の一角でリリーは息を荒げていた。

 目の前には女が力無くうずくまっている。全身に切り傷を作り、血にまみれていた。その背には細い鉄柱が刺さり、腹も貫通したそれは女の体重を受けて地面まで突き刺さって、女を釘付けにしている。

 

「うっ、ぐふぇぅ」

 

 女は血を吐き、足下にこぼす。腹から血が溢れ出て、杭を伝わって血の池を作っていた。

 

「陽冥衆め、がぁ……」

 

 怨みに満ちた声とともにギロリ、と動く眼がリリーをにらみつける。その言葉をいぶかしんでいると、女がフッ、と強く息を吹いた。何かが光りリリーに向かって飛んでくる。それを避けてから苦無を振るうと、糸のようなものを斬り裂いた。あらぬ方向に飛んでいくその先は、白い奥歯を重石にしていた。

 

「これは……?」

 

 疑問に思い女を見れば、歯を食いしばっていた。顔を歪ませ歯をかみ砕かんばかりに必死の形相。

 その顔を見て、リリーは何か寒気のようなものを感じた。直後にドガン、と背後で地面がはじける。あそこは、今よけた歯が落ちた場所。

 もう間に合わない、とすぐに地面に伏せた途端、女は弾け爆発が起きた。轟音と爆風と衝撃がリリーを襲い、その体を振るわせる。

 パラリと、吹き飛ばされてきた土をはねのけながら起き、爆心地を見ればそこは悲惨な有様だった。

 緑に覆われていた地面は女のいた場所を中心に丸くはげ、深くえぐられている。女の姿はもうどこにも見あたらない。

 視界が赤く染まった。頭を切って垂れた血が眼に入ったらしい。

 

「これで三人、まだつづくんだろうなぁ……何のようよ、ホント」

 

 追撃を警戒しながら手当をすませると、空を見上げた。思わずため息がこぼれる。

 ガラス越しの漆黒の宇宙に、いくつも連なる砂時計形コロニーが見える。

 ここはプラント、ユニウス市7番区。通称『ユニウス・セブン』

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 それは、どうも奇妙な依頼だった。

 

「『プラントに住む二人を、地球に連れ出してほしい』……と」

「はい。お願いできますでしょうか」

 

 コテージの中のベッドの上で、深窓の令嬢といった趣の若い女性が言った。線が細く、血色も薄い彼女は、体が弱いというのが見て取れる。

 その女性が、私を地球『東アジア共和国』の極東に呼びよせてまで依頼を伝えた。

 

「手紙や通信はダメなのですか」

「手紙は送っても、返答がないのです。山奥ですから通信もまともに届きません。それにわたしはこの身。重力を振り払って宇宙にいくには、とても耐えられません。アメノミハシラが完成していれば良かったのですけれど。ですので、お願いしたいのです。そこに居ることはわかっているのです。わたしはどうにかして、あの二人と話がしたい」

 

 彼女の必死のお願いだった。

 

 おかしなことはいくつかあった。

 いくら彼女の背景を調べてみてもまったく裏への接点が見つからない。直接私に接触してきたのだが、どうやって忍者なんぞにあたりをつけたのか。

 そもそもこの内容をなぜ忍者に依頼するのか。連れてきてほしいという二人は老齢の夫婦だったが、依頼人たちとの関係は調べてもよくわからなかった。

 

 報酬も少なく、あまりうま味もない依頼。

 正直なところ、不気味にすら思える。だが、引き受けた。

 なぜ引き受けたのか、こうしてユニウスセブンに来た今も考える。

 勘、としか言えないような不思議な感覚だった。

 戦闘時の次の一手ならば何度かこの勘を感じたことがあるが、依頼なんて長期的な、当てもない遠くにこの感覚を持ったことはない。

 このなにも言えない感覚がモヤモヤとなって、私を締め付ける。

 

____

 

 そうしてプラントはユニウスセブンまでやって来たのだが、どうもおかしい。

 

 いきなり忍者から襲撃を受けた。

 いったい何のようなのか。大方つっかかってきただけだろうが、そのような襲撃は正直、珍しくもない。

 

「やっぱり雰囲気悪いわねぇ……」

 

 忍者、リリー・ザヴァリー、今日はL5コロニー群『プラント』の一つ、ユニウスセブンに来ています。

 コロニーはいま、非常に緊張している。

 ユニウス市7~10番区は昨年農業プラントに改装され、食料自給の一端を担うコロニー。

 ユニウスセブンは今が収穫の時期なのでしょう。穀倉地帯は今、金色に染まっている。

 

 元はただの生活コロニーだったこともあって町並みは美しく、丘に森に川があってと自然豊か。穀草地帯の金色とのコントラストが非常に美しい。

 しかし町の人々は元気に過ごしているものの、誰もがどこかに陰りがあります。

 それは当たり前のことかもしれません。戦争となったのですから。

 

 地球連合がプラントに宣戦布告したのです。

 

 その理由が、国連会議がテロされて全滅し、唯一の生存者がたまたま遅刻したシーゲル・クライン議長だけだったから、だそうで。

 これはプラントの仕組んだ卑劣な罠に違いないというのが大西洋連邦の言い分なのですが、一連の流れが余りにスムーズで中々疑わしい。

 ちょっとばかり笑ってしまいますが詮無きことです。

 今まで予兆に過ぎなかった風がとうとう戦乱の嵐となったことで、忍者の需要がさらに延びるのですから。実際、依頼やその仲介などであちこち忍者が飛び回っています。

 我ら忍者もさすがに人。いくら耐えられるからといって何も食わない訳でもありません。

 食えるなら食うのです。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

「てめぇなんざが気にする事じゃねえな!」

 

 背後から、罵声とともに勢いよく扉を閉める音が聞こえてきた。

 青々しい芝生の香りが鼻をくすぐる。気づけば、私は芝生の上に寝っ転がっていた。いや、正確には投げ飛ばされたのだ。あっと言う間の早業だった。

 

 老夫婦の家は、手入れの行き届いたきれいな広い庭のある、赤い屋根が特徴的なごく普通の一軒家だった。

 

 まずは順当に説得する事にしたのだ。穏便にすむし何より楽に依頼が終わる。忍者とて楽にやりたい。うまく話がまとまろうが決裂しようがすぐにすむ、そのはずだった。

 門に入り、きれいな庭に見とれながら通り過ぎ、呼び鈴を鳴らして、でてきたのは白髪のおじいさん。彼に用件を伝えて──。

 ──投げられた。

 

「えっ……投げられた……?」

 

 今の自分の姿勢と状況から察するに、あのおじいさんに投げられたのだろう。一瞬のことで正直自分の記憶が疑わしく思えてしまうのだが、そうとしか思えないのだから仕方ない。

 

「まるで瞬間移動……もう一度、いきましょ」

 

 起きあがった体に異常は無いことを確認。

 警戒しながら再び呼び鈴を押すも、反応は無かった。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 ならばしのび込もうか、と考えていた時に襲いかかってきたのが、私を陽冥衆、などと言ったあの女だった。

 綱糸鉄線をいくつも振り回す危ない女だが、どうにかして撃退出来たのだ。

 これで忍者の襲撃は3人目。こうも連続して襲われるのは初めてのことである。

 いったいここで何が起きているのやら。

 

 

 町に出れば、忍者の争いなんて当然知らず、活気に溢れていた。だが、町は戦火が近づくこともあってどことなく暗い。

 それでもにぎわいに溢れている。まるでせまる”それ”に気づきたくないかのように。

 軒を連ねる店はバレンタインだのと言って盛り上げ、客が呼応していっそうのにぎわいを魅せている。ただの日常のはずなのにどこか空回りしているようにも見えます。

 

 広場では通りがかった人が、街頭の大型テレビに映される連合による宣戦布告のニュースを不安まじりの、それでもどこか他人事の様子で眺め、アナウンサーの乾いた声が響く。

 そういった人々を懸命に鼓舞するように報じられるのが、ザフトと『モビルスーツ』の雄姿。

 

 すでに一度、プラントの住人は戦火を体験している。

 半年前、食料自給の開始に理事国が反発して駐留する宇宙軍による威嚇行動を行った。これに初めて姿を現したザフトとそのモビルスーツ・ジンをもって反撃、ザフトが圧倒的な勝利をおさめたのです。

 いくら勝利したからと言え、小さな火の粉を振り払っただけ。プラントは宣戦布告が無くとも、とうに戦争は市民にとって画面の中では収まらなくなっている。

 そして、MS部隊は見事にプラントに手を着けさせなかった。

 プラントはコロニーだ。戦争の音は聞こえない。衝撃なんて届かず、見ようにも姿も見えない。宇宙での距離は地球で見ているよりも圧倒的に遠いのだ。

 見えるのは、遠くに瞬く光だけ。故に、人々は未だにどこかで戦争は画面の中の、遠くの出来事に思っている。

 ガラス一枚が、世界を隔てるのだ。

 

 

ーーーー

 

 

 また次の日。晴れ上がり、コロニーらしい乾いた空気の中、再び玄関の前に立った。警戒して、呼び鈴を鳴らす。

 

「はい、どなた」

「あれ、女の人」

 

 待ちかまえていたところに現れたのは、娘か、家事手伝いか、見目麗しいという言葉の似合う若い女性だった。すこしばかり小柄ながら、芯の通った佇まいと柔らかい物腰。着飾らずに町にでても、引く手あまただろう。

 

「おや、どうしたの、お嬢さん」

「傭兵のリリーといます。ある人から依頼を受けて、ヒューガ夫妻にお話をしたいのですが、おられるでしょうか」

「あら、奥さんなら私よ」

「え」

「わたしがリョーマ・ヒューガの妻、アマネ・ヒューガです」

 

 え────?

 そう告げられて、確かに固まっていた。住民登録の写真ではきれいだなんて思ったが、まさかそれ以上だなんて!

 

「あなたたちへお話に来ました」

 

 渦巻く思考をむりやり振り払って、話を進めた。

 

「あら、傭兵さんなの。小さいのにえらいわねぇ。それでお話って、どのような方からかしら?」

 

 今回は傭兵ということにしたが、いつもいろんな職業を使い分けている。忍者とはさすがに公言できない。

 おじいさんの時と比べれば、スムーズに話は進んでいる。おじいさんは傭兵と口に出しただけで機嫌を損ねたように見えたものだ。

 

「申し訳ありませんが、名前だけは出さないでほしいとのことで。東アジア共和国の極東にお住まいの方です。手紙もこちらに」

「あらそう、ありがとう。極東の方から──」

 

 女性から預かった手紙。直接ならば確実に届くという判断だ。

 おばあさんが手紙を受け取った途端。

 

「────また今度いらっしゃい」

 

 気づけば私は、ひっくり返った家の扉が静かにしまっていくのを見ていた。いや、私が逆さまになっているだけだ、これは。

 

「どういうこと……」

 

 また、投げ飛ばされてたのだろう。

 起きあがって体をよく見ても、どこにも傷はない。手も足も出るすべもない一瞬の出来事。さすがに驚きである。

 

 だが結局、追い返されたことに変わりはない。

 おまけに今度は、肝心の話にすら入らなかった。

 

「ええい、なんと情けないか!」

 

 思わず膝をたたいた。転がるように立ち上がり、玄関へと猛ダッシュ。

 今回は強気でいく! 三度目の正直とも言うから、今度はうまくいくさ!

「頼もぉぅ!」

 

 飛びかかるような勢いは、突然開いた扉によってぞがれた。

 足と止め、扉を見つめる。買い物にでもでるように気楽そうに現れたのは、おじいさんだった。彼こもまさしく、リョーマ・ヒューガ。

 私を見つけ、目をつり上げる。

 

「ああん、まだいたのかおめぇ!」

「当然いますよ! 話は終わってないんですから!」

「あぁ、もう終わったろうが!」

「まったく聞いてないじゃないですか!」

 

 そういうと、おじいさんがいきなり目の前に現れた。襟元を捕まれたかと思うと、天地がひっくり返っていた。こんどはしっかり認識したのに、何も対応できなかった。

 

「ふん、これに何もできんとは、まだまだだな。小僧」

「こ、小僧ってなによ、私は女よ……」

「ふん、ケツの青いガキはみんな小僧よ」

「な、に、おぉぅ!」

 

 駆け、背中への剃るような蹴りもあっさり受け止められた。そのまま足首をつかみ、放り投げられる。

 ならば、

 

「む、逃げた────でぇやっ!」

「なぁっ!?」

 

 死角からの不意打ちも、あっらり受け止められてしまった。

 

「そうも見え見えの闘志、夜明けの太陽のごとく目立ってってしょうがないわ!」

「なっ────見え見え!?」

「ああ、まぶしくて目立ってしょうがないわ!」

 

 まぶしくて、目立って、しょうがない。

 その言葉でようやく、ずいぶんと熱くなっているのを自覚できた。なんでこうもムキになっているのか。忍者がそういった自意識や闘志をむき出しにしては致命的だろうに!

 

 そう想いいたって、無性に恥ずかしくなってくる。

 

「ま、また来ますからね!」

「てめぇの顔なんぞ見たくもないわ!」

 

 結局、捨て台詞をはいて、老夫婦の家を後にした。

 おじいさんの顔も、もうまともに見れなかった。

 

 

 街を歩いていても、浮かない気分だった。

 

「何もできなかったなあ……」

 

 ぽつり、とこぼして空を見上げた。

 こうも熱くなったのも、いいようにあしらわれたのもずいぶんと久しぶりだった。

 最後はいつだっただろうか。もしかしたら、まだ里にいたころだったかもしれない。失敗はいくつも重ねたが、なんだかんだで大したことは無かった。

 もしかしたら、外に出て初めてかもしれない。目の前に明らかな壁が立ちはだかったのは。

 

 




【東アジア共和国】
中国から東、極東とよばれる一帯が集合した共和国。ちなみに北海道と黒竜江省はユーラシア連邦に所属。
SEED始めで堕ちたカオシュン宇宙港はこの国にある。

後にFRAME ASTRAYSの舞台となり、密林地帯にて連合、ザフト、ゲリラの三つ巴が繰り広げられることになる。

【アメノミハシラ】
物語が進むともはやロンド・ミナ・サハクの宇宙の居城となっているが、元々はオーブの軌道エレベーターである。
しかし世界の情勢悪化により工事は中断。すでに完成していた頂点部がアメノミハシラと呼ばれるようになった。
宇宙に浮かぶ工場でもあるので、連合にもザフトにも目を付けられていたりする。


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ユニウス・セブン忍法帳.二 熱風編

 

「バレンタイン、ねぇ……」

 

 朝から五人目の忍者を撃退した私は、丘に寝そべってガラス越しの宇宙を見上げていた。

 気づけば依頼よりも、バレンタインなんてもののことを考えている。

 今日がバレンタインというのもあってか、町では商店も街頭モニターも、一斉にバレンタインを宣伝している。

 親しい人、いい人ににチョコレートなどを送るという風習らしい。こんなものも旧世から長く続くというのだから、風習とはわからないものだ。

 私が知ったのは世に出てからだ。忍びの里にいた頃はこのような風習とか世俗の事はまともに知らなかったし、親しい人に贈り物だのと、甘ったるい考えはそう湧かなかった。

 だから、大切な人へ、などという懸命の宣伝もいまいち響かない。

 誰かいい人はいただろうか。

 空や宇宙を『理解』し、機体の操縦は一番だったコニー兄さん。

 操縦や心眼を魅せてくれたミジョウ先生。

 おなじ子どもだったゼロ丸、ミン、コーほか数名。

 他にもいろいろいるのかもしれないが、そう心が動く人は思い当たらない。

 

「どこに行っちゃったんだろうな……みんな」

 

 それに、送る相手もいないのが実際のところだ。みんな消えてしまった。行方も生死も全くわからない。

 だからこうして私は、この年でフリーランスの忍者なんてやっているのだ。子どの忍者がフリーなんて珍しいものだから、噂もあがってしまうのだろう。依頼で誰かと組むとたいていその二つのどちらかで驚かれるのだ。

 うんざりするほど言われたのでもう慣れてしまったが。

 

 見上げていたガラス越しの宇宙を、推進材の光を引きながら人型ものが通り過ぎた。

 無骨な体と背中の羽、頭のトサカが眼を引く機体。あれこそが、プラントの作った人型兵器『モビルスーツ・ジン』である。

 ある意味ばかげたような、ロボット兵器。それが大戦果を上げるというのだから、連合もたまったものでは無いだろう。

 じつにMAとの戦力比1:5はくだらないと言われるのだ。いくらザフトが数に劣っていようともこの差は大きい。

 

 ガラスの奥では、ジンが編隊を組んで跳んでいる。いくつかの戦艦が動く様子も見えた。ここ数日はザフトも連合の襲撃に備えてか慌ただしい。

 宣戦布告なんてされて、たまったものではないだろう。

 それでも賢明に動いているのだ。

 

「あのくノ一なんかも、誰かにチョコをあげようとか考えていたのかしらねぇ……」

 

 そうつぶやいて、気づいた。

 なぜ敵のことを考えている?

 寝ぼけてるのか、疲れているのか。

 思わずため息をつくと、声をかけられた。

 

「なーにしてるの?」

「うぇっ!」

 

 目的の、おばあさんだった。名は、アマネ・ヒューゴ。

 

「どうしたのリリーちゃん、こんなところでたそがれちゃって」

「いえ、何でもないです。それより、お話を」

「バレンタインのことでも考えてた?」

 

 言葉に詰まった。なぜわかったのだろう。

 

「図星って顔ね」

「別にそんなことは……」

「気にしなくて良いわよ。気になる人、居る?」

「……気になる人ばかりですよ。そちらは……決まってますか」

「ええ! あの人に決まってるじゃない」

 

 うれしそうに、高らかに歌うように言った。にこやかな笑顔だった。

 ふとした疑問を口にしていた。

 

「なぜ、あの人を選んだんですか」

「なんででしょうね」

 

 小さなくちびる人差し指を当てて、小首を傾げる。まるで少女のようなかわいらしい仕草。

 

「はじめはお互い憎くんでばかりでね」

「えっ」

「なんでこんな奴なんかに、なんて反発したりしてあーだ、こーだ言ってあの人ばっかり見てたら、ここまで来ちゃった」

 

 その眼は本当に楽しそうで、おばあさんであるのが嘘のように若く、きれいだった。

 

「じゃあ、これ」

「え。チョコレート?」

「私の手作り、ちょっとお裾分けね。久々に張り切ったら多すぎちゃったの」

 

 渡された手のひらほどの小さな草籠には、一口サイズのブロックチョコがいっぱいになっていた。

 

「後で感想、聞かせてね」

「あっ────」

 

 チョコに眼を奪われた一瞬の間に、アマネさんはどこかに消えてしまった。

 見晴らしのいい丘なのに、どこにも姿が見えない。

 じっとチョコを見つめて、口にした。

 砂糖はすくなく、ミルクが多い。コクのある味わいだった。

 

 

    ◆   ◆   ◆

 

 

 街を歩いていたリリーは、路地裏へと入っていった。ビルの隙間になっているそこには薄暗く人通りもない。プラントにこのような路地裏は実はかなり少ない。プラントのコロニーはコーディネイターの高い能力によって無駄なく利用できるよう計算されて区画されているのだ。とはいえ、生活が営まれた上での人の流れの変化によってこういった場所が生まれてしまう。

 しばらく進むと、リリーは声を上げた。

 

「何のようかしら」

「いや、ちょっとお話をね」

 

 頭上で男が答えた。見上げれば、ビルの半ばから突き出た細い配管の上に何者がたっていた。どうやらザフトのパイロットスーツを着ているらしく、ヘルメットまでもしっかり装着している。バイザーはおろされスモークもかかり、顔は見えない。

 なぜか赤服仕様のスーツだが、自前のものなのか拾っただけなのか定かではない。

 あまりに不自然な男だった。

 

「警察に通報すればいいのかしら」

「おおっと待ってくれ、なに、怪しいものじゃないさ」

「だったらなんでそんな格好してるのよ」

「フッ、これがオレの仕事着さ」

 

 堂々と己を指さした男に頭を抱える。

 

「ハアッ、で、何のよう」

「君も、彼らが目的かい?」

「彼らって?」

「ヒューガ夫妻に決まってる」

 

 眉をひそめたリリーに、男が笑う。

 

「それがどうしたの」

「オレは君を知らない。仲間じゃない」

 だから────

 男がそう言ったとたん、煙が一気に路地裏を包んだ。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

「はあぁっ!」

「しっ!」

 

 リリーが路地に抜け出すと、路地裏に溜まった煙から男が飛び出した。その手が霞む。手刀の突きだ。つき出された手刀をかかんで避け、腕を下から掴む。

 相手の勢いを利用して背負い投げをを仕掛ける。体当たりするように体を潜り込ませて腕を動かそうとして、その手がすっぽぬけた。

ヌルリ、という感覚。これは。

 

「油濡れ……!」

「残念だったなぁ!」

 

 男が膝蹴りを、リリーは体を捻り腕を重ねて受けた。

 

「なら!」

 

 男は受け止められるやいなや膝をひろげ、リリーに足をひっかける。

 

「せえぇぇぇい!」

 

 切り裂くような掛け声と共に足を振り抜き、リリーを蹴り飛ばした。

 飛ばされたリリーは隅のビルの窓を突き破り、屋内を転がる。

 

「くっ、ここは……ビルか」

 

 ビルのフロアらしく広いが、使われていないのか人は居なくて、電気もなく薄暗い。机もなくがらんとしている。

 部屋の中に瓶が投げ込まれた。破裂して液体を部屋中にまき散らす。鼻につく臭いに顔色を変えた。

 

「これは!」

 

 別の窓ガラスが割れ、男が飛び込んでくる。

 だがリリーはそちらもみずに部屋を抜け出そうとした。

 扉に手をかけようとして、

 

「遅いなぁ!」

 

 男の叫びとともに、部屋のなかで炎が舞い上がる。部屋の中で炎が渦巻いた。

 仕掛けられていた油に火が回り、一気に走った炎は部屋を駆け巡る。

 

「炎がっ!」

 

 扉も爆発的に燃え上がり、その炎の圧でリリーは扉から弾き飛ばされた。

 

 リリーは炎に取り囲まれた。炎のない隙間に身を寄せるしかない。

 男は火だるまとなりながら、リリーに襲いかかった。

 男は走る。突き、肘、手刀のの流れるような連撃をしのぐも、その炎に包まれた体は触れる度にリリーも焼き、しのぐのも辛いものになっている。次第に服にも火が燻りはじめた。

 最初にリリーが投げ込まれて割れた窓から風が吹き込み、ますます炎は強くなる。

 あまりの熱に体は熱せられ、汗が流れる。空気も炎に奪われ薄くなり、息苦しくなる。少ない空気も熱せられ、リリーを内から焼いていく。

 いくら忍者といえ、体にこたえる。

 だというのに、男は平然としている。

 火だるまの仕組みは、パイロットスーツの表面に塗った油に引火しているだけだろう。掴んだ手を滑らせるほどで、今も盛んに燃えているのだ。かなりの量が塗られているらしい。

 所詮見た目だけのこけおどし、という訳にもいかない。

 しかも最初からこの火だるまのことを考えているのだろう、パイロットスーツの表面はいまだ燃え続けるが、その生地が焼かれる様子がが見えない。いくらパイロットスーツも防火がしっかりしているとは言え、やがては燃えてしまう。いまも焼ける様子がないのはさすがに異常だ。

 

「はっ!」

 

 ならばと、リリーは炎に隠れて手裏剣を投じる。炎と熱風に巻かれてもぶれることなく飛ぶ手裏剣に、リリーの技術が見える。

 炎を突き破り襲いかかる手裏剣だが、男は身をひねり、あっさりとかわしてしまう。

はじかれるように腕を振るった。炎から飛び出したリリーの髪を擦る。構わず懐に飛び込み、苦無を振りながらすれ違った。刃は男の脇を切り裂き、流れる血が少しばかり炎を消していく。だが身を包む炎によって血は乾き、傷も焼かれて流血を塞ぐ。

 リリーを見下ろしながら、男は言った。

 

「わたしのスーツを斬り裂いたところで、なにも変わらんよ」

「傷は塞がった。体は焼けるのね」

 

 リリーは炎の隙間に身を隠しながら、構える。

 男も構えた。脇を焼かれたというのに、その動きは遜色無い。

 

「やっぱりあなた、コーディネイター。炎に強いというの?」

「ああ、私はコーディネイターだよ。このような極限環境にちょっとばかし強い」

 

 言葉とともに男の姿が消える。

 感じるままに苦無を振ると、手刀と切り結んだ。弾かれるように男は下がり、炎に紛れてその姿を見失う。

 そしてリリーは炎の中から突き出された蹴りをまともにくらい、壁に打ちつけられた。

 

「所詮はちょっとさ、ちょっと常人より強いが人の範疇は越えん。焼かれれば炭になり、凍ればやがて凍え死ぬ」

 

 

 飛び込む男の手刀に思わず手を添えると、投げ飛ばしていた。

 

(いまのって……?)

 

 夫妻の投げ技のようにリリーには見えた。あまりよくは効かなかったか、男は空中で姿勢を立て直し、見事に降りたつ。

 その隙にリリーは炎に構わずドアを突き破った。廊下を越えて窓を蹴り飛ばし、壁を屋上へと駆け上がった。

 炎はビル全体へ延焼し、黒煙を空へとあげている。

 町中を消防の赤い光が包んでいた。

 

「コロニーで火事なんて!」

「そのちょっとがあれば俺は人より生きていられるのさ! だから火事なんてありがたいものだ!」

 

 ビルを移っていくリリーの背後に、男が追いつく。

 風の如く跳んだ男の蹴りがリリーに突き刺さった。

 打ち上げられたリリーに、振り上げた足を勢いのまま叩きつける。踵落とし。

 近くのビルに打ち落とされ、クレーターを屋上に刻んだ。

 痙攣しつつも、リリーは起きあがる。

 隣の屋上へと飛ぼうとしたリリーに、男が手刀を狙った。槍の如く鋭い突き。

 リリーは空中ながら身を引ねり、頬をかすめるだけにとどめた。そのまま、突き出された腕に絡み付き、男の背中をたぐり寄せた。

 いまだ燃えるその背中へ、湯気をたてている苦無を突き刺した。

 

「ぐぅ、うおぉぅ!」

 

 獣のような悲鳴が男から漏れる。湯気を出すほどに熱せられた苦無は男の肉を焼き、音と匂いをあたりに振りまく。

 

「こんな肉じゃなければ、そそるんだけどねぇ!」

「えぇえい!」

「」

 

 二人は姿勢を崩し、隣の工事現場へと落ちていく。男は幕を突き破り、さらに落下防止のネットも焼いて破って地上へ落ちてしまった。

 受け身はうまくいかなかったのか、男は震えながらも立ち上がろうとする。

 バイザーも割れ、端正な素顔が覗いていた。

 起きあがって見上げると、顔色を変えた。

 

「これは……!」

 

 見たものに、驚きを隠せなかった。そして、

 

「ぐああぁぁっ!」

 

 突然、男を覆うように熱波が吹いた。

 炎すら平然としていた男があまりの熱に悶え、顔を抑え悲鳴を上げる。

 工事現場に隠されていたジンのスラスターが作動し、高熱を男に叩きつけていた。

 

「モビルスーツをこんなことには、使うつもりは無かったんだけどねぇ」

 

 組まれた足場の隅に身を隠しながら見ていた。

 ただ一つのスラスターなのに、熱波は工事現場内に吹き荒れ渦巻く。隠れていても、その熱は身を焦がすようだ。

 ジンのスラスターだ。足首周りのちょうどいい一つだけ使った。これならジンも姿勢を崩すことは無い。

 火災程度の炎とは比べものにならない熱が、男の身を焼き焦がす

 

「まだ、暑いけど……えいっ!」

 

 意を決し、リリーは熱波の嵐に身を投じた。風にのり、宙へと舞い上がる。

 風が止んだ。重力に乗り、一直線に飛び込む。その先には全身を燻らせ、悶える男。

 割れたバイザーから、顔が燃えているのも見えた。

 だがその真っ黒に染まった顔が、正面にしっかりとリリーをとらえていた。

 

「ぐっ、がぁあぁっ!」

「────っ!」

 

 男の引き絞られた右腕が弓矢のように放たれる。

 リリーは小刀を構え、一直線に落下する。

 

 リリーが受け身をとって地面を転がると、目の前に男の右腕が落ちてきた。

 

 背後から水しぶきが吹き上がる。

 首もとから血しぶきを吹き上げ、男は立ち尽くしていた。

 全身から血の湯気をたてて、男は倒れた。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

「ど、どうにかやれたか……」

 

 深く息を吐きながら、倒れた男をみた。うつ伏せに倒れた男の背には、深々と苦無が刺さっている。焼かれて遮光材がはがれた刀身は鈍く光を返し、その握り手には分厚い炭がついていた。

 熱せられた苦無を使うことができたのは、アマネからもらった草籠のおかげだ。ほどいて握り手に巻き付けることで、即席のカバーとしたのだ。

 あいにく少し残していたチョコレートも溶けてしまったので、草に一緒に擦り込んだ。かなりべたついてしまったものの、おかげで草は燃えることは無かった。

 

「アマネさんにはお礼と謝罪、言わなくちゃね」

 

 周りを見ると、スラスターの噴射によって空き地は荒れに荒れ、工事現場と偽装させる資材があちこち吹き飛びひどい有様だ。

 

「こっちもさすがにちょっと申し訳立たないわよねぇ。借り物だからに余計にまずいわよねぇ……」

 

 ここの場所は、工事現場だったところを空白期間中に撮影やらと偽って借り受けたところだ。プラントの戦時体制移行で契約が変更などは無かったことは幸いであった。

 

「外にも怪しまれてるわよねぇ」

 

 足場と幕があるから姿が見られていないだろうが、あの熱風嵐はさすがに外に漏れている。場所は変えた方がいいだろう。

 

「熱で足場は痛めたし幕は焦げてるし、こうも荒らしてしまうと弁償、よね…………ブッチしちゃえばいいかな!」

 

 明るく前向きに、いたって後ろ向きな発言をしながらジンを見上げる。

 すると、バラリ、と幕が半ばから落ちた。

 

「……は?」

 

 正面の道に、刀を振り抜いたジンが立っていた。

 

『さすがに暴れすぎだな』

 

 ジンが刀を鞘に戻しながら言う。

「火災を起こした上に町中でスラスタを吹かすとはやりすぎだぞ」

「ええっ! 火災は私じゃ無いわよ!」

 

 返答に送られたのは、リリーへと崩れ落ちる足場のくずだった。

 




【ジン】
歴史に初めて登場したモビルスーツ。コズミック・イラを彩る名機として長く愛用されることになる。
コーディネイターしか操縦できないほど複雑というが、クルーゼやイライジャを見るに、あくまで複雑で困難で、習熟が遠いだけらしい。


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ユニウス・セブン忍法帳.三 鉄風編

 切り刻まれた鉄くずがリリーへとなだれ落ちる。切り飛ばしただけとは思えないほどに広がり、網のようにリリーの逃げ場をふさぐ。そのままでは下敷きになってしまうだろう。

 しかしリリーは飛び上がり、崩れ落ちる残骸に乗った。残骸を踏み台にして一気にジンの胸元までかけあがり、コクピットに滑り込む。

 ジンのコクピットで操縦桿を握り、敵のジンをにらんだ。

 相手は特徴的なトサカも羽も無く、いくつか装甲もはずされて身軽になるような改造がされている。

 そして刀をおさめる時の滑らかな手さばき、地響きもなくリリーに近寄った足さばきといい、この機体はもはや機械ではない。間違いなく忍カスタムがほどこされている。

 

「やっぱり忍者か」

 

 鉄くずはリリーの前に広がるが、目の前のジンは未だに動かずじっとリリーを見つめるばかり。

 

「あなたも私がお目当てってわけね!」

 

 忍ジンが居合一閃。リリーのジンはかがんで避けるが、鶏冠の先を切り飛ばされた。地面についた手を弾かれるように振ると、地面が区画の基盤ごとめくれあがり壁となる。コロニーだからこそできる畳返しだ。

 勢いのまま鉄くずと一緒に覆い被さろうとする地面を、忍ジンは返す刀で切り捨てる。

 もう一太刀を加えようとして、その相手の姿がどこにも見えないことに気づいた。

 

「む、いない────下か!」

 

リリーのいた場所に長方形の穴がぽっかりと開いていた。そこから地下へ逃げたのだろう。

 忍ジンが無造作に刀を振るった。足下の道路が周囲ごと賽の目に切り裂かれ、ジンを一枚板に載せたまま落下する。即席、一方通行のエレベーターだ。

 落下した先にあったのは大きな通路だった。モビルスーツが一体、ゆうに通れる程度には大きい。

 

 足下には上から落ちた鉄くずが転がっている。ジンの足跡がしっかりと刻まれていた。

 足跡の向きからしてジンはそのまま正面の道に進んだと見える。

 その説を推すように、センサーが正面の角にスラスターの残留熱源という反応をとらえた。その角を曲がったとセンサーは言っている。

 だが忍ジンは立ち止まる。おもむろに目の前に刀を振った。プツン、と糸が音を響かせると、爆弾が起動。左右から爆発が襲う。

 

『挨拶代わりと言うにはぬるいな』

 

 他に切り落としていた板で爆風から身を守り、何事もないように周囲を見回す。

 じっと動かずにいると、背後へと飛びつくように通路を駆けだした。

 

ーーーー

 

 コロニーの地下とはさながら巨大な迷路のようなものである。

 コロニーの床は遠目から見れば一枚の板のようなものだ。だが実際は何層にも厚く重なり合っているのである。

 放射能や直射日光、デブリなどから遮る装甲。空気や水道、電気など循環させるライフライン、地下鉄道などの交通機関。さらには資材搬入路や点検構などが入り乱れているのだ。

 必然的に非常に分厚くなってしまう。

 それゆえ、コロニーの住人は足下に何があるのか、何がいるのか、気にも止めない。

 

ーーーー

 

 ズン、と遠くからかすかな振動が響いた。

 ジンで資材搬入路を通っていたリリーは、その振動をジンの足で感じ取る。

 

「ん、かかってくれたかしら」

 

 罠が作動したらしい。リリーは逃走をしながらも、いくつか罠を仕掛けたのだ。せいぜいハンドゲレネードと糸をつなげたような簡易的なものだ。

 あのジンに効果は正直期待できないが、無いよりはましだった。

 リリーはジンの足を早めた。通路を走り、縁から背部のスラスターを一気に吹かして広大な空間へと飛び出した。

 モビルスーツ比較しても明らかに大きな柱が上下に延び、それと比べれば幾分は小さい柱を周囲に張り巡らせている。その姿はまるで太い枝をのばす天を突き破る大樹のよう。

 ここは外郭の中にいくつかある支柱の部屋だ。合金の柱とワイヤーが束ねられて構成されている。このような大樹のごとき支柱が何本もあり、コロニーの中心に延びる支柱に木の根のようにつながる。孫、子、親といくつも支柱が連なってコロニーを支えているのだ。

 

 広大なスペースをリリーはジンを跳躍させ、枝を飛び移っていく。

 光が入らず、まばらに電灯がともるだけの大空洞は非常に暗いが、リリーは危なげなく進む。大胆に飛び上がり、走っているというのに足音もしない。

 時折整備用のエレベーターや電車にのる作業員とすれ違うが、リリーには気づかない。見慣れないジンがそばを通っても作業員らは見向きもしていない。

 リリーも忍者だ。その存在を気取らせない。

 

 リリーのジンが飛び乗った孫の支柱を走っていたときだった。

 

「誰かが、いる……?」

 

 何かが遠くで動いたように見えたのだ。周囲を観察すると、遠くにほのかに光る電灯に紛れて、影が写り込む。

 照らされ続けていた隣の光が、一瞬途切れた。

 

「何か、いる。……上かぁ!」

 

 全身で倒れ込むようにその場を飛びのいたところに、何かが勢いよく飛び降りてきた。

 あの忍ジンだ。長く鋭い刃物を全身の体重を載せて突き刺す姿勢。不意の一撃をはずしたからか、桃色のモノアイがゆらりと動いてリリーをにらんだ。

 かわしたリリーは着地して牽制にライフルを放つも、忍ジンは仰け反って交わし、そのまま空へ身を投じた。重力に引かれ姿を消す。

 

「どこにいった」

 

 再びの殺気にリリーが動く。死角から刀が襲う。身を捻ると、背部スラスタのカバーを切り裂いた。

 

「ええい! こしゃくな!」

『そら、そこにはいないぞ』

 

 忍ジンは姿を消し、重斬刀は空を切った。

 背後に再び現れた忍ジンが笑うように、刀を振るう。

 

 リリーが重斬刀を構えたが、忍ジンの刀は重斬刀を半ばからあっさりと断ち切った。火花も出ず、衝撃も感じさせない滑らかな斬撃。

 

「この剣もそこまで弱いか!」

『ただの鉄塊で止まるか!』

 

 ながれるような連撃は鋭く、リリーはギリギリでかわすのが精一杯だ。装甲を切っ先が撫でて傷を刻み、小さな破片をまき散らす。

 一気に飛び去ろうにも、忍ジンの鬼気迫る剣圧にそのような隙はない。悠長にスラスタを吹かしていればいい的になってしまう。逃げることもかなわず、少しずつ身を削られながらも足踏みを擦るしかない。

 こうして刀をかわし続けられるリリーの機体さばきは見事だが、それでもやっとのことである。かわし続けていくのは限界があるし、リリーや機体の負担も大きい。

 リリーとてジンを入手してから、MS忍者として扱えるように改造を施している。だがリリーのジンはまだ、ひよっこでしかない。

 

(機体が、重い……! あいつについていけてない。やっぱりカスタムはまだ不十分か)

 

 それでもリリーのジンは踊るように動く。刀をはじき、背後をとらせず、

 忍ジンに遜色無い動きだ。

 

(なら、腕でカバーすればいいだけのこと!)

 

 刀を欠けた重斬刀で押さえ込み、ライフルを撃ち込む。

 しかしその先にはすでに忍ジンはいない。

 脳天に殺気を受ける。必死にジンを仰け反らせると、その鼻先を頭上から振られた刀が掠めていった。

 刀はそのままライフルを握る左手を二の腕から切り飛ばした。

 腕ごと宙を舞うライフルは、律儀に弾を吐き出し続ける。壁に支柱に、あたりに飛び散り火花を散らした。照明が明滅、タワーの機能に麻痺が起きる。ライフルはそのままリリーにも向き、ジンの装甲に穴をあけた。

 

「あぁっ、これはちょっと、まずいって」

 

 赤の警告光とけたたましいアラートがコクピットを埋める。悲鳴をあげるジンにリリーが手をこまねいていると、忍ジンが動きを変え、強く一歩を踏み込んだ。

 

(くる!)

 

 ジンの左足を振り上げる。いきなり目の前に忍ジンが現れたかと思うと、衝撃がリリーを揺らした。

 忍ジンの一心の突きを左足で受け止めたが、串刺しにされ、その切っ先は膝からとびだしている。

 

『……!』

 

 駆動部が噛んだのか、刀は動かない。

 ならば、と忍ジンは両手を左足にかけ、膝から一息にねじ切った。

 

「っ……! どうせ足は死んだんだから!」

 

 片足となりたたらを踏んだ。忍ジンは滑るようにリリーに寄り苦無を胸元に向ける。狙いはコクピット。盾に差し出された左手を突き刺した。

 リリー機は苦無を左手に受けたまま忍ジンを押し、忍ジンから一歩離れた。スラスタを一気に吹かして宙へと身を踊らせる。

 

 忍ジンが打った手裏剣に、リリー機は腰から取り出したハンドグレネードを投げ込んだ。

 手裏剣に当たるとグレネードは強烈な光を放ち、忍ジンのモニターを焼き付かせる。

 一瞬モニターが暗転してすぐ光減処理がかけられるが、リリー機は姿をくらましていた。

 

『随分もたついていたようだが、それなりにはやれるようじゃあないか』

 

 支柱の端からリリーのいた場所を見下ろしていた忍ジンは、感心したようにそう言った。

 同じように飛び降り、闇に姿を眩ませる。

 

 

ーーーー

 

 

 忍ジンは小さな通路を進んでいた。コロニー大気の循環機の一つにつながる区画だ。非常に入り組んでおり、天地左右区別なく角があって三次元迷路となっている。ここに出入りする作業員でも下手すれば実際に迷ってしまうほどだが、そのなかを忍ジンはすいすいと進んでいた。時折立ち止まっては通路を見回すが、迷ったりするようなことはない。

 区画をはずれの方まで進み、ひときわ長い通路を進んでいたときだった。

 

『来たか!』

 

 電灯も消え暗闇となった通路の奥から、猛スピードでジンがつっこんできた。全身が傷付き穴をあけている。リリーのジンだ。左足は無く、左手も砕けた半死半生の状態だが、その速度は衰えるどころか、失った分だけ身軽となり素早くなっている。

 だが速度を増しても、動きはなかった。体当たりだ。

 

『カミカゼ・アタックか』

 

 忍ジンは動じることなく避け、苦無をそばを掠めるジンのコクピットに突き立てた。

 ジンは忍ジンの横を通り過ぎてもスピードをゆるめることは無かったが、制御を失ったのか機体を回転させる。

 そして壁へとぶつかった。部品をまき散らしながら壁を跳ね返り続け、やがて爆発を起こして砕け散る。

 なにを詰め込んだのか、一気に煙が通路に吹き荒れた。

 忍ジンはそのまま身構えるが、あきれたようにつぶやいた。

 

『これで終わりか……?』

 

 

ーーーー

 

 

 そのときリリーは、地上に顔を出していた。公園の片隅にある作業構の出入り口だ。さすがにリリーの小ささでは少々目立つかもしれないが、周囲に人の眼は無いことを確認しているので問題はない。万が一みとがめられても、近所の悪ガキとしてごまかせばいい。

 

「腕でもダメだったか……ジンで半月もたなかったし、厳しいなぁ……」

 うまく扱えなかったことは痛恨の極みだが、しかしそれは修練か足りなかったのだ。精進するしかない。

 

「しかしなぁ、次のモビルスーツどうしよう。高いよなぁ……」

 

 今モビルスーツの入手するすべとなると、ジャンク屋から購入するのが一番確実だ。彼らは戦闘で破損し捨てられた機体を回収、修復して販売している。しかし、モビルスーツは今非常に人気だ。作業に良し、戦闘に良しと大活躍。だがそのために価格は非常に高騰しており、懐の負担が大きい。装備は通常のMAのものを流用できるだけまだましであるが、モビルスーツはまだまだ手間がかかるものであることには違いない。

 

「ジャンク屋は元のままだからカスタム費は別途かかる、闇ルートはカスタム込みで割引あるけど結局マージンとられるし、個人は論外……」

 

 もともとあのジンは、リリーがMS捕獲依頼を受けたさい、一つくすねたものだ。

 手に入れるにもかなり苦労したが、いざ使ってからも維持はなかなか苦労の連続だった。

 MS忍者カスタム技術者はまだ少なく、居ても腕前はピンキリ。金もかかる。

 結局忍者がMS忍者を使うとなると、いまだかなり面倒が多い。

 

 頭を抱えながら、リリーはヒューガ夫妻の家へ足を向けた。

 火だるま男といい、襲いかかり続けてきた忍者たちといい、あの二人が目的と見て間違いはない。

 

「しかし、MS忍者がたった二人のために出張ってくるか」

 

 確実ではあるが、過剰戦力であることだけは違いない。

 森のなかの二人の家は、薄暗い闇夜の中に暖かい光を放っている。

 茂みの中から家を覗くと、リリーは目を見開いた。

 

「なっ────!」

 

 家のまわりに何人も人間が倒れている。若い男女、恰幅のいい男に年かさのいった女。体の小さい男児までもがいた。

 誰もが気を失っているのか身動きもない。

 よく見てみると、肉の付きかたからして誰もが忍者であった。

 

「息はある。この人数をどうやって」

 

 驚いたリリーだったが、その程度で尻込みはしていられない。意を決し家の中へ飛び込んでいく。

 

「ご無事ですか、ヒューガ夫妻! いらっしゃいますか!」

 

 テラスの窓に鍵はかかっていなかった。窓を開けて中に飛び込むも、人の姿は無い。外の惨状が嘘のように家は静かだ。荒らされた様子もなかった。

 

「どちらに行かれたのです!」

 

 リリーが問いかけても答える声はない。

 

「遅かったというの? でも、それなら外の忍者はいったい……」

「なぁお前、なにゆえ来た」

 

 気づけば、リリーは背後からの攻撃を小刀で受け止めていた。ぎりぎりと刃がきしんで音を立てる。

 

「あの二人を助けにきた、って言ったらどうする?」

「ほう……」

 

 ふ、と圧が消えた。振り返ると、そこには老人が立っていた。

 

「リョーマさん!」

 

 厳めしい、憮然とした様子で言う。

 

「何できた、小僧」

「なんで、って言われましても、依頼なのでとしか……」

「依頼だぁ? 何じゃそりゃ」

 

 疑わしげに、老人は言った。

 二人をプラントから連れ出して欲しい、という依頼を話した。今回は至極まじめに聞いていた。以前話したはずのことだが、どうやら聞こうともしていなかったらしい。

 話を聞き、老人はため息をつきながら言った。

 

「物好きだな、おまえさんも」

「物好き、ですか?」

 

 言っていることがリリーにはわからなかった。哀れむような視線がリリーに刺さる。

 

「対象が狙われているなら、はねのけて安全を確保するのは当然です」

「今の世に、わしらをどうにかしようなんて考えるのはおらんよ」

「では、外の方々は何なのでしょうかね」

「疲れて眠ってるんだよ、ちょっとパーティ開いたんでな」

 

 ならばと、リリーはワイヤーを取り出した。ナイフなんかでは切れない秘伝合金を編み込んだ特別製だ。

 

「ではせめて、夜冷えしないように暖めてあげないと」

「おしくらまんじゅうは、せんでいいよ。どうせ朝まで起きんさ」

「ですけれど……」

「構わん、ほっといたほうが頭も冷えるだろうさ」

「そう、ですか」

「ああ、別にそこまで気を回さなくて良いさ」

 

 窓際に立って、リョーマは風を浴びていた。外から涼しい風が吹き込み、火照ったリリーの体を冷やしていく。

 リョーマの隣に、並び立った。

 

「なぜ、ここにいたいのです」

「わしもなぁ、よくはわからんのだよ」

 

 リョーマは空を見上げていた。空の、ガラスの先に映る、月を見ていた。

 

「地球の方が、良い風も吹く。土の匂い、潮の香り、果てない空。コロニーには無いものだらけだ。だが、ここであいつと出会った。それなのかもしれんな、結局理由は」

「奥様と、ここであわれたのですか?」

「ああ、刃を向けあってな」

「はあ……」

 

 そのとき、二人は目の前の森に視線を向けた。

 忍び寄る、何者かの気配。

 

「む……」

「また来たッ!」

 

 森から、大きな陰が飛び出し、二人の目の前に降りたった。

 墨のように混じりけもない、真っ黒のジン。

 

『こちらにおられましたか』

 

 ライフルを二人にむけながら、ジンは言った。野太い男の声だ。

 

「何のようだ。MSに乗ったまま押し掛けてくる知り合い何ぞ、わしにはおらんよ」

 

 言葉もなく、黒いジンは発砲した。

 だが二人は屋根の上まで一息に飛び上がり、弾丸を避けた。

 見れば、人の背丈ほどの口径をもつ弾丸は地面を大きく穿っている。人に当たれば跡形も無く砕けていただろう。

 

「そんな返事はいらんなぁ……」

 

 老人は言う。

 

「礼儀がなっとらんの。この小僧のほうがましだな」

『戯言を』

「さっさとやればいいのさ、その足元の連中みたいにな」

 

老人に向けライフルが撃ち込まれるも、横に飛ぶだけで難なくかわした。その風圧にリリーは踏ん張り耐えるが、老人の体はそよ風でも受けたように平然としていた。だが老人はジンから視線をはずして足下を見ている。屋根が壊れ、一部がめくれあがっていた。

 その隙を見逃さず、ジンは再び発砲した。

 

「危ない!」

 

 リリーが叫ぶも後一歩間に合わない。

 弾丸は老人に迫り、

 

「──ぬぅうんっ!」

 

 弾丸を抱えて取り、投げ返した。

 

「なっ……」

『がっ』

 

 突然のことにリリーは呆然とする。一瞬のことだった。老人に弾丸が当たったかと思えば、その弾丸を投げ返しジンのカメラアイを破壊した。

 

「どう、やったっていうの」

「要らなかったんでな、返しただけだ」

 

 思わずこぼしたリリーに老人が答えた。

 

「気軽に言ってくれるわねぇ……」

 

 ぼやいた。頭を抱えたくもなるが、ジンからはまだ眼が離せない。

 カメラを失ったジンは変わらずライフルを構えていた。だが現象を理解できなかったのか、ぶれた射軸を修正する動きはぎこちない。

 

 発砲されることは無かった。ジンの胸から刀が飛び出し、コクピットを串刺しにしている。下手人はジンを持ち上げ、そのまま背後に投げ捨てた。捨てざまに刀を抜き斬り、真っ二つになったジンは爆発した。

 

 リリーは身構える。煙を背に忍ジンがいた。

 

「あれでも、ダメだったの……っ!」

『そうはやるな』

「リョーマさん!」

 

 リリーが呼びかけるも、リョーマは投げ返した姿勢のまま動かない。その手足が細かく震えているのを見て、リリーは悟った。

 

「動けないんですか!?」

 

 弾丸投げ返しという絶技、だが相当に負担をかけたに違いない。

 

「失礼しますよ!」

 

 このままでは良い的だ。逃げる為、リョーマを小さな体で精一杯抱えようとして、

 

『またやったの、アナタ』

「は?」

 

 忍ジンがリョーマを見つめて言った。コクピットが開かれ、飛び出した人影が一飛びで屋根に移り、リョーマに駆け寄る。

 アマネだった。ブラウスにズボンと、ラフで動きやすい格好をしている。リョーマに劣らぬほどの機敏な動きだ。

 リョーマの肩を抱き呆れるように言った。

 

「また砲弾返ししたの? 腰に悪いんだからあまり無理しちゃダメ、ってお医者さんも言ってたでしょう?」

「う、うるせぇ。これが一番よかった、んだ」

「それでその体たらくじゃ意味ないでしょうに」

 

 体を動かせず視線だけを向けるリョーマの言葉に、心配をしながらも呆れるような複雑なため息をした。

 

「あ。あのう……」

「あら、ごめんなさいね。この人を中で寝かせなくちゃ」

 

 これを呆然と眺めていたのが、リリーである。

 見紛うことない、若き夫人、アマネである。先まで自身をなぶるように苦しめた忍ジンの乗り手とは思えない。

 そして、自ずと気づいた。震える声で、リリーは尋ねる

 

「お、お二人は、忍者、なのですか……?」

「やあねえ、昔の話よ」

 

 頬に手を当て気恥ずかしそうにしているが、これが忍ジンに乗っていた声の主と同じとはとても思えなかった。

 

「さ、早くいきましょうか」

「い、いや、アレ頼む」

「アレ? 痛いからヤダって話じゃ無かったかしら」

「動ける、なら、そっち、の方がいいさ」

 

 つっかえぎみの言葉に、夫人は頷いた。リョーマの背に回り自身の呼吸を整える。

 

「それじゃあ────えいぃッ!」

 

 一拍おいて放たれた掌底はリョーマの腰を打ち、衝撃で丸まった体がはじかれるように起きあがった。

 

「ぐおぉ────う゛ぅッ!」

 

 リョーマのうなるような叫びがリリーの耳をついた。反り返った姿勢のまま、小刻みに震えている。

「……だ、大丈夫、ですか?」

「なあに、すぐに収まるよ」

 

 その夫人の言葉の通りに、うめきは次第に消え、全身を限界まで反り返らせた体がゆっくり起きあがる。その背に芯が通ったかのような立ち姿は先ほどとは大違いだ。

 

「ヴぅ……心配かけさせちまったみたいだな」

「……大丈夫なんですか、本当に」

「なあに、全身しびれるような痛みが走るだけよ」

 

 確かめるように体を動かすが、その動きは問題があるようには見えなかった。

 

「それだけ、動けるのなら良いですけれど……」

「このくらい、いつものことよ。……それと、ねぇ、リリーちゃん」

「なんでしょうか」

「あなた、モビルスーツ動かせるでしょう?」

「ええ、アナタには幾分劣りますが」

 

 それがリリーの本音であった。手玉に取られてばかりで良いものではない。

 そんな心中を知ってか知らずか、おもむろにアマネは言った。

 

「じゃあ、その子貸すから、ちょっと宇宙行ってきてくれない?」

「……はい?」

 




【ジャンク屋組合】
 単に組合、ジャンク屋とも。
 壊れたものを回収し修復することを生業とする、戦場の技術者。
 民間の機械屋の総称とも言える。
 扱うものは兵器だけにとどまらず機械全般に及ぶ。ヘッドホンからコロニーまで、機械ならば修復・製造・売買なんでもござれ。

 後に国際法によって保護され連合・プラント地域下でも自由に活動できるようになるが、徹底的な中立・先制攻撃の禁止が義務づけられる。

 MSを民間に販売して、死の商人だなんだとケチを付けられることもある。
 しかし居なければ、戦争で宇宙も地球も、鉄屑で溢れてしまうことになる。
 連合・プラントにとって、勝手に掃除して、無駄なく経済も回してくれる彼らの存在は、貴重な益虫なのだ。
 しかし害虫でもある。
 ジャンクとして回収された時点で物品の権利はジャンク屋側に移ってしまう。たとえそれが停止した機密兵器であっても。
 彼らにとってジャンク屋は、あたり構わず飛び回る虫でしかない。


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ユニウス・セブン忍法帳.結 血風編

「まもなく、SE438地点に到着。指定宙域です」

 

 クルーの報告を受け、地球連合艦ネルソン級『ネレスドロウ』艦長レドル・ヴァンダー中佐は気を引き締めるため、制帽を整えた。

 

 ここはL5宙域。遠くにコロニー『プラント』の姿が見える。通常のコロニーが円筒状の中、砂時計がいくつも連なった形状はほかに無いプラントの特徴である。

 こんなところまで連合が艦隊を組んでやって来たのは、作戦行動のためだ。

 曰く、卑劣な罠によって人々を平和に導く素晴らしき指導者たちを死にいたらしめた悪逆非道のプラントを討つ。

 そのために月のプトレマイオス基地から侵攻を行っているのだ。

 もうすぐ、実力行使の時である。

 MAの整備員はとくに大慌てだろう。生活班らは船を守るため、医療・即応班として待機を開始した。機関室では班員が全力を解き放つ機会を今か今かと待ち受けて、艦橋では、艦長目下でブリッジクルーが各々のデータを解析し戦闘に構えている。

 レドルもまた、艦長席で作戦開始の合図を待ち構えていた。もちろん待つだけの時間を無駄にする事なく、作戦の次第を脳内でシミュレートしている。流転する戦況、起こりうる突発的事態、万が一の瞬間。予測されるだけのことを対策とともに考えていた。

 そのとき、艦隊旗艦『ルーズベルト』より通信がとどいた。解析した電子席クルー曰く、艦隊全てへの映像通信。

 

『大隊旗艦『ルーズベルト』艦長ブロンゴ・ドチャックである。まもなく作戦時間だ。忌々しいプラントの連中に、裁きを下さん────』

 

 そら、また始まった。

 レドルはため息をつきそうになり、平然を装いながらどうにか飲み込んだ。

 脂ぎった肌とぶくぶくと膨れ上がった肉体が、画面のなかで激しく短い腕を振り上げ鳴いている。豚のような男が、ブロンゴ・ドチャック大佐である。

 ドチャック大佐の指揮下にあることに、レドルはあまりいい思いをしていなかった。

 実直であり手練であるレドルにとって、ドチャックは唾棄する存在なのだ。

 レドルはドチャックの指揮を何度か目にしたことがあるが、あまりほめられたものではない。千変万化の戦場にありながら教科書に書かれた通りの指揮しか出来ずに、固まった思考によって混乱と被害を招く。それでも副官らの指揮によって生存はするが、すべて自身の指揮の賜物とのたまうのが常だ。

 優秀な副官らに指揮を学ぶのでも無く、指揮に回すべき頭脳を全て上官へのおべっかにしか使わない有り様だ。政治屋の腰巾着というのが実状である。

 あの男がこうして台頭するになったのは、彼がブルーコスモス、それも過激派であるという噂と無関係ではないだろう。彼がとくに低頭であり派閥として執着しているのは、あのウィリアム・サザーランドの一派だ。彼もまたブルーコスモスと言われる。

 ルーズベルトも元はサザーランド提督の艦隊のもの。彼から艦隊を任されたということで高揚しているのか、口々にする言葉はどれも調子づいている。

 艦隊司令のどこに有り難みも得るものも無い偏向演説を体よく聞き流し、目の前に仕事に集中する。

 あまりある心情濡れの司令に呆れかえるその心境は、ほどよく緊張が抜けながらも気を保つ、絶好の状態であった。

 

「───ッ!」

 

 突然レドルは腰を浮かした。その動きにブリッジクルーの注目を浴びるが、何でもない、とごまかす。ドチャックからの通信が一方通行に過ぎないことを確認し、嘆息するクルーを横目に艦橋いっぱいに広がる宇宙の光景、その中の一点を見た。目をこらし、皿のようにするがすぐに諦める。椅子に寄りかかり肩の力をぬいた。

 

 (あれは、気のせいだったか? ジンが目の前を通り過ぎたように見えたんだが───)

 

 作戦開始目前。艦橋に緊張が満ちる。

 主機が唸りを上げ、主砲のチャージが開始される。MA部隊も出撃の準備が整えられた。

 

「さあ、いよいよだ……」

 

 司令に辟易しながらも、レドルは高揚していた。

 この戦闘は歴史に刻まれるという確信があり、その引き金の一端を引くことに興奮を抱いていた。

 

 主砲チャージ完了の報を受け取った。

 あとは指令の元、放つだけ。順次他の戦艦らもチャージを完了していく。

 一斉射までもうまもなくというとき、脇から一条の閃光が艦隊を通り向けた。前方へと向かうビーム砲撃。

 索敵席が叫ぶ。

 

「ネル・ガンガーから発砲!」

「まだ早いですよ!」

 

 隣にいるドレイク級『ネル・ガンガー』が発砲した。砲塔が破壊され火を吹き上げている。

 すかさずレドルが声を上げた。

 

「ネル・ガンガーに敵だ! ネル・ガンガーの周囲にレーダー最大。観測は何をしていた!」 

「え、えっ、敵機見えず、爆発現象しか反応ありません!?」

「通信が────ああっ、ガンガーが!」

 

 作戦開始直前に懐に敵機が突然現れても対応できるほどに、クルーは優秀であった。

 しかしそれでも、遅かったのだ。すぐにネル・ガンガーの船体表面にいくつもの爆発が起こる。

 通信手が叫んだ時には、ネル・ガンガーの船体は爆発によって裂け、爆発の中に消えた。

 

「ネル・ガンガー撃沈!」

「脱出ポッド、確認出来ません!」

 

 悲痛な叫びが艦橋にこだまする。クルーらの動揺を押さえるように必死に、レドルは叫んだ。

 

「レーダー全開、全周警戒! MA展開!」

「ネル・ガンガーへの救護は!?」

「懐に敵がいて出来るか!」

『──────敵襲だ! MAを出せ! プラントどもめ、奇襲なぞ仕掛けおって、卑怯ものがぁ!』

 

 大佐からの通信が全艦に響く。すでに一部の船は先じてMAを出撃させていた。

 それでも敵の姿は確認できない。

 

「敵機、レーダーに見えませぇん! 何処に行ったのぉ!」

「『ディオルゲス』轟沈!」

 

 また一つ艦が墜ちた。ドレイク級だ。

 索敵班の悲鳴をあげるなか、MAが次々と発進していく。一斉にレーダーが発信される。電磁波が宇宙空間を走り、荒れ狂う。

 各員が必死に四方八方に手を尽くす中、レドルは歯がゆい思いをしていた。

 レドルは偶然、だが確かに見たのだ。隣にあった─それでも実際は数kmは離れている─ネル・ガンガーの砲塔が一つ、発砲したかと思うと突然爆ぜ、その煙の中から二機のジンがもつれ合うように現れたのを。

 

(オレは、見たんだ、一機はネル・ガンガーの主砲に化けていた。そして姿を隠しながら、この戦列で戦っている。何と言ったか、あれはそう、東洋の───)

 

 そのとき、目の前を巨大な何かが駆け抜けた。それはまさしく、もつれ合い、額をぶつけるようにつばぜり合う、二機のMS。

 

(あれ、は───)

 

 通った衝撃で艦橋が揺れ、それが幻覚などではないと教えてくれる。

 宇宙であるというのに、風が吹いたように、あっと言う間に去っていく。

 

(───そう、ニンジャ、だったか)

 衝撃からか、艦橋は静まり返っていた。

 レドルは声を張り上げる。

 

「惚けるな! まだ戦闘の最中だ。 索敵、トレースはどうした!」

「は、はい、やっぱり反応出ません。 今居たのにぃ!」

「他の艦とレーダーで連携して網を張るか? 出来なかったらいっそほっとけ」

「やって見せます! まずデリアンとモスローと───」

「『エル・モスロー』轟沈!」

「ええい、バッタじゃあるまいに!」

 

 三度の沈没の言葉を聞きながら、レドルも矢つぎ早に指示を出していく。

 的確な指示とその奮戦によって、連合とザフトの痛み分けの中、ネレスドロウは大した被害も無く戦闘を終えることになる。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 煙幕の中にリリーは居た。

 煙が濃く何も見えないが、振った刀は相手と幾度も打ち合い、散らした火花が相手の姿を映し出す。

 坊主のような姿のジンは刀を大きく振ってリリー機を引き離し、再び煙に紛れようとした。

 だがリリーは自機のスラスタを振り絞り、逃さない。刀は鍔競り合い、勢いは止まらず額を打ち合う。

 声が響いた。接触通信。

 

『何の、用だ……』

 

 もはや、つかみかからんばかりに寄り合う二機。

 押して、引いて、刀に力を込めていく。

 

「何をしたいのか、知らないけど──」

 リリーが駆るのは、敵であったはずの忍ジン。

 

「──お命、頂戴いたす!」

 

 スロットル全開、忍ジンは敵ごと一気に加速し、煙を抜けて宇宙へと飛び出した。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

「このジンに乗れ……ですか?」

「ええ、それでちょっとお使い、頼まれてくれないかしら」

 

 ガラス越しの宇宙を指さし、天に高らかに言った。

 

「私たちはいま、狙われている────!」

「知ってます」

 

 そう返すしか無い。いままでの惨状からすでにリリーにも憶測はできていた。リリーに襲いかかってきた忍者たちは本来この夫婦が目的だったのだろう。それも命を狙う刺客として。だからこそ、その障害となってしまったリリーも狙ってきたのだ。

 しかしリリーには気になることがあった。

 

「なぜあなた方は、私にも襲いかかってきたんでしょうか」

「カタリかも知れんからだろうが。なあ?」

「ええ。手段をこうじて呼び出してそのままコロリ、なんてことよくありましたものねぇ」

 

 それが当然だろう、と呆れるような顔をしていた。

 

「昔はメールとか覚えの無い懸賞の当たりとか、よく来てましたよね」

「冤罪ふっかけられた時もあったか……真犯人見つけてやったっけ」

「あのときのアナタ、本当に探偵みたいでかっこよかったわよ」

「そういう真似事はもうコリゴリだ」

 

 あふれでてくる事例にリリーは眼を丸くするしかない。そこまでだったなら、リリーも疑われて当然のことだっただろう。

 この夫婦が昔からこの調子だったのは、呆れるばかりであった。

 

「こうも直接狙うようになってきたのは最近だよなぁ」

「三年位前ね。直接狙ってくるからずいぶん楽になったわ」

 

 直接狙ってくるほうが対処が楽だと言われ、リリーは頭を抱えるしかない。直接命を狙ってくるならば実力によって対処すれば良いだけなのは違いない。ひっそりと罠を仕掛けたり、回りくどい手段に翻弄されないだけ、単純であることは確かなのだ。

 だがその分、仕掛けの手は苛烈に違いない。この家の周りの有様からして、すみかをすでに知られていた。憩いの住処で、暖かい町中で、命を狙われることも数多くあっただろう。その状況で長く暮らしていたというのだから、リリーはもはや言葉を出せなかった。

 

「じゃ、お願いするよ」

「な、なんで私が」

「あたしは付いてなきゃいけないからね」

 

 ぽん、とアマネに背中をたたかれてリリーは忍ジンに向かう。

 屋根の縁まで歩き、振り返った。

 

「陽冥衆、というのはどういった連中です?」

「そうだなあ、影天衆っってところを目の敵にしてるよ」

「じゃあ、さっさと数で攻めればいいのに、のんびりやってたのって」

「首取り合戦、ってところだな」

「なるほど、ではなぜ──」

 

 言葉を出そうとして、リョーマの手に止められた。

 

「話は後だ、さっさといけ。あとは帰ってきたら教えてやる」

 

 

ーーーー

 

「この子、なめらかに動くな。私のジンとは大違いだ」

 

 忍ジンの動きに感嘆しながら周囲に意識を張り巡らす。だが見えるのは小惑星やデブリばかりだ。

 慎重をきして接触しても、どれも仕掛けなど怪しい点は見当たらない。

 その中でリリーはある方に注意を向けた。その先に居たのは、連合艦隊。

 

「連合がこんなところにまで……」

 

 ひっそりと小惑星の陰にひそみながら、船団を観察する。

 アガメムノン級やドレイク級を擁する大艦隊がプラントへ向かっている。

 

「この数、連合はやっぱり本気で戦争をするのね」

 

 艦隊はまだひっそりと息を潜めているが、十を有に超す船の数からその本気が伺える。

 攻撃はもうすぐなのだろう。砲を中心にエネルギーが満ち熱量を高め、威勢良く周囲にレーダー波をとばして、ときの声を上げている。

 

「こんな大攻勢だなんて、連合ははしゃぎすぎじゃないか……?」

 電波の発信はなんとも無い行動に思えるが、暗闇の中でライトを使用するような非常に目立つ行為である。

 こうも出力の強い電波を使っていては目立ってしょうがないはず。

 ならばこれは、出陣への雄叫びであり、プラントへ向けた鏑矢だ。

 

 目下で電波は今も宇宙を白く彩っている。

 

「あれ……?」

 

 その真っ白に染まった波計の中でリリーは一つ、妙な場所を見つけた。

 その歪みはきっと、この様に電波が溢れるようなことが無ければわからなかっただろう。

 

「あそこだけ少し、電波が歪んでいるな」

 

 中程にいる艦の一部に、少しばかり電波の流れが歪んでいる場所があったのだ。配置からして役目は後方側のMA空母。

 船を飛びついで、船団を横切る。いくつものネルソン級、アガメムノン級。そしてあるドレイク級を目の前に、リリーは確信した。

 

「そこにいたかぁ!」

 

 音もなく、一気に飛び出す。答えるように砲塔がビームを発射した。

 ビームは機体を掠めて塗装を焼く。砲口がリリーを追ってビームがしなる。迫るビームをかいくぐり砲塔の懐に飛び込んだ。

 得物を振るうと、確かな手応えとともに刀と打ち合った。

 砲塔から腕がでている。やがて、硬い鉄の塊のはずの砲塔がはらりとほどけ、ジンが姿を現した。羽やスカートといった装甲はない五体だけの身軽な姿だ。

 その身軽な装備のなかで目立つのが、背中に山のような荷物のごとく背負った大きな機械と腕に抱えられた二本の砲身。主砲に偽装したビームライフルだ。これでユニウス・セブンを狙い撃つ算段だったのだろう。

 ジンは装備をリリーに放り投げた。リリーが切り捨てれば爆発を起こし、過剰なまでに溢れる煙がその一角を包み込む。

 やがて爆煙から、刀を打ち合いながら二機が飛び出した。

 幾度も切り結びながら船体表面をかけ抜け、追いかけるように爆発が起こっていく。

 斬り結びいなされて宙を凪ぐ刀は、装甲を、機銃を、艦橋を斬り裂き艦が沈む。

 戦艦の爆発もものともせず、宙へと飛び出した。宇宙を欠ける忍者にとって戦艦など障害物でしかなく、戦場の駆け引きの道具にすぎない。

 飛び回りぶつかり合って、不幸な船がまた一隻、刀のさびと消えた。

 荷を捨てたジンの動きは素早く、剣筋は鋭くリリーに襲いかかる。一合の度に火花が散り、一振りの度に船を斬りオイルを散らす。その剣圧はすさまじきものであり、リリーも凌ぐだけが精一杯であった。

 

「これは、すごい」

 

 だが、リリーはただ感嘆をあげていた。

 このMSが、私の反応についてくる、いや、私そのものだ、と。

 

「でもこれは、理想の体だ! これならば!」

 

 操作にタイムロスも無く素早く反応する。

 まだ幼く小さい体であるリリーは刀に振り回されることもあった。だがこの忍ジンではそれを補い、それ以上に機敏に動く。

 リリーにとってこの忍ジンは、大きすぎることを除けばまるで理想の肉体の様であった。

 凌ぐことが出来るのは、この忍ジンの力が合ってこそだ。

 ジンの鬼気迫る振りおろしを受け止めきり、槍のごとき鋭さで足を狙う横凪ぎを打ち落とす。その勢いをもらうようにジンの頭上へ飛び跳ね、背中から首筋への一撃を見舞う。しかしリリーをスラスタの噴射が襲い、いい手応えを得られなかった。

 

「浅かったかな!」

 

 ジンは振り返りざまの切り払いから、突きを出そうとして、背部で起きた爆発によってつんのめった。背中のバックパックが爆発したのだ。リリーがしかけた背中への一撃は、ジンがスラスタを一瞬前へ吹かしたことで間合いを取られてしまい、浅くバックパックを斬るだけだった。その傷は確かに届いていたのだ。

 スラスタをなくしたことも意にかさず、ジンは船体を蹴り再び突きを仕掛ける。だが一瞬でもたたらを踏んでいたジンはあきらかに隙だった。その一瞬でリリーはジンの脇を駆け抜け刀を振り切っていた。

 すでに背後にいたリリーにも気づかずに突き進み、上半身だけとなったジンは何も出来ずに艦橋へと刀を突き刺した。

 遅れて宙を漂う下半身が、艦橋の残骸に埋もれた上半身と再会をはたそうとして、爆発が起きた。

 ジンが爆発し、誘爆して船体も爆発していく。風船でも破裂するように船体の中から破裂し、輸送艦は宇宙に消えた。

 

「さて、これで仕留めたと思いたいが……」

 

 ジンが消えゆく様を離れて遠くから見たリリーは再び動き出す。しかし、足を止めた。

 

(────?)

 

 視線。鋭いというには違う。見透かされたような、観察されているような冷たい視線。

 足を止めたその瞬間。目の前を弾丸が一つ、紫電を帯びながら通り過ぎていった。レールガンの弾道だ。

 MAが一機、リリーに照準を向けていた。薄く平たい胴体と脇に下がる二つの大型スラスターから見るに、連合最新のMA『メビウス』。

 

『抵抗を止め、投降してもらおうか』

「まいったわね、こりゃ……」

 

 全周波で送られてきた通信に、リリーは思わず頭を抱えた。

 リリーはぐるり、と周囲を見回す。

 

「ちょーっと、調子に乗りすぎたかな……?」

 

 脚を止めた一瞬のうちに現れたMAによって取り囲まれ、銃口を向けられていた。こうして見ている間にも続々とMAが集まってくる。明らかに狙われていた。

 リリーにレーダーが集中し。波計が悲鳴を上げている。

 

「さて、どうするか」

 

 思考を巡らす。いまの状況はマズイ。調子そのものは良い。機体の操作はもうリリーの手に馴染んでいる。

 しかし、何もなく取り囲まれた状況を打開できるほど、忍者は万能ではない。そもそも包囲などされてしまったら、情報も残さないようにして死ぬのが忍者の相場である。

 だが、そうではない時もある。なんとしても”何か”を運ぶ時だ。情報、物、あるいは人。そのような大切なものがある時、忍者は命に代えても運ばなくてはいけない。

 いまも、そのときである。

 何としても”眼”を絶ち、忍ジンを夫婦の元へ返し、夫婦を連れ出す。

 リリーは意を決し、刀に手をかけた。

 

「抵抗の意志あり。 攻撃開始!」

 

 閃光がすべてを埋め尽くした。

 

「ッ! これは……!」

 

 包囲攻撃は回避した。だが今の閃光は違う。戦場に放り込まれた閃光弾だ。とてつもないまでの光にカメラが焼かれていく。攪乱材までも織り込まれ、レーダーも機能していない。

 その程度では、連合もどうじない。それでも対応するまでの一瞬の間に、少しばかりの艦船と奥のMAが炎に飲まれた。そうして穿たれた穴にザフトのMS部隊が入り込み、押し広げていく。

 それからは一方的であった。

 MSの運動性はMAを凌駕していた。横を向こうとすればすでに背中に回り込み、追いかけるMSを振り払おうにも先回りをされる。まさしく踊るような機動をでMAを翻弄し、撃墜していく。

 MAですら圧倒される運動性能に艦船では太刀打ちもできない。機銃で追い落とそうにも鮮やかにかわされてしまい、弾丸をくらって撃沈される。

 大混乱の戦場にあってもどうにか連合が戦線を保てるのは、ひとえに物量によるものでしかない。

 数倍ものMAと艦船が戦線を形成し攻撃にあたっていたのだ。

 リリーの介入などの障害もあったが、それでも維持は出来ていたのだ。

 

「ええい、ジャマ、だぁ!」

 

 入り乱れた戦列の中に、リリーも居た。

 リリーも刀を振るい、苦無を投げてメビウスを落としていく。

 メビウスが取り囲み、逐次砲撃を仕掛けてくる。被害も無いが、戦線が拡大し、いくら進んでも戦場が続く。

 

 いまリリーを狙っているのは、一風変わったオレンジ色のMA。後部にブースターを取り付けたシンプルなロケット型。有線操作の攻撃端末までも駆使し、リリーに迫る。

 

「なんなのよ、このハチはぁ!」

 

 たった一機でありながら一個小隊であるような手練の機動だ。

 だがリリーとて忍者の端くれ、影も残さぬ機動で端末をかいくぐり目前に迫った。メビウスと同じくクナイを突き立てようとして、その動きを止められた。

 忍ジンの全身に糸が絡まっている。攻撃端末の電線だ。

 

「何ッ!」

 

 もがいても糸はほどけず、MAにもジンの手は届かない。糸の先では端末が悠々と動き、リリーを絡めていく。

 MAの仕掛けた罠にはまってしまった。リリーがどう動くかも理解していたかのようなパイロットの感覚に戦慄する。

 周囲を囲む端末の銃口がリリーを見据える。

 

「ここ、までなの……!」

 

 歯噛みし、目の前の銃口を睨みつけた。

 銃弾が襲いかかる。だがそれは全く別の方向からだった。銃撃がMAに襲いかかったのだ。MAは辛くも回避してしまったが、端末は銃弾を浴びて破壊される。巻き込まれて糸もちぎられ、リリーは拘束から逃れることが出来た。

 リリーが自由となり、己の武装も失ったことで不利を悟ったのかMAは退いていく。介入者から追撃に放たれた銃弾も易々と回避して去っていく、見事な腕前だった。

 

『何をもたついている!」ガンバレルには気をつけろって話だろう!?』

「あ、ありがとう。あれガンバレルって言うんだ……」

 

 弾幕を浴びせたのはカスタムされたジンだ。頭部に、鶏冠というには大きく前に張り出した一本角が特徴だった。一本角のジンは一瞥をリリーにくれると、飛び去りながら言った。

 

『ならそっちも手伝え! 核が消えやがった!』

「は?」

『逃したんだよ! プラントがヤバイ!』

「ちょ、ちょっとぉ! 核って、どういうことよ!」

 

 慌てるリリーに、一本角が振り向いた。じっと、モノアイが見つめている。

 

『おまえ、この忍務に出てないのか』

「えっと……個人依頼、ですよ?」

 

 ずうぅっ、と一本角がにじりよる。

 

『簡単に言えば『プラント防衛』ということかな。連合に刃を向けていたし、そうだな!』

「え、ええ」

 

 忍務の内容は簡単にはいえないが間違ってはいなかったし、『核』は聞き捨てなら無かった。

 答えるやいなや、一本角はリリーのジンの手を取り加速する。リリーがふりほどく余地も与えなかった。向かう先にはプラント。

 

ーーーー

 

「はぁ? 核ミサイル?」

 

 思わず、リリーは声を上げた。

 プラントへ向け戦場を横断する道の中、二機のジンは駆けていた。

 

『ああ、核ミサイルが連合の船に持ち込まれたらしい。その発射を阻止するのが忍務だったんだ。旗艦『ルーズベルト』に持ち込まれたのはわかっていたんだがな、妨害がひどかったそうでな。ここまで来てしまった』

「で、プラント宙域に来たら消えちゃったと。それを手伝ってほしいのね」

『ああ、お前の忍務の範疇だろう!』

「そうだろうけど、忍務の内容いってよかったの?」

 

 あきれながら言うリリーに、一本角は叫ぶように答えた。

 

『良くは無いが、そんなことを気にする事態じゃない』

「まあ、そうよね……ねえ」

 

 先とはうって変わった神妙な声。

 リリーには、思い当たる節があった。

「あなた、いつからその忍務についたの」

『ああ、ほんの二日前だよ。核の情報もそのとき入った』

「そう、、ありがとう」

『あっ、おい!』

 

 一本角の答えを聞ききる前に、リリーはジンに加速をかけた。一陣の風となり戦場を駆け抜ける。一本角を、連合を、ザフトを置き去りにする。向かう先にはあるのは、ユニウス・セブン。

 

 そして、見つけた。戦場の端を悠然と進むメビウス。腹に非常に大きなミサイルを抱えながら、ザフトは気づかず見向きもしない。

 人も機械も構わず感知の隙間に入り込む、隠行の業。

 それをできるのは、忍者だけ。

 そして、リリーを視線が貫いた。包囲されたときに感じた、冷たい視線。

 それは、目前のメビウスから放たれていた。

 

「お前が”眼”かぁッ!」

 

 苦無を投じる。だがメビウスはゆっくりと回転するだけで、苦無を避けた。

 

「ならば!」

 

 放たれた矢のごとく走り、刀を振るう。やはり、届かない。

 そしてメビウスが、隠行を解いた。

 急にザフトの、プラントのレーダーが一斉に浴びせられ、波計が白一色に染まった。

 ようやく、懐に入り込んだ存在に気づいたらしい。

 

「遅すぎるんだッ!」

 

 いくら攻撃を仕掛けても、メビウスは悠々と回避する。

 そこへザフト艦からビーム砲撃が走った。慌てた様にいくつも放たれるが、照準もあっておらず命中弾は無い。

 それでも不意の攻撃にリリーは足を止めざるを得なかった。

 そこへゆらりとメビウスが動き、脇のスラスタバインダーと本体で、腹にリリーを挟み込んだ。

 忍ジンを拘束し圧壊させんとするが、リリーは手に潜ませた苦無でバインダーを斬り裂き、脱出する。

 そしてメビウスに見向きもせず、ユニウス・セブンに走った。

 そこには、糸を引くようにユニウス・セブンへむかう、核ミサイル。リリーを拘束する直前に発射していたのだ。

 拘束されたのは一瞬だった。だが、その一瞬で、核ミサイルは加速された。重く襲い核ミサイルが周囲を振り切る速度を得るまでに、その一瞬は十分に有り余るものだった。

 その一瞬で、核は飛んでいった。

 

 リリーは必死にジンを駆る。核だけをみて、飛ぶ。

 手裏剣ももう届かない。

 背後からメビウスの機銃が追いかける。

 刀でどうにか受け止めた。寄り道は出来ない身には、振り払えないイヤな弾道だ。

 

 そこに目前からメビウスが襲いかかった。突然再び現れたメビウスに驚くも、刀を振るう。だがメビウスは、片肺の手負いの機体でぬるりと腕をかいくぐり、リリーに体当たりをした。

 

 絡みつくメビウスに忍ジンは姿勢を崩すが、メビウスはもう片肺の機体。すぐに立て直し、胴体に苦無をつきたて機能を停止させる。

 コクピットから人がと脱出するのが見えたが、リリーは気にもとめなかった。

 力の抜けたメビウスを振り解こうとしたとき、光が溢れた。

 宇宙一面に光が溢れ、リリーたちを照らす。プラントに突然現れた太陽に照らされ、焼かれるようであった。

 

 核が炸裂した。

 膨大な炎は太陽となり、宇宙を照らす。

 連合も、ザフトも、ただただプラントに、ユニウス・セブンに咲いた太陽を見つめていた。

 

 リリーもただ、ユニウス・セブンを見つめていることしか出来なかった。

 炎に飲まれ、ユニウス・セブンの姿を伺うことは出来ない。

 そのとき、ジンに絡みついていたメビウスが自爆した。至近距離での爆発にジンは傷つきあおられ、流されていく。

 反射的に機体を制動させると、ユニウス・セブンに向かおうとするが、一本角に制止された。羽交い締めにされて、何も出来ない。

 がなる声も意にかさず、思わずリリーはコクピットの中で手を伸ばしていた。その手の先で太陽がしぼみ、消えていく。

 

 そこにコロニーの鮮やかなガラスの砂時計はなく、荒れ果てた大地だけがあった。

 

 ただリリーは、呆然と眺めるしか無かった。

 その視界の脇で、ミサイルが宙に破裂する。

 

 連合の攻撃が再び始まった。劣勢であった連合は勢いづき、混乱に陥るザフトを襲い、MSを墜としていく。

『────!』

 

 一本角は迎撃に奔走する。

 リリーは、ジンの手を刀にかけた。

 

 

ーーーー

 

 森の中、隠れ家のようにひっそりとたたずむコテージのテラスに、女性は居た。供えられたテーブルで茶を飲みながら、木々のざわめきにじっと耳をすます。

 ひゅうっ、と風が吹きぬけると、そっと口を開いた。

 

「おや、お帰りなさい。大変だったみたいですね」

「……どうして、何も言わないんですか。私は、失敗したのです」

 

 忍ジンから降りたったリリーはじっと、女を見つめていた。

 

「その子と会えただけでも、十分ですよ」

「その、子?」

「何度姿は変わっても、わかってしまうわ」

 

 いすに座ったまま振り返り、女は忍ジンを見つめていた。

 降り立ち、正面まで歩み寄る。

 

「あの方たちは、何を言っていました?」

「あの場所で出会った。だからここに居るんだろう、って。後は──」

「──陽冥と影天とか?」

 

 女は、リリーを見つめていた。

 

「──ええ、言っていましたね」

「そう、そういうこと」

 

 また、ジンを見上げる。

 リリーが見上げてみると、ジンもじっと女を見つめているように見えた。

「『最後に──』」

「え?」

 

 女はじっとジンを見据え、詠った。

 

「『最後にこれを書きしむは、陽冥の天音なり』」

 

 ジンの虚ろな瞳が、瞬いたように見えた。

 

「陽冥の天音……」

「私が小さい頃にお話された、おとぎ話の一説よ。なんでか大好きでね、何度も何度もせがんで、お話の内容も覚えちゃったの。他には覚えてなかったのに」

「お話ですか?」

「ちょっとしたファンタジーよ。ある二人の後継争いの代理人として、二つの集団、陽冥と影天は争う事となった。十人同士での、命尽きるまでの血みどろの戦い。一進一退、一人一人死力を付くし、命を落としていく中最後に残ったのが陽冥のアマネと、影天のリョーマ。密かに愛しあっていた二人だったけど、決着をつけるという使命に散っていった」

「そんな話があったのですか」

「聴きかじりとか言うけど、たぶん二人の実体験よね、この話。二人が死んだって結末にしただけで」

 

 だから狙われていたのか、とリリーは合点がいった。二人は使命を棄て逃げたのだ。棄ておくことも出来ない恥なのだろう。

 何年も狙われるあたり、果たしてただ逃げただけなのかは疑問が残るが。何か、情報やら秘法やらも持ち逃げしたのかもしれない。

 

「この子の名前はたぶんトビー。影天のリョーマについてまわる道具の妖精。最後はさっきの言葉を受けて、代理戦争が終わったことを示す手紙を届けに飛び立った」

 

 女性はジンを見つめて、リリーに告げた。

 

「この子をお願いするわ」

 

 リリーは眼を見開いた。

 

「いいのですか?」

「だって、私じゃMSは使えないもの。けれども、あなたなら使えるでしょう? この子を思う存分、羽ばたかせてください」

「わかりました。お任せください」

 

 忍ジンに飛び乗り立ち去ろうとするリリーに、女性は声をかけた。

 

「ねぇ、また来てくださる?」

「私は頼まれごとは、依頼しか受け取りませんよ」

 

 リリーの物言いに、女はにこやかに笑って言った。

 

「じゃあたまに、暇な時でいいから来てくださらない? その子も一緒に」

「私は明日をも知れぬ身ですよ。これが最後かも知れません」

「それでも良いわよ。あなたがこの子を連れてきたってことは、あの人たちからこの子を託されたのでしょう? なら共に戦い抜いてください」

 

「そして、一緒にお茶でも飲みながら、お話しましょう?」

 

 

ーーーー

 

 

 連合の侵攻の際、ユニウス・セブンが核攻撃により壊滅。犠牲者 243,721名。

 『血のバレンタイン』と呼ばれるこの惨劇にプラントは激怒した。

 シーゲル・クライン議長はプラントの独立宣言及び、地球連合への徹底抗戦を表明。

 

 『ヤキン・ドゥーエ戦役』の幕開けである。

 



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『世界樹』の妄執.一 ─デブリ汚染宙域─ 

 

「ちくしょう、ちょこまか動きやがって!」

 

 宇宙に叫び声が響く。

 青年は必死に宇宙船を追いかけていた。スロットルを振り絞り、目まぐるしく回る視界を制しながら、船を目指す。

 視界の端では同じようにいくつもの航跡が宇宙船に続いている。メビウスの連隊だ。

 メビウスを駆る彼らは宇宙海賊。

 その宇宙の無法者から逃げるのは、旧式の小型貨物船。

 運ぶことに特化したその機体は馬力は出るも速度は出ず、宇宙海賊にとって格好の獲物である。

 かなり年期の入った機体は古ぼけているが、良い整備がされているのか速度が出ている。

 だがその程度はよくあること、海賊らは気にも止めていなかった。

 それでも、今日の獲物は違っていた。

 

「小型の貨物船で、なんて動きするんだぁ! こいつ!」

 

 明らかに運動性に劣る鈍重な機体でありながら、巧みな操作で銃撃を避け、ときにはデブリを盾にして宇宙を飛ぶ。

 MAでありながら機動が遅れ、翻弄されていた。

 それでもメビウスはめげずに食らいつく。

 デブリに隠れる貨物船に先回りをし、その頭上を取った。

 

『とったぁ!』

 

 思わずこぼれる歓喜の言葉。

 引き金を絞ろうとして、気づいた。

 船の背中、貨物船のハッチが開けられている。その中は空だ。

 

「な、に────!」

 

 荷物はどこに消えたのか?

 その疑問を振り切ってバルカンの引き金を引こうとし、反応が無いことに気づいた。いくら引き金を引いても弾が放たれることはなく、手元で手応えのない軽い音がコクピットにむなしく響く。

 絶好の機会を逃して、貨物船は銃口から逃げおおせていた。

 

「なんだ、ジャムったのか? 二門同時になんてありえるかよ!」

 

 せめてとシャトルを追おうとして、メビウスが動かないことに気づいた。

 エンジンは動いているというのに制御はきかず、いくらレバーを動かしても操縦ができない。

 やがてモニターも消え、コクピットは暗闇に包まれる。

 

「な……」

 

 疑問に思う間もなくメビウスは力を失い、宇宙に漂うしかなくなった。

 

『動かない!? どうしたんですアニキは!』

 

 デブリの影から、別のメビウスが姿を見せる。飛び出し、貨物船に向けて一気に攻撃を仕掛けた。

 動かなくなったメビウスを庇うような軌道。

 

『おまえがアニキをヤったのかぁ!』

 

 揺れる照準を貨物船にあわせていく。注意は貨物船に集中していた。

 何が起きたのか、このメビウスは把握できていない。しかし"アニキ"があっさりと無力化されたのだ。

 貨物船へと照準を合わせて──

 

『カタキぃ!?』

 

 機体の背中に衝撃を受けた。アラートが鳴り響く。

 

『なにぃ!?』

「まわりも見な!」

 

 誰の声かも理解することなく、コクピットは暗黒に包まれた。

 

 漂うメビウスに、何かが乗っている。忍ジン。リリーだ。

 忍ジンはメビウスの背中に突き立てた苦無を抜き、その勢いのまま頭上へと放った。

 放り投げられた苦無は、そのままデブリの影からのぞき込んでいたミストラルへと突き刺さる。

 不意をつかれたミストラルが衝撃にひっくり返ると、その苦無を忍ジンが握った。己が投げた苦無を追い抜くなど、忍者には造作もないこと。

 

「ちょいさッ!」

 

 忍ジンは刺さったままの苦無を振り抜き、装甲を引き裂いた。

 堅いはずの装甲は紙のようにあっさりと割け、卵状の体はきれいに輪切りにされた。

 その黄身から宇宙服の男が必死にはいでてくるのを横目に手裏剣を彼方へ投げようとし、動きを止めた。

 手裏剣の先にいたのはレールガンを備えたメビウスだ。遠くに位置して援護をするつもりだったのだろう。しかし、これも動くことなく漂流している。その背中には、はっきりと弾痕があった。

 

「ねぇ、いるんでしょう?」

『おや、わかっちまったか』

 

 振り向けば、ジンがいた。頭部にはトサカの代わりに雄々しく突き出た一つの角がある。一本角だ。

 その手にはライフルが握られていた。

 

『もしかして邪魔だったかい? だったら悪かったね』

「いや、べつに言うことは無いけどね」

 器用にジンの肩をすくめる一本角に答え、切っ先の向きを変える。

 

 とたんに二機はそのばから離れた。遅れて引き裂くように閃光が走る。ビーム砲撃。

 切っ先には、二機へと砲口を向けた船の姿があった。デブリに隠れて宇宙に浮かぶ宇宙船は、黒を基調としつつも乱雑な文字や扇情的なアートに彩られていて品がない。

 

「とりあえず、あれ、片付けましょう」

「落とすんだな」

「撃沈はダメよ」

「ええ? じゃあ、なにか。追っ払えばいいのかい?」 

「いいえ。用があるんですものね」

 

 軽口を言い合いながらも二機はあっという間に船に迫る。直掩機の防衛網もすぐに突破し、忍ジンはブリッジに苦無を突きつけた。

 

「さぁ、ここまでよ。おとなしく投降しなさい」

『女、だと。十二機をモノともしないのか……!』

 

 ブリッジの窓からは、やたらと派手な衣装に身を包んだ男が声を返すのが見える。品のない船のカラーリングに合う、趣味の悪い男の声だ。

 

「ええ、そうよ、問題あるかしら。ブリッジごとこの船ダメにしてもいいのよ?」

『それは困るなぁ……』

「じゃあ、する事はわかるでしょう?」

『土下座して命乞いだな?』

「体面じゃなくて実をちょうだいよ」

 

 そう言ったリリーの笑みは、獣のごとく獰猛であった。

 

ーーーー

 

 

「案外もってたわね、あいつら」

 

 作業を終えて、リリーはうなづいた。

 見下ろす貨物船のハッチの中には忍ジンとともにコンテナが積み上げられている。

 もちろん、海賊から譲られたものだ。燃料、食料、交換パーツ。自分で使うにも、換金するにも使いようがある。

 その様子に、一本角は呆れていた。

 

「持ってくのね……」  

「迷惑料でしょ? 安いものよ」 

「たくましいことで」

 

 あっけらかんと言うリリーに笑うしかない。

「あいつら宇宙海賊か? まためずらしいモノに絡まれてんね」

「いつもの事じゃない」

「え?」

「……え?」

 

 リリーは思わずジンを見上げ、見つめあっていた。

 

「出会った事もないんだが」

 

 その言葉にリリーは衝撃を受けていたが、おくびにもださない。

 

「……まあどうでもいいわよ。お金が向こうから転がり込んでくるからありがたいものよ」

「なんだい、賞金でもかけられてるのか?」

「さぁ、そんな話は聞かないわね。あなた、あの後どうだったのよ」

 

 リリーは、以前ユニウス・セブンで一本角に会っている。あまりの忙しさに、結局どう別れたのか、リリーはあまり覚えていなかった。

 

「ん? プラント防衛は結局殆どパーになっちまったからなぁ、依頼の為に地球と宇宙とコロニーを行ったり来たりさ」

 

 器用にジンの両手を天に向け、お手上げを示す。

そして、突然の思いつきのように、一本角は声を上げた。

 

 

「せっかくだ、ちょっとおもしろそうな話があるだが、どうだい?」

「おもしろい話? こんなジャンクの海で?」

「そう! この『世界樹』跡にはある噂が流れている!」

 

 ジンの拳を突き上げ、上擦るような興奮した様子で一本角は叫んだ。

 

「ある『秘密』が、世界樹には眠っていたと!」

「……ん?」

 思わず、リリーは反応していた。

 それに気づいたのか気づいてないのか、一本角は続けて言った。

 

「俺たちはそれをお宝だとにらんだ。そこで! 一緒に探そうじゃないかァ!」

「……うん、え?」

 

 リリーはただ、首を傾げているしかなかった。

 

ーーーー

 

『いやぁ、手伝っていただて、ありがとうございます、リリーさん』

『ホントと悪いねぇ、こんな奴につきあわなくてもいいのにさ』

『こんな奴って誰のことだ?』

『アンタしかいないだろ?』

 

 笑い合う声に、リリーはため息を付いた。

 一本角につれられて来てみれば、そこには二機のメビウスが待っていた。

『良いジンですね! どちらで忍カスタムを?』

「これ、預かりものなの。あいにく私も知らないわ」

『そうですか……』

 

 アンテナやレーダーが数多く取り付けられ、奇妙なハリネズミのようになったメビウスに乗るのは、礼儀の良い少年イガリ。機械が好きなのかリリーのジンに興奮し、息を荒げている。

 ジャンク屋には入っていないらしいが、入っても居心地が良いに違いない。

 

『良い女になりそうじゃないのさ。もったいないからこんなのとは付き合わなくて良いよ』

 

 一本角をあげつらうのは、妖しい白と朱のパターンが特徴のメビウス。妙齢らしい女、彩火だ。

 声がいちいち艶を帯びていて、正直なところリリーにとっては苦手な部類である。

 二人とも、忍者である。

 一本角とともに、二機のメビウスとリリーはデブリの海を進む。

 

『ここがホントに世界樹なのか、疑問だねぇ』

『それは間違いないですよ。星の位置も合っています』

『そうじゃないだろ』

 

 C.Eの礎として栄華を誇った世界樹はもう無い。ザフトと連合の戦闘によって世界樹は破壊されてしまい、大量のジャンクとなってこのL1宙域にばらまかれてしまったのだ。

 

『おおっと、危ねえ』

『気を、つけてくださいよ、オォ!?』

「イガリ、あなたも」

『あ、ありがとうございます』

 

 イガリの礼もそこそこに、リリーはデブリを避け、蹴って進んでいく。

 未だジャンク屋の手も入れられていないのか、時にはMSほどもある大きさのジャンクが河原の石のように大量に流れている。

 なかには連合のMAやザフトの戦艦、MSなども見え、どれほどの激戦が繰り広げられたのか、ちょっとした想像では足りないのは難くない。

 正しくゴミ捨て場とすらいえる状況に、リリーもうめいた。

 

「こんな所で宝探ししようっていうの!」

『ああ、その通りさ!』

 

 もとは世界樹の一部と思われる戦艦ほどの大きさの鉄くずを走りながら、一本角は自信たっぷりに答えた。すれ違う小さなデブリをジグザグによけながら走る様に、リリーも渋い顔をする。

 

「わざわざそう言うからには、目星はついてるんでしょうね?」

 

 一本角は何でもないように、あっさりとした口調で答えた。

 

『世界樹の破片が足りないって話、知ってるかい?』

「……いいえ」

 

 その問いには否定を返したリリーだが、内心は得心がいっていた。

 やはりそれか、と。

 

 リリーがそのことを聞いたのは、五時間ほど前のことである。

 

 

ーーーー

 

 

「お、やってるやってる」

 

 橋の袂でござを広げていた飴売りから買った棒飴に顔をゆるませていたリリーは、その看板に足を止めた。

 

 コロニーの心地よい乾いた風の音もかき消す、外にまで響く機械音。

 中を覗けば、あふれんばかりの機械の山がいくつもある。

 その山々の中心に、ほったて小屋のような、簡素な作りの大きな家が建っていた。中心に掲げられた鉄板には看板と同じく『バスドン工房』と彫られている。

 

 何人もの従業員との挨拶もそこそこに中に入れば、ガレージのごとき内装に一層轟音が響いていた。

 目の前の手すりから見下ろせば、そこには何台もの巨大な作業台が並んでいる。

 その一つの作業台に、忍ジンが寝かされている。その胸元にいたガタイの良い男に声をかけようとして、その気配に思わずリリーは躊躇した。

 その気配に気づいたのか男が振り向き、声を張り上げた。

 

「おおう! 来たのかァ!」

 

 恰幅のいいガタイに見合う、轟音に負けないばかりの声だが、それでもようやく聞こえるほどである。リリーでは必死に声を絞り出しても届かないのは、わかりきったことだ。

 飛び降りて顔が付かんばかりまで近づき、ようやくリリーは返事をした。

 

「じいさん、こいつはどうなの?」

 

 それでも、普段に比べたらかなりの大声である。

 

「何やってきたんだ、忍者だろうが、てめぇは」

 

 ノゴー・バルドンは、彫りの深い顔に不満を隠さずに言った。

 

「もうちょいやられ方ってもんがあるだろうが」

「忍者ってのは、任務の達成が一番なの。どうあってもね」

 

 リリーがこのバルドン工房を訪れたのは、忍ジンの整備の為である。ここバルドン工房はコロニー『ヤエ・ヨシノ』に構えて整備屋を営んでおり、その規模はかなりのものである。

 そして特徴の一つとして、リリーのような忍者からの整備の依頼も引き受けているのだ。

 

「だから無理しなきゃいけないけど、この子も調子悪くていけないわ」

「関節に塗料だのぶち込まれちゃあ、動き悪いの当然だろうが。さっさとうちに持ってこいや」

「悪かったわね、ずっと追いかけ回されて、逃げ回るしかなかったのよ」

「だからこうも痛めるんだ」

 

 そう言ってノゴーは見せつけるようにため息をはいた。

 だが仕方ないだろう、とリリーは思う。

 なにせ、その時の相手は一大組織だ。舞台は大型の工場衛星。ジャンク屋や傭兵を装いながら技術を収集して独自に兵器を開発する謎の集団。

 工場内部に攻め込まれても兵器の捕獲に腐心していたあたり、よほど運営が大変だったのだろう。そのせいかネットランチャーや電磁パルス、塗料弾、急速膨張・固化する特殊プラスチック弾など非殺傷兵器の祭典に付き合わされていたのだ。

 幾度も追い込まれては切り抜け、最終的には動力室の崩壊に伴う連鎖爆発で衛星を破壊することで、組織を壊滅させたのだ。

 

「戦いはずいぶん楽しんでいるようだがね。コイツもはしゃいでいるのがよくわかる。だからいち早く持ってこいというのにお前ときたら」

「ええ、このジンがなきゃたぶん捕まって死んでたわよ。……そんなに悪い?」

「悪い」

 

 憮然と言ったノゴーに、おずおずとリリーは聞いた。

 

「じゃあ……金かかる?」

「取るぞぉ。おまえ仕事やってるのか? 金あるんだろうな」

「整備分の金はあるわよ、残党どもの相手が忙しくてここ数日は仕事はさっぱりだけど。もうちょっといい話はないかしら……」

 

 遠くを見つめるリリーに、ノゴーは意地悪そうに笑った。

「変わった話なら、無い訳じゃないがね」

「変わった話?」

 

 ノゴーの眼光がすこしばかり色を変えていたのを、リリーは見逃さなかった。

 

「世界樹、もちろん知ってるだろ?」

 

 その言葉に、リリーは首を傾げた。

 

「タイムリーな話じゃない。このまえそこで連合とプラントが衝突したんでしょ」

「そう。そのあおりを食らって世界樹はバラバラに砕けてしまった」

 

『世界樹』L1にあった第四世代型ISS、宇宙ステーションだ。C.E始まりの地とも称される施設であったが、先日起きた連合とザフトの激戦によって崩壊したのだ。プラントにとって世界樹は月への橋頭堡であったのが運の尽きだ。

 

「その砕けた世界樹が消えたのさ。ジャンク屋連中が怒ってんだよ、盗まれたって」

「盗まれた? ジャンクなら早いもの勝ちでしょうに」

「そいつに関しては違うのさ。組合預かりだったからな」

「そんなレベル……!」

 

 ジャンク屋を統括するジャンク屋組合。普段はジャンク屋の活動を支援するだけなのだが、ときおりこうして行動を起こすことがある。

 超大型デブリの解体、大型コロニーの補修など、複数のジャンク屋を動員する一大事業だ。

 

「複数の艦が出張って取り組む大仕事さ。そのぶんサイズもどんとでかくなる。サイズは世界樹のかけらで一番だったっていうんだ、奴らも大慌てさ」

 

 組合等があわてるのも納得だろう。それほどの大きさなら、いったいどれほどの金属になり、いくらの金が生み出されただろうか。

 しかし、リリーも首を傾げる。そんなものが消えたというのに、リリーには初耳だった。

 

「そのわりには、私は話を聞かなかったんだけど」

「まあ、騒がれたのは地球に引かれないかだからな。そのルートには無いことがわかったらみんな散っちまったよ。暇になった連中はデブリベルトに出たし、組合はビクトリアに飛びついたみたいだからな。オレかてさっさと引き上げてきたダチから話を聞いただけだ」

「ああ、ビクトリアか……」

 

 つい数日前のことだが、ザフトが地上侵攻を開始した。手始めに選ばれたのがビクトリア宇宙港。宇宙港を制圧して地球と宇宙の確実な連絡手段を確保したかったようなのだが、失敗に終わったらしい。

 

「大変だったらしいからね、ビクトリア」

「地上支援なしでの大気圏突入降下作戦とかなかなかひどいがな……」

 

 その大戦果も、連合が声高々に宣伝している。遠く宇宙にまで響く有様だ。

 空へ向かう弾丸の雨にザフトのMSが入っては火の玉に変わる様子が延々と映し出されるその光景に、リリーはあきれたものだ。

 

「ザフトもなにを考えてたのかねぇ……」

「全くだなぁ……」

 

 ノゴーの眼が爛々に輝いているのを横目に見て、リリーはため息混じりに言った。

 

「で、それを探してほしいの?」

 

 消えた世界樹の欠片を。

 その言葉を聞くなり、ノゴーの顔は満面の笑みとなる。

 

「お? やってくれるのか! いやぁ、悪いねぇ、こんだけ出すからさ!」

 

 笑って言うが、リリーの表情は堅い。

 

「整備費は入れてくれるのかしら」

 

 スッ、とノゴーが立てた指の数に、リリーは噛みついた。

 

「足出てるじゃないの!」

「おおっとすまんすまん、計算間違えたか。これでどうだ」

「さすがに渋すぎない? 今回の整備費込みでもジンの燃料費だけで収支がマイナスだけど」

「燃料くらいサービスしちゃる! これからも整備費サービス価格にしてやるからさ!」

「怪しいわねぇ……」

 

 疑念を込めてノゴーを見るが、ノゴーは何も言わず、リリーを見るだけ。

 その眼の色を見て、リリーは聞いた。

 

「刀は研いだ?」

「ばっちり済んでるさ」

 

 静かな、それでもあふれる自信に満ちた声に、リリーは微笑む。

 

「……よし、まぁいいか。受けるわ」

「あんがとよ」

 

 それを聞いて、ノゴーは目一杯に頬をゆがめた笑みを浮かべた。精一杯の笑顔だろうに、獲物を前にした獣のごとき笑みだった。

 




・『世界樹』
 L1宙域に浮かぶ第四世代ISS(宇宙ステーション)
 世界大戦で建造が中止されていたものの、大戦終結に伴いC.E.9年に再開、C.E.11年に完成した。

 ジョージ・グレンも乗り込んだ木星往還船『ツィオルコフスキー』もここで建造されている。

 C.E.70年2月22日に発生した連合・ザフトによる世界樹攻防戦によって崩壊。
 ちなみにこのときの戦闘でラウ・ル・クルーゼはネビュラ勲章を受章。ジンに乗ってMA37機、戦艦6隻を撃沈せしめた。


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『世界樹』の妄執.二 ─龍頭蛇尾─

『──続いて─宇宙気象──特に危──のは変わらずL1宙域、世界樹周──地球圏への流出も始────ので近隣──を通行なされる艦船の方はご注意──さい。ここ数日強──太陽フレ──DSSDの観測によると小康──』

「ふーん、フレア治まったのね。よく聞こえるわ」

 

 ノイズがひどく電波の入りも悪いラジオを聞きながら、リリーは忍ジンでデブリの海を泳いでいた。

 電波的には劣悪も良いところ、こんな『辺境』になった場所までしっかり放送してくれるのはありがたいことだと、リリーは感謝の念を抱いていた。

 

 リリーは今、一人で行動している。一本角たち三人もそれぞれ別行動でこの世界樹跡に散っているのだ。

 いくら巨大な世界樹残骸といえど、広大なL1宙域を固まって探していても効率が悪いのはわかりきったこと。

 『人を隠すのは人のなか』ということでMSで運動性に優れたリリーと一本角はデブリの海を探している。

 メビウスのイガリと彩火はその外縁で宇宙空間を漁っている。なにか手がかりがあるのかも知れない。

 しかしそうやって散らばったものの、いまもって全く見当が付いてないのが現状ではあった。

 

「おおっと、危ない危ない」

 

 氾濫するデブリがリリーの行く手を阻む。

 忍ジンの頭を下げれば、頭上を配送用であろうトラックが通り過ぎていく。足を広げれば股の下を屋根がえぐれた豪邸が通っていった。

 体をくるりとひねれば鯨のごとく大きな口を開けたデブリに入り込み、小さな隙間を抜けて奥へと入っていく。そこが戦艦の倉庫だったのを見抜いて、コンテナを一つくすねた。

 

「おお……? このバリエーションは見たこと無いな」

 

 コンテナの中身を見ながらくるくる回るMAのジャンクと踊っていると、急に突き放すように飛び去った。寂しく残されたジャンクはあわれにも、折れたビルに横から押しつぶされ去っていってしまった。

 

 レーダーが反応を示した。頭上を見てみれば、ミストラルが漂っている。派手なマーキングからみて宇宙海賊のようなゴロツキと思われる。

 卵状の本体が大きく窪み、つぶれている。不幸にもジャンクにぶち当たってしまったのだろう。

 レーダーが反応したのは、機体が熱を持っていたのだ。最後までスラスタを吹かしていたらしい。

 運が悪い、としか言いようがない。

 そうやって漂うMAをいくつか見かけたが、その中にはナイフで串刺しにされているものもある。お宝争いは熾烈らしい。

 

「大変だな、こりゃ」

 

 リリーもため息をつく。

 

 

ーーーー

 

 

「うーん、とりあえず当たりね、これは」

 

 艦橋のジャンクの上で、リリーはコンテナの中身を漁っていた。忍ジンはその隣で艦橋にどっかりと腰掛けている。

 

「あー、ここまだ電気漏れてるのか。引火でもしたら危ないな」

 

 文句を言いながらも作業を続けていると、通りがかった作業ポッドが陽気に声をかけてきた。ジャンク屋組合のマークを額に据えたミストラルの改造機だ。

 

『よう、こんな所でそんなコンテナ抱えて、なんか良いもん入っていたかい?』

「たいしたものじゃないわよ。ほら、お裾分け」

『おっと悪いね、プラント産のレーションか! ガパオ味とな』

「おいしいよ」

 

 確認して、男も喜びの声を上げた。リリーの推しも聞かずコクピットに引き込んでは手をつけている。

 プラント産のレーションは栄養・味を兼ね備えており、人気が高い。豊富な味のバリエーションがあるが、その数は節操がないとも言われるほど幅広く無駄に豊富である。

 

 レーションをむさぼり歓喜の声を上げながら、ジャンク屋は言った。

 

『しかし、こんなジャンク嵐の中でよく休憩できるな、嬢ちゃん』

「ここなら傘になってくれるでしょう?」

 

 周りを見回しながら、リリーが答える。

 この艦橋ジャンクは、艦橋をのこして船体がそっくりめくれあがった奇妙な形をしている。まるで球のようになった船壁が艦橋を包み込んでいるのだ。これなら大きな壷のような形となり周囲からは守られる。頭上を気にするだけですむのだ。

 そう言いながらもせっせとジンにレーションを詰め込んでいくリリーにジャンク屋は苦笑した。

 

『あんたも宝探しのクチかい?』

 手を止め、ジャンク屋をみた。口振りからして、やはり宝探しに来た輩は多いらしい。

 

「ええ、そうね。その話、どうなの?」

『さあね、そんな話どこにでも転がってるよ』

 

 陽気だった様子から、気配は一変した。

 楽しむのでもあきれるでも無い、傍観するような声だった。

 

『それに、こんなに宝が溢れてるんだ。うれしくって涙が出ちゃうね』

 

 声の色も変わらず、なんともわかりにくい言葉だったが、リリーには何となく理解できた。

 

「あなたはジャンク屋ですものね。ここは宝の山でしょう?」

『ああ、ジャンク屋にとってデブリは金山よ』

「それもそうね」

 

 ようやく、明るい声となった。

 リリーの言葉に、ジャンク屋は誇らしそうに答えたのだった。

 

 

ーーーー

 

 

『気をつけろよ。ジャンクに当たらないのはジャンク屋だけだって昔から言われてるからなー』

「ええ、そちらもお気をつけて」

 

 駄菓子とジャンク屋組合のパンフレットを残して、ジャンク屋は去っていった。

 ジャンク屋と別れてからも、リリーはデブリを乗り越え進んでいた。

 

 

「ジャンク屋さんも手がかりになりそうなものは知らないみたいだしねぇ……」

 

 あのジャンク屋も、話がふいになったらしい。それでもめげずジャンク漁りを続けているのだからたいしたものだ。

 話の中で世界樹の住居衛星なるものも聞いたが、今回とは別物だ。

 

 それからときおり怪しい空間が見つかるものの、巨大デブリの姿はない。

 リリーにとって『金』になるものは、未だ見つからない。

 

「でも、良いものは何にも、無いわね……」

 

 頭上を緑が茂る丘がとおり、脇をMSとMAの残骸がもつれ合うように飛んでいく。その奥には赤い屋根の一軒家に戦艦の大砲が刺さって漂っているのも見えた。

 

 日常と戦場の痕跡が入り交じり、奇妙な空間を作りだしている。そのなかには時々、人の姿も見えた。大半が、生身の人間だ。

 連合の制服の男、赤子を抱きしめた母親らしき女性、幼い少年。ある人はもがき苦しみ、ある人は歩いてる最中に突然時間が止まったように固まっていた。

 誰もが落ち窪み虚ろな目を向け、力無く漂っている。

 拾われることもなく、ただ宇宙を流れていく。

 その顔がリリーを見るたび、何も無い真っ黒な眼孔が何かを訴えているように思えた。

 それは、その死体が訴えているのか、その眼孔を通してリリーが己の訴えを想起しているのか、リリーには見当も付かない。

「いやなものね、ホントに」

 

 無言の訴求が続くこの空間は、さすがのリリーといえども少々気が滅入っていた。

 

 

ーーーー

 

 

「むぅ……通信も届かないわね。これじゃ狼煙も見えないわよ」

 

 リリーは周囲を見回し、ついそんな言葉を漏らしてしまった。

 世界樹のデブリの海もずいぶん進んだが、その量は変わることはなく、むしろ壁となって厚くなっているとすら思えてくる。

 もはや周囲は、地をむき出しにした金属色だ。

 

「ジャンク屋には、金山ですむのかしらねぇ……」

 

 ジャンクをかき分けていくと、その隙間からひときわ大きなジャンクが見えた。

「おお、あれは……」

 

 顔を出してその姿を確認し、ため息をついた。

 

「これは違うか、逆じゃないの……」

 

 縦に裂けた幹のような形の巨大なデブリ。消失したものとは違うが、これも『世界樹』の一つだ。

 ここはL1中心、『世界樹』跡。まさしくここに、世界樹があったのだ。

 

「お、やってるやってる」

 

 視線の先では、世界樹のデブリに取り付いた作業船が残骸を解体している。

 船体に輝く三つのスパナのマーク。ジャンク屋だ。

 

「ううむ、ここには無いな。むしろ何でこっちは持っていかなかったのか」

 

 周囲を見ても手がかりはなく、リリーは肩を落とすしかない。

 再びジャンクの海に戻ろうとして、もう一度、世界樹の残骸をみた。

 みすぼらしく骨組みをむき出しにしてジャンクと化したそれは、まるで何事も無かったかのように悠然と漂っている。

 一部だけだというのに、そばの作業船と比べるとあまりに巨大だ。

 背後のジャンクの海には、MAも、MSも、戦艦も漂っている。

 

「なんで世界樹の残骸だったのかしらね……」

 

 

ーーーー

 

 

 ジャンクの海を潜っていく。

 一本角から連絡は未だない。あちらも手間取っているのだろう。

 

 根本ごと漂う巨大ビルの壁面を走り、突き刺さった戦艦を乗り越えた時だった。

 

「ッ!」

『!』

 

 まるでそこに鏡でも合ったように、ジンがいた。

 次の瞬間には、リリーは目前のジンと切り結んでいた。

 苦無とナイフがつばぜり合い、火花を散らす。

 押し合い、ナイフを握る青いジンと額を付き合わせるように寄り合う。青いジンは拳を突き出すが、リリーは忍ジンの手で受け止める。

 続けて出された蹴りを受け止めたところで、青いジンが急に目の前に迫った。その勢いのまま忍ジンの頭部をつかみ、頭を支点に倒立して忍ジンの背後へと回る。がら空きとなっている背中へナイフを振るが、忍ジンは振り向きざまに苦無で受け止めた。

 

「──ッ、まだァ!」

 

 リリーが青いジンのナイフを握る腕をつかもうとした瞬間、足のスラスタの加速を得た膝蹴りによって手をはじかれた。

 青のジンはそのまま手から着地し、腕の力で跳ねて姿勢を変えて立ち上がった。二機のジンは離れて向かい合う。

 にらみ合う形となってリリーは初めて、相手の姿を認識した。

 青と黒に塗り分けられた装甲は切り欠けられたり、外されていたりとかなりの軽量化が施されている。

 青のジンはナイフを正眼に構えている。隙は一分もなく、無闇に逃げようものならその一瞬で首をかっさばかれてしまうだろう。攻めていくしかないのたが、肝心の道筋が見えてこない。

 

「攻めるしか無いのか……!」

 

 構えたナイフに隠れてちらりと、胸元に何かマークがあるのがみえた。

 

 その時、リリーは頭上に気配を感じとった。青いジンも気配を感じたのか、意識が上に向いていた。

 

 今────!

 微かな隙。それを逃さず、リリーは一歩を踏み出し、同時に苦無を投げていた。

 最初の僅かな挙動で、青のジンはすでにリリーの動きに気づいている。

 対応するため、青いジンはうごいたが────

 

「お……?」

 

 突如として、青のジンは後ろへと飛び下がった。苦無もナイフでたやすく打ち払う。

 青のジンはそのまま影へと姿を消した。

 追いかけてみれば、その姿はどこにもなく。デブリの中へと姿を消してしまった。

 

「おい、無事か?」

 

 頭上から声をかけてきたのは、一本角。

 あの青のジンは一本角が来たことから、無勢と判断したのだろう。

 

『あいつはなんだい?』

「さあね、でも強いわよ、あいつ」

 

 リリーは確かに見ていた。

 その胸に刻まれた、稲妻のごとき青い蛇のマーク。

 それはまさしく。

「サーペントテール……!」

 

 噂に聞いたことがある。売り出し中、近年最注目の傭兵チーム。

 

「任務に失敗無し、だったか。たしかに強いぞ……!」

 

 ジンの動きは忍者カスタムが施されている分だけリリーが速かった。しかしスラスタを含めた全体の戦闘機動となると、サーペントテールのパイロットの方が上だろう。

 リリーの動きはスラスタも用いるものの、ほとんど人体の動きを操作と稼働のラグ無く行っているだけにすぎない。

 それに比べたらあのパイロットは劣る普通のジンでありながら、リリーと対等どころかその喉元に刃を突きつけたのだ。

 やがてあのパイロットが忍者MSなり、それほどの反応速度を持つMSを使ったとなると、同じように対抗できる自信はリリーには無い。

 それほどに強いパイロットだった。

 

「それに……」

 

 リリーは己の手と、操縦桿を見た。確かめるように手を握り、操縦桿をなでる。

 

(背後の回り込みの時の動き……私、動かした?)

 

 青いジンに背中をとられてからの反撃に、リリーは疑問を抱いていた。自分が動かしていたようには思えなかったのだ。

 小首を傾げ、操作画面を突っつく。しかし、なにも起こらず、怪しい所も無い。

 

「気のせいかしら……ね」

 

 ひとまず、疑問を持つのはそこまでとした。

 一本角がリリーを見つめ佇んでいる

 

「何か手がかり、見つけたの?」

『イガリがやってくれたそうだ』

 

 口調に、すこしばかり喜びと興奮の色が見える。

 その言葉にリリーは気を切り替え、デブリと飛び去った。

 

 後ろは、気にしなかった。

 



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『世界樹』の妄執.三 ─宇宙の黒雲海─

 デブリの海からはずれた片隅に、リリーたちは集まっていた。ちょうど地球に太陽が遮られて大きな影となり、非常に暗い空間。

 まだらに散らばる岩塊にそれぞれが身を寄せ、同じ方向を伺っている。

 その先にはデブリも無い広い空間があった。

 

『なにも無い、じゃねえか』

 

 思わずつぶやいた一本角と同じようにみなが疑問に思っていると、イガリのメビウスがアームで平たい板を取り出した。

 

『なに、それ』

『まあ見ててください。それっ』

 

 軽くアームを振れば、それは押し流されていく。緩やかに回転しながら進み、日向へと向かっていく。

 日向に出ると、それは突然瞬き、リリーたちを照らす。

 

『おい、投げたやつは!』

『砕けたコロニーのミラーです。あれを使えば自然に物体を照らすことができます。あの空間を見て!』

 

 声とともに最初の空間を覗けば、その光に照らされて、巨大な黒いもやが浮かび上がっていた。

 静かに回転するミラーが刻々と光の具合を変えていくが、それでも端が見えない。

 

『大きい……』

『煙幕がまかれてのか』

『それも黒色です。こんな宇宙の影じゃわかりませんよ』

 

 思わず声を漏らす中、リリーがつぶやいた。

 

「よく見つけたわね」

『いやぁ、偶然浮いてたミラーが映しただけですよ』

『それでもよくやってくれた』

 感心したように、一本角はうなづく。

 

『ちょっと見てたんですけどね、煙幕だけでもずいぶんでかいんですよ。しめて四方10kmはあります』

『……おいおい、それって』

『ついでに言うと、この塊、地球の陰に居つつもL1からは離れていくように動いています』

『……へぇ?』

「で、その間、煙幕は?」

『それがですね、散ることなく一緒になって動いてるんですよ』

 

 イガリの言葉に三人は、顔を見合わせた。

 ほんの少しの目配せのあと、リリーが言った。

 

「これ、忍者の仕業よね」

 

 イガリはうなづいた。

 

『そう考えて良いと思います。こんな煙、忍者しかつかえませんから』

『こんなときにこんな巨大な煙幕、怪しいなんてものじゃ無いわよね』

『まあ今まで気づいてませんでしたから』

『あとは何でこんな大がかりなことしているのかだが……』

 

 そればかりは皆の疑問であった。

 これほどまでに忍者が大がかりな仕掛けをすることなど、そうあることではない。

 影に生きることが信条である忍者にとって、おかしなことである。

 

『ま、ちょうど良いじゃねえか』

『せっかくだし、見てみましょうか』

 

 その彩火の声に応じるようにデブリを動かし、ゆっくりと黒煙に近づいていく。

 留まり漂う黒煙に、四機の潜んだデブリは沈むように入っていった。

 

ーーーー

 

 

 黒煙の中は、非常に暗い。

 宇宙は日向ならば意外と明るいものだが、ここはその光も煙に遮られ、まさしく闇の中であった。

 近くにいるはずの一本角たちの機影も、薄ぼんやりとしか見えない。

 攪乱材も混ざっているのだろう、レーダーを見てみれば波計は荒れに荒れ、判別などできない有様だ。

 

『─た──げろ──きこ─るか──』

「……聞こえないわよォ!」

 

 一本角からも声が漏れるが、やはり電波の入りが悪い。まともな連絡も取れそうにない。光通信など論外だ。

 影だけだが、必死に手を振っているらしいのが見える。

──どうも、頭に手をかざしてから下におろしているような……

 

 そして、リリーは忍ジンの頭を下げさせた。

 そこを、いきなり横から姿を見せたデブリが通り過ぎていく。

 掠りもせずに抜けていったデブリは黒煙に沈み、姿を消した。

 

「……おおう」

 

 ジェスチャーで返事を返せば、一本角も手を振って答えた。

 よく眼をこらせば、時折デブリが近くを通っていく。

 今のような危険なことはそうないだろうが、注意を厳に進んでいく。

 

 誰も動かず、言葉を口にもしない静かな空間。流れるデブリに任せた穏やかな時間を過ごしていると、不意にイガリが言葉を漏らした。

『あれは……』

 

 リリーもつられて見上げると、黒煙の中に大きな影を見えた。

 リリーは最初、それが影だとは思わなかった。ただ一部だけ濃くなっている『色のムラ』だと思った。それほどに大きくそこにあった。

 近づくにつれ、次第に影は鮮明になっていく。

 

『おお、コイツが消えたってやつか……?』

『いやはや、噂には聞いていたけど』

 

 そこにあったものに、皆思わず言葉を漏らす。

 

『どこが残骸よ……ほとんど半分そのままじゃない……!』

 

 コロニーの残骸、『世界樹』だったものだ。その残骸は解れたように半ばから割れ、骨組を露わにしている。割れたグラスのような姿をさらしていた。

 しかし黒煙に隠れて端までよくは見えない。それが余計に残骸を大きく見せていた。

 

『やっぱりここにあったのか……』

『あらやだ、きれい……』

 

 一本角も思わずため息をもらす。彩火の戯れ言を聞くものはいない。

 

『基部からの一部、間違いなく消失した『世界樹』の一部です』

 

 イガリの言葉からその基部をみて、リリーは気づいた。

 はた目は形を保ったグラスの底に、やけに大穴がぽっかりと口を開いていた。そこへ向かって動く影がある。

 

「作業ポッドじゃない」

『ジャンク組合マークなんざつけとるが、この状況では怪しくて仕方ないな』

 

 作業ポッドは穴のそばについた作業船から大きな物体を持ち出しては、何かを底の中に持ち込んでいく。いくつもの作業ポッドが穴の中に潜っては這い出てくるその様はまるで蟻の群のようだ。

 

「運んでるあれ、何かわかる?」

『すみません、キツいです。コンテナということしかわかりません……あぁ、くそッ』

 

 イガリに聞いても、良い返事は返ってこない。それどころか機嫌も悪そうだ。

 

「どうしたの」

『カメラすらだめです。受信機材が大半調子わるいんですよ』

『積み過ぎなんだよ。そんなゴテゴテして見栄えも悪い』

『わからない人にはいいですよ、別に』

『落ち着け』

 

 雰囲気が悪くなるメビウスの二人を横目に、リリーは残骸の観察を続ける。

 

「とにかく、見ないとわからないわね」

 

 そうそうにあきらめ、リリーはデブリを進ませる。潜入を試みるのだ。

 

「私が中を行く。中からなら、何が起きているかわかるかも知れない」

『なら、残骸の外の方を見てこよう。あの連中が何してるかわかるさ』

『私はここで待ってるわ。支援はするけど』

『僕はもう少し外縁から見てみます。何があるかわからないんで早く帰ってきてください。お願いしますね』

 

 そういって、四人は再び別れた。一つのデブリは黒煙の中へと、二つのデブリは残骸へと進んでいった。

 

 

ーーーー

 

 

「ん?」

 

 青年は、突如として鳴った警告音に作業ポッドを動かした。

 すると目の前を、なにかが絡み合った大きな残骸が通り過ぎていく。

 グシャグシャの有様でよくわからないが、見るにメビウスとジンなのだろう。影はどこにもないが。

 

「おお、MSだ、MS!」

 

  MSはいまだ市場価値の高い希少品。メビウスが絡み付いてひどい有様に成っているが、それでも良い値段になる。

 ちょうどポッドが手ぶらであったこともあり、青年は喜色満面に飛びつこうとした。

 しかし、ほかのポッドに捕まれ、止められてしまう。

 

「な、なん……」

『なにやってんだぁ、テメェ……』

「ヒッ、お、親方!」

 

 一転、青年は恐怖を露わにした。

 スピーカーからの通信だというのに、操縦棹からは手を離し、全身を縮ませて怯えている。

 

「い、いえ、あれじゃ現場に向かって危ないと思ってデスね、それにせっかくのMSですし、メビウスも付いてるんですよォ!?」

『まだ何も言って無いだろうが』

 

 青年の怯えぶりに、親方も気色をそがれてしまう。

 要領も得ない言いぶりにため息を付き、諭すように言った。

 

『まずはもう少し落ち着け、そういうジャンクは取れるときに取るのだ。逃したらほかの奴に連絡なりして任せればいい。ダメだったら諦めろ』

「……はい」

『で、どこなんだ、そのジャンクは』

「あ、はい、えっと今は一時の方向……あれ、あれ?」

 

 青年が見たときには、ジャンクは消え去っていた。

 

 

 

ーーーー

 

(ちょろいもんね)

 

 物陰に身を潜めていたリリーは大きく息を吸おうとして、埃っぽい空気に眉をひそめた。

 

 ここは世界樹残骸の中。リリーは潜入には成功した。

 忍ジンは作業船内のジャンクの中に隠した。どうも外で作業している連中は本物のジャンク屋らしい。非合法も請け負っている連中なのだろうか。

 

 残骸の中はエアロックが整備されてしっかりと空気が通っていた。空調は整っていないため言い空気とはいえなかったが、それでも意外と快適である。

 電気も通り、電灯がそこかしこで明滅している。

 残骸としては十分に整った環境の中に、意外と多くの人が居るのをリリーは見ていた。

 身を潜めていると作業員が目の前を通り過ぎていくが、リリーには気づかない。

 身のこなしからしてどれもが普通の作業員であり、明らかに一般人だ。

 

(忍者ではなかったのか……?)

 

 首をかしげていると、全身に丸めたコードを背負っている作業員が見えた。見事な足さばきで、壁を蹴って進んでいく。

 作業員らの流れもそちらへ集中している。なにかがあるのは確からしい。

 

(ううわ、なんじゃあら……)

 

 その奥へ向かうと、壁と言う壁にコードが刺され、溢れ返っている。その先は、まさにリリーが向かう方向へと向かっていた。

 通路のあちこちに人が張り付き、作業を行っている。

 さすがに人が多すぎると見て、ダクトへとリリーは入っていった。

 

 ダクトはかなり小さく、リリーでも苦しいものがあった。通常のダクトなら大人でももうすこしは余裕があるのだが、ここのダクトはなぜか非常に狭く、幼いリリーの体でも少々苦しいのだ。

 

(何でこんなに狭いのかなか……太ったって事はないし……)

 

 埃も多いものの、割とスムーズに進める。当然のことながらダクトを進む他の人もいない。

 時折作業口から廊下を覗きながら進むと、這う手を止めた。

 

 ダクトの先がフィルターに閉ざされている

 清浄用だ。簡易式と見え、機械などは無いただの網に見える。

 

(これならばなんとかかるかな)

 

 リリーはそっと小刀を取り出し、フィルタの端に当てた。

 フィルタに手を添えながら小刀を引くと、手応えもなく小刀が通る。するとかすかにフィルタが動いた。

 

(あ、い、た……な)

 

 手を動かせば、フィルタが外れて口を開ける。

 音を出さないよう、そっとフィルタを脇に避け、ほのかに浮いた埃をあびながら這い進むと、目の前の通気口から光が漏れているのをみた。

 時折聞こえる作業音と話し声。聞くに、部屋の中に数人が居るらしい。

 そっと部屋をのぞき込んで、リリーは目を見開いた。

 

(なんだ、これは……)

 

 六角形の形の部屋に、何人もの作業服姿の人が散らばり、作業をしている。重く静かに響く作動音、一角に設けられたいくつものモニターという光景は、見覚えがある。サーバールームだ。

 床や壁をヒッぺがしては、中から引きずり出した箱にいくつも束ねたコードをつなぎ、中心にたつメインサーバーと思わしき塔に繋げている。

 一人が、中心の塔に繋げたパソコンをにらんでいる。

 

「またダメだ、突破できない」

「何だって? そのはずは無い!」

 

 よくわからないが息詰まっているとみえ、雰囲気は悪い。

 見ている間にも作業員たちはコードを繋げてはパソコンをにらみ、パソコンをいじってはコードを入れてと似たような作業を繰り返している。

 作業員たちが話から漏れ聞こえてくる内容から推測するに、ここのサーバーのデータを移植したいようなのだ。

 固定されたサーバー字体は動かすことは困難であるだろう。しかしデータだけでも移動できる媒体に移植すれば、持ち出すことができる。それも非常に小型化する事ができるだろう。

 このサーバーにどれほどのデータが詰まっているのかはわからないが、少なく見積もってもディスク五枚で収まることに違いないと推測できる。以前依頼で似たようなサーバーから頂戴した経験だ。

 

(あの時は、本当にこれだけなのか、って問いつめられたっけ……)

 

 研究データが想定より少なかったのだろう。実際のところ研究費の不正流用が多かったのだが、それは帳簿データだ。依頼内容に相違ない。

 しかし疑問がある。

 世界樹はもともと研究開発用のコロニーだ。だがつい最近まで稼働していたとはいえ、所詮はC.E創世期の産物。こうまで大がかりなことを仕掛けてまで、ほしいデータがあるようには思えなかった。

 

(ま、それは後からでもいいか。あいつらなら、なんか知ってそうだし)

 

 リリーは詳細を三人にぶん投げることを決めた。

 

 撤退を始めようとして、下の部屋の雰囲気が変わったことを感じ取った。

 最初は己のことを気取られたかと思ったが違う。誰か、注視するべき人が来たようだ。

 

 (何だ……?)

 

 リリーは再び、下の部屋の様子を覗いた。

 主任と思われる作業服姿の薄い顔の男と、薄い色の着物を着た男が話している。

 

「──やはり無理か?」

「厳しいと言わざるを得ません」

「そうか」

 

 主任の言葉に着物の男は耳を傾けていた。

 軽く頭を掻きながら、表情の読めない顔で主任は言葉を続ける。

 

「徹底的なまでに外部抽出をブロックしています。端末への移植はおろか、モニターへの出力をも渋る始末です」

「やっかいとは思っていたが、よもやそこまでとはな……」

「ここまで徹底した孤立主義のサーバーは初めてですよ。一体何を蓄えているのやら」

 

 何気なく放ったであろう主任の言葉に、男の気配が一変する。

「貴様が気にすることではない」

 

 気迫、とでもいうのだろう。男がほのかな怒気とともに放った気は周囲に伝わり、作業員たちを震え上がらせる。

 背後で聞いていた男は身を震わせた。横目で見ていた女は尻餅をつき、壁際まで下がっても後ずさりを必死に続けている。偶然にも直視してしまった若い男は、そっくり返って泡を吹いている。

 サーバーまでも影響したのか過度に明滅する状況し、冷房装置が強くうなる。

 

「おや、それは申し訳ありません」

 

 そのような状況で、主任の男はあっさりと言った。

 

「……世界が取れるぞ」

「そうですか。ではどうされます、作業は続行しますか? でしたらMSシミュレーション操作と思わしきFWの解除のご協力に、どなたかパイロットをいただきたいのですが」

「……いや、できる限りの保全に努めてくれ。いっさい、抜かり無くな」

「了解しました。プランF、でしたか」

「うむ。揺れるからな、しっかり頼むぞ」

 

 主任は頷き、作業員たちに気をしっかり持たせながら指示を出していく。

 その様子を見届けて、着物の男が立ち去ろうとしたときだった。

 

「……おや?」

 

 ズン、と響く振動。ハラハラと埃が宙に舞う。

 残骸全体に響いたのか、少しばかり長い振動だった。

 

「こういう作業しているときに振動とは、肝が冷えますねぇ……」

「電源落ちたり、サーバーに異常が起きたらと思うと、大変ですよ」

「外の連中ですかね、まったく」

 

 しばし見上げていた作業員たちは、口々に言いながらも作業に戻っていく。

 その中、しばし佇んで動かなかった着物の男は、ふいに何かを天井に投げた。何かは天井を突き破り、姿を消した。

 

「……ふむ」

「おや、どうしたんです」

 

 何も聞こえてこない天井の穴を眺めていた着物の男に、主任が声をかけた。

 

「いやなに、気のせいだ」

「はい?」

 

 首を傾げる主任を置いて、着物の男はサーバールームを立ち去った。

 

(いや気づいてるって、絶対……)

 

 目前、ダクトの天井に突き刺さった手裏剣を見つめながら、リリーはため息を飲み込んだ。

 

ーーーー

 

 

『しかし、ありゃ一体なんだろな』

 

 物陰から身を乗り出していた一本角は、作業場を確認して首を傾げた。

 覗いて回った限り、外で見た作業チームの荷物が運び込まれているのはこの作業場だけだ。

 

『あんなもの、一カ所だけじゃ意味ないだろうによ』

 

 最初の場所に戻ろうとして、足を止めた。

 

『気づかれたな……』

 

 頭上に少し離れて周囲を動く影がある。一本角を中心にして、円を描くように動いていた。

 それはまるで、獲物に狙いを定める猛禽のごとく、鋭い視線を放っていた。

 

『ははっ……はやく戻ってこいよ、嬢ちゃん……!』

 

 影は一本角めがけて襲いかかった──

 



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『世界樹』の妄執.四 ─鳥の舞─

 世界樹残骸の表面に、奇妙な現象が起きていた。

 かすかな振動が走ったかと思うと、表面に穴が空くのである。次々と空く穴はまるで蛇が這ったように連なり、道を描いていた。そのため目撃したジャンク屋は、何かが襲撃しているのか、と最初は考えた。

 しかしどうもそうは思えない。襲撃というにはあまりに穴が走る速度が速い。殴り書きのような速さだ。そのような速さで、コロニー表面をなぞるように飛べる機動兵器はジャンク屋は見たことも聞いたこともない。

 穴も奇妙だった。銃弾によるものだと思ったが、それにしては少しばかり大きいのだ。

 その『銃弾』を探して見ようにも、コロニー表面には小石ほどのデブリが引っ掛かって積もり、すぐに探し当てるのは困難だった。

 

「ま、敵なら警備がたがやってくれるだろう」

 

 いくらジャンク屋は自衛ができるとはいえ、こんなよくわからない相手に対処できるほどの実力や運など、全く持ち合わせてはいない。

 警備担当に連絡を済ませたジャンク屋は、ほかの原因が無いか、空気の流出が無いかと確認に出た。

 

 

ーーーー

 

 

 コロニーを走る者がいる。一本角だ。

 背後から鳥のような影が一本角を追い、銃撃を次々と放つ。

 MAのように見えるのだが、そのすがたは影に紛れて視認できない。

 

『ぬぉおう! さすがにしつこいなぁ!』

 

 外面から残骸の調査を行っていた一本角に、鳥のような影が強襲を仕掛けたのだ。

 鳥は一本角を執拗に追い回し、銃撃を続ける。素早く、されど一発ごとに狙いを定めた銃弾が一本角へと襲いかかる。

 

 物陰に隠れて目を眩まそうにも頭上から見つめる鳥には意味も無く狙われ続け、離脱のタイミングを逃してしまう。

 鳥は決して寄ってこない。近づかず、銃弾を打ち続けるのだ。

 一本角は鳥に向かい合い、銃弾を重斬刀で何度も切り払う。一振りごとに腕を襲う、響くような重い感覚。

 

『……ダメか!』

 

 打ち払う事を諦め、再び駆け出した。重斬刀はぼろぼろになり、ただの棒切れといわんばかりに短くなっている。

 

『それなら、これでも食らいなッ!』

 鉄屑になった重斬刀を粉々に砕き、鳥に向かって一気に投げつける。

 鳥は避けるどころか足で掴み取り、そのまま打ち出してきた。その威力は、先ほどまでの銃弾と全く遜色無い

 

『やはり弾はそこらのデブリ。指弾か!』

 

 指弾、指によって弾丸を弾くことで撃ち出す技術だ。弾は銃弾に限らず、そこらの小石でも弾丸として使用できる。

 

 指しか加速に使用しない指弾は銃に劣るのが当然であり、一本角でもこけおどし程度の威力しか出せない。だというのに、あの鳥の指弾は銃撃をもしのぐ威力だ。

 

『まったく、指弾じゃ弾切れも期待できないな』

 

 そこらの小石でも撃つことができる指弾は、事実上弾切れはない。

 

 一本角が目の前の崖を飛び降りると、そこはジャンク屋達の作業場だった。

 

「危ねぇな、バカヤロー!」

『すまんなぁ!』

 

 足下で機械にしがみついていたジャンク屋が叫ぶ。ジャンク屋が必死に守っていたのは機械が入り組んだ工業品。エンジンだ。

 周囲には、同じようにいくつもエンジンが据え付けられている。どれも噴射口を同じ方向に向けていた。

 

 一本角はジャンク屋の抗議をあしらいつつ、作業場の出口を目指して走る。その足取りは無重力を歩くとでもいうほどにゆっくりだ。

 だというのに、鳥からの攻撃は無い。

 

『やっぱり、ここは大事な場所なんだな』

 頭上を見れば、鳥は再び旋回を始め一本角に狙いをを定めている。弾が切れたという様子は無い。好機をうかがっているのだ。

 

『なら、悪いがな……』

 

 一本角はライフルを持ち出し、エンジンに銃口を定めて──ライフルを手放した。 

 ライフルは真上からの指弾を受けて折れ曲がり、地面に打ちつけられる。

 後方へ滑るように引いていく一本角を次々に真上からの指弾が襲い、かわされては地面をうがっていく。

 その弾丸は一本角をエンジンにけっして近づけさせずに、作業場の出口へと追い立てていく。

 

 驚いたことにその銃弾は、地面に刺さるも弾けさせず、眺弾も起こさない。

『エンジンがよほど大事らしいな!』

 

 エンジンを取り付けていることからして、この残骸をまた動かしたいのだろう。

 だが、そうやって残骸を飛ばして、一体何がしたいのか。

 

 鳥の無言の要求に乗り、出口へ向けて駆けだした。

 

 出口から飛び出しても、指弾は襲いかかる。天からだけでなく、地面と平行にも撃ちだしてきた。

 指弾のペースもだんだんとあがっていく。

 鳥は残骸表面の塵を吹き飛ばしながら、巻き上げられた石屑を拾い上げては撃ちだしてくる。

 その勢いはもはやマシンガンだ。

 

『よくも手が持つな────ッ!』

 

 一本角は指弾を避けながらも、思わず足下に視線を向けた。

 

 残骸が鳴動した。

 

 残骸に衝撃が走り、一気に表面の塵が巻きあがる。突き上げてきた衝撃に耐えられず、前のめりに転んでしまった。

 明らかな隙だ。

 ひっくり返った視界の中で、鳥が一本角を狙っているのが見えた。

 

『くそ──ッ!』

 

 鳥が指弾を放ち──

 

 ──残骸表面が弾け飛んだ。

 

『なんっ、だぁ!』

 

 指弾も鳥も、突如として弾けた壁面に巻き込まれて宙を舞う。

 大きく開いた穴からはゴウゴウと空気が吹き出し、瓦礫を巻き上げて穴を広げていく。

 首をもたげた機械の鳥が起きあがるのを見て、一本角は身を翻す。

 好機とばかりに残骸壁面を飛び出した。

 

 そのとき、弾けて飛んでいく残骸の中に、パイロットスーツ姿のリリーも混じっているのを見た。溢れ出た空気に吹かれ、残骸にもまれながら流されていく。

 

『なにやってんだ、あいつ……まぁ、ありがたいことだ!』

 

 もんどりうっていた鳥が睨みつけてくるのを遠くに見ながら、一本角は宇宙を駆けていく。

 

 

ーーーー

 

 時折起こる振動で塵が舞う中、宇宙服姿の人々が移動していく。

 様々な年頃の男と女、時折子供の姿も混じっていた。

『退避、退避ー!』

『サーバー班以外は離脱して良し!』

 

 あちらこちらから退去を訴える言葉が聞こえる。

 作業員たちはひときわ強く起こった振動にもうろたえず、至って冷静に壁を蹴り、無重力を滑っていく。

 

 世界樹残骸では、作業員たちの脱出が次々と開始されていた。

 着物の男が告げたプランF。さらには時折起こる異常振動による崩壊も相まって、一部担当部署以外での離脱が開始されたのだ。

 荷物の抱え、まばらに脱出口に向かう宇宙服姿の作業員たち。エアロックから宇宙へ飛び出し、待ちかまえていた作業ポッドや連れ添ったカーゴに次々と飛び移っていく。

 脱出ポッドなんてものはこの残骸にはすでにない。残骸になる前に使われたか、運悪く故障なり損壊して放置されたかのどちらかだ。

 脱出した作業員で満載になりしだい、作業ポッドが離れていく。

 

 まばらに脱出に向かう人々のなかに、子供の姿があった。リリーだ。周囲の作業員と同じく汎用の宇宙服に身を包んでいる。身軽に壁を飛びわたり、大人たちを追い越して飛んでいく。その足取りは非常に軽く、まるで非常事態に興奮する子供のよう。

 

 そうして作業員らに紛れていたリリーだったが、十字路に通りがかった時、リリーを呼ぶ声がした。

 

「おおい、そこのぉ」

「はい?」

 

 声のほうへ振り向いて、

 

「後ろだ」

「っ!」

 

 背後から衝撃を受けて吹き飛ばされた。

 姿勢を崩し廊下を流れたリリーは、壁にぶつかるときに、さらに蹴った。体は跳ねて加速し、背後から襲いかかる刺客の一撃を回避する。

 その時、刺客の姿が見えた。サーバールームに現れた着物の男だ。

 パイロットスーツの上に着物を羽織っている。

 

「見慣れないやつがいると思ったが、やはり賊か」

「な、なんですかいきなり……!」

 

 普通の子供のように困惑する様子を見せるリリーに、着物の男は嘲るように言った。

 

「ごまかさんでもいいわ。誰が作業に入っているかぐらい、把握しとるわ」

「またまた、ご冗談を……」

「なら聞いていくかい?」

「それこそ冗談!」

 

 意地悪そうにほくそ笑む男に、リリーが叫ぶ。

 リリーが身を翻したかと思うと、男がいきなり踏み込んだ。いつの間にやら手にした刀をたたき込み、汎用宇宙服を真っ二つに切り裂く。

 

「──ほう、ウツセミ」

 

 軽すぎる手応えに、男が笑う。汎用宇宙服はすでに空だ。

 男の頭上に影が差す。パイロットスーツ姿のリリーが天井に足を着け、小刀を構えていた。その切っ先は男の首筋に向けられている。縮こませた体は飛び出す瞬間を待ちかまえていた。

 

 男が刀を構えようとしたが、その動きが止まった。体に何かが引っかかり、動きを制限している。

 非常に細い糸。鈍い光を放つそれはワイヤーだ。宇宙服のワイヤーアンカーにも用いられている綱線がいつのまにか男の体に幾重にも巻き付き、徐々に引き絞られていく。

 ワイヤーの先には、先ほど切り裂いた汎用宇宙服があった。宇宙服はワイヤーに引っ張られて男の体に身を寄せながら、装置でワイヤーを巻き取り、男の体をきつく縛っていく。

 リリーは飛び出した。

 男がワイヤーに体を引っかけ、動きを制限された時には既に天井を飛び出していた。一直線に迫り、小刀を振る。狙うは首筋。パイロットスーツに身を包んでいる中で、もっとも手軽で確実な場所。

 

「しッ────ッッ!」

 

 振って、リリーは弾き飛ばされた。廊下を真っ直ぐに飛んでいく体は壁も掴めず、無重力におぼれ四方へと回転する。

 重心を動かして身を起こした時には、目の前にいた男が、拳を振りかぶっていた。無重力の中、床にしっかり足を着けてリリーをみている。羽織っていた着物は無く、切れ端が体の縁に引っかかっているだけだ。バイザーの中から伺える口元は、かすかに笑っていた。

 テレフォンパンチのように振りかぶった腕は、見せつけるように手は開かれていた。その手の中に苦無があった。

 男は、隠し持っていた苦無でワイヤーを切り裂いて脱出し、反撃したのだ。

 男は苦無を、柄尻の輪を指にかけたまま握り込む。

『はあぁっ!』

 

 その拳ごと、リリーを壁に打ち込んだ。

 

 残骸に響き震わせる衝撃が、その威力をゆうに語る。

 威力は留まりきらず、壁を崩壊させ、宇宙へと突き破る大穴を作った。

 吹き出す空気とともに壁だったくずが流れ、宇宙へと飛び出していく。

 

『ははっ、久々でやりすぎてしまったか!』

 

 空気が氾濫する激流のなかにあって、男は揺るぎもせずに、突っ立って笑っていた。

 その後ろに、黒づくめの人影が降り立った。人であることしか伺えず、男女の区別もつかない。人影はひざまづき、男にかしづく。

 

「サーバールームの作業班、離脱完了しました」

『うむ。早かったな、あの男。君たちは忍機を出したまえ。もちろん盛大にな』

「はっ!」

 

 黒づくめは頷いたかと思うと、次の瞬間には姿を消した。

 

『では、私も出るかな』

 

 そして男は外へと飛び出し、残骸壁面をどこかへと走っていく。

 

『ふふふ、おもしろくなってきたわい』

 

 

ーーーー

 

 

「うっ……う……うわぁ!」

『おぅ、目覚ましたか、大丈夫かぁ』

 

 身を芯からかき回すような、奇妙な感覚とともにリリーは目を覚ました。

 みれば、作業ポッドの腕にリリーは掴み取られていた。すぐそばに世界樹残骸も見える。

 のど奥からこみ上げるモノを押し留めながら、リリーはなんとでも無いように、訪ねた

 

「えっと、いまは……」

『オイラが受け止めてすぐに目ぇ、覚ましたよ。ここは世界樹のデブリだ。心配するな、流されてなんか無いって』

 

 作業ポッドの男は、押さえ込んだせいで沈むリリーの声を不安によるものと思ったのか、なだめるように優しい声色で言った。

 

『いやぁ、表面がいきなり破裂したかと思ったら、嬢ちゃんが流れてくるんだもの、驚いた驚いた』

「ありがとう、お兄さん。それでねぇ、急ぐんだけど……」

『おうおう、わかっとるよ、しっかり掴まんな。飛ばすぞぉ!』

 

 気をよくした男はスロットルを一気に入れた。スラスタを目一杯吹かし、ポッドが飛んでいく。

 

 

ーーーー

 

 

『ふぃーっ、次の荷物はどこだぁ』

 

 青年が作業船に戻ってきた。荷物を探す中、片隅に寄せられていたジャンクに、目を見開いた。

「あれ、あのジャンクがある。拾ったんだな」

 

 そこにあったのは、先ほど取りのがしてしまったMSのジャンクだ。ひしゃげたメビウスと絡み合いあって、面影しか伺えない。さりとて貴重なMS。外装がダメでもいい部品が取れるだろう。

 ジャンクを見つめる青年に気づいたのか、男が近づき青年にふれた。接触通信で声をかけてくる。

 

「おお、お前も気づいたか。あれ、外見が悪くなってるだけで中はきれいだぞ。あんなMSを拾えるなんて、ラッキーだ」

「ホントですかぁ! 誰が拾ったんです? お礼言いたいくらいですよ」

 

 喜びの様子を隠さない青年に、男は目を見開いた。

 

「え、お前じゃないの?」

「え?」

 

 思わず身を乗り出し、見つめあう。互いに疑問の色が露わになっていた。

 

「おれ、こっちにいる間に来たやつみんなに聞いてるけど、みんな知らないぞ」

「またまたぁ! あ、親方でしょう、親方!」

「知らん、ってよ」

「えぇ?」

 

 親方でもないとなるとだれなのか。二人が首をかしげていると、デッキに赤のランプが灯った。ハッチが開けられるのだ。

 

「お、誰だ?」

 

 ハッチが開くに従って、ポッドの姿が見えてくる。すると、青年は頭に衝撃を受けた。

 

『ごめんねッ』

「あ、おい、誰だ!」

 

 少女の声が聞こえた。呼び止める男を無視して、少女は頭を踏み台に飛び出していく。その先には、ジャンク置き場があった。

 

「大丈夫か」

「ああ、すまない……一体なんだ」

 

 蹴られて溺れる青年の体を、男が引き戻す。

 ジャンク置き場に視線を向けて少女を探すが、その姿はすでに無い。

 

 どこに隠れたのかといぶかしんでいると、船が揺れた。合わせてジャンクが動いたかと思うと、その山が崩れてデッキ中にまき散らされる。

 

 あわてて身を守っていた二人は、もとのジャンク置き場に合ったモノに気づいた。

 そこには、カスタムされたジンが大きな傷も無い姿をして立っていた。

 屑になって巻き付いていたメビウスも剥がれ落ち、汚れて傷だらけだった姿はどこにもない。

 

 二人が唖然として見上げる中、カスタムジンは開ききったハッチから飛び出していった。

 



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『世界樹』の妄執.五 ─忍び乱舞─

 黒煙に包まれた『世界樹』残骸周辺に、いくつもの機影が現れては消えて動いている。時折閃光が瞬き、なにかが爆発したかと思うとそこに現れる残骸が、戦闘の痕跡を映す。

 コクピットだけが貫かれていたり、真っ二つに切り裂かれていたりする。メビウスやジン、何かも区別が付かないほどに粉々になった残骸が漂う空間で戦うものが居る。

 

 ひらりと身を翻してマシンガンの銃撃を回避したのは、雄々しい角を額に抱いたジン《一本角》だ。

 光状を一つ、二つ、三つとと容易くかわし、射手を視界にとらえ続ける。一本角の射撃の腕ならば十分撃ち落とせる距離。だが撃たない、撃てない。武器が無いのだ。機械鳥の攻撃によって失ってしまった。

 だが、武器が無いなら用意すればいい。

 

 手ぶらだった一本角は回避がてら漂っていた鉄パイプの束を引っ付かんだ。工事でやぐらに使われていたものだろう。MSやMAに対抗するには頼りないが、こんなものでも使いようだ。

 手始めに一本を手に取り、槍の要領で投げた。一直線に飛んでいった鉄パイプはメビウスの三角形の胴体を見事に貫く。制御も失いかなたへと飛んでいくメビウスに手応えを感じた。

 もう一本投げる。次に串刺しにされたメビウスは当たりどころがよかったのか、炎を吹き出して爆発四散した。

 

 その炎もまともに見ずに脇から背後へと鉄パイプを突く。虚空をつくが、そこには確かな手応え。そこにいつの間にか現れていた忍者ジンの胸元に鉄パイプが深々と突き刺さっていた。奇襲を狙っていたのか、その手には忍刀が握られている。

 めくれあがったコクピットカバーから赤いものが流れ出るのを見ながら、忍者ジンを思い切り蹴り飛ばした。忍刀を奪い取るのも忘れてはいけない。忍者ジンの瞳の光が消えるや否や自爆して弾けと飛び、鉄片を周囲にバラマいた。

 忍刀を振って鉄片を防ぎながらその感触を確かめた一本角は、気に入ったのか頷いた。ただの鉄パイプよりは十分頑丈。武器として振るうに、建材よりは使いやすい。

 

 刀を携え爆煙に飛び込む。その中に煙を切り裂くように向かってくるメビウスが居た。至近距離で放たれたレールガンの弾丸が左肩の装甲を抉っていく。当てられた衝撃に体を回してしまうが、その回転する勢いのままメビウスの背中に乗った。刀を振りかざし、メビウスのコクピットに突き入れる。

 その時、分厚いメビウスの胴体を貫いて手裏剣が襲いかかった。一本角に突き刺さる。

 

『なに!』

 

 驚いたのは、投げた忍者ジンだった。そこに一本角の姿はなく、代わりに手裏剣が刺さった鉄パイプがあった。

 ウツセミに一瞬気取られた忍者ジンの胸元から、刀の切っ先が現れた。コクピットを背後から刀が貫いたのだ。

 

『ぬうぅ!』

 

 一本角が吠え、遺体となった忍者ジンを振り回す。盾となった忍者ジンの背に手裏剣がいくつも突き刺さった。その間も一本角は刀も絶えず振り続け、手裏剣をうち落としていく。

 手裏剣の雨霰の中を一本角はかいくぐり進む。

 囲むように現れたジンが、一斉にミサイルを放った。

 当たる軌道のものを切り裂き、上へとミサイルをかわした先には、何機もの忍者ジンが待ちかまえていた。

 

『いかんッ!』

 

 誘い込まれた。

 四方から、刀を構えた忍者ジンが飛び込んでくる。

 

 交錯。

 盾で受け止め、刀で絡めとり、脚で蹴飛ばし、角が切り結ぶ。

 

(……足りないか!)

 

 一瞬とてしのいだだが、完全に脚を止めてしまった。宇宙の乱戦で脚を止めるのは致命的だ。

 

 拮抗する五機のジンに、飛び上がった五機目の忍者ジンが槍を構えて加速をかけた。切っ先は一本角の胸元。

 しかし、直上からの銃撃が五機目のジンを槍もろとも撃ち落とした。

 

 同時に放り込まれた煙幕弾が炸裂、ジンたちが白煙に包み込まれる。

 

 周囲で待ちかまえていた忍者たちは伺うしかない。

 白煙に時折銃撃の光が、雲の中の稲妻のように瞬く。サーモカメラを用いて熱を見ようにも、煙が熱を持っているのか画面が真っ赤に染まるだけだ。

 

 爆発と思わしき大きな光とともに、白煙が一斉に晴れた。残滓が漂うなかに四機のジンがいた。どれもが胸元に穴を開けて力無く漂っている。一機忍者ジンが足りないのは、爆散してしまったのだろう。

 一本角と乱入者の姿は、どこにもない。 

 

 

ーーーー

 

 

 忍者たちが、敵を探しに散っていく。宇宙と黒煙の闇に彼らの姿が消えたことを確認して、一本角は遠眼鏡をおろした。

 MSサイズの望遠鏡をしまい込みながら、傍らのメビウスに声をかける。怪しい朱と白のメビウス。彩火だ。

 

『すまないな。あの人数を相手に武器も無しだと、手間がかかる』

『なら、次は問題無いんだろうねぇ?』

『ああ』

 

 いつの間にやら手の中にある手裏剣を弄んでいた一本角は、彩火を見ていた。

 

『なんだい? あんまり見るなら取るもの取るよ?』

『いや、それはいい……イガリはどうした』

『……あれ、さっきあんたに突っ込むまで居たんだけどね、あの坊や』

 

 残骸外縁の黒煙に居た彩火が来たというのに、イガリの姿が見えない。

 周囲を探ると飛んでくる機影が見える。針だらけの姿のMA。イガリのメビウスだ。

 その後ろに、さらに二機のメビウスがついてイガリを追いかけていた。三機の軌道がもつれ、絡み合いながら飛んでいく。一本角たちの姿を見たのか、先頭のイガリが軌道を変え一直線に向かってきた。

 

『なにやってんだ、あいつは。何でこっち向かってくる』

『いつの間に引っかけたのやら。……案外やるわね』

 

 やれやれと、二人が武器を構えて、イガリから通信が入った。

 

『あ、すいません、この人たちお願いしますね!』

 

 開口一番、そう言ってイガリが機体を一気に加速させて、傍らを通り過ぎようとする。

 一本角はいたって冷静に、イガリのメビウスの尻を上から叩いた。

 

『ほいっ、と』

『ヴぉげぅッ』

 

 うめき声が漏れながら、イガリの機体が後ろに百八十度回転する。無理矢理に機体ごと反対へと向けられてしまったスラスタによって急制動され、メビウスの速度が一気に落ちる。

 急激にめまぐるしく動く視界の真正面に、敵のメビウスの姿が見えた。

 敵は回避機動が間に合わず、もはや目の前。

 

『…………えい』

 イガリは引き金を引いた。敵は炎を吹き出しながら、イガリを追い越していく。

 

『ほえー……』

 

 そして爆発。イガリは何の感慨も無く、二つの爆発を眺めていた。

 

『で、あとはあの嬢ちゃんなんだけど』

『それなら、見つけたぞ』

『え、どこさ?』

 

 再び一本角の構えた遠眼鏡のレンズは、ジャンク屋作業船から飛び出した光を捉えていた。

 

 

ーーーー

 

 作業船から飛び出したのは、忍ジンとリリー。

 宇宙を飛ぶリリーの行く手に、黒づくめの忍者ジンがいた。周囲を警戒しているのかあたりを振り向いているが、まだリリーには気づいていない。

 避けてもいい。だが。

 

「邪魔だッ!」

 

 忍者ジンをまっぷたつに斬り裂いた。

 爆発もなく漂う遺体を置き去りに、世界樹残骸へと向かっていく。

 

 当初は一本角らと外縁部に再集結するのが話であった。

 しかし、それでも残骸へと向かう。

 

「先に行かせてもらうわよ」

 

 そうこぼしたのは、申し訳ない気持ちがあったからなのか。

 

 着物の男らが残骸で何の目論見があるのか、いまだ分からないのは確かだ。サーバーの作業からして何か情報を入手したいのだろう。それも難航していた様子だ。それでも作業を止めて、作業員を脱出させていた。

 

(つまり、もう用は無いということ)

 

 作業員たちはみな、話が急だとは不満を漏らしていたが、驚いていた様子は無かった。

 おそらく、もう時間が無い。この時を逃せば取り返しがつかなくなる。そのリリーの行く手を、何機もの黒づくめの忍者ジンが阻んだ。

『さっきからちょっかい出してくれているのは貴様か』

『知るかッ!』

 

 一喝。忍者ジンの言うことにリリーは心当たりは無い。大方一本角が外壁部で何かしたのだろうが、気にすることではない。苦無を構え、忍者に向けて駆ける。

 

 刀の忍者ジンと斬り結んだ時だった。リリーの後方から、いくつもの銃撃が走る。

 

『後ろからだとッ!』

 

 驚いたのは忍者ジンたちだった。銃弾は忍者ジンたちに襲いかかり、包囲網に穴を開ける。リリーは好機とばかりに、穴へと突っ込んでいく。そこに併走して現れたのは一本角たちだった。

 

『おう、そんなに急いでどうした』

『何やってんの? そんなサンドイッチになって』

『おまえが前に出すぎなだけだ』

『追いつくの、大変なのよぉ?』

 

 文句を言う三機は、寝そべった一本角がイガリのメビウスを抱え、さらに一本角が彩火のメビウスを背負う奇妙な形だった。スラスタの推力方向をそろえることで速度をあげているのだ。 三機は分かれてリリーに併走する。

『そんなに急いでどこに行く?』

「サーバールーム。たぶんモタモタしてたら手遅れになる」

『サーバー? ここってそんなモノあるの?』

『世界樹はもともと研究施設だ。当然あるだろ』

 

 二人はリリーの焦る様にピンと来ていない。そこにイガリが割って入った。

 

『それって、この熱量と関係あります? なんかドンドン上がっているんですけど』

 

 そう言ってイガリが送ったデータが示したのは、サーモカメラで映された世界樹残骸の図。ほとんどが宇宙に冷やされきった深い青に染まるなか、赤く染まっている場所が二つ、寄り添うようにあった。

 

「だいたいここよ、話のサーバールーム」

『エンジンのあったあたりだな。ジェネレーターじゃねぇか?』

 

 思わず忍ジンが振り向けば、同じように振り向いた一本角のジンのモノアイと目があった。

 

「エンジン?」

『ここがサーバーだってのか?』

『たぶんお二方とも間違ってません。その二つでしょう』

『ずいぶん近いのねぇ、そこ』

 

 彩火がぽつりとつぶやいた言葉に、リリーと一本角の視線がモノアイごしに交錯する。

 

「サーバーの持ち逃げね、目的は」

『データを抜けば楽だろうに、そんなヘッポコなのか犯人は。だいたい、そんなことしてなんになる?』

「専門家が抜けないとは言っていたけどねぇ、中身はなんなのか……」

 問いにリリーは答えに窮する。彼らが欲するデータの中身は未だ見当がつかない。こんな大がかりなことをしてまで欲しいものなのか。

 

『心当たりはある───』

「あー、サーペントテールの目的はこれかな」

『ああ、いたな。そういえば』

『───え! 会ったんですか!?』

 

 反応したのはイガリだ。声は跳ね上がり、興奮に目を輝かせている。

 

「あれ? 言ってなかった?」

『聞いてないです! 早く行きましょう、お話聞かせてもらいますからね!』

「まあやることは確認できたし、さっさと行きましょう。……ファンだったか」

 

 イガリもはやし立てて道を急ぐが、あいにく熱源の場所は、ここからでは残骸のちょうど裏側になる。

 先には忍者ジンが網を張っていた。武器を構え、意地でも通さない姿勢だ。

 

『来たぞぉ!』

 

 さらに行く手を阻む忍者メビウスの群に、一本角が吠える。

 四機が一気に加速するなか、さらに飛び出したのは朱のメビウス。彩火だ。

 

『時間が無いって話でしょう? ちょっとばかし、無茶するわよう』

 

 彩火はくるり、と朱のメビウスをひねらせると、忍者メビウスの群に何かを打ち出した。

 二つ、四つ、六つ。

 次々に打ち出される弾だがメビウスたちは難なくかわし、狙いを突出した彩火に定める。

 それにも動じずに、彩火はどこかから出した布をメビウスに纏わせつかせた

それは漆黒の宇宙によく映える、燃えるような赤。

 何をしている? とリリーが疑問に思うと同時に忍者メビウスたちの弾が一斉に彩火へと襲いかかった。そして、彼らの姿は赤い煙の中に消える。血のように暗い赤の色。煙幕弾だ。

 流れ弾をリリーたちは避けるが、彩火のメビウスは臆することなく前に進む。

忍者メビウスたちが飲み込まれた赤の煙に、彩火のメビウスも身をくねらせながら突っ込んでいく。はためく布が、風のごとく宇宙に写る。

 

『後をなぞれ!』

 

 声の通りに、彩火の後をなぞっていく。向かってくるメビウスは、彩火の銃撃で次々押し退けられている。どれもがコクピットやエンジン、スラスタなど重要な場所を撃ち抜かれているのだ。

 

「へぇっ、よくやる」

『煙モノをつかうと滅法強いからな、あいつは』

 

 向かって来た忍者ジンを切り捨てながら、リリーは感心したように言った。

 

 赤い影が煙から抜け出す。同時にいくつもの銃撃がたたきつけられた。被っていた布が破けると、そこから現れたのは黒のメビウス。

 忍機たちが間違いに気づいた時には、自身に銃弾が突き刺さっていた。

 

『ちゃんとよく観なさいな』

 

 忍機たちが沈黙していくのを眺めながら、彩火はため息をついた。

 彼らが撃ったのは、煙中で撃ち落とされたメビウスに、彩火が最初に着た布を被せたもの。デコイに気を取られた隙を、彼らは撃たれたのだ。

 

 そして、リリー達も薄れ始めた煙を抜け、合図も無く熱源へと再び進んだ時だった。

 

『きゃあぁッ!』

『彩火ァッ!?』

 

 彩火の悲鳴。

 彩火のメビウスが攻撃を受けたかと思うと、一本角に大きな影がぶつかった。それは宇宙だというのに、鳥の影を持っていた。

 まるでジャンクを組み合わせたような、珍妙な機械の鳥だ。

 

「何、鳥!」

 

 巨大な鳥の影に引きずられ、一本角は引き離されてしまった。

 

『二人とも!?』

「───いけない!」

『うわぁ!?』

 

 ガン、と思いきりよくイガリのメビウスを蹴り飛ばす。たまらすイガリが文句を漏らした時だ。

 

 イガリのメビウスは、右のバインダを抉り取られていた。

 

『え、え?』

 

 イガリは姿勢を立て直そうとするも手間取っている。突如崩れた機体のバランスに戸惑っているのだ。付け根から豪快にもがれているというのに未だ損傷に気づいてない。

 

 それどころか、目前に現れたMSの影にもまだ気づいてなかった。

 影はひざまづいて右手を降り下ろしたし姿勢のまま、立ち上がる様子がない。ただ右手を握っては伸ばすといった動作をゆっくりと繰り返す。まるでその手の感触を確かめているようだ。やがて納得したのか拳を握りしめて立ち上がり、その姿が露になる。

 羽のバックパックや一部装甲が無いのはよくあることだ。だが、ほとんどの装甲を無くし、代わりにカバーで覆っているだけの駆体。通常のジンが羽を持った騎士、とでもいうのならこれは薄着の格闘家のようなもの。MS《ジン》の改造機とは思えない。

「だれだッ!」

 

 飛び出し、薄着のジンに刀を振る。薄着のジンはゆらりと忍者ジンを見ると、背後からイガリのメビウスを盾に差し出した。

 

 「邪魔!」とリリーが言うなり刀の軌道を変え、コクピットの周囲を斬った。

 

 コクピットブロックがくり貫かれ流れていく。画面も暗転し急変する状況に揉まれて慌てるイガリを気にかけつつ薄着のジンに斬りつけるも、残された左のバインダを盾にして凌がれてしまった。

 バインダを断ち切ったときには、薄着のジンの姿は無い。

 

 「どこに行った」と思う間も無く、リリーは振り向いていた。振り向きさまに刀を振ると、それは振り切る半ばで止まった。薄着のジンが肘と膝で挟み、刀を止めている。

 

『今度はわかったか』

「また、あんたか」

 

 面白がるように笑う声が聞こえる。声は、通路で会った着物の男のもの。

 

「何考えてんのか知らないけど、邪魔よ」

『まあそう言うな。ここは正直退屈していたんだ。ちょっとはしゃいだっていいじゃないか』

 

 世間話でもするような様子で、リリーも意にかさない。

 リリーがいくら動かそうと、止められた刀は微動だもしない。

 

「ならッ!」

 リリーが刀を手放すのと薄着のジンが刀を折るのは同時だった。

 一気にスラスタを吹かして、距離を取る。追うのが遅れた薄着のジンへ手裏剣を投じた。だが薄着のジンはたやすく打ち払い、虚空へ一歩踏み出した。

 

 近くに、男の間合いに居てはいけない。それはリリーにもわかっている。

 この男は格闘に秀でている。それは通路での戦闘から明白だ。

 だがリリーが一歩距離を取るたびに、薄着のジンは二歩も三歩も寄ってくる。

 

 一気に手裏剣を投げる。

 薄着のジンは全身から溢れた光とともに、手裏剣をすり抜けた。

 

 グレネードを束で投げる。

 ジンは起爆するより早く、蹴り飛ばして背後へ流した。爆発を背に加速する。

 

 一つ宙を蹴る度に全身のスラスタから光がほとばしり、薄着のジンが進む。

 特に光るのが足裏のスラスタ。

 

 その動きに、地上での格闘戦を幻視する。

 おそらく薄着のジンは、地面を踏むときの反発をスラスタの噴射で代用しているのだろう。足裏だけではひっくり返ることになる『踏み出す挙動』を、他のスラスタで補正することで蹴る力へと変換し、あたかも地上を蹴り進むような挙動を可能にする。

 そうして三次元の軌道を刻みながら、リリーへと迫っていく。

 

「だけど、そんなの、無駄じゃないの!」

 

 思わず、リリーは叫ぶ。

 近づき、進むなら、ただスラスタを反対方向に向ければいい。勝手に押し出してくれる。

 避けたいなら、ほんの少しスラスタを吹かせばいい。ちょっとズレれば攻撃ははずれる。

 

 愚直なまでに地上のような動きに拘りスラスタを過剰に吹かす動きが、無駄だとリリーは感じた。

 だというのに。

 風がそよぐように流れ、木の葉のごとく揺らめく挙動が、美しいとリリーは感じた。

 

 気づけば、鼻先まで薄着のジンが迫った。

 こつり、と何かが機体に当たる感触。首元に拳が乗せられていた。

 

 光が視界を埋め尽くす。忍ジンを通じて、リリーの全身まで衝撃が響きわたる。

 リリーの意識は、黒く染まった。

 

 





──世界樹は次回で締める


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『世界樹』の妄執.結 ─任務完了─

 世界樹残骸の地表に、ジンが降りたった。まるでタイツでも着ているように細身で、カバーに覆われた体駆。リリー曰く《薄着のジン》。

 

『なにをやっとるんだ、あのカラスは』

 

 地表を見渡し、その惨状にあきれていた。

 壁面のそこら中に穴があき、電線も断ち切ったのかが漏電を起こしている場所もある。

 

『どこもかしこもこの有様、いくら敵とはいえさすがにやりすぎだ』

 

 そういいながら座り込み、地表で何か作業を始めた。二、三いじったかと思うとすぐに立ち上がり、

 

『さて、と──なぁッ!』

 

 拳を天につきだした。砲弾のごとく放たれた拳は虚空をついたかと思うと、何かと打ち合った。そこに現れたのは刃。小刀だ。

『ふんッ!』

 

 少しばかりマニュピレーターに食い込む感触を味わいながら気合いをこめると、その刃は粉のように砕け散る。断面がかすかな漏電の光を受けて輝き、雪のようにジンを照らす。

 柄はすでにだれも握っておらず、宙に漂っていた。どこか寂しげな柄に眼もやらず周囲を見渡す。

 そして右足に力を込めて体を押し出し、同時に左足のスラスタも起動、噴射のエネルギーまでも込めた背後への回し蹴り。あったのはかすかな手応えと鈍い衝撃。

 そこにいたのは、あのくノ一、リリーの忍者ジン。蹴りを受けた衝撃を回転で打ち消し、膝をついて薄着のジンを見ている。

 再び立とうとして、つまづいた。

 

『む……?』

 

 左足を見ると、すねに深々と苦無が刺さっている。忍ジンが蹴られた一瞬で刺したのだ。

 その隙に忍ジンが手裏剣を投じる。だが薄着のジンはほんの少し体をずらすだけで、手裏剣はすり抜けていく。

 同時に放り込まれたグレネードはそっと手を添えて横へと受け流した。左足で地面を蹴り砕き隆起させ、爆発の盾にする。

 

『後ろッ!』

 

 吹き荒れる爆風に紛れて潜む忍ジンの姿を見きった。振り向きながら右腕をたたみ、手刀を繰り出す。丸みを帯びた指先がしなって光り、鳩尾をねらう。

 その手刀は、肩装甲を引き裂いた。

 

『何、ズレたか?』

 そのまま腕をたたみ、肘打ちを出せば、苦無と打ち合った。苦無は弾かれ漂うが、そこにも忍ジンはいない。

 おもむろに膝蹴りを打てば、そこには砕かれた忍ジンの右足だけがあった。突き出した腕の影に潜り込んでいたのだ。

 

(ここにもいない──背後?)

 

 勘任せに背後に手をやれば苦無を掴みとった。

 返すように虚空へ投げると、そこにはジンの兜の切れ端が残される。

 

(また──!)

 

 足下に、転がる球体に気づく。

 走り出せば、球体は爆発し、高く炎の柱を上げた。

 

 薄着のジンを追いすがる影。わずかにスラスタの光を残しながら影も走る。

『そこかッ!』

 

 左手の手刀が、影を貫く。だがそれはメビウスのレールガンだ。手を引こうとするも爆発し、左手をもぐ。だが気には止めていなかった。

 

『こっちは偽物か』

「わかっててよくやる……」

 

 リリーはあきれた。

 同時に反対に突き出した右の手刀は、忍ジンの脇腹を抉っていた。抵抗しても、すぐには抜け出せない。中身を握り締めて固定しているのだ。

 威力はすさまじく、両腕で手刀を止めなければ、忍ジンをリリーもろとも両断していただろう。

 薄着のジンは首だけ背を向き、忍ジンを、リリーを見る。

 

『止めるとはなかなかだな』

「……あんな古いサーバーなんて持っていって、一体何をしようっていうのよ」

『若くしてふらついとる娘子にはわからんよ』

「なんですってぇ!」

 

 リリーは吠える。反撃もしたいところだが、未だに手刀と腕が拮抗し、きしんだ音を立てている。

 

『よくぞ逃げて、よくぞ起きたな。それに少し見せただけだというのに、ずいぶんと機動が良くなった』

「あなたが逃した同僚のおかげです。それとあなたはいい反面教師でしたからね。あんな動きをしておきながら、ああも光を盛大にばらまいては忍者はバレバレですよ」

 

 気づけば、男は笑っていた。

 

『そうか。MS、面白そうだと手を出したが、下手の横好きはやはりダメだな』

「あんな戦闘しておいてそう言う? たしかに忍者としては下手なんでしょうけど……ねッ!」

 

 リリーのかけ声で忍ジンは脇腹に突き入れられた腕を掴み、引き抜いていく。その手に濡れたパイプや部品が引きずり出されるのも構わずにちぎり、一気に引き剥がした。

 薄着のジンは短くなった左腕を振るがわずかに空振った。頭を下げると、背後から振られた小刀を避けた。

 再び左腕での振り払い。リリーはほとんど動かない。その短くなった間合いを見切っていた。だが、目にした左腕が少し違っているように見えた。

 必死に身をそらす。目の前を、刃が通り過ぎていった。

 かと思うと、目の前が真っ暗になった。

 

「何ですって!」

 

 必死に身を引きながら精査をかける。一瞬で終わった精査曰く、モニターは正常。カメラが何かに視界を被われたのだ。

 悪寒に構えた瞬間、衝撃。後ろに吹き飛ばされる。

 (当てられた!)と呻き、転がりながらモノアイを拭うと視界が晴れていく。

 すこしばかり濁ってしまった視界に、振りおろされる左腕が写った。

 両手で受け止めて、その姿が見えた。

 

「腕に苦無を埋め込んだか!」

 

 その左腕には、苦無があった。無理矢理握り手から押し込んだのか、腕の断面がいびつに盛り上がり、隙間から油が漏れて刃をぬらしている。

 振られたときに飛ばされた油滴がモノアイを被ったために目つぶしになったのだ。

 

 腕を、足を振るたびに欠片が舞う。そのたびに、傷が増えていく。

 

 眼にも止まらぬ戦いが風を生み、装甲が砕けて宙を舞う。その欠片が風に乗り、身を削っていく。

 荒れ狂う奔流はやがて渦となって二機の姿を被い隠していく。

 

『せぇぃッ!』

「はあぁッ!」

 

 二人の一喝により、渦は散った。

 中心には、身を寄せあうように一つの影となって相対する二機の姿。

 

 薄着のジンは、右腕による渾身の正拳突き。

 対して忍ジンは、無手の両手を前に構えているだけであった。

 

『グッ──ガハッ!』

 

 だが、血を吐いたのは男の方であった。

 男の腹はすでになく、ジンの胸板を突き破った右手が埋めていた。それは正拳を放ったはずの右腕。その右腕には、忍ジンの両手が添えられていた。

 破れたジンの胸板から、男がにらむ。

 おのずと、リリーはつぶやいた。

 

「弾丸返し、とか言っていたわ」

『なるほど、懐かしいな……』

「え……」

 

 どういうこと、と問おうとしたとき、地面が揺れた。

 世界樹の残骸が鳴動している。

 これは、爆発。それも、いくつも!

 

『は、は、は! 遅かったな!』

「なに!」

 

 血を吐き出し続けながら、男が吠える。

 世界樹残骸が割れていき、いくつもの欠片になっていく。

 

 割れて散っていく残骸の中に一つだけ、違う動きをする影があった。

 

「あれは」

 壁で囲った大きなブロック。岩塊をまとい、そこにはエンジンが散りばめられていた。

 

 あれが何なのか、リリーにも見当がいった。

 あれこそが、男が求めていたもの。

 あの中に、サーバーがある。

『急いでください、エンジンに火が入りました!』

 

 通信でイガリが叫ぶ。

 

『もう……おそ、い……!』

 

 漏れ聞こえる声。薄着のジンは残された左腕で忍ジンを抱え込み、固めている。

 中の体も機体も死に体だというのに、忍ジンは動けない。忍ジンもぼろぼろである、というだけではない。行かせない、という堅い意志だ。

 

「しつこい──ッ」

 

 抱える腕は片方だけだというのに、身動きもとれない。

 まごついている間にも、ノズルに灯がともり、サーバーブロックが少しずつ動いていく。

 遠ざかり始める閃光に、リリーも歯がゆい思いを抱いていた。

 思い返すのは、目の前で遠ざかっていく核ミサイル。なにもできなかった、目の前で生まれる太陽。 

 ────また、目の前で逃がすの……?

 

「うぅ──」

 

 唸る。腕を動かし、忍ジンがきしむ。

 

「うあッア────ッ!」

 

 叫んだ。薄着のジンの拘束を振り払い、サーバーブロックめがけて飛んでいく。

 

 忍ジンは全身に手傷を負い、悲鳴を上げている。右脚が欠けている。スラスタも不調。フレームがゆがみ、いやな音を立てている。

 それでも、駆けていく。

 忍ジンのきしむ音はいっそう大きくなっていく。まるで鳴いて─泣いて─いるかのよう。

 

「届かない……!」

 

 それでもまだ足りない。目の前の光に追いつけない。

 リリーは、どれだけ傷を負おうとも這ってでも進んで見せる。だが、それでは今は遅いのだ。

 

 遠ざかっていく光を恨めしくにらんだその時、目の前を鳥の影が覆った。

 

「これ、さっきの──」

 

 男のジンとやり合う直前、彩火のメビウスを抉り、一本角を連れていった機械鳥。

 見るからにボロボロだが、それでもリリーはしのげそうにない。

 

 これで終わりなのか、と脳裏によぎると鳥は勢いよく飛び、サーバーブロックの光に突っ込んだ。

 

「は──」

 爆発が起きる。光がすこし欠けた。エンジンが一部無くなっている。

 捨て身の体当たり。何故敵が、と思うと声がした。

 

『さっさと行け!』

 

 一本角の声。まだ元気なようだ。

 何をしたかリリーにはわからぬが、この好機は逃してはいけない。

 爆発に押されて少しばかり速度を落としたサーバーブロックに一気に近づき、エンジンの一つに取り付いた。

 

 エンジンの森を一気に壊すような武器はない。構造は硬く、中なら壊すのも難しい。

 

「それなら──」

 

 今も炎を吐き出し続けるエンジンを両腕で抱え、残った左足で踏ん張る。

 

「さあ、踏ん張りなさい」

 

 また忍ジンの全身がきしむ。炎に焼かれていく。

 まだエンジンは動かない。ジャンク屋が丹精込めたモノだ。彼らの腕に感服する。

 

 少しずつ、エンジンが動く。頑丈に打ちつけられた床から、エンジンが剥がされていく。

 

「踏ん張りなさいよ────」

 

 忍ジンがいっそう鳴く。全身がきしむ音がいっそう高くなる。

 

「────トビー!」

 

 ────きしむ音が途絶えた。

 感触が軽くなる。

 両手と左脚が砕けたかと思うと、忍ジンは吹き飛ばされた。

 ひっくり返り続けたリリーが姿勢を立て直して見ると、光がまた一つ欠けている。

 彼方に引き剥がされたエンジンが一つ、当てもなく飛んでいくのが見えた。

 

「まだ、一つ」

 

 まだエンジンはいくつも有る。

 両脚は砕けた。手は無いが、腕はある。

 

 再びエンジンに取り付こうとしたその時──

 

『無茶をしたMS、離れてろ』

 

 男の声。急に飛び込んできた通信。忠告に従い脚を止めたそのとき、ブロックの表面が爆発した。次々と爆発し、その姿が爆煙に隠されていく。

 煙の中に飛び込んでいくモノ。バズーカの弾だ。

 

「あれは──」

 

 リリーは弾が撃たれたほうを見て、目を見開いた。そこにはバズーカを構えた青い影。

 その胸に描かれた稲妻のごとき蛇のマーク。

 

「サーペントテール!」

 

 サーペントテールの青いカスタムジン。

 両手に持ったバズーカは、未だ弾を吐き出し続けている。青のジンは弾を撃ち切ったのか砲身一つ捨てた。

 爆炎を抜けて現れたサーバーブロックはいまだ形を残している。ロケットは未だ勢いが劣る様子を見せない。

 

「バズーカでも足りない。 どれだけ硬いのよ……!」

 

 それをみたのか、青いジンが動きを止めたかと思うと、そのコクピットが開きパイロットスーツの男が飛び出してきた。

 機体を捨ててどうするのか、と思うとひとりでに青のジンが動き出す。

 

「あいつ、何をする────そうか!?」

 

 リリーは叫ぶ。サーペント・テールの男がやろうとしていることに、見当がいった。

 

 男が離れると同時にバズーカを胸に抱いて、青いジンが飛び出していく。そのコクピットには誰もいない。打ち込まれたプログラムに従い、サーバーブロックへ一直線に向かっていく。

 

 青いジンがサーバーブロックにぶつかった。勢いのままにひしゃげ、その身を歪ませてスクラップへ変わっていく。そして、爆発した。燃料が燃え、弾薬に誘爆して大きな炎となる。炎がエンジンまで包んだとき、いっそう大きく燃え上がった。エンジンの燃料にも誘爆し、すべてを砕く。

 炎と衝撃は周囲の黒煙をも散らしていく。

 満点の星空に、大きな炎の華が咲いた。

 

 

 炎が消えた時には、そこにはサーバーブロックなどの見る影も無い残骸が残る。

 

『ミッション・コンプリート』

 

 リリーのジンの腕に抱かれて飛び散るデブリの雨からかばわれながら、叢雲劾は静かに叫んだ。

 

 

ーーーー

 

「ずいぶんやってきたなぁ……」

「ええ、やってきたわ」

「おらぁここまでやれとは言ってねぇぞ、えぃ?」

「おおうぅ……」

 

 ノゴーの言葉に、リリーは思わず顔を覆った。

 二人が見下ろすメンテナンスベッドには、忍ジンが横たわっている。

 

 リリーは、コロニー『ヤエ・ヨシノ』内ジャンク屋兼忍者工房『バルドン工房』に戻ってきていた。

 依頼の報告も有るのだが、忍ジンのことも大きい。

 両脚が砕け、手も無く、全身の装甲も欠け、斬られ、焼けている。見るからにボロボロで損傷の無い場所はコクピット内装くらいのもの。

 

 その有様にリリーは頭を抱える。

 自身でやったことなのだからしょうがない、というのはリリーもわかってはいる。だが、もう少しどうにかならなかったのか、と反省しきりだ。

 ぽん、とノゴーがリリーの頭をなでる。

 

「生きてりゃいい。それにたまたま集まった連中も無事だったんだってな? いいことだ」

 

 生還した三人は話をした後、その場で別れた。ボロボロの機体を持っての帰り道に苦慮していたのが印象的だった。

 彩火、イガリはともかく、一本角も生き延びたのだ。機械鳥にさらわれた後、残骸地表をえぐりながらの戦いの末にどうにか勝利したという。

 かなりの激戦だったようで、一本角のジンは下半身を丸々無くした有様だった。

 リリーの目の前で起きた機械鳥の体当たりは、残った機体に一本角が自動操縦を仕組んだという。

 サーペントテールがやったカスタムジンの体当たりと同じことだ。

 

「それにサーペントテールとやりあったんだって?」

「ええ、凄腕だったわよ」

「そうかそうか! 道理でいいデータ入ってるわけよ」

 

 拾い上げたサーペントテールの男─おそらく叢雲劾─はデブリの雨が落ち着くと、足早に宇宙の闇へと消えていった。近くに宇宙船を待機させていたらしい。

 イガリは残念がっていたが、彩火がやけに劾に興味を示していたのがリリーには気になるところである。

 

「で、忍者連中がいたんだろ。結局目的とかはわかったのかい?」

「聞いて何かなるものでも無いでしょう?」

「ま、せっかくだからな」

 

 推測が多いけど、と前置きをしてリリーは話した。

 

 世界樹の強情なサーバーに眠っていたのは、旧世紀のデータである、という話だ。

 データにも様々なものがある。世界樹にあったというのは、隠し財産、スキャンダル、旧大戦の戦争犯罪。そのような「イヤな」データをため込んでいたという。

 そのサーバーが、「ロバの耳」とでもいう秘め事を吹き込まれた樹のウロか、悪意をため込んだパンドラの箱かはわからない。

 誰が放り込んだかも定かでは無い。奇特な研究者か、悪趣味な好事者かそれとも別の「何か」か。

 しかしもはや70年あまりも過ぎたこと、データの当事者はほとんどが死亡し意味はない。だが、わずかに生き残った人々には、データが残っていると知れば気が気で無いだろう。

 放り込まれたデータの人物は誰もが老いてなお知られた著名人。動かせる金もそれなりにある。それを「ゆする」為なのでは───

 

 そのようなリリーの推測にノゴーは

 

「ほぅ、そりゃ大変だったな」

(ほらこういう反応……!)

 

 リリーも思わずため息をつく。

 まあほとんどはイガリが、気絶から起こしてくれた時に話してくれた「都市伝説」をベースにした推測に過ぎない。

 

 リリーも、これが一から十まで的を得ているなどとは思っていない。

 だが、サーバールームで男がこぼした「世界をとれる」という言葉。エンジンをつけてまでサーバーを持ち出す作業。サーバーを破壊したサーペントテールの行動。

 男たちがこの都市伝説のような、何かを狙っていたのは確かなのだ。

 

(たぶん、あの三人も任務だったのよね)

 

 そして、リリーは三人にもそのように考えている。

 宝探しに来た、と三人は言っていた。

 そのわりには欲のようなものを感じず、さっさと壊せと言い放ったり諦めよく帰ったりしていたのだ。

 

(さて、依頼したのは……)

 

 ちらり、と隣の男を見る。下で忍ジンに取り付く作業員たちに、ノゴーは指示を出している。

 

(まさかね)

「しかしこいつはどうするよ。直すか、変えるか」

 

 その問題が合った。リリーとしても悩みどころである。諸事情あるとはいえ、正直なところ忍ジンのまま使い続けたい。しかし素人目にも、このジンが限界であるというのも見えてるのだ。

「直せる、のかしら?」

 

 それでも、この男は直すと言った。

 

「実際、ほぼ全とっかえだがね。使えるところは使う。前の姿のまま、いや、今のお前に合うようにした上で「直す」さ」

 

 リリーの瞳を見据え、ノゴーはそう言った。

 リリーも、ノゴーを見つめる。

 やがてノゴーは笑って、

 

「金は心配すんな、今回は礼にしてやる」

「じゃあ、お願いできるかしら」

「おう、任せとけ!」

 

 胸を張りドン、と胸をたたけば、鈍い音がガレージ中に響きわたった。

 ああそう、とノゴーは続けて

 

「修理中は代わりのジンをやろう。カスタムもしてやるよ。サーペントテールもカスタムでやり合ったんてんだろ。お前もいけるさ」

「ええ、でもサーペントテールとはもうこりごりよ。これからの時代、MSが下手な忍者は狩られるわ」

「その程度の忍者ならデブリに当たってしんじまえ」

「ジャンク屋じゃないんだから」

 

 二人して、笑う。

 

「ところでさ、すごく動くようになったんだけど、一体どんな整備したの?……まるで勝手に動いたみたい」

「ふん、ワシはこの道一筋50年。なめるなよ。そんなことがあるか」

「でも、そんな気がするのよね」

「そんなもん、お前の咄嗟の判断が反映されただけだろ。つまりはワシの整備のおかげだな!」

「そっか……」

 

 忍ジンを見下ろしながら、ため息をついた。

 着物の男との最後の瞬間、リリーはどう操作したのか、よくわかっていない。正拳突きを前にして、リリーは両手突きを選んだ。なかば投げやりの真っ向勝負。

 だがふたを開ければ、忍ジンの両手は薄着のジンの右腕を受け流し、ぴったりその胸元へとたたき込んでいた。

 『弾丸返し』というのも、見覚えがあったから言っただけのこと。

 

 サーぺントテールとデブリ海で戦ったときにも、勝手に動いたようなことがあった。

 

 記憶には無いが、おそらく男にジンで殴られた時も勝手に動いたのだろう。

 

 忍ジンを見る表情が苦虫でも噛むようなものになっていく。

 

「ああ、そうだ。それ」

 ノゴーがひょい、と大きな何かを投げてきた。

 慌てて両手でどうにか受けとった。四角い物体は硬く、忍者とてまだ小さいリリーにはそれなりに重い。どうも大きくのか、腕でようやく抱えられる。

 広い面には画面がある。トランク型のパソコンだ。

 

「これ、パソコン? なんでまた」

「追加の礼だ。持っていけ」

「……そう? ありがと」

「MSを使うときにはしっかり繋いでおけよ」

「わかったわよ」

 

 何か、腕の中のパソコンから電子音がなった気がした。

 

「……気のせいかしらね?」

 

 ふと、思い出したように天を見上げ、そしてパソコンを眺めた。

 

「よろしく、トビー?」

 

 さっきよりは、良い音が鳴った気がした。

 



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砂塵の幻鱗

 乾いた砂埃が吹き荒れる。

 アフリカ中部、C.Eの世にあろうと砂漠は浸食の一途をたどる。

 その中、いくつもの岩山と砂漠が混じりあう一帯。

 

 砂の丘に現れたトカゲが、僅かに影となった岩場のそばで止まった。身じろぎもせず、じっととどまっている。

 この種のトカゲは全身に太いトゲをもつ。このトゲにかすかな湿気を集めて水滴とし、水分として補給するのだ。その為に時折立ち止まる性質を持っている。

 だが、突然動きだした。脱兎のごとく、岩の隙間へと逃げていく。

 

 そして、トカゲのいた場所のすぐそばの砂が、僅かに盛り上がった。トカゲはこれに怯えて逃げたのだろう。

 かすかに見えた空間に、うごめく影。人だ。人間が砂の下に隠れている。

 

「悪気はないんでしょうけど、ジャマなのよ……」

 

 玉を転がすような声の少女は、その隙間から遠眼鏡を遠く、岩山が入り組む一帯に向けた。

 その遠眼鏡はけして布から外には出さないほどに徹底して、身を隠す。

 

「いまだ動きなし。兆候見えず」

 

 遠眼鏡を仕舞い込むと、自身の周囲も警戒する。遠くを観察しておきながら、自分自身が観察されていたのでは話にならない。

 周囲に怪しい人影もなし。いるのはトカゲや虫くらい。

 

「……今日も太陽が元気ね」

 

 太陽を見上げて、リリーは言葉を漏らした。

 忍者リリー・ザヴァリー、今日の戦場は砂漠だ。

 

 照りつける太陽に乾いた空気が、すべてを焼いていく。

 けして暑い、とは口にしない。忍者はその位耐え忍ぶものだ。

 

 砂漠に身を伏せ、布を羽織った上に砂を被せて砂漠に紛れる十全の態勢。そうまでして観察するのは、遠くの岩山。

 ”彼ら”が動くまで、まだ時間がある。それからが問題だ。

 

 布に被さった砂の上を、何かが走った。トカゲだろうか、小さな足で荒々しく逃げるように走っていく。遠くの岩山から離れるように。

 

「ん、始まるか」

 

 再び隙間を開けて遠眼鏡をのぞき込む。遅れて、わずかに爆音が聞こえた。

 遠眼鏡に写る砂漠に、砲音とともに砂柱が上がった。

 砂漠を動くのは、ザフトのMS『バクゥ』。岩場から撃つのは、連合の戦車隊。

 

「戦闘開始。さあ、くるか……?」

 

 正面に立ち上がった砂柱に、バクゥが突進する。かまわず突き進むのだ。

 戦車が次々と破壊される中、砂柱にバクゥが飛び込み───

 

───砂柱が崩れた。バクゥの姿はない。

 戦車部隊に一瞬の動揺が見えた。だがザフトたちはまだ気づいておらず、むしろ好機ととって動き出す。

 

「来たッ!」

 

 リリーは動き出した。砂の隠れ蓑をはねのけ指笛を吹く。

 常人には聞き取れぬほど、か細く甲高い音。だがそれを聞き届ける者がいた。

 背後の砂が山のごとく盛り上がり、忍ジンが現れる。リリーは流れ落ちる砂をかき分け、開け放たれたコクピットに飛び込んだ。

 

「話通り。ありがとね、トビー」

『───』

「わかってるっての」

『──!!──?』

「ええい珍しくなんか言うと思ったらそれかぁ!」

 

 コクピットに座り込みながらも、傍らのトランク相手に口論を続ける。それはコンピュータだ。中身はAI『トビー』

 素性はリリーにもあまり把握はできていない。来歴を聞き出そうにもはぐらかされるのだ。

 自意識はあるように見えるがかなり事務的であり、ときたま何かメッセージを発しても警告だったりと、戦闘支援AIの枠をでることはしない。ただ会話を面倒がっている、とは思いたくない。

 

(話も聞けないなんて、情けないわよねぇ……)

 

 ため息をはきながら、ジンに一歩踏み出させた。

 

「よし、いくわよ!」

 

 忍ジンは岩山へと駆けていく。砂にわずかな波紋を残るのみ。それすら、次の時には風に流され、消え去った。

 

 

ーーーー

 

「失踪、ですか」

「そう、失踪してるんだよね」

 

 オーバーリアクション気味に肩を落とし、額に手を当てながらアンドリュー・バルドフェルドはため息を付いた。

 

 今日の依頼は、ザフトからのものだ。ザフトがアフリカ侵攻を開始して二ヶ月、地上の侵略戦線は一進一退の小康状態に陥っていた。

 いくつか理由がある。

 連合も対MS戦略を確立し始めたこと。

 プラントからの拡大する戦線の補強が落ち着いてきたこと。

 

 ほかにも理由は多々あるが、このアフリカ戦線においてはある一つの事象がその一端を担っているという。

 それが、兵の失踪。

 

「MSまで消えたんですか」

「そうなんだよ。MSごと消えちゃったのさ」

 

 この兵の失踪、作戦行動中に起きるのだ。

 前触れも、残骸もなく、痕跡もなく消え去る。

 

「砲撃支援に高台に登ったザウートは途中で姿を消した。挟撃に向かったジンオーカー部隊から、一機消失。破壊工作に向かったあるバクゥ隊なんて、一番の若手以外みんないなくなっちゃったんだもん」

「よく部隊を保っていられるわね」

「だからぼくはここに座っていられるんだ」

 

 鼻高々に胸をたたいた。

 

「まず考えられたのは、内通者。だけどさすがに多すぎるし、タイミングもおかしい。それは無いと断言できる」

「神隠しでもあるまいし……」

「そう、神隠しだ」

 

 ビシリ、とリリーを指さし、バルトフェルトは言う。

 

「ほんと困っちゃうんだよねぇ、みんな怯えちゃうんだもん」

「ザフトの兵なんですよね……?」

 

 ザフトは義勇兵という形をとっている。それゆえ動機は多々あれど、士気はザフトの方がやや高い。

 その義勇兵たちが、怯えているという。

「そんなことで。戦争してるのに?」

「それとは違うだろう。みんな、ただただ怖いんだ。『わからないモノ』が」

「……どういうこと?」

「ようは部屋のベッドにこもって、お化け怖い、って怯えているのさ」

「……はぁ」

 

 どうにも、リリーにはよくわからない話だ。忍者の里で育った過去故、一般とは違うという自覚はある。だが一般の感覚がどのようなものか、実の所把握し切れていない。

 

「ザフトとは、プラント民だ。宇宙暮らしなんだよ。地球みたいな自然を、大いなる自然を知らない人も多い」

 

 バルトフェルトは語る。教師として授業するかのようでいて、友人に面白い話をするように、楽しそうに。

 

怪談話は自然が生み出す、と。

 

「東方には、幽霊の正体は枯れた草花だったという話があるだろう? 池の化け物話は単に底が深く、ぬかるみもあるから危ないよ、っていう警句にすぎなかったりする。風の音に恐怖を感じ、自然の驚異に対応するため警鐘を鳴らす。殆どがその程度なのさ」

 

 地球とプラント─コロニー─の環境において、大きく異なるのが自然だ。コロニーの自然は地球と比べて、安定するよう管理されている。

 コロニーには、身を乾かし焦がすような暑さはない。体を震わせ心まで凍らせる寒さもない。コロニーで暮らすうえで、極端な寒暖は必要がない。

 コロニーには地震も、火山も、嵐どころか雷もない。どれもコロニーに被害を与えてしまうもの。安全に運用していくために、コロニーに存在してはいけない。

 

「むろん地球の人々とて皆が、全てを知っている訳では無いだろう。だが、ある程度は知っている。”想像も付かない”ということを簡単に想像できる」

 

 コロニーで生まれ育った人々は、放置された”あるがままの自然”を知らないのだ。

 

「大変だったよ、ここにくる人みんな慌てるんだもん。コーディネーターは大抵体が強いものだから、熱中症に気づいたときには芯まで茹だって重症ギリギリだし、虫とかトカゲが紛れ込む度に基地をあげての大騒動になるし」

「あなたもコーディネーターでしょうに、ずいぶん他人事ですね」

「コーヒーを求めて全土を回ったからねぇ……昔は僕も似たような事やったから笑ってられるんだけど」

「そうなんですか」

 

 テーブルに目を落とすと、そこには始めに差し出されたコーヒー。リリーはまだ手を着けて無かったので、少しだけ、口に含んでみた。

 

「薄めが良い仕立てにしたんだが、どうだい…………?」

 

 バルトフェルドは少しばかり身を乗り出し、じっとリリーを見つめる。

 リリーの小さな手に握られたカップはそっと小さな口に持っていかれ───

 

───音もなく、ソーサーにカップが戻される。

 バルドフェルドは、そっとミルクとシュガーポッドを差し出した。

 

 

ーーーー

 

 

 岩山に陣取っていた連合戦車隊に、動揺が走っている。

 

『あのバクゥ、どこに行った!』

『一機見失いましたぁ!?』

 

 この岩山は、主戦場からは離れている。しかしここを通れば、戦場を横からたやすく突くことができる要の場所。なんとしても連合はザフト部隊を通す訳には行かないのだ。

 

 鍛え上げられた戦車隊の練度と戦術は驚異的なもの。一体となった隊は戦車でありながらMSを墜としていく。

 彼らは仲間の挙動を見れば、どの様な行動を欲しているのか手に取るようにわかるという。そして確実にMSを撃ち殺していくために、MSと戦車の位置を把握する必要がある。

 だが、一機が消えた。

 一瞬でも隙をさらせば”犬”に食いつかれ総崩れとなるからには、気が気でないだろう。

 

 現にバクゥの群は一気に岩山に迫っている。

 消えたバクゥのことを気にしている様子はない。

 気づいていないのか、そんな暇もないのか。

 バクゥたちが攻めていく今、一瞬の好機を逃す手はない。

 

 一帯の傍ら、朽ち果てた巨岩から忍ジンが飛び出した。

 一瞬で一帯を見渡し、当たりをつける。

 

『──、──!』

「やっぱり、そこか!」

 

 トビーの分析から推測を確信に変え、ジンの手を振るった。突き出した掌からはワイヤーが延びていく。その穂先が向かうのは、バクゥが消えた砂柱跡。

 穂先は空気を噴射しながら勢いよく進み、砂へ深く潜り込んでいく。

 

「いっ、たぁッ!」

 

 勢いよく、ジンの腕を引き戻す。

 砂柱跡が盛り上がり、中からバクゥが飛び出した。空を泳ぐその体は力なく振り回されている。腹に空いた大穴が、その命が尽きていることを示していた。

 

「囮なら、もうひとぉつ!」

 

 バクゥを捨て、もう一本、左手のワイヤーを引き戻していく。

 

 再び砂が盛り上がったかと思うと、破裂した。吹き上がる砂の中に、シグーの姿があった。

 

「見つけたぁ!」

『ちぃっ!』

 

 ワイヤーが力を失った。半ばから断たれている。シグーが苦無で切ったのだ。

 シグーはそのまま落下し、砂へ飛び込む姿勢をとる。

 

しかしその前に、リリーが回り込んでいた。ジンとシグー、二機の苦無が宙で斬り合い、互いをはじきとばす。

 

 次こそ、とシグーが砂へ潜ろうとして、代わりに刀を振るった。ジンの振るった刀をはじきながら、シグーはうめく。

 

『砂地で、オレよりも早いか!』

 

 驚きの声に、リリーはほくそ笑むだけだ。

 

(ええ、早いわ。よく動くわ!)

 

 内心、高揚しているのは確かだが。

 

 大破を経て修復された忍ジン。たいして見た目は変わらずとも、その中身はリリーに併せて調整が施された。忍ジンの動きは非常によくなっている。

 以前から非常に扱いやすかったが、もはやそれ以上。まさしくリリーのものとなったのだ。

 

 その動きは、砂漠を自在に駆け抜けるシグーに勝るとも劣らない。

 

 砂漠をかけ巡り、刀を交える。バクゥと戦車隊は見向きもしない、気づかない。

 センサーすら忍者には追い付けないのだ。

 

『だが、砂漠はオレのほうが上手いなッ!』

 

 シグーが砂を蹴りあげる。目つぶしにたたきつけられた砂が一瞬視界を覆い、シグーの姿を隠す。

 

 そして、大上段から振り下ろされた刀を、ジンはまともに受けることになった。

 忍でありながら非常に重い剣圧に刀が悲鳴をあげる。そして、刀よりも先に足場が音を上げた

 

(げっ、滑った……!)

 

 砂に足を取られ、ジンが姿勢を崩した。すぐに姿勢を立て直す一瞬のことながら、忍者には大きすぎる隙。

 

『砂の動きを知らないからぁッ!』

 

 シグーは素早く刀を返し切っ先を向け、突きを放った。刀の腹で受け止めながらも、リリーは吹き飛ばされしまう。

 

(いくらよくなっても、私が使えなければ……)

 

 砂に足を埋めながらも立ち上がったジンにいくつものワイヤーが襲いかかった。短いワイヤーの両端につけられた重石が自重で巻き付き、ジンを拘束していく。

 

「しまったぁッ!」

 

 ふりほどこうにも動く度にワイヤーが絡み付き、堅くしまっていく。そしてもがくほどに、砂に足が沈んでいく。二重の拘束にリリーはとらわれていた。

「あの忍者は───!」

 

 機体に衝撃が走る。背後のシグーが突いた刀が、ジンのわき腹が貫いていた。

 

「くっ……」

 

 なんども、突き刺していく。腹、腕、足。締まっていくワイヤーを避けながら、ジンに傷を刻んでいく。

 

 そのとき、リリーは見た。岩山の影が動いた。砂漠に映る影が、半ばが盛り上がっていく。

 

「な、に───」

 

 見上げれば、逆光に照らされつつもその姿がはっきり見える。丸みを帯びた形、突き出た細長い円筒。片方の岩肌が、明らかに一回り大きくなってた。

 

「砲台ですって!」

 

 固定砲台。連合が多く保持する仕様のものだ。

 砲弾のあまりの大きさは、いかなるMSどころか、艦船でも当たればただではすまないだろう。その巨大な砲口はリリーへと向いていた。

 

────なぜ見落とした?

 疑問をかみ砕く間もなく、砲口が火を吹いた。

 

 着弾。膨れ上がった炎と衝撃に、岩山が震える。周囲の砂漠はえぐれ、刻まれたクレーターがその威力を語る。

 

『こんなモノに倒されるとは、恥だな……』

 

 岩山頂上に避難していたシグーは、収まっていく爆煙を眺めながらどこか寂しそうにつぶやいた。

 忍びにとって任務半ばで果てるのは、忍びの本懐だ。果てれば所詮己の力がそこまでだったということ。だからこそ、いかにして果てたかで本望にも恥にもなる。

 流れ弾でもない大型砲に討たれたとなれば、それは己が姿をとらえられたということ。闇に生きる忍びにとって屈辱に等しい。

 

 岩山各部では砲台の衝撃にザフト部隊に動揺が広がり、劣勢の連合戦車隊が追い上げている。

 

『手伝ってやるか……?』

 

 去り際にちらりとクレーターを見つめ、シグーは目を見開いた。収まっていく煙の中に、何かの残骸が転がっている。小さな足、ケーブルの首、雄々しく立つ砲口。

 それは、バクゥだった。

 

『何だとぉ!』

 

 シグーは、そのバクゥに見覚えがあった。先ほど砂中に引きずり込みながら、ジンに奪われたバクゥだ。それをジンは、砲撃の身代わりにしたのだ。

 ジンの姿は、どこにも無い。

 

 そして二度目の轟音が岩山を震わせた。漠炎が岩肌を焼いていく。砲台が爆発したのだ。

 風が通り抜け、影がシグーを覆った。一瞬見上げて、違うと断じた。

 

『下かぁッ!』

 

 刀を構えた瞬間、衝撃が走った。下方からの切り上げに押され、姿勢を崩す。しかしそれでも、シグーは刀を受け流しきった。

 

 振り向けば、頂上にもう一機の影。忍ジンが刀を携え立っていた。全身すすけているがワイヤーも無く、悠然とシグーを見つめている。

 

『くっ!』

 

 シグーは逃げだそうとして、足が動かなかった。足下を見ればワイヤーが巻き付き、端の重石が地面に刺さりシグーを縫いつけていた。先ほど忍ジンを拘束した重石付きの紐だ。

 

「逃げようったって、そうはいかないわよ」

『ぐうっ……!』

 

 リリーの冷たい声に、シグーがうめきをあげる。リリーはジンに刀を構えた。

 

「何をしたいか知らないけどね、ジャマなものは」

『ええいぃっ!』

 

 シグーが逆手に刀を振りあげた。すわ切腹かとリリーが思うと、その切っ先は足下の地面に吸い込まれる。

 そして地面に現れた亀裂は頂上に広がり、リリーの周囲にも広がった。

「なに───!」

『ただ逃げるだけと思ったか!』

 

 驚いたときには手遅れだ。岩盤が崩れ穴があいた。崩落にリリーも巻き込まれ、穴に消える。

 

 落ちた先は大きな空洞だった。壁と床の区別もつかないほどに大きくうねる岩肌が、その大きさを優に語る。

 

「ここは、洞窟か」

 

 岩山の中に洞窟があったのだ。周囲の壁にいくつも穴が見える。どこかで外ともつながっているのだろう。舞い上がった土煙が、天井の吹き込む風に乗って穴へと流れていく。

 

 ───後ろ!

 突然、ジンは身を投げ出すように前方へ飛び出す。背後ではシグーが刀を振り切っていた。

 

『外したか!』

 

 リリーが投げた手裏剣もあっさりと弾き落として、シグーが走る。

 

「これは、誘い込まれたかな?」

 

 ひときわ大きなうねりの側面に忍ジンが立ち、刀を構える。こちらも駆けた。

 

 壁を蹴り、地を蹴り、宙を舞う。

 空洞のスタジアムで、剣閃と、時折こぼれる手裏剣がその姿を映す。

 

 天井の一角から突き出た岩が、剣撃にまき込まれ崩れ落ち、もうもうと砂煙を巻きあげた。

 空洞中を満たした煙をかき分け、ジンとシグーがすれ違う。リリーは宙で刀を振るった。しかしシグーも、わかっていたとでも言うように刀を振るう。

 斬り結び、擦れる刃が火花を散らす。

 火花に照らされて、ジンとシグーの視線が交わる。

 

 刀は弾かれて、二人は地面に降り立った。

 次へと飛び立とうとした二人を、互いに投げた手裏剣が抑え込んだ。

 

 おのずと二人は構え、向かい合う。緊張の間を緩やかに風が吹き抜ける。

 音も無く、瞬き無く、身動き無く。じっと隙を伺い狙い定める。

 

 時折、隙は見える。しかしそれは撒き餌だ。誘い込み、己が優位に立つためのもの。相手も知らぬ”本当の隙”をリリーはよりわけていく。

 

 しかしそれは相手も同じこと。リリーの作る”嘘の隙”を見抜き、狙うべき隙をさらけ出していく。

 時にあえて餌に引かれたように隙を見せ、食いつく瞬間こそを狙う。技をかけんと組み合う柔道か、互いに竿を引き合う釣り人か。そうして、身じろぎもせずに、幾度もの応酬を二人は繰り広げていた。

 

 それは一拍か、一分か、それとも。さりとて時間は過ぎる。

 どこかからガシャリ、と砂を踏む音がした。

 

『ぬぅっ、なんだ貴様等は!』

「なにっ」

『ん───』

 

 かけられた声に、思わず二人は振り向いた。入り組んでいる中、三機のバクゥが現れた。

 戦車隊を突破したバクゥ隊だ。

 

『ジンとシグーがなんで戦ってるんです?』

『それにしてはずいぶんカスタムされている……貴様等、傭兵だな。敵か?』

 先頭の一機が叫ぶと同時に、残りの二機も構えた。レールガンとミサイルポッドが向けられる中、リリーはシグーへの視線を動かさない。

 忍者は影に生きるもの。このような死合のさなかに姿を見られたのは、不覚に尽きた。

 

 どのような思いを抱いたのか、シグーはバクゥを見据えて問う。

 

『敵なら、どうする?』

『問答無用ォ!』

 

 はたして叫びと引き金、どちらが先だったか。

 紫電がほとばしり、レールガンが放たれた。しかしすでにシグーの姿はなく、地面を抉るだけに終わる。遅れてミサイルが叩き込まれ、一気に広がった爆煙が洞窟に満ちる。

 

「くぅっ、素人が!」

 

 はらはらと砂粒が降る。いくら頑丈といえど、洞窟の中でミサイルを放つのは危ないにもほどがある。崩落の危険性を考えられないのか。

 

『むぅ……』

 

 煙の切れ間に、シグーの姿があった。

 リリーとバクゥ部隊、ちょうど正三角形になる位置へと降りたったシグーが両手を組む。

 

『返答感謝する。ならば良し。それでは!』

 

 シグーが宙に右手を掲げる。そのとき、リリーは己の失策に気づいた。

 爆煙が、シグーから流れてきている。

 

「しまった、風下か!」

 

 風の流れが、変わっていた。地形などの自然によるものか、それとも仕組まれたものかはわからない。

 緩やかな風が吹き込み、洞窟を抜けていく。いつもなら砂混じりの乾いた風が、淀んでいるように思えた。

 

 いや、違う。

 一瞬、視界が揺らいだ。

 これは、淀んでいる。

 

『な、なんだこれは、レーダーがきかん!』

『め、目が回る……!』

『みんな何処だ!なんでオレは森なんかに!』

 

 バクゥ部隊も慌てている。お互いも見えず、代わりに何やらよからぬ物が見えている様子。

 

「幻覚か……!」

 

 ミラージュコロイドはレーダーの電波や光を拡散させることから、忍者も好んで用いる。これにトリカブトなどの毒粉末を混ぜ込み風に乗せて巻くのだ。これが古来より兵法にも記される ”ミラージュコロイド隠れの術” である。

「ぐっ……頭が……!」

 

 風下から飛びのいた忍ジンだが、その足は少々おぼつかない。

 少しばかり毒を吸ってしまったようだ。

 

 バクゥたちは互いもわからず、戸惑っている。見えていないのだ。

 ミラージュコロイドがまかれるということは、周囲も見えなくするということだ。地上の石、突き出た壁、敵、そして僚機。触れたものは一切合切見えなくなる。

 バクゥたちは気が気で無かったはず。隣の機体も見えず、頼みのレーダーもきかない。さらに肝心の己の五感は毒にさらされ使い物にならない始末。

 

 バクゥ部隊がいた方で、爆発が起きた。

 恐慌をきたしたであろう一機が発砲したレールガンの流れ弾だ。天井に当たり、岩肌が破裂して岩が降り注ぐ。

 衝撃と落石に荒れ狂う空間に、異なる動きをする影が見えた。

 壁を蹴り、何かをジンへと投げる。刀を振れば、金属を弾く感触がした。手裏剣だ。

 

(後ろ!)

 

 背後に気配を感じた。刀を振ると、なにかを撫でた。慌てて飛び去っていく気配がする。

 刃先にかすかに残されていたのは、装甲の欠片。

 

(外した!)

 

 逃したのは、痛恨の極みだ。

 次いで上から、手裏剣が迫る。振り向きながら弾き落とす。再び構えようとして、何かにつまづき、ジンがひざを突いた。

 地面を見れば、まだらに透明になった岩が砕けているのが見えた。コロイドをまとい、透明なって見えなくなっていたのだ。

 

『───!』

「左かぁ!」

 

 トビーの警告に併せて刀を振ると、シグーの刀と斬り結ぶ。そのままジンが蹴ると、シグーは身をかわし再び姿を消した。

 

 どこかから、かすかな笑い声が洞窟に響いてくる。

 

(マズいわね、いい状況じゃない。なら───)

 

 ジンを立ち上がらせたリリーは、目を閉じた。戦闘の最中に視界を封じるの自殺行為だろう。だが、いまはむしろ良いことだ。

 シグーが放ったコロイド隠れの毒がリリーを蝕んでいる。

 吸ってしまったのが僅かだったにも関わらず視界が揺らぎ、霞む。

 肝心の現実もコロイドが付着してまだらに透明になる有様。大きな岩が見えなくなり、不用意に動けば足を引っかけてしまうだろう。

 

 ならば視界を捨てる。

 感覚を研ぎ澄まし、心で観る。

 

そう、心眼を

 

(そこっ!)

 

 背後へ刀を振る。一瞬のかすかな手応え。装甲を撫でるだけに終わった。

 

(遅かった……!)

 

 また、バクゥの方で爆発があった。一つ、気配が消えた。一機破壊されたようだ。

 その衝撃に、洞窟が揺れる。

 

 動き回るシグーの気配は、どんどん早くなっていく。気配は感じる。だが追えない。一点に定まったときにはすでにその場を離れ、別の場所へと移っている。

 

(一機墜としたのは目くらましのつもり? そんなものは、関係ない)

 忍ジンは刀を納め、構えを解いた。

 リリーの心は静まり、深く沈み込んでいく。忍ジンと一体となり、感覚を洞窟に染み渡らせていく。

 

 それゆえ、気づかなかった。傍らのコンピュータ、トビーもまた反応していることに。

 ジンの姿に変化があった。胸元のカバーが開きセンサーが露出する。

 同時にリリーが手に取った世界は、大きく広がった。

 そして、シグーの姿が”心”で観えた。

 ──真正面から、飛びかかってくる!

 

「そ、こ、だ───ッ!」

 

 刀を振り抜いたときに残ったのは、あっけないとしか言いようのない、軽い感覚。

 真っ二つに裂かれたシグーの爆発を背に浴びながら、忍ジンは刀を収めた。

 

「これは、すごいわね」

 

 リリーが目を開くと同時に胸元のカバーも降り、センサーは収納された。これが、修理時に搭載された新装備『心眼センサー』いかなる原理か、一度起動させれば、心眼の光景が一層きれいに、確実に手に取れることができる。

 

「心眼センサー。だから、観れたのね」

 

 振り返って目にしたのは、まだらに透明になった黒い布。あのシグーはこの黒い布にミラージュコロイドを塗って、透明になることで身を隠していたのだ。

 

 ──『ミラージュコロイド』が忍者によく用いられていたことは、知っての通りである。透けて姿を隠すという性質から、隠れ蓑として布の表面に塗り付けて古来より使用されている。

 忍者が黒色、というのが市井に印象深いのも、ミラージュコロイドが付着しやすい黒色の布を忍者が好んで使用ことが由来であるという。

 

「───終わったのね」

 

 背後からの声に、リリーはうなづいた。

 振り向けば、突き出た岩に腰掛けて、若い女性がたたずんでいた。きれいな黒髪のロングストレートが風にたなびき、艶めかしく光っている。

 ”砂漠の虎”のパートナー、アイシャ。

 

「これで解決ね」

「ええ、お疲れさまです」

 

 内通者や妨害工作などはすべてはねのけているというのに、涼しい顔だ。

 

「安心して城攻めができるわ」

「いえ、気をつけてください」

「ミラージュコロイドね。……まさか、表の連中に使わせるなんて」

 

 アイシャの顔に嫌悪の表情が浮かぶ。シグーが使っていたミラージュコロイドは、身を隠すのに最適の物質である。

 おそらく隠れていた砲台も、ミラージュコロイドを使っていたのだ。そしてあの砲台は間違い無く、連合兵が使っていた。忍者の技術を一般人が使うとは、いったい誰がその技術をもたらしたのか。忍者の恥に違いない。

 

「なら、これから先は──」

「大丈夫。種が割れればワタシでもやれるわ」

 

 言葉を遮り、アイシャはかすかに微笑んだ。リリーも見ほれた一瞬、ほのかに砂埃が吹き込んだかと思うと、アイシャの姿はどこにもない。

 

「礼は送っておく。ありがとうね」

 

 どこからか声が聞こえてきた。艶めかしい、男を惑わす濡れた声。

 

「あれ、これは……」

 

 リリーも去ろうとして、忍ジンの手に何かが収まっていることに気づいた。小包だ。あけてみると、中にはいくつかの銀と白の袋。

 

「これ、コーヒーと、砂糖か」

 

 わざわざ、コーヒーのブレンド比率や豆の解説、オススメの入れ方まで記したメモまで入った力の入れよう。

 

「……ま、たまにはコーヒーもいいか」

 

 コクピットの片隅に丁寧に仕舞い混み、リリーは飛び立った。

 



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鏡合わせのハイマニューバ.上

忍びは、何処にでも潜んでいる。
日があれば影があるように───


 

 L5宙域。そこはプラントお膝元。その一角、何もない広大な宇宙を一機のジンが飛んでいた。

 たった一機で飛んでいるのは奇妙だが、その動きも奇妙でった。

 ゆらゆらと蛇行するように飛んだかと思えば、鋭くはっきりとした動きを見せる。荒々しく乱暴な飛行をしたかと思えば、手本となるほどに丁寧で美しい軌道を宇宙に刻む。

 はたしてこれは本当に同じジンなのだろうか。そう疑問を抱くほどに異なる機動をこのジンは見せていた。

 

 その姿も、普通のジンとは少しばかり異なっている。あちこちがパーツが張り付いてシルエットが膨れ上がっているが、特に違うのはその背中。バックパックがまた異なるモノに変わっていた。通常の羽のような姿のスラスタと比べて盛り上がりながら大きくなり、全体のシルエットを力強いものにしている。

 全身に張り付いたのも、新たになった背中の羽もどれもがスラスターだ。

 

 やがて名を抱くであろうカスタムジン。だが、まだその名を名乗ることは許されない。

 

「機動テストG-11終了。よってGは満了……接続部に支障無し。プログラム問題無し」

 

 機動を止めたカスタムジン。

 ジンの操縦席に座るのは、確かな知性を感じさせる男だ。先のちぐはぐな機動も何とも無いように涼しい顔で傍らのモニターを引き寄せ、記入をしていく。

 さきほど男がつぶやいた通り、今は機動テストの最中。あの二面性すら感じさせる奇妙な動きはこの男が単独で行っていたのだ。

 

 調整の具合に個人的すぎる内容を修正しながら所見を記していると、アラートが操縦席に響いた。いくつも張られたメモをかわしながらスイッチを入れると、通信が入る。

『こちらヴェルヌ設計局実験場支部。通信どうですか? コートニーさん』

「ああ、調子がいい。それといまは仕事中だ」

『あ……っと。失礼しました、ヒエロニムスさん』

 

 若い女性オペレーターに訂正させたのは、コートニー・ヒエロニムス。それが男の名。

 

「そちらでもデータは取れているか。問題ないならテストGの評価も送る」

『こちらでもデータ取れています。機動、操縦どちらも問題無いようですね。機体負荷の方も許容範囲です。あとバイタルも異常なし』

「バイタルに異常がでているなら中止を申し出ている。そもそもテストも完遂できない」

『このテストパターン、結構強いGがかかってますから少しばかりは異常が起きるものと思ってたんですけど』

「それではまともにこの機体も扱えないな」

『それもそうですねぇ……あ、こちらでも評価の受信、確認しました。次、行っちゃってください』

 

 その声に応じてコートニーが操作すると、カスタムジンが向きを変えた。そのさきにはデブリ群。

 

「では、次のテストに出る」

『はい。パターンG-G。デブリ密集地帯での限界機動ですね。またの吉報お待ちしてますよ』

 

ーーーー

 

 

 デブリの中を、カスタムジンが飛んでいく。悠然と迂回し、ときに踏み台に。

 片時も止まることなく飛んでいく。

 

「それっ!」

 

 一気に加速。デブリを回避しながらも加速していると、正面にジンの姿が見えた。相手も加速しているのか、スラスタの光を全身に帯びている。

 コートニーは微塵も速度を緩めるくことなく進んでいく。相手も緩めない。やがて二機が鼻先にまで迫ったかと思うと、カスタムジンが起きあがった。

 二機はともに垂直に曲がり、腹を向けあって併走する。

 

 それは、鏡に映ったカスタムジンだ。それは、廃棄されたコロニーミラー。

 そってジンが飛んでいく。

 

 ミラーは太陽光を効率よく反射するために非常に磨かれており、廃棄されていてもその輝きは失われること無くジンの姿を写している。

 

「───こうして見ると、良いな」

 

 一枚羽織っただけのような、変化の少ないジンのシルエットにコートニーは満足していた。この機体の改造の目的は、ジンの強化だ。増加スラスタによる速力増強、各部関節強化によってそれを下支えする事によって通常のジンでは不可能ない機動を可能にする。

 

 この機体のプランは、コートニーの提案によるものが大きい。設計局に入ってからテストパイロットとして引っ張りだこだったが、開発を直接行うのは初めての大役ながら、こうして形にする事ができた。

 形にする、ともすればそれを皆に使ってもらえる。作る、ということになんとも言えない嬉しさを感じていた。局の皆からも、評判は良い。

 

「───ああ、良い」

 

 そんな、柄にもないこともつぶやいてしまう。かすかにゆるんだ口元にも気づかない。

 

 そんな様子で鏡写しのジンを眺めながら飛んでも、機動の手は狂うことはない。飛来したデブリを難なくよけてみせる。全身に目が付いているのではないか、というほどの動きだ。

「外部から見る噴射量はその程度。もう少し絞ってもいいか……?」

 

 いくら動いても、気になる箇所はあふれてくる。気をつけなければ規定スロットルや燃料供給量などほぼ済んだ場所まで気になる始末。

 

 初めての大役に神経質になっているのか、はしゃいでいるのか。そうして鏡写しのジンを、ずっと追っていた。

 ミラーの切れ目が見えた。もうすぐ、この時間も終わる。

 ならいっそ、とコートニーはスロットル全開。スラスタを一気に吹かした。体を背もたれに押しつけられながら、カスタムジンが一気に加速する。

 

 カスタムジンがミラーを飛び出した。

 

 ミラーが途切れても、鏡のジンの姿はそばに残り続けていた。

「──────何っ!」

 

 一瞬、呆けていた。

 その間に鏡のジンは突如として動きだし、左手のライフルを発砲する。

 全開機動をしていたことが仇となり、小回りが効かずにまともに弾を食らってしまった。

 

「機体に異常無し……今回は仮想敵など用意はしていない!」

 

 カウンターウェイトを兼ねた増加装甲が功をそうし、ダメージはない。

 体勢を立て直したコートニーは銃弾を機体をロールで回避しながら、支部と通信を繋げようとする。だが、繋がらない。いくら操作しても入るのはノイズばかりだ。

 

「電波妨害か」

 

 この宙域に電波を阻害するような物は無い。これは偶発的なものではない、と確信する。

 襲撃だ。

 

「さて、どうするか。逃げるか、戦うか」

 

 左手に重斬刀を構えたジンの斬撃をかわし、コートニーも重斬刀を構えた。

 戦う事を選んだ事に応じるように、鏡のジンも構える。

 

「ほう───」

 

 鏡を見ているのかと錯覚してしまう。それは、コートニーを鏡に映したような構えだった。

 律儀にも鏡合わせのように構える鏡のジンの生真面目さに感服しながら、剣を振る。鏡のジンも同じような機動をなぞり、二機は切り合った。

 

「鏡だとはな、オレではないだろう」

 

 あまりにも奇妙な感覚だった。一挙手一投足が似通っている。いや、そっくりだ。

 テストパイロットに最適だという、クセのない丁寧な動き。

 

「まさか鏡の自分にとり殺されるというのか、メルヘンな……いや、ホラーか」

 

 こうして面として見ると、全くもって自分で嫌になるほど何もない。

 それでも自分とは違う、かすかなズレは感じていた。

 

───それなら、やりようはある。

 

 鏡のジンの突きに剣を絡ませ、脇に引き入れる。小脇をしめれば重斬刀は動かなくなった。重斬刀は重さで斬る剣だ。まともな刃はひかれていないからこそ気にせず抱ける。柄を掴む左手を叩き、重斬刀を奪い取った。

 鏡のジンは代わりにライフルを構える。剣を奪われたことを気にする仕草もない。

 左手からの即座の発砲。コートニーはこれを、奪った重斬刀の腹で受けた。剣を盾としながら、一気に加速し鏡のジンに接近する。

 

「運動レベルでの初速は遅いが、十分足りる!」

 

 剣の影から突きを出す。本来持っていたもう一本の重斬刀だ。真っ直ぐ進む切っ先を、鏡のジンはライフルで受け止める。

 

 すると、鏡のジンは食い込む剣ごとライフルを下方に投げ捨てた。剣を手放すのが一瞬遅れ、カスタムジンは姿勢を崩してしまう。

 鏡のジンの左手が走る。鋭く引き延ばされた手刀が、コクピットへ、コートニーへと突き進む。

「まだだっ!」

 

 カスタムジンの全身のスラスタが光ると同時に、手刀が走った。

 

 衝撃。

 手刀が抉ったのは、カスタムジンのバックパックだ。羽の接続部を巻き込み、丸々はがれた右のエンジンの翼が彼方へ飛んでいく。

 狙いがずれた鏡のジンから、少しの動揺が見えた。カスタムジンは()()していた。スラスタの噴射によって機体を回転させることで手刀を回避したのだ。前転を選んだのは、確実にコクピットをずらすため。背中を向けても、手刀は易々と貫いてしまうだろうから。

 

 そのまま前転は止まらない。

 そして正面に写ったのは、足を天高く振り上げたカスタムジン。スラスタの光をまとった渾身の踵落としが、鏡のジンの頭を叩き潰した。

 

 

ーーーー

 

 

 踵落としを受けて吹き飛んだ鏡のジンも見ずに、コートニーはカスタムジンを離脱させる。片肺になってしまったものの、バックパックのエンジンは力強く体を押し進めていく。

 

「効いたはずだが……な」

 

 

 逃げの一手を恥とは思わない。立派な手段の一つだ。なにせ武器は剣しかないのだ。

 このカスタムジンはさすがに貴重な実験機。極論実働データだけでも残ればいいのだが、無駄な損傷は避けたいもの。

 端末の確認を続ける。機体の全身が苦痛を訴えているが、とくに酷いのは下半身だ。

 

「膝も股もダメージが存外大きい。関節強度を高くし過ぎたか……?」

 

 踵落としは無茶だったか、やはり脚や股関節にダメージを及ぼしている。脚にも搭載した追加スラスターに存分に耐えるために関節強度を引き上げたのだが、やりすぎて柔軟性を失っているようだ。格闘の衝撃を逃がすには、しなやかであることが重要だ。固いからといってぶつけても、適度に柔らかくなければ身を崩していくだけ。

 

 想定外の運用、と言い訳はできない。MSは重機では無い、人型兵器だ。人にできることを出来ないのでは意味がない。格闘出来ないというのは笑い事ではない。

 帰還次第、修正を施さなければ。テストもしなければならない。その為にも、生きて帰らなければならない。

 

「ん……生きて、帰る、か。そんなことを思うとは───」

 

 かすかに笑い、言葉が止まる。

 

 目の前には、ひしゃげた頭の鏡のジン。

 

「追い付いて───」

 

 コートニーの反応は早かった。カスタムジンが重斬刀を振り上げると、その体を引き裂いた。

 

「───違う、軽すぎる!」

 

 思わず叫んだ。手応えが軽すぎる。その証左に、鏡のジンは大きな斜めの切り傷を刻まれながら動いている。何事も無いように、右手を背後にまわした。

 その拍子に、切り傷が開き、広がっていく。

 鏡のジンの姿がほどけ、ほつれるように崩れていき、形を変えていく。

 

 その中にコートニーが細身のジンの姿を見たときには、すでに振り抜かれていた刀に断たれていた。

 

「がっ……ッ!」

「───芯をはずした? 早いな、こいつ」

 

 露わになった姿は、忍ジン。

 感嘆の声を上げるは、リリー・ザヴァリー。

 

「皮を剥がすなんて、いい腕、いい機体。だけど───」

 

 刀を片手で上段に構え、忍ジンが走る。

 

「その機体。破壊する!」

 



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鏡合わせのハイマニューバ.下

「ぐうっ……!」

 

 コートニーはうめき声を上げながら、カスタムジンの姿勢を立て直す。

 

 試作機のテストの最中にコートニーに襲いかかったのは、鏡から抜け出したようにうり二つのカスタムジン。抵抗、逃走するもあっという間に追い付かれしまったが、破れかぶれのように振った剣が鏡のジンの()を引き裂いた。

 散っていく皮の中にあったのは、忍ジン。

 

 コートニーがその変化に気を取られた一瞬の隙に、忍ジンの切り上げた刀に左半身を切られてしまった。

 失ったのは左腕、そしてバックパック左エンジン。エンジンは切られたことに気づいていないのか、切り飛ばされた勢いに押されて飛んでいくのが確認できた。

 

 コートニーは残った右腕で重斬刀を構える。露わになった忍ジンは、刀を振り上げたまま、構えた。

 

「やはり、偽物か。しかし、どうやっているのやら……」

 

 忍ジンという名をコートニーは知らない。ジンとは思えぬほど引き絞られた姿とその変化にコートニーもいささか興味を覚えるが、そうも言ってられない。皮が鎧にでもなったのか、細身となった体には傷が何処にも見当たらない。

 

 忍ジンが動く。コートニーが重斬刀を盾にするよう構えたときには、胸部の追加アーマーごと断ち切られていた。

「早い!」

 

 裂かれたアーマーがはずれ、飛んでいく。

 わずかでも身を引くのが遅れていたら、コートニーは真っ二つになっていた。だが、安堵するのはまだ早い。

 背後に回り込んだ忍ジンが、刀を振る。

 

「ちぃっ!」

 

 むりやり振り向き、刀を振る腕の軌道に脚を差し込んだ。腕と脚がぶつかり、刀の軌道が狂う。カスタムジンは左足を切り飛ばされた。

 

 再び狙いを狂わされた忍ジンはすぐさま顔の横に刀を構え、突きの姿勢。一気に走る。

 

「立て直しがはやいなっ!」

 

 コートニーは、突きの先に右足を置いた。これも”盾”。素早い身動きができない状況に、受けることを選んだ。

 だが忍ジン─リリー─には分かっている。リリーがわずかにずらした切っ先は脚の縁を滑り、コートニーへと向かっていく。

 

(脚でははねのけられない!)

 

 脚で蹴り払おうにも、刃が立てられている。包丁に肉を押しつけているようなもの。それで脚を動かそうものなら、逆に脚が斬られてしまう。

 

「───ならッ!」

 

 カスタムジンが右手を動かした。その手には半ばから断たれた重斬刀。振りおろし、右足の追加スラスターに突き刺した。

 

 刀の切っ先が、コクピットカバーに触れた。

 先に悲鳴を上げたのは、スラスターだった。潜り込んでいく切っ先がコートニーを貫くよりも早く、断末魔のような爆発が二機のジンを吹き飛ばした。

 ミキサーのごとくかき混ぜられる感覚の中、無理にでも機体を安定させる。爆発を起こした右足は跡形もなく砕け散っていた。

 

 忍ジンはカスタムジンを見つめている。その右腕はちぎれ飛び、刀は消え去っていた。

 左手に苦無を構え、忍ジンが走る。眼前に迫ったかと思うと、その姿がかき消える。

 次の瞬間には背後に現れ、苦無を振りかざしていた。

 

 ただそれを、コートニーはじっと見つめていた。

 

「そう来た、か」

 

 動けないのでは、ない。

 苦無がわき腹に迫り───

───忍ジンが、弾き飛ばされた。

 

「ぐぅ、何が───ッ!」

 再びの衝撃に言葉が途切れる。

 センサーが相手を示した。揺れる視界に、航跡をたなびかせて飛ぶ物体が二つ。

 

「あれは、翼か!」

 

 リリーが切り飛ばした、カスタムジンのバックパックのエンジンだった。そのエンジンがそれぞれ単独で飛行し、リリーへ向かって体当たりをしかける。

 

「なんでこれが飛んでくる!」

 

 接続部が破壊されただけであったから、本体は無傷だったのをリリーは見ている。

 だが、なぜ飛んでくる。意志を持つように飛んでくる。

 

「あれはまるで、ガンバレル───」

 

 はっと振り向いたときには、カスタムジンはすでに逃げ出していた。

 追いかけんとするリリーの行く手をエンジンが阻む。

 

 これは、ただのエンジンにすぎない。カスタムジンが試作機ゆえ調整を確実に施し、時には外部からの介入も見据えて無線操作を行えるようにしていただけだ。その機能を()()することによって、それぞれ単独の飛行を可能にしたのだ。

 

 そしてガンバレルのような専用の機構もなく、それも体当たりしかできないものを端末として操ることができるのか。

 コートニーの高い空間認識能力だけではない、初めてとは思えない繊細かつ大胆な操作があった。

 

 しかしだからといって、十全に扱える訳ではない。

 リリーの投じた苦無がエンジンに突き刺さり、爆発させた。

 しかしすでにカスタムジンの姿は遠ざかっていた。

 

 

ーーーー

 

 

「逃げられた、か」

 

 エンジンを破壊し、リリーはそっと息を吐いた。

 カスタムジンの姿は無い。航跡は残っているものの、追う必要は無いと判断した。

 

「いやはや、ここまでやってくれるとはね。やっぱりただのテストパイロットじゃなかった」

 試作機を破壊に追い込む。たったそれだけの仕事だった。

 どう調べても、ただの試作機に過ぎない。そこらの柄の悪く見境の無い傭兵にでも頼めば安く済むというのに、わざわざ忍者に頼むのはあまり理解が及ばなかった。

 

 事を知られたくなかったのだろうか。そのような事情、あまり深く詮索してもしょうがない。

 

「似てるけど、まさかね」

 

 脳裏に浮かんだのは、郷里の光景。幾度も切り結んだ、兄のような男の姿。もう、ずいぶん会っていない。里も無くなった今、会えることも無いだろう。

 

「とにかく、これで終わり。さっさと帰りましょ」

 

 

ーーーー

 

 L5宙域、さきの戦闘のあったデブリ帯から離れた一角に、大きな資源衛星があった。『ヴェルヌ設計局支部・宇宙試験場基地』だ。

 

 今、衝撃と緊張が基地を包んでいた。

 赤色灯が照らす格納庫は緊張に包まれている。滑り込むように入ったカスタムジンは、そのまま広げられていたネットへと飛び込んだ。特殊合金ワイヤーの網がきしむ音をたてながら速度を殺し、その身を受け止める。

 

 停止を確認するなり、作業用の装甲宇宙服に身を包んだ整備員が、工具や消防材を携え集まってくる。だれもがカスタムジンの惨状に注目し、目を丸くしていた。

 四肢は右腕しか残らず、全身傷だらけ。さらにコクピットカバーに大きな歪みまである。

 整備員らに一層の焦りが浮かぶ。

 

 その胸部から金属を叩く音が響く。整備員が作業に取りかかるよりも速く、歪んだコクピットカバーが内からこじ開けらた。隙間からはいでて来るのはコートニーだ。その姿に傷は見えないが、狭い隙間に少々苦慮している。

 整備員の少年が近寄る。幼さすら感じさせるほどに若い少年だ。コートニーの脱出を手伝いながら、少年は叫ぶ。

 

「大丈夫です? ジンもぼろぼろじゃないですか。なにやったんですか、これ」

「攻撃されてな、こんなことになってしまった。すまない、傷物にしてしまった」

「いや、なに言ってるんですか。また直せばいいんですよ」

 

 整備員の少年は言った。さも当然と言うように、あっけらかんと。

 その眼差しに、コートニーも頷きで返した。

 

「さすがに報告しなきゃいけないからな、すまないが先にやっていてくれないか」

「課長は小言多いですからね、気を張ってくださいよ」

 コートニーも笑って答え、その場を離れた。

 

 人気がなくなると、かすかに目つきが変わる。冷静沈着ながらも優しい眼差しは、ひどく冷たい、鋭利なものへと変貌していた。

 

 

ーーーー

 

 

 薄暗い部屋の中に、モニターの光だけが寂しく照らしている。その前でいすにかけた男はどこかと通信しているのか、必死にモニターに話し続けていた。

 

「お、おい話が違うじゃないか、あの男が生きて帰ってきたぞ。 試作機も戻ってきたし!───え、”破壊”が任務、撃墜じゃな、い……何を屁理屈を!」

 

 男は唾もまき散らす勢いで血相を変えて叫ぶ。

 

「殺しは別料金だ!? なにを言っている! そんな事一度も言われたこと───あ、おい!」

 

 打ち切られる通信を必死につなぎ止めようとする。だが突然の足音に作業を止め、モニターを閉じた。

 振り向くと、扉の前に男がいた。

 

「お、お前は……」

 

 いつの間に部屋に入ったのか、分からなかった。扉が開いたのなら、廊下の光が差し込むはず。

 震えを懸命に押さえるが、むしろ余計に枯れた声になっている事に気づいていない。

 遅れて暗闇に慣れた眼が、男の顔を映した。

 それはコートニーだ。その冷たい眼差しが、男を差す。

 

「お、おまえコートニー、なのか。そんな目もできたのか……」

 はたしてこの男はこのような眼をしていただろうか? いつも表情が薄く、大きく変わることはないはずだ。

 いまも落ち着いた態度をしているように見える。だが、その瞳は明らかに違う感情を静かに燃やしている。

 

「襲撃の場所までも正確だった。機体の把握もしていた」

「な、何を」

「さすがにそこまでわかるほうがおかしい。漏洩でもしてなければな。……目がくらんだか」

「な、何の事だよ。いきなり……」

 

 す、とコートニーの目つきが緩んだ。それは、男が普段見ていた、柔らかい眼差し。

 

「オレはな、MSを、機械をいじって、良い機械を作り出せればそれでいいんだ」

「え───」

 

 コートニーの言葉に答えようとして、首筋に触れる冷たい感触に言葉が詰まる。

 

「ねたまれるのはよくあるが、あからさまに鯉口を切られてはさすがに黙ってはいられない。それにお前、何度もやっているようだな。局に仇なすスパイと疑われてもしょうがないぞ」

「そんなぁ!」

「ところでおまえ、どこでアレに渡りを付けた」

 

 男は言外に、端末と襲撃犯のことを指し示していることを察した。

 はぐらかそうかとも思ったが、首筋に押しつけられている冷たいものが頭をよぎる。

 これはおそらく、刃物───

 

「───傭兵サイト、だ。ちょと特殊らしくてな、少しばかり値が張るけどどんな薄暗いことでもやってくれるっていうんだよ」

 

 男は許しを得て端末を操作し、そのサイトを開いて見せた。

 

 たしかに、傭兵依頼の仲介サイトだ。仕事内容と傭兵の適性から、数種の候補を提示してくれるという。

 

 コートニーの心変わりを期待してか、男はアピールを続ける。かなりの言葉を垂れ流しているが、当のコートニーはそうは受け取っていなかった。

 

(やはり傭兵ではない。忍者だな)

 男に促されて操作をするが、コートニーは触れることもなく確信していた。

 

 これは、巧妙に偽装された忍者仲介サイトだ。わずかに伺える巧妙に偽装された情報からもそう判断できる。プロフィールはすべてでたらめ。その上で”適切な手順”を踏むことで依頼が出来る。

 万が一忍者を知らないものがサイトに接続し依頼をしてしまっても、ほとんどは空きが無いだの、適切な者がいないだのとてきとうな言い訳をしてはじくのだ。

 コートニーも同じようなものを使っていたから、知っている。

 

 だというのに───

 

(本来通用しない”表の手順”で依頼をしたというのか)

 

 だが、男のアピールを聞く限り、忍者のことは知る様子はない。”正規の手順”のことを知っている様子もない。

 だというのに、男は忍者に依頼をしていた。

 

「どこで知った」

「しょ、紹介されたんだ。ほかの研究者から!」

「誰だ」

「えっと、名前は、知らない……この前の新型エンジン同期プログラム開発の時にほかから応援に来たやつだ」

 

 設計局では、人でや技術の不足などから、他の設計局から応援を呼ぶことが多々ある。コートニーもまたその一人だ。腕のいいテストパイロットは貴重ということであまたの開発局に引っ張りだこになっている。

 

 その者が、男にこの”正規の手順”を渡したのだ。これでは、忍者に傭兵のように気軽に依頼できてしまう。

(おそらく、こいつ一人に渡したということは無い。では、何のためにこんな簡単な方法を───)

 

 男はひざまつき、コートニーにすがりついてもはや命乞いのように声を震わせて叫んでいる。

 

「お、おれなら連絡が取れる! おれの方からも紹介しておくよ! お前もそういうのあるんだろ? だから───」

 

 言葉が止まった。その目が見開いたかと思うと、二の句も告げずに男が倒れ伏す。

 

「いらないさ、オレでも十分できる」

 

 吐き捨て、コートニーはその手に握られた針を見つめていた。

 

「───リリー、お前は、まだあんな世界にいるんだな」

 針を握りしめ、天を見上げた。

 

 次の時には、その姿はかき消えていた。

 コートニーも、倒れていた男も、光々と部屋を照らしていた端末も、何処にも見あたらなかった。

 

 

 その日、ヴェルヌ設計局から男性研究スタッフが一人、失踪した。失踪が奇襲された試作機の帰投直後であること。その開発チーフ、コートニー・ヒエロニムスやその開発プランにそのスタッフが以前から不満を漏らしていたことから関連が疑われるが、決定的な証拠は見つかっていない。その足取りもようとしてつかめず、捜査は早々に打ち切られた。

 

 なお後日、その試作機は選考の末にはザフトに採用され、エースパイロットを中心に配備されて多大な信頼と戦果をあげることになる。

 その名は『ジン・ハイマニューバ』

 コートニーが勝ち取った名であった。

 



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ヘリオポリスに『G』が舞う.上 ─偽りの平和─

 コロニー『ヘリオポリス』。

 太平洋の島国『オーブ』が所有する宇宙コロニーだ。オーブはこの度の戦争において中立を宣言しており、ヘリオポリスもまたそれに準ずる。

 工業ブロックを兼ねた資源採掘用小惑星から生えた円筒の居住部が特徴の、シリンダー型コロニーにて、人々はひとまずの平穏を甘受していた。

 

 その平穏が中立という、この情勢において危ういものの上にあることを、理解して居るものは少ない。

 それを崩すものがすぐそばにあることも、人々は知らなかった。

 

 

ーーーー

 

 

 ヘリオポリスの工業カレッジ、その研究室で口論が繰り広げられていた。

 

「このヘリオポリスの住民を危険にさらしているのだぞ!」

「あなた様が事を憂慮なさることは分かります。ですがこの件に関しては心配なさる事はありません。我々の案件ですので」

 

 スーツの壮年の男と、金の髪の少年。議論をかわす、というにはいささか一方的で、少年を壮年の男がなだめている。

 少年は眼深に帽子をかぶり、時折周囲を気にするような仕草を見せている。教員と学生、と見るにはいささか奇妙。だが邪な関係とは言えない、激しい情動を少年は露わにしていた。

 

「なぜわざわざ奴らなど関わる! それは我々の理念と相反するぞ!」

「少々お声が大きいようで」

 壮年の男が金の少年を制したときだ。

 部屋の扉が開き、金の少年と同じ年頃の、茶髪の少年が顔を出した。透き通るような紫の瞳が特徴的だった。

 

「あれ、カトウ先生、お客さんでしたか。失礼しました」

「いや、断りを入れたりしなかった私が悪いさ。何か用かね?」

「こちらです」

 

 そういって彼が懐から取り出したのは、ケースに納められた数枚の小さなディスク。

 

「課題のプログラムです。今回はディスクで、という話だったので持ってきました」

「ああ、わざわざすまないね」

「他の用のついでです。では、失礼します」

 

 カトウ、と呼ばれた壮年の男の手にディスクが渡ると、少年はすぐに去っっていった。そのディスクを眼にするなり、金の少年も立ち上がり扉へと歩いていく。

「ジャマをしたな、カトウ教授」

「おや、もうよろしいので?」

「ああ。私と同じほどのあんな少年にまで手伝わせているとは、どうやら話にもならない段階のようだからな」

 

 そう吐き捨てる少年の目は、高ぶる感情が奥でくすぶっているのがありありと映し出されている。

 

「彼はこの研究室では一、二を争うほどに優秀なんですがね。では、お一つだけ」

 

 カトウの言葉に、金の少年は足を止めた。その背に語る。

 

「平和を愛する獅子の国。かの国はそう言われていますな」

「そう。それが我が国のあるべき姿!」

「牙と爪を持たない獅子など、子猫同然ですよ」

 金の少年の叫びに、カトウは冷徹に答えを返した。

 

「ならば檻に繋がれていたほうがましだというのか」

 

 金の少年は一瞥する事もなく、乱暴に扉を閉めた。直後にそろりと扉が開き、恐る恐る青年が顔を出した。金の少年の怒気に当てられたのか、情けないほどにおびえている。

 

「きょ、教授。お客さんはお帰りになる、ということで……」

「お帰りになられたよ。もしかして、そこまで怒っていたか?」

「ええ。あんなに苛立ちをまき散らしているのに、非常に行儀のいい歩き方でしたからもう訳が分からなくて」

「そんなに怒らせていたか。ちょっと遊びすぎたかな」

 

 頭を叩いたカトウは、部屋に入り扉を閉めんとする青年を制して、おもむろに立ち上がった。

 

「ちょっと昼食とってくるよ。……食堂で良いかなぁ」

「今日はもう閉まってるはずですし、町にでた方がよろしいかと。だいたいもう間食も過ぎる頃です。生活リズムくらいは安定させてください。また入院してしまいますよ」

「それはいかん。短期でも入院したらまた研究が遅れてしまうな。気をつけよう」

 

 カトウは笑って、トレンチコートを羽織った。

 

 

ーーーー

 

 

「さて、あそこは開いてるのかな……あ、今日定休日じゃないか……」

 

 街の中を、携帯端末をいじりながらカトウが歩く。トレンチコートを翻し、人の波を何事もないようにすり抜けて進み、やがて人気の無い場所へと足を踏み入れた。

 配管などの整備用の通路だ。

 深く長くくり貫かれたような空間に、いくつもの配管がわたっている。その隙間を縫うように、鉄板を張り付けたような頼りない足場が渡されていた。

 

 カトウが歩く度に鉄板がきしみ、小さな悲鳴のような音が通路に響く。

 このようなところにカフェは無いだろう。ましてや、カトウは地下へと潜るように進んでいる。

 いくつも階段を下り、ふとしたように立ち止まった。

 

「出てきておいで、お嬢さん」

 

 突然、宙に向かって話しかけた。金の少年への厳とした態度とは異なる、優しい声。

 

「なあに、とって食ったりはしないよ。なにせ懐かしい顔がいるようだから」

 

 そういうと、カトウは振り向いた。その視線の先、入り組み突き出た配管の束の上に、人影があった。金の少年たちよりも小さいであろう。

 先ほどまでは居なかったはずの人影に、カトウは臆することなく声をかけた。

 

「───やあ、久しぶりだね」

「───まさか、こんなところにいるなんて」

 

 答えたのは、少女。リリー・ザヴァリー。

 

「生きておられたのですね、カトウ先生」

 

 リリーは平静を装うとしているが、声がどこか震えて隠せていない。

 

「勝手に殺すな。……ああ、そうか最後に会ったのは」

「その時も、先生の講義でした。こちらでも教師をなされておられるようで」

「ただの雇われ研究者ですよ」

 

 そう言ってカトウは笑うが、リリーには謙遜しているようにしか思えなかった。

 

 カトウもまた、リリーと同じく忍びである。仕事をきっちりこなし確実に生還するとあって、一目おかれる存在であった。

 仕事に追われるなか、合間を縫ってはリリーのいた里にも教師として顔を出していた。特に電気機器に造詣が深く、彼が里に持ち込む様々な機器に、里の子供たちは眼を輝かせていた。もちろん、リリーもその一人。

 いくつも懐かしい思い出があるのだ。

 

「ところでリリー、つもる話があるのにそんな配管に上っていなくてもいいだろう。降りてきて構わんよ。さすがに首が痛い」

 

 諸手を広げたカトウの言葉に、リリーは応えない。まるで人見知りか、他人にでも接するかのように身を固めたまま、リリーは言った。

 

「おたずねしたいことがあります」

「せっかくの再会ですからね。お答えできることならば」

 

 優しい微笑みのまま、カトウは受けた。

 

()()の連合のMS開発、関わってらっしゃいますよね」

「ああ、関わっているとも」

 

 その表情は崩れない。

 

 ヘリオポリスの秘密ブロックで今、MSが作られている。連合の依頼によるものだ。オーブ国営企業が携わっており、これは中立を表明しているオーブが連合に組みしていることとなるだろう。

 とても政治的にデリケートな問題であり、MSを主力にするザフトにとっても看過できない問題だ。

 

 リリーは続けた。

 

「なぜあんなOSが組み込まれているのです」

「ご覧になりましたか。いかがです、ナチュラル用MSOSは」

「ふざけないでいただきたい」

 

 怒気をにじませるリリーの言葉にも、カトウは眉をひそめて、困ったように笑うだけ。

 連合MS開発に、カトウも協力している。オーブの機械工学第一人者として。

 

 ザフトがMSに用いるOSは、大多数のナチュラルには煩雑すぎてMSでの戦闘をこなすことはできない。反射神経や処理能力を発達させられることの多いコーディネイターならば、操作できるのだ。

 これはザフトなりの、一種のフェイルセーフである。

 

 故にナチュラルでも簡単に扱えるOSの開発が急がれているのだが、難航しているのが現状である。

 そのはずだった。

 

「機体はどれも良さそうでしたが、OSがあまりにつたなく、危ういものでした。いくらMSを改良してもOSがあの有様では、連合のMSはザフトのコーディネイターですら使いものにならないでしょう」

 リリーも秘密ブロックに潜入し、そのMSの姿を見た。その際にナチュラルでも扱えるというOSも拝見したのだ。

 

 唖然、と言うしかなかった。

 ただギクシャクしているのならば、良い方だろう。しかしあのOSの惨状では赤ん坊の方がいい動きをするのかもしれない。それがリリーの感想であった。

 よちよち歩き、脚がもつれて転び、最適な的になる姿が容易に想像できる。

 

「なぜあなたともあろう方が、あんなOSをつくるんですか」

 

 主開発者がリリーの知るカトウと知り、にわかに信じられなかった。

 カトウならば、忍びとして人体やその機能に精通していることもあり、たやすくナチュラル用OSを作れるはずだ。彼の仕事への誠実さを知っていれば、なおさらこのおざなりなOSがあることが考えられない。有り得なかった。

 問いに、カトウはまた笑う。しかし今度は、その口元が細く鋭くつり上がり、不気味な三日月を描いている。どうにも、面白がっているようだった。

 その陰険な表情に、リリーは、ふと思った。

 

───ここまで、顔に出る人だっただろうか

 

「まあ確かにひどいものでしょう。いまだ眼も当てられない惨状。連合の方々には多大なる迷惑をかけていることかと思います。それで答えですが───要らないからですよ」

「要らない?」

 

 いらないとは、どういうことなのか。

 ナチュラル用OSを開発する事が必要ない事態、ということ。

 

「彼らにはあんな()()で十分ですよ」

 

 一人、カトウは頷く。

 

「難航しているのも事実なんですよ? 仕事ではありますが、機密だといってスペックが伏せられたりするんです。困り者ですよねぇ。その能力との調節が肝なのです。それに、ほら。そもそも───」

 

「───連合にあんなMSは要らないでしょう」

「え───」

 

 今、なんと言った。

 リリーが思わず問い返そうとした時だった。

 

 足下が震えた。

 

「───何!?」

「ほう」

 

 コロニーに振動が走った。地震のような振動がコロニーを包む。

 点検構も揺れる。足場や配管がきしみ、いやな音を立てた。

 しかし、振動は長く続かない。ともすれば一瞬というほどに短いもの。

 この振動にリリーは覚えがあった。昔から、非常によく慣れ親しんだもの。

 

「爆発──────!」

 

 再びの振動がコロニーを揺らした。はがれ落ちた外壁が点検構に落ちていく。

 

「始まりましたか」

 

 傘を持とう、とでも言うような軽い反応に、リリーが叫ぶ。

 

「先生、なにを!」

「なにって───」

 

 はがれた建材が降り注ぐ中、カトウは笑みを崩さない。

 

 カトウの背後に、鎧の騎士のような細身のMSが飛び上がってきた。

 人を模した双眸が、リリーを射抜く。

 

「──────ただの襲撃ですよ」

 

 そこに居たのは、連合のMS。灰色の体が白と青に染まっていく中、MSの黄色い瞳がリリーを見下ろしていた。

 



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ヘリオポリスに『G』が舞う.下 ─崩壊の時─

 ヘリオポリスが鳴動する。工場区画を中心に起きた爆発はコロニー全体を揺らすほどに大きく、一角を打ち砕いた。黒煙が天高く立ち上り、塵一つ無いコロニーの空を汚す。

 

 すわテロか、襲撃か。住民に不安がよぎる中、空を横切った影に注目が集まった。地面に降りたったのは、MSジン。その巨体は一歩歩く度に地面を揺らし、天高くから見下ろす眼は人々を射抜き恐怖に縛る。

 両手に構えたライフルが火を噴き、火線は工場へと吸い込まれていく。

 

 ライフルから巨大なドラム缶のような薬包が吐き出され、人々へ降り注ぐ。

 

 叫びは、無慈悲な銃弾が打ち消した。

 

ーーーー

 

 

 衝撃と爆音が、足下から点検構を揺らした。遅れて煙が立ちこめ、水があふれるように上っていく。点検構を爆発が包み込み、熱気と黒煙がリリーを通り抜けた。

 思わず顔を覆いながらも、目前のMSから眼をはなさない。

 ザフトMSの重厚な姿とはまた異なる、人を模した姿。すらりとした四肢、いまもリリーを見つめる瞳。その顔はまさしく『人』だ。そのグレーのカラーは、工房で寝ていたものと同じだ。

 

 だが、そのMSと、今目の前にいるMSが同じようには思えなかった。

 

「連合のモビルスーツ……! 『ストライク』か!」

「『X-105』それがこの機体の名だ」

 

 カトウは相変わらずの微笑みを崩さない。だというのにその笑みは、怪しく思えてしまう。

 骨組みに乗ったストライクの差し出す手にカトウが飛び移る。その動きは昔と遜色無い。

 カトウをその手に乗せたストライクの動きに、リリーは感じていた違和感に納得がいった。

 

「それが()()ですか」

「ああ。連合はただの予備機だと思っていたようだがね」

 

 あの屑としか言いようのないOSとは動きが明らかに違う。人と見まがうほどに滑らかな動き。これが、カトウが作っていた機体なのだ。

 

「そんなものを持ち出して、なにをするというのです!」

 

 言い切るよりも先にリリーがパイプを飛び退くと、ストライクの鋭い蹴りがパイプの束を引き裂いた。断面から吹き出した水が滝となって、地下の爆炎へと降り注ぐ。

 

 ストライクの腹から人影が飛び出していく。ストライクに乗り込みながら、カトウが言った。

 

「答えただろう。連合には、もったいないとな」

「なるほど、返答感謝します」

 閉じていくコクピットハッチに手荒い返答の謝辞を告げると、突然の白煙がリリーを包み、隠してしまった。

 

 爆煙と混じり合って奇妙な色に染まっていく中に、一つの光があった。

それは、忍ジンの一つ目。

 リリーは、忍ジンのコクピットに飛び込んだ。

 

「トビー、ジンと接続、同調を開始。サポートよろしく」

 

 傍らのパソコントランクが電子音で答えると、リリーは操縦桿を握りしめた。

 眼前のストライクをにらむ。すでに灯ったその眼差しは、忍ジンを見ていた。

 

 眼下で閃光がはじける。MSの中でも揺らぐ轟音。最初の爆発と同じか、それ以上の衝撃が走り、炎が飛び出す。

 荒れ狂う炎に乗り、二機は機関部へと飛び出した。

 

 機関部は惨たらしい有様だ。

 金属がむき出しの壁は炎に焼かれ、ひしゃげた柱が折れ曲がって道を塞ぐ。

 その惨状は、戦場そのもの。

 

 狭い空間を二機は自在に駆け巡り、打ち合っていく。

 

「はッ───!」

 

 忍ジンが手裏剣を投げた。直撃コース。避けても打ち落としても、一瞬の足止めになる。だがストライクは構えもせず、全く止まらない。

 真っ向から向かっていき、その身で手裏剣を弾いた。

 

「刺さらない!?」

 

 ストライクが走る。弾いた手裏剣の傷はどこにもなく、勢いがそがれた様子もない。

───刃が立ってもいないのか!

 投げ方が悪い、というには、傷すらついた様子もないのが気になる。

 

 ストライクが振った短刀に、忍ジンの刀が打ち合った。

 

PS(フェイズシフト)装甲と言うらしいな。非常に硬い。手裏剣なんぞ効かん』

 

 刃がつばせりあう。忍ジンはストライクを蹴り、身をはなした。

 

(確かに硬いな……)

 

 蹴った左足を見れば、わずかに縁が歪んでいた。蹴った側がダメージを受けるあたり、硬いのは本当らしい。これでは生半可な手裏剣は通らないだろう。

 

「だがっ!」

 

 リリーは再び、手裏剣を投げる。飛び退いていくストライクの脇をすり抜けた。

『無駄だと───』

 

 ストライクが壁面に降り立つ。しかしその壁面がもろくも崩れさり、穴をあけた。ストライクは脚を飲み込まれてしまう。

 

『───何!』

「そのPS装甲、ずいぶんと重いようね。全身に鎧を着ているんだから注意しなきゃ!」

 

 リリーが放った手裏剣が打ったのは、その壁面。突き立てることでひびを入れた。忍ジンならいざ知らず、ストライクならばその身の重さで踏み抜いてしまうのだ。

 

 つまづいて体勢を崩したストライク。忍ジンは刀を携え、駆ける。

 

(装甲は硬い、刀でもまともに切れるかどうか)

 

───それでも、()()()ならば

 

「しぃっ───後ろ!」

 

 ストライクに刃を突き立てんとしたそのとき、忍ジンは背後に刀を振るった。

 刀は、何かとぶつかった。

 

 ストライクの反撃をかわし、離れながらその姿を探すが、どこにも見あたらない。

 やがて弾かれた物体が、少しずつ姿を現していく。姿を隠したミラージュコロイドがはがれ落ちていくのだ。

 

 鳥のように大きく開かれた爪につながれたワイヤーが引かれ、引き戻されていく。そこには、真っ黒なMSが居た。

 ひときわ鋭どいなシルエットと人のごとき二つの眼。ストライクと同じ連合の作ったMS。『ブリッツ』だ。

 

「コロイドも使うっていうの!」

 

 その真っ黒な機体色は、ミラージュコロイドを全身に帯びるためだろう。

 戻した爪を受け止めながらブリッツが駆ける。右腕に取り付けた大ぶりな板を振り上げた。

───板が武器? いや、違う。

 

 その選択に疑問を持った瞬間、その先端から光が延びていた。棒状に固まった光が振られ、リリーに迫る。

 

「───いけない!」

 

 リリーが飛び退くと、空ぶった光剣は壁を斬り裂いた。その断面が溶断されているのを見て、リリーは驚く。

 

「ビームサーベル、ですって……!?」

 

 あの光はビームだ。戦艦すら貫くこともあるビームを、棒状に固めている。あれではMSもたやすく両断するだろう。それも、刀よりも容易に。

 

(まいったわね、武器までこんな代物とは)

 

 リリーは、武装に関しては把握し切れていない。あいにく、OSには武装関係もまともに組み込まれていなかったのだから。

 

『はずしたかぁッ!』

 

 その威力に酔いしれているのか、ブリッツは歓喜の声を上げる。その体が再び透けていった。ミラージュコロイドをまとったのだ。

 

(───なに、この臭い)

 

 ガスでも漏れているのだろうか。

 鼻をつく臭いに顔をしかめながらも、気配を探る。ミラージュコロイドは姿を隠すだけだ。そこに居ることは隠せない。

 

 忍ジンが刀を構え、飛び退く。

 頭上の天井が突如十字に斬り裂かれた。

 

「今度は上!?」

 

 隔壁の残骸から飛び出して来たのは、巨大な四つ足の赤い蜘蛛。『イージス』だ。リリーが大きく開かれた脚をかわすと、壁面に脚を降り曲げて着地した。

 蜘蛛はバネのようにすぐさま大きくジャンプし、忍ジンに飛びかかる。先端にナイフのような爪を振り回してくる。

 

「気色悪いのよ!」

 

 刀で爪をいなすと、爪が輝いた。刀を半ばから溶かしながら、延びていく。ビームサーベルだ。

 必死に身をのぞけらせると、すれすれをサーベルがなでていく。

 

 周囲を焼く閃光はすさまじく、機内の温度までも上がるように思えてしまう。

 

「大振りだから!」

 

 赤い蜘蛛の尻を引っ付かんで腹のコクピットに刀を向けた。短くなっても、突き刺すには十分。

 

「──────またぁッ!」

 

 必死に飛び上がると、先ほどまでの空間を、散弾が通った。イージスを巻き込んだ散弾は、金属の壁を瞬く間に穴だらけにする。

 空間の先、遠くにその射手の姿が合った。ゴツく角張った人型。『バスター』だ。

 

「散弾。普通のMSなら、ずいぶん風通しがよくなりそうね……」

 

 だが、PS装甲ならば問題ないのだろう。その証にイージスに傷はなく、その身を変形させてMSの姿を見せていた。

 

「ほんと、何だっての……なんてMSを作っていたっての、連合は!」

 

 PS装甲。

 ミラージュコロイド。

 可変機構。

 どれも素晴らしい技術だろう。まるで忍者のような、忍者そのものの技を、素人でも振るえてしまう。

 

 それに、リリーが見る限り、この『G』はM()S()()()()()()()。MS忍者ならば、PS装甲の重さのせいで足場を踏み抜くマヌケはさらさない。

 多少の調整は施しているのかもしれない。だがそれも、握り手を滑りにくくしたり、靴ひもをしっかり縛ったりという、ほんの少し自分が使いやすくするためのものでしかない。

 

 それでいて、忍ジンに遜色無いどころではすまない動き。

 それは、なんと───

 

『───恐ろしい。そう思うかい?』

 

 頭上、リリーを見下ろすように、穴から抜け出したストライクがいた。リリーが回避に使ったささいな時間があれば、ゆうに脱出できる。

 

『見ただろう、このMSたちの能力を。連合は人の身でありながら、忍びの技を使おうというのだよ』

 

 ストライクは、カトウは語る。

 だが、リリーは首を横に振った。

 

「いいえ、所詮、忍びも人です───ほら」

 

 背後、通路に並ぶ支柱から音が鳴った。柱の間に渡された細いワイヤーの網が歪んでいる。

 ゆがみの中が黒く染まっていき、ブリッツが現れた。行く手を阻むように仕掛けられたワイヤーに体を絡めとられていたのだ。

 

『な、なんで俺の場所が!』

 

 ブリッツは必死にもがくが、その度にワイヤーはいっそう絡まっていく。盾を突き出すように構えていることから、背後から突いてしまおうと考えたのだろう。

 ビームサーベルで切り払おうにも、サーベルは盾の先端に固定されている。指のように自在に動く訳ではないから、目の前の空気をむなしく焼くだけだ。

 

 リリーは忍刀を取り出し、ブリッツへと走る。

 

『く、くるな!』

 

 ブリッツは突き出した盾から杭を撃ちだした。杭のように非常に長いミサイル『ランサーダート』。

 だが苦し紛れのランサーダートはあっさりと避けられ、懐に忍ぶジンが潜りこんだ。

 

 ブリッツは盾を手放し素手で忍ジンを押さえ込もうとするが、その右腕にもワイヤーは絡みついていた。

 

「手放すのが遅いのよ!」

『は、PS装甲だぜ───』

 

 言葉が途切れた。忍ジンがブリッツに、忍刀をつき入れている。

 そこは、コクピットハッチの脇。リリーはハッチと腹の装甲の隙間から刀を突き入れて、直接パイロットを刺したのだ。

 いくら人間が鎧に身を固めていても隙間が必ずある。その隙間が、余裕がなければ、中の人間は動くこともかなわないのだ。MSでも同じこと。内部のフレームまでPS装甲ではない。

 

 ブリッツはうなだれ、動かなくなった。その瞳の光も消えている。

 

『よくぞミラージュコロイドを見破った。成長したな、リリー』

「ふざけたことを言わないで」

 

 ストライクの拍手にも、リリーは感じ入るものは無かった。

 

「だいたい、このコロイドはひどいじゃない。こんなにオゾン臭を漂わせて」

『そうだろう。こんだけ臭っていては、見つけてほしいと言ってるものだ。だからそこは彼、だめだったね』

 

 そういって、哀れむようにブリッツを見た。そこに悲しんだり、残念がるそぶりはない。ただ動かないことを惜しむだけだ。

 

「だから、このようにミスもする。技術なんて結局は使う人しだいですよ。」

『そうか───』

 

『───そうか、そうか! すばらしい。くだらない。面白い!』

 

 ストライクは笑う。身をよじらせ、腹を抱えて。身を転がすように。何かが爆発したかのように笑っている。

 あまりにもその姿は、隙だらけだった。

 

「先生───!」

 

 一瞬、リリーは唖然としていた。だが忍ジンは忍刀を手に駆ける。

 

 ハッチの隙間をねらった突きは、ストライクの指に受け止められた。先ほどの笑いが嘘のように、静まり返っていた。

 

『───安心した』

「はい? 何を言っているのです」

 

『君は言っただろう。あのブリッツの姿もまた人である、と。ならば、忍者と人は未だ隔絶しているのだ』

 

 ストライクの蹴りをかわし、二機は飛び上がった。炎に包まれた工場ブロックを抜け、外へと飛び出した。

 

 

ーーーー

 

 

 ヘリオポリスの外観は、なんとか平静をたもっていた。小惑星部が煙を吐き出しているが、これならまだ機能を保っているだろう。

 

 ストライクが腰から柄を取り出した。折り畳み式の刀身がきらめくとリリーの忍刀と斬りむすび、火花を散らす。

 

『ならば、心置きなく渡せるな』

「まさか、先生。こんな回りくどいことをして、MSを!」

『ああ。この技術は高く売れるよ』

 

 互いに打ち払い離れる。忍ジンが距離を詰めようとして、脚を止めた。目の前を散弾が襲う。頭上にいたバスターだ。

 残りのイージス、そして『デュエル』はどこに行ったのだろうか。隠れているのか?

 

『地球連合が主導しつつもモルゲンレーテが端正込めたMSだ。手に入れれば一歩先をいける。いや、二歩も三歩も先だ。となれば、引く手あまたであろう』

 

 リリーには、ようやく納得がいった。

 

「あなた、ですか。そのMSの情報を外に漏らしたのは」

『ああ、みんな面白いように食らいついてくれたろう? 下のザフトも同じさ』

 ヘリオポリスの中では、ザフトのジンが暴れていた。その姿をコロニーの窓から、リリーも覗いている。

 同じように『G』が動いているのも見ていた。ジンが守るように動いていることから見るに、ザフトが奪ったのだろう。

 

『ザフトがコロニーに襲撃までかけて欲しがったMS。それだけでも十分箔がつくものだ』

「そうまでして、銭が欲しいだけだとおっしゃるのですか……!」

『技術で競り合えば、争いは広がっていく。我らの当然の摂理を支え、対価をいただいているだけだ』

 

 争いを広げていく、と言う。その為に、ただ欲に身を任せるその姿。

 

 ───そうか、もうこの人は。

「外道に、堕ちたか」

『外道も道よ。ならば行くのみ』

 

 ───もうこの人は、変わってしまった。

 忍ジンは忍刀を構え、ストライクを見定める。バスターも腰の砲を構えた。

 

「斬るしか、ないか」

 

 ストライクの姿が、ほのかににじむ。

 ストライクはその手にナイフを握ったまま、構えもせずにリリーを見つめていた。

 

『斬れるか、この私を』

「───斬ります!」

 

 ヘリオポリスが爆発で揺れ、三機は動き出した。

 

 飛び跳ね続けるバスターが四方八方から放つ散弾の雨の中、忍ジンは走る。

 ストライクはナイフのみでありながらリリーの手裏剣を撃ち落とし、刀をさばく。時折殴り、蹴っては忍ジンを弾くが、忍ジンは攻撃を続ける。

 忍ジンとバスターがが風のごとく駆け回る中、ストライクは揺らぐ木の葉のように受け流し続ける。

 

『はぁッ!』

 

 ストライクが大きく動いた。ナイフに脚が一瞬止まった忍ジンに拳を思い切りたたきつけた。

 

 姿勢を崩した忍ジンがたたらを踏むと、左足が外壁を踏み抜いた。わずかに足が埋もれて固定され、つまづいてしまう。

 

「───くっ、外壁が弱っていたか!」

 

 ここは、バスターが散弾をばらまいた場所の一つだ。穴だらけとなった外壁が脆くなり、忍ジンが叩きつけられた衝撃がトドメとなったのだ。

 これは、リリーがストライクにはじめに仕掛けたものと同じだ。

 

───マズい!

 

『一度言ってみたかったんだ、ロックオン!』

 

 殺気の方へ視線を向ければ、バスターが両脇の砲を構えていた。

 

───間に合うかッ!?

 

 足へと刃を向ける。

 引き抜いたり、踏み抜くのはダメだ。この穴だらけの外壁では踏ん張れずに右足も埋もれてしまう。だからといってここはうまく砕けてくれない。がれきに埋もれて、情けない隙をさらすだけになるだけだ。

(だから、足を切る。これなら足首だけで済む)

 

 刀が残っていれば周囲ごと切り取ってしまったのだが、なくしたものは仕方がない。

 

 小刀を振る。コロニーが揺れて手元が狂い、空を切った。

一瞬が惜しい。横目に見える砲は光を溜め、今にも放たんとしている。

 

───なんだ。亀裂が広がっている?

 遠目に見たから、気づいたのだろう。バスターの足下に亀裂が生まれ、広がっている。

 

『───ん?』

 

 バスターも気づいた。バスターの足下が一瞬盛り上がったかと思うと、光りとともに崩壊した。溢れた光はバスターを飲み込んでいく。

 

『なっ───!』

 

 砲を撃つために構えていたのがいけなかった。逃げ出すのが遅れたバスターは光に消え、光状は天へと延びていく。

 突然外壁に生えた光の柱にリリーはおろか、カトウも驚いていた。

 

「なに、戦艦が主砲でも撃ったっての!?」

 

 コロニーの外壁を突き破った突然の光線。この太さ、一瞬で外壁を貫く威力は戦艦の主砲としか思えない。MSを一機丸々飲み込む光の柱に、リリーは恐怖を感じる。

 ───撃った奴は一体なにを考えてるっての?

 しかしこれほどの威力のものをコロニーの中で放つとは、どんな砲手なのやら。

 

『あれは、アグニなのか!?』

 

 カトウは、そのビームを知っていた。《320mm超高インパルス砲”アグニ”》元々はストライクが持つオプション装備の一つだ。だがカトウは持ち出していない。ストライクと同じだけの全長、抱えなければ運べない太さと重さ。コロニーもたやすく砕く過剰な威力と、忍者には無用の長物にすぎない。

 はたしてだれが撃ったのか連合か、ザフトか。それともオーブの、モルゲンレーテの人間か。

 疑念はそこに帰結する。内部にあるストライクはカトウの策略により人形同然。だがコーディネイターならば、プログラムを造り使用することが可能だ。ナチュラルにはとうてい扱えない代物になるだろうが。

───ならば、ザフトだろうか。

 

『なにが起きたか分からんが、それよりも!』

 

 忍ジンに視線を向ける。アグニが外壁に刻んだ亀裂は瞬く間に広がり、忍ジンの周囲にも及んでいた。

 

 そして、崩壊する。外壁が巻き上げられる中、二機が飛び出した。

 

『───ぜぇいあっ!』

「───はぁっ!」

 

 刃がぶつかり合い、火花を散らす。

 ビルが、地面が、木々が吹き出る空気の奔流の中、幾度もぶつかり合い、駆け登っていく。

 

 

ーーーー

 

 

 ヘリオポリスは漏れる空気が荒れ狂い、嵐となっている。街に入った亀裂は広がる一方だ。崩壊までは、まだ時間がある。だが、もう避けられない。

 

 ストライクがビルを蹴り、忍ジンは地を蹴て、縦横無尽に駆け回る。

 風が吹き荒れる中、ストライクがアーマーシュナイダーを投げる。風にまかれることなく、矢のごとく飛び、忍ジンの胸元へ深々と突き刺さった。

 

 だが次の瞬間には、その姿は丸太へと変貌していた。

 

『変わり身か!』

 

 あっと言う間の早業に、カトウは賞賛を禁じ得ない。こうも見事に使えるようになっていようとは。

 

 姿を見失ってしまったが、風が吹くなかに、ふ、と気になるにおいがあった。

 場所は、すぐそば。アーマーシュナイダーを振るった。

 

 あのリリーも忍、気配や痕跡を隠すことは心得ている。だからこそ、こうもしっかりとしたにおいはあまりのも怪しかった。だがそれでも、無視せずには居られない。

 虚空をないだ刃は、確かに何かを斬り裂いた。振り切ったその刃先は少しだけ透明になっている。ミラージュコロイドが付着している。それもオゾン臭がする連合製の粗悪なものだ。おおかたリリーが、撃破したブリッツからかすめ取っていたのだろう。

 

 斬り裂いた物の姿が見えた。それは、ただの黒い布。

 

『やはり───!』

 

 ボゴリ、と背後で地面が盛り上がった。

 振り向くよりも早く、飛び出した忍ジンの短刀にその身を斬り裂かれてた。

 

 

ーーーー

 

「は、は、は。これで、私は死ぬのか……!」

 

 わずかにずれたハッチの隙間から、その姿は見えた。のぞき込めば、全身から血を流して体を真っ赤に染めながら、カトウは笑っていた。

 苦痛に顔をゆがめていても、それを吹き飛ばすほどに晴れ晴れしい笑顔。

 

「なんで、笑っていられるのですか、先生」

 

 いつのまにか、そんな言葉を口にしていた。

 

「───楽しみ、だからだ」

「たの、しみ?」

 

 口角をひきつるようにつり上げながら、先生はそう言った。

 震える眼がリリーをとらえる。

 

「どうせ私は、地獄に堕ちる。いつか、おまえもだ」

「……覚悟は出来ています」

 

 どうせ、というのもおかしいが、天国になんぞ縁がないことは、リリーも承知の上だ。闇に生きることを自覚したときに、その覚悟は出来ている。

 

「で、はな……()()から見ていよう。この地獄を───」

 

 言葉は途切れた。虚空を見上げる眼を閉じさせながら、天を見上げた。

 

「現世の方が、地獄か」

 

 分かりきったことだ。

 現世は、地獄よりも辛いのだろう。現世での業から、刑として想像を絶する罰が下るという地獄。ただ、耐えて向き合えばいいその生活は、気の休まらない現世よりもすこしだけ、羨ましかった。

 

 見上げる先で、コロニーシャフトに爆発が起きた。大きく割れてしまっている。

 これで崩壊は早まった。コロニーシャフトは、シリンダー型コロニーの中心を貫く、いわば大黒柱だ。独楽の軸として、回転の芯となる。それが割れたということは、支えをなくしたコロニーが、やがて遠心力によって引き裂かれてしまうということだ。

 ───もう、用はない。

 

 横たわるストライクに頭を下げると、リリーも、忍ジンも姿を消した。

 残されたストライクに、砕けたコロニーシャフトが降り注いでいく。その姿は、巻きあがる塵の中に消え去った。

 



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