いい人になりたいだけだった、TS転生 (茶蕎麦)
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第一話 告白されてしまいました!

 

 私は絶対に、ごめんなさい、をしなければいけないのです。

 その筈、でした。

 

 

 

「俺は山田さんが好きだ! 付き合ってくださ……」

「ごめんなさい!」

 

 放課後校舎裏、影の下。私は彼の言葉を遮り、必死に頭を下げます。足元にのろりと動くダンゴムシを見つけて、可愛いとどこか余計な現実逃避をしながらも、申し訳なく思って。

 私のそれは、請願どころかもはや暴力的なまでの拒絶。彼は、酷く残念そうな声色で言います。

 

「山田さん、顔を上げて……あはは、ごめんね。そんなに俺のこと、嫌だった?」

「すみません……でも、嫌ではないです。好きですよ。私、三越くんの良いところ、直ぐにでも十は言えます。好意を持ってくれるなんて、嬉しいばかりです」

「ならっ!」

「でも、付き合うというのは、無理なんです。私はこれ以上、距離を詰められない」

 

 顔を上げ、悲しげな三越栄大(みつこしえいた)君の表情を見つめることもはばかられて、私は空を眺めました。晴れた秋空に、飛行機雲が一筋、青空を区切っていきます。

 同じ青でも、別れればもはや違う世界。それが、私と三越君の違いを映しているかののようにすら思えました。

 私と彼は、混じってはいけない。決して、一緒になってはいけないものなのです。その事実は少し、悲しくも思えますね。

 

「よく、分からないな……分からないけれど、これ以上は無理そうだね。山田さん、悲しそうだ」

「すみません」

「いいよ。俺が悪かった。急だったし、何か理由がありそうだ。色々早かったかな。告白はもうちょっと仲良くなってから、だったね」

「……諦めては、くれないのですか?」

 

 私の前で端正な顔、締まった頬を掻きながら、私を見つめる三越君。私でも素直に格好いいと、思いますね。彼は更に頭が良くて、運動神経抜群であるのです。女の子に囲まれている姿も、よく見ますね。

 恋をしたいだけなら、相手は選べるものと思うのですが、どうして私なんかに拘るのでしょう。やっぱり見目、なのでしょうか。

 

「そりゃそうだよ。好きはそうそう変わらない。これくらい熱烈になればもう、きっと冷めないよ」

「困りました……」

「はは。困った顔も素敵だけれど、それでも笑っていてほしいな。俺のことなんて気にせずに、気軽にいてよ。そして何時か山田さんを、きっと振り向かせてみせる」

「はぁ……」

 

 薄っすらと顔を紅くしながら三越君は、言います。私は感動を覚えるよりも前に、よくこんな台詞をその程度の照れを代償にしたばかりで口にすることが出来るな、という風に思いました。

 どうにも恋愛に入り込めない私は、後で三越君の今の言葉が恥じるべき過去にならないことを、祈るばかりです。

 

「結構勇気出して喋っているんだけれど、なびいてくれた様子がないね……まあ、仕方ないか。今日は出直すよ」

「……ごめんなさい。でも、好きと言われたことは嬉しかったですよ。どうも、ありがとうございます」

「ああ……ごめん。ちょっと待って」

 

 クールに去ろうとしているようだった三越君に、へらりと私は笑いました。すると、どうしてか、彼は鼻を押さえて止まってしまいます。急な鼻血でしょうか、心配ですね。

 

「大丈夫ですか?」

「う、うん。……やっぱり、拙速だったかもしれない。破壊力がありすぎる……ま、また明日!」

「あ、さようならー!」

 

 良く分からないことを口走ってから急に背を向け、走り出す三越君。その背中に向かって私は手を振り、別れの挨拶をしました。

 長身の彼の姿は、あっという間に小さくなっていきます。僅かに、私も緊張していたのでしょう。ふへえ、と小さく無様な息を吐きました。

 

「ああ、何だかこれから大変になってしまいそうですね……」

「ったく。面倒な奴が出てきたもんだ。星(せい)。もっとこっ酷く振ることは出来なかったのか?」

「奏台(そうだい)」

 

 手を回して、凝った身体を解していると、物影から滲み出るように男の子が顕れます。闇に隠れて私のプライバシーなんて無視して会話を盗み聞きしていたのでしょう。とんでもない奴ですね。

 彼には超能力、みたいなものがあるみたいです。私は幽霊が見えたり怪力を持っていたりもしますが……どうにもそういう次元のものではないみたいですね。

 

 この、闇を自由に使える、なんていうそれこそ中二病なチカラを持った男の子は、市川奏台という、私の幼馴染。言葉遊びみたいな理屈で暗がりを勝手にして、闇から闇へと飛んでいくのは、ちょっと誰彼に真似できるものではありません。

 何か、嘘でなければ、時折闇の世界で戦っていたりするそうですが、私に関われるものではなさそうです。

 ちなみに、彼が口にした星というのは私の名前ですね。山田星というのが私のフルネームとなります。

 

「もう。乙女のプライバシーを何だと思っているのですか? それに、あんまり、無闇に不思議な力を使うのはいけませんよ」

「乙女ねえ……まあいいか。それと別に、無闇じゃねえよ。大事だから、隠れてたんだ」

「三越君の告白が、ですか?」

 

 乙女の部分に引っかかりを持たれたことは、スルーしましょうか。それにしても言葉遣いが荒い。ずっと正そうと試みていたのですが、未だに不良然とした振る舞いをする彼に、私は尋ねます。

 

「そりゃ、なあ。無いとは思ったが、もし告白に星が頷いちまってあんな軟派野郎に取られちまうってのは癪だからな」

「軟派野郎って……それに、私は別に、奏台のモノではありませんよ?」

「ふん」

 

 自分の影から闇を引っ張り、手の中で遊ばせる奏台。人前では行わず、私の前だけで行うその癖は、彼があまり機嫌が良くない時に起きるものです。

 それ程に、三越君が私に近づくことが嫌だったのでしょうか。前から思っていたのですがどうにも奏台は、ああいったイケメン優等生タイプのことがあまり好きではないようです。

 

「それに、好きでなければいたずらにモノにしてはいけません。人ならば一番に、でなければ駄目ですよ。奏台にとって、私はそんなに大切なものではないでしょう?」

 

 しかし、更に不機嫌になられても、言い含めておかねばならないことがありました。相手を自分の隣に望むというのは、とても大事なことなのです。軽々と、女の子をモノ扱いするのはいけません。

 だから、私は奏台を下から見上げて口元をぷくり。しかし、結構な人がどうしてだか逃げてしまう私の直視を彼は受け止めて、言います。

 

「何言ってんだ? 星が世界で一番好きに、決まってんだろ」

「え……」

 

 そう口にして、子供のように奏台は笑いました。私は、あ然とするしかありません。

 

 

 

 

「ぐあー」

 

 まさかまさかの展開の連続に一杯一杯になってしまった私。正直な所、こうしてベッドに顔を埋めるまでの、記憶があんまりありません。

 お風呂に入ったことと、携帯電話を弄った覚えは何となくあるのですが。そう考えて、そういえばと、時計を見上げました。丁度時間は九時。定時のように毎日同刻に送られてくる連絡のために、私はスマートフォンを立ち上げました。

 

「やっぱり来てました……なになに、一緒に目が一杯あるお化けの退治をしませんか? これは気になりますね。了承しておきましょう!」

 

 それは、同じ高校で一個したの男の子、丸井力(まるいりょく)君からのメッセージでした。彼とはお化け友って奴ですね。

 丸井君はおどおど可愛い、癒やし系な男の子です。もっとも、一緒にいる守護霊の罰(ばつ)さんの私に向ける目の色は、ちょっと怖いですが。

 そして、桃色枕を胸に抱き、罰さんの高露出度の不思議を考えていたりしていると、早々に返信が来ました。私は、それを読んでみます。

 

「ありがとうございます、山田さん大好きです、ですか……まあ、丸井君は本気ではないのでしょうが……」

 

 私は、期せずしてまた、告白染みた言葉を受け取ってしまいました。丸井君は気軽に好意を口にする子供。それを今まで気にすることなんて、ありませんでした。

 けれども、こうも重なると少しは、意識してしまいます。

 

「ありがたいです。ですけれど本当に、困りますね……」

 

 好意は嬉しく、愛されるなんて素晴らしいことと、思わずにはいられません。ラブアンドピース、最高なのです。ですが、恋は困るのですよね。

 私は異性愛も、同性愛だって否定しません。漫画の人物と結ばれたいと思うのだって、勝手でしょう。けれども、それどころではない不自然は、流石に許容出来ませんでした。

 

 

「だって私は、元男の子、ですから」

 

 

 そんな異色が繋がったモノがこの世の綺麗な者と結ばれるなんて、あってはいけません。でも自ら規定したそれを少し残念に感じるのは、勝手でしょうか。

 

 

 ああ、私はただ、生まれ変わってでもいい人になりたいと思っただけなのですが。

 

 



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第二話 恋敵にされてしまいました!

 ラブコメ、でしょうか?


 

 

 私の前世に、大したドラマはありません。

 普通に良いことをして、悪いこともちょっとしていて、ただ特筆すべきことはないのです。ああ、少し早く亡くなりすぎていたかもしれませんね。おとーさんおかーさんには申し訳ないことをしてしまいました。

 整っていても、流行りとは違う顔に、筋肉質、というにはモリモリだった身体。性格はクールと言うよりか、ただの寡黙。そんな男らしさが濃かった前の私の人生は、まあちょっとした災害に巻き込まれることで亡くなりました。

 皆さん、火事には本当に気をつけてくださいね。とても苦しいです。

 

 と、脇道にそれましたが、まあとりあえず私は前は死ぬまで普通のマッチョマンだったのですね。しかし、最期の想いはきっと普通ではありませんでした。

 あまり思い出したくはないのですが、私は最期に子供を庇って、助けられなかったのですよ。手の中で先に命が喪われていく様子を今も憶えています。

 それが悔しくて、私はやり直しを求めました。逡巡なしで最初から迷いなくいい人だったら、あの子は助けられたのです。いい人だったら、惑った挙げ句に二人共亡くなるような結末など、起きなかったはずなのでした。

 だから、私は悔いの残らない信念を欲します。今からでもいい人に、なるのだ。そのために、やり直したい、たとえ生まれ変わってでも、と思いました。

 

 そして、熱に浮かされて曖昧ながらも苛烈だったこんな願いは半分叶えられて、私が出来たのです。

 そうなっては、仕方がありません。私はいい人に、なるのです。

 

 

 

「あのさ」

「な、なんでしょう。七坂さん?」

 

 色々とあってごちゃごちゃしていた一日。その翌日にて登校して自らの席に着いた私は妙な注目を覚えました。

 何なのだろうか、と思っていた所、七坂みほさんがどすどすと足音を立てながらやってきて、私に鋭く目を向けてきます。

 そして、七坂さんから開口一番、不機嫌な声が出てきて、私は及び腰になってしまいました。

 

「ビビらないでよ……ま、いいか。単刀直入に訊くよ、山田さん……栄大に告られたってマジ? しかも断ったって、ホント?」

「え、えっと……その……」

 

 こういう事態を予期していなかった間抜けな私は、困ります。

 本当と答えて、それで七坂さんは喜ばないのは間違いありません。とはいえ、嘘を口にすることは憚られました。どう言えば、誰も傷つかないのでしょう。最適解が、出てきません。

 よく考えれば、おモテになる三越君のこと、その動向が周囲の女性の話題になるのは当然なのかもしれませんね。私の思慮不足。

 なら、泥をかぶるのを恐れてはいけない。そう考えて、口を開こうとした時、ぽん、と七坂さんの頭に丸まった用紙がぶつかりました。私達は、それが飛んできた方向を見ます。

 

「みほ。山田さんを困らせるなよ」

「栄大! えへへー」

 

 紙玉を投げつけた下手人は、件の三越君でした。注目が移ります。ツインテールが翻って、七坂さんは早足で彼の元へと向かって行きました。

 デレデレになって抱きつこうとしてきた七坂さんを、ひらりと三越君が避けます。それが、三度、四度。そのうち猪突猛進少女は息を荒げはじめます。何だか彼、マタドールみたいですね。

 

「はぁ、な、なんなのよー。どうして何時もみたいに受け容れてくれないのー?」

「そりゃ、心に決めた人が出来たからな。当然、他の女にデレデレしてちゃだめだろ」

「心に決めたって……ホントに、山田さんに告白したの?」

「撃沈したけれどな」

「ドカーン!」

 

 何故か、七坂さんの口元で、擬音が爆発します。先は少し怖かったですけれど、三越君と一緒にふざけていた時を思い返すと、相当に愉快な人でしたね。

 思わず私は気を緩めました。しかし、それは少し拙かったのかもしれません。

 

「ふぅ……」

「わわっ、誰ですか!」

「ふふ……ひよこだよ」

「五反田さんでしたか……」

 

 耳元に吹きかけられた吐息に、私は驚かさせられます。直ぐ側の息の先を見ると、そこには日本人形、いいえパッツンボブの愛らしい、五反田雛(ごたんだひよこ)さんがいました。

 五反田さんは、ミステリアスでちょっと何を考えているか分からないところがあります。ただ、彼女も、以前まで三越君とラブコメを繰り広げていた三人組の一人。

 当たり前のように、五反田さんも私に問いかけてきます。

 

「どうして、断ったの? 栄大、良いやつだよ」

「そうよ!」

「……増えました」

 

 さほど大きくない筈の言をどう聴いていたのか賛同して、教室のドアを盛大な音を立てながら、三人組の残る一人、大一道子(だいいちみちこ)さんがけたたましく登場しました。思わず、増えたと口にしてしまった私を、誰が責められるでしょう。

 ラブコメは、自分に降り掛かってくると至極面倒なものなのだと、ここで私はようやく学びました。

 

「栄大はバカで間抜けで、えっちで、巨乳好きで、制服好きで、黒髪ロングの清楚系が好き……ってまるきりアンタじゃない!」

「最後に褒めてくれるかと思ったら、途中から俺の趣味の暴露になった上に、道子のやつ山田さんにキレやがった!」

「ええっ、と……」

「タイプにぴったり……対して私は制服は着ているし、髪型は殆ど一緒だけれど、貧乳で体育会系……キー!」

「わあ」

 

 大一さんは胸の上でなにやらすかすかさせてから、叫び声を上げます。おねーちゃん。私こんな漫画みたいな怒り方、初めて見ました。

 私の目の前まで迫りよってきて、激する大一さん。その肩に、五反田さんがぽんと、手を置きます。

 

「……貧乳は私も一緒」

「そういえば、私もそうだった!」

「何、アタシの周りにはがっかりしたのしか居ないのね!」

「俺が一番、がっかりだよ……」

 

 頭を抱える、三越君。言ってはなんですが、私には彼の気持ちが分かってしまいます。確かに、前世の私だったらこの子達は恋愛対象外でした。可愛くて特徴的ですが、面白すぎて。

 曖昧な笑みを作ったところ、三人の目が揃って向きました。少し、面映ゆくなります。

 

「……そういえば、山田さんって栄大と同じで頭良かったよな」

「栄大が握力で負けたって言ってた」

「知ってたけど、美人だし、勝てるところがないわ!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 褒め言葉に、私は頬からぽっと火が出るような気がしました。前者二つは当たり前。生まれ変わって優れた五体を授かったのです。真面目にやり直せばそれなり以上になるのは自然なこと。

 ただ、容姿に関しては、どう反応すれば良いのか判りません。

 あまり実感がないのですが、おねーちゃんに似ていることと、鏡の中には何時も美人さんが居ることから、きっと私は顔がいい方なのです。ただ、それをどうにも誇れない。

 幸運という自力でないものを褒められているような気がして、決まりが悪くなってしまうのです。

 しかし、私の照れに身動ぎを、彼女たちは別に取りました。

 

「更に謙虚ときたわ!」

「凄いなー」

「……あこがれちゃうなー」

「お前ら……」

 

 彼女らが動いた最初の動機はどこへやら。最早三越君を見ずに、私を取り囲んでばかり。

 きゃーきゃー私に向かう、その威勢に、とうとう三越君は、怒りました。そして、言い放ちます。

 

「あんまり山田さんを困らせると、朝起こしてやらないからな!」

 

 その一声に、周囲には沈黙が降りました。私と観衆には残念感が広がり、そして大一さん達は絶望感に包まれます。

 疾く、揃って私に向かって頭が下がりました。

 

「ご、ごめんなさい」

「……ごめんね」

「真に、申し訳ありませんでした!」

「あはは……全然気にしていないですから、構いませんよ」

 

 思わず私も苦笑い。殊更、大一さんの本気度は尋常ではありませんでした。その縋るような瞳を無視するのは、いい人でなくても出来ないでしょう。

 しかし、やはり川園(かわぞの)高校のコメディリリーフさん達は強靭でした。直ぐ様居直って、私に対します。

 

「言質取った!」

「これなら……後ちょっとくらいは良さそう」

「なら、アタシが一言で済ますわ……山田さん、アンタは私達のライバルよ!」

「は、はぁ……」

「達、なのかよ……こいつら組むと面倒なんだよなあ……」

 

 三越君の遠い目の横で、私は押されてばかり。しかし、私の消極的な了承に、彼女たちは満足そうに頷きました。

 

「良し、これで容赦なくぶっ潰せるぞー!」

「……そうしたら、栄大に恨まれる」

「ふん、修学旅行バスゲロゲロ男なんて、怖くないわよ!」

「……確かに、中学生までお漏らし小僧を恐れるのも変」

「あははー、なら私は、エロ本サンドイッチマン、とでも言おうかなー」

「……お前ら、本当に俺のこと好きなのか? ……三人共、表に出ろ!」

「あわわ、栄大、マジギレだー!」

 

 目の前で起きた暴露大会によって怒れる三越君。元男だった私はただ可哀想だな、と思いますが、見ると私と大一さん等以外の周囲の女性の目は大分醜いものを見る様子に変わっていました。まあ、流石にエロ本サンドイッチマンは酷い。

 これはまるで、私の気持ちを冷めさせるための彼女らの巧妙な作戦なのではないかと疑えます。しかし、どうにも大一さん等は真っ直ぐ。

 ぽかんとしている私を横に、逃げ出す少女たちは言葉を零していきます。

 

「山田さん、よろしく!」

「……勝負はこれから」

「アタシ達、負けないから!」

 

 彼女らが落としていったのは、そんな頼もしい捨て台詞。嵐が去った後。それに対して、私は期待を込めて、呟きました。

 

「……頑張って、勝ってくださいー」

 

 

 本当に、私はそう思います。

 

 

 そう、思っていました。

 

 



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第三話 新展開です!

 

 

 私にとって、いい人とは、心から人に優しく寄り添うことが出来る人です。

 

 最初は、それは出来ないだろうと思いました。でも、懸命に皆を想い続けている間に、何となく人のことが大切になって、故に優しくしたいと考えられるようになったのです。

 私は人が困っていたら助けに向かいますし、目の前の不良を慮ってみたりもしますね。気づけば他の心配してばかりです。

 少しはいい人になれているのではないかな、って思ったりしていますが、果たしてどうなのでしょう。

 

 変わりますが、いい人とはことを荒立てることのない人のことでもありますよね。いい人はどうでもいい人でもある、とはどこかで聴いたことのある言葉です。

 まあ、私はそれでもいいと思いますよ。ただ、後悔したくなくていい人を目指しているだけですし。もっとも人の子ですから、良くした後に良いものが返ってきたらとても嬉しいですが。

 

 話が逸れましたね。つまるところ、いい人、とは別に人に好かれるばかりの人ではなかった筈なのです。

 それなのに、好意の返報性が思っていたよりも大きい。世界が違うためか、それとも私が私のためなのか。結構、好まれてしまうのですよ。

 それを拗らせて告白やそれもどきをしてくる人も結構居ました。中には、変わった人も紛れていましたね。

 ストーカーなんて、まだ普通。同性に迫られたこともあります。俺たちは前世で恋人同士だった、とか言われても、いや前は私、男でしたよ?

 三越君の恋情も、そんな面白い思い出の中の一つになりそうです。何時か、彼も私から離れていくのでしょう。私は私を差し出せませんからね。

 

 報いなんて期待していないだけに嬉しい誤算、とはいえますが、少々居心地悪くもあります。ホント、何なのでしょうね、このセカイ。

 

 

 

 学校は、楽しいです。

 勉強はそれなりに楽しめていますし、運動は前世から大好きでした。多くの人と、共にあることが出来るのも、良いですね。

 学生たちの、奔放。私には若さが輝いてみます。少し、年を取りすぎたのでしょうか。それなりに彼らに構われて、くすぐったい思いを楽しみながら、しかし私は離れてお昼をとります。

 校庭の端にて、ぽつんと独り。どうにも、私と違ってアイツは人が多いのを嫌がるのですよね。孤独を好むには、早すぎると思うのですが。後で、適当な友達を紹介してみましょうかね。

 

 そうこう考えている内に彼が来ましたので、私は先に挨拶をします。ご飯を食べる前に、昨日のもやもやは消化していたので、何気に準備は万端でした。

 

「こんにちは、奏台」

「ちわ。ったく、星。何だかまた面倒なのに絡まれたんだって? ご愁傷様」

「ん? 面倒なのって誰です?」

 

 面倒といえば、それは多くが当てはまってしまうもの。よく分からず、私は首を傾げます。

 

「三越の取り巻きの三バカだ」

「彼女たちのことでしょうか。奏台、そう呼ぶのは止めなさい。実際、大一さん達は別にバカではありませんでしたよ。少し、自由なばかりです」

「星は本気でそう言ってっから、どうしようもねえな……」

「そうですか?」

 

 私は次に、首を左にこてり。何しろ、バカは悪い言葉です。余程酷くなければ、そう呼称したくないと思うくらいには。

 そういえば、私の中ではどれくらい抜けていればバカになるのでしょうか。私自身のことはバカだと思いますが、他の人に当てはめようとすると、ちょっと判りませんね。

 首を捻る私に反して訳知り顔で頷きながら、奏台は靴を脱いで勝手にランチマットに侵入してきました。なんだかムカつきますね。私の隣にどかりと座り込んで、彼は菓子パンを齧り始めました。

 

「ん。終わってんだよ、星は」

「酷い言葉ですね……私はまだ人生始まったばかりの、ピチピチの十七歳ですよ?」

「本当にそうだってのに、選ぶ言葉に若さがねえな……いやまあ、そういうことじゃなくてな」

「もぐもぐ。どういうことです?」

 

 私は目を細めて、もそもそと水気を摂らずにパンを頂く奏台の姿を眺めます。相変わらず悪い目つきです。隠しているだけで、とってもいい子なのですけれどね。

 それにしても、終わっている、とは酷い言い草です。私は終わって、始まって、これからだというのに。

 お弁当箱に箸をつけながら、ぷんぷんしている私に、しかし奏台は言います。

 

「決めるのは、ずっと前に終わってんだろ? 星はどうしようもなく、変わんねえんだよな」

「む。変わらない良さ、というのもありますよ?」

「星の場合は変わらないバカ、だ」

「むむむー!」

 

 自認しているバカさを、私は否定は出来ません。だから、私はくぐもった声を発するばかりです。図星はちょっと、痛かったのですね。

 素知らぬ顔して、ペットボトルのお茶を飲み込んでいる奏台への怒りを解消するために、私はご飯を掻き込みます。すると、急に苦しくなりました。私は慌てて喉元を、押さえます。

 

「むぐぐ……」

「喉を詰まらせたか。ドカドカ食うからだ……あ」

「ごくごく……ぷはぁ! あ、危なかったです。お茶、助かりました!」

 

 危うくまた、亡くなるところでした。酸欠で二の舞なんて、いけません。三途の川の先に、前の自分の姿が見えて、焦りましたよ。

 

「あー……」

「ふぅ。どうしました?」

「なんでもねえ。それ、やるよ」

「はい。遠慮なく、頂きますね」

 

 一息ついていると、私とペットボトルの間で目を彷徨わせてから、奏台はそっぽを向きました。取られたのが嫌だったのですかね。それにしては、妙な態度ですが。

 おかしな奏台です。

 

 

 

 ええ、確かに奏台はおかしい。彼は、どうしてだか不思議な力を持っているのです。それを、彼が頬の赤みを瞬時に覚まさせて、強張った顔付きになったことで、思い出しました。

 奏台は、言います。

 

「おい、来るぞ」

「こんな真っ昼間から、闇人(やみびと)ですか……」

 

 そして、私も察しました。始まるは、予兆。私達の周囲の光はどんどんと消えていきます。

 昼に滲み出る、闇の世界。入り得る奏台と違い、私が関わることの出来る筈のない余所の世界から、悪意が顕になってきます。

 

 そして、足元、濃い影の闇から突端が。私は奏台の瞳の中に、鋭いそれを見つけました。それは彼の目の中の一人の少女へと吸い込まれるように差し出されていきます。つまり、それは私に向いたものであるということですね。

 

「どうにも、ワンパターンですねえ」

 

 しかし、死角狙いの攻撃を識っていた私は、振り向きざまにそれを軽々と払います。咄嗟に奏台が纏わせてくれた暗闇の小手を持ってして、ですね。

 そして、私を殺傷しようとした悪意の小人を、奏台は影から引きずり出して、掴み上げました。彼か彼女か不明な、奏台曰く闇人は、叫びます。

 

「ピー!」

「相変わらず、可愛いですー」

 

 思わず、私はそう口にせざるを得ませんでした。黒い、小さな槍を持った小人のようなもの。キャラクターチックな、生き物らしさの必要最低限ばかりが目立つ丸っこい生き物。それが、私達の命を狙った存在でした。

 

「こんなの、持ってるのは危ないですよ」

「ピ!」

「よしよしですー」

「ピー……」

 

 振り回す槍を怪力でぽっきりと折ってから、私は闇人をなでなでします。そして、ハグに頬ずりを楽しみました。

 あれ、優しくしているはずなのですがちょっと怯えてますね。心外です。

 そんな私達の様をどう思ったのか、奏台は、闇人を私から取り上げました。

 

「こっちの世界だと弱体化するってのに、懲りねえな、お前も」

「ピ、ピー!」

「闇人さん、仲良くしましょうよ」

「ピ!」

「無理だとさ」

「そんなー」

 

 闇人は私達の殺傷を目論んでいるようですが、実際のところ、あまり力はないのですね。あの攻撃も、おっぱいの弾力で防御できるくらいです。前に出来たので、確かですよ。

 そんなひ弱な闇人と私は友好を結びたいと思っているのですが、どうにも上手くいきません。奏台が言っていた創造主の命令とやらのせいでしょうか。会ったことがないのでどんな方か判りませんが、闇人を使って奏台を殺そうなんて、困りますね。

 

「てい」

「ピィ!」

「デコピン! あ、闇人、逃げちゃいました!」

 

 そうこう思っている内に、闇人は弾かれ、奏台の影に落ち込み、闇にとぷりと沈み込みます。そしてそのまま逃走。痛かったでしょうし、これは、当分出てきませんね。今回も仲良くなれず、残念でした。まあ、これも何時ものことですが。

 途端に陽光戻った中で、ふんぞり返りながら、奏台は口走ります。

 

「俺の女に手を出すな、っての」

「もう、違いますよー」

「……ったく」

 

 承諾なしに、勝手にモノにしようなんて、困りますね。闇人が聞いて、勘違いしていたらどうしましょう。

 残念無念に一息吐いた、その時に、私達以外の声が響きます。 

 

「何? 貴方達、何を捕まえていたの? 何だか、雲の加減か薄暗くてよく見えなかったけれど……」

 

 それは、少女のもの。学年色から伺うに一つ上らしき彼女は、闇人と私達の交流を目撃していたようです。彼女は驚きに、ポニーテールを揺らし、その大きな瞳を瞬かせました。

 

「あ、見られてましたか」

「待ってろ、直ぐに……」

 

 奏台は彼女に向けて、その手をかざします。能力を使うようですね。勿論、悪意を持って力を働かせるわけではありません。彼はずっと己の力を隠してきましたが、別に、今回のことだって見られても構わないのです。

 何しろ奏台は、目撃者の記憶やカメラの記録ですら闇で覆い隠して忘れさせることが出来ますから。そうして、今まで彼は自分の力を私以外から隠してきたのですね。

 私は悪用でなければと、それを黙認します。異常が広まっていくのは良し悪しですし、闇人は可愛いですけれど、何だかんだ悪意で動いていますから、無闇に関わらせることはないと思うのですよ。

 

 けれども、私の思惑は外れていきました。

 

「どうしたの? あ。君、生命線、長いねー」

「あれ、まだですか?」

「とっくにやってるよ……でもコイツの記憶に認識、隠せねえ」

「本当に、何なのかな。それに、私はコイツじゃないよ。大神唯(おおかみゆい)っていう立派な名前があるんだから!」

「新展開です……」

 

 何時もの私達だけの世界に、闖入者が一人。小柄で愛らしい先輩は、胸を反らして大人ぶりました。

 これは、どうにも困ったことになりましたね。奏台と初めて手を繋いだあの時のように、また、何かが変わっていくのでしょうか。

 

 

 私は思わず、予感に胸をドキドキさせてしまいました。

 

 



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第四話 恥ずかしいことを言ってしまいました!

 

 

 私は、幽霊が見えます。まあ、当然のことかもしれませんね。同種が見えない存在なんて、あまりいないでしょうから。

 そう、幽霊がこの世に未練があって残っているものであるのなら、私もこの世へ望みに執着して来たったもの。どうにも似ているのですね。あ、そういえば妖怪みたいなのも見えますよ。そっちが判って関われる理由は不明ですが。

 お化けなんてもう、慣れっこで怖くはないです。でも、意外と彼らをそこらで見て取ることが出来ないのが不思議なところ。私と同じで希少なのかもしれません。

 

 因みに、丸井君と違って霊力がないので、私は直接的に触れて力勝負したり対話したりすることくらいしか出来ません。

 口裂け女にクロスカウンターを決めて、互いを認めあった過去の勝負結果は私の誇りだったりしますが、何というか、泥臭いですね。

 個人的には丸井君や罰さんのように光る力で悪意を封じたり、力を自然と摺り合せて炎を顕してみたりしたいのですが。

 

 まあ、ないものねだりはいけませんね。むしろ、私は沢山持っいる方ですし、喪っていなさすぎる。それは、意識だけではありません。

 そう、もはや怪力とすら呼べる、私の膂力。強い割にあまりに自在に調整できますしどう考えてもこれ、今は亡き筋肉由来でした。

 前世の時ですら、アームレスリング大会で良いところまで行きましたからね。その馬鹿力を女の子の身体に込めたら、それはもう大変なことになりますよ。

 どうにも私を転生させた存在がいるならば、私は一つ訊いてみたいところですね。もしかして私の魂は筋肉で出来ていたのか、と。

 脳筋どころか、魂筋、とか新しすぎます。出来ればもうちょっと前世の魂が優しいものであってほしかったのですが。

 

 そうしてお化けと関わり、怪力を駆使して。何だか掴めるものが前世をよりも多くなりすぎたきらいがありますが、それでも、私がやることは一つなのです。

 後悔なんてあり得ないくらいに一途に。それで皆に優しく出来たらなあ、と思いますね。

 

 

 

「ねー。そろそろさっきのが何だったか教えてよー」

「だから知らねえって……おい、星。助けろ」

「あ、山田さん? そうだ。市川君と違って、貴女なら隠し事しないよね!」

「奏台……こっちの教室まで、逃げて来ましたか」

 

 ずるすると。誰かが何かを引きずり、ホームルームが終わったばかりの教室へとやってきたと思ったら、それは奏台でした。

 手を取り、逃げようとする奏台を引き止め続けているのは、大神先輩。その理由は明らかですね。彼女、お昼に見た闇人のことが気になって仕方がないみたいなのですよ。

 それから、休み時間に毎度大神先輩が奏台の元へと訊きに来る様子を、私は廊下を逃げ回る彼の姿を見ることで確認しています。中々に粘着力の高い先輩でした。

 

「すっごい長さの生命線に注目しすぎたよ。そういえば山田さんもあの場に一緒に居たよね。おひさー」

「ん? 私、大神先輩と何か関係ありましたっけ?」

「がーん。去年、お父さんが財布を排水口に落とした時、さっと蓋を持ち上げて取ってくれたことがあったじゃない! 私、その時ちょっとお話したんだけれどなあ」

「んー。私、そういうの結構やっているのですが……ああ、市内清掃の時に、やたら分厚い財布を落としたナイスミドルの娘さんが、大神先輩だったのですか」

「そういえばお父さん、二十キロ以上の重さのものを摘んで捨てるなんて、バケモノか、って言ってたよ? 助けてくれた山田さんのナイスパワーに対して、ひどい言い草だったから、よく覚えていたんだ」

「何やってんだお前……」

 

 頭を押さえる奏台の横で、私は思い出します。何だか大きなゴミ袋を持って清掃している最中に、格好のいい大きなおじさんが財布を側溝に落として困っている様子であったので、ちゃちゃっと取ってあげたことがあったのですよね。

 ゴミ拾いの途中だったためにそのノリで思わず蓋をぽいっとしてしまったのですが、それをおじさんにはあ然とされて隣の小ちゃな子にはやたらと喜ばれたのを覚えています。

 当時は私服で髪型が違っていたので分からなかったのですが、彼女、大神先輩だったのですね。今の今まで小学生の子供だと思っていました。

 あの時と小ささが変わらない、そんな大神先輩は私のもとに来て見上げ、言います。

 

「ねえ、あの黒くて小さなのがなんだったのか、教えてくれない?」

「うーん……そうですねえ」

 

 私は困りました。モットーだけでなく良心からも、出来れば大神先輩に真実を教えてあげたいところ。しかし、本当のことを伝えても彼女に益はまるでないですし、そもそも受け容れてもらえるか判りません。

 闇の世界からの使者、なんて言われても困るでしょうし、あんな丸っこいのが私達の命を狙っていると正直に話したところで、信じられないと思います。

 実物を見せるにしても、ゲートの緩みの周期がどうとかで、闇人は週一くらいしか現れません。今週はもう、機会は終わりですね。

 

 まあ、ざっと教えて疑われる分には構わないか、と私が口を開こうとしたその時。ひょこりと、横から現れた少女が口を挟みだします。

 意外なことに、それは三越君を愛する三人組の一人、大一さんでした。

 

「唯先輩。どうしたのよ?」

「あ、みっちゃん。おひさー」

「お、おひさー……それで、アタシ達のライバル、山田さんに何か御用?」

「また面倒なのが来やがった……」

 

 ちょっと照れてから訊く体勢に入る大一さん。何やら天を仰ぐ奏台。

 そして、状況についていけずぽかんと口を開いたままの私の前で、大神先輩は胸を張ります。

 

「私、黒くて小さいのの正体を追い求めに来たの!」

「なに。それって、ゴキブリ?」

「え、あれって大きなゴキさんだったの? 山田さん、素手で撫でて頬ずりまでしていたみたいだったけれど……」

「流石にそれは違いますよっ。皆さん、引かないでくださいー!」

 

 ざわめく周囲。このままでは、ゴキブリを愛でる女の子扱いされてしまいます。必死で私は否定しました。

 いや、別にゴキブリそれほど嫌いではないのですが、対外的にというか衛生的にも、ですね。ああ、注目に混乱してしまいます。

 

「今のうちに……って、星、俺の袖掴むんじゃねえよ!」

「道連れですー」

 

 こそこそ逃げようとする奏台を、私は離しません。そうして起きた騒ぎに、余計に視線が集まってしまいました。不覚です。

 小さな先輩にスポーティ少女と私という花々に囲まれながら、げんなりする奏台。香り高すぎるのも問題ですね、とか私が現実逃避をしていると、教室のドアががらりと開きました。

 

「道子、陸部の先輩が呼びに来てたぞー……って、なんだコレ」

 

 それは、大一さんを呼びに来た三越君でした。彼には私達を見て、それを形容する言葉が浮かんでこなかったようです。

 まあ、それはそうでしょうね。なんでか私を真似して大神先輩も大一さんの袖を引っ張って、きゃっきゃしている。大一さんは大一さんで、何でかにへらと笑みながら堪えるように私の袖を掴んでいます。

 

「えへへー」

「か、可愛いじゃない……」

 

 あ、大一さん、笑顔の理由を言いましたね。つまるところ、私達は袖で繋がれた四人組。パット見意味不明ですよね、コレ。

 

「あ、みっちゃんが好きって言ってた人だ! おはじめましてー。私、大神唯」

「大神、先輩……道子お気に入りの陸部の可愛らしい先輩って、この人か」

「か、可愛らしいって……もうっ、本当のことを言ったところで何も出ないんだからね! あ、舌なら出せるよ、べー」

「何でも出しゃお礼になるってもんじゃねえだろ……」

「……面白い人、とも言ってたけれど、それも間違いないみたいだな」

 

 大神先輩から、可愛いピンクのベロがちらり。それが彼女の精一杯。しかし、悲しいかな、それをお礼と取れる変人はここには居ませんでした。

 

「う、可愛い、唯、先輩……」

 

 あ、隣に居ましたね。けれども彼女のために、見て見ぬふりをしてあげましょう。

 しかし、少しだけそっぽを向いていたその間に、事態は動いてしまいました。

 

「それにしても、女引っ掛けるの上手いなあ、三越」

「そうかな? でも、意中の女の子の気を引かせるのは中々出来なくて困ってるよ。けれどもそれは……君ほどじゃないのかな?」

「ああ?」

「わわ、喧嘩ー? やれやれー」

 

 凸凹は綺麗ぴったりですが、合わない二人が、会ってしまえば険が起きるのは自然なのかもしれません。

 睨み合う二人。その横で意外と仲違いに乗り気な大神先輩。

 

 困った私が声を掛けようとしたその時、肩にひんやりとした手が置かれました。

 

 

 振り向くまでもありません。それは有りえてはいけないものの先端。幽々とした空気を感じながら、私はその涼やかな声を聴きました。

 

『星』

「罰さん……」

 

 目を向けた先に居たのは、やはり罰さんでした。丸井君の守護霊という体で存在しているただの迷った力。私の目からでも、背後が透けて見えるくらいに、幽かです。けれども、凝ったその見目はあまりに美しいものでした。

 罰さんは、色々とおっきなスレンダー美女。どうすれば着物をこうも色っぽく着こなせるのでしょうか。やっぱり、スリットが大事なのでしょうね。肌色が、眩しいです。まるで、亡者の肌とは思えません。

 そう、憧れの目で見ているのを知ってか知らでか、罰さんは冷静に告げます。

 

『危急だ。来い』

「そ、そう言われましても……」

『なんでも良い。でっち上げろ』

 

 危急と言われ、それを無視できる私ではありませんでした。

 それに、罰さんが私を頼ることなんて、あまりない。困った今を放り出してでも、きっとやるべき大事があるのです。

 しかし、この場をどう直ぐ終わらせるか。私は迷って困って目を彷徨わせました。

 

「山田さん?」

「ん。なんだ星、挙動不審になって」

「急にどうしたの?」

 

 そんな思いは皆にも伝わったようで、喧嘩の雰囲気は直ぐに失くなりました。これはあと一息。

 よしと混乱した頭の中から出た言葉を大きな声で、私は叫びました。

 

 

「わ、私、おトイレに行きますね!」

 

 

 それは謎の宣言。途端、場には沈黙が降りました。

 

 

『……行くぞ』

「うう……」

 

 気まずい顔を背けて促す罰さんの言葉に頷く私の顔は、きっと真っ赤になっていたと思います。

 

 

 

 ああ、トイレじゃなくて、急に運動したくなって、とでも言えば良かったですかね?

 

 



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第五話 腹パンをお見舞いしました!

 

 

 闇を司る能力者、奏台とは、幼馴染です。具体的には、小学校に入ってから、高校生になって半分くらいの今までずっと、大体共にあるような関係ですね。

 そういえば今はファッションとか性格とか色々と弾けていますけれど、奏台って、昔は暗い子でしたよ。能力に呑まれていたのかもしれませんが、どうにも影を背負っていた感じでした。

 市川家は核家族。奏台は親子三人で暮らしていたのですが、昔は隙間風ぴゅーぴゅーな関係でしたね。

 

 きっと奏台が闇の力なんて余計なものを持っていたのがいけなかったのです。

 闇に親しみ、時に手に持ったもので他を傷つけることをいとわない子供。そして息子の異常から離れるように仕事に打ち込む父と、我が子の人と違う力を恐れる母。ただ、彼らは一緒にいるだけ。これでは、愛がありません!

 そのことは、ぼっちの奏台と仲良くなってお互いの異常を多少教えあってからしばらく経ってから、彼の自宅にお呼ばれされた時に、初めて知りました。

 私が言うことではないのかもしれませんが、それでも子供と目を合わさずに敬語を使う母とか、明らかにおかしかったですからね。直ぐに変だと思い、奏台に現状を訊いたのです。すると彼から、俺は父さん母さんに嫌われているんだ、という言葉がぽろり。

 

 そんな悲しい台詞に、私がどれほど憤りを覚えたか、分かりますか?

 友達が幸せでない現実なんて、なんと許しがたい。こんな小さな子が苦しみを抱えていたなんて、と私は奏台を強く抱きしめました。あ、でも強すぎたのか、顔を真っ赤にさせてしまったのは、今も後悔しています。

 

 愛なんてなくてもいい、そういう家もある? 知ったことはないですね。目の前の子供が愛と親しんでいないなんて、この私が、絶対に許しません!

 

 そして、頭の良くない私は突貫しました。まずは、奏台とお母さんの手を無理にでも繋がらせて、触れても大丈夫なのだと教えます。次にお父さんに対しては、電話できーきー怒りました。

 そうしたら通話を直ぐに切ってしまったので、私は走って奏台のお父さんが仕事をしているのであろう遠くの会社に行こうとします。

 きっと幼い身体では幾ら怪力を秘めていようが途中でバテてしまうのでしょうが、それを意地と根性で補おうとしていましたね。そも、行く道順すら知らなかったというのに、私も若かったです。

 でも、ズックを履いて、私がさあ行かんとしたその時でした。ぼろぼろ涙を流しながら奏台のお母さんが、私を抱き止めたのです。そして彼女は、怒ってくれてありがとう、やっぱり私達は間違っていたんだね、と言いました。

 大人を泣かせてしまったのは初めてでしたので、どうすればいいか分からなかったのですが、奏台の目線を感じた時に、私は心落ち着かせます。そうして、彼の手を引き抱擁の中に入れて、そうして皆で一塊になりました。

 

 その後は、大丈夫と言う奏台のお母さんの言を不安ながらも信じて任せたので、どうなったかは伝聞でしか知りません。

 ただ、奏台一家は大きな喧嘩をして、そうして仲直りして、強く結ばれたそうです。いや、良かったですね。

 その後、私は事あるごとに市川家に招かれ歓待されるようになりました。都度大騒ぎして、私達は仲を深めます。

 笑顔が弾けて一杯で、あれを思い返すとと次第に市川家と山田家が家ぐるみで互いに行き来するようになったのも、不思議ではなかったのかもしれません。

 

 けれども、その内に、市川家のご両親からお嫁さんに来ないかと、誘われるようになりました。これは、良くないことですね。

 奏台も星ちゃんのことが好きだから、という彼らの言に、その都度奏台本人は怒っているのか何か、顔を真っ赤にしながら否定していましたから安心していたのですが、しかしどうにも驚くべきことに彼は意外と私を好いていたようです。

 正直、市川家に遊びに行くのが少し、怖くなってしまいました。いや、その内に行きますけれどね。奏台のお母さんのお料理、美味しいですし。時々、無性にあの味を食べたくなるのですよね。

 そういえば、キッチンで奏台のお母さんが餌付けがどうのこうの呟いていたことがありました。野鳥でも、餌付けして飼おうとしているのですかね。何だか風流、っぽいです。

 

 大分話が逸れましたが、そんなこんなで、勘違いでなければ私の怒りを切欠として家族仲円満に恵まれた奏台。

 次第に彼は、すくすくと成長していきました。ちょっと道を外したので私が制裁をして戻したこともありましたね。それでも存外悪振りたがるのが、不思議です。

 まあ、そんな感じで私達はずっと一緒でした。男女の性差、なにそれ美味しいの、という私ですから当然ですね。

 

 でも、何時しか奏台は見つけた違う世界で戦うようになりました。闇の世界、あったというのにはびっくりしましたね。

 いたずらに相手を傷つけるのはしないという約束をして、幾ら戦おうとも奏台が傷一つ負わないので黙認していますが、時に闇から出てきた彼は非常にくたびれた表情をしたりしています。私も手助けできれば、良かったのですが。

 しかし悪い人から世界を守っている、とのことですが、本当なのでしょうか。闇人の件もありますので、嘘と断じることは出来ませんが、どうにも普段の言動から信じがたいところです。

 闇人達の小競り合いに巻き込まれているばかり、というのがありそうですが。この辺りは、注意深く見守るべきなのでしょうね。

 

 まあ、そんな風な感じで、私は奏台を認めています。きっと、こんな彼とのこれからも縁は続くのでしょう。

 

 だって私、奏台のことが大好きですからね。何があろうと、見捨てることなんて、絶対にしませんよ。

 

 

 

 罰さんの誘いで校舎から出た私は、スマートフォンのアプリで、奏台にメッセージを送ります。お腹痛いから帰る、と。

 嘘は心苦しいですが、これならこっそり抜け出しても心配されないでしょう。そう安心していると、意地悪げに罰さんは私を見ながら、言います。

 

『嘘をつくのは悪い人、ではないのか?』

「私的にはいい人だって、別に嘘ついてもいいと思いますよ。それが利己のためだけでなければ、ですけれどね」

『そういうものか』

 

 鼻白む、罰さん。どうにも彼女は私がいい人になりたいのだ、という夢を語ってからこの方、茶化したがりますね。

 自分は悪いものだと語る、罰さん。そう思って自分のあり方を誇りにしているのであれば、私が目指しているところが気に食わないのも、仕方のないことなのかもしれません。

 私に向ける目の色は、憎しみにすら近い。けれども構わずに、私は訊くべきことを尋ねました。

 

「それで、黄昏てもいない、こんな早すぎる時間に悪霊が出てきた場所は、川園市のどこら辺ですか? 私には霊力が無いから、分からなくって」

『無力とは不便なものだな。まあ、いい。大体寺の先、川の手前辺り、と言えば分るか?』

「粛翁(しゅくおう)寺の先、なら川とは扇子(せんす)川でしょうか。釣り好きの木本君の家がある辺りですね」

『ふうん。今の衆生のことなど知らんが、把握できるならば、問題ないな』

「はい」

 

 私達の会話は独り言と似ています。私の持ち前の高い声は、走り去る車のエンジン音ですら、そうそう消してはくれないですね。

 霊力を持っている人以外には聞こえなくて見えない筈の幽霊、罰さん。それと話している私。どう考えてもそうしていると独りぶつぶつとした奇行が目立ってしまいます。

 なので、私は起こしてもいない携帯電話に耳を当てながら、罰さんと会話するという小細工を。そうして、私は小走りだった足を更に急がせます。

 なにせ、そうするべき、理由がありますから。

 

『奴は人を喰った。捨ててはおけまい』

「ええ。場に縛された存在ならば丸井君が行う退治……お化けの悪意を昇華すること、でなんとか出来るでしょうが、浮遊していて、更に事後であってはもうどうしようもありません」

『屠るか?』

「いえ。私が強かに殴って魂を吐き出してもらいます。その後に封印、ですね」

 

 丸井君と罰さんが感じ取ったところによると、どうやら、少し前に件の霊は弱った人の魂を食べてしまったみたいなのですね。

 でも、早い段階であれば間に合います。その幽霊が魂を消化して自分のものにしてしまうまでに吐き出させてしまえば良いのですよ。殆ど同じならば、理を相手に届かせることも可能です。すなわち、私の得意な物理で殴れる。

 悪い霊には腹パンですね。これが一番簡単で効果があったりするのです。

 

『つまらんな……』

 

 けれども、そんな一番穏当な方法を罰さんは望みません。

 罰さんは霊を殺してしまうのを好んでいる、と公言しています。反して、そんなことをさせたくない私達の努力を、彼女は嫌っていますね。

 でも、私は言います。

 

「いいことなんて、つまらないものですよ。でも、きっと何時か、心地よくなります」

『ふん。そんなものか』

「はい!」

 

 私は、笑顔で頷きました。

 

 

「ありがとうございます……山田さん」

「いえいえ、むしろ私に人を助ける機会を下さり、どうもありがとうございます」

『暢気なものだ』

 

 やがて私達は彼が待つ小さな公園の噴水の前にたどり着きます。そこで、ペコペコする女の子のような男の子、丸井力君を見つけました。

 しかし、私はむしろ感謝に頭を下げます。救えるのは、嬉しい。きっと皆、助かるべきなのですから。

 私はベンチに安堵されている、お爺さんの姿を思い出しました。幽かな魂ばかりが苦しげにのたうち回っている。一刻も早くそんな地獄から戻してあげないと、と気を張りました。

 そんな私を尻目に、罰さんは丸井君の力で鎖された悪霊を油断なく見つめます。糸に巻かれて動けない、その幽かな不定形。その周囲は暗黒に近い。

 

『死■許さ■悪■■ごめ■苦……■■■!』

「悲しい、ですね」

 

 悪意は黒。重なり続けた世への恨みは総じて、暗色になってしまうもののようです。感情の闇。これにばかりは、奏台も立ち入れないことでしょう。

 悪霊は、影と光の重なりのようになって、蠢きます。

 しかし、ちょっと他人の魂を得ることで増長しすぎて不明な形になっていて、これではどこがお腹なのか判りませんね。

 大体真ん中あたりを執拗にボコボコにするしかありませんか、と思ったその時、空気が破裂するような音がしました。

 

『■■■亜!!』

「あ……山田さん!」

『ほう。力の糸を断ち切るか。随分と、活きのいい』

「逃げ出す気ですか? させませんよー。魂、返してもらいます!」

 

 丸井君の大きな瞳が細まって、罰さんの口元が獰猛に笑みの形を作り上げます。それらを後ろにするように、私は駆け出しました。

 簡易的、とはいえ丸井君手製の封印糸が破られるなんて、珍しい。きっと、この悪霊は霊的には強いのでしょう。まるでヒダのような醜さが、その複雑怪奇さを教えます。

 

『■■子、■!』

「でも、そんなの関係ないのです!」

『■、■■……!』

 

 けれども、同じ土俵に立っている私に、霊力の強さなんて無価値でした。そう、私はただ、この悪霊と存在をぶつけ合うことが出来るのです。

 現に重しを成すほどの私は、幽かな彼よりよっぽど重みがある。そして、私の思いは悪意になんて、負けません。

 

 私は悪意の炎を無視して力で押し通り、その中心に拳を打ち込みました。そして、私はその手に何かを掴みます。

 

「あ、勢い余って中の魂手に入れてしまいました……」

『■■……』

 

 そう、間違えて中まで押し入り魂を掴んでしまったのですね。私には光って見える、生者の魂。しかし、空気抜かれたように萎んでいく悪霊を余所に、それをどうにかすることの出来ない私はどうにかすることの出来る彼女にそれを渡します。

 

「罰さん、パスです!」

『雑な……仕方ない、これは元の持ち主に戻してやろう』

「丸井君!」

「封印、もうはじめてます!」

「■……」

 

 それからの展開は早いもの。罰さんが施してくれたお蔭でお爺さんに魂は戻って、そうしてどうしようもない悪霊は、丸井君の手によって封ぜられます。

 全体に巡り巡られた糸にて霊は悪意を取られて、安息の願いを込めた様々な文句が認められている、丸井君が作った、仕掛け本の中に。そして、パタンと本は閉ざされます。

 

「ふぅ。これで終わりですね」

「やりましたー!」

「ぶ……」

『おう、力が胸に埋もれているな』

 

 これで一人、私は人を助けられました。それはきっと優しいこと。嬉しさのあまり、手頃な位置に居た丸井君を抱きしめてしまったのも仕方のないことだったと思います。

 でも、少し出ていた額の赤みで、私は丸井君の呼吸困難に気づきました。これは、いけません。それが辛いことを知っている私は、慌てて離れます。

 

「あ、ごめんなさい! 息ができなかったですね」

「ぷは。いえ、大丈夫です。手伝ってくれて、どうもありがとうございました。山田さん大好きです……その、無防備なところとか」

「こちらこそ、ありがとうございます。私も好きですよ。あれ。丸井君、最後に他になにか言いましたか?」

「いえ」

「そうですかー」

 

 何も言っていないのであれば、大丈夫ですね。私は笑顔でニコニコとした、丸井君と対します。一瞬、何だか彼の笑みに暗さを感じたのは気の所為でしょうか。

 

『アホだな』

 

 そして私は、隣で何やら小さく口走った、罰さんの言葉も判りませんでした。

 

 

「何だかよく分からないこともありますけれど、良かったです!」

 

 

 でも、それで良いのです。今回の悪霊の理由とか、丸井君が霊のために走る訳とか、罰さんの本当の狙いとか、そんなことは未だに不明。ですが、神ならぬ私は、全てを識らなくていい。ずっと足りなくて、当たり前なのです。

 

 

 何しろ私はただの、いい人になりたいだけの何でもない、なのですから。

 

 

 



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第六話 お家に帰ります!

 

 

 その魚は、ぴょんぴょん跳ねていました。届かないことを知っているのか知らないのか良く分からない顔でひたすらに。

 

 それを、私はずっと見ていました。

 

 

 

 悪霊退治が終わった丸井君と罰さん、そして私は、喫茶店で休みます。二人コーヒーを飲んでから、それぞれ家に帰りました。

 しかし年下の前だったので見栄を張りましたが、ブラックコーヒーは苦かったです。渋い顔をしていたら罰さんにも笑われてしまいました。前世では好んでいたのですけれどね。

 

「お口直しのショートケーキは美味しかったです。……でも、ちょっとまた体重が増えてしまうかもしれませんね」

 

 私はこれでも女性の端くれですから、体重も気にします。これ以上増やすとと地味で窮屈な下着をまた買い換えなければいけなくなるとなれば、当然でしょうが。

 

「脂肪でなくて、筋肉になってくれれば良かったのですが、ままならないものですね」

 

 その場で、ジャンプ。すると私の色んな所がぽよんぽよんしました。実に邪魔ですね。

 あ、男の子が随分と目を開いて見ています。何で驚いたのか気になったのですが、挨拶をしようとしたら逃げてしまいました。残念です。

 

「こんないやらしい身体、見苦しかったですかね?」

 

 私はそう、思ってなりません。本当は、大一さん達みたいにマニッシュな体型が良かったのですが。いや、流石に私もそんな本音を彼女らの前で口にしたら、ただでは済まないことくらいは、分かっています。

 だからただ、互いに相手を羨むばかりですね。隣の芝生は青い。そして、筋肉は前世の青春でした。今や遠いです。

 

「筋肉ー、筋肉ー……」

 

 ついつい、私が懐古しそんな風に口にしてしまうのも、むべからぬことでしょう。

 摘んでも、柔らかさしか返って来ないこの細腕。幾らパワーが秘められていようとも、細マッチョとか要らないのですよ。ムキムキマッチョこそ、最高なのです。

 もっとも、他人の身体であれば、おデブさんもカリカリな細身も、皺々の老人さんも味わい深いものと思えますが、自分だとそう考えてしまいますね。

 

 

 きっと、これも前世の後遺症。好みに傾向、それだけでなく私の信念すら呪いと言ったのは、誰でしたっけ。

 

 

「星」

「おねーちゃん!」

 

 そんなこんなを思っていたら、車通りの少ない狭い道、その対面から来た車が停まりました。そして、開いた窓から届いてきた鈴のなるような美しい声に、私は喜びます。

 思わずはしゃいで、ドアを開けて車内に入ってしまいました。しかし、そんな勝手をおねーちゃんは許します。笑顔の歪みすら美しい、そんな彼女が身内であることは、とても嬉しいことですね。

 

「おかえり」

「ただいまです、おねーちゃん」

 

 そう、彼女はおねーちゃんこと実姉山田静(しず)。モデルさんをやっている、スーパー美人です。もう本当に、この人は何でも出来ますよ。私なんかちょちょいのちょいの、最強のおねーちゃんなのですね。

 見た目が少しでも似ている、とされていることが、何よりも誇らしい。私はそんなおねーちゃん子なのですよ。

 

「えへへー。今日は早いのですね、おねーちゃん」

「合わせるっていうのにボクに合う服を向こうが見繕うのに随分と時間をかけているらしくてね。仕事もなければレッスンなんて今更だし、帰らさせられたのだよ」

「へえ、そうだったのですか」

 

 一切尖ることなく、平均極まって、美しい。化粧っ気すら無いのに、珠玉。飾りが余計でしかない、美の形。しかし、変幻自在にそれを崩すことすら簡単にしてしまう。

 おねーちゃんは服に合わせられるとかレッスン要らずなんてさらっと言っていますが、そんなのをプロのレベルでこなせてしまうなんて、とんでもないことだと思わずにいられません。

 やはりおねーちゃんは凄いのです。 

 

「それで、星は今日どうだった?」

「今日も清く正しく、やっていましたよー」

「……何度も言っているけれど、別に星は正しくなくても良いのだよ?」

 

 私の笑顔を見て、優しいおねーちゃんは、そう言いました。どうにもおねーちゃんは私が無理しているものと思い込んでいるようなのですね。まあ、合っていますがそんなの普通だと思います。

 休んで出来るのは、床ずれくらい。皆々様の頑張りによって出来ているこの素晴らしき世界で、私は良く頑張りたいのです。それで、いい人になれたらいいのですが。

 笑顔を変えずに、私は言います。

 

「頑張るのは、楽しいですよ?」

「やれ、私も癒やしは専門ではないから困るね」

「おねーちゃんは、癒し系ですよ? どこか私と一緒だとふんわりともしています」

「見当はずれながらも嬉しい事言ってくれるね」

「わわっ……えへへ」

 

 本音を受けて、おねーちゃんはハンドル片手に私の髪をかき混ぜました。危ないなあと思いつつ、私は喜色を隠せません。気安さが楽しいですし、向けられた優しい笑顔も嬉しかったのです。

 

 それから、大人しく会話をしながら十分足らず。そうして私達は実家、山田家に着きました。

 田畑を除いても広い敷地内に、でんと建つ母屋。改めて前世の家と比較してみると、結構大きいですね。

 それに、立派な瓦が敷かれているのに何でか篠家(しのや)と呼ばれている離れのお婆ちゃんの家。そして、昔は遊び場だった古びたモノで一杯の土蔵。それらが纏まって住居と成しています。

 昔からの農家だけはあって、傍から見るとリッチに見えますね。実際、泥棒が入ったこともあります。おねーちゃんがあっという間に捕まえましたが。

 

 何となく安心し、白いワゴンタイプのおねーちゃんの愛車から出て、私は慣れた石畳をぴょんぴょんしました。

 

「ただいまー、です!」

「ん? なんだ、星、遅かったじゃないか」

「おばーちゃん!」

「うわっ」

 

 すると、篠家からおばーちゃんが出てきました。

 総白髪に、曲がった背中。重ねてきただろう苦労までも愛おしく、皺深いその老いだってとてもナイスです。

 思わず甘えて、その小さい体をなでなでしてしまいました。

 

「相変わらずシワッシワです。凹凸ツヤツヤ、気持ちいいですね」

「バアを気安く撫でるもんじゃないよ! 私を何だと思っているんだい」

 

 しかし、おばーちゃんは嫌がります。怒鳴り声に近い元気を発信しますが、私は慣れたもので内心の照れを察しました。

 だから、私は高いテンションのままに、言います。

 

「おばーちゃんは、よぼよぼ可愛いのです!」

「よぼよぼ言うなっての。全くこの孫は……」

「まあ、星なりの愛情表現には違いないんだから、諦めなよ」

「仕方ないねえ……」

「えへへー」

 

 学校も楽しいですが、やっぱり、家は居心地よくて気持ちいいですね。

 この可愛い人と、美しい人に、何にも思うことも隠すこともなく愛をぶつけられるということ。それはなんて、素晴らしいことなのでしょうか。

 

 そうして私のせいで巻き起こった騒々しさに、今度は二人、母屋から顔を出してきました。

 ひょっこりと向いて来たのは仏頂面に、柔和な笑顔。その二つを見て、私は重ねて喜びます。

 

「おかえり」

「元気に、返ってきたね」

「おとーさん、おかーさん、ただいまです!」

 

 開いた引き戸から届くのは、ご飯の香り。このまま私は皆とつつがなく食卓を囲むことが出来るのでしょう。

 

「えへへ。まずは手洗いうがい、プロテインですね」

「この孫はやっぱりどこか、おかしいねえ……」

「星は、そういうところがいいのではないかな?」

「どうせ、筋肉にはならないのにな」

「また胸、大きくなったんじゃないかしら。お金がかかる子ねえ……」

 

 温かな家の中はわいわい賑わい、家に帰ってきたこと、それを私は実感しました。これこそ団らん、ですね。

 

 そう、私達家族はこの五人きり。

 おねーちゃんが彼氏さんを連れてきたりして多少増えても、基本はそれだけ。そう、私は決めているのです。

 

 

 

 

「あーあ。バカ姉が居ないとつまんねえ」

 

 

 だから、私は遠くのそんな人なんて、知りません。

 

 

 

 

 そんなこんなで私の一日は終わっていきます。

 変化に富んだ日常。新しいことは、沢山ありました。ただこんなのはきざはしでしかないことを、私は後に知ります。

 

 

 

「山田さんは、人を救ったことなんて、どうでもいいのかな?」

 

 

「星……俺を、助けろよ」

 

 

「ごめんなさい。どうしようも、ないです」

 

 

『そんな目で、私を見るな』

 

 

「ボクと交換した敬語、似合ってきたね」

 

 

 

 それはきっと大きな嵐。ぶつかり思い飛び散って、傷つくこともあるのでしょう。

 でも、私は変わりません。代わってあげませんから。

 

 

「バカ姉……泣くなよ」

 

 

 私はただ、嵐の後の、晴れ間を望みます。

 

 

 

 空飛ぶ鳥を見て、跳ねるばかりの魚が幾ら見苦しくても、それは。

 

 

 



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第七話 ゴミ拾いをしました!

 

 

 前世と今世。生まれて結構経つまで、私はそれを多く混同していました。

 まあ、それも仕方のないことだと思います。だって、見回す範囲だと地名も目立つ物も歴史上の人も、年号すらも一緒でしたから。

 これなら前の私と会えるのではと、実はわくわくしていたのですが、残念ながらそれは叶いませんでした。一緒に筋肉ダンス、したかったのですがねえ。

 

 大きな違いに気付いたのは、私がちょっと喋れるくらいに大きくなってから、そういえば前世の記憶からそろそろ日本が大災害に見舞われる頃と思い出した時でした。

 バカな私でも、災害に対して事前に少しでも準備が出来ていれば助かる人も出るのではと、思います。人命を思えば信じてもらえるかどうかなんて、二の次ですよ。

 大慌てで、私は家族に喃語を喋ります。大半が理解してくれませんでしたが、おねーちゃんは解読してくれました。流石です。

 しかし、私に優しく言い聞かせるように、おねーちゃんは話しました。

 

「そっちとこっちを混ぜてはいけません。あなたの前世は似ているだけの、別世界なのですよ」

 

 私は未だ敬語使いだった、その頃のおねーちゃんが何故か寂しそうな表情をしていたのを、よく覚えています。

 言い募ることの出来なくなった私は、おねーちゃんと一緒に前世と今世と災害の歴史を比べてみました。すると、全然違う。身近なところだと、前世の小学校で学んだ、四十年前の川園市での大洪水すら起きていない。

 代わりに、私の知らない災害の詳細がぞろぞろとおねーちゃんの口から語られていきます。ようやく、分かりました。ああ、きっとこれからも前と今が重なることは、きっとないのでしょう。私は、思わず目を閉じました。

 

「前、今。そんなことは忘れたほうが良いものです。余計な事は考えず、あなたはあなたをやって下さい」

 

 おねーちゃんは、そう言って、小さな私を抱いていた腕の力をこころもち強めます。どうしてだか、私はぽろぽろと泣いていしまいました。

 きっと、悲しかったのですかね。違う、つまりはもう戻れない。幼心にそんな現実は、苦しかったのでしょう。

 

「あなたは、優しいですね」

 

 私の涙におねーちゃんは、そんな勘違いをします。けれども、私はその時、思ったのですね。おねーちゃんの期待通りの人にならないと、と改めて。

 

 でも後におねーちゃんは、あの時の諭しは失敗だったと語りましたが、どうしてでしょうね。私は、ちゃんと、自分らしく生きていられていると思うのですが。

 

 

 

 青くて遠い空に、雲がふわふわ。陽気がとても気持ちいです。そんな、晴れた一日。今日がお休みであるのは、とても良いことだったのでしょう。

 私も、外出を楽しんでいます。一人きりが少し寂しいですが、時に一緒してくれるおばーちゃんの腰があまり良くないとあれば仕方ありませんね。

 少し膨らんだゴミ袋を確り持って、私は落ちていたペットボトルをその中に入れます。先の雨で濡れていたがためか、軍手が少し、汚れましたね。まあ、これもいつもの事です。

 

「こんにちはー。ふむ……今日は、ゴミが少ないですね」

 

 ただ、道端の掃除をしていた中田のおじさんに向かってお辞儀をしてから、私はそう呟きました。

 休日の通学路清掃は、私の生きがいの一つ。毎週行っているがために、違いがあれば分かってしまいます。

 タバコの吸い殻を拾い、辺りを見回してから、その原因を理解しました。

 

「おっきなゴミ大体、拾われてます。私以外の誰かが、ここらを掃除したのでしょうか」

 

 先に私が見つけたペットボトルも、藪の中に隠れていたもの。ざっと見つかるようなものは、周囲にありませんでした。結論として、これは他の人が先にゴミ拾いを行ったということなのでしょう。六時起きで来た私より早いとは、凄いですね。

 何時もと比べてこれでいいのか、と思ってしまうくらいに楽です。いや、これでいいのでしょうね。知らない誰かの善行に、私は気を良くします。

 

 テンポよく道を行っていますと、雀が三羽、元気に先の歩道で遊んでいました。あまりにそれが楽しげで、嬉しくなった私は歌ってしまいます。

 

「鳥、とり、ト○スハイボールー♪」

 

 それは、ふと頭に浮かんだ前世であったお酒の名前。でも、どんな味なのかは知りません。やっぱり甘くはないのでしょうか。ちょっと気になりますね。

 前世の私は中途半端に健康志向だったので、お酒の類を嫌って一滴も呑まなかったのです。まあ、途中で亡くなって全部努力も無駄になってしまったのですが。

 早朝に、人は少ないものです。安心しきって繰り返しそのフレーズばかりを歌い続け、逃げる鳥さんを目で追いかけていると、急に後ろから声をかけられました。びっくりして、直ぐ私は振り返ります。

 

「はは。流石、山田さん。歌声も綺麗だね」

「聞かれてしまいました! あ、三越君ですか。おはようございます!」

「おはよう」

 

 すると、そこに居たのは三越君でした。私でも分かるくらいに、爽やかに笑んでいます。最近良く大一さん達が絡んできますので、彼にはその関係で大分親しみを覚えるようになりました。苦労人ですね。

 今日彼女らは一緒ではないのか、と思っていると、その足元に存在が。やはり今日も三越君は孤独ではありませんでした。その子は、私を見つめながらその尾を振って、親しげに吠えます。

 

「わん!」

「ワンちゃんです!」

 

 私は大喜びしました。動物は大好きですからね。撫で甲斐の有りそうな柔らかな毛並みに、くりくりお目々がたまりません。

 犬種は柴犬ですかね。とても愛らしいです。あ、男の子なのですね。

 

「はは。五郎も山田さんのことが気に入ったみたいだ。こいつは人を噛んだりしないから、撫でても平気だよ」

「わー! よく梳かれていますね。ふわっふわです」

「わん!」

「五郎!」

「ふふ。飛びつくなんて、元気でいいですね。私も五郎ちゃんみたいな子、欲しいです!」

 

 腰を下ろして目を合わせていた私に飛びつく、五郎ちゃん。もふもふを顔いっぱいに味わいます。

 じゃれつく彼を優しく降ろしてあげて、私は撫でながら動物を飼いたいな、と思うのです。

 以前は問題があったのですが、今はもうありません。ならば、飼っても大丈夫でしょうか。後で訊いてみましょう。

 

「それにしても、山田さん、中々重装備だね。本当にゴミ拾い、してるんだ……」

「ですよー。ちなみにこの装備はおばーちゃんの野良スタイルと一緒です! 素敵でしょう?」

「……まあ、山田さんが着ていると何でも素敵に見えちゃうよね」

「ふふー。このおばーちゃんが縫ってくれたアップリケとか、私の女子力をぐんと上げていますよね!」

 

 現在の私の格好は野良着のおばーちゃんと一緒で日除け帽に、ヤッケに、袖カバーの標準スタイル。違うのは軍手ぐらいでしょうか。

 三越君の褒め言葉に、私はニコニコ。おねーちゃんやお友達は笑いますが、私は自分に中々似合っていると思うのです。

 微笑む三越君。でも少し経って、その笑みがちょっと濁りました。

 

「……それにしても、気になるな。山田さんはどうして何時もこうして頑張っているんだい?」

「私は、頑張るのが楽しいのです! 生きるのって、とても嬉しいことですからね」

「あはは、山田さんはやっぱり眩しいや。破壊力が高すぎる」

「わん!」

 

 本当のことを言うと、三越君は私から目を背けて、五郎ちゃんを撫で始めました。くすぐったそうな吠え声が、辺りに響きます。

 ぶんと、大きな車が私達の横を通りました。あれは、スピード違反ですね。それを目で追っているのでしょうか。私に背を向けながら、三越君は問います。

 

 

「ならさ、死にたいって思うことって間違いだと思う?」

 

 

 前と比べればちっちゃいですが、今の私のものと比べるとおっきくて頼もしいその背。羽織っているジャケットの暗色に、私が悲しみを覚えたのは、気の所為ではないでしょう。

 光だらけの世の中にだって、闇がある。そんなこと、奏台の能力を思い返すまでもなく、私は知っています。だから、助けたい。

 でも、闇が確かにあることまで、否定するのは違うと思うのです。故に、その問いに私はこうとしか口に出来ません。

 

「いいえ。苦しみ悩むことだって、アリです。絶望しても、仕方ないかもしれません」

「そっか」

「でも、それだけではつまらないですよ。私は、死にたいと思って、思い続けながら生きて、それで何時かはこれからも生きていたいな、と思えるようになって欲しいです」

「くぅん……」

 

 果たしてその時三越君はどんな表情をしていたのでしょう。五郎ちゃんがぺろりと、止まったその手を舐めました。

 私は五郎ちゃんを撫でるために外した軍手を、強く握りしめて、言います。

 

「そう、結局の所私は、皆に死んで欲しくないのですよ。そして、笑っていて貰えると嬉しい。ただ、それだけです」

「……山田さんは、いっそ酷いくらいに正しいね」

「分かりません……皆の幸せを望んでいるばかりの私の生に本当は意味はないのかもしれません。でも、それでも、皆の不幸を望むよりは間違っていないでしょう」

 

 ああ、私は正解が分からない。早くもっといい人に、なりたいですね。

 私が廃しているゴミだって、この世で大事な価値あるもの。有為転変。一つにとらわれないようになりたいところです。

 でも私は、何があっても信念からは、決して逃げはしません。そのためには、きっと。

 

 その時。雲が蠢き太陽から除いて、光が一筋。眩いそれを、三越君は直視したようです。背中越しに、眦の近くに手を置いたことで、それに気づけました。ずっと、彼はその手を動かしません。

 

「綺麗だ」

「そうですね」

 

 同じ風景を見て、感想も同じくする。それが、どれだけ尊いことなのか、私には計り知れません。

 ただ、次に三越君が口にした言葉の繋がりは、どうにも分からず、そして共感できませんでした。

 

「やっぱり俺は、山田さんが好きだよ」

「でも、付き合えないですよ?」

「まだ、それでいいさ」

「はぁ……」

 

 三越君の恋は、中々曲がってくれないようですね。嬉しいのですが、返せてあげられないのは、残念です。そう、恋するほどの好きが、私には分からない。

 殆どが、好きなのですが。

 

「わん!」

 

 太陽に向かって五郎ちゃんが吠え、そして、三越君を引っ張っていきます。別れを感じた私は微笑んで、言いました。

 

「ふふ。三越君に、五郎ちゃん。さようなら」

「わんわん!」

「さようなら、はちょっと違うな。それじゃあ、またね」

「はい!」

 

 振り向いた三越君のその顔に笑顔が見えて、私も安心です。そして、走り出す彼ら。見送りながら、私の口は零します。

 

 

「彼に笑顔が戻って、良かったです」

 

 

 言ってから、私は首を傾げました。はて、どうして私はこんなことを。別段、今日の彼は不幸そうな様子ではなかったのですが。

 

「うーん。何でしょう? 天気も、よく分かりませんね」

 

 ふと見ると、また、空には雲がひしめいていました。見るところなく、だから私は地を見て、汚いもの探しに戻ります。

 そして、また過ぎる考え。それを、私は呑み込みます。しかし、漏れて表層にそれは現れる。

 

 

 

 ああ本当に、これが正しいのでしょうか。

 

 

 



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番外話① 救いへの優しさ

 試作三人称。
 恋愛ヒーローも、幸せな方ばかりではないと思うのです。


 

 

 彼は、ヒーローを救ってくれる人なんて、誰も居ないと考えていた。

 でもずっと、助けて欲しいと思っていたのかもしれない。

 

 

 

 軋む。笑顔が固まり、歪んで取れない。心は変化しているというのに。だから、軋むのだろう。三越栄大は、己が限界に近いことに気付いていた。

 それは、高校に入学して少し経った時。彼女と彼女と彼女と彼女。沢山の恋情を集め過ぎてしまったそんな頃。

 栄大は、そろそろ重荷を持ちきれなくなっていることを悟り始めた。

 

「はぁ。やばいな」

 

 好きな相手と一緒にいるのは、楽しいばかりではない。栄大はそれを、最近知った。

 だから、こうして離れた場所で、独りになっているのだろう。自分に恋する彼女らが決してこないであろう場所、安さが売りでその他はなおざりな牛丼チェーン店にて、頼んだ丼に手を付けることすらなく、栄大はため息をつく。

 これが、一時の逃げであるというのは分かっている。携帯電話はずっと、ぶるぶる煩い。けれどもそれを切って、拒絶することが出来ないのが、自分の中途半端さなのだろうな、と栄大は思う。

 

「俺だって自分のやったことくらい分かってるけどさ……どうして揃いも揃って視野が狭いんだろうな。恋愛と恩返しは違うってのに」

 

 栄大は、そう独りごちる。恋は盲目らしい。だが、彼女らがこちらに向けてくるものは、恋とすら違うと思うのだ。

 

「まるで、亡者の手だ」

 

 それは、もっともっと助けて欲しいと、伸ばされた手のひら。掴まってしまったら、きっと一生面倒を看なければいけなくなってしまう。

 まだまだやりたいことがあるというのに、そんなのは、嫌だった。

 

「俺だって、恋、したいんだよ」

 

 栄大は苦しげに吐く。しかしその笑顔は変わらなかった。

 

 

 

 栄大は、自分の能力が高いことを知っている。それは容姿にテストの点や、かけっこの順位のようにわかり易く示されるものだけではなかった。

 果たして察しが良いと、何度言われたことだろう。人の弱い部分を見て取ること。栄大はそれが、抜群に得意であったのだった。

 

 問題を見つけて、それを解決する。すると、毎度のように褒めれた。最初は親のわざとらしいシグナルを受け取るばかりであったが、栄大は次第に他人の隠したものですら察していくようになる。

 助けることで都度、栄大は褒められ愛された。人助けは深く信頼を得ることが出来て、更には他者への優越感すら覚えられる、優れた方策。彼がはまり込んでしまうのも仕方のないことだったのかもしれない。

 

 しかし、だからそれは、端から綺麗なものではなかったのだ。愛されたいがための、人助け。栄大にとって、彼らの笑顔なんて、どうでも良かったのだった。

 これで、いい人、なんて笑ってしまう。あまりに簡単に得られたそんな称号に、栄大は笑みを隠せなかった程である。

 

 

 そんなだったから、その悩みの深さ、重さを測ることが出来なかったのだろう。やがて、栄大は失敗する。

 

 

 栄大は望み通りに中学時代、四人の少女らに愛されることとなる。しかし、それはあまりに深すぎていた。

 彼女らは校内でも有名な美少女。それぞれ、良くも悪くも人気があり、揃いも揃って、見目麗しさの中に、問題を隠していた。

 正直なところ、全員のそれらを解決するのが面倒なことは間違いない。しかし、栄大はその能力を駆使して、救ってしまったのである。

 

 

 彼は、七坂みほをいじめから守った。五反田雛の恋を正した。大一道子に負けさせてあげた。久慈蘭花(くじらんか)とは一緒に稀な友を喪った。

 

 

 アプローチに、欲望に満ちた意図がなかった訳がない。どれも、好んで関わりを持った相手。だが、どうしてだか途中で、深く繋がろうとは思えなくなった。憐憫や同情が、彼女らを保護対象と認めてしまったのだろうか。

 その証拠に、全員から恋慕を向けられたその時に、栄大が感じたのは、これでコレクションできたのだという、感慨ばかり。もう、後は野となれ山となれ、と思っていた。

 

「栄大!」

「……栄大」

「栄大っ」

「栄大君」

 

 しかし、恋する少女たちは栄大から離れてくれない。それは、背伸びして届かせた志望校においてすら、三名ばかりとの縁は続いてしまった。

 栄大は思う。早々に奪い合い喧嘩し、自分を見損なってくれれば良かったのだと。しかし思いの外、彼女らはナイーブである。そして、優しくもあった。だから、相手を恋敵と認めてしまう。

 そうして出来たのは、理解できないハーレム空間。そんな香り高すぎる女臭さの合間にて、しかし栄大は笑顔を作り続ける他になかった。

 

 だって、彼女らはあれだけ泣いて、壊れていたのだ。助けて救ってしまったが、それでも全てが全て完全に癒やされた訳ではない。急にトラウマが裂けて、中からとんでもないものが出てこないとも限らなかった。

 栄大は別に、カウンセラーではない。そう何度も綱渡りを続けて助けてあげることも、根治させる程に癒やしてみせることも出来ないのだ。

 だから、好意の嵐の中、蔑視すら受けつつも、ただ少女らを刺激しないように、笑むばかりである。

 

「栄大!」

「……栄大」

「栄大っ」

 

「あはは……」

 

 少年は人を救うということの重みを知らなかった。狭く苦しい、人の檻。緊張強いられる仮面の下にて栄大は、死にたい、とすら思う。

 

 

 

「はぁ……」

 

 楽しいからずっと、栄大は助ける側だった。そうして、彼女たちのヒーローになり、それを続けるはめになる。そのことが重みになって、何時か壊れてしまう前に自死を選ぼうとする彼は、とても青い。

 栄大は悪人にはなりたくなかったのだ。何しろ、そのやり方を知らなかったから。不明が、選択を狭める。そんなことは、このように往々にしてあるのだった。

 

 だから、それを彼女の明るさが吹き飛ばすようなこともまた、起きて然るべきなのだろう。無遠慮にもカウンター席、栄大の隣に座って、山田星は語りかけた。

 

「さっきから見てましたけれど、それ、冷めちゃいますよ?」

「はは。ぼーっとしていただけだよ。何、逆ナン?」

 

 栄大は再び笑顔を被り直す。そんな彼の防御行動を、星は知らない。故に、ただ彼女は茶化す言葉に驚いた。

 

「むむっ、ぼーっとしてただけ、ですか……あ、逆ナンって気はありませんでした。ちらともそんなことは考えていませんでしたねー」

「ふーん。だったら、何用かな? 聴きたいこと、あるんでしょ? 顔に書いてあるよ」

 

 笑顔の自分よりも尚大輪の花。まるで何も考えていないかのような無垢な表情に少し苛立ちを覚えながら、栄大は察して直ぐに用向きを聞く。せっかくの独り。早く、どこかに行って欲しかったのだ。そして、死に親しみたくて。

 だがしかし、果たしてそれは拙速だった。

 

「凄いです! よく分かりましたね。こんなツーカーさん、中々いませんよ。……では改めて。何か、悩み事でもあるのですか?」

「……はは。君には俺のこの楽しげな笑い顔が見えないのかな?」

「え。それ、笑顔ではないですよね」

「――――っ!」

 

 栄大は、心の用意もなく、突かれた図星に、どう反応していいか分からなくなってしまう。ただ、魔法のように、その笑みは解け、ただの気落ちした少年の顔が顕になった。

 

「そう、見えたかい?」

「何でかそう、思ってしまいました。どうしてでしょう?」

「俺に聞かれてもね……」

 

 顎に手を当て真剣に考える様子の星。暗がりから逃れた今改めて見て、その美貌に栄大はハッとする。そうして、頷きと共に彼好みの肉体が、ぴょんと跳ねてぶるんと揺れた。

 

「そうです! 私よりも笑顔が下手だったから、でした!」

 

 そうして、星はそんなことを言う。栄大には、この名も知らない少女が、より分からなくなった。

 星のひまわりのような笑みは変わらない。だが本当に、この少女は心から笑っているのだろうか、と疑問にすら思った。

 

 

 

「どうして、俺の悩みを聞きたいのかな」

「困っている人が居たら、訊いてみるのが情けというものです。解決できるかどうかなんて、八卦ですねー」

「そんなものかな。立ち入ったなら、絶対に救ってやろう、とか思わない?」

 

 それから、栄大が星と話し続けているのは、どうしてだかは分からない。ただ、いたずらに否定できる理由はないのだと、彼は思う。何しろ、今までで誰よりも自分を理解している人なのだろうから。

 だから、つい本音を言ってしまう。中途半端で褒めも愛されることすらない救いの手なんて、面白くないのではないかと思い込んみながら。

 

「え。私に人を救うなんて出来ませんよ。優しくしてあげるくらいが精々です」

「そう、かな」

「そうですよ。私に一人ひとりを助けて支えて、それを続ける覚悟なんてありません。優しく、隣り合うので一杯一杯ですもの」

「……ああ、そう、だったのか」

 

 実に申し訳なさそうに語る星の言葉に、栄大は理解を覚える。なるほど、この人は考えていたのだと。少女はちゃんと、利己ではなく、相手のことを見ていた。

 性急にも、成長の階段にリハビリの時間を無視してただ依存させ、それで救いを成したと思い込んでいた、自分。それが、あまりに情けない。

 思わず、栄大はうつむく。

 

「あ、あれどうかしました?」

「……そうだね。誰だって、分かったらやってたかもしれない。別に俺じゃなくても、良かったんだろうな」

「む? また良く分からないですね。でも、きっと、それは違いますよ?」

「そう、かな……」

 

 これまでずっと間違い続き。今まで見当違いの方に育んできた自信など、もうない。だから、少年は、自分よりもっと優れた誰かを夢想すらする。

 しかし、はっきりと、星はそんな逃げを否定した。

 

「後悔しても、もしもなんてないのです。変えられるのは、今だけです。間違うことを恐れては進めません。それに、誰も分からないことを見つけてやってのけた、あなたって、実はとっても凄いのですよ?」

 

 栄大の耳に届いたのは、ありきたりな、そんな言葉。しかし、どうしてだかそれに籠もった実感は、あまりに重いものだった。故に、しっくりと胸元にはまってしまう。

 だから、言うのだ。

 

「ああ、俺だって頑張ってたんだ」

 

 辛い今があるから過去を間違いと思っても、代わりなどない。故に、出来るのは否定ではなく認めること、それくらいだった。

 そして、過去を認めたからには、今を直視する他にない。そう、壊れそうな今を生きる。その覚悟を、決めないといけない。

 そうして、栄大は心に決める。間違っても良いと、もっと自分を誇れと彼女が言うのならば。

 

「これからも、頑張るか」

 

 辛いのだからもう、笑わない。でも、何時か自然に笑えるように。そう思いながら栄大は星の方を見た。

 

「はい。頑張って下さい!」

 

 すると、期待通りに満面の笑みで、彼女はこちらを見ている。思わず照れた少年は、少女から顔を逸してしまった。

 

 

 

 丼に手をつけ始めた少年の隣で、少女は湯気の立つ牛丼を掻き込み始める。

 よく喉をつかえさせないものだな、と半ば呆れながら彼は彼女を見守った。

 

「もぐもぐ。うまうまですねー。更にキン肉と言えば、牛丼なのです! あのムキムキに筋肉膨張の願いを込めるのですよー。あ、でも多分、あなたには分からないでしょうねえ」

「うん。よく分からないな」

「ふふふー。謎が女の子を魅力的にするのです。私ったら、ミステリアスレディですねー」

「はは。そんなのごはんを口元に付けて、形容するものではないと思うけれどね」

「わわ、恥ずかしいですー!」

 

 確かに今は暗いのだろう。ただ、前に進み続けていれば、もしかしたら明るい明日があるのかもしれない。

 

 隣の笑顔の優しさに、少年はそう思えた。

 

 

 

 この日、仄かに点いた恋の炎。それは、何時か栄大の心の中で消えない大火となって、やがて綺麗な花のように燃え盛るのだろう。

 そして、まるであの日のひまわりのように優しく、彼の胸は痛むのだ。

 

 



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第八話 水浸しになってしまいました!

 

 

 それは、帰宅し、ゴミをあまり拾えなかったとはいえ、汗はかいたろうとおばーちゃんにシャワーを浴びさせられて、ほかほかになった私が自室の椅子に座った時。

 スマートフォンが少しぷるぷるしました。何だろうと思ったら、そこには奏台からのメッセージが一つ。私は、それを口に出してみます。

 

「困ったから来い、ですか……」

 

 どうかしたのですかね。困りごとの解決に警察などの専門家ではなく私を選んだ辺り、きっとそれほど危急な用事ではないのでしょう。だがしかし、困難の手助けを求められて、それに応えないような私ではありません。

 出来るかどうか判りませんが、行ってみるとしますか。適当に、携帯電話だけ持って出ていきましょう。このまま薄着でも構いませんかね。

 そう考えて準備をしていると、血相を変えて現れたおばーちゃんに、止められました。

 

「ほら。全く、困った孫だ。下着くらい付けていくんだよ!」

「あ、そういえばノーブラでした」

 

 通りで何となくぷるんぷるんしていたわけです。でも怪力のために、私は多少の胸の重みくらい、気にならないのですよね。前世では十倍以上の重さの背嚢を背負って行動したこともありますし。

 まあ、流石に何となく恥を知ってはいる私は、灰色のでっかい下着を受け取り玄関前で着込みます。おばーちゃんは呆れていますが、別にこのくらいのものぐさは良いですよね。誰が見ている訳でもありませんし。

 

「こんなアホな娘に嫁の行き所あるのかねえ……市川の子供でも、貰ってくれればねえ……」

「ん、奏台のことですか? これから私、彼の所に行くつもりなのですよー」

「そうかい。あんまり粗相をするんじゃないよ?」

「はい。一緒に困難を乗り越える手助けをして、ついでにお昼ご飯を頂いてきます!」

「ついでで人様の食卓に上がるんじゃないよ! それに昼食をこっちで摂らないなら、ちゃんと先に家に連絡するんだよ! 全く。本当に大丈夫かねえ……」

 

 私のスカスカな行動に怒るおばーちゃん。中々細かい人なのですね。でも、あんまり血圧を上げさせてしまうのもことですから、私も気をつけなければいけません。

 それに、明らかに私のことを思って叱ってくれている、おばーちゃんのことは大好きですから。なるべく長生きして不自由なく暮らして欲しいものですよ。だから、私は安心してもらうために、言います。

 

 

「大丈夫です。私はずっと、この家でおばーちゃんの面倒を見るつもりですから!」

 

 

 けれども、おばーちゃんは頭を抱えてしまいました。どうしてでしょうね。

 

 

 

 薄い雲に隙間が沢山できて、その中を飛行機雲が走る、そんな青空を一度見上げてから、私は市川家のチャイムを押しました。

 待つことしばし。出てきたのは、奏台のお母さんでした。私に向かって、よく似合う笑顔を向けてくれます。

 

「おはよう、星ちゃん。よく来てくれたわね」

「おはようございます。どうも奏台にお呼ばれしましたので、失礼しますね」

「奏台、最近どうもやんちゃねえ。若くて羨ましいわー」

「ですか」

 

 奏台のお母さんは、確かにそう若くはないのです。晩婚で、故に授かった奏台を最初はとても愛していたそうなのですね。しかし、異常に感情は次第に冷えて恐れるようにすらなってしまった。人には色々とあるものです。

 よく見ると、奏台のお母さんの後ろでまとめられた長髪に、白いものが目立ち始めていますね。確かに、積み重ねて変わっているのでしょう。

 老い。しかしそれが私には羨ましくも思えます。

 

「やあね。こういう時は、お母さんも若いですって言うものよ?」

「気が利きませんでしたね。でも、どうも、私には歳を重ねるのも素晴らしいことと思ってしまうのです」

「若いのにそう思うなんて、変わってるわねー。いや、若いからかしら?」

「かもしれません」

 

 私は、未だ若い。若さを二回も重ねました。それはきっと素晴らしいことなのでしょう。けれども、本来ならば世代近い筈である奏台のお母さんの前で幼さを晒していることは、何だか恥ずかしくも思えてしまうのです。

 まあ、そんなのはただの迷いですね。いけません。

 

「それで、あの。奏台が何か困っているそうなのですが、何かあったのですか?」

「何だか家に、女の子の先輩が押しかけてきたのよね。そのせいじゃないかしら」

「ええと、お名前か容姿をお聞きしてもよろしいですか?」

「勿論。確か、大神って言ってたわね。ひょっとしたら、あの金持ちの家の子かしら。でも、ちっちゃかったわ。まるで小学生みたいだったわね」

「大神先輩……まだ、諦めていなかったのですね」

 

 どうやら、奏台を困らしているのは、大神先輩だったようです。休みの日にわざわざ下級生の男子の家を探してアポなし突撃なんて、やるものですね。やはり中々の粘着質だったようです。

 そんなに、闇人が気になるものでしょうか。実態は可愛いだけのよわよわなのですが。奏台は隠そうとしていますが、適当にバラしても良い気がします。

 

「それでは、お邪魔しますー」

「ようこそ。あ、私これからお昼ご飯作るけれど、食べていく? ちなみに、オムライス」

「食べます! これは、お家にメッセージですねー」

「大神さんにも食べていくか訊いてくれると助かるわ」

「分かりました」

 

 そうして、私は綺麗な新居、去年移ったばかりの市川家に入ります。

 まだ建って一年足らず。しかし、よく訪れる私は勝手を知っています。故に、迷いなく奏台の部屋に行くことができました。

 場所は二階を上がって直ぐ。私が貼った猫ちゃんの肉球のマークが目印です。

 

 しかし、前に着いたら、何だかどたどたしているのが分かりました。きっと、通じないでしょうがノックをして、そうしてから扉を開けます。

 すると、何だか良く分からない光景がその先に広がっていました。

 

 

「ぬぎぬぎー」

「だから止めろって!」

「……わあ」

 

 

 女の子に無闇に触れることの出来ない無駄に紳士な奏台の前で、私服を脱ぎ脱ぎする、ちっちゃな子。明らかに、大神先輩ですね。

 因みにそこから出てくる眩しい肌を、青い水着が覆っています。あ、でもあんまり隠せていませんね。結構際どいビキニでした。

 いやなんでしょうね、これ。奏台を悩殺しようとしているにしても、雰囲気がおかしいです。頭を抱える奏台を尻目に大神先輩は、私の方を見て、ウィンクをしました。私は、言います。

 

「色々と聞きたいことがありますが……とりあえず、どうして水着なのですか?」

「えー。奏台のエッチ、とか言わないの?」

「いや、信頼していますし。それに、奏台が薄着の女の子と肌を寄せていることなんかより、先輩のビキニ姿の方に目が点ですよ」

「ちぇ。嫉妬しないなんて、つまんないのー」

 

 いや、先輩が面白すぎるだけですよ、と私は言いませんでした。何となく、更に面倒なことになりそうでしたので。

 どうにも、奏台は大神先輩に困らせられている様子。私は、注意します。

 

「もう、駄目ですよ。女の子がいたずらに肌を見せたら。というか、どうしてそんな流れになったのですか。奏台、困ってますよ?」

「本当に、な。コイツ、騒ぐわ脱ぐわ、どうしようもねえ……」

「ふっふー。私が水着になったのには、ちゃんと意味があるんだよね。せっかくだから、山田さんにも披露してあげるよ!」

 

 ぽいっと、ブーメランのようにスカートをテンションに任せ、部屋の端まで投げ捨てて、大神先輩は言いました。あ、すぽーんとベッドの隙間に入ってしまいましたね。あれは片付けに困りそうです。

 それを、奏台は白い目で見つめていました。でも、私のせいか、女の子に強く出ることが出来ない奏台。何だか、ちょっと可哀想です。

 そんなことを知ってか知らでか、大神先輩は奏台の好みには足りていない胸を逸して、意外なことを言いました。

 

「あの生命線の長さ、市川君も、能力者だね!」

「はぁ? 意味不明な基準なんだが……つうか、も?」

「ふっふー。見て見てー。私も、生命線長いんだー」

「いや、そっちじゃねえよ」

 

 思わず、奏台は突っ込みます。いや、大神先輩の生命線も、確かにびっくりすほど長いですが。私のがやけに短い分、余計に驚いてしまいますね。

 まあ、奏台の言うとおりにそんなことは問題ではないです。

 能力者。奏台がそうであることを見抜いて、更にまるで自分もそうであるかのような口ぶり。大神先輩の意外な鋭さに驚きながら、私は問います。

 

「大神先輩、何か能力を持っているんですか?」

「うん。私はねー……」

「わっ」

「水を操れるんだっ!」

 

 問に応じてくれた大神先輩の答えは明快。自分の周囲に流水を顕すことでその異能力を教えてくれました。

 水の流れは大神先輩の私物なのでしょうか、小さな水筒から出て、そして彼女の周囲の宙を巡ります。

 キラキラと、光を返しながらその水は形を変えて、龍に、そして途切れ途切れになってからはうさぎに亀に、ネズミにと形を変えていきました。

 そして、あまりのことに声も出せない観客二人の前で一度集い、大神先輩の前にて広がります。そうしてから、先輩はそれに乗っかりました。身体を濡らしながらも水に乗って宙に浮きながら、彼女はきゃっきゃと笑います。

 

「二人共、びっくりしてるー」

「……異能者か、珍しいな」

「驚きました! でもなるほど。これが見せかったから、水着なのですね」

「水着なら、この水の空飛ぶじゅうたんを披露できるし…それに、もし失敗した時に、着ていた服がびしょ濡れになっちゃったりしたら困るからね!」

 

 大神先輩は、曰く水の空飛ぶじゅうたんの上でばちゃばちゃしました。しかし、しぶいたそれすら、彼女の思いのまま。床や物に落ちる前に、じゅうたんの元へと再生するかのように集っていきます。

 なるほど、これは面白い能力ですね。私はただ頷いていましたが、奏台は先輩の台詞の一つの部分を取って言いました。

 

「失敗する可能性、あったのかよ……」

「そうそう。私、司れる程の能力者じゃないし……たとえば、この水じゅうたんをこんな風に複雑な動きをさせたりしたら……あ」

「あ、じゃねえよ! ……うわっ!」

「わぷっ」

 

 どうして、大神先輩は手本を見せようとしたのでしょう。自由に動かしすぎた水は、複雑に形を変えたかと思うと、爆散しました。

 辺りに飛び散る、水筒ひとつ分の水。それが、機械にかからなかったのは、幸運だったのでしょう。だがしかし、それは大いに私を濡らします。

 ただでさえ、薄着。それが濡れて、肌に張り付いてしまいました。ちょっと、気持ち悪いですね。

 

「ごめんねー」

「ごめんじゃねえよ! PCは大丈夫。携帯も平気か。星。お前の携帯は……」

「大丈夫でしたよ。奏台?」

「ぶっ」

「わ、すっごい鼻血です!」

 

 心配のために、私を見た奏台。すると、彼は鼻血を噴出してしまいます。どうしてでしょう。

 そういえば、奏台は私のことが好きなのでしたね。よく分かりませんが、そうだとしたら、ちょっとの肌色ですら刺激が強すぎたのでしょうか。あ、今の私、ブラジャー透けていますね。これはひょっとしたら、エロく見えるのでしょうか。

 

「いや、隠せよお前……くっ」

「あ、逃げ出しちゃいました」

「私の水着で反応しなかったのにー。やっぱりおっぱいはずるい!」

「そんなこと、言われましても……」

 

 扉の先へと消えた奏台。そして、キーキー騒ぐ大神先輩。さて、どう収集をつければ良いのでしょうか。

 今度は、私が困ってしまいました。

 

 

 

「美味しかったー! おばちゃん、ありがとうね!」

「気をつけて帰ってね」

「うん! さよならー」

 

 その後、差し入れられたバスタオルにて色々と拭いて、そして私は着替えて、なんとか事なきを得ます。そうして、ぐだぐだになった雰囲気の中、やってきた奏台のお母さんによって、皆は食卓に招かれました。

 とろとろオムライス、美味しかったです。

 元々子供好きな、奏台のお母さん。そして、大神先輩は、面倒ですが、素直で愛らしい方です。二人共、すっかり仲良くなりましたね。奏台のお父さんが用事で居なくて市川家が全員揃わなかったのが、何だか残念です。

 そして、暴露したばかりでその目的も良く分からない内に、お腹いっぱいになって満足した大神先輩は帰っていきます。今度は、私達に向かって手を振りました。

 

「市川君も山田さんも、さよならー!」

「さようなら、先輩」

「……もう来んなよ」

「また遊びに来るねー」

「ホントコイツ、人の話、聞かねえな!」

 

 大神先輩はひらりと自転車に乗っかってから、笑顔で去っていきます。延々と、手を振っていますね。ちょっと、危ないです。

 怒れる奏台も、その様を見て、毒気を抜かれたのか次第に気を抜き、溜め息を吐きました。

 

「はぁ。ホント、面倒な奴だなあ……」

「でも、大神先輩が能力者とは、びっくりしましたね!」

「あんまりアイツに、気を許しすぎんなよ」

「どうして、ですか?」

「良く、分からないからだ」

 

 しかし、そうそう疑念は拭えなかったようです。良く分からない。それは、何となく私も思います。

 どうして、先輩は校庭の端に居た私達に注目したのでしょうか。能力持ちの視点で、闇人はどう見えていたのでしょうね。そして、ここまで奏台に執着する理由は。更には、隠していただろう能力を今何故見せたのでしょうか。

 大神先輩の性格に茶化されてはいますが、私でもそんな幾多の不明が垣間見えてしまいます。確かにそのまま呑み込み、信用するのは難しい相手なのかもしれません。もしかしたら、が考えられなくもありません。

 

「これから、分かっていきましょう」

 

 けれども、私はそう言いました。

 

 私は、人を信じたい。そのためには、別に裏切られたところで、構いません。

 

「そう、だな」

 

 奏台も、窮屈に頷いてくれました。

 

 



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第九話 お化け集会に出ました!

 

 

 お化け友な後輩、丸井力君と、その自称守護霊の罰さん。随分仲良くさせて頂いていますが、しかし彼らと仲良くなったのは、比較的最近のことだったりします。

 きっかけは、入学式後、部活案内のビラ配りに圧されていた丸井君をちらと見て、その隣の罰さんを発見した際のことでした。

 私は、罰さんの着物が負っているズタズタ斬り傷、即ち肌が見える数多のスリットを目撃し、その豊満と合わせて、なんとエロいのでしょう、と大声を出して称賛してしまったのですね。

 ええ、途端に丸井君達にガン見されましたとも。いや、それどころか私の唐突な発言によってその場の殆どの人の視線が集まってしまいましたね。恥ずかしくなって、私が逃げたのは仕方がないことでしょう。

 

 しかし、追いかけられ、私は彼らに早々に見つけられました。走って紛れたのに見つかったのは、何か丸井君がフーチ? とかいう道具を霊的な手段で強化したものを使ったからみたいです。何だかズルいですよね。追っかけっこには自信があったのですが。

 まず、丸井君から、問われます。罰が見えているの、と。それに私は頷きました。幽霊が見えるのは本当ですからね。罰さんみたいに、高密度でちっとも幽々としていないまるで人間みたいな霊は初めて見ましたが。

 そうすると、罰さんからは、霊力が欠片も見当たらないのに、どうして私が分かったのだ、と訊かれました。確かそれにも、私は正直に答えましたね。一緒だからですよ、と。

 彼らは目を丸くしました。それもそうでしょうね。まさか、この世に未練を残してへばりついた残滓と等しい人間が居るなんて、考えたこともないでしょうし。

 

 そこから知り合い、存外仲良くなって、それから私は幽霊を救う、丸井君の活動に参加するようになりました。

 丸井君は川園高校に入るために、四月から一人暮らし、いや憑いているので二人ですかね。まあ先ごろから罰さんとアパートで過ごし始めていたようなのです。

 土地勘のない彼らの行脚に付き合ったり、何かマニアックなボードゲームを一緒したりして、一時はアパートに夜な夜な入り浸りましたね。

 

 あんまり長居するのでおかーさんおとーさんに怒られました。せめて、迷惑かけている相手の名前くらいは教えなさい、とのことでしたが、丸井君に請われたので秘密なのです。

 そうして黙っていたら、おねーちゃんが、大丈夫、また男の子をたぶらかしているだけだから、と言葉を挟みました。それであわや喧嘩の家族会議は終わりましたが、何だかそれで納得されるのも微妙ですね。

 それに、おねーちゃんはどうして丸井君を知っていたのでしょうか。気をつけて隠していたつもりなのですが、謎です。

 

 

 

 まあ、そんなこんなで、今日も半ば黙認の丸井君達との夜の出歩きをしてるのですね。

 現在、夜の十二時。中々の夜更かしですね。でも、丸井君と罰さんは、凛としています。可愛い顔立ちの少年が澄ましている様子も、なかなか良いものですね。

 それにしても、睡眠時間が短くても平気な体質の私はともかく、丸井君は何時眠っているのでしょうか。これも気になりますね。

 何時もは、悪そうな幽霊を丸井君がフーチで探し回るのに付き合うのが常です。しかし今回は明確な目的地があるのですね。

 それは、藪の中の汚い廃屋。土地持ちのお婆さんに許可を貰って、今日もそこに入るのですよ。あの、廃屋は、私みたいなもののたまり場です。

 そして、今日は特別な日でした。満月キラキラ、いい天気です。

 

「おばけ、おばけー♪」

『上機嫌だな』

「何しろ久しぶりの、お化け集会ですからね。丸井君に罰さんという知り合いも増えて、連れて行くのが楽しみです!」

「人間の僕が行っても、良いのですかね?」

「勿論ですよ、なにせ、主催は歴とした人間の私ですし!」

「僕、時々山田さんが人間と思えない時がありますけれど……」

『私は常々そう思っているぞ』

「酷いです! まあ、私は確かにヒトモドキですけど!」

「あはは……」

『自虐なのか本当のことを言っているだけなのか、判別がつかんな……』

「ばけばけー♪」

 

 本当に、楽しみですね。私には、お化け系のお友達が結構居るのです。

 大概が拳で分かりあった仲ですが、どうにも幽霊よりも都市伝説系の妖怪に偏っているような気がしますね。

 まあ、幽霊は幽かで怨に偏り過ぎてお話がしにくいというところもあります。古からの妖怪さんはレアですし、何だか偏屈な上に強くて中々私一人では勝てないという現実が。

 でも、何時か仲良くなりたいので、丸井君と罰さんに、助力を頼んでみるのもいいかもしれません。天狗さんに狸さん、首を洗って待っていて下さいね。

 あれ、そういえば何だか戦って勝つことが目的となっています。血気盛んなところが出てしまいました。反省です。

 

 にこにこしながらそんなことを考えている内に、目的地が随分と近くなりました。

 冬場は大分大人しくなるのですが、誰も手入れをしないために、草ぼーぼーです。まあ、頻繁に行ったとしてもここに集まるのは月いちですからね。

 それに、こんなもので痛むのは私くらいでしたから。もっとも、今は丸井君も居ます。ですので、注意をしておきましょうか。

 

「これから、藪を突っ切ります。気をつけてくださいねー」

「長袖長ズボンで来て、っていうのはこういう訳だったのですか……」

『私には何の問題もないが、これでは目的の場所とやらに居心地は期待できそうにないな』

「菊さんは、住めば都と言っていましたよ?」

『それは、これだけ界を歪めて恨みの場としていればなあ……』

「うっ……」

 

 一歩、敷地内に入ったその時に、丸井君は顔を歪めました。私には、何やら辺りが恨みの感情で暗いなあ、といった程度ですが、霊力持ちでしかない一般人の彼には、結構な霊である菊さんの地は辛いのかもしれません。

 私は、丸井君に声をかけます。

 

「大丈夫ですか?」

「……糸で、払いました。これなら、指に糸を結んでいる間は大丈夫です」

「無理そうになったら、言って下さいね?」

「こんなところに、山田さんを一人には出来ませんよ……」

『まあ、ヒトの居るべきところでは、ないな』

「そうでしょうか?」

 

 丸井君は、白い糸を宙に廻した後、それを指に巻き付け、安堵します。彼は、霊力を通した糸を自在に使って、結界を操るのですね。それを使えば、先に行った百々目鬼っぽい何だか良く分からない幽霊の昇華も楽々でした。

 今までそれは幽霊退治にしか使っていなかったのですが、緊急に使用するなんて、それほど菊さんは霊的な強さがあったのでしょうか。話、結構通じるのですがね。

 この土地の持ち主であるお婆さん、戸口りささんも近くに住んでいるので平気なものかと思っていました。そういえば、幽霊は怖ろしいものでしたね。反省です。

 そのまま私は丸井君の様子を見ながら進み、そうして崩れかけの門戸を叩きました。

 

「まあ、ちょっと顔を合わせるくらいはしましょうか。では、失礼しまーす。こんばんは!」

『こんばんは、星ちゃん』

「星!」

「いらっしゃい」

「あれれー。三人しかいませんね。……それになんと、ニホンカワウソのすぐらちゃんもいないではありませんか!」

 

 ボロボロの中に居たのは、幽霊の菊さんに、高名な花子さんこと花子ちゃん。そして、私の宿命のライバル、口裂け女の三井さんです。いや、皆笑顔で出迎えてくれて、嬉しいですが、しかしどうにも何時もと比べて数が足りない。

 それに、可愛い可愛いすぐらちゃんがいません。ああ、私の癒やし枠が。仕方ないので、もう一人の癒やしてくれる存在をナデナデです。

 

「あの、どうして僕を撫でるんですか?」

「すぐらちゃんの代わりです!」

『この女、私の力を畜獣代わりにしているな……』

 

 ツヤツヤの髪を撫でていると、ほっこりしますね。それを微妙な恨み目で見つめてくる罰さんがその場に登場したその時、異口同音に近い評がなされ出しました。

 驚きにおかっぱ頭を弾ませた花子ちゃんから、その口火を切ります。

 

「エロい!」

「エロいわ」

『痴女?』

『……なるほど確かに、星の仲間のようだな』

 

 罰さんは、その表情を、怒りに歪めました。何時もクールなので、珍しいです。

 いや、でも仕方ないと思うのですよ。だって、肌を見せつけ過ぎですし、その出たところが出っ張りすぎている。局部を隠していればいいってものではないと思うのですよ。

 前にそれとなく注意したら、これは変えられないとの返答が。なんだか、可哀想ですね。

 

『星、貴様私を哀れんでいるな?』

「だって、罰さん、その無残服ばかりしか着れないというのは、残念でして……」

『無残というな! ふん、私は恥ずかしくないから良いのだ』

「……僕はちょっと、恥ずかしいけれどね」

『力!』

 

 丸井君からの、衝撃のカミングアウト。罰さんもびっくり、ちょっと涙目になってしまいました。

 これはいけない。このままでは、長年の仲に亀裂が走ってしまいそうです。話の方向転換をしましょう。

 

「それにしても、本当は何時もあと三人は居るのですが……ターボなお婆ちゃんは、また腰を痛めたのだとしても、すぐらちゃんに高子さん、そして赤マントはどこに行ったのでしょう?」

「よっと。みんな気ままだからねー。まあ、すぐらが居ないのは、間違いなくその子のせいかな」

「相変わらず、遠慮ない抱きつきっぷりですねー、花子ちゃん。それで、その子とは、誰ですか? 丸井君?」

「そんなの、そこの痴女さんに決まっているじゃない」

『罰、さんでいいのかしら。彼女ちょっと、力が強すぎて、アヤカシ半分な動物くらいじゃ、それはもう逃げちゃうよ。私の土地も、立ち入られただけでズタズタよ? 後で直すのが大変そう』

「はぁ。罰さん、そんなに強いのですかー」

 

 私はスキンシップを取ってくる花子ちゃんを抱きしめ返しながら、三井さんと菊さんの話に多少驚きを感じながらも、また納得を覚えもします。

 幽霊が、実体に近くなればなるほど強力になるのであれば、もはや罰さんの存在密度は究極に近い。どれほどの未練が形を作っているのか。

 内実が気にならない、といえば嘘になります。しかし、教えてはくれないでしょうね。それに、罰さんは、鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまいました。

 仕方なしに、手近の花子ちゃんに聞きたいことを訊いてみます。

 

「最近、どうですか?」

「お友達、増えたから寂しくないよ。赤マントがちょっとウザいなあ」

「あいつ、ストーカーを越えた粘着さんですからね。あいつがまた何かやらかしたら、言うのですよ?」

 

 怪人赤マント。本名も正体もどうでもよく思えてしまうくらいの悪人ですが、まあ、花子ちゃんに迷惑をかけることかけること。昔のことですが、あの時私が止めなければ、花子ちゃん、追い詰められて何をやっていたか分かりません。

 酷いやつですよ、本当に。

 それにしても、花子ちゃんって、トイレの芳香剤の匂いがするのですよね。なんだか、抱きしめ続けていると、おトイレに行きたくなってしまいます。

 ぶるりと尿意を断ち切ってから、私は宣言しました。

 

「また、あいつをシメてやりますから!」 

『赤マントに対して、強気に出れる人間って、星ちゃんくらいだよね。あ、その子も意外といけるかな?』

「はぁ……」

『力は私の秘蔵っ子だからな。それはそこらへんの怪人なんか目ではないだろう』

「アレを私らと同じ怪人として欲しくはないんだけれどねー」

「あれは確かにやばいです!」

 

 三井さんが言ったことに、私は同意します。色々と霊や何やら見てきたのですが、赤マントは特別にグロいのですよね。

 害悪さもとんでもありませんし、出来るならば丸井君に退治して欲しかったところです。

 まあ、同族嫌悪というのもあるでしょうか。アイツも私も、命にしがみついているから、見苦しい。三井さんが隠している口元なんかより、よっぽど醜いのです。

 

『やばいと言えば、ここから中々帰ろうとしなかった星を連れ戻しに来たお姉さんもやばかったわね』

「赤マント、姿を見るなり逃げたものね。お姉さんの方は、隠れた私達を見ることが出来なかったみたいだけれど……」

「私もなんでか、勝てる気はしなかったわ。星だって餌食に見えるのに……」

「ふふー。おねーちゃんは最強ですから!」

『こいつ、姉も人間らしくないのか……』

「おねーちゃんはすっごいだけの、人間ですよ?」

「一度、会ってみたいですね。……美人のモデルさんらしいですし」

『力も、余計な色欲がなければなあ……』

 

 何だか、おねーちゃんの話になって、嬉しいですね。私は鼻高々です。

 おねーちゃんは、自分を【どこにでも居る女の子】と自称していますが、絶対に違うと思うのですよ。きっと何やら特別なのです。それが何かは分からないのですがね。

 なんだか本人も乗り気のようですし、丸井君とおねーちゃん、何時か会わせてみたいです。多分、癒やしパワーが大変なことになるのですよ。そこに、すぐらちゃんが居合わせたら、とんでもないですね。

 

『あ、すぐらが通ったわ』

「え、菊さん、どこですか?」

「おっきな穴の先ー」

「こっちですね、えいっ!」

「星、ジャージが脱げて、パンツ見えてるわよ!」

「うー、穴の端に引っかかっちゃいました。それに、このジャージ緩いですー」

「白、か……」

『力……』

 

 そんなことを考えていると、すぐらちゃんの目撃情報が流れました。それに飛びつき、私はぼろ小屋の外へと通じる穴に突貫。

 その際に、ちょっと引っかかってパンツぺろんとなってしまいましたが、どうでも良いですね。純な丸井君は、気にしないでしょう。目を逸らしてくれたかもしれません。

 さて、すぐらちゃんの大捜索、開始です!

 

 

 そうして、バカな私はなんと丸井君を放置して、絶滅種探しに邁進。ホラースポットに後輩を置き忘れてしまったのに気付いたのは、十分は経ってからでした。

 罰さんという保護者が居たとはいえ、知らないお化けだらけでちょっと怖かったかな、と思い泥を落としながら帰ると、何故かその場に赤マントが増えています。

 酷いこれを見てはいけないと、私は丸井君を背中にかばいました。すると、アイツは笑顔のようになってから消えていきます。ぐちゃり、どぼんと。本当に気持ち悪い存在ですね。

 

 

「気をつけなヨ?」

 

 

 しかし、赤マントの最後の忠告の意味は、何だったのでしょうか。よく分かりませんね。

 まあ、そんなの何時もしていることと割り切りましょう。振り返り、苦笑いをしていた丸井君を笑顔で撫でてあげてから、彼女らと手をふりふり別れます。

 そうして私は何時も通りに、暗い暗い帰路につくのです。

 

 

 

 今日も私は、お化けに何一つも、怖さを覚えることもありませんでした。

 これは、間違っているのでしょうか。きっと何時かは、思い知るのでしょうね。

 

 

 でも、私は彼らにも優しくしていたいと、そう思ってしまうのですよ。

 

 

 



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番外話② 怪談への優しさ

 また三人称視点にチャレンジです。
 今回は、ホラーのような描写が多くなりました。


 

 

 アヤカシ。怪人。

 

 それは悪意から生まれ、悪意によって生きる。語られるべきは、人に対する有害さのみ。恐れ、嫌われ、やがて忘れられる、そんな存在だった。

 誕生してから幾年か。あまねく全てがそうであるように、彼らは同じく、無様に消えるべきだったのだろう。動物だろうが物語りだろうが、決まりきった最後があるのだから。

 

 しかし、彼らの怪談の途中に、ふらりと彼女は現れた。何だか一体全体を否定し始めたと思えば今度は触れ合い出し、次第に少女は恐るべき物語達の中に愉快さを引き込んでいく。

 そうして、彼らは一時悪意を忘れた。何よりも己を表すそれは、あの子の前では引け目にしかならなかったから。だからただ、バケモノ達はおっかなびっくり、女の子に触れるのだ。

 

 そう、存在に意義など要らない。トゲだらけの身体でヒトを傷つけるのは、もう嫌だった。

 

 

 だって、彼女の笑顔はきっと、暗闇の中で何よりも見たいものだったのだから。

 

 

 傷つけ恐れさせるだけが意味である怪異達に、光は差し込まれた。

 

 

 

 それは、星が居なくなってから、十分ばかりの隙間の会談。いや、怪談とすらなりえるものか。

 何しろ、おぞましいものがひしめいて、悪意をぶつけ合う、そんな不幸が当たり前のように発生したのだから。

 美しい少女が居なくなったこの場はもはや、異形の巣窟。入り混じった人間の少年ですら、心醜く歪ませていたのだから、それらは容れ物たる廃屋と同じく総じて壊れ薄汚れていた。

 唯一愛らしい容姿の少年、力は、星が不在になったために起こった沈黙を気にせずに、考えたことをそのまま口走る。

 

「それであなた達、山田さんをこの場から引き離させて、何がしたいんですか? 全く、嘘はいけませんよ」

『あら、バレバレだったみたいね』

「だって、すぐらさん、ですか? バケモノみたいにデカいカワウソなら、ずっと屋根の上に居るじゃないですか」

「みゃー」

 

 廃墟全体をみしりと揺らがせる程の身じろぎをして、鳴き声が一つ。

 来る時に暗中にて察した巨体に似合わぬその愛らしい声色に、力も少し気を削がれる。

 

「……鳴き声だけは、確かに可愛らしいですね。ちょっとした妖怪みたいな力を持っていそうですが」

『それでも霊力のない星では探知出来ないだろうが……お気に入りの獣を隠して場を外させる動線にまでするとは。それ程に、アレに訊かせたくない話でもあるのか?』

「まあねー。あの子は、グロテスクな話を嫌うから、仕方なしに、ね」

「それじゃあ、あえて一番に非力な私から前に出て話しましょうか」

 

 疑念に、花子と、口裂け女三井は頷きで返す。彼女らの血色が消え去った死体の肌と、マスク等では隠しきれない口の裂傷の醜さが、力に気持ち悪さを感じさせる。

 三井は皆を護るかのように力と罰の前に出ていく。そして、そろりと口元に手を当て、マスクを取った。べり、と生乾きの傷から肉が剥がれる音がする。

 

「はぁ……あまり言いたくないのだけれど」

 

 そうして現れたのは、誰にも分かりやすい口裂け女。女性の美を損ねる、傷のリアル。そのコンプレックスによって全てを嫌う筈の彼女は、しかし慮って、言う。

 

「お前ら、星を傷つけたら、殺すよ?」

 

 それは悪意ではなく、強い怒気。しかし、烈火のごとくに溢れ出るそれは、罰の眉をひそめさせるほどのものだった。

 

 

 

『こら、みっちゃん。それだけじゃ分からないでしょ?』

「う、ごめんなさい」

 

 凸凹は、ここまで気持ち悪く、歪むものか。数多の殴打によって崩れきった死に際の顔をそのままに、菊は三井を叱る。ごぼりと、黒いものが口元で弾けた。

 年長の、更に力が上である彼女の言葉に、口裂け女は首を竦める。それを見て、満足そうにした菊は、向けて言う。

 

『私達、分かってるのよ。あなた達が嘘をついて星ちゃんを利用しているってこと』

「嘘はいけないって、どの口で言ってるんだろ、って思ったよ」

「お前たちは、嘘で星に手伝わせて……悪意を昇華して純化した魂を本に仕舞ってから、後で隠れてその罰という幽霊に喰ませている」

『目的は、罰ちゃんの強化か神化? 星ちゃんに言ってた幽霊を救う、なんて嘘ばっかり』

『ち、この霊、魍魎使いだったか……』

 

 菊の周囲で闇がざわりと蠢いた。それは、無数の感情のうねりであり、悪しき存在の動きでもある。

 魑魅魍魎。それらは、闇に潜むもの。数多の闇に、似たようなものは存在し、故にいくら霊力を持ったものであっても、それが居ることを諦めて認める他にない。

 そして、菊は、この地の魍魎共を束ねる存在。彼女には、隠し事はむしろ筒抜けだったのである。

 

「はは。よく、調べたようですね。けれども、その推測は違う」

『力』

「罰、隠しても、無駄みたいだ。ある程度は明かしておこう」

『何かしら? 実は、人間になりたいの、とかいう可愛らしいものだったら有り難いのだけれど』

 

 菊はぐしゃりと、笑む。どろりとしたその笑顔を、果たして好むものなど居るのだろうか。恐らく、それはそこらでカワウソ探しに奔走している彼女だけ。

 その事実を知っているからこそ、菊は笑う。目の前の星を利用している邪悪に、なるだけ不快になって欲しいから。

 しかし、力も罰も、そんなのは見飽きたものだと、上から下に、腐れたヒトモドキを見る。そして、僅かに星を思ってから、言った。

 

 

『そんなことがあるものか。我々は、人間が大嫌いなのだから』

「僕も同じく。だから、この世を地獄にするのですよ」

 

 

 一人と、幽か。しかし、その心は一つ。怨怨と、この世に焔を、全てに無情な無常を。

 矮小な、二つでしかない存在が起こすのには、それはあまりに大げさなことである。だが、きっと可能なのだろう。霊力とは、あの世を実現する力。

 少年の力は悪鬼に勝り、霊の怨の濃さは飽和寸前。大したことを成すのに、或いはもう少しで足りてしまうのかもしれない。

 

「ひっ」

『あら……』

「……なるほど、ね」

 

 目の前で生きた昏い情を見て取った、アヤカシ共は目論見の近さを感じたようだ。彼らの瞳に地獄を見て取って、花子は稚児のように、震える。

 

 

 しかし、不特定多数に恨みを科す。それはそれは、在り来たり。

 いくら根が深かろうと、子供の癇癪に似たそれはあまりにおかしい。真面目に語る、少年と女の、下らなさが、あまりに愉快だった。

 

 

「くく、なんだ、その程度が狙いだったのカ」

 

 

 だから愚か、愚かと男は笑う。アヤカシとそれを餌食とするもの。交わらぬ空隙に、赤いマントがばさりと翻る。

 その時、廃屋に差し込んだ月光はスペクトルにも、赤青黄色に別れた。まるで、それのために交わり輝くことを嫌がったかのごとく、単色に世界は変わる。

 赤の世界、青の世界、黄色の世界。全てに照らされ境を無視しながら、赤マントの怪人は、哄笑した。何者かも分からない人の皮の奥で、にっこりと。老いたるものが、若々しくも。

 

「くくくく。若い、いいや、幼いナ」

 

 そして、怪人は最後に言の葉を滴らせた。ぼちゃりと、度を超した悪意の語尾に、不快が広がる。

 しかし、誰もが向ける蔑視の中で、赤マントは超然とそこにあった。嫌いを集めたマイナスの中で、それは逃げも隠れもしない。そんなどうしようもなさのからくりを、ほど近い存在である罰は理解し、言う。

 

『ヒトのまま、超えたか……度し難い』

 

 明らかに、距離が違う。尺度も異なる。逸脱者。悪意のような真っ当なものではない、狂気によって、それはある。

 理解できなければ、輪に交じることは不可能。正しく、怪人。アヤカシですらない、怪しまれるべき人。

 ただ、それを果たして少年は理解しているのだろうか。力はぷくりと、頬を膨らませて、言い張る。

 

「それだけ、不通の存在になったあなたなら、分かるんじゃないですか? 人間なんて、永劫の苦しみに堕ちてしまえばいいと思いません?」

「いいや、そうは思わないね。僕は、所詮、人間だかラ」

『なんの冗談だ』

 

 思わず飛び出た罰の言も、当然のこと。赤マントに向けられた人界の呪いは、何もない人間ですら察せてしまうくらいに数多。

 それほどの嫌われ者が、人の間に居られるものか。到底、あり得てはいけない。だが、それでも赤マントはまたばちゃりと言うのだ。

 

「だから、好きな人くらいは幸せでいて欲しいと思うのサ」

 

 そのためには、全ての幸せだって願ってみせよう。そう、怪人は続ける。

 

 それは真っ赤な嘘のような、本音。しかし、その思いは狂気すら許容する少女の手のひらの温もりによって間違いなく溶け出したのだ。

 温もりに、仮面の奥でそっと涙した。そして、彼はああ、このヒトだけは守らねばと誓う。そう、この世で一番人の血を浴びてきた存在は、それでも人を愛したかったのだった。

 

『貴様……』

「罰?」

 

 告白の後に、唐突に、鳴り響くはイエローシグナル。多感の黒が、渦を巻く。

 闇に一歩届かない、罰の心は燃え盛る。それは、同じものを持っていた筈の、力を置いてきぼりにして、尚、熱を持った。

 まるで怪談のように人を殺して否定続け、それで今更救われようなど、許せないもの。ヒトデナシが、人を愛するなんて、冗談ではない。

 

 

 彼女はそれが、なんて羨ましいのだと、怒ったのだ。

 

 

「自分のことが、恥ずかしくなったのかナ?」 

『私の瞋恚を、侮るな!』

「その程度、彼女に呑まれて終わりだろうネ」

『貴様!』

「罰……」

 

 だから、それは駄々。外側だけ育ち熟れた、幽かな子供は怒りを持って、打ち据えようとする。

 

 要はただの、ビンタ。しかし、それは確かに相手を否定するための暴力だった。

 

 その感情が理解できない力の前で、決定的な亀裂が両者の間に走ろうとしていた。

 

 

 

「すぐらちゃん、居なかったですー! ん、どうしました? あ、赤マントが居ます!」

「やア」

「相変わらず十八禁な見た目ですね! 丸井君は、私の後ろに隠れて!」

『っ!』

「は、はい……」

 

 しかし、人を選ぶことがない、ヒトデナシすらも選ばない、そんな山田星は空気を読むことだって勿論ない。

 知らず、罰と赤マントの合間に割って入り、そうして悪意の子供を助けにまわる。さほど大きくはない星の身体では隠しきれなかった力の両目が、愉悦で歪むのが、お化け集会仲間には見て取れた。

 星は、アヤカシ達の、愛の深さを知らない。更に後ろの少年等の想いが、あまりに淡すぎるということだって、判らなかった。

 

 それを理解し、けれどこれはあんまりだと思いながら、それでも健気にも赤マントは忠告するのだ。

 

「気をつけなヨ?」

 

 そして、星のお望み通りにヒトデナシは消える。

 赤マントは、成人男性の皮を脱ぎ、そして老人の瞳を捨て、少女の臓腑を零し、少年の脳みそを散らかした。例え様のない醜いものばかりが、真っ赤に飛散する。そして、終にはそれも溶け消え何もなくなった。

 しかし、そんなこの上なく醜い去り際ですら、星が気にすることではない。ただ軽く、その気持ち悪さを呑み込んで、周囲を気遣った。

 

「うーん。何言ってるのか、よく分かりませんね。皆は、何もされていませんでした?」

「ううん」

『平気よ』

「大丈夫」

「集会組はおっけーだったみたいですね。初めてでびっくりしたでしょう、お二人は?」

 

 星の視線は真っ先に、薄気味悪いアヤカシ達を真摯に見て取り、そうして微笑んでから振り返る。

 その笑顔のあまりの曇りのなさに、罰は呻くように言った。

 

『お前、凄いな……』

「私なんかより、おねーちゃんの方が、もっともーっと、凄いですよ?」

「そのお姉ちゃんとやら、何者なんですか……」

 

 清濁併せ呑む。見目ばかりとはいえそんな殆ど不可能ごとを平気でなしてしまう星は、自分の異常を知らない。

 人を見た目で判断しないのは、基本。別に、それを人間以外に当てはめてもいいだろう。そんな軽い考えで、星は積年のぼっちたちにだって優しくして、結果愛を集めてしまったのだ。

 その恐ろしさを、力等は初めて目にした。

 

『コイツ、一番ヤバくないか?』

「ああ。ヤバイな。ジッパーを降ろした分だけ谷間が見えてる。とんでもない質量だ」

『力……』

 

 そして、今度は相方の色ボケに、罰は孤独を覚える。その視線を追って見た先には、いやらしい笑みの力を撫でている、星の姿が。

 星は、先と変わらないまま近寄って、そうして罰の手をぎゅっと握った。呪わしすぎて、力ですら触れられないそれに、遠慮なく。

 

「罰さん、赤マントに一番近かったので、ちょっと心配です。大丈夫でした?」

『な、そんな。大丈夫だ』

「狼狽えてるわ」

「顔赤くしてるー」

『意外とちょろそうね』

『……貴様ら!』

 

 そして、星の揺れに注目する力を余所に、短気な罰は噴火寸前。

 このままでは、子供の喧嘩が勃発しかねない。

 慌てて、星は罰の手を取り、さようならをした。

 

「皆さん、ばいばいです。さようならー。罰さん、暴れないで下さいー!」

『ふんっ!』

 

 平等な愛など、反吐が出る。触ってもらっただけで気を良くするなんて、子供や初な男子でもなしに、単純すぎやしないか。

 しかし、今や彼女を見る目に、険が取れてしまっているような気がする。罰は考え、そう思った。

 

『やって、いられるか』

 

 繋がった、右手が熱い。

 罰は何かが僅か、埋められてしまったことを感じていた。

 

 



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第十話 お姫様抱っこをしました!

 

 

 世界は美しいです。いや、前世の自分の目線だとそうでもありませんでしたね。でも、私はそう思った者勝ちだと考え、美しいものと思うのですよ。

 そこに上下があるのは仕方ない。皆、違うものですからね。でも、大体全てが綺麗と思えば、触れるに難いことなどありません。

 結構、傷つけられることもありますが、意外と優しいものだって多かったりします。痛みを知れば大人になれますし、優しさを知ればより、優しく出来ますね。

 なんだ、得しかありませんよ、この考え。

 

 ただ、心からそう思うには、何といえば良いのでしょう、中々真似して欲しくない前提が必要でして。

 やっぱり、綺麗と思うには、醜いと思うものが必要なのです。価値観って相対的なものですからね。

 だからやっぱり、これは皆様に真似して欲しくない。輝く全ては絶対に、素晴らしいものですから。幾ら私と相容れなかろうとも、それは有るのだから、在っていい。

 そうですね。やり方としては、まず最低値に、自分を置くのです。そして、それだけですね。簡単ですが、ただ最悪に苦しいために、止めたほうがいいとは思います。

 自分が一等醜いのであれば、違う全ては美しい。それだけの、考え方なのです。気持ち悪く感じられるでしょうね。正直、この考え方は私もあんまり皆様に知って欲しくはなかったりします。

 

 ただ、おねーちゃんには知られてしまっていたりするのですよ。勿論、その時に否定されています。もう、かんかんでしたね。

 でも、私は曲げたくないのですよ。何しろ、この考え方抜きでは、全てを尊く思えない、偽物のいい人なのですから。

 あそこまで喧嘩したのは、初めてだったでしょうか。いや、口喧嘩だけでしたけれど。暴力は得意でも、向けたくないですし、きっと勝てないでしょうし。

 まあ、それでこっぴどくやられても、私は涙を零しながら、いやいやをして、認めませんでした。

 

 駄々っ子ですね。でも、そんなものでしょう。私はまだ、何も成れていない、子供より幼い存在なのですから。

 それでも、おねーちゃんは私を見捨てません。溜め息を吐いて、言いました。

 

「幾ら泣いても、私の勝ちです。全ては無理でも、戦利品貰っていきますよ。私は、貴女の依存の一部である、喋り方と一人称を頂きましょう。……これから私はボクになるよ。うん、こんな感じかな?」

 

 それは、無慈悲な宣告です。でも、おねーちゃんには逆らえません。

 ただ、私はぐすぐすしながらも、それを取られてしまったなら、どう自分を呼んでどんな言葉を使えばいいか、訊きました。

 すると、シニカルに笑んで、彼女は答えます。

 

「何、先程までのボクの喋り方、そして一人称を使えばいい。私、そして敬語。簡単だろう?」

 

 こうして、私は私になりました。それからずっと、ボクは取り上げられて、返してもらえないままです。

 まあ、良いのですけれどね。随分と慣れて、敬語使いも上達しましたし。むしろ、今更返却された方が、困ってしまいます。

 急なキャラ変を受け容れてくれた奏台だって、再度のキャラブレに、びっくりしてしまいますよ。

 

 それに、あの時怒られた私が、どんな風だったのか、そんなの忘れてしまいました。

 私は、そんなに不自然な子供だったのでしょうか。おねーちゃんに、後で訊いてみましょうかね。

 

 

 

「むー、です!」

「うーん。静先輩の妹さんは、何時もツレねえ、っすねー」

「ふふ。きっと、君のダサさが気に食わないんだろうさ」

「えっ、そこっすか? つーか、アロハはダサくないっすよ!」

 

 おねーちゃんの裾を引っ張りながら、私は頬を膨らませます。それは、目の前の男の人、乙山(おとやま)まくらさんによって二人の時間が奪われてしまったからでした。

 折角二人で遊びに来たのにと、また現れたおねーちゃんの同僚らしい彼に、私は言います。そういえば、この人何時もアロハですね。

 

「服装なんてどうでも良いのですよ。それ以前に、おねーちゃんに粘着している姿がダサいです!」

「た、偶々っすよ。偶々」

「うっかり、日曜の予定を口にしなければ良かったかな。まさか、まくら君がボクとの偶然の出会いを演出するために、川園のセレクトショップ巡りまでするとは思わなかった」

「そ、そんなことしてねーっすよ」

「慌て様で答えが分かるね」

「しまったっす!」

 

 山を張った台詞によって真実を当てられ、乙山さんは慌てて金髪かき乱します。何だか、情けない人ですね。前世の私風に言えば、チャラくて軟派といったところでしょうか。

 いや、私は別にこういう人が居ても良いとは思います。けれども、おねーちゃんの隣に相応しいかといえば、ノーですね。もっと癒し系な人が嬉しいのです。

 

「それにしても妹さんは似てるけど、似てねえ、っていうか……ま、可愛いっすけどね」

「おねーちゃんに取り入るための、お世辞は要りませんよ?」

「いや、お世辞じゃなくてさ……伝わんねえっすね」

「そういう子なんだよ」

「なるほど、静先輩と一緒で面倒系の……あ痛っ」

「正直なのも、程々にするのだね」

「面倒とか言われました……むー、ですねっ」

 

 あんまり、おにーちゃんと言いたくない存在であるところの乙山さんは、どうにも口が軽い。世辞に、揶揄が少しの間に二つも出てくるなんて。

 これは、ぷんぷんですね。おねーちゃんがこそりと入れた肘の痛みくらいで、誤魔化されてはやりません。

 いや、良いところに入ったみたいで結構痛そうですね。大丈夫でしょうか。

 あ、駄目です。怒らないと。

 

「ってて……妹さん、百面相っすね」

「そういうところも、可愛いだろう?」

「……まあ静先輩の次点、っすけど」

「本当に、君は正直だねえ……」

 

 あれ、何だか二人の距離が狭まっていますね。どうしてでしょう。

 これではいけません。出来る妹としては、早く二人の仲を裂かないと。でも、胸が痛むので正攻法が良さそうです。

 そうですね、真っ直ぐ正直に行きましょうか。私は二人の間に割り込んで、胸を張ります。あ、当たってしまいそうになってしまったので、ちょっと横にずれてから、言いました。

 

「おねーちゃんが欲しければ、私を倒していくのです!」

 

 決まりましたね。前世の私的に、これは完璧なのです。何しろ男の子は戦わねば勝ち残れないのですから。

 

「……妹さん、結構アレっすね」

「でも、可愛いだろう?」

「……静先輩も、結構妹バカっすね」

 

 しかし、おねーちゃんは私の横をすり抜け、仲良く二人で会話を始めます。むしろ、私の行動が二人の心を繋げてしまったかのような。

 どうしてでしょう。私は首を捻ります。

 

 

 

「ぐす」

 

 朝、私は老人ホームのお手伝いのボランティアで仲良くなった、益造(ますぞう)爺ちゃんの訃報にがっかりして、涙ぐんでいました。

 思い出します。益造爺ちゃんは、私がシーツ交換をした日には、大喜びで私の手を握りさすり、その都度ワーカーさんにエロジジイと叱られている、そんな元気な人でした。

 上がらない足が不便だと笑い、奥さんの趣味を継いだ折り紙が得意な方でもありましたね。そんな人がこの世にもう居ないなんて、悲しいです。

 益造爺ちゃんの性質を思えば、きっと幽霊になんてなることはないでしょう。割り切れる、方でした。

 

 しかし、私は割り切れません。こういう悲しい一報を聞いた毎度のようにぐすぐすしていると、そこにおねーちゃんが現れました。

 

「さあ、ショッピングだ。準備してくれないかい?」

「すん。分かりました……」

 

 有無を言わさぬ、その要請。しかし、私は文句もなしに、受け容れました。だって、おねーちゃんがこういう強引さを見せるのは、私がくよくよしている時に限っているのですから。

 おねーちゃんなりの元気づけだとは分かっています。それに、益造爺ちゃんが、私の悲しみを喜ぶような人ではないとも、分かってはいるのですよね。

 でも、悔しいのです。皆が、私のように来世を味わえるとは思いません。悲しくも、消えていってしまいます。キラキラ輝いた命の末が、それではあまりに勿体なくて。

 

「済んだか、よし、行こう」

「はい……」

 

 それでも、時間が悲しみをそそいで行くのはどうしようもないことです。のろりと、用意を済ませた私は、おねーちゃんのワゴンに乗り込みました。

 ちょっと車の中が、何時もの匂いと違いますね。僅かに、甘く香るような。私はおねーちゃんに訊いてみます。

 

「おねーちゃん。芳香剤、変えました?」

「気付いたか。なあに、毎日服を着替えるのと同じくらいとはいかなくても、偶には香りも変えないとね」

「……私の、ためですか」

「なあに。それがボクのためでもある」

 

 さらりと、おねーちゃんはそう言います。それは、とても嬉しいことですね。眦が、思わず緩んでしまうくらいに。

 でも、瞼に幾度も涙を零したゆえの腫れぼったさを覚えて、私は一度だけ、目を擦りました。

 

 

 

 で、気持ちを切り替えて挑んだショッピングの途中で、私は乙山さんに出会ったのですね。

 私そっちのけで、仲の良い様子の二人に、私はぐぬぬぬ、です。しかし、おねーちゃんと乙山さんは職場の先輩後輩の関係だそうですが、どうにもこの人モデルさんには見えませんね。

 アシスタント的な、アレでしょうか。ちょっと、訊いてみましょう。

 

「あの……」

「あ、ライバル山田さんだ!」

「乙山の兄ちゃんも居る。ひよこ、びっくり」

「七坂さんに五反田さんですか。おはよう……いや、こんにちはでしょうかね」

「おはこんにちは!」

「はー……」

「ん、俺を知ってるとは何奴っすか?」

 

 すると、その時に、買い物袋を両手にぶら下げてやって来たのは、市川君ファミリーの二人、七坂さんに五反田さん。重そうなので、差し支えなければ後でお手伝いしたいところですね。

 最近仲良くさせて頂いている二人に笑顔で挨拶をする私ですが、その横で何やら乙山さんが五反田さんの言を耳にしたのか、驚いた様子。

 そして、二人の目が合った時、両者に理解の色が走りました。

 

「なんだ、局長の娘さんっすかー。元気っすか?」

「ちょー元気だよ……ほら」

「すっげえへなってしてるじゃないっすか。相変わらず、ノー元気、っすね!」

「ひよこは……ダウナーさが売り」

 

 だるーんと気だるげな五反田さんと、へらへら陽気な乙山さん。そんな二人に繋がりがあるとはびっくりですね。

 というか、局長ということは五反田さんはおねーちゃんの上司さんの娘さんに当たるのでしょうか。奇遇でこれまたびっくりです。

 

「そういえば、君の歓迎会を開いた後、局長の家で二次会、酒盛りをしたとか言っていたね。その時からの仲、といったところかな?」

「そうっす。それから、奥さんにも雛ちゃんにも気に入られちゃって、何度か男衆で局長ん家に行ってるんすよ」

「ボクにお酒は無意味だから付いていかなかったけれど、これなら行けばよかったかもしれないね……」

 

 おねーちゃんが横目で、私達を見ます。それもそうですね。そうであれば、もっと早く五反田さんと仲良くなれたかもしれませんし。

 

「なんだよ、雛。お前、知り合いにこんな兄ちゃんが居たのかー」

「そう、乙山の兄ちゃんはお父さんの部下。……ひよこは、兄ちゃんが山田さんのお姉ちゃんと関係ありってことに驚いた」

「私も、驚きです! 五反田さんのお父さんはモデルさんを束ねる、芸能関係の方だったのですね」

「……多分、違うと思うなあ」

「えっ?」

 

 私は確信を持って五反田さんのお父さんが芸能プロダクションの方と思ったのですが、直ぐ様五反田さん本人に否定されます。

 首を傾げていると、答えが直ぐ隣から出てきました。

 

「ふふ。実はボクは兼業モデルだから。五反田局長は、本業の方の上司なのさ」

「そうだったのですかー!」

「……お父さんは、ハザードマップみたいなものを隠し持っていたから、多分、災害関係の仕事をしているみたい」

「なるほど、おねーちゃんの本業は、それだったのですか」

 

 意外や意外、実はおねーちゃんはモデルを掛け持ちでやっていたみたいです。更に、災害関係とは。

 災害が起きた度に衝動的に被災地に飛ぼうとする私にこんこんと現実を教えてくれる、その言葉は実感だったのだということですね。

 

「局長、書類持って帰ってたんすか? 確か厳禁っすよね」

「まあ、良いように解釈してくれたみたいだから、気にしないでおこう」

 

 そう考えていた私は、大人二人のそんな会話が耳に入りませんでした。

 でも良く分からないままニコニコして、私は言います。

 

「なんだ。隠さずに、言って欲しかったですー。なら、応援しましたのに」

「なあに。星の気持ちは嬉しいが、人助けする人が助けられていては世話がないよ。自分のことは一人で出来て、一人前さ」

「でも、大変だったら、言って下さいよ?」

「その時は、勿論」

 

 私に合わせて、微笑むおねーちゃん。私も笑みを深めますが、しかし本当に困っていたら言って欲しいものです。

 おねーちゃんにはお世話になってばかりですから。少しでも、返したいところです。

 そんなこんなをしていたら、七坂さんが私の裾を引っ張って、言いました。

 

「私、蚊帳の外だったけど、麗しき姉妹愛はよく分かったよ!」

「七坂さんが、そう感じてくれるのは、嬉しいです! でも……」

「……どうかした?」

「子供の頃は、おねーちゃんは隠れて正義のヒーローをしているものと思っていたのですよね。それに近いことをしているみたいなのは嬉しいですが、それだけに何だか複雑です」

「理想と現実、ってやつね!」

「……それに山田さんのお姉ちゃんがヒーローだったら、ひよこのお父さんもヒーローになってしまう」

「あはは。あのバーコードはヒーローって面じゃないよねっ」

「……みほ、屋上」

「なんで?」

 

 肉親を軽んじられたことに目つき鋭くして、制裁場として天井を指し示す五反田さんと、悪気一切なく故に理解も出来ずに首を左右にふらふらさせる、七坂さん。

 この二人、相性、とんでもないですね。きっとこのまま行ったら有耶無耶になるのでしょうね。対照的で、面白い組み合わせです。

 

「妹さん、意外と勘がいいっすね……」

「……はぁ、二度目は言わないよ」

「おぅふ」

「ああ、どうしてか乙山さんがくの字にひん曲がりました!」

 

 そんな喧嘩にもならないすれ違いを見ていたら、反対側で騒動が。そちらを見ると、乙山さんがひん曲がって床にピクピクと蠢いています。

 私は、疾く治療する場に運ぶために大きな彼を両手でひょいと拾って持ち上げました。そして、問います。

 

「大丈夫ですか? あ、動かしちゃいましたけれど、辛くないです?」

「いや、打つかって痛いだけっすけど……つーか、すげえパワーっすね。マジ、先輩と付き合うためにはこんなとんでもな子倒さないといけないんすか、俺……」

 

 乙山さん、結構筋肉質ですね。七十キロはあります。

 まあそれを抜きにしても、見た目だけでも私よりは体重のありそうな男の人を持ち上げれば、注目されるのは当たり前でしょうか。何やら人集りが。

 

「……この、無乳」

「えっと、貧乳?」

「何だか……ひよこたち、自己紹介しているだけみたい」

 

 そして、七坂さん達の対決も、中々人目を集めていました。

 聞くに、良く分からない口論ですね。可哀想なので、邪魔な胸の脂肪をちょっと差しあげたくなりました。

 

「ふふふ」

 

 周囲が私達を見て、騒がしい。何だかおかしなことになってしまいましたが、その隣でおねーちゃんが笑ってくれていたのは、救いでしょうかか。

 

 

 

「ボクと交換した敬語、似合ってきたね」

 

 夕焼け帰り道。赤ちゃんかごの中のように心地良い車内で、おねーちゃんはふと、私にそう言いました。

 ちょっと寝ぼけて、私は返します。

 

「好きな人が使っていた言葉ですから……ふぁ」

「そっか」

 

 寝ているのか起きているのか、夜か昼か、全てが曖昧。そんな半端な隙間にて、更に私は零しました。

 

「でも……やっぱり……ボクは……距離を作るための口調は……好きじゃない……な」

 

 それは、本音だったのか否か。落ちた言葉の意味まで、私には覚えられません。ただ、ぼうと、目を開いた中。

 

「そう、だよね」

 

 今にも泣きそうな様子のおねーちゃんの姿が見えたような、そんな気がしました。

 

 



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番外話③ 妹への優しさ

 

 

 殆ど全てを知っている、山田静は心から思う。山田星はあまりに可愛い妹だと。

 元男だとか、狂気だとか、そんな雑多な要素も差っ引かない。全てを含めて、愛おしいもの。過ちだらけで、彼女はそれでも活きている。それはあまりに眩くて。

 

 静のそれはまるで、神があがく人を愛するのに似ていた。

 

 

 

「さて、どうしようかね。あの娘も」

 

 人と機械の精査。大げさに守られた門を越えて走行するワゴンの車内で、一人寂しく山田静は呟いた。

 静が口にした娘は、当然のように妹、星のことである。しかし、それなり以上に聡明な彼女であっても直ぐにどうこうする方策は思いつかない。アレはいい人どころかただの問題児だなと、再確認する他になかった。

 

 いい人なんて、悪いことをしない人というだけに過ぎない。曖昧な悪さという概念、詰まる所楽から逃げ出すその生き方は、辛いだろう。更には、その人が確かにいい人かどうかなんて、亡くなった後の相対評価くらいでしか成せないというのに。

 それでも、成ろうとするのは、あまりに呪わしい。そう、マッチョの青年の呪いによって善行を積み上げてばかりで、それしか知らない少女はあまりに無垢。きっとその生き方を取り上げてしまえば、壊れてしまうのが明白であるくらいには。

 手がつけられないということは、星のことを言うのだろう。まるで終わってしまっているかのように、どうしようもない。まるで彼女は死ぬまで現状を維持しようとする爆弾のようだった。

 

「今だって嫌いじゃないけれど……今のままだと駄目というのは、ちょっと残念かな」

 

 障害を個性とするならば、それすら愛さなければいけないのか。異論は沢山あるだろう。だが、静はその異常を含めて妹を愛していた。

 だが、それが結果的に妹を殺すのであれば、流石に愛しながらも治療に奔走しなければいけないのだろう。そう、いい人志向という悪性を取り除かねばいけない。

 

「前世の記録がネックなのだよね……大地君も、ろくでもない影響を及ぼしてくれたものだよ」

 

 静は正確に星の前世の姿を思い出して、そう呟く。もっとも、おねーちゃんには、隆々としたマッチョの男性と笑顔眩しく愛らしい少女が重なることなどなかったが。二人が一緒と言うにはあまりに同一性が足りてない。

 そう、彼女と彼は、転生という現象で繋がっていようが、殆ど別の生き物だった。

 

 脳の欠損、臓器の不調どころか、自律神経の変調ぐらいで人は大いに変わるもの。ましてや一体全体違うのであれば、推して知るべし。もし、魂なんて言うあやふやが一緒だったとしても、同じ人な訳がない。

 その証拠として、星は一度たりとて自分の性に困惑したことはなかった。ただの焼き付いた記録、幽かにも亡くなったはずの存在に、性別という生来の持ち物に違和感を覚えさせる程の力がある筈がないのであるから、それも当たり前のことだろうか。

 無駄に広い愛と初心さで分かりにくいが、彼女の嗜好としては、普通に男が好きなのだろう。普段から筋肉うるさいのは、自分の異性の好みを言っていたのかもしれない。

 しかし、そんな中で、無理して幽かな記録の中の人を自分と勘違いして演じていれば、おかしくなるのは当たり前。

 信念という名の呪いばかりを当てにして、自己同一性を保とうとする、狂気。明らかに、山田星という少女は間違っていた。

 

「でも、可愛いのだよなあ」

 

 困ったことに、そんな過ちが表層的には意外と愛らしい個性と見えている。まるでそれは、愛らしい形の鬼の角。

 何時か誰かが近寄った時に異常に気づくのだろうが、まだそれはない。ならば、まだ少しくらい様子をみることだって、きっと悪くはないはず。最終手段だって、あるのだから。

 

「まあ、何かあったら私が守護ってあげればいいかな」

 

 そう独りごち、静は広い駐車場の端に停めた車から顔を出す。

 この世の全てから守ってあげられる、力。静にはそれがある。それは、多世界の修正力。

 非常に大げさで、また優れた建物に【どこにでも居る女の子】たる山田静は止まることなく向かい、そして遠慮なく足を踏み入れる。

 

「おはようございまーす!」

「Mornin、静」

【おはようございます、静さん】

 

 途端に、姿を見せるのは、多種多様。それは、異人種どころかヒトモドキすら存在する、坩堝。

 その中の一つ、機械の体は、しかし柔らかく笑顔を形作った。心根の優しさに基づいたそれは、いかにも愛らしく微笑ましい。それが、様々な好意に包まれているのだから、尚更に。

 

「ふふ。皆、おはよう」

 

 だから、彼女は笑みを返す。そして、静はブーンコーポレーション日本支社、超常対策局の皆に迎えられたのだった。

 

 

 

 ご時世柄、電子化がそれなりに進んでいるとはいえ、書類仕事は未だ失くならない。

 あそこは良いな、とこの世の誰も見知らぬ世界の仕事場を思い出しながら、静は詳細の挿入や所感等を書き込むために、ペンを走らせ続けた。

 しかし、静が特異なのは、ここから。なんと、彼女は筆を持つその逆手で機械に情報の入力をしているのである。そして、その仕事ぶりは極まったように速く、また間断なく止まらない。

 偶々その後ろを通った機械の体の元鶴見研究所のゼロイチナナ号こと、鶴見玲奈すら、その効率能力を見るに、果たしてどっちがロボっぽいのだろうかと思ってしまうほどだった。

 

「ふぁ」

 

 ただ、そんな稼働も延々と続くものではない。鳴り響く休み時間の報せに静はぱたと止まる。そして、一度彼女は伸びをした。

 集中解かれたことを察し、同僚乙山まくらはデスクの側にやって来る。そして、自分を気にして振り返ってくれた相変わらずの美を長く見つめることが出来ないことを彼は残念に思った。

 

「静先輩、お疲れ様っす。唐突で悪いっすけど、局長が会議室に来て欲しいって言ってるっすよ?」

「やれ、これからボクも休み時間なのだけれどね」

「その分休憩、伸ばしてくれるそうっすよ。先輩、一度集中するとヤバイっすから。邪魔した時の眼光が半端なくてブルっちゃうんで、リラックスしている休み時間を使うことを俺が提案したんすよ」

「モデルをやっていたら、こっちの仕事が溜まってしまうものだからね。消化するために精一杯やっているだけなのだが……まあ、確かにあの時は無意識に悪い目を使っていたね」

 

 それは、悪ぶる自分の持ち物。どうにも、静が共有しているそれを一度乙山に対して使ってしまったことが、彼のトラウマになっていたようだ。

 静は、まあ、自業自得ならば仕方がないかと少しよれたスーツを一度叩いて、直ぐ隣の部屋へと向かう。

 好きな相手が気を見せるどころか呆気なく離れていったことを残念がる乙山を局の女子等が可愛がるのを視界の外にやってから、ノック、そして応答の後に静は広すぎる会議室に入った。

 入るその先に見えたのは、バーコード。そう、五反田局長は今日も健気に禿頭に髪を流していた。その努力を微笑ましく思うが、失礼のないように正し、しかし静は言う。

 

「久しぶり、局長」

「いやー、最近静くんは有事以外芸能局に入り浸りだったから、久しぶりだね。写真集、売れているみたいじゃないか。私も鼻が高いよ」

「ボクは恐縮、といったところかな。ボクとしてはこちらにあまり時間を割けない上に、余計な仕事を増やしてしまって、ただ申し訳ないよ」

「山田君の美は、少しも露出されていないことなんて誰も信じられないからね。肩書作りにこれくらいの欺瞞に無理は仕方ないさ。さ、座って」

「ありがとう」

 

 静が座る、その際に披露された両足は均整の取れたもの。そもそも目鼻立ちも、強い印象を何一つ覚えないくらいに、ただ綺麗だった。

 理由あって、産まれてからこの方全てのバランスが、完璧。少し表情を歪めていなければ気持ち悪く感じられてしまいかねないくらいに、整いすぎていた。

 そんな静の外出にサングラスは、必需品である。知名度以前に少しでも隠さなければ、人の理想像として目立ってしまう。

 

 しかし、五反田局長はその何時も通りの美よりも、言葉遣いを気にした。分かっていながら彼は、再び、糠に釘を打ってみる。

 

「敬語、やっぱりまだ無理かい?」

「そうだね。何しろこの口調は、幼く他私の区別がつかない妹から貰ったものだ。何時か返す時のためにも、ボクが人それぞれの立場で切り替えてしまうのは、気が引けてね」

「上司としては、一言申さなければならないのだろうけれど、無粋はいいか。いや素晴らしき姉妹愛だね。……まあ、山田君の妹さんが俺様娘じゃなくて、まだ助かったというところかな」

 

 そのあまりに畏まらない言動に、五反田局長もやれやれと、思わなくもない。実際、入局してから静はその平等さで結構な数の問題を起こしてきた。特に目上の同性からは、蛇蝎のように嫌われている。

 けれども、それが妹の呪いを解くための祈祷の一種であると説かれては、人一倍情のある五反田局長は口をつぐまざるを得ない。

 

 五反田局長は星程ではないが、いやそれだけにむしろ真っ当に人の幸せを願える性質だ。彼が、いい人だった、と後で称されるのは間違いないだろう。

 そんなことを考えながら、静は用向きを訊く。

 

「それで、何かな?」

「以前に頼んだ、上水善人(うわみずよしと)のレポートの件なのだけれどね……いや、それにしても、ここまで微に入り細を穿つような代物を認めてもらえるとは思わなかった」

「中々のものだろう?」

「利き手に血液型に趣味、恥を覚えるだろう事柄の欄まで……いや、中学生の頃ドイツ語を格好いいと思って嵌っていたので、シュヴァルベンシュヴァンツとでも叫んでみれば一時思考停止すらするだろう、とかさ、君、彼の何なんだい?」

「まあ、知己ではあるね」

 

 さらりとそう答える。果たして、異能力を悪用する組織の長と、非公認で私設のようなものとはいえそれらのカウンターである局の一員が何時どう人生を交錯させていたのか。

 五反田局長は重ねられたレポートを手に頭を一時、悩ませる。彼は光を反射する自分の額のてかりが更に増したような、そんな気さえした。

 

「うん……まあどんな関係かどうかは、まあ、重要じゃないな。大事なのはこの彼の能力。これ、大げさに書いたわけではないのかい?」

「どれどれ……そうだね。確かに、彼は世界を司る能力、を持っているよ」

「ええ。そんなものをどうやって把握……いや、それが確かだとしたら大問題だ。しかし君のことだ、きっと、正しくもこの情報の裏を取ることは出来ないのだろう?」

「出典はボクの知識のみ、だからね」

「はぁ。困ったな。世界、ということは全色ということかな? なら相手取るのに最低でも五色は司るレベルの能力者が必要だろう。けれども、ただでさえこちらの活動に上が疑心暗鬼なところがあるんだ、とてもあと三人の増員なんて説得できそうにない……あ」

「抜けちゃったね……」

 

 悩み困惑し、かかったストレスのためだろうか、八本のバーコードの内の一本が、無力にも落ちていった。どうしようもないそれを、五反田局長は悲しげに見つめる。

 明らかに、自分がかけた重圧の結果である。部下の言葉を丸呑みで信用してしまうところは良くも悪くもあるな、と思いながら流石に、これは可哀想だなと静は彼を慰めることに決めた。

 それこそ、星程ではない半端な胸を張って、静は言い張る。

 

「大丈夫」

「信じるよ。でも……どうせ君のことだ、理由は他には理解できないくらいに薄弱なんだろう?」

「今回は、間違いないさ。善人はボクが直接捕まえる」

 

 そうして、偉そうに静は自分の胸を叩いた。細腕がぽよんと弾んだその様子に、頼もしさを覚える者は中々居ない。けれども、五反田局長は、安心の溜め息を漏らす。

 

「ふぅ、それなら……確かに大丈夫だろうね。しかし、本当にいいのかい? こんな大物を捕まえたら、静くん、君の能力がきっとまた疑われることになるよ? 停止の赤色の支配者ということで誤魔化すのにも限度がある」

「道を正す。それくらいしてあげたくなるくらいには、善人とは因縁があるのさ。それに、潮時というものもある」

「静くん……」

 

 五反田局長が心配して紙束の持ち手の安定を損ねたために、ひらりと落ちた、紙片。その一枚を拾い、静は、薄く笑う。無害を貫く【どこにでも居る女の子】は、自分を能力者であると、それこそ真っ赤な嘘を吐いている。

 もしそれが嘘だと知られた時は、彼女が理解できない能力者以上の存在であることも露見するだろう。それは、決して望ましいことではない。

 家族と平穏無事に暮らすこと。それが、この静の一番の願いであるのだから。

 

「また後で、この世を少し、静かにしようか」

 

 

 それでも、静は止まらない。自分が誰かのために動こうなんて、妹の影響を受けすぎだなと、薄々思いながら。

 静は、まるで現在の姿ををそのまま写し取ったかのようにリアルな、無表情しか特徴のない男のイラストを、懐かしそうに見ていた。

 

 

 

「おねーちゃん、今日も人助けのお仕事、やって来たのですか?」

「うーん。残念ながら書類仕事ばかりだったんだ。人手がどうにも足りなくて、更に実働と兼任している人ばかりだから、どうにもね」

「そうですか……お疲れですね。肩もんであげます!」

「星、止めるんだ……あん」

「嬌声! わ、おねーちゃんの肩、やわやわですー」

 

 仕事が終わり、そして帰宅した静は星に抱きしめられ、愛撫を受けて、脱力する。

 そして、そのまま色々なところを揉まれていった。星の按摩技術が嫌に高いのは、どうしてなのだろう。

 つい、拒絶せんと口は動く。

 

「い、いや、止め、止めなさい、あ……」

「止めます?」

 

 必至に静止を呼びかけると星の手は止まった。静を見る妹の目は、優しかった。

 愛する者を力ずくで止めるのは忍びない。仕様上大丈夫とは言え、確かに、気持ち疲れているような気もした。

 

 それに、何だか気持ちいいし。

 

 静はゴクリとつばを飲み込んで、言う。

 

「止めないで、いい」

「なら、遠慮なしです!」

「あ、あー」

 

 つい、静はそう考えて身を任せてしまった。ドロドロのモミモミ天国へ。妹の手の中で、彼女の身体はくたくたに。熱の中でただ、気持ちいいとしか感じられない。

 しかし、高く持ち上げられたら、強く落とされるのも人の常。油断大敵、であった。

 

「お邪魔します……うわ、静姉エロっ!」

「わわ、とろけてはだけたおねーちゃんの姿を、奏台に見られてしまいました!」

 

 そう、そんなに気を抜いていたから、静は久方ぶりに弟分に自分の恥ずかしい所を見られてしまったのだ。

 真っ赤にのぼせ、荒く息をした美人。更にその肌が多分に出ていれば、気にならない異性などそうは居まい。実際に、奏台は顔を紅くし、目を逸らした。

 意図したことではないとはいえ、異性に目を逸らされる程のエロさを出してしまう。そんなあんまりな事態に、少女は素に戻る。

 

「うう、見ないで、です!」

「わ、おねーちゃん、敬語にもどっちゃいました!」

「わ、何か投げんなよ静姉……ってこれ何だ?」

「あ、それ揉むのに邪魔だったので私が抜き取ったブラです!」

「何時の間に……うあーっ」

「わっ」

 

 更に恥の上塗り。慌てて奏台の手の中の下着を奪い取って、静は家の奥へと駆け足で引っ込んでいく。驚きか呆れか、歪んだ弟分の顔が印象的な一幕だった。

 

「これを忘れられないなんて……なんて地獄!」

 

 静は一人になって、蕎麦殻枕に顔を埋める。そして、全山田静が記録する恥ずべき記憶がまた一つ、増えたのだった。

 

「ああ、私ったら、私ったら……」

 

 誰が悪かったのか、自問自答するまでもなく、それは妹に甘えた自分。ふて寝するまで、静の顔色の赤みは、引かなかった。

 

 

 

 そう、彼女は決して妹を恨まない。それはあり得ないが、静は星の手で殺害されようとも、きっと許してしまうだろう。

 

 たとえ地に堕とされようとも、神は人を愛するものだから。

 

 こんな優しさも、おかしい。それを、静は知っている。

 

 

 



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第十一話 忍者みたいな人と出会いました!

 

 

 幸せな世界の中で、それでも好かれるばかりではありません。

 嘘つき、と投げかけられます。偽善者、と言われました。気持ち悪い、というのもよく聞く形容ですね。まあ、全部間違っていないのだろうと思っています。

 はい、そうです。これは私に掛けれれた言葉ですね。嫌い故の、彼女らの罵詈雑言の幾つかです。

 少女らの悪口のその内容が大体合っているのが残念なところ。私としては、心苦しいばかりです。

 

 自分に嘘を吐けずして、違う人にはなれませんし、そもそもそんな人間はいい人の偽物ですし、前世が異性で一部がそのままの存在なんて気持ち悪くて当たり前。

 だから、私は否定を否定しません。受け容れ、ただ微笑むばかりです。

 

「ふざけんな、てめえ等! 星もこんな奴らの前でへらへら笑ってんじゃねえ!」

 

 しかし、私の幼馴染は、そんなことを認めません。厳しいですね。蜘蛛の子を散らすように逃げていく親愛なる私を嫌う人たちに、奏台は舌を出します。

 それを、愛らしいものと認める私は、確かにちょっとおかしいのでしょう。優しさ故の怒りは、とても素晴らしく、だから嬉しい。優しきその切っ先が自分に向けられたということなど、関係ないのですよね。

 だから、でしょうか。理解者でもある奏台は、寂しそうに言いました。

 

「星、お前俺をそんな目でみるんじゃねえよ……」

 

 奏台は、その司る力を持ってして、いたずらに闇をその手でこねます。機嫌が悪いのでしょう、普段から鋭い彼の目は、最早まるで私を睨んでいるよう。

 しかし、それでも奏台は私に言うのです。

 

「一緒に行くぞ」

 

 本当は、後々関係を囃し立てられるのは、嫌いなのでしょう。異性っぽいのと触れ合うのにも、照れがあるのに間違いありません。

 ですが、それでも奏台は私の手を取ります。そして、ぎゅっと握って引っ張り出しました。

 

「なにぼうっとしてるんだ。……ついて来ないのか?」

 

 しかし、奏台はそのまま無理を私を連れることはありません。

 幾ら私に馴れていようとも、拒絶に対する恐れはあるでしょう。好きなら、嫌われる恐れも持たなければいけないのです。

 

 それが、私には分かりすぎるくらいに分かってしまう。

 

 だから私はその手を握り返してにっこり、笑いました。

 

 

 

 それは、学校帰りにご近所のお婆さん、いや本人にそれをいうと怒りますね。お年を召したお姉さん、で良いですかね、まあ彼女と会話を楽しんだ後のことでした。

 目黒のサンマを上手に披露して頂けた感動に咀嚼し頷きながら歩いていると、物陰から飛来する影が。

 

「ピッ!」

「わわ、闇人です」

 

 何時ものことだったのでさっと差し出したバッグでガードに成功したそれは、当然のように闇人でした。世の染みのような真っ黒が、踊るように動き回ります。

 しかし、珍しいですね。何時もは本命である奏台が居る時を狙うものなのですが、今日は独りの私を襲っている。

 そう言えば、奏台の姿が午後から見えません。かもしたら、闇の世界に行っていたりするのでしょうか。怪我して帰ってこないといいのですが。まあ、総合色の闇を司っている彼ですから、そうそう大事はないでしょうね。

 そんなことを考えていたら、胸元でつんつんという感触が。何事かと見ると、そこに闇人が突貫を繰り返していました。

 

「ピー!」

「わわ、この子、執拗に左胸を狙ってきます!」

「ピピー……」

「あわわ。ちょっと胸を反らしたら弾き飛ばしてしまいました……」

 

 そう、やはり今週の闇人は、ちょっとおかしかったのです。

 どこで人は心臓が弱点だと吹き込まれたのでしょう。闇人は左のおっぱいを狙って弾かれるのを、繰り返します。

 その都度弾力に負け、挙げ句、私がちょっと身じろぎしただけで、吹き飛んでいってしまいました。弱い子ですね。

 

「ピー……」

「わ、大丈夫ですか?」

 

 ごろごろと、真っ黒ちっちゃなヒトガタは転がって、そうしてどうにも壁に打つかり昏倒してしまったようです。辺りのちょっとした闇も解け、小さなぬいぐるみのような、闇人がぽつんと。

 あれ。この子、どうやって帰してあげればいいのでしょうか。私は困りました。

 

 四時ちょっと前のこの時間。あんまり闇らしい闇はありません。自分の影に入れてみたところで、闇人には何の変化も起きませんでした。

 下を探ってみた私は、つい上を見ます。空から大体明るくしてくれる太陽を過ぎて、トンビが円かに飛んでいきました。あれ、何かこっちを見ていたような。

 そう考えながらあたりを見ると、カーブミラーに停まったカラスがこちら、いいえ私の足元を見ています。そこには黒い影、闇人の姿が。あ、何だかこの子アリに集られています。しっしですね。

 そして虫さんを払ったついでに、撫でていると今度は何やら走り寄る幾つもの影が。

 

「猫さん? なんでしょう」

「にゃー」

 

 なんと、にゃーにゃー猫が集まって、私を取り囲みました。思わず物欲しそうにしている彼らから逃すように闇人を持ち上げてみると、今度は先のカラスが突貫して来ました。

 

「カー!」

「あわわ」

 

 闇人を抱きながらそれを避けて、ようやく私は事態を察します。

 

「この子、被捕食者っぷりがとんでもないですね!」

「カー」

「にゃん」

 

 そう、どうにも闇人、食べられそうになっているようですね。動物達に好かれるのは良いですが、行き過ぎて食べられてしまうのは流石に私だってごめんです。

 それは闇人だって同じでしょうと、私は気絶している彼を抱きかかえてその場から走り出します。すると、当然のように猫にカラスに、あ、ヘビさんも参加しましたね。大群に追いかけられるようになりました。

 闇人、実はいい匂いがするのでしょうか。近くに居る私にはあんまり芳しさを覚えないですけれど。走りながらくんくんしていると、そこに自転車が通りかかりました。思わず、私は助けを求めます。

 

「追われているのです。助けてくださいー」

「え、山田さん?」

「三越君でしたか。こんにちは。今私、動物たちに追いかけられているのです」

「こんにちは。えっと……本当だ」

 

 何か慌てる私をぽうっと私を見つめていた三越君。しかし、彼は私の後ろに目を移すと、ぎょっとしました。

 そうして振り返り見ると、数を増した野良の動物たち。今度は猫の上にネズミが乗っかっていました。にゃん、ちゅうです。

 同じ目的のためには、共闘だってするのですね。かもしたら、世界平和には、共通目的が必要なのでしょうか。

 はい、現実逃避ですね。本気を出せばどうとでもなるといえばそうですが、それで彼らに怪我をさせるのは嫌です。だから、私は問いました。

 

「どうしましょう?」

「えっと、逃げようか。取り敢えず、俺の家なら五郎も居るし、大丈夫だと思うよ。何より近い」

「なるほど! 案内お願いします!」

「速! 後山田さん、そっちじゃないよー」

「あ、学校近くだったのですね!」

 

 危急。故に迷いなく私は三越君の提案に乗っかります。そして、久方ぶりに本気で駆けて、クロスバイクに跨る彼に追いすがるのでした。

 そうして、五郎ちゃんに守られた家中で安堵する。しかし、私は男の子の家へと招かれる、その意味をすっかり忘れていました。

 三越君がそこまで深く考えていたのかどうかは分かりません。

 

 けれども事実、私はまんまと三越君のお家に連れ込まれたのでした。

 

 

 

 三越君の家は、中々ごちゃごちゃしていました。というか、趣味が沢山持ち込まれすぎてカオスになっているような。

 砂漠をのんびり歩いていそうな、リアルな陶器のラクダの上に、ヴィヴィッドカラーでファンシーなウサギさんが乗っかかっているのは不思議です。

 掃除は行き届いているみたいですが、どうにも雑多過ぎて混沌とした印象が強いですね。

 

「何か物が有りすぎて落ち着かないかもしれないけれど……まあ、これが俺の家」

「わ、キジの剥製なんてあります。こっちには古のスーパーカーのミニチュアが。賑やかで多趣味ですねー」

「はは……楽しんでくれているみたいで何より。でもまあ、これは散乱しているだけだと思うな。親父の趣味と、入り浸ってる道子達がかき集めたものがそこらに飾ってあって……正直目に煩いよ」

「そうなのですか」

 

 なるほど、個人が収集したものではないのですか。確かに、おもちゃの血みどろエッグの後ろに山水画を配しているのはどうにもおかしいとは思っていたのです。

 しかし、家にまで彼女らの侵入を許すとは、何だかんだ仲がいいのですね。私がにまにましていると、三越君は言います。

 

「山田さん、その笑みは良くないな……いや、流石に自分の部屋にはろくに入れていないからね?」

「そうですか……本当です?」

「いや……本当を言うと、前は何度も入れてた。でも、山田さんに会ってからは一度も……自分からは、入れていない」

「自分からは?」

「勝手に入っている時があるんだよ……」

「なるほど」

 

 恋する彼女らは、自由なのですね。人の部屋で勝手にしている大一さん達の姿が、今にも目に浮かぶようです。

 手段としては、きっと合鍵をこっそり使っているのですかね。ピッキングとか犯罪的な方法でなければ良いのですが。

 そう考えながら、中々歩みを止めない三越君は、奥の扉の前でようやく停止しました。

 

「どうしました?」

「あー。何時もの癖で、自分の部屋まで来ちゃったんだ。……どうしよう?」

「私、お邪魔しては駄目ですか?」

「うーん……山田さんが良いなら」

「わーい、です!」

 

 きっと、三越君に多少なりとも下心はあるのでしょう。男の子ですからね。でも、私だってありますよ。

 お友達から始まり、断崖絶壁その先はありませんが、それでも仲良くしたくはあるのです。折角ですから、結婚式にお呼ばれされるくらいの仲にはなってみたいところ。

 まあ、取り敢えず次の探検が楽しみで、私はそれを口に出します。

 

「奏台以外の男の子の部屋なんて初めてですよ!」

「市川……ずるいな……」

「まずは、ベッドの下のエロ本チェックです!」

「そんなところには……げほん。持ってないよ」

「本当ですかー? どれどれ……」

 

 雑多な家の中と比べれば、随分と落ち着いたモノトーンの空間に、柔らかいものが一つ。

 私は何やら高そうなふかふかベッドに、まずは闇人を安置し、その下を、覗き込んでみます。

 

 すると、何者かと目が合いました。青い瞳、それが私を見つめています。それがチェシャ猫のように歪められたかと思うと、彼女は言いました。

 

「ばあ」

「わっ、何者ですか!」

「あたいは、久慈蘭花よ。栄大君がお世話になっているみたいね……にんにん」

「忍者です!」

 

 私は多分にショックを受けました。心臓が止まるかと思いましたよ。まさか本当に忍者が居るなんて、びっくりですね。

 大きな青い瞳に、茶色い髪の毛。手足もスラリとしていて、あら、そばかすが可愛い忍者ですね。

 この世界は中々面白いですから、多分本物でしょう。リアル忍者。現実だとくノ一とか言わないのですね。サイン、貰ったほうが良いでしょうか。

 しかし、三越君は残酷にも言います。

 

「はぁ。忍者じゃないよ。それにかぶれただけの変態さ……蘭花、俺のベッドでなにしてたんだ?」

「そりゃあ、クンクンタイム?」

「忍者さん、ワンちゃんみたいです! それとも何かの暗号ですか?」

「いやあたい、栄大君の匂い嗅いで性的に興奮していただけだけれど……」

「本当に、変態さんでした!」

 

 私は、急に下衆なことを言って赤くなった久慈さんにびっくりです。息が急に荒くなった様子が、ちょっと怖くもありますね。

 しかし、彼女が怖いのは、ここからでした。

 

「変態、か……あんたなんかに言われたくはないなあ」

「蘭花?」

「栄大君は、ちょっと、黙っててね」

「んー!」

「わ、三越君、ぐるぐる巻きにされた上に、猿ぐつわ噛まされました! 早業です」

 

 私も、集中していなければ危なく見逃す所でした。恐るべき、体術ですね。流石は忍者に触れてかぶれただけはあります。

 うんうん私はその凄さに唸っていると、しかし久慈さんはぼやきました。

 

「このレベルでも、あんたには見えちゃうのかあ……」

「まあ……そうですね」

「やっぱり、人外だわ」

「はぁ……」

「あたい、大抵の者に変身できるけれど、どうしても、あんたにはなれなかったからなあ……にんにん」

「わ、私そっくりに、どろんと!」

 

 何という、変貌でしょう。手をかざして離したその間に、久慈さんの顔が私そっくりに。

 驚きに喜色を隠せない私に、しかし殆ど同じ顔は悪意に歪んで体を無くします。

 

 そう、久慈さんは、私と同じくなることを心底嫌がっていた。

 

「ものまねして、同じ通りでゴミ拾いなんてやってみたけれど、どうにもしっくり来なかったわ。能力者の友達なんて、私には居ないし……幽霊は怖くて忍べなかったけれど、それもまた無理。あたいはあんたみたいになれないと分かった……忍、忍」

「また、戻って……」

「ねえ。同期できなければ、除くしかないよね?」

 

 疾く自分を取り戻してから、物騒にも、百面相の少女はそう言います。ゴミは捨てればいい、そんな当たり前を語るように。

 

「あの子達みたいに、ライバル程度では甘すぎる。あたいはね、あんたを敵と見るわ」

「そんな……」

 

 敵、それは嫌です。私は、そう思えるだけ豊かな人である久慈さんのことを嫌えそうにないのに。

 貴女がいくら嫌っていても、私は仲良くなりたい、そんな言葉をしかし、久慈さんは言わせてくれませんでした。

 嫌悪の睨みが、私を縛します。

 

「何より、こうして対面してよく分かった。あんた、気持ち悪すぎる。嘘つきの偽善者。いや、そんなものが当てはまって居ながら全部呑み込んでしまう、バケモノ」

「なっ」

 

 それは、皆中。四つの全てを当てられて、私はたじろぎます。

 そんな私に向けて、久慈さんは言葉を更に投げ捨てました。

 

「はっ、あんたなんて、一生孤独で居れば良いのさ」

 

 どうもまた、嫌われてしまったようですね。

 私に、この思いは、曲げられない。真っ直ぐなそれをくじけるほどに強くは出れませんから。

 だから、ただ諦めに笑みながら、私は下を向きます。

 

 

 その時、ぱん、という音がしました。顔を上げると、そこには何時縄から逃れたのか、手を振り切った様子の三越君と、自由な顔を少し逸した久慈さんの姿が。

 まさか、まさか。彼が、彼女を叩いてしまったのでしょうか。

 

「……わざと当たってやったけれど、何さ」

「俺の好きな人を否定するなら、蘭花。お前こそ俺の敵だ」

 

 そんな、私なんてただ悪く言われていればいいのに。仲の良い二人が険を持ってして向かい合う様子に、しかし私は口をぱくぱくさせて何も言えません。

 いいえ、言わなかったでしょうか。

 

 どうしてでしょう。私には彼の否定が、嬉しかった。

 やっぱり私なんて、最低です。

 

 

 そして、私を無視した敵意の視線は真っ直ぐ交錯し、やがて一方ばかりがふにゃりと崩れました。 

 

「ハハッ。栄大君、やっと、久しぶりにあたいを真っ直ぐに見てくれたね!」

 

 笑顔が、柘榴のようにぱっかりと。そう、どうしてか、久慈さんは悦んでいました。

 

 



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第十二話 泣かされてしまいました!

 

 

 あの後。久慈さんは、ひとしきり笑った後、唐突にどろんと消えました。

 いや、閉所にて煙幕とか、困りましたよ。換気に大分掛かってしまいましたね。パタパタしながらすやすやしている闇人の無事を確認してから、私と三越君はようやく一息つくことが出来ました。

 

「ずっと持っていたそれ、生き物だったんだね……」

「はい。まあ、闇人は何というか、異世界からの来訪者的存在です」

「そっか……蘭花、同族嫌悪というかトラウマを刺激された部分もあったのかなあ」

「ん? どういうことです?」

 

 寝入り身動ぎしている闇人を抱き上げなでなでしていると、ぼそりと気になる一言が零されます。聞き入るために、同じくベッドの上に座しているお隣さんの三越君に顔を寄せました。

 すると、三越君はそれを嫌って顔を背けます。どうしてでしょう。あ、ちょっと赤くなっています。照れ屋さんなだけだったのですね。

 

 私が嫌いになったからではなくて、良かった。そう思い、今更メランコリックになっている自分に気づきます。

 

「山田さん、無防備だなあ……いやさ。闇人、っていったっけ。俺にはそんなよく判らない系統の存在とさ、蘭花が仲良くしていた時期、あったんだよ」

「え? 闇の世界からの住人、前から来ていたのですか?」

「闇の世界……そんなのあるんだ。山田さんの言葉だ、信じるよ。でも、それじゃなくて、だね。彼女はこのセカイの遠くから、来たみたいだったんだ」

 

 彼女、ですか。やはり三越君と関係しているのは女の子ばかりなのですね。何となく、面白いです。

 しかし、私なんかの言葉を軽々と信じてしまうのは、ちょっと心配ですね。闇の世界とか、私でも突飛過ぎると思うのですが。まあ、思うだけで奏台の言葉は信じていますけれど。

 

 と、変に考え脇道に逸らせながら、それにしてもセカイの遠くとはどこだろうと私が首を傾げていると、三越君は軽く手を動かし、天を指差したのです。

 あるいは屋根裏その上、いやまさかそんなに近くではないだろうと私が考えていると、三越君は言いました。

 

「あいつ、ミカは金星からやってきたらしい」

 

 きっと、見当違いに掲げられた指先に、私はロマンを覚えます。

 金星。それは、暗黒、真空に隔てられた遙か遠く、しかし、惑い見えるくらいには近い、夢を抱ける程々に離れた距離の星でした。

 そこから来た、存在。もしやと私は問います。

 

「それってもしかして……宇宙人、いや金星人ですか?」

「そうみたいだった。アイツが口にしていたばかりで、定かではないけれど」

 

 でも、信じているよ、と三越君は、はにかみました。

 

 

 

「ふー、ふー……ずっ」

 

 私は落ち着いて、お客さんに何も出していなかったね、と淹れてもらったコーヒーをちびちび頂きながら、三越君の口が開かれるのを待ちます。それにしても、ちょっと猫舌の私にはハチミツたっぷりのコレ、熱いですね。

 合間を埋めるために、お茶菓子をぱくりと食みながら、私は前世の私が見たら格差に嘆いてしまいそうなくらいな三越君の今風イケメンっぷりを眺めます。

 両親の長期海外出張という中々特異な自体に順応して、最早それを楽しんですらいるらしい三越君。しかし、今の彼はどうにも寂しそうでした。

 

「……俺はね。恥ずかしながら昔は人を救うことを楽しみにして人に近づいていたところがあったんだ。でも、俺は最初、別に救う気で蘭花の後を付いていった訳じゃなかった。何せ、あいつは助ける必要がなかったんだから」

「なら、三越君から、というわけではなかったのでしょうか?」

「いや、結局は俺から近寄ったんだ。そうだね……幸せそうだったから、俺はつられたんだと思う。蘭花はさ。楽しそうに、人外と遊んでいたんだよ。何の不満もなさそうにして」

 

 偶々見てしまった、あいつの秘密にしていた姿が、眩しくってね、と三越君は続けます。

 

「あの笑顔は好きになりそうだった。好きになれそうだったんだ。でも、それが向けられていたのが、見ず知らずの良く分からない外の人だったからね。ちょっとむかっときて二人の間に割って入ったんだ……それが、始まりだったなあ」

「三越君も、いい笑顔です。きっと、楽しかったのですね」

「ああ、楽しかった。だって、一度嫌った相手、ミカも、とんでもなく魅力的でさ。良いやつだったなあ……」

 

 三越君は遠い目で、噛みしめるように言いました。過去形に、何となく顛末を察しながらも、しかし私は彼の反芻を阻むことはありません。

 だって、良く思い出されるということは素晴らしいことだと、思いますから。私が失くなっても、忘れないでいてくれたら、それは嬉しいですし。だから、私は三越君に、さらなる想起を促します。

 

「差し支えなければ、どんな方だったかお聞きしてもいいですか?」

「山田さん、前に自分のことミステリアスレディって言ってたよね。まんまそれが、ミカだったよ」

「なんと、私そっくりだったのですね!」

「……いや、そういう訳ではないのだけれど」

「むむ、どういうことなのでしょうか……」

 

 私は首を左にこてり。どういうことなのでしょう。ひょっとしたら、ミカさんも私と同じくミステリアスレディな様子であるけれども、私ほど意味深ではないのかもしれませんね。

 それはそれで、愛らしいのかもしれません。私みたいに良く分からないものではない方が、きっと良いですから。

 

「ふむ……そういうことなのでしょうか」

「納得したみたいだね。何か勘違いしていそうだけれど……まあ、別にいいか。兎に角ミカは、不明を格好良く纏って、それでいて分かりやすく俺らに優しかった。深く親しんだよ。……俺にとって、あの宇宙人が姉なのかもしれない」

「三越君のおねーちゃん、ですか」

「ああ。だからこそ、悲しかった。ミカは、他の些事と一緒に、自分の死期まで良く分からなくしていてやがってさ。隠していたんだよ、どうでも良いって」

「どうでも良いって、そんなこと……」

 

 ああ、三越君が語るミカさんとの思い出は、やはり楽しいばかりのお話にはなりませんでした。

 亡くなって、それでお終い。そんな、どうしようもない当たり前が、悔しくて悲しい運命が、あったのでしょう。

 私には、判りません。私が余計に語るまでもなく、人の命は大切です。それを、どうでも良いとしてしまうのは、とても悲しい。

 そんな私と似てしかし異なった感情を持って、とても哀しげに三越君は続けます。

 

「ああ、山田さんと俺だって同じ気持ちになった。ミカがそんなに自分を軽んじていたことが、俺らには悲しかったんだ」

「いけません。いけませんよ。そんな悲しいすれ違い……」

「まあね。でも、山田さんはきっとそんなところ、ミカと一緒だよね?」

「それは……」

 

 唐突に向けられた水に、私は二の句を継げられません。私は、自分を大切にしない人を残念に思っていた。しかし、翻って自分を大切にしない自分はどうなのでしょう。

 同じように、それを残念に思ってしまうのか、はたまた自分なのだからどうでも良いと思ってしまうのか。常ならば、間違いなく、後者。けれども、それを望まない人の前で、自分の否定を出来るでしょうか。

 言葉を操る三越君は、悲しそうです。

 

「自分を削ってまで、人を呑み込む。それは、あんまり良いことじゃないよ。蘭花が、嫌うのも分からないではない」

「そう、でしょうか……」

「俺、分かるんだよ。だって、それだって痛いものは痛いでしょ? 嫌われることを悲しんで良いんだよ。どんないい人だって悪い人だって、泣いて構わないんだから」

 

 三越君は、驚くほどに察しが良い。つまりは、恐らく共感力が図抜けているのでしょう。だから、私の心だって感じ取れる。痛みに、表情を歪めてくれるのです。

 ああ、そんなに、泣きそうにならないで。私、なんかのために。

 

「無理に、笑わないで。山田さん、あの時の俺より、笑顔が下手だったよ」

「でも、でも、私は……私なんか……」

 

 自分なんて、要らない。そうでないと、主張する自分が他人を否定したがるのですから。故に、そんなもの、一番に嫌っていい。その筈でした。

 私は性善説を認めません。生まれから、私は悪でした。だから性悪説を信じて、善になろうとしているのです。学んで、自分の悪を嫌って。

 それが、間違っているのでしょうか。私以外の人に対しては、そうだと断言できます。しかし、自分では。どうでも良いはずの自分なんかには。

 

 その時、胸元でごそりと何かが動きます。そしてそれは、私をひっしと抱きました。

 

「ピー……」

 

 それは小さくも人の顔をしていますから、何を考えているか、よく判ってしまいます。ああ、闇人は泣きそうなくらいに私を慮っている。何時もは私に攻撃してばかりなのに、こんなの、ずるいです。

 こんなに皆に優しくされて、大切にされて、それが、どうでも良いなんて、とても言えなくなってしまいますよ。

 だから、私は自分の奥に粗雑に仕舞った心を吐露してしまいました。想いの、ままに。

 

「……嫌ですよぅ。私、嫌われたくなんて、なかった……!」

 

 久しぶりに、表立った心は直ぐに痛みを走らせました。それに従い、涙がはらはら、落ちていきます。冷たいような、痛みは直ぐには失くなりません。じくじくと、痛みます。

 それでも、三越君の視線も胸元の闇人も温い。ああ、優しさはどうしてこんなに嬉しいのでしょう。無様を晒しながら、私は嬉しくて、更に涙を落としました。

 

「ああ、ありがとうございます! こんな、ダメダメな私なんかを、受け容れてくれてっ」

「ピ」

「はは、その子に良いとこ全部取られちゃった感じだね。まあ、それでもいいか」

 

 私は三越君に対して、そんなことはない、とは言えません。嗚咽で言葉にならないですし、流石に恥ずかしくて。

 貴方に助けられました、という言葉が素直に口から出てこないのは、きっと好意を肥大しすぎたためでしょう。

 

 

 現金なものです。今回のことで、私は随分と、三越君のことが、好きになりました。救いの男の子を、私はきっと嫌いになることはないでしょう。

 

 それこそ、心を差し上げられないことが悲しいくらいには、大好きです!

 

 

 

 その後、雑談を楽しんで、腫らした目が戻った頃。もうその時分にはお夕飯の時間になっていました。

 ありがとうございます、また明日で別れた後、私はスマホで奏台を呼び出し、闇人を送還してもらいます。

 コイツも、闇に包まれてさえ居なければ、悪いやつじゃないのにな、と言いながら、奏台は力を行使しました。去り際の寂しそうな、闇人の黒い瞳が印象的でした。

 

 その後、私は奏台にお家で食べていかないか誘いましたが、しかし彼はそれを固辞。何でか訊いたところ、既にご飯を食べてしまったから、と。

 それでは、どうしようもありません。何となく人恋しいところでしたが、お家には家族が居ますし、渋々奏台と別れ、家路に就きました。

 

「綺麗なお空、ですね」

 

 家の扉を開く前に、前に見上げると、赤いお空に広く雲が頒布されているのに気づきます。赤だけでなく紫色までかかったその白は美しいグラデーション。

 滅多なものでは敵わない綺麗に、私は目を細めます。そう、自然な方が美しい。それは分かっていました。

 

 でも、私は。

 

 幾ら言われても頑ななところが未だ治らない自分を笑い、そのまま扉を開け放ちました。すると、おかしなものが。いや、何時もの人に、おかしなモノが、といった方が正しかったのでしょうか。

 

「ただいま、です! ……あれ、おねーちゃん。その手に引きずっているものは……」

「何だか、女の子がレイヤに隠れて星の食事に一服盛ろうとしていたから、捕まえたよ」

「にん……」

「わわっ、久慈さん、おねーちゃんに捕まっています!」

 

 余裕の笑顔のおねーちゃんに、ぐるぐるお目々の久慈さん。思っても見なかった組み合わせに、私は驚きます。

 ああ、そうでした。敵ならば、心配をしなければならなかったのです。私の敵ということは、家族であるおねーちゃんの敵と言ってもおかしくはありません。

 そうなるならば、久慈さんに一言かけてあげるべきでした。おねーちゃんにバレない範囲でお願いしますよ、と。

 

 そう、おねーちゃんは、無敵なのですから。

 

 



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番外話④ 敵への優しさ

 

 三越栄大と久慈蘭花の共通の友であった存在、ミカは天津甕星(あまつみかぼし)の分け身の一つであった。

 二十世紀半ばから始まった、個の隆起。異能とされるヒトの深化に領域を汚され不愉快を覚えた現存する神々は、多くが地球に目をやった。ミカはその中の一つ。動き思考する、感覚器であった。

 神話の中で、男性体の悪しき五体を砕かれようとも、その程度で神の全てが損なわれたわけではない。ヒトには理解できない天津甕星の不可視の触角は宇宙から川園の地に届いて、調査対象に相似させた自立通信機、ミカをそこに置き去りにしたのだ。

 

 そう、生まれたての無垢な姿のままに。

 

「わわ、どうしてお姉ちゃん、裸んぼなの?」

 

 だから、彼女を真っ先に見つけたのが蘭花ひとりであって、そのためにその綺麗な裸体が問題にならなかったのは、きっと幸運だった。

 ミカはアカシックレコードから周囲の情報を掠め取りインストールする際の四肢の硬直の最中、子供に向かって目を動かしてから、適当に得た現地語を口にする。

 

「裸で、何が悪い?」

「悪いよっ!」

 

 記録層に触れるための俯瞰の視点から、服を着る生き物など少数なのにと、自らのヒト同然の身体を忘れてミカは首を傾げた。

 対して、自分より幾らか年かさの女の子の、そんな変態な認識に蘭花は声を荒げる。

 

 それが、二人の始まりだった。

 

 

 その後、ミカは蘭花が、名付けて拾うことになる。勿論、その間に葛藤や騒動、その他諸々の事態は起きた。それらは語るべき程大きなものではなかったが、人の子と神の目の間に大いに思いを育む要因とはなったのだろう。

 蘭花はミカをカミサマのようなものと知りながらお姉ちゃん、と慕う。立場の違いから否定していたそれにミカは次第に微笑みで応対するようになった。

 

 ミカは分霊でもなく通信機能に特化させられてもいるとはいえ、神と殆ど同じもの。本来ならば、共にあることこそ毒である。

 しかし、ミカの心の内には知らず愛が巣食った。そうなってしまえば、離れることなんて、無理だったのだ。

 

 多く、二人は時を過ごした。しかし、人と神のようなもの。一人と一柱もどきが起こしたことが奇跡に近くなるのは当然なのだろう。

 例えば、ミカは蘭花の大好きな忍者ごっこに付き合い、遊ぶどころかむしろそれを本格的なものにしていったりもした。彼女は少女の僅かな異能を見抜いて、言う。

 

「ランカがレイヤを使えば、もっと色々と出来るだろう」

「レイヤ?」

「色を塗り重ねる手前だな。ランカは色を塗ることまでは出来ないが、レイヤを重ねて自由に形を変えるくらいは出来るだろう。そうだな、隠れ身の術、辺りなら簡単だ」

「あたい、そんなこと出来るの? ミカお姉ちゃん、やり方、教えて!」

「いいだろう」

 

 そして、蘭花は異星の視点から、異能力の変則的な使い方を覚える。そして、それを忍びの術とした。彼女は顔に一枚無色を重ね、それを調整することで多貌を表したり、全身をレイヤで隠して透過させてしまうことも可能となる。

 ちなみに、蘭花の優れた身体能力も、ミカなりの異能の解釈によって行われた人間拡張の結果だった。

 

「ミカお姉ちゃん! 引っ張らないでー!」

「びろーん」

「うう、何だか分かんないところ引っ張られて、あたい、大っきくなっちゃったよ……」

「調整し、身体能力を異能力とサイズを合わせた。これで、人間が本気のランカの動きを目に止めるようなことなど出来なくなっただろう。良かったな。より忍者らしくなった」

「あたい、勝手に人間を越させられちゃった! にんにん! ……あれ?」

「弄って分かりやすい忍者にさせすぎたか……まさか勝手に語尾に忍と付くようになるとは」

「どうしてくれるの! ……にん」

「すまない」

 

 そうして、ミカによって蘭花は新たにキャラを勝手に付加される。忍者少女の誕生であった。

 しかし勝手にこんなことをされても、蘭花がミカから離れることはない。愛と愛は引っ付きあう。それはあまりに自然なこと。そこに割って入るものがあっても、変わりはしなかった。

 

「待て!」

「な、何、あんた?」

「下がれ」

「ミカお姉ちゃん、にんにん」

「っ、俺を見ろ!」

「ほぅ」

「見られて悦ぶ変態がまた一人……ミカお姉ちゃん、対抗して脱がないで! そいつただ自分を誇示しているだけだよ! にん」

「……裸で何が悪い」

「悪いよっ!」

 

 こんなすったもんだの後で、栄大は二人と仲を重ね始める。そして、次第に人心に敏感な少年の本気によって、彼らは残酷なまでに奥深くまで繋がってしまう。

 こと人間同士の友愛は、親愛なる程に深まって、とろけ合う一歩手前まで行き過ぎた。番の横で、割り込めない自分。余計な存在であるとミカは冷静に受け止める。二人がくっついてしまえば自分は要らなくなるだろう。それが頃合いと、彼女は考えていた。

 しかし、複雑怪奇な彼の女性事情が、恋愛成就の邪魔をする。

 

「栄大君! に、……んっ」

「よう、蘭花。語尾付け、我慢できるようになったんだな」

「その子、誰よっ」

「……また、増やしたみたい」

「ライバルの誕生だね!」

「蘭花はそんなんじゃ……あ、ミカも居たのか」

「ふうん。騒がしい子らだ」

「ちょっと、お姉さんまで居たっていうの?」

「……ナイスバディ」

「へへっ、でもそんなの私等残念ボディ四天王の敵じゃあないな!」

「ナチュラルにあたい、仲間に入れられている、にん!」

「ふふ。敵じゃない、か。そう思うなら、まず私がどれほどのものを持っているか、確かめてみてはどうだ?」

「ミカお姉ちゃんは、揚げ足取って脱ぎ出そうとしない!」

「おお……」

「栄大君は、ミカお姉ちゃんを凝視するな、にんにん!」

 

 この頃栄大にべったりになり始めたコメディーリリーフな三人組の間であっては、恋を育むことなんて出来やしない。

 だから、何時まで経っても彼彼女は芽を出せず、そして刻限が来たのだった。終わりなき無限など彼方の今でも存在しないというのに、果たしてそれが太古の模型に込められた命であるならば、なおさらである。

 そう、当然至極、時の推進力に耐えられずに、ミカは死ぬ。それを、彼女は少年少女に向けて、素直に告げた。

 

「……え?」

「聞こえなかったか。ならもう一度。私は、明日、死ぬ」

「嘘……」

「本当だ。薄々察していただろう。昨今の私の抜け具合。そして、昨日から私がベッドから立ち上がれなくなってしまったこと。そこに衰弱を見なかった筈もない」

「ミカお姉ちゃん……居なくなるの?」

「ああ。私は死ぬ。それは、どうでもいいことだ」

「嫌! そんな、そんなのあたい、絶対に許さない! どうして、ミカお姉ちゃんは……そんなに自分のことがどうでも良いの?」

 

 泣きながら、少女は叫ぶ。そう、蘭花は気付いていたのだ。ミカが、自分を勘定に入れられない無垢の存在であるということを。

 種族も違う他である蘭花をすら、ミカは抱きしめる。その見境なくもある深い愛は、自分を追い出した中に他を容れているがためであった。

 裸身を見せたがるのも、そうだ。それは生を見せた他者の反応によって自分というものを測らんとする不器用の一つ。

 もとよりミカは、他人を見るために製造された、そういったものである。故に、悲しいくらいに冷静に彼女は言うのだ。

 

「叩いても直せない、これが私の性分だ」

「あたいはそんなの、認めない!」

 

 決して許せないものが、歪んだ視界の中にある。なら、逃げるしかない。脱兎のごとくに蘭花は走り出す。

 涙は辛く、止めどなく目を濁らせる。立ち向かいもせずに、逃避した。このことは、蘭花の大きな心的外傷となる。

 それを、止めなかった栄大は、縋るようにミカに問う。

 

「ミカ……本当なのか?」

「ああ。エイタ、後は頼んだ」

「そんな……俺なんかじゃ……」

「お前なら、助けられるだろう? ……いや、今度こそ救ってみせろ、ヒーロー」

「っ!」

 

 救っても、全てを掬いきれるものではない。そんなことは分かっている。故に、せめてただ自分の妹を愛して欲しいと、伝えたかった。

 でも、そんな重い一言は、恋路の枷にすらなりうる。だから、ひたすらにミカは願って走りだす栄大の背中を目で追った。随分と大きくなったと、思いながら。

 

 ミカの願いは叶わない。未来のことなんて、カミならぬ異端は知らなかった。

 

 

 黄昏、次第に死が迫る。最早、未来は闇。再び瞑ればきっとその内に沈むだろう。しかし、それでも最期まで目を開けながら、神の瞳は言うのだ。

 

「やはり、私が死ぬことなんて、どうでもいい。ただ、これ以上あの二人を観察することが出来ない……そのことだけは、悲しいな」

 

 程なく、力なく目を瞑ったミカは機能を停止する。そして、翌日彼女は泡と消えた。

 

 

 

 機会を、亡くした。もう、取り戻せない。心がずっと、痛いのに。

 それでも次は、次がもしあったのならば、絶対に正すと決めた。だから、並ぶ立つのでは甘い。絶対に叩き潰して教え込む。

 そう思って、嫌われ役をやったのに。

 

「うう。あたい、痛みを思い出させようと、カプサイシンを混ぜこぜにしてやろうと思っていたのに……」

「ひえっ、久慈さんはなんて悪事を行う気だったのでしょうか。辛いのは嫌です!」

「全く。敵と思って大人気なく無力化したけれど、その必要もないくらいに、随分とアホの子だったのだね」

「あたい、アホじゃないー……」

 

 縋る相手が求めたのは、やっぱり亡くしたものに少し似ていた。ヒトを無差別に受け容れる、無私の少女。それを一度否定した蘭花に、山田星という存在は天敵――待ち望んでいたもの――にすら見えた。

 嫌い、そのおかげで想い人に激しく触れるほどに見てもらって、益々、自分の嫌いが正しいものと思うようになる。故に、蘭花が調子に乗って不法侵入し、結果弱みの一つ、姉属性に捕まってしまったのも、当然の流れだったのだろう。

 

 だが、その後の経過は自然なものではなかった。大量の唐辛子を献上し、当たり前のように許された蘭花は、何故か山田家の食卓に上がることになる。

 煮え立つ鍋。蓋を開けられたそれから、味噌の香りが甘く、漂う。

 

「ま、自分が台無しにしようとした食事、確りと味わって反省すると良い」

「よそりよそり、です!」

「ふふ、まるで子供が増えたみたいね」

「母さんの味の素晴らしさを他の家の人に知ってもらういい機会だ」

「まあ」

「全く……息子夫婦に、孫、揃って暢気なもんだよ。もっと悪意をこじらせた相手だったら大変だったってのに」

「はい、どうぞ、熱いのでふーふーして下さいね!」

「あ……う、うん」

 

 眼前に広がるのは、自分のものより賑やかな食卓。流石にこれを汚そうとした事実を思うと、罪悪感が湧き出る。

 蘭花は思わず、素直に星によそってもらった、鍋を啜った。

 

「美味しい……」

「でしょう? おかーさんのお料理は美味しいのですよ! これにプロテインをインすれば、尚更……ぐえ」

「平然と、イチゴ味のプロテインを混ぜようとしない」

「残念です。それでは、お水に混ぜ混ぜですね……」

 

 隣で敵が何だかふざけたことをやっているが、蘭花にはそれも気にならなかった。

 美味しい。それだけで幸福である。そして、思うのだ、これをミカお姉ちゃんに食べさせてあげたかった、と。

 そんな内心をも果たして知っているのだろうか、穏やかな瞳を向けて、静は蘭花に呟いた。

 

「ふふ。バカな子だろう? きっと、これから星は何度も思い知ると思う」

「はぁ」

「だから、君が無理する必要なんて、ないんだ」

 

 胸に届いた優しい思いに、軋む。けれども蘭花は何も返すことは出来なかった。

 

 

 

 そして、食事が終わって、山田家からの帰り道。お見送りを買って出た無防備な星に、蘭花は文句も言う気にもなれなかった。

 空を眺めれば、月に雲が掛かっている。残念なことだ。しかし、それ以外の夜闇にも光があった。煌めく過去の思い出の如き星光。果たして、あれは何年前の光なのだろう。人は何時、あれに届くのか。あるいはいずれ自分もそこに行くのか。

 そしてふと、蘭花は今更、忘れていたことに気づく。闇は決して終わりではないということを。少女は、一等輝く、星を見て取る。

 

「ああ、そういえばミカお姉ちゃんは……」

 

 深く、過去を思った。心は凪ぐ。

 だから、終わってしまっている少女の言葉に、いたずらに胸を引っかかされることもなかったのかもしれない。

 

「ありがとうございます、久慈さん」

「何?」

「私を嫌ってくれて。それは優しいから、だったのですね」

「ふん。憎しみを当てこすりを、優しいだなんて、綺麗事だね。あたいはあんたのそんなところ、大嫌いよ」

「ええ。嫌いなのは仕方ないのでしょうね。綺麗事が苦手な人は沢山いらっしゃることも、分かっています。それを、否定はしたくない。皆々様が確かに苦しみの後に得た答えの一つ。対することすらおこがましい、真実達だと思うのですから」

 

 また、少女は思いを容れる。蘭花はその際の諦観を帯びた表情が、大嫌いだった。

 だから、蘭花は文句を言うために星の方を向く。そして向き合った相手の瞳の中に、光を見た。

 

「でも、やっぱり私は、それが辛い。間違っていると、本当のことを言われてしまうのが苦しいのです。そんな当たり前を、今更思い出しました」

「それは……」

「だから、ありがとうございます。これから私は、苦しみに向き合って、歩いていける」

 

 それはどんな覚悟なのだろう。好き好んで茨道を、涙こらえて歩くこと。それを震えながら、星は望んでいる。

 怖さを理解し、対立に傷つけられることを忘れずに、それでも歩み寄ろうとすること。

 

 それはもしかしたら尊い人間らしさではないかと、蘭花は血迷ってしまった。

 

 だから、目を伏せ、言う。

 

「……それでもあたいは、自分を大切にしないやつの敵だから」

「久慈さんは、やっぱり優しいのですね」

「別に、優しくねーし、にん」

 

 照れ隠しはあからさま。憤って、赤ら顔と口癖を披露しながら、蘭花は言い返す。

 

「山田だって、優しいと言えばそうだろ?」

「私は、偽物ですから違いますよ!」

「むむ」

「むー」

 

 ふくれっ面が二つ。街灯の下に並ぶ。

 

「ぷっ」

「ぶふっ」

 

 そして、弾けた。

 

 

 

 逃げずに向かい合うこと。優しくても優しくなくても、それはきっと過ちではない。そう、少女は思う。

 

 



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第十三話 ちょっと居眠りしてしまいました!

 

 

 私は人の幸せを思うために、再び同じ形に生まれたのだと思っています。でも、欲深い人間である私は、私達以外だって幸せであったほうがとても嬉しい。

 世界中にラブアンドピース溢れて、幸せにだって幸せになって欲しいと思うのは、しかし強欲すぎるでしょうか。自分があったかくて幸せなのが好きなので、皆にもどうせなら全てにも、と考えてしまうのですよね。

 まあ、敵味方に別れがちな、この世界。それが不可能ごとと理解はしています。納得はしていませんけれどね!

 

 出来ないからといって手を伸ばすことを止めてしまうのは、あまりにつまらない。もっともっと、そんな風にも思ってしまいますが、それでも僅かばかりでも一人きりでも幸せに出来たなら、とても嬉しい。

 その時は自分がいい人になるという夢すらどこかに行ってしまうくらいに、喜びを感じてしまうのです。人の笑顔も、わんちゃんの揺れるしっぽも、育てたお花の開きっぷりも、全部全部が愛おしい。

 まあ、そんなこんなが行き過ぎであるというのは、何となく分かっています。辺り構わず自己投影しすぎだとは、何時かの奏台の言葉でしたか。

 

「星はカミサマでもねえのに、全部を捨てる気がねえんだよな。何時か潰されて死んじまうぞ?」

 

 続いた彼の、そんな言も印象的なものでした。ちょっと前までは、まあ大好きなものに潰されるのならば本望かな、とも考えたでしょう。

 しかし、今はちょっと違います。久慈さんの優しさに触れ、私が他を持つのは自分が辛くなるその前まで、と規定しました。

 だって、潰されるまでの苦しみって、想像出来ないくらい辛そうです。辛いのは嫌ですから、無理はしないようにするつもりなのですね。ただ、辛くなるまでは頑張りますが。

 

 

「大丈夫、ですから」

 

 そう、今だって、私は全く辛くない。だから、手を伸ばすのです。見て、捨ては決してしない。

 それが短命の爆弾として設計されている悪の組織の怪人であったとしても、哀しみ暮れる彼の幸せをギリギリまで望みたい、そう思うのです。

 

「あ、ああ……」

 

 ひび割れたガラスの心。盛大な爆発力を秘めた偽りの炉心。しかしそれを包む身体は、どうにも温かいものでした。

 

 

 

「どうかしたのですか?」

「ん……」

 

 それは、グループホームからの帰り道。お爺さんお婆さんから貰った飴ちゃん等が入ったビニール袋を持て余しながら、日暮れ前の僅かな青空の元に、歩いていました。

 車も人通りも大してない、道路。視線は雑にも周囲を巡っていきます。そんな中、私は公園の中で佇む一人を見つけてしまったのですね。

 何となく、その孤独が気になった私は鉄棒の柱により掛かる彼に声を掛けました。気軽であったのは、その容姿の幼さ故、でしたか。十歳も行かないでしょう、見るからに、少年ボーイです。

 小さな彼は私を見上げて、口を開きます。おかっぱ頭から覗いた大粒の瞳は、どこか悲しそうでした。

 

「……お姉ちゃんこそ、何?」

「私は山田星という、大したことない女子高生です! ちょっと君がなんだか辛そうにしていたので、気になってしまいまして」

「そっか……お姉ちゃん、優しいんだね」

「そんなことありませんよ。やりたいことをやっているばかりです!」

 

 努めて笑顔で、愛らしい少年に私は言葉を募らせます。少しでも、凍ったその表情が砕けてくれないかな、と思いながら。

 しかし、彼は何とも辛そうに額に走った悩ましげな険は変わってくれません。吐き出すように、少年は言います。

 

「好きにしていて、こんなに優しげなんだ。凄いよ。アイツとは、大違いだ」

「アイツ、ですか」

「そう、アイツ。僕をこの世に生んだ存在で、そして……」

「え?」

 

 彼が背中を預けていた鉄棒から退いた、その次の瞬間から私の目の前で彼の後ろから広がるものが。みしりみしりと、異常は顕になります。

 美しい、空を透くもの。それは、まるで虫の翅。透明なキチン質の翼は、少年の背中の衣服を持ち上げ大きく広がりました。

 そんなあまりにおかしな部位に駆動を、これっぽっちも気にもせず自分に埋没しながら、少年は一言続けます。

 

「僕が死ぬ理由を作った男」

 

 内容以前に酷く悲しげに呟かれたその音に、私は胸を痛めました。

 

 

 

「貴方は、怪人、だったのですか……」

「うん。甲型怪人二十号。それが僕の正式名称」

「うむむ。呼ぶなら、カブちゃんでしょうか? にじゅっくんとは言い難いですねー」

「ふふ。恐れたりするでもなく、呼び方だけを気にするなんて、お姉ちゃんは変わってるね。好きに呼んでいいよ。……あ、この飴美味しい。何味?」

「ハッカ味ですよ」

「なるほど、これがそうなんだ。知識と体験では、違うんだね……」

 

 横並びのブランコに二人して座し、貰った飴玉を頂きながらの、そんな会話。つい先程に背中に翅を戻した彼、カブちゃんは小さな甘味に頬を緩めています。

 そんな見た目相応の感じ方は、どうにも可愛らしいですね。しかし、私は世に出回る怪人の噂を思い出して、ついつい表情を曇らせてしまいます。

 それを察したのか、カブちゃんは続けました。

 

「その様子なら大体、知ってるかな。そう、僕みたいな怪人は……人を不幸にして、それも出来なくなったら最終的に爆弾として多くを殺すために作られているんだ」

「……本当、なのですか?」

「うん」

 

 カブちゃんが口走ったのは、無情な事実。謎の悪の組織によって作られた、史上最悪の歪んだ人型爆弾。それが怪人だと、言われています。まさか、こんな少年の形まで創られているとは、知りませんでした。

 確かによく、耳を澄ませば聞こえてきます。チクタクチクタク。カブちゃんから響くそれは、明らかに心臓の音ではありません。

 その音色は爆弾に付けられた時計、と思えば適当なのかもしれませんね。私はカブちゃんを見つめ、そして彼に見返されました。すると黒い瞳が、驚きに開きます。

 カブちゃんは、言いました。

 

「お姉ちゃん……怖がるどころか僕を憐れんでもいない。優しいのに、強いんだね」

 

 彼の言うとおりに、私は私以外の尊い全てのあり方を、下に見たりはしません。最期があって、全てがいくら悲しく彩られていても、その生は哀れっぽくはない。

 奇しくも二度目を頂けた私は、一つ一つのその必死な生き方を否定出来る立場にありませんから。歯を食いしばって、悪く使われるばかりのそんな命のあり方だって認めます。ただ、それが強いとは、違うと思うのですよ。

 だってそういうものだと認めたところで、カブちゃんの悲しみを無視することなんて、出来ませんから。彼の痛みに痛みを覚えた私は、胸を押さえながら言います。

 

「いいえ。可哀想だと思っていなくとも、私は、貴方がそれを辛く思っているのは、悲しいです。設計思想を認め難い、とだって思ってしまいます」

 

 カブちゃんの歪んだ生は何者の悪意のせいなのでしょう。私は、その者に憤りを覚えます。

 少し前から起きる事件と共に喧伝され周知された、人を害す者、怪人。

 カブちゃんをそういう風にしてしまった者を、私は許せません。悪の組織の何者だかがどう彼を創ったのか判りませんが、悪なんてそんな下らないもののために、愛すべき命を浪費させないで。そう、考えてしまうのです。

 眼と眼は合ったままに、気の所為かチクタクを少し早めさせて、少年は言いました。

 

「僕がこうして考え悩むことだって、人の不幸しか喜ぶことの出来ないアイツが望んだこと。でも……自棄になる前に、お姉ちゃんに会えて良かった」

 

 一部を人外のモチーフとされて、その力で暴れて末に爆破四散し大きな被害を出し続ける怪人。しかし、明らかに自由意志を持っているカブちゃんは、そんな怪人の当たり前を明らかに嫌っているようです。

 翅を隠し、はらりはらりと涙を零しながら、少年はちっとも怪人らしくないままに、私の前にありました。

 

「僕に残された時間はあと僅か。逃げてきたからには、もう爆弾は止められない。でも……それでも……」

 

 人が生きたまま心臓の動きを止めるのは不可能。同じように、カブちゃん本人の力で心臓部の爆弾はきっと止められないようです。彼は胸を押さえて、下を向きました。

 しかし苦しそうに、喘ぐように少年は継ぐのです。善心から諦められずに、私を認めて、続けました。

 

 

「お願い、お姉ちゃん。僕に、僕に……人を殺させないで!」

 

 

 カブちゃんの願いは、まるで絶叫のように、辺りに響きます。自分の死よりも他人の死を恐れて自らの身体を抱きしめる少年は、あまりに小さいものでした。

 しかし、その願いを叶えるのはきっと、とても難しいこと。おかしなだけの女の子でしかない私に、怪人の爆弾を解体することなんて叶いません。

 やってみて、失敗して私が死ぬのはいいでしょう。けれども、それでカブちゃんを殺す結果になってしまってはいけません。しかし、他の優れた方法はどう探せばいいのでしょう。

 病院や警察さんを信じるか、それとも。どうすればいいのか皆目検討つかない中、しかし、私の手は勝手に動きます。

 

「むぎゅ」

 

 胸元に、ぎゅっと。小さな彼を抱きしめ、そうして私はなるだけ優しく、言いました。

 

「――それだけじゃないでしょう?」

「お姉ちゃん?」

「貴方の命を諦めないで。創られたとか、そんなことで引け目に感じる必要はありません。カブちゃんだって、大切な命なのですから。私は、そのためになら頑張りますよ?」

 

 それは、私の中では当たり前でしかない、言の葉。

 出来る出来ないではないのです。やるべきなら、最後まで頑張るのが当たり前ですから。そして、私はカブちゃんも最期まで諦めないで欲しいのです。

 綺麗ごとを科してしまうのかもしれませんが、それでも。彼だって大切だというのは、本音ですから。

 

「う、ああ……あああん!」

 

 カブちゃんは、用途の通りに自分の命は使い捨てられる、そんなものだと考えていたのかもしれません。けれども、それは違う。命は、自分のためであっていいのです。出来るなら、手を広げて欲しいというのが、私の願いでした。

 そうして、幸せになって。限りある生命にそれを望むのは傲慢であることを理解しながらも、私は抱きしめて、その願いが成就して欲しいがために、熱を伝えるのです。

 

 ひたすらに生命の限りに涙を流す少年を、私はしばらくあやし続けました。

 

 

 

「すぅ、すう……」

「眠って、しまいましたか……」

 

 既に時間は夜、暗がりばかりになりました。その中で、街灯明るいベンチに場所を移して、私はカブちゃんに膝枕を。

 寝入ってしまった少年の頭を、私は撫でてあげます。すると表情が少し明るくなったような、そんな気がしました。

 

「それにしても、どうしましょうか」

 

 私は、悩んでしまいます。カブちゃんは、警察さんやお医者さんを信じていません。むしろ、私以外は信用出来ないと、頑なでした。

 しかし、私に出来ることは少ないです。恐らく明日明後日には爆発してしまうのだそうである、カブちゃん。

 私は、出来るだけ生き永らえて欲しい。彼の意向を無視してでも、何か方法を見つけなければいけません。そういう風に考えていると、カツンカツンという足音が。それが近くなって来た、その時に私に向けた声が響きます。

 

「怪人の子、か、度し難い……」

 

 影が寄ってきました。いいえ、それは影と見紛うような、黒衣の姿だったのです。その背の高い男の人は、私の前まで寄ってきて、眉を顰めました。

 

「貴方は?」

「私は大神豊(おおかみゆたか)という。大神唯の父親と言えば、分かるか?」

「大神先輩のお父さんでしたか。それにしても、どうしてこの子が怪人だと思ったのです?」

「ずっと、見ていた。流石に、近所にある爆発寸前の炸裂物を無視することはできなくてな」

 

 言を信じれば、大神先輩のお父さんである、豊さん。彼は私に向けて空手を広げます。私がそこを見つめると何やら黒が。そして、よく見るとそれが、カメラのように私達を上から映しているのが分かります。

 その漆黒の類似品を知っている私は、思わず口にしました。

 

「それは……闇の力ですか?」

 

 それは、奏台が持つ力と同じ。しかし、豊さんは応えませんでした。ただ、睨むようにカブちゃんを見つめてから、呟きます。

 

「正直なところ、全ては悪たれ、とは思う。……だが、これは私の趣味ではない」

 

 カブちゃんの姿から何が透けて見えるのでしょう、遠くを見つめて、豊さんはどこか憎々しそうでした。

 そして、少し経ってから、急に私に視線を向けて、言います。

 

「このガキを、私に預けろ。助けてやる」

「いいの、ですか?」

 

 唐突の、救い。きっと仔細を知っている異能の彼に間違いはないでしょう。しかし、思わず、私はその助け手に遠慮をしてしまいました。そんな私に、豊さんは不愉快そうに返します。

 

「ふん。迷惑を考えても、助けに微塵の疑いもなし、か。何を察したわけでもあるまいに、無闇に信頼するなど愚かしい。私の嫌いなタイプだが……まあそんなことはどうでもいいか。もっと、忌み嫌うべき存在の方が気にかかる」

「では……お願いできますか?」

「ああ。ほらっ」

 

 私の請願に、対応したのは片手でした。上がった手のひらに応じて照らされている筈の周囲に広がったは、黒に、黒。怒涛の暗黒が溢れてきて、私は次第にそれに覆われていきます。

 そうして闇に地まで呑まれてしまったのでしょうか。なんと地についていたはずの足元まで覚束なくなっていきました。眠ってしまったカブちゃんを気にする余裕もなく私は思わず叫んでしまいます。

 

「わっ、凄い力です! 沈んじゃいます!」

 

 もがこうにも、大切なものは胸元にあるのでどうしようもありません。ずぶずぶと、私は闇の中に。

 そんな私をどこか眩しそうに見つめて、豊さんは言いました。

 

「――偶には、超能力を善く使ってもバチは当たるまいよ」

「わぷっ」

 

 そうして私はカブちゃんを抱えたまま、どぽんと、闇に呑み込まれてしまいました。

 

 

 

「おい星。お前、どうしてこんなところで寝てるんだ?」

「むにゃ、あれ、奏台、どうしました?」

「どうしたもこうしたもないだろ……お前、なんで公園のベンチの上で寝てるんだよ」

「え……あれ?」

 

 意識が闇から浮上して、そうして気づいた先にあったのは、奏台の顔でした。

 周囲を見渡してみると、自分は夜の公園の中、ライトアップされたベンチの上に居るものと確認できます。

 しかし、どう頭を捻ってみても、どうしてここで自分が寝ていたのか、とんと記憶にありませんでした。首を傾げる私に、奏台は言います。

 

「覚えてないのか?」

「ちょっと、居眠りしてしまったのですかね?」

「大丈夫かよ……まあ、どこもおかしくないが、一応失せ物がないか、確認はしておけよ?」

「そうですね……」

 

 疲れが溜まっていたのでしょうか、よく分からないですが、ちょっとおかしな気持ちになりますね。何か、尻切れトンボのような、そんな感じです。

 まあ、何も覚えていないのであれば、それは仕方ありません。幾ら考えても闇しか出てこないのであれば、どうしようもありません。

 ごそごそと、自分の格好と持ち物を確認する私。それを見ながら、どうしてか奏台は目を細めました。

 

「ん? なんかお前、ちょっと暗っぽいな……何だこれ?」

「ああ、ミヨお婆ちゃん達から頂いた飴ちゃんが一個もありませんー!」

「うお、大声上げるなっての、それに凄くどうでも良い内容で!」

「どうでも良くありませんよ! 楽しみにしていたハッカ飴が全部ないなんてー!」

 

 なんていうことでしょう。先に呟かれた奏台のなにがしかの言葉だって、今やどうでもいいですね。

 あのすーっとした味を楽しめないなんて。それに折角の好意を失くしてしまうなんて、駄目駄目です。

 私は思わず、落ち込んでしまいました。

 

「うう……悲しいですー」

「ったく……星が騒いだから、少しの暗さなんて、全部飛んでわかんなくなっちまったじゃねえか……まあ、いいか。ハッカ飴か? 後で買ってやるよ」

「いいのですか?」

「飴なんてたいしてかかんないだろうから別に……あいたっ!」

「わ、奏台の頭に何かが激突しました!」

 

 今度は、唐突にも落ち込む私を慰めていた、奏台の頭に飛来するものが。茶色いソレは、ぶつかり、私の足元に転がりました。

 まじまじとそれを見つめてから、私はその愛称を呟きます。

 

「わ、カブちゃんですー。こんな半端な時期にこんばんは、ですね!」

「痛た……なんだ、カブトムシかよ……」

 

 頭を掻く奏台の横で、カブちゃんは、すばやく転がり逆さになったその身を立て直しました。

 そして、どうしてだかしばらく私を見つめて、その後に彼は再び翅を開き始めます。

 飛んでいくのでしょう。自由にも、己のために。私はそんな彼に向かってばいばいを、しました。

 

「さようなら。ずっと、元気で居て下さいねー」

 

 見上げる私のはるか上空に、彼は消えていきます。

 ああ、彼も永く生きて、幸せになって欲しいものですね。私は本当に、そう思います。

 そしてカブちゃんは、暗闇へと消えていきました。

 

 

 チクタクという音は、もう聞こえません。

 

 

 



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第十四話 間違えてしまいました!

 

 

 闇、というのに驚くほど縁がある女子高生であると、私は自分をそう思っています。幼馴染の奏台は闇の力を持っていますし、お友達に闇属性なお化けさん達が沢山いますし、そもそも私は死後の闇から這い出た存在ですし。

 暗がりは、そこそこ好きです。ただ、ずっとそこに居られるか、といえば、ちょっと無理ですね。どうしても、私は最終的に光を望んでしまうので。

 人が真に休むことが出来るのは、瞼の裏の暗黒でしょう。それを、望む感情を私はよく理解しているつもりです。けれども、目を開けたくなる好奇心も忘れられません。

 だから、どっちつかずにも私は光と闇を行ったり来たり。どっちも分かった気になって、生きています。

 

 そう、それが間違いだとしても、美しくもグロテスクですらある全てに、目を背けて生きていたくはないのですね。

 それは、いい人の範疇ではないのかもしれません。けれども、汚いを愛でても、良いのではないでしょうか。

 

「うう……」

「悪心として見捨てるに、貴女は純過ぎますね」

 

 闇の中、暗黒を掬い上げて、私はその淀みを撫で擦ります。

 

 

 

「うー……」

「大神先輩、さっきからどうしたのですか?」

「あ……うー、ごめんねー」

 

 私の袖の端っこをちょこん。そうしてからぱっと離して私の瞳に怯えます。そんなルーチンを繰り返すのは、小さな大神唯先輩。

 長い髪をふりふりしてから、大神先輩は私に謝りました。それに、私は笑顔で答えます。

 

「全然、気にしていませんよ。ただ、何かお悩みでもありましたら、お手伝い出来たらなあ、とは思いますが」

「悩みとは、違うんだけど……うー」

「うーうー煩い奴だな……何時もの無駄な元気はどうした」

「うー……」

「市川ったら、唯先輩に辛辣ね! でも、しおらしい唯先輩もいいわ!」

「……何か用がありそうなセンパイはともかく、大一はなんで俺らに付いてきてんだ……何時も通りに三越のとこに行ってろよ」

「何言ってるの、恋と愛は別物じゃない! 別腹よ、別腹。それに毎日男の子じゃあしつこくっていけないわ。偶には可愛い物も……もぐもぐ」

「んなこと言って、センパイ見ながら、白飯かっこんでんじゃねえよ……何か怖いわ」

 

 お外でお昼ご飯を食べに、四人。皆が揃って座していれば、花柄レジャーシートの上はすし詰め状態です。奏台辺りは、そんな狭さを嫌っているみたいですね。

 まあ、確かに普段は私と奏台の二人でご飯を食べながらお空を見ているばかりの時間。それが、賑やかになって、思うところがないという方がおかしいのでしょう。

 確かに、私も鬼気迫る表情で大神先輩を見つめながら白飯ばかりを食べ続ける大一さんはちょっと怖いです。次に、スポーティ少女はじろりと私を見つめました。

 

「山田さんもとっても可愛いから箸が進むけれど……やっぱりその可愛らしくないおっぱいは敵ね! もぐもぐ、あれ、何だかご飯が塩辛いわ!」

「大一さん、目から……」

「星の胸見て悔し涙流してんじゃねえよ……それでも白飯食うの止めないとか、どんだけ食い意地張ってんだ……」

「悔しいけれど、可愛い二人の間でご飯が甘じょっぱくて美味しい! さて、煩い市川はスパイスになるかしら……駄目、フツーね! もぐもぐ。おかわり」

「わっ」

「普通でも、食べ続けるのか……って、おい! もう一箱弁当箱に白飯詰めてんのかよ……」

「もぐもぐ。こんなの、アスリートの当たり前よ!」

「そんなに炭水化物を採るのが当たり前って……お前の中のアスリートって相撲レスラーが基本なんじゃないか?」

「あはは。みっちゃんは大食いだねー……」

 

 大一さんは、流石です。小道具のご飯ひとつで奏台から沢山のツッコミを喚起し、大神先輩にあっという間に笑顔を引き出してしまいました。

 鮮やかなその手際を披露した食事量に比べてびっくりするほどスレンダーな彼女は、その大食にあわあわしていた私に再び目を向けて、続けて言います。どうしてか、手の平を差し出しながら。

 

「喉乾いたから、ミルクちょうだい?」

「え?」

「アホか! 星の胸のサイズは授乳期だからってわけじゃなくて無駄にデカいってだけだ!」

「痛あー!」

 

 奏台のツッコミが物理的に大一さんの頭に炸裂します。あ、発された大きめのぱちんという音の割には存外ソフトタッチでしたね。女の子に強く出れない彼のらしさが地味に出ています。ボケさんの大げさな反応は、反射的なものでしょうか。流石です。

 それにしても、私の胸を無駄とか、結構失礼ですね。まあ、確かに使用予定もない残念な重みですが。ただ、厚みがそこそこあるので、防御力は高いと思うのですよね。三井さんとのステゴロ勝負に勝てたのは、多分この脂肪のおかげですし。

 と、自分の胸を見下ろしていると、そこに顔が。勢いづいて飛んできたそれを、私は胸元でキャッチしました。小さい、それは大神先輩です。彼女は反射的に抱いた私の中で、機嫌を良くしました。

 

「どーん! あはは、ふっかふかー!」

「身じろがないで下さいー。くすぐったいです! あ……ちょっとブラウスが脱げちゃいました」

「ぐっ!」

「セクシーね! そして、幼馴染の痴態に鼻血を垂らす、市川はとんだエロ男! もぐもぐ」

「ほっとけ! ……お前、まだ食ってやがんのな」

「これは、いいおか……むぐぐ……」

「言わせねえからな!」

 

 私が大神先輩にじゃれられている間に、今度は奏台が大一さんとじゃれ始めました。しかし、鼻血を出しながら、女の子の口を塞ぐというのはどうでしょう。何だか犯罪的です。

 注意したほうが良いのでしょうか。

 

「やっぱり、優しい! 思い切って良かったー。あははー」

 

 けれども、私はそんなよく分からない他所のことより、間近の花に癒やされてしまいます。

 何が暗さの原因だったか不明なままですが、大神先輩に何時もの笑顔が戻ったのは、良かったのですから。

 

 

 

「山田さん」

「あ、丸井君。こんにちわ。校舎内で会うのは珍しいですねー」

『……私も居るぞ』

「勿論、見えていますよー。罰さんも、こんにちは、です!」

『ふん』

 

 お掃除の時間にお外で見つけたタバコ吸い殻が気になり、うろうろとゴミ拾いをしながら校舎に居残っていた私。それに、二つの声がかけられました。

 何時の間に、一年生ゾーンに来てしまったのでしょう。廊下にて、どこか初々しい様子の子たちに囲まれた中で目立つ丸井君と対します。勿論、奇異に見られようとも、お隣の罰さんにも、ですね。出来るのに無視してしまうのは好ましくありません。

 そんな私に何を思ったのか、罰さんはそっぽを向いてしまいました。首を傾げる私に、丸井君は笑顔で言います。

 

「罰は、照れているんですよ……まあ、それは良いですね。僕は会えて嬉しいですが……場所を変えた方が、良いかもしれません」

「ん? どうしてです?」

「汚い目線なんかで、山田さんが汚れて欲しくはありませんから」

「目線、ですか?」

『……』

 

 馬鹿な私は、丸井君意味深な言葉を理解出来ません。けれども、周囲を見渡した時に、やけに見つめられているなと感じはしました。

 そして、その数多の中に、どうにも怯えが多分に入っているような。気の所為だったら良いのですが。

 まあ、どちらにせよ下級生の中に私が馴染むことはないでしょう。遠慮なく手を伸して掴まえてから、私は丸井君を引っ張ります。

 

「あっ……」

「私がどうこうなんてまあ、我慢できます。けれども、他の方々に余計な緊張をかけるのはよくありませんね。失礼しましたー!」

 

 汚れるなら、幾らでも。それが人のためであるならば、我慢は簡単です。けれども、我慢を他人に強いるのは駄目ですね。

 唐突な上級生の登場に、皆びっくりしてしまったのでしょう。それが、きっと怯えの正体。何か違う気がしますが、それで通します。

 丸井君を連れて、私はその距離からきっと彼のお友達であるのだろう皆さんにばいばいしました。その際に、信じられないものを見るように彼彼女らの目の色が変わったのは、またどうしてでしょうね。

 何だか謎の多い一幕でした。

 

「なるほど、罰が言っていたのはこういうことか……こんなのが救い? 馬鹿げてる」

 

 丸井君の口の端からぽつりと、ひと言。それを私が拾うことはありません。ただ、声の音を聞いて、彼に振り向きます。

 

「ん。何か言いましたか?」

「何でもないですよ……はは」

『力……』

 

 でも、不明な中初めて見た彼の本当の笑顔は、どこか固いものに見えました。

 

 

 

 適当な世間話をしてから、さようなら。幾ら私でもそんな当たり前くらいは出来ます。まあ、お化けのお話がその中に混ざっているのは、通常ではありませんか。

 まあ、そんなこんなで私は丸井君と罰さんと別れて、一人きり。どうしてか彼に指定された校舎裏での歓談の後。少しの寒さに私は身震いしました。

 

「丸井君らには先に行かせましたが、私も直ぐにこの場から帰らせて頂きましょうか」

 

 日陰の、僅かな闇。じめじめを嫌うのではありませんが、ひんやりしていて長居はちょっと無理です。もっと厚着だったらダンゴムシ探しに興じられるのですが。

 疾く、陽の下に出ようと歩み、そうして私は校舎の影から脱しました。そうして、ふと気配を感じて私は校舎の角に人影を見つけます。

 とても私よりも年かさの人のものとは思えない小ぶりなそれは、やっぱり大神先輩でした。止まった私を見上げて、彼女は呟きます。

 

「山田さん、あの子、とも仲いいんだね……」

「ん? あの子……ひょっとして、大神先輩、丸井君のこと、ご存知だったのですか?」

「うん……あんな子、中々居ないから」

「かもしたら、ここで私達の会話、聞いていらしたのですか? そんな大したこと話していなかったのですが、だとしたらちょっと気恥ずかしいですー」

「まあ、聞いていたよ? あんなトゲの塊のような暗黒いじめられっ子に、山田さんが何されるか、心配だったから」

 

 とても暗い、大神先輩の様子。そんな何時もと離れた姿の彼女から、想像もしなかった言葉が飛び出ました。

 トゲ、暗黒。そんなものよりいじめられっ子、という文句が気にかかります。私は、大神先輩に問いました。

 

「いじめられっ子。それは丸井君のことですか?」

「うん。でも、心配しないでいいよ。あの子は誰彼構わずそのトゲでいじめているのそのままを返されているだけ。因果応報だから」

「よく分からないですけれど、何か私の見ていないところで、いじめるとかいじめないとか、そんな事態があったのですか……何とかしないといけませんね」

 

 トゲとか、私が見ている丸井君からは、これっぽっちも伺えません。彼が私をボードゲームで嵌める時には、嗜虐性が表出ますが、それくらいです。

 けれども、人に多面があることは、当然。信じたいですが、丸井君が知らないところで悪いことをしているというのも、あり得ないとは言い切れないところがあります。

 そう、何時もの丸井君の笑顔の仮面の意味を思えば、もしかしたら。懐かない他人に悪さしてしまうことも、ありかもしれません。

 問いただすべきことを知った私は、感謝を伝えるために、大神先輩へと向き直ります。しかし、視線が合うことはありません。彼女は下を、向いていました。

 

「……悪い子が悪い目に遭うのは、当たり前じゃない?」

「そうかもしれません。でも、私は誰だって悪い目にあって欲しくはありません。だから、悪いところがあったら直して貰うために、動くばかりです」

 

 大神先輩の言葉に、私はそう返します。

 悪いことをしてしまう、その気持ちは自体は私も分かるのですね。だって、ソッチのほうが楽ですから。いいことをやり続けるというのは、大変です。

 だから、私は心の悪を否定しません。けれども、悪心に任せて悪行をすることが当人と周りを苦しめることが明白だったら、諌めることくらいはします。

 それが無理で、私が悪に負けてしまったとしても、それでも、私は止めません。こんな身勝手な私、嫌われても、仕方ありませんね。それでも、愛されたいのが困ったところですが。

 

「ふ、あ……」

「う、うぅ……」

 

 私は自嘲に力なく唇を歪め、そうしてどうしてだか大神先輩は涙を零しました。

 溢れる滴、はらはらと。煌めきが美しくとも、それは悲しいもの。故に、少しでも寄り添えればと、手を伸ばしました。

 しかし、大神先輩は私を見上げて、びくりと震えます。それでも手を引っ込めない私に、彼女は叫びました。

 

「うぅ……やだ! 私悪い目にも遭いたくないけど、もっと、もっと、山田さんに叱られたくない、嫌われたくないよお!」

 

 少女は駄々を、いやいやをします。ごねて、震えて苦しんで、そうして縮まった彼女。

 そんな、自分に閉じこもってしまった大神先輩に、私はわざと触れます。出来るだけ優しく、伝えるように。

 そして私は、口を開けました。

 

「大神先輩は、悪い子、なのですか?」

「そうだよ! 闇の世界で、私は全てを虐げてきたの! 何せ、お父さんは魔王で、私はその娘だから! そんなお父さんがこっちの世界で直接山田さんに近づいたって聞いて、心配で! それでも、今まで本当のことは言えなくて……」

「闇の世界、そうなのですか……」

 

 奏台がそれを舞台にして、戦いを続けているという闇の世界。教えてくれないので、闇人が存在するということしか私は知りません。けれども、何となく、それとなく。私は大神先輩がそれと関係していたことに納得を覚えます。

 

 予感を覚えた、大神先輩との、あの出会い。小さい闇人を見えないはずの遠くから感じて近づいて、そのことを忘れることすらなかった、そんな彼女。

 きっと大神先輩は、知らないふりをしていただけで、闇人を見知っていた。それに奏台の闇の力が効かなかったということは、既にそれに染まりつくしているとは考えられなかったでしょうか。

 そう、始まりには嘘があった。動機は分かりませんが、そこから奏台に粘着したのも、故あることだったのでしょう。表立っていた、無意味な稚気によるものではなかった。

 そんなこんなを、悪いと彼女は悲しんでいる。そして、悔いているのはそれだけではなかったようです。私の胸中で、彼女は言います。

 

「山田さんも、市川君も、皆、みーんな! いい子過ぎるんだよお……こんなの、私が、酷く醜いみたいに思えちゃうじゃない!」

 

 その叫びには、胸に期するものがありました。無思慮な私のせいで、他が傷つくのは認め難いことです。

 けれども逃げずに、その痛みを噛みしめる私の前で、すがりつく言葉が続きました。

 

「こっちでは無垢な子のフリして、あっちでは、嫌いは徹底的に殺した。好きは台無しになるまで遊んだ! 私には、暗い血が玩具だった! この世とあの世を行き来して、そんなことすら出来ない他を下に見て、私はずっとヒネていたの!」

 

 私は幻視します。善を知らずに、見知った悪ばかりを行う返り血まみれの大神先輩を。

 それは、小さな暴君。他人の気持ちを理解出来ない、そんな少女。とても悪く、叱って直さねばなりません。そして、損なわれた全てに対して、贖うことも必要でしょうか。

 けれども、すっかり怯えてしまっている彼女をどう叩けというのでしょう。私は、強く、抱きしめ直しました。

 

「でも、私の遺伝と違って似た能力持ちで闇に親しんでいる、きっと正体はあの勇者なのだろう市川君を私は見つけてその隣の女の子も見定めて、そうして私は初めて他人を同等と考えた! なら、友達になれるんじゃないかな、って思ったの! 思いたかったんだよお!」

 

 知らず、会う前後で大神先輩は変わっていたのですか。ああ、だから私は去年に見た彼女と、今の大神先輩を結び付けられなかったのですね。

 人を人と思わない冷たい目の少女と、見定めるために視線を熱くし縋り付く大神先輩。それは、違って見えるはずです。

 

「今更、私の腐った性根は直せないのに……悪い子なのに、何時かは滅ぼされるんだって、お父さんだって言っていたのに……それでも、愛されたいって思っちゃったの」

「良いのでは、ありませんか?」

「え?」

 

 目の前の大神先輩は悪い子。それは、分かりました。確かに、そのために何時か行いのしっぺ返しが来てしまうのかもしれません。

 異世界での悪行。私に知れないからとはいえ、それは確かにあったこと。けれども、私は関していません。だから、目の前の少女はただ愛おしい暗がりでしかないのです。故に、言えることは一つだけ。

 

「私は、愛しますよ」

「それは……きっと、良いことじゃないよ? むしろ、悪いこと……わぷっ」

「だから、どうしたのですか。私は欲され、差し出そうと思いました。……それだけ、なのですよ」

 

 私は、いい人になりたい。けれども、そのために生きてばかりではありません。様々に間違えて、それでも私は懸命に模索します。

 そう、ひたすら真っ直ぐに進む以外を否定するのは、よくありません。悪しくあっても、それは生で。なら、変われる。裏切られても、そう信じていたいのです。変わる力を育むために、私なんかの愛が要るのであれば、いくらでも。

 更に言えば、私は既に反省している人をいじめる趣味はないのですよ。だから、私は叱らず嫌わず、ただ語るのです。

 

「私なんかが間違って、それで貴女が幸せになって、そうして……人に優しくなってくれるのだったら……それで良いのです」

「本当、に?」

「ええ。一度の間違いやり直し。それがどうしたのですか。再スタートは何時だって出来ます。そんなことより、貴女が気づいた罪の重みを軽くすることの方が先決です」

「罪……」

「潰れないで下さい。そうなってしまったら、私が、悲しい」

 

 そう、これは結局は、彼方の人々よりも目の前の少女を選んだ私のエゴ。だから、本音を伝えるのに迷いはありません。

 泣かないで。ただ、私がそれを見るのが辛いから。口にするまでもなく、指先で彼女の目尻を拭って、私はそれを表します。

 しかし、涙は次々溢れて、止まりません。なら、ぎゅっと、包み込んでしまいましょう。そうすれば、冷たくはないでしょうから。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! 私、人がこんなに温かいって、知らなかったの!」

 

 引っ付く少女の叫びを、身体で聞いて。私は自分の間違いに満点を付けました。

 正しいからと、それ以外を否定するのは簡単です。きっと本当にいい事は、疾く無理にだって正すこと。でも、汚くても醜くても、生きていていい。それだって、当たり前のことですから。

 優しく、そうして本人に直して貰う。その間ずっと信じることくらい、します。その思い伝えたくて、だから触れるのでしょう。

 

「よし、よし」

「うう……ありがとう、ありがとう……」

 

 

 闇の帳を気にせずに、私達はそのままずっと、一つでした。

 

 

 



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番外話⑤ 悪への優しさ・上

 異能力バトルです!


 

 

 その男は悪である。紛うことなく、真っ黒に歪んでいた。自分の為が最優先で、他人なんてどうでもいい。そんな至極当たり前に寄り過ぎた存在。

 けれども、もし彼が同類達と背比べをしてみたとしたら、存外小さなものであったのかもしれなかった。

 だって彼は、人の気持ちを理解したい普通でもあったのだから。

 

 

 

 大神豊(おおかみゆたか)は、生まれながらに闇を己の世界とする能力を持つ存在だった。

 色で表すのであれば、それはあんまりなまでに重なり合った深い混色。奇しくも彼が生まれたのは異能誕生の黎明期をやっと過ぎた程度の頃。そんな個の隆起が起ききっていない時代にここまで異色の存在と生まれた豊は普通ではなかった。

 そのようなあまりに特別な豊が、一般から生まれてしまったのは、不幸なことだったのかもしれない。

 

「どうして……」

 

 結果として、その異能のために豊は一番近くのものに愛されなかった。強すぎる彼の黒色が、手近な家族関係を汚して台無しにしてしまうのはあまりに簡単なもの。

 父は恐れ、母は縋り、そしてそれが普通と思い込んでしまった幼き豊は、己というひびが全てを割いていくのを間近で見ることになった。

 父は言う。お前のせいだ、と。母は言った。貴方でなければ、と。

 家族の決壊。そんなの、誰のせいでもあるというのに。しかし、豊は彼らの言葉を真に受けてしまった。

 

「どうして、世界は私を、認めてくれないのだろう……」

 

 自分はこの世の間違いなのだ。故に、独り。豊はそう、決め込んだ。

 だから、数多の親戚の家のお飾りを重ね、そうしてやっと見覚えのない遠戚の家にて安堵するようになっても、ずっと彼は望まなかった。

 愛されることを、豊は放棄する。一番それが大切である筈の時期に、彼は愛を覚えられなかった。

 

「寒い……」

 

 豊の小さい世界の何処にも、温かいものは見つからない。なら、この世のどこにも無いのだと勘違いしてしまうのは仕方ないのだろう。ならばと望んだのは、世界外。自分に身近な闇の中。

 けれどもそれに触れられる能力者が己以外に存在しなければ、そこは未だ手付かずの無形ばかりしかない。

 しかし、冷たくて、冷たくて。だから少しでも温もりたくて彼は呟いたのだ。

 

 ――――光あれ、と。

 

 そうして、闇に世界が生まれた。

 

 

 

 開闢される闇。しかし、少年は闇の世界でも独りだった。他など存在しない、自分と全てになりうる天地の中で、豊は己の思うがままに他を作り上げた。

 それはまるで模型趣味が創り上げるニセモノ達に似た、まがい物。しかし趣味でしかない彼らよりもよほど本気で必死だった。そうして縋り付いてまで緻密に創り上げた世界の上に立ってから彼は、思う。

 

 気持ち悪いな、と。

 

 それは、豊が二つを似せすぎたために起きた、不気味の谷。つまるところ、彼の美的センスに、この世界はそぐわなかったのだ。

 だからもう一度壊そうと、闇人達が暮らす平和な世界を眺め直し、そうして彼は再び思った。

 これならば、踏みつけても気にならないな、と。愛知らず道徳なんて、ためならず。そう思い込んでいた豊の悪心が、ここで頭をもたげた。

 全てに疑っていてばかりで貯まるストレス。その解消の場を見つけた、瞬間だった。

 

 やがて。彼は全てを台無しにして争わせるために世界に魔法のエッセンスを加え、その上で無慈悲な王となった。

 魔王様。そう呼ばれて、その通りになる。

 圧政敷いて、闇の人の屍の上で、一人凍えた。そのまま過ごして全てに見切りが付けられそうになった、そんな日。

 

 彼は、彼女と出会った。

 

「ああ、この世の全てが悪たれば良かったのに」

 

 そうすれば、全てを捨てて、闇の中に消えられたのに、と豊は思わずにいられなかった。

 

 それは、数奇、というよりも自然。力を隠して過ごしていた大神豊は、ただの異性、笹崎恵(ささざきめぐみ)に愛される。

 魔王様が、愛を信じることが出来るようになったのは、幸か不幸か。その時の豊にとっては、この上ない幸せに決まっていたが。

 温もり、闇を忘れた。どうやっても、捨て去ることだけは出来なかったが。

 

「そういえば良いものになろうと思ったことも、あったな……」

 

 しかし、青年は愛を得て、大いに溺れてから、それを失う。豊が恵と共に温もりを感じられていたのは僅か、五年間のことだった。

 

「だが、いい人なんて、私にはもう、遠い」

 

 悲劇で終わってしまった恵との関係。しかし、思い出以外に遺されたものは一つだけ、あった。それは、結。愛すべき娘だった。

 しかし、温もり知らない豊は相手を壊してしまうことが怖くて触れること躊躇われ、最愛の子供に遊び場と闇の世界を与えるばかり。

 豊は親が子に一番に与えるべきものを、知らなかった。故に、彼は娘が自分のように仮面を覚えて闇で残酷で遊ぶように悪く育とうとも放置せざるを得ない。

 愛の失伝。自分を捨てた両親を想わざるを得なかった。

 

 ああ、良いものになんてなれなかったのだ。稼ぎが優れているだけの、半端な大人が一人。自分は悪いばかりの人間だった。他人の温もりを知らず、故に自分のことばかり考えてしまう自分は悪。

 そう、豊は自認している。

 だから、自分が創った世界に勝手に入ってきて、創造物に同情して顔も正体も知らない自分を斃そうと志ざしている、そんな蛮勇振りかざす者たる奏台のことを詳らかに識っていながらも、それも当然と放置しているのだった。

 

 しかし、そんな風に、諦めてしまっている豊にも認められないことはある。

 

 

「だから、これは……同族嫌悪、なんだろうな」

「そうかな?」

 

 雲天の元、己の不幸を憎む渋面と、相手の不幸を喜ぶ笑顔が対する。

 対した相手の醜い悪を、他人で慰撫してばかりで自慰で済ますことすら出来ない上水善人の強欲を、豊は憎む。

 

 

 

 それは、残務処理と部下へ仕事の動かし方を教えるために時間を割いたことで完全には休めなかった、祝日。

 今にも空からはらはらと雫こぼれ落ちて来そうな、曇天を気にしながら、豊は歩む。濡れる冷たを嫌う彼は雨雲で出来た闇は、あまり好きではない。

 しかし、これは間違いなく降るだろう。先日からの天気予報は当たっていた。ブリーフケースの隙間から折り畳み傘を覗かせて、豊はため息を吐く。

 

「はぁ……ん? あれは」

 

 駅から家への道中。天気を気にして上を見てから、足元を確かめるために下を見る。そんな当たり前の動作。その中で、豊は異常を発見した。

 いつぞやに、能天気そうな娘から、哀れにも甲虫と人の混ぜ合わせに創られた怪人を受け取った、そんな場所。規格化された見どころの少ない公園前に、人を見つける。

 

「気持ち悪いな……」

 

 そう、何時ぞやに闇の世界に感じた不気味の谷のように、豊はそこに佇んでいるばかりの男性に、言いようのない違和感を覚えたのだった。

 まるで人でなしが、人の皮を着込んでいるのを見てしまったかのような。そこまで思ってから、豊は頭を振る。

 

「まあ、なんでも良いか。先日のように私に関係しそうなものでもなければ、何がどうなろうが知ったことではない」

 

 そして、豊は嫌悪感を諦めた。だから、このまま歩みを続けて大人しく、無視をして脇を通る、それでこの邂逅は終わるはずだったのだ。

 

「ん? 君か」

「っ!」

 

 しかし、上水善人は、大神豊を見つけた。大きなものが、小さなものを。光が、影に寄る。

 その明らかに違う声色に全身に怖気が立った豊は、弾けるように善人から距離を取った。そして、彼は見る。笑顔の、破綻者の全貌を。

 黒好みの豊と対象的な、真っ白いスーツを違和感だらけで着込んだ善人は、その手の上に黒い球体を浮かべていた。彼はこてんと、まるで疑問を覚えたかのように、首を傾げる。

 

「どうしたんだい? ただ、声を掛けただけだというのに」

「ただ、ではないな……全く自分の異形に怯える人を愉しむとは、悪い趣味だ」

「ふうん。分かるんだ。面白いね、君は」

 

 何故か理解してしまい眉をひそめた豊に対し、にこにこと、善人は不快の前でいい空気を吸い込む。言の通り彼は明らかに、人の不幸を愉しんでいるようであった。

 それを知りながら、しかし豊はその奥までは分からない。善人は他者の不幸に愉悦を抱く、そんな悪趣味の究極。不幸にしか高揚しない最低であるということまで、普通な彼では分かろうはずもない。

 ただ、一応しておかなければと、問う。

 

「それで、どうして貴様は私に目をつけた?」

「いやさ……だって、俺の創った爆弾。台無しにしたの、君でしょ?」 

「……何を言ってる?」

 

 そうして、ようやく豊は事態を察する。時限爆弾で散る予定の哀れな怪人を儚い昆虫に変えてしまったこと。それを、爆弾の作成者が知って、原因を探しに来たということを。

 ひとまず、相手の対応を見るために豊はしらを切った。

 

「知らぬ存ぜぬで通すつもりかな? まあ、流石にそれは困る。単純に気になるんだよ。【この虫】を基礎ごと変えた闇の原理はちょっと、面白そうだ」

「なっ」

 

 そんな豊の嘘を軽々と認め、善人は謎の球を浮かべた逆手、先まで確かに何もなかったはずの左の手の上に、甲虫を顕にする。

 その取り出し方法と言の不明に驚く豊。善人は、笑みを深める。 

 

「ま、こんな虫、どうでも良いし……大体解除方法の予想はついているのだけれどね」

 

 そうして、何の躊躇いもなく左手を閉じ、握りつぶした。物言うことも出来ずに、虫は欠片と汁となって、善人の指の間から逃れていく。

 豊の瞳は大きく開いた。裂け、醜悪にまで深まった笑みのままに、善人は続ける。

 

「影は物体に応じて形を変える。そして、表以外の内は光届かない洞だ。君が闇を操ることが出来るとしたら……影の形を変えて物体を整形し、体内の炸裂装置を不明と呑み込むことだって、不可能ではないだろう。大した力だよ、褒めてあげる」

 

 善人は、あの爆弾は外的刺激に敏感だから、概念作用でも使わないと解除不可能なのだよね、と続けた。

 ここで、豊はようやく気づく。目の前の人間が、どうしようもないバケモノであると。怖じに僅か下がった足は、笑われる。

 

「はは。……ただ、俺以外のそんな便利は邪魔だよね?」

 

 害意。それに応じて、善人の目の色が変わった。当然のように、瞳が悪に混濁する。ふつふつと、沸き立つその凶悪に睨まれた豊は、恐れを感じざるを得なかった。

 しかし、それでも逃げはしない。豊はムカついていた。目の前の存在は、悪の組織の何者か。最悪、その頂点。そんな自由は、良識に縛られこの世界で悪事を働くことは決して無い魔王を苛立たせた。

 

「……やれ。偶とはいえ、超能力を善く使うものではなかったな」

 

 豊は暗黒を零と見切らず無限の可能性と認め、むしろ祝福する。それに応じ、モノの影達は物質化し、極限まで尖った。

 その無数は善人の方を向く。彼の周囲はまるで、逆ハリネズミ。しかし、笑顔は変わらず、むしろ二歩ほどの互いの距離を埋めるため、最悪は一歩踏み出す。

 

「面白いね」

「っ、どうなっても、知らないぞ!」

 

 向けられる、謎の黒球。

 なんだ、あの黒は。

 その果てしなさを嫌い、豊は生まれて初めて、自衛のためにうつし世にて己の力を解き放った。

 

 尖りを増し、突き刺さる黒。豊がマテリアライズした暗黒は何より固い。何しろ、闇とは力で壊せないものの一つであるから。その意味すら物質の性質となった黒棘を防ぐ方なんてあり得ない。

 だから、豊に躊躇いがなければ、あっという間に骸の出来上がり。そして興奮状態の彼は手加減など考えてもおらず、善人に訪れるのは、死が当然の筈だった。

 

「結びは、つまらないけれどね」

「なっ」

 

 しかし、止まらない。止められるはずがなかった。闇は善人に触れることが叶う前に、解ける。

 それは、まるで光に触れた闇の末路。近づくだけで、格差に揺らぐ。そう。全ては、上水善人という存在の重みに耐えきれないのだ。

 そして無造作に向けられた、闇より深い暗黒球。

 怖気。

 必死に、豊は大げさに転がりながらそれから逃げた。

 

「あー。流石に避けたか」

 

 呑気な善人の声に、豊は振り返らない。そのまま逃げるために足を動かす。

 豊の耳には、避ける際に明らかに異常な音が聞こえていた。見ずとも解る。あの球の軌跡は、その影響下である数十センチの範囲は、きっと抉れるように崩壊して何も残っていないだろう。それくらいに、あれは重たそうだった。

 そして善人の周囲には、豊の想像の通りの現実が広がっている。重みが違いすぎれば頭を垂れるもの。それは、物でも一緒だった。近寄られるだけで、潰れてしまう。それほどの違い。

 走り、次第に遠ざかる豊の背中。善人は蟻にも満たない相手のあがきに、笑う。

 彼はゆるりと、右足を動かす。

 

「はは。結構足、速いんだね」

「な」

 

 そして、善人は一歩で互いの距離を無にした。スケールの差異に、世界は狂う。

 そも、善人にとって、距離の支配程度楽なもの。なにせ全ては彼の掌の中に収まっているくらい、なのだから。

 

「ぎ」

 

 無造作に動かされた、右手。その延長線上にあった豊の左腕が、消し飛んだ。

 そして、軌道を変えて、善人の黒球はそのまま豊の顔に吸い込まれていく。瞬く間に鼻頭が潰れ、そうして。

 

「――あ」

 

 

 あたりは一遍に、夜になった。

 

 

 

「はぁ……はぁ……なんだ、アイツ……なんだったんだ」

 

 消えた、善人。

 左手の喪失。そして、鼻の怪我。一息吐く間もなく、それを豊は影で塞いで補う。黒色であるが、もとに戻る、形。しかし、馴染みがない。これでは完治どころか前と同じく動かすにもしばらくかかりそうだった。

 だが、そんなことなんてどうでもいいと、豊は善人を呑み込んだ、足元の己の影を見る。

 

「日に真っ直ぐ向かって走って、アイツに影を向けていたことが功を奏したか……」

 

 そう、豊は逃げつつ、誘い込んでいた。一つに気を取られれば、人は他を見落としがちになるもの。逃亡者が罠を仕掛けている等、絶対優位でそこまで考えるものではないだろう。

 辛くも豊は、己の手足の先である自らの影を使って、善人を闇の世界へと呑み込むことに成功していた。

 

 そして、豊は足元から影を切り離しその場から逃げ出す。どう考えても、これだけで倒せた気がしなかったから。

 黒い孤は、淡い日差しの元、揺らぎ続けた。

 

 

 そのまま駆け足でしばらく。隣家の人間には暗ったい色と言われてしまった我が家が見えてきたころになってようやく、豊は一息吐いた。

 安心は出来ない。けれども、逃げずに構えるための、強がりは必要だった。逃避ばかり、してはいられない。

 自分に言い聞かせるように、豊は言う。

 

「ふぅ……闇の世界は、意味の海だ。俺の支配の究極。世界全てが敵になるんだ、アイツもそう簡単にこの世界に戻れは……」

 

「するよ?」

 

「くっ!」

 

 耳元での声。豊は振り向きざまに、左手と化していた闇を広げて目くらましを兼ねた防御をする。今度は、闇の曖昧を性質に加え。

 

「ぐあっ!」

「あ、ちょっと逸れた? 君、凄いな……」

 

 しかし、そんな渾身の盾ですら問題にはならなかった。感心の声を上げながら、善人は血しぶき上げて転がり続ける豊の前で、変わらず微笑んでいる。

 そして、何を思ったかそのまま豊の苦悶を鑑賞しながら、顎に手を当て、善人は話しだした。

 

「ちょっと、闇の向こうを見させて貰ったよ。いや君、中々のワルだったんだねー。てっきり俺、君はいい人かと思っていたんだけれど、びっくりだよ」

 

 創造物を虐めるのは、俺と趣味似ているね、と善人は喜ばしそうに続ける。その下で、その多くが消え去った腹の中を闇で充填し切れずに藻掻いている男を気にも留めずに。

 

「俺ちょっと、君を気に入っちゃった。だから……」

「――――お父さんから、離れろ!」

「おっと」

 

 そして、更に善人が豊の苦悶を覗こうとしたその時。凄まじい速度で赤い水が奔り、彼の頬を掠めた。

 それを僅か気にし、下手人を確認した善人は、彼女に向けて右手を伸ばす。

 

「邪魔だね」

 

 そう。善人は、そうだろうと思いながらも、勧誘しようと思っている存在の一人娘を、何気にすることなく壊そうと、黒球を向けた。

 大きく見開かれる、豊の瞳。怯えながら血に濡れた指先を向ける唯。滴る体液。敵に向けたその切っ先がぶれた、その時。

 

「あぶない!」

「きゃ」

 

 唯を横っ飛びで、少女が救った。

 その正体を認める前。豊は出来かけの臓腑をそのままに、深まる周囲の影を持ってして、善人を拘束する。

 黒の包帯のような闇で固定するのは彼の右手ばかり。しかし、そこにかけた意思は本気だった。

 

「へぇ……なるほど効果があると見て不明を強めにしたか。やっぱり君、面白いね」

「お前は……最悪だな」

「君もたいして変わらないでしょ?」

「……そうだな」

 

 生まれたての子鹿のように利かない足を必死に動かし、立ち上がる豊。位置を変え、彼は唯をそっと己の背に隠した。

 そうしてから、豊は善人の言葉に頷く。

 どう考えても相手は問答無用の敵手。本当は、応えなくても良い。けれども、知らずに彼の口は動いていた。

 

「だから、これは……同族嫌悪、なんだろうな」

「そうかな?」

 

 多くが黒く欠けた男は、白く陰ることない男を真っ直ぐ認める。嫌いは、とうに殺意に変わっていた。

 怒りに、黒は応じる。そうして、周囲の全ての闇が胎動を始めた。それを見て、ぎちぎちと、拘束抜けんと身じろぎする、善人。

 変わらぬ笑顔と、深まる渋面。その相対の中で。

 

 

「止めて下さい!」

 

 

 まるで悲鳴のような少女の声が、辺りに響いた。

 

 

 



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番外話⑥ 悪への優しさ・下

 

 当の本人は必死にいい人になろうとしているが、実のところ山田星は、悪人にすらほど近い。それもまるで、極みのような。

 星の行い、それは善に酷く似たものである。彼女は曲がりなりにも、悪にへつらわず、弱きを守っていた。それによって助けられた者が多くあることは間違いない。

 

 しかし、何だろうと裏返せば闇があるもの。たとえば、己を彼の無念の続きだと思いこんでいる少女は、明らかに不幸な人を上から下に優しく見つめることによって安堵していた。

 不幸を悲しむという名の悦び方をして、積極的に人の傷と関わらんとするその様子は、見ようによっては最悪の趣味を持っているのと変わりない。

 本人も、それは薄々ながら理解していた。かもしたら自分は、いい人になるのだと、そんな建前を盾にして他人の痛みを刺激に己を慰め続けている悪徒でしかないのかもしれない、と。

 

 そうなのかもしれない、いや、きっとそうなのだ。元より、自分は至極、最低だった。

 綺麗事以外に何も持てないからっけつ。男と女が入り混じったろくでなし。醜く継ぎ接ぎだらけの己を見返せば、折れそうになる時だって度々あったのだ。

 しかし、それでも山田星という少女は。己がそういう悪性と知りながらも、それでも結局思うことは一つ。

 

「――――だから、どうしたというのです?」

 

 いい人になりたい。それだけだった。

 

 

 

 その日、上水善人は、同種と出会う。それは、先に出会った少し面白い形をした小さな黒い者よりもずっと、破綻した存在。

 他人の痛みでしか感じられない、そんな自分に酷く似通った少女を見つけた善人は、破顔した。奇しくも、互いに同じくらいに見目は美しく。

 ああ、これは虐め甲斐がありそうだ、と頑強な玩具を見つけた赤子のように、素直に頬の白さに紅を浮かべて。

 ぷつん、と闇の拘束をまるでなかったかのように引き裂いてから、善人は星に対して問う。

 

「止めて、とは何のことかな?」

「彼を……大神先輩のお父さんを、こんなに……いじめるのを、止めてください!」

 

 星は、倒れ伏す豊を庇いつつ、そう言った。善人は、微笑む。

 闇で補填をしていても、大いにその身体欠けさせた男は、死に体。そうなるまで善人が続けていた攻撃を指して、星はいじめと言った。

 よく分かっている、善人と思う。彼にとっては、今回の全てが実際にただ、その程度だから。なるほど、これは面白い。善き人のようでいて、悪心に通じているその破綻。

 その綻びに、善人は自愛に似た愛着を持った。そして、同時に同族嫌悪を抱いて、嫌がらせをするのだ。

 

「そうか。止めてあげよう」

「あ……」

「ならその分、見ず知らずを千はいじめてみるとしようか」

 

 星は善人の言葉にほっと、息を呑み込めなかった。

 何しろ、ほっとするその前に、数多、爆発音が轟いたからだ。鼓膜を傷ませるどころか、間近の建物を崩してしまうくらいの炸裂は至るところで。

 その後続くは凄まじき、倒壊音に悲鳴。あまりの雑多な異常音に、立ち昇って留まらない火炎が空を焚いた。

 

 一体全てが、何一つのポーズもなく、善人が起こしたことと、誰が知るだろう。

 彼がたった今街中に潜ませていた数多の怪人を起爆したのだというそれだけのことを、最低でも、当の少女には分からない。

 

「な、あ……」

 

 突然な、あまりのことに崩れ倒れながら、星は絶句する。

 今すぐに遠くの火炎を消しに、或いは突然の痛みに嘆く人を助けに動かなけければ、と彼女の心は思う。けれども轟音に身体が怖じて、動かなかった。

 なにせ、普通にしていたら、絶体絶命の異常事態には馴染まない。幾ら前世の記憶を保有していようと、どう足掻いても少女は少女。異常に怯えるのは、自然なことだった。

 

「ぐ、うっ!」

「ほぅ……」

 

 しかし、そんなことだって山田星にはどうでもいい。怖じに己を抱くこともなく思いっきり、彼女は動かない身体をひっかいた。

 鮮血。右の肩から傷つき、抉れて血が出るその痛々しさを無視し、ただその痛みを気付けにして、駆け出す。善人という名の悪人の嘆息を気にも留めず。

 ああ、手が届く範囲の人が炎にまかれてしまうなんて、認められない。だって自分はその苦しみを識っている。苦しいのは嫌だ。死ぬというのは、とてもとても認められない痛みの先にある。

 だから、助けないと。それに自分はそのためにも、いい人になろうとしていたのだから。

 そう思考を走らせながら、力いっぱい、全力を持って救いの一助にならんと、星は足を動かした。

 

「まあ、待ちなよ」

「な……うぐっ!」

 

 けれども、一言。その重みだけで必死な全身は落ちた。位圧にぺちゃんこに潰れてしまいそうな身体。言葉一つにて掛けられた力で強き骨にもヒビが入り、アスファルトに打つかった鼻頭から血が滲むのが星には分かる。

 何やら、善人という人間に気に留められた。それだけで、身体が動けない。あり得ないことが起きている。けれども、それは当然。

 

 なにせ、全色。世界一つを呑み込んでしまっている上水善人は、その他とあまりにスケールが違うのだから。或いは神の言葉より重みがあるかもしれないものが、少女を縛す。

 

「……待ち、ません!」

 

 しかし、死んでも停まらなかった心は、幾ら大きなものに踏みにじられようが止まるわけがなかった。身体は潰れていようとも、意思ばかりで、少女は立ち上がる。

 死んでも、助ける。それは、誓いであり呪いでもあった。噛み締めた奥歯がいかに歪もうとも、言葉に引かれた後ろ髪が重みに裂けようとも、そんなことどうでもいいと星は人を助けに行こうとする。邪魔なんて、知ったことではない。

 けれどもその留まらない足は。

 

「俺が、これの原因だとしたら?」

 

 善人のそんな言葉で止まった。

 

「何……ですって?」

 

 少女にふつと、湧いた怒りを覗き、最大最悪は嗤う。

 

 

 

 上水善人は、世界を手荷物としている。彼が常に手に持っている黒い球は、全てだ。色重なってすべての要素と等しくなった暗黒を、善人は支配している。

 その気になればそれを展開して世界を上書きすることすら可能な、ありとあらゆるものを持っているとすら言える善人。

 しかし、彼はその内に情というものを欠かしていた。

 

 自分が全て。それで事足りている。他なんて、どうでもいい。その究極が善人である。

 

 異能力者として造られたという自らのデザインや、研究による同類の淘汰の結果であるという自らの力の境遇だって、善人の自信を動かすものではない。

 人間という数多によって成される世界なんて、彼にとっては外れたもの。愛ですら、下方の小粒の身動ぎに他ならなかった。

 まあそんなだから、つまらないのは当たり前。蟻のこゆるぎで感じるほどの家はないのと同じく、大きな善人は他の複雑な情動程度では心動かされなかった。

 全てが小さすぎてよく分からない。だから、強く弄ってみてしまうのは自然のことだったかもしれない。彼はひっかき引き裂き、その真っ赤な中身を見て、ようやくはっと出来るのだ。

 やがて、その小さな感動のみこそを、快楽とした。

 

 人の営みを潰して躙って、その悲鳴と喪失こそを心の慰めに生きる、巨大なばかりの不感症。最悪を好むそれこそ、善人である。

 

 そうして今、彼は似通った不幸に触れて悲しみ、しかしその情動こそを原動力としている星と出会い、その中身を手の中の数多のサンプリングから解して見つめていた。

 自分は間違いなく、悪。そして、目の前のこれは自分に似ていて正義の味方に近い。こんな、鏡合わせ、またとない機会だと、思い。

 

「そう、俺が怪人を爆破した。それで、千は死んだだろう。俺を放っておけば、更に続くぞ……さあ、さあ! 君はどうするべきか、分かるだろう?」

「っ」

 

 振り返った、星の瞳の鳶色に、愉快げに手を広げて大げさに自らを見せびらかしている善人の白い全身が映る。

 あまりに自分に酔ったそれに、少女は不快感を強く覚えた。ああ、これは自分のことばかりしか考えていない典型だ。嫌いなタイプだ、と思う。

 それが人を悪戯に傷つけている、そんなこと、許せるものか。怒気は直ぐに沸点を超え、先より力みに痛んだ歯はぎりりと鳴った。

 だがしかし。

 

 

「――――だから、どうしたというのです?」

 

 

 少女は己の怒りすら、要らないものと唾棄した。

 

「は?」

 

 それを、善人は理解できない。しかし、不明な言葉は少女の口から次々に転がっていくのだ。

 

「貴方のように、悪いやつは、確かに居ます。けれどもそれは、私ばかりが正すものではない」

「何を……言っている?」

「幾らでも、脅せば良いのですよ。間違っても、止まりませんから。そう。たとえ、いくら私が堰き止めてみたところで生死は留められくて、今もどこか人が死に続けていようとも、そんな事実であっても私の足は止まりません」

 

 怒りに敵を殴る。そんな人の当たり前を無視して、少女はただひたむきに。

 その結果として、成りたいのは一つ。星の他に誰も成りたいと思うものなんていないだろうたった一つきりを彼女は目指しているのだ。

 

「私は、いい人に―――――都合のいい人に、なるのです」

 

 危急において戦うことだってあるが、山田星は本来、戦うものではない。ただ、誰かが困った時に手を差し伸べられる人間になりたいだけのものだ。

 信念も、迷いも、何一つその有り様には関係ない。ただ、助ける。それを行い続ければいい。生きている人間にとって存外酷く難しいことだけれども、結局の所ただそれだけ。星はそう、ありたい。

 だから、悪を倒すなんてそんな余計なこと、正義の味方がやればいいのだ。そんな風に暇にしか悪と戦うことのない、少女は考える。

 

「私が人を助けることに、悪なんて関係ないですから」

 

 自分は当たり前のことをやっているだけ。正しさを布くなんて、大げさ。そう、本気で星は考えている。

 犯人が目の前に。確かに捕まえるのは悪くないだろう。その選択肢も、あった。上手くすれば憎さの解消だけでなくまた次に善人が悪行を起こすのではないかという自らの中の恐れだってきっと、減らせるだろう。

 けれども、そんなことをしている暇があるのなら、山田星は分かる範囲での困っている人に寄り添っていたいのだった。だから彼女はこう、見切る。

 

「貴方なんて――――どうでもいいのです」

 

 その小さきものは、大きな脅威の無視をする。ただ一回、目を瞑った。それだけで、もう一つ以外に何も見えない普段の盲目に戻る。

 危急にこそ、人の本質は現れるもの。ならば、間違いなく少女は、正義の味方ではなかったのだった。

 

「あっ……」

 

 再び向けられた背中に、情けない声が、善人の口からこぼれ出る。

 ただ比しただけでは分からなかった。星は、善人よりも頑なで、よほど窮まっていたのだ。大きいだけの子供な彼なんかでは対するに、まるで足りていない。

 これは似た者同士、正義の味方と悪とで分かれて遊べるまたとない機会。そんな、じゃれ合いを内心期待していた善人は、この事態に酷い失望と怒りを覚えた。

 赫々と、炎のように顔を赤く染めて、彼は叫ぶ。

 

「…………クソ、クソクソクソぉ! 俺を、見ろよっ!!」

「わあっ!」

 

 地団駄は、大げさに地を割った。そこに足を取られて転びかけながら、星は一言。

 

「全く。貴方――いい加減、構ってちゃんっぷりがうざいですよ」

 

 そう、大っきな餓鬼を、評した。

 

「キサマぁ……ぐぅ!」

 

 善人の怒りは一気に膨れ上がり、やがて、破裂する寸前。絶対の暗黒球を解き放たんとしたその直前に、彼を縛する影が。

 突然のことに動けなくなる善人。ついでのように、泥水がぴゅー、と彼の顔にかかった。

 

「ははっ、フラれ男は黙って諦めろ」

「ざまあみろっ」

 

 振り向いた善人。影の大本には大神親子が身を寄せ立ち上がらんとしている姿が見えた。

 楽しそうな、豊に唯。二人には、駄々をこねている善人が無様に過ぎていて、絶望的なまでの力の差があろうとも最早敵には思えない。

 だから、笑う。悪い彼らは嘲笑って、バカに恥をかかせるのだ。

 

「……お前ら!」

 

 そんな、今まで受けたことのないようなからかいの瞳に、善人は激昂する。

 その意気だけで、限界まで意が篭められた闇の拘束は破れ、周囲を隔する風が溢れ出す中。

 

「おお――中々、面白いことになっているみたいだね」

「あ、おねーちゃん!」

 

 星が向かうべきところ。当たり前のように、混乱があったはずの爆音数多轟いていたその先から山田静は歩いてきた。スーツ姿に傷どころ余計な皺一つ付けることすらなく、背後の全てを、しんと静かにしてから。

 やがてころりと、場違いにも彼女は鈴の音色を響かせる。

 

「やあ、善人君。こっちでははじめまして、だね。相変わらず君、ちっちゃいままだなあ」

「……なんだ、お前は」

 

 善人は、爆風にも地の崩壊も気にも留めずに話しかけてきた静に、思わず問う。暢気にあてられ、引っ込む怒気。

 そんな気を抜かした善人を無視して、今にも駆け出さんとしている星に彼女は語りかけた。

 

「うわ。凄い髪型になっちゃったね……あ。そうそう、星。もう助けに行こうとしなくって大丈夫だからね」

「え? どうして、です?」

「なに――雑事に巻き込まれて不在であった愛すべき妹の代わりに、全てを助けてあげたのさ。勿論、彼に毀損された怪人たちも、ね」

 

 生物以外の損壊の補填は難しかったけれど、まあ大体は良いのではないかな、と静は言った。

 そんな、嘘みたいな本当の言葉に、思わず星は言葉を零す。

 

「え? どう、やって……」

「何。皆に無理だろうと、本気になった私にはそう難しいものではないのさ。だって、私は【どこにでもいる女の子】だから」

「お前……概念体、か」

「違うよ。ただのエヴェレットの過ち」

 

 くすくす、と笑う静。完全上位。彼女はその確信を善人の前で見せている。どうしようもなく、美しくたおやかに。

 

「くっ!」

 

 それが理解できずに、理解したくもなくて、善人は攻撃をくり出す。自分を認め、させたくて。

 善人が向けるは最強の武器。しゅうねく色を重ねて縮めて世界と等しくなったその手の中の暗黒を、スケールの差による縮地をも用いて間隙なくぶつける。

 触れる大気に全てを哭泣させる数多に痛みと格差を教えて散り散りにしていく、その真黒い消しゴムを静は。

 

「はぁ……」

 

 そんなこんなに、ため息一つ。実体干渉することもなくただのその強固な存在によって、触れもせずに、無効化していた。

 

「全く、こんなものに頼っているから、善人君は駄目なのさ」

「あ」

「はい」

 

 そして捉え、むんずと。何より不自然にも、どこにでもいる女の子は、世界と同じ重みの黒色をその手に握って。

 善人の目の前で、消し潰した。

 

「あ、あぁぁ……」

 

 消えゆく力のすべて。それに届かぬ手を伸ばす善人に向けて、のんびりと静は言う。

 

「これで一から、人間をやり直すことだね。――はい、それじゃあ皆、お願い」

 

 そうして、善人から背を向けて、次は妹の手当てと仲間に後片付けを頼むのだった。

 声に応じて現れたのはアロハとロボだった。彼らは手早く善人を拘束し、色付きの特殊な手錠をかける。

 

「いや、思ってたよりこいつ、ダサい奴だったっすね……」

【まくらさんのアロハ程ではありませんよ? 上水善人確保です!】

「いや、玲奈さん、流石にそんなことねえと思うっすよっ!」

「くっ……力が……ぐ」

 

 そして、力を失くしたままに引きずられるように連れて行かれ、その中、悲鳴のように善人は叫ぶ。

 

「どうして……やり直せるものか! 俺の力を、返せ!」

 

 しかし中身育たなかった男の言葉は何時だって下らない、駄々でしかない。だからその答えは、ただの一言で済んだ。

 

「能力でマウントしてばかりじゃ人生つまらないよ? 取り上げてあげたのは、私なりの、優しささ」

 

 そんな実感の籠もったからりとした言葉は、その場の全員に響いた。

 

 

「……凄いな、お前の姉は」

 

 全身に肌色多く取り戻しながらも酷くくたびれた様子の豊の言葉に、星は。

 

「はい。おねーちゃんは、無敵なのですから!」

 

 傷だらけのパンツルックを気にもせず、満足そうに言った。

 

 

 

 

――――強いとか弱いとか、上とか下とか、悪とか正義とか、そんなの本当は関係なくって。だから、だから私は。

 

 

 

 



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第十五話 また、センパイを抱きしめました!

 黄昏。


 

 

 最初、私はお手伝いに老人ホームに通うことが、良いことなのだとただ思っていました。

 一緒にニコニコとするだけでも大いに喜んでくれる方々と一緒して、ただそんな勘違いをしていた私は若かったです。

 よく歳近い友達には言われるのですが、私にはお婆ちゃんお爺ちゃん方のお話を聞くのに特段我慢の必要はありません。多くの昔話はためになりますし、いっそ下らなかったとしても、そんなものがこの方々を成した人生の一部と考えると実に趣深いもの。

 私にとって彼らのシワシワはまず愛らしいですし、格好良くもあってその人となりを深める素敵なメイクとしか映りません。

 そのゆったりとした所作が無理の結果であるとしても、ハッカのようなだけでない体臭の複雑さが老廃物を必死に隠そうとしたその証であるとしても、私にはそれらを全て、あって然るべきものと認めていました。

 世界は、あるがままだって綺麗で、しかしそれを認めない美観だって当然。老い――或いは死に近づくこと――それを忘れて目を背けることだけは決してしたくありませんでした。

 けれども、彼女は言ったのです。

 

「星ってさ、ようく踊ってくれるけどさあ。お前ってさ、足元の花踏んづけてるの気づいていないよな?」

 

 そんな、私の有り様を、的確に。

 

 

「お、星じゃん。お久」

「あ、美栄(みえ)センパイです! お久しぶりですねー」

 

 私がグループホームにて東司(とうじ)お爺ちゃんと恵子お婆ちゃんの、ロマンス溢れる老境の恋を聞いて、何だか思い返し咀嚼しちょっと参考にしつつふむふむとしていた帰り道。

 頂いた手の中の二つのみかんを大事に歩いていたそんな中、声をかけられました。その方、暮れの陽光眩しい坂の上に、金髪ミディアムの姿がはっきりと私には見て取れます。

 懐かしい、そのマニッシュな全体。喜びに私が手を振りますと、美栄センパイこと東海美栄さんは、面映そうに呟きました。

 

「もう先輩じゃねえっての。オレはボランティアなんてとっくに卒業済み、だったろ。星とはもう年齢しか上下の関係はないぜ?」

「それはそうなのかもしれませんが……何となく、センパイはセンパイな感じなのです!」

「なんだそりゃ」

 

 美栄センパイは、頬をひと掻き困ったポーズをしながらも、笑顔のままです。

 私の変を認めつつ、確りとそれの指摘をしてくれた彼女のことを私は大好きでした。だから、彼女が今、少しでも笑みを作ってくれていることが、嬉しい。

 思わず、るんるんと、美栄センパイにスキップで寄って行ってしまうくらいには、黄昏の今は大事に思えます。近くに行けばそれだけ、華奢な彼女の見目が伺えました。

 私が隣り合うと、ぽつりと、美栄センパイは言います。

 

「……そういや、爺ちゃん婆ちゃんたち、元気か?」

「何人か亡くなられましたり、家族の元へ帰られた方も居られまして、センパイがいらっしゃらなくなった後でも随分と入れ替わりがありましたね……それでもホームの皆はまだまだキラキラしてらっしゃいますよ!」

「そうかい。相変わらず、あいつら生き汚くしてるのか。そりゃあ結構だ」

「そうですね。とても、結構なことです」

 

 頷き、私は見回しました。茜に、辺りは染まっています。しかし、当然のようにそれに染まらず、美栄センパイは軽い悪口を飛ばすのでした。

 でも私にはわかります。それが本音で、しかし意味は重くあるということを。

 生きるは汚い。それは老を唾棄した彼女には当然の真理です。けれども、それでもあの人達が死なないでいてくれていることは結構嬉しいと、センパイは続けるのでした。

 私は、微笑みます。

 

「ふふ。美栄センパイは、優しいです」

「んなこたねえよ。別段、知り合いの不幸を望んじまう程、酷かねえってだけさ」

「ふふー。てれてれ振りが、可愛いです!」

「てめ、星! オレに可愛いだなんて言うんじゃねーよ!」

「きゃー、です!」

 

 でも、私が調子に乗って照れ隠しを弄ったら、怒ったセンパイは私にその冷たい手で額をぺちん。

 そのソフトタッチに大げさに慌てる私を呆れた目で見て、ずっと男の子に成りたがっていた彼女は零します。

 

「ったく。テメエくらいだぞ、星。オレのことを女扱いするのは。いや……星には性別抜きで可愛いものに見てんのか? どっちにせよ業腹だがな……」

「ううん? センパイは可愛らしいですよ? 顔立ちがお綺麗でお肌のアートは格好良さもありますが、それでも沸き立つ愛らしさは隠せません!」

「はっ、相変わらず目が節穴だな」

「ですね。でもそれが、私ですから!」

「開き直んなよ。……仕方ねえ奴だ」

 

 呆れる美栄センパイの前で、私は無闇に大きな胸を張りました。

 目の付け所が悪いどころか、おそらく正しく世界を映せていなくても、それでもこの正論に歪んだ視界が私の瞳なのです。それを、教えてくれた彼女の前で、私は未だに私を続けていますよと、自己主張。

 すると、ぽんとブラウスのボタンが弾けました。呆気にとられる私を他所に黒いボタンは、美栄センパイが反射的に向けた入れ墨目立つ右手をすり抜け地面にころり。

 そうしてそのまま、側溝へと落ちて水の流れに乗っていってしまいました。

 

「あー、久しぶりにやっちゃいました……大きめの買ったつもりだったのですが。私、ちょっと太ったのですかね?」

「相変わらず、胸周りばかり性徴著しい奴だなあ……の割には、髪型は随分とオレ寄りになってる感じだが……何かあったのか?」

「おっきくなるばかりでお乳も出ないおっぱいさんのことはよく分かりませんが、髪型は……なんか困った人に引っ張られた時に千切れちゃった感じですねー」

「出たら困るだろ……しかし、千切れた? 仮にも女の髪を引っ張るなんざとんだ奴が居たもんだ。オレはただ、短くしただけかと思ったが……」

「はい、ちょっとした災難でした……まあ、そのちょっとアレな人は捕まって。その後おねーちゃんがちょきんちょきんしてくれましたので、こんな風に収まった感じですが」

 

 言い、私はソフトボブ、とでも言うのでしょうかね。肩にも届くことのなくなった髪を身じろぎ遊ばせ、首元あたりのすーすーさを楽しみます。

 そう、あの事件の後に中々のナチュラルテイストになってしまった互い違い過ぎる乱れ髪は、おねーちゃんがお家でこのように綺麗に整えてくれたのです。

 どこで学びハサミ一本でスタイルチェンジも自在な理容の腕前にまで至らせたかは謎ですが、おねーちゃんが手ずからやってくださったのは嬉しかったですね。

 まあ、その後撫でながら告げてくれた、また綺麗になったね、というおねーちゃんの言葉の方がワタシ的にはもっともっとありがたかったりしたのですが。

 そんな、思い出しニコニコな私を見つめて、どこかそわそわとしながら、美栄センパイは口を開きます。

 

「おねーちゃん、ねぇ……静は、元気か?」

「はい! 今朝もニガニガの野菜ジュースを一杯飲んでから元気に出社した姿を確認していますよー」

「愚問だったか……つうか、相変わらず、アイツ要らんってのに健康オタクを続けてるんだな……」

 

 語られるおねーちゃんの無事であるばかりの近況に、そうセンパイはぼやきます。声の色は平らであれどもしかし、呆れた顔から、好奇心が隠せていません。

 私は一つ、にこりとしてから、言いました。

 

「ふふー。美栄センパイは、おねーちゃん大好きでしたからねー。それは気になりますか」

「お、お前、どうして……」

「だって、センパイったらおねーちゃんを隠れてずっと粘着していた時期があったじゃないですか。結構バレバレでしたよ?」

「あれは粘着じゃなくって、告白の機を伺っていたというかなんつーか……いや、マジかよ。星なんかにもバレてたんか……」

「会えばどもったり、私からしばしばおねーちゃんの情報を取ろうとしていたりするのは、明らかでした!」

「なんてこった!」

 

 思わず、美栄センパイは暗くなりはじめの天を仰ぎます。大きいショックに、少し全体煤けさせながら、彼女は肩を落とします。

 きっと、センパイは好きを隠していたつもりだったのでしょうね。いやあ、流石に節穴な私にだって把握できてしまえる程でしたから、誰にだって理解できる慕情だったと思うのですが。

 幾らおねーちゃんが美人さんだからといっても、目を合わせるたびにあれほど真っ赤さんになってしまう人は中々いませんでした。

 そして今も、赤い光に染まりながら、右腕のブロークンハートな入れ墨を撫でつつ、たどたどしくもセンパイは続けるのです。

 

「まさか……静本人にもバレてた、とか?」

「もちろんです! おねーちゃんはよく、どうしたら美栄に逃げ出させることなく会話を終えさせることが出来るようになるかな、と言っていましたねー」

「マジかよ……つうか、お前静のモノマネ上手えな……」

 

 問に応じて話すと、美栄センパイは頭を抱えてしまいました。

 これは、正直に言い過ぎましたかね。でも、本当のことで、もう終わったこととも言えるので、誤魔化す必要はないとも思えます。

 顔を益々紅く染めながら、彼女は恥じながらも私に向けて、呟きました。

 

「……あのさ、オレ、静にキモがられてないよな?」

 

 またこの美栄センパイの、その少し怖気づいた表情の愛らしいこと。思わず抱きしめたくなるこの可愛さに無理に心の距離を置いてから、私はセンパイの怖じを慰めようとします。

 

「そんなこと、ありませんよ? おねーちゃんは、センパイの人となりも、好みのようでした。ましてや容姿を褒めることすらありましたし。それに……」

「それに?」

「おねーちゃんの愛は、私以外に酷く平等です」

 

 私の口が語ったのは、事実。どうしようもない、そんな言葉に、一気に美栄センパイは渋面になりました。

 そう、山田静おねーちゃんは、私以外をそれなり以上に愛している。しかし、それなりでしかない。それを、おねーちゃんに一番に愛されている私は、知っています。

 

 そう、おねーちゃんは、私を特別と決めてしまっている。それは、とても哀しい事でした。

 

「ま、そりゃそっか……思えば、オレみたいなレズビアンにすらアイツは優しいもんだった……優しくしか、してくれなかったもんな」

「センパイ……」

「いいさ。お前だけ幸せでも、それだって静が良いのなら、良いんだ」

 

 思わず、私はぎゅっと胸元で手を握りました。私にとって、美栄センパイのお言葉は時にマグに入ったブラックコーヒー。

 目を醒まさせてくれるくらいに苦く、そして温かいのです。

 

「静は、特殊だ。定義上でしか生きていない、この世の外れ。無意味に増えない、ただのどこにでもいるだけの、女の子。そんなものに惹かれないのは、オレじゃなかった」

「美栄、センパイ」

 

 そして、天を明るくしていた巨きな星は落ち、辺りは闇に染まり始めました。

 

 しかし、センパイは未だ、朱いまま。

 血液どころか脳漿溢れさせるあの日の衝撃に死んだ姿のままに、私の前に在ります。

 幽かに、亡きながら、無きままに、涙を零して。

 

「なあ、やっぱりオレは、世界が嫌いだ」

 

 そう、全てに捻て、己の性すら認められず、一番に愛されることすらなかった彼女は述べました。

 私はそれが悲しくって、視界が潤むのを止められません。

 自殺という罪にこの世に縛された幽霊は、未だ、世界を呪い続けます。

 

「星。やっぱり生きるって。きっと悪いことだったんだ。オレは今もずっと、そう思うよ」

 

 それは、貧してこそ導き出した、彼女のシレノスの智恵。厭世観こそ大衆のものであったのならば、ならばそれは真理とされてもいい。

 故に、死してなお、自信をもって、彼女は言います。言ってしまいました。

 

「皆、死んでしまえばいい」

 

 あっけらかんと、涙を忘れていうセンパイ。だから、私はいつものように、こう返すのです。

 

「でも皆、苦々しくも、生きたいのです」

「それが、他に窮屈を強いることでも、か?」

「はい。結局の所誰も彼もが自分が大好きで――それを拗らせて他人をすら抱きしめることだってある。私はそんな様こそ美しいのだと思います」

「オレは、それが何より嫌いだった。結局、それって本当の愛はないってことだろ? そんなの、嫌で仕方なかったんだ」

 

 少女は、両親の浮気が、同じ寝室で無視し続けた肌の擦れ合いによって、潔癖症を拗らせたのだそうです。

 そうして性を無視し続けたところ、次第に生に疑問を持った。その後に待っていたのは、絶望で、そして死でしかなかったのです。

 そんなこんなを、調べに駆けずり回って、集めてからでしか分からなかった私は、バカでした。あんなに、一緒に時を過ごしていたというのに。

 でも、愚かだろうとも似た者同士見える私だからこそ、時に彼女は頼ってくる。欠損に、前の再会の際の問答の記憶を忘れさせながら、今日このように。

 少女は、男の子のような姿のままで、私の前で震えます。

 

「……寒いよ」

「私が居ます」

「だから、寒いんだ」

「なら、抱きしめましょう。私が愛したいから」

「……それが嫌なのに……」

 

 べっとりとしていたはずの血はそれでも私に触れて、無意味に変わる。ただの幽体、それに現し世をざわめかせる程の力は大概ありません。

 そう。センパイの懊悩ですら、在り来たり。恨みほど、べっとりしたものではないのです。

 その証拠に。

 

 

「―――クソ。……ああ、やっぱり人って温いもんだな」

 

 

 最期にまた笑って、東海美栄センパイだった人の影は、幽かに消えて行きました。

 

「これで、五度目、ですか……」

 

 変わらぬものなどこの世になく。ならば、あの死してなおのあの人の厭世ぶりも、時によって癒やされてほしい。

 そう、私は思えてなりません。だから、こうして何度でも、彼女を厭わずに抱き続けるのです。

 それが、無意味と感じつつも。幾らだって。

 

 

「相変わらずの、献身ぶりだネ」

「赤マント……ですか」

 

 そしてそんな心の闇に、割って入るのが怪しい人の形。

 電灯の影からぐちゃりとあらわれたそれはぬめりとその手で色を割り、世界を三色に決めつけてから、言うのでした。

 

「正しい人の心を、熱に浮かせて間違わせる。なるほど君らしイ」

「赤マントはそう、思うのですか。でも人っていうものは間違ってもいいと私は思いますよ?」

「それも、その通りだネ」

 

 言の葉の端っこを滴らせながら、粘性に人の面の皮の奥で本心を歪ませる、赤マント。

 正直なところ、こいつったら何を考えているのか分かりませんね。それに、センパイどころではないいやらしいほどの粘着ぶりは、まったく困ったものですよ。

 悪意に爛れた心を揺らしながら、とてもつまらなそうに、彼は言いました。

 

「しかし彼女の望みは叶うだろうヨ」

「なんですって?」

 

 醜さの総体を、しかし私はそんなものと見て、大勢の美観を踏みにじりながら、私は彼を認めて、問いました。

 有りえてはいけないものを見捨てることなく、私はただ彼に寄ります。

 それを、赤マントは身を捩らせ少し嫌がった。どうしてでしょう。そのまま、彼は続けます。

 

「おっと、穢に寄り過ぎるものではないよ。……そうだね。もうじき、世界には耐え難いものが生まれ……やがて罅が入るのサ」

「罅?」

 

 なんだか、意外な存在から困った言葉が出てきましたね。

 彼ほどの醜さでも、世界は歪みながらそれを受け容れている。先の変質者は世界ほどの色のものを手にしていたそうですが、それくらいの質量ですら、この世は耐えきれた。

 しかし、そんな凄い世界という代物ですら罅が入る程というのは、どんな衝撃なのでしょうか。私は今すぐに問おうとして、しかし。

 

「僕には、出来れば君に、それを止めてほしいナ」

「な」

 

 汚濁の言葉を遺して目の前であっという間に崩れる身体に、覗いた白い骨。そしてそれを食む、菌類。それが十も数えない合間に風に消えました。

 そんな滅びの巻き戻し。何時ものような不快指数を下げた、彼なりにとんでもなく急いだ様子で、怪人は去ったのです。

 

 そのあっけなさが、少し不安でした。まるで、友達の去り際に振られる手がなかった時のように、漠然とした不吉を覚えて。

 

「罅を止めるって……私は別に、この世を繋げるクランプのわけではないのですが……」

 

 だからただ、私は、老いて醜くあるばかりの彼の言葉を切って捨てずに、抱いたのでした。

 リフレインする彼の言の葉の音色の不快の中で、むしろ、私はそうあることが心地よく。

 

 思わず、私は宙に助けを求めるかのように頭を上げながら、言葉を空に溶かすのでした。

 

「花を踏みつけている、でしたか……」

 

 そう、私は。この世の綺麗の中で、安堵出来ないのでしょうね。

 

 



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第十六話 溺れなかったのですが、溺れてしまいました!

 

 時に、優しくしていてばかりというのは、こわごわ触れているからこその結果ではないか、と言われることがあります。つまり優しさとは臆病によって出来ているのだ、と。

 確かに、それは間違いないでしょう。無遠慮は、幼稚の当たり前。痛みを知り、それが怖いからこそ優しくなれるもの。

 成長によって人が良くなるものであれば、純粋な善意なんていうものはきっと、狂おしいまでにあり得てくれない。そんな悲しみを、センパイが言ってもいましたね。

 

 例えば大人は、優しさとの付き合い方を、よく知っていらっしゃいます。困る人に対してあえて無視することも、むしろ邪魔をしてしまうことすらその人の成長のための愛であることだってあるでしょう。

 私みたいに、ただその場ごとの痛みに当たって手を貸そうとしてしまうことが、エゴでしかないことなんて、とうに分かっていました。

 なにせこの世界だからこそ好かれてもいましたが、とはいえ誰彼にいじめられることだって、沢山でしたから。

 でも、私は過ちを止められなかった。たとえ嫌われてしまっても、その人の痛みが悼くって、この身を動かしてしまうのです。

 

 冴えたやり方で開いた花の美しさと言ったらないでしょう。大概の綺麗はきっと、厳しさすら容れた愛の結果で出来ている。

 しかし、私は剪定の痛みすら認められない薄弱者。ですので、歪しか咲かせることは出来ないでしょう。それは知っています。

 

 だから、だから。

 

「私だけは、認めます」

 

 私のために歪みに歪んだその花を、抱きしめることを躊躇うことなんて、あり得ないのです。

 

 

 

 

 そう、アレ以外は。

 

 

 

「まさか、あんなにエロエロなお化けさんが出てくるとは思いませんでしたねー」

『触手は果たしてお化けの範疇なのか? いや、バケモノではあると思うが、あれと同じ範囲にあると思うとどうにも嫌気が……』

「緊縛したがる汁まみれの触腕に立ち向かう山田さんは格好良かったですし中々に……眼福でした。勝ってしまったのは残念ですが」

「ふふー。格好良いとは嬉しいですね!」

『こいつ、後半部分都合よく聞き逃してるな……』

 

 辛勝を収めてびしょびしょぬるぬるの私の隣を進む、大小の影二つ。夜闇に呑まれがちな彼らは、丸井力君と罰さんです。

 二人に山裾の廃寺に謎の反応があるとの話を聞いて、私は気になり夜な夜なな彼らの探索についていくことにしたのですね。

 そして、出会ったのは、捨てられた煩悩が形になった卑猥な代物。これもまた、ある種の残留思念というものなのでしょうか。それにしても、溜まり過ぎですけれど。

 その触手としか言えないひたすら凸凸凸な全体像は、明らかに十八禁です。また思念がどうしても、いやらしくありました。

 種を残すため、ならまだしも快楽を究めることしか考えない代物なんて、張り子と一緒。ええ、遠慮なくステゴロで打ち倒させていただきましたとも。

 

 それにしても、見た目ばっちいから、でしょうかね。丸井君と罰さんは対するのに及び腰でした。

 更にそれだけでなくクサクサでもあった触手の群れは何故か私ばかりを狙ってきます。結果的に、少女地味た男の子や過激な見た目の罰さんのセクシーシーンが披露されなかったのは幸か不幸か。

 まあ、取り敢えず、ぬるぬるにずぶ濡れになりながら一人ちょきでちょん切り伐採し続けていたら、触手は消えました。

 最初に触手の中の煩悩がこの体液は媚薬と同じ、とか宣言していましたが、そんなの私に効くわけがないのですよね。

 ふふ、なにせ心と身体がちぐはぐなのには、慣れっこですから。

 

「でも、暑いものは暑いですねー。代謝良くなりすぎです」

『本当にアレに薬効があったのか……力、下手にこの、人前で胸元から液を掻き出そうとしている恥知らずな女に近づきすぎるなよ』

「ああ。どうせぶつかるのならラッキースケベの方がロマンがあるものな」

『こっちはこっちで変態でどうしようもないな……』

 

 お隣の二人の会話を聞き逃しながら、私は思います。何だか、ちょっとサウナに入った後みたいに暑すぎるな、と。

 あれですね。これは心にも欲にも届かなくとも、それでも身体には多少なりとも効いてはいるようなのでしょうか。

 サウナの後には冷水かな、とか考えていると。横に澄んだ水の溜まりが。私は思わず、星の光が煌めく水面に歓声を上げてしまいました。

 清水湧き出て沼ともならないそれは、それなりの泉です。右に左に眺めてみて、そうして二人以外に誰の姿も見えないことを確認してから、私はそのままざぶんとその中に飛び込みました。

 

「わあ、冷たくて気持ちいいですー!」

『おい、お前はそんな劇物を水に溶かすな……ん? 山に濾された無垢な水によって浄化されているのか。穢れが消えていくな……』

「そして残ったのは、いい感じに透けた山田さんだけ……なに、下着を邪魔だと外した、だと? くそ、暗くて見えにくいな……」

『……力、お前もひょっとしたら先の触手の穢れにあてられているのか?』

「ああ、もう凄いことになっているよ」

『そうか……』

 

 お二人の前で恥ずかしい姿を披露するなんて今更のことですから、どうでもいいとスイムスイム。三麻で毟られ夜な夜な奇声を上げ続ける羽目になったことと比べれば、暗がりの中でのちょっと濡れた姿なんて軽いものです。

 底に足が付くのを確認してから、一度ざぶんと浸かって。そうして軽く掻いてから平泳ぎで少し。一度浮かんでから、邪魔な大胸筋矯正サポーターを取り外してから、再び沈み込みました。

 その内に、身体から熱も引け、やがて辺りに目が行くようにもなります。月光あまり差し込まない夜の泉は気が呑まれるように暗く、しかしどこか淡く揺らめいて幻想的でした。

 

「ん?」

 

 それに目を取られていると、なにやらくんと足が取られるような感触が。何が、と思った途端に。

 

「これは……むぐぐぐ!」

 

 何かの拘束によって、私は水の中に思いっきり引っ張られてしまったのです。

 突然のことに溺れかけ、白黒する視界の中で、私は確かに見ました。

 

「ヒョウヒョウ」

 

 笑む河童さんの姿を。

 

 

 

「……大丈夫ですか?」

「ここは……私は、どうして?」

 

 そうしてブラックアウトから目が覚めて、その後直ぐに見上げられたのは丸井君の端正な顔形。

 その、洞穴みたいな瞳を有した整いを寝起き端から認められたのはきっと幸運なのでしょうが、だがしかし、私はまず疑問に囚われてしまいました。

 水中で引っ張られ、気を失ってしまう。その後、私は水底に沈んでしまった可能性が高いのです。自失したまま、一人ではどうしようもなく。

 ならば、私は誰かに助けあげてもらったはずでした。けれども、丸井君には滴りが欠片もありません。なら、と思うとその答えは近くに漂っていました。

 そう、いやらしいレベルのボロを、水に濡らして。そのちっとも幽かではない幽霊は呆れた顔で見下げています。

 

『全く、世話を掛けさせる……』

「罰さん!」

「あはは。山田さんのことは好きですけれど、濡れたくはなかったので、罰に頼みました」

「うう。どうもありがとうございます!」

『水中で足を攣らせるとは、情けない』

 

 そして、罰さんがぽろりと溢した言葉に私はまた首を捻らせることになりました。

 あれ、彼女はひょっとして私に悪戯をしてきたのだろう河童さんを見逃したというのでしょうか。あんなに、確りとあそこにあったというのに。

 

「あの、皆さんは河童さん、見ませんでした?」

「えっと、僕はちょっと……罰は?」

『よく判らなかったが……私でも判らない存在、というのは考え難いものだな』

「うーん……まあ、すぐらちゃん以外の妖怪さん達はちょっと捕捉にコツが要りますから仕方ないのですかね……よいっしょっと」

『どういうことだ?』

「紙魚と遊ぶのは難しい、ということですねー」

 

 私は軽く、罰さんをはぐらかしました。何時かに助力を願おうとした時に悩み結論づけたのですが、だって、彼女にはきっと見えないでしょうから。何しろ、妖怪と関わるというのは何人だって難しいのです。

 何しろ、心の底から実存を信じていること。それがないと、ある筈のないものなんて、捉えられはしないのですから。

 私は微笑みます。すると、罰さんは沈黙したまま、でっかいカップが二つもついた下着を私に差し出してきました。

 

『つけろ。教育に悪い』

「あ、自ら取っていたの忘れていました! これは恥ずかしいですねー」

「……素晴らしいものを見せていただきました」

『何か、力が蒙を啓いたような顔をしている……』

 

 慌ててブラジャーをつけつけ。そうして思わず私はぶるっとします。

 それはそうでしょう。私は冷えた風吹く夜に、しばらく溺れた身体を濡らしたまま晒している。風邪をひいてしまうのも、時間の問題でしょう。

 これは困ったなあ、と思っていると、何やら周囲にほの明るいものが顕れ出します。やがて私を取り囲んだその鬼火は、深く青い色をしていました。

 それに焦らされ、私は暖を覚えるようになります。そっぽを向いている彼女に、私は言いました。

 

「あ、これは罰さんが暖めてくれているのですか?」

『ふん。目の前で体調悪くされでもしたら、気分が悪い。仕方なしに、だ』

「ありがとうございますー」

 

 思わず溢れるのは、笑み。私は、私を囲む優しい炎に安堵を覚えます。

 きっと優しさを敢えてしばらく捨てていたのだろう彼女にあった、一欠片。それを私に向けてくれた幸福を、喜ばないはずがありません。

 

 

 にっこにっこの私を見つめて、丸井君は、言いました。

 

 

「死ねばいいのに」

 

 

 それに、私はこう返します。

 

「そうなのかもしれませんね」

 

 彼はそこに性すらなかったかのように中性的に微笑みました。

 

「ああ、僕は、そんな山田さんが好きです……」

 

 しかし私は、少し悲しげに返してしまうのです。

 

「まあ、私は、こんな丸井君は苦手ですね……」

 

 やがて嘘のように笑みを深めて、彼は呟くのでした。

 

「それでも、貴女だけは、僕を殺せない」

 

 私にとって、そんなことは当たり前ですので、返す言葉なんて多少です。きっとつまらなそうに、私は言ったのだと思います。

 

「でも、貴方を活かすことは、きっと難しいのでしょうね」

 

 諦めませんが、間抜けであっても無理は分かっているつもりでした。だからきっと、私は彼の悪意を活かすことは出来ない。

 それはちょっと哀しいです。でも、丸井君はそれをすら、喜んでしまうのですね。

 

 見上げた天に、棚引く星の尾。あれこそが、天狗の仕業だとしたなら。

 夜空に輝く月は何の仕業なのでしょう。いいやそれこそ夜空が暗いのは。

 

 空亡。それに似た少年は、果たして今、何を思っているのでしょうね。

 

 困り顔に、笑顔が向かい合います。

 

 

『……何なんだ、お前ら?』

 

 私達に、置いてきぼりになった罰さんは、ぽかんと溢しました。

 

 

 

「ふんふーん♪」

 

 その後。家に帰った私はお風呂に入って着替えをしてからすっかり寛ぎむーどに。

 足をバタバタさせながら、携帯電話を弄っていると、枕元にひんやりとした影が。

 なるほど彼女は幽霊。枕元に立つのが似合いでしたね、と見上げてみると。そこからぽつりと滴が落ちてきたのです。

 幽かに消えた、その感触。そして、彼女、罰さんは言いました。

 

『――私の弱さを、お前は信じてくれるか?』

 

 気高くあろうとしていた彼女の姿はそこにはなく、一人ぼっちの幽霊がそこに。その苦しさが、私には分かりました。

 返答として、真っ先にうなずくのは、当たり前です。

 

「はい。私は……私だけは、認めます」

 

 だって、それは、自分が巻いた種。花はまた、歪に実をつけます。二人ぼっちを、裂いてまで。

 でも、そんな事態から逸らすことだけ、私はしませんでした。

 

 幼く還って自業に震わざるを得なくなってしまった彼女を、私だけは認めてあげたかったのです。

 

 

 



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第十七話 魔法少女には興味がありません!

 

 

 おねーちゃんは無敵です。

 けれども、じゃんけんで私にほいほい負けてしまうくらいに、彼女は無敗ではありません。時に誰かにいっぱい食わされているような様子を見て取ることだってあるのです。

 もっともそれは、おねーちゃんが私達に土俵を合わせてくれているからに他なりません。

 本当は敵対することすらあり得ない。彼女は同時にあるばかりの高次。どこにでもいる女の子、と言うのは唯の意味ではありません。

 

 しかし、その言葉に多次元一繋ぎで全てに所属する山田静という少女が同一だなんて意味が篭もっているなんて、考えられませんよね。

 

 どこにでもあり得るから偏在し得て、どこにでもあり得るから概念として最硬。そんなことが、ありえちゃっているのです。

 故に、おねーちゃんは無敵なのですよね。私が幾ら鍛えようとも敵わない、こんなの、ずるいのです!

 だから私はおねーちゃん最強説を唱え続けるのですが、でも、おねーちゃんは謙虚にも言います。

 

「ボクは、無敵ではないよ」

 

 そんなの嘘です、と返す私におねーちゃんは更に言い募るのでした。

 

「確かに、本気になったら負けるものは少ないね。……でも、確かに居る。たとえば極みまで凍てついたマイナスの子や、憎き楠の大樹、とかね」

 

 はて、よく分かりません。もちろんマイナスは分かりますし、楠の木の存在は知ってはいます。

 とはいえ、極みまでのマイナスや憎たらしいほどの大樹なんて、私には想像もつかないものでした。それなのに、おねーちゃんが知った風に語る、なぞなぞな超常存在は克明です。

 彼女は絶対零度(世界の仕組み)をすら足蹴にした冷っこさに、巨き過ぎる樹が世界(多次元)を刺し貫いて食んでいくその様子すら、まるで見たものであるかのように語るのでした。

 それはきっと、その世界に今も並行して存在しているおねーちゃん由来の情報なのでしょうね。なんとも面白いです。森羅万象を超えると、殊更世界は不思議となるものですね。

 

 うんうん私が感動に頷いていましたら、そんな様子を見ておねーちゃんはベーシックに微笑みます。あんまりに均整の取れたそれに照れを覚える私に、彼女は言うのでした。

 

「それに、星。君にはとてもじゃないが、敵わないよ」

 

 私は、そんな言葉に首を振ります。だって、どう考えたところで自分はこれ程にスケール差のあるおねーちゃんの心を動かすことの出来る存在ではありません。

 多次元世界の人つなぎの一点。或いは、数多の世界を縫って整え揃えているかもしれない、独りの女の子。

 世界の中心といっても良いかも知れないおねーちゃんの、その心に私なんて不格好が居着いてしまっていることすらいけないと思うのに。

 

 だから、私はおねーちゃんに、私なんて気にしないで良いのですよ、と言うのです。

 そうしたら、柳眉をむっとさせて、彼女は私に言葉を返し始めました。

 

「……時に、察しは良い。頭の周りも良いだろうに、どうして星はこうも間抜けなんだろうね。いいかい……」

 

 過大評価に、あわわとする私。そんな小さな私をどこか面白そうに見てから、ふと優しく返って、おねーちゃんは言葉を広げます。

 空に光が満ちるように、自然と静謐に彼女の鈴の音色は溶け込んでいきました。

 

「それは大事にするよ。星。君はね、山田静の『たった一人』きりの、妹なんだから」

 

 察しがいいとおねーちゃんには評されました。しかし、その言葉の真意が、私には未だ、判らないままです。

 

 

 

 世の中には抱えきれないくらいの大変がぐるぐると周っています。そんな中で私は多くの大事なことを考えながらも、それで潰されてしまわないように休暇を満喫しようと試みていました。

 灰に潤む空の下。濡れない小雨を無視しておねーちゃんとウィンドウショッピングがてら歩んでいると、傘を差した男の子と出くわしました。

 

「三越君です! こんにちはー」

「こんにちは、山田さん……隣の人はもしかして」

 

 それが親愛すべき三越君と分かったら、私の口は早々と動きます。私と挨拶を交わした紫ジャケットの男の子は、目敏くも次におねーちゃんを見て尋ねました。

 伊達メガネをずらして、おねーちゃんは傘を閉ざした青年を見定めながら返します。

 

「察しの通りにボクは星の姉だよ。こんにちは」

「わ、そっくりだ……」

 

 そして、おねーちゃんの全体を見つめてから、三越君はそんなおだての言葉を呟いたのですね。もう、そんなこと接ぎ木のような私と生粋の美たるおねーちゃんと比較して出るのはあり得ないでしょうに。

 

「全く。三越君のお目々は節穴ですか? 嬉しいですけれど、おねーちゃんと私とでは月とスッポンポンどころじゃありません!」

「スッポン……ポン?」

「やれ。月と裸を比べるとは、星。流石のアンチ風雅なセンスだね」

「うむむ……これは褒められているのでしょうか? まあ、私は花より団子よりもボクササイズ派ですがー」

「花と団子に並ぶ格闘技……!」

 

 喋り終えると、何だか三越君は私の言葉に慄いていて、その様子を横目で見ているおねーちゃんは含み笑いを漏らし出しています。

 あれ。何かおかしいですね。私としてはおねーちゃんの凄まじい美人さとあばたな私との違いっぷりを理解して欲しかっただけなのですが。

 首を傾げる私を他所に、なんだか少し気安くした様子で、二人は会話をはじめました。

 

「それにしても、三越君、か。星から話は聞いているよ」

「うぉ、本当ですか? 因みに、なんて?」

「女癖が悪い男の子」

「山田さーんっ!」

「冗談。それは、大体を訊いたボクの感想さ」

「……恐縮です」

「わわ。恥ずかしいです!」

 

 そうしたら、次に出来たのは、おねーちゃんに頭を下げる三越君という構図。

 高身長の彼がそうすると目立って困りますね。あわあわと、私は頭を上げるよう、そっと促します。

 そんな私達を見、おねーちゃんは、ぞくりとするくらいに嗜虐的に笑んでから、言いました。

 

「それにしても、当たり前だけれど、ここには二人も山田姓が居るんだ。ちょっと、名字呼びじゃ分かりにくい」

「私達、姉妹だから確かにそうですねー」

「だから、三越君。君もボクのように星と、この子を呼んでみてはいかがかな? あ、因みにボクの下の名前は静だったりするよ」

「それはいいですねー。ぐっと仲良し度アップです!」

 

 諸手を挙げて、私は喜びます。いや、本当にやってしまうとどうも目立ちますね。直ぐに下ろしましょう。

 まあ、友達と名前呼びになるのはただ、嬉しいばかり。相手が異性とか、それは関係ありませんよね。あ、そういえば私ってTSしていましたよね、なら余計に関係ないです。

 お、そんな風にしているとそろりと足元ににゃんこさんが。可愛らしいですね。おっきな瞳が愛らしくも、どこか黒色が深くって何時までだって見ていられます。

 よしよし……あ、避けられてしまいました。

 

 そんなつれないにゃんこさんを構っている間に、話は進んでいきます。

 

「えっと……それ、マジですか?」

「まあ、マジだね。ほら、やって」

「せ、せ……ぐ、ぐぅう……あ」

「にゃ!」

「三越君からぐうの音が出ました! 鼻血も! にゃんこさん、逃げちゃいましたー」

 

 事態は急変。なんと、おねーちゃんが詰め寄ったことで刺激されすぎたのか、私の名前を言い損ねた三越君は鼻血を噴出してしまいました。

 吹き下ろされる血しぶきを嫌った黒色にゃんこさんは脱兎のごとくに逃げ出していきます。後に残ったのは、地面に事故現場のように滴った血液ばかり。

 あ、ちょっと私のブラウスにまで血がかかっています。ちょっとばっちいですね。

 

「あ、ごめん、やま……星、さん」

「大丈夫ですー。自分以外の血なんて浴びなれたものですから、こんなのへっちゃらですよっ」

「ぐう、相変わらずの笑顔の威力……にしても、血を受けるのに慣れているって、星さんはどんだけ過激なボクササイズを好んでいるんだ……」

 

 私がにへらとしていると、ハンカチで押さえた鼻を更に強く押さえだしました。

 それにしても、ボクササイズ、ですか。そうではなくって、私は悪い幽霊さんや怪人さん達と争った時に呪わしさ満々の血液を浴びていたのですよね。

 先の触手のものも含め、えんがちょです。色々とドロドロしていたそれに比べたら、鼻血なんて可愛いものですね。

 取り敢えず、眼球に容れさえしなければ、行動を続けられますし。

 

「これでも、星は強いよ?」

「それは、知っています……柔道の授業とか、先生を片手で投げ捨てていましたし……」

「……星、ボクはやり過ぎるな、って言ったよね?」

「ち、違います! ちゃんと記録に残らないところだけに、力を出しているのですよ! きちんと体力測定では世界記録が出ないようにしていますー」

「なら、いいか」

 

 確りやっているのですよと、私が胸を張るとおねーちゃんはあっさりです。

 それもそのはず、余程のことでない限り、おねーちゃんは怒りません。それは、自分が一度感情を乱して彼女が暴れれば数多の普通が台無しになってしまうことすらあるから自重しているのかもしれませんが、それだけでないことも、私は知っています。

 それは、立ち位置が高すぎるから。果たして眼前で虐殺が起きようと、おねーちゃんの心の奥には届かないのでは、とすら思えてなりません。

 しかし、彼女は私にどうしてだか執着しています。優しくときに厳しく、私の前であるおねーちゃんは、やっぱりとっても美人さんでした。

 

「……色々とツッコミどころがあるんですけれど……静さんって、ひょっとして相当なシスコンですか?」

「それは仕方ない。星はこんなに可愛いからね」

「わわ、くすぐったいですー」

「高い高ーい」

「持ち上げられちゃいました!」

「ぶ」

「また鼻血さんです!」

「あ、星のスカート捲れさせちゃったか……」

 

 脇に手を入れ、そのまま上に下に。おねーちゃんが私を持ち上げる、これが筋力に依る力ではないことを知っていますが、それでも感じる浮遊感に風の心地は最高です。

 年甲斐もなく高い高いを喜んでいると、私のフレアスカートがふわりと棚引きました。あ、これは桃色のアレが見えちゃうと思った途端に、再び三越君は鼻血ブー。

 下着一つにこの反応、全く彼は血気盛んに過ぎますね。これは少し露出度は低いですが後で、おねーちゃんのグラビアをプレゼントして……おお、内心が判られたのでしょうか、睨まれました。

 

「星、駄目だよ?」

「うう、それでははち切れんばかりの三越君の性欲を発散することが難しくなってしまいます……」

「い、いやこんな様だけれど、この鼻血は性欲ではなくってもっとピュアな感情から来る……うっ」

「わわっ、三越君、青い顔でふらふらに! 出血多量ですー!」

「やれ、これは仕方ないな……まくら君、出番だよ」

「了解しましたっす!」

「わ、どこからともなくアロハな人が出現しました!」

「本当に隠れていたとはね……」

 

 てんやわんや。それから私達は、ストーキングしていた乙山さんにも軒下を貸してくれた団子屋のおじさんにも、どうして私が、と助けを求めた通りがかりの大神先輩のお父さんにも迷惑を掛けてしまいました。

 でも、辺りには笑顔が溢れていて、私はそれが嬉しかったのです。誰もが、私を温めてくれているようで。

 

「にゃん……」

 

 そんな私が皆に猫っ可愛がりされる様子を、あの黒い猫さんは、遠くからずっと見つめていました。

 じっと、じいっと。

 

 

「にゃん」

「ん、なんだこいつ」

「あ、昨日のにゃんこさんです!」

 

 そうして翌日。お泊まりに来た罰さんと語り寝不足にふらふらしている私に、その子は寄って来ます。

 ちょっと遅くなった奏台との登校時間にぴんとしっぽを上げた黒猫がおもむろに。

 実はこの子、実は昨日からちょくちょく見かけていたのですよね。帰り道の隣とか、風呂場の影とか。中々の粘着ぶりなのですね。それに、断片的です。

 私は彼女をおねーちゃんがしたように脇に手を入れ持ち上げ、その深い目と目を合わせてから言いました。

 

「にゃあん」

「貴女、実は超常的だったりしますか?」

「はあ? 何言ってんだ、星。お前も俺もおかしいが、そこらの猫まで変ってことはないだろ」

「でも……」

 

 私の寝ぼけ眼を、この子は見返し、そうしてぱちくり。そして、奏台の苦言を他所ににこりと表情を変えました。

 ああ、やっぱり。

 

 当たり前のように、猫は喋り出します。

 

「はぁ。世界の穴を追ってみたら、そこに適合者が居るなんて、なんて作為的……」

「なっ!」

「周辺はどこも、物語に満ちている。切り取るだけで、それは面白い。けれども、貴女は別格ね」

「むむ、それは恐縮ですねー」

 

 私は恐れ入りながらも、少し考えます。このお猫さんの言うとおりに、確かに、ちょっと能力持ちが多すぎるきらいがあるのですよね。

 なんでしょうね、ちょっと重みが集まりすぎているような、そんな気がしてしまいます。それはおねーちゃんのせいか、はたまた。

 

「……こいつ、平気で変な猫と喋っていやがる……」

 

 そんな、奏台の驚きを私達は聞き流します。

 少しの沈黙の後、やがて先に開いたのはひときわ小さな口でした。彼女は、言います。

 

 

「……ねえ、貴女、魔法少女に興味ない?」

 

 

 そんなことを口にする猫さんはどうにもつまらなさそう。そして私はふわふわな彼女にこう返すしかありませんでした。

 

「あんまり……」

「そう」

 

 何というか、もう少女とか、そんな年ではありませんし。魔法は凄そうだとは思うのですが。

 そんな断りに近い言葉に、残念を面に一つも出さず、にゃんこさんはするりと私の手から逃れて、背を向けました。最後に、一言を残して。

 

「まあ、それでも必要が出来たらあたしを頼りなさいな」

 

 そのままするりと、黒猫は日向に溶けて行きました。

 

「……また、変なのが増えた」

 

 後は、私の隣で頭を押さえる、奏台が一人。白昼夢にしては朝方過ぎる、そんな夢幻の一種のような彼女は確かにありました。

 私はふと、考えます。

 

「うーん……魔法少女ですか……」

 

 あまり、そういうの観なかったのですよね。戦隊ヒーロー物が好きなお子さんでしたし。

 ただ、思うに。

 

「私が普通の女の子だったら、彼女と手と手を取り合うことも、あったのかもしれませんね……」

 

 ぽつりと、そんな思いつきは、朝の静かな空気に溶けて消えていきました。

 

 

 




 魔法少女……。


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第十八話 お婆ちゃんと走りました!

 

 

 結構、私は運動が好きです。それは前世の頃からそうであって、更にその力を継いでしまった今は大いに楽しむことが出来るようになってしまいました。

 故あって、記録を出す時は力を抜いてすっとぼけてしまいますが、それ以外のフリーの時は八面六臂をやってみたり、優れた黒子に徹してみたりもします。

 球技は熱く、マラソンは熱苦しく、ハンマー投げはくるくるですね。運動部に入る人の気持ちは大いに理解できてしまいますよ。走ったり飛んだり跳ねたりする子供の遊戯の発展が、とんでもなく面白いのは自然だと私は思っています。

 勿論、それらが苦手、どころか嫌う気持ちだって、当たり前でもあるでしょう。何人にも最適な物事はありますし、おっくうなことばかりはやっていられないものです。怠けるのだって、意外と素敵なことですし。

 まあ、それでも私はやっぱり好きなスポーツを行うとそれはそれは白熱してしまうのですよね。

 バドミントンとか、結構本気出してもシャトルが逸しないので大好きなのですよ。どーんと、相手をしてくれている奏台にシャトルを打ち返して、私は言います。

 

「うー! やっぱり筋肉を動かすのって素晴らしいですねっ!」

 

 そう。結局の所、私は筋肉愛から、その躍動に悲鳴すらも喜んでしまうところがあります。我ながらとんだマニアックさですが、これが少しでも爛漫に映ってくれたら嬉しいのですが。流石に、深淵を覗かれるのは恥ずかしいですし。

 ふふふ、と私が楽しみに体育館のボール幾つも嵌め込まれた天井を見上げながらニコニコしていたら、何やら相手側に動きが。

 見下ろしてみるとなんと、奏台がうずくまっています。私は急ぎのあまりぴょんとネットを飛び越え、彼の元へと向かいました。

 

「どうしました、奏台!」

「うぐ……い、いや……これは……」

 

 しかし、伏したまま奏台は動かず、どうやらはっきりとしたことも言えないようです。何が起きたのかも判らないので動かして良いのかも不明な状態。これは、困りました。

 私は疾く訊くために私達のゲームの審判だけでなく点数まで付けてくれていた三越君に詰め寄ってしまいます。口をぽかんとしていた彼に、私は問いました。

 

「奏台が変です! なにがあったのです?」

「あー……星さん今、君の身長ぐらい高さあるネット、ハードルみたいにして跳んでなかった?」

「記録されていないからセーフなのです! でも、そんなことより奏台はどうしてさっきから足をぷるぷるさせたまま動こうとしないのですか?」

「それは……」

「それは?」

 

 驚きから変え、微妙な表情をはじめた三越君。なんだかまだるっこしいのです。けれども、なにか大事を口にしてくれるのかもしれないと、私は耳を澄まして待ちました。

 本当に、渋々としてから、彼はそれを口にしました。

 

「シャトルが、当たったんだよ…………あいつの股間に」

「股間に?」

「股間に……」

 

 思わず、私は聞き返してしまいます。私の全身全霊の一撃が、奏台の大切なところに。おお、それは痛い。

 私にも、強烈な記録として、それが大変な痛みを伴うものであるとは知っています。ぴょんぴょん慌てもせずに、必死に堪えているあたり、奏台は偉いのかもしれません。

 つい、私は彼に合掌をしてしまいました。そして、言います。

 

「ごめんなさい、奏台。貴方が女の子になってしまっても、私は友人を止めませんからね」

「こんなことで性転換させられてたまるか!」

「おお、起き上がった……流石だ」

 

 私が彼の玉の行方を思っていると、奏台は怒ってツッコミをしました。よかった、顔色は少し悪いですが、大丈夫なようです。

 何やら尊敬の目線で奏台を見つめている三越君と一緒に、私はほっと一安心。奏台の発言をゆっくりと咀嚼しました。

 

 まあ確かに、これくらいで性が変わるのなんて、あり得ない。

 でも、貴方は知らないのでしょうけれど。死んで起きたら性転換どころか別人になってしまうようなことも、あったのですよ。

 

「ホント、良かったです……そこに痛いの痛いの飛んでけ、したほうがいいですか?」

「変なことを口走りながらにじり寄るな! って……おい、真に受けた三越の野郎の目が凄まじいことになってるぞ!」

「市川……君はいいヤツだったよ……」

「過去形? 俺を殺る気かお前!」

 

 友達達の騒々しさの中で、改めて思います。

 本当に、私はあり得てはいけないくらいに、変わっていますよね。

 

 

 

「そういえば、奏台に大神先輩、闇の世界とやらはどうなったのですか?」

 

 お空の雲が美味しそうに見えるくらいにまんまるしていた帰り道。私は、じゃれ合っていた二人にぽつりと問います。

 奏台も大神先輩も揃って、私を驚いた目で見つめました。それもそうでしょうね。あまり、私がそっちの方に首を突っ込むことはなかったですし。

 

「ん。何だ。急に、気になったのか? 別にいいが……とはいえ、一体全体ネタバレされた後の世界なんて、つまんないもんだぞ?」

「だよねー。お父さんが引退してからもう、平和そのものになっちゃった」

 

 勇者奏台に、魔嬢唯は、異能で形作られたファンタジックな世界の変化について、平然とそう語ります。

 何やらいい年して魔王的なことをやっていたらしい大神先輩のお父さんが悪ぶるのを止めて、同格の能力者でプレイヤーたる奏台と現実で話し合った結果、闇世界での争いを無くしたのだと聞いてはいました。

 なるほど平和は良いです。何もなくて、つまらなくて眠くなってしまうくらいが実は一番幸せなのかもしれませんね。

 とはいえ、そのためにこれまで関わりを持っていたものが一度に失くなってしまえば、安否が気になってしまいます。そう、あの小さい子のこととか。

 

「そうなのですか……こっちに闇人が出てこなくなって来たのが、少し心配でしたので……」

「闇人?」

「あれだ。お前が隠れてこっちの世界で俺らを襲わせていた、執事の……」

「え、セバスチャンのこと? うわー……市川君ったらあいつのこと、闇人なんてそんなストレートに呼んでたんだ……」

「見た目まんまの方がなんも知らない星にだって覚えやすいと思ったんだよ……つうか執事にセバスチャンっていう名前もどうなんだよ」

「お父さんが付けたものだから、私は知らないー。ぴゅー」

「口笛吹けないからって、口で言うなよ……」

 

 そして、当たり前のように二人の口から語られていくのは新事実の連なり。

 闇人、執事さんだったのですね。そして、名前はセバスチャン。更に、大神先輩が口笛吹けないとは。これは驚きです。

 大神先輩がなにおうと、一生懸命口笛を吹こうと可愛らしく唇を尖らせている様子を認めながら、私はなお訊きました。

 

「……セバスチャンさんは、元気にしていらっしゃいますか?」

「んー。あいつ、こっちに来れるくらいには強いキャラだから、大丈夫じゃない?」

「あー……確かに、向こうだと無敵に近くて嫌な奴だったな。……それにしても、あの執事が完璧に守ってたかの有名なギロチン姫が、こんなガキだったとはなあ……」

「むぅ! その名前、私好きじゃないよ! それにどっちかといえば、ギロチンを使うよりも絞首刑にしたほうがずっと多かったし! ……痛!」

「過去の悪行を胸を張って語るな、バカ」

「……そうだね。それは、反省。ごめんなさい」

「ふーむ……やはり色々と、あったのですね」

 

 小突かれどこかに向けて頭を下げた大神先輩。その真面目さを、私だけは正しく理解したいと思います。

 こっちでは弱々だったセバスチャンさんが実はシマでは強かったとか、大神先輩が予想よりとんでもない悪女だったというのは驚きですが、私がそっちにばかり目を行かせることはありません。

 なにせ、私は別世界の諸々よりもこの人を贔屓してあげようと思ったのですから。

 だから、そろりと私は低いところにある彼女の頭を撫で付けます。ああ、びっくりするほど大神先輩は小さくて柔らかですね。

 

「よしよし、です」

「うう、子供扱いしないでよー……」

「はぁ……なこと言いながら、顔、ニヤついてんぞ」

「市川君の意地悪ー……」

 

 熱に思わず縋り付く子。それに親愛からちょっかいかける男の子を眺めながら、私は胸中のこの世で一年だけ長じているばかりの未熟な柔らかさを愛おしみます。

 私がはぐはぐなでなでをしていると、大神先輩は、ぽつりと溢します。

 

「お母さん……」

 

 涙は胸に滲みて分からずに、その声はこの耳にしか届いていません。だから、私は黙したまま返事の代わりに、抱きしめる力を強めました。

 

 

 

「何だか今日は、色々とあった気がしますねー……ちょっと、疲れました」

 

 私をしきりに送ろうとしてくる奏台に近いから大丈夫と辞した私は、独りゆっくりと暮れはじめた道を帰ります。

 遠くの茜色の稜線を見つめながら、目をゴシゴシ。何だか、口から溢れてしまった独り言を気にしながら、私は一歩。すると私が気にしなかった暗がりから声が発されます。

 

「おや、疲れているのかい……今日は止した方が良かったかねぇ……」

 

 見ると、そこには皺深く、腰を曲げて微笑む老婆の姿がありました。その矮躯は、闇の中に良く馴染んでいます。まるで、あって当たり前であるかのように。

 見知ったそのもんぺ姿に、私は思わず破顔します。

 

「あ、ターボなお婆ちゃんじゃないですか。お久しぶりですー。腰はもう、大丈夫ですか?」

「おお、そういえば、お久しぶりだね。星ちゃん。腰はもう、すっかり大丈夫さ。何なら今から首都高だって攻められるよ」

「相変わらずの走り屋ぶりですね! でもご健勝なのは何よりですー」

 

 私の言葉に、ニコリと、皺が歪みます。相変わらずのお年を召した、そして健康体。

 全人類が彼女のように年を深められればいいのですが。まあ、人でなしだからこその、この有り様ですからそれは無理なのでしょうね。

 そう、俗にターボばあちゃんと呼ばれるこのお婆ちゃん、百メートル三秒の口裂け女の三井さんよりもなお脚の速い彼女は、私のお化け友達なのでした。

 ああ正確に言えば、お婆ちゃんは怪人ですね。車に乗った人の、追い抜かれる恐怖が形になった、人なのですよ。

 お婆ちゃんは私が初めて遭った、お化けさんでもあります。何でか彼女、老人ホームに紛れ込んでいたのですよね。仲良くなってから、正体を明かしてくれました。

 

 お婆ちゃんは、暗がりから一歩出て、私の前に来ます。その優しげで小さな姿を見下げながら、私はつい私の元にやってきた理由を訊いてしまいました。

 

「それにしても、私に何か御用ですか? お手伝い出来ることなら良いのですが……」

「星ちゃんは話が早いねえ。そして、脚も速いところが私の好きなところさ」

 

 にこりと、深まる笑み。がっしと、お婆ちゃんの細い手が私の腕に絡みつきます。

 

「えっと、どうしましたお婆ちゃん、急に私の手を握って……え?」

「ちょっと飛ばすよ」

「え、わわー!」

 

 お婆ちゃんの脚は廻り出し一気に加速。引きつられた私も、それに合わせなければなりません。

 やがて、私達は風になりました。

 

 

「はぁ、はぁ……疲れましたー」

「いやあ、流石は星ちゃんだねえ。普通の人間なら脚がもげるどころか擦り切れて私が持った腕しか残らないほどの速度で引っぱられたのに、これだからね」

「それは、お婆ちゃんが私に合わせてくれたからですよー」

「ふふ。そういうことにしておこうかね」

 

 少し強引だった二人でのツーリングは、それなりに早く、そしてとんでもない速さで終わりました。おかげで、膝が笑っていますが、なんとか私は健在です。

 しかし人間の二乗な私がぜえはあ言っているのに、お婆ちゃんはけろり。なんとも健康体なお化けさんですよね。

 私がお婆ちゃんの底知れない体力を思いながら周囲を見渡すと、辺りは高い壁ばかり。そして、当然のように人気も何もありませんでした。

 あ、ゴミがちょっと落ちていますね。後で拾っておきましょう。でも、それくらいしか見て取れなかった私は、お婆ちゃんに素直に訊きました。

 

「そういえば、ここはどこですか?」

「実は高子に頼まれてね。なるだけ人気のない袋小路に星ちゃんを連れてきてくれっていう話だから、急ぎちょっと遠くまで駆けたのさ」

「高子さんですか。なるほど、あの人はシチュエーションに拘る人ですからねえ」

 

 お婆ちゃんの言葉に、私は納得です。そう、高子さんはその恐るべき長身から比較対象が高くなければいけない怪異。それならば、こんな二メートル以上の高さの塀に囲まれた場所は絶好のロケーションと言えるでしょう。

 ほら、そう考えていたら姿が見えました。真っ先に麦わら帽が現れて、そうしてから悪い意味で平均的なその顔、次に長い首にゴスロリチックに彩られた胴体、やがて腰元が見えてから、彼女は屈みました。

 塀から身を乗り出して私と目を合わせてから、高子さんは嗤います。

 

「ぽぽぽぽぽ、こんばんは。星ちゃん。いい夜ね」

「はい。真っ暗でいい夜ですね。高子さん」

「ぽぽ。星ちゃんなら、そう言ってくれると思ったわ。ぽぽぽ」

 

 私の前で、くねりと揺らぐ、ゴスロリの塔。どこか気味の悪さが勝つその光景が、けれども私は嫌いではありません。

 鉤のような指で隠した口元から届く血なまぐさい臭気もなんのその。そっぽを向いているお婆ちゃんを放って、私は彼女に用向きを尋ねます。

 

「ところで私に、何用ですか?」

「ぽぽぽ。単に、どうするか、直に訊いてみたくって」

「どうするか、ですか?」

 

 しかし、返答は少し煙に巻かれたようにゆるりとしていました。

 はて。私がどうするか、ですか。どうしようもなく、いい人にはなりたいのですが、しかし彼女のまっくろくろすけな瞳はそんなことを問うような風ではありません。

 二つ塗りつぶされたクレヨンの黒の前で、私は首を傾げました。

 

 それに、ぽぽぽ、と彼女は上から告げます。まるで神の位置ほどの高みから、その怪人は呟くのでした。

 

「ぽぽ。ねえあの子――――奏台君を、放っておいてもいいの?」

 

 そう、彼に殆ど知られていることを私が知っているのだろうと、彼女は暗に言うのです。

 それに対する私の答えは一つです。

 

「ええ、私は彼を、信じていますから」

 

 奏台は、闇と殆ど同じ。故に日の当たる部分に出ているところばかりを信じるのは、愚かであるのかもしれません。

 けれども、それでも私の信念とか関係なく、ただ一言だけで私が贔屓してしまう理由は説明できてしまうのでした。

 

「だって、私は直に、男の子の強がりの凄さを見知っているのですから」

 

 歪な私は男の子だった女の子で、だからこそ弱さに負けない奏台の強さを信じることが出来るのです。悲しくも、それに恋すること出来ないままに。

 

「ぽぽぽ」

 

 風一つ。月は雲に消え、暗がりも想いもあっという間に闇の中に消えます。

 返ってきたは、淋しげな笑い声一つでした。

 

 



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