日向創は七海千秋に恋をする (油口)
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唯一の希望
これはこの俺ーー日向創と彼女ーー七海千秋の話。
俺は今、公園に来ている。大きな噴水が印象的な普通の公園だ。そして……俺が始めて彼女と出会った場所だ。
「…………」
俺たちはジァバウォック島でのコロシアイが終わり、数ヶ月が経った。あの後、皆は無事に目覚め、絶望の残党からも目が覚めた。でも1人だけ……七海だけがその中にいない。当たり前と言ったら当たり前だ。もうこの世にはいないのだから……。
「七海……」
俺は初恋の人の名前を呟く。結局俺は七海に気持ちを伝えてられていない。寝ている顔……笑っている顔……楽しそうにしている顔……嬉しそうな顔……どれもこれも、もう一生見ることのできない。
「っ……」
不意に涙が溢れ出す。七海の顔を思い浮かべるだけで胸の奥が苦しく、痛くなる。もし、叶うのなら……もう一度七海に会いたい。
「まぁ……無理だろうな……」
もうジャバウォック島のデーターは完全消去されたはずだ。一切記録もデーターもない。七海の記憶も……何もかも……。
「おーい!日向君!」
「ん?」
俺の名前を呼びながらこちらに走ってくる男性がいた。小柄で中性的な顔立ちをしている。この人は、俺たちをジァバウォック島から助けてくれた未来機関の一人、苗木誠だった。
「はぁ……はぁ……こんなところにいた……」
「そんなに急いでどうしたんだ?」
苗木は息を切らし、俺を探していた。何か俺に用事があるのか?
「朗報だよ朗報!!」
「朗報?」
その顔は、喜びと期待に溢れていた。
「君達がいたジァバウォック島のデーターが奇跡的に残っていてね……そのデーターにはモノクマのウイルスは入っていなかったんだ!」
「……!?それは本当なのか!?」
「うん……!!」
データーが残っていたなら七海のデーターも……!俺は苗木を置いて、未来機関の施設に走り出す。気持ちが体を追い越していて、自分の足がとても遅く感じた。
「まっ、待ってよ〜!!」
苗木のそんな声は俺の耳には届いておらず。俺の頭には彼女の顔で一杯になっていた。
◇ ◇ ◇
「データーが残ってたって本当か!?」
俺はデーター管理室のドアを勢いよく開き、入って早々事実確認を取る。
「やかましいぞ、少し静かにしたらどうだ」
そこには金髪で眼鏡をしている、堂々と毅然した態度で立っている男がいた。確かこいつの名前は……十神白夜だったはずだった。
「データーが残ってたのは本当よ」
冷静で落ち着いた口調で話をしている綺麗な銀髪の女性は……霧切響子だっけ?腕を組み、椅子に腰をかけている。
「じゃあ!また七海に会えるのか!?」
早速本題に入る。俺にとってこの事実だけ分かれば後はどうでもいいと思えた。
「それはまだ不明だ」
そんな俺の問いに、十神は冷然と答える。
「不明って……どうしてだよ……?」
ジァバウォック島のデーターが残っていたなら、七海のデーターが残っているんじゃないか……?そんな俺の疑問に霧切が答える。
「ジァバウォック島のデーターと、彼女のデーターは同じではないの。別々のデーターを一緒にしているというだけで、ジァバウォック島のデーターが戻ったからって、彼女のデーターが残っているとは限らないのよ」
「なんだよ……それ……」
俺は愕然とする。唯一の希望がプツンと切れる。それは、また会えるという希望が膨らんだ分、絶望も大きかった。
「希望を諦めちゃいけないよ」
後ろから突然声がして振り向くと、そこにはいつのまにか追いついていた苗木誠がいた。
「まだ七海さんのデーターが戻ってないと決まったわけではないんだ。まだ希望はあるよ」
「そう……だよな……」
まさにその通りだ。まだ七海のデーターが戻ってないとは限らない。まだ……希望はある。
「七海のデーターは探せるのか?」
「ここからでは無理だ。大まかな所しか見れんからな。実際ジァバウォック島に入り、隅から隅まで探して見なくては、判断し難い」
「じゃあ、俺が七海を探す!」
「何……?」
十神が訝しながら俺を見る。そりゃそうだ。実際コロシアイがあった場所に、それに参加していた俺が自ら進んで行くと言うのだ。本当なら見るのも嫌なはずなのに。でも俺は……!
「必ず七海を見つける!俺が……絶対にだ!」
「…………」
十神が反論しない。周りの奴らも、俺が本気なのが伝わったのか口出ししない。
「……分かった。だが、こちらがもう散策に必要がないと感じたら即刻お前をジァバウォック島からログアウトさせる。それでいいな?」
「ああ」
そういうと俺は、棺桶みたいな装置に横になる。そして、蓋が降りてきて目を瞑る。
(待っていろよ……七海)
「日向君……頑張って」
俺が意識を手放す前に、苗木のそんな言葉が聞こえた。
◇ ◇ ◇
「んっ……」
日差しが俺の肌を刺激し、緩やかな波の音が俺の耳を癒す。目を開けると、俺は砂浜で横になっていた。
「ここは……?」
あたりを見渡す。するとそこには、見慣れたロッジがあり、見慣れたマーケットも見える。
「戻って……来たんだな……」
俺は戻ってきた。ジァバウォック島に……。
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再開とデート
「おーい!七海ー!」
俺は七海を探すために、ジャバウォック島を散策している。砂浜、ロッジ、マーケット、ホテル、レストラン……。近場の場所を隅々まで探した。
(どこだよ……七海……)
しかし、どこにも七海の姿はなかった。次は、遺跡の方かな……と移動しようと、歩みを進めるとーー
ピコピコーー
どこか懐かしい電子音が聞こえてきた。
「っ……!!」
俺は音のする方へ、すぐさま走り出す。こんな場所で、こんな懐かしいゲームをする奴なんて、俺は一人しか知らない。音のするのはどうやらロッジの方からだ。でも、さっきロッジを探したときは誰もいなかった筈だ。俺が見落としたのか……?なんて考えたが、そんな事よりも、この音を出している本人に会えることだけしか、俺の頭には無かった。
ガチャっ
「七海……!!」
ドアを開けたと同時に、本人であって欲しいと望む少女の名前を口にした。そして、ドアの向こうには……
「あれ?日向君?」
淡いピンクの髪色で、先の方が跳ねているショートヘアー、可愛らしい猫のフードとリュックを身につけており、片手にはゲーム機を持っている。その少女はこちらを向きながら、くりっと可愛らしく首をひねり不思議そうに見つめている。
「本当に……本当にいた……!」
「どうしたの……?」
俺は嬉しさのあまり七海を抱きしめてしまった。でも、一生会えないと思っていた愛しい人が目の前に現れたら、仕方のない事ではないだろうか?少なくとも俺は、その気持ちを抑えきれなかった。
「えっと……、これだと攻略はできないよ?」
「ははっ……、七海は変わんないな」
俺はそっと腕を離した。表情はいつもと同じだけど、頬が少し赤くなっているのは気のせいだろうか?でも今は、七海に会えた事の嬉しさで、あまり深く考えなかった。
「他の皆は……?」
七海は心配そうに聞いてくる。それもそうだ。目が覚めたら、誰一人この島に居なかったのだから。最悪の事態を考えていたのかもしれない。だから、俺は微笑み、不安を拭うように事情を説明する。
「皆は、外の世界にいるんだ。あの後、未来機関の苗木達が助けに来て、皆一緒に脱出したんだ」
「そっか……」
七海は心なしか安心した様な顔を浮かべる。その顔は、自分の子を見つめる慈母の様に優しかった。
「なぁ七海、今からちょっと散歩しないか?」
「散歩……?」
急な誘いに七海はキョトンとする。でも、また消えてしまうかもしれない彼女と、もっと一緒にいたかった。もっと沢山のものを一緒に見たい、もっと沢山の事を一緒に経験したい。望みをを言ってしまうとキリがない。それくらい、俺は七海が好きだと自覚する。
「どこに行こうか?」
「……日向君に任せるよ」
「……分かった」
七海にそう言われ、少し考えてからある場所に向かう。もし、もう一度会えたなら、絶対にここに来ようと決めていた。
「ここって……遊園地?」
「あぁ、七海と来たかったんだ」
ジェットコースターやメリーゴーランドなどがあるテーマパークだ。もし七海と会えたなら、ここで一緒に遊びたいと思っていた。
「……ここ、前にも一緒に来たよ?」
「前来た時は、他の奴らも一緒だったからな。二人で来たかったんだ」
言っていて恥ずかしくなった。引かれたか……!と恐る恐る七海を見ると、そうなんだ……と言って、俯いてしまった。
「ずるい……」
「へ?なんか言ったか?」
「……何でもない」
そう言うと、ぷクゥっと頬を膨らませた。頬をプニプニしたい。
「とりあえず……行くか」
「……うん」
七海は俺の袖をキュッと掴んで、俺の後をトコトコと着いてくる。親鳥はこんな気持ちなのかな……と、ホッコリした。
「何乗るかな……ん?」
何やら七海が一点を見つめて、目をキラキラさせて、裾をグイグイっと引っ張って来る。それほど興味が引かれるものでもあったのだろうか?七海が見つめている方向を見てみると……
「……なぁ、七海……」
七海が熱心に見つめていたのは、屋台に数台あった箱ゲーだった……。
「せっかく遊園地来たんだから、アトラクションに興味持とうな?」
しかし、そんな俺の声が聞こえないくらい夢中になっているのか、七海はひたすら箱ゲーをしていた。
「……まぁ、いいか」
本当は、七海と色々なアトラクションに乗ってみたかったが、箱ゲーを嬉しそうにしている七海を見ていると、これでもいいか……と思った。
「まさかここに、伝説の箱ゲー、ストリームファイターVlがあるなんて……!!」
「良かったな」
「ねぇねぇ日向君!!これ、2プレイ用だから一緒にやらない!?」
七海がずいっと顔を寄せて、少し興奮した様子で誘って来た。待って……!顔が近い近い……!!俺は七海とは違う理由で少し興奮した。
「そ……そうだな、やるか!」
「うん……!!」
「っ……!」
ふとした時に出る七海のこの純粋な笑みが、俺をドキッとさせる。自覚してるのかなぁ〜……。まだ治らない心臓を感じながら、ゲームをした。勿論の事だけど、七海には惨敗した。
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