職業ヒーロー志望者の学園生活 (のんびりリハビリ中)
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準備編
はじまり


久しぶりに何か書きたくなって投稿。リハビリを兼ねての作品のなのに、色々と面倒くさくなりそうですが。

一応、職業「ヒーロー」とヒーローの違いが焦点になる予定。

とりあえず、気楽にどうぞ。


 「超常」が「日常」となった世界。突如出現した多種多様なその力は「個性」と名付けられ、幾多の混乱を伴いながらも、世代を経るごとに社会へと浸透していった。

 

 そして人類総人口の八割が何らかの力を宿すようになった今日。ある一つの職業が脚光を浴びていた。

 

 公の場では禁止された「個性」という強大な力を己の欲望のままに好き勝手にふるって人々を傷つけ、社会に不安を引き起こす敵性存在――ヴィランに対抗する者達。

 超常が当たり前となった社会の新たな守り手であるその職業の名は「ヒーロー」といった。

 

 そして1人のヒーローが平和の象徴として君臨する時代にこの物語の幕は上がる。

 

 

 

 近年発展がめざましいある新興都市の郊外。都心から電車でおよそ二時間ほどの距離にその施設はあった。

 

 小さくとも険しい山に見下ろされるその敷地は広大で、潮風を跳ね返す高い白壁と波を砕く長く伸びた堤防が、およそ数キロに渡る海岸線を切り取っている。

 

 その内には円形ドームや複合トレーニング施設といった巨大建造物や数ヘクタールの面積を誇る広場にグラウンドといった運動場の他、遊技場や温泉施設果ては宿泊施設までもが抱え込まれている。

 

 また沖合いに向かって伸びる長い浮き橋の先には、建物が乱立する島と大小二つの人工島が存在していた。

 

 一見すると何かの研究所か、あるいは収容所のような印象を持つこの施設の正式名称は「アマニワ総合訓練所」。

 私設とはいえ日本初の個性訓練施設である「天庭個性訓練所」を前身とし、設立から半世紀以上が経った現在においても、国内有数の多目的訓練施設として世に知られていた。

 

 限定的とはいえ公共の場で行使を禁じられている個性の使用が認められた数少ない場所であり、現役ヒーローのみならず一般の利用客も多い。

 また個性に関する相談所としての一面を併せ持ち、個性に関する研究や協力にも力を入れている事で有名だ。

 

 最も現在の時刻は午前六時。当然だが敷地内はまだ静まり返っており、人影も少ない。その数少ない例外の一つである天庭 積杜(アマニワ セキト)は、海の見える広場の片隅で一時の休息をとっていた。

 

 小柄な体を包むジャージは軽く汗で濡れ、腰のポーチに納まったペットボトルの中身もほとんど残っていない。

 日課の朝練を終えた積杜は、広場の隅の簡素な東屋で火照った体のクールダウンに努めながら、ぼんやりと明るくなった海を眺めていた。

 

「……ああ。今日はここにいたんだ」

 

 ようやく上ってきた朝日に目を細めていた積杜へ声がかけられる。

 

 まだ眠気の残るその声の持ち主は十年来の付き合いがある少女のもの。今しがた広場に入ってきた巨大な着ぐるみに抱えられながら彼女、形代 繰乃(カタシロ クノ)は積杜を目指して真っ直ぐにやってくるところだった。

 

 エフォルメされた赤白の熊の着ぐるみは、その鈍重そうな見た目とは裏腹に動きは軽快で、歩行速度もかなり早い。ほんの数分で広場を横断した着ぐるみは、東屋に到達すると役目は果たしたと言わんばかりに動きを止めた。

 

 停止した着ぐるみの上から軽やかに降りた繰乃は、積杜が出て来た東屋をしげしげと眺めてコメントする。

 

「なんか、手を抜いてない?」

 

「今週はあまり製作時間がとれなかったんだよ。前の使い回しにちょこちょこ手を加えただけで精一杯」

 

 彼女が辛口評価を下したこの休憩所は、積杜の個性によって作られたものだ。

 

 積杜の個性”不思議な箱(ワンダーボックス)”は、一言で言えば空気や水といった「形のないもの」から箱という「形あるもの」を作り出す能力である。

 

 基本的に作り出す事ができるのは十センチ四方の箱だが、生成後も材質や形状は自在に変化でき、質量は変わらないが大きさも自由に変えられる。

 また重ねて強度などを上げることもできるため、これらの性質を駆使する事で小物からちょっとした建造物まである程度は創りだすことが可能だった。

 

 この東屋もそうやって創られたものだが、個人の手によるものとしては四方に立てた柱の間に板を渡し、梁の上に二つ屋根とシンプルな造りである。

 高床式にして手すりのついた短い階段を入り口に設けているところが、多少の努力の現れと見えなくもない。

 

 この訓練所では、鍛錬を目的とした個性利用による建造物やオブジェはそう珍しいものではない。当然許可が必要でありスタッフによるチェックも入るが、後は説明を兼ねた立て札の一つでも立てておけば問題はないとされている。

 

 数年前から積杜もまた許可を得て、この広場でこういった休憩所やオブジェを設置していた。

 

 時間のあった去年ならば、西洋の城とも見間違うような休憩所や工夫の凝らした遊び場などを作ることもあった。しかし内部進学とはいえ受験生である現在は、製作に当てられる時間も少なくなっている。

 

「ふーん。装飾はまあ適当でもいいけど、強度は大丈夫? 試してもいい」

 

 積杜の返しを聞くや否や、繰乃は待機中だった着ぐるみに命令を下した。すなわち「この手抜き工作を全力でぶっ壊せと」と。

 

 彼女の個性「人形師」によって仮初の命を与えられた着ぐるみは、速やかにファイティングポーズを取ると、百キロ超の体重を拳に乗せて怒涛のラッシュを東屋へ叩き込み始める。

 

「……えーと。気は済んだ?」

 

「うん。大分目が覚めた」

 

 重量級の乱打を叩き込まれてもまったく揺るがない東屋を見ながら、積杜は繰乃へと声をかけた。対して繰乃は、着ぐるみと意識を同調させて行った適度な運動(?)のおかげか、すっかりと眠気もなくなったようだ。 

 

 寝起きの悪い彼女が完全に目を覚ましたところで、積杜は本題に移る。

 

「ところで、何か用があってきたんじゃないの? 寝ぼすけのクノちゃんには珍しく早起きしてるし」

 

「あっ、そうだった。そうだった」

 

 ばっちりと機嫌も治った寝ぼすけ少女は、朝の散歩に出る羽目になって経緯を語りだす。

 

「どうせ学校は休みだからって、さっきまで気持ちよく寝ていたんだけど、お母さんに叩き起こされて。それで先生たちへの差し入れついでにセキトを探して来いって、さ。なんでもタマおじさんが呼んでるみたい」

 

「父さんが? 再来週まで出張って聞いてたのに、もう戻ってきてたの?」

 

「そうみたい。えーとだから今日の朝食はウチや食堂じゃなくて積杜の家の方で取ってほしいって言ってた」

 

「ふーん、何の話だろ」

 

 積杜の父、天庭 玉丸(アマニワ ギョクマル)はこの訓練所の代表であり、その補佐を務めている母と同じくかなり忙しい。一応二人とも世間一般でいう「ヒーロー」でもあるのだが、訓練所の運営やら個性利用の副業やらで忙殺されているために、そちらは休業状態だ。

 

 なのでそんな忙しい両親に代わり、積杜の日々の生活は隣の形代家が時折面倒を見てくれることになっていた。

 

 そんな忙しいはずの父が朝早くから一体何の用なのかと、積杜は首を傾げる。その仕草をジト目で見た繰乃は、遠慮も無しに疑問をぶつけた。

 

「何、やらかしたの?」

 

「いや、全く心当たりはないんだけど」

 

「本当に~?」

 

 積杜は否定するが、繰乃は疑ったままだ。少し前まではけっこうヤンチャをしていたので、信用のなさはお互い様なのだが、だからといって心当たりは全くない。

 

「ま、いっか。もう帰るつもりだったし。直接聞けばいいや」

 

 ここで悩むだけ無駄と積杜は思索を打ち切り、家に向かって歩き出した。繰乃もまた再び熊の着ぐるみに飛び乗って、後を追った。

 

 

 

 積杜や繰乃の家は、訓練所を見下ろす山のふもとにある。訓練所のスタッフのための集合住宅や一軒家が連なるストリートからはやや外れており、そこそこ広い敷地を持った家が集まる場所だ。

 

 裏手には積杜の祖父が設立した児童養護施設があり、その先は中腹の武道館や頂にある神社に向かう山道へと続いている。

 

 ちょうど出勤するところだった向かいのヒーロー夫婦と挨拶を交わし、玄関先で繰乃と別れて家に入った積杜は、久方ぶりに自分以外の住人の気配を感じた。

 

 日当たりのいいリビングを覗けば、そこにはおよそ一ヶ月ぶりに見る積杜の父、玉丸の姿がある。

 

「ただいま」

 

「おう、お帰り。元気そうだな」

 

 久しぶりに会った親子の会話としてはそっけないかもしれないが、別に仲が悪いわけではない。積杜にとっては今更の事だ。むしろいつも父についているはずの母、重子の姿が見えない方が積杜には気になった。

 

「再来週一杯まで出張って聞いてたけど、随分早い帰りだね。母さんは?」

 

「いや、母さんはまだ関西で仕事中だ。私だけ一足先に戻ってきた」

 

「へっ?」

 

 父の返答に積杜は首を捻る。個性の相性から仕事でも日常でも常に共に行動を共にしている夫婦である。公私共に仲も良く、息子の積杜ですら時々邪魔者に感じる事があるぐらいだ。

 

 それなのに今は別れて行動しているという。その異常事態を知った積杜は、素直に質問をぶつけた。

 

「喧嘩でもした?」

 

「いーや。父さんと母さんはいつも新婚のようにラブラブだぞ」

 

「……じゃあ、なんで?」

 

 臆面もなく気恥ずかしい事を言う父の態度に、考えるのが面倒くさくなった積杜は素直にその理由を聞いた。

 

「いや、少し気になる事を知ってな。それで母さんと相談して積杜にある提案をする事になったんだ」

 

「提案?」

 

「でも仕事の方がどうしても抜けられなかったから、泣く泣く母さんに後を任せてきた」

 

 それでも今日の昼にはここを出るという父は次の瞬間、積杜にとって衝撃的な提案を口にした。

 

「なあ、積杜。お前雄英に行くつもりはないか?」

 

 

 




個性を鍛える訓練所とか個性体験型テーマパークとか。初っ端から無茶苦茶な捏造設定がてんこ盛りですが、要は裏で色々あって云々という事で今のところは流してください。

のんびり書いていくつもりなので、次回の更新は未定。気長にお待ちください。


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訓練所

続き。前回よりも少し長め。


 積杜の祖父、天庭 陣内(アマニワ ジンナイ)は今日のアマニワグループの祖を築いた人物である。

 

 無個性だった彼の父が彼の母他数人と共に始めた自警団活動を引き継ぐ傍ら、当時はまだ数が少なかった個性持ちやヴィランに狙われた人達の保護を積極的に行い、また彼らの社会参加に尽力した。

 

 実は現在施行されているヒーロー制度の立ち上げにも初期から携わっており、その成立に多大な貢献をした人物として挙げられることもある。

 

 最も方針の違いから成立前に数人のメンバーと共に離脱したため、その時のゴタゴタもあってあまり取りざたされる事はない。

 

 そんな理由もあり現行の制度からは少し距離を取った陣内だが、訓練場所の提供やサポートアイテムの開発等でヒーロー達への支援活動を続けていた。

 

 しかしその一方で、ヴィラン退治以外の別の個性利用の道を模索し始める。

 

 その方針は現在のアマニワグループにも受け継がれている。個性研究の主導やその社会的、商業的利用が有名だが、他にも個性に関する相談所の開設から個性を暴走させがちな子供のための個性教育環境の構築などと、その活動は多岐に渡る。

 またヴィランの更生やその後の社会復帰の協力や支援にも力を入れていた。

 

『個性に関することなら、ヴィラン退治以外はアマニワへ』

 

 そんなキャッチフレーズが世に浸透する程度には個性に関する活動では日本国内でもトップを走り、世界でも有名な企業として知られている。

 

 ともかく世間的には個性を専門とする珍しい企業グループとして有名だが、個々人はともかくとして集団としてのヒーローやその支援者である公安委員会などとは、かなり微妙な関係にあるのが実情だ。

 

 そして国内でもトップのヒーロー育成実績のある雄英との関係もまた同じなのだった。

 

 そんな微妙な関係を崩しかねない父の発言を、積杜は即座に聞き間違いとして判断した。なのでもう一回聞き返す。

 

「ごめん。聞き損ねた。悪いけどもう一回聞かせて」

 

「ああ。雄英に行かないかって話しだ」

 

「えーと。待って待って。……そうだ! ユーエイって海外かどっかの学校の話か。なんだ、海外に留学しないかって話かあ」

 

「いや、違うぞ。国内トップで偏差値79 のあの雄英だ。雄英のヒーロー科な」

 

「あーじゃあ。ちょっと代理でお使いに行って来いって事で……」

 

「いやいや。来年雄英に進学しないかって提案だよ」

 

「……うん、分かった。とりあえず詳しい話を聞かせて」

 

 逃げ道を尽く潰された積杜は、諦めてその提案の意味を尋ねる。

 

「あー。悪いんだが、ちょっと事情があって詳しい理由は説明できないんだ。せいぜい来年から雄英が新しい教育を始めるって事ぐらいか、な」

 

「それで、言広叔父さんが納得するの?ライバル校に進学ってどう考えても反対されるんじゃ……」

 

 積杜が出した言広叔父さんこと穏屋家 言広は積杜の母重子の兄であり、積杜の叔父だ。彼は親友だった陣内と協力して幼稚園から大学までを備えた「彩花原学園」の設立者の息子であり、現在は亡き父から引き継いで理事長を務めている。

 

 まだ20年ほどの歴史しかない新しい学校だが、幼年期からの個性教育をうたって急速にその勢力を伸ばしている。

 近年では国内トップの雄英や関西の有名校である士傑に並ぶと言われることも多い。

 

 積杜と繰乃も「彩花原学園」の中等部に通っており、つい先日の進路調査でも高等部への進学を希望したばかりだった。

 

「最初は反対されたが、理由を話したら積杜次第って認めてくれたぞ」

 

「じゃあ、僕次第って事かあ」

 

「そうだな。父さんとしてはどっちでもいいんだ。ただ来年の雄英は少し特別だから考慮に入れて欲しいだけで」

 

「でもその理由は教えてくれないんでしょ」

 

「仕方ないだろう。だからあくまでも「提案」なんだ」

 

「まあ行こうと思えば行けなくもないけど。でもなあ……」

 

 積杜の学力は同学年でもトップクラスであり、全国的にも一桁と二桁の境をうろついている位なので、最難関といわれている雄英であっても学力に問題はないだろう。特徴的だと噂の実技試験も幼い頃から訓練所を遊び場代わりにしてきた積杜にとってはむしろやりやすく思える。

 

 国立ゆえに設備だって充実しているし、有望なヒーローの卵達と知り合えるのは将来的に価値がある。

 なぜか近年大量の除籍者を出しているとか雄英出身のヒーローは競争意識が強くて協調性に欠ける人が多いといったことも聞くが、所詮は噂なので気にすることもないはずだ。

 

 しかし学力なら進学予定の彩花原だって負けていないし、設備だって同等以上。何より幼馴染といってもいい友人達が大勢いる。

 将来有望というなら彼らだって負けてはいない。いやむしろ初等部以前から付き合いのある彼らのほうが素質としては上だろうと積杜は思っている。

 

 新たな知己を得られるという点は魅力だが、別にそれは雄英に進学しなくても果たせることだ。

 

「……でもそれを踏まえても雄英を勧めるんだよね?」

 

 積杜の言葉に、玉丸は静かに頷いた。つまりそれだけのモノが雄英にあるのだろう。一度その何かが気になってしまうと、どうしてもその方向に考えが引っ張られてしまう。

 

「……ちょっと考えさせて」

 

「ああ、構わない。積杜の人生なんだから、積杜の好きにしなさい。そもそも……」

 

「?」

 

 後に続く言葉は小さすぎて積杜には聞き取れなかった。我が侭と言ったようにも聞こえたが……。

 

 

 

 話が終わると、よく考えなさいと言う言葉を残して玉丸は訓練所へ出かけていった。かなり急いでいたので、もしかしたら人を待たせていたのかも知れない。

 

 そんな貴重な時間を割いた、面と向かっての突然の提案。それがどれだけ重要な事かをしっかり受け止めた以上、積杜もまた真剣に考える必要がある。

 

「うーん。「何か」がなければ迷うことなくこれまでどおりなんだけどなあ」

 

 そもそも積杜はヒーロー免許を取得するつもりでいるが、別にヒーローを目指しているわけではない。将来家業を手伝う時のため、ある程度自由に使える個性の使用許可が欲しいのだ。

 なのでヴィラン退治や名声、財産にはさほど興味がない。

 

 極端な話、免許さえ取れればそこらのヒーロー科でも構わなかったりする。

 

「まあ、行けるなら行くべきなんだろうけど」

 

 どちらを選んでも決め手となるほどの違いはない。しいて言えば友人関係だが、彼らとはすでに十年近い付き合いなのだ。例え雄英に行った所で、これまでの関係が崩れる事はないと積杜は信じていた。

 

「あああ駄目だ。決められない!!」

 

 数時間の自問自答を経ても、積杜の結論は出ないままだった。途中で戻ってきた父への見送りの言葉も適当になるほど悩んだにもかかわらずである。

 

「あーだめだ。少し外に出て気分をかえよう」

 

 

 

 久しぶりに上る山道は、すっかり秋の気配に満ちていた。天気も良く、考え事をしながら散策するには絶好の場所だ。

 

 途中で鉢合わせた施設の子供と軽くじゃれあい、中腹の武道館に簡単な差し入れをして喜ばれた後でも、積杜の頭の片隅には二つの進路の悩みが消えずに残っていた。

 

「さーて、どうしよう」

 

 答えが決まらないまま、積杜は山頂近くの神社へたどり着いた。長い山道と急な石段のせいか年始や祭りの時以外に人気は少ないが、その分考え事をするには最適の場所だ。

 

 境内の外れには参拝客のための休憩所があり、そこから訓練所を含む周囲の景色が一望できる。

 

 社務所に顔を出した積杜は、顔なじみの管理人さんから先程繰乃が訪ねてきたことを教えられた。

 

「どうしたのセキト。おじさんとの話は終わったの?」

 

 もしやと思った積杜が境内を探せば、やはり休憩所として使われている小さな建物の縁側で、憂いに満ちた彼女を見つけた。

 

「あー、話は終わったよ」

 

「……つまりまだ何か悩む事があるからここに来たんだ」

 

「そうだね。少し落ち着いて考えたくて。……それで?クノちゃんはどうしてここに」

 

「私も多分、同じだと思う。雄英に行かないかってさっきお父さんが……」

 

「やっぱりかあ」

 

 薄々は予想していたが、やなり繰乃も積杜とほぼ同じ時に同じ話を持ちかけられたらしい。それで同じように悩んで同じ場所に来るのだから、つくづく幼馴染と言うやつの思考は似ていると積杜は密かに笑う。

 

「来年の雄英には「何か」あるってお父さんは言ってたけど。おじさんは何か教えてくれた?」

 

「いや。聞いたけど、教えてくれなかった。おかげで今、悩んでる」

 

「そっかあ。私もそれが気にならなかったら彩花原一択なんだけど……」

 

「おや。君たちは……」

 

 そんな風に話していると、休憩所に新たな人がやってきた。酷くやせてガリガリの骸骨みたいな風貌のその人は、積杜たちを見つけると近づいてくる。

 

「あれ。八木さんじゃないですか」

 

「あっ。お久しぶりです、八木さん。お元気……ですよね?」

 

 夜道であったら絶叫間違いなしの細身のこの男性。積杜の祖父の知人であるらしく、積杜や繰乃の父とも古い付き合いがある。本名はよく知らないが、積杜たちは「八木さん」と呼んでいた。

 

 なんでも五年ぐらいまでは海外に行ってたらしいのだが、向こうでいろいろあって体を壊してしまい帰国。今はどこかのヒーロー事務所で事務員をしているらしい。

 

「ああ、心配してくれてありがとう。大丈ぶっ、ぶほっ」

 

「相変わらず変な人だよね」

 

 トマトジュースを片手に吐血の振りをする八木さんに聞こえないように、こっそりと繰乃が積杜にささやきかけてきた。

 話してみると面白くノリも悪くはないのだが、いかんせん外見のせいか話しかけにくい空気を持つ彼を繰乃は苦手としていた。

 

「ところで。何か悩んでいるみたいだけど、どうしたんだい。相談にのろうか」

 

「あー、実は……」

 

 ありがたい年長者の言葉に乗り、積杜は相談してみる事にした。いい加減自分だけで考えるのに疲れたということもある。

 

「実は進路で彩花原か、それとも雄英を目指すか迷ってて……」

 

 積杜としては、軽い気持ちで発した言葉だったが、しかし彼の反応は劇的だった。

 

「!? あ、ああ。うん。そうかあ。それは……」

 

 滅多に見たことがないその慌てぶりを奇妙に感じ、繰乃が尋ねてみる。

 

「どうしたんですか?いきなり挙動不審になりましたけど」

 

「……もしかして何か心当たりがある、とか?」

 

「い、いやだなあ。私は何も知らないよ」

 

((じー))

 

「ああ、うん。分かった。知ってる事を教えるからその目はやめてくれ」

 

 そんな風にして八木さんから聞きだした情報が、積杜たちの悩みを終わらせる決め手となった。

 

「そっかー。あのオールマイトが雄英の教師に」

 

「あー。だから理由は教えられないけど、雄英に行かないかって話が出てきたのかあ」

 

 オールマイト。ヒーローランキングトップを独走するキングオブヒーロー。「平和の象徴」として民衆に笑顔を、ヴィランに恐怖を与える社会の守護者。

 そんな彼が母校の教鞭をとるというのは確かに大ニュースである。

 

「あれ? でも八木さんはなんでそんな重大な事を知ってるの」

 

「うぐっ。すまないけどそれは秘密なんだ。君たちも他の人には話さないでくれよ」

 

 そう念押しして、彼は足早に立ち去った。これ以上ボロを出さないうちに退散しようということらしい。

 

「……さーて謎は解けたけど、結局セキトはどうするの?」

 

「そうだなあ。せっかくだし、挑戦してみようかな」

 

 優秀なヒーローが教育者としても優秀かは不明だが、それでも長年この社会を支えてきた生きる伝説の人物自らが教えてくれる大チャンスだ。興味がないと言えば嘘になる。

 

「……そっか。じゃあ、私も行こうかな。向こうでセキト1人だと寂しいでしょ」

 

「いや、全然。へーきだよ、平気」

 

「あのねえ、セキト。忘れてるかもしれないけど、雄英ってバリバリの体制派だからね。アマニワ(ウチら)にはかなり風当たりが強いって皆言ってるよ。そんなところにセキト1人放り込んで何かあったら、みんな困るんだけど」

 

「心配性だなあ。気にしなくてもいいのに」

 

「いいから。私も雄英に行くね。これ、決定!」

 

「まあ、いいけど。……で、本音は?」

 

「雄英に行くと、憧れの1人暮らしをしてもいいって、母さんが」

 

「そしてクノちゃんがダラけた生活をしないように、僕が面倒見させられるんだね」

 

「うん。それじゃ、いろいろよろしくね」

 

 

 

 




訓練所が存在しているのは、陣内が政界や財界に多大な影響力を持っていたためです。故人となった現在でもアマニワはその影響力を引き継いでおり、玉丸の副業もその一つになります。

またヒーロー制度については成立の時期がよく分からなかったので、半世紀ほど前としました。場合によっては制度の成立にかかわったのは陣内ではなく、その父の方に変更になります。

後、しれっと八木 俊典=オールマイトが登場。ちなみに歴代OFA継承者と交流があった陣内やオールマイトの友人である父の玉丸はその正体まで知っていますが、積杜と繰乃は知りません。

次回から入学試験に入ります。


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入学試験

いきなり長くなりました。

前回の予告どおり入学試験となります。




 雄英高校。

 

 国内屈指の養成校であり、オールマイトを初めとした著名なヒーローを多く排出している名門中の名門校。毎年ヒーローに憧れる優秀な多くの若者がその狭き門を目指し、その大半が涙を呑んで脱落していく。

 

 今年度のヒーロー科の志望倍率は実に300倍。それでもなお合格を目指そうというのだから、当然のごとく会場も殺気立っていた。

 

 すでに筆記試験は終了しており、後は実技試験を残すのみ。最難関だけあって筆記試験も決して楽ではなかったのだが、それでも個性使用が許された実技試験は多くの受験者にとっては一番の難関とされている。

 

 なにせ一般的に個性の使用が禁じられている現代社会では、実技の対策をしようにも訓練場所の確保すらままならないからだ。

 

 特別個性特区などのごく少ない個性使用が許された場所を除けば、あとは私有地を使うしかない。

 

 おまけにヴィラン退治が基本の荒事前提の職業を目指す関係上、受験者も戦闘に向いた強力な個性の持ち主が多くなる。

 

 しかし強力だという事は当然扱いも難しいという事であり、広大な私有地で思う存分に個性を使える環境でもなければ、周りに被害を与えないようにびくびくしながら注意して実技対策をするしかなくなってしまう。

 

 つまり試験の難易度は高いうえに、対策が不十分になりやすい。そのため大半の受験者にとっては実技試験こそがヒーロー科合格の鬼門となっている。

 

「まあ、私達には関係ないけどねー」

 

「昔から訓練所が遊び場代わりだったからね。こんな時は有利だよ」

 

 そんな極僅かの例外の1人である繰乃が緊張の欠片もない声で呟いた。対する積杜の返答もまた気負いのない緩んだものだ。

 

 両親が揃って忙しく、また立地上行くところが限られていた積杜たちにとっては、訓練所こそが遊び場であった。

 

 ほとんど一日中入りびたり、訓練に来たヒーローに構ってもらったり、来場者に混じったり、手の空いたスタッフに遊んでもらったりしていたため、基本的に遊び相手に欠くことはなかった。

 少し大きくなってからは、広場の監視や園内の案内をしたり、またはすっかり馴染みとなったスタッフを手伝ったりすることもあった。

 

 当然、個性も使い放題である。これで上達するなというほうが無理があるだろう。

 

「まっ、油断は禁物ってことにしておこう。一昨年受けた試験よりは楽だろうけど、一応は天下の雄英。何が課題として用意されるのか分かったもんじゃないし」

 

「セキトは相変わらず慎重だよね。私達が無理な試験なら、誰が合格できるのさ」

 

「うーん。あそこで座っている彼とか?」

 

 そう言って積杜が視線を向けたのは、前列に座る一人の少年だ。怪我をしているのか両手にグルグルと包帯を巻いている。

 二人の視線に気がついたのか振り返った彼は、くすんだ金髪の下から得物を射抜くかのような鋭い目で積杜たちを見返してきた。

 

 軽く手を振った積杜たちへ特に反応も無く、再び前を向いた少年の様子を伺いながら繰乃が呟くく。

 

「あの子って確か……」

 

「そう。留学先で一緒だったツバサ=サンダーソン君だよ。クラスは違ったけど覚えてない?」

 

「あー。ライ君とよく喧嘩していた男の子だっけ。確かハーフだって聞いた覚えがあるような、ないよーな」

 

「確かお母さんが日本人らしいよ。だからこっちに来たのかな」

 

 一昨年、半年の間だけ二人が留学していたのは、全米のみならず世界中から将来有望なヒーローの卵達が集まる長い伝統と厳格な規律で有名なエリート校だ。

 当然、生半可な実力ではその門を潜ることすら出来ないので、そこに通っていた彼が実力者なのは間違いない。

 

「あそこは化け物の巣窟だったし、当然彼もそうだった。見たところ怪我をしているようだけど、一緒の試験会場になるかも知れない事を考えたら、ウカウカはしてられないよ」

 

 積杜の言葉を聞きながら繰乃は昔、数回話しただけの少年を少しの間観察していた。其のうちに満足したのか、彼女の視線は会場の彼方此方へ移る。

 

「ふーん。よく見れば訓練所で何度か見たことのある人もいるね」

 

「だから油断は禁物。分かった?」

 

「はーい。気をつけますー」

 

「……ほんとに分かってるのかなあ」

 

 楽観的な幼馴染の様子に積杜がため息をつく頃、ようやく実技試験の説明が始まった。

 

 雄英が選んだ今回の実技試験は、市街地を模したフィールドに放たれた数種のターゲットを撃破し、その数を競うものだった。

 目標となる三種類のロボットにはそれぞれ個別にポイントが設定されていて、討伐した目標の持つポイントの総合で競うものらしい。

 

「……これって多分、他の加点要素があるよね?」

 

「絶対にあるね。無ければ戦闘に向かない個性の持ち主が圧倒的に不利だし」

 

 勘違いされている事が多いのだが、ヒーローに求められるのは個性の強さではなくその使い方である。当然ヒーロー科の試験もそれを前提としているはずだった。

 

「うーん。なんだと思う」

 

「目指すのがヒーローなんだから、負傷者の救助活動に二次被害の防止ってところが妥当かな?」

 

「あとは、あれかなー。他の受験生に対する行動」

 

「他の受験生への妨害行為は失格と言っていたし、他にも減点行為が設定されていそうだ」

 

 説明を聞きながらも二人は試験の目的の推測と合格基準の推定を進めていく。求められているのは何か、やるべき事は何かという行動指針は、こういった試験では基本中の基本だからだ。

 

「じゃあ、私はコッチ。セキトは別会場だね」

 

「同じだったら酷い食い合いになりそうだし、良かったよ」

 

「持ち込みがある程度までオッケーだから割りと万全の状況でいけるし、互いが障害にならないなら、もうこの試験はもらったようなものだもんね」

 

 そう言って繰乃は笑う。彼女のような物や生物を操る操作系の個性ためか、実地試験にはある程度の持込みが許される。

 最も当初彼女が持ち込もうとした、非殺傷武器内蔵型強化着ぐるみ一個中隊は流石に却下されたらしいが。

 

「じゃっ、お互い頑張ろう」

 

「うん。セキトもね。それじゃあ後でー」

 

 繰乃と軽いエールを交わして別れた積杜は指定された会場へ向かった。およそ二キロ四方の区画に、廃墟を模した建造物が立ち並ぶ。

 

「想定は市街地かな。路地が多いから目標が見つけにくい上に、不意の遭遇戦も多くなる。目標の撃破は手早くして、常に移動。とりあえず行動範囲を広くとって接敵回数を多くすればいいか」

 

 会場を見て試験での動き方を決めた積杜は、腰のポーチに手をかける。その中には厚さ五ミリほどの板状の物体が整理されて詰め込まれていた。

 

 ポーチ内に設けられたいくつかの仕切りの中から積杜が取り出した名刺大の物体は、ガラスのように透明で、うっかりすると空気に溶け込んでしまいそうになる。

 

「移動と護身用はこれでいっか」

 

 取り出した不思議なカードの表面を積杜が一撫ですると、途端に変化が生じる。そして次の瞬間。積杜の手の中にあった物体はカード状から長さ一メートルほどのやや丸みを帯びた角棒へとその姿を変えていた。

 

「ほいっ。これでよしっ、と。……後は攻撃用に、水入りの万重を一つ。それと……後は十重も五つ出しておくかな」

 

 杖のようになった物体を足元に指し、積杜は再びポーチから別の板を取り出す。こちらは最初のものよりも透明度は低く、ずっしりと重い。

 透かして見える向こうの景色も歪んでおり、内部を通った日光が乱反射してきらめいていた。

 

 攻撃用といったこの板をひとまずポケットにしまった積杜は、こんどは前二つとは別の仕切りから、五枚の板を取り出す。

 その表面を撫でて今度は長さ五センチほどの角棒に変え、左手首にはめたリストバンドで挟んで固定した。

 

 ポーチの中に収められているのは、積杜が事前に個性を使って作っておいた”箱”達だ。重ねがけした箱を変形させ、大量に持ち運びしやすいようにして種類ごとに収納してある。

 

 一々その場その場で箱を作りだす労力をかけることなく、必要な時に取り出して変形させて使うことができるこの方法は、持ち込みが許されたこの試験において、かなりのアドバンテージといえた。

 

「……こんなものかな」

 

 最後に胸にしまった黒いカードを右手に持ち換えて準備を終えると、積杜は同じ会場で受ける受験生達とは少し離れた場所で試験の開始を待つ。

 

「それじゃスタート!」

 

 それから間も無く、不意に試験の開始が告げられた。同時に積杜は左手に持った杖を脇に挟んでしっかり固定すると、己の個性を発動する。

 

「伸びろ!」

 

 声を発した次の瞬間には、積杜の体は会場の中に飛び込んでいた。地上五メートルほどの高さを進む積杜がちらりと後方を見れば、置き去りにした大半の受験生の姿と共に、後ろへ長く伸びた棒がするすると短くなって戻ってくるのが見える。

 

 一瞬で五十メートルの長さまで伸びた杖の勢いを借り、猛烈なスタートダッシュを決めたのだ。

 

「おっと見つけた!」

 

 短くなった杖を今度は横の壁面に向ける。そして再び杖の伸縮を利用して減速と方向転換を行った積杜の視界にターゲットの姿が映った。

 距離にしておよそ十メートルほど。宙にいる分を考えれば、もう少し長くなる。

 

「よっと」

 

 右手のカードを変化させて短い棒状にした積杜がその先端部をターゲットに向ける。次の瞬間には、爆発したかのように伸長した棒がターゲットを貫き、地面に縫いとめていた。

 

「一体目、撃破」

 

 しゅんと音をたてて手の中に戻った右手の棒を振り上げ、今度は路地から出てきたばかりの二体目のターゲットに勢いよく振り下ろす。

 上面を叩きのめされダウンする目標を蹴り、左手の杖を使って速度の調整と方向転換を再び実行する。

 

 狭い路地やその両面にそびえ立つ高い壁を足場として杖の伸縮させ、あるいは高所に細くした杖を引っ掛けてワイヤーのように扱いながら、積杜は三次元的な機動力を発揮して会場内のターゲットを狩りだして行く。

 

 基本は一撃必殺。たまに距離が遠かったり複数の目標に出会う事もあったが、そんな時は補助として用意したカードを即席の槍と変えて飛ばし、倒し損ねたものは直接攻撃でしとめる。

 

「よーし、調子が出てきた。どんどん行こう!」

 

 まるで会場にいるターゲットを1人で狩り尽くそうとするかのように、積杜は会場中を飛び回ってポイントを稼いでいく。

 

「ええと、今ので五十体目……だったかな」

 

 大型のターゲットを真正面からぶち抜いて壁に縫いつけたところで積杜は一息ついた。杖の伸縮を用いた三次元の動きをずっと続けていたせいか、立っているはずの地面が揺れているように感じる。

 

「あーだめだ。まだ揺れてる気がする。これ以上の機動は無理かな?」

 

 壁面などを足場に会場を縦横無尽に駆け回るこの機動方法の効果は絶大だが、同時に積杜の体と集中力にも負担をかける。特にほとんどの時間を空中で過ごすせいか、平衡感覚などにズレを感じ始めていた。

 

 このままだと、うっかり制御の一つでもミスをすれば、勢い余って壁に叩きつけられたり、猛烈な勢いで地面に激突するなんて事にもなりかねない。

 

「残り時間は……あと、五分か」

 

 まだ試験時間が半分残っていることを確認すると、積杜は再び試験に戻った。ただしこれまでよりも移動速度は落とし、ビルの合間を飛び回るのではなく地面の少し上を走る気持ちで移動する。

 

 当然前半に比べて接敵の回数は減り、撃破数も稼げなくなるが、その分は他の方法でカバーすればいいのだ。

 

「よしっ。ここだ。ここを塞げば、この先は袋小路になる」

 

 ある路地の入り口にたどり着いた積杜は、己の個性を使って作りだした障害物を配置した。巨大化したブロックのような箱で道を塞ぎ、板状の薄い箱を渡して十字路を半分に仕切る。

 

 そうして出来上がるのは、一度入ったら出られない巨大な迷路だ。高さはほどほどに制限してあるので受験生ならば乗り越える事も可能だが、ターゲットならば迂回する方を優先するだろう。

 

 結果、内蔵の地図が役に立たないと気がつかずに迷路の奥へと誘い込まれ、そこで待つ積杜のポイント稼ぎに貢献する事になる。

 

「前半が狩りなら、後半は罠で勝負ってことで」

 

 最後の障害物を置き、さて後は狩り場に行って待つだけと思った時、会場内に轟音が響いた。同時にあちこちから聞こえていた他の受験生の戦闘音が途絶え、何人もの悲鳴が上がる。

 

「何だろ?」

 

 音の元を探ろうと、積杜は足元に突き刺した左手の杖を伸ばして上昇する。建物の上に出たところで上昇を止め、近くの屋上に降りた積杜はその正体を知った。

 

「……アレか」

 

 積杜の視線の先には、轟音を立ててビル群を倒していく巨大な機械があった。あらかじめ受験生に知らされていたターゲット以外のロボ。受験生を妨害するお邪魔虫。

 

 しかし……

 

「アレって確か災害地とか紛争地帯に送られる奴だったはず。それを難関とはいえたかが高校入試に投入って、随分と大盤振る舞いだなあ。言広おじさんが知ったら羨ましがりそう」

 

 そう言いながらも積杜はビルの上を伝って、お邪魔虫のほうに向かっていた。

 

 残りの時間は少ない上に、倒しても0ポイント。試験の合格を考えるなら無視するのが最善だろう。

 しかしだからといってあの危険物を放置する事を積杜は良しとはしない。

 

「まあ、せっかく作った迷路を壊されるのも嫌だしね」

 

 言い訳するように言って、積杜はデカブツが暴れている区画へとやってきた。下を見れば、暴れるお邪魔虫から必死に逃げる受験生達が何人も見える。

 

「とりあえずこのまま暴れさせてると、危ないな。まずは動きを止めよう」

 

 そう言うや否や、積杜は腰のポーチを開けて中から黒い板状の物体を数枚取り出した。ポーチの中にストックしてあった五枚の内の一枚を手に取ると、積杜は左手の杖を伸ばしてデカブツの上を目指し飛び出していく。

 

「……最初の囲いは一キロ四方、いや二キロ四方かな。まずはそれぐらいで」

 

 山なりにデカブツの上を飛びながら冷静に目標の大きさを測ると、積杜は右手に握った黒いカードを下へと向けた。

 

「それ!」

 

 軽い気合いを合図に積杜の手の中にあった黒のカードはその色を失いながらも瞬く間に四方に広がった。やがて充分な大きさになると、今度は辺を作るように下へ折れ曲がって地に届く。

 

 出来上がった半透明の大きな箱は積杜の目論見通りにデカブツを内に捕らえ、その行動範囲を大きく制限する。

 

 瞬く間に完成したオリの中でデカブツは暴れるが、積杜は残ったビル群や地面に深く埋め込めさせた箱の縁を使ってしっかりと固定した。

 どれだけ中で暴れても箱がびくともしない事を確認した積杜は、その表面にもう一枚の黒いカードを重ねる。

 

「これで拘束!」

 

 言葉と共に大きな箱に溶けるように消えた黒のカードは、そのまま十メートルほどの厚さを抜けて内側にひょっこりと顔を出す。それから同じように膨張し、外側よりもかなり小さい箱としてデカブツをぴったりと捕らえるオリになった。

 

「後はこいつで終わりっと!」

 

 積杜が呟くと、外側の箱が収縮を始める。やがて内側の箱と入れ替わるように内部に潜り込んだ最初の箱はそのままデカブツを取り込むように小さくなり、脱出しようと必死に動く足を半ば出したあたりで固定した。

 

 暴れようにも移動のための足を途中で固定されているために一歩も動けず、強引に振り払おうとしっかりと固められているせいでピクリとも動かない。

 

 やがて無理に動かそうとした反動で機関部から煙を噴出し、幾つもの足を折り、関節を壊した辺りでようやくデカブツは機能を停止した。

 

「さーて。大丈夫だとは思うけど取り残された人はいないかな?」

 

 ほんの一分ほどで邪魔者を片付けた積杜は、念のために箱の内側に感覚を広げて受験生が取り残されていないか確認する。

 

 最初の箱を形成する際、避難する受験生の妨げにならないように箱の裾には間隔を開けて脱出口を作っておいた。

 また二つ目の箱でデカブツの動きを封じる際には、宙で固定するようにして速やかにデカブツの拘束を行っている。

 

 なので箱の中には誰もいないはずだが、それでも怪我か何かで動けなくなって内部に取り残されている可能性もある。

 

 その危険を潰すべく、積杜は箱に感覚を伸ばして、その内側を探った。箱を形成する直前で留めるような心持ちで個性を使えば、積杜は自分が作り出したものの内部限定で物体の存在などを探る事が出来る。

 

「ああ、いた。瓦礫に足を挟まれているのか」

 

 果たして1人、箱の中で逃げ遅れた受験生の存在を積杜は感じ取った。反射鏡の原理を使ってその当たりを覗けるようにしてみると、どうやらデカブツが崩した瓦礫に足を取られて動けなくなっていた事が分かった。

 

「……これって僕が巻き込んだのかな? だとすると試験妨害になりそうで後が怖いな」

 

 そんな事を危惧しつつ、積杜は箱に小さな穴を開けて侵入する。

 

「いたっ! あそこだ」

 

 ガラス越しのような柔らかな日光を浴びてデカブツは沈黙していた。それから少し離れた場所で崩れた瓦礫が山になっており、件の受験生がうんうんとうなっている。

 

「おーい。だいじょーぶ?」

 

「大丈夫、です」

 

 その女の子は気丈な声で強がって見せた。とはいえ顔色はあまりよくなく、会話の途中でも痛みをこらえるかのような顔をしていた。

 

「ちょっと。まずそうだね。……とりあえず今からその瓦礫をどけるから、動かないで」

 

「……あ、ありがとう」

 

「いいって。困った時はお互い様」

 

 そう言いながら積杜は瓦礫の様子を探った。はさまれている部分はともかく、全体的に崩れていてうっかり抜き出そうとすれば崩落の危険がある。

 

(まずは周囲の安全確保。その後で隙間を作って引っ張り出す。急がないと試験時間が無くなるし、手早くやろう)

 

 ある程度のポイントを稼いだ積杜はともかくとして、受験生ならば可能な限り早く試験へ復帰したいはずだ。怪我の事も考えると、急いで救出作業を完了する必要がある。

 

「……こことここだな! よしっ」

 

 ポーチから新たに取り出した黒い板を変形させ、積杜は受験生が挟まっている瓦礫の部分を箱状に囲った。これでもし作業中に崩落が起きても、二人の安全は確保できる。

 

「これから隙間を広げるから。抜け出せるかどうか試してみて」

 

「は、はい!」

 

 受験生に声をかけ、積杜は瓦礫にはさまれている足の両側に杖を差し込んだ。それから杖を瓦礫を押し上げる柱としてゆっくり変形させていく。

 

「よし、隙間が出来た。抜け出せる?」

 

「ご、ごめんなさい。ちょっと無理みたいです」

 

「なら、しょうがないか。御免、ちょっと触るね」

 

 受験生に一言断り、積杜はその体を支えて瓦礫の間から引っ張り出した。はさまれた足は幸い折れてはいないようだが、それでも足首が真っ赤に腫れて痛々しい。

 

「……酷い怪我ではないけど、試験の復帰はちょっと厳しいかな」

 

 怪我の具合を見た積杜はそう判断すると、個性を発動して新たな箱を作りだした。それを使って怪我した足首を固定しようとする積杜を受験生が止める。

 

「あっ。大丈夫です。この程度の怪我なら……」

 

 そう言って受験生は痛みに耐えながら両手で患部を押さえると己の個性を発動した。手の中で生まれた仄かな光が捻った足首に宿り、やがて消える。

 

「治りました。これで大丈夫です」

 

 彼女の言葉に連が患部を見ると、なるほど先程まで赤く変色していた部分がきれいな肌色に戻っている。

 

「治癒系の個性持ちだったんだ……」

 

「私の個性<癒光(ヒールライト)>です。これで試験に復帰できます」

 

 そう言って立ち上がった彼女は、問題がないとばかりに右足で数回地面を踏んで見せた。

 

「じゃあ、後三分もないけど、頑張って」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 もう問題はないだろうと展開していた箱を回収した積杜は、健闘を祈る言葉を送りあって受験生と別れた。

 

 何の問題もなく走っていく彼女の背を見送った後、積杜も試験へと復帰する。再び杖やロープを使った移動で向かうのは、先程仕掛けた罠の最奥。想定どおりならばここにターゲットが溜まっているはずだったが……。

 

「……ちょっと時間をかけすぎたかな」

 

 途中でターゲットを数体撃破しつつ、のこり一分を残して目的地には辿りついた積杜だったが、すでにその場所では何人もの受験生がターゲットを追い回していた。

 どうやら積杜の仕掛けに気がついて、この場所を探し出したらしい。

 

「まっ、しょうがない。人の獲物を横取りして時間を無駄にするよりも他のを探しにいこう」

 

 取り合いの愚を起こさずに、すぐさま方針を切り替えた積杜は迷路の奥から入り口に向かって逆走を始めた。

 まだ途中に何体か残っているかもと考えた故の行動だ。

 

「……なんとか二体。でもここで終わりか」

 

 積杜が路地で出くわした二体目を撃破したところで残り時間が尽き、試験は終了した。最終的に56体を撃破、獲得ポイントは83点。他に加点があるかもしれないが基準が分からないので勘定には入れないことにする。

 

「基本だけで90はいくつもりだったけど、まあしょうがないか」

 

 軽く肩をすくめた積杜は、試験終了のアナウンスを聞きながら会場を後にした。

 

 

 

 




ちょっとやりすぎた。正直反省している。

原作をみるにA組の合格ラインは総合でおそらく50ポイント前後。トップの爆豪が救出点なしで77ポイントで、デクが救出点のみで60ポイントで7位なので、やっぱり積杜の点数は盛りすぎたかもしれません。

あとオリキャラを二人ほど投入。ただしツバサについてはしばらく登場の予定はなし。

この部分は元々は轟についての会話だったのですが、よくよく考えれば、彼は推薦なのでこの試験を受けませんし、いるはずもありません。
なので慌てて用意していた新キャラを引っ張り出して放りこみました。

次の一話で入学前の話は終わりとなります。




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再会

入学前の最後のお話。なので短いです。

ちょっと積杜たちがやらかした過去の出来事について言及されます。


「それで、どういたしますか?」

 

 モニターから目を離した男性が、一同にそう問いかける。

 

 場所は雄英のとある会議室。十人ほどばかりがテーブルについて、モニターに映し出されたいくつかの画像を見ていた。

 彼らの表情はそれぞれだが、あまり好意的でない視線が多い。

 

 映っていたのは積杜が個性を使ってデカブツを拘束する場面だった。その隣には繰乃がリボンを巻いた大量のぬいぐるみをけしかけて、別のデカブツを圧殺している様子が映し出されている。

 

 その他には癖の強い髪を持つさえない少年が一撃でデカブツを破壊した瞬間を捉えたものや、包帯を巻いた少年が電光を散らしてデカブツを沈黙させている画像もあった。

 

 とはいえこの場においては、大きく拡大された画像に映る積杜と繰乃の二人が問題にされていた。

 

「どうもこうもないだろう。まさか合格させないわけにもいかない」

 

「ですが、この二人は異常です。お邪魔虫として用意した超大型ですら、どちらも一分とかからずに無力化しております。ポイントも他の受験生を大きく引き離していますし……」

 

「確かにこれでは他の会場との差が大きいな。彼らと同じ会場になった受験生達が可愛そうだ」

 

 沈黙した超大型機動兵器を操って再起動させる繰乃の様子を画面に見ながら壮年の男性は呟いた。

 

「しかしだからと言って、採点の基準を変更するのは……」

 

「いや、試験の公平性を考えれば……」

 

 現在話し合われているのは先日終了した入学試験についてだった。とある二人の受験生が異常ともいえるポイントを獲得した結果、他の会場に比べて獲得ポイントが一様に低い受験生ばかりとなってしまい、彼らのために合否の判定を再考するかどうかで揉めているのだ。

 

「救出点も含めれば150点オーバー。明らかに突出しています」

 

「一部からは試験妨害ではないかとクレームも出されていましたが……」

 

「無理だな。対処も対策も為されている。大方試験の不備と言いぬけられて問題には出来ないだろう」

 

「合間に行われた救助活動も問題無しですし」

 

「状況判断も適切だ。やはり慣れているな。他の受験生とは一味も二味も違う」

 

「流石はアマニワの秘蔵っ子といったところか」

 

「だったら何で雄英に来たんでしょうねえ。彼らのホームは彩花原でしょうに」

 

「さてな。向こうの思惑は我々にはよく分からん。あるいは例の件がらみかもしれんな」

 

 忌々しそうに吐き出されたその言葉に、その場の視線がある一点に集まる。注目を一身に浴びたその男はきらりと光る歯を見せながら、立ち上がって発言する。

 

「ハハハ。それは唯の偶然ですよ。……それに今話し合うべきなのは、彼らではなくその他の受験生達への配慮についてでは?」

 

 そう言って現代最強のヒーロー、オールマイトは笑った。

 

 

 

「……そろそろかな」

 

「今来た便に乗ってるはずだから、後少しで出てくるでしょ」

 

 三月も終わりのある日、積杜と繰乃は空港に来ていた。現在、国際線の入国ロビーで人待ちをしている最中だ。

 

「何年ぶりだろ。つくり姉さんに会うのは」

 

「えーと。4年ぶりじゃない? 一昨年、私達が向こうに行ってたときには忙しくて会えなかったし」

 

「……そっか。じいちゃんの葬式の時以来なんだ……」

 

 積杜の言葉を聞き、繰乃が指を折って数える。その様子を見ながら、積杜は昔の事を思い出していた。

 

 積杜と繰乃が話題にしているつくり姉さん事、松戸 つくりは二人の古馴染みだ。積杜たちよりも干支一回りほど年長で、小さかった頃はよく遊んでもらっていた。

 

 訳あって積杜の家の裏手にある養護施設で育ち、高校卒業後は海外に留学していた。大学卒業後も向こうで研修を行い、そして今年の春から日本に戻ってアマニワで働く事になる予定だった。

 

「今年の春からは、彩花原市にある病院で医者をやるんだっけ」

 

「そうそう。国内でもほとんどいないっていう個性を利用した医療チームのリーダーだよ。本格的な始動は夏からみたいだけど」

 

「じゃあ、入れ替わりになるのかあ」

 

「そうだねー。私達は春からピカピカの雄英生だよ。おまけに特待生」

 

 つい先日、二人は雄英から合格通知をもらっていた。何でも今年は特別な事情があって合格枠を増やしたらしい。

 

「良かったといえば良かったけど。なんで急に増えたんだろ?」

 

「さあ。やっぱりオールマイトの教師就任が関係してるんじゃない?」

 

 その理由の一つが他ならぬ自分達であるとは露とも思わず、二人はのん気に合格を喜び、春からの生活を楽しみに語り合っていた。

 

「……随分と楽しそうだね、君たち。できれば私の事も思い出してくれるとありがたいんだが」

 

 そんな二人に声をかけたのは、二十代後半の女性だった。ぶっきらぼうな口調なのは、長いフライトで疲労しているからだろう。

 

「あっ!? つくり姉さん。こんにちわー」

 

「あっ!? お久しぶりです、つくり姉さん。お元気でしたか?」

 

 気がついた繰乃はつくりに抱きつきながら再会を喜び、その様子を笑って見ながら積杜は久しぶりに会う姉貴分に挨拶をした。

 

「やあ、二人とも相変わらずに元気そうだ。一昨年は会えなくて残念だったな。あの時は随分と皆に迷惑をかけたらしいじゃないか」

 

「む、昔の話ですよ。もうしません。……多分」

 

「そうです。そうです。若気の至りって奴です! それにそもそも悪いのは……」

 

「待った! その話は後で聞こうか。ここで話す話題でもないだろう。今夜、ゆっくり聞かせてもらうさ。それより迎えの車は何処だい?」

 

「ああ。急な用事が入って来れなくなったので代わりに私達が来たんです。タクシー呼んであるので、荷物回収したら行きましょ。ちなみに経費ですよ、けーひ」

 

「ふーん。ならすぐに行こうか。長時間のフライトでもうクタクタなんだ」

 

「姉さん。相変わらず飛行機苦手ですよね。船には強いのに……」

 

「どうも地に足が着いてない感覚になれなくてね。向こうでも結構乗っていたんだが、どうにも苦手だ」

 

「じゃっ、早く帰りましょう。皆待ってますよ。お母さんもご馳走用意して楽しみにしてます」

 

「織子さんの手料理か。そういえば久しぶりだな」

 

 よく食事に招かれていた昔を思い出したのか、つくりは懐かしそうに目を細めた。

 

「私も手伝ったんですよー」

 

「……ごめん、積杜。ちょっと売店に行って胃薬買ってきていいかな?」

 

 同じく昔に繰乃の料理を食べさせられた事を思い出したらしく、先ほどよりもさらに遠い目になったつくりは、積杜に一言断ってからロビー内にある売店へと足を向けた。

 

「大丈夫ですよ、つくり姉さん。今ではちゃんと食べられるものになってますから。実験台としてかなり付き合いました」

 

「そうか。それはありがたいな。君も随分、苦労したね」

 

「ひ、酷い!」

 

 そんな風にわいわいと騒ぎながら、積杜たちは荷物を取りに向かってロビーの中を歩き始めた。

 

 

 

「成る程。君たちが海外留学させられたのは、そんな理由があったからか」

 

「あー。色々噂になっているけど要は反省しろってことです」

 

「それでしおらしくするんじゃなく、二種とはいえライセンスを取ったのが君たちらしいな」

 

 翌日早朝。いつもの朝錬の最中に散歩に出てきたつくりと遭遇した積杜は、彼女がいなかった間の出来事を主題に話をしていた。

 

 一番に聞かれたのは、一昨年に突然積杜や繰乃を含めた数人が半年ほど海外留学をすることになった顛末だ。

 

 他言無用といわれているが、彼女にならば話してもいいだろうと判断して、積杜は発端から経緯までをざっと話した。

 

「……しかし君たちも無茶をする」

 

 一通りの話を聞いたつくりは呆れたように笑った。どうやら面白がっているらしい。

 

 一般人ならば眉を潜めるか、あるいは聞かなかったことにする話も、波乱の人生を歩んできた彼女にとっては痛快な出来事なのだろう。

 

「本来なら地方の、それもちょっと話題になる程度の事件のはずだったんですよ。ちょっと予定外の乱入があっただけで……」

 

「ははっ! なんだあの有名な一件はただの偶然だったのか。そりゃ、君たちも焦っただろう」

 

「あー、まあ、結構ビビリました。でもそれが話題になったおかげで、結果として本命のいい目くらましになったんですけど……」

 

「まさに災い転じてナンとやらだな。ところで、その愉快な事を思いついたのは誰だったんだ? 繰乃か、それとも雷成(ライセイ)?」

 

「あー、僕です。その二人はもっと手っ取り早くて強引な解決方法を推してました」

 

 堂々と騒動の主犯だと宣言しながら積杜は当時を思い出して苦笑いする。

 

 確証がなくかといって他の方法では時間がかかって手遅れになる。どうせ秘密裏に葬られるべきなのだからと、少々の無茶は承知の上の行動だった。

 

 とはいえ騒ぎは思わぬ形で大きくなり、予定外が相次いだ結果、本来の事件の中心から大きくズレて終わる事になった。

 そのせいで最後の辻褄あわせが大変だったが、最低限は上手く収める事が出来たはずだ。

 

「……もう少し上手くやっていれば、父さんや先生たちにもバレずに終わったんですけどね」

 

「いや、無理だろう。あの人たちの目を誤魔化すのはね。トラブルメーカーだったわたしが保証するよ」

 

 唯一の失敗を告白した積杜に、つくりは首を横にふって否定を返した。それからにやりと笑い、楽しげに彼女は言う。

 

「しかし、そんな君たちが数週間後には雄英生になるんだから、世の中は面白いな」

 

 

 




やらかし第二段。A組から誰かを省くのもなんなので、強引に枠を増やしました。B組も増えますが、そこはオリキャラの投入で埋めます。

次回から入学編に入ります。


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入学編
個性テスト


少し時間が空きました。予告どおり入学編となります。

一部にすまっしゅ!ネタがありますが、気になる方はスルーしてください。




 春。それは出会いと別れの季節である。

 

 小学校以前からの付き合いがあった友達や慣れ親しんだ実家に一度の別れを告げ、隣合って1人暮らしを始める繰乃と積杜にとってもそれは例外ではない。

 

 新しい環境。新しい学校。そして新しい友達。天下の雄英高校で、希望に満ちた生活が始まるはずだった。

 

「……なのになんでこんな事になってんだろ」

 

「さあ?」

 

 入学初日からなぜか体育着に着替えてグラウンドにいる自分たちの現状を思いながら、積杜と繰乃はため息をついていた。

 

 雄英の新入生の内、この場にいるのは一クラスのみ。ヒーロー育成を目的とするヒーロー科二クラスの内のA組22名だけである。

 

 他の新入生たちは今頃、遥か遠くに見える大講堂の中で入学式の真っ最中だろう。

 

「……巌おじさん。今日は仕事休んで見に来るっていってたよね? 織子おばさんも最新型のデジカメ買ったとか言ってたし」

 

「タマおじさん達も飛行機で飛んで来るつもりだって聞いてるよ」

 

 互いに顔を暗くしながら、積杜と繰乃が出ていない入学式のためにわざわざやってきた家族の事を思ってため息をつく。

 

 入学式をボイコットしたA組がこれから始めるのは体力測定である。それも個性の使用が可能という一般的にはありえないもの。

 つまりは現在の己の個性の程度を知るための、個性把握テストというわけだ。

 

 それを指示したのは混乱する生徒たちの前に立つぼさぼさ髪の男性だった。寝袋に包まっての登場といい、多くの来賓も招かれているだろう行事を無視しての特別授業といい、かなり破天荒な人物らしい。

 

 この相澤 消太と名乗る不健康そうな男性教師は生徒たちの混乱と不満を一蹴すると、早速測定について話し始めた。

 

 測定は二回行われ、良い方の記録をとるのは同じらしい。さらに個全種目で最下位になった生徒はもれなく除籍処分だと相澤が告げると、それまで個性解禁で浮かれ気味だったA組の間に一気に緊張が走った。

 

 気にしてないのは積杜達を含む少数の生徒だけである。少なくとも二人にとってはどのみち全力で挑むだけなので、除籍だろうと表彰だろうと関係はない。

 

「どうする?」

 

「うーん。いつものようにやればいいんじゃないの?」

 

「じゃあ一回目は普通で、個性の使用は二回目だけだね」

 

 個性を使った体力測定は訓練所でも行われていたので、積杜達はそのやり方に乗っ取って測定を始めた。

 

 個性を使った記録の方がよくなるのは当たり前だが、だからといって基本的な身体能力をおろそかにしていいはずがない。

 個性が『強力だが、けして絶対的でも万能でもない』能力であることを二人はよく知っている。

 

「それに半端な記録を出すと、『たるんどる!!』とか言われてまた先生たちに特別課題出されるし」

 

 受験終了の後で課された特別特訓の事でも思い出したのか、繰乃は入念に準備体操して、真剣な目で種目の確認を行う。

 

 他の同級生達も、多少の不満はあれどテストに取り組み始めていた。その対応の早さは流石は雄英のヒーロー科といったところか。

 

 とはいえその個性の使い方は直接的で、応用に乏しい。個性の制御は出来るが、使いこなすには経験も錬度も不足しているようだ。

 

 どうにか慣れない個性を使ってクラスメイト達が記録を伸ばそうと試行錯誤をしている中で、積杜はクラスメイトの1人が個性を使わずにテストに挑んでいる事に気がついた。

 

「あれは、……緑谷君だっけ?」

 

「えっと誰だっけ、緑谷君って? ああ、朝にガラの悪そうなボンバー君と頭も性格も堅そうな真面目君に絡まれていた……大人しめの男の子だよね、確か。あの子がどうかしたの?」

 

 他に比べればあまりパッとしない記録を出したその名前を確認しながら、積杜が呟いた。すると隣で新品の体操服やハンカチなどの持ち物に簡単な顔を描いて即席の人形を作ることに勤しんでいた繰乃が、その緑谷の何が気になったのかを積杜に尋ねてきた。

 

 繰乃が少し話の中で触れたのは、朝に登校してからグラウンドに出るまでの僅かな時間に起きたちょっとした騒ぎの事だろう。

 爆豪という名前らしい男子生徒の粗暴な言動と行動に我慢できなくなった真面目そうな飯田という男子生徒との間で起きた一件である。

 その口論にもならないただの言い合いに巻き込まれた不運な男子生徒が、緑谷だ。

 

 すぐに収まったものの、騒ぎの中心だったガラも口も目つきも悪い爆豪や、訓練所の顔見知りから話だけは聞いていた眼鏡すら四角い真面目な飯田の二人のクラスメイトに比べれば、終始二人に押されっぱなしの緑谷は、積杜の目にも大人しく地味に見えた。

 

 なまじこの二人が一回目の測定で己の個性を使って高めの成績を出したため、その印象はますます強くなるばかりだ。

 

 繰乃が途中で言葉を濁したのも、あまり特徴のない生徒だからだろう。

 

 ほぼ魔境な彩花原選抜クラスほどではないが、割と見た目も性格も主張が強い生徒が多いA組では目立たない部類に入る男子なので、なんと評していいのか困ったらしい。

 

「いや。さっきの測定で、個性を使ってないみたいだからさ。ちょっと気になっただけなんだけど」

 

「あー。ほんとだ。なんでだろ? 使いたくないのか、使えないのか。どっちかな」

 

 入学試験と同じように棒の伸長を利用して一気にゴールへ飛び込み、50m走1.1秒という記録を出した積杜と、もはやパワードスーツと形容した方がいいかもしれない体操服人形の補助を受けて3.4秒という記録を出した繰乃がこっそりと見守る中、緑谷の二回目の50m走の測定が始まる。

 

「……普通だね」

 

「うん、普通だ。走りのフォームもあんまり良くないせいか、ちょっと身体能力が高いかなってぐらいの記録だね。それに個性も使ってないみたいだ」

 

 さっきの測定で無理をさせた体に入念なアフターケアを施している繰乃が、一言で感想をまとめた。対する積杜の感想も似たようなものだ。唯一分かったのは、今回も個性を使っていないという事ぐらいだろう。

 

 最初は自分達と同じように何らかの理由があって個性を使っていないのかと思った積杜だが、二回目の測定の後の悔しげな様子を見れば、どうも違うらしい。

 

「うーん。ってことは、使えないほうかな。どうする?」

 

「あー。除籍とか面倒な事を最初に言われたから、アドバイスしにくいね。変に警戒されて気を散らすのも悪いし。うーん、タイミングを上手く見計らって後は簡単に一言でまとめて……」

 

 個性にも向き、不向きがある。この体力測定が元のこのテストでは、<洗脳>など直接人に作用したり、<暴風雨>といった規模や効果が大きすぎて迂闊に使えないような個性では厳しいだろう。

 

 訓練所で育ち、幾度と無く己の個性の扱いに苦しむ大勢の姿を見続けてきた積杜としては、助言の一つぐらいはしてやりたいというのが正直な気持ちだ。

 

 しかしまだ初日で相手の個性も知らず、何に悩んでいるのかが分からないとくれば、アドバイスのしようもない。

 

「おーい、緑谷君。何か悩んでいるなら相談に乗るけど……」

 

 ならば直接聞いてみようかとこっそり緑谷へ話しかけてみる積杜だが、返ってきた反応は無かった。

 

 追い詰められているのか、それとも極限まで集中しているのか。ぶつぶつ言いながらテスト項目を睨み、或いは頭を抱えて悩んでいる緑谷は外部の声を完全にシャットアウトしまったらしい。

 

 せっかくの高い集中力を切らすのも悪いかと思い、何より「アドバイスは禁止だ」とばかりに向こうから相澤が睨んできたので、渋々ながら積杜はテストに意識を集中する事にした。

 

 目立った記録が中々出せない緑谷の苦戦をよそに、積杜と繰乃の二人は順調に高記録を叩き出し続けていた。

 

 握力測定では体操服人形の助けを借りた繰乃が、新記録を出そうと張り切った挙句に測定器具を破壊して周囲を戦慄させ、反復横飛びでは平べったい板状の箱に乗った積杜が、左右に運ばれているだけで、まるで分身しているかのような移動を見せる。

 

 個性把握テストといっても、基本はあくまで個性使用可能な体力測定でしかない。訓練所で経験していたテストに比べれば格段に優しく感じられ、その分余裕があったからだろう。

 

 また個性を使う機会を一回に絞った事で、集中力を高められた事も大きい。さらに一回目のテストで測った素の身体能力を基準にすることで、個性を使ってどれだけ高くその記録に上乗せできるかという具体的なイメージが浮かべやすかった事も一因だった。

 

 途中で相澤に二回とも個性を使わない事を咎められたものの、積杜と繰乃が理由を話すと一応納得してくれたようだった。

 

 アングラ系ヒーロー”イレイザー”として活動していた彼にとって、その理由が頷けるものだったのも大きいだろう。

 

 相澤の個性”消失”は対象の個性の発動を一定時間封じる強力な能力だが、それだけでは相手を制圧し、拘束する事はできない。

 それを補うために捕縛術を身に着けた彼にとって、己の個性に頼り過ぎないという姿勢は共感できるものであった。

 

 少なくとも扱いなれない個性に頼って出したその場しのぎの記録で除籍を免れようとした生徒に比べれば、よっぽどテストの意義を考えている。

 

 ――自らの限界を知らなければ、その先に行くことなどできるはずが無いのに。

 

 とはいえ相澤にとっては手放しに認めるわけにもいかない二人でもあった。特に助言をしたり、ちょっとした指導までやろうとする点については、さすがに見逃すわけにいかない。

 

 今回のテストでは自らの限界に挑む姿勢を見る目的もある。故に親切なおせっかいを排除するべく、相澤は二人の挙動に目を光らせ、時には手を出して問題行動を抑えながら、テストを進行していった。

 

 

 

 結局、すべての測定が終了した後で相澤から除籍発言が皆を発奮させるための合理的虚偽だと明かされ、最後に雄英のスローガンらしい「さらに、向こうへ(プルスウルトラ)」と激励されて入学初日は終了した。

 

 その後、積杜と繰乃は待ち構えていた親に捕まり、入学式の鬱憤を晴らそうとするかのようにあちこちを連れ回されて写真を取り捲られた。

 

 

 




積杜と繰乃が少しA組と距離があるのは、まだアマニワの帰属意識が強いためで、今のところはアマニワから雄英に留学しているような感覚だと考えてください。

なので、これから徐々に距離を縮めていく予定です。


ただしデクに関してはとある事情から、警戒が強めの少し距離がある関係がしばらく続きます。


次回は屋内訓練の予定です。対戦相手で迷って筆が止まっているため、少し時間がかかるかもしれません。




そろそろタイトルを変えたいけど、いいのが思いつかない。


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