【Fate短編】義姉弟の守護者 (夢泉)
しおりを挟む

義姉弟の守護者

 独自設定・独自解釈・ネタバレが氾濫していますのでお気をつけください。イリヤとアーチャーが幸せなら何でもいいぜ!という方のみご覧ください。
 イリ弓姉弟って最高だと思うんですよ。




 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは大聖杯を閉じた。彼女は最後に義弟を救い、帰ってくることは無かった。

 これは、とある結末だ。運命に翻弄された義姉弟の逢瀬は刹那に過ぎ、雪の少女の死を持って物語は閉じられた。

 

「そう…貴方もシロウだったんだね」

 

 だが、如何なる平行世界の出来事か。

 『アーチャー』の魂を取り込み、その男の真実を知った聖杯の器があった。

 その命の終わりに、『義弟』を助けたいと願った聖杯の器があった。

 そして、そんな器の願いを聞き届けた聖杯があった。

 

 これは、とある物語。

 

 完結された物語に書き足された、見るに耐えない、されど温もりに満ちた蛇足の物語。

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

 イリヤスフィールは気づけば赤い荒野にいた。

 空には無数の歯車が浮かび、地表は墓標(つるぎ)で埋め尽くされた赤い荒野。

 “守護者となった弟を救いたい”という願いに対し、聖杯はアーチャーを守護者の任から解くのではなく、イリヤスフィールをアーチャーの座に送ったのである。

 

 当然ながら、誰もいない筈の自分の世界に人が入ってきて、しかもそれが自分のよく知る人物であったことに錬鉄の英雄は目を丸くし、暫しの狼狽の後で咄嗟に彼に出来たのは、

 

「なぜ君がここにいる!」

 

 ニヒルさなど欠片もなく、大声で叫ぶことだけだった。

 その様は少女のよく知る(といっても数日の逢瀬ではあるが)エミヤシロウそのもので、彼女自身よく状況をわかってはいないけれども笑えてきて。

 

「何を悠長に笑っているんだ!解っているのか!?守護者というものが何なのか!!そもそも私は君の知る衛宮士郎とは別人なんだぞ!」

 

 そうして、ますます冷静さを失っていく義弟の姿を見ているうち、ますます彼女は冷静になることができて。

 

 必死に声を荒げる見た目二十代後半の男と、それを冷静に宥める見た目小学生な少女という不思議な構図が出来上がることとなったのだった。

 

 それは、見た目に反して姉弟のやり取りのようであり、お互いにお互いが平行世界の存在だとしても、そこには確かに愛があった。

 

 

「聖杯の力で来たと言ったか……?ならばまだ間に合う!契約を結ばれる前に戻れ!」

 

 荒野に響く男の必死な声。彼は少女に言い続ける。帰れ、と。私たちは他人だ、と。

 何故こうまで必死になるのか己でも解らないままに。

 

「私が守護者になっちゃうのがそんなに心配?」

 

 対する少女の声はどこまでも冷静だ。彼女は男に語り続ける。帰らない、と。誰が何と言おうと私たちは家族だ、と。

 彼女は優しい声音で、青年自身がわかっていない彼の本音を引きずり出していく。

 

「当たり前だ!わかったらさっさと…‼」

 

「どうして?」

 

 声音は慈愛に満ちていても、いや、その込められた感情が真実であるが故に少女は引かない。躊躇わない。

 泣いている弟を見捨てる理由などこれっぽちもありはしない。

 確かに涙はない。枯れ果てたのか、或いは泣くことすら己に許していないのか、どちらかは少女には解らないけれども。

 だが、確かに彼は泣いていた。

 ならば、姉に躊躇は必要ない。

 彼女は彼の内面へと大きく踏み込んでいく。

 

「ただの他人なら気にしないでもいいじゃない。目障りならば今すぐに殺してしまえばいいのよ」

 

「なっ……!そんなことできるわけっ‼」

 

「それはどうして?」

 

「それは…」

 

 恐らく、弓兵は理由を知っている。だが、それを阻む何かがあるだけ。

 

「私は死者よ。貴方が救う対象ではないわ。それなのにどうして他人の私を気遣うの?」

 

「それは……」

 

 阻んでいるのは、彼の負い目だったり、後悔だったり、懺悔だったりするのかもしれない。

 ならば、少女はその全てを引き剥がす。

 

「その感情はそんなにおかしい?私はあなたのこと、本当の家族だと思ってるわよ?」

 

「私が、家族……?」

 

「平行世界だなんだって煩いのよ。むしろ、世界の壁すら越えて繋がる家族なんて素晴らしいと思わない?」

 

 あと一手といった所だろう、とイリヤスフィールは思う。

 イリヤスフィールは特に手を尽くす必要はない。ただ本心をぶちまければいいだけなのだから。

 

「それとも、家族だと思ってるのは私だけ?貴方は私のことどうでもいいの?」

 

 少女の寂しそうな声が、悲しい世界に響き渡る。それは演技でもなんでもない、ただの少女の本音。

 イリヤスフィールという少女は、たとえ精神年齢がそれなりにあるとしても、たとえホムンクルスであり優れた魔術師であるとしても、家族という存在を渇望する一人の少女に過ぎないのだ。

 ならば、それに対する青年の答えは。

 

「……そんなの…」

 

 少女の嘘偽りない本音。これに対する答えは。

 

「………卑怯だ。そんなの……決まっているじゃないか……」

 

 たとえ彼女が平行世界の存在だとしても、かつて救えなかった存在だとしても、きっと一つしかない。

 

「大切に決まっているだろ!」

 

 言った。言ってしまった。

 青年の理性は、それが彼女を縫い止めてしまうかもしれない、否、間違いなくそうなるだろう呪いの言葉であると警鐘を鳴らし続けている。だが、一度決壊してしまった思いの枷は治らない。止められない。

 

「イリヤは俺の大切な家族だ!」

 

 磨り減ってボロボロの男に、『家族』はあまりにも眩しくて。

 その生涯を通して、ただの一度も差し伸べられた手に気づけなかった愚か者は、

 

「家族だから大切で心配なんだよ!」

 

 心の限り思いを叫び、

 

「ふふっ、ほんと、手のかかる弟だわ」

 

 少女は優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

++++++++++++

 

 

 

 こうして。

 イリヤスフィールまでもが守護者として駆り出されるようになり、義姉弟揃って地獄の日々のBADENDとなる━━━筈だった。

 だが、彼女の前にはそのような結末は存在しない。

 

 磨耗はエミヤシロウであるが故に起きたことに他ならない。救いたいという思いが強すぎたからこそ、救えない者の死を嘆いたのだ。理想が美しすぎたが故に、どうしようもない現実に絶望したのだ。

 

 イリヤスフィールにそれはない。

 もっとも、イリヤスフィールとて、殺戮を好む者ではない。嬉々として()()()()()殺しを行うものではない。

 だが、今の彼女には目的がある。弟を助けるという目的が。

 家族の笑顔と名も知れぬ誰かの命。どちらを取るかなんて決まっている。

 エミヤシロウは後者しか選べなかったが、イリヤスフィールは違う。

 彼女は弟を助けるために冷酷に“敵”を刈る。霊長の世に仇なす者を始末する。

 

 彼女は英霊エミヤの助けになり続けた。

“仕事”の終わりに「おかえり」と言って彼は一人ではないと伝え、「お疲れさま」と言って労う。

 己の過ちと無力を嘆く時には優しく慰め、磨耗で記憶を忘却した時には彼女が語って思い出させる。

 世界の外側で、彼女は果てしない時を弟のために費やし続けた。

 彼女のいじましい努力は実を結び、英霊エミヤの磨耗は限りなく緩やかとなったのだった。

 

 これには人類の集合無意識であるアラヤも喜んだ。もっともアラヤには感情などないがのだが。

 

 エミヤシロウは誰よりも守護者に適している存在だった。

 その能力の特異性がために死後も戦力を増強し、ガイアの英霊すら凌駕しうる彼は戦力として最高だった。

 彼はありとあらゆる武器を一定以上に使いこなし、ありとあらゆる状況に対応できた。

 彼は無数の剣を一斉に放つことが出来て、ごく短時間で多くの命を葬れた。

 畢竟、英霊エミヤは便利なのである。

 それこそ、他の抑止の守護者全てを手放すことになっても彼だけは残そうとするくらいには。

 

 だが、エミヤシロウは守護者に適していると同時に、誰よりも守護者に向かない存在だった。

 どこまでも歪で、どこまでも美しすぎる理想が故に、彼は“仕事”の度に擦りきれていったのだ。

 アラヤは彼が擦りきれ消えそうになる度に、あの手この手で存続させていた。

 それは時に、どこかの彼の始まりの戦い。

 それは時に、どこかの電脳世界での戦い。

 幾つもの平行世界を使って、無数の可能性を生かして、アラヤはエミヤを存続させていた。

 アラヤにとってエミヤは貴重な戦力で、彼を失うことはあまりにも大きな損失だったからだ。

 そう。たとえ手厚いケアが必要なのだとしても、エミヤを用いるメリットは充分にすぎたのだ。

 勿論、平行世界すら用いるケアはそれなりに骨がおれる。だから、それ無しでエミヤを使えるならそれに越したことはない。

 

 アラヤは正式に守護者の枠にイリヤスフィール・フォン・アインツベルンを加えた。彼女がいれば、英霊エミヤを永く使えると世界───人類の集合無意識たるアラヤが判断をくだしたのだ。

 英霊は生前の全盛期の姿をとる。アラヤの守護者であれそれは同じことだ。

 さて、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの全盛期とはなんであろうか。

 それは聖杯戦争にてバーサーカーのサーヴァント、英霊ヘラクレスを引き連れていた時に他ならない。

 また、彼女は聖杯の器でもある。

 即ち、アラヤが再現する全盛期のイリヤスフィールとは──聖杯としての底無しの魔力を持ち、ヘラクレスを使役する存在である。

 

 無限の墓標を抱えた孤独な荒野の世界。そこはいつしか、孤独な世界ではなくなった。

 その座には兄妹に見える姉弟とそれを見守る大英雄の奇妙な、それでいて愛に満ちた世界に変わったのだった。

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

「……?」

 

「気がついた?」

 

「……イリヤスフィール」

 

「もう!お姉ちゃんと呼びなさいって言ってるでしょ!」

 

「あ、あぁ、そうだな………姉さん」

 

 辺りを見渡せば、そこには果てしない地獄が───私の罪が広がっていて。

 

「また…やってしまったのだな」

 

 己の頭と手に残る殺戮の残滓が嫌に生々しく、周囲に満ちた血の臭いとともに、この地獄を生み出したのが自分であるのだと嫌でも解らせる。

 

「シロウのせいではないわ。貴方はアラヤの命令に逆らえないのだし、そもそも彼等は霊長の世の脅威となってしまった存在でしょ?」

 

「…………あぁ」

 

 慰めるように優しい声音で語りかけてくる小さな姉。確かにその内容に間違いはない。

 

「なら、完全な自業自得だわ。シロウがやらなければ他の誰かが殺していたのだし、シロウはその誰かの心と世界を救ったのよ」

 

 確かにそうなのかもしれない。

 だが、それでも。たとえ散った命は世界にとって必要な犠牲で、この殺戮に己の意思が介在していなかったとしても。それでも━━━

 

「それでも、この地獄を生み出したのは、彼等を殺めたのは私なんだよ」

 

 ━━━この地獄は弓兵の手が、剣が、魔術が生み出したものだ。

 

「そうね、それは否定しないわ。でも、シロウがそうしなければ霊長の世は滅んでいたかもしれないのよ?」

 

「それは解っている。解っては、いるんだ……」

 

「はぁ、全く頑固なんだから………バーサーカー」

 

 少女は溜め息を吐きつつ、世界の境界すら越えて来てくれた最高の従者を呼ぶ。溜め息といっても、呆れたようにというにはあまりにも慈愛に満ちていたが。

 

「■■■」

 

 弓兵の方へ差し出された、大英雄の大きな腕。

 ヘラクレスの腕の中で一人の子供が眠っていた。

 それは紛れもなく、この地獄を生き延びた無垢なる命であった。

 

 霊長を滅ぼしかねない過ちに対し現れ、その場の人間全てを殺すことによって解決する。そのカウンター・ガーディアンの性質上、イリヤスフィールに出来ることはあまりにも少ない。

 世界の決定を覆すことなど出来はしない。

 たとえ義弟の剣を止めることが出来たとして、それで人類が滅んでしまうのは義弟の望むところではないだろう。

 出来ることは少ない。だけれどゼロでもない。

 別に、抑止の対象となって消されていく命になどイリヤスフィールは興味はない。だけれど、義弟の心を救うことに繋がるならば彼女は限りなく少ない可能性の1に手を伸ばす。

 

「記憶を覗いた限りだと、この子は近くの村から無理矢理連れてこられたみたいね。儀式の生け贄にでもするつもりだったのでしょうね」

 

 その言葉に英霊エミヤは暫く目を丸くし、やがて小さく、小さく呟いた。

 

 ありがとう、と。

 

 それはイリヤスフィールにか。ヘラクレスにか。或いは生き残っていた子供に対してか。それは彼自身にしか解らないことだ。だが、そういった彼は僅かに、けれどもとても柔らかい、心の底から安心した笑みを浮かべていた。

 

 

「連れ去られてからの記憶は改竄してあるわ。強盗に捕まって、連れていかれる途中で助けられたってね」

 

 イリヤスフィールは世界のバックアップで魔術を駆使し、義弟のために二つの事をする。一つは、義弟が全てを葬る前に抑止の対象ではない人間を一人でも見つけ出し、ヘラクレスの助力で義弟の剣から逃がすこと。もう一つは座に送還される前に彼の意識を戻し、送還を遅らせること。

 前者は、イリヤスフィールとヘラクレスが与える救いだ。衛宮切嗣が大火災のなかで唯一の生き残りを見つけたことで彼自身が救われたように、その救われたちっぽけな命こそが英霊エミヤの救いとなる。

 そして、後者は────

 

「さぁ、貴方が救ったものを見に行きましょう」

 

 ────彼自身が人々に与えた救いである。

 

 

 

 

 

++++++++++++++

 

 

 

 

「ありがとう、か」

 

「なーにシロウ?また、『ふっ、私にはそのような言葉を言われる資格などないというのにな……ふっ』とか言うつもりじゃないでしょうね?」

 

 先程、生き残った子供を家族のもとへ届けた際に、子供の親から言われた言葉。どこか上の空で私はその五文字の言葉を呟いた。

 それに対し、イリヤスフィールが矢鱈に低い声真似を用いて問いかけてくる。

 

「一応聞こう。それは誰の真似かね?」

 

「シロウに決まってるじゃない」

 

「私はそんなに何度も、ふっふ言ってるかね?」

 

 自分の口癖と言うのは言われるまで気づきにくいものだが、しかしそれを踏まえてもやり過ぎな感じが凄い。

 自分はこんなにキザったらしく“ふっ”などと連呼していただろうか。

 

「えぇ、言ってるわ。すごくキザったらしく。ねぇバーサーカー?」

 

 彼女は迷いなく断言し、彼女の忠実な従者に同意を求める。

 姉の断言には驚いたが、彼女のことだ、尾ひれをつけて楽しんでいるだけなのかもしれない。

 この際だ。大英雄に最終判断を仰ごう。偉大な彼ならばつまらないことで嘘はつかないだろう。

 喋れないのは相変わらずだが、狂化は少し弱まって理性はある程度あるらしい。

 

 

「………■■■(コクリ)」

 

 主人の問いかけに、暫しの逡巡の後に律儀に頷くバーサーカー。その肯首までの絶妙な間に真実味が溢れていて、

 

「なんでさ……」

 

 つい未熟者の口調が出てきたのは仕方がないことだと思われた。

 

「で?本当に資格がどうとか思ってるんじゃないでしょうね?」

 

 相も変わらず鋭い姉だ。

 

「……そうだと言ったら?」

 

「バーサーカーにおしりペンペンさせるわ」

 

「ふはっ…」

 

 姉の言った光景を思い浮かべ、意図せず吹き出してしまった。大の男二人のそんなシーンの需要はどこにもないだろう。

 

「それは勘弁願いたいな。……そのように思っていないと言えば嘘になる。たとえ何度姉さんに叱られても、この思いは捨てられそうもない」

 

 英霊エミヤとはそういう存在だ。一度体が死のうが、何度心が死のうが変わることはない。もう少しでも柔軟さがあれば結末も変わっていたのであろうが。

 

「そう………」

 

 イリヤスフィールは悲しげに目を伏せる。

 あぁ、本当に私は愚かだ。こうして私の生き方に心を痛めているものがいたことに気付けなかった。

 違う。違うのだ。私は断じてそのような顔をさせたい訳じゃない。

 

「けれどさ、」

 

 続く弓兵の言葉に驚いた少女は顔をあげて、自分よりも遥かに高い位置にある義弟の顔をまじまじと見つめる。

 その義姉の驚きように私もまた驚き、それもそうだろうとも思う。

 

「嬉しかったんだ。ただ、嬉しかったんだよ」

 

 感謝の言葉が嬉しかったというわけではない。それが嬉しくないわけではないが、私は感謝されたい訳ではないのだ。

 自分でも何故かは解らない。

 

 けれど、

 

 世界の排斥対象となった(助かるはずのない)子供と、殺戮以外で誰かを救えた(いるはずのない生存者を見つけた)男。どちらが奇跡だったかといえば…

 

 

「そっか……ふふっ」

 

 小さく呟いた姉は、優しく微笑んで私の腰に飛び付いてきた。

 

「っ!?急にどうしたんだ姉さん!?」

 

「別にー?」

 

 コロコロと笑う姉は、とても嬉しそうだった。

 

 視界の隅でギリシャの大英雄が微笑んでいた気がして視線を送るが、その時には彼は何時もと変わらない無表情だった。

 

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 私たちは、この土地の霊脈の中心であろう場所に来ていた。

 

「霊脈が滅茶苦茶だわ」

 

 今回、霊長の脅威とされたのは魔術の儀式であり、大規模な儀式であれば間違いなく霊脈を使っただろうという姉の意見に従って調べていたのだ。

 暫く無言で調べていたイリヤが、やがて調べ終わったのか口を開いた。

 続く彼女の口調は重々しく、状況が芳しくないのだと解った。

 

「恐らくはアイツ等の仕業ね。何を企んだのか知らないけれど、霊脈を一つ…いえ、この様子だと三つは潰して儀式に及んだんだわ」

 

「土地が枯れてしまっているのはそのせいか。」

 

「当然ね。地脈すらボロボロだもの」

 

 水は枯れ、草木に生気はなく、鳥も鳴いていない。

 先程の子供とその家族も、この土地での生活は厳しいだろう。

 

「どうしてこうなるまでアラヤは動かないのか……いや、これは愚問だな」

 

 アラヤは、霊長の危機を必ず防げる者を派遣するという尋常ならざる先読み能力を持っておきながら、事が起こってからでないと動かない。

 一個人には世界の真意も仕組みもまるでわからないし、わかることはないのだろうが、それでも、とは思ってしまう。

 

「過ぎたことを悔いても仕方ないわ。失ったものは取り戻せない。

 でも、出来ることもあるわ。だって━━━━」

 

 そこまで言って、姉は一旦言葉を区切る。

 彼女がバーサーカーに目を向けると、彼は何かを了承したように大きく頷く。

 バーサーカーは私の方に一歩近づくと、私を、

 

 

「■■■■■━━━━!!」

 

「うわっ!?」

 

 咆哮をあげて担ぎ上げた。

 まるで、姉を乗せるときのように私を肩に乗せたのだ。

 混乱する私を余所に、姉は言葉を続ける。

 

「私がいて。最強のサーヴァントのバーサーカーがいて───今のシロウは独りじゃないんだから」

 

「……っ!」

 

 確かに。これほど心強い事があるだろうか。

 強者だらけの第五次聖杯戦争において、まさしく最強と呼ばれるに相応しい主従が力を貸してくれるのだ。

 やたらと傲岸不遜な王様は第四次の売れ残りなので除外しておく。

 

「そう、だな……そうだったな…姉さん」

 

 

 

 

 

 

++++++++++++++

 

 

 

「ねーシロウーお腹すいたー」

 

「急になんだ姉さん。私たちは空腹など感じないはずだが?」

 

「座には食べ物なんてないんだもん!もう久しく何も食べていないのよ!」

 

「必要性がないのだから構わないだろう?」

 

 姉の必死の訴えになんて冷たい態度だろうか。必要ないから食事をとらないなんて馬鹿げている。そんなの切嗣と変わらない。ましてや、私の愛する義弟の腕は最高なのだから。

 

「シロウのバカ!そんなんだと切嗣みたいになって目が死ぬわよ!」

 

「はっ!そうか…!爺さんの目は充分な栄養をとっていないからだったのか…!!」

 

 絶対違うけれど、弟は信じてしまったようだ。そういうところが可愛いんだけれどね。切嗣への勘違いは───まぁ、構わないわよね。切嗣だし。

 そんなことよりも!

 

「私は弟の愛がこもった食事が食べたいの!」

 

「っ!……そこまで言われたらつくらないわけにはいかないな。だが材料は……」

 

「やったわ!バーサーカー!!」

 

 同意を得られれば話は早い。

 

「■■■■■■━━━━━━!!!!」

 

 私の呼び声にバーサーカーが溢れんばかりの食料を抱えてやって来る。

 魚に果物にお米もある。

 ちょっと離れた街までバーサーカーに買いに行ってもらっていたのだ。

 お金?お兄ちゃんの魔術は投影よ。流石に貨幣や宝石はシロウが後で知ったときに怒るだろうから、現界の時に幾つか名のある宝剣(投影品)を持ってきたのよ。

 バーサーカーの周囲には認識誤認の魔術(世界のバックアップにより世界最高水準)がかけられているから問題ないわ。

 シロウのご飯が食べられるからなのか、バーサーカーはいつになく嬉しそうだ。

 

「ありがとうバーサーカー!さぁシロウ!」

 

「はぁ、それを一体どうやって調達したのかは後でゆっくり聞かせてもらうぞ……?

 だが、まずは腕を奮わせてもらうとしようか」

 

「帰ったらシロウの座に畑をつくろうかしら。バーサーカーに耕してもらって」

 

「やめてくれ。固有結界展開したときに野菜畑とか洒落にならない」

 

『無限の収穫』(Unlimited Vegetable Works)ね」

 

「なんでさ」

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

「うめー!!なんだコレ!?」

 

「こっちもうめーぞ!」

 

「見たことねえ料理ばっかだ!」

 

「なぁなぁレッドの兄ちゃんこれは何だー?」

 

 おかしい。義姉と大英雄に料理を振る舞うはずが、何故だか先ほどの少年の村の子供たちも含めての食事になっている。

 何でこうなったのだろうか。

 

「どうしてこうなった……あぁ、それは味噌汁という私の故郷の料理だ。熱いから気をつけて飲むんだぞ」

 

 次から次へと人が集まってきて、私は手を休めることなく料理を作り続けている。

 幸いにも材料はたくさんある。一体バーサーカーはいくら使ったのか。私の剣を売ったというので、イリヤとバーサーカーは先程しっかりと叱ったところだ。

 調理器具も、炊き出しようの大きいものをいくらでも投影できるから何の問題もないし、むしろ子供たちの笑顔が見られるから嬉しい限りだが。しかし、急な展開に対する文句の一つや二つは許してほしい。

 そんな風に考えつつ、手だけは休みなく動かしていると、この世全ての元凶(イリヤスフィール)が近づいてきた。

 

「方法はどうであれ。シロウはこの笑顔を守ったのよ」

 

「考えうる限り最悪の方法だとおもうがね」

 

「もう!またそうやって卑屈になるんだから!こうなったらバーサーカーに……」

 

「おしりペンペンは止めてくれ!」

 

 

 

 

 

++++++++++++++

 

 

 

 

 

「姉さん、霊脈の修繕は順調か?」

 

「もう完璧よ。抜かりないわ。出来ることは全てしたし、あとは勝手に治っていくだけ───聖杯である私が保証するわ」

 

 男の問いかけに、少女(マスター)が答える。見た目はどうみても兄妹だが、実際は姉弟だ。

 

「ならばここに留まる理由もないな」

 

「そうね、そろそろ戻りましょうか」

 

 今回の現界でも、男は望まぬ殺戮をさせられた。だが、彼によって救われた多くの命があった。彼の人柄上、救えなかった(殺してしまった)命に心を痛め続けるのだろう。願わくば、彼による救いが僅かでも彼自身の救いにならんことを。

 

 私たち三人はまた座に戻り、次の召喚を待つのだろう。

 戻ったらマスターに畑を作れと言われるかもしれないが、その時はあの寂しい座を他のどんな座よりも美しい座にしてみせようではないか。

 何があろうと私は、この姉弟の平穏を護り続けるのだ。

 

 私はかつて過ちを犯した。神の差し金だ何だと言い訳するつもりはない。狂気に呑まれて幼い命を散らしたのは私だ。

 聖杯戦争はサーヴァントにとっては生前の未練を叶える儀式。第五次聖杯戦争に、そして我がマスターに呼ばれたのは、まさしく運命だったのだろう。狂気の中で、今度は守りきると誓った。魂に刻みつけた。

 だというのに、結局は護りきれなかった。なんという失態だろう。しかし、今こうして再びの機会が与えられた。ならば私は魂の誓いに従って、今度こそ彼女を護り抜こう。

 驚いたことに、あの聖杯戦争の弓兵は、我がマスターの義弟にあたるのだという。

 あの聖杯戦争は名だたる英雄が揃っていた。なかでも破格だったのはやはりウルクの英雄王だ。けれども、最も武人であり、戦士であり、(つわもの)だったのは錬鉄の英雄だった。少なくとも私はそう思っている。

 知名度などという後押しもない中で、義姉を狙わず、私を六度も倒し、そして幻想の剣にて一撃で七度殺して見せた。

 彼の座にて、彼の過去を知った。彼は理解されることなく、大罪人として処刑されたのだという。

 だが、彼は間違いなく英雄だ。他の誰もが認めずとも、ヘラクレスたる私が認めよう。

 彼ならば我がマスターを任せられる。

 姉弟は運命に翻弄された。ならば、運命の外側にいる今は、たとえ殺戮と隣り合わせの不完全なものだとしても、家族とともに人並みの幸せを享受してほしいと思うのだ。

 そして、私は如何なる試練であれ越えて見せよう。この姉弟に降りかかる如何なる災厄を退ける盾となろうではないか。

 

 

 

 

 

++++++++++++++

 

 

 

 

 

 

そんな日々を続けること幾星霜。

 

戦場から戦場へ。正義を求めた男に課せられた罰。

人の過ちを見続ける孤独な旅路は、いつしか同行者を加えた喧しくも暖かみのあるものに変わっていた。

人は確かに愚かで醜い存在だ。でも、本当にそれだけが人間の本質なのだろうか。

男の姉は何度でも彼に伝える。人には美しいものもあると。

何度も何度も。何度でも。

 

 

 

運命は廻る。

 

 

 

運命は廻り続ける。

 

 

 

運命の歯車は、世界の滅び(人理焼却)に抗うちっぽけな運命と噛み合い、転輪を始めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…?」

 

 

「■■?」

 

「ヨーロッパの……地理的に見てフランスか……?時代は現代ではなさそうだが……」

 

「おかしいわね……アラヤとの繋がりがあまりにも薄いわ。あんなにシロウにべったりだったのに……」

 

「その言い方だと私が質の悪いストーカーに付きまとわれているみたいだぞ」

 

「実際そうじゃない?アラヤなんてシロウにつきまとうストーカーよ」

 

「なんでさ」

 

 

 

 

運命は廻り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 ヘラクレスのステータス情報が更新されました

 

『侵されざるべき理想郷(ネク・プルス・ウルトラ)』

ランク:EX

種別:対人宝具

レンジ:―

最大捕捉:1人

 

 アラヤの英霊となったヘラクレスの分霊が、ある目的のために生み出した宝具。“ヘラクレスの柱”に関連する逸話を基礎としている。

 ローマ神話において、柱は当時知られていた世界の果てを示していた。柱はネク・プルス・ウルトラ(先には何もない)という警告を発し、人々が先へ進まないようにしていた。

 異世界への門とされた柱の先には何があったのだろう。空想のアトランティスか、未踏の新大陸か。或いは、それが真に世界の果てであったならば、その先にあるのは世界(りんね)の外側だった筈だ。

 

 これは狂気に呑まれ多くのものを失った男、大英雄ヘラクレスからの最後の警告。

 悲しい運命に囚われた姉弟を護る。

 それだけが今の彼の存在理由であり、神によるものではなく自らが自らに課した試練。それはヘラクレスの最後にして、如何なる神話にも語られることのない戦い。

 警告を無視して踏み込み、姉弟の平穏を壊す者を彼は許さない。

 

 大英雄は赤き荒野を今も護り続けている。

 

 

 




 すみませんでした。
 本当に好き勝手書きました。文法・漢字間違い、もっとここをこうした方がいいなどの評価はどんどん言ってくださると嬉しいです。
 評価・コメントお待ちしてます。

 続けるつもりはありません。後は読者様の想像にお任せします。
 どこかの段階で三人組にアンリが乱入してきたら良いなぁ…。「ケケケ、何だよ何だよオニーサマにオネーサマ。おもしろそうなことしてんじゃん!」みたいな。あと、アルトリア筆頭に五次組が絡んでくるのも面白そうだなぁ……とか漠然と思っていますが、この作品はここまでにすべきだと判断しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。