街かど宿屋のドラゴンさん (抹茶さめ)
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1泊目

アインス王国の街角にその宿屋はあった。いつからそこにあるのかは誰も知らない。

 

  宿の名前は「竜風亭」。町中の宿より少しだけ値が張るぐらいで特に目立ったものはなく、ご近所付き合いも良好だとか。

 

  だが、2つだけ少し変わったことがある。それは、店主が「ドラゴン」である事、「副業」をしている事。

 

  そんな宿屋「竜風亭」は今日ものんびり営業中である。

 

 

 

「ここ......ですか? 本当に?」

「よせ、ケインズ。俺だって本当かどうか問いたいところだ」

 

  俺と相棒でもありエスルーアン聖王国騎士団副団長のケインズと一緒に一件の宿屋の前に立っていた。

 

  古くはないし新しくもない外装で特に目立った看板もなく、小さな釣り看板があるだけだった。宿の名前は「竜風亭」。俺とケインズが三日三晩馬を走らせてやって来た目的の場所だ。

 

「王の地図と街中での聞き込み、竜風亭という名前からしてここだろうな」

「こんなちっぽけな宿屋の店主が王の知り合いとは到底思えませんけど」

「......」

 

  俺達二人はエスルーアン聖王からある極秘の書簡を竜風亭の店主に届けて欲しいと密命を受けたのだ。

 

「とりあえず入ろう、話はそれからだ」

「そうですね」

 

  疲労と寝不足で弛んでいたであろう顔を引き締めて宿の扉を押し開いて入ると入店を知らせる鈴が二、三回鳴った。すると正面の受付だろうか、そこに獣人の少女が気だるそうに座っていた。

 

(猫族か珍しいな)

 

  滅多に他の種族とは関わらず、集落のある森からも余り出てこないことで有名な種族のはずだ。いや、今はそんなことより店主に会わなければ。

 

  そう考えていると猫族の少女が半分開けきっていない目を向けてきた。

 

「......宿泊? 休憩?」

「え? あ......コホン。『ドラゴンは風と共に』」

「......少し待ってて」

「あ、ああ」

 

 そう言って猫族の少女は受付のカウンターの上に「退席中」と書かれた札を置いて店の奥に行った。

 

「はぁ」

 

  ため息が漏れてしまった。俺は王から教えられた合言葉を言ってもし間違っていたらと思い内心ヒヤヒヤしたがどうやら正解らしい、隣に立っているケインズも額の汗を拭っていた。

 

  すると二階へ続く階段から話し声と共に男女二人が降りてきた。一人は革鎧を着ていて褐色の肌と銀髪に尖った長い耳の女性、もう一人はがっしりとした体格にやや薄着で手甲を着けていて頭に二本の角が生えた男性、ダークエルフとオーガだ。

 

  俺はオーガ族の男性の顔を見て血の気が引いた。その左顔は何かで殴られたかのように赤黒く腫れ上がっていたのだ、強靱な肉体を持つオーガ族はそこら辺のB級魔物相手ならほぼ無傷、A級以上でようやく致命傷を与えられると言われるほどタフな種族のハズだ。

 

 そのオーガ族の男が顔を腫らしているのだ、とても強力な魔物と戦ったに違いないと俺は判断した。

 

「いっててて......」

「バカだねーアンター。あの店主ちゃんのお尻を触るなんてー」

「記憶にねぇーんだが......そんなに昨日飲んでたのか俺は?」

「A級ダンジョンを突破してその祝勝会だー!って言いながらバカスカ飲んでたのは確かにアンタだよー。よかったじゃないかー、「指弾き」ですんでー。平手打ちだったら死んでたよー?」

「ホント、酒は飲んでも飲まれるなって事だないい教訓になったぜ......」

 

 俺と相棒は同時によろけ、お互いの肩を掴んで向き合い声の音量を落とした。

 

「(ちょ、ちょっと! どういうことですか!? 指弾きって親指と人差し指でやるアレですよね?!)」

「(お、落ち着けケインズ!)」

「(無理! 無理無理無理! デコピンでオーガにダメージ食らわす店主って何者なんですか! きっと身長2メートルの筋肉モリモリのマッチョマンですよ!)」

「(いや、待て。それだとあのオーガの男は筋肉モリモリのマッチョマンの尻を触った変態になってしまうぞ?)」

「(そこ!? そこじゃ無いでしょ騎士団長?!)」

 

「......おい、てめぇら。なんか失礼なこと言ってねぇか?」

 

 俺とケインズはビクッと身体を震わせ声の主に目を向けるとオールバックにされた髪型で額が露出しており、その額には青筋が浮かんでいた。

 

「も、申し分けない貴方の事を悪く言った訳では――――」

「俺じゃねぇ! 店主の事を言ってるんだ!」

 

 ドガッとオーガ族の男がカベに拳を打ち付けるとヒビが入り少しヘコんでいた。俺とケインズはその迫力に押され一歩後ろに下がった。

 

「やめなよジングー、見た感じここら辺の奴じゃ無いと思うよー。今の話を聞いたら私だってそう思うさー。ごめんねー人族のお二人さんー」

「あ、ああ。すまない、私達も失礼な事を言ってしまって」

「いいんだー、確かにオーガ族にこんなダメージ与える奴なんて居ないからねー変な想像してもしょうがないさー、ところでーサーシャ......白毛でネコ耳の子を見なかったー?」

「受付の娘なら私が店主に用事があると言ったら呼びに行ったが?」

「ふむ、そうか。じゃー戻ってくるまで待たせて―――」

 

 その時、ぶわっと全身を冷たく、それでいて鋭い何かが駆け抜けた。震えが止まらない。雪も降らないこの国でこんなに寒かった事があるだろうか。



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2泊目

その冷気は店の奥から来ているようだ。するとさっき店主を呼びに行ったはずの白毛の猫族の少女が走ってきて俺の後ろに隠れた。確かサーシャと言ったか。

 

「お、おいどうしたんだ?」

「......怒ってる、危険」

「怒ってる?......店主がですか? 一体何に? もしかして我々のせいですか?」

 

 ケインズの問いにサーシャが首を横に振った。

 

「......違う、そこのえろおやじ。お店キズ付けた」

 

 ピッと指を差されたオーガ族の男が顔面蒼白になりガタガタと震え始め、視線はさっき自分で拳を叩きつけたカベを見ていた。そして、オーガ族の男以外のその場にいる全員が男から一歩離れた。

 

「あーあ......しーらねー。私は無関係でーす」

「ちょっと待てや! いや、待って下さい! お願いしますカーラさん!」

「うっさいー! こっち来るなー! 私まで巻き添え食らうー! 離れろジングー!」

 

 ジングと呼ばれたオーガ族の男はダークエルフの女性、カーラの腰に縋り付いて涙目になっていた。そして遂に冷気の正体が現れた。

 

「ジングさん? 昨日の今日でお店キズ付けるってどういうことですか? ん~? ほら怒らないから言って下さいよ」

 

 サーシャと同じ服装だが背中には黒い羽、頭には二本の黒い角が生えていた。角と言ってもオーガ族とはまた違った角の形だ。髪は腰まであり黒でも茶色でも無い色をしていて瞳は蒼く目の下、頬の上ぐらいだろうか、そこに黒い三日月型の模様があった。

 

 美人、美女。一言で表すならそれしか無いだろう。だがそんな美しい店主は笑いながらジングを問いただしていた。

 

「これには訳がありましてぇ! だからその笑ってるのに目が笑ってない顔やめてもらってもいいですか!? ちょ、マジすみませんでした!」

 

 90度以上に腰を折って頭を下げるジングを横目にカーラが店主に歩み寄った。

 

「ま、まーまースミカちゃんー、ジングも悪気があった訳じゃ無くてねー? そこの人族の二人がスミカちゃんの悪口を言ってるんじゃないかってーこの馬鹿が勘違いしただけなのよー」

「ふーん?」

 

 頭を下げているジングから目を離し此方を見てきた店主に身体が震え着ている甲冑がカタカタと音を立て始めた。

 

「ジングさんは明日まで出入り禁止、修理代は後で請求しますからそのつもりで」

「は、はいいいい!」

 

 そう言いながら店主はヘコんでヒビの入ったカベに右手を当ててスッと一撫ですると驚くことにヘコみとヒビは一瞬で無くなり綺麗なカベに戻っていた。

 

「す、すごい......」

 

 俺の無意識の呟きに気づいたのか店主が俺達二人に歩み寄ってきて姿勢を正し一礼した。

 

「ようこそ、竜風亭へ。私は店主兼料理長をしていますスミカと言います。サーシャ」

 

 店主スミカは頭を上げて手招きすると俺の後ろに居たサーシャが歩み出て店主スミカの隣に並んで小さく礼をした。

 

「......サーシャ、受付、掃除担当」

「うん、よく言えました」

 

 店主スミカがサーシャの頭をなでると気持ちいいのか猫耳がぴくぴく動いていた。

 

「あ、コホン! 私はエスルーアン聖王国騎士団、騎士団長のカルロス・ジーランドという」

「お、同じくエスルーアン聖王国騎士団、副団長のケインズ・ガンドライといいます」

 

  俺とケインズがそういうとカーラとジングが少しだけ驚いた表情をしていた。

 

「おいおい、エスルーアンって言えばここから東に行った所だろ? 俺も二回くらいしか行ったことねぇーが馬を使っても五日はかかる道のりのはずだ」

「遠い所からよくきたねー、やっぱり五日くらいかかったのー?」

「いえ、馬を走らせて三日です」

「「三日!?」」

 

  ケインズの返しに二人は更に驚いていた店主スミカも少しだけ目を丸くしていた。いや、確かに驚かない方がおかしいのだ。エスルーアン聖王国は険しい山脈を越えた所にある国で山脈を大きく迂回する道は整備されており馬車を使えば最短で五日、かかっても十日はかかる。

 

  だが近道もあり、エスルーアンの地元民しか知らない道があるのだがろくに整備されておらず危険な魔物も出るため余りオススメは出来ない道なのだがそれを使わなければならないほど俺達は急いでいた。

 

「余程の事情があるようですね」

「はい、我々はエスルーアン聖王から貴女、店主スミカ様に書簡を届けるよう言われて来ました。これがその書簡です」

 

  俺は無くさないように甲冑の腕にくくりつけてあった円筒を外し店主スミカに手渡した。すると手渡した円筒が淡く光りカチンッと音が鳴った。

 

「......覗き見防止の魔法ですね、目的の人物の手に触れないと開かないようになっていたようですね」

 

  そう言いながら店主スミカが円筒の蓋を取り、中の羊皮紙を取りだし、隣にいるサーシャに円筒を手渡した。

 

「......」

 

  数分だろうか、俺にはとてつもなく長く感じたが店主スミカが羊皮紙から視線を外し右手を顎に当てた。

 

「サーシャ、装備A―3を準備。出発は明日です」

「......了解」

「カルロスさん、ケインズさん、立ち話もあれですから応接室に行きましょう」

「分かりました」

「サーシャ、案内を」

「......ん、こっち」

 

  サーシャに付いていくように俺達は店の奥に向かった。



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3泊目

「あー、ちょっと待ってーサーシャちゃんー」

 

 カーラが俺達二人では無くサーシャを呼び止めた。それを見た店主スミカも首をかしげた。

 

「......何?」

「回復ポーションと矢を買いたいんだー」

「......色と矢の種類、数」

「赤色を五個と鉄矢を三十本ー、属性付与矢を十本買いたいー」

 

 カーラがそう言うとサーシャの眉間にすこし皺が寄り視線を店主スミカに向けた。どうやら何か不足している雰囲気だ、と言うかこの宿は消耗品の販売までしているのか? それに赤色の回復ポーションは一端の冒険者からすればかなりの高額品で一個が大体銀貨五枚ほどだったはずだ。それを五個も買えるとは、中々腕の立つ冒険者のようだ。

 

「鉄矢と属性付与矢は直ぐに持ってこれるけど回復ポーションの在庫が無くて、お昼頃なら渡せると思いますけど」

「そうー、急ぎで欲しいって訳じゃ無いんだー。今日はジングの馬鹿が出入り禁止になっちゃったからーここには泊まれないでしょー? だから少し稼ぎに行ってこようかなーと思っただけー。青色の奴はあるんでしょー?」

「ええ、それなら在庫があります」

「じゃーそれを十個ー」

「ありがとうございます。サーシャ、そのお二人を応接室に案内したらカーラさんに商品を渡してあげてね?」

「......ん、わかった。こっち」

 

 そしてまたサーシャに案内されるように奥に向かったのだがその時カーラと店主スミカの会話が少しだけ聞こえた。

 

「装備A-3ってかなりの重武装じゃないー......」

「ええ、少し厄介な相手なので念を入れてですけどね」

「ドラゴンのースミカちゃんがー厄介って言うって事はー相当だねー。やだやだー」

 

 今なんと言ったあのダークエルフは? 店主スミカがドラゴン? あの知性のかけらも無い暴れるだけが生きがいで天災級の化け物のあのドラゴン? 立ち止まった俺にサーシャが気づき振り向いた。

 

「......どうかした?」

「え、あぁ。いや、何でも無い」

「......そう」

 

 不思議そうに首をかしげたサーシャは何事もなかったかのようにまた歩き始め、俺とケインズはその後ろをついて行った。

 

 外見とは裏腹に結構広い宿らしく、応接室は受付から少し距離があった。

 

「......ここで待ってて」

 

 そう言ってサーシャが俺とケインズを部屋に残し出て行った。

 

「この椅子、すっごい高そうなんですけど......」

 

 ケインズが椅子を指差して言ってきた。所々綺麗な装飾を施された長椅子だった。

 

「ふむ、流石に座りにくいな」

「そうですね、ここ三日間は甲冑を洗うどころか水浴びすら出来ませんでしたからね」

「そう考えると女性の前で失礼をしてしまったな」

「仕方ないですよ。まさか店主が女性、しかも蜥蜴族だなんて思いませんでしたから」

「蜥蜴族? 店主スミカの事か?」

「? 違うのですか?」

 

 蜥蜴族は全身を硬い鱗で覆われた種族で頭に角を生やした者もたまにいると聞いたことはあるが羽が生えているとは聞いたことが無いし店主スミカには鱗が見当たらなかった。

 

「まあそう言われる時もありますね」

 

 背を向けていた扉の方から声がして俺とケインズは振り返るとそこにはティーカップとポットを乗せたトレーを持った店主スミカが建っていた。

 

「いや失礼。種族差別の気は無いのだ。許してくれ」

「別に気にしてはいませんよ。それよりどうぞ、座って下さい」

「あ、ああ。失礼する」

 

 俺とケインズが土と埃で汚れたままなのを気にもせずに言われたので少しだけ驚きながらも俺は腰掛けた。するとケインズも俺に続くように腰掛けガントレットを外した。あぁそうかガントレットを付けたままだったな。俺もガントレットを外し床に置いた。

 

「どうぞ、エスルーアン製の茶葉で入れた物です」

「頂こう」

「頂きます」

 

 ティーカップを受け取り口を付けると口の中に爽やかな酸味と独特の風味が広がった。三日前に飲んだエテル茶よりうまい、それに少しばかり塩気を感じる。

 

「塩が入っているな」

「はい、疲れていると思ったので少しばかり塩を入れさせて頂きました。お気に召しませんでしたか?」

「いや、ありがたい。身体に染み渡るようだ」

「それはよかったです」

 

 ふわっと花が咲くように笑った店主スミカを見て俺はティーカップを落としそうになった。視線を外し隣を見るとケインズが鼻にティーカップを押しつけていた。相棒よ、そこは口じゃ無いぞ。

 

 相棒の醜態に顔を覆いそうになったとき部屋の扉が開いた。

 

「......商品の渡し終わった」

「ありがとうサーシャ、受付に札は置いてきた?」

「......ん、置いてきた」

 

 サーシャは店主スミカの隣に腰掛けた。それを確認して店主スミカが俺達に視線を合わせてきた。

 

「では依頼の内容をご説明します。あなた方お二人にも話してもいいとエスルーアン聖王の文面も確認しました」

「と言うと、私達二人もその依頼に従事せねばいけないのですね?」

「はい、そうです」

「なるほど......ではその依頼とは何だったのですか?」

 

 俺が問うと店主スミカは少しばかり溜息を付いてトレーの上に丸められた羊皮紙をテーブルの上に置きながら言った。

 

「この国、アインス王国南東にある『死者の祭壇』というダンジョンの最奥に存在する五百年に一度取れる『純魔結晶』を手に入れて来て欲しいと言う内容です」




なろうで投稿していますのでこっちの方が遅いです


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4泊目

「......すまない、思考が追いつかん。『純魔結晶』というのはあの純魔結晶だな?」

「ええ、多分ですけどカルロスさんの想像通りかと」

「はぁ......」

「あの、団長? なんで溜息を吐いてるんです?」

「お前はしらんのか!?」

「知らないも何も純魔結晶なんて初めて聞きましたよ。しかも五百年に一度しか取れない物なら高価なんだろうなという推測しか出来ませんが」

 

 ケインズが頭を掻きながら言う、確かに純魔結晶は市場には絶対に出回らない。

 

「知らないのも無理はありません。市場には絶対に出ませんから」

「何故ですか?」

「純魔結晶は自然界のマナが時間をかけて結晶化した物です。ですから拳ほどのサイズで......確か今の相場だとミスリル白金貨二千枚くらいでしたっけ?」

「確かそのぐらいだ、最近はどこの国も『都市大結界』の張り直しをしているからな」

「ミスリル白金貨二千枚ってエスルーアン聖王国の国家予算並じゃないですか!!」

 

 ケインズが少し腰を浮かせて言ってきた。

 

「そりゃそうだろう、国を外から来る魔物や外部からの攻撃を防ぐ『都市大結界』。それを維持するための莫大なマナをどうやって供給していると思う?」

「......なるほど、純魔結晶がその供給源で何百年に一度の張り替えで国家予算が吹き飛ぶと」

「そういうことだ」

 

 『都市大結界』は千年ほど前から使われている大魔術でどこの国でも使っている、だがそれを維持するためには純魔結晶が必須になる。そのため各国は自分の領土内のダンジョンに定期的に騎士団を派遣し、運良く発見できればそれを使うが大抵は入手出来ない、国々は純魔結晶の独占を禁止する条約を交わしており、国家間で売買されるのが常識なのだが。

 

「......だが、我が国は五年ほど前に都市大結界を張り替えたばかりだぞ」

「確かにそうですね、あの時は一般騎士でしたが城壁の警備に駆り出された記憶があります」

 

 俺とケインズは顔を見合わせた。

 

「都市大結界に使われるのは普通は百年物と言われる拳ほどのサイズです。ですが今回の依頼で要求されているのは五百年物、大きさは人の頭ほどのサイズですね」

 

  店主スミカがティーカップを受け皿に置きながら発した言葉に俺達は目を剥いた。

 

「「はい?!」」

「もう値段すらつかないレベルの代物ですね」

 

  俺は開いた口が塞がらなかった。しかし何故エスルーアン聖王はその様な物を採ってこいと依頼を出したのだ? 都市大結界はすでに張り直されている。今になって純魔結晶を得る理由がない。

 

「何故だ......何故王はその様な物を欲しがっているのだ?」

「他国と圧倒的な差を見せつけたい......とは違いますね。今のエスルーアン聖王はそんなお人ではないですし」

 

  腕を組んで悩んでいる俺達に店主スミカが微笑んでいた。

 

「ふふ、ではもう少し視野を広げてみてはいかがです?」

「視野を広げる、だと?」

「はい、まずエスルーアン聖王国は遥か昔から勇者を召喚している国です」

「そうだ、唯一勇者を召喚できる魔方陣を備えていて門外不出の召喚呪文を有している国だ。それらを守るために私達騎士団が存在している」

「そうです、そして魔王が封印されて五百年経っています」

「それと何が関係して――――」

「あぁああああああ!」

 

  ケインズが大声を出しながら立ち上がった。俺はそれに少しびっくりして一瞬思考が停止した。

 

「な、なんだ? 急に立ち上がって」

「団長! 勇者召喚ですよ! 勇者召喚! 封印された魔王が目覚めるのが約五百年、そしてその少し前に我が国、エスルーアン聖王国で勇者召喚が行われるんです」

「確かに伝統ではそう......だ。まさか!」

「そうですよ団長! 多分ですが今回の依頼は勇者召喚で使うための純魔結晶を手に入れてこいと言う事ではないでしょうか」

「はは......」

 

  乾いた笑いが口から漏れだし、俺は背もたれに背中を預けた。なんと言うことだ、そんな重大な任務だとは思わなかったし事前に言って欲しいものだ。



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5泊目

俺とケインズは名誉ある任務に就いたことに少し喜びを感じながらお互いの肩を叩いていた。それを微笑ましそうに店主スミカが見ているのにハッと気づいた。ケインズも俺と同じく気づいたらしく頭を掻きながら苦笑いしていた。

 

「すまない。少し舞い上がってしまった」

「......子供みたいだった」

「「う......」」

 

 ずっと黙って座っていたサーシャがぽつりと呟いた言葉がグサリと俺達に突き刺さった。

 

「そ、それにしても店主スミカ殿は一体何者なのですか?」

「おい! ケインズ、失礼だろ!」

「団長だって気になるでしょう? 一国の王が直々に依頼する方ですよ?」

 

 確かに気にならないと言えば嘘になる。普通は騎士団を総動員して行うような任務なのに王は俺達二人と店主スミカだけで十分だと判断している。

 

「あーそのことですか、実は私―――」

 

 店主スミカが苦笑いしながら語ろうとしたその時、ドバンッ!と言う音が部屋の外、恐らく受付の方から聞こえて来た。

 

「スミカ姉さん! いるか-!? 緊急だー!」

 

 野太い男の声が宿に響き渡りそれと同時に店主スミカが立ち上がった。

 

「すみません、少し行ってきます」

「......私も行く」

 

 店主スミカがそう言い小走りで応接室を出て行くのと同時にサーシャが出て行った。ぽつんと残された俺とケインズは顔を見合わせてから頷き、部屋を出た。そして受付がある入り口に近づくほどある臭いが漂ってきた。

 

「団長、この臭いって」

「あぁ......血の匂いだ」

 

 ダンジョンでの間引き任務で嫌と言うほど嗅ぐ匂いだ。

 

「あぁあああああああ!! いでぇええええよぉおおおお!」

「何してるんですか! ボーッと見てないでそこの机に寝かせて抑えてて下さい!」

「あ、ああ! おい、手伝え!」

 

 男の悲鳴と店主スミカの怒号が聞こえ俺達は受付があるホールに小走りで駆け込むとそこには十人くらいの人の輪が出来ていて、机の上に寝かされた左腕が無くなり左足もズタズタになっていて腹部の傷から少し内蔵がチラ見している男が三人の男女に押さえつけられていた。

 

「うっ......ひどいですね」

「あぁ、アレは助からんぞ......」

 

 ケインズが手で口を覆いながら言い、俺も眉間に皺を寄せた。

 

「サーシャ! 赤ポーション!」

「ん!」

 

 店主スミカが痛みで暴れる男の返り血で服が汚れるのも構わずにサーシャから渡された赤色のポーションが入った小瓶を空けそれを瀕死の男に振りかけた。

 

「いであああああああああ!?」

「うっさい! 痛いのは生きてる証拠! 左腕は?!」

「ここにありますぜ姉さん!」

 

 ドワーフ族だろうか、小柄の男が氷魔法で氷らせたのであろう腕を店主スミカに渡し、店主スミカはそれを受け取り血だらけの男の左肩に押しつけた。

 

「よし、『ヒール』『再生』『活性化』」

「なッ!?」

 

 俺は驚き、声を出してしまった。理由は簡単だ、店主スミカが無詠唱でしかも宮廷魔術師三人程で発動するはずの難易度が高い魔法を使ったからだ。淡い光が男を包むと血だらけで痛みにもがいていた男は今では疲れたような寝息を立てているだけだった。

 

「ふぅ......終わりっと」

 

 店主スミカが額に浮かんでいた汗を拭うとドッと周りから歓声が上がった。

 

「うおおおお! 流石スミカ姉さんだ!」

「普通はくたばっちまう奴を直しちまったぜ!」

「おいおい! あの、スミカさんだぜ?」

「ははは! この馬鹿野郎は幸せだぜ?! あのスミカさんの治癒魔法を掛けて貰えたんだ」

 

 店主スミカはその光景に苦笑いしながらサーシャから受け取ったタオルで返り血を吹いていた。俺はそれを横目に騒いでいる一団の端にいた男に話しかけた。

 

「すまん、さっきから『あの』スミカ殿と聞くのだが。『あの』とはなんだ?」

「ん? 何だアンタらしらねぇのか? いいか?よく聞けよ。 スミカさんはな、この世界に三人しか存在しないと言われているSS級冒険者の一人なんだよ! どうだ? すげぇだろ!?」

 

 興奮気味に男が言ってきたが俺とケインズはお互いの肩を掴んで向かい合った。

 

「なぁケインズ......俺はもう驚き疲れて幻聴がしたんだが」

「奇遇ですね団長、私もですよ」

「「SS級冒険者って実在したのかよ!」」

 

俺とケインズの悲鳴は歓声の中に消えていったがただ一人だけ猫耳を抑えたサーシャが俺達の方に眠たそうな目を向けてきていた。

 

「......うるさい」



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6泊目

 SSランク級冒険者、SS級冒険者とも呼ばれるこの世界に三人しか存在しないと言われているランクだ。冒険者はE~Sのランク付けをされる、新米冒険者はEランクで受けられるクエスト、素材売却や商品購入の手数料が掛かるのだがそれかなり高いのだ。

 

ランクが上がれば上がるほどクエストの報酬は良くなりギルドで渡される『ランクカード』を宿や店で提示すればランクに応じた値引きを受けられる、Sランク級冒険者ともなればその知名度も高く、店側は自分の店の名前を売るために必死に値引きをしたり、宿屋に至っては一番いい部屋を無償で貸すらしい。

 

だがSランク級に上がるのはとてつもなく厳しい道のりでEランク冒険者達は宿を取らずに野宿やダンジョン内で寝起きし、数多くのクエストをこなしてランクを上げなければならない。

 

そしてSSランク級冒険者、『Sランク級冒険者であり、かつ世界の発展に大いに貢献し、数多くの魔物を討伐し、伝説級の魔物を討伐していること』この厳しい条件をクリアしなければなることは出来ないと昔風の噂で聞いた。

 

「ホメットさん、今日は何があったんですか?」

 

 驚愕のオンパレードで思考が追いついていない俺達を余所に店主スミカがドワーフの男に話しかけていた。

 

「ん? あぁ、それがな。俺達のチームは最近ランクBに上がったんだ」

「それは知ってますよ? つい一週間前にウチで騒いでたので」

「あの時は世話になったな。でだ、そんな俺達五人はいつも通っているダンジョンじゃなくて『死者の祭壇』に挑むことにしたんだ。だが流石にいきなり五人はキツいと思ってな、応援を頼んだのさ」

 

『死者の祭壇』と言えば店主スミカが王から依頼された純魔結晶を取りに行く場所じゃないか? Bランク級冒険者が入れるダンジョンなのか。そう思って居ると店主スミカの顔から笑顔が消えていて背筋が冷たくなるような鋭い表情に変わっていた。

 

「行ったのですか? あのダンジョンに」

「あ、あぁ。だが入り口から少し中に入っただけでこのザマだ。何に襲われたのかすらわかりゃしねぇ......」

「......あの男の人、傷だらけだった人が襲われたときになにか聞こえました?」

「アールの奴が襲われた時? さぁ......俺は聞かなかったが、おい! 誰かアールがやられたときに何か音とか聞いた奴いるか?」

 

 ドワーフの男、ホメットが振り向いて騒いでいた集団に声を掛けた。するとピタッと騒ぐのをやめた。

 

「中は薄暗かったからなぁ......」

「アールの悲鳴が聞こえたっきりだね」

「あぁ、俺もあいつの悲鳴だけだな」

 

 三人の男女を皮切りに次々とダンジョンでの事を話すが誰一人と店主スミカの問いに合う答えが得られなかったが最後の一人がおずおずと手を上げた。

 

「あ、アタシ聞いた......かも、声だと思う」

「どんな感じでしたか? なんて言っていました?」

「え、えぇっと何か枯れた男? の声で『これで最後』って聞こえた」

 

『これで最後』? 何のことだろうか、俺にはさっぱりわからない。隣にいたケインズに視線を送ったが首を横に振った。

 

「......サーシャ、私の部屋にある"三番の手紙"をあの子に届けて」

「......」

 

 コクリと頷いたサーシャは店の奥に消えていった。

 

 

 



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7泊目

「あーそれでだ、スミカ姉さん。治療代なんだが......」

 

  サーシャが奥に向かったのを目で追いながらドワーフの男。ホメットが苦笑いしながら言うと店主スミカが首を傾げた。

 

「治療代?」

「あぁ、治癒魔法に赤ポーション二本だろ? アインス金貨十枚で足りるか?」

 

  アインス金貨十枚か、エスルーアンなら騎士団幹部の月給より高いな。

 

「(アインス金貨ってどこの国より金の純度が高いからウチの国なら二倍の金額ですよね?)」

「(ん? あぁ、エスルーアン金貨二枚でアインス金貨一枚が相場だな)」

 

  ケインズが小声で言ってきたので俺も小声で返した。店主スミカは返り血の着いたままの服で腕を組んで悩んでいた。

 

「もし足りないって言うなら俺も出すぜ!」

「俺もだ!」

「私も出すよ!」

「アールの命が助かったんだ、金貨五枚でも十枚でも出すぜ!」

 

  ホメットのチームメンバーや応援に来ていたチームメンバー達が次々に言った。

 

 

「ふぁー......治癒魔法は国の経営する治療院だとアインス銀貨十枚じゃな。だが先ほどスミカが使った『ヒール』『再生』『活性化』の上級治癒魔法、一回につき金貨五枚ほどじゃ、そして振りかけた赤ポーションをよく見てみる事じゃな」

 

 

  幼い声が二階に続く階段から聞こえてきた。俺は声のする方に顔を向けるとそこには金髪のロングヘア、赤い瞳で背丈はサーシャほどの少女が大きなあくびをしながら降りてきた。

 

  着ている寝巻きの生地が薄く少し肌が見えており、少女に似つかわしくない物を着ているなと思ったがその腰には黒いコウモリのような羽が生えていた。魔族か?

 

「あれ? 寝てたんじゃないの?」

「阿呆、サーシャの奴が走り回っておってな。五月蝿くて寝てもおれんわ」

「そっかごめんね、サーシャは?」

「今さっきお主の部屋から封筒を持って裏口から出て行ったぞ」

「良かった」

「お、おい嬢ちゃん! そんな事より今、上級治癒魔法って言ったか?!」

 

  ホメットが青い顔をしながら魔族の少女に詰め寄ると少女は両手で両耳を押さえて顔をしかめていた。

 

「うるさいのう......たかが上級治癒魔法の一つや二つで騒ぎおって」

「この赤ポーションはアインス銀貨五枚ってのは分かるぞ? 上級治癒魔法がアインス金貨五枚のはずねぇだろうが!」

 

 ホメットが空になったポーションの小瓶を少女に突きつけると中に少しだけ残っていたしずくが目に入り俺は目を見開いていつの間にかホメットの手を小瓶ごと掴んでいた。

 

「何だてめぇは!」

「失礼! 少しこの小瓶を見せてもらいたい」

「ッチ......ほらよ」

 

 怪しい者を見る目で俺を見てきたホメットは舌打ちしながらも小瓶を俺に手渡してくれた。その小瓶を日の光にかざしながら中に残ったしずくを見てみると少しだけ紫色が混じって見えた。

 

「やはりそうか......」

「何がだよ異国の騎士さんよぉ?」

「これは赤ポーションでは、ない」

「......」

 

 俺がそう告げると魔族の少女が目を細めて感心したように頷いていた。

 

「赤ポーションの比率が高いがこれは......紫ポーションではないか? 店主スミカ殿」

「......驚きました。確かにそれは私が調合した物なので比率はお教えできませんが紫ポーションですね、あと私のことはスミカとお呼び下さい」

「ではスミカ殿。紫ポーション、別名『エリキシル』は大変高価でそして稀少であるため王族以外には滅多に出回らない物のはず、何故貴方が持っているのですか?」

 

 驚き顔のスミカ殿がじっと俺の顔を見てきた。『エリキシル』は小瓶一個ほど作るのに約百年と言われておりエスルーアン金貨でおよそ八百枚、とても高額だがその効果は絶大で『一滴で病が治る』と言われるほどだ。

 

「私がSSランク級冒険者だから......と言えば納得して貰えますか?」

「......」

 

 なるほど、確かにSSランク級冒険者なら持っていても不思議では無いか。実際エスルーアン聖王が極秘に、しかも王が直筆の手紙を送る相手なら何らかの繋がりがあり持っている可能性がある。

 

「なるほど、失礼したスミカ殿」

「い、いえ」

 

 少し笑顔が引きつっていたスミカ殿に頭を下げて小瓶をホメットに渡そうと振り返るとそこには約九人の男女が青ざめながら震えていた。

 

「む、紫ポーション......? エリキシル?」

「アインス金貨で、やややや約七百枚って、きききき聞いた事が......」

「......あふん」

 

 ガタガタと震え、そして一人の女性冒険者が倒れた。

 

「あー......あの」

 

 スミカ殿が苦笑いしながら言うと。、ビクッと集団が反応した。

 

「今回は無料と言う事でいかがでしょう?」

 

 スミカ殿の言っていることが一瞬理解できず、数秒後。

 

「「「えぇええええええええええ!?」」」

「なんじゃとぉおおおおお!?」

 

 その日、竜風亭が八人+俺とケインズ+魔族の少女の声だけで震動した。

 

 



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8泊目

 

 

「お、おおおお主は正気か!? 上級治癒魔法を三種使用で約アインス金貨六十枚、赤紫ポーション二本でアインス金貨二千枚じゃぞ?! それを無償と言うのか!?」

「ダメ?」

「ダメに決まっておるじゃろうが! それにじゃ、これだけの事を無償でやったと知れればお主、忙しくなるぞ?」

「うっ......はぁー」

 

  魔族の少女に説得させられたのかスミカ殿はホメットの方を見た。

 

「そういうことなので、アインス金貨二百枚でどうでしょうか?」

「そうだな、それくらいなら払えない事はねぇな。さすがに二千枚とか言われたらどうしようかと思ったが......」

「ふん、スミカに感謝することじゃな。本来ならばお主らに到底払える額ではないぞ?」

「わ、わかってるよ。スミカ姉さんありがとう世話になった、金は用意出来たらもってくる」

「そんなに急がなくても大丈夫ですよ、十年でも二十年先でも良いですから」

 

  スミカ殿が笑顔で言うとホメットが被っていた鉄兜を少しだけ深く被り直した。

 

「そう.....だったな、分かった必ず支払う。よし、野郎共撤収だ」

 

ホメットがそう言うと後ろで震えていた集団がアールと呼ばれていた男を机から起こして担架に乗せるとそのまま出ていこうとしたが足を止めて振り返り、全員が頭を下げた。

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

感謝の言葉を残して集団が出ていくと宿の中は静かになった。

 

「ふぅ......さて、スミカ殿。私達はどうすればよいかな?」

「え? あーそうですね一応出発は明後日にします。明日だと少し準備が間に合わないので」

「そうか、ならば今日と明日の宿を探すとするか。ケインズ」

「は、はい」

「応接室に戻って置いてある荷物をもってきてはくれんか?」

「了解しました。馬はどうしますか?」

「城壁前の預かり場所に頼んであるのだから大丈夫だろう」

 

ケインズと話していると魔族の少女がてを上げた。

 

「何を話しておるのじゃ? ここに泊まればよいじゃろうが」

「「......あっ」」

 

俺とケインズは揃って思い出した。そうだ、ここは宿屋ではないか。

 

「部屋は空いておるのじゃろ? スミカよ」

「空いてるけど......珍しい、サテラが積極的に泊めようとするなんて」

「妾も一応は従業員じゃしな、たまには働かんと叩き出されてしまうでな」

「非正規だけどね」

「はぁ、いつになったら雇ってくれるのじゃ? もうかれこれ六十年経つんじゃが......」

 

 魔族の少女が溜息を吐きながら肩をすくめていた。さすがは魔族と言ったところか、六十年であの容姿とはな......ん?

 

「あの、すみません。今六十年っていいました?」

「何じゃ? レディに歳を聞くのは失礼じゃぞ? 妾は今年で七百歳になったぞよ」

「言ってるじゃん」

「言ってるではないか」

 

 俺とスミカ殿が同時に突っ込んだ。

 

「う、うるさいのう! スミカなんてせ―――ふぎゅう!」

 

 スミカ殿を指差し顔を紅くした魔族の少女が何かを言おうとした瞬間、奇声と共に首を押さえていた。よく見ると何か糸のような物が首に巻かれていた。

 

「コホン、ではお部屋に案内しますね。宿代はすでに頂いているので」

「なに? 払った記憶が無いが?」

「いや、あの、そこの魔族の人大丈夫なんですか?」

「円筒の底に入っていましたよ? あの子は大丈夫です」

「そうか、ならば世話になろう」

「イヤイヤ! 大丈夫じゃ無いでしょう!? 顔青くなってますけど?!」

「く、くるち......た、たすけ.......」

「では案内しますのでついてきて下さい。その子は顔を青くするのが得意技なんですよ」

「ほら、何をしているんだケインズ、行くぞ。迷惑を掛けるなよ、得意技なら仕方ないな」

「なにサラッと言ってるんですか! ほら苦しいって言ってるじゃないですか! 団長は何も見えてないんですか!? それとも見ないようにしているんですか?! え、あ、ちょ! 待って下さいよ!」

 

 俺は騒いでいるケインズを置いてスミカ殿後を付いて二階に上がると後ろからケインズが付いてきた。

 

「(どうしたんですか団長!?)」

「(何も聞くな、後で話してやる)」

 

 俺がそう返すとケインズは納得いかないのかムスッとしたのとほぼ同時にスミカ殿が『201』と扉に書かれた部屋の前で止まりポケットから鍵を取り出し鍵穴に差し込んで開けた。

 

「こちらがお二人のお部屋になります。鍵はこちらをどうぞ」

「ああ、預かろう」

 

 スミカ殿が差し出した銀色で金属製の鍵を受け取った。

 

「外出される場合は受付に鍵をお渡し下さい、お戻りになった場合は扉に書かれた部屋番号を言って頂ければ鍵をお渡しします。お食事は一階にあります酒場にて提供させて頂きますのでご利用下さい」

「うむ、わかった」

「あ、はい」

「ご理解ありがとうございます。次に入浴の時間ですが―――」

「何? 水浴びでは無いのか?」

「あーはい、当宿は裏にお風呂があるのでそれをお使い下さい。男性は夜の七時から九時まで、女性は十時から零時までとなっておりますのでご注意下さい。零時過ぎからは混浴となりますのでご自由に」

「ほぉ、それは助かるな」

 

 そこら辺にある宿だと大抵は裏にある井戸から水を汲んで身体を洗うのだ、お湯が出る風呂はかなり高級な宿にしか無く俺ですら数えるほどしか止まったことが無い。

 

「では、ごゆっくりとお過ごし下さいませ。このような小汚い姿で失礼しました」

 

 そうか、忘れていたがスミカ殿は返り血を浴びたままだったな。

 

「いやいいのだ、人一人の命を救った物を汚いなど言うはずが無いであろう、それこそ騎士道に反する」

「はい、凜々しいお姿でした」

 

 俺とケインズは姿勢を正し右手を左胸に当てて言った。エスルーアン聖王国式の礼だ。

 

「ふふ、ありがとうございます。では失礼します。何かご用がありましたら備え付けのハンドベルをご使用下さい」

 

 スミカ殿はそう言うと会釈して一階に向かっていった。

 

「では入るとするか」

 

 ドアノブを回し俺は扉を開けた。

 

 



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姉の背中

 

 

 

『グゥウウ......ご、ご勘弁をッ! 最早勝負は着い―――がッ!』

 

  一匹のドラゴンの首を自分の背丈より大きな大剣で斬り飛ばした。弱い、弱すぎる。

 

  クシャリと自分の前髪を掴む。

 

  弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い‼

 

『そこまでだ、カスミ』

「......」

 

  ドラゴンの血で汚れたまま掴んだ前髪は赤色の髪が少しだけ濃い色に変わっただけだった。そんなことも気にせず私は野太い声のした方を向いた。

 

  黒く、大きなドラゴン。体には無数の傷が付いていて右目にも大きな傷があった。身体中のどの傷より新しい右目の傷痕。

 

「父上......」

『カスミよここら辺に居た馬鹿共の始末は終わった。帰るぞ』

「......」

 

  私は父上から視線を外しある方角を見つめた。

 

『やめておけ、今行ったところで奴が許すはずもない。今のお前では数秒も持つまいよ』

「ッツ!!」

 

  ギリっと噛み締めた奥歯が鳴り、私はお父様を睨んだ。

 

「『龍帝』である私があの腰抜けより弱いと仰るのですか!? 使命から逃げ、一族を見捨て、人間共とごっこ遊びをしているアイツより?!」

 

 ドガンっと持っていた大剣を地面に突き刺して父上に向かって叫んだ。

 

『弱いとは言っておらん、五百年前よりお前は強く、賢くなった。だがまだ『龍人化』が出来るようになって二百年だ。先を急ぎすぎ彼奴に殺されるだけだ』

「くっ......」

『それに......』

 

 父上は首を飛ばされたドラゴンだった死骸に目を向けていた。

 

『......強さとは何であろうな、カスミよ』

「ッツ!!......」

 

 その言葉を聞いて私は右肩を押さえた。痛い、疼く、そして目を閉じれば鮮明にあの人の言葉が頭の中を焦がす。血の繋がった姉の姿が浮かび上がる。

 

 

 

 

 

『ねぇカスミ、強さって何だろうね? 腕っ節の強さ? スキルや魔法の強さ? それともドラゴンの圧倒的な存在? そんな物は強さじゃない。『龍帝』になりたければなればいい、僕はもう父上を父と呼ばない、君も――』

 

 

 

 

 

 バゴンッと拳を地面に叩きつけると蜘蛛の巣状にひび割れが起こりヘコんだ。私を一瞬視界に納めた父上はゆっくりと背を向けた。

 

『やはり早すぎたか......禁忌を犯したと言え同族は同族、それを忘れるなカスミよ。『龍帝』となり、私から一族の長を継いだお前ならなおさらな』

 

 そう言い残し父上は翼を広げ舞い上がると土埃が私を包んだ。

 

「......『同族殺しは許されない』」

 

 呟きは父上の退却の咆哮に消えていき同調するように仲間達も咆哮を上げながらぽつりぽつりと舞い上がっていった。

 

「姉様......私はどうしたらいいのですか」

 

 見上げた空はひどく紅く、とても暗く見えた。

 



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9泊目

「.....なぁケインズ、俺は夢を見ているのか?」

「奇遇ですね、私もそう思いますよ」

「.....こんなやり取りを今朝もしたよな?」

「奇遇ですね、私もそう思いますよ」

「「......」」

 

  俺とケインズは酒場の端にある席に座っていた。服装は甲冑ではなく普段着として持ってきた安物の服で、今は入浴を終えて酒場に来ていた。

 

  酒場の中はそれなりに広くカウンター席にテーブル席と結構人が入れそうだった、だが夜の八時を回るとだんだん人が増えていき今では座る席がないほどの人がごった返していた。

 

「......暗い」

 

  そう声がして向かい合って座っていた俺達は顔を向けると半目で白い髪に猫耳の少女が立っていた。

 

「サーシャ殿か......少し驚いていただけだ」

「......驚く? 何が?」

 

  コテリと首を傾げた少女に俺達は溜め息を吐いた。

 

「サーシャ殿、もう一度聞くが本当にここは一泊アインス銀貨一枚なのか?」

「......何度聞かれてもアインス銀貨一枚」

「あ、ありえない......」

 

  ケインズが頭を抱えて下を向いた。

 

「ありえない、部屋はエスルーアン聖王国の高級宿並みに綺麗でベッドも藁を下に敷いてその上にシーツを被せた物ではなく最近発明されたばかりの綿とバネを使用した物だし、各部屋にトイレがあるし、風呂はお湯をかけるだけかと思ったのに肩まで着かれる大浴場だし......これがアインス銀貨一枚?」

 

  ブツブツと呟くケインズにサーシャが眉をよした。

 

「......高い?」

「逆だ逆! 安すぎる! 確かに街中の宿と比べると高いがここはそれ以上の設備と、もてなしがあるではないか!」

「......そんな事言われても」

 

 そう、とてつもなく安いのだ。部屋に備え付けられた料金表を見て驚愕した。アインス銀貨一枚? いやアインス金貨一枚の間違いだろうと思い部屋を飛び出していつの間にか受付に座っていたサーシャに詰め寄ったのは数時間前だ。

 

「スミカ殿はいったい何を考えているのだ、これでは元がとれんぞ」

「......知らない、かあ......お師匠に直接聞いて」

「師匠?」

 

 ケインズが問うとコクリと頷いた。SSランク級冒険者の弟子か、実に羨ましいな。

 

 じっとサーシャを足先から頭のてっぺんまで流し見ると確かに所々筋肉が付いているがじっくり見なければわからないほどの物だが、一つだけ見つけた、手首だ。厚紙とトレイを持っている右手首が少し太い。剣士、特に片手剣の「ショートソード」か両手剣の「ロングソード」を扱っている者によく見る手首の形だ。

 

 俺が見ているとサーシャがそっと一歩引いた。

 

「......そっちの趣味?」

「ち、違うわ!」

「団長......あんな綺麗な奥さんと可愛い娘さんが居るのに」

「ケインズ、表出ろ。稽古付けてやる」

 

 ケインズの言葉に少しイラッとして胸ぐらを掴んで立たせようとした瞬間、俺とケインズの目の前を銀色のナイフが通り過ぎて壁に突き刺さった。

 

「「!?」」

 

 バッと投擲されたであろう方向を見るとそこにはサーシャと同じ制服を着て笑顔で空いた皿を運んでいる魔族の少女が居た。笑顔だが何故か冷や汗のような物を浮かび上がらせており、後ろを指すように皿を持っていない左手の親指で指した。

 

 魔族の少女、そのさらに奥にある厨房の皿の返却場所から頬杖を付いて目が笑ってない笑顔のスミカ殿が見えた。あの場所から魔族の少女をかすめてここに投擲したのか!?

 

「ッツ!?」

「ヒィ!」

 

 俺達はそれを見て静かに席に座り直すとサーシャが呆れたようにテーブルの中央に厚紙を置いた。

 

「......酒場での暴力は禁止、店員への手出し禁止、多分前者だと思って投げたと思う。これ、メニュー」

「す、すまない、少し熱くなった」

「私もです。すみません」

 

 俺達は軽くスミカ殿に頭を下げるとさっきとは違う笑顔で手を振って奥に戻っていった。それを確認してホッと胸を撫で下ろしてからメニューを見るとどれもこれもあまり見ない料理の名前ばかり書かれていた。

 

「ふむ、これは......」

「随分と魔物の肉を使っている料理が多いのですね......」

 

 ベノムウルフにグリッズベア、ゴブリンにカラミティスネーク......どれもこれもC~Bランクの魔物だ。

 

「一応食えると聞いた事がある魔物だなこの辺は」

「私はよくわかりませんね......」

 

 メニューを指で突きながら言う俺にケインズは目を細めて眺めていた。

 

「......おすすめでいい?」

 

 痺れを切らしたのかサーシャにそう言われ俺とケインズは頷いた。

 



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10泊目

 

 

  おすすめを頼むとサーシャはメニュー表を持って厨房の方に歩いていった。それを見ていたかのように一人の男がジョッキを手に持ちながら近くにあった椅子を掴み少し乱暴に置いて俺達の座っていた席の真横に座るとドンっとジョッキをテーブルに置いた。

 

「よぉお二人さん、飲んでるかい?」

 

 がっしりとした体格にやや薄着で手甲を着けていて頭に二本の角が生えた男性、確か......

 

「出入り禁止の人ではないか」

「出入り禁止の人じゃないですか」

「ちっげぇよぉおおおおおお!?」

「あっはははははははー! 出禁の人は傑作だねー!」

 

 表情が抜け落ちたオーガの男が声を上あげ、いつの間にか隣に居たダークエルフの女性が腹を抱えて笑っていた。確かカーラと言ったか。

 

「そちらは確かカーラ殿......でよいかな?」

「おーすごいねーチラッとしか呼ばれなかったのにー覚えてるなんて―」

「俺は!?」

 

 少し酔っているのかオーガの男が涙目で自分の顔を指差していた。そうだチラッと聞いたぞ......

 

「ジ、ジ......」

「ジ......」

「『ジ』って何だよ?! そこまで言えば思い出すだろうが!」

「「ダメだ(です)思い出せん(ません)」」

「おいぃいいいいいい!?」

「ぷっ、あはははははははは-!」

 

 カーラはバンバンとオーガの男の背中を叩きながら爆笑し、オーガの男は椅子から立ち上がり憤慨していた。

 

「笑ってんじゃねぇぞカーラ! いいか!? 俺はジングだ! オーガ族のジングって覚えておけよ!」

「覚えたぞ、それで出禁殿は私達に何の用が?」

「確か出禁さんは出入り禁止を食らったはずでは?」

「あははははははははー!! もうやめて-! お腹いたいー!」

「クッソぉおおおおお! てめぇらなんぞ知るかぁああああああ! ぐれてやるぅうううう!!」

 

 ジングはジョッキを手に持ちながらカウンター席まで走って行くとスミカ殿を大声を呼びつけていた。

 

「スーミーカーさぁあああああああああああん! 二人が虐めるぅうううう!」

「うるさいわ! 一番忙しい時間帯にスミカを呼ぶでない! これでも食らっておれ!」

 

 お、魔族の少女が顔面に赤い実をぶつけたぞ。

 

「あばああああああああああああ!?」

「だははははは! ざまぁないぜジング!」

「昨日に続いて災難だなー!」

「ナイスだぞー! サテラちゃんー!」

 

 そして顔面を押さえてのたうち回るジングに酒場が盛り上がった。

 

「ぷふっ、あれってー確かレッドアップルとかいう奴じゃないかなー」

「あの『この世で最も辛い』というアレか?」

「多分ねー流石のオーガでもー泣き叫ぶ程ヤバイ奴ー」

 

 それはすでに兵器では無いのか?

 

「それで、何故ジング殿とカーラ殿がここに? 今朝は他で宿を取ると言っていた気がするのだが」

「あー、宿泊は禁止だけどー酒場はいいよーって言われたんだよねースミカちゃんの料理おいしいからー」

「ほぉ......」

「それでージングがー騎士さん二人を見つけてー料理のおすすめをしようとしてたんだよーでもサーシャちゃんにー任せてたみたいだからー少し遅かったみたいだけどー」

「なるほど」

 

 それは悪いことをしてしまったな、そう思いながら転がり回るジングに目を向けた。

 

「ジングのー事は気にしないでーいつものことだからー」

「そ、そうか」

「いつもこんな事してるんですか......」

 

 毎日こんな事をしていたら流石のオーガでも死ぬのではないだろうか? だが実際生きているのだから大丈夫なのだろう、そう思って居るとカーラがジングの持ってきていた椅子に座った。

 

「カーラ殿は何か頼まれたのか?」

「んー? えーとー『ドドリボアの香草焼き』って奴だねー、この時期はー脂がのってておいしいんだよー」

「ほぉ、Bランク魔物か。確か独特の臭みがあって肉が硬いと聞いた事がある」

「あ、私も聞いた事があります。騎士団の遠征していた人達が道中で仕留めたドドリボアを焼いて食べたけど臭いし硬くて食えなかったって言ってました」

 

 ドドリボアは荷馬車ほどの大きな巨体に分厚い毛皮、二本の牙を持つBランク魔獣でその突進力は一般人なら一撃で死んでしまうだろう。だが幸いなことにドドリボアは群れで行動せず単独行動、魔法で大きな落とし穴を作るから複数で囲んでしまえばあっさり倒せてしまうのでC~Bランク冒険者達はドドリボアを狩りその皮や牙などの素材を売って稼いだり、クエスト達成率を上げていると聞く。

 

「確かにー臭くてー硬くてー食べられたもんじゃ無いんだけどースミカちゃんが調理すれば―おいしいんだよー?」

「それは凄いな......」

 

 カーラと話しているとサーシャが器用にトレーを三つとジョッキ三つを持って歩いてきた。

 

「......今日のおすすめは『トロル肉の煮込み』、パンとエールはお代わり出来るから。カーラのはこっち」

「ありがとーサーシャちゃんー」

 

 置かれた皿の中には大きめの肉の塊が湯気を上げており茶色いスープに使っていた。ほぉ、いい匂いだな。

 

「トロルか......」

 

 二足歩行はするが知力が無いトロルは単眼で筋肉が発達している、攻撃方法は力任せに腕を振るう事ぐらいだが騎士の甲冑すらぼろ切れさせる程の腕力は甘く見られない、そんなトロルの肉はとても硬く臭う。ドドリボアと同じで骨などの素材は取られるが肉は捨てられるのが常だ。

 

「......どうかした?」

「いや、何でも無い。いただこう」

「私は初めて食べるのでワクワクしますよ」

 

 トロル肉の情報を知っている俺は少し躊躇ったがケインズは気分が高揚しているのか目を輝かせていた。俺達はフォークを肉に突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 




10話まで連投しました


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三番の手紙

いつものように私は書類の山と羽ペン一つで戦っていた。書類仕事中はお茶の時間以外は滅多に顔を見せない初老の男性が今日は少し慌てた様子で扉をノックして入ってきた。

 

「あの方から『三番の手紙』ですって?」

「はい、先ほどサーシャ様が届けてくださいました。こちらが手紙でございます」

 

  普段は表情一つ変えないような初老の男性が珍しく汗をかいていた。男性、クリスが手紙を差し出して来たので私はそれを手に取る。表には小さく『三番』と書かれていて裏返すと左端にあの方の名前が書かれていた。

 

「確かに、あの方の手紙ですね......久しぶりの手紙かと思えばよりにもよって三番って」

「最近はとても忙しかったですからな、あの方も邪魔をしては悪いと思ったのでしょう、ほほ、ノエ様はあの方が大好きですからな」

「う、うるさいわね! 誰があんな規格外をす、すすすす好きになるのよ!」

 

  顔が熱くなるのを感じてつい手に力が入り持っていた手紙がクシャリと音をたてた。ハッとして手元を見るとまだ開けてもいない封筒ごと手紙を潰していた。

 

「あああああ!」

 

  シワを伸ばそうと机に手紙を置こうとした時、書類にサインをするために置いてあった羽ペンが刺さったインク壺に肘が当たり盛大にこぼれた。

 

「あー!! 予算案の書類がぁあああああ!」

 

  私は安全な場所に手紙を置いて真っ黒になった書類の端をつまみ上げた。

 

「あーあ......また財務大臣に怒られる......」

「何、大丈夫でしょう。三番ともなれば予算がどうのとは言っておられんでしょうし」

「確かにそうだけど、もうそろそろ自分に落ち着きが欲しいです」

 

  つまみ上げた書類だったものをゴミ箱に捨てるとクリスがいつの間にか机の上に広がっていたインクを綺麗に片付けていた。昔から思うけど、凄い早業よね。

 

「今年で十四歳、最年少で王座に付き国をまとめる若き女王。配下の者や城下の民、他国の人々からは大変落ち着いてるように見えるようですが? ノエ・ヴィッシュ・アインスヴェルグ女王殿下」

「......ふん、表向きは、でしょ?」

 

  ドサッと自分より大きめの椅子に座り、背もたれに頭を着けるように深く座った。

 

「行儀が悪うございますよ。ノエ様」

「いいじゃない、今は私達二人しかいないんだから。あの人だって今の私を見れば笑って許してくれるわよ」

 

  私が王位を継いだのが約二年前、本当は十八歳からお父様の側について学び二十歳で王位を継承するのが通常なのだ。しかし、お父様が病に倒れて......いるわけもなく、母上と共に一通の書き置きを残して旅に出た。城の者達になんの相談も無くだ、それは私やお兄様達も例外ではない。

 

  もちろん城は大混乱、翌日には捜索隊を編成したが時すでに遅く足取りはつかめなかった。そのため表沙汰には『王が病に倒れた』と言うことにしてその子供の誰かが王様にならなければいけなかったのだが、王位継承権第一の一番上の兄になるはずだった。

 

 しかし一番上の兄は王位を何故か拒否、二番目の兄は病弱でとてもじゃないけど王様は無理と拒否、三番目の兄はいきなり冒険者になると言って出て行く始末。

 

 そして白羽の矢が立ったのが当時十二歳だった私だった。

 

「あのクソ親父様は何処に居るのかしらね」

「さぁ......とても気分屋ですから、お父上様は」

「はぁ、クリス、午後の会議は議題を変更します。各大臣に通達をそれとゲン兄上にも」

「それはよろしいですが来るでしょうか?」

「あの人の名前を出せば絶対来る」

「わかりました、では失礼します」

 

 クリスは一礼すると執務室から出て行った。私はそれを見送ってからシワシワになった封筒を開ける、中から出て来たのは綺麗な模様で手のひらサイズの魔方陣が書かれた紙、それを机の上に置いて魔方陣に触れながら少し魔力を送るとあの人の声が聞こえてきた。

 

『これを聞いてるって事はアインス王国の王族さんですね。この手紙は『三番』となります。『一番』は『警戒するほどのことじゃないけど注意して』、『二番』は『ダンジョンの動きが怪しいので警備を増やし国内への通行を規制せよ』、そして『三番』は『国内保有のダンジョンに災害級の動きあり、国民の安全を第一に』です。この手紙を出していると言う事は私が動くので手出し無用です、では王族さんよろしくお願いします』

 

 災害級の動きというとダンジョン内の増えすぎた魔物があふれ出す『魔物沸き』かボス級モンスターの突然変異。

 

「魔物沸きなら二番の手紙で討伐隊を編成せよと追記があるはずだけど.....今回は『三番』つまりあの人でないと対処不可能と言う事、か」

 

 私は椅子から立ち上がり後ろにあった窓を開けると心地いい風が私の青い髪を揺らした。

 

「ご武運を、スミカ様」

 

 



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11泊目

魔物が切り刻まれ宙を舞う、その中心にいる人物が手を振るうと何百匹もの魔物がバラバラになる、飛び散る魔物の血がダンジョンの壁を汚し、床を汚し、水溜まりのように血溜まりを作る。

 

  草を刈り取るように魔物を刈り取っている人物には一滴も魔物の血が着いていなかった。いや、返り血さえ切り裂いているのか?

 

「......おい、ボーッとするな」

「ッハ! すまない!」

「ヒャッハー! 流石姉さんだぜ! 俺も負けてられねぇ!」

 

  そういながらケインズが襲い掛かってくる魔物を切り伏せる、どうしてこうなったし。

 

「......手遅れ、ごめん」

「いや、いいのだ変わりすぎて私がついていけない」

「......あの人の教育は人格を歪める。左からギブリン三匹」

「任せよ! はぁあああああ!!」

 

 どうしてこうなったのか、時はさかのぼること一日ほど前。

 

 

 

 

 

 

 

「なんと!?」

 

 トロル肉にフォークを刺した俺は驚愕して言葉を発していた。

 

「んー! おいしー! 流石スミカちゃんー」

 

  カーラ殿もドドリボアの肉を一口、食べると満面の笑みになっていた。

 

 俺はもう一度フォークをトロル肉にフォークを刺すとそこから肉汁と共にトロル肉が崩れた。まるで極上の牛肉を煮込んだ料理のように。俺はフォークではなくスプーンを手に取りスープごとトロル肉をすくい口に入れた。

 

  その瞬間、ぶるりと体が震えた。

 

「......? 口にあわない?」

「ち、違う、これは本当にトロルの肉なのか?」

「......そう、あ、呼ばれた」

 

  サーシャは猫耳をピクピクさせて厨房の方に戻って行った。

 

「旨い! こんな美味しいの食べたことないですよ! 肉は柔らかくて中まで味が染みてるし、このスープだって肉と一緒に食べてもいいですけどこの少し固めのパンをスープにつけて柔らかくなったところを肉と一緒に食べる!」

 

  ケインズがちぎったパンをスープにつけて肉と一緒に頬張る、それを見て俺も真似してみると確かに旨い! そしてそのままエールの入ったジョッキを煽る。

 

「くぅー! こいつもよく冷えていて旨いな」

「まさか任務でこんなに美味しいものを食べられるとは......」

「あぁ、王にお出ししても文句はでないだろう」

 

  騎士団長の俺が任務に出るのは少ないがほとんどがダンジョンへの見回り遠征で食事は保存の効く干し肉や水で少しふやかしてから食べる固いパンだけでとても味気ない。

 

  ドドリボアの香草焼きを食べていたカーラがてを止めて珍しそうに俺達を見ていた。

 

「騎士さんてー結構辛いお仕事だよねー、昔一回だけー傭兵で雇われて付いていったけどーご飯不味いしー寝るのも疲れるような寝袋だったしーでもー騎士さんだからー普段はもっとー美味しいもの食べてるとー思ったんだけどー?」

「騎士だからと言ってそこまでの贅沢はできん。節度と言うものがあるしな。それに遠征が辛いのは当たり前だ、私達がいなければ国民も、王も、国も守れない」

「王城の周辺都市は高い城壁と結界があるのですが、それ以外の農村や耕作地は壁どころか柵があれば上等とかですからね、そのため我々騎士団が出没した魔物を狩ったり、ダンジョンから溢れでないように間引きをしているのです」

「最近は出没する魔物がBランクやAランクと高くなっているらしくてな、被害が絶えん」

「あー知ってるよーギルドにも沢山依頼来ててー忙しいのー」

 

 カーラ殿は肉を切り分けながら言った。アインス王国でも魔物の被害が出ているのか? 俺はチラッと厨房の方を見てカーラ殿に顔を近づけて小声になった。

 

「(質問をいいか?)」

「(んー? なにかなー?)」

「(ギルドの仕事が忙しいと言ったがスミカ殿はクエストを受けているのか?)」

「(あー)」

 

 カーラ殿が振り返って厨房の方を見てから俺達に向き直った。

 

「別に小声でー話さなくてもー大丈夫だよースミカちゃんはねーギルドが出すークエストを受けるんじゃなくてーギルドがー直接依頼するのーそれにー依頼無しで動く場合はーギルドに言わないといけないってー言ってたー」

「? 何故ですか?」

 

 ゴクリと最後の一切れだったドドリボア肉を飲み込んだカーラ殿はエールを少し飲んで息を吐いた。

 

「ふぅーごちそうさまでしたーえーとねースミカちゃんの力がーとても危険だからー」

「危険? SSランク級冒険者だぞ?」

「頼りになるならわかりますが危険ってなんですか?」

 

 ケインズの言うとおりだ、SSランク級冒険者ともなれば災害級魔物であるドラゴンですら屠ると聞いた事がある、初代魔王を封印したのもSSランク級冒険者だとも言われていた気がする。

 

 するとカーラ殿からふんわりした雰囲気が消えた。

 

「スミカちゃんが本気を出せば国が消えるって事だよ、だからギルドはSランクより上のSSランクなんて物を付けて定期的に依頼を出して監視してるし他国からも監視の目があるんだよ? それに今回みたいに他国からの依頼もある」

 

 ピッと俺達二人を指差すカーラ殿にゴクリと唾を飲んだ。

 

「スミカちゃんはお人好しで優しいからどんな面倒ごとでも引き受けちゃう、でも超えちゃいけない一線があるって事も覚えておいた方が良いよ人間」

 

 そう言ってカーラ殿は空いた皿を持って席を立った。

 

「だからー明後日の任務ー? 頑張ってねー」

 

 俺とケインズは綺麗に空になっているさらに視線を落としながら俯いていた。

 

 

 



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12泊目

 

「なんじゃなんじゃ? 飯が口に合わなかった......訳じゃなさそうじゃな」

 

 皿から顔を上げて見ると魔族の少女が俺達の顔と空になった皿を交互に見ながら言ってきた。

 

「あ、いや、何でも無いのだ」

「ふん、どうせカーラの奴に脅されたんじゃろう? ククク、確かにスミカはお人好しで優しくてそしてとてつもなく強い奴よ。そんな奴に迷惑を掛けていると思っているのだったら大間違いじゃ。SSランクだの階級なんぞ飾り、スミカがやると言ったら何も考えず、言わずについて行けばいいのだ」

「それで良いのか?」

「良い! 大体百歳近いダークエルフの言葉なんぞお主ら人間には無意味じゃ、生きている時間が違えば価値観が違うのだからな」

「百歳!? あの姿で?!」

 

 ケインズが椅子から腰を浮かせて皿を返却するところでスミカ殿と話しているカーラ殿を指差しながら言う。まぁ、普通は驚くがダークエルフで百歳と言えば人間で言う二十歳くらいでそこから容姿の変化が止まって三百歳でゆっくりと老化するらしいが同族ならまだしも俺達人間から見たらわからないほどの老化らしい。

 

「ダークエルフじゃしな、ハイエルフと比べれば短命じゃが」

「ハイエルフなんて会ったことが無いぞ」

「森の奥に引きこもっておるからのう、確か......今の長老が千二百歳じゃったかな」

「......もうついて行けませんね」

「長生きはするもんじゃないからのう」

 

 何故か目を細めた魔族の少女が金色の髪を弄っていた。そんな少女をケインズはエールの入ったジョッキに口を付けながら見て、言った。

 

「貴方は......魔族の中でも長命な種族なのですか?」

「妾か? そうじゃな、かれこれ千五百年くらいじゃな」

「ぶっ!! ゴホッゴホッ!」

 

 ケインズがエール吹き出しむせていた。俺も目玉が飛び出しそうなほど目を見開いた。千五百歳だと? この容姿でそこまで長命な種族が存在するのか?! いや、待て。確か魔族の中でも悪魔、デーモンと呼ばれる種族がいる、その中の上級悪魔と言われている奴等がそれくらいの年齢だと王と雑談したときに聞いたぞ。

 

 だが彼女を見ればわかるが人間で例えると十歳から十五歳くらいにしか見えない、それにデーモンは羽を生やしては居るが肌の色が褐色で羊のような角が生えているはずだが彼女にはそれが内。

 

「何じゃ? ジロジロ見よって」

「すまない、貴方の種族が気になってな。だがそれはマナーに反する事だったな」

「お主......人間のくせに物知りじゃな? 今朝方のポーションの件といい肉の味や魔族は種族を聞かれる事を毛嫌いしていることものう」

「私の父がとても書物が好きで、家の一角に専用の部屋まで作ってあるほどでな。幼い頃からその部屋の本を読んでいたら無駄な知識が付いてしまった」

 

 俺は肩をすぼめた、まぁそのおかげで騎士団に入っても知識で苦労はしなかったし、遠征で食糧が尽きたときは食べられる物を探したり魔物を狩ったり出来たのだから感謝している。

 

「なるほどのう......ん? お主の父とやらまさかエドモンドとか言わぬか?」

「知っているのですか!?」

「おーおー! あのエドモンドの息子か! 確かに彼奴は本や古い書物が好きな奴だったわ! して、エドモンドは元気か?」

 

 満面の笑みの少女に俺は言葉につまった。

 

「団長......」

「いいんだケインズ、すまぬ。父は......先月天に旅立ったのだ」

 

 満面の笑みが花が枯れるように散っていき最後は寂しそうな表情になっていた。

 

「そうか、逝ったか。長生きはするもんじゃないのう......」

「父も歳だったからな、老衰でしたな」

 

 少し葬式みたいな空気になったとき酒場の扉が勢いよく開かれた。何事だと見れば物々しい白と赤を基調にしたフルプレートメイルの重装歩兵が十数人、次々と金属音を鳴らしながら入ってきた。騒いでいた客達は一瞬で黙りその集団を見ると席を離れ出来るだけ遠くに行くように移動していた。

 

「あれは......」

「団長、あれってアインス王国軍の重装歩兵じゃないですか? しかも近衛兵仕様ですよ」

「ッチ、物騒なことじゃな。何のようじゃ?」

「......何ごと?」

 

 魔族の少女が舌打ちするといつの間にかサーシャが隣に立っていた。すると重装歩兵の集団が左右に分かれその中心に男性が立っていた。歳は二十歳くらいだろうか、赤いマントを着け金髪で青い瞳の男性、美男子と言う奴か。だがどこかで見たことがある。

 

「叔母上-! 説明をお願いしたぁああああああああ!?」

 

 金髪のイケメンが一瞬にして現れたスミカ殿に顔面を手で捕まれていた。

 

「酒場に重装歩兵なんて連れて入ってくるなぁあああああああ! こんの馬鹿王子がぁああああ!」

「「「王子ぃいいいい!!」」」

 

 重装歩兵達が悲鳴を上げていた。あー思い出したぞ、あの金髪はたしか。

 

「なんじゃ、ゲンの奴か」

「......腰抜け王子」

 

 そうだ、アインス王国第一王子のゲンシュ・ヴィッシュ・アインスヴェルク王子だ。

 

 



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13泊目

 

 

  時刻はすでに深夜、賑わっていた酒場には客はおらず臨時休業と書かれた紙が貼られており酒場の中には横二列に重装歩兵達が座り、その前に赤いマントの金髪、ゲンシュ王子が座っていた。

 

「で? 一番のかき入れ時にお客さんを返してまで私に聞きたいことは?」

 

 王子の目の前で椅子に座り足を組み、腕を組み、冷たい視線をぶつけているのかスミカ殿だ。一国の王子を地面に座らせて見下ろすなんて死刑は確実、だが誰一人としてそれを指摘する物は居なかった。

 

「し、質問があるのです。叔母上」

「それって明日の朝とかじゃダメだったの? 手紙送ったんだからわかるでしょ? ノエちゃんに説明してもらったんじゃないの、んん?」

「その......叔母上から三番の手紙が来たと妹......あ、女王殿下が会議を開いたのですが各大臣は三番の手紙だけでは納得がいかなかったらしくもっと詳しい説明をと詰め寄ったのです、ですが女王陛下も『詳しい事情は知らない』と仰られて......」

「あー説明用の手紙送ったのついさっきだからすれ違いになっちゃったか、ごめんね」

 

 失敗失敗と頬を書きながらスミカ殿は笑っていた。すると近衛兵の一人が片膝を付いて頭を下げた。

 

「失礼ながら発言をお許しいただけますか?」

 

  兜を被っているせいか声が聞き取りずらいが何処かで聞いたことがある声だな。

 

「ん? いいよ」

「はっ! 王子の愚行を阻止できなかった我々にも非があります。 あなた様が謝る必要はありませんですからどうか王子への罰は我々が引き受けます」

「兵長!? 貴方が罰を受ける必要は無い! 私が事を急いだせいだ。罰は私が受ける!」

「なりません王子! 我々が―――」

 

 何か言い争いが始まってしまった。それを俺とケインズがぼけっと見ていると魔族の少女が飲んでいた紅い液体の入ったグラスを机に置いた。

 

「何を飲んでいるのだ?」

「トマトジュースじゃが? お主も飲むか?」

「遠慮しておこう、私はトマトが苦手でな」

「クハハ! トマト嫌いも父親譲りとは、面白い奴よのう」

 

  笑いながら魔族の少女はグラスを口につけ中身を飲むと溜め息を吐いた。

 

「はぁ、鬱陶しいのう。両方共に罰を受ければ良いでは無いか」

「「そ、それはちょっと......」」

「腑抜けか貴様ら!?」

 

 声をそろえて言う二人に魔族の少女がずっこけた。というかさっきから気になっていたのだが。

 

「俺達はこの場に居ても良いのか?」

「私に聞かないで下さいよ」

「一国の王子がお忍びか......」

「近衛兵を連れてきてる時点で忍んでないですよ」

「はっはっは! 面白いなケインズ」

「最近、団長の神経が太いのか。場慣れしているのかわからなくなりました」

 

  大声で笑い、ケインズの背中を叩いていると兵長と呼ばれていた一人が此方を向いた。

 

「ん? その声と笑いかた、もしかしてカルロスか!」

 

  そう言いながら兵士は兜を脱ぐと俺より少し年上ぐらいで顔に大きな傷が入った男が。

 

「おぉ! ダイメル! ダイメルじゃないか! 五年前の模擬戦以来だな!」

「おうよ、お前も元気そうで何よりだ。成るほどな、お前がここにいると言うことは聖王国絡みだな?」

 

  相変わらず察しがいい男だ。すると王子が首をかしげていた。

 

「おい、ダイメル。その二人を知っているのか?」

「はっ! この男はエスルーアン聖王国騎士団、騎士団長であるカルロスという男です。隣の方は存じ上げませんが、副団長かと」

「聖王国......騎士団......ふん、そう言うことか。分かりました叔母上」

「昔っから頭はキレるんだからあんたが王様やればよかったのに」

「頭の回転がいいだけで内政や外交は私にはとても出来ませんよ、妹が知らなくてもいい裏方で十分です」

 

  肩をすくめる王子にスミカ殿は微笑んでいた。触れてはいけないと思って黙っているのだがスミカ殿が叔母上ってどう言うことだ!? 今更だがとんでもない場所に居る気がするぞ。

 

  叔母という事はスミカ殿はアインス王国の王族に属する、いや直系に当たるのか、あの美貌で叔母とは信じられないな。

 

  その時足の脛をこつかれた。何だと思って見ると魔族の少女が椅子に座りながら手招きしていた。

 

「(なんですか?)」

「(変な事を考えているようじゃがスミカは王族ではないぞ)」

「(え、そうなのですか?)」

 

  いつの間に現れたのだケインズよ。あぁ、隣にいたな。

 

 

 

 



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14泊目

 

 同時刻アインス王国王城ー女王寝室

 

 

「は? お兄様があの人の所に行ったですって!?」

「はい、近衛兵を十数名連れて」

 

  目眩がした。ふと時計を見ると真夜中に差し掛かっていた。

 

「一番稼げる時間に行かなくても......」

「いかがいたしましょうか?」

「はぁ、何もしないわ。摘まみ出されるか良くて―――」

「死体ですか?」

「良くて死体ってどう言うこと?! あの人は挽き肉機じゃないわよ?!」

「腕の一本は失っていそうですな。ほっほっほ」

「クルスってお兄様が嫌いなの? ね、そうでしょう?」

「年端もいかない少女に王位を擦り付けて裏でこそこそしている王子は大好きでございます」

「はいはい、まー運良くて半殺しってところね......」

「ですなぁ」

「「......」」

 

  私達二人の間に沈黙が訪れた。

 

「一応、救護班を待機させておきます」

「そうね、そうしてちょうだい」

「では殿下、お休みなさいませ」

「はい、お休み」

 

  クルスは一礼すると部屋を出ていき、私はベッドに潜った。

 

「ペースト状のお兄様なんて見たくないなぁ......スミカ様、どうか御慈悲を」

 

  小さく祈りを捧げて私は眠りに落ちた。

 

 

 

 

  その頃、竜風亭―――

 

「ぬわぁあああああ! あ、頭が割れるううううう!!」

「「「お、王子いいいいいいい!!」」」

 

  何故かゲンシュ王子がまた顔面を捕まれていた。そしてそれを誰も止めない、いや止められないのか。

 

「(スミカ殿が王族でないと言うのは分かったが何故王子は叔母上と呼んでいるんだ?)」

「(それはのう、スミカがあの王子の教育係を一時期しておってな。母親とは違って叔母みたいな存在みたいじゃかららしい)」

「(成るほどな)」

「(いやいや、成るほどなじゃなくて止めましょうよアレ、王子の頭が弾けますよ?!)」

 

  ケインズが小声で指差している、だがあれを止められる猛者が居るのか? 魔族の少女を見ると全力で首を横に振っていた。すると気配もなく視界に白い髪が見えた。

 

「......私が止めてくる」

 

  サーシャが戦地に赴くような兵士の顔で言う、そこまでの覚悟がいるのか!?

 

「ほ、本気かサーシャ? 今止めに入ったらお主までヤられるぞ?」

「......ふん、弱虫サテラには無理」

 

  サーシャが鼻で笑うと魔族の少女、サテラの額に青筋が浮かんだ。

 

「なんじゃと!? よーし分かった! この妾が止めてやろうではないか! おーいスミカよー!」

 

  意気揚々とスミカ殿に近づくサテラを見ながらサーシャは黒い笑みを浮かべていたのは気づかなかったことにしておこう。

 

  二分後。

 

「も、もうお許しを叔母上ぇえええええ!」

「ぬわぁあああああああああ! 胴体と首がさよならしそうじゃぁあああああ! だ、誰か助けておくれぇええええ!」

 

  そこには顔面を捕まれて足を浮かした王子と魔族の少女サテラがいた、耳をすますとサテラを掴んでいる左手の方でミシミシと音が鳴っていた。

 

「叔母上ぇええええ!? 隣から少女の悲鳴とミシミシと言う音がぁああああ?!」

「おい、スミカよぉおおおお! 妾の方だけ力がつよ―――アイダダダダダダダダダ!!」

「......ふふふ、もう一段階上がった」

「今どのくらいなのだ?」

「......鉄の板が曲がるくらい」

「それに耐えるとは流石魔族だな」

「カルロスなら耐えられるんじゃねーか?」

「何も見えない! 私には何も見えない!」

 

  俺達は少し離れた席でダイメル達とサーシャが持ってきたエールを飲みながらその様子を眺めていた。正義感が強いケインズは手で顔を覆いながら机に突っ伏していた。

 

「......営業妨害でミンチ、隣の奴と合挽き肉になるの、どっちがいい?」

「どっちも嫌です! と言うか誰ですか今物騒なこと言った人は!」

「ま、前が見えん! その声はサーシャじゃな! おのれ図ったか! 妾が何をしたと言うのじゃ!」

 

ミシリとまた音が鳴りスミカ殿の手に力が―――

 

「「いぁあああああああああ! 出る! 何か出るぅうううう!(のじゃぁああああああああ)」」

 

それから数分後、二人は動かなくなった。

 

 



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15泊目

 

「ダイメルさん」

「はい!? 何か御用でしょうか?!」

 

 動かなくなった二人を掴んだままスミカ殿が此方を向いた。冷えた猛獣のような視線だ。

 

「この馬鹿王子を連れて帰ってください」

「し、死んではいないでしょうね?」

「大丈夫ですよ、気絶してるだけですから」

 

 スミカ殿がスッと王子を差し出すとダイメルは王子の腕を首に回すともう一人の近衛兵がその反対側で王子を支える。チラッと見えた王子は白目を剥いていた。

 

「あ、息はありますね、では我々はこれで。カルロス、任務頑張れよ」

「ああ、お前も元気でな」

 

 ドカドカと床を鳴らしながら近衛兵の集団が出ていくとスミカ殿が左手で持ったままのサテラを見て溜め息を吐いた。

 

「はぁ、ちょっと本気出そうか?」

 

 ビクッとサテラが震えた。

 

「な、なんじゃ......バレておったのか」

「サテラがこんなので気絶するわけないじゃん、後二段階あげていい?」

「やめてたもう! それこそ本気で頭が弾けるのじゃ!」

「......チッ」

「おい、サーシャよお主最近妾に風当たりが強くないかのう?」

「......おやつ泥棒は死ね、なの」

「いや、それはあやま―――はきゅ!」

 

 スミカ殿がパッと手を離すとサテラは尻餅を着いた。

 

「いたたた.....急に離すでない! ビックリするじゃろうが! ん? どうしたんじゃスミカよ?」

 

 スミカ殿が西側の壁をジーっと見ていた。何か居るのかと俺も見てみたが何もいない、ただの壁に見えた。

 

「カルロスさんすみません出発を早めます。サーシャ準備して」

「......もうしてある、入り口に置いてくる」

 

 そう言ってサーシャは酒場の出入り口から出て行った。

 

「ありがとう。サテラ、宿の管理お願いできる?」

「なんじゃいきなり? ん?」

 

 壁を指差すスミカ殿にサテラは首を傾げていたが段々と険しい顔つきになり、最終的には殺気を放っていた。

 

「スミカよ妾も行かせろ」

「いってどうするの? あそこに何がいるか知ってるでしょう?」

「知っているのじゃ、誰よりものう......奴は死ぬまで殺す、四肢をちぎり、内臓を引きずり出し、心臓に杭を打ち込み、火で焼いてやる」

 

 サテラの紅い瞳がどす黒く光っているように見え、俺とケインズは後ずさった。物凄い殺気だ、息苦しくなる。

 

 だが、次の瞬間に息苦しい殺気が消えた。

 

「......と思ったがスミカに任せた方が確実じゃな。妾はまだ本調子ではないからのう」

 

 サテラは肩をすくめると俺たちの方を向いた。

 

「死者の祭壇に行くのじゃろう? あこでの『死』は死ではないぞ、永遠の苦痛じゃそれを肝に命じておくのじゃな」

「わ、分かった」

「はい!」

 

 返事をするとサテラは満足そうに頷くとスミカ殿に向き合った。

 

「明日の早朝から行くのかえ?」

「カルロスさん達には悪いけど今から行くよ、ちょっと不味い感じだし」

「その方がいいのう......」

 

 三日三晩寝ずに行動するのは慣れているしそれぐらいで倒れるような鍛え方を俺とケインズはしていない、勿論エスルーアン聖王国騎士団は皆鍛錬をしている。

 

「大丈夫ですぞスミカ殿、我らはそれなりの鍛錬を積んできている」

「そうですね、後一日は寝なくても行動出来ます」

「そうですか、でもダンジョンに入ったら一度仮眠を取って下さい。寝不足で油断する可能性があるので、では1時間後に受付前に集合でお願いします」

「承知した」

 

 スミカ殿は俺の返事を聞いて長い焦げ茶色の髪を翻しながら厨房の方に歩いて行き俺とケインズ、サテラだけが残された。しかし、不味いな明後日だと聞いていたから何も準備していないぞ。

 

「不味いですね団長、行けるとは言いましたが回復ポーションの予備ってありましたっけ?」

「ああ、それは俺も思った。確か青色が八本と解毒薬が三個、保存食が半日分ぐらいだったはずだ」

「今から調達は......無理そうですね」

 

 壁に掛かっていた時計をみると既に日付が変わっていた。流石にこの時間帯にやっている雑貨屋があるわけがない。

 

「......消耗品は準備済み、心配する必要は無い」

「「どわぁああ!?」」

 

 いきなり後ろから声を掛けられ俺とケインズは驚き声を上げてしまった。振り返ると少し大きい袋を持ったサーシャが立っていた。

 

「サーシャよ、気配を断って客人に近づくなとスミカに言われておるじゃろうが」

「......つい癖で、これ」

 

 癖で完璧に気配が消せるものなのか? そう思っているとサーシャが俺に手に持っていた袋を差し出してきたので俺はそれを受け取るとガラスが擦れる音がした。む、結構重いな。

 

「これは?」

「......回復ポーション、マナポーションも入ってる。二人で分けて」

「こんなにか?」

「......それでも不安、少し多めに持っていくけど。足りなかったら言って」

「わかった、恩に着る。よし、準備するぞケインズ」

「了解、団長」

 

 俺達は酒場を出て借りた部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 ―――――酒場

 

「......サテラは行かないの?」

「まだ完全じゃ無いからのう」

「......お師匠からのダメージ?」

「そっちは回復しておる、『聖絶』の後遺症じゃよ。ククク」

「......悪役っぽい」

「悪役じゃったしな、何あと十年もすれば完璧に直るわ」

「......回復したら戻るの? 悪役」

「やらんやらん、妾はスミカに惚れたからのう。世界なんぞいらんし、同族の将来なんぞ知ったことでは無いわ。じゃが、もし国が世界がスミカを、この宿を傷付ける様なことがあったら......妾が潰す」

「......それが例え神だろうと」

「今のお主の顔、魔王みたいじゃぞ?」

「......サテラに言われたくない」

「ククク......」

「......ふふ」

 

 



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16泊目

 

 朝霧が包む村の中を俺達四人は歩いていた。年中暖かい気候といえど朝は冷える、吐く息が白い。先頭を歩くのはスミカ殿、黒い布地と銀色の金属が所々に装飾されたコートに黒いブーツを履き、黒い手袋をはめていた。焦げ茶色の髪も相まって黒一色に見える。

 

 その後ろにサーシャが続いていた。スミカ殿とは真逆で白いコートに銀色のガントレット銀色のレギンスを着けており、背中には大きな白いケースを背負っているし髪の色が白いので真っ白だ。俺とケインズは昨日着ていた騎士団の甲冑だ、しっかり磨いておいた。

 

 宿を出てかれこれ1時間くらいだろうか、街を出て死者の祭壇近くのトッド村と呼ばれる村の中を歩いているが何かおかしい。

 

「この村は廃村なのか? 人の気配がしないぞ......」

「確かに、夜が開けたばかりの時間ですが家に灯りがついていないですね」

 

 するとサーシャがいきなり止まり俺とケインズが急停止したが俺はサーシャの白いケースに顔をぶつけてしまった。

 

「す、すまない」

「......止まって」

 

 猫耳をピクピクとさせるサーシャに俺は何だと辺りを見回す、スミカ殿も止まり辺りを見回すと一件の家屋に視線を止めると右手を振るう、一瞬にして家屋が切り刻まれただの瓦礫の山となった。

 

「な、なんだと!?」

「なんてことをするんですか! 村人を殺す気ですか!?」

 

 俺が驚いているとケインズが瓦礫の山に向かって走って行き瓦礫をどかし始めた、が。

 

「うっ!」

 

 ケインズは口を押さえて動きを止めた。それを見て俺も瓦礫の山を登りケインズが瓦礫をどかしていた場所を見ると。

 

「なるほどな......」

「......もう人じゃ無い、諦める」

 

 瓦礫の下敷きになっては居るがかろうじて原形を残していたそれは紫色の液体を垂れ流した肉塊と臓物の塊。

 

「ゾル病、肉塊病とも言います、感染すれば致死率はとても高いです。紫色の体液に触れないで下さいね、感染しますから」

「ッツ!」

 

 ケインズが飛び退き瓦礫の山を下りて隣の家屋の壁に手をついて息を切らしていた。ゾル病、通称肉塊病は感染すると高熱を伴った全身の激痛が襲い約一日で全身が膨れあがり肉の塊のようになりそして弾ける。その時、飛び散った体液に触れただけで感染するため患者を隔離するのが常識だ。

 

「だが、ゾル病はアンデット系の魔物しか媒介しないはずの物だ、村一つを汚染できる数のアンデット系の魔物が居ればこの時点で襲ってくるはずだぞ?」

 

 瓦礫の山から下りながら俺が言うとスミカ殿がサイドポーチから黄色い液体の入った小瓶を取り出しケインズに歩み寄った。

 

「ゾンビやグールだけがアンデット系の魔物じゃありません、例えば―――」

 

 ブンッ! という音がなりサーシャの方を見ると白いケースで何かをはたき落としていた。ソレに顔を近づける。 コウモリ?

 

「例えばアンデットの血を吸ったコウモリもアンデットになります。そして病気を運ぶ、ケインズさんこれを飲んで下さい」

「は、はい......」

 

そうか、コウモリもアンデットになるのか、実に厄介だな。寝てる間に噛まれたらそのまま発病か。黄色い液体の入った小瓶を受け取ったケインズの顔を見ると少し赤らんで―――

 

「ケインズ! お前、体液に触れたのか!?」

「瓦礫を退かしたときにガントレットの隙間から......」

「馬鹿者が!」

 

 俺は怒りと動揺で震える右手を握りしめる、するとスミカ殿がケインズの紫が色に汚れた左手を手に取った。何をしているのだ!?

 

「『洗浄』『滅菌』」

 

 紫色に汚れていたガントレットが新品同様になっった。

 

「「!?」」

 

 上級洗礼魔法だと!? 宮廷神官が一日一回使えるかどうかの魔法を無詠唱だと? ケインズも驚いていたが小瓶を開けて中の液体を飲み干した。するとさっきまで赤らんでいた顔は一瞬で元に戻り荒かった息も直っていた。

 

「えっ? 身体の痛みと熱っぽさが消えた......?」

「......スミカ殿、何を飲ませたのだ?」

「......」

 

 俺が質問すると何事も無かったかのように歩き出した。その後ろにサーシャが続く、俺は未だに驚いているケインズとの腕を掴んでついていく、何か不味いことを聞いたのか? 俺は。

 

 サーシャに顔を近づけ耳打ちするように聞いた。

 

「サーシャ殿はアレが何か知っているのか?」

「......知ってる」

「教えてはくれぬか?」

「......言ったら驚くから言わない」

 

 なんだそれは、これ以上驚くことがあるのか?

 

「......不治の病を治す薬なんてこの世に一つしか無い」

「不治の病を治す薬? エリキシルのことか?」

 

 サーシャは首を横に振った。エリキシル以外に不治の病を治す薬なんてあるのか? 

 

「......知らないなら知らない方がいい」

「団長、なんか身体が凄く軽いんですよ!」

 

 はしゃぐケインズを横に俺は首を捻った。何か思い出しそうなんだがな。

 

 

 

 



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17泊目

 

 

――――――これで最後だ、ようやく乾きが癒えた。だがまだ足りない、もっと、もっと、もっと、もっと寄越せ、ダンジョンの魔物を増やそう、村を襲おう、王国を襲う、世界を襲う、我を封印したあいつに復讐しよう、我が子を連れ戻さなくては、さあ下僕ども行くが良い。そうだな、手始めに村を襲え、そして村人の血を持ってくるがいい、クハハハ!

 

――――――ん? ここに入る者の気配だと? 丁度いい! 今朝の人間共は逃げてしまったからな、お前らで乾きを癒そう、だがまだ我も完璧では無い、ダンジョンの魔物を使うとするか。

 

 

 

 

 

 村を通過してから数分後、俺達は『死者の祭壇』の入り口に立っていた。森の中にあるそれは洞窟への入り口に鉄の扉が付いている様な感じだ、俺は後ろを振り返る。すこし高い位置にあるダンジョンの入り口からは村が一望出来た。いつの間にか朝霧が晴れていたのか、それなりに大きな村だ。

 

「ダンジョン周辺の村は栄えるのが常だが......」

「......後で滅菌、放っておくと大変なことになる」

「それは王国にやってもらうよ」

「滅菌というと......燃やすのか?」

「はい、このまま放置すれば王国全土に病気が蔓延しますから」

 

 スミカ殿がそう言うと鉄の扉に手を掛けた。

 

「三百人以上は犠牲になってますね多分」

「ぱっと見だがな、それくらいだろう」

 

 ケインズが村に向かって片膝を付いて祈った。聖王国での祈りの姿勢か。すると重い錆び付いた何かが動く音がして振り返るとスミカ殿が『死者の祭壇』のに通じる扉を開けていた。

 

 開けた扉の奥から風に乗って錆と小便のような臭いが鼻をついて俺は腕で鼻を覆った。隣に居たサーシャは顔をしかめていた。

 

「うっ......」

「......鼻が効かない、お師匠」

「物凄い臭いですね......」

 

 スミカ殿はそのまま扉を閉じた。

 

「ん? 入るのではないか?」

「入ろうと思いましたがあの臭いの中では仮眠なんて出来ないでしょう? ここで少し休憩します」

「ああ、そうか。確かにそう言っていたな」

 

 流石にあの臭いの中で寝ることは俺は無理だ。ケインズの方を見ると首を横に振っていた。

 

「では私達はあそこの木の下で休ませてもらう」

「はい、そうして下さい。私達は辺りを警戒しているので」

「すまない、恩に着る」

「これも仕事ですから」

 

 スミカ殿は身を翻して森の奥に入っていった。少し雰囲気が違うような......?

 

「スミカ殿、どこか雰囲気が違いますね」

「そうだな、宿での雰囲気とはだいぶ違う」

 

 そう言いながら俺とケインズは一本の木の下に座るとサーシャが歩み寄ってきた。

 

「......相当怒ってる。お師匠が本気で怒るの珍しい」

「そうなのか?」

 

 コクリとサーシャが頷くと森の奥から破裂音に似た音が聞こえ、次に木々が倒れる音がした。

 

「な、なんだ!?」

「敵襲ですか?!」

 

 俺とケインズが腰に下げてあった剣に手を掛けて立ち上がろうとした瞬間、サーシャが手で制してきた。なんだ? 

 

「......行かない方がいい、お師匠の怒りが収まるまで行かない方が良い」

「何故だ?」

「......お師匠にとって怒りは苦痛、らしい」

「苦痛だと?」

「......お師匠はドラゴンだから、ドラゴンにとって怒りは身を焦がすほどの喜び、らしい。でもお師匠はそれを嫌ってる、だから苦痛」

 

 スミカ殿はやはりドラゴンなのか、確かに人に化ける事ができるドラゴンも居ると聞いた事があるがそれは全部伝承、昔話やおとぎ話、根も葉もない噂話のような物だ。

 

 いや、本当は遙か昔から我々人間や魔族やその他の種族に混じって生活していたのかもしれない、我々が気づかなかっただけで身近なところにドラゴンが居るのかもしれな......待て、だとしたら何故ドラゴンは『頭が悪い』、『災害を起こす』、『厄災』なんて言われているのだ?

 

 一見は人と大差ない、強いて言うなら羽と角があるぐらいだがそんな物はこの世界にはゴロゴロいる。俺は冷や汗が顔を伝うのを感じた。

 

「......やめた方がいい」

「ッツ!」

「......それ以上考えない方がいい、お師匠はお師匠、もう寝る『スリープ』」

「ちょっとま......て、く...れ」

 

 一瞬にして凄まじい眠気が襲い俺は意識が飛んだ。

 

 飛ぶ一瞬に見たがケインズは既に寝息を立てていた。

 

 

 



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姉の背中2

 

 父上に稽古を付けてもらっている時だった。全身を何かが押しつぶすような圧が襲った。

 

『ん? ほぉ、彼奴の怒りを感じたのは数百年ぶりだ。フフフ、右目が疼くのが心地よい。』

「ッ......かは」

 

 私は持っていた剣を落とし膝をついた。

 

『この程度の圧で押されるか、それでも龍帝か? 立て、立って感じろ、アレがお前が超えなければならぬ存在だ、アレがお前の姉だ、いやもはや身内では無いがな』

 

 右腕が痛い、切り飛ばしたいほど痛い、こんな圧を放つのが姉? 血が繋がっている身内? 私が超えなければいけない存在? 

 

 ふざけないで! あんな化け物をどうやって超えればいいのよ!? 力を入れて立ち上がるが怒気が来る方角を見ることすら出来ない。

 

『我々同族にしか伝わらない『怒気』、他の種族には感じ取れない殺気。『龍圧』、だがしかし、なるほど。ここ三百年でまた格を上げたか』

「はぁ......はぁ......ッ! あれは! あれは本当に同族なのですか!? あんなものが私の姉なのですが?!」

 

 私は岩に手をつきながら何とか圧が来る方角を見ることが出来た。すると一族が暮らしている空間に続く門から一匹のドラゴンが現れた。全身が白銀のドラゴン、だがその翼は片方が欠損していた。

 

『......あの子は羽化した時から『―――』状態で、逆に元の姿に戻るのに苦労していたわ』

『ランコか戻っていろ、身体に悪いぞ』

『いいのよ、あの子の傷を見逃した私の責任もあるもの。翼一つで許されるはずがないのよ』

 

 ランコ、白銀のドラゴンの名前、私の母上。

 

『あの子が......じゃなかったわね、あのドラゴンがここまで怒るのなんて珍しいわね』

『あぁ、余程のことだろうな』

 

 父上と母上は目を細めていた。そんな二人に私は向き直った。

 

「姉は......あの人は生まれた時から『―――』していたのですか?」

『......ふん、そうだ。だから我々一族は奴を天才と祭り上げた。数千年に一匹の天才、だから勢力を拡大しようと周辺諸国を襲い、焼き払った』

『だけどそれはあの子が望んでいなかったの、良かれと思ってやったことがあの子の怒りに触れたのよ』

『彼奴の怒りは半端ではなかった。お前が伝え聞いているより倍は苛烈だと思え』

 

 ゴクリと喉が鳴った。

 

『引き金は何かは知らぬ、突如として暴走した奴は我の目を穿ち、ランコの翼を奪い、同族を半分殺した』

『まだ小さかった貴方は覚えていないでしょうけど』

「は、はい」

 

 聞いてはいた。しかし、両親の口から聞いたのは初めてだ。

 

『そして姿を消したのだ。だがお前も覚えていると思うが突如として戻ってきた』

「はい......」

 

 右腕が痛い。

 

『術を使えるようになってそこかしこでやんちゃしていたお前を、ククク。一発で黙らせたのは滑稽だったがな』

 

 きゅっと右腕を握る、すると一匹のドラゴンが門から飛び出してきて父上と私の前で首を下げた。

 

『龍帝様、先代様、至急でございます』

『何事か?』

『一部の同族がまたも『禁忌』に手を出しました』

『またか!? 場所は?』

『オーツ平原にいる我らの同族でございます』

『ッチ、あそこは問題を起こさぬと思っていたのだが。行くぞカスミ、トレッドよ腕に自信がある者を率いてこい我とカスミは先に行く』

『承知!』

 

 トレッドが飛び上がり門の中に消えていった。

 

『おいカスミよ、『ゲート』を使え、飛んでいっては間に合わん』

「は、はい父上、『我ここに次元を繋ぎし者なり、数多の次元をつなげ』、『ゲート』!」

 

 身体からごっそりマナが抜ける感覚がする、嫌な感覚だ。目の前に黒くて渦巻く物が出現した。

 

『ご武運を』

『お前も気をつけろ、ランコ』

「行ってきます。母上」

 

 私と父上はゲートに飛び込んだ。

 

 

 

 

 



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18泊目

 

 

 ―――ダメだ呑まれちゃ駄目だ、怒りを抑えなくちゃ! でも、嬉しい、気持ちいい。もっと、もっと怒りを! 思考が止まる、このまま怒りに身を任せたい、苦しい。

 

「......お師匠」

「ッ......」

 

 サーシャの声で頭の中がクリアになる、視線をサーシャに合わせる。白い髪に猫耳、眠たそうな目から金色の瞳が覗いていた。震えてるじゃ無いか。

 

「ごめん、もう大丈夫、大丈夫だから」

「......うん」

 

 ゆっくりと優しくサーシャの身体を抱きしめた。まだ震えてるのがわかる。何をやってるんだ私は、決めたじゃないかあの日、あの時この子を守ると、一人にしないと。

 

「......お母さんの匂い好き」

「うん......」

 

 少しだけ強く抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「む......」

 

 目を開けると木漏れ日が顔を差していた。何をしていたのだ俺は......あぁ思い出した。ムクリと身体を起こし隣を見るとケインズが寝息を立てていた。視点を動かすと切り株の上にスミカ殿が風に髪を揺らしながら座っていた。

 

 その視線は村だった物に向けられていた。俺は身体を起こしスミカ殿に近寄った。

 

「もう、大丈夫なのか?」

「え? あー、はい。ご迷惑をおかけしました」

 

 ぺこりとスミカ殿は頭を下げた。あのキツい雰囲気ではなく宿で話しているときのホッとする雰囲気に戻っていたので少し安心した。

 

「サーシャから聞いたんですか?」

「ああ、気に障ったなら謝る」

「別にいいですよ」

「......あの村に何か思い入れがあったのか?」

「......」

 

 話題を変えようと思ってつい言ってしまったがこれはマズイ話題ではないだろうか? 俺としたことが迂闊だった。スミカ殿の顔が暗くなってしまったぞ。

 

「昔......あの村の人達に助けられた事があったんです。かなり昔ですけど」

「それは......」

「本当に昔の話です、代替わりして私のことを知っている人は居なくなっちゃいましたけど」

「そうか」

 

 俺が短めに返事をするとスミカ殿が微笑んでいた。

 

「ふふ、何も聞かないのですね? いったい何年生きているのかとか何でドラゴンが人里に居るのかとか」

「そうだな......では一つだけ、ケインズに飲ませたのは何なのだ?」

「あー、あれですか。あれは『賢者の福水』という物です。『賢者の石』を生成するときに出来る物ですが、使い方によっては毒にもなりますし回復薬にもなります」

 

 俺は驚きを通り超して天を仰いだ。もう驚き疲れた。錬金術師達が追い求めている『賢者の石』の副産物だと? もはや値段すら付かないぞ、そんな代物。

 

「秘密にしておいて下さいね、広まると面倒ですから」

「喋れる訳がないだろう、下手に口外すれば世界中の錬金術師が殺到するだろうな」

「うわ......考えただけでも面倒くさそう」

 

 はぁっと溜息を付くスミカ殿、何処となく宿での雰囲気とはまた違う気がする。

 

「成るほどな、今のスミカ殿が素のスミカ殿か」

「あっ、いや、その、すみません気が緩んでました」

「......お師匠は面倒くさがり、お客さんの前だと猫被ってる」

 

 ジャリっと言う靴音とサーシャの声が聞こえ振り替えると今朝と変わらない姿のサーシャが立っていた。

 

「ちょっとサーシャ! 何言ってるの!?」

「......すぐバレる、あきらめひゃほ」

「そーいう変な事を言う口はこの口かなー?」

 

 スミカ殿がサーシャの両頬を両手で挟んでいた。種族は違うが姉妹のようだな。

 

「ははは! さて、そろそろ出発するのであろう? 寝ている部下を叩き起こしてくるとしよう」

「あ、はい。お願いします」

「......いふぇらしゃふ」

 

 微笑ましい光景を背に未だに寝ているケインズの所まで歩いていくと見事に爆睡していた。任務中に爆睡する奴があるかこの馬鹿者が!

 

 俺はケインズの脇腹を蹴飛ばした。

 

「ぐっは!」

「いつまでも寝ている気だ? 早く起きろ!」

「あ、は、はい! すみません団長!」

 

 起き上がったケインズは甲冑と消耗品が入ったポーチの点検をしていた。教本通りの癖は未だに治らんのか。まぁ基礎は大事だが。

 

「装備に異常なし!」

「よし、だがこの場合は甲冑の緩みだけをよくみろ、消耗品まで点検する必要はないぞ?」

「あ、はい。」

「終わりましたか?」

「ん? ああ、大丈夫だ」

 

 声をかけられた方を向くとスミカ殿とサーシャが立っていた。サーシャは両頬を擦っていた。

 

「大丈夫か? サーシャ殿」

「......弄ばれた」

「はっはっは! それは良かったな」

「......良くない」

 

 ぷいっとそっぽを向いた。サーシャに笑い、俺は深呼吸した。

 

「ふぅ、よし!」

「では、行きましょう」

 

 スミカ殿が『死者の祭壇』の扉を押し開いた。相変わらず血の臭いがキツイ。

 

「先頭は私が、最後尾はサーシャが担当します」

「わかった」

「はい!」

 

 俺とケインズが頷くとスミカ殿も頷き俺達は『死者の祭壇』に足を踏み入れた。

 

 

 



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19泊目

 

 

「クソ、結構暑いな」

「血の臭いには慣れてきましたけど、この蒸し暑さは堪えますね」

「そうだな、それにしても入り口は暗かったが奥に進むほど明るくなるのは助かる」

「......それでも薄暗い」

 

『死者の祭壇』内部に入ってから一時間が経過した。入り口は洞窟のようだったが奥に進むにつれて道が整備され、壁が整えられており今では四角い平らな石を敷き詰められた道と、石壁になった。

 

 道幅は大人がすれ違いできる程度だろう、天井は結構高い、そして足元を照らしている拳程の大きさの結晶、壁にも同じような物が埋め込まれていた。

 

「『照石』が埋め込まれてますから松明や光魔法の『ライト』を使う必要がないんですよ」

「しょうせき? あのマナに反応して光る石か? たまげたな......これだけ大きいと金貨数枚はするぞ」

「......高いの?」

「高価なのは違いない、大体だが俺の給金二ヶ月分になるぞ」

「光るだけの石がですか?!」

 

 光るだけの石といっても需要はある店の照明だとか王宮の装飾、裕福な貴族や民家なら家の照明に使っている。まぁ、他にも使い方があるらしいが。

 

 だが永遠に光続ける訳ではない、平均して五年もてばいい方だ。しかもそれほど明るくはない、油や火を使っていないから安全ではあるが。

 

「贅沢品の部類ですね、火の扱いだけ気をつけていればランプとかで十分ですし」

「そういえばスミカ殿の店の灯りはどうしているのだ? 火を使っている様子は無かったが」

「ウチは光魔法を使っています。小粒の純魔結晶を使いますけどね、でも夜だけ使っている限りは数十年は平気ですね」

「ほぉ、小粒とは言え値が張るだろう?」

「小指ほどの大きさは金貨五枚ですね、市場には出回らないのでギルドから買い付けていますけど。油を買ったり色々お金を払うのと、年十年に一回だけ大金を払うなら後者でしょうね」

「確かにな」

「......面倒くさいだけ」

「うっ......」

 

 先頭を歩いていたスミカ殿が胸を押さえてよろめいた、どうやら図星のようだな。

 

「そ、そろそろ『大広間』に出ますので少しこのダンジョンの内部を説明します」

「それは有難いが、スミカ殿はここに来たことがあるのか?」

「はい、二度程ですが」

 

 スミカ殿が腰につけたバッグから折り畳まれた紙を広げ地面に置いて片膝を付いた。どうやら地図らしい、俺とケインズ、サーシャは地図を囲むように腰を下ろした。

 

 トンっとスミカ殿が地図に右手の人差し指を置いた。

 

「現在地がここです、あと数メートル行くと『大広間』と呼ばれるかなり開けた場所に出ます。その先はここと同じくらいの通路になっていますが罠がありますのでサーシャが先行します。良いサーシャ?」

「......」

 

 コクリとサーシャが頷いた。

 

「サーシャ殿は罠の判別が得意なのか?」

「......見つけるだけならお師匠より得意」

「頼もしいですね」

「......ふふん」

 

 嬉しかったのか少し顔が赤かったサーシャだが一度鼻をスンと鳴らすと難しい顔になった。

 

「......でも鼻が効かない、毒物系の罠は難しいかも」

「じゃーそっちは私が何とかするからそれ以外をお願いできる?」

「......ん、わかった」

「では続けますね、今言った罠エリアを抜けた奥には『大広間』と同じくらいの空間があります。そこにダンジョンマスターが居ます。そして依頼物でもある『純魔結晶』がそのさらに奥にあると思います」

 

 スミカ殿が指を地図の上で道をたどるように滑らせて最深部を二回ほど叩いた。

 

「ふむ......本当に最深部だな」

「あの、一ついいですか?」

 

 ケインズがゆっくり手を上げた。

 

「何でしょうか?」

「このダンジョンは難易度ランクはどのくらいなんですか? 地図を見る限り入り組んでいるわけでも距離があるわけでも無いですからBランクですかね?」

 

 そうか、ダンジョンランクを聞いていなかったな。ダンジョンは難易度別にC~Sでランク付けされていてそのランクと冒険者ランクが合わなければ入ることは出来ない。いや、厳密に言えば入ることは出来るが出てくる魔物に歯が立たないのでそれ相応の実力、冒険者ランクが必要なのだ。

 

「お二人は冒険者登録をされていますか?」

「いや、私は騎士団に直接入ったのでな、だが年に一回の模擬戦でAランクと言われた」

「私も同じような物です。BランクのAに届くぐらいと言われました」

「......意外と強い」

「以外とは失礼な、これでも団長だぞ私は」

「まぁ、団長は普段は穏やかな人ですからね」

 

 そう言われてケインズの肩を小突いた。スミカ殿はどこか悩んでいるようだ、どうしたのだ?

 

「あの、大変申し上げにくいのですが......」 

「どうかしたのか?」

「? 何でしょうか」

「......お師匠?」

 

 頬を掻きながら言うスミカ殿に俺達は首をかしげた。

 

「このダンジョン、Sランクなんです......」

「「え!?」」

「......おー」

 

 驚く俺とケインズ、何故かサーシャは目を輝かせていた。

 

 



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20泊目

 

 

「本当にSランクダンジョンなんですかここ!?」

「はい、でも出てくる魔物は大体Aランクの魔物ですけど」

「......えー」

 

 キラキラと輝いていたサーシャの笑顔は直ぐに萎れてしまった。だが、Sランクダンジョンで魔物がAランクというのはさほど珍しい事ではないのだが、Sランクになっているのには理由があるはずだ。

 

 例えばダンジョンマスタークラスのボスが二体居るとか、Sランクの魔物がボスでダンジョンマスターになっているとか。

 

「Aランクと言われても安心できませんよ! 遠征でそこまで高ランクのダンジョンには行ったことが無いんですよ僕は!」

「まぁ、落ち着けケインズ。いい経験になるじゃないか」

「Aランクダンジョンすっ飛ばしてSランクダンジョンに潜るのはいい経験なのかは知りませんけど......」

「一体づつ確実に倒していけば大丈夫ですよ。さあ行きましょうか」

 

 スミカ殿が笑顔で言うのを見てケインズがガックリと肩を落としていた。俺達は立ち上がり、通路を進んでいくと入り口で見たような鉄の扉が現れた。

 

「ここが『大広間』に出る扉ですけど、ちらほら魔物が居るくらいなので纏まって行動しましょうか」

 

 そう言ってスミカ殿が扉をを開いて中を覗き見た瞬間に扉を閉じた。

 

「......ないわー、アレはダメでしょう人としてやっちゃいけないことが―――」

「? どうかしたのか?」

 

 何か言いながら顔を右手で目を覆うスミカ殿は壁にも左手を付いてボソボソと呟いていた。そんなスミカ殿にサーシャが近づく。

 

「......お師匠?」

「......」

 

 無言で扉を指差すスミカ殿にサーシャは首をかしげながら扉を開けるとダラリとしていた白い尻尾が真っ直ぐ上に立ち上がり毛が逆立って三倍の太さになていた。

 

 そして、サーシャもそっと扉を閉じてこっちに振り替えると顔が青ざめていた。

 

「......お家に帰りたい」

 

 そう言ってスミカ殿の横に膝を抱えるように座った。何が居るんだこの中に!?

 

「どうしたのだ二人とも?!」

「ちょっとちょっと止めてくださいよ! 怖いじゃないですか!」

 

 俺とケインズが言うと二人は同時に扉を指差した。中を見ろと?

 

「「......」」

 

 ケインズと顔を見合わせると同時に頷いた。俺は扉の取手に手をかけて押し開くとそこはかなり広い空間で天井には大量の照石が埋め込まれているのか外と同じくらい明るい、そしてその光をテラテラと反射し『大広間』埋め尽くす無数の黒い魔物が―――

 

「「う、うわあああああああああああ!!」」

 

 俺とケインズは叫びながら扉を閉めた。俺達の声のせいだろうか、扉の向こうでガサガサと物凄い音がしている。

 

「無理! アレだけは僕は駄目なんです! 絶対に行きませんからね!? 普段のアレでさえ無理なのに人間サイズのアレとか絶対に無理です!!」

「驚きはしたがただの大きなゴキブ―――」

「言わないで下さいよ!? あぁあああ、鳥肌がぁああ!」

 

 物凄く取り乱しているケインズのお陰か、スミカ殿とサーシャが驚いたような表情をしていた。

 

「......何事?」

「あー、ケインズは虫が苦手でなその中でもよく台所に出現する奴がとてつもなく嫌いなんだ」

「いや、アレが好きな人は相当の変人ですよ?」

「......お師匠の言うとおり、でも苦手だからって逃げるのはダメ」

「やめろー! 離せー! 僕は行かないぞ!! HA! NA! SE!」

 

 何処かの異国人のような口調のケインズを逃がさないようにサーシャが腕を掴んでいた。

 

 まぁ気持ちは分からないでもない、奴の名前は『ギブリン』と言ってゴキブリが成人男性程の大きさになったような魔物だ。

 

 ランクAの魔物でもあり集団で行動し、とても獰猛。目にした獲物には物量を持って襲いかかってくる。

 

 ちなみに、女性冒険者が『絶対に会いたくない魔物ランキング』年間一位を独占している魔物でもある。俺だって見たくはないが。

 

「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ。一匹一匹を確実に仕留めて行けば大丈―――」

「無理無理!! 僕には出来ないです! 駆除し終わったら呼んでください!」

「いや、だから少数を相手に―――」

「見たくもない相手をどうやって倒せって言うんですか!」

 

 兜を脱いでまるで子供のように駄々をこねるケインズに俺は呆れて声を掛けようとした時ふとスミカ殿の顔が視界に入った。笑顔がひきつっていて頬がピクピクと動いていた。

 

 俺は何も言わず下がると丁度サーシャの隣に立っていた。

 

「......キレる手前」

「怒りは苦痛ではないのか?」

「......イライラして怒るのと、我を忘れて怒るのとじゃ後者の方がキツイって言ってた」

 

 似ている気がするが? なにか違うのだろうか?

 

「......お師匠はある程度怒りを制御出来るから普通に怒っても、えっと、物を壊されたとか悪口言われたとか。そう言うのは別物だって言ってた」

「ふむ、今は?」

「......本気じゃない方だけど怖い」

 

 笑顔がひきつっているスミカ殿の前で未だに駄々をこねているケインズ。

 

「お金を積まれても行きませんよ! 行くぐらいなら死んだほうがマ―――あが!」

 

 何かを言い終わる前にケインズの頭がスミカ殿の右手に捕まれた。

 

「いい加減にしろよガキが、ちょっとこっちに来い」

「あがあああああ!?」

 

 ズルズルとケインズを引きずりながらスミカ殿は来た道を戻って行き薄暗い先に消えていった。

 

「何処に連れて行ったのだ?」

「......し、知らない」

「腕とか足が無くなってたりしないだろうな?」

「......多分」

「多分か......」

 

 ケインズが引きずられて行ってから三十分位だろうか、ようやくスミカ殿が現れ、その表情は笑顔だった。その後ろにはうつ向いているケインズの姿もあった。

 

「......何してたのお師匠?」

「オハナシしてた」

「......あ、はい」

 

 ポンと俺の腕を叩いてきたサーシャ、どうしたのだ?

 

「......頑張って、気を確かに」

「何を頑張れというのだ?」

 

 二回ほど腕を叩かれた。俺が首をかしげているとスミカ殿が横を通り過ぎて行きサーシャと何か話をしていたが小声だったので聞こえなかった。取り合えずケインズの様子を確かめようと近寄ると俯きながら何かブツブツ喋っていた。

 

「おい、どうした?」

「―――だ、―――たちあ――――俺はや―――ひ」

「何だって?」

「......」

 

 黙っていては余計わからん、何を言っているかわからないが何か雰囲気というか気配が変わったというか、普段から正義感に溢れているケインズとは違った感じがした。俺は頭を掻きながらスミカ殿達の方に歩いて行くとケインズも付いてきた。

 

「さて、行きますか」

「......お師匠、私が前に行く」

「お、やる気だねサーシャ」

「......久しぶりに楽しむ!」

 

 背負っていた白いケースを両手に持ちながらフンスと鼻を鳴らすサーシャ。そういえばサーシャは冒険者なのだろうか? まったく聞いていなかったな。

 

「カルロスさん達も準備して下さいね、開けますよ!」

 

 そう言われ俺は兜の位置を少し直して腰に下げたロングソードを抜いた。スミカ殿が扉を開けると同時にサーシャが動いた。

 

「......行く!」

 

 ドンッと床を蹴るようにしてサーシャは大量のギブリンが渦巻く中に走って行きながらケースを開け中身を取り出しケースをギブリンに投擲した。するとケースがいきなり大爆発を起こしギブリン数十匹を巻き込んで土煙と緑色の体液が散らばった。

 

 どうやら爆薬を仕込んでいたらしい。

 

―――キシャァア!―――シシシシ!

 

 仲間が死んだのに気づいたのか、それとも仲間の体液で活性化したのかギブリン共はサーシャを標的にして数十匹が殺到した。だがサーシャはそれを一閃で切り捨てる、右手には銀色に輝く柄の無い剣? いや、あれは何だ? 見たことが無いぞ。

 

 一見はロングソードだが柄が無く持ち手と刀身が一緒になっている、刀身も普通のロングソードより太く分厚く、片刃の峰の部分は角張っており刃先より短い、そして特徴的なのは持ち手に引き金、その先には回転する機構だろうか? それが取り付けられたなんとも奇妙な剣だった。

 

「......気持ち悪い」

 

 そんなサーシャの声が聞こえたと思うと腰に付けたポーチから金色の物を取り出し剣の機構部分に差し込んで左手で回転させた。

 

 キュリリリリ、カチン! と言う音が聞こえサーシャ剣を突き出した。

 

「......『フレイムバレッド』装填、『バーストフレイム』」

 

 幾重にも重ねられた魔方陣が剣先に出現しサーシャは引き金を引くとゴバッ!と一瞬聴力が消え空気が振動し目を覆いたくなるほどの閃光が発生した。

 

「......ッ!?」

 

 光を遮るようにしていた手を退かすとそこには一直線に伸びる赤い筋、高熱で熱せられた石の床が煙を上げており、その付近にいたギブリンは跡形も無く吹き飛ぶか半身を失い傷口は炭化していた。

 

「い、今のは......!?」

「放射魔法の『バーストフレイム』です、詠唱とマナ消費が厄介ですがかなりの高威力ですよ」

 

 腕を組んでニヤニヤしているスミカ殿がそう言った。詠唱に数十分かかり、マナ消費の激しいあの『バーストフレイム』を無詠唱で一秒にも満たない速度で撃ち出すだと!?

 

「少し裏技を使ってますけどね」

 

 それは何だと聞こうとした時サーシャが回転していた機構の下に付いた摘まみを親指で少しスライドさせると回転していた円柱状の物が横に出てきた。遠目でしっかりとは見えないが六つの穴が空いているようだ、今はその一つに『バーストフレイム』を撃つ前に差し込んでいた金色の物が填まっていた。

 

 サーシャはそれを抜き取り横に放り捨てるとキンッ!と言う音が鳴った。そんな事も気にせずサーシャはポーチからさっきと同じように金色の物を填めていく。六つ全部に填めるとカシャンッと円柱状の物を元合った位置に戻した。あの機構、あの円柱状の物、どこかで見たことが......あ!

 

「思い出したぞ、確か召還された勇者が鍛冶工房に作らしたという『リボルバー』なる武器を愛用していたと本で見たぞ、円柱状の物は『シリンダー』、金色の物は『弾丸』だったか? 火薬を使って鉛を打ち出す武器だと記憶しているが、違うか?」

 

 俺は隣にいたスミカ殿に問うと一瞬目を丸くしたスミカ殿がニッコリと微笑んだ。

 

「大当たりです。サーシャの持っている武器はその『リボルバー』と『剣』を一体化させた物です。少し私がアレンジしましたけど」

「スミカ殿は武器も作れるのか!?」

「あー......はい」

「す、凄いな!」

 

 あははーっと笑っているスミカ殿の後ろでケインズが震えていた。まさか虫嫌いが頂点に達したのか?

 

「おい、大丈夫かケインズ? キツいようなら俺のうし―――」

 

 後ろに隠れていろと言う前にガバッと顔を上げたケインズだが―――

 

「ヒャアアアアアア! 我慢できねぇ!! 姉さん俺も行きますぜぇ! 汚物は消毒だァアアアアアアア!!」

 

 いきなり剣を抜いて血走った目でケインズは走り出してギブリンを切り捨て始めた。

 

「......え?」

 

 何が起こったのだ?

 

 

 

 

 

 



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21泊目

 

 

 右を見れば爆発や雷、突風が起こりギブリンが減っていく、左を見れば血走った目のケインズがギブリンを切り捨てている。後ろを振り替えると。

 

「~♪~~♪」

 

 鼻歌を歌いながらスミカ殿がサーシャとケインズが倒したギブリンから魔石を回収していた。魔物は倒せば魔石が回収出来るのは常識だしそれを回収して売るのは何も間違ってはいない、間違ってはいないのだが......

 

「......ふぅ、五百匹は倒した」

「すげぇや! 流石姉さんのお弟子さんだぜぇ!」

「......別人?」

「コレが本来の俺ですぜ? 姉さんが俺の中に眠っていた闘争心を解き放ってくれたんですぜぇ? もう虫なんて怖くねぇ! 野郎ブッコロッシャアアアアアアア!!」

 

 緑色の体液が体に掛かっても何とも思わないのかケインズはギブリンを剣で突き刺し、切り裂き、その傷口に右手を突っ込み魔石を引きずり出していた。うっぷ......いかん吐き気が。

 

 気分を変えようと辺りを見回すが未だにギブリンの数は多い、俺も数十匹は倒したが減っている気がしない、むしろ増えている気がする。目の前に飛び出してきたギブリンを叩き切って剣に付いた液体を振り払った。

 

「んーこれ無限に出てきそうですね」

「一匹は一匹は大したことがないが、二匹同時に来られると正直キツイぞ......」

「ですね、サーシャ! ケインズさん! 倒しながらでいいのでここまで後退してください!」

「......わかったー」

「了解です姉さん!」

 

 前に出て狩っていた二人は襲いかかってくるギブリンを倒しながら徐々に後退してきた。二人と合流する頃には丁度『大広間』の中心まで進んでいたのだがいつの間にか、おびただしい数のギブリンに囲まれていた。

 

 ―――シシシシシ! ―――ギギギ!

 

 ギブリン共が鳴きながらジリジリと迫ってきた。

 

「ま、不味いぞ!? このまま押し込まれたらあっという間だ!?」

「......範囲系魔法が今は使えない」

「ッチ! さすがにこの量は想定外だぜぇ......」

 

 冷や汗が頬を伝うのがわかった。すると、スミカ殿が黒い手袋をはめ直しながら前に出た。

 

「皆が働いてて私が働いてないのはさすがにねぇ......よっと!」

 

 バッと両手をスミカ殿が振るうと何かがキラキラと光を反射していた。目を細めてそれを凝視する......だがよく見えない。

 

 ―――キシャァアアア!!

 

 その瞬間を待っていたかのように何百匹ものギブリンが飛び上がり降り注いで来た。

 

 ―――キシシシシイ!?

 

 だが、ギブリンは降ってこない。空中で止まっていた。まるで蜘蛛の巣に引っ掛かった虫のようになっていた。それを見ながらスミカ殿は右手を突き出し手のひらを返すとキュッと拳を作る。

 

 ―――ギャブアアアアアア!?

 

 一瞬にしてギブリンがバラバラに切り裂かれた。緑色の体液が真下にいた同族に降り注ぎ、緑色に染め上げる。

 

「どんどん行くよー」

 

 スミカ殿がそう言ってまた手を振るい握ると数百匹のギブリンが粉々になった。

 

 舞うように手を振るい握る、その度にギブリンがバラバラに成り『大広間』の地面を汚し天井を汚し、緑色の血溜まりがそこかしこに作られた。

 

 何だ、一体何が起こっているんだ?! 魔法か!? いや、違う。固有名称を一切聞かない、魔方陣の姿形もない。

 

 こうしている間にもギブリンが減っていく、俺はその光景に驚愕していた。これがSSランク級冒険者の力なのか?

 

「スゲーぜ! 姉さん! 俺も負けちゃいられねぇ!」

 

 ケインズがまた一匹仕留めた。

 

「ケ、ケインズ? 大丈夫か?」

「俺はいつだって絶好調ですぜ団長! 次の獲物を寄越して下さいよぉ! 死んだギブリンだけが良いギブリンだ! 本当にダンジョンは地獄だぜぇええええ! フハハハハハハ!」

 

 ギラギラと輝く瞳には数時間前まで正義感で溢れいていたケインズの面影は一切無く、今ここにいるのは手練れの冒険者か傭兵の様だった。

 

「......何か、ごめんなさい」

 

 武器を構えながらサーシャがぽつりと言った。

 

「そのうち治まるだろう......治まるんだよな?」

 

 スッとサーシャ視線をそらした、ちょっと待ってくれ、まさか一生このままなのか!? そう思っているとギブリンが二匹飛びかかってきたが俺はまったく反応できずに立ち尽くしていた。気づいた時にはサーシャが二匹を屠っていた。

 

「......おい、ボーッとするな」

「ッハ! すまない!」

 

 ヒュン! キリリリという音が聞こえ視線を動かすとまた一瞬にして三百匹近いギブリンがバラバラになった。

 

「最高だぜぇえええええ!」

 

 それを見てケインズが叫び声を上げていた。

 

「......手遅れ、ごめん」

「いや、いいのだ変わりすぎて私がついていけない」

「......お師匠のオハナシは人格を歪める。左からギブリン三匹」

「何なのだそれは? まあ今は良い! はぁあああああ!!」

 

 俺は剣を振るった。

 

 

 

 

 

 



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22泊目

 

「ふぅ、有限沸きで良かったです」

「......お疲れ様、お師匠」

 

 一汗もかいていないスミカ殿が汗をぬぐうように額をぬぐった。するとサーシャが剣を携えながらスミカ殿に歩み寄った

 

「ありがとう、サーシャもお疲れ。様上手く動けてたと思うよ」

「......んふふ」

 

 その言葉が嬉しかったのか尻尾がゆらゆらと揺れていた。その様子を見ているとケインズが兜を抱えて走ってきた。

 

「姉さん! 魔石を集め来ましたぜ! 小粒ですが凄い量が集まりました!」

「......キラキラしてる」

「ほぉ、結構な金額になるぞこれは」

 

 ケインズが抱えている兜を見ると色々な色の魔石が七色に輝いていた。しかも量が多い、これだけギブリンが居たのか。

 

「ありがとうございます。この袋に入れてください」

 

 スミカ殿が腰袋から黒い革袋を取り出して口を広げるとケインズがそこに魔石を流し込んだ。だが袋は一切膨らむ様子がない。

 

「収納魔法の魔道具か」

「そうです、便利ですよこれ」

「確かに便利だが、マナを消費するし収納量はさほど多くないと聞いているぞ? 私は魔法が使えないから良く分からんのだが」

「そうですねー......粗悪品と言うか今市場に出回ってる様な量産品はマナを馬鹿食いするし、要領もほとんどありませんね」

 

 キュッと袋の口を閉じて腰袋にしまったスミカ殿が言う。粗悪品と言うが結構な値がするはずだぞ? 確かエスルーアン金貨で二十枚以上する高級品だ。

 

「確かエスルーアン金貨で二十枚以上しますぜ姉さん」

「え?」

「ケインズ? の言うとおりだ、我々騎士団でも採用はしているが評判が悪くてな、最近の遠征では使っていない」

「団長? 何で俺の名前で首をかしげたんですか?」

「ちなみにオーダーメイド品って売ってますか?」

「あるにはあるが、普通に売っている物の倍の値がする。それに作ってくれるかどうかも怪しい」

「二人して無視ですか!?」

 

 何か言っているケインズは置いておいて、オーダーメイド品などは優秀な魔工師に直接依頼する事が出来ればの話だ。収納魔法の魔道具を作れる魔工師の数はそれほど多くは無い、エスルーアンでも三~四人程度しか居ないはずだ。

 

 それに受けている発注の殆どが公爵などと言った格が上の貴族共が殆どで冒険者はAランクで話を聞いてもらえる、Bランク以下は門前払いと知人の冒険者が言っていた。Sランク級になれば話は違うだろうが。

 

「そうなんですね......作れる人が減ってるって事か」

 

 スミカ殿がぽつりと呟いて次の場所に向かう通路の扉に視線を合わせた。

 

「取り合えず先に進みましょうか、この先は罠が多いですから戦闘前に言った順番で行きます」

「......ん」

 

 サーシャがコクリと頷いて戦闘を歩き出し俺とケインズが続く、最後尾はスミカ殿だ。扉の前に到着するとサーシャが鉄製の扉を二、三回軽く剣先で叩く。軽い金属音がした。

 

「......ちゃんと鉄製」

「見た感じ鉄に見えんぞ? サーシャ殿よぉ」

「......魔物の中には扉に擬態する奴も居る」

「へぇー、おっかねぇな」

 

 ケインズが顎をさすりながら感心しているとサーシャが扉を開く。

 

「......う」

「こいつぁ臭うな......」

「やはり最深部から臭っているのかこの血の匂いは」

「そうらしいですね、急ぎましょう」

 

 サーシャが扉を潜りケインズが続く、そして俺も歩みを進めふと後ろを振り向くとスミカ殿が入り口をジッと見つめていた。

 

「ん? どうしたのだスミカ殿?」

「え? あー何でも無いですよ少し気になることがあっただけなので」

「気になること?」

「大したことじゃ無いですよ。さ、行きましょう」

「あ、ああ?」

 

 スミカ殿に背中を押されて俺も扉を潜った。その時チラッとスミカ殿の顔が見えたがやはり後ろを気にしていた。

 

 

 

 

 

 

――――――その頃、竜風亭

 

「ふぁああああ......相変わらず暇じゃのう、夜だけ賑わって宿泊客は居ないというのはちと不味いのではないかのう?」

 

 受付ようのカウンターに腰掛けて妾は大きなあくびをした。暇じゃ、退屈じゃ、自分の金色の髪を右手の指に絡めているとふと、カウンターから見える窓の外に見知った男女二人が見えた。そのまま二人は店の扉を開いた。

 

「―――って、言うんだよあのクソ親父。もうちょっと安くしても良いじゃねぇか?」

「それってージングがー材料けちったからー悪いんじゃ無いのー?」

「うっ......何も言い返せねぇ。でもよいくら何でもアインス金貨五十枚はねぇーだろって、あれ? サテラさんじゃん」

「なんじゃ? 妾だと嫌なのかえ? んん? 腕もいでやろうか?」

「そうは言ってねぇよ!?、ただ珍しいなと思っただけだよ!」

「ッチ、そうか。面白くないのう」

「なんで舌打ち!?」

「でもー本当に珍しいねーサテラさんがー受付でーこんな昼間にさー」

 

 確かにそうじゃな、妾は大体この時間帯、と言うか。昼間は部屋で寝ておるのが常じゃしな。

 

「しかないであろう? スミカもサーシャも仕事に行ったんじゃから」

「何? 早くないか?」

「明日のーはずじゃーなかったのー?」

「ちと状況が変わったんじゃ、はぁ」

 

 頬杖をついて溜息を漏らす妾にカーラとジングは首をかしげていた。

 

「寝不足ー?」

「それもあるのう」

「昼夜が逆転してる種族だからしかたねぇーんじゃねぇーの?」

「そーだよねー『吸血鬼』だもんねー日光は平気なんだよねー? たしかー」

「ふぁああ......そうじゃな、妾は少し特殊じゃからな」

 

 普通の同族には日光は天敵、少しでも当たれば致命的なダメージをおうが妾には関係ない。

 

「それで? 何の用じゃ? 今日はスミカはおらんぞ、明日の朝ぐらいには帰ってくると思うが」

「何の用って部屋を貸して欲しいんだが? また長期で借りるぜ」

「同じくー」

「なんじゃ、そんな事か。ほれいつも使ってる部屋の鍵じゃ、代金はスミカに払うがいい」

 

 妾は背面にある部屋の鍵が掛かった壁から二つの鍵を取って二人に渡してやった。

 

「サンキュー」

「ありがとー」

 

 二人は礼を言いながら受け取り二階に上がっていった。

 

「ふぁああああ......ふむ、暇じゃ」

 

 何回目かのあくびをして妾はまた外を眺める作業に戻った。

 

 

 



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