駆逐艦『響』として戦う者 (緒兎)
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親友

初めての人は初めまして。そうでない方はお久し振りです。マリオンです。前の作品が完結していないのですが、暫く期間が空いてしまった為に自分でも記憶が残っておらず、続けるならばどうせなら新しく書こうと思って書くことにしました。
軍事系とかあまり詳しくないんで、拙い文章となってしまうかもですが、どうぞ優しい目で見てくれたのなら幸いです。

では、どうぞ。


 1930年(昭和5年)2月21日、舞鶴工作部にて一隻の船が起工された。その船は決して一般の客船などの一般人が乗るような船ではなく、全体的に灰色一色。目立つ色など一切使われない無骨な見た目になっており、そして居住スペースを極限まで減らしたのであろう細長い船体をしている。さらに甲板上には寛げるようなそんなスペースなどを設けておらず、落下防止のための申し訳程度の柵があった。艦上構造物としては艦橋が前部に取り付けられ、その後ろに二基の煙突が備えられていた。そしてまだ付けられていないようだが何かを設置するためのスペースが所々にあった。

 

 「いよいよこの船も完成したな」

 

 「はい。何度作っても完成した瞬間は感慨深いものです。きっとどんな嵐だろうと沈まず、突き進みますよこの船は」

 

 「ふむ、だといいな」

 

 その艦のそばで完成したばかりの船を眺めながら会話する二人の影。舞鶴工作部に所属する二人は感慨深そうに船を見つめていた。

 

 「駆逐艦『響』きっと彼女は立派に戦い、素晴らしい戦果を挙げることだろう」

 

 響と名付けられた艦は別で作られた大砲等の戦う為の装備を艤装し、1932年(昭和7年)6月16日に駆逐艦響として進水。その翌年1933年(昭和8年)3月31日に大日本帝国海軍に就役した。

 

 

 

 

 時は戻り1930年2月21日。駆逐艦響は完成と同時に目を覚ました。目を覚ましたと表現するのは些か人っぽい等と思われるが、艦にも魂が宿ると信じられているこの時代では強ち間違ってもいない例えでもある。というのも、信じられているなどと不確定なものではなく、確かに彼女は目を覚ましたのだからその事に気づいたものがいれば同じような例えをするだろうと思われるからだ。まぁ、実際のところその事に気づくことも感じることも、人間には出来ないのだけれど。

 

 ──ここ・・・は・・・?

 

 目が覚めた彼女が最初に思ったことは回りにいる人たちは誰かでもなく、自分がどんな存在かなどでもなく、ここが何処であるかだった。人間ならば恐らく皆がそうであるように、艦の魂である彼女もまた同じ事を最初に思ったのである。

 

 (いな)

 

 彼女は確かに艦の魂である。が、純粋な艦の魂というわけでもなかった。微かにであるが、確かに人の魂が彼女の魂に入り込んでしまっていた。それは幸か不幸か彼女に人間らしさというものを与えてしまっていた。

 

 (俺は、確か・・・)

 

 入り込んだ魂である彼は、自らに何があってここにいるのかを思い出そうとしていた───。

 

 

 

 

 彼の名は天原響(あまのはらひびき)、奇しくも駆逐艦響と同じ名を持って2018年の平成日本を生きていた。年は18、大人への階段を突き進む高校三年生の彼は今日もこの日高校へ通っていた。

 

 「響ー、ここ教えてくれよー」

 

 「またかよ。ちょっとは自分で勉強したらどうなんだ」

 

 「いいじゃん別に、減るもじゃないし」

 

 「減るわ!俺の貴重な時間がな!」

 

 「とか言いつつも響は俺に勉強を教えるのであった」

 

 うっせぇ!と怒鳴りながらも響は親友である渡辺守(わたなべまもる)に教えるのだった。守には貴重な時間がと言っていた響も実は大した用もなければ彼女がいるわけでもないので、絶賛暇の大安売りをしていたところなので丁度いい暇潰しが出来たと若干嬉しい気持ちがあるのは、守には内緒だ。

 放課後の教室は人が少なく静かであるため二人の勉強会はぐんぐん捗り、教えてあげた範囲を通り越して先の、これから授業で出てくる範囲にまで手を出していた。

 しかし、集中力が続くのも時間の問題。一時間もすれば親友の守はバテてしまい、勉学が捗らなくなってしまう。

 

 「なぁ響~、お前も艦これやろうぜー」

 

 集中力の切れた人は何かとうるさくなると言うが、当の守もその質であるようで響に対してしつこく話しかけていた。

 

 「うるさい!俺はお前と違ってミリオタじゃないんだ!そんなものに興味もなければ割く時間もない!」

 

 「いやいや、ミリオタじゃなくても艦これは楽しめるよ!それにお前どうせ暇しかしてないだろ」

 

 やらないという響に尚も守は食いついた。

 

 艦これ、艦隊これくしょんと呼ばれる所謂(いわゆる)ソシャゲのこのゲームは、日本に置いて大人気を博しており、可愛い女の子を模した軍艦を育成したり作ったり戦わせたりするシミュレーションゲームである。その人気は止まることを知らず、ソシャゲ界一と呼ばれるまでになっていた。

 そんなゲームに守は嵌まっており、ことあるごとに響を艦これに誘っているのだった。

 

 「大体軍艦を女の子にするって考えが頭おかしいだろ」

 

 響は尤もなことを言う。軍艦を女の子にだとか海外から見れば日本は随分と頭おかしいことをしているのだ。まぁ最もその海外でも艦これは人気なのだが。結局は可愛ければ何でも良いということなのかもしれない。

 

 「頭おかしいところは認めるよ。でもお前がやらないのと頭おかしいのは関係ないだろ!?」

 

 「あほか!関係大ありだ!」

 

 「なにが!」

 

 「考えても見ろ!艦これなんてほぼ18禁なゲーム、いや実際に18禁のゲーム、やってたら気持ち悪がられて彼女できねーだろ!」

 

 彼女いない歴=年齢の響は、艦これをやって彼女が出来る可能性を下げるより、やらずに出来るかもしれないというわずかな可能性の方を選んだようだ。多少ではあるが艦これも18禁要素が含まれるため、やっている人は皆オタクだと思われることも少なくはなく、基本女性はオタクを嫌う気質があるために全国の艦これ男児は彼女が居なかったりする。そもそも彼女が居れば時間を食うシミュレーションゲームなどやっていないのである。

 しかし守も守。そんなこと百も承知と、尚も食い下がる。

 

 「どーせ彼女出来ないなら今のうちにゲームでもして楽しんだ方が得だって!」

 

 「どーせ出来ないとかそんな悲しいこと言うな!俺だっていつか・・・出来るさ、きっと・・・うん」

 

 親友に心を抉られた響は落ち込み、反抗する気力もなく机に倒れこんだ。やってしまったと守は気づくも、時すでに遅し、ぶつぶつとなにやら独り言を呟く親友を見てあまり刺激しないようにと、一人帰り支度を始めるのであった。因みに守に彼女は居たそうだ。別れたけど。

 

 そんなこんな30分ほど時間を潰して6時になった頃、ようやく二人は校舎を出た。

 季節は春、まだ冬の名残で6時と言えども薄暗い。少しの肌寒さとうっすら暗い帰り道を男二人並んで歩く。端から見ても、自分達から見ても寂しい光景である。

 

 「なあ、将来の夢とかあるか?」

 

 「なんだよ急に」

 

 薄暗い道を注意しつつ歩く二人は軽い会話を始めた。いきなりの守の質問に響は驚きつつも考える。子供の時とは違う、未来を見据えての回答というのは存外難しいものである。何気なしに言ったところで叶う確率などまぁ目に見えている。自分で出来る範囲、やれそうな範囲などしっかり自分を見つめ直しながら深くじっくりと考える。

 

 「・・・お前はどうなんだ?」

 

 しかしやはりというかそう簡単には答えなど出てくるはずもなく、響は考える時間無言になるのも嫌なので参考資料にと守にもその質問を投げ掛ける。

 守も当然自分に来るだろうと踏んでいた為、軽く考えてから返答した。

 

 「実はさ、俺海上自衛隊に入ろうかなって思ってるんだ」

 

 「へぇ、なんでまた海上自衛隊に?」

 

 意外な答え、そして直ぐに返ってきた答えに驚きつつも響は理由を聞く。

 

 「まぁそんな難しいことじゃないけどさ、艦これやってると海を守るっていうのが誇り高く思えてさ、俺もそんな誇り高い人になれたらなって思うんだ」

 

 「そっか、守はもう決めてるんだな」

 

 「ああ」

 

 守の覚悟を読み取る響。お互い親友同士、その覚悟がひしひしと伝わってきた。艦これは良くも悪くも守に多大な影響を与えたようだ。

 何かを守りたい、自分の命を犠牲にしようとも守りたいものがあるから彼は自衛隊に入ろうと、そういう覚悟が響には眩しく見えた。親友の思わぬ一面に自分を重ねてしまい、自分はどうするのか、何を成したいのか等と考えがめぐる。何かを犠牲にとか考えたこともなかった響は親友の思いに当てられ、暫し考え込んでいた。

 決して人通りが無いとも言えない帰路、下を向いて考えに耽る親友をぶつからないようにサポートする守。また一人こちらに歩いてくる人がいる。若干千鳥足が見受けられるその人はフラフラしていて進路が予測できない。考えに耽っている響には悪いがぶつからないため声をかけて前を向かせる。そしてすれ違う。

 

 「すまんな守」

 

 「気にすんな」

 

 他愛のないことだけど二人は笑い合う。親しき仲にも礼儀あり。感謝の心は忘れてはならない。だっていつ別れるとも知れないのが、人というものだから。

 

 ─グサッ─

 

 音などないけれど例えるのならばそう、グサッだ。守の背後から突き刺さったそれは用意に腹を裂き中の臓器を傷つける。

 

 「まも・・・る?」

 

 「あがっ・・・くっ・・・うっ」

 

 血を吐き倒れる親友を目に動揺を押さえられない響。そしてその背中に深々と突き刺さる包丁を見て響は悲鳴をあげる。情けない、だが実に人間らしい悲鳴が暗い住宅街に響き渡る。

 そんな悲鳴をよそに守に突き刺さる包丁を抜く一人の男性。響はその男性に目を向けると先ほどすれ違った千鳥足の男だということが伺えた。そして辺りに他の人はいない。つまり、この男こそ親友を突き刺し殺した男なのだと脳が認識する。

 本能的に刃物を見て体が震える。だがそんなものは押さえつけた。そして力の限り叫んだ。よくも親友を、よくも守をと。

 

 男はニタリと笑うと今度はお前だと響に包丁を突き立てた。

 

 またも音はなく静かに切れ味の高い包丁は歪みなくその体に切れ込みを入れる。長さの関係上突き抜けはしないが、それでも奥へと、確実に死に至らしめるために深々と突き刺す。だが、響も黙ってやられるわけではなかった。殺す、そう明確に意思を宿した人間は死ぬに死にきれない。

 自ら包丁を力ずつで抜くと火事場の馬鹿力とばかりにリミッターの外れた体が用意に男から包丁を奪い取る。そして、男の首を一閃。

 

 なんと呆気ない。それだけで男は首から血を流し倒れ付してしまった。

 

 「ひ、ひび・・・き!」

 

 守の声が聞こえた。頭からサーッと血が引くと冷静になった頭は己がやったことを理解する。しかし響は何処までも冷静だった。犯人は殺したけれど自分達は急所を刺されたため、助からないだろう。人であるならば誰もが感じる「あ、これ死んだわ」というなんとも言えない感じ。そう二人はもう助からなかった。

 悲鳴を聞き付けて駆け寄ってくる人を感じながら響は守に話しかける。

 

 「仇は、討ったぞ」

 

 「っふ、馬鹿かお前は」

 

 いつもと逆のやり取り。ことあるごとに守に馬鹿と言い続けてきた響にとって言われる側は新鮮だった。二人してくだらないと笑い合う。

 

 「なあ、響」

 

 「なんだ?」

 

 「俺、夢が叶わなかったみたいだ」

 

 「うん、そうみたいだな」

 

 「でもさ、なんか誇らしい気分にはなれた」

 

 自分を刺した男に怒りその仇を討った親友に、そして一緒に死んでくれる親友に。彼は誇らしくなった。自分にはこんなにも自分を思ってくれる人がいたことに。それは響も同じだ。自分を誇らしく思い、そして死に行く守を誇らしく思う。お互いがお互いを称えあった。まるで戦友のように。

 

 「守、また会えるかな?」

 

 「・・・」

 

 「俺、人を殺しちまったからさ、多分地獄に落ちるよな」

 

 人殺しは犯罪。歴とした罪である。親友を刺した仇とはいえ響は命を一つ奪ってしまったのだ。その代償として自分は地獄に落ちるだろうと響は考える。

 

 「そんなこと、ないとおもうぜ?」

 

 「・・・そっか。お前の勘はよく当たる。俺は信じるよ」

 

 言いはしなかったが二人して信じた。また、きっとどこかで出会うだろうと。そしてまた親友になれる日が来るだろうと。

 そんな中、守はそっと息を引き取った。

 

 気力だけで持ってる自分も時間の問題だと響は親友の側に寝転び目を閉じる。神様どうか、また二人が巡り会えますように。そんな願い事をしながら彼もまた息を引き取った。

 

 通り魔事件、被害者:渡辺守、天原響 犯人:死亡

 

 そんな悲しいニュースが、全国に放送された。

 

 

 

 

 

 

 (そうか、俺は・・・)

 

 思い出した響は辺りを見渡し確信する。生まれ変わってると。そしてどこかにきっと親友が時を同じくして生まれ変わっているだろうということを。

 

 そして──

 

 (で、俺はどうして一歩もいや、体の一部さえ動かせないんだ?)

 

 そんな疑問を胸に響は遥か昔、まだ戦争が続いている日本に駆逐艦響として生まれ変わってしまったのであった。

 

 

                 ───続く




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進水式

 何これよくわかんない言葉だらけで分かりやすいのをちょっとだけ小説に入れたりするんですけど、自分で何を書いてるのかわからなくなってくる。

 あっ、台風大丈夫でしたか?今年は強い勢力を持った台風が多いのでまだまだ油断なりませんが、無事に乗り越えられるよう頑張りましょう。

 暇潰しに1時間で描いた響
 
【挿絵表示】



 はい、というわけで軍艦になってしまった天原響。彼は自ら何も出来ない体になってしまった為、どうやって親友を探すんだと試行錯誤していた。取り敢えず自分に乗る人を手当たり次第調べるかと考えれば一億分のほんの少しだけの人員の中に果たして居るのだろうかとこの案は保留にされたり、自分から探せないなら誰かに頼んで探してもらうかと考えるも、そもそも言葉を発せないじゃないかとこれも断念。というかこんな状況誰がどう頑張ろうと無理の一言につきる。

 

 ということで響も今は思い付かないと考えるのをやめた。

 

 (くそーっ!神様はどうして俺をこんな体にしたんだぁああああああ!!)

 

 嘆いても仕方ない。わかっていてもつい心の声を漏らす。人間誰しも悲痛なことがあれば無意識に言葉にして吐き出してしまうものなのだ。まぁ、船だから言葉なんて出ないんだけど。

 と、そんなことをやっていると辺りが騒がしくなってきた。みると、沢山の軍人さんが響を見送るかのように舞鶴工作部へと集まっていた。響の船体には人生で一度見るか見ないかぐらいの装飾が施され、支綱を船首に結びつけられる。そして船台の上に組み立てられた響は、海へと進水するのを待つばかりであった。

 

 暫くすると軍人さん達も準備を終えたのか、なにやら話していた人たちも皆、海の方、いや響の方を見て真剣な表情になった。ここで響も気づく。確か進水式というのがこんな感じだった気がすると。

 お偉いさんが前に出てきて艦の命名を行う。

 

 「この艦は、響と名付ける。」

 

 予め決まっていたのだろう名前を口にすると、次はなにやら斧のような物を取り出していた。進水斧と呼ばれるそれを手にするお偉いさん。何をするつもりなのかと疑問に思うのも束の間、木の棒のようなものにその斧を叩きつけた。

 すると船首に繋がれた支綱が切れた。しかしまだ船体は陸の上。海に滑り落ちることはなく、滑り止めが船台に施されているのがわかった。

 

 (思ったより進水式って面倒くさいんだな)

 

 船にとって初めて水に触れる儀式であり、国を守るべく造られた軍艦の門出を祝う儀式でもある進水式をあろうことか響は面倒くさいと言った。船にとって最も幸せな瞬間であるこの儀式、しかし人間の心を持つ響にはどうやら響くものがなかったらしい。響だけに。

 

 滑り止めも外され海へと滑り出した響はこの体になって初めて海水へと触れた。

 

 『冷た!?』

 

 ──初めて海へ触れた感想はそう、冷たいだった。駆逐艦である響は勿論のこと無機物であり、決して触覚等、温度を感じることはなかった。なのに海水に触れた瞬間確かに感じた冷たいという感触、そして下半身が水に浸かっているようななんとも言えない感覚。つまり響は水に触れたことによって、触覚を得たということだった。

 そして変化はもうひとつあった。艦魂たる響は決して体などを持たず、ただ駆逐艦であるという視界もくそも無いような状態だった。視野は三百六十度、遮るもののない視界は、海水に触れた瞬間人と同じように狭く、小さいものになった。

 そして体も変化し駆逐艦の全面積が体だという感じから小さい子供ぐらいまで縮み、人の形を象ったかのように手足が生え、自由に動かせるようになった。

 

 『なに、これ!?どゆこと!?』

 

 そんな訳のわからない状況に当の本人は大混乱。大きな声でギャーギャーと声を艦内に響かせていた。

 

 

 

 

 

 

 暫く騒ぐと響も落ち着きを取り戻し、この謎の状況を考え始めるまでになっていた。

 

 『何がどうなってるんだ?海に入ったと思った瞬間いきなり冷たい感触が来た。今まで外の温度も感じること無かったのに。それになんだか下半身が濡れて気持ち悪い。これはあれだ、おしっこ行きたくなるやつだ。』

 

 トイレに行きたいという気はないが股を押さえてモジモジしてしまう響。まるで人のように象った体は、勿論服も着ているようで腰に装備されたスカートが股を押さえる手によって肌に押し付けられる。

 

 ───ん?

 

 ここで響は気づいた。股に長年付き添ってきた相棒とも言える盛り上がりがないことに。そして男なのに何故か履いているスカートという異色の装備に。

 

 『うぇっ!?な、ななな、何ですとぉおおおおお』

 

 生まれ変わってもう何度目かと分からない驚きの声をあげる響。それもそのはず、不思議に思った響が自分の体をペタペタと触ると、無いはずのものがあり、あるはずのものが無くなっていた。つまり胸が膨らんで、股間がへっこんでいた。もっと簡単に言うなら、響は長年連れ添った相棒を捨てて晴れて女の子になっていた。ということだ。

 

 そしてもっとショックなことが響を襲う。

 

 『これ、女になったら彼女出来なくね?』

 

 である。

 

 年齢=彼女いない歴な響にとって彼女ができるという可能性が限りなくゼロになってしまったこの状況に思わず、響は茫然自失になってしまった。

 元々お前駆逐艦とかいう無機物なんだから彼女もくそも無いだろう。という突っ込みは皆さんの心の中にしまっておいてほしい。

 

 さてさて、そんな響をほっといてこの謎現象について説明しようと思う。

 まず、どうして響が人の形を成したかについて話していこうと思うのだけれど、まずは進水式について語っていこうと思う。

 

 進水式とは謂わばもう一つの誕生日。船が造られ、正真正銘新たな船として生まれた誕生日と、初めて水に触れ海に浮かぶ船となる誕生日。そして進水式では船の命名も行われる。

 ただ船を海に浮かべればいいってものじゃない。造られた船が初めて水に触れ、立派に海上に浮かぶ。この立派な門出を祝ってやるのが進水式というものだ。例え設計上浮かぶとわかっていても、それでも祝ってやらねばならぬ。まるで赤ちゃんが初めて立った瞬間のように。

 名前だってそうだ。この世に名前の無い人など存在しないだろう?例えどんなに貧乏でも富豪でも悪者でも善人でも、誰にだって名前はついている。それはつまり名前の無い状態の物は死んでいるものと同然。ということ。だから名付けられた響はようやくここで命を得たことになる。

 

 進水式というのは生み出した側の人にとっても、船にとっても大事な儀式である。そして、その儀式が人の魂を持つ艦魂に影響を与えたと考えられる。

 

 で、なぜ人形になったのかというと、まぁ中の魂が人だったから。といういたって普通な理由な訳だ。別に変に凝ったような設定などなく、ただシンプルに魂がそうさせたというだけのこと。だから響以外の艦が進水式を終えても人形をとらず、艦として意識を持つし、体も船の形をしている。勿論自由に動かすことはできない。

 他の謎現象、感触等もそのような理由がある。

 

 『っは!自由に動けるようになったんなら守を探しに行けるんじゃね!?』

 

 艦である以上体を動かせなかった響は、落ち込むのもほどほどに今しがた起こった奇跡とも言える現象で人形になった体を、もしかしたらという気持ちで岸の方へと走り出した。行ける、行けると艦上を駆け抜ける響。艦橋に立っていた響は艦首まで一直線に駆け抜ける。そして、今しがた自分がいた岸へと飛び出した。

 

 が、しかし──

 

 ゴンッという音ともに響は艦尾ギリギリに倒れ伏す。

 

 『うぐっ!?······な、なにがあったんだ?』

 

 響は自らの身に何があったのかと頭のなかを探る。確か自分は艦尾方向にある岸へと飛び降りようとして、とここまで思い出して何か壁のような物にぶつかったことを思い出した。

 軽く脳震盪ぎみな響はそう結論付けるともう一度試してみようと一歩下がり、再び飛び込んだ。

 

 しかして結果は同じ。響は見えない壁のような物に阻まれて艦から出ることは叶わなかった。

 

 『バリア?』

 

 見えない壁に軽く手を触れると、確かに何か障壁のような物があり、響が船から出ることを拒んでいた。

 

 『マジかよ······』

 

 結局自由に動かせる肉体を手にいれたところで艦に縛られていることは変わりなく、期待していた分結局何も出来ないという事実に響はかなり落ち込んでいた。

 

 

 

 

 

 それから暫くして艤装作業が始まり、響に12.7糎連装砲三基六門、61糎三連装魚雷発射管三基という強力な武装が積み込まれた。

 

 『······かっこいい』

 

 軍艦など大して興味の無い響ですら思う。砲を積んだ駆逐艦は、例え戦艦や巡洋艦には劣るもののそれでも軍艦として力強いオーラを放っており、素人目に見てもかなりかっこよかった。

 軍艦と言えば大和や武蔵、そして長門などの有名な戦艦しか見たことのなかった響は、その始めてみる駆逐艦という小さくも勇ましい見た目を目に焼き付けていた。

 キラキラと光を反射する砲身は真っ直ぐ艦首を向き、その様相から紛れもない攻撃するための兵器だと見るものを魅了していた。巨大な発射管は魚雷という駆逐艦にとって最大の武器を放つために存在しており、小さくも頼もしい主砲よりも遥かに頼もしかった。

 

 駆逐艦(自分)に見とれていた響は暫くその姿を眺めていたが、やがて人が乗り込むと意識を強制的にそちらに向かわされることになった。コツコツと鉄を踏みしめる音が艦に響き、一人ではなく沢山の人が乗艦したのだと容易に想像できた。

 しかし人が乗り込んできたことに響は目もくれようとしない。なぜなら──

 

 『あははっ!くすぐったい』

 

 まるで自分の体を虫が這い回っているかのようなくすぐったさに襲われていたからだ。

 

 人というのは軽いものだ。1680tもある駆逐艦にとって人とはまるでアリのように軽く、そして小さきものだった。それ故に人が虫が這い回っているとくすぐったく感じるように響も感じていたというわけだ。

 

 『く、くそっ······こんなに、くすぐったいなんて······』

 

 我慢できないと言いたげに響は苦悶の表情を浮かべる。少なくとも耐えようとはしているみたいだった。

 

 

 

 

 

 次の日になると響にまた乗り込んでくる人がいた。艦長や副艦長、そして響を動かす乗組員たちだ。進水式直後に乗り込んだ人たちは浸水など起きてないかとチェックするために乗り込んだ人たちであったため、今回は更に増員して乗り込んできた。

 勿論例によって響はくすぐったいのを我慢していたが、結局我慢もすぐ限界が来て一人誰にも見られることなく艦橋で笑い転げるのだった。

 

 『し、しかし昨日の今日で乗り込んできて一体何のつもりだ?』

 

 海軍のことなど一ミリも知らない響は、進水式を終えた翌日に一体何をするのかと疑問に思っていた。

 

 大日本帝国海軍は、昭和2年の艦艇補充計画により響を造り出したのだが、その名の通り艦艇が著しく不足していた。そのため、建造されたばかりの響を一日でも早く就役させて第一線で活躍させようと早くも演習航海へと出ようとしていた。

 

 『全く忙しい奴らだな』

 

 そんなことなど露知らずの響は忙しなく動き回る乗員をそう評価した。

 

 暫くすると体の奥の方から何か熱いものが込み上げてくる感覚を響は感じ取った。

 

 『な、なんだ!?熱い!?』

 

 エンジンである。主機に艦本式タービンを2機を搭載した響は、それを動かすために艦本式ボイラーを動かし始めていた。

 主機である艦本式タービンは蒸気機関であり、機関を動かすためには蒸気が必要である。そのため艦本式ボイラーを燃焼させて蒸気を生み出す必要があり、必然的にボイラーが暖まってきていたのだ。

 そのため暖まり出したボイラーが響に体の内から来る謎の熱を与えていたのだ。

 

 タービンを燃焼させるとすぐに燃料である重油から上がっあ黒煙が煙突からモクモクと噴き出してくる。すぐにはボイラー室が暖まるわけではなくゆっくりと熱をもってきて、そしてやがて蒸気が生まれる。その蒸気の持つエネルギーをタービンと軸を介して回転運動に変え、艦を動かすのだ。

 

 「抜錨!」

 

 錨が上げられ、主機が動き始める。そこで生まれた回転運動はスクリューに伝わり艦をゆっくりと動かし始める。桟橋へと移動させられ停泊されていた響が出航し始めた。

 

 「前進微速!」

 

 艦長の号令が艦の速度を上げる。その速度凡そ6kt。時速に換算すると凡そ11kmだ。決して早くはない速度で離岸する響は、やがて半速、原速と速度を上げ日本海へと姿を消した。




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覚悟

 書くのは凄く時間が掛かるのに読むのは一瞬。そう考えると小説書いてる人って凄いんだなって思います。

 やっはろー皆さん。思いついた事をその場その場で書いている計画性のないマリオンさんです。そんな書き方をしてるから余計に時間が掛かるのに、小説の構成とか考えるのが面倒なのでこういう書き方を止められないのです。

 ちょっと内容変更しました。(ちょっとどころではない)


 1935年6月。

 

 響は無事大日本帝国海軍に引き渡され、第六駆逐隊に編入、横須賀鎮守府へと停泊していた。あれから、沢山海に出た響だが、その日常は刺激がなく退屈な毎日だった。ここに来てからも哨戒任務と称して何も起こらないただの航海。そんな退屈な日々に嫌気を差し、その小さくなった体を甲板に投げ出していた。

 

 哨戒任務は大きな作戦の無い現状、敵艦を早期発見するための重要な任務なのだが、その実暇なのである。200人余りの人間を乗せて、人間は演習にもなる哨戒任務で日々学習の毎日。そして艦を運用するに当たってとても忙しいのに対して当の本人(本艦?)は、日向ぼっこの如く甲板で寝そべっているのだった。

 

 「平和だ」

 

 平和なのはいい。けど何もないただ海を航行するのは正直飽きた。初めの内は洋上で航海しているという事実にちょっと興奮したりしていたが、如何せん話し相手も居なければゲームをすることもできない。携帯も無いし食べることもできない。寝ることも出来なければ艦から出ることも出来ない。一体何を楽しみに生きているのかと哲学的な思考をするようになるのも頷ける程この身体は退屈なのだ。

 あ~戦争でも起きねぇかなぁと不謹慎ながらも思ってしまうのは少し、いやかなりきていると自分でも思ってしまう。

 

 それに。

 

 「定時報告」

 

 「定時報告!」

 

 「海上異常なし!」

 

 「海中音無し!」

 

 人間観察をしようにもこいつら同じことを毎日繰り返すから楽しくないんだよなぁ。まるでロボットみたいだ。

 毎日なにもすることもなくロボットのような人間たちを眺めているだけ、そんな毎日を送っていれば嫌でもおかしくなるというもの。

 「はぁ」と溜め息が出るが自分が何も出来ない無機物である事が分かっているため、それも虚しいままだ。

 

 速力凡そ10ノット。敵もいないため海中の音が聴こえやすくするために速力を落として航行中。

 俺は愉快な仲間達(無機物)が付いてきているのか後ろを振り返る。

 

 「問題ないな」

 

 後続を駆逐艦『雷』と『電』が付いてきているのを確認した俺は特に興味を示すことなく正面を向いて水平線を眺める。彼女達、とでも言えばいいのか。無機物である彼女達は無機物らしく喋ることもなく静かに航海をしている。当たり前だが俺のように人の身体を持っているわけでもない。人の魂が入っている『響』がおかしいだけでこれが普通なのだ。

 

 あぁ暇だ。

 

 と、ひたすら変化の無い水平線を眺めながらそう愚痴を溢す俺なのであった。

 

 

 

 

 

 ◇

 あれから5年と5ヶ月ちょっと。新しく駆逐艦暁を加えた俺達駆逐艦四姉妹は今日も今日とて哨戒任務へと躍りで……ることはなく、どうやら俺は第一水雷戦隊に配属されて直ぐに、特定修理の為一時艦隊を離れることになった。

 別に寂しくはないのだが、まさか海から離れることがあるとは思わなかった為、少し驚いていた。まぁ、船だって人が作ったものなんだから、老朽化もするよな。と思っていたらどうやら外で何かあった様子。直ぐに新しい装備、九三式探信儀と九一式方位磐を装備して日本を離れることになったが、特に何をすることもなく帰還した。

 

 しかしいよいよ大規模な戦争が始まったようで、第二次世界大戦が勃発した。

 

 1941年11月29日に山口県にある柱島泊地を出撃し、馬公、三亜を経て12月11日にカムラン湾に入港。この間、開戦前日の12月7日夕方に駆逐艦『響』の乗員が中国人で占められたイギリス船を拿捕し、カムラン湾に後送した。

 カムラン湾では何時も通り哨戒任務へと従事した。

 

 しかし大戦が始まった今、ただ哨戒任務だけをするのが駆逐艦ではない。

 12月22日、フィリピン攻略作戦へと駆り出された響はリンガエン湾上陸作戦支援へと従事することとなった。

 

 

 

 

 ◇

 なんか最近慌ただしいな。第二次世界大戦が始まっちゃったから仕方がないとはいえ人間達の焦り様は凄まじいもので、艦内での雰囲気が以前とは一変していた。余りの変わりように何処か自分だけ取り残されたような気がして気まずい。

 

 そもそも俺に戦争に参加するという事に対する自覚というものが存在しないため、緊張するにも出来ないのだ。身体とも言える艦を自分が動かしているわけではないので、必然的に自覚するということが出来ないのだ。

 

 「ばつびょ~う!」

 

 だからこうして人生、いや艦生初の大作戦への参加なのだが、艦長の号令の真似をして遊んでたりするのだった。

 

 

 

 

 艦は順調にフィリピンへ向けて航海しており、後小一時間で到着といったところだ。陸軍の上陸艦を護衛しながらの進行なので速力は遅いが、対潜哨戒には丁度いい速度だった。

 速すぎてもノイズが酷いこの時代の装備は、速力を10ノット近くまで落とす必要があり、駆逐艦の速力をなかなか生かせないのだ。

 

 「ま~もるもせむるもく~ろがねの~」

 

 そんなこと知らないとばかりに乗員が時々歌っている軍歌を口ずさみながら近付く島を眺めている響。実際響には軍事知識など無く、駆逐艦に生まれ変わった今でも乗員の専門的な言葉などには疑問符を浮かべているばかりだった。

 艦生に楽しみを見いだせない響にとって歌というのは唯一の娯楽といっていい。声を聞いてくれる人は居ないけれど、歌を唄うことは出来る。誰に聴かせるわけでもない自分の歌声に自分で満足し、勝手に余韻に浸る行為は暇をもて余した響ならではの暇潰しと言えた。

 

 と、曲のタイトルは知らないけれど取り敢えず覚えているフレーズを歌いきると、景色はもう飽きたと陸軍が乗る上陸艦を興味津々と見詰め始める。

 

 「陸軍の人達は海軍と違って動きがキビキビしてて面白い」とは響の言葉なのだが、海軍の人間に見飽きていた響にとって陸軍の人間は新鮮に映ったのだろう。海軍と陸軍は仲が悪いと聞くが、そんなもの上層部のいがみ合いに過ぎない為、下級兵には関係の無いことだ。時々仲良く話している光景をよく目撃していた。

 

 話している内容は家族の話ばかりだが、専門用語など飛び出るはずもなく、響に理解できる会話だった為近くで話している人を見ると直ぐに飛び付いていた。話している本人達は響に気が付く筈もなく、もちろんまさか聞かれているなどと思ってもいない。まるで盗み聞きだ。

 

 家族……か。この世界じゃ俺に家族なんて居ない様なもんだよな。誰も俺のこと知ってる人も居なければ、誰も俺がいるという事に気づいてくれる人も居ない……。寂しいのかもしれない。この世界に来てまだ誰とも会話をしたことがない。人は一人で生きていけないとはよく言うが、コミュニケーションを取ることが出来ない俺は正しくそうなのだろう。誰にも気付かれずに生きて、誰とも話をすること無く生きて、そんな人生に一体なんの価値があるのか。

 ……いや、価値はある。俺は探さなければいけないんだ。俺と同じくこの世界に生まれ変わってるかも知れない親友を。

 

 動けない身体だから探せない?艦長や乗組員が連れていってくれるだろう。

 

 探し相手を伝えることが出来ない?そんなの知るか。俺は俺の目で探すんだ。

 

 見つかっても気付いてもらえないのでは?そんときはそんときだ。これは俺がもう一度アイツに、守に会いたいって気持ちから来る願望なんだから。

 

 忘れてはいけない。俺は探さなければいけない。例えどれだけ厳しい状況でもどれだけ不可能な事でも乗り越えて、守に久し振りって言ってやるんだ!

 

 「よーし!がんばるぞー!」

 

 この世界でいきる覚悟を決めると、心なしか艦と魂の繋がりが強くなった気がした。




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