ファイアーエムブレム / 聖杯大戦(Fire Emblem / Holy Grail Grand War) (femania)
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プロローグ
プロローグ1 英雄召喚


注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!
イメージとしたら聖杯大戦の方が近いかも……


――聖杯とは、あらゆる願いを叶える願望器だ。異界の英雄をサーヴァントとして召喚し、最後の一騎になるまで争う。そしてその勝者はすべての願望をかなえる権利が与えられる。あらゆる世界、あらゆる国の英雄がこの世界に降臨し、覇を競い合う殺し合い。それが聖杯戦争だ――

 

 

ある男は語る。この戦争の起源を。目の前にいる彼に。

 

「アルアトール帝国の歴史は人と魔族との戦争の歴史だった。魔族とは、ゴーレムやガーゴイル等の魔物を代表とするものではないし、人間とは根本的に異なる生命ではない。魔法を書物無くして使えるという稀有な特性を持つ、人と何ら生物的構造の変わらない存在だ。

 

しかし、人間の歴史とは、己の脅威となる存在に敵意を向け、その脅威と戦い続けてきた事実の積み重ねの一面も持つ。人種や信仰の違いで殺し合い、種族としては絶滅への道をひた走る。人間と魔族の関係も例外ではない。小さな諍いがやがて小規模の闘争、やがて大規模な戦争へと発展していった。

 

人間と魔族は共存の道をいつしか断たれ、人間は一方的に魔族を文明を破壊する者と定義し、殺戮を始めた。魔族もまたそれに反抗するように人間を殺し始める。人間の為政者の中で誰かが友好を築こうとすればそのような殺し合いにはならなかった。しかし人間の中に魔族と友好を築こうと思った人間はいなかった。

 

ではなぜ人間はそれほどにまで魔族を恐れたのか。それは魔族の持つ『聖杯』と呼ばれるものが原因だった。

 

『聖杯』は魔族が代々伝えてきた秘宝。起動すればあらゆる願いを叶えることができるという神が与えたとされる奇跡だ。魔族はこの神秘を守ることを至上とし、この聖杯を、いずれ訪れるであろう未曾有の危機に対する対策として保有し、管理し続ける。

 

人間はその『聖杯』を恐れ、そしてその力に魅入られた。あらゆる願いが叶う、当然己の物にしたいという欲が生まれ、逆に悪用されることへの恐怖を抱いた。それが戦争のきっかけとなったのだ。

 

人と魔族は長い間戦った。魔術書なくして強大な魔法を軽々撃つ化け物相手に、人間は数の多さで戦った。不思議と戦力は拮抗してね、一度戦いが始まって以降。長い間、戦いは終わらなかった。それがこの世界に伝わる、百年戦争というやつだ。本当に百年間殺し合っていたのだからこの平和に生きる人達には驚きを持って迎えられるのだろう。

 

死者は増え続ける一方。それをあまりに不憫に思ったある魔族が聖杯に、この戦争の終結を願った。その時聖杯は正しい起動はされていなかったらしいが、聖杯にその願いが届いたのか、聖杯は己の所持者を決するための戦争に終止符を打つべく、聖杯自身が、人間側と魔族側にそれぞれ決戦兵器を授けたんだ。

 

人の形をして現れたそれを見て、人間も、魔族も驚いた。現れたその人型の兵器は、神話、伝承で語り継がれる英雄そのものだったのだから。人間側と魔族側で、それぞれ七人。伝承の英雄たちが、己が生命力の源であるマスターと契約を交わし、その戦争に加担した。彼らの在り方を見ていつしかサーヴァントと呼ばれるようになった英雄、その力はまさに一騎当千。人でも魔族でも、個で万の軍隊を屠るほどの力を持った者は存在しない。戦争はやがて、サーヴァントの殺し合いに変わっていったのも頷ける。

 

サーヴァントを主軸に、いよいよ人間と魔族の決着がつく戦争がおよそ500年前、魔族のリーダーである魔王と当時のアルアトール帝王が雌雄を決したとされる戦いこそ有名な人魔戦役だ。過去最大の、人間と魔族、そしてサーヴァントが混ざった熾烈な戦い。その結果として、聖杯は人間側に渡り、魔族はその数を多く減らした。

 

だが初代アルアトール帝王はある間違いを犯した。それは聖杯だけでは願望器としての機能をしないこと。願望器を起動するには、聖杯と相性の良い生贄が必要になる。それがまさか魔王だとは知らずに殺してしまったことを、初代は悔やんだそうだ。

 

しかし、魔王の血筋を持つ者であれば、聖杯の鍵になる。それを知ったアルアトールの王族は、各地の魔族の生き残りを血眼になって探して適格者を見つけては、聖杯に生贄として捧げようとした。しかし不思議なことに聖杯はまたも機能しなかった。今度は聖杯を起動させる方法に問題があったんだ。

 

聖杯は厄介なことに聖杯自身が定めた儀式を行うことを起動条件としている。厄介なことに聖杯は、己を使う資格を持つ者の中で、最も優秀な人物にのみ使用を許されるものだった。そして必要な儀式は、適性者を決める殺し合い。聖杯を管理し、いざ使おうとしたアルアトールの王族は聖杯のために、その殺し合いをしなければならなくなった。

 

並みの人間ならここで諦めるのだろう。しかし当時のアルアトールの王族は強欲な人間ばかりだったらしい。聖杯を求める王族が本当に殺し合いを始めてしまったんだ。聖杯はその殺し合いにサーヴァントを分け与え、儀式を促進させた。そして最後に生き残った王族である祖先が勝利し新たな帝王となると、聖杯を起動しようとした。しかし、今度は魔王の血族がその戦争で死んでしまい野望は潰えた。これが120年前に発生した第1次聖杯戦争だ。

 

これよりはその繰り返し。魔王の血筋を持つ魔族の生き残りを見つけては、次の王位継承権を持つ王子を全員含め、王族が殺し合う。そして生き残った1人が次の王位につき、聖杯を使用する権利が与えられる、という儀式になっていった。つまりは誰がアルアトールの王になり、聖杯を手にするか。それを決める戦争になったんだよ。しかし不運なことに、魔王の血を持つ人間が戦争の間生き残ることはなく、今まで聖杯の起動には至っていない。

 

いつしかそんな聖杯戦争も様変わりしてきた。最近の2回は聖杯自身が選んだ王族ではない人間を参加者として認め、元は王族だけだったその殺し合いに一般人を巻き込み始めた。故に、最近では聖杯戦争はこう定義される。

 

聖杯に選ばれた人間が、あらゆる願いを叶える願望器を手にするため、アルアトールの王となるために、殺し合う戦争と……ね」

 

語るのはこの聖杯戦争の監視役。そして、彼が語った相手は、今回の戦いを背負う宿命を与えられられたアルアトール帝国第5皇子、アレスだった。彼もまたこの聖杯戦争の参加を義務付けられた王位継承権を持つ少年であり、今宵、監督役から戦争の説明を受けるために、王宮から少し離れた人影のない教会に立ち寄ったのである。

 

「わざわざ由来までのご説明。ありがとうございます。グラド神父」

 

微笑んで礼を述べるその姿はまさに絵にかいたような美男子。

 

グラド神父は故郷に居たかつての親友を思い出す。猛々しくも立派な青年だった。ああなれれば、どれだけ格好良かったか、と今でも思っている。

 

「いいえ。この教会にお世話になっている身ですから。監督役として働くのは当然のことです」

 

にっこりとアレスに微笑むグラド神父。しかし、アレスの顔は晴れない。

 

それも当然であろうと、グラド神父と呼ばれた男は思った。

 

この聖杯戦争は、聖杯の所有権、すなわち王位継承を誰がするかを決める殺し合い。異界の聖杯戦争ではマスターたちが生き残ることもあり得るが、この国の法律で決められた王位継承戦では、生き残るのはただ一人と定められている。故に、この戦いに生存者は1名しか出ない。そして相手は今まで当たり前のように家族として過ごしてきた者たち。

 

アルアトール帝国は男子継承を伝統とする。王位継承権を持つ皇子はこの世代ではアレスを含めて5名。

 

第1皇子フィラルド、天才剣士としても名前が知れ渡っていて、騎士道を重んじ、父と同じ覇道を志す、まさにアルアトール現帝王の息子というべき存在。

 

第2皇子クーベル、彼は文官の才能を持ち、聖杯戦争というシステムがなければ第1王子を支える存在として立派になっただろうと良い評判を持っている。

 

第3皇子ヴァレル、彼は神器を継承していない唯一の王位継承権を持つ人間で、上の2人が優秀な力を持つ存在であるがゆえに周りからは少し残念な王子として見られている。

 

第4皇子リュート、その姿は凛々しく、時に女性であるかと勘違いするほどの色香を持つ魅惑の姿で有名である。

 

そして第5皇子アレスの順に並び、王族には現皇帝の他に、皇女も3名、王族の家系譜に名を連ねている。

 

「兄と明日から殺し合うというのは今でも実感に湧きません。昨日まで、俺……失礼、私を可愛がってくれた兄たちと」

 

「口調は崩して結構ですよ。しかし、そうですね……確かに親密な相手がいきなり武器を持って目の前にいる。と考えればそれは恐ろしいことです」

 

グラド神父にも、家族ではないが、愛する者、生涯の友と殺し合いをしたことがある身としては、多少同情できる話だった。

 

「俺は、兄と戦いたくはない。本当ならこの戦争をしたくはない」

 

「……ではいっそのこと逃げますか?」

 

「いいや。これは戦争の話を聞いた十年前から覚悟していたことだ。それに、俺にも望みはあるんですよ」

 

そもそも、王家の取り決めに反することはできない。法で定められた戦いであるが故、逃げようものなら、即死刑が決定となる。この国の兵士はみな優秀であり、いかなる手をもってしても逃げきることは許されない。

 

神父は、そのような理由もあり、この街に来てから縁あって、ずっと成長を見てきた彼に戦いを強いて、生き残ることを願うしかない。最もそれはアレスだけに限った話ではないので、特段彼に情をかけているわけでなかった。

 

「望みですか……よろしければ聞いても?」

 

「このくだらない戦争は終わるべきだ。俺が勝ち残れば、それは叶う」

 

「なるほど。あなたはこの戦いに否定的なのですね」

 

「俺は、この因縁を終わらせて王になった暁には、魔族との友好を結ぶ礎になりたい」

 

「なるほど。随分と物好きな願いですね。偽善と言うべきか、本気にする理由でもあるのか。」

 

「否定はしません。俺を笑いますか?」

 

魔族を否定し続け、殺し続けたアルアトール帝国の皇子が急に友好宣言をするなどと、この世界に隠れ住んでいる魔族に対しては、敵意を煽る結果にしかならない。それはこの場の神父だけでなく誰しもが分かる自明の理というものだ。

 

しかし、アレスはそれを理解していないのではなく、それでもそう決意している。神父を見るその目は水を差すことができないほどに真摯なものだった。

 

「笑いませんよ。どんな願いを持っていようと、私がそれに口を挟む資格があるわけではありません。聖杯はきっとその望みを叶えるでしょう」

 

神父はアレスを安心させるべく、にわかに微笑んだ。

 

「では神父は聖杯戦争を否定的に見ているのですね」

 

「いいえ、そうではありません」

 

少し微笑んだアレスを見て、グラド神父もまた彼に気を使わせまいと顔を整えた。

 

「物事には良し悪しがありますよ。確かに人道的とは言えない方法の継承戦争ですが、普通に戦争を起こされるよりは犠牲者は少ないです。それに、力ある人間が王になる、それは正しいことだと思います。あくまで個人としての意見ですが、決して悪いことばかりではないかと」

 

「なるほど」

 

「あなたこそ、私を侮蔑しませんか?」

 

「いいえ。むしろそういう考え方があると参考になりました。聖杯戦争を良しとしないのは変える気はありませんが」

 

齢19にして真夜中の灯がほぼつかない教会で、ここまでの問答ができれば度胸としては十分だ。

 

神父はそう判断する。そして同時に、今回の聖杯戦争に期待を寄せた。今回は本当に聖杯が起動する歴史的な瞬間を目の当たりにできるかもしれないと。

 

「では、あなたは参加するのですね。聖杯戦争に」

 

アレスは頷く。

 

神父はそれを確かに目に焼き付けた。彼が命がけの戦いに参加する意思を見せたその瞬間を。

 

「アレス皇子。あなたを聖杯戦争の正式な参加者と認めます。これよりは貴方は聖杯戦争の参加者として、命を賭して戦い、必ずや聖杯を掴んでください」

 

 

 

聖杯戦争。それは聖杯に認められた人間がマスターとなり、己の使い魔であるサーヴァントを召喚し戦い、聖杯の所有者を決める戦いである。万能の願望器である聖杯を奪い合うこの戦いへの参加者は、どのような形であれ叶えたい願望があると言われている。

 

聖杯に選ばれたマスターはその証として3画からなる赤い刻印、『令呪』という紋章を体に宿す。令呪とはサーヴァントを使役する者を意味する証明であり、これをどのような形であれ失った時点で失った時点でマスターとしての資格は消えてしまう。ただし、令呪を失っただけでは聖杯戦争から脱落というわけではなく、戦う意思があればマスターでなくとも最後まで戦争に参加することは可能だ。ただし、サーヴァントは決戦兵器であり、これを持たない参加者に勝利はあり得ないと言っても過言ではない。

 

では、これまで言い続けてきた『サーヴァント』なる存在とは何か。それはこの世界にあらゆる伝承で伝えられている英雄を実体のある守護霊としてこの世界に現実化させたものと考えればよい。個体に寄るが基本的には一騎で生半可な国を壊滅させることができると考えれば、その強さは一般の人間では叶わないことがわかるだろう。

 

聖杯に招かれるサーヴァントもまた叶えたい願いを持つ英雄たちが多く、その形は大きく分けて2種存在する。

 

死後、生前に叶えたい夢があったり、無念を抱えたりしている英雄が、聖杯に招かれ全盛期の姿となって召喚されるパターン。この場合、己の最期までの記録、および習得した技術を保有して召喚される。ただし思考回路は召喚された肉体の年齢相応に戻る事が多い。また全盛期と呼べる時期が二度以上ある英雄は、その中でいずれか1つの全盛期の姿で召喚されるため、ある世界では勇者の槍を授けられた頃の従者としての姿で、またある時は、トラキア一の忠義の騎士としての姿で召喚されるということもある。

 

そしてもう1種は、生きたまま、サーヴァントとしての力を与えられ、聖杯に招かれるもの。形はどのようにしろ、生きている状態のまま異界であるこの世界に飛ばされ、聖杯を求める英雄も存在する。このような英雄には、そうするだけの大きな願望がある場合が多い。

 

この聖杯戦争で召喚されるサーヴァントの数は具体的には決められてはいない。人魔戦役では14騎のサーヴァントの召喚が確認されているが、その後の聖杯戦争では7騎が最高で、その時々の王族の数による。しかし最近の2回は7騎の召喚による戦争になったこともあり、基本は7騎による戦争だと仮定されている。

 

英雄の召喚は、伝承上の異界にあるブレイザブリクという神器がなければ至難の業になるため、その神器のないこの世界で召喚されるサーヴァントは、戦いにおける役割に即した英雄の一面に特化した形で呼び寄せることで、召喚の難易度を大幅に落としている。その役割はクラスと呼ばれ、サーヴァントはそのクラスの枠に己の性質が合致する時、そのクラスを名を冠して召喚される。

 

クラスは基本的に7種類。基本的に同じ聖杯戦争で、同一クラスで2体以上の召喚はなく、必ずクラスは別々となる。またセイバーで召喚された英雄は、生前槍や弓の適性があっても、召喚された後では剣しか使えなくなるという例のように、各クラスでは、クラスごとに制約が設けられている。なので基本的には召喚されたクラスに応じた技術でサーヴァントは戦闘を行うのだ。

 

剣を使い戦うセイバー。

 

弓等の遠距離の狙撃を得意とするアーチャー。

 

槍の使い手であるランサー。

 

騎馬や竜等に乗り、戦場を駆けるライダー。

 

魔法書を用いた、魔法を得意とするキャスター。

 

暗殺や虐殺等、殺しに特化した技術を持つアサシン。

 

理性を犠牲にする代わりに、戦闘力に特化した存在となったバーサーカー。

 

もちろん例外のクラスで召喚される者もいるがその存在は非常に稀であり、この聖杯戦争でも召喚が確認されたのはただ1度きりであるので考える必要はない。

 

サーヴァントの能力は多種多様であるが、サーヴァント自身の能力に加え、マスターとなった人間の能力によって変動することもある。結果的にサーヴァント同士でも格の違いはあるものの、マスターの能力によっては、十分下克上は可能である。しかし、元々持つ基本の能力が高い英雄を呼ぶことが戦いを有利に進めるカギとなることに違いはない。

 

故にマスターは強いサーヴァントを召喚することが、聖杯戦争を勝ち抜くために必要な第1の過程である。

 

「さあ、サーヴァントの召喚の儀に映りましょう」

 

グラド神父は、緊張の面持ちで待機をしていたアレスに話しかける。

 

「何か、サーヴァントを召喚する『縁』はありますか?」

 

『縁』とはサーヴァントを召喚するための触媒のようなもの。本来であれば、英雄の召喚は完全なランダムであり、どのような英雄が召喚されるか分からない。しかし伝承に関する英雄に近しい『何か』持っていると、召喚対象を絞ることができる。例えば鋼の剣を用意すれば、剣を使うことができた英雄に召喚の対象を絞ることができる、といったようなものだ。特に範囲をかなり絞ることのできる強い縁となる物体は聖遺物と呼ばれることもある。

 

「これを」

 

「ファルシオン……なぜあなたが」

 

それをアレスが持っている事は本来あってはならないことだ。しかしアレスは何の悪びれもせずにその剣を見せる。

 

アルアトール帝国には、かつて魔王を滅ぼした戦いで、個体として強力な魔族、そして魔王を討伐するために誕生した4つの神器がある。当時は名も無き武具だったが、魔族という闇を打ち払う決め手となったその武器に敬意を表し、最初の神話世界で最強と呼ばれた武器の名前を与えた。強大な力を持つ魔王を屠り、時に人智を超えた光の力を宿すと言われる神剣ファルシオン。魔法を一切寄せ付けずその刃は鋼を容易く両断する力を持った聖剣メリクルレイピア、その槍の投擲は竜の炎と同じ破壊となる伝説を持つ聖槍グラディウス、放たれた矢の一射はあまねくものを貫通し止まることのない光芒を刻むと語られた聖弓パルティア。それら4つは魔族はもちろんのこと、サーヴァント相手にも有効な強力な武具として、帝国の勝利と力の象徴として崇められてきた。その存在はまさに神格と言ってもよく、本来であれば皇子であっても拝謁すら許されない。現皇帝のみが元老院の半数以上の議決を持ってようやく触ることを許されるほどのものだ。

 

「昨日父上による呼ばれまして、聖杯戦争が始まる前にこの武器と王家の慣習だけは絶やさぬように忠告を受け、その武器が封印されている場所を伝えられました」

 

「そこから盗んできたと?」

 

「はい」

 

「さすがのあなたでも国家の大罪人として訴えられますよ」

 

「覚悟の上です」

 

グラド神父は苦笑した。アレスの聖杯戦争への意気込みを見て。

 

いくら王族の儀式とはいえ、自らが大罪を背負ってでも勝たなければならない理由に神父は興味を持った。

 

歴代の王族に比べてアレスはやりすぎだ。アレスもまたこの帝国の王族として強欲に生きる血を持っているのか、または、彼はその中でも異端児なのか。

 

どちらにしても今回の聖杯戦争は面白いことになる。神父は光の剣を持つアレスをもう一度見て、その確信を持った。

 

「魔法陣は組んであります。どうぞこちらへ」

 

「え……?」

 

「どのみちあなたが用意するものです。ならば私が用意しても戦争には影響ありません」

 

「しかし、それがサーヴァントの降霊に影響するのでは?」

 

「いいえ。魔法陣は呼ばれる英雄の種類に影響はありません。ご安心を」

 

「なるほど」

 

教会の最奥。そこに刻まれた魔法陣。まるで血のような妖しく紅い液体で書かれたそれを見て、アレスは、己は今から踏み入れようとしている戦いの恐ろしさを間接的に見せられた気がした。自分はこれから命の取り合いをするのだと。この液体にも見慣れなければならないのだと。

 

アレスは思い出す。己の願望を。

 

七年前。十二歳の頃に見た血を、生涯忘れることはない己の罪を償いたい。守ろうとしたのに守れなかったことを『彼女』に

 

どんなに『違う』と叫んでも、それを認めず自分たちの味方のように、自分を『彼女』に見せつけたあの大人たち。異端な考えを認めず、魔族排斥を至上とするその間違った思想を、この戦いで終わりにし、死んだかつての親友に償いたい。

 

アレスは今一度、自らの願望をかみしめる。

 

召喚の手順はそれほど大掛かりな儀式を必要としない。英雄を呼び寄せるのはあくまで聖杯であり、呼び寄せた英雄の出現地点を示すのが魔法陣というだけだ。故に魔法の心得がない者でも召喚は可能である。

 

「縁を魔法陣の中へ」

 

アレスは、腰に釣ったファルシオンを鞘から抜き、目の前の魔法陣に置く。神剣と謳われたこの剣も、500年の時を経て朽ちたのか、そもそも伝説のような力など持ち合わせていないのか、ただの装飾が豪華な剣にしか見えない。

 

「……勝つためには何でも使う」

 

アレスはその剣に語り掛けるように言った。

 

グラド神父は魔法陣最終確認をする。そして満足げにアレスに笑いかけた。

 

「聖杯戦争は、誰かがサーヴァントを召喚した時点で開始されます」

 

「すでに始まっていると?」

 

「いいえ。私の聞いた話ですが、今夜の月がちょうど空の真上に来た頃に、王族の皆様は召喚を始めるでしょう。アレス、あなたの召喚は、他の参加者と召喚はほぼ同時になると思います。此度の戦争の幕開けは英雄召喚と同時刻になります」

 

「貴方は私たちを常に見守っていると?」

 

「ええ。この継承戦争は一般人に被害が出ないからこそ黙認されている伝統ですから。それ故、行き過ぎた行為は我々監督役と私の部下の執行人が対処することになります。私とのその仲間は常に監視を行っていますよ」

 

アレスは聖杯戦争で破ってはいけないルールをもう一度確認する。

 

1つ。戦闘は夜に行うこと。

 

1つ。監督役が特例を認めない限り、王族、もしくはそれに仕える人間以外の一般人に支障をきたさないこと。

 

1つ。上記に伴い、規模の大きい禁術、禁呪などは使わないこと。ただし、サーヴァントの奥義に関しては例外とするが、むやみな虐殺とならぬよう細心の注意を払うこと。

 

以上。守られなければ、監督役が規定違反の参加者を罰するものとする。

 

「まあ、最終的な判断は今回の監督役である私に委ねられますので、アレス、それに関してはくれぐれも注意をするように」

 

「はい」

 

高まる拍動を感じ、アレスは深呼吸で収めようとする。

 

グラド神父もまたもうすぐ始まろうとしている戦争に高揚感を持っていた。

 

「早く見たいですね……」

 

「神父?」

 

「失礼……監督役としてこれで2回目。以前この戦争を見た身としては、どのような英雄が来るかワクワクしてしまいまして。どうかお許しを」

 

「……それにしてはあなたは若すぎる。まだ20歳とも思えない見た目ですね」

 

「それは……体を若く保つのも仕事ですからね」

 

「御冗談を」

 

「ええ。……では、冗談はここまでにして。アレス。詠唱は覚えていますか?」

 

「はい」

 

「ならば良し。では始めましょう」

 

神父は魔法陣から離れる。ここから先はマスターの仕事であり、その場はマスターのみの聖域となる。この場で初めて、己の相棒であるサーヴァントを呼び出すのだから。

 

そしてそれは、王位継承権を持つ身として、運命の戦いの始まりの時を意味する。

 

 

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王宮の中庭。そこにいるのは第1皇子。彼は王家の正装を身に纏い、自らで書いた魔法陣の前で、己のサーヴァントを呼ぼうとしていた。

 

「あの詠唱を途中に挟むのを忘れないようにしなければな。……しかし、ふふ。まさかアレスに先を越されるとは。次善の策を用意しておいて正解だったが……あいつは大物になりそうだ。この手で未来を閉ざすのは悲しいことだが。……いや、考えても仕方ない。始めよう」

 

縁として用意したのは、かつてこの世界に存在したと言われる竜、その鱗の化石である。魔法陣の上に令呪の宿る手をかざす。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

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王宮の地下室。というより牢屋の中だが、そこでは第2皇子が魔法陣を書いていた。第2皇子は皇子の中でも唯一協力者をすでに獲得している。自分に仕える侍女と執事1名ずつ。そして公式には伝えられていないが、彼には将来を約束した仲の女性がいる。

 

執事と侍女は、儀式に一切に口を挟まないが、第2皇子の側室は、その怪しげな儀式を不安そうに見つめていた。

 

「満ちたり。満ちたり。満ちたり。満ちたり。満ちたり。繰り返すは此度5度。然してただ満たされる刻は今、破却される!」

 

「あなた様……」

 

魔法陣の中には、かつて密偵が使っていた血塗られた短剣があった。

 

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明かりのつかない部屋のなか、一人で過ごすには広すぎるその部屋に存在する第3皇子。彼はたった1人で、王宮の古い書物が置かれた魔法陣の前に立ち儀式を進めていた

 

「――告げる」

 

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第4皇子。彼は王宮の見張り台の屋上を貸し切っている。そこに書かれた黒の魔法陣。置かれている縁となるものは、女性用に作られた古い弓だった。

 

「汝の身は我が元に。我が命運は汝の手に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのならば応えよ!」

 

魔法陣は徐々に輝き、大きな魔力の流れが暴風となって辺りに吹き荒れる。

 

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皇子たちが召喚を行うその同時刻に、王宮から少し離れた離宮で、聖杯に招かれた者がまた、召喚の儀式を行っていた。

 

そこには2人。互いに令呪を持つ敵同士になるにも関わらず、二人は互いに敵意を見せることなく、召喚の儀式を行っている。

 

1人は第1皇女ミレーユ。

 

「誓いをここに。我は常世すべての善を敷くもの、我は常世すべての悪を成す者」

 

彼女の召喚魔法陣の中央には、刃先が綺麗に反っている槍が置かれている。

 

そしてもう1人は今回の参加者の中では最も子供だった。第2皇女ソフィア。まだ12歳である。先日必死になって覚えた詠唱を危うげに唱えている。その魔法陣の中央には、仮面が置かれていた。

 

「汝……三大の言霊を纏う七天」

 

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そしてアレスは、間違いなく詠唱を言い切る。

 

「異聞の帯より来たれ、大いなる守り手よ!」

 

詠唱が終わるとともに魔法陣の色が変化する。その色は、禍々しさを感じさせる黒だった。しかし失敗ではない。やがてアレスの視界は光で埋め尽くされ、魔道に疎いアレスすらも大きな魔力の存在の発生を感じるほどに溢れる魔力。

 

これこそサーヴァントの召喚。異界の英雄がこの世界に決戦兵器として現界した証明だ。

 

 

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第1皇子の前に現れたのはバーサーカー。見た目は齢25である自分よりも若く可愛らしい印象を受ける。その一方でそれでも第1皇子が恐れたのは、持っている光り輝く石から感じられる力が、想像以上の者であるということだった。

 

「……バーサーカーにしては……ずいぶんと綺麗な見た目だな。だが、俺の望んだ英雄に間違いはないようだ。ところどころに竜の片鱗が見える」

 

その英雄はしゃべらなかった。バーサーカーとして呼ばれた彼女は基礎能力が上がっている代わりに、理性がはく奪されている。英雄にもよるがバーサーカーは基本的には言うべき言葉を考える脳の働きも狂っているため、自由に話し合うことはできない。

 

竜のバーサーカーは赤い瞳をマスターに向ける。

 

「……ぁ……ぁ……」

 

何か口をぱくぱく動かしているが、そこから言葉として完成された音は出なかった。

 

「意識が混濁して言葉が見つからないのか」

 

第1皇子はこの契約を歓迎するという意思を伝えるために手を差し伸べる。

 

「ようこそ、竜の王女。貴方を歓迎する」

 

それに満足したのか、やはり感謝の言葉はないものの、バーサーカーは少し嬉しそうに微笑んだ。

 

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第2皇子の前に現れたのはアサシンのサーヴァント。異界の英雄たちの中には女性も多いのが特徴だ。これらの伝承は未だ男性優位という古風な悪い伝統に難儀している女性を勇気づけてきた。

 

そして第2皇子の前にいる彼女もまた、エレブ伝承で優秀な密偵として語り継がれる女傑だった。

 

「サーヴァント、アサシン。召喚の招きに応じ参りました」

 

「なるほど……クラスは狙ったものが来たな」

 

「今宵よりは私もあなたの剣となりましょう。私の真の名は」

 

「いや。いい」

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ。それより。何ができるかを教えてくれ。早速作戦を立てよう。単純な戦闘じゃ分が悪いからな」

 

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第3皇子の前に来たのはキャスター。フードをかぶり顔を見せない正体不明の存在。

 

「キャスター? だと思います。……来ました」

 

その声と大きさから、未成年であることに違いはない。声は小さく頼りなさをを感じさせ、体はこれからの戦いに向けてはあまりにも小さい。

 

「役に立つのか。てめえ」

 

「……頑張ります」

 

キャスターである以上、この世界では魔法書を使った魔法使いである。その魔法に使うのか、それともおしゃれなのか、ペンダントを大切そうに身に着けている。

 

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第4皇子が呼び出したのはアーチャー。しかし、弓も矢も持っておらず、剣を帯同している。見た目は

 

「わたくしでよければ、あなたの力になりましょう」

 

「よろしくお願いします。アーチャー。……ところで……弓矢は」

 

「……私も驚いています。私は主に剣を使うので」

 

「え?」

 

皇子の声が裏返る。その声を聴き、アーチャーは驚いた。

 

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第1皇女の前に現れたのは、黒い近い茶髪の男。聖遺物として用意したものとは別に、業物の槍を抱えてすました顔で主を見る。

 

「ランサー……ていうのか。なんか変な気分だな。槍術師だよろしくな」

 

「なんかチャラチャラしてるやつね」

 

「まあ、許してくれ。かしこまるのは性に合わないんだ」

 

そして一方。第2皇女の前にの前に現れたのは、白馬の王子、ではないがそう思わせるほどに高貴な雰囲気を醸し出す、黒い外套を纏った騎士だった。

 

「サーヴァントライダー。馳せ参じました」

 

「あ……その……」

 

「ご安心を。貴方をお守りしましょう。騎士の誇りに誓い」

 

********************************************

 

そして魔法陣の中には、アレスの求める英雄が居た。

 

「これは……」

 

その英雄は慣れた手つきで聖遺物にある剣を手に取る。今まで神聖な力を微塵も見せた事のない神剣は、その英雄に握られた瞬間。まるで求めていた主に出会えた喜びを表現するように光を纏い始めたのだ。

 

その出で立ちは一目見るだけで戦士だと分かる。青い鎧はその英雄の風格を表す文様が刻まれているものの、それはよく見ると後付けであり、傷やへこみだらけの鎧を身に纏うその姿は激戦を勝ち抜いてきたに違いないとアレスに確信させた。

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に応じて参上した」

 

セイバーはアレスの方へ向くと、

 

「君が僕のマスターかい?」

 

微笑みながら問う。

 

アレスは、目の前の英雄に委縮しながらも、しっかりと頷く。

 

「僕は君のサーヴァントとして、君の願いを叶えるべく戦おう」

 

「俺の願いは訊かなくていいのか?」

 

「いいや。君の目はしっかりと前を向いている。だから僕は、君を信じるよ」

 

その姿に己にはない器の大きさを感じる。もし勝ち残れれば王となるアレスにとって、目の前の戦士はいい手本になる。アレス自身は自らのサーヴァントを見てその予感があった。

 

「ありがとう。これからよろしく」

 

「こちらこそ」

 

アレスの差し出した手を、セイバーはしっかりと握った。

 

グラド神父は召喚が一段落した時点で、アレスに話しかける。

 

「召喚おめでとう。これより聖杯戦争は始まります。これからは自らのお命をご自愛ください」

 

セイバーが神父の前に、アレスの壁になるように立つ。

 

「セイバー?」

 

「マスター。自分以外は過信しないほうがいい」

 

「監督役だぞ?」

 

「……すまない。僕にはこの男が少し怖く見えてね」

 

グラド神父はそれを聞き、苦笑を浮かべた。

 

「まあ……不快ではありませんよ。決して間違いではありません。私もまた人には言えない闇を抱えていたりします。ですが聖杯戦争の監督役の務めはしっかりと果たすつもりでいます。どうかここは殺気を収めていただけませんでしょうか」

 

セイバーは手を剣の柄から話す。よほど警戒していたようだった。

 

「では、今宵の儀は終わりにしましょう。教会は人目のつきにくいはずれの地。アレス殿も積もる話はまだあるでしょうが、今夜はお帰りになられた方が良いかと。サーヴァントとのコミュニケーションも大切です。今夜はよく語らうと良いでしょう」

 

「……はい。そうですね」

 

アレスは神父の提案に逆らうことはなかった。

 

ここからは何があっても自己責任である。一歩何かを間違えれば死に直結する戦いに身を投じる。

 

不安で胸が押しつぶされそうになる一方、アレスは己の夢への成就にもうすぐたどり着くという希望が、アレスの心を保っていた。

 

「行こうか。マスター」

 

「ああ」

 

セイバーが先導し、教会を去ろうとしたアレス。

 

しかし、先に教会の入り口の扉を開いたのは出ようとしていたアレスではなく、王国の兵士だった。

 

「神父!」

 

自らが仕えるべき王族すら無視して、慌てた様子で神父に叫ぶ兵士に、神父は急に響く高音に身を震わせ驚いた。

 

「びっくりした……どうしました?」

 

兵士の顔は一言で表せば顔面蒼白だった。まるで信じられないものでも見たかのように。

 

「生贄が……サーヴァントを」

 

「生贄……今回、聖杯に捧げるはずの魔王の子孫ですね。まさか……」

 

「本当です。サーヴァント、アサシンを召喚し、王国の最奥監獄から脱出を開始しました」

 

「なんだと?」

 

驚きの声を上げたのはアレスだった。

 

「マスター、何をそんなに驚いている?」

 

「あそこにいるのは……くそ!」

 

アレスは今までの緊張も、興奮もすべて吹っ飛んでしまったのか、無防備のまま慌てて外に向けて走り出す。

 

「マスター?」

 

セイバーは、唐突に走り出す多己のマスターを追い走り出した。

 

「皇子……お待ちを」

 

その言葉はアレスに届くことはなかった。

 

「監督役の私が代わりにお伝えいたします。続きの報告を」

 

「はい……さらに、王国で公認している召喚の他に、さらに英雄召喚と思われる魔力反応が7つ、王宮魔術師に確認されました。

 

「何……!」

 

その報告が意味するものは、今回のサーヴァントは14騎存在するという可能性。

 

「なんということだ……」

 

神父もまた、その報告を聞き、外へと走り出した。

 

しかし、その心情はアレスと全く異なるものだった。

 

神父は興奮していた。

 

これは伝承の再現になるかもしれない。その可能性があることに、喜びを隠せない。その伝承とはアルアトール初代王と魔族の王が戦った聖杯戦争の起源である戦い。14騎のサーヴァントが戦った原初にて史上最大の聖杯戦争。

 

その再現が訪れたのだと。

 

 

********************************************

 

その部屋に灯は灯らない。ここは帝国の囚人が幽閉される地下の監獄。至上稀に見るような大罪を犯した人間を死ぬまで永遠に閉じ困る牢獄。とても人間が生きることのできる場所ではなく、自殺を決めたり、衰弱し死んでしまった者たちが発する死臭はこべりついている。

 

そこに1人。ただ聖杯の生贄というだけで囚われ、手と足を鎖で繋がれた少女がいた。

 

彼女のような華奢な人間であれば本来1年立たずに死んでしまう。しかし鎖から補給される魔力が、彼女に生きるだけの栄養に変換されるため、彼女は死なずに長い間そこにいた。

 

「殺す……殺す……殺す……」

 

しかし、すでに精神はもうまともなものではない。彼女の中に渦巻く感情に安らげるものは一切存在しない。

 

彼女をここまで生かしてきた願望。それは魔族である同胞を虫のように殺し、自分をここへ閉じ込めた『人間』に復讐すること。魔王の血をもつ自身に刻まれた宿命。そして彼女自身の意志。

 

時はどれほど立ったか分からない彼女だったが、それでも、過去に、自分からすべてを奪った事件を、否、王国の陰謀を今でも覚えている。

 

その頃は本当に希望を持っていた。たとえ魔族でも、人とともに生きていけるのではないかと本気で思っていたのだ。彼女に初めての人間の友達ができた、毎日ともに学びともに遊んだ。

 

しかし、それを帝国は許さなかった。目の前で親友を殺し、彼女を聖杯戦争などと馬鹿げたものの生贄にしようと嬉々として彼女を捕まえに来た。

 

屍になった友、自分を守ろうとしてくれた友。彼らの抵抗も虚しいものだった。結局帝国の思い通り事が運び、私にとっての地獄が完成したあの日。

 

今でも彼女は覚えている。大人に撫でられ、褒められる、裏切者の顔を覚えている。

 

「アレス……!」

 

一緒に居てくれるという約束も、嫌いにならないという言葉も、怖くないと威勢よく言ったこともすべては嘘だった。それが彼女にとって一番悲しいことだった。

 

「おい」

 

外から声が聞こえた。彼女は耳を傾けようとしなかったが、音もないこの空間に、その声はよく響く。

 

「まったく、魔族ってのは怖いね。魔力を与えられるだけで生きるなんて、人間じゃない。……おいおい、そんな怖い顔で見るなよ。だって事実だろう。どう見たって人間とは違う化け物なんだから」

 

すぐにでも炎で焼き尽くしたい。彼女のその思いは鎖につながれている今は叶わない。

 

「殺す……!」

 

「こえ……、仕方ない。気絶させて連れてくか。殴れば意識も飛ぶだろう。王は死ななければ問題はないって言ってたからな」

 

迫る王宮の兵士。

 

彼女に抗うだけの体力は残されていなかった。

 

ここで連れていかれれば、もう復讐の機会は失われる。街の中心に磔にされ、人間に辱められ、そのまま生贄として殺される。

 

彼女は拒否した。体が自由に動かなくとも、心は叫び続けた。

 

こんなの間違っていると。人間は間違っていると。

 

だからこそ、奴らは一人残らず殺さなければならないと。

 

必死に祈った。

 

そして。その祈りは届いた。

 

その瞬間、手に令呪が宿った。そして、目の前に魔法陣が浮き上がる。

 

「なんだぁ?」

 

その輝きは赤。魔力が集合し、やがてすさまじい風と共に何かがやってくることを彼女は感じていた。

 

やがて視界は光で埋め尽くされる。それは一瞬。光が晴れた時、目の前で彼女を殴ろうとしていた兵士は倒れ、武器を燃やし明かりと灯す男がいた。

 

「誰……?」

 

それはこの監獄に来てから、彼女にとって初めての救いだった。

 

目の前の現れた男は、鎖を斬り、彼女に告げる。来ているのはこの国の軽装に似た外套。英雄にしては派手さは全くなく、手に持ったその剣は、キルソードと呼ばれる、暗殺剣で有名な業物。

 

「サーヴァントアサシン。召喚の呼び声に応じ参上した」

 

「何……?」

 

「それはこちらが聞きたいがね。と言いたいところだが、この状況、君の処遇は察したよ」

 

「サーヴァント。戦争……!」

 

「恨む気持ちもわかるが落ち着け。俺は君を助ける存在だ。そして……俺が感じる限り、どうやら君を助けに来ている者はまだいるらしい」

 

「そんなもの好き……」

 

「だが、どうやら入り口の兵士に止められているようだ。……全く、役に立たない屑だ。それはともかく」

 

アサシンを名乗った男は、彼女を引っ張り上げ尋ねる。

 

「ここから出たいか?」

 

脱出を求める彼女に差し伸べられた救いの手。彼女はそれを今出る限りで一番力を籠めて握った。

 

「私に……殺させて。人間を」

 

「ああ。それで君が救われるのなら、それがサーヴァントとしての私の役目だ」

 

彼は片腕で軽々と彼女を持ち上げる。

 

「あなた……」

 

「衰弱はしているが、魔力供給のおかげで体に支障はなさそうだ。食事と睡眠を正しく行えば、すぐに良くなるだろう。そのためにもまずは脱出する」

 

初対面のくせになぜか慣れ慣れしく話しかけるその男に対し、

 

「あなた、名前は?」

 

と問う。その男がその問いに出した答えは、

 

「無銘」

 

「は?」

 

「名前などない。俺のことは普通にアサシンと呼んでくれればいい。さあ、走るぞ。リュエン」

 

「なんで私の名前を」

 

「俺はサーヴァント。名を察することくらい簡単だ。それとしばらくしゃべるなよ。ここからは走る。舌を噛んでも私の責任ではないからな」

 

それだけ言うと、無銘のアサシンは走り出した。彼女を抱えて、目指すのは彼女が数年ぶりに出る外だった。




いかがだったでしょうか。
まだプロローグなので戦闘場面は入れられませんでした。しかしプロローグはまだ続きます。次回は戦闘描写も入れられる予定です。

今はどの英雄もまだ自分の名前を明かしていませんが、一応ヒントは入れているつもりです。皆さんは召喚された英雄の名前を予想してみてください。今回はまだサーヴァントが全員出てきていませんが、全員出てきたら一度、情報を整理したいと思います。

あらすじにも書いた通り、マイペース投降なので更新は遅いと思います。それでも良ければ今後ともお付きあいいただければ幸いです。

次回『プロローグ2 15人目の英雄』

 


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プロローグ2 15人目の英雄

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!

ちなみに、サーヴァントとして出しているファイアーエムブレムキャラ。原作は「紋章の謎」「聖戦の系譜」「トラキア776」「封印の剣」「烈火の剣」「聖魔の光石」「暁の女神」「覚醒」「if」「echoes」から出してます。



リュエンは歩くには問題はないものの、いざ逃げるとなると、衰えた筋力で長く走る事は不可能だった。

 

そのため、急に現れたサーヴァント、アサシンが彼女を抱きかかえながら、地下監獄を走り続ける。

 

リュエンは己の運命を歪めた聖杯戦争という存在を恨んでいる。そしてそれに関係するものをすべて破壊することを心に決めている。そのため、今アサシンに抱えられている現状も不愉快極まりない。

 

歴代の魔王の血を引いた先祖たちもきっと同じだとリュエンは信じている。己の中に湧いてくる黒い感情が脳にその命令を刻み込むのだ。

 

――聖杯は魔族の神秘。それを奪った人間を許すな。全てを殺せ、全てを壊せ、殺せ、壊せ、殺せ、壊せ、壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ――

 

「……復讐を止める気はない。それでもなお言うならば、俺を殺すには、まだ早いと思うが?」

 

「……さっきまで自分のことを『私』って呼んでたじゃない」

 

「あれは外向きの言い方だ。今はマスターとサーヴァントという関係になった以上。少しは素を出させてくれ。その方が言いやすいんだ」

 

リュエンは、血に濡れたキルソードを右に持っているアサシンに心を見透かされたようで、さらに不愉快な気分になる。

 

「なあに、そう怒るな。これでも命乞いをしているつもりだ。君はいずれサーヴァントも人間もすべてを殺すだろう。それに文句はない。だが、いま俺という駒を失えば、君はまた捕らえられる。そうなれば、復讐の機会すら与えられない。そんな愚かな真似は君も御免だろう」

 

頭の中が殺戮衝動でいっぱいになっていたことにリュエンは初めて気づいた。否、気づかされた。

 

アサシンという役割で目の前に現れた男は、自らの主のことをよく見ている。

 

リュエンは先ほどまで靄がかかっていた頭が少しすっきりし、現状を見る。

 

斬りかかってくる兵士を、アサシンは左の腕でリュエンを抱えながら、右に持った剣で切り倒していく。

 

リュエンは、その光景が不思議だった。一騎当千という言葉が事実であることを実感したが、それ以上に、流麗に振るわれる剣の演武、まるで最初から完成を目指して行われた演劇のように軽やかな身のこなしで敵を殺していく光景は、綺麗なわけではないが見ていてある種の感動を呼ぶ。

 

「君のファンがずいぶんと多いな?」

 

「嬉しくない」

 

「……少しは人間らしくなったか。そんな風に、これから来る仲間にも愛想をまき散らせ」

 

「仲間。私に?」

 

「ああ。入り口で止められている馬鹿は置いておくとして、他の君の仲間はおそらく、今この街に向かっている。もうすぐ到着するだろう。サーヴァントを引き連れてな。よくこの数のサーヴァントをそろえたものだ、今回の戦争は過去最大規模になるだろう」

 

「分かるの?」

 

「ああ。これでもサーヴァントを察知する能力だけは自信がある。この街に、王族側とは違うサーヴァントが近づいている」

 

「詳しいのね」

 

「サーヴァントは召喚されたときに、この世界に関する知識を与えられる。そのおかげだ」

 

雪崩のように現れた百ほどの兵士を容易く斬り殺し、ようやく監獄の入り口にたどり着いた。

 

「このまま出るなら、私は降りる」

 

「甘えていても構わないぞ? お前は幸運なことに軽い」

 

「いいの。さすがにいつまでもこれは恥ずかしい」

 

「そうか。ならそうしよう。俺としても、外は万全の状態で君を護衛したい」

 

アサシンは不運なことに木製だったその扉を蹴破り、外に出る。

 

リュエンは驚いた。その場所は城下町だった。

 

アルアトール帝国の本城下街は碁盤の目で整備され、王城のある大門に通じる道は、馬車が10横に並んでも十分通れる広さを誇る。建物は特殊な事例を除き、上から見て正方形で、一階の高さ5メートルの二階建てに固定されている。画一的なその街のつくりはリュエンにとっては実に6年ぶりに見た光景だった。

 

現在は夜であるが、魔法によって起こされている灯で街はいまだ輝きを保ち、活気があると表現するほどではないにしろ、まばらに人が交通している。

 

「まだ騒ぎにはなっていないが、どうやら、先ほど逃がした兵士がいるようだ。もうすぐここに帝国兵が押し寄せる」

 

平静を保ちながら状況の説明を始めた己のサーヴァント。しかし、内容が未だ危機が去っていないという警告に過ぎない。

 

「どうしてそんな冷静なのよ」

 

「取り乱したところで仕方ないだろう」

 

「そんな平気ぶって。私、何もできないよ」

 

「だろうな。もしもの時は、援軍が来るまで俺が時間稼ぎをしなくちゃならない。その時は近くにいてもらうぞ」

 

「なんで、逃げた方が……」

 

「こんな些事に王族はサーヴァントを2体も呼ばないと思うが、1体は来る可能性がある。兵士を殺す程度の魔法も出せない、役たたずの魔王様に単独行動されては、それこそお前を捕らえられる隙が生まれる。だが、俺の近くに居るならば、サーヴァントが仮に出てきても、片手間でお前に迫る兵士を止めることはできる」

 

「そう。あなた強いのね」

 

アサシンはリュエンの問いに答えを返す。

 

「いいや、はっきり言うが俺は最弱の部類だ」

 

先ほどの殺しの技を見せられた身としては、その言葉は理解できないものだった。

 

「……あんなに強かったのに?」

 

「無論サーヴァントだ。最低限の仕事はする。だが、サーヴァントの標準的な強さを比較するのなら、次に来る敵のほうが標準的だろう」

 

アサシンはリュエンの手を握り、街の出口の方向へ引っ張っていく。

 

リュエンはその後ろ姿に、何か懐かしい光景を思い出せそうな気がした。頭に浮かんだのはたった一瞬で、いつ、どこの話だったかは覚えていない。

 

「やっぱり、抱えられていた方がいい?」

 

「いや。どうやら時すでに遅い。街の出口に、相当数の兵がいる。援軍が来るまでここで時間稼ぎだな。城下街大門の近くに行けば行くほど、おそらく兵が寄ってたかる。援軍にアレを片付けてもらおう」

 

「目がいいのね」

 

「視力の良さは戦いを左右するものさ」

 

先ほどから迷いのない行動、意見を言うアサシン。さぞ、修羅場を乗り越えてきた大英雄なのだろうとリュエンは思った。

 

サーヴァントなど認めたくはなかったが、その存在は格別であることは、脱出までの戦闘能力で認めざるを得ない。せめて利用できるだけ利用しようと、ようやく、意を決する。

 

「フ……少しはまともに話してくれるようになったか」

 

まるで猛犬と言わんばかりの言葉にリュエンはムッと来たがそこは耐える。今は言い争いをしている暇はないことは心得ていた。

 

先ほどまで闇の中ではただ人間を殺すことしか考えられない獣だったところを、このサーヴァントは冷静に落ち着けてくれた。彼は彼なりにマスターをどうにかしてくれようとしているのだろう。そういう風にリュエンは感じた。

 

今、リュエンは自分を顧みると頭が少し軽いように思えている。そして考えるだけの思考が少し生まれている。

 

「……さて」

 

リュエンのサーヴァントは向かいたい出口と反対方向を見て、鞘にしまっていた剣を再び抜いた。

 

「アサシン?」

 

「マスター。多少は魔力が回復したか?」

 

「うん。Cランクの魔法なら使えると思う」

 

リュエンの答えに頷いたアサシンは、魔道書を差し出す。アサシンは特に書物を入れる入れ物は持っていなかったにも関わらず。

 

「一体どこから」

 

「その話はあとだ。ファイアーの魔導書だ。兵士相手ぐらいなら役に立つだろう。持っておけ」

 

リュエンは頷く。差し出された本をとり、中を見る。リュエンは幼いころから魔道の勉強を続けていたため、その扱いに困りはしない。

 

アサシンが敵意を向けた先を自分でも見た。

 

アルアトールの兵士のさらに前に立ち、自分の身長よりも長く刃が曲線を描く、槍のような見たことのない武器を持った異邦人がいるのを見た。

 

その存在は他の兵士より、下手をすると将軍よりも危険な存在だとリュエンは本能的に理解できた。

 

「サーヴァント」

 

槍使いは、しばらくアサシンとリュエンを見定め、ようやく口を開く。

 

「ほう……意外と別嬪さんだな。黒髪か。俺の故郷には多いが、どうやら同族ではないらしい。あれが本当に魔王なのか?」

 

その槍使いと行動を共にしているのは、この国の第1皇女であり、リュエンが殺したくて仕方がない相手の一人。ミレーユだった。

 

「そうよ。今回のくだらない戦争のために十数年かけて見つけた生贄」

 

「まじか。ミレーユ」

 

「呼び捨て?」

 

「いいじゃねえか。あの女持ってくりゃいいんだろ? せっかくだ。俺の槍さばき、そこで見てけよ」

 

「言われなくても見るっての。父上直々の命令が急に下ったんだから。せっかく神秘的な殺し合いもこれでもうお祭り騒ぎじゃない」

 

「ハハハ、違いない」

 

ランサーと思われる相手の男は歳はまだ若いものの、その佇まいからは熟達した何かをリュエンは感じた。

 

「さて……その兄さん。あんたがサーヴァントなら、そこの彼女を護るわけか?」

 

アサシンに問いを投げる槍使い改めランサー。アサシンは答える。

 

「それは当然だろうランサー」

 

「アサシンっていうのは、暗殺専門の忍者だけっか。もっとコソコソ動き回る虫だった記憶があるな」

 

「私もこうやって目の前に姿を晒すのは不本意なんだよ。だが、味方がいない以上、彼女を護る為には仕方がない。ここはせいぜい足掻かせてもらうさ」

 

「なら、問答はここまでだな。『赤の』アサシン」

 

アサシンが急に険しい顔になったのをリュエンは見逃さなかった。

 

――来るぞ。気を張れ。

 

その言葉が聞こえ、リュエンも魔導書をひらく。

 

「アサシン、頑張って」

 

「あまり期待はするなよ? 俺は正面戦闘は苦手なんだ」

 

その向かい側では、

 

「ランサー。手助けはしないわ。あなたの力、ここで見せて」

 

「おう。任せろ」

 

第1皇女もまた、自らのサーヴァントに檄を贈る。

 

槍を構えるランサーに対し、アサシンはそのまま持っている剣で戦う。

 

サーヴァントは基本的に己が生前使っていた武器や魔法を用いて戦う。

 

つまり、ランサーは今持っている槍を、そしてアサシンはキルソードを使って生前も、今も戦うということ。

 

「さて、気合入ったし」

 

最初の言葉をすべて言い切る前にランサーは消えた。

 

そして気が付いた時にはアサシンの後ろをとる。

 

「殺すか」

 

刃を向け、上半身と下半身を両断する勢いの斬撃。槍を一回振っただけで、その威力を示す風が起こる。

 

「アサシン!」

 

無事だった。間一髪でその攻撃をかがんで避けたアサシンは、そのついでに体の向きを反転させた。

 

キルソードの風を切る斬撃の音が鳴る。

 

それは槍との激突音でかき消された。

 

「せあ!」

 

剣を弾き、槍の斬撃がアサシンに襲い掛かる。剣でその軌道を逸らしたアサシン。再び斬りかかるも、ランサーは槍を器用に引き寄せ、再びそれを受け止める。

 

「ち……」

 

舌打ちをするアサシンに、槍使いの刺突が襲い掛かる。

 

「はぁ!」

 

一撃。そしてまた一撃。

 

突き出し、引き戻すまでの時間が短い。2秒で3回の速さで襲い掛か突きの攻撃を、剣で弾き続けるアサシン。

 

しかし、その防御も5回で限界を迎える。

 

バキン!

 

それはキルソードが折れた音だった。

 

「何……?」

 

「馬鹿が!」

 

六回目、突き出されるその槍を防ぐ手立てはない。先ほども言った通り、サーヴァントは生前主に使った武器を使って戦う。その武器はマスターの魔力によって復元できるものの時間がかり戦闘でサーヴァントが武器を折られるというのは、それ即ち、敗北を意味する。

 

勝利を確信して突き出された六回目の槍。

 

しかし、その軌道は墜落した。

 

「てめえ!」

 

アサシンの手にはいつの間にか、鋼の刃を持つ片手斧が握られていたのだ。その斧の叩きおろしが槍にぶつかり、槍は地面を穿つ結果になった。

 

「どうなって――」

 

いきなり武器が現れたことに驚きを隠せない槍使い。しかし、それに気を使うこともなく、アサシンは次の攻撃に乗り出した。

 

横からの大振りの一撃。何とか意識を戦いへ戻したランサーは、一歩引いて、その攻撃の射程から外れた。

 

そして槍を引き、続けて攻撃を仕掛けるアサシンの一撃を、槍で受け止めた。

 

つばぜり合いに似た押し合いになり、それを制したランサーが、反動で隙を見せたアサシンに仕掛ける。

 

体を軸に回転を加えながら、相手の頭上から刃を叩き下ろすこと二回。それを一度は躱し、続けてくる追撃を斧で受け止める。

 

しかし、その威力を殺しきれず、数歩奥まで弾き飛ばされた。

 

間合いが空き、お互いは武器を構えて、相手を牽制する。

 

「……なるほど。確かにこれは剣では分が悪い」

 

アサシンの胴には、致命傷にはならない者の、最後の斬撃で殺しきれなかった威力の分だけ槍の刃に抉られた傷が刻まれていた。

 

対するランサーは無傷。そのランサーをアサシンは褒めたたえる。

 

「一度刃を打ち合わせて確信したことが2つ。その武器、透魔神話に出る薙刀だな。そして、君の技には、おそらく剣殺しの技術が含まれている。君の槍を剣で受ければ、たちまち壊されるということか」

 

傷を負いながらも、笑みを浮かべて語るアサシン。

 

「てめえ、その斧、どこに隠し持っていた。貴様は曲刀を使う英雄ではないのか!」

 

「剣のみで戦うほど、道を究める高潔な英雄ではない、とだけ言っておこう」

 

「ほざけ、あの身のこなし、剣を使うものとして十分な修練を積んだ者の身のこなしだ。そんな貴様が斧だと?」

 

「それは私の戦い方の問題だ。もっとも、斧はやはり大振りになってしまい良くないな。君ほどの高速槍術が相手では、先ほどのように最初の一撃以外、後手に回ってしまいそうだ。相性の良い武器を使う程度ではどうにもならないところ、さすが英雄だと素直に賞賛を送ろう」

 

「よくしゃべるな? 負け惜しみとして受け取っていいか?」

 

「どうだろうな。だが、私の行動は無駄なことなどない、とだけ忠告しておこうか」

 

「ふん、その薄ら笑い。すぐに消してやるぜ」

 

戦いに狂喜を感じるランサーを相手に、アサシンは再び剣を持って迫る。

 

再び打ち合いが始まる。アサシンはキルソードではなく、耐久力のある鋼の剣で、相手の槍と剣戟を重ねた。

 

初撃を流しながら懐に入って二度の斬撃、それを防ぐ槍の防御。再び槍はアサシンを捉えた斬撃を放つ。

 

縦横無尽に場を駆け巡りながら戦うサーヴァントの戦いに、新米マスターである二人、そして第1皇女の私兵たちはその戦いに見入った。

 

槍の三度の斬撃を受け流し、反撃をしようとするアサシンに、その反撃を許さず刺突で追撃を放つランサー。

 

「doniwu」

 

理解不能な呪文を唱えるアサシン。しかしリュエンはそれが魔法の詠唱であることにすぐ気が付く。

 

ここでいう魔法とは主に攻撃に用いる超常現象の力である。炎を出したり、雷を発生させたり、風を起こしたり、闇のエネルギーを発生さたり、などの現象を起こして相手に攻撃する方法として、この世界では主に戦う武器として使われている。

 

その魔法が起こした風によって、刺突から逃れ宙に浮いたアサシン。

 

「な……!」

 

手には、またも別の武器が。魔族がかつて人と暮らしていた頃に作っていたとされる伝説上に存在した武器、紅い刀身が特徴の魔法の力を封じた剣である、炎の剣を出していた。

 

空中からその剣を、宿した炎もろとも振り下ろす。落下分の運動エネルギーを加算した渾身の斬撃を、ランサーは再び槍で受け止めた。

 

アサシンは武器から炎を爆散させ、お互いがその衝撃で再び距離を離される。この戦果では互いに軽い火傷を負うことになった。

 

「暗殺者風情が兵士の真似事とはな。てめえ、さっきから暗器も出してるだろ。剣だの斧だの呪術だの、どういうしくみだ。手品にしては気になるじゃねえか」

 

「教えると思うか?」

 

「いや、いい。ここで仕留めれば意味のない問答になるからな」

 

ランサーは目の前の戦士のまがい物を殺しきれないことを楽しくもあり、悔しくも感じている。その証拠にその顔には笑みが浮かんでいた。

 

一方で、鋼の剣にもひびが入っているのを見てアサシンはため息を一度つくと、それをゴミのように捨てた。

 

「先ほどの打ち合いでも、いくらか傷を負った。やはり本職には勝てないものだな」

 

「そうでもないぜ。面白いなあんた。白兵を心得ている暗殺者は初めて見た」

 

「白兵戦の専門職にそういわれると、多少の慰めにもなる。これでも最弱サーヴァントを自負していてね、世界を救った英雄に比べて、俺は大したことのない存在。正直、聖杯戦争に呼ばれたら基本全員が格上だ。せいぜい下剋上の相手を務めてくれ。私も一矢くらいは報いるつもりだ」

 

アサシンはこのように言っている。

 

しかしリュエンは、そうは思わなかった。

 

そしてこの場の人間もそうは思えなかった。

 

アサシンは自らを最弱と謳った。しかし、今行われた短い時間の戦いは、すでに並みの人間業ではない。アサシンの腕は間違いなくサーヴァントにふさわしいものなのだ。

 

現に、戦いに見入っていた間、リュエンに迫る一般兵に暗器を投擲して仕留めること3人。本当に兵士は片手間で倒すことができるところにサーヴァントの戦力としての凄まじさをリュエンは実感した。

 

しかし一方、アサシンは既に傷を負っている。このままでは敗北も見えてくる。

 

「アサシン」

 

返事はない。ランサーの相手をするのに集中している。

 

ランサーは槍を構え、腰を低く落とす。

 

「おう。ならしっかり相手してやる。俺としてはこのままお互い打ち合っても面白いが」

 

ランサーの薙刀と呼ばれた武器が薄く蒼白い光をほのかに放ち始める。そしてその薙刀を中心に、電光がはじけ始めた。その閃きは徐々に激しくなり、人を殺すに十分な雷となり、辺りを徐々に焦がし始める。

 

「……せっかくだ。マスターにいいところを見せたいからな。俺の力の一端で、肩慣らしに付き合ってくれた礼として、お前はしっかり殺してやる」

 

最弱を自負したアサシンに向け、殺害予告をした。

 

興が乗ってきたランサー、しかし、それに対しそのマスターであるミレーユは、

 

「ちょっと、まさか宝具を解放するつもり?」

 

「ああ」

 

「待ちなさいよ、さすがに早すぎ」

 

「いいじゃねえか、俺がやる気満々なんだからよ」

 

「あんたが乗り気でも私は違うの!」

 

「なんだよ、ノリ悪いな」

 

「うるさい。私の命かかってるんだから、何事も慎重に!」

 

このような反論をするほど、全く乗り気ではない。

 

『宝具』とはすべてのサーヴァントが持つ切り札。その英雄が『元の世界で愛用した武器』、もしくは、『その英雄に関する伝説を再現したもの』を。聖杯戦争のための力として昇華したものを指す。

 

これは他のサーヴァントが持つことのない唯一無二の英雄の力であり、効果はサーヴァントごとに異なるが、上手く決まれば勝負を大きく動かすほど強力な効果を発揮するものだ。例えば、攻撃宝具であれば、格の高いものはは街一つを一撃で破壊することもある。

 

もちろん、宝具には攻撃だけがあるわけではない。特殊な効果をもっているものもある。むしろ常時発動しているものなど、発動の仕方も多種多様に及ぶ。

 

厳密には異なるものの、基本的にはサーヴァントごとの奥義、必殺技であると認識すればイメージしやすいだろう。

 

ただし、リスクも無いわけではない。宝具はそのサーヴァントの伝承をそのまま現実化したものであり、使用すれば、他のマスターにサーヴァントの正体を明かしてしまうことになる。相手の正体が分かっていると弱点もアルアトールに伝わる神話や伝承から対策を立てられたり、弱点を突かれるリスクが大きく高まる。

 

さらに宝具の使用は、サーヴァントが持つ魔力を大きく使う。異界の英霊がサーヴァントとしてこの世界にとどまることができるのは、魔力で練り上げられた肉体に魂を憑依させる行為に近しく、魂の入れ物である肉体を維持するには、常にマスターから魔力を提供されなければならない。その魔力を大きく使うのだから、サーヴァントの維持をするマスターや、サーヴァント自身にも大きな負担となる。

 

以上のリスクから、宝具は基本使わないまま戦い、使用は勝負を決める時に限るのだ。

 

「この槍、受けてみるか、赤のアサシン?」

 

「止めろと言えばやめてくれるのか?」

 

「いいや。武器な手品を使うお前はここで消す。宝具――『雷神穿つ剋上の槍』。構えろよアサシン。お前が本気で戦うにふさわしい相手か、この一撃で試してやる」

 

リュエンはランサーの槍に秘められた力はが想像以上であることを肌で感じる。この場にいるすべての人間を一瞬で蒸発できそうなエネルギーを秘めている。

 

「アサシン……防げるの?」

 

「どうだろうな。だが……いずれは越えなければならない相手だ」

 

「貴方も使えば、宝具っていうの」

 

「俺の宝具は、力技と拮抗できるようなものではなくてね。おそらく、あの槍を投げられただけでも防ぐことは難しい。最も、奴の宝具がそう単純なものではないことは間違いないが」

 

「どうするの?」

 

「できる限りなんとかしてみよう。その代わりそこを動くなよ? 少しでも動かれたら――ちっ」

 

舌打ちをして、再び暗器を投げるアサシン。

 

リュエンは今度は自分に迫る男に気が付いた。

 

自分と同じくらいに若い男だった。王国の近衛兵の服を来て、長い槍を持ちリュエンに接近する。

 

アサシンは今までと同じように、自らのマスターに迫る敵に暗器で対応するが、リュエンに迫る近衛兵はそれを一発肩に受ける以外弾き飛ばした。

 

アサシンは仕留められなかったことことに自己嫌悪の舌打ちをもう一回鳴らし、リュエンを守ろうとするが、それを断念する。仮にランサーから注意を逸らせば、宝具を解放され、それこそ対応を間違えるだけで自らのマスター、もしくは自分が死ぬことになる。リュエンのアサシンがここまでマスターを必死に庇いながら来た意味が水泡となる。

 

「マスター!」

 

マスターに檄を飛ばすアサシン。

 

幸いにもリュエンは、今度は敵の接近に気が付いていた。自分のサーヴァントからもらった魔導書を開き、手に火の球を生成し、撃ち放つ。

 

「うわぁ」

 

近衛兵とは思えない情けない声を出しつつも、その近衛兵はしっかりと放った魔法を躱す。

 

すでに二撃目は間に合わない。本来であればリュエンはここで走り出さなければならなかったが、今のリュエンには既に逃げるだけの体力はなかった。

 

殺される。

 

リュエンは確信する。

 

そしてあろうことか目を閉じてしまった。

 

――しかし、持っている槍で貫かれることはなかった。

 

その近衛兵はリュエンの手を勝手に握ると、

 

「こっちだ。リュエン!」

 

なれなれしくその名を呼び、街の出口の方向に走りだす。

 

リュエンは何が起こったのか分からず、抗うだけの力も体に入らないため、そのまま引っ張られて行ってしまう。

 

「あいつは……あの間抜け!」

 

アサシンはすぐに追いたかったが、それはできなかった。ランサーの宝具がどんなものか分からない以上動けない。魔のアサシンたるリュエンのサーヴァントがとれる宝具防ぐ手段は、発動時の隙をついて接近し、宝具の使用を未然に防ぐしかない。

 

しかし、この状況は、実は王族側にとっても緊急事態だった。

 

「あれ命令違反じゃない! もう……なんでこんな時に」

 

ミレーユは後ろの私兵たちにすぐ命令した。

 

「すぐに追いなさい! 聖杯に捧げる生贄を失ったら重罪よ!」

 

しかし、私兵は動けない。

 

ランサーは宝具を使う構えを解かないまま、

 

「仕方ねえだろ。サーヴァント同士のやり合いに巻き込まれたくない気持ちは分かるぜ。奴らから見れば俺らは化け物だ。安心しろ、これで仕留められればそれでよし、そうじゃなくても、道は空けてやる。アサシンもろとも、どこかにぶっ飛ばすさ」

 

「ランサー、だから宝具は……」

 

「別に俺は正体明かしても構わないぜ。正々堂々もまた武道の心得。なら、俺はそれでいい」

 

「私がよくないんだってのー」

 

しかし、ランサーは何かに気が付くと、宝具を放つ構えを解いた。同時に槍に纏っていた電光は鳴りを潜める。

 

「まじか……」

 

赤のアサシンも気が付いていた。

 

――何かが飛んでくると。

 

「どうしたの、ランサー?」

 

「ヤバい奴が来た。アサシンは後にする。仕事は俺らでやるぞ? 手を離すなよ!」

 

ランサーは問答無用で、

 

「ひゃあ、何を」

 

ミレーユを担ぐと、一気に駆け出した。

 

同時に地上に墜落してきた謎の青い球体。それは極小の隕石の墜落と同じ力、地面への着弾とともに、秘められたエネルギーが爆散し、逃げ遅れた兵士もろとも、ランサーと、アサシンに爆炎が襲い掛かる。

 

「くそ……」

 

アサシンはすぐにこの混乱と煙に紛れリュエンを追うつもりだったが、

 

「――グルァ!」

 

竜の爪のようなものがアサシンの肉体を抉ろうと迫り、アサシンは飛び退くしか選択しかなかった。

 

爪の斬撃によって煙が斬り裂かれる。

 

アサシンがその先に目にしたのは新たなサーヴァントだった。半人半竜、二足歩行を行う黒い鎧をまとったサーヴァント。左の腕が竜のものに変質していて、右には斬るというより抉って裂くという表現が正しい形状の刃を持った、神器の剣を持っている。

 

「話が通じそうにないな……バーサーカーか……」

 

バーサーカーは、サーヴァントの理性を奪う代わりに強大な戦闘力を持っている。正面戦闘では全クラスの中で最強と言って過言ではない。

 

「参ったな……」

 

これまで平静を保っていたアサシンだったが、一番苦手とする相手が飛来し、今度こそ、焦りが出てきていた。

 

「さすがにまだ死ぬわけにはいかない。何とか算段を整えなければな」

 

撤退の作戦を練るアサシンに、バーサーカーは狙いを定め襲い掛かる。

 

それを陰から見守る、第1皇子の命令であるが故に。

 

********************************************

 

すでに戦争が始まった城下街を目指し、数騎の騎馬が駆ける。

 

王族が英雄を召喚した時より、少し前、すでにもう一つの軍勢は召喚を終え、主である魔王を救うために、サーヴァントを引き連れて攻撃を仕掛けようとしていた。

 

王族が召喚したセイバーを仮に『黒の陣営』と呼ぶならば、こちらに召喚されたサーヴァントは『赤の陣営』。かつて、魔王と初代アルアトール帝王が決着をつけた戦いで用いられた人間側のサーヴァントと、魔族側サーヴァントを分ける際の伝統的な呼ばれ方だった。

 

魔族側の陣営である、赤のセイバーは、後ろにマスターを乗せ、慣れた手つきで馬を操る。赤のセイバーは刀に近い形の曲刀を腰に吊り、鎧は一切身につけていない。

 

「凄いなぁ、セイバー」

 

「馬の扱いは、故郷のサカでは必須の技能ですから。主殿、振り落とされないよう」

 

「ああ。リュエンを助けるために、がんばろう」

 

それを追う、赤のランサーが乗った馬と、そのマスターが乗った馬。赤のランサーは当然槍使いなのだが、

 

「元気だな」

 

ただの槍兵ではない。風によって揺らめくマントは高貴な身分の証明である一方、その佇まいは隙を感じさせない歴戦の戦士のものであり、年若き姿で召喚されていてなお、『勇王』という伝承上の異名にふさわしい姿である。

 

そのマスターと思われる男は騎士だった。見習いである齢15の娘を後ろに乗せ、体の至る所に傷痕を刻んだ姿は、彼もまた歴戦の戦士であることを示す。

 

「……本当は巻き込みたくなかった」

 

「だが、本人たちが参加するといったんだろう。彼らにもサーヴァントがいる、それにもしもの時は俺が何とかする。今からは戦場だ、気を切り替えろ」

 

「そうだな。ランサー、すまない、迷惑をかけた」

 

「いいさ。いつだって人は迷う。俺だって、友を討つことになったとき、そうだった」

 

赤のランサーのマスターは、同じ陣営のセイバーのマスター、アーチャーのマスター、ライダーのマスター、この3人の師匠に当たる。しかし根の子供好きが影響してか、未だ大人になり切れていない弟子たちを心配させてしまっていた。

 

ライダーは騎馬ではなく空中にいた。飛竜にまたがり、その後ろに、自らのマスターを乗せていた。飛竜に乗って空中から奇襲をかけるドラゴンナイト、赤のライダーはその中でもドラゴンマスターと呼ばれる、上級者である。彼女は竜騎士ではなかなかいない、赤いポニーテールがトレードマークの美しい女性騎士だ。

 

「マスター、どう、空は?」

 

「ああ、いい感じだ。……後ろはだめそうだけど」

 

そして翼竜にはもう2人乗っている。赤のアーチャーと、そのマスターだ。赤のアーチャーは、眼光鋭い猛獣のように目元が厳しく、口がとにかく悪い。生前は、暗殺集団の一員であったゆえの警戒心の強さが現れている。

 

「ちょっと、なんで私がクズと一緒に高飛びしなきゃいけないわけ! 馬でよかったんだけど!」

 

「しかたないだろ。その馬があれしかいなかったんだから。我慢しろ!」

 

「サイテー!」

 

リュエンが幽閉されている城下街に向け、4人のマスターとサーヴァントが、魔王の後継者救出のため、必至に大地を駆けて、空を飛んでいた。

 

********************************************

 

 

 

あまりに急に引っ張られたため、最初は為すがままになっていたが、リュエンはその手を振り払う。

 

「離せ!」

 

「リュエン?」

 

驚いたような声を上げる帝国兵。

 

リュエンにとって帝国兵は、たとえ死地から救い出してくれた人間であっても、恩を感じることはない。

 

魔導書を開き、炎の球を出現させる。

 

「待て、待ってくれ!」

 

帝国兵はリュエンを制止するが、問答無用で炎を放った。

 

それを辛くも躱した帝国兵は自分を指さし、

 

「俺だ。レンだ。覚えてるだろ!」

 

「……レン?」

 

知らない名前だ、と炎を再び放とうとするが、先ほどまでの怨みで固まった頭であれば浮かばなかったかつての思い出が頭をよぎった。

 

「レン……学校の?」

 

「そうだ! アレスとリリエルと一緒に居ただろ。影は薄かったかもしれないけどさ」

 

リュエンには、アルアトールの学校で共に学んだ頃がある。それはリュエンにとって初めて友達ができ、楽しい時間を過ごした記憶が多く残っている場所だった。そして、アレスに裏切られ、幽閉されるきっかけになった場所でもあった。

 

「……その服。帝国兵の。裏切者の味方じゃない」

 

「違う。俺が帝国兵になったのは、お前を助けたかったんだ」

 

帝国に恨みを持つリュエンにその言葉は通じない。

 

「そんな言葉を信じるとでも?」」

 

「信じてもらわなくてもいい。けど、会えてよかった。一緒に外に逃げよう」

 

リュエンは再び火を出す。

 

「来ないで」

 

そして、手を差し出したレンに敵意を向けた。

 

「リュエン」

 

「嫌いよ、みんな嫌い。殺す。あいつらの仲間は殺す」

 

差し出した手を下ろして、それでもリュエンを、レンはまっすぐ見ていた。火の球を出されて脅されてなお、レンはリュエンから目を逸らすことはない。

 

「頼む。今だけでいい。俺は信じてくれ」

 

「……私は信じないわ。あなたでも」

 

「俺はずっと君を助けたかった」

 

その言葉を最後に場は静まり返った。

 

リュエンは攻撃を撃ちだすタイミングを計るために、そしてレンは信頼を得るために。

 

しかし、止まってはいけなかった。

 

リュエンは止まるべきではなかった。すでに彼女に魔の手は迫っていたのだ。

 

「リュエン!」

 

急に駆け出し、リュエンを押し飛ばすレン。

 

「何を……」

 

地面に叩きつけられ、恨みをもってレンを睨んだ。

 

「え……」

 

その時目の前に広がる光景に、驚愕で再びリュエンは体を固めてしまった。

 

槍の刃を、自分の武器で受け止めるレンがそこにはいたのだ。

 

上からの刃を必死に押し返そうとするが、力の差が歴然であり、徐々に刃が肩に食い込んでいく。

 

レンを今にも殺そうとしているのは、王族が召喚していたランサーだった。

 

「アサシン、負けたの……?」

 

追い詰められて次をどうするか迷うリュエン。しかし、頭には何も浮かんでこなかった。

 

レンは、必死にランサーに反抗するが、すでに肩から血が流れ出始めている。

 

「俺の槍を受け止めたのはいい筋してるぜ。けど、弱い。守りたいもの守りたかったら、もっと強くなくちゃな」

 

にやりと笑いながら、さらに力を籠めるランサー。刃はより深くに食い込み、

 

「ぐぁぁぁ!」

 

痛みでレンは叫ぶ。しかし、それでも諦めないレンは、足を上げ、ランサーを蹴り飛ばそうとした。ランサーはそれを軽く躱し、後ろに下がるが。

 

「いや、耐えればよかったか。癖でつい躱しちまった。まあ、次で終わりだけどよ」

 

ランサーの槍は、光を放ち、蒼い電光を放ち始める。

 

「あんたに恨みはないが……マスターの指示でね。死んでくれ」

 

相手はサーヴァント、帝国の皇子の近衛であるとはいえ、ただの人間のレンが勝てるはずもない。

 

少し離れたリュエンでさえ、己の死を予感している中、レンが敗北を、自らの死を理解していないわけはなかった。

 

「ちょっと、あなた。私なんかほっといてよ。帝国兵でしょ。私を殺そうとしてる奴らの仲間なら、その道をどきなさいよ」

 

レンはリュエンの声にすぐ言葉を返す。

 

「ダメだ」

 

「なんでよ」

 

「さっきも言っただろ。俺は君を助けたくて、ずっと生きてきた」

 

レンは逃げなかった。

 

――風が起こった――。

 

「逃げないのか、いい度胸だ。嫌いじゃないぜ。名前を聞いておこうか?」

 

「レン。お前にリュエンは殺させない」

 

「そうか。覚えておこう」

 

ランサーは狙いを定める。レンの命を奪うために。

 

――異界の門は開いた――。

 

レンはそれでも逃げなかった。

 

死ぬのが怖いわけではなかった。

 

しかし覚悟があった。逃げられない理由があった。

 

「ここで、お前を止められなかったら、リュエンを連れていかれたら、俺は絶対に後悔する。だから俺は逃げない。リュエンを絶対に守る」

 

レンは持っていた槍を構えた。

 

絶対に防ぐことができないのは分かっていても、決して臆さない。

 

目の前で、必要もないのに、自分のせいで人が死ぬという状況。

 

それがリュエンは悲しかった。

 

本当は恨むべき敵なので、死ぬことは喜ぶべきだと思うはずなのに。

 

「レン……くん」

 

「逃げるんだ 早く!」

 

「あ……ああ……」

 

――そのマスターの手に、赤い刻印が刻まれてゆく――。

 

「レン。異界の誇り高き戦士。その心臓貰い受ける!」

 

ランサーはレンの最期となる一歩を踏み出すため、足に力を入れた。

 

「俺は――!」

 

 

――そして、彼女はこの世界に舞い降りた――。

 

 

迫る何者かに気づいた時には遅かった。ランサーは完全に後手に回った。

 

「新たなサーヴァントだと……!」

 

ランサーが気が付いた時には、すでにその剣士は懐に入っていた。

 

そして、月光を反射する煌めきの刃による斬撃を槍に、その剣士は叩き込む。

 

その一撃。

 

「な……」

 

ランサーが驚いたのも無理はない。たった一撃で、自らよりも華奢な体をした剣士に数歩分後ろまで飛ばされたのだから。

 

現れたその剣士を見て、レンは何が起こったのか分からず、唖然とその乱入者を見る。

 

手に痛みを感じ、手を視界に入れた。

 

「なんだ……?」

 

手の甲に見たことのない刻印が刻まれていた。

 

藍色の髪の剣士はレンの方を向く。

 

蝶の形をした仮面で目を隠している。藍色なのは髪のみでなく、来ている服も同じで、王族を象徴するような権威を示すマントを翻す。

 

その青年は立ち尽くしているレンを見て。

 

口を開いた。

 

「問おう」

 

少し笑みを浮かべ、その剣士は確かにレンに向けて、言った。

 

「あなたが――僕のマスターか?」

 

「――え?」

 

(プロローグ 終)




サーヴァントプロフィール
(王族が召喚したサーヴァントは黒、魔族が召喚したサーヴァントは赤が頭につきます)

黒のセイバー マスター:アレス
『バレンシア神話』で語られる剣の使い手。此度の聖杯戦争では悪しき教団との全面戦争の時の姿で現界している。

黒のアーチャー マスター:リュート
『トラキア戦記』に登場する女戦士。元々弓は持っていない。通常時は剣で戦う上、弓の使い方は覚えているものの、なぜ使えるのか覚えていない。

黒のランサー マスター:ミレーユ
『透魔伝承』に伝わる槍使い。アルアトールにはない薙刀という武器を使用する。

第1宝具『雷神穿つ剋上の槍』:対人宝具 ランクB
電光石火という言葉が彼の故郷にはあるが、それを彼は槍の技として体現した。雷を纏った槍を使い、不可視の速さで動きながら、相手の死角から連続攻撃を行う。

スキル 剣殺し
剣を使う相手に有利に動くことができる。ランクの低い剣を破壊することができるのもこのスキルによる。

黒のライダー マスター:ソフィア
『英雄王神話(上)』に登場する騎士。自らが主と認めた人間に捧げる忠義は本物であり、ランサーに対しても強く出ることができる槍の腕を持っている。

黒のキャスター マスター:ヴァレル
『エレブ戦記(上)』に登場する魔法使い。まだ戦場に出るには早すぎる歳の少女。魔道の才能はあるものの、使い方やコントロールが未熟で、戦いは不得手である。

黒のアサシン マスター:クーベル
『エレブ戦記(上)』に登場する暗殺者。領主の信頼を一手に引き受けるほどの、潜入調査、暗殺、などの実力を持つが戦闘能力はそこまで高くない。

黒のバーサーカー マスター:フィラルド
『透魔伝承』に登場する竜の王女。体の一部を竜のものに変質させ攻撃を繰り出すことができる。しかし加減ができないため、戦闘中に周りのものはほとんど破壊する。


謎のサーヴァント マスター:レン
『邪竜覚醒』という物語に登場する剣士。何かの因果によって召喚された15騎目のサーヴァント。クラスは不明。その剣筋は多くの死闘を超えてきたが故に洗練されている。


赤のセイバー マスター:???
『エレブ戦記(下)』に登場する剣士。剣の道を極める、という口癖があり、歳若くして剣聖と呼ばれた腕を持つ。

赤のアーチャー マスター:???
『英雄王神話(下)』に登場する弓兵。生まれ育った環境、そして生業から暗殺も得意とするが、今回は弓の腕を聖杯に認められたアーチャーとして現界している。

赤のランサー マスター:???
『光石伝説』の主人公の1人。『勇王』という異名を持つ。槍の技術は未だ修業中と本人は語るものの、部下の近衛騎士を凌駕する腕を持ち、騎士長とも互角に戦えたという。

赤のライダー マスター:???
神話『暁の巫女』に出る1人。一般市民たちが酷い差別視をしていた獣牙族との友好を結び、二つの種族の交友の架け橋となる先駆者として活躍した。

赤のアサシン マスター:リュエン
原典は不明。おそらく、アルアトールに伝説として語られなかった世界の英雄である。自分を最弱サーヴァントとして卑下している。

第1宝具『万能の使い手』:???
彼は生前相手を殺すためならどんな武器も使った。その逸話が宝具として昇華されたもの。神器を代表とする伝説の武器を除けば、クラスに関わらずあらゆる武器を使うことができる。そして生前使ったことのある武器ならばその場で複製することができる。


プロローグは以上になります。いかがだったでしょうか。
どのような形であれ楽しんで頂けれたなら幸いです。

今回でサーヴァント全員を出せればと思ったのですが無理でした。
しかし、できる限り出したつもりです。
今回は登場した英雄のプロフィールも可能な限り書きました。
一応原作はチェックしているのでたぶん大きな間違いはないです。多少違うところは、この話のオリジナル設定のはずです。
何か質問等あれば気軽にお尋ねください。

さて次回からは本編です。
主人公はレンの一人称視点を中心に進めていきたいと思います!


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1 開戦
1-1 夢(1)


注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!


 どれほどの時が過ぎようとも、忘れることのない後悔がある。

 

 寝ていると、たまに夢に見るのだ。その光景を。

 

 

 アルアトール帝国には、大陸各地の子どもをスカウトし、帝国の騎士や兵士、王国の事務員などにする制度がある。教養のある貴族の子供だけでなく、身分が低い、貧しい人間も同様に集め、真に国に役に立つ人間を養成する。国家公務員はやはり、無能であるよりは有能である方がいいという考えから、第三代皇帝の時代から始まった制度である。

 

 スカウトされた人間は、アルアトール本城に集められ、城に近い敷地に建てられた学校なる建物で、集団生活を行う。

 

 学校では、法律の勉強、才能に合わせた武術や魔法書物を使った魔法の訓練、集団行動の基礎、王国に仕える者としての心構えなど王国士官になるための基礎の内容を、十二歳になるまでは学ぶ。徴兵制に似た制度だが、強制的に集められた割には、学び舎は本当に学校そのもので、学習している内容や、毎日5時間の戦闘訓練以外は、いろいろと自由な時間もあった。7日に1日は休みがあったし、普段は学内の寮で過ごすものの、自由時間は外に遊びに行くことは許された。だから、そんなに悪い思いはしなかったと覚えている。

 

 

 今日はこの夢か。

 

 俺は情けないながら、魔法というものがある事すら、アルアトール本城城下街に来てから初めて知った。当然それが、主に軍事活用されるための武器であることも。

 

 この話をするのは、今日の夢と関係があるからだ。

 

「くそー」

 

 ある日のこと。

 

 教室で魔法を使う前の基礎として、魔法書を用いた魔法理論を学ぶ授業がある。先ほ

ど、中間試験があり、俺は見事に、100点中12点というクラス最下位。他の追随を許さないぶっちぎりの素晴らしい結果だった。

 

「ねえ、普通に勉強しても30点は取れると思うのだけど。もしかして昨日、勉強してなかった?」

 

「リュエン、なんだよ」

 

「アレスは100点だった。リリエラは98点。私も」

 

「うるせー、俺だって好きでこんな点数なわけじゃないんだぞ」

 

 俺をからかってきたのはリュエンだった。

 

 周りの男子生徒から嫌な目線を向けられる。別に俺が何か悪いことをしたわけではなく、そもそも俺がリュエンに話しかけられているということ自体が罪だという感じだ。

 

 リュエンは容姿端麗な方の部類に入る女子だった。周りの男子を目を引き、よく注目の的になっている。魔法学、魔法の訓練では常にトップクラス。信じられないほどの魔法の才能を持っていると魔法の教官は言っていた。

 人当たりも基本穏やかであり、人気者まではいかなくても、嫌われ者ではない。

 

 逆に人気者と言えば、今も休み時間に、別の男子を誘って剣術の自主練に向かったアレスと、リュエンと同じ、大陸西の大都市、ルフェリアスから来たリリエラだ。

 

 アレスはアルアトールの皇子である。なので本来であればこのような学校にはいないはずだ。しかし、以前にも第一皇子のフィラルドが何故かこの学校に通っていたのを聞き、自分も同じようになりたいと思い、入学したとか。

 

 リリエラは、リュエンと同じくらいの魔法の知識・技術を持っている少女だった。リュエンと違い、口は達者でノリがいいので、いつもクラスの注目の的になっている。

 

「このままじゃ補習だよ。次に合格できるまで、教官は寝かさないって言ってた」

 

「ええ……ええええ!」

 

 冗談じゃない。

 

 そんなことになれば、俺は死んでしまう!

 

「やばい」

 

「はぁ……しょうがないなぁ」

 

 リュエンは焦った俺を見て満足したのか、にっこり笑って、

 

「じゃあ、私が、今日教えてあげる」

 

 と、とても魅力的な提案をしてくれた。

 

 周りの男子の視線がさらに痛いものに変化していくが、それはそれ。死なないためにも周りの野獣の嫌な目線よりは、教官の地獄の補習を回避しなければならない。

 

「おう、頼む」

 

「なんか誠意を感じない。私も貴重な自分の時間を潰すのに」

 

「あ、ええっと」

 

 彼女の言うことも正しい。善意の押し売りという形で誠意を見せろというのはかなり卑怯な話ではないかとも思ったが、それよりも補習が怖いので、

 

「よろしく……お願いします」

 

 俺は素直に従った。

 

「いいよ、じゃあ、準備してくるね」

 

 勝ち誇ったよ笑みを見せ、リュエンは教室を飛び出した。

 

 おまえー!

 いなかものー!

 くたばれ!

 

 など、周りから聞こえてくる声を無視して俺も、逃げるように教室を後にする。

 

 しかし、教室を出てすぐ、まるで俺を待ち伏せしていたかのように、リリエラとアレスが待ち伏せていた。俺はそこで立ち止まることになってしまった。

 

「さいてー、とか?」

 

 リリエラが早速、俺のことを茶化してくる。

 

「リリー……今はやめてくれよ。あいつらが」

 

「ははは、ごめーん」

 

 一応謝るリリエラ。しかし、

 

「代わりに勉強付き合ってあげるから」

 

 と、さらに余計なことを言ってくれる。よりにもよって、教室のすぐそばでだ。

 

 なので教室の中に残っていた男子が、もはや視線だけでなくあからさまに顔を歪めている。怖い。

 

「俺は構わないけど、リュエンにOKはもらったの?」

 

「うん、さっきすれ違った時にね。なんだかおもしろそうだったから、混ぜてくれって

言ったら、お前の勉強だって聞いて」

 

「混ぜてって、俺の勉強の邪魔するつもりか!」

 

「ははは」

 

 当然のように頷くアレス。

 

 リュエンもアレスには甘いものだ。いくら皇子様だからって、遠慮せずに、いらない、とでも言っておけばいいのに、と思うが、冷静になってみると、皇子様に余計なことを言えば、不敬というだけで罪になることもあるという。

 

 皇子様の怖いところだ。

 

 しかし、もちろんリュエンはそんな理由で、アレスの提案を受けたわけではないと思う。もっと大きな別の理由がある。

 

 それよりも、たんに面白がっているリリエラは、別にいらないだろう。

 

「じゃあ、この後レンの部屋ね」

 

 そして当たり前のように俺の部屋に上がろうとするのだ。あんな狭いところに、4人も入ったら暑い。

 

 そんな心配もなんのその、アレスも皇族のくせに、礼節知らずで、他の3人は容赦なく俺の部屋へと足を進める。

 

 せっかく前の休みに買い溜めしたお気に入りおやつの、はちみつパンも彼らに食いつくされることになるだろう。

 

 もっとも、田舎出身の俺が、こんなに都会で友達ができるのは本当に幸運だったと思う。

 

 我は強いがとてもいいやつらだ。初めてできたこっちでの友達相手なら、はちみつパンくらいは我慢しよう。

 

 その代わり、しっかり勉強を教えてもらわなければ。そう思った。

 

「何やってるの? レン、アレス、リリー!」

 

 向こう側から、もう待ちきれない様子で手招きをするリュエンの姿が見える。

 

「早く、行こう!」

 

 俺に勉強が教えるのを楽しみにしているような顔で呼んでいる。俺は、二人と一緒にその方向へと足を踏み出した。

 

 結局はちみつパンは予想通り食いつくされた。

 

 何しろ10個もあったのに俺は1つも食べていない。食いつくしたのは残り3人、リリエラが2つ、アレスが3つ、なんと隠れ大食いだったリュエンが5個も食べたのだった。甘いものには目がないというが、さすがに食べ過ぎであると思う。

 

「おいしー!」

 

 しかし、喜んでくれたなら、それでもいいか、と思った。アレスやリュエン、リリーに喜んでもらえたのだから。

 

 

 

 思えばこの頃は幸せだった。

 これまでの人生で一番幸せだった。

 俺の数少ない輝かしい思い出。毎日笑っていたと思う。

 あの『人生最悪の日』までは。

 

 

 いつも俺の夢は、『人生最悪の日』で終わる。

 

 ――死んでいた。

 

 ついさっきまで一緒に授業を受けていたやつが死んでいた。

 

 学校を夕陽が照らすが、その赤さなど生ぬるい炎の地獄の中を俺は走っていた。

 

 炎の魔法が暴発でもしたのか。至るところが燃えている。息を可能な限り我慢した。

 

 血が散乱している。

 

 時に、生気を失った人間や、焼けている肉の塊を見た。

 

 身に寒気が走る。

 

 その光景はあまりに容赦のないものだった。

 

 何の罪もない子どもが殺されている。一人残らず刃物で貫かれたように見えた。出身地の牧場で、牛を殺している光景を見たことがあるが、それでは吐き気が起こらなかったのに、今目の前に存在するその光景によって、俺は吐き気を催した。何とか吐かなかったのは血を見慣れているからか。俺はそういう意味では幸運だったのだろう。

 

「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!」

 

 泣き叫びながら、廊下を走っている同級生がいた。

 

 その後ろから、帝国の兵士が襲い掛かっている。

 

 なぜだ。

 

 この学校は未来の王国兵を育てるための建物ではないのか。

 

 しかし、目に入る光景こそ真実に他ならない。それを夢かなんかと勘違いするほど、子供からは脱却できていた。

 

 そしてやらなければいいけないことはすぐに思いついた。

 

 誰が敵か分からない。

 

 誰が味方かも分からない。

 

 それでも俺は友達を助けに行かなくちゃ、とは思った。いつまでもココに居ては危ないかと、あてもなく走り出した。

 

 途中で寄った訓練室で、槍を勝手にとった。訓練用ではなく、人を殺せる本物。俺は魔法学こそできなかったものの、武器を使った訓練であればそこそこいい成績だったから、少しは使える。誰かを殺そうとは思っていなかったが、必要とも思ったのだ。

 

 そして走った。

 

 走った。

 

「レン君!」

 

 魔法学の先生が前に現れた。

 

「先生」

 

「ここは危ないわ。先生と一緒に逃げましょう」

 

「何があったの?」

 

「敵襲よ」

 

「みんなも助けないと」

 

 人の命は大切なものだ。ならば助けるのは当たり前だ。

 

 そう思っていた。

 

 しかし、先生から返ってきた言葉は、

 

「アレス様はもう脱出したわ。もう大丈夫」

 

 2人のことが全く考えられていない言葉だった。

 

「なんでリリエラとリュエンの話はしてくれないの? やっぱり、まだ中にいるんでしょ」

 

「大丈夫、後は私たちに――」

 

 何か嫌な予感がした。

 

 だから俺は先へ走り出した。先生を無視して。

 

「レン!」

 

 微弱な電気が体を襲った。

 

 前に補習で習った、相手を麻痺させる魔法だ。

 

 その場で倒れそうになったけれど、そこは歯を食いしばって耐えた。

 

「待ちなさい!」

 

 その声は、何か鬼気迫るものがあった。

 

 俺を心配してくれたのかもしれない。でも、今は友達が心配だった。

 

 故郷で、訪れた帝国の兵に話しかけられ、そのまま連れていかれたあの日から、俺にできたたった3人の友達。

 

 彼らを助けるために。

 

 寮の入り口から、すぐ近くの木製の階段に二階へと行こうとする。

 

「誰だ!」

 

 すぐにやめた。上げようとした足を元に戻し、十段ほど登った階段を降りて、掃除用具をよく入れる、大きな箱に身を隠した。幸いにも道具は入っておらず、持っていた槍もそのまま一緒に入ることができた。

 

 蓋を閉め、息をひそめ、可能な限りの隙間から、音を聞き取った。

 

「どうした?」

 

「今、足音がしまして見に来たのですが」

 

 帝国の正規兵たちだった。そしてその中心には、兵士の中でもより戦闘技術に長けた騎士という存在もいる。

 

 速まっていく心臓の鼓動を必死に抑える。そして、何が起こったのかを探るためにしっかりと耳を傾けた。

 

「魔族……この学校に100ほど居るようだな。80処理してまだ反応があるとは」

 

「ウリエル様。残りはこの寮になりますが……」

 

「ここまでにいなかったのだ。魔王の血族は生きたまま捕まえろ。それ以外は殺せ。いいか、間違っても生贄は殺すなよ」

 

「はっ」

 

 先ほど俺を追ってきた兵士が再び上へと昇っていく。騎士は、ため息をつきながら、

 

「しかし、魔族の子供がこんなにも集まるとは、我が皇帝も考えたものだ。そして目論見通り、魔王の血筋を持つ生贄も見つけられるとは。……いやはや、恐るべき方だ。それほどまでに聖杯戦争に固執するのか」

 

 魔王? 聖杯戦争?

 

 俺は分からなかった。しかし何かが起ころうとしているのは確かなように思えた。

 

 静かになった瞬間に、俺は箱から脱出し、みんなで勉強会をした寮の部屋へと向かった。

 

 見慣れているはずの第二の家は既に崩壊を始め、見るも無惨なというのはこういうものかと、この時始めて知った。

 

 それでも足は動いた。それだけ俺にとってここでできた友達は大切だったのだ。

 

 だから――それを見た時は、子供なりに絶望を味わった瞬間だった。

 

 俺の部屋。

 

 この前まで、はちみつパンをおいしそうに頬張っていたはずのリリーが、全く同じところで、腹から血を出しながら倒れていたのを見た。

 

 

 

 

 目を覚ます。

 

 今のは夢だ。

 

 もう何年前の話になるだろうか。俺は、すぐに着替えて、顔を洗った。そして、着替えながらあの後のことを思い出していた。

 

「……またか」

 

 今も俺はアルアトールにいる。リリー、リリエラが死んでからどうやって俺が生還したのか、それもはっきり覚えているが、どうやら今日の夢では見なかったようだ。

 

 すでに夜明け。

 

 俺ももう、19歳になった。

 

「行くか」

 

 俺は自分に与えられた、今の寝床である、城内の一室を抜け出し、外へと足を進める。

 

 向かう先は城の3階。その階層の中で最も大きな部屋だった。さすがは皇族の住処とだけあって、城内を飾る装飾は豪華絢爛の一言に尽きる。しかし、そこかしこに傷が見受けられるのは、この皇族の業とでも言うべきものだろう。

 

 聖杯戦争。

 

 昔は俺もあまりに無知だった。せめて、その存在と魔族という言葉さえ知っていたら、もっと――。

 

 いや、それはあまりにも仕方のない後悔だ。

 

 これ以上を考えることに意味はない。

 

「レン様」

 

「おはようございます、ハナムさん、クラウスさん。夜分の護衛ご苦労様でした」

 

 ハナム、クラウスはともに目の前の部屋の主の護衛である。

 

 俺に比べ10歳は年上の彼らに『様』をつけられるのは、こちらも反応困ってしまうのだが、それも主の命令であれば仕方がないのだろう。主の目がないところでも言いつけをしっかり守るあたり、帝国一の忠臣と呼び声高いお二人だ・

 

「後は代わります。お二人はどうかお休みになられてください」

 

「何をおっしゃる。レン様。あなたを失えばアレス様は発狂してしまうやもしれませぬ。あの日より、あなたはただ唯一のご友人。兄弟も、親も信用されていないあの方の唯一の心の拠り所でございます故、あなた様だけに、危険な護衛の仕事をさせるわけにはまいりませぬ」

 

「しかしハナム様、私もすでに近衛騎士に選ばれておよそ2年。今までは新米であるが故に見逃されてきましたが、これから先はさすがに一人で任務を遂行できなければ、帝国の近衛兵として恥となってしまいます」

 

「……では、このハナムは姿を消しましょう。クラウス、行くぞ」

 

「は」

 

 そう言って二人はこの場を後にしたが、果たして本当に休んだかどうかは疑問が残る。

 

 それはさておき、俺は先ほどの二人の後輩にあたる近衛騎士になっていた。

 

 アルアトール皇族は、齢20になるまでは王国の兵士の中でも特に実力のある近衛騎士をつけなければならないという慣習がある。近衛騎士とは、主である皇族の近くを歩くことが許され、皇族の身に迫るあらゆる危険から、皇族を守ることを仕事とする。

 

 仕事としては当然、物理的に外傷を負わせる暗殺者や襲撃者の撃退も含まれるが、公務やそれ以外にも日々の悩みの相談に乗り、後続の心理的負担を軽くすることも仕事の内だ。

 

 そして俺が近衛騎士に選ばれたのは、主にそのメンタルケアの仕事をするためだ。

 

 俺は扉を4回たたく。

 

「アレス。入っていいか?」

 

 本来は呼び捨てなど死罪に値するのだが、俺は彼からそう呼ぶように命令されている。

 

「ああ。来てくれ」

 

 俺は部屋に入る。

 

 その部屋は俺の今の部屋よりも数十倍広く、人が数人並んで寝られるほどの寝具、そして服を入れ、飾る棚、化粧台、後は多くの本が並ぶ本棚と、日が差してくる窓があるが、それ以外には何もなく床には何も転がっていない整頓された部屋だった。

 

 俺は入り口で待機した。

 

「座っていいぞ」

 

「いいや。ここで。すぐに出るだろう?」

 

「知っているのか?」

 

「さっきここに向かう間に聞いた。皇子たちが戻ってきているんだろう」

 

 アレスは一度ため息をつき、しばらく黙り込む。

 

 俺はその理由を知っている。皇族は20を過ぎたら、例外2つを除き、本城を離れ、帝国の要所である数か所の街のどれかに自らの屋敷を構え、その街を治めなければならない。

 

 では例外とは何か。一つは、アルアトールの今の皇帝が亡くなった時、しかし、皇帝は今もご健在だ。

 

 ならばもう1つしかない。

 

 それは、最期の皇子が十分成長をした際にに行われる儀式。

 

 あらゆる願いを叶える願望器であり皇帝たる、聖杯を奪い合い、次の皇帝を決める継承戦争となる、聖杯戦争を始める時。

 

「アレス、どうした?」

 

 アレスはアルアトール帝国第5皇子。王位継承権を持つ彼は聖杯戦争に必ず参加しなければならない。

 

 聖杯戦争は文字通り戦いそのもの。サーヴァントという、この世界に語られている神話や物語の中に出てくる英雄をこの世界に降臨させ、最後の1人になるまで殺し合う。

 

 それも厄介なことに、興味のある人間だけでやればいいものを、継承権がかかっているというだけあって、皇子は必ず参加しなければならない。逃亡は死刑、殺す必要がないにも関わらず、皇子はただ1人になるまで、殺さなければならない。

 

 自分が死ぬかもしれない戦争がすぐそこまで迫っているのだ

 

 アレスが心穏やかではいられないのも無理はない。

 

 なぜなら昨日まで当たり前のように家族であった兄弟と殺し合わなければいけないからだ。

 

「……ごめん。ちょっと辛気臭い顔だったな」

 

「いいや。その……心中察するなんてことは言えないけどさ」

 

「いいんだ。俺も待っていた、この時を」

 

 アレスは最後の上着を来て、近くに置いてあった剣を腰に吊り、玉座へ向かう準備を整える。

 

「待ってたって」

 

 昔と違い、こいつはあまりよく笑わなくなった。作った笑顔は何度も見ているが、心から笑っているのは何度だったか。おそらく数えられる程度しかない。

 

 本来であれば、俺はアレスを精神的に支えるはずの立場なのに、アレスの心労は、『人生最悪の日』を過ぎて以来全く取り除けていない。

 

 忘れろ、ということはできない。

 

 なぜなら、俺自身が、今もあの日に執着してしまっている。そんな人間が、同じ――いや、俺よりももっと心に傷を負っているだろうアレスを慰められるのか。

 

「安心してくれ。もう、大丈夫だ」

 

「でも、これから殺し合いだ」

 

「分かってるよ。悪いな、お前だってこの時のために必死に頑張ってくれてたのに」

 

 先ほどまでの迷いのある顔でなく、いつものキリっとした顔に戻ったアレスは、以前に比べてまさに女子が夢に見そうな王子様の顔だった。

 

 その裏に、とんでもない憎悪を隠しているとも思わせないような。

 

「アレス。いいのか?」

 

 部屋を出て、現在の皇帝がいる玉座へ向かい足を動かし始めるアレス、その横を俺が、片手で剣の柄を握りながら歩く。

 

 それを見て、

 

「逞しくなったな」

 

 というアレス。

 

「なんだよ」

 

「いや、感謝してる。お前が俺の近衛騎士になってくれてよかった」

 

「なんだよ、たった2年前だぞ」

 

「ああ。でも、お前は俺の要望に応えてくれた。近衛騎士の試験を乗り越えてここに来てくれた」

 

 アレスの要望というのは、自分の近衛騎士を最低3人つけることを5年前に要求されたときに、ハナム、クラウスを戦闘面で選んだ一方、もう一人として、未だ兵士見習いだった俺を指名したのだ。

 

 当然各地から反対の声が上がったのは必然だっただろう。俺は未だなんの実績も上げていないどころか、見習いでしかなく、皇族の近衛が務まるわけがない。

 

 しかし、アレスは、数年待ってでも俺を近衛にすると言い切ったらしい。とにかく信用できる人間が欲しいと。

 

 そう、この男、俺の何十倍の人間とかかわりを持ち、多くの民からも信頼を寄せられている人気の皇子のくせに、他人を全く信用していない。

 

 ――俺は、お前しか信用できない。傍にいてくれ――。

 

 近衛として傍にいることを懇願されてから、俺は必死に訓練をして、苦手だった勉強にも夢中になって取り組んで、3年でようやくたどり着いた。そしてアレスに最初に再会した時に、情けなく泣きながら自分の心情を語り、そして最後に言った言葉が、これだった。

 

 俺は。戦闘面においては、他の近衛の人間に比べ、全然頼りない。ハナムさんなんかと手合わせをしても、30秒で痣を百か所も作られるほど、実力の差は歴然で、そのハナムさんと同じ、もしくはそれ以上の実力を持っているのが他の近衛騎士なのだ。俺なんかがいていいような地位ではないし、周りから罵倒や侮辱を受けるのは当然だった。

 

 それでも、別に構わなかった。

 

 俺は嬉しかった。アレスは、昔となんの変わりもなく、いい奴だったから。

 

 もう、お互い昔のような無知のガキではない。

 

「レン。いよいよだ」

 

 覚悟は決まっているようだ。すでに目は前しか向いていない。

 

「聖杯戦争。俺は勝つ。お互いの夢をかなえるために」

 

 俺が近衛騎士になってから、アレスは俺によく話を持ち掛けていた。友人と交わす何気ない内容も当然、公務についての相談もしたが、それと同じくらいに話し合ったのは、聖杯戦争についてだ。

 

 アレスは俺に語った。

 

 リュエンを助けたいと。今、帝国のどこかに幽閉されているはずの彼女を助けて、魔族の虐殺を終わらせたい、そのために、兄弟を全員殺し、俺が王になる、と。

 

 アレスはリュエンのことが好きだった。それは友としてだけではなく、恋愛感情を含んでいただろう。

 

 持ち前の正義感というよりは、アレスが魔族差別を終わらせたかったのは、リュエンを将来の伴侶として迎えたい、という願望があったからだろう。まだ10歳を超えて多少経過した程度の歳でそんなことを考えていたとは驚きだったが、昔、学校での2人を見る限り、かなりお似合いだったと思う。

 

 俺はアレスに協力するつもりだ。俺だってリュエンを助けたい。

 

 理由はアレスほど見事なものじゃない。ずいぶんと馬鹿げたものだ。

 

 俺の友達を殺した奴らを俺は許さない。それも魔族だからと、リリーを殺し、リュエンを利用しようとする帝国を。

 

 リュエンをどうにかしたいわけではないが、ただ助け出したい。生贄として殺されそうになっているリュエンをいつかこの手で助け出し、聖杯戦争などという馬鹿げた戦争を壊してやる。

 

 そう、俺は、いわゆる、ただ他人の不幸を許さない正義の味方のつもりだ。

 

 アレスとは目的が一致している。アレスは聖杯戦争を手段に、俺は聖杯戦争を壊すために、俺達はリュエンを救い、そして帝国の魔族差別を終わらせ、リュエンを救うのだ。今はもういないリリーのために。

 

「アレス」

 

「ん?」

 

「やっとここまで来たな」

 

「ああ。方法は違うにしろ。俺は兄たちを殺す。お前はリュエンを聖杯戦争の最中に助け出して、俺と合流だ。リュエンを守りながら戦争を終わらせる」

 

「頑張ろうぜ」

 

「当然だ。あの日以来、この時のために生きてきたんだからな」

 

 玉座の間、その直前へと至り、アレスはその、全身を鎧で隠している威厳ある兵士が守る巨大な扉を開けた。

 

 目の前に開かれた、城の中でも最も荘厳な景色。近衛兵である俺でも初めて見た。

 

 本来は皇族と、特別な来賓しか入ることの許されない謁見の間。

 

 アレスの横を堂々と歩く。

 

 俺を突き刺すような目で見て来る人数は半分、興味なさそうにふるまう人間が四割。いつもと同じで見慣れている風景も、玉座の前に来ると、まるで受け止め方が違う。

 

 空気が重い。

 

 それは、玉座に座す、現在の皇帝から放たれている威圧であると分かったのはすぐだった。

 

「誰の許しを得て、私を見る」

 

 皇帝の装束を纏い俺を睨む陛下。体は大きく50歳とは思えない筋肉を身に宿すという話は本当であると俺は確信する。

 

「グランバニア様、いいではありませんか。アレスが唯一心を開く親友ですもの。どうかお気を沈めてくださいまし」

 

 立ちながら、玉座のすぐ横で皇帝をなだめるのはその妻であるルマリアナ皇后。皇女を含め7人の子持ちとは思えないほどに、未だその美貌は健在である。

 

 そしてこの場に集まったのは、皇后様の7人の子供たち。つまり皇族だ。

 

「父上。これで皇族全員が揃いました」

 

 第1皇子フィラルドの提言に頷く陛下。立ち上がり、そして口を開いた。

 

 周りを見ると、近衛騎士たちは、頭を下に向けている。俺もそれに倣い、下に向けた。

 

「この場に集まったその理由、子らよ、分かるな?」

 

 その問いに首を傾げる者はいない。

 

「ついに時は満ちた。今こそ、時代の皇帝を決める時。末であるアレスがもうすぐで成人になろうとしている。今後の王国を担うに十分な成長をしたと判断した。故に、これより、そなたたちには争ってもらう。聖杯戦争、2年前より、細やかに伝えてきた王位継承の儀式だ」

 

 皇帝は立ち上がった。

 

 そして、力強く叫ぶようにして力強く、その言葉を言い放つ。

 

「我が息子たちよ。魔族を滅ぼし光ある世界となったこの世界で、我々は成し遂げなければならない。聖杯の起動を、真にこのアルアトールを支配するにふさわしい力を得ることを」

 

 皇子たちは頷かない。

 

 黙ってその言葉に耳を傾ける。

 

「これは継承戦争。今日を持って貴様らにつけた近衛騎士を解雇する。部外者はこの神秘に触れることすら能わず。これよりは近衛とて戦争に関わることは許さず。これ破るならば、粛清を覚悟せよ。異論のある者はいるか?」

 

 アレスが口を開こうとしたところを、近くの第4皇子が止める。

 

「アレス?」

 

 異変を感じ取った皇帝が、アレスを見るが、アレスは俯き何も言わなかった。

 

 アレスはきっと俺が失職することを防ぐつもりだったのかもしれないが、それは無駄なあがきだ。

 

 皇帝の権力は絶対的。たとえ皇子であろうと、その意向を阻むことは不可能だ。

 

 他の皇子たちにしてみれば、戦いの前に、余計な波を立てたくなかったのだろう。今は、皇子たち誰もがアレスを止めようとしたはずだ。

 

「いいえ……申し訳ありません、陛下」

 

「大人になったものだ。褒めて遣わす」

 

 皇帝陛下は立ち上がり、玉座から歩き出す。

 

「これよりは、地下へと赴く。そこで、貴様らに聖杯と神器、そして王族が代々受け継いできた神秘を見せよう。ただし、これより先は継承権を持つ者しかついてくることは許さない。これを邪魔する者は粛清騎士の剣の錆びになるものと心得よ」

 

 皇帝陛下は歩き出した。そしてそれに続き、フィラルド皇子を先頭に皇子たちは、この謁見の間から出ていく。

 

 俺は皇子たちが完全に部屋から出ていった後、部屋を出ようとするが、それを阻んだのは、他の近衛兵だった。

 

 近衛兵を持っているのは現状第2皇子、第4皇子、アレス、第1皇女である。なんと継承権が最もある第1皇子には近衛兵を自らつけていない。

 

 なんでも、あの第1皇子、剣魔と呼ばれるほどの剣の使い手である。過去に5回の襲撃を受けてきたが、裏社会では有名だったとされる暗殺者を、手段は不明にしても、最後は持っている剣で首を撥ねている。近衛兵ですら、あの皇子勝てるものはいない。

 

 第3皇子が近衛兵をつけない理由は、性格の悪さがある。男を近くにつければ喧嘩の末決別、女をつければ即手を出す。アレスの兄とは思えない行動の悪さだ。

 

 その他の皇子たちは、それぞれ1人、近衛兵をつけている。

 

 そして俺を止めたのは、第2皇子の執事兼、護衛を自称しているセバスティだった。

 

「……なんですか?」

 

 一応聞いたのだが、向こうは心穏やかではないようで、急に殴ってきた。

俺は後ろに跳んで躱すが、直後俺に向かって針のようなものが飛んでくる。服の袖に隠してあったのだろうか。

 

 針は、おそらく毒が入っている。

 

 剣の抜くのが遅く、どう考えても、後ろに跳んだのが運の尽きで、躱すことができない。

 

 死んだ。

 

 と、一瞬思ったのだが、その即死の毒針を弾いてくれた救世主もこの場にいた。第1皇女の近衛騎士、ローグだった。

 

「貴様。近衛の恥であるその男を生かすというのか」

 

 そう、セバスティは非常に俺のことを毛嫌いしている。いつかは殺してやると、時々言っていたらしいが、まさか、玉座の間で殺されるとは夢にも思っていなかった。

 

 対してさすが第1皇女が最も信頼を寄せる近衛兵ローグ。第1皇子の異名、漆黒の騎士に唯一剣で戦えるとしたら、という天才剣士。

 

 先ほどの殺人未遂の執事、そして、この化け物剣士。近衛騎士というのは、このように戦闘面での天才ばかりなのだ。だからこそ、俺のような存在が近衛騎士に選ばれていることに反感を持っている人間は少なくない。

 

「セバスティ、ここは玉座だ。皇女の前で惨たらしい殺人など俺は許さん」

 

「第2皇子は、速やかに王国の恥を処分せよと私に命じられた。貴様は皇族の意志に逆らうというのか?」

 

「ならばこちらも言わせてもらおう。第1皇女様の思し召しだ。ともかく、この場において殺人は許されない。逆らうというのなら、ここで掣肘を加えるのもやぶさかではないが?」

 

「やってみろ」

 

 近衛騎士2人が恐ろしい殺気で睨み合っている中、フードと仮面で顔を隠している第4皇子の近衛騎士はため息をつく。

 

 一方で第2皇女は、俺の肩を叩き、話しかけてきた。

 

「レン様。お怪我は?」

 

「大丈夫です」

 

 皇女たちは基本的に誰に対しても物腰柔らかいタイプだ。俺としても関わりやすい。対して皇子たちは本当にかかわりづらい。皇帝の血を引いていると聞いて納得の威圧を有している。

 

「……それは良かったです。あなたに何かあれば、アレス兄さまが大変なことになりますゆえ。ところで、この後お時間はございますか?」

 

「ご無礼申し訳ございませんが、この後は私、すぐに城下に降りなければならないのです、日を改めれることをお許しになられるのならば、その時は」

 

「まあ、本当。私、久しぶりにレン様の淹れた紅茶を飲みたかったの」

 

「最高級の茶葉を用意いたします」

 

「楽しみだわ。また私が使者を出しますから、それまではどうか。この城下街を離れないでくださいまし?」

 

 第2皇女に俺は好かれているのかもしれない。そしてそれもまたあの執事が気に入らないところなのだろう。一言でいえば『身の程をわきまえろ』ということだ。

 

「また妹を垂らしこんで」

 

 そしてその執事の俺への怒りの火に油を注ぐような言い方で、第1皇女は、俺の前に立った。

 

「ミレーユ様、決してそのようなことは」

 

「妹はあなたがお気に入りらしいから、泣かせたら殺されるって常に心に誓っておきなさい」

 

「当然の心構えです」

 

「ならばよろしい」

 

 この王女は異端だ。他の皇族に比べて威厳がない。当然口にはしないが、ドレスよりは街中の女性が着る普段着の方が似合いそうに見える。当然、見た目端麗なのだが、不思議とそう思うのだ。

 

「レン。今日から聖杯戦争なんだから。アレスとは会うの最後になってしまうかもしれない。聖杯戦争中は会えない可能性の方が多いんだから、ちゃんとお別れは済ませてね」

 

「はい、心得えます」

 

「じゃあね、レン。ローグ、行きましょう。セバスティ、喉が渇いたわ、ついてきて」

 

「しかし……」

 

「もしかして、ここを逃せば、殺す自信がないとか?」

 

「……かしこまりました」

 

 俺からセバスティをちゃっかり引き離してくれて助かった。

 

 皇女二人は、玉座の間から出ていった。

 

 俺はその2人を正常とは思えない。なぜなら今から家族が殺し合いをするのに、なぜあんないつもと同じ顔でいられるのか。

 

 俺は玉座に残っている皇后さまに深々と頭を下げ、そして玉座の間を後にしようとした。

 

 しかし、その前に呼び止められる。

 

「レンさん」

 

「はい?」

 

 皇后さまと会う機会は近衛騎士になってから数回しかない上、公務の中だったので話すことはできなかった。

 

 なので、話をする間柄ではないと思っていた俺は、向こうから話しかけてくることに驚いた。

 

「アレスの事感謝致します」

 

「いえ、そんな、俺は、その」

 

「あの子ね、あなたが近衛騎士になってから、少し心に余裕ができたみたいなの」

 

「え……」

 

「よほど良い精神面での支えができたのね。笑わないけれど、怖い顔もあまりなくなった。それは、きっと心に余裕ができたからだと思う。それはハナムだけでは成し得なかった、あなたがしっかり役目を果たしてくれた証です」

 

「恐れ多いお言葉……」

 

「ハナムも良い後輩を持てて幸せだと、この前言っていました」

 

「光栄の極みでございます」

 

「近衛騎士の任は今日で解かれてしまったけれど、今後もアレスの良いお友達でいてください。あ、そうだ、陛下は快く思わないでしょうけれど、元近衛騎士は私の権限で、聖杯戦争とは関係のない皇女3人の誰かに護衛でついてもらうつもりなの。ソフィアもあなたを気に入っている様子ですし、今度のお茶会、楽しませてあげてくださいね?」

 

「ご期待に沿えるよう、全力を尽くします」

 

 皇后さまも、玉座の間を後にした。俺はその背中を見送り、誰もいなくなった玉座を後にした。

 

 

 俺は城下街に降りる。

 

 街の至る所に建てられた掲示板すべてに、夜間の外出禁止令が出されている。街の人間は、聖杯戦争が起こっている事は知らないものの、夜間外出禁止は今はもう100年以上続く慣例となっているため、今更驚くほどのことでもないらしい。むしろ、新しい皇子の決定がなされる前兆だと、今は、次の皇子が誰か話し合っているようだ。

 

 もとよりそんな話に興味はない。俺はアレスを勝ってもらわなければならない。

 

「見てよこれ。今日……生贄の儀式を執り行うらしいわ」

 

「生贄って確か女の子よねぇ。あんな子供が魔法を使うなんて怖いわぁ」

 

「よくも化け物の分際で、俺達の街に入りびてったよな」

 

 聞き捨てならない話題だった。

 

 俺の耳に聞こえてきたのは、今日、どこかに捕らえられているリュエンが生贄に捧げるそうだ。

 

 当然、化け物などと言いやがったことは許さないが、今は波風立てている場合ではない。

 

 聖杯戦争が行われている最中に、リュエンの扱いに動きがあると思ったので、その時が好機だと思ったが、そんな悠長なことは言ってられなさそうだ。

 

 今日にでもすぐに、無駄なあがきかもしれないが、城下街地下に広がる監獄に突撃してみよう。そう決めた。

 

 俺は城下街にある、城の部屋ではない、もう一つの住処へと走り出す。

 

 すぐに準備をしなければならない。今夜からは戦いになるのだから。

 

 

 

 住処に戻り、俺は大切に飾ってあった一本の槍を持った。

 

 見習いの頃から、ずっと愛用している、俺が唯一、自慢できる業物。

 

 ゲイルスケグル。最上級の武具である、勇者の剣、勇者の槍などの勇者シリーズを凌駕する出来と言われた槍だ。

 

 近衛騎士になったときの見習いにハナムさんにもらってからは大切な任務の時には必ず帯同した。

 

 俺は槍の扱いを最も得意としている。近衛の護衛では剣を使うことを強制されているが、本気で戦うならば槍だ。

 

 俺はそれを持ち、少し振って使い心地を思い出そうと、家の庭に出る。

 

 俺は反逆者になる可能性が高い。リュエンを救出するということは、すなわち帝国に逆らうということだ。継承戦争として正当な儀式となっている、聖杯戦争の邪魔をするのだから。

 

 俺には数多くの敵が襲い掛かるだろう。

 

 アレスが勝つまで、リュエンを守らなければいけない。戦わなければいけないのだ。

 

「やるか」

 

 庭に出ようと、窓を開けた。

 

 風が吹く。

 

 ――何か後ろにいる。

 

 振り返ったそこにはハナムさんがいた。

 

「ハナムさ――」

 

 しまった。窓が開いている。

 

 もう1人が後ろから――。

 

「すまぬな」

 

 体に衝撃が走る。視界が急に黒に染まった。

 




お待たせしました。いよいよ本編です。
プロローグが終わったので、今回からいよいよ聖杯戦争開幕です。

と、その前に、今回は真の第1話です。まだ本格的な戦争の開始はできません。
前回唐突に出てきたレンがなぜあの戦場にいたのか。

今回、そして次回に続けて、この聖杯戦争3人目の主人公であるレンが戦いの場に現れるまでの物語となります。

しかし、私としても、そろそろサーヴァントの戦いを心行くまで書きたいという衝動があるので、もしかすると、次回から始めちゃうかもしれません。

いずれにせよ、お楽しみにお待ちいただけると幸いです。


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1-2 夢(2)

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!


 どれほどの時が経っても決して消えない後悔がある。

 

 これは、あの日の続きだ。リリーが倒れていたあの瞬間から。

 

 

「あ……あ……」

 

 苦悶の表情を浮かべるのも当然だ。むしろまだ生きているのが驚きであるかもしれない。

 

 リリエラは泣いていた。

 

「リリー!」

 

 必死に呼びかけたが、リリエラはもうだめだと、子供ながらに分かった。

 

 こんな形でお別れだなんて、嫌だった。もちろんどんな別れが理想的かなんて考えているわけではなかったが、それでもこんな別れは間違っていると。

 

「リリー! しっかりしろ」

 

「レン……」

 

「リリー!」

 

「泣いてくれるんだ。人間のくせに……」

 

「はぁ? 何言って」

 

「私……実は……」

 

「言わなくてもいい。俺、もう分かったから」

 

 そう、さすがに先ほどの兵士たちとの話を聞けば誰が殺されているのかは分かっている。

 

 リリエラは魔族なのだ。だから殺された。

 

 別に普通の人と見た目も中身も変わらない。唯一、魔族と蔑称で呼ばれる人たちは、なぜか魔法を魔法書無しで発動でき、普通の魔法書を使う人間より、強力な魔法を使える、というだけの存在なのだ。

 

 しかし、魔族というだけでこの国の人間はその存在を忌避する。生存を許さない。

 

 それは長い間、アルアトールが帝国になったその時から続いている負の伝統なのだ。

 

 確かに昔、人間と魔族は戦争をした。

 

 でも数百年も前だ。そんなものを今も引きずっているんなんてくだらない。

 

 なんでそんなことが理由で、リリーは殺されなきゃいけないんだ。

 

 許せない。こんなことにした奴はみんな許せない。

 

「レン……」

 

「リリー、もうしゃべるな!」

 

「だめよ……だって、今、アレスは必死にリュエンを連れて逃げてるの」

 

「え……リュエンも魔族なのか?」

 

「うん……でもレンならそんなことで嫌いになったりしないでしょ?」

 

「当たり前だろ。俺にとってみんな友達だ」

 

「ありがとう……。そう言ってくれたの……君が2人目。だからこそ、アレスを助けて……リュエンを助けて……」

 

「……でも」

 

「私の……こと……いいから! お願い!」

 

 致命傷なのに、これほどの威圧を持った言葉はいったいどこから出てくるのか不思議だった。それは彼女の覚悟であり、それほどの大きな願いだと言うこと。ならば、俺はそのリリーのお願いに応えなければ。

 

 ドゴン!

 

 俺の部屋に何者かが入ってきたのはその時だった。

 

「見つけたわよ」

 

 俺を捕まえようとしていた魔法学の先生だった。

 

「先生! リリーが死ぬ。助けてくれ!」

 

 つい助けを求めてしまった。その直後、俺は大変な間違いに気が付く。ここに務める教員は全員が王国に仕える士官。

 

 先ほど、下で聞いた話を考えれば、あの先生もまた魔族は殺すように言われ続けてきた人だ。

 

「レン君。彼女は」

 

「先生。先生なら助けられるよな!」

 

「……それは無理よ」

 

「ふざけるなよ! 先生は魔法の杖も使えるだろ! だったら傷をいやすことも……治らなくたって痛みを和らげることくらいできるはずだ!」

 

「それよりも、あなたの避難が先よ。助からない命に慈悲をかけるのは、生きられる余裕のある人間の役目。あなたにそれを乞う権利はない。素直についてきなさい」

 

 この人でなし、と俺は先生を睨みつけた。どうして苦しんでいる人間を助けようとしないのか、理不尽に命を奪われる人間を見捨てるようなことを言うのか。俺には理解できなかった。

 

「先生! 見損なったぞ!」

 

 侮辱しても先生は動こうとしなかった。

 

 このままでは連れていかれてしまう。

 

 リリーを見た、もう限界そうだった。それでも俺に頷きかけたように見えた。早く行けと。

 

 俺は槍を構え、

 

「先生、どいてもらうぞ!」

 

 そのまま突進した。

 

 建物内ではすでに至るところで火事が起き、辺りには死臭が漂うというとんでもない環境の中でこの行為に走ったのだ。さすがにそれは予想外だったようで、俺を捕まえることはしなかった。おかげで俺は部屋の外に飛び出すことができたのだ。

 

 リリーは言った。助けてくれと。その時の俺は、アレスがどこに逃げていったのか知らなかった。

 

 それでもとにかく走ったのだ。走り回ってなんとしても見つけるつもりだった。

 

 5階建ての寮をくまなく、兵士に見つからないように探しまくり、それで見つからなかったので俺はいつも授業を受けている学び舎へと戻った。

 

 ひどい有様だ。今まで神聖な学び舎だったはずのその場所は、あらゆる箇所が血で染められていて、窓ガラスは割られている。

 

 おそらくリリー以外にも魔族がいて、そして殺された。この国のなんの意味も成さない伝統によって。

 

 学校内はすべて探した。それでもいないということは、どこか別のところに逃げたのだ。

 

 どこかに隠れている?

 

 そう考えたが、学校は探さずに外に出た。隠れているのなら、俺みたいな馬鹿に見つかるのではすでに大人に見つかっている。

 

 まだ逃げているとしたら、城ではない。子供ながらにあそこには敵が多いと俺は感じた。

 

 街の中も兵士がうろうろしている。

 

 逃げ回り混乱していた間に外はもう夜。それに兵士がうろうろしていれば、さすがに夜の市も開催は憚れる。故に、街には兵士が走るときに鳴らす甲冑の音のみが響き渡る。

 

 アルアトール城下街の構造は非情に簡単になっている。

 

 碁盤の目、というらしいその構造により、街には上空から見て縦と横の道しかない。街と外を隔てる大門から、城までまっすぐ続く大きな通りは、商店通りと呼ばれる街の経済を担う店が並ぶ。当然他のところにも店がないわけではないが、生活必需品はこの通りですべて買うことができる。ちなみに由来はアルアトールから東方に行ったところの大陸の言葉らしい。

 

 そのように張り巡らされた道を右に行ったり左に行ったり、それでも必ずいると思ったのだ。

 

 兵士が街の中を跋扈している理由こそ、まさにアレスを探してのことだろう。反魔族の父君に逆らってでもリュエンを助けるという彼の願いは本物のはずだ。

 

 しかし、もうすぐで街の大門だ。ここまで必死に探しても見つからないとは、一体どこに行ったのか。

 

 街の防衛の問題から、街から出るには大門しか存在しない。それは兵士や王族が通るため専用の利便性のための道を一切に作っていないところは徹底している。さすがに隠し通路はあるだろうが、そこまでは知らない。

 

 以前アレスが言っていたが、そのような王家の秘密を知るには成人にならなければいけないらしい。それが本当であれば、アレスも大門を通る以外に外に出る方法は知らないはずだ。

 

 そして、大通りから、5つ隣の裏地に差し掛かった。向かい側の横の道を、周りを警戒しながら進んでいる2人を発見した。

「アレス、リュエン」

 

 俺を見ると、アレスは一瞬驚いた顔をしながらも、

 

「助けに来てくれたのか?」

 

「ああ」

 

「それは……ありがとな」

 

 俺が来たことを喜んでくれた。だからこそ、俺も何か役に立たなければと思った。

 

 リュエンは、すでに泣いて、泣いて、涙が枯れ果てたのか、顔は泣いているのに、涙はもう出ていなかった。

 

「リュエン……」

 

「うう……レンぅ……怖いよぉ……」

 

「俺が来た。その……なんなら囮にでもなるから、絶対に逃げれる」

 

 俺だってここまで来て、どうしてこうなったのか、という原因探しをする気はない。今はとにかく逃げる。逃げるのだ。

 

「ぐ……ぅぅ。レン……リリーが」

 

「見た。その、お前だけでも逃げてほしいって」

 

「リリぃ、うああ……」

 

 リュエンはぎゅっとアレスの手を握っていた。

 

 しかし、驚いた。アレスはここに来るまで、兵士に見つからず逃げてきたのか。俺は言えた話ではないが、リュエンを連れてよくもここまで来たものだ。

 

「ハナムさんのおかげだ。兵士をうまくかく乱してくれるらしい。子供を逃がすこともできるなんて、本当にすごいな……」

 

「え、あの、お前の近衛騎士になるっていう……」

 

「そうだ。後は大門を開けたところにハナムさんの弟子が待っているはずだ。その人にリュエンだけ逃がしてもらう」

 

「お前、こんな時のために、そんな計画立ててたのか?」

 

「いや。寮に襲撃があったときに、いち早く俺の部屋にハナムさんが来たんだ。そこで、俺に逃げ方を言ってくれた。……一つの場所にとどまるのも危険だともね」

 

「あ、悪い」

 

「いや、いいんだ。行くぞ」

 

 そう、迷っている暇はない。いろいろと話をするのも後にしなければならない。

 

 ゴォォォ。

 

 聞いたことのあると音が聞こえた。重い何かが動くような、荘厳ではない者の、決して軽い音でもない何かが動く音だった。

 

「大門が開いた」

 

 大門の開閉は本来昼間しか許されていない。それが夜に開く光景は、街の人間もほとんど見たことはないはずだ。

 

 ただ大きな扉が開くだけのその光景は、どこか神秘的なように錯覚してしまう。

 

「でも、こんなことをしたら、兵士たちがすっ飛んでくるんじゃ」

 

「だな」

 

「捕まるだろ」

 

 リュエンの体が震える。

 

 当然だろう。奴らはリュエンを殺すつもりだ。

 

 殺されるのが怖くない人間なんかいない。

 

「リュエン。頑張れ。もうすぐだ」

 

「うん」

 

「レン、一気に走るぞ」

 

 アレスがリュエンを引っ張り走り出したのを見て、俺もそれについて行く。

 

 大門まではさほどかからない。およそ10秒走れば絶対にたどり着く。

 

「でも、兵士たちも来てるんじゃ」

 

「それもハナムさんが何とかしてくれている。少なくとも、リュエンが門を通るまでに他の兵士は来ないように動いてくれている」

 

 よく見ると、大門の近くに、すでに死んでいるのか、兵士の死体が転がっている。まだ死んで間もないのか、血が赤かった。

 

「計画通り……!」

 

 門の前で待機している、ハナムさんの弟子がやったのだろうか。

 

 いずれにしても、今、大門に、俺達を阻むものはいない。

 

 走った。走った。そして大門の正面にたどり着いた。

 

 後はそこを通り、ハナムさんの弟子にリュエンを引き渡すだけ。

 

――それだけだ。

 

「ご苦労だったな。アレス」

 

独りの男がいた。たった1人の男が。

 

「な……!」

 

 アレスが驚いている。つまり、これは計画にはない展開だと言うことか。

 

「フィラルド兄上……」

 

「よくここまで生贄を連れてきた。計画通り、お前は彼女をしっかり連れてきてくれた」

 

 この男が言っていることを、俺はすぐには飲み込めなかった。

 

 フィラルドと言えば、この国の第一皇子。そんな大物が立っている。そしてその足元には、血を流し立横たわっている女性が一人。

 

「フリニア!」

 

「心配することはない。彼女は生贄と逃がそうとしていた反逆者だ。大方情が沸いたのだろう。俺からは寛大な処分をするよう、父上に申し付けておく」

 

 本来、大門の先に灯はない。あたりの暗闇を照らすのは、フィラルド皇子の部下と思われる魔法書使い。火球を浮かせている。

 

「さあ、アレス。彼女は今から俺たちが引き継ごう」

 

「兄上、知っていたのか?」

 

「知っていたも何も、これは、お前が私に生贄を渡してくれる手筈だろう?」

 

 アレスの体が固まる。

 

「アレス……、ねえ、嘘だよね。嘘だよね!」

 

 リュエンが叫ぶ。

 

「違う。違うよリュエン! 俺は君を逃がそうと」

 

「もう演技はいいんだぞ? アレス。わが弟よ。皆も弟の素晴らしい手腕に拍手を送ってほしい。彼は父上の無茶を見事聞き入れ、遂行して見せたのだ」

 

 その言葉とともに、第1皇子の後ろで屯するニコニコと笑みを浮かべる兵士たちが、拍手を始めた。

 

「素晴らしいですわ」

「さすがです」

 

 そしてアレスを賛美する声が高らかにあげられる。

 

「違う。やめろ、やめろ!」

 

「何を戸惑う。お前は皇子だ。生贄を立派に捕らえたお前は皆に己の武勇を誇るべきだ」

 

 アレスが裏切った……ここまでが、リュエンを帝国に引き渡すための計画だったのか?

 

「違う。ふざけるな。そんなに俺が気に入らないのなら俺を殺せ!」

 

 否、違う。アレスは本気だ。それは顔を見て分かる。あいつは元々嘘をつけないという意味ではバカだし、だからこそ誠実の塊みたいなやつだ。

 

「アレス……」

 

 しかし、リュエンはそうは信じきれないらしい。アレスに疑いの目を向けている。

 

「リュエン……違うんだ。俺は、最後までお前の味方だ」

 

「……アレス……」

 

「本当だ。信じてくれ! 俺はお前を裏切ったりはしない」

 

「なら……なんであの人がいるの?」

 

「ハナムの立てた計画を知ってたんだ。あいつから情報を聞き取った。拷問でもなんでもしたんだろう」

 

 アレスは第1皇子に言い放つ。しかし、それでも、奴は、

 

「何を言う、この前、俺に教えてくれただろう?」

 

 と、奴は懐から1枚の手紙を出した。

 

 俺も目を疑った。

 

 そこには、リュエンを連れて逃げてきたここまで道のりを詳細に全部書いてあったのだ。

 

 それも、アレスの筆跡で。

 

 リュエンは手を離した。そしてひとりでに逃げようとした。

 

 しかし、すでに逃げ場はなかった。王国兵に包囲されていた。

 

「アレス。裏切った……んだ」

 

「違う。あんなの書いた覚え……」

 

 アレスが驚愕で空いた口がふさがらなくなっているところに、第1皇子は追撃する。

 

「これは……お前が俺に送ってくれた手紙だ。お前の字で、本物を証明するお前の血判までついている。ここまですべてはお前の手柄だ」

 

 疑いようのない証拠。リュエンを連れ去ったのはアレスだという。

 

 その時は俺も、アレスを疑わざるを得なかった。

 

「最低……」

 

 リュエンは枯れたはずの涙を再び流しながら、

 

「……そんなに家族に褒められたいの、クソ野郎!」

 

「ちが」

 

 反論などできるはずもない。そこに証拠もあるのだから。

 

「死んでも恨んでやる。呪ってやる。お前なんて、絶対に!」

 

「違う、これは、これは嵌められたんだ」

 

「絶対に許さ――」

 

 そこまで言ったリュエンの口はふさがれた。誰でもない第1皇子の手によって。

 

 先ほどまで俺たちの前にいたはずのその人間は、たった一瞬で、俺達の気づかない間にリュエンの後ろに回り込み、口を手に持った布でふさいだのだ。

 

 人間業とは思えない速さだった。

 

 化け物、などと思ったのも嘘ではない。

 

 もがくリュエン、しかし力の差は絶対で、息も十分吸えないリュエンはすぐに意識を喪失した。

 

「アレス、そしてレンだったか、此度の働き、大義だった。今宵はゆっくり休め」

 

 ――それ以降の記憶はない。

 




この続きもすぐに投稿する予定です。
詳しいあとがきはそのときにしたいと思います。


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1-3 運命の夜1

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください


 目が覚める。

 

 いったい俺はどうしてしまったのか。覚えているのはハナムさんが俺の借りている街のねぐらに来て。

 

 なるほど、それ以降の記憶がない。

 

 ここは城の中に構えられた近衛騎士専用の部屋。近衛騎士になれば誰にでも与えられる着替え場所および、簡単な荷物置き場兼仮眠室。幸いにも例外はなく、俺にもその部屋は与えられた。

 

 そのベッドで俺は寝かされていた。単純に幸運だったといえる。あそこで俺は殺されていたのかもしれないのだから。

 

 そしてなぜか俺が持っていた槍、ゲイルスケグルも近くに横たわっていた。その近くには手紙が置いてある。ハナムさんの筆跡であることは見て分かった。

 

 独房よりは居心地がいいが、さすがに王族とは違い、王城の中でもかなり質素な部類の部屋なので、壁は白一色の壁紙が張られているのみで、これと言った特徴はない。俺は平民の出なのでそんなこの部屋に多少の安らぎを覚える。

 

 その手紙を読むには十分な平静を俺は取り戻していた。

 

 手紙にはそれほど長いことは書かれていなかった。むしろ短かった。

 

『今宵はそこから出ないように。出れば命の保証はできませぬ故』

 

 聖杯戦争のことだろうか。俺の為を思って、というのはさすがに考えすぎだろう。ハナムさんには何か俺がいては不都合があったと考えるべきだ。

 

 早速自室に放り込まれている現状を考えると、ハナムさんも味方として頼りにするのも考え物だと思ってしまう。結局は自分の身は自分で守らなければ。

 

「そういえば、今は……」

 

 皇帝が聖杯戦争の開幕を宣言したのは今朝。戦闘が始まるのは今日の夜。

 

 と思っていた矢先の出来事なので、もしも、1日昏倒していたのなら、すでに戦争が始まってしまったということか。

 

 幸いにも変な服には着替えさせられていないので、俺は槍を持ってすぐに部屋を出た。

 

 今は日が暮れてすぐだった。

 

「間に合ったか?」

 

 どうか、今日でありますように。という願っても仕方のないことを願いながら、どうするかを考える。

 

 ハナムさんに見つかったら即アウト。部屋に閉じ込められてしまう。理由を聞かせてほしかったが、それはまたの機会にすべきだ。

 

 今はとにかく、リュエンを助けることが先だ。大陸には、囚人を入れる監獄がいくつかある。魔族嫌いの王国の奴らは生贄を来賓室に入れたりも、並みの生活をさせているわけもない。どこかの牢屋で生かすだけ生かして、徹底的に痛めつけているに違いない。

 

 そして今日、生贄が処刑されるらしい。ならば何かしらの動きはあるはずだ。

 

 俺はすぐに部屋の外に出て、王城の中を駆け抜ける。

 

 王城の1階には広い中庭がある。雅な庭園を日々維持している人々には申し訳ないが、ここを突っ切ることで多少の近道になるはずだ。

 

「いや……」

 

 しかし、やめておいた。なぜなら、何かよからぬことが起こった後らしい。魔法陣が見えたのだ。おそらくは英雄を召喚した後だろう。

 

 すでに夜なので、1階の正面入り口の門は閉じられている。ここから出るには、1階裏口か、多少遠回りになっても、階段を上がり、4階の監視塔の連絡通路を通ってから、監視塔の2階から飛び降りるのが早い。

 

それ以外だと、見張りに見つかる可能性もあり、最悪ハナムさんがすっ飛んできたり、今度こそ、第2皇子の執事に殺されることもあり得る。

 

 玉座のある謁見の間はその途中にあるので、そこは躱すべきか迷った。

 

「いや、今は時間が惜しいか」

 

 それにこの時間には誰もいないだろうと高を括る。

 

 走る。とにかく、外へ行くために。

 

 この急ぐ気持ちは、時々夢に見るあの日と同じ感覚だった。しかしすべて同じではない。俺は俺でリュエンを助けるための力を、今日まで可能な限りつけてきたつもりだ。あの日のように何もできずに終わりみたいなことには絶対にならない。

 

 実際はそう願っているだけかもしれないが、諦めるのとそう考えるのはまた別の話だ。

 

 謁見の間の近くにまでは、なんの問題もなく走ってこれた。

 

 しかし、そこを突っ切るのはやめるしかない。誰かがいる。俺は既に近衛騎士ではないらしいので、もしかするとまずいことになるかもしれない。

 

 しかし、こんな夜にいったい何を言っているのか。

 

 灯は豪華絢爛に灯っていたので、清掃ではないと思われる。ぎりぎり様子が見えるところまで体を寄せて、耳を傾ける。

 

 声だけだが、何か聞こえてくる。

 

「皆の者、サーヴァントの召喚は終わったか?」

 

 皇帝グランバニアの声がする。そしてそれに応えるのは、第1皇子から第4皇子までの王子たち。他には声も聞こえなければいる気配もない。

 

 すでに聖杯戦争が始まっているようだ。まさかスタートをこんな形で知らされるとは思わなかった。それぞれの王子は問題なくサーヴァントを召喚したようだ。しかし、それならなぜ皇子同士が殺し合いになっていないのか。

 

「アレスは?」

 

 第2皇子クーベルがアレスの不在について問いを投げた。そしてそれにグランバニア皇帝は答えた。

 

「奴なら教会だ。奴はこの城の中を召喚地には選ばなかったらしい」

 

 そこに第3王子ヴァレルが口を挟む。

 

「は……怖気ついたのか。協会に保護を求めにでも言ったのか。あのクズ」

 

「そう言うな……くくく」

 

「どうした親父。えらくご機嫌じゃないか」

 

「なあに、奴も面白い男になったものだ、と思うてな」

 

 何やらアレスは面白いことを起こしているらしい。俺はあいつの合図があるまでは手伝わなくてもいいという計画になっている。なので、アレスが今何をしているか初めて知った。

 

 第4皇子、リュートが、皇帝のご機嫌を見て、

 

「アレスが。どうしたのでしょう?」

 

 と、言うと、皇帝はずいぶんと上機嫌にアレスのしでかしたことを伝えた。

 

「奴め、王国の神器たるファルシオンを盗んで逃げた。おそらく召喚の触媒にするために。ふはははは」

 

「そんな……なんと愚かな。父上、何が可笑しいのです?」

 

「どうやらアレスの評価を変えなければならないようだ」

 

「それは、国の神器を勝手に盗み出した重罪人としてですか?」

 

「いいや。確かに法ではそう定めているがな。まさか奴が聖杯戦争にそこまで本気だとは思わなんだ。礼儀しか知らぬか弱い獣を装っておきながら、実際は奴も聖杯を求める欲深い願望を持っていた。ククク、それをこの私に悟らせぬとは、奴の中にも皇帝になるにふさわしい猛々しさがすでに完成していたとは」

 

 第1皇子はそれに共鳴するようにして、

 

「そうですね。父上。私も、兄として実に成長を嬉しく思いますよ」

 

 と一言。

 

「であろう。フィラルドよ。お前も足を掬われるやもしれんぞ?」

 

「お戯れを。と言いたいですが。今宵よりは聖杯戦争。何があるか分からない以上、もしかするとあり得るかもしれないですね」

 

 ため息をついたのは2人。おそらく第2皇子と第4皇子か。まさかアレスがそんなやんちゃをしていたとは。聖杯戦争の前に、国の重罪で追い詰められたらどうするつもりなのだ。

 

「で、親父。罪人は捕まえなきゃな? 殺していいのか?」

 

「まて、ヴァレル。今はアレスのことよりも気がかりなことができた。お前たちには今宵のみ、殺し合いの前にしてほしい仕事がある」

 

「なんだよ。まだ殺し合いはできないのか?」

 

「急くな。殺し合いの相手が違うというのだ」

 

「ほう、おもしれえ、聞かせろよ」

 

「そのためにお前たちは、本来の聖杯戦争ではありえないと分かっていながら呼びつけたのだ」

 

 話によると何か聖杯戦争絡みでとんでもないことが発生しているらしい。

 

「生贄が逃げた」

 

 数秒、場が静まり返った。そしてようやく反応を返したのは第2皇子。

 

「生贄が逃げたと……いったいどのように……」

 

「よく聞くがいい息子たちよ。奴め、牢獄の中でサーヴァントを召喚したようだ」

 

「馬鹿な。彼女の今の待遇では、サーヴァントを召喚できるほどの生命エネルギーはないはず」

 

「そう、不可解だ。しかし、事は現実として起きた。先ほど監視の者から報告が届いた。すでにそのサーヴァントは牢獄を突破しつつある。当然通常の兵士では太刀打ちできん。このままでは生贄を逃がす」

 

 生贄とはおそらくリュエンのことだ。あの日、夢に見たあの瞬間、第1皇子は確かに言った。生贄と。

 

「そこでだ。息子たちよ。そなたらのサーヴァントを使い、謎の発生をしたサーヴァントを殺し、再び生贄を捕えよ。この依頼は聖杯戦争を監査する教会から直々の以来である。これを成し遂げた者には、令呪を1画贈与する、とのことだ」

 

「……破格の条件ですね……成し遂げた者には有利しかない」

 

「クーベルの言う通り。この機会にそなたらのサーヴァントの力をよく見極めながら達成するがよい」

 

 ここまでの話で俺に問って重要なのは、リュエンが今脱走を図っているということだ。今ならまだ無事であり、まだ助けに向かうのに間に合うと言うことだ。

 

「父上、私からの1つ報告が」

 

 フィラルドが口を開く。すぐにリュエンを捕えに向かおうとした他の王子たちも長男の話を聞くために踏み出していた足を止めた。

 

「父上。城の中に6つの魔力の揺らぎを確認しました。サーヴァントの召喚が6、行われたと思われます」

 

 驚きの声を上げたのは第4皇子。

 

「アレスは教会と言ったね。フィラルド兄さん」

 

「そうだ」

 

「じゃあ、誰が。城の中に裏切者が?」

 

「……聖杯は基本的に王族をマスターとして選ぶ。アレスがいないとすると、城に居るはずの王族は2名。対し、謎の召喚魔力が2つ」

 

「まさか、ミレーユとソフィアが?」

 

「可能性としては考えておくべきだ。もしかすると、今回の戦争では、本当にただ一人になるまで殺し合わなければならないかもしれないことも」

 

「……く」

 

「お前にとっては、辛い話かもしれないがな? 所詮俺たちは欲を持つ運命にあるアルアトールの皇帝の血族。覚悟は今のうちに決めておけ、リュート」

 

 フィラルドの諫言に、リュートは黙ってしまった。

 

 しかし、まさか皇女もサーヴァントを召喚してるとは。アレスはこのことを知っているのだろうか。アレスは前に一度だけ、姉と妹とは殺し合わなくて済むのは本当に良かったと言っていた覚えがある。

 

 話は終わった。皇子たちはそれぞれこの場を離れ始める。俺も来た道を戻りその場から逃げる。

 

 しかし、話を聞く限りでは、全員がサーヴァントを連れてリュエンを捕まえに行くつもりだ。ならばそれよりも早く、リュエンを探し出し、助け出さねばならない。

 

 行けるか?

 

「いや。行かなきゃ」

 

 わざわざ口に出して言ったのは、己を鼓舞するため。

 

 もはや時間の猶予はない。少し気が引けるが、中庭を横切っていくしかない。魔法陣が気になるが、それはぶっつけ本番で、何かあったら対処する。そこで死ぬかもしれなくても、今は他の皇子たちに追いつかれないように走らなければいけないのだ。

 

 念のため、俺は背中の槍を確認する。ゲイルスケグルは確かにそこに在った。

 

 中庭の直前まで来た。個々から裏口まで突撃し、そのまま城下街へ。

 

 そして騒ぎが起こっているところに走る。そこにきっとリュエンがいるはずだ。

 

 俺は必ず、今度こそ、リュエンをこの手で助けるのだ。死んでほしくないから。

 

 死ぬべきではない人間を、リリーのように殺させはしない。

 

 

 

***************************************

 

「父上。よかったので?」

 

「フィラルド。何がだ?」

 

「盗み聞きをしていた近衛兵が一匹」

 

「良い。どのみち奴は聖杯戦争に何らかの関わりを持つだろう。今から利用できる駒を消すのは、お前含めて、他の聖杯戦争の参加者に公平な戦いの場を与えられぬというものよ」

 

「父上はこの戦いを楽しんでおられるようですね」

 

「無論。幼き頃より心躍らせた伝承、物語の英雄たちがこの地に来て、覇を競い合う殺し合いをするのだぞ。この政を楽しまずしてどうするという」

 

「そうですか」

 

「フィラルド。お前は気に入らんのか?」

 

「……いいえ、父上が見逃すと言ってくれて助かりました。私も彼をどう利用したものか、すでに考えていたのですよ」

 

「ふふふ、なんだ。お前も楽しんでいるではないか」

 

「ええ。ようやく、運命の出会いも果たせました。後は、彼女を――」

 

 ――――。

 

「はははははは。恐ろしい大願だ。叶えろよ。ぜひ見たいものよ」

 

「……では父上。失礼します」

 

***************************************

 




ここまではレンの独白です。
次回、ようやくプロローグ2の続きを書きます。

場面は、謎の仮面をつけたサーヴァントがレンを助けたその場面からです。
いよいよ聖杯戦争が始まります!


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1-4 運命の夜2

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!


 ――手が熱い。

 

 気が付くと、手の甲に見たことのない刻印が刻まれていた。

 

 藍色の髪の剣士が俺の方を向く。

 

 ここにきて俺はようやく頭が冴えてきた。

 

 先ほどまで、はっきり無我夢中だった。

 

 なんの策も持たないまま城から街へ飛び出し、そしてリュエンが捕まったあの日と同じように必死に走った。

 

 そして騒ぎになっているところに突撃した。誰かと誰かが戦っていたが、あまりに見なかった。飛んできた刃をはじき返して、リュエンを連れ去った。

 

 そして今、リュエンが俺の後ろにいる。ひどい格好だ。体は栄養失調しているんじゃないかというくらいに細く、虐待の傷も多く正直直視ができないほどだ。

 

「レン……」

 

 先ほどまでも言葉を交わしていたはずなのに、リュエンの声を初めて聞いたような

感覚になる。

 

 ――手が熱い。伝わってくる痛みでようやく冷静になったのだが、これはなんだ?

 

「あなた……」

 

 驚いた顔で俺を見るリュエン。しかし、彼女のその反応を気にする前に俺は、目の前に現れ、謎の槍使いから俺を救ってくれた剣士が俺に語りかける。

 

 蝶の形をした仮面で目を隠している。藍色なのは髪のみでなく、来ている服も同じで、王族を象徴するような権威を示すマントを翻す。

 

「問おう」

 

 彼は少し笑みを浮かべ、俺に向かって言った。

 

「あなたが――僕のマスターか?」

 

「え……マス……ター……?」

 

 問われた言葉を口にするだけ。彼が何を言っているか、何者かも分からない。

 

 今の自分に判る事と言えば――神々しい剣を持つ、細身で華奢な体をしているように見える彼も、向かい側にいる男と同じ存在ということだけ。

 

「……」

 

 俺が何かを言うのを待っているのか。しかし、俺は言葉にできなかった。助けてくれた騎士は、特別な感じだった。具体的にどうかはうまく言えないが、本当にそう思った。

 

 先ほどまでの危機感は、殺されるかもしれないという恐怖は消え、今は目の前の彼だけが視界にある。

 

「あなたの召喚の招きに従い参上した。マスター、指示を」

 

 マスター? サーヴァント?

 

 まさか俺に言っているのか?

 

 まさか俺の手に在るのは……。

 

 彼は俺がその証を見たことに頷き、

 

「――これよりわが剣はあなたと共にあり、あなたの運命は僕と共にある。ここに契約は完了した」

 

「契約……?」

 

 まさか、彼はサーヴァントであり、俺がマスターとでもいうのか。俺には聖杯戦争に参加する資格など、持ち合わせていないはずなのに。

 

 彼は再び振り返る。

 

 向いた先には、未だ槍を構えた男の姿がある。男は妙な形状の刃を持つ槍を構え、この場に現れた乱入者を見定める。

 

「てめえ、何者だ」

 

 仮面の剣士は、持っている剣を構え答える。まさか戦うつもりなのか。

 

 それはだめだ。これでも近衛騎士として戦いの作法は一通り身に着けている。対格差、武器の相性、この2つとも不利ならば、正面で戦っても勝ち目は薄い。

 

 先ほど助けてもらった身として、そんなことを言うのはよくないかもしれないが、

 

「だめだ……!」

 

 と、思ったことをつい口にしてしまう悪い癖がここで発動してしまう。

 

 しかし、彼は俺のその言葉に従うこともなく単身で槍使いに突撃する。

 

 距離を詰めた。

 

「問答無用ってか」

 

 槍使いも当然迎撃に出る。

 

 先ほどまでの俺とのやり取りがすべて手を抜かれていたものだと分かった。

 

 ――速い。

 

 研ぎ澄まされた刺突の一閃を俺は捕えられなかった。あんな速度並みの人間では刺されたことすら気が付かないだろう。

 

 しかし、それほどの刺突を、藍色の剣士は軽く躱す。

 

「はぁ!」

 

 槍使いは大した反応はしない。槍を引くような動作に見せて、刃を相手に当てに行く高等技術。それも、普通の槍使いでは人を傷付けるに十分な速度が出ないものの、今行ったそれは間違いなく人を斬れる。

 

 しかし、仮面の剣士は。特に驚く様子もなく、その槍に向けて剣を振り上げた。

 

 槍は大きく上に弾かれる。

 

 剣士はそれだけでは止まらない。決定的な隙を見せた槍使いに、迷いなく斬りかかった。

 

「せあ!」

 

 舗装でから、信じられない威力の一閃。大男とまでは言わないが、筋肉質で鋼体だろうその槍使いを1の剣戟で奥へと叩き押した。

 

「うお……」

 

 藍色の剣士の攻撃は続く。再び斬りかかった。

 

 俺は息を呑んだ。信じられない光景を目にしたからだ。

 

 互いが神速ともいえるすさまじい速さの斬撃を繰り出す。しかし、その中で、体格的に劣り、正面から打ち合えば力負けしそうな彼女の攻撃は、間違いなくあの男を圧倒している。

 

 この歳まで必死に己を鍛えてきたその日々はまるで無駄であるかというように、視認すら厳しい槍使いの斬撃を、確実に逸らしながら間合いに踏み込む剣士。

 

「ちっ!」

 

 武具の激突。一瞬、槍に光が灯った。剣士が振るう剣を受けた瞬間、槍は感電したかのような光を帯びる。

 

 俺はそれを知っている。

 

 あれは視覚できるほどの魔力の猛り。剣士の一撃一撃には、力の差を埋めてそしてさらに圧倒するだけのとんでもない魔力が籠っている。そのあまりにも強い魔力が、触れ合っただけで相手の武具に浸透しているのだ。

 

 衝撃だけなら、その剣士は一振りで家を崩壊させるに等しいエネルギーを毎度放っているに等しい。

 

「ぐお……!」

 

 剣士の猛攻を捌きながらも、槍使いは再び奥へと押し込まれていく。

 

「くそ……!」

 

 悔しそうな、しかしそれでも楽しそうなという矛盾した顔で剣士を見る。

 

 決してその槍使いは剣士に比べ弱いとは言い切れない。先ほど述べたとおりの衝撃で放たれる剣戟を、奴は己の槍捌きと体術のみで確実に対応し続けている。並みの人間では折られて終わりになるはずの槍も、未だ多少の傷はついていても健在だ。

 

 渾身の剣の叩きおろし。それも持ち前の技で防ぐ槍使い。剣士の剣は地面に深く潜り込み周りの道にひびを入れた。

 

「せあ!」

 

 しかし大振りの一撃は、同時に隙を生むということ。押し込んだはずの男はすぐに自らにかかった衝撃に叛逆し、己の槍を必勝の構えへと持っていく。

 

 跳躍。短い間合いで最大の助走を付け、相手の心臓を狙う槍。たった1秒も経たずに跳ね返ってくる槍に対し、剣士は剣を下ろしたまま、コマのように体を反転させた。

 

 その攻防はただ1撃のみ。

 

 金属音が響き渡る。

 

 そしてお互いが再び距離をとった。

 

 お互いがお互いを仕留めようと放った手だ。それが決まらず互いに不満の色を示すのは当然だろう。

 

 今の攻防は互いに負担が大きかったようで、深呼吸をしながらも相手に殺気を向けるだけにとどまっている。

 

 なんという戦いだろうか。こんな戦いに人間が介入する余地などない。

 

 ――これがサーヴァント……!

 

「どうした槍使い? 止まっているのは貴殿らしくはないだろう。そちらが来ないのなら僕がいく」

 

 強気に出る剣士。

 

「来いよ……、と言いたいところだが一つ訊かせろ。お前は『黒』か『赤』か? 場合によっては生かさなきゃ、俺のマスターを不機嫌にしそうなんでね」

 

「何の話だ?」

 

「あくまでしらばっくれるか。まあ、いい。命乞いをしろって言ったつもりだが、それが通じないっていうのなら、お前をわざわざ生かす理由にはならないな」

 

 しかし槍使いは、構えを解かないまま、それでも笑って見せたのだ。

 

「だが、好敵手ってのは常に得難いものだ。その点にかければお前はとってもいいな。親父には及ばないにしても、お前も相当の剣使いと見える。お互い初見だしよ、ここらで分けって気はないか?」

 

 剣士は提案を聞いて黙った。つまり一考の価値はあるということなのか。槍使いは俺の方を見ていった。

 

「悪い話じゃないはずだ。あそこのマスターは、度胸はあるが使い物にならない半人前、大して俺のマスターもまだこの果し合いにビビっているときた。ここはお互い、万全の状態になるまで勝負を持ち越すのも、俺としては悪くない」

 

 この流れはまずい。あの槍使いは剣士との戦いを放棄すると言っても、リュエンを逃がすわけではない。正直俺ではあの男に勝てない。

 

 リュエンを救えない。

 

 いつの間にか剣士は俺を見ていた。そして再び槍使いと向きなおる。

 

「断る。君はここで倒す。ランサー」

 

 槍使いはため息をついて、次の瞬間には、先ほど瞳に宿していた殺気を見せた。

 

「そうか。俺としちゃ、様子見でも満足な打ち合いだったんだがな……」

 

 轟音。

 

それは生物としての本能に恐怖を与える音だった。

 

 目の前で落雷が起こったのだ。星の見える夜空だったはずなのに、天空から青い雷が男に降り注ぐ。

 

 しかし、男は死なない。それどころか。その槍は今の雷を帯び、咆哮をあげている。

 

 姿勢は低く、しかし確かにその矛先は剣士に向けられる。閃きの糸は拡散し、辺りを焦がし続ける。

 

「あれは、宝具――!」

 

 剣士は今までの声の質と少し違う声を発した。表すなら、警戒、その一言に尽きる。今から行われようとする攻撃がどれほど恐ろしい攻撃が、未熟者の俺でも感じ取れる。

 

「俺は雷神を継ぎ、そして剋する者。我が奥義を示す!」

 

 ランサーと呼ばれた槍使いは地面を蹴った。

 

 そしてうねりを挙げる雷撃は、やがて彼全体を多いように伝播し、恐怖を超えていく。

 

「『雷神穿つ』」

 

 その発動は、一瞬だった。それ自体が強力な魔力を帯びる言葉であり、

 

「『剋上の槍』!」

 

 地面を蹴った瞬間、その槍使いはそこで消える。

 

 一瞬。それは本当にワープなのではないかと誤認する。人間ではどうあっても到達できない速さで剣遣いの前に現れた。

 

 放たれる刺突は先ほどまでと違い、雷が宿る分破壊力が増している。

 

「――っ」

 

 何より、先ほどに比べてさらに早い刺突が襲い掛かる。剣使いはその軌道をかろうじて逸らし、事なきを得た――。

 

 これは夢?

 

 そう思ってしまう信じられない光景が前にあった。

 

 ランサーが2人。――否、2人いるはずはない。

 

 ならばなぜ2人に見えるのか、とてもではないが理解が追いつかない。

 

 しかし確かに2人いるのだ。剣使いの前に来た槍使いは刺突を放った。しかし、もう1人、剣遣いの後ろに来たランサーは斬り下ろしによる斬撃を放った。

 

 全くの同時ではない。しかし、ほぼ同時ではある。

 

「くぅ!」

 

 刺突を防いだのは剣。しかし、そこからさらに迫る斬撃に対応する手はもはやない。

 

「っああ!」

 

 しかし、藍色の剣士はそれを見切ったかのように、前へと跳躍した。受け身もできない、ただ逃げるように跳ぶやり方だった。

 

 なので、地面に転がるようにして着地という痛そうな方法で地面に激突したのは致し方ないだろう。

 

 背中に切り傷と火傷。あまりにも痛々しい姿。

 

 それでもすぐに剣を構えなおし、立ち上がる剣士。見ると先ほどまで蝶の形をしていた仮面が半分程度壊れ、消えていた。

 

「は――っ、く……!」

 

 やはり今のが効いているのだろう。背中から血が流れている。

 

「最初の刺突、そして次の斬撃。そのうち最初の君は既に残像――」

 

 残像? 馬鹿げている。どんだけ速く動いているんだ。

 

「ほう? 魔法による幻覚かもしれないぞ?」

 

「それはない。君は確かに一人で動いていた。気配が君一つしかなかった」

 

「そうか。いい勘してるな」

 

 つまり、残像ができるほどの速さで動き、槍を二度、相手が対応に難しい方向から二度、振るったということ。そんなの子供が夢想で考えるような馬鹿馬鹿しい技なのに、あの男はそれを実現しているということだ。

 

 これが、聖杯戦争の決戦兵器と呼ばれる、サーヴァントの力。

 

 俺は、何も言えなくなった。

 

 俺はこんなのが戦う戦争の最中で、リュエンを守ろうとしていたということだ。これを見てしまえば、思い上がりも甚だしい。

 

 こんなのと戦うには、一体どのような修業をすればいい。

 

 そう考えるのも筋違いか。そもそも、サーヴァントを相手に、人間が勝てるはずがない。それは歴史も物語っていた。

 

「く……!」

 

「ちなみに、俺の宝具は特殊でね。もちろん通常に比べて多少魔力を持っていくが、それでも令呪なしに5回は今の攻撃ができる。当然型なんか決まっちゃいない」

 

 それが事実ではあの剣士に勝ち目がない。

 

 まずい。助けに入るべきか。俺を助けてくれた剣士がピンチなのに。

 

「今のでお前の動きの限界も大体読めた。次は、斬るぞ」

 

 勝利を断言するランサー。対して剣士は口こそうごいていないものの、手が震えている。おそらくランサーの宣言が事実であると受け止めざるを得ない状況なのだ。

 

「ランサー」

 

 次の一撃。と、足を大きく踏み込んだところに、主からの声がかかった。

 

「ミレーユ」

 

「マスターって言いなさいよ! それより、宝具を使ったわね! もう! これで正体ばれたかもしれないのよ!」

 

 そしてその悪い予感を事実に変えたのは、藍色の剣士だった。

 

「薙刀を扱う者は透魔伝承にある白夜の槍使いの特徴だ。そして青の雷撃、それはかの有名な神器たる雷神刀に連なるものだ。であれば、白夜の王族で槍使い、加えて英霊として昇華される存在であれば一人しかいない。御身は白夜王リョウマのご子息とお見受けする」

 

「ほらあ、バレちゃったじゃない!」

 

「仕方ないだろ、もとより俺はバレやすいんだ。使おうが使わまいが時間の問題だ」

 

「だから宝具だけでも隠せって」

 

「なあに、正々堂々の方が俺も後ろめたさがない。策ではなく、技で敵を倒す。それもまた武道を歩くものとしては、最低限守りたい矜持ってもんだ」

 

「むう……」

 

「だからそう怒るなよ」

 

 ランサーとそのマスターが言い争う。

 

 しかし、よく見ると、あれは第1皇女のミレーユ様ではないか。

 

 どうしてミレーユ様がサーヴァントを従えているのか。本来聖杯戦争に参加するのは皇子だけなはずなのに。

 

「レン!」

 

 俺にとっては死にかけるわ、皇女が戦争しているわ、謎の剣士が俺をマスターと呼ぶわ、ともうめちゃくちゃなことになっている。

 

 だからこそ、今の声はとても頼もしく聞こえた。

 

「アレス!」

 

 俺の主であり、友でもある、アレスが教会の神父を連れてこの場に来てくれたのだ。

 

 その手に紅い刻印を携えて。

 




遅れてごめんなさい。
お正月にちょっとしたハプニングがあり、小説の投稿が頭から離れていました。
つい先ほど思い出し、このように投稿した次第です。

内容は今回はレンのサーヴァントらしき、謎の剣士と黒のランサーとの戦いになっています。そして次回はこの続きから――ではなく、赤のアサシンの黒のバーサーカーとの戦いを書きます。お楽しみに。



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1-5 運命の夜3

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!



戦いは城下街の大通りの中で行われている。というのも、赤のアサシンは周りの民家を巻き込むのを憚ったためだ。

 

状況は100人中99人がバーサーカー優勢と言うだろう。

 

聖杯戦争では、無関係な人間や建物を巻き込む場合、その監督をしている教会が後始末をするのがルールになっている。今回の監督役のグラド神父なので、その神父が対応にあたることになる。

 

故に、聖杯戦争において周りの被害を気にする必要はない。それ故か、もしくは狂っているからか、黒のバーサーカーは、赤のアサシンを殺すべく周りの建物を容赦なく破壊しながら追い詰めていく。

 

赤のアサシンも、巻き込み被害を気にする必要はないと分かっているものの、それでもなお巻き込み被害を恐れ、広い所へ誘導しながら、決して狭い場所に行かないように戦っていた。

 

元々アサシンというクラスは正面戦闘に向かない。その能力は暗殺に特化している。そのうえで赤のアサシンは、行動の制限を自分でかけている。

 

対してバーサーカーというクラスはただ戦うのみだ。理性をはく奪されているので手加減というものがそもそもできない。唯一マスターに命令されれば、従う可能性もなくはない。

 

そのような状況なのだから、赤のアサシンが苦戦を強いられているのも当然だった。

 

 

 

黒のバーサーカーの剣は通常の剣と違う点がある。刃の形は斬るというよりも抉り裂くという表現の方が相応しい形状をしている。さらにその剣は常に炎を帯びていて、傷がつくだけでその個所を容赦なく焼いていくのだ。

 

通常の剣戟と違い、一度でもその斬撃を受けたらそれは決定的な痛手になる、

 

黒のバーサーカーの攻撃に赤のアサシンは防戦一方だった。

 

赤のアサシンは、迫る上段からの斬撃を躱し、さらに続く二回の剣戟も躱して見せる。しかしいまだ続く猛攻に、反撃に出ることはできない。

 

先ほどの黒のランサーと決定的に違うのは、防御方法が限られる点。

 

赤のアサシンは、勇者の剣と呼ばれる通常兵士が使う中でも生粋の実力者が使う業物の剣を出し、相手の剣を弾こうとする。

 

ぶつかり合う剣。しかし、明暗ははっきり分かれた。

 

弾くことも斬撃の軌道を変えることも叶わない。勇者の剣はぶつかった瞬間砕ける。

 

「くっ……」

 

自身の剣を貫通したバーサーカーの刃を前に、赤のアサシンはまるでそれを分かっていたかのように屈んで躱す。

 

(勇者の剣すら歯が立たないとは……これでは勝負ならん……!)

 

あまりに無茶な躱し方だった。なぜなら次の攻撃を赤のアサシンを完全に躱すことができない。

 

黒のバーサーカーの攻撃が終わるはずもない。

 

白銀のグリーブを装備した脚を上げ、アサシンを蹴り飛ばす。

 

アサシンはそれを防ぐことはできず直に受けてしまう。

 

「ぐ……!」

 

ただの蹴りか、と問われればそんなことはない。人間であれは間違いなく内臓が破裂している。

 

現にその一撃だけで赤のアサシンは軽く吹っ飛ばされ、近くの家に叩きつけられた。家の壁にクレーターの如き損壊を与えるところを見れば、その威力は並みの武闘家が行ったものではないことは明白だ。

 

黒のバーサーカーはなおも止まらない。態勢を立て直す赤のアサシンとの距離を詰め再び剣を振り下ろす。

 

「――っ」

 

アサシンはそれを紙一重で躱した。黒のバーサーカーの持つ炎の剣は、家をまるで刃物で粘土を斬るかのように両断した。

 

「ぁヴぁああ!」

 

そして当然攻撃はその一度で終わるはずもない。声を上げながら、重ねて襲い掛かる連続攻撃をかわし続ける。

 

「無理だな」

 

近接反撃を諦め、赤のアサシンは後ろへ跳躍する。近接戦では勝負にならないことは既に分かっている。故に金家よりだけではなく

 

当然バーサーカーも追撃をしようと跳躍をしようとするが、当然それを赤のアサシンは妨害する。近接戦闘では圧倒的不利を察したのだから、ここで再び距離を詰められては戦いが進展しないまま、赤のアサシンはここで死ぬ。

 

「erife」

 

赤のアサシンは本を取り出す。

 

赤の周りの炎の球体が9つ現れる。その炎球は何にも触れることなく撃ちだされた。

 

それはこの世界で魔法と呼ばれている軍事兵器。

 

撃ちだされた炎の弾丸は9つ確実に黒のバーサーカーに向かっていく。

 

「ああああ!」

 

バーサーカーはその炎を容赦なく、持っている剣で弾き破壊する。その瞬間炎の球は剣に激突した瞬間に炸裂する。

 

9つの爆発を得て、さらに黒のバーサーカーとの距離を話した赤のアサシン。

 

一瞬、己のマスターの元に戻ろうとする。

 

「……いや」

 

再び爆発を起こした方向に体を向ける。そして再び武器を構える。今度は槍、それも錬成した鋼の槍。

 

先ほどの炎が上げた煙が晴れる。そしてその中から。

 

「無傷か。自信を失うものだ」

 

全くダメージを受けていないバーサーカーの姿を赤のアサシンは捉えた。

 

「……ぅう!」

 

赤のアサシンに向けて殺気を向けるバーサーカー、その姿にほとんど異変はなく、しなやかな白銀の髪が数本焼け焦げている程度だ。

 

(さて……)

 

逃げることはできる。簡単だ。アサシンとして殺しの場数を踏んだ彼は、情けなく逃げ帰ったことも多い。このような正面戦闘から逃げたこともある程度存在する。

 

しかしそうはいかないのが難しいところだ。

 

赤のアサシンは既に気配を感じ取っている。この街に新たなサーヴァントが来ていることを。

 

(来ている連中がどんな相手であろうと、帝国は部外者の召喚したサーヴァントを許さないだろう。この戦争は継承戦争だ、外部の人間に荒らされるのはよく思わないはずだ)

 

赤のアサシンとしては、間違いなく混乱が起きると予想しているからこそ、なんとかそこまで時間を稼ぎたいところである。

 

全ては己がマスターと生きて脱出するため。

 

(どうやらまだマスターは無事らしい、だが、いつまで続くか……)

 

しかし、マスターのところに戻るわけにもいかない。目前のバーサーカーの危険性は今十分堪能した。このまま逃げても追われ、最終的にマスターであるリュエンの元に誘ってしまっては、それこそマスターを危険にさらしてしまう。

 

本来であればここで倒せればいいが、今はマスターから魔力を最低限しか受け取れない。現界に支障をきたしてしまえば、それこそサーヴァントとして本末転倒である。

 

(何とか一瞬でもバーサーカーの意識を逸らせられればな)

 

方法として考えられるのはやはりバーサーカーのマスターを攻撃することだが、今は居場所も分からない状況でそれは不可能である。むやみに辺り一帯を攻撃することもできない。それはいらない援軍を呼ぶリスクが高まってしまう。

 

「ぐ……あああああ!」

 

再び咆哮をあげ、迫りくる黒のバーサーカー。

 

「まるで竜のようだな。その姿に似合わないぞ」

 

と皮肉を言うも、結局それも通じることはない。再び神器と思われる剣の斬撃を後ろに跳んで躱す。

 

赤のアサシンの今後の方針はとにかく距離をとる事。多少の周りの被害を許容しても、近接戦闘を避けていくようにする。

 

再び攻撃を仕掛けようとするバーサーカー。しかし、なぜか拳を前に打ちだそうとする。明らかに肉体攻撃ができる射程から赤のアサシンは脱出している。

 

「く……!」

 

しかし、嫌な予感は拭えず、横へ身を投げ出す。

 

次の瞬間、自身が立っていたところに、長細い棘が突き出された。それは寸分違わず、心臓の位置を貫くように放たれている。

 

しかし、飛んではいかない。手槍ではないということだ。

 

赤のアサシンは前のバーサーカーを見る。

 

なんとバーサーカーの剣を持っていない左腕が変化しているのだ。まるでその部分だけ別の生き物になったように、すでにそれは人の腕ではなく、何か別の生き物が行う攻撃のように見える。

 

(鱗……?)

 

その変質した腕をよく見ると、竜の鱗に似た何かが付いているように、アサシンには見受けられた。

 

しかし、それまでだ。とっさに身を投げてしまったことは間違いの判断ではないが、体勢を立て直すのに、たとえサーヴァントと言えど些かの時間は擁する。

 

そしてその間に距離を詰め、バーサーカーが斬撃を行うのは容易い。

 

再び迫る斬撃をまた飛んで躱そうとするが、それも遅かった。

 

赤のアサシンの動態に、肉体を抉り、そして焼く刃が刻み込まれる。

 

「が……!」

 

致命傷ではないものの、傷の痛みは間違いなく存在する。左肩をやられ、赤のアサシンは痛みに呻く。

 

体を止めている暇はなかった。バーサーカーの斬撃はまたも襲い掛かってくる。

 

「doniwu」

 

風が起こった。それは赤のアサシンを都合よくバーサーカーのから遠ざける風。赤のアサシンが風の魔導書を使い故意に引き起こしたものだ。

 

その力だ再び距離をとったものの、

 

「ア゛ァァァァ!」

 

一回地面を蹴るだけで、ものすごい勢いで距離を詰める黒のバーサーカー。

 

赤のアサシンは直線で迫ってくるのなら、と再び、魔法を用意し撃ち放つ準備をした。今の状況では大規模な魔法は使えないものの、今使えるなかで、最も威力と貫通力のある魔法。

 

「norto」

 

魔導書を開くと共に、手に光が宿る。その光は雷のエネルギーそのもの。それを突き出すように投げることで、雷属性のレーザー弾を放つ。

 

激突。轟音。稲妻と共にそのエネルギーが爆裂した。

 

――しかし。それでも黒のバーサーカーは止まらない。距離を詰めるその勢いは全く衰えなかった。

 

(馬鹿な……!)

 

左腕が今度は竜の鉤爪のように変化している。

 

慌ててアサシンは持っていた槍で防御の構えをとるが、

 

「グルァアアア!」

 

振り下ろされた鉤爪の重圧に圧し負け、肉を断たれることは防いだものの、見事にその力に吹っ飛ばされ、先ほどの同じように家の外壁に叩きつけられた。

 

「ァァァァアアアアア!」

 

今度もそれでは終わらない。先ほどが爪であれば、今度は竜の破壊の息吹。そう言うに十分な破壊力を持つ青色の球体が徐々にバーサーカーの手の中で大きくなっていく。

 

ここで気づく。徐々にリュエンに近づいていることを。これ以上逃げてはリュエンの方にバーサーカーが向かう可能性もある。

 

「……逃げもここまでだな」

 

赤のアサシンはそう呟くと前へと走り出す。

 




基本の7クラスの説明。

ここではどのような英雄が、どのクラスに選ばれる可能性があるのかを説明したいと思います。またクラスごとに特徴や、固有の特殊効果である固有スキルもあるので、その説明も一緒に。

セイバー
剣を使う英雄と言うだけでなく、何かしら卓越した剣の使い手と呼ぶに相応しい偉業や所有物、もしくは技を持つ英雄に、このクラスの適性がある。該当する英雄の多くは瞬間的な攻撃力が高く、総合的な能力も高い傾向にある。

対魔力 
相手が使う魔法、もしくは魔法武器の攻撃をランクに応じた規定値まで無効化する。ただし宝具級の魔法には機能しない。
騎乗  
元の世界で縁がなくても、この世界に存在する乗り物をうまく乗りこなせる。ランクが高ければ高いほど、様々な乗り物に乗ることができる。

ランサー
槍を使う英雄と言うだけでなく、何かしら卓越した槍の使い手と呼ぶに相応しい偉業や所有物、もしくは技を持つ英雄に、このクラスの適性がある。剣とは違い、瞬間攻撃力よりも技量の高さを誇る英雄が多い。また、戦闘時ではマスターの魔力消費量が少ない傾向にあるのもこのクラスである。

対魔力・騎乗

アーチャー
弓に限らず、魔法ではない遠距離攻撃を使用する英雄はすべてこのクラスに適性がある。遠距離攻撃を得意とし、自身の能力の高さは並み程度であるが、持っている武器が破格の威力や効果を持った射撃武器であることが多い。

対魔力
単独行動
本来サーヴァントはマスターの近くで、現界のための魔力をもらわなければ消滅するが、このスキルを持っている限り、1週間は魔力の供給がなくても消滅はしない。ただし、マスターと離れた単独行動中は、宝具が令呪による強制使用以外では使えなくなる。

ライダー
何らかの乗り物に乗っている、もしくは乗り物と深い関係のある英雄であればこのクラスに該当する可能性がある。先に挙げた3クラスよりも能力は劣るものの、己が騎乗する縁深い乗り物とともに戦うことでその能力の差を補って余りある力を発揮する。

対魔力・騎乗

キャスター
魔法を使える英雄はこのクラスになる可能性はあるが、基本は魔導師、賢者、神官、高僧などの魔法の専門職が呼び出されることになる。正面戦闘では今まであげた4クラスに劣るが、様々な魔法を適材適所で使うことで、今までの4クラスにはない、臨機応変さを見せる。

陣地作成
キャスタークラスは、己の拠点に結界を張ることでその結果の中でのみ特殊な恩恵を得ることができる。故に、キャスターの基本戦術は、この恩恵を受けながらの戦いをするのが有利であり、その結界をつくるという準備を怠らずに行うことで、上4クラスと渡り合う。
道具作成
また、このクラスは特殊な効果を持った魔法効果を持つ道具を作ることができる。陣地作成の結界並みの力はないものの、戦闘に十分影響を及ぼす何かを創造できるのもこのスキルだ。

アサシン

暗殺者。生前、殺しの技を磨いた者、虐殺を行った者など、人を殺す伝説が色濃く残る英雄に適性がある。戦闘力は最弱、加えてキャスターのように特殊な恩恵もないため、与えられた気配遮断と、己の殺しの技のみで他のサーヴァントと戦うことになる。

気配遮断
あらゆる索敵方法をもってしてもアサシンのサーヴァントを捉えることはできない。生物的直観や心眼を等の第六感を除き、自身に関する音は消え気配すら感じ取らせない。このスキルのみでは姿は隠せないが、霊体化中は気配遮断が不可能のため、姿を見えなくするか、気配を消すかを考えなければならない。

バーサーカー

基本、どの英雄にも当てはまる可能性がある。それはこのクラスのみ詠唱で意図的に呼び寄せることが可能だからだ。傾向としては斧を持ち、戦場で猛る戦士がこのクラスにつくことが多い。狂化の力で理性をはく奪され、本能のみで戦っているものの、その能力は底上げされている。本来は弱い英霊の基礎能力を補うための救済措置。ちなみに狂化は方法如何では抑えることができるものの、完全に取り除くことはできない。

狂化 理性を奪う代わりに英雄のあらゆる力を底上げする代償契約。基本的に意思疎通が困難になり、暴走することも考えられる状態になり、本来はその英雄が行わないはずの行為も行ってしまう。


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1-6 運命の夜4

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!



バーサーカーは、暴走する可能性があるため、マスターである第一皇子フィラルドは、近くで戦いの様子を監視し、いつでも令呪を使う用意をしていた。

 

赤のアサシンに気取られないように、隠形の術式を多重に使い、そのうえで息を殺しながらバーサーカーの様子を陰から見ている。

 

戦いは優勢。すでにバーサーカーは止めを刺すべく、最大の攻撃を赤のアサシンに打ち出した。

 

まずはサーヴァント1体撃破。本当は最初の夜にそのような戦果は求めていなかったものの、呼び出したサーヴァントの戦力的評価のついでとしてはこれ以上を望めないほどの成果だと、年甲斐もなくフィラルドは興奮している。

 

そしてフィラルドは今までの自分のサーヴァントの戦いぶりを見て、頼もしいという感想と共に,ある感想を抱いていた。

 

――なんて美しいのだろうか。

 

それ故か。赤のアサシンへの注意力が散漫になっていたのかもしれない。しかしそれだけではないだろう。

 

なぜならそれは人間業ではない。どれだけ頑張ってもできないかもしれないという疑念を戦いながら、執念とも言うべき意思で修練を積まなければ得られない技法だ。

 

それをフィラルドは知っている。

 

――縮地だ。それも似た技法ではなく本物の。格は多少低いが、その技法であると見間違いはしない。

 

赤のアサシンはその技法を使い――すでにバーサーカーの近くに存在した。

 

「バーサーカー!」

 

 

 

赤のアサシンは右に特殊な魔力を帯びる剣を、そして左には赤い魔導書を持って、たった一瞬で自分に迫る竜の光弾を躱し黒のバーサーカーの死角へと回り込んでいた。

 

赤のアサシンはサーヴァントに危機を知らせるマスターの声を確かに聴いた。

 

(聞こえた)

 

「er-erife」

 

その呪文を唱えながら、赤のアサシンは右に持つ剣を振り上げる。

 

狙いは間違いなくバーサーカーの体。

 

金にも見える黄色の剣を振り上げる。

 

サーヴァントの危機に叫び声を上げたマスター声は確かにバーサーカーに届いていた。自らに迫る攻撃に気が付いたのは、間違いなくマスターの警告あるが故だ。

 

黄色の刀身を持つ剣。その斬撃を黒のバーサーカーは躱そうとする。

 

しかし遅い。すでに縮地で距離を詰める前にこの行動をすることを赤のアサシンは決定している。故に迷いない行動は、バーサーカーを逃がしはしない。

 

その攻撃は確かに、相手の脚を斬った。それは致命傷にはならないが、赤のアサシンの攻撃が通じた最初の一撃だったのだ。

 

「あ……ああああああがああ!」

 

傷口から煙が出る。

 

肌を、肉を、そして骨すらもその細胞を壊死させる魔力。

 

(当たりだな)

 

バーサーカーは苦悶の叫びをあげる。

 

赤のアサシンが当たりだと言ったのは、目の前のサーヴァントが持つ生体的特性だ。

 

彼女は『竜』だ。マムクート、もしくはそれに連なる、人型の姿と竜の姿を併せ持つ存在。故に今使った剣が確実に効いていると、赤のアサシンは確信する。

 

今赤のアサシンが使ったのは『ドラゴンキラー』である。それは伝説の剣でなくても、人よりも圧倒的な竜を人が殺すための剣である。

 

故に竜の特性を持っているバーサーカーは、ただ一太刀浴びただけで悶絶したのだ。

 

しかし、止めを刺すことはできない。この剣をもってしても、竜を殺すのには深手を最低5は必要になる。

 

このバーサーカー、見た目は屈強とは言えない体形の女性であるが、竜特攻の武器を受けたとしても、サーヴァントである以上、深手を負わない限り死にはしない。

 

痛手は同時に竜の逆鱗に触れることである。攻撃を食らい怒り狂った竜の蹴り上げを受けて、赤のアサシンはまたも吹っ飛んだ。

 

(情けない……これで3回目だぞ)

 

またも吹っ飛ばされたことにこのような感想を持ちつつ、情けなく今度も堅い場所に叩きつけられる。

 

(だがまあ、目的は達した)

 

しかし赤のアサシンの分析はこれで終わった。

 

(あのバーサーカーは狂化をしているが戦い方は合理的だ。技量は多少格落ちしているが、それでも十分な剣技と体術を持つ。相手に攻撃ができるのならば、剣だけでなく体の部位のどこでも使う。これは、正面戦闘で殺すには一苦労しそうな相手だ)

 

再び攻撃をしようとするバーサーカーに赤のアサシンはしっかりと聞こえるように、大きな声で宣言する。

 

「いいのか?」

 

その瞬間、黒のバーサーカーがいる箇所とは別の場所で爆発が起こった。家の影、その場所を焼き尽くす爆撃だった。

 

バーサーカーはその方向を見る。否、見ざるを得ない。

 

なぜならそこが、彼女のマスターがこの戦いの戦闘を見守る場所だったからだ。

 

「noisulli」

 

アサシンはまたも別の魔導書を使い魔法を使うための詠唱を唱える。

 

一方でバーサーカーは爆発が起こった方向に走っていく。

 

しかし、その爆発の中から第1皇子は何の傷もなく、その爆発から出て来た。

 

本当に直撃だった。先ほどのアサシンの魔法は明らかに不意打ちだっただろう。特にフィラルドからは、赤のアサシンが持っていた魔法書は見えない。そのように、赤のアサシンが動いたからだ。

 

先ほどの反撃は、バーサーカーではなくそのマスターを殺すための一手だった。

 

それをあのフィラルドは凌いだ。仮にもサーヴァントの攻撃を。

 

「……ぁ……ま……」

 

「安心しろ、バーサーカー。私は無傷だ」

 

赤のアサシンは驚きで一瞬驚きのあまり阿呆な顔を晒していたことを後悔する。

 

しかし、サーヴァントであるバーサーカーですら、驚きの顔とともに体を硬直させていたのだから、アサシンの無理もないことだった。

 

フィラルドは堂々と赤のアサシンの前方に姿を晒す。

 

「驚いたな」

 

赤のアサシンはフィラルドに話しかける。

 

「すでに場所が分かっている。こうして姿を晒しても、晒さなくても変わらないと思うが?」

 

「そうじゃない。仮にもサーヴァントの攻撃だ。並みの人間には耐えられない火力だと思うのだがね」

 

「確かに素晴らしい腕だった。これほどまでに肝を冷やした攻撃は初めてだったかもしれない。威力、使いどころ、共に十分だった。……だが、私を殺すことだけが、この攻撃の目的ではなかったのだろう?」

 

赤のアサシンは苦笑する。

 

「ノーコメントだ。だがお褒めの言葉は素直に受け取っておくことにしよう」

 

フィラルドは今にも襲い掛かろうとするバーサーカーを制止し、

 

「もう少し話をしたい」

 

と、赤のアサシンへさらに言葉をかける。

 

「まだ話があるのか?」

 

アサシンの問いに、フィラルドは言葉を重ねる。

 

「実に不思議なサーヴァントだ。先ほどから多彩な武具や魔法を使っているが、隠し持つにしてはあまりにも種類が多すぎる。それは宝具だな?」

 

「言うと思ったか?」

 

「まさか。これは私の予想だ。貴殿の力の一端として、クラスに制限されず、あらゆる武器や魔導書をその場で使用できるようだ。しかも高い練度で。さらに、使う武器はその場で作っているか、それともどこか別の場所から取り出しているか。どちらにせよ、貴殿の持ち物に限度もなさそうだ」

 

赤のアサシンは目の前の男の観察結果に何も言わない。言う必要がないからだ。

 

フィラルドは腰に帯同していた剣を鞘から抜いた。

 

赤のアサシンはその剣を見て、ようやく口を開いた。

 

「恐ろしいな。聖杯から与えられた知識が間違いなければ、お前は皇子ではずだが、まさか本気でサーヴァントと戦う気だと言っているように見える。……その剣、ただの剣ではないようだ」

 

「その通り。本来であればこのように彼女を戦場に出すのは不本意でね。通常は俺が戦う予定だ」

 

「おいおい、バーサーカーを連れてまでそのような世迷言を吐くのか?」

 

「酔狂と言うならば、アサシンのくせにこのように姿を晒している貴殿もまた同じだろう」

 

「そうだな。……漆黒の騎士、まあ明らかに伝承上の本物ではないが、その異名までつけられた皇子がご乱心と見える。その王子から見て、私の戦いぶりはいかがだったかな」

 

「無論、斬るにふさわしい戦士だ。だが解せないことが1つ。先ほどの者が貴殿の宝具ならば、私は、そのような伝承を持つ英雄を知らない」

 

「勉強不足だと嘆く必要はない。なぜなら、俺は語るに及ばないただの殺し屋だ」

 

「しかし、この世界の聖杯戦争は英霊であっても、ある程度の実力を有さない英霊は呼べない。そしてそれほどの実力を持つ英霊ならば、伝承のどこかに一行でも記載があるはずだ」

 

「まるで、あらゆる伝承すべてを頭の中に叩き込んでいると見える」

 

「その通り。故に不可解だ。戦いぶりを見て、真名が分からないということはないと思っていたのだが」

 

「言ったろう、俺は語るに及ばない暗殺者。ただ偶然に英霊になってしまった、英雄たちの面汚しだ」

 

「……貴殿とはもう一度立ち合いところだ」

 

「今からでも構わないが?」

 

「それはない。なぜなら、今ここに貴殿はいないのだから」

 

「ほう?」

 

「イリュージョン。今そこにいるのは幻影。ただし音声はその幻影によって拾っているし、幻影を通じて問いの答えを返すこともできる。だが、その体は既にここにはない。どうやらしてやられた、と言ったところか」

 

フィラルドは剣を振り上げ、そして振り下ろす。

 

風が吹いた。何かが通り過ぎた。

 

次の瞬間には、赤のアサシンの姿は、フィラルドの前から消えていた。

 

「撤退だ。バーサーカー。今日はいささか疲れただろう。入浴の準備を城の者にさせよう。夜用のドレスは既に用意してある。今宵のみは申し訳ないが、寝る時だけは安い寝間着だけで許してくれ」

 

「……?」

 

「いい。追う必要はない。もとより令呪は不要だ。今日は、もう休むことにしよう。何より、貴女の傷が心配だ。念のため、傷を確認したい」

 

フィラルドとそのサーヴァントは、王城へと歩き出した。これ以上の欲は出さず、彼らの初日の戦いはここで終わった。

 




よく考えたら、サーヴァントだけでなく、それ以外の登場人物の紹介をするべきではないか、と今になって思い至りました。次の話と一緒に暫定的な登場人物一覧を出したいと思います。

今回は赤のアサシンと黒のバーサーカーの戦いを書きました。バーサーカー、まだ真名は伏せますが、あの戦いの描写がきついです。最初書こうと思ってパソコンの前に座ったのはいいものの、どのように書けばいいか、正直迷い、想定の2倍くらい時間をかけて、このような形で今回の戦闘は落ち着きました。でも、もっとうまくかけたかなぁ、と不安になります。

この前から話の進展があまりないと思われますが、聖杯戦争最初の夜をしっかり書けるがどうかが、話全体をうまく書けるかどうかの鍵になりそうな予感があるので、お付き合いいただければ幸いです。


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1-7 運命の夜5

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!

1-4のつづきです。



この場に現れた人間は2人。

 

1人は俺の盟友であるアレス。左の手の甲に俺によく似た赤い刻印を刻んでいる以外は聖杯戦争らしき戦いが始まった後もあまり変わりがないように見られる。

 

そしてもう一人は、たまに会ったことがあるくらいの、街のはずれにある教会の神父。グラド……という名前だったか。

 

俺の後ろに隠れているリュエンはアレスがこの場に現れた瞬間、

 

「アレス……!」

 

見なくても分かる怒気を一気に解き放ったのが、俺には分かった。

 

知っている。彼女の怒る理由は間違いなく、彼女を結果的に売り渡してしまった形になったあの時が理由だろう。

 

アレスが、第1皇子フィラルドに彼女を売り渡した、とリュエンはあの日勘違いしたままこの国の闇の中に投獄された。それが彼女の知る事実。

 

しかし、アレスにそんなことをしようとする意思はなかったのは間違いない。

 

あの後、俺とアレスは魔族を逃がそうとした反逆者ではなく、罪人を連行した功績者としてお咎めなしで明日を迎えたものの、とてもではないが、昨日と同じとはいかなかった。

 

リリーが死んだこと。リュエンが攫われたこと。それが悔しくて、次の日から王国への、己の家族への復讐を誓ったのは、俺ではなくアレスだった。

 

いずれ来る継承戦争。この聖杯戦争で勝ち残り、皇子を皆殺しにして聖杯を勝ち取り、アレスはリュエンのために聖杯を使うことで、彼女に許しを乞うと、決意を示したあの日を俺は覚えている。

 

だからと言って、リュエンはそれを知らない。今のアレスとリュエンの間には、決して埋まらない谷ほどの亀裂がある。それは今の俺にでもわかる。

 

「……リュエン」

 

アレスは俺の後ろにいるリュエンを見る。俺はそれに何も言わなかった。

 

今俺が感じた怒気、殺気。たとえリュエンがアレスを今すぐ殺そうとしているのに気が付いていても、俺はアレスに何も言わなかった。

 

アレスもそれは重々知っていると思ったから、ここで警告する必要はない。辛いだろうが彼女からの罵声も痛みも受ける覚悟はできている。

 

「……殺してやる」

 

アレスに聞こえないように殺害予告の言葉を述べた彼女は、持っている魔道者を発動させようとするが、彼女の魔力はあまり残っていない。

 

さすがにそれではアレスを殺せない。

 

それがリュエンも分かっているのか、魔導書を衝動でほらいたものの、それ以上は何もせず、アレスを睨み続けていた。

 

「リュエン。君を助けに来た」

 

「戯言を……どうせお前も、私を生贄にするつもりだろ!」

 

リュエンの怒りの声が、夜の街に響き渡る。

 

アレスは反論しない。それが間違いだと指摘しない。

 

「私が忘れたと思った? あの日、あなたは私を売った。私を売って王宮内の自分の評判を上げたんだ! 私に近づいたのももともとそういう目的だったからだ!」

 

「……俺は君を助けたい」

 

「牢の中であの仕打ちを受けると知っていたくせに、私をそこに閉じ込めた! 全部、自分が王になって、聖杯を手にするために! 違うか!」

 

「……俺は君を助けたい」

 

「まだ言うか! なら死ね。そこで死ね!」

 

華奢な女の子から出ているとは思えない、鼓膜を突き破る、尖った叫び。

 

「……俺は」

 

「あの牢の中で私は……痛かった、痛かった、痛かった、痛かった! 私を救いたい? なら、そう思ってたなら、なんで助けに来なかったの!」

 

「……どこにいるか俺は知らなかった。ただ、この聖杯戦争で明るみになると思って待ってたんだ」

 

「嘘つくな! 王族であるお前が知らないはずがない。やっぱり嘘つきだったんだ。昔からずっとずっと! 死ね! お前みたいなクズはそこで死ね!」

 

アレスは嘘を言ってはいない。聖杯への生贄となる彼女の存在は皇帝とその近衛騎士、そして牢獄の監守しか知らない国家機密扱い。それはたとえ皇子であっても知らされることはなかった。

 

アレスはリュエンが捕まってから、大陸中の監獄や地下施設をしらみつぶしに調べ、ハナムさんやクラウスさんにも調べさせ、そのどこにもリュエンがいなく、城下街地下に広がる監獄以外はあり得ないだろうと目算がつくまでに、およそ6年かかっている。その目算すらも正しいと信じられる証拠は何一つなかった。

 

それすらも、アレスが皇子として大きな権力を持っていたからできた裏技で、一般人の俺みたいな人間では、恐らくそのような目算すら立てられなかっただろう。それくらいに情報統制が完璧だったのだ。

 

しかし、それほどの時間をリュエンのためにかけたアレスは、それでも彼女の罵声に何も言わない。

 

「俺を許してほしい」

 

「なら死になさいよ! 待ちに待った戦いなんでしょ! ならそこで無様に死体晒して死ね!」

 

「ここで死ぬことに意味を感じない。それでは君を守れない」

 

「死ねって言ってんのよ! お前ら王族は、リリーを魔族っていう理由で殺したお前らは全員死ね!」

 

リュエンの怒りは収まる様子はない。

 

しかし、これ以上黙っていられないと、口を挟む人間が1人。

 

「アレス」

 

「ミレーユ姉様」

 

「……あんた、どういうこと。あの生贄の子の事は忘れるって私と約束したよね」

 

「姉様。俺は聖杯戦争で戦う理由は彼女だ。それ以外にありはしない」

 

「嘘をついたの?」

 

「ええ。俺はリュエンの嘘をついてしまった日から、ずっと嘘つきでしたよ。だからあなたとの約束も、いえ、皇子としてのこれまでの振る舞いもすべて嘘でした」

 

「お父様はあの聖杯の生贄を捕まえるよう仰せよ」

 

リュエンに殺気を向けられているアレスは、リュエンから目を逸らすことが彼女の怒りから逃げるようで躊躇ったが、しかし、自らの姉に目を逸らしたまま話すわけにもいかないのが、皇族としての振る舞いだ。

 

「姉様、俺は本気だ」

 

「そう。なるほどね。つまり、あそこの男の状態もあなたの指示と言うこと?」

 

ミレーユ様はとても怒っている。さすがに後ろにかくまっているリュエンに比べたら、生易しいものだが、それでもとっても起こっているのが伝わってくる。

 

そして俺の話になっているようだ。

 

「ちょっと、レン近衛兵。ずいぶんと生意気な立場になったじゃない。あなたがマスターだった聞いたらソフィアは悲しむでしょうね」

 

「それは……」

 

「あなたは今、帝国を敵に回したのよ?」

 

――ここで俺はようやく今の俺の立ち位置が危険であることを思い出す。

 

どうやら俺の手に宿っているのは、令呪のようだ。なぜか攻撃の手を止めているランサーと睨み合っている藍色の剣士は、俺をマスターだと言い切った。

 

もしそれが事実なら、俺はあの参加者ただ1人しか生き残れない聖杯戦争のマスターになってしまったということだ。

 

聖杯戦争は継承戦争であり、外部の人間がマスターになった時点で帝国的には処分の対象になる。速やかに殺すことで、本来の継承戦争へ戻すよう皇族のみならず帝国軍全体が動き出す。

 

つまり俺は既に帝国に命を狙われる処分対象になってしまったということ。もはや俺の命が長くないのは確定してしまった。

 

しかし、さらに問題なのは、俺は英雄をこのように呼び寄せてしまうことなど微塵も考えていなかった。故に、アレスにとっても今のこの状況は予想外だということだ。

 

当然アレスは考えるだろう。レンがサーヴァントを召喚し、自分に対抗する力を使役するのは、自分を裏切り、聖杯戦争で己の願望をかなえる為だった。という可能性を。

 

それではアレスまでも敵に回すことになる。元々リュエンを助けようとした時点で、俺が帝国の敵になるのは分かっていたが、さすがに数年間も共に過ごしてきたアレスにまで裏切者と言われるとさすがに堪える。

 

俺はアレスが俺のことをなんと言うかは、かなり気になるところだ。場合によっては俺も身の振り方を考えなければならない。

 

そして問題のアレスは、俺の処遇について話す。

 

「……あれは、俺の指示です。近衛として俺に尽くす気があるのなら、俺と共にサーヴァントを召喚し、共闘せよと」

 

なんと、俺を庇ってくれるらしい。アレスは本当にいいやつだと心から思う瞬間だ。

 

「……つまり、レン近衛兵は望んで召喚したわけではないと?」

 

「――俺は今、レンにサーヴァントと聖杯戦争について神父に説明を頼もうと連れてきたんだ」

 

「そう。つまり彼も私の敵ということね。残念」

 

ミレーユ様の顔が険しくなった。アレスも表情に余裕はなく、何度かちらちらと俺の方を、否、リュエンの方を見ている。

 

そのリュエンはアレスに限らず、王族2人と監督役の神父に最大の警戒を払っている。

 

今思えば状況は混沌してきたといったところだが、不思議なことに膠着状態だ。何かきっかけがあれば大きな騒ぎがまた始まるだろう。

 

「しかし姉様。それを言うのなら、姉様も継承戦争の決まりを破っているのでは?」

 

「どういうことよ。私が王位を狙ってはいけないと」

 

「個人としてはそんな感情は持ち合わせていません。しかし継承戦争は皇族の男が行うもの。女は継承戦争に参加する必要がないぶん、命が保障されている。しかし、姉様はその命を投げ捨てているに等しい」

 

「……それ、私を馬鹿にしているのかしら。私が女だからって?」

 

ミレーユ様の怒気が、殺意を帯びたものに変わったのはその時だった。今のアレスの言葉がよほどミレーユ様に言ってはいけない言葉を混ぜてしまったようだ。

 

「……決めた。ここで殺すわ。ランサー、アレスを殺すわ。手を貸して」

 

藍色の剣士に対する警戒を解かないまま、徐々にアレスとの距離も詰め始める。

 

このままではアレスにランサーが襲い掛かる。

 

「アレス様。どうやら姉君の説得は失敗したようですね」

 

アレスの後ろに立っている神父が口を開く。そしてランサーを凝視する。

 

このままなら、恐らくアレスにランサーが襲い掛かってアレスに危機が及ぶ。そして後ろの神父にも。

 

「……姉様。できれば俺はあなたと争いたくはない」

 

「あなた、聖杯戦争をなんだと思ってるの? 家族だからって情けが通じるとでも?」

 

「俺は男の王族は皆殺しにする。けど、姉様とソフィアは別のつもりだ」

 

「そんな覚悟で聖杯戦争に参加したのね。なら……その覚悟の甘さに殉じなさい」

 

ミレーユ様は叫ぶ。新たな戦いの火ぶたを切るものだった。

 

「ランサー、アレスを殺しなさい。レン近衛兵と生贄の女は生け捕り。いいわね!」

 

「生け捕り……? いいのかよ。あのレンてやつ反逆罪なんだろ。殺さなかったらまずいんじゃねえの?」

 

「いいのよ。とにかく命令執行! 私のサーヴァントなんだから、力を示しなさい」

 

「ああ。承った!」

 

曲刀を刃先としている槍をもって、最初にアレスへとその槍を向け突撃を始めた。

 

アレスが狙われている。

 

すぐに助けようとするが、一瞬だけ思いとどまった。

 

ここでアレスを助けるとしよう。昔の俺なら考えなくそうした。

 

しかし、今は違う。リュエンを生かすために、ここから先の動きを1つ1つ慎重に動かなければならない。

 

ここでアレスを助けたとしたら、リュエンはその行動を見てなんと思うだろうか。完全に裏切者だと判断されて後ろから殺されるだろう。それでは本末転倒だ。ここで死んでしまったらリュエンを生かすために行動を起こすことができなくなる。

 

そもそも目の前の藍色の剣士が俺の願いを聞いてくれるかどうかわからない。俺のサーヴァントという話は聞いたが、それは本当なのか?

 

――判断が遅い。愚か者――

 

その声が聞こえた瞬間、俺は既に脇腹を蹴られていた。それもとんでもない威力だ。体が浮き、そして横へとふっ飛ばされていた。

 

ランサーが走り出した瞬間とほぼ同時だった。

 

「マスター!」

 

俺への攻撃を察した俺のサーヴァントがこちらに跳んで俺を受け止めてくれた。

 

華奢な体に見えて、俺の体を受け止めたその体は、まるで子供の突撃を受け止めるように、なんの反動もなく俺を受け止めてくれた。

 

ちなみに彼女が受け止めてくれなかったら、近くの家に頭を激突させて即死亡。

 

ふざけやがって、一体誰だ。

 

しかし、その前にランサーがアレスとの距離をすでに詰めているのが見える。ここからではとても助けることはできない。

 

「アレス!」

 

アレスは逃げようとしなかった。

 

ランサーの槍は既にアレスを捉えようとしている。

 

――しかし、それは完全に防がれ、

 

「ぐおお?」

 

謎の剣戟を受けた黒のランサーは数歩後ろに押し込まれる。

 

「……あの皇子のサーヴァントか?」

 

ニヤリと笑って、ランサーとアレスの前に現れたのは、青の鎧を装備し、剣を振り終えた青年だった。

 

「サーヴァント、セイバー。名乗りを上げられないのは許してほしい。その代わり、全力で戦おう」

 

そのサーヴァントが現れた瞬間、空気が震えたのが分かった。

 

「ごめんセイバー、結局戦わせる」

 

「いいや。まず話し合いに持ち込もうとした君の行動は賞賛されるべきだ。僕は君の味方だ、アレス」

 

「ありがとな」

 

セイバーと名乗ったその戦士は、ランサーの前に立ちはだかる。

 




前回、登場人物一覧を次の話で出す予定だと言いましたが、思った以上に時間がかかっているのでもう少しお待ちいただければ幸いです。現在作成中のためもう少しお待ちください。

また登校日の同日20時に続きを出します。
本来はそこで出す続きとまとめて出す予定の話でしたが、ちょっと長くなってしまったので分けることにしました。
そちらもぜひご覧ください。


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1-8 運命の夜6

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!



黒のランサーの顔が急に険しくなる。そのセイバーを見た瞬間、顔から余裕の笑顔が消えた。

 

「ランサー?」

 

「ミレーユ。撤退だ」

 

「ちょっと! まだ戦ってもいないじゃない!」

 

俺を支えてくれている藍色の剣士も、その体が一瞬震えていた。

 

「……ミレーユ。あのセイバーはヤバい」

 

その黒のランサーが感じた危機感をより具体的説明したのは、先ほど俺が立っていた場所に現れた、リュエンのサーヴァントらしき男だった。

 

「アサシン」

 

リュエンは、一瞬だけ安堵の表情を浮かべ、すぐに怒りの形相に戻る。

 

「安心したよマスター。憎悪のままにアレスにとびかかっていたら、その時点で君の運命は決していただろうさ」

 

「遅い。私の下僕だって言ったくせに」

 

「それは悪かった。だが、ここにもう1体君の命を狙うサーヴァントが来たら、それこそどうするつもりだったのかね?」

 

「それは……」

 

「憎悪は結構。しかし、爆発させるのは今じゃない」

 

「分かってる。だから我慢したんじゃない」

 

「それは結構」

 

「それより、アレスのサーヴァントもココで殺して。それなら楽」

 

「それは無理だ。あのサーヴァント。俺の予感だが、俺が苦戦したあのランサーよりも強い。経験則による目算で言えば、黒のランサーとあのセイバーが戦ったら、10回中9回はセイバーが圧勝する。そのレベルだ。今の俺ができる小細工では相手にすらなり得まい」

 

「役立たず」

 

「言ったろ。俺は最弱のサーヴァントだ」

 

俺は蹴り飛ばした奴を睨み、そんな俺を庇うように藍色の剣士は前に出る。しかし、目の前のアサシンはさしたる興味も示さず、街の入り口を見た。

 

「てめえ、よくも蹴ってくれたな……!」

 

言いたいことを言ってやったが、どうも効果がない。奴は俺をまるでゴミを見るような目で一瞬だけ見たあと、リュエンを運搬のために持ち上げた。

 

「ちょっと……」

 

「退くぞ。頃合いだ」

 

この場から逃げようとするアサシン。

 

頃合い? 否、それよりも、

 

「てめえ、聞いてんのか。よくも……」

 

俺のサーヴァントが斬りかかるが、跳躍して建物の上に逃げるアサシン。追撃をしようとした藍色の剣士は、同じ跳躍で襲い掛かろうとしたものの、なぜかその跳躍が低くなり届かない。

 

リュエンがそのからくりを明らかにする、声量大き目の言葉を放つ。

 

「ウィークネスの杖?」

 

「ご名答。何年間も牢屋の中にいた割には、多少は教養もあるようでなによりだ。これで相手の移動速度とその能力を弱体化している」

 

「杖も使えるんだ」

 

「その1点が、俺と他のアサシンの違いだ。他のアサシンは魔法や杖なんてものを使わなくても殺せる一流だからな」

 

うろたえる俺のサーヴァント。体の感覚の異変に、まだ馴染めていないようだ。

 

「どうするリュエン。あの男はここで殺しておこうか?」

 

「……いいわ。命を張って私を助けてくれた。その礼に今日は見逃す」

 

「後で後悔しないように殺すべきだと思うが?」

 

「あなた私のサーヴァントでしょ。言うこと聞きなさい」

 

「その言葉を君から聞けたということは、俺は君のサーヴァントとして認めるんだな」

 

「……嫌な奴」

 

「当然だ。俺は殺し屋だからな。いい人間ではないさ」

 

思いっきり敵意を向けている俺を前に、あのアサシンはあろうことか俺を無視してニヤニヤしながらリュエンと話している。

 

完全に馬鹿にされているようだ。

 

「ガキ」

 

「ガキ……て俺のことかよ」

 

「ああ、よく覚えておけ。俺はアサシンではなく、『赤』のアサシン。お前達王族が呼び出した『黒』のサーヴァントとは違う、帝国を滅ぼすために呼び出された『赤』の陣営のサーヴァントだ」

 

「どういう……?」

 

「街の大門を見ろ」

 

その言葉につられ、つい俺は城下街と外を分ける門を見てしまった。相手の話にすぐ乗ってしまうのが悪い癖だと、何度もハナムさんに言われていたのを思い出す。

 

しかし、見てよかったかもしれない。それで、門が焼けて崩れ去るその瞬間を俺は見て、今街に何らかの異常が起こっていることに気が付いた。

 

「どうなってるんだあれ?」

 

爆発音が、そして遠くから微かに人の断末魔が聞こえ、各地で爆発が起こり始める。

 

ミレーユ様が、そしてアレスすら驚きの様子でその異常事態を見る。門が焼かれることなど、戦争くらいの大きな戦闘がなければ起こり得ないというのに。

 

黒のランサーはミレーユ様に、アレスのセイバーは異常事態を前に、始まろうとしていた戦いを中断し、互いを警戒しながらもそれぞれのマスターの近くへと戻り待機する。

 

――そういえば。

 

奴はこう言ったのだ。帝国を滅ぼすサーヴァントだと。

 

その判断に至ったのが、やはり一瞬遅かったかもしれない。

 

「下がって!」

 

俺のサーヴァントが俺を庇うように前に出た。そして剣を前に構え、そして振るった。

 

何故空を斬るか、と尋ねる前に、何かを弾く音がした。

 

よく見ると、それが矢であることが分かった。普通の兵士が放つものとはあまりにも違いすぎる。矢がまったく見えなかった。

 

「これは……」

 

藍色の剣士は次に上を見る。俺も上を見ると、竜と思われる何かが飛んでいる。――騎竜兵のような。それが急激に高度を下げてきている。

 

この城下街が何者かに襲撃を受けている。

 

「なに、どうなってるの?」

 

「ミレーユ!」

 

彼女を庇うようにして防御の姿勢をとる黒のランサー。その長刀に剣が振り下ろされる。

 

そこには少女がいた。曲刀を持った少女が。いつの間にか、多くのサーヴァントが警戒する中で、その警戒では捉えられない速さでここに現れ、その少女は黒のランサーに剣を振り下ろしたのだ。

 

「てめえ……!」

 

そしてその少女を援護するように、数発の矢が放たれる。

 

「ミレーユ、退くぞ」

 

「ちょっと!」

 

「お前を生かすのが先決だ」

 

矢を弾きながら、黒のランサーはミレーユ様を抱えて、この場から離脱を始める。剣を持つ少女はそれを追い、この場から姿を消した。

 

「アレス皇子」

 

混乱し始めた場の中で、赤のアサシンは、アレスの名を呼んだ。

 

「覚悟しておけ。彼女の怨みは、君が想像しているよりもだいぶ重いぞ」

 

リュエンがアレスを睨み、アレスはそこから視線を話さず見つめ続けた。

 

アサシンは、この場に残った俺とアレスに背を向けて逃走を始めた。

 

「セイバー!」

 

アレスは赤のアサシンを自らのサーヴァントに追うよう指示をしたが、

 

「すまない、追う前にやらなければいけないことがある」

 

と、セイバーはそれを無視し剣を構える。俺のサーヴァントもなぜか上を警戒した。

 

突如、何か恐ろしいものが来る予感に襲われる。ただの直感。信じるに値しないが、それでも生物的に恐怖を感じずにはいられない何かを上空に感じた。

 

先ほどの竜かと思ったが、それは違う。あの竜は依然高度を下げているものの、どうやら逃げたアサシンと合流するらしく、アサシンを上空から追っている。

 

では上から感じる恐怖は何か?

 

「レン! そこは危険だ! こっちへ!」

 

アレスの警告。そして俺は自らのサーヴァントに抱えられ、その場を猛スピードで離れる。

 

次の瞬間。それは上空から聞こえた。

 

「魔を穿て――我が真槍(レギン――レイヴ)!」

 

謎の男が、こちらに落下しながら槍を構え、そして先ほど俺が立っていた場所に向け投擲した。

 

先ほど黒のランサーを追い詰めた少女、そして今俺の上で槍を投げた男。あのいけ好かないリュエンのサーヴァント含め、あれが『赤』の陣営のサーヴァントに違いない。

 

そう確信しながら、妙に熱気を感じ投擲された。槍を見た。

 

上から迫る一本の槍。秘められた膨大な力を炎に変えて帯び、一つの隕石として降り注ぐ。

 

「あれは……落ちたら街が吹き飛びます」

 

グラド神父が飛んでもない独り言を放った.

 

馬鹿げている。そんな威力、いくら英雄だからと言って、そんなまるで竜のような力を持っていた人間なんているはずがない。

 

そう信じたかったが、むしろ、それほどの力を持っているからこその『英雄』なのかもしれない。

 

「まずい。レンが……」

 

俺のサーヴァントは俺の身を案じてくれている。確かにそのような力がここで爆裂でもしたら、サーヴァントたちは無事でも、俺は蒸発するかもしれない。

 

急に怖くなってきた。これは命の危機だ。

 

「任せて!」

 

そこに、アレスのサーヴァントが入れ替わりで前に出た。まさかあれを正面から受け取んるつもりなのか。

 

アレスのセイバーは持っている剣から凄まじいエネルギー、おそらく魔力らしきものを放出する。放出された魔力は圧倒的な火力を感じさせる青色の巨大な光へと変化する。光は手に宿す十字の痕の輝きと同期しながら、闇夜の中で地上を輝かせる地の星となる。

 

「はあああああああ!」

 

振り上げた剣から放たれた蒼穹よりも明るい光輝の奔流が、落ちてくる炎の隕石を迎え撃つ。

 

激突と共に、夜の闇は炎と光輝の衝突による光に包まれ、城下街に嵐が巻き起こった。

 

「レン! こっちに!」

 

アレスが、手を振り、そしてついてくるように俺を誘導する。

 

「アレス! リュエンが」

 

「また会える。それより今はここから逃げるぞ! まずは教会へ。お前のサーヴァントについて、聖杯戦争について、マスターになった以上話さないといけないからな!」

 

その声を聞き、俺を抱え、自らの剣から放たれた魔力によって嵐から俺を守っているサーヴァントが、

 

「いかがしますか?」

 

と俺に訊いてきた。おそらく教会に行けば、そこは聖杯戦争と関連する真っただ中。そこに行けば聖杯戦争の戦いの壇上に間違いなく乗るだろう。

 

アレスが今、俺をどう思っているのか分からない。しかし、すでに俺はマスターになってしまったようだ。

 

しかしこうして正式に聖杯戦争に加担できるのなら、きっとリュエンを生かす俺だけではできなかった方法が見つかるかもしれない。そしてリュエンとアレスの仲を治すきっかけも見つかるかもしれない。

 

「ああ、行こう。教会へ」

 

俺は自らのサーヴァントを連れて、アレスの案内のもと、教会へと向かうことにした。

 

「神父?」

 

アレスはその場に止まろうとする神父の行動に驚愕し叫ぶ。

 

「私は大丈夫。少し赤のサーヴァントを観察して、後からすぐに教会に向かいます」

 

神父の迷いない宣言に何かを感じつつも、

 

「レン、行こう」

 

アレスの誘いに俺は乗り、俺は教会へ、聖杯戦争という地獄の入り口へと向かうことにした。

 




今回明らかにした、サーヴァントの新たな設定を公開します。

赤のランサー 真名:???(宝具から明らかかもしれませんがまだ伏せます)

第1宝具 太陽の腕輪

赤のランサーは故郷に蔓延る強大な悪を討つため、自らの王国に眠る至高の武具を解放させる決断をした。この腕輪は本来その武具の封印を解くためのものである。サーヴァント化した状態では、この腕輪はその伝説の武具を解放する鍵の役割としての側面を強く持つことで、封印している武具の力を限定的に宿している。擬態的には己の魔力を炎の形で放つ、疑似的な魔力放出を可能にしている。

第2宝具 魔を穿て我が真槍(レギンレイヴ)

赤のランサーが主に伝説を残すのは戦場において。その中で彼が愛用の槍レギンレイヴを使った際には数多の魔物を一撃のもとにすべて貫いてみせたという。この宝具はそのレギンレイヴであり、その槍で突きを放てば、貫通力の高い衝撃波を放ち遠距離の敵すらも穿つ。そして投擲では彼の魔力を籠めることで、街一つを崩壊させ、クレーターを起こすほどの威力を持たせることができる。

黒のセイバー 真名:??? マスター:アレス

スキル 魔力放出(蒼光)A+

武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。絶大な能力向上を得られる反面、魔力消費は通常の比ではないため、非常に燃費が悪くなる。黒のセイバーの場合、通常の魔力放出もできるが真骨頂は、宝具として放つ蒼光の激流の力を押さえたダウングレード版の力を魔力放出として放つことができる。しかし、ダウングレードといっても、スキルの範囲で放てる放出量は並ではなく、通常のサーヴァントの威力型宝具が相手であれば、この魔力放出だけで黒のセイバーは対抗できる。

謎のサーヴァント 真名:??? マスター:レン

スキル 魔力放出A

武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。絶大な能力向上を得られる反面、魔力消費は通常の比ではないため、非常に燃費が悪くなる。黒のセイバーとは違い、それのみの機能となるため、剣戟や防御の威力を高められても、ビームを放つことはできない。



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2 黒の陣営 赤の陣営
2-1 2人の戦士の約束


注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!

黒のセイバーVS赤のランサー
どこかで聞いた対戦カードのような……



赤のライダーは、竜に乗る女性騎士である。ドラゴンナイトと一般的に呼ばれるその職業は『竜』とは違う、『飛竜』という生物を使役しながら戦う騎士。

 

飛竜は当然ながら狂暴性を秘め、一流の騎乗センスを持っていても、乗りこなすのは、難しく、操縦も力がいるため、基本は男が乗るものだ。しかし、赤のライダーは珍しい女のドラゴンナイト、その中でも素晴らしい腕を持つ、ドラゴンマスターと呼ばれる存在だった。

 

そんな彼女は、先ほど、赤のアサシンと合流し、リュエンを乗せて飛行している真っただ中である。

 

「大丈夫ですか?」

 

自分が竜を操作するその後ろに、リュエンが乗っている。先ほど彼女を救出していたサーヴァントアサシンは下から竜騎士を追いかける。王族側の追跡を警戒し、弓の類などの遠距離攻撃に対処するため離れて攻撃の準備をするとのこと。

 

「……どうして私を?」

 

当然ながら、赤のライダーとリュエンは初対面である。しかし、そのライダーはまるでリュエンのことを知っているかのように、親し気に話しかける。

 

「我々赤のサーヴァントは、この世界の魔王を守らんとする勇士に呼ばれるサーヴァントです。あなたを救わんとするため、我々のマスターは既にこの街に来ています」

 

「つまり味方ってこと?」

 

「はい。ご安心ください。リュエン様。私のマスターも貴女との再会を望み、合流地点であなたをお待ちしています」

 

「私と……? 知り合い……なのかな?」

 

「私がサーヴァントとして召喚されたのは数週前なので、詳しい事は存じ上げませんが、話を聞くと、貴女が王国に連行される前の知り合いだと」

 

「あれ……はっきりと思い出せない……友達、いたような気がするんだけど」

 

「無理もありません。あなたが王国に連行されたのはまだ9歳か10歳の頃だと聞きます。幼子の頃の記憶はそう長く保たれないものです」

 

その理由に加えて、リュエンは長い監禁、虐待により、脳に少ないながらも影響があった。強い恨みの由来である、士官学校での出来事は強く残っているものの、穏かに暮らしていた頃の記憶はあまり強くはない状況である。

 

「我がマスター、名前をハルムといいます」

 

「……だめ、会ってみないと。でも、迷惑だから、すぐ帰ってもらうことになる」

 

「なぜでしょう。なにかお気に障ることをしてしまったでしょうか?」

 

「そうじゃない。こうして助けてくれたことは感謝してる。でも、私、すぐに王城に行かなきゃいけないから」

 

「それは、なぜ?」

 

「皇族を殺しにいく」

 

急に穏やかではない話に転換し、赤のライダーは少し驚いてしまう。

 

「……まさか、1人でですか?」

 

「ええ。私の怨みに誰かを付き合わせるつもりはない」

 

「お言葉ですが、それは、いささか無謀かと……」

 

「あなたもそんなことを言うの? アサシンみたい」

 

「いえ、その……この国の王族を暗殺するのは、1人では難しいかと。皇族はすべて武道か魔道を身に着けているうえ、伝承上の英雄にも劣らぬという近衛騎士。その存在がアルアトールの皇族は暗殺でさえもただ1人として許したことはないと聞きます」

 

「でもやめるつもりはないわ」

 

頑なに忠告を聞こうとしない魔王らしき見た目をした少女に、一抹の不安を覚えるライダー。せっかく救いにきた命を無下に散らされるのは、根が善い人間である彼女には耐えられない話である。

 

しかし、今は彼女もサーヴァント。この世界には本来いてはならない人間。故に、自分が意見を述べることは許されても、自分の意見で、人の運命を変えることを許されることはない。

 

故に、ライダーはここで彼女にこれ以上、忠告は重ねなかった。

 

「今、私のマスターがいる、今宵の宿場へと向かっています。そこに、貴女を迎えに来た赤のマスターの方々がいらっしゃるので、どうか、貴女がお抱えになっている思いを一度告白していただけないでしょうか」

 

「巻き込まないって言ってる」

 

「いいえ、この場に集った赤のマスターたちは、全員、貴女のその思いに応えてくれるはずです」

 

赤のライダーは徐々に飛行する高度を落とし始める。

 

「ここから徒歩です。赤のマスターの方々の一時の休息場所を知られるわけにはいきません」

 

「……分かったわ」

 

その瞬間。先ほどまでリュエンがいた街中、その空中で大きな爆発が起こる。

 

「もっとも、王国の兵士は、あれに最大の警戒を払っていると思いますので、仮に追尾されていても、練度の高いものは来ないでしょう。ご安心ください」

 

赤のライダーはライダーが、エスコートのために差し出してきた手を握った。

 

 

教会は街のはずれにあるため、先ほどレンとアレスがいた街の十字路からはある程度距離がある。

 

「魔道二輪とか、持ってくればよかったな」

 

「はぁ、はぁ。………ああ、はぁ、そうだな、はぁ」

 

アレスの様子がおかしいことに気が付いたレン。

 

「おい、アレス、大丈夫か?」

 

「はぁ、はぁ、すまん」

 

いかに皇族と言えど、アレスは決して運動音痴ではない。一日中、鋼の剣を振り回し、近衛や兄と激しい斬り合いをしても、息一つあげることはない。

 

そんなアレスがたった数刻走っただけで、ひどい息切れになるのは、体力の限界ではないことをレンは知っている。

 

「魔力が……」

 

魔力は魔法の行使だけでなく、サーヴァントを使役するために、マスターがサーヴァントへと送るエネルギーのようなものである。

 

供給はサーヴァントが必要とした分だけ、マスターの貯蔵量から供給される形である。今アレスのサーヴァントが多くの魔力を必要としているということだ。

 

「抱えようか?」

 

レンのサーヴァントである藍色の剣士が提案する。先ほど壊れたはずの、蝶型の仮面は既に治っていて、見えていた右目も今は隠されていた。

 

アレスはその提案に、

 

「いや、こんなところでくたばってられない。今はこの感覚に慣れさせてくれ。今後も有り得そうな感覚だからな」

 

と、強気で断った。しかし、息苦しさは収まらない。

 

(セイバー……いったい、どんな戦いをしてるんだ……)

 

 

 

赤のランサーの宝具『魔を穿て我が真槍(レギンレイヴ)』と、黒のセイバーの強大な魔力放出のぶつかり合いは、街全体に轟音と衝撃波として広がり渡った。

 

しかし、空中でぶつかったことで直接の破壊力が街に与えられなかった幸運、そして聖杯戦争に備え頑丈に作られた住宅などの帝都の備えが、その衝撃波を受けても、街の崩壊を防いでいる。

 

逆に言えば、今のぶつかり合いによって発生した衝撃波だけで、通常の街は爆心地から崩壊してもおかしくはなかったということだ。

 

そしてそれを引き起こした黒のセイバーと赤のランサーは戦いを続けていた。

 

突き出される宝具の槍による刺突。先ほどのような破壊力は真名解放という、最低限宝具の名前を明かす詠唱が必要になるため、今の刺突はただの槍による攻撃と同義だ。

 

しかし、その冴えは一流。間違いなく命を狙ったその槍戟、その軌道を黒のセイバーは持っている剣で軌道を逸らすことで、自らに刺さらないよう受け流す。

 

そして槍の勢いが弱まった一瞬を狙い、剣による斬り上げを行い、赤のランサーの槍を弾いた。

 

踏み込み、黒のセイバーの重い斬撃が赤のランサーを狙う。赤のランサーも対応し、一時距離を取って剣戟の範囲から逃れる。

 

槍を右上段から、黒のセイバー相手に叩き落とす。黒のセイバーは、それを受け止めた。

 

「はあ!」

 

黒のセイバーの魔力放出。己の魔力を武器に宿し、推進力を増すことで、通常の斬撃では考えられないほどの威力を伴った攻撃を行う、黒のセイバーのスキルである。

 

魔力が伴った攻撃に、生身のみで振るった槍は軽々返されるだけでなく、その勢いによって赤のランサーは後ろへ飛ばされる。近くの住宅への激突を何とか踏みとどまることで避けた赤のランサーだったが、すでに黒のセイバーは、その機に見せた隙をつくため肉薄していた。

 

再び槍と剣が激突する。

 

しかし、先ほどとは違う。次に迎え撃つ側になった槍には、赤のランサーの宝具の効果である炎の魔力放出の力が宿っていた。その力は、黒のセイバーが攻撃に込めた魔力の数倍。

 

激突。しかし、結果は歴然。込められた魔力の量が桁違いである。赤のランサーの槍の振るい上げにより、黒のセイバーは空中へと打ち上げられる。

 

王城の13階を真横に望めるほどの高さでようやく星の重力が体に働き始め、体勢を立て直す黒のセイバー。しかし、その時にはすでに、赤のランサーは次の攻撃をするため、黒のセイバーに接近した後だった。

 

槍の斬撃が黒のセイバーに襲い掛かる。剣で受け止めるものの、とても威力を相殺するには足りず、再びその槍を受けて、黒のセイバーは空中を凄まじい速度で浮遊する。

 

空中では迎撃の体勢を取ることが難しい。このままでは、赤のランサーの猛攻をただ受け続けるだけになる。

 

本来はサーヴァントは、マスターの魔力の状況を考えながら戦わなければいけない。すでに一度、第2宝具と変わりないほどの魔力を、魔力放出による一撃で放っていて、それからもかなり使用をしている。黒のセイバーとしては、これ以上の魔力使用を控えたいところだった。

 

しかし、と黒のセイバーは回転する視界の中で、赤のランサーを捉える。

 

赤のランサーは炎のジェット噴射を行い、空中でも自在に加速減速、移動を可能にしている。空中でも戦いの安定度は向こうが格上だと認めるしかない黒のセイバーは、迎え撃つには魔力放出で向こうの真似事をするしかなかった。

 

(ごめんマスター、魔力をもう少し絞り採る!)

 

すでに赤のランサーは迫り、槍を突き出そうとしていた。

 

「……っ!」

 

しかし、その攻撃を中断した。黒のセイバーが再び、赤のランサーの宝具と拮抗した蒼い光の魔力放出を行っていたのだ。

 

そして体をひねり、黒のセイバーは斬撃を放つ。

 

夜のもたらす暗黒を焼きつくす眩い光。

 

斬撃は空を斬り、そして斬撃はそのまま直線状に放出された。輝ける光によって空は一時、昼にも負けないような閃光が発生する。

 

しかし、それだけでは終わらなかった。その蒼い光の中から、紅蓮の炎を纏った何かが現れる。

 

魔力放出を正面から受けてなお、赤のランサーは炎を纏い、己を消そうとする光に打ち勝ち貫いた。炎の槍は、黒のセイバーを確かに捉え、そして、左腰に間違いなく刃を突き立てた。

 

「ぐ……ぁ!」

 

しかし、空中での動きになれてきたセイバーは、受けるだけでは終わらず、剣を想いきり振り下げ赤のランサーを地面へと叩き落した。

 

予期せぬ衝撃に、少々肉体ダメージを受けた赤のランサーだが、すぐに地上に降り追撃をしようとした黒のセイバーに向け、反撃を試みる。

 

刺突。斬撃。赤のランサーの槍は人を魅せる演武ではなく、ただ人を制するための覇を見せる力強い攻撃。

 

しかし、それは黒のセイバーも同じだった。型を重んじ、素早い剣技を特徴とする剣士のものではなく、誉れある伝統と強さを兼ね備えた騎士のものでもない。いかに相手を圧倒するか、その1点を突き詰めた、覇王の剣舞。

 

故にどちらの攻撃も、洗練されているが故に無駄な素早さを持たず、ただ一撃一撃が必要な速度を保ちつつも、凄まじく重い。

 

それはこのアルアトールの大陸を探しても、その域に至っている剣士、騎士、戦士は果たして何人存在するか。いないと言っても不思議ではない。

 

激突する2つの斬撃は、一撃一撃の衝突音で、周りの人間の鼓膜を破くような音を響き渡らせる。

 

重なり合うこと20を越え数戟。

 

最後は互いの渾身の一撃を、魔力を籠めぶつけ合い、そして激突の衝撃によって相反する方向へと身を躍らせた。

 

「……すごいな、お前」

 

赤のランサーが唐突に口を開いた。すでに槍は直立させ、戦闘を行うときの戦いの気をすべてどこかへとやっている。

 

「どうしたんだい? 急に」

 

黒のセイバーもその様子を見て、また自らも体をリラックスさせた。

 

「自分で言うのもなんだが、俺の攻撃は火力が過度に高すぎる。まあ、昔の戦いを考えればこれくらいの力はあって然るべきなんだが、それでも、まさかこうして、快く戦える相手が向かい側にいるとは。武人としての血は抑えていたんだが、久しぶりに昂ってきている。この戦い、ここで終わらせるには惜しい」

 

「まだ余裕そうだね」

 

「そうでもない。俺はまだまだ槍を振るっていたいんだが、マスターのこともある。これ以上の魔力放出は危険そうだ。今宵はここまでにしたい。黒のセイバー」

 

黒のセイバーも、アレスから魔力を奪いすぎたと主を案じている身であり、赤のランサーの話は頷けるうえ、自身としても悪くない提案だった。

 

「僕は構わない。ここで赤のランサーを倒してほしいという依頼は受けていないし、僕のマスターも同じ状況だからね」

 

「……、まさか承諾してくれるとは思わなかったな。お前は気持ちのいいやつだ。……よし。今宵は赤のサーヴァントはお前のマスターを狙わない」

 

「約束できるなら、それに越したことはないけど」

 

「俺が全力で止める。だからお前は気にせず主を守りに行け。だが、その誓いと共にお前に守ってほしい約定がある」

 

「何かな?」

 

「次の機会は、街の中心ではなく、せめて街の郊外から外にしよう。そこで、次こそは心ゆくまで戦い、決着をつける。どうだ?」

 

「それは……僕が約束していいことじゃないけど、もしマスターが許可してくれるなら、僕はその約束を守ろう。それでいいかい?」

 

「構わん。これはいわゆる心意気の問題だ。異界の英雄と死力を尽くして戦う。それが俺の全力を出して戦いたい好敵手が相手なら、俺も戦い甲斐があるというものだ」

 

赤のランサーはそう言うと、少し嬉しそうに微笑む。

 

「また会おう。黒のセイバー。マスターを追いかけるといい」

 

黒のセイバーは敵ながら、赤のセイバーを悪ではないと直感した。故に、黒のセイバーはその言葉に笑みを返し、

 

「ああ、またいずれ」

 

と言い、赤のランサーに背中を向け、自らのマスターを追いかける。

 

そして、この場に残ったのは赤のランサーと、グラド神父だけになった。

 

「素晴らしい。あなたが赤のランサーですか」

 

神父を見て、先ほどまで良い笑顔を浮かべていた赤のランサーは再び険しい顔になる。

 

(黒のセイバーを逃がしてでも、俺はこの男と話をしなければならない。場合によって戦うこともある。口惜しいな、一緒に来なければよかったのに)

 

「アルアトールの聖杯戦争の監督役を務めております、グラドと申します。聖杯戦争の監督としては、ぜひ赤のサーヴァントとそのマスターの皆さんにお会いして、聖杯戦争において守っていただきたい約束事を説明致したいと思っており、わざわざ、ここに残らせていただきました」

 

口を開きかけた赤のランサー。しかし、神父の唇に立てた人差し指を当てる、静粛を求めるジェスチャーでその口を閉じた。

 

「あなたが何を言おうとしているのかはわかるつもりですが、どうかここではご遠慮いただきたい。それを言ったら、私は――」

 

神父は穏やかな笑顔を浮かべながら言う。

 

「あなたをここで殺さなければならなくなる」

 

「お前。『憑いた』状態だな。……やってみろ。それなら、俺は迷わずお前を殺せる」

 

神父は穏やかならざる表情を見せる赤のランサー。しかし、神父は表情を変えることなく、

 

「どうかその話はまた今度に2人きりで。それに、今私は、教会の仕事は真面目にやっていますので、赤の陣営との接触を優先させていただきます」

 

「赤の連中は、そもそも貴様ら帝国とこの聖杯戦争を破壊するために俺達サーヴァントを呼び出した。ルールなど守りはしない。聖杯戦争の勝者を選ぶつもりもない。ただ、帝国を滅ぼすのみ」

 

「恐ろしいですね。まあ良いでしょう。本来はルールの遵守を心がけてほしいですが、かつて起こった大戦の再現というものまた一興。あなた方の抵抗が続くことをお祈りしています」

 

「……抵抗? まるで俺達が劣勢とでも言いたげだな」

 

「私としては、聖杯戦争を正しく終わらせ、聖杯の起動を成功させることが望みです。別にどのような結果になっても構いません。しかし戦いが盛り上がらないのもつまらないですから、赤のマスターたちにもぜひ頑張って戦っていただきたい。どうか、無謀な戦いを挑み、『人間』に殺されるなどと言う無様だけは……披露しないでほしいものです」

 

神父は一度、深々と頭を下げると、まるで闇に溶け込むようにその場から姿を消した。

 

赤のランサーは、その神父がいたところしばらく眺めていたが、やがて霊体化し姿を消した。

 




人物紹介は黒の陣営と赤の陣営で分けて行うことにしました。

次回は黒の陣営、つまり帝国の皇族、および帝国側の人間の紹介ができる内容になりそうです。

これまでの情報を整理する回になりつつ、話も進展していくのでお楽しみに!


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2-2 黒の陣営(1)

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!




「ここが……」

 

街中での戦いを経て、俺は謎の契約をしてしまった藍色の髪のサーヴァントを召喚してしまった。

 

俺は元々アレスの近衛騎士で、アレスは聖杯戦争の参加者。故に俺とアレスは敵同士になってしまったわけだが、アレスはそんな俺を今でも味方だと思ってくれているようで、俺をこの教会まで連れてきてくれた。

 

「アレス、体は?」

 

「気にするな……魔力を急にたっぷり持ってかれたから、体が悲鳴をあげただけだろう」

 

「だけって……」

 

「それより、中に入ろう。教会の中なら、仮に追尾されていても安全だ」

 

「なんでだ?」

 

「教会は聖杯戦争の間は不可侵の中立地帯になる。理由はまあ、神父が話してくれるさ」

 

教会は、城下街の中心から最も離れている高台の上に存在する。

 

高台は子供が遊ぶ公園と、この教会、そして皇族が生物学を学ぶために用意された人工林である。街から教会へ行く場合は、舗装された道が一本存在し、それ以外は木々に覆われている。

 

木製の扉を開くことで広がる光景は、木でできた椅子が並び、その先に神父が立ち、儀式を行う台が存在する一般的な教会の内装だ。

 

「神父、置いてきちゃったけど」

 

俺がアレスに訊くと、

 

「あれでも、口も達者だし武器の扱いも魔法も達者なんだ。まあ、死んでここに帰ってくるなんてことはないと思う、たぶん」

 

と頼もしい答えを返してくれる。

 

一方アレスもまた俺に尋ねてきた。

 

「お前のあのサーヴァント、らしき人物は……」

 

「それ俺に訊くなよ」

 

何にせよ俺もあの剣士が何者か分かっていない。しかし、嘘をついていなければ彼もサーヴァントなのだ。

 

「まさかお前がサーヴァントをなぁ。しかし、不思議なものだ」

 

「いや……俺の方が不思議だっての」

 

「そうじゃない。サーヴァントを呼ぶには縁が必要だ。お前、何か聖遺物持ってるのか?」

 

「……ちょっと、身に覚えがないな」

 

「そうなのか? でもきっと持ってるさ。もしもわかったら教えてくれよ」

 

「あ、ああ」

 

そうは言っても本当に何が彼女を読んだのか覚えはない。今考えても仕方ないだろう。

 

俺とアレスは椅子に腰を下ろして、俺のサーヴァントである藍色の剣士を見る。

 

「セイバー、か? いや、剣を使うだけでセイバーってのは、安直すぎるか……」

 

アレスと共に、聖杯戦争で皇族殺しを目指した身として、聖杯戦争については多少知識として学んできたつもりだ。なので、当然サーヴァントが馬鹿みたいに強いことも俺は理解している。

 

とはいっても、実際はああして喧嘩売ってしまった。頭に血が上って冷静な判断ができず危うく死にかけていた。

 

もしも先輩近衛騎士のハナムさんに見られていたら、

 

「あまりに未熟でございますぞ」

 

という話を筆頭に、俺は一日徹夜の訓練をさせられていたことだろう。ハナムさんは俺を怒ったりしないが、俺が近衛として未熟なところを、徹底的にニコニコしながら矯正してくれる。

 

その話は今度、ゆっくり思い出すとして、今は俺のサーヴァントに訊いてみることに。

 

見目、剣技共に鮮やかなる藍色の剣士、俺のような未熟者が話しかけるのはためらわれるが、それでも俺はマスターになったのだ。コミュニケーションをとるのは大切なことだろう。

 

「なあ君、……なんて呼べばいいんだ?」

 

よくよく考えてみると、俺はそもそも自分のサーヴァントをどのように呼べばいいか分からない。

 

早速『君』とか生意気な聞き方をしてしまった。

 

しかし、心の広い俺のサーヴァントは、それに嫌な顔を晒すことはなかった。

 

「僕かい? 僕の名前は、マルス」

 

「マルスって英雄王……!」

 

まさか伝説中の伝説たる英雄王をおれは呼び当ててしまったというのか。

 

英雄王と言えば、アルアトールの中でも知らぬものはいない伝承の登場人物である。

 

『英雄王戦記』。上巻と下巻で分かれていてなお1000ページを超える量をもって、大陸全土を巻き込んだ2度の戦争を勝ち抜き平定した伝説上の人物、英雄王マルスの戦いを書いた話である。

 

その主人公。アルアトールに残る全ての伝承の中で最優の英雄であるマルス。まさか、その本人だというのか。

 

「ああ、でも名前が同じだけなんだ。僕は、その……憧れでつけられた名前というか」

 

少し安心した。さすがに俺のサーヴァントがあの英雄王だったら俺はここで、しばらく頭を真っ白にしなければならないところだった。

 

しかし、だからと言って、彼を軽んじることはできない。間違いなくその名を名乗るにふさわしい研鑽された剣技を持っている。

 

「マルス、お前のクラスは?」

 

「クラスかい? 僕はセイバーだ。そう自覚している」

 

「まあ、そりゃそうか」

 

話を始めるとやけに心がバクバク言うのは何故だろうか。まるで綺麗な女性と話をしているかのような、そんな鼓動の高鳴りだ。

 

コミュニケーションを深めようなどと言った割には次の言葉が出てこない。間が空くのは最悪だと分かっているのだが。

 

そんな俺を助けてくれたのは親友だった。

 

「お前は『黒』か、それとも『赤』か?」

 

もちろん俺を思ってというよりは、彼にとっての大問題だからだろう。ここで赤とか言われたら、皇族の彼にとっては無視できない敵である。

 

――いや、リュエンを生かすためなら、むしろ黒だとまずいのか?

 

どちらにしても、アレスにとっては、このセイバーは微妙な立ち位置にいる存在だ。そして俺も、場合によっては――。

 

「僕にそのような割り振りはない。セイバー、ただのセイバーだ」

 

「そんなはずはない。あのアサシンは『赤』の陣営と言った。とするならば、今回の聖杯戦争はただの聖杯戦争ではない。帝国と魔族の大戦争、かつて1度だけ行われたサーヴァント同士の戦争である、聖杯大戦のルールが用いられるはずだ」

 

俺はこの場で行われる戦争はただの聖杯戦争だと思っていたため、聖杯大戦となると、正直勉強してきた知識に自信はない。

 

聖杯大戦。サーヴァントを召喚するマスター全員が同盟を組んでしまっている場合に適応されるルールに準ずる大規模な聖杯戦争。そのままではそもそも聖杯戦争が成り立たないため、サーヴァントの数を倍程度の偶数に増やし、その同盟の対抗戦力としてもう1つの陣営を聖杯側が用意する。そうすることで戦争を成立させ、サーヴァント同士を殺させ合うというシステムだったはずだ。

 

陣営は『黒』か『赤』。サーヴァントは必ずどちらかの陣営に属するはずだ。

 

しかし、これまでの継承戦争では、聖杯大戦が起こったことはない。皇族同士では殺し合いの関係なので、同盟とはみなされなかったのだろう。

 

これ以上はまた今度考えるべきか。どのみち神父が来たらその辺りの話もしてくれるだろう。

 

「そうはいっても、僕は特にどちらの味方をしろ、ということは聞いていないんだ」

 

「……お前」

 

「怪しいのは分かるけれど、でも、僕はマスターであるレンのサーヴァントとして剣を捧げる覚悟は本物だ。どうか信じてほしい」

 

アレスはまだ納得いっていない様子だが、敵かも分からなければ味方かもわからない状況なので、これ以上機嫌を損ねることを恐れ、追及はしなかった。

 

今度は俺がセイバーに何か訊いてみよう。と言っても何を質問するか悩む。

 

好きな食べ物? いやさすがにガキっぽい。

 

座右の銘は? そんなことをいきなり尋ねられても困るか。

 

その剣誰から学んだの? いや、それ今聞く必要ないだろう。

 

参った。近衛としてそれなりに人と話してきたのに、まだこんな未熟とは思わなかった。

 

「マスター。君の事はマスターと呼べば?」

 

向こうから質問を出されてしまった。情けない。

 

「マスター……か」

 

「嫌ですか?」

 

「嫌じゃないけど、俺、未熟者だしな。マスターなんて呼ばれる身じゃないっていうか」

 

唐突にアレスが笑った。

 

「ふふっ、お前、マスターだろう? 何恥ずかしがってる?」

 

「い、いいだろ。気分の問題だ」

 

別に笑わせるつもりはなかった。

 

「では、レン、と名前で呼んでも?」

 

「ああ、それがいいな。その方が気兼ねなく話せそうだ」

 

「レン。レン。ああ。いいと思う。この方が僕も呼びやすい」

 

「俺はお前をセイバーって呼べばいいか?」

 

「ああ。もちろん。僕もマルスと名乗るのは、その……恥ずかしいからね」

 

目が仮面で隠れていようと、口の動きだけで、笑っているのが分かる。良かった、変に悪いことは言っていないようだ。

 

 

 

話を始めてしばらくたったが、神父は戻ってこない。もうしばらくは教会で待つ必要があるだろう。

 

「しかし……レン。お前明日からどうするんだ?」

 

「どうするって……」

 

ここで、第1皇女ミレーユ様が言っていたことを思い出す。俺はもはや指名手配犯だ。昼夜帝国兵に追われ、首を斬られるまで俺は許されないだろう。

 

「どうしよう……」

 

「はぁ。まあ、俺もまさかお前がサーヴァントを呼ぶとは思わなかったからな。なんのプランも考えてないぞ。近衛兵が王族を陰で支援するのは聖杯戦争でも黙認されてるけど、召喚しちゃったらダメだろ」

 

「いやあ、でも召喚しなかったらしなかったで死んでたからなぁ。なんで召喚できたのかすらわからんけど、どのみち死ぬ運命なら、召喚してよかったと思うよ」

 

セイバーがそこに嬉しい誓いを立ててくれた。

 

「これからは僕が守る。レンは安心して、僕に任せてほしい」

 

「お……おう。ありがと」

 

こう言ってもらえるとは、会ってすぐの割には、少しは仲良くなれただろうか。

 

しかし、アレスの言うことももっともである。どのみち俺は戦わなければ生き残れなくなってしまったということ。

 

「まあ、聖杯戦争の参加者になったからには、指名手配されていても、お前を狙うのは他のマスターか腕に覚えのある近衛やら賞金稼ぎ程度さ。普通の兵士は来ない。お前にはサーヴァントがいるからな、連中も無駄死にはしたくないだろう」

 

つまり圧倒的な数で潰されるという可能性は低いということか。しかし、あまり嬉しくない。そうなると俺を殺しに来るのはどう考えたって、出会った瞬間死ぬと断言できるような連中ではないか。

 

こう冷静になって話していると、自分がいかに危機的な状況かがよくわかる。そんな中でアレスが味方になってくれているのは救いだろう。

 

「レンが戦わなければいけないのはそういう相手が基本になると仮定して、どこから湧いてくるか分からない賞金稼ぎ以外で、お前の相手になりそうな人間を考えてみようぜ。幸いにも、神父はまだ来なさそうだしな」

 

アレスの提案に俺が同意を示し、今判明している俺を殺しに来そうな人間をリストアップしてみることにした。

 

なお、赤の陣営については、情報が少なすぎるのでここでは割愛する。

 

俺が指名手配犯になり、かつ聖杯戦争のマスターであるという条件で、俺を積極的に殺しに来る人間。

 

それが今後俺が戦うべき敵になるだろう。

 




しばらくは黒の陣営のキャラクターのおさらいです。



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2-3 黒の陣営(2)

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!

1人称は レン視点での語り口調です
3人称では、それ以外の人間にスポットを当てています。


俺がこれから戦わなければならない相手。

 

考えられるのは皇族、そしてその近衛騎士だろう。

 

皇帝グランバニアと后妃ルマリアナ。国の頂点に立つ2人は俺を重罪人として見逃しはしないだろう。皇帝と后妃に直接仕える近衛騎士が来ることも考えられる。ちなみにどんな人間かは、俺は知らない。

 

 

******************************

 

玉座の間にて。

 

皇帝たるグランバニアは笑みを浮かべながら玉座に座る。

 

すでに夜遅くであるこの時間は、本来であればこの座に座っている時間ではない。しかし今日は、皇帝はこの椅子に座り自身の中に湧きたつ興奮を味わっていた。

 

隣には后妃、そして、皇帝の隣には一人の近衛騎士が立っている。

 

「ふふふ。今宵は酒がうまい」

 

グラスを片手に果実酒を少しずつ口に運ぶ。

 

「ふむ……やはり年はいかんな。息子たちの前ではああ強がっているが、体が一気飲みを拒絶している。もう若くないということか」

 

后妃は皇帝のらしくない言葉を聞き、少し笑った。

 

「笑うことなかろう」

 

「ごめんなさい。……、とうとう始まりましたね。継承戦争」

 

「うむ。後は万事神父が進めてくれよう」

 

皇帝は何かに思い当たったのか、ふと首を傾げる。

 

「聖杯戦争と言えば……あの男。神父どのは、私が子供の頃からあの若さであったな。終ぞその秘密に触れることはなかったが」

 

「……なにを馬鹿な、もう前の戦争からどれほど時間が経ったとお思いですか?」

 

「ああ、少なくとも老いが見られてもいいだけの時間が経った。だが、奴は、今だ若々しい。あの若さ、秘密に興味が湧くというもの」

 

その言葉を聞いた后妃は、皇帝に歩み寄る。

 

「陛下……お戯れはそこまでにしましょう? そのような些末なこと、どうかお気になさらず。今は我が子たちの戦争を楽しみましょう?」

 

「――ん? そうか。そうだな。いずれは分かる事だろう。かつて私が勝利したこの戦争、果たして誰が勝利するのか。いや、楽しみでならないな」

 

今の皇帝は先ほど抱いた疑念にさほどの興味も示していなかった。

 

「近衛よ。戦いの様子を委細、魔法により撮影し我に見せるのだ」

 

名前も呼ばれない近衛騎士はそれに不満を示すことはない。

 

「既に、番とその部下が行っております。陛下の元に届けるにはもう少し時を要します。今しばらくご容赦を」

 

「許す。この遊興、自らが参加できないことは残念ではあるが、見るだけでも悦である。期待している」

 

「はっ。では私も、陛下の御心に沿うため、この場から失礼致します」

 

「待て。遊興とは言ったが、形としては当然正規の聖杯戦争に戻すことが望まれる。故に神父にこう伝えて来い。先ほどの命令に加え、王族以外が呼んだサーヴァントと、そのマスターを最も殺した者にも、令呪を贈与してはいかがかと」

 

「よろしいので、正当な継承戦争に、そのような」

 

「もとより形が歪み始めている。それを正しい形に戻した者が報われるのは摂理に反することではないだろう。聖杯戦争は継承戦争、多少歪んだとて、間違っても『赤』の連中に勝利をさせるわけにはいかん。ああ、返答はいらんぞ、了承したかどうかはこれからの戦いの動きで判断する」

 

「承りました。では、そのように」

 

近衛騎士は、陰に紛れるように姿を消す。

 

グランバニアはまた酒を一口飲むと、独り言を放つ。

 

「『赤』の陣営、そして、謎のセイバーのサーヴァント。此度の戦い。いよいよ魔族との決着をつけ、聖杯に至るやもしれないな」

 

后妃はその意見に賛同する代わりに、穏かな笑みを浮かべた。

 

******************************

 

俺は次にアレスから、皇子の話を可能な限り聞いていく。

 

第1皇子フィラルド。次世代の皇族の中でも最も年長の男性。

 

皇帝と同じく体は細身でありながら筋肉の鎧をまとっていて、王国最強の剣士という話が有名である。政治的手腕も高く、2年前は無法地帯だったある港町を徹底改革し、城下街と同じほどに治安が良い街へと変革した実勢が民たちにも認められている。継承戦争において、もっとも勝利を望まれている男だ。

 

当然襲い掛かられたら大変だろう。マスターだけで見ても戦闘力は、俺の師匠たるハナムさんお墨付きの実力者なのだ。

 

「ハナムの情報だと、竜の鱗のようなものを触媒にしてたらしい。サーヴァントも並みの奴は来てないだろうな」

 

******************************

 

用意した寝具の上ですやすやと眠る女性を眺め、ひと時の休息を味わうフィラルド。

 

その女性こそバーサーカーであり、聖遺物として古代、この世界にいた竜族マムクートの鱗の化石によって呼んだ自身のサーヴァントである。

 

しかしフィラルドは彼女を使い魔というより、愛でるべき花のような存在として見ている。

 

「ふ……愛い顔だ」

 

寝ている隙をついて、黒のバーサーカーの手の指に1つの指輪をはめる。

 

「待ったぞ。この20年。果たしてこの戦いのためにしてきたあらゆる準備がどこまで通用するか……」

 

今つけた指輪の1つもこの日のために準備したものの1つである。

 

そもそも第1皇子がバーサーカーを呼び寄せたのは偶然ではなく必然である。実は英霊召喚の際には、バーサーカーのクラスのみ意図的に呼び出す方法がある。

 

方法は簡単だ。召喚の詠唱の間に必要な語句を入れるだけ。

 

バーサーカーというクラスは自分のサーヴァントの力が低いことが予期されるときに、狂化のスキルを付与させることで、基礎体力、基礎攻撃力、基礎俊敏力、など、基礎ステータスを上昇させることで、他のサーヴァントと拮抗させる術である。

 

本来は弱いサーヴァントを強くする救済措置に使われる技法である。しかし、弱いサーヴァントにしか使えないかと言われればそうではない。

 

元々強いサーヴァントに使うことで、そのサーヴァントの基礎能力をさらに高めることができる。当然、そのサーヴァントは狂ってしまうので、サーヴァントが持っている繊細な作業を必要とする技能などは使えなくなるので、メリットばかりではない。特に言うことを聞かなくなる恐れもあるので、むしろ、狂化にはデメリットの方が多いとも言える。

 

それでもフィラルドがバーサーカーを選んだのは理由がある。

 

元々フィラルドは聖遺物として竜の鱗を用意した。この聖遺物はほぼ確定でマムクートを呼び出すことができるものである。

 

竜の攻撃は基本、体による攻撃、そしてブレス。どれも本能的な攻撃方法となる。故に狂っていても戦えれば問題ない。むしろ狂化することで能力を底上げした方が強力であると判断した。

 

しかし、自分が思った通りに聖杯戦争を戦っていくには、サーヴァントを制御する方法が必要になる。

 

先ほどバーサーカーにつけたのは、狂化を軽減するための指輪として、15年をかけて発明した魔法道具である。

 

指輪に期待した効果は、バーサーカーにかかっている狂化を軽減すること。サーヴァントにかかっている狂化は聖杯が宿す強力なものであり、解除は不可能である。

 

しかし、軽減することで少しでも自分の言葉を届けることができれば、コミュニケーションの術になる。コミュニケーションをとれれば、自分の思い通りに動かす方法も見つかるというものだ。

 

しかし、実際、発明したこの指輪を使うのは初めてである。その指輪が本当に効果があるかどうかは未知数である。

 

今は寝ているため、起きてから話してみないことには、効力も分からない。さらに言うと、召喚したサーヴァントがフィラルドが想定していた純血のマムクートではなかったことが予想外だった。

 

(見たところ、人間と竜の混血のようだが、果たして、それが良い影響を与えるか、悪い影響を与えるか)

 

フィラルドはぐっすりと眠っている自身のサーヴァントを見つめながら、この先のことを考える。

 

(しばらくは様子見で良いだろう。行うべきは彼女と向き合い、彼女と意思疎通をできるようにすること。自衛をしていれば、向こうから来る敵を相手するだけで戦力は減らせる。問題はバーサーカーの暴走の可能性。過度に敵意を買わないためにはバーサーカーの制御は必須条件だ)

 

フィラルドは自分に宿った令呪を見る。そして、遂に始まった継承戦争に思いをはせた。

 

「……ようやくこの時が来た。後は勝利するだけだ。それで、俺の夢を叶えられる」

 

******************************

 

 

第2皇子クーベル。フィラルドの弟であり、武芸、学術の才能は兄には遠く及ばないものの、魔道を一通り習得し、さらに軍略や策謀を立てることを得意とする。皇子自身も自らを王の才ではなく、兄を支える才能が高いと自負している男だ。ちなみに発明家としても優秀で、彼が発明した魔道二輪車。別名『魔力バイク』、魔道四輪車、別名『魔道車』は馬を扱えない人々の高速移動手段として、民たちに愛されているようだ。

 

「クーベル兄さんには2人の近衛騎士がいる。1人はお前を毛嫌いしているセバスティ、もう1人は、セバスティの妹でメイドの身なりをしたテレシア。どちらもクーベルの自衛力の低さを補う高性能な戦闘力持ちだ」

 

「ああ、そういえば……どうしてセバスさんにそんな恨まれてるのかなぁ」

 

「セバスはプライド高いからな。近衛騎士というのは、選ばれた存在だって」

 

 

******************************

 

「クーベル様、ご報告が」

 

城の中にある第2皇子の部屋の中で、セバスティが口を開く。

 

「どうやら新たに、ルールが追加されそうです」

 

「なんだ?」

 

「『赤』の陣営とイレギュラーなもう1体のサーヴァントを殺せば令呪をもう1画手に入れることができるとか」

 

「……そうか」

 

「なんでもサーヴァントを呼び出した1人は、あの野郎……失礼、アレスの近衛騎士のレンが呼び出したとか。およそ愚かな反逆行為。そちらであれば、私が始末してきますが?」

 

「……セバス。お前は奴を敵視しすぎだ。どうしてそこまでレン近衛兵に殺意を抱いている」

 

「奴が近衛騎士と言う誇り高き役目を汚している弱者であるからです。そんな分際で叛逆を企てる愚か者。もはや生かしておく必要もないと」

 

「お前……いつも冷静なのに。まあいい。俺としてはアレスと奴の本気が伺えるというものだ」

 

クーベルは口元を少し緩ませて、セバスティに自身の見解を話す。目の前には自分の味方の戦力分析とこれからの方針が書かれた紙を広げていた。

 

「自分の近衛騎士を、反逆者の身分に落としてでもマスターにすれば戦力として申し分ない切り札となる。アレスが俺達に勝つために使った手だとするならば、それに乗ったレン近衛兵の忠誠心も見事だと思うがね。もちろん、罪人であることに変わりはないが」

 

「……そうでしょうか」

 

「まあ、お前が気に入らないのも気持ちは理解できる。だが、勝手に殺し行くのだけはやめろよ。今はレンにもサーヴァントがいる。さすがのお前でも、サーヴァントを対策なしに殺すことは至難の技だからな」

 

「……心得ます」

 

セバスティに一通りの注意を終えた後、クーベルは手を叩く。この部屋にいる残りの2人の注意をひくための合図である。

 

ここにいるのはセバスティだけでなく、もう1人の近衛騎士テレシア、そしてサーヴァントアサシンがいる。

 

「これからの方針を伝える」

 

クーベルはこの場に集った3人に話を始めた。

 

「我が婚約者たるミレニアも協力をするとは言っているが、基本は俺達4人で戦う。異存はないな?」

 

反論をする人間はこの場にいなかった。

 

「よし。俺達の方針は情報収集からの暗殺でいく」

 

合いの手を挟むのはテレシア。

 

「それはやはりアサシンを召喚したからでしょうか?」

 

「それもそうだが、何せうちの連中は揃いも揃って武闘派が多い。特に兄を殺すことを考えると、正面戦闘では、遅れをとりかねない」

 

サーヴァントであるアサシンも反論は挟まない。

 

第2皇子クーベルが呼び出したサーヴァントは、生前、密偵だった経歴がある。正面戦闘よりも情報収集や暗殺を得意とする。

 

しかし、クーベルが暗殺という手段をとる理由はサーヴァントの適性のみではなく、自分の適性も考えてのことだった。

 

昔より、体を動かすことは得意ではない。故に魔法を使えるものの、運動能力は王族の中でも最低であることを自負している。おそらく兄弟間で戦い始めた時、一番最初に殺されるのは自分であることも分かっている。

 

体が弱い自分が生き残るには何をすればいいのかを考え、クーベルが出した考えは、頭を使って殺すことだった。いかに戦わずして殺すか。それがクーベルの戦いである。

 

「基本はアサシンを主導に、俺と一緒にテレシアにはアサシンのサポートを行ってもらう。そして万が一、サーヴァントとの戦闘になったときには、セバスティとアサシンで迎え撃つ。フォーメーションは当人で決めてもらって構わない」

 

「了解いたしました」

 

アサシンの体が一瞬震えるものの、マスターの声にしっかりと頷きを返す。

 

アサシンが体を震わせた理由は、クーベルには分かっている。

 

既にクーベルはアサシンの真名に見当がついている。生前、アサシンはある教団に潜入している際に、敵に気づかれ、戦闘になってしまい、結果殺されることになった。

 

アサシンは戦闘能力が低いわけではないのだが、得意ではない。それは本人も最初にマスターに忠告している。

 

そしてクーベルは、次の話を始める。

 

「俺たちの狙いは『赤』の陣営ではない。イレギュラーのサーヴァントでもない。俺達はさっそく『黒』を狙っていく。他の連中が赤を狙っている限り。ただし、表面上は他の連中と同様に『赤』を狙うよう振る舞ってくれ」

 

「味方から騙していくと?」

 

「ああ。それでいい」

 

アサシンは自身のマスターの方針に賛成する。

 

「はい。では情報操作はお任せください」

 

「ああ。頼りにしているぞ。アサシン」

 

クーベルはアサシンと共に自らに宿った令呪を見る。

 

自身が聖杯にかける望みを強く念じる。

 

(俺は必ず聖杯をとる。魔族の技術を欠片も残さず暴き、聖杯の魔力すらも利用して、必ず人類の飛行を可能にする機械を開発してみせよう)

 

これだけは誰にも言っていない秘密。クーベルは王という地位には権力としての興味しかない。自身の我欲のために聖杯の望んでいる)

 

******************************




第3皇子 第4皇子 皇女バージョンは明日投稿します。

また、次の次の話からは、その話の中に出てくる人物については前書きで、毎回、簡潔に紹介をしていくことにしました。あとがきは以前も行った通り、新しく出た情報について簡潔にまとめ、筆者が一言、という感じです。

なので、今後は前書きを長く書くと思いますがご了承ください。よろしくお願いします。




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2-4 黒の陣営(3)

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
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第3皇子ヴァレル。クーベルのさらに弟である。しかし、上2人と比べ特に秀でている才能はない。その上厄介なのは、とても態度が悪く、口も悪い。自分が皇族であることをいいことに、女に手を出すことや、強い立場による下の立場の人間へのひどい嫌がらせは日常茶飯事。皇帝も后妃も唯一頭を抱える大バカ者と言われ、民たちからの指示も最悪である。

 

「アレスはどう思ってんだ?」

 

「俺は……正直どうでもいい人だな。俺のことも何度も殴ったり悪口言ってきたり」

 

「……マジか」

 

ちなみに第3皇子にも近衛騎士はいない。嫌がらせやひどい仕打ちを受けると、近衛になる人間がいないのである。

 

******************************

 

第3皇子のヴァレルはすでに王城を出ていた。己のサーヴァントを引き連れて。

 

「おい。さっさと歩け」

 

ヴァレルにとってサーヴァントはただの使い魔。賭ける義理もなければ温情もない。どうやって使うか、と言う点で隣に連れている女を見る。

 

見た目はまだ15歳程度の少女。魔導書を1冊持っていたことから、キャスターであることは明白なのだが、今も敵地に向かう途中で体が恐怖で震えていることから、まだ戦いに不慣れであることも察することができる。

 

「おい」

 

「はい……?」

 

「何震えてるんだ。今から『赤』の陣営を全員潰しに行ってのに」

 

「その……怖い……です」

 

「は?」

 

ヴァレルは令呪を見せる。

 

「てめえ、何怖がってるんだよ。気に入らねえ」

 

「だって……私一人で、できるはず」

 

「サーヴァントだろうがてめえは! そこらの兵士なんか簡単に殺せるんだろう? 反逆者の『赤』の連中くらい殺せ!」

 

「だって……私、殺しなんて」

 

「めんどくせえな。なら今死ぬか?」

 

令呪をキャスターに見せびらかせる。

 

「俺はお前に銘じて自害させることもできる。俺の機嫌を損ねたら、分かってんだろうな?」

 

「あ……いや……」

 

強制的に自殺させられることも、人を殺させられることもキャスターは恐ろしく感じ、目から自然に涙を流す。

 

ヴァレルは舌打ちし、そして自分のサーヴァントの顔を殴る。

 

キャスターは情けなく、地面に崩れ落ちた。

 

「痛い……」

 

「はぁ? てめえ、自分の立場分かってんのか?」

 

「う……うう」

 

「……くだらねえ。俺は希代の魔導師だって聞いた割には、ただのガキじゃねえか。おい、起きろ!」

 

髪を引っ張り、体を持ち上げる。

 

「あぅ……」

 

「使い魔ごときが、痛がってんじゃねえよ!」

 

「ご、ごめんなさい。だから、殺さないで……」

 

「俺に指図か?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「てめえ、俺の機嫌を損ねるのだけは得意だよな。今日が終わったら、俺の偉大さを体に刻み込んでやる。てめえが二度とそんな生意気な顔をできないようにな」

 

ヴァレルはキャスターを話すと再び歩き出す。

 

キャスターは涙を浮かべながら、横暴な自らのマスターについて行く。痛いのが怖くて言うことを聞くしかなかった。

 

行く先は『赤』の陣営が拠点としていると思われる、旧士官学校跡である。

 

先ほど皇帝の近衛騎士から連絡があり、『赤』の陣営と謎の3人目のセイバーを倒すと令呪がさらに一画贈与されることを知ったヴァレルは、今宵、まとめて始末することで、その権利を得ようとしたのだ。

 

ヴァレルは己に宿った令呪を見る。

 

(俺のことを役立たずと言ってる街の連中を奴隷にして、殺し合いでもさせるか? いや、それじゃあまだ面白くねえな。……俺にふさわしくないこの世界を俺がおもしろい世界に変えてやる。そのために、皆殺しだ)

 

******************************

 

第4皇子リュート。兄としてはアレスに一番近い兄であり、よくアレスや2人の妹の面倒を見ている家族思いの麗人。麗人と言ったのは、いわゆるイケメンな顔立ちと体つきで、白馬に乗っている姿がおそらく一番似合う。家族は、長男、次男がものすごい才能を持っているため、存在感は薄いものの、王としての素養は十分の備えている人物である。

 

「近衛騎士は2人。1人は魔法使いのリリール。もう1人は多彩な武器を使うディーン。リリールはどちらかと言うと世話役という側面が強いから戦闘力はまあまあだが、ディーンの実力はセバスティが認めるほどの腕だ」

 

「近衛騎士、やっぱりこうして聞くと、俺がどれだけ雑魚キャラかよくわかるな」

 

「元々近衛騎士に求められているのは、サーヴァントとまともに戦えるレベルの戦闘力だ。まさか本当に戦えるとは思ってないけど、人間を軽く超えているとは思う」

 

「襲われたらひとたまりもないな……」

 

******************************

 

第4皇子も、皇帝の近衛騎士に特別なルールを聞いてから、城を後にしている。

 

「お体は冷えませんか? マスター?」

 

リュートが呼び出したのはアーチャーのサーヴァント。

 

「大丈夫だよ。心配ありがとう、アーチャー」

 

「夜は冷えます。私はエーテル体なので問題ありませんが、貴方が体調を崩されては」

 

「夜の冷気で狼狽えるような鍛え方はしていないよ。君の足手まといにはならない」

 

「……わかりました。しかし、隊長に異変を感じたら」

 

「アーチャー、僕は大丈夫だよ。嬉しいけれど、少し心配症が過ぎるのも考えものだよ?」

 

「それは、失礼しました」

 

リュートが向かう先は教会だった。

 

それは、妹のミレーユが自身のサーヴァントと愚痴を言い合っていたのをひそかに効いたリュートは、アレスが教会に行ったことを知っている。

 

リュートが最初に戦いに行こうとしているのはアレス、と言うわけではない。リュートはアレスのことをよく知っているからこそ、その近くにレンがいる可能性が高いとふんでいる。

 

「本当にいるでしょうか。先ほどの近衛騎士の話が真実であれば、レンと言う男もサーヴァントを持っています」

 

「ああ。いるとも。あの2人がその程度で結託を解いたりはしない。何せ、アレスが唯一心を許している親友、だからね」

 

「マスターには心を許していないと?」

 

「ああ。アレスはいつも本心を言わない。士官学校で兄に裏切られてから、アレスはずっと私たちを敵視している。自分の本心や悩みを語ることも、喜びを共有しようともしない。他人の話には耳を傾けるし、親身になって話もする。それでも自分の真意だけは頑なに表現しようとしない。見る人から見れば、アレスは嘘で塗れているような存在に見えるだろうさ」

 

「なるほど。それは込み入った話を聞いてしまったようで……」

 

「いや。いいんだ。君ならいい。これからは一蓮托生の関係だからね。与えられるだけの情報は提供させてもらう」

 

リュートとアーチャーの関係は主従と言うほどに堅いものではない。かといって、第1皇女とランサーのように何もかも言い合うような仲でもない。

 

リュートは女性でありながら、歴戦の英雄である彼女に尊敬しているし、またアーチャーも己のマスターは、主だからではなく、その物腰、生き方、聖杯に託す願いを理解し、彼女に敬意を表している。

 

2人とも性格は誠実という一言で表すことができるほどはっきりしているので、相性も

良い部類に入る。

 

「マスター、1つ聞いてよいでしょうか?」

 

「なに?」

 

「マスターが聖杯の託す望みとは? もちろん私からも言います」

 

「……そうだね。君が聞きたいのなら、僕は言うよ」

 

「では、まず私から。私は、聖杯が万能の願望器であると信じ、ある願いを叶えたいのです」

 

「願い?」

 

「過去に戻り、竜の呪いが解かれる時間を早めたいのです。そして、大陸で戦っていた私の子どもに再会したい」

 

「……息子? あれ……」

 

「私には呪いがかけられている。もちろん、その呪いのおかげでかけがえのない出会いができたのは事実。しかし、ある日、私に、大切な過去があると語った男がいたのです」

 

リュートは心臓が痛み始めるのを感じる。急な発作ではなく、胸を徐々に締め付けるような痛みだった。

 

(ぐ……またか)

 

近衛騎士のリリールが、後ろから走っている。彼女は顔をローブと仮面で隠しているので、アーチャーもその素顔を見たことはないが、挨拶は交わしている。

 

「大丈夫だ」

 

「でも……」

 

「リリー。僕は平気だ」

 

近衛騎士の心配を振り切り、自身のサーヴァントを知るため、耳を傾け続ける。アーチャーはマスターの様子が心配にはなったものの、マスターが望んだとおり、大丈夫だという過程で話を進める。

 

「この世界の伝承では、貴方は記憶を取り戻し、無事に再会できたと書かれていたよ?」

 

「……そうですか。そんな世界もあるかもしれません」

 

しかし、アーチャーは悲しそうな顔をする。

 

「もちろん私は死後の存在。今の私は、真名は竜の呪いがある頃の私です。思い出したはずの息子や娘の記憶も封印されている。それにしても、あなたの伝承と私の世界は違うようです。私の世界では、私が記憶を取り脅した時には、息子も娘も既に死んでいました」

 

「え……」

 

「だから、その命を守りたい。私の呪いが解除さえしていれば、迷いなく助けに行ったでしょう。たとえ運命が変わらないとしても、私はこの目で息子や娘に会いたい。故に、邪道と分かっていても、私は聖杯に、過去の私の呪いを解くよう、請い願います」

 

切なる願いだった。リュートは呪いに苛まれる心臓を労わりながら、

 

「ああ、なら、頑張ろう。君の高潔な願いを叶えて見せる。それほどの望みと覚悟を語ってくれたのなら、僕も言わなければね」

 

リュートは己の令呪を見つめながら、聖杯に託す願いを言う。

 

「僕はね――」

 

******************************

 

そして第5皇子は、俺の目の前にいるアレス。

 

近衛騎士は知っての通り、俺の師匠たるハナムさんと、兄弟子のクラウスさん。ハナムさんは弓の名手であり、ゾグンという銘の弓を使う弓矢使いなのだが、他の武器を使っている時も信じられないほど強い。兄弟子のクラウスさんは斧使い、俺も槍を最も得意とするのだが、それでもハナムさんには遠く及ばない。

 

「でもこの2人は、味方だと思っていいな」

 

「いや」

 

アレスは首を振る。

 

「自分の近衛騎士だろう?」

 

「俺は信用していない。どこかで他の王族とつながっているかもしれない」

 

「ええ……師匠くらい信じたいんだけどな……」

 

「やめとけ。聖杯戦争では誰が味方で誰が敵になるか分からない。俺だって自分の目的のためにお前を殺すかもしれないぞ」

 

「やめろよ、さすがに心折れるぞ」

 

「それくらい警戒しろってことだ」

 

そして話は、さらなる参加者の話へ。

 

「警戒っていえば、もしかすると王女様も……」

 

「ああ。まさか姉上も参加しておられるとは……」

 

「アレス。大丈夫か?」

 

「大丈夫だ。今更覚悟を変えるつもりはない。俺は聖杯を勝ち取って、リュエンに許しを請う。そのために、邪魔になる家族は殺すよ」

 

正直、ミレーユ王女の参戦は俺も驚いた。ミレーユ王女と何事もなく話したのはつい先ほどである。ソフィアに美味なお茶を用意すると約束した矢先にこれだ。俺を裏切者と思っても仕方がないだろう。

 

******************************

 

第1皇女と、彼女のサーヴァントである黒のランサーは自室で言い合い中である。

 

「ああああああああああ」

 

「そんな情けない声出すんじゃねえよ」

 

「出したくもなるわよ! 余裕こいて宝具まで使って! それで誰も倒せない! 今日から私たちは、相手に弱点が知られた状態で戦うの。勝てるか!」

 

「安心しろって。俺は強いから」

 

「何が強いよ。なんか乱入してきた変な奴も倒せないし」

 

「ありゃ違うっつの、向こうから来たくせに、時間です、とか言って逃げたんだろうが!」

 

「あららら、言い訳かしら。自分の無能を引き立てる分にはいいわね」

 

「お前王女だろ。もう少しおしとやかな物言いしろよ!」

 

「私の配下に対してどうしておしとやかである必要があるのよ。私は無能サーヴァントに向ける敬意なんてありませーん。これならあなたの父君が出てきてくれた方がよっぽどマシだったかもねー」

 

「てめぇ……後悔させてやるからな。親父なんかより、俺を呼んでよかったって思ったら……そうだな、キスと一緒に謝罪させるからな!」

 

「そんな日は一生来ませーん。頭の中で勝手に考えてなさい」

 

「ぐ……いいぜ。絶対してもらうからな」

 

その展開は子どもの喧嘩のようであり、2人の言い合いをあきれ顔で見る人間がこの部屋にもう2人。

 

「お2人」

 

そのうち1人がその喧嘩に待ったをかける。子供のような喧嘩を見かねた第2王皇女のあきれ顔を見て、第2皇女ソフィアのサーヴァントであるライダーが2人に、口を挟んだのだ。

 

「マスターがあきれ果てています。仮にもお2人は誇り高き地位にある身。どうか、我がマスターに呆れられないような身振りを心がけていただきたい」

 

ソフィアのサーヴァントであるライダーは騎士だ。しかし、その言葉遣い、振る舞いから垣間見えるオーラは強者のそれであり、ミレーユもランサーもその言葉を聞くだけで、素直に言うことを聞き、再び出そうになっていた罵詈雑言を収める。

 

「ライダー。ありがとうございます」

 

「マスターが不快と思われるあらゆる事項に対処するのも、仕える者の仕事ですので。しかし私は戦場を主な生活場所とする武骨者。無礼があればお許しいただきたい」

 

「いいえ。気にしないで。あなたのようなサーヴァントが居てくれるだけで、私は嬉しいです。これからもよろしくお願いしますね?」

 

「騎士として、ありがたきお言葉であります」

 

ソフィアとライダーは主従の関係というにふさわしい。しかしソフィアはライダーを下に見ることはなく、まさに理想の上下関係と言えるだろう。

 

ミレーユは2人の関係を見て、

 

「いいなー、私もあんな風に敬われたーい」

 

と小言を、ランサーに聞こえるように言い放つ。ランサーが再び言い返そうと口を開いたが、

 

「姉様。どうしてそのようなことを言うのですか」

 

ソフィアが少し怒った顔で姉に言い寄り、ミレーユは口を尖らせた。こんな性格だが、ミレーユは年下のきょうだいとリュートが大好きで、向こうに何かショックなことを言われるとへこみやすい。

 

先ほどアレスが叛逆してきたときには、口ではああいったものの、内心アレスとの関係が決裂してしまったことにショックを受けている。

 

「はいはい。分かったわよー」

 

「姉様。わざわざ私たちのために呼び出しに応えてくれたサーヴァント様なのですから、もっと敬意をもって接するべきです」

 

「えー、こいつに敬意?」

 

ランサーをチラッとみたミレーユは、内心『ないわー』と思い失笑する。

 

「おい、お前、今の笑いはなんだよ」

 

苦笑いしながら睨んでくるランサーに、意味深な笑みを返す。

 

「姉様!」

 

「はーい。ごめんなさーい」

 

この場はこれで収まり、それを見越したライダーが再び進言する。

 

「ここから先はどういたしましょう、ミレーユ様」

 

皇女2人は同盟を組んでいる。それは2人が聖杯戦争に参加した理由が共に同じであったからだ。

 

2人の戦う目的は聖杯にない。しかし、戦いには参加する理由はある。

 

継承戦争。次の皇帝が決まるまで、皇族同士でただ1人になるまで殺し合う。

 

それがミレーユにとっても、ソフィアにとっても馬鹿馬鹿しい慣習にしか見えなかった。万能の願望器というものに目がくらみ、これまでの皇族が殺し合ってきた歴史もくだらないものであると思っている。

 

家族、特にリュートやアレス等、この戦争に反対している皇族だけでも生かすために、聖杯戦争に勝ち抜き、聖杯に自壊を命じて、この慣習を終わらせる。

 

皇族の死亡が条件なのは継承戦争であり、聖杯自体はサーヴァントと令呪の全滅で起動できる。

 

故に、皇女2人とサーヴァント2機の協力で戦いを勝ち抜き、聖杯戦争を終わらせることが、皇女2人の最終目標になる。

 

「そうね……私としてはこの馬鹿げた戦争を終わらせるため、サーヴァントを全滅させたいと思ってたけど。なんか今回、召喚されている数多くない?」

 

その言葉を向けたのは、自分の近衛騎士であるローグ。

 

「……『赤』の陣営とは、王族という身分を隠し、交渉するべきかと」

 

「なんでよ」

 

「聖杯戦争を終わらせるという目的は『赤』も望むところでしょう。魔族蔑視の象徴ですから、それを排除できるに越したことはない。もちろんこの方法をとるには、皇族である身分を捨て変装をしていただく必要がありますが」

 

「それは私たちにどんなメリットがあるの?」

 

「少しは考えてください。単純な話です。同盟が成功すれば敵が減る。『赤』全員を相手にするよりは、『黒』だけが相手となるなら、これほど楽なことはない」

 

「そう……」

 

「俺はこの後、『赤』の様子を見てきます。あなた方は、俺の提案に乗るかどうかを考えておいてください。明日になればアンナも戻ってくるでしょう。それまでは、部屋でおとなしくしながら、俺の提案含め、どうするか話し合っておいてください」

 

「……わかったわ」

 

話に出て来た、アンナはソフィアの近衛騎士である。普段はソフィアやミレーユの依頼で情報収集を行うため、外出していることが多い。

 

「姉様。アンナには私から言っておきます。それで、その……」

 

「何か言いたげね」

 

「レン様と同盟は……」

 

「は? 裏切り者よあいつ。罪人。いくら戦争に勝ちたいからって、ちょっと人選危険すぎない?」

 

「でも、私……その……」

 

「ぐ……あなた、まさか」

 

「レン様に、死んでほしくないです。まだ、お茶会もしていないのに」

 

「あなた……あのバカをどうする気なの」

 

「それは――」

 

ソフィアの告白に、ミレーユの嫌な予感が増大していく。ソフィアの我が儘がこの先何かおかしなことになっていかないことを祈るばかりだった。

 

******************************

 




簡単に黒の陣営のおさらいです。

皇帝 后妃 謎の近衛騎士

第1皇子 フィラルド陣営
・黒のバーサーカー

第2皇子 クーベル陣営
・黒のアサシン
・近衛騎士 セバスティ
・近衛騎士 テレシア

第3皇子 ヴァレル陣営
・黒のキャスター

第4皇子 リュート陣営
・黒のアーチャー
・近衛騎士 リリール
・近衛騎士 ディーン

第5皇子 アレス陣営
・黒のセイバー
・近衛騎士 ハナム
・近衛騎士 クラウス

皇女 ミレーユ、ソフィア陣営
・黒のランサー
・黒のライダー
・近衛騎士 ローグ
・近衛騎士 アンナ


前回のあとがきにあった『明日投稿します』とはなんだったのか。
見事にまた遅れました。申し訳ありません。

次回は『赤』の陣営の紹介です。
未だ情報をほとんど明かしていないので、次回で多くの情報を出していきたいと思います。


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2-5 赤の陣営(1)

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!

赤のアサシン 真名 ???
様々な武器と魔法、さらには神官のみが使える杖さえも使い戦う特異的なサーヴァント。自らの腕をサーヴァントの中でも最低ランクと卑下する癖がある。彼が最も得意とするのは戦況分析から相手を殺す方法を考えること。そして相手を殺せる可能性が1%でもあれば、それを確実に実行できることである。
マスター リュエン
魔法と共に生きる魔族の中で、最も力のある伝説上の存在の魔王。彼女はその直系の最後の子孫である。万能の願望器、聖杯を動かすカギとして、数年前アレスとフィラルドの罠に嵌められ監禁されていた。自分をこのように物として扱う王族へ復讐を誓っている。


赤のセイバー 真名 ???  
聖杯戦争には生前の状態で呼ばれている特殊なケースの英霊。戦いの際は速く流麗な剣技を披露する少女。しかし、人を斬ることにはためらいはないが後ろめたさを持ち、時に剣戟に迷いが生じる。普段は遊牧民族の装いに近い軽装をしている。
マスター アルト
聖杯戦争に『赤』の陣営で参加しているリュエンと同年代の男子。『赤』の陣営の至上命題である魔王の守護のために参加はしているものの、本人は第1皇子フィラルドに、ある理由で大きな恨みを持っている。


赤のアーチャー 真名 ???
目つきの悪い英霊。アーチャーを名乗るに十分な腕を持つ女性のサーヴァント。彼女は神器とともに名を刻まれたわけではなく、その技術が認められた反英霊になった。暗闇などの視界が悪い中でも、その腕が全く落ちることがなく、敵を人知れず絶命させることを得意とする。
マスター ロウロ
アルトと幼馴染でいわゆる知的キャラ。クールを気取り、物事に挑むときには冷静に挑もうとしているものの、熱血的なアルトの影響を受けているからか、ここ一番で感情的になってしまう節がある。


赤のランサー 真名 ???
槍と炎を操り高い戦闘能力を示すトップサーヴァント。槍は生前鍛えた技であり、王族でありながら一国の武将を一騎打ちで倒せるほど。炎はサーヴァントになったことで得た宝具の力。これにより遠距離の攻撃も可能になっている。
マスター エイリ
『赤』の陣営の中で最年少の14歳。父ゼルクは帝国士官の1人として、魔族が住む区域の監視を任されている将軍の1人であるが、実際は魔族であり、その娘であるエイリも当然魔族である。この戦争で、魔王を守るため離反を決意した父のために、そして、ずっと前、自分を可愛がってくれたリュエンのため、自らサーヴァントを召喚しマスターになる決意をした。ゼルクは娘の代わりにマスターのような振る舞いをし、娘を可能な限り守ろうとしている。


赤のライダー 真名 ???
竜に乗って槍と斧を振るう女性騎士。誠実さは人一倍あり、サーヴァントとしての在り方には最も順応しやすい性格である。彼女自身に自覚はないが、その誠実さが人を惹きつけることもしばしばあり、生前では、決して友好を結べないと思っていた存在とも友人となり、友和のシンボルとなった。
マスター ハーリヒト
赤のマスター陣営の中でも、ゼルクに続く年長者。魔族と人間の混血であるが故に、互いを敵視している魔族からも人間からも敵視されることに。しかし、本人はそれをさほども気にしたことはない。逆境に燃えるタイプ。リュエンに加担する理由について本人は話さない。



赤のライダーに案内された先にあったのはリュエンにとっても見覚えのある場所だった。

 

「こちらです」

 

「こちらって、士官学校じゃない」

 

かつてリュエン自身もこの学び舎で学び、将来の帝国士官として働くはずだった。

 

しかし今この学び舎は機能していない。この士官学校は2年前に廃止になり、今は新しいものが使われている。学び舎は取り壊されないまま、ここに放置されていた。

 

リュエンは自身がかつて過ごした自分の部屋のある宿泊棟を見る。ところどころ破損はしているようであった。しかし、無事なところも多く、内装の状態によってはまだ住めるところがあるかもしれない。

 

「ここは既に誰も使っていません。しかし、雨を凌ぐには十分であり、少し設備を整えればしばらく拠点にすることも可能ではないかと考えています」

 

「……ここは探されればすぐバレそう」

 

「それはそうですが、魔族の人間が他に雨風凌げるところを探すのは難しく」

 

「そうか……それもそうね」

 

リュエンはこの国の人間の在り方を思い出す。

 

基本的に人間にとって魔族は忌避すべき存在である。帝国が、そしてこの地に暮らしてきた先祖が、そのように教育してきたせいで、この大陸の人間は魔族を見たら殺すべきだというのが基本の思想である。

 

リュエンもリリエラもかつては魔族であることを隠して暮らしていた。とにかく人間のふりをして暮らしていた。

 

「人間の振りをすれば?」

 

「それはできません。さすがに城下街では帝国兵も見回りをしているので、一般人を騙すことができても、彼らに見つかったら騙しきれない可能性があります」

 

「……ごめんなさい、軽率な発言だった」

 

「いいえ、ご指摘はごもっともですから。ではこちらへ」

 

「行く先は、大教室なのかしら?」

 

「はい、そこでマスターがお待ちです」

 

赤のライダーはリュエンを気にかけながら、ゆっくりと歩いていく。

 

リュエンは後ろを歩く自身のサーヴァントを見る。赤のアサシンは周りを見渡して一度ため息をついていた。

 

「どうしたのよ」

 

「……いや、別に」

 

「どう思う、アサシン?」

 

「いいんじゃないか? 君の味方なら、心強いだろう」

 

「あなた、私のサーヴァントでしょ。自分だけでどうにかしようとか、そういう心意気はみせないの?」

 

「何度も言っているだろう。俺は最弱のサーヴァント。俺だけでは戦うだけでは、君の復讐の成功率は低いままだ。仲間はいた方がいいと思うが?」

 

「でも、都合よすぎ」

 

「それは俺も思うが……まあ、その辺りの言い訳は、この先にいる赤の陣営のマスターに訊いてみればいい。何、もしもの時の手は打っておく」

 

「分かった」

 

リュエンは、自身を救出しに来た赤のマスターの存在に疑心暗鬼になりつつも、赤のライダーの後ろを歩いていく。

 

 

 

リュエンの故郷の話。

 

魔族のみが暮らす、大陸唯一の聖地。西にある大森林の中に開拓されたアルゲストという街がリュエンの生まれた地だ。

 

聖地は魔法の障壁に守られ上空からは見つけられないようになっている。さらに森全体に聖地の魔法兵が結界を張ることで、魔族以外が森林で迷うようになっている秘境である。

 

そこでリュエンは10歳まで普通の子供として過ごした。魔王の直系という立場はなく、本当に普通の子供として、学び、遊び、様々な発見をしながら過ごしていた。

 

当然友達もいた。知り合いもいた。家族もいた。そこで過ごすリュエンは、本当に普通の子供だったのだ。レンの昔話で出て来たリリエラとも、リュエンはこの頃からの友達である。

 

では、いかにしてリュエンはこの地を離れることになったか。

 

それはそれほど複雑な事情はない。

 

アルゲストの地に、その日初めて帝国の人間が足を踏み入れた。それは、はるか昔、戦争の際に秘境に戻れなかった魔族と結ばれた人間の子孫であり、秘境の防衛機構を突破さされたのはある意味道理だったと言える。

 

訪れた帝国の使者が、端的にまとめるとこのように言ったのだ。

 

「戦争か、交渉か。皇帝はどちらかを選べとのことだ」

 

戦争は文字通りアルゲストを巻き込んだ戦争である。では交渉とは何か。当時、帝国は魔法に精通している帝国士官の育成が急務となっており、当時の上層部は、壮烈な反対を覚悟で魔族を人間と偽り、士官学校に入学させ、将来的に魔法専門の士官として帝国に迎え入れる計画を立てていたのだ。

 

アルゲストの領主は当然戦争という選択肢を忌避した。魔族とて全員が戦えるわけではない。魔法が使えるだけの一般人も数多く存在し、そのような人間を戦いに巻き込むこと、魔族の最後の秘境であるアルゲストを戦火に巻き込むことを躊躇った。

 

故に、当時の領主は戦争を回避するため、子どもをまず2人、帝国に売り渡した。契約は2人の安全と未来の保証、そしてこの秘境の保護である。

 

帝国側はそれを了承し、2人の子供を連れて行った。それこそがリュエンとリリエラである。

 

別れの際に、彼女らを見送る影の中には、涙を流して再会を望む2人の幼馴染、そして一回り小さな女の子がいたのを、秘境の全員が目にしている。

 

 

 

学び舎の中でも大教室は一段と広く、生徒用の椅子と机が100人分以上用意されている。そこでは特に講義形式の授業をされることが多かった。この部屋のある建物は珍しく煉瓦製で火に特別強い土を原料としている頑丈な部屋だ。

 

扉を開けて中に入ると、中には5人の見知らぬ人間がいた。リュエンは最大の警戒をしながら、少しづつ彼らに近づいていく。

 

一方、リュエンの顔を見た瞬間、まず晴れやかな顔で近づいてくる2人の同年代の少年と少し年下に見える少女が1人。

 

リュエンはその顔触れに見覚えはなく、なぜ彼らが親し気な顔をするのか理解ができなかった。

 

しかし、一方で、敵ではない、という直感も得ていた。それがリュエンの顔をかろうじて普通の顔にとどめている要因だ。この感覚が少しでも消えれば、顔は憎しみで歪み始めるだろう。

 

「リュエン!」

 

最初に、真っ先にリュエンに話かけてきたのは、栗毛色の髪をした、身長が平均的な大人の男性よりやや低めの少年だった。

 

「久しぶり! 良かった。生きてたんだな!」

 

「……?」

 

「なに、照れてんのか?」

 

「いえ、その……誰?」

 

誰、その言葉にショックを受け、3秒フリーズする少年。その間を埋めるべく、彼のすぐ近くにサーヴァントが霊体化を解いて現れる。

 

彼女もまた年が同じくらいの少女だった。

 

「お初にお目にかかります。赤のセイバーです。真名はまたいずれ、主殿の許可を得てからでお許しください、さあ主殿。親しき中にも礼儀ありです」

 

「ああ、まあ、覚えていないんじゃ仕方がないか。俺はアルト。その……昔はリリーと一緒に遊んだ仲なんだ。……やっぱ思い出せないか?」

 

名前を聞いた時、リュエンは何か懐かしさを感じた。しかしそれだけだ。彼との記憶も、思い出もまるで記憶が封じられているかのように出てこない。

 

「ごめんなさい」

 

「いや、いいよ。気にすんな」

 

アルトは後ろを見て、メガネの少年に、

 

「お前も挨拶しておけよ。そうしないと、俺ら不審者だぞ?」

 

と呼びかけ、アルトより少し新調の高い眼鏡の少年もまた口を開く。

 

「久しぶり、リュエン。ロウロだ。赤のアーチャーのマスターで、一応アルトと同じ、君の幼馴染のつもりだ。よろしく」

 

ロウロは握手を求めたがリュエンは手を差し出さなかった。ロウロは少し残念そうな顔をしながらも部屋の隅を見て、

 

「アーチャー、僕らのリーダーだ。君も挨拶しろ」

 

自身のサーヴァントに呼び掛ける。

 

しかし、姿を現さない。

 

「……アーチャー!」

 

ロウロが少し声を張り上げると、何かが発射される音がした。

 

しかし何も見えない。何をされたのか、リュエンには皆目見当がつかない。

 

次の瞬間、矢がリュエンの目の前で止まる。

 

正しくは近くにいたアサシンが手でつかんで止めた。

 

「……マスター、けがは?」

 

アサシンの問いに首を横に振って応えるリュエン。

 

「やるじゃない。良かったわ、彼女のサーヴァントだけでも無能じゃないって分かって」

 

ここにきてようやく姿を現したアーチャー。ロウロは唐突な殺害未遂に怒り心頭。

 

「アーチャー、お前!」

 

「いいじゃない」

 

一方のアーチャーは全く悪びれない。

 

「弱いサーヴァント連れている屑マスターがリーダーなんて認められないもの。まあ、私は勝手にやるけどね」

 

「おい、僕たちは赤のサーヴァントなんだぞ。魔王のために戦うのは当たり前だ」

 

「それはあなたたちの都合でしょ。最低限マスターであるあなたに義理立てはするけど、私のやり方には口出ししないでほしいわ」

 

赤の陣営のアーチャーコンビは、仲が悪そうだとリュエンは印象を受ける。一方自分のサーヴァントを見る。

 

「……ほう、良い矢だ。視認が難しいのも頷ける」

 

自分の願望に少しは真剣に向き合ってくれるアサシンを引き当てた自分は、マシだったかもしれないとリュエンは思った。

 

「あの……」

 

次にリュエンに話かけてきたのは、14歳くらいの少女だった。

 

アルトやロウロはショックを受けるだろう。リュエンの記憶が初めて少し戻ったのは幼馴染ではなく、この少女がきっかけだった。

 

古い記憶、小さかった頃の自分が、さらに小さい少女に魔法でろうそくに火をつける方法を教えていた記憶だった。どこでだったかは思い出せない、いつだったかも詳しく思い出せない。しかし、確かに、記憶は蘇った感覚を得たのだ。

 

「……エイリ……?」

 

そう言えばと、彼女の名前を呼びながら頭を撫でた時に生まれた感情を思い出す。可愛い妹のような存在であった彼女の喜ぶ姿を見て、嬉しかったのをリュエンは思い出した。

 

リュエンの前の少女は嬉しそうに笑う。

 

「お久しぶりです、リュエンお姉ちゃん」

 

案の定というべきか、幼馴染の2人の少年は、待遇の違いに少しショックを受け言葉を失ってしまった。

 

「……そう、その、私の中の貴方に比べて、ずいぶん大きくなったのね……」

 

「はい。何とか今日まで生きてこれました。お姉ちゃんにもう一度会いたくて、ランサーのマスターとして、この場に馳せ参じました」

 

「……もう。ずいぶん大人らしい言葉遣いをするようになって」

 

少し目を細め、黙ったリュエンはその目で、彼女の父親を見る。

 

彼女の話を聞き、2つの疑問をリュエンは持っていた。1つ、なぜこんなにも小さなエイリがマスターとしてこの場にいるのか。

 

その意味は彼女も分かっているはずだ。それは、周りの人間が隠していても、彼女のサーヴァントがそれを話すはず。

 

「おい。そこの男」

 

しかし、リュエンよりも先に口を開いたのはサーヴァント。アサシンはこの場にいる、戦闘用の装束に身を包んでいる最年長の男を睨んでいる。

 

「何故お前がマスターではない。自身の子供を巻き込むとはどうゆう了見だ」

 

アサシンが目を合わせるその男、エイリの父親のゼルクは、一切の躊躇いもなく答える。

 

「マスターの適性は娘の方が高い。それに、何より娘が望んだことだ」

 

「ならば貴様は何のためにそこにいる」

 

「せめてもの親の役目だ。娘を戦わせて、俺だけ家で待つなどできるはずはない」

 

先ほどまで皮肉と自身への嘲笑に満ちた声だった自身のサーヴァントが初めて、別の感情で語り始めた。しかし違和感をリュエンは持たなかった。感情的になっているほうがむしろ自然なふるまいのようにリュエンは感じたのだ。

 

「下らん。貴様は聖杯戦争をなんだと考えている。これはマスター同士の殺し合いだ。貴様は娘を死に追いやった。自身を真正の外道だと知れ。その程度のことで償えるなどと思うな」

 

「ほう、殺ししかやってこなかったアサシンのサーヴァントに、そのように言われるとは心外だ」

 

「俺の評価と貴様の評価は別のものだ」

 

睨み合い、そして今にも殺し合いが始まろうとしている。この場にいる人、リュエンすらも場の雰囲気に鳥肌が立ち始める。

 

「父上、おやめください」

 

しかし、さすがは娘。このような場にも慣れているのか、父を制止した。

 

「赤のアサシン様、これは私が望んだことです。私がリュエンお姉ちゃんを助けたいから、本来マスターになるはずの父に代わって、勝手にサーヴァントを召喚したのです」

 

それは本来おかしな話だ。マスターを選ぶのは基本的に聖杯。マスターにはなりたいからなれるわけではない。もしもその話が本当であれば、彼女が代わったという行為自体に矛盾がある。故に嘘だと断言できる。

 

しかし、それが嘘である場合、聖杯がマスターに選んだのはエイリになる。その場合、そもそも父であるゼルクに非はない。

 

つまり、どちらにしても現に手の甲に令呪を宿しているエイリは聖杯戦争に参加することになったということだ。

 

リュエンにはここでもう1つ疑問が生まれた。

 

「ねえアサシン。睨み合いのところ悪いけど、聞いていい?」

 

「なんだ?」

 

「マスターは聖杯が選ぶのよね?」

 

「ああ、そうだが……そうか」

 

そう、リュエンが解せない点。それは、自分の知り合いが明らかに多すぎることだ。『赤』の陣営のマスターに選ばれるのは7人、そのうち少なくとも3人がマスターに選ばれるなどと、都合がよいことが起こるだろうか。

 

リュエンは、目の前の人間たちを急に警戒する。何か、都合がよすぎるのではないかと。

 

現にサーヴァントが存在することから、マスターであることに嘘はないと判断できる。そうなると疑うべきは、そのパーソナリティーだ。

 

リュエンは、先ほど預かった魔法書にゆっくりと、悟られないように手を伸ばし始める。

 

アサシンは彼女に接近し、いつでも逃げられるように警戒する。そして先ほどの話の続きを口にする。

 

「だとしても、マスターになったとしても。父親のお前は、娘を聖杯戦争から遠ざけるべきだった」

 

「……それは、できない」

 

「なんだと? 貴様、娘がどうなっても……ここで死んでもいいと?」

 

「そういうわけでは……」

 

リュエンの手は確実に魔法書を掴む。

 

それと同時に、

 

「まあまあまあまあまあまあ」

 

と話に割り込んできた一人の青年。

 

「ゼルクさん。あんた、ちゃんと言った方がいいぜ。向こうむっちゃ警戒してる。魔王様もサーヴァントもさ。ここはしっかり、恥ずかしくても話っしゃいましょ」

 

軽装で身軽、高身長の細マッチョボディ。肉体派の男がゼルクとアサシンの間に割って入ってくる。

 

リュエンは先に自己紹介を受けた3人に比べ、割って入ったその男には何も感じなかった。本当に初対面のような気がした。

 

「おいチャラ男、口出すなよ」

 

アルトの批判に、

 

「悪いねクソガキ。すこうし、シーな」

 

と飄々と答える。そして、他の人間の口を挟ませないまま自己紹介を始めた。赤のライダーのげんなりした顔を無視しながら。

 

「俺はハーリヒト。魔族と人間の混血で仕事は傭兵だ。なぜか俺は魔族側のマスターに選ばれちゃって、あれやこれやでここにいる。俺のサーヴァントはライダー。可愛いだろ?」

 

赤のライダーから、

 

「やめてください。なんですか、その砕けた挨拶は!」

 

檄を飛ばされるがそれも無視し、

 

「まあ、俺の話はいいんだ。それよりもこいつらの泣ける話を聞いてやってくれよ。ガキのくせにリュエンを助けたいっていう一心で、君が攫われてから、いつかこの手で取り返すんだって熱くなっちゃって。ずっと己を鍛えに鍛えた。元々伝承では、赤の陣営のマスターになるのは、魔王様に近しい立場の人間らしいからな。リュエンちゃん、クソガキアルトもロウロっちもエイリちゃんも、その日々の功績が認められて、聖杯が彼らを赤の陣営としてふさわしいと認めたわけ」

 

話はリュエンが思っていたよりも、呆気にとられる話だった。

 

つまり、アルトもロウロもエイリも、リュエンを助けるために、聖杯に認められる赤のマスターになろうと必死に特訓して、そしてなってしまったというのだ。

 

「馬鹿げているな……」

 

ため息をつくアサシン。

 

一方でリュエンは、そんな幼馴染3人に罪悪感を持った。それが事実ならば自分のせいで、彼らの人生を狂わせ、挙句の果てに戦場に招いた。そう思えてならなかった。

 

「ハーリ!」

 

ゼルクの彼を制止しようと意図した声も、通じない。

 

「まあ、当然聖杯に選ばれる以上、何かどす黒い欲望は持ってるんだろうけどな。それも含めて、リュエンちゃんに追いつこうとした。そしてつい3週間前、ガキどもに令呪が宿って、サーヴァントが召喚されたわけだ。ああ、俺はたぶん、たまたま選ばれたマスターだ、だから気にしないでくれ」

 

そして今日、リュエンを助けにこの場に来たのも、偶然ではなかった。元々助けようという意思はあったものの、帝都に乗り込むだけの武力がなかった。故に救出はサーヴァントを3体以上召喚してからだという、条件付けがある男からされていたからだった。

 

それを達成した彼らはリュエンを取り返すために、大陸の西から長い時間をかけて城下町に向かっていたのだ。当初は聖杯戦争が始まる前に皇帝を捉え、リュエンの居場所を吐かせるつもりだったものの、到着しようとした夜、すでに聖杯戦争が始まり、リュエンが何者かに追われているのを、上空からライダーが視認、急遽予定を変更して、城下街に乗り込むことになったのだ。

 

「つまり、この場にいる俺以外のマスターは、君を助けに来た本当の仲間ってわけだ」

 

信用するにはまだ裏付けもない話である。

 

しかし、リュエンはそもそも、そのようなもの必要としていない。

 

「ふうん」

 

リュエンの目的は故郷への帰還ではない。自身を理不尽な理由で非道な痛みと恐怖に晒した帝国への復讐である。

 

今の話が本当であれば、リュエンの目の前にいる少年少女は少なくとも利用価値がある。

 

リュエンはそう判断する。しかし、その一方で、利用をためらう自分もいた。

 

目の前の幼馴染たちが本物であれば、自分の都合である復讐に付き合い死んでしまったらそれは自分の責任になる。

 

自分の命を失うことに恐怖はないが、それが他人、特に自分の知っている人間だと急に怖く感じたのだ。

 

――どうするんだ、マスター?――

 

心に謎の方法で語り掛け来るアサシン。

 

リュエンは、すぐに答えを返すことができなかった。

 

「……ライダー」

 

ハーリヒトが自身のサーヴァントを呼ぶ。ライダーの顔が険しくなっていた。

 

「マスター、その顔は……」

 

この場にいる他の人間も気づき始める。

 

リュエンは場の雰囲気がまた急に変わったことに戸惑う。何かあるのかと自身のサーヴァントに訊こうとすると、その答えは、リュエンが言葉にする前に帰ってきた。

 

「マスター。敵だ」

 

「え……なんでここに?」

 

「分からん」

 

リュエンが自身のサーヴァントと話をしている間に、すでに他の人間は動き出す。

 

アルトは短剣を2本持って、エイリとゼルクは自身の槍を持って、その他2人はそのまま、なんの迷いもなく外に出る。赤のサーヴァントもそれを追う。

 

「マスター、君のお友達の覚悟、見に行ったらどうだ?」

 

「え……?」

 

「彼らが君のために修業したというのなら、その成果がここで見られるだろう。君の覚悟に迫れるかどうか、君自身の目で確かめることをお勧めする」

 

リュエンは、その助言に従い、赤のマスターの後を追った。

 




お久しぶりです。

しばらくは赤の陣営の紹介になります。
しかし事情により、赤のキャスターと赤のバーサーカーの紹介はまた今度です。

実はここら辺からの戦いを書くのは楽しみでもあります。
『アルアトールの聖杯戦争』の特異性をそろそろ描写できるではないかと思っているので、お楽しみに!


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2-6 赤の陣営(2)

赤のセイバー 真名 ???  
聖杯戦争には生前の状態で呼ばれている特殊なケースの英霊。戦いの際は速く流麗な剣技を披露する少女。しかし、人を斬ることにはためらいはないが後ろめたさを持ち、時に剣戟に迷いが生じる。普段は遊牧民族の装いに近い軽装をしている。
マスター アルト
聖杯戦争に『赤』の陣営で参加しているリュエンと同年代の男子。『赤』の陣営の至上命題である魔王の守護のために参加はしているものの、本人は第1皇子フィラルドに、ある理由で大きな恨みを持っている。


赤のアーチャー 真名 ???
目つきの悪い英霊。アーチャーを名乗るに十分な腕を持つ女性のサーヴァント。彼女は神器とともに名を刻まれたわけではなく、その技術が認められた反英霊になった。暗闇などの視界が悪い中でも、その腕が全く落ちることがなく、敵を人知れず絶命させることを得意とする。
マスター ロウロ
アルトと幼馴染でいわゆる知的キャラ。クールを気取り、物事に挑むときには冷静に挑もうとしているものの、熱血的なアルトの影響を受けているからか、ここ一番で感情的になってしまう節がある。


赤のランサー 真名 ???
槍と炎を操り高い戦闘能力を示すトップサーヴァント。槍は生前鍛えた技であり、王族でありながら一国の武将を一騎打ちで倒せるほど。炎はサーヴァントになったことで得た宝具の力。これにより遠距離の攻撃も可能になっている。
マスター エイリ
『赤』の陣営の中で最年少の14歳。父ゼルクは帝国士官の1人として、魔族が住む区域の監視を任されている将軍の1人であるが、実際は魔族であり、その娘であるエイリも当然魔族である。この戦争で、魔王を守るため離反した父のために、そして、ずっと前、自分を可愛がってくれたリュエンのため、自らサーヴァントを召喚しマスターになる決意をした。父、ゼルクはそんな娘に可能な限り危険が及ばないように、自らマスターのような振る舞いをしている。


赤のライダー 真名 ???
竜に乗って槍と斧を振るう女性騎士。誠実さは人一倍あり、サーヴァントとしての在り方には最も順応しやすい性格である。彼女自身に自覚はないが、その誠実さが人を惹きつけることもしばしばあり、生前では、決して友好を結べないと思っていた存在とも友人となり、友和のシンボルとなった。
マスター ハーリヒト
赤のマスター陣営の中でも、ゼルクに続く年長者。魔族と人間の混血であるが故に、互いを敵視している魔族からも人間からも敵視されることに。しかし、本人はそれをさほども気にしたことはない。逆境に燃えるタイプ。リュエンに加担する理由について本人は話さない。


黒のキャスター 真名 ???
生前の状態で呼ばれている特殊なサーヴァント。魔法の習得を感覚で行えるほど、魔法使いとしての素質を持つ少女。しかし純粋。あまりにもピュア。人を殺すことなどでとてもできない性格である。しかし、意思は強く、望む未来の為なら戦える。
マスター フィラルド
アルアトール帝国第3皇子。口も悪い、素行も悪い。周りの兄弟に比べ、秀でた才能も地道な努力もない彼は、威張り散らし己を強く見せることでしか、強さを顕示できない。しかし行動力だけは一人前で自分が王族であるというプライドだけは決して譲らない。



「裏門に向かった。君は少し離れたところから見ていると良い」

 

アサシンの助言に従い、リュエンは加勢をするためではなく、戦場になりうる士官学校の裏門から少し離れた場所で足を止めた。

 

既に他の仲間を自称する赤の陣営たちが自らのサーヴァントを連れ、己の武器を構え立っている。

 

「エイリ。お前は裏で、リュエンを見ててやれ」

 

「でも……」

 

「そういう約束だろ。戦いを俺達に任せろ」

 

アルトの忠告を不本意ながらも聞き受け、エイリは後ろに下がる。

 

「……いいねえ、10人くらいか」

 

ハーリヒトの戦況分析に、ゼルクは応えた。

 

「油断するなよ。王都の兵士だ。辺境と練度は比べ物にならないだろう。アルト、ロウロ、ハーリヒト。油断するなよ」

 

返事はない。しかし、反論する者もいない。

 

「マスター、目を閉じろ」

 

アサシンの声が聞こえ、理由を問おうとしたが、そのような状況ではないので、言うことをきいた。

 

「別に血は大丈夫だけど」

 

「そうじゃない。君の魔力感知がどの程度のものかを見たい。目を閉じて、動いている魔力の影響場を感じ取ってみろ」

 

そんな急に言われてできるはずがないでしょう。

 

そんな反論をする前に効果が出た。

 

「13人微弱な魔力。1人はそこそこね。でも、それとつながっている奴がすごい。とんでもない魔力を持ってる。……あれ、後ろからもう1人……」

 

「さすがだマスター。やはり君は本物だよ。サーヴァントである俺の気配感知よりも敏感だ。これからは目に見えるもの以外にも気を配ると良い」

 

「とんだお節介よ」

 

「教えないままで死なれても、こちらが困るのでね」

 

リュエンは今までこのようなことができるとは自分では知らなかった。まるで自分の取り扱い説明書でも持っているかのようなアサシンに今は少し驚かされた。

 

「来る!」

 

仲間を自称する目の前の戦士たちに、襲撃のタイミングを知らせる。

 

その声を疑う者はいなかった。アルトもゼルクも一目散に駆け出し、ハーリヒトとロウロは魔法の詠唱を始める。

 

襲撃。それはリュエンの掛け声直後のことだった。人数は間違えることなく13人。

 

「はあああ!」

 

全員が剣、もしくは槍を持つ一般兵だった。

 

アルトは、自身のサーヴァントと並び、一番槍となって突撃した。

 

アルトに迫ったのはまず2人。鍛えられた剣は夜の微弱な光を光沢として反射し、闇の中に剣閃を生み出した。

 

その剣戟を躱すアルトに槍の刃が迫りくる。左手に持っている短剣で、その刃の軌道を逸らす。

 

「……ぅん?」

 

重い。ただの槍の刺突にしては、威力がありすぎる。練度の差であるかと一瞬思ったものの、刃が少し溶けたところ見て、その考えを改めた。

 

先ほど剣戟を躱された兵士の攻撃が再び来る。

 

しかし、アルトは躱すことなく、槍使いにさらに接近するため、足を踏み出す。それは、自分がその剣戟に対応する必要がないと判断したからだ。

 

彼はマスターである。故にサーヴァントは彼の戦いに力を貸すのは当然だ。

 

赤のセイバーは、黒のセイバーのように魔力を帯びた強力な剣戟はできないものの、それを補って余りある神速の太刀筋を描くことを得意とする。

 

アルトが先ほど槍の突きを逸らした瞬間までに、赤のセイバーは既に2人を葬っていた。迫る剣を2回容易く躱し、1人目の脇腹を容赦なく斬りつけ、さらに追加の剣戟を背中に刻み込み戦闘不能にすると、2人目の剣を自らの太刀で弾き、左腕をその刀で切断した。

 

そしてアルトの危機に駆け付け、アルトを斬りつけようとした、3人目の刀を弾き飛ばす。兵士の解せない顔も無理はない。少女が振るっているのは見た目が如何にも脆弱な細身の片刃刀。とても自らの剣を始めるものではないように見える。

 

アルトは自身のサーヴァントを信じ、身を乗り出した。右に持っているもう一振りの短剣を使い、兵士の胴を斬り裂いた。

 

「あ……ァァァァ!」

 

悲鳴を上げながらもそれだけでは止まらない兵士。本来であれば痛みで動けないはずの傷を負っているはず。アルトは少し違和感を覚える。

 

槍を再び振るって来たその兵士。しかし、アルトには彼に固執することなく、距離を取った。すれ違いざまに兵士に向かった風の魔法が、その兵士を吹き飛ばした。

 

「ナイス、ロウロ!」

 

強力な風魔法を叩き込み、無様に飛んでいく兵士を身ながらアルトは自らの共に勝算のエールを送る。

 

「ぼうっとするな。次来てるぞ!」

 

今度は兵士三人。絶妙な連携で、アルトに迫る。アルトは持っている2振りの短剣を使い、連続攻撃を器用に弾いていく。そして作った隙を見て、赤のセイバーはマスターに斬りかかた3人を、切り捨てていく。

 

アルトは視界の隅で動く兵士を捉えた。

 

それは先ほど赤のセイバーに左腕を奪われたはずの兵士だった。

 

(なんで立てるんだよ……!)

 

その兵士は次弾の魔法の詠唱をしているロウロに襲い掛かる。

 

「ロウ!」

 

普段の呼び方が唐突に出るほどの緊急時代である。ロウロは魔法をその兵士に向けるが、詠唱が長めの魔法を選び発動していたため、発動が間に合わない。

 

「アーチャー!」

 

呼びかけると同時に、頭に猛スピードの矢が刺さり、その勢いで飛び、倒れる兵士。

 

「義理は果たすって言ったわよね。自分のこと気にする前に援護を続けなさいよクズ!」

 

「マスターに向かって……可愛くないな……」

 

と言いながらも、ロウロは自身のサーヴァントを信じ、魔法の詠唱を続ける。援護兵に気を付けながら。

 

兵士たちの中でも援護に徹する3人は魔法がメイン。炎の魔法『エルファイヤー』という大きめの炎球を放つ威力の高い魔法を準備していた。

 

「雷の虎」

 

ハーリヒトが放った魔法は、その兵士たちにとっては驚きだっただろう。魔法のくせに見たこのない類の魔法だ。攻撃魔力を動物へと変化させ、それが自動で自信たちに迫ってくるのだ。

 

魔法を準備していた援護兵は迫ってきた虎に気を取られ援護どころではない。虎は兵士に向かって突撃し、雷の魔力を帯びているその猛獣に触れたら、体が丸ごと焼け焦げていく。

 

ハーリヒトは先ほどロウロを襲った兵士を見て、その存在を評する

 

「魔力で人間を強化してるみたいだが……?」

 

魔力による人間の強化。体に魔力を宿し、自身の肉体的行為を強化することができる魔法。

 

体に負荷はかかるものの、一時的に自身の潜在能力の2倍ほど、能力の向上が期待できる。

 

しかし、この魔力強化。使う魔力がとんでもなく多く、人間、魔族関係なくほんの一握りの人間しか使えない。さらに、自分にかける魔法であり、今回のように他人にかけられるという現象をハーリヒトは初めて見た。さらに同時に10人以上。

 

これほどの大魔力を持っている存在。

 

「キャスターのサーヴァントでも近くにいそうだな……」

 

ハーリヒトは一つの仮説を立てた。

 

ここは戦場、物事を考える場ではない。相手の兵士はハーリヒトの様子を窺い、そして動きが鈍っていそうなところを見極め、斬りかかる。

 

「……なめんなよ?」

 

ハーリヒトは振り下ろされた剣を腕で受け止め、そしてはじき返す。武器同士の激突ではなく肉体に刃を止められた兵士は、驚愕のあまり固まる。

 

その兵士に強烈な顎砕きが見舞われた。

 

「ガキども! 油断するなよぉ! 魔力人間だ。とにかく足を狙え! 動けなくなる」

 

ハーリヒトの宣言よりも前に、それを見極めていたのはゼルク。槍を振るい、4、5人の兵士を同時に相手しながら、なぎ倒し、足の骨を確実に槍の刃で砕いていく。

 

赤の陣営の中でも最も力のあるゼルクは、その経歴にふさわしい獅子奮迅を見せ、赤の陣営の中で最も敵を倒している。

 

「はぁ!」

 

槍による刃砕き、1対多数をものともしない戦技。ゼルクは戦闘技術だけで言えば、この赤の陣営のマスター陣の中ではトップであることに疑いようの余地はない。

 

エイリの護衛のため待機をしていた赤のライダーは自身の出番が必要ない赤の陣営の見事な戦闘を心の中で賞賛する。

 

13人、数で勝っていたはずの兵士はあまりに時間もかからず、赤の陣営のマスターとそのサーヴァントに返り討ちにあい、倒れていった。

 

戦場は一時静まり返り、剣についた汚れをふき取ったアルトがリュエンに、

 

「どうだ。強くなったろ、俺達」

 

と自慢げに宣言する。リュエンにはまだ彼が幼馴染であるという感覚はなく、

 

「……ん?」

 

と首を傾げることしかできない。

 

「……いやあ、そんな都合よく思い出すはずもないか」

 

アルトはため息をつき、再び兵士たちが来た裏門の外を見る。

 

一本道。その道の周りは木々に囲まれている。舗装された地面の上を歩く2人の足音が、戦いの終わりはまだであることを示していた。

 

「リュエン、けがはないか?」

 

ロウロの声に頷いて応えると、赤の陣営の全員は、足音がする方向へと注意を向ける。

 

「何か……嫌な予感が」

 

エイリを庇うように前に立つライダー。嫌な予感は当たっていて、リュエンの魔力感知による感覚では、1人は大した事はなかったが、近くにいるもう1人が凄まじい魔力を持っていた。

 

足音は大きくなっていく。

 

赤のセイバーは剣を正面に構える。そしてアルトも短剣を構える。再び一番槍として突撃する準備を整えた。

 

「なんだ。そろいもそろって」

 

口を開いたのは、赤の陣営ではなく聞こえてきていた足音を立てている主だった。

 

「……早速聖杯戦争らしくなったな」

 

ハーリヒトのこの言葉はマスターの襲撃を意味する。それも赤の陣営が倒すべき、黒のサーヴァントを従えているマスターの襲撃。

 

少し笑みを見せながら、黒のマスターは、フードをかぶり顔を隠していた自身のサーヴァントを前にあるかせ、自身に満ちた顔を見せる。

 

「赤の陣営。マスターがこんなにもいる。ここでお前らを倒せば……俺の勝利が近づくわけだなぁ?」

 

あからさまな挑発に乗る人間は、

 

「なんだと……?」

 

アルト以外いなかった。

 

「当たり前だろ。俺達格式高い黒のマスター。お前らは汚らしい人でなしの屑どもだ。差は初めから見え透いているってもんだろ」

 

黒の陣営のマスター、ヴァレルは胸を張り、相手を見下す目で彼らを見ている。その目は血の色で輝き、それでも足りないと叫んでいるようだった。

 

「アルアトール帝国、その王族はより強い王を後世に残すために、至高の戦いを繰り広げる。それが聖杯戦争だ。歴史の敗北者であり、帝国に抗った罪を雪ぐため、魔族の長を生贄にしてやって成立する大儀式。この俺、第3皇子ヴァレルもまたその参加者だ。聖杯戦争の邪魔者を消すのも、聖杯戦争の関係者として、義務なのでね」

 

侮辱に苛立ちを見せるアルト。剣を構え、前に出ようとしているところを、赤のセイバーが押しとどめる。

 

「相手はただものではありません。主殿。ここでお待ちください」

 

「でも、馬鹿にされたままってのは気に食わない」

 

「いいえ。どうかここで」

 

赤のセイバーが臨戦態勢に入る。それを確認したヴァレルは、

 

「さて、サーヴァント同士の戦いには興味があるなぁ……、キャスター、まず1人目だ。お前の実力をここで見せてやれよ」

 

自らのサーヴァントに命令をする。

 

キャスターはアルトの方を見ているものの、それ以上動きはしなかった。

 

「おい、キャスター」

 

黒のキャスターは首を振る。戦いたくない、という意思表示をしているかのように。

 

「てめえ、俺の命令が聞けないってのか?」

 

今のうちに飛び出そうかと赤のセイバーが足に力を込めた。しかし、動くことはない。その振る舞いが罠であるかもしれないからだ。

 

実際はそんなことはなく、ただキャスターは戦いを好まないだけだったのだが。

 

「……ふざけんなよおい。キャスター!」

 

怒声を張り上げるヴァレル。その声に驚き、黒のキャスターは一歩前に出る。しかし、体が震えていた。

 

「……どうあっても自分じゃいかないつもりか?」

 

手を突き出すヴァレル。

 

「令呪をもって命ずる! キャスター、戦え!」

 

令呪。それは3画、3回分の自分の命令の絶対行使権。令呪と共に乗せられた命令にサーヴァントは逆らうことはできない。多少の抵抗は叶うサーヴァントはいるものの、必ずその命令を受け、その通りにサーヴァントは動くことになる。

 

ヴァレルは、原則補充されることのない貴重な令呪を迷うことなく使い、無理矢理キャスターを動かした。

 

「いや……。 怖いよ……」

 

黒のキャスターは口ではそういうものの、すでに魔法の本を開いている。恐ろしいのは開いただけで、まだ何の魔法を使っていないにも関わらず、魔力の流れが常人にも見えるほどはっきりしていること。

 

「……すごいな、これは」

 

魔族の魔法使いであるロウロはその魔力を敏感に感じ取れる。魔族であるが故にその魔力は常人を遥かに上回っているはずだが、そんな彼も戦慄するほどのサーヴァントが如何にすさまじい存在かを理解できる圧倒的な力の差を感じるほど。

 

「セイバー、ヤバいんじゃ」

 

「……どうかお任せください」

 

「いいのか?」

 

「主殿。私は、この世界に来た時、あらゆる敵から逃げないと決めた身。どうか、私を信じていただけたらうれしいです」

 

「……大丈夫なんだよな?」

 

「はい」

 

赤のセイバーの声を聞き、アルトは後ろに下がった。そしてセイバーは敵をまっすぐ見つめると、剣を構える。

 

「う……あああ」

 

「行け、キャスター!」

 

ヴァレルの命令で使う魔法は魔法によって生成された剣が2つと大剣が1つ。『グルンブレード』と呼ばれる高等魔法であり、魔力によって模られた剣を飛ばし相手を突き刺す魔法である。

 

魔法の発動を確認した時点で、赤のセイバーは走りだす。

 

打ち出される魔法。高密度の魔力の刃。赤のセイバーはそれに臆することなく向かっていく。

 

一撃目、二撃目。魔法が謎の力によってかき消される。

 

対魔力、セイバークラスがクラス補正で持つことになる魔法に対抗する力。これを持つサーヴァントには魔法の力が一定の威力分無効化され、その分威力が減衰する。魔法が効きにくくなるのだ。

 

赤のセイバーには高い対魔力があり、最初に跳んできた刃2つは完全にかき消された。

 

そして3発目、それは大きめの大剣。さすがに無効化は厳しいと悟ったのか、赤のセイバーは剣を振りかぶる。

 

そしてすれ違いざまに、その剣を切り捨てた。魔法に集約していた魔力は、分断により分散し、そのままの形を保てなくなり消えていく。

 

赤のセイバーは相手の魔法をものともせず、

 

「あ……」

 

「はぁ!」

 

黒のキャスターへと至り、渾身の掌打を打ち込んだ。キャスターはその威力で吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

「は?」

 

激闘でもない。圧倒的な結果にヴァレルは自分の置かれた状況をすぐには飲み込めなかった。自分が負けたということを信じられなかった。

 

フードがとれる。涙を浮かべた顔、美しい緑色の髪が露わになる。

 

「あれは……」

 

見ると黒のキャスターと呼ばれていたのは、15歳くらいの少女だったのだ。

 

赤のセイバーは、自分よりも若いだろう、弱弱しい体をした黒のキャスターに少し罪悪感を持ってしまった。

 

本来の聖杯戦争はマスターの殺し合い。赤のセイバーはこの時点ですぐにヴァレルへと迫り、その首を斬らなければならなかった。

 

しかし、赤のセイバーはそうしなかったのは、キャスターをみてのことだっただろう。

 

「あのバカ……!」

 

赤のアーチャーがセイバーの様子を見て、ヴァレルへの止めを行うべく矢を放つが、さすがに唖然としている状態から我に返り、その矢を躱し、矢避けの術を使い対策をする。

 

舌打ちをした赤のアーチャー。

 

ヴァレルは飛んで行った自分のサーヴァントのところに近づく。セイバーも我に戻り追撃を仕掛けようとするが、続けざまに起こる行動に再び驚きのあまり足を止めることになる。

 

「ふざけんなよ……おい!」

 

黒のキャスターを蹴った。すでにダメージを受けているにも関わらず、

 

「これじゃあ……俺が弱いみたいじゃないか!」

 

自身の不名誉をサーヴァントのせいにし、少女のサーヴァントを蹴り続ける。反抗すれば一瞬で殺せるにも関わらず、少女は自身の主の蹴りに堪えていた。

 

サーヴァントは本来において人間よりも優れている。体力面でも技術面でも。故に、サーヴァントの機嫌を損ねればマスターは殺されることだってあり得るのだ。故にマスターが最初に行うべきことはサーヴァントのとの円満な意思疎通ができるようにすることだ。

 

今のヴァレルのような蛮行は本来自殺行為に近い。

 

そもそも、ヴァレルのそれは理不尽な暴力である。キャスターはたとえ15歳くらいの少女であっても相手が多いと思っていたからこそ激突を回避しようとしていた。それを無視しわざわざ特攻をかければ、返り討ちにあうのは至極当然である。

 

それすらも理解せず、サーヴァントがいれば勝てる、などと言う慢心を見せたが故の結果であり、キャスターには何の落ち度もない。

 

「お前!」

 

ヴァレルの理不尽な暴力に憤りを見せるアルト、いてもたってもいられなかったのか短剣を再び手に取り、ヴァレルに突撃する。

 

「アルト! 飛び出すな!」

 

ゼルクの忠告を無視し、アルトはその走りを止めない。さらに暴走しているのはアルトだけではなかった。

 

アルトの突撃を抜き去るように炎の球が通り過ぎる。

 

「行け、アルト!」

 

ロウロまで援護を始めたのだ。馬鹿ガキどもめ、というゼルクの怒りは最もだが、赤のライダーはそれを好印象に受け取っている表情をしているのをリュエンは目にした。

 

炎を何とか防ぐヴァレルだが、すでにアルトが近くに来る。

 

武装をしていないヴァレルはアルトの短剣を生身で受けなければならない。当然それを防ぐ方法はなく、

 

「てめ、……ぁ!」

 

その攻撃を止める手立てはなかった。

 

しかし、ヴァレルには防げなくても。

 

今、突然その中に割り込んだ男には防げる。

 

帝国の騎士の紋章が刻まれた軽装を纏い、黒い剣を持ったその男は、凄まじい速さでヴァレルとアルトの間に割り込むと、アルトの剣を弾き、そしてヴァレルを後ろへ蹴り飛ばした。

 

「が……!」

 

その威力は成人男性のヴァレルを軽々飛ばし意識を奪った。

 

「お前は」

 

さらにアルトに反撃の剣戟を入れ、後退させる。

 

「うちの王族が見苦しいところを見せてしまった。申し訳ない。すぐに連れて帰る」

 

その男を見て、ゼルクは驚きを隠せない。

 

「下がれ! アルト!」

 

「は? なんで。まだあの男を!」

 

「下がれと言っているんだ!」

 

年長者らしい冷静な物言いのゼルクが焦りと怒りの混じった声を出しているのを、アルトは初めて聞いた。アルトは下がりはしないものの、短剣を構え少しずつ後退する。

 

「ゼルクさん、あれは……?」

 

赤のライダーもまた、ゼルクの様子が少しおかしいことを察する。

 

「黒剣のローグ……あの男はまずい」

 

第1皇女の近衛騎士、ローグが唐突に現れたのだ。




今回は久しぶりの戦闘シーンでした。実際書いてみると久しぶりであるからか、なかなか筆が進まず、衰えを感じました。

今回はいかがだったでしょうか。

赤のマスターの魅力はまだまだいっぱいあるつもりなのですが、伏線の入れ方については悩むところです。

サーヴァントは今真名は隠しているつもりですが、少し情報を開示しすぎかなぁ、と最近は思ったりしています。ファイアーエムブレムシリーズを知っている人からすると、この段階で正体が分かっているサーヴァントは何人いるんでしょうか? 気が向いた時に、よろしければ教えていただけると、今後の執筆の参考になります。

次回も、赤の陣営の話が続きます。




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2-7 赤の陣営(3)

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。ファイアーエムブレムのキャラを動かすにあたり、素材を最高に生かそうとした結果、原作とは矛盾が生まれることもありますが、この世界独自のルールとして受け取ってください

これでOKという人はお楽しみください!
ファイアーエムブレムのキャラを使って聖杯戦争をします!

赤のアサシン 真名 ???
様々な武器と魔法、さらには神官のみが使える杖さえも使い戦う特異的なサーヴァント。自らの腕をサーヴァントの中でも最低ランクと卑下する癖がある。
マスター リュエン
魔法と共に生きる魔族の中で、最も力のある伝説上の存在の魔王。彼女はその直系の最後の子孫である。王族へ復讐を誓っている。


赤のセイバー 真名 ???  
聖杯戦争には生前の状態で呼ばれている特殊なケースの英霊。戦いの際は速く流麗な剣技を披露する少女。普段は遊牧民族の装いに近い軽装をしている。
マスター アルト
聖杯戦争に『赤』の陣営で参加しているリュエンと同年代の男子。第1皇子フィラルドに、ある理由で大きな恨みを持っている。


赤のアーチャー 真名 ???
目つきの悪い英霊。アーチャーを名乗るに十分な腕を持つ女性のサーヴァント。彼女は神器とともに名を刻まれたわけではなく、その技術が認められた反英霊になった。
マスター ロウロ
アルトと幼馴染。クールを気取り、物事に挑むときには冷静に挑もうとしているものの、熱血的なアルトの影響を受けているからか、ここ一番で感情的になってしまう節がある。


赤のランサー 真名 ???
槍と炎を操るトップサーヴァント。槍は生前鍛えた技であり、王族でありながら一国の武将を一騎打ちで倒せるほど。炎はサーヴァントになったことで得た宝具の力。これにより遠距離の攻撃も可能になっている。
マスター エイリ
『赤』の陣営の中で最年少の14歳。父ゼルクは帝国士官の1人だが、実際は魔族であり、その娘であるエイリも当然魔族である。魔王を守るため離反を決意した父と自分を可愛がってくれたリュエンのため、自らサーヴァントを召喚しマスターになる決意をした。


赤のライダー 真名 ???
竜に乗って槍と斧を振るう女性騎士。誠実さは人一倍あり、サーヴァントとしての在り方には最も順応しやすい性格である。彼女自身に自覚はないが、その誠実さが人を惹きつけることもしばしばある。
マスター ハーリヒト
赤のマスター陣営の中でも、ゼルクに続く年長者。魔族と人間の混血であるが故に、互いを敵視している魔族からも人間からも敵視されることに。しかし、本人はそれをさほど気にしたことはない。逆境に燃えるタイプ。リュエンに加担する理由について本人は話さない。


黒のキャスター 真名 ???
生前の状態で呼ばれている特殊なサーヴァント。魔法の習得を感覚で行えるほど、魔法使いとしての素質を持つ少女。しかし純粋。あまりにもピュア。人を殺すことなどでとてもできない性格である。しかし、意思は強く、望む未来の為なら戦える。
マスター フィラルド
アルアトール帝国第3皇子。口も悪い、素行も悪い。周りの兄弟に比べ、秀でた才能も地道な努力もない彼は、威張り散らし己を強く見せることでしか、強さを顕示できない。しかし行動力だけは一人前で自分が王族であるというプライドだけは決して譲らない。

ローグ
第1皇女の近衛騎士。黒い剣一本を持ち、鎧すら着ずに戦場へと行くのは自分の戦いの腕を過信しているからか否か。しかし、あらゆる戦場を超えてなお、重傷を一度も負うことなく帰ってきている。



目の前に唐突に現れた男について、ゼルクが語る。

 

「大陸一の剣士は誰か、と問われれば、第1皇子と共に名前に挙がる男だ」

 

「大陸一の剣士……」

 

アルトはそれを聞きニヤリと笑う。

 

「つまり、こいつを倒せば、俺はあの男とも戦える腕になったって言っていいよな?」

 

アルトは剣士だ。魔法を主な武器にする魔族の中では、その在り方は異端だった、もちろん全く魔法を使わないわけではない。剣と魔法を組み合わせる魔法剣士という表現が一番適した戦い方をする。

 

「なら、俺があいつと戦う」

 

アルトは、右に持つ短剣の穂先を向け宣言する。

 

一方で、黒い剣を持つその青年は目の前のアルトの威嚇や挑発ともとれる行為に微塵も興味を示さず、王子の元へと行く。

 

「ヴァレル皇子。助太刀をしよう」

 

「んだ、てめぇ?」

 

「近衛騎士ローグ。第1皇女の近衛騎士だ。偶然お前が襲われていたから助けたが、姫の敵である以上、敬意を向ける必要はないな。……令呪も一画使用、そのうえでサーヴァントはあのザマ。見事な敗北だな」

 

「てめえ、誰に向かってその口を動かしてると思っている……俺は皇子だ。貴様を不敬罪として死刑にしてやることだってできる」

 

「残念だが、近衛騎士の役割は皇子への忠言も仕事の内だ。それは自分の仕える人間だけでなく、皇子や皇女全員に。故に近衛は不敬罪の対象外だ」

 

「は?」

 

「お前、そんなことも知らなかったのか。どうやら皇族の中で最も無知というのは本当らしい」

 

「てめえ、俺に向かって、なんて態度を。絶対に殺す」

 

「だったら、ここで死んでは意味がない。個々は撤退しろ」

 

「うるせえ! あの雑魚をもう一度起こして、戦わせればいいだろ!」

 

「馬鹿め」

 

「なんだと!」

 

「あのキャスターを前衛に出してどうする。あのタイプは前衛ができないのは目に見えている。まずはサーヴァントが何をできるかを分析することが肝要だ」

 

「く……」

 

「まあ、今日は反省して寝ておけ、後で部屋までは連れて行ってやる」

 

ローグは第3皇子に開いた手を向ける。

 

何かの力が発動した。魔法書ではないので、魔法ではないはずだが、一瞬黒い瘴気が放たれたのが見える。

 

ヴァレルは急に黙り、そして地面に崩れ落ちる。

 

「何を……」

 

そしてローグはようやくアルトの方を向く。剣の刃先を向けられているのにようやく気が付くものの、特に警戒することもない。

 

「ちょっとした報復だ。可愛いお嬢さんを理不尽に殴る野郎にはちょっと眠っててもらうだけだ」

 

ローグは剣を構え準備をする。

 

後ろでキャスターが立ち上がった。蹴られたところを抱えつつ立ち上がり、何をしようかとあたふたし始める。

 

「キャスターのお嬢さん。障壁は展開できるかな?」

 

キャスターと呼ばれた少女は頷き、魔法を唱え始める。自分のマスターの周りに、球体型の障壁が展開された。これである程度の攻撃から身を守れる。

 

「よろしい。では、俺が戻るまで耐えるんだ。いいね」

 

「は……はい」

 

ローグはサーヴァントが数多く待機する前にも関わらず、ローグは剣を構え戦闘態勢に入った。

 

これは自殺行為だ。

 

サーヴァントは通常の人間に比べ、はるかに高い戦闘力を持っている。10年訓練を積んだ戦士が相手でも、戦いにすらならないだろう。瞬間的に命を奪われる。

 

それは一般人ならともかく、皇族の近衛騎士ともなれば、必ず知っていなければならない常識と言っていい。自身が仕える皇族が参加する聖杯戦争に関する知識の中では最も基礎的な知識だからだ。

 

「さて、そこの少年。1人で戦うのか? それとも後ろの連中と一緒にやるか?」

 

「当然俺が……!」

 

アルトが飛び出そうとした。それを彼のサーヴァントが制止する。

 

「セイバー?」

 

「ここは私が先行します」

 

「でも、俺がやらなきゃ意味ないだろ。俺の実力を試すにはいい機会だし」

 

「待ってください。あの男は……」

 

倭刀を前に構え、アルトの前へと歩み出る。

 

「何か嫌な予感がします。どうか、せめて私も共に行かせてください」

 

アルトは一瞬断ろうとした。

 

しかし、自分のサーヴァントが真剣な表情で自分に語り掛けているのを見て、少し頭が冷えたような感覚を得た。

 

目的は第1皇子への復讐。であれば1対1で戦う必要はない。サーヴァントとともに協力し、それで相手を殺すに至るのならば、それでいい。

 

剣の道を究めるものとして、1対1で技術を競い合うのは望むところではある。

 

しかし、それは個人で叶えるものであり、決して仲間との戦いの場に持ち込むものではない。

 

「分かった、セイバー。頼む」

 

「はい!」

 

嬉しそうに頷く赤のセイバーは、その笑みをすぐに消し、意識を変えた。

 

赤のセイバー、彼女の中に流れるのは人斬りの血。剣の道を究めるためには人を斬ることを厭わなかった一族、その血を継ぐ彼女には、決定的に不足しているものがある。それは人に刃を向けてはいけないという道徳心。

 

故に彼女は戦える。優しさと剣士としての矜持が両立し得る。

 

アルトと赤のセイバーが己の武器を構えたのを見て、他の赤の陣営の人間も支援の準備を始める。

 

「いいか、アルトとセイバーをまだ失うわけにはいかない。アルトに恨まれようとも、ここで近衛騎士を確実に倒しておくぞ」

 

ゼルクの声に、赤の陣営の魔族たちは遠距離攻撃による支援の準備を行う。

 

そして赤のアーチャーも、相手の頭に矢の照準を合わせる。

 

アルトはそれを気配で感じ取る。

 

本当はフェアではない戦いは好きではないが、今回は拠点が襲われているということもあり、赤の陣営に余裕がない状況。アルトもそれが分かっているため、後ろの仲間たちには何も言わなかった。

 

その代わり、せめて、宣言することにした。

 

「悪いが、俺たちは全員が王族を殺すために来た。全員で行くぜ。お前も運が悪かったと諦めて死んでくれ、近衛騎士。王族の弱体化のために、近衛騎士も標的の一人だからな」

 

「それはそうだろうな」

 

ローグはそれほど驚かない。

 

「この顔ぶれを見る限り、お前達は全員がこの国に恨みがある」

 

「はぁ?」

 

むしろアルトが驚きの声を上げることになる。

 

それほど有名人であるはずがない自分たちをなぜ知っているのか。アルトはそれを問おうとしたが、ローグは赤の陣営をもう一度確認し、

 

「王国に恨みがありそうな活きの良い反逆者候補は、個人的に調べているもんでね。しかし、これだけ揃うと壮観だな」

 

自分が知る人物であると確信した様子を見せたあと、剣を構え、臨戦態勢に入った。

 

アルトだけではない。赤の陣営による、王族への復讐心。

 

リュエンはそれを聞いて少し驚いていた。

 

これはリュエンがそうしたいからそう言っているのではない。確かにリュエンはライダーにはそのようなことを言ったが、ライダーはリュエンの目的を他のマスターたちに言う暇はなかった。リュエンもここまでで赤の陣営のマスターたちに、自分の望みを言ったわけではない。

 

つまり、王族の抹殺。それはリュエンだけでなく、赤の陣営のマスター全員の目標であることを示している。その事実に、リュエンは驚いたのだ。

 

しかし、彼女の驚きに気が付いたのはアサシンのみであり、

 

「行くぞ、セイバー。あの男を突破する!」

 

「はい。主殿!」

 

と、二人でローグに突撃して、戦闘は始まる。

 

アルトは、自分が未熟なことを十分承知している。確実にあの男を倒すために、サーヴァントであるセイバーの力を頼りにすることは決めている。

 

当然赤のセイバーもそれを承知している。最初に斬りかかるアルトに続き、すぐに連携ができるように足を踏み出した。

 

双剣術、アルトは短剣2本による剣技で猛攻を仕掛けるものの、ローグはその斬撃をものともせず、その攻撃が崩れる一手を的確に入れてくる。

 

赤のセイバーがフォローに入る。倭刀による横薙ぎで、アルトへの反撃を許さず、ローグは後ろに跳躍してその横薙ぎを躱した。

 

しかし、遠距離による支援組が、跳躍中を狙い支援の魔法、および矢を撃ち放つ。

 

届かなかった。

 

不可解な現象が起こったのだ。ローグがその攻撃を認識したとき、第3皇子を気絶させたときと同じ黒い風が、支援攻撃と真っ向からぶつかるように放たれる。

 

魔法は風に当たった瞬間消え、矢は弾かれた。

 

しかし、アーチャーは甘くない。正面からの攻撃が防がれるのを見越して、相手の意識の外となる、真上から矢が落ちるように曲射も行っていたのだ。

 

それをローグは見ることなく剣で弾き飛ばした。

 

「うそでしょアレ……」

 

さすがのアーチャーも驚いた様子だった。

 

しかし、矢を弾くために剣を上へと上げた一瞬のその隙を見逃すほど、赤のセイバーは甘くはない。

 

その瞬間、彼女の本気を、マスターであるアルトは見た。

 

全力でも近づくのに三秒かかりそうな距離をたった一瞬で、赤のセイバーは肉薄する。

 

まさに神速の剣。そこからの彼女の怒涛の攻めは、人技とは思えないほどの速度の高速剣舞。

 

確かにその攻撃には魔力が乗ってない。しかし、そんなものは必要ないのだとみているものすべてに思わせる。培ってきた技が赤のセイバーの剣技のすべてだと否応なしに判らせるものだった。

 

確実に、近衛騎士であるローグを追い詰めている。十五の剣戟、その間に、二か所の斬撃の痕がローグに刻まれた。

 

アルトも止まってはいられない、赤のセイバーの邪魔をしないように気を付けつつ距離を詰めた。

 

すでに、ロウロとハーリヒト、そして赤のアーチャーは次弾の準備を完了している。

 

アサシンは感心した様子でその戦いを見ていた。

 

「何サボってるの?」

 

マスターであるリュエンの問いに、アサシンは意味不明な回答をする。

 

「俺が手を出すと帰って場を混乱させるかもしれん。個々は、連携を磨いてきた仲良し連中のお手並みを拝見しようと思ってね。それに」

 

「それに?」

 

「あのローグと言う男、嫌な予感がする。もしものことが起こったら、俺が動かねばならん」

 

嫌な予感とは何か。リュエンには分からない。

 

確かに最初の支援攻撃ははずれ、今はセイバーのサーヴァントと斬りあっている。しかし、状況は見る限り赤のセイバーが有利だ。徐々に相手を追い詰めているのは素人目でも分かるのだ。

 

リュエンはそこで、この状況の異質さに気が付いた。

 

しかし、それはすこし遅かったかもしれない。

 

「せあ!」

 

とどめとばかりに振るった赤のセイバーの一撃を潜り抜け、ローグは赤のセイバーを放置した。

 

「な……!」

 

ローグが向かう先はアルトの方角。

 

アーチャーの弓と、ハーリヒトの放った魔法は、ローグに届くことなく消え去る。

 

「まずはお前だな」

 

サーヴァントの攻撃を潜り抜け、マスターであるアルトにローグが向かう。

 

アルトは右に持つ剣を突き出すが、それはあえなく躱され、相手からの斬撃を左の剣で受け止める。

 

アルトは2本の短剣使い。双剣術は主に防御に長けた剣術で相手の攻撃を、片手に剣を持つよりも多くの角度から受け止められるのが強みである。

 

三連の斬撃を弾き、受け流した後、アルトは剣に炎の魔法を乗せる。炎をジェット噴射させ斬撃の速度を上げる。威力を上げるだけが魔法剣の強みではない。

 

「……くっ……!」

 

5連続のアルトの中で最速の攻撃を、ローグはすべて捌いて見せた。

 

そして一閃。狙いはアルトの剣だった。体への攻撃ばかりに注意をしていたアルトは、右手の剣を弾き飛ばされてしまった。反射でアルトはすぐに後ろへと跳躍し距離を取ろうとする。

 

ローグはそれを逃さまいと、距離を再び詰めようとするが、すぐに赤のセイバーがフォローに入る。

 

ローグの剣が、黒に近い紫の闇を纏う。

 

セイバーの三連撃は一呼吸。瞬きの間に3つの太刀筋を描くと言っていい速さだった。にも拘わらず、ローグのその剣はそれと同等、もしくは、その瞬間だけは赤のセイバーの剣速を凌駕していたかもしれない。

 

結果、赤のセイバーは押し負け、後ずさりをする。その隙をさらについて、セイバーとアルトを抜け、ものすごい速さで、支援を行っているロウロを標的に迫ってくる。

 

ロウロは今度は威力の高い魔法を、そしてアーチャーは再び矢を放つが、ローグが起こす黒い風によってこれまでと同様に防がれた。

 

ここまで見れば、もはやリュエンの疑いは、疑いではなく事実だった。

 

強すぎる。端的に言えばその一言に尽きる。

 

ローグは近衛騎士だ。つまり人間だ。否、たとえ魔族でも、セイバーのサーヴァントと斬り合って無事に済む人間などいていいはずがない。サーヴァントは、人では敵わない絶対的な力を持っているからこそのサーヴァントなのだから。

 

赤のセイバーが弱すぎるというわけではない。今までの動きを見れば、彼女の剣の腕は冗談でも並み程度とは言えないことは明らかだった。

 

赤の陣営全員を相手に、戦いを仕掛け、自身に迫る猛攻をすべて防ぎながら、セイバーを潜り抜けて後方支援者への攻撃へ走る。これがたった一人の、それもサーヴァントではなく人間の行為などと誰が信じられようか。

 

「マスター?」

 

「アサシン……あんなのがいるのね。この世界には」

 

「ああ。おそらく俺一人ではいつか足元掬われる」

 

「何が言いたいの?」

 

「……利用できるものは利用しろ、と言うのが一番いいかな?」

 

アサシンはリュエンにそれだけ、忠告のように言い残した。

 

これまでで分かっていることは、魔法と弓の効果がないということ。黒い風で消されてしまう。

 

そうなるとロウロにローグを止めるすべはない。彼は魔法書使いであり、戦う術は魔法しか持っていない。

 

「ロウロ!」

 

ゼルクが叫ぶ。ハーリヒトもロウロを救おうとするが、もはや間に合わない。

 

黒い剣が迫る。

 

ロウロは目を閉じた。

 

「アサシン!」

 

唐突に声が響いた。それは魔王の後継者の声。そして、そのサーヴァントの迎撃を命じた声だった。

 

ロウロの目の前にアサシンが、双剣を持って立ちはだかった。

 

「……!」

 

ローグと赤のアサシンの激突。二十数回の剣戟の後、アサシンは相手を蹴り飛ばす。

 

サーヴァントの攻撃だからか、その衝撃はあまりに容赦がなく、一気に50mほどの距離を吹き飛んだ。

 

ローグはそれを受けてなお、特に痛がる様子も見せず、立ち上がる。

 

「く……アサシンかあれ?」

 

ローグは一言呟いた。

 

「リュエン、ありがと」

 

死にかけだったロウロからの礼に、一番驚いていたのはリュエンだった。

 

「え、私?」

 

無我夢中で、実は助けようと意識をしての行動ではなかったのだ。本当はまだ仲間と認めたわけではなかったつもりだったが、いざ目の前で人が死ぬとなると黙っては見ていられなかったのだろう。

 

リュエンの中に残る良心のかけらが、彼女の体を勝手に動かしたのだ。故に、今、この状況に一番驚いているのは、当の本人だ。

 

アルトと赤のセイバーも体勢を立て直し、継戦の構えを見せる。しかし、

 

「ある程度赤の陣営の情報はつかめた。今日はここまでだな」

 

ローグはそう言って剣を鞘に収める。

 

「お前、なんのつもりだ!」

 

「赤のセイバーのマスターくん。君程度の実力では1皇子は殺せない」

 

「何……!」

 

「近衛騎士として俺はあの方を見てきた。あれは傑物だ。生半可な覚悟で挑まないよう気を付けることだ」

 

一度あくびをして完全に戦意を収めたローグは、キャスターの少女を立ち上がらせ、第3皇子を担ぎ上げる。

 

それを見て追撃をしようとするアルトをセイバーが制止する。そして後ろを見るように誘導する。

 

ロウロが尻餅をつき、過呼吸気味になっているのが目に入る。

 

「主殿。これ以上はロウロ殿が……。一度、落ち着く時間が必要です。それに、あれほどの男ならば、逃げようと思えばすぐに逃げられたでしょう。それだけの速さと技を持っているように見受けられます。これ以上の深追いは、誰かが犠牲になる可能性も高い。そうなればロウロ殿が狙われる」

 

「く……」

 

「今は、守りに徹しましょう」

 

自分のサーヴァントの忠言に素直にアルトは従った。

 

それを見たローグは、少し笑みを浮かべ、

 

「いい判断だ。血迷いやすい性格を良く抑えたな少年。安心しろ、いずれ黒と赤が決着をつける時が来る。その時にまた相手になってやるさ」

 

それだけアルトに言うと、今度は赤の陣営全員に聞こえるよう声を張った。

 

「我らアルアトールの近衛騎士は、対サーヴァント戦を想定して特殊な訓練を受けた帝国最強の騎士10人。この聖杯戦争。黒の陣営と戦うのなら、マスターとサーヴァントだけがお前らの敵、というわけではないことを良く知っておくことだ」

 

それだけ言うと、ローグは後ろを向き、王宮への帰り道を歩き出す。

 

結果的に言えば、赤の陣営は今日の寝床になる拠点を守り切ったことにはなるが、敵となる帝国の強さの一端を見せられたような感覚に、アルトとロウロは言葉を失う。

 

その中でリュエンは一つの疑問をぶつけた。

 

「私たちを取り逃がすつもり? 王国の近衛騎士が、手ぶらで帰るの?」

 

まさしくこれは挑発と受け取れる言葉だった。しかし、リュエンにとっては単なる疑問だった。

 

幸運にも、ローグは後者として、その言葉を受け取り、真摯に答えた。

 

「皇子の命乞いの代わりさ。情報を提供した。代わりに今日は、この馬鹿皇子とキャスターを見逃してくれ。さすがに呼ばれてすぐにキャスターのお嬢さんがいたぶられて死ぬのは見たくなかった。まあ、このクソ皇子は死んでも良かったんだが、令呪がある以上は見捨てるわけにもいかないんでね」

 

それ以上は何も言わず、夜の闇と同化して消えていった。

 

戦いはここで終わった。

 

 

 

ハーリヒトがリュエンに馴れ馴れしく近づく。

 

「さっきはサポートありがとう。リュエン」

 

「別に、それより、ここにいる人みんなここの帝国に恨みがあるって本当?」

 

「あ、ああ……、それはまあ、本当なんだが……」

 

ハーリヒトは周りを見渡すが、ゼルクとロウロはアルトと赤のセイバーの体の傷を確認していて、赤のセイバーは、赤のアサシンと何か話こんでいる。ライダーは引き続き、エイリの警護と周囲の警戒に意識を向けていた。

 

「まあ、今は詳しい話ができる状況じゃないな。ちなみに俺の理由は秘密だ」

 

「ふーん。でも、帝国と戦う気があるのは本当なのよね?」

 

「ああ。連中と同じ聖杯戦争っていう舞台に立てば、奴らも俺らを無視できない。皇族とやり合うチャンスも生まれるってもんだ」

 

彼らの過去に、リュエンは興味を持ったわけではない。

 

しかし、使えるとは思った。自分の復讐のために、この、自分の仲間と自称するこの魔族たちを。サーヴァントを。

 

(利用できるものは利用しろね……)

 

アサシンの先ほどの言葉を思い出す。

 

今の攻防を見て、皇族殺しが凄まじい難易度を誇ることを理解した。

 

難易度が上がったと理解したならば、それ相応の準備をしなければならないのは世の常だ。それくらいはリュエンも理解している。

 

故に、ハーリヒトに、こう伝えた。

 

「私はまだ、あなた達は仲間とは認めない。けど、本気で帝国と戦うつもりなら、利用させてもらうわ」

 

 彼にそれを伝えると、

 

「ああ、いいとも。ジャンジャン利用してくれ。俺達はそのためにここに来たんだからな」

 

と、利用されるのを歓迎する。

 

(なんでそんなさわやかに……)

 

目の前の男の真意は分からず、リュエンは口をへの字にして、機嫌を悪くした。

 




赤の陣営の紹介を含めた、赤の陣営最初のエピソードはここまでで一区切りです。

次回は、再び主人公サイドに戻り、いよいよ、レンの聖杯戦争が始まります。(予定)


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