淡-Awai- あっちが変 (いうえおかきく)
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淡 -Awai- あっちが変
流れ一本場:淡、なぜか宇宙に行く?


 その日、大星淡が通う南日ヶ窪中学では、一学期の期末試験最終日を迎えていた。

 南日ヶ窪中学は、三学期制で、このテストが終われば夏休みが待っている。

 しかし、この日の試験科目は理科と数学。理数科目が大の苦手だった淡にとっては、地獄でしかなかった。

 一時限目は理科のテスト。

 三択や四択等、鉛筆を転がす問題すら無い。名前を書いたところまでは良かったが、そこから先は、枠の中の白い空間が殆ど埋まらないのだ。

 0点にはならないと思うが、今は、ただ苦痛でしかない。

 いたずらに時間だけが過ぎて行く。そして、とうとう終了のチャイムが全校舎に鳴り響いた。

「キーンコーンカーンコーン…。」

 この音は、苦しみの時から開放される合図である。

 しかし、それと同時に空欄だらけの答案用紙を、そのままの状態でフィックスする強制信号でもあるのだ。ホッとするかたわら、とてつもない恐怖を感じる。

 後ろの席から順次自分の答案用紙を重ねて前の席に回して行く。回答用紙の回収だ。

 勿論、淡の列も例外ではない。

 そして、後から回ってきた解答用紙の上に淡が自分の答案用紙を乗せようとしたその瞬間、一番上に置かれた答案用紙の全ての解答欄が、見事に数字や記号で埋め尽くされているのが、彼女の目に飛び込んできた。

「(ど…どうして、こんなのが分かんのよ?)」

 淡は、他の答案用紙が気になり二枚目をめくってみた。すると、そこにも隅から隅までぎっしりと解答欄が埋め尽くされた紙が存在していた。

 信じられない顔で三枚目、四枚目をめくった。しかし、そこにある紙は、どれもこれも全ての解答欄が見事に埋め尽くされていた。

 しかも、そこにある紙に書かれている内容は、どれもこれも殆ど同じであった。

 これが何を意味するか、淡には痛いほど分かっていた。

「結構簡単だったね。」

 何処からとも無く恐ろしい台詞が聞こえてきた。これには、淡も焦りの表情が隠し切れなかった。

 別に皆が出来なければ焦りはしない。赤信号も皆で渡れば怖くないからだ。

 勿論、淡は、そうなることを期待していた。

 しかし、目の前にあるものも周りの反応も、それを完全に裏切るものであった。

「(もしかして、赤信号を渡るのって、私一人?)」

 とさえ思えてきた。多分、それが現実だろう。

 淡は顔面蒼白、頭の中は、すっかり真っ白になってしまった。

 次第に気が遠退いて行った。しかし、そんな彼女の心境など構わずに、前の席に座っている女生徒が、淡のほうを振り返って言葉を投げ付けた。

「どうかしたの? 早く回して!」

 この言葉に、淡は気を取り戻した。そして、何気に自分の答案を一番下にして前の席に回した。

 そして、十分間の休み時間。

 もはや何も考えられない。

 次の科目は数学だ。

 教科書やノートを見ておさらいするが、何も頭に入らない。ショックで頭が回らないのだ。加えて、もともと頭が拒否する科目なのだから尚更だ。

 

 チャイムが鳴った。

 問題と答案用紙が配られる。

 やっぱり名前以外は、ろくに何も書けない。

 周りからはカリカリと答案用紙を埋めてゆく音が聞こえてくる。皆にとっては、間違いなくテストの時間だ。

 しかし、淡にとっては、ただ、いたずらに時間が過ぎてゆくだけ…。

 0点だけは免れると思うが…、やはり祈るのは、皆で赤信号を渡ること。

 そして、チャイムの音。

 みんなの答案用紙は埋め尽くされ、ほぼ白紙に近いのは自分一人。

「こっちも結構簡単だったね。」

「楽勝楽勝!」

 あちこちから嫌な言葉が聞こえてきた。

 何気に自分の答案を一番下にして前の席にまわす。さっきと同じ。まるで、デジャブーを見ているようだ。

 皆が試験を終えて教室を飛び出してゆく。

 一方、淡は、

「…。」

 何も言葉が出ない。

 

 そう言えば、今日から部活が再開される。

 中学では、淡は、卓球部に入っていた。麻雀部員ではなかった。

 しかし、別に淡は、レギュラーになったわけでもないし、ここの卓球部は弱小だし、サボる人も多いし…。

 強い愛着のある部ではなかった。

 結局、この日は部活に出ないで家に帰ることにした。正直なところ、今は、誰とも顔を合わせたくないのだ。

 肝心の麻雀のほうだが、昨年の卓球部の夏合宿で先輩達に教えられ、それから興味を持つようになった。

 しかし、この時点での淡の麻雀の実力は、これと言って大したことはなかった。麻雀部に鞍替えしても、麻雀部員達には到底勝てないだろう。

 

 帰る途中、

「淡ちゃん、元気ないけど、どうしたの?」

 近所の子供に声をかけられた。ドイツ人と日本人のハーフで、名前がニーナ・ヴェントハイム。年は淡の二つ下。

「なんでもない。」

「今度、また、麻雀やろうね。」

「うん。」

 ニーナとは、たまに麻雀をやる。去年の夏に、淡が先輩に教えられてすぐに、淡がニーナに教えていた。

 ただ、どっちも激弱でイイ勝負だ。

 

 淡が、無言のまま家に入った。

「(気を取り直そう。)」

 そして、淡は、制服を部屋に脱ぎ捨て、着替えを持って下着姿のまま風呂に向かった。

 風呂は沸いていない。しかし、別に湯船につかるわけではない。思い切りシャワーを浴びた。これで、少しは落ち着くような気がする。

 気持ちイイ。

 風呂場を出ると、身体をタオルで拭き、持ってきた部屋着を着た。そして、気持ちが切り替わったのか、鼻歌を歌いながら淡は部屋に戻ろうとした。

 片手には、少しだけ砂糖で甘くした麦茶を入れたステンレス製のマイボトル。

 しかし、自分の部屋のドアを開けて入ったつもりが、何故か、そこには見知らぬ空間が広がっていた。

「あれ? ここ、どこ?」

 長い通路。片面は壁。もう片面は窓。

 まるで、学校か何かの建物の中のようだった。

 ただ、窓の外には、真っ黒な闇の中に、キラキラ光る宝石を沢山ぶちまけたような神秘的な空間が延々と広がっていた。

 上も横も…そして下も、真っ暗な空間と輝く星々しか見えない。つまり、地上がない。

 理数系科目が苦手な淡にも、ここが地球ではなく、宇宙空間の真只中に位置していることが容易に想像ついた。

 ただ、何故自分がここにいるのかは分からない。あるのは、いつの間にか自分がここにいると言う事実だけであった。

「なに、これ?」

 少なくとも、自分の部屋ではない。

 近くに、地球に似た惑星の姿が見える。ただ、地球ではない。大陸の形が違う。

「コツコツ…。」

 誰かの足音が聞こえてきた。このままでは見つかってしまう。

 淡は、少し離れたところに小部屋があるのを見つけた。そして、慌てて、その小部屋に飛び込んだ。

 足音がどんどん大きくなっていった。

「(そのまま、どこかにいって~。)」

 淡は、必死にそう願った。

 勝手に入って見つかったら怒られる。その程度の認識だったが…。しかし、その足音は無常にも部屋の中に入ってきた。

「お前は誰だ。」

 女性っぽい声。

 ただ、その声には感情がなかった。無機的な合成音のように思えた。

 淡が見上げると、そこには二脚歩行の人型ロボットの姿があった。銃を構え、その銃口は淡のほうに向けられていた。

 ただ、不思議なことに、そのロボットの言葉は、何故か直接頭の中に響いてきた。

「星によって言語が違うため、直接脳に語りかけている。繰り返す。お前は誰だ。」

 まさか、ロボットがテレパシーを使うとは…。しかし、下手をすれば淡は銃で撃たれ、一瞬でお空のお星様になることだけは間違いない。

 泣きそうな顔で淡は答えた。

「大星…淡…。」

「大星淡。お前の所属は何処だ?」

「所属って言っても…。」

「お前が所属している団体だ。」

「団体って言っても…、南日ヶ窪中学2年1組…。」

「南日ヶ窪? 聞かない名称だな。それで、何処の星だ?」

「星って…地球だけど…。」

「それも聞かない名称だな。メンドーク星と関係はあるのか?」

「なに、それ?」

 淡は、そんな星は知らない。それより、淡には、

「ふざけた名前の星!」

 くらいにしか思えなかった。

 テレパシーなので、嘘をつくとバレる。淡が、メンドーク星を本当に知らないことは、そのロボットもすぐに理解したようだ。

「それと、何故、この宇宙船にいる? 我々シャラク星の輸送船と知ってのことか?」

 やはり、宇宙船の中だった。

 地球上ではないことが、これで確定した。もしやと思っていても、確定するのとしないのではショックが違う。

「宇宙船って?」

「無人宇宙船だ。全てがメインコンピューターの指示によって動いている。もう一度聞く。何故、この宇宙船にいる?」

「何故って、私が聞きたいもん! 家の部屋のドアを開けたら、突然ここにいて。こっちだって早く家に帰りたいもん。」

 これも、嘘をついていない。

 そのロボットは、これが淡の本心であることを理解していた。

「ワームホールを抜けて来たようだな。我々に害をなさないものであることが立証されれば、このまま生かしておくが…。」

 丁度この時だった。

「ドカン!」

 と激しい音が鳴り響くと共に、突然、直下型地震のように宇宙船の機体が上下に激しく揺れた。

 鳴り響く警告音。

「これは、敵の攻撃か?」

 そのロボットが、この宇宙船のメインコンピューターにアクセスを開始した。

 数秒後、そのロボットは状況を全て把握した。

「どうやら、ミサイル攻撃を受けた。」

「ちょっと、どういうこと?」

「メンドーク星宇宙戦闘機の攻撃のようだ。さらにミサイルを打ち放っている。」

 後方斜め上方から淡達の方に向けて撃ち放たれてくる何発ものミサイルの姿を、この宇宙船のレーダーが捕らえていた。

 勿論、そんなことは淡には分からないことだが…。

 そのミサイル群は、猛スピードで淡の乗る宇宙船に接近してきた。

 宇宙でのトラブル。SFでありがちな宇宙での戦闘。21世紀初頭に地球で生きていたら、まず実体験できないであろう。

 何故か、淡は、その最中に身を置いているらしい。

 しかし、この宇宙船は戦闘用ではない。せいぜい自己防衛程度にしか働かないレーザー砲が幾つか装備されているだけであった。

 メインコンピューターの指示で、宇宙船はミサイル群に向けてレーザーを放ち、応戦したが、敵の撃ち込んでくるミサイルの数は半端ではなかった。

 結局、撃ち落とせなかったミサイル数発の直撃を受け、宇宙船は操縦不能になった。

 今日は厄日だ。

 いや、大殺界だ、天中殺だ。

「(きっと、神隠しって、こうやって起こるんだね。きっと、みんなは私がテストの点数が悪くて、ショックで家出したとか思うんだろうな。)」

 今、淡にできること。それは、死を覚悟することだけだった。

 さらに一発、追い討ちをかけるように敵のミサイルが命中した。

 激しく揺れる宇宙船。

 この衝撃で淡は気を失った。

 

 淡を乗せた宇宙船は、煙を上げて回転しながら近くの惑星に向かって猛スピードで突っ込んで行った。

 普通なら、この宇宙船は、このまま爆発するであろう。しかし、

「ハ…ニャ……。」

 どこからか声が聞こえてきた。すると、どう言うわけか、その宇宙船から吹き上げる炎が納まった。良く分からないが、これで爆発は回避された。

 この声は、淡の乗る宇宙船を攻撃した宇宙戦闘機の女性操縦者にも聞こえていた。

「なんか言った?」

「いえ、別に?」

 後部座席にいた女性が答えた。

 その女性操縦者が、後を追いかけようと操縦桿を握る手に力を入れた。すると、後部座席の女性が身を乗り出してきた。

「追うのはよして。」

「なんで?」

「あの星、なんて星だか知ってる?」

「いいえ…。でも、水と緑があって、私達の領土にするには丁度良い条件が揃ってそうじゃない?」

「あの星は、ブラックリストの星よ。」

「ブラックリスト?」

「そう。聞いたことがあるでしょ。私達メンドーク星調査隊が幾度と無く調査に向かったものの、誰も帰還できなかった恐怖の惑星のことを。」

「まさか…、あれがシンキク星?」

 操縦者の額から頬にかけて、一筋の冷や汗が流れた。彼女等にとって、シンキク星は、ブラックホール並みに近づいてはならない星とされていた。

「そう。たかだか2ページしかないブラックリストだけど、そのトップに記載されている謎の惑星…。」

「…。」

「たった一度だけ、調査隊から着陸直後に連絡が入ったけど、その内容が、訳の分からない生物に殺される。それだけだったそうね。」

「聞いたことある。大気圏突入と同時に連絡が途絶えた者もいるとか…。」

「そうね。それで、そんな恐ろしい生物が居るのならと、核ミサイルを数千発撃ち込んだこともあったんだけど、何故か撃ち込んだはずのミサイル全部が、発射した宇宙船団の後方に突然瞬間移動して現れてきて…。」

「マ…マジですか?」

「信じられないけど本当らしい。結局、その宇宙船団は、自ら撃ち込んだはずの核ミサイルにやられて全滅したんだって。今では、私達の女王も、シンキク星侵攻を禁忌事項とさえされているって。」

 彼女達の故郷メンドーク星は、この世における森羅万象の全てを掌握すると自負する程に優れた科学力を誇る超先進惑星であった。

 しかし、そんな彼女達でさえ忌み嫌う正体の掴めない『いわく付き』の星があった。

 その星に向かって、淡達の宇宙船は惰性のままに突き進んで行った。

 炎が消えたとは言え、機体そのものは手負いになったまま。このままでは危険だ。

 そして、大気圏に突入して、機体が空気摩擦で一気に燃え上がろうとした、まさにその瞬間であった。

「ハンニャー!」

 どこからとも無く、とてつもなく大きな声が辺り一面に響き渡った。

 すると、何故か淡達を乗せた宇宙船が、突然煌々と輝き出し、破損した機体がビデオの逆再生を見ているかのように見る見るうちに修復されて行った。

 そして、まるで何かに引っ張られているかのように、超高速で大陸に向けて突き進んで行った。

 この時、この宇宙船のメインコンピューターは、何故かダウンしていた。

 コンピューターで全てがコントロールされていたこの宇宙船は、現在、誰にも操縦されていない。

 これは、もはや宇宙船ではない。ただの金属の塊が惰性で飛んでいるだけだ。

 コンピューターでコントロールされているロボット兵士も、もう動かない。動かす側が機能していないのだから当然だろう。

 高度五百メートル程に差し掛かった時、徐々に減速が掛かり、そのまま、ゆっくりと地上に着陸した。まさに神憑りとしか言いようがない。

 この宇宙船は何者かの意思に従って誘導されている。そんな感じであった。

 

 



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流れ二本場:淡、未知との遭遇を果たす

 暫らくして、

「あれ?」

 淡が目を覚ました。

 何故か宇宙船の外……陸の上にいた。

「ここ、どこ?」

 知らない場所に来た不安はあった。とは言え、ここは春のように暖かく、淡は心地よさを感じていた。

 周りには背の低い草が一面に生えており、花が咲いている。その光景…草原が、延々と何処までも続いている感じだ。

 近くには綺麗な川が、遠くのほうには山が見える。

 こんな自然いっぱいの風景を見るのは初めてだ。

「結構、ここ、イイかも!」

 空気が美味しい。

 それに、ここにいれば理数系のテストを受ける必要もない。現実逃避するには都合が良さそうだ。

 マイボトルは…手に持っている。

 頬をつねると痛みがある。一応、生きている。

 50メートルほど離れたところに宇宙船があった。多分、淡は、さっきまでこれに乗っていたのだろう。

 宇宙船のすぐ近くに、淡が宇宙船内で遭遇したロボットが、まるで不法投棄された粗大ゴミのように横たわっていた。いまだに起動していないのだろう。まるで、死体のように動かない。

 宇宙船も、コンピューターが停止したままなのだろう。飛び立つ気配は無い。

 良く分からないけど、宇宙で攻撃を受けながらも無事にこの星に着陸していたようだ。ただ、どうやって淡が宇宙船から降りていたのかは分からないが…。

 ここは、恐らく宇宙船の中から見えた惑星だ。ならば、ここは地球ではない。

 もう地球には戻れないのか?

 だとすると、神隠しは確定か…。

 「まあイイか…」

 と言うより、

 「もうイイか…」

 と淡は思った。地球に戻るのは諦めざるを得ない。

 

 ふと、淡の視界に、訳の分からない生物が入りこんできた。

「えっ?」

 その生物は、体長三十センチくらいで太い胴体に短い手足。大きな卵に顔を描き、それに手足をくっつけたような姿をしていた。

 手はゴム手袋の親指の部分だけを切って取り付けた感じで指は無い。

 足は、4~5センチ程度と短く、太い円錐の先端を丸く削ったようなものを二つ、卵の下にくっつけたような感じだった。

 しかも二脚歩行。

 その生物の頭の上には、針金のように太い毛が一本生えていた。その毛は、クルッと一巻きしており、その先には、直径5センチくらいの球体がついていた。

 まるで、チョウチンアンコウを元にデザインしたマスコットキャラクターのぬいぐるみでも見ているようにも思えた。

 また、その生物の顔は、波打ってにやけた目に締りの無い口と、ギャグっぽさがにじみ出ていた。

 二脚歩行をしているので知的生命体である可能性が高いのだが、その顔からは少なくとも知性の欠片も感じられなかった。

 普通の生物は、別種の生物を警戒して身を隠しながら様子を窺うものである。しかし、その生物は、堂々と淡のほうに近付いてきた。

 そして、あと一メートルと言うところで立ち止まり、じっと彼女を見詰めた。

 淡が、警戒しながら中腰になって、その生物の顔を覗き込んだ。

「なんなの? この生物?」

 すると、その生物が口を開いた。

「ハンニャー!」

「ハンニャって言うの?」

「ハンニャー!」

 そう言いながら、その生物は大きく頷いていた。

 ハンニャ(?)は、後ろを振り向くと、遠くの方を指差した。

「ハンニャー!」

「ど…どうかしたのかしら?」

 ハンニャが、淡のほうを振り返り、そのまま彼(?)の後方を力強く指差した。

「ハンニャー。ハンニャー!」

「こっちに来いって言ってるの?」

 すると、ハンニャが大きく頷いた。

「ハンニャー!」

「行ってみるとしますか。ここに居ても何も分からないしね。それじゃあ、案内して、ハンニャ。」

「ハンニャー!」

 ハンニャは、再び大きく頷くと、指差していた方に向かって走り出した。

「ちょっと待って!」

 淡が、慌てて後を付けて走り出した。しかし、ハンニャは見た目の割に足が速く、なかなか追い付けなかった。

 そして、移動すること数十分、淡は、もはや完全に息があがっていた。

「ゼエ…ゼエ……。ジョッドバッテ(ちょっと待って)…。もう、うごげだーい(動けなーい)。」

 彼女は、既にフラフラと蛇行していた。本当に、もう、これ以上は走れない。

 急にハンニャが立ち止まった。それも、感性の法則を完全に無視して全速力から減速無しに一気にピタッと止まったのである。

 淡は、余りに突然のことに反応できず、そのままハンニャの方へと突き進んで行った。そして、ハンニャの後頭部につまずいて、その場に顔から倒れ込んだ。

 この時、ハンニャの毛先の玉がうっすらと輝いた。

「いったー…くない?」

 何故か、淡は怪我をしていなかったし、痛みもなかった。あれだけ豪快に倒れたら、普通は、どこかしら怪我をしている。

 気を失う前と比べて随分運がイイ。淡は、そう思っていた。

 

 淡の前には、太さ二十センチ、長さ一メートルくらいの丸太が二本倒れていた。

 ハンニャが、淡とは全く別の方を向いて、両手を大きく振りまわしながら何かを呼んでいるかのように大きな声を出した。

「ハンニャー! ハンニャー!」

 すると、木や岩や草の影から、ハンニャと同じような生物が四匹飛び出してきた。

 そのうち二匹は、両手に二十センチくらいの棒を一本ずつ持っていた。

 その二匹は、丸太の前に座り込むと一定のリズムを刻みながら、その丸太を棒で叩き始めた。原始的とは言え、明らかに音楽を楽しむ文化を持っているようだ。

 また、別の一匹が丸太を叩く二匹からちょっと離れたところで、太めの枝切れに、細い枝切れを当てて、キリで穴をあけるように強くこすり付けた。すると、瞬く間に火がつき、そこに枯れた小枝をくべていった。

 方法は原始的だが、間違い無く、この生物達は火を使うことを知っている。

 残りの一匹が大きなトレーを両手で持ちながら淡のほうに近づいてきた。

「ウルウル…。」

 その生物は、異様に大きくて潤んだ目をしていた。頭には二本の触手が生えており、その触手でトレーに乗せた木彫りのカップを取ると、それを淡に差し出してきた。

「ウルウル…。」

「く…くれるの?」

「ウルウル。」

 その生物が、軽く頷いた。

 淡がカップを受け取った。

 カップの中に入った液体からは、微かにアルコールの匂いがした。彼らは、発酵技術も持っていた。

「ゴメン。私、未成年だから…。」

 すると、その生物は、淡の意図することを理解したのか、そのカップを別のカップを交換してくれた。

 今度は、アルコール臭はしない。ただのジュースだ。

 とは言え、この星で取れる果実のジュースだろう。ちょっと怖い。

 淡は、恐る恐る、それを口にした。

「美味しい!」

 そのまま、淡は一気にそのジュースを飲み干した。

 その一方では、ハンニャがY字の枝を二本地面に刺し、大きな魚を長い枝で串刺しにしてY字の枝の上に置き、その下に火のついた枝をくべていった。魚を焼こうと言うのだ。

「凄い。この子達、立派な文明社会を持っているんだ。完全に知的生命体じゃん!」

 地球では、地球外生命体探しに躍起になっているところ、淡は、良く分からないが未知との遭遇を達成していた。

 それも、一応知的生命体だ。

 

 それから数時間が過ぎた。

 何時の間にか日が沈み、ハンニャ達の灯した火が煌々と辺りを照らしていた。

 スモッグで汚れた東京とは違い、空には今にも落ちてきそうなくらい大きな星がいくつも光っていた。

 淡は、初めて見るその大自然の美に感動していた。

「なんか、ハンニャ達に会えて気が紛れたみたい。感謝しなくちゃだね。でも、私があげられるものって…。」

 ふと、淡はマイボトルに視線を向けた。

「これくらいしかないよね。」

 淡がハンニャのカップにマイボトルに入った砂糖入り麦茶を、

「ハンニャ。ありがとう。」

 ハンニャのカップに注いだ。

 どうやら、ハンニャは、その麦茶が気に入ったようだ。カップに注いだ分を一瞬で飲み干してしまった。そして、

「ハンニャー。ハンニャー!」

 おかわりをねだっているみたいだ。

 淡は、マイボトルをハンニャに渡した。

 すると、ハンニャは、その中に入った麦茶を全部カップの中に注ぎいれた。

 空になったはずのマイボトル。

 しかし、ハンニャが蓋を閉めて再び開けると、何故か空のはずのボトルから再び麦茶が出てきた。

 これをハンニャは、仲間達に分け与えた。

「(えっ? どう言うこと?)」

 そして、再び空になったはずのボトルの蓋をハンニャが閉めて、再び開けると、何故か空のはずのボトルから再び麦茶が出てきた。

 それが、数回繰り返された。

「ハンニャ、すっごーい!」

 まるで、手品を見ているようだ。淡は、本気で感動していた。

 突然、淡の頭の中に男性の声が聞こえてきた。

 宇宙船の中でロボットが脳内に話しかけてきた時と似ている。テレパシーだ。

「大星淡さん。美味しい飲み物をありがとうございます。」

「えっ? 誰?」

「テレパシーで通信しています。私は、貴方の目の前にいる者です。」

「目の前って…。まさか?」

「そのまさかです。私は、ハンニャ。この『緑の星』の首相をしています。」

「緑の星?」

「メンドーク星人はシンキク星と呼んでいるようですが、我々は、この星を『緑の星』と名付けています。丁度、地球とは銀河系の中心を挟んで反対側に位置しています。我々の母星は、アンドロメダ銀河にある『白の星』。そこから、一部の者達が、ここに移住してきました。」

 淡は、その声質とハンニャのしまりの無い顔のギャップが大き過ぎて、思考回路が一瞬凍結してしまった。

 しかも、よりによって首相である。いくらなんでも冗談にしか思えなかった。

「淡さん。どうかしましたか?」

「い…いえ…。でも、アンドロメダから来たって、すっごい遠いんでしょ?」

「地球の単位ですと、200万光年ちょっとですかね。」

「それを移住って…。」

「我々は、瞬間移動の技術を持っていますので、10分もかからずに行けますよ。」

「へっ?」

 さすがに、淡には信じがたいことだった。

 ただ、その前に、淡は幾つか聞きたいことがあった。

 メンドーク星の攻撃を受けて炎上したはずの宇宙船の機体から火が消えたり、無事にこの星に着陸できていたり、宇宙船からいつの間にか出ていたり、これらは、ハンニャ達の仕業なのだろうか?

「ねえ、ハンニャ。ちょっと聞いてもイイかな?」

「何でしょう?」

「まず…ええと、どうして私の名前を知ってるの?」

「地球に飛んだ調査員から聞きました。」

 ちょっと待て。こんな姿をした奴らが地球にいる?

 目立って直ぐに発見されそうだが…。

「あと、私は、どうしてここにいるの? 宇宙船が爆発してもおかしくなかったのに。」

「それは、私の超能力で何とかしました。」

「超能力?」

「さっき、貴女のボトルが空になったのに、蓋を閉めて再び開けたら飲料が出てきたのを見たでしょう。」

「うん。」

「あれも超能力によるものです。あの飲料が、まだボトルの中にあると念じたら、実際にそうなったのです。」

「へー。便利。」

「それでですね。大変申し訳ないのですが、貴女が自分の部屋に入ろうとしたら宇宙船内にいたのも、私達の仕業です。」

「えっ? 何でそんなことを?」

「貴女をこの星に連れてくるためと、もう一つは、宇宙戦争が実在することを知っていただくためです。実は、貴女に手伝ってもらいたいことがあるんです。勿論、代償は支払います。我々の科学力か、もしくは私の超能力で達成可能なことでしたら、何でも願いを叶えます。」

「うーん…。」

 淡の願いは、一つではない。幾つかある。一つには絞りきれない。しかし、それを全て叶えてもらうことは忍びない。

 そうは思いながらも、淡は、

「叶えてほしいことは幾つかあるんだけど…。」

 と、ついつい口に出してしまった。別に意地汚いわけではない。単に根が正直なだけだ。

 しかし、ハンニャは、

「幾つでもイイですよ。」

 と快く答えた。

「ただ、先に私達が御願いしたいことを言っておきます。宇宙の平和のために、共に働いて欲しいのです。」

 条件付きだが…。

 このぬいぐるみのような見てくれで宇宙平和を唱えても、他の星の知的生命体からはナメられるだけ。

 やはり、見た目は大事である。そのことをハンニャ達は良く分かっていた。

 それで、どこかの星の人間に、白の星の代表者(女王とか姫)役として立ってもらい、自分達は、それを後から操る立場になろうとした。

 宇宙戦争は怖い。しかし、ハンニャ達と一緒にいて、別に淡は嫌な気分にはならない。むしろ、面白そう。

 それに、いくつでも願い事が叶えられるならラッキーと短絡的に考えていた部分もある。

「じゃあ、先ずは高校にちゃんと合格できること!」

「それなら簡単です。」

「本当!」

「朝飯前です。」

「じゃあ、御願い。それと、麻雀が強くなりたい。」

「麻雀ですか。地球のゲームですね。例えば、どんな風に強くなりたいですか?」

「自分だけ手牌が良くて、他家は全員、五から六向聴。意図的にダブリーがかけられるとイイな。それで、終盤…最後の角の前あたりで暗槓すると、それが槓裏に乗って…。その角を越えたら和了れるの。終盤まで待つのは、そのほうが、他の人達が悩みながら打ち回す姿を見て楽しめるし…。」

 結構、性格の悪い願い事だ。

「それと、私、胸が小さいから、能力のエネルギーが補給されると胸が大きくなっちゃう…、なんちゃって。」

 これは、淡としては冗談だった。胸は大きくしてもらいたいのは本音だが、エネルギー補給に比例するのは普通無い。

 しかし、冗談は相手を見て言わないと、いけない。後々大変な目に遭う。本気にされて、取り返しのつかなくなることもあるのだ。

 そもそも、大きさが変わると言うことは、その日その時に合う各サイズの衣類を予め揃えておく必要がある。

 それに、

「昨日と今日で、大きさが違うじゃん! なんで?」

 と他人から突っ込まれた時に、いちいち説明するのも面倒だ。

 だが、もう遅かった。

「分かりました。これらは、我々の科学力を使うまでもありません。」

 ハンニャの毛先に着いた玉が煌々と輝き出した。そして、大きな声で、

「ハンニャー!」

 と叫んだ。

 この直後、すぐに玉の輝きがおさまった。どうやら、超能力を使う時に、この玉が輝くようだ。

 だとすると、淡が転んだ時にも玉がうっすら輝いていたが、ハンニャが超能力を使って淡に怪我をさせなかったのだろう。

「これで、麻雀に対する能力と胸の件は叶えました。」

 ハンニャのテレパシーが、淡にそう伝えてきた。

 しかし、淡自身は、この時、身体に何らかの変化が起きているようには思えなかった。別に胸が大きくなったわけでもないし。

 麻雀の能力についても、実際に麻雀を打たないことには、変化の有無は分からないだろう。

 その変化を、淡は地球に戻ってから知ることになる。



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流れ三本場:淡、与えられた力を証明する

 淡には、まだハンニャに聞きたいことがあった。

「それと、どうして私が選ばれたの? 他にも沢山人間がいるのに。」

 選択基準は何なのか?

 それは、それで気になる。

「何のことはありません。私の独断で決めました。好みと言うか、趣味と言うか…。まあ、強いて言うなら、私が見た目で直感的にイイと思った。それだけです。」

 淡としては、好みと言われて嫌な気はしないが、まるっきり別種の生物である。美的感覚も全然違うだろう。

 正直、少々複雑な心境だった。

 恐らく、ハンニャとしては、我々人類がイヌや猫を見て可愛いと思うのと大差ない感情なのかもしれないが…。

「それでは、これから白の星に行きます。高校合格のため、我々の科学力で淡さんの頭の回転を少々速くさせていただきます。」

 この時、淡の視界に入っていたのは、『真っ暗な空に輝く多数の星々』と『果てしなく延々と続く地面』であった。

 前にも後にも右にも左にも建物も何もない自然いっぱいの風景だ。

 突然、淡とハンニャがいる10メートル四方の地面が、下がり始めた。その部分が、巨大なエレベーターになっていたのだ。

 地下には人工的な明かりが煌々と灯っている。

 もしかして、ここが、ハンニャ達の地下都市か?

 そして、地下50メートルくらいまで降りたところに、全長30メートルくらいの宇宙船が、ところ狭しと置かれていた。

「(この宇宙船に乗るのかな?)」

 と、淡は思った。

 しかし、ハンニャは、その宇宙船の横を通り過ぎて、その遥か後方にある壁のドアを開けた。

「淡さん。こっちです。」

 ハンニャに連れられて、淡は、そのドアを通り過ぎた。

 すると、何故かドアの向こうには、大都会を思わせる街並みが広がっていた。ハンニャ達と似たような姿をした生命体が沢山歩いている。彼等の街だ。

 空には、太陽のようなオレンジ色の恒星が輝いている。昼だ。緑の星は、さっきまでは夜だったはずなのに…。

 広大な土地の地下50メートルに位置するところに、何故、このような風景が広がっているのか?

 しかも、100メートルくらい先には、200メートルはあると思われる超高層ビルが建っている。地下に降りる前には、こんなものは無かった。ただ、地面が延々と広がっていただけだ。

 どこか、おかしい。

 さっきまでの風景から考えて、矛盾しないか?

 すると、ハンニャが、

「ここが白の星です。」

 と言った。

 緑の星から220万光年離れた白の星が、ドア一枚挟んだところにあるって?

 さすがに、突っ込みどころだ。

「えっ? だって、ドアを通り過ぎただけでしょ?」

「淡さんが、シャラク星の輸送船に迷い込んだ時と同じですよ。このドアが220光年先の空間と繋がっているのです。」

「はあ…。」

 たしかに別の空間に出たのなら、この光景も理解できる。

 しかし、220光年もの距離をドア1枚隔てただけで移動できることが信じられない。

 さすがに淡も頭を抱えた。

「あのビル…の向こうにある小さな建物に、文部科学大臣のサンムーンがいます。彼の力を借ります。」

 たしかに、少し小さ目のビルがある。4階建てだ。

 しかし、ハンニャが入っていったのは、そのさらに隣にある平屋の小さな家だった。床面積は、全部でせいぜい8坪くらいだ。

 どこかの飲み屋みたいだ。

 淡も、ハンニャの後を追って、その小屋の中に入っていった。

 そこには、ハンニャと似たような背格好をした生命体がいた。

 彼は、とても気難しそうな目をしていた。彼の頭には、ハンニャの頭に生えている球の付いた毛と同じようなものが二本生えており、額には三日月模様がついていた。

「彼がサンムーンです。」

「よ…よろしく。大星淡です。」

 淡がサンムーンに会釈した。

 ただ、大臣が小屋にいる?

 そう言えば、ハンニャは首相だ。それで、こんなんだ。

 質素に暮らす大臣が居てもイイだろう。

「はじめまして。サンムーンです。話は、ハンニャからテレパシーで聞いております。早速ですが、これを被ってください。」

 サンムーンもテレパシーを使えるようだ。淡の脳内に直接話しかけてくる。

 彼が、部屋の隅に置いてあったヘルメットを淡に渡した。

 若干抵抗はあったが、別に埃で汚れているわけでもないし、

「まあ、イイか。」

 と、淡は、言われたとおり、そのヘルメットを被った。

 すると、

「ギュイーン…。」

 電子機器が起動するような音が聞こえてきた。そして、その音は、10秒ほどで消えた。

「外してください。」

 サンムーンにそう言われ、淡はヘルメットを外した。

「では、大星さん。この紙に書いてある問題を解いてみてください。」

 淡は、サンムーンからA3サイズの紙を二枚受け取った。

 その片方に書かれてあったもの…。それは、今日学校で受けた数学のテストだった。もう一枚は答案用紙。

 ただ、頭が拒否らない。いつもと感覚が違う。

 内容が分かる。これなら解ける!

「嘘でしょ? 私、今まで、こんなものが分からなかったの? 授業で聞いたやつとか教科書に書いてあったやつとか、そのまま出てるジャン。」

 淡は、そのまま数学のテストを20分くらいで解き終えた。

「大星さんの偏差値を、一先ず全科目63くらいに設定しました。」

「じゃあ、数学も理科も25も底上げしてくれたってこと?」

 と言うことは、元のレベルは…。言わないでおこう。

「まあ、そうですね…。」

「それに、他の科目も10ちょっと上がってるってことだね。でも、すごーい。こんなヘルメットをつけただけで頭が良くなっちゃうなんて!」

「いいえ。頭の出来は変わってませんよ。」

「えっ? さすがにそれは、嘘っぽいけど。」

「本当です。元々あった能力を少し引き出しただけです。ついでに理科のテストも受けてみますか?」

 サンムーンは、何故か、今日受けた理科のテストも持っていた。

 淡は、それを受け取った。

「やっぱり、今なら答えが分かる。どうして、今まで分からなかったんだろう?」

 そして、こっちも20分ちょっとで全ての解答を書き終えた。

「でも、いまさら解けても遅いよね。」

「そんなことありませんよ。では、ハンニャ。御願いします。」

 ハンニャは、サンムーンから淡の二枚の答案用紙を右手で受け取ると、毛先の玉を煌々と輝かせた。

 すると、ハンニャが持っていた答案用紙が消えて、いつの間にか、別の二枚の紙を淡が左手で持っていた。

 さっき淡が解答を書いた答案用紙と、テスト中に淡が書いた答案用紙を、ハンニャが超能力で差し替えたのだ。

 と言うことは、テストの点も、まともな点に差し替えられるはず。

「一先ず、これで淡さんの願いは叶えました。今日は、これでお帰りください。必要が生じた時に、私からテレパシーで連絡します。」

 そう言うと、ハンニャが、この小屋(?)のドアを開けた。淡が、そのドアを通ると、その先にあったのは、何故か淡にとって見慣れたところ…自分の部屋だった。

「では、また。」

 ハンニャがドアを閉めた。

 既に、そこは夜になっていた。

 時計を見ると午後8時。

 右手にはマイボトル、左手には数学と理科の答案用紙がある。自分がテスト中に書いた奴だ。

 問題用紙は、かばんの中にもある。どうでもイイと思って、適当にかばんの中に入れたものだ。グシャグシャになっている。

 かばんから問題用紙を取り出して見直してみたが、やっぱり解答できる。

 それに、そもそも、この解答用紙がここにあると言うことは、さっきまでのことは夢ではない。現実にあったことの証明だ。

「淡。起きてる?」

「(もしかしてハンニャ?)」

 部屋のドアが開いた。

 ただ、淡の期待を裏切り、ドアの向こうにいたのはハンニャではなく、母親だった。

「寝てたみたいだけど、もう、とっくに夕飯できてるわよ。」

「うん。食べる。」

 淡は、部屋を出てリビング・ダイニングに向かった。

 この時、淡は、これから起こる悲劇(喜劇?)を、まだ知らなかった。

 

 翌朝、

「(息苦しい。)」

 淡は、呼吸がし難くて目を覚ました。それに何故か胸の辺りが重苦しい。

「(なんだろう?)」

 ただ、別に何かが乗っかっているわけではない。

 淡が上体を起こした。

「あれ?」

 胸の辺りが窮屈だ。

 それでボタンを外そうとしたが、いつもと感覚が違う。

 淡は自分の胸に手を当てた。

「なに、これ?」

 急にサイズアップしていた。

 そう言えば、昨日、

『それと、私、胸が小さいから、能力のエネルギーが補給されると胸が大きくなっちゃう…、なんちゃって。』

 たしかに、淡はハンニャにこんなことを言った。

 胸を大きくして欲しいとは思ったが、半分冗談だった。それが、寝て起きたら鉄板が見事な双丘に変わっている。これは、周りの人達に説明するのがメンドクサイ。

 それに、能力補給で大きくなるのなら、大きさは可変式だ。日によって色々とサイズが違う可能性がある。

 すると、淡の頭の中にハンニャの声が聞こえてきた。

「心配要りません。周りの人には、淡さんが、そう言う体質だと認識するよう、既に記憶を操作させていただいておりますから。衣類のほうも、クロゼットの中に幾つか揃えてあります。」

 記憶操作もできるのか…。恐ろしい。

 淡がクロゼットを開けると、確かに服が増えていた。ぬかりがないと言うか、至れり尽くせりだ。助かると同時に申し訳ない。

 今日は、学校は休みだ。しかし、朝九時から一応部活がある。

 淡は、朝食をとり、身支度をすると学校へと向かった。

 とは言え、淡の所属する南日ヶ窪中学卓球部は、弱小だし、そんなに力を入れて練習しているわけでもなかった。

 そもそも、顧問が来ていない。

 部活と言うよりも、殆ど大学のサークルみたいな状態だ。

 淡は、急に変わった自分の身体を見て、誰かが何か言ってくるのではないかとヒヤヒヤしていた。しかし、みんな、淡を見ても普通の顔をしていた。

 ハンニャの言うとおり、一部大きさが変わっても、それが淡の体質と言うことで受け入れられていた。

 特に不思議がられてもいない。普通は有り得ない体質だと思うが…。

 

「大星。面子が一人足りないんだけど、いいか?」

 卓球部なのに、練習時間なのに、何故かレギュラー落ちが確定した先輩達から麻雀の誘いがくる。

「いいですよ!」

 淡は、早速ハンニャにもらった力を試してみたく、その誘いに乗った。

 何故か部室には麻雀卓があった。それも、麻雀部から御下がりでもらった自動卓だ。積み込みはできない。

 

 場決めがされた。淡は北家でスタートだった。

 東一局。

「(能力発動。絶対安全圏。)」

 先輩達の嫌そうな顔。

 配牌が悪いのが顔に出ていた。

 一方、淡の配牌は一向聴。3巡目で対面が捨てた{發}を、

「ポン!」

 鳴いて、次巡、

「ツモ! 發チャンタ三色ドラ2。2000、4000です。」

「お前、手がイイな。こっちは配牌五向聴だぞ。」

「私は六向聴だった。ツモは悪くなかったけど。」

「私も…。」

 非常に素直でイイ先輩達だ。淡の能力発動をきちんと確認させてくれる。

 

 東二局。

 ここでも淡は、

「(能力発動。絶対安全圏。)」

 またもや先輩達の嫌そうな顔。今回も配牌が悪いのだ。

 一方、今回、淡は二向聴。良好な配牌だ。

「ポン!」

 下家が捨てた{東}を鳴き、

「チー!」

 上家が捨てた{8}を鳴き、

「ロン! 2000点です。」

 対面が捨てた牌で和了った。

 

 東三局も、

「(絶対安全圏!)」

 淡の能力が発動した。淡のみ二向聴、他は全員五向聴。

 ここでも淡は序盤から鳴き、

「ロン。2000点です。」

 上家から和了った。

 

 そして、東四局、淡の親番。

「(ここで試させてもらいますよ、先輩方。)」

 絶対安全圏プラスダブルリーチ。

 とうとう、淡が本気になった。

「リーチ!」

 先輩3人が全員五~六向聴のところにダブルリーチ。これは強烈だ。しかも、サイの目は5。最後の角の後が比較的長いパターン。

 角の直前で、

「カン!」

 淡が暗槓した。

 嶺上牌はツモ切り。そして、角を過ぎた後、下家の先輩が切った牌で、

「ロン!」

 出和了りした。

 ただ、何故か牌を普通に倒さずに、逆回転で淡は牌を倒した。勝手に手がそう動いたのだ。何故そうしたのかは、淡にも分からなかった。

 ハンニャの声が淡の頭の中に聞こえてきた。

「特に意味はありません。なんとなくです。そのほうが、能力発動条件みたいに見えて格好良さそうと思っただけですよ。」

 説明ありがとう。

 淡の手を見て、振り込んだ先輩はホッとしていた。ダブルリーチのみだ。

 しかし、淡が裏ドラをめくると、その先輩の顔は、唖然とした表情に変わった。

「スミマセン、先輩。カン裏4です。18000点です。」

 これで下家の先輩は、残り3000点となった。

 

 東四局一本場、淡の連荘。

 ここでも淡は、

「スミマセン。今日はツイてます、私。また、ダブリーです!」

 建前上、ツイていることにした。それでいて、先輩方は五~六向聴。

 絶対安全圏とか意図的なダブルリーチとか、こんな能力があるなんて普通は考えられない。単なる偶然で片付けられる。

「ゲッ! 大星。お前、本当に今日はツイてるな。こっちは、またもや配牌最悪だって言うのに。」

 一応、先輩方の手は、普通に育ってゆく。それが、見た目には救いのように見えた。

 しかし、これは淡のダブルリーチに対して、後半に危険牌を勝負させるための罠だとも知らずに…。

 今回のサイの目は7。角の後が最も長いパターン。淡が、前局と同様に角の直前で、

「カン!」

 暗槓した。嶺上牌はツモ切り。

 そして、角を過ぎた後、今度は自力で和了り牌をツモってきた。

「ツモ! ダブルリーチ…。」

 淡の開いた手牌を見て。ダブルリーチツモのみと知って、一瞬先輩達はホッとした。

 しかし、淡が裏ドラをめくると、先輩達の顔色が変わった。

「スミマセン、先輩。また、カン裏4です。6100オールです。」

 これで下家の先輩のトビで終了になった。

 証明終了。淡がハンニャにお願いした能力は、たしかに淡に備わっていた。これなら無敵だ。淡は、そう確信した。



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流れ四本場:淡、初仕事に行く?

 先輩達は、こんな負け方をして納得するはずがない。

「「「大星。もう一回だ、もう一回!」」」

 淡は、先輩達に言われるがまま、二半荘目に突入した。

 ただ、余り勝ち過ぎても先輩達の機嫌を損ねる。

 今日の目的は勝つことではない。能力の証明だ。それが済んだのだから、あとはトータルで負けない程度に流せばいい。

 一先ず淡は、絶対安全圏を自分の親の時のみの使用に限定した。また、ここから先は、ダブルリーチをかけずに済ませた。

 

 四半荘目が終わった時、

「なんだ、お前達。部活サボって麻雀か?」

 レギュラーの先輩達が部室に入ってきた。しかし、もともとダレ切っている部だ。別に怒られるわけではない。

 それに、レギュラーの先輩達も、他の中学に行けば補欠にもなれない。正直、威張れる立場でもないだろう。

 明日からの地区予選。多分、一回戦負けだ。

 他校からは、

「お笑い卓球部!」

 と言われるくらいの超弱小なのだから…。

 一応、それでもレギュラーとは無関係の淡達も応援に行かなくてはならないのだが…。笑われに行くみたいで気が重い。

 この日は、麻雀だけ打って淡は家に帰った。今日の部活は、もともと午前中のみで、午後はフリーだ。

 しかし、淡にとっては、ここからが大変だったのだが…。

 

 家に帰って昼食を取ると、淡は自分の部屋に戻り、ベッドに寝転んだ。

「(あはっ! ハンニャにもらった能力って凄い!)」

 淡は、目を閉じて今日打った能力麻雀を思い出していた。これなら、余程の化物でない限り負けることはないだろう。

 まあ、その化物一号に出会うのは、今から一年先、化物二号との出会いは二年先になるのだが…。

 そのまま淡が昼寝をしようとした、その時だった。

「淡さん。仕事です。ドアを開けてください。」

 淡の頭の中にハンニャの声が聞こえてきた。

 交換条件なのだから、行かないわけにはいかない。

 ハンニャに言われたとおり、淡が自分の部屋のドアを開くと、そこは、宇宙船の操縦室内に繋がっていた。

 それは、緑の星の地下で見た宇宙船の中だった。

 操縦室には、ハンニャ、サンムーンの他に、緑の星でジュースをくれた生物もいた。大きな目をして、

『ウルウル』

 と言っていた子だ。どうやら、その子は、レーダー通信担当のようだ。

 指令席にはハンニャ。操縦席にはサンムーン。

 そして、何故か操縦室の真ん中にはソファーが置かれており、そこにはハンニャ達と同じ種の生物が一人(一匹?)くつろいでいた。彼は、非常に爽やかな感じの顔付きをしていた。

「仕事って?」

 この淡の質問にハンニャが答えた。

「偵察隊から、おとめ座銀河団で、ある星が一方的かつ不当に侵略行為を受けているとの報告を受けました。そこに行きます。攻められている側を守り、侵略する側を排除、最悪の場合、侵略する側との戦いになるでしょう。」

「へっ?」

 たしかにハンニャからは、

『宇宙の平和のために、共に働いて欲しい』

 と言われた。

 それと、宇宙戦争が実在することも教えられた。

 ただ、いきなり宇宙戦争の真只中に行く?

 淡には想定外だった。

 しかし、約束は約束だ。もし約束を破ったら…。

 にやけ顔で気の抜けたような顔をするハンニャが、文字通り般若の顔になって淡に超能力で攻撃してきたら…。

 ハンニャ達の持つ科学力で攻撃されたら…。

 多分、どちらにしても一貫の終わりだ。淡の命はない。

 つまり、淡には『イエス』か『はい』の二択しかない。社畜と変わらない立場だ。よって、腹をくくるしかない。

「では、淡さんに、こちらのメンバーを紹介します。既にサンムーンには面識があると思いますが、彼は白の星、緑の星、それと大マゼラン星雲にある赤の星の文部科学大臣を兼任しております。」

「赤の星?」

「はい。我々の第二の移住先です。我々は、アンドロメダ星雲の白の星、天の川銀河の緑の星、大マゼラン星雲の赤の星の三つの惑星に拠点を置いております。」

 白、緑、赤って…三元牌か?

 淡は、一瞬そう思った。

「そして、レーダー通信担当が、紅一点のウルウル。普段は緑の星に居ます。操縦室中央に居るのが、タムタム王子。普段は白の星におります。」

 王子がいるのか?

 あの爽やかな感じの、ソファーでくつろいでいた奴か。

 これから戦地に向けて出発すると言うのに、くつろいでいられるとは、どういう神経をしているのだろう?

 それに、ハンニャ達の種族に王家があっても、『オウケ』ではなく、『オオウケ』の間違いとしか思えない。

 そんな不謹慎なことを淡は一瞬考えた。しかし、とんでもない超能力者のハンニャがここにいる。

 もしかしたら、考えたことは全て筒抜けかもしれない。

 淡は、それ以上考えるのをやめた。

「でさあ。白の星、緑の星、赤の星って、星の色がそうなの?」

「白の星は、他の二惑星と比べて石灰質の土地が多いため、白の星と呼んでおります。緑の星は、自然豊かで緑が多いからです。赤の星は、巨大大陸がある星で、砂漠地帯が多いんです。それで、赤の星と呼んでいます。」

「そうなんだ。」

 丁度のこの時、女性からの報告が入った。ウルウルからのテレパシーだ。

「首相。どうやら、攻撃されている星は、サシス星です。」

 どうやら、ハンニャ達達は、基本的にテレパシーで会話をするようだ。

 それにしても、メンドーク星だのシャラク星だのサシス星だの酷い名前だ。緑の星は、メンドーク星人からはシンキク星と呼ばれていたみたいだし…。

「あの全長20メートルにも及ぶ巨人が住む星ですね。」

 操縦室の巨大モニターに、サシス星人の男性の姿が映し出された。

 ウルウルが、サシス星人の画像の隣に、淡の全身画像をはめ込み、大きさを対比してくれた。これなら淡にも分かりやすい。

 たしかに、淡の10倍以上の背の高さである。それに筋肉隆々で、ごつい姿だ。

「攻撃しているのは、カンペキブリッコアイドル星。略してカンブリア星です。」

 これを聞いて、淡の目が点になった。

「なんじゃ、この名前は!」

 と言いたいところだ。

 今度は、カンブリア星人の画像が巨大モニターに映し出された。これも男性の姿だ。見た感じ、華奢な人間に羽が生えたような姿だ。

 その隣に淡の全身画像がはめ込まれ、大きさを対比してくれた。

 カンブリア星人の大きさは、体長30センチくらい。ハンニャ達と同じくらいの背丈だ。まるで、妖精のようだ。

「あの攻撃的で、極悪非道の奴らですね。」

 ハンニャからのテレパシーだ。

 再び淡の目が点になった。

 どう考えてもイメージ的に逆でしょ!

 何故、ごつい巨人の星が、華奢な妖精の星に侵略されているの?

 訳が分からなくなった。

「では、ウルウル。瞬間移動先の宇宙座標を設定してください。」

「はい。宇宙座標、上ゲ‐大字‐へ‐226‐3…。」

 これを聞いて、淡がコケた。

「ちょっと、ハンニャ。何なのよ、その宇宙座標は。『上ゲ』とか『字』とか『ヘ』とか、田舎の住所じゃないんだから。」

「いけませんか?」

「良いとか悪いとかの前に、雰囲気的に合わないんじゃない?」

「別に我々にとっては、違和感は有りません。それに宇宙座標も住所も、きちんと確定さえ出来れば問題無いでしょう。」

「それは、そうだけど…。」

 そうこうしているうちにウルウルが宇宙座標の打ち込みを終えてレーダー映像を切り替えた。

 モニター中央に、一つの惑星が映し出された。

「これが、サシス星です。では、これから、ここに瞬間移動します。では、サンムーン。御願いします。」

「了解。」

 サンムーンがボタンを押すと、淡を乗せた宇宙船の姿が、一瞬のうちに、その場から消えた。

 

 この頃、カンブリア星司令官トモティは、サシス星の五つの主要都市の上空に宇宙戦艦から構成される軍隊を分散させ、全戦艦の核ミサイルゲートを開かせていた。

 彼が、通信チャンネルを開くと、モニターにサシス星大統領タイタンの弱り果てた姿が映し出された。

「僕、トモティ! ねえ、タイタン君だったかな。昨日、君に出した宿題。僕達に全面降伏するか否か。君達の答えは、マルかな? それともバツかな?」

 トモティは、天使のような可愛い笑顔を見せながら、元気いっぱいで無邪気な声を出していた。話している内容と一致しないが…。

「わ…我がサシス星は、降服はしない。誇り高き死を選ぶ。」

「あれぇ? 何だか良く聞こえなかったな。なんか、死にたいみたいな風に聞こえたけど、気のせいかな?」

「だから、我々は降服しない!」

「ふーん。」

 トモティの顔が、突然悪魔のような邪気に満ちた顔付きに変わった。そして、画面越しにタイタンを睨み付けながら、今までとは全然違う低い声に変わった。

「タイタン君だったね。君なら僕の最高の奴隷になるかと思ってたんだけど、こんな形でサヨナラすることになるなんて、残念だな。まあ、自分達の頭の血の巡りの悪さを後悔するんだね。」

 妖精っぽい姿だが、少なくとも小悪魔なんて表現は似合わない。完璧な悪党そのものの顔付きだ。

 トモティが、発狂するかのように大声で笑い出した。

 そして、彼が、サシス星各主要都市の上空に待機させていた宇宙戦艦に、核ミサイルの一斉攻撃の命令を出そうとした、まさにその時だった。

「ハンニャー!」

 もの凄い大きな声が聞こえてきた。これと同時に、核ミサイル発射ボタンが次々に破壊されていった。ハンニャの超能力だ。

 トモティ達には、何故こんなことになったのか理解できない。しかし、これで核ミサイルの発射は、できなくなった。

 その直後、トモティの宇宙戦艦の前に、見知らぬ宇宙船が姿を現した。瞬間移動で空間を越えてきたのだ。

 それは、緑の星にあったハンニャ達の宇宙船だった。

 ハンニャ達の宇宙船から通信波がトモティの宇宙戦艦に送られた。これによって、まるでウイルス感染でもしたかのように、強制的に通信チャンネルが開かされた。

 トモティの宇宙戦艦のモニターに、淡の姿が映し出された。ハンニャ達は、映っていない。映っているのは、淡だけだ。

 この時、淡は真っ白なドレスに身を包み、うっすら化粧をして装飾品で全身を飾り、まるで、どこぞの国のお姫様のような姿をしていた。

 馬子にも衣装とは、良く言ったものだ。

 淡の頭の中にサンムーンの声が聞こえてきた。テレパシーだ。

「私の言うとおりに相手に話してください。」

 淡が、静かに頷いた。

 一方、トモティは、折角これからサシス星に核ミサイル一斉攻撃を仕掛け、

『雨アラレの如く空から激しく降り注ぐ核の嵐に身を打たれ、人々が凄惨な最期を遂げて行く姿…』

 とか、

『骨すらも残らない、全てが轟音と激しい光に包まれると同時に消え去ってしまう地獄絵図…』

 とかを楽しもうと思っていたところだ。

 これに釘を刺されてトモティは頭に来ていた。

「なんだ、お前は!」

「私は、白の星の第一皇女、アワイ。カンブリア星の不当な侵攻を止めにきました。」

「不当も何も、宇宙船もろくに作れない程度の文明しか持っていないくせに、言うこと聞かないから、目茶目茶にしようと思っただけだよ。」

「しかし、サシス星の平穏を壊す権利は、あなた方には無いはずです。」

「うるさいな。」

 トモティが、淡達に向けてミサイル砲を撃ち放った。

 すると、淡達の宇宙船は分厚いバリヤーを張った。ミサイルは、このバリヤーにぶつかると、轟音を上げて爆発した。

 淡達の宇宙船には、傷一つ付いていない。

「カンブリア星の貴方。名前は何といいます?」

「俺はトモティ。カンブリア星第一戦隊の司令官だ!」

「では、何故トモティは、相手を攻撃し、力ずくで押さえ込もうとするのですか?」

「力こそ正義だからだ!」

「力での侵略は、正義とは逆行するのではないですか? むしろ、正義とは、他人のためになってこそ意味があるのではないのですか?」

「自分のためになってこそ、正義としての価値があるんだ!」

「そうですか。そう言うのなら、仕方ありませんね。力が正義なら、これから見せる私達の力も正義と受け取ってもらいます。」

 ウルウルが通信を強制的に切った。

 トモティの目の前のモニターから淡の姿が消えた。

 淡は、

「もうドキドキ。あんなんで良かったの?」

 とサンムーンに聞いた。サンムーンは、

「上出来です。ああ言った感性の星も少なくありません。もはや、何を言っても、平行線でしょう。」

「そうよね。」

「しかし、大星さんが時間を稼いでくれている間に、ハンニャが超能力で相手の深層心理を解析しました。更生の余地無しのようです。」

「じゃあ、どうするの?」

 これにハンニャが答えた。

「力が正義と言うなら、トモティ軍を力で制圧します。」

「でも、この宇宙船一隻で何が出来るの?」

「あれくらい倒すのは簡単ですよ。地球の言葉で、目には目を、歯には歯をって言葉がありますでしょ。」

「あるけど…。」

「それが、こちら側の回答です。サシス星を守るためです。サンムーン。一番手っ取り早い方法でよろしく。」

「了解。」

 淡達の宇宙船が、バリヤーを張ったまま、トモティの戦艦に突き進んでいった。

「ちょちょちょ…ちょっと、これ、どういうこと?」

 こんなこと、淡は聞いていない。このままではトモティの戦艦とぶつかる。

 まさか、死なば諸共?

 淡達の宇宙船は、そのまま体当たりした。

 しかし、淡の不安は的中しなかった。

 トモティの戦艦は、大きな風穴を開けられたが、淡達の宇宙船は分厚いバリヤーに守られて傷一つ付かなかった。

 そのまま、その宇宙船は、超高速…いや、準光速で次々と敵戦艦の機体を打ち抜いて行き、ものの二分足らずで付近の戦艦(数百隻)を一掃した。

 まるで宇宙船そのものが、弾丸になったかのようだ。

 そして、他の都市の上空に配置された軍隊のところにも準光速で移動し、さっきと同じ手法で次々と敵戦艦を撃破して行った。

 どうやら自動操縦に切り替えているらしく、操縦担当のはずのサンムーンは、席にもたれかかって、くつろいでいた。

 ハンニャもウルウルも同様。完全にだらけ切っている。

 タムタム王子に至っては、何もしていない。ただ、操縦室のど真中のソファーの上で、横になって寝転がっていただけだ。

 そう言えばこいつ、最初から何もしていない。ただ、居ただけだ。

 こんな状態でいながらも、ハンニャ達が五つに分散した敵軍隊を全滅させるのに、十分もかかっていない。

 自動操縦での勝利。

 ハンニャ達とトモティ達で、科学力のレベルに天と地ほどの差があるのだろう。

 少なくとも、カンブリア星だって地球と比べれば、遥かに優れた化学力を持っているはずだ。それをさらに大きく上回る白の星の力。

 もはや、淡の想像の範囲を超えていた。

 歴然とした力の差…。今日、先輩達と打った麻雀を連想させる。自分の立場がハンニャ達で、先輩達がトモティ軍…。

 この余裕の勝利に、淡は、唖然としていた。

 こいつら、もしかして物凄いんじゃない?

 絶対に敵に回しちゃいけない。それが今日の淡の結論だった。



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流れ五本場:淡、営業子ちゃんとクール子ちゃんに出会う

『宇宙…』

 それは、どこまでも続く果てしない空間。そして、宇宙の旅に憧れの念を抱く人も多くいることだろう。

 

「光あれ!」

 全ては、この神の言葉から始まった。

 今から百三十七億年もの昔、極小の点からビッグバン宇宙が誕生した。そして、この火の玉は、そのまま膨張を続けて行き、今のような宇宙へと進化していった。

 

 淡は、宇宙で働く教育とか訓練とかを特別受けたわけではなかった。

 しかし、そんな淡が、何故か地球から宇宙に飛び出し、宇宙の平和のために働くことになった。絶対安全圏とダブルリーチの能力、それと、大きさ可変の胸を与えられた引き換え条件として…。

 

 

 淡は、トモティ軍との戦いの後も、ハンニャ達に毎月、二~三度は呼び出されて、白いドレスに身を包み、白の星の第一皇女と称して、宇宙の荒くれ者達に戦いをやめるよう促した。

 しかし、淡の言葉に耳を傾ける者は殆ど居なかった。大抵の場合、ハンニャ達の宇宙船で相手を撃破する展開となった。トモティの時と同じだ。

 それでも、淡の言葉に耳を傾け、戦いをやめるケースが少しでもあれば良い。それがハンニャ達の考えのようだ。

 

 はじめての宇宙戦争経験から1年が経った。

 今、淡は中学3年生。

 そう言えば、一昨日、淡はニーナと麻雀を打った。ニーナには、去年、能力を得て一週間くらいしたところで能力を披露した。

 ニーナからは、

『淡ちゃん羨ましい。ダブルリーチの槓裏4って、何も考えなくて済むじゃん!』

 と、言われた。

 もっとも、その後も麻雀を打つ度に、淡はニーナに毎回同じことを言われるのだが…。

 

 今日もカンブリア星の軍隊と戦った。司令官の名前は忘れたが、やはりトモティと同じで妖精のような姿をしていた。

 ただ、カンブリア星との遭遇確率が高い気がする。四回に一回はカンブリア星の軍隊と戦っている。

 今日は、もう戦いを終え、これから緑の星へと帰還するところだった。

「それにしても、もう淡さんと出会ってから1年が経つのですね。今日もお疲れ様でした。いつものように、このドアを淡さんの部屋に繋げてあります。」

「ありがとう。じゃあ、私は家に戻るね。」

 淡がハンニャに言われたドアを開けると、その向こうは、たしかに淡の部屋になっていた。空間と空間を繋ぐ便利なドアだ。

「バイバーイ。」

 そして、淡はドアを通り抜けると、ハンニャ達に手を振りながらドアを閉めた。

「結構疲れた。」

 淡は、そのままベッドに倒れこんだ。

 

 気が付くと、もう朝になっていた。今日は月曜日。試験休みが終わり、今日からテストが返される。

「えっ? もうこんな時間? マズイじゃん、私。」

 淡は、ベッドから飛び起きると、急いでシャワーを浴びた。昨日、あのまま寝てしまったので、汗でベトベトだ。

 その後、超特急で朝食をとり(詰め込み)、身支度をして家を飛び出した。

「いってきまーす!」

 今日戻ってくるテストは英語と数学と理科。

 数学と理科は、今では拒否反応は一切ない。むしろ、1年前のあの日以来、どちらも得意課目に変わっていた。

 英語も、まあ、普通以上の点数は取れている。多分問題ないだろう。

 返却されたテストの点数は、いずれも想定範囲内だった。悪くない。

 でも、そろそろ受ける高校を決めないといけない。

 どこにしようか?

 一先ず、偏差値が合いそうで通い易い範囲の学校を適当に選ぼう。なら、急いで家に帰って、ネット検索でもしよう。

 淡は、そんなことを考えていた。

 

 その日、淡は、駅に向かう途中で人だかりが出来ているのを見つけた。その中央には、二人の女性がいた。

 一人は、ミディアムのヘアスタイルで、側頭部の髪がハネていた。一見、明るい雰囲気をまとっているように見えるが、何となく営業スマイルのように見える。

 もう一人は、長身でストレートロングヘア。クールな雰囲気だった。

 多くの人達が、営業スマイルっぽく見える女性…営業子ちゃんにサインをねだったり握手を求めたりしていた。

 淡が、その横を通り過ぎようとしたその時だった。

「ちょっと、そこの長い髪の子。待って。」

 営業子ちゃんが淡に話かけてきた。

「私ですか?」

「そう。ちょっとスミマセン。通してください。」

 そして、人だかりを抜け出してきた。

「私になんの用でしょう?」

「麻雀の力を見たい。ちょっと、私達の高校まで付き合ってくれないかな。」

 営業子ちゃんも、もう一人のクールな雰囲気の女性…クール子ちゃんも、そんなアホそうな感じには見えない。

 淡は、

「(まあ、どんな高校か覗いてみようか。)」

 そんな軽い感じで、

「いいですよ。」

 と答えた。

「私は宮永照。それと、この連れの女性が弘世菫。二人とも、白糸台高校麻雀部に所属している。高校2年生。」

「(営業子ちゃんが宮永照に、クール子ちゃんが弘世菫ね。)」

 この時、淡は、照も菫も、麻雀の力量は自分よりも当然格下だろうと勝手に高をくくっていた。その片方が、この夏にインターハイチャンピオンになる女子高生で、自分が敵わない化物一号であるとも知らずに…。

「私は大星淡と言います。南日ヶ窪中学の3年生です。でも、スカウトですか~?」

 そう言いながら、淡は不敵の笑みを浮かべていた。しかし、

「まあ、スカウトと言えば、そうなるかな。結構強いと思うし。」

 照にこう言われて、淡は、内心少々ムカついた。

「(結構強いではなくて、かなり強いの間違いなんだけどね。)」

 こうなったら、本気を出して思い切り負かしてやる。

 淡はそう思っていた。

 

 白糸台高校は、さっきの場所から結構近いところにあった。家から通い易い範囲だ。

 淡は、そこの麻雀部の部室に通された。

「じゃあ、大星さん。卓について。」

「はい。」

「それと、入るのは、私と菫と…、あと、スミマセン。宇野沢先輩。入っていただけますか?」

 宇野沢栞は、照の一年先輩で、鳴きの麻雀を得意とする。

「イイけど、その子は?」

「有望そうな中学生です。」

「照魔鏡で見たのね。じゃあ、お手並み拝見と行こうかしら。」

 この会話を聞きながら、当然、淡は、

「(有望なのは間違いないけど、お手並み拝見するのは、むしろこっちだって。高校生相手だって負けないんだから。)」

 と思っていた。

 あれだけの能力を持っていたら、誰だってそうなるだろう。

 

 場決めがされた。

 起家は淡、南家は菫、西家は栞、北家は照になった。

 東一局、淡の親。

 毎度の如く、配牌は淡が二向聴、他家が軒並み五~六向聴だった。

 淡は、鳴いてさっさと手を進めようと思っていた。しかし、肝心の上家である照が、甘い牌を切らない。

 他の二人も、欲しい字牌を切ってくれない。これでは、絶対安全圏が終わるまでに和了れない。

 そうこうしているうちに6巡目に入った。

「(どう言うこと?)」

 そして、淡が切った{北}を、

「ポン。」

 照が鳴いた。そして、打{8}。

 これを待ってましたとばかりに淡が鳴いた。

「チー!」

 そして、捨てた{1}で、

「ロン。1000点。」

 照に和了られた。

 普段なら、照は東一局を捨てて様子を見る。しかし、既に照は、淡が通り過ぎた時に、照魔鏡で淡のことを見ていた。

 菫のことも栞のことも、今更照魔鏡で見る必要はない。よって、今回は、東一局を捨てる必要がなかった。

 

 東二局、菫の親。

 ここでも、淡は絶対安全圏を発動した。

 配牌は、今回も淡が二向聴、他家が軒並み五~六向聴。しかし、今回も淡は、5巡目までに手を進めさせてもらえなかった。

 6巡目のツモで、淡は一向聴。そして、次の絶好のツモで聴牌した。

 しかし、ここで捨てた{三}で、

「ロン。2600。」

 またもや、照に振り込んだ。

 

 東三局、栞の親。

 当然、淡は絶対安全圏を発動。

 配牌は、淡が一向聴、他家が軒並み五~六向聴。

 しかし、この局も、

「ロン。3900。」

 淡が照に振り込んだ。三連続だ。

 

 そして、東四局、照の親番。

 淡は、今回も絶対安全圏を発動し、照は五向聴だったが、最短の5巡目ツモで手を仕上げている。そして、6巡目、

「ツモ。3900オール。」

 出和了りで7700点の手だった。これをツモ和了りし、3900オールになったのだ。

 

 淡は、いよいよ本気を出すことにした。

「(もう、やっちゃっても、イイよね。)」

 東四局一本場、照の連荘。サイの目は6。

 ここで、とうとう淡は、

「リーチ!」

 ダブルリーチをかけた。サイの目が7の時の次に、最後の角の後のツモ牌が多い。

 淡は、角の直前で、

「カン!」

 暗槓した。そして、次巡のツモ番で、

「ツモ。ダブリーツモ、カン裏4。3100、6100。」

 これには、菫も栞も驚きの表情を隠せないでいた。しかし、照だけは平然とした顔をしていた。まるで、最初から分かっていたような、そんな雰囲気を淡は感じ取った。

「(なんだか、舐められている感じがする。)」

 淡は、徹底的にダブルリーチ槓裏4で攻めることにした。

 

 南入した。

 南一局は淡の親番。

 当然、淡は、

「(絶対安全圏発動プラス…。)」

 能力を最大放出した。

 淡は配牌聴牌。他家が五~六向聴。

「リーチ!」

 この状態から、淡がダブルリーチをかけた。

 しかし、照は表情を変えずに手を進め、6巡目で、

「ツモ。500、1000。」

 軽く淡の親を流した。

 

 南二局、菫の親。

 ここでも淡は、

「(絶対安全圏発動プラス…。)」

 本気で行った。

 当然、淡は配牌聴牌で、他家が五~六向聴。絶対的なアドバンテージのはず。

「リーチ!」

 もう決めたことだ。淡は、三連続のダブルリーチ。菫も栞も、これが偶然ではなく能力であることを受け入れた。

 もうすぐ角が来る。暗槓する場所だ。

 しかし、暗槓する前の巡で、

「ツモ。1000、2000。」

 照がツモ和了りした。

 

 南三局、栞の親。

 勿論、淡は、

「リーチ!」

 絶対安全圏プラスダブルリーチで攻めた。しかし、この局も、

「ツモ。2000、3900。」

 暗槓する前に照にツモ和了りされた。

 

 この段階での点数と順位は、

 暫定1位:照 55000

 暫定2位:淡 18900

 暫定3位:菫 13500

 暫定4位:栞 12600

 照の圧倒的リード。

 

 そして、オーラス。照の親。

 淡は、ここで五度目のダブルリーチをかけた。

 この局のサイの目は9。暗槓する位置が、非常に深い場所になっている。

 結局、この局では、暗槓する前に淡が捨てた牌で、

「ロン。12000。」

 照が和了った。

 

 これで点数と順位は、

 1位:照 68000

 2位:菫 13500

 3位:栞 12600

 4位:淡 5900

 照の圧勝で終わる…はずだった。

 

 しかし、

「一本場!」

 照が和了りやめではなく、連荘を宣言した。

「(うそでしょう? もしかして、私の攻撃力じゃ、この点差をひっくり返せないって分かっていての連荘?)」

 もし、淡が役満を照から直取りすれば逆転できる。しかし、淡には絶対安全圏とダブルリーチ槓裏4しかない。能力で役満を和了れない。

 それでも淡は、この局、ダブルリーチをかけずに、四暗刻狙いで手を回した。しかし、6巡目で、

「ツモ。6100オール。」

 照がツモ和了りした。これで、淡のトビ終了。

 

 淡は、この敗北が納得できなかった。当然、

「もう一回御願いします。」

 二半荘目を要求した。

 しかし、淡に照を倒すことはできなかった。そして、気が付くと、淡は既に六半荘を打ち終えていた。あの凶悪な能力を持っているのに一回も勝てず…。

 ショックではあったが、同時に目標が出来た。

「ええと、テルー…でイイんだよね。」

「えっ、あっ、うん。」

「私、この高校を受ける!」

「ありがとう。貴女が入ってくれると、私達も嬉しい。」

「そう言われても、全然、私じゃ勝てなかったし…。」

 すると、栞が、

「宮永さんは、特別よ。去年のインターハイは、宮永さんのお陰で団体戦優勝。今年も団体戦の優勝候補になっているし、宮永さん自身は、個人戦の優勝候補ナンバーワンよ。」

 と淡に説明した。つまり、とんでもない化物だと言うことを…。

「そうなんだ…。でも、いつか絶対、テルーに勝ってみせる! 私に勝つ人なんて、そう滅多にはいないし、だったら、その人を目標にするのもイイと思ったから…。」

「でも、一応、うちの高校、偏差値63あるけど、大丈夫?」

「多分…。」

 ギリギリだ。

 今度、ハンニャ達に会った時に、一応合格できるように相談…と言うかお願いしよう。どうしても白糸台高校に入りたいって…。



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流れ六本場:淡、カンペキブリッコアイドル星(略してカンブリア星)に行く

ハンニャ達の設定は下手なギャグと思ってください。


 それから一週間が過ぎた。

 淡は夏休みに入った。

 卓球部のほうは、地区予選で早々に負けた。去年と同じ一回戦負けだ。当然、淡達3年生は既に引退が決まっていた。

 それで淡は、毎日のように白糸台高校麻雀部に顔を出した。それで、再三、照に対局を申し込むが、毎回返り討ちにされた。

 インターハイの応援にも駆け付けた。

 白糸台高校は団体戦優勝、個人戦では照が優勝。

 淡は、これを目の当たりにして、もっと強くなって、高校では自分も照以上に活躍することを心に誓った。

 

 一方、ハンニャ達からは、週一回程度呼び出された。以前に比べて少し頻度が上がった気がする。

 この日、淡は、白糸台高校に向かっていた。しかし、白糸台高校の最寄り駅に着いたところでハンニャからテレパシーが届いた。

「これから出撃します。至急来てください。」

 仕方がない。これは約束だ。

 淡は、急用が出来た旨を菫に連絡した。その直後、淡は、幽霊のように身体が薄れ、その場から消えてしまった。

 その様子を目の当たりにした人達は、

「幽霊だ!」

「オバケだ!」

 パニックになった。

 何のことはない。強制的にテレポーテーションさせられたのだ。ただ、これはハンニャの超能力ではない。

 実は、最近、サンムーンが発明したチップを淡は体に埋め込まれた。このチップが淡の身体ごと緑の星に瞬間移動したのだ。

 淡は、ふと気が付くと、いつもの宇宙船の中にいた。

 操縦席にはサンムーン、指令席にはハンニャ、レーダー通信担当の席にはウルウル、淡は指令席脇のゆったりとした席に座っていた。

 そして、普段は中央にタムタム用のソファーが置かれているが、今回は、いつもと様子が違う。タムタムは、ハンニャを挟んで淡の丁度反対側に儲けられた席に座っていた。

「(あれ? 今日は、操縦室の真ん中に、ソファーじゃなくてルームランナーが置いてあるけど、どうしてなんだろ?)」

 そのルームランナーからは、何本もの太いケーブルが伸びており、それらのケーブルは束ねられて床の下へと通じていた。

 ふと淡が、そのルームランナーの上に乗って走ろうとしたが、まるでロックが掛かっているかのように、ベルトが全然動かなかった。

「ねえ、サンムーン。これって何? 全然動かないじゃないの。」

「それは、タムタム王子専用の機械です。王子くらいの筋力が無いと動かせませんよ。」

「へえ…。でも、そう言われても、どれくらいの力があるのかピンとこないんだけど…。」

「そうですね…。例えば、走り幅跳びでしたら衛星軌道に乗ってしまうため測定不能、垂直跳びでしたら成層圏までとか…。」

「えっ? そんな冗談でしょう。」

「冗談では有りません。白の星から生まれた我々の種族は、全員が大なり小なり様々ですが、何らかの特殊能力を神から与えられております。ハンニャでしたら恐ろしいくらい強力な超能力、タムタム王子でしたら誰よりも優れた体力と言うように…。」

「うーん。確かにハンニャの超能力は見てきているから分かるけど、でも垂直飛びで成層圏までっていうのは信じ難いのよねえ。」

「まあ…、今日は王子の力を目の当たりにする機会があると思いますよ。」

「ふーん…。そうそう、それと、ふと思ったんだけど、ハンニャが『敵の大ボスなんか死んじゃえ!』とか思えば、別に戦う必要なんか無いんじゃない? それで済むんだし。」

「成る程ね。たしかに、ハンニャは非常に温厚な性格ですが、それでも、むしゃくしゃして他人のことを『死んでしまえ!』とか思うことが、絶対に無いわけでは、ありませんからね。」

 一瞬、淡の背中に冷たいものが走り抜けた。確かに、ハンニャが超能力で人を殺せたら史上最強最悪である。

「あのねえ。そんな怖いこと言わないでよ。」

「大丈夫です。それが現実になっては困ると言うことでしょう。人を直接殺す超能力だけは神が与えてくれなかったようです。確かに、それができればカンブリア星とかの中枢の者達をとっくに殺しているのでしょうけど…。」

「そうなんだ。確かに、ハンニャが簡単に人を殺せるんだったらハンニャとは口喧嘩すらできないものね。それと、サンムーンの能力は、やっぱり頭脳?」

 これには、サンムーンも答えにくい様子だった。

 答えは『はい』なのだが、素直に『はい』と答えれば嫌みに聞こえる。

 この淡の問いに、今度はハンニャが答えた。

「ご名答です。サンムーンの額の三日月は、知能の発揮具合を示しているのですが、それを最大限に発揮した時、三日月ではなく満月の形になります。」

「そうなんだ。」

「額の形が満月の形になった時の知能指数は、地球の知能指数に換算しますと、およそ2億に相当します。」

「億?」

 余りにとんでもない数字が出てきて、淡は一瞬反応が遅れた。

「普段は、IQ500くらいに抑えているようですが。」

「500?」

 それでも、とんでもない数字だ。

 正直、どのくらいのものなのかイメージが湧かない。

「では、そろそろ出発します。今回は、カンブリア星に直談判しに行きます。淡さん。心してください。」

「うん。分かった。でも、とうとうやるんだ。」

「仕方ありません。」

 ハンニャ達は、おとめ座銀河団への瞬間移動に向けて、準備に入った。

 

 この頃、カンブリア星居城では、女王エディアカラが居城地下のコンピュータールームで太いケーブルを何本もつけたヘルメットを被り、まるで瞑想にふけるかのように目を閉じて椅子に深く腰掛けていた。

 そこには、三台の巨大スーパーコンピューターが設置され、中央のコンピューターにはカンブリア星人の大脳と思われるものが填め込まれていた。

「第一コンピューターからの読み込み終了。続いて第二コンピューターへのアクセスを開始する…。」

 そのケーブルは、居城地下に設置された三台の巨大スーパーコンピューターに繋がっていた。今、彼女は、そのコンピューター内部に記憶されている膨大なデータを読み取っていたのだ。

「第二コンピューターからの読み込み終了。続いて第三コンピューター…。」

 暫らく沈黙の時が流れた後、眉間にしわを寄せながら彼女の目が開いた。

「やはり、記憶違いではなかったか…。白の星などと言う星のデータは無い。白の星のアワイとは、いったい…。」

 これが完全に格下の星が相手であれば全然迷うことは無い。余裕で叩き潰す。

 しかし、アワイを第一皇女とする白の星は、カンブリア星軍隊を、今までに何回も葬り去ってきた。

 もしかしたら、自分達よりも優れた科学力を持っているかもしれない。そう思って、エディアカラは、カンブリア星の持つ全データを確認したのだ。

 しかし、白の星に関する事項は、他の惑星の侵略を邪魔しに来た奴らと言うこと以外は、全くの不明であった。

 暫くして、通信システムの呼び出し音が部屋の中に響き渡った。

 エディアカラが通信回路を開くと、モニターにバージェス司令官の姿が映し出された。

「エディアカラ様。アワイの宇宙船が、我がカンブリア惑星系小惑星軍付近に瞬間移動してきたのを捉えました。」

「何? 向こうから来たか。しかし、小惑星軍か。なら、ステルスロボットで対応しろ。」

「分かりました!」

 

 一方、この時、淡は操縦窓の外を見回していた。しかし、ただ小惑星がところどころに浮遊しているだけで、何か特別な物が見えるわけではなかった

「何も居そうに無いけど…。」

 更に、彼女はレーダーモニターに目を向けた。

「別にレーダーにも映し出されていないみたいだし…。」

 すると、ハンニャが、

「レーダーに映っていなくても、超能力でしっかりと捉えています。恐らく敵は、我々の力を計ってみたいのでしょう。レーダーにキャッチされない特殊部隊を送り込んできているようです。核内臓のステルスロボット百体程ですが…。」

 と、淡に言った。

「ちょちょちょ…ちょっと、何よ、それぇ!」

 いくらなんでも驚くなと言う方が無理であった。そんなものの大群は見たくない。

 それに、そんな恐ろしい奴が相手では、ハンニャ達がいても、どこまで食い下がれるのかだろうか?

 さすがに淡は、不安を感じていた。

 しかし、サンムーンもハンニャも、まるっきり平然とした顔をしていた。

 自信に満ちた顔で、ハンニャが、うっすらと毛先の球を輝かせ始めた。

「この辺で浮遊するあちこちの小惑星の裏に敵軍は潜んでいます。ここは私が何とかしましょう。全力で行きますので、しばらく動けなくなりますが…。では、サンムーン。例のモノを。」

「OK。」

 サンムーンが、手元のボタンを押すと、宇宙船の上部中央からハンニャの毛と球をモデルにしたような巨大な球を先端につけたアンテナが伸びて行った。

 ハンニャが大きく息を吸い込んだ。そして、

「ハンニャー!」

 と操縦窓が割れんばかりに大きな声を出しながら、毛先の球から強烈な光を放った。すると、ハンニャの超能力に呼応して宇宙船上部中央から伸びたアンテナの先の巨大な球が、まるで燃え盛る太陽のように激しい輝きを見せた。

 突然、淡の乗る宇宙船から半径数百キロの所々で激しい爆発が連鎖的に始まった。核内臓ステルス型ロボットがハンニャの超能力を引金にして次々と自爆し始めたのだ。このアンテナは、ハンニャの超能力を増幅する装置だったのだ。

 この出来事を、カンブリア星では、エディアカラが太いケーブルを何本もつけたヘルメットを着けたまま、モニター画面越しに見ていた。

 彼女は、この衝撃的な映像を前に思わず立ち上がった。

「なんだ、これは!」

 続いて、レーダーが捉えた観測データが、エディアカラの頭の中に送信されてきた。

「このエネルギー波動…。これは…、超能力か…。しかも、これは複数ではない。単独の波動だ。それでいて、この強力なパワー…。」

 彼女が椅子に腰を下ろしグラスを手にした。

「増幅器を使っているのだろうが、元のパワーもそれ相当に強力なはず。しかし、我々は、超能力者の星との戦いにも備えて超能力シールドを開発している。よって、この超能力は問題ないだろう。むしろ、科学力がどの程度かを見たい。」

 彼女がモニター画面を切り替え、通信チャンネルを開いた。

 モニターにバージェスの姿が映し出された。

「バージェス! 奴らに向けて一斉ミサイル攻撃だ!」

「了解しました!」

 おびただしい数の核ミサイルが、カンブリア星から打ち上げられた。そして、それらは大気圏を離脱すると、瞬間移動で姿を消した。

 瞬間移動先は、言うまでもない、淡達の宇宙船の目の前だ。

 これを見てハンニャが息を切らしながら言った。

「これも想定の範囲内です。私は力を使い果たしましたので暫く動けません。今度は、王子。よろしく御願いします。」

「了解!」

 タムタム王子が爽やかな笑顔で椅子から飛び降り、例のルームランナーの上に乗ると、平然とした表情で走り出した。

 出発前に、その装置の上を淡が走ろうとしてみたが、まるでロックが掛かっているかのようにベルトが異様に重く、全然動かすことが出来なかった代物である。しかし、それをタムタム王子は何の問題も無く軽々と動かしているのだ。驚くべきパワーである。

 サンムーンの手元のエネルギーメーターが一気に上がって行き、あっと言う間に振り切れた。タムタム王子が動かしているルームランナーのような装置は、彼仕様の小型発電機だったのだ。恐らく、中に自転車の発電機みたいなものが無数に仕込まれているのだろう。

 しかし、これから超先進惑星を相手に宇宙戦争を繰り広げようとした矢先、この様な発電方法を見せられて、淡の目が一瞬点になった。

「どうして発電機だけ人力(?)なのよ!」

 これに、サンムーンが各種メーターを見ながら答えた。

「きちんとした発電機もちゃんと搭載しています。ただ、瞬間的に巨大なエネルギーを作り出すには、これが一番手っ取り早いので。」

 そう言われても、ギャグっぽさがにじみ出ているタムタム式発電機には、淡には、いささか抵抗があった。

「それに、タムタム式発電機を入れることは、大星さんを今日呼ぶ前に、プルプルから指示されていたことでもあるのです。」

「プルプルの?」

「はい。ですから、我々の想像を超えた大きな意味があるはずなのです。それと、今回は、私の個人のPCを持ってゆくように言われました。あと、プルプルが今回の戦いで鍵になるであろう単語を黙示録から読み取ってくれました。」

 プルプルは、白の星の予言者で、宇宙の全ての黙示録を読める唯一の存在とされている。キーパーソンのようにも思えるが、本作中への登場は、ずっと先になるだろう。

「単語?」

「ええ。未来の内容は断片的にしか分からないようなんです。それで単語だけ…。」

「そうなんだ。」

「カンブリア星、タイシン星、感染、アルカリ星、ハイブリッドの五つの単語を教えられましたが…。カンブリア星、タイシン星、アルカリ星…。いずれもおとめ座銀河団の星です。」

 たしかに、この単語だけでは、訳が分からない。淡の頭の上に、大きなハテナマークが浮かんできた。

 サンムーンがバリヤーのスイッチを入れた。すると、淡が今までに見た事のないくらい分厚いバリヤーが張り巡らされた。このバリヤーに使うエネルギーをタムタムが、まさに今、発電しているのだ。

 ミサイル群は、そのバリヤーにぶつかると轟音を上げて爆発を起こした。勿論、宇宙船は全くの無傷であり、しかもミサイル直撃による振動すら操縦室にいる淡達には一切感じられなかった。

 結局、この強力なバリヤーによって、核ミサイルは全て阻まれた。

 エディアカラは、この様子をモニター映像として見ていた。

「これは、超能力ではない、物理的エネルギーから発したものだ。まさか、これほどのエネルギーを作り出すだけの科学力を持っているのか…。」

 さすがに、この強大なエネルギーの元がルームランナー式発電機に由来するなどとは、余りにも滑稽過ぎて彼女には想像すら出来なかった。しかし、少なからず、これだけのエネルギーを使いこなすだけの力があることだけは事実である。

 急に、淡達の宇宙船がレーダーから消えた。瞬間移動したのだ。

 そして、次にレーダーに捉えられた時には、既にその宇宙船は、カンブリア星大気圏内に入っていた。

 ウルウルが通信チャンネルを開いた。

 カンブリア星軍の全モニターに、淡の姿が映し出された。これは、エディアカラの見るモニターも例外ではなかった。

 この時、淡は、毎度の如く真っ白なドレスに身を包み、うっすら化粧をして装飾品で全身を飾り、お姫様を演じていた。既に、これをやり始めて一年が経つ。もう、結構板についてきた。

 淡の頭の中にサンムーンの声が聞こえてきた。いつものように、相手に何を言うかをテレパシーで指示してくれているのだ。

「私は、白の星の第一皇女、アワイ。今日は、カンブリア星の代表者の方と話をさせていただきたく、ここまで来ました。」

 すると、淡達の宇宙船のモニターにエディアカラの姿が映し出された。

「私が女王エディアカラだ。」

「他の惑星への不当な侵攻を、即刻中止してください。それができなければ、私達は、カンブリア星を、この宇宙から消します。」

「出来ない相談だな。それに、この星を消すとは大きく出たものだ。そんなことができるのか?」

「不可能ではありません。」

「なら、互いに力ずくと行こうではないか。」

 そう言うと、エディアカラは通信を切った。

 しかし、こうなることをサンムーンは予想していた。彼は、ほんの少しでよいから、エディアカラと通信時間を確保したかったのだ。

「ウルウル。エディアカラの居る場所は?」

「通信波は、ここから西方100キロの地点です。」

「分かった。そこに瞬間移動する。そこで、エディアカラの居城を落とす!」

「了解。移動先の座標。設定OKです!」

「では、移動します!」

 サンムーンがボタンを押すと、宇宙船が再びその場から姿を消した。目標座標に向けて瞬間移動したのだ。

 そして、次の瞬間、宇宙船はエディアカラの居城前に姿を現した。



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流れ七本場:淡、ブラックホールに吸い込まれかける

 妖精のような姿をしたカンブリア星人兵士が、空を飛び、淡達の宇宙船にレーザー銃で攻撃してきた。

 サンムーンは、宇宙船のレーザー砲で、容赦なく向かってくるカンブリア星人達を攻撃した。

 ただ、レーザー砲を受けたカンブリア星人は、怪我をするだけにとどまらず、何故か爆発した。

「生命体のはずなのに、なんで?」

 すると、この淡の疑問にサンムーンが答えてくれた。

「カンブリア星は、度重なる宇宙侵攻で多くの戦士を失い、それを補充するために自分達を象ったアンドロイドの大量生産を行っています。」

「じゃあ、今、戦っているのは…。」

「全部アンドロイドです。白の星の諜報部員からの報告ですと、カンブリア星人は、もはや何百人も居ないようです。それと、エディアカラの居城を落さなくてはならないのにも理由があります。エディアカラの居城は、宇宙船になっていて、万が一、この星に住めなくなっても宇宙に逃げ延びることが出来るからなんです。」

 サンムーンが、カバーで覆われているスイッチを押した。

 すると、宇宙船最前部からパラボナアンテナのようなものが二つ出てきた。

「一気にケリをつけます。アワイ砲、発射準備。王子、エネルギー供給を。」

「OK!」

 アワイ砲…。これは、淡にとって初めて聞く言葉だ。

「アワイ砲?」

「我々の最新兵器です。大星さんの名前を付けさせてもらいました。」

 自分の名前が付けられた兵器。相手が兵器なので、少々複雑な心境だが、淡は、それがどのようなものなのか、正直興味が湧いてきた。

 一方、タムタム王子は、珍しく気の入った顔をしながらルームランナー型発電機の上を猛スピードで走り始めた。

 サンムーンがスイッチを切り換えた。

 アワイ砲のエネルギーメーターが徐々に上がって行った。

 エディアカラの居城から、レーザー砲が撃ち放たれてきた。アワイ砲を撃つために、今は宇宙船のバリヤーを解除している。当然、宇宙船は敵の攻撃の直撃を受けた。

 宇宙船が激しく揺れた。

「エネルギー充填1200%…。」

 なんか、桁が違う気がするが…。

 サンムーンが、照準を居城に合わせた。

「発射!」

 二つのパラボナアンテナ状のものから強烈な光が八の字状に放たれた。

 それぞれの光は、白色光だったが、二つの光が融合した部分は、まるで高濃度のNOガスのように不気味な褐色を帯びていた。

 この褐色光を浴びるとエディアカラの居城は小さく縮んで行き、さらに周囲の物も巻き込んで目に見えないほどに小さく押し潰されていった。

 そして、それはカンブリア星全体まで巻き込んで行き、ミニサイズのブラックホールへと、その姿を変えてゆく…。

 限界を超えて対象物を強制的に小さく押しつぶす。それがアワイ砲だ。なので、本来、サイズ的にブラックホールにならないはずのものもブラックホールと化してしまう…。

 なお、どんな原理で発された光線なのかは不問にしていただきたい。

 絶対安全圏にダブルリーチ、そして槓裏4と言う淡の凶悪な麻雀スタイルが、サンムーンの中で、この最終殲滅兵器のイメージと一致していたらしい。それで、アワイ砲と名付けられた。

 今、カンブリア星は、淡達の目の前でブラックホールへと変化しつつある。急いで、ここから離れなければならない。

「小惑星群まで瞬間移動を…。」

 そうサンムーンが言った時、突然、システムが全てダウンした。今まで充電されていた分で、辛うじて非常灯が点いているだけだ。

 これでは、淡の部屋と繋ぐドアも使えない。あれを使うにも、実は、相当なエネルギーを必要とするのだ。

 よって、そのドアを使って非難することも出来ない。

「どうして?」

 このままでは、目の前で形成されつつあるブラックホールに吸い込まれてしまう。

「ねえ、もしかして、これがプルプルの言っていた五つの単語に関係あるんじゃ…。」

 この淡の言葉を聞いて、

「そういうことか!」

 サンムーンが何かひらめいた。

「どういうこと?」

「恐らく、エディアカラとの通信の際にウイルスを仕込まれたんです。それに感染した。しかも、三種のコンピューターウイルスを複合させた厄介な代物でしょう。多分ですが、それぞれが別の惑星…カンブリア星、タイシン星、アルカリ星で作り出されたものです。」

 プルプルも、ここまで明確には分からなかったのだろう。

 予言は、大抵が謎めいているし、なんとでも取れるようなものが多い。後付で、

『あれはこうだったんだ!』

 と思うことが多い。地球でも、そんな傾向がある。

 サンムーンの言葉を聞いて、淡の心の中に暗雲が立ち込めてきた。やっぱり、もう、ここで死んでしまうのかもしれないと…。

「ねえ、それで、そのウイルスがどんなものかは分かってるの?」

「一応、それぞれ単独のウイルスに関する情報でしたら、白の星、緑の星、赤の星それぞれの諜報部員達が、各惑星に渡って収集しております。問題は、今、私の考えている通りの対処法で良いのかどうか…。」

「ちょっと、不安になるようなこと言わないでよ。」

「済みません。プルプルは、こうなる可能性を考えて、私の個人PCを持たせたのでしょう。ならば、自分を信じてワクチンを作るしかありません…。」

 サンムーンの額にある三日月の形が徐々に変化して行き、満月のようなまん丸へと形を変えた。そして、左右それぞれの毛先に付いている球が、まるでハンニャの球のように煌々と輝き出し、全身から近寄り難い激しいオーラが立ちこめた。

「では、王子。」

「分かってる。そのPC用に発電するんでしょ。」

「そうです。恐らくプルプルは、このPC用の電力供給のことを想定して王子の力で発電する装置を組み込ませたのでしょう。宇宙船のシステムとは完全に独立していますので。では、王子。御願いします。」

 サンムーンがPCのコンセントをルームランナー型発電機に挿すと、タムタム王子がゆっくりと、その上を走り出した。

 PCを立ち上げると、恐ろしい勢いでサンムーンがコンピューターにカタカタと打ち込みを始めた。そして、ものの三十分ほどでほっと溜息をついた。

「一応、出来ました。あとは、これを宇宙船のコンピューターに入れればウイルスは駆除できるはずです。」

 この超スピードに、淡は呆気に取られていた。本当に、こんな短時間でできることなのだろうか?

 サンムーンは、DVDのようなディスクをPCから取り出すと、船内コンピューターにそのディスクをセットした。

「読み込み開始!」

 彼がEnterキーを押した。

 すると、モニターに何やら訳の分からない文字が延々と記され、まるでコンピューターが暴走したように文字が上から下に激しくスクロールし始めた。

 そして、三十分もすると文字の動きが止まり、一点でカーソルが点滅を始めた。

「駆除できたようです。あとは、このコンピューターの設定をゼロからやり直せば終了です。大星さん。ハンニャの席の下に扉がついているでしょう。」

「えっ…。あっ…、本当だ。何時の間にこんな扉をつけたのよ!」

「ここに、コンピューターの設定を書いた資料が入っているのですが、取り出して頂けますか?」

「良いけど…。」

 淡が四つん這いになり、ハンニャの席の下に作られた扉を開いた。すると、その中には電話帳のような分厚い資料集が二十冊にも及んで並べてあった。

「あったけど、どれを使うのよ。」

「全部です。初期設定から全て再構築します。この宇宙船は、私の部下が造ったものですが、私自身は全てを把握しているわけではありません。それで、資料を全て一読しないと作業に入れないのです。」

「ちょっと、読むって、これだけの量よ!」

「分かってます。でも、多分、自動再構築もできなくなっているはずです。ですから、全て手入力での再構築になります。では、一番左のものから順に出してください。それを今から読んで行きます。」

「でも、読みきる前にブラックホールの中に吸い込まれちゃうわよ!」

「大丈夫です。私を信じて下さい。」

 とは言え、いくらなんでも電話帳クラスの厚さの資料二十冊を読むとしたら丸一日では済まないはずである。これが可能とは到底思えない。

 それに、さっきのコンピューターウイルス駆除ソフトも、そんなに簡単にできるとも通常の感性からは、とても思えない。

 もしかしたら、デタラメなことをやっているだけなのではないだろうか?

 本当にサンムーンを信じて大丈夫なのだろうか?

 そんな疑念が湧いてくる。

 しかし、今は信じるしか方法はない。淡は、五冊ほどの資料を取り出すと、サンムーンの前にドスンと置いた。

「ちょっと懐疑的過ぎるけどね…。でも他に道は無いし、少しは信じてあげるしか無いようね。じゃあ、どうぞ。」

「では…。」

 サンムーンが、資料の一冊を手に取り、まるでパラパラマンガでも見るかのように、物凄い勢いでページを流して行った。少なくとも、淡には彼が資料を読んでいるようには思えない。

「ちょっと、何ふざけてるのよ!」

 しかし、サンムーンは集中していて淡の声が届いていなかった。

 いいかげんなことをやられている上に無視されているみたいで、彼女としてみれば、少々ムカつくところであった。

 すると、タムタム王子が発電機の上でゆっくり走りながら、珍しく淡に話しかけてきた。そう言えば、タムタム王子と話をするのは、これが初めてな気がする。

「大丈夫ですよ。安心して下さい。まず、サンムーンの額のマークが三日月状から満月のように変わったでしょ。」

「ええ。」

「以前、ハンニャからも聞いていると思いますが、あのマークの太さがサンムーンのIQ発揮状態を示すメーターなんです。普段は、IQを地球基準で500くらいにセーブしているのですが、今はフルに発揮しています。そのIQ値は、2億…。」

「…。」

「それと、右の毛先の球が輝いた時、超スピードで速読を行いますし、左の毛先の球が輝いた時、瞬間映像記憶力を発揮します。ですから、この資料の中身を全てあのスピードで暗記しているはずです。」

「嘘でしょ?」

「本当です。信じられないかもしれませんが…。」

「信じられないわよ。」

 そうこうしているうちに、サンムーンは、二冊目、三冊目も読み終えて四冊目に突入していた。

「でも、信じる以外に道は無いのよね、今は…。」

 淡は、更にハンニャの席の下から五冊、十冊と資料を取り出してサンムーンの前に積み重ねた。

 サンムーンは、次々と資料を読んで行った。パラパラマンガを見るようにページを流すだけなのだから、とんでもない勢いである。そして、ものの十分もしないうちに二十冊全ての資料に彼は目を通してしまった。

 彼は静かに眼を閉じた。頭の中で、資料の内容を反芻しているのだ。

 そして、急に目を見開いたかと思うと、宇宙船のコンピュータースイッチを全て落とした。五分ほどして、彼が資料に記された順(暗記した内容)に従ってスイッチを入れると、モニターに点滅するカーソルが映し出された。すると、彼は物凄い勢いで次々と数式を打ち込んで行った。

 その数式の文字は、まるでくさび型文字か何かのような形で淡には何のことか全然意味が分からなかった。恐らく、それ以前に余りのスピードに、見ている方がついて行けない状態でもあっただろう。

 あれから更に十分くらい過ぎたであろうか、サンムーンがEnterキーを強く叩くとモニターに映し出された文字がスクロールした。そして十数秒後、左上で数秒間カーソルが点滅したかと思うと、今まで完全に動きが停止していたコンピューターがいつものように起動し始めた。完全にシステムが復活したのだ。

 突然、サンムーンがその場に座り込んで肩で息をし始めた。

 今までうっすらと輝いていた彼の毛先の球は、何時の間にか宇宙船の外で大きく口を開けているブラックホールのように漆黒な球体へと変化していた。そして、今まで満月のようだった額のマークも、新月のように黒く変わっていた。

 この状態でのIQは…。多分、悪い意味でヤバイ気がする。

「これで、なんとかなった。王子、充電を。」

「僕の力で?」

「はい。原子力発電では、定常するまでに時間がかかります。ですから、ここは王子の力で御願いします。」

「分かった。任せといて!」

 タムタム王子が、爽やかな顔で、再びルームランナー型発電機の上で物凄い勢いで走り始めた。

 エネルギーメーターが一気に振り切れた。これを横目にサンムーンが息を切らしながら言った。

「ウルウル。私は当分動けません。ハンニャも動けない今、ウルウルに操縦を御願いします。一光年くらい離れたところで安全そうな場所に御願いします。」

「良いけど…、サンムーンは大丈夫?」

「少し休めば大丈夫です。とにかく、急ぎましょう。」

「ええ、分かってるわ。じゃあ、行くわよ!」

 ウルウルが瞬間移動先の座標を設定すると、操縦席に飛び乗った。そして、力強く瞬間移動のスイッチを押した。

 そして、ものの数秒もしないうちに、淡達は、カンブリア惑星系の外に出ていた。

「今日は、結構時間がかかりましたね。淡さんは、明日は…。」

「学校は休みだから、気にしないで。」

「しかし、家の人が心配するでしょう。もう、空間を繋ぐ扉は使えるはずですので、今日は家にお帰りください。ここで、私とサンムーンが回復するまで待つのに付き合ってもらいますと、何時帰れるか分かりませんから。」

「分かった。じゃあ、無事に緑の星に戻ったら連絡してね。」

「はい。じゃあ、ウルウル、設定してあげてください。」

 ウルウルが、ドアの脇に付いている電卓のようなスイッチを押した。まるで、パスワードを入れているように見えるが、これで移動先の設定をしているらしい。

 設定を終え、淡が操縦室のドアを開けた。

「じゃあ、また後で。」

 淡が操縦室を出て行った。

 そこは、いつものとおり、淡の部屋に繋がっていた。

 今回、ブラックホールに吸い込まれそうになったのは、自分達の攻撃が跳ね返ってきたようなものだ。

 ただ、アワイ砲を使った後に、こうなったことが、なんだか淡の麻雀に対しても攻撃を跳ね返す人物が出てくる予兆のように思えてならなかった。

 淡の麻雀には、絶対安全圏にダブルリーチ槓裏4と強烈な武器がある。

 今のところ敵わない相手は照くらいだ。照の場合は、攻撃を跳ね返すと言うよりも、さらに強い攻撃力で押さえつけられていると言った感じだ。

 淡の能力を無力化する穏乃とか、嶺上牌を狙い打てる咲とかが、恐らく、淡の懸念に相当するだろう。今から1年先の話である。

 

 翌朝、ハンニャから無事帰還した旨のテレパシーを淡は受けた。それと、今日中には一度、緑の星に着て欲しいとも言われていた。

 本来なら、昨日のうちにハンニャ達には高校のことを相談したかった。しかし、ブラックホール事件があり、それどころではなかった。

 それに、今日は白糸台高校に顔を出したい。昨日、急遽休んだのだから、やはり行くべきだろう。

 それでハンニャには、夕方に行く旨をテレパシーで伝えた。厳密には、淡はテレパシーを使えないが、淡が念じれば、それをハンニャがキャッチできる。

 白糸台高校麻雀部は、部員が非常に多い。殆どは、照と菫のファンらしい。

 今日は、照以外が相手の時は、ダブルリーチ無しで、どれだけの戦いが出来るかを試してみた。それでも、殆ど全員に淡は圧勝した。

 ただ、栞だけは6対4の僅差で勝つくらいで、圧勝と言うわけには行かなかった。

 夏休みいっぱいは、栞は部活に参加するとのことなので、新学期が始まるまでにダブルリーチ無しでも栞に余裕で勝てるようにしたい。淡はそう思っていた。

 とは言え、どう努力したら良いのかは分からなかったが…。

 そして夕方、淡はハンニャに向けて、

「(今から行けるよ!)」

 と念じた。

「では、駅前のデパートで、一階のトイレのドアを開けてください。そことこっちの空間を繋ぎます。」

 ハンニャからの指示だ。きちんとキャッチしている証拠だ。

 淡は、言われたとおりにデパートに入った。そして、トイレのドアを開けると、そこは緑の星ではなく、白の星に繋がっていた。

 そこは、超高層ビルの一室だった。



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流れ八本場:淡、白糸台高校に合格する

高校に合格する回ですので、なんとなくですが淡の誕生日の投稿にしたいと思いました。


「ハンニャ。今日は、どうかしたの?」

 別にハンニャ達に会うこと自体は楽しいし、呼び出されることは嫌ではない。ただ、昨日今日と連日なのが、淡には気になった。

「用件は3点です。一つ目は、昨日の戦いの情報共有です。一緒に宇宙の平和のために戦う仲間ですので、情報共有は当然との思いです。」

「そんな、気にしなくても良かったのに。」

「いいえ。当然のことと思います。それから二つ目は、淡さんの高校受験のこと。そろそろ、志望校も決まってきているかと思いましてね。」

「そうそう。それは、私からも相談したかったの。」

「分かりました。そして、三つ目が、今後の淡さんの麻雀に関することをプルプルから言われましたので、その連絡をと…。」

 最後のは怖い。プルプルの予言は外れない。絶対に当たる。変なことを言われたらどうしよう。

 ただ、他人の人生を狂わせないために、通常は事前に詳細を話してはくれない。先日のブラックホール事件の時も、状況悪化してからでないと教えてもらえなかった。

 それなのに事前に話してくれる。嫌な予感しかしない。

「まず、一つ目ですが…。」

 エディアカラのことだった。

 カンブリア星が、他の星々よりも圧倒的に優れた機械文明を持つようになったのは、今から1000年以上前。

 最初のうちは、他の惑星とも普通に貿易を行っていた。

 しかし、ハンニャ達と一緒である。身の丈30センチ程度で妖精のような姿をした彼らは、見た目で舐められて不利な条件を出されることが多かった。

 ところが、500年前に妖精を象った自分達が、他の惑星の人間達よりも神に近い存在であると言う選民思想が生まれた。これが、次第に他の星の者達を支配すべき存在であることに繋がるとの考えに摩り替って行った。

 この思想の火付け役であり、中心的存在であったのが、女王エディアカラの父親を名乗り、当時僧侶であったスティーブンであった。

 スティーブン僧は、巧みに人々に選民思想を植え付けて一大革命を起こし、カンブリア星の最高位に就いた。

 まさに新興宗教が世界を征服した状態だったのだ。

 それから五百年に渡り、スティーブン僧の娘であるエディアカラが女王としてカンブリア星に君臨し続けていた。

 スティーブン僧は、

『神に選ばれた娘、エディアカラは、カンブリア星が全てを支配するまで決して年をとらない。』

 と予言した。

 その言葉通り、彼女には、この五百年もの間、全然老化現象が起こらなかった。そして、彼女の存在がカンブリア星の者達の士気を高めた。

 自分達の女王は神と同格の存在であり、その彼女を中心とする自分達は、まさに宇宙を支配すべき存在であると強く信じられるようになってしまったのだ。

 ただ、これには裏があった。

 カンブリア星居城地下に設置された三台のスーパーコンピューターのうち、一台にカンブリア星人の大脳らしきものが納められていた。実は、それは、スティーブン僧の大脳であった。

 スティーブン僧は、薬物を使って仮死状態に陥り、そのまま人々には死んだことにした。しかし、実際には死んではおらず、エディアカラに命じて大脳を取り出させて居城地下のスーパーコンピューターに接続させた。大脳だけになって生き続けたのだ。

 ここから、彼の真のカンブリア星支配が始まった。スーパーコンピューターを自分の都合の良い方向にのみ動かし始めたのだ。

 一方のエディアカラだが、彼女は、スティーブンの仲間によって作り出されたアンドロイドだった。五百年の長きに渡りスティーブン僧のエゴのままに動くスーパーコンピューターの端末の一つとして働いてきたのだ。

 つまり、スティーブン僧がエディアカラを操り、彼の理想に基づいて全てが運営されていたことになる。

 また、スティーブン僧は、自分に不利な思想を説く者は、全て処刑し、全カンブリア星人に徹底的な選民思想を施した。危ない国家そのものである。

 一応、彼の大脳は、必要な時以外は休眠状態を保ち、その間はエディアカラに全てを任す形を取っていた。

 それで、五百年も生き続けることが出来たようだ。

 淡がハンニャに聞いた。

「でも、エディアカラがアンドロイドだって誰も気付かなかったのかな? 五百年も年取らないって不自然じゃん。」

「そう考える人もいたでしょう。しかし、そういった人々は危険分子として軍に捕らえられ、極刑に処されたはずです。」

「随分とヒドイ話ね。」

「そうですね…。そして、スティーブン僧の打ち立てた選民思想を盲信する者達は、神に選ばれた不老の美女エディアカリアの存在によって、より選民思想を強め、士気を高めていったのです。スティーブン僧の支配欲に踊らされているとも知らず…。」

「不老の美女?」

「一応、理由があってエディアカリアを美女に作り上げたようです。例えば、戦場に向かう男性兵士の士気を高めるのには、もってこいですからね。」

「でも、美人がトップじゃ女性兵士が動かないんじゃない? 私なんか、ほら。超美人だから、同性との付き合いが結構大変で…。」

 淡らしい冗談だが…。

 ハンニャのように淡を気に入っている相手ならともかく、女性のウルウルとかは一瞬引いていた。

 冗談でも過剰表現するのは気をつけたほうが良い。

「やりかた次第です。女性側も、容姿に劣等感を持ったとしても、女性がトップに立っているわけですから、運営さえ間違えなければ女性の地位が上がるとして積極的に働くようになるケースもあります。信者でしたら尚更です。」

「なるほど…。でさあ、そのスティーブンって人には本当に娘はいたの?」

「はい、いたみたいです。ただ、エディアカラには似ていなかったようですね。お世辞にもカンブリア星人の感性から見て奇麗な女性とは言えなかったようです。」

「ふーん。」

「今回、この話をしたかったのは、国も星も、トップの人間次第でカンブリア星のようになる可能性があることを知って欲しかったからです。今後も、似たような星に出会うかもしれませんから。」

「そうだね。」

「それで、二つ目。高校受験のことですが…。」

 淡にとっては、むしろこっちのほうが大事だった。

「そうそう。実は、それを相談したかったの。私、白糸台高校を受験したいんだけど、偏差値がギリギリなのよ。」

「そうでしたか。ただ、今ギリギリですと、今後は合格ラインを割るかもしれません。状況としては、厳しいですね。」

「えっ?」

 これは、淡にとっては意味不明の言葉だった。

 偏差値ギリギリだから、ちょっと底上げすれば、合格間違いなしになれるはずと思っていたのだ。

「簡単な話です。今まで運動部に入っていて、部活動のほうばかりに集中していた人達が、これからは勉強に集中してきます。部活動を引退して偏差値を15くらい独力で上げる人も実際にいるようですからね。つまり、平均点が上がるわけですから、現状維持では相対的に偏差値は下がると言うことになります。」

「そ…そんなぁ。」

 一般に起こることなのだが、淡は、そこまで考えていなかった。もともとお気楽な性格なのだから仕方がない。

 なら、成績を維持するためにはどうしたらイイか?

 普通は勉強するしかない。

 しかし、ここにはハンニャやサンムーン達がいる。

 淡は、なんとか頼れないかと思っていた。

 例えば、以前被ったヘルメットをもう一度被れば、なんとかなるのではないか。さらなる偏差値アップができるのではないか。そう期待した。

 この考えは、当然、ハンニャ達には読まれていた。

「今から二ヶ月間、自力で勉強してみてください。それで、今の偏差値が維持できないようであれば、我々のほうでも手立てを考えます。」

「えぇー!」

「まあ、合格させることが約束事でしたので、そこを裏切ることは致しません。白糸台高校には、なんとしてでも合格させます。それに、あの時、偏差値を63に設定したのは、プルプルからの指示でしたし…。」

「そうだったんだ。」

「はい。恐らく、あの時既に、白糸台高校に進学を希望する流れになることをプルプルは知っていたのでしょう。もし、今の淡さんの偏差値と白糸台高校のレベルが一致しなければ、それはそれで、希望の対象から外れる可能性もありましたし。」

 例えば、淡が偏差値70超だったなら、既に白糸台高校は眼中にない。超進学校を目指しているだろう。

 もっとも、偏差値70の晩成高校を蹴って阿知賀女子学院に入学するような人間もいるにはいるのだが…。

 逆に、淡の偏差値が50程度なら、ここまで白糸台高校に行きたいとは思っていない可能性が高い。

 既に、栞から、

『うちの高校、偏差値63あるけど、大丈夫?』

 と言われた段階で諦めているかもしれない。

 そういった意味では、予言者プルプル…と言うよりも、運命に巧く誘導されたのかも知れない。

「でも、不安もあるし、以前使ったヘルメットみたいなの。あれって、もう一回使えないのかな。」

「不可能ではありませんが、ただ、余りこちらの機材を使って、淡さんの身体に変な負荷がかかるのは避けたいと思っておりますので…。」

「変な負荷?」

「はい。脳細胞をいじるのですから…。」

「えっ!」

 あのヘルメットを被ることで、頭が良くなると言われれば受け入れやすい。しかし、脳細胞をいじると言われると、正直抵抗が出る。

 言葉の言い回しで随分変わるものだ。

 ただ、少なくともハンニャが合格を約束してくれた。世界中を探しても、ここまで合格を確約出来る塾も予備校も学校も無い。

 一先ず淡は、ハンニャに言われたとおり、二ヶ月間、自力で頑張ってみることにした。

「それから、三つ目の麻雀の件ですが…。」

 そうだ。これがあったのだ。

 聞くのが正直怖い。

 しかし、淡が思っているような変な話ではなかった。

「白糸台高校に入学してからの話になりますが、麻雀部の部長となる弘世菫、エースの宮永照、それと顧問兼監督の貝瀬麗香の三人には、我々と淡さんの間の約束事…つまり、能力と引き換えに宇宙平和のために戦っていることを話してください。」

「えっ? バラしちゃってイイの?」

「本当は、話して欲しくはありません。」

「じゃあ、話さないほうが…。」

「いいえ。むしろ、話しておかないと、急に淡さんが部活を休むケースが生じたりすると、淡さんの立場が悪くなります。ただ、口止めは必要ですが…。」

「なんだ、そう言うことね。」

「三人とも信用できる方のようです。他言はしないでくれます。」

「了解しました。」

「それと、高校では淡さんが想像する以上に麻雀が強い人と出会うようです。」

「それって、テルーのことでしょ!」

 淡は、自分に勝てるのは照くらいしかいない。そう勝手に思い込んでいた。しかし、ハンニャの口からは、別の言葉が出てきた。

「宮永照以外に二人です。」

「えっ?」

「プルプルから聞いた限りでは、一人は深山幽谷の化身。もう一人は宮永照以上の怪物で点棒の支配者だそうです。」

「テルー以上なんて信じられないけど。」

「それが、いるようです。今は麻雀をやっておりませんが…。ともに同学年。今、私がここで言うのは、もし彼女達に負けても、投げ出さずに三年間、この二人と切磋琢磨して欲しいと願っているからです。」

 事前に聞いていたほうが、彼女達との戦いに直面した時のショックは少ない。

 たしかに、淡の願い事は絶対安全圏、ダブルリーチ、槓裏4プラス胸のことだった。世界で一番強くなりたいとかは言っていない。

 ただ、人間誰しも願いが叶うと、それ以上のものが欲しくなる。しかも、淡の場合、それを努力しないでハンニャ達にねだってしまえる位置にいる。

 ハンニャは、それに釘をさしたかったのだ。

 別に、淡をもっと麻雀を強くすること自体は、ハンニャ達には可能だ。極端なことを言えば、毎回起家になって天和を連続で出せる能力を与えれば良い。

 しかし、なんでもかんでも与えてしまっては、淡が今後、何の努力もしなくなってしまう。それは回避したかった。

 今の淡は、そう言ったハンニャ達の気持ちを全て理解ができるほど大人ではなかった。

 とは言え、成績のほうは合格確約してくれたし、麻雀のほうも照に負けたからこそ目標ができた。

 ならば、次の目標は、深山幽谷の化身の化身と点棒の支配者に圧勝すること。

 楽観的な性格から来ている部分も大きいが、淡には、一応そういう前向きな気持ちが少なからずあった。

 まあ、そういった意味では、一応、ハンニャの言っていることは、淡なりに受け入れられたようだ。

 

 

 それから半年が過ぎた。

 この間にも、淡には月に数回、ハンニャから出撃命令が下っていた。白の星の第一皇女アワイとして…。

 エディアカラとの戦い以降、コンピューターウイルスを仕込まれたり、ブラックホールに吸い込まれそうになったりするような大ピンチに見舞われることはなかった。

 しかし、アワイの言うことを聞き入れて戦争や侵略行為を止める者達は、残念ながらいなかった。結局、白の星の科学力で相手を撃破するばかりであった。

 毎回余裕の勝利だったが…。

 また、おとめ座銀河団では、カンブリア星に代わり、最近ではタイシン星が勢力を大きく拡大してきた。三回に一回はタイシン星の奴らとの戦いになる。

 既に、白の星の第一皇女アワイの名は、タイシン星では消し去りたい奴ナンバーワンの存在として有名になっていた。つまり、ブラックリスト入りだ。

 多分、カンブリア星でもそうだったのだろう。

 

 さて、この日、清澄高校では、

「やったじぇい。私もノドちゃんも合格だじぇい!」

 と喜ぶ二人組みや、

「京ちゃん。合格おめでとう。」

「咲もな。」

 と会話する男女がいた。

 この男女のうち、女性のほうは、今は麻雀をやめているが、後に淡と頂上決戦を繰り広げることになるライバルになる。いや、点棒の支配者、化物2号と言うべきか。

 

 一方、阿知賀女子学院では、

「合格楽勝!」

 とほざいている偏差値70超の子がいたりした。

 その隣には、

「これで、二人で和の前に立てるね!」

 と意気込んでいる子がいた。この子も、後に淡と戦うことになるライバルになる。淡のもっとも苦手な相手…深山幽谷の化身として…。

 

 そして、今日は白糸台高校の合格発表の日でもあった。

 結局、淡は脳力アップのヘルメットは被らずに、自力で成績を維持した。テストの出来には多少の自信はある。

 しかし、いくらハンニャが合格を確約してくれていても…、この楽観的な性格と言えども…、テストがきちんとできた手応えがあっても、やはり合格発表を見るのは怖い。

 脳力アップのヘルメットを使っておけば良かったと、今更ながらに思う。

「(でも、結果をきちんと受け入れなきゃ、先に進めないもんね。)」

 淡は、意を決して一人で合格発表を見にきた。

 周りには、受かったっぽい子もいれば、落ちたっぽい子もいる。当然の話だが…。

 順に番号を見て行く。

 受験番号は8028。語呂合わせで『ハンニャ』と覚えていた。

「(8017、8021、8024…。)」

 番号が飛び飛びだ。それはそうだ。落ちている人もいるのだから。そして、

「(8025、8027、8028!)」

 淡は自分の番号を見つけた。

 何回も見直す。

「(合格者番号だよね。不合格者番号じゃないよね。)」

 そんな番号は提示しない。しかし、淡は、念のため掲示板に「合格者番号」と書かれているのを確認した。

「(大丈夫だよね。)」

 間違いない。

 合格している!

 淡の表情が和らいだ。嬉しくて涙が出そうだ。

「(ハンニャ。合格したよ。)」

 心の中で強く念じた。すると、

「(淡さん、おめでとうございます。)」

 ハンニャからのテレパシーが淡の頭の中に届いた。きちんと通信できている。銀河系の反対側なのに、一瞬で会話ができる。便利だ。

「(ありがとう。)」

 これで一安心。

 淡は、即行で麻雀部に顔を出すことにした。




由来は言うまでもなく
スティーブン層
カンブリア爆発
バージェス動物群
トモティ動物群
エディアカラ動物群
です。



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流れ九本場:淡、宇宙で嵐に遭う?

 淡がドアをノックした。

「どうぞ。」

「失礼します。」

 そこは、白糸台高校麻雀部の監督、貝瀬麗香の居室。淡がドアを開くと、中には麗香と部長の弘世菫の姿があった。

 二人で、部のことについて打ち合わせをしていたようだ。

「合格の報告に来ました。4月からは、正式な部員としてよろしく御願いします。」

「おめでとう。期待してるわよ。」

「それで監督。実は、入部の前に話しておかなくてはならないことがありまして…。」

「何かしら?」

「私の能力に関係することです。」

「絶対安全圏にダブルリーチ、槓裏4。非常に頼もしい力だと思うけど。」

「実は、この能力は、ある人(?)から頂いたものなんですけど…。」

「えっ? 能力ってもらえるの?」

「まあ、たまたま、その機会に恵まれたって言うか…。」

「紹介して欲しいくらいだわ。」

 麗香の目は本気だった。能力がもらえるなら、当然自分も欲しい。できれば天和が自在に出せる能力だと嬉しい。

「まあ、代わりに相手方の要求を満たす必要がありますけど…。」

「タダじゃないってことね。」

「はい。それで、その交換条件に、週一回くらいですが、その人の仕事を手伝うことになっています。」

「週一くらいなら別に問題ないんじゃないの?」

「でも、その話が何時来るか分からないんです。平日の時もあります。ですので、どうしても部活に出られない日ができてしまいます。」

「それは困るわね。でも、まずは詳しいことを教えてくれないかしら。」

「はい…。正直なところ、突飛過ぎて信じてもらえないかもしれませんが…。」

 淡は、一昨年の夏に宇宙に飛ばされたこと、そこで宇宙戦争を体験したこと、そして、ハンニャに能力を授けられた代わりに彼らの仕事を手伝うことを話した。

 コンピューターウイルスで宇宙船のシステムがダウンしたことや、その後ブラックホールに吸い込まれそうになったことなども…。

 麗香と菫の視線が痛い。

 こんな話、誰が信じてくれるのだろうかと淡だって思っている。それでも、今は理解してもらわなければならない。

 淡の表情は、至って真面目であった。それを菫は感じ取った。

「ちょっと監督。紙とペンをいいですか?」

「ええ、どうぞ。」

 菫がメモ用紙に何やら絵を描いた。それは、まるで子供の落書きの様でもあったが…。

 その絵を見て淡は驚いた。

 それは、巨大な卵に顔を描いて、指サックのような手を生やし、半球のような足を卵の下につけた感じの絵だった。

 そして、頭の上から先端に球の付いた毛を一本生やし、波打ってにやけた目に締りの無い口と、少しイビツな絵だが、ハンニャの特徴を捉えていた。

 この驚き方を見て、菫は淡が嘘をついていないことを確信した。

「ど…どうして? ねえ、スミレ。どうしてハンニャのことを知ってるの?」

「ハンニャと言うのか。」

「そうだけど。」

「こいつに能力をもらった。違うか?」

「そうだけど…。でも、どうしてハンニャのことを知ってるの?」

「照が照魔鏡で見たそうだ。」

「照魔鏡?」

「ああ。照は、見ただけで相手の本質を知る能力を備えている。」

「そう…なんだ…。」

 それはそれで便利だな。淡はそう思った。

「初めて淡に会った時、照が淡を引き止めたけど、あの時、淡の背後に、このぬいぐるみみたいな姿をしたものが見えたそうだ。一瞬引いたらしいが…。」

「(ですよね~。)」

「それと、この者からとてつもない強力なエネルギーが放たれていることも…。勿論、淡の能力もな。」

「じゃあ、信じてもらえるの?」

「普通は信じられないが、信じるしかなさそうだな。」

「あと、絶対に他言しないで。テルには話すけど。」

「他言できるはずないだろう。誰が信じるか、こんなこと。」

「でも、信じてくれるんでしょ?」

「照がハンニャとやらを鏡で見ているからな。それにしても、宇宙に行くのか。私も一度でいいから行ってみたいな。」

「じゃあ、今度ハンニャに聞いてみる。」

「頼む。しかし、宇宙戦争に巻き込まれるのが代償とするなら、能力をもらえるとしても私はパスするかもな。」

 この菫の言葉に、

「そうね。私もパスだわ。」

 麗香も同意した。いくら麻雀が強くなっても、そう度々、命の危険に晒されるのなら遠慮したいところだ。

「では、家に戻って母に合格を報告しますので、今日はこれで失礼します。」

 淡は、麗香と菫に一礼すると、監督室を出て行った。

 

 その頃、緑の星では、ウルウルが諜報部員イタタからの通信報告を受けていた。

 モニター画面にはイタタの姿がデカデカと映し出されていた。彼は、頭の上に三段重ねのコブのようなものを二つ、身体中には沢山の縫い傷のようなものがあった。名前のとおり、実に痛々しい姿だ。

 しかし、三段重ねのコブのようなものはツノ、縫い傷のようなものは大きなホクロらしく、別に殴られたわけでも怪我をしているわけでもない。

「タイシン星より、たった今、宇宙艦隊が飛び立ちました。彼らのシステムをハッキングして詳細を確認しましたところ、宇宙戦艦200隻が、30分後に長距離の瞬間移動に入るとのことです。」

「行き先は分かりますか?」

「局部銀河群。恐らく、大マゼラン星雲と思われます。」

「分かりました。では、赤の星にその後の追跡を依頼します。」

 ウルウルは、イタタとの通信をきると、今度は赤の星との通信チャンネルを開いた。

「こちら緑の星。応答願います。」

「こちら赤の星。」

 モニター画面に、赤の星の通信連絡担当者の姿が映し出された。彼女の名はギロリン。

 吊り目にツインテールで、への字口。ハンニャ達の種族の中では、美人なほうかもしれない。

 ウルウルが、イタタからの報告内容をギロリンに説明した。

 赤の星は、大マゼラン星雲に位置する星。つまり、タイシン星の宇宙艦隊の行き先と思われる。

 ただ、行き先と言われても大マゼラン星雲のどこに行くのかは分からない。広大な星雲内を全て確認するのだから、それはそれで結構キツイ話だ。

 

 30分後、淡が家に戻った。

「ただいま! 合格したよ!」

「良かったね、淡。おめでとう!」

 淡の母親は、本当に嬉しそうだった。中学二年の一学期中間試験の段階での順位は、後ろから数えたほうが、はるかに早かった。その淡が、なんと偏差値60を超える白糸台高校に入学できたのだ。母親としても奇跡としか思えない。

 もっとレベルの高い高校はあるが、一応、上から数えたほうが早いレベルだ。

 その日の夜、淡は合格祝いに家族で外食に出かけた。久しぶりの平穏だ。

 しかし、翌朝、淡のスマホが点滅していた。

 トップ画面には、

「緊急指令!」

 との文字。ハンニャからだ。

 時間帯によっては、テレパシーで淡を呼び出すことはできない。例えば、試合中とかテスト中とかにテレパシーを送られても困る。

 それで、最近は淡の状態を見て、テレパシーでの呼び出しとスマホで呼び出しを使い分けているようだ。

 今日は、学校は休みだ。あとは卒業式を待つばかりの身。

 両親も既に仕事に出ている。

 淡は、急いで身支度をすると、

「(ハンニャ。OKだよ。)」

 と強く念じた。

 すると、

「では、ドアを開けてください。空間を繋ぎました。」

 とハンニャからテレパシーが送られてきた。

 淡が部屋のドアを開けると、その先は、いつもの宇宙船の中だった。毎回思う。非常に便利なドアだ。

 今回は、久しぶりに操縦室の真ん中にタムタム式発電機(ルームランナー型発電機)が設置されていた。

 操縦席にはサンムーン、指令席にはハンニャ、レーダー通信担当の席にはウルウル、淡は指令席脇のゆったりとした席。ここまでは、いつものパターン。

 しかし、タムタムだけは、いつもと違い、ハンニャを挟んで淡の丁度反対側に儲けられた席に座っている。カンブリア星に攻め込んだ時と同じだ。

 多分、ヤバイ展開が待っているパターンだ。

 

 宇宙船の右方向には、大きな惑星が見える。

 地球と同様に海と陸がある惑星。

 ただ、大陸は幾つかに分かれているのではなく、巨大な大陸が一つだけ。しかも、少し内陸に入ると緑色が少なく、殆どが赤褐色だ。

 これが赤の星。砂漠地帯が多い惑星だ。

 海が全体の半分を占めているので、見る角度のよって青い星だったり赤い星だったりする。これはこれで面白い…。

 まあ、どうせハンニャ達の種族だ。メインは地下都市だろう…。

 そうそう、赤の星があると言うことは、ここは大マゼラン星雲だ。

「淡さん。合格おめでとうございます。」

「あ…ありがとう。ハンニャ達のおかげだよ。」

「いえいえ。」

「それで、今日は何が起こったの?」

「タイシン星の宇宙艦隊が大マゼラン星雲内に侵入してきました。」

「ええと、たしかカンブリア星滅亡の後に、おとめ座銀河団で幅を利かせてきた星だったっけ?」

「そうです。それで、赤の星での観測状況を直接聞きまして、今、赤の星を飛び立ったところです。」

「そうだったんだ。」

「タイシン星宇宙艦隊の現在位置を教えてください。」

 これに、レーダー通信担当のウルウルが答えた。

「小字-上内-369-12です。」

 相変わらず、宇宙座標には似合わない。田舎の住所としか思えない。

 淡には、局部銀河『郡』、大マゼラン町、小字-上内…に聞こえる。

 正しくは、局部銀河『郡』ではなく局部銀河『群』だが…。

 宇宙座標を聞いて、サンムーンが、

「ちょっと近づきたくないところですね。」

 と言った。

「近づきたくないとは、どう言ったことでしょう?」

 ハンニャが聞いた。

「あの辺りは、宇宙嵐が発生しやすい不安定な空間とされています。」

 昔のSFアニメに、たまに出てきた宇宙嵐。しかし、淡にとっては初めて聞く単語だ。

 そんなものが本当にあるのだろうか?

 まあ、宇宙では何が起きてもおかしくはない。そう言うことにしておこう。なにかのSFアニメでも、そんなことを言っていたような気がする。

「しかし、何故そのようなところに?」

「もともと、おとめ座銀河団の者達です。大マゼラン星雲の詳細を知らずに、あの場所に瞬間移動してしまった可能性はあるでしょうし、知っていて敢えてあの場所に出てきた可能性もあります。」

「知っていて? どうしてです?」

「あの辺りの惑星とか衛星に基地を設ければ、外敵からの攻撃を受け難いからです。正直なところ、我々とて本来は近づきたくありませんからね。」

「たしかに、そうですけど…。でも、惑星や衛星にも影響は出るでしょう?」

「はい。しかし、例えば地下都市でも建設して、そこに入ってしまえば、いくら相手が宇宙嵐でも惑星や衛星が破壊されない限り問題ありません。」

「なるほど…。もしそうだとすると、そこを局部銀河群進出の足がかりにされると、後が面倒ですね。」

 ハンニャは、そう言いながら険しい顔をしていた。

 しかし、もとが波打った感じのにやけた目にしまりの無い口である。ハンニャ達の種族以外には余り深刻な感じが伝わってこないだろう。淡だけは別として…。

 

 淡達を乗せた宇宙船が、赤の星付近からタイシン星宇宙艦隊の後方に瞬間移動した。

 そこは惑星系になっていた。

 前方には、火星のように全体が赤茶けた惑星が見える。タイシン星宇宙艦隊は、まさにその惑星を目指して移動中だった。

 ウルウルが、通信チャンネルを開いた。そして、いつもの如く、相手方の通信モニターには、白いドレスで着飾った淡の姿が映し出された。

「私は、白の星の第一皇女アワイ。局部銀河群大マゼラン星雲への進入理由を確認させてください。」

 しかし、タイシン星宇宙側からは、何の返答もない。一方的に淡との通信を切って、言葉での返答を拒否すると言った悪態をついているわけでもない。

 ただ、誰もモニター画面に出てこない。

 つまり、淡達の乗る宇宙船のモニターには、敵戦艦の操縦室の様子が映し出されるが、そこには人の姿が全く映らない。

『もしかして、無人君?』

 と淡は思った。

 ハンニャが超能力で敵艦隊の様子を探ると、やはり、どの宇宙戦艦にも、誰も乗っていなかった。微弱な脳波が観測されたが、それはタイシン星人の細胞から人工的に作り出された直径2センチ程度のミニ大脳数個から発されるものであった。

 それらミニ大脳自体は意思を持っていないようだ。

 恐らく、コンピューターとミニ大脳でコントロールされた無人艦隊なのだろう。

 何十隻もの宇宙戦艦が、淡達に向けて巨大ミサイル砲を撃ち放ってきた。

 淡達の宇宙船は、強力なバリヤーを張り、この攻撃を防いだ。まだ、タムタム式発電は使われていない。

『また、いつものように戦闘ですか…。』

 淡は、そう思いながらも、なぜ無人の艦隊なのかが気になっていた。

「ねえ。これって、ちょっと様子が変じゃない?」

 と言葉を口に出した。すると、サンムーンが険しい顔で答えた。

「ここを足がかりに局部銀河群に進出するか、もしくは、我々がここに誘き出されたか、どちらかでしょう。ただ…。」

「ただ?」

「いずれにしましても、ここは、宇宙嵐が発生しやすい空間です。激しい攻防をしたくありません。強力なエネルギーを放出して宇宙嵐が発生しては困りますからね。」

「でも、戦わなくちゃだよね?」

「そうです。誘き出されただけでしたら逃げますが、ここを足がかりにしようとしている可能性も捨て切れません。それに、恐らくタイシン星では、ここが不安定な空間であることを知っています。だからこそ、無人艦隊を送り込んできたのです。」

 サンムーンが手元のボタンを押すと、宇宙船上部より先端に大きな球の付いたアンテナが伸びてきて、その球体部分がバリヤーの外に顔を出した。カンブリア星での戦いでハンニャの超能力を増幅した装置だ。

「万が一の場合は、瞬間移動で逃げましょう。では、王子。攻撃のほうをよろしく御願いします。」

「うん!」

 天井から、細いケーブルが降りてきた。そのケーブルの先には、高さ五センチ、幅十センチ、厚さ一センチくらいのプラスチック板が付いていた。

 しかも、そのプラスチック板の表面中央には十字キー、その両脇には錠剤くらいのボタンが一つずつ付いており、まるでファミコン操作キーそのものであった。

 タムタム王子が、そのプラスチック板を手に取ると、今度は彼の席の前に照準がせり上がってきた。

 彼は、まるでゲームを楽しむかのように、ファミコン操作キーのようなものをピコピコと押し始めた。すると、宇宙船上部から伸びたアンテナ先端の球体部分から四方八方に向けてレーザー光線が放たれた。この球体は、ハンニャの超能力増幅装置以外にもレーザー砲としての機能も持ち合わせていたのだ。

 この時、ハンニャは、目を閉じて集中していた。何かを超能力で探っている感じだった。

 敵戦艦から、おびただしい数の戦闘機が飛び出してきた。それらが、一斉に淡達のほうに突進してきた。

 しかし、タムタム王子は、次から次へと楽しそうに敵戦闘機や敵戦艦を撃ち落としていった。少なくとも、その表情からはゲーム機で遊んでいる無邪気な子供のようにしか見えなかった。

 シリアス漫画の敵役が、ギャグ漫画の主人公と戦っているようなものだ。

 敵戦艦がミサイルを何発撃ち込んでこようが、敵戦闘機がレーザー砲で攻撃してこようが、淡達の乗る宇宙船の強力なバリヤーを撃ち抜くことはできなかった。相変わらずの強い防御力だ。

 それでいて、球体部分から四方八方に向けて強力なレーザー光線が激しく撃ち込まれて来るのである。子供の喧嘩に大人が出てきたようなものだ。

 まあ、ここで言う大人のほうが、雰囲気が子供のタムタム王子なのだが…。

 歴然とした力の差。

 毎度の如くだが、やっぱり、こいつら凄い。

 少なくとも敵は、あちこちの惑星を支配している超先進惑星のはずである。それが、いくら無人艦隊とは言え、タムタム王子のゲームの対象にしかされていないとは…。

 しかも、その優れた科学力を誇る者達の容姿が、ぬいぐるみと同程度なのだから、見かけにはよらないとは良く言ったものだ。

 タイシン星軍隊は、いよいよ宇宙戦艦数隻を残すのみとなった。

 突然、淡達の宇宙船操縦室中央が強烈に光った。何かが瞬間移動してきたのだ。

 そして、その光がおさまると、そこには人型二脚歩行のロボットの姿があった。タイシン星戦艦から送り込まれたのだろう。

 そのロボットは、頭部に超高速カメラを搭載していた。この宇宙船操縦室内部を撮影しようと言うのだ。

 しかし、次の瞬間、そのロボットは頭部がひしゃげ、背中から上下真っ二つに折れた。タムタム王子が席から飛び出し、ロボットの頭部を膝蹴り(?)して、そのまま背後に回るとロボットの胴体を背中側から蹴破ったのだ。

 垂直跳びで成層圏まで達する奴だ。椅子を蹴って飛び出すスピードも半端ではない。淡の動体視力では、何が起こったのかさえ分からなかった。

 ロボットのカメラは、もう動かない。

 いつもなら、ハンニャが超能力で事前にこれくらいのことは察知するだろう。

 しかし、ハンニャは何か別のものを超能力で探っていた。それでロボットが送り込まれるのを察知できなかったのだ。

 ただ、瞬間移動してからタムタムに破壊されるまでの僅かな間の映像が、タイシン星本土の司令官の元に既に送信されていた。ミニ大脳がテレパシー波で送り届けたのだ。

 その映像は、アワイの隣にハンニャ、その隣にタムタムの姿を捉えていた。

 丁度、この時だった。

「至急、この場所から離れてください!」

 ハンニャの声だ。なにか慌てた感じがする。

 突然、宇宙船が直下型地震のように激しく揺れた。窓の外では、敵戦艦同士がぶつかり合い、爆発する姿があった。

「宇宙の嵐です。急いで瞬間移動で安全な場所へ!」

 しかし、時は既に遅かった。

 この空間で荒れ狂うエネルギーの放つ影響だろうか? 計器が機能せず、宇宙船が操縦不能になった。

 敵戦艦も同じだ。コンピューターやミニ大脳でコントロールできず、嵐で煽られて派手にぶつかり合ったのだ。

 そして、淡を乗せた宇宙船は、キリモミ状に回転しながら惑星とは反対側の暗闇に向けて放り出された。



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流れ十本場:淡、宇宙の墓参りをしてから白糸台高校に入学する

 しばらくして淡が目を覚ました。いつの聞を失っていたらしい。

 ハンニャもサンムーンもウルウルも目を閉じたまま動かない。まだ気を失っているみたいだ。

 妙にダルい。

 体内からエネルギーが吸い取られているみたいだ。

 ただ、タムタム王子だけは起きていた。強靭な身体ゆえ、通常誰もが気を失うような負荷がかかってもビクともしない。体力オバケだ。

 彼は、一人で例のルームランナー型発電機の上で元気良く走っていた。

 窓の外は、妙に明るい。宇宙空間のようだが、このようなところは淡も初めて来る。

 良く見ると、見知らぬ宇宙船や戦闘機、戦艦、巨大ロボットなどが、淡達の宇宙船の近くを浮遊していた。少なくとも操縦されている感じではない。ただ、そこに浮かんで漂っているだけだ。

 タムタム王子が、淡が目覚めたのに気づいた。

「淡さんは、大丈夫ですか?」

「大丈夫。でも、ここって?」

「僕も初めて見ます。サンムーンかハンニャが起きたら聞こうと思いますが、多分、噂に聞く宇宙の墓場ではないでしょうか?」

「宇宙の墓場?」

 昔のSFアニメで出てくるネタの中にある奴だ。

「一応、発電してみましたが、システムが動きません。照明もすぐに消えます。良く分かりませんが、エネルギーが漏れているような感覚です。」

 それって、とんでもなくヤバイんじゃ…。

 もしかして、ここから出る術がないってこと?

 これから高校に入学しようってところなのに、合格祝いに宇宙の墓参り?

 しかも、そのまま墓場入り?

 楽観的な淡も、珍しく顔が青ざめてきた。

 

 その頃、白糸台高校では、春季大会に向けてチーム虎姫の調整を行っていた。目指すは当然、夏春連覇。そして、宮永照の個人戦連覇。

 メンバーは、エースの照、部長の弘世菫、一年生の渋谷尭深と亦野誠子、そして、尭深や誠子よりも若干劣る一年生選手が一名いた。

 春季大会が終わると同時にチームは解散し、新一年生を加えて再編成する。

 ただ、照も菫も、4月になって新たにチーム虎姫に加わるであろう淡が、まさに今、この瞬間に大変なことになっているとは夢にも思わなかった。

 

 それからしばらくして、ハンニャが目を覚ました。

「ここは?」

 ハンニャが超能力で周りの様子を探った。しかし、超能力の切れが今一つな気がする。普段と比べてパワーが足りない。

 ただ、超能力で感じ取った限り、ハンニャにとっても未知の空間だった。いったい、ここが何処なのか分からない様子だ。

 ただ、数十万キロメートル離れたところに、真っ黒な円形の何かが幾つか見える。まるで新月を連想させる。どうやら、それが、この空間の出入り口のようだ。ハンニャは、それを超能力で、うっすらと感じ取った。

 ならば、その外には、普通の(?)宇宙空間が広がっているはずだろう。

「サンムーンを起こしましょう。」

 ハンニャの毛先の球が、うっすらと輝いた。すると、急に驚いたようにサンムーンが飛び起きた。

「変な夢を見させないでください。」

 どんな夢だったのだろう?

 淡は、ちょっと興味があった。しかし、今は黙っておこう。この空間から出るほうが優先順位としては上だ。

「急いで起きてもらいたかったもので…。それで、今私達のいる空間なんですが…。私の超能力でも良く分かりません。現在位置が探れないのです。」

 サンムーンが、辛そうな表情で窓の外を見回した。彼も淡と同じで身体がダルいのだ。ここで体力が溢れているのはタムタム王子だけだ。

 たしかに、サンムーンにとっても、ここは始めて見る空間だった。

 白の星のものとは違う宇宙船や戦闘機、戦艦、巨大ロボットなど、宇宙進出に使われた乗り物が多数浮遊している。

「…。」

 まるで、この空間に不法投棄されたみたいだ。

 絶句…。まさしく言葉が出ない。

 ハンニャが、

「あそことか、あっちとかに幾つか出口はあるようですが…。」

 そう言いながら、真っ黒に見える円形の何か…恐らく出口と思われるところを何箇所か指差した。

 その方向に目を向けたが、サンムーンも肉眼で見ただけでは良く分からなかった。

 そこで、彼は望遠鏡で覗いてみた。すると、たしかに、ハンニャの言うように、その外に宇宙空間が広がっているように見える。

「王子。済みませんが、発電を…。」

「既にやったけど、どこかからエネルギーが漏れているみたいな感じなんだよ。全然、エネルギーが溜まらない。」

「そうですか…。じゃあ、確定ですね。エネルギーが吸い取られる空間だから、迷い込んだもの全てが動けなくなり、出られなくなる。機械も、生物もです。多分、噂に聞く宇宙の墓場でしょう。」

 サンムーンの考えが、タムタム王子の考えと一致した。

 タムタム王子が、ルームランナー型発電機の上を走って見せた。すると、たしかにエネルギーメーターは多少の上昇を見せるが、上がり切らない。九割方が、どこかに漏れているような感じを受けた。

 エネルギーが使えないとなると、ここからどうやって脱出すれば良いのだろう?

 これで終わりなの?

 助からないの?

 待ちに待った麻雀部員としての高校デビューが!

 そんな言葉が淡の頭の中を駆け巡る。そして最後に浮かんできた言葉、

『これで神隠し確定…』

 とうとう、淡の目に涙が溢れてきた。

「もう帰れないの?」

 この淡の問いにサンムーンが答えた。

「王子次第です。エネルギーは、発電する傍から失われてゆきますが、一応メーターは上がります。ならば、脱出するまで莫大なエネルギーを作り続ければ、その殆どが漏れてしまっても、この空間から外に出ることは可能です。では王子。」

「なに?」

「王子も、この空間に体力が吸い取られていると思いますが、今、何時間くらいなら連続で走れますか?」

「普段なら丸三日くらいだけど、疲れているから丸一日くらいかな?」

 おいおい、いつもは不眠不休で三日も走れるのかよ?

 この爽やかな表情で疲れているのかよ?

 淡は、一瞬そう思ったが黙っていた。こいつらを地球の常識の枠に当てはめてはいけないことは重々承知だ。

「分かりました。でも、丸一日も電力供給する必要はないと思います。済みませんが、全力で発電を御願いできますか?」

「全力で走ってイイの?」

「はい。」

「ヤッター!」

 タムタム王子は、嬉しそうな顔でルームランナー型発電機の上に飛び乗ると、もの凄い勢いで走り出した。

 これで疲れているとは…。

 余程体力を持て余していたらしい。

 エネルギーメーターが上がっていった。走るスピードは、カンブリア星でアワイ砲を撃った時よりも早い気がする。しかし、メーターは、半分程度までしか上がらない。

 以前は、もっと抑えた走り方でメーターが振り切れていた。それだけ、エネルギーをロスしていると言うことだ。

「エンジン点火。このまま、前方右、二時の方向に見える出口に向かいます。」

 サンムーンがスイッチを入れた。

 宇宙船は、いつもに比べると遅いスピードで、出口と思われる黒い空間に向けて動き出した。

 

 一方、タイシン星では、司令官の一人コバロスが、超高速カメラでロボットに撮影させた淡達の宇宙船内部の映像を見ていた。

 謎の生物(ハンニャ)が中央の一段高い席に、その両隣にアワイと謎の生物(タムタム王子)が配置されている。

「この映像から判断すると、白の星第一皇女アワイは、司令官の隣に座っていると考えられる。問題は、この司令官と思われる奴とロボットを破壊した奴。人間ではない。別種の生物だ。」

 コバロスが、画像のコマ数を数え出した。何コマでタムタム王子が席からロボットまで到達しているかを確認し、スピードを算出するためだ。

「多分、移動と破壊まで合わせて0.01秒にも満たない。とんでもないスピードだな、これは。暗殺者か?」

 まさか、王子が暗殺者呼ばわりされるとは…。

 もし、淡が指令席に、ハンニャとタムタム王子がその両隣に座っていれば、傍目には、ハンニャとタムタム王子は淡を守るために造られた人工生物との見方もできる。

 しかし、ハンニャが司令官だとすると話は変わってくる。ハンニャは、人工生物ではなく別種の知的生命体との考え方が生まれてくる。

 こんな知的生物は見たこともないが…。

 それにもし、ハンニャが人工生物かつ司令官だったとしても、それよりも高位にあろう第一皇女のアワイは、ハンニャの後ろで、より大きな座席に座るはずだろう。普通の感性ならば…。

 もっとも、ハンニャの脇にタムタム王子が座っている時点で、ハンニャ達の感性は普通とは違うのだが…。

 少なくとも、白の星のことを調査する必要があることだけは間違いない。

 もしかしたら、白の星でヤバイのは、アワイではなく他のわけの分からない生物かもしれない。コバロスは、直感的にそう思っていた。

 丁度この時だった。

 淡達の宇宙船に送り込んだロボットに仕込んだミニ大脳からのテレパシー波をタイシン星ではキャッチした。

 その位置が確認され、部下からコバロスに報告が入った。

「アワイの宇宙船が、かみのけ座銀河団に出た模様です。」

「かみのけ座?」

「まだ、詳細は分かりませんが…。」

 また、とんでもなく遠いところにいるらしい。

 そこがアワイの本拠地なのか?

 しかし、すぐにミニ大脳からのテレパシーが途絶えた。

 

 一方、淡を乗せた宇宙船操縦室では、ハンニャが超能力でロボットを破壊したところだった。ミニ大脳は、ロボットと共に潰された。

 宇宙の墓場では、エネルギーが流出する。

 テレパシーもエネルギー波の一つとして宇宙の墓場に吸収され、今まではコバロス達のところにも届かなかったし、ハンニャがキャッチすることもできなかったのだろう。ハンニャの超能力が弱まっていたのと同じだ

 しかし、宇宙の墓場を出て普通にエネルギーが使えるようになると、当然、ハンニャがミニ大脳のテレパシー波をキャッチできる。それで、コバロス達への通信を閉ざすためにハンニャがロボットごとミニ大脳を潰したのだ。

 一方、タムタム王子は、ケロッとした顔でハンニャの隣の席に座っていた。既に宇宙船内では原子力エネルギーの供給システムが発動し、タムタム式発電に頼る必要が無くなったのだ。

 ウルウルが現在位置を確認した。

「かみのけ座超銀河団の中の…、ええと、ここは、かみのけ座銀河団のようです。」

 かみのけ座超銀河団は、かみのけ座銀河団としし座銀河団より構成される。

 恐らく、宇宙の墓場が歪んだ空間になっており、大マゼラン星雲とかみのけ座銀河団の両方に繋がっていたのだろう。

 大マゼラン星雲とかみのけ座銀河団は、途方もなく離れた位置関係にあるが…。

 ただ、幸か不幸か、これでアワイが暮らすとされる白の星は、かみのけ座銀河団に位置するものとタイシン星には勘違いされたようだ。

 現在位置は、銀河系や大マゼラン星雲からは、三億光年も離れたところだ。タイシン星は、白の星探索をするにしても、かみのけ座銀河団に目を向けるかも知れない。

 もしそうなら、白の星、緑の星、赤の星の位置をタイシン星に早急に特定される可能性は低いだろう。

 ハンニャが、ようやくホッとした表情を見せた。

「では、一旦、赤の星に戻ります。その後、宇宙嵐が起きた付近の惑星に無人探査機を送り、タイシン星の戦艦が残っていないか確認しましょう。」

 淡を乗せた宇宙船は、そのまま一気に赤の星まで瞬間移動した。

 赤の星に到着してすぐに、淡は操縦室の便利なドアを使って自分の部屋に戻された。

 そして、淡は、そのままベッドに倒れこんだ。

「ベッドの上って幸せ。」

 無事帰還できた。

 自分の部屋でくつろげる。

 淡は、この平穏な時間が、ただ嬉しかった。

 

 4月になった。

 今日は入学式。

 高校に入学できて嬉しい。一昨年の夏の時点では、白糸台高校への入学なんて、とても考えられなかった。

 入学式は退屈で、正直寝入ってしまうそうだったけど…。

 教室に入った。

 一先ず、名前の順に席が割り振られている。淡の席は廊下側一番端だ。

 教室には女子しかいない。

 男子部と女子部に分かれているのだろうか?

 詳細はともかく、とにかく淡の周りには男子がいない環境だった。

 左隣には、痩身美女が座っていた。淡より全体的に細いし脚が長い。それでいて、胸は以前の淡よりも大きい。

 腕や脚も細いが、病的とか弱々しさとか、そんな雰囲気は微塵にも感じられない。むしろ、引き締まっていて丈夫かつ健康的に見える。

 まるで幼児化した高校生探偵を幼馴染に持つ空手少女のようだ。

 しかも、正直、淡よりも目鼻立ちが整っている。加えて小顔だ。

「(負けた…かも…。ちょっとクヤシイ!)」

『…かも…』ではなく、完全に負けている。

 自称美人の淡も、ちょっとジェラシーを感じた。

 そして、そのさらに隣にも綺麗な女性が座っていた。隣の痩身美女ほどではないが、淡から見て間違いなく美人と思えるほどだ。

 この三人で、白糸台高校美女三人組を名乗ってやろうか。

 ふと、そんな冗談を淡は考えた。口には出さなかったが…。

 隣の痩身美女が淡に話しかけてきた。

「私、チャンピオンのいるここの麻雀部に入りたくて、広島から来たのよ。」

「広島から?」

「ええ。佐々野みかんって言います。よろしく。」

「私は、大星淡。一応、麻雀部に入る予定。よろしく。」

 みかんは、鹿老渡高校三年生で部長の佐々野いちごの妹。淡が、このことを知るのは少し先になるが…。

 みかんの隣の綺麗な子が、淡達の話に加わってきた。

「二人とも麻雀部希望なんだ。私と同じジャン。私は、多治比麻里香。私もチャンピオンの高校に入りたいって思って入学したんだ。よろしく。」

 麻里香は、松庵女学院二年の多治比真祐子の妹。淡がこのことを知るのは、西東京大会決勝戦の時になる。

 どうやら、みかんも麻里香も悪い人間ではなさそうだ。

 

 担任が教室に入ってきた。

 HRは、自己紹介や委員・係り決め、連絡事項だけだった。入学初日は、大凡こんなもんだろう。

 ちなみに、学級委員は、名前の順で一番の生徒と最後の生徒の二名が担任より指名された。生徒同士が殆どのクラスメートの顔を知らないのだから、誰を推薦して良いかなど分からないし、学級委員に立候補する奴も滅多にいない。止むを得ない措置だろう。

 ちなみに淡は保健委員になった。

 

 HRが終わり、淡、みかん、麻里香の三人は麻雀部に顔を出した。

「テルー! スミレ! 今日から正式な部員としてよろしくおねがいしまーす!」

 この淡の第一声に対して、

「おお、大星。来たか。」

 これが菫の反応。

「淡。あとでパンケーキよろしく。」

 これが照の反応。

 既に互いに顔見知りの遣り取りに見える。しかも、相手は白糸台高校麻雀部部長と絶対的エースだ。

「「(えっ? 大星さんって何者?)」」

 これには、みかんも麻里香も驚かされた。



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流れ十一本場:淡、超勘違いをする

 入部初日に、いきなり新入部員同士の対局が行われることになった。

 この入学式の日に、そうそうに麻雀部に顔を出した新一年生は十数人。この対局で、彼女達新入部員のランク付けがされる。

 しかし、一番の目的は、照が各対局を見ながら誰がどのような特性を持ち、どのチームに所属するのが適しているのかを判断することだった。

 一先ず、淡達は学食で、急いで昼食を済ませた。

 早食いの人達の中は、

『カレーは飲み物!』

 と言う輩もいるが、淡にも何となく分かる気がした。たしかに、熱くさえなければ詰め込みやすい。

 部室に戻ると淡達は、菫から、

「全力でやるように。大星。お前も例外ではない。」

 と言われた。つまり、能力をフルに発揮しろと言うことだ。

 早速、対局開始だ。

 ルールは25000点持ち30000点返しでオカは無し。

 赤牌4枚入りでダブル役満は無し。

 大明槓からの嶺上開花は責任払い。

 基本的にインターハイ西東京予選個人戦と基本的に同じルールだ。

 淡は、初っ端からクラスメートである佐々野いちご妹のみかんと多治比真祐子妹の麻里香を相手にすることになった。

 二人とも、普通の高校なら新一年生の中では美貌だけではなく麻雀の腕もトップレベルだろう。エース級の器だ。

 もう一人の面子は、多分、本話限りの登場人物になるであろう只野絵美。淡達の隣のクラスの生徒だ。

 半荘一回勝負。

 場決めがされ、起家が淡、南家が麻里香、西家がみかん、北家が絵美になった。

 

 東一局、淡の親。

 サイの目は5。最後の角が割りと浅い位置にあるパターン。

「(絶対安全圏プラスダブリー発動!)」

 淡の能力によって、淡以外は全員五~六向聴。

 この最悪な状態の中、

「リーチ!」

 淡がダブルリーチをかけてきた。

 唖然とするみかん、麻里香、絵美の三人。

 しかし、三人ともツモは悪くない。きちんと手が進んでゆくし、最後の角が来る少し手前で聴牌した。すると、

「カン!」

 淡が暗槓した。リーチ者の暗槓は余り嬉しくない。

 嶺上牌はツモ切り。

 そして、最後の角を超えた直後に、

「(満貫聴牌だもん。仕方ないよね。)」

 絵美がツモ切りした牌で、

「ロン。」

 淡が和了った。

 何故か逆回転で牌を倒した。

 ハンニャからは深い意味は無いと言われているが、みかんや麻里香から見れば、これに何か意味があるように感じられた。

 淡の手はダブルリーチのみ。これを見て絵美はホッと胸をなでおろした。

 しかし、裏ドラをめくった直後、絵美の表情が固まった。

「ダブリー槓裏4。18000。」

 まさかの親ハネ振り込みだ。これで、絵美の点棒が一気に7000点まで減った。

 そして、東一局一本場、淡の連荘。

 サイの目は7で、最後の角の後が最も長いパターンだ。

 ここでも、

「リーチ!」

 淡がダブルリーチをかけてきた。

 前局と同様に、みかん、麻里香、絵美の三人は五~六向聴。しかし、配牌とツモが割りと巧く噛み合って手は進んで行く。

 それが結果的に、後半になって危険牌を勝負させる罠になっているのだが…。

 8順目で三人とも聴牌した。

 次巡、最後の角の直前で、

「カン!」

 前局同様に淡が暗槓した。

 全てが前局と似通い過ぎている。

 みかんと麻里香は、淡のダブルリーチが偶然ではなく能力によって意図的に繰り出されている可能性を考えた。二人とも麻雀強豪校に通う姉から、能力麻雀のことを聞かされていたためだ。

 もし、そうだとすると、当然、前局と同じ槓裏4の可能性も視野に入れておかなければならない。つまり、親ハネ。

 みかんと麻里香は、聴牌を崩して完全な安牌を切って様子を見た。

 一方、絵美は能力麻雀など知らなかった。普通、そんなものは考えない。

 彼女は、角を超えた直後、聴牌維持のためにツモ切りした。自分の手もタンピンドラ2と勝負したい手だ。

 しかし、この牌を淡は見逃さなかった。

「ロン。18000。」

 またもや逆回転。しかも、裏ドラを見ずに点数申告した。

 手牌はダブルリーチのみ。しかし、裏ドラをめくると、前局と同様に槓裏4だった。

 これで絵美のトビで終了した。

 同時に、

「「(確定ね。)」」

 みかんと麻里香は、淡が絶対安全圏、ダブルリーチ、槓裏4の恐るべき能力を持つ者であることを確信した。

 そして、同時に二人は、チャンピオン宮永照の卒業後も大星淡と言う絶対的な柱となる人物がいてくれる心強さを感じていた。

 普通、こんなチートな力を持つ者が負けるとは思えない。

 全中王者の原村和だって、淡には到底敵わないだろう。

 この時点では、淡をも打ち破る化物が全国に二人もいるなどとは、さすがにみかんも麻里香も、この時点では想像すらできなかった。

 ただ、逆回転に関してだけは、二人とも能力発動条件の一部と誤認識した。

「淡ちゃん、すごい!」

 これが、みかんの純粋な感想。

「次期エース間違い無しだね!」

 これが麻里香の対局後の第一声だった。

 一方の絵美には、この段階では、淡が単にツイていた程度にしか思えなかった。

『みかんと麻里香の反応こそおかしい。淡を過大評価し過ぎている。』

 としか思えなかった。

 まあ、それが普通の反応だろう。

 

 その後、面子を入れ替えて新入部員同士の対局が進められた。

 当然、毎回、絶対安全圏プラスダブルリーチ槓裏4を繰り出した淡が、トータルでダントツトップ。

 もはや、これは偶然ではなく必然。

 さすがに、絵美もそう考えざるを得なくなった。

 そして、その攻撃力から、淡が攻撃特化のチーム虎姫に入ることに誰も異論を唱えることはなかった。

 部活の最後に、

「部内の対局のことは、絶対に他言しないように!」

 と菫が全員に命じた。

 白糸台高校は、夏春夏の団体戦三連覇を目指している。だからこそ、能力のことが大会前にバレては意味がない。

 特に淡の能力は三連覇に向けて貴重な戦力だ。

 だからこその戒厳令でもあった。

 

 今日は、三時くらいには部活が終わった。

 そもそも入学式のあった日だ。いきなり夜遅くまで拘束はできないだろう。それに、初日から帰りが遅かったら親も心配する。

 この日、淡と麻里香は、みかんに連れられて寮を訪れた。広島県から入学したみかんは、寮生だった。

 自宅が通学圏内にあっても、麻雀部員の場合は、寮生になっているケースが多々ある。夜遅くまで部活ができるようにとの配慮だ。

 ただ、建物自体は古く、互いの生活音が隣の部屋に聞こえてくる。

 みかんの部屋の隣は亦野誠子の部屋だった。

 誠子の部屋には、エキスパンダーやら腹筋台やら、色々なトレーニング機材が置かれていた。身体を鍛えているらしい。

 別に傭兵になるつもりは無いと思うが…。

 この時、誠子の部屋には、誠子の同級生の渋谷尭深が遊びに来ていた。

「あれ? 誠子ちゃん、こう言うのって持ってたっけ?」

 尭深は、誠子の部屋のトレーニング機材を、この日はじめて見た様子だった。

「この間、通販で買ったんだ。山に釣りに行くと結構体力を使うし、身体を鍛えたいって思っね。」

 誠子の麻雀は河から牌を釣り上げる鳴き麻雀。

 実生活でも釣りは趣味らしい。

 一方の尭深は、南三局までの第一打牌が、オーラス時の配牌になって戻ってくると言う能力。これを白糸台高校ではハーベストタイムと呼んでいる。

「ふーん。ねえ、ちょっとこれ、やっても良い?」

「いいけど。」

「有難う。一度、テレビで見たことがあって、やってみたかったんだ、これ。」

 尭深は、腹筋台の上に乗ると大きく息を吸い込み、

「ふん!」

 腹筋にチャレンジした。

「ギー…、ギー…。」

 みかんの隣の部屋から、何やらきしむ音が聞こえてきた。

 腹筋台の音なのだが、淡達には、これがベッドのきしむ音のようにも聞こえた。

「ねえ、これって、もしかして?」

 淡、みかん、麻里香の三人は、誠子が中で一体何をしているのかと、恐る恐る壁に耳を当てた。そして、息を飲みこんで耳に神経を集中した。

 すると、

「い…痛い!」

 中から尭深の声が聞こえてきた。

 何のことは無い。尭深の腹筋がつっただけであった。

 しかし、音と声だけを聞いている淡達には、十分誤解するだけの材料が揃っていた。

「「「(まさか?)」」」

 三人が顔を見合わせた。そして、再び壁に耳を当てた。

 すると、今度は誠子の声が聞こえてきた。

「そんなに無理しなくても…。痛いなら止めても…。」

「でも、もうちょっと頑張ってみる。うう…。ああぁ…。」

 しかも、良く聞いてみると尭深の息があがっているような感じである。

「「「(あの二人って、そう言う仲だったの? 別に、女同士に走ったって、それは個人の自由だけど…。)」」」

 淡達は、誠子と尭深が一線を越えたと勝手に勘違いした。

「「「(興味はあるけど、これ以上聞いちゃマズイかも…。)」」」

 一先ず三人は、誠子と尭深に気を使って、みかんの部屋を出た。

 

 今日は、最後に衝撃的な(誤解をする)ことがあったが、淡は夕方には帰宅した。

 

 翌日、麻雀部には、さらに多くの新入生が押し寄せた。団体戦夏春二連覇の看板はダテではない。

 それに、高校生一万人の頂点宮永照やクールな弘世菫への単なる憧れから、ろくに麻雀を知らずに麻雀部への入部を希望する者も多かった。

 今日も淡は、新入生と対局をさせられた。淡からすれば、みんな激弱で、今日の対局には正直面白さが感じられなかった。

 昨日とは違い、今日はダブルリーチを封印した。それでも淡に敵う新入生は一人もいなかった。

 絶対安全圏のみでの戦いなら、みかんと麻里香だけは善戦してくれる。最終的に勝つのは淡だが…。

 これが、西東京大会で一回戦負けする弱小校なら、別に激弱でも構わない。しかし、全国優勝を目指す白糸台高校で麻雀部に入部するなら、せめて、みかんや麻里香くらいの実力はあって欲しい。

 淡は、そう思うようになっていた。

 そのせいか、淡は、入部二日目にして既に、みかんと麻里香以外の一年生とは距離を置くようになった。

 

 翌日、HRでの担任の第一声は、

「今日は、新入生の校内一斉テストを行います。」

 だった。

 範囲は中学三年生までの全て。つまり、入試と同じだ。

「(だったら楽勝かな。)」

 淡は、楽観的にそう考えていた。

 まずは国語。

 しかし、いざテスト問題を見ると、

「(あれ?)」

 今まで受けてきたテストよりも難しい。入試を終えて、勉強をサボっていた部分はあるが、半分も解けない。

 中学二年の一学期末テストの時ほど酷くはないが、これだけ答えられなかったのは久し振りである。

 国語のテストが終了した。

「(うわぁ。撃沈…。)」

 淡が机に突っ伏した。

「淡ちゃん、どうだった?」

 みかんが話しかけてきた。

「半分もできなかった。最悪。」

「私も…。なんか、とても難しかったよね。」

 周りの反応も大半は似たようなものだった。

 しかし、中には済ました顔で平然としている輩もいた。このクソ難しいテストが、きちんと解けているとでも言うのか?

 

 次のテストは数学。これも撃沈。

 次は英語。撃沈。

 理科。宇宙に関する問題だけ完璧。他は撃沈。

 社会は大敗。

『赤信号。みんなで渡れば怖くない。』

 久々に頭の中を横切るフレーズだ。

 この日の部活で淡は荒れた。

 今日と明日は、一年生と二年生の対局になる。

 絶対安全圏は常に発動。ダブルリーチは親の時だけに限定。それでいて、淡は全局全員トバしの偉業を達成した。

 

 翌日、テストが返された。

 各科目の平均点と校内偏差値、全教科合計点の平均点と校内偏差値が記載された紙も同時に渡された。

「(全教科合計点の偏差値が47。順位は300人中155位。なにこれ?)」

 今までの偏差値よりも15以上低い。

 まあ、真ん中くらいだから別に悪いわけではないのだが、淡としてはショックだった。

 同じテストでも、受験者のレベルが上がれば平均点は上がるし、偏差値は下がる。逆に受験者のレベルが低ければ平均点は下がるし、偏差値は上がる。

 偏差値は、母集団が異なれば当然変わる。

 白糸台高校入学者だけに限定されたテストなのだから、高校受験時の偏差値が淡と同程度以上の人間だけで平均点も偏差値も算出することになる。

 つまり、母集団が高校受験の頃よりも優秀なほうに偏ったのだから、こうなってもおかしくはない。

 ただ、それを瞬時に理解できるほど、淡は頭が回っていなかった。

「(どうして? 私、馬鹿になっちゃったの?)」

 この日も淡は、部活で荒れた。

 

 入部から一週間後、チーム分けが発表された。

 淡は、照、菫、尭深、誠子とともにチーム虎姫に選ばれた。攻撃特化型のチームだ。

 みかんと麻里香は、一先ず攻守のバランスが取れたチームのメンバーとなった。

 

 この週末、淡は夕食を取り終えると、さっさと入浴を済ませ、ベッドに寝転んだ。

「(なんか、今週は変に疲れた。今日は、もう寝る。)」

 テストの点は悪いは、部活はレベルの低い奴が多いは、色々と淡なりにフラストレーションが溜まっていた。

 テスト返却の日、廊下に上位の成績が張り出されたが、あのクソ難しいテストで全教科満点近い点数を取っている奴もいた。

 たしか、名前は只野絵美。隣のクラスで麻雀部員の奴だ。麻雀は激弱だが、学生の本分である勉強の成績は良い。

 まあ、みかんも麻里香も淡と同程度の成績だったので、互いに共感が持てたことが救いだったが…。

 しかし、フラストレーションが溜まろうと、やるべきことは、やらなければならない。

「淡さん。白の星まで来てください。」

 このタイミングでハンニャからのテレパシーが届いた。仕事だ。

 ただ、いつもは緑の星なのに、今日は何故白の星なのだろう?

 白の星に直接行くのは、カンブリア星での戦いの直後、志望校を白糸台高校に決めたすぐ後以来だ。

 淡は身支度をすると、部屋のドアを開けた。

 ドアは、白の星の高層ビルに一室に通じていた。

「ハンニャ。何があったの?」

「実は、ここアンドロメダ星雲内でのことですが、タイショ星の軍隊がタイカン星に攻め込もうとしています。」

「じゃあ、それを止めに。」

「そうです。ただ、今日は、その前にプルプルから直接、淡さんに話をしたいことがあるようです。」

「プルプルが?」

 予言者プルプルは、滅多に人前には出てこない。

 会えるのは、ハンニャ達の種族でも、ハンニャ、サンムーン、王家の者達など、ごく一部の者達だけに限られている。これは、全宇宙の黙示録に書かれた内容が下手に流出しないようにするためらしい。

 プルプルに言われたことは100%当たる。ゆえに怖い。

 何か変なことを言われたらどうしよう。

 例えば、

『あなたは明日死にます』

 とか、

『既に不治の病に侵されています』

 なんて言われたら最悪だ。

 当然、淡も今まで一度も会ったことはない。それが急に話したいことがあるなんて…。

 淡は、急に緊張してきた。



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流れ十二本場:淡、超勘違いされる

 淡が奥の部屋に通された。

 そこには、ハンニャやサンムーンと同じような背格好をした者がいた。

 彼は、頭の上に直径1センチ長さ5センチ程度の棒の先に直径2センチ程度のスーパーボールを一つ付けたような角を二本、即頭部にはセントバーナードのような大きな耳を付けていた。

 そう。彼が予言者プルプルだ。

「はじめまして。プルプルです。」

 プルプルは、目と口が線で書かれたような感じで無表情だった。

「お…大星淡です。」

「今日、私が貴女をお呼びしたのは、これからチーム虎姫で戦うにあたり、ある誤解を解かなければならないと思ったからです。」

「誤解?」

「はい。折角の仲間を誤解していてはマズイでしょう。それでです。」

「それで、誤解って?」

「あるメンバー二人の関係についてです。」

 プルプルが長い杖を手にし、その杖の先を淡の頭の上に置いた。すると、淡の辺り一面が、突然、白糸台高校の寮の一室と思われる風景に変わった。

「では、あの時、二人に何があったかを特別にお教えしましょう。」

 そこは、誠子の部屋だった。

 部屋には、エキスパンダーや腹筋台など色々なトレーニング機材が散在していた。

 この時、誠子の部屋には、尭深が遊びに来ていた。

 トレーニング機材を目にして、ふと尭深が、

「あれ? 誠子ちゃん、こう言うのって持ってたっけ?」

 と誠子に聞いた。

「この間、通販で買ったんだ。山に釣りに行くと結構体力を使うし、身体を鍛えたいって思っね。」

「ふーん。ねえ、ちょっとこれ、やっても良い?」

「いいけど。」

「有難う。一度、テレビで見たことがあって、やってみたかったんだ、これ。」

 尭深は、腹筋台の上に乗ると大きく息を吸い込み、

「ふん!」

 腹筋にチャレンジし始めた。

「ギー…、ギー…。」

 丁度この時であった。壁が透けて、ドアに耳を当てている自分達三人の姿が、淡の目に留まった。

「ギー…、ギー…。」

 尭深の腹筋が二回、三回と続いた。そして、壁の向こうでは、その音を聞いて妙に慌てている自分達の姿があった。

 尭深が急にお腹を押さえ出した。腹筋がつったのだ。

「い…痛い!」

「そんなに無理しなくても…。痛いなら止めても…。」

「でも、もうちょっと頑張ってみる。うう…。ああぁ…。」

 ドアの向こうでは、

「「「(ヤバイもの聞いちゃった!)」」」

 と思って互いに顔を見合わせている三人がいた。誠子と尭深が一線を越えてしまったと誤解した、まさにその瞬間であった。

 この光景を目の当たりにして、淡は、

「(なにこれ?)」

 想像していた内容とのギャップが大き過ぎて、目が点になっていた。

 まるで、何かのギャグだ。

 ふと気が付くと、周りの風景が元に戻っていた。

「ねえ、プルプル。今のって…。」

「これが真実です。だから、二人を誤解したり、変な目で見たりしないであげてください。折角チームメートになった人達です。チームの輪を崩さないためにも…。」

「そうだね。事実が分かってスッキリした。プルプル、ありがとう。」

「礼には及びません。それと、もう一つだけ伝えることがあります。西東京大会が始まりましたら、インターハイ準決勝戦まではダブルリーチを控えてください。」

「どうして?」

「一回でも使うと、対策を講じられる可能性があるからです。」

「分かった。でも、ヤバくなった時は使うかも。」

「そうなった時は仕方ありませんけどね…。では、今日もよろしく御願いします。それでは、私はこの辺で。」

 プルプルは、淡に会釈すると、淡が入ってきたドアとは別のドアから退室した。

 淡は、とんでもない予言をされなくてホッとしていた。

 

 この頃、タイショ星の宇宙艦隊は、タイカン星の位置する惑星系に入っていた。

 宇宙戦艦30隻程度と余り大きくない軍隊だったが、一方のタイカン星は、地球で言えば十七世紀初頭くらいの科学レベルでしかなかった。

 日本ならば江戸時代が始まった頃だ。

 当然、タイカン星の人々は、タイショ星の宇宙艦隊に気付いていないし、自分達が空から攻撃されるなどとは夢にも思っていない。

 今、タイショ星宇宙艦隊の位置は、タイカン星までおよそ一天文単位のところ。ここから一気にタイカン星に向けて突き進んでゆく。

 丁度、タイショ星宇宙艦隊がタイカン星衛星軌道付近に到達した時、彼らの前を遮るように一隻の宇宙船が何処かから瞬間移動して現れた。淡達の乗る宇宙船だ。

 突然、タイショ星宇宙戦艦の操縦室モニターが切り替わった。毎度の如く、コンピューターウイルスでも仕込んだかのように、強制的に通信チャンネルが開かされたのだ。

 モニターに淡の姿が映し出された。

 これも毎度の如く、いつものように淡は真っ白なドレスに身を包み、うっすら化粧をして装飾品で全身を飾っていた。淡お姫様バージョンだ。

 そして、これも毎度の如く、サンムーンが淡にテレパシーを送り、話す内容を指示している。

「私は、白の星の第一皇女アワイ。あなた達の不当なタイカン星への侵攻を止めにきました。」

 すると、淡の乗る宇宙船のモニターに、タイショ星宇宙艦隊の代表者と思われる女性の姿が映し出された。

 通信に対応してくれるケースは割と少ない。今までの淡の経験からは、返答も無しに攻撃してくる輩の方が多い。

 ただ、彼女は、小学生くらいに見えたが、話し方は極めて横柄だった。

「私は司令官ロコモ。侵攻と止めるとは片腹大激痛!」

 彼女と似たような雰囲気の人物と、淡は来年の春季大会団体戦決勝で対戦するが、それは、また別の話。

 淡は、ロコモに問いかけた。

「何故、タイカン星に攻め入ろうとしているのですか?」

「タイショ星で使う資源と奴隷の確保のためだ!」

「タイカン星人達を奴隷にする気ですか?」

「そうだ。これは、タイショ星女王ヤエ様の決定だ。覆すことはできない。」

「タイカン星人の人権は無視ですか?」

「たいした科学力も持たない奴らに人権など無い! これが答えだ!」

 先頭の宇宙戦艦から淡達に向けて核ミサイルが撃ち放たれた。

「このミサイルを避ければ、ミサイルはそのままタイショ星に到達する。さて、アワイとやら、どうする?」

 ウルウルが、通信音声を一度オフにした。

 その直後、ハンニャの毛先の球体が煌々と輝き、

「ハンニャー!」

 ハンニャの声が操縦室にこだました。超能力を使ったのだ。

 すると、核ミサイルは惑星軌道の垂直方向に進路を変えた。

 淡達の宇宙船から、二つのパラボラアンテナのようなものが出てきた。そして、それらからミサイルに向けて白色光が放たれた。アワイ砲だ。

 ただ、カンブリア星で使った時とは違って、光は広がらずに細い光線のままミサイルに到達した。そして、その二本の光線を受けると、ミサイルは一気に小さく縮んで行き、最後に激しい光を放つとともに消滅した。

 ミニブラックホールの蒸発と言うやつだ。

 重さ1000トンのミニブラックホールは、一秒で蒸発するとされる。このミサイルがミニブラックホールと化したところで一秒も持たない。

 詳しく知りたい人は、自力で検索することをお勧めする。

 ロコモは、一体何が起こったのか解らなかった。

 ウルウルが通信音声のスイッチを入れた。そして、淡がサンムーンの指示に従って再び話を始めた。

「ミサイルの軌道を変えた後、ミサイルを強制的にミニブラックホールに変えました。もし、タイカン星への侵攻を止めないのであれば、これからタイショ星に飛び、タイショ星をブラックホールに変え、消滅させることも考慮します。勿論、今、貴女の宇宙艦隊全てを蒸発させてからになりますが…。」

「ちょっと待て!」

「いいえ、待てません。たいした科学力も持たない奴らに人権など無いと言ったのは、ロコモ司令官。貴女です。もし、それが正義だとするならば、私達からすれば貴女達にも人権はありません。」

「その言葉は訂正する。」

「ならば、今すぐ全艦、タイショ星に引き返しなさい。私達も同行し、女王ヤエを説得します。」

「分かった。しかし、ヤエ様を説得するのは難しいと思うぞ。彼女は超能力者だ。」

「そうですか。ならば、私の超能力とどちらが上か勝負します(えっ、嘘? 私、超能力なんてないけど…。)」

 淡は、口に出した直後、全身から冷や汗が流れ出た。

 多分、ハンニャがなんとかしてくれるのだろうけど…。

「全艦、タイショ星に引き返す。」

 タイショ星宇宙艦隊は、ロコモの指令に従い、次々とタイショ星衛星軌道圏内に瞬間移動していった。

 淡達も、ロコモの艦隊が全て今の空間から消え去ったことを確認すると、タイショ星付近に瞬間移動した。

 

 タイショ星では、ロコモの艦隊が戻ってきたことを女王ヤエが超能力で察知した。

 さっき出撃したばかりだ。こんなに早く帰ってくることは有り得ない。

 ヤエがロコモの戦艦に向け通信呼び出しを入れた。

「はい。こちらロコモ。」

「何故、引き返してきた?」

「ヤエ様。それが、とんでもない邪魔が入りまして。」

「邪魔だと?」

「はい。白の星の第一皇女アワイと言うものです。ヤエ様とお話がしたいと申されまして、すぐに、付近の空間に現れるものと…。」

 丁度この時、淡達の宇宙船がロコモの戦艦の前に姿を現した。

 早速、ウルウルが通信チャンネルを開いた。

「私は、白の星の第一皇女アワイ。タイカン星の件で、タイショ星女王ヤエと話をさせていただきたい。」

「私がヤエだ。タイカン星をどうしろと言うのだ?」

「不当な侵略行為を中止していただきたい。」

「うるさい。王者に逆らう気か!」

 ヤエの全身から強烈なオーラが放たれた。

 すると、次の瞬間、淡は激しい頭痛に襲われた。こんな痛みは初めて経験する。足の小指をタンスの角にぶつけた時よりも痛い。

 淡は、右手で頭を抑えた。

 一体何が起こったのか、ハンニャが、いち早く超能力で状況を察知した。

「(これは、超能力での攻撃です。このままでは、淡さんの脳細胞が破壊されてしまいます。ウルウル、一旦、音声を切ってください。)」

「(了解。)」

 ウルウルが通信音声を切ると、

「ハンニャー!」

 ハンニャが毛先の球体を煌々と輝かせた。超能力でヤエに反撃したのだ。

 頭が破裂するような強烈な頭痛がヤエを襲った。倍返した。

 それと同時に、淡が左手を前に突き出し、手のひらをかざすようにしてモニターカメラのほうに向けた。ハンニャが超能力で淡の身体を操り、そうさせたのだ。

 ヤエの周りにいた側近達には、まるでモニターに映る淡が左手でヤエの超能力を抑え込んでいるように見える。

 そしてさらに、

「ハンニャー!」

 ハンニャが超能力のパワーを上げた。最大値だ。

 淡が、今度は両手のひらを前にモニターカメラに向かって突き出した。ハンニャに操られて、淡は、このようなポーズを取っているだけなのだが、ヤエの側近達には、淡が超能力でヤエを攻撃しているように見える。

 その直後、ヤエは、その場から後方に激しく吹き飛ばされて壁に後頭部を打ち付けた。

「くっ…。」

 ヤエは、フラフラになりながら何とか起き上がった。そして、超能力で淡に反撃しようとした。

 しかし、何故か超能力が湧き出てこない。

「どうして?」

 すると、映像モニターに映る淡が、再び話し始めた。

「女王ヤエ。こちらの超能力で、貴女の超能力を封印しました。」

「そんな馬鹿な!」

 ハンニャの超能力は、ヤエよりも圧倒的に強い。

 その彼が、

「女王ヤエの超能力は消え去る!」

 と念じたのだ。

 そして、それが現実となっただけだ。

 ヤエは超能力を失い、ただの人間になったのだ。

 淡は、そのことをハンニャからテレパシーで教えられていた。

「もう、貴女は超能力を使えません。」

「そんなことは…。」

「ならば、スプーン曲げでもしてみてください。」

 その場にスプーンは無かったが、ヤエが身に着けている金属製の装飾品はある。

 ヤエは、その装飾品を外すと、超能力で曲げてみようとした。しかし、ウンともスンとも言わない。

 これで、彼女の超能力が消え去ったことを、彼女も彼女の側近達も理解した。

 チャンスとばかりに、側近の一人、ハツセがヤエの頭に銃口を突き付けた。

「超能力がなければ怖くない。ヤエ、今すぐ貴女を処刑します。」

「処刑だと? ふざけるな!」

「ふざけてなんかいません。どれだけ多くの人が、これを望んでいたか…。この星は、今から貴女の独裁政治から民主主義へと変わるのです。」

 ハツセが引き金を引いた。

 ヤエは、恐ろしくて目を強く瞑った。

 しかし、弾丸は出なかった。

「なんで?」

 すると、淡が、

「弾丸は、ここにあります。瞬間移動させました。」

 と言いながら、淡は両手のひらの上に乗せた弾丸を見せた。

「殺してはなりません。罪を償わせるべきです。」

「…。」

「宇宙への進出は否定しません。しかし、理由あっての移住ならともかく、侵略行為は謹んでください。もし、侵略行為が今後も続くようであれば、白の星は貴女方の星を消滅させなくてはなりません。」

「わ…わかりました。」

 ハツセは、淡に深々と頭を下げた。彼女からすれば、アワイはヤエの超能力を打ち負かし、ヤエの超能力を奪い、しかもこの場にある銃から超能力で弾丸を引き抜いたとしか思えない。非常に恐ろしい相手だ。

 ただ、そのアワイを第一皇女とする白の星は、侵略ではなく宇宙の平和を願っているらしく、平和を乱そうとする者に対してのみ鉄槌を下す姿勢でいるようだ。

 恐ろしいが、非常に有難い存在だ。

 この日から、白の星の第一皇女アワイは、ハツセ達に、とんでもない超能力者であると認識されるようになった。

「では、私達は白の星に戻ります。それでは失礼します。」

 通信を切ると、淡達の宇宙船は、忽然とその場から消え去った。

 瞬間移動したのだ。



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流れ十三本場:淡、監督と部長とエースを宇宙に連れて行く

 淡達を乗せた宇宙船が白の星に帰還した。

 宇宙船が白の星に着陸すると、淡はハンニャ達の手で病院に担ぎ込まれた。

「ちょっとハンニャ。大げさだってば!」

「万が一のことがあっては困ります。数秒とは言え、あれだけの超能力攻撃を受けたのです。脳に異常がないか確認させていただきます。万が一、損傷があった場合は、私達が責任を持って治します。」

 ハンニャの超能力で拘束され、淡は身体の自由が利かない。

 ベッドに寝かされ、良く訳の分からない機材で淡は髪の毛の先からつま先まで丹念に検査された。

 この様子を、ずっと心配そうな目で見つめているハンニャ。

 むしろ、心配かけて淡のほうが申し訳なく感じてきた。

 検査は30分もかからず終わった。

 その結果、

「性格以外は異常ありませんね。ただ、高校の授業についてゆけるかどうか本人が心配しているようですので、まあ入学祝いと言うことで、すこ~しだけ脳力アップしておきましょうか。」

 とサンムーンに言われた。

 そして、淡は、はじめて白の星に来た時と同じようなヘルメットをサンムーンに被らさられた。

「あの後、さらに安全性を確認しましたので安心してください。脳細胞を破壊したりはしませんから。」

 電子機器が起動するような、

「ギュイーン…。」

 と言う音が聞こえてきた。

 開始から十数秒後、淡はヘルメットを外された。

 なんか、頭の中がスッキリする。

「では、大星さん。この紙に書いてある問題を解いてみてください。」

 淡は、起き上がるとサンムーンからB4サイズの紙を五枚受け取った。

 それは、先日学校で受けた新入生校内一斉テストだった。見直しをするのも嫌になったくらい難しく感じたヤツだ。久々の拒否反応だ。

 しかし、今なら全問正解には到底及ばないが、前回受けた時よりも答えが分かるし、拒否反応も出ない。たしかに脳力アップはされているようだ。

「嬉しい。これなら平均点を余裕で超えられる気がする。」

「まあ、白糸台高校に合格した人だけで平均点を出し、偏差値を算出するのですから、高校受験の時よりも相対的に偏差値が悪くなって当然なのですけどね。」

「えっ? あっ!」

 少し頭の回転が良くなったからか、

「そう言うことか!」

 淡はサンムーンが言ったことを理解できた。

 母集団が高校受験の頃よりも優秀なほうに偏ったのだから、それだけ平均点を超えるのは難しくなるし、相対的に偏差値は下がるのだ。

「じゃあ私、別に馬鹿になったわけじゃかったんだ。」

「勿論です。」

「そうすると、もしかして脳力アップの必要は無かったんじゃ…。」

「たしかに、そうなんですが…、でも、これで心に余裕が持てるのでしたら、まあ、それはそれでイイかと思いまして…。」

「それは…そうだけどね…。」

 おっしゃるとおり精神的には楽になった。

 ただ、自分だけ楽をして脳力アップした感じだ。

 地球では絶対に不可能な話だ。同じくらいの点数だった麻里香やみかんには、ちょっと申し訳ない気がしてきた。

 しかも、まさかの二度目の能力アップである。そもそも高校受験からして、麻里香やみかんほど努力していない。

 宇宙での仕事との引き換えだから、ハンニャもサンムーンも気を使ってくれているのだろうけど…。過剰サービスな気もする。

 それに、今回の戦いは、割りと平和に解決できたほうだ。以前ほど死を覚悟するようなレベルでもない。

 これで、さらにハンニャ達に頭が上がらなくなった。そう思えてならない淡だった。

 

 

 それから数日が過ぎた。

 今日、淡達のクラスでは、体力測定が行われた。

 淡と麻里香は、まあギャグにならない程度には身体を動かせたが…。正直なところ記録には『まったくもって』自信はない。

 ただ、みかんが何故か結構良い成績を出している。

「「(あの細い身体でどうして?)」」

 別に、裏切り者とまでは思わなかったが、淡も麻里香も、みかんが自分達と同類と勝手に思い込んでいた節があり、正直二人は驚いていた。

「みかん。凄いじゃん!」

「そんな、たいしたことじゃ…。」

「でも、見た目よりもずっと体力あるじゃん。私なんか、こんなだよ。麻里香もだけど。」

 淡が自分の記録をみかんに見せた。

「細いけど、なんか凄く健康的に引き締まった感じだし。みかんって、何か運動とかやってるの?」

「一応、体型を維持するために毎日腕立てと腹筋とスクワットを50回3セットずつ寝る前にやってるくらいだよ。」

「スゴッ! マジで?」

「だって、文科系の部活だから身体がなまっちゃいけないと思って。でも、淡ちゃんも麻里香ちゃんも体型維持に何かやってるでしょ。」

「「まったくもって!」」

「(むしろ、何もしないで綺麗でいられる二人のほうが、私からすれば、よっぽど羨ましいんだけどな。)」

 これが、みかんの本音だった。

 そもそも、みかんが体型維持に気をつける背景には姉の佐々野いちごの存在があった。

 

 二年半前。

 みかんが中学二年生の夏のことだ。

 麻雀の実力も然ることながら、整った容姿から、姉は高校一年生の時から女子高生アイドル雀士としてマスコミに大きく取り上げられていた。

 周りの人達は、みかんに姉のことを色々聞いてくる。アイドル雀士として騒がれているのだから当然のことだろう。

 同級生…特に男子達は、それが顕著だった。

 最初は、みかんにとっていちごは誇りだった。自慢の姉だった。

 ただ、そのうち周りの反応がウザくなった。

 それに、自分のことは誰も眼中にない。姉に近づくためのコマのようにしか思われていない。

 みかんは、徐々にそう感じるようになっていった。

 そして、決定的だったのは、みかんが好きだった男子までもが、いちごのファンになっていたことだ。当然、彼は、みかんに話しかけてきても、みかんのことを見ていない。いちごのことしか頭にない。

 口を開けば、

「お前の姉さんってさ…。」

「いちごさんってさ…。」

「ちゃちゃのんってさ…。」

 いちごのことばかり。

 しかも、日を追う毎に好き好きオーラが増しているように思える。これには、さすがにみかんも辛いし、耐えられなくなった。

 そして、決定的な発言…。

「ちゃちゃのんって、あんなに細身で綺麗なのに、みかんは、どうしてそんななの?」

 その男子にとっては何気ない一言だったかもしれない。しかし、この一言で、みかんは酷く傷ついたし、これが姉妹が不仲となるトリガーとなった。

 みかんの中で、姉への嫉妬と憎悪が生まれた瞬間だった。

 この日を起点に、みかんにとっていちごは、『姉』ではなく『あの女』になった。

 当時のみかんは、今よりも、ずっとふくよかな感じだった。細身の姉と並ぶと、より一層…と言うか、必要以上に太く見えた。

 相対的に、そう見えてしまうのだが、これは仕方がないだろう。そして、いつしか、みかんの中で、

「自分は引き立て役ではない!」

 そう言う気持ちも芽生えていたし、

「私も痩せてやる!」

 と思うようにもなっていた。ただ、今までは、姉との関係が良好だったため、思っただけで終わっていた。一瞬不快に思っても、時間が経てば水に流せていた。

 しかし、良好な関係が崩れた以上、思うだけでは終わらない。

『あの女に負けるもんか!』

『見返してやる!』

 そう決心して、みかんは、体重を落とすために食事を制限し、トレーニングもするようになった。今では、目標値まで体重を落としているが、体型維持のため食事制限とトレーニングは毎日欠かさない。

 細身だけど頑丈そうな身体を維持している。昔の面影はない。まるで外国人モデルのようだ。常日頃の努力の賜物と言える。

 しかも、胸の大きさだけは、ふくよかだった頃と余りは変わらない。これだけは、逆にいちごが密かに嫉妬するほどでもあった。

 また、みかんの中では、

「姉とは距離をおきたい!」

 と言う気持ちが日に日に増してきた。

 たとえ姉妹といえども、必ずしも仲が良いわけではない。好きな男子の心をいちごに奪われた恨みは、どうしても拭えない。

 別に、その男子がいちごと付き合ったわけではないし、今となっては、その男子のことなど、どうでもよいのだが…。

 

 それで、広島県外の高校に進学することを決めた。姉と顔を合わせないようにするために家を出る決心をしたのだ。

 狙うのは学生寮のある高校。

「どうせなら、チャンピオンのいる高校で強くなりたい。」

 みかんは、そう考えて白糸台高校を受験した。

 そして、みかんは、白糸台高校に無事合格して上京することになった。

 もし白糸台高校に入学できなかったとしても、実家から通える範囲の高校に進学する気は、さらさら無かったが…。

 白糸台高校に入学してから、誰にも姉のことは話していない。

 いずれは、どこかからバレるだろうが、積極的に話す必要もない。

 でも、もし自分が淡のように麻雀が化物級に強かったら。

 もし麻里香のように打ち回しの巧い麻雀ができたら。

 もし二人のように何もしないでも細身で綺麗でいられるのなら。

 恐らく姉の存在を何とも思わなかったかもしれない。むしろ、広島にいながら姉を超えることを目標にできたかもしれない。

 その一方で、麻里香からすれば、みかんの方が、麻雀が強くてずっと美人でうらやましいと思っているし、淡だって、みかんには麻雀は勝てても美貌では勝てないと思っているのだから、他人の畑は青く見えるとは良く言ったものだ。

 

 麻里香も、姉の多治比真祐子とは別の高校に敢えて進学した。

 姉は、一年生の時から松庵女学院で大将を任されている。

 昨年のインターハイ予選と秋季大会では、西東京で大将といえば、宮永照と戦うことを意味していた。

 つまり、大将にはエースを配置するのが西東京では常識的になっていた。

 松庵女学院に進学しても、エースの姉と比較されるだけだし、照が白糸台高校にいる以上、西東京での優勝はない。

 ならば、いっそのこと照と同じ高校に進学して強くなることを目指してみては?

 そう思うようになった。

 それに、白糸台高校は照の影響で麻雀が強い学生が多数入学するようになっている。

 今年も多分、とんでもなく強い娘が白糸台高校に入学するだろう。ならば、西東京では暫く白糸台高校の天下が続く可能性がある。

 淡ほどの化け物がいるとは思っても見なかったが…。

 いずれにせよ、松庵女学院に進学しても全国大会にコマを進めるのは難しいし、メリットが感じられない。

 それで白糸台高校を目指すようになった。

 結果として、淡と麻里香とみかんが揃うことで、白糸台高校は照と菫が抜けた後も全国大会には常連高として出場することになる。これはこれで、麻里香にとってベストチョイスだったと言えよう。

 

 今のところ、みかんと麻里香に姉のことを聞いてくる人間はいなかった。

 もっとも、淡の場合は、高校麻雀界のことを何も知らなかったので、佐々野いちごの名前も多治比真祐子の名前も頭に無かったが…。

 白糸台高校麻雀部では、家庭内のこと…特に姉妹の話はタブーだった。これは、エースの照が言い出したことだ。

 天井人である照が言い出したのだから、これは絶対であった。姉妹の話を照に振っても平気でいられるのは菫くらいだ。

 もっとも照と菫の引退後には、みかんも麻里香も、インターハイ個人戦でのいちごと真祐子の失禁事件のことでレギュラーになれなかった先輩達からイジラれる…と言うか苛められるようになるのだが…。

 

 

 時が過ぎ、4月下旬になった。

 例年、麻雀部はGWも毎日部活動が行われていたが、今年は全休になった。

 しかし、この日、何故か淡は白糸台高校麻雀部監督の貝瀬麗香の居室に呼ばれていた。

 そこには、麗香以外に照と菫の姿もあった。

 淡の頭に直接ハンニャの声が響いてきた。テレパシーだ。

「ドアを開けてください。白の星と繋ぎました。」

「分かった。」

 淡が監督居室のドアをあけると、白の星の高層ビルの一室に繋がっていた。

 このようなことは、淡には毎度のことだが、麗香、照、菫の三人は、いつもとは別の空間が、そこに広がっていることに驚かされた。

 四人は、ドアを通り抜けて一気に220光年先の白の星へと足を踏み入れた。

 菫の視界にハンニャの姿が飛び込んできた。

「(カ…カワイイかも…。)」

 たしかに、そこには照に言われていた、ぬいぐるみみたいな者が存在していた。

「貝瀬麗香さんに、宮永照さんに、弘世菫さんですね。」

 三人の頭の中に、男の声が響いてきた。

「「「(えっ?)」」」

 ハンニャのテレパシーだった。

 テレパシーを受けることなんて、三人とも生まれて初めてだ。当然驚いた。しかし、それ以上に、

「「「(誰の声?)」」」

 その渋い声質に驚いていた。一体誰の声なのかと辺りを見回した。

 少なくとも、目の前にいるハンニャのものとは到底思えなかった。

「淡さんから聞いているかと思いますが、私は、ハンニャと申します。」

「「「(えっ?)」」」

 これがハンニャの声?

 余りにも見た目とのギャップがあり過ぎて、三人とも目が点になった。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」

 三人は、ハンニャに連れられて部屋を出ると、通路を挟んで反対側にあるエレベーターに乗せられた。

「じゃあ、ちょっと私は準備があるから。」

 淡は、エレベーターには乗らず、さっきいた部屋の隣の部屋に入っていった。

 照達三人は、そのエレベーターで一気に地階に降りた。

「この宇宙船に乗ります。」

 それは、いつも淡達が使っている宇宙船だった。

 操縦室に入ると、操縦席でサンムーンが、指令席の隣の席でタムタム王子が既にスタンバイしていた。

 操縦室中央には、普段タムタム王子が使っている大きなソファーが置かれており、

「こちらにお掛けください。」

 麗香、照、菫の三人は、ハンニャに言われて、そのソファーに静かに腰を降ろした。今日はタムタム王子用ではなく来客用として、そのドファーが使われると言うことだ。

 ソファーの前には、何故か天体望遠鏡が二台置かれていた。

 少しして、照達が入ってきたドアとは別のドアが開き、淡とウルウルが入ってきた。

 ウルウルは、そのまま通信・レーダー担当の席に着いた。

 この時、淡は、お姫様バージョンに着飾っていた。白いドレスを着ると、随分と、おしとやかに見える。

 特に菫の目を惹いたのは、淡の胸を飾るブローチだった。

 中央で輝くのは直径4センチくらいのピンクの宝石で、ブリリアントカットが施されていた。恐らく、ピンクダイヤモンドだろう。こんなに大きなピンクダイヤモンドは見たことがない。

 しかも、その宝石の周りを、小指の爪くらいの大きさで透明な十二個の宝石で取り囲んでいた。これらも、多分、ダイヤモンドだ。

「淡。いつもと随分雰囲気が違うな。」

「一応、この宇宙船に乗る時は、白の星の第一皇女って設定になっているからね。」

「それと、その胸に着けている宝石…。」

「ああ、これ?」

「そう。」

「綺麗でしょ。ハンニャ達にもらったんだ。第一皇女役の時に着けるようにってね。私から半径1メートル以上離れると私のところに瞬間移動で戻ってくると言う優れもの。」

「なるほど。それなら無くすことはない。素晴らしい措置だな。」

「私もそう思う。あと、金属部分が、私の位置をハンニャ達に知らせる発信機になってるんだけどね。まあ、地球では誰にも見せてはいけないって約束だけど。」

「もしかして、それ、ピンクダイヤじゃないのか?」

「なにそれ?」

 淡には、菫の言っている意味が分からなかった。

 代わりにサンムーンが答えた。

「さすが、ご令嬢だけあってお目が高い。中央の大きな宝石がピンクダイヤモンドで、その周りを囲っているのは、カラーグレードがD、クラリティがFlのブリリアントカットダイヤモンドです。小さいほうのダイヤモンドは、大きさを、全て丁度1カラットに統一しています。」

「…。」

 絶句。

 淡にはもったいない。

「まあ、全て人工ダイヤモンドですけどね。白の星では簡単に作れます。」

 ちょっと待て。こいつらは、人工ダイヤモンドとして、これだけのものを余裕で作れる技術を持っているのか?

 しかも、淡に持たせるくらいだ。多分、ハンニャ達にとっては、ガラス玉と同じ程度の価値しかない可能性がある。

 菫は、かまをかけた。

「非常に高価なものではないのですか?」

「そうですね。まあ、我々からすればカップラーメン1ダースのほうが、価値があると思いますが。」

「…。」

 菫は、再び言葉が出なくなった。

 すると、淡が、

「私に、ホイッとプレゼントしてくれるくらいだよ。安物に決まってるじゃん!」

 と笑いながら言った。全く価値が分かっていないようだ。

 やっぱり、ブタに真珠だ。

「なら、一度鑑定に出してみるか?」

「ええ? イイけど…。」

 淡がそう言うと、ハンニャが、

「やめておいたほうが良いでしょう。ニュースにでもなったら面倒です。」

 と釘をさした。たしかに、地球で下手に騒がれたら後々大変なことになりそうだ。

 ハンニャは、この宝石の地球での価値を十分理解しているようだ。とんでもない値段が付くだろう。

 淡がハンニャの隣の席に腰を降ろした。

「じゃあ、ハンニャ。そろそろ。」

「そうですね。では、サンムーン。予定の位置に瞬間移動を御願いします。」

「了解。」

 サンムーンがボタンを押すと、宇宙船が少し揺れた。そして、その直後、外が急に真っ暗になった。

 ただ、ところどころに煌びやかな輝きが見える。

 サンムーンが、二台の天体望遠鏡を操縦窓付近にセットした。

「こちらの望遠鏡を覗いてください。」

 そうサンムーンに言われて、麗香が向かって左側の望遠鏡を覗き込んだ。

「渦巻き型の星雲が見えるわ。これって、何星雲?」

「貴女方が暮らしている天の川銀河です。」

「えっ? 嘘?」

「嘘ではありません。言いそびれましたが、ここはアンドロメダ星雲内です。それと、もう一つの望遠鏡から見えるのが大マゼラン星雲です。」

 まさか、銀河系を外から見る機会に恵まれるとは…。

 いきなりの想像を超えた展開に、麗香は言葉を失った。

 照と菫も麗香と同じ望遠鏡を覗き込んだが、これが銀河系であることにピンとこなかった。さすがに想像の範囲を超えていた。

 ただ、望遠鏡を覗かなくても、普段見られないモノを見させてもらえている。

 例えば、窓の外には漆黒の闇に輝く宝石をぶちまけたような空間が延々と続いている。地上では…少なくとも東京では見る事のできない美しさだ。

 この光景が見られる素晴らしい機会に恵まれたことに、菫は感謝感激していた。

 まさにハンニャ達サマサマ、淡サマサマであった。



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流れ十四本場:淡、多治比真祐子と出会う

 続いてハンニャ達は、アンドロメダ銀河から数光年離れた位置に瞬間移動した。そこから見るアンドロメダ星雲は壮大で、何とも言えない美しさがあった。

 華麗なる渦巻き型星雲。

 地球からは、こんな大アップでアンドロメダ星雲を見ることはできない。

 ハンニャ達は、そこから、さらに瞬間移動してアンドロメダ星雲の伴銀河であるカシオペア座矮小銀河やペガサス座矮小銀河を麗香達に見せた。

 続いて、天の川銀河から数万光年離れたところに瞬間移動した。

 そこから見る天の川銀河の全貌を、菫は一生忘れないであろう。地球に…いや、天の川銀河内にいる限り、どのような望遠鏡を用いても、天の川銀河の全貌だけは決して直接見ることはできないのだから…。

 さらに、麗香、照、菫の三人は、いっかくじゅう座バラ星雲、ペルセウス座カリフォルニア星雲、オリオン座大星雲、キャッツアイ星雲など、美しい散光星雲やリング星雲を見せてもらった。

 再び、宇宙船が瞬間移動した。

 すると、今度は目の前に馬の頭のような形の暗黒星雲が見えた。オリオン座馬頭星雲だ。

 まだ、数光年離れているが、相手がとてつもなく大きいため、目と鼻の先にあるように感じる。

 まさか、望遠鏡を使わずに肉眼で見られる日が来るとは…。

 そこからさらに移動して、麗香達は、天の川銀河の伴銀河である大マゼラン星雲、うしかい座矮小銀河、おおいぬ座矮小銀河なども見せてもらった。いずれも、数千光年離れた位置から全貌を見た後に、星雲内にも入ってみた。

 そして、そこからさらに、さんかく座銀河へと飛んだ。

 さんかく座銀河は、局部銀河群の中で三番目に大きな銀河である。その全貌を見た後、再び瞬間移動して、さんかく座銀河内のある惑星に近づいた。

 その惑星は、海と緑の星で、四つの大陸があった。

「ねえ、ハンニャ。もしかして、ここって人が住めそうな感じ?」

 ここに来るのは、淡も初めてだった。そもそも、さんかく座銀河自体、淡は今まで一度も来たことがない。

「はい。居住可能です。我々は、この星を風の星と呼んでいます。この四大陸は、それぞれ東の大陸、南の大陸、西の大陸、北の大陸と名付けられ、喜びの四大陸とも呼ばれています。」

 白の星、緑の星、赤の星で{白發中}かと思っていたが、さらにこれは、風牌か?

 しかも喜びの四大陸って、大四喜か?

 そんなことを淡は一瞬思った。

「ここに生物はいるの?」

「まだ植物しか存在しません。」

「へっ? まだって?」

「実は、この星は、最近我々の手でテラフォーミングした星なんです。」

「じゃあ、ハンニャ達で住める星にしたってこと?」

「そうです。それと、先週議会で決まったことなんですが、この星全てをテーマパークやリゾート地とした娯楽・遊園施設惑星にすることになりました。温泉も作りますよ。」

 なんと星全体を遊び場にする?

 それはそれで、とんでもない発想だ。

「来週、工事用ロボットを大量に送り込みます。二年後には、皆様をこの星に招待させていただけるようになると思います。」

 ハンニャには、そう言われたが、菫は、

「(恐らく、一生かかっても全てを回りきれないだろうな。)」

 と思った。

 一方の淡は、

「うん。楽しみにしてるよ!」

 と楽観的に捉えていた。

「では、次は局部銀河群から離れます。では、サンムーン。」

「了解。」

 サンムーンが手元のボタンを押すと、宇宙船は数千万光年単位で瞬間移動した。

 まず、ソンブレロ銀河(おとめ座)や黒眼銀河(かみのけ座)、子持ち銀河(りょうけん座)などを比較的近くで見ることができた。

 近くといっても、数万光年離れたところではあるが…。

 例えば、ソンブレロ銀河は直径五万光年だ。数万光年離れたところから見たほうが、全体が見えて美しい。数メートル前で見ても、全貌は見えない。アンドロメダ星雲の全貌を見た時と同じだ。

 その後、各星雲内にも入ったが、アンドロメダ星雲内で見た光景と大差は無かった。まあ、それは仕方がないだろう。

 さらに宇宙船は、そこから一気にしし座銀河団へと瞬間移動した。地球から三億光年も離れた場所だ。

 そこで、麗香、照、菫の三人は、散光星雲やリング星雲など、美しい光景を目の当たりにした。まあ、銀河系で見てきたものと大きな違いはない気がするが…。

 ハンニャ達は、惑星とか衛星には着陸せず、今日は、三人に宇宙空間に煌く神秘的な美の光景だけを楽しんでもらった。

 

 最後に緑の星付近に瞬間移動した。

「ここは、地球とは銀河系の中心を挟んで丁度反対側の位置になります。地球の方向は、あっちですかね。」

 ハンニャが指差す方向に見えたもの。それは、地球とは反対側から見た天の川だった。

「今日は、色々なところを見て回りましたが、いかがでしたでしょうか?」

 すると、麗香がハンニャに、

「感動しました。私達には、どれもが普通なら一生に一度すらも見られないものばかりでした。それをこの目で見ることができ、非常に感激しております。」

 と答えた。勿論、嘘偽りはない素直な言葉だ。

 もっとも、嘘をついたところで超能力者のハンニャにはバレバレであるが…。

「皆様も結構疲れたことと思います。今日は、この後、どうされますか? よろしければ、我々が天の川銀河の拠点とする緑の星でお食事でもいかがですか?」

「いえ、これ以上は申し訳ないと感じております。これで、私達はおいとまさせてもらおうかと…。」

「分かりました。では…。」

 ハンニャが操縦室後部のドアを開くと、そこは見慣れた光景…白糸台高校麻雀部監督室と繋がっていた。

 白の星に入った時と同じパターンだが、やはり目を疑う。

「空間を繋ぎましたので。それでは、またの機会に。」

「は…はい。」

 麗香、照、菫、淡の四人がドアを通り抜けて監督室へと戻った。

 ドアを通過すると、何故か淡のドレスが白糸台高校の制服に変わっていた。ハンニャ達の仕業なのだろうけど、どのような仕掛けになっているのかは分からない。

 まあ、もっともハンニャの超能力でやりましたと言われてしまえば、それまでだが…。

「じゃあ、ハンニャ。今日はありがとう。」

「ノープロブレムです。それでは、また。」

 ドアが閉まった。そして、菫が再びドアを開けると、その先は宇宙船内ではなく、普通に通路になっていた。

「不思議なもんだな。余りにも現実離れしていて、夢でも見ていたみたいだ。」

「でも、夢じゃないよ。これが、証拠の品。」

 淡が、ハンニャ達にもらったブローチを見せた。例の大きなピンクダイヤモンドがついたやつだ。

「(絶対に価値が分かってないな、こいつ。)」

 とは言え、これだけ高価なモノを惜しげもなく与えられていることを知り、菫は淡が羨ましくもあった。

 

 

 それから、さらに時が過ぎ、西東京大会に突入した。

 参加校は160に達する。

 一回戦を戦うのは50校弱で、一位のみの高校が二回戦に進出するルール。そこで30校以上が敗退する。

 二回戦は128校が戦い、32校に減る。

 三回戦で8校に、準決勝で4校に絞られる。ここまでは、先鋒から大将まで、各半荘一回での勝負だ。それでも、ここまで終わるのに丸二日かかる。

 決勝戦のみが半荘二回での戦いになる。

 白糸台高校から参加するのはチーム虎姫。先鋒が宮永照、次鋒が弘世菫、中堅が渋谷尭深、副将が亦野誠子、そして大将が大星淡。

 第一シードの白糸台高校は二回戦からの参戦だった。

 二回戦は、照が半荘一回で10万点以上を獲得、菫が最も点数が低いチームを狙い打ち、尭深のハーベストタイムを決め、中堅戦でトビ終了させた。

 三回戦は、照がラス親で怒涛の和了りを見せ、トビ終了させた。

 淡が初めて戦ったのは準決勝戦。

 しかし、既に大量リードしている。ここに絶対安全圏が発動し、他校の大将達は酷い配牌を見て毎回焦るばかり。

 そこに早い巡目で淡は仕掛け、絶対安全圏内で多くの和了りを決めた。勿論、余裕の一位抜け。

 そして、決勝戦。

 淡が対局室に入ると、どこかで見た感じの女性がいた。

 彼女の名は多治比真祐子。松庵女学院の二年生。

「(多治比って? もしかして!)」

 顔も麻里香に似ている。

 淡は、

「あのう、もしかして麻里香のお姉さんですか?」

 と聞いてみた。すると、

「はい。麻里香がいつもお世話になっています。」

 と真祐子が答えた。

「(ビンゴ!)」

 麻里香の姉なら、きっと楽しい麻雀が打てるだろう。淡は、そう期待した。

 

 場決めがされた。

 淡は西家、真祐子が南家だった。

 東一局。

「(絶対安全圏発動!)」

 淡のみ一向聴、他家は六向聴だった。これは、真祐子も例外ではない。

 白糸台高校は、先鋒戦で照が作った大量リードを次鋒から副将まで差を縮められるどころか、むしろ広げてきた。

 二位の松庵女学院との差は10万点以上。

 真祐子にとって、この厳しい状況の中、3巡目に、

「ポン!」

 淡が対面の捨てた{白}を鳴き、5巡目で、

「ロン! 白ドラ2。5200!」

 下家の捨てた牌で和了った。早和了りだ。{①}の暗刻があって40符3翻の手。

 

 東二局、真祐子の親。

 ここでも絶対安全圏は発動している。淡のみ軽い手で、他三人は非常に重い手だ。

 この局も、

「ポン!」

 淡は下家が捨てた{發}を鳴き、

「ロン! 發チャンタドラ1。5200!」

 対面が捨てた牌で和了った。これも{9}が暗刻の40符3翻の手だた。

 ただ、真祐子は淡に鳴かせないし、振り込まない。この辺りは、麻里香と同じだ。

 

 東三局、淡の親。

 ここで淡は、連荘で稼ごうとした。

 しかし、真祐子は相変わらず鳴かせてくれない。そうこうしているうちに7巡目に突入した。

「(これって、ヤバイんじゃ?)」

 淡がそう思った次巡、

「ツモ! タンヤオドラ3。2000、4000!」

 真祐子に和了られた。

 淡としては、親かぶりで痛い。

「(結構やるジャン!)」

 しかし、ある程度以上の打ち手がいないと面白くない。

 照達のお陰で点差は十分あるし、無理にダブルリーチを使って勝ちに行く麻雀をしなくても優勝は間違いないだろう。

 ならば、ここは真祐子を相手に楽しく打ちたい。淡は、そんな風に思っていた。

 

 東四局。

 ここでも淡は、

「ポン!」

 {中}を対面から鳴き、

「ツモ! 中混一ドラ3。2000、4000!」

 6巡目にツモ和了りした。

 

 南入した。

 南一局は、

「ロン! タンヤオ一盃口ドラ1。5200!」

 面前で淡が下家から和了ったが、続く南二局では、

「ツモ! タンピンツモドラ1。2600オール!」

 真祐子に和了られた。連荘だ。

 

 南二局一本場も、

「ロン! 一盃口ドラ2。7700の一本場は8000!」

 淡の対面から真祐子が和了った。

 

 南二局二本場、

 これ以上は真祐子に連荘させたくない。淡は、

「ポン!」

 南を鳴き、次巡で、

「ツモ! 2200、4200!」

 ダブ南ドラ2で真祐子の親を流した。

 

 南三局、淡の親。

 当然、淡は連荘を目指したが、

「ツモ! 1300、2600!」

 真祐子に和了られた。とにかく、真祐子は淡が鳴きたい牌を出さない。つまりヌルイ牌を打たないのだ。それで、淡のスピードが殺されている。

 しかも、ここまでの収支は、真祐子が+22800点、淡が+23000点と僅差だ。

 もし、オーラスで真祐子に和了られたら、淡は収支で真祐子に負けることになる。

「(ちょっとマズイかな。でも、面白い!)」

 淡と真祐子以外の二人はヤキトリ状態。平静ではいられない。

 しかも、それでいて毎回最低な配牌。正直、心が折れかかっていた。

 

 オーラス。

 この局も絶対安全圏は健在。

 最悪な配牌が続く中、真祐子だけは目が死んでいなかった。

 この局、真祐子が、

「チー!」

 早々に仕掛けた。

 収支では淡を負かしたい。それすらできなければ逆転優勝など絶対に有り得ない。そんな気持ちが感じられた。

 しかし、

「ツモ! タンヤオドラ1。500、1000!」

 淡が和了って収支トップを守った。

 

 10分間の休憩に入った。

 淡は、対局室を出るとスマホで麻里香に連絡を入れた。

「もしもし、麻里香?」

「前半戦は、マズマズだね。」

「一応、トップなんだけど。」

「でも、本気は出していないでしょ?」

「まあ…ね。でね、連絡したのは、松庵女学院の多治比真祐子って、麻里香のお姉さんなんだって? 本人が言ってたよ!」。

 これを聞いて、麻里香は、

『やっぱりバレたか』

 と思った。

 決勝戦の相手に松庵女学院の名を見た時に覚悟はしていたが…。

「まあ…そうなんだけどね。」

「なんで、麻里香は松庵女学院に行かなかったのかなぁとか考えちゃって。詳しいことは、後で聞かせてね。」

「分かったわよ。で、バレたついでにお願いがあるんだけど。」

「麻里香が? 珍しい。」

「せめて一局だけでもイイから本気で戦ってあげて。力の差を見せ付けるとかじゃなくて、姉に対する礼儀として。」

「分かった。善処するよ。」

 この時、淡は、予言者プルプルから言われていたことを、すっかり忘れていた。

 

 淡が対局室に戻ってきた。

 後半戦は、真祐子が起家、淡がラス親になった。

 東一局、真祐子の親。

 絶対安全圏が続く中、真祐子は何とか7巡目で聴牌し、

「ツモ! 2000オール!」

 ツモ和了りした。

 

 東一局一本場、真祐子の連荘。

 しかし、淡も負けてはいない。しかも、この半荘は上家が真祐子ではない。よって、捨て牌は真祐子ほど厳しくない。

「チー!」

 淡は、早速鳴いて聴牌し、

「ツモ! 1100、2100!」

 ツモ和了りで真祐子の親を流した。

 

 東二局。

「ツモ! 1300、2600!」

 この局は、真祐子がツモ和了りした。

 大将戦で全てが決まる。ならば、真祐子も当然食い下がる。

 10万点以上の差を大将戦だけでひっくり返すには、淡から親の役満を直取りするのが一番手っ取り早い。しかし、役満など狙って易々と出来るものではない。

 それに毎局、絶対安全圏が発動する。このクズ配牌を見る限り、役満狙いは現実的ではない。

 国士無双に走ることも考えられるが、意外とツモ牌は普通の手として手が伸びる方向に来る。そのため、国士無双を目指しても中々聴牌できないし、それ以前にチュンチャン牌を狙われて淡の餌食になるがオチだ。

 とにかく、普通に打って淡よりも先に少しでも高い手を和了る。今のところ、それしかないようだ。




おまけ

「白の星では麻雀はやらないのですか?」
 この菫の問いにハンニャが答えた。
「ルールは分かってますが、打ったことはありません。雀卓を囲んでも、我々の身体では対面の山からツモることができませんから…。」
 たしかに、体長三十センチくらいで腕も十センチ弱の身体だ。これで雀卓を囲めと言う方が酷だろう。
 しかし、ここには発明家サンムーンがいる。
 そう言うことならと、機械の腕を装着して対面の山からでもツモることができるようにしてもらった。
 話の流れから、菫とハンニャで卓を囲むことになった。面子はあと二人。
 しかし、
「私は、彼とは打ちたくない。」
 照が打つのを拒み出した。
 ここまで卓を囲むのを拒否するのは、菫としても初めて見た。しかし、菫の心情としては、地球の高校生チャンピオンに逃げてほしくはない。
「まあ、麻雀を通して交流を深めるもの良いだろう?」
「わ…分かった。」
 照は渋々打つことになった。
「あと一人は…淡。お前が入れ。」
「私はパス!」
「どうしてだ?」
「ハンニャとは戦いたくないだけ。監督に入ってもらえば?」
「まあ、それも有りか。では監督。よろしいですか?」
「イイわよ。」
 麗香は、何も考えずにOKした。
 場決めがされた。
 この時、ハンニャの毛先の球がうっすらと輝いた。
 起家はハンニャ、南家が照、西家が麗香、北家が菫になった。
 ルールは赤ドラ四枚入りで、大明槓からの嶺上開花は責任払い。ダブル役満以上もありだが、単一役満によるダブル役満は無し。
 各自が順に配牌を取り、ハンニャが13枚目、14枚目の牌を山から取った時、菫の背中に何か冷たいものが走った気がした。
 既に照は手牌を伏せている。まったくやる気がない。
 しかし、その直後、何故、照がやる気を見せないのか、何故、照と淡が打つのを拒んだのかを知ることになる。
 ハンニャが手牌を倒した。
「済みません。ツモです。天和大四喜字一色四暗刻。64000オールです。」
 なんのことはない。超能力を使ったのだ。
 全員トビで終了。恐らく、何回打ってもハンニャに勝つことはできないだろう。
 多分、これが能力麻雀の究極形。
 こんな化物が地球では現れないことを願う菫だった。


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流れ十五本場:淡、予言を思い出して後悔する

 東三局。

「(麻里香のお姉さん、マジ強い。さすが、イケてんジャン!)」

 淡が笑顔を見せた。余裕の笑みではなく、喜びの笑みだ。

「(でも、私だって負けてらんない。麻里香との約束もあるし、行くよ!)」

 そう。淡には、まだ隠された武器がある。今、それを披露する。

 サイの目は7。もっとも最後の角が早く来るパターン。

 淡から放たれるオーラが急変した。

 真祐子は、それを察知して表情が変わった。まさか、この表情変化が録画されているとは…。真祐子も、さすがに夢にも思わなかっただろう。

「リーチ!」

 淡のダブルリーチだ。

 絶対安全圏の中、淡以外の選手がクズ配牌の中、これは強烈だった。

 ただ、クズ配牌から普通に伸びてゆくのが、ある意味救いに見えた。しかし、9巡目。角の直前で、

「カン!」

 淡が暗槓した。そして、次巡、角を超えたところで、

「ツモ! ダブリーツモカン裏4。3000、6000!」

 ハネ満ツモを決めた。

 ダブルリーチが意図的にかけられるとは普通思わない。しかし、真祐子は、これが淡の能力で意図的にかけられたものであることを確信していた。

 

 東四局、淡の親。

 ここで淡に連荘させてはいけない。このことを、真祐子は十分理解していた。

 前局のダブルリーチツモ槓裏4のショックは大きいが、とにかく頭を切り替えなくてはならない。

 またダブルリーチをかけてくるのか?

 真祐子は息を飲み込んだ。

 しかし、この局、淡はダブルリーチをかけなかった。

 ならば真祐子の取るべき方法は、淡に鳴かさないようにケアしながら最速で手を進めることだ。安手で良いから淡の親を流すのが最優先だ。

 一方の淡は、真祐子から絶対に和了るとの強い気迫を感じ取っていた。加えて、全てを決める大将戦ならではの特別な緊張感もある。

「ツモ! 500、1000!」

 安手だが、真祐子がツモ和了りして淡の親が流された。

 この時点で、後半戦の収支は真祐子が+8100点、淡が+12000点。前後半戦あわせても真祐子が+30300点、淡が+37000点と、今のところ淡に軍配が上がっている。

 さすが、照から大将を引き継いだ超新星だ。

 

 南入した。

 南一局、親は再び真祐子。

 絶対安全圏が発動する中で、真祐子は連荘を狙う。

 ここでも淡はダブルリーチをかけてこない。とは言え、淡だけは手が軽いだろう。

 総合トップの淡は、高い振り込みさえしなければ、ノミ手で和了るだけでチームを優勝するのに十分な位置にある。当然、手を下げてでも鳴いて早い巡目…絶対安全圏にいる間での和了りを目指すはずだ。

 絶対安全圏内ならば、淡は、どんな牌を捨てても和了られることはないのだから、ただ和了りを目指して突き進んでゆける。

 ならば、絶対安全圏の間に和了らせない。

 絶対安全圏を越えれば、淡も他家の和了りに気をつけなければならなくなる。ただ和了りを目指すだけの麻雀ではなくなるはず。

 場合によっては降りることも考えるだろう。

 幸い、淡以外の選手のツモは悪くない。絶対安全圏を越えれば、自分達の和了りのチャンスも生まれてくるはずだ。

 真祐子以外の選手も、休憩時間中にアドバイスを受けたのか、淡に対して甘い牌を打たなくなった。

 まず、淡に役牌を鳴かせないこと。それから、淡の上家は、チーもさせないことだ。

 6巡目、

「ポン!」

 淡の捨てた{東}を真祐子が鳴いた。そして、次巡、

「ツモ! 東ドラ2。2000オール!」

 真祐子がツモ和了りした。

 

 南一局一本場、真祐子の連荘。

「(麻里香のお姉さん、さすがだね!)」

 再び淡が笑顔を見せた。東三局の時と同様、余裕の笑みではなく喜びの笑みだ。

「(でも、私だって負けてらんない。一先ずダブリーは封印するけど…。)」

 相変わらず上家は捨て牌を絞っている。しかし、毎回100%淡が鳴けない牌しか捨てないで済む…と言うわけではない。

 この局、淡は絶対安全圏の間に、

「チー!」

 {⑨}を鳴き、2巡後に、

「ロン! 5500!」

 対面の捨て牌で和了った。

 これをやられると、さすがに真祐子も太刀打ちできない。白糸台高校の大将を照から引き継いだ淡のポテンシャルを思い知らされる。

 しかし、だからと言って諦めるわけには行かない。

 

 南二局。

 白糸台高校に大量リードされている以上、この場面で淡以外が安和了りしても無意味である。

 当然、真祐子としても同じだ。安和了りしたところで、白糸台高校を優勝に近づけるだけでしかない。

 ただでさえクズ配牌のところ、そこから少しでも高い手に仕上げようとして手がもの凄く遅くなる。そんな中、

「ツモ! 500、1000!」

 淡が安手で場を流した。

 

 南三局。

 ここでも淡が、上家から、

「ロン! 5200!」

 直取りして場を流した。とにかく、淡が今すべきことは、他家が高い手を聴牌する前に安手で良いから和了って場を進めることだ。それが優勝に繋がる。

 

 そしてオーラス、淡の親番。

 既に淡以外の選手の表情は、通夜のようであった。

 それもそのはず。ダブル役満以上が認められていないこのルールで、既に2位の松庵女学院ですら1位の白糸台高校に10万点以上の差がつけられている。

 淡が連続チョンボで点棒を吐き出さない限り、もはや真祐子達の逆転優勝はない。しかし、それは非現実的であろう。

 つまり、このオーラスは単なる消化試合でしかないのだ。淡以外は和了ったところで負けを確定させるだけに過ぎない。

 勿論、淡も、和了れなかったとしても連荘を拒否するだけだ。

 しかし、変なところで淡は意地がある。

「(最後に流局ノーテンで優勝なんて、華が無いジャン。ここは、やっぱり。)」

 どうせ、他家は和了ってこない。そこで、淡は、面前で手を進めた。少しでも手が高くなるように手代わりを視野に入れながら…。

 そして、8巡目、

「ツモ。4000オール!」

 淡の親満ツモで決勝戦は終了した。

 他家は、真祐子も含め、全員が俯いたままだった。

 淡は、一礼すると卓を離れて対局室を後にした。

 ただ、何か大事なことを忘れている気がする。

「(麻里香との約束は守ったし、優勝も決めたし、あと、なんだっけ?)」

 すると、ハンニャからテレパシーが入ってきた。

「優勝おめでとうございます。」

「ありがとう。まだ個人戦があるけどね。」

「しかし、何故ダブルリーチ槓裏4を使ったんです? 使わなくても十分団体優勝できたでしょうに。」

「麻里香から、一局だけでも本気でやってって言われたから…。」

「プルプルから言われたことを忘れてませんか?」

「へっ?」

 そう言えば…。

『西東京大会が始まりましたら、インターハイ準決勝戦まではダブルリーチを控えてください。』

『どうして?』

『一回でも使うと、対策を講じられる可能性があるからです。』

『分かった。でも、ヤバくなった時は使うかも。』

『そうなった時は仕方ありませんけどね…。』

 こんな会話をプルプルと交わしていた。

 ヤバい。ヤッちゃった。

 何故、今まで忘れてたんだろう?

 プルプルに申し訳ない。

 さすがに淡も後悔した。

 後悔の前に公開してしまったのだが…。

「それに、菫さんもインターハイ決勝戦まで温存したかったでしょう。まあ、実際には準決勝戦で使うことになると思いますけど。」

「じゃあ、対策が取られるってこと?」

「まあ、準決勝でそれができるのは、深山幽谷の化身だけのようです。普通、偶然の産物としか思われませんからね。」

「たしかにね。」

「まあ、やってしまったものは仕方がありません。個人戦では自重してください。」

「了解。」

「それと、菫さんからも何か言われると思いますけど。」

「まあ、そこは何とか理由をつけてみる。」

 楽観的な淡でも、やはりプルプルの予言は怖い。さすがに全身から、どっと冷や汗が流れ出てきた。

 

 淡が控え室に戻った。しかし、照は別に嬉しそうな顔をしていない。勝って当然、そんな感じだ。

 そんな空気だったので、誠子も尭深も静かに黙っていた。

「嬉しそうな顔くらいしろよ。」

 菫が照に言った。しかし、

「この程度の相手じゃ、調整にもならない。」

 エース照の爆弾発言だ。まあ、淡としては、理解はできるが…。

「フッ…。」

 菫がソファーに座る照の横に新聞を放った。

「今朝の新聞。そこ、全国の予選、載ってるだろ。」

 照が新聞を広げて見た。そして、長野県の代表校である清澄高校の大将の名前が目に留まった。

『宮永咲』

 照は、表にこそ出さなかったが、内心驚いていた。

 菫が、

「清澄って知ってるか?」

 と照に聞いた。しかし、照は無言だった。

「お前、妹いたんじゃなかったっけ?」

 さらに菫は、こう照に聞いた。しかし、照は、

「いや…いない…。」

 とだけ言って新聞を置いた。

 淡は、その新聞が気になった。

「優勝決めてきたよ! ねえ、スミレ。その新聞って?」

「昨日までにインターハイ出場が決まった各都道府県の代表校の名前と各メンバーの名前が出ている。」

「ふーん。」

「そうそう。それと、ちょっと気になることがあって、後でスミレに相談したいんだけど。」

「お前がか?」

「うん。」

「まあ、分かった。それと、何でダブリー槓裏4を使ったんだ? 使わなくても優勝できただろうに?」

 来た。やっぱり聞かれた。

 正直に言えば麻里香にも迷惑をかける。

 そこで、淡は、適当な理由をでっち上げた。

「だって、タカミに総合獲得点で負けたくなかったんだもーん。テルはイイけど。」

「あのなあ…。まあ、あの一局だけで能力と断言されるとは思えないだろうから、今回は良しとしよう。」

「はーい。」

 なんとか誤魔化せた。

 後でプルプルには思い切り謝ろう。淡は、そう思っていた。

 

 来週、西東京での個人戦が行われる。

 個人戦は、部内の上位八名がエントリーする。チーム虎姫からは、照、淡、菫の三人の出場となる。

 みかんと麻里香も出場する。

 ただ、その前に淡は菫に確認したいことがあった。

 プルプルが予言した『深山幽谷の化身』とか『点棒の支配者』とか、それに該当しそうな選手が本当にいるのかを確かめたかったのだ。

 ハンニャにもプルプルにも、淡は、それらの選手がどこの誰かを教えてもらえていない。

 万が一、西東京で個人戦のみ出場する選手だったなら、いきなりピンチになるかもしれない。勿論、淡だけではなく、白糸台高校全員に関わることだ。

 ハンニャ達のことを誠子にも尭深にも話していない以上、下手に控室で聞くことはできない。それで、寮に戻ってから聞くことにした。

 一応、淡もGWの後に入寮していた。勿論、練習のためだ。

 

 淡達は、表彰式を終えると、急いで寮に戻った。

 そこで淡は、

「スミレ。実はね。ハンニャ達の世界にすっごい予言者がいるんだけど。」

「たしか…プルプルとか言ったな? 前に聞いた記憶がある。」

「それでプルプルが言うには、私のライバルになる一年生が二人いるらしいのよ。両方とも日本人で、一人は深山幽谷の化身。もう一人はテルー以上の怪物で点棒の支配者らしんだけど…。」

「照以上の化け物? さすがに信じられないが…。そんなの、インターミドルにはいなかったぞ?」

「今は麻雀をやっていないらしいから。」

「まあ、それを言えば、照も中学では麻雀をやっていなかったからな…。ちょっと待てよ。点棒の支配者…。」

「心当たりがあるの?」

「ああ、一人。照が一年の時の話だが…。」

 現監督の麗香は、先代監督の考えに基づき、チーム制を採用した。

 照と菫が一年生の時、照は、

『部内スコアだけじゃ分からない…って言うのは、たしかにあると思うよ。』

 とチーム制を支持した。そして、特待生だった菫と、当時部内ランキングの低かった渡辺琉音、宇野沢栞、棚橋奈月、沖土居蘭でチームを結成させた。

 その時、照は簡単な指導と言うか、独特なアドバイスをしただけで菫達のチームを一軍チームに圧勝させた。

 ただ、照の真意は、

『スコアが低くても強い人がいる…ということ。たとえば、常にプラマイゼロでも強い子とか…。』

 この言葉を立証することだった。

 そして、また別の日には、

『カンと嶺上開花は怖いよ。嶺上牌のツモだけで、とんでもないことをやってのける打ち手だっている。』

 と栞と奈月にアドバイスした。

 菫は、照が気にかけている『プラマイゼロにするヤツ』と『嶺上牌を使うヤツ』との縁を繋ぐために、照に麻雀を再開することを薦めた。

 その後、少ししてから菫は、照から家族麻雀のことを聞かされた。

 小遣いやお年玉を賭けることを要求する母に、なけなしの小遣いを守るために『プラマイゼロにするヤツ』に進化した妹。

 そして、家族の崩壊…。

 それゆえに麻雀から身を引いた姉妹。

「そんなことがあったんだ…。」

「まあ、他言無用で頼む。それで、私が思うに、恐らく、その『プラマイゼロにするヤツ』こそが、プルプルの言う『点棒の支配者』ではないかと…。狙って点数調整できるらしいからな。」

「じゃあ、照の妹ってこと?」

「だろうな。」

「それじゃ、西東京の大会に出てくるんじゃない?」

「いや、それは無いだろう。あいつは、もともと長野出身で、妹は長野にいるはずだからな。それで、長野の優勝校、清澄のことを振ってみたが…。」

「団体戦決勝が終わった時、控室で言っていたアレ?」

「そう。」

「でも、テルーは『妹はいない』って言ってたけど?」

「多分、あれは嘘だ。何故否定したかは分からないが…。それに、清澄の大将、宮永咲は、『プラマイゼロにするヤツ』ではなくて『嶺上牌を使うヤツ』なんだよ。」

 この時点で、菫は、まさか『プラマイゼロにするヤツ』と『嶺上牌を使うヤツ』が同一人物であるとは思っていなかった。

 菫が、長野県大会の牌譜を淡に見せた。

 見事なまでに…不自然極まりない程に嶺上開花を連発している。

「間違いなく、テルーの言う『嶺上牌を使うヤツ』だね、これは。それに、宮永って苗字だし。写真はある?」

「ああ。長野の新聞を取り寄せてみた。」

 新聞に掲載された記事は、原村和のことが中心だったし、写真も和がデカデカと載っていた。しかし、写真の端のほうに咲の姿も写っていた。その雰囲気や独特の髪型から、菫も淡も、咲が高い確率で照の親族であろうことを確信した。

 多分、妹…。

「なるほどね。でも、このサキー以外にもう一人、テルーの妹がいて、それがテルー以上の化物ってことになるのかな?」

「そうかもな。この宮永咲と点棒の支配者が姉妹だったとしても、必ずしも同じ高校に行くとは限らないし…。まあ、長野でも来週個人戦がある。その結果を見てからもう一度この話をしよう。」

「そうだね。」

 照の妹なら、照以上の化物と言われても納得できる。

 淡は、それを特定できるであろう来週の個人戦結果が待ち遠しくなった。

 それに少なくとも、その化物の存在確率が高いのは長野県。西東京での個人戦で照以外に化物がいないのなら、

『きっと楽勝!』

 と気が楽になった部分もあった。



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流れ十六本場:淡、点棒の支配者を特定する

咲-Saki-17巻94ページの2コマ目を参考にしました。


 西東京団体戦で優勝し、インターハイ出場を決めた翌日、淡は毎度の如くハンニャに呼び出されて白の星の第一皇女アワイを演じた。

 今回の行き先は、さんかく座銀河だった。

 あそこは、風の星…つまり娯楽・遊園施設惑星を建設しようとしている空間だ。それでハンニャ達は、さんかく座銀河内での情勢には最近特に目を光らせるようになった。

 まあ、いつものようにハンニャ達の星の科学力で相手をねじ伏せて終わったが…。

 その帰りに一旦、淡は白の星に寄ってプルプルに謝罪した。せっかくダブルリーチ槓裏4をインターハイ準決勝戦まで隠しておくようにとアドバイスされたのに、それを忘れてしまっていのだから…。

 別にプルプルは気にしていない様子だったが…。もっとも、麻里香とのやり取りのことも知っていただろうし。

 ただ、ここで淡は、プルプルから深山幽谷の化身について新たな情報を教えられた。

「実は、深山幽谷の化身は、小学生男子みたいなところがあるようです。」

「小学生男子?」

「はい。たとえば『一回やる?』と聞けば『百回やる』と答えるし、『一局打つ?』と聞けば『百局打つ』とか言うみたいにです。」

「なにそれ? 面白い!」

 淡は、それが妙にツボにはまったようだ。

 それ以降、淡は深山幽谷の化身に倣い、

『高校百年生!』

 を連呼するようになった。

 

 数日後、西東京個人戦が行われた。人口の多い西東京地区では、長野県とは違い全国出場枠は十二名。

 大方の予想通り、優勝は照、準優勝は淡だった。

 三位は多治比真祐子、菫は四位だった。

 みかんと麻里香は、十一位と十二位で、何とか全国出場枠に入れた。

 

 その翌日、寮で淡は、菫に呼び出された。

 この日の淡は、エネルギー満タンで胸がメロン並みに大きかった。ショートスパンで鉄板とメロンを行き来する。

 新月から満月へと変化する月の満ち欠けの期間よりも短い間に、よくこれだけ大きさが変わるものだ。

 しかし、その変化を誰も突っ込まない。

「まあ、そういう体質だからね。」

 で済まされているのが、なんとも不思議なところだ。

 また、この時、淡は髪をまとめてポニーテールにしていた。西東京大会決勝とは、まるで別人に見える。

「大星。ちょっとイイか?」

「はーい。」

 人目を避けるように、二人は菫の部屋に入った。ここなら、大声を出さない限り誰にも聞かれる心配はない。

「で、菫。例の『深山幽谷の化身』と『プラマイゼロにするヤツ』のことだよね。」

「そうだ。まず、『プラマイゼロにするヤツ』だが、とんでもないことが分かった。」

 菫は、可能な限り収集できた各都道府県大会の対戦結果や牌譜の中から咲のデータを取り出して淡に見せた。

「こいつ…宮永咲の個人戦成績を見てくれ。」

「ええと、この三位でギリギリ代表滑り込みの人?」

「ああ。」

「たしか、清澄の大将だった人だよね。」

 淡は、

『こいつは、あくまでも嶺上牌を使うヤツだし…、三位でギリギリだし、そんなにマークするほどのものかな?』

 と思っていた。しかし、咲のスコアを見て菫の言いたいことが分かった。

『こいつヤバイ!』

 本能的に淡の全身が硬直した。

「プラマイゼロ? それも連発?」

「そうだ。弱いヤツと当たる前半戦でプラマイゼロを連発して遊んでやがる。」

 牌譜を見ると、全試合で最後に咲が和了っている。間違いなく点数調整だ。

「なにこれ? それでいて後半戦まで勝ち残った強い人を相手に連続トップ? 弱いヤツ相手じゃ本気で勝ちに行く気にすらなれないってこと?」

「それは分からんが。」

「ちょっと性格悪くない?」

「お前に言われたくはないだろうな。」

「なんでそうなるのよ。」

「お前も本気でやっていない時が多いからな。」

「だって、私は高校百年生だから。」

「それを聞いて、尭深が『淡ちゃんって115歳?』って笑いながら言ってたぞ!」

 高校に100年通ったら、たしかにそうなる。

 それに飛び級で100年生はない。

 淡は反論しようと思ったが、何を言っても菫に論破されてしまいそうだ。分が悪い戦いを避けて、淡は話を戻すことにした。

「で、このサキーだけど。」

「他に何か気付いたか?」

「もしかして、四位とは千点差じゃない?」

「そう。それは、私も気になった。」

「これって自分の卓の外にまで点数調整の力が働くって言うこと?」

「かもしれない…。それと、今思えば団体戦の時もギリギリ数え役満責任払いでまくれるように点数を調整していたとも取れる。」

「何その化物…。それじゃ…まるで、やりたい放題…。」

「そう言うことになるな。多分、こいつで間違いない。こいつが点棒の支配者だ。『プラマイゼロにするヤツ』と『嶺上牌を使うヤツ』は同一人物。照を超える化物は、この宮永咲のことだ。」

「テルーの妹…。」

「多分、それも間違いないだろう。あの照が、ずっと意識していた相手。それが、二年待ってようやく現れた。しかも、団体戦で当たるのは淡、お前だ。」

「うそでしょう…。」

 普通なら、こんな選手が相手になると知ったらビビるだろう。しかし、淡は、

「でも、楽しみが増えた感じだよ!」

 むしろ強敵と渡り合えることに喜びを感じていた。ある意味、淡らしい。

 一先ず、菫も淡も、咲のことについては他言しないことに決めた。

 下手に騒いでも周りを不安にさせるだろうとの判断だ。

「あと、もう一人のほうだが。」

「深山幽谷の化身?」

「ああ。そっちは、済まないが分からなかった。」

「小学生男子みたいなヤツって話だけど?」

「それは初めて聞くが…。」

「言わなかったからね。」

「まあ、知っていたところで特定できるとは思えんが…。」

「でも、一年生で活躍している人って限られてくるでしょ?」

「そうなんだが…。南北海道有珠山高校の真屋由暉子。」

 菫が淡に由暉子の画像とデータを見せた。

「背丈は小学生みたいだけど胸が男子じゃないね。」

「お前みたいに中身が小学生男子みたいな場合もあるけどな。」

「…。」

「まあ、真屋は改造制服とか着て楽しんでいるみたいだから、どちらかと言うと男子っぽくないな。」

「そうなんだ。」

「それから埼玉越谷女子の水村史織。」

「これは、小学生男子と言うよりも、色んな男子と遊んでそう。」

 とんでもない発言だが、菫は、これをスルーした。

「臨海女子の一年は、ともに日本人じゃないから除外。すると、次は長野清澄。片岡優希に原村和。」

「片岡優希は小学生男子っぽいけど…。」

「たしかにそうだが、深山幽谷って感じじゃないな。自称東風の神らしいし、まあ、小学生男子っぽいところはあるようだが…。」

「可能性はあるかもね。対する原村は、小学生男子の要素はゼロだね。」

「フリフリだしな。それと、宮永咲は点棒の支配者だろうから、ここでは除外だな。次は奈良阿知賀女子。新子憧に高鴨穏乃。」

「新子は援交とかしてそう。小学生男子じゃなくて男子で遊んでそう。」

「高鴨は礼儀正しい感じで小学生男子って要素が今のところしないな。」

 菫は、『小学生男子』との形容に、今一つ礼儀を欠いているイメージを持っていた。そのため、穏乃の立ち振る舞いから深山幽谷の化身の対象から勝手に外していた。

 まさか、この穏乃こそが淡の天敵、深山幽谷の化身であるとは、この時、菫も淡も想像もつかなかった。

「ええと、次は?」

「北大阪千里山女子の二条泉だな。これは、ある意味小学生男子なんだが…。」

「インターミドルに出てたよね。大したことない!」

 淡には、和に劣る泉が深山幽谷の化身とは到底思えなかった。

「あとは、兵庫劔谷の森垣友香に安福莉子。」

「どっちも雰囲気が小学生男子じゃない!」

「あとは、鹿児島永水女子の滝見春。」

「巫女じゃん。全然イメージ違う!」

 結局、菫も淡も深山幽谷の化身が誰なのか、見当もつかなかった。

 

 

 週末になった。

「出動です。」

 淡の脳内にハンニャの声が響き渡った。いつものテレパシーだ。

「まだ眠いのに…。」

 しかし、約束は約束だ。

 急いで身支度をすると、淡は寮の部屋のドアを開けた。すると、そこは宇宙船の内部に繋がっていた。

 ドアを通り抜けると、淡の服装が、いつものドレスに変わった。どのような原理なのかは不明だが…。

「またもやタイシン星の宇宙艦隊です。しかも、白の星に向かっています。」

「もしかして、こっちのことがバレたの?」

「そのようです。」

 ハンニャがモニター画面を切り替えると、タイシン星の戦艦が沢山映し出された。

 しかも、先頭を行く宇宙戦艦の甲板の上には、ハンニャ達の仲間…イタタが十字架に貼り付けられ、しかも三本の槍で身体を串刺しにされていた。

 三段重ねのコブに似た角を頭の上に二本生やし、縫い傷のようなホクロが身体に多数ある痛々しい姿をしたヤツだ。

 今回は、本当に痛々しい。

 イタタは全然動かない。さすがに三本の槍で身体を串刺しにされたら、普通は生きていないだろう。

 それに、宇宙服を着ているわけでもない。生身のまま宇宙空間に出されている。

「イタタは優秀な諜報部員ですので、タイシン星に侵入して情報を探ってもらっていたのですが、イタタのテレパシー通信をタイシン星の者達にキャッチされ、居場所がバレて捕獲されたようです。」

「イタタ、死んじゃった…。」

「それは大丈夫です。」

「大丈夫じゃないわよ、あれ。どう見ても死んじゃってるよ。」

「はい、今は死んでいます。しかし、三日もすれば元気に戻ってきます。」

「…はぁ?」

 死人が三日後に元気に戻ると言われても、それは幽霊ではないのか?

 だとしたら、この世に未練があって化けて出るの間違いではないのか?

 淡には、ハンニャの言葉が意味不明だった。

「イタタは、我々の神が定めた寿命の日が来るまで、たとえどんなことが起ころうと、決して死に耐えることは有りません。」

「死んでるじゃない。」

「今は死んでいます。しかし、死に耐えてはいません。生き返ります。それが彼に与えられた不死身の能力ですから。たとえ住んでいる星が爆発してもです。」

「ウソでしょ?」

 さすがに惑星が爆発したら生きてはいられない。それだけの破壊力に耐えられる体など存在し得ないはずである。

「嘘ではありません。彼は寿命の日…確か百年後の2月29日だったと記憶しておりますが、その日が来るまで決して死に果てることはないのです。」

「じゃあ、太陽に突っ込んでも?」

「だから、どんなことがあっても生き返るのです。その優れた生命力を評価して、彼には様々な惑星の文明文化の情報を探る特殊諜報部員として活躍してもらっていたのです。」

「でも、宇宙空間に生身のままでいたら窒息しちゃうんじゃ。」

「窒息もしません。なので、宇宙空間に放り出されても問題ありません。」

「じゃあ…、ええと…。そのイタタって人だけど、くどいようだけど、全身複雑骨折の上に頭蓋骨陥没、内臓破裂に出血多量でも大丈夫なの?」

「それでも彼は死にません。もしかしたら、宇宙が崩壊しても…。」

「…。」

 これには淡も返答しようが無かった。宇宙が崩壊したら生きる場所すらない。

 しかし、それでも生きられる可能性があるというのだ。常識の枠を余りにもはみ出し過ぎている。

「例えば…、カンブリア星との戦いで苦しめられたコンピューターウイルスは、三種のウイルスの混合型でしたが、その三つのうちの一つの情報をアルカリ星で取ってきたのが彼です。その星で運悪く、彼は、クマに似た巨大捕食生物に食い殺されました。」

「食い殺されたってことは、死んじゃったんじゃないの?」

「いいえ、彼は殺されても死にません。排泄物の中から見事に再生しましたから。だから、あそこにいるでしょう。それくらい並外れた生命力なのです。」

「…。」

 やはり、ハンニャ達には常識が通用しないようである。食い殺されても生き返るなんて完全に反則技である。

 ただ、排泄物から生き返るなんて…。

 そんな人生は送りたくないと、淡は思った。

 

 淡達を乗せた宇宙船が瞬間移動して、イタタを甲板の上に乗せた宇宙戦艦の前に姿を現した。

 宇宙船には、第一皇女と化したアワイ、ハンニャ、サンムーン、ウルウル、タムタム王子と、いつものメンバーが乗り込んでいた。

 ウルウルが通信チャンネルを開き、強制的にタイシン星宇宙戦艦の通信回路と繋いだ。

 タイシン星宇宙戦艦操縦室のモニターに淡の姿が映し出された。

「私は、白の星の第一皇女アワイ。」

 すると、

「嘘は止めていただきたい。甲板に串刺しにされた者から既に我々は思考を読み取り、全てを知っている。」

 タイシン星の司令官コバロスが、そう言いながら淡達の宇宙船操縦室の巨大モニターに姿を現した。

 コバロスの言葉に偽りのないことを、ハンニャは超能力で感じ取った。

「どうやら本当のようですね。なら正直に話しましょう。私が、この宇宙船の司令官ハンニャ。」

「やはりそうか。以前、その宇宙船に送り込んだロボットから送られてきた映像を見てそう感じていたがな。アワイは単なる飾り。お前達が白の星の真の住民だな。」

「そうです。」

「俺は、見た目で判断はしない。むしろ、お前たち白の星の住人に敬服している。しかし、ここでは敵同士。ならば、先ずは、一番厄介なお前から始末するとしよう。」

 コバロスが手元のボタンを押すと、イタタを張り付けにしている宇宙戦艦から先端がドリルになったミサイルが一発撃ち放たれた。

 そのミサイルは、物凄い勢いで、一直線に淡達の宇宙船操縦室に向かって突き進んで行った。

 サンムーンが慌ててバリヤーのボタンを押したが、どう言うわけかバリヤーが作動しなかった。勿論、充電不足と言うことは無い。

「くそっ、どう言うことだ…。」

「向こうはミニ大脳の超能力を使っています。超能力者の細胞から作り出した大量のミニ大脳に超能力を一斉放出させて、こっちのバリヤーの回路を動かなくしています。」

「まさか、そんなことが…。それでは、やむを得ませんね。ハンニャ、頼みます。」

「はい…。ハンニャー!」

 ハンニャの毛先の球が煌々と輝き、凄まじい超能力エネルギーがミサイルに向けて放たれた。ミサイルの軌道を変えるつもりなのだ。

 しかし、ハンニャの強烈な超能力を受けても、そのミサイルは軌道をずらすことなく、そのまま操縦室目掛けて突っ込んできた。

「サンムーン。これは、超能力を跳ね返す特殊なシールドが施されています。」

 これも、超能力者が出てくるSFでは、良くある話だ。こういったものが無いと、超能力者が無敵になってしまうためだろう。

 そのミサイルは、そのまま淡達の宇宙船の操縦室天井に突き刺さり、先端のドリルで穴を開け始めた。

 十数秒後、操縦室内に天井からドリルの歯が顔を出した。そして、ドリルの歯がまるでパラボナアンテナのように開いた。

「なにこれ?」

 淡がそう言ったのも束の間、パラボナアンテナのようなものの中央部から巨大なマジックハンドのようなものが、もの凄い勢いでハンニャに向かって伸びてきた。

 そして、ハンニャを捕まえると、そのマジックハンドは、すぐさまミサイル内部に収納された。

 パラボナアンテナのように開いたドリルの歯の部分を切り離し、ミサイルがタイシン星宇宙艦隊に向かって戻って行った。

 いや、ミサイルの片割れと言ったほうが良いか?

 中にはハンニャが収容されている。連れ去られた。

「そのミサイルの残された部分は、爆弾になっている。もう、逃げられまい!」

 コバロスは、そう言うと通信を切った。

「時限装置が組み込まれているのでしょう。急いで操縦室から逃げなければ!」

 サンムーンが、慌てて操縦室後方のドアを開いた。淡がいつも通ってくるドアだ。

 ドアを開けた先は、緑の星の地下都市に繋がっていた。まさか、こんな逃げ道があるとはコバロスも想定していなかっただろう。

 淡達は、サンムーンに連れられて一先ず緑の星に避難した。

 それから数秒後、宇宙船は大爆発を起こした。間一髪のところだった。



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流れ十七本場:淡、またもや非常識振りに驚かされる

 コバロスが、淡達の宇宙船の爆発を見届けた。彼は、これで淡達は宇宙の藻屑になったと確信していた。

 ハンニャを乗せたミサイルの片割れ(?)が、コバロスの乗る宇宙戦艦に収容された。

 超能力を封じるシールドが施されている中で、ハンニャは巨大なマジックハンドに身体を挟まれたまま身動きが取れないでいた。

 コバロスが、

「この超能力者を特殊シールドから出すな! それで中を青酸ガスで充満させろ!」

 と部下に命じた。

 こいつは人質じゃないのか?

 だったら何故捕えたのか?

「殺す…のですか?」

「やむを得まい。生きたままシールドから出せば、あの強烈な超能力で、こっちが破壊されてしまう。危ない芽は早いうちに啄ばんでおくべきだ。」

「では何故、この生物を乗せたままで宇宙船を爆破しなかったのですか?」

「こいつを調べたいんでね。本当は、生きたまま調べたいところだが、今回はやむを得まい。死体解剖で留める。」

「分かりました。」

「では、頼んだぞ。」

 ハンニャを収容したミサイルの中に、大量の青酸ガスが流し込まれた。その量は、ヒトの致死量を遥かに超える量だった。

 それから数十分後、コバロスの宇宙艦隊は瞬間移動でその場から姿を消した。

 

 一方、淡達は、緑の星の地下都市で別の宇宙船に乗り込んでいた。

 指令席は空けてある。ここは、ハンニャの席だ。

 淡は、その隣の席に座りながら珍しく泣きそうな顔をしていた。ハンニャの身に何が起こっているのか心配で堪らないのだ。

 ウルウルから、

「敵は、どうやら、おとめ座銀河団に引き返したようです。」

 との報告が入った。

「では、私達も一気にタイシン星に向かいます。長距離瞬間移動の用意を。」

 操縦席に座るサンムーンが、今は司令官代理を務める。

「はい。」

「それから王子は、いつでも出撃できるようにしておいてください。」

「やっちゃってもイイの?」

「はい。思い切りやっちゃってイイです。」

「ヤッター!」

 タムタム王子は、まるで無邪気な子供のように喜んでいた。ハンニャが捕らえられていると言うのに、全く緊張感の欠片も無かった。

 

 それから数分後、淡達を乗せた宇宙船は、緑の星の地下倉庫から、一瞬でタイシン星の位置する惑星系内部に瞬間移動した。

 そして、そのまま再度の瞬間移動でタイシン星衛星軌道付近まで一気に詰め寄った。

 ウルウルが通信チャンネルを開いた。

 タイシン星司令室のモニター画面にサンムーンの姿が映し出された。

 相手には、こっちの正体がバレている。今更、淡に第一皇女役をやらせる必要もない。

「ハンニャとイタタを返してもらう。」

 単刀直入な台詞だ。

 これにコバロスが答えた。

「あの爆発で生きていたとは驚いた。どんな手を使ったか分からないが、さすがだな。しかし、残念だが、両方とも遺体を解剖させてもらう。さっきの超能力者には大量の青酸ガスを吸わせた。もう死んでいることだろう。」

「もう一度言う。ハンニャとイタタを返してもらう。力ずくでな!」

 サンムーンは、それだけ言うと通信を切った。

「ウルウル。敵の発信源は?」

「ここから東に200キロのところです。」

「分かった。そこまで一気に瞬間移動する。ハンニャとイタタを乗せた宇宙戦艦も、そこにあるでしょう。では、王子。その後は御願いします。思い切り暴れてください。」

「うん!」

 それから僅か数秒後、宇宙船は目的地上空1キロの位置まで一気に瞬間移動した。

 宇宙船の扉が開き、中からタムタム王子がパラシュートもつけずに飛び降りた。これくらいの高さからでも無難に着地できる自信があるのだろうか?

 その後姿を心配そうな顔で淡は宇宙船の中から見送っていた。

「ねえ、私達も一緒に行った方が良かったんじゃないの?」

「いえ…。済みませんが、我々では王子の足手まといになります。」

「ちょっと、それは言いすぎじゃ…。」

「済みません…。しかし、王子のパワーは並大抵では有りません。王子の武器は、その体力…。もっと正確に言えば、鋼を超えた筋肉と、超スピードで動いて行くのに必要な動体視力、そして超スピードで動いても空気摩擦に負けない強靭な皮膚です。」

 サンムーンが、モニター映像をタムタム王子の着地予定位置に切り替えた。

「最高潮に達した時の王子のスピードは、マッハ50を楽に越えますし、強靭な皮膚と筋肉は、レーザーも利きませんし弾丸をも弾き返します。」

「…はぁ?」

 余りに現実離れした台詞に、淡は懐疑的な目をサンムーンに向けた。しかし、今のサンムーンには冗談などぬかしている余裕は無い。ハンニャを捕らえられて一番頭にきているのは彼なのだ。

「とりあえず、機体にバリヤーを。それと、王子の動きを特殊レーダーで追いかけて見て下さい。」

「ええ。信じられないけどね…。」

 地上から見たアングルの映像だ。これが、上空1キロの地点から見られるのは不思議だが…。

 淡がモニターを見上げると、上空から猛スピードで落ちてくる物体が捉えられた。タムタム王子だ。

 そして、そのまま両足で無事着地。1キロもの高さから何の装備も無しに飛び降りたはずなのだが、何故か平然としていた。

 コバロスも、このタムタム王子の姿をモニターに捉えていた。

「あの暗殺者か!」

 彼の中では、タムタム王子は、すっかり暗殺者と言うことになっていた。すくなくとも王子だとは思われていない。

 それ以前に、王子を単独で敵地に送り込むこと自体が、普通の感覚からは考え難いことなのだが…。

 タムタム王子の前方に、沢山の兵士達が姿を現した。侵入者を排除する。これは当たり前だろう。

 しかし、それも束の間、次の瞬間にはタムタム王子の姿は忽然とモニター上から消え、バタバタと倒れ込んで行く兵士達の姿だけが映し出された。

「へっ?」

 一体何が起きたのか、淡には分からなかった。

 タムタム王子は、一瞬で数キロメートルもの距離を移動しながら、途中にいる何百人もの兵士達の体に次々と猛烈な蹴りやパンチを繰り出していたのだ。その超スピードは、もはや我々人間の常識の範囲を遥かに越えていた。

 その余りの動きの速さに、淡は全然目がついて行かなかったのだ。

「私の言ったことがお判り頂けたと思います。あのスピードに付いて行くことは、基本的に誰にも不可能なんです。王子は、マッハ30くらいのスピードにセーブすれば、不眠不休で、丸三日間走り続けることができます。」

「…。」

 淡は、すっかり言葉を失ってしまった。

 マッハ30がセーブしたスピード?

 しかも、そのスピードで丸三日走り続けられる?

 非常識極まりない。

 少なくとも生物の範疇を超えている。

 タムタム王子もまた、ハンニャやサンムーンと同様に彼女の常識の枠では全く計り知れない存在だったのだ。

 そうこうしているうちにも、多数の兵士達がタムタム王子の攻撃を食らって次々と倒れていった。武器は不要。全て丸腰での攻撃だ。

「君達は、もう死んでいるよ!」

 タムタム王子は、そう言いながらも、極めて爽やかな好青年としか思えない明るい表情をしていた。

 ちなみに、胸に七つの傷はない。

 ふと、モニターに映る兵士達の様子がおかしいことに淡は気が付いた。

「ねえ、サンムーン。なに、あれ? (兵士達の)体から煙が出てる。」

「それは、そうですよ。彼等は強靭な身体と高い戦闘力を得るために、身体の一部を機械化しているのですから。」

「じゃあ、サイボーグ?」

「そうです。イタタからの報告によれば、この星のおよそ九割の人間がサイボーグ化されているそうです。戦闘力を高めるものもいれば、大脳を強化するものもいる。それぞれに合った形でサイボーグ手術を積極的に施行しているとのことです。」

「そうなんだ…。」

 人間が人間でなくなっている。人工産物に成り下がっている。そんな感じがする。

 しかし、淡は、自分にはそれを非難する資格がないと感じていた。脳力アップのヘルメットを二度装着しているからだ。

 淡は、別にサイボーグ化されたわけではない。しかし、自らの力ではなく人工的に大脳を強化したことには変わりはないだろう。

 タイシン星人に、淡は自分のバックグラウンドが重なって見えた。

 一方、タムタム王子は、珍しく気の入った顔を見せながら猛スピードでタイシン星基地のゲートの中へと飛び込んだ。そして、床や天井、壁を蹴りやパンチでぶち破りながら一直線に突き進んでいった。

 まさに生きた兵器と言えよう。

 基地のあちこちにはカメラが仕掛けてある。侵入者をキャッチするためだ。

 司令室のモニターに、そのカメラ映像が映し出された。

 この派手な破壊劇を見せ付けられて、コバロスは、

「暗殺者ではなく破壊神か…。」

 とタムタム王子への認識を改めた。

 進入してから約十五分、タムタム王子は、好き勝手に基地を破壊しながら突き進み、なんとかイタタが甲板に貼り付けられた宇宙戦艦を、基地の地下で発見した。

 この場所を最初から知っていたわけではない。見つけるために、当然、あちこちを見て回った。

 となると、ここに到達するまでに、どれだけの設備を破壊したことだろう?

 それはさておき、タムタム王子の姿も、当然、戦艦の周りで作業をしていた者達にバレバレだった。侵入者が戦艦のほうに向かっているとの情報が伝わっていたからだ。

「侵入者だ。」

「撃て!」

 一斉にタムタム王子に向けてマシンガンが撃ち放たれた。

 大量の銃弾がタムタム王子の身体に命中した。

 しかし、

「痛いなあ、もう。」

 そんなものは通じない。銃弾は、タムタム王子の身体に当たると、そのまま彼の身体を傷つけることなく弾き返された。

 死ぬどころか、むしろケロッとした顔をしている。

 そして、次の瞬間、マシンガンを構えていた者達の視界からタムタム王子の姿が忽然と消えた。超音速で動く相手を肉眼で捉えろと言うのはムリがあるだろう。

 そのまま、タムタム王子は開いていたゲートから戦艦の中に乗り込んだ。

 そして再び、戦艦内のあちこちを破壊しながら、ハンニャが収められたミサイルの片割れを探して行く。

 数分後には、戦艦は内部の殆どを破壊されて使い物にならなくなった。

「見つけた。これだ!」

 タムタム王子は、戦艦のほぼ中央の位置する格納庫内に、例のミサイルの片割れを見つけた。そして、彼は、軽くジャンプすると、そのミサイル上部から1センチくらい離れたところに向けて蹴りを繰り出した。

 その蹴りはミサイルには届かなかった。わざと空振りしたのだ。しかし、その凄まじい風圧で、蹴りを繰り出された付近が鋭利な刃物で斬られたかのように切断された。常識の枠を越えた凄まじいカマイタチ現象である。

 宇宙空間で使うミサイルの機体だ。脆いはずはない。それをカマイタチ現象で切断するのは相当非常識だろう。それくらいとんでもない拳法の使い手が主人公の漫画が以前あった気もしなくもないが…。

 タムタム王子が、ミサイルの中を覗き込むと、ハンニャは血の気が…引くどころか、むしろ血色良く感じられた。

 ハンニャの身体全体がうっすらと輝いている。タムタム王子の攻撃で死なないように超能力でバリヤーを張っていたようだ。

 超能力シールドを施されたミサイルの外に超能力攻撃はできないし、同じ処置を施されたマジックハンドを超能力で動かすこともできなかったが、超能力のバリヤーで自分の身体を守ることくらいはできる。

 周りの激しい音を聞いて、タムタム王子が暴れていることを察知して超能力バリヤーを張っていたようだ。

「王子。来てくれたのですね。」

「うん…。ハンニャ、大丈夫?」

「はい。大丈夫です。敵は、我々に毒は効かないと言うことを知らなかったのでしょう。久し振りに青酸ガスを吸わされましたよ。」

「本当! いいなあ…。」

 そう言いながら、タムタム王子がハンニャを捕まえるマジックハンドに向けて拳を繰り出した。すると、そのマジックハンドはタムタム王子の拳が触れていないのに大破した。

 気のパワーか?

 そのままタムタム王子がハンニャに手を差し伸べた。

 ハンニャがタムタム王子の手を掴むと、タムタム王子は、ハンニャの身体を一気にミサイルの片割れ中から引き上げた。

「そう言えば、王子も私と一緒で青酸ガスが大好物でしたっけ。しかし、あれだけ多いと、もう当分はいらないかなと…。」

「ズルイなあ、そんなに沢山…。僕の分も取っといて欲しかったのに。」

「済みません。しかし、ガスですので取っておくことは難しいですよ。」

「分かってるけど、でも、青酸ガスが沢山吸えるんだったら、僕が代わりに捕まっても良かったのにな。」

「まあ、青酸ガスでしたら、研究施設惑星として建設中の『萬の星』に行けば好きなだけ吸えますよ。地下から噴出しているらしいので。」

 彼らは娯楽・遊園施設惑星以外に、研究のみに特化した星も作ろうとしているようだ。

 しかもネーミングは、三元牌、風牌に続いて、今度は萬子らしい。

「本当!」

「はい。ただ、近々青酸ガスの噴出を止める作業に入るそうです。それでサッタ(赤の星首相)がその星に向かっております。」

「そうだったんだ…。止めちゃうんだ。もったいないな。」

「しかし、この宇宙では青酸ガスを吸ったら死んでしまう生物の方が圧倒的に多いですからね。我々白の星の総意としては、今後、色々な惑星との交流を深めて行く方向で動くことになっております。研究施設惑星にも、他の星の研究者達に来て貰いたいと思っておりますし。」

「そうだったね。」

「はい。ですから青酸ガスを止めるのは仕方有りません。」

「残念だな。」

「まあ、お気持ちは分かりますが…。それはそうと、急ぎましょう。王子、イタタはどうなってます?」

「甲板の上で死んだままだよ!」

「分かりました。」

 ハンニャが超能力で周りの状況を確認した。超能力を遮断する入れ物から出された今、全てが手に取るように分かる。

「イタタは、あそこですね。では、全員テレポートします。ハンニャー!」

 ハンニャの毛先の球が煌々と輝いた。超能力を発揮した証拠だ。

 そして、その直後、イタタの死体とハンニャ、タムタム王子は淡達の乗る宇宙船操縦室内に瞬間移動して現れた。

「ハンニャ、大丈夫?」

 淡がハンニャを抱き上げた。

「ご心配をお掛けしました。問題ありません。」

「でも、毒ガスを吸わされたって…。」

「言い忘れましたが、我々白の星の者達には毒も病原体も寄生虫も効きません。」

「へっ?」

「だから、なんの問題もありません。むしろ、私も王子も青酸ガスは大好物です!」

「マジで?」

 地球人の常識は一切通じない。

 それは淡も分かっていたつもりだが、いまだにその非常識振りには驚かされる。

「タムタム。ハンニャを助けてくれてありがとう。」

「これくらい、どうってことないよ。むしろ、久し振りに運動できて楽しかったし!」

 これが運動ですか?

 レベルが違いすぎる。

「でも、イタタは大丈夫なの?」

「それなら、もうすぐじゃないかな。」

「もうすぐ?」

 淡には、タムタム王子の意図することが分からなかったが…、その数秒後、

「ああ、良く死んだ。」

 そう言いながらイタタが目を覚まして、ピョコンと立ち上がった。淡は、タムタム王子が言おうとしていたことを理解した。

 要は、もうすぐ生き返ると言いたかったようだ。

 ウルウルが、

「白の星から通信が入ってます。」

 通信チャンネルを開くと、巨大モニターにタムタム王子にそっくりな生物が映し出された。頭の上には王冠を被っている。

「貴女が淡さんですね。」

「は…はい。」

「私は、白の星の王。ゾウサンガパです。」

 ゾウサンガパ王?

 ゾウさんがパオー?

 ふざけた名前だ。

 ちなみに、先代王の名前はツケメンダイ、その先代はスパ、そのさらに先代はモナ、さらにその前はニッシンラだそうだ。

「ハンニャ、サンムーン。」

「「はい!」」

「白の星、緑の星、赤の星に暮らす民達の総意としてタイシン星の破壊を決定しました。イタタへの虐殺行為が、最終的にそう判断させる材料になったようです。」

 イタタが不死身なのをハンニャ達の種族は全員知っている。しかし、コバロス達はそれを知らずにイタタを串刺しにした。つまり、惨殺する気満々だったと言える。ゆえに許されざる行為と捉えられたようだ。

「カンブリア星との二大勢力で均衡を保っていたところ、そのバランスを壊したのは我々ですが、このままタイシン星を放っておくわけには行かないとの考えです。」

「では、これから私達で総攻撃を。」

「いいえ。こちらも試したいことがあります。」

「試したいとは?」

「開発中のモノを試したいのです。」

「では、もしかして?」

「そうです。今から三分後に白の星から例の超長距離型惑星間弾道ミサイルを発射します。急いでそこから避難してください。」

 そう言いながら、ゾウサンガパはカップラーメンにお湯を注いでいた。ミサイル発射と同時に食べ始めるつもりなのだろうか?

 だとすると、相当ブラックである。

 しかし、ハンニャもサンムーンも、そこは突っ込まずにスルーしていた。

「「分かりました!」」

 淡達の乗る宇宙船が、タイシン星から約1天文単位の空間に一気に瞬間移動した。

 しばらくすると、モニター画面に大量のミサイルが映し出された。白の星から打ち上げられ、そのまま瞬間移動してこの空間に現れたのだ。

 その数、約一万発。

 それらがタイシン星のあちこちを一気に襲った。

「ねえ、ハンニャ。あのミサイルでタイシン星の人達は全滅するってこと?」

「いいえ。殺すのがもっとも手っ取り早いのは事実ですが、他に方法が無いわけでは有りません。この星の文明を全て取り上げ、原始生活からやり直してもらいます。」

「でも、どうやって?」

「あのミサイルから病原体であるウイルスを星全体にばら撒きます。そのウイルスで彼等の大脳機能を大幅に退化させます。知能指数をサル以下にまで下げてしまうのです。」

「ちょっと、原始人にしちゃうってこと?」

「原始人以下かもしれませんね。言語の習得や火の使い方に至るまで、完全に文明文化の確立をゼロからやり直してもらうのです。」

「でも、人間以外の生物も大脳も退化しちゃうんじゃ…。」

「その点は大丈夫です。タイシン星人のみに感染するように人体実験しております。そのために、緑の星に偵察に来たメンドーク星人を生け捕りにしているのですから。」

「えっ?」

 これは、これで人道的見地から見て酷い話である。

 しかし、相手が淡の乗っていたシャラク星の宇宙船を攻撃してきた奴らだ。それもあってか、淡は人体実験の犠牲になったメンドーク星人に余り同情する気にはならなかった。

「なるほど…って、でも、そんな都合の良いウイルスってあるの? それに、メンドーク星人に感染してもタイシン星人には感染しないとかってことはない?」

 この淡の問いに、サンムーンが答えた。

「赤の星で人工的に作り出したウイルスです。それと、メンドーク星人もタイシン星人も遺伝子情報に差はありませんでした。ですので、タイシン星人にも感染するはずです。ちなみに地球人には感染しませんけどね。」

「でも、抗ウイルス剤を使われたら…。」

「その点は大丈夫です。イタタの調査で、このウイルスを撃退する薬剤がタイシン星には存在しないことを確認しています。もはや、感染力が強く空気感染可能なウイルスが一気に蔓延するだけです。数時間後には、彼等の知能はサル以下にまで低下します。もう、宇宙への進出は不可能でしょう。」

 超長距離型惑星間弾道ミサイル。

 これが実用化されれば、わざわざ敵地に赴く必要はない。

 今回、中に搭載されたモノは恐ろしいウイルスだが、これをアワイ砲に置き換えることも可能だろう。ならば、相手方を消滅させることも十分可能だ。

 淡は、とてつもなく恐ろしいモノを見た気がした。

 もし今後、地球が宇宙開発を誤ったほうに進めたならば…、どこかの星々に対して不当なる侵略行為を展開したならば…、この超長距離型惑星間弾道ミサイルが天誅と言わんばかりに地球を攻撃してくるかもしれない。

 そうならないことを淡は祈るのみだった。



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流れ十八本場:淡、打倒咲を誓う!

団体戦準決勝戦までは、基本的に原作(2018年時点11月)に準拠しております。

また、団体戦決勝戦と個人戦で記載した内容は、基本的に『みなも -Minamo-』と同じです。『みなも -Minamo-』からのスピンオフですので、大きな不整合は作りたくないと考えました。
詳細は『みなも -Minamo-』第三局と第五局をご覧ください。


 タイシン星との戦いから帰還した後、淡を待ち受けていたのは期末試験だった。

 入学直後の試験よりは出来たと淡は自負できた。それもこれも、脳力アップヘルメットのお陰である。これには感謝しかない。

 普段はアホの子を装っているが、一応、平均点は超えていた。これには、

「「なんで淡が!」」

 みかんも麻里香も驚いていた。

 

 夏休みに入った。

 そして、今日は待ちに待ったインターハイ初日。淡は、開会式に参加した。

『宮永咲は…、あそこにいた!』

 マークすべき相手だ。ブロックは別なので、会うとすれば決勝戦。

 白糸台高校は第一シードで一回戦免除。二回戦からの参戦になる。つまり、大会五日目まで試合はない。

 

 淡は、大会三日目の試合をテレビで見た。長野県代表清澄高校…あの宮永咲のいる高校の試合だ。しかし、中堅戦で清澄高校部長の竹井久が弱小校をトバして終了。咲の試合を見ることはできなかった。

 大会五日目は、自分達の二回戦。照がどこかをトバして終了するかと思ったが、大将戦までズルズルと続いた。

 大将戦では、新道寺女子高校の鶴田姫子に、淡は絶対安全圏を何回か破られた。

『これがリザベーション…。すっごい! でも、誠子が白水哩の和了りを阻止すればイイわけだし…。誠子次第なのは、ちょっと不安だけど、まあ、なんとかなるでしょ。』

 淡は、そう思っていた。

 その翌日、待望の清澄高校の試合が行われた。今日は大将戦まで回った。

 大将戦では、咲以外にも面白い打ち手がいた。

 宮守女子高校の姉帯豊音…複数の能力を持つ。

 永水女子高校の石戸霞…最高状態の淡でも胸で負けた…じゃなくて、なんか特別な力で染め手を作り上げる不気味な存在。

 姫松高校の末原恭子…能力者ではないけど、麻雀の秀才かな?

 色々と考えながら、あの手この手を試してくる。ある意味、淡としても対戦したくない相手かもしれない。

 この対局は、最終的に咲が点数調整して永水女子高校を僅差で3位に落とした。多分、後半戦の東一局二本場で、霞が胸で牌を倒したからだ。あの時は怖い目をしていたし…間違いない。

 しかも、前半戦も後半戦も、25000点持ち30000点返しで考えたら共にプラスマイナスゼロ。それでいて1位抜け。

「やるジャン。」

 この化物見本市でも点数調整して遊んでくるとは…。やはり、点棒の支配者だ。

 

 そして、大会七日目は淡達の準決勝戦。

「(相手は千里山女子高校の清水谷竜華ってヤツと新道寺女子高校の鶴姫。それと、阿知賀女子学院の…こいつ、名前なんだっけ? 高鴨穏乃か。)」

 最初は、こんな感じで淡は対戦相手を舐めていた。咲以外は敵ではない。そう思っていたからだ。しかし、

「(楽勝と思っていたけど、なんか意外と苦戦してる?)」

 竜華も姫子も意外とやる。自分一人の力じゃないっぽいけど、絶対安全圏で勝負する淡と互角の戦いを展開してきている!

「(ああ…もう…。関西最強だか北部九州地区最強だか知らないけど………、どんどこずんどこ和了ってくれちゃってっ! そろそろ耐えるのも限界かも…。)」

 この力、決勝戦まで隠しておきたかった。

 でも、それで負けたら意味がない。なら…、

「(やっちゃってもイイよねっ!)」

 淡が、とうとう本気になった。

 前半戦オーラス。淡の親番。

 サイの目は7。最後の角から先がもっとも長いパターン。

「リーチ!」

 絶対安全圏プラスダブルリーチ。ハンニャ達にもらった力。これで点棒を奪い返す。

 9巡目、

「カン!」

 淡が{8}を暗槓。その次巡、姫子が捨てた{9}で、

「ロン! 18000!」

 親ハネを和了った。ダブルリーチ槓裏4だ。これで1位に返り咲き。

「まだ、親やめる気ないからね。」

 オーラス一本場もダブルリーチをかけた。ただ、サイの目は2。最後の角の位置が比較的深いところにある。

 角の直前で、

「カン!」

 淡が{③}を暗槓。しかし、その後は何故か和了れない。

「(おかしいコレ…。まさか、ハンニャからもらった力が打ち消されてる?)」

 そして、淡が切った{[⑤]}を、

「ロン。7700の1本場は8000です。」

「(阿知賀女子! こいつ…。)」

 それは、淡にとって、まさかの振込みだった。

 淡は、一先ず外の空気を吸いに対局室を出た。頭を切り替えるためだ。

「(もしかして、阿知賀女子のあいつが深山幽谷の化身? いや、それはナイナイ。二回戦ではラス前に不用意な振込みをしていたし…。あの程度のヤツが私のライバルなわけがないって!)」

 今は、とにかく勝利を目指して攻めよう。淡は、気合を入れ直した。

 

 後半戦。東一局は穏乃の親。

「リーチ!」

 淡がダブルリーチをかけた。そして、{②}を暗槓。これに姫子が振り込む。

「ロン! 12000!」

 問題なく和了れるし、槓裏もモロのり。ちゃんと能力は発動している。大丈夫だ!

 しかし、場が進んで東四局。ここでも淡は、

「リーチ!」

 ダブルリーチをかけた。しかし、和了れない。前半戦と同じだ。結局、

「ロン。2600。」

 穏乃に淡が振り込んだ。

「(そう言えば、前半戦の南場あたりからだ。その局が進んでツモが山の深くに行けば行くほど、何かモヤがかかったように視界が悪くなった。しかも、そこには何かがいるんだ。あぁ、もうっ。そんな得体の知れないものに負けてたまるか! でも、深山幽谷って言葉からすると、やっぱり、もしかして?)」

 南一局も淡はダブルリーチをかけた。そして、角の直前で、

「(これでカン………できない?)」

 淡がツモ切りした牌で、

「ロン。11600!」

 穏乃に和了られた。

 ここで淡は、全てを受け入れた。既に理解していたが、それをどうしても認め切れていなかったことだ。

「(やっぱり、こいつなのか…。阿知賀女子の…。こいつがプルプルの言っていた深山幽谷の化身!?)」

 認めざるを得ない。終盤になれば相手の能力を無効化できる。しかも、終盤の牌を穏乃が支配している影響が序盤にも出てくる。これが深山幽谷の化身の力!

 決勝戦で、こいつと点棒の支配者の両方を相手にするのはムリがある。こいつだけでも準決勝戦で落さなければ…。白糸台高校の優勝が危うくなる。

 しかし、淡の思い通りには行かない。オーラスを迎えて阿知賀女子学院が111500点でトップ。対する白糸台高校は87500点でラスだ。

 穏乃からハネ満を直取りしても阿知賀女子学院と白糸台高校が同点になるだけ。それでは現状2位の千里山高校(102100点)が1位になり、上家取りで阿知賀女子学院が2位、白糸台高校は3位敗退となる。

 そんな調整までやってくるとは…。

 せめて一太刀浴びせたい。ならば、このオーラスは、

「(せめて1位で抜ける!)」

 淡は、絶対安全圏プラスダブルリーチの能力を使った。勿論、フルパワーだ。

 しかし、それも無効化された。結局、数巡かけて何とか聴牌。そして、

「カン!」

 {中}を暗槓して次巡にリーチ。そして姫子から出てきた和了り牌を見逃し、ツモ和了りした。しかし、

「残念だけど大星さん。そこはもう、あなたのテリトリーじゃない。」

 槓裏は乗らなかった。

 淡は、ハンニャに能力をもらってからは、照以外には負けたことが無かった。

 まさかの敗北。

 プルプルが予言した深山幽谷の化身は、淡の天敵かもしれない。ならば、今日明日で能力のエネルギーを満タンにして、さらに強いパワーで押し切るくらいしか打つ手が思いつかない。

 そう。準備満タンにするのだ!(万端じゃないのか?)

 そして、淡の胸は、宇宙のエネルギーを蓄積して徐々にバインバインになっていった。

 

 翌日、淡は咲の試合をテレビで見た。

 まるで恭子に目の敵にでもされているような感じを受けた。多分、先日の二連続プラスマイナスゼロで怒りを買ったのだろう。

 意外と咲が苦戦している。

 しかし、後半戦のオーラス。

「ツモ。6000、12000!」

 ネリーが高目をツモ和了り。しかも裏ドラが乗って三倍満となった。

 これにより、たった100点差で清澄高校が逆転2位、姫松高校が3位転落となった。

「ねえ、テルー。これって、もしかして?」

「多分、本人も無意識だろうけど、咲の点数調整で間違いないと思う。高目ツモと裏ドラが無ければ咲は3位だったからね。高目をツモらせ、しかも裏ドラを乗せさせた。」

 こんなことを意図的にできるのだろうか?

 さすがに隣で聞いていた菫には信じられなかった。

 

 大会九日目。団体戦決勝戦の日。

 前年度優勝校の西東京代表の白糸台高校は、長野県代表の清澄高校、東東京代表の臨海女子高校、奈良県代表の阿知賀女子学院と対戦した。

 先鋒戦は、起家の清澄高校片岡優希のダブルリーチ、天和、ダブルリーチから始まった。まさに、波乱の幕開けともいえる展開だった。

 次鋒戦、中堅戦は、大きな和了こそあったが、先鋒戦に比べれば大波乱と言うような展開ではなかった。

 しかし、場は副将戦で再び大きく荒れた。

 東三局、先制リーチをかけた和が、筒子多面聴の最高形、灼の筒子純正九連宝灯に振り込んでしまった。

 親の役満直撃には、さすがの和も心が折れた。和は、ここから普段の彼女からは信じられないような振込みを連発し、準決勝Aブロックで誠子が記録した大失点を更に大きく更新する超特大失点を前半戦だけで記録してしまった。

 後半戦では、和は落ち着きを取り戻したが、いわゆる『ツモられ貧乏』の状態が続き、さらに点棒を削られ、全国放送を忘れて派手に涙を流した。

 そして大将戦でも、前半戦は和の不運を引き継いだのか、清澄高校大将宮永咲は殆ど和了れず、3校のツモ和了りにより、さらに削られる結果となった。

 ところが、後半戦東四局から様子が変わった。

 

 東四局開始の点数は、

 東家:阿知賀女子学院 120100

 南家:白糸台高校 96800

 西家:臨海女子高校 133900

 北家:清澄高校 49200

 清澄高校のダンラスであった。しかし、ここで、

「カン! 嶺上開花、中ドラドラ!」

 咲が嶺上開花による満貫を和了った。

 続く南一局では咲が嶺上開花でハネ満を、南二局では咲が嶺上開花による倍満を和了った。この打点上昇を伴う追い上げで、清澄高校が3位に浮上した。

 しかし、南三局の咲の親番で、淡に奇跡の手が舞い込んできた。

「(ここで、この和了りは助かるよ! ありがとう、ハンニャ。)」

 配牌で聴牌。しかも第一ツモでの和了り。

「ツモ!」

 地和だ。

 ダブルリーチの能力を持つ淡だが、地和は生まれて初めての和了りだった。淡は、この和了りがダブルリーチの能力の延長線上にあるものと、この時は思っていた。

 そして、オーラス。親は阿知賀女子学院の高鴨穏乃。

 淡の天敵。プルプルから深山幽谷の化身と聞かされた深い山の支配者だ。

 

 オーラス開始時の点数は、

 東家:阿知賀女子学院 101100

 南家:白糸台高校 116800

 西家:臨海女子高校 112900

 北家:清澄高校 69200

 点棒の支配者は、役満をツモ和了りしてもロン和了りしても優勝できない。当然、咲は自ら負けを決める和了りはせず、和了り放棄してくるだろうと淡は思っていた。

 

 ドラは八。

 穏乃の配牌は、

 {一二三八①②④⑤⑥⑧69南南}

 絶対安全圏は既に機能していなかった。ここから打{9}。

 

 しかし、淡の配牌は、その上を行った。

 {一二二[⑤]⑥⑦⑦⑧⑨7北北北}

 本来であれば、淡のダブルリーチをかける能力は、場が進むにつれて強まる穏乃の無効果能力によって打ち消されるはずだった。それが、ここに{6}ツモ。

 淡は、この局では自分の能力が穏乃の能力を上回れたものと認識した。

「(地和のお陰で臨海に約4000点差をつけてのトップ。当然、臨海は逆転目指して勝負に出てくるはず。私には、ここで大きな和了りは要らないけど役無し。だったら…。)」

 ここに来て、この状態。

 淡は、自分を信じて勝負に出た。

「リーチ!」

 ダブルリーチだ。

 淡のダブルリーチは辺張待ちや嵌張待ちが多いが、今回は珍しく{58}の両面待ち。誰から和了り牌が出ても良い。ツモでも良い。角直前の暗槓をする必要もない。とにかく和了れば優勝だ。

 

 臨海女子高校ネリーの配牌は、

 {一三四五⑧1[5]688東東東}

 ここにも絶対安全圏は機能していなかった。決して悪くは無い配牌。ツモ牌は{7}、淡の捨て牌にあわせて打{一}。

 

 一方、咲の配牌は、

 {一七九②③⑧126白發東西}

 バラバラだった。

 淡の絶対安全圏が、まるで咲にだけ効力を発揮しているようにも思えた。

 {白}ツモで、いきなりの打{6}。まるで暴牌とも言える捨て牌だった。しかし、当たらず。

 

 2巡目、穏乃は、{一二三八①②④⑤⑥⑧6南南}からドラの{八}を引き、咲にあわせて打{6}。

 淡は{中}をツモ切り。

 ネリーは、{三四五⑧1[5]6788東東東}から{[五]}ツモ。赤ドラツモで運の上昇をさらに確信した。そして、強気の打{⑧}。

 続く咲は、{七}を切った。

 

 3巡目、穏乃は、{一二三八八①②④⑤⑥⑧南南}から{南}を引き南ドラ2の聴牌。直前に、ネリーが{⑧}を切っているので余裕で打{⑧}。しかし、リーチをかけなかった。山が、穏乃にリーチをするなと教えてくれたからだ。

 淡は{九}をツモ切り。

 ネリーは、{三四五[五]1[5]6788東東東}から{五}ツモ。そして、

「リーチ!」

 打{1}で{二五8}待ちのリーチをかけた。

 続く咲は、{2}を切った。

 

 4巡目、穏乃は、{一二三八八①②④⑤⑥南南南}からネリーの和了り牌である{二}を引いた。一旦まわして打{②}。

 淡は、{3}をツモ切り。ネリーはドラの{八}をツモ切り。続く咲は、{九}を切った。

 

 5巡目、穏乃は、{一二二三八八①④⑤⑥南南南}から淡の和了り牌である{8}を引いた。ネリーも{8}で和了りだが、頭ハネルールのため淡のみの和了りになる。{8}を取り込み打{三}。

 淡とネリーはツモ切り。咲は、{一}を切った。

 

 6巡目、穏乃は、{一二二八八①④⑤⑥8南南南}から{[⑤]}を引いた。打{一}。

 淡とネリーはツモ切り。咲は、{1}を切った。

 

 7巡目、穏乃は、{二二八八①④⑤[⑤]⑥8南南南}から、淡の和了り牌である{5}を引いた。打ち回して打{南}。

 淡とネリーはツモ切り。咲は、{東}を切った。

 

 8巡目、穏乃は、{二二八八①④⑤[⑤]⑥58南南}から、淡の和了り牌である{8}を引いた。さらに打ち回して打{⑥}。

 淡とネリーはツモ切り。咲は、{西}を切った。

 

 9巡目、穏乃は、{二二八八①④⑤[⑤]588南南}から、淡の和了り牌である{5}を引いた。

 打{④}でリーチ。ハネ満確定の手だ。和了れば阿知賀女子学院の優勝が決まる。

 

 白糸台高校控室で、この一連の様子をモニター越しに、ずっと黙って見ていた宮永照の口が開いた。

「3人とも、リーチをかけるべきじゃなかったと思う。」

「でも、私が淡の立場でも、ダブルリーチならかけたと思うぞ。」

「たしかに普通なら(菫の言うように)、そうすると思う。でも、リーチは防御力をゼロにする。そして、3人の防御力が無くなるこのときを、じっと待っていた者がいる。」

「それって、まさか…。」

「そう。たった一つの可能性を現実化する点棒の支配者…。その華麗で奇跡的な闘牌を私達は目の当たりにすることになると思う…。」

 淡が{中}をツモ切り。すると、咲が動いた。

「ポン!」

 咲は、第一ツモの{白}の後、{中、③、發、發、③、白、中}とツモっていた。

 そして、打{⑧}で{②③③③白白白發發發} ポン{中横中中}の大三元を聴牌した。

 

 次巡、穏乃、淡がツモ切りした後、ネリーが{發}をツモ切りした。

「カン!」

 咲が、すかさず大明槓した。

 嶺上牌は{白}。そして、

「もいっこ、カン!」

 そのまま{白}を暗槓。この連槓で、ネリーの大三元の包が確定した。

 しかも、めくられた槓ドラ表示牌は{五}と{5}。これで淡とネリーの和了り牌は無くなった。

 続く嶺上牌は、咲と穏乃の共通和了り牌である{①}だった。しかし、咲は和了り宣言せずに打{②}。和了りを放棄した。

 続く穏乃はツモ切り。そして、その次にツモった淡の牌は、{③}だった。ダブルリーチをかけた淡は、自身の和了り牌ではないので、当然ツモ切りした。すると、

「カン!」

 咲が大明槓してきた。これで咲の待ちは、{①}単騎になった。そして、嶺上牌をツモると、それを表にして、そのまま自分の前に置いた。

「ツモ、嶺上開花。大三元。」

 嶺上牌は、{①}だった。この和了りには、ネリーの包と淡の大明槓責任払いが適用される。

「白糸台高校と臨海女子高校から、16000点ずつお願いします。」

 今まさに、照の予言が当たった。

 穏乃が3枚目の槓ドラ表示牌をめくった。そこに、4枚目の{①}が隠されていた。

「(宮永さんの2枚目と3枚目の嶺上牌は、どっちも{①}だったはず。ということは、私がリーチをかけた段階で、宮永さんが①を切らない限り、宮永さん以外の和了りは無かったと言うことか…。)」

 

 これで、各校の順位と点数は、

 1位:清澄高校 104200

 2位:阿知賀女子学院 100100

 3位:白糸台高校 99680

 4位:臨海女子高校 95900

 咲が見せた奇跡の逆転優勝であった。

 

 淡は、

「(これが点棒の支配者か…。やっぱり照以上かもしれないね。でも、私だって負けられない。次こそは絶対に勝つ!)」

 そう心に誓うのだった。

 しかし、今から思えば、南三局の地和は咲の点数調整の一環だったのかもしれない。

 咲が淡の能力に干渉して、一時的に地和が出せるほどに強化した…。咲を皆のマークから外させ、しかも淡とネリーにリーチ勝負させるために…。

 試合終了後、淡は、そう考えるようになった。

 

 その明後日、咲は個人戦でみかんの姉である鹿老渡高校三年生で部長の佐々野いちご、麻里香の姉である松庵女学院二年で大将の多治比真祐子、そして二年後に白糸台高校に入学してくる椿野美咲の姉である劔谷高校三年生で先鋒の椿野美幸と対戦した。

「(うわぁ、三人とも綺麗…。細身で、お胸は和ちゃんみたいな化け物ではないけど、私よりもあって…。まあ、ゼロより小さいサイズは無いけど…。)」

 咲は、自分と三人の容姿を比べていた。ただ、それで終われば良かったのだが、

「(3人とも、女性の敵だよ。うん。これは、叩き潰さなきゃだね………。この3人。全部ゴッ倒す!)」

 完全に逆恨みのスイッチが入った。

 その結果、咲は連続で和了り続け、最後に、

「ツモ! 嶺上開花! 清老頭! 三色同刻三槓子のオマケつき!」

 しかも五本場。

「16500オールです。」

 三人トビで終了。

 この時、咲への恐怖からか、いちご、真祐子、美幸の3人は、激しく震えていた。そして、

「「「チョロチョロチョロ…。」」」

 緊張の糸が切れたのか、3人の括約筋が緩み出し、

「「「ジョー!」」」

 そのまま、聖水と言う名の湧き水が一気に放出された。瞬間視聴率75%。完全に放送事故だが、ファン達にとっては最高のお宝だ!

 しかし、これをネタに、みかん、麻里香、美咲は周りから、特にレギュラー落ちした上級生から不当にイジられるようになる。

 こうなると、みかん、麻里香、美咲の心の中に、咲への強烈な恨みが芽生えてくる。

「「「宮永咲。倒す!」」」

 その結果、淡は、みかん、麻里香(二年後には美咲も)とともに一丸となって打倒咲に燃えることとなった。




こんなアホらしい作品に最後までお付き合いいただき有難うございます。
書いている方も、当初思っていた以上に書きにくく感じました。
淡が能力を授かった後は、宇宙の話を前面カットして麻雀の話に絞ったほうが良かったかもしれません。アホらしい設定をきちんと書きたかったのが本音ですが、そこから敢えて撤退する勇気も必要だったと今更ながらに思います。


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淡 -Awai- こっちも変:麻雀対局総集編
総集編1.淡、能力をもらう


淡の地球上での話の総集編ですが、この話だけは初期設定に絡みますので例外となります。
趣味に合わない方はスルーしてください。

基本的に、1~18話を繋ぎ合わせただけで、新しい話ではありません。コピペ&カットです。

総集編2話以降は、地球での話(特に麻雀の話)が中心になります。


 その日、大星淡が通う南日ヶ窪中学では、一学期の期末試験最終日を迎えていた。

 南日ヶ窪中学は、三学期制で、このテストが終われば夏休みが待っている。

 しかし、この日の試験科目は理科と数学。理数科目が大の苦手だった淡にとっては、地獄でしかなかった。

 一時限目は理科のテスト……玉砕。

 二次元目は数学のテスト……当然玉砕。

 0点だけは免れると思うが…、やはり祈るのは、

『赤信号、みんなで渡れば怖くない。』

 しかし、周りの反応は違う。みんな、楽勝と言っている。

 

 試験終了。

 そう言えば、今日から部活が再開される。

 中学では、淡は、卓球部に入っていたが、別にレギュラーでもないし、弱小だし、サボる人も多いし…。強い愛着のある部ではなかった。

 結局、この日は部活に出ないで家に帰った。

 麻雀は、昨年の卓球部の夏合宿で先輩達に教えられ、それから興味を持つようになった。

 しかし、この時点での淡の麻雀の実力は、これと言って大したことはなかった。麻雀部に鞍替えしても、麻雀部員達には到底勝てないだろう。

 

 帰る途中、

「淡ちゃん、元気ないけど、どうしたの?」

 近所の子供に声をかけられた。ドイツ人と日本人のハーフで、名前がニーナ・ヴェントハイム。年は淡の二つ下。

「なんでもない。」

「今度、また、麻雀やろうね。」

「うん。」

 ニーナとは、たまに麻雀をやる。去年の夏に、淡が先輩に教えられてすぐに、淡がニーナに教えていた。

 ただ、どっちも激弱でイイ勝負だ。

 

 淡が、無言のまま家に入った。

「(気を取り直そう。)」

 そして、淡は、家で思い切りシャワーを浴びた。これで、少しは落ち着くような気がする。そして、風呂場を出ると、身体をタオルで拭き、持ってきた部屋着を着た。

 麦茶を入れたステンレス製のマイボトルを片手に、鼻歌を歌いながら淡は部屋に戻ろうとした。

 しかし、自分の部屋のドアを開けて入ったつもりが、何故か、そこには見知らぬ空間が広がっていた。

「あれ? ここ、どこ?」

 長い通路。片面は壁。もう片面は窓。

 ただ、窓の外には、真っ黒な闇の中に、キラキラ光る宝石を沢山ぶちまけたような神秘的な空間が延々と広がっていた。

 何故自分がここにいるのかは分からない。あるのは、いつの間にか自分がここにいると言う事実だけであった。

 誰かの足音が聞こえてきた。このままでは見つかってしまう。

 淡は、少し離れたところに小部屋があるのを見つけた。そして、慌てて、その小部屋に飛び込んだ。

 足音がどんどん大きくなっていった。

「(そのまま、どこかにいって~。)」

 淡は、必死にそう願った。しかし、その足音は無常にも部屋の中に入ってきた。

「お前は誰だ。」

 女性っぽい声。

 ただ、その声には感情がなかった。無機的な合成音のように思えた。

 淡が見上げると、そこには二脚歩行の人型ロボットが銃口を淡のほうに向けていた。

 ただ、不思議なことに、そのロボットの言葉は、何故か直接頭の中に響いてきた。

「星によって言語が違うため、直接脳に語りかけている。繰り返す。お前は誰だ。」

 まさか、ロボットがテレパシーを使うとは…。しかし、下手をすれば淡は銃で撃たれ、一瞬でお空のお星様になることだけは間違いない。

 泣きそうな顔で淡は答えた。

「大星…淡…。」

「お前の所属は何処だ?」

「南日ヶ窪中学2年1組…。」

「南日ヶ窪? 聞かない名称だな。それで、何処の星だ?」

「地球だけど…。」

「それも聞かない名称だな。メンドーク星と関係はあるのか?」

「なに、それ?」

 淡は、そんな星は知らない。

 テレパシーなので、嘘をつくとバレる。淡が、メンドーク星を本当に知らないことは、そのロボットもすぐに理解したようだ。

「それと、何故、この宇宙船にいる? 我々シャラク星の輸送船と知ってのことか?」

「宇宙船って?」

「無人宇宙船だ。全てがメインコンピューターの指示によって動いている。もう一度聞く。何故、この宇宙船にいる?」

「何故って、私が聞きたいもん! 家の部屋のドアを開けたら、突然ここにいて。こっちだって早く家に帰りたいもん。」

 これも、嘘をついていない。

 そのロボットは、これが淡の本心であることを理解していた。

「ワームホールを抜けて来たようだな。我々に害をなさないものであることが立証されれば、このまま生かしておくが…。」

 丁度この時だった。

「ドカン!」

 と激しい音が鳴り響くと共に、突然、直下型地震のように宇宙船の機体が上下に激しく揺れた。

 そのロボットが、この宇宙船のメインコンピューターにアクセスを開始した。

 数秒後、そのロボットは状況を全て把握した。

「どうやら、ミサイル攻撃を受けた。」

 宇宙でのトラブル。SFでありがちな宇宙での戦闘。21世紀初頭に地球で生きていたら、まず実体験できないであろう。

 何故か、淡は、その最中に身を置いているらしい。

 しかし、この宇宙船は戦闘用ではない。せいぜい自己防衛程度にしか働かないレーザー砲が幾つか装備されているだけであった。

 結局、ミサイル数発の直撃を受け、宇宙船は操縦不能になった。

「(きっと、神隠しって、こうやって起こるんだね。きっと、みんなは私がテストの点数が悪くて、ショックで家出したとか思うんだろうな。)」

 今、淡にできること。それは、死を覚悟することだけだった。

 さらに一発、追い討ちをかけるように敵のミサイルが命中した。

 この衝撃で淡は気を失った。

 

 淡を乗せた宇宙船は、煙を上げて回転しながら近くの惑星に向かって猛スピードで突っ込んで行った。

 普通なら、この宇宙船は、このまま爆発するであろう。しかし、

「ハ…ニャ……。」

 どこからか声が聞こえてきた。すると、どう言うわけか、その宇宙船から吹き上げる炎が納まった。良く分からないが、これで爆発は回避された。

 

 炎が消えたとは言え、機体そのものは手負いになったまま。このままでは危険だ。

 そして、大気圏に突入して、機体が空気摩擦で一気に燃え上がろうとした、まさにその瞬間であった。

「ハンニャー!」

 どこからとも無く、とてつもなく大きな声が辺り一面に響き渡った。

 すると、何故か淡達を乗せた宇宙船が、突然煌々と輝き出し、破損した機体がビデオの逆再生を見ているかのように見る見るうちに修復されて行った。

 そして、まるで何かに引っ張られているかのように、超高速で大陸に向けて突き進んで行った。

 この時、この宇宙船のメインコンピューターは、何故かダウンしていた。

 コンピューターで全てがコントロールされていたこの宇宙船は、現在、誰にも操縦されていない。

 これは、もはや宇宙船ではない。ただの金属の塊が惰性で飛んでいるだけだ。

 コンピューターでコントロールされているロボット兵士も、もう動かない。動かす側が機能していないのだから当然だろう。

 高度五百メートル程に差し掛かった時、徐々に減速が掛かり、そのまま、ゆっくりと地上に着陸した。何者かの意思に従って誘導されている感じだった。

 

 

 暫らくして淡が目を覚ました。

 何故か宇宙船の外……陸の上にいた。

「ここ、どこ?」

 知らない場所に来た不安はあった。とは言え、ここは春のように暖かく、淡は心地よさを感じていた。

「結構、ここ、イイかも!」

 空気が美味しい。

 それに、ここにいれば理数系のテストを受ける必要もない。現実逃避するには都合が良さそうだ。

 マイボトルは…手に持っている。

 頬をつねると痛みがある。一応、生きている。

 50メートルほど離れたところに宇宙船があった。多分、淡は、さっきまでこれに乗っていたのだろう。

 良く分からないけど、宇宙で攻撃を受けながらも無事にこの星に着陸していたようだ。ただ、どうやって淡が宇宙船から降りていたのかは分からないが…。

 ここは、恐らく宇宙船の中から見えた惑星だ。ならば、ここは地球ではない。

 だとすると、神隠しは確定か…。

 地球に戻るのは諦めざるを得ない。

 

 ふと、淡の視界に、訳の分からない生物が入りこんできた。

「えっ?」

 その生物は、体長三十センチくらいで太い胴体に短い手足。大きな卵に顔を描き、それに手足をくっつけたような姿をしていた。

 手はゴム手袋の親指の部分だけを切って取り付けた感じで指は無い。

 足は、4~5センチ程度と短く、太い円錐の先端を丸く削ったようなものを二つ、卵の下にくっつけたような感じだった。

 しかも二脚歩行。

 その生物の頭の上には、針金のように太い毛が一本生えていた。その毛は、クルッと一巻きしており、その先には、直径5センチくらいの球体がついていた。

 二脚歩行をしているので知的生命体である可能性が高いのだが、その顔からは少なくとも知性の欠片も感じられなかった。

 普通の生物は、別種の生物を警戒して身を隠しながら様子を窺うものである。しかし、その生物は、堂々と淡のほうに近付いてきた。

 そして、あと一メートルと言うところで立ち止まり、じっと彼女を見詰めた。

 淡が、警戒しながら中腰になって、その生物の顔を覗き込んだ。

「なんなの? この生物?」

 すると、その生物が口を開いた。

「ハンニャー!」

「ハンニャって言うの?」

「ハンニャー!」

 そう言いながら、その生物は大きく頷いていた。

 ハンニャ(?)は、後ろを振り向くと、遠くの方を指差した。

「ハンニャー!」

「こっちに来いって言ってるの?」

 すると、ハンニャが大きく頷いた。

「ハンニャー!」

「行ってみるとしますか。ここに居ても何も分からないしね。それじゃあ、案内して、ハンニャ。」

「ハンニャー!」

 ハンニャは、再び大きく頷くと、指差していた方に向かって走り出した。

「ちょっと待って!」

 淡が、慌てて後を付けて走り出した。しかし、ハンニャは見た目の割に足が速く、なかなか追い付けなかった。

 そして、移動すること数十分、淡は、もはや完全に息があがっていた。

 彼女は、既にフラフラと蛇行していた。本当に、もう、これ以上は走れない。

 急にハンニャが立ち止まった。それも、感性の法則を完全に無視して全速力から減速無しに一気にピタッと止まったのである。

 淡は、余りに突然のことに反応できず、そのままハンニャの方へと突き進んで行った。そして、ハンニャの後頭部につまずいて、その場に顔から倒れ込んだ。

 この時、ハンニャの毛先の玉がうっすらと輝いた。

「いったー…くない?」

 何故か、淡は怪我をしていなかったし、痛みもなかった。あれだけ豪快に倒れたら、普通は、どこかしら怪我をしている。

 気を失う前と比べて随分運がイイ。淡は、そう思っていた。

 

 淡の前には、太さ二十センチ、長さ一メートルくらいの丸太が二本倒れていた。

 ハンニャが、淡とは全く別の方を向いて、両手を大きく振りまわしながら何かを呼んでいるかのように大きな声を出した。

「ハンニャー! ハンニャー!」

 すると、木や岩や草の影から、ハンニャと同じような生物が四匹飛び出してきた。

 そのうち二匹は、両手に二十センチくらいの棒を一本ずつ持っていた。

 その二匹は、丸太の前に座り込むと一定のリズムを刻みながら、その丸太を棒で叩き始めた。原始的とは言え、明らかに音楽を楽しむ文化を持っているようだ。

 また、別の一匹が丸太を叩く二匹からちょっと離れたところで、太めの枝切れに、細い枝切れを当てて、キリで穴をあけるように強くこすり付けた。すると、瞬く間に火がつき、そこに枯れた小枝をくべていった。

 方法は原始的だが、間違い無く、この生物達は火を使うことを知っている。

 ハンニャがY字の枝を二本地面に刺し、大きな魚を長い枝で串刺しにしてY字の枝の上に置き、その下に火のついた枝をくべていった。魚を焼こうと言うのだ。

「凄い。この子達、立派な文明社会を持っているんだ。」

 地球では、地球外生命体探しに躍起になっているところ、淡は、良く分からないが未知との遭遇を達成していた。

 それも、一応知的生命体だ。

 

 

 それから数時間が過ぎた。

 何時の間にか日が沈み、ハンニャ達の灯した火が煌々と辺りを照らしていた。

 スモッグで汚れた東京とは違い、空には今にも落ちてきそうなくらい大きな星がいくつも光っていた。

 淡は、初めて見るその大自然の美に感動していた。

「なんか、ハンニャ達に会えて気が紛れたみたい。感謝しなくちゃだね。でも、私があげられるものって…。」

 ふと、淡はマイボトルに視線を向けた。

「これくらいしかないよね。」

 淡がハンニャのカップにマイボトルに入った砂糖入り麦茶を、

「ハンニャ。ありがとう。」

 ハンニャのカップに注いだ。

 どうやら、ハンニャは、その麦茶が気に入ったようだ。カップに注いだ分を一瞬で飲み干してしまった。そして、

「ハンニャー。ハンニャー!」

 おかわりをねだっているみたいだ。

 淡は、マイボトルをハンニャに渡した。

 すると、ハンニャは、その中に入った麦茶を全部カップの中に注ぎいれた。

 空になったはずのマイボトル。

 しかし、ハンニャが蓋を閉めて再び開けると、何故か空のはずのボトルから再び麦茶が出てきた。

 これをハンニャは、仲間達に分け与えた。

「(えっ? どう言うこと?)」

 そして、再び空になったはずのボトルの蓋をハンニャが閉めて、再び開けると、何故か空のはずのボトルから再び麦茶が出てきた。

 それが、数回繰り返された。

「ハンニャ、すっごーい!」

 まるで、手品を見ているようだ。淡は、本気で感動していた。

 突然、淡の頭の中に男性の声が聞こえてきた。

 宇宙船の中でロボットが脳内に話しかけてきた時と似ている。テレパシーだ。

「大星淡さん。美味しい飲み物をありがとうございます。」

「えっ? 誰?」

「テレパシーで通信しています。私は、貴方の目の前にいる者です。」

「目の前って…。まさか?」

「そのまさかです。私は、ハンニャ。この『緑の星』の首相をしています。」

「緑の星?」

「我々は、この星を『緑の星』と名付けています。丁度、地球とは銀河系の中心を挟んで反対側に位置しています。我々の母星は、アンドロメダ銀河にある『白の星』。そこから、一部の者達が、ここに移住してきました。」

 淡は、その声質とハンニャのしまりの無い顔のギャップが大き過ぎて、思考回路が一瞬凍結してしまった。

 しかも、よりによって首相である。いくらなんでも冗談にしか思えなかった。

「淡さん。どうかしましたか?」

「い…いえ…。でも、アンドロメダから来たって、すっごい遠いんでしょ?」

「地球の単位ですと、200万光年ちょっとですかね。」

「それを移住って…。」

「我々は、瞬間移動の技術を持っていますので、10分もかからずに行けますよ。」

「へっ?」

 さすがに、淡には信じがたいことだった。

 ただ、その前に、淡は幾つか聞きたいことがあった。

 メンドーク星の攻撃を受けて炎上したはずの宇宙船の機体から火が消えたり、無事にこの星に着陸できていたり、宇宙船からいつの間にか出ていたり、これらは、ハンニャ達の仕業なのだろうか?

「ねえ、ハンニャ。ちょっと聞いてもイイかな?」

「何でしょう?」

「まず…ええと、どうして私の名前を知ってるの?」

「地球に飛んだ調査員から聞きました。」

 ちょっと待て。こんな姿をした奴らが地球にいる?

 目立って直ぐに発見されそうだが…。

「あと、私は、どうしてここにいるの? 宇宙船が爆発してもおかしくなかったのに。」

「それは、私の超能力で何とかしました。」

「超能力?」

「さっき、貴女のボトルが空になったのに、蓋を閉めて再び開けたら飲料が出てきたのを見たでしょう。」

「うん。」

「あれも超能力によるものです。あの飲料が、まだボトルの中にあると念じたら、実際にそうなったのです。」

「へー。便利。」

「それでですね。大変申し訳ないのですが、貴女が自分の部屋に入ろうとしたら宇宙船内にいたのも、私達の仕業です。」

「えっ? 何でそんなことを?」

「貴女をこの星に連れてくるためと、もう一つは、宇宙戦争が実在することを知っていただくためです。実は、貴女に手伝ってもらいたいことがあるんです。勿論、代償は支払います。我々の科学力か、もしくは私の超能力で達成可能なことでしたら、何でも願いを叶えます。」

「うーん…。」

 淡の願いは、一つではない。幾つかある。一つには絞りきれない。しかし、それを全て叶えてもらうことは忍びない。

 そうは思いながらも、淡は、

「叶えてほしいことは幾つかあるんだけど…。」

 と、ついつい口に出してしまった。別に意地汚いわけではない。単に根が正直なだけだ。

 しかし、ハンニャは、

「幾つでもイイですよ。」

 と快く答えた。

「ただ、先に私達が御願いしたいことを言っておきます。宇宙の平和のために、共に働いて欲しいのです。」

 条件付きだが…。

 このぬいぐるみのような見てくれで宇宙平和を唱えても、他の星の知的生命体からはナメられるだけ。

 やはり、見た目は大事である。そのことをハンニャ達は良く分かっていた。

 それで、どこかの星の人間に、白の星の代表者(女王とか姫)役として立ってもらい、自分達は、それを後から操る立場になろうとした。

 宇宙戦争は怖い。しかし、ハンニャ達と一緒にいて、別に淡は嫌な気分にはならない。むしろ、面白そう。

 それに、いくつでも願い事が叶えられるならラッキーと短絡的に考えていた部分もある。

「じゃあ、先ずは高校にちゃんと合格できること!」

「それなら簡単です。」

「本当!」

「朝飯前です。」

「じゃあ、御願い。それと、麻雀が強くなりたい。」

「麻雀ですか。地球のゲームですね。例えば、どんな風に強くなりたいですか?」

「自分だけ手牌が良くて、他家は全員、五から六向聴。意図的にダブリーがかけられるとイイな。それで、終盤…最後の角の前あたりで暗槓すると、それが槓裏に乗って…。その角を越えたら和了れるの。終盤まで待つのは、そのほうが、他の人達が悩みながら打ち回す姿を見て楽しめるし…。」

 結構、性格の悪い願い事だ。

「それと、私、胸が小さいから、能力が補給されると胸が大きくなっちゃう…、なんちゃって。」

 これは、淡としては冗談だった。胸は大きくしてもらいたいのは本音だが、能力補給に比例するのは普通無い。

 しかし、冗談は相手を見て言わないと、いけない。後々大変な目に遭う。本気にされて、取り返しのつかなくなることもあるのだ。

 そもそも、大きさが変わると言うことは、その日その時に合う各サイズの衣類を予め揃えておく必要がある。

 それに、

「昨日と今日で、大きさが違うじゃん! なんで?」

 と他人から突っ込まれた時に、いちいち説明するのも面倒だ。

 だが、もう遅かった。

「分かりました。これらは、我々の科学力を使うまでもありません。」

 ハンニャの毛先に着いた玉が煌々と輝き出した。そして、大きな声で、

「ハンニャー!」

 と叫んだ。

 この直後、すぐに玉の輝きがおさまった。どうやら、超能力を使う時に、この玉が輝くようだ。

 だとすると、淡が転んだ時にも玉がうっすら輝いていたが、ハンニャが超能力を使って淡に怪我をさせなかったのだろう。

「これで、麻雀に対する能力と胸の件は叶えました。」

 ハンニャのテレパシーが、淡にそう伝えてきた。

 しかし、淡自身は、この時、身体に何らかの変化が起きているようには思えなかった。別に胸が大きくなったわけでもないし。

 ただ、麻雀の能力については、実際に麻雀を打たないことには、変化の有無は分からないだろう。

 その変化を、淡は地球に戻ってから知ることになる。



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総集編2.淡、たしかに能力はもらえていたが、照には負けた

 翌朝、

「(息苦しい。)」

 淡は、呼吸がし難くて目を覚ました。それに何故か胸の辺りが重苦しい。

「(なんだろう?)」

 ただ、別に何かが乗っかっているわけではない。

 淡が上体を起こした。

「あれ?」

 胸の辺りが窮屈だ。

 それでボタンを外そうとしたが、いつもと感覚が違う。

 淡は自分の胸に手を当てた。

「なに、これ?」

 急にサイズアップしていた。

 そう言えば、昨日、

『それと、私、胸が小さいから、能力が補給されると胸が大きくなっちゃう…、なんちゃって。』

 たしかに、淡はハンニャにこんなことを言った。

 胸を大きくして欲しいとは思ったが、半分冗談だった。それが、寝て起きたら鉄板が見事な双丘に変わっている。これは、周りの人達に説明するのがメンドクサイ。

 それに、能力補給で大きくなるのなら、大きさは可変式だ。日によって色々とサイズが違う可能性がある。

 すると、淡の頭の中にハンニャの声が聞こえてきた。

「心配要りません。周りの人には、淡さんが、そう言う体質だと認識するよう、既に記憶を操作させていただいておりますから。衣類のほうも、クロゼットの中に幾つか揃えてあります。」

 記憶操作もできるのか…。恐ろしい。

 淡がクロゼットを開けると、確かに服が増えていた。ぬかりがないと言うか、至れり尽くせりだ。助かると同時に申し訳ない。

 

 今日は、学校は休みだ。しかし、朝九時から一応部活がある。

 淡は、朝食をとり、身支度をすると学校へと向かった。

 とは言え、淡の所属する南日ヶ窪中学卓球部は、弱小だし、そんなに力を入れて練習しているわけでもなかった。

 そもそも、顧問が来ていない。

 淡は、急に変わった自分の身体を見て、誰かが何か言ってくるのではないかとヒヤヒヤしていた。しかし、みんな、淡を見ても普通の顔をしていた。

 ハンニャの言うとおり、一部大きさが変わっても、それが淡の体質と言うことで受け入れられていた。

 特に不思議がられてもいない。普通は有り得ない体質だと思うが…。

 

「大星。面子が一人足りないんだけど、いいか?」

 卓球部なのに、練習時間なのに、何故かレギュラー落ちが確定した先輩達から麻雀の誘いがくる。

「いいですよ!」

 淡は、早速ハンニャにもらった力を試してみたく、その誘いに乗った。

 何故か部室には麻雀卓があった。それも、麻雀部から御下がりでもらった自動卓だ。積み込みはできない。

 

 場決めがされた。淡は北家でスタートだった。

 東一局。

「(能力発動。絶対安全圏。)」

 先輩達の嫌そうな顔。

 配牌が悪いのが顔に出ていた。

 一方、淡の配牌は一向聴。3巡目で対面が捨てた{發}を、

「ポン!」

 鳴いて、次巡、

「ツモ! 發チャンタ三色ドラ2。2000、4000です。」

「お前、手がイイな。こっちは配牌五向聴だぞ。」

「私は六向聴だった。ツモは悪くなかったけど。」

「私も…。」

 非常に素直でイイ先輩達だ。淡の能力発動をきちんと確認させてくれる。

 

 東二局。

 ここでも淡は、

「(能力発動。絶対安全圏。)」

 またもや先輩達の嫌そうな顔。今回も配牌が悪いのだ。

 一方、今回、淡は二向聴。良好な配牌だ。

「ポン!」

 下家が捨てた{東}を鳴き、

「チー!」

 上家が捨てた{8}を鳴き、

「ロン! 2000点です。」

 対面が捨てた牌で和了った。

 

 東三局も、

「(絶対安全圏!)」

 淡の能力が発動した。淡のみ二向聴、他は全員五向聴。

 ここでも淡は序盤から鳴き、

「ロン。2000点です。」

 上家から和了った。

 

 そして、東四局、淡の親番。

「(ここで試させてもらいますよ、先輩方。)」

 絶対安全圏プラスダブルリーチ。

 とうとう、淡が本気になった。

「リーチ!」

 先輩3人が全員五~六向聴のところにダブルリーチ。これは強烈だ。しかも、サイの目は5。最後の角の後が比較的長いパターン。

 角の直前で、

「カン!」

 淡が暗槓した。

 嶺上牌はツモ切り。そして、角を過ぎた後、下家の先輩が切った牌で、

「ロン!」

 出和了りした。

 ただ、何故か牌を普通に倒さずに、逆回転で淡は牌を倒した。勝手に手がそう動いたのだ。何故そうしたのかは、淡にも分からなかった。

 ハンニャの声が淡の頭の中に聞こえてきた。

「特に意味はありません。なんとなくです。そのほうが、能力発動条件みたいに見えて格好良さそうと思っただけですよ。」

 淡の手を見て、振り込んだ先輩はホッとしていた。ダブルリーチのみだ。

 しかし、淡が裏ドラをめくると、その先輩の顔は、唖然とした表情に変わった。

「スミマセン、先輩。カン裏4です。18000点です。」

 これで下家の先輩は、残り3000点となった。

 

 東四局一本場、淡の連荘。

 ここでも淡は、

「スミマセン。今日はツイてます、私。また、ダブリーです!」

 建前上、ツイていることにした。それでいて、先輩方は五~六向聴。

 絶対安全圏とか意図的にダブルリーチとか、こんな能力があるなんて普通は考えられない。単なる偶然で片付けられる。

「ゲッ! 大星。お前、本当に今日はツイてるな。こっちは、またもや配牌最悪だって言うのに。」

 一応、先輩方の手は、普通に育ってゆく。それが、見た目には救いのように見えた。

 しかし、これは淡のダブルリーチに対して、後半に危険牌を勝負させるための罠だとも知らずに…。

 今回のサイの目は7。角の後が最も長いパターン。淡が、前局と同様に角の直前で、

「カン!」

 暗槓した。嶺上牌はツモ切り。

 そして、角を過ぎた後、今度は自力で和了り牌をツモってきた。

「ツモ! ダブルリーチ…。」

 淡の開いた手牌を見て。ダブルリーチツモのみと知って、一瞬先輩達はホッとした。

 しかし、淡が裏ドラをめくると、先輩達の顔色が変わった。

「スミマセン、先輩。また、カン裏4です。6100オールです。」

 これで下家の先輩のトビで終了になった。

 証明終了。淡がハンニャにお願いした能力は、たしかに淡に備わっていた。これなら無敵だ。淡は、そう確信した。

 

 先輩達は、こんな負け方をして納得するはずがない。

「「「大星。もう一回だ、もう一回!」」」

 淡は、先輩達に言われるがまま、二半荘目に突入した。

 ただ、余り勝ち過ぎても先輩達の機嫌を損ねる。

 今日の目的は勝つことではない。能力の証明だ。それが済んだのだから、あとはトータルで負けない程度に流せばいい。

 一先ず淡は、絶対安全圏を自分の親の時のみの使用に限定した。また、ここから先は、ダブルリーチをかけずに済ませた。

 

 四半荘目が終わった時、

「なんだ、お前達。部活サボって麻雀か?」

 レギュラーの先輩達が部室に入ってきた。しかし、もともとダレ切っている部だ。別に怒られるわけではない。

 それに、レギュラーの先輩達も、他の中学に行けば補欠にもなれない。正直、威張れる立場でもないだろう。

 明日からの地区予選。多分、一回戦負けだ。

 この日は、麻雀だけ打って淡は家に帰った。

 

 

 1年が経った。

 今、淡は中学3年生。

 これまでの間、淡はハンニャ達に連れられて何度も宇宙に飛び出していた。先週も遠い銀河に出かけたばかりだった。

 

 そう言えば、一昨日、淡はニーナと麻雀を打った。ニーナには、去年、能力を得て一週間くらいしたところで能力を披露した。

 ニーナからは、

『淡ちゃん羨ましい。ダブルリーチの槓裏4って、何も考えなくて済むじゃん!』

 と、言われた。

 もっとも、その後も麻雀を打つ度に、淡はニーナに毎回同じことを言われるのだが…。

 

 淡は、駅に向かう途中で人だかりが出来ているのを見つけた。その中央には、二人の女性がいた。

 一人は、ミディアムのヘアスタイルで、側頭部の髪がハネていた。一見、明るい雰囲気をまとっているように見えるが、何となく営業スマイルのように見える。

 もう一人は、長身でストレートロングヘア。クールな雰囲気だった。

 多くの人達が、営業スマイルっぽく見える女性…営業子ちゃんにサインをねだったり握手を求めたりしていた。

 淡が、その横を通り過ぎようとしたその時だった。

「ちょっと、そこの長い髪の子。待って。」

 営業子ちゃんが淡に話かけてきた。

「私ですか?」

「そう。ちょっとスミマセン。通してください。」

 そして、人だかりを抜け出してきた。

「私になんの用でしょう?」

「麻雀の力を見たい。ちょっと、私達の高校まで付き合ってくれないかな。」

 営業子ちゃんも、もう一人のクールな雰囲気の女性…クール子ちゃんも、そんなアホそうな感じには見えない。

 淡は、

「(まあ、どんな高校か覗いてみようか。)」

 そんな軽い感じで、

「いいですよ。」

 と答えた。

「私は宮永照。それと、この連れの女性が弘世菫。二人とも、白糸台高校麻雀部に所属している。高校2年生。」

「(営業子ちゃんが宮永照に、クール子ちゃんが弘世菫ね。)」

 この時、淡は、照も菫も、麻雀の力量は自分よりも当然格下だろうと勝手に高をくくっていた。その片方が、この夏にインターハイチャンピオンになる女子高生で、自分が敵わない化物一号であるとも知らずに…。

「私は大星淡と言います。南日ヶ窪中学の3年生です。でも、スカウトですか~?」

 そう言いながら、淡は不敵の笑みを浮かべていた。しかし、

「まあ、スカウトと言えば、そうなるかな。結構強いと思うし。」

 照にこう言われて、淡は、内心少々ムカついた。

「(結構強いではなくて、かなり強いの間違いなんだけどね。)」

 こうなったら、本気を出して思い切り負かしてやる。

 淡はそう思っていた。

 

 白糸台高校は、さっきの場所から結構近いところにあった。家から通い易い範囲だ。

 淡は、そこの麻雀部の部室に通された。

「じゃあ、大星さん。卓について。」

「はい。」

「それと、入るのは、私と菫と…、あと、スミマセン。宇野沢先輩。入っていただけますか?」

 宇野沢栞は、照の一年先輩で、鳴きの麻雀を得意とする。

「イイけど、その子は?」

「有望そうな中学生です。」

「照魔鏡で見たのね。じゃあ、お手並み拝見と行こうかしら。」

 この会話を聞きながら、当然、淡は、

「(有望なのは間違いないけど、お手並み拝見するのは、むしろこっちだって。高校生相手だって負けないんだから。)」

 と思っていた。

 あれだけの能力を持っていたら、誰だってそうなるだろう。

 

 場決めがされた。

 起家は淡、南家は菫、西家は栞、北家は照になった。

 東一局、淡の親。

 毎度の如く、配牌は淡が二向聴、他家が軒並み五~六向聴だった。

 淡は、鳴いてさっさと手を進めようと思っていた。しかし、肝心の上家である照が、甘い牌を切らない。

 他の二人も、欲しい字牌を切ってくれない。これでは、絶対安全圏が終わるまでに和了れない。

 そうこうしているうちに6巡目に入った。

「(どう言うこと?)」

 そして、淡が切った{北}を、

「ポン。」

 照が鳴いた。そして、打{8}。

 これを待ってましたとばかりに淡が鳴いた。

「チー!」

 そして、捨てた{1}で、

「ロン。1000点。」

 照に和了られた。

 普段なら、照は東一局を捨てて様子を見る。しかし、既に照は、淡が通り過ぎた時に、照魔鏡で淡のことを見ていた。

 菫のことも栞のことも、今更照魔鏡で見る必要はない。よって、今回は、東一局を捨てる必要がなかった。

 

 東二局、菫の親。

 ここでも、淡は絶対安全圏を発動した。

 配牌は、今回も淡が二向聴、他家が軒並み五~六向聴。しかし、今回も淡は、5巡目までに手を進めさせてもらえなかった。

 6巡目のツモで、淡は一向聴。そして、次の絶好のツモで聴牌した。

 しかし、ここで捨てた{三}で、

「ロン。2600。」

 またもや、照に振り込んだ。

 

 東三局、栞の親。

 当然、淡は絶対安全圏を発動。

 配牌は、淡が一向聴、他家が軒並み五~六向聴。

 しかし、この局も、

「ロン。3900。」

 淡が照に振り込んだ。三連続だ。

 

 そして、東四局、照の親番。

 淡は、今回も絶対安全圏を発動し、照は五向聴だったが、最短の5巡目ツモで手を仕上げている。そして、6巡目、

「ツモ。3900オール。」

 出和了りで7700点の手だった。これをツモ和了りし、3900オールになったのだ。

 

 淡は、いよいよ本気を出すことにした。

「(もう、やっちゃっても、イイよね。)」

 東四局一本場、照の連荘。サイの目は6。

 ここで、とうとう淡は、

「リーチ!」

 ダブルリーチをかけた。サイの目が7の時の次に、最後の角の後のツモ牌が多い。

 淡は、角の直前で、

「カン!」

 暗槓した。そして、次巡のツモ番で、

「ツモ。ダブリーツモ、カン裏4。3100、6100。」

 これには、菫も栞も驚きの表情を隠せないでいた。しかし、照だけは平然とした顔をしていた。まるで、最初から分かっていたような、そんな雰囲気を淡は感じ取った。

「(なんだか、舐められている感じがする。)」

 淡は、徹底的にダブルリーチ槓裏4で攻めることにした。

 

 南入した。

 南一局は淡の親番。

 当然、淡は、

「(絶対安全圏発動プラス…。)」

 能力を最大放出した。

 淡は配牌聴牌。他家が五~六向聴。

「リーチ!」

 この状態から、淡がダブルリーチをかけた。

 しかし、照は表情を変えずに手を進め、6巡目で、

「ツモ。500、1000。」

 軽く淡の親を流した。

 

 南二局、菫の親。

 ここでも淡は、

「(絶対安全圏発動プラス…。)」

 本気で行った。

 当然、淡は配牌聴牌で、他家が五~六向聴。絶対的なアドバンテージのはず。

「リーチ!」

 もう決めたことだ。淡は、三連続のダブルリーチ。菫も栞も、これが偶然ではなく能力であることを受け入れた。

 もうすぐ角が来る。暗槓する場所だ。

 しかし、暗槓する前の巡で、

「ツモ。1000、2000。」

 照がツモ和了りした。

 

 南三局、栞の親。

 勿論、淡は、

「リーチ!」

 絶対安全圏プラスダブルリーチで攻めた。しかし、この局も、

「ツモ。2000、3900。」

 暗槓する前に照にツモ和了りされた。

 

 この段階での点数と順位は、

 暫定1位:照 55000

 暫定2位:淡 18900

 暫定3位:菫 13500

 暫定4位:栞 12600

 照の圧倒的リード。

 

 そして、オーラス。照の親。

 淡は、ここで五度目のダブルリーチをかけた。

 この局のサイの目は9。暗槓する位置が、非常に深い場所になっている。

 結局、この局では、暗槓する前に淡が捨てた牌で、

「ロン。12000。」

 照が和了った。

 

 これで点数と順位は、

 1位:照 68000

 2位:菫 13500

 3位:栞 12600

 4位:淡 5900

 照の圧勝で終わる…はずだった。

 

 しかし、

「一本場!」

 照が和了りやめではなく、連荘を宣言した。

「(うそでしょう? もしかして、私の攻撃力じゃ、この点差をひっくり返せないって分かっていての連荘?)」

 もし、淡が役満を照から直取りすれば逆転できる。しかし、淡には絶対安全圏とダブルリーチ槓裏4しかない。能力で役満を和了れない。

 それでも淡は、この局、ダブルリーチをかけずに、四暗刻狙いで手を回した。しかし、6巡目で、

「ツモ。6100オール。」

 照がツモ和了りした。これで、淡のトビ終了。

 

 淡は、この敗北が納得できなかった。当然、

「もう一回御願いします。」

 二半荘目を要求した。

 しかし、淡に照を倒すことはできなかった。そして、気が付くと、淡は既に六半荘を打ち終えていた。あの凶悪な能力を持っているのに一回も勝てず…。

 ショックではあったが、同時に目標が出来た。

「ええと、テルー…でイイんだよね。」

「えっ、あっ、うん。」

「私、この高校を受ける!」

「ありがとう。貴女が入ってくれると、私達も嬉しい。」

「そう言われても、全然、私じゃ勝てなかったし…。」

 すると、栞が、

「宮永さんは、特別よ。去年のインターハイは、宮永さんのお陰で団体戦優勝。今年も団体戦の優勝候補になっているし、宮永さん自身は、個人戦の優勝候補ナンバーワンよ。」

 と淡に説明した。つまり、とんでもない化物だと言うことを…。

『でも、いつか絶対、照に勝つ!』

 淡は、そう思いながら白糸台高校を受験することを決めた。



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総集編3.淡、白糸台高校に入学する

 それから半年が過ぎた。

 この日、清澄高校では、

「やったじぇい。私もノドちゃんも合格だじぇい!」

 と喜ぶ二人組みや、

「京ちゃん。合格おめでとう。」

「咲もな。」

 と会話する男女がいた。

 この男女のうち、女性のほうは、今は麻雀をやめているが、後に淡と頂上決戦を繰り広げることになるライバルになる。いや、点棒の支配者、化物2号と言うべきか。

 

 一方、阿知賀女子学院では、

「合格楽勝!」

 とほざいている偏差値70超の子がいたりした。

 その隣には、

「これで、二人で和の前に立てるね!」

 と意気込んでいる子がいた。この子も、後に淡と戦うことになるライバルになる。淡のもっとも苦手な相手…深山幽谷の化身として…。

 

 そして、今日は白糸台高校の合格発表の日でもあった。

「(結果をきちんと受け入れなきゃ、先に進めないもんね。)」

 淡は、意を決して一人で合格発表を見にきた。

 周りには、受かったっぽい子もいれば、落ちたっぽい子もいる。当然の話だが…。

 順に番号を見て行く。

 受験番号は8028。語呂合わせで『ハンニャ』と覚えていた。

「(8017、8021、8024…。)」

 番号が飛び飛びだ。それはそうだ。落ちている人もいるのだから。そして、

「(8025、8027、8028!)」

 淡は自分の番号を見つけた。

 何回も見直す。

「(合格者番号だよね。不合格者番号じゃないよね。)」

 そんな番号は提示しない。しかし、淡は、念のため掲示板に「合格者番号」と書かれているのを確認した。

 淡の表情が和らいだ。嬉しくて涙が出そうだ。

「(ハンニャ。ありがとう!)」

 淡は、即行で麻雀部に顔を出すことにした。

 

 

 淡がドアをノックした。

 そこは、白糸台高校麻雀部の監督、貝瀬麗香の居室。淡がドアを開くと、中には麗香と部長の弘世菫の姿があった。

 二人で、部のことについて打ち合わせをしていたようだ。

「合格の報告に来ました。4月からは、正式な部員としてよろしく御願いします。」

「おめでとう。期待してるわよ。」

「それで監督。実は、入部の前に話しておかなくてはならないことがありまして…。」

「何かしら?」

「私の能力に関係することです。」

 淡は、一応、麗香、菫、照の三人には能力のことを話しておくべきとハンニャに言われていた。

「絶対安全圏にダブルリーチ、槓裏4。非常に頼もしい力だと思うけど。」

「実は、この能力は、ある人(?)から頂いたものなんですけど…。」

「えっ? 能力ってもらえるの?」

「まあ、たまたま、その機会に恵まれたって言うか…。」

「紹介して欲しいくらいだわ。」

 麗香の目は本気だった。能力がもらえるなら、当然自分も欲しい。できれば天和が自在に出せる能力だと嬉しい。

「まあ、代わりに相手方の要求を満たす必要がありますけど…。」

「タダじゃないってことね。」

「はい。それで、その交換条件に、週一回くらいですが、その人の仕事を手伝うことになっています。」

「週一くらいなら別に問題ないんじゃないの?」

「でも、その話が何時来るか分からないんです。平日の時もあります。ですので、どうしても部活に出られない日ができてしまいます。」

「それは困るわね。でも、まずは詳しいことを教えてくれないかしら。」

「はい…。正直なところ、突飛過ぎて信じてもらえないかもしれませんが…。」

 淡は、一昨年の夏に宇宙に飛ばされたこと、そこで宇宙戦争を体験したこと、そして、ハンニャに能力を授けられた代わりに彼らの仕事を手伝うことを話した。

 正直、麗香と菫の視線が痛い。

 こんな話、誰が信じてくれるのだろうかと淡だって思っている。それでも、今は理解してもらわなければならない。

 淡の表情は、至って真面目であった。それを菫は感じ取った。

「ちょっと監督。紙とペンをいいですか?」

「ええ、どうぞ。」

 菫がメモ用紙に何やら絵を描いた。それは、まるで子供の落書きの様でもあったが…。

 その絵を見て淡は驚いた。

 それは、巨大な卵に顔を描いて、指サックのような手を生やし、半球のような足を卵の下につけた感じの絵だった。

 少しイビツな絵だが、ハンニャの特徴を捉えていた。

 この驚き方を見て、菫は淡が嘘をついていないことを確信した。

「ど…どうして? ねえ、スミレ。どうしてハンニャのことを知ってるの?」

「ハンニャと言うのか。」

「そうだけど。」

「こいつに能力をもらった。違うか?」

「そうだけど…。でも、どうしてハンニャのことを知ってるの?」

「照が照魔鏡で見たそうだ。」

「照魔鏡?」

「ああ。照は、見ただけで相手の本質を知る能力を備えている。」

「そう…なんだ…。」

 それはそれで便利だな。淡はそう思った。

「初めて淡に会った時、照が淡を引き止めたけど、あの時、淡の背後に、このぬいぐるみみたいな姿をしたものが見えたそうだ。一瞬引いたらしいが…。」

「(ですよね~。)」

「それと、この者からとてつもない強力なエネルギーが放たれていることも…。勿論、淡の能力もな。」

「じゃあ、信じてもらえるの?」

「普通は信じられないが、信じるしかなさそうだな。」

「あと、絶対に他言しないで。テルには話すけど。」

「他言できるはずないだろう。誰が信じるか、こんなこと。」

「でも、信じてくれるんでしょ?」

「照がハンニャとやらを鏡で見ているからな。それにしても、宇宙に行くのか。私も一度でいいから行ってみたいな。」

「じゃあ、今度ハンニャに聞いてみる。」

「頼む。しかし、宇宙戦争に巻き込まれるのが代償とするなら、能力をもらえるとしても私はパスするかもな。」

 この菫の言葉に、

「そうね。私もパスだわ。」

 麗香も同意した。いくら麻雀が強くなっても、そう度々、命の危険に晒されるのなら遠慮したいところだ。

「では、家に戻って母に合格を報告しますので、今日はこれで失礼します。」

 淡は、麗香と菫に一礼すると、監督室を出て行った。

 

 

 4月になった。

 今日は入学式。

 入学式を終え、淡が教室に入ると、名前の順に席が割り振られていた。淡の席は廊下側一番端だ。

 教室には女子しかいない。

 男子部と女子部に分かれているのだろうか?

 詳細はともかく、とにかく淡の周りには男子がいない環境だった。

 左隣には、痩身美女が座っていた。淡より全体的に細いし脚が長い。それでいて、胸は以前の淡よりも大きい。

 腕や脚も細いが、病的とか弱々しさとか、そんな雰囲気は微塵にも感じられない。むしろ、引き締まっていて丈夫かつ健康的に見える。

 まるで幼児化した高校生探偵を幼馴染に持つ空手少女のようだ。

 しかも、正直、淡よりも目鼻立ちが整っている。加えて小顔だ。

「(負けた…かも…。ちょっとクヤシイ!)」

『…かも…』ではなく、完全に負けている。

 自称美人の淡も、ちょっとジェラシーを感じた。

 そして、そのさらに隣にも綺麗な女性が座っていた。隣の痩身美女ほどではないが、淡から見て間違いなく美人と思えるほどだ。

 この三人で、白糸台高校美女三人組を名乗ってやろうか。

 ふと、そんな冗談を淡は考えた。口には出さなかったが…。

 隣の痩身美女が淡に話しかけてきた。

「私、チャンピオンのいるここの麻雀部に入りたくて、広島から来たのよ。」

「広島から?」

「ええ。佐々野みかんって言います。よろしく。」

「私は、大星淡。一応、麻雀部に入る予定。よろしく。」

 みかんは、鹿老渡高校三年生で部長の佐々野いちごの妹。淡が、このことを知るのは少し先になるが…。

 みかんの隣の綺麗な子が、淡達の話に加わってきた。

「二人とも麻雀部希望なんだ。私と同じジャン。私は、多治比麻里香。私もチャンピオンの高校に入りたいって思って入学したんだ。よろしく。」

 麻里香は、松庵女学院二年の多治比真祐子の妹。淡がこのことを知るのは、西東京大会決勝戦の時になる。

 どうやら、みかんも麻里香も悪い人間ではなさそうだ。

 

 HRが終わり、淡、みかん、麻里香の三人は麻雀部に顔を出した。

「テルー! スミレ! 今日から正式な部員としてよろしくおねがいしまーす!」

 この淡の第一声に対して、

「おお、大星。来たか。」

 これが菫の反応。

「淡。あとでパンケーキよろしく。」

 これが照の反応。

 既に互いに顔見知りの遣り取りに見える。しかも、相手は白糸台高校麻雀部部長と絶対的エースだ。

「「(えっ? 大星さんって何者?)」」

 これには、みかんも麻里香も驚かされた。

 

 

 入部初日に、いきなり新入部員同士の対局が行われることになった。

 この入学式の日に、そうそうに麻雀部に顔を出した新一年生は十数人。この対局で、彼女達新入部員のランク付けがされる。

 しかし、一番の目的は、照が各対局を見ながら誰がどのような特性を持ち、どのチームに所属するのが適しているのかを判断することだった。

 一先ず、淡達は学食で、急いで昼食を済ませた。

 早食いの人達の中は、

『カレーは飲み物!』

 と言う輩もいるが、淡にも何となく分かる気がした。たしかに、熱くさえなければ詰め込みやすい。

 部室に戻ると淡達は、菫から、

「全力でやるように。大星。お前も例外ではない。」

 と言われた。つまり、能力をフルに発揮しろと言うことだ。

 早速、対局開始だ。

 ルールは25000点持ち30000点返しでオカは無し。

 赤牌4枚入りでダブル役満は無し。

 大明槓からの嶺上開花は責任払い。

 基本的にインターハイ西東京予選個人戦と基本的に同じルールだ。

 淡は、初っ端からクラスメートである佐々野いちご妹のみかんと多治比真祐子妹の麻里香を相手にすることになった。

 二人とも、普通の高校なら新一年生の中では美貌だけではなく麻雀の腕もトップレベルだろう。エース級の器だ。

 もう一人の面子は、多分、本話限りの登場人物になるであろう只野絵美。淡達の隣のクラスの生徒だ。

 半荘一回勝負。

 場決めがされ、起家が淡、南家が麻里香、西家がみかん、北家が絵美になった。

 

 東一局、淡の親。

 サイの目は5。最後の角が割りと浅い位置にあるパターン。

「(絶対安全圏プラスダブリー発動!)」

 淡の能力によって、淡以外は全員五~六向聴。

 この最悪な状態の中、

「リーチ!」

 淡がダブルリーチをかけてきた。

 唖然とするみかん、麻里香、絵美の三人。

 しかし、三人ともツモは悪くない。きちんと手が進んでゆくし、最後の角が来る少し手前で聴牌した。すると、

「カン!」

 淡が暗槓した。リーチ者の暗槓は余り嬉しくない。

 嶺上牌はツモ切り。

 そして、最後の角を超えた直後に、

「(満貫聴牌だもん。仕方ないよね。)」

 絵美がツモ切りした牌で、

「ロン。」

 淡が和了った。

 何故か逆回転で牌を倒した。

 ハンニャからは深い意味は無いと言われているが、みかんや麻里香から見れば、これに何か意味があるように感じられた。

 淡の手はダブルリーチのみ。これを見て絵美はホッと胸をなでおろした。

 しかし、裏ドラをめくった直後、絵美の表情が固まった。

「ダブリー槓裏4。18000。」

 まさかの親ハネ振り込みだ。これで、絵美の点棒が一気に7000点まで減った。

 そして、東一局一本場、淡の連荘。

 サイの目は7で、最後の角の後が最も長いパターンだ。

 ここでも、

「リーチ!」

 淡がダブルリーチをかけてきた。

 前局と同様に、みかん、麻里香、絵美の三人は五~六向聴。しかし、配牌とツモが割りと巧く噛み合って手は進んで行く。

 それが結果的に、後半になって危険牌を勝負させる罠になっているのだが…。

 8順目で三人とも聴牌した。

 次巡、最後の角の直前で、

「カン!」

 前局同様に淡が暗槓した。

 全てが前局と似通い過ぎている。

 みかんと麻里香は、淡のダブルリーチが偶然ではなく能力によって意図的に繰り出されている可能性を考えた。二人とも麻雀強豪校に通う姉から、能力麻雀のことを聞かされていたためだ。

 もし、そうだとすると、当然、前局と同じ槓裏4の可能性も視野に入れておかなければならない。つまり、親ハネ。

 みかんと麻里香は、聴牌を崩して完全な安牌を切って様子を見た。

 一方、絵美は能力麻雀など知らなかった。普通、そんなものは考えない。

 彼女は、角を超えた直後、聴牌維持のためにツモ切りした。自分の手もタンピンドラ2と勝負したい手だ。

 しかし、この牌を淡は見逃さなかった。

「ロン。18000。」

 またもや逆回転。しかも、裏ドラを見ずに点数申告した。

 手牌はダブルリーチのみ。しかし、裏ドラをめくると、前局と同様に槓裏4だった。

 これで絵美のトビで終了した。

 同時に、

「「(確定ね。)」」

 みかんと麻里香は、淡が絶対安全圏、ダブルリーチ、槓裏4の恐るべき能力を持つ者であることを確信した。

 そして、同時に二人は、チャンピオン宮永照の卒業後も大星淡と言う絶対的な柱となる人物がいてくれる心強さを感じていた。

 普通、こんなチートな力を持つ者が負けるとは思えない。

 全中王者の原村和だって、淡には到底敵わないだろう。

 この時点では、淡をも打ち破る化物が全国に二人もいるなどとは、さすがにみかんも麻里香も、この時点では想像すらできなかった。

 ただ、逆回転に関してだけは、二人とも能力発動条件の一部と誤認識した。

「淡ちゃん、すごい!」

 これが、みかんの純粋な感想。

「次期エース間違い無しだね!」

 これが麻里香の対局後の第一声だった。

 一方の絵美には、この段階では、淡が単にツイていた程度にしか思えなかった。

『みかんと麻里香の反応こそおかしい。淡を過大評価し過ぎている。』

 としか思えなかった。

 まあ、それが普通の反応だろう。

 

 その後、面子を入れ替えて新入部員同士の対局が進められた。

 当然、毎回、絶対安全圏プラスダブルリーチ槓裏4を繰り出した淡が、トータルでダントツトップ。

 もはや、これは偶然ではなく必然。

 さすがに、絵美もそう考えざるを得なくなった。

 そして、その攻撃力から、淡が攻撃特化のチーム虎姫に入ることに誰も異論を唱えることはなかった。

 部活の最後に、

「部内の対局のことは、絶対に他言しないように!」

 と菫が全員に命じた。

 白糸台高校は、夏春夏の団体戦三連覇を目指している。だからこそ、能力のことが大会前にバレては意味がない。

 特に淡の能力は三連覇に向けて貴重な戦力だ。

 だからこその戒厳令でもあった。

 

 

 翌日、麻雀部には、さらに多くの新入生が押し寄せた。団体戦夏春二連覇の看板はダテではない。

 それに、高校生一万人の頂点宮永照やクールな弘世菫への単なる憧れから、ろくに麻雀を知らずに麻雀部への入部を希望する者も多かった。

 今日も淡は、新入生と対局をさせられた。淡からすれば、みんな激弱で、今日の対局には正直面白さが感じられなかった。

 昨日とは違い、今日はダブルリーチを封印した。それでも淡に敵う新入生は一人もいなかった。

 絶対安全圏のみでの戦いなら、みかんと麻里香だけは善戦してくれる。最終的に勝つのは淡だが…。

 これが、西東京大会で一回戦負けする弱小校なら、別に激弱でも構わない。しかし、全国優勝を目指す白糸台高校で麻雀部に入部するなら、せめて、みかんや麻里香くらいの実力はあって欲しい。

 淡は、そう思うようになっていた。

 そのせいか、淡は、入部二日目にして既に、みかんと麻里香以外の一年生とは距離を置くようになった。

 

 翌日、HRでの担任の第一声は、

「今日は、新入生の校内一斉テストを行います。」

 だった。

 範囲は中学三年生までの全て。つまり、入試と同じだ。

 いざテスト問題を見ると、

「(あれ?)」

 今まで受けてきたテストよりも難しい。入試を終えて、勉強をサボっていた部分はあるが、半分も解けない。

「(うわぁ。撃沈…。)」

 淡が机に突っ伏した。

「淡ちゃん、どうだった?」

 みかんが話しかけてきた。

「半分もできなかった。最悪。」

「私も…。なんか、とても難しかったよね。」

 周りの反応も大半は似たようなものだった。

 しかし、中には済ました顔で平然としている輩もいた。このクソ難しいテストが、きちんと解けているとでも言うのか?

 

 この日の部活で淡は荒れた。

 今日と明日は、一年生と二年生の対局になる。

 絶対安全圏は常に発動。ダブルリーチは親の時だけに限定。それでいて、淡は全局全員トバしの偉業を達成した。

 

 

 入部から一週間後、チーム分けが発表された。

 淡は、照、菫、尭深、誠子とともにチーム虎姫に選ばれた。攻撃特化型のチームだ。

 みかんと麻里香は、一先ず攻守のバランスが取れたチームのメンバーとなったが…、照と菫の引退後には、二人ともチーム虎姫に入ることになる。



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総集編4.淡、多治比真祐子と対戦する

 それから数日が過ぎた。

 今日、淡達のクラスでは、体力測定が行われた。

 淡と麻里香は、まあギャグにならない程度には身体を動かせたが…。正直なところ記録には『まったくもって』自信はない。

 ただ、みかんが何故か結構良い成績を出している。

「「(あの細い身体でどうして?)」」

 別に、裏切り者とまでは思わなかったが、淡も麻里香も、みかんが自分達と同類と勝手に思い込んでいた節があり、正直二人は驚いていた。

「みかん。凄いじゃん!」

「そんな、たいしたことじゃ…。」

「でも、見た目よりもずっと体力あるじゃん。私なんか、こんなだよ。麻里香もだけど。」

 淡が自分の記録をみかんに見せた。

「細いけど、なんか凄く健康的に引き締まった感じだし。みかんって、何か運動とかやってるの?」

「一応、体型を維持するために毎日腕立てと腹筋とスクワットを50回3セットずつ寝る前にやってるくらいだよ。」

「スゴッ! マジで?」

「だって、文科系の部活だから身体がなまっちゃいけないと思って。でも、淡ちゃんも麻里香ちゃんも体型維持に何かやってるでしょ。」

「「まったくもって!」」

「(むしろ、何もしないで綺麗でいられる二人のほうが、私からすれば、よっぽど羨ましいんだけどな。)」

 これが、みかんの本音だった。

 そもそも、みかんが体型維持に気をつける背景には姉の佐々野いちごの存在があった。

 

 二年半前。

 みかんが中学二年生の夏のことだ。

 麻雀の実力も然ることながら、整った容姿から、姉は高校一年生の時から女子高生アイドル雀士としてマスコミに大きく取り上げられていた。

 周りの人達は、みかんに姉のことを色々聞いてくる。アイドル雀士として騒がれているのだから当然のことだろう。

 同級生…特に男子達は、それが顕著だった。

 最初は、みかんにとっていちごは誇りだった。自慢の姉だった。

 ただ、そのうち周りの反応がウザくなった。

 それに、自分のことは誰も眼中にない。姉に近づくためのコマのようにしか思われていない。

 みかんは、徐々にそう感じるようになっていった。

 そして、決定的だったのは、みかんが好きだった男子までもが、いちごのファンになっていたことだ。当然、彼は、みかんに話しかけてきても、みかんのことを見ていない。いちごのことしか頭にない。

 口を開けば、

「お前の姉さんってさ…。」

「いちごさんってさ…。」

「ちゃちゃのんってさ…。」

 いちごのことばかり。

 しかも、日を追う毎に好き好きオーラが増しているように思える。これには、さすがにみかんも辛いし、耐えられなくなった。

 そして、決定的な発言…。

「ちゃちゃのんって、あんなに細身で綺麗なのに、みかんは、どうしてそんななの?」

 その男子にとっては何気ない一言だったかもしれない。しかし、この一言で、みかんは酷く傷ついたし、これが姉妹が不仲となるトリガーとなった。

 みかんの中で、姉への嫉妬と憎悪が生まれた瞬間だった。

 この日を起点に、みかんにとっていちごは、『姉』ではなく『あの女』になった。

 当時のみかんは、今よりも、ずっとふくよかな感じだった。細身の姉と並ぶと、より一層…と言うか、必要以上に太く見えた。

 相対的に、そう見えてしまうのだが、これは仕方がないだろう。そして、いつしか、みかんの中で、

「自分は引き立て役ではない!」

 そう言う気持ちも芽生えていたし、

「私も痩せてやる!」

 と思うようにもなっていた。ただ、今までは、姉との関係が良好だったため、思っただけで終わっていた。一瞬不快に思っても、時間が経てば水に流せていた。

 しかし、良好な関係が崩れた以上、思うだけでは終わらない。

『あの女に負けるもんか!』

『見返してやる!』

 そう決心して、みかんは、体重を落とすために食事を制限し、トレーニングもするようになった。今では、目標値まで体重を落としているが、体型維持のため食事制限とトレーニングは毎日欠かさない。

 細身だけど頑丈そうな身体を維持している。昔の面影はない。まるで外国人もモデルのようだ。常日頃の努力の賜物と言える。

 しかも、胸の大きさだけは、ふくよかだった頃と余り変わらない。これだけは、逆にいちごが密かに嫉妬するほどでもあった。

 また、みかんの中では、

「姉とは距離をおきたい!」

 と言う気持ちが日に日に増してきた。

 たとえ姉妹といえども、必ずしも仲が良いわけではない。好きな男子の心をいちごに奪われた恨みは、どうしても拭えない。

 別に、その男子がいちごと付き合ったわけではないし、今となっては、その男子のことなど、どうでもよいのだが…。

 

 それで、広島県外の高校に進学することを決めた。姉と顔を合わせないようにするために家を出る決心をしたのだ。

 狙うのは学生寮のある高校。

「どうせなら、チャンピオンのいる高校で強くなりたい。」

 みかんは、そう考えて白糸台高校を受験した。

 そして、みかんは、白糸台高校に無事合格して上京することになった。

 もし白糸台高校に入学できなかったとしても、実家から通える範囲の高校に進学する気は、さらさら無かったが…。

 

 白糸台高校に入学してから、誰にも姉のことは話していない。

 いずれは、どこかからバレるだろうが、積極的に話す必要もない。

 でも、もし自分が淡のように麻雀が化物級に強かったら。

 もし麻里香のように麻雀が巧い打ち回しができたら。

 もし二人のように何もしないでも細身で綺麗でいられるのなら。

 恐らく姉の存在を何とも思わなかったかもしれない。むしろ、広島にいながら姉を超えることを目標にできたかもしれない。

 その一方で、麻里香からすれば、みかんの方が、麻雀が強くてずっと美人でうらやましいと思っているし、淡だって、みかんには麻雀は勝てても美貌では勝てないと思っているのだから、他人の畑は青く見えるとは良く言ったものだ。

 

 麻里香も、姉の多治比真祐子とは別の高校に敢えて進学した。

 姉は、一年生の時から松庵女学院で大将を任されている。

 昨年のインターハイ予選と秋季大会では、西東京で大将といえば、宮永照と戦うことを意味していた。

 つまり、大将にはエースを配置するのが西東京では常識的になっていた。

 松庵女学院に進学しても、エースの姉と比較されるだけだし、照が白糸台高校にいる以上、西東京での優勝はない。

 ならば、いっそのこと照と同じ高校に進学して強くなることを目指してみては?

 そう思うようになった。

 それに、白糸台高校は照の影響で麻雀が強い学生が多数入学するようになっている。

 今年も多分、とんでもなく強い娘が白糸台高校に入学するだろう。ならば、西東京では暫く白糸台高校の天下が続く可能性がある。

 淡ほどの化け物がいるとは思っても見なかったが…。

 いずれにせよ、松庵女学院に進学しても全国大会にコマを進めるのは難しいし、メリットが感じられない。

 それで白糸台高校を目指すようになった。

 結果として、淡と麻里香とみかんが揃うことで、白糸台高校は照と菫が抜けた後も全国大会には常連高として出場することになる。これはこれで、麻里香にとってベストチョイスだったと言えよう。

 

 今のところ、みかんと麻里香に姉のことを聞いてくる人間はいなかった。

 もっとも、淡の場合は、高校麻雀界のことを何も知らなかったので、佐々野いちごの名前も多治比真祐子の名前も頭に無かったが…。

 白糸台高校麻雀部では、家庭内のこと…特に姉妹の話はタブーだった。これは、エースの照が言い出したことだ。

 天井人である照が言い出したのだから、これは絶対であった。姉妹の話を照に振っても平気でいられるのは菫くらいだった。

 

 

 それから、さらに時が過ぎ、西東京大会に突入した。

 参加校は160に達する。

 一回戦を戦うのは50校弱で、一位のみの高校が二回戦に進出するルール。そこで30校以上が敗退する。

 二回戦は128校が戦い、32校に減る。

 三回戦で8校に、準決勝で4校に絞られる。ここまでは、先鋒から大将まで、各半荘一回での勝負だ。それでも、ここまで終わるのに丸二日かかる。

 決勝戦のみが半荘二回での戦いになる。

 白糸台高校から参加するのはチーム虎姫。先鋒が宮永照、次鋒が弘世菫、中堅が渋谷尭深、副将が亦野誠子、そして大将が大星淡。

 第一シードの白糸台高校は二回戦からの参戦だった。

 二回戦は、照が半荘一回で10万点以上を獲得、菫が最も点数が低いチームを狙い打ち、尭深のハーベストタイムを決め、中堅戦でトビ終了させた。

 三回戦は、照がラス親で怒涛の和了りを見せ、トビ終了させた。

 淡が初めて戦ったのは準決勝戦。

 しかし、既に大量リードしている。ここに絶対安全圏が発動し、他校の大将達は酷い配牌を見て毎回焦るばかり。

 そこに早い巡目で淡は仕掛け、絶対安全圏内で多くの和了りを決めた。勿論、余裕の一位抜け。

 

 そして、決勝戦。

 淡が対局室に入ると、どこかで見た感じの女性がいた。

 彼女の名は多治比真祐子。松庵女学院の二年生。

「(多治比って? もしかして!)」

 顔も麻里香に似ている。

 淡は、

「あのう、もしかして麻里香のお姉さんですか?」

 と聞いてみた。すると、

「はい。麻里香がいつもお世話になっています。」

 と真祐子が答えた。

「(ビンゴ!)」

 麻里香の姉なら、きっと楽しい麻雀が打てるだろう。淡は、そう期待した。

 

 場決めがされた。

 淡は西家、真祐子が南家だった。

 東一局。

「(絶対安全圏発動!)」

 淡のみ一向聴、他家は六向聴だった。これは、真祐子も例外ではない。

 白糸台高校は、先鋒戦で照が作った大量リードを次鋒から副将まで差を縮められるどころか、むしろ広げてきた。

 二位の松庵女学院との差は10万点以上。

 真祐子にとって、この厳しい状況の中、3巡目に、

「ポン!」

 淡が対面の捨てた{白}を鳴き、5巡目で、

「ロン! 白ドラ2。5200!」

 下家の捨てた牌で和了った。早和了りだ。{①}の暗刻があって40符3翻の手。

 

 東二局、真祐子の親。

 ここでも絶対安全圏は発動している。淡のみ軽い手で、他三人は非常に重い手だ。

 この局も、

「ポン!」

 淡は下家が捨てた{發}を鳴き、

「ロン! 發チャンタドラ1。5200!」

 対面が捨てた牌で和了った。これも{9}が暗刻の40符3翻の手だた。

 ただ、真祐子は淡に鳴かせないし、振り込まない。この辺りは、麻里香と同じだ。

 

 東三局、淡の親。

 ここで淡は、連荘で稼ごうとした。

 しかし、真祐子は相変わらず鳴かせてくれない。そうこうしているうちに7巡目に突入した。

「(これって、ヤバイんじゃ?)」

 淡がそう思った次巡、

「ツモ! タンヤオドラ3。2000、4000!」

 真祐子に和了られた。

 淡としては、親かぶりで痛い。

「(結構やるジャン!)」

 しかし、ある程度以上の打ち手がいないと面白くない。

 照達のお陰で点差は十分あるし、無理にダブルリーチを使って勝ちに行く麻雀をしなくても優勝は間違いないだろう。

 ならば、ここは真祐子を相手に楽しく打ちたい。淡は、そんな風に思っていた。

 

 東四局。

 ここでも淡は、

「ポン!」

 {中}を対面から鳴き、

「ツモ! 中混一ドラ3。2000、4000!」

 6巡目にツモ和了りした。

 

 南入した。

 南一局は、

「ロン! タンヤオ一杯盃ドラ1。5200!」

 面前で淡が下家から和了ったが、続く南二局では、

「ツモ! タンピンツモドラ1。2600オール!」

 真祐子に和了られた。連荘だ。

 

 南二局一本場も、

「ロン! 一杯盃ドラ2。7700の一本場は8000!」

 淡の対面から真祐子が和了った。

 

 南二局二本場、

 これ以上は真祐子に連荘させたくない。淡は、

「ポン!」

 {南}を鳴き、次巡で、

「ツモ! 2200、4200!」

 ダブ南ドラ2で真祐子の親を流した。

 

 南三局、淡の親。

 当然、淡は連荘を目指したが、

「ツモ! 1300、2600!」

 真祐子に和了られた。とにかく、真祐子は淡が鳴きたい牌を出さない。つまりヌルイ牌を打たないのだ。それで、淡のスピードが殺されている。

 しかも、ここまでの収支は、真祐子が+22800点、淡が+23000点と僅差だ。

 もし、オーラスで真祐子に和了られたら、淡は収支で真祐子に負けることになる。

「(ちょっとマズイかな。でも、面白い!)」

 淡と真祐子以外の二人はヤキトリ状態。平静ではいられない。

 しかも、それでいて毎回最低な配牌。正直、心が折れかかっていた。

 

 オーラス。

 この局も絶対安全圏は健在。

 最悪な配牌が続く中、真祐子だけは目が死んでいなかった。

 この局、真祐子が、

「チー!」

 早々に仕掛けた。

 収支では淡を負かしたい。それすらできなければ逆転優勝など絶対に有り得ない。そんな気持ちが感じられた。

 しかし、

「ツモ! タンヤオドラ1。500、1000!」

 淡が和了って収支トップを守った。

 

 10分間の休憩に入った。

 淡は、対局室を出るとスマホで麻里香に連絡を入れた。

「もしもし、麻里香?」

「前半戦は、マズマズだね。」

「一応、トップなんだけど。」

「でも、本気は出していないでしょ?」

「まあ…ね。でね、連絡したのは、松庵女学院の多治比真祐子って、麻里香のお姉さんなんだって? 本人が言ってたよ!」。

 これを聞いて、麻里香は、

『やっぱりバレたか』

 と思った。

 決勝戦の相手に松庵女学院の名を見た時に覚悟はしていたが…。

「まあ…そうなんだけどね。」

「なんで、麻里香は松庵女学院に行かなかったのかなぁとか考えちゃって。詳しいことは、後で聞かせてね。」

「分かったわよ。で、バレたついでにお願いがあるんだけど。」

「麻里香が? 珍しい。」

「せめて一局だけでもイイから本気で戦ってあげて。力の差を見せ付けるとかじゃなくて、姉に対する礼儀として。」

「分かった。善処するよ。」

 

 淡が対局室に戻ってきた。

 後半戦は、真祐子が起家、淡がラス親になった。

 東一局、真祐子の親。

 絶対安全圏が続く中、真祐子は何とか7巡目で聴牌し、

「ツモ! 2000オール!」

 ツモ和了りした。

 

 東一局一本場、真祐子の連荘。

 しかし、淡も負けてはいない。しかも、この半荘は上家が真祐子ではない。よって、捨て牌は真祐子ほど厳しくない。

「チー!」

 淡は、早速鳴いて聴牌し、

「ツモ! 1100、2100!」

 ツモ和了りで真祐子の親を流した。

 

 東二局。

「ツモ! 1300、2600!」

 この局は、真祐子がツモ和了りした。

 大将戦で全てが決まる。ならば、真祐子も当然食い下がる。

 10万点以上の差を大将戦だけでひっくり返すには、淡から親の役満を直取りするのが一番手っ取り早い。しかし、役満など狙って易々と出来るものではない。

 それに毎局、絶対安全圏が発動する。このクズ配牌を見る限り、役満狙いは現実的ではない。

 国士無双に走ることも考えられるが、意外とツモ牌は普通の手として手が伸びる方向に来る。そのため、国士無双を目指しても中々聴牌できないし、それ以前にチュンチャン牌を狙われて淡の餌食になるがオチだ。

 とにかく、普通に打って淡よりも先に少しでも高い手を和了る。今のところ、それしかないようだ。

 

 東三局。

「(麻里香のお姉さん、マジ強い。さすが、イケてんジャン!)」

 淡が笑顔を見せた。余裕の笑みではなく、喜びの笑みだ。

「(でも、私だって負けてらんない。麻里香との約束もあるし、行くよ!)」

 そう。淡には、まだ隠された武器がある。今、それを披露する。

 サイの目は7。もっとも最後の角が早く来るパターン。

 淡から放たれるオーラが急変した。

 真祐子は、それを察知して表情が変わった。まさか、この表情変化が録画されているとは…。真祐子も、さすがに夢にも思わなかっただろう。

「リーチ!」

 淡のダブルリーチだ。

 絶対安全圏の中、淡以外の選手がクズ配牌の中、これは強烈だった。

 ただ、クズ配牌から普通に伸びてゆくのが、ある意味救いに見えた。しかし、9巡目。角の直前で、

「カン!」

 淡が暗槓した。そして、次巡、角を超えたところで、

「ツモ! ダブリーツモカン裏4。3000、6000!」

 ハネ満ツモを決めた。

 ダブルリーチが意図的にかけられるとは普通思わない。しかし、真祐子は、これが淡の能力で意図的にかけられたものであることを確信していた。

 

 東四局、淡の親。

 ここで淡に連荘させてはいけない。このことを、真祐子は十分理解していた。

 前局のダブルリーチツモ槓裏4のショックは大きいが、とにかく頭を切り替えなくてはならない。

 またダブルリーチをかけてくるのか?

 真祐子は息を飲み込んだ。

 しかし、この局、淡はダブルリーチをかけなかった。

 ならば真祐子の取るべき方法は、淡に鳴かさないようにケアしながら最速で手を進めることだ。安手で良いから淡の親を流すのが最優先だ。

 一方の淡は、真祐子から絶対に和了るとの強い気迫を感じ取っていた。加えて、全てを決める大将戦ならではの特別な緊張感もある。

「ツモ! 500、1000!」

 安手だが、真祐子がツモ和了りして淡の親が流された。

 この時点で、後半戦の収支は真祐子が+8100点、淡が+12000点。前後半戦あわせても真祐子が+30300点、淡が+37000点と、今のところ淡に軍配が上がっている。

 さすが、照から大将を引き継いだ超新星と言えよう。



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総集編5.淡、点棒の支配者は特定できたが深山幽谷の化身は判別できなかった

 南入した。

 南一局、親は再び真祐子。

 絶対安全圏が発動する中で、真祐子は連荘を狙う。

 ここでも淡はダブルリーチをかけてこない。とは言え、淡だけは手が軽いだろう。

 総合トップの淡は、高い振り込みさえしなければ、ノミ手で和了るだけでチームを優勝するのに十分な位置にある。当然、手を下げてでも鳴いて早い巡目…絶対安全圏にいる間での和了りを目指すはずだ。

 絶対安全圏内ならば、淡は、どんな牌を捨てても和了られることはないのだから、ただ和了りを目指して突き進んでゆける。

 ならば、絶対安全圏の間に和了らせない。

 絶対安全圏を越えれば、淡も他家の和了りに気をつけなければならなくなる。ただ和了りを目指すだけの麻雀ではなくなるはず。

 場合によっては降りることも考えるだろう。

 幸い、淡以外の選手のツモは悪くない。絶対安全圏を越えれば、自分達の和了りのチャンスも生まれてくるはずだ。

 真祐子以外の選手も、休憩時間中にアドバイスを受けたのか、淡に対して甘い牌を打たなくなった。

 まず、淡に役牌を鳴かせないこと。それから、淡の上家は、チーもさせないことだ。

 6巡目、

「ポン!」

 淡の捨てた{東}を真祐子が鳴いた。そして、次巡、

「ツモ! 東ドラ2。2000オール!」

 真祐子がツモ和了りした。

 

 南一局一本場、真祐子の連荘。

「(麻里香のお姉さん、さすがだね!)」

 再び淡が笑顔を見せた。東三局の時と同様、余裕の笑みではなく喜びの笑みだ。

「(でも、私だって負けてらんない。一先ずダブリーは封印するけど…。)」

 相変わらず上家は捨て牌を絞っている。しかし、毎回100%淡が鳴けない牌しか捨てないで済む…と言うわけではない。

 この局、淡は絶対安全圏の間に、

「チー!」

 {⑨}を鳴き、2巡後に、

「ロン! 5500!」

 対面の捨て牌で和了った。

 これをやられると、さすがに真祐子も太刀打ちできない。白糸台高校の大将を照から引き継いだ淡のポテンシャルを思い知らされる。

 しかし、だからと言って諦めるわけには行かない。

 

 南二局。

 白糸台高校に大量リードされている以上、この場面で淡以外が安和了りしても無意味である。

 当然、真祐子としても同じだ。安和了りしたところで、白糸台高校を優勝に近づけるだけでしかない。

 ただでさえクズ配牌のところ、そこから少しでも高い手に仕上げようとして手がもの凄く遅くなる。そんな中、

「ツモ! 500、1000!」

 淡が安手で場を流した。

 

 南三局。

 ここでも淡が、上家から、

「ロン! 5200!」

 直取りして場を流した。とにかく、淡が今すべきことは、他家が高い手を聴牌する前に安手で良いから和了って場を進めることだ。それが優勝に繋がる。

 

 そしてオーラス、淡の親番。

 既に淡以外の選手の表情は、通夜のようであった。

 それもそのはず。ダブル役満以上が認められていないこのルールで、既に2位の松庵女学院ですら1位の白糸台高校に10万点以上の差がつけられている。

 淡が連続チョンボで点棒を吐き出さない限り、もはや真祐子達の逆転優勝はない。しかし、それは非現実的であろう。

 つまり、このオーラスは単なる消化試合でしかないのだ。淡以外は和了ったところで負けを確定させるだけに過ぎない。

 勿論、淡も、和了れなかったとしても連荘を拒否するだけだ。

 しかし、変なところで淡は意地がある。

「(最後に流局ノーテンで優勝なんて、華が無いジャン。ここは、やっぱり。)」

 どうせ、他家は和了ってこない。そこで、淡は、面前で手を進めた。少しでも手が高くなるように手代わりを視野に入れながら…。

 そして、8巡目、

「ツモ。4000オール!」

 淡の親満ツモで決勝戦は終了した。

 他家は、真祐子も含め、全員が俯いたままだった。

 淡は、一礼すると卓を離れて対局室を後にした。

 

 控え室に戻ると、残念なことに照は別に嬉しそうな顔をしていなかった。勝って当然、そんな感じだ。

 そんな空気だったので、誠子も尭深も静かに黙っていた。

「嬉しそうな顔くらいしろよ。」

 菫が照に言った。しかし、

「この程度の相手じゃ、調整にもならない。」

 エース照の爆弾発言だ。まあ、淡としては、理解はできるが…。

「フッ…。」

 菫がソファーに座る照の横に新聞を放った。

「今朝の新聞。そこ、全国の予選、載ってるだろ。」

 照が新聞を広げて見た。そして、長野県の代表校である清澄高校の大将の名前が目に留まった。

『宮永咲』

 照は、表にこそ出さなかったが、内心驚いていた。

 菫が、

「清澄って知ってるか?」

 と照に聞いた。しかし、照は無言だった。

「お前、妹いたんじゃなかったっけ?」

 さらに菫は、こう照に聞いた。しかし、照は、

「いや…いない…。」

 とだけ言って新聞を置いた。

 淡は、その新聞が気になった。

「優勝決めてきたよ! ねえ、スミレ。その新聞って?」

「昨日までにインターハイ出場が決まった各都道府県の代表校の名前と各メンバーの名前が出ている。」

「ふーん。」

「そうそう。それと、ちょっと気になることがあって、後でスミレに相談したいんだけど。」

「お前がか?」

「うん。」

「まあ、分かった。それと、何でダブリー槓裏4を使ったんだ? 使わなくても優勝できただろうに?」

「だって、タカミに総合獲得点で負けたくなかったんだもーん。テルはイイけど。」

「あのなあ…。まあ、あの一局だけで能力と断言されるとは思えないだろうから、今回は良しとしよう。」

「はーい。」

 なんとか誤魔化せた。正直に言ったら麻里香にも迷惑がかかるだろう。

 

 

 来週、西東京での個人戦が行われる。

 個人戦は、部内の上位八名がエントリーする。チーム虎姫からは、照、淡、菫の三人の出場となる。

 みかんと麻里香も出場する。

 ただ、その前に淡は菫に確認したいことがあった。

 

 一応、淡もGWの後に入寮していた。勿論、練習のためだ。

 淡達は、表彰式を終えると、急いで寮に戻った。

「スミレ。実はね。ハンニャ達の世界にすっごい予言者がいるんだけど。」

「たしか…プルプルとか言ったな? 前に聞いた記憶がある。」

「それでプルプルが言うには、私のライバルになる一年生が二人いるらしいのよ。両方とも日本人で、一人は深山幽谷の化身。もう一人はテルー以上の怪物で点棒の支配者らしんだけど…。」

「照以上の化け物? さすがに信じられないが…。そんなの、インターミドルにはいなかったぞ?」

「今は麻雀をやっていないらしいから。」

「まあ、それを言えば、照も中学では麻雀をやっていなかったからな…。ちょっと待てよ。点棒の支配者…。」

「心当たりがあるの?」

「ああ、一人。照が一年の時の話だが…。」

 現監督の麗香は、先代監督の考えに基づき、チーム制を採用した。

 照と菫が一年生の時、照は、

『部内スコアだけじゃ分からない…って言うのは、たしかにあると思うよ。』

 とチーム制を支持した。そして、特待生だった菫と、当時部内ランキングの低かった渡辺琉音、宇野沢栞、棚橋奈月、沖土居蘭でチームを結成させた。

 その時、照は簡単な指導と言うか、独特なアドバイスをしただけで菫達のチームを一軍チームに圧勝させた。

 ただ、照の真意は、

『スコアが低くても強い人がいる…ということ。たとえば、常にプラマイゼロでも強い子とか…。』

 この言葉を立証することだった。

 そして、また別の日には、

『カンと嶺上開花は怖いよ。嶺上牌のツモだけで、とんでもないことをやってのける打ち手だっている。』

 と栞と奈月にアドバイスした。

 菫は、照が気にかけている『プラマイゼロにするヤツ』と『嶺上牌を使うヤツ』との縁を繋ぐために、照に麻雀を再開することを薦めた。

 その後、少ししてから菫は、照から家族麻雀のことを聞かされた。

 小遣いやお年玉を賭けることを要求する母に、なけなしの小遣いを守るために『プラマイゼロにするヤツ』に進化した妹。

 そして、家族の崩壊…。

 それゆえに麻雀から身を引いた姉妹。

「そんなことがあったんだ…。」

「まあ、他言無用で頼む。それで、私が思うに、恐らく、その『プラマイゼロにするヤツ』こそが、プルプルの言う『点棒の支配者』ではないかと…。狙って点数調整できるらしいからな。」

「じゃあ、照の妹ってこと?」

「だろうな。」

「それじゃ、西東京の大会に出てくるんじゃない?」

「いや、それは無いだろう。あいつは、もともと長野出身で、妹は長野にいるはずだからな。それで、長野の優勝校、清澄のことを振ってみたが…。」

「団体戦決勝が終わった時、控室で言っていたアレ?」

「そう。」

「でも、テルーは『妹はいない』って言ってたけど?」

「多分、あれは嘘だ。何故否定したかは分からないが…。それに、清澄の大将、宮永咲は、『プラマイゼロにするヤツ』ではなくて『嶺上牌を使うヤツ』なんだよ。」

 この時点で、菫は、まさか『プラマイゼロにするヤツ』と『嶺上牌を使うヤツ』が同一人物であるとは思っていなかった。

 菫が、長野県大会の牌譜を淡に見せた。

 見事なまでに…不自然極まりない程に嶺上開花を連発している。

「間違いなく、テルーの言う『嶺上牌を使うヤツ』だね、これは。それに、宮永って苗字だし。写真はある?」

「ああ。長野の新聞を取り寄せてみた。」

 新聞に掲載された記事は、原村和のことが中心だったし、写真も和がデカデカと載っていた。しかし、写真の端のほうに咲の姿も写っていた。その雰囲気や独特の髪型から、菫も淡も、咲が高い確率で照の親族であろうことを確信した。

 多分、妹…。

「なるほどね。でも、このサキー以外にもう一人、テルーの妹がいて、それがテルー以上の化物ってことになるのかな?」

「そうかもな。この宮永咲と点棒の支配者が姉妹だったとしても、必ずしも同じ高校に行くとは限らないし…。まあ、長野でも来週個人戦がある。その結果を見てからもう一度この話をしよう。」

「そうだね。」

 たしかに照の妹なら、照以上の化物と言われても納得できる。

 淡は、それを特定できるであろう来週の個人戦結果が待ち遠しくなった。

 それに少なくとも、その化物の存在確率が高いのは長野県。西東京での個人戦で照以外に化物がいないのなら、きっと楽勝だろう。

 

 

 西東京団体戦で優勝し、インターハイ出場を決めた翌日、淡は毎度の如くハンニャに呼び出された。

 その帰りに一旦、淡は白の星に寄ってプルプルに会う機会が得られた。

 ここで淡は、プルプルから深山幽谷の化身について新たな情報を教えられた。

「実は、深山幽谷の化身は、小学生男子みたいなところがあるようです。」

「小学生男子?」

「はい。たとえば『一回やる?』と聞けば『百回やる』と答えるし、『一局打つ?』と聞けば『百局打つ』とか言うみたいにです。」

「なにそれ? 面白い!」

 淡は、それが妙にツボにはまったようだ。

 それ以降、淡は深山幽谷の化身に倣い、

『高校百年生!』

 を連呼するようになった。

 

 数日後、西東京個人戦が行われた。人口の多い西東京地区では、長野県とは違い全国出場枠は十二名。

 大方の予想通り、優勝は照、準優勝は淡だった。

 三位は多治比真祐子、菫は四位だった。

 みかんと麻里香は、十一位と十二位で、何とか全国出場枠に入れた。

 

 その翌日、寮で淡は、菫に呼び出された。

 この日の淡は、エネルギー満タンで胸がメロン並みに大きかった。ショートスパンで鉄板とメロンを行き来する。

 しかし、その変化を誰も突っ込まない。

「まあ、そういう体質だからね。」

 で済まされているのが、なんとも不思議なところだ。

 また、この時、淡は髪をまとめてポニーテールにしていた。西東京大会決勝とは、まるで別人に見える。

「大星。ちょっとイイか?」

「はーい。」

 人目を避けるように、二人は菫の部屋に入った。ここなら、大声を出さない限り誰にも聞かれる心配はない。

「で、菫。例の『深山幽谷の化身』と『プラマイゼロにするヤツ』のことだよね。」

「そうだ。まず、『プラマイゼロにするヤツ』だが、とんでもないことが分かった。」

 菫は、可能な限り収集できた各都道府県大会の対戦結果や牌譜の中から咲のデータを取り出して淡に見せた。

「こいつ…宮永咲の個人戦成績を見てくれ。」

「ええと、この三位でギリギリ代表滑り込みの人?」

「ああ。」

「たしか、清澄の大将だった人だよね。」

 淡は、

『こいつは、あくまでも嶺上牌を使うヤツだし…、三位でギリギリだし、そんなにマークするほどのものかな?』

 と思っていた。しかし、咲のスコアを見て菫の言いたいことが分かった。

『こいつヤバイ!』

 本能的に淡の全身が硬直した。

「プラマイゼロ? それも連発?」

「そうだ。弱いヤツと当たる前半戦でプラマイゼロを連発して遊んでやがる。」

 牌譜を見ると、全試合で最後に咲が和了っている。間違いなく点数調整だ。

「なにこれ? それでいて後半戦まで勝ち残った強い人を相手に連続トップ? 弱いヤツ相手じゃ本気で勝ちに行く気にすらなれないってこと?」

「それは分からんが。」

「ちょっと性格悪くない?」

「お前に言われたくはないだろうな。」

「なんでそうなるのよ。」

「お前も本気でやっていない時が多いからな。」

「だって、私は高校百年生だから。」

「それを聞いて、尭深が『淡ちゃんって115歳?』って笑いながら言ってたぞ!」

 高校に100年通ったら、たしかにそうなる。

 それに飛び級で100年生はない。

 淡は反論しようと思ったが、何を言っても菫に論破されてしまいそうだ。分が悪い戦いを避けて、淡は話を戻すことにした。

「で、このサキーだけど。」

「他に何か気付いたか?」

「もしかして、四位とは千点差じゃない?」

「そう。それは、私も気になった。」

「これって自分の卓の外にまで点数調整の力が働くって言うこと?」

「かもしれない…。それと、今思えば団体戦の時もギリギリ数え役満責任払いでまくれるように点数を調整していたとも取れる。」

「何その化物…。それじゃ…まるで、やりたい放題…。」

「そう言うことになるな。多分、こいつで間違いない。こいつが点棒の支配者だ。『プラマイゼロにするヤツ』と『嶺上牌を使うヤツ』は同一人物。照を超える化物は、この宮永咲のことだ。」

「テルーの妹…。」

「多分、それも間違いないだろう。あの照が、ずっと意識していた相手。それが、二年待ってようやく現れた。しかも、団体戦で当たるのは淡、お前だ。」

「うそでしょう…。」

 普通なら、こんな選手が相手になると知ったらビビるだろう。しかし、淡は、

「でも、楽しみが増えた感じだよ!」

 むしろ強敵と渡り合えることに喜びを感じていた。ある意味、淡らしい。

 一先ず、菫も淡も、咲のことについては他言しないことに決めた。

 下手に騒いでも周りを不安にさせるだろうとの判断だ。

「あと、もう一人のほうだが。」

「深山幽谷の化身?」

「ああ。そっちは、済まないが分からなかった。」

「小学生男子みたいなヤツって話だけど?」

「それは初めて聞くが…。」

「言わなかったからね。」

「まあ、知っていたところで特定できるとは思えんが…。」

「でも、一年生で活躍している人って限られてくるでしょ?」

「そうなんだが…。南北海道有珠山高校の真屋由暉子。」

 菫が淡に由暉子の画像とデータを見せた。

「背丈は小学生みたいだけど胸が男子じゃないね。」

「お前みたいに中身が小学生男子みたいな場合もあるけどな。」

「…。」

「まあ、真屋は改造制服とか着て楽しんでいるみたいだから、どちらかと言うと男子っぽくないな。」

「そうなんだ。」

「それから埼玉越谷女子の水村史織。」

「これは、小学生男子と言うよりも、色んな男子と遊んでそう。」

 とんでもない発言だが、菫は、これをスルーした。

「臨海女子の一年は、ともに日本人じゃないから除外。すると、次は長野清澄。片岡優希に原村和。」

「片岡優希は小学生男子っぽいけど…。」

「たしかにそうだが、深山幽谷って感じじゃないな。自称東風の神らしいし、まあ、小学生男子っぽいところはあるようだが…。」

「可能性はあるかもね。対する原村は、小学生男子の要素はゼロだね。」

「フリフリだしな。それと、宮永咲は点棒の支配者だろうから、ここでは除外だな。次は奈良阿知賀女子。新子憧に高鴨穏乃。」

「新子は援交とかしてそう。小学生男子じゃなくて男子で遊んでそう。」

「高鴨は礼儀正しい感じで小学生男子って要素が今のところしないな。」

 菫は、『小学生男子』との形容に、今一つ礼儀を欠いているイメージを持っていた。そのため、穏乃の立ち振る舞いから深山幽谷の化身の対象から勝手に外していた。

 まさか、この穏乃こそが淡の天敵、深山幽谷の化身であるとは、この時、菫も淡も想像もつかなかった。

「ええと、次は?」

「北大阪千里山女子の二条泉だな。これは、ある意味小学生男子なんだが…。」

「インターミドルに出てたよね。大したことない!」

 淡には、和に劣る泉が深山幽谷の化身とは到底思えなかった。

「あとは、兵庫劔谷の森垣友香に安福莉子。」

「どっちも雰囲気が小学生男子じゃない!」

「あとは、鹿児島永水女子の滝見春。」

「巫女じゃん。全然イメージ違う!」

 結局、菫も淡も深山幽谷の化身が誰なのか、見当もつかなかった。




総集編は、ここまでです。このまま、淡 -Awai- あっちが変『流れ十八本場:淡、打倒咲を誓う!』に続きます。


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