少女たちの話。 (虹村萌前)
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しおりを挟まない少女の話。
しおりを挟まない少女の話。


 私は栞を挟まない。

 登下校や学校の休み時間、趣味の読書のため、私は本を開く。

 しかし、開いた場所から読み進めるわけではない。

 栞を挟んでいないから、読む前にひと作業必要なのである。

 本を前からパラパラとめくって、自分の読んだ末端を探す。

 一度読んだ文章を、再び斜め読みする。

 一見手間のように思えるだろうが、これがなかなか楽しい。

 でも、私が栞をはさまないのは楽しいからではない。

 私は大切な栞を失くしたのだ。

 それは、それをくれた人を忘れないために大切にしていた物だった。

 だから、そうして生まれた穴を塞がないことで、あの栞のことを、それをくれた人のことを忘れないようにしているのだ。

 

 

 

 

 ある日、本を読んでいると、栞を失くす前からその話を知っていた親友が、

「ほんとに好きだったんだね、その子のこと。」

 と、笑顔で話しかけてきた。

「そうだと思うけど、実はあんまり覚えてないんだ。」

 これは事実。

「でも今でもまた会いたいんでしょ?」

 会いたいに決まってる。

「出来ればね。」

 少し鯖を読む。

「ちょっと妬いちゃうな。」

 嬉しい。

「思い出は思い出だよ」

 私は嘘をついた。

「ならよし。」

 無邪気な笑顔でそう笑う彼女を見ると、ちょっと心が痛む。

 

 

 

 

 最初に彼女に栞をくれたあの子の話をした時、彼女は少し悲しげだった。

 だから私は、彼女の前ではあまりあの子の話をしないようにしている。

 なのに彼女は、事あるごとに私からあの子の話を聞き出そうとしてくる。

 その時の彼女の表情は消して悲しげではなくいつも通りを装っているが、私には無理をしているように見えてしまう。

 私はわけがわからず、困惑してしまう。

 あの子は会えない癖に私の日常に染みついてしまっている。

 

 

 

 

 彼女についたあの嘘は自分に対してついたものでもあった。

 思い出と割り切ってしまいたいのに、心のどこかで想ってしまう。

 また会いたいと思ってしまう。

 栞に結ばれた再会の願いを信じようとしてしまう。

 栞をくれたあの子にはきっと会えないのに。

 叶わない想いなんて私には要らないのに。

 私にはもう、大切な人がいるのに。

 栞をくれたあの子は、私の頭から離れてくれない。

 私はあの栞を捨てられなかった。

 大切に、大切にしてしまった。

 失くした時には、心の底から悲しんでしまった。

 どこかに行ってしまった今でも、あの栞を大切にしてしまっている。

 私にとってただの記憶でしかない人間のことを、ここまで考えてしまうなんて…

 良く、「女の恋は上書き式」と言うが、どうやら私は男性的な恋愛観を持っているらしい。



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