ペロキャン!! (ローリング・ビートル)
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第1話

 そいつは俺の日常に突然舞い降りてきた。

 ふわふわと羽のように軽やかに。

 ひらひらと花びらのように鮮やかに。

 

 *******

 

 俺は順風満帆な高校生活を送っていた。

 勉強に関しては、特別頑張らずとも50位以内に入っていたし、特に誰とも衝突せずに、浅く広く心地良い人間関係を築き上げている。体育は球技が苦手だが、ただ走ったりするだけなら、そこそこなので、こちらもまあ良しとしておく。

 彼女は……いないけど、今年は頑張りたい。

 そんな高校生活2年目の学校生活が始まってから早1週間。俺の所属するA組では、ちょっとしたイベントが始まっていた。

 

「えーっと、神奈川の方から転校して来ました。天川柊です!よろしくお願いします!」

 

 溌剌とした自己紹介に合わせるように、賑やかな拍手が起こる。俺もそこに混じっていた。

 教壇の隣に立ち、笑顔を浮かべる少女。彼女は間違いなく美少女の部類に入る。

 一番後ろの席にいる自分からでもわかる整った顔立ち。ぱっちりと大きな目は、クラスの全員に向け、好意的な眼差しを送っているようで、どこか人懐っこそうな雰囲気だ。

 そして何より特徴的なのは、やや赤みがかった髪。

 左右の編み込みが、彼女の動きに合わせ、ぴょこぴょこ可愛らしく跳ねていた。 

 短めのスカートから伸びる白く細い脚も瑞々しく、その健康的な雰囲気に華を添えていた。

 新学期早々、美少女の転入なんてイベントが現実に起こるなんて思ってもみなかった。

 他のクラスメート同様、俺も彼女から目を離せずにいた。

 あれ?こ、この胸の高鳴りは……。

 そこで彼女が口を開いた。

 

「あの、皆さんに言っておくことがあります!」

 

 何だろう、という沈黙が教室内に広がる。

 

「ボクはこう見えて男の子ですので、そこはご了承ください。アハッ♪」

『え?』

 

 クラス全員の、何を言われたかわからないような反応。

 すぅーっと何かが引いていくような空気。

 そして、ざわざわと沸いてくる大量の疑問符。

 平然としているのは、衝撃の事実を告げた本人と担任の遠山先生だけだ。

 

「……マジか」

 

 希望に満ちあふれた新学期早々から、俺は早くも失恋してしまった。いや、失恋ってほどでもないんだけどね?

 教室内のざわめきをものともしない遠山先生は、熊のような体をのそりと動かし、教室内を見渡した。

 

「え~、じゃあ、日野の隣が空いてるからそこへ」

「は~い♪」

 

 元気よく返事した彼女は、 編み込んだ赤い髪を揺らしながら、俺の隣の席に座った。その際に甘い香りが漂ってきたけど、気にしないことにする。

 とは言いつつ、横目で盗み見ると、目が合ってしまった。

 体に緊張が走ったが、ニッコリ笑顔を向けられ、ついほっとしてしまう。

 

「よろしくね、日野君♪」

「え?ああ」

 

 あれ?何で俺の名前知ってんだろ?……ま、いっか。

 

「……久しぶり」

「ん?」

「何でもないよ♪」

 

 向けられた無邪気すぎる笑顔に、何も言えなくなる。

 これが、俺の騒がしい日常の幕開けとなった。

 

 *******

 

「ねえ、日野君。教科書見せてくれない?」

「え?ああ、いいけど」

「アハハ、まだ教科書揃えてなくて……ゴメンね?」

「そ、そっか」

 

 そんなことあるんだ、と思いながら予習をしていると、机にガコッと震動がきた。

 見てみると、彼女……いや、彼か……それも違和感が……と、とにかく天川の机が、俺の机にぴったりとくっつけられていた。

 

「じゃあ、お願いしま~す」

「あ、ああ……てか、もうくっつけるの?」

「いいじゃん、いいじゃん♪お話しよ♪」

 

 うわ……なんかめっちゃいい匂いする……。

つーか、なんでこんな綺麗な顔してんだよ、コイツ。男だろ?

 天川の顔は、ぶっちゃけ美少女だ。

 その辺の芸能人より可愛いと思える。

 長い睫毛も、すっとした鼻の形も、柔らかそうな頬も、小ぶりな薄紅色の唇も……いかん。ずっと見てたらヘンな気分になりそうだ。

 ちなみに、他のクラスメートはまだ天川との距離感を測りかねているのか、遠巻きにこちらをチラ見しているだけだ。なんてこったい。

 天川本人もそんな空気を感じているのか、小さい笑みを零した。

 俺も、周りの視線から逃れるように、教科書に視線を落とし、予習を……

 

「……まるで二人っきりみたいだね」

「っ!」

 

 いきなり、甘やかな声が耳朶を舐め上げ、体がビクンと跳ね上がる。

 ばっと顔を向けると、小悪魔めいた笑顔がそこにあった。

 

「なっ……お、お前……今……」

「ん~、なぁに?」

 

 あっけらかんととした表情に、何も言えなくなってしまう。

 自分の顔が赤くなるのを感じた。

 い、いや、これは気のせいだ!

 

「ねえ、日野君は彼女とかいるの?」

「そ、それ……初対面で聞くことなのか?」

「そっかぁ、いないんだ」

「いや、まだ何も言ってないんだけど……」

「キミの反応を見れば、一目瞭然かな」

「……う、うるさいな」

「ねぇねぇ」

「?」

「何なら、ボクが立候補してあげよっか?」

「な、何言ってんだよ!」

「どうしたの?」

「いや、お前、男だろ」

「でもこんなに可愛いよ?あっチャイム鳴っちゃった」

 

 何だ、こいつ……リアクションに困る。

 

 *******

 

「なあ……」

「ん?なぁに?」

「こっちに寄りすぎじゃないか?」

「だって教科書見えないじゃん」

「そんなはずは……」

 

 授業が始まってからというもの、天川が机だけでなく、体もぴったりとくっつけてきて……集中できない!

 甘い香りが鼻腔をくすぐるだけでなく、天川の肩の感触が制服越しに伝わってくる。普段触れ合う(変な意味じゃない)男子より柔らかく、女子……は比較対象がないからわからん。とにかく、なんか、微妙に柔らかい。

 

「あれ?もしかして……照れてる?」

「っ!んなわけあるか!」

「日野、うるさいぞ」

「す、すいません……」

 

 ああもう!何なんだよ、コイツは!

 授業が終わったらガツンと……

 横を向くと、天川は

 

「あ、ゴメン……迷惑だった、よね?」

 

 ……ま、まあ、転校初日だし?広い心で多めに見よう。

 別に可愛いからとかじゃない。

 

「まあ、別にいいけど」

「ふふっ、優しいね」

 

 にぱっと笑顔を見せた天川は、またぴったり肩をくっつけてきた。

 ……コイツ、反省してねえな。

 その日の授業は、全く集中できなかった。

 

 *******

 

「はあ……どっと疲れたな」

 

 なんか肩にはやわい感触が残ってるし、鼻には甘い香りが残ってるし、もう散々だ。ここだけ切り取ると贅沢者に思えるけど。

 幸いなのが、クラスの皆からは気づかれなかったことだ。あれでからかわれたら、俺の精神力は保たなかっただろう。

 そこで、誰かが走ってくる音が聞こえた。まさか……。

 おそるおそる目を向けると……やっぱり……

 

「ひっのく~ん、一緒に帰ろ♪」

「遠慮させていただきます」

「え~っ!何で!?」

「今日はお前のせいで疲れたんだよ。帰りくらい一人にしてくれ」

「冷たいなぁ、日野君のいけず~!」

「じゃあな」

「あ、そうだ!キャンディあげるよ。甘い物好きでしょ?」

「……よくわかったな」

「ボクの勘はよく当たるんだよ」

 

 スカートのポケットに手を突っ込んだ天川は、「あれ?」と言いたげな表情になる。

 俺はその先の展開がすぐに予想がつき、溜息混じりに歩き出す。

 

「あ~、キャンディがないや……仕方ないなぁ、こっち向いて?」

 

 いきなり、強めに腕を引かれた。

 

「は?……っ!」

 

 次の瞬間、俺の体は電流が走ったような衝撃を覚え、動けなくなってしまった。

 

「……ん」

「~~!?」

 

 俺は天川にキスをされていて、彼女の生温い舌から、キャンディを口の中にドロリと流し込まれていた。



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第2話

「っ、っ」

「ん……んく……」

 

 キャンディを口の中に流し込んでからも、天川はしばらく唇を離そうとはしなかった。

 初めての感触と衝撃に、俺は思うように体が動かせず、されるがままになっていた。な、何だこれ……!

 

「~~~っ!!!!」

「ん……んく……ふぅ……」

 

 やがて唇が解け、つぅーっと糸を引いて離れる。その糸はどこか名残惜しそうに、ぷっつりと切れた。 

 そして、天川は俺から離れ、舌をチロリと出し、唇を舐める。

 その妙に艶めかしい姿を見ながら、俺は制服の袖で自分の口元をゴシゴシと拭った。

 ……今一度、今日自分の身に起こったことを確認しよう。

 転校生(美少女)がやってくる。

 実は男だとわかる。

 なんかやたらからかわれるし、スキンシップが多い。

 いきなりキスされて、キャンディを口移しされる。←今ここ

 …………マジかよ!!!!

 キ、キスされた?だと……お、男に……キスされた……え?マジで?

 夢じゃないかと目をパチパチ瞬かせるが、その事実を裏付けるかのように、口の中には溶けて小さくなったトロトロのキャンディが転がっている。

 

「お、お、おま……!」

「ん?甘かった?」

 

 こ、こいつ……!

 慌てて周辺を確認してみる。

 よかった。誰にも見られていない!見られたら高校生活が詰んでた……。

 ひとまず安堵した俺は気を取り直して、それでも怒りは収まらずに天川に詰め寄った。

 

「お、お前、やっていい事と悪い事が……!」

 

 しかし、天川は俺の怒りなど何処吹く風で、「ん~?」と可愛らしく首を傾げた。

 

「もっかいする?」

「しねえよ!いい加減にしろ!」

 

 ぶん殴ってやりたいが、如何せん顔が可愛く、いい香りがして、肌も綺麗で、女子の制服を着ているので、できそうもない。

 天川はそれをわかっているのか、にぱっと笑い、距離を詰めてきた。澄んだ瞳に捉えられ、俺は二の句をつげなくなる。

 

「アハッ♪可愛い反応だね♪顔真っ赤だよ!」

「これは怒ってんだよ!!」

「それはそうと、はやく帰ろうよ」

「帰らねえよ!」

「え?学校に泊まるの?」

「つまんねえ揚げ足どりすんな!今の流れでお前と一緒に帰るわけないだろ!」

「ふふっ、そっかー、残念……じゃあ、また明日ね!バイバイ!」

「あっ……」

 

 身を翻した天川は、ふわっと甘い香りを振りまきながら、足早に去っていった。ぴょこぴょこ揺れる編み込みと、ふわふわはためくスカートが何だかあざとく見えたので、目をそらし、見ないようにした。

 ……何なんだよ、あいつ……てか、まだ頭の中が妙な感じだ。

 今さらながら、心臓がバクンバクン鳴っていることに気づく。な、何だこれ……てか、まだ現実がふわふわしてるというか、何が何だか……。

 俺は誰かが通りかかるまで、その場から動くことができなかった。

 キャンディはいつの間にか口の中から消えて、甘さだけがじんわりと残っていた。

 

 *******

 

「兄ちゃん、どした~?顔暗いぞ~あと邪魔~」

「ほっといてくれ……」

 

 家に帰ってからは、何も手につかず、ソファーにぐでーっと寝転がり、妹の遙香に邪魔者扱いされていた。

 遙香は俺をどかすのを諦めたのか、「んしょっ」と俺の背中に座り、テレビを見始める。

 

「重い……」

「重い言うな」

「なあ、遙香」

「なぁに?」

「キスしたことあるか?」

「ないよ~てか、実の妹にその質問キモいよ」

「だよな、まだだよな」

「だよなとは何さ!別にいいじゃん!まだ私、中1なんだし!お兄ちゃんなんて、未だに彼女の一人もできないじゃん!」

「……そうなんだよな~!」

「な、何?」

 

 いや別にファーストキスに特別な価値を置いている訳じゃない。ただ、ファーストキスが男というのは……うあああ!!!

 彼女すらできてないのに……何故今日初めて出会ったあいつとキスなんか……

 

「ああああああああああああああ……!」

「お兄ちゃんが……壊れた……」

 

 違うんだ、妹よ……壊れたではなく、壊されたんだ……。

 俺の頭の中では、天川の悪戯っぽい笑顔がこびりついて、しばらく離れてくれそうもなかった。

 

 *******

 

「ふふっ、やっと会えたよ。でも、ちょっとくらい気づいてくれてもいいのになぁ…………ま、いっか。今はまだ……」

 

 *******

 

 夢を見ていた。

 とても懐かしい夢。

 

「……大丈夫か?」

「う、うん、ありがとう!でも、キミは……」

「全然平気だ。だって……」

 

 ******* 

 

「ねえ、朝だよ!起きて?」

「ん……」

「ねえねえ、起きてってば~!」

「ん?」

 

 甘い声に導かれるようにうっすら目を開ける。

 そこには、天川の顔があった。

 

「アハッ♪起きた♪」

「…………」

「おはよ♪」

「…………はあ!!?」

 

 一気に脳内が覚醒し、慌てて体を起こす。

 

「お、お前、何上がり込んでんだよ!」

「ちゃんと玄関から入ったよ。日野君を迎えに来ましたって言ったら、喜んで上げてもらえた♪」

「……マジか」

「うん!キミのお母さんも、うちの純一にもようやく彼女が……って喜んでたよ♪」

「はっ!?」

「あ、誤解は解いたよ。ボクは彼女じゃありません。友達以上恋人未満の清い関係ですって」

「解いてねえじゃねえか!」

「だってキスしたじゃん。それとも……キスだけじゃ嫌?」

「っ!!」

 

 わざとらしくしなをつくる天川に、何故か顔が熱くなるのを感じた。

 いや、別にドキッとなんかしてないし!何とも思わないし!

 俺は起き上がり天川の意外なくらい小さな手を引いた。

 

「と、とりあえず出てけよ!」

「わっ!」

「っ!」

 

 俺の力加減のせいか、ただの偶然か、天川が足を滑らせ、それに引っ張られた俺も転び、ベッドに天川を押し倒す態勢になる。

 ……と同時にドアが開いた。

 

「お兄ちゃん、早く起きろ~……おお」

 

 遙香は俺と天川を見て固まった。

 …………マジか。

 

 

 

 



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第3話

「お、お兄ちゃんに、彼女ができた……」

「違う!違うぞ!」

「アハッ♪」

 

 天川は遙香に笑顔を向けた。だからアハッ♪じゃねえよ。

 その笑顔を見た遙香は頬を朱に染め、一人で何度も首肯した後、やたら爽やかな笑顔を見せた。

 

「お兄ちゃん、お幸せに!」

 

 そう言い残し、バタンッと勢いよくドアを閉める。

 室内には、何だか靄がかかったような気怠い沈黙が訪れ、俺は閉じたドアを見つめたまま固まっていた。

 

「はむっ」

「ひいっ!?」

 

 み、耳!!耳噛まれた!!

 全力で飛び退くと、天川は舌をチロリと出して、唇を舐めた。

 

「ごちそうさま♪」

「なっ……お前、また……」

「さっ、はやく着替えて、朝御飯食べて学校へ行こう!」

 

 天川はベッドから立ち上がり、スカートを整える。

 そして、俺の傍を通り抜ける際に、ぽそっと呟いた。

 

「それとも、手伝って欲しい?」

「~~~~!」

 

 俺が怒りのあまり口をぱくさせ、何か言葉を紡ごうとしていると、天川はするりと部屋を出て行った。

 部屋には、奴の甘ったるい香りだけが残っていた。

 そして、準備を終え、外に出ると、案の定門の前で待っていた。

 

 *******

 

 なんかもう追い払うのも面倒くさいので、とりあえず一緒に登校することにした。朝から無駄なことに労力を割きたくはないし、どうせ行き先は一緒だし。

 ふと見上げた空は雲一つない晴天で、俺の沈鬱な心情とは対称的に思える。

 そのことがやりきれなくて、つい独りごちる。

 

「はあ……何て朝だ」

「あはは!妹ちゃん、完全に誤解してたね~」

「うるせえよ!お前のせいだよ!……あれ?つーか、お前何で俺の家知ってるんだ?」

「だって表札に日野って書いてあったよ?」

「いや、そんなの理由にならないだろ。日野なんて大して珍しい名字でもないし」

「まあまあ、それよか手でも繋ぐ?」

「繋がない」

 

 かなり強引にはぐらかされた。

 そして、くだらない言い争い、というか俺が一人で怒っていると、後方から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 振り向くと、見慣れた笑顔がそこにある。

 彼女は俺達に向け、軽く手を挙げた。 

 

「二人共、おはよう!」

「おう、双葉」

「おはよ!」

 

 俺に続き、初対面のはずの天川も親しげに応じた。

 彼女は、去年から引き続きクラスメートの双葉やよいだ。高校に進学する際にこの街に、というか、家の近くに引っ越してきたので、そこそこ親交がある。

 ポニーテールにした長い黒髪と、起伏の大きなボディラインが特徴で、男子からも高い人気を誇る、クラスの中心人物だ。

 双葉はポニーテールを揺らしながら俺と天川を見比べ、数秒間首を傾げて黙考し、また笑顔を見せた。

 

「へ~、お二人はもうすっかり仲良しさんなんだね~!」

 

 その言葉に天川は嬉しそうに反応した。

 

「アハッ♪わかる?」

「いや、全然違う。頼むから止めてくれ」

 

 俺と天川の真逆のリアクションを見た双葉は、首を傾げた後、そのまま天川に話しかけた。

 

「あの、天川君、いや、天川さん?なんか昨日はごめんね?あの……何て話しかければいいかわからなくて……」

「いいよいいよ♪あんな自己紹介したら誰だって話しかけづらいに決まってるし!あと、君でもさんでも、好きな方で呼んでいいよ!」

 

 ペコリと頭を下げる双葉に、天川はひらひら手を振り、本当に気にしてなさそうな笑顔を向ける。

 どうやら心はそれなりに広いようだ。

 ほんの少しだけ関心していると、天川は双葉の正面に立ち、笑みを深め、口を開いた。

 

「ねえねえ、いきなりなんだけど……二人は付き合ってるの?」

「は!?」

「え?」

 

 何だ、コイツ……またわけのわからん爆弾を投下しやがって……。

 双葉はキョトンとしていたが、次第に顔が赤くなり、ぶんぶん首を振った。

 

「ち、違うよ!違う違う!私は日野君とはそんな関係じゃ……!」

「…………」

 

 当たり前のリアクションではあるが、思春期真っ盛りの男子高校生のハートには、決して小さくないダメージを与えられた。いや、別にいいんだけどね?わかってるから。

 それより天川の奴、今度は何を考えてるんだ……。

 

「おい、天川……」

「そっかぁ、付き合ってないんだ?よかった♪」

「「?」」

 

 俺と双葉が首を傾げていると、天川が俺の肩に触れた。

 そして、耳元にその艶やかな唇を寄せてきた。

 

「これで心おきなくキミにアプローチできるね♪」

 

 耳朶を撫でてきた言葉は、甘く優しく脳髄を刺激した。

 



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第4話

 衝撃の発言に身を震わせながら、何とか平静を装い、3人で学校に到着すると、昨日の警戒はどこへやら、女子を中心に、天川はやたら声をかけられていた。

 

「おはよう、天川さん!」

「おはよ!」

 

「天川さんって、めっちゃ髪キレイだよね~」

「アハッ♪ありがと!けっこう自慢なんだ♪」

 

「連絡先交換しない?」

「いいよ!」

 

「お、俺も……」

「もちろん♪」

 

 クラスメートと談笑している様子からして、どうやら天川は、『女子寄り』の立場で受け入れられる事になったようだ。まあ見た目はぶっちゃけ、クラス一の美少女とか言われてもいいくらいだから、全然違和感はない。むしろこっちのが落ち着く。

 

「いや~、こりゃまたすごいのが転校して来たな」

 

 そう言いながら、前の席に座ったのは、双葉と同じで、去年から続けて同じクラスの雪平克樹だ。細身の長身が特徴で、成績は悪いが、運動神経が非常に良く、部活の助っ人として重宝される存在だ。おまけに人当たりもいい。

 雪平は感心したような笑みを見せ、こちらに視線を向けた。

 

「で、どうだ?」

「……何がだ?」

「あんな美少女が隣なんだから、もっと喜べよ」

「アホ。男だろうが。そんな目で見れねえよ」

「ふ~ん、そんなもんか。昨日仲良く話してたから、てっきりお前に春が来たのかと思ったよ」

「いや、んなわけ……」

「だってお前、ああいう見た目が好みだろ?」

「…………」

 

 そこはすぐに否定することができなかった。

 確かに顔は……いやいやいやいや!そんなはずはない!

 

「バカヤロー、んなわけねえだろ!しっ、しっ!」

「ははっ!じゃあまた後でな」

 

 軽やかな身のこなしで去っていく雪平を見送ると、偶然こちらを向いた天川と目が合う。

 パチリとウインクされたが、肘鉄砲を打ち返したい気分にしかならなかった。

 

 *******

 

 朝のホームルームが終わり、授業の準備を始める。

 1限目は体育。

 つまり、体操着に着替えなければならない。

 今、この教室には妙な緊張感が漂っていた。

 

「なあ、アイツもここで着替えるのか……」

「多分、な。目のやり場に困るけど」

「いや、むしろこっちが恥ずかしいんだけど……」

 

 そう。皆が皆、天川の着替えが気になってしまっている。

 最初は女子が自分達と着替えるよう誘っていたのだが……

 

「ボク、一応男子だから」

 

 なんて言って、教室で男子連中と着替えることになった。

 ぶっちゃけ違和感が凄まじい。

 男だらけのむさ苦しい空間となった教室に、女子の制服を身に纏った、見かけだけなら美少女がいるのだ。普通に着替える方が無理だ。

 さらに……

 

「日野君、さっきからこっちをチラチラ見てどうしたの?」

「え?いや……」

「エッチ♪」

「ち、ちげーよ!!」

 

 本人はこの調子なのだから参ってしまう。こいつ、狙ってやってんだろ。ちなみに、ほんの2、3回しか見てない。

 すると、やっと着替えを始めるのか、天川はまず制服のリボンをするりと解いた。

 その蠱惑的な動作に、男子全員がゴクリと唾を飲み込む。

 ……いかんいかんいかん!何見ちゃってんだ、俺は!コイツは男だっつってんだろ!

 そんな皆の視線に気づいたのか、天川は急に顔を赤らめ、胸元を両腕で庇う姿勢になった。

 

「……あの……は、恥ずかしいから……あっち向いてて?お願い」

『はい!!!』

 

 天川の言葉に、皆が一斉に窓の外を向く。

 やべえ。何がやばいって、昨日は遠巻きに見てるだけだった男子連中が、ちょっと魅了されちゃってることだ。大丈夫か、ウチのクラス……そりゃ、確かに見た目は美少女だけど。

 

「日野君……」

「な、何だよ」

「日野君もあっち向いてて……それとも、見たい?」

「んなわけあるか!」

 

 反論するも、周りはどうやら天川の味方らしく、「何見てんだよ、日野!」「この変態!」「エロメガネ!」「キョロ充!」などと、好き勝手罵ってくる。おい、ふざけんなよ。誰がキョロ充か。

 とはいえ、朝から無駄なエネルギーは使いたくないので、大人しく着替えることにする。省エネは大事だ。

 

「♪~」

 

 俺のすぐ後ろでは、天川が鼻歌交じりに着替えを始めている。

 まるで朝の小鳥の囀りのような心地よいメロディーと、衣擦れの音が耳朶を撫で、落ち着かない気分になる。

 何やら音がするのは、スカートのホックでも外しているのだろうか……いや、気にするな。気にするんじゃない。

 

「やっぱり見たい?」

「…………」

 

 天川の言葉は無視して、俺は着替えを終え、さっさと教室を出た。

 

 



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第5話

 グラウンドに出てきた天川の体操服姿は案外普通だった。

 そう。見た目だけで言えば、やっぱり普通に美少女だった。

 

「やっぱり……いいな」

「ああ。いい……」

 

 見とれてる奴らはさておき、体育の熊田先生が来て、今日も圧のある低い声で指示を出す。ちなみに、先生も天川を見て、ギョッとした表情を見せた。

 本人はそんなことなどお構いなしに、ニコニコ笑顔でこちらに歩いてくる。

 

「ひ~の君っ♪ストレッチ2人組だから、ボクと組もうよ♪」

「断る。なあ、鈴木組もうぜ」

「え?いいのか、天川は……」

「ああ、俺ばかりと話しててもアレだからな。というわけで組もう」

「つっても俺、足立と組んでるしな……」

「頼む!俺はお前と組みたいんだ!お前じゃなきゃダメなんだ!」

「お、おい……」

「俺にはお前しかいないんだよ!なあ、やろうぜ!」

「ひいいっ!」

 

 何故か逃げられた。

 ど、どうしたというのだ……そんなにドン引きされるような事言ったか、俺?

 一人頭を抱えていると、肩をポンポンと叩かれる。相手が誰かなんて言うまでもなかった。

 

「じゃ、始めよっか!」

「…………」

 

 *******

 

 出来る限り脚を広げ、体を前に倒そうと天川が体重をかけてくるのだが、首筋の甘やかな吐息がかかり、落ち着かない気分になる。

 

「日野君、こんなに硬くなっちゃって……」

「いいから押せ。黙って押せ」

「はいはい。よいしょっと……!」

 

 う~ん、いかんせん力が弱い……どうしたもんか。

 いまいち満足感を得られないまま、交代になる。

 

「じゃ、日野君交代ね」

「ああ……」

 

 今度は天川の背中を押す……うわ、何だよこれ……。

 天川の背中は、見た目通りといえばそれまでなんだが、同じ男子とは思えないくらい華奢だった。さらに、うっすらと黒のスポーツブラが透けて見えて、もう男子とストレッチしている気がしない。

 

「背中……見てる?」

「見てねーよ」

「嘘つき~。見てたクセに~」

 

 悪戯っぽい声音で耳朶を撫でられると、ふわふわと甘い気分になりそうで怖い。いやいや、気を強く持て!確かに髪の毛からいい匂いがするけど!

 

「う、羨ましい……」

 

 背後の方から何やら馬鹿な発言が聞こえてくるが、何考えてんだ、誰か知らんが。

 天川は一部の邪な視線など意に介さず、体が地べたにくっつくくらいに体を伸ばしていた。

 

「お前、体軟らかいんだな……」

「触ってみる?」

「そういう意味じゃねえよ、なんかスポーツでもやってんの?」

「まあ、程々に鍛えてるよ♪運動不足にならない程度に」

 

 こいつと『鍛える』という言葉がいまいち合わない気がするのだが、この細さをキープするのには結構な努力をしているのかもしれない。その事を考えると、こいつ相手でもついつい関心してしまう。

 

「でも、全然効果でないんだよね~」

「いや、十分細いだろう。それ以上どこを減らすんだよ」

「違うよ。オッパイが大きくならないんだよ」

「……お前が望む方向では無理だ」

「ふふっ、冗談だよ。日野君、貧乳でもいけそうだし」

 

 確かに貧乳はステータスだ。希少価値だ。そのことを俺は決して否定はしない。むしろ肯定している。皆違って皆いい。

 だが、天川の場合は貧乳とかそういうのとは事情がまったく違う。

 なので、キッパリ告げる必要がある。

 

「たった今、俺はDカップ未満の女とは付き合わないと決めた。オッパイ大好き!」

「日野、授業中にわけわからんこと言ってんじゃねえ!」

「す、すいません!」

 

 いかん。大きな声が出てしまった……。

 先生に怒られた俺を、天川だけでなく、周りのクラスメイト達も笑っていた。



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第6話

 昼休み。

 

「天川さん、お弁当一緒に食べよ~!」

「うん、いいよ♪」

 

 天川は女子達に誘われ、輪の中に入っていった。とりあえず、昼休みは平和な時間を送れそうだ。

 ほっと安堵の息を吐きながら弁当を鞄から取り出すと、双葉がトコトコとこちらにやってきた。

 

「日野君、ちょっといい?」

「ん?双葉かどうした?弁当のおかずならやらんぞ」

「ち、違うよ!いつももらってるみたいな言い方しないでよ!もう……」

「悪い悪い。じゃあ何だ?」

「え?た、たまには一緒にお昼食べよっかなって思って……」

「……あ、ああ」

 

 ど、どうした?何があった?い、い、いきなり一緒にお昼とか……いや、待て落ち着け。まだお昼に誘われただけじゃないか。ここで落ち着きを失っては幸福の青い鳥もどっかへ飛んで行ってしまう。

 ここは普段通りに……

 

「別にいいですよ」

「何で敬語?」

「おう、俺も一緒にいいか?」

 

 雪平が弁当箱を片手に俺の隣に座る。SHIT!いやいや、そんな心の狭い反応をしてはいけないな。心を広く持つんだ。

 

「座りな。マイベストフレンド」

「ど、どうした?新学期になったから、キャラ変更でもするのか?」

「いや、前からこんなだったよ?」

「そ、そうか……」

 

 苦笑いしながら着席する雪平に爽やかな笑みを向け、前の席を借り、机をくっつけてくる双葉を見ていると、不意に視線を感じた。

 慌てて辺りを見回すと、女子の集団に混じった天川が、こちらをじぃっと見ていた。やけにニヤニヤしながら。

 

 *******

 

 食事中、天川が話しかけてくることはなかった。

 しかし、昼休み終了のチャイムと共に、席に戻ってきて、ニヤァッと妖艶な笑みを向けてきた。

 

「な、何だよ……」

「そっかぁ……あの子と仲がいいんだね。もしかして、実は付き合ってるとか?」

「バ、バカ!違うっての!そんなんじゃ……うおっ!」

 

 天川はいきなり距離を詰め、俺の瞳を覗き込んできた。

 その何かを読み取ろうとする深い瞳に俺は何も言えなくなり、鼻先にかかる甘い吐息に脳が痺れた。

 そして、奴は一人で何かに納得したように頷いた。

 

「ふむふむ。まあ、好みといえば好みだけど、積極的に追いかけるほど好きというわけじゃなく、まあ向こうからアプローチしてきたら応えようっていうぐらいか」

「なっ!?」

 

 心を読まれた!?じゃなくて、何言ってんだコイツ!!いや、本当にそんなこと考えてないからね?本当だよ?

 俺は心の中で必死に言い訳しながら……する必要はないんだけれど……天川の頭に強めのチョップをかます。

 

「いたっ!痛いよぅ、日野くぅん……」

「いやいや、可愛こぶってんじゃねえよ……お前、男だろ……」

「ふんっ、日野君のバーカ。童貞。ムッツリ」

「てめっ、言ってはならんことを!!」

 

 立ち上がり、無理矢理黙らせようとしたら、天川はそれまでの無邪気な表情から、狩りをする肉食獣のような鋭い表情になった。

 そして、瞬時に俺の襟を掴み、脚を払い…………仰向けに倒れた。

 

「きゃっ」

「っ!!」

 

 わざとらしく可愛い悲鳴を上げて倒れた天川は、強引に俺の体を自分の上に被せた。不思議と痛みはなかった。

 しかし、ガタンッと大きな音が響き、教室内がしんと静まり返る。

 そして、誰かが駆け寄ってくるのが聞こえた。

 

「二人共、大丈夫!?……あ」

「お、おい、日野……」

「え?…………え?」

「日野……君」

 

 周りの声に反応し、現状を確認すると、俺は天川を押し倒しているようにしか見えず、俺の手は天川の薄い胸の上に置かれていた。

 



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第7話

 

「純一君……」

「お前……なんつーラッキースケベ」

「いや、こ、これは……違……」

 

 やばいよ!やばいよ!いや、落ち着け!普通に振る舞えばいいだけだ!

 

「きゃー、日野君に押し倒されたー、誰か助けてー」

 

 火に油を注ごうとしているのか、天川は俺の下で棒読みでふざけた事をぬかしている。

 俺はすぐに飛び退き……この後、どうしよう?

 このまま立ち去るのは後味が悪い。俺は悪くないけど。何より、周りからは俺が悪いようにしか見えないだろう。それは今後のリア充ライフの為にも避けたい。

 無難なのは、声をかけるか手を差し出すかだが……こいつに手を差し出すのは危険すぎる……と、とりあえず……

 

「悪い……大丈夫か?」

「うん、平気だよ……あはは……」

 

 天川は弱々しい笑みを浮かべながら体を起こす。胸の中にざわざわと罪悪感が芽生えてくるが…………騙されるな、俺。

 気を強く持とうとしていると、天川はこちらに向け、白い小さな手を伸ばしてきた。萌え袖なのがポイント高……危ない危ない!

 

「はい、お願い♪」

 

 天川は弱々しい笑顔のまま言ってくる。くっ、周りの目もあるから断れねえ……。

 俺は観念して、その手を引いた。

 

「ありがと…………あっ」

「っ!」

 

 天川は俺が手を引くと、あたかも俺が引き寄せたかのように抱きついてきた。

 華奢な体と甘い香りがぴったりと押し付けられ、思考回路が働かなくなると同時に、周りから黄色い歓声が上がった。

 しかし、それがどういう内容なのかはよくわからなかった。

 

 *******

 

「あ~……今日も酷い目にあった……」

「そだねー」

「お前が言うな!!ってか、何でついてくるんだよ!」

「まあまあ」

 

 天川は悪びれもせずに、美少女顔を最大限生かしたアイドルスマイルを向けてくる。可愛い……違う違う!!

 こいつのせいで、俺はクラスから『天川優ファンクラブ会員番号1』とか、『天川ファンの敵』とか言われるようになってしまった。どっちなんだよ。

 

「ボクは楽しかったよ?今日1日日野君をからかえたし」

「もっと緩めのからかいをお願いできませんかねえ!?」

「アハッ♪」

 

 からかい下手な天川くんは、俺の怒りを軽やかにスルーし、距離を詰めてくる。

 

「日野君って優しいよね」

「な、何だよいきなり……脈絡なさすぎて嬉しさより怖さが勝っているんだが……」

「あははっ、思った事を言っただけだよー♪あんな騒ぎがあっても、ボクに怒らないし」

「いや、あの場で怒っても俺の逆ギレにしか見えないからね?お前の小細工のせいで怒るに怒れなかっただけだからね?」

「それに、こうして一緒に帰ってくれるし」

「お前が勝手についてきただけだろうが。それに帰る方角が一緒だから、嫌でも遭遇する確率高いし」

「ねえ……もう一度、キスしない?」

 

 おもいっきりずっこけてしまった。

 

「あははっ、どしたの?驚かせないでよ~」

「そりゃ、こっちのセリフだ!!脈絡なさすぎてわけわかんねえんだよ!!」

「しないの?」

「するか!」

 

 何なんだ、こいつは……いや、今のうちに聞いておこう。

 

「なあ、お前って……俺の事「好きだよ」早っ!まだ言い終えてねえよ!って……え?」

 

 今、こいつ……お、俺の事……す、す……!

 こちらの動揺を余所に、天川は当たり前のように答える。

 春の夕暮れだというのに、やけに暑く感じた。

 

「やだな~、好きでもない人にキスしたりしないよ?好きに決まってるじゃんか」

「な、何で……会ったばかりなのに……」

 

 俺の言葉に天川は、少しだけ寂しそうに目を伏せた後、やわらかな笑顔を見せた。

 あれ?俺、何か不味い事言ったか?

 すると、天川は急に腕を絡めてきた。

 

「なっ!?お、お前……!」

「さっ、今から日野君の部屋にお邪魔しよっかな!」

「だから何でそんないきなり……」

「レッツゴー!!」

 

 *******

 

「日野君……天川さんと腕、組んでる?」

 



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第8話

 

「あ、あのっ」

 

 天川から逃れようとすると、背後から聞き覚えのある声がかかる。今はあまり聞きたくない声が……。

 ゆっくりと振り向くと、そこには、やけにおどおどした双葉がいた。

 

「お、おう……」

「あっ、双葉さ~ん、どうしたの?」

 

 天川だけが、場の空気にそぐわない陽気なテンションを保っていた。まあ、そもそもの原因はコイツなんだけどね!

 双葉は気まずそうに視線をあちこちさまよわせながら、頬をほんのり紅く染め、おずおずと尋ねてきた。

 

「えーと、その……二人は、仲いいんだね」

「いや、別にそんなんじゃ「アハッ♪わかる?」おい」

「で、でも……あまり人目を憚らないのも、どうかと思うな。ほら、ご近所さんに見られた時とか……」

 

 おおっ、さすがは真面目キャラ!言ったれ、言ったれ!そんで俺をこいつから解放してくれ!

 

「そっかぁ、わかったよ……」

 

 天川はしゅんと沈んだ表情で頷いた。あれ?やけにあっさり引いたな。

 

「じゃあ、日野君……あっちの人通りの少ない狭い道通ろうよ」

「ああ、そうだな……ってなんでだよ!!くっつかずに歩けばいいだけだろうが!!」

「照れ屋さん♪」

「今殴ってやるから、そこを動くな」

「あははっ、捕まえてごらん♪」

「えっ?えっ?」

 

 俺と天川は、戸惑う双葉の周りをぐるぐる回り、追いかけっこを始める。何だ、これ。やっててバカみたいに思えてくるんだが。

 

「……ちっ」

 

 あれ?一瞬、舌打ちみたいな音が聞こえたような……ま、まあ、気のせいか。双葉は舌打ちなんかするキャラじゃないし。

 

「も~、二人共!リアクションに困るから止めてよ~」

 

 双葉に窘められ、俺も天川もピタリと止まる。いかん、俺としたことが、またコイツにのせられてしまった……自重せねば。

 

「双葉さ~ん。聞きたい事があるんだけど、いい?」

「え?うん。何かな?」

 

 天川はチラリとこちらを見る。コイツ、まさか……

 

「双葉さんって、日野君と付き合ってるの?」

「……え?え?ええぇ~~~~~!!」

 

 唐突すぎる天川の質問に、双葉はわかりやすく混乱した。ああ、もう……何がしたいんだよ、コイツは。

 双葉は顔をぽおっと赤くした。昔からこういう話が苦手なのだ。

 

「あわわ……ち、違うよっ。好きは好きだけど、そういうんじゃ……あわわ!もうっ、天川さん!」

 

 否定はされたものの、悪い気はしないという絶妙なリアクションの双葉は、手をあたふたさまよわせ、天川を責め立てる。端から見ると、美少女同士が戯れているように見えなくもない。

 

「じゃ、じゃあ、私行くから!二人もあんまりくっつきすぎちゃだめだよ?」

 

 頬に火照りを残したまま、双葉は走り去っていった。

 そして、その背中を見送りながら、天川はボソッと呟いた。

 

「ふぅ~ん、そっか。そういうことか」

「何がそういうことなんだ?」

「何でもないよ~。ほら、女同士の秘密ってやつ♪」

「いや、お前男だろ」

「こんなに可愛いから大丈夫♪」

「…………」

 

 そんな風に笑う天川を見て、俺は溜め息を吐いた。

 まあ、本当に……見た目だけは、な。

 頬を撫でる風はやけに冷たく、なんだか今の気持ちとシンクロしていた。

 

 *******

 

「チッ!あと少しだったのに邪魔しやがって、クソが!」

 

「……ああ、もう。今年こそ告白して恋人になる予定だったのに、なんだってんだよ、あいつは……しかも男じゃねえか」

 

「まあいい。明日からはアタシも……」

 

 *******

 

 次の日も、天川にウザ絡みされながら学校に到着。朝からHP削られるの嫌なんだけどな。

 それでも、なるべくいつも通りを装い、靴箱で靴を履き替えていると、後方からパタパタと駆けてくる足音が聞こえてきた。

 

「おはよっ♪」

「お、おはよう……」

 

 いきなり背中を叩かれ驚いたが、振り向くと双葉がいた。なんかこいつ、いつもよりテンション高いな……

 

「さっ、はやく行かないと遅刻しちゃうよ!」

 

 そう言いながら、にこやかに俺の肩をぽんぽん叩く姿に、俺は違和感を覚えた。

 ……こいつ、こんなにボディタッチ多かったっけ?

 いつもはもっと控えめな距離感だったような……。

 

「どうかした?」

「あ、いや、何でもない……」

「あーっ、ボクを置いてかないでよ~……やっぱり」

 

 天川は一瞬だけ怪訝そうな表情をした……気がした。

 

「どした?」

「なんでもないよん♪」

 

 ……なんなんだ、一体?

 

 *******

 

 そして、その日の双葉はおかしい事ばかりだった。例えば……

 

「だーれだっ♪」

「……いや、双葉だってわかるけど」

「そうだよねっ!わかるよね!もう付き合い長いもんね!あはは~」

 

 ……とか、普段ならやらないような絡みをしてきた。ちなみに一年の付き合いが長いかどうかは置いておく。

 

「なあ……」

「ん?どうかしたの?日野君」

「いや、今日のお前どうした?なんか」

「そうかな?」

 

 まあ、こいつが元気なのはいい事だが、なんかここまで違和感あると、どうも調子が狂う。普段なら女子からの好感度アップのチャンス!とかはしゃいでるとこだが。

 

「……悩んでるなら相談に乗るぞ?」

「え?べ、別にないけど?あっ、その……」

「もしかして、腹減ってるとか?」

 

 あえて冗談めかして言うと、彼女は俯いた。あれ?なんだか身に纏う雰囲気が変わったような……。

 

「……ちっ、とっとと気づけよ、鈍感野郎が」

「え?」

 

 今、ドスの効いた声がどこかから……。

 すると、彼女は顔を上げ、にっこりと爽やかな笑顔を見せた。 

 

「あっ、私サキちゃんに呼ばれてたんだった!じゃあ、また後でね!」

「あ、ああ……」

 

 今、なんか怖かった気がしたんだが……気のせい、ですよね?



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第9話

 下校時間になり、天川に絡まれないうちに、さっさと教室をあとにしようとすると、背中に声がかかった。

 

「あっ、日野君、ちょっと待って!」

「どうした?」

 

 振り向くと、双葉が慌てた顔をして駆け寄ってきた。

 本当に今日のこいつはどうしたのだろう?ぶっちゃけ心配になるんだが……。

 

「一緒に……帰ろっ♪」

 

 きゃるんっ♪とか変な効果音が出そうな笑顔を向けられ、なんともいえない気分になる。可愛いが……違和感!

 すると、奴がいつものように割り込んできた。

 

「じゃあ、ボクも一緒に帰っていいかなっ♪」

 

 くっ、出遅れたせいでまた捕まっちまった!

 天川は「逃がさないよ?」と言いたげな笑みを浮かべ、視線を双葉に向けた。まあ、双葉がよければ……

 

「ちっ、また邪魔……うんっ、天川君も一緒に帰ろっ、あ・ま・か・わ・く・ん・も!」

「ありがとっ」

 

 あれ?おかしいな……今一瞬だけ双葉が柄の悪い荒くれ者みたいに見えたんだが……でも、天川は特に気にしてないみたいだし、気のせいだよな?それに、やたら君を強調して「お前は男子だぞ」と言いたげなのも、気のせいだよな?

 とりあえず、俺達は教室を出ることにした。 

 

 *******

 

 一抹の不安を抱えながら、しばらく静かに歩いていたが、どうやら俺の考えすぎだったらしい。まったくヒヤヒヤさせやがって……。

 目をやると、二人は楽しげに会話を交わしていた。

 

「最近できた駅前のケーキ屋はオススメだよ。特にチーズケーキ」

「へえ、そうなんだ~。じゃあ今度一緒に行こうよ」

「そうだね。日野君も行こうよ」

「ん?あ、ああ……わかった」

 

 いきなり会話をふられて慌てそうになりながらも頷くと、双葉はニコッと笑みを見せた。

 

「じゃあ、ボク達のデートはいつにする?」

「そんな予定はいれないから心配すんな」

「え~!日野君のいけず~!」

「……先手を奪われた」

 

 双葉が何やらぼそっと呟いたみたいだが、目を向けると、さっきと変わらない笑顔を見せた。いかんいかん。どうやら疑心暗鬼に陥ってたみたいだ。さっ、楽しい楽しい会話に加わろう。

 

「そういや、双葉は俺に何か用事があったんじゃないのか?」

「えっ?あっ、でも……」

 

 双葉は言いづらそうに、ほんの一瞬だけ天川に視線を送った。奴の前では言いづらいということか。

 

「じゃあ、家帰ってからお前んとこ行くわ」

「うんっ、それで大丈夫だよ」

「むむっ」

 

 天川がわかりやすく頬を膨らませた。いや、だからそういうのやめろって、無駄に似合ってるからリアクションに困るんだよ。ほら、近くを歩いてる男子中学生が見とれてるだろうが。

 彼が真実を知る時は来るのだろうか、なんてどうでもいい事を考えながら、俺はそれなりに弾む会話を楽しみ、家に帰るとソッコーで服を着替えた。

 

 *******

 

 徒歩3分程度の距離にある双葉の家の呼び鈴を押すと、双葉母が出てきた。今日も若い。本当に若い。実年齢を教えてくれないもんだから、ぶっちゃけ姉の可能性もあると考えている。

 

「あら、いらっしゃい。純一君」

「こんちは、双葉は……」

「私も双葉よ」

「ぐっ……あの、やよいさんはいますか?」

「ふふっ、ちょっと待っててね。やよい~」

 

 このやりとりは、双葉家に来た時の定番となっている。双葉母は、俺にやよいの名前を呼ばせないと気がすまないのだ。まあそれはそれで可愛らしく思えるのが、この人の魅力なのだろう。

 それからすぐに私服姿のやよいが出てきた。

 

「あはは、ごめんね、ちょっと手間取っちゃって……」

「構わんよ。てか、お前んとこの母さん、相変わらず若いよな。本当に姉じゃないんだよな」

「え?あ、う、うん……」

 

 なんだ?ちょっと落ち込んだような顔して……いつものやりとりなんだが。

 だがそれ以外は特に何もなく、俺はそのまま彼女の部屋に通された。

 

 *******

 

 双葉の部屋は、彼女の見た目通り清潔感のあるシンプルな部屋だ。ぬいぐるみの一つも置いてないあたり、余計な物は置かない主義なのかもしれない。

 ……天川とかめっちゃファンシーな部屋だろうな。間違いなく。いや、どうでもいいけど。

 

「あ、あの、日野君……」

 

 双葉は小さなテーブルを挟んで真正面に座り、こちらをじっと見つめてきた。それに対し、何故か緊張感が高まってくる。てか、こういうシチュエーションなので、変な期待がまったくないといったら嘘になる……でも、そんな都合いいことが……

 

「天川君の事、どう思ってるの?」

「え?」

 

 こりゃまた予想の斜め上な質問。

 肩透かしにも似た気持ちになりながらも、俺はなるべく天川からのあれこれを思い出さないよう努めながら答えた。

 

「……不思議な奴、かな?本当に」

「不思議、か……よかった」

 

 双葉は何故か納得したように頷いた。あれだけで何を納得したというのか……あ、もしかして。

 

「お前、もしかして天川に気があるとか?」

 

 それは何てことのない一言のはずだった。

 半分くらいはからかってみただけだった。

 しかし……

 

「あぁん?」

 

 俺は一瞬で双葉に強引に押し倒されていた。

 



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