金持ちには常識が通用しない (ためきち)
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金持ちには常識が通用しない

 痛い。頭が割れるように痛い。ちくしょう。真っ暗じゃねぇか……今何時だよ。時計この野郎どこだこの野郎……2時……2時と申すかこの時計野郎……しっかし頭が痛い……これが先輩の言っていたやつか……

 

 

「おそらくお前達は明日目覚めたときの気分は最高に最悪だと思う。だがしかし。今この時が楽しければいいよね! さあ飲め! お前達の誕生日祝いに酒を沢山買い込んできてやったぞ! あ、未成年の奴は飲んじゃダメだからな。こっちにお茶とか買ってあるからこっちを飲んでどんちゃん騒ぎをするんだぞ? お兄さんとの約束だ!」

 

 

 そう言って俺が入ってるサークルの先輩方が両手いっぱいビニールいっぱいに酒とつまみを持って部室に現れたのが昨日の夕方頃だったと思う。頭痛い。

別にウチのサークルは飲みサーというわけじゃない。半年に一回のペースで二十歳になった人のためにサークルの先輩方がお金を出し合って祝うというのが伝統らしい。

まあ、発起人は酒が飲みたいだけの人だったらしいと先輩は言っていたけども。

 

 しっかし頭が痛い。これどうすんだよ……寝るしかないのか……しかし痛くて寝れん……頭痛が痛い……吐きそう……一回トイレ行くか。

そう思って俺は布団に手をかけてから気が付いた。

 

 

「おいここどこだ」

 

 

 この布団ぼくんちのじゃない! 酔いつぶれて帰れなくなって部室で寝かされるとかなら分かる。おそらくマンガで見るような他の部員の野郎共と押し合いへし合いの雑魚寝を強いられていたはず。

でも、布団かぶって寝てたしそれなりにいい部屋っぽいしなぁ。

んーもしかして酔った勢いでふらふらと出かけてそのままホテル入ったのか? いや、それはないか。財布の中からっぽだったし。あっても自販機で1本ジュースが買えるかどうかの金額しか入ってなかったはずだし。ここが空港じゃなくてよかった。

 

 

「じゃなーい!」

 

 

 空港もホテルも今の状況じゃどっちもどっちだわボケ……セルフツッコミしたら頭に響いた……頭痛い。

あーだめ。頭痛いし何かこみ上げてくるものがある。吐きそう。トイレ……

そう思って本格的に布団を引きはがしたんだ。そう、きっといつもなら気が付いたはずなんだよね。

 

 このベッドなんか普通より大きいし、よくよく観察してみれば俺の横がふっくらと盛り上がってたしね。

うん。誰かいたんだよね。凄く綺麗なシミ一つない白い肌にこれまた凄く綺麗な長い黒髪。男じゃないのは確か。修学旅行の風呂で見た野郎共の背中はこんなに綺麗じゃなかった。

てか、服着てない。俺も服着てない。お互いパンツも履いてないじゃん。なんかいつもより開放感があるなって思ってたんだよね。二日酔いのせいじゃなかったのかぁ、そうかぁ。アホか……おれぇ……

 

 しっかし、あーマジか……マジなのか……あぁ吐きそう。頭痛い。えー……マジかー……語彙力がいつも以上に消失していくこの感覚ッッッ。いや、だからふざけてる場合じゃないよ俺。二日酔いも月までブッ飛ぶこの衝撃に背中が寒い。さぶいぼやばい。心臓が痛いぐらいバクバクいってるわ。これはゲームのレイドボスを初攻略した時よりヤヴァイ。

 

 なんて考えてたら件の女性が身もだえて「んん……」と寝起き特有の色っぽい声を漏らした。

今の声……どこかで聞いたことある気がしないこともないような。そう、確か同じ学年の西園寺さんのはず。多分、おそらく、きっと、メイビー。寝起きの声なんて聞いたことねーから。

てか、会話した記憶も無い。友達と話しているのをたまたま近くで聞いてしまったぐらいのレベルよ。

なんでも家がとても金持ちらしく世間知らずで完全無欠の箱入り娘とか聞いた事がある。しかも、私服は着物らしい。着物が私服ってだけで金持ち感がすごい。3割り増しぐらいすごい。語彙力ッッッ!!!

つーか、金持ちならウチみたいな田舎の三流大学じゃなくて都会の一流大学行けよと。

違う。そんな話じゃない。問題はなぜこのお嬢様が俺と同じ布団に入っているのか。しかも、服も着てない。

えー……これやっぱあれかい? 酔った勢いでお持ち帰りした感じ? 箱入り娘で世間知らずのお嬢様に手出したの? 俺死んじゃわない? いや、死ぬよね? これ死んだよね?

 

 

「んん……あぁ、おはよう、ございます」

 

「あ、はい。おはようございます」

 

 

 ついに起きてしまった西園寺さんは体を起こして辺りを少し見渡してから俺に気が付きベッドの上で正座に座りなおしてからにこやかに微笑みつつ挨拶をしてきた。

寝ぼけてんのか? これは寝ぼけてるから普通に挨拶してきたのか? それとも昨晩の俺は落とし神レベル技術で西園寺さんを口説き落としたのか? さあ、どっち!?

いや、どっちでも死にそう。西園寺さんが落ちてても西園寺さんのお父さんからきっと俺は鉄拳制裁を喰らう。なんなら海に沈められるまである。異世界転生待ったなし。俺の人生短かったな……ふぅ。

 

 

「……どうかなさいましたか?」

 

「あ、うん。えっと、ね。色々聞きたい事があるんだけどその前に服を着てもらえると助かるんだけど……着物ってすぐに着れるものなん、ですか?」

 

「はい。大丈夫でございます。ですが、今は布団で隠させていただきます」

 

「……なぜ?」

 

「ふふふ。こちらの方が貴方様の気が引けると思いますので」

 

 

 やっぱ俺落とし神になったのかもしれない。花京院の魂を賭けてもいい。

あまり起伏があるとは言えない西園寺さんの体だけど今の状況だと色っぽさがもう天元突破しててついつい生唾を飲み込んでしまう。そんな俺を見て西園寺さんは満足そうに手で口を隠して上品に笑ってる。

……ちょっとこの掌で踊らされてる感じ嫌いじゃないわ……って、そうじゃない。

いや、でもね俺? 今の見た? 鎖骨のエロさ。その鎖骨に乗る髪の毛。肩もエロイ。つか、見えるものが全部エロイ。これが全て計算づくだと思うとかなりの魔性の女よ? あ、まつげ長い。

 

 

「ふふふ」

 

「ぐぬ……ごほん。で、なんだけどさ……やっぱりあれなのかな?」

 

「あれ、とはなんでございましょうか?」

 

「いや……その……昨日飲み会だったじゃない? で、俺の最後の記憶が正しければかなりの量の酒を飲んだと思うんだよね。それで、この状況じゃん? つまり……その、ね?」

 

「その、とは?」

 

 

 この子ホントに世間知らずの箱入り娘なの!? それともホントに分かってないの!?

ものっそいこの状況を楽しんでいるあの目! 漫画とかゲームでこういう状況の時って大体女性の方はわざとやってたりするしな。かんっぜんに弄ばれてます。ちくしょう。童貞いじめて……ちょっと待て。もしかしてあれ? え、もしこの状況が本当にそうなら俺って記憶が無いうちに童貞卒業? え、マジで? えぇ……悲しすぎんだろ。初めてぐらい記憶に残しておきたかった。いや、記憶にないんだからノーカンだろ。ノーカン! ノーカン!

 

 

「ですが、致した事は事実でございます」

 

「やめてー! 俺の頭の中読まないでー!」

 

「ご安心を。しっかりと避妊具に穴は空けておきました」

 

「え、どこに安心するとこあった? 穴開けたの? え、なんで?」

 

「そもそも、前提が間違っております。貴方様がわたくしをお持ち帰りしたのではなく、わたくしが貴方様をお持ち帰りしたのでございます」

 

「……? な、なぜ? ほわい?」

 

「それはわたくしが貴方様を心の底からお慕いしているからでございます。初めて貴方様を見た時まるで雷に打たれたような感覚でございました。それからわたくしはどうしたら貴方様と恋仲になれるか、と書物を集め学びました。そして、この度学んだ事を活かし貴方様をここにお連れした次第でございます」

 

 

 一体どんな本で勉強したんだよ。一体どんな本で勉強したんだよ!

それ絶対あれでしょ。その本達R18コーナーになかったかい? それ絶対によい子は真似したらダメなやつよ……

ああいうのはフィクションだから成立するのであってね。リアルでやってもドン引き案件よ……ぼかぁは嫌いじゃないけど。

 

 

「お嫌いではないようで安心いたしました」

 

「だからね? 俺の考えてる事読まないでね? そんなにわかりやすいかな」

 

「わたくしと貴方様は以心伝心、という事でございますね」

 

「……もうそれでいいかな」

 

「嬉しく思います」

 

 

 ちくしょう……こんな状況なのに顔を赤らめて微笑む彼女が物凄く尊いものに感じてしまって、こう、ね? 抱きしめたい。あああああああもうだめ! 完全に手の上で踊っちゃってるよ!

でも、実際問題西園寺さんの親御さん以外は全くもって問題らしい問題がないのが問題よ。

ころっと堕ちてしまう。堕ちてしまいそうになるのだがしかし、これって普通に犯罪よね? やったのが男だったら問答無用で御縄案件だぜ? 

でもね~あれね~やられた側としてはね~好きだった相手とかじゃないけどこれだけの美人にここまでやられると許してもいいかなーって気分に……いや、まて。これははんざい……はんざいなんだ……いかんな。二日酔いのせいで変な方向に頭が行きそうになっ

 

 

「難しく考える必要はございません」

 

 

 そう言って西園寺さんは俺を抱きしめてきた。ふくきてないんだからやめてくださいしんでしまいます。

ほぼ童貞のぼくにはこうかばつぐんなのだ。あぁ、なんてやわらかいはだなんだ。

 

 

「もし貴方様がわたくしの思いに応えてくださるのであれば、わたくしはなんだって貴方様に差し出します。今夜の出来事もわたくしの覚悟を受け取っていただきたく行いました。わたくしの純潔は貴方様の物です」

 

「……初めてだったの?」

 

「はい。母から男性に純潔を捧げて責任を取らせればこっちのもんだと助言をいただきましたので」

 

「……随分とアグレッシブなお母さんなんだね」

 

「自慢の母でございます」

 

 

 ちょっとドヤッてる顔かわいいんだが?  

しかし、これが俺だったから良かったものの下水の糞煮込みみたいな性格のやつだったらどうしたんだろう。

大事なお嬢様のはずだし、すでに俺の素性も調査済みの上で西園寺さんに発破をかけたのだろうか。

まあ、自慢じゃないが俺は至って普通などこにでもいる平均的な男子大学生といえよう。うん。自分で言っていてちょっと悲しい。

確かに男の子だしどこか尖った部分が欲しいとは思っていたんだよね。

でも、逆レ経験は予想外だったなぁ。ちょっととんがりすぎだよなぁ。

 

 それにだ俺。今聞いた話をよく考えてみろ。

助言をもらったという事はもう既に西園寺さんのお母さんにはこういう事態になるということが伝わっている可能性が非常に高い。

つまりここで西園寺さんを受け入れなかった場合俺のこの先の人生がどうなるかわかったもんじゃないということだ。もしかしたら、既にこの部屋の外に俺が断った場合に備えて黒服のお兄さん達がスタンバイしている可能性だってある。

 

 リアルの金持ち達が本当にそこまでやるのかは知らないけど可能性として考えておいてもいいよね。

そこまで考えた上でだ。どうする? どーすんの? 俺? どーすんのよ! 

まあ、正直の抱き心地は最高です。これでおっぱいが大きかったらどうなってしまうんだという宇宙誕生秘話並みの疑問は残るけど小さくてもおっぱい。男はこれだけで幸せになれてしまう生き物だという事を身をもって体感してしまった……あとすっごくいいにおい。

 

 正直あれこれどうにかこの現実を受け入れられないと否定的な考えをしてきたけど20超えて一度も彼女が居なかった俺にここまでしてくれる女性ってだけで断る理由なんてない。

あとは俺の覚悟が完了するだけなんだけどね。うん。ほら、ゴムの件はアフターなあれがきっと有効だからきっと大丈夫きっと。大丈夫だよね?

 

そう俺の覚悟の問題だ。きっと俺の脳内諸兄らには犯罪なんだから慈悲は無いという考えの奴がいつからこうやってうじうじと考えてしまっているんだと思う。

でもあれよ? きっとここで西園寺さんからの申し出を受けなかったら俺に一生彼女が出来る可能性なんてないんだから……己の容姿と己の趣味をよく理解しているからこそ切実にそう思ってしまう。

 

 

「貴方様は世界で一番格好良いとわたくしは思います」

 

「ありがとう」

 

「大丈夫。大丈夫でございます。わたくしを受け入れて頂ければ何一つ不自由ない生活をお約束致します」

 

 

 この子俺をヒモにする気満々だよね。何だって差し出すとか何不自由なくとかさ。

 

 

「好いている殿方と一緒に居るためであれば、わたくしは努力を惜しみません。兄も言っておりました。嫁への投資は怠らない。常に全力だ。と、ですのでわたくしも兄同様に愛する貴方様へ全力で投資するのです」

 

「お兄さんは結婚してるんだ」

 

「いえ、お付き合いしている女性はいるのですが結婚はまだしておりません」

 

「そうか。もうその人の事を奥さんだと思って大切にしてるんだな」

 

「はい。自慢の兄でございます」

 

 

 そうかーそれ多分リアルの話じゃないと俺は思うよ。きっと魔法のカード握り締めて言ってる台詞だよ。

家賃超えるまでは無課金と言うけれどこの人達にそれを当てはめたら一体どのぐらいの課金額になるのだろうか。

おそらく爆死はないんだろう。羨ましい……

ジャンルは違うかもしれないけど俺も似たようなことをしている人間だ。常に全力という気持ちは俺にもわかる。

しかし、その迷言のせいで俺が今覚悟を迫られているのがちょっと許せないかなって。

そんな事を考えていたら西園寺さんが抱きしめる力を少し強めてきた。

 

 

「わたくしは貴方様とほとんど話したことがございません。こういった事になって困惑されているのもわかります。ですが、わたくしのこの気持ちは本物です。確かに今の貴方様はわたくしの事が好きではないかもしれません。しかし、お付き合いをしていく中で好きになっていくこともあると書物にも書かれておりました。ですので、お試しでもよいのです。わたくしと、どうかわたくしとお付き合いをして、くださいませんか?」

 

「…………」

 

「どうしてもだめ、でしょうか?」

 

 

 腕の力がさらに強くなってより胸に密着していく感覚と共に西園寺さんの心臓がぶっ壊れるんじゃないかってぐらい鼓動を刻んでいるのが分かっていく。

ちらりと見た感じでは割と普通そうな顔をしているけど心臓はこの調子だ。大丈夫? ふるえるぞハートってレベルじゃないけど。この調子だと燃えつきちゃうぞこの心臓。

 

 

「まずはほら、落ち着こう。心臓が張り裂けそうなぐらいバクバクなってるから。俺を放してから、はい、深呼吸」

 

「も、申し訳ございません」

 

「もう平気かな。それで、そのね? 付き合う云々の話なんだけどね」

 

「はい」

 

「西園寺さんにここまでされて話を断るのはやはり男としては据え膳なんじゃないかと思いましてね。さっき西園寺さんは俺が西園寺さんの事が好きじゃないかもしれないとか言っていたけど正直童貞ってアホみたいに単純だからさ。正直目があっただけでも惚れちゃう生き物なのよ。うん。だから西園寺さんに対する好意は割と高いかなって。あ、でも今回は俺だったからよかったものの普通の人にここまでしたらドン引きものだからね?」

 

「はい。存じております。事前に調べられる事は全部調べておくと良いと義姉からも言われておりましたので」

 

「あぁ、お姉さんもそんな感じなのね」

 

「はい。それに好いている殿方の事を知れることは何よりも幸せなことでございました」

 

 

 これが恋する乙女パワー。赤らめた顔は非常にグッド。

平然と人様のプライバシーに干渉してくる恐れも知らぬ強き乙女。それに加えて西園寺さんはそれこそいろんな手段で俺の事調べたんだろうなぁ。お金持ちってホント常識が通用しないよね。

まあ、嫌いじゃないけど。美少女で非常識、嫌いじゃないわ!

 

 

「そうか……まあ、次からは調べるとかじゃなくて俺に直接聞いてくれればいいからね。流石に踏み込んだ事を聞かれたらちょっと答えづらいこともあるかもしれないけど」

 

「本当でございますか? それは嬉しく思います」

 

「うん。その、あれだ。これからは、その。こ、恋人同士だからな」

 

「? まだわたくしは貴方様からお返事を頂いておりませんので恋人同士ではないはずでございますが?」

 

 

 ふっそう来たか……まあ、わかってた。俺も言わずになあなあで済ませられればいいなぁとか思ってたもん。

いやだって普通に恥ずかしいんだけど。恥ずかしいんだけど! 西園寺さんはよくもまああんなにもはっきりと俺に向かって好意を言葉に出来たものだよ……これが男性と女性の違いなのだろうか。

よく聞くもんなぁ。女性は好意をはっきりと言葉にだして欲しいものって。男性的にはそういうのはこっぱずかしいから態度とか普段やらないことやって示してるつもりだったりするんだけどもね。

 

 いかん。覚悟は決めたつもりだったけどいざ言葉に出そうと思うと緊張で口が上手く動いてくれないんだけども。さっきからうめき声みたいな音しか出てこない。

だって、告白なんて生まれてこの方一度もしたことなんてないんだもの! あ、画面に向かってしたのはノーカンらしい。あれは悲しい事に世間一般では独り言に分類されるらしいからね。

 

 そんな感じで軽く混乱していると西園寺さんが手を握って俺の目をまっすぐと見つめてきた。

きっと大丈夫だから落ち着けとか早く告白を聞かせてくれとかそこらへんの気持ちを込めての行動だと思う。

非常に緊張する。俺の為を思っての行動だとわかってはいるけど余計にハードルが上がった気がしないでもないんだわ。

あいやしかしホント情けない。もう脳内会議だって満場一致じゃないか。このチャンスを物にできなかったら俺は一生独り身なんだ。さあ、俺よ! ビシッと言え。ビシッとな!

 

 

「お、俺とちゅ、ちゅきあってください!!!」

 

「もちろんでございます。わたくしは一生貴方様と添い遂げることを誓います」

 

 

 か、噛んだあああああああああああああああああ!!!!

いや、だってしょうがないじゃん! いくら覚悟完了してようと噛むもんは噛むんです!

てか、西園寺さんの返事がプロポーズの返しのそれっぽいのがちょっとオーバーじゃないかなっておもうんだよね!

まあ、西園寺さんは最初からそういう方向で話してるんじゃないかって薄々は考えてた。うん。

そんな感じで顔から火が出るんじゃないかってぐらい恥ずかしい気持ちで一杯の俺の手を再び西園寺さんが握ってきた。

わずかに震えた両手で俺の右手を優しく包み込むように。女の子の手って柔らかいし少し冷たい。触られてるだけでちょっと気持ちいいような気がしてくるんだけど。女の子ってすごい。

 

 とか考えてたら西園寺さんが目を瞑って顔をこちらに近づけてきた。

………………多分俺の顔から火が出ているのは間違いない。生まれてこの方20年。ここまで顔が熱くなったことは一度もない。ゆえに! ゆえに俺は顔から火が出ていると判断せざるを得ない。

告白からのキス。まあ、話の流れ的にはなんにもおかしくないよね。漫画アニメゲームじゃ良くある展開なんだもの。

うん。えーあーうん。ここでチキンハートに火をつけないでどうするんだ俺!

 

 世界で一番下手くそなキスだったと言える。

チキンハートを奮い立たせてどうにかこうにかキスっぽいものは出来た。緊張のあまり物凄く力んで一文字に結ばれた唇を一瞬だけ西園寺さんの多分おそらく唇辺りに軽く触れてから離した。

緊張でかさかさになった唇をいつまでも西園寺さんのみずみずしく潤った唇に押し当てておくだなんて失礼千万に当たるんじゃないかというぶっ飛んだ考えのもとである。

ほら、かさかさの唇って痛いじゃん?だからね。西園寺さんを思っての行動なんだよ。

 

 そんな不恰好極まりないキスでも西園寺さんは嬉しいようで「ありがとうございます」と唇に当たった感触を確かめるように指でなぞりながら笑顔でお礼を言ってきた。

お礼を言うのは俺の方です。ホント。

しかし、俺はこのラブコメ空間をぶち壊す一言を今から言わないといけない。

俺も心苦しい。でも、こればっかりはどうしようもないのですよ。

月までぶっ飛んでいたあいつが帰ってきた。分かってたんだ。あいつが月までぶっ飛んだ原因がだいたい解決したと言っていい今の状況。

 

 気持ち悪い。頭痛い。

 

 

「西園寺さん。本当にすまない。本当に……埋め合わせは絶対にする。本当にすまない……」

 

「分かっております。わたくしと貴方様は以心伝心でございます」

 

 

 俺が具体的な話をする前に西園寺さんはてきぱきと二日酔い対策の物を用意してくれた。全裸で。おしり。

これ飲み物とか飲んで治そうとしても別の理由で症状が悪化しそうなんだけど。

 

 

「ごめんね……それと明日って何時にここ出ないといけないのかな? ホテルってあんま泊まった事無いんだけど10時ぐらい?」

 

「その心配はございません。ここはホテルではなくマンションでございます。そして、わたくしが父から頂いた部屋ですので何時までに退出しなければならないといった事はございません」

 

「……そうか。すごいお父さんなんだね」

 

「自慢の父でございます」

 

 

 やっぱ、金持ちには常識が通用しないんだなと。

つーか、親父さんもグルかよ。グルなのかよ……完全に包囲網完成してんじゃん。これ逃がす気全く無いよね。つらたん。

 

 結局色々と吹っ切れた俺は二日酔いが治ってもその日部屋から一歩も出なかった。



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