大洗の鬼神 (柱島低督)
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序幕
はじめに~戦車道全国高校生大会の黎明について~


ー茨城県立大洗女子学園ー

戦車道に興味が有れば、知らぬ人は居らず、そうでなくとも多くの人々の記憶に鮮明に焼き付けられた、小さな公立の高等学校である。公立でありながら女子校という特徴的な体制を採り、それが故に一定の範囲の志願者を集めるが、女子に限られる為に現在は生徒数が減少しつつある。

その為、一度は廃校さえ取り沙汰されたが、戦車道の全国大会に於いて優勝して撤回。後に再び廃校の危機に晒されたが、今度は島田流家元の娘、島田愛里寿率いる大学選抜チームとの死闘を制し再度文科省に廃校撤回を認めさせた。

しかも強豪校でさえ困難なそれを、戦車道復活直後の、たった8両の、しかも一つ一つの性能では遥かに劣る車輌で、おまけにメンバーは素人同然の状況からで成功させたことは特筆に値する。

そこには、1人の「大洗の軍神」と呼ばれた少女、「西住みほ」という存在があったという事実は言うまでもないだろう。

 

しかし今回は割愛させて欲しい。今やテレビ・新聞・インターネットと、数多くのメディアで多角的に描かれ、検証され尽くした事を掘り返す気は更々無い。多くの事に関して、此方の知り得る情報は、出回っている事実の足元にも及ばないだろう。

 

これから語る事は、全容を掴んでいる人はこの国全体に視野を広げても極僅かな、それこそ一部の人々しか知り得ない事である。

それは、大洗のもう一人の軍神、別名「大洗の()()」こと、上川(かみかわ) 早苗(さなえ)という、少女の物語である。

 

 

1950年から開催された戦車道全国大会。未だアメリカの占領下におかれていた日本で、戦車道の大会が行われたのには、とある思惑が絡んでいた。

 

その時点でおよそ30年の歴史があった戦車道だが、初期のものは米のM2軽戦車、英のMk.I戦車、この二大勢力の一騎打ちという感が強かった。しかし次第に日の八九式中(軽)戦車、独のI号・II号戦車や、米のM3リー、日の九五式軽戦車・九七式中戦車、英のマチルダII歩兵戦車などのより大型の、重装甲の中戦車が登場。

独のIII号・IV号・V号パンター、米のM4シャーマン、英のチャーチル・クルセイダー、ソのT-34(76/85)、日の一式中戦車〜三式中戦車などの大型の中戦車から、独VI号ティーガーI・II、VIII号マウス、米M26パーシング、ソKV-2・IS-2、英シャーマンVCことファイアフライ・センチュリオン等の重戦車や、第一世代MBTと呼ばれる走・攻・守の三拍子が揃った戦車が登場しつつある状況だった。

 

ということは、米が主力とし、緊張が当時高まっていた、地形に起伏の大きい朝鮮半島へ投入可能なM4シャーマンの能力で、どこまでソ連重戦車・MBTなどに対抗できるのかの確認が必要だった。しかし時は冷戦。マトモにソ連が戦車を輸出することは有り得ない(それは愚か、通常時でさえ最新技術の塊である戦車を輸出するのは例外中の例外である)。

しかし、当時ソ連の影響を受けたプラウダ高校が新設され、ソ連中戦車T-34(76/85)や、KV-2、IS-2などを有する戦車道部が練習中となると話は変わってくる。戦車道大会の名目でM4(無印か、A1、A2、A3など)を中心とした戦車道チームで挑ませれば、どこまで対抗可能かも判断できる。

アメリカの最終的な計画としては、一大資本を持つ私立大学、サンダース大学を日本へ誘致、サンダース大学付属高等学校を設立させ、前線で新型への更新で余りつつある(戦時中の大量生産でただでさえ過剰だった)M4、M4A1、M4A2を譲渡して、戦車道部を新設。戦車道全国大会を開催することでソ連戦車群と戦わせる。

簡潔に述べれば以上のようになる。GHQはそれだけでなく、各高校に戦車道部設立を要請。結果として現在のそれを大きく上回る42高校が戦車道部を設立する事となった。その中に、大洗女子学園も含まれていた。

しかし、その内の多くは戦車を保有していないか、又は高速・軽装甲・軽量・安価な軽戦車(当時はII号(中でも特にL型ルクス)や、M2A4などが人気だったらしいが)もしくは機銃を積んだ軽装甲車を1,2両揃えるのがやっとという状況で、とてもではないがプラウダ・サンダース大学付属に対抗できるような高校は無かった。案の定第1回戦車道全国大会は、正面から大火力で押し潰すプラウダが、地形を活かして抵抗するサンダース大学付属を時間は掛かったものの、撃破。

この結果を受けた米軍は後の朝鮮戦争において正面からの機甲戦力同士の衝突を避け、遊撃戦を主体に戦う事になるのだが、それも別の話だ。

 

そして、第4回大会までは、サンダース大学付属とプラウダの優勝争いが繰り返され、プラウダの優勝が連続したこともまた事実である。しかし第5回大会、番狂わせのような一大センセーションが発生した。無名の公立校、大洗女子学園の総合優勝である。

この後、第8回大会まで連続優勝するも、後の聖グロリアーナ女学園、黒森峰女学園の台頭に呑み込まれ、戦車道部自体も一時廃部。再びの優勝は第63回大会まで待つことになる。

 

これから語られる内容は、今まで一度も語られることは無く、ここで語らなければこれからに関しても二度と語られることはない、そんな話でもある。



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紅白戦 -1-

今回から本編が始まります(予定)。


上川早苗

大洗女子学園 普通I科 1年B組の生徒。窓際から左へ流れてゆく海を見つめる、読書好きの一面も持ち合わせている。本人は深く考えてはいないが、入学初日から友人ができるくらいには社交性もある。しかし、多くのクラスメイトは何を考えているのかわからない、との印象を抱き、遠巻きに見つめるのみである。

そのとっつきにくいと感じさせるオーラは、彼女の好みに原因があった。軍事オタクである。

軍事オタクである。(大事なことなので2(ry

 

終戦から間もない、今よりも戦争といったものへの嫌悪感が強い時代に、興味を抱くのは、不自然といえば不自然である。しかし1954年で16歳であれば、ギリギリ戦中世代である。しかしそれだけで軍事にのめり込むのも異質といえば異質である。

 

つまり、はっきり言って変な、浮いた生徒であるというのが、全体で共通した、かつ本人も意識している認識である。

 

 

 

ー1ー

 

さな(早苗)ちゃーん。ご飯食べ行こぉ」

 

そしてその上川に、昼になったということで食堂へ昼食を食べに行こうと声をかけるのが先程いった友人、古崎(ふるさき) 恵子(けいこ)である。2人とも戦車道部に所属し、1年生でありながら戦力の中核を担うIV号中戦車D型の乗員を務める。上川が車長、古崎が砲手であり、他のメンバーは本来他車の担当の先輩が臨時で入っている。

 

大洗女子学園は、戦車道部を設立することで日本戦車道連盟の戦車道一般普及委員会から、義援金を受け取り、ギリギリの資金運営を保っている。また、戦車の物的支援が行われ、IV号D型、III突A型、パンターA型x2、ルノーB1bis、M3リー、M4A1(76)Wの7両が譲渡され、それと、自前の38(t)A/B型、T-34/57に、III号J型の合計10両を保有する、公立校では1位、全体でもサンダースと対等に戦い得る戦力があった。

しかし、例えティーガーがあったとしても乗員無ければただの鉄箱。実情としては戦車の乗員が大幅に不足し、実際に稼働状態にあるのはIV号、III突、パンター1両、T-34、III号の計5両のみで、新1年生や、2,3年から参加して増えたメンバーを含めて漸く10両の稼働へ漕ぎ着けた状況。そしてその殆どが素人同然の練度で、元々の部員との差は何ともし難いものであったのは言うまでもない。

 

そしてこの上川、戦車への知識と戦車道への情熱は並々ならぬ物が有り、1年生でありながらその知識を買われ、作戦立案・指揮を任される中隊長(事実上の隊長)として抜擢されている。はっきり言って、サンダース相手であれば、5両でも十分勝利は狙えるのだが、罠に嵌るなどで中々思うような戦果が発揮できずにいた。作戦立案に関わるメンバーが、凡才ばかりであったのが、原因である。

初練習時に、この上川の率いるIV号は性能で大幅に上回るパンター、III突、III号、T-34の4両を一方的に撃破するという大立ち回りを演じ、低迷に悩む現3年生の、名目上の隊長である、滝沢(たきざわ) 幸江(ゆきえ)が白羽の矢を立てた。

滝沢は、生徒会広報で、情報という物に触れる機会も多く、各校の戦術には明るい。そんな2人が手を取り合ったのである。正に恐ろしいデストロイが展開されるのはある意味必然とも言えた。

 

「もう!だらしない声出さないの!」

 

間の抜けた様な緩い声を上げた古崎を、上川が注意する。しかし一方で端から見れば、穏やかな表情をしており、上川自身もこのやり取りを楽しんでいる様でもある。クラスメイトからすれば、「いつもこんなだからな」といった評価の具合に落ち着くのが当然ではある。

 

「キャー。コワイー!」

 

「あんまり五月蠅い(うるさい)と怒るよ……」

 

調子に乗ってはしゃぎだす古崎を、上川の死神の様に冷たい視線が貫く。事実上の隊長という立場がそうさせるのだろうか。修羅の様な目で()め付けられた古崎も流石にビビり、しょんぼりするが、上川は上々の機嫌で「判ればいいの♪さぁ、一緒に行こッ!」と席を立つ。クラスメイトが上川への評価をほんのちょっぴりだが改めた瞬間であった。

 

 

 

ー2ー

 

時と場所もうって変わって、終業後 戦車道練習場。連携行動の練習として、紅白戦を行うこととなった。

 

「それでは、Aチームの皆さん。準備はいいですか?」

 

《こちらV号、問題ありません!》

《B1bis、異常なし!》

《III号、いつでもどうぞ!》

《こちら38(t)、すぐにでも!》

 

チームの振り分けは、以下の通りになった。

A(上川)チーム

・IV号D型

・V号A型

・B1bis

・III号J型

・38(t)A/B型

 

B(滝沢)チーム

・M4A1(76)W

・V号A型

・M3リー

・III突A型

・T-34/57

 

総戦力としては、全体的に口径と練度の高い部員の数で上回るBチームと、高い指揮能力を持つ上川に率いられるAチームである。

 

《それではこれより、A,Bチーム間の通信を封鎖します。開始まで、あと1分です!》

 

通信中継装置の操作を行う滝沢の声が通信機から漏れ出す。上川を含む全員が、滝沢が通信の盗聴といった姑息な手段を使ってまでも勝とうとする人間で無いことを知っている。本来ならば直接各車間で通信するのが基本だが、今回は中継局を介する仕様にされている。中継器を操作するだけで各チーム間の無線封鎖が可能だ。

 

《紅白戦、開始ッ!》

 

滝沢の声が再び通信機から車内へ響く。(現在は持ち回りで決まっている)通信手が、上川へ振り向き、首を縦に振る。上川も頷き返し、首に付けた咽喉マイクに手を添えてON状態にし、全員に音声で指示を送る。

 

「目的地はA地点!パンツァー、フォー!」

 

戦いが始まる。




・こちらでも注意は払ってはおりますが、誤字脱字等発見された方はお手数ですがご報告いただければ幸いです。
・ご意見・ご質問等あれば感想欄までどうぞ。


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紅白戦 -2-

訓練場の森林をAチームの5両が進む。

 

「今回の試合形式は強襲戦となります。相手の陣地に侵入し、一定時間居座ることでの制圧又は殲滅をすることで勝利となります。陣地は0144地点のやや開けた窪地となります。0144地点は1方向が崖になっており、向こうは、此方が攻めてこられるルートを絞った上で、戦力の分散を防いでいるのではと予想されます。また、火力の低い車両を外縁に展開して迎撃線を築いている可能性もあります」

 

咽喉マイクから各車に無線が送られる。上川のIV号を中心に左にパンターと38(t)、右にルノーB1とIII号が楔形に並ぶ、所詮パンツァー・カイルと呼ばれる陣形を組み、大外を回り込んでいる。しかし未熟な乗員が多く、歪な形となっている。

 

「しかし、崖の上はここから森林が伸びており、崖の淵近くまで出れば好視界が開けます。そこで、警戒に出ているであろう敵戦車を崖の上から狙撃、撃破し、その隙に森林から突撃、一気に叩きます!」

 

各車から了解、と返ってくる。攻撃力が高く、砲手の命中精度が一番高いIV号が崖の上に、残りが攻撃隊として下に待機することとなった。

 

 

-1-

 

偽装してカムフラージュしたIV号から、上川と古崎が降りて双眼鏡で平原を睨む。T-34/57が森林の淵に沿って駆け抜けるが、ふと何か見つけたように停止し、後進をかける。はっと息を呑んだ上川が無線を構えるのと同時に、古崎があっ、と声をあげる。

 

「さなちゃん、あれっ!」

 

下の方を監視する役目を任せていた古崎が、下を指差す。少し身を乗り出して上川が下を覗くと、そこにいるBチームの残り4両が、M4A1(76)Wただ1両を残して一斉に動き出していた。向かう先は、T-34のもと。悟られた、そう寒川が無線に指示を出そうとした途端、森の中に一瞬赤い炎が瞬き、一拍遅れてドォーンという発砲音が上川の耳に届く。ほぼ同時にT-34も砲撃したらしく、森の中から煙が上がっている。T-34は土煙に隠されているが、黒煙が上がっておらず、中から機銃の曳光弾が飛んでゆく。

 

《こちらB1bis、すみません!撃破されました!》

 

「38(t)を先頭、パンターを殿(しんがり)にして一列縦隊で後退、離脱してください!パンターは砲撃を続けてッ!此方からも砲撃支援に入ります!」

 

上川の悲鳴にも似た声が無線を通じて各車に響く。Aチームに不利な方向で、戦況が傾きつつある。古崎が車内へと駆け込み、戻ってきた上川も横のハッチから車内へ飛び込み75mm砲弾を装填する。必要要員を出来るだけ減らすため、装填手は上川が兼任しているのだ。

 

「まずはパンター!最大脅威です!でも後方からエンジンルームを狙えば撃破できます!落ち着いて、一撃で仕留めて!」

 

「はい!」

 

パンターまでの距離は340m。風は微弱、風向は定まらず。上川は相対距離(つまりは砲弾の侵徹時の飛翔速度)如何に関わらず大貫通力を誇るHEAT(High-Explosive Anti-Tank 対戦車榴弾)を装填し、その時を待つ。

 

「動きが止まったッ、今ッ!!」

 

古崎が握っているグリップのトリガーを引くと、その瞬間轟音が轟き、HEATが撃ち出される。パンターのエンジン部に直撃したそれは、カーボンコーティングを撃ち抜くことはないが、戦闘処理上、エンジンを完全に破壊し尽くし、燃料タンクに引火、砲弾ラックの榴弾に誘爆したと判定され、車体から白旗が上がる。次もHEATを装填した上川は矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「脅威はIII突、撃ち続けて!」

 

「はい!」

 

IV号は向こうから見て車体が稜線の下側に隠れた、所詮ハル・ダウンと呼ばれる態勢で砲撃していた。M3の長砲身75mmや、T-34/57の長砲身57mm砲では砲塔部しか撃てないが、弾道の落下量が大きいIII突の短砲身75mm砲は車体を直接攻撃できる。しかも75mmの破壊力は脅威だ。上川の判断で次の目標はIII突に切り替えられた。

 

「撃てッ!」

 

再び爆音と共に鉄の暴力が砲口から吐き出される。落射量を計算して停止したままだったIII突の正面装甲をぶち抜き、白旗が上がる。その隣ではT-34とM3が此方を向いて砲撃を始める。しかし10秒ほど前にIV号がいた空間に突き刺さるのみである。発砲と同時に結果を確認せずに全速後退をかけていた。完全にIV号を補足し切れていないBチーム側は錯乱したかのように何も無い空間へ有限の砲弾を撃ち込むだけである。しかし、彼女たちは失念していた。()()()()()()()()()()I()V()()()()()()()()ことを。

 

T-34が3発目の砲弾を撃ち出した刹那、黒煙に包まれ、白旗が合間から立ち上がる。III号の砲撃が車体側面の、エンジン部を撃ち抜き、撃破する。さらに38(t)の砲撃がM3を捉え、続け様に撃破する。M3が撃破されている時点で、III号は次の獲物を狙っていた。パンター()エンジン音を響かせながら(唸り声をあげながら)飛びかかっていたM4A1である。70口径75mm砲が火を吹き、M4A1へ攻撃を浴びせる。M4A1は辛うじて初撃を躱し、続け様に砲撃を叩き込む。76mmの砲弾が、かまぼこ型の砲塔正面へ突き刺さるが、重装甲に阻まれ、跳弾を起こす。結果、76mmの徹甲榴弾が逸らされる。

 

砲塔正面真下の、()()()()()()()()()へ向けて。

 

ーショット・トラップー

砲塔正面装甲などで、跳弾を起こした砲弾が車体上面などの極端に装甲が薄い場所に着弾し、撃破される現象である。特に、砲塔正面に下向きの傾斜部を広く持つパンターなどで頻発し、後のG型で『アゴ』と呼ばれる出っ張りが作られるまで改善されなかった。

 

この大洗女子学園に譲渡されたパンターは、A型である。アゴが無かったためショットトラップを誘発し、一撃で撃破される。特に大きな煙が立ってもいないのに、車体から白旗が上がる。

 

《すみません!パンター撃破されました!》

 

「III号、38(t)は後退!森に隠れてください!今急行しています!」

 

紅白戦は、両チームの思惑を超えて、混沌を深めていった。




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紅白戦 -fine-

-注意-
「ご都合主義」とタグが付いているので重ね重ねになりますが、今回特に戦車の性能が敵味方ともに補正かかってます(特に終盤におけるM4の砲塔旋回速度)。描画というか、それらしく戦いの場面を書き上げるに際して実際の現実の性能が一部無視されてます。


「あのM4は湿式弾薬庫を採用して、場所も車体下面に移されています。狙うはエンジン一択!」

「はい!」

 

M4A1(76)Wに悟られぬよう、森林の中から、500mの距離で砲撃を試みるIV号。

 

「砲撃と同時に後退します。準備はいいですか?」

「勿論です!」

 

操縦手にも指示を出す。窪地からハルダウンで砲塔だけ見せていたが、車体の車高が高いのが災いし、後部のエンジンルームが少しはみ出している。また、落射量の大きいIV号の75mm砲であれば、その下も狙えた。

 

「撃てッ!」

「はい!」

「後退します!」

 

砲撃と同時に後進。しかしIV号の放ったその砲弾は、途中で土に当たり、土煙を巻き上げる。しかしM4も同時に反応し、車体を回しながら砲を照準し、土煙の向こう側へ主砲弾を吐き出す。見えているのかいないのか、そんな疑問は、着弾の轟音と纏めて一瞬にして吹き飛んだ。

 

「きゃぁ!」

 

着弾の衝撃がIV号の車体を激しく揺さぶる。至近部に着弾した()()が、左側履帯と転輪を破壊したと判定され、左側履帯にロックがかかる。後退して右側履帯を回していたが、そのせいで車体左側面を大きく晒す形になる。その隙をM4は見逃さなかった。

 

「まずいッ!右側履帯を前s」

 

しかしその声は再びの轟音に完全に掻き消され、届くことは無かった。先程の至近弾のものよりも、さらにその前の7.5-cm-KwK 37 L/24(IV号主砲)発砲時のものよりも、大きく、激しい衝撃がIV号を大きく揺さぶる。

 

IV号D型(判定:M4A1(76)Wにより被撃破)

車体左側面への徹甲榴弾の着弾により、車体側面弾薬庫に引火・誘爆。被撃破と判定。

 

 

「うぅ……想定外です…………」

 

上川がIV号車内、装填手席で項垂れている。有利な立ち位置から一方的に撃破されたのである。無理もない。しかし、戦闘はまだ続いている。38(t)が砲撃を仕掛け、M4が反撃の砲撃をした直後に、装填の合間を縫うようにIII号が突撃をかけて至近から砲弾を撃ち込む。

しかし熟練した乗員で構成されたM4はその一切を受け付けず、2両相手に1両で互角以上に戦っている。III号も至近弾複数と、機銃弾数発を受けて僅かずつだがダメージが嵩んでいる。

 

上川は、周辺の地形を思い描き、新たな作戦を逡巡する。

 

「38(t)の装填、もっと上げられますか?」

 

《すぐにでも!》

 

「それでは、38(t)、III号は2方向から全速で突撃、挟撃してください!ただ、悟られないよう、III号は突撃を辞めて38(t)の近くへ移動。2両の森の中からの砲撃であることを印象付けてください。38(t)は、作戦開始と同時に弾幕密度を2倍に、2両分の砲撃に見せかけて下さい。そうすればIII号も同時に同じ方向へ移動していると錯覚させられます。

また、III号は作戦開始と同時に、38(t)と反対側へ、悟られないよう砲撃せずに移動して、突撃に備えて下さい。こちらの最大火力はIII号です。III号の居所を錯覚させ、予期していない方向から攻撃を行うことで作戦が成立します。それでは皆さん、幸運を祈ります!」

 

予定通り、示し合わせたかの如くIII号がピタリと突撃をやめ、森の中からの砲撃に切り換えられる。そして砲撃元が移動を始め、38(t)のもののすぐ隣へ着く。

その刹那、III号が発砲をやめて弾かれたように移動を始め、38(t)も反対へ移動しながら主砲を次々と撃つ。

M4の砲塔は右へ旋回して38(t)を追う。38(t)を76mm砲弾が掠める。車体が大きく揺さぶられるが何とか態勢を立て直し、再びつるべ撃ちにする。砲塔へ数発直撃はしていたが、内部にダメージを与えることができず、他の弾も跳弾などが多かった。

 

そしてその38(t)が踵を返し、森が途切れると同時にM4に突撃を敢行する。速度を上げて迫り来る相手に、M4はIII号が居ないことに一瞬混乱したようだったが冷静を保って対応した。機銃は駆動輪と車体の接続軸の部分を狙い、主砲は砲塔に照準を合わせる。

 

一斉に放たれたそれらの弾丸が、38(t)を破壊し尽くし、撃破判定を与える。しかしその犠牲は無駄にはならなかった。III号が接近するだけの十分な時間を作り出していた。M4は万が一のことを警戒し、38(t)が出てきた側の森へ機銃を撃ち込むが、金属に当たって跳弾し、上空へ逸れてゆく弾も、跳弾時特有の硬質な音も全く聞こえない。その機銃音がIII号の接近音を掻き消しているとも気付かずに。

 

III号が至近までせまり、停車する時の特徴的な履帯の音がM4車内へ響いた時には既に手遅れだった。音に気付き、エンジンを唸らせて移動を始めようとする頃には照準を終え、トリガーが引かれていた。

 

長砲身から撃ち出された鋼の暴力(砲弾)が車体に食い込む。至近距離から放たれた運動エネルギーの全てが破壊につぎ込まれ、駆動装置を完全に破壊。撃破する。砲塔から白旗が上がり、エンジン音が消え、動きを止める。

 

 

 

III号が。

 

 

M4が放った機銃は車体備え付けのもので、砲塔はIII号の接近に気づいていたかの如く、38(t)撃破直後に旋回されていた。独戦車特有の弱点として、車体正面下部の、装甲が薄い部分に変速機が設置されている。そこをピンポイントに狙った砲撃で、III号が撃破された。

 

『ありがとうございました!』と部員一同の声が車庫前に響いたのはそれから暫くも経ってなかったという。




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・次話は滝沢視点の、此方からでは描かれなかった内容について語られる内容になります。


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紅白戦 -side.滝沢-

滝沢がM4A1(76)Wの砲塔に乗り込む。無線中継器の操作を終えて戻ってきた所だ。

 

「T-34/57は前に出て、外郭防衛線を構築。他の車両は窪地に入り、防衛戦に備えろ。向こうは戦術のプロだ。いつ何時、何所から仕掛けてくるか分かんないよっ!」

 

滝沢が檄を飛ばし、部隊を〆る。コマンダーキューポラの観察窓から外を除く。

 

「中の調整、任せていい?」

 

装填手に訪ね、頷き返すのを確認してからキューポラを開き、上半身を出す。崖を背に、左側は森に塞がれ、右側も凡そ30°ほどは森に覆われているが、残りの60°は野原が広がっている。少しの起伏で稜線の裏側が見えないが、土煙が上がればすぐにでも分かる。双眼鏡の向こうには草原が見えるが、アンテナは見えない。

 

 

 

暫く待ってはいるが、味方のエンジン音以外特に聞こえない。

 

「もう30分も待ってるんだけどなぁ……」

 

「もういつ来てもおかしくないって事ですね」

 

砲手が呟きに反応し、続くであろう後ろ向きな言葉を遮り、滝沢に緊張感を与える。何気ない一言でこんなに緊張が増す事が嘗てあっただろうか。しかし現実は滝沢に考える間を与えない。

森林の淵に沿って哨戒中のT-34が突如停車し、少し後進して静止。砲塔を森へ向けて回し始める。

 

《こちらT-34、森林内に敵車両を確認しました!》

 

双眼鏡を覗き込みながら咽喉マイクに手を添え、指示を出す。

 

「全車両、全速でT-34の所へ、急いでッ!」

 

森の中で微かな瞬きが見え、T-34の近くで土煙が上がるが、その中で赤い炎が輝き、森の中へ飛び込む。中からゴォーンという着弾の音が聞こえ、カシャカシャという特徴的な音が微かに響く。1mの差でT-34は生還し、相手が撃破された。

 

「これが練度の差。幸先いいじゃない」

 

パンターを先頭にM3、III突が綺麗なパンツァーカイルを組んで突進し、T-34の横へ着くと一斉に砲塔を森へ回す。完全に決まったと思った途端、パンターに小さな黒い影が飛び込み、黒い煙が上がった。

 

しかしパンターの砲塔から立ち上がる白い旗に、通信機から響く被撃破の報告に、気を留める者は居なかった。滝沢は砲撃音が響いてきた、かつその黒い影が飛んできた真上を睨んでいた。

 

(はか)られたッ!?此方からは迎撃できない!各車、各個で応対急いでッ!」

 

真下のM4(最大脅威)からは狙えない位置から、外縁車輌を叩き、混乱に乗じて本隊が一気に制圧に出る、とでも言うのだろう。しかし既に本隊は押さえ込んでいる。ギリギリで上川の作戦を未然に防いでいる。ここさえ凌ぎ切れば勝てる。

しかし本隊の積極性の無さに、疑問を覚える。

 

主砲を撃とうと、反転して崖の上を睨んでいたIII突が、またしても崖の上からの砲撃で撃破される。ここで漸く、滝沢は違和感の正体に気付く。

 

「あの精度……ってことは古崎!なら下の部隊にIV号は居ない……各車、森の中の部隊へ攻撃、突撃して!」

 

本隊にIV号が居ないのだ。

 

気付くや否や咽喉マイクを押さえながらキューポラの中へ入り、乗員に臨戦態勢を告げる。指示が伝わったM3、T-34が動き始めるよりも前に、T-34の側面に砲弾が飛び込み、撃破される。臨戦態勢を告げられ車内の空気が凍りつく前に、立て続けにM3が砲撃を受けて、エンジン部から黒煙を吐き、白旗を上げる。

 

「早いッ!」

 

しかし舌打ちする暇もなく、観察窓から正面を覗いた滝沢の目に、パンターが突撃してくる光景が映る。起動輪に繋がるシャフト部を撃ち抜けと指示を出すよりも早く、砲手はトリガーを引いていた。76mmの砲弾が飛び出し、一直線にパンターの砲塔へ向かう。

 

次の瞬間、砲口から砲弾を吐き出そうとしていた車体から黒煙が上がり、白旗が立つ。ショットトラップを起こしてパンターを撃破した砲手が笑顔でピース。

パンターを援護して突っ込んできたIII号へ機銃弾を撃ち込むが、弾かれ、森の中へ逃げられる。

 

「チッ!」

 

残り車両数3対1、おまけに向こうには()()上川と、古崎のペアが乗るIV号が居る。38(t)の砲撃は歯牙にも掛けない防御力は有るが、III号J型の長砲身50mmはマトモに食らうと危険だ。IV号の75mmが残っているなら尚更だ。

 

 

 

陣地を守るため迂闊に動けないM4。そのコマンダーキューポラの観察窓から周囲の森を見渡し、滝沢は不安に駆られていた。

 

《IV号を発見!南南西、距離500m弱!》

 

森の前で撃破され、留まったままだったT-34から通信が送られてくる。即座に位置を確かめ、双眼鏡のシュトリヒで距離を割り出す。

 

「初撃を躱して、直後に反撃、初弾は着弾観測のため加害範囲を優先して榴弾で用意。準備はいいね?」

 

そちらを見ずとも頷く気配は伝わってくる。向こうを睨んだまま、その瞬間を待つ。砲身が微妙に上下を繰り返し、静止する。

 

直後、黒い鉄の塊が飛び出し、一瞬にして迫ってくるが、僅かに手前で地面に突き当たり、M4の車体を揺さぶりながら土を巻き上げる。

 

「砲塔旋回!」

 

着弾と同時に砲塔が旋回を始め、砂埃が薄らぎ始める頃には完全にIV号を睨んでいた。薄れゆく土煙の向こうに一瞬見えたIV号の輪郭を、砲手は見逃さなかった。一瞬のラグも無く、砲身から榴弾が吐き出される。

旋回による振動が収まり切らず、榴弾は僅かに逸れてM4から見て右、IV号の左側へ着弾し、左の履帯を破壊する。

 

後進していたのが災いした。扇形の加害範囲を持つ榴弾が着弾したのは元々IV号がいた場所の真横。つまり後進せず、そのままの位置に留まっていれば、後ろにいくに連れ幅が広くなる(つまり手前なら幅は狭い)加害範囲に入ることも無かった。

 

しかし現実はそうはならず、IV号の履帯を破壊。車体の真横を晒す事となる。

 

「射角修正 上1度!今度こそ!」

 

滝沢の号令で、今度は徹甲榴弾が込められた砲から、再び砲弾が吐き出され、車体左側面に着弾し、車体側面弾薬庫を破壊。一瞬にして白旗が上がる。

 

「あとはIII号と38(t)……」

 

「徹甲榴弾でいいですね?」

 

「うん。ヨロシク」

 

徹甲榴弾を装填したそばから、森の中からの砲撃に晒される。暗くて見えないが、牽制に撃ち返している。

 

刹那、左側面からIII号が突っ込んでくる。即座に機銃で反撃するが、有効弾とはなり得ない。しかし向こうの砲撃は外れ、引き返してゆく。そして森の中に消え、また見えなくなる。

 

 

 

それが幾度か繰り返されたあと、不意にIII号が森の中からの砲撃に切り替わる。ピンポイントの砲撃によって数発被弾しているが、全て防盾で防がれている。

しかし、38(t)の所へ移動し、辿り着くと、共に右の方へ移動して砲撃を繰り返す。……かのように思われた。

 

「滝沢さん、左に移動する影が!」

 

双眼鏡で森を見やると、確かに蠢く影が有る。

 

「あれがIII号ッ!此方で監視し続けるから、砲は38(t)を狙ってよっ!」

 

「はい!」

 

近くに着弾した土煙が、砲手の照準器を介した視界を幾度となく遮る。しかし全く見逃さず、森の淵から抜けて、突撃した時もはっきりと視野に捉えていた。

 

「来たッ!機銃は起動輪の接続軸を狙って!」

 

車体機銃手(通信手)に指示を出し、自身が操る砲の照準は砲塔に、寸分違わず合わせられている。滝沢が監視し続けているIII号は森の影から飛び出してグングンと迫ってくる。

 

「撃てッ!」

 

砲手がトリガーを引きながら、機銃手に指示を出す。撃ち出された砲弾が全て38(t)を捉え、一瞬にして鉄屑へと変貌させる。即座に砲塔がぐるっと回転し、III号を睨む。

 

「発射ッ!」

 

滝沢が叫び、再び徹甲榴弾が吐き出される。

 

長砲身から撃ち出された鋼の暴力(砲弾)が車体に食い込む。至近距離から放たれた運動エネルギーの全てが破壊につぎ込まれ、駆動装置を完全に破壊。撃破する。砲塔から白旗が上がり、エンジン音が消え、動きを止める。

 

「はぁ……」

 

安堵の溜息を漏らす。

 

紅白戦において漸く上川に借りを返した滝沢の顔には、微かばかりの疲労と、それを覆い隠す誇らしげな表情があったという。




・此方でも注意は払ってはおりますが、誤字脱字等発見された方はお手数ですがご報告いただければ幸いです。

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第5回 戦車道全国高校生大会
トーナメント抽選会 -1-


今回から第二章、第五回 戦車道全国高校生大会になります。
しかし戦車の登場も、戦うのも、もうちょっと先です。ご了承下さい。

前回のあらすじ
滝沢車の砲手マジ有能。あと性能がマッハで無視される。(誤解を招きかねない発言)


滝沢、上川を筆頭に、古崎他のメンバーが抽選会会場に着く。

名古屋市鶴舞区 名古屋市公会堂

1930年に完成し、戦時中には陸軍高射第二師団に司令部として徴用された事があり、後にGHQにも接収され、連合軍兵士専用劇場として利用されている(1954年現在)

 

少し暗くなったホールの、正面壇上にはトーナメント表が掲げられているが、各校の校名が書かれるべき一番下の列には、1から32までの数字が振ってある。

 

そして真下の机の上には、ほぼ立方体の箱が置いてあり、複数の垂れ幕が壁の、脇の方に掛けられている。スポットライトで照らされ、文字がはっきりする。

 

『主催:日本戦車道連盟』

『日本高校戦車道連盟』

『連合国軍最高司令官総司令部公認』

『後援:日本国政府』

 

入場する時に、他校の生徒も合わせてどっと雪崩れ込む。ほとんど先頭に居た大洗の生徒達は、後ろから押される形で押し込まれる。

 

「私たちってどの席な「ねぇ聞こえてる~?ヨーグルト学園の「BC学園はこっち来て!」

 

あちらこちらから賑やかな声が聞こえてくる。掻き消されそうになるが、直後に入ってきた一団によって水を打ったように静まり返る。サンダース大付属戦車道チームだ。

恍惚の表情を浮かべて見やる者、去年敗北の悔しさをにじませた顔をする者、羨ましさを顔に浮かべた者、妬みを隠さずに睨みつける者、対応は各々違っていたが、その場に居る全員が彼女たちを意識しているのは確かだ。

 

何処からか寄せられる冷ややかな視線を、我関せずといった風体で歩いてゆく一団だが、ホール後方の扉が開く音に一斉に振り返る。連続優勝校、プラウダ高校のお出ましだ。

 

「あらあら、こんなに早く着いていらっしゃるだなんて、随分とご苦労な事で!」

 

「これはこれは、プラウダの()()()()…何だったかしらねぇ?」

 

双方の隊長と思われる背の高い生徒が群の中から表に現れ、舌戦を始める。何時の間にか中央にいる2集団の周りには、何者をも寄せ付けないオーラに押し出されたのか、無人地帯が広がっている。ピリピリとした、正に一触即発の空気が漂っている。

初体験の上川達1年生は困惑するが、2・3年生はこれだからな、という表情で指定された席へ進んでゆく。途中、通路が狭い場所を通ったが、他校の生徒は脇に寄って道を譲る。これでも大洗女子学園は昨年度準決勝進出の成績を残している。2・3年生は堂々と進んでゆくが、1年生らはペコペコと会釈をしながら隙間を分け入って通って行く。

 

その間にもサンダースとプラウダの間の空気は冷え込んでゆく。

 

「チェブラーシカよ。いい加減覚えたらどぉ?そのなけなしの鳥頭で」

 

「そうそう、その口だけは達者な()隊長。思い出したわ。隊長はお休みのようね?やたらめったら名前の短い、覚えやすいの」

 

サンダースの隊長はギラギラした目つきで煽ってゆく。『副』の一語を強調して吐く。

 

「あぁ、鳥頭だから分かってないようね。私が隊長なの。悲しいわねぇ、対戦相手がこんな鳥頭に率いられた烏合の衆だなんて。今年も優勝は頂きね」

 

プラウダの隊長がサンダースの隊長を睨みつけながら話す。顔には嘲笑の表情が浮かぶ。サンダース側はここまで言われてどう言い返すのだろう。隊長は未だ毅然とした表情で、背をピンと伸ばして相対している。後ろに控える生徒達には不安の表情が浮かんでいるが、それとは対照的だ。

 

「あら、言わなかったかしら?()()()()()()()、って言ったんだけど聞いてないようね?そちらこそ無能に率いられるだなんて残念じゃないの、あぁ、元隊長が居たら良かったのにねぇ?」

 

「大丈夫ですか?」

 

一触即発の緊迫した空気が限界に達したように思った上川は、滝沢へ尋ねる。周りを見渡せば、他の1年生たちも不安げな表情を浮かべ、中央を見つめている。

 

「あれが平常運転と言うか……なんというかねぇ……サンダースもプラウダも毎年こうやってやりあってるのよ」

 

滝沢の回答に唖然とする上川と他の1年生たち。しかしサンダースとプラウダの罵倒合戦は過度に加熱し、お互いの言葉が油となって、お互いの憎悪という炎に注がれていく。

 

「でもあれはちょっと度を越してるわね…………ちょっとあれヤバイ!止めに入るわよ!」

 

プラウダとサンダースのお互いがにじり寄って、腕が上がり、喧嘩沙汰になりかける。滝沢たち大洗3年生が止めに入ろうとした瞬間、後方のドアが再び開け放たれる。

 

「これより、第五回 戦車道全国高校生大会、トーナメント抽選会を行います!席に着いて!」

 

戦車道一般普及委員会から派遣される教導員が、数名で列を作って、暴徒になりかけた生徒らを一喝して諌めながらぞろぞろと入ってくる。先頭の、長い黒髪を結わえた、人が監督員だ。切れ長の目の奥から発せられる鋭い眼光が生徒たちを射抜き、負の感情を抑え込ませる。そんなオーラが漂い、場は沈黙に包まれる。

 

 

 

ほとんど全部の席が生徒で埋まる。暫く経つと、壇上が照らされる。

 

『これより抽選会を行います。各校の代表生徒は裏手に回り、第二控室へ。担当者が誘導します』

 

アナウンスが流れ、あちらこちらで生徒が立ち、移動してゆく。ぞろぞろと近くの扉から外へ出てゆく。少しざわつくが、正面の壇上に監督員らが現れると、ピタリと収まる。

 

硬質な空気が場を支配するが、舞台袖から色とりどりの、それでも緑や青、紺色や白などまとまりのある服を身に纏った女子がわらわらと出てくると、再び空気は和む。

 

「あれが各校の隊長ね。深緑のタンクジャケットを着てるのがプラウダ高校のチェブラーシカさん、その隣で苦い顔していがみ合ってる、ジャージっぽいタンクジャケットのがサンダースのレイラ(Lilah)さん。あとは滝沢先輩とあの青い襟のセーラー服の人がヨーグルト学園の(みなもと)さんで、紺色の服に赤い紐が付いてるミッション系の制服の人はst.グレナディーン学園の……なんて名前かな?諜報に拘ってるらしくて情報が……右端のベージュっぽいタンクジャケットは千葉短大付属、通称チハタン学園の(あずま) 麻美(あさみ)さんだね」

 

滝沢から託されたメモを参照しながら古崎がスラスラと説明してゆく。そこにはびっしりと手書きの文字で各隊長の情報が書き込まれている。壇上では、珍しくメガネをかけた滝沢がぎこちない動きで立ち位置を左右に動かしている。

 

滝沢のメガネは本気(ホンキと書いてマジと読む)モードの指標である。巡り合わせの妙で、最初にクジを引くこととなった滝沢を、メンバーが固唾を飲んで見守る。

 

全国大会は、まだ始まったばかりだ。




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トーナメント抽選会 -2-

遅れまくって本当に申し訳ありません!
タイトルは抽選会ですが、後半(文字数的には後ろ2/3)は作戦説明です。


-1-

 

《大洗女子学園、22番!》

 

滝沢が思い切ったように、箱に手を突っ込み、引き抜く。その札には22の文字が書き込まれている。それをアナウンスが読み上げると、会場内にどよめきが走った。

 

トーナメント表の各校名が入る場所の、22と書かれた場所に『大洗』の札が入る。役目を終えた滝沢は、緊張が切れたようにヨロヨロと端へ移動し、用意された椅子へ崩れ落ちる。その内に次の隊長が中央へ移動し、箱の前に立っている。

 

《ヨーグルト学園、21番!》

 

大洗のすぐ隣、早くも一回戦の相手として決まったのはヨーグルト学園だった。青い襟の付いたセーラー服を着る隊長が滝沢の隣へ座る。

 

 

後は早かった。何とは言え、あとは各校がくじ引きで決めるだけだったからだ。

 

結局、大洗のいる側のブロックはサンダース、もう一方のブロックにはプラウダが入り、大洗とサンダースが順当に勝ち進んだ場合、ぶつかるのは準決勝。一回戦はヨーグルト学園で確定、二回戦はチハタン学園が最有力、三回戦ではBC学園又は自由学園が有力という、なかなかに酷な組み合わせとなった。(もっとも、後に奇跡と称される一翼を担うことになるのもこの酷な組み合わせなのだが)

 

そして、後に合併(同時に内部抗争も背負うことになるのだが)するBC学園並びに自由学園という何かを感じるような組み合わせを生み出した抽選会は、サンダースとプラウダが依然としていがみ合ったまま、閉会となった。

 

 

「まさかこれ程の組み合わせになるなんてね……」

 

顔に苦笑いを貼り付けた上川の隣に古崎が並ぶ。しかし古崎の顔は心配げな表情に染まっている。

 

「作戦立案で無茶したらダメだよ?体壊しちゃったら元も子もないんだから……」

 

「あはは……」

 

「そうだかんね、上川」

 

滝沢も反対隣へ並び、目の前の海を眺めている。艶やかな黒髪が海風に靡き、足元の海面に連絡船が描く三角波が、無限遠へと続いているような水平線へ吸い込まれていく。時刻は夕方で、沖合に停泊中の学園艦に向けて進む連絡船は、橙色の平面にポツリと浮かんでいる。

 

その夕焼けの光も弱まり、3人の周りも影に包まれていく。暫く続いていた雑談も、途切れて沈黙が続く。

 

「月齢15……満月ですね」

 

「初夏とはいえ、夜はやっぱり気温が下がりますね……」

 

東の水平線から顔を覗かせた満月を見つけた上川が呟く。初夏ではあるが、夜はまだ冷える。古崎もそう言い、3人揃って賑やかな声と光が漏れてくる船室に戻って行った。

 

そこに残ったのは、甲板を駆け抜ける潮風と、月の僅かな光。そして、それを大幅に上回る強さの船室の窓からあふれる光だった。

 

 

 

-2-

 

「ヨーグルト学園は、IV号駆逐戦車・48口径を1輌、III突のF型を1輌、それとIII号B型複数を保有する私立校ですね。恐らくIV号駆逐戦車をフラッグ車として投入するでしょうから、我々はその正面装甲を撃ち破る必要があります。カタログスペック上の装甲厚は80mm前後と、7.5-cm-KwK 37 L/24の貫徹力100mmのGr.Hl/Cでも十分ですが、傾斜がかかっているため実質の見かけ上装甲厚は100mmを超え、撃破は困難を極めます。これを突破可能なのはM4A1の76.2mmM1でなおかつ、500mで135mmの貫徹力を持つHVAP、高速徹甲弾であるM93弾と、パンターの7.5-cm-KwK 42 L/70のPzgr.39・APCBCのみ。我々が撃破可能なのは700m圏で2門、500m以内で3門です」

 

ホワイトボードに、上川がIV号駆逐戦車の側面断面図を描いた紙を貼り付けながらスラスラと話す。滝沢はよくもこれだけスラスラと話せるもんだと舌を巻く。

 

「しかし、7.5-cm-KwK 40 L/48の貫徹力は、パンター以外の正面装甲を1,000mで確実に貫通可能です。III突の正面装甲は垂直な面が多いのでIV号D型とIII突A型でも相手ができます。また、IV号駆逐戦車に対しても長距離であれば山なりの弾道を描くIV号、III突のHEATで垂直に着弾させることで撃破可能です。ですが、理想的な距離はおよそ1,200mです。この距離での狙撃は困難です。しかし勝機もあります。1回戦の会場は山岳と荒地ステージです。起伏に富み、足回りの弱いドイツ戦車の行動は大きく制限される筈です」

 

今度はどこからか地図を取り出した上川は、一頻り説明を終えたIV号駆逐戦車の図面の上に貼り付ける。局所的に幅の狭い等高線が模様を作り、大きな起伏があるのはパッと見でも想像に難くない。既にお互いのスタート地点も書き込まれている。

 

「この通り、開始時点で130mの高度差があり、この差があれば600mの距離から垂直に着弾させることが出来ます。ドイツ以外の車両を含むこちらは、より迅速に標高を稼ぐことができます。傾斜装甲の場合高度優位を取った方が絶対的有利です。従って、勝算は大きいです」

 

『おぉ!』

 

部室に集まっていた部員から、感嘆の声が漏れる。一拍置いてから、驚愕の色を見せていた滝沢がふと気づいたように質問する。

 

「部隊の編成はどうする?攻撃隊と本隊とでバランスは必要だと思うんだけど?」

 

「そうですね。……攻撃隊は火力に秀でた車両。本隊は防御力に秀でた車両が必要ですから、思い切ってパンターは2輌とも本隊へ回して、フラッグ車にしましょう。高度差がなくとも正面同士で向き合えば一方的に撃破できる火力もありますし。後の攻撃隊には、M4A1(76)W、IV号D型、III突A型、T-34/57を投入します。残りのM3、III号J1型、ルノーB1bis、38(t)は本隊に編入して護衛としましょう」

 

打てば響くように隙も無く話すと、その通りにホワイトボードに貼り付けた各車を表すマグネットを2つに分ける。それと同時にどよめきが部室中を駆け巡った。

 

6輌のうち、B1bisを中心に左右やや斜め後ろにM3、III号J1型が展開し、その後ろにフラッグ車でない方のパンター、フラッグ車のパンター、殿に38(t)が続く、所詮(海戦における)警戒陣と呼ばれる隊形をマグネットで作っていたからだ。後列部隊を含むものとしては最小規模のパンツァー・カイルとも呼べるが、最大火力が後列に下がった、防御を大前提とした陣形である(対するパンツァー・カイルは進軍を前提とした攻撃的布陣)。

 

もう一方の攻撃隊は、崖を切ったような細い(片方は崖がそそり立ち、もう一方はギリギリまで崖が切り立っている)道を通るので、一列に並び、先頭はIII突。T-34/57、M4A1(76)W、IV号が続くという陣形で、崖の()()()()()()()()()進むという作戦となった。

 

「こんな感じでいきましょう。恐らく、敵はこちらがパンターを攻撃隊に投入すると予想してくる筈です。最大火力がフラッグ車から離れていると予想して、フラッグ車を襲いにくる。又は、攻撃隊の撃破に主力勢ぞろいで来ると思います。その裏をかいて、罠を仕掛けます」

 

砲に優れたドイツ駆逐戦車の強固な正面装甲を撃ち破るにはこれしか無い。

 

 

 

物量作戦とも言える戦いは、策略を巡らし合うという知能戦から始まった。




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一回戦:ヨーグルト学園 -1-

長らくお待たせ致しました。

戦闘経過のイメージが掴めずに書き進まなかったのが遅れた原因なのは内緒。
あと時間が無いとかそんなんじゃないし(ツンデレ並感)


新調したタンクジャケットを羽織り、車長用キューポラに腰掛ける上川。濃緑をベースに、スカートは明灰褐色。襟はスカートと同じく明灰褐色に黄色のラインが入っている。

 

「これってどう見ても太平洋戦争中後期の日本軍の航空機標準塗装だね……」

 

「新しく用意しようとしたらこの色が安かったんだって」

 

「塗料そのものは余ってたのかな……」

 

「でもイマイチ戦車の迷彩には溶け込まないかも」

 

うーん…と黙り込んでしまう上川。でもその視線は向かいから接近してくるIV号駆逐戦車1輌、III号突撃砲F型、III号突撃砲G型、そして7輌のIII号戦車B型に向けられている。

 

「それでも森林偵察にはもってこいの色味だし……結果オーライだね……それよりも、III突G型の方が私としては意外かな……情報に無かった…………しかもそっちの方がフラッグ車……」

 

古崎にそう告げると、最後の言葉とは裏腹に軽い足取りで戦車を飛び降り、滝沢を差し置いて一着で列に並ぶ。その向こうに一列横隊で並んでいる10輌の戦車には、ツィンメリット・コーティングが施されている。

話は逸れるが、磁気吸着式の対戦車地雷の開発を行っていたドイツ軍は、いずれ連合国軍も同様の兵器を開発してくるだろうと、戦車に消磁性を持つ塗料を塗りたくった。それがコーティングの正体だ。しかし、III号B型は当時既に旧式化し戦線から下がっていた事もあり、IV号駆逐戦車(L/70)は逆に戦線に送り込まれたのは磁気吸着式地雷のリスクが無いと判明した後であるから、共にツィンメリット・コーティングが施された車両は極少数又は存在しない。

強いていえば、IV号駆逐戦車(L/48)は殆どがツィンメリット・コーティングを施されているため、フラッグ車は元からの可能性が高い。

 

対してこちらの車両の中でツィンメリット・コーティングが施されたパンターは、A型がちょうど投入されていた時期と重なっているので、殆どが施されている。現在も車体表面に模様は残っている。

 

向こうのツィンメリット・コーティングは、恐らく導入したものに自分達でそれらしく仕上げたのだろう。上川はその様に予想した。

 

「これより、戦車道全国大会、第一回戦を行います。一同、礼!」

 

『よろしくお願いします!』

 

複数名の重なった少女の声が、初夏の空気を震わせる。戦いの火蓋が切られた。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

《こちらIII突。前方、崖下の荒野に砂塵。敵車両と思われます》

 

「了解しました。監視はT-34に一任します。他部隊を警戒してください。通路に突入します」

 

《了解!》

 

通信を終えると同時に、T-34から通信が入る。

 

《正面の車両群は全てIII号B型と思われます!数、6輌!》

 

「了解しました。今は泳がせておきましょう。それよりも、IV号駆逐戦車を発見する方が優先です」

 

《了解しました!》

 

森林の中をゆっくりと進む本隊との相対位置を頭の中に思い浮かべながら、キューポラから乗り出し、双眼鏡でおおよその距離を割り出す。こちらは高度を稼ぐ為に迂回して前進が遅れているため、本隊の方が前に出ているが、それでも十分な距離は離れている。

 

「まだ4900m……」

 

その呟きは頭上から響いて来た轟音に掻き消される。反射的にキューポラから車内に戻るが、その選択に間違いは無かった。直上に着弾した砲弾が、周囲の石を削り、車両の上に降り注ぐ。

 

「砲撃!?」

 

《嘘でしょっ!?》

《急にッ!?》

 

各車から入る通信が混乱を伝える。しかし、上川以外で、1人だけ冷静に対処した者がいた。

 

《方位左03、距離1100!ほぼ正面の崖上!IV号駆逐戦車L/48!M93装填して。仰角6.3!》

 

砲手と装填手に指示を出しながら、滝沢が砲撃元を見付け出す。ほぼ正面で、崖の上の森の中からの砲撃に気付いたのだ。

 

「HEAT装填してっ!この距離なら正面でも抜けます!T-34も応戦してッ!」

 

《了解!》

 

T-34からの応答と、装填機のガコンという硬質な金属音が同時に上川の耳へ飛び込む。既にM4A1は初撃を放っている。

 

【ヨーグルト学園、IV号駆逐戦車L/48。車体正面下部にM4A1(76)WのM93を被弾し、変速機大破、砲駐退機並びに砲座破損。射撃並びに移動不可。修理時間は主砲20秒、変速機30秒】

 

審判からの通信が全車に響く。的確な砲撃が脆弱な部位を直撃して貫き、暫しの戦闘不能判定を与える。

 

「この20秒で決めて!今からでも間に合います!」

 

上川が咽喉マイクに手を添え、通信機に叫ぶと同時に、IV号の主砲が火を噴く。III突も同時に砲撃しており、IV号駆逐戦車の60mmの装甲にHEATが突き刺さる。

 

大きな落角で突き刺さった砲撃は正面装甲に致命的なダメージを与える。最初の被弾で劣化していた均圧延鋼板を砕いた一撃が、内部に破壊的な被害を与える。直後に着弾したT-34/57の高速砲弾が車内へ飛び込み、HEATの高温ジェットと共に内部を完全破壊したと判定。車体から白旗が上がる。

 

その間、敵の発砲から僅かに18秒。試合開始から14分が経過した時点だった。1時間から、場合によっては3時間以上もざらな戦車道の全国大会としては異例の速さで試合が動く。

 

「今、砲撃をまともに受けると危険です。速度を上げて、向こうの道が広くなっている地点まで移動します。パンツァー・フォー!」

 

上川が叫んで指示を出すと、一瞬も遅れずに全車が速度を上げて前進する。土煙を巻き上げながら、周りに砂を撒き散らし進む。その間にも、側面から砲撃を受け、土煙の中を()()()()()が跳ね返り、踊る様に舞う。

 

「III号の砲撃ならT-34、M4A1、III突の正面装甲で防げます。IV号は残念ながら出来ないので、ハルダウンで応戦してください」

 

『はい!』

 

砲手を務める古崎と、窓から正面を覗いている操縦手から返事が帰ってくる。上川の指示に寸分遅れずに実行に移し、崖の淵手前で停止して砲撃を始める。

 

衝撃が車内を揺すり、炸薬に含まれる硝煙の臭いが鼻を突く。煙で霞む視界の中、装填手は速やかに次弾を装填している。次発の砲弾が、装填装置のガコンという金属音と共に薬室へ吸い込まれていく。

 

装填状態を示すランプが、赤から緑へ切り替わったのを確認した古崎は、遥か下を蠢くIII号B型へと的確に狙いを定める。大洗砲手第二位(第一位はM4A1)の腕が光り、彼女が指を引くと同時に放たれた砲弾は、一瞬の後に敵車両へ吸い込まれ、撃破判定を与える。

 

「敵集団は残り4輌。攻撃を続けます」

 

M4A1も1輌撃破したので、最初6輌だった敵集団は4輌まで数を減らしている。

 

 

 

お互いが相手を警戒し、腹の探り合いに徹している事もあり、小競り合いは数対数の様相を呈する事なく、少数奇襲の掛け合いとなった。前衛と思われる6輌相手に一方的な戦いで確実に戦力を削っていく。

 

しかし本隊はいずれとして手掛かりを掴めず、上川の不安は更に増していく。

未だ序盤のこの戦いは、一筋縄では行かないようだ。




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一回戦:ヨーグルト学園 -2-

えっと……
半年近く投稿が開いてしまい、申し訳ありませんでした(震)

今回で一気に決着まで行きます。


III号B型が地べたを駆け回る。車輌は旧式だが、猛訓練を窺わせる巧みな動きで次々と躱す。

 

「反撃はしてこないけど、こっちの弾薬はただただ減る一方だよ……」

 

砲手の古崎が呟くと、上川も反応する。

 

「今後の本隊との遭遇に備えて、ある程度弾薬は残しておきたいけど……各車、徹甲弾の残弾はどれだけですか!?」

 

《こちらIII突。Gr.Hl/C(HEAT)はあと30発あります!》

《M93はまだ43発あります!》

《T-34!BR-271K(APHE)は22発です!》

 

「敵の主力はIII突2輛だよ。さっきIV駆撃破したし……」

 

「そうだね……」

 

古崎に指摘され、思案する上川。その脳裏には、先ほどIV号駆逐戦車を撃破した時の情景がフラッシュバックする。

 

『やった!』

 

『フラッグ車じゃない……?』

 

最も重装甲のIV駆がフラッグ車になるのがセオリーだが、実際はそうなっていない。罠であると捉えるのが妥当だろう。

 

「M4!機銃掃射できますか!?」

 

《いつでもどうぞ!》

 

「ブローニングの火力なら、車体天板を貫通できる筈です。徹甲ベルトで準備してますから、攻撃開始してください!」

 

《がってん承知!》

 

車長の滝沢が意気揚々と車長用キューポラから飛び出し、照準器を睨むや否や、すぐさま銃撃を始める。

 

その効果は絶大で、凄まじい弾幕に襲われたIII号戦車は、エンジンに支障を来たして動きを止める。そこへ止めと言わんばかりにIII突やT-34の砲撃が突き刺さり、白旗が上がる。

 

その通信が飛び込んで来たのは、そんな最中だった。

 

《こちらフラッグ車(パンターA型)!側面より砲撃を受け、転輪破損並びに衝撃により変速機機能停止!移動不能です!》

《こちら38(t)!奇襲受け大破!戦闘続行不能です!》

 

そしてその悲鳴にも似た通信は、各車に混乱を広げる。

 

 

更に、機銃を撃ち込んでいた滝沢は、遠くで微かに響いた()()()を聞き逃してしまった。

誰も気付かないまま、M4A1が火を噴き(たお)れる。

 

《クッ!やられた!》

 

「M4が白旗!」

 

「嘘っ!?」

 

唐突に訪れた、突き上げるような衝撃。真横から撃たれたM4は、爆煙を吐きながら横に激しく揺れ、一瞬の後には白旗を上げていた。

その混乱は、上川さえをも襲い、状況を伝えた古崎の言葉に驚きを返すしかできなかった。

 

【M4A1(76)W、車体側面に直撃弾。車体弾薬庫に誘爆判定!】

 

審判の声が、通信機からIV号の車内を揺さぶる。

 

「M3、B1bis、III号は、被弾方向に回ってフラッグ車の楯になって!フラッグ車は敵III突の位置特定を急いでください!」

 

《りょ、了解です!》

 

焦ったような声で返答があるや否や、上川は古崎に小声で指示を出す。

 

直後、砲塔が90°右に旋回し、白旗を上げ黒煙をなびかせるM4越しに、向こうの崖の上、森を睨む。

 

「さなちゃん、アレがフラッグ車かな……?」

 

照準器を覗く古崎の目は、既にIII突の姿を捉えていた。

 

「暗くて不明瞭だね……下の本隊を襲った方かもしれない」

 

キューポラから頭だけ出して、砲身の向く先を双眼鏡で見つめる上川。その目の前では、T-34/57が目標を捉えている。

 

《こちらフラッグ車。敵III突を視認しました。これより反撃に移ります!》

 

「健闘を祈ります!」

 

一言返し、通信を攻撃隊の各車に切り替えると、続けてこう言い放った。

 

「撃ち方始め!」

 

上川が言い終わるが早いか、古崎は一瞬の遅れもなく引き金を引いた。

T-34、III突も初弾を放ち、3発の砲弾がヨーグルト学園のIII突F型に至近弾として襲い掛かった。

 

「爆発閃光確認できません!第2射急いで!」

 

《こちらフラッグ車!すみません、後続のパンターが撃破されました!》

 

【大洗、パンターA型、車体側面スポンソンに被弾。弾薬庫に誘爆し撃破判定】

 

状況を淡々と告げる審判の声。

しかし、主砲発砲の衝撃で、空気が掻き混ぜられている車内で、誰も聞き取ろうとはしなかった。

 

(フラッグ車がとどめを刺すのが先か、こちらが撃破するのが先か……)

 

その直後、IV号を激震が襲う。

 

「被弾!」

「III突の砲撃を貰いました!」

 

「白旗は!?」

 

被弾の白煙が視界を塞ぐ車内で、矢継ぎ早に報告が上がる。上川は衝撃で崩れ落ちた体勢からゆっくりと立ち上がり、後頭部を庇うように手を当てて声を出した。

 

「まだ行けます」

 

通信手の声が響き、それを聞いた上川はすぐに古崎に声をかける。

 

「主砲は?」

 

「被弾によるダメージが予想できないよ……たぶんあと一発でオシャカになる……!」

「砲尾部、目視点検で損傷見受けられず」

 

「ならば結構!応戦、撃ち方始め!」

 

《こちらフラッグ車、更に被弾しました!砲塔旋回の補助動力が停止!……ですが、まだ撃てます》

【大洗パンターA型、車体左スポンソンに被弾。弾薬庫に直撃も、車体左弾薬庫空だったため誘爆判定は無し】

 

フラッグ車と審判から同時に通信が飛び込む。

 

「フラッグ車にすべてが掛かっています。絶対に倒してください!」

 

《了解!》

 

 

 


 

「装填手は旋回補助して!目標は更に左方向、相対方位左110°へ動きつつあり、距離は400から380!」

 

「車長!IV号がやられました!」

 

通信手から報告が来る。滝沢・上川という二大司令塔が実行力を失った今、自分たちでやるしかないと腹を括り、修理完了判定の出た足回りで砲塔旋回を補うように指示する。

 

「車体後方に入り込まれると、エンジンに被弾した時に厳しくなるから、車体後部をできるだけ晒さないように」

 

「ん、りょうかい」

 

落ち着いた声が返ってきて、パンター()が最後に息を吹き返したように、地を踏みしめながら廻り始める。

 

「主砲、この一発で決めて!」

「うん!」

 

「……撃てっ!」

 

目標を睨み据えた主砲が火を吹き、高初速で砲弾を敵へ送り込む。

 

「やったっ!」

 

スコープで目標を睨み続けていた砲手が声を上げ、一拍遅れて白旗を双眼鏡で見た車長も胸をなでおろす。

 

 

 

 

【ヨーグルト学園、フラッグ車III号突撃砲G型、走行不能。よって、大洗女子学園の勝利!】

 

 

そして、通信機から審判の声が漏れ聞こえる。

 

 

 

 


 

『ありがとうございました!』

 

夕焼けの太陽光を真横から受けながら、向かい合って挨拶をする2チーム。正午に始まった戦いは、4時間の激闘を経て大洗の勝利に終わった。

 

途中、隊長の滝沢が乗るM4A1(76)Wと、チームの軸として活躍する上川のIV号D型が撃破されるなど、危ない局面もあったが、最後はフラッグ者同士の撃ち合いを制した大洗に軍配が上がった。

 

「いやぁ~、危なかったねぇ」

 

「はぁ、もうちょっと深く考えるべきでしたかね……?」

 

「その反省は二回戦以降に、ちゃんと生かせよ?」

 

「滝沢先輩……そうですね」

 

夕日を背に、肩を並べて迎えの大型バスへ歩いてゆく2人を、チームメイトがわらわらと取り囲む。

 

彼女たちの笑顔は、太陽以上に眩しく、温かかった。




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二回戦に向けて

「今日の練習では、行進間射撃を行いたいと思います!」

 

『はいっ!』

 

「もちろん、いくら突き詰めたところで静止射撃の方が精度は上です。ですが、これができるだけで砲撃の機会が驚くほどに増大するはずです。二回戦を勝ち上がって、そのさらに先へ行くには、必要不可欠となります。それでは、練習を開始します!」

 

1年生ながらに戦術指揮を任され、最初は手間取っていたが、すっかり板についているな、と思いながら滝沢はM4A1(76)Wに乗り込む。

 

 

 

-1ー

 

 

「それでは、低速での行進間射撃から始めましょう。時速5kmで前進しながら、正面の的を狙って照準してください」

 

上川の声は、通信機で全車に中継されている。

 

「撃ち方始め!」

 

その号令に合わせ、各車の主砲が火を噴く。IV号の砲撃は的の右3mに着弾し、M4A1の砲撃は左2mをまっすぐ突き抜けていく。他の車両の砲撃は大きく逸れるものが多く、パンターは2輌とも大きく上へ、T-34とIII突は手前に落ちる。III号とルノーB1bisの射撃は横方向へ飛んでいく。38(t)、M3リーの砲撃は明後日の方向へ行く。

 

『あちゃー』

 

通信機から各車の落胆が伝わってくる。

 

「今は練習なので落ち込んでも構いませんけど、試合ではくれぐれも注意してください。負の感情は連鎖します。落ち込んでる暇があったら次弾を準備してください」

 

『了解!』

《上川、張り切ってないか?》

 

「えぇ、今まで意味もなく持て余してた知識が生かされるんですからウキウキです」

 

「うわぁ、さなちゃんそれ危ないよ……」

 

「えっ?」

 

意味が分からないという風に訊き返す上川。しかしすぐに取り直して、アドバイスをしていく。

 

「まず、上下のブレは、車体の動揺が砲に伝わっていることが原因です。肩で砲の基部をしっかり固定して狙うと砲が安定します。次に、左右のブレは、車体が軽い戦車で起こりやすいです。前進の際に左右に車体が揺さぶられるんですね。照準器を覗き込んでいるとケガしやすいので注意して、こちらも砲の固定を意識して狙ってください。大きく逸れる場合も同様です。注意して狙ってください」

 

 

 

-2ー

 

「上川、練度はどんな感じだ?」

 

大洗女子学園、生徒会室。学園艦の、あの大きな生徒会室に移る前のその部屋は、書類がうず高く積まれただけで反対側が見えなくなるほど狭かった。

 

そんな書類の壁越しに顔を出し、呼び出した上川に質問する部屋の主、もとい広報の滝沢。

 

「行進間射撃の命中精度は900mで55%の目標ラインに届きました。最初のころとは比べ物にならない進歩です」

 

「まだ上げられるか?」

 

「照準器と砲の性能的に、38(t)とルノーB1bisの副砲は60%くらいが限界だと思いますけど、他の車両であれば、70%、パンターA型とM4A1(76)Wなら75%まで上げられるはずです」

 

「二回戦に進出を決めたチハタン学園は、九七式中戦車を主力としている。57mm榴弾砲搭載の旧砲塔型ならともかく、47mm対戦車砲搭載の新砲塔型に零距離射撃を受けると危険だな」

 

「装甲厚が80mmあれば、200mから放たれた徹甲弾は問題なく弾けます。500mでは70mm、1,000mでは50mmあれば十分と言ったところでしょうか。この程度であれば、800m以遠から貫通されるリスクは極端に低いと言えます」

 

「向こうは装甲が薄いから、こちらの高火力重装甲戦車を前面に押し出せば十分戦える、か」

 

「はい。そういう判断でいいと思います」

 

ちなみに今、生徒会長と副会長は議会に参加しており、生徒会室には上川と滝沢しかいない状況だった。

 

「チハタン学園の主戦法は、行進間射撃での陽動と、少数精鋭部隊での隠密接近・裏取りからの背面奇襲を仕掛ける、流動的強襲戦術だな」

 

「ですが、気になる兆候が」

 

上川の発言に、微かに眉を顰めてオウム返しに訊き返す滝沢。

 

「気になる兆候?」

 

「はい。実は、先日行われた一回戦の戦闘経過詳報がこれなんですけど……っと」

 

そう言いながらくるりと後ろを向き、カバンの中から一冊の小冊子を取り出す上川。

 

「これがどうかしたのか?確かに陽動にしては砲戦距離が急に近づいてるのが気になるが……」

 

「そこです」

 

短く一言言った上川に、思わず「?」マークを浮かべる滝沢。

 

「奇襲部隊が例年の3輌から4輌に増加しているのも気にかかりますが、通常ならば陽動は後退しながら挟撃できる有利な地点に引きずり込むのが定石です」

 

「というか、それがそもそもの陽動の定義だからな」

 

「はい。ですが、この戦いでは、奇襲部隊は大外を回りこんで後背を取り、陽動部隊と同時に前後から挟撃しています。しかも、前進して包囲網を狭めながらです」

 

()()……?」

 

「通常の陽動がいわば、()()()()ための戦術であるのに対し、この戦法は些か攻撃的かつ、勝利を拾うための戦法……と言ったところでしょうか」

 

「なるほど。もはや陽動とは呼べないわけか」

 

「はい、そこなんです。これはどちらかというと『突撃』と言った方が実態に即しているかと」

 

『突撃』の単語に少し身震いする上川。

 

「作戦に具体案はあるか?」

 

「一応ですが。……あの、真っ新な紙ってありますか?図示したいんですけど……」

 

「ん?あぁ、はい。これならいいかな」

 

「ありがとうございます」

 

そう言うや否や、鉛筆で線を書き込んでいく上川。

彼女の説明が進むにつれ、滝沢の顔にも喜色が浮かんでいった。




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