鵜養貴也は勇者にあらず (多聞町)
しおりを挟む

鵜養貴也の章
第一話 園子と貴也



鷲尾須美の章 放映一周年記念で投稿開始。
当面、週二ペースを維持の予定です。




 

見渡す限りの風景が海の向こうから伸びてきた巨大な植物の蔓や根に覆われていく。

樹海化だ。

 

樹海化によって一変した神秘的な風景を前に五人の少女たちが見下ろしていた。

 

遙か向こうから異形の化け物の群れが迫ってきている。

少女たちの心に不安がよぎる。

前回までの戦いとは違う。相手も全力。厳しい戦いになる。

 

しかし少女たちは逃げない。

なぜなら、彼女たちは『神樹様に選ばれた勇者』だからだ。

化け物どもから、この四国を、神樹様を守るために戦う宿命を背負った勇者だからだ。

 

彼女たちの勝敗如何で人類の命運は決まってしまう。

それでもなお、いや、だからこそ彼女たちはその身を、心を奮い立たせていた。

 

 

 

 

だが……

 

彼女たち自身すら自覚できないほどの、心の片隅の小さな小さな部分。

そこは泣き叫んでいた。

 

当たり前だ。彼女たちは年齢的にはまだ十代前半の中学生に過ぎないのだから。

 

とはいえ、それでもなお彼女たちは勇者であった。

自身が傷つくこと、自らの死を恐れてのものではなかった。

 

純粋に『仲間の誰一人欠く事無く終わってほしい』という想いだけ。

 

だから彼女たちは自覚無く願う。

 

『誰か……、誰でもいい。助けて……、私たちを救って……』

 

その小さな願いは、やがて祈りとなり……

 

 

 

 

「みんな、アレをやろう」

 

互いに声を掛け合い、少女たちは円陣を組む。不安に負けないように。

 

揃って鬨の声を上げると、少女たちは絶望に立ち向かうべく歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「お父さん、お母さん、おはようございますっ!」

 

鵜養隆史(たかふみ)は息子のその朝の挨拶に目を丸くした。

傍らでは妻の千草も朝食を用意する手を止めて、息子の顔をじっと見つめている。

 

「どうした、貴也? いつもはパパ、ママと呼んでいるじゃないか」

 

そう柔和な顔で尋ねる父に対し、貴也は少しはにかむような仕草を見せた後、幼いなりに決意をはっきりと見せて答えた。

 

「うん。先月、千歳が生まれてお兄ちゃんになったし……、それに今日から一年生だから!」

 

その答えに隆史も千草も、自分たちの息子が精神的な成長を見せている事を感じ、心から喜んだ。

 

「そうか、そうだな。今日から小学生だもんな」

 

「そう、貴也も立派にお兄ちゃんしようと思ったのね。さあ、顔を洗ってらっしゃい」

 

隆史は破顔し、その手で息子の頭を撫でくり回し、千草は優しい声で息子を促す。

 

 

 

 

貴也は今朝、目覚めた瞬間にその考え、決意が湧き起こった事になんの疑念も感じていなかった。

 

『そうだ、僕はお兄ちゃんになったんだ。今日から一年生なんだ。だから、もうパパ、ママじゃなくてお父さん、お母さんって呼ぶんだ!』

 

だから、自分のその気持ちを一刻も早く両親に伝えたくて、寝床を出ると一目散に両親の元へ赴き、朝の挨拶をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

神樹館小学校の入学式は滞りなく終了した。

自宅に帰ってきた貴也たち親子は両親双方の祖父母を交えて、祝い膳代わりの昼食を摂り、しばらく団欒(だんらん)の時を過ごす。

 

「ん、そろそろ時間だな」

 

「そうね。貴也、服をちゃんとして」

 

「もうそんな時間なのね。乃木家には失礼のないようにね」

 

「お義母さん、ご心配なく。貴也も先方では行儀良くするんだぞ」

 

両親が慌ただしく準備を始める。

今日は午後三時からの約束で、乃木家本家に挨拶に向かう予定なのだ。

貴也を連れて行くことはおろか、両親にとっても初めての訪問となる。

 

「僕、知ってるよ。乃木さんて四国で一番偉いうちなんだよね」

 

母に制服を直してもらいながら、貴也はやや得意げに父に話しかける。

 

「よく知ってるな、貴也。そうだ。正確に言うと大赦のツートップの片方だ。一つはより宗教的……、神樹様をお祀りする方で力があるのが上里家。そしてより政治的、普通の意味で力を持っているのが乃木家だな。まあ、大赦のトップということは四国では総理大臣より力があると言っても過言じゃないがな。でもな、貴也。鵜養家も捨てたもんじゃないんだぞ」

 

すると、父方の祖父も相槌を打つ。

 

「そうそう。赤嶺や鷲尾、三ノ輪に弥勒といった名家よりも格上なんだぞ」

 

「父さん、それは本家に限った話でしょ。うちは分家だから……。まあ、ツートップを支える御三家、伊予島、土居、鵜養と言えば大赦はおろか、政府内でも力があるようですけど」

 

「うちって、そんなに偉いの?」

 

貴也は父と祖父の会話の内容に驚く。子供ながらに自分の家族の生活レベルが名家と呼べるほど裕福であるとは感じておらず、中流の普通の家であると感じていたからだ。

 

「いやいや。うちは曾祖父(ひいじいさん)、貴也にとっては高祖父(ひいひいじいさん)か。その代で本家から分かれた分家だから。まあ、普通の家だよ」

 

「じゃあ、今日はどうして乃木家へ行くの?」

 

「ああ、仕事で今度パパが乃木家本家の担当になったからさ。それで、その挨拶に伺うんだ。貴也も顔つなぎしておけば、将来役に立つかもしれないぞ」

 

「千歳は連れて行かないの?」

 

「千歳は赤ちゃんでしょ。まだ、病院以外はお外に連れて行かない方がいいのよ」

 

「ふーん」

 

ベビーベッドですやすやと眠る妹を見やりながら、貴也は

 

『お留守番は、ちょっと可哀想かな』

 

と考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

乃木家は貴也の想像以上に大きな邸宅だった。

 

貴也の家からは意外に近く、幼い子供連れであっても徒歩でなんとか来れる場所にそれはあった。

 

大きく立派な門をくぐると広大な和風庭園が広がり、その奥に見たこともないほど大きく両翼に広がる平屋の和風建築。どういった役割があるのか他にも何棟か、やはりこれらも和風の平屋が建っていた。

 

執事らしき人に促され本館に上がると、玄関だけでもちょっとしたパーティーが開けそうなほど広く、内装も豪華であった。さらに長い廊下を進み、客間へと案内される。途中、洋風の部屋もあれば和風の部屋もあるようだった。

 

客間では三人の人物が待っていた。乃木家の当主その人とその奥方、そして彼らの一人娘である園子。

 

貴也の園子を見た第一印象は『お人形さんみたいに可愛い子』だった。

整った目鼻立ち、ミルクティー色の柔らかそうな髪。その容姿に違わぬおっとりとした受け答え。

 

しかし、その受け答えの内容はとても的確で、貴也は自分より一つ年下の幼稚園児とは信じられなかった。

 

 

 

 

一通りの挨拶が済み、雑談を交えてお茶をいただいた後、いよいよ父の仕事の話に入ろうかという時、貴也と園子は子供たちだけで遊んできなさいと、客間から下げられた。

 

扉を閉めると途端に、それまでお嬢様然としていた園子の態度がガラッと変わる。

 

「私のお部屋、こっちだよ~」

 

「走ると危ないよ、園子ちゃん」

 

てーっと走っていく園子を追いかける貴也。すると園子がすてーんと転ぶ。

 

「危ないなあ。気をつけなよ」

 

「えへへっ。ありがとう。たきゃや……。言いにくいから、たぁくんでい~い?」

 

手を取って起こしてあげると、照れ笑いを浮かべながらお礼を言おうとしたのか、思いっきり噛んだ後、いきなりあだ名で呼ばれる。

 

「まぁ、いいけど」

 

「よかったぁ。私ね、あだ名で呼べるお友達が欲しかったんだぁ。――――――私たち、お友達だよね?」

 

恐る恐る、そう訊いてくる園子。その不安そうな表情をどうにかしたくて……

 

「うん。僕たちはもう友達だよ、園子ちゃん」

 

そう答えたのに、園子は頬をぷーっと膨らませてダメ出しをしてくる。

 

「もうっ! たぁくんも私のことあだ名で呼んでくれないとダメだよっ!」

 

「ええーっ。じゃあ……、うーん。――――――そのちゃんでいい?」

 

「うんっ! いいよっ!」

 

気の利いたあだ名が何も思い浮かばず貴也が答えたその安直なあだ名に、園子はぱあーっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

園子の部屋はいかにも女の子らしい部屋だった。

部屋自体はありきたりな洋室だが、貴也の目にも置かれている家具は上質でかつ女の子向けらしい柔らかなデザインのものであった。

 

しかし、何より目を引くのは大小いくつものぬいぐるみ。ぱっと見で二十近くはあるのではないだろうか。ただし、そのどれもが何となく微妙な見た目であるのだが。

 

「あ、やっぱり気になる~? これがね~、私の一番のお気に入りのサンチョなんだ~」

 

そう言って園子が持ってきたのは、猫と思しき生物を模したと見られる枕。

 

「たぁくんなら、抱いてもいいよ~」

 

サンチョを貴也に押しつけると、今度は次々と、やはり奇妙な風体のぬいぐるみ達を紹介していく。

 

「この子がね、ロッテンマイアなんだ~。このちっちゃいのはね、ピエール。お出かけなんかで大きい子を連れて行けない時はこの子を連れて行くんだ~。あっ、このお猿っぽいのはね、スティーブンス。背中の手触りがいいんだ~。触ってみる?」

 

『よくしゃべる子だなぁ。女の子ってみんなこうなのかな? 千歳も大きくなったらこんな風になるのかな?』

 

男の子同士での遊びしかほとんど経験の無かった貴也は、半分あっけにとられながら延々と続く説明を聞いていく。

 

半分、ぼーっとぬいぐるみを眺めていると、いつの間にか説明が止まっていた。見やると、園子は立ったまま目を閉じ動かなくなっている。

 

「どうしたの、そのちゃん?」

 

恐る恐る声を掛けてみるも、なんの反応もない。戸惑いつつも何も出来ず、数分が過ぎる。

 

「ん、……んんっ……ん? あれ、寝ちゃってた? えへへっ、ごめんね。じゃあ、お絵かきしよっか」

 

『えーっ、そう来るか? って言うか、ぬいぐるみの説明の途中じゃ……』

 

園子の、それまでと脈絡のない唐突な切り替えに頭が追いつかない貴也であった。

そうしてる間にも、園子は机から画用紙を何枚か取り出し、クレヨンも用意してくる。

 

「たぁくんも、私のクレヨン使っていいよ~」

 

ニコニコしながら四つ這いで絵を描き出す園子。

 

『まぁ、千歳が大きくなった時の練習かな? ちゃんと小さい子の相手しないとな』

 

そう思いながら、貴也も園子の隣に四つ這いになって絵を描き出すのであった。

 

 

 

 

「たぁくんは何描いてるの~?」

 

「ん~、ウルトラマンゼロが怪獣をやっつけてるところ」

 

「あ~、男の子は好きだよね~、こんなの~。でも、たぁくん上手だね~」

 

「そのちゃんは?」

 

「えへへ~。みんなでお散歩してるところだよ~。これがパパでね、これがママでね、これが私。で、これがたぁくん」

 

確かにその絵には四人の人物らしきものが描かれている。何とも表現しがたい前衛的な画風だ。しかし四人とも笑顔なのは分かる。周りには木や草花も描かれている。なかでも一際目立つのは右上に描かれた真っ青で大きな丸。

 

「この青いのは何?」

 

「これ~? これはお日様だよ~」

 

「えっ? だってお日様って普通は赤とかオレンジで描くものじゃ……」

 

「ん~? お日様の下は暑いし、日焼け止め塗りなさいって言われるし……。だからこうすると涼しいし、日焼け止め塗らなくていいし、みんなもニコニコだよ~」

 

そう言いながら、ニコニコと貴也の顔をのぞき込む園子。

 

『この子、ちょっと変わってるかも。さっきも急に立ったまま寝てるし……』

 

その考えが顔に出ていたのだろう。園子はサッと顔を青ざめさせると

 

「やっぱり、私って変な子?」

 

と訊いてくる。その悲しげな表情に、貴也は慌てて取り繕った。

 

「あ、いや。そのちゃんは色々考えて絵を描いてるんだなーって感心してたんだ」

 

「あ~、よかった~。幼稚園じゃ、変な子って言われて友達いないんだ~。ほんとによかったよ~」

 

嬉しそうなその言葉に、貴也は少し罪悪感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、そうなんですよ。普段ぼーっとしている子で、私たちも心配になったので、ある時、夫婦揃って苦しんで倒れたふりまでしてあの子の反応を見たくらいなんですよ」

 

大人組は休憩がてらの雑談の中で、園子についての話となっていた。

 

「で、園子ちゃんはどうされたんですか?」

 

「それが大人顔負けの対応をして、呼んできた執事への状況説明も年齢からすればしっかりしたもので、私たちも今後は見守っていこうかと思っていたんですが……」

 

「幼稚園では、どうしても他の子と少しちがう行動をよくするようでして。どうも他の子達から敬遠されていると言いますか、浮いていると言いますか……」

 

「で、貴也くんならどうかと思いまして。さっきの受け答えもしっかりしていましたし、なにより私たちや園子に年齢なり以上に気を遣っているのが見て取れましたから」

 

「それで、園子ちゃんと貴也を二人きりに?」

 

「そうです。いい友達になってもらえれば、それ以上のことはないんですが」

 

隆史は昨日までの少し甘えん坊だった貴也を想起し、先方の期待の大きさに冷や汗をかいていた。

 

しかし、その隣で妻の千草は落ち着き払っている。

 

『貴也もお兄ちゃんとしての自覚が出てきたから、まぁ大丈夫でしょう』

 

母親の勘とはよく当たるものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

貴也は三枚目の絵に取りかかろうとしたところで、園子がクレヨンを持ったまま固まっているのに気づいた。

 

『また寝てるのかな?』

 

見やると、なんだかぼーっとしており目の焦点が合っていないようだ。

 

「そのちゃん、そのちゃん、どうしたの?」

 

声を掛けても先ほどと同じく反応がないので、しばらく横顔を眺めていた。

 

『うっわ、長い睫毛。唇もプクッとしててなんだか触りたくなるな。あっ、瞬きした』

 

「そうだ! お蔵の探検に行こう! たぁくんもきっと楽しいよ」

 

急に大声をだされたのでビクッとすると、園子はまた不安げな顔で尋ねてくる。

 

「ごめん。やっぱり私、変かな? 私と遊ぶのイヤ?」

 

『この子、友達がいなくて寂しいのかな? じゃあ、僕がしっかりしないと』

 

「そんなことないよ。急に大声を出されたからびっくりしただけだよ。でも、蔵って子供だけで行っちゃ危ないんじゃないかな?」

 

「よかった~。それとお蔵は危なくないよ。私、何度も一人で入ってるもん」

 

心底、安心しきった顔で園子は貴也を新しい遊び場に誘う。その手にはいつの間にか、蔵の鍵らしきものが光っていた。

 

「いつの間に……」

 

 

 

 

午後五時を越えた頃、外はだいぶ日が落ちてきており夕方の気配が濃厚になってきていた。

 

そんな中、足元に気をつけながら貴也は園子の案内で薄暗い蔵の中を歩き回っていた。

 

入り口近くは何が入っているのか分からない箱だらけで、特に面白くもなかったが、奥に行くにつれ子供にも興味が湧く品々が転がっていた。

独特な形をした壺、何に使うのか全く不明なガラクタの類、よく分からない箱形の機械、なぜか剥き出しで飾られている鎧兜。

 

それらの中でも貴也の興味を一際(ひときわ)引いたのが、大きな太刀であった。だが、子供の手には余る代物でもあった。両手で持とうとしても、重くて取り回すことさえ出来なかった。かといって、床に置いて鞘から抜いてみれば妖しく光る刀身にびびってしまい、刀身が僅かに見えたところですぐに鞘に戻し、元の場所に返す。

 

「本物の刀って怖いなあ」

 

思わず本音が漏れる。

 

そのすぐそばにあった脇差しを手に取ったところで、何かが崩れる大きな音が響いた。

慌てて周りを見回しても、園子の姿が見えない。サッと血の気が引いた。

 

「そのちゃん、大丈夫?」

 

声を掛けながら、崩れる音がしたと思われる場所に急ぐ。

 

「大丈夫だよ~」

 

そこには埃まみれになった園子の姿があった。駆け寄って、頭から腰あたりまで埃を払ってやる。

 

「これを取ろうとしてたんよ~。中に何が入ってるかな~?」

 

そう言って、小さな箱を見せてくる。開けると中には植毛されたケースが一つ。そのケースを開けると中には指輪が収まっていた。

 

「わ~、綺麗。ねえ、たぁくん。綺麗な指輪だね~」

 

おそらくプラチナなのだろう。明かり取りから差し込む、既に赤くなっている日の光を反射し、キラッと光る指輪。

 

でも、貴也は指輪よりも園子に見惚れていた。指輪を高く掲げてくるくると回っている園子に。

キラキラとした笑顔のせいだろうか。園子の体は全体が淡く光っているようにも見え、貴也はそんな園子をいつまでも見つめていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 白い景色

 

貴也と出会った日からしばらく、園子の話題は常に貴也のことであったそうだ。

 

よほど嬉しかったのだろう。初めて出来た友達についてニコニコと同じことを何度も繰り返し話してくる娘に、園子の両親は娘以上の喜びを感じていた。

彼らの貴也への信頼は絶大なものとなった。

 

だから、貴也の父が乃木家を訪問する際は必ず貴也も一緒に連れて行かれ、二、三時間ではあったが園子と遊ぶのが恒例となった。

もちろん、その頻度はそれほど多くはない。月に一度か、二ヶ月に一度。毎回、日曜日。

 

それでも園子はその日が来るのを、まるで自分が織姫様にでもなったような気持ちで指折り数え、待ち続けるのだった。

 

 

 

 

貴也はどちらかというとインドア派であった。友達と外で走り回ることもあるが、誘われなければ家でテレビゲームをするか、特撮番組を見るか、本を読むか。最近ではそれに、まだ赤ちゃんである妹の世話が加わった程度である。

 

ところが、乃木家に行くと必ずと言っていいほど園子に振り回された。

貴也には窺い知れない事情があったのか、乃木家の敷地外に出ることはなかったが、晴れていれば広大な庭で走り回らされ、雨の日は広大な屋敷の中で探検と称してうろうろするはめに陥るのが常であった。

 

「たぁくん! 今日はお外でかくれんぼしよう~」

 

「お外は雨だし、地下室を探検しようか~」

 

「お池で水遊びするよ~」

 

「どっちがドングリをたくさん拾えるか、競争だよ~」

 

「お池の氷の下で、鯉さんたちがどんな風に暮らしてるか見てみよーっ!」

 

「リスさんて、冬眠するんだって。どこで寝てるのかな~?」

 

 

 

 

慌ただしくも楽しい一年が過ぎ、桜の花が咲く頃。貴也は園子を外した席で、園子の両親にお願いをされていた。

 

曰く、園子も神樹館小学校に通うことになった。幼稚園の頃と同じく、孤立するかもしれない。

ついては、学年が違っていて大変だろうが、園子の様子をそれとなく見て、出来るようであれば助けになってやって欲しい。

 

園子の両親に頼りにされている。その事がどれほど貴也の励みになっただろうか。

 

貴也は胸を張って、「まかせてください」と答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

抜けるような青空の下、二年生に進級してから二ヶ月が過ぎようとしていた。

 

「さようなら~」

 

下校の挨拶があちこちから聞こえてくる。

 

ふと、校庭を見やると園子が体育座りをしながら空をぼーっと眺めているのに気づいた。

 

この二ヶ月、園子が休み時間に友達と遊んでいるのを見かけたことはなかった。あるいは教室では付き合いがあるのかもしれないが、少なくとも校庭やグラウンドで誰かと遊んでいるのを見たことはなかった。

 

だから、いつもと同じように声をかけに行こうとしたところ、後ろから声をかけられた。

 

「おっ。また乃木ちゃんのところか? 仲がいいな。熱いねー」

 

「よく、気にかけてるよね。羨ましい、羨ましい」

 

「うるさいな。そんなのじゃなくて、妹を気にかけるようなもんだからな!」

 

「天下の乃木様のお嬢さんつかまえて、妹分だってさ。タカちゃんもたいしたもんだ」

 

酒井拓哉の揶揄に、伊予島潤矢も調子を合わせる。ひとしきり二人と言い争うと、潤矢が場を収める。

 

「まっ、一通り済んだら後で遊ぼうよ。三時半にいつもの場所でいいかな?」

 

「いいんじゃね。タカちゃんも来いよ」

 

「ああ。あとで行くよ」

 

幼稚園の頃からの親友、または悪友と言っていい二人と別れて、園子のところへ向かう。

後ろで同級生の女子たちのひそひそ話が聞こえる。

 

「また、やーちゃんトリオが騒いでるわよ」

 

「どうして、神樹館にあんなのが通ってるんだろうね」

 

大赦関係の子弟が通う神樹館小学校はいわゆるお坊ちゃん、お嬢ちゃんの学校だ。いきおい、礼儀正しい子供たちばかりとなる。そんな中では、言葉遣いの荒い拓哉とつるんでいる貴也と潤矢はセットで白い眼で見られることもあろうというものである。

 

ちなみに、三人とも名前の最後が「や」で終わるため、いつしか「やーちゃんトリオ」というのが三人セットでのあだ名となっていた。「やんちゃ」という言葉とも掛けているのだろうか。

 

『まあ、全然気にしないけどね』

 

 

 

 

「そーのちゃんっ」

 

声をかけるが、園子は微動だにしない。いつもの事なので気にせず、隣に同じように体育座りをする。

二人でぼーっと青空を見上げる。上空は風が強いのだろう。わずかに浮かぶ白い雲が刻々とその形を変えてゆく。

 

「あ~、たぁくん。こんにちは~」

 

四、五分も過ぎた頃、ようやく園子が話しかけてきた。

 

「何してたんだい?」

 

「空を見てたんだ~」

 

「空を見てるのって、面白い?」

 

すると園子は心底、不思議なものでも見るように貴也を見返す。

 

「たぁくんは、空を見てて面白いの? 面白いわけ、ないよね~」

 

『じゃあ、なんで空をずーっと見上げてたんだよ』

 

若干イラッとし、言葉では説明しがたい不快感に襲われる。

 

「面白くはないけどさ~、雲がうねうねって形を変えてくのを見てると飽きないんだよね~」

 

『それを他人から見たら、面白いものを見てるっていうんじゃないかな』

 

なんだか理不尽だ、と思う。まだそんな言葉は知らないが、そんな気分。

そこへ、園子のほにゃんとした笑顔。なんだかそれだけで気分が晴れるのには、僕ってお安いよな、と思う。

 

「たぁくんはさあ、不思議に思わない? なんで雲って落っこちてこないんだろうね」

 

「さあ? 考えたこともないなぁ」

 

二人でまたぼーっと空を見上げる。ゆったりとした時間が流れ、貴也は園子とこうしている時間にささやかな幸せを感じていた。

 

先生に早く帰れと叱られるまで、残りあと五分。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

四国は雪の少ない地方である。平野部で積もる事は数年に一回程度。それも数センチメートルといったところだ。

しかし、山がちの土地柄でもあるため、標高の高い場所ではそれなりには積もっている。

だから、スキー場も幾つかはあるのだ。例えば、香川県で言えば讃州市にもある。

 

一月の下旬、乃木家と鵜養家がやってきたのは愛媛県の霊峰石鎚山にあるスキー場である。

 

実のところ、こうして両家で揃って旅行に出かけるのは初めての事である。そもそも乃木家の当主である紘和と貴也の父である隆史はクライアントとコンサルタントという元々の関係性を越えて馬が合い、仕事で会っている時も休憩時には雑談に花を咲かせる仲となっていた。

 

多忙な紘和がその間隙を縫って、こうして石鎚山近くの別荘に鵜養家を招待したのは、何も園子と貴也の仲を(おもんぱか)っての事ばかりではなかったのである。

 

 

 

 

「わーっ! 可愛いーっ」

 

貴也たちを別荘で出迎えた園子の第一声はそれだった。駆け寄ってきて抱き上げられたのは千歳。

彼女たち二人は、その時が初対面であった。

 

「にーたん……、だれ~?」

 

「わ~、もうしゃべれるんだ」

 

「うん、一歳十ヶ月だからね。先週から単語だけじゃなくて、二言はしゃべるようになったんだ」

 

助けを求めるように貴也に手を伸ばす千歳。そんな千歳を抱きかかえるようにしながら、破顔する園子。

二人を見ながら、貴也は思った。

 

『二人とも、仲良くなってくれればいいな』

 

 

 

 

「このお姉ちゃんはね、そのちゃんって言うんだよ」

 

「そにょちゃん……? そにょちゃんっ!」

 

「そうだよ~。私が、そにょちゃんお姉ちゃんだよ~。チータンっ」

 

「チータン?」

 

「千歳ちゃんだから、チータンだよね~」

 

心配するまでもなかったようだ。園子は貴也そっちのけで千歳の相手を始める。

 

双方の両親も簡単に挨拶を交わした後、すぐに歓談に入る。

さすがの乃木家である。この別荘でも五人ほど使用人が常駐しており、双方の家族の世話を任されている。

 

『明日はスキー場に行くんだっけ。いっぱい遊ぼうっと』

 

久々の外泊ということもあり、ワクワクでいっぱいの貴也であった。

 

 

 

 

「ひゅ~、どすんっ!」

 

自分の口で擬音をあげながら、キングサイズのダブルベッドにダイブする園子。

 

「ねえねえ。たぁくんもやってみなよ~。気持ちいいよ~」

 

「行儀が悪いんじゃない? 埃もたつよ」

 

「お手伝いさんたちがお掃除してるから大丈夫だよ~。あ~、楽しいな~。一緒に寝られるようになって良かったね~。たぁくん」

 

ついさっきまで、たぁくんと一緒に寝たい、と駄々をこねていたお嬢さんがにこやかに話しかけてくる。

娘の強情さに母親も音を上げ、空き部屋を用意させたところだ。

 

「じゃあ、着替えしよーっと」

 

「ちょいちょい……。僕もいるのに……」

 

慌てて目をそらす。背を向けた後ろでは、ごそごそと色気を感じさせない衣擦れの音。

 

「じゃーんっ! 見て見て~」

 

そこに立っていたのはニワトリ。……の被り物の作りをしたパジャマに身を包んだ園子だった。

 

「なに、それ……」

 

「可愛いでしょ~っ? それに私、焼き鳥が好きなんだ~」

 

おまけに、いつぞや自慢されたこともあるサンチョをカバンから引きずり出してきて、ご満悦の様子。

 

『まったく……。いつも僕の想像を超えてくるよなぁ』

 

あきらめて、いそいそと着替えの用意を始めることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中、子供たちは斜度の緩い初級者ゲレンデで両親の指導を受けてスキーを初体験していた。

 

飲み込みが早くあっという間にボーゲンを覚えてあちこち移動している園子に較べると、貴也はそろそろと真っ直ぐ滑っては止まり、またカニ歩きを繰り返すのがやっとだった。

 

「楽しいね~。たぁくん」

 

スッと器用に貴也に横付けし右腕にギュッと捕まりながら、顔をのぞき込んでくる園子。

そんな園子の顔を直視できずに、顔を赤らめて視線を外す貴也。

 

それもそのはず。今朝方の出来事が頭に残り、今日は園子とまともに顔を合わせづらいのだ。

 

なにせ、息苦しさに強制的に目覚めさせられると、巨大なニワトリに抱きつかれていたのだ。園子である。

しかも、ムニャムニャと寝言を呟きながら、ずりずりと上がってくるといきなり頬にキスをされたのである。

キスマークがつくほど吸われ、未だに頬には園子の唇と舌の感触が残っている。

 

「あー、僕はまだ、そのちゃんほど滑れないから……」

 

「じゃあ、お昼ご飯食べたら、雪遊びしよ~か。そしたらチータンとも遊べるしね~」

 

あー言えば、こう言うで、なし崩し的に午後は雪遊びをすることに決定したようだ。

 

 

 

 

午後は、雪だるまを作ったり、そりで滑ったり、雪玉をぶつけ合ったりで、千歳も園子もはしゃいでいた。

千歳には年配の女性使用人がつきっきりであったし、双方の両親も交代で子供たちを見ていたので、懸念していたよりは貴也も楽しめていた。

上手く雪を固めて、雪だるまを芸術的な何かに昇華させていた園子の手腕には舌を巻いたが。

 

「うー、寒、寒っ」

 

トイレを済ませて戻ってくると、園子の姿が見当たらない。間の悪い事に、大人たちは千歳のおむつ替えに気を取られているようだ。

 

キョロキョロと辺りを見回すと、ゲレンデ外の森の中に入っていこうとしている園子を見つける。慌てて声掛けしながら後を追うが、ブーツに翼でもついているのではないかと錯覚するほど身軽に先を進んでいく。

 

折悪しく、貴也が森に入ったタイミングで雪が降り始めた。

 

姿を見失いそうになりながらも、苦労して森の中を進み、やっとの思いで立ち尽くす園子に追いつく。

 

「何やってんの! そのちゃんっ!」

 

「うん。兎さんを見つけて追いかけてきたんだけど、見失っちゃった~」

 

「ほら、帰ろう。おじさんも、おばさんも心配するよ」

 

腕をとって、来た道を戻る。足跡があるから大丈夫なはずだと思っていた。

 

だが、強くなってきた降雪は二人の足跡をかき消していた。

 

「おーいっ! だれかーっ!」

 

大声で助けを呼んでみたが、いつの間にか森の奥深くへ迷い込んでしまったのか、それとも強くなってきた風に声がかき消されたのか、全く反応が返ってこない。

 

『どうしよう、どうしよう、どうしよう……』

 

頭の中まで真っ白になる。方角が分からない。

 

兎を追ってきたせいだろう。来た時は、くねくねと曲がりくねってきたように思う。多分、ゲレンデは後ろ側ではないだろうとは思うが、それさえも確実とは言えない。

 

焦って園子を見返すと、ほにゃん、と笑顔を返してくる。

 

覚悟を決めた。

 

『そのちゃんだけでも守ろう。おじさんたちに無事に返すんだ』

 

テレビや本で得た知識を元に、動き回らない事に決めた。

 

大きな木の根本の雪を手で掘り返し、そこに園子をしゃがませる。風除けぐらいにはなるだろう。

 

園子に覆い被さるように身を屈める。

 

「大丈夫だから。僕が守ってあげるから……」

 

「? なんにも心配してないよ~」

 

テンパっている自分が馬鹿なんじゃないかと思えるほど、あっけらかんと答える園子。

 

ただ、ギュッと腰に手を回して抱きついてくる。

 

その温もりだけを信じて、貴也は耐えた。

 

 

 

 

大人たちは子供たちが迷った事にいち早く気づいていた。

だから貴也が耐えていた時間は、実際には三十分にも満たないものだった。

 

隆史の声が届き、貴也は大声で助けを呼んだ。父親の姿が見えた瞬間、力が抜けていった。

ゲレンデに戻ってきて園子の両親の姿を認めた途端、貴也は大声を上げて泣いた。

 

園子は、そんな貴也の姿をあっけにとられて見ていた。なぜ、貴也がわんわん泣いているのか、理解できなかった。

 

隆史に抱きしめられ背中をポンポンと軽く叩かれながら、やがて落ち着いてきたのか、しゃくり上げながら訴える。

 

「僕……、ヒック、僕、頑張ったんだ。ウグッ、そのちゃんを守ろうと、グッ、頑張ったんだ……」

 

突然、理解できた。できてしまった。

 

園子は、貴也がそばにいてくれるだけで寂しくなかったし、恐くもなかった。不安さえ感じなかった。貴也も同じだろうと、根拠もなく思い込んでいた。

 

でも違った。貴也は年上で男の子だから……、不安に耐え、恐怖を押し殺しながら、園子を守ってくれていたのだ。

 

だから……、理解できた途端、感情が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それまで不思議なほどケロッとしていた娘が、なぜ急に声を上げて泣き出したのか。両親は(つい)ぞ理解できなかった。恐らく貴也からもらい泣きをしたのだろうと納得して。

 

何年か後、この時の事を思い返して園子は確信した。自分は、この日、この時、生まれて初めて恋をしたのだと。

 

 





園子の父親は、本作わすゆ編のキーパーソンの一人であるため、名前なしでは扱いづらいので勝手に名前を設定しています。
なお、名前には特に意味を持たせていません。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 輝く日々

四国の人口は神世紀百年頃からは安定して四百万人だ。この人口だけでスポーツ産業を支えるのは並大抵のことではない。実際、西暦時代のマイナー系スポーツはことごとく消滅している。

 

だが、野球は何故か別格だ。西暦の昔から四国は野球熱が高く、今も県別対抗に近い形のプロリーグが人気を集めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

神樹館小学校では子供たちに経済観念を植え付けるため、四年生からは下校時にも買い食い等、お小遣いの範囲での買い物が許されている。

 

四年生に進級して二ヶ月が経とうとしていた。園子もたまに貴也を誘って、駅前のイネスなどで買い食いを楽しんでいた。

 

今日も貴也を誘おうと、五年三組の教室へ向かう。

上級生の教室だが、そのあたり物怖じしないので、貴也の同級生の間では二人の関係は結構周知の事実となっている。

 

だからだろうか。未だに同級生からは敬して遠ざけられている感のある園子ではあるが、むしろ貴也の同級生からは色々と話しかけられ、『友達』とまでは言えないまでも、そこには確かな交流があった。

 

その一方で、月に一度程度の乃木家での貴也との付き合いは今も続いている。

だが、学校からの帰りを共にし買い物などをするようになってからは、より一層距離が縮まったように感じられ、園子は嬉しかった。

時々、知らず知らずのうちに淡い想いを貴也に向けている自分に気づき、赤らめてしまっている顔をばれないように取り繕うことさえ楽しい。

 

五年生の教室が並ぶフロアまでやって来て、三組の教室が騒がしいのに気づいた。

 

 

 

 

「くっ。行かせませんわよ!」

 

「せっかく、間藤選手の特別公開練習のチケットが当たったんだ。遅れてたまるかよ!」

 

「あなたっ。日直なんですから、ちゃんと日誌をつけてから帰らないと、許しませんことよっ!」

 

「うるせーっ! 日直はもう一人いるんだから、加藤が書けば問題ないだろっ。なっ。加藤!」

 

「ええーっ? あたしっ?」

 

酒井拓哉と、この春編入して来るなり学級委員長に自ら立候補した変わり者の委員長との攻防を見ながら、ニヤニヤと伊予島潤矢は隣の貴也に話しかける。

 

「まーた、あの二人、じゃれ合ってるね」

 

「ハハハ……。どっちも飽きないよね」

 

普段はお嬢様趣味全開で優雅な雰囲気を醸し出そうとしている委員長も、拓哉相手となるとどういう訳かペースをかき乱され、子供感丸出しになるようだ。口調だけはお嬢様風を堅持しているだけ、感心したものだが。

 

ただ意外に能力は高く、この二ヶ月の攻防で拓哉の行動パターンを見切ったようで、教室からの逃亡を許さない。

 

 

 

 

貴也がふと視線を外すと、後方の扉から園子が顔を覗かせている。

 

潤矢に断りを入れ、じゃれ合っている二人を邪魔しないようにしながら園子の元へ向かう。

 

「あーあ。こっちも夫婦仲はよろしいようで……」

 

キッと睨み付けてから廊下へ促す。

 

「たぁくん、一緒にクレープ食べに行こう~」

 

「あー、ごめん。これから、タッくんとイヨジンとで野球観戦に行くんだ」

 

「そっか~。じゃあ、しょうがないね~。そうだ! 来週の旅行、今から楽しみだね~」

 

「そうだな。去年は一緒に行ける機会がなかったし。でも土曜からの一泊だから、結構慌ただしいかも」

 

「ふふっ。大丈夫だよ~。タイムスケジュールはバッチリ組んであるから~」

 

 

 

 

そんなやり取りをしているうちに、教室内の攻防は決着がついたようだ。

 

「じゃあな! あばよーっ!」

 

「もうっ! 覚えてらっしゃいっ!」

 

拓哉が辛勝したようだ。走り去っていく彼を追いかけて委員長が教室から出てくる。

 

「あら。乃木さんのお嬢さんじゃありませんか。また、鵜養くんにご用事?」

 

「あ~、こんにちは~。うん、たぁくんを誘いに来たんだけど、先約があるんだって~。ちょっと残念~」

 

えへへ~、と照れ笑い。

 

「鵜養くんも乃木さんをもっと大切にしないと、愛想を尽かされますわよ」

 

「あ、いや。今日は偶々(たまたま)だし」

 

「いーえ。わたくしの目から見ても、鵜養くんは紳士分が足りませんわ。優しいように見えて、その実、繊細さに乏しくて。結構、扱いがぞんざいに見えますわよ」

 

なんだか雲行きが怪しくなってきたな、と感じる貴也。

 

そんな彼らをじっと見つめながら何事か考えていた潤矢が口を開く。

 

「あー、委員長も乃木さんも今日、これから空いてる? もし良ければ、一緒に野球観戦に行かない?」

 

「え、え、え? わたくしは……」

 

「たぁくん、行くんだよね? う~ん、返事は家に相談してからかな~」

 

「タッくんが行く特別公開練習は抽選だったから無理だけど、試合観戦だけなら今からでもチケットを用意できるよ。八時までには試合も終わるはずだから、帰宅は九時を過ぎる事はないし。保護者の件も心配なく。うちの運転手の沢木がついてくるから」

 

「じゃあ、家に訊いてみるよ~」

 

「じゃあ、わたくしも……」

 

二人ともいそいそとその場を離れる。電話をかけるにも教室棟では禁じられているため、許可されている場所へ移動したのだ。

 

「ということで、加藤さんもどうかな?」

 

「ええーっ? あたしっ?」

 

「仲良し夫婦二組の間で浮きまくるボクを助けると思ってさー。日誌の件のお詫びも兼ねて奢るからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、スタジアムの一角を大人一人、小学生六人のグループが占めたのは、仕組まれた予定調和だったのかもしれない。

試合時間一時間二十六分、スコア六対四の熱戦を、球場の軽食なども楽しみながら彼らは堪能したのだった。

 

なお、香川の応援一色の一塁側に一人、対戦相手の高知の応援を熱心に行っていた、お嬢様口調のはた迷惑な小学生がいた事はないしょだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

祖谷渓は落人伝説もある徳島県の秘境だ。多分、この地で最も有名な観光資源はかずら橋だろう。

 

だからといって、両家の親たちが子供たちの仲を吊り橋効果でなお一層親密にさせようと画策したとか、そんな事実は一切存在しないので邪推しないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

六月中旬の土曜日の夕方、乃木、鵜養両家の家族はかずら橋近くの駐車場で合流した。

 

このなんとも中途半端な時期の旅行となったのは、昨年から乃木家当主である紘和の仕事がいよいよ多忙を極めだしたからだ。三日連続の休暇をひねり出せたのは、実に一年半ぶりの事であった。

 

その、やっと取れた三日のうち二日を家族サービスに充てているのだから、家庭人の(かがみ)と言っても良いだろう。

 

 

 

 

「うわ~。大きくなったね~、チータン」

 

「そにょちゃん、こんにちはっ」

 

園子と千歳が直接会うのは、ほぼ二年ぶりだから当然だろう。千歳も幼稚園の年中組である。

 

未だに千歳は『そにょちゃん』呼びを改めていない。どうやら、幼いなりに兄との差別化を図っているようだ。

 

「うーん。なにかこう、来るものがあるよ~。可愛いーっ!」

 

「ちがうっ! 可愛いのは、そにょちゃんっ! ちーは別嬪(べっぴん)さんなのっ!」

 

いつになく園子がテンションを上げて、千歳に頬擦りをする。ところが、なぜか千歳は怒り出し、園子を振り解いて来た道を戻ろうと走り出す。

ただ、十メートルも走ると何かが興味を引いたのか、道端に座り込んで指で弄り出す。

 

「なに? どうしたの? 分かる? たぁくん……」

 

「あー、えーっと、今月の初めに運動会があっただろ。その時、おじいちゃん、おばあちゃんたちに、『千歳は別嬪さんだなあ』って、えらく可愛がられててさあ。その言い回しを気に入っちゃったらしくて……。つい、この間もお母さんに同じ反応を返してたなぁ」

 

「あ~、そういうことか~。きっと『別嬪さん』っていう言葉に、お姉ちゃん感を感じちゃったんだろうね~」

 

貴也の説明に、納得、納得と首を縦に振り、いかにも『千歳ちゃんの気持ちは分かっていますよ』といった風情で返す園子。

 

そこへ千歳が走り寄ってくる。見ると、もう機嫌を直しているようだ。

 

「そにょちゃん、綺麗な虫を見つけたよっ。はいっ、あげるっ」

 

「わ~、タマムシだ~。ありがと~、チータン。大好きだよ~」

 

「ねえ。たぁくん、見て見て。チータンに貰っちゃった~」

 

千歳が差し出す、その金属的な(つや)やかな光沢をもつ昆虫を受け取り、園子は笑顔をはじけさせる。

そして、母親のところに駆け戻る千歳を見やりながら、貴也にその虫を自慢げに見せてくる。

 

ころころと変わる事態に、貴也は苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

ブンッとタマムシが飛んで逃げてゆく。それを見送った後、視線を戻すと、甘えるように母親の足元にまとわりつく千歳が見えた。

 

「ほんとに可愛いな~。私もあんな妹が欲しかったな~」

 

まさに『指をくわえて』という表現がぴったりな表情で、園子が呟く。と、いつものようにぼーっとし始める。

 

「二人とも、早くいらっしゃいよ」

 

園子の母親が声を掛けていく。両親たち五人は、二人が追いかけてくることを確信している様子で、かずら橋の方へと歩いて行った。

 

「そのちゃん。僕たちも行こうか」

 

「うぅ――――――あ、閃いた! たぁくんと結婚しちゃえば、チータンは私の義妹になるよね。うんうん。たぁくんのお嫁さんに、なっ、ちゃえ、ば――――――」

 

そこまで言って固まる。みるみる、園子の顔が真っ赤になってゆく。そしてチラッと貴也の表情を伺うと、顔を俯かせる。頭から湯気を出しているのが見えるようだ。

 

「あー、今のは聞かなかったことにしておいて~」

 

涙目で訴えてくる園子に、貴也は困った表情を見せながら頷いていた。

 

 

 

 

両親たちを追いかけて、かずら橋までやって来た。観光のピークからは外れているものの、それでも両親たち以外にも数名が渡っている。

 

「っていうか、お父さんたちにおいていかれてる?」

 

「ねぇ、たぁくん……、下が透けて見えちゃってるよ。――――――はわわわわ……。もし落ちちゃったら、川を流れて、海まで流されて、サメに食べられちゃうよ~」

 

「どこまで心配してるんだよ……。大丈夫だよ」

 

しかし、見ると実際、園子の膝が笑っている。表情も少し青ざめて涙目になっている。

可哀想になったので手を繋いでやった。

 

「ほら、そっちの手で手すりを持って。ゆっくり進めば大丈夫だよ」

 

「手、離さないでね。絶対だよ。約束だよ」

 

「分かってる、分かってる」

 

園子の左手を自分の右手でギュッと握り、歩を進める。

とはいえ、貴也もおっかなびっくりである。

橋の床材の間隔が広く、下を流れる川が丸見えであるばかりか、橋自体が大きくゆらゆらと揺れるからだ。

その上、園子と手を繋ぐ必要があるので、自分は手すりも掴めない。

 

でも、怖がっている園子の前でびびってる姿を見せれば、余計に怖がらせると思った。

だから、平然を装って歩を進める。

 

「わ-、すごい景色だね~」

 

「ちょっと……、おいおい」

 

ところが、園子は橋の中央部まで来ると感嘆の声を漏らしながら周りを見渡し、自分のスマホで写真を撮り始める。周りの景色に気を取られ、恐怖感を忘れているようだ。

 

園子が足を滑らせたりしないように気を配りながら、自分も周りの景色を楽しむ。

 

しばらくすると、園子が顔をのぞき込んできて、ほにゃっとした笑顔を浮かべつつ、貴也の手を取る。

 

「行こう、たぁくん。二人一緒なら怖くないって、分かったから」

 

さっきと同じように手を繋いで、対岸へと渡る。

ゆらりゆらりと橋は大きく揺れる。

でも、さっきとは違い、恐れはない。

 

別にひょいひょいと渡れたわけではないが、上手くバランスをとりながら、しっかりと渡り切れたように思う。

 

「ありがとう、たぁくん。大好きだよっ!」

 

渡りきった後、笑顔でそう告げた園子は、すぐさま両親の元へ走って行く。

遅れないよう、彼女の背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一度ホテルに荷物を置いてから、ホテルのシャトルバスで近くの蛍の名所へと向かう。

 

既に日は落ちている。シーズンの最後期に当たるためか、対向車も見えない中、バスは真っ暗にも思える山道を走る。

バスの走行音以外には、川のせせらぎと虫の声しか聞こえない。

 

目的地に着くと数組のグループが降車し、ガイドが注意事項を説明する。

その後はホテルに戻る時間まで自由行動だ。

 

席が離れていたため気づかなかったが、園子は浴衣を着ていた。紫を基調に花を散らした、何とも可愛らしい浴衣を。

 

「そにょちゃん、きれー。ちーも、あんなの着たかったなあ」

 

「じゃあ、今度機会があったら着ましょうね」

 

園子の浴衣姿を羨ましがる千歳を、母親があやす。

 

「たぁくん、チータン、行こうっ」

 

親たちの了承を得て、子供たち三人で川の方へ向かうことにした。

 

 

 

 

それは幻想的な光景だった。

 

淡い光を放つ蛍が無数に飛び交い、川のせせらぎが背景音楽を奏でる。

 

三人は言葉もなく、その光景を見つめる。

 

千歳がもっとよく見ようと、自分の背丈ほどもある草に止まっている蛍に近づいていく。

 

園子がポツリと漏らした。

 

「いつか二人だけで、また来たいね……」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな日々がいつまでも続くのだと、疑いすらしなかった――――――

 

両親がいて、千歳がいて、祖父母がいて、タッくんやイヨジン、委員長たち友達がいて、そしてなにより、誰より、そのちゃんがそばにいてくれて――――――

 

そんな日々が奇跡のようなバランスの上に成り立っていたのだと知ったのは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

乃木園子が大赦本部に呼び出されたのは、その年の暮れも押し迫った十二月のことであった。

 

 

 




ちなみに試合時間が短いのは、小学生でもある程度気軽に観戦に行けるように、戦前のプロ野球の試合時間を念頭に設定しています。
まぁ、三百年経っているし後背人口が四百万なので、今と全く同じ野球をやっているとも思えませんし。

なお、『大赦』二文字で不穏な空気に(笑)。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 お役目

その部屋は神樹館小学校の講堂ほどもあろうかという大部屋だった。

そこに二十一名の少女が集められていた。

 

園子は知らなかったが、集められた少女たちはいずれも大赦関係でも名家と呼ばれる家の縁者。それも小学四年生から中学一年生までの者たちであった。

 

常にマイペースを崩さない園子であっても、理由も知らされず大赦の本部に、それもこのような形で呼びされては不安にもなろうというものである。

 

『なにが始まるんだろう……』

 

でも、一つだけ救いがあった。それは何あろう……

 

「あら、乃木さんのお嬢さんじゃありません? 貴方も呼び出されたの?」

 

貴也のクラスの委員長だった。

 

「いいんちょーさん……」

 

「クラスはおろか学年まで違う貴方に鵜養くんもいない場で、その呼び方はされたくありませんわね。特別に、ゆ、み、こ、と下の名前で呼ばせて差し上げます」

 

「ユーミン……、じゃあユーミン先輩で」

 

「なんですの、そのあだ名は? まあ、いいですわ。主題はそこにありませんから」

 

そして声のトーンを落として囁いてくる。

 

「ここに集められているのは、いずれも四国で名家と呼ばれている家の者たちですわ。私もよく知らない方が大半ですから、分家の末端クラスまで集められていますわね」

 

よく知らないとも自分で言っておきながら、そこまで断言するユーミン先輩のことがなんだかおかしくて、園子はやっと緊張から解放された。

以前から思っていたことだが、この人も楽しい人で、そして、それ以上に優しい人だ……

 

そうこうしている間に、大赦の神官と思しき人物から説明を受けた。

 

曰く、近々、神樹様に関して大きなお役目が生じる。ついては、そのお役目を果たすに十分な能力がある者を選び出さなければならない。ただし、能力があっても、今のままではそのお役目には耐えられないので、選び出された後も鍛錬に励んでもらわねばならない。そこで貴方達がその候補者として集められたのだ。

お役目の詳細については、まだ神託が降りていないため分からないが、皆、神樹様に選ばれるよう励んでもらいたい。

 

その説明で、かえってますます訳が分からなくなる。

 

お役目の詳細が分からないのに、対象者を選抜できるものなのだろうか。鍛錬の必要性は? そもそも候補者の選抜基準すら分からない。

 

頭の中にたくさんの疑問符を浮かべながら、園子は選抜のための検査を受けることとなる。

 

 

 

 

受けてみると、なんてことはない。ありきたりの健康診断と体力測定だった。

ただ、普通のものと異なっていたのは、よく分からない、見たこともない機械から伸びている電極を体につけられて、数分、何かを計測されたこと。明らかに心電図の類ではなかった。

また、体力測定の方では武具、例えば竹刀であるとか、薙刀であるとか、槍であるとか、数種類の物を振るわされたことである。

 

結局、この時は二日間に渡って色々な検査を受けただけで帰らされた。

 

 

 

 

この頃はまだ、この検査の結果が自分の生活に影響を与えるものだとは思っていなかった。

 

まさか翌年の初詣が、時間を気にせずに貴也と遊べる最後の機会となるとは想像すらしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

松の内が明けた頃、貴也は父である隆史から衝撃的なことを聞かされた。

 

乃木家本家での父の仕事が終了し、今後貴也を乃木家に連れて行く機会は失われたのだ、という。

 

それは、これまで五年近くの間、恒例行事のように月に一度または二ヶ月に一度行われてきた、乃木家で園子と会い、一緒に遊ぶ、ということが出来なくなったということである。

 

それは、まだ我慢できた。

学校に行けば、園子の顔を見る機会はあったから。

短時間とはいえ、下校時に一緒に帰ることだって、遊ぶことだって出来たから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

二月下旬。

園子は再び、大赦本部に招集された。

 

それは、凍てつくような寒さが香川を襲った日でもあった。

 

 

 

 

三ノ輪銀はその日、珍しく遅刻をしなかった。大赦本部へ彼女を連れてきた父親が、彼女のトラブル体質を見越して早めに家を出たからだ。

だが、どんなトラブルに遭うのか事前予測は不可能だ。その部屋に通された時点で約束の時間までたっぷり三十分も残っていたのだ。

 

部屋には大きな座卓が置かれていた。銀が案内された側には座布団が三つ並べられている。

 

「ははーん。あと二人、呼び出されている訳か」

 

顎に手を掛けながらキラーンと目を輝かせ、自分では名推理をしたつもりになる。

 

真ん中の座布団に座ってみる。が、すぐにジリジリとしてくる。

 

「だあーっ! あたしはこんなのが一番苦手なんだよっ!」

 

ぴょんっと正座の状態から飛び上がって、器用にすっくと立つと、すぐに屈伸運動を始める。

この元気印少女に、おとなしく人を待て、というのがそもそも無茶振りなのである。

 

だから二十分後、襖が開けられた時、銀はホッとした。これで話し相手ができる。

 

そこには知った顔の少女が立っていた。

 

 

 

 

園子の目の前、和室でどういう訳だか一人で柔軟体操をしていたのは、記憶にある少女だった。

三ノ輪銀。一年生の時、同じクラスだった少女だ。

 

灰色の髪をしており、運動が得意で活動的な少女であり、ボーイッシュな雰囲気をもっている。

 

園子にとっては元来、苦手なタイプでもあった。

女子の中にあっては一際大きな声。男子にも負けない気の強さ。

同じクラスだった時、気を遣って話しかけてきてくれたこともあったが、園子は気圧されてしまい、いつも以上に突飛な言動をしてしまった。それ以来、他の子たちとは違い、逆に園子の方から避ける形になってしまっていた。

 

園子の銀に対するイメージは未だネガティブである。

 

 

 

 

銀が身を乗り出して話しかけてくる。

 

「乃木さんも呼び出されたんだ。なんで呼び出されたか知ってる? それにしても、こうやって話すのって一年生の時以来だっけ? ――――――」

 

『あれ? あんまり圧迫感がない。どうして?』

 

『あっ、そうか! タッくん先輩と同じ感じなんだ。むしろ言葉遣いが優しい感じだから、三ノ輪さんの方が話しやすいかも……』

 

『そっか~。私、こんなところでも、たぁくんに助けてもらってるんだ』

 

以前感じていたはずの、銀からの圧迫感を余り感じず、園子は戸惑った。

 

そして気づいた。男女の違いはあれど、銀は貴也の親友の一人、酒井拓哉と同タイプの人間なのだと。むしろ拓哉の方が言葉は荒いし、男の子特有の気のきかなさが有った分、銀の方が取っつきやすいのだと。

 

園子がそんな拓哉と曲がりなりにも交流できたのは、貴也がワンクッション置いてくれていたからだとも気づいた。

 

つつーっと、頬に涙が零れた。

 

 

 

 

「大丈夫か? おいっ」

 

ぼーっとしているように見えた園子の目から涙が零れたのを見て、銀は慌てて園子の目の前で翳すように手を振った。

 

「あ~、なんでもないんよ。ちょっと目にゴミが入っただけなんよ~」

 

園子がほにゃっと笑みをこぼしながらそう返した時、ちょうど三人目が現れた。

 

 

 

 

その娘は濡烏とも言える(つや)やかな黒い髪色をしていた。そして、日本人形と見紛う整った顔立ち。そこに凛とした雰囲気をまとっている。

 

まるで、どこかの家元のお手本のような綺麗な座礼をしてきた。

 

「鷲尾須美と申します。小学四年生です。以後、よろしくお願いいたします」

 

「あ、これはご丁寧にどうも、どうも~。乃木園子っていうんよ~。同い年だね、よろしくね~」

 

「あ、えっと……三ノ輪銀です。あたしも同い年だよ。えっと、よろしく……です?」

 

つられて二人も座礼を返す。だが、どうにもしまらない。普段の生活態度が滲み出てしまうようだ。

 

 

 

 

三人が詳しく自己紹介をする時間はなかった。

 

須美に続いて部屋に入ってきた大赦の神官が三人。顔を面で隠していて表情は窺えない。おどろおどろしい不気味さを感じさせる。

 

彼ら、いや、そのうちの最年長と思われる一人の神官がすぐに、今回の招集について説明を始める。

 

今、四国は神樹様の結界によって守られている。結界の外の世界は恐ろしいウィルスによってほぼ全滅しているのだ。そのウィルスの海から人類と神樹様を滅ぼすべく、『バーテックス』なる怪物が襲ってくるとの神託があった。これを迎え撃つための戦力が、彼女たち三人なのだと。

 

にわかには信じがたい話のように思えた。

 

だが、少なくとも須美は既に詳細を承知しているかのようなそぶりを見せている。

逆に銀は、理解できているのか心配になるほど、ぽかーんと聞いている。

 

園子も話の内容自体は理解できたが、およそ現実感に乏しい話だとも感じていた。

 

なにせ、神樹様がバーテックスと戦うための力を授けられる人間は『無垢な少女』のみだというのだ。

どこの世界のおとぎ話か、と思う。

 

確かに、大昔の神話ではそういう設定のお話が目白押しだ。

『西暦の勇者様』の話だって、その類型の一つと言っていいだろう。

だからといって、自分たちがその対象となるとは……

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

園子には大赦の意図がまったく分からなかった。

 

あれは、三人の顔合わせの場ではなかったのか。

 

今後、連携して戦っていく三人が初めて顔を合わせたのだ。常識的に考えれば、互いに自己紹介をさせ、できるだけ一緒に過ごす機会を与えて、互いの信頼を醸成させていくものではないか。

 

だが、現実には説明を受けた後、三人はすぐにバラバラにされ、個別に今後の鍛錬等のスケジュールについてレクチャーを受けたのだ。

そればかりか、その鍛錬自体、個別に行っている有り様だ。

 

聞くところによると、銀は斧、須美は弓矢を武器とするのだという。自分は槍だ。

確かに基礎訓練は個別に行った方が良いようにも思える。まずは、各自の武器を使いこなせるようにする必要があるだろう。

でも、戦いの中での連携はどうするつもりなのだろう……

 

あれ以来、他の二人と顔を合わせる機会はなかった。

銀については学校で顔を見かけることもあったが、須美についてはそれすらなかった。

 

 

 

 

五年生に進級しても事態は、ほとんど変わらなかった。

 

学校で須美を見かけるようになったのが、唯一の変化と言えた。

どうやら、四年生までは別の学校に通っていたらしい。

 

だが、どういう事だろうか。せめてクラスぐらい一つにまとめるものだろう。

神樹館小学校は各学年三クラスしかないのだ。それなのに三人ともバラバラのクラスだ。

 

園子は何も分からないまま、一人、鍛錬を続けていた。

 

 

 

 

ただ、園子が我慢を強制され、だが、我慢出来なかったことがある。貴也のことだ。

 

鍛錬が始まると、下校時に一緒にいることさえ出来なくなった。

放課後の時間は、ほぼ全て鍛錬に当てられ、オフの日は体を休めるよう強く言い渡されていた。

 

いつの間にか、何日かに一回、夜の数分、電話で会話をするのが唯一の繋がりとなった。

それすら、鍛錬で疲れていたり、学校の宿題などで出来ない日が多かった。

 

だからいつしか、学校で偶然姿を見かけることだけが、幸せの拠り所となっていった。

 

『もっと会いたいよ。本当はお話しだって、いっぱいしたい……。たぁくん、苦しいよ……。いやだよ、こんなの……』

 

それでも、頑張って頑張って……

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、本当に偶然だった。

 

「イヨジン先輩~っ!」

 

鍛錬所への送迎車が先頭で赤信号に引っかかったとき、手の届きそうなその先に見知った顔がいたのだ。伊予島潤矢。貴也の親友だ。

だから、慌てて窓を開け、後部座席から身を乗り出してまで声を掛けた。

 

「あれ? 乃木さんじゃない。久しぶりだね。どうしたの?」

 

「時間がないから。これ、たぁくんに渡してください。お願いします」

 

近寄ってきた潤矢に、小さな紙袋を手渡す。

 

園子には、いつものほわんとした(ゆる)い雰囲気はない。逆に必死さが垣間見える。

 

「いいけど。自分で渡せないの? あぁ、そうか。このところ全然会えなくなったって、タカちゃん、へこんでたもんなぁ」

 

「詳しい事は言えないけど、神樹様のお役目なんです。お願いだから、たぁくんに渡してください。本当にお願いです」

 

半分、涙声になる。自分がここまで必死になるなんて、考えたこともなかった。

車が発進する。

あとの答えは、聞けなかった。

 

たぁくんの手に渡りますように……

神樹様に手を合わせた。

 

 

 

 

七月も終わろうとしている。

その日、貴也は拓哉、潤矢と待ち合わせをしていた。

 

珍しいことに、新作映画の封切りがあったからだ。神世紀に入ってからは、本格的な映像作品の新作は数えるほどしか作られていない。需要と供給、双方が破綻しているからだ。

 

映画館の入り口で待っていた二人の元へ、潤矢がやって来る。片手に小さな紙袋を持っているようだ。

 

「やあ、お待たせ。それとタカちゃんには、ほれ、サプライズプレゼントだ」

 

「キモッ、お前ら、そういう仲かよ。今の今まで知らなかったぜ」

 

「何言ってんだよ、タッくん。――――――で、なんの嫌がらせ?」

 

「お前らー……。さっき、乃木ちゃんと偶然会ってさ。タカちゃんに渡してくれって、泣き付かれたんだよ」

 

不審な紙袋を渡してきた潤矢を(いじ)るつもりでいると、意外な言葉が返ってきた。

 

「えっ? 本当に?」

 

「その紙袋、結構ヨレヨレだろ。だいぶ前から用意してた物なんじゃないか?」

 

「あー、そういう事か。タカちゃんも女(たら)しだねえ」

 

慌てて紙袋の中身を確かめる。中にはハンカチと便箋。

まず、便箋を確かめた。そこには園子の文字で短い文章が綴られていた。

 

『たぁくん、お誕生日おめでとう。これからもよろしくね。 園子』

 

その下に、後から書き足したと見られる一文が。

 

『ごめんね。当日に渡せなくて』

 

ハンカチを確かめる。既製品の、しかしちゃんとしたブランド物の浅葱色のハンカチ。

よく見ると、白い糸で少し乱れた刺繍が施されていた。

 

『うかい たかや』

 

目頭が熱くなった。

 

「ちょうど四週遅れだな。七月一日だろ、お前の誕生日」

 

「でも、学校で渡すチャンスくらいはあったと思うんだけどなー」

 

「あー見えて、乃木ちゃん。結構、真面目ちゃんだからな」

 

「外で渡す機会を探して、持ち歩いてたってところか」

 

早くお役目が終わればいいのに……

貴也は、何も知らず、そう願っていた。

 

 




わすゆの物語開始時点での主役3人の仲の不自然な浅さは、仲良くなる過程を見せるためなんでしょうけどね。そこに至るには大赦がこんなことをしてたんじゃないかと。
すると、小6までボッチで頑張り強靱なメンタルを得ている原作園子ちゃんと異なり、普通のメンタルしかない本作の園子ちゃんはえらい目に遭うことに。

なお、次回はほのぼのの予定。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 兆し

UAにして850以上もの方にこのような駄文を読んでいただいているだけでなく、お気に入りに登録してくれている方も10名以上いらっしゃるということで、たいへん感謝しています。
とりあえず、わすゆ編だけでも完走するよう頑張ります。




安芸は激怒していた。

彼女の有能さが認められ、春から勇者担当の教職兼任職員として神樹館小学校に派遣されることが決まったのだが、その職務引き継ぎ内容が信じられないほど劣悪だったからだ。

 

今しがた上層部へ抗議をしてきた。

だが、『のれんに腕押し』という表現がこれほど適切な場面を彼女は知らない。

教師として、近々自分の教え子となる少女たちへのあまりの仕打ちに、無力感にさえ(さいな)まれる。

 

 

 

 

「彼女たちの精神面への配慮は何もなされていない。戦術面でのサポートも全く考えられていない。いくら『勇者』だからといって、彼女たちは消耗品じゃないのよ……」

 

「あえて、『目を付けられない程度』を目指しているんでしょうが、ものには限度というものがあるのよ。このままじゃ、内面から潰れていく子が出てしまうかもしれない。その前に何とかしないと……」

 

自分の持っている情報を元に、大赦中枢の考えに当たりを付ける。

とはいえ、彼女は知っている。彼女もまた末端故に、相当の情報統制が掛けられていることに。

だから、原因療法ではなく対症療法という選択肢を採らざるを得なかった。

 

 

 

 

彼女の権限で出来ることは限られている。

彼女は、出来ること、出来ないことを素早く頭の中で整理し、自席へ戻る道すがら関係部署との調整のため、内線電話を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『児童相談室』

神樹館小学校にはそのような名称の部屋がある。

モラルの高い神世紀の子供たちであっても、人にはそれぞれ悩みがあるものだ。カウンセリング専門の校医であれ、担任教師であれ、子供たちが相談出来るように準備されている部屋である。もちろん防音性能は行き届いている。

 

園子たち三人が児童相談室に呼び出しを受けたのは、三月も二週目に入ったところだった。

 

彼女たちが三人で一つ所に集うのは、信じられないことにおよそ一年ぶりである。

 

そこにいたのは、校長先生と二十代半ばと見られる女性。凛とした雰囲気の中にも、彼女たちを気遣う優しさが透けて見える。

 

「乃木さん、三ノ輪さん、鷲尾さん。こちらが春から君たちの担任をされる安芸先生だ。こういった形で引き合わせていることから分かるとは思うが、『神樹様のお役目』についても君たちをサポートし、時には指導する立場にあるそうだ。安芸先生、では、後はよろしく」

 

そう紹介すると、なぜかそそくさと部屋を出て行く校長。

一方、安芸先生は表情を和らげて、彼女たちに話しかけてくる。

 

「はじめまして。私が春から貴方達の担任をする安芸よ。困っていることがあれば、なんでも言ってちょうだい。出来る限り、サポートをするから」

 

「あの……。私たちの担任ということは、私たち、春から同じ組になるんですか?」

 

「そうよ。四月からは三人、同じクラスよ。これまでは個別に鍛錬に励んできてもらったけど、貴方達の実力も付いてきたことだし、いよいよ三人合同の訓練も始まるわ。だから、普段の生活から息を合わせることを覚えましょう」

 

「おー、いよいよ合同訓練かー。正直、いつまでこんな事させるんだよって、悩んじゃってたもんなー」

 

「いつから始めるんですか? 合同訓練は」

 

「まずは、互いに理解を深める事ね。貴方達、まだお互いの人となりも知らないでしょ。勇者は神樹様のお力を借りて戦うんだから、まず互いの信頼関係を築いてからでないとね。個別の訓練もこれからは一ヶ所に集まって行ってもらいます。連携を重視した訓練は、貴方達の様子を見ながらになるけど、とりあえず六月下旬を予定しているわ」

 

「うおー、やる気出てきたー」

 

「六月下旬というのには、なにか理由が?」

 

「貴方達には隠してもしょうがないから、正直に言うわね。バーテックスの侵攻は夏に発生すると、神託があったの。だから、六月下旬というのは本当はちょっとギリギリなんだけど。貴方達次第で前倒しも有り得るわよ」

 

 

 

 

そんな三人のやり取りを、他人から見れば、ぼーっとしているように見える態度をとりながら、園子は聞いていた。

なんだか、遠い国の出来事のようだ。

 

実際の所、園子が三人の中で一番メンタルを疲弊させていた。

銀は、学校の休み時間等の短時間でも友達付き合いでストレスを発散できたし、家に帰っても弟たちがいた。

一方、須美はお役目というものに過剰適応していたが故に、逆に意欲を維持できていた。

結局、園子だけが貴也を起点とする人間関係を奪われ、精神の平衡を失う形となっていたのだ。

 

今の園子に、かつて見られたぽわぽわとしたゆるふわな明るさはない。

表面上、そう取り繕ってはいるが、見る人が見れば分かるものだ。

 

 

 

 

だから、安芸はそんな園子を痛ましいものでも見るような表情で見る。

 

『本当は、ここまでするのは越権行為なんだけど。しょうがない……。ここで対処しておかないと元も子もなくしてしまうでしょうしね』

 

ふっ、と小さく息を吐くと彼女は重要事項を一つ付け加えた。

 

「それと、もう一つ。週あたりの休日をもう一日増やします。それから、休日には体だけでなく、精神も休養させること。だから、休日には体に疲れを残さない範囲で遊びに行っていいわよ」

 

「えっ、やったー。安芸先生って太っ腹なんですねー。あたし、惚れちゃいそー」

 

「いいんですか? 先生」

 

「いいわよ。精神面の体調管理もしっかりしてもらわないとね」

 

「あ、あの~。例えば放課後、友達と買い食いとか行っちゃってもいいんですか?」

 

「いいわよ、乃木さん。あ、三人とも。お相手がいる人は、デートをしてきてもいいわよ」

 

「えー、そんなのいないですよー。あ、そうか。乃木さんはいたっけ」

 

「えっ、乃木さん、そんな殿方がいるの?」

 

 

 

 

もう、その後のやり取りは園子の耳には入ってこなかった。

その措置がどんな結果を導き出すか、すぐに悟ったからだ。

 

心の中がぽわぽわと暖かさを取り戻していった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

神世紀二百九十七年度の卒業式が、神樹館小学校で行われた。

 

児童の出席者は、一年生、五年生、六年生。当事者の六年生はともかく、五年生は送辞を読んだり、送る歌を歌ったりする必要があり、一年生も送る歌を歌うからだ。

 

式は午前中に終わる。だから園子は式の後、貴也と会うことを約束していた。

 

約束したのは、二日前のデートの途中だった。

二人に『デート』という意識があったにせよ、無かったにせよ、傍目から見ればそれは明らかに『デート』と言えるもので……

 

二人がそんな風にしっかりと会えたのは、約一年ぶりのことであった。

とはいえ、会っていられる時間は一時間ほどしかなく。

その一時間を園子はイネスで過ごすことに使った。

クレープを食べたり、ゲームセンターで遊んだり、初めてプリクラを一緒に撮ったり。

 

それだけで心に活力が戻ってきた。

 

 

 

 

貴也は、人気(ひとけ)が最も少ない理科実験棟の裏側を待ち合わせ場所に選んでいた。

手持ち無沙汰にスマホを弄っていると、背中に何か堅いものが当たる感触。

 

「ヘイ、手を上げな、マイブラザー」

 

「あー、ワタシハ アヤシイモノデハ ゴザイマセン。オジヒヲー」

 

「フッフッフ。命が惜しければ、お前の制服の第二ボタンをよこしな」

 

「アー、コレダケハ オメコボシヲ。オネガイデスカラー」

 

「だめだぜ。お前のハートにトドメをさしてやるぜ。バーンッ!」

 

「アーレー。オデーカンサマ ソンナ ゴムタイナー。バタッ」

 

擬音をわざわざ口に出しながら倒れた振りをする。

人差し指の先をフッと吹いたあと、ほにゃんと笑顔を向けてくる園子。

 

「じゃあ、戦利品としてもらっていくね~」

 

「あぁ、いいけど。そんな物になにか意味でもあるの?」

 

「大昔の風習らしいよ~。卒業式に女の子が、好きな人の制服の第二ボタンを(むし)っていって、大切に保管するんだって~。三年間、熟成させると思いが叶うんだってさ~。――――――フンッ!」

 

どこで仕入れてきたのか、なにかどこか間違った知識を披露しながら、貴也の制服から力任せにボタンを引きちぎる。

 

『ハサミ使えよ、ハサミを。ソーイングセット持ってるだろ……。知らない間に脳筋フィジカル姉さんになっちゃってるよ』

 

その園子らしからぬ乱暴で直截的なやり方に冷や汗が垂れる。だから『好きな人の制服』という重要な発言が頭から消し飛ぶ。

 

『大赦~、そのちゃんを脳筋に育てた責任をとってくれ~』

 

 

 

 

「じゃあ、代わりにこれあげるね。お揃いだよ~」

 

そう言って、何やら差し出してくる。イルカのストラップのようだ。

だが、デザインした人間のセンスを疑う。

なぜ、こんな微妙なバランスなのか。可愛らしさの欠片もない。

 

園子がブラブラと見せびらかしてくるのは、ショッキングピンク。一方で貴也のものは、さすがに無難な紺色だ。

 

「あぁ、ありがとう。いつ用意したんだ?」

 

「えへへ~。一昨日のイネスだよ。たぁくんがよそ見している間にササッと買ったんだ~。私たちの再出発記念だよ」

 

「そうだな。じゃあ、大切にするよ」

 

最後だけは真剣な顔でそう言ってくる園子に応えようと、真面目な顔で返す。

そんな貴也を、その微妙な表情のイルカがジーッと見つめてくるようだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

園子のメンタルは劇的に改善していった。

 

『私はなんて現金な女の子なんだろう』

 

園子は、そう自嘲していた。

 

貴也と少し会うだけで、ちょっと言葉を交わすだけで、みるみる心のどこかが修復されていく。

 

自分は、本当は安っぽい女なんだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、春休みが終わって最終学年が始まると、ほぼ完全に、言動がどこかぶっ飛んでいる、天然系不思議ちゃんが教室に帰ってきていた。

 

 

 

 

ビクン。

隣で船を漕いでいた園子の体が、小さく跳ねる。

 

「はわわわっ。ごめん、たぁくん! 本格的に寝ちゃってた! ――――――あれ~、ここどこ?」

 

()()()()……。ここは学校よ。朝の学活前なんだから、夢の中で殿方との逢い引きにうつつをぬかしてないで、もっとちゃんとして」

 

「あはは~。ごめんね、()()()()。おはよ~」

 

そんな二人のやり取りに、クラス中がドッと笑う。

 

 

 

 

「ほらほら。騒がしくしないの。朝のホームルームを始めるわよ」

 

ダダダダッ――――――

 

「はざーっす。はー、間に合った~」

 

「間に合ってません。三ノ輪さん」

 

教室に駆け込み、安芸先生に出席簿で軽く頭を叩かれた後、銀は自分の席に着き、『友達』である二人に声をかける。

 

「おはよー。()()()()

 

「おはようございます。()

 

「おはよ~、()()()()

 

「おわっ……。教科書、忘れた……」

 

 

 

 

『頭が痛いわ。まさか、そのっちがこんなに扱いに困る人だったなんて……。銀は銀で遅刻の常習犯だわ、底抜けすぎのドジっ子だわ、私はどうすればいいの~』

 

園子の復活は、須美の災難に直結していた。

 

 

 

 

彼女たちのクラスは()()()()

 

今日も園子は居眠りをし、銀は遅刻をして安芸先生に叱られ、そして須美の困惑は深まってゆく。

 

 

 




最後の最後で、わすゆ原作部分突入。
原作よりも前倒しで3人を仲良くさせていますが、その経緯は次回に。僅かにしか触れませんが。

また、冗長になる上、たいした情報ではないので本文中に入れませんでしたが、バーテックス侵攻時期の本当の神託は「初夏」という設定です。
安芸先生、大赦に騙されてます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 贈り物

「行っかせるかーーっ! うぉーーーーーーーーりゃーーっ!!!」

 

銀の、気迫のこもった叫びが轟く。

常人には閃光にしか見えないほどの速さ、身のこなしで空中を舞いながら、銀は己の数十倍の大きさを誇る化け物(バーテックス)を両手の双斧で切りつけていく。

 

勢い余って樹海化している地面に背中から激突。

 

「どうだーーーっ!!」

 

バーテックスを睨み付け、咆吼を上げながら、腕を振り上げる。

 

すると――――――辺り一面を光の粒が舞い出す。続いて空間を埋め尽くさんばかりに花びらが舞うと、その体積を著しく減少させた敵は、フッとかき消すように消えた。

 

「これが……、鎮花の儀」

 

誰かが呟く。

 

こうして、三人の勇者は初陣で見事、バーテックスの撃退に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「西暦時代の勇者様も、こうやって戦ってたのかな~」

 

樹海化が解けると、三人は大橋を見上げる公園の祠に立っていた。

先ほどまで自分たちがしていた戦いに思いを馳せ、園子が呟く。

 

「どーかなー。須美はどー思う?」

 

「そうね……。伝説じゃ、ウィルスに侵された地から人々を四国まで避難させた後、ウィルスによって変容した化け物とも戦った、っていうけど。あれほどのものだったのかしら? そのっちの家には伝わってないの?」

 

「うちにも、市販されてる本なんかに書かれている以上のことは伝わってないよ~」

 

「そう……。他の四人の勇者様の家には伝わっているのかしら。()()()()()()()()()確かめようもないけど」

 

「それにしても戻される場所って、さっきまでいた学校じゃないんだなー。おわっ――――――上履きのまんまだー」

 

傷だらけの三人は、その後大赦の神官たちが迎えに来るまで、とりとめなくおしゃべりを続けた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

中学生になったからといって、貴也の生活に激変はなかった。

一番大きな理由は、帰宅部を選んだことにあるのだろう。

 

小学校卒業の前後から、再び園子との交流は活発化している。

園子のオフの日は週二日。休日に絡んでいる日は貴也の助言もあり、須美や銀との交流が主となっている。

だからもう一日は平日なので、会える時間は長くても一時間だ。それでもほぼ定期的に会えていた。

四月の下旬以降はそれが不定期となりつつあったが、それでも頻度としては遜色のないものであった。

 

むしろ大きな変化は、この園子との逢瀬であろう。

女の子の心理の機微についてあまりよく理解できていない貴也でも分かるぐらい、明らかに園子は甘えてくるようになっていた。

 

執拗に手や腕を絡ませてくるし、食べ物の食べさせ合いも積極的だ。

すぐに体をひっつけてくるし、口調も甘く、拗ねてみせることも度々だ。

 

それは、日を追う毎により顕著になっていく。

まるで、不安をごまかすかのように。

 

 

 

 

五月中旬。

学校帰りに、近くのカフェで待ち合わせていた。

 

「どうしたんだよ、そのちゃん。その傷。――――――あーあ、ここにも。ここにも……」

 

「えへへ~。神樹様のお役目に関することだから説明できないんよ。ごめんね~」

 

「先月も一回あったよな。本当に大丈夫なのか? 僕じゃ、どうにも出来ないのかもしれないけど、(つら)かったら周りの相談できる人にどんどん相談して行けよ」

 

「うん。あ~、いいな~。幸せだな~。たぁくんに心配してもらえて、私は幸せ者だよ~」

 

「冗談じゃないからな。本当に無理だけはするなよ」

 

「うん、分かってるよ~。この体、大事にしないとね~。いつか、誰かさんのものになっちゃうもんね~」

 

切り傷、擦り傷、打撲。体中に傷を負った園子に驚く。

だが、こんな事は二回目だ。四月の下旬にも一回あった。

心配して色々と声をかけるも軽く流され、最後は冗談ぽくも意味深に顔をのぞき込んでくる。

 

「でね、週末から合宿なんよ~。しばらく会えないから、今日はたぁくん分をいっぱい補充させてね」

 

「そりゃ、いいけどさ……。合宿なんてするんだ」

 

「うん。本当は来月の予定だったんだけど、諸々(もろもろ)の事情で前倒しになったんよ~。でね、でね。讃州市に行くんよ~。なんか、温泉も付いてるんだって~」

 

「そりゃ、なんか楽しそうだな。お土産、期待してるぞ」

 

「うん、えへへ~。期待しててね」

 

 

 

 

 

 

 

 

二度のバーテックスの襲来。

結局は、園子の機転と銀のごり押しによって、なんとか辛勝している状況だ。

彼女たち三人の仲が良く、即席の連携が上手く機能しているのもあるが。

 

初回は、大赦によって水瓶座型(アクエリアス)と分類される敵。

二度目は、天秤座型(ライブラ)と分類される敵。

 

どちらの戦いでも、三人は体中に傷を負いながら敵の体力を削り、最後は大橋に仕掛けられたシステムによる『鎮花の儀』によって結界外へ追い返すのが精一杯であった。

 

現状の装備では、撃滅することは不可能。

せめて勇者の損耗を防ぐことを目的として、三人の連携を高めるための合同訓練が、当初の予定よりも一ヶ月前倒しで、しかも集中開催による効率の上昇を企図して、合宿という形で行われた。

 

 

 

 

「そーいえばさー、始業式の後、園子が『親睦を深めよ~』って誘ってきたじゃん。あれ、あたし、驚いたんだよねー」

 

「どういうこと? 銀」

 

「須美は知らないか。そっか、四年までよその学校だったもんな」

 

合宿最終日の夜、成果も上手く出せた開放感からか寝床を用意しているタイミングで、銀がそんなことを振ってきた。

四月の始業式後の、イネスのフードコートで開かれた三人だけの親睦会。そのことだ。

 

「一年の時、同じクラスだったんだけど、園子ってさー、乃木家っていうこともあって、クラスのみんなも遠巻きに見てる感じだし、ほら、本人の言動もこうだろ、ちょっと浮いててさー。あ、ごめん、気にしてるよな。ほんとーに、ごめん」

 

「いいよ~、ミノさん。本当のことだし、全然気にしてないよ~」

 

「そっか。――――――だから、そういうこと言い出す奴って、思ってなくてさー。でも、あのおかげであたしら、すぐ仲良くなれたじゃん。いまさらだけど、ほんとーにありがとう、って思うよ」

 

「そうね。私も二人と早く仲良くしたいって思ってたから……。ありがとう、そのっち」

 

「えへへ~、どういたしまして。でも、ああいうこと出来たのは、たぁくんのおかげなんだ~。四年生の時、たぁくんを通じて五年生の先輩たちと仲良くしてもらったのが、効いてるんだと思うんよ~」

 

「そこだよ! それっ! 今日は園子の恋バナ、とことん聞きたいよー。なっ、須美」

 

「えぇ。私も気になるわっ。――――――で、どういう風に知り合ったの?」

 

「あー、話してもいいよ~。でも別に、そこまで面白い話でもないかも~。ちょっと待っててね~」

 

目をランランと輝かせて迫ってくる須美と銀を背に、ごそごそと荷物の中からノートパソコンを取り出してくる園子。カチャカチャと操作し、創作小説のサイトを二人に見せてくる。

 

「じゃ~ん。私たち二人の出会いの物語は、この小説の第一話を読めば分かるよ~。ちなみに、幼少期の物語は第六話まで続くけどね~」

 

「えーーー……」

 

「まさか……、そのっち、自分のこと小説にして公開してるの?」

 

「さすがに小説としての体裁整えるために、大幅に脚色してるけどね~。でも、大筋はほんとーのことだよ~」

 

まさかの展開に、銀はドン引きして顔を引きつらせ、須美はあきれかえる。

だが、親友の恋バナへの興味の方が勝ったようだ。二人して先を争って読んでいく。

 

そんな二人の背中を見ながら、この流れで二人のカップリング小説を紹介しようか、すまいか、考え出す園子……

 

『そういえば、あの時の指輪って、結局どうしたんだっけ?』

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

六月中旬。

今日はなぜか、一度家に帰ってから会おうということになっていた。

だから、会える時間は短くなって、十五分ほどしかない。

 

『珍しいな。そのちゃんが、あえて会える時間が短くなる約束をするなんて……』

 

 

 

 

「お待たせ~」

 

大きな肩掛け鞄を揺らしながら園子が駆けてくる。

貴也の前に来ると、ごそごそと鞄から小さな紙製の手提げ袋を出してきた。

 

「はい。ちょっとフライングだけど、お誕生日プレゼント!」

 

「えーっと、まだ二週間近く先だけど……?」

 

「去年はさ~、結局一ヶ月近く遅れちゃって、申し訳なかったからね~。今年もお役目が本格化してきて、また合宿だ~って話も出てきてるから、遅れるよりはいいかなと思って、先渡しすることにしたんだ~。ダメだった?」

 

「あ、いや。そういうことなら……。ありがとう、毎年(まいとし)嬉しいよ」

 

「とりあえず開けてみてみて~」

 

手提げ袋の中には小さな箱が一つ。箱を開けると、植毛された紺色のケースがあった。さらにケースを開けると指輪が一つ。

 

「その指輪、覚えてる?」

 

「うーん?」

 

「私たちが初めて出会った日にお蔵で見つけた指輪だよ」

 

「あー、うん、覚えてるよ。そうか、あの時の……。――――――えっ? ちょっと待って。これが誕生日プレゼント? ちょっと待ってよ。こんな高価な物……っていうか。そもそも、僕たちには早過ぎないか?」

 

「えへへ~。最近、それのこと思い出して、探して、見つけたんだ~。で、お父さんやお母さんにも確認したんだけど『蔵で永年放置されてきた物みたいだし、神樹様のお役目を頑張っているから、ご褒美としてあげよう。園子の好きに使いなさい』って言ってもらえたんよ~」

 

「でね、でね。調べてみると数百万もするような高価な物じゃないって分かったから、安心して受け取って。石だって、ちっちゃいしね」

 

「石?」

 

その指輪は無垢のプラチナリングに見える。

 

「ほら、ここ。内側に付いてるでしょ。『インサイドストーン』って言うんだよ」

 

「あー。でも五つも付いているわりに、四種類に見えるんだけど……」

 

「うん。そこは私も分からなかったんだ~。でも、石の種類は分かるよ。端から二つ並んで付いている青いのがどっちもサファイア。で、真ん中がアレキサンドライト。その横がガーネットで、一番端がアメジストなんよ~」

 

「うん。さっぱり意味が分からん」

 

「で、もっと重要なのが、その反対側にあるんよ~。読んでみて」

 

そこにはアルファベットで『to Takaya』と刻んである。

 

「うん? 『トゥー タカヤ』?」

 

「そうだよ。昔の外国の言葉で『たかやさんへ』って意味なんだって。私からのプレゼントにぴったりだと思わない?」

 

この時代、ローマ字は習っても、英語など所謂外国語は一般的に使われているものではないのだ。

もちろん、西暦時代までに日本語化しているようなものは当然、除かれるが。

 

「でね。それを()()()()()()()()()()()持ってて欲しいんだ~」

 

「でも、これ、指のサイズ合ってないし、こんなの嵌めてたら学校で没収されるよ」

 

「そこは各自、工夫してってことで。後から、園子先生のチェックがありますよ~」

 

笑顔でそう言ってくる園子に、ため息をつきながら返事を返す。

 

「はぁ~、分かりました。先生」

 

「うん。とてもよろしい返事です」

 

 

 

 

『ごめんね、たぁくん……。本当はそれ、大昔の誰かが、『タカヤ』という名前の誰かに、愛を込めて贈った物のはずなんだ。でも、その誰かに、明日、自分がどうなるかも分からなくて、たぁくんに告白する勇気も持てない私を後押しして欲しかったんだ。――――――その指輪だったら朽ちたりすることもないだろうし……。私に、もし何かあっても、それを私だと思って、ずっと覚えててほしいな……』

 

その想いを、園子はあえて貴也には伝えない。

伝えられない。

 

指輪を眺めている貴也を見つめながら、園子は胸の前でギュッと両手を祈るように握る。

不安に押し潰されそうな心を、無理矢理閉じ込めて……。

 

 

 




あからさまに怪しいキーアイテム登場。設定に捻りは無いはずなので、ゆゆゆファンには色々とバレている恐れが。

合宿地は現実世界では三豊市に相当するらしいのですが、ゆゆゆ世界での地名設定が分からないので、讃州サンビーチでの訓練風景より讃州市内としました。

最後の園子のモノローグは、作者目線で見ても回りくどい。
直接的な表現に変換すると、バーテックスとの戦闘で死ぬかも > 死んだ後でも覚えてて欲しい > 形見の品を渡す勇気が欲しい、といったところです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 白昼夢

園子からの難題に音を上げた貴也は、母の千草に助けを求めた。

すると、母親とは偉大である。簡単に解答に辿り着けた。

 

指輪を、首から下げるネックレスにしてしまえば良いのである。

確かに、神樹館中学は生徒の自主性を重んじていて校則は緩い。

ロケットの付いたネックレスを常用している女子生徒もいたはずだ。

 

そこで日曜日、母や妹と連れだって、ホームセンターまでアクセサリー用のチェーンを調達に出かけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームセンターのサービスでチェーンの加工までしてもらえた。

繊細なデザインにもかかわらず相当丈夫なチェーンを、指輪に取り付けた金具に通してもらい、首に掛ける。

チェーン取り付け用の金具は、指輪を傷つけないようなデザインのものを慎重に吟味して選んだ。

 

「うわー、羨ましいなー。お兄ちゃん、私にくれない?」

 

「渡せる訳ないだろ。そのちゃんからの誕生日プレゼントなんだから」

 

「うー。ラブラブでいいなー。そにょちゃん、わたしにも何かくれないかなぁ」

 

「高価な物なんだから、大切にしなさい。それから、園子ちゃんのお誕生日には、それ相応のお返しを考えておきなさいよ」

 

「うん。分かってるよ。でも、これのお返しかぁ。これまた難題だなぁ」

 

そう言いながら、下着代わりのTシャツの内側に指輪を隠す。

こうすれば、余計な問題が発生せずに済むだろう。そう考えた。

 

 

 

 

その後、しばらくウインドウショッピングを楽しんだ。

 

だが、あまりにも千歳が園子からのプレゼントを羨むので可哀想になり、小遣いから母と折半で小さく可愛らしいペンダントを買ってやった。すると現金なもので、途端に兄へ飛び付いてくる。

 

「やったー。お兄ちゃん、大好き。愛してる!」

 

「お前のそれ、ものすごい安売りだからなぁ」

 

「そんなことないよ。世界で一番可愛い妹の『大好き』は、きちょーだよ」

 

「どこの誰が世界で一番可愛いんだよ」

 

「じゃあ、『世界で二番』でいいや。どうせ、お兄ちゃんの『世界で一番』はそにょちゃんだもんね。シシシ……」

 

そんな風にからかってくる妹を見やって、ため息をつく。

 

『小一のくせに、ませてんなぁ。いったい誰に似たのやら。でも、まぁ、そのちゃんと比べるのはナニにせよ、確かに同級生の中じゃ、可愛い方か……』

 

そんな風に親バカならぬ兄バカな結論が頭に浮かんだのと同じタイミングで、母親が二人に声を掛けてくる。

 

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。と、その前にあそこの売店でジェラートを食べたい人、手を上げて!」

 

「ハイ、ハイ! ハイ、ハイ!」

 

騒ぐ妹の後ろで、静かに左手を上げる貴也であった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「あー、おいしーねー」

 

「あぁ、そうだな」

 

苺のジェラートをパクつく千歳が満面の笑みで話しかけてくる。それに、おざなりな返事を返しながら、貴也も一心不乱に食べる。

 

『やっぱ、プレーンなバニラが至高だよな』

 

などと愚にもつかないことを考えていると、不意に違和感を感じた。

周りを見回して、ギョッとする。

 

『止まってる……?』

 

まるで時間が止まったように、何もかもが静止していた。目の前にいる妹も母も、ジェラートを食べている途中の姿勢で固まっている。

 

『なんだ……? 何が起こってる?』

 

チリーン、チリーン、チリーン、チリーン…………シャリーン、シャリーン…………シャララララララララ…………

どこかで風鈴の()が鳴り始めたかと思うと、徐々に、そして一斉に数百とも、数千ともつかない風鈴の音が辺りに鳴り響く。

そして、辺りが真っ白な光を放ち――――――

 

 

 

 

「なんだ……? どこ? ここ」

 

辺りはまったくもって非現実的な、幻想的な光景に一変していた。

巨大な植物の根や蔓と(おぼ)しきものに全てが覆われている。その根や蔓も、形状がそう見え、手触りもそうだから、そう思っただけで、見ようによってどんな色にも変わるような、幻想的な色合いをしている。

 

周りの状態を確認して呆然とした。

 

 

 

 

だが、それも長くは続かない。気が付くと胸の辺りがやけに熱い。指輪が熱を持っているようだ。

 

「なんだ? お、おーーーっ!」

 

指輪をつまみ出そうと手を触れた瞬間、頭の中に奔流が押し寄せてきた。

言葉と言うにはあまりにも曖昧模糊としており、映像と言うにはあまりに不鮮明。ただ、情報らしきものとしか言えない。

 

だが、そのおかげで、この場において『身を護る(すべ)』だけは理解できた。

 

くらくらとした頭を押さえて、息をつく。とりあえず、為すべきことをしなければ……

 

「召還」

 

身を護らなければ……、それだけを考え、その言葉を呟く。すると胸の指輪がある辺りから光が溢れ、身を包む。自分の視界も真っ白に染まる。

 

 

 

 

それも一瞬だった。次の瞬間、貴也は自分の身にも異変が生じていることに気づく。

 

「えっ? これ……、この服、っていうか衣装? 狩衣(かりぎぬ)か? なんで、こんなものが? でも、なんか薄いな」

 

歴史の本で見たことのある服装に近いものを身に纏っていた。ただし、先ほどまで着ていた服の上に纏っている状態だ。

 

下に着ている服が透けそうなほど薄い。だが透けて見えているわけでもない。

色は、白にほんの少し青を混ぜたような薄浅葱。なぜか、肩から両脇に向けて、そして腰回りから両足に向けて計四本、四色のラインが走っている。青、オレンジ、白、暗い赤。

 

足回りも、履いているスニーカーの感触は残っているが、その上から覆っているのか膝上までのブーツのようなものに覆われている。これも両足とも四色のラインが巻かれている。

 

()めつ(すが)めつ服装をチェックしてみるうちに、さらに重要なことに気が付いた。

 

 

 

 

自分の周りをふよふよと、大きめのぬいぐるみのような存在が浮いている!

 

「なんだ、これ?」

 

全部で九体。恐る恐る手に取ってみて、一つずつ確かめていく。

 

一つは、何となく分かった。雪女だ。ただ、およそ二等身しかない。そのせいで怖くはない。ただ、可愛いというものでもない。園子が喜びそうな、キモかわいい、という表現がぴったりなものだ。

 

もう一つは『車輪』だった。木製の車輪。ただ、その軸部分に大きく、おっさんの顔がへばりついている。意味が分からない。これもやはり、キモかわいい、という部類のものなのだろうか。

 

その二つだけでも、貴也の精神に多大なダメージを与えてくる。

 

極めつけは、残りの七体だ。微妙な差異があるとはいえ、全てほぼ同じデザイン。なんというか端的には『幽霊』とでも言うしかない。しかし、やはり等身が低いだけでなく、ふよふよとしたその動きが怖さを打ち消している。とはいえ『腐りかけ』でも表現したいのか、見ているだけで微妙に気持ち悪くなるデザインだ。そんなのが七体。これはキツい。

 

「なんなんだよ、いったい」

 

少し歩き回ってみたが、つかず離れずついてくる。閉口した。

口をきくわけでもなく、ただふよふよと浮いているだけなので、無視を決め込むことにした。

 

 

 

 

かさっ。

小さな音がしたので視線を向ける。

 

狐がいた。貴也を見ている。

珍しい種類なのだろうか。暗赤色の(つや)やかな毛並みをしている。

なんとなく、神聖さを感じた。

 

狐がクイッと首を振る。

まるで、ついて来い、とでも言うかのように。

 

狐は歩き出したが、貴也がついて来ないのに気づくと、首をこちらに向けて、じっと見つめてくる。

 

「なんなんだよ、いったい」

 

理不尽な状況に不満の声を漏らして、狐の後についていく。

ふよふよと浮いている意味不明な九体を引き連れて。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

園子たちは慄然としていた。

彼方にバーテックスが二体見える。一体はこれまでと同様、数十メートルはあろうかという巨体。ゆったりと進撃してきている。だが、もう一体は三メートルほどの人型だ。その人型は恐ろしいほどのスピードで走ってくる。

 

「どうしよう。あの速さじゃ、矢が当たらないかも」

 

「いや、それよりも、一度抜かれたら追いつけないぞ。迎撃のチャンスが一度しかない」

 

須美と銀が、その速度にうろたえる。

しかし、園子はぼーっと見つめているだけだ。と、急に声を張り上げる。

 

「あ! ピッカーンと閃いた! とりあえず、わっしーは当たらなくてもいいから、あいつの進行をできるだけ右側に寄せるように牽制して。で、ミノさんが動いたら攻撃をやめてね。ミノさんは、私の合図で真っ正面から迎撃して。逃しても、後ろに私がいる二段構えだよ」

 

「よっしゃ。園子の案にのった!」

 

「わかったわ、そのっち」

 

 

 

 

須美が矢を連射する。走ってくるバーテックスを彼女たちから見て右側、樹海が形作る大橋の結界の境目、超巨大な鳥居近くへと追い込んでいく。

 

銀の目の前に、双子座型(人型)バーテックスが迫る。

 

「ミノさん! ゴーッ!」

 

園子の合図で、ダッシュで双斧を振るおうとする。途端、それまで直進しかしてこなかったバーテックスが、目の前で左へ跳ぶ。

 

「しまった! 抜かれたっ!」

 

「ビンゴーッ!」

 

園子の叫びに後ろに目をやると、園子の槍がバーテックスの足を捉えた瞬間だった。

 

 

 

 

やや小規模な鎮花の儀が起こり、双子座型(ジェミニ)バーテックスの姿が消える。

 

「それにしても、なんであいつの動きを読めたんだ?」

 

「うん? 直前にわっしーの攻撃をやめてもらったでしょ。だから、ミノさんが突撃したら左に避けるかなー、って思ったんよ」

 

「かー、さすがだな、園子は」

 

「油断しないで。もう一体くるわ」

 

もう一体の大型バーテックスが、すぐそこまで迫ってきた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

狐が走る。だが、貴也はついていくのがやっとだ。

普段よりも遥かに身は軽く感じる。だが、それだけだ。

 

『くそっ、体、鍛えときゃ良かった』

 

内心、自分へ愚痴っているうち、大橋らしき構造物が近づいてきた。

すると突然、地面が大きく揺れる。

 

「なんだ? 地震?」

 

その揺れを歯牙にも掛けない様子で走る狐に置いて行かれないよう、必死についていくしかなかった。

 

 

 

 

またもや想像を絶する場面に出会う。

 

そこには身の丈三十メートルはあろうかという、見た目は生物とも無機物ともつかない、あえて言うなら『化け物』としか言いようのない、だが、やはり生き物であろう雰囲気を持つものが戦っていた。

なにと?

三人の少女とだ。

 

ドリルのように回転する化け物の下半身の下で、火花を散らしながら得物で受け止めている、(しゅ)色を身に纏う少女。

 

普段の貴也であれば、まったく見分けのつかない距離にいるはずなのに、なぜか様子が分かる。

 

『異常に目が良くなってる? いや、感覚が鋭くなっているのか? いや、やっぱり見える……。どうなってるんだ、これ?』

 

いつの間にか、上空で宙を舞った淡藤(あわふじ)色を身に纏った少女が矢を放つ。そして……

 

「とーつげきーっ!」

 

貴也にとって『世界で一番大切な少女』が……、青紫(あおむらさき)を身に纏った少女が槍を振りかざして、信じられない速度で化け物に突っ込んでいく。

 

『そのちゃん? 助けに行かないと……』

 

だが、足が動かない。自分の身体能力ではその戦いには加われないのだと、本能が囁く。

その囁きが真実であると、朱色の少女が証明する。

 

「オーリャ、オリャオリャ、オリャオリャオリャオリャーーー!」

 

まるで赤い閃光だった。化け物を、その両手に振りかざした信じられないほど大きな二丁の斧で切り刻んでゆく。

 

 

 

 

夢のようだった。あるいは、悪夢のようだった。

 

気がつくと、花吹雪の中に貴也は立っていた。

 

「なにが、どうなって……。そのちゃん……」

 

呟きながら、立ちつくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。なに、ぼーっとしてるの?」

 

千歳が、目の前で翳すように手を振っている。

 

「えっ?」

 

ホームセンターの売店前のテーブルだった。目の前には食べかけのバニラのジェラート。

周りを見回すも、なにも異変がなかったかのようだ。

 

「考え事? そにょちゃんのことかなー?」

 

妹がニヤニヤと顔をのぞき込んでくる。

 

「夢? でも……」

 

その白昼夢の現実感に、いつまでも戸惑いを隠せない貴也だった。

 

 

 




九体の精霊っぽいものは、ゆゆゆいの精霊を想像してはいけません。
そもそもシステムが異なります。(という設定)
よって、ゆるキャラではなく、見続けると不快になるキモかわキャラということで。

なお、変質者の乱入がありましたが、読んでお分かりのように基本アニメ版準拠で進めていきます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 指輪

「ゼツボーシタ、ゼツボーシタ、ゼツボーシタ……」

 

思わず棒読みでそう呟く。

 

念のため確認しよう。その考えが間違っていたのかもしれない。

夜、自室にこもると、貴也は昼間の出来事が夢だったのか、そうでないかの検証をしようとした。

その行為は、すぐに明確な回答を示した。

 

「召還」

 

身を護る、それだけを念じて呟くと、昼間見た白昼夢のように指輪から光が溢れた。そして、貴也の装束は薄い狩衣のようなものを一番上に纏い、さらに九体の意味不明なものがふよふよと周りに浮く結果となったのだ。

 

「ゼツボーシタ……。――――――どうやったら、元に戻るんだ?」

 

涙目で周りを見る。すると、周りに浮かぶ九体のキモかわキャラが一斉に貴也を見る。

怖気(おぞけ)が走った。

 

ふと指輪を見ると、石が嵌っている辺りが淡く光っているのが見えた。

指輪を触ってみる。また、訳の分からない奔流が頭を襲った。

 

 

 

 

――――――おかげで、解除方法が分かった。

 

「送還」

 

そう呟くと、元の姿に戻れた。キモかわキャラも消えた。

貴也はその場に崩れ落ちた。

 

『いったい何が起こっているのか、そのちゃんに確認する必要があるな』

 

今日は疲れた。もう寝よう。

体が発するその欲求を少しだけ我慢して、思考を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

貴也は、翌朝から一週間寝込んだ。四十度近い熱に(うな)され続けた。

上がっては下がり、下がっては上がりした熱に魘され続けた中で、何度も無意識に指輪を手に取っては、あの謎の奔流に頭を焼かれた。

 

分かったことがある。

謎の奔流に頭を焼かれると、都度、単語一つずつ、その漠然としたイメージが焼き付けられることに。

 

幾つかの単語が頭に残る。

『樹海』、『勇者』、『バーテックス』、『精霊』、『七人御先』、『輪入道』、『雪女郎』

 

あの不思議な光景が『樹海』

戦っていた少女たちが『勇者』

化け物は『バーテックス』

貴也の周りをふよふよと浮かんでいたキモかわキャラが『七人御先』と『輪入道』と『雪女郎』と呼ばれる『精霊』

 

他にも幾つか焼き付けられたような気もするが、それ以上は思い出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

体調が戻ると早速、園子へ連絡を入れようとした。だが、連絡はつかなかった。

寝込んでいる間には、何度か電話が掛かってきたようだ。貴也の容態を確認すると、心配していることだけを伝えて欲しいと言い残していたそうだ。最後の電話の際には、ちょっといろいろあって一週間ほど連絡できない、とも言っていたそうだ。

 

結局、連絡が付き、二人が次に会えたのは七月九日のその日であった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

貴也が、拓哉と潤矢の誘いを断って校舎から出ると、園子が校門にもたれながら待っているのが見えた。

 

「そのちゃーん、待たせてごめん」

 

「ん? さっき、来たとこだよ~。久し振り~、たぁくん。会いたかったよ~。体の方は、もう大丈夫?」

 

声を掛けながら、走り寄る。

すると、園子はほにょんと笑顔を返してくる。

先日、化け物(バーテックス)相手に戦っていた人物と同一であるとは、とても思えない。どこからどう見ても、貴也にとっては護ってやりたくなる、お嬢様然とした少女だ。

 

「あぁ、もうすっかりね。――――――それで、今日は大事な話があるんだ」

 

「え~、なにかな~?」

 

「だから、今日は僕の家に来てほしいんだ」

 

「えっ? これから、たぁくんのおうちにお邪魔するの? えっ? だって私、なんにも用意してないよ。お土産も買ってないし、あ、お化粧の必要あるかな? そうそう、たぁくんのご両親になんて挨拶すれば……」

 

なんだか慌てた様子で、ズレた反応を返してくる。苦笑して、落ち着かせてやる。

 

「いや、そのちゃんに二人きりで相談したいことが出来たんだ。誰にも聞かせられないことだし、そのちゃんしか相談できる相手がいないんだ」

 

「あ~、ごめん。なんだか、早とちりしちゃったよ~」

 

その、ほわほわした笑顔を見ると、不安が溶けて流れていってしまいそうな感覚になる。

だから気合いを入れ直すために、頬を張る。

 

『いかん、いかん。これから真面目な話をするんだから』

 

そんな貴也を園子は不思議そうに見つめていた。

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「あ、お兄ちゃん、おかえりー」

 

「お邪魔します」

 

帰宅の挨拶をするとリビングから千歳が顔をのぞかせる。園子がいつになくしおらしく挨拶をすると、妹はギョッとした顔をして、すぐにキッチンへ走っていった。

 

「おか~さん! お兄ちゃんがそにょちゃんを連れてきたよ~!」

 

「ま、アレはほっといて良いから。とにかく上がりなよ」

 

「うん、お邪魔しま~す」

 

園子が靴を脱ぎ、貴也がスリッパを用意したりしているうち、母の千草がやってくる。

 

「あら、あら。園子ちゃん、いらっしゃい。貴也、どうしたの?」

 

「こんにちは、おばさん。チータンも、こんにちは~」

 

「あぁ、ちょうど相談事があったんだけど、他人(ひと)に聞かれるのがイヤだったからうちに呼んだんだ」

 

「そう。あとで、飲み物でも持っていく?」

 

「いや、ちょっと深刻な相談で……。あ、そのちゃんならちゃんと対応できそうなことだから、心配しなくていいよ。だから、ちょっと部屋で二人きりにしておいてもらいたいんだけど」

 

「そう。なら、いいけど。じゃあ、園子ちゃん。貴也のこと、よろしくね」

 

「あ~、はい、どうも~」

 

母親の詮索には、あらかじめ釘を刺しておいた。

 

「シシシ……。将来の相談?」

 

「いーや、今困っていることの相談。真面目な話なんだから茶化すなよ」

 

「はーい! そにょちゃん、お兄ちゃんのこと、よろしくねぇ」

 

からかってきた妹も、母の真似をしたかっただけのようだ。

とりあえず、貴也は園子を二階の自室へ促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スーーーッ。これが、たぁくんの部屋の匂いか~」

 

目を閉じて深呼吸をする園子。

初めて自分の部屋に招いた大切な少女の、その常識に囚われない行動にあっけにとられる。

 

「何やってんの?」

 

「うん? だって、生まれて初めて男の子の部屋に入ったんだよ~。堪能しな、い、と、ね、ぇ~」

 

そのまま動かなくなる園子。

その反応には慣れたものだが、場所が場所だ。とりあえず、痛くない程度に脳天に軽くチョップをかます。

 

「男の部屋で、すぐ寝るな! 襲われたら、どうするつもりだよ」

 

「フガッ! え~、だって~、たぁくんならべつに良いもんっ」

 

少女としてちょっとどうかという声を上げると、園子はチョップを受けた頭を抱えながら、本当に寝てたのかどうか、判定に微妙すぎる返答を返してくる。しかも最近明らかに増えつつある、ちょっと拗ねたような反応だ。

 

「とりあえず、本題に入って良いか? まぁ、言葉で説明するのも難しいから、とりあえずこれを見て。――――――召還」

 

身を護らねばという意志とキーワードに反応してか、胸に掛けてある指輪から光が溢れ出す。次の瞬間には、貴也の装束は見た目が変化し、そして周りに九体の精霊が……。

園子は目を見開いたまま、声も上げなかった。

 

 

 

 

『そのちゃんですら、この反応かよ』

 

あっけにとられて固まっているのだろう彼女を見やりながら、頭を抱える。ふぅーとため息をつきつつ、説明を始める。

 

「えっと、こんなことになったのは、そもそも―――――――」

 

「可愛いーーーっ!」

 

「え?」

 

あっという間に、園子は雪女郎と輪入道、それに七人御先のうち一体の計三体の精霊を器用に抱き締め、喜びの声を上げる。

 

『そのちゃん……まったく、予想外の反応だ。いや、確かにこいつら、キモかわいい系の見た目で、そのちゃんの琴線に触れそうな外観だとは思っていたよ。しかし、それにしても……』

 

「ねえねえ、たぁくん。一つでいいからちょーだい!」

 

「いや、あげたいのは山々だし、そもそも僕自身としてはいらないんだけどさ。多分、そうも言ってられない状況なんだ」

 

悩んでいる自分が馬鹿みたいじゃないか、と思いながら貴也は時系列に沿って説明を始めた。

まずは、指輪にチェーンを付けるためにホームセンターに向かった経緯から。

しかし、時間が止まり、樹海化に巻き込まれた辺りの説明を終えた段階で、園子の顔から血の気が失せていることに気づく。

 

「たぁくん……樹海化に巻き込まれたんだ……。え、どうして『樹海』っていう言葉を知っているの? どうして樹海化の中で動くことが出来たの?」

 

「ちょっと落ち着いて、そのちゃん。順番に説明するから、最後まで聞いて」

 

うろたえたように聞いてくる園子を落ち着かせ、とりあえず説明を続ける。

 

 

 

 

指輪が熱を持ったこと。

指輪からの情報の奔流に襲われたこと。

装束の変化。

精霊の出現。

神の眷属かもしれない狐に導かれたこと。

そして、園子たちの戦いを見たこと。

 

この段階で、園子の顔は青ざめているのを通り越して白くさえ見えた。

 

説明を止める訳にはいかなかった。

だから、園子を抱き締めて、もう一度落ち着かせる。

 

夜、自宅で検証したこと。

翌日から発熱したこと。

熱に魘されながら、何度も指輪からの情報の奔流により、幾つかの単語の示す内容が分かったこと。

 

 

 

 

「――――――ということだったんだ」

 

「たぁくん……危険だからその指輪、ぼっしゅー!」

 

口調と表情がまるで合致していない。悲しげで苦しげな表情の園子。

 

「ちょっと待って。そのちゃんの方の説明も聞きたいんだ。そもそも、そのちゃんたちは何をしてるの? 神樹様のお役目って何? あの化け物、バーテックスと戦うこと? バーテックスって何?」

 

「そんな、ポンポン聞かれても……。それに、神樹様のお役目だから説明できないわけだし……」

 

「説明してくれない限り、この指輪は返せないよ」

 

「そんな……。その指輪を持ってると危険だよ。お願いだから……。――――――私だって、たぁくんに知ってほしいって思うよ。でも……分かった。全部話すよ」

 

園子がためらいがちに話し出す。

 

 

 

 

世界を滅ぼしたウィルスのこと。

人類と神樹様を滅ぼそうとするバーテックスのこと。

戦えるのは、神樹様の力を授かった無垢な少女、『勇者』のみであること。

『西暦の勇者様』のお話も本当のことだろうこと。

 

目の前でスマホを操作し、変身もして見せた。

鷲尾須美、三ノ輪銀のことも説明した。三人の役割分担についても。

 

 

 

 

園子の簡潔にして必要十分な、論理だった説明のおかげで頭が冷えた。

それどころか、冴え渡ってくるような気さえする。

 

 

 

 

「そういうことか……。信じがたい話だけど、『僕がそれを見た』というのも事実だ。やっぱり、この指輪は返せないよ」

 

「ダメ! たぁくんは、戦ったら死んじゃうよ……。私たちは一年以上も戦うための鍛錬を積み重ねてきたけど、たぁくんは違うもんっ! 戦いは私たちに任せて、たぁくんは日常の中にいて欲しい!」

 

「ものは考えようだよ。僕だって前回の戦いを見て『あぁ、こりゃ、戦いに参加するのは無理だな』って理解できたから。むしろ参加すれば、そのちゃんたちの足を引っ張って、かえって危険な目に遭わせるって」

 

「じゃあ、どうして……」

 

「いつも頭の回るそのちゃんらしくないなぁ。君たち三人は、バーテックスとの戦いでいっぱいいっぱいの様子だったからね。戦い以外のこと、する余裕ないだろ? そのちゃんたちが戦っている間に、僕が、例えば結界の外を偵察する、ってオプションもとれるんじゃないかな? 『敵を知り己を知れば百戦危うからず』って言葉もあるくらいだしね」

 

「あっ……」

 

「とりあえず、指輪を返す、返さないの結論は先延ばしにしよう。もうそろそろ、外も暗くなるし……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、園子ちゃん、帰っちゃうの? お夕飯、一緒に食べない?」

 

「あ、いえ、ごめんなさい。明日、遠足なのでいろいろと準備しなくちゃいけないし」

 

「そう、じゃあ、しょうがないわね。貴也、近くまで送ってあげなさい」

 

玄関まで園子を送ると、千草も見送りに出てきた。

園子を気遣って、貴也に送ってやれ、と言うも、園子は断ってきた。

 

「あ、大丈夫です。道も明るいですし、こう見えて護身術の心得も一応ありますから。――――――じゃあ、たぁくん、また明後日(あさって)ね」

 

「あぁ、次は今日ほど厳重に隠さなくてもいいだろうし。十時に図書館でな」

 

「うん、じゃあ、さようなら」

 

「さようなら」

 

扉が閉まる。

 

 

 

 

明後日の日曜日に会う約束。

それは、果たされることはなかった。

 

 

 




貴也が寝込んでいたり、七月初旬なので一学期の期末考査があったりしている期間が、例のアニメ版第3話に相当するわけですよ。
人間だし、特に小学生ということで子供だし、園子が貴也を心配する裏であれ位はっちゃけていても別におかしくないよね、ということが言いたいだけの後書きでした。

なお、次回は避けて通れぬ、あのお話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 魂の叫び

神世紀四国の学校は、土曜は通常半ドンだ。正規の授業は昼までである。

 

その日、貴也たち三人は伊予島潤矢の自宅、それも大邸宅の一室で、午後の時間を珍しく期末試験の復習に回していた。

 

 

 

 

「タカちゃん、半端ねー。なんで直前一週間寝込んでたくせに学年四位なんだよ。どんな頭の構造してるか、一度見てみたいもんだ」

 

「ぼやくな、ぼやくな。そう言うタッくんも上から数えた方が早いじゃないか」

 

「俺は、ほとんど真ん中だからな。そう言うイヨジンも十二位だし、お前ら存在自体が嫌みなんだよ」

 

「ま、うちは家庭教師がついてて、あんまり自由がないけどな」

 

「あー、予習をするといいよ。僕は、教科書を授業でやる直前にざっと読んでるだけなんだけどね。やるとやらないとで、授業の理解度が全然違うよ。それと地理、歴史とか理科なんかは興味に任せていろんな本を読んでたからなぁ」

 

「勉強大好きかよ。あー、やってらんねー」

 

「ボクもテストの復習だけは欠かさずやってるぜ。予習よりも復習だな」

 

「いや、予習でしょ」

 

「どっちでもいーよ。さっさと終わらせて、テレビゲームしようぜ」

 

そんなことを駄弁りながら、とろとろと効率悪く勉強を行う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあなー。また月曜、学校でな」

 

「ああ、じゃあ」

 

夕方、拓哉と別れる。日はだいぶ落ちてきている。

 

『そのちゃんたちは玉藻市へ遠足かぁ。もう家へ着いている頃かな?』

 

そんなことを考えて歩いていると、ふと風が止んだ。

 

チリーン、チリーン……………………シャララララララララ……………………

どこかで風鈴の()が一斉に鳴り始める。

 

『えー、このタイミングでか?――――――召還』

 

頭の中でキーワードを念じる。

これだけで変身可能なことは昨晩確認済みだ。

 

辺りがすべて白く染まり上がる。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「えええっ、に、二体同時?」

 

「あちゃー、そう来たか。前回は二体とはいえ、時間差だったからなー」

 

「前は私たちの連戦の疲れを狙ったのかもしれないけど、今回は力押しのごり押しね。でも三人で力を合わせれば……」

 

園子たちは、遠足帰りのバスを降りた後、三人で家路を歩いているタイミングで樹海化に巻き込まれた。

彼女たちの目の前には、二体のバーテックス。尾に鋏がついているものと針がついているもの。同時侵攻であった。

 

「私とミノさんで一体ずつ相手にするから。わっしーは援護射撃して!」

 

 

 

 

戦いは園子たちが優勢に進めていた。

その要となっていたのは須美だった。銀は蟹座型(鋏付き)バーテックスを攻め立て、危ないときは須美の矢が牽制になった。一方、園子は蠍座型(針付き)バーテックスの猛攻を傘状に展開した槍で防ぎつつ、時折須美の攻撃で怯んだところをヒットアンドアウェイで攻める。

 

『時間さえ掛ければ、押し切れる!』

 

須美がそう考えた瞬間、二体のバーテックスのさらに後方から恐ろしい数の光の矢が飛んできた。

 

「危ない!」

 

須美と銀は、急いで園子の傘状の槍の陰に隠れる。

光の矢の雨は味方であるはずのバーテックス二体も巻き込むが、その二体はそれをものともせず、三人に攻撃を仕掛けてきた。

 

「まずいっ!」

 

太い尾の一撃。横から薙ぎ払われた三人は空中でバーテックスに翻弄された。

二撃、三撃。

血を吐き、もんどり打って地面に激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『そのちゃんの情報だと戦いは大橋でしか起こらないから……、こっちか?』

 

貴也は、ふよふよ浮かぶ九体の精霊を引き連れ、大橋を目指して走る。しかし、前回よりも遠い位置で樹海化に巻き込まれたため、相当の時間が掛かるだろう。

実際に、園子たち三人に較べるとその移動速度はかなり遅いものなのだが、貴也がそれを知る由はなかった。彼の感想は、多分に感覚的なものだ。

 

いつの間にか、あの時の暗赤色の狐が前を走っていた。狐の後を走ると、幾分か走りやすいコース取りになっているのに気づく。だから、心の中で感謝した。

 

『ありがとう。おかげで、少しは到着を前倒しできるかも』

 

 

 

 

 

 

 

 

(まみ)れの須美と園子を横たえる。

バーテックスの侵攻ルートから僅かにそれた地点、そこへ銀は二人を避難させた。

銀だけが、なんとかバーテックスの攻撃を受け流し、直撃を避けることが出来たのだ。

もう、戦えるのは自分しかいないことは明白だった。

 

「うっ……」

 

須美が薄く目を開ける。

そんな須美に微笑みかけた。

 

「怖いけど、ここが頑張りどころっしょ……。二人とも休んどいて。あたしがなんとかするから」

 

須美が口を開こうとするが、声にならない。

 

「またね」

 

そう声を掛けた後、銀は二人を振り返らず走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

見えてきたのは、倒れている二人だった。

走り続けてきたことだけが理由でなく、心臓が早鐘を打つ。

 

「そのちゃん!」

 

園子と、貴也の知らない少女が血(まみ)れで倒れていた。

園子の呼吸を確かめる。

 

「良かった。生きてる……」

 

呼吸や脈はしっかりしているようだ。とりあえず命に別状はないものと判断した。

そして、もう一人の状態を調べようとして、ギョッとする。こんな状況でも思春期男子の正常な反応は起こるようだ。

 

『でかっ……』

 

しかし、その反応を一瞬で押し殺して状態確認をする。園子と同様、命に別状はなさそうだ。

とはいえ、血を流しすぎている。

どうにかしないと、と周りを見渡すと、例の狐が貴也の目をじっと見て頷く。

 

「任せてもいいのか?」

 

貴也をじっと見つめたままだ。肯定のサインと受け取った。

 

「もう一人は……、――――――いないな。戦闘中ってことか……。くそっ」

 

この場にいない、園子のもう一人の仲間を捜すことにした。周りを見回し、当たりを付けた方向へ走り出す。

 

『僕じゃ戦力になり得ない。でも、そのちゃんの情報通りなら、戦わざるを得ない。でないと四国が……。どうしたらいいんだ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっから先へは、通さないからなーっ!」

 

足下に一本の線を引き、銀は駆けた。三体のバーテックス目がけて。

脳裏に須美や園子、クラスの友達、安芸先生、両親、二人の弟、その姿がよぎる。

大切なものを守り抜くため、銀は咆哮し双斧を振り(かざ)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

走っている最中、思い出した。あの指輪からの情報の奔流。焼き付けられた単語は他にもあった。

 

『多重召還』

 

途端、九体の精霊が光になって貴也の体に吸い込まれる。

グンっと力がみなぎると同時に、激痛が走る。

 

「ガハッ……」

 

目の前に、走っている速度に追従して七つの車輪が現れた。直径二十センチメートルほど。

使い方は一瞬で理解できる。

順番に四つの車輪を両足脇に軽く放り投げる。車輪が足の両側面で高速で回り始める。

もう走らなくとも、まるで自動車かバイクを最高速度で走らせているようなスピードが出始めた。

 

残り三つの車輪を重ね合わせ、片手に持つ。

一瞬だけ光り輝くと、直径が先ほどまでの倍はある輪形の刀となった。

 

『こんなので、いけるのか? さっきよりはマシか』

 

感覚的に、バーテックスに通用するか、はなはだ疑問だ。明らかに園子たちの装備より貧弱に感じる。が、今はこれ以上思い出せない。

 

三体のバーテックスが見えてきた。

 

『ウソだろ……。そうか、だから、そのちゃんたちもやられたのか。ますます、生きて帰れる保証が無くなってきたな。でも、もう一人の子は頑張ってるはずだ。僕もできるだけのことはしないと……』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここから、出て行けーーーっ!」

 

銀の、射手座型(矢を放つ)バーテックスへの攻撃。しかし、蟹座型バーテックスの板状浮遊物で反射した矢が、その後方から銀を襲う。

 

「危ないっ!」

 

貴也が庇った瞬間、貴也の背に雪女郎が現れ、その周囲の光の障壁が矢を防ぐ。しかし、防ぎきれない矢が貴也を掠める。

 

「グッ」

 

地面に転げる二人。

 

「あんたは?」

 

「詳しいことは後だ。僕は貴也。そのちゃんから聞いてるだろ」

 

「あたしは銀だ」

 

「よし、行くぞ、銀! つかまれ!」

 

「おうよ!」

 

輪入道の車輪で高速空中走行性能を得た貴也が、銀の左手を取ると同時に抱え上げ、攻撃をサポートしようとする。

アイコンタクトで銀を蟹座型バーテックス目がけてぶん投げると、自分は射手座型バーテックスを攻撃する。しかし……

キィーン。

貴也の輪刀は傷一つ付けることはない。

 

「チッ、やっぱり、火力不足か! 銀、交代だっ。僕がそっちをっ!」

 

言いかけたところで、蠍座型バーテックスの尾の横薙ぎが直撃する。雪女郎の障壁が一瞬張られるが弾けてしまい、貴也はまるで弾丸のように地面に激突する。

 

「ガッ……!」

 

それでも輪入道の車輪が、機動力を損なわせない。無理矢理、体を起こして、その機動に任せて走行する。

矢が当たったのだろう。横腹から激しく出血する銀をすくい上げると、声を掛ける。

 

「悪いがっ、休んでいる暇がないっ。矢を撃つ奴が(かなめ)だっ。奴を任せるっ」

 

「あんたはっ?」

 

「せいぜい、(デコイ)になるさっ」

 

そう言って貴也はもう一度銀を、射手座型バーテックスの直上にぶん投げる。

 

「頼むぞ。銀……」

 

 

 

 

貴也は蠍座型バーテックスの尾による猛攻を、輪入道の機動力と雪女郎の障壁でかろうじてかわしながら、蟹座型バーテックスが板状浮遊物で射手座型バーテックスの攻撃サポートを行おうとするのを体当たりで邪魔し続ける。

その度、矢は貴也の体のあちこちを抉る。雪女郎の障壁では針と矢、二つの攻撃を同時には防げないのだ。

 

『そうでなくても、体の中から燃えそうに熱いのに。血が……』

 

その先では、赤い閃光となった銀が空中を舞うように、射手座型バーテックスをその双斧で削り続けていた。

 

 

 

 

ついに、銀の猛攻で体を削られ続けた射手座型バーテックスが撤退を始めた。

と、同時に射手座型バーテックスを包み込むように、鎮花の儀が発生する。

 

目の端でそれを捉え、一瞬ほっとした隙をつかれた。

蟹座型バーテックスの尾の鋏部分が貴也を引っかけた。そのまま雪女郎の障壁ごと弾き、返す刀で銀を薙ぎ払おうとする。

辛うじてかわす銀。

ところが、次の瞬間。蠍座型バーテックスの尾の先、針の部分がピンポイントで銀の右腕を貫いた。

 

「グッギャッ……」

 

銀の右腕がちぎれ飛ぶ。切断面から血が噴水のように吹き出る。

 

「銀! 雪女郎っ!」

 

とっさの判断だった。雪女郎は冷気を操るはずだと、雪女郎そのものへ願いながら、銀へ意識を飛ばす。

銀の腕の切断面が凍結した。

 

しかし、それが貴也にとっては致命的だった。

蟹座型バーテックスの板状浮遊物が貴也の背に、斬りつけるようにぶち当てられた。障壁は発生しない。

 

「グハァッ……」

 

背中が折られたような衝撃と共に、体が吹っ飛ぶ。

意識がブラックアウトする直前、最後の力を振り絞る。

 

「いけーっ!……」

 

輪刀を蠍座型バーテックスに投げつける。足回りの四つの車輪が消え、輪刀がやや巨大化すると共に、その周囲に冷気が満ちる。

ブツン……!。

ちょうど、尾の細いくびれ部分に当たったようだ。蠍座型バーテックスの尾がちぎれ飛んだ。

 

 

 

 

「貴也さんっ! お前らーっ!」

 

意識が飛びそうになる激痛の中、銀は左手一本で二体のバーテックスに立ち向かう。

 

先端を切り落とされた尾を振るう蠍座型バーテックスと、同じく尾を振るうと同時に板状浮遊物の連携もとって攻撃してくる蟹座型バーテックス。

対するは鬼気迫る銀の、一丁の斧によるラッシュ。

とうとう、そのラッシュが蟹座型バーテックスの尾を捕らえ斬り飛ばす。

 

そこがターニングポイントだった。片手一本の銀の猛攻が二体のバーテックスを押し返し始める。

 

「お前ら化け物には分からないだろーっ! これが、人間の気合いと! 根性と! 魂ってやつだーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

園子が気づいたとき、辺りは静まりかえっていた。

倒れている須美のそばに暗赤色の毛並みの狐がいたが、園子が体を起こすのを見届けると、何処かへ去った。

須美を起こし、銀を捜す。

 

四国の外側を守る結界。その方向へ、点々と(おびただ)しい血の跡が続いている。

胸騒ぎを感じながらも、ヨロヨロと二人、そちらの方向へ歩いてゆく。

 

壁の前の人影に気付いた。

 

「銀……」

 

「ミノさん……」

 

人影が振り向く。

 

「すみ……、そ、の……」

 

トサッ。曖昧な笑顔と共に、銀が倒れる。

 

「ぎんーーーっ!」

 

「ミノさーーーんっ!」

 

銀の体にすがりつき、大声で泣き叫ぶ二人の声がこだました。

 

 

 




原作はここで銀が散ってこそのお話ですが、本作はガン無視で突き進んでいきます。
辻褄合わせのしわ寄せは、すべて銀に向かってしまうわけですが。

なお、戦闘描写がかなり曖昧です。
とりあえず、サクサク進めたいのでスピード感重視で曖昧な表現にしていますが、
もう少し細かい描写を入れた方がいいのか、加減が難しい。
この辺も当面、試行錯誤ですね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 嘆きの勇者

樹海化が解けると、すぐに銀は大赦の息がかかった最寄りの総合病院へ運び込まれた。

すぐに緊急手術が始まる。

須美と園子も重傷を負っていたため、別々に治療を受けることとなった。

 

園子への取り合えずの処置が終わった時、すでに時刻は深夜帯に入っていた。

須美の方が重傷だったようで、まだ彼女は治療中だ。

園子は銀のことが心配でたまらず、手術の待合室へ向かった。

 

 

 

 

そこには、二組の家族がいた。

一組は知っている。三ノ輪銀の両親と弟たちだ。

 

だが、もう一組も知った顔だった。

それを認識した瞬間、園子の心臓はドクンと気持ち悪く跳ねた。

 

貴也の両親と妹の千歳だった。

両親は憔悴しきった顔をしている。千歳も目の周りを腫らしたまま、眠っていた。

 

まるで、悪い夢でも見ているようだった。

ふらふらと近づいていくと、貴也の母である千草に気付かれた。

 

「園子ちゃん? どうして、ここに……? ――――――貴也が、貴也がトラックにはねられたって!」

 

半狂乱状態で縋り付いてきた千草の声が、耳の奥でわんわんと共鳴する。

 

『たぁくんは樹海化の中でも行動できた……。きっと、ミノさんが一人で頑張っているのに気付いたんだ。たぁくんなら見過ごすわけがない。きっと……、きっと助太刀に入ったんだ!』

 

そこまでだった。

目の前が真っ暗になり、園子はその場に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、病室のベッドの上だった。

自分のことよりも二人のことが気になり、ベッドを抜け出して病室の扉を開いた。

ちょうど扉を開けようとしていたのか、安芸先生と鉢合わせた。

 

「ちょっと、乃木さん、どこへ行こうとしているの? 貴方、丸一日、気を失っていたのよ。もっと体を休めないと」

 

「ミノさんのことが心配で……」

 

貴也のことは、あえて伏せた。大赦にどういう扱いを受けるか分からなかったから。

 

「分かったから。説明するから、とりあえずベッドに横になりなさい」

 

渋々、ベッドに戻る。

医者に連絡が行き、簡単に診察を受けた後、安芸先生の話が始まった。

 

「今、分かっていることだけ話すわね。まず、三ノ輪さんの手術は成功しました」

 

「!」

 

「でもね、昏睡状態は続いている。命を取り留めるかどうかは五分五分ということらしいわ」

 

「そんな……」

 

「それと、もう一つ悪い知らせよ。三ノ輪さんの勇者資格が剥奪されました」

 

「どうしてですかっ!」

 

「神託よ。神樹様から、三ノ輪さんを勇者の任から解く、とのお告げがあったの。もちろん、それだけじゃない。知っていると思うけど、三ノ輪さんは右腕を失っています。左足も酷い状態だったらしいわ。もう、彼女にこれ以上のお役目を強制させることは出来ない……」

 

安芸先生は、そこまで言って目を伏せた。

 

何も出来ない自分がもどかしく、園子は唇を噛んだ。

だが、知りたいことはそれだけではない。

安芸先生が止めるのを振り切って、手術の待合室へ向かう。

 

安芸は、園子が銀の現状を知って動揺しているのだと思い、止めるのをあきらめた。

 

 

 

 

待合室には誰もいなかった。

病院内を彷徨う。

 

だが幸運にも千草の姿を見かける。慌てて駆け寄った。

 

「おばさん、たぁくんの具合は?」

 

「園子ちゃん……。手術は成功したそうだけど、命を取り留めるかどうかすら分からなくて、昏睡状態のままだって……」

 

「…………」

 

言葉が見つからなかった。千草にどう声を掛ければいいのか、自分の気持ちをどう表現すればいいのか。

 

会釈だけして別れる。

千草も、それ以上何も声を掛けてこなかった。

 

 

 

 

自分の病室へ戻る途中、安芸先生と須美に出会った。

どうやら、須美も園子と同じ説明を受けたらしい。

 

「そのっち……、銀が……」

 

「うん、わっしー……」

 

その時、樹海化が始まった。すべてが静止し、そして数限りない風鈴の音が……

 

バーテックスが、園子たちの気持ちを(おもんぱか)ってこようはずもなかった。

 

「こんな時に……」

 

「「うっ、う……うああぁーーーーーっ!」」

 

二人の、悲しみのものとも絶望のものともとれない絶叫が重なった。

 

 

 

 

銀を欠き、明らかに火力が低下した二人の勇者は苦戦した。

いや、単なる苦戦ではない。優勢に戦いを進めつつ、決定打が足りなかったのだ。

戦いは数時間に及び、二人の体にさらに深い傷が増えた頃、やっと鎮花の儀が発生するまで敵を追い込んだ。

 

 

 

 

二人が大橋を望む公園の祠で気付いた時、空は真っ黒に曇り、大粒の雨が彼女たちの体を叩いていた。

まるで、彼女たちの心の中を現出させたようだった。

 

迎えに来たのは、珍しいことに安芸先生だった。

病院への車中、彼女は二人を(ねぎら)う。

 

「貴方達二人はこんな状況の中、よく神樹様のお役目を果たしているわ。貴方達こそ、本当の勇者よ」

 

しかし、その言葉は園子の気持ちを逆撫でした。

 

「違うよ! 本当に凄いのは……、本当の勇者はミノさんなんだよ。ミノさんは一人で三体追い返したんだから。凄かったんだから。だからミノさんのこと、忘れないであげて……。お役目を解かれたって、私たち()()、勇者なんだから……」

 

「――――――そうね。ごめんなさい……。貴方達三人こそ、本当の勇者だわ」

 

園子は、声を上げて泣いた。

誰にも言えなかった。本当は四人目の勇者がいたに違いないことを……

だから、自ら発した『三人』という言葉に、心をズタズタに引き裂かれる。

 

こんなことは、須美にだって打ち明けられないと思った。その想いが孤独感をさえ招く。

 

『私は、ひとりぼっちだ……。助けて、たぁくん……』

 

園子の誰にも知られない、知られてはいけない悲しみが、彼女の慟哭を続かせる。

 

須美はその隣で園子の想いに気付くことなく、静かに涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

園子たちの(あずか)り知らぬ所で、病院から大赦中枢へ報告が上がっていた。

鵜養貴也の事故に不審な点があると。

 

彼らは、勇者三人と貴也の怪我の具合が非常に似通っていることに注目していた。

だが、幸いなことに大赦中枢の興味を引かなかったようだ。

 

一つは、銀が瀕死の重傷を負ったことにより、事後の対策に追われていたから。

一つは、その戦いにおけるモニタリングデータが破損していたから。

一つは、勇者システムは現状三つしかないから。

そして最後に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを知っていたから。

 

後に彼らは、この情報を見逃していたことを悔やむことになった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

それは、悲しみに耐え抜いた報いだったのかもしれない。

乙女座型(ヴァルゴ)バーテックスとの戦闘から五日後、園子の元に、銀と貴也が峠を越した、との報せがあったのだ。

とはいえ、二人とも昏睡状態が続いていることに変わりはなく、面会が叶うわけでもなかった。

それでも二人が生を繋いだのは、園子にとって、とても嬉しいことで……

 

 

 

 

八月に入ると、銀は転院した。

須美にも園子にも、その情報は事後報告だった。どこへ転院したのかも、教えてもらえなかった。

あるいは三ノ輪家に問い合わせれば分かることだったのかもしれないが、二人にはそれが出来なかった。

 

この頃から園子は、須美の前ではそれまで以上に、努めて明るく振る舞うことを心がけた。

友達を、大好きな人をこれ以上失いたくなかったから。そして、心配を掛けたくなかったから。

 

 

 

 

しかし、運命は刻々と二人を追い詰めていっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな……、こんなシステムが実装されたら、あの子たちは……」

 

大赦上層部から送られてきたデータを確認し、安芸は不安に襲われた。

これ以上の()()()()()()()()ためのシステム。『精霊』、『満開』、『散華』。

 

「武器の性能を上げ続けることは出来るかもしれない。でも、心の強さには限界があるのよ」

 

二人の今後の戦いを思い、彼女の心は黒く塗り潰されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子にはなんの責任もないのに……。代われるものなら、私が……」

 

「乃木家に産まれた以上、これがあの子の使命なんだよ。園子の魂は今後、神樹様と共にあるんだ。とても光栄なことなんだよ……」

 

妻の嘆きに釘を刺す。だが乃木家当主の紘和とて人の親である。

『乃木家』という(しがらみ)にとらわれているがよって、本来守らねばならないはずの子を、親がその手で残酷な運命に差し出さねばならないとは……

その握った拳には薄く血が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

十月。

街はハロウィンの飾り付けで華やいでいた。

 

あれからも時々、鵜養家に電話を入れて貴也の容態を確認していた。

だが、好転の兆しはなく、時間ばかりが空しく過ぎていった。

 

いつしか園子の心には諦観が宿っていた。須美にさえ打ち明けられない想いを抱えながら。

だからより一層、須美との時間を明るく過ごすようにしていた。

 

 

 

 

「かぼちゃだ~、外国のお祭りだよね~」

 

「我が国の懐の広さを示しているわよね」

 

「うん、うん。いろんな国のお祭りが楽しめて、お得だよね~」

 

「ええ。そうね」

 

ハロウィンの飾り付けや、売り物を見ながら街を歩く須美と園子。

夏祭りに一緒に出かけてからは、二人で行動することが頻繁になっていた。

 

「ほら、わっしー。この帽子。――――――おおー、よく似合ってるぜー。その帽子から鳩を出す芸を覚えたらいいかも」

 

「ちょっと、そのっち。こういった西洋趣味はちょっと……、あら?」

 

いつの間にか園子の頭上に、新勇者システムに実装された精霊が飛んでいた。

 

「こらこら、セバスチャン。勝手に出てこないで~」

 

「セバスチャン?」

 

「うん。烏・セバスチャン・天狗。ミドルネーム付けてみたんだ~」

 

「そ、そう……」

 

園子の返答にジト汗を垂らす須美。

だから気付かなかった。烏天狗を見る園子の悲しげな視線に。

 

『たぁくんの精霊にちょっと似てるかも……。あの子たちも可愛かったな』

 

 

 

 

帰路。夕陽が街を赤く染めている。

 

「お役目がある私たちは幸せだ。お父様もお母様も、学校のみんなも応援してくれてる」

 

「そうだね。クラスのみんなに応援してもらえたの、嬉しかったな~」

 

その時、風が止まった。

 

「来るわ」

 

「分かるようになっちゃったね~」

 

スマホから警報音が鳴り響く。新しい機能だ。画面には『樹海化警報』と表示されている。

 

「そうだ! さっき、このリボン誉めてくれたでしょ。わっしーが持ってて」

 

唐突に、園子が後ろ髪をまとめていたリボンをほどいて須美に差し出す。

 

「えっ? ええ、いいわよ」

 

「髪に付けてくれてもいいんだよ~」

 

「戦いが終わったら付けてみるわ。似合ってたら誉めてね、そのっち」

 

「うん」

 

樹海化が始まる。

 

「そのっちは私が守るから」

 

「うん。わっしーは私が守るね」

 

「約束よ。必ず一緒に帰りましょう」

 

遠くにバーテックスが見える。

 

「四体……、そういうことか」

 

須美はすぐに七月の戦闘を思い起こす。あの時の再現を狙っているのだろう。残り全てを投入してきたのだ。

 

「いくわよ、そのっち」

 

「うん、わっしー」

 

二人はスマホを操作し、新たな勇者の姿へと変化(へんげ)する。

戦いの火蓋が切られた。

 

 

 




主人公のはずの貴也くん不在のお話でした。
というか、本作は貴也と園子のW主人公っぽいですね。

さて、ここまでがお膳立て。いわば、物語全体のプロローグと言ってもいいかも。
次回からが本題で、ここから原作を踏襲しつつ、ちょこちょこと変えていく予定。
え? わすゆ本編がまるまるプロローグってどういうことやねん、って?
原作でもゆゆゆの前日譚という位置付けなんで、今更ですよね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 時はすでに

この駄文を読んでくださっている皆さんにはいつもたいへん感謝しています。
おかげさまでUA2,000突破、お気に入り20以上の登録、評価をつけてくださっている方もいて、ありがとうございます。

わすゆ編も今回含めてあと3話で終了が確定しました。
続くゆゆゆ編もプロットの整理が出来たので、お気づきのように章立てを始めました。

今後とも、よろしくお願いします。
ということで、本編です。



「そうか……。私、分かっちゃった……」

 

四国を守る結界の壁の外。そこに園子は立ち尽くしていた。

 

まるで太陽表面のようにも見える灼熱に爛れた大地。吹き上がる炎。

空には小型のバーテックスが無数に飛び交い、数ヶ所でそれらが融合し、かつて追い払った大型バーテックスを形作ろうとしている。

『地獄』という言葉が相応しい光景。

 

自らの胸に右手を当てる。

動かない心臓。視力を失った右目。自由のきかない左手。

三回行った『満開』と同じ数だけの身体機能欠損。

 

「これが、世界と新しい勇者システムの真実……」

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほど満開が解けた須美が、落下していった地点に戻る。

 

「わっしー! ――――――大変だよ。壁の外が……」

 

「誰? ここは……? そうよ、銀。銀はどこ!」

 

「わっしー……」

 

へたり込むように制服姿で座り込んでいた須美は、園子の声掛けに疑問を並べた後、混乱したように銀の名を呼ぶ。

明らかに須美は記憶を失いつつあった。満開の後遺症だろう。それが園子にはすぐ理解できた。

 

「あれは、なに?」

 

須美の声に振り向く。

二十体以上ものバーテックス。それらが結界の中に侵入してきていた。

まだ完成しきっていない不完全なものばかりだが、勇者が実質残り一人になったことに感づいたのだろう。全戦力を投入してきたのだ。

 

須美の方を向く。出来るだけ優しく微笑んだ。

彼女が右手に掴んでいる、戦いの前に自分が渡したリボン。それをなくさないように、須美の右手に結んでやる。

 

「私は乃木園子。あなたは鷲尾須美。あの子は三ノ輪銀。私たち三人は友達だよ。ずっと……」

 

「ともだち……」

 

「そうだよ。――――――後のことは全部、私に任せて。大丈夫。必ずまた会えるから。じゃあ、行ってくるね」

 

園子は、須美を振り返らずにバーテックスの群れ目がけて飛び出した。

 

須美が守ろうとしたもの。

銀が守ろうとしたもの。

貴也が守ろうとしたもの。

全部、全部、守りたかった。守り抜きたかった。

 

「満開!」

 

四度目の満開。今度はどの部位の機能を欠損するのだろう。

 

『私は死ねない。生かされているんだ。――――――そっか……。これが私が背負うべき十字架なんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

神世紀二百九十八年十月十一日。

 

乃木園子は二十回もの満開を繰り返し、人類を守り抜いた。

彼女は、神にも等しい存在となった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「たぁくん、たぁくん。起きてよ~。起きないといたずらしちゃうよ~」

 

園子の声が聞こえた気がした。

 

「もう~。起きないから、私、先に行っちゃうよ~。――――――必ず追いかけてきてね」

 

優しい声だった。でも最後の一言だけは、どこか涙声に聞こえた。

 

 

 

 

『ここは……?』

 

気がつくと電子音が響き、薬品の臭いが鼻をついた。

息を吸うと新鮮な空気が肺に流れ込むも、吐いた息はマスクに跳ね返り口の周りに生ぬるくまとわりつく。

腕の違和感にそちらを向くと、点滴を受けていることに気付いた。

貴也は、自分が病室に寝ていることを認識した。

 

『そうだ! あれから銀はどうなった? そのちゃんは?』

 

身じろぎする。それがアラートを鳴らし、医者を呼ぶ切っ掛けとなった。

 

 

 

 

園子が神にも等しくなった日。その深夜。貴也は三ヶ月の昏睡から帰還した。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「貴也、貴也! ああ、良かった。神樹様、ありがとうございます……」

 

「お兄ちゃん、大丈夫? 痛くない?」

 

母と妹が涙を溢れさせて、自分の顔を触ってくる。

その後ろでは、父がやはり涙を流しながら何度も頷いている。

 

逆に貴也はそこまで家族に喜ばれて、いたたまれない気持ちになる。

彼にしてみれば、バーテックスの一撃を受けて気を失い、次に気付いたら今だったというだけなのだから。

 

「あー、分かったから。喜んでくれるのは嬉しいけど、ちょっと落ち着いて」

 

「本当に大丈夫? これからお兄ちゃんのお世話、わたしがしてあげるよ」

 

『いやいや、小一に世話される中一って、何なんだよ。嬉しいけど、複雑だよ』

 

「本当に大丈夫なの? 何時間も手術を受けて、三ヶ月も昏睡していたのよ」

 

「あぁ、本当に三ヶ月も気を失っていたなんて、信じられないくらいだよ」

 

事実、痛くないかと言えば、痛い。だが、我慢できないほどではない。むしろ、体のあちこちが引き攣れている方がつらい。

とはいえ、家族から聞く、かつての自分の惨状が信じられないほどには、どちらも軽いものだ。

そもそも、掠れ気味とはいえ、声だってそれなりには出ている。

 

病院に担ぎ込まれた時は、全身打撲に加え、骨折は十数カ所に及び、運悪く荷崩れしたトラックの鋼棒が突き刺さったケガもあり、もう助からないものと思われたほど瀕死の重態だったらしい。

 

怪訝に思う。ここまで綺麗に回復するものだろうか?

特に鋼棒が刺さり、穴が空いていたとも言う数ヶ所のケガ。実際は、射手座型(サジタリウス)バーテックスの矢に貫かれた傷だ。

どんな再生医療の効果だろう。皮膚の色が若干異なるとはいえ、綺麗に塞がっていた。

 

 

 

 

家族との喜び溢れる面会の後は、精密検査の連続だった。

それはいい。

閉口したのは、医者から事故当時の状況をしつこく何度も訊かれたことだった。

 

友達の家から帰る途中、衝撃を受けて、次に気がついたら今だった。

 

それで押し通した。事実とは、当たらずといえども遠からじだ。肝心な情報が抜け落ちているだけ。そう思い込むことにした。

 

 

 

 

実は、医療担当者側も不審に思っていた。常人では考えられないほどの回復力に。

これだけの回復力は、勇者にも匹敵するのでは?

 

だが、精密検査の結果でもよく分からなかった。

確かに、()()()()()()()()だ。だが、彼らが診察したことのある三人の勇者とはレベルが異なっている。回復力が異常な他は、数値自体は常人の範疇に含まれるだろう。

 

前回の報告が黙殺されたこともあり、不確定な情報を大赦中枢に上げるのは躊躇われた。

だから、この情報も大赦中枢が認識することはなかった。

 

もし彼らが貴也の日常生活を知っていれば、もっと子細に調べていたかも知れない。

それほど、あり得ない結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一般病室に移り、落ち着いたところで、一番気になっていることを母に訊いてみた。

 

「母さん。そのちゃんから、何か連絡あった?」

 

「ん? そうね、一週間前には連絡があったわよ。貴也のこと心配して、何度も電話をくれていたのよ」

 

「そうか。心配してくれてたんだ……」

 

「今度、連絡を貰ったら、貴也が目を覚ましたって教えてあげなくちゃね。きっと、とても喜ぶわよ。あの子、貴也のこと……。ふふふ……」

 

千草は、そう楽しそうに答えながら、貴也の身の回りの品を病室のロッカーにしまっていく。

 

『そうか、そのちゃん、無事だったんだ……』

 

貴也にも、園子の喜ぶ顔が目に見えるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一般の面会が解禁になり、いの一番にやってきたのは、やはりこの二人であった。酒井拓哉と伊予島潤矢である。

 

「しかし、タカちゃんも酷い目にあったもんだな」

 

「ああ、まあね」

 

「しっかし、はねたトラックって、まだ捕まってないんだろ。警察はほんとーにやる気があんのかね」

 

「ハハハ……」

 

乾いた笑いが出る。

捕まらないだろ。本当はバーテックスのせいだからな。

そんな言葉が喉まで出かかる。

現場に鋼棒が落ちていて、さらに貴也の体に刺さっていたのも、神樹様の隠蔽工作かもしれないな、と思う。

 

「で、鉄の棒が刺さってたって? 話聞いた時、クラスの連中、青ざめてたぜ」

 

「女子の何人かは泣いてたな」

 

「体に穴が開いたんだろ。傷がどんなか、見せてくれよ」

 

「――――――こんな感じだよ」

 

少し、患部を見せてやる。二人とも興味深そうに眺めていた。

 

「きれーに塞がってんじゃん。ちょっと、周りと色が違うか? たいしたもんだよな。最近の医療技術は」

 

「西暦の時代から明らかに進歩している、数少ない分野だからな」

 

「まあ、早いとこ、壁の外のウィルスをなんとかしてほしいもんだけどな」

 

「それを目指して、頑張ってんだろ?」

 

 

 

 

「ところでさ、学校って今、どんな感じ?」

 

話題を変えて、学校のことを訊いてみる。

 

「あー、特に変わったところはないぜ。まあ、お前の席は残ってるから心配しなくていいぞ」

 

「おいおい、ちょっとブラック気味だぞ。ああ、そうそう。小学校の時、ボクらのクラスの委員長やってた弥勒さん。こないだ転校したそうだよ」

 

「え?」

 

「なんでも、大赦の方でお役目が出来たとかでさ。珍しいよな。神樹館に転入してきて、さらに転出していくなんてさ」

 

「ふーん」

 

潤矢の情報に、なぜか嫌な予感がした。

 

「そのちゃんのことは、何か知らないか?」

 

「乃木ちゃん? さあ? 小学校の方のことは全然」

 

「連絡無いのか? まあ、あの子も神樹様のお役目とやらで忙しそうだからなー」

 

彼らが知らないのは当然だ。小学校と中学校。運営母体が同じでも、校舎も違えば立地も違う。小学校の内情を知っているわけがないのだ。

でも、嫌な予感はさらに深まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

どこか、異常とも言える速度で身体は回復していった。リハビリも順調で、クリスマス前には退院が決まった。

ところがそれまでの期間、園子からの連絡は全くなかった。

乃木家へは何回か電話を入れたが、取り次いでさえもらえなかった。

 

 

 

 

中学への復帰は三学期の始業式からと決まっていたので、二学期の終業式の日、思い立って神樹館小学校へ行ってみた。

六年生の時、担任だった教師は快く貴也を迎えてくれた。

 

「噂に聞いたぞ。大変だったな。体の方は、もう大丈夫か?」

 

「はい、おかげさまで」

 

「まぁ、鵜養ならすぐに遅れた分も追いつけるさ。成績は抜群だったものな」

 

「そんな……。そんなたいしたものじゃないです。――――――ところで、すみません、今六年生の乃木園子をご存じですか?」

 

「ん? あぁ、知っているよ。受け持ちの学年は違えど乃木家のお嬢さんだからな。それが、どうかしたか?」

 

「いえ、今どうしているのかなって」

 

「なにやら『神樹様のお役目』ってやつで、転校したって聞いたぞ」

 

「え?」

 

「なんなら、詳しい人を紹介しようか? 十月に急に辞められたんだが、ちょうど引き継ぎに来られててな。――――――安芸先生、安芸先生!」

 

元担任が呼ぶと、二十台半ばと見える女性がやって来た。

 

「すいません、引き継ぎに来られてバタバタしているところ。こいつ、私の教え子で鵜養っていうんですが、この前まで在籍していた乃木さんについて訊きたいことがあるんだそうです。ちょっとだけでいいんで、相手してやってもらえませんか?」

 

安芸先生と呼ばれた女性は、貴也を値踏みするように()め付けると、無表情にも見える態度で促した。

 

「鵜養くんね。じゃあ、児童相談室までいらっしゃい」

 

 

 

 

安芸は、勇者の身辺調査をした際に把握していた貴也のプロフィールを反芻していた。

 

乃木園子の一つ年上の幼馴染みにして想い人。

学業は神樹館にして抜群ではあるが、その他については凡庸な人物。

良い意味でも悪い意味でもお坊ちゃん気質。

見てくれも悪くはないが、あくまでも悪くはないレベル。傑出しているわけでもない。

 

正直、園子の相手としては物足りないといったところだ。

 

『まあ、蓼食う虫も好きずき、あばたもえくぼ、といったところね』

 

質問される内容も想像がつく。適当にあしらうつもりだった。

 

 

 

 

児童相談室の机を挟んで向き合うと、彼女はおもむろに尋ねてきた。

 

「で、私に訊きたいことというのは何かしら」

 

「先日まで在籍していた六年生の乃木園子について訊きたいんです。どちらへ転校したのか、ご存じですか?」

 

「彼女が『神樹様のお役目』についていることは知っているわね。その件に関して答えることはできないわ」

 

貴也は、安芸のその答えようになぜだか違和感を感じた。直感だが、彼女は本質的なことを知っているのかもしれないという疑念が湧いた。

 

「じゃあ、質問を変えます。彼女は無事なんですか?」

 

予定を変更して、切り込んでみた。途端に彼女の眼光が鋭くなった。

 

「どういう意味かしら?」

 

「彼女が神樹様のお役目を行った、と思われる時は必ずなんらかのケガを負っていました。でも、お役目には二種類あったようです。負っていたケガの程度に軽重があったんです。本命のお役目があった際は、かなり酷いケガを負っていました。だから、心配しているんです」

 

「部外者である貴方に答える義務はないわ」

 

「じゃあ、更に質問を変えます。()()()()()()()()三ノ輪銀は今、どこに居ますか?」

 

「どうして、それを? っ!」

 

銀が右腕を失っていることを知っていればこその、はったりだった。だが、さすがにそこまでは予想していなかったのだろう。安芸は失態をおかした。

 

「やはり、そうですか」

 

「君は、どこまで知っているの……。――――――とにかく、ごめんなさい。私からは何も答えられないの」

 

貴也がある程度の事情を承知の上で尋ねているのを理解したのだろう。安芸は態度をやや軟化させた。

だが、肝心なことまでは教えてもらえなさそうだ。彼女の目がそれを物語っていた。

 

「上からの指示なんですね。分かりました。僕の知りたいことを貴方が教えてくれることはなさそうだ。失礼します」

 

扉を開けて出て行こうとした時、後ろから安芸が声を掛けた。

 

「三ノ輪さんなら、新学期からこの学校に復帰するわよ。私から言えることはそれだけ」

 

貴也は何も言わず、その場を後にした。

その胸には、えもいわれぬ不安と焦燥が芽生えていた。

 

 

 




貴也と安芸先生を絡ませるのにどうしようか、と悩みました。
くめゆを読む限り、安芸先生は須美と園子の散華後すぐ(10月時点?)に神樹館を辞めている様なんですよね。
本作は銀が生きていて3学期から神樹館に戻る設定だったので、2学期の終業式にその辺りの引き継ぎに安芸先生が神樹館に来ていることにして、半ば強引に絡ませています。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 あきらめない

神世紀二百九十九年の正月を迎えた。

ここ何年か、鵜養家は元旦に鵜養の本家へ挨拶へ向かうのが恒例行事となっていた。

今年も例年どおり、父母と妹は鵜養の本家へと向かった。

だが、貴也は今年はそれを断った。

乃木家を訪問するつもりだったからだ。

 

園子の父、紘和は多忙な身の上である。そのことは貴也も重々承知していた。

だから、紘和を確実に押さえるには乃木家本家の当主であることを踏まえ、元旦に親戚や知人からの訪問を受けるタイミングしかないと考えていた。

 

 

 

 

乃木家を訪問するのは約二年ぶりである。

少々緊張しながら、インターホン越しに執事へ訪問の旨を告げる。

意外なほど、あっさりと玄関までは通してもらえた。

 

暫く待っていると、紘和と奥方がやって来た。

 

後になって思うに、こうして貴也と面と向かって会ってくれたこと自体、貴也に対して相応以上に配慮してくれた結果だったのだろう。

だが、その時の貴也にはそこまで考えを巡らす余裕はなかった。

 

「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」

 

「あぁ、おめでとう。――――――君が何故、ここにやって来たかは承知しているつもりだよ」

 

「なら、そのちゃんに会わせてください。そのちゃんは無事なんですか?」

 

「君が、これまで園子にしてやってきてくれたことには感謝しているつもりだ。だが、君を園子に会わせてやるわけにはいかない。園子のことは忘れてやってくれないか? 本人も、そう望んでいる」

 

そう無表情に返された。だから、反発するしかなかった。

 

「どういうことですか! そのちゃんに何かあったんですか! そのちゃんが、そんなことを言うなんて信じられません! 教えて下さい。何があったのか。自惚れでなく、僕にも何か出来ることがあるかも知れません。お願いです」

 

「もう、遅いんだよ。なにもかも。――――――今、言ったように園子も、貴也くんには自分のことを忘れてほしいと言っているんだ。それに、私たちにも君に、園子を会わせてやれる伝手(つて)はないんだ。帰ってくれないか」

 

とりつく島もなかった。そのかたくなな態度に、どうすることも出来なかった。

肩を落として帰るしかなかった。

 

踵を返し、玄関を出ようとしたところで、後ろから紘和の絞り出すような声が聞こえた。

 

「ありがとう、貴也くん。君にここまで想ってもらえて、園子は幸せ者だったのかもしれない。本当にすまない……」

 

思わず振り返った。

深々と頭を下げる二人の姿が目に映った。

 

園子がなにか、とても悪い状況に、それも、取り返しのつかない状況になっているのでは、と心臓を鷲掴みされたかのような衝撃を受けた。

 

 

 

 

結局、乃木家では何も状況は好転しなかった。いや、返って最悪の状況になっていることが明らかになりつつあった。

貴也は絶望に打ちひしがれそうになった。

だが、諦めるわけにはいかない、とも思った。

自分が諦めれば、もしかしたら、園子は誰にも助けてもらえないんじゃないかと思った。

 

まだ、望みはあるはずだと思った。だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

神樹館中学の三学期始業式の日。

長期の休み明けの初日にもかかわらず、貴也は学校へ体調が優れないと嘘をつき、サボった。

神樹館小学校を訪問するためである。

 

三ノ輪銀を捕まえて、事情を訊こうと思っていた。

彼女は元『勇者』である。

ある程度、詳しいことを知っているのではないか、園子の現状も知っているのではないか、と予想していた。

 

 

 

 

小学校から、三々五々、低学年から順に下校する児童が現れ始める。

根気よく待った。

ついに六年生と思しき子供たちも下校してきた。

 

前方から一人、左足を引き摺るように歩いてくる灰色の髪の女子生徒がいた。

貴也は、その女子生徒の顔を見て確信した。

三ノ輪銀だった。

 

 

 

 

「あの時は、どうもありがとうございました!」

 

銀を人気(ひとけ)の少ない理科実験棟の裏に連れ出すと、彼女は開口一番、そう言って深々と頭を下げた。

 

「あの時、貴也さんの助けがなかったら、あたし、確実に死んでました。――――――戦闘だけじゃないです。右腕のこともです。医者も不思議がっていました。腕がちぎれるように切断されているのに、時間経過に較べて出血量が少なすぎるって。貴也さんが凍らせてくれたおかげです。あれがなかったら、出血多量で死んでいました。――――――でも、不思議ですよね。あれだけ凍らせたのに凍傷にすらなってないって」

 

そう言って微笑むと右腕を差し出してきた。

貴也は一瞬、怪訝な顔をしてしまった。

 

「義手です。本当の腕より、相当使い勝手悪いですけどね。でも、こっちで握手して下さい。あたしなりの感謝の気持ちです」

 

その言葉に微笑み返して、右手で握手する。

体温が伝わってきているのだろう。温かく、それでいて本当の人肌よりは冷たく。だが、何よりも銀の感謝の想いが伝わってくるようだ。

 

「質問があるんだけど、いいかな? それと、敬語は無しでいいよ」

 

「えっ? うん、分かった! いいよ」

 

「そのちゃ……、乃木園子の居場所を捜しているんだ。何か、手がかりになるようなものだけでも知らないか?」

 

「……ごめん。勇者を辞めさせられてからは、何も知らないんだ。須美も園子もどこへ行ったか、大赦は教えてくれなくてさ。家のことや、あたしの体のことなんかは、いろいろとサポートはしてくれるんだけど。肝心なことは何も教えてくれないんだ」

 

「そうか……」

 

「あたし、一ヶ月ほど昏睡状態だったからさ。八月に目が覚めたんだけど、気がついたら玉藻市の病院だったし。訳わかんなくて。いろいろ聞いてみたんだけど、なんにも教えてくれないんだ。リハビリが済んで、今日から学校に戻ったんだけど、もう二人ともいなくてさ。クラスの子に聞いたら十月の中頃に、神樹様のお役目でもう学校には来れないってことだけ、先生から聞かされたって」

 

「そっか。僕が目覚めたのも十月の中旬だったんだ。その頃に何かあったんだ」

 

落胆した。

彼女の障碍の程度を見る限り、勇者を解任させられていてもおかしくはなかった。とはいえ、さすがに元『勇者』にさえ、そこまで徹底した情報隠蔽がされているとは思っていなかった。

 

銀とは、今後の情報交換を約束して別れた。

 

園子の探索は、ふりだしに戻った。

 

 

 

 

苦し紛れに、伊予島家本家の御曹司である親友の潤矢の伝手も頼った。

だが、いくら御三家本家の御曹司とはいえ所詮は中学一年生の情報網である。何も分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ切羽詰まった貴也は、鵜養家本家の力を頼ることにした。

鵜養家本家の当主、俊之とは正月に二言、三言、言葉を交わしたことがあるに過ぎない。

だが、もうこれしかないと思った。

 

父の隆史に頼んでアポをとると、単身、本家に向かった。

父にも事情は話せない。自分の力だけで切り拓くしかないと思った。

 

 

 

 

客間に通され、暫くすると当主である俊之がやって来た。

自分や園子の父親と較べるとやや年嵩で、だが気さくな感じも受ける人物である。

緊張している貴也に、気軽に話しかけてくれた。

 

「やあ、隆史さんの所の貴也くんだったね。正月は来てくれなかったようだが、今回はどうしたんだい」

 

「折り入ってお願いがあります。乃木園子の居場所を教えていただけませんか。お願いします」

 

席を外して土下座をした。もう、彼に頼るしかないと思っていたからだ。

 

「みっともない真似はよしたまえ。そこまでせずとも、話だけは聞いてあげるよ。園子ちゃんとは、知らない仲ではないしね」

 

「乃木園子をご存じなんですか?」

 

「ご存じも何も、大赦関連の名家の本家同士の繋がりは結構深いものなんだよ。それに、年を食ったおじさん連中の中では、これでも園子ちゃんとは仲が良い方だと自負しているんだがね」

 

「そうだったんですか」

 

「彼女の奇抜な発想はなかなか興味深いしね。それに頭も切れる。将来が楽しみだったんだが……」

 

その言葉で、俊之が事情に明るいことが見て取れた。

だから、思わず彼の顔を凝視した。

 

「ふむ。君は、『ノブレス・オブリージュ』という言葉を知っているかい?」

 

「……たしか、高貴な人が負うべき義務だとか、そんな意味だったかと……」

 

「まあ、いろいろと解釈はあるがね。概ね『社会的地位が高いものは、その高さに応じて社会的義務を負わねばならない』ということだ。今回の件は、それに尽きると言ってもいいかもしれない。――――――では、彼女がついていた『神樹様のお役目』についてはどうだい? その内容を知っているかい?」

 

「……いえ」

 

とりあえず、知らないことにしておいた方がいいものと思った。だが……

 

「君は、まだ中一だったね。まあ、その年齢では無理なのを承知で苦言を言わせてもらうが、中途半端な態度は良くない。知らないふりをするなら相手に気取られないようにする。ブラフのつもりなら、もっと強気に出ないとね」

 

その言葉に動揺し、目が泳いだ。

 

「君がどこまで知っているか、私は知らないし、知ろうとも思わないが、これだけは言える。もう遅い。あきらめなさい」

 

「そんな……。彼女は、そのちゃんは無事じゃないんですか?」

 

「無事か、無事でないかで言えば、命に別状無し、という意味では無事だよ。だが、もう会えないものと思った方がいい。彼女は大赦の管理下にある。我々でも、たとえ乃木家ですら手出しは出来ないんだ」

 

「そんなことが」

 

「そんなことがあるんだよ。組織というものには、いろいろな力が複雑に働くものだ。鶴の一声でどうにか出来るようなものでもないんだよ。特に、大赦という組織は宗教的な部分と世俗的な部分の双方がある。その二つのせめぎ合いは一筋縄ではいかないんだ」

 

 

 

 

それ以上、話が進展することはなかった。

貴也はすごすごと引き下がるしかなかった。

 

ただ、一つだけ分かったことがある。

実力行使しかない。

俊之の言葉から、幾つかヒントをもらえた。

なんの因果か園子から授かったとも言っていい、指輪の、精霊の力を使うんだ、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、大赦関連の施設へ忍び込む姿があった。

七人御先の一体を壁抜けさせ、窓の向こう側へ送り込む。

警備システムに見つからないよう、精霊の力を用いる。

 

『置換』

 

凄まじい激痛とともに、吐き気を催す目眩が襲う。

しかし、一瞬で貴也と室内の精霊の位置が入れ替わった。

 

『どんな犠牲を払ってでも、そのちゃんを取り戻すんだ』

 

貴也の目に、狂気にも近い決意が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

パタン。ノートパソコンを閉じた。

音声入力と右手だけのオペレーションによる校正。

やはり、執筆速度は著しく低下している。疲れも酷いものだ。

 

園子は遅々として進まぬ小説の執筆にため息をついた。

 

『もう、本当に楽しいことって寝ることと、ぼーっと考え事をするだけになっちゃった』

 

どちらも、大好きでかつ得意なことで良かったと思う。普通の感性の持ち主なら、とうに気が触れていてもおかしくないかも、と思ってしまう。

 

周りをちらっとだけ見る。膨大な数の御札に形代。祀られているだけなのに何故だろう、それらを見ると吐き気を催す。

それらが出来るだけ視界に入らないように天井を見上げた。

 

 

 

 

二十回の満開は、園子からあらゆることを奪い去っていた。

 

もはや、ろくに動くこともままならない体。両足、左手。右手だけはまだ少しだけ動いた。

 

五感もその多くを失った。右目の視覚、嗅覚、味覚は全滅。聴覚は左耳が難聴レベルまで奪われた。触覚も(まだら)に奪われている。まともに残っているのは右手ぐらいか。

特に、味覚と嗅覚を奪われたのは痛かった。食事が完全に苦行に変わったから。だから、もう何も口にしなくなって久しい。栄養をとらなくても死にはしないが、やはり体は衰えるようなので、点滴で最低限の栄養補給をしていた。

 

内臓機能も多くを失っている。心臓が動かないので、脈が無いのに違和感を覚える。血液は体内を循環しているようだが、それは精霊の力によるのか、はたまた神樹様の力か。

 

 

 

 

勇者としての力も大赦によって奪われていた。

大赦は園子を、何かあった時の切り札と考えているようだが、それと同時に自分たちに制御しきれない力を持つ者として、神にも等しい存在として以外にも畏怖しているようであった。

だから、勇者に変身するために必要な端末、スマホは取り上げられたままだ。

 

勇者に変身さえ出来れば、システムが彼女の欠損した身体機能を補助してくれる。だが、それも望むべくもない状況に置かれていた。

 

 

 

 

最近のお気に入りはifの物語。須美と銀、それに貴也。自分を加えた四人で楽しく遊んでいることを想像すること。四人で遊んだことはないので、逆にいろいろと想像が捗る。

 

だが、本当は四人ともバーテックスとの戦いで……

 

だから、せめてもと願う。自分以外の三人が幸せを掴めますように。

特に、貴也は男の子だから自分のことに執着しているかもしれない。

貴也が自分のことを忘れて、いい人と巡り会えたらな、とも願う。

 

『その相手が、わっしーかミノさんなら心から祝福できそうなのにな』

 

自分の顔が悲しみに歪んでいるのにも気付かず、園子はそんなことをとりとめなく考えていた。

 

 

 




精霊の能力に関しては、目一杯拡大解釈しているスタンスです。
便利能力が無いと、すぐに捕まっちゃうフラグが立ってしまいますから。
置換は、のわゆでの七体すべてが実体かつどれか一体でも残ればOKの拡大解釈かつ劣化版能力といったところ。精霊は位置の目安ですね。

銀は右腕だけでなく、左足もやっちゃいました。隻腕だけではお役目を外してもらえなさそうなので、さらに過酷な状況にしてしまいました。銀ちゃん、ごめん。
逆に言うと、これぐらい過酷だと精霊バリアも実装されるかな、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 明けない夜に

今日も一日、ぼーっとして過ごした。

わずかに動く右手でリモコンを操作し、部屋の灯りを落とす。

 

窓もなく真っ暗な部屋で、身じろぎもせず天井を見る。

今日も無為に過ごしたな、とため息をつきそうになる。

 

その時、ふと部屋の空気が動いたような気がした。

 

視力の残る左目で、部屋の入口を見やる。

影が近づいてきた。

 

気持ち、焦りながらリモコンを操作し、部屋の灯りを点す。

 

「っ! たぁくん……」

 

貴也だった。勇者のものにも似た衣装を身に纏い、園子を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

玉藻市の円鶴中央病院。

ここに辿り着くまで、ずいぶん遠回りをした。

大赦の施設に幾つか侵入した後、むしろ園子を監禁するには病院を利用しているのではないかと思い至った。

だが貴也には、どの病院に大赦の息がかかっているのか判別できなかった。だから、相応の規模の病院を虱潰しに当たる他なかった。

 

大赦の本部があり、自分たちが住まう大橋市を探索のスタートに選んだ。この近辺ならば親友である伊予島潤矢の情報も活用できた。

学校から帰ると仮眠をとり、真夜中に忍び込んでは確認するという行為を繰り返した。精霊の力が無ければ、早々にバレて捕まっていただろう。

 

大橋市の病院が空振りに終わると、かつて園子たちが合宿に行ったという情報を手がかりに、讃州市方面へと西へ探索の手を伸ばした。だが、それも空振りに終わり、県庁所在地の玉藻市をターゲットに変えたところでようやく、怪しい病院を見つけた。

それが、円鶴中央病院だった。

大規模な病院だったため、園子が閉じ込められている部屋を特定するまで、丸二日かかった。

 

二月も下旬を迎え、ようやく努力が実を結ぼうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

強行突破するしかなかったため、部屋の見張りは雪女郎で無力化したあと、スタンガンで気絶させ、縛り上げて、屋上の機械室へ放り込んだ。

部屋の鍵は見張りから拝借した。

入った部屋は前室らしく、本命の部屋はさらにその奥だった。だが、鍵はかかっておらず、その真っ暗な部屋には音をたてずに忍び込めた。

 

急に灯りが点いた。

 

「っ! たぁくん……」

 

「そのちゃん……」

 

衝撃を受けた。

ベッドの上に横たわる園子は病衣に身を包んでいるが、顔は左目と口元を残し肌が見えないほど包帯に巻かれていた。あと、病衣から僅かに肌色を見せているのは右腕のみで、それも半ばまで包帯に巻かれ、指先にはセンサーが取り付けられていた。

 

周りに目が行くようになると、その部屋の異常さが際立っているのに気付いた。

広さは六人相部屋二つ分ほどもある。だが、その壁には御札が所狭しと貼られ、床にはやはり所狭しと木製の小さな形代が立てられていた。

園子のベッド周りだけは現代的な設備が整っていたが、その周りは木製の柵でぐるりと取り巻かれ、部屋の入口からその領域に立ち入る部分には小振りながら鳥居さえ建てられていた。

 

その、おどろおどろしさに強烈な吐き気を催した。

十二歳の女の子が居続けて良い場所とは、とても思えなかった。

貴也の胸の内に、大赦への怒りが火を点した。

 

 

 

 

「たぁくん、目を覚ましたんだ。よかった~」

 

「ああ、三ヶ月ほど昏睡状態だったけど、リハビリも済んで、もうすっかり元気さ」

 

変身を解き、平静を装って会話をする。恐らく大赦側もすぐ感づくだろう。早々に情報交換をしなければならないと理解していた。だから、園子にやっと会えた喜びを、強い意志で横にやった。

 

「時間がないだろうから、まず僕の状況から話すよ。――――――そのちゃんに指輪の件を話した次の日、樹海化に巻き込まれたんだ。血まみれのそのちゃん達を見つけたけど、以前話した神々しさのある狐に後を任せて、銀の助っ人に入ったんだ」

 

「やっぱり、そうだったんだ……」

 

「銀の状況は分かってると思うから省くよ。僕はバーテックスの一撃を受けて気を失い、気がついたら十月だった。リハビリを頑張った後は、ずっとそのちゃんを探してたんだ。そうだ! 銀とは始業式の日に再会したよ」

 

「たぁくん、ありがとう。たぁくんがいなかったら、ミノさん、死んじゃってたかもしれない。ううん、きっとそう……。――――――本当にありがとう。私だけじゃなく、ミノさんも守ってくれて。たぁくんは私たちの勇者だよ……」

 

園子の左目から涙が溢れた。

 

「お願いしても、いいかな。私の右手、握ってて欲しい。もう、そっちぐらいしか触覚がないから」

 

「ああ、いいよ」

 

園子のベッドサイドに回り、その右手を両手でギュッと握ってやる。

 

「今度は、そのちゃんの番だよ。その体は、やっぱりバーテックスに……」

 

「ううん。これはね、そうじゃないんだ~。たぁくんにはもう、全部話すね」

 

そう言って、園子は悲しそうに微笑むと、貴也に全てを打ち明けた。

 

新しい勇者システムのこと。

精霊による守りのこと。

死ねなくなったこと。

『満開』と『散華』。

 

「そんな! それじゃ、まるで……」

 

「供物。生け贄。人身御供。いろんな言い方はあるけどね。神樹様の勇者って、結局はそんな存在なんよ……」

 

言葉が出なかった。大赦だけでなく神樹へ対しても憎悪が膨れ上がる。

 

「でも、良かったこともあるんよ。満開がなかったら、四国を守り切れなかったから。たぁくんと、こうして再会できたのは、この力のおかげでもあるんよ。だからもう、思い残すことは無いんだよ。元気なたぁくんを見れて良かった」

 

「なに言ってるんだよ」

 

「たぁくんは、私のこと忘れて幸せを掴んで。お願い。それが、私の最後の望みで、希望だから……」

 

「なに言ってんだよ!」

 

「だって! もうお嫁にもらってもらえない体になっちゃったもん……。もう、心臓も動いてないんだよ。ご飯だって食べてない。でも、生きてる。生かされてる。もう、私は『人間』ですらないんだから! たぁくんの隣にいて良い訳がないんだよ……」

 

「――――――そんなことないよ。どんな風になったって、そのちゃんは、そのちゃんだ。君がいてくれるから僕は頑張れる。そばに居て、優しく微笑んでくれているだけで十分なんだよ」

 

「そんなの出来ない! それじゃあ私は、たぁくんの足を引っ張ることしか出来ない! 実際に力になれなきゃ、何の意味も無いよ……」

 

「それでも、僕は君にそばに居て欲しいんだ」

 

「ああぁぁ……。――――――たぁくん……、たぁくん、たぁくん……」

 

とうとう園子は貴也の名を呼びながら泣き出した。

貴也の胸にやるせない想いが募る。

 

が、二人のそんな時間は唐突に終わりを告げた。

 

 

 

 

部屋の入口から十余名の仮面を着けた神官がぞろぞろと入ってきた。

彼らは、明らかに貴也に敵意を向けていた。

 

「お前は……、鵜養貴也だな。園子様から離れたまえ」

 

「この人は、私のお客様だよ。傷つけたりしたら、許さないから」

 

リーダー格の壮年らしき神官が貴也を咎めたが、涙をこらえた園子の怒気を込めた言葉に、揃って跪き(こうべ)を垂れる。

 

「しかし、園子様。御身(おんみ)は神にも等しき存在故、俗人の接触は極力避けねばなりません。御身の二親(ふたおや)とて同じ扱いなのです。そのような者への接触など本来、なされてはいけないのです」

 

「分かってるよ。だから、今回だけ。もう会ったりしないから、この人には手を出さないで」

 

「そのちゃんは黙ってて! お前ら、今すぐこの子を、乃木園子をここから解放しろ!」

 

「身の程知らずな」

 

「これを見ても、そう言えるのか! 変身(召喚)!」

 

スマホを取り出し、あたかもそれを操作しているように見せながら、口から発する言葉と頭の中で発するそれを区別し、かつ同時に行う。胸元からの光も、スマホの位置を変えて発光部を誤認させる。園子の変身を一度見ていればこその策略だった。

 

「ま、まさか……。バカな、あり得ない。勇者とは『無垢な少女』しかなれないもののはず。こんな……。神樹様からの神託さえなかったぞ」

 

そこには、勇者と見まごう装束を身に纏い、九体の精霊を従えた貴也の姿があった。

神官達に動揺が広がる。

 

と、次の瞬間。

 

パァーン。

ギィンッ!

 

乾いた音がすると同時に雪女郎の障壁が銃弾をはじく。

 

「雪女郎!」

 

貴也の叫びとともに、銃を持った神官の手足が瞬時に凍結した。

 

「う、うおーっ!」

 

「この人を傷つけようとしたね! 今から、私は貴方たちの敵に回るからっ!!」

 

園子の怒りに満ちた言葉を受け、再び平伏する神官達。

 

「その痴れ者をつまみ出せ! ――――――お怒りをお鎮め下さい、園子様。これは個人の暴走に過ぎません。決して大赦の意志ではございません」

 

「それでも、この人の勇者システムが私たちの旧システム相当だったら、下手をしたら死んでいたんだよ。私は、貴方たちを絶対に許さない。覚えておいて」

 

銃を持った神官が連れ出された後も言葉無く、ただひたすらに平伏する神官達。

貴也は彼らに殺気のこもった目で今一度、自分の要求を語る。

 

「もう一度言う。乃木園子をこの気持ちの悪い部屋から解放しろ。彼女をご両親の元へ返せ!」

 

「それは出来ない相談だ。園子様は今や神に等しき存在。祀り上げなければならないのだ」

 

「それはお前たちの理屈だろ! 園子は、ただの十二歳の女の子だ。僕は……俺はお前たちを皆殺しにしてでも園子をここから解放するぞ」

 

神官達に緊張が走った。

 

「たぁくん、もういいよ。もういいから……」

 

「黙ってろ。これは僕の我が儘だ。僕は我を通すよ。たとえ、そのちゃんが止めても僕は止まらない」

 

貴也はもう一度、殺気をこめて神官達に話し出す。

 

「お前らが四百万人と三人を天秤に掛けて、四百万を取ったのは分かるさ。たった、それだけの犠牲で百万倍以上の人間を救えるんだもんな。でも、俺の天秤は違う。園子の方が、誰よりも重いんだ! ――――――少なくとも、今、目の前にいるお前らや、大赦の人間全員合わせても、園子に比べれば虫けら以下の存在なんだよ!」

 

「大赦を潰し、神樹様を潰せば、この世界は、人類は終わるんだぞ。それを分かっているのか」

 

「知らねえよ。どちらにせよ、園子をここに閉じこめておくことと、神樹が潰れるかどうかが同じ話とは思えないけどな。それとも、園子を解放すると明日にでも神樹が枯れ果てるのかよ!」

 

既に話は平行線になっていた。園子を救いたい貴也と、園子を祀らねばならぬ大赦。妥協点など、どこにもないように見えた。

 

「もういい。お前ら全員殺して、園子を連れ出す!」

 

「もうやめて、たぁくん……」

 

「僕は誓ったんだ。そのちゃんを、ご両親の元へ無事に返すんだって! だから絶対に止まらない!!」

 

 

 

 

その時、柏手(かしわで)でも打つかのような調子で拍手(はくしゅ)をしながら現れた人物がいた。

 

「そこまでだ、鵜養の坊主。我々も殺されてしもうてはかなわん。一つ、取引といかんかね」

 

「上里様。何もそこまでしなくとも」

 

「黙らっしゃい! 鵜養の坊主は、どのようないかさまを用いたかは知らぬが、歴とした『勇者』となっておるのだ。取引の余地があるならば、我らは引かねばなるまい」

 

その老境にあろう仮面を着けた神官はリーダー格の神官を叱り飛ばし、貴也に向き直る。

 

「さて、鵜養の坊主よ。我らとしては園子様を祀り上げることさえ出来ればよいのだ。手段は問わん。それで手を打ってはくれんかの」

 

「そのちゃんをこの部屋から解放して、乃木家に返してくれるなら、それ以上の要求はしません。約束します」

 

「ほっほっほ。ならば、取引は成立だな」

 

 

 

 

そこまでが、貴也の為したことであった。

貴也は、自らの一番大切な人を取り戻すことに成功した。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

意外にも、その後の大赦の対応は早かった。

二時間後には、園子は普通の病室に移されていた。もちろん最上級の個室であった。

 

貴也はその日一日、園子に付いていた。

とりとめのないおしゃべりをし、彼女が微睡(まどろ)めば、自分も微睡(まどろ)む。

 

彼女と共にある時間はとても優しく、だから、とても貴重に思えた。

 

 

 

 

貴也が襲撃を実行した翌日の夜、今後の対応を決めるべく関係者が園子の病室に集められた。

当事者である貴也と園子の他に、病院長、大赦中枢から上里の者、園子の両親、貴也の父、そして伊予島、土居、鵜養の御三家本家の当主。計十名。

 

まず、貴也の勇者システムについては詳細を知る貴也自身と園子が説明を拒んだため、最低限の情報共有の後、他言無用扱いのみとなった。

 

次いで、園子の処遇が取り沙汰された。

だが上里の者は、園子を神に等しい者として祀り上げる仕掛けさえあれば良いと、早々に退席した。

 

後は、園子を何処が引き取り、面倒をみるかということのみとなった。

貴也は、園子は乃木家に戻れるものと信じ込んでいた。だが……

 

 

 

 

「すまないが、乃木家に園子を迎えることは出来ない」

 

「あなた……」

 

「どうしてですか!」

 

乃木家当主紘和のその言葉に妻は絶句し、貴也は反発した。

 

「貴也くん。君が園子にしてくれたことに関しては、心から感謝している。だが、ここで園子を迎え入れるわけにはいかないんだ。それをすれば、大赦のトップである乃木家が娘可愛さに筋を曲げたことになる。それは出来ない。秩序を守るためには、どうしようもないことなんだよ」

 

「そんな……、そんなことのために、自分の娘の幸せを潰すんですか!」

 

「貴也くん、分かってくれ……」

 

紘和は苦渋の顔を見せる。

そんな顔を見せられては、何も言い返せなかった。

重苦しい沈黙が場を支配した。

 

「貴也、乃木さんの気持ちも分かってあげてくれ。彼には立場というものがある。私たち庶民とは違うんだよ」

 

貴也の父、隆史もそのような言葉をこぼす。

 

あまりにも理不尽だと思った。

園子があまりにも可哀想で、目頭が熱くなる。

 

そして、当の園子はそんなやり取りを聞いているのか、いないのか、虚ろにこちらを見ていた。

彼女には、このようなことになるのが分かっていたのだろう。

なにも意見を言ってこなかった。

 

 

 

 

そこまで無言でやり取りを聞いていた鵜養本家の当主俊之が、おもむろに立ち上がる。

 

「分かりました、乃木さん。この一件、鵜養家で引き受けても構いませんね?」

 

怪訝な顔を見せる紘和。

そんな彼に俊之は言葉を続ける。

 

「なあに、()()()()()()()()()()()ということにすればいいんですよ。なにせ、鵜養家は神世紀の三百年間、大赦に対していろいろとやらかしてきた家ですからね」

 

「どういうことですか? やらかした、って何を?」

 

貴也の疑問に、俊之は左手を顎に当て暫く思案した後、にこやかに答える。

 

「ふむ……、君には教えておいた方がいいか。――――――古くは西暦の勇者、郡千景を嫁に迎えたことだよ。当時の大赦は勢力の拡大のために、西暦の勇者の家名を残すことに躍起になっていたんだ。だが他の勇者と違い、郡千景だけは婿を取るのではなく、嫁に行くことを強く望んだ。そして、その相手である鵜養家が家の総力を挙げてそれを叶えたんだ。それ以来、事ある毎に大赦の方針に逆らってきたのが、鵜養の伝統なのさ。おっと、この話はここ限りだ。この話は大赦中枢や名家のうちでも本家の一握りだけが知っていることなんだ。他言無用だよ」

 

「鵜養さん……」

 

紘和が感極まった声を上げる。

 

「どうせ、分家とはいえ貴也くんが起こした騒動だ。鵜養の責任ということにすれば丸く収まる。それに、分家任せでは反感を買った者達に兵糧攻めに遭うやも知れません。本家の名前は出さざるを得んでしょう。ま、そういうことで、お嬢さんは鵜養家で責任を持って引き取らせてもらいます。ただし、条件があります」

 

「条件?」

 

「できる限り時間を作って、お嬢さんに会いに来てやって下さい。それが、当方の条件です」

 

「……ありがとうございます」

 

紘和は俊之に深々と頭を下げた。その隣で紘和の妻も泣きながら同様に。

そして、貴也も園子の両親に倣った。

 

自分の力だけでは、どうしようもなかった。

だが、子どもを守ってくれる、そして、その力がある大人もいたのだと、俊之に心の底から感謝した。

 

 

 

 

「さて、隆史さん」

 

「何でしょうか?」

 

「貴方の家には引っ越してもらわないといけませんね」

 

「は?」

 

「園子ちゃんは鵜養家で面倒をみるとは言いましたが、本家で、とは言っていませんよ。一応、今回の責任は取って頂くということで。今の家では園子ちゃんを引き取るには手狭でしょう。お子さんたちの学校が変わらなくていいよう、近くで良い家を見繕いますから、近々そちらへ、ということで」

 

「何から何まで、申し訳ありません。ありがとうございます」

 

「園子ちゃんも、これでいいかい?」

 

「は、はい……。ありがとう、ござい……ます……」

 

貴也の手を離れたところで、ばたばたと物事が決まっていった。

 

園子を見やる。

彼女は、ただただ涙を流すばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

四月初旬。

桜の花が満開を迎える頃、鵜養家はやたらと大きな日本家屋に引っ越しをした。

新しい家には、医療設備を完備した園子の部屋も(しつら)えられていた。

 

 

 

 

園子の座る車椅子を押して、門をくぐる。

 

「そのちゃん、ここが僕たちの新しい家だ。一緒にいっぱい思い出を作っていこう」

 

「うん。たぁくん、これからもよろしく……」

 

園子には、かつてあった独特の明るさはもう見られない。

だが、それでも頑張って貴也に微笑みかけていた。

 

春の柔らかい陽気の中、突然吹いた強い風がどこからか桜の花びらを運んできた。

二人の周りを舞う花びら。

それはまるで二人を祝福するように。

 

 

 




わすゆ編は、ここまで。

ゆゆゆ1期10話の園子が祀られている病室の描写は衝撃的でした。
で、2期で園子の描写が掘り下げられると、あの祀られている病室から園子が救い出される話を読んでみたいな、と思うようになったんです。
そこで、このピンポイントの需要に対し、セルフ供給しようと作られたのが本作です。
よって、この13話にたどり着いたことで作者としては半ば満足しています。

ところで、本文中に「大赦の方針に逆らうのが鵜養の伝統」とありますが、根本的に逆らうものでもなく、例えば政党の党内野党的なものを想像いただけたら、と。
総論賛成各論反対的な立場で、組織活性化に寄与しているものと思ってください。

なお、今後はモチベが下がるとみられるので、これまでの更新速度は確保できないかも。
とりあえず、次話はゆゆゆ編に入っていくので勇者の章放映一周年に当たる25日更新予定です。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

乃木園子の章
第十四話 青空の下で


前話ラストの翌日スタートですが、新たな章に突入です。
ゆゆゆ編は貴也よりも園子の方にスポットライトが当たる(がいじめたおされる)予定なので、その辺を踏まえての章タイトルとなっています。
ただし、予定ではフルスロットルで駆け抜けるので、わすゆ編13話よりも短くなる可能性が高いです。

と、いうことで本編開始です。





新しい家に引っ越して二日目。

三ノ輪銀が園子を訪ねてきた。

園子とは、おおよそ九ヶ月ぶりの再会となった。

園子が病院にいる間は、会わせてもらえなかったのだ。

 

 

 

 

「園子、久し振り。お互い、えらい姿になっちゃったな」

 

「ミノさん、久し振り~。えへへ、ちょっと無茶し過ぎちゃったかも」

 

二人とも、努めて明るく再会の挨拶を交わした。

二十回の満開で四肢がほとんど動かず包帯だらけの園子と、右腕を失い、左足を引き摺るように歩く銀。

お互い、貴也を通じて大体の状況を把握していたため、その姿に今更驚愕したりはしなかった。

 

「ご家族は元気にしてる? 弟くんたちも」

 

「あー、元気にしてるよ。金太郎も元気に歩き回るようになったし。あと、鉄男がえらく優しくなっちゃったのには面食らうけど。こんな体になっちゃったから、親も含めて気を遣われるのは分かるんだけどさー。前みたいに自然でいいのにな」

 

「そうなんだ~」

 

「それに、鉄男に優しくされるとさー、なんか自分が女なんだなーって改めて思っちゃったりなんかして」

 

「ふふふ……」

 

「そう言う園子はどーなんだよ。好きな人と一つ屋根の下か。なんか憧れちゃうなー」

 

「あはは……。まだ二日目だよ。それに、こんな体だからね。色っぽいことなんか起きないよ。私のお世話をする大赦の人も二人、常駐してるしね」

 

そうやって、近況やら身の回りのことなど、とりとめなくしゃべっていく。

その中で、園子は新しい勇者システムについても銀に概要を話した。

勇者の任を解かれた銀には、もはや関係ないことかもしれないが、やはり自分の状況を友達には知っておいてもらいたかったのだ。

 

「そっかー。あたし、バカだからさ。こう、なんにも言えないんだけど。やっぱり、酷い話だよな」

 

「ううん。ミノさんは気にしなくていいんよ。せっかく、勇者から外れたんだし。それに、ミノさんはミノさんで大変だろうしね」

 

「あたしなんか、まだ大したことないよ。それにしても、須美も記憶を持っていかれてるのかー。じゃあ、会いに行っても迷惑なだけだろーなー」

 

「多分、大赦に止められるよ。どうも、新しい勇者グループのサポート役として考えているみたいだし」

 

「戦いは続くってことか……」

 

そう言って銀は庭の一角を一瞥する。

 

そこは、ちょうど園子の部屋の南側に当たり、高さ二メートル半はあろうかという生け垣が不自然にコの字型に敷地を切り取っていた。

その生け垣の向こう側に見える小さな屋根。公道側からアクセス可能な小さな社である。

つまるところ、園子の部屋を本殿、社を拝殿に見立てた、これが大赦が言うところの『園子を祀り上げる仕掛け』であった。

上里の老神官など『病院の施設を利用したおざなりな物よりも、よっぽど格が高いわ』と(うそぶ)いていたそうな。

 

 

 

 

庭を見ている銀の腕を右手でちょいちょいとつついてみる。

 

「それでね。ミノさんに折り入ってお願いがあるんだ~」

 

「ん? おーおー、なんだい。この銀様に話してみな」

 

「たぁくんを鍛えて欲しいの。たぁくんは、大赦の勇者でも、神樹様の勇者でもないから戦う義務なんてないんだけどね。本人がどうしてもやめてくれないんだ。私が、何度もやめてって言ってるのに。だからね、せめて戦いの中で大怪我したり、死んじゃったりしないように戦い方を教えてあげて欲しいんだ~」

 

「いいよ。ってか、あたしもこんな体だから、あんまり本格的には教えられないけど」

 

「私もこんなだからね。それに、たぁくんの武器は輪形の刀だから、ミノさんの方がまだしも近いしね」

 

「分かった。基礎鍛錬と掛かり稽古程度ならいけると思うよ。本格的な地稽古は、足がこんなだから無理だけど」

 

「ふふふ……。たぁくんは弱いから、それで十分だよ」

 

そんなやり取りが切っ掛けで、この後、貴也は銀に鍛え上げられていくことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

夕食を終えた後、貴也は園子と一緒に居た。

 

食事のことも含め、園子と話す話題にはタブー視せざるを得ないものがたくさんあった。

また、そもそも話すべきことは、この一ヶ月強の間に病院で話し尽くしていることもある。

だから、早々に話題は尽きてしまい、今はこうして同じ部屋に居ながらそれぞれ読書に耽っていた。

貴也は、園子のベッドのそばで椅子に腰掛けて。

園子は、ベッドに寝ながらブックスタンドを使って。

 

ただ、時々相手の顔を見てしまう。すると視線に気付き、結局、自然に見つめ合う形となる。

そうして微笑みを交わして、また視線を文章の方に戻す。

それを幾度か繰り返した。

 

特に言葉を交わさなくとも、自然に優しい気持ちでいられた。

 

 

 

 

十時も過ぎたため、千草は二人に声を掛けに園子の部屋へやって来た。

 

「貴也。園子ちゃん。もうそろそろ遅いから、二人とも寝なさいよ」

 

「「はーい」」

 

二人の返事は、きれいにハモった。

 

『どこまで、気が合ってるのかしら?』

 

微笑ましく思う。

だが、母としてはやはり息子のことが心配である。

 

園子のことは、元々は貴也には勿体ないほどのお嬢さんだと思っていた。

そんな子が折に触れ、息子への好意を滲ませていたのは、正直、誇らしいとさえ思っていた。

将来は……、などと考えていたことさえある。

 

しかし、今はあの体である。このままだと、息子は余計な苦労を背負うことになるのだろう。

せめて、今日訪ねてきていた三ノ輪のお嬢さんぐらいであれば、と詮無いことまで考えてしまう。

 

『ダメダメ。こんなこと考えてちゃ。貴也にも、園子ちゃんにも失礼だわ。それに、貴也の頑張りを否定してしまうことにもなる。むしろ、私が背負うつもりで頑張らないと……』

 

貴也が大赦を敵に回し、殴り込みを掛けに行ってまで園子を取り戻した顛末を思い出し、自分を叱咤激励する。

 

すべてを知っているわけでないにせよ、彼女は二人を応援していこうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、おやすみ」

 

「うん。おやすみなさい」

 

着替えも済ませ、寝る用意をしてから、改めて就寝の挨拶をしに来た。

彼女が、まだ触覚が残っていると言っていた右手を軽く握ってやり、おやすみの挨拶をする。

手を離して、自分の部屋へ戻ろうとした時だ。

 

「待って!――――――あ。……ううん。なんでもない」

 

なんでもない訳がなかった。園子の瞳に不安がありありと浮かんでいるのに気付いた。

 

「なんでもないこと無いだろ。僕を信じてよ。思っていること、なんでも言っていいよ。全部、吐き出しちゃえば楽になるからさ」

 

「うん。――――――ゆうべね、何度も目が覚めちゃったんだ~。その(たび)にね、もしかしたら、これは夢なんじゃないかって。たぁくんと同じ家で寝ているのは、私の単なる妄想で、本当はあの祀られた部屋にまだいるんじゃないかって、不安になって……」

 

「そのちゃん……」

 

「本当は怖いよ。私みたいな子が、こんな幸せを受けてもいいのかなって。あそこに閉じ込められてたのは私への罰だから。――――――でもね、目の前に幸せがあると、やっぱり縋っちゃうんだ。一人になるのが怖いんよ」

 

園子は、やっぱり左目を不安そうに泳がせる。

だから、心を決めた。

 

おもむろにベッドに上がり込み、園子の左隣に横になり、園子にも自分にも掛かるように布団を掛ける。

 

「えっ、えっ、えっ? たぁくん?」

 

「僕も恥ずかしいんだから、何も言わずにさっさと寝る! 今晩だけだからな」

 

 

 

 

「たぁくん……」

 

彼の、照れ隠しにちょっと怒ったような言い回しに、何故だか安心した。

甘えてもいいのかな、とちょっと思った。

 

『でも、左隣はあんまりだ。そっちだと、たぁくんをあまり感じられないんだけど』

 

そんなことに不満を持ってしまう自分のことが哀れで、でも少し愛おしく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

この後しばらくの間、時々二人が布団を共にする姿が見られた。

貴也の両親は何も言わなかった。千歳ですら、二人を茶化すことはなかった。

 

なぜなら皆、園子の不安を理解していたから。

そして、園子のことを家族の一員として大切に思っていたから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、こちらが元々の貴也くんの物。こちらが新しいスマホ。と、いうことで園子様のスマホを返してくれないかな」

 

「たぁくんのスマホを渡すのが先でしょ」

 

「いやー、確かに。確かに、そう来るよね。でも、これもボクのお役目なんだけど」

 

「じゃあ、変身しちゃうよ」

 

「分かりました。分かりましたってば。――――――新しい方には、ちゃんとNARUKOも入れてます。それから、技術部の皆さんからの『ふざけんな!』という言付けも伝えておきますね」

 

少し軽い調子で受け答えするのは、大赦の職員。春先に初めて会った時、三好と名乗っていた。

普通にスーツに身を包んでおり、名乗らなければ大赦の職員とは分からない。

ただ、この軽い調子はどうも演技のようだ。園子や貴也の担当としての態度なのだろう。二十歳をそう過ぎていなさそうで、大赦の中では世代が近そうなのも、二人を警戒させないためか。

 

一方、技術部からのクレームは予想通りである。

元々、大赦の技術部からは貴也のスマホを見せろ、との要請が強く来ていた。

手の内を見せたくない二人としては最低限の条件として、園子のスマホとの引き替えを要望したのだ。

大赦内部での綱引きがあったのだろう。この時期になって、ようやく園子の元に一時的にとはいえ変身用端末が戻ってきた。

ところが、それほどの手間を掛けていながら、貴也のスマホには勇者関連のアプリなど何も入っていなかったのだから、当然の反応というものである。

 

結局、貴也の勇者システムについて大赦は何も把握できていなかった。

貴也と園子は、貴也の意志に応じてスマホに謎のアイコンが出てくるのだ、と言い張り、一応それが公式見解となっていた。

 

ただし、これからはそうもいかないだろう。貴也のスマホには監視用アプリが仕込まれているだろうから。

それでも二人は、メリット、デメリットを勘案し、大赦謹製アプリNARUKOのインストールを選んだのだ。

 

 

 

 

「じゃあ、これでそのちゃんや銀とSNSでいつでも連絡できるようになっただけでなく、バーテックスの襲来も分かる様になったってことか」

 

「そうだけど、極力、機密事項はやり取りしないように。お願いしますよ」

 

「わかりました。いつもご苦労様です」

 

「君を見ていると、いつも思うよ。本当にこんな子が大赦に殴り込みを掛けたのかな、って。恋の力は偉大だね」

 

貴也が礼儀正しく職員をねぎらうと、少しからかわれた。

確かに、傍から見るに貴也は優しげでお坊ちゃん気質な人物であり、そういった荒事を行うようには見えないからだが。

 

「茶化さないでください。あぁ、それから、そのちゃんのスマホを返すのは明日になります」

 

「え? どうしてだい? それは困るんだけど」

 

「雨が降ってるからね。そうじゃなければ、二時間ほど時間をもらえれば今日中に返せたんだけどね~」

 

外を見やって、園子がそう答えた。かなり強い雨が降っている。

 

「ちゃんと明日には返すから、今日は帰ってくれないかな? いやだ、って言っても実力でお帰りいただくことになっちゃうけどね~」

 

「はぁー、分かりました。理由は聞いてもいいかな?」

 

「たぁくんに、壁の外を見てもらうんだ。私が案内役をしてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

まさしく『地獄』という言葉が相応しい光景だった。

灼熱に爛れた大地。太陽プロミネンスのように吹き上がる炎。数を数えるのも馬鹿らしくなる小型バーテックス(星屑)の群れ。形作られる大型バーテックス。

 

星屑に襲われないよう、二、三分で結界内に戻った。

 

 

 

 

四国を守る結界を構成する、特大の根や蔓が絡まって出来た壁の上。園子は隣の貴也の表情を見て、怪訝な顔をする。

 

「たぁくん、あんまりショックを受けてないみたい……」

 

「いや、やっぱり百聞は一見に如かず、聞くと見るとは大違いだよ。それでも、そのちゃんに事前に聞いていたからかな、予想していたよりはショックが少ないよ」

 

「私なんて、初めてあの光景を見た時、悲壮な決意をしたんだけどな~」

 

「悲壮な決意なら、そのちゃんを実力で取り戻そうと思った時にしたからね。――――――僕が折れたら、そこで終わりの話と、僕が折れても、本職の勇者が他に何人もいるっていう話との違いじゃないかな?」

 

「そっか~。そういえば、あの時は勇者が実質私一人だったしね」

 

顔を見合わせて笑顔になる。自分たちは意外に呑気だな、と園子は思った。

二人でいればこそ笑顔になれるんだ、とも思った。

 

 

 

 

「それに、僕はそのちゃんたちほど博愛主義者じゃないからね。ああいうのを見ても、なんとなく他人事(ひとごと)に感じてしまうところもあるんだ」

 

「え~、そうだっけ? あ、でも、たぁくんて身内認定してない人にはけっこう冷淡かも」

 

園子は小四の頃の、つまりは貴也が小五の頃のエピソードを幾つか思い出した。

確かに、貴也は同じクラスメイトでも仲のいい友達と、単なる級友に対するものとの態度の差が明確にあったように思う。彼の意外な一面を思い出した。

 

「でも、それとこれとは話が違うよ~」

 

「違わないさ。なんか、どうでもいい、こっち来んな、って感じかな」

 

「あはは……。たぁくんは、女の子に生まれてても絶対『神樹様の勇者』にはなれないね。勇者適性値、低そ~。まさかのゼロだったりして」

 

「神樹の勇者になんか、なってくれって言われたって、なりたかないね。そのちゃん達を苦しめてるんだから」

 

「たぁくんが、私のアイデンティティを殺しにかかってる?」

 

「そのちゃんや銀が神樹の勇者だってことは、否定しないさ。僕がなりたくないってだけで」

 

「じゃあ、今使ってる力は何だと思ってるの?」

 

貴也の答えはなかった。

 

 

 

 

『そのちゃんから授かった力さ』

 

その答えは口に出せない。分かっていた。その答えが園子を追い詰めるものだと。

 

貴也は勇者となった園子の姿を目に焼き付ける。

紫を身に纏う勇者。

勇者装束のギミックにより、動かない手足、体の補助がなされていた。

 

そうだ。ショックを受けてないなんてことはない。

彼女の前だから平静を装っているだけ。

無限に生み出されるバーテックス。死ねない園子。その意味するところは……

 

自分には圧倒的に力が足りないと思った。

これからも満開を繰り返さざるを得ないだろう彼女をこそ、守りたいと願うのに。

 

 

 

 

少し涙が滲みそうになったのをこらえて、空を見上げる。

十一月の抜けるような青空が広がっていた。

 

『これも、神樹が見せている幻なんだろうか?』

 

それでもいいと思った。

園子と穏やかな日々さえ過ごせるなら、それでいいと。

 

 

 




原作ゆゆゆ本編にたどり着いていませんが、今話からゆゆゆ編です。
ゆゆゆ編で書きたいことの伏線と言いますか、お膳立てが色々と入っています。

貴也の母の気持ちは、ここでぶっこんでおきたいな、と。
このお話はハッピーエンドを目指しているので、母親の気持ちも若干マイルドにということで。

壁の外を見た後の反応含めて、貴也は幼少期から園子の前で平静を装う場面が多いですね。園子に対して年上ぶりたい、えー格好しい、ということですか……。
心配の対象も、園子>>>>>>>>世界 ってぐらいには園子優先ということのようですし。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 後継者たち

カン! カッ、カッ、カッ、ガンッ!

ザザザザザッ……。

 

貴也の鉄芯が入った木刀の打ち込みを、銀が同じく鉄芯入り木刀の二刀流で捌く。

貴也が激しく動きながら打ち込むのに対し、銀は立ち位置をほとんどずらさずに捌いていく。

左腕からの反撃の一撃は重く、貴也を体ごと後ろへとずり下げた。

 

技量の差は圧倒的である。

 

 

 

 

「今日はこの辺にしとこーか」

 

「「ありがとうございました」」

 

互いに一礼を交わし、本日の訓練を終了する。

汗を拭いた後、園子の部屋の南側を通る廊下兼縁側に二人腰掛ける。

ベッドの位置をいつもよりも廊下側にずらしていた園子が(ねぎら)ってきた。

 

「二人ともご苦労様~」

 

「ありがとう。でも、一年頑張ってきたけど、銀の足元にも及ばないな。こりゃ、先が見えないや」

 

「一年前と較べると見違えるよーになってるよ。最初はへっぴり腰だったし……。それに貴也さんが勇者装束を身に纏えば、もう技量だけで押し負けると思うよ。ま、この足のハンデ付きが前提だけど」

 

「そうかなぁ?」

 

貴也が勇者装束を身に纏うと、身軽になり体の動きにキレが出るだけでなく、剣の技量や格闘のセンスにまで向上が見られることを発見したのは銀だった。

園子と三人で分析した結果、貴也は『召喚』を行った時点でもう一体の精霊を既に憑依させているのだろうとの結論に至った。そうであるなら、精霊の種類と指輪の宝石の種類がともに四つで揃うから、というのが最大の理由である。

園子の推測では、七人御先は七体あるのでサファイア二つが担当し、残り三種類の精霊を他の三つの宝石が担当しているのではないか、とのことだった。実は、この推測は間違いだったことが後に明らかになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

「でも、そのちゃんや銀は一年ちょいの鍛錬で実戦で戦果を上げたろ。それと較べるとなぁ、自分がいやになるよ」

 

「そりゃ、鍛錬の密度がそもそも違うし、あたしらは何人もの候補から選ばれた本職の勇者だからなー。限りなく一般人に近い貴也さんとは違うと思うよ」

 

「前も言ったと思うけど、勇者適性値っていう指標があるんよ。多分、戦闘面でも性格面でもたぁくんの適性値は低いと思うんよ。男の子っていうことだけじゃなくってね」

 

「そういや、あたしらの勇者適性値って、どの位だったんだろーなー。園子は知ってる?」

 

「前、興味本位で聞いてみたけど、教えてもらえんかったんよ~。でも、私の見立てだと、ミノさんがダントツで、私とわっしーがドングリの背比べってところだと思うんよ。――――――でね、新しい勇者候補生の中で最高値を叩き出した子が讃州市の讃州中学に居るんだって。わっしーもそこに通学してるってことだから、そこの候補生たちが本命なんだろうね」

 

園子が大赦から聞き出した情報を元に、話題をより深刻な方向へ変えた。思うところがあるのだろう。

 

「戦いが近いってことか?」

 

「うん。神樹様からの神託もあったって。近々、バーテックスの侵攻が再開されるって」

 

「あたしは勇者の資格、剥奪されちゃったからな-。なんか歯痒いよ」

 

「ミノさんのケガは満開の代償じゃないからね。システムのカバーは効かないんよ。きっと」

 

悔しそうにする銀を、そう言って慰める園子。ただ、その目には安堵の色が見える。

もう、銀を戦場には送りたくないのだろう。

実際のところ、園子のスマホが一時的に返ってきていた時に銀も触ってはみたのだが、園子以外の人物が触っているせいなのか、勇者の資格を剥奪されていたせいなのか、ウンともスンとも反応しなかったのだ。

 

「でも、私は戦うよ。新しい子たちに、私みたいな悲しい思いだけはしてほしくないしね。大赦には反対されたけど、せめて『満開』の危険性だけは教えてあげたいし」

 

「でも、『満開』じゃないと、バーテックスを撃滅できないんだろ。あたしらの時みたいに、追い返すだけじゃ」

 

「大丈夫。新しいシステムはバーテックスを封印することで、核である『御魂(みたま)』を露出できるようになってるんだって。露出状態の御魂は破壊可能らしいから、満開しなくてもバーテックスを殲滅できるんだって」

 

「おー、それだったら、なんとかなるかも!」

 

「今、私の勇者システムもそれに合わせたアップデートをしてもらってるところなんだ~。ごめんね。たぁくん」

 

「そのちゃんがそう決めたんなら、僕からはもう何も言えないよ。ただ、無茶はしないで欲しいよ」

 

「うん。満開はしないよ。たぁくんこそ、無茶しないでね」

 

「ああ」

 

「かー! 見せつけてくれるなー。――――――でも、良かったよ。園子には貴也さんが居てくれて。園子の笑顔を見れるのは、貴也さんのおかげだろうしさ」

 

そう言って、ニヤニヤする銀。貴也は苦笑するしかなかった。

 

その後の話は、学校の近況の方へと移っていった。

四月下旬の日曜日の、昼前のひとときであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

二日後の火曜日のことであった。

数学の授業中、貴也のスマホが警報を鳴らし始めたのは。

 

「鵜養、携帯の電源は切っとけよ」

 

「すいません。大赦からのお役目の報せみたいです」

 

教師からの注意に対し、そう答えると教師はギョッとした顔をしたまま静止した。

 

「樹海化警報か。意外に早かったな」

 

そう呟くと早々に多重召還を行い、樹海化が完了すると同時に輪入道の車輪を使って空中走行を行い、園子の下へと急いだ。

 

 

 

 

スマホのマップ上の表示でも、現地上空からの目視でも、元々の自宅付近に園子がいるのを確認した。

降り立つと、病衣に包帯姿の園子がベッドに寝たまま声を掛けてきた。ベッドは呪術的措置でも掛けられているのか、樹海化に巻き込まれなかったようだ。

 

「たぁくん、遅いよ~。この光景の中でこの格好は、ちょっと情けないんだけど」

 

「ごめん、ごめん。これでも全速力で来たんだけどなぁ」

 

「冗談だよ。早く来てくれて、ありがとう。――――――ええっ? ちょっとこれは恥ずかしいかも……」

 

さすがに移動するには不便なのでお姫様抱っこをすると、途端に園子の顔が真っ赤になる。

 

「まあ、まあ。これ以外に選択肢は無いだろ。それよりも、端末は間に合わなかったんだ」

 

「うん。樹海化が解けたら、また催促しておくよ。で、どんな状況?」

 

スマホのマップでバーテックスの襲撃地点が讃州市付近であることを確認した。付近の表示を拡大する。犬吠埼風、犬吠埼樹、東郷美森、結城友奈の四点が集合しており、そこに向けて乙女型の点が近づいているところであった。

 

「やっぱり讃州中学の四人が選ばれたみたいだね。一応、もうみんな集合しているみたいで、乙女座型(ヴァルゴ)バーテックスが襲撃してくる途中みたいだ」

 

「とりあえず、近くまで行って待機しようか。私も精霊の守りだけは健在だそうだから、よほどのことが無い限りは大丈夫だから」

 

「四人にこちらの位置が気取(けど)られることはないんだっけ?」

 

「とりあえず候補生のアプリには制限が掛けられてるからね。私とたぁくんの表示はされないはずだよ」

 

「よし、じゃあ行こうか。いざとなったら、僕が助太刀にはいるよ」

 

「ダメ。彼女たちのカタログスペックは高いからね。たぁくんが行っても足手まといなだけだよ」

 

「じゃあ、今回は情報収集だけってことか……。情けねー」

 

園子を姫抱っこしたまま、空中走行で当代勇者の下へ急ぐ。

 

 

 

 

道すがら、確認を取っておく。

 

「そういや樹海化が解けた後、そのちゃんは何処へ戻されるんだろ?」

 

「たぁくんは、樹海化した時点の場所へ戻されるんだよね?」

 

「ああ。過去二回の事例はそうだったよ」

 

「普通、勇者は大赦が設置した祠を目印に神樹様が戻してくれるんだって。だから、多分私の部屋に戻されるよ。私の部屋は祠と同様に呪術的措置が施されているそうだから」

 

「なら、帰りは楽ってことだ」

 

「そうだね。ふふふ……」

 

遠目にバーテックスと当代勇者が戦闘しているのが見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉーーーーーーっ! 勇者ぁーーパァーーーーーーーーンチッ!!!」

 

空中高くから打ち下ろした、結城友奈の渾身のパンチがバーテックスを貫く。

 

「勇者部の活動はみんなの為になることを勇んでやることだ! 私は讃州中学勇者部、結城友奈! 私は勇者になるっ!!」

 

地面にすっくと立ち上がると、キッとバーテックスを睨み付ける友奈。その瞳には強い決意が宿っていた。

 

 

 

 

「さすがだね~。勇者適性値最高は伊達じゃないね~」

 

園子の間延びした賞賛に、貴也も苦笑を隠せない。

だが、確かにその賞賛は当たっている。先代勇者が武器を使ってやっと削っていたバーテックスの装甲を、パンチ一発で軽々とぶち抜いてみせたのだから。

 

「こりゃ、楽勝かな?」

 

「油断は禁物だよ~。御魂(みたま)を破壊しきるまでが、今回からの戦いだからね~。それに、わっしーが戦いに参加できてないみたい。どうしたんだろ~?」

 

少し位置取りを変えて東郷美森を捜す。すぐに見つけた。車椅子に腰掛けたままで、変身していないようだ。

 

「変身していないね」

 

「と言うより、出来ていないと言った方がいいかも~。ここ二年の記憶を失ってるって話だから、単純に怖いのか、それとも何らかの記憶が残っていて、それがトラウマのような働きをしているのかもね」

 

「ケアが必要?」

 

「私たちが急に出て行っても混乱するだけだろうし。見守るしかないかな~」

 

心配そうな園子の言いぶりに貴也も心配になるが、一人でいるところに急に見知らぬ二人が行っても迷惑だろうと納得した。

 

 

 

 

そうこうしているうちに、風、樹、友奈の三人の勇者はバーテックスの封印に成功したようだ。逆四角錐状の御魂を吐き出す乙女座型バーテックス。風と友奈の攻撃が御魂に炸裂するが、恐ろしく硬いようだ。傷一つつかない。

 

「ならば、アタシの女子力を込めた渾身の一撃をーーーっ!」

 

風の大剣による渾身の一撃が、御魂を僅かに傷つけたようだ。しかし、周りの樹海が徐々に色を失っていく。

 

 

 

 

「時間が掛かると現実世界に影響が出るようなんよ。それに、どのみちあの子達のパワー残量がゼロになる前に御魂を破壊できないと、封印が解けて神樹様がやられちゃうしね。手出しできないのが悔しいな~」

 

心底、悔しそうにそう言う園子を姫抱っこのまま、抱きしめる。

貴也にもどうすることも出来ないからだ。

 

 

 

 

地面に表示されているカウンターが、徐々にその数字を減らしていく。

 

「時間がない……」

 

友奈は覚悟を決めた。御魂目がけて全力全開のジャンプ。

 

『痛い……、怖い……、でも!』

 

心の内から芽生える恐怖心を、勇者部の仲間との絆で、想いでねじ伏せる。

 

「大丈夫っ!!」

 

友奈の全力のパンチが当たると、御魂は爆発し数十もの様々な色の光の粒となって天上に帰っていく。

一方、本体の方は砂となって崩れていった。

 

 

 

 

「とりあえず、初戦はなんとかなったか……」

 

「そうだね。でも大赦だからな~。彼女たちのケアをしっかりやってくれればいいんだけど、期待薄だよね~」

 

と、樹海化が解けていく。

 

「じゃあ、夕方、うちで」

 

「うん、待ってるよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「大赦からのお役目? 鵜養、お前、大赦の関係者なのか?」

 

「あ、はい、そうです。――――――あ、電話連絡は後で良い様なので、授業を続けてください」

 

ちょっと焦った。樹海化直前の教師とのやり取りが唐突に始まったからだ。

適当にごまかして、授業を再開してもらった。

 

『いろんな意味で、こりゃ、前途多難だな……』

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー、お兄ちゃん。プリンあるよー」

 

「ああ、ありがとう。後で食べるよ」

 

「うふふ……。まずは、そにょちゃんに挨拶だもんね。わたしもついてくー」

 

妹の千歳と二人、園子の部屋へと向かう。

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり~。学校、どうだった?」

 

「別に……。昨日のことも、三好さんから連絡が行ったみたいで特になにも無かったよ」

 

「なんか、お母さんと子供みたい。もっと、恋人らしいやり取りすればいいのに」

 

授業中に警報が鳴ったことについては大赦からフォローがあった旨、園子に伝えると、また千歳が絡んできた。

千歳自身は、二人にもっと親密になってほしいだけなのだが。

 

「うるさいな。そんな風に茶化すなら、向こうへ行ってろよ」

 

「そにょちゃーん、お兄ちゃんがいじめるー」

 

「あらあら、困ったお兄ちゃんだね。チータンはこんなに可愛いのにね~」

 

「そのちゃん。あんまり甘やかすと為にならないから」

 

と、空気が変わる。貴也のスマホから警報音が鳴り響いた。

 

「なに? お兄ちゃん……」

 

そのまま千歳が固まる。

 

 

 

 

樹海化が完了した。見渡す限りの神秘的な光景。だが、この光景にもだいぶ慣れてきた。

 

「連日かよ。そのちゃんの端末は、まだなんだろ?」

 

「うん。さすがに昨日の今日じゃね」

 

「今回も、助太刀は無理か」

 

「とにかく急ごう。二戦目だから、どんな手を打ってくるか分からないしね~」

 

貴也は素早く変身するとベッドの上から園子を抱き上げ、そのまま讃州市方面へと輪入道の力で空中走行を始める。

 

 

 

 

「なんだか、毎回これは恥ずかしいよ~」

 

「しょうがないよ。恨むなら、スマホを早く寄越さない大赦の方に頼むよ」

 

やはり園子は、お姫様抱っこが恥ずかしいらしい。少し身をよじりながら顔を赤らめる。

逆に貴也の方は恥ずかしいには恥ずかしいが、若干嬉しさも混じってしまう。

 

『そのちゃんを姫抱っこできるのは、やっぱり役得だよなぁ』

 

 

 

 

しかし、そんな気分でいられたのは戦場で今回のバーテックスを確認するまでだった。

 

「えっ? これって……」

 

「あの時の三体だね。本気でわっしー達を殺す気で来ているよ」

 

マップの表示には、蠍型、蟹型、射手型の三つの表記が出ていた。

そして目視でも二年前の七月十日、そう、園子と須美を重傷に、銀と貴也を昏睡状態に追い込んだ、あの三体のバーテックスが揃い踏みをしていた。

 

 

 




かなりの少数派だと思われます。
これだけ文字数があるのに、讃州中学勇者部が完全脇役扱いの作品は。
今後、貴也たちが合流するまでは、こんな扱いのままです。
なにせ、この作品はあくまでも園子と貴也の物語ですので。

あと、ついでと言ってはなんですが、銀の活躍フラグもポッキリと折られています。
今後、銀にスポットライトが当たる時は来るのか?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 憐憫

「凄い……」

 

「………………」

 

園子が息を飲む。貴也に至っては、声すら出ない。

 

 

 

 

三体のバーテックスの猛攻。

だが、風と樹は素早い動きで射手座型(サジタリウス)が射出する光の矢を、そしてそれを板状浮遊物で反射させてサポートする蟹座型(キャンサー)の攻撃を、ことごとくかわしていく。

突出した友奈は蠍座型(スコーピオン)の攻撃自体は食らい、衝撃で吹き飛ばされてはいるが、精霊が張るバリアが直撃を一切通さない。

 

 

 

 

「こんなのがあの時あれば、もしかしたらって思っちゃうよね」

 

園子が寂しげに微笑んだ。

そうだろう。二年前の戦い。これだけの力があれば、四人とも傷つかずに済んだかもしれない。

満開だって必要なかったかもしれない。

 

「だからこそ、あの子達に『満開』なんてさせちゃ、ダメなんだよ。――――――きっと、あの子達は何も知らずにその力へ手を伸ばさないといけない局面に立たされるはず。でも、あの子達を供物になんかさせない」

 

園子の声は、いつの間にか少し震えていた。

 

 

 

 

友奈の危機に覚醒した東郷美森の参戦は、さらに戦局を勇者側に傾かせた。

美森は召還した短銃のただの一撃で蠍座型の尾針を折ると、さらに散弾銃の連射を本体に叩き込む。

続けて友奈が怯んだ蠍座型の尾を掴み、渾身の力で投げ飛ばした。蠍座型は見事に蟹座型にぶち当たり、両者ともダウン。すぐに風、樹、友奈の三人でまとめて封印に掛ける。

一方、射手座型は美森の狙撃銃による遠距離射撃に翻弄されていた。

 

 

 

 

蟹座型の御魂は友奈の攻撃を素早い動きで避け続ける。

 

「この御魂、絶妙に避けてくるよ~」

 

「代わって、友奈! 点の攻撃をヒラリとかわすなら、面の攻撃で押し潰ーすっ!!」

 

風の大剣の腹での攻撃で蟹座型の御魂は潰され、光の粒となって天上に帰っていく。

一方、蠍座型の御魂はその数を二十以上に増やして勇者を翻弄する。

 

「数が多いなら、まとめて! えーーーいっ!!」

 

樹のワイヤーカッターがまとめて御魂を切り刻む。こちらも光の粒となって天へと帰る。

残る射手座型も美森の遠距離射撃で足止めしている間に、残る三人で封印に掛けた。吐き出された御魂は本体周囲を超高速で周回する。

だが、これも美森の長距離狙撃により一撃で破壊された。

 

 

 

 

樹海化が解けていく。

 

「なんだか、仇をとってもらっちゃったみたいな気分……」

 

「そうだな。あの子達は本当に凄いよ」

 

二人で顔を見合わせ、笑みを交わす。

当代勇者達が一人も欠けず、特に大きなケガもせずに済んだことに二人は安堵した。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「本当に対応が遅いよ。プンプンだよ」

 

鵜養家の園子の部屋でのやり取りだ。

言葉の選び方はともかく、態度としては本当に憤懣やるかたなしといった風情の園子。

対して大赦職員の三好の態度は平身低頭の極みである。

 

「本当に申し訳ありません、園子様。ただ、申し開きさせていただくなら、初戦はともかくとして、二戦目はまさか翌日になるとは全くの想定外でしたので……」

 

「それも踏まえた上で遅いって言っているの。現行の勇者システムのリリースは三月中旬だったそうじゃない? 今はもう五月も中旬だよ。どうしてここまで遅くなってるの? 同じシステムをインストールするだけだよね?」

 

「技術部からは、園子様のシステムは精霊が二十一体もいるので調整に時間が取られたのが一つ、その調整で遅れてしまったのでこの際、勇者単体でも封印可能とするマイナーバージョンアップも反映させようとしたというのが一つ、の計二つの理由によりさらに一ヶ月ほど遅れたということだそうです」

 

「はぁ~、いろいろと理由を付けて、私へ変身用端末を渡すのを遅らせようとしてたんだろうけどね。もう、いいや。とりあえずは手に入ったことだし」

 

そう。ついに園子の下へ変身用端末であるスマホが正式に戻ってきたのである。これも園子と貴也、二人の勇者のうち、どちらかが常に変身能力を確保することで、大赦との交渉でアドバンテージを持っていたことがそれを可能としたのである。

もちろん、貴也が変身能力を失ったことはないのだが、昨年の秋にスマホを一時的に大赦に預けていた時期は、大赦を(たばか)るためにも変身するわけにはいかなかったのだ。

 

 

 

 

「ところで、次の戦いにおいては余程のことがない限り、讃州中学の勇者たちへの接触は控えていただきたいのですが……」

 

「ん? どうして?」

 

「実は、次の戦いで大赦からの五人目の勇者を合流させる予定なんです。同時に二系統の勇者を合流させるのは混乱が生じる恐れがありますので」

 

「例のミノさんの端末を受け継いだっていう勇者のこと?」

 

「そうです。名を三好夏凛と言います。一年半ほど鍛練を積んだ複数の候補の中から選ばれた逸材です」

 

「三好って……。もしかして、三好さんの御身内の方ですか?」

 

貴也のその問いに、三好の肩がピクッと反応した。しかし、抑揚を押さえて答えを返す。

 

「いえ。私は、その問いに答えを返す立場にありませんので」

 

「ふーん。ところで、満開システムについて讃州中学の勇者が情報を持っていないって、本当?」

 

「アプリに入っている説明以上のことは知らないとは思いますが」

 

「あの、いい加減な嘘八百の解説書だね。でも、その三好夏凛って子は当然知っているよね。大赦から派遣する勇者なんだし。だからといって散華についてまでは、やっぱり知らないんじゃないのかな?」

 

「何が言いたいんですか」

 

三好の反応に若干、感情が混じっていた。対する園子の言葉は極度に冷たいものだった。

 

「真実も伝えないで、よくも平然と身内を供物に捧げることが出来るんだな~って、感心しているの」

 

「なっ?」

 

「運良く勇者になれたと思ったら、実は身内からも切り捨てられた人身御供でしたってね。その夏凛って子も可哀想に。よっぽど……」

 

「そのちゃん! それは言い過ぎだっ」

 

その貴也の言葉にさらにかぶせるように、三好の怒気に満ちた言葉が発せられる。

 

「妹のことを何も知らないくせにっ! あいつは、勇者になるために血の滲むような努力をしてきたんだっ! それに、あいつは見知らぬ人にだって手を差し伸べるような優しい奴なんだっ! たとえ、真実を知っていたって、やめるはずがないんだっ!!」

 

そこまで一気にまくしたてた後、ハッとして口をつぐむ三好。

だが、その言葉を聞いた園子は、優しく微笑んだ。

 

「ごめんね。そんな言葉が聞きたかったんだ~。私のお父さんやお母さんも同じような気持ちだったのかな~って……。妹さんが満開をしなくてもすむように、出来るだけ上手く立ち回るから。――――――本当にごめんね」

 

「園子様……。すみません。取り乱しました。私はこれにて失礼いたします」

 

 

 

 

去って行く三好の背中を見送る二人。貴也がポツリと漏らす。

 

「大赦のやり方って、みんなを不幸にするだけなんじゃないかな」

 

「そうだね~。もっと上手いやり方があるようにも思うんだけどな~。みんながみんな、狭い世界に閉じこもっているような気がするよ」

 

そう言って、園子はまだ少しだけ動く右手を貴也に向けて伸ばした。

その右手を優しく左手で握ってやる貴也。

 

「とにかく。ああ言われたけどね。バーテックスが複数で攻めてくるようなことがあれば、わっしー達に合流して戦うよ。私に出来ることは、やらなくちゃね」

 

「僕には、出来ることが少ないんだよなー、情けないことに」

 

「それは……、そうだ! 前、言われたこと、そのまま返す形になっちゃうけど。――――――たぁくんが、そばにいてくれるから私は頑張れるんだよ。樹海化された時でも、たぁくんがそばにいてくれて、私、心強いんだ」

 

「そのちゃん……」

 

「だからね。落ち込まないで、いいんだよ」

 

そんな園子の気遣いの裏に隠された感情を、しかし、貴也はなんとなく感じ取っていた。

 

『そんなに自分で何もかも背負い込まなくてもいいのに。自責の念から来ているんだろうけど……』

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

園子が変身できるようになったのは、彼ら二人にとって大きなアドバンテージとなった。

樹海化発生直後に、貴也が迎えに行く必要がなくなっただけではない。園子の移動速度は、貴也の輪入道を使った全速力よりも速いものであったし、貴也も変身していない園子を抱きかかえたままでは全速力を出せなかったからだ。

 

そういったことで、六月上旬の三好夏凛初参戦時において、彼女の戦いの一撃目から観察することができたのは僥倖であった。

 

 

 

 

「あいつは、僕が初めて見たバーテックスだな」

 

「あ~、私たちが戦ってたのを見たっていう……。あの時は、本当は二体来てたんだけどね~」

 

「そうなんだ」

 

「地上戦だと、地震を起こしたり、ジャンプして攻撃してきたり厄介だよ。でも一体だけだし、こちらは援軍もいるから、今回は三好さんの言うとおり、おとなしくしておこうか? ね、たぁくん」

 

そんなことを話していると、いきなり山羊座型(カプリコーン)バーテックスの頭部で爆発が生じた。

上空から、夏凛が強襲を掛けたのだ。

 

 

 

 

讃州中学勇者部の勇者四人があっけにとられて見ている間に、事態は急展開をみせた。

短刀を投擲しての攻撃に山羊座型が怯んでいる間に、長刀を使い、一人で封印に掛ける夏凛。

 

「チョロいのよ! 思い知れ、私の力!」

 

吐き出された御魂は、しかし濃い紫色のガスを大量に噴出し視界を遮る。

精霊バリアが生じている。毒ガスでもあるのだろう。

しかし、夏凛はそれをものともせず、長刀を振りかぶり御魂がいるであろう場所へ飛び込む。

 

「そんな目くらまし! 気配で見えてんのよっ!!」

 

一刀両断。御魂は数十の光の粒となり、天上に帰っていった。

 

 

 

 

「さすが、大赦で鍛練を積んできた勇者だね。強いなぁ」

 

「戦い方の相性も良かったからね。それにしても、初めの頃のミノさんに戦い方が似てるな~。前掛かり過ぎて、なんとなく危うい感じがするよ」

 

「あれ? 讃州中学の四人ともめてる?」

 

「う~ん。でも、私たちが行くと、さらに混乱しそうだしね~。成り行きを見守るしかないかな~。――――――でも、たぁくん。次回はちゃんと合流するから、覚悟しといてね」

 

「了解」

 

ちょっと、ふざけて敬礼を返す。

とりあえず、楽勝の展開にほっとする二人であった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

七月一日がやって来た。貴也の誕生日である。

しかし、園子は憂鬱だった。いや、貴也の誕生日だけではない。千歳の誕生日も、自身の誕生日も、クリスマスや正月も。とにかく祝い事のある日はそれが近づいてくるだけで憂鬱になる。

 

皆と共に祝うことの出来ない、この体が呪わしかった。

プレゼントを用意できないのは、まだ言い訳が立った。自身に対してもだ。

だが、食事を共に出来ないのは悲しかった。せめて味覚か嗅覚、どちらかが残っていれば……

どちらも無い今、無理をして食事をしても、味も匂いもしない物体を口の中でグチャグチャとかき混ぜるような感覚でしかなく、気持ちが悪いだけだった。

 

だから、貴也の家に引き取られてからこっち、祝い事への同席は全て断っていた。

努めて明るく、こんな体では祝うことも出来ないし、皆に気を遣わせるだけだから、と言って。

 

こんな時だけは、あの祀られた病室に残ったままの方がマシだったのかもしれない、と思う。

そして、すぐに自嘲する。

あの部屋に居続けることなんか、耐えられないくせに、と……

 

 

 

 

その夜、貴也が部屋にやって来た。おやすみの挨拶だろう。誕生日の祝いの言葉は、今朝方掛けた。

 

「そのちゃん、おやすみ」

 

「おやすみ、たぁくん」

 

だが、貴也はいっこうに部屋へ戻ろうとしない。彼には珍しく、なにかもじもじしながら逡巡しているようだ。

 

「たぁくん、どうしたの?」

 

「あー、えーと、うん、そのぉ……」

 

「どうしたの? なんでも言ってもらって、いいよ」

 

優しく笑いかけた。まさか、次に衝撃的な答えが返ってくるとは思いもせずに。

 

「え、えっと、誕生日プレゼントをもらいたいな、と思ってさー。キ、キスさせてくれないかな?」

 

顔が赤くなった。だが、胸は高鳴らない。心臓が動いていないからだろう。

一瞬、心臓が動いていないのにどうして顔が火照るのだろう、とどうでもいいことに考えが向いてしまう。

彼から、こんな直截的な求愛を受けるなんて、夢にも思わなかった。

 

貴也も顔を真っ赤にして、でも、園子の顔を真っ直ぐに見つめている。

ふと、彼の視線が自分の唇に向いているのに気付いた。

サーッと、潮が引くように感情が冷めていった。

 

「ごめん。まだ、私たちには早いかな?」

 

首を傾げて、そう言ってみた。

 

「あっ、そうか。――――――ごめん、今の言葉は忘れて……」

 

彼は明らかに落胆し、肩を落として部屋を出て行った。

 

 

 

 

唇に触覚が残っていないのが、悔しかった。悲しかった。

もちろん、貴也にそれと気取(けど)られずにする事は出来ただろう。

でも、自分がそれを感じられないのは、死ぬほどイヤだった。彼と一緒に感じたかった。

 

園子は枕を顔に押し当てて、声をくぐもらせて泣いた。

消えてなくなりたい、と思った。

 

 

 




ゆゆゆでの勇者キラートリオとの戦いはわすゆとの落差が酷いですね。
それだけ、勇者システムが進化してるってことですが。

ところで、ちょっと変化球気味かな?
春信兄さんにはシスコンの片鱗をみせてもらいましたが、ただのシスコン描写じゃつまらないので、園子の本音っぽいところと絡ませてみました。

最後に、貴也の誕生日と絡ませて園子ちゃんを虐めてみました。
しょうがないよね。可愛い子ほど虐めたくなっちゃいますよね?

さて、次回は早くも例の決戦です。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 合流そして再会

翌日からも貴也の態度に変わりがなかったことに、園子は安堵していた。

よくよく考えてみれば、嫌われてしまってもおかしくない態度だったと思う。それなのに……

 

一方で、貴也の方はというと『私たちには早いかな?』という園子の言葉を額面通りに受け取っていた。

焦りすぎて、園子の気持ちに負担を掛けすぎたかな、と反省しきりであった。

 

結局、二人の間に認識のズレがあったことが幸いし、結果オーライの方向で事態が噛み合っていた。

互いに相手を思いやることで、普段通りの生活が出来ていたのだ。

 

そんな生活が一週間ほど続いた後の夕方、それは起こった。

バーテックス七体による総攻撃である。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は既に短縮授業に入っていたため学校は昼過ぎに終わり、貴也は早々に帰宅していた。

空が茜色に染まり、園子の部屋で読む本を自室で物色しているところであった。

スマホから警報音が鳴り響いた。『樹海化警報』。バーテックスの襲来を告げていた。

 

樹海化の完了を待たず、すべてが静止する中、部屋を飛び出した。召還を掛けながら園子の部屋へと急ぐ。

 

「そのちゃん!」

 

「うん。行こう」

 

途端、すべてが白い光に包まれていく。

 

樹海化の完了と園子の変身の完了は同時だった。二人は無言で頷き合うと、讃州市へ向けて全速力で移動を開始した。

 

 

 

 

移動速度を貴也に合わせて、園子が声を掛ける。

 

「今回はバーテックスが七体来ているみたいだから、今の子達に合流して、満開の危険性を説くね。それと、包帯も取るから」

 

「いいのか? 無理にそこまでしなくても……」

 

「見られるのは気分がいいものじゃないけど、その方が、分かり易いしね」

 

貴也は、彼女の覚悟は邪魔すまいと思った。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「よーし! 勇者部一同、変身っ!」

 

偵察から戻ってきた犬吠埼風のかけ声と共に、讃州中学勇者部の残り四人が変身する。

 

樹海化によって一変した神秘的な光景を前に五人の少女たちは、遙か向こう、四国を守る結界付近にいるバーテックスの群れを見据える。

 

「敵ながら圧巻ですね」

 

「こいつら殲滅すれば、戦いは終わったようなもんなんだから、弱気は禁物よ」

 

東郷美森の呟きに三好夏凛が強気に返す。風はそんな二人に笑いかけながら、あることを提案する。

 

「みんな、ここはアレ行っときましょう」

 

「アレってなに? どれのこと?」

 

戸惑う夏凛を尻目に、残り四人は円陣を組む。にこやかに参加を促す四人に、夏凛もぶつくさ言いながらもどこか嬉しそうにその円陣に加わった。

そして、風が音頭を取る。

 

「アンタ達、勝ったら好きなモノ奢ってあげるから、絶対死ぬんじゃないわよ。いいわね。じゃ、いくわよ。勇者部ファイトーー」

 

「「「「「オーッ!!」」」」」

 

揃って鬨の声を上げると、少女たちはバーテックスに向き直った。

 

 

 

 

その時、勇者部五人の目の前に、勇者と思われる格好をした少女と少年が上空から飛び降りてきた。

 

「こんにちは~」

 

「いや、そのちゃん。その散歩の途中ででも出会ったような挨拶ってどうだろう?」

 

「えーっ? 出来るだけ穏やかに挨拶したつもりなんだけどな~」

 

「いや、アンタ達、誰よ?」

 

真っ先に反応した夏凛に向けて、園子が微笑みながら答える。

 

「二年前に大橋の辺りでバーテックスと戦っていた先代勇者だよ~。名前は乃木園子っていうんだ。で、こっちが鵜養貴也くん。えっと、同じく勇者ってことでいいかな?」

 

「まぁ、いいんじゃないかな。細かく説明すると、いろいろと面倒だし」

 

投げやりに返す貴也。そんな二人に、勇者部の面々はそれぞれの反応を示す。

 

「ええっ? 先代勇者? アタシそんなの聞いてないわよっ? 何者っ?」

 

「ちょっとお姉ちゃん、失礼だよ。私は犬吠埼樹っていいます。こっちがお姉ちゃんの犬吠埼風です」

 

「わー、男の人の勇者っていたんですね。あっ、私、結城友奈です。友奈って呼んでくださいね」

 

「えっと、東郷美森です。よろしく」

 

「なんでアンタ達、しれっと自己紹介してんのよ。あからさまに怪しいでしょうが。大体、男の方はともかく、アンタ、なんで包帯でぐるぐる巻きなのよ?」

 

天然気味に自己紹介をする勇者部の他三人に対し、警戒心を顕わにする夏凛。長剣を顕現させて、構えまで取ってくる。対して、園子は泰然自若で答える。

 

「バーテックスが来てるし、時間が無いから簡潔に答えるね。さっきも言ったとおり、私は二年前に戦っていた勇者だよ。『満開』って言葉は知っているよね? ゲージが溜まれば、勇者が使える切り札のようなものだけど、その言葉が示すように、満開した花は散るものなの。分かる? 花は一つ咲けば、一つ散る。その散ってしまうことを『散華』って言うんだ。私は二十回の満開で二十回の散華をして、二十の身体機能を失った。この両足も、左手も、右目もそう。そして、これもその一つ」

 

あからさまに不自由となっている箇所を示した後、園子は自らの顔を覆っている包帯を取る。そこには、右目を中心にケロイド上に爛れた皮膚が広がり、右頬には大きな切り傷もついていた。擦過傷、打撲痕も見られる。

 

「最初のバージョンの精霊バリアはチューニングが甘くてね。致命傷は防いでくれたんだけど、そこまでに達しない傷までは防いでくれなかったんだ~。おまけに代謝機能を失っちゃったから、傷も治らなくなったし……」

 

勇者部の五人は息を呑んだ。そして、互いに顔を見合わせる。そこには、戸惑いと恐れが見られた。

 

「ごめんね。恐がらせるつもりはないんだけど、満開の危険性を知ってもらいたかったんだ。勇者装束のギミックで戦闘中は補助を受けられるけど、日常生活には支障が出るからね。だから、みんなは絶対に満開をしないでほしいんだ。ゲージが溜まっても、意志を示さなければ満開は起こらないからね」

 

そこまで言って、園子はふうっと息を吐いた。最低限、言いたいことを言い切ったからだろう。

 

「満開の危険性は分かったわ。でも、なんでアンタは二十回も満開をしたの? そうなることが分かっていたんでしょ?」

 

「う~ん。そのへんはいろいろと事情があってね……」

 

「もう時間が無い。敵さん、動き始めたよ」

 

風の問いかけに、答える時間は無さそうだった。貴也の声にスマホのマップを確認すると、何体かのバーテックスがこちらへ動き始めていた。

 

「あれ? 乃木さんたち、マップに出ていないよ」

 

「アドインモードを立ち上げて。エキスパートモジュールを入れると表示されるよ。パスワードは『sendai』だから」

 

「あ、本当ですね。表示されたわ」

 

「ん~? あれ、あれ? とーごーさん、助けて~。分かんないよ~」

 

友奈の疑問に園子が答える。すぐに美森がNARUKOを操作して確認するが、友奈には少し難しい操作だったらしい。

 

「とにかく、戦うわよ。友奈、そんなのはあとにしなさい」

 

 

 

 

「聞いて。作戦があるんだ~。あいつらとは二年前にも戦っているから、ある程度特徴が分かっているから」

 

「聞かせてもらうわ、乃木」

 

「犬吠埼のお姉……、――――――あ~、もう、時間が無いし、あだ名で呼んじゃうね。フーミン先輩とイッつんは、神樹様に出来るだけ近づいて迎撃して。『双子座型』がやつらの切り札のはずだけど、そいつは小さい上に高速で走るから神樹様の前で待ち構えておいてほしいんだ。ゆーゆとにぼっしーは……」

 

「誰が、にぼっしーよ! 誰? その変なあだ名をコイツに教えたのは!!」

 

「フーミンって……、どういうセンス?」

 

「イッつんって、私のことでしょうか?」

 

「みんなのことは事前にリサーチしているからね。で、ゆーゆとにぼっしーは必ず二人一組を堅持して、遊撃に当たって。わっしーは……、東郷さん、貴方のことは、わっしーって呼ばせてもらうよ」

 

「二年前……、そうか、貴方、私が記憶を失った二年間の……、いいわ、好きなように呼んで」

 

「やっぱり、わっしーは(さと)くて助かるよ。わっしーはゆーゆとにぼっしーの援護射撃をしてあげて。たぁくんは、事前の打ち合わせどおり、わっしーの警護をお願い」

 

「アンタはどうするの? 一人で戦うっていうの? それは、ちょっと同意できないけど」

 

「私は二十回も満開して、二十一体も精霊がいるからね。どんな敵もズガーンってやっつけちゃうよ。大丈夫、無茶だけはしないつもりだから。じゃあ、任せたね!」

 

夏凛の問いにそう返し、園子は突出してきている牡羊座型(アリエス)バーテックスに向かっていった。

 

 

 

 

「とりあえず、乃木の言う作戦どおりに動きましょう。状況に合わせて修正を掛ければいいから。樹、行くわよ」

 

「ちょっと待ってよー、お姉ちゃん」

 

犬吠埼姉妹は、園子の指示どおり神樹の近くへと移動していった。

 

「私たちも行くわよ。友奈!」

 

「うん。私たちは園ちゃんの援護をすればいいんだよね、夏凛ちゃん」

 

「分かってるじゃない。っていうか、アンタもアイツに合わせてあだ名呼びするのね。とにかく、いくら強くてもこれだけの数が来てるんだから、そう容易(たやす)く行くはずがないからね」

 

友奈と夏凛は、園子の後を追っていく。それを目で追いながら美森は射撃体勢を取り、貴也に話しかける。

 

「援護射撃を開始するわ。貴也さんと言ったっけ。貴方も乃木さんの援護に行っていいのよ」

 

「いや、バーテックスの知性を侮ったらダメだよ。君は近接戦闘に向いてなさそうだし、万一のためにね」

 

「そう。じゃあ、お願いするわ」

 

いよいよ、決戦の火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

園子は後方を見やり友奈と夏凛が追随してきているのを確認すると、すぐさま牡羊座型への攻撃を開始する。

 

「恐らく囮だろうけどね。いっくよ~。それっ!」

 

右手を掲げて空中に十数本の様々な種類の槍を召喚すると、右手を振り下ろし、全てを牡羊座型へと射出する。重力加速度も加わった勢いで敵へ襲いかかった槍のうち、数本がバーテックスの装甲を穿ち怯ませる。

 

「ゆーゆ、にぼっしー、封印はお願い!」

 

二人にそう声を掛けると、蓮の花の意匠が穂先の根本についた槍を一本、左手代わりの白い帯に持ったまま、さらに加速して前方のバーテックスの群れへと突き進んでいった。

 

 

 

 

「言ってくれるわねー。友奈! 行くわよ!!」

 

「オッケー、夏凛ちゃん。任せておいて!」

 

夏凛が長刀を三本召喚して牡羊座型直下の地面へ投げつけ、封印を開始する。

 

「おとなしくしなさいっ! アンタが最初の血祭りよ!」

 

牡羊座型はすぐに逆四角錐状の御魂を吐き出す。だが、御魂はその場で高速回転を始め、最後の抵抗を試みる。

夏凛が短刀を数本投げつけたが、全て弾き返された。

 

「私が行くっ!」

 

友奈のパンチも一旦は弾かれたが、溜めを込めた二撃目は見事に御魂に突き刺さり、その回転を止めた。

 

「とーごーさん! お願いっ!!」

 

 

 

 

「任せて、友奈ちゃん」

 

美森の狙撃銃による一撃で御魂は破壊され、数十もの色とりどりの光の粒が天上へと帰って行った。

貴也はそんな美森を、あの時のでかい子か、と若干失礼なことを考えながら、NARUKOのマップを使って周囲を警戒する。

 

「東郷さん、魚座型が近づいてきている。くそっ、こいつ樹海の中を潜ることが出来るのか……。地面の下からの攻撃に気をつけて。――――――いや、そこから避けてっ!」

 

貴也の叫びに美森が飛び退くと同時に、一瞬前まで美森が居た位置の地面の下から魚座型が飛び出てくる。

すぐさま短銃を召喚して連射するが、大きなダメージを与えてはいないようだ。

 

貴也は輪入道の力で空中を走り、魚座型の背に取り付く。

 

「攻撃に全振りすれば、どうだ!」

 

二年前、蠍座型に最後の攻撃を仕掛けた時のように、輪入道、雪女郎、七人御先、三つの精霊の力を全て輪刀に込めて切りつける。

若干ではあるが、ダメージが通る。

魚座型は奇妙に身をくねらせながら、飛び上がり、あるいは地面に潜り、貴也を振り落とそうとする。

しかし、貴也も振り落とされまいとしながら、攻撃の手を休めない。

 

「少しは、役に立たないとな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、園子は牡牛座型(タウラス)天秤座型(ライブラ)水瓶座型(アクエリアス)、三体のバーテックス相手に奮闘していた。

牡羊座型同様、大量の槍の投射でダメージを狙うが、天秤座型の回転による嵐で全てあらぬ方向に逸らされる。

 

「あっちのデカブツの方が気になるんだけどな~。横着しちゃダメか~。なら!」

 

投げ槍(ジャベリン)の精密な投擲で牡牛座型、水瓶座型を牽制しつつ、突撃槍(ランス)を用いた特攻で天秤座型を狙う。

 

「とーつげきーーっ!!」

 

天秤座型の下半身相当を破壊するが、水瓶座型の水流による射撃で吹っ飛ばされた。ただし、烏天狗の精霊バリアで直撃だけは避ける。

そこへ友奈と夏凛が到着した。

 

「園ちゃん、さっきの奴はやっつけたよ。どうすればいい?」

 

「個別にやっちゃえばいいでしょ! 三対三なんだからっ!」

 

「う~ん、バラバラはまずいかも~。あのデカブツが気になるんだよね~。とりあえず、あの天秤座型から……」

 

そこまで言いかけたところで、辺りに怪音波が響く。牡牛座型の上部の鐘が鳴り響いたのだ。

脳を揺さぶられ体がブレそうなほど響く、重量感のある音波攻撃に膝をつく、三人の勇者。

 

「なによ、この音。気持ち悪っ……」

 

「グッ、これぐらい、勇者なら……」

 

「こんな攻撃方法あったんだ。なんとか、しないと……」

 

その最中(さなか)、遙か後方に控えていた超巨大バーテックス、獅子座型(レオ)が不気味に動き出していた。

 

 

 




バーテックスとの決戦祭り前編でした。

当初からの予定通り園子から、満開ダメ絶対、をいただきました。
これでゆゆゆ1期の感動ポイントの一つ、風の叛乱フラグをへし折ったということで。

園子の戦闘描写も難しいですね。
他の勇者も含めて満開状態よりは弱くみせないといけないし、かといって他の勇者よりも強いところはみせるべきでしょうし。
ゆゆゆ1期10話の園子の証言通り、大量の武器の召還でズガーンはデフォルトでしょうが。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話 再び咲く花

「ちょっとアタシら、手持ち無沙汰じゃない? あっちは、お祭り騒ぎみたいだけどさ」

 

「不謹慎だよ、お姉ちゃん。みんな一所懸命、戦ってるんだから」

 

「まあ、乃木の言うとおりなら、ここを死守するのが今回の戦いの(かなめ)みたいだからね」

 

讃州市方面と神樹との中間点付近。そこで、バーテックスの襲撃を待ち構えている風と樹がそんなことを話していると、マップに反応があった。双子座型(ジェミニ)バーテックスが、ついにやって来たのだ。

 

「なに? あの速さ? 無茶苦茶、速いじゃない。それにあの姿……、まるで変質者ね」

 

「お姉ちゃん、変なこと言ってないで迎撃するよ。私が止めるから、とどめはお願いね」

 

「任されたわ。っていうか、自慢の妹が滅茶苦茶、頼りになる言い方してる……。お姉ちゃん、感激っ!!」

 

「もうっ! ――――――ここは、通さないからっ!!」

 

双子座型は二人を躱して神樹の下へ行こうと、二人から見て右上方へフェイントを掛けて跳ぶが、樹のワイヤーカッターがそれを阻止する。双子座型を雁字搦めにする。

 

「えいっ! ダメだ! 斬れないっ!」

 

「任せなさいっ! 喰らえ、アタシの女子力! どぉーりゃーーっ!!!」

 

ワイヤーカッターで切り刻むことは叶わなかったが、風が振りかぶった大剣の一閃で袈裟懸けに双子座型を斬り飛ばす。

二人で封印を掛けると斬り口から御魂が吐き出された。御魂は蠍座型以上の速度で増殖を始めるが、風の横薙ぎの一閃で粗方潰され、残りも樹のワイヤーカッターで個別に潰され、光の粒となって天上へと帰っていった。

 

「よしっ! ノルマ達成っ! みんなを助けに行くわよっ!」

 

「うん! 早く助けに行ってあげないと」

 

二人は休むことなく、仲間の救援に向かった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「なに? なんなの? この音……」

 

「くそっ! 体がっ! 動けないっ!!」

 

「このままじゃ、まずい……」

 

牡牛座型の鐘が発する怪音波が、友奈、夏凛、園子の行動力を奪い釘付けにする。

そこに水瓶座型の水流弾が直撃する。精霊バリアでも衝撃だけは防ぎきれず、三人とも吹き飛ばされた。が……

ズギュンッ!

美森の狙撃銃による一撃が牡牛座型の鐘を破壊する。

 

「助かったー。ありがとー、とーごーさーんっ!」

 

「よしっ! 反撃よっ!!」

 

三体のバーテックスに向き直ろうとしたところに、魚座型が乱入する。その背には、いまだに貴也が取り付き攻撃を継続していた。

 

「こなくそっ! 落ちろ! 落ちろっ!!」

 

一撃当たりのダメージは小さいが、それでも僅かずつ魚座型の傷を深めていく。

 

『東郷さんから引き離したんだ。最低限の働きは出来ているはずだっ』

 

他の勇者ほどの働きは出来なくとも与えられた役割だけは、と歯を食い縛る貴也。

その貴也の働きを見かねた園子が助太刀に入る。

 

「たぁくん、もう少しだけっ! 頑張って!!」

 

三叉槍(トライデント)を召喚し、魚座型に投擲する。槍は頭部に突き刺さり、魚座型は地面に落下した。

続けて、長槍(スピア)を五本召喚して地面に投擲、封印を開始する。

 

「たぁくんを苦しめた倍返しだよっ! 封印開始っ!!」

 

魚座型の頭部から御魂が吐き出される。御魂は抵抗を示す(いとま)もなく、美森の長距離狙撃で破壊され天上へと帰っていった。

 

「いつものことながら、どれもこれも妙な散り方ね」

 

嫌な予感がし、美森はそう呟いた。

 

 

 

 

「よしっ! 今度こそ、あいつらに反撃よっ!!」

 

魚座型に気を取られていた勇者たちが向き直ると、牡牛座型、天秤座型、水瓶座型、三体のバーテックスは、ゆっくりと進撃してきていた獅子座型の位置まで後退していた。

そして獅子座型から湧き起こった太陽にも似た炎の玉に飲み込まれると……

 

「うそーっ! 合体したーっ?」

 

「フッ……。逆にチャンスよ。四体まとめて封印してやるわっ!!」

 

四体のバーテックスが合体していた。驚く友奈に、夏凛はこれこそ絶好の機会だと吠える。そこへ……

 

「遅れちゃってゴメンなさい。でもノルマは果たしたわよって、なに? あれ? でっか……」

 

「小さいのはやっつけました。今度はあれですか? なんか、いろいろと凄いですね」

 

犬吠埼姉妹が合流し、七人の勇者が再び揃った。

 

 

 

 

勇者が揃う機を窺っていたのであろうか。合体バーテックス(レオ・スタークラスター)は、その前面に数十もの火球を生成すると、全ての火球を勇者達へと射出し襲いかかってきた。躱しても躱しても自動追尾してくる火球に勇者達は次々と撃墜されていく。

貴也が、樹が、風が、そして遠距離で狙撃していた美森さえも……

 

「追いかけてくるなら、このまま返す! ――――――キャーーーッ!!」

 

追尾してくる火球を逆にバーテックスに当てようと反転し、バーテックスに近づこうとする友奈であったが、正面からも火球が飛んできており挟み撃ちにされ、撃墜された。

 

「なめんじゃないわよっ! 喰らえっ!!」

 

一人、全ての火球を躱してバーテックスに肉薄した夏凛。長刀で斬り付けるが、傷一つつかずに折れてしまう。そこへ、十数個の火球が襲いかかる。

 

「っ……!!」

 

言葉もなく撃墜される夏凛。

 

一方、園子は次々と召喚する槍を楯代わりにして火球と相殺し、反撃の機を窺う。

 

『ダメだ。このままじゃジリ貧……』

 

そこに、合体バーテックスが超巨大な火球を生成していく。

 

「あれは! 二年前の……」

 

瀬戸大橋跡地の合戦で二度対峙した、獅子座型の超巨大火球に酷似する火球。あの時は、満開していた園子と須美がそれぞれ、なんとか一度ずつ相殺したのだった。

 

「まずいっ! 満開っ!!」

 

「……そのちゃんっ!!」

 

園子の判断は瞬時だった。自身のゲージの確認すらせずに、ノータイムで満開を行う。

同時に、園子の周囲の樹海が色を失い枯れ果てていく。

貴也の悲痛な叫びがそれに続いた。

 

 

 

 

空中に大きな蓮の花が咲き誇る。

四対の巨大な槍の穂先をまるでガレー船のオールのように回転させて宙に浮かぶ大きな方舟。その甲板上に、より巫女装束に近い神性を帯びた衣装に身を包んだ園子が立っていた。

 

「それっ!」

 

その両サイドの槍の穂先だけを飛ばし、船首直前で星形に組むと、そのまま方舟ごと超巨大火球にぶち当てる。

 

「私が踏ん張るから、その間に封印をお願いっ!」

 

「分かったわっ! 勇者部一同、行くわよっ!!」

 

園子の叫びに風が応える。ボロボロの体を無理矢理起こし、五人は合体バーテックスの周りに布陣して、封印を掛ける。

貴也は、その六人の奮闘をただ見ているしかなかった。

 

「僕は、無力だ……」

 

 

 

 

封印の儀が始まったためバーテックスが弱ったのだろう。それまで拮抗していた方舟と火球のぶつかり合いが、徐々に一方に傾いていく。そして、ついに園子の方舟が超巨大火球をぶち抜き、霧散させた。

 

それがあたかも合図だったかのように、合体バーテックスの逆四角錐の御魂が現出する。しかし、そのサイズは宇宙規模。地上からでは最下端すらはるか上空にあり、その広がりは空を覆い尽くさんばかり。上端に至っては全く見えなかった。

 

「ナニ? コレ?」

 

「大きすぎます……」

 

「宇宙に届いてるんじゃない?」

 

「少なくとも、上端は成層圏よりは上ですね……」

 

「大丈夫だよ。御魂は御魂だよ。きっと、今までどおりに壊せるよ」

 

唖然とする四人を尻目に、楽観論を唱える友奈。そこへ、園子が方舟に乗ったままやって来た。

 

「そもそも満開しなきゃ、攻撃が届かないしね。私が上から破壊してみるね」

 

「アンタ、アタシたちには満開するなって言っておいて……」

 

「しょうがないよ。こうしなきゃ、全滅していただろうしね」

 

複雑な表情で声を掛けた風に対し、さも仕方なさそうに答える園子。

そこへ、貴也がやって来た。沈痛な表情で園子を見やる。

 

「そのちゃん……」

 

「ごめんね、たぁくん。約束破って、満開しちゃった……」

 

園子は悲しげに微笑むが、貴也は何も答えられなかった。

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

「待って! 私も行くよ。なにかあった時のバックアップになるし」

 

「僕も行くよ。地上にいても封印に参加できるわけでもないし、上空なら何か出来ることがあるかもしれない」

 

上空へ向け方舟を発進させようとする園子に、友奈と貴也が同行を申し出る。

 

「待って。友奈ちゃんが行くなら、私も!」

 

「とーごーさんは、みんなの力になってあげて。ここで封印を掛けていてもらわなくちゃ、壊せるものも壊せないしね」

 

美森も同行を申し出るが、友奈がにへらっと笑ってそれを押しとどめる。

 

「じゃあ、ゆーゆとたぁくんは乗って。フーミン先輩、わっしー、にぼっしー、イッつん。あとはお願い。それじゃあ、いっくよ~」

 

方舟は一気に速力を上げて上空へと向かう。いつの間にか、回転していたはずの四対の穂先は後方へ向けて固定されており、さらに加速する。ついには方舟全体が光を纏い、その光はまるで鳥のような形をとった。天鳥船となった方舟は、宇宙に飛び出すとそのまま御魂の上部に体当たりを敢行する。

しかし、御魂はびくともしない。

 

「さっきの炎の玉との激突で、結構パワーを持っていかれちゃったからな~。よし。こうしちゃえ」

 

方舟を通常形態に戻すと、四対の槍の穂先を長大化させて御魂を切り刻もうと試みる。しかし、御魂はその刃すら通さない。それどころか、自身と同様逆四角錐型の小型ブロック体を幾十も射出し、方舟にぶつけてくる。

 

「クッ、数が多すぎる……」

 

ブロック体は槍の攻撃で切り裂き破壊することは可能だったが、いかんせん数が多すぎた。次第に園子に疲れが見え始める。

 

「園ちゃん、私が行くよ」

 

「ゆーゆ? ダメだよ、満開したら散華して、体の機能を……」

 

「大丈夫だよ。園ちゃんは二十も体の機能を失って、それでも笑顔でいてくれるもん。私も一つぐらい失ったって……。それにね、私は勇者だから。――――――ううん。勇者に、勇気のある人になりたいんだ。だから、行くよ」

 

園子は止めようとしたが、友奈は覚悟を決めた真剣な、だが、満面の笑みでそう答える。

 

「ゆーゆ……。いいんだね?」

 

「覚悟は決めた! 行くよ! 満開っ!!!」

 

 

 

 

宇宙空間に大きな桜の花が咲き誇る。

友奈はより巫女装束に近い神秘性の高い衣装をその身に纏う。そして、彼女の両肩付近からは身の丈を超える巨大な鋼鉄の腕が出現していた。

 

「みんなを守るために、私は勇者になるっ!! そーこーだーーーっ!!!」

 

友奈の鋼鉄の腕が御魂を殴り壊す。だが、僅かに一部を破壊した程度だ。

 

「クッ。負けてたまるかっ! 勇者部五箇条! ひとーつっ! なるべく、諦めなーいっ!!」

 

友奈の連続パンチ。少しずつ御魂を破壊していく。

 

「さらに、もうひとーつっ! 為せば大抵、なんとかなーーーるっ!!!」

 

その渾身の一撃が御魂を木っ端微塵に砕いた。

幾万もの色とりどりの光の粒となって、宇宙空間の彼方へと帰っていく御魂。

一方、地上では合体バーテックスの本体が砂となって崩れていった。

 

「やったよ、みんな……」

 

満開が解け、地上へと落下していく友奈。

だが、誰かが受け止めてくれた。右腕に気を失っている園子を抱えた貴也だった。左腕に友奈を優しく抱きかかえてくれていた。

 

「お帰り、結城さん」

 

「最初に会った時に、友奈って呼んでくださいって言いましたよね?」

 

「そうだったっけ? じゃあ……、お帰り、友奈」

 

「ただいま、貴也さん」

 

二人は顔を見合わせ、笑顔を交わした。

 

 

 

 

「分かってると思うけど、ずっと落下は続いている。これから地上に戻るけど、大気との摩擦でどうなるか分からない。精霊たちの力を信じるしかないんだ」

 

「大丈夫だよ。神樹様が守ってくださるよ」

 

「うっ、そうだよ、たぁくん……」

 

「そのちゃん。気がついたのか」

 

「大丈夫だから。信じよっ。ねっ……」

 

貴也は地上を背に、二人を抱きしめた。

輪入道の車輪七つをすべて減速にまわす。少しでも摩擦熱を軽減させようと、雪女郎に冷気を張らせる。そして、烏天狗と牛鬼がバリアを張った。

 

三人は、光となって地上へと落下していった。

 

 

 

 

「風先輩っ! 落下地点はここのはずですっ!!」

 

「お願いよ樹っ、アンタが最後の砦だからねっ!」

 

「分かってる!」

 

友奈、園子、貴也、三人の落下地点を美森が予測する。そして風の激励に応え、樹が樹海の木々の間にワイヤーを何重にも仕掛けていく。

 

「来たっ!!」

 

夏凛の叫びと同時に落下してきた光を、ワイヤーが受け止めては千切れ飛んでいく。

美森の悲痛な叫びが轟く。

 

「お願いっ! 止まってっ!!」

 

 

 

 

「ガハッ……」

 

貴也は背中に、とてつもない衝撃を受けた。何度も、何度も。

最後に、何かに叩き付けられたような衝撃と共に落下が止まる。その、あまりの衝撃の激しさに、園子と友奈を手放してしまった。

 

「友奈! 乃木! 鵜養!」

 

「友奈ちゃん!!」

 

三人の名を呼びながら、真っ先に夏凛が駆け寄ってきた。続けて美森がやってくる。

遠くで樹がへたり込んでおり、それを風が介抱していた。

 

「ただいま、夏凛ちゃん、とーごーさん」

 

のろのろと起き上がり、友奈が二人にへらっとした笑みを返す。

 

貴也は、背中の激痛を無理やり無視して、園子に声を掛けた。

 

「そのちゃん、大丈夫か?」

 

園子は、右手を宙に差し出しながら、何かを捜すようにさまよわせる。

そして、乾いた笑い声を上げて、衝撃的な一言を呟いた。

 

「あはは……。左目も持っていかれちゃった。たぁくん、どこ? なんにも見えないよ……」

 

その場にいた、全員の時が凍りついた。

 

 

 




バーテックスとの決戦祭り後編でした。

園子の投入により、ジェミニとピスケスは満開無しで葬りました。
これで満開メンバーが原作の風、美森、樹、友奈の四人から、園子、友奈の二人に減少です。

また、気付いている方もいらっしゃるでしょうが、バーテックスの特に御魂は前回から原作より微妙に地味に少しだけ強化されています。

最後の、園子が散華で失う身体機能も予定通りです。これで、他人の表情を窺うことが出来なくなりました。

次回は勇者部との交流。上手くいくかな?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 供物

園子が左目の視覚すら奪われた事実に固まっていた勇者たち。

そんな中、友奈第一主義の美森だけは別の反応を示した。

 

「友奈ちゃん……。まさか、満開してないよね?」

 

「あ、えへへ。しないと、どうしようもなくってさ……」

 

「友奈ちゃん! どうしてっ!?」

 

しかし、それ以上のやり取りは出来なかった。樹海化が解けていったのである。

 

 

 

 

樹海化が解けると、貴也は自室にいることを認識した。背中の激痛を堪え、慌てて園子の部屋へと駆け込むがもぬけの殻であった。

NARUKOで確認すると、彼女は讃州中学にいるようであった。

焦りながらも、事前に大赦に教えられていた、犬吠埼風の番号へと電話を掛けた。

 

 

 

 

讃州中学の屋上。そこには勇者部の面々が現実世界に戻る時の目印となる祠が設置されていた。

夏凛が気がつくと、彼女たち勇者部のメンバー以外に病衣に包まれた園子も倒れていた。

気持ち、焦りながら彼女を抱き起こす。

 

「大丈夫、乃木? アンタ、完全に目が見えなくなったって、本当?」

 

「あはは……。にぼっしーだね。本当だよ。もう、なんにも見えないや……」

 

「アンタ、バカよ。なんで、こんなになってまで……」

 

「勇者だからね。それに、みんなに満開の危険性を説いて満開しないように説得した手前、私が引っ(かぶ)らないとね」

 

涙ぐむ夏凛に、そう優しく諭す園子。それを見ていた風も樹も友奈も涙ぐむ。

 

「友奈ちゃんは、どこか痛かったり、気持ち悪かったり、違和感を感じるところはない?」

 

「うん。今のところは、どこも感じないかな」

 

美森だけは、友奈のことが気になって仕方がないようだ。車椅子に座ったまま、器用に友奈の体のあちこちを触って確認をとっている。

そこに、風のスマホに貴也から電話が掛かってきた。

 

「はい。アタシよ。うん……。そう……。ここにいるわ。代わろうか?」

 

風は、スマホを園子に貸してやると夏凛に声を掛ける。

 

「夏凛。大赦に連絡して。ここにいる全員、とりあえず病院に入れてもらいましょう。乃木や友奈のこともあるけど、今回は全員、なにかしら吹っ飛ばされたりしているからね。精密検査をしてもらいましょう」

 

「分かったわ。早速、連絡入れるわね」

 

園子の介抱を樹に代わってもらい、大赦へ連絡を入れる。

彼女たちの一日は、まだまだ終わらないようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

讃州市内にある大赦関連の総合病院である羽波病院。

勇者部の面々だけでなく、貴也もそこに検査入院することとなった。大赦として、関係者を一ヶ所に集めておきたいという意志が働いたためだろう。

 

決戦翌日の夕方、貴也はすべての検査過程終了の後、園子の病室へと向かった。そこには、讃州中学勇者部の面々も揃っていた。真っ先に風が声を掛けてくる。

 

「おっ、最後は唯一の男性勇者のご帰還ね。どうだった?」

 

「とりあえずは結果待ち。だけど、背中の打撲が酷いから、あと五日程度は入院が必要だってさ」

 

貴也はその診断結果の異常性に気付いていない。いや、(つい)ぞ気付くことはなかった。本来、()()()()で済む筈がないことに。

だから何も知らずに園子の方をこそ優先して気遣っていた。

 

「それより、そのちゃんだけど……」

 

「私は大丈夫だよ~。左目が見えなくなった以外は、特に今まで以上に悪くなったところも無いしね~」

 

ベッドに横たわりながら、なんでもないように返してくる園子。皆の同情の視線を集める。

その雰囲気に気付いたのだろう。さらに、大丈夫であることを強調してくる。

 

「本当に大丈夫だよ~。実際、次に供物にされるなら左目がいいなって思ってたから。聴力や声を失ったらコミュニケーションに困るし、内臓機能だと何処にどんな影響が出るか分からないしね~。だから、不幸中の幸いなんよ~」

 

「アンタ、なんて強い奴なの……」

 

穏やかにそう強調してくる園子に、夏凛もそれ以上言葉が出てこない。

 

「それよりも、ゆーゆはどうだったの? どこを取られたの?」

 

「私は、味覚を取られちゃったみたい。――――――あっ、でも、大丈夫だよ。お昼ご飯を少し食べたけど、意外に匂いやのどごしなんかで楽しめるんだなって、分かったし」

 

「これって、直らないんですよね?」

 

「うん。私は取られてから、二年近くこのまんまだからね……。私だって直りたいけど、そもそも散華は神の力を振るった満開の代償だからね」

 

「どうして、こんなことに……」

 

「神話の昔から、神様に見初められて供物になるのは『無垢な少女』と決まってるからね。穢れなき身だからこそ、大いなる力をその身に宿すことが出来て、その代償として体の機能の一部を供物として捧げるんだ。それが、勇者システムの真実なんよ」

 

「そんな……」

 

友奈も園子に(なら)ってか、慌てたように大丈夫な旨を伝えようとしてくる。

だが、美森と園子のやり取りで、さらに雰囲気は暗くなった。

 

「あー、もうっ。みんな、暗いよ。そうだっ! 私たち、バーテックスを十二体、全部やっつけたんだよ。お祝いしないとー」

 

「そうだよね。やっつけたのは凄いよね。私たちの時は追い返すので精一杯だったし」

 

「そうなんだよ。もう、戦わなくてもいいはずなんだよ。だから、もう誰も何もこれ以上供物で取られることを心配しなくていいんだよ。だから、お祝いしよーっ」

 

そう、みんなを元気づける友奈。だから、最後に園子がポツリと呟いた言葉は誰にも届かず、宙に消えた。

 

「そうだといいね……」

 

 

 

 

その後、友奈の発案による戦勝祝いの会について、わいわいと勇者部のメンバー間で話しが弾みだしたところで、風がふと気付いたように、話の流れを止めた。

 

「なんかもう、流れで馴れ合っちゃってるけどさー。時間無かったから、アタシたちって、ちゃんと自己紹介してなかったじゃない? だから改めて、やっておかない? と、いうことで、アタシが犬吠埼風よ。讃州中学の三年生で勇者部の部長をやっているわ。好きなものは、うどんね。はい、樹」

 

「お姉ちゃん……。乃木さん、みんなの顔、見えないし……」

 

「あ~、大丈夫だよ。もう、顔は覚えちゃってるから~。気にせずに続けて。私も聞きたいし~」

 

樹の気遣いは無用だったようだ。園子は、皆の自己紹介の続きを促した。

 

「あっ、じゃあ、犬吠埼樹です。一年生で、勇者部の部員やってます。好きなものは、やっぱりうどんと、歌うことかな?」

 

「私たち五人は全員勇者部なんだから、省略してもいいんじゃない? 私は三好夏凛。二年生よ。一ヶ月前にこいつらと合流した、大赦で訓練を積んできた勇者なの。好きなものは……、別になんだっていいでしょ!」

 

「あはは……、夏凛ちゃんはあいかわらずツンデレだなー」

 

「友奈! うるさいわよっ!」

 

「えっと、私、結城友奈です。友奈って呼んで……、あっ、貴也さんには、もう呼んでもらってたっけ」

 

「友奈ちゃん!? 一体、いつ、そんなところまで関係が進んだの!?」

 

友奈の言葉に誤解した美森が問いつめようとするところ、風がなだめる。

 

「東郷、落ち着け、どうどう……」

 

「えへへ……。私も夏凛ちゃんやとーごーさんと同じく二年生なんだ。特にとーごーさんとはお隣さん同士で、中学入学前の春休みからの親友なんだー。好きなものはうどんと、とーごーさんの作った牡丹餅だよ。はい、とーごーさん」

 

「うーっ、貴也さん、友奈ちゃんは渡しませんからね……。と、東郷美森です。二年生です。あと、小四の秋頃からの二年間の記憶がないの。多分、貴方達は知ってると思うけど」

 

「その話は、また今度ね~。こんなところで話す内容でもないし。日曜日か夏休みにでも、たぁくんの家に来てもらえれば、私、そこに住んでるから」

 

園子の、その何気ない爆弾発言に、勇者部のメンバーは風を筆頭に騒ぎ出した。

 

「ええっ! ナニ? その萌えるシチュエーションは?」

 

「園ちゃん、貴也さんと一緒に住んでるの?」

 

「わわーっ、なんか大人の世界な感じがする……」

 

「たぁくん、説明してあげて、ふふっ……」

 

「なんで、僕が? とりあえず、先に自己紹介するよ。僕は鵜養貴也。神樹館中学の三年生だ。大橋市に住んでる。そのちゃんと一緒に住んでるっていっても、僕の家族とも一緒だからね。彼女は見てのとおり、満開を二十回も繰り返したから、大赦の連中が半分神様のように崇めてしまってるんだ。そのせいで一時期、大赦に監禁されてたことがあってさ。そういったこともあって、名目上大赦のトップにある乃木家が引き取るわけにもいかなくて、親の世代の力関係で僕の家で引き取ることになったんだ。こんな説明でいいかな?」

 

「う~ん。七十点かな? 私とたぁくんは、私が幼稚園児の頃からの幼馴染みでもあるからね。そういうことも考慮されてると思うよ。あと、たぁくんの説明通り、私は大赦に祀られる対象なんだけど、大赦のルール上、祀る対象は穢れを避けるために、普通の人、私の親も含めてだけど、そういう所謂俗人との接触を極力避ける必要があるんだ。乃木家に帰れないのは、名目上でも大赦のトップがそういうルールを、まるで娘可愛さに曲げてしまってるように見せないためなんよ」

 

その二人の説明に、興奮気味だった勇者部メンバーも次第に落ち着いてきた。

 

「なんか、複雑な事情があるのね」

 

「そんなことじゃないかと思ったわ。騒ぐ必要なんかなかったわね。でも、鵜養が風と同い年だとは思わなかったわ。なんか頼りないし」

 

「夏凛ちゃんが、貴也さんをディスってる!?」

 

「まぁ、否定はしないよ。戦う力も君たちより、遥かに劣っているからね」

 

「たぁくん。その話も、また今度ね。で、私は乃木園子。こんなだから学校は行ってないよ。歳はわっしーやゆーゆと同じで、学校に行っていれば中二なんだけどね~。と、いうことで最終学歴は小学校中退なんだ~。あと勇者としての話も、また今度ね。好きなものは……ひ・み・つ。えへへ……」

 

「なんか、意味深ね。――――――まー、二、三日検査入院のメンバーもいるし、学校に戻ったら戻ったで勇者部の通常活動もあるから、夏休みに入ったら鵜養くんの家にお邪魔することにしましょう」

 

とりあえず全員の自己紹介が終わったところで、そう言って風が締める。だが、夏休みのお出かけ先が決まったことで、浮つきだすメンバーもいた。

 

「わーい、大橋市だね。なんか楽しみー」

 

「別に遊びに行くわけじゃないでしょ。はしゃがないの!」

 

「貴也さんのご両親もいらっしゃるなら、なにかお土産でも持参した方が……」

 

「東郷先輩、ちょっと気が早いんじゃ?」

 

「あはは……、楽しい人たちだね、たぁくん」

 

「うん。そのちゃんも、こういう人たちといつも一緒に居られたらいいんだけどね」

 

「園ちゃんも貴也さんも、もう友達でしょっ? おんなじ学校に通えてたら良かったのになー。残念だよー。――――――そうだっ。こっちへ引っ越してこないっ? そしたら、園ちゃんともちょくちょく会えるし」

 

「無茶言うなよ。そんな簡単に引っ越しなんかできないし、大橋から讃州まで車でも1時間近く掛かるんだから……」

 

友奈の無茶な提案に苦笑いする貴也。でも、本当に園子にはこういう友達が常に側に居て欲しいと思う。

 

勇者部との楽しすぎる交流の時間は、外が暗くなるまで続いていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

貴也たちは予定よりも早く、貴也と園子の六日の入院を最長に続々と退院していった。

その間のトピックとしては、変身用端末の回収と談話室での軽い祝勝会が挙げられた。

 

入院二日目の自己紹介等の話し合いがあった後、神託にあった十二体のバーテックス全てを殲滅し戦いが終わったということで、勇者部五人と園子の変身用端末はメンテナンスのために大赦に回収され、代わりに勇者への変身機能が除かれたスマホが支給された。

ただ、貴也の端末についてだけは、そのような措置は受けなかった。元々入っていたNARUKOもSNSやマップ、樹海化警報以外の機能がなかったからであろう。

 

祝勝会は、入院三日目の夕方に談話室で開かれた。ちょっとした菓子類と飲み物のみのささやかなものではあったが、皆楽しめたようであった。園子も飲食物を口にはせず、僅かな時間ではあったが車椅子で参加し、おしゃべりを堪能したようだ。

 

そういったことを経て、夏休みに入って最初の日曜日の昼下がり、讃州中学勇者部一同は大橋市の貴也の家を訪れた。

 

 

 

 

「こんにちはー、お邪魔しまーすっ!」

 

風の元気な挨拶と共に、勇者部五名が口々に挨拶をしながら玄関に続々と入ってくる。出迎えるのは、貴也と母千草、妹千歳の三人だ。父はあいにくと急な仕事が入ったため、非常に残念そうに出かけていた。

 

「いらっしゃい、遠いところ、大変だったわね。ゆっくりしていってね」

 

「いらっしゃーい。わー、美人さんばっかり。お兄ちゃん、ハーレムでも作る気?」

 

「アホか。――――――ごめんな。妹が変なことを言って」

 

「イヤイヤ、イヤイヤ。妹さん、その発想は将来が楽しみだよー。まー、アタシらが鵜養のハーレムに入るっていうのは百二十パーセントあり得ないけどね。ていうか、妹さんも美人じゃない」

 

「ホントー? 嬉しいな」

 

「風。調子に乗るから、ほどほどにお願いするよ。あ、こいつは妹の千歳。小三なんだ」

 

「わー、可愛いなー。風先輩と樹ちゃんの関係もそうだけど、やっぱり兄弟っていいよね。私も兄弟がいたら良かったのになー」

 

「良いことばっかりじゃないわよ。いろいろと目障りなことだってあるしね」

 

「そういや、夏凛ちゃんってお兄さんがいたんだっけ。でも、やっぱり羨ましいよー」

 

千歳のからかいに端を発した、皆とのやり取りで玄関がにわかに活気づく。ハーレム発言には勇者部一同皆苦笑いをしていたが、友奈の兄弟を羨ましがる発言にはそれぞれ思うところがあるようだ。

 

「立ち話もなんだし、そろそろ園子ちゃんの部屋へ行ったら? あとで、飲み物でも持っていくわね」

 

「ああ。じゃあ、みんな、こっちへ」

 

千草の促しに、貴也が園子の部屋へと案内をする。

 

 

 

 

廊下を進むと、左手の十二畳はあろうかという部屋に案内された。

そこには二人の人物がいた。

一人は園子だ。周りに点滴や心電図等、医療機器の配備されたベッドに横たわっている。以前と同じく、顔は左目と口元を残し包帯に巻かれていた。以前と違うのは、その左目も閉じられていることだ。体も右手の先にセンサーが取り付けられているのが見える以外、病衣に包まれている。

もう一人は、灰色の髪の少女だ。白いパーカーに半ズボンというラフな格好で椅子に座っている。その割にソックスが膝上まであるのが印象的だ。

 

「いらっしゃい。待ってたよ~。先に紹介しておくね、こっちはミノさん、三ノ輪銀って言うんだ」

 

「こんちわ。あたしは先代勇者の一人、三ノ輪銀だ。よろしく!」

 

「これで、この場に先代勇者四人も揃ったっていうことなんよ~」

 

勇者部一同は、その紹介に息を呑んだ。

 

 

 




勇者部との交流&設定整理回その1 といったところです。
次回はそれぞれのその2ですね。

あまり言うべきこともない回でした。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 先代と当代と

「さて、なにから話そうか?」

 

「ちょっと待って、先代勇者四人って……、乃木と鵜養と三ノ輪と、あと一人は?」

 

園子が話し始めようとするところを、夏凛が止める。すると、美森がそれを受けて答えた。

 

「それは私ね。少し調べてきたわ」

 

「とーごーさん? えっ? どういうこと?」

 

「聞いて、友奈ちゃん。私は、記憶を失っている二年の間、鷲尾家に養女に出されていたの。そこで鷲尾須美と名乗って、乃木さんたちと勇者として戦っていた。この足も、記憶喪失も、その時の満開の後遺症なのよ。そうでしょ? 乃木さん」

 

「この短期間によく調べてきたね、わっしー。さすがだよ」

 

「簡単なことよ。養女の件は親を問い詰めたし、散華についてはこの前の戦い以後の状況から推測できたわ。特に医学的異常がないのに、身体機能が欠損していることがその証拠だわ」

 

「須美はこういう件は強いからな。あっ、えっと、東郷さんのこと、どう呼んだらいいかな?」

 

銀が、美森の呼び方について問いかけてきた。

 

「好きなように呼んでもらってかまわないわ。私が、当時鷲尾須美だったことは間違いないのだから」

 

「じゃあ、今までどおり須美って呼ばせてもらうよ」

 

「それじゃあ、答え合わせといこうか……」

 

その言葉を皮切りに、園子が大赦から得た情報と自身の推測も交えて説明を始めた。

 

 

 

 

神世紀二百九十六年、園子たちが小四の時、神樹からのバーテックス襲来の神託を元に勇者が選抜された。

 

「当時は、大赦は身内で話を完結させようと、名家と言われる十一家とその分家筋からのみ候補を集めたそうなんよ。そこで選ばれたのが、私とミノさんとわっしーだったんだ」

 

十一家とは、乃木、上里、伊予島、土居、鵜養、赤嶺、弥勒、鷲尾、三ノ輪、高嶋、白鳥のことである。いずれも勇者乃至それに近い活躍をした者を輩出した、神世紀の歴史上、排することの出来ない家である。ただし、白鳥のみは実体の無い名誉家名らしいが。

 

「東郷は鷲尾の分家だけど、比較的早い時期に分かれた家格の低い家柄だったから、勇者輩出の実績の欲しかった鷲尾家が手を入れたんだろうね」

 

その後、約一年の鍛錬の後、二百九十八年よりバーテックスとの交戦が開始された。

 

「で、その年の六月と七月に事件が起きたんよ。一つ目は、たぁくんがイレギュラーな勇者の力を手に入れたこと。で、その力の源泉は秘密にしてるんだ。このことは私とたぁくんとミノさんだけが知っていることなんよ」

 

「どういうこと? アタシ達にも秘密にしないといけないことなの?」

 

「満開と散華のことを秘密にしていたことでも分かるだろうけど、大赦を全面的には信用できないからね。大赦も把握できていない、たぁくんの力は、いざという時、私たちの切り札になるかもしれないんよ。だからね」

 

「まー、そういうことなら仕方ないか」

 

「説明できることはするから。――――――私たちの勇者システムは、神樹様の御力を科学的に効率化して、出来ない部分は神秘的にお借りしているものなんだけど、その中に精霊システムがあるよね?」

 

「バリアを張ってくれていた、あいつらのことよね」

 

風がそう言うと、勇者部の面々は少し寂しそうにしていた。精霊達との別れがあまりに唐突すぎたからだろう。

 

「そう。バリアを張るのは一体目だけだけどね。それ以外に一体目もそうだけど、二体目以降も含めて、精霊は私たちの技のブーストアップに関わっているらしいんだ。詳しい理論は私も知らないけど、精霊っていうのは神樹様に蓄えられている概念的記録を具現化したものなんだそうだよ。でね、たぁくんの場合は、神樹様の力が全く無いか、あってもごく僅かなもので、力の大半は精霊をその体に直接憑依させることで得られているようなんよ」

 

「そんなこと出来るの?」

 

「そうとしか、説明がつかないからね。西暦の勇者様達は満開システムが無かった代わりに、この精霊の憑依を切り札にしていたようなんよ。ただ、なにかしらマイナス要因があったらしくて、今は精霊は憑依させずに外付けだけで利用する形態になっているけどね。だから、たぁくんのシステムはもしかしたら神世紀の初め頃に遡るものかもしれないんだ。そういうことで、私たちの勇者システムより弱く出来てるんだと思うんよ」

 

「そのちゃん、それ、初めて聞いたぞ」

 

「私も三日前に、三好さんからの報告で初めて知ったことだよ。そこから類推も加えて得た結論なんだ。三好さんに、二年前のデータを(さら)ってもらった甲斐があったよ」

 

「えっ、それって、もしかして……」

 

「そうだよ、にぼっしー。貴方のお兄さんだよ」

 

「兄貴……。なに、危ないことに首突っ込んでんのよ……」

 

「大丈夫だよ。私の指示でやったってことは、ちゃんと証拠に残してあるから。お兄さんが咎められることはないよ。で、七月の二つ目の事件なんだけど……」

 

それは蠍座型、蟹座型、射手座型、三体のバーテックスによる侵攻のことだった。園子と須美が重傷を負い、貴也が三ヶ月の昏睡に落ち、銀が右腕を失うと同時に左足の自由も失った激戦のことである。

 

「じゃあ、その右腕は……」

 

「そう、義手だよ。左足も上手く動かなくなってさー。今じゃ、走ることも出来なくてさ」

 

そう言って、しかし、銀は朗らかに笑った。勇者部の面々は気まずそうに顔を見合わせる。

 

「気にすんなって。こうなったって、銀様は、元気いっぱい、夢いっぱいだかんな」

 

「ただ、それでミノさんが勇者資格を剥奪されたものだから、勇者システムのアップデートが図られたようなんよ。で、加えられたのが満開システムとそれの対になる散華システム。でも、基礎能力も大幅アップされてたからね。だから、十月の瀬戸大橋跡地の合戦も最後の最後で踏ん張りきれたんよ」

 

そこで、犬吠埼姉妹が苦い顔をした。貴也が思わず声を掛けた。

 

「どうしたんだ。風? 樹ちゃん?」

 

「あ、ごめん。デリカシーが無かったよね。ごめんね」

 

「気にしないでいいわよ、乃木。――――――あー、その戦いの余波なんだろうけどね。大橋が崩れた際に、うちの両親が巻き込まれちゃってさ。周りの人達の避難を助けてたって話だけど、自分達が巻き込まれちゃ、なんにもなんないのにね」

 

真相に気付いた園子が謝ると同時に、それを知らない周囲が風に注目したため、風が仕方なさそうに説明をした。

皆、同情の目を姉妹に向けた。

 

「もう、アタシも樹も大丈夫だから。気にしなくていいわよ」

 

「うん。私も大丈夫だから。説明を続けてください、乃木さん」

 

と、そこへ千草と千歳が飲み物を持って現れた。麦茶とオレンジジュースだったが、それぞれ好みのものを頼んで飲んでいく。一気に飲む者、ちびちびと飲んでいく者、人それぞれであったが。

 

 

 

 

しばらく、そうやって休憩した後、園子の説明が再開された。

 

「そういうことで、夏以降は私とわっしーの二人だけで頑張ることになっちゃったんだ」

 

そして、十月の瀬戸大橋跡地の合戦にて、初めて満開システムを起動した二人は、須美が二回、園子が二十回の満開を重ねてバーテックスを撃退したのだった。

 

「その結果、わっしーは両足と二年間の記憶を供物に、私は見ての通りになったんだ」

 

「満開と散華が後付けなら、なんとかならなかったのかしら。こんなことって……」

 

「ミノさんとたぁくんは実際、死にかけたからね。精霊バリアで勇者が死なないように、満開でバーテックスを確実に倒せるようにってことなんだろうけど、散華の追加は神樹様への負担が桁違いになったからだろうね」

 

その後、身内に勇者候補がいなくなった大赦は、四国全土に勇者候補生の調査の規模を拡大し、次の戦いに備えることとなった。その結果、四人前後で一組の勇者候補生グループを幾つか用意できることとなったのだ。

 

「その中でも適性値最高を叩きだしたゆーゆが本命視されていたんだろうね。わっしーをサポートに、適性の高いフーミン先輩をリーダー格で配置したことからも、そう読みとれるよね」

 

「じゃあ、私の家が友奈ちゃんの家の隣に引っ越したのも……」

 

「アタシ達が大橋市から讃州市へ移住させられたのも……」

 

「そうだね。そういう意図が入っていたんだろうね。でも、他にも勇者候補生グループが配置されていたのも事実だよ。多分、みんなが選ばれた後は自然消滅みたいになってるだろうけど」

 

「最初から仕組まれていたってことね……。まあ、これで大体、分かったわ。と言っても戦いは終わっちゃったから、乃木が言うように答え合わせに過ぎないけどね」

 

風の中締めっぽい発言があったため、全員から弛緩した空気が流れた。

 

 

 

 

そんな中、夏凛が銀に声を掛ける。

 

「三ノ輪、私がアンタの端末を受け継いだってことは知ってる?」

 

「あー、園子から聞いてるよ。強いんだってな、あんた」

 

その銀の褒め言葉に、フッと口角を上げただけで言葉を続けた。

 

「でも、アンタが生きてるって分かって良かったわ。大赦からは、先代の勇者がお役目を退いたから、って説明だけで端末を受け継いだからね。てっきり……」

 

「ははっ……。死んでてもおかしくなかったけどな。貴也さんに助けてもらって、命が繋がったんだ」

 

「鵜養に? アイツ、あんま強くなさそうだったけど」

 

「実際、弱いよ。でも、肝心要のところで、これしかないってやり方で助けてくれたんだ。須美も助けてもらったはずだよ。あの時の戦いじゃ、結構酷いケガを負ってたしね。園子に至っては、日常も含めていろんな場面で助けてもらってるって、惚気てくるからなー。ははっ……」

 

「ふーん。見かけだけじゃ、分からないもんなのね」

 

そう言って、夏凛はちらっと貴也を見やってくる。

 

 

 

 

一方で、友奈は園子を勇者部の合宿に誘っていた。

園子のベッドサイドで腰を屈め、顔を寄せながら話しかけてくる。

 

「今度、大赦が勇者部の合宿先を用意してくれたんだー。讃州サンビーチなんだけどさ。園ちゃんも一緒に来ない? 貴也さんや、銀ちゃんも一緒なら楽しめるよね?」

 

「う~ん。私は遠慮しとくよ。勇者部の合宿なんだから、勇者部だけで楽しんできたらいいと思うよ」

 

「でもでも、泳げなくても、海とか開放的な場所に行けば気分転換にもなって、良いと思うんだけどなー」

 

「前、見せたように包帯をはずせないからね。あんまり、知らない人に今の姿を見られるのが嫌なんよ。だから、この家の敷地外に出たのも、勇者としてしか無いしね。気分転換なら、たぁくんにお庭の散歩に連れて行ってもらってるから、それで充分なんだ~」

 

「そっかー。ごめんね。ちょっと考えが足りなかったよ」

 

「ううん。私を気遣ってのことだから、嬉しいよ。気持ちだけ貰っとくね」

 

そう言って園子は微笑みながら、友奈の頬を右手で撫でた。左目に微かに涙が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

八月に入ると、讃州中学勇者部は友奈の言っていたとおり合宿を行った。

海に温泉にと楽しむとともに、高級な料理にも舌鼓を打ったそうな。それには、味覚を失った友奈も漏れてはいなかった。周りに気を遣わせない配慮も多分に入っていたのであろうが、彼女は歯ごたえやのどごしなどで楽しめたと言っていたそうだ。

そして合宿から帰った後は夏休みにもかかわらず、勇者部の真の顔であるボランティア活動、他の部活の助っ人などの大活躍を、部員全員で手分けして行っていた。

 

一方、貴也たちは穏やかな日々を過ごしていた。

貴也は出来るだけ園子の側に居たかったのだが、そうすると園子から、もっと私以外の世界を大切にして、と小言を言われる始末だった。そんな訳で、結構拓哉や潤矢とつるんで遊んだり、何故か週二ペースで千歳か銀と二人でお出かけ、なんてことになっていた。もちろん、受験生としての義務も果たしながら。

園子は園子で、オーディオブックや音楽を聴いたりといったことをしながらも、三好を使って何かいろいろと調べ物をすることに時間を割いていたりしていた。

そして銀は、時々やって来ては、園子の話し相手になったり、貴也の鍛錬の指導、そして何故か貴也と二人きりのお出かけ――園子のお願いに基づいていた――をしたりしていた。

 

八月中旬に入ると、俄に不穏な空気が流れた。

バーテックスの生き残りが確認されたというのだ。

もちろん、貴也たちはその情報の胡散臭さを百も承知ではあった。が、御魂まで破壊したバーテックスがどうなるのかは園子にも確実なことは言えなかったため、その情報に異議を唱えるわけにもいかなかった。

結局、勇者部一同と園子に変身用のスマホが返却された。以前のものとの変更点は一つだけ。友奈と園子の精霊が一つずつ増えたことだ。

 

この期間、勇者部は二度貴也の家を訪れた。一度目は合宿の報告に。二度目は生き残りについての相談に。他の部活への助っ人との兼ね合いで、一度目は夏凛が、二度目は美森が欠席していたが。

ただ、中学生の訪問としてはやや頻繁に過ぎたかも知れない。

貴也が、こちらを気遣っているなら費用もかかるし気にしなくていい、と心配したところ、うどん屋の開拓も兼ねているからそちらこそ気にしなくていい、と風は笑っていた。

 

そして、バーテックスの侵攻が無いままに八月が終わろうとしていた。

 

 

 

 

八月三十日が近づいていた。園子の誕生日である。

プレゼントには毎年、頭を悩ませている貴也であった。

三年前は、自身の誕生日にハンカチを貰ったので、芸が無いことに同じようにハンカチを用意したのだが、渡す機会を得られず、部屋の肥やしにしてしまった。

二年前は、昏睡状態にあったので何も出来なかった。

昨年は、頭を捻ったあげく西暦時代のアーティストのオルゴールを贈った。

 

さて、今年はどうしようか。彼女はいろいろと体が不自由なので、その辺も考慮しないといけない。

そこで、はたと思い出した。

「勇者部に合宿を斡旋したのと同様、君たちにも何かしたいのだが」と言ってきた大赦に対し、園子とともに拒絶した結果、幾ばくかの現金が口座に振り込まれていたのだ。

これを軍資金に、何か用意しようと思った。

 

 

 

 

当日の夕方、貴也は園子の部屋へと向かった。

部屋に入る際に声を掛けて、彼女の右手側のベッドサイドにおもむく。

 

「そのちゃん、お誕生日おめでとう」

 

「ありがとう、たぁくん」

 

「ちょっと待ってね。――――――はい、今年のプレゼント」

 

そう言って、ケースから出して手渡す。

 

「うん? これ……。もしかして、ブレスレット?」

 

「そうだよ。僕とお揃いのペアブレスレットなんだ」

 

それは、ステンレス製で細身のペアブレスレットだった。

 

「あ、ありがとう。たぁくんとお揃いなんて、嬉しいな……。あ、開きがある。私でも着けられるようにバングルタイプなんだね?」

 

「うん。そのちゃんは目が見えないし、左手も不自由だからね。簡単に着け外し出来るタイプを選んだんだ」

 

「本当にありがとう。いろいろ考えてくれてるんだね」

 

そう言って、はにかむように笑みを見せる園子に、貴也も思わず破顔する。

 

「実は、そのちゃんのにはピンクのライン、僕のには黒のラインが入っているんだ。あと、内側に誕生石、そのちゃんのにはペリドット、僕のにはルビーが嵌ってるんだ」

 

「そうなんだ。うん? 他にも内側に何か文字が刻まれてる? なんて刻まれてるのか教えて」

 

「あー、ちょっと恥ずかしいから、後日ってことでいいかな?」

 

「ふふっ……。じゃあ、今日は許してあげる。そうだな~、じゃあ、クリスマスに教えてよ」

 

「ええっ!? そんな大層なものじゃないんだけど……」

 

「いいんよ。私もなにか、楽しみが欲しいから」

 

「しょうがない。じゃあ、その時に……って、なんか余計に恥ずかしい時に指定されたような気が……。まぁ、いいか。この指輪を肌身離さず持ってろってことだったから、そのお返しにそこまで縛り付けはしないけど、時々着けていてくれたら嬉しいけどね」

 

「うん。出来るだけ、着けているね」

 

 

 

 

嬉しい誕生日になった。実は貴也と本格的なペアもののアクセサリーを持つのは初めてだ。

このプレゼントはずっと大切に持っていよう。そう園子は思った。

やっぱり、あの部屋から助け出してもらえて良かったんだと、今更ながら痛感していた。

 

だから、このブレスレットを見て泣き暮らす日が来ようとは、思いもしなかった。

 

 

 




勇者部との交流&設定整理回その2ですね。

園子の説明には意図して欠落させている部分があることは明白です。
だからといって、園子を責められるかというと……?

春信くんがサルベージした2年前のデータは、わすゆアニメ5話で安芸先生が読んでいたレポートのデータの残骸を含んでいると思ってください。

勇者部の単独行動部分に関しては、原作からの乖離が小さいのでほぼ描写無しです。
あえて言えば、樹ちゃんの声が聞けるだとか、美森ちゃんのヘルスチェックが無いなどの違いはあるんですが。

不穏なラストはゆゆゆの伝統芸ということで、ひとつ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話 乃木神社

九月二日の夕刻。ついに生き残りのバーテックスの襲来があった。

敵は一体のみ。双子座型(ジェミニ)バーテックスであった。

 

 

 

 

「みんな、久し振り~」

 

「あっ、園ちゃん。えっと……、目の方は大丈夫なの?」

 

「うん。はっきりとは見えないんだけどね、勇者システムの補助でなんとなくぼんやりと、何があるか識別可能なぐらいには見えてるっていうのかな? 感じることが出来るんだよね~」

 

樹海化が完了し、讃州中学勇者部の五人の変身が完了した時点で、園子と貴也が合流した。

あたかも目が見えているかのように振る舞う園子に疑念を生じた友奈が問いかけたところ、そんな答えが返ってきた。

 

「じゃあ、またアレやろうか。今回は乃木と鵜養も参加ね」

 

風の発案で、またもや円陣を組む勇者たち。

今回は園子と貴也も参加だ。みんな笑顔でそれぞれの肩に手を掛ける。

園子の左手は動かないので、貴也が自らの手で自分の肩に掛けてやった。

 

「敵さんをキッチリ昇天させてあげましょう。勇者部……、おっと今回は乃木と鵜養もいるから……、勇者一同ファイトーー」

 

「「「「「「「オーッ!!!」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの変質者、アタシと樹で倒したはずなのに……」

 

「双子型ってマップに出てるから、元々二体一組なんじゃないかな?」

 

「いずれにせよ、やることは同じだからね。殲滅するわよ!!」

 

樹海を走るバーテックスを観察した風の疑問に、樹が推測を話す。しかし、夏凛はそんなことはどうでもいいとばかりに、皆を鼓舞した。

 

「一体だし、今回は園ちゃんたちは、ここで見ててね。じゃあ、いっくよー」

 

「待ちなさい、友奈! 私もっ!!」

 

「待って、友奈ちゃん。貴方だって、味覚を失ってるんだからっ!」

 

園子たちに手を出さないよう声を掛けるや否や、友奈が飛び出していく。続けて、それを夏凛が追っていく。美森の心配の声は友奈には届かなかったようだ。

 

「友奈! 一緒にやるわよっ!」

 

「分かった! 夏凛ちゃん!」

 

二人同時のパンチがバーテックスに炸裂する。バーテックスは転倒するが、すぐに起きあがって神樹の下へ走ろうとする。

 

「行かせるかっ! えーいっ!!」

 

そこへ樹がワイヤーで雁字搦めにする。さらに……

ズギュン!

美森の狙撃銃の一撃がバーテックスの頭部を吹き飛ばした。

 

「よしっ! みんなっ! 封印開始っ!!」

 

風の掛け声と共に、その場にいた勇者部四人で封印の儀を掛けた。

御魂を吐き出すバーテックス。だが、その御魂は急速に増殖を始めると共に、明滅するようにランダムに各々が出没を繰り返す。

 

「くそっ! なによ、これっ!?」

 

風の大剣による薙ぎ払いも、夏凛の手数にものを言わせた長刀の斬り付けも、樹のワイヤーカッターの個別攻撃さえも、出没を繰り返す御魂のすべてを破壊するに至らず、御魂の数は増える一方だった。

 

「ハァーーーーーーアッ!! 勇者ぁーーっキッーーーーーーーークッ!!!」

 

三人が戸惑っている中、上空で伸身月面宙返りを決めた友奈が、まるで流星のようなキックを放つ。

そのキックは着弾地点から火炎を広げ、すべての御魂を焼き尽くしていった。

数十もの色とりどりの光の粒となって天上へと帰る御魂。そして本体はやはり砂となって崩れ去った。

 

 

 

 

「へへっ、なせば大抵なんとかなるね。みんなっ、思ったよりも簡単だったね」

 

「友奈……」

 

「大丈夫なの? 友奈ちゃん……」

 

「あー、ごめん。新しい精霊の力を試したくって、先走っちゃった。テヘッ」

 

集まってきた勇者一同に、笑顔で報告する友奈。勇者部の皆は、心配そうに声を掛けてくる。

そこへ、園子が心配ない旨をもう一度教えてくれた。

 

「大丈夫だよ。前も言ったとおり、意志を示さなければ満開は起こらないから。ゲージは目安だと思えばいいよ」

 

その、友奈の右手甲にあるゲージは五分の三を示していた。

 

「今回、僕たちの出番は無かったけど、とりあえず何事も無く終わって良かったよ」

 

貴也のその言葉を最後に樹海化は解けていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

貴也が気がつくと、そこは見知らぬ場所であった。

辺りを見回すと、近くに病衣姿の園子が倒れていた。

慌てて駆け寄り、お姫様抱っこで抱き上げる。

 

「どうしたの、たぁくん? ここ、どこ?」

 

「僕にも分からない。一見、神社の境内に見えるんだけど……」

 

周りをよく見ると、神社の境内のようであった。あまり広大なものではないようではあったが。

人気(ひとけ)はまったく無い。

と、そこへ、運良く巫女が通りかかった。

 

「あっ、巫女さんがいるよ。ここがどこか、聞いてみようか」

 

「たぁくん。私が聞いてみるから、おとなしくしててね」

 

その言葉に少し不満を持ったが、言われたとおり、おとなしく園子を姫抱っこしたままで巫女に近づく。

 

「あの~、すみません」

 

「はい?」

 

巫女が怪訝そうにこちらを見てくる。それは、そうだろう。学校帰りだった貴也の制服姿はともかく、園子は入院している最中のような格好だ。外に出かけるような格好ではない。その上、その彼女をお姫様抱っこしているのだから。

 

「あ~、私、入院してて、退屈だったんで、ちょっとお散歩に連れ出してもらったんですけど、彼がこの辺の地理に疎くて、迷っちゃったみたいなんです。私も目が見えないんで、場所が分からず困っていたんです。ここは、どこですか?」

 

「あー、そういうことですか。ここは乃木神社ですよ」

 

「えっと、どっちの乃木神社ですか?」

 

「どっちって、え? 若宮の方ですけど……」

 

「あ、分かりました。ありがとうございます。たぁくん、とりあえず拝殿の方へ向かって。そっちの方が病院に近いよ」

 

貴也も巫女に会釈をして、その場を離れた。

 

 

 

 

夕日を浴びながら拝殿の方へ向かう道すがら、事情を聞いてみた。

 

「どういうこと?」

 

「うん。乃木神社はね、四国に二つあるんよ。一つは護國神社っていう大きな神社の中にあるんだ。西暦時代の軍人さんを祀っている神社で讃岐宮って呼ばれてるんよ。で、若宮の方は丸亀市内の中心部にある、西暦の勇者様を正式に祀っている四国唯一の神社なんよ」

 

「じゃあ、もしかして……」

 

「神樹様の意志で送り込まれたのかも。わっしーたちはいないんだよね?」

 

「ちょっと待って。――――――マップで確認したけど、彼女たちは讃州中学にいるね。僕たちは、確かに丸亀市内にいるみたいだ」

 

そう言って、確認をとっている時だった。

 

ニャー。

 

猫の鳴き声が、すぐそばで聞こえた。

足元を見ると、真っ白な猫が貴也たちを見上げていた。

 

白猫は拝殿の方に向かうと、貴也たちを振り向き、またニャーと鳴く。

 

「どうする、そのちゃん? 白猫が、ついて来いって言ってるようだけど」

 

「行ってみよ。神樹様の意志が働いているのかもしれない。とにかく、その猫、神性を感じるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここはね。私、二度来たことがあるんだ~」

 

「へー、そうなんだ」

 

「一回目は、幼稚園に行っている頃。たぁくんに初めて会った、直前だったかな? 二回目はね、勇者に選ばれた直後なんだ。お父さんから、初代様たちに報告しておきなさいって言われてね」

 

白猫の後をついていきながら、そんなとりとめのない話をする。

すぐに拝殿に着いた。

 

「ここで祀られているのは乃木若葉様と、あと姓が伝えられていないけど、千景様、球子様、杏様、友奈様の五名なんだ~」

 

「説明板にも、そう書いてあるね。乃木若葉様はそのちゃんのご先祖様なんだろ?」

 

「そういうことになっちゃうね~。そういえば、千景様は郡千景って名前で、たぁくんの直接のご先祖様だったよね?」

 

「あぁ、そうだな。あの時、本家の伯父さんがそう言っていたね」

 

「とりあえず、お参りだけしておこうか。私の分もお願いね」

 

「まぁ、挨拶だけはしておくか……」

 

園子を社務所前にあったベンチに座らせると、まず手水舎で口と手を清める。そして拝殿に赴いて、小銭を賽銭箱に入れ、二礼二拍手一礼をしてお参りをした。

園子の分も心を込めて、柏手を打った。

 

園子を再び抱き上げると、足元でまたもや、ニャーと鳴き声がする。

 

白猫はそのまま、拝殿の向かって右側の林や摂社がある方へと進んでいく。園子に負担が掛からないよう、ゆっくりと後をついていった。

 

 

 

 

左手に板塀が続いており、拝殿や本殿を覗けないようになっている。が、途切れている箇所があった。

白猫はそこから、内側に入り込んでいった。

 

板塀が途切れている場所に向かうと、ちょうどそこは拝殿と本殿を繋ぐ通路の真横だった。本殿の入口が見える。

しかし、板塀のすぐ内側に背の低い生け垣が続いており、敷地内には入れないようになっていた。

 

本殿の入口で白猫がこちらを向き、ニャーと鳴く。

すると、三匹――と数えるのが正しいのか、どうか――の動物が現れた。

暗赤色の狐。青い烏。橙色の蛇。

四匹が横に並び、一斉に貴也たちを見据えた。圧迫感が凄い。思わず後ろに下がりそうなほどだ。

 

「たぁくん、なに? 怖いよ。神性がもの凄く高い存在が四つ居るよ……」

 

園子が怯えたような口調で訊いてきた。

 

「動物が四匹、本殿の入口前にいるよ。ここまで案内してくれた白猫と、二年前、樹海で僕を導いてくれたのと同じ暗い赤色の狐、それと青い烏と橙色の蛇だ」

 

「神樹様の眷属かな? 圧力が凄いよ。怖いっ……」

 

怯える園子を抱きしめてやる。

園子を守ろうと、四匹の視線に自分の視線をぶつけ続けた。

 

 

 

 

気がつくと、目の前に板塀があった。

周りを見回しても、板塀が途切れている箇所など無かった。

辺りはすっかり暗くなっている。

 

『なんだったんだ?』

 

「急に圧が消えたよ。どうなったの?」

 

「さっきまで本殿を見通せていたんだけど、今は板塀で見通せなくなってるんだ。幻でも見せられていたのかな?」

 

「何かの神託かもしれないね」

 

「神託って、巫女が受けるものだろ?」

 

「そうなんだけどね。私も分からないや……」

 

二人は戸惑うしかなかった。

ただ一点、『試されていたのかな?』、そう思えた。

 

 

 

 

丸亀から大橋へは、大赦を足代わりに呼んだ。

車中も含めてその後、園子といろいろと話し合ったが、その日の体験について結論は得られなかった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

それから三週間、表面上は何事もなく時は進んでいった。

貴也たちも勇者部の面々も、一見穏やかな、いつもの日常を過ごしていた。

ただ一人を除いて。

 

 

 

 

九月下旬の月曜日。その昼下がり。

まるで貴也がいない時を見計らったように園子を訪ねてきた人物がいた。東郷美森だった。

 

 

 

 

「いらっしゃい。わっしーが学校をサボってまで訪ねてくるなんて思わなかったよ~」

 

「生き残りとの戦い以来ね。今日はいろいろと確認したいことがあって来たの」

 

美森の口調は硬い。実際、表情も硬く、なにか思い詰めているようにも見える。

園子は、そんな雰囲気を纏う美森を心配しながらも普段どおりのやや間延びした受け答えをする。

 

「なにかな~? 答えられることなら、なんでも答えるよ。他ならぬ、わっしーだからね」

 

「疑問点は大きく分けて三つあるわ。一つ目は精霊のこと。貴方は『精霊は致命傷を防いでくれる』と言っていたわね。それは、勇者の命を守るためではなく、お役目に縛り付けるためのものではないのかしら」

 

「う~ん。解釈の仕方によるよね。穿った見方をすれば、そうかも~」

 

「七月に端末を回収されたあと、友奈ちゃんが学校の屋上から転落したことがあったの。幸い、下に樹木があってケガすらしなかったんだけど……。私は、転落した瞬間しか見てなくて、落ちたあとの状況を直接確認できたわけじゃないけど、あれは精霊が守ったんじゃないかしら。そうとしか思えない」

 

「それは、端末がなくてもバリアが張られたってこと?」

 

「そう。端末の有無は関係がない。私たちが『勇者』である限りお役目に縛り付けられて、死ぬことは出来ないってこと。実際、私は端末が側にあったとはいえ、電源を落とした状態で何回も何種類も自殺を試みて、すべて精霊によって失敗している」

 

美森の雰囲気は、既に剣呑なものに変わっていた。

しかし、園子はその問いに対する確実な回答を持ち合わせてはいなかった。

 

「私は、大赦からは確かに、端末がなくても精霊の守りだけはあるって聞いていたよ。でも、端末がない状態で精霊が出てきたことはないから、実際のところは分からないよ」

 

「じゃ、いいわ……。二つ目はバーテックスのこと。貴方の満開時の強さは実際に見て分かってる。あの合体バーテックスはともかく、普通のバーテックスなら御魂も含めて破壊可能じゃないかしら。本当にバーテックスは黄道十二星座の十二体、いえ十三体だけだったの? 二年前、貴方と私が満開時に一体も倒せていないなんて信じられない」

 

「そっか~。そこに気付いちゃったんだ~。確かに二年前、私たちは三体のバーテックスを御魂ごと倒したよ。一体だけ御魂だけの状態で逃がしちゃって、それで御魂の存在が明らかになったんだけどね」

 

「じゃあ、そのことを貴方は私たちに黙ってたってことね」

 

「生き残りっていうのが出てくるまで、私も半信半疑だったんよ。ちゃんと数えてみて。二年前、破壊した御魂が三つ。今年、七月までに破壊した御魂は九つ。獅子座型に吸収された三体は本当に御魂を持っていたのかどうか、今となっては不明だからね。だから、御魂さえ破壊すれば、少なくとも完全体とも言うべきものだけは復活しないんじゃないかって、希望的観測に縋ってたのは本当だよ。それと、バーテックスの分類は大赦が憶測を基に行ってるからね。双子座型は二体一組だから双子座じゃないはず。十中八九、あれは復活したものだよ」

 

実は、この説明だけは園子のごまかしが入っていた。牡羊座型と魚座型の二重計上を意図的に隠していたのだ。

元々、バーテックスの復活は勇者に絶望しかもたらさず、真実を知るメリットに乏しいと思っていたからだ。

 

「貴方の見解は分かったわ。三つ目は結界の外のこと。私たちは、結界の外は神樹様の力が及ばず、危険だから出るな、と言われていた。貴方は知っているんじゃないの? 今、バーテックスは復活するって言ったわよね。結界の外の真実を知っているからこその言葉じゃないの」

 

美森の口調は完全に問い詰めるものへと変わっていた。園子は見えなかったため気付いていなかったが、その顔には怒りの感情が覗いていた。

 

「分かった。本当は、これは教えないつもりだったんだけどね。知ったら、わっしーのことだから、思い詰めて突っ走っちゃうかもしれないって思ってたからね。――――――この世界の成り立ちを教えてあげる」

 

そう言って、園子は壁の外の真実を美森に語った。

天の神の怒りによって、地獄のように変容した世界のこと。

バーテックスが天の神の尖兵であること。無限に復活を繰り返すのだろうこと。

そして、西暦の時代に始まる天の神による粛正と、人類をそれから守る神樹との戦いの真実を。

自分たち勇者が最終的にどうなるのか、その末路について。

 

 

 

 

「本当のところは、自分の目で確かめてみたらいいよ。でもね、決して絶望して突っ走らないで。この世界を守っているのは、貴方だけじゃないの。みんなで協力して守っているんだから。一人の殻に閉じこもっちゃダメだよ……」

 

だが、そう諭す園子を見る美森の眼は既に暗く澱んでいた。

 

「よく分かったわ。貴方は私たちのことを気遣っているつもりなんでしょうけど……。貴方、言ったわよね。散華のことを秘密にしていた大赦を全面的には信じられないって。今の貴方は、私たちにとっては大赦と同じよっ! 情報を隠して、上から見下ろしているだけっ! 私は、貴方のことも信じられないっ!!」

 

「……!」

 

そう言い捨てて、美森は車椅子を操り、部屋を出て行った。

あとに残された園子は、思いもしなかったその美森の捨てゼリフにショックを受け、茫然としていた。

 

 

 




やっぱり少し強化されている再生怪人の御魂でした。

讃岐宮の方の乃木神社は善通寺市に実在します。丸亀とは結構離れているので、「どっちの?」と聞かれた時に巫女さんが戸惑っているわけです。普通、どちらか迷うわけがないですからね。
もちろん若宮の方は架空です。なお、若宮の若は若葉の若と讃岐宮より新しい、の両方を掛けています。

さて、わっしーのそのっちとの決別です。壁の外の情報隠蔽が対立の決定的要因ですが、この情報、どの時点で明かしてもソフトランディングは無理じゃね?、と思うわけです。また、14話で壁の外を見た後の貴也の反応が薄いのも、園子の判断を間違わせた要因じゃないかと。さらには両目が見えないので、顔色を窺えなかったのも致命的です。
なお、友奈の屋上からの転落の時期が7月にずれ込んでいます。こちらの世界の雀は学校を昼からサボる勇気さえ持てなかったようで、どうも短縮授業に入ってからの訪問だったようです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話 決壊

貴也が学校から帰宅して園子の部屋へ向かうと、いつもとは異なる雰囲気がその部屋には漂っていた。

そこには、茫然自失した園子の姿があった。

 

「そのちゃん、ただいま。一体、どうしたの?」

 

「たぁくん、わっしーが……」

 

園子は今にも泣き出しそうな様子で、先ほどまでの美森とのやり取りを貴也に説明していった。

 

 

 

 

「ふふふ……。やったー」

 

小声で、そう喜びの声を上げつつ、小さくガッツポーズをとる。

真顔を保とうとするが、ニヤニヤが止まらない。

樹は、何度もスマホのそのメールの文面を見返しながら、学校からの家路を急いだ。

 

 

 

 

「それ、本当ですか?」

 

「ええ、そうですよ。犬吠埼樹さんは、確かに弊社のヴォーカリストオーディションの一次審査を通過しています。つきましては、二次審査の要項についてメールを送付させていただいておりますので、よろしくご検討をお願いいたします」

 

風は、自宅のダイニングの椅子に座りながら、その思いがけない電話の通話内容をもう一度、頭の中で反芻する。

驚きと喜びと、そしてそれを上回る妹への愛しさで胸が張り裂けそうだ。

 

今日はお祝いをしないといけないな、といそいそと準備を始めた。

 

 

 

 

「とーごーさん、家にも帰っていないって……」

 

「どこ、行っちゃったのかしらね。東郷が昼から学校をサボるなんて、雪でも降るんじゃないかしら」

 

昼食をとった後、学校から姿の見えなくなった美森を探していた友奈と夏凛。

放課後、校内にいないことを確認すると、友奈が東郷家に電話を入れたのだが、家にも帰っていないらしい。

 

「夏凛ちゃん。あのね、まだ言ってなかったんだけど……」

 

「どうしたの、友奈? 別に怒ったりしないわよ」

 

「昨日、風先輩とね、とーごーさんの家に呼ばれて……」

 

そう言って、友奈は昨日、美森に精霊バリアによって勇者が死ねない運命を背負っていると説明されたことを、夏凛に話していった。

 

 

 

 

「オエーーーっ! ゲホッ、ゲホッ」

 

四国を守る結界。特大の根や蔓が絡まって出来た壁の上。そこで美森は四つ這いになり吐いていた。

結界の外。その地獄のような光景に、そして理解できた世界の真実に、精神が耐えられなかったのだ。

 

「どうすればいいの……。考えなきゃ、考えなきゃ、考えなきゃっ! なんとかしないと、みんなが満開を繰り返していかないといけない……」

 

無限に復活を繰り返すバーテックス相手では、いずれ園子のように満開を繰り返さざるを得ない。

そうすれば勇者は誰も彼も、身体機能を欠損していくほか無いのだ。

そして最後は園子が言っていたように、樹木のように体は動かなくなり、記憶も精神も失い、ただ祀られるだけの存在に……

 

「そんなのはダメよ……。――――――そうよ。そうだわ……。たった一つだけ方法があるっ! 神樹を滅ぼせば、この生き地獄から解放されるはず。そうよ、こんな世界は私が終わらせてやる……」

 

美森は、決意を込めた獰猛な笑みを浮かべたつもりだった。だが、その口元は歪み、瞳は澱みきっていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

勇者たちのスマホが、けたたましい警報音を奏でる。

今までの樹海化警報で鳴る警報音よりも、より焦燥感をかき立てる耳障りな警報音だ。

表示画面には『特別警報発令』と表示されていた。

マップを見ると、結界の一部から無数の赤い光点が四国側に押し寄せてきているのが確認できた。

美森と園子を除く五人の勇者は、いずれもその警報とマップの表示に驚き、戸惑い、そして勇者としての対応を決意した。

 

 

 

 

「全部、私のせいだ……」

 

「そのちゃん……」

 

辺りは樹海化が完了していた。彼方に、無数の小型バーテックス(星屑)が結界内に侵入してきているのが見える。

園子は変身はしたものの、勇者装束のリボンにも似たギミックを使って立ち尽くしたままだった。

 

「わっしーを傷つけたのは私だ。私は思い上がってた。たかだか二年早く勇者を経験して、大赦に祀られて、多少知識があったっていうだけで、本質的にはわっしーたちと何も代わらない立場だったのに……。取り返しのつかないことをしちゃった……」

 

涙声で、後悔ばかりが口をついて出る。園子は心が折れそうだった。

 

結界が破られ星屑の群れが侵入してきている、その場所に美森がいることをNARUKOのマップが明示していた。

前後の状況から考えて、結界を破ったのは美森であろうことは明白だった。

彼女が何故、そんなことをしたのか? それも、直前の園子とのやり取りを考えれば、分かろうというものである。

 

「たぁくん、どうしたらいいの? どうしたら良かったの? もう、なんにも分かんないよ……」

 

貴也にだって分かりはしなかった。

分かるのは、遅かれ早かれこうなっていただろうこと。たとえ、美森でなくとも他の誰かが同じようなことをした可能性は否めない。

自分だって、園子が今後も満開を繰り返さざるを得ないだろうことが理解できていて、そのことに絶望を感じていたのだから。美森のようなことをしなかったのは、単純にそんな力がなかったということと、それでも園子と一緒に日常を過ごせる幸せを感じ続けたかったからということの、二つの理由からでしかなかった。

 

そう。何よりも、誰よりも園子と一緒にいたかった。

だから、大赦から取り戻そうと思った。バーテックスから、満開と散華という運命から、守ってやりたかった。

 

だから、だからこそ自分の気持ちを園子にぶつけてみようと思った。

園子の前に立ち、両手でその華奢な両肩をつかむ。

一瞬、こんな華奢で小さな体で、ずっと重荷を背負ってきたんだな、と可哀想になる。

 

「そのちゃん。聞いてくれ。僕は、そのちゃんのことが好きだ。世界中の誰よりも好きだ。だから、いつだって無条件で君の味方だ。ずっと、いつまでも、どんなことになろうとも君の味方でいる。――――――だから、つらいかもしれないけど、東郷さんにそのちゃんの、自分の本当の気持ちをぶつけてみよう。君たちは二年前、確かに友達だったんだろ? その絆を信じてみよう。それしか無いと思うんだ」

 

「たぁくん……。うれしい……。私も、たぁくんのことが大好きだよ。――――――でも、私にはたぁくんに愛される資格なんて無いんだよ。それは、自分が一番よく分かってる。……でも、そうだね。わっしーに自分の気持ちをぶつけてみるよ。本当の、醜い胸の内、さらけ出してみるよ」

 

園子は、そう言って初めて微笑んだ。弱々しく、今にも消えそうな笑顔ではあったが。

貴也は、そんな園子を抱きしめた。少しでも元気づけられるように。少しでも勇気づけられるように。

 

「たぁくん。私、行くね。たぁくんは出来る限り戦わないでね。お願いだから……」

 

「分かった。それに、僕には他にすることもあるからね」

 

「じゃあ、またね」

 

「ああ、またな」

 

貴也の『他にすること』という言葉に少し疑問を持った園子だったが、追求はせず、微かな笑顔を残して、四国を守る結界の方へと跳んでいった。

 

それを見送った貴也は、マップを確認する。既に目当ての人物は、美森に接触していたようだ。

 

『そのちゃんには、ああ言ったけど、東郷さんを本当に止められるのは友奈しかいないはずだ。彼女の説得が上手くいけばいいけど……。もし、一度でダメでも二度、三度とやってもらう価値はあるはずだ』

 

貴也は、多重召還を掛けると輪入道の力で空中走行に入る。

目指すは結城友奈、その人。

だが、そこに至るには膨大な数の星屑が群れをなしていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

時間は少しばかり遡る。

 

友奈と夏凛は樹海化が完了すると、すぐに変身して結界へと向かった。

NARUKOのマップ上、その付近に美森がいるのが表示されていたからだ。

異変の元凶が美森なのではないか。そんな不安に駆られながら、現場に急行した。

 

そこでは、壁と結界に大きな穴が開き、無数の星屑が侵入してきていた。

美森は、自分に襲い来る僅かな数の星屑を短銃で撃ち落としながら、無表情にたたずんでいた。

 

「とーごーさんっ! なにしてるのっ!?」

 

「友奈ちゃん……。壁を壊したのは私よ」

 

「東郷! 自分がなにやってるか、分かってるの!?」

 

友奈と夏凛の問いかけに淡々と答えながら、結界の外へと誘導していく美森。

三人が結界を抜けると、そこには地獄が広がっていた。

 

赤く焼け爛れた大地。吹き上がる炎。無数に飛び交う星屑。形作られていく倒したはずの大型バーテックス。

 

あまりの光景に驚愕したまま無言となる友奈と夏凛に、トドメを刺すように言葉を紡ぐ美森。

 

「これが世界の真実よ。四国以外はすべて滅んでいる。バーテックスも復活を繰り返して無限に襲ってくる。私たちには未来なんて無かったのよ。私たちは満開と散華を繰り返して、体の機能も大切な記憶も失いながら戦い続けて、ついにはすべてを失ってしまうの。――――――でもね、そんなことはもうさせない。神樹を滅ぼしてみんなを救うわ」

 

結界を構成する壁に向けて散弾銃を構える美森。

 

「やめなさい! 東郷!」

 

「どうして止めるの? 夏凛ちゃん……」

 

「私は大赦の勇者だから! 四国の人々を守るのが使命だから! そうよっ、だからアンタを止める!」

 

「大赦は貴方を騙して道具として使ってきたのに? 乃木さんだって、そう。この真実を隠していた。そんな人達を信じるの?」

 

「道具? そんな……」

 

「違うよ! とーごーさん。このことを黙ってたとしたって、なにか理由があるはずだよっ! 少なくとも園ちゃんは、私たちと一緒に……」

 

「もう私は、友奈ちゃんや勇者部のみんなが傷ついていくのを黙ってみてられないのっ! 分かって!!」

 

しかし、そのやり取りはそこで唐突に終わりを告げた。

背後から迫ってきた乙女座型(ヴァルゴ)バーテックスが射出する爆弾の爆発により、三人とも吹き飛ばされたからだ。

 

夏凛は、至近距離で爆発を受けたため気絶した友奈を抱きかかえて、後方へと撤退していった。

 

 

 

 

「お姉ちゃん! これは一体、なんなの!?」

 

「アタシにも分からない。でも、何か異変が生じているのは確かよ。とにかく、こいつら小型のバーテックスを殲滅するのが先よ!」

 

風の下へ、樹が合流する。

二人は事態の根本原因が分からないままではあったが、とにかく無数に侵入してきている星屑を殲滅するべく、戦闘を開始した。

 

風が大剣を振るい、樹がワイヤーカッターで撃ち落とす。姉妹は息のあった連係プレーで、四国の陸上部相当まで侵入してきていた星屑の数を徐々に減らしていった。

 

だが、暫く戦闘が続くと状況が一変した。彼女たちの目の前に大型バーテックス二体が迫ってきたのだ。

牡羊座型(アリエス)山羊座型(カプリコーン)であった。

 

「二対二か……。アタシ達は単独で封印が出来ないから満開無しじゃ、ちょっとキツイわね。樹はいけそう?」

 

「大丈夫だよ。任せて。満開無しでも、なんとかしてみせる!」

 

「よく言った! じゃあ、犬吠埼姉妹の女子力、見せつけてやるわよっ!!」

 

二対二プラス星屑という形での激闘が開始された。

 

 

 

 

結界を越えて侵入してきた乙女座型バーテックス。

その上空から、数十本もの槍が降り注いだ。

 

園子の攻撃だった。たちまち、穴だらけになる乙女座型。

 

「封印!!」

 

地上にまで貫通した槍を再利用して、単独で封印の儀に掛ける。

吐き出された御魂は、園子の右手にあった蓮の花の意匠がついた槍の一閃で、抵抗するいとまもなく破壊された。

 

そのまま、結界の壁の上に降り立った園子は、そこにいた美森と対峙する。

 

「わっしー、ごめんなさい。私が間違ってた。知っていることは、すべて貴方達と共有して一緒に考えていくべきだった。本当にごめんなさい。――――――でもね、こんなことは許されない。私は貴方を止めないといけない。それが私の贖罪の一つなんだ」

 

「いまさら、無駄よ。私は、この世界を終わらせるって決意したの。――――――バーテックスは無限に襲ってくる。なら、どうしても満開を繰り返していかないといけないの。今の貴方のように。散華を繰り返してボロボロになって。もう、友奈ちゃんや勇者部のみんなが、そんな風に傷ついていく姿を見たくないの!」

 

そう言って、涙を流す美森。

だが、園子はそんな美森を詰問する。

 

「それは、貴方だけの感情だよね。ゆーゆ達がどう思っているのか聞いたの? 傷ついていくのはイヤだって言ってたの? 世界を終わらせて欲しいって言ってたの?」

 

「そんなの聞けるわけがない! でも、体の機能を失っていくのを喜ぶ人なんていない! 散華を繰り返していかなきゃいけないなんて、生き地獄だよ!!」

 

「それじゃ、貴方が大赦と変わらないって言ってた私とおんなじだよ、わっしー。自分だけの殻に閉じこもっちゃダメって言ったよね。そう言ってた私自身がそうだったから偉そうなこと言えないけど、自分だけの考えを、感情をみんなに押し付けているだけだよ……」

 

「でも! それでも私は、みんなが傷ついていくのが耐えられないのっ!!」

 

美森の感情任せの慟哭にまみれた叫びは止まらなかった。

園子は視力を失い閉じたままの目で、しかしそんな美森を見据えた。

 

「もう建前論はやめよう、わっしー。貴方の本音は、そんなところには無いはずだよね」

 

「?」

 

「貴方の本音は、ゆーゆに忘れられたくないって、その一点に集約されているはずだよ。そうだよね?」

 

「……っ!」

 

美森の体に、いや心に衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

貴也は驚いていた。

今までの大型バーテックスとは違い、星屑相手であれば自分の輪刀が効果を発揮することに。

もちろん、今まで銀に鍛え上げられたすべてが功を奏しているのだろう。

だが、軽くスパスパと斬っていくことが出来ることに、高揚感を抱かずにはいられなかった。

 

だから意外に早く、撤退してきた夏凛と合流することが出来たのだ。

 

 

 

 

合流した地点近くの大きな樹木の陰に降り立つ二人。夏凛は気絶している友奈を貴也に託した。

 

「鵜養。友奈を頼むわ」

 

「どうするつもりだ?」

 

「バーテックスを殲滅しに行くわ。どのみち、あいつらを殲滅しないと明日は無いしね。東郷を止めるのは友奈に任せる。っていうか、友奈にしか止められないって思うし。――――――いい? アンタだから友奈を任せるの。三ノ輪に聞いたわ。先代は三人とも、何かしらアンタに守られていたって。もし、友奈を死なせたり、大ケガさせたりしたら承知しないからね」

 

「ああ、分かった。僕も友奈に、東郷さんの説得を頼むつもりだったんだ」

 

夏凛は貴也のその返答を聞くと、さも安心したように息を吐き、口調をガラッと変えて己の胸の内を明かす。

 

「フッ……。友奈に伝えておいて。戦うことしか知らなかった私が、大赦の道具でしかなかった私が、友奈のおかげで友達が出来たって。だから、ありがとうって」

 

「そんなことは自分で言えよ。その方が友奈だって喜ぶだろ」

 

「アンタ、アレが見えないの? 復活した奴らがぞろぞろ来ているのを。あとからあとから湧いて出るかもしれないしね。さすがの私も、満開無しじゃ無理よ。だから、伝えられる時に伝えておくの」

 

夏凛の指摘どおり、彼方に蟹座型(キャンサー)蠍座型(スコーピオン)射手座型(サジタリウス)魚座型(ピスケス)の四体が横一列で侵攻してきていた。

 

「満開はしちゃダメだ。そのちゃんが、君のお兄さんに約束してたんだ。妹さんが満開しないで済むように尽力するって。だから……」

 

「そんなこと言ってたの? あの甘ちゃんお嬢さん……。あーあ、やっぱり東郷の誤解か。そんなこと言うヤツが、私たちの敵であるはずが無いじゃない。バッカみたい。ほんと、バッカみたい……」

 

最後は今にも泣き出しそうに、そう呟くと、夏凛は貴也にもう一度向き直る。

 

「じゃ、友奈のことよろしく。大赦の勇者じゃなく、讃州中学勇者部の勇者として戦ってくるわ」

 

そう言って、四体の大型バーテックスめがけて飛び出していった。

 

「うっ、夏凛ちゃん……」

 

いつの間にか、友奈が目を覚ましていた。

貴也は、友奈のそばに駆け寄り、抱き起こしてやる。

 

「貴也さん、夏凛ちゃんが……」

 

「三好さんが言ってたよ。友奈のおかげで友達が出来たって。ありがとうって。東郷さんを頼むって」

 

「夏凛ちゃん……」

 

涙を流す友奈の視線のその先で、大きなサツキの花が空中に咲き誇った。

 

 

 




とーごーさん反逆編前編でした。

一応、樹の夢関連は極々軽く撫でるように触れています。今後に期待はしないでください。

そのっちvsわっしーは既定路線です。原作で園子の大切な人はこの時点でわっしーだけですから、わっしーに味方するのは当然でしょう。(親? 散華を知ってて黙ってるし、祀られた病室にも結局放置ですから、愛情を頭で理解できても、心が納得出来るかどうか)しかし、本作ではミノさんが生きてるし、たぁくんもいる訳ですから対立必至です。

また、この対決の時間を用意するために犬吠埼姉妹には再生怪獣どもをぶつけています。この姉妹、本作ではいろいろと蚊帳の外に置かれているような……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話 暗転

おかげさまでついにUA5,000突破。お気に入り40以上の登録、新たに評価をつけてくださった方もいらっしゃり、大変感謝しています。

本編の執筆のみでいっぱいいっぱいですので、5,000突破記念など出来るわけでもないですが、タイミング良くゆゆゆ編の最終話を次回に控えています。
今後も、本作をよろしくお願いします。

ということで、本編です。





より巫女装束に近い神秘的な衣装を身に纏った夏凛。その肩付近から巨大な四本の腕が出現していた。四本の腕はすべて巨大な太刀を握っている。

 

「アンタら雑魚は、お呼びでないのよっ!」

 

まず、大太刀の二薙ぎで星屑を殲滅する。一薙ぎで数千体もの星屑を消し飛ばした。

 

続いて、全速力で蟹座型バーテックスに強襲を掛けた。

蟹座型が三枚の反射板を重ねて防御し、夏凛の特攻を止めたところへ、蠍座型が素早く尾針で巨大な右腕に一撃を掛ける。

 

「クッ! そんな攻撃っ!!」

 

夏凛はその攻撃を甘んじて受けるが、もう一方の右腕で蠍座型の尾を斬り飛ばすと同時に両足で反射板を蹴り割り、刹那の直後、二本の左腕で御魂ごと蟹座型を真っ二つに斬る。

満開が解けた。システムの補助ギミックが右腕に巻き付く。

 

「右手を持っていかれたか……。まだまだっ!!」

 

蠍座型に肉薄し、回転しながら自身の左手の長刀で斬り付け続ける。ゲージが溜まると同時に再び満開。

 

「お返しよっ!」

 

巨大な四本の腕で同時に袈裟懸け、逆袈裟懸けに斬り付け、蠍座型を御魂ごと撃破。

そこに射手座型の光の矢の嵐が襲う。巨大な腕には数十の矢が刺さったが、夏凛本人は精霊バリアで守られていたため、そのまま特攻を掛ける。射手座型を口の部分から両断。しかし、以前と御魂の位置が違ったのか、両断されながらも健在だ。

反転して二撃目を加えようとしたところで、魚座型の体当たりの直撃を受ける。

 

「くそっ! 連携が巧妙っ!!」

 

満開が再び解ける。システムの補助ギミックが右足に巻き付いた。

 

「右足……。クッ! 負けるかっ!!」

 

魚座型に左手の長刀で斬り付け続ける。そこに射手座型から数こそ減ってはいるが、光の矢の雨が降ってくる。

防御は精霊バリアに丸投げし、更に斬り付け続ける。ゲージが溜まった。三度(みたび)、満開。

一瞬で魚座型の頭部を切り刻み、撃破。そのまま射手座型の残骸に特攻。すれ違いざまに斬り捨て、撃破。

 

「まだ、いけるっ!!」

 

余勢を駆って、星屑の群れに大太刀の一閃を見舞う。更に数千の星屑が消し飛ばされた。

満開が三度(みたび)解ける。システムの補助ギミックが頭部を覆う。

 

体力を使い果たした夏凛は、そのまま落下していった。

 

 

 

 

「夏凛ちゃん!」

 

「三好さんは、僕が救出に行くっ! 友奈は東郷さんを止めてくれ! みよ……夏凛だって、そう願ってたんだ」

 

「でも、私じゃ止められないよ。無理だよ。あんなとーごーさん、初めて見た……」

 

夏凛の想いをより直截的に伝えようと名前呼びに変えてまで念を押したが、既に頑なな美森の態度を見ていた友奈には響かなかったようだ。

いつも元気な友奈が貴也の前で初めて見せた、消え入りそうに弱気な姿だった。

 

「そんなことはない! 君たちのことは少ししか見ていないけど、二人が一番の友達だっていうのは、僕にだって分かるよ。彼女を受け止めてあげてくれ。友奈なら出来る。僕を信じろっ! 夏凛の想いを無駄にするなっ!」

 

付き合いの浅い自分がするには少し強引だと思ったが、そう励ました。

すると、思った以上に友奈は元気づけられたようだ。少しの逡巡の後、夏凛を貴也に託した。

 

「……分かった。夏凛ちゃんをお願い」

 

目の輝きを取り戻した友奈と別れ、貴也は夏凛の救出に向かった。

 

 

 

 

樹海の奥深くに倒れていた夏凛を見つける。

 

「夏凛!」

 

「鵜養か……。右手と右足、それに両目とも持っていかれちゃった……。友奈は?」

 

疲れ切った体を横たえた夏凛は、少し気だるげに貴也に問いかけた。

 

「東郷さんの説得に向かったよ」

 

「フフッ……。やっぱりアンタ、意外に頼りになんのね。ドサクサ紛れの名前呼び、許してあげるわ」

 

「意外ってなんだよ……。フッ……」

 

思いがけない言葉に、くつくつ笑った。

二人は暫くそうやって笑い合ったあと、意を決して星屑の殲滅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ! 斬れば斬るほど分裂するなんて……」

 

風は牡羊座型を三回にわたって斬り捨てることに成功したが、その度に牡羊座型は斬られた体をそれぞれベースにして増殖を繰り返した。既に四体にまで分裂している。

 

一方、樹は下半身をドリルのように回転させて攻撃してくる山羊座型に対し、躱してはワイヤーカッターで攻撃を繰り返すが、弾かれるだけだった。

 

「お姉ちゃん、交代!!」

 

ハッとして樹を見る。妹の力強い視線にうなずいた。

互いに走り寄るが、そのまますれ違う。樹に対して、絶対の信頼を置くことに決めた。

 

 

 

 

樹はワイヤーカッターで牽制しつつ、四体の牡羊座型の動きを見極める。

常に三体が一体を守るように動いているのに気付いた。

 

「もうバレてるよ! そこだっ!!」

 

他の三体を無視して、要の一体に攻撃を集中する。頭部を狙って、持てるすべてのワイヤーを伸ばした。

分裂体の一体が楯になろうとするところを、ワイヤーの軌道を立体的に制御して躱す。

他二体の分裂体は次々と樹に体当たりを掛ける。まるでバリアをこそげ取るように凄まじい衝撃が続くが、樹は踏ん張った。

と、伸ばしたワイヤーが要の一体の頭部を貫いた。ドウッと地面に倒れ落ちる牡羊座型バーテックス。すると分裂体も同様に地面に落ちていった。

 

姉の方を振り向く。

風は片膝を地面につきながらも、頭上に翳した大剣の腹で火花を散らしながら、山羊座型のドリル攻撃を受け止めていた。

 

「アタシの女子力、なめんなーーーっ! どっせーーーいっ!!!」

 

かがんだ状態から体全体を跳ね伸ばし、バーテックスを後方へ跳ね飛ばした。その勢いのまま体を反転しながらジャンプ。そのまま振りかぶって、横倒しになった山羊座型の頭部に大剣の一撃を叩き込む。頭部は真っ二つに割れた。

 

「お姉ちゃん……。もう、無茶苦茶だよ……」

 

姉の中の『女子力』が、さらに得体の知れないものに進化していくことに戦慄する樹。

 

「樹っ! 封印!」

 

姉の叫びに、ハッと気がつく。二人で二体のバーテックスに封印の儀を掛ける。

あとは、出てきた御魂を破壊するだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方の本音は、ゆーゆに忘れられたくないって、その一点に集約されているはずだよ。そうだよね?」

 

その言葉は、美森の心に衝撃を与えた。

 

「どうして、そんなこと……」

 

「二年前、伊達に友達をやっていた訳じゃないからね。わっしーが、規律に厳しい頑固者で、でも、とっさの判断に弱くて感情に流されやすい、一人で抱え込む子で、それでいて心の脆い寂しがり屋で、それでも誰にだって思いやりを持って接する子だってことはよく知ってるよ。命すら預け合った、本当の友達だもん!」

 

その手にあった短銃を取り落とす美森。その手は小刻みに震えている。

 

「私やミノさんを意識的に避けていたのも知ってるよ。事実確認以外、話しかけようとしてくれなかったもんね」

 

「私は……、私は……」

 

そうだ。忘れられたくなかった。

 

園子や銀の真実を知った時の衝撃は忘れない。

彼女たちを見ても、通り一遍の同情や憐憫しか(いだ)かなかった。(いだ)けなかった。

その事実が恐ろしかった。

かつて一緒にバーテックスと戦った、強い絆で結ばれた友達だったはずなのに。

当時の記憶が無いだけで、彼女たちの惨状を見ても、強い感情が、激情が生まれなかった。

 

もしも、立場が逆転したら?

もしも、園子たちの立場に立っているのが自分で、記憶を無くした自分の立場に立っているのが友奈だったら?

恐怖だった。絶望しかなかった。

友奈に忘れられることが、美森にとっての世界の終わりだった。

 

 

 

 

「そうよ! 私は、友奈ちゃんだけには忘れられたくないっ! そんなことにだけはなりたくないのっ!」

 

涙を流しながら、そう叫ぶ美森。

 

「でも、どうして貴方はそんなことまで分かるの? 友達だったから?」

 

「分かるよ~。だって、私もわっしーと同じで心が弱いんだから。」

 

その言葉に対し、美森の頭に疑問がよぎる。()()()()会ったことがないが、彼女は『心が弱い』という言葉とは最も遠い所にいる人間だと思っていたから。

 

「私もね、新しい勇者システムの真実に気づくまでは、戦いの中で死んでしまうかもしれない、って思ってたんだ~。だからね、大好きな人に忘れてもらいたくなくて、初めて出会った時の思い出の品を形見代わりに贈ったんだ。私が死んだ後でも、それを見れば私を思い出してもらえるように。でもね……、それは呪われた品だった。私は、私の大好きな人に、半端な力を与えてしまっただけで、危険に巻き込んでしまった」

 

園子の口調が徐々に高ぶっていく。

 

「だからね。私は、私のことが嫌いなんよ。大好きな人に守ってもらってばっかりのくせに、その人の足を引っ張ってばかりで……。挙げ句の果てに、身勝手な想いを押しつけて……、大好きな人を、こんな地獄みたいな戦いに巻き込んで、死んでもおかしくない目に遭わせて。だからっ……! 私は……、こんなに心が弱い私のことがっ! 世界で一番、嫌いだっ!!!」

 

園子の涙混じりの血を吐くような告白に、美森は一言も返せない。

 

「だからね、こうして身体のいろんな機能を失っていくのも……、とうとう、大好きな人の、たぁくんの姿を見れなくなっちゃったことも、全部っ! 私への罰なんだって……。納得できちゃうんよ」

 

「だから、決めたんだ。もう、たぁくんに忘れられることも恐れない。ううん……。むしろ、忘れて欲しい。――――――知ってる? この三百年、四国のほとんどの人は、世界のこんな真実を知らずに、それでも、それぞれの幸せを紡いできたんだよ……。だったら、たぁくんも、私のことを忘れたら幸せを掴めるかも知れない。この世界には、たぁくんが幸せになれる可能性が残ってるかも知れない」

 

「だったらっ! 私がそれを守るっ! この身体の機能を無くし尽くしてもいいっ! たとえこの身が消えてしまってもいいっ! たぁくんが幸せになれるかも知れない可能性が残ってる、この世界を壊そうとする奴は、全部、私の敵だっ! ――――――たとえ、わっしー、貴方でもそうだよ……。それでも、世界を壊すの? 私と戦うの?」

 

園子の問いかけに、美森は押し黙る。

園子の気持ちは理解できる。自分が同じ立場だったら……

 

しかし、美森の心は異なる結論に達する。感情が、それを許さなかったから。

 

「それでも私はっ! 友奈ちゃんに忘れられたくないのーーーっ!!!」

 

だが、そんな美森を抱きしめる影があった。

 

「大丈夫だよ、とーごーさん。私は、絶対、忘れたりしないから」

 

いつの間にか、そばに来ていた友奈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

園子は、あとを友奈に任せて、結界の穴が開いている場所へと向かった。

 

『ゆーゆが来たら、私の出番なんて無くなっちゃうよね。――――――でも、あの時、もしミノさんもたぁくんもいなくなってたら、今頃、わっしーの味方をしてたかもしれないな……。私だって、本当に大切な人は、その三人しかいないもん……』

 

詮無いことを考えながら、穴へと近づいていく。現状、バーテックスの動きは止まっていた。そのはずだった。

 

「……!」

 

二ヶ月前対峙した、合体バーテックス(レオ・スタークラスター)が無数の星屑を引き連れて、結界内に侵入してくるところであった。

 

 

 

 

「嘘よ! 信じられない!」

 

イヤイヤをするように頭を振り、体を捩らせて、友奈を振り解こうとする美森。

 

「本当だよ。嘘じゃない! 一緒にいれば、絶対忘れたりなんかしない! 忘れるもんか!!」

 

「私たちも……、乃木さんとも三ノ輪さんとも、きっと同じように思ってた! でも、もうあの子たちを見ても、友奈ちゃんたちと同じようには感じられないの! そのことが、とても恐ろしいの!」

 

悲しみと恐怖を叫び続ける美森の頭を強引に自らの胸に掻き抱いた。

 

「私のすべてを賭けてもいい。約束するよ。絶対、とーごーさんのこと、忘れたりしない」

 

「嘘……」

 

「嘘じゃないっ!!」

 

「本当なの? 信じていいの……? 私を一人にしない?」

 

「うん。約束だよ。ずっと一緒にいるよ」

 

「友奈ちゃん……、うっ、うああぁぁぁ……」

 

泣き崩れる美森。そんな美森を優しく抱きしめる友奈だった。

 

だが、すぐに爆発音に気付く。

結界の穴が開いている付近で、戦闘が始まっていた。

二人は顔を見合わせ、互いに頷くと、戦場へと向かった。

 

 

 

 

自動追尾してくる火球の群れ。合体バーテックスのリング部分を通過することで、炎を身に纏う星屑の群れ。

園子は大量の槍を召還しながら戦うが、手数が圧倒的に足りず防戦一方であった。

戦いが始まって、僅か二分。まだ撃墜されていないのが不思議なほどの状況だった。

 

「このままじゃ、ダメだ……。満開!」

 

数の暴力に押され諦観を持ってしまったことで、園子は満開を選んでしまった。

空中に大きな蓮の花が咲き誇る。

だが、方舟の槍を長大化させて切り刻むとともに、召還し続ける多種類の槍の投擲も織り交ぜて戦うも、それでも拮抗するに至らなかった。

至近距離での爆発が続き、精神が削られ、心が疲弊してゆく。

 

そこに友奈と美森が援軍に駆け付けた。二人は、既に満開している園子に絶句する。

 

「園ちゃん! どうして、満開までっ!?」

 

「乃木さん……」

 

しかし、そこに気を取られている状況ではなかった。

遥か頭上で、超巨大な火球が生成されていっていた。

 

三人の中で、誰よりも早く反応した園子が方舟を火球にぶち当てる。

だが、今回は状況が悪すぎた。あっという間に満開が解け、園子は落下していった。

 

「園ちゃん!? 満開!!」

 

「友奈ちゃん!?」

 

それを見た友奈が続けて満開。空中に大きな桜の花を咲かせると、火球を巨大な鋼鉄の腕で殴り飛ばす。

 

「勇者ぁーーパァーーーーンチッ!!!」

 

その一撃で、火球は霧散する。そのまま、合体バーテックスに向かいもう一度パンチを浴びせようとするが、自動追尾火球と燃えさかる星屑が数十も襲いかかってきた。

 

「友奈ちゃん!! 満開っ!!!」

 

美森が満開した。大きな朝顔の花が咲き誇ると、八門の触手状の砲を備えた巨大な浮遊砲台に乗った美森が現れる。

友奈を援護しようと全砲門を開くが時既に遅く、友奈は撃墜されていた。

友奈も満開が解け、落下していく。

 

「友奈ちゃん!?」

 

友奈を助けにいこうとしたが、まだ残っている自動追尾火球と燃えさかる星屑たちに阻まれた。

 

「お前たちっ! 邪魔だーーーっ!!」

 

全砲門をくねらせながら、撃ち落としていく。

 

 

 

 

違和感に美森が振り向くと、合体バーテックス(レオ・スタークラスター)は自身を太陽にも似た火球に変容させていた。太陽の如き火球はそのまま、神樹目がけて飛んでゆく。

全速力で火球の進行方向に回り込み、押しとどめようとした。が、止まらない。

 

「グッ……。止まれーーーーーっ!!」

 

その時、美森の両横で大きなオキザリスの花と鳴子百合の花が咲き誇った。

満開した犬吠埼姉妹だった。

 

「東郷! アタシたちも手を貸すわっ!」

 

「東郷先輩! 私もっ!」

 

「風先輩! 樹ちゃん!」

 

だが、三人掛かりでも太陽の如き火球を押しとどめることは出来なかった。

 

 

 

 

その光景を遠くから見ていた貴也は、自身の無力に絶望していた。

 

「クソッ……。僕には、みんなに貸せる力も無いのか……」

 

両手を地面につき、悔しがる貴也。

 

そんな彼の前方に、四匹の神性を帯びた獣が現れた。乃木神社の本殿で見かけた、青い烏、暗赤色の狐、橙色の蛇、白猫であった。

四匹は互いに顔を見合わせるような動作をすると、暗赤色の狐が一歩、貴也へと近づいた。

そのまま貴也へ向けて駆け出すと、その体目がけて飛び込んでくる。

 

「うわっ……!」

 

貴也へぶつかる寸前、狐は光と化し、彼の体に溶け込んでいった。

 

途端、今までに感じたことがなかったほど大きな力が体に満ちるのを感じた。

貴也の背中側、腰の辺りから大きな光の尾が九本も生える。ふさふさの光の毛で構成された太い尾が。

 

「お前たち……。力を貸してくれるのか?」

 

じっと貴也を見つめる、残り三匹の獣たち。是とも、非ともとれそうな態度ではあるが、肯定のサインであると解釈した。

 

「みんな、待ってろよ!!」

 

九本の尾で地面を叩き、ジャンプする。友奈たちをも越えるジャンプ力だった。

そのまま、戦場へと駆けつけていった。

 

 

 

 

『声が出ない……。声も持っていかれちゃったのか……』

 

園子は、自身の声すら供物にされたことを悟った。

だが、まだ休むわけにはいかない。勇者部の皆が戦っているのが分かる。

システムの補助ギミックでの感知能力で場所を特定すると、そこへ向かった。

 

 

 

 

「グッ……。足が……」

 

一方、友奈は両足が供物にされたことを知る。

が、そんなことで諦めるような友奈ではなかった。

 

 

 

 

「そこかーーーっ!!」

 

太陽の如き火球を止めようとする勇者たちに、夏凛が加わる。サツキの花を咲かせて満開する。

と、同時に蓮の花も咲き誇った。園子も援軍に加わったのだ。

 

だが、それでも火球は止まらない。

五人の心が同時に折れそうになる。

 

そこに、九本の光の尾をもった貴也が加わった。

 

「みんな、待たせたっ! 僕も加わるっ!!」

 

「「「「「押し返せーーーっ!!!」」」」」

 

貴也が加わった瞬間、ついに均衡が破られたのか、急激に火球のスピードが落ち、炎が小さくなっていく。

 

「うぉおおおーーーー!!!」

 

その時、後方から友奈が強引にゼロゲージから満開を掛け、突っ込んできた。

通常の満開ではない。樹海から供給される光ではなく、友奈自身の内から湧き出る光が満開を生じさせていた。

 

「私は!! 讃州中学勇者部!!」

 

「友奈!!」

 

「友奈さん!!」

 

「友奈!!」

 

「友奈ちゃん!!」

 

『ゆーゆ!!』

 

「友奈!!」

 

皆の友奈への叫びが轟く。

 

「勇者! 結城友奈!!!」

 

友奈はパンチを掛けながら、火球の内部に溶け込んでいった。

 

 

 

 

本当に目で見ている光景なのか、心で見ている心象風景なのか、貴也には判別がつかなかった。

 

だが、遙か遠く、制服姿の友奈がレオ・スタークラスターの御魂に素手で触れようとしているのが見えた。

それは、とても神々しい光景に思えた。

 

そして、友奈の手が御魂に触れた瞬間、すべてが白く溶けていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

雨が降っている。強い雨ではない。霧雨だ。

夜明け前の一番闇が深くなる頃合いの街を、霧雨が更に深く闇に閉じ込めている。

 

 

 

 

街のど真ん中、八車線はあろうかという大通りのさらにその真ん中に、勇者装束をその身に纏ったまま貴也は倒れていた。

 

雨の感触に、混濁気味の意識で目覚める。

だが、身体がひどくだるい。強烈な睡魔に襲われる。

 

周りはビル街のようだ。

自分が、荒れたアスファルトの上に転がっているのが分かる。

 

雨を吸い込んだアスファルトの上で、もぞっと身体が動く。

左手がわずかに動き、アスファルトとは異なる感触に触れる。

ざらついていて、それでいて冷たい。錆びた鉄のようだ。

 

『レール? 路面電車? 道後市か……。 ――――――雨に濡れたままじゃ、ヤバいな……』

 

微かな疑問と危機意識が浮かんだが、睡魔には抗えず、貴也の意識は再び闇の中に沈んでいった。

 

 

 

 

闇に閉ざされた街に、霧雨が降る。

まだ曙光が差してくるには、暫くの猶予が必要だ……

 

 

 




過去最大ボリュームでお届けした、とーごーさん反逆編後編でした。

夏凛の大活躍は戦い前の口上や五箇条の叫び等格好いいですが、同じことをする訳にもいかないので、より生の感情に近い台詞回しとしています。なお、バーテックスの連携も原作よりちょびっとだけ向上させています。

そのっちvsわっしー。洞察力の高いそのっちが相手なので、原作のわっしーの叫びからより本音に近そうな所をチョイスして、他をそぎ落とし肉付けしてみました。作者的には、友奈とのやり取り部分を含めて満足度が高い部分です。
また、園子の血を吐くような告白は、わすゆ編からこうなりそうだなと温めてきた部分なので、やはりここも文章化できて満足です。

バーテックスはジェミニを皮切りに十二体すべて復活させました。抜けはないはず。

友奈の最後の満開は通常のものとは異なるそうです。確かにアニメでもそのように表現されていますね。この子って一体……

ところで、作中で松山市の名称はどのように変えられているんでしょうかね? 観音寺→「讃」岐「州」、高松→「玉藻」城、坂出→瀬戸「大橋」、宇多津→「大束」川。なので「道後」温泉から取ってみましたが、さて?

きりがいいので、今後のプロット整理とストックの増加を睨み、ゆゆゆ編最終回の投稿は勇者の章最終回一周年に合わせます。と、いうことで1月6日の投稿となります。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 園子の涙

皆様、あけましておめでとうございます。

かなり遅い新年の挨拶でした。
今年も本作をよろしくお願いいたします。

では、本編をどうぞ。




樹海化はまだ解けていない。

だが、星屑もバーテックスも、その姿はもうどこにも見えなかった。

 

もし樹海化が解けたなら讃州中学校の校舎に相当する場所に、六人の少女が仰向けに倒れていた。

まるで、六人がそれぞれ花弁ででもあるかのように頭を中心に向けて、円形を象って……

 

そのうちの五人には、それぞれを象徴する本物の花びらが体の上に散らされていた。

犬吠埼風には、左目の辺りを中心にオキザリスの花びらが……

犬吠埼樹には、首の辺りを中心に鳴子百合の花びらが……

三好夏凛には、両目から両耳にかけて、そして右腕と右足を中心にサツキの花びらが……

東郷美森には、頭部と左耳、そして両足を中心に朝顔の花びらが……

乃木園子には、全身に蓮の花びらが……

 

一人、結城友奈の体の上にだけは花びらが一枚も乗っていなかった。

 

 

 

 

「うっ……。みんな……? 友奈ちゃん!?」

 

一番始めに気がついたのは美森だった。

体を横たえたまま、周りの状況を把握する。

勇者部のみんなと園子が、自分と同じように倒れているのに気付く。皆、微かに呻き声を上げているようだ。

が、一人、友奈の反応だけが全く無いことに気付いた。

 

上半身だけで跳ね起きると、両手だけを使って友奈ににじり寄る。

 

「友奈ちゃん? 友奈ちゃん……、友奈ちゃん、友奈ちゃん」

 

友奈の頭を抱きかかえ、ありったけの声で友の名を呼んだ。

 

「友奈ちゃーーーん!!!」

 

だが、彼女から反応が返ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

樹海化が解けると、彼女たちは大赦の霊的医療班によって回収された。

そして讃州中学勇者部の五名は、讃州市の羽波病院へと収容された。

 

 

 

 

翌日。犬吠埼樹は絶望していた。

声が出なかったからである。明らかに、声が供物として捧げられていた。

人々に自らの歌う歌を届けるという夢を諦めないといけなかった。

 

だが、考え直す。この程度で済んで良かったのだと。

夢は、また探せばいい。この世界を守り切れたのだから、いくらでもやり直しはきくのだ。

だから樹は笑顔で、姉と美森に再会した。

樹の、供物となった対象を知って泣き崩れた姉を励ます強ささえあった。

 

 

 

 

激闘から三日後。犬吠埼風は喜びの中にいた。

樹の声が戻ってきたから。まだ掠れ気味ではあり、つたない声の出方ではあったが、妹に供物が戻ってくることを確信できたから。

 

だから、自身の見えなくなった左目が、ぼんやりと光を取り戻し始めたことは二の次だった。

 

この翌日、犬吠埼姉妹と左耳の聴力が回復しだした東郷美森は退院した。

 

 

 

 

退院した翌朝、東郷美森は朝の目覚めに違和感を覚えた。両足に感覚が戻っていたから。

意を決して、ベッドから両足を下ろし立ってみた。数秒立てたあと、支えきれずにベッドに尻餅をついた。

だが、リハビリさえ頑張ればまた歩けるようになる。そう、確信できた。

 

そして、その日の夕食時、唐突に小六の夏の遠足を思いだした。その時、銀と共に園子と交わした、料理を教えるという約束も……

 

 

 

 

 

 

 

 

あの戦いから二週間近くが過ぎた土曜日の夕方。三好夏凛は犬吠埼風と共に有明浜で砂浜に座り、夕陽を見ていた。

夏凛は両目と右手、右足の他、四回目の満開で両耳をも散華していた。だが犬吠埼姉妹と同様、三日後から回復が始まった。

この日、二人とも視力は回復しきっていないものの、出歩くに不自由でない程度には見えるようになっている。だが、夏凛の右足はまだ機能が戻りきっておらず、杖をついていた。病院は二日前に退院したばかりだ。

 

 

 

 

「あれから大赦からの連絡は一方通行で、返信も出来なくなっちゃったのよね」

 

「アタシたちは神樹様に解放してもらえたのよ。アタシたちの頑張りを認めてくれて、それで供物も返してくれたんだろうしね」

 

「でも、壁の外があのままなのは変わらないのよね。勇者に変身出来なくなったし、後は後輩達に任せるしかないのか……。私たちの戦闘データが役に立てばいいわね……」

 

「でも、勇者部は不滅だからね。体が元に戻ったらキリキリ働いてもらうわよ」

 

近況を話し合いつつ、そう言って笑顔を交わす。だが、二人とも懸念材料が残っていた。

 

 

 

 

「ねえ……。どうして、友奈だけ目を覚まさないの?」

 

「あの子は、一人で頑張り過ぎちゃったのよ……」

 

「それに乃木や鵜養とも、連絡が取れないんでしょ?」

 

「うん。鵜養の家の電話番号、聞いておけば良かったわ。明日、彼の家へ行ってみる」

 

「そう……」

 

そのまま、二人とも押し黙って夕陽を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、犬吠埼風は大橋市の貴也の家を訪れた。

だが、家族が言うには、あの日から『神樹様のお役目』に就いているため、貴也とも園子とも連絡が取れない旨、大赦から説明があったそうだ。

何も手がかりが掴めないまま、風は帰らざるを得なかった。再び、大赦の秘密主義に怒りを覚えながら。

 

 

 

 

東郷美森は連日、結城友奈の見舞いに訪れていた。

自身、二年間歩いていなかったため、足の機能回復のためのリハビリが必要だったこともあるが、それ以上に、全く意識が戻らない友奈のことが心配だったためである。

 

一時は、自分が結界の壁を壊したからだと自責の念に駆られ、錯乱しかけさえしたが、勇者部の皆に止められ、誰の責任でもないのだ、との結論で押し切られた。

 

「友奈ちゃん……」

 

美森の視線の先には、まるで人形のように無表情で身動き一つしない友奈の姿があった。

 

 

 

 

讃州中学の文化祭まで、あと二週間に迫った週末。

風と樹、それに夏凛の三人は散華した機能が既に完治していた。美森はまだ松葉杖をついていたが、左耳は完治し、記憶もほぼ戻ってきていた。

だが、友奈だけは……

 

その日の夕刻、友奈を病院の中庭に連れ出した美森は、文化祭で勇者部が演じる劇のナレーションの練習を行っていた。

劇の題名は『明日の勇者へ』

最後まで希望を信じて、独りぼっちになっても魔王に立ち向かっていった勇者。

それはまるで友奈の姿そのものを描いているようで……

 

ナレーションの練習だった。そのつもりだった。だけども、独りぼっちの勇者の姿が友奈に、そして今の自分に重なっていく。

いつしか、友奈に涙ながらに語りかけていた。

 

「あなたは私の一番大事な友達だよ。失いたくないよ……。――――――やだっ、やだよ……。約束したじゃない……、私を一人にしないって……。返事をしてよっ、友奈ちゃん!」

 

「と……う……ごう、さん……」

 

その途切れ途切れの声にハッと顔を上げた。

微かな笑みを浮かべた友奈の顔が、美森に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

結城友奈が意識を取り戻した、その翌週の土曜日。

美森は大橋市の貴也の家へ、一人向かっていた。

 

風の元へ、その日、園子が貴也の家へ帰って来るという報せがあったからだ。

最初は勇者部全員で、という話になりかけたのだが、やっと松葉杖での歩行を始められたばかりの友奈を気遣い、友奈のことは夏凛に任せて、美森一人だけの訪問となったのだ。

 

 

 

 

駅からは徒歩で貴也の家へ向かう。もう、両足とも回復しきっていた。

その道中、見知った背中を見かけた。

 

「銀……?」

 

「ん? 須美じゃんか! ひっさしぶりー。元気してたか? 足、直ったんだ!?」

 

三ノ輪銀だった。相変わらず、元気溌剌といった風情で話しかけてきた。

 

「ええ、そうよ。あなたも元気そうね」

 

「ん? あたしは、いつも元気だよ。今日は貴也さんの家へ、園子の出迎え? あたしもなんだ」

 

「そうよ。今まで一ヶ月ほど連絡が取れなかったから、心配していたの」

 

「須美もか……。あたしも、それくらい連絡が取れなかったんだ」

 

その後の道中、近況を銀に話していった。もちろん、自分の犯した間違いも、皆の散華とその回復も。

 

 

 

 

「へー、そっか……。いろいろ大変だったんだな。――――――でも、記憶が戻ってきて良かったじゃん。これで、園子の供物も返ってきてたら、たまには、また三人でつるんで遊べるかもなっ!」

 

「そうね。また、一緒に遊べるわね」

 

自然に弾んだ声が出る。嬉しかった。

あの頃と全く同じとはいかないだろう。自分には、友奈と勇者部という新しい絆もあるのだから。

でも、たまには三人で遊ぶのもいいかもしれない。そう美森は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

貴也の家の門が見えてきた。

門の前には高級ワンボックスが止まっている。

おそらく園子を送ってきた車だろう。聞いていたより、少し早めに着いていたようだ。

 

「急ごうぜ」

 

銀が左足を引きずりながらも、足を速める。

 

「すみません。お邪魔しまーす」

 

そう、銀が声を掛けて門をくぐろうとした時だった。

 

 

 

 

「どうしてっ!? どうしてここにも、たぁくんがいないのっ!!! どうしてよっ!!!」

 

園子の叫び声が聞こえた。

いつも穏やかで、怒っている時ですらその穏やかなしゃべり方が変わったことのない園子が、金切り声を上げていた。

 

二人とも慌てて、その声が発せられた場所へ向かう。

 

貴也の家の玄関だった。

そこには、七名の人物がいた。

園子の他に、貴也の両親、妹の千歳、スーツを着た男性、大赦の仮面をかぶった神官と思しき人物が二名。

 

貴也の家族は困惑した表情を浮かべており、男性は目を伏せていた。

そして、当の園子は両手の松葉杖で体を支えながら、その顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。

 

「どうしたんだよ、園子?」

 

銀が園子に尋ねる。

美森は記憶の中にすらない、園子のその姿に反応が出来なかった。あの血を吐くような告白の時でさえ、ここまで負の感情を見せてはいなかった。怒りと悲しみが綯い交ぜになったこんな感情を。

 

「ミノさん……。たぁくんが……、たぁくんが何処にもいないのっ!!」

 

「落ち着け……、落ち着けよ、園子」

 

 

 

 

 

 

 

 

園子の部屋に場を移した。

スーツ姿の男性は三好春信と名乗った。大赦と園子、そして貴也との連絡係だそうだ。美森の問いに、夏凛の兄であることも名乗った。

一方、大赦の神官二名は車で待機となった。

また、貴也の母と妹には『神樹様のお役目』関連の話ということで、席を外してもらった。

結局、園子、三好、美森、銀、貴也の父隆史の五名での話し合いとなった。

 

 

 

 

園子がポツリポツリと今までの経緯を話し始める。

 

「一ヶ月前、戦いが終わったあと、また玉藻市の円鶴病院に入院したんだ~。今度は声と耳も散華してたから、周りの状況が全然分からなくてね。あ~あ、変身しないと、もう誰ともコミュニケーションとれないな~、って思ってたんだ。でもね、何日かしたら以前散華した機能も含めて少しずつ治り始めたんよ。どうしてだろ~、って疑問に思ってたんだけどね」

 

「十日ほど経つと、一応、周りとのコミュニケーションもとれるようになったから、真っ先にたぁくんの状況を訊いてみたんだ~。でも、たぁくんも入院中だ、って言われてね。そっか~、って思ってたんだよね」

 

「でもね、二週間も経つと分かってきちゃったんだ~。私がこんな速度で回復していっているのに、いくらなんでもたぁくんの音沙汰が無さすぎるって。で、ここにいる三好さんがお見舞いに来てくれたタイミングで、たぁくんのことを調べてもらったんだ。そしたらね……」

 

園子はそこで一旦、話を止めると三好の方を見やった。三好が、渋々といった風情で話し始める。

 

「ここからは、ボクの方から説明します。まず、貴也くんが何処の病院に収容されたかの調査をしました。ですが、何処にも収容された形跡がなかったんです。遡って調べてみると、そもそも彼を回収したという記録すら残っていない。そこで園子様の指示で、その時の戦いにおける貴也くんのモニタリングデータを浚ってみたんです。ところが、おかしなことに途中からデータが破損というか、空白になっていて、彼の行動を追えなくなっていたんです」

 

「貴也くんは、園子様と別れたあと、星屑と戦いながら三好夏凛、結城友奈の二名と合流。そのあと一旦、三好夏凛が単独で戦闘に出ています。その後、結城友奈と別行動になった貴也くんは、もう一度三好夏凛と合流。その後はしばらく二人で協力して星屑と戦っています。このあと、三好夏凛と別行動を取り始めるんですが、そこでデータが終わっていました」

 

そこで、園子が割って入ってきた。

 

「でもね。そのあと、たぁくんが私たちを助けに来てくれたんよ。わっしーも覚えてるでしょ? 『みんな、待たせたっ! 僕も加わるっ!!』ってね。ものすごく心強かったのを覚えてる。実際、凄い力があったように感じたし、たぁくんが加わった途端に形勢が逆転したしね」

 

そう言いながら、園子はポロポロと涙を零し始める。次第に嗚咽が混じり始める。

 

「みんな、たぁくんに助けてもらったんだよ。なのに、誰もたぁくんが何処に行ったか教えてくれないんよ。誰もたぁくんの居場所を知らないんよ。どうして? ねぇ、どうしてっ!?」

 

三好が後を継いで話し始める。

 

「出来る限りの伝手を使いました。でも、貴也くんの居場所は分かりませんでした。今回の戦いで樹海化した時点で、最後に彼がいた場所がご自宅だったので、なにか手がかりがあるかもと思っていたのですが、それも……」

 

隆史が三好に問いかけた。

 

「まさか、貴也は死んだということですか?」

 

「いいえ。行方不明ということです。ただ、先ほども申しましたとおり、戦いの途中で三好夏凛と別行動を取った後の痕跡が全く残っていません。園子様の証言どおりの行動はあったようですが、それも証拠が残っていません。我々、大赦でも把握できていないんです。少なくともボクの手が及ぶ範囲では」

 

沈黙が訪れた。園子のしゃくり上げる声だけが、微かに響く。

美森も銀も言葉がなかった。園子にどんな言葉を掛ければいいのか、それすら分からなかった。

 

 

 

 

園子は、左手のピンクのラインの入ったブレスレットを取り外すとそれを握りしめた。

そのままの状態で固まる。

と、途端に絶叫を上げた。

 

「イヤーーーッ!!! いやだ、いやだ、いやだっ!! そんなことあるはずないっ!!」

 

「どうしたんだよ、園子!」

 

「そのっち!」

 

「園子様っ!」

 

「いやだよっ!! 供物の代わりが、たぁくんだなんて!! そんなことなら、供物なんか返ってこなくていいっ!! たぁくんがいなけりゃ、体が元に戻ってもなんの意味もないよ!!!」

 

美森は、心臓を鷲づかみにされたような衝撃を受けた。

 

『そんな……。みんなの供物が返ってきたのは、他に犠牲があったから? 貴也さんが、その犠牲に?』

 

狂ったように泣き喚く園子を、銀が宥めようとする。

園子の手からブレスレットが落ちた。

そこには、こう文字が刻まれていた。

 

『園子&貴也 いつまでも、ずっと』

 

 

 




ゆゆゆ編は、ここまで。

ある意味バッドエンドですが、本作はハッピーエンドを目指しますので、ご心配なく。

さて、東郷さんの叛乱(1期12話)から失踪(2期1話)までの時系列は原作では曖昧です。しかし、特典ゲームやおまけ小説等のエピソードが入ることを考慮すると11月をほぼまるまる空ける必要があるかと思います。
そこで、本作では文化祭を10月最終土曜日に設定。ものの考察によると東郷さん叛乱は9月最終月曜日だそうですので、毎週末にイベントを発生させることになりました。
非常に駆け足ですが、中学生の時間感覚と先が見通せない(予知のようなオカルトがない)ことを踏まえて、まぁ有りかな、と。

さて最後、園子ちゃんにはキツい展開です。供物の解釈も、この時点の情報ではこういう結論になっても仕方がないかな、と。
貴也くんのモニタリングデータの破損も10話で似たような状況が発生していました。
貴也くんが何処へ行ったかの種明かしは、本日は2話同時投稿ですので、次話ですぐにも。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

郡千景の章
第二十五話 勇者たち


街の中を跳躍する五つの影があった。

四つの影は大きな荷物を背負っており、一つの影だけは人を一人抱きかかえていた。

 

その跳躍は人の常識を越えている。一跳びで優に数百メートルの距離を稼ぎ、その速度は自動車以上だ。

 

五つ、いや六つの影はいずれも少女であった。

抱きかかえられている少女は明らかに巫女装束と分かる衣装を身に纏っている。

他五人は、それぞれデザインと色こそ違えど、いずれも和のテイストが入った、見ようによっては巫女装束にも近いとも思える戦装束をその身に纏っていた。

 

 

 

 

五つの影は、いつしか都市部と思しき地域に入ってきていた。

だが、ビルも民家も道路も破壊し尽くされていた。かろうじて原型を保っている建物もあるにはあったが。

 

崩れかけたビル群が建ち並ぶ大通りの近くを跳躍していく。

と、一人が少しルートから外れた。

 

「おーいっ! 人が倒れてるぞっ!!」

 

オレンジの装束を身に纏った小柄な少女が、他の者たちにそう声を掛けて離れていく。

他の四人も慌てて、その後を追った。

 

 

 

 

ちょうど交差点のど真ん中だった。路面電車の路線も走っている大通りであったため、その交差点はかなり広大なものであった。

そこに、少年が倒れていた。どこかの学校の制服姿のようにも見える。ただ、おかしなことに、このまだ寒さの残る時期に夏服のようだ。

 

「生きているのか?」

 

「まさか……。倉敷では一人も生存者は見つかりませんでしたし……」

 

「それに、こんな所に倒れていたら、いつバーテックスに襲われてもおかしくありませんよ」

 

「罠かもしれないわ……」

 

「じゃ、とりあえず周りを警戒しておかなきゃね」

 

倒れている少年を確認しにいったオレンジの少女を見守りながら、他五人は周りを警戒することにした。

 

 

 

 

「生きてるっ! 生きてるぞーっ! やった!! 初めて生存者を発見したぞっ!!」

 

オレンジの少女が喜びの声を上げた。

他の五人がわらわらと集まっていく。

 

話し合った結果、近くのビルのうち使えそうな場所で身を潜めつつ、彼の手当をし、意識が回復するのを待つことにした。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

貴也が目を覚ますと、まずコンクリートの汚れた天井が見えた。

周りを見回すと、荒れた一室の床に寝かされていた。一応、敷物と枕代わりの物はあったが。

 

「気がついたか?」

 

数名の少女がいた。いずれも見覚えのない顔……、いや、一人だけ見知った顔があった。

 

「友奈……?」

 

頭がぼーっとする。どうして自分はこんな所にいるんだろう、と疑問に思う。

 

「友奈。知り合いか?」

 

「ううん……。知らない人だよ、若葉ちゃん」

 

そのやり取りに少なからず驚いた。体を横たえたまま、改めて友奈の顔をまじまじと見る。

結城友奈とよく似た顔。だが、僅かに雰囲気が異なるような気がした。

途端、気を失う直前のことを思い出す。

 

「ここは何処だ? バーテックスは? みんなはどうなった?」

 

「落ち着け。ここは岡山だ。君は路上で倒れて気を失っていたんだ。そこを私たちが見つけて、ここまで運んできたんだ。何があったのか、教えてくれないか?」

 

なんだか少し園子と似た顔立ちの、だが彼女と違い凛々しさ満載といった風情の少女が尋ねてきた。

 

「君たちは……?」

 

「私たちは四国を守っている勇者だ。私の名前は乃木若葉。このチームのリーダーだ。今は、本州の状況を調査するために来ている。君は、さっき友奈の名を呼んでいたが、知り合いなのか? 友奈は知らないようだが……」

 

「乃木若葉……、乃木若葉っ!? すまない、先に他のメンバーの名前を教えて欲しいんだけど……」

 

「ん? ああ、別にいいが……。じゃあ、とりあえず自己紹介をしていくか?」

 

乃木若葉と名乗った少女は少し戸惑ったようだが、他の仲間に視線を向けて、同意を確認する。

先ほどの友奈と見間違えた少女が、まず名乗りを上げた。

 

「あっ、じゃあ私から自己紹介するね。私は高嶋友奈だよ。えっと、とりあえず名前だけでいいのかな?」

 

「ああ、とりあえず名前だけ教えてくれ。他の情報は教えてもらっても、多すぎて混乱するだろうから」

 

貴也のその言葉で、皆少し緊張が解けたようだ。次々に名乗っていく。

 

「タマは土居球子だ。お前を見つけたのはタマだからな。感謝しタマえ」

 

オレンジの戦装束を身に纏った、小柄で活発そうな少女がそう名乗った。

 

「私は伊予島杏です」

 

続いて、白の装束を身に纏ったおとなしそうな少女が。

 

「郡千景……」

 

次は、暗赤色の装束を身に纏った、陰のある少女が。

 

「私は上里ひなたです。私だけ勇者じゃなくて、巫女なんですけどね」

 

最後は、巫女装束を纏った小柄で育ちの良さそうな少女がそう名乗った。

 

 

 

 

その、皆の名乗りに体温が急激に下がったような錯覚を覚えた。いや、実際に体に震えが来る。

 

『西暦の勇者と同じ名前じゃないか……。まさか、まさか……』

 

「僕の名前は鵜養貴也だ。――――――悪い。記憶がなんか飛んじゃってるんだ。今は何年なんだ?」

 

その貴也の言葉に、若葉は心配そうな顔をして告げた。

 

「二〇一九年の三月だぞ。大丈夫か? どこか、頭でも打ったか?」

 

その言葉に絶句した。三桁ではなく、四桁の年号。貴也は自分の境遇を自覚した。

 

『時間を遡っている!? こんなことって本当にあるのか? いや、この子たちが僕を騙そうとしているとは、とても思えないし。みんな、僕のことを本当に心配しているみたいだ。そうか……、そうなのか……?』

 

急に吐き気がこみ上げてきた。

 

「悪い。トイレは何処かな……」

 

「トイレって……? 吐きそうなら、こちらへ……」

 

若葉が肩を貸してくれ、ひなたが別の部屋へ誘導してくれた。そこで、思いっきり吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ気分が悪いからと断って、その部屋に一人にしてもらった。

自分の吐瀉物の饐えた臭いに実際にさらに吐いたが、その間、今後の対応を必死に考えた。

 

まず、持ち物を確認する。

ハンカチ、ポケットティッシュ、生徒手帳、財布、スマホ、園子とお揃いのペアブレスレット。

それらがポケットに入っていた。

そして、首から提げている指輪。

以上が、今の持ち物の全てだ。

 

『未来から来た、なんて言っても信じてもらえないだろうし、最悪、頭がおかしい、としか思われないだろうな。生徒手帳は見つかったらややこしそうだから、もう一度時代を確認して、確信できたら処分すべきだろう。お金も、この時代じゃ使えないだろうし。スマホは……』

 

スマホの機能を簡単に確認したが、通信機能はアウトのようだ。規格が違うのかもしれない。

 

『ダメだ。どれもこれも、身分を証明するどころか、話をややこしくしそうな物ばかりだ。やっぱり、生徒手帳、財布の中身、スマホの三点は早めに処分した方がいいかもしれない。――――――いや、待て待て。本当に西暦の時代なのか? やっぱりそこを確認してから……。いや、彼女たちの姓名がその証拠か。全員、大赦関連の名家の姓と西暦の勇者の名の組み合わせだ。逆に言えば、だからこそ嘘と言えなくもないが、郡千景だけは違う。その姓と名前の組み合わせは、限られた人間だけしかその情報は持ち合わせていないはずだ』

 

不安が大きくなりすぎ、縋るようにブレスレットを見た。そして指輪を。この二つだけが、園子との繋がりを信じさせてくれた。

その二つを握りしめる。

 

『悲しんでいる暇はない。絶対、どこから来た、だとか、これまでの経緯を訊かれるに決まってる。どうする?』

 

基本、バーテックスに襲われた時のショックで記憶が混乱しているように言えばいいだろうか。

だが、出身地や仲間については、そうそう誤魔化せないだろう。完全な記憶喪失というのも、返って怪しまれそうだ。

そこで、かつて読んだ歴史書などの知識を総動員した。

 

『このストーリーで行くか? これなら、万一他に生き残りがいても迷惑は掛からないかもしれない。そのちゃん達のうち誰かがこちらに飛ばされていて話の矛盾がばれたら、その時は真実を話そう……』

 

園子から西暦の勇者についても、いろいろと話を聞いたことが役に立った。

とりあえず、現実に対処すべく覚悟を決めた。

 

 

 

 

「若葉。どうだった?」

 

球子のその問いに、部屋に戻ってきた若葉は困ったような表情を見せる。

 

「体調が悪そうだ。一応、近くにひなたに控えてもらったが……。恐らく、バーテックスに襲われたことと、知り合いのいない一人きりの状況になったからじゃないだろうか?」

 

「体調もそうですが、精神的な面も心配ですね……」

 

杏が心配の声を上げる。すると珍しく千景が積極的に発言してきた。

 

「どうするの、乃木さん? 彼を連れたままじゃ、調査の続行は不可能だわ。一度、戻るの?」

 

若葉は少し思案すると、きっぱりと言い切った。

 

「まずは、彼の仲間を探そう。まだ生きているかもしれないしな。ただし、今日の夕方までだ。バーテックスの侵攻が止まっている期間も、そう長くないだろう。あまり時間をロスするわけにもいかない。その後のことは、生存者の数で決めよう。多ければ一度、四国に戻ることになるだろうし、少なければ二手に分かれるという手もあるからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

ひなたに付き添われて貴也が元の部屋に戻ると、皆真剣な面持ちで彼のことを見てきた。

やはり、リーダーの若葉が話しかけてくる。

 

「体調の方は大丈夫か? もし、なんだったら無理をしない方がいい」

 

「あぁ、もう大丈夫だ。とりあえず、なんとか落ち着いたし……」

 

すこし曖昧なものにはなったが、そう笑顔で返した。

 

「じゃあ、何があったか話して欲しいんだが……。もちろん、無理をしない範囲で構わない」

 

気遣いが見える態度で、そう問いかけてきた。

 

「うん。えっと、元々、僕たちはここの北側、鳥取方面で小さなコミュニティーを築いてたんだ。ただ、そこも全滅の憂き目に遭って、四国の方は複数の勇者に守られているって情報を頼りに南下してきたんだ。逃げてきた仲間は僕以外に六名。みんな君たちと同い年ぐらいの女の子だ。気を失っていたから時間経過が分からないけど、多分この近辺に来た時にバーテックスに襲われて散り散りになったんだ。これが僕が覚えているすべてだ」

 

そこまで話すと、皆気の毒そうな目で貴也を見てくる。

 

「六人の名前を教えてくれ。今から夕方までの時間しか無いが、私たちが探してみよう。それから、その中にバーテックスと戦える者、つまりは勇者はいたのか? それと神のお告げを聞ける巫女は?」

 

「名前は……、園子、風、樹、美森、夏凛、友奈だ。勇者は……友奈、一人だ。巫女はいない」

 

状況的に勇者が複数いるのは不自然だと思い、とりあえず友奈一人の名を挙げた。もし誰かが、あるいは全員でこの時代に飛ばされていたとしても、後から訂正すればいいだろうと考えた。

 

この時、貴也の意識からは自分自身が抜け落ちていた。常日頃から『神樹様に選ばれた勇者』ではない、との意識があったせいかもしれない。

 

「友奈って、さっき私と間違えた人だよね。そんなに似ているの?」

 

高嶋友奈と名乗った、結城友奈にそっくりの少女が尋ねてくる。やはり、興味を引いたのだろう。

 

「ああ、双子って言われても信じるね。けど、雰囲気は少し違うみたいだ。どこが、とは具体的に言えないけど」

 

「どんな子か、教えてくれない? 興味があるなー」

 

そんなやり取りをしていると、若葉が皆に指示を出し始めた。

 

「友奈、後にしろ。じゃあ、捜索は二人一組でいこう。私と杏、友奈と千景の二組で当たろう。鵜養くんは体調に不安があるし、ここにいてもらう。ひなた、彼の面倒を見てやってくれ。球子は二人の護衛を頼む。生存者を発見したら、すぐに連絡を取り合うこと。今は一時半。見つからなくても二時間後にここに集合だ。なにか質問はあるか?」

 

それぞれ顔を見合わせるが、特に質問はなかったようだ。

 

「じゃあ、捜索に出発だ!」

 

若葉の号令とともに四人の勇者が捜索に出ていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか? お腹、空いていません? うどんか何か、消化の良いものを用意できたらいいんですけど、なにぶん、火を使うとバーテックスに見つかる恐れがあって、こんなものしか用意できないんです。ごめんなさいね」

 

そう言って、携帯食を見せて申し訳なさそうにする、ひなた。

貴也はかえって恐縮してしまう。

 

「いや、気を遣わせてゴメン。さっき、戻したばかりで食欲がないんだ。気持ちだけ貰っとくよ」

 

それっきり、会話が途絶えてしまった。

余計な情報を与えて怪しまれないようにしたい貴也と、仲間と切り離され一人きりの貴也に気を遣いすぎたひなたの双方の思惑が、期せずして噛み合ってしまったからだ。

球子も、一人で護衛しなければならないことに気負っているのか、外の状況に気を遣いすぎており、二人の状況に気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

小一時間ほど、そうした状況が続いた後、球子が二人に声を抑え目に掛けてきた。

 

「二人とも、気配を殺せっ。バーテックスが近づいてきてる。それも複数だっ」

 

三人で息を殺し、身じろぎもせずにやり過ごそうとした。

二、三分そうしていただろうか。

いきなり、球子のそばの壁が破壊され、二体の星屑が侵入してきた。そのさらに後方に、もう一体。

 

「くそっ! ひなた達の所へ、行かせるかっ!」

 

円形の楯の周囲に回転する刃を持つ武器――旋刃盤を使って撃退しようとするが、屋内であることが却って彼女の動きを阻害した。旋刃盤を振り回す空間に事欠いたのだ。

三体の星屑相手に苦戦する球子。

 

一方、ひなたは若葉達に連絡を入れようとしていた。

 

そして、貴也は……

 

『多重召還!』

 

球子を助けようと駆け出していた。だが……

 

『変身出来ない!? くそっ! 召還!』

 

それすらも、反応しなかった。

 

 

 

 

「若葉ちゃんですか? 今、バーテックスに襲われていて、球子さんが苦戦しています! 早く……キャーッ!」

 

ひなたの後方の壁が突如破壊され、もう一体の星屑が侵入してきた。

 

「くそっ! 上里さんっ!!」

 

貴也は反転して、ひなたを助けに行く。

星屑が、その口とも思える器官を大きく開け、彼女に食らいつこうとしていた。

 

ドンッ!

 

とっさに、ひなたを突き飛ばす。

 

「グヮッ!!」

 

右肩に灼熱が走った。

 

 

 




CAUTION!!
本日は2話同時投稿です。お気に入りから直接飛んで来て、この第二十五話を読んだ方は第二十四話もお読みください。
なお、どちらを先に読んでも実害はありません。話の印象は変わるかも知れませんが。

元々の構想では、24話と25話の順序は逆の予定でした。わすゆ編、ゆゆゆ編と原作に合わせた章立てを行うに当たって、ややこしいので現状の順序にしただけです。
よって、25話を先に読んだ場合、元々の構想通りの順序で読んだことになり、ラッキーということで、お願いします。

さて、今話からのわゆ編に突入です。
ゆゆゆ編から勇者の章を挟まずにのわゆ編に繋げ、なおかつオリ主がシームレスにそのまま続投という形式です。

のわゆ編は章全体で本作のネタバレを構成する予定ですので、お楽しみいただけたら、と思います。なお、長くなりそうです。プロットを見ると、最低16話は必要かな、と。
原作との乖離部分も大きくなりそうですので、これからも本作をよろしくお願いいたします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話 彼岸花の少女

若葉と杏が、その部屋に戻ってきた時には、既に戦闘は終わっていた。

都合四体の星屑。そのすべてを球子が倒していた。

 

しかし、球子は放心したようにその光景を眺めていた。

倒れている貴也に、ひなたが泣きながら手当をしていた。

 

「一体、何があったんだ? 球子」

 

「若葉か……。タマがドジ踏んじまったんだ。バーテックスに手間取っている間に、別方向から攻めてきた奴にひなたが襲われて、鵜養がそれを庇ったんだ」

 

「でも、全部お前が倒したんだろ?」

 

「そうだけど。でも、もっと上手くやれてれば……」

 

そう言って落ち込む球子をとりあえず置いておき、貴也たちの様子を確認にいった杏に声を掛ける。

 

「杏。鵜養くんの具合はどうだ?」

 

「右肩を一部、食いちぎられています。でも、命に別状は無いようです」

 

「そうか。鵜養くんには悪いが、死者が出なかっただけ不幸中の幸いだ」

 

球子を励まし、貴也の手当を続けつつ、友奈と千景の帰還を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が揃ったところで、若葉が頭を下げてきた。

 

「鵜養くん。ひなたを救ってくれてありがとう。このとおりだ」

 

「いや、当然のことをしただけだよ。頭を上げてくれ」

 

実際、貴也には打算があった。

まったく知らない人間であれば、見捨てていたかもしれなかった。当然だ。園子に再会できるまでは、死ねないと思ったからだ。

だが、この勇者たちの誰か一人でも欠ければ、歴史が大きく外れていく恐れがあった。少なくとも、乃木若葉が死ねば園子が、郡千景が死ねば自分や千歳達が、この世から消えてしまう公算が大きかった。

だから、少なくともこの西暦の勇者メンバーは死なせてはならないと思ったのだ。

 

「貴也さんが庇ってくれなければ、今頃、私は死んでいました。本当にありがとうございます」

 

ひなたもそう言って、頭を下げてきた。そして、若葉ももう一度頭を下げる。

 

「それともう一つ。こんな事態になってしまい、生存者の捜索は打ち切らざるを得ないんだ。私たちも時間が限られている中で、やるべきことが山積みなんだ。申し訳ない」

 

「いや、勇者の力で一時間近く捜索して見つからなかったのならしょうがない。そういう運命なんだと受け入れるよ」

 

「本当にすまない」

 

気まずい沈黙が流れた。

 

貴也も園子たちのことは諦めざるを得なかった。

元々、一緒にこの時代に飛ばされているのかどうか、あやしかったのもある。

最初から諦め気味だったため、自分でも意外なほどにすんなりと受け入れられた。

 

 

 

 

沈黙に耐えきれなかったのか、友奈が慌てたように若葉に問いかけてきた。

 

「と、とにかく、これからどうしよう? 若葉ちゃん」

 

「そうだな……。今日は、本当は神戸まで行って周辺の調査を行う予定だったからな……。二手に分かれよう。千景に鵜養くんを任せる。今日中に四国に戻って彼を引き渡し、明日の朝、四国を発ってもらって神戸で合流しよう。私たちは、先行して今日中に神戸入りし、明日千景が合流するまで調査に当たろう」

 

「ちょっと待って。どうして私なの? 他の人じゃダメなの? 男の人と二人きりなんて、イヤよ」

 

若葉の提案に対し、千景がはっきりと拒絶の態度を取ってきた。本当に心底嫌そうな表情だ。

 

「鵜養くんを送るためだけに人員を割くわけにいかないからな。私は、この中で単独行動を任せられるとしたら千景だと思ったんだ。私がチームから離れるわけにもいかないしな。それに鵜養くんのことなら、ここまでの彼の言動で、信頼が置ける人物だと私は思っている。ま、いざとなったら勇者の力でぶっ飛ばせばいい。フフッ……」

 

若葉は千景の目をまっすぐに見つめ、真剣にそう返した後、最後は少し冗談混じりの発言をして軽く笑った。

 

「勇者の力でぶっ飛ばされるのは、勘弁したいな。君が嫌がるようなことは絶対しないと約束するよ」

 

貴也も、そう言って若葉のフォローをする。そこに友奈が優しく微笑みながら続けた。

 

「ぐんちゃん。貴也くんなら大丈夫だと、私も思うよ。こんなケガを負ってまでヒナちゃんを助けてくれた人だよ。安全なところまで、送ってあげようよ……」

 

「高嶋さんがそう言うなら……。分かったわ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「いろいろと、ありがとう。四国で機会があったら、お礼に伺うよ」

 

「ヘンなところは触らないでよ。――――――じゃあ、行ってくるわ」

 

貴也を背負った千景が跳躍していき、姿を消す。

 

「大丈夫でしょうか?」

 

杏が二人が消えた方向を眺めながら、そう呟いた。すると、球子が杏の背中を軽く叩いて諭す。

 

「心配性だな、あんずは。鵜養は、タマも信頼が置ける奴だと思うよ。それに千景はああ見えて、いろいろ考えられるし、いざという時は精霊の力も強いしな。タマも見習わなくちゃいけないところがあるからな」

 

「タマっち先輩がそう言うなら、そうかもしれませんね。私も二人を信頼することにします」

 

「さあ、私たちは神戸へ向かうぞ。暗くなる前に野営地を見つけないとな」

 

若葉達は荷物を纏め、東へ向けて移動を開始した。

 

 

 

 

「すまないな。迷惑を掛けて……」

 

「気にしないでいいわ。これも勇者としての任務の一環よ」

 

千景の跳躍に身を任せながら、貴也が話しかける。

気を遣っているのか、輪入道の全速力と比べると半分以下の速度しか出ていない。だから、軽く会話が可能だった。

そもそも、自分の直接のご先祖様に当たる少女だ。それなり以上に興味があった。

 

「郡さんは戦い始めて、どれくらい経つんだ?」

 

「実戦は半年、訓練を入れれば三年といったところよ。あまり話しかけないでくれる? 男の人は苦手なの」

 

「ゴメン。でも、妹とちょっと面影が似ているから話してみたいなって思ったんだ」

 

確かに、千歳の面影を残したような顔立ちだ。直接のご先祖様なのだから当然かもしれない。

でも十数代は離れているはずである。それなのに、まるで千歳が成長したらこんな顔立ちになるのではないか、といった感じなのである。ただ、性格はまるで違うようだが。

 

「そうなの。で、妹さんは――――――あっ、ごめんなさい。そう、そうよね……」

 

「もう、会えないんだろうな、とは思うよ……」

 

断言はしたくなかった。理由も原因も分からず過去の世界へ来てしまった。でも、だからこそ、また理由も分からず元の時代へ帰れるのでは? その低い可能性に縋っていた。

だが、やはりあくまでも低い可能性だ。希望は持ちすぎない方がいいとも思った。

 

「とにかく、男の人が苦手ってのは残念だな。まぁ、あんまり無防備でも危ない話だけど」

 

「なによ。なんの話?」

 

「いや、絶対幸せになれそうなのにな、って思っただけだよ。きっと、君が幸せを感じられるように全力を尽くしてくれる人が現れそうだからさ」

 

そう、将来婿を取るのではなく嫁に行くことを願うはずの、この少女を全力で受け入れようとする人が、家が現れることを知っているから。だから、そう言ってしまった。

 

「それは私が勇者で、必要とされているから? そうなんでしょ?」

 

「え? 勇者とか関係ないだろ? 郡さんは美人さんだし、こうやって優しくしてくれるし、魅力的だと思うよ」

 

「……! な、なに言ってるのよ!! ふざけていると、このまま振り落とすわよ!」

 

「ゴ、ゴメン。ちょっと口が滑った。振り落とすのは勘弁してくれ!」

 

さすがに、そのあたりで会話は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

沈黙が支配する中、二人は市街地を抜け、山がちな地域に入ってきた。跳躍の最高点では、遠くに瀬戸大橋の姿が見える。

貴也にとっても、体感で二年ぶりの健全な状態での瀬戸大橋の偉容である。

 

だが、山がちな地域も抜け、再び市街地――児島の市街地であった――に入ろうと跳躍の最高点に達した時、二人は気付いた。

 

「どうして……? いつの間に、こんなにバーテックスが……」

 

「数が多いな。百体以上いるんじゃないか?」

 

市街地の一角、というよりは一部と言ってもいい広さに星屑が集まってきていた。

だが、それに気を取られすぎたのがまずかった。着地点に十体近い星屑がいたことに気付くのが遅れたのだ。

 

 

 

 

着地すると同時に襲われた。

二人は跳ね飛ばされ、地面に別々の方向へ転がった。

千景はすぐさま起きあがると、彼岸花を想起させる暗赤色の勇者装束を翻し、大鎌――大葉刈を振るい星屑に立ち向かった。

が、貴也に気を取られた。貴也は立ち上がっていたが、そこへ二体の星屑が襲いかかろうとしていた。

 

「鵜養くん!」

 

貴也を守ろうと向きを変え、走り出したところで左から別の星屑に襲われる。大葉刈の一閃でそれを屠り、貴也へ飛びかかる二体も斬り飛ばす。

だが、大鎌は小回りが利きづらい武器だ。さらに右後方からの突進に対処しきれなかった。

 

「クッ……!」

 

噛み付かれることさえ覚悟した。が、後方から跳ね飛ばされただけだった。

貴也が、千景に食らいつこうとした星屑に全力で体当たりを掛けたため、気を逸らしたのだ。

だが、そのために貴也は千景以上の距離を跳ね飛ばされていた。

 

「鵜養くん!!」

 

『私を守ろうとしてくれたの?』

 

千景の心に後悔が宿る。

 

『もっと、彼を信頼すべきだった……』

 

「お前、たちっ!!」

 

その目に微かに涙を滲ませながら、千景は奮闘した。

しかし、その奮闘はさらなる星屑の集結を誘発しただけだった。

 

 

 

 

貴也は無様に転がり続け、塀にぶつかってやっと止まった。

 

「くそっ! 変身さえ出来ればっ!! そのちゃん! 力を貸してくれっ!!」

 

全身の激痛をこらえて立ち上がる。が、もはや右腕は使い物にならない。元々肩の肉を一部食いちぎられ肘から先しか動かせなかったところに、転がった時の強打でまったく動かなくなったようだ。

千景のいる場所へは、さらに十体以上の星屑が集まってきていた。

 

その時、胸に提げている指輪が熱を持っていることに気付いた。

 

「まさか……? 頼むっ!! 多重召還!!!」

 

白い光が胸元から発し、全身を包み込む。そして、それが収まった時、もう既に見慣れた狩衣にも似た装束を身に纏っていた。その色は白にほんの少し青を混ぜた薄浅葱。肩から両脇、腰回りから両足に向け、青、橙、白、紅の四色のラインが走っている。

 

「よしっ!!」

 

 

 

 

『ダメだ。精霊の力を使わないと保たない……』

 

斬っても斬ってもその数を増やす星屑を前に、千景は切り札である精霊、七人御先の力をその身に宿すことを決意する。

今回の調査ではよほどのことがない限り、精霊の力を使わないことを仲間内で決めていた。精霊の力を使うことは勇者の体に大きな負担を招くと考えられていたからだ。

だが、今こそがそのよほどのことなのだ、と千景は思った。

自らの体の内側に意識を集中させようとした、その時だった。

 

「いけーーーっ!!」

 

背後から高速で突っ込んできた何かが、星屑を斬り飛ばしていく。

目を瞠った。

勇者の戦装束にも近い衣装をその身に纏った貴也だった。

 

彼は、空中を高速で走行していた。足を動かしているわけではない。両足の側面で四つの車輪が高速で回転していた。その力で空中を走行しているのだろう。

星屑をまるで豆腐でも切るかのように、軽く斬り飛ばしていっている。その力の源泉は左手に持っている輪っかの形をした刀だ。

 

彼は立体的な機動で、瞬く間に十体を越える星屑を屠っていった。

その間、千景は何も出来なかった。ただ、彼の戦闘を見ているだけだった。

 

前方から彼が高速で突っ込んでくる。輪刀が消えると、左手で千景をすくい上げ、そのまま逃走に入った。

 

「一旦、撤退だ! 仕切り直す!」

 

彼のその言葉を呆然と聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

町はずれにあった小さなビル。その影に二人は身を潜めた。

千景を降ろした途端、貴也は倒れ込んだ。

 

「すまない。体がもう限界なんだ。ちょっと、しばらく休憩させてくれ……」

 

鼓動は痛みを覚えるほど激しい。息も荒く、喉もカラカラだ。全身を激痛が苛んでいる。特に右肩の痛みは尋常ではない。なるべく早く医者に診てもらいたいところだが、そうも言っていられないのは理解しているつもりだった。

 

「なんなの、この力? あなた、勇者なの?」

 

千景が呆然としながらも尋ねてくる。その問いに、以前話した嘘と辻褄が合うようにさらに嘘を重ねた。

 

「本当は、勇者は友奈じゃなく、僕なんだ。僕たちのコミュニティーにいた唯一の巫女様から、男の勇者は超イレギュラーな存在だって聞かされていたから、ちょっと誤魔化した。ゴメン……」

 

「そうだったの……。でも、今まで戦わなかったのは何故? 上里さんの時、この力を使っていれば、こんな怪我、負わずに済んでいたはずなのに」

 

「どういうわけか、今の今まで変身できなかったんだ。今、変身できているのも偶々かもしれない。あるいは、逃げてきた仲間を失ったショックで変身できなかったのかも……」

 

嘘を重ねることに心に痛みが走ったが、飲み込むことにした。

園子にも、今目の前にいる千景にさえも顔向けできないな、と思った。

 

「分かったわ。とりあえず、この問題は置いておきましょう。それよりもバーテックスよ。あなたのおかげで時間を稼げたわ。助かった。あとは私に任せて」

 

「どうするつもりだ?」

 

「精霊の力を使う。勇者の切り札よ」

 

「でも、一人じゃあの数は……」

 

「乃木さん達を呼んでいる時間はないわ。あなたの回復を待っている時間もね。あの数でさえ、今四国に攻め込まれたら危ういの。それに私の精霊は七人御先。七人に分身して戦えるから大丈夫よ。任せて。一ヶ月前、みんなと一緒とはいえ、あの十倍では利かない数のバーテックスを殲滅したんだから。あなたは無理をしないで休んでてちょうだい」

 

そう言うと、千景は貴也の返事を待たずに飛び出していった。

 

「七人御先だって……!?」

 

自分が使っている精霊と同じ名の精霊。そこに驚いたが、体が動かない。今は体を休めるほか無かった。

 

 

 

 

二時間近く経った頃、千景は帰ってきた。その体には疲労感が満ち満ちていた。

だが、その顔には遣り切ったという感情の溢れる笑みがこぼれていた。

 

二人は助け合って瀬戸大橋を渡り、太陽が沈みきった頃四国入りを果たした。

 

 

 




貴也くんが変身できないので四国送りかと思えば、変身できてしまったり。

さて、児島に集結していた星屑は4月早々にあるだろうあの戦いの戦力の一部だったという設定です。集結後さらに別の場所に移動するつもりだったのかも。千景に殲滅させられてしまいましたが。
これでちょっとは千景に自信がついてないでしょうかね? どうも自己評価が低すぎるのが原作のあの結末に繋がっていると思われますので。

ということで、今回貴也のバディっぽく振る舞っている千景がのわゆ編の章題の栄誉を受けることになりました。まぁ、この子を救うのがこの章の最大の難関でしょうから、当然のタイトルかも知れませんが。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話 絶望の街

『どうして、こんなことになったのかしら……?』

 

千景は、自分の置かれている状況にいまだに混乱していた。

 

同い年の男の子に自分から抱きついていて、さらには左腕で抱きしめられている。

わけが分からない。

こんな状況がもう既に十分も続いていて、更にあと二十分は続きそうなのだ。

 

だからといって、今更やめるわけにもいかない。

やめた途端、海中にドボンだ。勇者に変身しているからといって、それは変わりがない。

 

 

 

 

千景は貴也と共に一路神戸を目指していた。

坂出から神戸まで、文字通りの一直線。貴也の空中走行がそれを可能にしていた。

落ちないように、落とさないように、抱きつき、抱きしめていないといけないという条件付きではあったが。

 

一時間前と十五分前の自分を張り倒したい気持ちにもなる。

普段の自分なら、絶対受け入れない、受け入れられない条件だ。

 

『どうかしていたのよ、私は……』

 

まったく下心の見える様子のない、貴也の横顔を見ながら、これまでの出来事を思い返す。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

七時を回った頃、瀬戸大橋記念公園にたどり着いた千景と貴也を待っていたのは、大社の職員達であった。

連絡どおり、待機してくれていたのだ。

 

そこで、千景は貴也と別れた。彼は坂出市内の病院に送られたからだ。

千景は車中、簡単な報告をしたあと、拠点である丸亀城に着いてから本格的な報告を行った。もちろん、貴也が男性の勇者であることも含めて。

 

その夜は、なかなか寝付けなかった。

彼女自身もよく理解していなかったが、長時間の密着、魅力的だとの言葉、命が掛かった場面での助けなど、同年代の男の子との生まれて初めての経験が重なったからだった。

小学生時代、ずっと凄惨ないじめのターゲットであった彼女に、同年代の異性からの暖かな気持ちを伴った接触など全く経験がなかったからだ。

 

『彼は本当のところ、私のことをどう思っているんだろう……』

 

なぜか、そんなことを考えながら、いつしか疲労に負けて熟睡していた。

 

 

 

 

翌朝、若葉達に合流すべく準備を整えると、一応見舞いをしてから行くべきだと考え、貴也の入院している病院へと向かった。

 

驚かされた。

彼は大社の職員と交渉し、千景と同行して若葉達の四国外調査に参加することになったというのだ。

昨日の怪我のことを尋ねると、既に右肩以外は問題ないレベルに回復しているとのことで、その右肩も十分に固定しておけば特に問題は無いだろうとのことだった。

 

わけが分からなかった。どうやって回復したのだろう? どう交渉したのだろう? 疑問符が頭の中を占めた。

 

とりあえず、彼の持ち物等の準備があるので小一時間ほど待機することとなった。

その際に、彼から合流までの経路として一直線の案が提示されたのだ。

『抱きつ、抱かれつしないといけないけど、どうかな?』と聞かれたのだが、彼の怪我と大社との交渉経緯への疑問で頭がいっぱいで生返事をしてしまい、気がつくとその案が採用されていて内心慌てた。

 

その後、少し会話をして交渉内容は分かった。が、怪我に関しては納得がいく説明はなかった。

また、彼が同学年で自分より半年ばかり年長であることも分かった。家族構成も。

鳥取での生活については口ごもっていたが、それは仕方のないことだろうと思った。既にバーテックスによって終わらされたことなのだ。良い思い出など何もないが、それでも故郷の残っている自分では想像も出来ない苦しみがあるのだろうと思った。

 

出発の直前にも彼は気遣わしげに、『やっぱりやめておくか?』と聞いてきた。

嫌だ、やっぱりやめておく、と言おうとした。だが、言葉にならなかった。

なぜか、その言葉を口にしようとすると、ひどく残念な気持ちになったからだ。

 

結局、『どうしてこうなった?』という気持ちだけを引きずって、彼に抱きついたままの海上飛行? となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、前日千景と別れた貴也は治療を終えたあと、すぐ泥のように眠った。よほど消耗していたのだろう。

 

翌日、早朝に目覚めた貴也は驚いた。怪我がほとんど治っていたからだ。元々大きな怪我は右肩だけで、それはまだまだ痛んだが、それ以外の星屑に跳ね飛ばされた際の怪我は痛みを感じない程度には回復していた。

結局、当直医の診察を受けて、右肩を十分に固定しておけば、ある程度動きの激しい運動をしても大丈夫だとの太鼓判を押されてしまったのだ。

 

その直後、大社職員の訪問を受けた。その三十歳前後の男は佐々木と名乗り、他に例の無い男の勇者として、その詳細を教えて欲しいと言ってきたのだ。

そこで一計を案じた。もう体は十分に治っている。ならば早めに若葉達と合流し、彼女たちの命の危険が低下するよう合力すべきだと思ったのだ。

 

「勇者用の予備のスマホがあるはずですよね。僕を四国外調査に合流させて、その予備端末でモニタリングすれば丁度いいんじゃないですか? 実戦データもその方が集まりやすいですよね?」

 

貴也のその言葉に、佐々木は飛びつくように合意してきた。言葉だけの説明を受けるよりも実測データの方が重要だったからだろう。

一方、貴也の方ではこの時代で生き抜くために自らの力の秘密を大社に切り売りする覚悟を決めていたのだった。

 

こうして、貴也は千景と同行して四国外調査に参加することとなったのだ。

 

 

 

 

一刻も早く合流したい貴也は、海上を一直線で神戸に向かうプランを提示し、佐々木と千景の了承を得た。

全速力を出せば、坂出から神戸まで約三十分で移動可能だからだ。

 

千景が『男の人は苦手なの』と言っていたことだけが懸念材料だった。しかし二度ほど意思確認をしたが、あまり気にしてなさそうな態度だったので、こちらも特に気にしないことにした。

貴也にとってご先祖様である彼女は異性として意識しづらかったため、彼女の微妙な態度に気付けなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

途中、小豆島と淡路島を掠めたが、どちらも把握可能な範囲では壊滅状態であることが見て取れた。

 

事前の通信で、神戸では港の赤いタワーの残骸近くのフェリーターミナルの廃墟を合流場所と決めていた。

 

 

 

 

「早かったな、千景。鵜養くんも元気そうで良かった。驚いたよ、君が調査に加わると知った時は」

 

若葉がにこやかに近づいてきた。が、握手を交わすと途端に真剣な顔つきで質問してきた。

 

「で、君は見てのとおり勇者だそうだな。どういうことか、説明してもらえるだろうか?」

 

「か、彼は別に悪気があって隠してたんじゃないわよ」

 

その、突然の千景の助け船に若葉達は皆、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。だが、千景はそれに気付かない様子で、わたわたしながら言葉を続ける。

 

「な、なんでも、彼と一緒にいた巫女様が、男の勇者は激レアだから出来るだけ隠しておきなさいって言ってたんだそうよ。そうよね?」

 

貴也を振り返って、同意を求める。

 

「まぁ、そうなんだけどさ。郡さん、僕からちゃんと説明するから、大丈夫だよ」

 

「なんだか、えらく仲良くなってるようだな。意外というか、なんというか……」

 

苦笑気味に若葉がそう告げると、さらに慌てたように返す千景。

 

「そ、そんなことあるわけないじゃない。昨日、彼が勇者であることが分かった時に、ちょっと聞いただけよ」

 

「なんか、そんなに楽しそうなぐんちゃん、初めて見たよ」

 

「た、楽しいわけないでしょ! 男の人と二人きりなんて、すごく緊ちょ……イヤだったんだから!」

 

友奈がニマニマしながらトドメを刺しに来たところを、千景は噛みながらも辛うじて返した。そこで、若葉がパンパンと手を叩きながら締めた。

 

「今、ここで説明してくれというわけじゃない。日中は調査優先だ。説明は夜になってからでいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

神戸でも、生存者は見つからなかったそうだ。

貴也たちを加えた一行は、次の目的地、大阪を目指して移動する。

 

 

 

 

「なんか、鵜養だけずっこいぞ! タマ達は自分の足で飛び跳ねてるのにっ!」

 

「ゴメン、ゴメン。でも、こればっかりは持ってる能力の違いだからなぁ……」

 

「確かに……。若葉ちゃんには悪いですけど、すっごく楽です。皆さん、ごめんなさいね」

 

現在、貴也に抱きついて安定した空中走行を満喫しているのは、ひなただ。貴也の能力を知った若葉が、ひなたの体を気遣って彼に任せてきたのだ。

やはり、跳躍に身を任せると進行方向、逆方向にかなりの加速度が掛かるので、ひなたには辛かろうというものだ。貴也に任せた場合、一定速度での移動になるので体への負担が段違いになるのだ。

球子など、足を動かさず楽に飛行しているように見える貴也たちに、完全に嫉妬している。

 

 

 

 

千景はそんなひなたを見やると、ため息をついた。

なんだか、胸の中がもやもやする。

きっと、さっき貴也に助け船を出したせいだろうと、あさっての方向に納得する。

自分でも、何故あんなことを言い出したのか、理解に苦しむ。昨晩から、彼のせいで調子が狂ってばかりだ。

半分、逆恨み気味に彼を睨みつけた。

 

 

 

 

そして、その貴也はというと、ひなたの胸部装甲の攻撃に必死に耐えていたところだった。

出来るだけ別のことに気を逸らそうと、周辺警戒を兼ねて辺りをキョロキョロと見回しながら走行する。先ほどの球子の苦情もありがたかった程だ。

 

『う~ん。郡さんの時は、それほど気にならなかったのになぁ』

 

そう思いながら千景を見ると、なぜか()(ころ)しそうな視線を向けてきていた。

ゾッとした。彼女はまさか自分の考えていることが分かるのでは、と恐怖する貴也であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

大阪中心部手前の大きな川、淀川を渡る辺りから六本の線路が集中している鉄道路線をたどった。阪急電鉄の路線だったものだ。その大阪のターミナルである元の梅田駅付近に達した時、杏が悲鳴を上げた。

 

「ああぁぁぁっ!? 有名な古書店街がぁぁああ! ひどいっ!!」

 

杏が言うには、日本有数の古書店街があった一角だったそうだ。貴重な書籍の数々が失われたことがショックだったらしい。

 

『この子は本好きなんだな。話が合うかも……』

 

貴也も読書好きなので、このおとなしそうな少女に好感が持てた。

そんな貴也の感想をよそに、貴重な書籍は四国に避難させられているに違いないと、友奈が杏を慰めていた。

 

 

 

 

とにかく駅周辺の地上は、破壊の限りを尽くされていた。

が、地下街への入り口にはバリケードが作られていた痕跡があった。一時は立て籠もった人達がいたのだろう。だが既にそのバリケードが壊されている以上、生存者のいる可能性は絶望的だった。

それでも七人は意を決して、調査のため地下街へと降りていった。

 

地下は闇が支配していた。持参した懐中電灯で照らしながら内部調査を進める。

内部は原型を保ちながらも破壊の痕跡がそこかしこに見られた。やはりバーテックスの侵入を許したのだ。

その他ゴミの集積場のようなもの、バリケードを築いていた痕跡も幾つかあった。

 

「誰かいないかーーっ!?」

 

若葉が時々、そう声を張り上げながら周囲を照らす。しかし、どこからも反応は返ってこなかった。

 

 

 

 

三十分程歩き回った頃、円形の広場らしき所に出た。広場の中央には噴水らしき設備もある。

そして、その周囲に大量の白骨が積み上げられていた。百体分以上はあるかもしれない。

杏が悲鳴を上げた。ひなたはへたり込み、千景はなにか呻くように呟いている。

他三人も呆然としている。

 

『なんだよ……。何なんだよ、これは!!』

 

そして貴也は、急速に膨れ上がる憎悪に胸の内を焼かれていた。

彼がこのような大量の死を直接目にするのは、生まれて初めてだった。葬式すら数えるほどしか出席したことはない。バーテックスとの戦いでも、人の死を目撃したことはなかった。最も凄惨だったのが、銀が右腕を失った瞬間だったが、それすらこの目前の死の山と比べればなんと軽いことか。

 

若葉が一冊のノートを拾い上げていた。皆でその内容を確かめる。

一人の高校生の少女が綴った日記だった。妹と二人、この地下街へ逃げ込んだ後の悲惨な状況が記されていた。

最初は協力しあっていた人々が、バーテックスへの恐怖と地下での避難生活への閉塞感から、次第に和を失い、物資の奪い合い等からそのコミュニティーを崩壊させ、互いに殺し合い、最後にはバーテックスの侵入により全滅していく様が綴られていた。

 

「これが、その結末か……」

 

若葉が白骨の山を見やりながら呟く。

そこへ、暗闇の向こうから重量感溢れる物音が聞こえてきた。

 

「バーテックスか……。この地下街に、もう生き残りはいない。脱出するぞ!」

 

若葉が神刀――生大刀を抜いて、号令を掛ける。他の勇者たちもそれぞれの武器を構え、一斉に地上を目指し駆け出した。

 

『私は、あんな人達のようにはならない……。私には勇者の力がある。あんな惨めな死に方はイヤ。私は最後まで勇者として敬われて生きていくの!』

 

千景は、そんなことを考えながら走っていた。

実のところ三年前のバーテックス初襲来時に、球子、杏の二人は故郷において数百名の、若葉、ひなた、友奈の三人は四国までの逃避行において数万を超す人の死を直接目にしていた。

だが千景だけは、貴也と同じく大量の死を直接その目にするのは初めてだった。

二人の受けた衝撃は、他五名のそれより重かった。

 

 

 

 

前方に数体の星屑が現れた。

 

「うぉぉおおおーーーっ!!」

 

貴也が飛び出していった。彼の左手の輪刀から繰り出される斬撃により、瞬く間に星屑は切り捨てられる。

彼の修羅の如き活躍で、他五人の勇者は何もすることなく地上へとたどり着いた。

 

『なにが頂点(バーテックス)だ! なにが天の神だ! 罪のない人たちまで、あんな目にあわせやがって!! 邪神の集まりじゃないか!! 神って奴らはどいつこいつも……!』

 

貴也の怒りと憎悪は、地上に出てからも星屑たちの殲滅に向けられていった。

その姿はチームの中で最も肝が据わっているはずの若葉さえ、色を失うものであった。

千景を除いて、彼女たちは貴也の戦いを初めて見たのだ。男性の勇者の戦いを。だから、彼の怒り任せの戦いを止められる者は誰もいなかった。

千景でさえ、昨日の戦闘時とは打って変わった貴也の姿に戸惑いを隠せなかった。

 

彼の咆吼は、大阪駅周辺にいた星屑すべてを殺し尽くすまで続いた。

 

 

 




四国送りになったかと思いきや、四国外調査に参加することになった貴也くんです。空中走行が可能なので文字通り一直線で合流することになりました。

ここで貴也くんの巡航飛行速度を確定させました。のわゆに一跳び数百メートルだとか車以上の速度とありますし、四国外調査2日目に神戸から諏訪までこなしてます。この間、ルートを考慮して450km程度。活動時間を5:30~18:30、大阪、名古屋、諏訪の3ヶ所で各3時間調査するとして、西暦勇者の巡航移動速度は120km/h程度かな。ひなたを抱えていてこれだとしたら本来はその倍は出るかな、と。そこら辺を鑑みて貴也くんの巡航最高速度は260km/h程度に設定しました。
戦闘時の一時的なものなら、もう少し出るということで。

千景は章題にもなったので、少しヒロインらしい扱いをしようかと思いましたが、どうでしょうかね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話 繋がる想い

大阪駅周辺から星屑を一掃すると、貴也は憑き物が落ちたような表情を見せ、若葉たちに頭を下げた。

 

「すまない。怒りに我を忘れてたみたいだ。却って君たちを危険な目に遭わせるところだった。反省している……」

 

「いや、私もあんなものを見せられて、バーテックスへの怒りを新たにしたところだ。仕方がないといえば、仕方がない。ただ、今後はもう少し自重してくれ」

 

「まあ、あれにはタマも怒っちまったからなー。鵜養の気持ちも分からなくはないよ。でも、ちょっと怖かったのも本当だ。いつも、あんな戦い方をしてたのか?」

 

「いや、本当に今回はどうかしていた。すまない……」

 

「昨日の戦いは少しだけだったけど、すぐに撤退の判断が出来たりしてたものね……」

 

とりあえず、彼女たちの反応は好意的だった。さすがに、白骨の山と少女の日記が堪えたのは皆同じだと思ってくれたのだろう。

 

 

 

 

次の目的地は名古屋だった。

大阪までの移動と同様、ひなたの移送は貴也に任された。

あんなことがあった後だというのに、ひなたは『じゃあ、またよろしくお願いしますね』の一言で貴也に身を任せてきた。

よほど、信頼してくれているのだろうか?

貴也は戸惑った。ただし二つの意味でだ。

もう一つの理由は、また長時間ひなたの胸の感触と戦わねばならないからだった。

 

『僕の理性は、どこまで保つんだろう……? そのちゃん、助けて……』

 

 

 

 

名古屋へは奈良から伊賀、亀山を抜ける最短ルートではなく、京都南部から彦根を抜ける琵琶湖東岸に沿ったルートをたどった。なんでも紀伊半島は避けるようにとの神託があったからだそうだ。

 

『そりゃ、そうか。奈良盆地に紀伊山地と言えば天津神関連の話が豊富だもんな。天の神のホームグラウンドは避けよ、ってことか……』

 

貴也も、以前読んだことのある現代語訳日本神話と園子の話から得られた知識とを照らし合わせて納得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

名古屋も大阪や途中の街々同様、破壊されきっていた。

ただ、さらに異様だったのは巨大な卵状のものが無数に産み付けられていたことである。勇者たちはその強化された五感により、卵殻の中で何かが蠢いているのも分かった。皆、顔を青ざめさせていた。

 

「私たちの四国も、いつかこんな風に……」

 

「そんなことさせるかっ! そのためにタマたち勇者がいるんだっ! わけのわからない化け物なんかに、人間が負けてたまるかっ!」

 

杏の弱々しい呟きを、球子が強い語調で断ち切る。その言葉は、杏のみならず皆の心を奮い立たせた。

だが、事態はあまりよくない方向へ転がっていた。

 

「皆さん、周りを取り囲まれています!」

 

ひなたの言葉に周囲を見回すと、いつの間にか貴也たちを取り囲むように星屑がその数を増やしていっていた。

一気に襲いかかるつもりなのだろう。

 

「タマは今、腹が立ってるんだ! 喰らえーーーっ!!」

 

「球子、待て……」

 

若葉が止めようとした時には、既に球子は切り札を使用していた。自分の身長よりも巨大化させた旋刃盤を体全体を使って投擲する。チェーンソーのように回転する刃に炎を纏い空中を滑走する旋刃盤は、周囲の星屑のみならず、産み付けられている卵群をもことごとく切り裂き、燃やし尽くした。

 

「球子、軽々しく切り札を使うな!」

 

「悪い、ついカッとなって……。でも、ついでだからこれに乗って名古屋を見て回ろうぜ」

 

「お前という奴は……。仕方がない。そうするか」

 

仲間内の決めごとを破った球子を若葉が窘めたものの、使ってしまったものは仕方がないため、皆で巨大化した旋刃盤に乗り生存者の捜索を行った。

 

 

 

 

生存者は見つからなかった。

名古屋駅前のビル群まで戻ると、さすがに旋刃盤も元の大きさに戻る。

 

「あー、やっぱりキツいなぁ、切り札を使うのは……」

 

「もう使わないようにしてくれ。本当に、どんな影響があるのか知れないんだからな」

 

「土居さんの切り札も精霊を使うのか?」

 

球子と若葉のやりとりに、貴也が疑問を差し挟んだ。

 

「ああ、タマが切り札に使う精霊は輪入道だよ」

 

「えっ? じゃあ、他のみんなも……?」

 

「そうだな……。一ヶ月前の丸亀城の戦いでは、結局五人全員使う羽目になったな。私は義経、友奈は一目連、杏は雪女郎、千景は七人御先か……。こうして並べると、ちょっとした百鬼夜行だな」

 

球子と若葉の答えに慄然とした。少なくとも、貴也が憑依させている四つの精霊のうち、名前の割れている三つ、輪入道、雪女郎、七人御先が含まれていたからだ。

 

『もしかして、この指輪はこの西暦の勇者たちと何か深い繋がりがあるのかも知れない……』

 

ただ、まだ憶測の段階だ。打ち明けるには証拠が足りないし、そもそもどう説明するべきか。

悩んでいるうちに、今日の野営地を探すこととなった。

 

 

 

 

野営地は結局、名古屋北東の中津川付近にあったキャンプ場跡地となった。昨晩も六甲山近くのキャンプ場跡地を使ったらしい。

貴也は食事中、男の勇者であること、それを隠していたこと等について説明を求められた。なお、献立はうどんだった。昨晩も同じだったそうだ。

 

説明内容は、以前ついた嘘と辻褄が合うよう次のようなストーリー仕立てで話した。

初めてバーテックスに襲われた日に、日頃懇意にしていた神社の巫女から渡された指輪によって変身が可能になったこと。逃避行の末、落ち着いた先で百名強の集落を作りそこで三年半ほど過ごしたこと。一緒に逃げてきたくだんの巫女から、男の勇者はイレギュラーだとの神託を受けたのでなるべく隠しておくように忠告を受けたこと。今年の二月に入ってからバーテックスの総攻撃を受けて集落が壊滅したこと。その後、生き残った少女達と逃避行を続けたこと。若葉たちに助けてもらう直前、不意打ちを受けて同行していた少女達と散り散りになったこと。どうやら、その時の精神的ショックで変身が一時的に出来なくなっていたこと。

 

地名等はぼかしながらもなんとか誤魔化し切れたようで、若葉たちもその説明を受け入れてくれた。

説明の途中、貴也が胸に提げている指輪を見せると、皆興味深そうに手に取っていた。なかでも、ひなたはずいぶん熱心に矯めつ眇めつ眺めていた。

そういったやり取りがあったせいだろう。貴也は六人の少女と徐々にではあるが、打ち解けていくことが出来たのだった。

 

その後は、交代で見張りを立てつつ一晩を過ごした。なお、貴也は当然のことながら彼女たちと同じテントという訳にいかず、球子が緊急用に用意していたツェルトで一人寝することとなったのだが。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

翌朝、まだ日が昇る前の早朝に彼らは野営地を出発し、一路長野県の諏訪へと向かった。

なんでも昨年まで四国同様結界が存在し、白鳥歌野という勇者の下、人類が生存していた地域だという。だが、九月に通信が途切れてしまい、既に壊滅している可能性が高いとみられていた。

 

高速道路の残骸を辿り北東へと進む。道路上には車の残骸が無数に残っていた。

 

「貴也さん、すみません。ちょっと若葉ちゃんと話をさせてくださいな」

 

ふと、ひなたがそんなことを話しかけてきた。若葉を見やると表情がこわばっているのが分かる。

若葉に近寄り、声を掛けた。

 

「乃木さん。上里さんが話があるそうなんだ。ちょっと、彼女を受け取ってあげてくれ」

 

そう言って、ひなたを若葉に任せる。

お姫様抱っこをされたひなたは、跳躍する若葉に身を任せながらもその頬に手を触れて、優しそうに話しかけていた。

 

『白鳥さんは通信上だけとはいえ乃木さんの友達同然だったそうだから、慰めているのかな?』

 

そう貴也は受け止めた。

ひなたの実際の言葉を聞けば、複雑な心境になったことだろう。ひなたは若葉に優しい口調ながらも、白鳥歌野と彼女が守っていた諏訪の結末を目を逸らさず受け止めろ、と厳しいことを言っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

長野県の諏訪湖周辺に四つの宮がある諏訪大社。諏訪湖北岸に下社秋宮と春宮、南岸に上社本宮と前宮があった。昨年連絡が途絶えた時は上社本宮を中心とした諏訪湖南東部のみが生存域だったらしい。

 

勇者たちが上社本宮に到着した時、そこには何もなかった。文字通り、あらゆる建物が木材や石の残骸に変わっており、原型をとどめている人工物もましてや人の姿も全くなかったのだった。

まるで人の痕跡を徹底的に無かったことにするように。神話の時代、天津神に最後まで抵抗したという国津神の痕跡すらなくすように。

 

それでも、彼女たちは生き残りを探し、手分けして捜索を行った。

その結果、本宮近くの守屋山の麓で畑の跡が見つかった。そして、そこで友奈が地面に埋まっている人の身長ほどもある大きな木製の箱を見つけた。

その箱に入っていたのは一本の鍬と折りたたまれた一枚の紙。紙は白鳥歌野から乃木若葉に宛てた手紙だった。

 

 

 

 

『初めまして。いえ、もしかしたらこれを読んでいるのは乃木さんかもしれませんから、初めましてというのも変ですね。

 

もしこの手紙を見つけたのが乃木さんでなければ、どうぞこの手紙を、四国の勇者である乃木若葉さんに渡していただければと思います。

 

バーテックスが現れてから既に三年が経ちました。これまでなんとか諏訪を守ってきましたが、結界も次第に縮小し、本当に切迫した状況となってきました。恐らくもう長くは保たないでしょう。

 

けれど、まだ乃木さん達の四国は残っています。人間はどんな困難に見舞われようとも必ず再興してきたのですから、諦めなければきっと大丈夫なはずです。

 

乃木若葉さん。まだ会ったことのない、私の大切な友達。どうか、あなたが戦いの中でも無事でありますように。この世界が、ちゃんと守られていきますように。

 

人類を守り続けるのが、たとえ私でなくとも、あなたのような勇者が守り続けてくれるのであればいい。そこに繋げる役目を、私は果たします。

 

最後に。一緒に入っている鍬を、この天災後の復興時、大地を耕す際に使っていただければ幸いです』

 

 

 

 

若葉の双眸にみるみる涙が溜まる。持つ手に力が入りすぎたのか、手紙がクシャッと潰れる。

周りから覗き込んでいた勇者たちも言葉を失っていた。

 

「ここも同じ……、全部、壊されて……」

 

「ううん、全部じゃないよ。これが残ってたもの。白鳥さんから引き継いだバトンだよ、きっと……」

 

拳を握り、絞り出すように怒りの言葉を紡ぐ千景に対し、友奈は小さく首を振り、一緒に入っていた鍬を優しく持ち上げると若葉に手渡した。

 

「やっと会えたな、白鳥さん。お前の遺志は確かに引き継いだ」

 

若葉は両手で鍬を握りしめ、そう語りかける。

 

「そうさ。こうして白鳥さんの想いは繋がったんだ。奴らは、人間の想いまで壊すことは出来なかったんだ」

 

貴也の感情のこもった力強い呟きに、若葉達は皆頷いていた。

 

 

 

 

その後、本宮の瓦礫の調査を継続したところ、ひなたが社殿の瓦礫の中から小さな布袋を複数見つけた。

それぞれ、ソバをはじめとする色々な作物の種が入っていた。

 

誰が言い出すともなく、貴也たちは白鳥歌野の遺品が見つかった畑の跡地へと向かう。

 

「この畑を耕して、種を播いていこう」

 

「種はある程度残して、鍬と一緒に四国に持ち帰りましょう。四国でも栽培できれば、きっと白鳥さんも喜ぶと思います」

 

若葉の掛け声に、そう杏が返した時だった。

 

「上里さん! どうしたっ!?」

 

突然、目眩でも起こしたように倒れかかるひなたを貴也が受け止める。

 

「あ、ああっ……、し、神託が……。四国に再び危機が迫っています……」

 

 

 




今回は、貴也合流関連で半日ほど後ろにズレてはいますが、ほぼ原作沿いのお話でした。

貴也の来たタイミングがタイミングなので、白鳥歌野は救えませんでした。

また、「丸亀城の戦い」が原作以上の規模であったことが示されました。今後、本文中で明示されることはありませんが、この戦いが原作との分岐点です。本作第1話冒頭のシーンもゆゆゆ1期5話や本作17話の神世紀勇者ではなく、この丸亀城の戦いを前にした西暦勇者を描いたものであることをここにネタバレしておきます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話 北国の勇者

ひなたの受けた神託により、勇者たちは四国へ戻るための準備を始めた。

そんな中、若葉は悔しそうに拳を地面に叩きつけた。

 

「せめて、生き残りがいる可能性が高い北方の大地の調査だけでも行いたかったんだがな……」

 

そんな若葉を見かねたのか、ひなたが声を掛ける。

 

「ちょっと待ってくださいな、若葉ちゃん。今、調べてみますね」

 

そう言って地図とにらめっこを始めたと思いきや、各地の距離を測り始めた。

 

「うーん……。―――――貴也さん。私たちと合流する前、坂出から神戸まで三十分掛かったと仰ってましたよね。その速度って、どの位の時間出し続けられますか?」

 

「そもそも三十分も走り続けたことすら初めてのことだったからなぁ。でも、それで特に激しく疲れたわけでもないし、むしろ姿勢を大きく変えられないつらさがあるくらいかな。適宜休憩を入れれば、ある程度長時間でもいけると思うよ」

 

「そうですか……。神託で生き残りがいそうだと指し示されたのは、この旭川付近なんですよね……。諏訪からここまで直線なら千キロメートル弱なんです。もし、貴也さんがずっと全速を出し続けられるなら、片道四時間で到着できるんです。今すぐ出発すれば、暗くなる前にここに戻ってくるとしても、現地で一時間程度の捜索も可能なんですけどね……。やっぱり無理ですよねえ」

 

ひなたはそう言って、額を指で押さえる。もっと良い案がないか思案しているのだろう。

貴也にしても口にこそ出さないが、それは無茶振りだろう、そう思っていた。

だが、少なくとも友奈と杏の貴也を見る目は、なぜか期待に満ちてキラキラと輝いていた。

 

 

 

 

「やっぱり、これ以上の案は思いつきませんね」

 

ひなたが、ため息をつきながらそう呟く。すると、友奈が胸の前で祈るように手を組み、媚び媚びの視線で貴也を見つめながらお願いをしてきた。

 

「ねー、貴也くん。どうにかならない……?」

 

「鵜養さんだけが頼りなんです……」

 

杏も同調して、貴也に迫ってくる。

貴也はどん引きである。心なしか自分の口元がひくつくのを感じる。しかし、彼女たちの期待にも応えたいところだ。

 

「分かったよ……。でも、四国の方は大丈夫なのか?」

 

ひなたに問いかけると、彼女は自信ありげに答えてきた。

 

「大丈夫だと思います。神託を受けた時の感じですと、一分一秒を争うほどのことではないようですし。一日程度なら遅れても大丈夫です」

 

「じゃあ、そこまで行けるかどうかは五分五分だと思うけど、引き受けてもいいよ。最後は乃木さんの判断に従うよ」

 

そう言って若葉を見る。若葉も一瞬思案顔になったが、すぐに笑顔を見せた。

 

「鵜養くんにおんぶに抱っこになるが、受けてもらえるか? もうすぐ九時だ。十三時二十分まで進めるだけ進んでもらい、そこで引き返してもらって構わない。それでダメなら諦めよう」

 

「でも、どうする? もし生き残りが見つかったとして、四国へ避難させる訳にもいかないし」

 

「とりあえず予備の通信機を渡してもらえればいい。連絡が取れるようになるだけでも、ずいぶん違うだろう」

 

「「やったー!」」

 

貴也と若葉のやり取りの横で、友奈と杏が満面の笑顔でハイタッチを交わしながら飛び跳ねる。さらにその横では、球子が腕を組みながらウンウンと笑みをこぼしながらうなずいている。

明るい雰囲気が周囲を満たした。

 

 

 

 

「待って。私も一緒に行く。いいでしょ?」

 

千景が声を上げた。皆目を丸くして千景を見つめる。

 

「ひ、一人だけだと何かあった時に困るでしょ。それに彼とパートナーを組ませたのは乃木さん、あなたよ。ど、どうなの?」

 

若干噛みながらも、そう言い募る千景に若葉は笑顔で答える。

 

「もちろん、そうしてもらった方が良いのは当然だ。むしろ私の方からお願いしたいくらいだ。頼むぞ、千景」

 

「ええ、分かったわ。――――――あなたと二人きりになりたいわけじゃなくて、何かあった時の保険として一緒に行くだけだから。勘違いしないでよね。それと、北海道も見てみたいし……」

 

「分かってるよ。郡さんが、お役目に真摯に向き合っているのは十分理解しているつもりだ。こちらこそ、頼んだよ」

 

自分の方に向き直り若干キツい目でそう言ってくる千景に、内心ビビりながらも貴也はそう返した。

 

 

 

 

『なんだかよく分からないけど、頻繁に私のことをチラチラ見てくるくせに、全然いやらしい感じがしないのはどうしてなんだろう……? もっとこの人のことをよく知りたい……』

 

明確に言葉に出来てはいないが、そんな風に千景は思っていた。

貴也は単にご先祖様としての彼女が気になっていただけなのだが、いろいろと誤解を招きそうな行動をとっていたことは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

午前九時を目前に貴也と千景は一行と別れ、北海道へと向かった。文字通りの一直線。新潟から一旦海上に出て秋田から内陸に入り、青森を掠め下北半島を横断、亀田半島の先を掠め、苫小牧から北海道上陸というルートだった。途中、数回の休憩を挟み、巡航全速で約四時間の行程。

荷物は諏訪に大半を置き去りにし、緊急用に一泊分の荷物と通信機を二台の軽装備とした。

貴也の負担を軽くするため、荷物は千景が背負い、その千景をさらに貴也が背負うという姿勢をとった。

 

彼らはあまり話すこともなく目的地へと向かう。

それは精神的には、貴也にとっても千景にとっても苦行となった。

 

 

 

 

残された若葉、ひなた、球子、杏、友奈の五人は、別途東京へと向かった。

首都がどうなっているかの調査を行うためだった。

だが、彼女たちを待ち受けていたのは名古屋と同じ惨状だった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

二〇一五年七月三〇日、秋原雪花はまだ旭川市内に住む、なんの変哲もない小学五年生だった。

天から降ってきた無数のバーテックスの襲撃に大混乱する街中を逃げ惑う中、家族とはぐれ辿り着いた川辺で明らかに人間のものではない声を聞いた。後にシランパ(樹木の)カムイの声であると分かったのだが、その声に導かれるままに古く朽ちかけた祠にて錆び付いた槍を手にした。

その投げ槍――ピンネシリオプを手にした瞬間、体が焼け付くように熱くなり、気がつくと輝きを取り戻したその槍で人々を襲っていたバーテックスを刺し殺していたのだった。

 

結局、彼女は四国で分類されるところの勇者と巫女の両方の属性を持つ勇者となったのだった。

シランパカムイのみならず多くのカムイの意志をテレパシーのようなもので解し、その神託を元に立てた戦術で槍を振るいバーテックスを屠っていく彼女を、生き残った人々は勇者として持ち上げ、自分たちの守り神とも崇めたのだった。

 

 

 

 

運命の日から三年後、北海道において人類の生き残りの地として残っていたのは、神居古潭近くの五百人ばかりの人間の住まう集落のみであった。

そここそがカムイの結界と雪花によって守られていた集落であった。

 

彼女は孤独だった。

単独の能力であったとしても、勇者または巫女の一人でもいれば違ったのかもしれない。あるいは、そういった能力がなくとも正しい気概をもって人々を導く指導者でもいれば……

しかし、彼女と対等な立場に立てる人間は集落には一人としていなかった。いきおい彼女は、年齢的には子どもでありながら人々の指導的立場にも立たざるを得なかった。

だから、家族すらすべて失っていた彼女に癒やしの場は存在しなかった。かろうじて小さな子供たちの、邪気のない信頼と憧れだけが僅かな癒やしとなっていた。

 

それ故、彼女はクレバーになっていった。資質もあったのだろう。表面的には明るく社交的に、人々を導く際は毅然とした気高い態度で、しかし腹の内は計算高く、生き残ることを最優先に。

精神と心を磨り減らしながら得た、それらの後天的な能力。そして勇者と巫女としての力。

だが、天の神に立ち向かうには圧倒的に小さな力でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、天の神の無慈悲な総攻撃が北海道最後の小さな集落を襲った。

二日前にカムイの啓示により、その事を知っていた雪花は半ば諦めの気持ちで戦いの準備をした。

 

『今日で最後か……。私もよく頑張ったものだよ』

 

そんなことを考えながら、衝羽根朝顔(ペチュニア)を思わせながらも黒に近いほど濃い色合いの紫の勇者装束に着替える。これもシランパカムイの導きに従い、博物館の瓦礫の中から見つけたものだった。カムイの加護により、バーテックスからのダメージを軽減させるものだ。

 

「あーあ。どう戦術を組み直しても神託の情報のとおりじゃあ、手詰まりだもんね。勇者一人でよくここまで持ちこたえたもんだよ。今回ばかりは流石の私も手がないや。フフッ……」

 

どんな手を使ってでも、生き残ることを最優先に戦ってきた。だが、今回の数の暴力に対してだけはどうしようもなかった。

だから昨日、集落の人々にもその事を伝えてある。皆、諦めきった表情で受け入れていた。三年間のじり貧生活が皆の士気を極限まで下げていたのだろう。

 

「まあ、万が一、いえ、兆が一程度の可能性に賭けて、足掻いてみせましょ」

 

拠点となっている建物から外へ出て、空を見上げた。

空を覆い尽くすほどの星屑の群れ。それに向かい、雪花は槍を投擲した。

 

 

 

 

朝から始まった戦いは、既に六時間を越え昼過ぎとなっていた。

集落の人間は、そのほとんどが星屑に食われ殺されていた。今も生きているのは二桁を割っているかもしれない。

この地方では、まだこの季節は雪深い。その白い景色のあちこちに朱がぶちまけられていた。

 

雪花はまだ生きていた。体力は既に尽きていると言ってよかった。勇者装束もボロボロになっていた。気力だけで体を動かしていた。

何体か進化体が生成されていたことが、皮肉にも逆に雪花の命を長らえさせていた。進化体一体の生成に星屑が数十から数百体の規模で必要なのだ。ピンネシリオプは投げ槍であり、その真価は投擲によってのみ発揮された。大きな山をも二つに裂くと神話に謳われた槍。だが、投擲したあと確実に手元に戻ってはくるものの、そこにはタイムラグがあった。投擲さえ出来れば、状況によっては一度に星屑を十体以上、当たり所さえ良ければ進化体ですら二、三撃で仕留められた。しかし、投擲時のタイムラグはその間の攻撃に対して無防備となることを意味していた。つまり、今の雪花には質よりも量こそが脅威だったのだ。

 

 

 

 

集落からかなり離されてしまった。

積雪が覆い尽くしてはいるが平坦なので、おそらくは田畑の跡地なのだろう。

いよいよかな、と思った。

前方に矢を飛ばすタイプの進化体、右手に十数体の星屑、左手に生成途中の進化体。

ふと、右手前方三百メートルほどで十歳前後と思われる子どもが星屑に襲われそうになっているのが見えた。

脊髄反射とも思えるように、自然に槍を投擲していた。槍は子どもを襲おうとしていた星屑を粉砕する。しかし、別方向から現れた星屑が無情にも子どもに食らいついていった。

 

「クッ……!」

 

少しでもタイムラグを減らすため、槍を飛ばした方向へ走る。

その時、さらに右手のはるか遠くから黒い点が近づいてくるのが見えた。

戻ってきた槍を手にする。

黒い点は、さらに近づいていた。それは空中を立ったままの姿勢で飛んでくる人影だった。

 

『うそっ……! 勇者なの……?』

 

体の奥底から歓喜が湧いた。人影は勇者装束を身に纏った少年と少女の二人組であることが見てとれた。

 

「ここよっ!!」

 

そう叫ぼうとした。だが、口から吐き出されたのは歓喜の声ではなく、血塊だった。

背中から腹に掛けて灼熱が貫いていた。

視線を自分の腹に落とす。

湾曲した大きな針が生えていた。その根本には半透明の球体が半分、自分の身体の中から姿を見せていた。

 

雪花の意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

前方でバーテックスの群れが、小さな集落に襲いかかっているのが見えた。

四時間もの全速空中走行で貴也は疲弊しきっていたが、その光景に怒りを覚えた。

 

「探す手間が省けたっ! 行くぞっ、郡さん!!」

 

「ええ! 荷物は、ここに捨てていくわよっ!」

 

巡航時の全速から戦闘時の全速に切り替え、さらにスピードを上げる。

 

前方で何かが投擲された。槍だった。その槍は星屑を粉砕した後、投擲を敢行した人物の元へと戻っていく。

その人物は黒っぽい勇者装束と思しきものをその身に纏っていた。

 

「郡さんっ! 勇者だ! 助けに行くぞっ!!」

 

「ええ! 彼女の近くに落としてっ! 雪が積もっているから、クッションになるわっ!」

 

あと少しだった。

名も知らない勇者の背後に、あの蠍座型(スコーピオン)バーテックスの尻尾部分と同様の形状のものがその体の大半を占める進化体が生成されていた。

貴也の脳裏に、銀が右腕をちぎり飛ばされた瞬間がフラッシュバックした。

 

「やめろーーーっ!!!」

 

ブンッと振るわれたその尻尾が勇者の背中から腹を貫いた。

さらに尻尾が振るわれる。勇者の体はその場にドサッと倒れた。

 

「ちくしょーーーうっ!!!」

 

すべての力を輪刀に込めて、蠍の尻尾の進化体に投げつける。

空中走行の力を失った貴也は千景と共に、走ってきた勢いのまま雪上に投げ出された。

体を起こすと、輪刀が戻ってくる。くだんの進化体は、体をズタズタに引き裂かれ通常の星屑へと分裂していった。

そこへ光の矢が十数本も撃ち込まれてくる。雪女郎の障壁でそれを防ぎつつ、輪入道の力を再開させて素早く矢を放つ進化体に近づき、もう一度すべての力を輪刀に込めて斬りつける。進化体は真っ二つになり、やはり星屑へと分裂していく。

一方、千景は大葉刈を振るい十数体の星屑と戦っていた。

乱戦模様に陥る中、再び輪入道の力を再開させて千景を援護しに行った。

 

 

 

 

当面の敵は倒し尽くし戦闘は終了した。

近くにバーテックスがいないことを確認して、倒れている勇者の元へと行く。

彼女を抱き起こす。

アンダーフレームの眼鏡。血で汚れているものの元は綺麗だったろう明るいブラウンの髪。勇者装束と同じ色合いの額当て。

それらが印象的な美少女だった。

 

「死ぬなっ! 目を覚ましてくれっ!」

 

腹に大きな穴が穿たれ、どう見てももう助からない状況だった。

それでも、貴也も千景も彼女に生きて欲しかった。

 

彼女が薄く目を開けた。

 

「あは……。助けに来てくれたんだ……。ゴメンね……。持ちこたえられなかったよ……」

 

「私たちこそ、ごめんなさい。間に合わなかった……」

 

「もう、いいよ……。神託でこうなることは……分かっていたから……。あなたたち……は?」

 

「僕は鵜養貴也だ」

 

「私は郡千景。四国から来たのよ。ここに生き残りがいるかもしれないって情報があったから、様子を見に来たの」

 

「そう……。私は、秋原……雪花……。季節の……秋に、野原の……原、雪の花……で、あきはら、せっか……。せめて、なま、え、だけで……も」

 

彼女の腕が落ちた。その瞳は、もう何も映してはいなかった。

貴也と千景のすすり泣きが、雪原に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女を埋葬することもままならなかった。雪が深い上に土を掘る道具もなかったからだ。

だから、雪の中に埋めるしかなかった。

本当に貴也たちの自己満足、いやそれにも届かない気休めに過ぎなかった。

 

しばらく空中から集落の跡地付近を見て回ったが、生存者は一人も見つからなかった。

この地の勇者と人々を葬ったことで満足したのか、貴也たちがいるにもかかわらず残りのバーテックスの姿はかき消すように消えていた。

 

捜索のあと、少しだけ体を休めた。二人とも無言だった。

暗くなる前に諏訪に帰り着かねばならない。そのため、休憩は三十分弱で切り上げた。

 

 

 

 

荷物を纏めこの地を発とうとした時、千景が涙をこぼした。

 

「鵜養くん……。勇者でも死ぬのね。――――――私はどこかで、勇者の力さえあれば、って思ってた。でも、勇者でもどうにもならないことがあったんだ。諏訪で分かっていたはずなのに……。目を逸らしていたっ……!」

 

俯き肩をふるわせる千景。貴也はそんな千景を左腕で抱きしめた。

 

「四国の勇者は誰も死なせない。僕が君たちを守るよ。そのために僕はこの地に、この時代に生かされているんだ。きっと、そうなんだ……。絶対に君たちを守るよ」

 

凍えそうに冷たい強風が二人に吹き付けていた。

 

 

 




サブタイトルで期待された方、雪花ちゃんファンの皆様には大変申し訳ない結果となりました。(あらすじで結果は類推可能ですが)

とにかく雪花の詳細設定は未だに明らかにされていないようですし、いつにも増して捏造設定マシマシなので8割方オリキャラといっても過言でない状態です。
また、27話のプロットで貴也の巡航速度の設定を確定させた段階で『あれ? この速度なら北海道日帰り出来るよね?』てな所から広がった話でもあります。
そういったことで、今後も絡ませるには非常にハードルの高いキャラでした。

ただ、今回の経験は今後の千景に大きく影響していきます。(原作からの大きな乖離要因です)
なお、神居古潭総攻撃がこの日になったのはメタ的にはご都合ですが、設定上は四国再侵攻の神託と連動しているものです。(まさか原作も?)

でもまさか、この子の誕生日から2日遅れでこの話を投稿することになるとは……

※ 雰囲気を出すために捏造したピンネシリオプの名称はアイヌの(ピンネ)(ヌプリ)または(ピンネ)(シリ)の投げ槍の逸話から採っています。オプが槍を指すそうです。(雪花の投げ槍の真名って明らかにされているんでしょうか?)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話  四国へ

北海道からの帰途、千景はずっと暗い表情のままだった。

あの北国の勇者、秋原雪花の無惨な死に様が脳裏を占める。

怖い。死にたくない。

初めてバーテックスとの戦いに臨んだ時の恐怖が蘇り、体が震える。

 

とうとう、新潟に上陸した辺りで堪えきれずにえづき始めた。

出来るだけ明るいうちに諏訪へ帰り着こうと、震える彼女をあえて無視していた貴也も、さすがに地上に降り千景の背中をさする。

 

「大丈夫か? 郡さん……」

 

「うっ、うううう……なんで、こんな目に……! 私たちが何したって言うの……? 嫌よ。死ぬのも、殺されるのも……うううぅぅ……」

 

激しくえづきながらも目から涙を溢れさせ、そんな言葉をこぼす千景。

貴也は、千景の背中をさすりながら、自分でも空しく感じる言葉を掛けるしかなかった。

 

「心配しなくていいよ。戦いたくなければ、戦わなければいい。僕が君を、君たちのことを絶対守るから……」

 

こんな言葉が何になるんだろう? そう疑問を持ちながら。

だが、千景はそんな貴也に縋り付いてきた。

 

「ほんとう……? 信じていいの……? 私のことを守ってくれるの?」

 

「ああ、約束するよ。絶対に守ってみせる」

 

「鵜養くん……、鵜養くん。うっ、うああぁぁぁ……」

 

とうとう泣き崩れる千景。

貴也はそんな千景をしばらくの間、抱きしめてやることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさに日が沈もうとしている頃、貴也と千景は諏訪の上社本宮の跡地にたどり着いた。

だが、若葉たちの姿はそこにはなかった。

 

「乃木さん達は、何処に行ったんだ?」

 

「捜してみましょう。何かあれば、連絡があったはずだわ」

 

そう言う千景の右手は、貴也の勇者装束の左腕部分をつまんだまま放そうとしなかった。そして貴也に視線を向けると、微かにはにかんだような笑顔をこぼした。

 

 

 

 

空中を走り、辺りを捜す。

白鳥歌野の遺品が見つかった畑の跡地に若葉たちはいた。

 

「お帰りなさい。千景さん、貴也さん」

 

ひなたを皮切りに、皆が貴也たちの帰りを迎える。だが、皆暗い雰囲気を纏っていた。

 

「北方の大地はどうだった? 生存者とは……」

 

若葉のその言葉に、貴也も千景も首を横に振った。

 

「そうか……」

 

「ちょうど、バーテックスに襲われて全滅する瞬間に立ち会ってしまったんだ……。生き残りはいなかった。その地の勇者とも会えたけど、彼女が事切れる瞬間だったんだ……」

 

貴也のその言葉に若葉たちは絶句した。

 

「すまなかった。行かせるべきじゃなかった……。私の判断ミスだ。鵜養くんと千景には、つらい思いをさせたな……」

 

「いや、事前に分かるものでもないし、仕方がないよ。北の勇者の名前を伝えられるだけでも良しとしないと……」

 

「で、その勇者の名前は?」

 

「秋原雪花。どうも、投げ槍を使う勇者だったらしい。彼女も白鳥歌野さんも、僕たちがその名前と行動を伝えて残していかないといけないよな……」

 

「そうだな……」

 

 

 

 

「ところで、乃木さんたちはここで何をしてたんだ?」

 

「今朝、やりかけてそのままになってしまった白鳥さんの畑に種を播く作業さ。残っているみんなで雑草を抜き、鍬で鋤き返したんだ。この一角だけだが、もう種も播き終わったんだぞ」

 

日が沈みきった残照の中で、畑の光景を見ながらそう自慢げに言う若葉。だが自慢げなのは言葉だけだ。その表情はずいぶんと寂しげだった。

 

「東京はどうだったんだ?」

 

「名古屋と同じだった。破壊され尽くした街に、卵が延々産み付けられていたよ。深入りすると危険が増しそうだったから、八王子の辺りで引き返してきたんだ。こちらも収穫が無くて、すまない」

 

「そうか……」

 

「で、昼過ぎには諏訪に帰り着いたからさー。若葉の発案で、こうして白鳥の畑を耕してたってところなんだ」

 

球子が泥だらけになった顔をタオルで拭きながら、そう言ってきた。

よく見ると、貴也と千景を除く五人とも農作業による泥の汚れがあちこちに付いていた。

若葉たちは汚れをある程度落とした後、夕食の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

長距離の移動と農作業に疲れ切った一行はバーテックスの襲撃に備え、見張りを立てつつ交代で睡眠をとった。

二時間半ずつの三交代制。貴也は二番目に友奈と共に見張りに立った。

まだ、夜中は寒さが身に染みた。焚き火に当たりながら二人はポツリポツリと会話を交わす。

この四国外調査では、あまり良い結果が得られなかった。だから、二人の話す内容も明るくはならなかった。

大体は、友奈が貴也の鳥取での生活を根掘り葉掘り聞こうとして、微妙にはぐらかされるものだった。

 

「ねー、貴也くん。じゃあ、もし話せたらなんだけどね。初日に話してた、私によく似ているっていう友奈ちゃんの話を聞かせてもらってもいいかな? あっ、もし辛かったら別に話さなくてもいいよ……」

 

少し気遣いの姿勢を見せながらも、ずっと気にしていたであろう事を聞いてくる友奈。

貴也は、そんな彼女の気遣いを受け入れながらも、自分を受け入れてくれている事への感謝も込めて話し始めた。

 

「いいさ。――――――その子は結城友奈って名前でね、バーテックスとの戦いが始まってから知り合ったんだ。高嶋さんとよく似て明るい子でね。そういや、初対面から自分のことを友奈って呼び捨てで呼んでくれって言ってきたっけ」

 

「へー。人懐っこい子なんだね」

 

「誰とでも明るく接することが出来る子でさ、コミュニケーション能力のお化けみたいだったな」

 

「ははっ。ちょっと酷い言い方……」

 

貴也のちょっとした揶揄のこもった言いぶりに、少し困った風に返す友奈。

 

「でも、中でも一人だけすごく仲のいい友達がいてさ。その子とはいつもワンセットって感じだったな。高嶋さんには、そういう友達はいるの?」

 

「そうだなあ。私は、やっぱりぐんちゃんかな……? 勇者のみんなとヒナちゃんとは、すっごく仲いいけど、やっぱり一番と言ったらぐんちゃんになっちゃうかも」

 

「郡さんかぁ。彼女、そういやどことなく、その友奈の親友に感じが似ているな。面立ちは、僕の妹にどことなく似てるんだけどね」

 

「へー。その辺、もっと詳しく聞かせて……」

 

焚き火を絶やさないようにしながら、そんな話を更にポツリポツリと続けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

若葉、ひなた、千景の三人と見張りを交代した後、貴也は少し離れた所に設営したツェルトで一人横になった。

だが、眠れない。

明日は四国なのだと思うと、心の中がざわついた。

 

思えば、この三日間はジェットコースターのような展開だった。

初日には、美森の反逆から始まるバーテックス勢との一大決戦があり、そこから気がつけば三百年の過去に飛ばされていて、ばたついたまま四国へ戻ろうとしたところで星屑との戦いがあった。

二日目は、四国外調査に参加することになり、坂出から神戸、大阪、名古屋と廃墟と化した街々を巡ることになった。

三日目は、諏訪で白鳥歌野の、北海道で秋原雪花の遺志を継いでいくことになった。

 

心への負荷が限界に近かったのかも知れない。

貴也はツェルトから抜け出すと、諏訪大社上社本宮の跡地へと覚束ない足取りでふらふらと歩いていった。

 

 

 

 

ひなたは、若葉や千景と焚き火に当たりながらおしゃべりをしていた。

北海道での出来事については、主に貴也から報告を受けていた。だが、千景の印象、気付いた点も、あれば知りたかったため、そういったことを中心に聞いていたところだった。

 

目の端で、貴也がふらふらと歩いていくのが見えた。すぐに戻ってくるだろうと思っていたのだが、十分以上経っても戻ってくる気配がなかった。少し気になった。

 

「若葉ちゃん、千景さん。ちょっとだけ席を外しますね」

 

そう断って、貴也の歩いていった方向へと向かう。

若葉たちは、お花でも摘みに行ったのだろうと気にもとめなかった。

 

 

 

 

貴也は、瓦礫の山をぼーっと眺めていた。

涙がつーっと頬を流れ落ちる。

どういった感情で、涙がこぼれたのか自分でも分からなかった。

悲しみか、空しさか、怒りか、哀れみか……

 

ふいに声が聞こえた気がした。

 

「もう、お前は乃木園子に会うことは叶わないのだ。家族と会うことも、勇者部の皆と会うことも、友達と会うこともだ……」

 

「誰だ!?」

 

「分かっているのだろう……? この時代では、お前は異物だ。誰も本当のところは受け入れてはくれまい。お前は、孤独の中で野垂れ死ぬのだ……」

 

目の前に影があった。

警戒心を最大に強める。

徐々に雲で遮られていた月明かりが、その影の正体を顕わにしていく。

それは、自分自身、鵜養貴也その人の姿だった。

 

「うっ……!?」

 

「お前をこの時代に飛ばしたものはなんだ? その指輪の力ではないのか? 精霊の力ではないのか? その力をお前に与えたのは誰だ……?」

 

その自分自身の影は、にやりと口元を歪める。

 

「分かっているのだろう……?」

 

「違うっ! たとえ、そうだとしても彼女が意図してやった事じゃないっ!!」

 

「お前をこんな運命に引きずり込んだのは、お前の愛してやまない娘だ。意図していようが、いまいが関係あるまい。乃木園子は罪を犯した……」

 

「そんなことはないっ! そのちゃんは悪くないんだっ!!」

 

 

 

 

「貴也さん……、何をしているんですか?」

 

その言葉に、ハッと気がつく。自分の姿をした影は、それこそ影も形もなかった。

ゆっくり振り向くと、そこにはひなたの姿があった。

とても心配そうに貴也のことを見つめている。

 

涙が溢れた。

誰でも良かったのかも知れない。だが、ここにいるのは貴也とひなたの二人きりだった。だから、ひなたに縋ったのかも知れない。

 

「僕は……、僕は……」

 

「貴也さん……?」

 

「四国へ帰っても、誰もいないんだ……。そのちゃんも、父さんも、母さんも、千歳も……。友達も、勇者部のみんなだって……! 僕はもう一人きりなんだ!!」

 

「貴也さん……」

 

ひなたは戸惑った。常は比較的落ち着いた態度をとっていた貴也が涙を流しながら叫んだからだ。その声は決して大きなものではない。だが、とても悲痛な響きを伴っていた。

だが、ひなたは知っている。彼は感情的になることもある人物なのだと。大阪で、諏訪で、そうであったではないか。

 

「でも、それでも、そのちゃんは悪くないんだ……。たとえ、もう二度と会えないんだとしても、それだけは否定しないといけないんだ……、じゃないと、僕は……、僕は!!」

 

ひなたは貴也に駆け寄り、抱きしめた。

 

「落ち着いてください、貴也さん。しっかりして! 自分を強く持ってください。あなたは一人じゃありません。私たちがいます!」

 

彼の右肩に手を沿わす。ギプスで固められ、動かないように固定されている。自分の命を救ってくれた際に傷つけられた箇所だ。

この三日間での僅かなふれあい。だが、そんな少しの交流であっても、彼の誠実で優しい人柄は理解できた。

北海道の勇者の死を目前で見たという千景。だが、先ほど彼女はなんと言っていたか。勇者の死を目前にし、震え泣いていた自分を彼は優しく励ましてくれたのだと、微笑みながら話していたではないか。

ひなたも感情が溢れていた。

 

「私たちでは、あなたの大切な人達の代わりは出来ないかも知れません。それでも! 私たちがあなたを支えます。いえ、私一人でも!」

 

「僕は否定しないといけないんだ……。彼女は絶対に悪くないんだ……。たとえ、僕自身を否定することになっても!!」

 

「貴也さん……。もういいんです。誰も悪くないんです。誰にも罪は無いんです……」

 

貴也が何を否定したがっているのか、ひなたの理解の及ぶところではなかった。だが、それでもひなたは貴也をギュッと抱きしめ、なにものかも分からない罪を赦し続けていた。

 

 

 

 

貴也は気付いていなかった。ひなたも……。若葉も……。杏だけが、それに気付きつつあった。

精霊を人の身に宿すことの本当の危険性に。精霊の憑依が精神に与える悪影響について。

この時点で、貴也は実に四十時間以上もの長時間、連続して精霊を憑依させ続けていた。

彼の精神は蝕まれつつあった。

 

 

 

 

数分後、なんとか落ち着きを取り戻した貴也はひなたに頭を下げた後、またふらふらと戻ろうとした。あまりの彼の危なげな様子に、ひなたは彼を寝床まで送っていったのだった。

 

『貴也さんの様子はあまりにもおかしい……。何事も無ければいいんですけど……』

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、早朝に勇者たちは諏訪を発った。

白鳥歌野の遺した畑の前で、彼女に別れの言葉を残して。

 

『白鳥さん。私たちは誓います。あなたから受け取ったこの勇気のバトンを、次の世代により良き形で受け渡していけるよう、必ず私たちの世界を取り戻してみせます』

 

皆、その言葉を強く胸に焼き付け、一路四国へと向かう。

往路に使ったルートをなぞるように逆方向に。

 

 

 

 

勇者たちが四国へ帰り着いたのは、その日の昼前であった。

 

結局、三泊四日で終えざるを得なかった四国外調査。

その成果は、鵜養貴也という生存者一人を見つけたこと以外、明るいものは一つも無かった。

 

 

 




あまりにも長かった四国外調査編。完結まで6話もかかってしまいました。
で、ありながら作中時間は四日間です。これまで投稿してきた話を見返すと、テンポ遅すぎ、又は、内容濃厚すぎ、という感じです。

千景のバーテックスへの恐怖再発が雪花登場の影響で前倒しになってしまいました。

さらに、貴也もついに精霊憑依の悪影響が前面に出てきました。
ひなたの前で感情垂れ流し状態ですが、他五人の誰かが相手だと恐らく我慢できたんじゃないかな。どことなくであれ園子と似たところも持っているひなただからこそ、だと思います。

ということで、次回からは当然のことながら四国編になります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話 花たちの宴


評価欄に色がついていて吃驚した上に、アクセス数が急増してヘンな笑いが出る始末です。おまけに一瞬ですが日間ランキング入りという結果に。
もう読んでくださっている方、みなさんに感謝の極みです。
完結に向けて頑張りますので、どうぞ今後も本作をよろしくお願いいたします。

では、本編をどうぞ。





 

四国へ帰ってきた日の昼食後、貴也は若葉たちと別行動をとらされた。

丸亀市内の大社運営の病院に入れられ、精密検査を受けた後、そのまま泊まらされたのだった。ひなたの進言があったらしい。

二日前、貴也と交渉した佐々木和馬という大社職員が彼の担当職員となっていた。

 

さらに翌日の午前中は色々な手続きをとらされ、改めて住民登録をしたのだった。

午後は、佐々木と共に新しい住まいを訪れた。

四国の勇者たちは丸亀城の内部を改装した学校に通うと共に、同じ丸亀城の敷地内にある寮で生活していた。だが、全員女子であることから寮に貴也を受け入れる余地はなかった。

そこで、丸亀城から徒歩十五分ほどの距離にあるマンションの一部屋があてがわれた。大社の職員用のマンションであり、佐々木も違うフロアではあるが住んでいるそうだ。

 

「ちょっと広いんじゃないですか? ここ2LDKもありますよ。」

 

「近くには世帯用の宿舎しかなくてね。君は丸亀城にすぐ参集する必要があるから、空き部屋はここしかなかったんだよ」

 

「まあ、いいか。寝に帰るだけ、みたいなもんだし」

 

「家具、調度品、電化製品も必要最低限はこちらで用意したからね」

 

「すみません。いろいろと良くしていただいて、ありがとうございます」

 

「いや、こちらとしても君のモニタリングデータは色々と貴重なデータとなるようだしね。ギブアンドテイクだよ」

 

それはそうだろう。少なくとも大赦よりもデータは揃っているはずだ。大赦は変身のキーアイテムが指輪であることさえ把握できていなかった。しかし、こちらの大社には既に把握されているはずだ。若葉たちにも話したことだからだ。その際、特に大社に対する隠蔽工作はしなかった。

仕方がないと思う。生活資金も勇者への給与という形で支給されるようだ。生きていくためには、勇者としての労働力と秘密を切り売りする他無いと考えていた。

 

 

 

 

新しい住まいを確認した後は佐々木と別れ、これからの生活に必要な日用雑貨、衣服等を買い出しに行った。

とりあえず、荷物の片づけが終わる頃には日が沈もうとしていた。

 

「さて、夕食はどうしよう? どこかで外食でもしようかな?」

 

そう独り言を呟いた時だった。

 

ピンポーン。

 

インターホンが鳴った。

 

「はい。どちら様?」

 

「貴也さん。みんなで来ちゃいました」

 

小さな画面に、ひなたを筆頭として勇者の面々が写っていた。

 

 

 

 

「こんにちはー」

 

「おじゃましまーす」

 

口々に挨拶をしながら、どやどやと若葉たち六人が荷物を持って部屋に上がり込んでくる。

 

「おー、なんか結構広いじゃん」

 

「いいですねえ。これぐらい広いと……、あっ、部屋が二つあるっ! 一つは書庫にできますねっ」

 

「うわー、いいなー、貴也くん。寮はこの部屋一つ分しかないんだよ」

 

「テレビも大きいわ……。これ位あればゲームするにも迫力が出るわね」

 

なんだか、それぞれ勝手な感想を言い合っている。

彼女たちの迫力に若干押し負けながら尋ねた。

 

「一体、これは何なんだよ。一体、何の用なんだ?」

 

すると、ひなたと若葉が両手のビニール袋を掲げてどや顔で返してきた。

 

「貴也さんの歓迎会をしようと思ってきたんです。初日から一人だと寂しいでしょ?」

 

「すき焼きパーティーだぞ。すき焼き!」

 

「みんな……」

 

嬉しさがこみ上げてきた。若葉たちが、貴也を受け入れるために、そして貴也が早く彼女たちに馴染めるようにと色々と考えてきてくれたのだ。

 

「コンロも鍋も食器も持ってきたぞ。流石に人数分は無いだろうと用意してきたんだ。感謝しタマえ」

 

「タマっち先輩、それ全部ひなたさんが予め用意したんじゃないですか」

 

「あっ、あんず! 鵜養には分からないんだから、バラすなよー」

 

「ありがとう……」

 

堪えきれずに涙が溢れた。そんな貴也を彼女たちは微笑んで、受け止めてくれた。

 

 

 

 

準備も食事も、わいわいがやがやと楽しいものになった。

途中、球子と友奈の間で肉の争奪戦が始まり掛けたが、二人ともそれぞれ杏とひなたに行儀が悪いと窘められていた。

 

「さあーシメだ、シメっ。シメと言ったら、うどんだよなー」

 

「そうだな。シメと言えば、うどんだ。うどんを食わざる者は香川県民にあらず!」

 

大体、食材が無くなってきたところで球子が仕切り出し、アルコールも入っていないのに若葉が酔ったように、そんなことを言って相槌を打つ。

 

「テンション高いなー」

 

「ほっとけばいいのよ……。鵜養くん、お茶いる?」

 

「あぁ、ありがとう」

 

貴也の左横に陣取った千景が甲斐甲斐しく世話を焼こうとする。その千景の横では、ひなたが切った長ネギを加え煮込み始めたうどんをランランと目を輝かせて見つめる友奈の姿があった。

 

 

 

 

『勇者様と巫女様による調査の結果、諏訪地域と旭川地域の無事が確認されました。現在大社は――――――』

 

賑やかしに点けていたテレビからニュースの音声が流れてくる。大社発表のニュースは、そのほとんどが耳に優しいものへと事実が歪曲されたものばかりだった。

 

「なんだ? この報道、嘘ばっかりだな」

 

この二日間、忙しすぎた貴也はその報道を初めて知ったのだった。

 

「うどんが不味くなる。消そうぜ」

 

「士気を下げないための情報操作はよくあることだと聞きますけど、実際、耳にすると……」

 

球子がリモコンを取ってテレビを消す。その横で、杏が暗い口調で呟いていた。

 

「あのさ! 私たちが、明るいニュースを本当にしちゃえばいいんだよ。世界を全部取り戻してさ!」

 

「友奈の言うとおりだな。私たちの手で、世界を取り戻そう。白鳥さんにも誓ったことだ」

 

友奈のその言葉で明るい雰囲気が戻ってきた。若葉も、諏訪での誓いを引き当てて友奈の言葉に相槌を打った。

 

 

 

 

片付けも終わり、若葉たち六人は一緒に寮へ帰った。

貴也は静かになった部屋で一人、寝る用意をする。

 

大社に用意してもらったスマホが着信音を鳴らした。

写真が届いていた。

今日の歓迎会で、皆で撮った写真。

ひなたからだった。

 

『今日の歓迎会、楽しかったですね。貴方は一人じゃありませんよ。私たち、みんな仲間です』

 

嬉しさに咽び泣いた。

彼女たちを絶対に守り抜こうと、心に誓った。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「鵜養くん、いくぞ!」

 

「ああ、来い! 乃木さん」

 

二人の鉄芯入り木刀が唸りを上げて、交差する。

 

ガッキィーーーィン!!

 

木刀らしからぬ音を上げて打ち合うと、そのまま鍔迫り合いに入った。

 

 

 

 

バーテックスの襲撃が無いまま数日が経った。

貴也も若葉たちと共に、丸亀城内の学校で勉学に励むと同時に勇者としての訓練にも参加するようになった。

また、どういう訳か貴也は諏訪から合流した勇者として報道されていた。貴也自身のみならず若葉たちも気乗りしなかったのだが、佐々木からの要請に従い、口裏を合わせるようにしていた。

 

そういった状況の中、調査遠征が終わり日常に戻ったはずであるにもかかわらず、皆の気持ちは揺らいでいた。

四国外調査でのショッキングな経験、帰還後に見た大社の不誠実なあり方、それらが影響しているのであろう。

 

球子は遠征で精霊の力を使った影響を受けたのか、時々思い悩む表情を見せていた。

それを見て、杏も不安に駆られているようだ。

千景は口数がさらに減り、友奈か貴也にひっついていることが多くなった。

若葉もそんな皆の変わりように思い悩んでいた。

明るい材料は、友奈が相変わらず前向きであること、貴也の右肩がほぼ完治し皆に馴染んできたことぐらいだった。

 

そのため若葉は、皆の気分転換を兼ねてレクリエーションをすることを提案したのだった。

内容は、勇者全員による模擬戦用武器を用いたバトルロイヤル。変身はせず、生身で戦うこととした。戦場は丸亀城敷地内。優勝者は敗者に自由に命令できるものとした。

 

 

 

 

貴也が輪刀を用いて戦っていたことに興味を覚えた若葉は、真っ先に彼との一対一の戦いを望んだのだった。

 

若葉は居合いを旨とするため、鞘付きの鉄芯入り木刀を武器とした。

一方、貴也も銀との鍛錬で使用していたのと同様、やはり鉄芯入りの木刀を武器とした。

 

片手で、あるいは両手に持ち替えながら、構えも多彩に激しい動きを交え打ち込んでいく貴也に対し、立ち位置は大きく変えず、されどその場で素早い動きを見せて捌いていく若葉。

傍目には、ほぼ互角の攻防に見えた。だがその(じつ)、貴也の打ち込みに有効打は一つもなく、そればかりか若葉の捌きには多少の余裕が感じられた。

 

『クッ、流石に速い。でも、銀の二刀流で鍛えられたんだ。一刀のみの乃木さんに負けてたまるか!』

 

その気負いがどちらに作用したのかは定かでない。が、結果は次のようなものであった。

 

若葉がスピード勝負に出ようと考えたのか、木刀を鞘に仕舞い、居合いの体勢をとる。

貴也は木刀を両手で八相に構えたまま、袈裟懸けにしようと若葉に走り寄った。

若葉がタイミングを合わせて踏み込むと同時に木刀が鞘走る。円弧の軌道を描き、貴也に迫る木刀。

一瞬だけ足を踏ん張って走り込むスピードを緩め、上半身を微妙に仰け反らせた。若葉の木刀は貴也の体前面、コンマ数ミリを掠めていく。かわし切った、と思いながら木刀を振るう。

衝撃が鳩尾を襲い、吹っ飛ばされた。

若葉が左手で鞘を突き出していた。握ったまま手の中で滑らせたのか、鞘の(こじり)側を握っていた。

 

「カハーーッ、ハッハッ……。フーッ。――――――参った。かなわないなぁ」

 

貴也は一瞬呼吸困難に陥ったが、のろのろと起きあがると両手を上げ降参した。

 

「いや、まさか一撃目をかわされるとは思わなかった。鞘の一撃は、とっさの動きだったんだ」

 

「それでも、とっさにその動きで追撃できるんだから、達人クラスだよな」

 

「いや、私のレベルではまだまだだよ」

 

若葉が笑顔で右手を差し出してくる。握手を交わし、互いの健闘を称え合った。

 

 

 

 

結局、バトルロイヤルの優勝者は杏となった。

 

貴也に勝利した若葉は、続いて友奈との一騎打ちを所望した。

だが、ここで貴也との勝負で消耗していた若葉を一気に叩こうと、千景と球子が友奈に加勢したのだ。

ところが、それは卑怯だと、今度は友奈が若葉側に付く。若葉vs千景、友奈vs球子の二組の対戦となり若葉と友奈が勝利したのだが、今度はそれぞれの戦場が離れてしまっていた。

若葉はひなたから杏の脱落と友奈の居場所を知ると、友奈とのタイマン勝負を行った。その結果は、僅かな差で若葉の勝利に終わった。

そして、これで優勝だと若葉が油断したその瞬間、彼女の後頭部に杏の放った矢が当たっていたのだった。

 

「杏!? 杏は球子にやられて既に脱落していたんじゃ……?」

 

『若葉ちゃん、勝負は搦め手からのものにも注意した方がいいですよ。今回は杏さんの戦略勝ちです。なにせ、私をこんな手で買収していたんですから……』

 

ひなたは手に持ったスマホに目を向ける。そこには普段、勇者の訓練中に巫女の訓練を行うため、ひなたには撮影不可能な戦闘訓練中の若葉と貴也の写真が何枚か収まっていた。

 

『杏さんとは、これからも良い友情を育んでいけそうです……』

 

ひなたはニンマリとした笑顔で、写真をスライドさせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

貴也は始め、その少女が誰なのかまったく分からなかった。

 

「誰? あの子?」

 

「いやだなあ、鵜養さん。タマっち先輩じゃないですか」

 

「ええっ!?」

 

球子は、いつもは後ろで二つに結っている髪を下ろしていた。それだけで、まったく印象が変わっていた。

普段のややボーイッシュで活発そうな見た目からガラッと変わり、少し幼い感じは受けるもののまさに正統派美少女という感じになっていたのだ。

女の子とは恐ろしいものだと、貴也は実感した。

 

 

 

 

杏は優勝者の特権として、お気に入り恋愛小説の一場面を球子、若葉、友奈を使い再現しようとしていた。

 

「私のものになれよ、球子」

 

教室の壁際に追い詰めた、髪を下ろし女の子女の子した球子の横に手をつき、学ラン姿の若葉が囁く。

 

「若葉くん……、でも、タマには他に好きな人が……」

 

「待ちなよ、若葉くん。球子さんが嫌がってるじゃないか!」

 

「高嶋くん!」

 

やはり学ラン姿の友奈が若葉を制し、二人の間に割って入ろうとしたところで、ついに球子がキレた。

 

「……って、なんじゃこりゃあああ!!」

 

「カット!! タマっち先輩、ちゃんと台本どおりにしてくださいよー!」

 

「こんな恥ずかしいセリフが言えるかっ! しかもなんでタマが『内気で大人しい少女』なんだよっ!?」

 

「言うな、球子。私と友奈は男装までさせられているんだぞ……」

 

「学ランって、変な着心地……」

 

不満を漏らす三人に、今度は杏がキレた。

 

「そんなことを言うんでしたら、再現度をさらに上げますっ!!」

 

その様子を、ひなたはホッコリとした笑顔で、スマホで録画しつつ撮影していた。

 

 

 

 

「どうして僕まで人身御供に……」

 

「鵜養さんも負けたんですから、不満は無しですっ!!」

 

怒り心頭の杏監督によりキャストの変更が言い渡された。ヒロイン球子とライバル友奈は変わらないが、若葉の代わりを貴也がすることになった。

 

「やっぱり、壁ドンは本物の男子にやってもらわないとっ!」

 

杏の魂の叫びが教室に響いた。

 

 

 

 

台本に従い、学ランに着替えて立ち位置に立つ。目の前には、髪を下ろした球子が立っている。

 

「こんな所に呼び出して、何の用なの? 貴也くん……」

 

そう言う球子に無言で一歩ずつ近づき、壁際に追い込んでいく。

 

「お前に言っておきたいことがあるんだ」

 

壁に背が付くまで追い詰めた球子の横に手をつく。自然に二人の顔が近づく。

これがギャップ萌えというものなのだろうか? 小柄な球子は庇護欲をそそった。上目遣いで見てくるその顔は恐ろしいほど可愛らしく見える。

 

「俺のものに……、だぁーーっ! 言えるかっ!? こんなセリフっ!! こんな可愛い子にそんなこと言わせるなんて、一種の拷問だろうがっ!!」

 

「かっ、かっ、かっ……。かわっ、かわっ、可愛いだとーーーっ!?」

 

貴也が真っ赤な顔で絶叫すると、その言葉に今度は球子が赤面して叫ぶ。

 

「タマっち先輩が、本物の男子相手に恥ずかしがってるっ!?」

 

錯乱する球子の様子をみて、鼻息を荒くする杏。

教室から逃げ出す貴也。

錯乱しながらも、へなへなとその場に崩れ落ちる球子。

どうしよう、どうしようと慌てふためく友奈。

なぜか無言で目のハイライトが消えている、ひなたと千景。

若葉だけは脱力し、ため息をついていた。

 

杏主催の寸劇は、こうしてカオスチックに有耶無耶のまま終了するのだった。

 

 

 





おそらく最後のひなたと千景の思っていること。
『私、貴也さんに(鵜養くんに)可愛いなんて言われたこと、まだ一度もない……』
でも、濃密な時間を共に過ごしているとはいえ、君たちまだ出会って10日も経っていないのでは……
吊り橋効果が最大限に発揮されているんでしょう。

また、弱っちい貴也くんが若葉といい勝負をしたように見えますが、神懸かり的になったのは攻撃面でなく防御面だったということには注意が必要です。

ともかく、少し捻っていますが概ね原作沿いのお話でした。
日常回少なめでストーリーを進めることを重視している本作では、貴重な日常回でもありました。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話 我ら一つに


今回は超難産でした。おかげで1日遅れの投稿になってしまいました。
決して予約投稿のミスではないのですぞ。努々疑わぬように……。

では、本編をどうぞ。




 

しばらく恥ずかしさに錯乱する球子を堪能した後、杏は次のイベントへと気持ちを切り替えた。

貴也も、杏に頼まれた若葉に教室に引き摺り戻された。

 

 

 

 

教室に七名全員が集まり、千景の前に残り六人が横一線に整列する。

だがさすがに、貴也と球子は目を合わそうとはしなかった。

 

「それじゃ、最後は千景さんへの命令権を行使しますね」

 

「一体、私に何をさせる気? さっきみたいなのはゴメンだわ」

 

「安心してください。千景さんには、これを受け取ることを命令しますね」

 

そう言って、杏が取り出したのは手製の卒業証書だった。『三年 郡千景』と名が入っている。

 

「えっ? これ……?」

 

「ぐんちゃんは私たちの中で唯一の中学三年生だからね。卒業の時期でしょ?」

 

「そうそう。でも高一になっても、この教室から変わる訳じゃないけどな」

 

呆然とする千景に友奈と球子が説明してくるとともに、若葉がだめ押しをしてきた。

 

「こういう行事は大切にした方がいいからな」

 

「ありがとう、みんな……」

 

皆の温かさに涙ぐむ千景。彼女自身はそんな行事があることさえ、コロッと忘れていたというのに。

だが、一つだけ気になることがあった。

 

「でも、鵜養くんは? あなたも私と同学年でしょ?」

 

「あぁ、みんなでこの準備をする時に聞いてみたらさー、『まだ通い始めたばかりで卒業なんて、甘えたことを言うな』って袋叩きにあったよ……」

 

「物理的には叩いていませんからね」

 

千景の問いにぼやくように返した貴也だが、その後ろでひなたの圧のある注釈が加えられた。ひなたは笑顔なのに、なぜか冷や汗が出そうになった。

 

 

 

 

その後、皆の中で最年長ということで、貴也が卒業証書を読み上げ千景に手渡した。

 

『勇者部のみんなにも負けない、良いチームだよな』

 

皆の拍手の前で照れたように笑う千景を見て、貴也はそう思った。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

それからさらに数日が経ち、四月に入った。

その日の朝は、珍しくひなたの登校が遅れていた。

一度、大社本庁に顔を出してから登校するとのことだったが、見送った若葉の言によると顔が青ざめているようだったとのことだ。

何か悪い神託でもあったのかもしれないと皆が不安に思っているところで、いつもの友奈ではなく球子がその場の雰囲気を変えようとしたのか、話題を提供してきた。

 

昨夜(ゆうべ)、あんずと話してたんだけどさー、今度の日曜日、みんなでお花見をしようぜ」

 

「幸い丸亀城は桜の名所ですし、みんなで桜の木の下でお弁当を広げたら楽しいと思ったんですけど」

 

杏も補足説明をしてくる。皆乗り気の様であった。友奈が、はいはいはいと手を挙げてくる。

 

「じゃあさ、じゃあさ。私は桜餅をいっぱい食べたいなー!」

 

「うぐいす餅も美味しいぞ」

 

「あっ、じゃあ、それもそれもっ!」

 

「高嶋さんは食べることばっかりね」

 

若葉の返しに乗る友奈を、微笑んで見守る千景。そこに、球子がお願いをしてきた。

 

「あのさー、で、実は真鈴も呼びたいんだけど、いいかな……?」

 

「球子と杏が覚醒した時に付いていた巫女様か。確か名字は安芸だったか?」

 

「そうそう。どうだろ?」

 

「いいんじゃないかしら……? お花見は大勢の方が楽しいだろうし」

 

千景を皮切りに、皆その案に同意した。球子も杏も嬉しそうだ。

 

 

 

 

「でさー、話は変わるんだけど……」

 

そう言って、チラッと貴也を見てくる球子。しばらくそのまま固まっていたが、意を決したように、うがぁーっと吠えてから話し出した。

 

「ウジウジするのはタマらしくないもんなっ! 鵜養、いや、貴也。もうお前もみんなに馴染んできただろうからさ、名字呼びはやめて名前呼びに変えてくれよ。タマもこれからはお前のこと、貴也って呼び捨てにするからさ。お前もタマのことはタマって呼んでくれタマえ」

 

顔を真っ赤にしながらそう言ってくる球子。杏も同調した。

 

「やっぱり昨夜(ゆうべ)、ちょっと話してたんですけどね。貴也さんにも、以前若葉さんにお願いしたように名前呼びしてもらいたいな、と思いまして……。ですから、私もこれからは鵜養さんのことを貴也さんと呼びますので、私のことは杏と呼び捨てでお願いします」

 

「そうか……。 僕も名前呼びにした方がいいんだろうか?」

 

「そうに決まってるだろ。貴也も、もう少しタマたちに歩み寄る姿勢を具体的に示すべきだぞ。だから、べ、別に、この前、タマのことを可愛いって言ってくれたからとか、そんなんじゃないからな!」

 

「フフッ……。本当は『男子に初めて可愛いって言われた』って、あの後もブツブツ小声で言ってましたけどねー」

 

「あんず! へ、変なこと言うなーっ!」

 

語るに落ちた球子に杏の追撃が炸裂し、球子がさらに顔を赤く染め上げてうがぁーっと拳を振り上げた。

 

 

 

 

「じゃあ、私はどうしたらいいかな? やっぱり結城の友奈ちゃんと(かぶ)るから、友奈とは呼びたくないよね?」

 

そう不安げに貴也の顔を見てくるのは高嶋友奈。相当、気にしているらしい。

 

「もう、吹っ切らなくちゃ、って思ってたからな。いい機会だから、これからは高嶋さんのことを友奈って呼ぶよ。いいかな?」

 

貴也のその答えに、友奈はパァーッと花が咲いたような笑顔を見せた。

そうなのだ。既に貴也とこの西暦の勇者たちとの付き合いは、神世紀三百年における勇者部のみんなとの付き合いよりも、時間的にも深さ的にも(まさ)ってしまっているのだ。

 

「伊予島さんのことも杏って呼ぶようにするよ。土居さんのことは……、タマはちょっと勘弁して欲しいな。ちょっと呼びにくく感じるからさ。乃木さんに倣って球子って呼ぶけど、いいかな?」

 

「まー、いいよ。じゃあ、これからもよろしくな、貴也」

 

球子と握手を交わす。隣の杏も嬉しそうだ。

 

「じゃあ、私も貴也と呼ぶことにする。私のことは若葉でいいぞ」

 

若葉も同調してきた。

 

 

 

 

「わ、私も名前で呼んで欲しいわ。私だけ名字呼びは、なんだかイヤだし……」

 

そして千景も消え入りそうな小声で、そう言ってきた。

貴也は、その言い方に引っかかりを覚えたので、少しからかう気持ちも混ぜ込みながら返答した。

 

「分かった。じゃあ、僕のことも名前で呼んでくれよな、千景」

 

「えっ……!?」

 

ボッと耳まで真っ赤になる千景。

 

「え……あ……う……。わ、分かったわ……。……た、貴也、くん……」

 

それこそ、先ほど以上に消え入りそうな小声でそう絞り出すように貴也に呼びかけると、両手で顔を覆い俯いてしまう。

そんな千景を、友奈も球子も杏もニマニマとした笑顔で見つめる。

貴也は、千景の予想以上の反応に唖然としていた。恥ずかしそうにしながらも、普通に返してくるものだと思っていたのだ。

そして、若葉はそんな皆を微笑ましく見ていた。

 

そこにあったのは、とても優しく暖かな場の雰囲気であった。

皆、心の距離が近づいた、そう感じていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

やがて十時をまわった頃、ひなたが帰ってきた。暗い表情のまま、教室の扉を開く。

 

「お帰り、ひなた」

 

その言葉に、目を丸くして立ち止まるひなた。

球子たちにお前が出迎えろと押された、貴也だった。

 

「えっ? どうして名前呼びに……?」

 

その疑問の言葉に皆してかくかくしかじかと説明したところ、ようやくひなたが笑顔を見せた。

 

「そうだったんですか……。とても良い提案をしていただきました。ありがとうございます。球子さん、杏さん」

 

「前に若葉にお願いしたことと、ほとんど同じだからな。大したことじゃ無いよ」

 

軽く頭を下げるひなたに、慌ててお礼を言われるほどのことでも無いと返す球子。隣では杏が微笑んでいた。

 

 

 

 

「皆さん、ごめんなさいね。こんなに良い雰囲気ですのに、悪い知らせを伝えないといけないんです」

 

改まって、ひなたが頭を下げる。

 

「どうしたんだ、ひなた? なにか、悪い神託でもあったのか?」

 

「ええ、今朝方ありました。あまりにも悪い神託でしたので、他の巫女と突き合わせをしてきたところなんです。やはり、主だった巫女には皆同じ神託が下りていました。今日の午後、おそらく八時間以内にバーテックスの総攻撃があります。なかでも二つ、とてつもなく大きな星が迫ってくる映像が見えましたので……」

 

「今まで以上の進化体の攻撃があるということか……」

 

「おそらく、そうです」

 

若葉とひなたの問答に他の皆も押し黙る。誰もが不安を感じていた。

 

 

 

 

「それに……、切り札の使用は控えないといけないんだろ?」

 

「ああ。だが、それも時と場合による。使わなければならない場面で、ためらってしまえばどうなるか……。分かってるだろ?」

 

「分かってるけどさ! でも、その使わなけりゃいけない場面の線引きは難しいよな……」

 

「不確定要素が多すぎますしね。通常の進化体ですら、切り札を使わないと倒せないことが多かったですし……」

 

球子がポツリと漏らした言葉に、若葉も杏もそう返答をしつつ難しい顔をした。

そのやりとりに、貴也には疑問が生じた。

 

「切り札っていうのは精霊を憑依させることだったよな。そんなに難しく考えるほど、危険なことなのか?」

 

「ええ、まだよく分かってはいないんですが、精霊をその身に下ろすのは、勇者の体と精神になんらかの大きな負担を与えるものだと考えられているんです」

 

杏のその答えに、微かな不安が湧き起こった。

 

『僕の、この勇者にも似た力は、そのちゃんの推測どおりなら、その大半は精霊を憑依させる事によって成り立っているはずだ……。どうしよう? みんなに打ち明けるべきだろうか? ――――――そういや、勇者部の何箇条かの誓いみたいなのに『悩んだら相談』ってあったよな?』

 

そのうろ覚えだった『勇者部五箇条』が貴也の背中を押した。

 

「みんな! 聞いてほしいことがあるんだ」

 

 

 

 

貴也は、若葉達に自分の力の本当のところを説明していった。園子の推測部分は、自分の嘘の経歴の中ででっち上げた架空の巫女の推測として話した。

 

まず、自分はまともな勇者ではないこと。

神樹または土地神の力は、ほとんど受けていないこと。

力のほとんどは複数の精霊の憑依によって生じていること。

その精霊は、正体不明の一体の他は、輪入道、雪女郎、七人御先であること。

 

 

 

 

「それじゃ、なにか!? 君は四国外調査の期間中、ずっと精霊をその身に下ろしていたっていうのか!?」

 

「それで、納得がいきました。諏訪での夜、貴也さんがあんなに錯乱していた訳が……。――――――それにしても、精霊が球子さん、杏さん、千景さんと全くかぶっているっていうのも偶然とは思えませんね。今回の戦いが終わったら、大社で指輪を分析してもらいましょう」

 

「でも、これじゃ貴也を戦わせる訳にいかないじゃんか。どうすんだよ……?」

 

「勇者である限り、樹海化には巻き込まれると思います。貴也さんの身を守る方法を考えないと……」

 

若葉たちは貴也の説明に混乱をきたした。なかでも千景は……

 

『そんな……。私を守ってくれるって言ったのに……。貴也くんだけが、戦いたくなければ戦わなくてもいいって、僕が君を絶対守るから、って言ってくれたのに……。勇者としてではない私を受け入れてくれた、たった一人の人なのに……!!」

 

千景のその認識は実は間違っている。友奈を筆頭に若葉たちは皆、勇者としてではない、ありのままの千景をも受け入れていたのだ。具体的な言葉として千景に掛けられていなかった。ただ、それだけのことなのだ。

だが『戦わなくてもいい』、その言葉を掛けてくれたのは、その上で『君のことを守る』と言ってくれたのは貴也だけだった。

千景の中で、いつの間にか貴也の存在が非常に大きなものとなっていた。

 

「ぐんちゃん、大丈夫……?」

 

両手で覆った顔を青ざめさせ、ガクガクと震える千景を見かねて、友奈が声を掛ける。だが、千景には届いていなかった。貴也と若葉たちが話している内容も聞こえていなかった。

だから、初めて聞こえたのは貴也のその力強い言葉だった。

 

 

 

 

「みんなの心配は分かった! でも、大丈夫だ!!」

 

貴也は皆を安心させようと、頭をフル回転させて言葉を紡ぐ。

 

「少なくとも僕の場合、おそらく長時間の連続憑依が危険なんだと思う。鳥取で月一程度、最長でも二時間程度の憑依をして戦っていた頃は、特に問題は無かったからね」

 

『そうだ。神世紀でそれくらいの頻度、時間で使っていた時、問題は無かったはずだ。――――――そうか。あったとすれば、そのちゃんを探して毎晩病院に忍び込んでいたあの時だ。あの時、僕は大赦のあの神官達を本気で皆殺しにするつもりでいた。冷静に考えれば、そんなことをすれば、そのちゃんを傷つけることになったのは明らかなのに……』

 

だから気付けた。自分が、かつて危ない橋を渡りかけていたことに。

だから心から思った。みんなに打ち明けて、そして相談して本当に良かったと。

 

「それに、僕には待機モードとも言える変身形態があるんだ。――――――召喚! この状態なら、常の四種類の精霊じゃなく、一種類のみの憑依となっているんだ。だから負担は軽いはずだ。防御力も問題ないはず……っていうか、外に出ている精霊が多い分、防御力は高いはずだ。その代わり、バーテックスへの攻撃力は皆無に近いけどね」

 

貴也の周りに浮かぶ九体の精霊。それを見て、若葉たちはあっけにとられる。

 

「なんだ? そのぬいぐるみみたいなのは……? それが、可視化された精霊なのか……?」

 

「うえ……。なんか可愛いかなって思って、よく見たら気持ちわりー。特に、これ。タマのと同じ輪入道か? おっさんじゃん……」

 

「なんだか、資料で見て想像してたのとは違いますね。――――――分かりました。こうしましょう。貴也さんにはバックアップ要員として待機モードで後ろに付いていてもらい、誰かが危機に陥った時だけ増援として全力で戦ってもらいましょう」

 

「そうですね。杏さんの案が現実的だと思います。若葉ちゃんも、それでいいですね?」

 

「そうだな……。それしかないだろう。だが、今までにないほど強力な進化体が来るんだろう?」

 

「大丈夫だよ! みんなの心が一つになっている今なら、きっと!」

 

不安を断ち切るように友奈が叫んだ。

 

「そうか、そうだな。たとえ二月の丸亀城の戦い以上のものになろうと、今の私たちなら……。それに、今回は貴也も加わっているんだ。戦力の底上げだって出来ているっ!」

 

自信を取り戻したように、若葉が力強く続けた。

 

 

 

 

『良かった……。貴也くんも参戦してくれる。少なくとも、危なくなれば助けてくれるんだ……』

 

千景は心底ホッとした。いつの間にか涙目になっていた自分に気付き、恥ずかしく思った。

そして貴也に対して、安心させてくれた事への感謝の意を強くした。

 

 

 

 

雰囲気が明るくなったのに合わせて、ひなたが発言する。

 

「いい雰囲気になりました。――――――なら、アレをしないといけませんね」

 

「そうだな。樹海化前だから、ひなたも参加できるな」

 

「ええ、嬉しいです。で、以前聞いた肩を組むタイプじゃなくて、こんなのはどうでしょう?」

 

ひなたがバージョン違いの説明をする。皆、そのタイプでやろうと笑顔で同意した。

 

 

 

 

七人で円陣を組む。それぞれ左手を左隣の右肩に置き、右手は円陣の中央で重ね合わせる。

 

「じゃあ、いくぞ!」

 

若葉が音頭をとった。

 

「「「「「「「一人はみんなのために(ONE FOR ALL)! みんなは勝利のために(ALL FOR ONE)!」」」」」」」

 

「勇者一同! ファイトーーッ!」

 

「「「「「「「オーーッ!!」」」」」」」

 

 

 





今回は西暦勇者の一致団結をみせるための回となりました。

前書きで書いたように、今回は超難産でした。
具体には、千景をどの程度原作から乖離させるかのさじ加減が難しかったということです。何回か書き直して、最終的に中庸を採ることにしました。

さて、千景が原作より丸くなっていますが、雪花の件で心が折れた影響でしょう。というか、彼女の貴也への気持ち、若葉以外の女子陣にはバレているのでは?
あと、原作で不遇な扱いの『悩んだら相談』先輩に良い意味で働いてもらいました。
また、本作13話の貴也の言動に少なからず精霊の影響があったことがネタバレされました。

次回は当然のことながら、あの話となります。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話 願い

本日は千景ちゃん、明日はしずくちゃんの誕生日ですね。
今回、千景の活躍は少なめですが、のわゆ編の重要回ではあります。

では、本編をどうぞ。




四月初旬。その日の夕方十六時。ついに『丸亀城の戦い』以来のバーテックスの総攻撃が始まった。

 

勇者装束となった貴也たちは樹海化された四国の地に立ち、瀬戸内海の向こう、神世紀三百年のものと比べると高さも厚さも貧弱としか思えない結界の壁、その外側から押し寄せるバーテックスの群れを見ていた。その数、千体ほど。

 

「なんだよ。思ったほど多くないし、超進化体みたいなのどころか普通の進化体もいないぞ」

 

「油断は禁物だぞ、球子。第二波、第三波があるかもしれない」

 

「はいはい、分かってますよ。若葉は真面目だねー」

 

「貴也さんは手はずどおり、後方で私たちにつかず離れず待機していてくださいね」

 

「ああ、杏の作戦どおりに動くよ」

 

 

 

 

勇者たちはそれぞれ武器を構え、臨戦態勢に入る。

若葉は神刀――(いく)大刀(たち)を。

友奈は手甲――(あま)(さか)()を。

千景は大鎌――(おお)()(がり)を。

球子は旋刃盤(せんじんばん)――(かむ)()(たて)比売(ひめ)を。

杏は(おおゆみ)――金弓箭(きんきゅうせん)を。

貴也は多重召還ではなく、召還のみとしたため九体の精霊、輪入道、雪女郎、七人御先を周囲に浮かせたままだ。つまりは武器無しということでもある。

 

『なんとなく締まらないよな。それに、この状態で実戦に臨むのは初めてだしな。直接攻撃手段は、雪女郎の冷気と、やったことはないけど、おそらくは出来るだろう輪入道の火炎攻撃くらいか? あと、チェックしないといけないのは、輪入道や七人御先が雪女郎と同じような障壁を張れるかどうかだよな……』

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ! みんな、油断するなよ!」

 

若葉の掛け声と共に六人の勇者はバーテックスの群れに立ち向かっていった。

前衛に若葉、友奈、千景の三人。中衛は球子。後衛に杏と貴也。

 

球子は、その性格同様、勢い任せの戦い方をしていた。

旋刃盤本体を投擲し、旋刃盤から手元に伸びているワイヤーを使ってその挙動をコントロールする。いわば、周囲に刃のついた巨大なヨーヨーで戦っているようなものである。

そのため、西暦勇者五人の中で唯一の範囲攻撃が出来ていた。しかも一撃必殺の威力があるようで、直撃した星屑は皆粉砕されていった。但し、当たり所の良くない個体については手傷を負わせるのみであり、そういった意味では撃ち漏らしも多い攻撃ではあった。

 

友奈は徒手空拳で戦っていた。

鋭いパンチとキック、時折織り交ぜる肘打ちや膝蹴り、踵落とし、そういった多彩な攻撃方法で星屑を粉砕していっていた。

そのため、確実に星屑を葬っているのではあるが、いかんせんリーチの短さが災いし、こういった集団戦においてはやや不利な戦いを強いられていた。

 

若葉は神刀――生大刀で戦っていた。

幼い頃から居合を習っていたというだけあり、こと武器の扱いにおいては五人の中で最も長けていた。また、最も効率的な戦い方が出来ており、五人の中で一番多くの星屑を屠っていた。だが、効率的ということは反面、撃ち漏らしのように見える個体も出てくるようだ。もちろん彼女自身の攻撃の速度が速いため、その数は僅かではあるのだが。

 

実は貴也が一番感心したのは、千景の戦いぶりだった。千景は大鎌――大葉刈で戦っていた

若葉ほど、その得物の扱いに習熟しているようではなかったが、それでもその大ぶりで小回りの利かなそうな武器を巧みに操って、星屑を倒していっていた。

また、意外に周りが見えているようだ。撃ち漏らしがほとんど無いのが、彼女の戦いぶりの特徴だった。

まさに、『効率性』の若葉に対し『堅実性』の千景といった好対照な戦い方であった。

 

そして、杏は金弓箭を用いたアウトレンジの攻撃で、皆が撃ち漏らした敵を、仲間への危険性が高いであろう順に確実に撃ち落としていっていた。千景と同様、視野が広いのであろう。後衛として、理想的な戦い方をしていた。

 

 

 

 

『さすがだな。この程度の敵なら、僕なんかいなくても危なげなく倒していけるんだ』

 

西暦の勇者たちの戦いぶりを初めてまともに見た貴也は、そんな感想を抱いた。

彼女たちの奮戦のおかげで、いまだに貴也の元へ辿り着く星屑は一体もいなかった。そのため、精霊一体のみの憑依状態での戦闘能力が分からないまま、時間が過ぎていった。

 

 

 

 

半分ほどの敵を殲滅した頃、突如百体前後の星屑が融合を開始した。進化体の生成である。

それまで進化体生成の兆候が見える度、先制攻撃でそれを阻止してきた杏だったが、今回は生成の速度が速く、止めきれなかった。

 

「杏。僕が出る!」

 

「いえ、貴也さんはまだです。私たちの最後の切り札ですから……。私が切り札を切ります」

 

(はや)る貴也を引き留めると、杏は自身の切り札、雪女郎をその身に下ろした。

杏の勇者装束が変化していく。その変化が収まると、杏は金弓箭を上空に向けて掲げた。そこからは矢ではなく白い粒子、いや雪が吹き出す。

雪は辺り一面を覆い尽くすと、嵐を巻き起こした。吹雪だ。極低温の猛吹雪が樹海化した丸亀市一帯を荒れ狂う。

 

「寒、寒、寒っ! あんず、寒すぎるぞーっ!!」

 

「アンちゃーん! また、これーっ!?」

 

「やはり視界はゼロか。範囲攻撃として最強なのは分かるが、援護のしようがない!」

 

「とっても寒いわ……」

 

「凄いな……。これが本家の力なのか……」

 

「皆さん、動かないで! 残敵は、私が一掃します!!」

 

仲間達の困惑する声が響く中、杏は力強く残敵の掃討を宣言する。

その言葉に(たが)えなく、冷気は進化体生成途中のものも含め、残っていたほぼ全てのバーテックスを凍り付かせる。そして、凍り付いたバーテックスは次々と地上に落下し、粉々になっていった。

残り僅かな残敵は、若葉たちが掃討していく。

 

「大丈夫か? 杏?」

 

「ええ。私は切り札を使うのが、まだ二回目ですから」

 

貴也の問いにそう答えた杏だが、確証があるわけでもない。使用回数を目安とするのは気休めでしかないと思った。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

残敵がほぼ掃討され尽くし、皆がホッとした時だった。

瀬戸内海の向こう、結界の壁を越えてバーテックスの大群がやって来た。その中に、身の丈三十メートルにも達する個体が二体。

 

蠍座型(スコーピオン)天秤座型(ライブラ)だって!?」

 

貴也は呻くように呟いた。神世紀において黄道十二星座をその名に冠する十二種類すべての大型バーテックスを目撃してきた貴也には、園子たちからの情報も含め、その二体の見分けはおろか能力まで分かっていた。

どちらも、神世紀の勇者の性能から見て、大幅に見劣りのする西暦の勇者たちには荷が勝ちすぎているのが、戦う前から明らかだった。

 

「杏。今度こそ僕が行く!」

 

自分の全力でも敵うかどうか怪しかったが、若葉たちに任せるわけにはいかないと思った。だが……

 

「私が行きます! 現時点での攻撃力は私が一番高いですから! 貴也さんは隙があったら仕掛けてください!」

 

その言葉を残し、杏は蠍座型(スコーピオン)バーテックスに向けて跳躍すると、金弓箭から一点集中で冷気と吹雪を射出する。だが、蠍座型にはまったくダメージが通っていなかった。体表面に霜が付く程度で、凍結しないのだ。

 

「そんなっ……!」

 

驚愕する杏。そこへ蠍座型の尻尾が襲いかかる。鋭い尾針が彼女を串刺しにしようとするが、間一髪で躱す。

 

『精霊の力が通じない……? どうしたら!?』

 

 

 

 

「杏っ!!」

 

業を煮やした貴也は多重召還を掛け、輪入道の空中走行で突貫した。

蠍座型をすれ違いざまに斬り付けるが、やはり全くダメージが通らない。

勢い任せで天秤座型に取り付くと、今度は三種の精霊すべての力を輪刀に込めて斬り付ける。

今度は少しだけダメージを与えられた。以前、魚座型(ピスケス)と戦った時と全く同じ結果だ。

 

『クソッ! 僅かばかり攻撃が通っても、手数が足りないっ! どうすればっ……!?』

 

天秤座型の回転が始まった。貴也は一旦、飛び退く。だが、そこを狙われた。

蠍座型の尾針の一撃が彼を襲う。攻撃に全振りしているため雪女郎の障壁は発生しない。輪刀で防いだものの、衝撃で吹き飛ばされる。そこへ天秤座型の回転攻撃、分銅の直撃が来た。

やはり雪女郎の障壁は発生せず、体に直撃を受けた貴也はさらに吹き飛ばされ、樹海化した地面に叩き付けられた。

そのまま彼は気絶した。

 

 

 

 

一方、杏と貴也が二体の大型バーテックスに手こずっている頃、若葉たちの周りでは残りの通常個体である星屑が次々と融合し、多数の進化体を生成していっていた。

 

「くっ……!」

 

「まずいよ、若葉ちゃん! 多すぎる……!」

 

「使うわっ! 切り札っ!!」

 

状況に追い詰められた千景が切り札を使用する。彼女の勇者装束が変化し、七ヶ所同時に彼女の姿が出現する。七人御先の力だ。それは七人全員が同時に殺されない限り、死なないという特性を持っていた。

その千景の切り札の発動を皮切りに、友奈も若葉も切り札を使っていった。友奈は暴風を具象化した精霊、一目連を。若葉は人間離れした体術を誇る武人、源義経を。どちらも一撃の威力を上げるだけではない。一目連は凄まじいまでの速度、瞬発力を、義経は桁外れの機動力、身のこなしを二人に与えた。

 

彼女たち三人は、それぞれ周囲の進化体に立ち向かっていった。

 

 

 

 

「貴也さんっ!!」

 

貴也が撃墜されたのを目撃した杏は、彼を救出しに行こうとした。

 

「あんず、危ないっ!!」

 

輪入道の力で巨大化した旋刃盤に乗った球子が杏の手を取り引き上げる。間一髪、蠍座型の尾の直撃を避けた。だが、尾針の先端が杏の左腕を掠めていた。

 

「あんず、その腕……」

 

傷の周辺が赤く爛れ、左腕の感覚が無くなっていた。

 

「あのバーテックス、針に毒を持っているんだ……。でも、大丈夫! 右腕一本でも戦えるから!」

 

杏は気丈にそう言うと、金弓箭を右手でしっかりと構え、球子に笑顔を見せた。

 

「よしっ! さっさと終わらせるぞっ! 二人で同時攻撃だっ!!」

 

二人を乗せた旋刃盤は尾による攻撃を掻い潜って、蠍座型本体へ肉薄する。杏が一点集中で猛吹雪を当てると、そこへ炎を纏った旋刃盤が体当たりを掛けた。

 

「いけーーーっ!!」

 

だが、貴也が天秤座型に攻撃した時と同様、僅かに傷つけるにとどまった。

 

「効いてないっ!?」

 

二人の心が絶望に囚われた次の瞬間、蠍座型の尾の一撃が襲う。凄まじい衝撃と共に、精霊による強化は解除され、球子と杏は地面に激突した。

 

 

 

 

友奈はいち早く進化体の包囲網を突破していた。だが、彼女の前には天秤座型が立ちはだかっていた。

 

「勇者パーーーンチッ!!」

 

天秤座型の回転攻撃を掻い潜っての、一目連の力を宿した拳の一撃。だが、まったくダメージを与えていない。

 

「なら、これはどうだーーっ!! 連続勇者パーーーンチッ!!!」

 

竜巻の勢いを得た友奈の拳が絶え間なく撃ち込まれる。だが、それすらもダメージは通らない。

まるで、象に立ち向かう蟻のような戦いが続けられていった。

 

 

 

 

地面に叩き付けられた杏は意識を失っていた。球子の呼びかけにも反応しない。

そこへ蠍座型の追撃が襲う。

輪入道の力を失い元の大きさに戻った旋刃盤を楯として、蠍座型の尾針の一撃を防ぐ。

だが一撃では終わらない。執拗に何度も何度も撃ち付けてくる。

 

ガンッ! ガンッ! ガンッ!!

 

重いその一撃一撃を、球子は歯を食いしばり、足を踏ん張って耐える。足は地面にめり込み、衝撃で全身の骨が砕けそうだ。

だが、球子は逃げない。

杏を守りたいから。守り抜きたいから。

初めて出会った時、自分にない『女の子らしさ』を持っていたこの少女を『何があっても守り抜くんだ』と心に誓ったから。

 

 

 

 

続いて進化体の包囲網を突破したのは千景だった。但し一人だけ。残り六人の千景は、まだ進化体の群れの中だ。

一人包囲網を突破した彼女は友奈の援護に付く。

だが、天秤座型の高速回転による攻撃に、彼女は攻めあぐねた。

 

「こんなの、どこから攻めればいいの……!?」

 

 

 

 

「うっ、ぐっ……」

 

貴也は間一髪、目を覚ました。周囲を複数の進化体が取り囲んでいた。

その攻撃をなんとか躱すと、反撃を開始した。

遠くで、大型バーテックス二体により窮地に陥っている球子たちが見える。

急がなければ、と焦りに身を焼いた。

 

 

 

 

「う……タマっち……先輩……?」

 

杏が意識を取り戻した。目前の光景に目を瞠る。蠍座型の執拗な尾針の攻撃を旋刃盤で受け止め続け、杏を守る球子の姿があった。

 

「目、覚めたか? 早く逃げろ……あんず……!」

 

「何言ってるの!? タマっち先輩こそ逃げないと!」

 

だが、球子は首を横に振る。

 

「タマは、無理だ……。足が、イカレちまってる……ていうか、骨、砕けてるかも……」

 

「そんな……」

 

「お前だけでも……頼む! このままじゃ、二人とも死ぬ……!」

 

「絶対嫌だっ! タマっち先輩と一緒に戦うんだっ! 私は、タマっち先輩と一緒に強くなるんだ、って誓ったんだ!!」

 

その時、尾針の攻撃を受け続けた旋刃盤についに亀裂が入り始めた。

 

 

 

 

杏は球子の楯に守られながら、金弓箭の矢を放ち続ける。だが、蠍座型の体表に突き刺さりはするが、ほとんどダメージを与えていない。

尾針の攻撃はさらに熾烈さを増す。

 

ガンッ! ガンッ! ガンッ!!

 

球子の小さな体に、普通の人間なら一撃で粉砕されるほどの衝撃が与えられる。

もはや意識も混濁し始めた。

 

『守るんだ! あんずを!! 傷つけさせない! タマはあんずの楯になるんだっ!!』

 

『タマっち先輩の分まで! 私が! 敵を倒すっ!!!』

 

だが、二人の想いは強大な力の前には、無意味なほど小さなものでしかなかった。

 

 

 

 

ガンッ! ガンッ! ガンッ!!

 

球子の旋刃盤の亀裂がさらに広がる。

 

若葉をはじめ、西暦の勇者たちの心に仲間を失う恐怖が激しく湧き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【仲間を誰一人欠く事無く……】

 

「球子!! 杏!!」

 

若葉の悲痛な叫びが轟く。

二人を助けに行きたかった。

だが、彼女の周囲を六体の進化体が阻んでいた。

 

 

 

 

【皆無事に終わってほしい……】

 

「高嶋さんっ!!」

 

千景は友奈への攻撃を弾き、援護をするので手一杯だ。

残り六人の分身も進化体と戦っていた。

天秤座型の高速で回転する分銅が次々と友奈と千景の二人を襲う。

 

 

 

 

【誰か……、誰でもいい……】

 

「クソッ!! とどけーーーっ!!!」

 

進化体の群れを蹴散らした貴也は輪入道の力を振るい、全速で球子たちの下へ向かおうとする。

だが、蠍座型の最後の一撃が振るわれようとしていた。

今の速度では間に合わない。

 

 

 

 

【助けて……、私たちを救って……】

 

「アンちゃん!! タマちゃーーーんっ!!!」

 

友奈は、天秤座型の自らに振るわれる攻撃すら気にも留めずに走り出した。

その手を球子と杏に向けて、精一杯伸ばした。

 

 

 

 

【お願い!!!】

 

 

 

 

ドグゥォッ!!!

蠍座型(スコーピオン)バーテックスの尾の軌道が、あらぬ方向へ弾き飛ばされる。

 

「間に合った……?」

 

誰の言葉だったろう。

 

 

 

 

貴也が全身で蠍座型(スコーピオン)バーテックスの尾を押さえつけていた。

その勇者装束にも似た戦装束。薄浅葱に四色のラインが走っていたはずだ。

青、橙、白、紅。

そこに桜色の五本目のラインが追加されていた。

 

 

 




ヒーロー物の王道、パワーアップ回でした……?
いや、むしろ欠けていたピースが嵌った回? といったところですか。

なお、今回終盤の謎のモノローグおよび今回と次回のサブタイトルは1話冒頭の西暦勇者を描いたシーンに対比させています。13話、23話とともに初期構想(1次プロット)の核を為している部分となります。

また今回前半、効率性と堅実性で若葉と千景を対比したのは、この二人を上手く対比できないかな、と模索した結果です。さて、どうでしょうか?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話 祈り

お気に入り登録100件到達です。
本当にありがとうございます。
今後も本作をよろしくです。

では、本編をどうぞ。




杏を庇いながら、旋刃盤を楯として防御する球子。

だが、蠍座型(スコーピオン)バーテックスの執拗な尾針の直撃により、旋刃盤には大きく亀裂が走り、今にも割れそうだ。

 

貴也は輪入道の速度を最大にして、球子たちを助けに行こうとする。

だが、蠍座型の最後の一撃が振るわれようとしていた。

 

「クソッ!! とどけーーーっ!!!」

 

届かない、と思った。

間に合わない、と思った。

間に合え! と願った。

 

 

 

 

その時!

 

 

 

 

「アンちゃん!! タマちゃーーーんっ!!!」

 

友奈の濃厚な気配が、貴也の体に乗り移ったかと錯覚するほど重なった瞬間、体全体が前方に引っ張られるような急激な加速が生じた。

 

体全体で、蠍座型の尾を弾き飛ばしていた。

思考が加速する。

 

『尻尾を押さえろ!!』

 

輪入道の推進力を加え続け、体全体で押さえつける。

 

「杏!! 球子を連れて離脱しろっ!!!」

 

「はいっ!!」

 

「貴也っ!!」

 

「任せろ、球子っ!!」

 

友奈の濃厚な気配。ならば、この力は……

 

 

 

 

貴也は輪刀に三つの精霊、輪入道、雪女郎、七人御先すべての力を込めながら叫ぶ。

 

「来いっ!! 一目連っ!!!」

 

怒濤のラッシュが始まった。残像を残すほどの斬撃の嵐。

最初の数撃は蠍座型の尾のくびれ、球体の連結部分を狙う。瞬く間にそれは斬り飛ばされ、蠍座型は尾針という攻撃手段を失う。

 

杏が球子をおぶって安全圏に脱出したのを目の端で捉えると、貴也はジャンプして蠍座型の本体への攻撃へ切り替える。

片手では足りないと感じた貴也は、輪刀を二つ出現させ両手で斬りつけ続ける。バーテックスへ与える一撃の威力は大幅に減るが、それを手数が補う。

銀に鍛え上げられたからだろうか? バーテックス周囲の空中を舞うように跳びながら、輪刀で斬りつけ続けるその姿は、まるで銀の生き写しのようだ。それは、銀の攻撃が赤い閃光ならば、さながら青白い閃光とも呼ぶべきものだった。

 

だが、加速する思考はその攻撃の限界をも貴也に理解させる。

 

『銀たち、アップデート前の勇者では御魂(みたま)を破壊できなかったはずだ。僕のこの力は、それにすら届いていないはず。鎮花の儀すら存在しないんだ。このまま削り続けて撤退に追い込むしかない!』

 

しかし、貴也の予想は裏切られる。それも、良い方向に……

 

 

 

 

バキーン!

 

蠍座型の本体の一部がまるでアクリル板のように割れる。その中身は空洞だ。

 

「御魂が無いだとっ!?」

 

更に続けた攻撃が、やがて蠍座型の体を崩していく。

最後の一撃が勢い余り、貴也は樹海化している地面に激突した。

 

「やったのか……?」

 

砂のように崩れていくバーテックスを眺めながらも、貴也は警戒を緩めない。

完全に崩れ去って更に一分待った後、ようやく友奈たちの援護に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に残ったのは天秤座型(ライブラ)バーテックスだった。

いつの間にか千景が七人御先の力を振るい、遅れて合流した若葉も義経の力を振るっていた。

だが、二人の攻撃は球子や杏が蠍座型に、友奈が天秤座型に攻撃していた時と同様、全くダメージを与えられていない。逆に天秤座型の回転攻撃に弾き飛ばされる有り様だ。

 

天秤座型の回転攻撃は、蠍座型が屠られると更に激しさを増し、今や周囲に猛烈な竜巻並みの嵐を巻き起こしている。

 

友奈は、自身に下ろしていた一目連の力が既に解けていることに気付き、不安に駆られた。

 

『こんなの、どうやったら倒せるの? 貴也くん……』

 

 

 

 

「うぉぉおおおーーーっ!!」

 

貴也は、輪入道の空中走行で天秤座型の真上を取ると、そのまま嵐の中心へ高速で急降下攻撃を試みた。

天秤座型に届く寸前、輪入道の力を解放し、一目連を含む四つの精霊すべての力を攻撃に振り向ける。

狙うは揺動(てこ)に相当する水平下段の竿部分。青白い閃光となって一箇所を集中的に攻撃する。

 

バギン!!

 

竿に相当する部位が折れ、天秤座型はバランスを崩してその回転を不安定にさせ、横倒しに倒れる。

貴也はそれに巻き込まれて吹っ飛ばされていった。

 

 

 

 

「回転が止まった! ここだ!! ――――――来いっ!! 酒呑童子!!!」

 

千載一遇の好機を見逃さず、友奈は日本三大悪妖怪の一つをその身に下ろす。

並の精霊では、この大型バーテックスにダメージが通らない。だから、友奈は覚悟を決めて攻撃力が非常に大きい精霊を憑依させたのだ。

友奈の勇者装束が変化し、手甲は彼女の体には不釣り合いなほどに巨大化する。

 

「うぉおおーーーっ!!」

 

鬼の力を振るう友奈。その両の手から繰り出されるパンチの威力は貴也の全力の斬撃を遙かに上回る。一撃ごとに天秤座型を破壊していく。

 

バキーン!

 

やはり天秤座型も蠍座型同様、その本体内部は空洞だった。僅か十数撃で天秤座型はほぼ崩しきられ、最後は砂のように崩れ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「タマっち先輩……、大丈夫?」

 

球子を背負って安全圏まで脱出した杏が心配そうに尋ねる。球子の両足は足首付近がズタズタになっていた。

 

「大丈夫だよ、あんず。でも、ちょっと歩けそうにないや……、ハハッ……」

 

そう言う球子は激痛に顔をしかめ、その顔色は青ざめているのを通り越し白くさえなっていた。

 

 

 

 

「友奈!!」

 

「高嶋さんっ!!!」

 

若葉と千景は倒れ伏している友奈に駆け寄った。

あまりに強大な力を振るった反動だろう。友奈は最後の一撃を天秤座型に与えた直後、気を失って倒れていた。その両の拳からは夥しい血が流れていた。

 

 

 

 

天秤座型が倒れた時に巻き込まれ吹っ飛ばされた貴也は、樹海の中で仰向けに倒れていた。意識は失っていない。だが、体は動かなかった。やはり、大きな力を使った反動なのだろう。

 

「でも、良かった……。みんな、生きているんだ……」

 

そう呟いた時だった。

彼の左横に小柄な人影が立ったのが見えた。だが、何故か焦点が合わない。顔立ちも服装も分からない。非常に小柄な人影ということ以外の情報を全く掴めなかった。

 

「汝が世の理を壊しし者か……?」

 

その人影は、ゆったりとした語調で話し掛けてくる。

 

『何を言っているんだ?』

 

「ふむ。いとあやしき人の(ゆかり)を持ちたる……。また会ふこともあらむ。その時まで健やかなることなり」

 

話し終えるや否やその人影は現れた時と同様、いきなりその姿を消した。歩き去る素振りさえ見せずに。

 

『何だったんだ……?』

 

貴也は何も分からぬまま、樹海化が解けるまでその場から起き上がれなかった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

樹海化が解けると貴也たちは全員、大社の医療班によって回収され丸亀市内の総合病院に入院させられた。

全員その身に精霊を下ろしていただけでなく、肉体的、精神的ダメージの大きかった者が少なくなかったからである。

 

大きなケガのなかった若葉と千景は、翌日退院できた。

しかし、肉体的ダメージの大きかった杏と、精霊憑依の影響の大きかった友奈と貴也の入院は長引いた。

そして球子は足首付近を中心に下腿が粉砕骨折しており、戦線への復帰が絶望的となっていた。

 

当然のことながら、日曜日に予定していた花見は中止となり……

 

 

 

 

予定していたよりも四日遅れの木曜日。

その日、丸亀城内で貴也たちは花見をすることになった。

もちろん、入院の長引いている四人については様々な制約が付いた。それでも、命懸けで勝利を掴み取り、四国の安全と平和を守り抜いた勇者たちの祝勝会として、一時間のみということではあるが許可が出たのだ。

 

 

 

 

「皆さーん。こちらですよー」

 

ひなたの声が響く。彼女の側には、若葉と千景、そして見慣れない少女が一人。

レジャーシートが何枚も敷かれ、その上にはお弁当や水筒と見られるものが並んでいる。

 

「おーい! ひなた、若葉、千景、真鈴、待たせたなー!」

 

「タマっち先輩、あんまりはしゃぐと傷に障るよ」

 

「分かってらい! でも、あんず、見タマえ。このタマの勇姿を! 我は帰ってきた!」

 

杏の心配の声に、あえて巫山戯て返す球子。

その球子は、貴也の押す車椅子に座っていた。両足とも膝から下はギプスでガチガチに固められていた。腕も頭も包帯が巻かれている。それでも、明るく元気いっぱいな声を張り上げるのだ。

 

杏も包帯だらけだ。そして、左腕はアームホルダーで吊られている。でもその表情は満面の笑顔だ。僅かな時間とはいえ、皆で集まって遊べるこの時間を楽しみにしてきたのだ。もちろん、球子が側にいてくれるのが一番嬉しいのだが。

 

友奈は両拳を包帯で巻かれている。意外にそれ以外は健康体に見える。ただ、頭の中でぐるぐる回っているフレーズがあった。

 

『今日、どうやってご馳走を食べよう……? 誰か、食べさせてくれないかな?』

 

お箸もフォークも持てない手を抱え、そればかりが心配事だった。ちなみに、病院では看護士の皆さんに食べさせてもらっている。何故か、友奈のその当番は看護士の間で好評なのだそうだ。

 

そして、貴也は全くの健康体に見える。いや、健康体そのものだった。戦いで負った怪我も二晩でほぼ回復した。

 

『なんか、戦う度に回復力が増していっているような気がする……。どこの宇宙人だよ、まったく……』

 

もはや、自分が本当に人間なのか、微かに疑いが頭をよぎる貴也であった。

だが、複数の精霊の憑依、それも今回初めて憑依させた精霊もいるということで、今日まではほぼ面会謝絶状態で、カウンセリングの嵐に見舞われていたのだった。

 

 

 

 

丸亀城全体で言えば既に満開のピークは過ぎているものの、その大木はまだ見事な花を、広がる枝いっぱいに咲かせていた。

その大きな桜の木の下。若葉たちと病院組が合流する。

 

「高嶋さんと鵜養さんは、はじめましてですね。安芸真鈴といいます。よろしくお願いしますね」

 

「よろしくー、安芸ちゃん。タマちゃんとアンちゃんがいつもお世話になってまーす!」

 

「こちらこそ、よろしく。球子と杏が勇者に覚醒した後、暫く一緒に過ごしていたんだって?」

 

「うん、そうだよ。じゃあ、ここからはざっくばらんによろしくね。高嶋ちゃん! 鵜養くん!」

 

その、三つ編みにしたブラウンの髪とそばかすが印象的な少女は、巫女らしからぬ砕けた態度で接してきた。

おかげで貴也たち初対面組も構えることなく、すぐに彼女と馴染むことが出来たのだった。

 

 

 

 

「お願いしてた桜餅はー? それと、うぐいす餅っ!」

 

「ちゃんと皆さんの分も考えて、たくさん用意しましたよ。でも、まずはお弁当からですね」

 

食い意地の張った発言をかます友奈に、ひなたが穏やかに返す。

弁当などの食事の用意は、ほぼひなたが仕切ったようだ。どうも、若葉や千景は主戦力になり得なかったらしい。

真鈴は、大社本庁でのお勤めを終えてから来ていたので、準備を手伝うことは叶わなかったようだ。

 

「高嶋さんは、その手じゃ食べられないわね。私が食べさせてあげる……」

 

「わーい! ありがとー、ぐんちゃん! やっぱり、持つべきものは親友だねー」

 

「あんまり褒められても、大したことはできないわよ……」

 

大げさに喜ぶ友奈に、頬を染める千景。

怪我の酷い球子は、さすがに車椅子に座ったままの参加となった。

杏も簡易ベンチに座ったままだ。球子と目線を合わせたいのもあるらしい。

 

 

 

 

全員に飲み物と弁当が行き渡ったところで若葉が開会の挨拶をする。

 

「それじゃあ、満開のピークを過ぎてしまったのは残念だが、かねて約束していたお花見を兼ねた、球子の送別会を開催したいと思う。私が長々と挨拶するのもどうかと思うし、みんなも思い思いの話をしたいと思うので、すぐに乾杯したいと思う。じゃあ、みんな、用意はいいか? かんぱーい!」

 

「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」

 

そうなのだ。球子は明日、高知へ疎開することになっていたのだ。

両足を粉砕骨折している球子は、普通であれば日常生活に戻れるのが精々のところ、勇者の回復力のおかげもあり、きちんと療養、リハビリを頑張れば戦線復帰が可能であることが分かったのだ。

但し、リハビリを含めて完治には約四ヶ月が必要であると見込まれていた。

そして、その期間であっても勇者である球子は、樹海化の際には否応なく巻き込まれる形になるため、樹海化が起こっても戦闘に巻き込まれないよう、前線から遠く離れた高知にて療養することが決まっていたのだ。

 

皆、寂しさは隠せないが、逆にちゃんと療養すれば元気な球子が帰ってくることも分かっていたので、こうして約束していた花見にかこつけて、送別会を開くこととしたのだ。

そういったこともあり、大社の許可も得やすかったということなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く、美味しい弁当に舌鼓を打ち、桜の花の美しさを()で、とりとめのないおしゃべりに興じていると、ひなたが思いだしたように貴也に話しかけてきた。

 

「そういえば、貴也さん。今回の戦いで、友奈さんが下ろしていた精霊も使えるようになったと聞いたんですけど……」

 

「ああ。一目連のことか」

 

「おおー、そうそう。鵜養くんってさー、精霊を可視化出来るんだって? タマちゃんから聞いたよー。見せて、見せて」

 

すると、横合いから真鈴が興味深そうに、かつハイテンションで話しかけてくる。

そんな真鈴に球子が苦言を投げかける。

 

「おいおい、真鈴。精霊の憑依の危険性も話しただろ?」

 

「二、三分なら問題ないだろ? いいよ。――――――召喚」

 

「うわーっ、って。――――――うえ……。なんか気持ち悪い造形なんですけどー……?」

 

貴也の計らいに、真鈴は歓声を上げて精霊に近寄ったが、すぐに微妙な表情になる。やはり、真鈴にとっても見続けると不快になる気持ちの悪い見た目らしい。

すると、目ざとく友奈が一つの精霊を指差……すことは叶わず、包帯に巻かれた拳で指して、軽く驚きの声を上げた。

 

「あ、一つ増えてる!」

 

貴也の周りに十体の精霊がふよふよと浮いている。以前からいた三種類九体の精霊の他に、二頭身で一つ目のトカゲのようなものが増えていた。やはり、ゆるかわな見た目ではなく、キモかわ系の見た目だ。

 

「これが一目連でしょうか?」

 

「たぶん、そうだろうな……」

 

杏と若葉が顔を見合わせる。

すると、ひなたが別の指摘をしてきた。

 

「装束に入っているラインの色が増えてますね。以前は、青、橙、白、赤の四色でしたのに、桃色のラインが増えてますね」

 

「「「本当だ……!」」」

 

何人かの驚きの声が微妙に重なる。。

 

「まるで、若葉ちゃん達四人に、友奈さんが増えたみたいですね。若葉ちゃん達の勇者装束は、若葉ちゃんが青、球子さんがオレンジ、杏さんが白、千景さんが赤、友奈さんが桃色を基調にしていましたよね?」

 

「確かにそうだな。一目連が増えたことと言い、ひなたの指摘どおりだ……」

 

「ということは、正体不明の、今、貴也さんが憑依させている精霊は『義経』ということになるのでは……?」

 

ひなたが正体不明の最後の精霊の素性を暴くと、千景も頷いた。

 

「消去法なら、そうなるわね……」

 

「それだけじゃないんです。この狩衣に似た装束。狩衣は現在の神職の常の装いですが、元々、平安時代に公家が普段着や狩りの時に着ていた服装なんです。それが、平安末期以降は上皇の御所にも着ていける服装となっていったんです。時代的にも、源義経も着ていたことがほぼ確実な服装なんですよ」

 

「となると、義経であることはほぼ確定ね……」

 

「ええ……。でもそうすると、なんだか貴也さんは、若葉ちゃん達のような『土地神様に選ばれた勇者』ではなくて、まるで『若葉ちゃん達に選ばれた勇者』みたいですね」

 

「「まさかー」」

 

友奈と真鈴が軽い否定を示して笑う。だが、球子はひなたの推測を推した。

 

「でも、タマはそうだったら嬉しいな。――――――だってさ、貴也は、まるでタマ達のピンチを救うため、みたいなタイミングで現れて合流してくれたもんな。仲良くなるための時間も考えた上でさ」

 

「そうですね。――――――でも、真相はどうでもいいじゃないですか。タマっち先輩の言うとおり、貴也さんは、私たちの窮地を救うために、私たちの願いを受けて私たちの前に現れてくれた、私たちはそう思ってればいいんだと思います」

 

その杏の言葉が、若葉たちの結論になった。

貴也は面映ゆい思いをすることになったが、彼女たちがそう思ってくれるのなら、それでいいと思った。

 

 

 

 

結局、この楽しいお花見の時間は、大社の許可が出た時間を越えて一時間半に及んだ。

それほど楽しかった時間。

だから貴也たち八人は皆、同じように思い、同じように心の中で祈った。

 

『願わくば、またこのように皆の揃った楽しい日がやって来ますように……。そして、その日々がいつまでも続きますように……』

 

 

 




のわゆ編前半のクライマックスということで、なんだか盛りだくさんな話となってしまいました。

大型バーテックスの最期は、のわゆ原作小説では個体毎に異なるようですが、本作ではゆゆゆ1期の演出に合わせて、砂のように崩れ去る、で統一しようと思います。

中盤で一ヶ所セリフ二つ分ですが、古文風のセリフを入れています。古文の知識など消え去ってしまって久しいので、なんちゃって、ですが。

ようやく、物語全体の折り返し点に到達です。まだ三十話近く書かないと完結しないことに戦慄していたりしますが。

なお、球子の出番は当分カットになります。球子ファンの皆様には謹んでお詫び申し上げます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

< 幕 間 > 白いクロッカス

とうとうUA10,000突破です。
読んでくださってる皆さん全てに感謝です。

さて、今回のお話はあたかもUA1万突破記念作のように見えますが、さにあらず。
第30話投稿時くらいに整理をした4次プロットにて、この位置に挟み込むことが決定していた『幕間(まくあい)劇』となります。(3次では32話の直後の予定でしたが)
内容は、貴也くん失踪中における園子ちゃんの様子を描いたものとなっています。

また、本作はオリ主の貴也くんが植物モチーフの勇者ではないため花詞を絡ませて来ませんでしたが、今回は幕間劇扱いですので花詞を意識したサブタイトルとしました。
ちなみに、この花の花詞は『あなたを待っています』です。(他にもあるようですが、ここではこれということで)

では、本編をどうぞ。





目が覚める。

枕元の目覚まし時計に目をやると、アラームが鳴るぴったり一分前だった。

鳴り始めると同時に止めた。

 

のそのそと起き出し、立てかけてあった松葉杖をつく。昨日から左側をつくだけで、そこそこ歩けるようになった。自分でも、その異常な回復速度に戸惑いを覚える。

顔を洗い、着替えをして、身支度を整える。身なりだけは、ちゃんとしておきたかった。彼が帰ってきた時、可愛いと思われたかった。だから勝負服というほどのものでもなかったが、それなり以上にはめかし込んでいるつもりだ。今日は藤色のブラウスにクリーム色のフレアスカートを合わせてみた。

あとは暫く椅子に腰掛けたまま、ぼーっとする時間だ。

 

左手首のブレスレットに目をやる。病院でも、ずっとつけていたブレスレット。

すると頭の中をブレスレットに刻まれている『いつまでも、ずっと』という言葉だけが、ぐるぐると駆け巡る。

 

何かがポタッと落ちた。自分でも気付かないまま涙を流していたようだ。

やはり、のそのそと目元を拭う。

 

 

 

 

「そにょちゃん、おっはよー!」

 

千歳が元気いっぱいに挨拶しながら、部屋に入ってきた。

 

この子も辛いだろうに、自分のことを目一杯気遣ってくれているのだ。

我慢しきれず、嗚咽が漏れる。

 

「大丈夫? 一緒に朝ご飯を食べよ。元気つけとかないと、お兄ちゃんが帰ってきた時、心配するよ」

 

「うん、うん。ごめんね、チータン……」

 

 

 

 

園子が鵜養家に帰ってきてから三日が経った。だが、誰からも良い連絡は無かった。

銀と美森からは、気遣わしげな電話はあった。

勇者部の皆からは、SNSのメッセージが届いていた。

そもそも銀は、学校のあった昨日はともかく、日曜日はずっと一緒にいてくれた。

そして、千歳はこうやって家にいる間は、できる限りかまってくれていた。

 

でも、心配を掛けて申し訳ないという気持ち以外、なにも持てなかった。

 

『私、こんな子じゃなかったはずなのにな……』

 

勇者としての鍛錬をしていた時、貴也が昏睡状態にあった時、病室で祀り上げられていた時、思い返してみてもここまで毎日めそめそしていたことはなかった筈だと思う。

 

『二十九日目か……。たぁくんに会えないからじゃない。居場所すら分からないからだ……』

 

 

 

 

朝食を済ませた後、千歳の助けを借りて二階に上がり、貴也の部屋へ入る。そして、椅子に座って彼の勉強机にうつぶせに頭をつける。

この三日間、暇さえあればこの部屋に入り浸っていた。

 

「じゃあ、そにょちゃん。いってきまぁす」

 

「いってらっしゃい」

 

千歳が小学校へと登校していく。

 

また、無為な時間が流れていく。

 

 

 

 

「小説でも書こうかな……」

 

書く気など微塵も起こらないが、そう言ってみる。言ってみただけだ。

心の中の花がしおれてしまっている。そんな気がする。

 

窓の外は十月の青空が広がっている。雀が二羽、囀りながら飛んでいった。

 

「そう言えば、ゆーゆからメッセージが来てたな~」

 

ポケットからスマホを取り出して、SNSアプリを立ち上げた。

今朝方、届いていた最新メッセージを読み返す。

 

『土曜日の劇に、足の直りが間に合いそう! 見に来てね』

 

たったそれだけの文章。だが、彼女の喜びが伝わってくる。

 

「よかったね。ゆーゆ……」

 

涙が零れる。

友奈の機能回復が早かったことへの嬉し泣きなのか、彼女の幸せと引き比べて自分の身の不幸を嘆く涙なのか、自分でも判別はつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋のドアがノックされた。貴也の母、千草がドアを開けて声を掛けてくる。

 

「園子ちゃん。お昼にしましょう」

 

「はい……」

 

階段だけは覚束ないので、助けを借りて降りる。

 

 

 

 

昼食は、わかめうどんと野菜天だった。

 

「天ぷらは昨夜(ゆうべ)の残りで御免なさいね」

 

「いえ、おばさんの天ぷら、美味しいですから……。足が治りきったら、お料理、教えて下さいませんか?」

 

「いいわよぉ。貴也の好みの味付けも教えてあげましょうか?」

 

「ぜひ……」

 

千草が悪戯っぽく掛けてきた言葉に、微笑みで返す。ただ、どうしても寂しげなものになるのは、自分でもどうにもならなかった。

 

髪の毛が落ちてこないようリボンを結び直し、ちゅるちゅると食べていく。

 

「ほんと、綺麗な食べ方ね。千歳にも見習って欲しいくらいだわ」

 

「えへ……」

 

すこし照れ笑いを返す。

天ぷらも温め直し方が上手いのか、サクサクだった。

 

 

 

 

食事が終わった。

後片付けを手伝いたいところだが、杖をつかざるを得ない状態では、足元も手元も覚束ない。我慢するしかなかった。

 

『私、役に立ってないな……』

 

足が治りきったらお手伝いしないとな、とも思う。ただ、今はその気力も足りなかった。

二階の貴也の部屋へ戻ろうとした。彼の部屋が一番落ち着く気がしたからだ。

 

「待って、園子ちゃん。ちょっと、お話ししましょう」

 

千草に呼び止められた。

あまり気乗りはしないが、返事を返してリビングのソファに腰掛けた。

 

千草は手早く後片付けを済ませると、園子の隣に腰掛ける。

別にたいした話ではなかった。最近の貴也に関する話題は巧妙に避けつつ、昔の思い出話や、最近の世間の話題など暇つぶしとも取れる内容だった。

ただ一点、『園子ちゃんは、これからどうしたい?』という質問だけは答えられなかった。

 

 

 

 

体は回復してきている。本来ならば大赦の許可を取り、乃木家に戻り、学校に通うべきなのだろう。

ただ、我が儘を言ってよいのなら、このままこの鵜養家で貴也の帰りを待っていたかった。帰ってくるのかどうかさえ分からない上、貴也の両親に迷惑をかけ続けることになるのだが。

学校もどうする? 元々、友達と言えるのは貴也を除けば、銀と美森しかいなかった。神樹館へ戻っても銀しかいない。銀はあの性格だ。しっかりとした交友関係が既にあるだろう。今更、自分がその輪に入れるとは思えなかった。

むしろ、あの讃州中学の勇者部の輪の中に入りたいと思った。だが、通うのは無理があることも確かだ。そもそも市立中学なので域外通学が可能なのか、可能としても片道車でも一時間近い道のりをどうするか、といった問題があった。

 

貴也に相談したかった。別に彼の言いなりにしたいわけではない。彼に自分の意見を聞いてもらい、彼の意見を聞き、その上で自分で判断したかった。

貴也に話を聞いてもらいたいと、切実に思った。

 

 

 

 

涙が零れそうになったタイミングで、玄関のチャイムが鳴った。

千草がパタパタとスリッパを鳴らして対応しに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「園子ちゃん? ご両親がいらっしゃったわよ」

 

千草の声に顔を上げると、父と母が顔を揃えていた。この家に帰ってきてからは初めてだった。

 

そもそも円鶴中央病院で祀られていた頃は、月に一度の僅かな面会時間しか会えなかった。

鵜養家に引き取られてからも、会える時間こそ一時間、時には二時間以上に伸びたが、頻度としては父は月に一度、母も十日に一度程度しか顔を出してくれなかった。もちろん両親ともに大赦のトップ、乃木家本家としての責務があり多忙なのは分かっていた。

そして今回。病院へは三週間ほど前に母が来てくれただけだった。

だから、このタイミングで両親が顔を出してくれるとの期待はまるでなかった。

 

 

 

 

「園子……。体は直ったんだな。供物は返ってきたんだな……」

 

「園子ちゃん……。本当に、本当によかった……」

 

「お父さん、お母さん……」

 

両親に抱きしめられた。堪えきれず声を上げて泣いた。両親も泣いていた。

しばらく泣いた後、父から声が掛かる。

 

「園子。家へ帰ってこないか? やっと大赦と……祭祀院側と話がついたんだ」

 

「えっ……?」

 

思いがけない言葉だった。

 

「鵜養さんの家にも、これ以上ご迷惑を掛けるのはどうかと思う。園子さえ良ければ、すぐにも用意をするぞ」

 

「園子ちゃん。家へ帰りましょう……?」

 

ふと、その言葉に対し怒りの感情が湧いてきた。理性はそれを抑えようとする。だが、抑えきれなかった。

 

「たぁくんがいなくなった、このタイミングでそれを言うの? 私がどんな気持ちでこの二年を過ごしてきたか、分かって言っているの?」

 

声が震える。

両親は一瞬、あっけにとられたような顔をしたものの、すぐに苦渋の表情に変わった。園子の気持ちに気付いていない訳ではないのだろう。

 

「私が本当に手を差し伸べて欲しかった時、何もしてくれなかったでしょ? 散華のことも教えてくれなかったよね? あの祀られた病室からも助けてくれなかった。解放された時も家に受け入れてくれなかった。――――――分かってるよ。乃木家だから、大赦のトップという立場だから、それが出来なかったってことは。でもね、たぁくんがいなくなった、この時点でそれを言うのはフェアじゃないよね……」

 

その後は、淡々と冷えた言葉が口をついた。止められなかった。仮にも、親に言ってはならないことだと分かっていてもだ。

 

「二年前、お役目の内容を知らないのに、実戦と訓練との怪我の差を心配してくれたの、たぁくんだけだったんだよ。ミノさんを、私の大事な友達を自分も瀕死の怪我を負ってまで助けてくれたのも、たぁくんなんだよ」

 

それでも、両親の顔からは視線を外さなかった。今、ここで言わなければならないことだとも思ったからだ。

 

「本当は私だってバーテックスと戦うのは恐いんだよ。神樹様のお役目じゃなきゃ、私たちが戦わないと四国が滅んじゃうんじゃなきゃ、逃げ出したいよ。でも、たぁくんは大赦の勇者でも、神樹様の勇者でもなくて、戦う義務なんて何処にもないのに私と一緒にいてくれたんだよ。どれだけ、心強かったか……。この前の戦いでも、勇者部のみんなと協力しても、もうダメだって時に助けに来てくれたんだよ」

 

だから、両親にとっても自分にとってもトドメとなる言葉を紡いだ。言葉にしてしまった。

 

「私は、今ここで家に帰る選択は取れないよ。それをしたら、きっと私はお父さんのこともお母さんのこともずっと恨んで生きていくことになるだろうから……。ここで、たぁくんを待ち続けたいよ」

 

そう言うと、千草に視線を向ける。

千草は園子の瞳を見つめ軽く頷いたあと、園子の両親に向き直った。

 

「乃木さん。夫に確認するまでもありません。わたくしどもは、園子ちゃんを受け入れると決めた時から、ずっとこの子を家族の一員同然として受け入れて生きていこうと思ったんです。園子ちゃんが家に帰りたくないのであれば、いえ、たとえ帰るという判断を下そうとも、わたくしどもは園子ちゃんのその気持ちを、行動を応援していきます。――――――園子ちゃん。貴方は、貴方の思ったとおりの行動をしていいのよ」

 

千草は園子の両親にきっぱりと言い切ったあと、園子に優しく語りかけた。

園子は、その言葉に勇気づけられた。だから、言い切った。小さな頃から乃木家の令嬢として『いい子ちゃん』であり続けた彼女の、初めての両親への反抗であった。

 

「私は、たぁくんが帰ってくるまでは、この家で待ち続けるよ。乃木家には帰らない」

 

「彼が何処に行ったのか、大赦の上層部でも把握出来ていないんだぞ。帰ってくるかどうかすら……、っ! すみません。失礼なことを申しました」

 

園子の父、紘和は言い過ぎてしまったと千草に頭を下げる。

千草は冷ややかな態度で、その謝罪を受け入れていた。

そして、園子はその父親の失言で自分の本当の気持ちに気付いた。

 

『たぁくんが帰ってこない訳がないよ。いつだって私が本当に手を差し伸べて欲しい時に、救いの手を差し伸べてくれたのは、たぁくんなんだから。今度も、きっと……。――――――だから、私も受け身のままでいちゃダメなんだ。待つことしか出来ないのは同じでも、私らしくあり続けないと!』

 

「お父さん、お母さん、私は帰らないよ。ここで、たぁくんを待ちます。それに、私が帰らなくても大丈夫でしょ? 私の散華が分かった時点で、私に代わる乃木家の後釜はちゃんと用意してるはずだよね」

 

園子はそれまでの態度を豹変させ、自信に満ちた表情で言葉を紡ぐ。その言葉に両親は絶句した。

 

「大丈夫だよ。その後釜がどんな人だろうと、私が力になってあげる。乃木家は安泰だから。ううん、大赦も同じ。今よりも、ずっとマシな組織にしてあげる」

 

それは反抗すら通り越し、両親との訣別ともとれる宣言だった。

 

 

 

 

「何か困ったことがあれば、あるいは頼りたいことがあれば、なんでも言いなさい。お父さんもお母さんも、いつでも園子の力になるよ」

 

両親は、どうやら一旦は諦めたようだ。園子の態度が豹変したあとは、その言葉を残し、あっさりと引き下がった。

両親を見送ったあと、園子は千草に頭を下げる。

 

「おばさん、ありがとうございます。おばさんの言葉で私は勇気をもらいました。このまま、たぁくんを待ち続けさせて下さい」

 

「いいのよ。もう貴方はうちの家族の一員なんだから。娘同然に思っているからね」

 

そう言いながらも千草は内心、慄然としていた。

 

『この子は底が知れないわ。貴也も、なんて子に好かれてるのかしら……』

 

園子は思う。

 

『めそめそなんてしてられない。たぁくんが帰ってきた時、笑顔で迎えられるようにしないと……。やらなきゃいけないことが、いっぱいある。もちろん、今、この場に帰ってきてもいいように、心持ちだけでも変えていかないと!』

 

その瞳は力強く、未来を見据えていた。

 

 

 




どうして、こうなった?
園子ちゃんに前向きになってもらおうと画策したエピソードだったんですが、本作においても園子様が爆誕してしまいました。
この子は超逆境に放り込むと、こうなってしまうんですね。
というか執筆中くだんの場面まで来たところで、乃木家の後釜問題を引き合いに両親を圧倒する園子様のイメージを受信してしまい、そのままだとくどい上に主題からも外れそうなので端的に処理した結果なんですけどね。

おそらくこの後、千草さんは園子から両親との会話内容を口止めされて、さらに戦慄したことでしょう。

園子ちゃんの絶賛散華中における乃木家の後釜問題も、原作においても裏であり得た話だろうと思います。

ということで、次回はのわゆ編に戻ります。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話 悪意

職場で回覧されている業界誌にまちおこしに関する観音寺市長の寄稿があり、そこに『結城友奈は勇者である』の文字が。
イラストも図表も無いものの、思わぬ所での『ゆゆゆ』との出会いにほっこり。

ということで、本編をどうぞ。




貴也は、左手に着けた黒いラインの入ったブレスレットを見つめる。胸に熱いものがこみ上げてくるが、辛うじて押しとどめた。

 

『そのちゃん……。このまま、もう会えないんだろうか……?』

 

 

 

 

この時代に飛ばされてから一ヶ月が経った。だが、元の時代に戻れそうな兆候はどこにも現れてはいなかった。

一人きりで手持ち無沙汰になり、さらに考えを巡らすこともない時は、こうしてブレスレットを見つめることが多かった。胸元に隠している指輪よりも目に付くだけではなく、そこには『園子』という文字が彫られていることもあったからだ。

園子たちや若葉たちのように、勇者に変身すると服装等が完全に変わってしまう訳ではない貴也だ。そのブレスレットはいつの間にか傷だらけになり少し変形もしていた。それでも、園子との繋がりを感じていたいからと、万が一、突然元の時代へ戻れた時にこの時代へ忘れていくことが無いよう、常に肌身離さず腕に嵌めていたのだった。

 

 

 

 

球子が皆に見送られて高知へ旅立ってからの数日間は、貴也は連日の報道に苛立っていた。

前回の戦いでも、勇者全員が奮戦していた。だが、大型バーテックスが二体、進化体もこれまでに無く多数侵攻してきていたためであろうか、四国全土のあちこちで土砂崩れや竜巻など自然災害が起こっていた。死者も複数出ているようだ。

 

『そもそも樹海化も、神世紀三百年のものと比べると薄い感じがするしな。神世紀の時は人工物で形が残っているのは精々瀬戸大橋ぐらいだったのに、西暦では大きなビル程度でも原型を保っているし……。結界の壁だって高さは低いし、厚さも薄い……』

 

あの規模の侵攻だと、どうしても被害は免れ得ないのかもしれない。侵攻があった場合、できるだけ速やかに敵を殲滅するしか対処方法はないと思われた。

 

 

 

 

いまだに続く苛立ちの原因は、その頃の報道だけではなかった。

指輪の分析のため、やはり連日、大社本庁の技術部へ顔を出さざるを得なかったのもその一つだ。

技術部の人間の貴也を見る目が、次第に不可解なものでも見るようなものに変わっていったのだ。もちろん、最初から『男の勇者』ということで、奇異の目で見られていたことは確かだ。だが、扱われ方がある日を境に急激に、その後は徐々に変わっていっていた。だが理由は不明だ。問いかけても曖昧な答えしか返ってこない。全員が全員、そういう態度である訳でもないのだが、概ねの傾向としてそうであるため、比較的温厚な貴也でさえ思うところが出てくるというものである。

 

ただ、その負の感情の増大も精霊の影響が多分に入っていることも分かってきた。

それについては先日、その報告があったところだ。

以前から杏が付けていた勇者たちの切り札の使用に関するメモと、諏訪での貴也の様子に関するひなたの報告が決め手となったのだ。また、四国外調査で結局五十時間も精霊を憑依させていた貴也と名古屋で切り札を使った球子のモニタリングデータは、重要な証拠となっていた。

結論として、精霊という人ならざるものとの触れ合いは、人体に物理的ダメージを与えるだけでなく、精神に徐々に瘴気や穢れと呼ばれるものを溜め込ませていくのだということが分かったのだ。つまりは、心が不安定になり、危険な行動を取りやすくなるということなのだそうだ。

これにより、これまで以上に切り札の使用は制限されることになった。だが、明確な基準は示されず、あくまでも努力目標のようなものであり、実効性には疑いが残るものでもあった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

やがて五月になり、友奈や杏の包帯も取れていった。

球子がいなくなった教室は、その分静かで寂しいものだったが、それでも穏やかな日常が帰ってきていた。

バーテックスの襲来もあれから一度も無かった。

 

貴也の皆との交流も、本人的には、何故か、というレベルで深まっていた。

若葉とは、彼女が始業前に行っていた朝の自主練に付き合うようになっていた。そこから彼女と話す機会が増え、連鎖的にひなたともよく話すようになった。

授業の合間の休み時間は、友奈が千景と杏を引き連れて話しかけてくることが多くなった。球子がいなくなって、やや孤立しかけた杏を友奈が上手く巻き込んだのだ。

その杏は貴也が読書好きだと知ると、恋愛小説の布教を始めてきた。貴也は活字には比較的雑食的傾向があったため、あまり抵抗無く読むことが出来、杏との会話が弾むようになった。

千景とは携帯ゲーム機で遊ぶ機会が生じた。貴也も神世紀では拓哉や潤矢とよくテレビゲームで遊んでいたため、千景ともなんとか勝負になる程度には遊べたのだ。といっても勝率は一割そこそこなのだが。

 

そして五月も半ばを過ぎた頃、大社から一つの任務が勇者たちに言い渡された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しいね。壁の外の敵を討て、だなんて」

 

「大社の方針が変わったんだろうか?」

 

「でも、敵の姿なんて見えないわ。どこにいるのかしら……?」

 

「警戒はしていきましょう」

 

友奈の怪訝そうな言葉に、皆戸惑ったような答えを返す。貴也だけは、ほぼ真実に近い答えを持っていたが。

 

『ついにと言うか、何と言うか……、壁の外の視界を遮蔽し始めたな……?』

 

 

 

 

瀬戸大橋橋上を進み、壁を越えた時点で皆息を呑んだ。貴也ですらもだ。

身の丈百メートルに達する超大型のバーテックスが形成されていっていたからだ。

 

獅子座型(レオ)だと!? まずいな……。神世紀の勇者でさえ、満開をしないとまともに戦えない相手だ。完成してしまったら、手の打ちようがないぞ』

 

若葉たちは、結界による視界の遮蔽の方をこそ気にしているようだ。四人とも、壁の内と外を行き来して確認を取っている。

 

「隠されているのか……」

 

「大社の方針なんでしょうか……?」

 

「分かんないけど……、でも、今はそれより!」

 

「そうね……。高嶋さんの言うとおりだわ。今は結界のことよりも、バーテックスの方が問題だわ」

 

皆、超大型バーテックスに向き直る。

だが、全員無言になる。前回の三十メートル級ですら、並みの精霊を下ろしただけでは歯が立たなかったのだ。この超大型にどこまで通じるのか? 皆不安に駆られる。

 

「杏、どうすればいい……?」

 

思わず若葉が尋ねる。だが、杏にもこれといった策があるわけでもなかった。

 

「とりあえず、私たち三人の精霊が通用するか試してみましょう。友奈さんと貴也さんは前回、強力な精霊を使っていますから待機ということで」

 

 

 

 

若葉が義経を、千景が七人御先を、杏が雪女郎をそれぞれその身に下ろし、攻撃を仕掛ける。

三人は、超大型バーテックスを形成するために集まってきていた通常個体のバーテックス、星屑を足場にしながら、器用に飛び跳ねて獅子座型に肉薄する。

 

「個々に攻撃してもダメです! 中央のリング部分を破壊するように攻撃を集中させましょう!」

 

杏の作戦どおり、三人は一箇所に攻撃を集中させた。金弓箭の極低温の猛吹雪を一点に集中させ、そこに七人の千景がヒットアンドアウェイで攻撃、千景が飛び退いている間に若葉が数十の斬撃を与えて離脱。これを繰り返した。だが、ダメージは通らなかった。

星屑も、それらの攻撃が通用しないことを理解しているのか、三人を無視して超大型の形成に専念し融合を続けていた。

 

「僕が行く! 多重召喚!!」

 

続いて貴也が攻撃を仕掛ける。先ほど三人が攻撃していた部位に、一目連を含む四つの精霊すべての力を込めて斬撃の嵐を放つ。だが、ダメージが通らない。輪刀を一つに減らし一撃当たりの威力を増した攻撃すら、僅かな傷すらつけなかった。

 

「クソッ、そういえば合体した奴は夏凛の攻撃すら全く通さなかったな……」

 

絶望が心に芽生える。そこに友奈の叫びが聞こえた。

 

「私が行くっ! 来いっ! 酒呑童子っ!!」

 

「友奈さんっ!!」

 

「高嶋さんっ!!」

 

杏と千景の心配の気持ちが目一杯詰まった叫びが続く。

 

「友奈っ! 僕を足場に使えっ!!」

 

「うんっ! ありがとう!!」

 

貴也が友奈の元へ戻り、そう声を掛けると、友奈は礼を言うや否やジャンプし、驚くことに貴也の両肩の上に立つ。

 

「ゲッ……!? それでバランスは大丈夫なのか……?」

 

「いける、いける! 貴也くん! このまま、行っちゃえーーっ!!」

 

超大型バーテックスを指差し、笑顔で貴也を(けしか)ける友奈。

二人は輪入道の全速力で獅子座型に接近する。

 

「喰らえーーっ! 勇者パーーンチッ!!」

 

すれ違いざま友奈のパンチが炸裂し、貴也の両肩に凄まじい反動が掛かる。その攻撃は、僅かに獅子座型を傷つける。

さすがに、獅子座型がゆっくりと向きを変え始め、星屑も貴也たちに襲いかかってきた。

それら星屑の攻撃は、若葉たちが迎撃した。

 

「貴也くん。今度は飛びついて連続パンチをするから、受け止めてね」

 

額から二本の角さえ出ている友奈は、その恐ろしげな見た目からは信じられないような可愛げのある笑顔を貴也に見せると、キッと超大型バーテックスを睨みつけた。

 

「ああ、任せとけ!」

 

もう一度、獅子座型に接近すると、友奈はジャンプして連続パンチを浴びせ掛ける。

 

「連続勇者パーーンチッ!!」

 

連続で両拳を獅子座型に叩き込む。だが、八撃目で異変が起きた。

 

「ガハッ……!」

 

友奈が大量に血を吐き、落下していく。

その友奈を狙い澄ましたように、急激に生成された巨大な火球が獅子座型から発射された。

 

「高嶋さんっ!!」

 

とっさに千景が友奈を突き飛ばす。その分身体の一つであった千景は、友奈の代わりに火球に飲み込まれ消滅していった。

突き飛ばされた友奈は貴也がかろうじてキャッチする。

巨大な火球は海面にぶち当たると、凄まじい水蒸気爆発を引き起こした。全員が吹き飛ばされる。

火球はそのまま海面上を走り、本州の陸地に着弾すると巨大な爆発を起こした。

 

「そんな……」

 

「ダメだ。一時撤退するっ!!」

 

若葉の撤退の指示が響いた。

貴也は友奈を抱きかかえたまま、結界の壁へと空中を走る。

その友奈は全身から血を流し、気絶していた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

その日は、五人とも入院した。全員、精霊をその身に下ろしたからだ。

特に友奈は集中治療室に入れられ、絶対安静かつ面会謝絶となった。酒呑童子を二度もその身に下ろしたことで、特に内蔵へのダメージが大きかったらしい。

 

 

 

 

翌日の夕方、友奈を除く四人は退院できたが、みな暗い表情のまま家路についた。

ところが、若葉と杏は寮へ戻ったものの、千景はずっと貴也に付いてきた。

 

「千景は、若葉たちと寮へは帰らないのか?」

 

「一緒にいちゃ、ダメ……?」

 

そう、上目遣いで言われると、断り切れない貴也だった。

それでも家に上げる時には一応、苦言を入れておいた。

 

「男の一人暮らしの部屋に、それも日が落ちようとしている時間帯に、女の子が一人で上がるのはよろしくないんだけどなぁ……」

 

「貴也くんのことは信頼してるし……、それに高嶋さんが入院してるから、寮に帰っても……」

 

頼りなげにボソボソと小さな声でそう言われると、やはり家に上げざるを得なかった。

 

 

 

 

冷蔵庫と小さなパントリーを覗き、とりあえずの食材があることを確認して夕食の用意を始める。

 

「食べていくだろ? 千景?」

 

「料理、出来るの?」

 

貴也の問いかけに目を丸くする千景。

 

「一人でいると余計なことばかり考えるからさ。手慰みに練習してるんだ。だから、そこの本のレシピどおりにしか作ったことないし、出来るレパートリーも片手ぐらいしかないから、リクエストには応えられないぞ。あと、味も文句言いっこ無しだからな」

 

「私も手伝うわ……」

 

千景もろくに炊事をしたことがないのだろう。二人とも覚束ない手並みに互いに苦笑しながら、肉じゃが、味噌汁、ご飯を用意し、貴也が二日前に作った残り物のきんぴらゴボウを添えて夕食とした。

 

「見た目はなんだか残念ね。――――――あ、でも意外に美味しい……」

 

「本当だ……。千景と二人で食べてるからかな? 一人で食べてる時は、豚の餌かよ、って思いながら食べてたんだけどな……」

 

二人で顔を見合わせて笑顔になる。

 

「なんだか、しんこ……、ううん、何でもない……」

 

何か言いかけて、真っ赤になる千景。

貴也は、千景が何を言いかけたのか察するのだが、微妙にズレた感想を持つ。

 

『確かに、新婚さんみたいだな……。うん。なんだか、家族と食事しているみたいだぞ……』

 

互いにズレた気持ちを持ちながら、それでも二人は楽しげに食事を続けた。

 

 

 

 

後片付けは自分がすると言い張る千景を、お客様だからとリビングに追い立て、貴也は洗い物を始めた。

 

「据え置きのゲーム機はないのね……」

 

「ああ、なんか余裕がなくてさ。携帯型でも十分遊べたしな。でも、なにかしてみようかな? 最新事情に疎いから、今度お勧めのハードを教えてくれよ」

 

「いいわよ……。ねえ、このパソコン、使ってもいい……? ちょっとネットでも見てるわ」

 

「ああ、いいよ。別にパスワードも設定していないから、ご自由に」

 

リビングのローテーブルの上に放置してあったノートパソコンを弄りだす千景。貴也が情報収集のために用意したものの、忙しさにかまけて碌に触っていないものだった。

 

『お気に入りに入っているのも、検索エンジンか、大社関係しかないわね……。よかった。ヘンなページが登録してあったら、困っちゃうもの……。自由に使わせてくれるだけあるわ……』

 

 

 

 

洗い物を終え、トイレで用を済ませて戻ってくると、千景の様子が何かおかしかった。

 

「どうした、千景……? なにかヘンなサイトでも……」

 

「なによ……!? なによ、これ!?」

 

怒りの表情を滲ませ、目元に涙を溜めた千景が振り返った。

画面を覗いてみた。彼女が見ていたのは匿名掲示板のようだ。そこには噂話のような内容が踊っていた。

 

『新しいタイプの化け物が出てきて、勇者が負けたんだって。災害が頻発した時期があったのは、そのせいだってさ』

 

『何人か死んだって聞いたぞ。土居球子と高嶋友奈、それと諏訪から合流した、誰だっけ?』

 

『鵜養だろ。男の。勇者、マジ使えねえな』

 

『我々市民には何も真実は伝えられねえってか?』

 

『だから、前から俺は言ってたんだよ。あんなガキ共、役に立つはず無いって』

 

千景の手が震えていた。

 

「どうしてっ!? どうしてよっ!! どうして、高嶋さんが! わたし達がこんな事言われなきゃならないのよっ!?」

 

「千景……」

 

貴也も、それらの書き込みに対して、書き込んだ者たちに対して憎悪が膨れ上がる。

神世紀の頃には経験がなかったことだ。少なくとも彼の身の回りでは、噂にすら聞いたことの無い事案。だから、西暦の人々のモラルさえ疑う。

だが同時に、頭の隅で警鐘が鳴らされる。

 

『気を付けろ! その感情は精霊の影響だ! 惑わされるな!』

 

辛うじて踏みとどまると、千景を後ろから抱きしめた。

 

「気にするな……。何も知らない、無責任な奴らの書き込みなんか……」

 

自分にも言い聞かせるように、そう呟くように言った。

 

 

 

 

貴也のその言葉に、驚いたように首だけで振り返る千景。だが、彼が唇を噛み締め、その目に涙を浮かばせているのを知ると、力無く呟いた。

 

「分かった……。私は、あなただけを信じる……」

 

千景は、そのまま彼の肩に頭をもたれさせた。

彼も自分と同じように感じてくれている。それが分かっただけで、何故か心が癒された。

彼の暖かさを感じるだけで、満足できた気がした……

 

 

 




友奈は前回、原作ほど負の感情を溜め込まずに戦えたので、今回ある程度戦えることになりました。結果は、さほど変わりませんが。

千景と二人の食事風景。甘い発想にならないのは当然知識と見た目によるもの。ご先祖様かつ妹似というのは高いハードルなのです。

千景は友奈がそばにいなくとも、貴也がストッパーとして機能しました。果たして、このまま原作のような暴走をせずに済むのかどうか?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話 真仮名の神託

目が覚めた。頭がガンガン痛む。

ひなたは、のそのそと寝床から起き出すとため息をついた。

五月に入ってからこっち、連日のように神託が下りていた。目覚める直前、夢とも(うつつ)ともつかない中で。

忘れないように、枕元に置いてあるメモ用紙に手早く書き付けていく。

その内容は奇妙だ。すべて漢字である。

 

 

 

 

通常、神託は映像の形で下りる。言葉で告げられることもあるが、それは珍しかった。そも抽象的な内容であるため解釈が分かれる場合もあるのだが、ひなたは大体その内容を捉えることが出来ていた。

実のところ、大社所属の中でもひなたは指折りの巫女なのだ。だからこそ、勇者付きの巫女に据えられたのだ。決して、若葉の幼馴染みだからという訳ではなかった。最後の決め手ぐらいにはなったのかもしれないが、それは重要視される項目ではなかったのだ。

 

神託はすべて大社で管理されることとなっていた。重要と思われるもの、解釈が分かれそうなものもあったが、そういう神託は主立った巫女にはすべて下りていたので、そこで解釈の擦り合わせが行われていた。

 

それにしても奇妙である。

この神託だけは、ひなたにしか下りていなかった。しかも、文字による神託など他に例が無かった。

毎日、十文字前後の漢字が目覚める直前の夢とも(うつつ)ともつかない中に現れる。初日に、それを書き付けねばならないという言葉による神託も受けた。だから、朝起きれば一番にメモを付ける。

通して見ると、文章になっているようだ。だが、どうやら万葉仮名で綴られているらしい。旧字体のものが多い上、言葉遣いもやたら古く感じる。また、神事に関する専門的な内容にも感じた。

ひなたは一般家庭出身であり、あの運命の日に目覚めた巫女なのだ。いきおい神事に関係する専門知識には疎い。

だから、内容は表面的にしか理解できなかった。昨日までは『斯无許无』なる儀式の行い方に関する神託だったらしい。だが、その内容の本質的な部分をひなたが理解することは出来なかった。

 

 

 

 

今日の神託で受けた九文字を見入る。

 

『保宇加佐伊波美許乎』

 

「ほ、う、か、さ、い、は、み、こ、を、って読むのかしら……?」

 

頭を捻るが、これだけでは意味は分からない。何かの神事に巫女が絡んでいるのだろうか?

気持ちを切り替えて、自分の手帳を見やる。そこには五文字の、大社に報告を上げていない神託がメモされていた。開かなくとも一言一句間違えなく覚えている。毎朝見る、大社に報告すべき神託の後に現れる、小さな文字。

 

「やはり、嫌な予感がしますね。これだけは、報告をあげるのはやめておきましょう……」

 

手帳を引き出しに入れて、鍵を掛ける。

その手帳の最後のページ。そこには、こう書かれていた。

 

『貴也参百年』

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

その日の朝、学校でひなたが若葉と話しているところへ杏が登校してきた。

 

「若葉さん、ひなたさん、貴也さん、おはようございます。うーん。やっぱり貴也さんも早いですね……」

 

「おはよう、杏」

 

「おはようございます、杏さん」

 

「おはよう、杏。若葉の朝練に付き合ってるからね」

 

「それにしてもよく続きますよね」

 

「強くなりたい一心で食らいついてるからなあ。――――――あっ、そう言えば借りてた本、返すよ」

 

貴也が鞄の中から単行本を取り出し、杏に返却する。

 

「どうでした、この本?」

 

「面白かったよ。タイトルが如実に内容を表してるんだな……」

 

「あー、『木の葉散る小川』ですか。そうですよね。木の葉が主人公の二人を、小川が二人を取り巻く社会というか、環境というか、そういうのをよく表してますよね」

 

「ああ、狭くて小さな社会でも急流があったり、淀みがあったりして、二人がそれに翻弄されるけど、最後は大海に旅立っていくって、ストレートなタイトルだよな」

 

「でも、もっさりしたタイトルなんで、ベストセラーっていう訳じゃないんですけどね。――――――ふふっ……。貴也さんも、だいぶ恋愛小説が分かってきたじゃないですか。これで、恋愛小説フリークの仲間入りですね」

 

「面白かったけど、でもやっぱり僕は、小説を読むならサスペンス物か推理物の方がいいな」

 

「えー? じゃあ、貴也さんに合う恋愛小説、探しに行きましょう。次の日曜日は私に付き合ってくださいよ。昨日は一日、千景さんとお出かけしてましたよね……?」

 

その杏の発言に、ひなたの耳がピクリと反応した。

 

「コンシューマーゲーム機のお勧めを買うのに付き合ってもらっただけだよ。まあ、お礼を兼ねて昼食は奢ったけどさ」

 

「でも先週、退院した日は夜遅くまで一緒だったじゃないですか。どこまでいったんですか?」

 

杏は興味津々といった風情で貴也に迫っている。その日、夜遅くに千景を送っていくと、杏にばったり会っていたのだ。

 

「どこもいってないぞ。一緒に夕食を作って、食べただけだよ。そのあと、一緒にネットを見てたら意外に時間を食っちゃっただけだからな」

 

「ほんとーですか……? あっ、でも貴也さん、料理できるんだ?」

 

「あれ? そこで、千景が作ったって方向に行かないんだな……」

 

「千景さんが炊事、あんまり得意じゃないのはみんな知ってますからね。貴也さんは得意なんですか?」

 

「いや。練習してるけど、なかなか上手くならなくてさ――――――」

 

 

 

 

「ひなた。私の話、聞いているか?」

 

「ちゃんと聞いてますよ。ちゃんと受け答えしているじゃないですか」

 

「うーん、そうなんだが……。なんだか表情は、心ここにあらずっていう感じだったからな……」

 

「それは若葉ちゃんの話の内容のせいでは……?」

 

「なにっ!? 私の話は、そんなにつまらなかったか……!?」

 

うーん、と唸りながら、自分の話していた内容の反省をしだす若葉。

ひなたは、そんな若葉をにこやかに眺めながら、頭の中では貴也と杏の会話内容を反芻する。

 

『千景さんも隅に置けませんね。悠長に構えていると、貴也さんを取られかねません。なにか、早急に手を打たないと……』

 

そんなことを考えていると、千景も登校してきた。

 

「おはよう……」

 

いつものクールっぽい態度で席に着く千景。

だが、ひなたは目ざとくそれに気付いていた。

千景がチラッと貴也を見やると一瞬だけ、はにかんだような笑みを微かに浮かべたことに。

 

『やっぱり、動くべきですね……』

 

 

 

 

授業が始まる。

ここにいる生徒は五人だけだ。

友奈はいまだに絶対安静、面会謝絶が続いていた。

 

それでも貴也たちは、普段どおりの態度をとっている。心配は心配だが、雰囲気を暗くしても何もいいことはないからだ。むしろ、精霊を下ろしている事による負の感情の増大を招く恐れがあった。

だから、努めて明るく振る舞う。

そのストレスはいかばかりか……

 

 

 

 

 

 

 

 

上里ひなたは同年代の少女と比較して大人びた少女だ。だが、自分は男の子に対する免疫がないと自覚している。

小学五年生まで、男子に対する色恋染みた感情は持たなかった。幼馴染みの若葉に対する関心が強すぎたせいかもしれない。

土地神様あるいは神樹様の巫女として目覚めてからは、若葉たち勇者にせよ、大社の巫女達にせよ、同年代では同性としか付き合う機会がなかった。

 

貴也に初めて会った時も、特に強い関心はなかった。ああ、生き残りに会えて良かった、と思っただけだった。

直後、命を救ってもらった時も、強い感謝の念を持ちこそすれ、それ以上の感情は持たなかった。すぐに別れることになり、二度と会う機会もないかもしれないと思ったからだ。

翌日、彼が『男の勇者』として四国外調査に合流した時も、単純に驚いただけだった。

 

だが、空中走行を行う彼にしがみついて行動するようになると、面白いように自分の感情が動いた。

恐らく自分という少女の体と、特に胸の膨らみと密着したからだろう。それまで落ち着いた態度を見せていた彼がキョドった行動を見せ始めたのだ。嫌な感情は持たなかった。むしろそんな彼を可愛いと思った。

また、諏訪で白鳥歌野の想いについて強い感情を見せながら語っていた姿や、北海道へ向かえという無茶振りに誠実に応えていた姿は、とても格好良く見えた。

そして諏訪での夜、彼が取り乱した時は、彼のことを守ってあげたいと強く思った。大切な人をすべて失ったのであろう彼を支えてあげたいと思った。

その翌日、四国への帰途。空中走行のために密着した彼の横顔を見ながら頬が熱くなるのを感じ、自分はなんてチョロい女なんだろうと思った。

 

四国外調査の期間中、彼との二人きりの行動が多かった千景の存在も大きかったのだろう。

四国に帰ってきてからも、千景はそれ以前の友奈に対するものに近い行動、貴也にひっついて何かボソボソとしゃべっていることが多かった。彼に対して時折見せる、はにかんだような笑顔も気になった。

胸の奥がチクリどころではなく、キリリと痛んだ。

ああ、自分は独占欲が相当強いんだな、とやっと自覚した。

思えば、若葉の写真を撮りためていたのも、その独占欲のせいなのだと思い至った。代償行為なのだろう。

 

『自分の感情を分析していても始まりません。行動あるのみです……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

杏が貴也を誘っていた翌々日の水曜日。

ひなたは半ば強引に、その日の夕食を貴也に作ってあげることにしていた。練習の成果を確認して欲しいから、と適当な理由をでっち上げた。

 

『献立を何にするかが勝負の分かれ目ですね。うどん……は毎日のように食べていますし、アピールポイントが足りない気がします……。洋食系……。ハンバーグやグラタンはアピール度が高い気がしますね。でも、貴也さんは料理を練習していると話していましたし……。なんとなく、自分で作られているような気もしますね……。中華系も最近は簡単調理用の調味料が揃ってきていますしね……。むしろ和食がいいかもしれません。私たちの年代の男子が作るにはハードルが高く感じるのではないでしょうか? 家庭料理に餓えている可能性は極端に高いでしょうし、簡単ながら見た目のいいものを出した方が、手間なくアピール出来るかもしれません……』

 

傍から見る分にはムダに思えるほど思考を走らせながら、食材調達に精を出すひなた。

思わず、フフフ……、と黒さがほのかに覗く笑いが漏れる。

 

『そうそう、お祖母様も仰ってました。殿方を落とすにはまず胃袋を掴みなさい、と……。これは千景さんには真似できないはずですからね……』

 

そこまで考え抜くと、心なしか軽い足取りで会計を済ませ、ウキウキした気分で貴也の家へ向かった。

 

 

 

 

僕も何か手伝おうか、と言ってくる貴也をキッチンから追い出し、腕によりを掛けて作る。

貴也の家のキッチンを独り占めしていることを意識すると、何故か鼻歌でも歌いたい気分だ。

 

上機嫌で料理を食卓に並べると、貴也を呼ぶ。

 

「貴也さん、出来ましたよー」

 

リビングで読書をしていた彼が、本をローテーブルに置いてやって来た。

食卓の上には、白ご飯の他、白味噌の味噌汁、鯖の味噌煮、ほうれん草のおひたし、高野豆腐といんげんの卵とじが並んでいる。

 

「おおっ、白味噌のお味噌汁だ! これ飲みたかったんだよなぁ。自分だと、なかなか上手く作れなくてさ。特にお正月はやっぱり白味噌に餡餅の雑煮だよな」

 

「あらっ? 貴也さんは鳥取の出身では?」

 

「あ、いや……、母親が香川の出身でさ。食事は基本、香川スタイルだったんだ」

 

「そうだったんですか。じゃあ、私の味付けは貴也さんの口に合うかもしれませんね。ふふふ……」

 

『なんだか、勝利の足音が聞こえてくるような気がします……』

 

 

 

 

「うおっ! 美味い! 花見の時の弁当でも思ったけどさ、ひなたって料理上手だよな」

 

「そうですか……? ありがとうございます。誉めてもらえるなら、また作りに来たいですね」

 

「いやぁ、そこまで我が儘は言えないよー」

 

心底美味しそうにニコニコしながら食べる貴也を見ながら、心の中でそっと不満を漏らす。

 

『そういう我が儘は、むしろ言って欲しいんですけどね……』

 

だから、今後も餌付けをしに来るための理由を用意する。

 

「今回もそうでしたけど、若葉ちゃんに食べてもらう前の毒味役が欲しかったですからね。逆に私の方から、今後もお願いしたいんですけど」

 

「あぁ……、そういうこと? じゃあ、喜んで毒味役に立候補するよ」

 

軽い調子で承諾する貴也に、少し罪悪感も持ちながらホッとする。

 

『ゴメンなさいね、貴也さん。本当は毒味役なんか必要ないんです。そういうことは自分でするものですしね。私の我が儘なんです。でも、良かった。これでライバルを一歩も二歩もリードできます……』

 

 

 

 

食後、食卓でお茶を啜りながら、洗い物をしている貴也を見やる。

ふと、神託の事を聞いてみようかと思い立った。

 

「貴也さん、ちょっといいですか?」

 

「いいけど。何かな?」

 

「『三百年』という言葉に何か、心当たりはありませんか……?」

 

「? 何それ?」

 

「心当たりが無ければ、いいんです。どうか、気になさらずに……」

 

『やっぱり貴也さんには関係ないんですね……。やはり『貴也参百年』の最初の二文字は、とうときなり、ですとか、きなり、ですとかそういう風に読むものなのかも知れません……』

 

 

 

 

とっさのことで、連想できなかった。

ひなたの言った『三百年』とは、神世紀三百年であるとか、自分の遡った時間、約三百年を指すのではと、後になってから思い至った。

貴也は思った。

 

『ひなたは、何か感づいているのかも知れない。本当のことをみんなに言うべき時が迫っているのかも知れないな……』

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

五月も終わり頃から、バーテックスの襲来が頻発するようになった。週に一、二度のペース。

大型の個体はおらず、通常個体の星屑、進化体レベルのものばかり、千から二千ほど。

だが、友奈はいまだ入院中であり球子と二人を欠いているため、貴也を含め若葉、千景、杏の四人とも精霊をその身に下ろして戦わざるを得ない状況に置かれていた。

それでも、なんとか一般への被害は最小限にとどめ、自然災害は起こるものの四国市民に死者までは出さない状況で抑えていた。

 

 

 

 

そんな中、六月に入ってから一週間ほど経った頃、千景のスマホに一通のメールが届いた。

 

『一度、帰ってこい』

 

たった、それだけの文章。

父親からだった。

 

 

 




神託の内容はなんでしょうね?(すっとぼけ)
とはいえ1ヶ月300文字では漢文ならともかく仮名だけだとたいした情報量にはならないですね。恐らく内容は概要だけにとどまり、詳細はどこそこを参照しろとでもあったのでは?
なお、『斯无許无』は『しんこん』と読みます。

作中の恋愛小説は架空のものです。
実在作を引用するのは、照れる上に、内容をある程度紹介する上で無駄に文字数を食いそうなので止めました。

毒味役――味見役とどちらを使うか迷ったのですが、若葉絡みの二人のおふざけということで。

ちょこちょこ入っていたひなたの怪しい行動に関する伏線回収回でした。
なお、貴也がこれ以上モテることは無いものと思われます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七話 千景と貴也

千景が日帰りではあるが、帰省するのだという。

貴也は非常に興味を引かれた。なにせ、自分のルーツに当たる土地なのだ。だから、ほとんど何も考えずにその言葉を発していた。

 

「僕も一緒に行っていいかな?」

 

その言葉を聞いた周りの反応は、酷いものだった。

千景は「え、え、え……?」と言ったきり顔を真っ赤にさせて押し黙り、若葉は鳩が豆鉄砲を食ったような表情で固まってしまい、杏は「へぇー……」と言いながらニヤニヤした顔で貴也と千景の顔を交互に眺め、ひなたは瞳のハイライトが消えたまま「んふふふ……」と感情のない含み笑いを続けていた。

 

さすがに、まずいことを言ったと悟った貴也。慌てて適当な言い訳をでっち上げた。

 

「あ、いや……、うちの曾祖父(ひいじいさん)が高知の田舎の出身だって聞いていたからさ。どんな所なんだろうと思ってさ。千景の田舎も似たり寄ったりかな、と思って、見てみたいなと思ったんだ」

 

「場所はどこなんだ?」

 

「いやー、詳しい場所まで覚えていないんだ。そもそも聞いていたかどうか……」

 

若葉の問いに苦しい言い訳を重ねた。どうにか、ごまかしきれ……なかったようだ。皆冷ややかな目で貴也を見ている。

だが、やがて皆の興味は千景がどう答えを返すかに向いていった。

 

 

 

 

千景は、貴也の真意はともかくとして、ついてきてくれようとしていることに喜びを感じた。

だが、すぐにフラッシュバックが起こる。

 

『尻軽女の娘』 『服いるの?』 『燃やせ、燃やせ』 『うっとうしい髪』 『耳、切れちゃった』 『ゲームおた、キモッ』 『階段の前、いるぜ』 『落ちちゃった』 『親が親なら子も子』

 

嫌な思い出ばかりが頭の中をよぎる。あんな場所に彼を連れて行く訳にはいかないと思った。自分の知られたくない過去を知られるかもしれない。

 

逡巡している自分を、彼が心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

そして、思い出す。

去年の十月に帰省した時のこと。村の人たちは皆、千景を歓待していたことを。

 

『私は……価値のある存在ですか……?』

 

『もちろんよ。だって、あなたは勇者様だもの』

 

そのやり取りが思い出された。次の瞬間、千景は村の皆に歓待される自分を貴也に見てもらいたいと強く思った。彼に自分の立派な姿を見せたいと思った。だから……

 

「いいわよ。ついてきてもらっても……」

 

その言葉を発してしまった。言ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

バーテックスの襲来が頻発していることに対する懸念が出たが、丸亀からは直線にしてたかだか百キロメートル程度の距離である。いざとなれば二十分で合流出来るということで、なんとか大社の許可も出た。

 

千景と二人、特急に乗って一路高知を目指す。途中で普通列車に乗り換え、目的の駅へ到着した。

 

 

 

 

「この近くの病院に母が入院しているの……」

 

そう言って、千景が先導する。

 

駅からは徒歩圏にその病院はあった。大病院というほどではなかったが、この地域の拠点病院ではあるのだろう。複数の診療科をもつ総合病院だった。

 

受付を済ませた千景が貴也の分の入館プレートも持ってきた。

 

「はい。病院内では一緒にいてね」

 

「いや、さすがに初対面の僕が見舞いに行くのもおかしいだろ? 待合室で待ってるよ」

 

「いいのよ……。どうせ、薬で眠ってるだろうし……」

 

そう言って、貴也の手を強引に引っ張って連れて行く千景。

 

 

 

 

病室に入る。その女性は四人部屋のカーテンで仕切られた一角で眠っていた。

 

「ステージ3だと、個室には入れてもらえないのよ……」

 

千景の母は天空恐怖症候群、いわゆる天恐の罹患者だった。

天恐とは、文字通り天から降って湧いたバーテックスに襲われたことで発症するPTSDの一種。ステージ1では外出が困難になる程度。だが、ステージ2になると精神不安定となって日常生活に支障を来すようになり、ステージ3では薬が手放せなくなり日常生活も困難に。そして、最終段階のステージ4では……。あまりの症状の酷さに単なるPTSDとは分類されず、さらにはバーテックスは人間の脳に悪影響を及ぼすのでは、という風説まであった。

 

「それに、こんな田舎じゃ、天恐の専門医だっていないしね……」

 

千景の年齢から言って、四十代半ばにもいっていないのだろう。もしかすると三十代かもしれない。だがその女性は白髪だらけで肌もカサついており、相当の高齢に見えた。

ただ、寝顔が穏やかであったのは救いだった。

 

「お母さん……。この人はね、鵜養貴也くんっていうの。私の、初めて出来た男の子の友達なの……」

 

見舞いの品を置いた後、そう言って近況を語りかける千景。だが、その表情は優しげなものではなく、淡々(たんたん)としたものであり、感情を読み取ることは出来なかった。

 

 

 

 

「起きるまで待った方が良かったんじゃないか……?」

 

眠ったままの千景の母を置いて、病室を辞する二人。

貴也は、さすがに起きている母親との交流をした方が良いのではないかと思った。だが……

 

「これでいいのよ……。目が覚めれば、暴れるか、泣き言を言うかしかないんだから……」

 

どこか諦めの気持ちが滲むその言葉に、貴也は何も言い返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

駅近くまで戻って昼食を取った後、バスに乗り小半時。目的地のバス停に着く。

 

「実家はバス停からは近いの……」

 

そう言って、布袋に入っている大鎌を担ぎ直し、貴也を先導して歩き出した。

周りは、のどかな田園風景が広がっている。

 

歩いていると、近所に住んでいる中年の女性二人が前方から歩いてきた。

以前は、千景の母のことを『阿婆擦れ』と蔑んでいた女性たちだ。だが、去年の十月は千景のことを勇者としてもて囃していた。

だから、挨拶の声を掛ける。後ろで貴也も会釈をしているようだ。

 

「こんにちは」

 

「あ……、ああ、郡様ね」

 

避けるように挨拶だけすると、そそくさと立ち去る女性たち。その不審な態度に立ち尽くしていると、彼女たちの会話が微かに聞き取れた。

 

「あの子達のせいで死人も出たっていうのにねえ……」

 

「よくもまあ、臆面もなく帰ってこれるものだわ……」

 

その言葉に、体も表情もこわばる。

貴也を連れてくるのではなかったと、後悔の念が湧き起こった。

 

 

 

 

バス停から七、八分。実家が近づいてきた。一階建ての小さな借家。

空気を読んだのだろう。貴也が話しかけてきた。

 

「いきなり僕みたいなのがお邪魔するのもヘンだから、この辺りをブラブラしてるよ。お父さんと水入らずで話してきなよ。帰る時に連絡してくれればいいからさ」

 

そう言って、手のひらをヒラヒラさせて行ってしまった。

 

彼を見送ったあと、玄関先まで進む。

絶句した。

彼と別れた地点からは見えなくて良かったと、心底思った。

 

チラシか何か、材質も大きさも異なる紙が幾枚も貼られていた。スプレーによる落書きも。そのすべてに罵詈雑言が書かれていた。

 

『クズの娘もクズ』 『ゴミ一家出て行け』 『税金泥棒』 『村の恥』………………

 

 

 

 

父が家事を全くしないからだろう。ゴミ屋敷と化した家に上がった千景が、まず最初に父から掛けられた言葉は罵声だった。

 

「千景! お前のせいだぞ! 勇者のくせに負けるから! 人を守れないから! だから、俺までこんな目に!!」

 

テーブルの上の紙束を投げつけられた。それらの紙には、先ほど玄関周りに張られていた紙と似たり寄ったりの罵詈雑言が躍っていた。

 

「毎日、毎日、玄関先に張られ、家の中に投げ込まれ! それだけじゃない! 村を歩いているだけで、そこに書いてあるような陰口を叩かれるんだ!」

 

「そんな……」

 

千景は目の前が暗くなり、床が揺れているような錯覚を覚える。

 

「ああ、こんな村、住んでられるか! 金さえありゃ、今すぐにでも出て行ってやるのに!!」

 

喚き立てる父親。

 

元々、家族を省みない父親に絶望した母親の不倫を切っ掛けに郡家は村の嫌われ者になっていたのだ。それが、千景が勇者になったおかげで敬われる立場になったはずだった。だが、ここ最近の自然災害の頻発が切っ掛けとなり、ネットでも書かれていたような噂が広がったのだろう。あまりに酷い手のひら返しだった。

 

千景は、ふと罵詈雑言が書かれた紙切れの中に、その文字が躍っているのを見た。

 

『土居と高嶋は無能。勇者は役立たず』

 

頭に血が上った。

布袋から大鎌を取り出すと、まだ何か喚き散らす父親を捨て置いて家を出る。

 

『ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 無価値なのは、お前達の方だ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

貴也は一旦、郡家から遠ざかる方へと歩いていった。周りを物珍しそうにキョロキョロと眺める。

大橋市も丸亀市も大都市ではない。少し町はずれまで行くと、田圃や畑が広がる風景は珍しいものではなかった。だが、ここは山間部といってもいいような土地柄だ。田畑と山のコントラストは印象的だった。

 

『千景は、こんな所に住んでいたんだな……』

 

ご先祖様の出身地であるこの土地に、遥かな感慨を抱く。

雑談をして歩く同世代の少女四人組とすれ違った。

しばらく歩いた後、ふと思い直し、踵を返して郡家へと向かう。

 

『千景は、病院での母親とのやり取りや、近所の人らしきおばさん達の態度からして、あまり良い境遇にいる訳じゃなさそうだ。気を利かしたつもりだったけど、何かあっても心配だしな……』

 

 

 

 

「何よ! そんな刃物を持ち歩いて! バッカじゃないの!?」

 

「勇者だからって、なんでも許されるって思ってんじゃないの?」

 

「やっぱ、てめえは昔どおり愚図のまんまだな!」

 

「こんなとこにいないで、さっさと化け物と戦ってきなさいよ!」

 

先ほどすれ違った四人組の罵声の前で、千景が立ち尽くしていた。ゆらりと大鎌を振り上げようとしている。

 

「千景! 何やってんだ!?」

 

貴也の叫びに、千景の瞳に光が戻る。

 

「貴也くん……?」

 

慌てて走り寄って千景を抱き留めると、郡家に向かって強引に引き連れていく。

後ろから四人組のさらなる罵声の追い打ちがあったが、一喝して黙らせた。

 

「うるさいっ!!」

 

四人組は貴也の鋭い視線に射竦められたようだった。

 

 

 

 

「落ち着け、千景。何があったんだ……?」

 

唇を噛み締め、黙り込む千景。

彼女の家の前まで行って絶句した。

罵詈雑言が書き殴ってある紙が幾枚も張られ、スプレーによる落書きさえ。

 

とりあえず挨拶の声掛けだけはして、家の中へ連れ込む。

家の中は悪臭が鼻をつく、ゴミ屋敷であった。

千景の父親と思しき男が出てくる。

 

「なんだ? 貴様は?」

 

「あ、初めまして。僕は千景さんと同じゆうっ……!」

 

バキッ。

いきなり殴られた。

 

「な、何をするんですかっ!?」

 

「千景っ! お前もあの女と同じかっ!? 男なんか連れ込みやがって!! この売女(ばいた)がっ!!」

 

その男は、今度は千景に掴みかかっていた。

緊急避難だと思い、慌てて男の腕を捻り上げた。

 

「ぐっ……。貴様ぁ!」

 

『まさか、若葉たちとの鍛錬がこんな形で功を奏するなんて、思っても見なかったな……』

 

そんなことを思っていると、千景が必死に男に訴えかけていた。

 

「違うの! お父さん!! この人は、私と同じ勇者で鵜養くんっていうの! 私のことを心配してついてきてくれただけなのっ!」

 

「勇者だと……?」

 

多少理性が戻ったように見えるその男、千景の父親にジロリと頭から足先まで()め付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

父親と千景との三人で話をして、大体の状況はつかめた。もちろん、父親も千景も言い淀む場面が多かったため、詳細が分からない部分も多かったが。

だが概ね、こういう事らしい。原因は不明だが元々郡家は村八分に近い状態だったらしい。そこに千景が勇者となったため状況が一旦は好転したものの、昨今の状況やネットの噂にも引きずられたのだろう、手酷い手のひら返しに遭ったようだった。

 

二人の承諾を取り付け、貴也はスマホを取り出すと佐々木に電話を掛けた。コール音が鳴り響く間ももどかしい。

 

『はい、もしもし。鵜養くんだね。何かあったのかい?』

 

「佐々木さん? あんたに言うことじゃないかもしれないけど……、大社は何を考えているんだよ! 勇者を駒扱いしてまで、四国を、人類最後の砦を守ってもらってるんだろっ!? なら、ちゃんと勇者の、彼女たちのケアをしてくれよ……。お願いだからさ……」

 

『話が見えないんだが……? 郡さんのことか? そちらで何かあったんだな? 具体的に何をすればいい? 出来る限りの対処はすると約束するよ』

 

「分かった……。まず、彼女の母親は天恐で入院しているんだけど、専門医のいる病院へ転院させてやって欲しいんだ。ステージは3だそうなんだ。出来れば丸亀近辺の病院がいい。勇者の家族ということで大社ならどうにでもねじ込めるだろ? あと、郡家自体をこの村から避難させて欲しいんだ。父親はどうにもならない人物だけど、それでもこれは酷い。村全体から排斥されているんだ。それから千景は、本人が望まない限り家族と会わせない方がいい。――――――出来ますか?」

 

『了解した。善処しよう。すぐに対処する。約束するよ』

 

「ありがとうございます、佐々木さん。最初にキツい言い方をして、すみませんでした」

 

『いいよ。切羽詰まった状況なのは、分かったから……。じゃあ、すぐに対処するから切るよ。じゃあ、また!』

 

「ええ、丸亀に帰ったら、また……」

 

電話を切ると、貴也は千景の父親に向き直った。

 

「まだ一、二週間は掛かるかもしれませんが、それさえ我慢すれば、この村から出て行けるように手配しました。新しく住む場所も、ちゃんと提供されるでしょう。でも、あなたは千景が望まない限り、彼女に接触しない方がいいと思います。お互いのためです」

 

「フンッ! ガキが……」

 

千景の父は、さも面白くなさそうに悪態をつくと、もう彼ら二人に目を向けることはなかった。

 

「行こう、千景……。丸亀に帰ろう……」

 

「………………」

 

貴也が善後策をとっている間、千景は一言も発さず、呆然と彼を見つめていた。

無言の彼女を促し、貴也は二人で帰途についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう日は落ちていた。暗くなった丸亀城の敷地内を寮へ向けて千景を送っていく。

寮が見えてきたところで、千景が立ち止まった。

怪訝に思い、振り返る。

彼女はその目いっぱいに涙をため、貴也に問いかけた。

 

「ねえ、どうしてあなたは、こんなにも私に優しくしてくれるの……?」

 

 

 




ある意味原作以上にクズい村人がいる模様。
借家そのものに対するこの仕打ち。大家さんも泣いているのでは?

千景の暴走もすんでの所で回避できたんですかね?
まだ火種は残ってそうですが。

のわゆ編もそろそろラストスパートを掛けねば。
次回からいよいよ情報量が右肩上がりになる予定です。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八話 告白

「ねえ、どうしてあなたは、こんなにも私に優しくしてくれるの……?」

 

日も落ち、暗くなった丸亀城。その彼女たちの寮が見えてきたところで、千景が涙を目にいっぱい溜めて問いかけてきた。

 

「どうしてって……? 僕たちは仲間で、友達で……、だから困っている時は助け合って当然じゃないか?」

 

貴也はその千景の態度に困惑した。彼女の故郷で善後策を打ったのは、確かにほとんど彼一人の判断と行動によるものだった。しかし、彼自身が大したことをした訳でないのも確かだった。実際の処置は佐々木に丸投げの状態なのだから。

 

「私には、あなたに優しくしてもらう価値なんてないのよっ! 実家で話したとおりよ。私は両親からさえ疎まれて生きてきたんだからっ! 村の人たちからも後ろ指を指されて生きてきたの……」

 

もう既に千景はポロポロと涙を零していた。そして、そこまで語った後、少しためらいを見せたものの、ギリッと唇を噛む。唇からツーッと血が流れる。と同時に意を決したように話を再開した。

 

「もう、あなたには全部話すわ……。私には生きている価値なんてないのよ。学校でも、ずっと虐められてたの! この耳の傷もその時つけられたものよ……。階段から突き落とされたこともあった……。服を燃やされて、下着姿で家へ帰ったこともあった……」

 

「そんなことが……」

 

「私にはね、勇者であること以外生きている価値なんてないのよっ!! でも、それも失ってしまった……。勇者としてさえ敬われないなんて、『死ね』って言われているのと同じなのよ」

 

「生きている価値がないなんてことはないよ……。僕だって、若葉だって、友奈だって、みんな君のことを大切に思ってる。それだけじゃない。君は必ず、君のことを全力で大切にしてくれる人に出会って、幸せになれる人なんだ!」

 

「それは、あなたのことなの……? あなたじゃないと嫌よ……。私はあなたとじゃないと嫌だっ! 好きなのよ……。私に愛される価値なんてないこと、分かっているけど! それでも、あなたのことが好きなのっ!! お願いだから、私のことを愛してよっ!!!」

 

涙ながらに訴えるその千景の言葉は、貴也に衝撃を与えた。

彼女が自分を慕ってくれていることは分かっていた。だが、それは友愛、そうでなければ家族愛とでも言うべきものに近いものだと思っていた。彼女の面立ちが妹に似ていたせいかもしれない。彼女が自分の遠いご先祖様だと知っていたからかもしれない。

しかし、そうではなかった。彼女は異性として、自分を慕ってくれていたのだとはっきりと思い知った。

だが、それを受け入れる訳にはいかないとも思った。

 

「ごめん……。僕は、君の想いを受け入れる訳にはいかないんだ。でも、それは決して君のせいなんかじゃないんだ……」

 

「じゃあ、どうして……?」

 

「僕は……」

 

そこで詰まる。

本当のことを言うべきだろうか?

だが、ここで言うべきなのだろうと思った。

 

「僕はね。三百年後の時代から来た人間だからなんだ」

 

千景が、きょとんとした表情を見せる。何を言っているのか分からない。そんな表情だ。

そこへ、別方向から声が掛かった。

 

「そうだったんですか……。神託のとおりだったんですね、貴也さん」

 

ひなただった。

 

「声が聞こえてきたものですから……。盗み聞きするつもりじゃなかったんです。でも、千景さんが虐めを受けていたという告白の当たりからは聞こえてしまってました。ごめんなさいね、千景さん……」

 

ひなたに聞かれてしまった。もう隠す訳にはいかないだろうと、覚悟を決める。

 

「文字による神託を連日のように受けているというお話、したことがありますよね。その中に『貴也参百年』という文字の神託があったんです。ですから」

 

ひなたの話が急に止まった。スマホから警報音が鳴り響く。

すぐに樹海化が始まった。

 

 

 

 

バーテックスに接触するまでは、ということで召喚のみを掛ける。周りに十体の精霊がふよふよと浮かぶ。

千景も一応は変身したようだ。彼岸花を思わせる暗赤色の勇者装束を翻して近づいてきた。

 

「三百年後の人間だから、どうだって言うの……? 私にとって、貴也くんは貴也くんよ。たとえあなたが未来人だって、宇宙人だって、ううん……、本当はバーテックスの人間態だって言い張ろうと、私の気持ちは変わらない。あなたが人類に敵対しようって言うなら、それでもついていく。だから、私のことを愛して……?」

 

淡々(たんたん)とした口調で、だが縋るような目でそう語りかけてくる千景。

 

「千景……」

 

いっそ、自分が千景の直系の子孫であることも打ち明けようかと思った。だが、そこまで話すのはさすがにタイムパラドックスが怖かった。だから、何も言い返せない。

 

「私はあなたの為だったら、何だってする。だから……」

 

目を逸らすしかなかった。だが、その態度に千景は激高する。

 

「どうしてっ!? どうしてよっ!? どうして、誰も私のことを愛してくれないのっ!?」

 

その言葉に心を切り裂かれたような気さえした。

だから三百年後に戻ることはすっぱりと諦めて、千景を受け止めてやろうかとさえ思った。

だがその瞬間、園子の笑顔が頭をよぎる。

 

『たぁくん……!』

 

彼女を裏切ることは出来ないと思った。

だから……、沈黙を続けるしかなかった。

 

「やっぱり私には生きている価値なんて無いのよ! もう、いいっ! あなたを殺して私も死ぬ!!」

 

いつの間に精霊をその身に下ろしていたのだろうか?

七人の千景が大葉刈の斬撃を貴也に浴びせていた。

 

ガキーン!!

 

だが、その斬撃の悉くが貴也の周囲に浮遊する精霊が張る障壁に防がれていた。

 

「どうしてっ!? どうしてよっ!?」

 

二撃目を与えようと、七人の千景が大葉刈を振り上げる。

次の瞬間、六人の千景がまるで花が散るように一瞬で消滅した。

 

「えっ!?」

 

戸惑う千景。

だがすぐに勇者装束さえ消え、千景は制服姿で樹海に立ち尽くしていた。

大葉刈の重さに耐えられず、取り落とす。

 

「何!? 勇者の力が消えた……? うそ……」

 

千景はスマホを取り出し、何度も変身用アプリを操作するが変身できなかった。

 

「千景? どうしたんだ?」

 

貴也の問いかけにも答えられず、呆然と立ち尽くす千景。

 

 

 

 

バーテックスの群れが千景に襲いかかってきた。

勇者ではない、無力な一人の少女となった千景。だから、一瞬で餌食になるはずだった。

 

「千景!!」

 

貴也が千景を抱きしめていた。バーテックスの攻撃は全て精霊達の障壁が防ぐ。

 

「貴也、くん……?」

 

信じられないものでも見たかのような表情で貴也を見上げる千景。

 

「どうしたっ! 二人ともっ!?」

 

「千景さん、変身はっ!?」

 

そこへ若葉と杏が合流した。周囲のバーテックスは瞬く間に殲滅される。

二人とも貴也と千景の様子に不審なものを感じたのか、鋭く問いかけてきた。

 

「詳しいことは後で話す! 千景が変身できないんだ!」

 

「!? 分かった。千景のことは頼むぞ、貴也。杏、二人で防衛線を張るぞ!」

 

「私がフォローします! 若葉さんは自由に動いて戦ってください!」

 

「頼むぞ、杏!」

 

結界を越えて侵入してくるバーテックスを迎撃しようと若葉と杏が飛び出そうとした瞬間、千景の叫びが轟いた。

 

「どうして!? どうしてよっ!? どうして、私なんかを守るの……? 貴也くんを殺そうとして、勇者の力さえ失った私を……どうして……?」

 

その千景の言葉にぎょっとする若葉と杏。あまりにも意味不明で理解不能な言葉が含まれていたからだ。

しかし、貴也の言葉で落ち着きを取り戻す。

 

「決まってるだろ。大切な仲間だからさ……」

 

「そうだ、千景。お前は私たちの仲間だ。友達だ。たとえ勇者でなくなってもだ!」

 

「千景さんは、私の大切な先輩ですよ。勇者かどうかなんて、関係ありません!」

 

そう言って、二人はバーテックスとの戦いに身を投じていった。

 

 

 

 

「貴也くん……。私が間違ってたわ……。みんな、私を勇者だからじゃなく、ただの友達として愛してくれていたのね……」

 

貴也の装束を両手で握りしめ、その胸に俯いたまま額を押し当て、ポロポロと涙を零しながら懺悔する千景。

 

「私はバカだ……。あなただって、さんざん友達として大切にしてくれていた態度を見せていたのに……。こんなバカな子、彼女になんかしてくれなくて当然だわ……。謝って許してもらえるなんて思わないけど、酷いことして、ごめんなさい……」

 

「許すも許さないも無いさ。僕は怪我さえしてないんだから。それに僕たちは、まだ知り合って三ヶ月しか経ってないだろ。誤解があってもしょうがない。これから、少しずつ分かり合っていけばいいさ」

 

その貴也の慰めに、千景はとうとう声を上げて泣き出した。

貴也はそんな彼女を、ずっと優しく抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

今回の侵攻は数が少なかったらしい。数十分の戦闘で、若葉と杏の二人はバーテックスを殲滅していた。

樹海化が解けると、貴也はさすがに泣きやんでいた千景を促し、寮の談話室へと上がる。やがて合流したひなたには、自分の正体については後日、若葉たちも含めて説明するからと口止めしておいた。

その後、若葉と杏が合流すると千景が勇者の力を失った経緯を説明した。ただし、プライベートな部分を誤魔化すようにだ。

とりあえず、後で知られることは確実なので、高知で勇者に関するあらぬ噂から郡家が排斥されている事実を説明し、その関係で千景が取り乱していたのだということにした。さらには精霊の悪影響も受けて錯乱し、貴也を攻撃してしまったのだということにもした。

若葉たちは、それで納得したようだった。

 

だが、勇者のスマホでモニタリングを続けていた大社を誤魔化すことは出来なかった。

結局、千景は勇者システムを剥奪され謹慎処分を受けた。大社内部では勇者からの除名さえ議論されたようだ。

これに対し若葉たちは、千景の反逆行為はあくまでも実家の排斥に端を発する精霊の悪影響だと訴えた。そこには暗に大社の管理責任への追及も含まれていた。また、今回は敵の数が少なかったために撃退できたものの、通常であれば二人の勇者では撃退し得なかったとして、勇者システムの強制解除の撤廃を求めた。神樹様の意志であろうと戦闘中に強制解除でもされようものならば、解除された勇者を守るために戦力の大幅な低下がもたらされる危険性を説いたのだ。

 

膠着状態が続いたものの、若葉、杏、貴也の三人で頻発するバーテックスの侵攻に耐え抜き、若葉が大社の用意した原稿に沿った演説を行ったことも影響したのか、六月末近くになってようやく千景の謹慎が解かれた。変身能力も戻ってきていた。

さらに嬉しいことに、ほぼ同時に友奈が復帰したのだ。ただし、精霊の使用は厳禁されていたが。

また、勇者システムもアップデートが図られ、強制解除機能は撤廃された。

 

その一方で貴也の三百年後の人間であるとの告白に対し、大社からはなんのリアクションも無かった。ひなたと共にそれとなく大社の意図を探るべく接触を図ったところ、驚くべき事に大社側はその情報を掴んでいないようだった。その事実に疑問を持ちながらも、一応は胸を撫で下ろす貴也たちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

七月一日。貴也の誕生日である。皆の先陣を切って十六歳となる誕生日だったが、十五歳を体感半年しか経験していないので、違和感ありまくりではあった。

六月二十日にあった若葉の誕生日は、友奈が入院中、千景が謹慎中で正直、あまり盛り上がらなかった。

だからという訳でもないのだろうが、皆張り切って誕生日を祝ってくれた。

 

そして、ひなたと千景には予め言っておいた。パーティーの後、自分が未来から来た人間であることを皆に打ち明けることを。

 

 

 

 

「最初に言っていたように、みんなに聞いてもらいたいことがあるんだ」

 

寮の談話室でのパーティーが一段落ついたところで、そう言って注目を集めた。

各自のスマホは予め部屋に置いてきてもらった。貴也のものも千景の部屋に預けてある。大社への隠蔽工作だ。

 

「以前から言っていた、僕が鳥取出身で、そこからバーテックスに追われて南下してきて君たちと合流したっていうのは、実は全部嘘なんだ。今まで騙していてごめん。このとおり、謝るよ」

 

深々と頭を下げる。だが、ひなたと千景を除く若葉たち三人は困惑した表情を浮かべるばかりだ。

 

「どういうことなんだ? 詳しく説明してくれ」

 

若葉の問いかけに、意を決して語り始める。

 

「僕は三百年後の時代からやって来た、君たちから見れば未来人に当たる人間なんだ。どうして過去に飛ばされてきたのかは、僕にも分からない。ただ直前、当時の仲間たち、勇者たちと一緒にバーテックスと戦っていたのは本当だ。例の壁の外にいる超大型バーテックス、あれが他の三十メートル級バーテックスと合体したものと戦っていたんだ。で、最後は仲間の攻撃で倒したようなんだけど、そいつの核に当たる部分が爆発したようにも見えたんだ。そして、次に気がついたら君たちに助けられていたっていう訳なんだ……」

 

「そんなことが本当にあるんですか……?」

 

「えー、なに、それ? わけ分かんないよ。理解不能だ~……」

 

杏も友奈も信じられないようだ。だから、確実とは言えないが証拠品も見せる。

 

「これは、この時代に飛ばされてきた時に持っていた、あちらの時代で僕が通っていた学校の生徒手帳だ。年号が神世紀三百年ってなってるだろ。今の戦いが一段落ついたところで、年号が変わるんだ。それと、財布に入っていた硬貨。これにも神世紀二百九十六年とか入っている。これらも含めて、僕が提示する証拠についてはタイムパラドックスが起こるかもしれないから、君たちの胸の中にだけ納めておいて欲しいんだけどね」

 

皆、貴也の差し出した生徒手帳や硬貨をしげしげと眺めている。だが、呻くような声を上げるばかりで、なかなか納得がいかないようだ。

そこへ、ひなたが助け船を出す。

 

「私が受けている神託でも、貴也さんが三百年という年数と関わりが深いことは示唆されていたんです。ですから、私は貴也さんの言っていることが事実であると信じます」

 

「ひなたがそう言うなら、信じるしかないな」

 

ようやく、皆も納得してくれたようだ。これには苦笑するしかない。

 

「ハハハ……。やっぱり、ひなたとの信用の差は大きいな」

 

「貴也さん。そうじゃないと思いますよ。私の信用ではなく、神託にそうあったからということですよ。ね、皆さん」

 

「そうだな。貴也を信用していない訳じゃない。ただ、信じがたい話だな、っていうだけのことさ。神託があったのなら、その通りなんだろうけどな」

 

 

 

 

今度はひなたが神妙な顔つきで貴也に向き直った。

 

「で、貴也さん。ある時期から技術部の皆さんの貴也さんへの態度が大きく変わったことがあったと思います。そうですよね?」

 

「そうだな。四月の下旬に入ったくらいかな? 指輪の分析が始まって一週間経つか経たないかぐらいだったと思う」

 

「分析を初めて、すぐに分かったんです。その指輪が、若葉ちゃん達が使っている武器と言いますか、呪具と言いますか、神具と言いますか。とにかく生大刀や大葉刈などと同じように(しん)()が宿っている品物だということが。――――――でも、それっておかしいんです。若葉ちゃん達が使っている武器が、少なくとも数百年以上も昔に作られたことが確実な過去の遺産であるのに対して、貴也さんのその指輪は現代の工芸技術を用いないと作れないものなんです」

 

皆、怪訝な表情でひなたを見つめる。

 

「プラチナの加工精度、インサイドストーンの研磨、嵌め込みなど、少なくとも二十世紀後半以降の技術を用いないとその指輪は作成できないんです。でも、そんな新しい時代の神具なんて、ある訳がないんです。ですから、技術部の皆さんは貴也さんを得体の知れない人物として敬遠を始めたのだと思います」

 

貴也も困惑せざるを得ない。

そして、若葉が硬い表情でひなたに問いかける。

 

「ひなた。結論はなんだ?」

 

「私の推測になりますが、この指輪は今より後、これから作られる物です。インサイドストーンを見て下さい。全部若葉ちゃん達の誕生石となっています。アレキサンドライトは六月、若葉ちゃんの、ガーネットは一月、友奈さんの、アメジストは二月、千景さんの、サファイアは九月、球子さんと杏さんの誕生石なんです。ですから、この指輪はこれから作られ、若葉ちゃん達の力が込められた上で、三百年の時を経て、神樹様のお力により(しん)()の宿った呪具となるんです!」

 

 

 




千景の暴走は、原作比ではあっさり(?)解決。
まあ、若葉と杏が千景の不穏な発言を華麗にスルーするというファインプレーがあった結果でもありますが。

大社の貴也に関する情報の不備は、10、24話でもあったデータ欠損とほぼ同じ事が起こっているのですが、大社側視点が無いと描写不能ですね。ですが大社自体データ欠損に気付いていないということで、このまま描写無しで進めます。

さて、ゆゆゆファンの皆さんの大半にはバレていたことでしょうが、やっと6話のインサイドストーンの伏線をぶちまけられました。
いやー、長かった。

実は既にストックが尽きていて自転車操業に突入しています。
年度末対応に向けて、投稿頻度の維持に黄色信号が点りつつあります。
一旦書き上げてからも時間を置いて見直し、色々と手直ししたい人なのでどこかの時点で不定期投稿に移行するかも、です。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十九話 山桜の少女

「そういうことか……」

 

ひなたによる、貴也の指輪に対する解釈はどうやら皆を納得させたようだ。

 

「僕が三百年後の時代の人間だと分かったから、その仮説が成り立ったんだ……」

 

「そうですね……。あと、この二ヶ月で分かった分析結果もお知らせしておきますね」

 

そう言って、ひなたは手帳を取り出し、ページを捲りながら話し出す。

 

「まず、若葉ちゃん達それぞれに対応する誕生石に、現在の人類には構築不可能なほど高度な術式で一つずつ精霊の概念的記録が込められていることが分かりました。でも、石が小さすぎるためか出力は若葉ちゃん達が下ろした状態の二割にも達しないそうです。どうして、貴也さんが戦っている時ほどの力が出ているのかは、まだ不明だそうです」

 

「それともう一つ、変身時の貴也さんの霊的経路が指輪の他に、若葉ちゃん達五人と強固に結びついていることが分かりました。これは、若葉ちゃん達と神樹様との間に生成されている霊的経路と非常によく似たものだそうです。逆に、貴也さんには神樹様との霊的経路が生成されていません。おそらく、若葉ちゃん達を介した間接的な繋がりで、精霊を制御しているものと思われます」

 

ひなたが手帳を閉じ、一息つく。すると、千景が感慨深げにため息をつきながら呟く。

 

「貴也くんと神樹様との間に霊的経路がなくて、私たちとだけ繋がっているなんて、ますますお花見の時の上里さんの発言が真実染みてくるわね……」

 

「例の『土地神様に選ばれた勇者』じゃなくて、『私達に選ばれた勇者』みたいだって発言ですね……。私たちはただの人間ですから、それは無理な話じゃないでしょうか? 貴也さんがこの時代にやって来た時に偶々、指輪の力の元の宿主がすぐそばにいたからという理由かもしれません……」

 

杏がその感想に対する考察を返すと、今度は、友奈が疑問を提示した。

 

「ところでさ、ここに貴也くんの指輪は既にあるんだから、ヒナちゃんが言ったみたいに新しく、これから指輪を作る必要はないんじゃないのかな?」

 

「それはタイムパラドックスを生み出しますよ、友奈さん。誰が、いつ、どこで作ったか出所不明の指輪になっちゃいます。ちゃんと新しく作っておいた方が無難なんです」

 

「じゃあ、貴也くんのその指輪はどうなるの? なんか、どんどん増えていっちゃいそう」

 

「いえ、これから三百年間は二つ存在することになるでしょうけど、貴也さんが過去――今ですね――に戻った時点で、新しく作られた方が過去へ、貴也さんが持ってきた方はそのまま三百年後に残るんだと思います」

 

その友奈の疑問にも、杏が答えていた。彼女もいろいろな分野の書籍に手を出しているので、ある程度知識はあるようだ。

 

すると若葉が貴也に話しかけてきた。

 

「貴也。すまないが、これから先のことを教えて欲しい。少なくともバーテックスとの戦いがどうなるのか、それだけでも……。今後のバーテックスとの戦いに生かせる知識だけでもいい……」

 

貴也も困る。タイムパラドックスへの影響は、彼にも全く分からないからだ。しかし、バーテックスとの戦いを乗り切らないと明日がないことも確かだ。そこで、自分なりに決めた最低限のルールの下に話すことにした。

 

一つ、バーテックスとの戦闘に関する事項のみ話す。

一つ、人類側の固有名称や人名は使わない。

一つ、結界の外側に関する事項は話さない。

 

これらのルールに従い、西暦における戦いの趨勢は自分は知らないこと、神世紀に入ってからは二百九十八年までバーテックスの襲来は結界により防がれていたこと、それ以後、黄道十二星座をその名に冠する十二種類の大型バーテックスにより概ね三巡の襲来があったこと、その戦闘の概要も説明した。そして、バーテックスを送り出しているのが地祇、神樹と対を為す、天神、天の神であることも。

 

 

 

 

「貴也さん、よろしいですか……?」

 

「どうしたんだ? ひなた……?」

 

「貴也さんのお話を聞いていて、腑に落ちないというか、なんだかチグハグだなと感じた点が二つあるんです……。一つはバーテックスのことなんですけれど」

 

皆がひなたに注目する。その中、ひなたは静かに語り始めた。

 

「大型のバーテックスは十二種類いるということで、黄道十二星座の名が冠されているんですよね。そこが、まず不思議なんです。それらの星座はすべて中東起源であって、我が国や、我が国に影響が大きかった中国の夜空に対する考え方と異なるんです。ですから、私たちの敵、天の神に相当する天津神とは縁もゆかりもないはずなんです」

 

「それは……、未来の大社に相当する組織が憶測を基にそう名付けているからだと思うんだけど……」

 

「そうであってもです。なぜ、我が国の神話との親和性のない名前を付けているんでしょうか? というより、何故そんなものが天の神の尖兵の進化の果てとしてあるんでしょうか? 実際、十二種類のバーテックスを見た貴也さんの印象も、その名との整合性はあったんですよね……?」

 

「うーん……。ちょっと無理矢理かなと思うのもあったけど、概ねは納得のいく命名だったような……」

 

「それと、もう一つ。天の神は人間をまるで根絶やしにしようとしているようなんですが、それも我が国の神話とは整合性がないんですよね。我が国の神様は神罰を与えるようなことはあるにせよ、ある地域や人々を丸ごと根絶やしにするような話はないはずなんです。辛うじて伊邪那美(いざなみ)(のみこと)の、夫伊邪那岐(いざなぎ)(のみこと)に対する恨みから来た『一日千人の人を殺す』という宣言があるくらいなんです。これも、むしろ他国の宗教にこそ、神様自身が異教徒や異民族、信仰心が薄れた人々などを滅ぼしていいと神託を告げる、ですとか、実際に滅ぼす神話があるんですけどね……」

 

貴也の胸に不安と疑問が湧き起こる。

自分たちの真の敵は本当に『天の神』なのだろうか、という疑問が。

そこに、杏が追い打ちを掛けた。

 

「私もいいですか……? 私も不思議に思ったんです。なぜ、バーテックスは最初から四国に総攻撃を掛けてこないんでしょうか……? いえ、それは私たちにとっては幸いなことなんですけど、天の神から見た場合、最初から全力で滅ぼしに来るのが本当なのでは? と思うんです」

 

「それは、私たちを舐めているからじゃないの……?」

 

杏のその発言に、千景がそれが当然の答えであるように返す。

だが、杏はその発言を否定するように順を追って説明し出す。

 

「この時代においては、そうなのかもしれません。でも少なくとも貴也さんの話にあった、未来での攻撃はそうじゃないんです。一巡目の攻撃は、単体による威力偵察二回のあと、複数での攻撃を二回。勇者を二人倒したので、もう一度威力偵察。そして残り全てで総攻撃といったパターンです。これに対して二巡目も、威力偵察一回のあと、複数での攻撃を一回。勇者が増える情報を得たのか、その後もう一度威力偵察。そして残り全てで総攻撃。一巡目ととてもよく似たパターンだと思いませんか?」

 

「結局、どういうことなんだ、杏……?」

 

「なんと言いますか……、人類を根絶やしにするほどの総攻撃はしたくない、だけど戦略性に基づいた攻撃だと言い訳がしたい、そんな攻撃の仕方にも思えるんです。そもそも戦力の逐次投入は一般的に下策だとされているんですから」

 

「誰が、誰に対して言い訳したいんだ?」

 

「さあ……? それは、私にも分かりませんが……」

 

指摘した杏自身も困惑していた。

 

 

 

 

分からないことだらけだった。

そもそも貴也が持っている情報自体、全体を俯瞰したものではない細切れの情報なのだ。そこに加えて、若葉たちに話す際は出来るだけタイムパラドックスを避けるという意図も加えたため、結局、突っ込んだ考察に耐えられるような情報ではなかったのだ。

結局、その日はそこでお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

六月下旬の攻撃を最後にバーテックスの襲来は途絶えた。不気味な沈黙であった。

若葉たちは友奈が精霊の使用を厳禁されたことから、酒呑童子に代わり各自がその身に下ろす、より強力な精霊を探し始めた。その資料については、ひなたと杏が率先して探し出してきた。重要となるのは古文献。皆苦労して読み込んでいった。

また、杏はそれらの資料を噛み砕いた二次資料を療養中の球子に送り、勉強を促していたようだ。

 

貴也は危機感を持っていた。

 

『次の戦いには、あの獅子座型(レオ)バーテックスが出てくるかもしれない。あれと対抗するには神世紀勇者の満開と同レベルの力が必要なはずだ。友奈の酒呑童子ですら大したダメージを与えられなかったんだ。僕も何か切り札を探しておく必要があるな……』

 

だが、妙案は浮かばないまま時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

七月も下旬に入った。

その日は、ひなたと千景が二人ともアポ無しで貴也の家に押し掛けていた。

千景とテレビゲームで遊んでいたところに、ひなたが夕食を作りに来たのだ。二人の視線の間には火花が散っているような錯覚さえ覚える。

 

そう、近頃はさすがに貴也もひなたが家に押し掛けてくる、その真意に気付いていた。だから、二人が牽制しあうのを見ると思わず遠い目をして現実逃避をしてしまっていた。

だが、幸いと言っていいものか……? 目前にバーテックスの脅威があった。だから、それへの対処を優先すべきで、こちらの結論を出すのはまだまだ先だ。そう考えていた。

 

 

 

 

三人でどこか気まずい夕食を食べた後、ひなたが最新の指輪の分析結果を報告してくれた。

 

「どうやら精霊の出力が若葉ちゃん達に比べ少ない部分は、七人御先がカバーしているようです」

 

「どういうことなんだ?」

 

「七人御先も出力が足りないので千景さんのような実体のある分身は出来ないようなんですが、概念的エネルギーなら七倍にして出力できるようなんです。で、その七倍になった力を一つに束ねれば……」

 

「そうか、輪入道の車輪も七つ発生できてたよな。そういうことか……。――――――待てよ……? 僕と若葉や千景たちには霊的経路が繋がってるんだよな?」

 

頭を捻る。途端、園子の声で幻聴が聞こえた。

 

『あ! ピッカーンと閃いた!』

 

千景に視線を移す。千景はきょとんとした表情で見返してきた。

 

「千景、悪いけど勇者に変身して七人御先を使って欲しいんだ。数分でいい。頼むよ」

 

「え? ええ、構わないけど……。何をするの?」

 

「試してみたいことがあるんだ」

 

そう言って、貴也はニヤリと笑った。

 

 

 

 

「貴也さん! こんな危険なことは、もうしないでください!」

 

「そうよ、貴也くん。こんなことまでしなくても……」

 

涙ぐみながら叱責するひなた。戸惑いながらも心配そうにそう告げる千景。

貴也はまだ激痛に苛まれる体をソファに預けながら、荒い息をつく。

 

「そうはいかない。これで、やっと光明が見えたんだ……」

 

先ほどまで()()()が立っていた場所を順に目で追いながらそう答えた。

 

これでもまだ足りないかもしれない。だが、今回の実験が成功した以上、もう一段上も狙える、そう貴也は結論を下した。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

八月に入り神託が下りた。近々バーテックスの総攻撃があるらしい。

ひなたを始め、どの巫女にも十の巨大な星が迫り来る映像が見えていた。黄道十二星座の残り十。貴也たちは、それらが全て侵攻して来るのだろうとの予測を立てた。

そして、これがとりあえずの最後の戦いになるだろう事も予想が出来た。大社が二つの対策を用意するらしいのだ。一つは結界の強化。そしてもう一つは詳細は不明だが、天の神との交渉を行うらしい。そのためにも今回の戦いには勝利し優位に立つ必要があった。今は、その準備に大わらわだそうだ。

そして……

 

 

 

 

その日、貴也たち七人は丸亀駅にいた。その中には真鈴も含まれていた。何故、丸亀駅なのか。それは……

 

「たっだいまー! タマ、参上!!」

 

降車客の先頭を切って階段を駆け下りてきた球子が、改札口を通るなりそう叫んで杏に抱きついた。

 

「もう! タマっち先輩、他のお客さんに迷惑ですよ」

 

「しょうがないだろっ! みんなに、特にあんずには一秒でも早く会いたかったからな!」

 

その言葉に真っ赤になる杏。皆、笑顔で球子を迎えた。

 

球子が復帰した。その足は駆け回れるほどに回復していた。ただ、全力の戦闘にはまだ不安が残っていた。だが、一応の最終決戦ということもあり、少しでも戦力の補充を効かせたいが為、大社が招集したのだ。

 

 

 

 

皆で談笑しながら、我が家とも言える丸亀城へと帰路につく。

丸亀城の大手一の門を潜ったところで友奈が立ち止まり、皆に向き直る。

 

「あのさ、私って今までみんなに自分のこと、あんまり話してこなかったなーって思うんだ。タマちゃんが帰ってきて、みんな揃ってさ、嬉しいんだけど。よく考えてみたら、みんなとはよくお話もして、みんなのことよく知っているつもりだけど、私のことはあんまり話してこなかったから、みんなは私のこと、よくは知らないのかなーって思ったんだ。そしたら、ちょっと寂しくなっちゃってね。だから、いい機会だからね。私のこと、もっと知ってもらいたいんだ。今まで、周りの雰囲気が悪くなることを怖がってばかりで、自分を出せなかったからね」

 

「そんなことを考えていたんですか」

 

ひなたがそう言葉をこぼすと、千景が友奈を真っ直ぐ見つめて真剣に語りかけた。

 

「高嶋さんのことは、よく知っているつもりだったけど、考えてみたら、やっぱり『つもり』だったのかもしれないわ。なら、私はもっと高嶋さんのことをよく知りたい!」

 

「ありがとう、ぐんちゃん。――――――じゃあ、聴いて。私の名前は高嶋友奈。奈良県出身の十四歳。誕生日は一月十一日。血液型は真面目さんのA。趣味は格闘技とあと美味しいものを食べることかな? ちっちゃい頃はね、よく自然の中で走り回ってたんだ。それと近くの神社によく行ってた。掃除を手伝ったり、境内で遊んだり……。本殿の中に入り込んで、神主さんに怒られたこともあったっけ」

 

そう語ると、少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「でもね、特に得意なこともなかったし、頭もいい訳じゃないし、すっごく普通だった。だから、勇者になった時も、どうして自分が選ばれたんだろうって不思議だったし、戦うのは怖いしで大変だった。――――――本当は私、臆病者なんだ。戦うことが出来てるのは、戦う怖さより家族や友達を失う方がもっと怖いからなんだよ。だから『勇者』に憧れるんだ。勇気のある人になりたいんだ」

 

「友奈は私たちの中でも、最も勇者らしい勇者だと、私は思うがな」

 

「そうですね。臆病と勇気は、両立することだと思います」

 

「そうそう。怖がってても、いつの間にか体が勝手に動いちゃってさ、そんで後から周りの奴らに『お前、勇気あるなー』とか言われるのが勇者なんじゃないか?」

 

「そんな危ない人は、タマっち先輩だけにしてください。こっちの身が保ちませんよ。でもまあ、一理はありますけどね」

 

「あはは……。タマちゃんと杏ちゃんは、やっぱりいいコンビだねえ。高嶋ちゃんも、この二人を見習ってユルーく行っちゃえば?」

 

「高嶋さん。私も勇者としてはまだまだ未熟者だから、一緒に理想の勇者を目指して頑張りましょう……?」

 

皆のエールに、友奈は目尻に少し涙を滲ませ叫ぶ。

 

「そう言ってもらえるなんて嬉しいな。だから、みーんな、だーい好きっ!!」

 

そうして友奈のまだまだ続く自分語りを、六人の少女たちはそれぞれの観点から感想、意見を交えながら姦しく聴いていくのだった。

そんな西暦の少女たちを、貴也は少し離れた場所から嬉しげに見つめていた。そして、強く決意する。

 

『絶対に、この子たちを一人たりとも欠けさせはしないぞ!』

 

 

 

 

寮に帰り着く。談話室で球子の復帰祝いのパーティーの準備を始める貴也たち。

その途中、友奈が慌てた様子で談話室を出て行く。

 

「どうしたの? 高嶋さん」

 

「えへへ……。洗濯物、取り込んでおくの忘れちゃってたんだ」

 

 

 

 

しばらく後、友奈は偶々寮の裏手に落ちた洗濯物を拾いに行っていた。

 

「あーあ、ちゃんと干したつもりだったのになー。ついてないなー……」

 

その白地に赤のラインが斜めに入ったフェイスタオルを拾いながら、ブチブチと愚痴る。

その時、敷地の隅に見慣れない、こんな所にあるのはおかしなものが立っているのが見えた。

案山子だった。

 

「なに、これ……? 誰かな? こんな所に案山子を立てたの……?」

 

近づきつつ、そう呟いた。

その時、項垂れるようにしていた案山子の首が突如、友奈の方を向く。

 

「我はそほどなり。娘よ。言づてぞあり」

 

その、地の底から響くようなくぐもった声を聞いた瞬間、友奈の意識は途切れた。

 

 

 




『貴也さんには神樹様との霊的経路が生成されていません』このひなたのセリフ。詰まるところ、本作タイトルの伏線回収ですね。なお、くめゆタイトルの『勇者』が広義の勇者であったのに対し、本作タイトルの方は狭義の勇者ということで。

黄道十二星座だとか、根絶やしだとか、戦略性のある攻撃だとか、決して原作に喧嘩を売っている訳では無いことをご理解いただきたい。この辺の伏線はそのうち回収される予定ですので。

また、9話にて輪入道の車輪が7つ出てきたという地味な伏線が回収されました。

さて、友奈にヘンなフラグががが……。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十話  根絶するのは

寮の裏手で倒れていた友奈を発見したのは千景だった。

すぐに保健室に担ぎ込まれたのだが、目を覚ました彼女はタハハと苦笑いを浮かべるだけだった。

 

「寮の裏手に落ちた洗濯物を拾いに行った時に、なんか、立ちくらみでも起こしたみたい。ご心配おかけしましたー」

 

「心配したのよ……。高嶋さんは二度も酒呑童子を下ろしているんだから、もう一度精密検査を受けた方が良いかもしれないわ」

 

その千景の言葉に、両手を合わせて拝み出す友奈。

 

「いやぁ、もう一度入院は勘弁してー」

 

「次、同じようなことがあったら、即入院ね」

 

「あはは……」

 

「友奈は休んでいろ。食べ物はとっておいてやるからな」

 

「よろしく、お願いしまーす」

 

とりあえず球子の歓迎会を催すために皆、ぞろぞろと保健室を出て行く。

その後ろで、ベッドに寝たままの友奈が小声で何やら呟きながら首を傾げる。

 

「ヤギさん、ヤギさん、四本角のヤギさん……?」

 

「どうしたの、高嶋さん……?」

 

「ん? 何でもないよ。ただ、誰かに何かを気をつけろって言われたような気がしただけだから……」

 

友奈の不思議な言動に唯一気付き、そう尋ねた千景も、それ以上は気にも留めずに皆に続いて保健室を出て行った。

だが、そのあとも友奈はぶつぶつと独り言を呟いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

球子の復帰祝いを行った数日後。

八月上旬でもあり通常の学校は夏休み期間だが、ここ丸亀城内にある勇者たちの小規模校はそんなものは関係ないとばかりに通常授業が行われていた。

二限目が終わった後の長めの休み時間。皆で駄弁っている時に、その警報音は鳴り響いた。樹海化である。

 

貴也たち六人は変身すると、すぐさま臨戦態勢に入った。貴也も多重召喚を掛けている。

樹海化した四国から瀬戸内海の向こう側を見る。八体の三十メートル級バーテックスが無数の星屑を引き連れて、結界の壁を越えようとしているところだった。そして、そのすぐ後方に身の丈百メートルに達する超大型バーテックスの姿もあった。

 

「いよいよ、決戦だね」

 

「ああ、友奈は精霊を使うなよ。私たちでなんとかする。その代わり、小型のバーテックスは任せることになるがな」

 

「心配するな。タマたちの新しい精霊が火を噴くのを見ていタマえ」

 

「私が皆さんのサポートをします。遊撃は任せてください」

 

バーテックスをキッと睨みつつも、感慨深げな発言をする友奈。その友奈を気遣う若葉。自信ありげに胸を叩く球子。そして、そんな彼女たちに微笑みかけながら自信を後押しする杏。

そうした中、千景は心配そうに貴也に声を掛ける。

 

「本当に、アレをするの? 貴也くん……」

 

「ああ、獅子座型(レオ)が出てきている以上、やらざるを得ないしな。でも、恐らく僕はアイツを相手取るだけで手一杯になるはずだ。悪いけど、他のヤツらは頼んだ。まぁ、どちらにせよ速攻で倒さないといけないから、すぐに援護に向かうつもりだけどね」

 

貴也は、そう言って皆に笑いかけた。

 

「よし! いつものアレをやるぞ!!」

 

若葉の掛け声に応じて、皆で肩を組み円陣を作る。

 

「恐らく、これが人類の命運を掛けた、私たちにとっての最大最後の戦いになるはずだ。ヤツらバーテックス、いや天の神は人類を根絶やしにするつもりなのだろう。でも、私たちはそれに抗う! 逆に大型バーテックスをすべて殲滅してやろうじゃないか! いくぞ! 勇者一同! ファイトーーッ!」

 

「「「「「「オーーッ!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くんだな? 貴也……?」

 

「ああ……」

 

皆、心配げな声を貴也に掛ける。だが、その表情は信頼に満ちていた。

貴也を取り囲むように五人で並ぶと、若葉たちは自らの体の内側に意識を集中させ、いつもの精霊を召喚する。

 

「「「「「来いっ! 義経(一目連)(七人御先)(輪入道)(雪女郎)!!」」」」」

 

「召喚!!」

 

若葉たちがその身に下ろした精霊たちを、若葉たちとの間に生成された霊的経路を通じて掠め取る。これが貴也の切り札だった。

いつも下ろしていた、指輪の石に込められた、若葉たちの二割弱の出力しかない精霊ではない。出力百パーセントの正真正銘の精霊。既に指輪の精霊を憑依させている貴也の体に、それらがさらに上書きされて憑依する。

 

体に凄まじい激痛が走る。それに耐えきると七人の貴也が出現した。両手に持つ輪刀。それには炎と冷気の双方が力強く宿っている。

 

「じゃあ、行ってくる!」

 

「残りは私たちに任せろ! 貴也が戻ってくる前にすべて片付けておいてやろう!」

 

「ああ、期待してる。じゃあ、またな!」

 

若葉たちと声を掛け合うと、皆の視線を背に七人の貴也は輪入道の空中走行で、全速で獅子座型の元へと向かった。

 

 

 

 

貴也が出撃したすぐ後、若葉たちはバーテックスの戦術に驚愕することになった。三十メートル級バーテックス八体それぞれが散開して別方向から神樹を目指し始めたのだ。

 

「まずいぞ。私たちの連携を分断するつもりか!?」

 

「あんず、どうすりゃいいっ!?」

 

「数でも負けているんです! 若葉さんと千景さんは強力な精霊を下ろせます。各個撃破に向かってください! 私とタマっち先輩で、数を稼ぎます! 友奈さんは小型の数を減らしてくださいっ!」

 

「でもっ……!」

 

逡巡している友奈に構っている暇さえなかった。若葉たちはそれぞれ散開して各個撃破に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、ありゃ? 両脇に水袋をぶら下げているみたいだな!」

 

「タマっち先輩、油断しないで! 最初から全力で行くよ!」

 

球子と杏は、一番手近にいた水瓶座型(アクエリアス)を相手取る。

 

「分かってる。タマに任せタマえ! 来いっ! 八岐(やまたの)大蛇(おろち)っ!!」

 

球子は古事記、日本書紀にも記されている日本神話最大の(かたき)役である龍神をその身に憑依させる。天津神の一柱でもある素戔嗚尊(すさのおのみこと)と敵対した大蛇だ。杏が噛み砕いてくれた資料の中で最もインパクトがあり球子のお気に入りとなった、その龍神が彼女の身に下りる。球子の勇者装束がみるみる鱗を模したものに変わっていく。

 

「喰らえ!」

 

水瓶座型に肉薄して殴りつける。凄まじい膂力で水瓶座型の一部を破壊した。

しかし、水瓶座型も強力な水流弾を放ち、球子を吹っ飛ばす。かろうじて腕をクロスしていなし、ダメージを軽減する。

万全でない足を無視して肉弾戦を挑もうとする球子を心配し、金弓箭で攪乱、援護しながら杏が叫ぶ。

 

「タマっち先輩! 八岐大蛇の真価を思いだして!」

 

「分かってるぞ、あんず! コイツは水害の象徴! だからコレだ!」

 

水瓶座型が大小数多くの水球を射出してきた。これに対し、球子は右腕を突き出す。どこからか召喚された八本の太く激しい水流が現出した。水瓶座型の水球を悉く破壊しながら、その激流は水瓶座型本体に襲いかかる。

だが、水瓶座型はその激流に耐えながら収束した水流を放つ。徐々に押されていく球子の水流。

 

「クソッ! でも、水害は水だけじゃないんだぞっ! 喰らえっ!!」

 

球子の水流が土石流に切り替わる。土石流は水瓶座型の水流を弾き飛ばしながら、水瓶座型本体に継続的にダメージを与え続ける。その威力は水瓶座型の周囲を飛び回る星屑をも屠り続けるのだ。

 

「来いっ! 猫又っ!!」

 

杏は、妖怪猫又をその身に下ろす。杏の体の大半を白い毛皮が覆い、二本の巨大な尾が腰から生える。

 

『みんながみんな、強大な力だけに割り振るのは避けた方がいい! 火炎を使う精霊が多い以上、私は機動力のあるサポート役をこの身に下ろすべきなんだっ!!』

 

「いっけーーっ!!」

 

杏が両手を突き出すと、そこから油の奔流が放たれ水瓶座型を巻き込む。

 

「タマっち先輩っ!!」

 

「分かってる! 喰らえ! これが草薙剣(くさなぎのつるぎ)を鍛えた灼熱だーーっ!!」

 

八岐大蛇はその死体の尾から天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)こと草薙剣が発見されたことから、製鉄を象徴するものとも捉えられるのだ。だからこその、鉄を鍛える灼熱の炎。

球子も両手を突き出す。そこから紅蓮の炎の奔流が湧き起こると、杏の油の奔流を巻き込み、炎の勢いを倍化させて水瓶座型に激突する。

途端、水瓶座型の内部の液体が沸き立ちでもしたのか、水瓶座型は周囲の星屑を巻き込んで木っ端微塵に爆発した。

そして、僅かに残った本体は砂のように崩れていくのだった。

 

しかし、ホッとしている暇はなかった。

 

「あんず! あれ!」

 

球子が指差す方向に比較的小型の人型バーテックスが神樹をめがけて走っていた。双子座型(ジェミニ)だ。

 

「速い! あれは私に任せて、タマっち先輩は別のをお願い!」

 

「分かった! 頼むぞ、あんず!」

 

杏は、返事を返すのももどかしく双子座型を追いかけていった。

 

「さあ、次はお前だ!」

 

球子の前に女性的フォルムを持ち、白く巨大な帯のようなものを垂らしているバーテックス、乙女座型(ヴァルゴ)が迫っていた。

 

 

 

 

友奈は星屑を相手に奮闘していた。だが、若葉たちが後回しにしている大型バーテックスの事が気になって仕方がない。

特に下向きに四本の角を生やしているバーテックス。山羊座型(カプリコーン)だ。こいつに対してだけは、何故か頭の中で警鐘が鳴らされる。

 

『迷っててもダメだ! 若葉ちゃん達の手が回りきらないのなら、私がやる!!』

 

友奈は山羊座型を目指して走り出した。だが、その前に割り込むように、周囲に無数の棒のようなものを浮かせた赤いバーテックス、蟹座型(キャンサー)が立ちはだかった。

 

 

 

 

若葉は、体の中央部が幾つもの節に分かれた体長の長いバーテックスを相手取っていた。牡羊座型(アリエス)だ。

 

「お前たちの好き勝手にはさせん! 来いっ! 大天狗っ!!」

 

若葉は日本三大悪妖怪の一つ、大天狗をその身に下ろす。背中から漆黒の巨大な翼が生え、山伏のような姿になる若葉。その胸元には嘴にも似た意匠が出現する。

 

「喰らえっ!」

 

生大刀による刹那の五回斬撃。それは牡羊座型のみならず、周囲の星屑をも巻き込み斬り飛ばす。五度の斬撃は百体近い星屑を殲滅すると同時に、牡羊座型も六つに切り分ける。

ところが、牡羊座型は六つに切り分けられた部位それぞれをベースにプラナリアのように体を再生させ、六体に増殖する。

 

「なんだとっ!?」

 

驚愕する若葉の後方に、凶悪な牡牛のような二本の角を持つバーテックス、牡牛座型(タウラス)が迫る。

と、凄まじい音響を浴びせてきた。牡牛座型が上部にある鐘状の器官を鳴らしたのだ。

 

「グッ……!」

 

牡牛座型の発する怪音波の影響で行動力を奪われる若葉。

七体の大型バーテックスを前に彼女は窮地に陥った。

 

 

 

 

千景はクラゲを思わせるフォルムを持ったバーテックスを追いかけていたはずだった。だが、僅かな隙を突かれて見失ってしまった。

 

『何処に行ったの?』

 

周囲を最大限に警戒しながら、周囲から襲い来る星屑を大葉刈で屠り続ける。

突如、樹海化した地面を割り裂くように地中から大型バーテックスが現れる。魚座型(ピスケス)だ。

 

「クッ!」

 

体当たりを掛けてくる、その攻撃を辛うじて躱した。

 

「出し惜しみしてる場合じゃないっ! 来いっ! 玉藻前(たまものまえ)!!」

 

千景は、白面金毛九尾の狐をその身に下ろした。千景の体の大半を金色の毛皮が覆い、腰からは九本の尾が生える。

仲間たちと新しい強力な精霊を探した際、若葉、友奈、千景の前衛三人は日本三大悪妖怪で揃えることとしたのだ。もちろん、それだけの力が無いと大型バーテックスに対抗し得ないからだが、友奈が既に酒呑童子を下ろしていたため、それぞれの適性を考え、若葉が大天狗、千景が玉藻前を担当することになったのだ。

 

地中に潜ってはトビウオのように飛び出し襲い来る魚座型を、空中で軽やかに躱しながら大葉刈に炎を纏わせ斬り付ける。確実にダメージを与えているようだ。

だが、そこに雨のように光の矢の束が降ってきた。この攻撃を瞬間移動で躱す。

千景は玉藻前の妖力を用いることで、短距離ならば一瞬で移動可能なのだ。伝えられる限り玉藻前は妖術を得意とする妖怪だ。だが、千景に制御可能なのは、どうやら火炎と空中浮遊、そしてこの瞬間移動のみのようだった。

 

「クッ! あれが攻撃してきたのね……」

 

やや離れた位置に、巨大な口に巨大な矢をつがえ、さらにその口の下にあるもう一つの口からまたもや光の矢を放ってくる大型バーテックスがいた。射手座型(サジタリウス)だ。

もう一度、その光の矢の束を瞬間移動で躱す。しかし、これに頼りすぎるのは下策のようだ。もう一人の自分が後ろから抱きつき、囁きかける。

 

「どうして、そんなに頑張るの……? どれだけ頑張っても、人々の賞賛は乃木さんに向かうのよ。貴也くんだって、振り向いてはくれないわ。あなたの頑張りはむなしく――――――」

 

「うるさいっ! 私は、もう自分に負けたりなんかしないっ!! 少なくとも、高嶋さんたち勇者の仲間は私を友達として愛してくれてるのっ! それだけあれば、今は十分! 天の神なんかに滅ぼされてたまるものですかっ……!!」

 

背後の地中から出現し黒色のガスを噴出しながら体当たりを掛けてきた魚座型に、逆に千景側も体当たりを掛けるように突っ込んでいく。

その時、飛んできた射手座型の光の矢が黒色ガスに引火し、千景の周囲を連鎖的に爆発が発生する。

 

「うぉぉおおおーーっ!!」

 

荒れ狂う爆風の嵐の中、千景が吠えた。爆発によるダメージを最小にするために、最大速度で魚座型に突っ込んでいく。

炎を纏った大葉刈の刃を立てて特攻してきた千景に、魚座型は縦に真っ二つになりながら砂のように崩れ去っていった。

 

 

 

 

貴也が獅子座型(レオ)の元へ辿り着いた時、既にその前面には大型の火球が半ば生成されつつあった。

 

「させるかっ!!」

 

七人の貴也は、輪入道の空中走行、義経の機動力、一目連の瞬発力を組み合わせ、獅子座型の周囲を青白き閃光となって斬撃を与え続ける。

百パーセントの精霊を五種類組み合わせたその力は確実に、一撃当たり酒呑童子を宿した友奈の七割方のダメージを獅子座型に与える。

大型の火球は霧散した。だが獅子座型は、今度は後部のリング部分を縦に裂くように分割すると、その間隙から炎を纏った星屑を繰り出して反撃を加えてくる。

一人、また一人と撃墜される貴也。だが、七人御先の特性が威力を発揮する。七人同時に撃墜されない限り、半ば無限に代わりの貴也が姿を現すのだ。

 

「くそっ! 差し違えて一人一殺が限界かっ!」

 

しかしその言葉どおり、炎を纏う星屑を倒すのは困難を極めた。斬撃一発で倒せるものの、その際に攻撃した貴也自身も炎に焼かれて消滅するのだ。しかも、周囲の樹海に被害を与えている。なんとしても、早めに倒す必要があった。それだけではない。

 

「頭を始め、体中に激痛が走っている。あまり長くは保たない。早く決着しないと!」

 

その時、気付いた。獅子座型のリング部分の前面、球体と牙を組み合わせたような部位に攻撃が当たると奇妙な音を発することに。

 

「ここが、弱点……いや、こいつの核に相当する部分なのか……?」

 

七人中三人をその部位への攻撃へ振り向ける。青白き閃光が、獅子座型を、周囲の星屑を斬り付け続ける。

だがそこに、諏訪での夜、響いた声がもう一度耳朶を打つ。

 

「この戦いに勝ったからって、なんになる……? ネットの噂を見ただろう。人々はお前たちを蔑むだけだ。それに、お前は三百年後に帰ることなど出来はしないのだ。乃木園子と再会することは不可能だ。お前は、この時代で孤独に野垂れ死ぬのだからな……」

 

「それが、どうしたっ!? 僕はこの戦いに勝って、そのちゃんが生まれてくる世界を守るんだっ!! この時代の仲間たちだって、守るんだ! 僕が挫けようとも、彼女たちはきっと僕を支えてくれる! なら、今すべきことは、この戦いに勝って、この世界を、彼女たちを守り抜くことなんだ!!!」

 

ザンッ!!

 

獅子座型前面の球体を斬り裂いた。

そこから、鈍く光る人間大の球体が出現する。

 

御魂(みたま)っ!? いや、形が違う。プロトタイプなのか……?」

 

その球体は、赤道部分から四枚の刃を展開すると、高速で回転しながら貴也にぶつかってくる。

瞬く間に三人の貴也が斬られ消滅する。だが、もう一人の貴也は空中で体を側転させ、上手く躱しながら斬撃を与えた。

 

ガギンッ!!

 

堅すぎて斬撃が通らない。

それが分かった瞬間、ノータイムで本当の最後の切り札を使う。

 

「多重召喚!!!」

 

七人の貴也が一瞬で一箇所に集まり重なり合う。次の瞬間には、たった一人となっていた。すべての力を重ね合わせたのだ。だが、その代償は大きい。体の至る所から血が噴出し始める。

迫り来る球体に、たった一つとなった輪刀で叩きつけるように斬り付けた。

 

バギンッ!!

 

胸を水平に斬り付けられたが、球体は縦に真っ二つとなり、次の瞬間爆発する。

球体は数百もの色とりどりの光の粒となって、天上へと帰って行った。

そして、獅子座型本体は砂となって崩れ去っていったのだった。

 

 

 

 

瀬戸大橋橋上に、全身血まみれの貴也が立っていた。

既に若葉たちから掠め取った精霊の力は解けていた。指輪に込められた義経一体のみの単独召還状態。十体の精霊を周囲に浮かばせていた。

 

「他にも……、プロトタイプの御魂を……宿している……個体がいるかもしれない……。早く、みんなの……援護に戻らないと……」

 

胸を手で押さえ、苦しげにそう呟くと、瀬戸大橋橋上を四国本土へ向けて、よろよろと重い体を引き摺るように歩いていった。

 

 

 




のわゆ編最終決戦前編でした。

精霊については千景は公式にありますし、球子は性格上、もうこれしかないかなと。
杏のものが少し妙な方向に捻ってありますかね。ただ、彼女ならこういうのもありかな、と。決して猫耳杏を愛でたいとかいう個人的欲望の発露ではないですからね。

これ以上、コメントすべきこともなく。
なお、のわゆ編はハッピーエンドにならない模様……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一話 然るべき結末

「神樹様の下へなんか、行かせないっ!!」

 

猫又をその身に下ろした杏が、高速で走る双子座型(ジェミニ)バーテックスに追いついた。しかし、その人体の耐久力を無視した高速移動は、既に杏の体を痛めつけていた。皮膚にも内臓にもダメージが行っている。

だが、杏はその痛みに耐えながら金弓箭の矢を連射して双子座型を倒そうとする。ところが、その攻撃を双子座型は軽やかに躱していく。

 

「絶対に、行かせるかっ!!」

 

杏は、不得意な格闘戦に持ち込んだ。杏の拳に友奈のものと比べると小さな手甲が現れ、そこから鋭い爪が伸びる。双子座型の前方に降り立ち、殴りつけるように爪で引っ掻く。

双子座型は、首と両手をつなぐ大きな枷のような部位を振り回して杏にダメージを与えようとする。それを猫又の俊敏な動きで躱しながら攻撃を続ける。

だが、体に蓄積されたダメージが隙を作った。僅かによろけた瞬間を狙い澄ましたように、枷の一撃が杏の頭部にクリーンヒットした。一瞬、意識が飛ぶ。

 

『なんで、こんな痛い思いまでして戦わなきゃ、いけないんだろう……。故郷のクラスメイトだったみんなは、今ごろ楽しい思いをしながら暮らしてるんだろうな……。好きな本をいっぱい読んでたいな……』

 

体がふらつく。だが、力を込めて足を踏ん張り、体勢を立て直す。

 

『違う! 私は誓ったんだ。タマっち先輩と一緒に強くなるんだって! そして、平和な世界を取り戻して、タマっち先輩と本当の姉妹のように仲良く過ごすんだ!!』

 

双子座型が再び枷の一撃を加えようと体を振り回す。ジャンプ一番、躱すと、杏の右拳に金弓箭の光の矢が十数本も出現した。それを握りしめて、双子座型の頭部に叩き込む。

 

「喰らえーーっ!!」

 

全身の力を込めて、矢の束を押し込んでいく。

 

バギンッ。

 

頭部が砕けた次の瞬間、双子座型は砂のように崩れ去っていった。

 

 

 

 

球子は苦戦していた。既に足は限界を迎えている。機動力は戦い始めの半分ほどに落ちていた。

水流も土石流も乙女座型(ヴァルゴ)バーテックスは巨大な白い帯で防いでいた。

いかに八岐(やまたの)大蛇(おろち)をその身に下ろしていようと、遠隔地から大量の水や土石を召喚し続けるのは無理があった。水流も土石流も持続時間がすぐに短くなっていったのだ。

いきおい球子は肉弾戦に頼らざるを得なくなる。しかし、それは足を酷使することになり、徐々にパフォーマンスは落ちていった。球子が殴りつけて壊すよりも、乙女座型の回復がそれを上回っていったのだ。

今や乙女座型が繰り出す卵型爆弾の爆発により吹き飛ばされるシーンが増えていた。

 

「ちくしょう、ジリ貧だ。こうなったら旋刃盤、お前の出番だぞ……」

 

左腕に装着している旋刃盤に意識を向ける。蠍座型(スコーピオン)バーテックスとの死闘で、大きく亀裂の入った旋刃盤。四ヶ月の休息を経て自己修復が進み、見た目は綺麗になっている。だが、耐久力はかつての半分ほどと診断されていた。

それを思い出したからか、はたまた八岐大蛇をその身に下ろしている影響か、体中を不安と恐怖、怒りと悲しみ、それらが混じり合った負の感情が満たしていく。

 

「クッ……。あんず……」

 

大切な妹分の、その笑顔を無理矢理捻り出すように思い出して負の感情に抗う。

 

「あいつの笑顔を守るためにタマは戦うんだ! 絶対に負けてタマるか!!」

 

旋刃盤を振り回し投げつけようとした。が、乙女座型は今まで防御にしか使っていなかった白い帯を球子に叩きつけてくる。

弾き飛ばされた。地面を小石のように跳ねながら転がり続ける球子。

だが、全身ボロボロになりながらも起き上がると不敵な笑みを浮かべる。もちろん、半分は強がりだ。

 

「ヘッ……。距離を稼げて、逆にこっちが有利になったぞ……」

 

ワイヤーで手元に戻した旋刃盤を右手で持つと体全体を使って振り回し始める。一回転、二回転、三回転、四回転!

 

「いっけーーーっ!!!」

 

旋刃盤を乙女座型目がけて全力で放り投げる。龍神の力を得た旋刃盤は巨大化し紅蓮の炎を纏い飛んでいく。周囲の刃も高速で回転する。

旋刃盤は軌道上、いや付近にいた星屑もその余波で殲滅しながら乙女座型にぶち当たる。乙女座型が真っ二つになりながら炎に包まれるのと、旋刃盤が砕けたのは同時だった。

 

「今まで、ありがとな。旋刃盤……」

 

砂のように崩れ去る乙女座型を背にそう呟くと、球子は仲間を援護するためにボロボロの体を引き摺るように歩き始めた。

 

 

 

 

牡牛座型(タウラス)バーテックスの発する怪音波で身動きのとれない若葉。そんな彼女に、六体に分裂した牡羊座型(アリエス)バーテックスが迫っていた。

いかに、大妖怪である大天狗をその身に下ろしていようと、大型バーテックスの体当たりの直撃を受ければひとたまりもない。

絶体絶命の窮地に、若葉の精神は精霊の瘴気に飲み込まれようとしていた。若葉の脳裏をバーテックスによって殺された人々、破壊された街々の姿が占めていく。憎悪と怒りが胸を渦巻く。

 

『報いを受けさせてやらねば!』

 

瞬間、牡羊座型の電撃が若葉の体を打った。

無意識に躱していたのだろう。辛うじて掠めただけだった。だが、それでも体全体に衝撃が走った。

しかし、それが良い方向に働いた。意識が瘴気の淵から浮上したのだ。

 

『違う! 復讐じゃないんだっ!! 私は、四国を、そこに住む人々を守るんだ! そして、友のいる日常に帰るんだっ!!』

 

脳裏を今度は、ひなたの、友奈の、千景の、球子の、杏の、貴也の、真鈴の笑顔が占めていく。

 

『乃木さん、あなたに託しました』

 

『白鳥さん……!』

 

「おおおおおおおおっ!!」

 

若葉の裂帛の気合いと共に、彼女の周囲を取り囲むように炎が出現する。

天を一夜にして焼き尽くしたともいう大天狗の力。それが若葉を後押しする。彼女を中心に灼熱と炎が際限なく広がる。もはや、牡牛座の怪音波は彼女を拘束するに至らない。

 

「でやぁぁあああっ!!」

 

六体の牡羊座のうち一体だけ異なる動きを見せていた個体。それを一刀両断する。その個体は炎に包まれ、砂のように崩れ去る。

返す刀で牡牛座を両断。これも炎に包まれ、砂のように崩れ去った。

残りは有象無象だった。

若葉はその身を自らの炎で焼かれながらも高速で飛行し、残る五体の牡羊座分身体を、無数の星屑を殲滅していく。

 

「みんなはどうなった……? 早く救援に行かないとっ!!」

 

身に纏う炎は一旦静まったが、若葉は仲間を救援すべくそのまま高速で飛行を続けた。

 

 

 

 

千景は四方八方から射手座型(サジタリウス)バーテックスの矢の嵐を受けていた。いつの間にか、周囲を反射板を持つ進化体十数体に取り囲まれていたのだ。進化体はその反射板で射手座型の矢を反射し、千景を狙う。

幸いだったのは矢の供給源が射手座型一体のみだったことだ。だが、距離を利用した時間差で、二方向あるいは三方向同時に狙われる瞬間さえあった。

 

『ここまで、連携が巧妙だなんて……!』

 

瘴気の溜まり方が激しいと感じられる瞬間移動。極力使わないようにしようと考えていたが、そうも言っていられなかった。彼女の耳に、暗黒へ引きずり込もうとするような文言が呪文のように響き続ける。

 

『誰もお前を愛してなどいない……』 『親にも見捨てられたクズ……』 『お前は誰にも受け入れられない……』 『虐げられる為だけに生まれてきた底辺……』 『誰にも賞賛されない無価値な勇者……』 ………………

 

「そんな言葉に負けるものかっ! 私の中には仲間から受け取った光がある! 秋原さんから受け継いだ想いがある! 好きな人からもらった暖かいものがある! 私だけの力じゃないっ! 仲間たちと一緒に、この四国を守るのよっ!!」

 

炎を纏った大葉刈の斬撃が光の矢の束をすべて斬り落とす。だが、もう一方からも矢の束が……!

 

ザンッ!!

 

千景のものではない斬撃が、千景の死角を狙った矢の束をすべて撃ち落とす。

 

「千景っ! 無事かっ!?」

 

高速で飛行してきた若葉の生大刀による一閃だった。

若葉と千景は空中で背中合わせになり、バーテックスたちの攻撃に備える。

 

「助かったわ、乃木さん。あなたが来てくれたのだから、百人力ね」

 

「フッ……。そこまで買い被らないでくれ。だが、もうこれ以上、千景を窮地になど陥らせないっ!」

 

強がる若葉だが、ここまでの高速飛行と先の二種類の大型バーテックスとの戦いは彼女の体に多大なダメージを与えていた。体のあちこちが焼けただれている。また、その口の端からはツーっと血が流れていた。内蔵にもダメージが来ているのだ。

 

「私が大型の気を引きますっ! 二人は進化体を先にっ!!」

 

その声にハッとする。杏だった。杏が猫又の高速移動で援護に駆けつけたのだ。

弾け飛ぶような動きを見せて、二人の戦いが再開された。若葉の立体機動を伴う生大刀の斬撃が、千景の炎を纏わせた大葉刈の一閃が、一体、また一体と進化体の数を減らしていく。

 

杏は金弓箭の射撃で射手座型の気を引けないと知るや、俊敏な動きと手甲の爪で射手座型に挑み続ける。まさに白い閃光となって射手座型を削り続ける。だが、人体の限界を超えた速度は彼女の体を傷つけていく。体の至る所で筋繊維がブチブチと千切れ、毛細血管が破れる感触がした。目尻からも血が流れている。それでも、限界を超えて攻撃を続けた。

 

二人が進化体の最後の一体を屠ったのと、限界をとうに超していた杏が倒れ込んだのは同時だった。

刹那、射手座型が巨大な矢を発射した。

 

「千景っ!!」

 

射線上にいた千景を突き飛ばし、生大刀でその巨大な矢をいなそうとした若葉が吹っ飛ばされる。

 

「乃木さんっ!! よくもっ!!!」

 

最大限にまで巨大な炎を纏わせた大葉刈を振り上げ、突貫する千景。

 

「ここだっ! 喰らえっ!!!」

 

倒れていた杏が僅かに体を起こすと、両手を突き出し油の奔流を放つ。

その油の奔流は射手座型を巻き込んでいく。そこへ千景の炎の斬撃が叩き込まれた。

縦に真っ二つに裂かれながら、全身を炎に焼かれる射手座型。最期は砂のように崩れ去っていった。

 

 

 

 

若葉、千景、杏の三人が集まる。若葉と杏の二人は、もう戦いを続行するのは不可能に見えるほどボロボロだ。

だが、命に関わるような怪我をしていないことにホッとした。その時だ。大切な友達のことを思い出す千景。

 

「そうだ! 高嶋さん!」

 

「千景。私たちのことはいい。先に行け!」

 

「友奈さんを助けてあげて下さい!」

 

唯一、余力が残っている千景が走り出す。それは、すぐに大きな跳躍の連続へと変わっていく。

 

『高嶋さん! どうか、無事でいて……』

 

 

 

 

 

 

 

 

酒呑童子をその身に下ろしている友奈の連続パンチが蟹座型(キャンサー)バーテックスが展開する反射板に炸裂する。

友奈の手甲――天ノ逆手。それは地の神の王子、事代主の霊力が宿りし呪具。天の神への呪詛に満ちた武具。

友奈はそれをバーテックスの襲撃からの避難時、幼い頃から通い慣れた神社で手に入れていた。四年に渡り、共に戦い続けてきた神具。その力が酒呑童子の力と相俟って蟹座型の反射板を打ち砕く。

ついに最後の反射板を砕いた。

 

「私は、守るんだ! もうこれ以上、何も奪わせない! 喰らえ! 勇者ぁーパーーーーンチッ!!!」

 

蟹座型が尾の鋏で友奈の脇腹を抉ったが、それに構わずに本体に拳を打ち付けた。その一撃で半壊する蟹座型。

だが、なおも尾を振り回して反撃しようとする。

 

「どけーーっ! お前に構っている暇はないんだ!!」

 

最後の一撃が蟹座型の頭部に炸裂し粉砕する。蟹座型は砂のように崩れていった。

しかし、友奈の両拳は酒呑童子の力の反動で既に手甲の中で砕けていた。手甲から血が溢れ出す。

それに構わずに友奈は走り出す。頭の中で警鐘が鳴り響く。

 

『あいつを神樹様に近づけちゃダメだ!』

 

山羊座型(カプリコーン)バーテックスが神樹に近づいていた。山羊座型は下向きに付いている四本の角のうち一本を神樹に向けて射出する。だが、神樹の周囲に透明な防護障壁が発生し、その攻撃を食い止めた。さらに近づこうとする山羊座型。

そこに友奈が追いついた。

 

「勇者っ! パンチッ!!」

 

跳躍しながら山羊座型の頭部にパンチを浴びせた。その一撃で友奈の右腕の骨が折れ、皮膚を突き破る。それと引き替えに山羊座型の頭部を半壊させた。

同時に山羊座型の反撃。角を一本、零距離で友奈の腹にぶち込む。友奈は大量の血を吐きながら吹き飛ばされた。

 

 

 

 

友奈は体がバラバラになりそうな激痛にもんどり打つ。

 

『体が……思うように動かない……?』

 

視界が暗くなる。諦観が体を支配していく。

 

『もう、いいや……。どれだけ頑張っても、かないっこないよ……。私は普通の女の子だもん。大人たちにいいように使われて、あんな恐い化け物と戦わされて、痛い思いばっかりして……。ほんと、バカみたい……。どうして、こんなことしてるんだろう……? ぐんちゃん……、勇者なんて、体も心も痛いばっかりだよ。なんで、私はたたk……………………』

 

一瞬、意識が遠のく。

 

『――――――なんで、戦うのかって? 勇者だからだよ! 私は勇者なんだ!! 理由なんて、それだけでいい! 私は、みんなを、四国の人々を、ううん……、私がこの短い人生で、直接、間接、認識したすべての人を守るために戦う、勇者なんだーーーっ!!!』

 

友奈が立ち上がる。そこに山羊座型の四本の角を束ね合わせたドリル状の攻撃が炸裂した。

 

「高嶋さん!!」

 

ガギャギャギャッ!!

 

千景が大葉刈の刃でその攻撃を受け止めた。

 

「ぐんちゃん、ありがとう!!」

 

友奈はもう一度、山羊座型の頭部へ攻撃を仕掛ける。

 

バギンッ!!

 

「きゃっ!!」

 

大葉刈の刃が砕け、千景が吹き飛ばされる。

 

「喰らえーーーっ!! 勇者ぁあああ、パァアアンチッ!!!」

 

左拳で、再生しつつある山羊座型の頭部を粉砕する。左拳も砕けきる。

だが、山羊座型の砕けた頭部の中から鈍く光る人間大の球体が出現した。

 

「なに、これ!?」

 

球体は鋭く尖った突起物を生成し突き出す。それは友奈の右胸を貫いた。

 

「ガハッ……」

 

大量の血を吐く友奈。

球体は突起物を一旦縮め、もう一度伸ばしながら突き出す。今度は腹を貫いた。

 

「グボッ……」

 

「高嶋さんっ!!!」

 

飛び込んできた千景が、砕けた大葉刈の刃の欠片を球体に叩き込んだ。が、球体が生成した二本の突起物が、千景の右肩と左脇腹を貫く。

 

「グハァッ!!」

 

それを見た友奈は腹を貫かれたまま、最後の力を振り絞った。

 

「ぐんちゃんを虐めるなーーっ!!!」

 

両拳を合わせて、千景が突き刺した大葉刈の刃の欠片に力一杯叩き込んだ。

途端、球体は爆発し、数十もの色とりどりの光の粒となって、天上へと帰っていく。

山羊座型本体も砂となって、崩れていった。

 

 

 

 

友奈と千景は落下していった。その場所は神樹のすぐ根本。

意識が朦朧としている友奈は、自分の体が指一本動かせないことにだけは気付いていた。

体が地面に叩きつけられると、視界が徐々に暗くなる。

その時、自分の体が温かいものに包まれ、そこに溶け込んでいくような不思議な感覚を覚えた。

 

『神樹様に取り込まれていってる……? そっか……。みんな、ゴメンね。私は、ここまでみたいだ……』

 

不思議に恐怖は覚えなかった。友奈は、その感覚に身も心も委ねていった。

 

 

 

 

樹海を構成する根や蔓が友奈の体を押し上げ、神樹の幹に触れさせる。

すると、友奈の体を樹皮が覆いつつ、幹の内部へと取り込んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「高嶋さん!」

 

「友奈!」

 

「友奈!」

 

「友奈さん!」

 

「友奈!」

 

全身血まみれの千景が、若葉が、球子が、杏が、貴也が、神樹に取り込まれていく友奈を見つめていた。見ていることしかできなかった。

五人がその場に集まった時には、既にやっと顔が見えているだけになっていたのだ。

友奈を救い出そうとは試みた。だが、何をしようとも助け出すことは叶わなかった。

そして、ついに友奈の姿は神樹の幹の中に消え去ったのだった。

 

「どうして、こんなことに……」

 

両手を地面につき、嘆く千景。

千景以外は、皆俯き、唇を噛んで拳を震わせていた。

 

ゴゴゴゴゴゴ………………、ガバァッ……

 

突如、貴也の傍の樹海の地面から何ものかが立ち上がる。案山子だった。

案山子は地の底から響くようなくぐもった声で言い放つ。

 

「神婚は成れり。これより三百年(みおとせ)はおだしからむ。――――――世の理を壊しし者よ。我はそほどなり。知識の神より言づてぞあり。火明(ほあかり)ぞ見たらむ。()く元の世へ戻ることなり」

 

それだけを言い切ると宿っていた神気が失せ、ただの案山子に戻るや否や風化するように崩れ去った。

 

一拍おいて、貴也の体が透け始める。

 

『な……!?』

 

貴也の驚愕は言葉にさえならなかった。

 

「貴也くん!? まさか……」

 

「友奈を目の前で失ったばかりなのに、神は私たちから貴也まで奪おうというのか……!?」

 

「貴也! 行くなーーーっ!!」

 

「貴也さん! 行かないでっ!!」

 

「貴也くん! 私を置いてかないでっ!!」

 

皆の嘆きの絶叫が響き渡る。若葉も、球子も、杏も、千景も体のダメージは深い。皆、手を伸ばすのが精一杯だった。

 

「ちか……」

 

言い切ることは出来なかった。貴也の意識は、そこでプッツリと切れた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

ふと、気がつく。まだ樹海の中のようだ。だが、すべての景色が薄い灰色に染まっている。まるで色が抜け落ちたような世界だ。

自らの体を確認する。多重召喚状態の装束を纏っている。怪我は全く無いようだ。

 

「ここは……?」

 

「いらっしゃい……」

 

背後から声を掛けられた。

貴也は振り向く。

勇者装束をその身に纏った友奈が立っていた。だが、見た目こそ高嶋友奈その人だが、雰囲気が異なった。結城友奈とも異なる。

 

「誰だ? お前は……?」

 

「神世紀三百年の神樹。まあ、その中の一柱かな? 名は……、君に言っても理解不能だろうね……」

 

へらっと、友奈にも似た笑いを浮かべる。

 

「悪趣味だな。なんだよ、その姿は?」

 

怒りと嫌悪を滲ませ、問うた。

 

「通常、神が人と意思疎通できないのは知っているよね。我々神は神となった時点で『人らしさ』を構築してた部分を失っているからね。だから、吾妹(わぎも)と成りし高嶋友奈の、人であった時の残滓を掻き集めて、君とのやり取りの『いんたーふぇいす』、いわば『あばたー』としたのがこの姿だよ。これで、君の中の記憶にある高嶋友奈を概念的記録として『あくせす』対象にして、まるで人のように振る舞うことが可能となるんだ。もちろん、君の知っている高嶋友奈の一面しか再現できない。君の知らない一面は、当然のことながら再現不能だよ。まあ、今は表面上、私本来の神格に近づけているけどね」

 

「そうか……。僕をこの時代に飛ばしたのは、お前たちなんだな……?」

 

睨み付けながら、その問いがそのまま答えとなるだろうと確信しながら問う。

だが、アバター友奈はやはりへらっとした笑みを浮かべながら否を返す。

 

「違うよ。君を過去に飛ばしたのは、私たちじゃない……」

 

 

 




過去最大ボリュームだった23話をさらに僅かに超える文字数約7,600文字でお届けした、のわゆ編最終決戦後編でした。

戦闘の最後の締めはぐんたかコンビでやりたかったので、大いに満足です。
なお、設定上たかしーは助けられず。ゴメンね。

古文セリフの分かりづらい部分の対訳は以下の通りです。
・おだしからむ > 平穏だろう
・そほど > かかし
・見たらむ > 見ているだろう
相変わらず、なんちゃって、ですが。

次回は、ネタバレ編の中のネタバレ回です。
恐らく、設定解説の会話文ばっかりで読みづらいことになりそうです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十二話 神樹

「違うよ。君を過去に飛ばしたのは、私たちじゃない……」

 

神世紀三百年の神樹が創りだしたアバター友奈、その彼女の答えに貴也は鼻白んだ。

 

「お前たちじゃないんだったら、じゃあ誰が僕をこの過去へ送り込んだんだって言うんだ?」

 

「それは……彼女たちだよ」

 

アバター友奈の左右両側に半透明の板状のものが上下二段、計四枚出現する。そして、そこに若葉、球子、杏、千景の四人が映し出された。四人とも嘆きの表情で固まっている。

 

「この場所とあちらでは、あえて時間の流れを変えているからね。まあ、この場所は本来、人の立ち入ることが出来る場所ではないんだけど……」

 

「巫山戯るなっ!! 彼女たちはお前たちと霊的経路で繋がっている勇者とはいえ、ただの人間だ! 人を、時を超えて呼び寄せることなんて、出来るもんか!!」

 

貴也の苛立ちは頂点に達する。元々、神樹に対して良いイメージなど欠片も持っていないからだ。当然だ。園子の体から二十以上もの機能を奪い、不自由極まりない生活を強要しているのだから。

 

「これは、見せ方が悪かったね。正確に言うと、神世紀三百年の彼女たちだよ」

 

「バカな……! 若葉たちは二百年以上も前に亡くなっていて、乃木神社で祀られて…………えっ!? まさか……」

 

「そのまさかだよ。この国では、人が祀られて神になる事例には事欠かない。有名処で言えば、菅原道真とか徳川家康とかね。彼女たちは乃木神社にて正式な手続きを経て正しく祀られている。本当の神になったんだ」

 

貴也は思わず、映し出されている若葉たちを凝視した。

 

「そして君は、勇者に非常に近しい存在となった。乃木園子たちを『神樹に選ばれ、神樹の力を宿した勇者』と定義づけるならば、君は『乃木園子に偶然選ばれ、乃木若葉たち新たな神の力を宿した、勇者の(まも)り手』と呼ぶべきだろうね。神世紀に生まれた新しい神だからこそ、従来の『無垢な少女』とは異なる『るーる』が適用出来たんだ。ただ新たな神の力は弱く、そのままでは『神樹の勇者』には及ぶべくもなかった。だけど、その指輪に込められた精霊の力を借りることで、おおよそ乃木若葉たち西暦時代の勇者に匹敵する力を得られているんだ」

 

アバター友奈はさも楽しげに貴也の力の本質を暴いていく。

 

「この時代の彼女たちは、バーテックスとの戦闘に非常に危機感を持っていたんだろうね。高嶋友奈が、そうであったように……。その強烈な思いが神になった後も、その振る舞いに影響を与えたんだろう。だから、自分たちとの繋がりが偶然生じていた君を援軍として送ったんだ。――――――ただ、彼女たちは神世紀三百年においては、まだまだ生まれたての未熟で僅かな力しか持たない神なんだ。人一人を、三百年の過去に送り込む力までは持っていなかった。だから、外部からその力を調達した」

 

「それじゃ、あの時、神性のあった狐が僕に憑依したのは……、あの炎の玉になったバーテックスと対峙したのは、目的じゃなくて、手段だったのか……」

 

「ご明察。君があの火球に触れた瞬間、そのエネルギーを吸収して、君を過去に飛ばす力に変換したんだよ」

 

 

 

 

「ちょっと待てよ……。今の話は、どこかおかしい……。僕と若葉たちとの間に繋がりが偶然生じていたから、だって……? 僕が、この時代に来ていたことを知っていたからじゃないのか? だから、僕との間に繋がりを持ったんじゃないのか?」

 

貴也はアバター友奈の説明の矛盾点を突いた。そう、出発点がおかしかった。まるで、神となった若葉たちが過去の出来事を知らないかのような説明だったからだ。

 

「なにも、おかしくないよ。彼女たちは、君が過去、この時代において自分たちを救ったことを知らない。覚えていない。私たちが記憶を書き換えたからね」

 

「どうしてっ!?」

 

「君は二度、君自身のことを『世の理を壊しし者』と呼ばれたはずだよ。そう、この時代の人間は、君がこの時代にいたことを覚えていてはいけないんだ。それは、因果律を破壊する行為に他ならないからね。――――――君がこの時代に来ていたことを知っていたから、過去へ送った……? だとしたら、その行為の出発点はどこにあるのかな?」

 

なにも答えられなかった。知っていたから過去へ送った? 過去へ送られたから知っていた? 確かに出発点はどこにもない。矛盾だ。

 

「君がこの時代に存在することは、それだけで因果律を破壊しつつある行為なんだ。実際、もう限界に近かったんだ。君をこれ以上、この三百年前の世界に置いておくことは出来ない。彼女たちも、無責任なことをしたものだよ……」

 

そう言って、嘆息するアバター友奈。

 

「無責任って、どういうことなんだ?」

 

「彼女たちは、元の時代に君を戻す(すべ)を持たない。君は片道切符で、この時代へ送られたんだ」

 

絶句した。

 

「分からない話じゃない。彼女たちも神だ。人としての思考、感情は無くなっている。君の、人間一人の都合までは、なかなか視野には入れにくいものなんだよ。私が今の考えに及んでいるのは、この高嶋友奈のあばたーを介して、高嶋友奈の思考と感情をなぞっているからだよ。――――――例えば、そうだなー……、人が天敵に襲われている蟻の巣を守ってやろうかと気まぐれを起こしたとして、蟻一匹一匹の生死まで気にするかな? ましてや、足の一本や二本、全く気にも留めないだろうね」

 

アバター友奈の話は理解は出来た。だが、納得できる話ではなかった。しかし、それ以上に気になることがあった。

 

「僕はこれから、いったいどうなるんだ?」

 

「君がここで死のうが、本来、私たちにはどうでもいいことなんだ。これ以上、この時代に干渉出来ないように出来さえすればね。でも、君は『或る計画』に組み込まれた。だから、私がこの時代へ派遣されたんだ。君を元の時代へ飛ばすためにね。今までの説明も、本来必要ないことなんだけどね。これは、まあ、『さーびす』だよ」

 

「じゃあ、僕は元の時代へ帰れるんだな」

 

「そうだよ。これから私が君を元の時代へ飛ばすことになるんだ。ただし、覚えておくといいよ。そこから先の未来は確定していないということを」

 

「? どういうことだ……?」

 

「神世紀三百年の君が、この時代に来て干渉した結果が、元の神世紀三百年の状況を作り出しているんだ。言わば、この時代から君が過去に飛ばされたその時点までの歴史は確定していると言って過言ではないんだよ。多少の揺らぎは許容されるだろうけど、大きく踏み外せば、この流れに乗らないことになるんだ。それは矛盾だよね。神世紀三百年の君が戻った時点を境に、その先の未来は確定しておらず、また、その時点までに起こるすべての偶然は、必然の上に乗っかっているんだよ」

 

「………………」

 

「例えば、君が乃木園子と知り合うのも、その指輪が呪具になる瞬間を見届けるのも、勇者にも似た存在としてバーテックスと戦うことになるのも、すべて偶然を装った必然なんだよ」

 

「この指輪が呪具になる瞬間だって!?」

 

「君は見たはずだよ。その指輪が神に見初められし少女、乃木園子に初めて触れられることによって呪具として生まれ変わる瞬間を」

 

「まさか……」

 

幼い園子が、この指輪を掲げて満面の笑顔でくるくると回っている情景を思い出した。確か、あの時、園子の体が淡く光っているようにも見えた気がしたはずだ。

 

「その光は、神気が発したものだろうね。彼女たちが正式に祀られ始めてから、凡そ二百年。その指輪が真の呪具となるのに必要とした時間だよ」

 

唖然とした。園子と初めて知り合ったその日こそが、まさに自分たち二人の、いや世界をも定義づける運命の重要な一里塚だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、それじゃあ、元の時代へ帰ろうか」

 

概ね解説が終わったのだろう。アバター友奈は、いまだに得られた情報を咀嚼するのに頭を使っている貴也を尻目に、そのようなことを言いだした。

慌てて話しかける。どうしても、叶えてもらいたいことがあったからだ。

 

「ちょっと待ってくれ。二つだけ、お願いがあるんだ。いいかな?」

 

「君は見かけによらず、欲張りだなー。フフッ……。言ってごらん」

 

貴也のその言葉に、まるで小さな子どもの我が儘を聴いているような慈しみのある笑顔を見せ、アバター友奈は目を細める。

 

「一つ目は、若葉たちに別れの言葉を掛けさせて欲しいんだ。出来れば、彼女たちに会いたい」

 

「会わせるのは無理だなー。この空間は、私たちを元の時代へ戻すための準備として用意したんだ。音声だけなら届けられるけどね。但し、彼女たちの声も聞こえないよ。既にあちらとは時間軸がズレつつあるからね」

 

「分かった。それでもいい。彼女たちに声を掛けさせてくれ」

 

「いいよ。この四つの画面に向かってしゃべってくれればいい。でも、掛けられる時間は僅かだよ。簡潔にね」

 

「ありがとう」

 

頭を下げて感謝の意を示す。そして、画面の中の若葉たちに目をやりながら、話しかけた。

 

「聞こえているか? 若葉、千景、球子、杏……。僕だ。貴也だ。鵜養貴也だ。君たちに別れの言葉を掛ける時間をもらった。でも、こちらには君たちの言葉は届かないそうなんだ。一方通行になるけど聞いてほしい――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

若葉たちへ別れの言葉を掛けている途中で、肩を軽く叩かれた。振り向くとアバター友奈が首を横に振っている。強制的に別れの言葉は終了させられた。落胆したが、仕方がなかった。

アバター友奈は余韻に(ひた)る時間もくれはしないようだ。すぐに切り替えて、貴也に話しかけてくる。

 

「さて、一つ目のお願いは叶えたよ。二つ目はなにかな?」

 

「――――――神世紀三百年の勇者たち、乃木園子を始めとする彼女たちから奪った供物を返してあげて欲しいんだ」

 

そう。これだけは、なんとしても叶えて欲しい願いだった。神樹に直接お願いを出来るチャンスがあれば、とずっと胸の内に秘めていた願いだった。

だが、アバター友奈の答えは、貴也が期待していたものとは異なった。

 

「それは出来ない相談だなー」

 

「どうして!? お供え物は役目が終われば、お下がりとして返ってくるものなんじゃないのか?」

 

「うーん……。君はなにか勘違いをしてるんじゃないかなあ? 君がイメージしているのは、たぶん菓子やお茶とかなんだろうけど……。それらであっても本来、供物としてちゃんと機能していれば分かるはずだよ。お下がりとして返ってきた時には、味が薄くなっていたり、風味が落ちていたりするはずなんだ」

 

「えっ……?」

 

「それらは、そのものの本質なんだよ。供物とは本質を捧げるものなんだ。だから、彼女たちにはお下がりとして、ちゃんと肉体は元のままの状態で戻っているはずだよ。本質としての機能は失っているけどね」

 

「それじゃ……、そのちゃんたちの体は、もう永久に元には戻らないって事なのか……」

 

目の前が真っ暗になった。絶望が心を満たしていく。

だが、アバター友奈はその感想にも否を返してきた。望む形でなくとも、まだ希望はあるのだと。

 

「先に言ったとおり、器は返しているんだ。味が薄くなった菓子も、砂糖とか調味料を新たに使えば似た味を付けることは可能だよ。そのものが元々持っていた味と完全に一致させることは不可能にしてもね」

 

「じゃあ、本質的には異なるけども、似た機能を付与することは可能って事なのか……?」

 

「そうだね……」

 

「それでもいい! そのちゃんたちが、普通に日常生活を送れるようにしてやって欲しいんだ。頼む。このとおりだ。僕が代わりに供物になってもいい。だから……」

 

思わず土下座をしかかるが、アバター友奈に押し止められる。

 

「慌てないでいいよ。そういうことなら心配しなくても大丈夫だ。私たち地の神の王は、既にそれをしている。どういったお考えの下になされたのかは、私にも分からないけどね。神世紀の六人の勇者の供物は、もう既に非常によく似せたもので(あがな)っているよ」

 

その言葉に安堵が心を満たす。涙が溢れた。

 

「すみませんでした。僕は誤解していた……。神樹様は、本当に人類の味方だったんだ。――――――ありがとうございます。そのちゃんたちに体の機能を、代替品とはいえ返してくださって……」

 

「我々は神だからね。勇者に対しても、個人個人に特別に目を掛けているといっても、その心情まで推し量ることは出来ない。代理人の言葉を鵜呑みにする他ないからね……」

 

 

 

 

「さあ、もういいかい? 君を元の時代へ飛ばすよ」

 

アバター友奈が、貴也の手を取る。暖かくも不思議な感触だ。

 

「最後に一つだけ。僕が組み込まれた『或る計画』っていうのは、どういうものなんですか?」

 

「天津神、火明(ほあかり)への対処だよ。詳しくは、追々(おいおい)分かるよ。――――――さあ、自分の帰りたい場所を強く『いめーじ』するんだ。そこへ帰してあげるよ」

 

帰りたい場所など、たった一つだ。言われたとおり、彼女を強くイメージする。

 

「行け! 勇者の(まも)り手よ!!」

 

その言葉が、貴也がこの時代で聞いた最後の言葉になった。

次の瞬間、意識がプツリと途絶えた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

若葉たち西暦の勇者四人は、一度に二人の仲間を失った。皆の心は悲しみに満ちている。

友奈は瀕死のまま神樹に取り込まれ、貴也は恐らく神の手によりこの場から消え去った。

 

若葉は立ち尽くし、天を仰いだまま涙を(こら)えていた。

球子は膝立ちで、声も上げずに滂沱の涙を流していた。

杏は両手で顔を覆い、しくしくと泣いていた。

千景は、貴也が消えた場所を見つめながら呆然としていた。

 

 

 

 

どこからか貴也の声が聞こえてきた。

 

『聞こえているか? 若葉、千景、球子、杏……。僕だ。貴也だ。鵜養貴也だ。君たちに別れの言葉を掛ける時間をもらった。でも、こちらには君たちの言葉は届かないそうなんだ。一方通行になるけど聞いてほしい』

 

「貴也? 貴也なのかっ!?」

 

「貴也! どこにいるんだっ!?」

 

「貴也さん。いったい、どういうことなんですか?」

 

その声に、弾かれたように反応を返す三人。千景だけは、どこか呆けた様子で視線を彷徨わせていた。

 

『僕は今、神樹と一緒にいるんだ。これから三百年後の元の世界へ帰してくれるらしい。もうこれ以上、この時代にいてはいけない、と言われたんだ』

 

その言葉は、彼女たちの心を切り裂く。

 

「そんな……」

 

誰かが呟いた。

 

『だから、さよならだ。ちゃんと会って言えなくて、ゴメン……』

 

「本当に私たちの声は届かないのか……!?」

 

その若葉の疑問の声に、貴也の声は応えない。

 

『若葉。さよならだ。僕は、君があらゆる重責に耐えて、この四国を三百年後の僕たちに残してくれることを知っている。この時代で僕を引っ張ってくれたことも含めて感謝している。ありがとう』

 

『球子。さよならだ。君が周りを明るくしてくれることで、僕も元の時代に戻れない寂しさや苦しみを紛らわすことが出来たんだ。感謝している。ありがとう』

 

『杏。さよならだ。君と本を読むという趣味が合って、いろいろと話が出来たことで僕がどれだけ救われたか、君は知っているだろうか? 感謝している。ありがとう』

 

『千景。さよならだ。こんな僕を慕ってくれて、感謝している。君とは、もっと深く知り合いたかった。それと、これは君だから頼むんだけど、ひなたにも僕がありがとうと言っていたと伝えてあげて欲しい。それと、直接別れを告げられなくてゴメンと言っていたことも……。君と彼女の気持ちは分かっているつもりだ。本当にありがとう』

 

『それと、真鈴にも伝えてあげて欲しい。僕が感謝していたということを――――――』

 

そこまでだった。唐突に貴也の言葉は途切れた。そしてもう、どこからも声は響いてこなかった。

 

 

 

 

「行っちゃったんだな……、あいつ……」

 

球子が感慨深げに、空を見上げながら呟く。

 

「私たちに、いろいろ大切なものを、思い出を残してくれましたよね」

 

杏が、球子の右手を自らの左手で握りながら同じように空を見上げて、ポツリと漏らす。

 

「ああ、あいつに、貴也たち三百年後の人達に、より良い四国を残してやらないとな……」

 

決意を込めて若葉が呟く。その手に握りしめた生大刀を見つめながら。

 

「悲しんでちゃいけないんだわ。貴也くんは、自分がいるべき場所に戻れるんだもの。祝福してあげないといけないんだわ……」

 

涙を流しながら、千景がやっとの思いでそれだけを言葉にする。

 

辺りが真っ白に輝き出す。樹海化が解けるのだ。

 

 

 

 

青空の下、丸亀城の敷地内に四人は立っていた。皆、激闘の跡を示すように全身血まみれだ。

周りをうるさいほどに蝉の鳴き声が響いていた。

 

「さあ、行くぞ! 友奈の分も、貴也の分も、私たちは為すべきことを為さなければならないんだ!!」

 

若葉が丸亀城へ、ひなたが待っている場所へと皆を鼓舞しつつも、よろよろと歩き始める。

その後を、球子と杏が手を繋ぎ、互いを庇い合うようにしながら追いかけていく。

 

千景もその後を付いていこうとして、ふと振り向いた。

どこまでも抜けるような青空が広がっていた。

 

「高嶋さん、貴也くん。私、頑張るね」

 

それだけを小声で呟くと、三人の後を追いかけて、やはり体を引きずるように歩き出した。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

まるで、今まさにスイッチが入ったように、意識が突然戻った。

目の前に見慣れた風景があった。窓から陽光が降り注いでいる。自らの私室だ。

自分の勉強机の前で、ミルクティー色の柔らかそうな髪が揺れている。なにか書き物をしているようだ。

 

貴也は息を呑んだ。この五ヶ月、会いたくて会いたくて、たまらなかった人の後ろ姿があった。

 

貴也が息を呑んだ気配に気付いたのだろう。揺れていた体がピタッと止まった。

ゆっくりとこちらを振り向いてくる。

 

会いたかった人の顔。でも、初めて見ると言っても過言ではないのだろう。

貴也にとってはほぼ三年前のことだ。最後に、包帯を巻いていない綺麗な肌の彼女の顔を見たのは。

それから二年半の成長の跡があった。幼さは影を潜め、少女らしい顔つきになっていた。

その顔が、驚きに目を大きく見開いていた。

そしてその顔は、すぐにくしゃっと泣き笑いの表情に変わる。

 

彼女は椅子を蹴り飛ばすように立ち上がると、真っ直ぐ貴也を目指して駆け出した。

だが、まだ万全でない足をもつれさせた。貴也に倒れ込んでくる。

その彼女の軽い体を全身で受け止めた。

彼女がギュッと貴也を抱きしめる。貴也も彼女を抱きしめ返した。

 

「たぁくん……たぁくん、たぁくん!!」

 

「そのちゃん……、ただいま……」

 

二人は、そのままずっと涙を流しながら抱きしめ合っていた。いつまでも、いつまでも……

 

 

 

 

神世紀三百年十月二十八日金曜日。

それは讃州中学で文化祭が行われる前日の昼下がりのことであった。

 

 

 




今回も作者的には大ボリュームの7,500文字に達していますねぇ。ハーメルンでは5千文字台が一番読みやすいんじゃないかと思っているので、ちょっと複雑です。

さて、第1話がマジ第1話だった件。なに言っているか分からないと思いますが、作者自身もなに言っているか分かっていません。
メタいことを言うと、第1話投稿時点で園子のあの描写がここに繋がるとは夢にも思っていませんでした。伏線として機能するなんて思っていなかった訳です。作者の思惑を外れて勝手に動き回るキャラの面目躍如といったところですね。

また、今回はネタバレ回らしく21話や23話あたりの伏線がガシガシ回収されていたりします。

園子と貴也の再会。22話以来なので幕間含めてなんと21話ぶりです。この二人、8~13話の間も実質会えていないので、実は半分以上の話で会えていないんですねぇ。

さて、次回はのわゆ編最終回。オリ主もメインヒロインも登場しないお話となりそうです。貴也くんの名前ぐらいは出てきますが。
実は今回の投稿準備をしている時点で、次回の原稿が1行たりとも存在していません。水曜日の投稿は無理でしょう。
ということで、不定期投稿に突入です。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十三話 勇者の指輪

皆様、お久しぶりでございます。

この時期、残業、送別会が乱発し執筆時間がとれねー。休日も疲労と花粉症でノックアウト寸前。来期の戦力も半減するそうなので、もはや定期の投稿は不可能ではないかと。
ということで、のわゆ編最終回はゲリラ的に投稿です。

では、本編をどうぞ。





「今思えば、若葉ちゃんたちは私を安心させようと死力を振り絞ったのかもしれませんね……」

 

ベッドで眠る若葉を眺めながら、傍らの椅子に座るひなたはそう独りごちた。

 

あの戦いから既に二週間、若葉、千景、球子の三人はいまだに意識を取り戻していなかった。

杏だけは、下ろした精霊の力が他の三人より若干弱かったおかげだろうか、三日前に意識を取り戻し、樹海化の中、何が起こったのかをひなたに説明してくれていた。ただ、彼女も退院にはあと二週間は掛かるそうだ。

 

 

 

 

あの日、授業の合間の休み時間、教室で七人揃っておしゃべりをしていた時だった。急にひなたを除く六人の姿が消えたのは。

もう、何度も経験したことだ。ただ、何度経験しようが慣れるようなことでもなかったのだが。

 

神託のとおり、バーテックスの総攻撃があったのだろうことは、すぐに分かった。

ひなたは慌てて教室を出ると、丸亀城内からも出て街への道をひた走った。

しばらく坂道を駆け下りていくと、全身血まみれで、よろよろと歩いてくる若葉たち四人に出くわした。

そして若葉たちは皆、ひなたの姿を見るや安心したような笑顔を見せるとその場にばったりと倒れてしまったのだった。

 

ひなたが思い出していたのは、その時のことだ。

そのすぐ後、ひなたの連絡で駆け付けた大社の医療班によって回収された四人は、すぐに病院に担ぎ込まれ、緊急の処置を施されたのだった。

四人とも生きているのが不思議なほどの怪我を負っていた。皮膚も、内臓も、骨も……。勇者として神樹の加護に守られていなければ、文字通り生命を落としていたことだろう。

それ以後、ずっと意識を失ったままだったのだ。

体の無理を押してまで、ひなたの所まで帰ろうとしていた若葉たち。それはきっと、友奈と貴也を失ってしまったことに対するひなたへの気遣いだったのだろう。せめて自分たち四人だけでも元気な姿を見せてやろうとしてのことだったのだ。

 

「そんな無茶をしなければ、もう少し早く良くなっていたかもしれませんのに……」

 

友奈と貴也の生体反応が消えたことは大社も把握しており、ひなたもその報告を受けていた。そして、杏の証言により、ひなたは二人がどうなったかも分かったのだった。

その結果、友奈が神樹に取り込まれたことは大社に報告を上げた。だが、貴也については、神樹により三百年後の彼の元居た時代に戻されたということは報告せず、単に行方不明となり恐らく死亡したのだろうということのみ報告を上げたのだった。

 

「若葉ちゃん。早く目を覚まして、私を安心させてくださいな。でないと私は……」

 

友奈の死も衝撃だった。だがそれ以上に、恋心を寄せていた貴也の喪失はひなたの心を抉った。彼がいなくなるなど夢にも思っていなかった。三百年後の人間であるとは分かっていたが、よもや直接神自身の手により元の時代に戻されることがあるなんて。

 

「若葉ちゃん……」

 

両手で親友の左手を取り、自分の顔に当てる。嗚咽が漏れた。

その時、握っている若葉の手がぴくっと動いた。

 

「泣くな、ひなた……。私は生きているぞ……」

 

「若葉ちゃん……!! 気がついたんですね……! よかった……、本当によかった……」

 

親友の、その弱々しくも気遣いの見える言葉を聞いて、初めてひなたは大粒の涙を流し声を上げて泣いたのだった。

 

 

 

 

その日、若葉が目を覚ますのと前後して、千景と球子も意識を取り戻した。

四人の勇者は生還したのだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

二ヶ月後。十月も半ばを過ぎ、若葉たちが退院して十日ほど経った頃、大社から勇者としての任務が言い渡された。

壁の外の調査だった。バーテックスに侵攻とは見られない未知の動きが見られるというのだ。

ひなたを含めた五人での調査となった。

 

「結界の壁が、これほど強固になっているとは……」

 

「あの戦いの直後から、ほぼ一ヶ月でここまで強固になったんだそうです」

 

「高さが二倍以上になったのはともかくとして、厚さも四倍ぐらいになってないかしら……」

 

「見タマえ! あの壁に突撃してる小型の奴ら。全部、跳ね返されてるみたいだぞ!」

 

「本当に、貴也さんが言っていたように三百年間保つのかもしれませんね」

 

瀬戸内海の壁の上に立ち、結界の外を見ながら皆、思い思いのことを呟く。星屑に襲われれば、すぐに結界内に待避できるようにしながら。なぜならば、千景と球子は既に前回の戦いで武器を失っているからだ。今、直接に戦闘可能なのは、若葉と杏だけだ。

 

結界の外には、無数の星屑が飛び交っている。一部は、結界の壁に突撃を繰り返していた。但し、その全てが弾かれてはいたのだが。だが恐ろしいことに、あちこちで三十メートル級大型バーテックスが形成されていた。しかも、それらは内側で核のようなものが光っているのだ。全ての大型バーテックスがさらなる進化を遂げていた。

 

眺めていると突如、大型バーテックスたちがおぞましい音を発し始めると同時に明滅をも始める。海の向こうからも同じような音が響き始めた。

 

「なんだ!? 何が起こってる……?」

 

大地が揺らぎ、海が荒れ始める。

 

「うわ!? あんず?」

 

「タマっち先輩! 手を……!」

 

「ひなた! 私に掴まれっ!」

 

空から何本も光の柱が海に降り、底が抜けたように海水が渦巻く。

 

「まるで神話の(あめの)()(ぼこ)のようです……」

 

ひなたの呟きに呼応したかのように、水平線から第二の太陽が昇る。その第二の太陽は急激に上昇すると、本当の太陽を覆い隠し、強烈な光と熱を発し始めた。

 

「まずい! 結界内に待避だ!」

 

慌てて全員で壁の内側に撤退した。

 

 

 

 

しばらく経ってから、確認のために結界外へ出た五人が見たのはまさに地獄だった。

 

灼熱に赤く焼け爛れた大地。太陽プロミネンスのように吹き上がる炎。大地にも空中にも無数の通常個体のバーテックスが蠢いていた。ただ、大型バーテックスの姿だけは、かき消したように無かった。

 

「世界が壊された……?」

 

「いえ、(ことわり)そのものが書き換えられたんですね……」

 

「もう、四国以外何も残ってないのね……」

 

「ちくしょう……、なんでこんな……」

 

「人類が再起できないよう、可能性を徹底的に潰してるんですね……」

 

若葉たちは、絶望と怒りに身を焼かれていた。

 

 

 

 

こうして四国に残された人類は、神樹の守りに寄り掛かるしかない、世界の孤児となった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

十二月初旬。

その日、大社本庁に寄っていたため、ひなたはずいぶん遅れて登校してきた。

教室に入ってきた時、彼女の顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうな雰囲気があった。

 

「どうしたんだ、ひなた……? 大社でなにかあったのか……?」

 

若葉が駆け寄り声を掛けた途端、ひなたはガタガタと震えだした。

 

「わ、若葉、ちゃん……。わ、私は許されないことを……、してしまいました……」

 

「いったい、何があったんだ……?」

 

「私の受けた、神託で……、そう! 私が神託を受けたんです!! 私が神託で受けた言葉を伝えたんです!!  私が、あの子たちを殺したんです!!!」

 

「落ち着け! 落ち着くんだ、ひなた!」

 

「う、ううう……うあぁぁぁああああっ!!」

 

ひなたは、わかばに縋り付き大声で泣き出した。

球子も、杏も、千景も黙って遠巻きに二人を見ているしかなかった。

 

 

 

 

しばらく泣きじゃくっていたひなたが落ち着きを取り戻すと、若葉たち四人は事情を聞き出した。

 

「結界が強化されたことも、大社が天の神と交渉を行ったことも、皆さんご存じですよね」

 

「ああ……」

 

「結界の強化は、大社が執り行った『神婚の儀』によってなったものなんです。神樹様への人身御供として選ばれたのは、友奈さんでした。彼女が神樹様に取り込まれたのも、大社が神婚の儀を執り行ったからなんです。彼女の犠牲で、結界は強化されたんです。――――――そして、天の神との交渉とは、今後人類が四国の地を出ないことを条件に赦してもらうことでした。この交渉には、鷲尾さんを始めとする四人の巫女が選ばれました。人類側の声を届けるために、結界の外へ出てもらって……」

 

「あの炎の海へか……?」

 

「そうです。四人は生け贄となったんです……。大社はこの神事を『奉火祭』と言っています……」

 

「なんで……? なんで友奈とその四人が選ばれたんだよ!? タマにも分かるように説明してくれ」

 

「あの万葉仮名の神託です。あの中に彼女たちが()()()で入っていたんです。私は、それに気付かなかった……。もっとちゃんと読んでおけば……」

 

また、ひなたは涙ぐむ。そんなひなたの背に手を当てながら、千景が慰める。

 

「どうせ、人名そのものじゃなかったんでしょ……。多分、暗示するような表現だったんでしょうから……。上里さんが気に病むことじゃないわ……」

 

「それでも! 私が気付いていれば……、なにか対処ができたかもしれません!!」

 

そう言って、ひなたはまたおいおいと泣き出した。

それ以上、誰も慰めの言葉を掛けられなかった。彼女の嘆きは、涙が枯れ果てるまで続いたのだった。

 

 

 

 

この数日後、神樹から神託が降りた。

人類は、四国の地から出るようなことをせず、勇者の力を放棄するならば、もう攻められることはないのだと……。

 

人類は、箱庭の平和を手に入れた。それは、ある意味敗北であり、ある意味掴み取った勝利だったのかもしれない。

だが、この後も若葉たちは天の神への反攻を志し、人類は秘密裏に細々と勇者システムの性能向上を目指して研究を続けることになるのであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

三月。

若葉たちは、丸亀城から居を引き払う準備を進めていた。

勇者として有名になりすぎていた彼女たち四人は、市井の生活に戻るのは困難であろうと目されていた。このため、大社改め大赦が用意した新設校に通うことが決まっていた。新設校は彼女たちの顔が売れている丸亀を避け、隣接の坂出市内に設置されることとなった。

四月からは、若葉、ひなた、球子は高校一年生、千景は高校二年生、杏は中学三年生だ。小規模校で全寮制のため、今までどおりとは行かなくとも、交流を継続することは困難ではなかろう。

 

 

 

 

その日の授業が終了した。あと数日で、ここで授業を受けることもなくなる。

十二月半ばからは勇者や巫女としての訓練がなくなったため、普通の学生たちの学力に追いつくために相当の詰め込み授業が行われていた。

 

「ぐへー、今日も疲れた~」

 

球子が机に突っ伏す。それを見て、杏が笑みを浮かべながら突っ込みを入れた。

 

「タマっち先輩は勇者だからって、勉強をかなり(おろそ)かにしてたもんね。そのツケが来たんだよ」

 

「とはいえ、確かにこの三ヶ月はきつかったな。私も結構、へとへとだ。これなら、勇者の訓練をしている方がまだマシだ……」

 

「私もゲームをする時間が削られてしまって、ストレスだわ……」

 

若葉も千景もグロッキー気味だ。

すると、ひなたが皆に声を掛ける。

 

「皆さん、ちょっと椅子を持って集まってくださいな」

 

「なんだ、ひなた? 何かするのか?」

 

「ええ……。とっても重要なことです」

 

なんだ、なんだと皆集まり、ひなたの机の周りに椅子を並べて座る。

ひなたは自分の鞄の中から植毛された小さなケースを取り出す。そのケースの中には指輪が収まっていた。

 

「じゃーん! これはなんでしょう!?」

 

「指輪じゃん。それがどうかしたのか……?」

 

「まさか……、それ、貴也くんの……?」

 

「そうです! 貴也さんの指輪に良く似せて作ってもらいました!!」

 

理解が及ばない球子に対し、千景はさすがにすぐに気がついた。

ひなたはケースから取り出した指輪を、どや顔で見せびらかす。

 

「私が覚えている限り、忠実に似せてもらったんです。友奈さんを含めた若葉ちゃんたち五人の誕生石もインサイドストーンとして、並びも同じに嵌めてもらいました。貴也さんの手に確実に渡るように『to Takaya』の文字も刻んでもらいました。どうですか……?」

 

「凄いじゃないか、ひなた……」

 

「じゃあ、これが貴也さんを勇者に変身させる呪具となるんですね?」

 

「ええ、もちろん! そうなるに決まってます!!」

 

感嘆の声を上げる若葉。ひなたに意図を確認する杏。そして、ひなたは弾けるような笑顔で首肯する。

そして、ひなたに手渡された若葉から順に皆、指輪を手に取り()めつ(すが)めつ眺めるのだった。

 

 

 

 

「で、ここからが最も重要なんですが、この指輪に皆さんの精霊の力を込めてもらいたいんです」

 

「そうか……、このままでは只の指輪だしな。貴也が戦うための力を込めるという訳か……」

 

「そういうことなら、タマに任せタマえ! 輪入道の力、目一杯込めてやるぞ!」

 

「でも、精霊の力なんて、どうやって込めるのかしら……?」

 

「そういえば、以前分析した時には、人類には構築不可能な術式で込められていると言ってましたよね……?」

 

千景や杏の戸惑いに、ひなたはなぜかエッヘンと両腰に拳を当てて胸を反らす。

 

「私にも分かりません! ですが……、こう、手を翳して強く想いを込めるだけでいいんだと思いますよ。最終的には神樹様がなんとかしてくださるはずですから」

 

「おいおい、若葉……。ひなたがぶっ壊れた発言しているぞ……。大丈夫か……?」

 

「私に振るな、球子。私もどう反応したらいいか分からん……!」

 

常にない、いい加減なひなたの言動に困惑する球子と若葉。だが、そのひなたの態度に、千景が苦笑しながらも同意を返す。

 

「そうよね。所詮、私たちは勇者とはいえ只の人間に過ぎないんだから、神様の起こす奇跡のようなことをしようたって無理なんだし。やれることだけやって、後は神樹様に丸投げでいいんじゃないかしら……? とにかく、私の七人御先は貴也くんの力の鍵となっているんだから、ありったけの想いをこの指輪に込めてみせるわ」

 

そう言うと、机の真ん中に広げられたハンカチのその上に置かれている指輪に右手を翳すと、その手首を左手で掴み、真剣な表情でなにやらぶつぶつと呟きながら念を込め始めた。

 

「届け、届け、届け……。私の想いよ、貴也くんに届け……」

 

若葉と球子は、そんな千景の姿を半目になりながら呆然と見やる。ところが杏は、苦笑しながらも千景に続く。

 

「そうですよね。こういうことは考えていても始まりませんから……。私の雪女郎は、貴也さんを守る障壁を発生させる要でしたから、真剣に念を込めないといけませんよね……」

 

杏は両手を前に突き出すように指輪に翳しながら、やはりなにやらぶつぶつ呟きながら念を込める。

とうとう、若葉も球子も観念したようにため息をついた。

 

「はぁー……。よしっ! こうなったら、あんずに続け、だ。タマの輪入道は貴也の移動手段と攻撃の両面で要だもんな。タマのこの想い受けタマえ~!!」

 

「それを言うなら、私の義経だって貴也の基本の変身に必要不可欠なんだからな……」

 

ついに、二人とも指輪に手を翳し念を込め始める。

 

「そういや、攻撃って言えばさー、貴也の奴、あんずが手綱を締めとかないと突出してたよな。あれ、危なっかしいなーって思ってたんだよなー」

 

「そうだな。私も同じように思ってたんだ。じゃあ、この指輪の力を使うにはまず『自分の身を護らねば』という意識が働かないといけないようにするか」

 

「回復力も持たせないといけないわ。そうか……! 貴也くんの回復力が凄かったのも、この指輪のせいかもしれないわ……。なら、もの凄い回復力を手に入れられるようにも念を込めないと!!」

 

「あはは……、なんだか面白いおもちゃを手に入れたみたいになっていますね……」

 

「貴也さんの力の源になるんですから、皆さん、真剣にお願いしますね」

 

皆、それぞれ勝手なことを言いながらも、本当に真剣に念を込めていった。

 

 

 

 

「なあ……、これ、いつまでやってればいいんだ……?」

 

四、五分、そうやって指輪に念を込めていると、さすがに球子が()を上げ始める。

 

「自分なりに、こう、十分だな、と思ったら、それでいいんじゃないかな……?」

 

杏も適当なことを言い出す。

そこへ、千景の感想が場の雰囲気を変えた。

 

「そういえば、貴也くんの精霊に最初、一目連の力が無かったのは、この場に高嶋さんがいないからかもしれないわね……」

 

「そうか……、そうだな。じゃあ、やはり、この儀式は本当に重要ということなのか……」

 

「だから、最初からとっても重要だって言ってるじゃないですか、若葉ちゃん!」

 

若葉の言葉に、ひなたが怒りを一割ほど込めて(たしな)める。

そこで、ふと気付いたように球子が呟く。

 

「そういや、この誕生石……タマたちのだけで、ひなたのは無いんだな……。元々そうだったとはいっても、なんか複雑だな……」

 

「そうですね。ちょっと罪悪感……」

 

杏も同意する。

ところが、ひなたはやはりどや顔で尊大な態度をとりながら言い放つ。

 

「大丈夫ですよ。若葉ちゃん達は、その小さな宝石だけですけど、私の想いはこのリングを構成するプラチナ全部がそうなんですから……!!」

 

「「「「!?」」」」

 

「ちょっと待て、ひなた……!!」

 

「なんだとー!? これ全部がひなただって!? 大きさが全然違うじゃんか!!」

 

「それは卑怯というものよ! 上里さん!!」

 

「ああー、これは収拾がつかないことにー……」

 

あとは、てんやわんやだった。

 

「貴也くんへの想いは、私の方が重いんだって証明してみせるわ!!」

 

千景がおどろおどろしいオーラを身に纏って念を込め出す。

 

「あんず、ちょっとお前のスペース、タマに貸してくれ!」

 

「ダメですよ、タマっち先輩! 私は量より質で行きます!」

 

杏が笑顔で、だが目は全く笑っていない表情で念を込め出す。

 

「くそー、こうなったら、ひなたのスペースを侵略してやる!」

 

球子が必死な表情で念を込め出す。

 

「ひなた、私とお前の仲だろ? ちょっとでいいから……」

 

「いいえ、いけません、若葉ちゃん。人の恋路だけは邪魔しないでくださいな」

 

恐る恐る問いかける若葉に、目のハイライトを消して恨めしそうに言い放つひなた。

 

 

 

 

三百年後、貴也の手に渡るはずの指輪は、こうしてその力を得るのだった……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、いい天気だ!」

 

指輪への念込めを終え、若葉たちは寮へ帰るべく丸亀城の外へ出てきた。

 

「それじゃ、若葉ちゃん。これとこれをお願いしますね」

 

ひなたが先ほどの指輪が入ったケースと、豪華な装丁の書籍を手渡す。

 

「ん? 私が持っておくのか?」

 

「貴也さんが言っていたじゃないですか。指輪は乃木家の蔵で見つけたって。ですから、若葉ちゃんが大切に保管しておくべきなんです」

 

「じゃあ、これは……?」

 

書籍の方をひなたに突き出す。

 

「それは、若葉ちゃん達の(ぎょ)()の写しです。ちょっと、装丁に仕掛けを施しておきましたけどね……、ふふふ……」

 

「そうか……。貴也への、私たちからの三百年越しのプレゼントという訳か……。分かった。大切に保管しておこう」

 

悪戯っぽく笑うひなたにそう返すと、若葉は大切そうにその二品(ふたしな)を鞄に仕舞った。

 

 

 

 

世界がその色を変える。

 

 

 

 

「ところでさ、次、()()()に会えるのは何時(いつ)だったっけ……?」

 

球子が何でもないように、皆に問いかけた。

 

「さあ……? タカヤさんってふら~っと現れては、ふら~っと姿を消す方ですからね」

 

杏も、その答えがさも当然であるように返す。

 

「そういえば、この際、世界の果てを見たいからと足摺岬へ行くと言っていたような気が……」

 

「いや、私は室戸岬へ行くと聞いたように思うが……?」

 

ひなたと若葉も、あやふやな答えを返した。

 

「私は石鎚山に登るって聞いたような気がするけど……。まあ、いいわ。きっと、私たちが困っていたら、またふらっと現れて助けてくれるんじゃないかしら?」

 

「そうだな……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からな……」

 

想いを馳せる千景に、若葉が相槌を打つ。

 

 

 

 

世界は……、彼女たちの記憶はどんどん(ひず)んでいく……。

 

 

 

 

「さあ、寮へ帰ろう!」

 

仲良く帰って行く五人の少女たち。

きっと、もう誰も()()のことを……、()()()()のことを思い出すことはないのだろう。

 

 

 

 

その日は奇しくも丁度一年前、彼女たちが初めて貴也と出会った日。

それは西暦が終わろうとしている年の、まだ肌寒さの残る春の初めのことだった。

 

 

 




のわゆ編はここまで。

書きたいことを全部盛り込んだら8,000字を超えてしまいました。
これでも、できるだけ簡潔にをモットーに書いているつもりですが。

さて、結末は前回神樹(アバター友奈)が話していたとおりに。

次回は、ゆゆゆ編こと乃木園子の章の完結編となりますが、前書きにあるとおり、とても定期投稿できる環境ではなくなってきましたので、次回投稿もいつになることやら。
期待せずに待っていてください。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

乃木園子の章 完結編
第四十四話 赤いゼラニウム


春分の日を執筆に回せたおかげで、なんとか本日の投稿ができました。
相変わらず定期投稿の目がないのでゲリラ投稿ですが。

さて、今回のサブタイトル。原作アニメの勇者の章最終話サブタイトル『君ありて幸福』を花詞に持つ花です。
ですが、今回のお話はゆゆゆ1期最終話Bパート終盤の勇者部の劇に相当します。というか、そのものですが。
まぁ、話の内容的には合っているかな、と。
また余談として、先に『幕間(まくあい)劇』として投稿した『白いクロッカス』と対になって期せずして紅白が揃い、お目出度くなっています。

では、本編をどうぞ。




ガラッ。勇者部部室兼家庭科準備室の引き戸が開くと、元気な挨拶が響いた。

 

「おっはよーございまーす! 結城友奈、はいりまーす!」

 

「おはようございます。東郷美森、入ります」

 

「おはよう、二人とも。友奈、足の具合はどう?」

 

連れだって登場した友奈と美森に朝の挨拶をしながらも、風は友奈の足を気遣う。そもそも松葉杖無しで歩く許可が出たのは一昨日からなのだ。僅か三日目で劇の、それも主役を張るなど無茶もいいところだ。

ところが、友奈は満面の笑みで返してきた。

 

「絶好調ですよ、風先輩。今日の劇は、この結城友奈にお任せあれ! 殺陣も頑張りますねっ」

 

「ほんとー? 東郷の見立てではどうよ?」

 

「ええ、この三日間、片時も目を離してませんけど大丈夫そうです」

 

「片時も目を離してないって、アンタねえ……」

 

しれっと通常運転の状況を明らかにする美森に、あきれかえる風。そこに夏凛が茶々を入れる。

 

「まっ、東郷も絶好調って訳ね。友奈、足に効くサプリがあるから、これキメときなさい」

 

「ええっ? そんなピンポイントで効くサプリメントがあるんだー。どんなの、どんなの?」

 

「しばらく歩けていなかったから、まあ筋力低下に効くものだけどね」

 

一方、樹はパソコン上で劇に使うBGMの最終チェックをしている。

 

「東郷先輩、この場面のBGMってこれでいいんでしたっけ?」

 

「ええ、そうよ。番号を振ってあるでしょ? その順番どおりに流せばいいわ。昨日、思い立って番号を振っておいたの。念のため、もう一度確認しておきましょうか……?」

 

「さすが東郷先輩ですね」

 

「アンタたち、劇の準備に力入れるのはいいけど、クラスの出し物の方もちゃんと忘れないようにね。クラスのみんなに迷惑掛けちゃダメだからね」

 

勇者部の出し物にだけ力を注いでいるように見える部員一同に危惧した風は、そう言って注意を促す。

そもそも体育館兼講堂を使った出し物は、午前中はクラス毎のものになっており、部活動のものは午後に割り当てられているのだから、風の懸念は正しいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者部の部室で持参した弁当の昼食をとり、一息つく。

皆、午前中のクラスの出し物もそれなりに上手くいき、ホッとしていた。

特に樹のクラスは十日ほど前にあった校内合唱コンクールの優勝クラスとしての出番もあったため、樹には少し疲労の色が見える。

 

「大丈夫、樹? 疲労回復のサプリ、キメとく?」

 

「あはは……。夏凛先輩、大丈夫ですよ。それに、劇の時間までまだ少しありますから、それまではちょっと休憩ということで」

 

出ない力こぶを作る素振り見せたあと、そう言ってニコニコする樹。そんな樹を見て風も微笑む。

 

「樹もだいぶ体力がついてきたもんねー。勇者稼業様々ってところかしら」

 

「勇者稼業って……? お姉ちゃん、ちょっとその言い方はなんか変だよー」

 

そんな会話をしていると、部室の扉が力強くノックされた。引き戸なのでガシャンガシャンという音を立てる。

 

「はーい、誰かなー?」

 

友奈が応対に出る。

引き戸を開けるや否や、彼女の横をサッと通り過ぎる人物。

その人物は小走りで部室の中央まで来ると、右手をパンチのように空中に突き出しハイテンションの雄叫びを上げた。

 

「ヘーイ! 乃木さんちの園子さんだぜー。イェーイ! 勇者部の劇を見に来たぜー! ヘイヘーイ!!」

 

「園ちゃん!? 劇を見に来てくれたんだ!? ありがとー!!」

 

なぜか、友奈も満面の笑みで園子と顔を見合わせ、両手を繋いでハイテンションに飛び跳ねる。

 

「ええっ? 乃木? アンタ、その、大丈夫なの?」

 

「なんで、そんなにハイテンションなのよ?」

 

「えーっ? ものすごく落ち込んでたって、聞いてたんですけどー」

 

一方、風、夏凛、樹の三人は困惑していた。貴也が失踪して以後、ひどく落ち込んでいたと美森から聞いていたからだ。

そして、美森は二人して飛び跳ねている園子と友奈を微笑ましいものでも見ているように、柔らかな視線を送っていた。

 

「それじゃー、今日のサプライズゲストを紹介だぜー! カモーン! ミノさーん!!」

 

園子のその叫びに合わせて扉が開くと、神樹館中学の制服に身を包んだ三ノ輪銀が入室してきた。彼女も部室中央まで歩み出ると、ポーズを決めて左手の人差し指を天に突き出し叫ぶ。

 

「ヘーイ! 三ノ輪の銀様、登場だぜー! イェーイ!!」

 

ただし、顔は耳まで真っ赤だ。さすがに恥ずかしいらしい。

 

「三ノ輪!? アンタ、学校はどうしたのよ?」

 

「いやー、園子に拉致られちゃった……。タハハ……」

 

「なんで、こんなことになってんのよ!? 説明しなさいよ! 乃木!!」

 

夏凛の叫びなど、どこ吹く風とばかり友奈と手を繋いで踊り狂う園子。

美森は銀を手招きし、労った。

 

「ご苦労様、銀。今日のそのっちの面倒みるのは大変だったでしょ?」

 

「いやー、あたしはなんにもしてないよ。登校しようと家を出たところで、園子に車の中に引きずり込まれたのにはビビったけど……」

 

そう言って、苦笑する銀。そして美森同様、柔らかな視線を園子に送る。

 

 

 

 

「じゃー、本日のサプライズゲスト、その2だぜー! カモーン! たぁくーん!!」

 

「「「「ええーーーっ!?」」」」

 

風、樹、夏凛、友奈の驚きの叫びが重なった。ガラガラッと扉を開いて部室に入ってきたのは、鵜養貴也その人だった。

貴也も部室中央まで進み出て、拳を振り上げた。

 

「ヘーイ! 鵜養た、か……、だぁーー! やってられるかっ!!」

 

叫び掛けたが、中途で拳を叩きつけるように振り下げ、やめてしまった。

 

「えーっ!? ノリが悪いよ、たぁくん……。折角、勇者部のハレの日なんだからさ~……」

 

「だからって、なんでこんなアホみたいなことしなきゃいけないんだよ。普通でいいだろ!? 普通で!」

 

「もう、しょうがないな~」

 

そう言いながらも、園子の顔は満面の笑みで満たされている。

 

「鵜養……? アンタ、本当に鵜養? 今までどこにいたのよっ……!?」

 

「足は付いてんでしょうね、足はっ……!?」

 

風と夏凛が呆然としたように尋ねてくる。樹に至っては貴也を指さし、口をパクパクさせるだけだった。

そして友奈は、貴也の背中に飛び付いていた。

 

「貴也さーん、おかえりーっ! 今まで、どこに行ってたのーっ!?」

 

「あーっ……? いや、話すと長くなるんだけどさぁ……」

 

 

 

 

「えーっ!? 三百年前に行ってたー!?」

 

「で、西暦の勇者様たちと一緒にバーテックスと戦ってたって!?」

 

「そんなことって、あるんですか!?」

 

「ほへ~?」

 

驚く風、夏凛、樹に対し、友奈だけは理解しているのか、いないのか、腑抜けたような声を上げる。

 

「あたしも今朝、初めて聞いてさー。にわかには信じられなかったけどね」

 

「まあ、アタシらも神樹様の力を受けて勇者なんてのに変身して戦ってたんだから、大概だけどねー」

 

そこに銀の嘆息が続くが、ようやく風がやや咀嚼したような発言をする。

 

「で、なに? 東郷はさっきから生暖かい視線を私らに向けてるけど、アンタだけは知ってたってことね?」

 

「あ、私も今朝、そのっちから電話を受けて初めて知ったのよ。ただ、みんなには驚かせたいから黙っててって頼まれちゃったから……」

 

夏凛の追求にバツの悪そうな顔をする美森。それを受けて風が園子を問いただす。

 

「乃木……、なんで東郷にも今日になってからの連絡だったのよ?」

 

「あはは……、ゴメンね~、みんな~。だって、たぁくんが帰ってきたの、昨日の昼過ぎだったし~。嬉しすぎて、みんなへの報告忘れちゃってたから、じゃあ、サプライズにしようかな~って思っちゃったんよ~」

 

「はぁ~、乃木ってこんな奴だったのね。名家のお嬢様で、先代勇者のリーダーだったっていうのに。何て言ったらいいやら……」

 

園子の言い訳に、ため息をつきながら返す夏凛。

だが、そこで気を取り直したように風が締めようとする。

 

「まあ、いいわ。これで、みんなの供物も返ってきたし、鵜養も帰ってきたっていうことで、めでたしめでたしの大団円ね」

 

が、そこで締まらないのが勇者部らしい。

 

「えっと、フーミン先輩……? 時間は大丈夫……?」

 

園子の指摘に、時計を確認する風。

 

「え? どわーっ!? もう、こんな時間!? みんな、準備、準備! 誰か、パソコン持って!!」

 

「慌てないで、お姉ちゃん。BGMのデータはメモリで持っていけば大丈夫だから!」

 

「僕も手伝おうか?」

 

「助かるわ、鵜養! じゃあ、そこの小道具の入ってる大きい段ボール箱を持ってきて! 友奈と樹と夏凛は自分の衣装と身につける道具類を持ってね。そっちの小道具類は東郷、あと乃木も! お願い!」

 

てんやわんやの大騒ぎで、準備を始める勇者部一同。

 

「それっ! 急げーっ!!」

 

荷物を持って、慌ただしく講堂へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇者は、自分が挫けないことが皆を励ますのだと、そう固く信じていました……」

 

美森のナレーションが流れる。

 

講堂は大入り満員の状態だった。

パイプ椅子に座る貴也の右隣では、園子が貴也の二の腕にしがみつきながら勇者部の劇を楽しんでいる。その隣ではやはり銀が食い入るように劇を見ていた。

貴也も劇を楽しみながらも、間近で感じる園子の体温、息づかいに幸福感と共に安心感を抱いていた。

 

『そのちゃんも同じように感じてくれてるんだろうか……?』

 

劇のクライマックスが近づく中、隣の園子を見やる。当の園子は目を輝かせて劇に没頭しているようだ。

 

 

 

 

「勇者よ、足掻くな! 現実の冷たさに凍えて、堕落してしまうがいい。ガッハッハッハッハー!」

 

風演じる魔王が、友奈演じる勇者を追い詰めていく。だが、勇者の瞳から光を奪うことは叶わない。

 

「そんなのは、自分の気持ち次第だ! 世界には嫌なことだって、悲しいことだって、自分だけではどうにもならないことだって、たくさんある。だけど、私には大好きなみんながいるんだ! 大好きな人がいれば諦めるわけがないんだ! 大好きな人がいるのだから、何度だって立ち上がる。だから、勇者は絶対負けないんだっ!!!」

 

魔王に駆け寄りながら、大きく上段から剣を振り下ろす勇者。対する魔王は邪悪な意匠の杖で受け止めようとする。その動きを掻い潜った勇者の剣が、見事に魔王を打ち倒した。

その時、友奈がまるで目眩でも起こしたかのように倒れかかる。

 

「友奈ちゃん!?」

 

「友奈!?」

 

「友奈!」

 

「友奈さん!」

 

倒れかかる友奈を受け止める風。そして、劇の途中であることも忘れて舞台袖から飛び出し駆け寄る美森、夏凛、樹。

 

「あ、あれ? あ、ゴメン、ちょっと立ちくらみしたみたい。でも、だいじょう……」

 

友奈がそこまで言いかけた途端、場内に割れんばかりの拍手が巻き起こった。どこからか指笛の鳴る音もする。

貴也も力一杯手を叩いた。銀と園子は立ち上がって手を叩いている。

 

「ブラヴォー!!」

 

いや、園子は目一杯声を張り上げて賞賛の掛け声まで掛けていた。

 

壇上の五人は暫く呆然とその光景を見ていたが、やがて立ち上がると大きく手を振り、そして最後は綺麗なお辞儀を返した。

こうして、勇者部の劇は賞賛の嵐の中、その幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

部室で後片付けをしながら駄弁る勇者部の面々プラス三名。

美森が用意した、結構本格的なデジカメでスナップ写真を撮ったり、記念撮影をしながらである。

中でも、話題の中心はどうしても貴也になる。皆、三百年前の話に興味津々なのだ。

 

園子は、今だけは仕方がないな、と勇者部の面々に貴也を任せていた。

自分は昨日、さんざん貴也に甘えながら話を聞いていたからだ。もちろん、全然甘え足りないし、話し足りない。それでも、今日帰宅してからもあれば、明日もある。文化祭の終了時刻までくらいはと、自分で自分を誉めてやりたいくらいには我慢していた。

 

貴也との話にあぶれた部員と代わる代わる話し込んでいた。

ふと、貴也の方を見ると美森と二人で何か話し込んでいるのが見えた。時折、園子の方へと二人して視線を向けてくる。

なぜか、その光景だけは特に気になった。

 

『後で、わっしーを問い詰めてみようかな……?』

 

 

 

 

そろそろ、文化祭も終了時刻が迫っていた。

代わる代わる他のクラスや部活の展示物を見に行っていた部員も、皆部室に戻ってきてくつろいでいる。

讃州中学では、まだ中学生だからということで模擬店のようなものがないのが、少し盛り上がりに欠ける要素かもしれない。

 

「わっしー、たぁくんとなに話してたの~?」

 

壁際に並べられた椅子に座り、茶を啜っている美森に近づきながら、園子は尋ねた。

 

「ちゃんと挨拶していなかったから、おかえりなさいって言ってただけよ」

 

「それにしては長かったよね~?」

 

「ふふっ、バレちゃった? 本当はね、西暦の勇者様たちの中に好みの女の子はいましたか? ってね。で、もしも現代に帰って来れなかったら、どうしてましたか? って、聞いてたのよ」

 

悪戯っぽく、そう返してくる美森に園子は口を尖らせる。

 

「今日のわっしーは、なんだか意地悪だよ~」

 

「ふふっ、ゴメンね。そのっちがあんまりにも幸せそうだから、ちょっとからかいたくなっちゃったの」

 

園子は、そう言って片手で拝んでくる美森の左隣に座ると彼女の長い髪を撫で、丁度肩の辺りで結んである青いリボンを見つめる。

 

「そのリボン……、似合ってるね、わっしー」

 

その言葉に美森は目を瞠った。

 

「覚えててくれたんだ、そのっち……」

 

「もちろんだよ~。言う機会を逃し続けて、ゴメンね」

 

「ううん、いいのよ……。あの日の約束、叶ったのね」

 

二人とも涙が頬を伝う。でも、嬉し涙であることがはっきり分かるほど喜びに溢れた笑みが浮かんでいる。

 

「おっ、二人だけの約束で盛り上がってますな。あたしも混ぜてよ」

 

朗らかな調子で声を掛けてきた銀が園子の左隣に座る。

 

「約束って言えばさー、あたしたち三人で交わした、今んところ最後の約束、覚えてるか?」

 

「「もちろん!」」

 

銀の問いかけに、園子と美森の答えがハモる。

 

「あの遠足で交わした約束でしょ?」

 

美森が弾んだ声で補足する。三人とも、満面の笑みを浮かべた。

 

「そうだよ。――――――あたしが、園子に美味しい焼きそばの作り方を教えて」

 

「私が、そのっちに美味しい和食の作り方を教えて」

 

「「「それでもって!」」」

 

「たぁくんの胃袋を鷲掴みっ!!」

 

園子が立ち上がって、視線の先にいる貴也を掴もうとするかのように右手を突き出した。

 

 

 

 

園子に自分の名前を呼ばれたので、友奈と話していた貴也は振り向いた。

そこでは、園子と銀と美森の三人が満面の笑顔で幸せそうに笑い合っていた。

 

『友情を取り戻せて良かったな、そのちゃん……』

 

 

 

 

その日、風、樹、夏凛、友奈、美森、銀、園子、貴也の八人は、たくさんの写真を撮った。

その中には、校内新聞にも載った劇の打ち上げの写真や、皆でふざけ合った写真など、色々なものがあった。

そして、八人で並んで撮った笑顔が溢れる写真。

それは、今でも貴也の勉強机の上に飾られている。

 

 




章題通り、乃木園子の章 完結編でした。
もうあと一本、エピローグ的でかつ次章のプロローグ的なお話が続く予定ですが。

今回は、幸せメーターの針が振り切れたハイテンション園子を描写できて満足です。

貴也くんは友奈の名を呼ぶ時には複雑な心境に一瞬陥ったことでしょうが、今回はそこに主題がないのでカット。まぁ、西暦の時ほどの葛藤はなかったことでしょう。

ということで、次回もいつになるやら分かりませんが、お楽しみに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十五話 世界で一番

これまでの46話中最速で書き上げたかも。
勢い任せで、このお話の為に温めてきたものをぶちまけています。
あ、推敲も今までのものに比べると軽くですが、一応しています。

とにかく年度内にゆゆゆ編まで終わらせることが出来てホッとしています。
4月からどうなるのか、全くの五里霧中ですからねぇ。

では、本編をどうぞ。




目覚ましのアラームが鳴る。

体の自由が利かないので、左手だけを伸ばしてやっとの思いで止めた。

 

右隣を見ると園子がスヤスヤと眠っている。左手で貴也の右腕をがっしりと抱きしめ、右手は胸の辺りに回してこれまたがっしりと体を抱きしめている。ただ、なんだかだらしない寝顔だ。にやついた様な表情をしている上、涎が垂れている。

 

『可愛らしい美人顔が台無しだな……。他の男だったら百年の恋も冷めるのかもしれない』

 

現代に帰ってきてから四回目の朝を迎えた。もちろん、四回ともこの状況だ。

初日に離してくれなかったのは、まだ分かる。だが、二日目以降はこちらも恥ずかしいので、年頃の女の子としての貞操観念やらなにやら、こんこんと諭して別々の部屋で寝たはずなのだが、朝になるとこの状況だった。

 

『まぁ、それだけ寂しい思いをさせたんだろうけど……』

 

左手の人差し指で頬を突っつく。ムニャムニャと寝言を返された。

 

「起きてんだろ……? 昨日も一昨日もそうだったもんな」

 

「まだ寝てるよ~。ムニャムニャ」

 

「起きてるじゃないか! 起きろ、こんにゃろ!」

 

結局、そのままじゃれ合いながら朝の支度をする羽目となった。もちろん四日連続のことだ。

 

 

 

 

園子にピッタリと寄り添われながらLDKへと入る。

両親も千歳も揃っている。母は苦笑気味に朝の挨拶をしてきた。父と妹はなんだかニヤついた笑顔だ。挨拶自体は普通に交わしたが。

三人とも、初日こそ微笑ましいものでも見るような表情で見てくれていたのだが、少なくとも父と妹は日を追う毎に、その笑顔に粘着性が高まってきている。

その一方で、園子はキラキラとした満面の笑みで挨拶している。

 

『いつも思うことだけど、そのちゃんには常識が通用しないなぁ。この子には『恥じらい』という概念が無いんだろうか……?』

 

貴也も別にイヤな訳ではない。イヤな訳ではないし、むしろ内心とても嬉しいことではあるのだが、家族の前である。こうもベタベタされるのは恥ずかしいものではあった。二つの感情がせめぎ合い、なんとも言い難い複雑な心境にもなろうというものである。

 

『ああ、もう、いいや。考えるだけムダだ……』

 

ついには思考を放棄するというか、悟りを開くというか、賢者モードに移行し現状をあるがまま受け入れるのであった。

 

 

 

 

何のかんの言いながらも二人で仲睦まじく朝食を食べているうちに、父は職場へ、千歳は小学校へと出かけていった。

 

「今日も、二人でお出かけするんだったわね?」

 

母が今日の予定を確認してくる。

土曜日は、園子に讃州中学の文化祭へと連れ出された。昨日、一昨日は大赦お抱えの病院で精密検査を受けてきたところだ。当然のことながら園子の付き添い有りだ。一応、神樹館中学には来週月曜からの復帰を連絡してある。精密検査の結果は週末に教えてもらうことになっているので、今日から三日間は丸々フリーとなっていた。

 

「ああ、そのちゃんとお昼を外に食べに出かけてくるよ。そのあと、ブラブラするつもりだけど、夕方までには帰るから」

 

「そう。じゃあ、気をつけて行ってらっしゃいね」

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

十一月の爽やかな風に吹かれながら、二人乗りの自転車を走らせる。

白っぽいワンピースに藤色のカーディガンを羽織った園子は、荷台に横座りしながら貴也の腰に手を添えてバランスをとっている。

 

「私、こういうの夢だったんよ~。だいぶん前になるけどね、ミノさんに借りた少女漫画にこういうシーンがあってね、いいな~、羨ましいな~って思ってたんよ~」

 

「そりゃ、夢が叶って良かったな。母さんの使ってるママチャリで二人乗りしたいって言われた時は、どういうことか分からなかったけど、こういうことだったのか……」

 

「へへへ~。理由も聞かずに私の言うとおりにしてくれたたぁくんは、やっぱり優しいね~」

 

「はいはい。まぁ、そのちゃんの言うことに対しては『考えるな。感じろ!』で行かないとね。月を指差さされた時に、指を見てるだけじゃ真実は分からないっていうからね」

 

「なに、それ~?」

 

「映画の受け売りさ」

 

にこやかな彼女の疑問を受け流しながら、目的地に向かい自転車を漕ぐ足に力を込めた。

 

 

 

 

「おおー! これが噂のセルフうどん店……」

 

住宅が点在する畑の真ん中に、その店はあった。香川県に点在するセルフうどん店の典型例のような店構え。十一時を少し回ったあたりだというのに、既に何人か行列が出来ていた。

 

「タッくんやイヨジンと、ちょっと足を伸ばして遊んだ時によく来る店なんだ。かけうどんしか売ってなくてさ、一玉が小、二玉が中、三玉が大なんだ。それと麺と出汁の温度であつあつ、あつひや、ひやあつ、ひやひやがあるんだ。あとは揚げ物くらいかな。やっぱり種類は少ないんだけどね」

 

「お~、その店その店のルールもあるんだよね?」

 

「そうだな。はしごをするから、量は控え目にしておいた方がいいよ」

 

二人仲良く店のおばちゃんに注文して、差し出されたうどんの丼を持ち、出汁を自分でかけると、好きな揚げ物をトッピングする。会計を済ませて、店の外の木製ベンチに並んで腰掛け、うどんを啜った。

 

「やっぱり、ひやあつにして正解なんよ~。このちくわの天ぷらも美味しい~。これで、この安さは冗談みたいなんよ」

 

「ははっ……。お気に召した様で良かったよ」

 

「セルフのお店って初めてだからね~。ありがと、たぁくん」

 

園子のキラキラした笑顔に、胸を撃ち抜かれたような気持ちになった。

 

 

 

 

「三軒目ともなると、やっぱり胃も重たくなってくるね~」

 

「じゃあ、ここで打ち止めかな?」

 

三軒目の店は、大きく張り出した軒によしずを立て掛けて仕切りとした内側に木製のテーブルを並べた店構えだった。

そこで、この店の一押しである釜玉うどんを啜りながら、おしゃべりをする。

 

「私、うどんの中では釜玉が一番好きだけど、こんなに美味しいのは初めてだよ~」

 

「ああ、ここのは美味しいよね。でも、他にも美味しい店があるかもね。明日は映画の予定だから、明後日(あさって)は讃州市の方の店に行こうか? 風たちが絶賛してた『かめや』に行ってみるのもいいかも」

 

「うん! へへ~、幸せだ~」

 

片手を頬に当て、ちょっと他人には見せられないようなトロットロに蕩けた笑顔を見せる園子。

慌てて耳打ちした。

 

「他人もいるんだから、そんなだらしない顔するなよな。そんな顔は家の中だけにしろよ……」

 

「えー? いいでしょ……? ほんと、幸福感でいっぱいだから~」

 

どうやら聞く耳は持っていないようだ。深くため息をつく貴也であった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

溜め池を臨む公園までやって来た。平日のまだ昼下がりであるからだろうか、人がほとんどいない。

自転車は駐輪場に止め、池を眺められるベンチに二人並んで座る。

 

「結構、眺めがいい場所だろ。池も山も視界に入るし、あっちには讃岐富士だって見える」

 

「本当だね~。今日だけでも、私ってやっぱり相当の箱入りなんだな~って実感するよ~」

 

開放的な風景に二人揃って空を仰いだ。しばらく、そうやって空を眺めていた。

のんびりした時間が、じんわりと過ぎていく。

貴也は、園子の横顔を見つめた。とても大切な、何物にも代え難い存在。胸の奥が熱くなってくる。

決意した。やっぱり、今言おう。

 

「そのちゃん、大切な話があるんだ。聞いてほしい……」

 

「ん~? な~に~?」

 

ゆっくりと貴也の方へと視線を向けて、首を傾げる園子。

 

「今回のことで痛感したんだ。そのちゃんにとっては一ヶ月、僕にとっては五ヶ月、再会の可能性を諦めてしまいそうなくらい遠く離されてさ……」

 

そこまで聞いたところで園子が居住まいを正した。貴也の話に真剣さを見いだしたのだろう。

 

「僕は今まで、そのちゃんとのこと、幼馴染みという関係に甘えて曖昧なまま進めようとしてきてたんだ。でも、それじゃダメだと思ったんだ。もっときちんとした形で、そのちゃんと向かい合いたい」

 

園子の目をじっと見つめる。すると、彼女はほわっとした笑顔を見せた。

 

「たぁくんの思っていること、全部聞かせて……?」

 

「いや、上手く言葉に出来なくてさ……。今言ったことでほとんど全部なんだ。――――――だから、言うよ。僕は、そのちゃんのことが世界の誰よりも好きだ。だから……、彼女としてちゃんと付き合ってほしい」

 

最後の言葉は照れてしまい、目を伏せて彼女の顔から視線を外してしまった。返事を聞くのが恐いとも思ってしまった。

 

「いいよ……。これからもよろしくね、たぁくん……!」

 

軽い調子の返答だった。だから、思わず顔を上げて彼女の表情を確認した。

なんだか困ったような、それでいて嬉しさで蕩けてしまいそうな、そんな表情で目尻に浮かんだ涙を指で拭っていた。

 

「もう……! びっくりだよ~。今更、告白してもらえるなんて思ってなかったから、なんて返したら……」

 

そこまでしか言葉にならなかった。園子は、貴也の胸に額を押しつけてきた。

貴也は、そんな彼女の両肩を左腕で抱くようにしながら、右手でその柔らかなミルクティー色の長い髪を撫でるのだった。

 

 

 

 

しばらくそうしていた後、言葉を続けた。

 

「これで、彼氏彼女の関係になったっていうことで、いいんだよな?」

 

「うん……。これで恋人同士っていうことでいいと思うよ」

 

まだ貴也の胸に額を押しつけたままで、園子は同意の言葉を返してきた。

 

「じゃあ、お願いがあるんだけど、いいかな……?」

 

その言葉に、体を離して見つめてきた。

 

「なにかな? 私が今すぐにでも出来そうなこと?」

 

ちょっと緊張気味な返事が返ってきた。何を言われるんだろうかと身構えてさえいるようだ。

 

「僕にとって、そのちゃんは世界で一番大切な彼女なんだ。だけど、そのちゃんはその自分自身のことを世界で一番嫌っているって聞いたからさ……、出来れば好きになってあげて欲しいんだけど、ダメかな……?」

 

園子が驚きに目を丸くする。そして動揺したのか、その目を忙しなく動かした。

 

「そっか……。わっしーだね……? 文化祭のあの時、たぁくんと話し込んでたのはこのことだったんだ……」

 

そして、とても悲しげな表情になる。目を伏せてポツリと呟くように話し始めようとした。

 

「ムリだよ……。だって、私は――――――」

 

「知ってたよ」

 

「え?」

 

貴也が覆い被せるように発した言葉に、驚いたように顔を上げてきた。

 

「そのちゃんが、僕にこの指輪をくれてバーテックスとの戦いに巻き込んでしまったことに責任と負い目を感じてしまっていることは、ずいぶん前から気付いてたんだ。東郷さんに教えてもらうまでは、まさか、自分のことが世界で一番嫌いだって言うほど傷ついていたとは思わなかったけどね……」

 

「たぁくん……」

 

「でも、これは三百年前の出来事に僕自身が干渉した結果でもあるんだ……。その尻拭いを自分自身に押し付けてしまっているとも言える事なんだ……。だから、それを知った今なら自信を持って言える。そのちゃんが何もかもを背負(しょ)い込む必要なんて、これっぽっちも無いんだ……。責任を感じるな、なんて無責任なことは言わない。二人で半分ずつ重荷を分け合っていこう……。すぐに自分のことを好きになれ、とも言わない。無理をしない範囲で、少しずつ自分のことを許していってあげて欲しいんだ……」

 

噛み締めるように、少しずつ園子に語りかけていった。自分の思いを出来るだけ噛み砕いて、彼女の心に届くように願いながら。

園子の双眸には涙が溜まっていた。零れそうなほどに。でも、それを(こら)えるかのように目に力を込めて答えを返してきた。

 

「私はね、たぁくんにこの事を知られたら、きっとたぁくんのことだから無条件に私のことを許しちゃうんじゃないかって思ってたんだ~。そうなってたら、きっと私は……自分のことを一生、許せないと思ったんだ。だから、たぁくんに知られるのが恐かった。――――――でも、杞憂だった。私が思ってたより、ずっとたぁくんは優しかった……。無条件に許しをくれるなんてことは無かった。ちゃんと、私が背負うべきものも残してくれた」

 

そこまで言うと袖で溜まった涙を拭い、笑顔を作ろうとして失敗し、泣き笑いの表情のまま言葉を続けた。

 

「だから、頑張ってみるよ……。自分のことを好きになれるように。たぁくんの隣で胸を張って生きていけるように……。だから、応援してね」

 

「ああ、もちろん!」

 

園子の手を取る。彼女は今度こそ、ちゃんと笑顔を返してきてくれた。

 

 

 

 

「そっか~。悩んでて、たぁくんに相談しようと思ってたことも結論が出ちゃった」

 

そう言って、今度は悪戯っぽい笑顔を浮かべる園子。

 

「どういうこと?」

 

何も分からず、聞き返した。

 

「うん……。あのね、学校に戻ろうと思うんよ」

 

「神樹館中学に? そのちゃんなら、すぐに学業も追いつくと思うよ。僕は賛成だな」

 

「違うんよ。神樹館にはミノさんがいるけどね。ミノさんは学校のこと、楽しそうに話してたでしょ? きっと、私やわっしーと同じくらい大切な友達が出来ていると思うんよ。私に気を遣ってか、具体的に友達の名前とか、どんなことをしたとか話してくれなかったけどね。でも、私はこんな子だし、その輪の中にはとても入っていけないって思うんよ。だけど、讃州中学の勇者部のみんななら、私のことも受け入れてくれると思うんよ。だから、あの輪の中に入りたいな~ってね」

 

貴也の脳裏に勇者部の面々の顔が浮かぶ。確かに以前から、ああいう子たちが友達として園子の側に居て欲しいと思っていたところだ。

 

「確かに、あの子たちなら、そのちゃんともいい友達になりそうだなって思うよ。っていうか友奈なんかは、もう友達だと思ってくれてるみたいだしね」

 

「そうだね……」

 

「でも、讃州市だろ。僕の家からも乃木家からも遠いし、通うのは無理なんじゃ……?」

 

地理的な問題を指摘した。高速道路を使わなければ車でも一時間ほど掛かる距離だ。毎日の通学は出来ないとまでは言わないが、色々と困難だろう。

 

「うん、そうだよね。だから、その事を相談しようって思ってたんよ~。でもね、自分が好きになれる自分を目指そうと思ったらね、たぁくんの家でお世話になるのも、実家に帰るのも違うと思うんよ。たぁくんの家にこのまま居たら、きっと私はたぁくんに甘えるばっかりの子になっちゃって、とても自分のことを好きになれそうにはないんよ」

 

「でも、乃木家に帰るのは違うんじゃ……?」

 

「たぁくんが行方不明の間に、お父さんやお母さんには啖呵を切っちゃったからね。出来るだけ『乃木』の名前に頼らない生き方をしたいんよ」

 

「えっ!? じゃあ……?」

 

「うん。幸い、大赦を最大限利用できる立場にあるからね。そこを上手く使って、讃州市で独り暮らしをしてみようと思うんよ。それが出来れば、少しはたぁくんの隣に並べるような、自分が好きになれる自分に近づくような気がするんよ」

 

そう言うと、園子は晴れ晴れとした笑顔を見せてきた。

その笑顔を見て思う。それが、きっと園子には一番の道なんだろうと。彼女の幸せへの最短距離が、それなんだろうと。

 

「分かった。僕も応援するよ。困ったことがあったら、なんでも相談してくれよ」

 

「うん! 私は、今は勇者に変身する事も出来ないけど、たぁくんはそうじゃないもんね。きっと、私が危なくなったら、勇者の力を使ってでも助けてくれるって信じてるよ」

 

「若葉たちの力を使うのは、なんだか反則のような気もするけどね。もちろん、そのちゃんのためなら……、園子のためならためらわずに使うよ」

 

「ん? 園子……?」

 

「これからは他人がいる前では『園子』って呼ぶことにするよ。彼氏彼女の関係になったんだから、二人の関係性を一段……、あー、大人に近づけるっていうのかな? 『そのちゃん』は二人きりの時だけの、特別な呼び方にしようと思うんだ。いいよね……?」

 

「でも、私は『たぁくん』呼びを変えるつもりはないよ……?」

 

「それでいいさ。だろ?」

 

「うん。いいよ! でも今は二人きりなんだから……、ね? たぁくん……?」

 

「そうだな。そのちゃん!」

 

 

 

 

その日、二人の間で二人の関係性が大きく変わった。

そして、恐らく二週間もしないうちに二人は別々の場所に暮らすようになり、それぞれの道を進むことになるのだ。

でも、二人は信じている。二人は車の両輪のように、比翼の鳥のように、これからもお互い助け合って生きていくのだと。それこそ、これからもずっと……。

 

 




これにて、乃木園子の章は本当に完結です。

次回からは原作の勇者の章へと入っていくことになりますが、表面上は原作沿いながら、のわゆ編に(ちりば)めたように設定が大きく変わっているので、水面下では変なことが起きるかもしれません。
なお、くめゆ原作のストーリーには掠りもしない模様。

また、次回からの主要舞台は讃州中学勇者部になります。(園子が描写の中心に)
さらに、次回はあの人が満を持して再登場の予定です。(あ、銀のことじゃないですよ。銀も当然のことながら登場する予定ですが)

ということで、やっぱり次回もいつになるやら分かりませんが、お楽しみに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勇者部の章
第四十六話 華やぐ日常


お久しぶりでございます。

はい、勇者部の章です。勇者の章ではございません。
原作勇者の章の前半に当たるはずです。当たっているつもりです。

では、本編をどうぞ。





十一月も半ばを迎えた。

月曜日。美森は友奈と連れ立って登校していた。そもそも家がお隣さん同士なのだ。中学に上がってからの一年半、登下校だけでなく、生活のそのほとんどを友奈と過ごしているようなものだ。

 

『あ~、今日も友奈ちゃんの元気な笑顔を見ながら登校できて幸せだわ……。他人から見たら私たち二人、カップルに見えないかしら?』

 

もちろん、そんなことを考えているなど毛ほども感じさせずに、すまし顔で友奈の横を並んで歩く。頻繁に眼球の動きだけでチラッチラッと隣の友奈の笑顔を盗み見ているのが異常性を感じさせるのだが、そんな僅かな動きに気付く人もなく。

 

「おおーっ!? とーごーさん、校門の前に高級車が停まってるよ。なんだろー?」

 

友奈が急に歩くスピードを上げて黒塗りの車にトコトコと近寄り、後部座席を覗き込む。

だが、すぐに美森の下へ戻ってきた。

 

「誰も乗ってなかったよー」

 

えへへと笑いながら、頭を搔いている。

 

「もう! お行儀が悪いわよ、友奈ちゃん!」

 

口では(たしな)めながらも、そんな友奈も可愛らしくて素敵だと心の中を蕩けさせつつ、教室へと向かった。

 

 

 

 

二年一組には、美森、友奈、夏凛の勇者部二年生組三人が揃っている。

既に登校していた夏凛に友奈共々朝の挨拶をし、とりとめのないおしゃべりに興じていると、すぐに予鈴、そして始業のベルと時間が進んでいった。

 

担任の女性教師が教室に入ってくると、今日の日直が挨拶の号令を掛ける。

 

「起立! 礼! ――――――神樹様に拝」

 

教師への礼の後、号令に合わせて神樹様のある方向へクラス全員向き直り、両手を合わせて軽くお辞儀をする。

 

「着席!」

 

全員の着席を確認すると、なぜか担任が顔を僅かに引き攣らせながら話し始める。

 

「えー、今日は皆さんに新しい仲間を二名紹介します。編入生と転校生です。皆さん、仲良くしてあげてください」

 

美森は疑問に思った。この学級には六月に夏凛が転入してきている。この上同じ学級に、それも二名も転入生を受け入れるのは理に適ってない。何故、他の学級に入れないのか?

同じように思ったのだろう、学級内でも割と活発でかつ真面目な男子生徒が手を挙げて担任に疑問を投げかける。

 

「このクラスには六月に三好さんが転入してきてます。どうしてまた、それも二人もこのクラスに受け入れるんですか? 他のクラスは今年、まだ転入生はいないはずですけど……?」

 

「えー、色々と事情があるんです……。察して、とまでは言わないけど……、先生の権限ではどうにもならないから、我慢してね……」

 

困り切ったような顔でしどろもどろになりながら弁明する担任に、それ以上追及する生徒はいなかった。

気を取り直したように担任が教室の外へと声を掛ける。

 

「じゃあ、入っていらっしゃい。乃木さん、三ノ輪さん」

 

美森は、それこそ度肝を抜かれた。教室に入ってきたのが乃木園子と三ノ輪銀だったからだ。

 

『私、聞いてない……』

 

友奈と夏凛を見た。友奈は驚きに思考停止でもしたのか、口をぽかんと開けたままボケーッとしている。夏凛はと言うと、驚きに唾を飲み込み損ねでもしたのか、ゲホゴホと咽せている。

 

『あの二人はダメだ。私がしっかりしないと……』

 

だが、そう思う美森自身、頭の中が真っ白になり、まともな反応が返せそうになかったのだった。

 

 

 

 

教壇では、二人の自己紹介が始まっている。

 

「私は乃木園子って言います。小六の秋に体を壊して寝たきりになっちゃって、小学校中退のあと学校へ行けてなかったんだけど、すっかり良くなったので、また学校に通えることになりました。皆さん、仲良くしてね~」

 

自分の名前を黒板に大書し、ひどく重い事実をさらっと話すと、園子はにぱっと笑いながら右手を体の前で小さく振る。クラス全員、どう返していいのか分からず固まっていた。

 

「お? 重い事実をさらっと明かすな。じゃあ、次はあたしの番な。――――――あたしは三ノ輪銀。神樹館中学から来ました。見てのとおり、小六の夏に事故に遭って、右腕がありません! 左足も不自由になって、走ることもままなりません。でも、元気いっぱいのキャラなんでよろしく!」

 

銀も園子に対抗したのか、自分の名を板書した後、右腕の義手を見せびらかしつつことさら重い事実をにこやかに話すと、これまた満面の笑みで左拳を上に向けて突き出した。

既にクラス全員どん引きである。異常な状況の中で転入してきたこの子たちは、何故こんなにも重い事実をさらっと軽やかに話せるのか? しかもニコニコと笑いながら。

 

結局、微妙な空気のまま、転入生には恒例な筈の質問攻めもなく、朝の学活は終了するのであった。

 

 

 

 

一限目が終わった後の休み時間も、教室の一番後ろで二人仲良く隣同士座らされた園子や銀の下へ級友たちはやって来ず、皆遠巻きに見ているばかりだった。なお、一番後ろの席は窓側から順に夏凛、銀、園子の並びだ。

 

「ちょっと失敗したなー。掴みはオッケーと思ったんだけどなー」

 

苦笑気味にそう言っている銀。

美森は二人に近づきながら、内心突っ込む。

 

『なに考えているのかしら……? まともな思考の末に起こした行動とは、とても思えないわ。あれで、どん引きしない人なんていないわよ!』

 

「あー……、やっぱり私はこうなる運命なんよ……。これが人々を遠ざける乃木パワーっていうものなんよ」

 

園子は遠い目をしながら諦観たっぷりにボソボソと呟いている。

 

「銀! そのっち! どういうこと? 説明してちょうだい!!」

 

銀の机をバンと両手で叩いて追及する美森。友奈も美森に続いてやって来たのだが、美森の剣幕にちょっと引き気味である。夏凛も銀の隣の席で、やや口元を引き攣らせている。

 

「あー、あたしから説明してもいいんだけど、詳しいことは園子の方が知ってるからなー。でも、こんな感じだから、また昼休みか、放課後にでも……」

 

そう言って園子の方を見やる銀。園子は口から魂が抜け出ているような表情だ。とても説明ができそうな状態ではなかった。

 

「そのっち……」

 

そんな園子の様子に毒気を抜かれたのか、美森は深く深くため息をつくとすごすごと自分の席に戻るのであった。

 

 

 

 

昼休みも、とてもそんな話をする雰囲気にはならなかった。というのも園子が学校給食に目を輝かせ、それに没入したからだ。

 

「二年ぶりの給食は感慨深いんよ~」

 

その瞳を星の形にして満面の笑顔でパクつく園子。

その年齢不相応な無邪気な態度に、苦笑いを交わす美森、友奈、銀の三名。

ちなみに、四つの机を合わせて食事をとっている。美森と友奈は園子と銀の前の席の子に席を譲ってもらっているのだ。

夏凛はというと、机を合わせずに独りで食べている。どうも、少なくとも今だけは関わりたくないようだ。

 

『二年間、食事すら出来なかったっていうのは相当なものだったのね……。こんな、なんの変哲もない給食の献立に、これほど感激する人なんてそうはいないわ……』

 

献立の一品一品に、(はた)から見る分には『そこまで大げさに感動するものか?』という疑問を挟まざるを得ないほど大げさなリアクションで食事をする園子に対し、美森は半分同情しながらも呆れ返った。

もちろん、そんなリアクションを一々しながら食事をするのでは、あっという間に時間は経つものである。

結局、昼休みも問い詰める時間は無くなってしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「勇者部入部希望の乃木園子だぜー!」

 

「同じく入部希望の三ノ輪の銀さまだぜー!」

 

二人、鏡合わせのポーズで腕を突き出し叫ぶ園子と銀。

昼休みの間に夏凛から報告を受けていた風は、にこやかに迎え入れる。

 

「ようこそ、勇者部へ。歓迎するわ。乃木、三ノ輪!」

 

放課後になり、家庭科準備室兼勇者部部室では、二人の入部希望者を迎え入れていた。

しかし、二年一組での事情をよく知らない風と樹はともかく、美森と夏凛はジト目で園子と銀を見ていた。なお、友奈はほわほわニコニコとしている。

 

「先代の勇者だったお二人を迎えられるなんて凄いね、お姉ちゃん!」

 

「そうね。これで我が勇者部にも箔が付くってもんよ」

 

そんなやり取りを交わし嬉しそうな犬吠埼姉妹を尻目に、美森は園子に詰問調で対する。

 

「で? どういうことなの、そのっち……? 連絡も無しに讃州中学に編入してくるだなんて!」

 

「須美さんや……。ここは、『また一緒に勉強が出来るのね』とか言いながら涙ながらに抱きつく場面ではなかろうか……?」

 

「銀!」

 

「ヒエッ……!」

 

やんわりと取りなそうとする銀をギロッと睨み付ける美森。銀は怯えた表情で一歩退く。

 

「あはははは……」

 

「笑ってごまかさない! 風先輩、聞いて下さい。この二人、どうも権力を振りかざして、私たちの学級に籍をねじ込んできたようなんです。しかも、訳の分からない、周りがどん引きすること間違い無しの自己紹介までして……。級友たちは今日一日、みんな困惑してたんです! 少しぐらいお灸を据えないと!!」

 

『『アンタがそれを言うか……!?』』

 

笑ってごまかそうとする園子を(たしな)めた後、風に事情を訴える美森。だが風と夏凛は、結界に大穴を開けたあの叛逆案件を起こしただけでなく、最近友奈に対する奇行が目立ちつつある美森を半目で眺めるのだった。

 

 

 

 

『これで判明したわね……。先代勇者はみんな奇人変人の集まりだっていうことが』

 

失礼極まりないことを思いつき、一人納得する風。そこで貴也のことを思い出す。

 

『あー、ゴメン、鵜養……。アンタはまともだったかしら? でも、三百年前にタイムスリップしただとか、乃木の彼氏という時点で同類よ!』

 

頭の中で貴也も同じカテゴリーにポイッと放り込むと、先代勇者三人に向き直る。

 

「で? 東郷の言うとおりなんでしょ? 讃州中学に編入してきた理由を聞かせなさい、乃木」

 

「あー、いい若いもんが暇してブラブラしてるのもなんだから学校へ復帰しようと思ったんだけど、どうせなら仲良くなった勇者部のみんなと一緒がいいな~って思ったんだ~」

 

『あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない』

 

「三ノ輪は? アンタ、神樹館でそれなりに上手くやってたんじゃないの?」

 

「須美と園子は、あたしの一生の親友(マブダチ)だからな。その二人が揃うっていうのに、あたしだけ仲間外れはイヤだし……。神樹館の友達も大切だけど、この二人は本当に一番大切な友達なんだ。あと、こんな体になってから家族が気を遣いすぎちゃってさー。まあ、その辺リセットする意味でもちょっと離れた方がいいのかなって思ってさ」

 

『へー、意外にしっかり考えてるんだ。ていうか、なんだか三人の仲が羨ましいかも……』

 

二人の語る理由にある程度納得しつつ、今回の核心を突く。

 

「それで? 東郷たちと同じクラスになりたいからって、乃木家の権力でねじ込んできた訳ね?」

 

「違うよ~。乃木の名前は前面に出してないよ~。ま~、乃木園子って名前はそのまま出しちゃってるから、全く影響が無いって訳でもないだろうけど……」

 

「じゃあ、どうやってねじ込んだの?」

 

「大赦の力を使ったんだ~。私、二年前に二十回も散華したでしょ? あれで大赦の原理主義者はみんな、私のことを神様扱いしてて、今でもそうなんだ~。だから、私の言うことなら大抵なんでも叶えてくれるよ。今回も、同じクラスにして、とまでは言ってないけど忖度(そんたく)されちゃったみたいなんだ~」

 

「原理主義者……?」

 

聞き慣れない言葉に、戸惑う風。すると園子は大赦の現状を説明してきた。

 

「神樹様教の原理主義者って言ったらいいのかな……? とにかく、神樹様からの神託は絶対だって言う人たち。今の大赦の大半はそういう人たちで占められてるんだ~。ま~、だから私のことも神様扱いしてくれるんだけどね~」

 

「他にはどんな連中がいるの? 私は大赦で知っている人はごく限られてるから、実体を知らないのよね。それと、乃木の見立てでは兄貴はどういうカテゴリーに入ってるの?」

 

その説明に興味を惹かれたのか、夏凛が身を乗り出して尋ねてくる。

 

「危険なのは過激派かな? 原理主義者は善意に基づいた行動をするからまだマシ……、いや、(かえ)って性質(たち)が悪いのかな……? でも、過激派は正しい意味で確信犯だからね。もっと酷いよ。自分たちの考え方こそ人類を正しく導くものだって考えてる上に、大赦の主要ポストを押さえてるようなんよ。原理主義者のみんなは過激派の人たちにいいように使われてるみたい……。後は、穏健派と日和見派かな? 穏健派は良い意味で神樹様のお恵みを人類のために利用しようとしている人たちで、日和見派は字面のとおり穏健派と原理主義の間で揺れ動いている人たちだよ。にぼっしーのお兄さんは……」

 

そこで、若干溜めを置いて夏凛を見つめる園子。

 

「私の兄貴は……?」

 

「過激派……」

 

「!?」

 

「にも顔が利く穏健派だね~。実際凄いんよ、あの人。実力若手ナンバーワンだね~。穏健派であることも()取られないようにしてるし、表向きは単なる原理主義者だよ~」

 

園子の悪戯に、力が抜ける夏凛だった。園子に恨みがましい視線を向ける。

 

「私の味方にもなってくれたしね~。ま~、穏健派の真の大ボスがバックについてくれているからこその活躍でもあるみたいだけど。あ、今の分類は穏健派から見たものだから、大っぴらにはしないでね」

 

 

 

 

「ところで、園ちゃん達はどこに住んでるの? ちょっと見てみたいな」

 

皆が園子の解説をなんとか理解しようと頭を捻っている中、唐突に友奈が話題を変えてきた。それに答えるのは銀。

 

「駅東の背の高いマンションの最上階だよ。園子とシェアハウスしてるんだ」

 

「えー!? あのやたら高額のマンション!? それも最上階なんて、セレブ()用達(ようたし)の最高額の部屋じゃない……!!」

 

驚愕の声を上げる風。その不動産(つう)っぽい発言に怪訝な顔をする美森。

 

「どうして、そんなことを知ってるんですか、風先輩……?」

 

「いやぁー、折り込みチラシで知ったんだけどね……。アタシらの住んでるマンションと比べて、やたら豪華だなーって印象に残ってたのよ」

 

『折り込みチラシって……、主婦か!? ああ、風は主婦だったわ……』

 

内心突っ込みを入れた夏凛だったが、すぐに思い直す。風が樹と姉妹二人暮らしだったのを思い出したのだ。

 

「でもさ、園子の奴、風呂が狭いってぶーぶー言うんだぜ」

 

「あれ? 間取り図を見た時は、そんなに狭いって印象は持たなかったんだけど……」

 

「いや、広いよ。少なくともあたしんちの実家よりはね」

 

だが、銀と風のそのやり取りに園子は不平を漏らす。

 

「だって、私の実家と比べるのはさすがにアレだけど~、たぁくんの家と比べても狭いんだよ……」

 

「ちょっと待て、園子。貴也さんの家と比べてたのか……!? そりゃダメだ。あの家、お前の為に完全バリアフリーで、風呂だってお前が横になったまま、お世話する人も一緒に入れる仕様だって聞いたぞ。そんなのと比べちゃ、ダメだろ……」

 

「それはダメね……。そのっちはもう少し庶民感覚というものを身に付けた方がいいわ……」

 

「え~!?」

 

銀と美森のダメ出しに頬を膨らませる園子。それを友奈が取りなす。

 

「まーまー。じゃあ、みんなで園ちゃんちへ確認しに行こうよ。私、園ちゃんちを見たいし」

 

「じゃあ、みんなで交代で一緒にお風呂に入ろう! 三人ずつなら、なんとか入れるぜー!!」

 

「待てよ、園子。まだ部屋の中、片付いてないだろ……。それに、みんなで一緒に風呂ってなんだよ?」

 

唐突な思いつきにテンションがいきなり振り切れる園子を銀が抑えに掛かる。

 

「だって、みんなと裸の付き合いがしたいんよ~!!」

 

「とにかく、明日にしましょう。乃木はちょっと落ち着きなさい。緊急の案件は入ってないわよね、東郷」

 

「ええ。じゃあ、明日はみんなでそのっちと銀の家を訪問しましょうか。そのっちと銀は今日中に家を片付けておくこと。いいわね……?」

 

「なんだか東郷先輩、二人のお母さんみたい……」

 

 

 

 

「はぁー……。文化祭の時にも片鱗を見せてたけど、今日はそれ以上だわ。アンタ、鵜養がいないとアクセル全開ね……」

 

夏凛がため息をつきつつそう漏らすと、園子はニコニコと頭を掻きながらも言い訳がましいことを返してくる。

 

「そりゃー私だって、好きな人の前では猫を被るよ~。たぁくんに引かれでもしたら、立ち直れないくらいのショックを受けるかも~」

 

『お前は、アレで猫を被ってるつもりだったのか!?』

 

園子の言葉に風、夏凛、銀は驚愕の表情で固まる。彼女たちの(いだ)く感想は全く同じだ。

 

『そりゃ、そうよね。私だって友奈ちゃんの前では、極力抑えてるわ……』

 

美森は一人同意する。もちろん本人の個人的感想であり、第三者の目から見てどうであるかはまた別の話だ。

樹は脳内コメントにすら困っているのか、困惑の表情だ。

 

「そんなもんだよね~、ミノさん……?」

 

「園子……、彼氏いない歴イコール年齢のあたしに振るんじゃない!!」

 

「え~? フーミン先輩は同意してくれるよね……?」

 

「え? ええ、そうね……」

 

『グッハー……。後輩に色恋沙汰で負けてるって、私の青春って一体……!?』

 

言葉の刃に斬り捨てられる銀と風。その様子を見て苦笑いをしているばかりの美森、樹、夏凛。

そして、友奈は……

 

「じゃあ、明日の園ちゃんち、楽しみだねー」

 

平常運転のままだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

同日の夜。

貴也は自室で、その日の宿題を片付けていた。

 

「そういや、そのちゃんは今日から讃州中学に登校してるんだっけ……。連絡……、来てないな」

 

ふと思い出してメールとSNSをチェックする。初日ということもあり、色々と忙しいのだろう。園子からの連絡は来ていなかった。

その時、階下で家の固定電話が鳴る音がした。リビングには貴也以外の家族三人がいるはずなので無視をし、宿題の続きを再開した。

すると、階下から千歳が声を張り上げてきた。

 

「お兄ちゃーん! 女の人から電話―!!」

 

「今行くー!」

 

返事をして部屋を出ると、階段を駆け下りた。妹がニヤニヤしながら、電話の子機を持って立っている。

 

「はい。弥勒さんって人からだよ。誰かな~? そにょちゃんに告げ口しようかな?」

 

「弥勒さん? 小学生の時の同級生の?」

 

子機を受け取りながらも、疑問符が頭を占める。

 

「はい。もしもし……? 鵜養貴也ですが……?」

 

『ああ、鵜養くん? お久しぶり。小学生の時、同級生だった弥勒夕海子です。覚えています……?』

 

「ああ、覚えてるよ。久しぶり。どうしたの? 急に電話なんて……?」

 

『ええ。ちょっと鵜養くんに相談がありますの。明後日(みょうごにち)、お宅へ伺ってもよろしいかしら?』

 

「いいけど……。何時頃?」

 

『五時頃に女性三人で伺いますわ。わたくし以外の二人も中学生ですから、お気遣いは不要です。でも、相談の内容は少し深刻なものですの……』

 

「? どういった内容かな?」

 

『電話で話すのは、少し……。ですが有り体に言えば、神樹様のお役目に少し関わることですわ』

 

「どうして、そんな内容の相談事を僕に……?」

 

『だって、あなた……『勇者の(まも)り手』なんでしょ?』

 

その夕海子の言葉に衝撃を受けた。

そのように自分を呼ばれたことは、誰にも話していなかったことだ。園子にさえ……

あの時アバター友奈に言われた、そのどこか中二病めいた呼び方には、げんなりしていたからだ。

 

「どこで、その呼び方を……?」

 

『やはり、そうですのね……? 分かりました。全部、お会いした時にお話ししますわ……。では、明後日。よろしく』

 

夕海子からの電話は切れた。

貴也は、ツーッツーッと発信音を鳴らしたままの子機を見つめながら、呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 




原作と異なる登場の仕方をしたばっかりに、クラスに溶け込めなかった園子と銀でした。
なんか、色々と酷いことになっているような気がしないでもない。それもこれも余計なところまで忖度した大赦のせいなんや、ということで。

さて、勿体ぶって再登場したのは似非お嬢様でした。いえいえ、本作では一応名家の一角を占めたまま没落せずに踏ん張っているので、正真正銘のお嬢様の筈です。
ということで、夕海子ちゃんがさらに勿体ぶったところで次回へ続くです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十七話 お宅訪問!

ちょびっとずつ書きためてきたのが、ある程度ものになったので投稿です。
執筆時間がとれねー。

では、本編をどうぞ。




「さて、今週もやってまいりました『ドキッ! 勇者のお宅訪問 ~赤裸々な真実を追え!~』司会の犬吠埼風です!」

 

「アシスタントの三好夏凛です……って、風! なにやらせるのよっ!?」

 

「いや~、お巫山戯でもしないと、この現実は受け入れられないわー。なんで讃州市なんて片田舎のマンションにオートロックがあるのは兎も角として、コンシェルジュまでいるのよ?」

 

「お姉ちゃん、園子さんのお宅なんだからあんまり違和感ないと思うよ……」

 

「楽しみだね~。なんか、私ドキドキしてきちゃったよ」

 

「未知の空間との遭遇に興奮している友奈ちゃんも素敵だわ~。これは保存しておかなくっちゃ!」

 

園子と銀の部屋の扉前で姦しく騒ぐ勇者部七名の少女たち。放課後、一度帰宅してから園子と銀の住むマンションに集合したのだ。

虹彩認証で鍵を開けると、園子がにこやかに迎え入れる。

 

「あのコンシェルジュは大赦から派遣されてきているみたいなんよ~。それは兎も角、みんな~、ようこそ我が家へ~」

 

「それは、アンタ達が監視されているって事じゃないの?」

 

「そりゃ~、神様扱いだからね~。気にしたら負けだよ~」

 

夏凛の突っ込みを軽く流しながら皆を自宅へと招き入れる園子。

全員でどやどやと上がり込む。

 

「おおー、広いねー」

 

友奈が感嘆の声を漏らす。それはそうだろう、部屋数こそ3LDKだが、一つ一つの部屋が広い。すべての部屋が十二帖オーバーの上、LDKは合わせると五十帖は確実にあった。

家具調度品も決して過度に華美ではないが、高級そうな物ばかりである。

 

「かーっ、ブルジョワめー。アタシら労働者階級の敵ね……」

 

「あたしもなんか落ち着かなくてさー。園子にお願いして、徐々に普通の調度品に変えようとしてんだけどさ」

 

風が半分おどけて園子を敵視すると、銀も少しうんざりした様子で不満を漏らす。

 

「時間が無い中での引っ越しだったからね~。私が実家から用意できない物は大赦にお願いしたら、こうなっちゃったんだ~」

 

「でも、素敵なおうちに見えますよ。なんか、私も落ち着かないけど……」

 

樹も若干羨望が混じりながらも、苦笑いをしていた。

 

「おー! バルコニーも広い! ルーフバルコニーって奴だねー。景色もいいし、さいこー!」

 

友奈はLDKの掃き出し窓から外を眺めてまたもや感嘆の声を上げていた。

 

 

 

 

皆が園子の案内でちょっとした内覧会をやっている中、美森は銀を銀自身の私室に引っ張り込む。壁ドンを決めると、銀の瞳を見つめながら詰問した。

 

「本当のことを教えて、銀。昨日、よく考えてみたんだけど、あれだけ弟さん達を可愛がっていた貴方が、家族と離れてまで讃州中学に通うためにそのっちと同居するなんて信じられない……」

 

「いやー、やっぱり須美にはバレるか……」

 

タハハと頭を掻く銀。だが、すぐに声のトーンを落とし真剣な表情で美森の耳元に囁く。

 

「心配させるといけないから、勇者部のみんなには口外無用だぞ。暗にだけどさ、大赦に家族を人質に取られてんだ。園子の言動をチェックして一々報告しろってさ。多分……っていうか、絶対、貴也さん絡みだろうな」

 

「貴也さんが大赦の管理下にない勇者だから? そのっちは貴也さんと近すぎるから監視されてる?」

 

「まあ、そういうことだろ? この部屋もカメラと盗聴器が仕掛けられてたんだぜ。三好さんって人が全部回収していったけどな」

 

「以前、貴也さんの家で会ったあの人? 夏凛ちゃんのお兄さんとはいえ信用できるの、その人……?」

 

「大丈夫だろ。園子が信用しているようだったし。じゃ、まあ、そういうことで」

 

そこで、トーンを変えて大声で話し出す銀。

 

「だろ? ちょっと、あたしの部屋も広すぎて落ち着かないんだよ!」

 

そこへ夏凛がやってくる。

 

「何してんのよ? 二人でこそこそと……?」

 

「いやー、ちょっと同窓会じみた三人でのお泊まり会の相談をしてたんだ」

 

「ふーん。やっぱり、先代三人は仲いいのね」

 

納得した顔で風達の元へ戻る夏凛。銀は美森ににやっと口角を上げて見せた。

 

 

 

 

さて、いよいよ本題のお風呂を確認する。皆、風呂場を代わる代わる覗き込む。

調度品の関係で高級感こそあるが、言えば普通の広めのシステムバスだ。親子三人ぐらいなら充分同時に入れるだろう。

 

「広いじゃない。三人は入れるわね。これで文句垂れてたらバチが当たるわよ」

 

風のその感想が皆の結論だった。皆納得の様子に、園子だけが青菜に塩の状態だ。

 

「やっぱり、そうなんだ~。私の感覚って、ズレてるんだね~」

 

「まあ、そう落ち込みなさんな。こんなことだろうからと、みんなに用意してもらったんだからね。景気づけに『かめや』でうどん食べたら、パーッとスパでみんな一緒にお風呂に入りましょう」

 

「うどん食べるのって、景気づけなんだ……」

 

風の妙な元気づけに、樹が死んだ魚のような眼で投げ遣りに反応する。

そう。こんなことになるだろうと風が予め園子を除くみんなに、近所のスパで風呂に入ろうと用意をさせていたのだ。

 

「そうだね~。予定どおり、裸の付き合いだけでもしようか~」

 

「うわーい、みんなでお風呂っ、みんなでお風呂っ!」

 

友奈がリズミカルに喜びの声を上げる。みんな、楽しそうに園子達の家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

かめやで皆思い思いのメニューを堪能した後、近くのスパへやって来た。早速、全員で風呂へと直行する。

スパと言うだけあり、様々な形態の風呂がある。ごく普通の檜風呂、露天風呂、サウナ、ジャクジー等の他、海水風呂や寝転んだまま入る浅い風呂などもあった。

まずは体の汚れを落とすべく、洗い場で互いに洗いっこをする。

 

「みんな、髪を下ろすと印象が変わるね~。にぼっしーは特に美少女度が跳ね上がるね~」

 

「な、な、な、何言ってんのよ、乃木!」

 

風呂に入るに当たって全員髪を(ほど)いている。七人の中でショートヘアと言えるのは樹だけで、他は皆長く伸ばしていた。特に風、美森、園子の三人は腰すら越えてお尻を隠せそうなほどの長さだ。友奈、夏凛、銀の三人も肩に届く以上の長さがある。皆、普段は髪を編んでいたり纏めていたりするので、かなり印象が変わっていた。

 

「もう~! 裸の付き合いまでしてる仲なんだから下の名前で呼んでよ~。あ、私みたいにあだ名呼びでもいいよ~」

 

「アンタの人付き合いの距離感が分からんわ! うー、園子……。これでいい……?」

 

「いいよ、いいよ~。にぼっしーに呼び捨てされるって、なんか、か・い・か・ん……!」

 

「ア、アンタ、ヘンなスイッチ入ってるわよ!」

 

「う~、にぼっしーのお肌、すべすべ~。キャラも立っているし、きっと読者にも好かれるよ~」

 

「へ!? なに言ってんの、アンタ?」

 

「なんでもないよ~」

 

園子と夏凛のペアは、なにか妖しいやり取りをしている。銀と洗いっこをしている風は、そんな二人を窘める。

 

「アンタ達。他のお客さんの迷惑になるから、騒ぐのもほどほどにね」

 

しかし、もう一組の妖しいペアも樹を巻き込んで騒いでいた。

 

「友奈ちゃん……。ここは天国かしら? いえ、きっとそうに違いないわ!」

 

友奈の背中をスポンジでこすりながら、半ばトリップしている人物が一人。

 

「あははは……。くすぐったいよ、とーごーさん!」

 

「え、えっと、友奈さん!? アヒャッ! 笑いながらこすらないで~」

 

美森の変則的な洗い方にくすぐったがっている友奈が二次被害を樹にもたらしていた。

 

 

 

 

カポーン。

風は樹と姉妹水入らずで檜風呂に漬かっている。友奈、夏凛、銀の三人はサウナで我慢大会を開催しているようだ。園子と美森はジャクジーにリラックスしながら漬かり、なにか話し合っているようだ。

 

「は~、平和でいいわ~」

 

「この半年、大変だったものね」

 

「でも、そろそろ次の部長を決めないとね~。樹なら誰を推す?」

 

「そっか……。お姉ちゃんもあと四ヶ月で卒業だもんね。そうだなー、東郷先輩はどうかな?」

 

「先代の三人はないわー。乃木と三ノ輪は昨日入ったばっかりだしね。すぐに勇者部の運営を任せるのは厳しいわよ。それから東郷はあのエキセントリックな、なに仕出かすか分からないところは部長向きじゃないわね。逆に実務がちゃんと出来るのはあの子だけだから、副部長こそ東郷で決まりね」

 

「じゃあ、友奈さん?」

 

「うーん。ムードメーカーとしてはいいんだけどね。体育会系の部活ならキャプテン向きなんでしょうけど。我が勇者部の部長は対外向けにきちっと交渉できないといけないからね。ちょっとホワホワしすぎかな?」

 

「じゃあ、夏凛さんだ」

 

「うん。アタシも今のメンバーじゃ夏凛かな、って思う。でもなー」

 

「でもなー?」

 

樹と次期部長の人選を相談しながら、風呂の中で体を伸ばす。

 

『夏凛は他人と当たる時に常にファイティングポーズとってるようなところがあるからなー。――――――あれ? ということは、何? 勇者部で常識人枠って、アタシと樹だけじゃない? となると、次期部長の選択肢って実質一つだけじゃない?』

 

なんだか他人から見る分には、自分は酔ってないと主張する酔っぱらいのような結論に辿り着く風。

だが、彼女の中では納得のいく結論に落ち着いたようだ。この瞬間、樹の二年間に渡る苦難の時間が約束されたのであった。

 

 

 

 

結局、サウナでの我慢大会は友奈が優勝したそうだ。最後までニコニコと笑顔を崩さなかった友奈に、夏凛と銀は舌を巻いたという。

最後の締めは風の発案によるフルーツ牛乳の一気飲み大会になりかけたのだが、美森の雷が落ち、ただ単に普通に思い思いの飲み物を飲んでおしまいとなった。

皆、満足の一日であったそうな。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

勇者部一同がスパで親睦を深めた翌日の夕方。鵜養家の玄関には四人の訪問客が訪れていた。少女三人に男一人。男は二十代前半に見える。夏凛の兄、春信と同世代か? なんとなく、三百年前に世話になった大社職員に似た顔立ちに思える。

 

「四人……? 聞いていたより一人多い?」

 

「これはわたくし付きの執事のアルフレッドですわ。――――――アルフレッド。あなたは車で待機なさい」

 

「お嬢様。いつも申して上げておりますが、私は佐々木柊馬という名前でございます。それに弥勒家にお嬢様個人付きの執事はおりませんし、私は弥勒家御当主付きの運転手にすぎません」

 

「口答えはいいから、さっさとお行きなさい。――――――失礼しました。では、ご案内をお願いいたします」

 

貴也は半目になりながら、挨拶もそこそこに辞する佐々木を見送る。アンタも苦労してんな、と同情しながら……

 

 

 

 

話の内容が神樹様のお役目に関することなので、とりあえず元園子の部屋に客を通した。一応、応接セットも揃っているからだ。

三人の少女は、それぞれ自己紹介をする。

一人は弥勒夕海子。小学生の時の同級生だ。お嬢様然とした態度をとっているが、どこか薄っぺらい。貴也が乃木園子という正真正銘、四国トップの本物のお嬢様を知っているからかもしれない。まあ、園子自身もクセのある性格をしているが。

凛とした、というよりはどこか険のある少女は楠芽吹と名乗った。一つ年下だそうだ。防人(さきもり)隊の隊長であるとも名乗った。知らない組織名だが、とりあえず流して三人目の自己紹介を聞く。

最後の一人は巫女装束に身を包んだ、優しい雰囲気のある、まだ小学生であると言っても通りそうな小柄な少女だ。国土亜耶と名乗った。中一で防人付きの巫女であるとも。この子は、見ているだけで自分も優しい気持ちになれる、そういう感じを振りまいていた。芽吹はこの亜耶の警護役としてついて来ているのだそうだ。

 

「防人って、なに……?」

 

貴也のその疑問に対しては芽吹が率先して説明してきた。

防人とは、友奈たち当代勇者が第一線を引いた後を受けて、主に結界の外の調査を行っている少女たちだそうだ。三十二名の構成員全員、勇者候補生だったらしい。ちなみに夕海子は二十番の番号を振られた防人でもある。当代勇者のものよりもスペックダウンしたシステムでバーテックスに対抗しているようだ。亜耶も、一緒に結界外へ調査に行ったことがあるという。

 

「で、本題の用件っていうのは……?」

 

「これですわ」

 

夕海子が一冊のノートを鞄から取り出してきた。

中を見てみると、漢字ばかりの羅列が目に飛び込んできた。貴也には既視感があった。かつて、ひなたが見せてくれた神託にそっくりだった。

 

「これって、万葉仮名の神託……?」

 

その言葉に、三人の少女は驚きと共に嬉しさも籠もった表情で目配せを仕合う。

 

「流石ですわ。やはり鵜養くんは『勇者の(まも)り手』なんですのね。それは国土さんが受けた神託なんですのよ」

 

「その『勇者の守り手』という呼び方は、一体どこで……?」

 

ややうんざりしながら、その呼び方の出所を探る。それには亜耶が答えた。

 

「神託を受けたんです。『この真仮名の神託は、大赦に直接報告してはならない。必ず勇者の守り手を経て然るべき者へ伝えよ』と……。でも、私にはどうしたらいいのか分からなかったので、優しくしてもらっていた芽吹先輩たちに相談したんです。防人の皆さんは大赦にあって大赦の人達とは一線を画していますから」

 

「そこで、わたくしの出番ですわ。防人になったばかりの頃に、座学で勇者の戦いをビデオで見せてもらっていましたからね。個人を特定できない引いたアングルばかりでしたが、その中に乃木のお嬢さんが混じっているのに気付きましたの。そこで、勇者の守り手というならば、あなたのことが真っ先に思い浮かんだんですわ」

 

ある意味驚愕した。そんな僅かな状況証拠だけで自分を特定してくるなんて……。小学生の頃の夕海子を知っているが、ポンコツなのか鋭いのか分からないところがあったな、と思い返す。

だが、亜耶からその考察が台無しになる発言が。

 

「あれ? 乃木園子様と鷲尾須美様、それに三ノ輪銀様が勇者のお役目についていたことは、神樹館の皆さんなら誰でも知っていたことですよ」

 

そういえば、そうだったな、と思い直した。

 

「わ、わたくしが卒業した後のことですわよね……!?」

 

なんだか部屋の温度が少し下がったような気がした。

 

 

 

 

「でも、然るべき者へ伝えよ、と言われてもなぁ……」

 

伝えるべき者の心当たりが無いので貴也は困惑した。すると亜耶が助け船を出してくれる。

 

「私も難しい漢字の読み方が分からないので憶測になりますが、内容は神事の行い方のようなんです。ですから、やはり大赦の中の信頼の置ける方へ伝えるのが筋ではないかと思います」

 

「そういや、ひなたもそんな事を……、っ!」

 

失言だった。慌てて言い直す。

貴也が三百年前にタイムスリップしたことを知っているのは、家族と園子の他は勇者部の面々だけだからだ。彼女たちには箝口令を敷いている。大赦には、結界破壊時の戦いの後はいきなり一ヶ月後に跳んだことにしており、その間の記憶は無いものとして報告していたのだ。

 

「乃木園子から聞いたんだけど、三百年前に上里ひなたという西暦の勇者付きの巫女がいたそうなんだ。彼女も当時の巫女の中で唯一、その万葉仮名の神託を受けていたそうなんだ。その内容もやはり重要な神事の行い方だったらしい……」

 

「今、ちゃんとした神事を行えるのは大赦だけでしょうし、亜耶ちゃんの言うとおり、大赦内部で信頼の置ける人たちを探すべきではないでしょうか……?」

 

芽吹も身を乗り出し、亜耶の意見を補強する。亜耶も夕海子も納得の表情だ。

 

「園子に相談してみるしかないか……。とりあえず、このノートは預かってもいいかな……?」

 

「神託は今も毎日下りてくるんです。そのノートに追記していくつもりですので……」

 

亜耶が申し訳なさそうに貴也の提案に拒否を示してきた。すると、夕海子がどや顔で紙束を取り出す。

 

「そういうこともあろうかと、コピーをとってまいりましたわ。こちらをどうぞ」

 

「分かった、こちらを預かるよ。毎日の新しい神託については、どうしよう?」

 

「実は亜耶ちゃんは大赦に厳重に監視されているんです。今日、ここへ連れ出すのも私が個人的に繋がりのあった三好さんという方と、先ほど鵜養さんも会われた佐々木さんのお二人に上手くやってもらってるんです」

 

「三好さんって、三好春信さん?」

 

「ええ、そうです。ご存じなんですか?」

 

芽吹とのやり取りで仰天した。亜耶が厳重な管理下にあるのもそうだが、三好についてもである。

 

『あの人は、どこにでも繋がりがあるな……!? 一体、何者……?』

 

三好についての説明もそこそこに貴也は結論だけを三人に話す。

 

「じゃあ、国土さんと僕との間に直接の繋がりが出来たことを気付かれる訳にはいかないね。――――――新しい神託は、写真に撮って暗号化した後、国土さん、弥勒さん、佐々木さん、そして僕の順で経由するようにメール送信することで誤魔化そう。気休めにしか過ぎないけど、やらないよりはマシだと思う」

 

「暗号化すると、却って疑われるのでは……?」

 

「その辺は三好さんに相談すれば、なんとかなるはずだ。あの人、そういう技術分野にも明るいから」

 

「まあ、しないよりはマシですわね」

 

「では、そのようにいたします」

 

こうして、その日の顔合わせは終わった。

 

夕海子達を見送った後、貴也は神託のページをめくった。読めそうで読めない文章。(おん)は分かっても内容の分からない文章。

貴也は知らない。三百年前、ひなたが受けた真仮名の神託が、高嶋友奈を含む五人の少女を死に追いやったことを。生け贄を求める神事が綴られていたことを。

 

 




日常回っぽいのに不穏な空気も紛れ込む勇者部でした。
『二冊目の勇者御記』をベースに前回の流れも踏まえた変則的なお風呂回となりました。お風呂描写はもっと多かった方が良かったですかね?

一方、貴也くんの方は防人組と繋がりが出来てしまいました。
さて、この亜耶ちゃんが受けた神託がどういう方向に物語を進めていくことになるのか、今後をお楽しみに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十八話 整理しよう!

いつの間にか2万UAです。
読者の皆様に感謝!

では、本編をどうぞ。




「こんにちは~。乃木園子、はいりま~す」

 

「遅かったわね、乃木。どうしたの?」

 

木曜日の放課後、勇者部の部室に園子が遅れて現れた。備品の整理をしていた風が尋ねる。

 

「あはは……。掃除当番だったんだけど~、途中で箒持ったまま寝ちゃってたんよ~」

 

「は~、器用なことするわね、園子は……」

 

「わ~、にぼっしーに褒められちゃった~!」

 

「凄いよ、園ちゃん。夏凛ちゃんは、なかなか人を褒めないんだよ」

 

「いやいや、褒めてないから……」

 

友奈がズレた発言で園子と喜ぶ中、いかにも頭痛で困っていますという風情で頭に手を当てながら首を振る夏凛。

 

「でねでね、勇者部に私から依頼があるんよ~」

 

「私の突っ込みは無視か!」

 

「なに……? 乃木からの正式な依頼?」

 

夏凛の突っ込みを一顧だにせず、園子は勇者部全員に向けて声を掛けた。

 

「うん。本の整理なんだ~。小説のネタ探しと今後のために、実家から書庫に眠ってる本を送ってもらったんだけどね~。昨日届いたんだけど、思いのほか多くて~。ミノさんと私だけじゃ、いつ整理が終わるか分からないんよ~」

 

「大赦に頼んだら? その方が手っ取り早いでしょ……?」

 

「でもね、実家の書庫に眠ってた本だから、もしかしたら大赦の検閲を逃れてる本も紛れ込んでるかもしれないからね。大赦の人間に任せるのは、まずいんよ~」

 

「実家から出す時に、既に検閲されてるんじゃ……?」

 

樹のその疑問に対しても、園子は動じない。

 

「大丈夫だよ~。お父さんが気を利かせて、乃木家子飼いの昔からのお手伝いさん達に荷造りしてもらったそうだから~」

 

そう園子が返す横では、美森が握り拳に力を込めて瞳に炎を燃やしていた。

 

「ぅおのれ、大赦! 焚書坑儒とは文化と文明の敵よ!!」

 

風は、そんな美森を見なかったことにしつつ、その場をまとめた。

 

「じゃあ、土曜日は依頼の対応で一杯一杯だから、日曜日にまた乃木の家に行きましょう。暇がある人だけでいいわよ」

 

「お昼は私とミノさんで用意するね。午前中に本を本棚に収めて、午後は検閲を免れてる本を少し探そうと思ってるから~。興味のある本があったら、貸し出しもするよ~」

 

その発言があったからではないだろうが、結局、勇者部全員で参加することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「くそー、やっぱり罠だったか……。まさか、客間が存在しないとは……」

 

「だから~、たぁくんは私と同じベッドで寝ればいいんよ。えへへ……。先週の木曜日振りなんよ。うっれしいな~」

 

「あたしも同居してることを忘れんなよ! 不純異性交遊はんたーい! 中学生男女の同衾、ダメ、絶対!!」

 

土曜日の夕方、翌日の本の整理の応援に駆り出された貴也は園子達の家に入るなり、自分が罠に掛けられたことを悟った。亜耶から預かった神託の件もあるので園子の勧めで前泊する事になったのだが、園子達の家でもあるので部屋数は充分あるものと高を括っていたのだ。まさか、銀と園子それぞれの私室とLDKの他は段ボール箱で一杯の書庫の予定である部屋しかないとは……

園子はほぼ一週間ぶりに貴也と一緒の布団で寝られると大喜びし、銀は白眼を剥いていた。

 

「とりあえず今晩、僕はリビングのソファーで寝るからな!」

 

貴也はせめてもの抵抗として、そう宣言する。だが園子は全く動じずにニコニコとしていたのだった。

 

 

 

 

「どう? 美味しい……?」

 

緊張した面持ちで、そう尋ねてくる園子。食卓の真ん中には天こ盛りの筑前煮の山があった。園子が作った献立はこれ一品で、付け合わせのほうれん草のごま和えやだし巻き卵、それに味噌汁は銀の手によるものだった。

 

「うん。美味しいよ。なんか懐かしい感じのする味だ。いいよ。凄く好きな味付けだ」

 

「良かった~。わっしーから習ったレシピでものになってるの、まだこれだけなんだよね~」

 

「だけど練習台になったおかげで、あたしは三日連続でほぼ同じ献立の夕食なんだぞ。勘弁してくれ~」

 

「だってだって、たぁくんが料理できるようになってるなんて、びっくりしたんよ~。料理の面で、たぁくんに負けてるのはなんか悲しいから~」

 

「いや、僕も大したものは出来ないからさ……」

 

どうやら園子には、貴也が西暦時代の独り暮らしである程度料理が出来るようになっていたことがショックだったらしい。そこで、慌てて料理のマスターに動いたのだ。とばっちりはすべて銀の元へ向かったらしい。

 

「とにかく、明日のお昼はミノさん直伝の焼きそばだから、楽しみにしててね~」

 

「ああ、楽しみにしてるよ。園子の手料理を連続で食べられるのは凄く嬉しいな」

 

「ぐぬぬ……。リア充、爆発しろ! あたしだって素敵な彼氏の一人や二人、見つけてやる!!」

 

こうして、夕食もわいわいと三人で過ごしたのだった。

 

 

 

 

亜耶から預かった真仮名の神託については、渡すべき相手に心当たりがあると園子が言ったので、任せることにした。が、その相手の具体的な名前については教えてもらえなかった。園子が言うには『名前を聞いても、たぁくんにはどんな人か分からないだろうし、逆に反発を覚えるだろうから』ということだった。

ただ、パラパラとページをめくっている途中で眉間に皺を寄せて『んんっ!?』と唸っていたのには強く引っかかった。だが、これについても『よく読み込んでから、また話すね~』とはぐらかされたのだった。

 

そして、深夜。

宣言どおりリビングのソファーで毛布だけを引っ被って寝ていたところ、寝込みを園子に襲われたのだった。床に横座りしたまま毛布の中に上半身を突っ込み、胸に顔を擦り付けてくる園子に根負けし、結局、彼女の思惑どおり一緒にベッドで寝ることになったのだ。

 

『なんだか、そのちゃんには色々と敵わないなぁ』

 

寝床で横になりながら嘆息しつつ、彼女の尻に敷かれる未来が頭をよぎり身震いする貴也であった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「「「「「お邪魔しまーす!」」」」」

 

どういう訳か、示し合わせた訳でもないのにほぼ同時に園子たちのマンションへ到着した風たち五人。一緒に連れ立って、園子と銀の部屋へ入る。

 

「やあ、いらっしゃい。文化祭の時以来だな」

 

「おっ、鵜養も来てたんだ。やるじゃない、乃木! このこのー!」

 

園子と銀だけでなく貴也も迎えに出てきたのだが、驚くメンバーは一人もおらず、逆に風は園子を囃し立てる。

 

「えへへ……、強力な助っ人なんよ」

 

園子が照れ笑いを返す中、五人はどやどやと上がり込む。

 

「やっぱり、園ちゃんの家はいい匂いがするねー。私、この匂い好きなんだー」

 

「そのっち、後でどんな芳香剤を使ってるか教えて!」

 

友奈の感想に一人、目を血走らせている人がいるが、とりあえず無視をして皆、書庫の予定である部屋を覗く。

 

「うわぁ、段ボールで一杯ですね……」

 

「っていうか、本棚も幾つあるのよ……? 壁一面どころか、島も作っているじゃない……!」

 

夏凛の指摘どおり、壁一面に背の高い本棚が並んでいる他、部屋の中央にも背の低い本棚が並んでいる。もはや、ちょっとした図書館か本屋の様相を呈していた。しかも、その間の通路部分には樹の嘆息どおり、段ボール箱が二段三段に積まれた上で所狭しと並んでいる。

 

「うん。とりあえず、たくさん来ることは分かっていたからね~。で、小説とか歴史書とか事典類とか、分類しつつ並べようと思ってるんだ~」

 

「兎に角、こんなにあるんじゃ、いくら時間があっても足りないわ。早速、手を動かしましょう。アタシと鵜養、それから夏凛と友奈は力がある方だから、段ボールを廊下とリビングに運んで作業用のスペースを確保しましょう。残り四人は、本棚に本を放り込んでいって!」

 

風の指揮の下、勇者部プラス一名の戦力はこの難敵に全力を持ってぶち当たっていった。

 

 

 

 

午前中の三時間弱では、作業は終わらなかった。

とりあえず昼休憩を兼ねて、昼食をとる。昼食の献立は焼きそばだ。園子と銀のお手製が半分ずつ。どちらも好評だったというか、園子製は銀製のコピー品であり違いはほとんど無い。違いは両者の手際ぐらいのものであり、味の差がないことについては、園子よりもむしろ師匠である銀の方が胸を張っていた。

 

「あたしの指導がよっぽど良かったんだな! 園子は、あたしが育てた!!」

 

「うんうん。たぁくんに褒められたのも、ミノさんのおかげなんよ~。なにか、お礼しないとね~」

 

「アンタ達、いいコンビねー」

 

もはや当たり前のように夏凛の突っ込みが入る、いい師弟であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし! 作業完了! みんな、お疲れー」

 

午後に入ってさらに一時間の整理作業。ついに本棚一杯に文献がずらっと並べられた。まさに圧巻の一言である。

なんとか棚に並べ切れたのは、部屋中央に島状に並べられた本棚があったこともそうだが、壁に並べられている本棚の一部に前後二段で前面がスライドするタイプのものが混じっていたことも勝因だ。そうでなければ、入りきらない本は床に積み上げるしかなかっただろう。

 

「一気に片づいた~。みんな、本当にありがとうね~」

 

「本当、園子と二人じゃ、来週になっても終わらなかったよ」

 

園子と銀が皆に頭を下げる。皆、笑顔でその感謝の意を受け入れた

 

「じゃあ、自由に読んでもらっていいよ~。面白い本があったら教えてね~。貸し出しもするよ~」

 

「さて、どれを読んでみましょうか……?」

 

「あっ、とーごーさん、もう熟読してる。――――――なんか、どれも難しそう……。私に読める本、あるかなー?」

 

「友奈は小説でも読んだら……? なんか、園子の期待している趣旨とは違うけどね」

 

本棚の前で悩む友奈に、夏凛がアドバイスを送る。園子の期待は検閲されていない歴史書の捜索であろうが、友奈には難しいだろうと思ったのだ。

このメンバーで読書家なのは、園子、樹、美森、貴也の四人ぐらいだ。風や夏凛は薦められたものや特に興味を惹かれたものを読むくらいで、銀や友奈に至ってはほぼ漫画限定と言ってよい傾向にある。

 

園子の期待から外れるのもどうかと思い、友奈は歴史書の中から適当に一冊を抜き出した。

 

「うわ! なんかこの本、真っ黒!」

 

中を見ると、大赦の検閲により黒く塗り潰された文章がいたるところに(ちりば)められていた。

 

「こっちの本もそうですね。検閲済みでした」

 

「なんか、ざっと見た限り、西暦二〇一五年以降、神世紀一〇〇年までの資料が少ない感じね」

 

「それって、バーテックスの侵攻以降、若葉たちが亡くなるまでの期間に相当するな……」

 

「西暦の勇者様たちが活躍していた期間ってことね……。なんか、きな臭いわね」

 

皆が大赦の検閲を話題にしながらざくっとした感じで文献を確認していっている中、美森だけが一人黙々と文献を読み漁っていた。

 

 

 

 

「あら? この本は何かしら? 随分豪華な装丁ね……」

 

事典類が並べられている本棚にあったその本に、まるで引き寄せられるかのように近づく美森。

取り出してみると西暦時代の国語辞典だった。いわゆる一冊ものの中型辞典に相当し百科事典的な項目も多いもので、その豪華装丁版のようだった。

箱から抜き出し、ぱらぱらとめくっていく。自分たちでもよく知っているような言葉が並んでおり、まったく検閲されていない。

 

「何もないか……、ん!?」

 

裏表紙が妙に厚いことに気付く。内側を弄ると裏表紙裏がめくれ、そこに小さな冊子が収まっていた。中を開くと黒の塗り潰しで一杯だった。

 

「隠した努力が無駄になってるわね。神世紀九九年の検閲か……。え!? 『勇者(ゆうしゃ)御記(ぎょき)』!?」

 

古い冊子だが、その表紙を見て驚く。慌てて園子を呼んだ。

 

「そのっち! これ……」

 

「あれ? 私が大赦に監禁されていた時に書かされていた回顧録とおんなじタイトルだ」

 

園子が中身を確認していく。

 

「乃木若葉、球子、杏、友奈、千景……。これ、西暦の勇者様たちの日記だ! たぁくん!」

 

園子に呼ばれて、貴也も中身を確認する。

 

「確かに、若葉たちの日記だ。でも、コピーみたいだな……。僕のことは……、検閲されたのか、書かれてないね」

 

「ちょっと待って……。この裏表紙、二重底になってる!」

 

美森が他にも何かないかと御記が隠されていた辞典を吟味していると、御記を収めていた箇所が二重底になっていることに気付いた。弄ると中からディスクが出てくる。

 

「こんなものが入っていたなんて……。アーカイブ用ディスクね……。うん。このタイプなら、携帯しているドライブで読めるわ。そのっち、パソコンを貸して!」

 

「なんで、そんなマニアックなディスクドライブなんて持ち歩いてるのよ!?」

 

夏凛の突っ込みは流して、園子に借りたパソコンを使いディスクの中身を確認する。

幸い読み込めた。データも大半は生きているようだ。中は写真のデータだけが、何十枚、何百枚と入っていた。

 

「検閲前の御記の画像データが残ってる! 他は……、なんだかフォルダ名が変だわ。『若葉ちゃんセレクション』、『#$@%さんセレクション』、『みんなで一緒に』……。なにこれ? 文字化けしているのもあるし……」

 

「あー、これ、ひなたのセンスだ……。そうか……、ひなたの仕業だな」

 

中身を確認していく。

御記のデータは、確かに検閲前の文章が入っていた。だが、やはり貴也に関する記述は無かった。

『若葉ちゃんセレクション』のフォルダには、乃木若葉の写真ばかりが入っていた。なんだか盗撮紛いのものすら入っているようだ。

『#$@%さんセレクション』のフォルダは壊れているのか、中味を確認できなかった。

『みんなで一緒に』のフォルダには、西暦の勇者たちが複数で写っている写真ばかりが入っていた。

 

『若葉、ひなた、千景、友奈、球子、杏、真鈴……。もう二度と、君たちの笑顔を見ることは出来ないと思っていたのに……』

 

『たぁくん……。なんだか、胸が痛いよ……』

 

写真の中とはいえ彼女たちの笑顔に再会でき、思わず涙ぐむ貴也。そんな貴也を複雑そうに見つめる園子。

だが、貴也はその写真群の一部に違和感を覚えた。

 

「ん? あれ? この写真……。僕の歓迎会の時の写真だ。でも、僕が写っていないな……。というか、居たはずの場所に誰もいない……」

 

「え!? それって、大赦の検閲……?」

 

「いや、なんか変だ……。他の僕が写っていたと思われる写真全部、僕が居たはずの場所に誰もいないんだ。こんな手の込んだこと、検閲でするものだろうか……? むしろ、写真そのものを削除するんじゃ……?」

 

そこまで考えて思い出す。あの時、アバター友奈に言われたことを。

 

「あ、そうか。これ、神樹様の仕業だ!」

 

「どういうこと……?」

 

そこで、皆に説明する。タイムパラドックスを避けるために、神樹様が西暦時代の人間から貴也の記憶を消去したことを。だから、その影響が写真や御記のデータにまで及んでいるのではないかと、推察できることを。

 

「そういうことか……。神樹様のすることだから分からないでもないけど、もはや何でも有りね……」

 

「これ多分、若葉たちから僕へのプレゼントなんじゃないかと思うんだ。記憶を消される前に用意していたものが、僕の存在証明に関係ない部分だけ残ったんだろう。――――――それと、若葉単体の写真は上里ひなたが布教目的で入れたものだろうな。ひなたの奴、相当の乃木若葉フリークだったから……」

 

その言葉を聞くや、勇者部のほとんどの視線が美森に集中する。皆、同じ病を持つ者に心当たりがあったのだ。

 

『文字化けして壊れているフォルダは、きっと僕の名前と写真が入っていたんだろうな……』

 

貴也は、ひなたの笑顔を思い浮かべる。彼女が幸せな一生を送ったことを心の中で願った。

 

 

 

 

「友奈、どうしたの? 友奈?」

 

「…………」

 

ふと気付くと友奈が乃木若葉の写真を凝視したまま固まっていた。夏凛の問いかけにも反応を示さない。

 

「私……、この人に会ったことがあるような気がする……」

 

「えっ!? アンタも三百年前にタイムスリップしたことがあるの……!?」

 

友奈の呟きに、風が過剰反応を示す。その驚きの声で、友奈の意識が戻ってきたようだ。

 

「あ、いや……。最後の戦いの後、三週間ほど意識を失ってた時だと思うんだけど……、会ったことがあるような? 声を掛けてもらったような? どう言ったらいいんだろ……? 上手く言えないや……」

 

困ったような笑みを浮かべて返す友奈。そこへ貴也がほぼ正解である事実を述べる。

 

「若葉たちは本当の神様になっているからな……。きっと、友奈を助けようと励ましに行ったんだよ」

 

「そうか……。西暦の勇者様たちは神社で正式に祀られているものね……」

 

「それに友奈は、若葉たちと一緒に戦っていた高嶋友奈にそっくりだからね。そういう意味でも助けたかったのかもしれない……」

 

「そういえば、友奈ちゃんにそっくりな人が写っている写真があるわ。この人が高嶋友奈さんなのね……」

 

美森がパソコンを操作して、高嶋友奈の写っている写真を拡大する。皆、息を呑んだ。

 

「そうそう。この人の偉業が切っ掛けだったそうなんよ~。産まれてすぐ、逆手を打った女の子に『友奈』って名前を付けるようになったのは」

 

園子が両手の甲を打ち合わせる所作を見せながら、蘊蓄(うんちく)を語る。

 

「赤ちゃんが手遊びかなんかで偶然、そんな動作を行うって事……? 縁起がいいって事なのね……」

 

「違うよ~。逆手を打つっていうのは、普通に柏手を打つのとは違う所作を行うことで(まじな)いの意味を込めることだからね。相手を(のろ)うっていう意味もあるから、無闇に行っちゃダメだよ~。きっと、天の神への反抗心があると見做されての名付けだと思うんよ~」

 

「なにそれ……? (こわ)っ、こっわっ……」

 

園子の蘊蓄を受けた夏凛の的外れな感想を園子自身が否定すると、風が身震いした。そこに友奈の乾いた笑いが続く。

 

「あはは……。私の名前って、そんな意味があるんだ……」

 

「でも、普通に可愛い名前だよな。友奈って……。西暦の勇者の友奈も、現代の勇者の友奈も二人ともみんなに愛されている女の子だと思うよ」

 

「ありがとう、貴也さん! うっれしいなっ!」

 

「たぁくん、後でちょっとO・HA・NA・SHIしようか……?」

 

友奈もこれには苦笑いだ。貴也のフォローで気を取り直す友奈であったが、貴也自身は園子に睨まれる始末に陥っていた。

 

 

 

 

「でも、西暦の勇者様たちの日記と写真を見れたのは、儲けものだったな」

 

銀の言葉に皆うなずく。樹がその後を続けた。

 

「こうやって、昔からのたくさんの人の積み重ねがあって、今の私たちがあるんですね……」

 

「そうね……。受け継いだバトンをきっちり、次の世代に引き継いで行かなくちゃね」

 

風が感慨深げにそう漏らす。だが、夏凛が違う方向から懸念を示した。

 

「でも、大赦も大概よね。こんなに昔からの貴重な文献を検閲して読めなくしてさ……。秘密主義、ここに極まれりって感じね……。私たち、上手く引き継いでいけるかしら?」

 

「うん。私がなんとかするよ~。みんなの力を借りないと、とても為せないことだとも思うけど、まあ、その時はその時で~。大赦は、この乃木園子様がより良く変えてみせるんよ~!」

 

「ふふっ……。そのっちなら、なんとかしてくれそう……。私も力になるからね」

 

「そうだよね。勇者部五箇条! 一つ! なるべく諦めない! ついでにもう一つ! 為せば大抵なんとかなる!! だよね、みんな……?」

 

「友奈の言うとおりね……! 大赦の秘密主義に打ち勝って、ついでに天の神にも打ち勝って、より良きバトンを次世代へ! な~んてねっ」

 

 

 

 

西暦の勇者たちの姿と想いを垣間見たせいだろうか。勇者部の皆の心は奮い立っていた。

たとえ、それが小さな一歩であろうとも、未来へのバトンを繋いでいくのだと。

 

 

 




なんとなく、平成最後の投稿っぽい気がします……。

さて、原作と異なり、勇者御記の検閲前の文章を入手できました。(どうも冊子を囮にディスクを本命としたようです)
物語の流れには『まったく』と言っていいほど影響は出ませんが。
なお、原作の書きっぷりから、御記はそれぞれ性格が違うような気がします。
1.わすゆ編の御記:祀り上げられて病室に監禁されていた時期に園子が書かされた回顧録
2.のわゆ編の御記:西暦の勇者五人それぞれの日記を大社が後で編集したもの(本作ではそれをひなたが入手してコピー)
3.勇者の章の御記:結城友奈一人の日記(本作ではあさっての方向に物語が動くので、日の目を見ないか、そもそも書かれないような気もします)

バトンの話はのわゆ編の28,30話と対比できますね。重くシリアスな西暦側と、ややもすると軽く明るい神世紀側。でも、真剣な想いはどちらも同じ筈です。

次回は恐らく国防仮面ですね。平成最後になるにせよ、令和最初になるにせよ、変なタイミングになったなぁ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十九話 国防仮面見参!

おやぁ……?
平成最後の投稿とは一体……?
しかも50話目ちょうどに、このお話。

まあ、とりあえず本編をどうぞ。




「どうしよー? 財布、落としちゃった……」

 

夜、七時半。醤油を切らしたからと近くのコンビニまで母親からお使いを頼まれた友奈。コンビニに到着した時点で財布を落としたことに気付き、道中戻りながら探すも見つからず、半泣きになりかけていた。

 

「お困りのようね!」

 

「誰!?」

 

急に声を掛けられ、驚きながら誰何(すいか)の声を上げる。そこにはブロック塀の上にすっくと立つ、二つの影があった。街灯に照らされて浮かび立つその姿は、一人は旧日本海軍将校を彷彿とさせる制服とマントに身を包み、もう一人は旧日本陸軍将校を彷彿とさせる制服とマントに身を包んでいる。しかも目元を赤いマスクで隠し、人物が特定できない出で立ちだ。

 

「国を護れと人が呼ぶ!」

 

「愛を守れと叫んでる!」

 

「憂国の戦士、国防仮面壱号見参!!」

 

「同じく弐号見参!!」

 

叫びながらジャンプし道路に降り立つ二人。友奈は驚きに目を丸くする。

 

「国防仮面……さん……?」

 

「貴方が探していたのは、これかしら? ついさっき、すぐそこで拾ったのよ」

 

壱号と名乗った海軍風の方が差し出してきたのは、今まさに友奈が探していた財布だった。

 

「わー! ありがとうございます! これを探してたんです! よかったー、これでお使いができるよー」

 

ペコペコと盛んにお辞儀をしながら、コンビニへと去っていく友奈。

残った二人は目配せを仕合った後、安心しきったようなため息をついた。

 

「どうやらバレなかったようね……」

 

「そうだね~。ゆーゆの財布と分かった時は、どうしようかと思ったけど……」

 

そして、すぐにマントを翻してその場を去っていったのだった。

 

 

 

 

小半時のち。

先に国防仮面を名乗った二人と、もう一人が帰途についていた。

もう一人の出で立ちはプロ野球香川チームの野球帽を目深に被り、黒い薄手のウィンドブレーカーを羽織っている。帽子の中からこぼれている髪の色は灰色だ。

 

「今日は七件も人助けができたね~。これも(ゼロ)号のおかげなんよ~」

 

「零号って言うなよ。あたしは国防仮面なんて名乗ってないぞ」

 

「国防仮面らしい服装じゃないから、参号じゃないだけなのよ。零号と呼ばれるだけ、マシだと思いなさい」

 

「それの一体どこにマシに思える部分があるんだよ……」

 

「どちらにせよ零号がいてくれるからこそ、短時間にこれだけの人助けができたんよ~。ありがとうね」

 

「それって、あたしのトラブル体質をいいように利用してるだけじゃん……」

 

「そうね。ちょっとマッチポンプのようで複雑だわ……」

 

「そうだろ、そうだろ? やっぱり、あたしはお役御免って事で!」

 

「そうはいかないわ! もはや、この三人、一蓮托生よ!」

 

不穏な空気を醸し出しながら、三人はそれぞれの自宅へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ~」

 

「どったの、樹……?」

 

勇者部部室でパソコンとにらめっこをしつつ難しい顔で唸る妹を訝しみ、風は声を掛けた。

 

「お姉ちゃん、これ知ってる? 国防仮面……」

 

「国防仮面? ああ、クラスで誰かが噂話してたわね。なんか奇天烈な格好の二人組が人助けしているらしいけど……。それがどうかしたの?」

 

「この動画、見て」

 

樹が見ている画面を覗き込む。唖然とした。

そこに写っているのは二人の国防仮面の活躍状況。いや、奇抜な服装とマスクで正体を隠そうという努力は一応見受けられるものの、知り合いが見ればすぐに正体がバレるだろう、よく知っている二人が写っていた。

 

「東郷~、乃木~。また、この二人か~」

 

風の瞳は絶望に色濃く染まっていた。

 

『駄目だこいつら……早くなんとかしないと……』

 

 

 

 

街に出た風がくだんの二人を探していると、早速手がかりが現れた。

 

「キャーッ! ひったくりよーっ!!」

 

悲鳴の上がった方へと急ぐ。すると期待通り……、いや期待したくはなかった通り、名乗り声が聞こえてきた。

 

「待ちなさい! ひったくり!」

 

「どけーっ!! うわっ!! なんだ、お前ら!?」

 

「憂国の戦士、国防仮面壱号見参!!」

 

「同じく弐号見参!!」

 

どうやら、あっという間にひったくり犯をとっ捕まえたようだ。

野次馬が集まっている場所に到着すると、被害者とみられる年配の女性にハンドバッグを返しているところに間に合った。

 

「私たちは国防仮面。人々が悪の脅威に曝された時、出来るだけ現れます!」

 

なんだか、どうでもいい注釈を語っているようだ。野次馬をかき分けて、彼女たちを視界に捉える。

 

「あんた達~、な~にやってるの~?」

 

地の底から響くような低い声で威圧した。本名を呼ばなかったのは、せめてもの情けだ。

その声に風の方へと振り返った二人は、怯えた表情で固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は、ひったくり犯を警察に引き渡したり、事情聴取を受けたりで潰れてしまった。

そこで次の日の放課後、勇者部部室にて先代三人を被告人として、風、樹、友奈、夏凛の四人が事情を聞き出すべく集まった。

 

「何から聞いたらいいやら……。銀! アンタがついていながら、なんでこんな事になってんの?」

 

スパでの洗いっこやらフルーツ牛乳飲み比べで仲が深まったせいか、風が銀を名前呼びしつつ問い詰める。

 

「あー、なんかその場の勢いというか、雰囲気に流されて……? いやあ、そもそもは……」

 

「銀が悪い訳じゃないの! 私が……私が悪いの!!」

 

銀が言い訳を始めようとしたところで、美森が感情任せに叫んだ。

皆の視線が美森に集まる。

 

「私が……、一時の感情に任せて、結界の壁を壊してしまったから……。それって、世界を危機に陥れたってことで……。やっぱり、赦されないことだって思ったの! だから、勇者部の活動以外で、なにか人助けでもできないかなって思って……。もちろん、そんなことで罪滅ぼしになるなんて思ってないけど、居ても立っても居られなくて……」

 

「でもね。わっしーだけが悪い訳じゃないんよ。私が情報を独り占めして、みんなに相談しなかったのも悪いんよ。それで、わっしーを追い詰めちゃったから。だから、一緒に罪を償おうって……」

 

「元々、本の整理を手伝ってもらった後、須美だけ遅くまで残ってたろ……? あの時、須美の様子が変だったから、問い詰めたらさー、『私にはバトンを引き継いでいく資格なんてない』なんて暗い顔して言うもんだからさー。励ましているうちに、なんか変な方向に話が進んでって、気がついたらこんなことに……」

 

美森の告白に、園子が美森だけが悪いのではないと続け、銀がそもそもの切っ掛けを説明した。

 

「はー……、大体分かったわ。でもね、アンタ達、やってることが極端に過ぎるのよ!」

 

「そうね。なんで、そういう話から、コスプレ紛いのヒーローごっこみたいな方へ話が進むのよ? この完成型勇者にもさっぱり理解できないわ」

 

「でもでも! あの時、財布を拾ってもらって助かったのも本当なんだよ。人助けっていうのは、いいことなんだから、これからは私たちにも相談してほしいな」

 

「そうね。でも、東郷が銀と乃木に相談した結果がこれだからね。少なくとも銀一人じゃ、東郷と乃木を制御しきれないことは判明した訳だから、これからは勇者部全員に相談すること! いいわね……?」

 

風の言葉に力無くうなずく三人。さらに風は園子にとってキツい断罪を下す。

 

「さて、東郷は己の罪が友奈にバレた訳だから、乃木も同じ目に遭わせておかないとね……。今回のことは、これから鵜養に報告するから」

 

「えーっ!? なんで、たぁくんに……? やめて、やめて! こんなことバレたら私、死んじゃう!!」

 

「もう遅いわよ。ネットに動画がアップされてるんだから、バレるのも時間の問題よ。腹を括っておきなさい……っていうか、アンタの羞恥心のトリガーがどこにあるのか、さっぱり分かんないわね」

 

「園子さんでも恥ずかしいって思うこと、あるんだ……」

 

今回の件を貴也に報告すると風が話した途端、園子が慌てだす。どうやら今回の件がバレるのは、死ぬほど恥ずかしいことらしい。しかし、その線引きがどこにあるのか理解している者は一人もいなかった。樹も、鮮魚コーナーの売れ残った魚のような目で園子を見やるばかりだった。

 

「もしもし、鵜養……?」

 

騒ぐ園子をよそに、風はスマホで貴也に電話を掛けた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

放課後、貴也は酒井拓哉と伊予島潤矢に声を掛けられた。

 

「タカちゃん、これ知ってたか?」

 

スマホの画面を見せつけてくる拓哉。潤矢がニヤニヤしつつ解説を加えてくる。

 

「今週に入ってから、讃州市の方で街を騒がせている国防仮面って奴らなんだ。人助けをしているらしいけど、奇抜な格好だろ……? その片方って、乃木ちゃんじゃね?」

 

驚きに食い入るように、その動画を見た。潤矢が言うとおり園子に間違いなかった。もう一人は美森であることも分かった。

 

「お前さー、嫁の教育はちゃんとしろよ。俺、自分の嫁にこんな前科があると知ったら、もう街、歩けねーわ」

 

拓哉が半分笑いながら、からかってくる。貴也は頭をかかえた。

 

『何やってんだよ、そのちゃん……』

 

 

 

 

「じゃあな。ボクたち、部活の後輩に話があるからさ」

 

「乃木ちゃんには、もうちょっとお嬢様らしくしろって言っとけよ」

 

潤矢が関連情報を教えてくれた後、二人は笑いながら行ってしまった。

意気消沈しながら帰宅し、自分の部屋へ入った途端、スマホが着信音を鳴らす。

 

『もしもし、鵜養……?』

 

風からだった。今回の事の顛末を詳細に報告された。げんなりしつつ最後まで聞いた。

園子に代わってくれるという。電話の向こうから『イヤだ、イヤだ!』と微かに抵抗する声が聞こえてきた。だが、無理矢理電話口に出されたのだろう。半泣きのような声が聞こえてきた。

 

『たぁくん……? あのね、これには深い事情があってね……』

 

「なんか、小六の時にもオリエンテーションで国防仮面を名乗って、小一の子たちを護国思想に染めようとしたんだって……?」

 

『はうっ……!? どこから、その情報を……?』

 

「ちょっと、頭が痛いんだけど……?」

 

『たぁくん……。お願いだから、嫌いにならないで……!』

 

「嫌いになったりなんかしないけどさ……、今度からは事前に相談しろよ。分かった?」

 

『はい……。こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛……』

 

最後は鼻声になっていた園子。可哀想になったので、その後はデートの約束を取り付けたのだった。

まさか、その話が流れることになるとは思わずに。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

丸亀市内某所。

大赦の神官服に身を包み仮面を着けた女性が一人、パソコンを操作していた。

 

「何も言わずにレディーの後ろをとるなんて、セクハラで訴えられても知らないわよ。三好くん」

 

「いやだなー、安芸先生。ボク達の仲じゃないですか……」

 

椅子を回転させて三好春信の方へ体を向ける。もう一人いたことに少なからず驚いた。

 

「あら? 佐々木くん? 相変わらず気配を消すのが上手いのね」

 

「丸亀市内に大赦のこんな少人数用サテライトオフィスがあるのは初めて知りました。どうも、ご無沙汰しています。安芸先生」

 

「私が神樹館小学校をやめたのは、もう二年も前のことよ。その先生っていうのは、よしてちょうだい……」

 

思わぬ昔馴染みの出現に気安い態度をとってしまった。気を取り直し、感情を気取られないよう抑揚を抑えて話す。

三好春信と佐々木柊馬。二年半前、神樹館小学校赴任直前に先代勇者三人に対する善後策を講じるために手を携えた者同士だ。だが二年前、袂を分かったはずだった。

 

「それに、ここは監視されているわよ」

 

「大丈夫です。対策は講じていますよ」

 

「相変わらずね、三好くんは……。で、何用ですか?」

 

「桐生派の動きの確認ですよ。貴方が防人付きだということも知っています。国土亜耶を始めとする六名の巫女を使って奉火祭を執り行うよう準備が進められてきていましたが、ここに来て急激に異なる動きが見られます。どういう事ですか……?」

 

「桐生派と言っても一枚岩じゃない。今や司波が大半を牛耳っています。三百年前の神事を再現するに当たり巫女の数を六人に増やして万全を期した訳ですが、それでは駄目だと。当事者こそを贄に捧げるべきだと司波が言い張り、その流れが主流になっています。これでいいかしら……?」

 

「司波ですか……。御前様も幾度か煮え湯を飲まされていますね」

 

「貴方もね、佐々木くん。弥勒家に拾われなければ、危なかったそうね……」

 

「御当主様には足を向けて寝られませんよ。御前様の手の者ということもご承知のようで、かなり自由に動かせていただいてます」

 

いかにもエリート然とした三好と異なり、佐々木の方はどこか群衆の中に埋没しそうな凡庸な雰囲気を持つ。だが、三好に次ぐ切れ者である事を自分に言い聞かせながら安芸は話を続ける。

 

「それで、本題は何? 私を桐生派だと知っていて、そのような危ない話をするのはどういう事?」

 

「ボク達が何も知らないとでも? 亜耶ちゃんに下りている神託の件、故意に見逃していますよね……?」

 

「知らない話ね……」

 

「まあ、いいです。どうも、よく分からないことが多くて……。鍵は鵜養くんが握っていると思っています」

 

「鵜養貴也くん?」

 

「そうです。彼の周囲は分からないことだらけです。一ヶ月、行方不明だったこともそうですが、モニタリングデータの破損、変身のキーアイテムが何かなど、怪しい事が多すぎる」

 

「それを私に……? 本人に聞けば?」

 

「ボクは彼に信用されていませんからね。園子様の信用はある程度勝ち取れましたが、彼の情報を抜けるほどではないですし。佐々木も先日、彼に初めて面通ししたばかりですしね。先代三人に防人、亜耶ちゃん……、鵜養くんとも面識のある貴方に、注意を促そうというのが本題です」

 

「分かりました。でも、私は大赦の中で、その歯車でいようと決意しています。貴方達の力にはなれない」

 

「先代三人に対する罪の意識ですか? でも、彼女たちは既に笑顔で学生生活を送っていますよ? まあ、さっきの話が本当なら、東郷美森はもうすぐ…………ですがね」

 

「少なくとも、私は自分の無力を自覚しました。私に出来ることなんて、何もない……」

 

「とにかく、桐生派のみならず、烏丸派も鵜養くんと園子様の周りを嗅ぎ回っています。ボクは、彼とその周囲を守ることが神樹様、延いてはこの世界そのものを守ることに通じるのではないかと考えています。亜耶ちゃんと鵜養くんは直接の繋がりを持ちました。どんな小さなことでもいい。情報を漏らしていただけませんか?」

 

「約束は出来ないわ」

 

安芸は冷たく、そう言い切った。

 

 

 

 

「その言葉だけで結構です」

 

そう言うと、三好は人懐っこそうな笑顔を見せた。

 

『楔は打てた。漏らせない、あるいは出来ないと言われなかっただけ収穫だな』

 

三好は腹の中で、そう受け取っていた。

 

「三好、そろそろ時間だ」

 

佐々木が退出の時間を告げる。監視対策も長時間は保たないのだ。

 

「一つだけ、いいことを教えてあげましょう。又聞きと私の憶測だから情報の精度は保証できないけどね」

 

その言葉に、退出しようとしていた三好と佐々木の足が止まる。

 

「三百年前の天の神に対する神事はまさに神託のとおり実施されたそうよ。そして、今行われようとしている神事は、過去の神事を基に実施されようとしている。この違いが分かる?」

 

その平板な物言いに真意は掴めなかった。

彼ら二人は、安芸に会釈をすると足早に立ち去った。

二人とも分からなかった。今回講じた策が吉と出るか凶と出るか、あるいは無駄となるのか。

 

 

 




21~22話辺りの話を踏まえた結果、原作以上にカオスになったのではと思われる国防仮面編でした。
うん。園子の羞恥トリガーは作者にも不明です。どうなってんだ、この人?

終盤は安芸先生再登場と春信、佐々木を踏まえた訳の分からない、意味深だけど中身のなさそうなお話でした。
少なくとも現在の彼らに東郷さんや亜耶ちゃんを物理的に救う力は無さそうです。

ところで、本作のゆゆゆい版って需要があるんですかね?
先達に質の良い話がゴロゴロしているので、今更感がありますし。
次回あたり、アンケートをとるかもしれません。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十話  歪む日常

どうやら作者はまだ息をしていたようだ……

お待たせしました。令和改元後の一発目です。
ついに勇者の章、本編に入っていきます。

では、本編をどうぞ。




「行ってきまーす!」

 

両親に挨拶をしながら玄関を出て行く制服姿の友奈。登校の時間だ。

 

「さあ! 今日も張り切っていくぞー!」

 

右手を突き出して、元気よく歩き出す。始業時間には充分に余裕があるはずだ。

学校への道を歩きながら、ふと隣家を見やる。大きな日本家屋だ。友奈が覚えている限り、昔から空き家のままだったはず。ただ、誰か定期的に手を入れているのだろう。誰かが住んでいると言われても納得の(たたず)まいだ。

 

「誰か、住んでくれたらいいのにな……」

 

何故か今日に限って気になり、普段思っていることが少し漏れる。だが、それも一瞬だ。次の瞬間には、学校で勇者部のみんなと何しようか、との考えが頭の中を占めた。

 

 

 

 

讃州市のシンボルの一つでもある三架橋を渡っていく。今日も朝日を浴びて財田川の流れはキラキラと輝いている。毎日綺麗な川を渡って登校するのは気分がいい。

橋を渡りきった先の交差点。車道の向こう側を車椅子を押す年配の女性を見かけた。老人が座っているのを見るに、娘さんが朝の散歩にでも連れ出したのだろうか。何故か気になり、暫く目で追っていた。

 

「おはよう、友奈。なにしてんの? 信号、青に変わってるわよ」

 

肩を叩かれた。振り向くと夏凛がにこやかに立っている。

 

「あ、うん……。なんでもないよ。一緒に学校へ行こ、夏凛ちゃん」

 

笑顔を返すと、二人一緒に連れ立って学校へと向かった。

 

 

 

 

「おはよー、友奈、夏凛」

 

「おはよー、銀ちゃん」

 

「おはよう、銀」

 

教室に入ると、早速銀が朝の挨拶をしてくる。園子は、と見やると机に突っ伏して寝ているようだ。いつもの事ながら苦笑いが漏れる。

 

「園ちゃん、もうすぐ予鈴が鳴るよ」

 

「う~ん、もう朝~?」

 

肩を揺すって起こす。ふにゃ~っとした寝起きの顔に吹き出しかけた。

夏凛、銀、園子の席は教室の一番後ろ、窓側から順に横並びだ。一瞬、教室内の机の配置に違和感を覚えたが、すぐに親友たちとの雑談の中で霧散した。

今日も、なにげない日常が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。家庭科準備室兼勇者部部室では……

 

「讃州中学勇者部は、勇んで世の為になることをする部活動です。『なるべく諦めない』、『為せば大抵なんとかなる』などの精神で頑張っています。今日も勇者部しゅっぱーつ! っと……」

 

「まるで小学生の作文ね」

 

「中学生だよ……?」

 

「友奈。タウン誌に載せてもらう勇者部の活動紹介なんだから、もっとビシッとしたのをお願いね」

 

「? はーい……?」

 

「ちょっ……顔がハテナマークになってるわよ……」

 

タウン誌の原稿を執筆中の友奈だが、書いている内容を一々声に出しながらシャーペンを走らせているようだ。おかげで夏凛からの突っ込みが絶えない。風からも、もっとキチッとした文章を書くように注文が入る。が、あまり通じていないようだ。

 

「お姉ちゃん! 幼稚園からお礼のメールが来てるよ! それも、すっごいたくさん!!」

 

「ふむふむ……。この間のはバカ受けだったもんね」

 

「親御さんの表情は微妙だったけどね……」

 

先日の人形劇のお礼メールが来ているようだ。パソコンを操作している樹の弾むような喜びの声が上がる。だが、子供達や先生の受けはともかく、父兄の受けは微妙だったようだ。

 

「乃木園子、はいりま~す。ごめんごめん。遅れてしまったんよ~」

 

「何やってたのよ、園子?」

 

「あはは~。渡り廊下の所でね、蟻の行列を見かけたんよ~。でね、じ~っと眺めてたら、いつの間にかこんな時間になってたんよ~」

 

「おー、いかにもらしいことやってるな」

 

「はぁ……なにやってるんだか……」

 

園子が遅れて部室にやってきた。どうやら、どうでもいいことで時間が潰れたらしい。銀は納得の表情だが、夏凛は首を振りながら頭に手をやり、ため息をついていた。

 

「さて。じゃあ、みんな揃ったところで十二月期第一回目の部会、始めるわよー!」

 

友奈、夏凛、樹、銀、園子を前に、黒板を背にした風の声が響いた。

 

 

 

 

「さてさて、まずは今依頼が来ていて未処理の案件を地図に落とし込んだんだけど――――――」

 

『うーん……? なにか、ヘン?』

 

風が部会を取り仕切る中、友奈はなんとも言えない違和感にソワソワしていた。周りをキョロキョロ見渡すと、園子が難しい顔をしたまま一点を見つめているのに気付いた。そして、同じようにキョロキョロとしていた銀と目が合ってしまう。

 

「「!」」

 

「ちょい、そこ! アタシの話も聞かずに、何やってんの……!?」

 

思わず目が合ってしまったことに息を呑んだ二人に気がつき、風が説明を一旦止めて注意してきた。

 

「あ、えと……」

 

「なあ……、なにかヘンじゃないか……?」

 

友奈が答えに窮すると、銀が違和感を口にして皆に問いかける。

 

「ん? なにかって、なによ?」

 

「いや、具体的なことは言えないんだけど、なんかおかしくないか……?」

 

「「「?」」」

 

風が質問に質問で返すと、曖昧な問い掛けが返ってきた。風、樹、夏凛の三人は頭に疑問符を浮かべる。

 

「あ、私もなんだかこの辺りがザワザワとヘンな感じがするの……。それも、ここ二、三日くらい……?」

 

友奈は自分の胸に手を当て、慌てて銀の言をフォローする。銀が言いたいことは何となく分かる。自分も具体的なことは言えないにしても。

 

「なに? 銀も友奈も、よく分かんないこと言うわね……って、園子!? アンタ、何やってんの!?」

 

一点を見据えたまま微動だにしない園子に気がつき、夏凛が園子の顔の前で手を翳すようにブンブンと振る。しかし、それでも園子はピクリとも動かない。

 

「アンタ、もしかして目を開けたまま寝てる……?」

 

「いや、超集中の考え事モードだぞ、これ!」

 

「どうやらみんな、月曜日故の休みボケっていう訳じゃなさそうね……」

 

いつもよく居眠りをする園子であるだけに夏凛が真っ当な心配をするが、すぐに銀が真実に気付く。風もどうやら、本当になにごとかが起こっているらしいことに納得していた。

その時、スマホの着信音が鳴り響いた。園子のスマホだ。その音に園子がやっと動き出す。

 

「はい、もしもし。乃木さんちの園子さんですよ……」

 

ただ、反応自体は鈍く、のそのそとしたものだ。電話口に出た際の名乗りも茫洋としたものだった。

 

「えっ!? たぁくん!? うん…………うん…………。ちょっと待って。みんなに聞こえるようにスピーカーにするね。――――――もう一度、最初からお願い」

 

相手が貴也だったのだろう。急に反応がよくなると、皆に通話内容が分かるようにスピーカーモードに切り替えた。そして、話を一からスタートするよう、お願いをする。

 

『だから、今日気付いたんだけど……。僕の机の上に飾ってある、文化祭の時に撮った集合写真があるだろ……? あれから東郷さんの姿が消えてるんだ。だから、そっちで何か起こってるんじゃないかって心配になって――――――』

 

 

 

 

「そうだ! とーごーさん!!!」

 

友奈は、大切な親友の名を叫んだ。

 

『どうして、今まで忘れていたんだろう?』

 

そればかりが頭の中を駆け巡る。

そして思い出す。最後の戦いの後、意識を失っていた間に聞いたはずの彼女の言葉を。

 

『あなたは私の一番大事な友達だよ。失いたくないよ……。――――――やだっ、やだよ……。約束したじゃない……、私を一人にしないって……。返事をしてよっ、友奈ちゃん!』

 

そして、彼女との約束を。

 

『私のすべてを賭けてもいい。約束するよ。絶対、とーごーさんのこと、忘れたりしない』

 

それだけではない。『一人にしない』とも、『ずっと一緒にいるよ』とも約束したことを。

 

 

 

 

美森の名を呼び涙を流す友奈を見やりながら、園子は貴也との電話を一旦切る。

 

「分かった、たぁくん。また、詳しいことは後で連絡するね……。今は勇者部のみんなと情報共有するから」

 

それだけを伝えた。

 

「どうしてあたし、須美のことを忘れてたんだ……!」

 

「東郷先輩……?」

 

「東郷、どうして……?」

 

「………………」

 

銀も、樹も、風も、夏凛も自分が大切な友の事を忘れていたことに愕然としていた。

 

「フーミン先輩。とりあえず、何が起こっているのか確認しよう」

 

「そうね。手分けして確認しましょう。銀と乃木は職員室で先生方への確認と、それから出席簿や生徒のデータベースの確認。友奈と夏凛はクラスメイトに当たって。アタシと樹は部室内の写真やら何やらの確認。いいわね? それじゃ、お願い!」

 

園子の発案で現状を確認すべく、風が役割分担を指揮する。だが、園子は異を唱えた。

 

「ちょっと待って。私は大赦に確認をとってみる」

 

「「「「「!」」」」」

 

「だから、職員室はミノさんといっつんでお願い。今回の件、大赦が一枚噛んでいる可能性は高いからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

小半時のち、勇者部部室に再び六人が集まった。

 

「じゃあ、それぞれ状況を報告。友奈からお願い」

 

「えーっと、私と夏凛ちゃんは部活なんかで残ってたクラスメイトと去年のクラスメイトに確認をとってきたよ。でも……、誰もとーごーさんのこと覚えてなかった……」

 

「というか、最初から知らなかった、と言った方がいいかもね。そんな態度だった。それに、教室に机も無かったしね」

 

友奈は報告の途中で肩を落とし、夏凛が補足した。続いて銀と樹が報告を行う。

 

「先生方も同じような状況だったよ。誰も須美のことを知らないようだった。担任の先生は、あたしが名前を告げると違和感を感じてた様だけど……」

 

「出席簿や生徒管理用のデータベースも確認してもらったけど、東郷先輩の名前、どこにもありませんでした……。まるで、最初からいなかったみたいに……。それに私が歌のテストの時にもらった、みんなからの応援メッセージからも東郷先輩のメッセージだけ消えてるんです……」

 

「アタシも部室の中の物を確認したけど、東郷がいた形跡がまるで無かったわ。写真からも見事に消えてた」

 

最後に全員の視線が園子に集中した。だが、園子も首を横に振る。

 

「私が電話連絡可能な神官さん達に当たってみたけど、誰もなにも知らないって……。それも声を震わせながら……。本当に知らないみたいだったよ」

 

「どういう事よ、これ!? 大赦も知らないって……」

 

「でも、鵜養は一番に気付いたんでしょ……? それに、これって……」

 

風が声を荒げるが、夏凛が何かに気付いたように呟く。

 

「そうだよ。この前見つけた、西暦の写真や御記とおんなじだよ。西暦のたぁくんと同じ事が起こってる」

 

「じゃあ、神樹様の仕業って事なんでしょうか……?」

 

「実行犯は神樹様だけど、理由は多分大赦だと思うんだ。たぁくんの時はタイムパラドックスの回避っていう理由があったけど、今回は理由が分からない。なら、大赦なんだろうと……」

 

「でも、大赦は知らないって、園子さん、言いましたよね」

 

「私が電話連絡出来る地位の人達は、ね。上層部が知らない訳がないよ……」

 

樹の疑問に園子が答えていく。その答えにいらだったように風が吐き捨てた。

 

「大赦め! 勇者の力さえあれば、ぶっ潰してやるのに……」

 

それを見て、園子はため息をつくと決意の籠もった口調で話し始めた。

 

「どうやら、私たちの切り札を切る時が来たみたいだね」

 

全員が、疑問の目を園子に向ける。

 

「前に言ったよね。たぁくんの力の源泉を大赦に隠しているのは、いざという時の私たちの切り札にする為だって」

 

「確かに、そんなこと言ってたわね」

 

「うん。今回の事で、幾つか分かったこともあるんだ。たぁくんが真っ先に気付いたのは、恐らくご先祖様達の加護を受けた勇者だから……。だから、神樹様の記憶改変をある程度、受け付けなかったのかもしれない。それと、大赦がたぁくんの力の秘密に気付かなかったこと……。これも、大赦がたぁくんに関する情報を掴む度に、ご先祖様達や神樹様が記録や記憶を改竄していたんだ、って事なんよ」

 

「そうか……。それなら辻褄が合うな。さっすが、園子だぜ!」

 

「ふふっ……。じゃあ、これから私とたぁくんとで大赦本部に殴り込みを掛けるね。幸い、日も暮れたし。それに、今からならまだ主要な人達は残ってるだろうしね」

 

そう言って、スマホを取り出す園子。だが、皆不満のようだ。

 

「アタシたちも行くわ。これは勇者部全体の問題よ!」

 

「私も! とーごーさんのこと、私が助けてあげたいよ!」

 

風と友奈が同行を申し出る。他の三人も口にこそ出さないが、同じように視線を送ってくる。

 

「ダメだよ。今の私たちは変身できないからね。いわば、今回の大赦は敵地でもあるからね。不測の事態に備えて、交渉役の私と護衛役のたぁくんの二人で行くのがベストだと思うんよ。それに、みんなも警戒して自分の身は自分で守ってね。私たちの突入に反応して、過激派が何か動きを見せるかもしれないから……」

 

その言葉に皆息を呑んだ。今回の大赦は、明確に敵に回る可能性があることを理解したからだ。

実際のところ、勇者に変身できない現状、彼女たちはただ身体能力が多少高い女子中学生に過ぎないのだから。

 

「ま~、末端はなにも知らないようだから、そこまで危険度が高いって訳じゃないと思うけどね~」

 

園子は、自分の警告に薬が効きすぎたかな、と反省しつつ、そう付け加えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

讃州中学の校舎屋上に、輪入道の空中走行でやって来た貴也が降り立つ。

 

「日が落ちて目立たないからって、無茶ぶりだぞ、園子……」

 

「さっさと行かないと、帰りが早い人は退勤しちゃうからね」

 

そんな二人の周りを勇者部の面々が取り囲む。

 

「貴也さん、お願い。とーごーさんを助けてあげて……」

 

「鵜養、頼んだわよ。園子の事は、アンタに任せたからね!」

 

「鵜養さん、東郷先輩のこと、お願いします……」

 

涙ぐみながら、手を組んでお願いをしてくる友奈の頭を優しく撫でてやる貴也。夏凛と樹には力強く頷くことで応えた。

 

「鵜養。東郷と乃木のこと、頼んだわ。それから、アンタも無事で帰ってくること。いいわね……?」

 

「ああ。分かってる」

 

風の言葉にも力強く答えた。

銀はニカッと笑いながら右手の親指を立て、バチンとウィンクしてくる。

 

「じゃあ、行こうか、たぁくん……!」

 

「ああ……!」

 

「えっ……!? ちょっ、ちょっ……これっ……!?」

 

「ヒュー!! やるー!」

 

園子が慌てだし、風が囃し立てる。それもそのはず、園子は貴也にお姫様抱っこをされていたのだ。

 

「ちょっと、これは恥ずかしいよ、たぁくん……!!」

 

「いつも振り回されている、お返しさ……! 存分に、恥ずかしがれっ!!」

 

そう言う貴也の顔も真っ赤ではあるのだが……

そして、そのまま彼は園子を抱きつつ空中走行に入る。

目指すは大赦本部。対する相手は海千山千の大人たち。鬼が出るか、蛇が出るか……

 

 

 

 

「こうしてると、半年前を思い出すね……」

 

「あの時は、そのちゃんは全身を散華してたけどな」

 

姫抱っこをされながら貴也に話しかける園子。彼も笑みを浮かべながら返す。

半年前、まだ勇者部と合流する前に勇者部の皆の戦いを見守るべく行動していた頃を思い出す。

 

「あ~あ、これが単なるデートだったら良かったのにな~」

 

園子が頭を擦りつけるようにしながら、若干甘えた声を出す。

 

「気を引き締めていくぞ。もう大赦本部、見えてきたよ」

 

「うん。絶対に、わっしーを取り戻そう!」

 

二人は、もう一度気を引き締め直して行き先を注視する。

既に日が落ちた闇の中、山の麓にへばりつく様に立ち並ぶ建造物の数々。宗教施設とも、研究施設ともとれるような佇まい。

そして、奥の方には常識的な範囲ではあるが、一際大きな樹木が立っている。それは淡く光っているようにも見え、高貴な神性を感じさせる。平時の神樹の姿だ。

 

貴也は目当てである、メインの建物の正面玄関前に降り立つと園子を下ろしてやる。

 

「行くよ! たぁくん。まずは書史部の部長さんにアタックだよ」

 

「ああ……。このまま、多重召還を掛けたままで行った方がいいかな?」

 

「単純召還の方がいいかも……? 精霊は一般の人には見えないけど、ここは大赦だからね。精霊が見える人の割合は高いから、威圧の効果があると思うよ」

 

「よし。じゃあ、送還! からの、召還!」

 

貴也の周囲に十体の精霊がふよふよと浮かぶ。輪入道、雪女郎、七人御先、一目連だ。

それらを引き連れ、園子と共に大赦の建物の中へと入っていった。

 

 




貴也が若葉神たちの力を受けた勇者擬きであるため、神樹の記憶改竄が上手く作用していなかった、というお話でした。ただ、どうも二、三日は誤魔化せていたようではあります。
その他は切り口が異なるだけで、原作沿いですね。

次回は、vs大赦となります。

仕事が実質ワンオペになった関係で更新はガンガン遅れると思いますが、『エタりません、完結するまでは』を目標に、『なるべく諦めない』、『為せば大抵なんとかなる』などの精神でやっていこうと思います。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十一話 大赦本庁

いつの間にか、お気に入りが200件を突破していました。
評価バーも真っ赤なままで3つ目に突入していましたし。
本当にありがとうございます。
完結へ向けてのモチベーションが上がります。

ということで、本編をどうぞ。




幸い、まだ辛うじて十八時台であったため正面玄関は閉まっていなかった。そのため、二人は堂々と自動ドアを(くぐ)って建物内へと入っていく。

 

『大丈夫。たぁくんが側に付いててくれるんだ。ちゃんと渡り合えるはずだよ』

 

流石に園子も不安がない訳ではない。なにせ相手は大赦の上層部の人間になるのだ。人生経験も仕事の経験も豊富な海千山千の大人達。対する園子は、超人じみた能力を持っているとはいえ、まだ未熟な中学生に過ぎないのだから。

だが、後ろに貴也が付いてきてくれている、それを意識するだけで力が湧いてくるようだった。

 

 

 

 

流石に『乃木園子』の名と顔だけでフリーパスとは行かなかった。無理もない。いきなり大赦上層部の人間に会わせろというのだ。

守衛をも交えた受付での押し問答の末、十名ほどの大赦仮面に取り囲まれる結果となった。

 

「会わせてくれない、って言うんだったら実力行使させてもらうよ」

 

園子のその言葉に大赦側の人間たちは怯んだ。勇者装束をその身に纏った貴也がいたからだ。その内の何名かが、彼の周りに浮く精霊の姿を捉えていたのも影響していた。

そして、受付の一角を雪女郎の力で氷漬けにする。その一手だけで決着はついた。

バーテックスとも戦える勇者を前に、抵抗しようという者は誰もいなかった。

 

だが、大赦仮面の一人に書史部部長室への案内をさせようとしたところで、新たに貴也たちの行く手を遮る者が現れた。

 

「乃木園子様、鵜養貴也様。あなた方は東郷美森様の決意を台無しになさるおつもりですか……?」

 

神官服に身を包み仮面を着けた女性。園子は、その声に聞き覚えがあった。

 

「私たちはわっしーが、東郷美森が何を為そうとしているのかを確かめに来ただけだよ。でも、納得がいかなければ、彼女を力尽くででも連れて帰るつもりだけどね」

 

「帰りなさい。美森様がどうしてあなた達から記憶を奪うよう神樹様に願ったのか、想像もできないような貴女ではないでしょう……? このまま、何も知らないままで帰りなさい」

 

その女性神官の頑なな態度に、園子は、だがしかし諭すように語りかける。

 

「貴女は大赦の部品になろうとしてるんだね。――――――ピーマンが苦手だったよね。あの頃、優しさと厳しさを同居させつつ毅然とした態度で私たちを導いてくれていたけど、ふとした時に見せるそういったところがチャーミングだと思っていたんだよ。私たちを勇者としてだけじゃなくて、一人の人間として、子どもとしても対してくれていた貴女を思い出して……」

 

「もう、あの頃の私たちには戻れないわ。そう、貴女も私も、美森様も。状況がそれを許さないのよ」

 

「そんなことないよ……。戻れないって、思い込もうとしてるだけだよ」

 

そう言って、園子は優しい笑顔を浮かべる。女性神官は、その表情に一瞬たじろいだような態度を見せた。

貴也も、そのやり取りに彼女が誰なのかに思い至る。

 

「僕にだって、何も情報をしゃべれない中で、銀との接触が可能になるように助言をくれたじゃないですか。東郷さんの真意を確かめるだけでも、僕たちにさせて下さい」

 

「貴女はわっしーが何をしてるのか知ってるんだよね。教えてくれませんか、安芸先生……?」

 

だが、彼女は首を横に振る。

三人は暫くの間、何も言わずに視線を交錯させた。

一分ほどそうした後、女性神官は項垂れると通路の脇へ身を寄せて道を開ける。そして、もう何も語らなかった。

園子と貴也は目配せをすると案内役の大赦仮面を促し、目的地へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

書史部部長室の応接セットで園子は部長の烏丸と対峙していた。貴也は不測の事態に備え、やや離れた場所に立ったままだ。人払いしているので、部屋にいるのは三人だけだった。

 

「お久しぶりです。烏丸のおじ様」

 

「本当に……、何年ぶりだろうかね。で、今回は何用かね、園子様……」

 

「東郷美森が行方不明になっている件です。おじ様なら、裏の経緯までご存じでしょう……?」

 

探るような物言いで尋ねる園子。相手の表情の僅かな変化さえ見逃さないよう、じっと見つめる。

 

「? ……何のことかね? それは、初耳だよ。そもそも東郷美森とは誰だね?」

 

「とぼけないで下さい。書史部だけじゃなく、祭祀院の呪術部まで牛耳っているおじ様が知らないはずはないでしょう?」

 

「いや、何のことだか分からん。本当に知らないんだ……!」

 

園子には信じられない事態だった。烏丸と言えば、大赦本庁事務総局の書史部部長に収まり、あらゆる情報の検閲の権限を手中にしているだけでなく、祭祀院の呪術部さえも息の掛かった者達で押さえ、いわゆる過激派二大派閥の一方の長にさえ居座っている人物の筈だからだ。

 

貴也の精霊による示威行動まで見せたが、何も知らないと言い張る烏丸。納得するしかなかった。

 

「おじ様がご存じじゃないとしたら、あとは桐生のおじ様に当たるしかないか……」

 

「私が知らないということは、確かに桐生、いや、もしかすると司波の奴の仕業かもしれん。一体、何が起こっているんだ……?」

 

園子の呟きに烏丸が反応する。本当に何も知らないようだ。今回の事態に戸惑いを隠し切れていなかった。

 

「園子。その桐生とか、司波って人はどういった人達なんだ?」

 

「桐生のおじ様は祭祀院の副総裁だよ。でも実質、祭祀院のナンバーワンの実力者なんだ。司波って人は、私もよく知らない。桐生のおじ様の右腕だって事ぐらいしか……」

 

その時、部屋に入ってくる者があった。

大赦の仮面を着け、神官服を身に纏った二人の人物。そのうちの小柄な方が声を掛けてくる。

 

「ほっほっほっほ……。久し振りだのう、鵜養の坊主」

 

「貴方は……?」

 

「上里様! 一体、何用でこちらへ……!?」

 

それは二年前、園子を祀り上げられた病室から救い出す際、貴也に取引を持ちかけた老神官だった。

烏丸も俄に姿勢を正す。

 

「烏丸よ……。園子様と鵜養の坊主、借り受けるぞ」

 

「そ、それは構いませんが……」

 

「詳しい経緯は後で話してやる。私に任せい」

 

「はっ……」

 

そして貴也と園子は、老神官に別室へと連れて行かれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

祭祀院総裁室。そこに通された。

 

「こんな短期間で、またお会いすることになるとは夢にも思ってませんでした。上里のお婆ちゃん……」

 

「えっ……!?」

 

園子のその言葉に驚く貴也。

仮面を外す老神官。仮面の下から現れたのは、老境にありはすれども確かに女性であった。どことはなく、恐い表情の時のひなたを想起させた。

そして、もう一人の神官も仮面を外す。

 

「やあ、久し振りだね。二人とも」

 

「三好さん!?」

 

春信だった。にこやかに挨拶をしてくる。

 

「こちらは坊主のことはよく知っていれども、坊主の方は知らぬわな。改めて自己紹介をしよう。上里咲夜(さくや)だ。大赦の祭祀院総裁を拝命しとる。とはいえ、実質はお飾りだがな。烏丸も殊勝な態度をとっておったが、今頃私たちのことを小馬鹿にしておろうて」

 

老神官、咲夜は相好を崩すとまるで孫にでも対するような優しげな態度で話しかけてきた。

 

「今回の件、お婆ちゃんはご存じなんですか? お父さんと同じように大赦内では飾り物にされているものだとばっかり……」

 

「えっ!? 乃木家って、上里家と同様、大赦のツートップだって……」

 

「乃木家も上里家も広告塔に過ぎないんよ。お父さんも事務総長ってことになってるけど、大赦内の権力バランスから言えば実質的な権限は限られているそうだからね……」

 

「まあ、そういうことだのう……。但し、今回の件はギリギリ間に合ったよ。国土亜耶が受けた神託を見せてもらったからのう」

 

その言葉に貴也は園子を見つめる。どうやら園子が真仮名の神託を預けた相手は、この咲夜なのだろう。

 

「あの神託に、そんな効力があったんですか?」

 

「なあに、大赦中枢お抱えの巫女の経験があれば分かるものだったわ。ちょっとした祝詞が紛れ込んでおったわい。その効力で三好の坊主の報告を忘れんかっただけのことよ」

 

そして、咲夜は今回の美森が失踪した件について説明してくれた。

美森が結界の壁に穴を開けたことが、四国から一歩も出ないという天の神との約定を破ったものと見做されたらしいのだ。そのため、壁の外の炎がその勢いを増し、結界への負担が増大したのだという。これらについては、神樹様からの神託により分かった事らしい。

これを鎮める為、大赦は三百年前に行った奉火祭を再び行おうとしていたのだ。三百年前は神託に従い、四人の巫女を生け贄として捧げていた。だが今回は対応策についての神託が無かったため過去の実績を基に大赦の判断で、さらに万全を期するために生け贄を六人に増やして行おうとしたのだ。結局、主導していた桐生派の中で発言権が増大していた司波派の言い分が通り、結界に穴を開けた張本人である美森を生け贄とすることになったのだが。

 

「じゃあ、もしわっしーを助け出したりしようものなら、さらに天の神の怒りを買うことに……?」

 

常識的に考えれば、園子のその懸念は正しいのだろう。だが、咲夜は首を横に振る。

 

「分からん。そもそも今回の件、神樹様の御意志を確認できぬままに進められておるからのう。だが、東郷美森は流石に鷲尾の血を引く者よのう。勇者と巫女、双方の資質を極めて良質に備えておる。奉火祭の生け贄としてこれ以上の逸材はおるまいて」

 

「そんな言い方って……!」

 

「ふざけないで。子どもを生け贄にするのが正しいことだとでも思っているの!?」

 

咲夜のその言いぶりに、貴也も園子も抗議の声を上げる。だが……

 

「確かに(いびつ)だわな。だが、人類の存続のためであれば、私は小の虫を殺すことに躊躇いはせんよ。所詮、大人も男も神樹様は受け入れてはくれんからの。ま、鵜養の坊主だけは例外かの……?」

 

咲夜は真剣極まりない表情で、そう言い放つ。それは、どのような説得も受け付けないという強い意志が籠もった言だった。

 

「お婆ちゃんの考えは分かりました。でも、私たちはわっしーを助けに行きますよ。今の説明を聞く限り、わっしーは壁の外にいるんですよね? 勇者システムを返してもらいます」

 

「好きにするがいい。国土亜耶が受けた神託を見る限り、神樹様の御意志は別の所にあると私は思うでな」

 

「そういえば、その漢字だらけの神託の中に『阿游婆良(あおばら)』と『佐久良(さくら)』の文字がありましたよね。それって、私とゆーゆ、結城友奈のことですよね……?」

 

その、園子の咲夜への問い掛けに貴也はドキッとした。なんとも言いようのない不安が押し寄せる。

 

「どういうことだよ、そのちゃん……?」

 

「うん。前に神託を見せてもらった時、その文字が目に付いたっていうか、引き寄せられたっていうか、そんな感じ……?」

 

園子にも説明はし難いようだった。

 

「まだ読み込みが甘くての。如何様(いかよう)にも解釈の効く文章ゆえ、もう少し全体をはっきりさせねば、なんとも言えんのう……。だが、恐らくその解釈は当たっているような気がするのう……」

 

「神樹様はわっしーじゃなくて、私とゆーゆに何かをさせたがっているということですか? ただ、今の私は青薔薇じゃなくて蓮の花の勇者ですけど……?」

 

「モチーフとなっている花の違いなど、些細なことよ。ただ、神樹様が何かをさせようとしている、それについてはそうかもしれんの……」

 

そう言いつつ、咲夜は貴也をじっと見つめる。

 

「鵜養の坊主よ。園子様のこと、頼むぞ。もちろん他の勇者たちの事もだ。――――――お主がもう少し協力的であれば良かったのだがな……」

 

そして、春信の方を向き直ると指示を出す。

 

「三好よ。この二人を技術部に連れて行ってやれ。勇者システムを全員分、渡してやれと伝えるのだぞ」

 

「分かりました。御前様」

 

こうして上里咲夜との会談は終了し、二人は勇者システムの端末が入ったアタッシュケースを手に大赦から帰還することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

翌日の朝、讃州中学の勇者部部室には貴也を含む七名が集まっていた。

学校側には三好春信が話を通しておいてくれたらしい。そのため彼ら七名は、美森救出のために授業を免除扱いになっているのだ。

 

「ということは、東郷は天の神の怒りを静めるために壁の外で生け贄にされてるってことね……?」

 

「そう。だから、見て。――――――わっしーの端末だけが無い」

 

昨夜の大赦本部でのやり取りに関する報告が一段落した後、夏凛が纏めると、園子はアタッシュケースの中味を見せてくる。確かに端末が一つだけ欠けていた。

 

「東郷先輩を救出するためには壁の外へ行かないとならない。でも、そのためにはまた勇者に変身しないといけない……」

 

「勇者部部長として、それは認められないわ。また、みんなをあんな目には遭わせたくない。それは乃木、あんたもそうよ」

 

樹の呟きに、風が断固とした態度を取ってくる。それに対し、園子は現状の勇者システムについて説明した。

 

一つ、バージョンアップにより散華の機能が無くなったこと。

一つ、最初からゲージは満タンであり、精霊バリアが使われる毎に一つゲージを消費すること。

一つ、満開をする、あるいは精霊バリアを五回使用することでゲージはゼロになり、以降精霊バリアは張られなくなること。

一つ、ゲージの回復は無いこと。これは、どれだけ時間が経とうともである。

 

「じゃあ、ゲージ五つ分、一回こっきりってこと!?」

 

「そう……。それだけ、神樹様の力が逼迫しているってことなんだそうだよ、ゆーゆ……」

 

「そんな……」

 

「本当にその情報、信じられるの……?」

 

友奈と園子の問答に、風が根本的な問いを投げかける。それに対し、園子は困ったような表情で答えた。

 

「そうだよね。みんな、酷い目にあったもんね。――――――でも、今回は私は信じるよ。技術部の人達みんな、今回の勇者システムについて隠し事はもう無い、って言ってくれたし。信じなきゃ、始まらないってこともあるしね……」

 

その言葉に、だが皆、逡巡を見せる。と、友奈が自ら両頬を叩いて活を入れる。

 

「私は園ちゃんを信じるよ! 大赦の人の事は分からないけど、園ちゃんのことは信じれるもんね。風先輩。私、とーごーさんを助けに行きます。考え無しじゃないですよ」

 

「友奈……」

 

風の困惑した表情に、銀が恐る恐る口を挟む。

 

「もう勇者に変身できないあたしが言うのもなんだけどさ……。あたしも園子を信じるよ。あたしは園子の判断なら、信じられる」

 

結局、それが結論だった。皆、口々に園子を信じると言いつつ、端末をその手に取っていく。

 

 

 

 

「たぁくんは壁の所で待機しててね。結局、たぁくんのシステムじゃ、ご先祖様達の憑依が無い限り、私たちと同等の性能は発揮できないようだからね」

 

「でも……」

 

「鵜養。今度はアタシたちに任せて」

 

「そうです。ちゃんと東郷先輩は助け出して見せますから」

 

結局、貴也は壁の外へ行くことは叶わなかった。貴也の変身では、神世紀勇者のスペックに付いていけないことは明白だったからだ。

 

 

 

 

勇者部部室の窓から飛び出していく貴也を含む友奈達六名の勇者。

それを、見送る銀は歯噛みしていた。

 

「あたしだって、勇者の資格さえ剥奪されてなきゃ……」

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

美森の救出は困難を極めつつも、結果的にはスムーズに進んだ。

 

結界の壁の外の上空、そこに浮かぶブラックホール状の球体。その中に美森は囚われていた。

園子の逸早い満開により、バーテックスの追撃を躱しつつ球体に肉薄する勇者たち。最後は友奈が単独で球体に突入したのだ。

 

巨大な重力に依る阻害に精霊バリアのゲージを四つまで使いきり、中心部に突入した友奈。かつて三週間意識を失っていた間、囚われていた場所。そこに幽体だけの状態で到達していた。そこで、巨大な鏡に拘束されている美森の幽体を発見したのだ。そして彼女を、天の神からの攻撃に耐えながらも、ほぼ無理矢理、力尽くで救出したのだった。

 

 

 

 

救出からほぼ一週間後の週末。ついに美森が意識を取り戻した。

 

「やった! 目が覚めた! とーごーさん!!」

 

友奈の喜びの声が響く。病室のベッドの周りを皆が囲んでいた。

 

「みんな……? 助けてくれたの……?」

 

「そうだよ、わっしー」

 

「でも、このままじゃ壁の外の炎が……」

 

「大赦から事情は聞いているわ。炎の勢いは安定したから、もう大丈夫だって。生け贄はもう必要ないってさ」

 

助かったものの自分が為そうとしたことを思い出し、懸念を示す美森。それを風が打ち消す。だが、美森は顔色を変えた。

 

「まさか代わりの人が……」

 

しかし、夏凛が美森の助かった経緯を説明する。

 

「違うわよ、東郷。アンタ、死んでてもおかしくないくらい生命力を取られてたんだって。でも、タフだからまだ生きてた。そこに、私たちが間に合った。そういうことみたい。天の神も満足するぐらいには生命力を捧げたって事なんじゃない……?」

 

「さっすが勇者と巫女のハイブリッドだよな。よっ、スーパーガール!」

 

「体の方も、どこも異常なしだそうですよ」

 

「本当に私……助かったんだ……」

 

囃し立てる銀に、検査結果を冷静に伝える樹。美森もやっと助かったのだという実感が湧く。

そこに、少し沈んだ声で友奈が声を掛けてきた。

 

「ゴメンね、とーごーさん。私、とーごーさんのこと絶対忘れないって約束したのに、何日か忘れてた。本当にごめんなさい」

 

「謝るのは私の方よ、友奈ちゃん。ごめんなさい。みんなの記憶を消すように神樹様にお願いしたりして。悪いのは私の方だわ……」

 

「ううん。私だって、きっと同じようにしてたから……」

 

友奈と美森のやり取りに、風が今後の指針を改めて示す。

 

「例の国防仮面の時にも言ったでしょ。これからは悩んだら勇者部全員に相談。大赦絡みだろうと、例外は無しだからね」

 

「はい……。でもみんな、それでも私のこと、思い出してくれたんだ……。ありがとう……」

 

そう言って涙を零す美森の頭を優しく撫でる園子。

貴也はそんな皆を、少し離れた場所から温かく見守っていた。自分には声を掛ける余地が無いな、と内心苦笑しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、浴室でシャワーを浴びる友奈。

浮かない表情で鏡を見つめる。

その左胸には、太陽に酷似した形状の烙印が焼き付いていた。

 

 

 




美森救出劇はアニメ原作と全く変わりませんので大胆にカット。
詳細はアニメでチェックしましょう。

おやぁ? ピーマンの話がこんなに早く出てしまいました。

上里のお婆ちゃん。貴也たちにとって敵か味方か? とりあえず大赦的考え方であるのは間違いなしということで。

今回の真仮名の神託。どうやら園子と友奈が名指しされているようです。

色々と仕掛けをしつつ、原作通り友奈が天の神のたたりを受けたところで次回へ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十二話 心の痛み

街はクリスマスの飾り付けで華やいでいる。あと一週間もすればクリスマスだ。

友奈、美森、銀、園子の四人は学校帰りに駅付近の店々でウィンドウショッピングを楽しんだ後、家路についていた。

 

「もうすぐクリスマスだね。勇者部のパーティー、楽しみだなー」

 

「外国の祝祭だけど、それを取り込んでしまうなんて我が国の懐の深さを感じさせるわ。でも名前はダメね。せめて『モミの木祭り』ぐらいに変えてしまわないと……」

 

「なんだよ、そのセンスの欠片もないネーミングは……?」

 

「ぐっ……! 御国の言葉の良さを伝えきれない、己の語彙力の乏しさが憎い……」

 

嬉しげに語りかける友奈に、美森が己の矜持に従った発言をかますが、銀の突っ込みにぐぬぬと悔しがる。

そんな三人をにこやかに見つめながら、園子も嬉しそうに話す。

 

「ま~、それはともかくとして、勇者部としてどころか、わっしーやミノさんと一緒にクリスマスを祝うのも初めてだよね~。嬉しいな~」

 

「えっ!? そうなの……? 園ちゃん達三人って、とっても仲がいいから信じられないや……」

 

「あたしら三人が深く関わってたのって、実際のところ、小六の四月から七月の実質三ヶ月だもんな……。でも、繋がりの強さって、やっぱり時間の長さじゃなくて、どれだけ深く関わったか、だよな」

 

「あら? 記憶を失ってた私はともかく、銀とそのっちの二人でお祝いは……」

 

「あはは……。私がお祝い事全部拒否ってたからね~。味覚も嗅覚も失ってて、それどころじゃなかったんよ~」

 

「あ、ごめんなさい。そこまで気が回らなかったわ……」

 

「気にしなくていいんよ、わっしー。もう、過ぎたことなんだしね~」

 

自分の不用意な発言に落ち込む表情を見せる美森。だが、園子が慰め、友奈が話題を強引に元に戻してフォローする。

 

「でもさ、たったの三ヶ月でそんなに仲が良くなるもんなんだねー。あ、でも、私も勇者部のみんなと出会ってから三ヶ月も経ったら相当仲良くなってたっけ……。園ちゃんや銀ちゃんとは、実質まだもっと短いもんね」

 

「実質一ヶ月。その前に会ったのも数回だしね~」

 

「私たちの絆はそれだけ強いのよ。きっと前世から赤い糸で結ばれてるんだわ……」

 

「おいおい、須美の奴、なんかトリップしてるぞ。友奈、自分の身はちゃんと自分で守るんだぞ」

 

「あはははは……」

 

友奈のフォローが効き過ぎたのか、あるいはあえて無理矢理乗っかったのか。恍惚とした表情の美森に、銀が危機感を滲ませる助言を友奈に与える。

そうやって、楽しげに笑顔を浮かべながら帰る四人の少女たち。

ただ、友奈が時々左胸の辺りを手で庇うようにしているのを、園子は不思議そうに見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっと! じゃあ乃木、採点をお願いね」

 

「らじゃ~」

 

部室で受験勉強をしていた風。部室に残っていた園子に採点をお願いする。

どういうわけか、今や高二の範囲まで先取り勉強中の園子に勉強を見てもらっているからだ。勇者としての活動で勉強がおざなりになっていた半年間の遅れを取り戻すためには、教師役が後輩だとかそんなことは気にしていられないのだという。ちなみに、園子は高二の範囲も難なくこなしているそうな。

そこへ、どやどやと依頼対応が終了した残りの部員が帰ってくる。

 

「ただいまー」

 

「お帰りー。お疲れさま。全員揃ったわね」

 

口々に帰還の挨拶をするところへ、風が労いの言葉を返す。

 

「よしっ! フーミン先輩、全問正解! と、ここで全員にアタックチャ~ンス!!」

 

「なによ、それ。正解すると、なんかいいことでもあるの?」

 

風の採点が終わったのだろう園子から何やらヘンな振りがある。夏凛がどういうことかと尋ねると……

 

「あるよ~。正解者は、なんと! 女子力が二倍になります!」

 

「アタシ、それ乗った!!」

 

女子力という言葉にすぐさま反応する風に対し、皆からの冷ややかな視線が集まる。

 

「では問題です。出題はゆーゆからどうぞ!」

 

「ええっ!? 私……!?」

 

「問題が思いつかなかったら、何か困ってることの相談でもいいよ~」

 

「えっ!? あ…………えっと……。あのね、この前の……」

 

園子からの無茶ぶりに一瞬、左胸の烙印のことを相談しようかとの想いが頭を()ぎり、そこまで言いかけたところで、友奈は幻視した。勇者部皆の左胸に自分の胸に刻まれているのと同様の太陽状の烙印が赤く光り出したのを。

慌てて言い直す。

 

「あ、いや……あ、蟻さんが借金を返すために夏の間ひたすら働いていました……? で、えっとー、秋になったらキリギリスさんが借金を肩代わりしてくれました? 何故でしょう???」

 

「なんで疑問符だらけなのよ。それにそれ、問題として成立してないんじゃないの?」

 

慌て過ぎて支離滅裂になったところを夏凛に突っ込まれた。

 

「ちなみに『アリとキリギリス』って、元は『アリとセミ』だったんだって~。セミの居ない地方を経由してお話が伝わったから、途中でキリギリスになっちゃったんだそうだよ~。――――――というところで、残! 念! 問題が成立しませんでしたので、アタックチャンスは不成立でした~。フーミン先輩、残念だったね~」

 

「何がしたかったのよ、乃木?」

 

「一度でいいから『アタックチャンス!』って振りがしてみたかっただけなんよ~」

 

そう、にこやかに話す園子の視線は、友奈の方を少し心配げに捉えていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

休み明けの月曜日の放課後。勇者部部室では、皆の愚痴が飛び交っていた。

夏凛は自宅のエアコンが壊れて寒い思いをしたのだと、美森は夜間に自室の電灯が切れて困ったのだと、犬吠埼姉妹は樹がコンビニ帰りに鍵を落としてしまい寒空の下、二人で探し回ったのだと。

そこへ遅れてやって来た園子と銀。二人とも今朝方、手を怪我したのだという。園子は右手をポットで火傷し、銀は落として割ってしまった皿を片付ける際に左手を少し切ってしまったのだそうだ。

勇者部メンバーのほとんどが小なりといえど事故のようなものに巻き込まれていることに皆、疑心暗鬼の視線を交わす。

 

「友奈ちゃんは、なにもなかったの……?」

 

「うん、平気。なにもなかったよ」

 

「そう。良かった……。これで友奈ちゃんにまで何かあったのなら、いよいよ、何処とは言わないけれど、疑いの目を向けなくちゃいけなかったものね……」

 

美森の問いに友奈が何もなかったことを報告したため、その場は収まった。

だが、友奈は不安に駆られていた。だから……

 

 

 

 

友奈は相談があるのだと、風を渡り廊下へと連れ出した。この時間帯のこの場所なら、誰かに遭遇することもないだろう。

 

「なに? 悩み事? 恋愛関係だったりして」

 

「え、えっと……」

 

ニヤニヤしながらそう話しかける風に、友奈はどう切り出そうかと逡巡する。

 

「な、訳ないか……。最近のアンタ、ちょっと変だしね……。言ってみなさい。優しい先輩が優しく相談に乗ってあげるわよ」

 

ニシシと笑う風の笑顔に少し安心し、話し始める。

 

「実は……、この間……あの、とーごーさんを助け出した日に、なにかヘンだなって家へ帰って確認したら…………、っ!!」

 

そこまで話したところで、驚きに息を呑んだ。風の左胸に、はっきりと太陽状の烙印が赤く光り出したからだ。

 

「ん? 確認したら? どうしたの?」

 

「あ、あの……、スマホから前に撮っていたみんなとの写真が消えちゃってて……」

 

慌てて取り繕って苦笑いを返す。そうやって、後は誤魔化して有耶無耶にしたのだった。

 

 

 

 

風に先に部室に戻ってもらった後、手洗い場で手を洗い、自分の左胸の烙印を確認する。

 

「風先輩にも同じものが見えた……。話しちゃいけないって事なのかな……?」

 

不安を誤魔化そうとするように、そう小さく呟いた。

 

 

 

 

部活終了後、家路につく犬吠埼姉妹。二人とも自転車だが、あえて乗らずに押して歩く。二人で会話しながら帰るのが楽しいから、というよりはその優しい時間を長く感じていたいからだろう。

 

交差点で赤信号に引っかかった。二人は夕飯の献立について話している。周りには数名の大人も信号待ちをしていた。

と、風は視界の端に見知った人物が走ってきているのに気付いた。東郷美森だ。手ぶらで、焦ったように走ってくる。なにか忘れ物、あるいは伝え忘れたことでもあるのだろうか?

 

「風先輩!」

 

「なに? 東郷…………、誰っ!? アンタ!!」

 

ニヤッとした笑みを顔に貼り付けたその人物は、美森とは明らかに異なる雰囲気をその身に纏っている。

 

何も出来なかった。反応できなかった。

 

ドンッ!

 

風は突き飛ばされていた。

樹は息を呑む。

風の体は、丁度走ってきたタクシーに跳ね飛ばされていた。タクシーは、犬神がとっさに張った精霊バリアを全く無視するように風の体を捉えていた。

 

「キャーーーッ!!」

 

誰かの悲鳴が上がる。

風の体はアスファルトに叩きつけられた。

タクシーは交差点の向こう側で停まると、オロオロとした運転手が降りてくる。

一緒に信号待ちをしていた大人達は、一人が後続車を止めようとし、一人は救急車を、もう一人は警察を呼ぼうとしていた。

樹は風に駆け寄る。いつの間にか歩行者側の信号は青になり、そして美森の姿は消えていた。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」

 

気を失っている姉の体を動かさないように、しかし意識を取り戻してもらいたくて大声で呼びかける。

必死になっていた。反対車線を猛スピードで走っていくダンプカーの風圧にも気付かないほどに。

 

 

 

 

SNSでその連絡を受けた友奈は目の前が真っ暗になった。

 

『風先輩が交通事故……? まさか、私が相談しようとしたせい……?』

 

急いで風が入院しているという、その病院へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

病院は物々しい雰囲気に包まれていた。

 

「まだフーミン先輩に会えないから詳しいことは分からないけどね。どうも、殺人未遂だって……。フーミン先輩、信号待ちしてたところを誰かに突き飛ばされたって事らしいよ……」

 

園子から大まかな状況を聞き、友奈は複雑な気持ちに陥った。天の神から受けた烙印が原因なのかどうか分からない事態だったからだ。胸をなで下ろすのも不謹慎だし、でも自分のせいでない可能性が出てきたことで安堵の気持ちがない訳でもなかった。

 

警察の事情聴取が終わってから、やっと病室で風と会うことが出来た。

包帯だらけの上に首にコルセットを巻いた状態だった。だが……

 

「見た目、派手だけどね。入院は一週間で済むそうよ。だけど終業式に出られないわ、その上……ゴメンね、樹。樹のクリスマスコンサート、見に行けなくなっちゃった……」

 

「お姉ちゃん……。コンサートじゃなくて、街のクリスマスイベントに出る学生コーラスの応援参加だよ……」

 

「アタシにとっては、樹のワンマンショーよ!!」

 

姉バカな話をする風にあきれつつ、夏凛がシリアスに引き戻そうとする。

 

「私たちも心当たりがないか、事情聴取を受けたわよ。アンタを突き飛ばした奴、中肉中背(ちゅうにくちゅうぜい)の女だそうだけど、誰も風体(ふうてい)を覚えていないそうね……。アンタも覚えてないの……?」

 

その言葉に樹が俯く。ただ、チラッと美森の方を見やった。

そんな妹の姿に、風はため息をつくと病室内の皆を見回した。だが、すぐに顔を(しか)める。

 

「イタッ。格好つけて、見回すもんじゃないわね……。アハハ……。――――――覚えているわよ。アタシを突き飛ばした奴の顔。東郷! アンタ……」

 

その言葉に皆、驚きの表情で美森を見やる。

 

「……とクリソツの奴。っていうか、東郷の皮を被った得体の知れない奴ね」

 

「「「「「!」」」」」

 

風と樹を除く五人が、更に驚きの表情を作る。

 

「風先輩、それってもしかして……」

 

「人間じゃなかった。かといって、人型のバーテックスか? って言われても、そんな感じでもなさそうだった。とにかく、得体の知れない奴よ」

 

銀の問いかけに、そう吐き捨てる風。

そして、友奈は血の()が引く思いをしていた。

 

『私が風先輩に話そうとしたせいだ。私が相談しようとしたせいで、天の神の使いが襲ってきたんだ……!』

 

顔を青ざめさせ小さく震える、そんな友奈を園子は複雑そうな表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

十二月二十四日、クリスマスイヴ。

風が巻き込まれた事件は暗礁に乗り上げていた。容疑者を絞り込む証拠がまったく無かったからだ。

風と樹も証言を控えていた。どう考えても、勇者あるいは神樹様に関する案件だったからだ。

だから逆に大赦へは詳細を報告していた。しかし、大赦からも情報は下りてこなかった。大赦でも実情を把握しかねていたからだ。

そして勇者部部員は全員、警戒レベルをMAXに上げていた。何時、襲われるか分からないからだった。

 

 

 

 

その日は、風の病室で周囲の迷惑にならない範囲のささやかなお祝いをしようと計画していた。幸い、病室が広めの個室だったからだ。

友奈も全員分のプレゼントが入った紙袋を提げて病室へとやって来た。

どうやら樹を除けば一番乗りだったらしい。病室の扉に手を掛けたところで犬吠埼姉妹の会話が聞こえてきた。思わず立ち止まって耳を澄ましてしまう。

 

「本当に良かったの? 学生コーラスの参加をやめちゃって……」

 

「もう! いいんだよ。代わりの人も見つかったしね。お姉ちゃんの方が大事だもん」

 

「樹……」

 

「そんな顔しないの。それに、友奈さん達がこの部屋でお祝いしてくれるって言ってるしね。こっちの方が楽しそうだもん」

 

そんなやり取りの後、姉妹の話は樹が家事をちゃんと出来ているのかといった方向へ流れていく。どうやら心配はなさそうだ。樹もそれなりに家事をこなしているようだった。風の、妹の成長に喜ぶ、それでいて姉離れしつつある事への寂しさのこもった声が聞こえる。

 

 

 

 

急に胸を突き上げるものがあった。目頭が熱を持つ。

 

『私が不用意なことをしたせいで、風先輩は……』

 

いたたまれなかった。

自分のせいで姉妹の幸せに傷を付けた。そんな罪悪感が胸を締め付ける。

 

扉から手を離し、音を立てないように急いでその場から離れる。

熱い涙が零れた。一度溢れた涙はもう止まらなかった。止めようがなかった。

頭の中はぐちゃぐちゃだった。考えがまとまらない。ただただ後悔だけがあった。

 

泣き叫びたかった。走り出したかった。

だが、病院内である。その一点で我慢をし、それでも一刻も早く外へ出ようと歩を早める。

 

 

 

 

「……!?」

 

玄関の自動ドアを(くぐ)ったところで、腕を掴まれた。

いつの間にか俯いていた顔を上げる。

心配そうな表情をした園子がいた。

 

「ゆーゆ。どこへ行くの……?」

 

「園ちゃん……」

 

友奈の泣き腫らした顔を見ても動揺の素振りを見せない園子。固い決意の籠もった表情で友奈を抱き締めた。

 

「話せない事なら、話さなくていいから……。でもね、今、大赦の人たちが必死でゆーゆを助けようとしている。それに、私たちも付いてるから……。ゆーゆは独りなんかじゃないんだよ」

 

限界だった。

 

「うっ、うっ、うぁぁあああああ…………!!」

 

堰を切ったように声を上げて泣きじゃくる友奈。

病院の玄関先で抱き締め合う二人。

 

 

 

 

この日、園子は残酷な報告を受けていた。

死者二名、重傷者五名。

昨日までの大赦呪術部の被害者総計。

 

園子は心の中で、大赦の大人達に頭を下げていた。

彼らとて、なにも勇者の少女たちをむざむざと人身御供にしようなどとは考えてはいなかったのだ。

神の力を振るえるのは『無垢な少女』のみ。

どうしようもない、その制約の中で、良かれと思い行っていたことが裏目に出ていた。ただ、それだけなのだ。

やり方がまずかったとの(そし)りはあろう。だが……

 

 

 

 

本来、神の祝福を受けるべき日。この日も大赦呪術部では友奈を救うべく分析が進められているのだろう。

天の神のたたりを真っ向から受けながら……

 

園子は泣きじゃくる友奈を抱き締めながら、天に輝く太陽を窺う。

それは神樹が見せている幻なのだろう。

だが、その向こうにあるはずの本当の太陽を強く強く意識していた。

 

 




原作沿い、原作沿いで進めながらも、おやぁ? という展開に。

風を突き飛ばしたのは何者なんでしょうか?(すっとぼけ)
そして、友奈に関する鬱成分は原作より軽減されるのか?
一方、原作よりも大赦上層部に食い込んでいる園子は、原作では微かに匂わせる程度だった大赦の被害を目の当たりに。

さて、物語上は次回からいよいよラストスパートなんですが。
執筆速度はどうにもこうにも上がらないという……




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十三話 襲撃

夏凛ちゃんの誕生日ですね。
おめでとう。

ということで、以下本編をどうぞ。



『勇者御記』

 

 

十二月三十日(金)

 

 

 昨日、大赦の人が来て、この日記を付けるように言われた。

 私の状況は神託や研究を交えて知ったので神聖な記録として残したいんだそうだ。

 クリスマスに園ちゃんに教えてもらったとおりだった。

 

 でも私、この日記、続けられるかな。

 

 

 どうしてこうなったのか……

 九月の戦いで、私は無理な満開をしたことで全身ほとんどを散華してしまった。

 その時、敵の御魂に触れたことで、魂が御魂に吸い込まれて一緒に連れて行かれてしまった。

 気がつくと、そこは東郷さんを助けに行った、あの場所だった。

 どこまでも灰色だけが広がる世界。頑張って抜け出そうともがいたけど……

 

 

 どれくらい時間が経ったのか。

 抜け出せなくて絶望していた時、東郷さんの泣き声が聞こえた。

 その泣き声が私を奮い立たせた。

 みんなの所へ帰らなくちゃ。

 そう思った時、青いカラスが飛んできた。

 カラスは一声鳴くと、まるで私について来いと言っているかのように飛んでいった。

 だから私は、光の方へとずっと進み続けて、戻ってくることができた。

 

 後で貴也さんに聞いたんだけど、青いカラスは西暦の勇者の乃木若葉様じゃないかって。

 私も、なんだかそう思う。

 

 

 でも、体は違った。

 散華からの回復は、捧げられた供物が返ってきたんじゃないみたい。

 回復した体の機能は神樹様が作ったものらしい。

 全身を散華した私は、体ほとんどが神樹様の作ったパーツになった訳で……

 大赦では、そんな私を御姿(みすかた)と呼んでいる。

 御姿は神聖な存在なので、神様からはとても好かれるらしい。

 だから私は東郷さんの代わりになることが出来て、それで世界のバランスは守られた。

 

 

 それから、私の異変に気付いた大赦はいろいろと調べてくれた。

 分かったのは、私は天の神にたたられていて、直ることはないということ。

 そして、私は今年の春を迎えられないだろうということ。

 

 とても恐い……

 それに、私のせいで天の神に襲われた風先輩には申し訳ない。

 

 

 やめた。恐いことばかり書いても仕方がない。

 最近のことを書いておく。

 

 

 クリスマスイブの風先輩の病室でのお祝いは楽しかった。みんなの笑顔が見れて良かった。

 火曜日には風先輩が退院した。おめでたい。

 その時、みんなのスケジュールを確認して、一月三日にみんなで初詣に行くことにした。

 楽しみだな。

 

 今日はいっぱい書いた。疲れたので、もう寝ます。おやすみなさい。

 

 

 

 

十二月三十一日(土)

 

 

 昨日、書き忘れたことを書いておく。

 最近、体調がおかしい。たたりのせいかな。

 食欲のない日がある。そういう日は一日、頭がボーっとする。

 昨日と今日は大丈夫だったけど。

 

 

 冬休みで、勇者部のみんなに会えなくてさびしい。

 東郷さんもなんだか忙しいらしくて、昨日ちょっと会っただけだ。

 

 そういえば、あれから天の神の使いが襲ってくることはない。

 みんなに伝染(うつ)さないように気をつけているのがいいんだと思う。

 

 年越しうどんは美味しかった。

 早めに寝て、体調維持に努めなきゃ。

 

 

 

 

一月一日(日)

 

 

 新しい年が始まった。いつもの年なら、明るく元気にいくんだけどな。

 私の命、春まで持たないっていうことだし。

 

 ダメダメ。暗くなっちゃダメだ。元気にいかなくちゃ。

 

 

 今朝、東郷さんが年始のあいさつをしに来てくれた。

 今日は、二年前までお世話になっていた鷲尾さんのところへあいさつに行くんだって。

 東郷さんの顔を見られたので、少し元気が出た。

 

 お母さんが作ってくれたお雑煮とおせちはあいかわらず美味しい。

 でも、たたりのせいか、あまり食欲がわかなくて少ししか食べられなかった。残念。

 明日は、たくさん食べるぞ-!

 

 

 

 

一月二日(月)

 

 

 今日はずっと体の具合が悪い。微熱が続いていて、お昼ご飯も吐いちゃった。

 明日はみんなで初詣だから、ちゃんと体を休めて備えなくちゃね。

 だから、今日はこれだけ。おやすみなさい。

 

 

 

 

一月四日(水)

 

 

 昨日、大変なことが起きた。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、何から書けばいいか分からないよ……

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

一月三日。その昼下がり。

この日、勇者部の面々は示し合わせ、皆揃って琴弾宮へ初詣にやって来ていた。元旦、二日はそれぞれ予定が入っていた部員がいたからだ。

そして、その面子には当然のごとく貴也が入っていた。もちろん園子が強引に誘った結果だ。

 

「なあ、この女子ばっかりの中に僕が入っていてもいいのか?」

 

「いいんじゃない? 鵜養も勇者仲間なんだしさ。私は気にしないわよ」

 

女子ばかりという圧力に負けて、そう尋ねる貴也の疑問は夏凛にあっさりと切り捨てられた。他の部員達も同意しているようだ。

そんな中、風は部員達を見回して、なぜかため息をつく。

 

「それよりも、なに? この華の無さは……? 着物姿が東郷だけなんて……。ま、アタシもいざという時、動けないといけないからって動きやすい服装にしたのは、そうなんだけどさ」

 

「あ、私も動きやすい服装がいいかな、って思ったんですけど、親がどうしても着て行けって五月蝿くって」

 

確かに美森を除く全員が、寒さ対策でセーターやジャンパーを着込んでいるとはいえ普段着だ。貴也を除いて、見目麗しい美少女ばかりなのに全然正月っぽくない。

それもそのはず。やはり謎の敵、恐らく天の神からのものであろう襲撃を警戒しているからだ。

美森だけは事情を知らない親の手前、着物を着ており、一人、華を添えていた。

 

「それにしても、うっれしいな~。みんなと初詣! たぁくんと一緒の初詣も小五の時以来だからね~」

 

「ちょっと園子。あんまりひっつくと、歩きにくいんだけど……」

 

「おやぁ? そういや鵜養、アンタいつの間にか乃木のこと呼び捨てにしてるけど、なんか進展でもあったの?」

 

左腕にしがみつくようにして体を密着させてくる園子に、苦情を漏らす貴也。そんな二人のやり取りに風がニヤニヤしながら突っ込んでくる。

 

「うっ……。今、言わなきゃいけないか……?」

 

「べっつにー。イシシシ……。若いもんはいいですなー」

 

「お姉ちゃん、ババくさいよ」

 

「グフッ……。樹、アンタも言うようになったわね。――――――ところで友奈は、今日は大人しいわね」

 

貴也たちをからかったつもりが、樹の突っ込みにダメージを受ける風。

気を取り直して友奈を気遣う。だが、まだ友奈のたたりについて知っているのは園子だけだ。貴也も知らない。だから、その気遣いは本当に、今日は少し元気が足りないように見える友奈に向けられたもので……

 

「あっ、大丈夫ですよ、風先輩。やっぱり着物を着たかったなー、って考えてただけで……」

 

「そう……? いつもなら鵜養辺りに『貴也さーんっ!』て叫びながら跳びついてんのにね。ん? まさか、鵜養に気がある訳じゃないわよね……?」

 

「ええっ!?」

 

「ちょっと、ゆーゆ。それ本当……? たぁくんのこと、そんな目で見てたの?」

 

「友奈ちゃん! 本当なの!? だとしたら、貴也さんを『マ・ッ・サ・ツ』しなければ……」

 

風の微妙な笑顔をしながらのからかいに驚きの声を上げる友奈。さらには、園子と美森まで慌てた声を上げる。特に美森は不穏な言葉を小さく呟いている。

 

「ちょっと、ちょっと。ジョークよ! ジョーク!! いつもはスキンシップが激しいから、ちょっとからかっただけじゃない……」

 

風は慌てて取りなす。実際のところ友奈のスキンシップは気安いものであり、からかいたくもなろうというものである。だが、園子と美森の醸し出すなんとも言えない空気に、風は冬だというのに嫌な汗をかいていたのだった。

 

 

 

 

そんなこんながありながらも、八人グループで団体行動をする。

まずは参拝。お賽銭を投げ入れ、年初のお願い事をする。とはいえ皆冷めた気分でのお願い事だ。神樹様や若葉たちなど、あまりにも神様という存在が身近すぎる上、天の神は人類を滅ぼそうとする敵であるからだ。

 

「ま、年始のルーチンワークだからね」

 

風のその言葉で、無理矢理納得させようとする。納得しきれないのではあるが……

 

続いてはおみくじを引く。その結果に皆、一喜一憂だ。

 

「チクショー! なんで、あたしが『凶』なんだよ!!」

 

「あはっ……『大吉』だー。やったー……」

 

「『小吉』か……。ま、こんなもんね」

 

『凶』を引いて荒れる銀、『大吉』を引いて喜ぶ友奈、夏凛は『小吉』という結果に面白くもなさそうな反応だ。美森は、そんなみんなをビデオ撮影するのに夢中だ。

 

「うーん。『末吉』か……」

 

「たぁくんは『末吉』なんだ……。どーしよー、私『大凶』だ……」

 

『大凶』を引いてズーンと暗い雰囲気を纏う園子。貴也は、そんな彼女を慰める。

 

「大丈夫、大丈夫。神社の木とかに括り付けていけば厄落としになるみたいだし」

 

「あら? 別に持ち帰ってもいいのよ。神様からの『気を付けなさい』っていう意味しかないみたいだし」

 

「そうなんだ……。わっしーの言葉で元気が出てきちゃった!」

 

美森のさらなるフォローで元気を取り戻す園子。キョロキョロと辺りを見回す。そして、巫女さん達が甘酒を振る舞っているのを目ざとく見つける。

 

「お、甘酒だ~。みんな~。あっまざけっ、飲っみたいな~」

 

ヘンな節回しで、あざとく体を揺らしながらおねだりをする。そして低い姿勢から上目遣いで貴也を見つめてくる。

 

「ああ、いいんじゃないか……?」

 

「そうね。一杯、引っかけていきますか」

 

貴也の同調に合わせて風も同意し、みんなして振る舞われている甘酒を飲むことにした。

 

 

 

 

「ギャハハハハ……。お姉ちゃん、卒業おめでとー!」

 

「うええぇぇぇ……。えぐっ、えぐっ。中学卒業やだー。私のせいしゅん~」

 

バカ笑いしながら姉の背中をバシバシ叩く樹。対する風は泣きながら甘酒を啜っている。

 

「笑い上戸に泣き上戸か……。カオスだな、犬吠埼姉妹は……」

 

「て言うか、これノンアルコールよ。これで酔うなんて、器用よね……」

 

二人の有り様に唖然とする貴也と夏凛。美森はふんす! と鼻息も荒くビデオ撮影を続行している。

一方、友奈は甘酒を見つめたまま黙りこくっていた。その様子に銀が不審を抱く。

 

「どうしたんだよ、友奈? 不景気な顔してさ」

 

「あー、うん……。ちょっと熱いかな? って……」

 

「それは大変! わっしー、ミノさん、フーフーしてあげよう!」

 

慌てて息を吹きかけ、友奈の甘酒を冷まそうとする園子、銀、美森。先代三人の剣幕に苦笑いする友奈。

 

「あれ? ちょっと顔が赤くないか……?」

 

貴也の指摘に、美森が友奈の額に自分の額を当てて熱を測る。

 

「本当! 少し熱があるわ。友奈ちゃん、悪化したらいけないから、今日はここでお開きにしましょう!」

 

「ええーっ!? 大丈夫だよ、とーごーさん」

 

「友奈、須美の言うことは聞いておいた方がいいぞ。後が恐いからな。シシシ……」

 

「もう! 銀、ヘンなことは言わないで!」

 

結局、友奈の具合が少し悪いということで、本当にそこでお開きとなった。

一応、記念の集合写真を一枚撮った後ではあったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

家路につく友奈、美森、銀、園子、貴也の五人。方向が違うので、既に犬吠埼姉妹と夏凛とは別れた後だ。

だが、急激に友奈が体調を悪くしていた。顔が赤みを増し、息が荒くなっている。熱が上がっているようだ。

 

「友奈ちゃんは、私が送っていくから大丈夫よ」

 

「ダメだよ、わっしー。いざ襲われた時に、ゆーゆを庇いながらだと無理があるから」

 

一人で友奈を送ろうとする美森を園子が(たしな)める。それに銀も同調した。

 

「そうそう。園子と貴也さんに送ってもらえよ。あたしは今日の夕食当番だから、買い物しないといけないし」

 

「でも、銀を一人にするっていうのもなぁ……」

 

「大丈夫、大丈夫。あたしは勇者から外れてるし、襲うメリットないでしょ。と、いうことで友奈のことはよろしく! じゃあ、またね!」

 

貴也が心配するのを振り払うように、銀はさっさと自宅の方へと歩き出していった。

残された三人は顔を見合わせるが、すぐにぐったりとする友奈を気遣い家路につく。

 

「ごめんね、みんな……」

 

「気にしなくていいのよ、友奈ちゃん。こういう時はお互い様だから」

 

「そうさ。甘えておけばいいよ。東郷さんも園子も、いつも友奈にお世話になってるんだからさ」

 

美森に手を引かれて、それでも少しふらつきながら歩く友奈。貴也も園子も気遣いながら、後に続く。

 

 

 

 

ようやく結城家、東郷家が見えてきた。

四人ともが、ふっと緊張感を緩めた時だった。

 

「おかしい……。周りの生活音がしない……!」

 

「みんな、警戒して!」

 

急に周りの音が消え、耳が痛くなるほどの静寂が訪れる。

貴也の脳裏に警鐘が鳴り響く。その感覚に従い、変身しようとした。

 

「多重しょうk……グハァァアアッ!!」

 

目の前にいきなり美森が現れたと思いきや、激しい衝撃が胸を打った。

十メートルあまりも吹き飛ばされる貴也。

美森が両手を突き出した掌底の一撃を叩き込んだのだ。

だが、その美森は着物に身を包んだ、今まで一緒だった美森ではない。

ネイビーのジャンパースカートにグレーのセーター、ブルーグレーのパンツを合わせた、もう一人の美森だ。

 

慌てて、変身用の端末を取り出す美森と園子。

だが、画面をタップするよりも速く、ハイキックの二連撃で二つの端末は吹き飛んでいった。

 

「「!!」」

 

次の瞬間、光に包まれるもう一人の美森。光が晴れると、菊をモチーフとした淡藤色の旧勇者服をその身に纏った彼女が現れる。

そのまま、美森の鳩尾を殴りつける。

 

「ガッ……!!」

 

一撃で失神する美森。

 

「ヒッ……!」

 

ふらふらだった友奈は尻餅をついていた。働かない頭で呆然と見守るしかなかった。

 

「多重召喚!!」

 

変身した貴也が地面すれすれを空中走行で迫る。が、勇者装束の美森が右手を振ると、数十もの光の矢が貴也に襲いかかる。

 

「グガァッ!!」

 

立ち並ぶ民家の塀に縫い止められていた。両方の手のひらを矢が貫いていた。狩衣にも似た勇者装束もあちこち矢で縫い止められている。

身動きがとれない貴也。

 

園子は飛んでいった端末を拾うべく走り出したが、すぐに追いつかれ蹴り飛ばされた。

激痛に、体が動かなくなった。

 

 

 

 

勇者三人を一瞬にして戦闘不能に追い込んだ、もう一人の美森。

不敵な笑みを浮かべながら話し始める。

 

「まったく、迂闊にも程があるわね。巫女の資質を持った勇者を奉火祭に捧げるなんて……。この戦闘力。ただの巫女が捧げられていたのなら、こうは上手くいかなかったでしょうね」

 

「お前……、アバターだな。それも天の神の……」

 

なんとか縫い止められた体を動かそうとしながら、激痛に耐え、そう語りかける貴也。

 

「『アバター』なんて言葉は使って欲しくないわね。この国には『神の化身』という最適な言葉があるじゃない……。そうじゃないかしら、『勇者の守り手』さん……?」

 

「くっ……」

 

ニヤリとした笑みを浮かべるアバター美森に返す言葉もない貴也。

アバター美森は、ゆっくりと周囲を見回す。

 

「それにしても、結城友奈。見事な御姿(みすかた)ね。これほどの御姿、悠久の時を経てきたけれども、見るのは初めてよ」

 

その言葉に友奈は顔を引き攣らせ、小さくカタカタと震える。

 

「そして、乃木園子。かなり(まだら)とはいえ、こちらもまた見事な御姿ね。あの天然の御姿だった高嶋友奈に匹敵するわ」

 

「なっ……!?」

 

「あなたは高嶋友奈と面識があったわね。そうよ。だからこそ、神婚する事によって神樹の力を高められたのよ」

 

ふふふと暗い笑いを見せるアバター美森。

 

「さて、長居は無用ね。結城友奈は既に天津神と繋がりを持っている。となれば、次はこちらね」

 

そう言うと、アバター美森は激痛に身動きがとれない園子を抱き上げる。

 

「待て! 園子をどうするつもりだ!?」

 

「知れたこと。神婚によって、天津神との繋がりを付けるのよ。さて、どのような結末が待っているか……。精々頑張りなさい。『勇者の守り手』さん」

 

「た、助けて、たぁくん……」

 

「グッ……ウォォオオオッ!!」

 

両手のひらを無理矢理、縫い止めていた矢を貫通させるように抜き取りながら拘束を解いた貴也。園子を奪い返すべく、アバター美森に輪刀で斬りかかる。が……

ふわりと浮かび上がった彼女の鋭い蹴り足に顎を穿たれ、吹き飛んでいく。

 

「悪足掻きは見苦しいわよ。――――――汝の出番は、まだ後だ」

 

急に声色を変えると、アバター美森は園子を抱いたまま、かき消すようにその姿をくらました。

 

後に残るは、気を失ったまま倒れ伏す美森、カタカタと震える友奈、そして慟哭の叫びを上げる貴也だけであった。

 

 




なんというか、突然死の様な展開ですが、勇者部の章はここまで。

園子がさらわれてしまいました。
また、本作のたかしーはこういう設定ということで。

実は、今回も難産でした。
一回、途中まで書いたものを半分ほどボツにして書き直すハメになりました。

さて、次回からいよいよ最終章です。
独自設定、独自解釈でゆゆゆ世界をぶった斬っていくことになりそうなので、受け付けない方もいるかもしれません。ご注意のほど、よろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人神の章
第五十四話 怒りの矛先


鵜養貴也という少年がこれほどまでに取り乱し、怒りという激情に任せて行動したことは、彼の十五年というまだ短い人生の中でも初めてのことであった。それは、大赦から園子を取り戻すべく行動していた頃よりも、さらに激しい感情であったのだ。

もちろん、その怒りの矛先は、園子を(さら)った黒幕に違いない天の神と、それを阻止できなかった自らの無力の双方に向けられていた。

それでも、まず人として常識的な行動をとれたのは、ひとえに彼のそれまでの人生において乃木園子という幼馴染みや乃木若葉達という神々に振り回され続けた結果として形成された、彼の性格ゆえであろう。

 

 

 

 

アバター美森が園子を(さら)い、その姿を消した後、彼はひとしきり慟哭の叫びを上げ続けた。

だが、声も枯れようかという時に至ると、彼は気を失っていた美森を起こし、高熱にへたり込んでいた友奈を抱き上げて、二人をそれぞれの自宅へと送り届けたのだった。その際、美森には彼女が気を失っていた間の出来事をかいつまんで説明しておくと共に、拾っておいた彼女の変身用端末を返却しておいた。

さらには電話にて三好春信に、やはり簡潔ではあるが報告を入れていたのだった。

 

それらの事後処理が終わるや否や、彼はまだ手のひらの貫通創から(おびただ)しい血を流していながらも、それを無視するかのように再び変身し、四国を守る結界の壁の外へと向かった。

 

『絶対に、園子を取り戻すんだ……!』

 

懐に大事にしまい込んだ彼女の変身用端末を握りしめながら、そう固く決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

結界の壁の外を目指したのは、なにも闇雲に、という訳ではなかった。

彼女の変身用端末が彼の手元にあるということは、すなわち、端末アプリのレーダーによる捜索が不可能であることを示していた。

だから彼は、美森を奉火祭から救出した時のことを念頭に行動したのだ。

友奈の報告にあった、壁の外の空に浮かぶブラックホール状の球体。美森はそこに囚われていた。

ならば、園子も同様ではないかと考えたのだ。

 

「くそっ!! どこだっ!?」

 

だが、結界外のどこにもそのような球体は浮かんでいなかった。そればかりか、怪しい事物さえも見つからなかった。

彼は十数時間余りを園子の捜索に費やした。

その間、五体の大型バーテックスと無数の星屑に遭遇した。

星屑は、彼の進行の邪魔になるものだけを斬り飛ばしていった。

山羊座型(カプリコーン)魚座型(ピスケス)乙女座型(ヴァルゴ)の三体は高速走行とフェイントを織り交ぜて振り切った。戦闘そのものが目的ではなかったからだ。

水瓶座型(アクエリアス)射手座型(サジタリウス)の二体は遠距離攻撃があることを警戒したため戦闘を行い、これを屠った。貴也が勝利できたのは、御魂を持たない不完全体だったからだ。

 

 

 

 

一月四日の明け方。彼は体力の限界を感じて自宅へと帰還した。そして、変身を解くや否やベッドに倒れ込み、泥のように眠った。

深い眠りにつく彼の目元からは涙が流れ落ち、右手は自身の血にまみれた園子の変身用端末を握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「なんで!? どうしてよっ!? どうして、園子がさらわれなきゃいけないのよ!!」

 

同日、一月四日の昼前。園子と銀の自宅リビングに友奈を除く勇者たちが集まっていた。

友奈は元々、天の神のたたりにより体調を崩していた上に、襲撃による精神的ショックを受けたために高熱を発し寝込んでいた。そのため美森は、前日の報告に広さに余裕のある銀たちの自宅を選び、友奈以外の勇者部の面々を集めたのだった。

昨日のうちの報告にならなかったのは、美森もアバター美森の鳩尾への一撃と精神的ショックの双方で寝込んでしまったからだ。

 

美森からの報告を聞くと冒頭、夏凛が嘆きの叫びを轟かせた。

 

「理由は貴也さんも話してくれなかったわ。彼も知らなかったのかもしれないけど……」

 

「その鵜養は!? 連絡が付かないのよね……?」

 

「コール音は鳴るんだけど、出てくれないのよ。家の方へ掛けてみようか?」

 

「みんな、落ち着こう。貴也さんは園子さんを捜し回っているか、捜索に疲れて眠ってるんだと思う。それよりもお姉ちゃんと夏凛さんは大赦の方へ連絡を取った方がいいんじゃないかな……?」

 

「樹……。そうね、そうしてみるわ」

 

美森の追加報告に、八つ当たり気味の声音で貴也の安否を問う夏凛。風が鵜養家への連絡を提案するが、樹が場を取り仕切り次善案を提示する。

だが、樹の案に乗っかり大赦への連絡をとる風と夏凛であったが、昼食をとった後になっても大赦からの返信は無かった。

彼女たちの与り知らぬ事ではあったが、大赦も大混乱に陥っていたのだ。

 

 

 

 

そんな彼女たちの動静を一人、静かに見守る銀。

一見冷静に見える樹を含め、どこか頭に血が上っている部員たちを尻目に、昼食の用意、後片付けをしたのは彼女だ。

もちろん、彼女とて今回の事態に思うところがない訳ではない。

だが、勇者の資格を剥奪されていて具体的に動ける手段がない上、自分は頭脳派ではないとの自覚があるため、じたばたしても仕方がないとの諦観があった。

 

昼食の後片付けが終わった後、銀はソファーに身を沈めた。まぶたに手を当てて、ため息をつく。

 

「園子……。どうにかしてやりたいけど、あたしには無理だよ……」

 

小さく呟く。

友達のピンチに何も出来ない自分が情けなかった。

 

 

 

 

どこからやって来たのだろうか?

勇者部の面々は誰も気付いていなかった。

ルーフバルコニーから室内の彼女たちの様子を窺うように覗いている、背中に橙色の蛇を乗せた白猫がいたことを。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

貴也は陽が沈んでから目を覚ました。

心配する家族には簡潔に園子が(さら)われたことのみを告げ、もう一度捜索に行こうとした。が、母と妹に無理矢理夕食に同席させられた。園子も心配するから、というその錦の御旗のような言葉を告げられては、彼も抵抗する気は失せた。

しかし、食事後はすぐに結界の壁の外へと向かった。

そして一通り、ブラックホール状の球体が見当たらないことだけを確認すると、時計の針が翌日の時刻を指し示すようになった頃、帰宅した。

彼には打つ手が無くなっていた。

 

「どうすればいい!? どうすればいいんだっ!!!」

 

ベッドに両拳を叩き付ける。

悔しさで頭がどうにかなりそうだった。

 

その時、ふと思いつく。三好春信を頼ろうと思った。

大赦の人間である彼のことは、これまであまり信用してこなかった。

だが、よく分からない人脈、不思議に高い技術力を持つ彼ならば、なにか打開策を思いついてくれるかもしれないと思ったのだ。

藁にも縋る思いで電話を掛ける。

 

『はい、もしもし、三好です。鵜養くんだね……?』

 

「そうです。鵜養貴也です。三好さん、力を貸してください。お願いします」

 

『今は、それどころじゃないんだ。園子様が(さら)われたことで、大赦内部も大混乱しているんだ。いよいよ天の神が攻勢を掛けてきたと、もっぱらの噂だ。いろいろな計画が急遽進められたり、廃棄されたりしている。収拾がつかないんだ』

 

「園子を助けたいんです! 力を貸してください。お願いします……」

 

貴也の、その切羽詰まった物言いに電話の向こう側は沈黙する。なにか、策を巡らせているのだろう。

貴也は春信がどの様な交換条件を要求してこようとも、それを全面的に飲むつもりだった。

三十秒ほどの沈黙の後、春信の声が聞こえてきた。

 

『分かった。バーターだよ。君の持っている情報を洗いざらい話してもらおう。そうでないと、対策の立てようがないからね。いいかい?』

 

「構いません。お願いします」

 

『分かった。明日……いや、もう今日か……。十四時にお宅へ伺う。それまでは、ちょっと無理だ』

 

「分かりました。お待ちしています」

 

電話が切れる。

腹を括った。

貴也は多重召喚状態で体を休めた。経験的にこの方が体の回復が早いからだ。もちろん精神汚染のリスクも分かった上でだが、それこそ、そう覚悟を決めて睡眠をとるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回、春信は一人でやって来た。元園子の部屋へと通す。

彼は目の下に酷い隈を作っており、傍目からも疲労困憊状態であることが分かった。

 

「大丈夫なんですか……? 目の下のクマも酷いし、寝てないんじゃ……?」

 

「君の報告を拡散した後は、働き詰めだったからね。まぁ、まだ二徹目だ。経験上、まだまだ大丈夫だよ」

 

そう言いながら、どっかりと応接セットのソファに腰を下ろす春信。メモ帳を取り出し、ボイスレコーダーを起動したスマホをテーブルの上に置きながら、貴也の目を直視する。

 

「さあ、話してもらおうか。君と園子様が隠してきた秘密を……」

 

 

 

 

貴也は、春信にそれこそ全てを話した。

勇者にも似た力を得た経緯と指輪の真実。

銀を助けた時の戦い。

祀られた園子を救うべく奔走したこと。

乃木神社に呼び寄せられたこと。

神となった若葉たちに三百年前に送られたこと。そこで、当時の彼女たちと一緒に戦ったこと。

神らしき者達との接触。

若葉たちに真実を告げた時に、ひなたと杏から受けた疑問。

アバター友奈から得られた情報。

そして、今回のアバター美森の襲撃。

 

 

 

 

「隠されていた情報が、これほどの量とはね……。思いもしなかったよ。ボク達は……大赦は、半分ほどピースの欠けたジグソーパズルを組み立てようと必死になっていた訳か……」

 

あきれたような調子で話す春信。

既に陽はとっぷりと暮れ、深夜帯に差し掛かろうとしていた。

 

「僕にも教えて下さい。『御姿(みすかた)』って、なんですか? 散華した後、神樹様に作ってもらった代替機能のことのように思えるんですが……」

 

その情報を知らない貴也は春信に尋ねる。

 

「その認識で間違いないよ。それにしても驚いたよ。その天の神のアバターの言葉を信じるなら、西暦の勇者の方の友奈様は『天然の御姿』で、それもほぼ園子様の状態に匹敵していたとはね……」

 

感心したような声を上げる春信。だが、腕時計を確認すると居住まいを正した。

 

「そろそろ、ボクは大赦に戻るよ。確認しなければならない事項がたくさん出てきたからね」

 

「園子を救う方法は……?」

 

「それも考えてくる。だが、西暦時代の情報も確認しないといけない。二、三日必要だ」

 

「そんな……」

 

「いいかい? 敵は園子様を神婚に掛けると言っているが、天津神との繋がりを付けるとも言っていた。なら、即座に命を奪われることはないはずだ。暫くは時間の余裕があると見ていい。――――――さらにだ。君の情報には重要な点が二つある。一つは神がアバターという手段を用いてまで直接、君たちに接触してきていることだ。彼らの話していた内容は、特に注意深く吟味する必要がある」

 

指を一つずつ立てて、貴也の咀嚼具合を確認しながら、ゆっくりと話す春信。

 

「もう一つはひなた様と杏様の指摘だ。特に、黄道十二星座の考え方が中東起源で、我が国の神と(ゆかり)がないとの指摘は重要だ。その情報は今ではほぼ失われてしまっていて、誰も気にも留めていない」

 

春信は立ち上がると、貴也を見下ろした。そして人懐っこい笑顔を見せる。

 

「ボクが大赦の人間だから信用されていないことは分かっている。でも、これだけは信じて欲しい。ボクは君たちの味方だ。少なくとも君と同様、園子様を救いたいと思っているのは確かだ。君も園子様も、夏凛の大事な友達だからね」

 

貴也は、春信の瞳を見返しつつ思った。その言葉を信じてみようと……

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

一月六日。

この日、やっと風は貴也と連絡を取るのに成功した。

だが、それは事態の好転にはなんの役にも立たないものだった。

貴也も勇者部も、どちらも手詰まりの状態には変わりが無かったからだ。

 

 

 

 

そして、事態が動いたのは一月八日の昼下がりのことだった。

貴也の元に、昼前に春信から家に訪問する旨が告げられたからだった。

 

貴也の家に訪れたのは五名の人物。

上里咲夜、三好春信、楠芽吹、国土亜耶、そして貴也にとっては初対面の、腰まである黒髪ストレートロングの清楚でおっとりした印象のある少女。

少女は丁寧なお辞儀をしてきた。

 

「鵜養貴也様でございますね。初めまして。十六夜(いざよい)(れい)と申します。御前様直属の巫女をさせていただいております。あなた様とは同学年でございます。以後、お見知りおきを」

 

「ああ、初めまして。鵜養貴也です。こちらこそ、よろしく」

 

そのやり取りを微笑みながら見ていた咲夜が、声を掛けてくる

 

「挨拶はその辺でよかろう……? 早速、本題に入りたいのだ。案内(あない)してもらおうか」

 

その言葉に、先日の春信同様、元園子のものだった部屋へと案内する。

 

 

 

 

「まず、初めに申し伝えておくぞ。今回の策の全容を知るのは、ここにおる六名のみとする。これは、天の神を(たばか)るためだ。他言は無用ぞ。一部を伝えてもよい者は後で指名する。よいな?」

 

咲夜が(おごそ)かな調子で、そう全員に言い含める。

皆、頷いている。

貴也は逡巡したが、結局頷かずに咲夜を見返しただけだ。

 

「納得いかんようだの、坊主。まあ、よい。三好、結論部分を話してやれ」

 

貴也のその反応を予見していたのだろう。咲夜は春信に説明を促す。

 

「順を追って説明するよ。まず貴也くん、君に接触してきた神威の宿っていた案山子。『そほど』と自称していたそうだね。彼は状況証拠から言って、地祇たる地の神たちの中で知恵の神として知られる『クエビコ』という神だ。そして、そんな神が『知識の神』として持ち上げている存在。それは『スクナビコナ』という、天の神にも地の神にも属さない客人(まれびと)の神に他ならない。この神は、神樹様の中核を為す地の神の王の国造りを、主に知識面から助けた重要な神なんだ」

 

そこまで春信が説明したところで、咲夜が真仮名の神託を書き付けてある冊子を見せながら言葉を挟む。

 

「このような漢字だらけの、所謂(いわゆる)真仮名の神託を寄越すような真似をする神はスクナビコナ以外におるまいて。かの神は知識の量において他の追随を許さぬばかりでなく、悪童的な悪戯好きな神とも言われておるからの」

 

そこでニタリと笑う咲夜。ただし、どこか自嘲気味だ。

 

「詰まるところ、我らは西暦の御代(みよ)からこの神の策に助けてもろうとる訳だ。天の神と対峙するに必要な神事を最適解で行ってこれたのは、当時上里ひなた様が受けた、この真仮名の神託あればこそだからの」

 

そして、春信を見やる。春信は頷くと後を続けた。

 

「でも言ってしまえば、それさえも最重要の情報ではないんだ。最重要の情報とは、クエビコや神樹様のアバターが言っていた『天津神、火明(ほあかり)』という言葉だ。ボク達人類は三百年間、思い違いをしていたことになる。ボク達の真の敵は、天の神、太陽神であることに間違いはないが、それは女神『アマテラス』ではなく、男神『アメノホアカリ』だったということなんだ」

 

貴也も、芽吹も、亜耶も、怜も目を剥いた。衝撃の事実だった。

 

「我が国の神話には太陽神が二柱いらっしゃるのだ。だが、太陽神として主に活躍するのはアマテラスのみで、アメノホアカリはその名から太陽神であることが推察されるのみなのだ。これがどういう意味か分かるかの?」

 

「えっ!? 一方が偽物……?」

 

「偽物と言うよりは、アマテラスが新しい伝承で、古い伝承のアメノホアカリを上書きした……? でも、古く強固な伝承だから残滓が残ってしまった……そういうことでしょうか……?」

 

「確かに、銅鐸文化が駆逐されたように新しい神話が古い神話を駆逐したことがあったのかもしれませんね」

 

咲夜の問い掛けに、芽吹が反射的にあさっての方向の答えを返す。だが、それを受けて亜耶が落ち着いた答えを返すとともに、怜も亜耶の答えを補足する。

 

「当たらずといえども遠からずだの……。神託と照らし合わせた調査の結果、いつの世にか、時の権力の都合によって大規模な神事あるいは(まじな)いの儀式を行い、男神を女神として神話の中にまつろわせたのだろうということが分かったのだよ。その上で潰しきれなかった地方の伝承などをまとめて別の神に仕立て上げたのだろう。今回の真仮名の神託では、その神事を再現することで天の神をまつろわせるのだと書かれておるのだ」

 

「でも、そう書いてあるなら、国土さんの受けたその神託だけで十分な情報だったんじゃ……?」

 

貴也は、頭に浮かんだ疑問をそのままぶつけた。だが、咲夜はやはりニタリと笑う。

 

「神託には、『鎮魂(たましずめ)の儀』と『順花(はなまつろい)の儀』をせよとしか書かれておらん。『()()()()()()()()()()()()()()』という、神事を行う肝心要の主旨が分からなかったのよ。神事も主旨が分からずに行えば効力を示さんのでな。お主の証言が無ければ、神事を行おうとも人類は敗北しておったろうの……」

 

そう。人類がこの絶体絶命の状況から抜け出すには、男神である太陽神を女神としてまつろわせる神事を成功させる必要があったのだ。

だが、そこに貴也たちはどの様に関わっていくのだろうか?

そして、園子を救い出す方法とは……?

 

 




Q.天の神(太陽神)を男神と設定したのは何故?
A.天の神はクソ女神という風潮に一石投じたかった。反省も後悔もしていない。(真顔)

いよいよ最終章突入です。
これに合わせて、既存のあらすじを短縮編集して『勇者の章』分を追加しました。のわゆ編だけは上手く短縮できなかったのでそのままです。

本作の若葉たちのように、人が祀られて神になったものを『人神(ひとがみ)』と呼ぶそうです。
また、本作の落としどころとして、人と神との関わり合いの面から描写できたらなぁ、との希望を込めて章題としています。

なお、『勇者部の章』開始時にひっそりと紛れ込ませたタグが、やっと仕事をしました。
必須タグにしていないのは、一応、天照大御神の男神説は主流でないにせよ既存の説としてあるからです。

さて、次回も最終決戦前の下拵えとなる予定です。お楽しみに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十五話 園子と友奈

ゆゆゆ五周年で、五箇条のうち二つが発表されましたね。おめでたい。
友奈の新ビジュアル。勇者の章のその先でしょうか? そうなっても本作とのリンクは絶望的ですが。

今回ちょっと短めですが、本編をどうぞ。




「さて、もう一つ重要な情報だ。バーテックスの侵攻は西暦二〇一五年七月三十日の午後九時頃に始まっておる。何故そのような時間帯であったのか分かるかの?」

 

「夜間の襲撃で恐怖を煽ったということでしょうか?」

 

咲夜の問いに、やはり芽吹が頭を捻りながら答える。それに答えるは春信だ。

 

「実は、バーテックスの侵攻は世界同時に始まっている。そして当時、世界には世界標準時というのがあってね。欧州にあったイギリス、この国の時刻が世界標準時に当たるんだが、我が国の午後九時はこの国の正午に当たるんだ。太陽神の侵攻のタイミングとして最も相応しいのはどちらだと思う?」

 

「「「「イギリス……!?」」」」

 

「その通りだ。つまり、我が国の太陽神は人類を滅亡させようとしている主犯ではない。西暦時代に上里ひなた様がご指摘されたように、バーテックスは我が国の神の眷属ではないんだ。()つ国の太陽神の眷属が我が国の太陽神に貸し与えられた、言わば傭兵のような存在と言えるだろう。それと、もう一つ。外つ国の太陽神の影響を受けたのか、その機に乗じたアメノホアカリが別神格のアマテラスに取って代わったと考えるべきなんだ」

 

貴也たち少年少女の驚きの答えに、さらに驚くべき答えを付け加える春信。

 

「アメノホアカリは伝承からして暴力的な神ではあるが、乗っ取った比較的穏やかなアマテラスの神格にも影響を受けているのだろう。なにせ、この女神は弟神の暴虐に武装をすれども戦わず、最後には天の岩戸にお隠れになったような(たち)だからの。四国に残った人類を絶滅させようとしているのかそうでないのか、曖昧な侵攻をしているのは、それらの影響と考えられるの」

 

そこまで話すと咲夜はパンと柏手を一つ打つ。

 

「そこで結論だ。我らは神事により、アメノホアカリをアマテラスとして再びまつろわせるのだ。そうして太陽神アマテラスを味方として、外つ国の神々に対抗していかねばならん。――――――そこで具体策だ。三好」

 

「はい。ある筋の情報から、桐生派、烏丸派が結託し、結城友奈様を生け贄に神樹様との神婚を為す事で、人類を神樹様の眷属とする事を画策していることが分かっています。また、その実施は三日後に予定されています。これを利用し、ホアカリを結界内に(おび)き寄せます。当然、樹海化が起きますが、これは三名の巫女の祝詞により対抗結界を張ります。この対抗結界内で、十六夜怜様が『鎮魂(たましずめ)の儀』を、国土亜耶様が『順花(はなまつろい)の儀』を行い、ホアカリをまつろわせます。また、バーテックスの攻撃に備え、怜様と亜耶様を含む五名の巫女の護衛に防人から楠芽吹、山伏しずく、弥勒夕海子、加賀城雀の四名を、さらに鵜養くんを付けます」

 

「うむ。狂信者どもが亜耶を自由にしたのは僥倖だった。計画の前倒しでゴールドタワーの玩具(おもちゃ)の用意が間に合わんかったらしいな。――――――友奈様については、我らが何もせずとも勇者様たちが救ってくれよう。そもそも、神樹様も本気で神婚を最後まで為そうとは考えておられぬようだしの。まあ、それでも狂信者どもの一部は眷属化するであろうが、今後のことを考えれば逆に我らに都合が良かろうて」

 

その咲夜の言いようになんとも言えない恐怖を覚え、貴也は背中がゾクッとするのを感じた。だが、怯えてばかりもいられない。あえてわざとそうしているのかもしれないが、看過できないことがあったからだ。

 

「園子はどうなるんです? 三好さん、園子を救う方法を考えてくれると言いましたよね……?」

 

その言葉に春信は目を逸らした。しかも、咲夜は冷たく言い放つ。

 

「園子様のことは、諦めい。どこに居るやも分からんのだ。確かに、神託には『阿游婆良登(あおばらと)佐久良波(さくらは)加牟那岐能(かむなきの)游宇多流倍斯(おうたるべし)』とある。恐らく、園子様と友奈様を大陸の史書にも記されている二人の巫女王に見立てようとしておるのだろう。だが、具体的方法が分からぬ以上、どうしようもないのだ。状況は既に差し迫っておる」

 

「なら、なぜ僕をこの場に加えているんですか!? 僕がいなくとも、そんなことは貴方たちで勝手にやっていればいい! 僕は、園子を救う方法を知りたくて、この場にいるんだ!!」

 

激高する貴也。もはや話にならないと席を立とうとする。すると、春信が行く手を遮るように声を掛けた。

 

「待ってくれ、貴也くん。実は……、これは言うまいと思っていたんだが……」

 

「三好……」

 

咲夜は憐れむ様な視線を貴也と春信の双方、交互に向けた。

 

「今回の策が具体化する中で思ったんだ。もしかすると、ホアカリが園子様を攫ったのはこの策を潰すためではないかと。そのための神婚なのではないかと。そうであるなら……」

 

その後の言葉を春信は濁した。

その時だった。亜耶と怜の二人が急に立ち上がるなりトランス状態に陥ったのだ。

 

「亜耶ちゃん!?」

 

芽吹が慌てて亜耶を抱き留めようとするが、春信に制止される。

しばらく、二人の様子を見ているしかなかった。

 

 

 

 

意外に短い時間だった。三十秒ほど経つと二人はほっと息をつき、その場に座り込んだ。

 

「神託は、なんだったのかの……?」

 

咲夜の問いかけに亜耶と怜は見つめ合うと軽く頷く。そして亜耶が口を開いた。

 

「薔薇が……青い薔薇が飛んできて石に突き刺さる映像でした」

 

「薔薇には冷たい印象を、石には暖かい印象を受けました。恐らく、園子様が貴也様を襲うイメージかと……」

 

怜が憐れみを込めた視線を貴也に投げる。それに対し、戸惑いながらも貴也は尋ねる。

 

「そ、それは、アバターという訳じゃなく……?」

 

「いえ、神のアバターならば、もっと違う印象を受ける映像になるかと思われます」

 

怜のその言葉に、場を沈黙が支配した。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

貴也たちが神託を受けた頃、美森は自宅の自分の部屋で友奈の写真を見ながら考え込んでいた。

 

「攫われたそのっちの手掛かりは何も掴めない……。それに、友奈ちゃんの様子もおかしい……。天の神のアバターに襲われたから?」

 

園子のことも凄く心配だ。彼女の無事を一日に何回も神樹様に祈っている。

だが、目の前で病魔に苦しんでいる友奈の姿は、それ以上に美森の心を締め付けていた。

あれから友奈はずっと体調を崩したままだ。熱は上下しており、下がりきっていなかった。体力の消耗が激しいのも、見てすぐに分かる様な状況だった。

 

初詣で撮った動画を見ながら呟く。

 

「いえ。アバターに襲われる前から体調を崩していたわ。おみくじを引いた時には既に体調をおかしくしていた。大吉を引いたなら、友奈ちゃんならもっと弾けるような笑顔を見せるはず……」

 

ふと思いついて、何十冊もあるアルバムの中から一冊を取り出す。そこに収まっているのは、昨年のクリスマスに風の病室でささやかなお祝いをした時に撮った何十枚にも及ぶ写真だ。もちろんプリントアウトしているのは厳選したものだけである。

 

「ううん。この頃から、なにかふさぎ込んでる様子だった。風先輩が襲われたから……?」

 

更に遡って思い出してみる。そして、サーッと顔を青ざめさせた。

 

「違うわ! ()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もしかして、私のせい……?」

 

想像が悪い方へ、悪い方へと転がっていく。居ても立っても居られなかった。

結局、彼女はまったく常識に囚われない決断を下すことになる。

 

 

 

 

夕方と言うにはまだまだ早い時間帯。勇者姿に変身した美森は、隣家の結城家へ忍び込もうとしていた。

この付近は住宅街であり人通りは少ない。その上、東郷家と結城家の隣接部は道路側からの死角が多く、外部から見咎められる恐れは少なかった。その点を彼女は悪用したのだ。

 

「いい、青坊主? 友奈ちゃんが眠り込んでいるようなら、カーテンの隙間から私に合図をして窓の鍵を開けなさい。起きているようなら、すぐに撤退。いいわね……?」

 

友奈の部屋のベランダで精霊に小声でとんでもないことを指示した後、部屋の中へと壁抜けをさせる。

すぐに閉まっていたカーテンが少しだけ開いて、中から青坊主がなにやらハンドサインを示す。

美森が頷くと、カチリと鍵が開いた。掃き出し窓をわずかに開けて、その隙間をすり抜ける。

 

ベッドを見やると友奈が熟睡していた。昨日からまた上がった熱で体力を消耗したせいだろうか。苦しそうな寝顔だった。

心配だが、それ以上にこの状況に陥っている原因、あるいはその手がかりを示すものがないか探すのが先決だった。

だが、美森の目は一瞬で手がかりを掴む。友奈以上に友奈のことを知っていると自負する彼女であればこそだ。

友奈の数少ない蔵書が並ぶ書棚。そこに見慣れない茶色のブックカバーに包まれた四六判サイズの単行本のようなものがあったのだ。

 

『友奈ちゃんが単行本なんて読む筈がないわ。なにかしら、これ……?』

 

友奈にはかなり失礼な認識だが、それは的を射ていた。彼女が読む本と言えば、漫画かせいぜい少年少女向け小説あるいは格闘技雑誌ぐらいだからだ。

 

その本を書棚から抜き出し、ブックカバーを外す。

 

『勇者御記』

 

そのタイトルに、美森は言葉なく立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なによ、これ……」

 

「たたり? 伝染(うつ)る? 春まで生きられない?」

 

「そんな……」

 

風が嘆きを滲ませた声を漏らす。夏凛は頭が理解を拒否しようとする言葉を反芻する。そして、樹はその言葉を漏らしたきり、口に手を当てて涙をこぼす。

 

美森の招集に、銀と園子の家に集まった勇者部の面々。

友奈が書いた勇者御記を読み、皆絶望の表情を見せる。特に美森は顔面蒼白になりながら呟く。

 

「私のせいだ……。天の神の怒りは収まっていなかった……。全部、私のせいだ!! 私が受けるべきたたりを友奈ちゃんが!!!」

 

半狂乱になる美森を銀が抱きしめる。

 

「落ち着けよ! 書いてあるだろ! たたりは伝染(うつ)っても、本人はそのままだって!」

 

「でも! じゃあ、どうすれば……!?」

 

「そんなこと! あたしにだって、分からないよ!!」

 

「やめてください、二人とも! 二人が争っても、なにも解決しません!」

 

言い争いを始めかけた二人を樹が止めようとする。そして、夏凛が泣き始めた。

 

「友奈が、友奈が死んじゃう……。私、友奈に助けてもらってばかりなのに……どうすればいいのか分からない……。何もしてあげられない……」

 

誰も、何も声を掛けられなかった。

 

何も解決策を出せないまま、空しく時間は過ぎていった……

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

どこまでもどこまでも灰色だけが広がる空間。

そこに魂だけの存在となった園子はいた。膝を抱え、丸まった姿勢で。

 

『ゆーゆに聞いたとおりだ。抜け出せないや……』

 

友奈に聞いた、青い烏はやって来ていない。だからだろうか? この場所から抜け出せそうな光は見えなかった。

それでも、園子は絶望などしていない。

 

『たぁくんが絶対、助けてくれるもん。あの祀られた病室からだって助けてくれたんだから。三百年の時の壁だって越えて、帰ってきてくれたんだから。だから絶対、助けてくれるよ』

 

貴也だけではない。銀も、美森も、友奈も、風も樹も夏凛も。みんなが待ってくれている。

彼女の心が折れようはずもなかった。

たとえ、その身体をすべて奪われようとも……

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「バイバイ。また明日」

 

友奈は送ってくれた美森と別れ、自宅の玄関に入る。

 

「また、明日からも頑張らなくっちゃ……」

 

昨日から少し体調が戻ってきた。始業式だったため、さっさと帰れたことも良かったのだろう。

今日の休み明けの実力テストも、なんとか五教科受けることができた。もちろん冬休みの後半、寝込んだままだったので結果はお察しであるが。

 

園子の行方は、まだ手がかりさえ掴めていない。

だが、友奈にできることは何もないと言って良かった。

だから残り少ない命、日常に費やすしかなかった。

 

 

 

 

「ただいま」

 

靴を脱ぎ、玄関を上がりながら帰宅の挨拶をした。

 

「お帰りなさい、友奈。ちょっと、こっちへいらっしゃい」

 

「はーい」

 

客間から母の返事があった。だが、声音が少し変だ。

少し疑問に思いながらも返事をし、客間へと向かう。

襖を開けるとお客が居たばかりでなく、父母が揃っていたことにも驚いた。

 

「友奈、こちらへ来て座りなさい」

 

友奈へ声を掛ける父の声は少し震えていた。

よく見ると母は目の周りを赤く腫らしている。泣いていたのだろうか?

 

父に言われるがまま通学鞄を置き、両親の隣に正座する友奈。

机を挟んで座っていた、大赦の仮面を着けた神官服の女性が座布団から下り、手を付いて深々と頭を下げてきた。

 

「大赦を代表して、結城友奈様にお願いをしに参りました。どうか、神樹様との神婚の儀、受けていただきたく……」

 

 

 




冒頭の問答部分、39話の杏、ひなたの疑問に対するもやっとした回答です。恐らく原作は星が降ってくるイメージに合わせて夜間の襲撃としたのでしょうが、本作では敵が太陽神である方に着目しました。太陽が天から攻撃してくるなら正中している時間帯だよね、ということです。(7月なら実際の英国は夏時間ですが、太陽の正中がズレる訳じゃないですしね)英語では星屑でなく The splinter of the sun (太陽の欠片)とかだったりして。

また、本作での神婚の日付が判明。たかしーの誕生日です。(これがしたかった)
原作でも1月11日はなぜか友奈の体調が良かった日ですね。もしかすると神樹のバイオリズムが上向きだったのかも。
なお、原作の神婚の日(くめゆ完結編でバレンタインの数日後と明記)から1ヶ月以上の大幅前倒しのため、ゴールドタワーの砲弾化はおろか千景砲すらもまったく間に合っていません。
(追記:アニメの勇者の章では神婚の日は1月18日ですね。こちらでは防人関連がどうなっているのか不明ですので、特にコメントすることも無く。前倒しには違いありませんが)

さて、次回はいよいよ……?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十六話 一月十一日(その1)

「あのね、とーごーさん。私、神樹様と結婚するね」

 

翌朝の登校時。学校が見えてきた時点で、そう言って友奈は隣を歩く美森に微笑みかけた。

 

「ど、どういうことなの、友奈ちゃん!?」

 

あまりの衝撃に、美森の思考と歩行は急停止した。

 

 

 

 

大赦は友奈とその家族に考える時間を与えなかった。

通知のために訪れた、その翌日に神婚が行われるのだ。

友奈の両親は激怒した。だが、「神樹様の生命が失われようとしており、時間がないのだ」との主張は彼らを黙らせるのに十分な力があった。

 

神樹様が失われれば人類は滅亡する。神樹様の生命を永らえさせるには、神樹様と無垢なる少女との結婚が必要なのだ。無論その少女は、有り体に言えば死ぬ事となる。だが、その犠牲により人類は神樹様の眷属となり、未来永劫安寧の中で生きる事が可能になるのだ。

 

そのロジックの前に、友奈も両親も納得せざるを得なかった。

友奈の中で、どちらに傾こうとも破滅しかあり得ない天秤が揺れる。

天の神のたたりによって死ぬのか。

神樹様との結婚によって死ぬのか。

 

『私は勇者だ! 勇者はみんなの為になる事をするんだ! 天の神のたたりで死ぬなんて、無駄死にもいいところだよ。なら、私は自分の生命をみんなのために使うんだ……!!』

 

そう決意をする友奈の表情は悲愴感に満ちあふれていた。

 

 

 

 

「なんで、そんな事しようとしてるのよ! アンタが犠牲になるだけじゃない!!」

 

「そんなの、違うと思います……!」

 

風が机をドンと叩き、樹が勢いよく椅子から立ち上がり、二人とも力強く反対の意を表明した。

 

もはや授業どころではなかった。美森は勇者部の面々を部室に集め、友奈の主張を代わりに説明した。その反応が先の犬吠埼姉妹の発言だ。

 

「これで分かったでしょ? 友奈ちゃんの考え方が間違っているのが……。自分だけを犠牲にしようとしないで」

 

美森が眉根を顰めて友奈を諭そうとする。

 

「でも、私が神婚しないと神樹様の寿命が尽きて人類が滅んじゃうんだよ」

 

「それは分かったわ。でも、今すぐって訳でもないんでしょ? 時間ギリギリまで他の策がないか試してみれば……」

 

「神婚すると、死ぬんでしょ? 他の方法は無いの……?」

 

それでも抵抗する友奈に、風も夏凛も他の方法を模索する事を考えるべきだと彼女の考えを改めさせようとする。

そこへ、銀が疑問を投げかける。

 

「なあ、そもそも神樹様の眷属になるって、どういう事なんだよ……? とても、人として生きていくって感じじゃなさそうなんだけど」

 

「確かに、なんだか嫌な感じがします……」

 

「幸せな生き方だとは、とても思えないわ……」

 

その投げかけに樹も美森も同意する。

皆、押し黙ってしまった。互いに互いを見やるばかり。

そんな中、口を開いたのはやはり友奈だった。

 

「風先輩。勇者部の活動はみんなの為になることを勇んでやることでしたよね。これも、そうだと思うんです。世界を救うために、他に選択肢がないんです。だから……」

 

「友奈。それは違う。確かに勇者部の活動はみんなの為を考えて行う部活よ。でもね、そこには自分の幸せも入っていないといけない、アタシはそう思うわ」

 

だが、風は友奈の主張を切って捨てる。自分をないがしろにした活動など、行動など、誰が認めようとも自分だけは認めない。そう固く決意して。

 

「でも! 私には、もう時間が……、っ!!」

 

自分の生命が残り少ない事を主張してまでも皆を納得させようとする友奈。だが、言いかけたところで、やはり皆の左胸に太陽の烙印が鈍く光り出すのを幻視する。言葉を続けられなかった。

 

しかし、その友奈の様子から皆、御記の内容を思い出す。

 

「友奈ちゃん。私たち知っているわ。友奈ちゃんが天の神のたたりを受けている事も。他の人にそれを伝えれば、たたりが伝染する事も。友奈ちゃんの残された時間の事も……」

 

「!? 私は何もしゃべってない! 何も教えてない!」

 

美森のその言葉に取り乱す友奈。

 

「友奈……。あたし達がなんとかするから。園子も助け出してみせる。神樹様の事も、友奈の事も。だから、無理をするなよ……」

 

「私は無理なんかしてない! 私は勇者だから! だから、みんなのためにこの命を使うんだ!」

 

銀の説得にも耳を貸さず、さらに頑なな態度を取る。もはや、誰の説得も届かなかった。

 

「友奈ちゃん……、どうして分かってくれないの? 友奈ちゃんが死ねば、みんな悲しむのが分からないの? 私は後を追うわよ!」

 

「とーごーさんだって、生け贄になろうとしたじゃない! 私がしようとしている事は、それとおんなじなんだよ!」

 

「そうよ。私は、私一人の犠牲で済めばって思ってた。でも、それは私が壁を壊した事実に対する贖罪(しょくざい)だったのよ。友奈ちゃんが何をしたっていうの? 私は間違った事をした。でも、友奈ちゃんはいつだって勇者として正しい事をしてきたの。そんな友奈ちゃんが犠牲になるのは間違ってる」

 

「でも私は……、私は私の出来る事を……。そうだよ……、もう時間がないんだ。それでも私は諦めたくない。みんなの笑顔を守りたいんだ! 勇者部五箇条! 『なるべく諦めない!』 為さなければ、どうにもならないんだ。だから……『為せば大抵なんとかなる!』 私はいつだって、そうやってきたんだ!!」

 

「友奈! 五箇条をそんな風に使わない!! どうして分かってくれないの? アンタが守りたいって言う『笑顔』。そこには、アンタ自身もアタシたちも入っていないじゃない!!」

 

悲痛な表情で五箇条を挙げる友奈に、風の否定の叫びが轟く。

誰もが守りたいものがあって。でも、それは少しずつ違っていて。

 

「どうして、こんな……。言い争いなんて……。ウッ、ウッ…………」

 

ついに樹が声を押し殺して泣き始めた。

皆、顔を俯かせる。友奈だけは、罪悪感に打ちひしがれたような表情で樹を見つめていた。

そんな中、銀がポツリと呟いた。

 

「行けよ、友奈……。お前のやりたい事、やりたいようにすればいい。――――――あたしも命を張ろうとした口だったからなぁ。もちろん、その時だって生きて帰るつもりだったけどな。だから、神婚でもなんでもやってこい! そんでもって、お前の旦那様になった神樹様を説得して生きて帰ってこい! 『なるべく諦めない』んだろ? なら、生きる事を諦めんな!! あたしたちも諦めない。お前を救う事を! 園子を救う事を! 絶対!! 諦めないからっ!!」

 

最後には叫んでいた。その表情は複雑で、友奈を励ましているようでもあり、止めようとしているようでもあり……

 

「ちょっと、何を言ってるのよ、銀!?」

 

「そんな事を言ったら、友奈ちゃんが!」

 

銀の言葉に慌てふためく風と美森。夏凛と樹は唖然としていた。

 

「ありがとう! 銀ちゃん!!」

 

そして、友奈はその言葉を残し部室を出ると駆け出していた。

 

「友奈ちゃん!!」

 

美森も、友奈を追いかけて続いて部室を出て行く。

 

 

 

 

「銀、どうしてあんな事を言ったのよ?」

 

「友奈の奴、もうこれしかないって視野が狭まってたからな。あいつ、あたしたちの中で一番勇者らしい奴だけど、勇者である事に囚われすぎてんだよな……。だから、言葉だけの説得じゃ埒が開かない気がしてさ。それにどのみち、みんな友奈を救うつもりなんだろ? 勇者の資格剥奪されて変身できないあたしが言うのもなんだけどさ、過程はどうだっていいじゃん」

 

風の問いに、そう笑顔で返す銀。胸の内では、友奈を救う決意を固めていた。

たとえ、その方法は分からなくとも……

 

 

 

 

端末に表示される友奈の反応を追いかけ、結城家までやって来た美森。三日前と同じく、青坊主に壁抜けをさせて鍵を開け、友奈の部屋に忍び込んだ。

だが、その部屋に友奈の気配は無かった。

彼女の勉強机の上に置かれた勇者御記と変身用端末。これでは、アプリのレーダーを使った追跡は不可能だ。

 

「友奈ちゃん……。一体どこへ……?」

 

その時、美森の変身用端末がメッセージの着信音を鳴らす。

 

「え? 大赦から?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

当日、貴也は学校を休み、自宅で待機していた。

園子の救出に関しては神託を信じ、襲撃を受けた際に行おうと考えていた。

 

美森が友奈の自室で端末を見つけたのとほぼ同時刻、鵜養家の前に白いセダンが止まった。

 

「鵜養くん、神託が下りた! 一緒に来てくれ!」

 

以前、一度会ったことのある佐々木だった。

彼と一緒に車で西へ向かう。

 

「君を乃木神社に連れてこいとのことだ。国土亜耶様に言葉での神託があったんだ。」

 

「それは、もしかして……」

 

「そうだ。スクナビコナ様からの神託だ」

 

 

 

 

乃木神社前に急停車すると、佐々木は貴也を促す。

 

「神社とは話を付けてある。拝殿を抜けて、本殿へ急げ!」

 

運転席に座る彼に向けて頷き、拝殿目がけて走り出した。

以前、園子と一緒に呼ばれたことのある神社。境内の配置は大体頭に残っていた。

 

「勇者様、こちらです! 土足で構いません! 拝殿を突っ切って下さい」

 

宮司と思しき人物が行く手を指し示す。

会釈だけして通り過ぎた。

 

 

 

 

本殿の入口前。そこに彼女が立っていた。

 

「やあ、本当に久しぶりだな。貴也」

 

「若葉…………、本当に若葉なのか?」

 

「三百年も経つと忘れるものか? 正真正銘、お前の知っている乃木若葉だぞ。まあ、神なんてものになってしまった上、この身は所謂アバターと呼ばれるものだがな。もちろん、お前の記憶が基になっている」

 

そう言って苦笑する若葉。かつての青い勇者装束をその身に纏っている。年格好も、貴也が覚えているそのままだ。

感極まった貴也は両手で、彼女の手を覆うように握る。

 

「若葉、すまなかった。あの時は、ちゃんとお別れが出来なくて……。ん? そういえば、記憶は……?」

 

「ああ、神樹様に消されていたお前に関する記憶か……。つい先日、戻してもらったところだ。神格に大きな差があるから、いいように使われている。まあ、お前と同じようなものだがな」

 

そう言うと、ポンポンと貴也の肩を叩く。

 

「積もる話もあるが、まずは用件を済まそう。これを乃木園子と結城友奈に渡してやってくれ」

 

そう言うと、大刀(たち)と手甲を手渡してきた。

 

「これは……、若葉の『生大刀』と友奈の『天ノ逆手』?」

 

「そうだ。ホアカリとの決戦に使うといい。私たちと元の所有者の加護がある」

 

そう言うと、若葉は足元を見やる。足元には暗赤色の狐、橙色の蛇、白色の猫が揃っていた。

 

「千景たちなのか? 彼女たちは、若葉のようにアバターを使えないのか?」

 

「そうらしい。どうやらフルネームで祀られていないのがマズいらしい。私との意思疎通は問題ないんだがな」

 

「千景……球子……杏…………。そうだ! 友奈は?」

 

「友奈は神上がった経緯が異なるからな。神婚を介してのものだから別の所にいるはずだ。私もこの三百年、会ったことはないが、神として存在していることは確かだ」

 

貴也は残念そうに三匹の神獣を見やる。そこで高嶋友奈のことを思い出したのだが、若葉が言うには彼女もずっと会ったことはないらしい。

 

「なあ、若葉……。僕はどうしたらいいんだろう……? 園子の襲撃を待っていたらいいんだろうか?」

 

「まあ、焦るな。すぐにその時は来る。それまで少し話をしないか……?」

 

焦りを見せて問う貴也に、彼女は穏やかに微笑みながら返した。

すると下の方から、蛇のシャーッという鳴き声と、猫のニャーという鳴き声の双方がした。

 

「どうした、球子、杏? そうか……分かった。――――――貴也、乃木園子の変身用端末を持っているだろ? 貸してくれないか?」

 

「いいけど、どうしてだ? あ、それと僕の血で汚れているんだけど……。園子に返すのに、綺麗にしておけば良かったな。そこまで気が回らなかったよ……」

 

「お前の血が付いているのなら、その方がむしろいいだろう。気にするな」

 

自分の血で汚れていることを気にしつつも、若葉の求めに応じて園子の端末を手渡した。なぜか若葉は、その方が良いと言う。

そして若葉はそれを蛇に渡す。蛇は端末を口に咥えると白猫の背中に乗り上がる。そして、白猫は蛇を乗せたまま、どこかへと走り出して行ってしまった。

 

「あ! どういうことなんだ……?」

 

「あいつらには、あいつらなりの考えがあるんだろう……」

 

そう言いながら、若葉は走り去る白猫と橙色の蛇を頼もしそうな表情で見送った。

 

 

 

 

「なあ、貴也……。『神』とはなんだと思う?」

 

「なんだよ、藪から棒に……?」

 

球子と杏が姿を消して暫く。若葉がそう切り出してきた。唐突な話題に困惑する貴也。

 

「私は、神なんてものになってしまって痛感しているんだ。『神』とは『人』の『映し鏡』じゃないか、ってな」

 

「映し鏡……?」

 

「そうだ。『神』は『人』の『信仰』なくしては存在し得ない。信仰の対象でなくなれば、それは『ただの自然現象』であるか、または『ただの死者』に過ぎない。信仰あればこその『神』なんだ」

 

「確かに……、そうかもしれないな」

 

「もちろん、この世すべてを創り給うた絶対的存在はあるのかもしれない。でも、それこそ『人』がそう考えているだけなのかもしれない」

 

「神になると、随分哲学的になるんだな……?」

 

物思いにふけったように遠い目をする若葉を揶揄して、そう言ってみた。

 

「なに、大半はひなたや杏、千景からの受け売りさ……。私は、どうもこういう事を考えるのに向いているようではないからな」

 

そう返して苦笑する若葉。その挙げられたメンバーに球子が入っていない事に、吹き出しそうになる貴也。

 

「回りくどいのはやめて、結論を言おう。神は『人が神に近づきすぎた』ことに怒り、バーテックスを遣わして人類を滅ぼそうとしている、という解釈が大勢だ。だが、私たちは違うと思う。『人が神に近づきすぎた』と思っているのは『人』の方なんだ。『神』が自らの存在の根拠である『人』を自らの意志で滅ぼそうとするのは、何か違うような気がする。むしろ『人』の方が、『神に近づきすぎた自分たちは天罰を受けるべき存在なのではなかろうか』と考えたんだと思う。天の神は、その意を汲んだだけなんじゃないかと、私は思うんだ」

 

「まるで人類自身が滅びを望んでいるような言い方だな……」

 

「まさに、その通りだ。だから、この事態が西洋を中心に起こっている事の説明にも繋がると思うんだ。『滅びによる救済』なんだよ、まさしく」

 

若葉はそう言うと、どや顔で貴也を見やる。

 

「今、大赦が為そうとしている神婚もその延長上にあるんだろう。人の形を捨てて神の眷属となり、その庇護の下で安寧をむさぼる。いかにも、滅びによる救済だ」

 

「一つ、疑問がある。神の力が信仰に基づくのなら、人類に敵対した時点で弱体化するんじゃないか? 少なくとも、人類の篤い信仰を受けている神樹様よりは弱く……」

 

「フッ……、貴也ともあろう者が浅いぞ。たとえ日照りが続こうとも、太陽に対する信仰を人が捨てられる訳がないだろう? すべての生命の源だぞ……」

 

「! そうか……、そうだよな……」

 

若葉との問答の末、人類滅亡の真実の一端に触れたのかもしれないと思う貴也。そのまま、思考に没入しようとした時だった。

 

「なにやら面白い話をしているわね。私も混ぜてくれないかしら……?」

 

本殿の神域と外界を隔てる板塀。淡藤色の旧勇者服に身を包んだアバター美森が、その上に腰掛けていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

瀬戸大橋記念公園に佇む木製ドーム。そこは、歴代の勇者と巫女を祀る追悼と鎮魂の場所。

中央部のステージ上には鎮魂の碑が置かれ、その周囲には西暦と先代と当代の勇者たちの戦闘を描いた三つの巨大な扇形の絵が安置されていた。

 

勇者部の面々、風、樹、美森、夏凛、銀の五名は、勇者や巫女、個人個人の墓とも言うべき石碑の間を下りていく。ステージ上の石碑の横に、彼女たちを呼び出した女性神官が立っていたからだ。

 

「勇者様に最大限の敬意を……」

 

「アタシたちを呼び出したのはアンタね。友奈はどこ?」

 

「結城友奈様はここにはおられません。大赦本庁におられます。ここならば静かに話が出来るかと、あなた方を呼び出したのです」

 

「なら、アンタに用はないわ。アタシたちは大赦へ行って友奈を助ける」

 

女性神官に背を向け、風は皆を促そうとする。

 

「知っておられるかと思いましたが……? 世界を救う方法は神婚しか残されていません」

 

「ええ、知っているわよ」

 

風は苛立ったように答えを返す。問答に時間を費やすつもりは、これっぽっちも無かったからだ。

 

「もう時間が残されていないのです。友奈様にも、神樹様にも」

 

「友奈さんのたたりを祓う方法は、本当にないんですか?」

 

たまらず、そう問いかける樹にも女性神官は淡々と、聞きようによっては冷たく答えを返す。

 

「大赦の総力を挙げて方法を模索しました。けれども、無かったのです。天の神のたたりを祓うなど、人の身では為しようが無かったのです」

 

「そんな……」

 

「ここに祀られている歴代の勇者や巫女達。皆、人類を守るためにその命を散らしていったのです。友奈様も同じ。皆のために、その身を捧げようとされているのです。それこそが勇者の有りようなのです」

 

「ここに祀られているみんなも、その大半は友奈や私たちと同じような年齢だったのよね? 子供を犠牲にして生きながらえて、それでよくも恥ずかしくもなく、そうやっていられるわね!」

 

夏凛のそのきつい揶揄にも女性神官は感情を見せない。

 

「それしか方法がないのです。人類を存続させるには。それが、この時代における人の在り方なのです」

 

「見損なったよ。あたしたちと一緒に戦っていた時は、そんなじゃなかったのに……! あたしは、どんなに厳しくても気持ちが寄り添ってくれていた、そんな安芸先生が好きだったのに!」

 

「銀の言うとおりだわ。私も先生の事、尊敬していたのに……!」

 

しかし銀と美森のその言葉は少し、彼女の心を抉ったのかもしれなかった。言葉に微妙に感情が混じり始めた。

 

「自分たちの身近な人が、そうなるからこその感情なのよ。この四国には四百万人もの人々が、それぞれの暮らしを紡いでいる。皆、それぞれに大事な人がいるのです。その中の、ほんの僅かな犠牲、それで大部分の人の幸せが守られるのなら……」

 

「そんな理屈……! なら、あなた達が犠牲になればいいのに!」

 

だが、その言い訳じみた話は風の感情を逆撫でする。激高する風。女性神官は顔を俯かせ、言葉を続けた。

 

「出来るものなら、そうしています。けれども、私たちでは神樹様が受け入れてくれないのです。こういう事に、素直に怒りの感情を出せるあなた達だからこそ、受け入れているのか……」

 

 

 

 

その時、皆のスマホから警報が鳴り響いた。『樹海化警報』ではなく、『特別警報』だった。

しかし、その警報音も表示も、すぐにアプリがバグってしまったように消える。

 

急にドンと突き上げるような震動が襲った。

 

「なに、これ!?」

 

激しい震動に続き、青かった空が蝕まれるように赤黒く変色していく。

そして、結界の壁の上すれすれを、半径数十キロメートルはありそうな巨大な円盤状のものが浮遊し侵攻してくる。

 

「想定していた以上に早い。――――――さあ、あなた方の出番です。天の神が神婚を阻止するために襲ってきたのです」

 

「バーテックスじゃない?」

 

「現実の世界に敵!?」

 

「あれが、あんなのが敵なんですか?」

 

「なんて巨大なの……」

 

美森も風も樹も夏凛も、その敵の、天の神の姿に驚愕する。

 

「友奈様が神樹様と神婚を為し、人々が神の眷属となれば、もう襲われる事はありません。人類は神樹様と共に平穏を得るのです。――――――これが最後のお役目です。敵の攻撃を、神婚成立まで防ぎきりなさい」

 

そこまで女性神官が言った時だった。

 

ザンッ!!

 

「安芸先生!!」

 

ドンッ!!

 

どれが早かったのか? 斬撃か、銀の叫びか、はたまた銀が女性神官を突き飛ばした事か。

女性神官の右手の薬指と小指。その第二関節から先が、血の弧を描いて飛んでいた。

 

「そのっち……?」

 

青薔薇の旧勇者服に身を包んだ園子が、斬撃を放った後の姿勢で佇んでいた。

その顔に表情はなく、どこまでもどこまでも暗いオーラを放っていた。

 

 




最終決戦編その1でした。

若葉再登場を含め、いろいろとカオスチックに。
原作で修羅場っていた部室での友奈と勇者部のやり取り。銀に少し違う立ち位置を用意してみました。

人類粛正の真実も、ちょっとロジックを変えてみました。
特に生命倫理なんかの分野では、そういった風にも聞こえないことはない議論がありますからね。

さて、貴也たちの所にアバター美森、勇者部の方には園子が乱入。
はてさて、どうなることやら。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十七話 一月十一日(その2)

「お前は……!!」

 

乃木神社本殿と外界を仕切る板塀に腰掛けていたアバター美森。飛び降りるや、すたすたと近づいてくる。

 

「多重召喚!!」

 

「待て! 貴也!!」

 

臨戦態勢を整える貴也だが、若葉が手を差し出し制する。その態度に疑問を覚えた。

 

「若葉……?」

 

「落ち着け。この御方はスクナビコナ様だ」

 

「え……?」

 

「汝に(まみ)えるのはこれで三度(みたび)なるぞ、鵜養貴也」

 

若葉が告げるその名に驚く貴也。アバター美森も一瞬だけ雰囲気を変え、そう告げた。

 

三度(みたび)って……? そ、そうか、三百年前、蠍座型(スコーピオン)天秤座型(ライブラ)と戦った後に出会った、あの影!」

 

同様の雰囲気を持つ者の心当たりを思い出す。確かに、それを含めれば会うのは三度目だ。

 

「じゃあ、何故!? どうして、園子を攫う必要があったんだ!? お前は味方じゃないのか!? 答えろ!!」

 

園子の生命に関わることでもあり激高する貴也。だが、アバター美森ことスクナビコナは穏やかに返す。

 

「あの時、言ったわよね? 天津神と繋がりを持たせるためだって……」

 

「話を聞こう、貴也」

 

若葉も貴也を諭してくる。頷くしかなかった。

 

「ホアカリをまつろわせる。言葉で言うほど簡単じゃないのよ。鎮魂(たましずめ)の儀と順花(はなまつろい)の儀、二つの神事では足りない。二千年前の人類は、神に直接干渉する手段を持たなかった。だから、神話を書き換えて人々の信仰を思う方向へと捻じ曲げた。具体には、ホアカリの代わりの太陽神アマテラスを用意し、彼女の神話で彼の神話を上書きし、その他にもイメージの重なる小さな神話を積み上げた。オオヒルメとワカヒルメ、クニアレヒメとモモソヒメ、ホオリノミコトとトヨタマヒメ、他にもあるわ。そしてトドメとして天岩戸神話とヒミコとトヨ。そしてオキナガタラシヒメ。こうして、人の信仰の力をもって神をまつろわせたのよ」

 

いくらか勉強していたとはいえ、貴也も半分ほどしか理解できなかった。だが、スクナビコナの言いたいことはなんとなく分かる。

 

「では、今度は? 神話などを使う時間は無い。代わりに勇者という神に対してすら直接干渉可能な手段を持っていた。ただし、そのためには霊的経路を繋ぐ必要があった。結城友奈も乃木園子も、力の源となる神樹との経路は繋がっていた。それでは干渉すべきホアカリとは? 結城友奈はたたりという形で霊的経路が繋がった。だから、乃木園子の経路だけが残されていたのよ」

 

「じゃあ、なぜ犬吠埼風を襲ったんだ?」

 

「あれは、助けたのよ。私が干渉しなければ、もっと大きな車両にはねられて彼女は死んでいた。結城友奈と乃木園子の精神を、これ以上汚染させる訳にはいかなかったからね。余剰分のたたりは、この前あなたに負担してもらったわよ」

 

思わず自分の手のひらを見る。まだ、あの時の貫通創の痕は生々しく残っていた。

 

「僕はどうすればいい……?」

 

「ほぼ場は整いつつある。後は二人を大陸の史書にもある二人の巫女王、ヒミコとトヨに見立てて直接ホアカリを攻撃すればいいわ」

 

「巫女王だって? 園子も友奈も勇者であって巫女じゃないぞ……?」

 

「神の力をその身に下ろす神懸かりは、古来巫女の行うものよ。その意味から言えば、勇者とは巫女の一分類に過ぎない。そういうことよ。――――――あなたは男性だから(かんなぎ)ね。まあ、大和言葉の『かんなぎ』には元々性の区別は無いのだけれども」

 

 

 

 

その時、急に突き上げるような震動が襲った。

そして、激しい震動に続いて青空が蝕まれるように赤黒く変色していく。

 

「な、何が起こってるんだ……?」

 

「いよいよ、その時が来たようね。ホアカリが神樹と結城友奈の神婚を阻止するために、直接侵攻してきたのよ。――――――さあ、大橋の袂に向かいなさい。そこに、ホアカリの意志に汚染された乃木園子の体がある。魂は高天原に囚われたままよ。あなたが救いなさい。『勇者の守り手』よ」

 

力強くうなずく貴也。だが、彼を若葉が制する。

 

「今の貴也の力では乃木園子の力に届かない。私たちが力を貸しますが、いいですね?」

 

「好きにしなさい。元々、私が神樹の(がわ)の力になろうと思ったのは、三百年前、この鵜養貴也の姿を見たからよ。そこに、因果律を壊す危険をすら省みず、仲間を救おうとするあなた達の執念を見たからよ。――――――信仰を失った『神』は『人』と共に滅ぶのも一興。私の、その考えを覆したのだから」

 

微笑むアバター美森に、だが貴也は項垂れる。

 

「でも、僕は友奈を助けられなかった……」

 

「気にする必要は無いわ。あのまま私が干渉しさえしなければ、高嶋友奈も生を繋いだ筈なのだから」

 

その言葉に驚きの目を向ける貴也。

 

「あの時、高嶋友奈を神樹と神婚させなければ、結界は強化されずに、遠からず四国も炎に飲まれていたからよ。あなたは乃木若葉達の期待に十分応えた。誇りに思って良いわ。――――――さあ、時間が無い。行きなさい」

 

「貴也、行くぞ」

 

スクナビコナのその言葉に力を得た貴也は若葉を振り向く。そこには、かつて何度も見たことのある、頼もしい笑顔があった。

 

暗赤色の狐が駆け寄ってきた。勇者姿の貴也の胸に飛び込むように、光となって溶け込む。

続いて、若葉が貴也の胸に右手を当てる。

 

「私の子孫、一緒に助けるぞ」

 

若葉も光となって、貴也の体に溶け込んでいった。

そして、彼の腰からは九本の光の尾が伸び、背中からは光の翼が羽を広げる。

 

「行ってきます」

 

スクナビコナにそれだけを告げると、貴也は大橋へ向けて飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「目を覚ましなさい! 園子!!」

 

夏凛の斬撃。だが、園子は大きな槍を器用に操って、それをいなす。

風、樹、美森、夏凛の四人は勇者に変身して、園子を抑えに掛かろうとした。

だが、園子に精霊バリアの恩恵が無く、自分たちの攻撃に傷を負うことに、園子の攻撃が僅かとはいえ自分たちの精霊バリアを抜いて怪我を負わせることに、全力が出せない状況に追い込まれていた。

 

「あれ、東郷先輩が言っていた、天の神のアバターじゃないんですか?」

 

「感じが全然違うもの。そのっちに間違いないわ」

 

信じたくない状況に樹がそう疑問をこぼすも、美森が即座に否定する。

二人とも手が出せないでいた。美森の銃は攻撃力が高すぎ、樹のワイヤーはことごとく槍に切り裂かれていたからだ。

どういうわけか、園子の動きは完全に人間離れしていた。

 

「乃木ぃいっ! 歯ぁあ、食いしばれぇぇえええ!」

 

風が大剣の腹で横殴りに園子をぶっ叩く。だが、園子は剣の力に逆らわずに叩かれた方向へとふわりと飛ぶ。勢いよく飛んではいったものの、あまりダメージを受けたようには見せずに着地した。

 

 

 

 

銀は美森から受け取った救急セットで女性神官の手当てをしていた。斬り飛ばされた指を止血し、きつく縛り上げてから包帯を巻いた。

 

「ありがとうございます、三ノ輪様。私のことなど見捨ててもよかったのに……」

 

「そんなこと言わないでくださいよ。あたしは、本当は今だって先生のこと、信じてるんだからさ」

 

そう言って、ニッと笑顔を見せる銀。そこへ……

 

ニャー……

シャーッ……

 

鳴き声に視線を向けると、白猫とその背中に乗った橙色の蛇がいた。蛇は口に何かを咥えている。

と、首を振って、その何かを銀に投げ飛ばした。

 

「スマホ……? ゲッ、血で汚れてる? ってか、これ、園子のスマホ……?」

 

思わず受け取り、それが血で汚れていることに驚いた。が、見覚えのあるスマホであることにも気付く。

すると、白猫が駆け寄ってくる。そして、銀の胸へと飛び込むように蛇と共に光となって溶け込んでいった。

 

「なに? これ!?」

 

銀が驚きの声を上げると同時に、なんの操作もしていないのにスマホに電源が入る。画面には、牡丹の花の意匠と蓮の花の意匠が明滅していた。

 

「まさか、これって……?」

 

恐る恐る画面をタップする。

すると光が銀の体全体を包み込む。それが晴れると、銀は勇者の姿となっていた。

装束の作りは園子のもの、そのままだった。だが色が異なる。本来の紫色に対し、それは鮮やかな銀朱の色。

 

「そういうことか。なら!」

 

両手にかつての愛用の武器をイメージする。すると、両手に大ぶりの双頭の槍が現れる。

 

「やっぱ、園子ベースなんだな。でも、これなら前使ってた斧と同じように使えるぞ!」

 

槍を振ってみる。手によく馴染んでいた。

 

「三ノ輪様……」

 

「行ってきます、先生。先生は隠れててね。―――――――おっ? 左足もちゃんと動くし、右手も見た目は兎も角、違和感が無いぞ!」

 

心配そうに話しかけてきた女性神官に優しげに返すと、自分の体がほぼ万全であることに意を強くする。

無言で飛び出した。

夏凛に斬撃を放つ園子の槍を、二つの槍をクロスさせて受け止める。

 

ガキンッ!!

 

「銀? アンタ……?」

 

「園子はあたしに任せろ! みんなは友奈と、あのデカブツを頼む!!」

 

 

 

 

皆、互いに顔を見合わせる。時間が無いのは確かだ。

風は一瞬、逡巡した。今回は、天の神のみならず神樹様も敵対行動に出るかもしれないからだ。

だから、それでも決断する。

 

「アタシと東郷で友奈を助ける。夏凛と樹は時間を稼いで! 出来る……?」

 

「うん! お姉ちゃんは友奈さんをお願い」

 

相手はバーテックス如きではない。それでも妹に絶対の信頼を置いた。

 

 

 

 

夏凛は瀬戸大橋のひしゃげた塔頂にすっくと立った。

 

『友奈と……みんなと一緒に帰るんだ。こんな私でも友奈が誘ってくれた、あの優しい日常へ……!』

 

天の神、その化身と思われる巨大な円盤状の物体――鏡を強く見据える。

 

「東西無双、三好夏凛!! 一世一代の大暴れ、とくと見よ!! 満開!!!」

 

赤黒い空を背に、大きなサツキが花開いた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

徳島県の霊峰剣山。そこに大赦の主立った者達が集まっていた。

皆、神樹への信仰が特に篤い者達である。いや、その様は狂信的であると言っても良いだろう。

その彼らの視線を一身に集め、司波辰成はその身を震わせていた。

 

『やっと、ここまで来たのだ…………』

 

感慨深かった。

 

 

 

 

彼は神樹の一介の信者に過ぎなかった。出身の家も一般家庭だ。名家の血筋に掠りもしない。

だが彼は優秀であり、真面目であり、他人に好かれる(たち)であり、そしてなによりも信仰に篤かった。大赦内部での出世はトントン拍子だった。

それが、彼を狂わせたのかもしれない。

出世をして、この世の真実に近づけば近づくほど、人類が絶望的状況に追い込まれていることが分かった。

そして何より、勇者や巫女という存在。それは供物、あるいは生け贄、もしくは人身御供。

彼には妻も娘もいた。妻が選ばれなくて良かったと安堵すると共に、娘が選ばれるかもしれないという恐怖に襲われた。そして、自分の感じる恐怖は他人も感じるであろうと。

 

『なんとしてでも人類に安寧を! 一人の犠牲も出さずに済む方法を!』

 

寝食も惜しみ、あらゆる伝手を使い、その目的に向かって盲進した。

大赦の祭祀院副総裁の地位にある桐生の右腕と呼ばれる立場まで上り詰め、やっと手がかりを掴んだ。

神婚による眷属化。

救われた気がした。仲間を、上司を説得し、賛同するものを増やしていった。

が、その時問題が持ち上がった。東郷美森の一時的叛逆の結果、結界の外の炎が勢いを増したのだ。

大赦の対策は六名の巫女を生け贄にする奉火祭。

彼は()()()()()()()()()()()()()()()。だから、その事態を引き起こした美森を生け贄に推したのだ。

 

 

 

 

『だが、それらの苦労ももう終わる。人類は、結城友奈様を最後の犠牲として安寧を手に入れるのだ。人としての生? 天津神に滅ぼされては元も子も無いではないか。たとえ、人としての形を失おうとも、生命を繋ぐことこそが本当に大切なことなのだ!』

 

自らに視線を集める人々に向き直る。

 

「これで我ら人類は神樹様の眷属として迎えられるのです。なんと幸せな事なのでしょう」

 

高らかに謡い上げるように、そう宣言した。

 

 

 

 

神樹内の異空間。

友奈の体に、闇の中から姿を現す幾匹もの白蛇が絡みついていく。

 

『私の命でみんなが助かるなら……。恐くない…………恐くない!』

 

 

 

 

『神樹様……!』

 

神との一体感を感じた次の瞬間、司波の意識はプツンと途切れた。

後に残るは、中味の無くなった神官衣と砂の如き穀物、そこから生える小麦と思しき植物のみ。

 

周りの人々も次々と同じように……

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

既にドームからは少し離れた場所に移動していた。安芸を巻き込まないように気を配ったからだ。

銀と園子の対決は、銀がやや優勢なままで推移した。

得物の数の違いと、そもそも銀の方が近接戦闘型の勇者だったからだ。

だが、斬撃が届くと園子の体に傷が付く。そのため、どうしても全力を出し切れない。

 

「園子! 目を覚ませ! お前は、そんなのに負けるほど弱い奴じゃないはずだろ!!」

 

その声も届かない。

どこまでも暗いオーラを放ちながら、それでも瞳は虚ろなままの園子は感情を見せずに槍を振るう。

 

『チクショウ! あたしじゃ届かないのか? 貴也さん! 早く来てくれ!!』

 

その時、樹海化が始まった。結界の壁の方向からまばゆい光が放たれる。

一瞬、気を取られた。

その一瞬の隙が、致命的な攻撃を呼び込む。

躱しきったと思った斬撃。ところが流れるように石突の攻撃に切り替わっていた。

 

『今までの攻撃は全部、(おとり)!?』

 

心臓の位置を狙った一撃。現状、銀には精霊バリアが無い。だから、その一撃は本当に致命的で……

 

ガキン!

 

下段からの大刀の一閃が石突の軌道をずらした。銀の顔の横をすり抜ける攻撃。

 

「貴也さん!!」

 

「銀! 園子は僕に任せろ!」

 

「でも、園子の実力は……」

 

「今の僕は、西暦の勇者の中でも近接戦が得意な二人のブーストが掛かっている! 任せろ!!」

 

「分かった。後は頼みます!」

 

銀は貴也のその言葉を信じ、夏凛たちの後を追った。

 

 

 

 

「園子! 僕だ! 貴也だ! 分からないのか!?」

 

生大刀と輪刀の二刀流でなんとか園子の斬撃を捌きながら、怒鳴るように声を掛ける。

若葉と千景、二人の力を借りても互角としか言えないような戦いだった。

 

『貴也、声を掛け続けろ! ただし、乃木園子の魂はここには無い。高天原に囚われているんだ。それを意識して語り掛けろ!』

 

若葉のアドバイスが頭の中に響く。

袈裟懸けの斬撃を生大刀で止める。

 

「園子、覚えているか? 二人で大赦本庁に殴り込みに行った事。あの時、お姫様抱っこしただろ? 本当はあれ、前々からもう一度やりたいなって思っててさ……。だから、あの機会に……!」

 

石突の突きを輪刀を絡めるように受け止める。すかさず、左の蹴足が来た。とっさに右腕でガードする。

精霊バリアは一瞬張られるが、園子の攻撃はそれをすり抜けてくるのだ。

 

「園子、覚えているか? 二人だけでうどんを食べに行ったこと。あの時の、君のとろけるような笑顔が忘れら……っ!!」

 

下段からの薙ぎ払い。トンボを切って躱す。少し距離が出来た。

 

 

 

 

「クソッ……!!」

 

その後も幾つか思い出を語り掛けようとするが、まったく届かない。

 

『どうすれば……。そうか、密着すれば……!』

 

上段からの斬撃が来た。これを輪刀で受け止める。右手の生大刀で突きを放ちながら、園子が躱すことによって力の入る方向が変わったのを利用して、輪刀を手放した。

斬撃は地面を穿つ。

貴也は体を回転させるように園子の後ろを取り、羽交い締めにした。

 

「目を覚ましてくれ!! そのちゃん!!!」

 

ほとんど泣きそうな気持ちで、彼女の、その幼い頃から呼び続けてきた愛称を絶叫した。

直後、恐ろしいほどの力で振りほどかれる。

後ろ向きにたたらを踏みながらも、なんとか生大刀を構え直す。

そして異変に気付いた。

 

園子は槍を構えることなく、だらんとさせたまま、呆けたように突っ立っていた。

 

『そのちゃん……?』

 

彼女を覆っていた暗いオーラは少しずつ薄くなっていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

友奈の元へと急ぐ風。跳躍を繰り返す。

 

「風先輩、乗ってください!」

 

横合いから声が掛かる。既に満開をしている美森だった。

 

「よっしゃ東郷、友奈の所へ行くわよ!」

 

「最大戦速で向かいます」

 

浮遊砲台に飛び乗り美森を促す。美森も声を張って応じた。

 

 

 

 

炎を纏った無数の星屑の大群を蹴散らし、巨大な鏡へと挑む夏凛。

大方星屑を殲滅しきったところで、鏡から射手座型(サジタリウス)の巨大な矢が放たれる。

大太刀二本をクロスさせ弾いたが、余波は夏凛の頬を傷つける。

 

「バリアが抜かれた!? 園子の攻撃と同じ!?」

 

脳裏を、風が車道に突き飛ばされた時のことがよぎる。友奈を、皆の顔を曇らせた事件。

 

「そうか……こいつが……、ふっざけるなぁぁあああ!!」

 

鏡に対し特攻を掛けようとしたが、光の矢の雨が降り注ぐ。大太刀でいなすが、手を、足を、横腹を切り裂かれ、鮮血が飛び散った。

さらに夏凛の後方に、いつの間にか蟹座型(キャンサー)の反射板が展開されていた。光の矢は反射され、夏凛に襲いかかる。

 

「グッ……!!」

 

対応が間に合わない、そう思った時だった。横合いから飛び込んできた何者かが、得物を回転させて矢の雨を防ぐ。

 

「銀!! あんた、園子は!?」

 

「貴也さんに任せてきた。それより、あんまり突出するなよ、後輩! 後ろがお留守だったぞ!」

 

「先代が来てくれたなら、千人力ね!」

 

「あんまり買いかぶりなさんな」

 

前後からの矢の嵐を捌きながら、背中合わせに軽口をたたき合う二人。

そこへ、十数本もの蠍座型(スコーピオン)の尾が襲い来る。だが、これも数百本ものワイヤーが雁字搦めに捕らえた。

 

「「樹!」」

 

「みんなで守りましょう。友奈さんが、みんなが帰るこの四国(ばしょ)を!」

 

満開した樹が、そう二人に語りかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「メッブゥゥウウウ! 無理無理ムリムリ無理無理ムリムリ、無理ッ!!」

 

「雀っ! 相手は星屑でしょう!? 落ち着いて捌けば、対処できる!」

 

「こんな数ムリムリムリッ! 私、死んじゃう!! 助けてメブゥ!!」

 

樹海化の中、三人の巫女を頂点とする三角形状の結界では九人の少女がそれぞれのお役目を果たそうとしていた。

 

今まさに、浮舟と呼ばれる箱の上で十六夜怜が儀矛を突く踊りを舞っていた。

また、その横では国土亜耶が鈴を鳴らしながら一心不乱に舞を踊る。

二人とも、ただひたすらにゆっくりと祝詞を上げながら……

 

三角形の頂点、それぞれに座する巫女も祝詞を上げている。三人とも同じ祝詞だ。

この祝詞によって形作られる結界の中では、勇者でなくとも樹海の中での活動が可能なのだ。

 

そして、これら五人の巫女を護衛する防人(さきもり)が四人。楠木芽吹、山伏しずく、弥勒夕海子、そして先程から騒いでいる加賀城雀。

 

その彼女たちに多数の星屑が迫っていた。

 

「ぎゃぁああ、来た来た来たーっ!!」

 

「落ち着きなさい! 雀は亜耶ちゃんと怜さんを守りなさい! 弥勒さんとしずくは私と迎撃!」

 

「鵜養くんは、まだですの!?」

 

「まだ来ていないという事は、なにかトラブルがあったのかもしれません! 私たちだけで対処します」

 

「俺に任せな! 全部、銃剣の錆にしてやるぜ!」

 

「しずくさん、いつの間にシズクさんになっていますの……?」

 

指示を出す芽吹に夕海子が、当初の作戦どおりでなく貴也が来ていない事に疑問を呈する。しかし、この()に及んではどうする事も出来ない。一方、しずくはいつの間にか別人格の強気なシズクに入れ替わっており、夕海子は目を丸くしていた。

 

 

 

 

襲い来る星屑の群れ。

だが、三人の銃剣がその数を徐々にではあるが減らしていく。

驚くべき事に、最も活躍していたのは雀だった。たった一人で、神事にその身をやつす二人の巫女をその盾で守りきったのだから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

『目を覚ましてくれ!! そのちゃん!!!』

 

「!? たぁくん……?」

 

貴也の自分の名を呼ぶ絶叫が聞こえ、反射的に顔を上げた。

 

周りはどこまでもどこまでも灰色だけが広がる空間。だがしかし! 一点の光が見えた!

 

「たぁくんが助けに来てくれた!!」

 

魂だけの姿となっている園子。光の方へと全力で移動しようとする。

もがく…………もがく…………もがく!

たとえ傍目には無様な姿であろうと、自分の一番帰りたい場所へ、一番会いたい人の元へ。

 

光が徐々に近づいてくる。

その時! 天上から光の矢が園子に降り注いだ。魂だけの園子の体は赤黒く変色していく。

 

「負けるもんか! 私は帰るんだ!!」

 

そして、目の前が真っ白になり……

 

 

 

 

貴也の姿が目の前にあった。

 

「たぁくん……!」

 

「そのちゃん……意識が戻ったのか……」

 

自然に顔がほころぶ。心は嬉しさで弾け飛びそうだ。

帰ってこれたのだ。彼の元へ。

彼の安堵したような笑顔がそこにあった。

 

彼のすぐそばへと駆け出そうとして、違和感に気付いた。

 

『手足の感覚が無い?』

 

刹那、視界がぶれた。一瞬で彼との距離がさらに近づく。

そして、彼の呻くような声が続いた。

 

「ぐっ……、そのちゃん……どうして……? カハッ……」

 

視線を彼の顔から下へとゆっくりと下げていく。

自分が両手で持っている槍。それが、彼の腹を貫いていた。

 

「いやぁぁぁあああああっ!!!」

 

園子の悲痛極まりない絶叫が轟いた。

 

 




最終決戦編その2でした。

スクナビコナのやり方。敵を欺くにはまず味方から、を地で行くものですが、やられた方はたまったものじゃありませんね。
スクナビコナも上里咲夜も、味方のようでいて少し違う立ち位置にいる、その辺りを狙っています。

なんとなく神婚を画策していた大赦側の心情も入れたくなって、司波という人物を配してみました。まあ、蛇足っぽいですが。

夏凛、銀、樹vs天津神は図らずも41話の千景、若葉、杏vs射手座型戦のリスペクトっぽい展開に。まずもって原作通りの流れなんですが、園子でなく銀というところがミソなんでしょう。

さて、園子が貴也をブッスリといってしまいました。こういう展開って、過去にも……うっ、頭が……

さて、次回で決着がつくでしょうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十八話 一月十一日(その3)

満開した美森の浮遊砲台で一直線に神樹の元へと向かう風と美森。

 

「なによ、あれ!?」

 

だが、風が上空の異変に気付く。空が裂けたのだ。

天の神の侵攻により赤黒く染まっている空。その裂け目の深奥、更に闇深い場所から獅子座型(レオ)の自動追尾型火球と炎を纏った星屑の大群が襲ってきた。

 

「風先輩! 掴まっててください!」

 

八門の砲身をくねらせて火球と星屑を撃墜してゆく浮遊砲台。だが、出現する敵方の数の方が圧倒的に多かった。

それを認識すると、美森は浮遊砲台を反転させる。

 

「あそこへ砲台を突っ込ませます! 総員退艦!!」

 

浮遊砲台から飛び降りる風と美森。浮遊砲台は全速で空の裂け目へと突っ込むと自爆する。

眩い閃光が走り、空の裂け目が歪んで消える。だが、既にこちら側へと現界している星屑の数も圧倒的だ。

 

「東郷! 友奈の元へ急ぎなさい! ここはアタシが!!」

 

「分かりました!」

 

後を風に任せ、神樹の元へと跳躍していく美森。

風は愛用の大剣を構えると、星屑の群れに向かい吠えた。

 

「讃州中学勇者部部長、犬吠埼風! ここから先は、一匹たりとも通さないわよ!!」

 

 

 

 

「うぉおおーーりゃぁああーーーっ!!」

 

どこからともなく射出されてきているビームのような水流を、槍を回転させることで受け止める銀。

 

「させませんっ!!」

 

どこからともなく出現する無数の卵型爆弾を、やはり無数のワイヤーで撃墜する樹。

そして……

 

「おちろぉぉおおおおっ!!!」

 

巨大な鏡――内行花文鏡に特攻を掛ける夏凛。

 

バヂンッ!!

 

四振りの大太刀すべての斬撃が弾かれた。目に見えない、だが強力な力場が天の神の化身を守護していた。

 

「なっ!? バリア……? ――――――くっ、なめんなぁぁあああ!!」

 

一瞬怯んだものの、すぐに立て直し高速かつ無数の斬撃を力場に与え続ける。だが……

 

ゴォォオオウン、ゴォォオオウン!!

 

物理的な震動を伴う鐘の音が鳴り響くと、三人の動きが止まる。

 

「クソッ……! 牡牛座型(タウラス)の音波攻撃!!」

 

そして、急速に三人の周りに黒色ガスが立ち込める。

 

「マズいっ!」

 

電撃が走った。連鎖的に起こる爆発。

三人は、その爆発の嵐に翻弄されていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁあああああっ!!!」

 

園子の悲痛極まりない絶叫が上がる。

彼女がその両手で持つ槍。それが貴也の腹を貫いていた。

 

「ガハッ……」

 

『なんてことだっ! ホアカリの呪縛は未だ解けてないんだ!!』

 

槍が引き抜かれた。血が滝のようにあふれ出す。

腹部が燃え上がるように熱くなる。体から力が抜けていきそうだ。

 

『千景!! お前の力を全部、貴也の生命維持へ回せっ!! 早くっ!!!』

 

貴也の頭の中で若葉の叫びが響く。

九本の光の尾が瞬く間に消えたかと思うと、腹部が一瞬だけ光った。

恐らく、それで貴也の生命は繋がったのだろう。かろうじて、立ったままの姿勢を続けられた。

 

しかし、その顔を苦痛にも似た表情に引き攣らせた園子の攻撃は、先ほど迄のものよりも更に苛烈さを増してくる。恐らく、天の神が園子の心までを囚えることを諦めたからなのだろう。逆に体の支配権が強くなっているのだ。

 

「いやだっ! たぁくんと戦いたくないっ!!」

 

園子の悲痛な叫びが轟く。だが、その言葉とはうらはらに体は鋭い動きを見せ、高速の槍捌きからの刺突、斬撃が飛んでくる。

戦闘面で千景の補助を失った貴也は、生大刀で捌き凌ぐので精一杯だ。もはや、彼からの反撃は途絶えていた。

 

「たぁくん……、助けてっ!!」

 

ガキン!!

 

生大刀が弾き飛ばされる。

 

ピッ!

 

槍の穂先が頬を掠める。いや、かなり深く斬られた。

 

「助けて! たぁくん!!」

 

更に高速の二撃目!!

トンボを切って距離をとり、着地。そこに更に刺突、刺突、刺突!!

薄皮一枚を斬られながらも、躱しきる。

 

その時、自分でもバカなんじゃないかと疑うような考えが閃いた。

だが、考えを深めるよりも先に体が動く。

 

なんと、両手を広げて園子に向けて突っ走った。

 

「そのちゃん!!」

 

中段からの斬撃! だが、一瞬だけスピードを殺し、体を捻って躱す。首に赤い血の筋が薄く走った。

次の瞬間、貴也は園子を抱きしめていた。

ありったけの想いを込めて、ギュッと、強く抱きしめる。

そして、そのまま彼女の唇に自分の唇を押し付けた……

 

 

 

 

園子は、錯乱しかかっていた。

意識を取り戻したにもかかわらず、体が自分の意志に従って動こうとはしない。勝手に貴也へ、殺意剥き出しの攻撃を加え続けるのだから。

 

『嫌だ、嫌だ、嫌だ! 助けて! たぁくん、助けて!!』

 

頭の中がその想いだけで占められる。

 

だが、彼はあろうことか、攻撃の手段をすべてかなぐり捨てて突っ込んでくると、彼女を抱きしめた。

そして口づけをしてくる。

視界が彼の顔で、表情で一杯になる。唇の感触が熱い。頭の中が沸騰しそうだ。それでいて胸の中は幸福感で満たされる。

 

『どうして……どうして……!?』

 

ドサッ……。槍が手を離れ、地面に落ちる。

 

そして気付く。周辺視野の両端部、かろうじて捉えることができるその位置を、写真で知った顔、そして見知らぬ顔の少女たちの笑顔が流れていく。

自分によく似た、しかし凜々しい顔立ちの少女が控え目な笑顔を見せていた。

つり目気味の気の強そうな少女がニッと優しさを感じさせる笑みを浮かべていた。

おとなしそうな、だが芯の強そうな少女が先ほどの少女に目配せするようにしながら笑っていた。

そばかすが印象的な少女が明るいニパッとした笑顔を見せてくる。

悪戯っぽい笑顔を浮かべた少女が、右手の人差し指と中指を揃えてピッと略式敬礼をしてくる。

アンダーフレームの眼鏡の少女が、からかうような笑顔を向けてくる。

そして、彼の妹の面影を残した顔立ちの黒髪の少女が、反対側ではやはり黒髪の育ちの良さそうな少女が笑顔を向けてきた。

 

「貴也くんのこと、支えてあげてね」

 

「貴也さんを頼みましたよ」

 

声が聞こえた気がした……

途端、体の奥底から力が湧いてくる。

 

『思い出した! 思い出した、思い出した、思い出した!! どうして私は彼に助けてもらいたいって、そればっかり考えてたんだろう……? ――――――そうじゃないんだ! 私は! 彼が幸せになれる可能性が残っている、この世界を! 私が守るって、決意したんだ!! 彼の隣を! 胸を張って一緒に歩いて行きたいんだ!!』

 

【そう……弱さに囚われているばかりでなく、貴方の中の強さを思い出して……】

 

心の中が光に満たされたと感じた次の瞬間、天の神、ホアカリの呪縛は解けていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

神樹の元に辿り着いた。そう思った次の瞬間、美森は真っ暗な空間に佇んでいた。

 

「ここは……?」

 

そして気付く。足元遥か下にいる、輝く無数の白蛇に絡め取られた白い花嫁装束の友奈の姿を。

 

「友奈ちゃん!!」

 

「! とーごーさん……?」

 

美森の叫びに友奈も気付く。視線をこちらに向けてきた。

 

「帰ろう、友奈ちゃん! 迎えに来たのよ!」

 

「とーごーさん、どうして……?」

 

戸惑う友奈の元へと、美森はダイブする。

しかし、神樹のものであろう。輝く白い糸が美森の体を絡め取り、友奈へ近づかせようとしない。

 

「くっ! そうまでして、友奈ちゃんを渡さないつもりなのね……」

 

歯噛みする美森。どうにか抜け出そうと身をよじる。

 

「とーごーさん、もういいから! 私が、私さえ我慢すれば、世界は救われるの。私がこの命を捧げれば……」

 

悲しげな表情で美森を拒絶する友奈。

だが、その言葉が美森の心に火を付けた。

 

「友奈!! いかせない!! 私を一人にしないって言ったのは、あれは嘘だったの? 私の事、友達だって思うなら本当の事を言って! 聞かせてよ!! 私のかけがえのない本当の友達の、本当の気持ちを!!!」

 

驚きの表情で美森を見返す友奈。その言葉は、頑なな友奈の心を溶かしていく。

 

「私はイヤよ! 私の大切な友達を失うのは……、たとえ世界と引き替えにしたって!!」

 

美森の涙混じりの叫びが続く。それは、神樹の中の異空間に木霊した。

 

「怖いよ…………、怖いよ! とーごーさん!! イヤだよ! 私も、みんなと別れるのは嫌だよ……!」

 

とうとう友奈が弱音を吐いた。それはどんどんと溢れ、本当の気持ちが顕わになっていく。

 

「私たち、頑張ったんだよ……。なのに、どうしてこんな……。嫌だよ! 助けて!! とーごーさん!!!」

 

「友奈ちゃん、手を伸ばして!!」

 

「とーごーさん!!」

 

目一杯伸ばされた二人の手が徐々に近づく。そして……

 

 

 

 

【そう……強さに囚われているばかりでなく、貴方の中の弱さを認めてあげて……】

 

どこかで優しげな光が(またた)いていた。

 

 

 

 

目一杯伸ばされた美森と友奈の手。その手が届いた瞬間、二人を絡め取っていた白蛇も糸も霧散するように消えていった。

 

「とーごーさん、ごめんなさい。私……私……」

 

「いいのよ、友奈ちゃん……」

 

抱きしめ合う二人。友奈は泣きじゃくりながら、まるで許しを請うかのように訴える。

 

「でも、でも! このままじゃ、世界が終わっちゃう!」」

 

「友奈ちゃんのせいじゃない。これで世界が終わるのだとしても、それは……」

 

そこまで言いかけた時、二人のそばに牛鬼が現れた。牛鬼から伸びる幾本もの光の糸が二人を包んでいく。

 

「牛鬼? なにを……!」

 

「大丈夫だよ、とーごーさん。あったかいものを感じる……。きっと、これはいいものなんだよ」

 

激高しかかる美森を制する友奈。

二人は牛鬼が形作る光の(つぼみ)の中へと取り込まれていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

抱きしめていた園子の体から力が抜けるのを感じて、貴也は体を離した。

 

「そのちゃん……?」

 

「たぁくん……、もう大丈夫だよ。助けてくれて、ありがとね。――――――それと、大丈夫? 私の槍が刺さったところ……」

 

「ああ、痛みもあるし、まだ出血は止まってないけど、大事には至っていない。心配しなくて大丈夫だ」

 

「良かった……。その勇者の力様々だね」

 

貴也の安心させるような物言いに、優しい笑みを浮かべて立ち上がる園子。だが、自分の姿を矯めつ眇めつ眺めて目を丸くする。

 

「あれ? 天の神の呪縛は解けたのに、勇者装束は解けてないね。青薔薇の勇者装束のまんまだよ……?」

 

「それはきっと、アマテラスの力なんじゃないかな? 人類と敵対しているホアカリの力じゃなくて、人類に豊穣をもたらす本来の太陽神としてのアマテラスの力なんじゃ……?」

 

「う~ん……? この際、どっちでもいいや。――――――あ、ゆーゆとおんなじような烙印が付いてる!」

 

勇者装束をはだけて、右胸の烙印を見せてくる園子。友奈の烙印の初期状態と同様、太陽に酷似した意匠だ。

 

その一方で、園子は貴也の左胸に太陽の烙印が鈍く光り出すのを幻視していた。

 

『ゆーゆが見ていたのはこれだったのか……。そりゃ、心を抉られるよね』

 

そして貴也は、そんな園子から慌てて目を逸らしていた。

 

「ちょいちょい、そのちゃん! 隠して、隠して!」

 

「たぁくんになら見られてもいいもん。――――――で、私はあのででーんとでっかい鏡を割りに行けばいいのかな……?」

 

貴也のその態度の手前もあり、たたりを伝染させないためにも急いで勇者装束を整えながら尋ねる。

そこで貴也は、スクナビコナや咲夜から聞いた情報を整理して答えた。

 

「多分、そうだろ。聞いた話を総合すると、今、国土さんが楠さんたちと協力して鎮魂(たましずめ)の儀と順花(はなまつろい)の儀を行っている筈なんだ。この儀式によって、男神ホアカリを女神アマテラスとして人類の創り出した神話にまつろわせるんだ。鍵となるのは二人の巫女王。それを、そのちゃんと友奈が代行するっていう作戦なんだ」

 

「あー、天岩戸神話と大陸の歴史書の融合だね。じゃあ、生まれ順から言っても、勇者になった順から言っても、私が大日孁(おおひるめ)、ゆーゆが稚日女(わかひるめ)役なんだ」

 

「よく、そんなことまで分かるな……」

 

「えへへ……、乃木園子様は伊達じゃないんだぜ~」

 

悪戯っぽくも自慢げにそう笑顔を見せる園子。

そんな彼女の笑顔に見惚れかけたが、若葉からの頼まれ事を思い出す。

 

「あ、そうだ。――――――これ、若葉がそのちゃんと友奈に渡せってさ……」

 

そう言って貴也は、生大刀と天ノ逆手を園子に手渡す。

 

「これ……? たぁくん、ご先祖様に会ったんだね。でも、ゆーゆの手甲は分かるけど、私に大刀(たち)なんて……。でも、ま、いっか。ご先祖様の言うことだし」

 

『納得するの、早っ……!?』

 

一瞬戸惑いを見せた園子だが、あっという間に納得の表情を見せて手甲は懐に仕舞い、大刀は腰に佩く。逆に貴也の方があっけにとられた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「キャァアアー!」

 

天の神を食い止めるための戦闘が続く。が、ついに樹の満開が解け、落下していく。しかし、それを銀が受け止めた。

 

「よっと……。大丈夫か、樹?」

 

「うん。銀先輩、空を飛べたんですね……?」

 

「本当だ。疑問にも思わずに戦ってたよ。あたしも意外に冷静さを欠いてたんだな……。って、こりゃなんだ?」

 

よく見ると、手足はキラキラと鱗状の光を放っており、腰からはこれまた二本の光の尾が生えていた。

 

「満開みたいなものでしょうか……?」

 

「まあ、どうでもいいや。行くぞ、樹!」

 

「はい!」

 

二人はいまだ天の神に立ち向かっている夏凛を援護すべく、彼女の元へと急いだ。

 

 

 

 

神樹のすぐそばに現れる光の(つぼみ)。それはまばゆい光を放つと大輪の花を咲かせる。

その花弁の上に立つは二人の勇者。

結城友奈と東郷美森だった。

 

 

 

 

二人を視認する園子と貴也。

 

「わっしーとゆーゆ、あんな所に現れたね。すぐに合流しないと……。たぁくんは、怪我が酷いからここで待っててね。決着をつけてくるから」

 

「ああ……。気を付けてな……」

 

その言葉に笑顔を見せると、友奈の元へと馳せ参じようとする園子。だが、跳び立つ直前、もう一度貴也に顔を向けてくる。

 

「あ、あのさ……。さっきの……私のファーストキスなんだ。一生の思い出にするから…………。じゃっ、またあとで!」

 

顔を真っ赤にしてそう声を掛けると、本当に友奈たちの元へと跳躍していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆーゆ! わっしー!」

 

「園ちゃん!」

 

「そのっち!」

 

巨大な光の花弁の上で友奈、美森と合流する園子。すぐに天ノ逆手を取り出し、友奈に手渡す。

 

「はい、ゆーゆ。これを着けてね」

 

「これ? なにか作戦があるの、園ちゃん?」

 

「う~んとね~……」

 

自分は感覚的に分かってはいるが、それをちゃんと説明しても友奈にはちんぷんかんぷんだろうと推測する。だから、当たらずとも遠からずの精神で、超意訳をしつつ端折って説明する事にした。

 

「なんていうか……、今の天の神は他所(よそ)の国の神様たちに、言わば催眠術にでも掛けられているような状態なんよ。だからね、ゆーゆにぶっ飛ばしてもらって、目を覚まさせるしかないんよ。でね、ちゃんと順序を踏んでぶっ飛ばさないと、目を覚ましてもらえないから……」

 

「えーっ!? そーなんだ! なんとなく分かった!」

 

「それ、本当なの? そのっち……」

 

「うん、大筋はね。で、私が攻撃を掛けたらスイッチするから、いつもどおりゆーゆは全力全開の勇者パンチを叩き込んでくれたらいいんよ」

 

「分かった、園ちゃん。全力全開で行くよ!」

 

その時、三人の周りを無数の色とりどりの光の珠が取り巻く。そして、一つずつ友奈と園子の体に溶け込んでゆく。

 

「なんなの、これ? 大丈夫なの? 友奈ちゃん、そのっち……」

 

慌てたように心配げな言葉を掛ける美森。だが、二人は笑顔のままだ。

 

「これ、昔の勇者さんや巫女さんだ」

 

「それだけじゃないみたい。神様もいるみたいなんよ」

 

光の珠はどんどんと二人の体に取り込まれていく。一つ取り込まれる毎に、二人の心に淡くぼんやりとだがそれぞれの想いが流れ込んでくる。

 

「みんな、想いは同じなんだね」

 

「そうだよ。みんな、生きていたいんだ。大好きな仲間と一緒にいたいんだ!」

 

園子の感慨に、友奈が元気よく応える。

 

 

 

 

そして、二人の体を七色の光が包み込んでゆく。眩い光が最高潮に達した刹那、一瞬にして光は消える。

そこに立っているのは、二人の巫女王。

満開状態の時よりもさらに神秘的な、さらに煌びやかな装束。友奈の装束は淡い桜色を、園子の装束は淡い青紫を基調に。

二人の髪は地に届くほど長く、艶やかに。

二人の頭部後方にはそれぞれを表す光の花弁が輝く。友奈は桜、園子は薔薇。

そして二人の瞳は、その片方を()()に輝かせていた。二人共に()()を。

 

「行くよ、ゆーゆ!」

 

「うん。行こう、園ちゃん!」

 

二人は上空に迫る超巨大内行花文鏡をキッと見上げた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

園子と友奈に色とりどりの光の珠が取り込まれていっていた頃、上空では未だ三人の勇者が天の神の侵攻を食い止めるべく戦っていた。

満開状態の夏凛が大太刀の斬撃を、満開の解けた樹がそれでも数を減らしたワイヤーを、そして球子と杏の力の後押しを受けた銀が槍の斬撃を放つ。

だが、天の神の化身である超巨大内行花文鏡、それを守る力場を抜くことすら出来ずにいた。

 

「クッ、力が……」

 

ついに夏凛の満開も解け、落下を始めた。

 

「夏凛!」

 

「夏凛さん!」

 

左腕で樹を抱えたままの銀は、右手の槍を消して夏凛を受け止める。

だが、そこを狙い澄ましたように鏡面から収束された熱線が発射された。

 

「クソッ! ()けられない!!」

 

「させるかぁぁああああ!!!」

 

満開した風が飛び込んで来るなり、超巨大化させた大剣の腹でビームを受け止める。

 

「この子たちはアタシが守る!! 天の神ごときがアタシの大事なものに手を出すなぁぁあああ!!」

 

強引に大剣を振り抜く。反射した熱線は鏡へ向かうが、やはり力場の前に霧散した。

そして、反動を受けた風は銀たちを巻き込んで地上へと落下していった。

 

 

 

 

「風先輩! 夏凛ちゃん!」

 

「ミノさん! いっつん!」

 

四人が落下したことに悲鳴をあげる友奈と園子。

だが、四人が無事着地したことを確認すると顔を見合わせ、互いに頷いた。

もはや猶予は無い。一瞬でも早く、天の神を対処しないと……

 

二人は美森とも視線を交わす。美森も無言で頷いた。

 

「まずは私から行くね」

 

一瞬、身を屈ませると園子は天の神へ向けて跳んだ。いや、それは跳ぶと言うよりも飛ぶという行為の方が近い。

鏡面からは再び、今度は面制圧型の熱線が発射される。

だが、それは園子の前面に展開されたバリアによって阻まれる。

 

「いっくよ~!」

 

巫女王状態の園子が突き進むその真下に、光で構成された大輪の花が咲いた。

青薔薇が、その下に菊が、彼岸花が、姫百合が、紫羅欄花(アラセイトウ)が、金糸梅が、衝羽根朝顔(ペチュニア)が、そして最後に桔梗が!

それら光の花弁が高速で回転を始め、園子を押し上げ加速させる。

 

「はぁぁあああっ、いっけーーーっ!!!」

 

生大刀による刹那の四連撃。浮遊する超巨大内行花文鏡、それを守護する力場を八方向に切り裂いた。

その斬撃は力場を抜き、鏡に(うっす)らとではあるが傷を付けていた。

 

 

 

 

その衝撃と光は離れた位置にいた芽吹達にもはっきりと届いていた。

 

「すげえな……。信じられないぜ……」

 

「勇者たちが戦ってる。三好さんもいるの……?」

 

「園子様と友奈様も……?」

 

「貴也様も勇者様たちも間に合ったんですね」

 

「鵜養くんは、あちらに掛かり切りだったんですのね」

 

「助かったぁああ……。私、これで安心して良いんだよね……?」

 

防人たちが見守っているその後ろには神事を終えた亜耶と怜も。

一方、樹海化から彼女たちを守る結界を張る三人の巫女の祝詞は続いていた。

 

 

 

 

「ゆーゆ、後はお願い!!」

 

脇に跳び退きながら、遙か下方にいる友奈にそう声を掛けた。

 

「分かった、園ちゃん!!」

 

今度は友奈が跳ぶ。飛ぶ!!

鏡面からは三度(みたび)、今度は収束された熱線が発射される。

だが、これも友奈の前面に展開されたバリアが阻む。

 

「神様、お願いっ!! みんなの想いに気付いてっ!! 目を覚ましてっっ!!!」

 

友奈の無垢で純粋な心の叫びが轟く。

 

「友奈ちゃん……」

 

「友奈、アンタが締めなさい」

 

「友奈さん、勇者部五箇条です!」

 

「友奈、為せば大抵なんとかなる、よ!」

 

「そう! それとやっぱり、勇者は気合いと根性と、魂だ!!」

 

今度は、巫女王状態の友奈が突き進むその真下に、やはり光で構成された大輪の花が咲いた。

山桜が、その下に朝顔が、オキザリスが、鳴子百合が、サツキが、蓮が、そして最後に牡丹が!

それら光の花弁が高速で回転を始める。

そして最下層の牡丹のその下、そこに炎の三つ巴紋が出現し、やはり高速で回転を始め、友奈を押し上げ加速させる。

 

「うぉぉおおおお!! 勇者ぁぁあああ、パァァアアアンチッ!!!」

 

一瞬、右手の天ノ逆手が桜色の(まばゆ)い光を放つ。

そして友奈の放つ全力全開の勇者パンチが力場を突き破り、鏡を捉える。

 

パリンッ!!!

 

何かを砕いたような乾いた鋭い音があたり一面に鳴り響く。

そして浮遊する超巨大内行花文鏡、その表面に無数の(ひび)が入ったと思いきや、木っ端微塵に砕け散った。

 

 

 

 

キラキラと破片が舞い散る。

それだけではなく無数の、色とりどりの、何種類もの花弁が空を覆い尽くすかのように舞い散った……

 

 




最終決戦編その3でした。

オッドアイの状態からお分かりのように、原作勇者の章の大満開と本作の巫女王は異なるものと思ってください。
そもそもの前提条件が異なる上に、友奈と園子で力を分け合っていますから。

他は……いろいろありますが、もう感じ取ってください、ということで。

次回は、この戦いの締めの部分です。
本作もそろそろ終わりですね。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十九話 おかえり!

猛烈な花吹雪が舞い、その中をキラキラと天の神の化身であった鏡の破片が舞う中、園子と友奈は未だ巫女王の姿のまま宙に浮いていた。

 

「終わったね、ゆーゆ」

 

「そうなのかな……、実感が湧かないけどね」

 

園子の万感の思いを込めた物言いに、クスリと笑う友奈。

 

やがて花吹雪が収まると、そこには神樹の結界の壁が無くなった海と本州の大地までが見通せる風景が広がっていた。近くは讃州市の田園風景と都市と山のコントラスト。空は白い雲がわずかに浮かぶ快晴に近い青空。

 

「「わあー、すごい……!!」」

 

その見事な風景に感嘆の声を上げる二人。

 

そして、彼方に輝く強い光を放つ太陽。

すると、画像が急速に巻き戻されるように太陽が東の水平線へと沈んでいく。

だが、その沈む太陽の背後から、もう一つの太陽が姿を現す。その光は、とても優しげだ。

 

「呪縛が解かれたんだね……。天の神が女神の神話にまつろわされた。あるいは、女神様が岩戸ならぬ男神の後ろから顔を出してくれたのか……」

 

「?」

 

園子の呟きを理解できずに不思議そうな表情で見つめてくる友奈。

園子はたまらず、ぷっと吹き出す。

 

「あはっ……あはははは……」

 

「ふふっ……ははっ……あはははは……!」

 

友奈もつられて笑い出した。

 

 

 

 

やがて二人の笑いが収まると、そんな彼女たちの前に烏天狗と牛鬼がその姿を現す。

 

「セバスチャン……?」

 

「牛鬼……?」

 

無表情に浮かぶ精霊たち。その意図が分からず、二人の少女はそれぞれを受け持つ精霊の名を不思議そうに呟く。

すると、牛鬼だけがつぶらな瞳で友奈を見てくる。だが、そこに感情は読み取れない。

一方の烏天狗は何も反応せず宙に浮かぶだけだ。

ふと、牛鬼が視線を外す。何かを待つかのように、じっとどこかを見ている。

 

「二人とも、大丈夫か!?」

 

その方角から、光の羽を背中から生やした貴也が飛んで来た。

 

「たぁくん!? たぁくんこそ、大丈夫なの……?」

 

「貴也さん、お腹から下が血まみれだし、傷だらけだよ……!?」

 

「ああ、若葉と千景が力を貸してくれている。大丈夫みたいだ。――――――ん? 牛鬼……?」

 

心配する二人とのやり取りの後、牛鬼の視線が自分に向いていることに気付く貴也。

だが、牛鬼は貴也が自分に気付いたのを確認すると、もう一度友奈に向き直る。

 

三人ともはっきりとそれを見た。

空中に浮かぶ牛鬼に重なるように、友奈に似た面立ちの少女の笑顔が一瞬、現れたのを。

そして、牛鬼と烏天狗は光の粒となり消えていった。

 

「今までありがとうね、セバスチャン……」

 

「牛鬼……ありがと、さよなら……」

 

精霊たちに感謝と別れを告げる園子と友奈。

途端、二人の巫女王状態が解除され、園子は青薔薇の旧勇者装束へ、友奈は山桜の現勇者装束へと戻る。そして、二人とも落下を始める。

 

「「きゃーっ!!」」

 

「おっと……!」

 

二人とも悲鳴をあげたが、空中を飛べる貴也が受け止める。右腕で園子を、左腕で友奈を。

 

「あれ? この体勢って……?」

 

「前にも一度あったよね……?」

 

「初めてみんなで一緒に戦った時だね。あのでっかい御魂をバシンとやっつけた時!」

 

貴也と園子の疑問顔に、友奈が弾けるような笑顔で元気よく答えた。それを受けて三人、笑顔で見つめ合う。

 

「そうだったな……。それはともかく、おかえり! そのちゃん……、友奈……」

 

「ただいま、たぁくん……」

 

「ただいま、貴也さん……」

 

 

 

 

一方その頃、他の勇者たちも精霊との別れの時を迎えていた。

風の前には犬神が、樹の前には木霊が、夏凛の前には義輝が、美森の前には青坊主が。

それぞれ光の粒となって、彼女たちの前から消えていった。

 

そして、銀。

彼女の前には、橙色の蛇と白猫がいた。一瞬、二人の少女の笑顔が重なると、二匹は光の粒となって消えていく。

 

「ありがとな……。おかげで、みんなの役に立てたよ」

 

制服姿に戻った銀は、笑顔でそう別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

一瞬、意識が飛んだ。そう思った次の瞬間、貴也は讃州中学の校舎屋上に立っていた。

目の前には七人の少女がまるで花弁を描くように頭を中心に向けて円形に倒れていた。

他五人が讃州中学の制服を着ている中、園子は初詣の際の私服を、友奈は白い花嫁装束をその身に纏っている。

そして彼女たちの傍らには、電源の切れた変身用端末が転がっていた。

 

「みんな、大丈夫か……?」

 

貴也が声を掛けると、皆呻き声を上げつつも次々と起き出す。

 

「あれ? 校舎の屋上だ~」

 

「本当だ。あれ? 貴也さんもいる……?」

 

「お姉ちゃん……、お姉ちゃん!」

 

「おー、よしよし。頑張ったわね、樹……」

 

「友奈、友奈は大丈夫!?」

 

「友奈ちゃん、無事だったのね……!」

 

「う……、ゴメンね、みんな……。ごめんなさい、とーごーさん……」

 

泣きながら皆に謝りだす友奈。だが、皆はむしろ謝るのは自分たちの方だと言う。

 

「謝らなくていいのよ、友奈ちゃん。私たちも言い過ぎたんだし……」

 

「そうよ、友奈。謝るのは、むしろ私たちの方だわ。ゴメンね、力になれなくて……」

 

「友奈さん、泣かないでください。私も何も出来なかったから……」

 

「みんな……あぁぁあああ、うぁぁあああ!」

 

だが、その声掛けは逆効果だったようだ。友奈はとうとう声を上げて泣き出した。

しかし、その雰囲気を変えるように空気を読まない発言が……

 

「あれ? ゆーゆ! 烙印が消えてるよ!!」

 

少し身をよじったせいで、少しはだけてしまった友奈の左の胸元を見て園子が声を張り上げる。

 

「本当! 消えてる!!」

 

「よかった……友奈ちゃん、本当によかった……」

 

夏凛も美森も安堵の声を上げ友奈を抱き締める。

二人にそうしてもらったからだろう。泣きじゃくっていた友奈もしゃくり上げながらもやや落ち着きを見せていった。

一方、園子は自分の服をはだけて左胸を確認する。

 

「お~、私の烙印も消えてる!」

 

「園子!? お前もたたりに遭ってたのか!?」

 

「園子さんも……?」

 

「えへへ……そうなんよ~。呪縛が解けてからの少しの時間だけだったけどね~」

 

銀と樹の問いかけに、笑いながらそう答える園子。

 

 

 

 

貴也と風の三年生組は、そうやって互いをいたわり合う一、二年生組を温かな目で見守っていた。

ふと、未だ勇者装束のままだった貴也の体が光に包まれる。すると、私服に戻った貴也の右隣に勇者装束の若葉が現れ無言で彼方を指差す。

貴也が視線をそちらに向けるとアバター美森が宙に浮いている。彼女? は貴也の視線を認めるやアルカイック・スマイルを浮かべると光の粒となって消えていった。

 

「スクナビコナ様も帰っていったな。私もそろそろ帰らないといけない」

 

「まだ、ここにいても良いんじゃないか? みんなも若葉と話したいだろうし……」

 

「それは無理だろうな。そもそも私も神となった身だ。あまりホイホイと現世(うつしよ)に現れ続けるのも威厳というものがないだろう……? 神様は神様らしくあらねばな」

 

スクナビコナに倣い早々に帰ろうとする若葉を止めようとしたが、苦笑と共にそのような答えを返された。

 

『本当はもっと話していたいんだけどな……』

 

西暦時代に話せなかったこと、これまでにあったこと、いろいろと話したいことはあるのだが、それはどうやら叶わないようだ。

 

「分かったよ。でも、一つだけ聞いておきたい事があるんだ……」

 

「なんだ、貴也?」

 

「園子たち勇者が選ばれる基準は『無垢な少女』というものだそうだけど、僕が君たちに選ばれた基準はなんなんだろうって思ってさ」

 

「? 私たちはお前を『勇者』に選んだつもりなど、それこそ全く無いぞ」

 

貴也がずっと若葉たちに聞きたかった疑問を口にすると、彼女は意外な答えを返してくる。

 

「え?」

 

「私たちは『勇者』ではなく、私たちそのものを救ってくれる人物を探していたんだ。――――――そして、その指輪は元々乃木園子に触れられることによって呪具として目覚めた。しかし、当時彼女は五歳。とても選ぶ事など出来なかった。だから保留にしていたんだが、次に触れられた際には既に彼女は神樹様の勇者になっていたんだ。だから、私たちは彼女の選択に任せたんだ。その指輪を誰に渡すのかを」

 

「神樹様の言っていた『乃木園子に偶然選ばれ』って、このことだったのか……」

 

「そして、私たちはお前を見定めた。本当に過去の私たちを救ってくれる人物なのかを、な」

 

「それで最初の頃、あの狐――千景が付いていたり、乃木神社に呼び寄せて試されたりした訳か……」

 

「いろいろと済まなかったな。だが、本当に感謝している。私たちを救ってくれて、ありがとう。お前が私たちを守ってくれる人物だと信じて良かったよ。まさに『勇者の守り手』だ」

 

そう言って笑顔を見せる若葉だが、貴也はげんなりとした苦笑を返すばかりだ。

 

「その呼ばれ方、いつまでも付いて回るんだな……。はぁ…………」

 

 

 

 

「あの人。西暦の勇者の乃木若葉さんですよね。どうして、声が聞こえないんでしょう?」

 

「あ~、たぁくんに聞いたよ。ご先祖様は神様になっているからね。巫女以外と意思疎通するにはアバターが必要なんだって。でも、アバターって相手の記憶を概念的記録としてアクセスして構築するそうだからね。きっと私たちは写真しか見たことがないから、声が聞こえないんよ」

 

若葉が貴也の隣に現れるや、ちらちらと遠慮がちな視線を向ける勇者部一同。

樹の疑問には、園子が貴也から聞いた話をベースに推測を交えた、だが実に的確な回答を返す。

 

「不便なもんねー」

 

「でも、姿を見れるだけでも凄いじゃん。あたし、後で握手してもらおーっと」

 

「いいわねえ。アタシも一口乗った!」

 

嘆息する夏凛だが、銀はめげずに別の方法で若葉と繋がりを持とうとする。風もそれに乗っかった格好だ。

そんな二人には美森が釘を刺してくる。

 

「既に神様となっている人なんだから、あんまりご迷惑は掛けないようにしないと……」

 

「私、高嶋友奈さんの事を聞きたかったなー」

 

そんなやり取りを聞きつつ友奈が嘆く。やはり同じ名前、同じ様な容姿を持つ者に興味があったのだ。

 

 

 

 

「とにかく、これで人類の危機は去ったという事でいいのかな?」

 

「いや、()つ国の神々がいるからな。油断は出来ないぞ。――――――とは言え、少なくとも三百年前の『報い』は果たせた。最後は子孫達が締めたとはいえ、お前の果たした役割は大きい。ありがとう。心から感謝する」

 

そう言って頭を下げる若葉。そんな彼女の態度に貴也は慌てる。

 

「頭なんか下げないでくれよ。僕の果たした役割なんて小さなものだ。本職の勇者である若葉たちや園子たちの頑張りがあったからこそだよ。――――――僕が言える立場でもないだろうけど、誰かが言わなきゃならないからな。一般の人達を代表して感謝を言わせてくれ。ありがとう、若葉」

 

そう言って貴也は若葉に頭を下げると、今度は風たちの方に向き直り頭を下げる。

 

「ありがとう、勇者のみんな!!」

 

 

 

 

「え、え、え? なに? どういった流れ?」

 

「どうして私たちが貴也さんに頭を下げられてるんでしょう?」

 

「さあ~?」

 

貴也の突然の態度に、軽くパニくる勇者部一同。

一方、若葉は貴也の肩を叩く。

 

「それじゃ、お別れだ。よほどの事がない限り、こうやって会う事ももう無いだろう。元気でな……」

 

「寂しくなるな……」

 

「ふっ……。代わりに千景がお前の怪我が完治するまで、お前の中に残るそうだ。暫くは寂しくないぞ」

 

「そうか、千景が……」

 

まだじくじくと痛む自らの腹を押さえ、貴也は自分を慕ってくれていた彼女に想いを馳せた。

 

「それじゃ、な。私の子孫のことを頼んだぞ」

 

「若葉……さよなら」

 

最後に園子の事を頼まれた。光の粒となって消えゆく若葉に別れを告げる貴也。

そして、それを見た勇者部一同の方から銀の悲鳴が上がった。

 

「ああーっ! 握手してもらおうと思ってたのにー!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行ってきます。帰りは明日の夕方になるから」

 

「貴也のことだから大丈夫だと思うけど、羽目は外さないようにね。ちゃんと清いお付き合いをするのよ」

 

「分かってるよ。今までだって大丈夫だったろ?」

 

口では心配げにきちんとした行動を、と言ってくる母千草ではあるが、実のところあまり説得力は無い。なぜなら、その表情は意味ありげにニヤニヤとしているからだ。

隣では妹の千歳も母とそっくりの表情をしている。

 

「行ってらっしゃい、お兄ちゃん。そにょちゃんに、よろしくね」

 

『そりゃまあ、園子の家に泊まることにはなってるけどさ。十一月にも一度泊まってるし、そもそも銀だって一緒なんだから、関係が突き抜けることなんてあるはずないだろ』

 

そう思いながら、腹に手を当てる。

 

『おまけに千景だって、まだ僕の身体の中にとどまってるんだから……』

 

とにもかくにも、家を出て駅へと向かう。

 

 

 

 

「おう、時間どおりだな!」

 

「まだ電車の発車まで時間があるから、なにか買っていくか?」

 

大橋駅に着くと迎えたのは酒井拓哉と伊予島潤矢の二人だ。今日は二人も一緒に讃州市へと行く予定なのだ。

 

「しかし、讃州市までって結構掛かるよな。電車で小一時間かー」

 

「ここから三十キロ以上あるからな。しょうがない。だけど、友達と一緒とはいえ、よくそんな所で両親と離れて暮らそうなんて思ったもんだよな。乃木さんって、意外に独立心旺盛だったんだな」

 

「まあ、いろいろと事情があるんだよ」

 

「そんなことより、タカちゃん。早く切符を買っておかないと、いざという時、乗り遅れるぜ」

 

「ああ、今買ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

三月も下旬を迎えた。

今日は勇者部主催の三年生卒業記念パーティーだ。会場は園子と銀の家。

もちろん主役は風なのだが、勇者仲間として貴也も呼ばれたのだ。そして、今まで男一人で肩身の狭い想いをしてきたと見受けられる彼を気遣い、貴也の親友二人もお呼ばれにあずかったのだ。

 

カタンカタン、カタンカタン、……

 

単調な、レールを刻む走行音が響く。

拓哉と潤矢が駄弁っている中、貴也は窓枠に頬杖を突きながら車窓を見やり、ぼんやりと考え事をする。

 

 

 

 

この二ヶ月、世間は慌ただしかった。

なにせ、いきなり四国を守る結界が消えたのだ。一般市民からマスコミから政治家まで、上を下への大騒ぎとなったのだ。

大赦は真実を発表せざるを得なかった。

中心となったのは乃木、上里のツートップと伊予島、土居、鵜養の御三家。近年、実質的に大赦を牛耳っていた過激派と呼ばれるグループは壊滅状態だったため、この旧来からの表看板が実質的にも大赦内外の状況を回さざるを得なかったのだ。

あの神樹への眷属化に伴い失われた人材は、大赦及びその関連組織で数千人。一般人を含めると一万人を超え、そのすべてが行方不明扱いとなっていた。

 

大赦によって明かされた真実はあまりにも膨大。神樹、天の神、バーテックス、勇者、…………。

結局、一般市民やマスコミからの糾弾を受け、大赦は組織改革をせざるを得なかった。

尻拭いとも言える残務処理を行った後、四月からは名を大社へと戻した上で、人事を一新する予定となっているのだ。

このため、上里咲夜、乃木紘和、鵜養俊之といった面々は引退乃至は閑職への異動となり、新たなトップには園子の又従兄弟にあたる三十代半ばの人物が座ることになっていた。

ただ、そのバックには乃木園子や三好春信といった面々が助力する手筈になっていたのであるが。

 

一方、解放された本州や九州などの調査は遅々として進んでいなかった。

そもそも、圧倒的に人手が足りないからだった。

とは言え、僅かな調査結果から判明した事もある。

どうやら外の世界は三百年間、時が止まったまま封じられてきた様だった。いわば、神樹による樹海化の際、世界が樹海に上書きされると共に普段の世界が時が止まったまま守られるように。あの太陽表面にも似た地獄のような世界は、外の世界を封じたまま上書きした天の神ホアカリによる結界だったようなのだ。

そのため、調査できた範囲はバーテックスによる破壊から数年の時を刻んだままで放置された状態だったのだ。

だから、ごく一部の施設には修復さえ出来れば直ちに使えるようなものさえあったほどだ。

 

そして神樹である。

神樹は健在だった。

結界を張る負担が除かれ、アマテラスからの豊穣の光を受けられるようになったため、まだ弱ったままではあるが人類に対し、その恵みを与え続けられるようになっていたのだ。

だが、神託があった。今後、数十年を掛けて徐々に恵みを減らし、人類の自立を促すというのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

園子と銀のマンションに着く。オートロックなので一階玄関口に設置されたインターホンで到着を告げる。

すぐに部屋に通してもらう。コンシェルジュのお姉さんに頭を下げられたのが琴線に触れたのか、拓哉がエレベータで上がっている最中、興奮してそのことを話していた。

 

 

 

 

「初めまして、伊予島潤矢です。いつもタカちゃん……鵜養の奴がお世話になっているそうだね」

 

「よっす! 初めまして。酒井拓哉だ。気軽に『タクヤ』でも『タッくん』とでも呼んでくれ。よろしくな!」

 

二人のどこか気安い挨拶に、勇者部の面々も緊張が解けたようだ。

 

「初めまして、よろしく」

 

口々に挨拶していく勇者部の面々。友奈はフレンドリーに、美森は生真面目に、夏凛はややぶっきらぼうに、風は堂々と。一人、樹だけはどもり気味の挨拶をした後、風の後ろに隠れるようにしていた。

 

「おいおい、犬吠埼の妹さんが怯えてるぞ。どうみても、お前のそのキツい目つきのせいだよな」

 

「ちょっと待て。俺のせいにするなよ。犬吠埼妹は、お前の変態紳士然としたオーラに怯えているに決まってる!」

 

「いやいや、樹はちょっと人見知り気味なだけだぞ。そんなことで責任のなすり合いをしないの!」

 

「そうそう、ミノさんの言うとおりなんよ~。みんな仲良くね~。ということで、お久しぶりです。イヨジン先輩、タッくん先輩」

 

軽くじゃれ合い気味に責任転嫁を仕合う潤矢と拓哉の二人を、笑顔を浮かべながら(たしな)める銀。園子だけでなく、銀も二人と顔見知りなのだ。

 

「ちょっと樹、しっかりしなさいよ。部長でしょ……?」

 

「あはは……、やっぱりまだ年上の男の人は苦手かな……?」

 

一方で風は樹の尻を叩くような発言をする。樹は苦笑いだ。

 

「しっかし、タカちゃんも大したもんだよな。美人どころでいっぱいで、両手に花どころじゃないな。ハーレムってのはこういうことを言うのか……」

 

「なんで、そんな話になるんだよ……」

 

「ちょっと……、聞き捨てならないわね。別に私は鵜養のこと、そんな風には見てないわよ」

 

「そうね。鵜養にご執心なのは乃木だけね。あっと、他に心当たりのある人は手を上げて!」

 

話の方向を変え、貴也をからかう拓哉。だが、夏凛は真っ向から否定し、風は別方向からからかう。だが、手を上げたのは園子一人だけだった。

 

「良かった~。勇者部のみんなとは誰とも競いたくなかったからね~。ということで、たぁくんはこの乃木園子様のものだぜー!!」

 

その事実に安堵したような一言を漏らすと、園子は満面の笑みで貴也に抱きつく。

 

「「「ひゅー! ひゅー!」」」

 

そんな二人を、風、拓哉、潤矢の三人は囃し立てるのだった。

 

 

 

 

「それでは、お姉ちゃんの讃州高校合格と、お姉ちゃん、貴也さん、拓哉さん、潤矢さんの中学卒業を祝して乾杯をしたいと思います。ご唱和をお願いします。――――――それでは、かんぱーい!」

 

「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」

 

樹の音頭の元、九人の乾杯の発声が続く。

食事は主賓の風を除き、美森、銀、園子の先代組三人が主力となって用意していた。もちろん友奈、夏凛、樹も手伝ってはいるのだが、前記三人の腕には叶わず手伝いレベルで終わったのだった。

特に園子はその天才性を遺憾なく発揮し、いつの間にか美森や銀に肉薄する腕前を手に入れていたのだった。

 

皆、美味しい料理に舌鼓を打ち、とりとめのないおしゃべりに興じていた。

 

「それにしても風は、よく讃州高校に合格できたわよね。ここらじゃ一番の難関なのに」

 

「最後の追い込み、凄かったですもんね」

 

「ふっふーん。それほどでもあるわよ。――――――まあ、乃木の教え方が良かったのが大きいけどね」

 

夏凛と友奈の賞賛に、ふんぞり返る風。そんな姉を見やりながら、いつの間にか男性組二人にも慣れてきた樹が話を振る。

 

「でも、お姉ちゃんの頑張りも凄かったけど、貴也さん達は神樹館高校へ進むんですよね。凄いなあ」

 

「そうね。香川じゃ最難関高の一つですものね」

 

「いや、ボク達は小学校からのエスカレータだからね。中学、高校からの外部生のような受験勉強は未経験だからなあ」

 

「そうそう。俺みたいなのでも、まあ赤点だらけじゃなきゃ普通に進学できるしな」

 

美森も樹の賞賛に追従(ついしょう)するのだが、潤矢も拓哉もそこはエスカレータで上がる内部生としての謙遜の姿勢を見せる。だが、ここで嘆く人物が一人。

 

「あちゃー、そうか。あたし、進路の選択、失敗したかも……。神樹館のままなら受験勉強しなくて良かったのに……」

 

「一緒に頑張ろうね、ミノさん……」

 

「そうよ、銀。私もそのっちも付いているから、大船に乗ったつもりでいていいのよ」

 

「タハハ……」

 

園子と美森の励ましに、苦笑する銀であった。

 

「でも、ここに一番危険度の高い人物がいるわよ」

 

「え!? 私……?」

 

「そうだね~、この中じゃゆーゆが一番危ないかな~?」

 

「友奈ちゃん。一緒に勉強を頑張って、一緒に風先輩の後輩になりましょう!!」

 

「とーごーさん? 目が怖いよ……」

 

勇者部二年生組では一番成績の悪い友奈が俎上に乗せられてしまっていた。特に美森は鼻息も荒く、ふんす! と友奈を励ます。友奈はと言うと、そんな美森に若干引き気味だった。

 

 

 

 

皆の話が盛り上がってきた頃、貴也は腹の辺りを手で押さえていた。それを目ざとく見つけた園子が心配の声を掛ける。

 

「どうしたの、たぁくん? おなか痛いの?」

 

「いや、なんだか腹の辺りが熱を持っているようで…………えっ!?」

 

腹の辺りが光を放つと、そこから暗赤色の狐が姿を現し床に降り立つ。

 

「なに、あれ!?」

 

皆が、驚きの声を上げる。

 

『そうか、傷も綺麗に消えてきたから、千景とも別れの時がやって来たのか……』

 

その事実に気付き、落胆する貴也。そんな彼に、拓哉と潤矢も疑問の声を掛ける。

 

「あれはなんだよ、タカちゃん……?」

 

「詳しく説明してもらおうか……?」

 

『あー、ついにこいつらにも話す時が来ちゃったのか……。しょうがないな』

 

幼い頃からの親友二人に、これまでの経緯を説明しなくてはならない羽目になった事に覚悟を決める貴也。

それはそれとして、今は千景への別れの時だと気を取り直す。

 

こちらを見つめてくる狐――千景。

 

「千景、今までありがとう。出来ればこれからも僕の事を見守っていてくれないだろうか?」

 

こくりとうなずく千景。そして窓の方へと向き直ると走り出した。

千景の体は窓ガラスをすり抜ける。そして、そのまま空を駆け上がってゆく。どこまでも、どこまでも……

だんだん小さくなってゆくその姿。

貴也は窓を開け、力一杯叫んだ。

 

「ありがとう、千景! 君の事は、絶対に忘れない!!」

 

小さな黒い点になった千景は、やがて空の彼方に姿を消した。

 

 

 

 

千景が空の彼方に消えた後も、そのまま空を見上げ続ける貴也。

そんな貴也の隣に寄り添う園子。

 

「行っちゃったね、千景さん……。でも、私はずっと一緒にいるからね……」

 

貴也は涙を流していた。

園子は、そんな貴也に体を預けるようにもたれかかり、彼の背中をいつまでも撫で続けていた。

 

 




9,000文字over……。
とりあえず決着しました。

次回、本編最終回。
その後、番外編を3編で締めの予定です。

最後まで、よろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最 終 話   笑顔のキミと

「うへ~、根こそぎ体力を奪われる感じだわ~」

 

「確かに、外は暑いもんな……」

 

「それだけじゃないわよ! まるで風呂場にいるかのような湿気、その上磯臭いし、床は揺れるし……」

 

「まあ、確かに……。でも、この部屋は冷房が効いてるから休めるだろ……?」

 

「外との環境差で体力が奪われるって言ってるの!」

 

学生食堂兼談話室の椅子に座ったままテーブルに突っ伏し、ぶちぶちと愚痴を垂れる風。貴也は半ば同意しながらも、半ばうざそうな態度をとる。

 

「それでは、みんなでアイスティーでも飲むことにいたしましょう。アルフレッド! アルフレッド! アルフレッド……!?」

 

貴也たちと同じテーブルに着いている夕海子が、手をパンパンと打ち鳴らし声を張り上げる。

だが、何も起こらなかった……

 

「佐々木さんは今、一年生組のオリエンテーションをやってるよ。あの人も忙しいんだからさ……」

 

「くっ……、わたくし付きの執事のくせに、主人をないがしろにして他の人たちを優先するなんて許せませんわ! 後でO・HA・NA・SHIしなくては……!」

 

『あちゃー、この人も誰か、どうにかしてくれないかな……?』

 

無茶苦茶なことを言い出す夕海子に、内心あきれかえる貴也。

 

「これしきの暑さで()を上げるだなんて、勇者様たちにも困ったものですね。こういう時は根性ですよ、根性!」

 

手を握りしめ根性論をぶち上げるのは、同じテーブルに着いている最後の一人、巫女の十六夜怜だ。

 

「あ~、分かったから……。アンタの熱い根性論は聞き飽きたから……」

 

「それにしても清楚な見た目に反して、熱い御方ですわね」

 

「巫女なんて根性がなければ続きませんよ。暑かろうが寒かろうが、巫女装束一本槍ですからね。――――――まあ、下着を工夫したり、懐炉や保冷剤なども活用したりしますけど……。あとは、こっそり祝詞を上げるとか?」

 

『おいおい、どこが根性論なんだ……? この人も、どうにかしてくれないかな……?』

 

最初に会った時の印象を木っ端微塵にぶち壊す怜の言動に、更に脱力する貴也だった。

 

「そういえば、この前『鎮魂(たましずめ)の儀』だっけ……? あれで、アンタが使ってたっていう儀矛、持ってみたけど結構重いわね、あれ」

 

「いろいろと呪術措置を施した飾りが付いていますからね。本体も呪術措置が施されているのですが、外すわけにも行かなくて……」

 

「でも、あれをアタシたちが戦っている間、ずっと振ってたんでしょ……? アンタが根性論至上主義になるのも分からないではないわね……」

 

風と怜と夕海子の根性論談義はまだまだ続いているが、もはや聞いている気力も無くなった貴也は別のテーブルで一人、本を読んでいる褐色肌の野性的な印象を抱かせる少女に声を掛ける。

 

「棗! この暑さへの対策、何かないかな?」

 

棗と呼ばれた少女は、本を閉じると貴也たちのテーブルに移ってくる。

 

「これぐらいの暑さなら、私はなんとも感じないが……?」

 

「さすがに古波蔵さんは南国育ちなだけありますわね」

 

「いえ、やっぱり根性で我慢してるんですよね……?」

 

「いや、本当に暑さはどうと言うことはない。根性ということなら、半年前の冬場が辛かった。貴也に見つけてもらわなかったら皆、飢え死にしていたからな……」

 

 

 

 

西暦時代の生き残りを沖縄で発見したのは約半年前の二月のことだった。

当時の南城市の南方の小島に取り残されていた約三百名を空中から偵察していた貴也が発見したのだ。

初の沖縄調査での、この奇跡的発見は四国の人々の心を明るく照らした。

 

『まだ、どこかに生き残りがいるかもしれない』

 

それは、大いなる希望だった。

 

彼らが生き残れたのは、幾つもの幸運に恵まれたからであった。

沖縄唯一の勇者、古波蔵棗が残っていたこと。

沖縄本島から約百メートルとはいえ、離れた小島に避難できたこと。

その小島が昔からの聖地であり、海神の結界が容易に張れたこと。

その範囲が狭かったため、最後までバーテックスの侵攻に対し結界が保ったこと。

また、その島がレジャースポットでもあり、ある程度の物資の備蓄が出来ていたこと。

 

天の神の炎の結界に飲まれはしたものの、それで滅んでしまうことはなかった。

恐らく、結界を解けば僅かな時間の後に勝手に自滅してしまうだろう事が分かっていたからだろう。

事実、結界が解かれてからの一年で食料が欠乏し、皆、餓死寸前の所まで追い詰められていたのだ。

棗が偵察がてら沖縄本島から持ち帰っていた物資がなければ、貴也が見つける前に全滅していただろう事は想像に難くなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも、なんでこんな真夏に南方の調査になんて行かなきゃならないのよ! 責任者、出てこい!!」

 

ついに風が切れた。

 

「責任者は三好さんだな……」

 

「三好さんですわね……」

 

「三好さんです……」

 

「…………」

 

貴也、夕海子、怜の三人は、よく知っているエリート然とした、だが腹の中で何を考えているのか分かったものではない人物の、いかにも何か企んでいますという笑顔を思い出して、顔を見合わせる。

棗だけは、いつものポーカーフェイスだ。三好春信のことをよく知らないので、何も考えていないだけかもしれないが。

 

『機会があり次第、三好春信を犬吠埼風の生け贄に差し出すべし』

 

三人の考えは言葉に出さずとも一致する。

だが、風の愚痴は更に続く。

 

「それにさ、それにさ……、私の受験勉強って、あれ、なんだったのよ! どうして、讃州高校から神樹館高校に転校することに……」

 

「それを今更言いますか? 樹さんの芸能活動に支障が出ないようにと、自ら手を挙げたのは風さんではありませんか」

 

「だって、だって、勇者はみんな神樹館高校に集められるなんて、聞いてないわよ!!」

 

「そりゃ、そうだ。だって、その方針が正式決定されたのは去年の十月だったもんな」

 

「あーん、友奈が羨ましい! 受験勉強無しで神樹館高校なんて、う・ら・や・ま・し・い!!」

 

「あら、一年生組も入学に当たっての学力考査があったそうですよ。赤点組は地獄の補修があったと聞きます」

 

「え、そうなの……? な~んだ、そうならそうと早く言ってよ~」

 

風の文句に一々言い返す夕海子、貴也、怜たち。最後の怜の発言が風の機嫌を劇的に改善した。

 

 

 

 

勇者再建計画は、大赦から大社への組織移行に伴うごたごたがある程度収束した、昨年の六月にスタートしたのだ。

日本全土はいつの間にか、神樹が作る巨大な根や蔓が絡まって出来た結界の壁ではなく、太陽神が作る光のカーテンのような結界に包まれていたのだ。

その外側は、未だに小型のバーテックス――星屑がうろつく危険地帯であった。

この情報を入手した大社は、一旦変身能力を失った勇者たちに加え防人たちからも希望者を募り、勇者チームの再建に乗り出したのだ。

 

風は、歌手オーディションに受かっていた樹の夢を優先させるべく、自ら再び勇者に立候補した。

樹も姉の気持ちをよく理解しているのだろう。歌手デビューするために、レッスンを精力的にこなしていた。

 

一方、貴也は『勇者の守り手』としての力を失ったわけではなかったので、ずっと大社に協力する体制をとらされていた訳である。

 

今年の一月、神樹――国津神とアマテラスを始めとする天津神、双方の力を有する新勇者システムの試作品が出来上がった。

以降、風がテストを繰り返し、新勇者システムはブラッシュアップされていくこととなる。

そのため、風は一月に神樹館高校に転校しその後の半年間、勉強と勇者システムのテストで樹と貴也以外、外界との連絡を絶たれた缶詰状態だったのだ。

 

そして今。この談話室には貴也と怜を除き、八名の勇者がいた。全員、高校二年生。防人出身者六名、西暦勇者から一名、当代勇者から一名である。

さらに、別室でオリエンテーションを受けている高校一年生の勇者が十六名。防人出身者十一名、先代/当代勇者から五名である。

なお、他に中学三年生の勇者が八名いる。全員防人出身者。彼女たちはまだ義務教育中なので、それぞれの地元にいるのだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

入口の扉が開いた。二十代後半と見える女性が入ってくる。

 

「お、安芸先生じゃない」

 

「みんな揃っているわね。――――――予定どおり今から一年生との対面式を行います。まあ、見知った仲の子たちが多いと思うけれど、正規の行事でもあるからきちんと行ってね。じゃあ、みんな並んで!」

 

風の気付きの言葉に続けて、安芸の説明が始まる。彼女の掛け声と共に貴也たちはテーブルの一列を挟んだ片側に整列する。

そうしてしばらく待っていると……

 

再び扉が開いた。

二十代半ばと見える男性を先頭に十六名の少女たちが整然と入室してくる。そして、テーブルを挟んで貴也たちと反対側に整列する。

 

「本来ならば四月にこの行事をするべきだったんだが、新勇者システムの整備の遅れ、今回の調査の準備などでこのような形にずれ込んでしまったことは申し訳ないと思っている。だが、君たちは全員が、という訳ではないにせよ、旧来からの勇者同士、また元防人同士ではよく知っている仲であるはずだ。連携についても、我々はまったく心配していない。それらを踏まえた上でだ。これより一年生、二年生の対面式を執り行う」

 

大社職員――しばらく前までは弥勒家の運転手の皮を被っていた――佐々木の前口上が響く。

彼の言うとおり、一年生の列には貴也の見知った顔が並んでいる。園子、銀、友奈、美森、夏凛、芽吹……

 

神世紀三〇二年七月。

神樹館高校くにさき分校の一年生、二年生の対面式は、台湾島への調査に向かう途上にあるここ、輸送艦『くにさき』の艦上で行われた。

 

 

 

 

元海上自衛隊の大型艦で唯一致命傷を受けずに呉基地に停泊していた『くにさき』は、昨年の五月に発見されていた。なぜ、現在の四国の技術レベルで修復可能な範囲の破壊にとどまったのかは今となっては不明だ。

だが、同時期に結界外の状況を把握した大社は、すぐさま『くにさき』を勇者の海外展開の為の移動基地として整備することを決定したのだった。

突貫工事での整備。だが、数年放置されていたのは痛かった。機関の調子だけは上がらず、その速度はカタログスペックの八割程度しか出なかった。

このため今回の調査では、二年生組は護衛も兼ねて四国出航時から乗艦していたのだが、一年生組は今日の昼過ぎになってヘリコプターを使って乗り込んできたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

対面式の後は、今後の予定に関するブリーフィングがあった。

そして休憩と称する自由時間の後、夕食会が開催されることになっていた。

だが、もちろんまだ高校生の彼女たちだ。自由時間に入った途端、旧交を温める。

 

「たぁくん、久し振り~。四月の初め以来なんよ~。寂しかった~」

 

「なんか、高校の制服を着ていると一段と大人っぽく見えて、魅力的だな」

 

「へへ~。上手いこと言っちゃって……。うっれしいな~」

 

園子はそんなやり取りをしつつ貴也に抱きつき、頬を擦り付ける。

 

「友奈~。地獄の補修はどうだった……?」

 

風が悪い顔をして尋ねてくると、友奈はいつもの元気を完全に失いげっそりとした表情をする。

 

「風先輩、言わないでくださいよ~。もう二度と思い出したくないです」

 

「だから、あれほど受験対策も兼ねた勉強をしましょうって言ってたのに……。友奈ちゃんも銀も入学試験が無くなったって浮かれてるから……」

 

「もう、その話はやめようよ、須美。あたしもあんなのは二度とゴメンだよ」

 

友奈だけではなく、銀も地獄の補習組だったようだ。友奈と同じくげんなりとした顔をする。

 

「そういえば、風先輩。樹ちゃんは元気にしてますか? 私たちもなかなか会えなくなっちゃいましたので」

 

「そうそう。この船の出航前に会えたのよ。あの子も忙しいだろうに、時間を作って見送りに来てくれたの」

 

「歌のレッスン、頑張ってるそうですね」

 

「そうよ。二人で約束したからね。私は勇者として、樹は歌手として、みんなの希望になるんだって」

 

「そうか、それで樹は勇者に立候補しなかったのか……」

 

美森、風、友奈、銀が樹の話題で盛り上がっている横では、夏凛と芽吹が拳を軽くぶつけ合っていた。

 

「三ノ輪さんの後継者争いでは負けましたけど、今度は負けませんよ、三好さん」

 

「ふふん。なんか良い表情をするようになったわね」

 

「防人として戦っていた中で、私は私の道を見つけたつもりです。その上で、今度こそ貴方には負けませんよ」

 

「いいわよ。周りに迷惑を掛けない範囲でね」

 

「当然でしょ」

 

そう口では言いながらも、傍から見る分には十分に仲良さそうに見える二人。

いいライバルなんだろうな、と思いながら貴也も微笑ましく見ていた。

園子は安芸と話している。天の神に身体を奪われていた間のこととはいえ、指を斬り飛ばしてしまったことをいまだに気にしているのだ。

 

「安芸先生、指の具合はどうですか……?」

 

「もう、あなたという人は……。会う度に気にする必要はありませんからね、といつも言っているのに……。いただいた義指の調子はいいから、本当にもう気にしなくていいのよ」

 

「へへ……」

 

安芸に頭を撫でられ、ばつの悪そうな顔で照れ笑いをしている園子がいた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行くわよ! 勇者一同、変身っ!」

 

風の掛け声と共に、『くにさき』の上甲板に揃った勇者たちが変身用端末――スマホの画面をタップする。

すると少女たちは皆、サンライトイエローの光に包まれ、その周囲に花びらを撒き散らす。

彼女たちの勇者装束は、天の神ホアカリと戦った時の風たちの勇者装束がそのベースだ。

 

結城友奈。山桜の勇者。武器は手甲。側に浮かぶ精霊は牛鬼。

 

東郷美森。朝顔の勇者。武器は狙撃銃。浮かぶ精霊は青坊主。

 

犬吠埼風。オキザリスの勇者。武器は大剣。浮かぶ精霊は犬神。

 

三好夏凛。サツキの勇者。武器は双剣。浮かぶ精霊は義輝。

 

古波蔵棗。銀梅花(ギンバイカ)の勇者。武器はヌンチャク。浮かぶ精霊は水虎。

 

三ノ輪銀。牡丹の勇者。武器は双斧。浮かぶ精霊は鈴華御前。

 

乃木園子。蓮の勇者。武器は槍。浮かぶ精霊は烏天狗。

 

そして、元防人組の三名。彼女たちも、その傍らに精霊を浮かばせている。

 

最後に、指輪の力で変身した鵜養貴也。勇者の守り手。武器は輪刀。その力の源泉となる精霊は五つ。義経、輪入道、雪女郎、一目連、そして七人御先。

 

「みんな、訓練である程度慣れていると思うけど、飛行中はやっぱり感覚が違うから。互いに気をつけ合うこと。いいわね?」

 

風の言葉に皆頷き、真っ先に飛び立った風に続いて次々と飛び立ってゆく。

そう、新勇者システムは飛行能力を備えていた。

ただし結果的に対ホアカリ戦時の勇者システムとの大きな違いは、そこと満開ゲージの回復だけだった。

精霊バリアを張る度にゲージを一つ消費することも、満開すれば五つすべて消費することも同じだ。もちろん散華の機能は無い。

ゲージの回復は勇者のコンディションにも依るが、一晩で一つ分。概ね八時間掛かる。五つすべて回復するには約四十時間が必要だった。

このため、長期戦が想定される時はローテーションを組むことになる。今回、元防人組が三人しかいないのは、残りは交代要員として艦内に残っているからだ。

戦力が偏っているように見えるのは、初の実戦であるため最大戦力に近い状態の能力を把握するためである。

 

 

 

 

 

 

 

 

対面式が行われた翌々日。台湾島の調査決行日である。

与那国島近海を微速南進する『くにさき』を飛び立った十一名の勇者。途中、光のカーテン状の結界を突っ切り、台湾島東岸へと上陸する。

見渡す限り破壊されきった都市とその向こうの緑なす山々といった光景。

 

「怜さんが受けた神託どおり、神様の結界は張られていませんね」

 

「そうね。ということは生き残りがいる可能性も高まったってことね」

 

「島の中央部という話でしたよね。発見できるかしら……?」

 

銀と夏凛、そして美森がそういった話をしていると友奈が疑問の声を上げる。

 

「そういえばさ、生き残りが見つかったとして言葉って通じるのかな……?」

 

「アンタ、昨日のミーティングでの説明聞いてた? その辺は抜かりが無いわよ。通訳係、カモン!」

 

風が声を掛けると、園子が前に進み出る。

 

「你好。我們是從日本來的『勇者』。我們為了幫助你們來了」

 

「わー、すごい! 園ちゃん、なんてしゃべったの!?」

 

「こんにちは。私達は日本から来た『勇者』です。あなた達を助けに来ました。だよ」

 

「ふっふーん。付け焼き刃だけど、乃木がいろいろと調べて簡単な言葉はマスターしてきたのよ」

 

なぜかどや顔でふんぞり返るのは風の方だった。

 

 

 

 

「風、来たわよ」

 

棗が声を上げる。百体前後の星屑の群れがこちらに向かってきていた。

 

「よっしゃ。あたしが殲滅してやるぞ!」

 

「銀。足の方は大丈夫なのか……?」

 

「大丈夫、大丈夫。どういうわけか、あれ以来ずっと調子がいいんだ。腕も生えてこないかな……?」

 

「おお~ミノさん、人間やめちゃう? やめちゃう?」

 

「変なこと言わないでよ、銀。そのっちに変なスイッチが入っちゃうんだから……」

 

対ホアカリ戦以来、勇者に変身できた事が原因なのか、銀の左足は元の機能を回復していた。右腕の方が生えてくることは無かったのだが。

だが、貴也の心配に銀が自虐的な軽い冗談を返したところ、園子が目をしいたけにして食いついてきた。すかさず美森から苦情が飛ぶ。

 

先代勇者四人がそうやってじゃれ合っているうちに、芽吹が真面目な顔で風に問いかける。

 

「犬吠埼さん、相手は星屑だけだから、元防人組で威力偵察代わりに叩いてみるわ。いいわよね?」

 

「いいわよ。でも、けが人を出さないように気をつけてね」

 

「ええ、分かってるわ。――――――それじゃ村上さん、真鍋さん、行くわよ!」

 

楠芽吹たち、元防人組が先陣を切ってゆく。

 

「あーあ、張り切っちゃって……」

 

「私たちは行かなくていいのか?」

 

「相手は星屑でしょ? 全体を見て、苦戦しそうなら援軍に行けばいいわ」

 

「ま、お手並み拝見ってことでいいんじゃないか……?」

 

元防人組の張り切り具合に苦笑する風。自分たちは行かなくて良いのかと尋ねる棗には、夏凛が全体を見ての対応を答え、銀が余裕の発言をする。

 

「友奈ちゃんは大丈夫? 久しぶりの戦いで緊張してない?」

 

「大丈夫だよ、とーごーさん。勇者は気合いだよ!」

 

「ま、勇者部六箇条を忘れていなければいいわよ」

 

「『無理せず、自分も幸せであること』ですよね……?」

 

「そうそう」

 

そんな美森と友奈、風の掛け合いを見て園子がクスッと笑う。

 

「どうしたんだ、園子?」

 

「ううん、なんでもないんよ。でもね、なんだか幸せなんよ」

 

「これからもバーテックスとの戦いが続くのに?」

 

「理由は、ひ・み・つ、だよ」

 

そう言って満面の笑みを浮かべる園子。

 

『私はまた力を得た。大好きな、大切なみんなも一緒にいてくれる。だから、今度もきっとやり遂げてみせるよ。たぁくんが幸せになれるかもしれない世界――――――ううん。たぁくんが幸せを掴める世界を、今度も私が守り切ってみせる! ずっと一緒だよ、たぁくん……!』

 

その笑顔に見惚れてしまう貴也。

 

「こら、そこ! 戦闘中よ! 勝手にラブラブ波動を発生させない!」

 

風の軽い嫉妬が混じったお叱りの言葉が飛ぶ。

 

「それは無理だ、風。この二人、既に新婚さん同然だからな」

 

「言えてるわね。――――――鵜養、しっかりしなさいよ。園子の尻に敷かれる未来しか見えないんだからね」

 

「ひっでー。ま、貴也さんでも園子相手じゃ、どうにもならないだろうけどな」

 

棗、夏凛、銀も勝手なことを言い出す。

 

「貴也さん、園ちゃん、これからも一緒に頑張ろうね!」

 

「あら、友奈ちゃん。私は……?」

 

二人に声を掛けてくる友奈に、慌てて自分も付け加えて欲しそうに美森が尋ねる。

 

「当然、とーごーさんもみんなも一緒だよ!」

 

その時、彼方から無数の星屑を引き連れた進化体の一団がやって来るのが見えた。進化体だけで数百体はいるだろうか。

皆の緊張度合いが高まる。

 

「援軍が来なさったわよ。みんな、覚悟は出来てるわよね?」

 

「「「「おーっ!!」」」」

 

「じゃ、元防人組の救援に行くわよ!」

 

風の掛け声と共に、元からの勇者組が飛び出していく。

 

「僕たちも行こうか、そのちゃん」

 

「うん」

 

手を繋いで飛び出していく園子と貴也。

戦いへと臨む二人。だが、その顔には幸せそうな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

二人の戦いはまだ終わらない。

でも、二人は信じている。

これからもきっと、共に乗り越えていけるのだと。

 

 

 

 

鵜養貴也は勇者にあらず -終わり-

 

 




本編終了です。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

最終回ということでやりたい放題やっています。
特に棗は物語の流れ上絡ませられなかったので、雪花の章公開時に雪花に関して噂されていた考察を彼女の方に適用して登場させてみました。

なお、園子のセリフの繁体字は機械翻訳に頼っています。間違いがあればご指摘を。

さて、前回の後書きに書いたとおり、番外編を3編投稿する予定です。
いずれも後日談という形になります。
もうしばらく、お付き合いをお願いいたします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特 別 篇   郡千景は勇者であった

一応の最終回をもって3万UAに到達です。
皆様が読んでくださっているおかげでモチベーションが維持でき、ここまで来ることができました。
深く感謝いたします。

それでは、番外編の1本目です。



神世紀十三年春。

ここ高松市の中心街、丸亀町にある某喫茶店前。

物陰に隠れている黒髪の女性が一人。

 

「ふふふ……、来ましたわ。時間どおりですね」

 

ほくそ笑むと、まるで今やって来たかのようなすました顔で姿を現す。そして、大げさに驚いてみせた。

 

「あら、若葉ちゃん。偶然ですね。まさか、お店の前でばったり顔を合わせるなんて……」

 

その姿を認めるなり、若葉と呼ばれた金色に近いミルクティー色の髪の凛々しい顔立ちをした女性が顔を顰めてみせる。

 

「どうせ、また待ち伏せしていたのだろう……? まあ、いい。千景を待たせるのも悪いからな。早速、入ろう」

 

促され、二人して店内に入る。

店内を見渡すと、道路に面した隅っこのテーブルで何か書き物をしている友の姿があった。

ひなたの髪色が少し明るめの黒なのに対し、こちらは『漆黒』あるいは『濡羽色』とでも形容するのが正しい髪色だ。

約束の時間にはまだ少しあるのだが、店に入った手前もあるので近付きながら声を掛ける。

 

「千景。久し振りだな」

 

「千景さん。お久し振りです」

 

手帳に何か書き付けていた千景は一瞬ビクッとしたが、慌てて手帳を閉じるとポケットに仕舞い、若葉たちの方に顔を上げる。

 

「あ……、の、乃木さんに上里さん? お、お久し振りね」

 

ひなたはジロッと千景のポケットに視線を送ったが、すぐににこやかな態度を取る。若葉と一緒に千景の対面の席に座った。

 

 

 

 

「球子と杏は、まだなんだな……」

 

注文を取りに来たウェイトレスにひなたとの二人分の注文をした後、若葉が尋ねてくる。

 

「ええ、そうね」

 

答えながら大きなガラス窓越しに外を見やる千景。と、一点を見つめる。

 

「いえ、来たわ」

 

その答えからちょうど三十秒後、店のドアが開く。

 

「えーっと……、おっ、いたいた」

 

小柄な茶髪の女性――球子と、若葉よりは薄いミルクティー色の髪をしている女性――杏が一緒に席にやってくる。

それを認めると千景は席を奥へ詰める。大ぶりのソファータイプなので、詰めれば三人横に並べるからだ。

 

「お、わりーな、千景。あんずはアタシの隣な」

 

「へへ……。タマっちの隣は私の指定席だもんね。それはそうと、千景さん、お久し振りです。去年の秋以来ですよね」

 

「そうそう、真鈴の弟の結婚式以来だよな」

 

「……ええ、そうね。お久し振りです、土居さん、伊予島さん」

 

その球子と杏の振りに、少し目が泳ぐ千景。

 

「こうやって私たち五人が揃うのも、なかなか機会がなくなっちゃいましたものね。なにか行事があるとかの理由がないと、なかなか……」

 

ひなたも球子たちの話に相槌を打つ。

 

「あ、それから真鈴さんから言づてがあります。急に仕事が入って行けなくなり、ごめんなさいって」

 

「えーっ、真鈴の奴、来れなくなったのか。残念だなぁ」

 

「ひなたさんは来れたのに、何かトラブルですか?」

 

「ええ、宇和島の方の神社で抗議活動があったようです。真鈴さん、埒が開かないからって現地へ慌てて飛んでいきましたよ」

 

「かーっ、支部統括の責任者だもんな。しょうがないか……」

 

安芸真鈴がこの場に来れなくなった事が分かり、球子と杏は残念そうに肩を落とす。

そんな雰囲気を払うように若葉が千景に尋ねた。

 

「と、いうことで千景。お前の招集に、こうして皆が馳せ参じた訳だが、私たちを集めた理由を教えてもらおうか……?」

 

「え、ええ…………。えーっと…………」

 

なにやら顔を赤くして逡巡している様子の千景。皆、黙ってその様子を見ていたのだが、一分、二分と時間が経つうちに焦れてくる。すると一番我慢が効かなかったようである球子が若葉に同意を求めてきた。

 

「なあ、もういいんじゃないか? こうやって待ってても話が進まないし……」

 

「そうだな……。仕方がない。じゃあ、皆で一斉に……!」

 

「……?」

 

その球子と若葉のやり取りに、顔に疑問符を浮かべる千景。だが次の瞬間、彼女は驚きの表情を見せる事になる。

 

「「「「ご婚約、おめでとう(ございます)、千景(さん)!」」」」

 

「!? どうして、そのことを……」

 

「こっちにはひなたがいるんだぞ。元勇者の動向など筒抜けもいいところだ」

 

自分が報告しようと思っていた事が既に知られていることに驚きながらも何故かを皆に尋ねる千景。だが、苦笑気味に告げる若葉の回答に、納得せざるを得なかった。

 

 

 

 

「お相手は大学時代の同級生だそうですね。しかも同じゼミだったそうで……」

 

「そんな事まで筒抜けなの? はぁ……」

 

「お名前は、千景さんからお聞きしたいですけどね」

 

「もう知っているんでしょ……? 鵜養俊也さんよ。実家は食品加工業を営んでいるわ。高知では有数の大企業よ。同族経営だけどね。それで、彼も次男だけど家業を助けるために経営学を学んでいたのよ」

 

ひなたに何もかも筒抜けである事が分かり、千景は脱力しつつ答える。

 

「へー、大学からの付き合いか。もうアタシたちも三十手前だし、八年以上の付き合いなのか……」

 

「そうじゃないわ。付き合いだしたのは一年ほど前からよ。偶然、仕事上の付き合いで再会してね」

 

「そういえば、千景さんだけ大赦勤めじゃないですもんね。大学の助教って、大変なんですか?」

 

「上が詰まってて、准教授はおろか講師の空きも無いのよ。仕事よりも生活の方が大変だわ。独り身だから、なんとかなってたようなものね」

 

「それで、ようやく婿を取る決心がついたという訳ですね」

 

「いえ。私は嫁ぐわよ」

 

「「「「!?」」」」

 

その千景の返答は爆弾だった。若葉たちは皆、驚きの表情で固まる。

 

「どうしたの、みんな?」

 

「千景さん……。ここにいるみんな、もう結婚しているのはご存じですよね? 皆、婿を取っているんです。それは何故か? 大赦の方針として、勇者の家名を残すためなんです。確かに、もう一般向けには乃木家と上里家だけを前面に残すような形にしています。それは、友奈さんの殉職を覆い隠すためですが、そうであっても土居家、伊予島家、郡家は勇者直系の御三家として、大赦の中枢を担っていただかなければならないんです。そのためにも……」

 

「私には関係ないわ」

 

ひなたの説明を断ち切るように、そう言った。

 

「千景さん……」

 

「私はね、(こおり)という名字に未練なんか無いわ。むしろ、封印したいと思っているの。この名字には子供の頃からの嫌な思い出ばかりが詰まっているから……。母が亡くなり、父が失踪してからも随分経つわ。だから家族を表すものとしても、郡という名字に対してはもう何も感じないのよ」

 

千景の諦観めいた、だが永年の想いがこもった声が続く。皆、息苦しくも感じるその雰囲気の中で彼女の独白を聞く。

 

「そして、多分これが一番の理由よ。間違った読み方だったとはいえ、私を名字で呼んでくれた、呼び続けて欲しかった人はもういないから…………だから……」

 

『ぐんちゃん』

 

そう呼んでくれる人は、もうこの世にはいないから。

そう呼んでいいのは、そう呼んで欲しかったのはその人だけだったから。

 

「上里さんから言われるまでもなく、以前から大赦には婿を取るように言われてたわ。でも、もし結婚するような事があれば、私は嫁ぐと決めていたの。もう、俊也さんには相談しているわ。彼は、ううん、彼のお父さんも私の気持ちを守ってくれるって約束してくださったわ……」

 

「そうだったんですか……」

 

ひなたが力無く、納得したとの想いを込めた嘆息の答えを返す。

 

「なら、アタシたちも千景の事、応援してやらないとな! な、あんず?」

 

「そうですね。私たちも千景さんを大赦の横暴から守る防波堤になりましょう!」

 

「ひなた、いいのか……?」

 

「仕方がありません。千景さんの気持ちを知ってしまったからには、私も味方にならざるを得ないじゃありませんか。そうでしょ、若葉ちゃん?」

 

「そうか。なら、私たちは皆、お前の味方だ。千景が気持ちよく嫁げるように力になろうじゃないか」

 

「みんな…………。ありがとう……」

 

こうして西暦の元勇者たちは次なる困難に向けて、また一つに団結することになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、千景が十一月下旬を目標に結婚式を挙げる予定で動いている等の話をしたため、自然に話題はそれぞれの結婚の話へと移行していった。

 

「それでね、今更だけどタマっちが高校卒業後二年も経たずして結婚しちゃった事。ショックだったんだよねー」

 

「うーん。アタシもさ、自分で自分のこと言うのもなんだけど、意外だったな。大赦からさんざん婿を取れ、婿を取れって、洗脳かっ? って思うほど言われてたからな。あと、相手に会ってみたら意外に気が合っちゃったもんだからさー」

 

「私も似たようなもんだったな。特にひなたから、私が結婚しないと自分も結婚できないから、と言われたのが、今にして思えばトドメだったな」

 

「うふふ……。それに若葉ちゃんの場合、そもそも四国救世の英雄ですからね。さっさと結婚させないと、婿の候補者がいなくなっちゃいますから」

 

「それでみんな、二十代前半で結婚してしまったのね……。もう三十目前の私は、危機的状況にあった訳なのね……」

 

「やっぱり、出産の事もありますからね」

 

「でも、私も大学卒業するまでは千景さんと同じように、結婚に関しては放置されていましたよ。卒業した途端に、婿を取れ~、の呪いを掛けられましたけど」

 

そういう事で、四人の中では一番遅かった杏の結婚でさえ五年近く前の事であり、いかにこのメンバーの中で千景の縁談が突出して遅かったのかが浮き彫りとなったのだった。

そういったところまで話が来たところで、急に球子が立ち上がった。

 

「あ、あんず、ちょっくらごめん。お手洗いに行って来るわ」

 

そう言って球子は席を立つとお手洗いへと行ってしまった。

 

 

 

 

流れで話は子供のことへと移ってゆく。

流石に話題に入れず、千景は窓の外をぼんやりと眺めていた。

いつの間にか戻ってきた球子に、杏が話を振っている。

 

「で、タマっちは今日は子供さん達をどうしてきたの?」

 

「どうって、三人とも旦那とうちの両親に見てもらってるよ。ま、あのやんちゃ坊主達を一日見てたら、アタシが帰った頃には三人ともグロッキーだろうけど……」

 

そう言いながら杏にどいてもらい、元の千景の右隣の席に着こうとする球子。

すると、床に落ちている手帳に気付いた。

 

「なんだ、これ……? 千景のか……?」

 

先程、慌ててポケットに突っ込んだために、いつの間にか抜け落ちたのだろう。

まずい事に、先程まで書き物をしていたページが開いていた。

球子は拾い上げると、見るとはなしに開いていたページを見てしまう。

 

「待って、土居さん! 見ないでっ!」

 

悲鳴じみた千景の叫びが上がった。

 

ピキン!

 

球子が凍り付いた。

ややあって、恐る恐るそのページを皆に見えるように広げる。

 

『鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 鵜養千景 …………』

 

そうびっしりと小さな文字でページが埋め尽くされていた。何ページも、何ページも……

 

「練習なのよ、練習。そう! 練習なのよ……。結婚した後、サインをする時なんかに間違わないように、って…………え?」

 

皆の千景を見る目は変質者を見るものだった。凍り付いたような冷めきった視線。

だが、長くは続かない。すぐに弛緩した空気が流れると、ひなたが呆れたような声を上げる。

 

「先程、書いていたのはこれだったんですね。千景さんにも困ったものですね。まさか、こんな変態じみたことをしていたとは……」

 

「アタシもさ、千景は恋をしたら重い女なんだろうなって予想してたんだが、これはタマげた」

 

「ちょっと、この重さは怖いです……」

 

球子と杏の追撃に、既に千景は涙目だ。

 

「だって、だって……、『うかい ちかげ』ってなんだか語呂がいいから、暇があったら自然に書いちゃうのよ! 書いてたら、なんだか嬉しくなっちゃうし……」

 

「そうか? それほど語呂がいいとも思わないが……」

 

若葉が首をひねる。

 

その語感がよく聞こえるのは、書くと嬉しくなってしまうのは、もしかしたら失われた記憶、あるいは想いから来ているのか……

 

兎にも角にも、その後、彼女たちが会うたびに千景をからかう重要なネタになったのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

神世紀十三年十一月二十一日。

その日、鵜養俊也と郡千景の結婚式が執り行われた。

もちろん彼女の希望どおり、入籍後の千景の名前は『鵜養 千景』となっていた。

 

 




番外編の1本目でした。
元勇者たちが二十代前半でバタバタ結婚していますが、公式記録で神世紀72年にバーテックス襲来実体験者最後の一人が老衰で死亡とあり、相当寿命が縮まっているようです。大赦のことだから事前に情報を得て対策しているものと解釈しました。(例のテロ事件に絡んだフェイクかもしれませんが)

千景が婿を取るのではなく、嫁に行くことを強く望んだという話題が13,26話にあって、話の流れの根拠になっていました。そこで、これに関するエピソードは描写しておくべきだなということで、ご開帳。
本編に入れ込むには、時系列として飛びすぎだからという事で。

また、球子の一人称をタマ→アタシ、としています。アラサー女子ですからねぇ。

次回の番外編もお楽しみに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番 外 篇   鵜養千歳は勇者になる

番外編です。
前回は西暦の後日談でしたので、今回は神世紀の後日談。
勇者はいつまで変身できるのか? と、勇者の世代交代が主題のつもり。
いつもより捏造設定マシマシでお送りします。

では、本編をどうぞ。



神世紀三〇三年六月。

大橋市番の州地区に立地する神樹館高校くにさき分校陸上校舎において。

三年生組の放課後ホームルームでのこと。

 

 

 

 

「「「「十八歳で定年!?」」」」

 

「いやいや、十八歳になったその日に、という訳じゃないんだ。過去の記録を調べるに、生きながらえた勇者は概ね十八歳になって以降、二十歳になるまでの二年の間に勇者としての力を失ってしまうようなんだ。今回、夕海子様が勇者の力を失ったことから、改めて調べて分かったことなんだけどね」

 

高三組皆が驚愕の声を上げると、それを抑えようとしつつ三好春信が説明を続ける。

 

「そうですか……。それで、わたくしは変身できなくなった訳ですのね……。クッ…………勇者になれて僅か一年。早くも力を失ってしまうとは……」

 

「そうか、誕生日を過ぎてるけどアタシはまだ変身できるものね。まあ確かに最近、少し力が安定していないような気がするけどね……」

 

『確かに……二十歳を超えてなお『無垢な少女』と言い張るのは少し無理が…………はっ!』

 

夕海子と風がぼやく中、そんなことを考えていたのだが、どうやら顔に出てしまっていたようだ。周囲から射殺しそうな視線の集中砲火を浴び、貴也は縮こまった。

 

「それで、今後はどうするんだ?」

 

「勇者の力を失う具体的なタイミングが分からない以上、十八歳の誕生日を迎えた勇者は今後一切戦闘には出さないことが決定されたよ。戦闘中に変身が解除されれば大事(おおごと)だからね。ただ、年少者への引継ぎ等の問題があるので、正式な引退は全員高三の一学期終了時となる予定だ。まあ、一学期中は大規模な調査は行われないから影響は少ないだろう」

 

「七月下旬に予定されていた台湾島と大陸の調査はどうなるのよ?」

 

「確かに……。進学組の一時引退は秋口を予定していたからね。不足分の戦力は、小六の勇者候補生の中から見繕って補充することになると思うよ」

 

棗と風からの善後策の追及に、詳しく説明する三好。だが、小学生を参戦させることに風から懸念の声が上がる。

 

「小六って、そんな小さい子たちを危険にさらして大丈夫なの……?」

 

「園子様たちは既に小六の時、三人のみでバーテックス撃退任務に就いていたからね。それに、今度の小六には有望株が二人いるんだ。君たち元讃州中学勇者部の伝説の七人に匹敵する適性値保持者がね」

 

天津神の力も合わさったため、およそ五十人にまで増やすことが可能になった勇者。だが、友奈たちやそれに匹敵する適性値があった芽吹を除けば、元防人組にも、その後の調査/検査で発見された勇者候補生達にも、そこまで適性値の高い者、能力値が高い者がいなかったのだ。

 

「調査主体で戦闘主体じゃないしね。上級生達のカバーもある。問題は少ないと判断されるだろう」

 

「ふーん……」

 

「怜さんのような巫女様はどうなんですの?」

 

「巫女様は個人差が激しいからね。御前様――上里咲夜様のようにご高齢になっても力を使える方もいれば、勇者と同じように二十歳そこそこで力を失う者もいる。まあ、戦闘に従事する訳でもないから、急に力を失っても特に問題はないけどね」

 

巫女については夕海子から質問が出た。巫女が力を失う時期については、大赦はあまり問題視していないようだ。

 

「三好さん、僕の場合はどうなるんですか? 力は失われるんでしょうか?」

 

「分からないね。そもそも君の場合は、皆と違って前例が全く無いからね。乃木神社にでも行って、尋ねてみたらどうだい?」

 

貴也は自分の力の事を尋ねてみた。だが、予想どおり三好から匙を投げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、園子、怜、亜耶を伴って乃木神社を訪ねてみた。だが、若葉に会えないだけでなく亜耶たちに神託が降りることさえなかった。

 

「もしかすると、若葉様たちにも分からないのかもしれません……」

 

亜耶に思いっきり同情の視線を向けられてしまった。

 

結局、貴也は七月の遠征調査には参加することにした。だが、大学受験を考えていたため、調査後直ちに一時引退し、その際には指輪を乃木神社に預けることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

七月下旬。沖縄付近を南進中のくにさき艦上。

貴也は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。先ほど、高一以下の年少組がヘリコプターによる空輸で合流したところだった。

 

「たぁくん、そんな顔しないで。チータンの決心を貶めることになっちゃうよ~」

 

「そうそう。お兄ちゃん、スマイル、スマイル」

 

園子も、神樹館小学校の制服に身を包む千歳もにこやかに貴也を(なだ)める。

今回の遠征調査に参加する勇者は貴也を除き二十八名。十九名が万一の本土防衛の為、四国に残っている。そのうち六名が小六からの補充だ。だというのに……。

 

「小六組から有望株とは言え、その二人ともを遠征に参加させるなんて……。他の子は四国に残してきてるのに……」

 

「だからこそだよ。彼女たちには実戦の場数を踏ませておきたいんだ。この一年の調査で、日本国内というか結界内にはバーテックスの脅威がほぼ無いだろう事が分かったからね。一年に三、四回ほどしか出来ない結界外調査は貴重な実戦の場なんだ。来年には園子様たちも引退だからね。二人にはその穴埋めの中核になって欲しいんだ」

 

「それは分かりますけど……」

 

珍しく結界外調査についてきている三好が理由を話してきた。

既に風たち高三組は貴也を除く八名が引退済みだ。今回の調査には高二組十六名、高一組八名の他、引退の補充として中学生二名、小学生二名が参加している。

その小学生二人のうち、一人が妹の千歳だったのだ。

 

この一年を掛け、旧日本国内と言える太陽神の結界内はおおまかな調査が完了したところだ。一年半前に発見した沖縄以外には人類の生き残りはいなかった。また、バーテックスの脅威が無い事も分かった。今後、国内においては徐々に人類の勢力範囲は広がっていく事だろう。

 

一方、結界外の調査は遅々として進まなかった。そもそも結界のある場所が四国から遠い海上であり、その外側にはバーテックスの生息が確認されている事から、調査拠点となる設備が必要だったからだ。だが、移動拠点となるべき頼みの輸送艦は現状一隻のみ。メンテナンスの為のドック入りや、航行速度などの問題から調査に出られるのは一年に三回程度が限度と言えた。望まれる二番艦の建造は予算、建造設備の問題が解決されず先送りにされていたのだった。

 

『それにしても、家の中じゃそれほど感じなかったけど、こうやって外向けの顔をしていると、ますます千景に似てきたな……』

 

園子や友奈と話している千歳を見やりながら、そんな事を考える。

元々、面立ちは千景に似ていると思っていたところだ。高学年になると幼さが影を潜めてきたせいか、ますます似てきた。だが、家の中ではやはり家族向けの態度だったという事なのだろう。こうして、家族以外の人達としっかり話しているところを見ると、ドキッとするほど似てきていた。

 

勇者の事についてもそうだ。

千景はお役目というものに対し常に真摯な態度で臨んでいたように思う。千歳もそうなのだろう。勇者就任を大社が要請してきた時、両親も貴也も反対したのだが彼女はそれを振り切って自らの意志で受諾していた。貴也や園子たちの態度などから、勇者というものについて薄々理解した上での事だったのだろう。

 

 

 

 

銀たちと話し込んでいた、もう一人の小学生がこちらへと駆け寄って来る。

友奈に似た赤髪の、だが顔立ちはどことなく銀に似た、小六にしては小柄な女の子だ。

 

「ぐんちゃん! その人たちがお兄さんとそにょちゃんなの?」

 

「『ぐんちゃん』だって!?」

 

その子の千歳への呼びかけに驚いた。高嶋友奈が千景を呼ぶ時のあだ名だったからだ。

 

「そうだよ、ゆなっち。――――――あ、紹介するね。同じ勇者になった高嶋唯菜(ゆな)ちゃん。去年、同じクラスになってからの親友なんだー」

 

「へ~。そうなんだ。私は乃木園子だよ。確かにチータンからは『そにょちゃん』って呼ばれてるね。よろしくね。あ、それと…………、うん、唯菜ちゃんは『ゆなしー』でいこう!」

 

「ゆなしー……?」

 

「あはは……。そにょちゃんは誰にでも、ちょっと変わったあだ名をつけるからね」

 

初対面の園子にいきなりあだ名を付けられて、目を白黒させる唯菜。

貴也は、そんな彼女に問いかける。

 

「えっと、千歳の兄の鵜養貴也です。初めまして、唯菜ちゃん。――――――その、千歳のことを『ぐんちゃん』って呼ぶのは、どうしてかな……?」

 

「えっ!? みんな、鵜養さんの事は『ぐんちゃん』って呼んでるよ。そうだよね?」

 

そう言って、千歳に同意を求める唯菜。

千歳も首をひねって考え込む。

 

「そういや、小学校のクラスメイトで仲のいい子はみんな、いつの間にか私の事『ぐんちゃん』って呼んでるね。どうしてだろ? 前に聞いてみた事もあったけど、忘れちゃった…………てへ」

 

「あ、でも前、みかちに聞いたら『ぐんぐん先走って、みんなをぐんぐん引っ張っていくから『ぐんちゃん』なんだ』って言ってたよ。みかちの言う事だから本当かどうか怪しいけどね」

 

そう言って、ケラケラと笑う唯菜。

その言動に貴也は得心した。

 

『やっぱり千景とは違うんだな。性格も、友達の中での立ち位置も……』

 

「おっ、唯菜と千歳ちゃんって仲いいんだな」

 

銀が美森と夏凛を引き連れてやってきた。すぐに小六の二人を囲む談笑の輪が作られる。

 

「唯菜ちゃんって、銀の又従姉妹に当たる子なんですって」

 

「どおりで顔立ちが似てると思ったのよ。鍛え甲斐もありそうだしね」

 

「そうなんだ~。それと私、ゆなしーの事、名家の集まりで見た事ないんだけど、高嶋家なんだよね……?」

 

「一応、高嶋家だけど、ものすごく遠い分家って聞いてますから……、あははは……」

 

 

 

 

こうして小六の二人は、神樹館高校()()()の面々とも、あっという間に仲良くなっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「変身っ!」

 

サンライトイエローの光に包まれ、周囲に花びらを撒き散らす千歳と唯菜。それが晴れると二人は神樹様と天の神に選ばれた『勇者』となる。

 

鵜養千歳。夏水仙をモチーフとした桃色の装束を身に纏う勇者。手にする武器は大鎖鎌。側に浮かぶ精霊は、竪杵に細い手足を付けたような容姿のタテクリカエシ。

 

高嶋唯菜。コスモスをモチーフとした真っ赤な装束を身に纏う勇者。手にする武器はナックルダスター。側に浮かぶ精霊は、一つ目に一本足で大口を開けた容姿の一本だたら。

 

「春生まれなのに夏水仙とはこれいかに……?」

 

「あたしも夏生まれなのに秋桜(コスモス)だよ……?」

 

「武器も、でっかい鎌になぜか鎖分銅が付いてるんだよ」

 

「あたしなんかメリケンサックだよ、メリケンサック! 小学生に何持たせてんの? って感じ」

 

「「へんなのー!」」

 

二人、顔を見合わせケラケラと笑う。それが波及したのか、周囲の雰囲気も明るくなる。

 

「多重召還!」

 

「おおっ! それがお兄さんの変身なんだー」

 

「やっぱりお兄ちゃんの変身って、ひと味もふた味も違うね」

 

貴也の変身にも興味を惹かれる二人。興味津々に貴也に近付き、彼の装束を弄くり回す。

 

「ほらほら、気を引き締めていくわよ!」

 

今回の調査における勇者の隊長は夏凛だ。夏凛が皆に気合いを入れて、目的地へ向けて飛び立つ。

調査対象地域は台湾島南部から廈門、香港へ掛けてだ。かなり広範囲であるし、大型バーテックスが出現する可能性も高い。

 

飛行甲板から飛び立っていく勇者たちを見送りながら、三好春信は独りごちた。

 

「もう園子様たちの世代で人類の可住地域、すなわち結界の範囲を広げる事は不可能だろう。()つ国の神々をどうにかしないといけないからだ。だが、太陽神と対抗できるだけの神々が存在する地域でなければ、人類は生き残ってはいないだろう。人の絶滅した地域の神が存在し得るのか……。とにかく、我が国と同じように多神教が優勢だった地域が鍵を握っているはずだ。そこを千歳様たちが中心となった世代で調査できれば、あるいは……」

 

そこまで考えて身震いする。

 

『あまりにも絶望的だな』

 

その言葉だけは口に出さずに飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

廈門上空で接敵した。

複数の蟹座型(キャンサー)蠍座型(スコーピオン)射手座型(サジタリウス)を含む、何千という数の進化体、何十万という数の星屑。

その混成部隊に立ち向かう十二名の勇者たち。

中でも突出するのは千歳と唯菜の二人だ。だが、二人の戦い方は恐ろしく息が合っていた。

 

「まるで若葉と千景がコンビを組んでるみたいだ……」

 

貴也のその感想が全てを物語っている。

鎖分銅を牽制に使いながら、大鎌の一閃で複数のバーテックスを紙くずのように切り裂いていく千歳は『効率優先』の戦い方。

千歳が打ち漏らしたバーテックスを、上手くフォローしながら一撃で殴り屠っていく唯菜は『堅実性優先』の戦い方。

その二人のコンビネーションは、在りし日の西暦の勇者の戦いを貴也に想起させていた。

 

同じ空域では、勇者部の面々も力を振るっていた。

園子の槍の一閃は一撃で数百の星屑を消し飛ばした。

夏凛と銀は縦横無尽に飛び交い、バーテックスの群れを切り裂いていく。

美森の援護射撃は勇者たちが見せる僅かな隙さえも潰していき、バーテックスを寄せ付けない。

そして……

 

「勇者パンチ!」

 

友奈の全力全開のパンチは大型バーテックスを御魂ごと打ち砕いた。

 

貴也はほとんど何もすることが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

貴也が千歳と共闘したのはその一回だけだった。

その年の八月十五日。受験のための一時引退に伴い、乃木神社に指輪を奉納した。

亜耶が奉納の神事を終えた直後、貴也と園子、千歳の目の前で指輪に嵌っている五つの宝石は一瞬だけ光り輝いた。

その後、どうやっても変身することは出来なくなった。

 

『僕のお役目は、これで終わったんだろう』

 

そう思うことにした。

 

 




番外編ということで、前回同様に駆け足でお送りしました。

千歳が友奈達の学年五つ下ということから着想。
生後1ヶ月で登場した脇役の子が、ここまで成長するとは……。
なお、読んでお分かりのように千歳と唯菜は、千景と友奈、千景と若葉を入れ替えたような関係? 立ち位置? に。

さて、次回は完結編となります。
この作品の完結編ということは、この時期になってしまったことですし投稿日は8月30日となるのは必定でしょう。
内容もテレフォンパンチもいいところのストレートです。

ということで、次回完結編でお会いいたしましょう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

完 結 篇   乃木園子は花嫁である

園子ちゃん、誕生日おめでとう。
この日に、このお話で締められるとは感無量です。

では早速、本編をどうぞ。



布団の中で、もぞもぞと彼女が動く。

カーテンの隙間からは朝の光が漏れ差し込んできている。

 

「ふふふ……。とうとう、私たち、結ばれちゃったね」

 

悪戯っぽい笑顔で彼女が話しかけてきた。もう、しっかりと目を覚ましている。

 

「そうだな」

 

「あ~、幸せだな~。世の中に、こんなに心が満たされる行為があるなんて初めて知ったよ~」

 

彼女が抱きつきながら額を胸に押し付けてくる。

 

「好きな相手と、だからな」

 

「違うよ~。『世界で一番』好きな相手とだからだよ」

 

園子は顔を上げて、貴也の顔を覗き込むようにしながら口を尖らせ不満げに訴える。

 

「あー、そのとおりでございます、お嬢様」

 

「ふふふ……」

 

 

 

 

「でも実際のところ、最近、不安だったんだ~」

 

「ん?」

 

「たぁくん、勇者部のみんなと、どんどん仲良くなっていくんだもん」

 

「そうかなー? 確かに同級生の連中とはつるむ機会が多かったけど、友奈たちとはどちらかというと園子を通じて仲が深まってると思うんだけど……」

 

「はい、ダウト~。あの戦いの時から一括で仲良くなってるよね」

 

「いや、あの時はまだ単に知り合ったってレベルだろ? なんか深い友達付き合いみたいになったのは、高校へ進学して以後に園子の仲介があってだろ……?」

 

「でも、フーミン先輩やなっち先輩、ユーミン先輩にれいれい先輩とはやけに仲いいじゃない?」

 

口調は不満げだが、目は笑っている。

貴也を少しからかっているようだ。

だが、油断は禁物。相手はあの園子だ。どんな隠し球で攻められるか事前予測は不可能だ。

 

「いや、だから……、同級生だし、そもそも少人数クラスだったからいろいろと濃い付き合いがあるわけで……」

 

「それから、にぼっしーとメブーともSNSで緊密にやり取りしてるって聞いたよ。あっ、そうだ! いっつんとも会ってたって……」

 

「どこ情報だよ、それ? なんか、怖いんだけど……。夏凛たちにはそのちゃんたちの小学生時代の勇者としての活動を根掘り葉掘り聞かれてるんだよ。あまり知らないって言っても信じてくれなくてさー。樹ちゃんとは、風の誕生日プレゼントの相談を受けた時じゃなかったっけ……?」

 

いちいち言い訳する貴也に対し嗜虐心でも湧いたのか、ノリノリで尋問してくる園子。

 

「ゆーゆとはスキンシップが激しいし……、わっしーともこの前、長時間会ってたそうだよね?」

 

「だからぁ! 友奈が中学生の時のノリそのままで抱きついてきたりするから、東郷さんにお叱りを受けてたんだって! なぜか、僕の方が……。僕は被害者だ!」

 

「それに、ミノさんとも仲いいよね。あっ、これは前からか~」

 

「あ? あぁ、銀は初めての戦友で、かつ戦いの師匠だからな。初めての戦場で生命を預け合ったってのは大きいよ」

 

「むぅー。じゃあ、私は?」

 

銀に対してだけは胸を張って理由を語る貴也に、園子は不満げに口を尖らせた。

 

「恋人で幼馴染み。これだけじゃ不満か?」

 

そのストレートな言葉に、少し頬を赤く染める。

だが、やはり不満は解消されないようだ。

 

「不満、不満、不満~。だって、私の初恋の相手は、たぁくんなんだもん。たぁくんも一緒じゃなきゃ、やだ」

 

「えっ、僕が初恋の相手なの? その話、初耳だぞ」

 

「だって、そりゃぁ……。こんな関係になるまでは、胸の内に秘めておくものじゃないのかな~?」

 

「ふ~ん。そういうものかなぁ……? ま、考えてみれば僕たち二人とも、他に恋をするような相手はいなかったか……」

 

過去を振り返ってみて、小学校高学年から中三の十一月に告白するまで二人ともがそういう機会に恵まれるような、そんな普通の生活をしていなかった事実に愕然とする。

 

 

 

 

「ね~。私が初恋を自覚した切っ掛け、教えてあげようか……?」

 

「いいの……?」

 

ちょっと落ち込み掛けたところで、園子が何か企んでいるような表情で問いかけてきた。

恋人同士とはいえ、そんな深い内面の話を聞かせもらうことに躊躇いを見せる貴也。

だが、園子は軽い調子で話を続ける。

 

「覚えてる? 私が小学一年生の時、たぁくんと一緒に雪山で迷子になったの」

 

「あー、覚えてるよ。両家で初めて一緒に旅行に行った時だよな」

 

「私はね。それまではずっと、たぁくんとは対等な友達だと思ってたんだ~。だから、迷子になった時もたぁくんと一緒だったから、不安なんてまるで感じてなかったんだ。『おともだちといっしょ』だからって。でも、その後たぁくん、大泣きしてたじゃない? あれで、分かっちゃったんだ~」

 

「ん? どういうこと?」

 

「私は『対等なお友達』だと思ってた。でも、たぁくんは私のこと『守らなきゃいけない年下の女の子』って見てたんだよね?」

 

「う~ん。その頃の自分がどう考えていたのかって、詳しいことは覚えてないけど。そういや、『おじさんたちに、そのちゃんを無事に返さなきゃ』って強迫観念みたいに思ってたのは覚えてるなー」

 

「それだよ~。だから、それが分かっちゃった瞬間、『あぁ、私はこんなにもこの人に守ってもらえてる』って思っちゃってさ~、泣けてきちゃったんよ~。だから、その日からたぁくんが『私の王子様』になったんだよ」

 

そう言うなり園子はぱぁーっと花が咲いたような笑顔を見せ、貴也に抱きついてきた。

 

 

 

 

『もちろん、その時の私は自覚してなかったけどね……。でも小三の時だったな。その時の事を思い出して、そうなんだって、思ったんだ。それに、たぁくんは私を『乃木のお嬢様』じゃなくて、ただの『園子』として接してくれた初めての人だもん。ずっと、ずっと大好きだよ……』

 

 

 

 

「だから、たぁくんはどうだったのかな~って思うんよ」

 

ひとしきり顔を貴也の胸に擦りつけた後、園子は真剣な表情でそう問うてきた。

 

「僕かぁ……。うーん。なんか具体的にこれっていうのは、無いなぁ」

 

「え~? 無いの~?」

 

そう言いながら、頭を掻く貴也の胸を軽くポンポン叩いてくる。

 

そんな彼女に悪いと思い、園子に対し恋に落ちた切っ掛けを思い出そうとする貴也。

だが、思い出せない。

 

『そんな明確な切っ掛けって、あったっけ……?』

 

そのうちに貴也はハッとした表情をすると、園子の頭を優しく撫で始めた。

 

「そうか……、そうなのかもしれない……」

 

「えっ?」

 

その、迷いながらも紡ぎ出した言葉に反応する園子。

 

「ちょっと酷いこと言うけど、最後まで聞いてくれよ」

 

貴也の顔を見上げて、無言で頷いてくる。

 

「確かに当時の僕は、小さい子の相手をちゃんとしなきゃ、って思ってたと思う。でも、実際、園子は急に寝ちゃったり、それまでの流れからは考えられない突拍子もない言動をしたり、とにかく僕の予想や想像を超えたところでいろんなことをしてきて、それに僕を巻き込んだりと、まぁ、ずいぶん振り回されたからね」

 

園子が少し首をかしげる。何が言いたいのか、まだ分からないようだ。

 

「でも、一度もそれをイヤだと思わなかった。意思の疎通が上手くいかなくて不満に思ったことはあるにせよ、それで『付き合いをやめよう』とか、園子のことを『イヤだな』だとか、『嫌いだな』とは思わなかったんだ」

 

貴也は優しく園子の髪を撫でる。

 

「きっと一目惚れだったんだ。最初から、初めて会ったその日からずっと大好きだったんだ。園子のこと。誰よりも大切に思っていたんだ」

 

貴也の脳裏に、あの蔵でみた光景が浮かぶ。明かり取りから差し込む夕陽に照らされ、あの指輪を高く掲げてくるくると回る園子の姿が。そのキラキラとした眩しい笑顔が。

 

不意に園子の双眸から涙が溢れた。

 

「嬉しいな……。初恋のその人に、一目惚れされてたなんて……。こんなに幸せな女の子っているのかな? きっとこんな事って、人類の歴史の中でも一握りの女の子しか体験できていない筈だよ……」

 

そう言って貴也の顔を見つめてくる。

そして感極まった声で続ける。

 

「それに、たぁくんは私を大赦から救ってくれて、三百年の時だって越えて帰ってきてくれた。こんな人に一目惚れしてもらえた私はきっと、人類史上で一番、ううん、この宇宙史上で一番幸せな女の子だよ……」

 

「そんな、おおげさな……」

 

 

 

 

ひとしきり涙を流した後、パジャマ姿の園子はベッドから降りた。

そして机の上に置いていたノートパソコンを立ち上げる。

 

「この気持ちが薄れない間に、このネタで一本、小説を仕上げよう~っと」

 

「早く顔を洗って、着替えろ!」

 

貴也の手から枕が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「んふふふふ……」

 

いつぞやの朝のことを思い出して、嬉しくなる。

 

「乃木様。そろそろ、お時間です」

 

「はい、分かりました」

 

もう一度、鏡の中の自分とにらめっこする。

自分で言うのもなんだが、とても素敵だ。

 

「園子ー。用意出来たかー?」

 

貴也が部屋に入ってくる。

 

振り向くと、彼が自分に見惚れていた。

なんとなく誇らしい気持ちになる。

 

「綺麗だ……。式の時の白無垢も凄く綺麗だったけど。顔立ちかな? いや、やっぱり髪色か……。ドレスの方が凄く似合ってるな」

 

「そうかな……? あなたもそのモーニングコート、凄く似合ってるよ」

 

「ハハ……。男は添え物だけどな」

 

彼の一挙一動を噛み締めるように見つめる。胸が喜びで締め付けられるようだ。

 

「さっき、会場を覗いてきたけど、やっぱり乃木家の関係者は凄いな。――――――なぁ、今更、もう遅いんだけど、本当に良かったのか?」

 

「うん。いいんよ。これで、乃木家の(しがらみ)から逃れられるなんて思ってないけど、私の夢だったから」

 

「そっか……」

 

「それから……、じゃーん!」

 

「おっ! 園子の小説? ……って、この著者名!」

 

「うん。まだ見本だけどね。著者名はこれで行こうって思ってたから……。だから、今まで待ってもらってたんだ~」

 

手にした本を仕舞い、彼を見つめる。

 

「それに、これでやっと『あなたの園子』になれる気がするから……」

 

「ははっ……。僕の方は、もうとっくに『園子の貴也』だけどな」

 

「ふふっ。千景さんも……、あなたの遠いご先祖様も、私と同じような気持ちだったのかな? だったら、嬉しいな」

 

家の名を残すことを強く望まれ、しかしそれに抗って自分の気持ちに従った強い女性に、貴也とも深い繋がりがある女性に思いを馳せる。

 

「千景か……。彼女も祝福してくれるかな? いや、千景も西暦のみんなもきっと、僕たちのことを祝福してくれるに違いないよな」

 

彼はもう十年も前のことを、実際には三百年以上前のことを思い出しているのだろう。

現代での仲間たちも含め、皆一緒に絶望に抗ったのだ。今、掴み取っている平和は、その上に成り立っているのだから。

 

二人、見つめ合った。

 

「行こうか?」

 

「うん……」

 

 

 

 

重厚な扉の前に、二人並んで立つ。

彼の腕に、自分の腕を絡める。

 

披露宴の後、入籍手続きをする予定だ。

 

扉が開く。

 

「行こうか。園子」

 

「ええ、あなた……」

 

『今日、私は『鵜養 園子』になる。これからも、この人の隣で胸を張って生きていこう』

 

二人は万雷の拍手で迎えられる中、人生の新たなスタートを切った。

 

 

 

 

鵜養貴也は勇者にあらず -完-

 

 




足掛け11ヶ月。完結です。
ついにここまで来ました。
文庫本3冊分くらいですかね。ここまでの長編を書き上げたのは初めてです。短編、掌編は何本かあるんですが。
これも、UAにして3万以上も読んでくださった皆さん、お気に入りに登録してくださった方、感想をくださった方、評価を付けてくださった方のおかげです。
皆さんのおかげでモチベーションが維持でき、完結まで漕ぎ着けました。
深く感謝いたします。

最後は、ここまで明示されなかった貴也が恋に落ちた瞬間を主題にサブタイトルを絡めたお話となりました。
本編で苦労させられた二人に、せめてもの償いのつもりのお話です。
なお前半部分は時系列不詳の話となります。(高校? 大学? 就職後? お好きな時期でお読みください)

一応完結はしましたが、気が向いたら日常編を補完するかもしれません。
ただ、気持ちは新作を書きたいな、という方向へ。それは新しいゆゆゆ二次かもしれませんし、まったく別の二次作品かもしれません。
ということで、御縁があれば、またよろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

落ち穂拾い
2019.07 ひなたぼっこ!(前編)


ひなたちゃん、誕生日おめでとう。

日常編の補足シリーズです。
何かを受信した時だけの更新となりますので、気長にお待ち下さい。

では、本編をどうぞ。



「こんばんはー」

 

玄関のドアを開けると、食材で膨れ上がったエコバッグを手に提げてひなたがにこやかに入ってきた。

 

「どうぞ、上がって」

 

「お邪魔しますね」

 

嬉しさを隠しきれないといった風情のひなた。スリッパを突っ掛けると、スキップでもしそうな勢いで勝手知ったる貴也の家をキッチンまで進んでいく。

 

「今夜は洋風にポークチャップをメインにしますね」

 

「ああ……」

 

楽しげなひなたとは逆に、貴也は少し複雑な表情だ。

 

『ひなたが夕飯を作りにきてくれるようになって、もう一ヶ月半は経つよな……。なんだか、献立がどんどん僕の好みにシフトしていっているような気がするんだけど……。もはやこれ、若葉に食べさせる新作の毒味なんかじゃないよな……?』

 

 

 

 

さすがに薄々、ひなたの真意に気付きつつあった。

それもそうだろう。五月下旬あたりから『若葉に食べさせる前の毒味』との名目で始まった、このひなたの貴也への餌付け。七月上旬の現在まで、週に一、二回の頻度で続いていたのだ。

献立も最初は和食中心だったのだが、いつの間にリサーチしたのか、比較的お子様な舌の持ち主である貴也の好みに合った洋食も混ざってくるようになっていた。

 

毎回、嬉しげにやって来ては、楽しげに料理を作り、貴也との会話を弾ませながら食事をし、そして上機嫌で帰っていく。そんな彼女を見ていると……

 

『やっぱり、僕の事を好いてくれているのかな? 少なくとも、単なる友達以上の好意は持ってくれているようだし……』

 

だから、その日の夕食を食べている時、よっぽど彼女の真意を問いただそうかと思った。一度は、言葉にしようとしかけたのだが……。だが、彼女が若葉の事を話題に楽しそうに話しているのを見て、思いとどまった。

 

『千景は明らかに僕の事を異性として慕ってくれているんだ。この上、ひなたまでそうだったとしたら、僕はどうしたらいい? とはいえ、少なくとも今はバーテックスへの対処が最優先だ。具体的なタイミングは分からないけど、神世紀に年号が変わればバーテックスの侵攻は三百年間止まるはずだ。その時が来てからでもいいだろうか?』

 

それに園子のこともあった。

三百年の時を隔ててしまった、貴也にとって一番大切な少女。彼女と別れてしまって四ヶ月。また会えるという公算は限りなく低いのではあるが、千景やひなたとこういった濃密な付き合いをしていると、まるで浮気でもしているような、そんな罪悪感が良心をチクチクと刺激してくる。

 

そんなこともあったため、そういう態度でいてしまった。

 

『とりあえず見て見ぬ振りをしよう』

 

その考えによって数日後、酷い目に遭うことになるとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

日曜日。

若葉の朝練に付き合った後、シャワーを浴び、近所の喫茶店でモーニングセットを食して帰ってきた貴也。

 

「さて、なにしようかな……?」

 

最近、若葉たちは忙しいらしい。友奈が精霊の使用を厳禁されたことから、友奈に代わって残り四人がその身に下ろす強力な精霊を探すための資料の読み込みをしているからだ。

一方、貴也自身の戦闘力を向上させる妙案はいまだ考えつかないままだ。だから、若葉たちのサポートが出来る訳でも無く、こうして休日は手持ち無沙汰になってしまったのだ。

 

「なにかヒントになることでも無いかな……?」

 

仕方がないのでヒントを探して適当に本を読んだり、ネットサーフィンをしてみたりと時間が過ぎていく。

 

 

 

 

十時を僅かにまわった頃、インターホンが鳴った。出てみると千景だった。アポ無しで来るのは非常に珍しい。いつもならちゃんと約束してからやって来る子だ。それが、完全のアポ無し。

どういう風の吹き回しだろうかと考えながら玄関へと向かった。

玄関のドアを開けると、珍しく少し興奮気味に挨拶してくる。もちろん彼女のことなので、他人と比べると極々ささやかな興奮度合いにしか見えないのだが。

 

「おはよう、貴也くん。これ見て」

 

手提げから出してきたものを見ると有名なFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)のパッケージだ。以前、千景と据え置き型のコンシューマーゲーム機を購入した際に一緒に購入したものでもある。アメリカが舞台の、パンデミックで崩壊した都市をゾンビを蹴散らしながら脱出乃至ミッションをこなすゲームである。

 

「どうしたんだ? それってうちにもあるし、さんざん二人でやっただろ……?」

 

「いいから、いいから」

 

見た目はいつもどおりクールな態度だが、やはりどこか興奮気味の千景。玄関を上がると、ずんずんと貴也を先導してリビングへ向かう。

そして、勝手知ったる我が家の如くゲーム機の用意をし、持ってきたFPSゲームを立ち上げる。

印象的なサウンドと共にゲームが起動する。その音楽とタイトルコールで貴也は違和感を抱いた。

 

「あれ? これって、僕が持ってる奴とのバージョン違いか?」

 

その言葉を聞くや、もう抑えきれないといった風情で大興奮気味に千景が話し始める。

 

「これ、北米版なのよ。北米版! メッセージもセリフも英語だし、BGMもアレンジが違うのよ!」

 

「! ああ、そういうこと……」

 

確かにこのゲームはアメリカが舞台とはいえ、日本で発売されている日本人向けの版はメッセージもセリフも日本語だ。そこが本場の英語に置き換わっているなら、千景の感性ならば確かに嬉しくて仕方がないだろう。

 

「臨場感が違うじゃない。こんなのが手に入ったなんて、今でも現物を目の前にしてさえ信じられないわ。貴也くん、早く一緒にやりましょ! あなたと一緒にやりたくて、プレイするのを我慢して持ってきたんだから!」

 

「ははは……。ところで、どこでどうやって入手したの? そんなレア物」

 

西暦二〇一九年の現在、諸外国の状況は分かっていない。日本と同じならば、二〇一五年にバーテックスの襲撃を受けて滅んだか、限りなくそれに近い状況だろう。貿易など出来るはずもない。

 

「昨日の午後、精霊の資料を購入しに松山の古書店まで行ってきたのよ」

 

「ちょっ、松山!?」

 

「伊予島さんが探してた資料が見つかったって話でね。午前中にお店から連絡があったのよ」

 

「それで、なんで千景が?」

 

「別件で探してた資料が高松でも見つかってね。伊予島さんと土居さんはそちらの購入に行ったのよ。電車賃の節約で松山へは私一人で行ったって訳」

 

「そっか。知らなかったよ……」

 

昨日、貴也はひなたと共に大社本部へと出向いていた。指輪の解析のためだ。そのため三人の行動は知らなかった。なお、若葉についてはひなたが嬉しそうに一日中鍛錬漬けであることを教えてくれていた。

 

「そこで、偶々古い雑貨を扱っている店を見つけてね。なんだか惹かれて入ってみたら、あったのよ! 隅っこの棚に忘れられたように輸入物のゲームが……。持ち合わせが少なくてこれしか買えなかったけど、また機会があったら行ってみないと! ううん、来月にでも行ってみたいわ!」

 

「で、肝心の資料の読み込みは?」

 

「夕方、みんなで集まってすることになってるの。高嶋さんとも三時に約束してるわ。だから、二時過ぎぐらいまでなら一緒に遊べるわよ。…………遊んでくれるわよね……?」

 

「ああ、もちろん!」

 

千景が少し心配げな表情をするので、安心させるよう笑顔でそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間半ばかり、厳しい千景分隊長の指揮下ミッションをこなしていた貴也。

日本語版をやっていたので、なんとかついて行けているのだが、やはり慣れない英語に足を引っ張られていた。

 

「あ、またやられた。やっぱり意味が分からない分、変に気になるんだよなー」

 

「英語? 三百年後は授業では習わないんだっけ」

 

「そもそも外国とのやり取りも無けりゃ、外国人もいないからなぁ。もちろん、和製英語とか生活に溶け込んでいるようなのはあるけど、単語レベルだしなぁ」

 

「だから英語だけ成績が悪かったのね。他の教科は凄いのにね……」

 

「言ってくれるなよ。これでも頑張ってるつもりなん――――――」

 

ピンポーン。

 

話をぶった切るようにインターホンのチャイムが鳴った。

 

「はーい!」

 

千景に断ってインターホンへと向かう。宅配便か何かだと思った。

だが、インターホンの小さなモニターを見て貴也は固まった。

 

『げ……、なんでひなたが? どうして今日に限ってアポ無し?』

 

そこに映っていたのはひなただった。

彼女が約束無しに貴也の家に訪れるのは三月の歓迎会以来だ。食事を作りに来る際は、必ず前もって日時を約束していた。特に日曜日は若葉との付き合いを最優先しているようで、貴也の家に来ることは無かった。だから完全に油断していた。

 

「貴也さん、いるんでしょ? 早く開けてくださいな」

 

ピンポーン。

 

もう一度、チャイムが鳴る。

 

「どうしたの、貴也くん?」

 

後ろからは千景が怪訝そうに尋ねてくる。

もはや、覚悟を決めるしか無かった。

 

 

 

 

「驚きました? サプライズです」

 

玄関を開けるとにこにこしたひなたが立っている。だが、玄関を見るなり目がきつくなった。

 

「どなたか、お客様ですか……?」

 

その視線の先には女物の靴があった。当然、千景のものだ。

 

「あ、いや、千景が来ていて……」

 

柔和な笑顔を浮かべているにもかかわらず、逆に固い雰囲気を身に纏ったひなたは、貴也の弁解を聞いているのかいないのか、荷物を片手にリビングへとずんずん進んでいく。

 

「あら、千景さん。今日は貴也さんとの約束は無かった筈では……?」

 

そしてリビングに入るなり、テレビモニターの前でソファに座りながらコントローラを手にしている千景に、そう声を掛けた。

対する千景は状況が分からないようで、きょとんとした表情だ。

 

「上里さん……? え? なんで……?」

 

だが、それも一瞬だ。ひなたが片手に提げている荷物を見て、納得したような表情をみせる。

 

「ふ……、そういうこと……。伊予島さんが言っていたのは本当だったのね。上里さんが貴也くんの家に、まるで通い妻のように頻繁にご飯を作りに通っているっていうのは……」

 

「あらまあ……、杏さんにそのように思われているのは初耳ですね。でも、千景さんも頻繁に遊びに来ているそうじゃないですか。他人のことを、とやかくは言えないのでは?」

 

ふふふふふ…………

うふふふふふ…………

 

 

 

 

見目良い少女二人の黒さがほのかに垣間見える含み笑いに、貴也は背中に冷たいものが流れるのを感じていた。

 

『おいおい、どうするんだよ、これ……? 誰だよ、『見て見ぬ振りをして先送りしよう』なんて考えてたのは…………。僕だよ!』

 

なぜか分からないが、胃がキリキリと痛み出す。思わず手を当てた。

 

 

 

 

『あらあら、貴也さんの顔が青いですね。千景さんを牽制したいのは山々ですが、それで貴也さんに悪印象を抱かせては本末転倒ですからね。ここは矛を収めておきましょうか』

 

胃の辺りを手で押さえている貴也をちらりと見やると、ひなたはさっとそんなことを考え表情を改めた。

 

一方の千景も同様の事を考えていた。

 

『貴也くんの顔色が悪いわ。どうしよう……。ドサクサ紛れとはいえ、貴也くんに好きだと告白したのは私の方が先の筈だから、泥棒猫みたいな真似をする上里さんが悪いのは当然だけど、ここは自重しないといけないかしら……?』

 

貴也を気遣うことに関しては波長の合う二人。千景もさっと表情を改めた。

 

「それは兎も角として、お昼を作りに来たの? 貴也くんの様子を見る限り、約束はしていなかったようだけど」

 

「ええ。若葉ちゃんが急に実家に呼ばれたものですから……。私も同行しようかとも思いましたが、しばらくぶりの親子水入らずを邪魔するのもどうかと思いましたからね」

 

「そう……。そういえば、そろそろお昼ね。あまり役には立たないでしょうけど、私も手伝うわ」

 

そう言って立ち上がる千景。

ひなたもにこやかに片手の荷物を少し掲げてみせる。

 

「お昼ですから、簡単にうどんにします。手伝ってもらえるなら嬉しいですよ」

 

少しだけだが緩んだ空気に、貴也はホッと一息ついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

キッチンは二人の少女に占拠された。

献立は焼肉サラダうどんだ。

火を使う調理はひなたが、野菜を切ったりするのは千景が分担して作っていく。

千景もごくたまにだが貴也の料理を手伝ったりするので、以前ほど覚束ない手つきではなかった。

 

流石にひなたは手際よく豚肉を炒め、たれで味を調え、並行してうどんを茹でていく。

千景も貝割れ大根、もやし、きゅうり、トマトを食べ頃に切り、サニーレタスをちぎっていく。

 

貴也を気遣ってか、二人とも互いに声を掛けるときは優しげな口調だ。

だが、やはりどこか張り合っているような空気が醸し出されている。

貴也はハラハラしながらそんな二人の作業を見守った。

 

 

 

 

「「「いただきまーす」」」

 

三人して出来上がったうどんを食べる。

食卓での並びは結局ひなたと千景が隣同士並び、その対面に貴也ということになった。

貴也の隣を二人が無言で争った結果だ。

 

「あら? 美味しい! 意外にさっぱりした味になっているわね」

 

「うん、本当だ。焼肉が乗っているから、もう少しこってりした感じかな、って思ってたんだけどな」

 

「うふふ……。たれにも出汁にも秘密があるんですよ」

 

美味しいのだが、しつこさを感じないあっさりした味付けに仕上がっていることに驚く二人。

ひなたは自慢げだ。

 

「今度、自分でも作ってみたいからレシピを教えてよ」

 

「ふふふ……、ダメですよ。企業秘密です」

 

「私にもダメかしら……?」

 

「千景さんには、後で特別に教えて差し上げます。貴也さんには秘密ですよ」

 

「なんで僕だけ……? この扱いの差は一体……?」

 

千景との扱いの差に少しオーバーリアクション気味に愕然とする貴也。

ひなたは胸中でほくそ笑む。

 

『ちょっとした意地悪です。私のいないところで千景さんといちゃいちゃしている罰ですよ』

 

そんな二人の様子を見ながら、千景も何事か考えているようだった。

 

 

 

 

結局、仲良くとも気まずいとも言い難い微妙な昼食となってしまった。

その流れでは千景も昼食後居座ってゲームを続けることもままならず、片付けが終わるとそそくさと帰ってしまった。

外廊下まで見送りに出ると、ひなたに聞かれないように耳打ちをしていったが。

 

「貴也くん。また今度、一緒に思う存分遊びましょう。連絡するわ」

 

ひなたも続けて帰って行く。

やはり、同じように貴也に耳打ちをして。

 

「貴也さん……。あまりあちらこちらといい顔をし続けていると、いつか刺されますよ」

 

そして、ふ、と意味深な笑みを浮かべて身を翻した。

 

『くっ……、そんなつもりはないのに、なぜか心に刺さる……』

 

またもやキリキリと痛み出す胃の辺りを押さえながら、貴也は二人を見送った。

十日ほど後、またもやアポ無し同士の二人が自分の部屋でかち合うことになろうとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、布団の中で千景は昼の出来事を思い返していた。

 

『上里さんはああやって貴也くんを胃袋から捕まえるつもりなのね。私も負けてられないわ。ちゃんと料理を覚えようかしら……? 女の子っぽい服装でアピールするのも有りかも……?』

 

そんなことを考えながら寝返りを打つ。

 

『高嶋さんにも相談してみようかしら? でも、こういうことには(うと)そうよね、彼女は……。なんとか、『ただの友達』から一歩踏み出せるようなアプローチはないかしら……?』

 

悶々としつつも慣れない古い資料の読み込みで疲れた体は、千景を深い睡眠へと(いざな)っていった。

 

 

 

 

一方のひなたも同様だった。

 

『千景さんはゲームを通じて貴也さんと相当仲良くなっていますね。そもそも彼女の場合、良きにつけ悪しきにつけ貴也さんとのイベント事が多かったですからね。北海道行きにせよ、高知行きにせよ、あの告白にせよ……。私も何かガツンと一発イベントを起こさないといけませんね。どういったことがいいでしょうか……? 相談しようにも、こういうことには若葉ちゃんは力になれないでしょうしね……』

 

はぁ、とため息をついた。

 

『とにかく、何かに便乗してでも積極的にアピールしていかなければなりません。ロジカルでありつつ、リリカルに……。そうですね、夏ですものね……』

 

ひなたは『夏』という単語に何事か思いついたのか、ニヤリとすると思い切ったように目を閉じ、体の疲れに身を任せ微睡(まどろ)んでいったのだった。

 

 




ということで、39話の補完でした。
サブタイトル? 一体どういうことでしょうね(すっとぼけ)

この辺りを執筆していた時は「こんな感じのエピソードは入れたいような気もするけど、のわゆ編クライマックスも近いし、入れると物語のスピード感が削がれるよね」と思っていたので、あえて飛ばしたんですけどね。のわゆ編完結後に見返すとやっぱり物足りなさもあったので、肉付けをしつつご開帳です。

さて、後編は何時になるだろうか? 出来る限り早く更新、出来たらいいなあ……
だけども、ゆゆゆ2次の新作も固めたいしなぁ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2019.08 ひなたぼっこ!(中編)

 前編から半年以上も経って漸くその続き。しかも完結もせずに「中編」とは一体……?

 ということで、本当に永らくお待たせいたしました。
 では、本編をどうぞ。



 丸亀城内の朝の教室。

 今日は珍しく、ひなたは若葉との雑談に興じること無くファッション誌を広げて眺めているふりをしていた。ただし机の上に広げるのでは無く、あえて両手で支えることでさりげなく表紙が見えるように調節している。

 そして、視線はなにやら真剣に話し合っている若葉と貴也の姿を捉えていた。

 

『昨日は球子さんの復帰祝いのパーティーがあったというのに、朝早くから二人で鍛錬に励んで、教室に戻ってきても反省会擬きの話し合いをしてるだなんて……。なんて真摯な姿勢のお二人なんでしょう。朝の光の加減で、二人に後光が差しているようにも見えますね。キラキラ若葉ちゃんにキラキラ貴也さんです♡』

 

 ムフフと思わず笑みがこぼれる。

 そして器用に、スマホで雑誌の陰から隠し撮りを何枚も……

 

 まあ貴也は兎も角として寝起きがいまいちな若葉を起こしたのは、ひなたその人なのではあるが。

 

 

 

 

 そうやって、ひなたが若葉と貴也に見惚れていると教室の扉が大きな音を立てて開いた。

 

「うおーっ! この教室も久し振りだなー! なんか、懐かしいぞー!!」

 

「タマっち先輩、はしゃぎすぎ。気持ちは分からないでもないけど……」

 

 大声を上げて教室に入ってきたのは球子。後ろには苦笑いをしている杏が続いていた。

 

 騒々しく入室してきた球子ではあるが、そこはそれ。若葉、ひなた、貴也の順に朝の挨拶を交わしていく。

 そして満面の笑みを湛え、机を挟んで座っている若葉と貴也のコンビの間に顔を突っ込む。

 

「若葉は今日はひなたと一緒じゃないんだな。貴也とえらく仲いいじゃん」

 

「四月の終わり頃からずっと貴也とは朝練を繰り返していてな。今は、そこでの反省点を話していたんだ」

 

「おーっ、あんずから聞いてるぞ。貴也も頑張ってるじゃん。若葉の朝練に毎日付き合うなんて、タマには絶対無理だぞ」

 

「はは……。もう半ば習慣化してしまってさ」

 

 苦笑を返す貴也を弄ろうとする球子。

 一方の杏はというと、ひなたの方へと近づいていく。

 

「何を見てるんですか、ひなたさん?」

 

 そう言ってファッション誌を覗き込んでくる。

 

「あれ? 夏物の特集ですね、これ。もう秋物の購入を考える時期ですよ?」

 

「最近は残暑も長いし暑いですからね。もう一着ぐらい、何か買おうかと思いまして」

 

 にこやかに返すひなた。だが、心中では『違う! 貴女ではありません!』との言葉が渦巻いていた。

 そんなひなたの心中を察することなく、杏はひなたが開いているページの服装を見て感嘆の声を上げる。

 

「うわー! でも可愛いですね、この服! 私も何かもう一着くらい夏物を買おうかな?」

 

 その声に反応した球子が振り向く。

 

「お? あんず、なんか可愛い服があったのか?」

 

 と、その視線がひなたの持っているファッション誌の表紙に釘付けになる。

 

「おーっ、水着じゃん! いいな……。そうだ! みんなで泳ぎに行かないか?」

 

 その言葉に、ひなたは今度こそほくそ笑む。心の中では思わずガッツポーズだ。

 

『食いつきました! これを待っていたんです!』

 

 しかし、そんな球子を若葉が窘める。

 

「球子、決戦も近いんだ。浮かれている場合じゃないんだぞ。そもそもお前がここに呼び戻されたのも、その決戦に備えてだな……」

 

『若葉ちゃん、やめてください。そんなことを言ったら球子さんが矛を収めてしまいます。私の計画を邪魔しないで~!』

 

 ひなたは若葉の苦言に心の中で悲鳴を上げる。

 しかし、ひなたの予想に反し球子は反論をぶち上げた。

 

「分かってないなー、若葉は」

 

「なに?」

 

「こういう時だからこそ、力を抜いて備える必要があるんだぞ。四月の時だって、まあ貴也の活躍のおかげもあったけどさ、花見の約束だって重要な役割を果たしたとタマは思うぞ。あの約束があったから、あの約束を果たそうと思っていたから、みんな生きて帰れたんだってな」

 

「ぐっ……、確かに一理あるな。球子にやり込められるとは……」

 

 悔しそうな表情を見せながらも納得する若葉。

 そして、その若葉の態度にほっと一息つくひなた。

 

「よし、じゃあ、若葉も納得したことだし、あんず! 明日、水着を買いに行くぞー!」

 

「えー!? タマっち先輩、ちょっと気が早くない!?」

 

「善は急げだ! 明日は半ドンだし午後は水着を買いに行って、明後日、泳ぎに行くぞー!!」

 

「大丈夫か? この時期、どこも混んでいるんじゃないか?」

 

 気の()いた発言をする球子に対して引き気味の杏、懸念を示す若葉。

 だからひなたは、ここが自分の出番だと(わきま)える。

 

「じゃあ、私が大社に話をつけておきますね。それで────」

 

 そこまで話したところで、また教室の扉がガラッと開く。

 

「おっはよー! みんな、朝からなに騒いでるのー?」

 

「おはよう……」

 

 入ってきたのは友奈と千景。友奈は教室の外まで聞こえてきていた話に興味津々の様子だ。

 だが、まず返ってきたのは皆を代表した若葉の心配の言葉。

 

「おはよう、友奈、千景。友奈、もう大丈夫なのか?」

 

「うん! もう大丈夫だよ! 一晩寝たらスッキリで、もうこんな感じ!!」

 

 昨日の夕方、友奈は立ちくらみを起こし気絶して倒れていたところを発見されていた。そのため、大事をとって安静にする必要があり、パーティーも欠席せざるを得なかったのだ。

 だが、もうすっかり元気な様子だ。友奈はガッツポーズを取りながら、その場でピョンピョンと飛び跳ねてみせる。

 そして皆と挨拶を交わした後、球子の提案の詳細を聞き歓声を上げた。

 

「うわーっ! タマちゃん、良いアイデア! 私、昨日パーティーに出席できなかったからさ。代わりにそれで盛り上がろうよ!!」

 

 満面の笑みを浮かべてはしゃぐ友奈。

 そんな友奈を複雑そうな表情で眺める千景。

 だが、何も意見を言ってこなかった。

 

 一方、勝手に口角が上がるのを必死で押さえているひなたがいた。

 

『計画どおり……、いえ、それ以上ですね。まさか明後日、泳ぎに行くことになろうなんて……。球子さんを誘導したのは私ですが、ここまで上手くいくとは思いませんでした』

 

 そして、視線を下に向ける。そこには、これまで自分の武器であるなどとは考えもしなかった『女の武器』が強烈に存在を主張していた。

 

『貴也さんだって男の子ですもんね。初めて私が貴也さんを意識したのも、これのおかげですし……。でも、自分からあからさまにこの武器を振りかざす様な真似をするのは逆効果かもしれませんしね。上手くいきました』

 

 さらに千景を見やる。

 

『料理で貴也さんの胃袋を掴みつつあるんです。千景さんにはやはり真似のできない、この二つ目の武器で勝負を決めに行きます!』

 

 最後に熱い視線を貴也へと向ける。

 

 

 

 

 そして、貴也は内心で手を振っていた。

 

『いってらっしゃ~い』

 

 だが、その他人事の様な態度を目敏く見抜いた者がいた。球子である。

 

「こら、貴也! なに、自分には関係ありませ~ん、て態度をしてるんだよ?」

 

「え? だって、水着の女子軍団の中に男子一人だけ混ざるってのもヘンじゃないか?」

 

 その言葉は球子の逆鱗に触れた様だ。球子は目を吊り上げて叱ってくる。

 

「なに、バカなこと言ってんだよ! お前だって、タマ達の仲間だろうが! イヤだって言っても、首に縄括り付けてでも連れて行くからな!!」

 

「ええーっ!?」

 

「つべこべ言うな! お前、水着だって持ってないだろ? 明日、タマとあんずと三人で水着を買いに行くからな! 覚悟しておけよ!!」

 

 球子の強い態度に、既に白眼を剥いている貴也。

 すると、友奈が球子に話しかけてくる。

 

「タマちゃん。私たちも一緒に行って良いかな? 貴也くんに見られるんだったら、私たちも水着を新調したいし」

 

 その言葉に慌てるのは、今度は千景だった。

 

「え、高嶋さん? 『私たち』って、もしかして私も入っているの?」

 

「もちろんだよ、ぐんちゃん。ぐんちゃんだって、貴也くんに見られるなら可愛い水着を着たいでしょ?」

 

 その言葉に真っ赤になり、もう何も返せなくなる千景。頭から湯気を噴いている様な感じだ。

 

 そして、更に自分の想定以上の事態に発展していることに興奮しているひなた。

 

「なら、私たちも一緒に行きます。若葉ちゃんも一緒に行きましょうね」

 

「いや、私はまだ去年の水着を着られるし……」

 

「そんなこと言ってないで一緒に新調しましょう。いつ、どこで、誰に見られるか分からないんですよ。『お、勇者が去年と同じ水着を着ている』なんて思われたら末代までの恥です。行きましょう」

 

「む! そうか。なら、私も行くか」

 

 こうして翌日、七人揃って水着を買いに行くことになったのだった。

 

 

 

 

 なお、余談として安芸真鈴にも声を掛けたのだが、彼女は巫女のお役目が外せなくて地団駄を踏んだそうだ。

 また、ひなたは大社の各所に根回しをし、翌々日の海水浴場まで押さえていた。ただ貸切にはなったのだが、彼女の希望は満足できなかったようだ。時間が無い中での調整であったので、ひなたも渋々納得したのではあったが。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 翌日の午後、若葉たち七人は連れ立って丸亀市内でも最大級の品揃えを誇るスポーツ用品店を訪れていた。

 店に入るなり、球子が貴也の腕を引っ張り男性用水着の売り場へと直行する。貴也はつんのめって転けそうになりながら後をついていっている有様だ。

 

「まずは貴也の水着とかを揃えるぞ!」

 

「ちょいちょいちょいちょい……!」

 

 有無を言わさぬ強引な球子の行動に文句を言う暇も無く連れ回される貴也。そして、あーでもない、こーでもないと、水着やら何やらとっかえひっかえで押し付けられている。

 そんな二人をもはや半目で眺めるだけの若葉とひなた。

 

「何というか、いつもは杏に対して発揮されている球子の姉属性が貴也に対してまで発揮されているな」

 

「確かに……。もはや世話焼きな姉に連れ回される大きな弟と化していますね」

 

 

 

 

 一方その頃、友奈は女性用水着売り場で困り果てていた。千景が水着の購入を頑なに拒んでいたからだ。

 

「だから、私は強引に連れてこられただけよ。海水浴には一応ついてはいくけど、海に浸かるつもりはないし、だから水着も着るつもりはないわ」

 

「だって、これはチャンスだよ? 水着を着るのが恥ずかしいの? そういえば、今まで一度だって水着を着たこと無かったよね?」

 

 心配そうな表情で覗き込んでくる友奈。だから千景は意を決して告白する。

 

「詳細は言えないけど、体に傷があるのよ。だから……」

 

「そうなんだ……」

 

 その告白に困った様に眉尻を下げる友奈。暫く思案顔になった後、千景を近くの試着室に押し込み自分も入る。

 

「誰にも言わないから、その傷、見せてみて」

 

「え……?」

 

 

 

 

「うん! これぐらいなら隠せるデザインの水着もあるよ。ビキニタイプでもいけそう!」

 

 千景の体の傷の位置や大きさを確かめると、そう友奈は太鼓判を押した。

 

「本当なの……?」

 

「ホントだよ。大丈夫だよ、ぐんちゃん♪」

 

 半信半疑とでも言いたそうな千景にさらに肯定の言葉を重ねる。

 千景の表情がぱぁーっと明るくなった。

 

 そしてその後すぐ、友奈は千景を着せ替え人形にしていた。

 

「ほら、ぐんちゃん! これ可愛いよ。着てみて、着てみて」

 

「高嶋さん……。あの、ビキニは恥ずかしいからやめておきたいんだけど……」

 

「いやいや、攻めていこうよ、ぐんちゃん。後悔、先に立たずだよ。戦いは先制攻撃あるのみだよ」

 

「な、な、な、何の話をしてるのよ!」

 

 なぜか布地面積の少ない物を重点的に勧めてくる友奈に、千景はしどろもどろに防戦一方になっていた。

 

 

 

 

 そして友奈による千景の水着選びが佳境に入った頃、ようやく貴也の水着が決まった。

 

「おう! やっぱりこれが一番だな。貴也の水着はこれにけってーい!」

 

 それは黒一色ににオレンジのストライプが入ったボードショーツタイプのデザインの物だった。

 試着した貴也の姿を眺め、自分の審美眼にご満悦の様子の球子。

 貴也はうんざりした様な表情をみせながらも、球子に感謝の言葉を投げかけつつ試着室のカーテンを閉める。

 そして、そんな二人を見つめる杏はなぜか鼻息を荒くしていた。

 

「タマっち先輩、もしかして無自覚に貴也さんを自分色に染めようとしてない? あの水着の色といい、今回の貴也さんへの関わり方の積極性といい、これはもしかしてもしかするかも? あ……!」

 

 あまりに興奮しすぎたのか鼻血を垂らす杏。頭を反らし首の後ろを手刀でトントンしながら、更に自分の世界に入り込み妄想を迸らせるのであった。

 ちなみにこの杏の鼻血の対処法は間違っている。実際はうつむき加減で鼻をつまむのが正解だ。まあ、勇者の回復力があるのだからどうでもいい話ではあるが。

 

 

 

 

 さて、貴也の水着が決まったということは後は女性陣の水着選びである。だが……

 

「そんなもん、明日の楽しみに決まってるだろ!」

 

 球子の宣告とともに店を追い出される貴也。

 頭を掻きながら近くの書店へと暇を潰しに向かう。

 

『まあ、どんなのがいいか聞かれても困るだけだしな。でも、楽しみにしておけか……。ん? 本当に楽しみにしてていいのか? なんか僕の立ち位置的にマズイんじゃ……』

 

 同年代の少女たちの水着を楽しみにするとは、それはちょっと変態的なのでは? との疑念がよぎる。だが、それを深く追及するのまたマズイ気がする。

 結局、そういった雑念を頭から振り払い、なにか面白い本でもと書店の中を彷徨うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スマホに買い物が済んだとの連絡があったので若葉たちと合流する貴也。

 まだ時間に余裕があるので、喫茶店でお茶でもという話になった。

 

 適当な店を探して入店する。七人という大所帯なので店の奥の方へと通された。壁際が一連のソファータイプの椅子となっていて、テーブルは二人用が並んでいる一角だ。

 店員がそこに並んでいる四つすべてのテーブルをくっつけ、木製の椅子を並べ直して貴也たちを促す。

 

「じゃあ、適当に座ろうか」

 

 若葉がそう言うなり、友奈が素早く行動を開始する。

 

「じゃあ、貴也くんは奥側ね。で、ぐんちゃんがここ!」

 

 貴也の腕を掴むなり壁側へと押し込む。そして、その隣に千景を押し付ける。

 もちろん体が密着するはめになり、貴也も千景も真っ赤になる。

 

「えっ! ここっ!?」

 

「ちょっと、高嶋さん!?」

 

 それを見たひなた。慌てて貴也の逆ポジションを確保する。

 

「では、私はここで。若葉ちゃんは私の前に来てくださいね」

 

「……ああ」

 

 そのひなたの行動の素早さにあっけにとられる若葉。返事もどこか気の抜けたものになる。

 そして、杏は球子の腕を肘でつつく。

 

「タマっち先輩、いいんですか?」

 

「ん? なにがだ、あんず?」

 

 どうも杏の心配の理由を、球子は全く気づいていない様子だ。

 だから杏はため息を付きながら小声で呟く。

 

「はぁ~。もういいです。タマっちの気持ちが育っていくのを、じっくり、ゆっくり待ちますから。でも、早くしないと手遅れになっちゃいますよ……」

 

 

 

 

 結局、皆の配席はこうなった。ソファー側が店の入口から見て左から杏、千景、貴也、ひなたの順。対面の椅子席が球子、友奈、若葉の順だ。皆の大量の荷物は杏の横に置かれることになった。

 そして、注文した品が並べられる。皆、ケーキセットで横並びだ。これもメニュー表を見ながら議論百出であれやこれやと意見を擦り合わせた結果である。もちろんケーキや飲み物の種類は各々好みに合わせている。

 

 皆、いただきますの挨拶の後、美味しそうにケーキをぱくつく。貴也も目の前のモンブランに掛り切りとなる。

 すると、その様子を興味深そうに見ながら若葉が声をかけてきた。

 

「そういえば、貴也も甘いものが好きだな。パーティーでもケーキをよく食べていたし」

 

「ああ、まあ嫌いじゃないよ。甘ったるいのは苦手だけど、これぐらい控えめな甘さなら、むしろ大好物さ」

 

 その言葉を受け、今度は杏がニヤニヤしながら尋ねてくる。

 

「三百年後の世界でもよく食べてたんですか?」

 

「ああ、まあ、たまにはね」

 

「こういったお店に入ることもあったんですか?」

 

「ん? なんで?」

 

「いえ、男の人だけじゃ入りにくいかな? と思って」

 

「そうだなー」

 

 そう言いつつ神世紀での出来事に思いを馳せる。そして、この西暦に飛ばされる直前の夏の事を思い出す。園子に、自分だけに構うな、と銀や妹の千歳と遊びに行かされたな、と。

 

「僕には六つ下の妹がいてさ、そいつと一緒に行ったことがあるな。あー、それと一つ下の友達とも」

 

「その友達って女の子ですか?」

 

 その杏の言葉に、銀の顔を思い浮かべながら答える。

 

「ああ、そうだけど?」

 

 その瞬間。

 

 

 ピキン!! 

 

 

 貴也の両脇から、一瞬にして硬い雰囲気が漏れ出す。

 貴也からは見えていないので気づいていないのだが、ひなたと千景の瞳からハイライトが消失していた。

 

「まあ、その子も当時の勇者で、僕の戦い方の師匠だったんだけどさ……」

 

 貴也は両脇の人物からの違和感には気づいたものの、あまり重大な事態であるとは受け止めずに話を続ける。

 だから、友奈が慌てて話の方向を変えようと発言する。

 

「そ、そ、そ、そういえば、その貴也くんの妹って、なんかぐんちゃんに似てるところがあるって、前言ってたよね?」

 

 だが、あまりにも慌てていて考えがまとまらず、話題を完全に逸らすことには失敗する。

 

「そういや、そんな事を話したことがあったな。確か諏訪の時だっけ?」

 

「そうそう!」

 

「ちょっと面立ちが似てるな、って程度で、性格なんかはまるで違うと思うけどね」

 

 そのまま貴也の家族の話が暫く続くことになった。

 そして、貴也の両隣。ひなたと千景は終始ギクシャクと、彼女たちにとってもはや味のしなくなったケーキを口に運ぶのであった。

 

 




 ひなたちゃん暗躍回でした。

 えー、杏の妄想による先走りが主だったものですが、このお話でお分かりのように中途離脱がなければ球子が貴也に対する第三(園子を入れると第四?)の刺客になっていた可能性がありました。実は31,32話のあれやこれやの描写はその名残です。
 ただ、それをしますとねえ。やたら長くなって、本編のストーリーがちっとも進まなくなるんですよ。

 と、いうことで次回後編の水着回へと続きます。

 なお、週二ペースで今回を含めて計4話を投稿予定です。そのうち最初の3話は「ひなたぼっこ!」の題名が続くことになります。そして最後の1話は神世紀の後日談、貴也が大学生の時期のお話となります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2019.08 ひなたぼっこ!(後編)

 水着を調達した翌日の午後、貴也たちはマイクロバスで坂出市の番の州地区を北へ向かっていた。

 

 実のところ、丸亀近辺に海水浴場は少ない。東の高松か西の観音寺あるいは三豊に出れば選択肢が広がるところではあるのだが。また、バーテックスの侵攻前であれば本島など備讃瀬戸の島々にも海水浴場があったのだが、もはやそれらの島々は結界の向こう側になっているか、こちら側であっても無人の地となっていた。

 そういうこともあり結局、上里ひなたから海水浴場の手配を依頼された大社は強権を発動し、丸亀から最も近場にある沙弥島の海水浴場を押さえていた。

 沙弥島。元は備讃瀬戸に浮かぶ離れ小島であったのが、番の州地区の埋め立てで四国本土と陸続きになった、さらには間近に瀬戸大橋を望む場所である。

 

 

 

 

「この景色が元は海だったなんて、人間のすることは凄いものね」

 

 車窓を見やりながらぽつりと呟く千景。

 すると、隣の席の友奈がその言葉にすぐ食いついてくる。

 

「ぐんちゃん、よく知ってるねー! ここ、昔は海だったんだー」

 

「社会科の授業で習ったでしょ?」

 

「うーん、よく覚えてないや……。それよりもさ。凄いって言えば、この瀬戸大橋もすごく大きいよねー。人が作ったものだなんて信じられないくらいだよ」

 

「なんでも、外国と行き来できるような大きな船を(くぐ)らそうとしたから、こんな大きさになったそうよ」

 

 そうやって目に映る巨大な橋脚のことについて喋っている友奈、千景ペアの後ろには球子、杏ペアが陣取っていた。

 

「早く着かないかなー? もうタマは泳ぎたくて泳ぎたくてウズウズしているぞ!」

 

「どうどう。目的地に着く前に疲れちゃうよ、タマっち先輩」

 

「フフフ……。タマは高知でずっと静かに過ごしていたからな。元気が有り余っているのだ!」

 

 そうやって騒いでいる球子たちを見ながら苦笑しているのは、通路を隔てた一人掛けの席に座っている貴也。

 そして、最前列では二人掛けの席の若葉とひなた、そして一人掛けの席に座っている今回の引率者である大社職員の佐々木との間で、最後のスケジュール確認が行われていた。

 

「それじゃ、やはり貸し切りの状態なのは二時半からなんですね?」

 

「そうです。流石にオンシーズンですからね。急な話だったこともあって午後の一部時間帯しか押さえられませんでした。申し訳ないです」

 

「まあ、決戦も間近だ。一日中遊び倒すわけにも行かないだろうしな。半日でも十分です。ありがとうございます」

 

 タイムリミットを再度確認してくるひなたに申し訳無さそうな態度を取る佐々木。大社の強権を持ってしても数少ない海水浴場を長時間押さえるのは難しかったようだ。二時前までは一般客の利用を止められなかったのだ。だが、若葉も現状を弁えているつもりだ。無理を通してくれた大社の代表として、佐々木に頭を下げてみせる。

 

「それではスケジュール通り、一般の人達がいなくなってから行動開始ですね」

 

「そうだな。──────おっ! そろそろ目的地だぞ」

 

 ひなたの言葉に若葉が相槌を打つと、バスは減速し産業道路然とした幅広い道から左折して、小高い丘を目指す二車線道路を走っていった。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「なんか、タマが思ってたのと違うな……」

 

「そうですね。ちょっと違和感。──────あ、いえ! 絶景ですよ! 絶景ですけど、なんだかこれは……」

 

「ハハハ……。やっぱり初めての人は、そんな感想になるか」

 

 無人となった砂浜に立つ三人。

 貴也は、球子に選んでもらった黒一色にオレンジのストライプが入ったボードショーツを身に着けている。

 球子は、貴也とお揃いを目指したような、オレンジ一色に黒のストライプの入ったスポーティーなセパレートタイプの水着。

 そして杏は、白を基調に七色の水玉模様の入ったキャミソールタイプの水着を着用していた。

 

 この時点で貴也はまだ平常心であった。球子は起伏の少ない幼気な体型であったし、杏は出るところの出ている女の子らしい体型ながら、着ている水着が体型を隠すようなふんわりとしたデザインのものだったからだ。

 

 その女子二人は海岸の風景を見て微妙な表情をしている。そして、その視線は目の前に広がる構造物を捉えていた。

 防波堤だ。

 それは一見かなり近くにあるように見えるため、なんだか圧迫感があるのだ。

 ただ、それを除けば目の前には備讃瀬戸の美しい風景が広がり、まさに絶景と言ってもいい眺めではある。

 

「ま、遊ぶにはまったく問題無いしな」

 

「それに内側は波がとても穏やかになっていますしね。安全第一ですよ」

 

 二人から肯定的な意見が返ってきたところで、三人の後ろから声が掛かる。

 

「びっくりしただろ」

 

 ひなたを引き連れた若葉だった。

 

「若葉も知ってたのか?」

 

「ああ。昔、ひなた達と家族一緒に瀬戸大橋記念館に遊びに来たついでにな。ん? 記念館の方がついでか? まあ、どっちでもいいか。貴也も来たことがあるんだな」

 

「僕の場合は三百年後だけどね。まあ、自然の眺めの方はそう大して変わるものじゃないようだし、防波堤もね……」

 

 そうして眺めを見やった後、改めて若葉たちを見てドキッとする。

 

 若葉は、競泳用と見紛うようなスポーティーなデザインの青と黒のワンピースの水着を着ていた。若葉の鍛えられた美しい体のラインが丸見えで眩しい限りだ。

 そして、さらに問題なのはひなただ。ひなたは、あえてボディーラインを強調したようなデザインのパステルピンクのワンピースを着用していた。胸元にリボンをあしらっているのが更に胸を強調するようなデザインになっている。それは思春期の男子には凶悪すぎる武器となっていた。

 ただ、なぜか表情には疲れが垣間見える。

 貴也は知らないことであるが、昨晩、ひなたは神世紀で貴也と一緒に喫茶店に行ったという少女についていろいろと想像が膨らみすぎ、寝不足気味なのであった。

 

 

 

 

「みんな、ちょっと速いよー」

 

 そんな声が後ろから響いてくる。

 振り返ると丁度友奈が更衣室に使っていたマイクロバスから千景の手を引いて出てきたところだった。

 そして、五人のいる場所へと駆けてくる。

 

 その二人の姿がはっきりと視認できたところで、今度こそ貴也は心臓の鼓動をマックスにまで早め、顔を真っ赤にする。

 友奈は、花のアクセサリーをふんだんにあしらったピンクのビキニを身に纏っていた。その肌の露出面積は六人の少女たちの中でも飛び抜けて広い。弾けるような健康的な色気を振りまいていた。

 だが、貴也の動悸を早めた最大の要因は千景にあった。千景は、赤とピンクの三段フリルのビキニをその身に纏い、腰から下はピンクの花柄のパレオで覆っている。露出度は友奈ほどでははない。だが、普段の私服はモノトーンが多く、勇者装束も彩度の低い赤色の千景である。その少女らしい可愛い装いはギャップを感じさせ、更に千景を可憐な少女に引き立てていた。

 

「ぐんちゃんが恥ずかしがって、なかなか出てこなかったからさあ」

 

 合流するなり、そう言ってへラッと笑う友奈。千景はその隣でもじもじしているばかりだ。

 

「そういえば千景の水着姿は初めて見るな。よく似合ってるじゃないか」

 

「二人とも攻めてますねえ。可愛さ全振りじゃないですか」

 

「あんずも可愛いぞー。ってか、貴也! いつまでもジロジロ見てんじゃないぞ!」

 

 若葉や杏の賞賛に更に体を縮こませる千景。球子は杏も負けてない事を言いつつ、ジャンプしながら呆然と千景を眺めたままの貴也の頭をはたく。

 

「いてっ! なにするんだよ、球子!」

 

「お前、友奈と千景を見すぎなんだよ!」

 

「あっ、そうか。悪い、友奈、千景……」

 

 頭をさすりながら文句を言うも、球子の言は正しいため、それもそうかと二人に頭を下げる貴也。

 そんな貴也を見ながら友奈は満足げな笑みを浮かべる。

 

『よし。貴也くんもぐんちゃんの魅力にメロメロだあ。──────ゴメンね、ヒナちゃん。でも、私はどちらを選ぶか聞かれたなら、ぐんちゃんをとるから。ぐんちゃんの応援に回るからね』

 

 そして、申し訳なさそうな表情でひなたを見やる。

 

 

 

 

 顔を真っ赤にさせ、千景を見つめている貴也。

 その姿に一番ショックを受けていたのは当然のことながらひなただった。

 

『え!? まさか、貴也さんはおっぱい星人ではないのですか!?』

 

 そうだと信じていればこその、この胸の膨らみを強調した水着なのだ。千景のそれと比べれば圧倒的なボリュームを誇るそれ。なのに、貴也を落とす武器として役立たずとは……

 自分の計画がガラガラと音を立てて崩れていく様を幻視する。

 

 ここにきて知識偏重で、男性とのお付き合い経験ゼロであったひなたの策略が机上の空論であったことが露呈してきた。

 貴也を意識した最初のきっかけもまずかった。自分の双丘が押し付けられることで、貴也がキョドった行動を見せ始めたことがきっかけだったのだ。その印象はとても強い。ひなたが彼を『おっぱい星人』であると誤解したのも(むべ)なるかな。

 大体、ひなたの様な美少女の胸の膨らみを直接押し付けられて、それを意識しない男性などほぼいないだろう。だが、それが恋愛感情に直結するかと言われると……

 そして実際のところ、貴也にそんなこだわりはあまりなかった。人並みには意識するのだが、それだけだ。そもそも他人の身体的特徴を重視する様な性格ではなかったのだ。

 

 ひなたは気づいていないが、実は貴也の胃袋を掴む作戦も上手くは行っていなかった。

 貴也はひなたの料理を美味しいと思っているし、作りに来てくれていることにも感謝していた。だが、それが彼女への恋愛感情を盛り上げていたか? というとそんなことはなかった。むしろ、ひなたの気持ちを見透かす根拠になってしまい、彼を複雑な気持ちに追い込んでいるだけだったのだ。

 

 

 

 

 さらにひなたに追い打ちを欠ける展開が繰り広げられる。

 もじもじしながらも千景が自分の格好に対する感想を貴也に求めたのだ。

 

「貴也くん、ど、どうかしら、この水着……。似合ってるかしら……?」

 

「あ、ああ、とても似合ってる。とても可愛いよ……」

 

 もはや千景の姿をその目に映すのも恥ずかしいのか、貴也は明後日の方向を向き、真っ赤な顔で頬をポリポリ掻きながら、そう返す。

 ひなたには、その二人の姿が恋愛感情クライマックスの恋人同士にさえ映った。

 

『か、完敗です……。一体、どうしてこんなことに……?』

 

 仲間たちが遊ぶ用意に向かう中、虚ろな瞳で立ち尽くすひなたがそこにいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴也はシートを広げ、パラソルを立てたりしている。

 若葉たち水着の少女を見続けているのは目の毒になるため、引率者の佐々木と二人、縁の下の力持ち役を引き受け、彼女たちを先に遊ばせていたのだ。

 だが一人、そんな彼らの近くで砂浜に腰を下ろしている少女がいた。

 

「ひなたは一緒に遊ばないのか?」

 

「まあ、まずは若葉ちゃんの水着姿を撮り溜めないといけませんからね。フフ……」

 

 ひなたらしい理由が返ってきたが、その後に続く笑いは力の抜けたようなものだ。若葉を写すカメラのシャッター音もパシャリ、パシャリと心なしかいつもの力強さが無い。

 不思議に思いながらも最後の荷物であるクーラーボックスを置き、いよいよ遊ぼうかと、荷物運びの間日よけに着ていた白いパーカーをシートの上に脱ぎ捨てる。

 

「あら? 指輪はつけたままなのですか?」

 

「ああ。いつバーテックスが襲ってくるか分からないしね。それにプラチナだから海水にも強いだろ?」

 

「でも、万一海の中に落としたりしたら……。それに砂で傷がつくかもしれませんよ」

 

「あ、そうか」

 

「それに若葉ちゃんたちも武器とスマホは佐々木さんに預けているようですし……。そうですよね?」

 

 そう言って佐々木を振り返るひなた。佐々木は別のパラソルの影に荷物台を置き、その上に若葉たちの変身用端末を並べ、さらに武器となる神具をその横に並べていた。

 

「ええ。いざという時もこうしておけば大丈夫だと思いますよ。荷物番は私がしますし」

 

「佐々木さんは泳がないの?」

 

「まさか……。私はこの為に来ているようなものだからね」

 

 貴也の疑問に、そう言ってにこやかに笑う佐々木。

 ひなたは貴也に向き直ると、その腕にも視線を投げる。

 

「それに、そのブレスレット。それなんか錆びてしまうのでは?」

 

「そうか。ステンレスだけど、流石に海水に浸けるのはマズイか……」

 

 結局、ネックレスにしている変身用の指輪も、園子との思い出の品であるブレスレットも外して佐々木に預ける。

 その一連の動作をパシャパシャと写真に取るひなた。

 

 

 

 

 貴也と言葉を交わしたことで、ひなたは少し気持ちが落ち着いてきた。

 

『まあ、今回のことは仕方がありません。まだ巻き返しのチャンスはいくらでもあるでしょう……』

 

 そう意を強くして、若葉たち遊びの輪の中に駆け出していったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 競泳に、砂遊びに、岩場での生き物観察に、スイカ割りに、ビーチバレー。短時間ながら遊び倒した。

 競泳は本職の勇者組に敵わなかった貴也が悔しがり、スイカ割りでは見本を見せようと意気込んだ球子が失敗して貴也を叩いてしまい、土下座で平謝りをした。

 ビーチバレーは流石に身体能力の関係でひなたは審判役となり、若葉と貴也、友奈と千景、球子と杏の三チームで総当たり戦を繰り広げた。結果は皆さんのご想像どおりである。

 

 

 

 

 帰り道。既に日は落ち、夕闇が迫っている。

 バスの車内ではあちらこちらから寝息が聞こえている。短時間とはいえ、思い切り遊び倒したからだろう。

 ひなたはカメラの液晶モニターを覗き込みながら、今日撮り溜めた写真を確認していっていた。

 

「フフフ……。若葉ちゃんと貴也さんのお宝画像がいっぱい。やっぱり、今日来た甲斐はあったのですね」

 

 ニヤニヤしながら若葉と貴也の水着姿を目に焼き付けていく。

 

「あら? 一周してしまいました。もう一度、今度は細部までじっくり確認しながら見ていきましょうか」

 

 独り言をブツブツ呟きながら、再度最初から写真を見ていく。

 すると、貴也がブレスレットを外している画像のところで引っかかりを覚えた。

 

「ん? これは何でしょう……?」

 

 画像を拡大して見てみる。ブレスレットの内側に何か彫られているようだ。

 画像を最大まで拡大して、その箇所をよく見てみる。

 

「え……? 『園子&貴』?」

 

 そこまでしか見えなかった。読み取れなかった。

 だが、それだけで十分理解できた。

 

『貴也さんには三百年後に、こんなプレゼントを贈り合うような仲の彼女がいたんですね……』

 

 喫茶店に一緒に行ったことがあるという、彼女らしき人物の話が思い出される。

 ショックだった。でも、それは一過性のもので……

 

『でも今、貴也さんはここにいるんです。三百年後の人に取られるわけがありませんし、そもそも、その人よりも私の想いの方が強いに決まっています!』

 

 ただ、彼の気持ちだけは心配だった。彼の気持ちは、その娘にこそ強く向かっているのではないかと。

 

『それでも時間を掛けて振り向いてもらえれば、それでいいんです。私は負けません!』

 

 後ろを振り向く。項垂れたような姿勢で眠っている彼の姿を捉えた。

 その姿を見ながらひなたは強く誓う。千景にも、三百年後の彼女にも、それこそ誰にも負けないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この二日後、この時代最後にして最大の決戦があった。

 貴也は三百年後の世界に戻され、ひなたの気持ちも、千景の気持ちも宙ぶらりんとなった。

 

 




 策士策に溺れるを地で行ったひなたちゃんでした。
 ここでもうタイトルの意味がお分かりになったでしょう。ひなた(ちゃんが可哀想にも)ぼっこ(ぼこの憂き目に遭うお話)。

 さて、作者は有明浜も沙弥島も行ったことがあります。(お偉いさんの案内のカバン持ちですが)よって沙弥島海水浴場の描写は両者に同日に行った作者の個人的感想になります。決して、貶めているわけではないことをご理解いただきたい。(だって有明浜の方は開放的で気持ちのいい眺めだったんだもの……)

 ところでたかしーと千景の水着です。これらはゆゆゆい初期のイベントからまんま持ってきました。作者はゆゆゆいはやっていませんがその気で検索すれば色々出てきますからねえ。この二人の水着は印象に残ったのでそのまま採用。他の人のも目についた画像がモチーフになっています。
 ひなただけは策略の内容を鑑みて三次元の画像からピックアップ。でも、書いているうちにどこを参照したのか分からなくなってしまいました。

 次回は、このお話の後日談となります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2019.10 ひなたぼっこ!(後日談)

 当初考えていたプロットと微妙に異なる道のりを辿った挙げ句、考えもしなかった結末に至ってしまった。
 もっとしっとりとした感じになると思っていたのになあ。

 では、いつもよりは短めの本編をどうぞ。




 十月上旬のその日。若葉、球子、千景の三人は同日に退院した。三人の怪我の程度に差異はあったし、その回復にも差はあったのだが、様々な思惑が交錯した結果のことであったのだ。

 大型バーテックス十体と無数の星屑、それらと対峙した決戦。それから二月の時間が流れていた。

 

「みなさん、お勤めご苦労様でした」

 

「あんず!」

 

「! タマっち先輩も元気になって……、本当に良かった……」

 

「あんずは泣き虫だなあ。タマは逆に心配になるぞ」

 

「若葉ちゃんも球子さんも千景さんも、退院おめでとうございます」

 

「みんな、退院おめでとー!」

 

 怪我の程度が他三人に比べかなり軽かったため、二週間ほど早く退院していた杏。彼女はお祝いに軽口を叩くが、球子に抱きつかれると少し涙ぐむ。

 そして、ひなたと真鈴の巫女組も三人を温かく迎えるのであった。

 

「それじゃ、昼ご飯を兼ねて退院祝いにうどんでも食べに行くか!」

 

「うふふ……。やっぱり若葉ちゃんの第一声はそれになりましたね。食い意地若葉ちゃんです」

 

「いや、昼になったばかりだし、みんなもお腹が減っているだろ? なら、病院では食べられなかった美味しいうどんでもだなあ……」

 

 最初の掛け声をひなたに揶揄され、たじたじの表情の若葉。言い訳がましくも、皆を自分の好みの店へと連れて行こうとする。

 だがまあ、誰からも反対意見は出ない。

 そのまま六人で行きつけの店へと向かうのであった。

 

 

 

 

 うどん屋では周りの迷惑にならないレベルでわいわいとおしゃべりに興じ、それぞれ好みのうどんをすする。

 だが、どうしても場の雰囲気は明るくはなりきらなかった。

 友奈と貴也。先の戦いで二人を欠いてしまっていたからだ。

 そして、その話題は避けられていた。話題に乗せたところで、皆落ち込むことが明白だったからだ。

 

 

 

 

 その雰囲気は夕食の場でも同じであった。

 真鈴を除く寮住まいの五人。なんとなく個別にいるのも寂しさを感じるのか、談話室に三々五々集まってしまい、その流れで五人、鍋を囲むことになったのだった。

 そしてここまで来ると、その暗い雰囲気の源が千景にある事を皆気付いていた。

 千景も頑張ってはいた。夏頃までの友奈や貴也も揃っていた時期と比べると、よくしゃべっていたし、周りに気を遣っている様だった。

 だが、それでも……

 

 若葉とひなた、球子と杏。彼女たちには、それぞれ魂のパートナーとも呼べる相手が揃っていた。

 だが、千景だけは……

 親友である友奈を失い、想い人である貴也まで失っていたのだ。

 

 皆、なんとなく千景を気遣い、夕食も口数ほどには盛り上がらなかった。

 そして、そのまま散会となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜。

 千景は寝る用意をしながら、反省しきりであった。

 

『みんなの雰囲気を暗くしてたのは私だわ。もっと、ちゃんと折り合いをつけないといけないのに……』

 

 友奈と貴也を失ったことは、入院していた二ヶ月で心の整理をつけたつもりだった。

 だが今日ああやって皆が揃うと、その二人が欠けていることが改めて意識されてしまい、どうにも気持ちの落ち込みを抑えきれなかったのだ。

 

『まだまだ私はダメね。高嶋さんにも貴也くんにも、頑張るって誓ったはずなのに……』

 

 心が果てしなく落ち込んでいく。

 だが、涙が出るわけでもない。涙など、入院中にとうに出尽くしていたからだ。

 

 重い気持ちだけを引きずり、パジャマに着替え、布団に潜り込む。

 明日はもっと元気にいこう。そう自分を鼓舞しながら目を瞑る。

 

 

 コンコン……。

 

 

 千景の部屋の扉をノックする音が響いた。もちろん既に深夜と言ってもいい時間帯なので、遠慮がちな音だが。

 

『こんな時間に誰かしら?』

 

 そう思いながら起き上がり、扉へと向かう。

 

「はい。誰?」

 

「私です。ちょっと入れてもらっても良いですか?」

 

 誰何(すいか)に答えたのはひなただった。何の用かと訝しみながら扉を開ける。

 

「どうしたの、上里さん?」

 

 そして目を丸くする。

 そこに立っているひなたは寝間着姿で、しかも枕と毛布を持参しているのだ。

 

「今日は一緒に寝ませんか、千景さん? お話ししたいことがいろいろとあるんです」

 

「え、ええ!?」

 

 思いもしないひなたの言葉に、少々うろたえる千景。

 だが、彼女の目に真剣さを見出すと気を取り直して頷く。

 

「ええ、いいわよ。入って」

 

 

 

 

 ひなたは、部屋に入るなり当然の様に千景のベッドに潜り込んだ。あっけにとられる千景。

 

「まさかとは思ったけど、本当に一緒に寝るつもりなのね。一体、どういうつもりなの?」

 

「お話ししたいことがあるといいましたよね? ふふ……、千景さんの匂いがします……」

 

 千景の詰問にも泰然自若のひなた。むしろ布団に染みついた千景の匂いをスンスン嗅ぐ真似をしてからかってくる。

 そして、布団を少しめくると千景を促す。

 

「ほら、一緒に寝ましょ、千景さん」

 

「二人だと狭いんだけど!」

 

 そう言いながらも布団に潜り込む千景。ただ、顔を見合わせる体勢になるのは気恥ずかしいので、ひなたには背を向けた姿勢を取る。

 すると、ひなたが背中から抱きついてきた。

 

「上里さん!? なにを……」

 

 慌てる千景。だが、ひなたは悲しげな声を上げる。

 

「暫く、こうさせてくださいな。私だって貴女と同じで、好きな人を失っているんですよ……」

 

「それは……」

 

 言葉に詰まる。ひなたも恋愛感情を貴也に向けていたことは分かっていた。

 彼がいた時には、泥棒猫の様な真似さえする油断のならない恋敵だと思っていた。

 だからか、こんな悲しげで弱々しい態度を見せられるとは思いもしなかった。

 

「貴女の気持ちが全部分かるとは言いません。貴女は私の倍……いえ、もしかしたらそれ以上の悲しみを背負っているかもしれないんですから……」

 

 ひなたの腕にグッと力が入る。抱きしめる力が強くなった。

 

「それでも、少なくとも貴也さんに関してだけは、私と貴女は同じ立場、同じ気持ちのはずだと思うんです」

 

 千景は力尽くでひなたの拘束を外すと体を捩るように寝返りを打ち、ひなたの顔を見つめた。

 ひなたは苦しみに耐えるかのような表情のまま涙を流し、それでも千景の瞳を見つめ返す。

 そこには、千景の返答を促すような雰囲気があった。

 

「そうね……。貴也くんに直接振られた訳ではないとはいえ、私と貴女は同じ恋破れた二人ではあるわね」

 

 貴也に面と向かって振られたわけではない。あの告白の後、千景の立場は中途半端なままだった。彼は千景を恋人として明確には受け入れてくれなかった。あくまでも親しい友達のまま。だが、それは千景も納得ずくだった。時間を掛けて少しずつ近づいていければ、そう思っていた。

 だが、それはもう叶わない…………

 

 

 

 

 ひなたは何も返事をしない。

 じりじりといたたまれない時間だけが過ぎていく。

 

 ようやく意を決したようにひなたが口を開いた。

 

「貴女は知らないから、そのような冷静な態度をとれるんです。私たちは負け犬なんですよ。貴也さんには三百年後の世界に大切な彼女がいたんです……」

 

 その言葉に目を瞠る千景。

 その千景の反応をしっかりと見据え、さらに言葉を重ねるひなた。

 

「貴也さんが後生大事にいつも着けていたブレスレット。その内側を偶然にも見る機会があったんです。そこには『園子&貴』の文字が刻まれていました。『貴』は恐らく『貴也』の一文字目。貴也さんには、そんなプレゼントを贈り合うような仲の彼女がいたんです」

 

 千景は、そんなひなたをじっと見つめるばかりだ。

 千景が言葉を返さないので、焦れたひなたは自分の思いまで打ち明ける。

 

「それを知った時は、私はその彼女にも負けないよう頑張るつもりでした。でも、貴也さんは神樹様の手で三百年後に…………」

 

「そう……戻れたのよね……。だからだったのね……私の告白を聞いたときの貴也くんの反応……。そっか、貴也くんは諦めてなかったんだ……三百年後の元の世界に戻ることを。私なら、きっと諦めていたに違いないのに……」

 

 涙声で、でもどこか嬉しそうにそう呟く千景。

 そして、震える声でその言葉を零した。

 

「よかったね、貴也くん……。好きな人の元に戻れて……」

 

「あ……」

 

 ひなたは、千景のその言葉に驚きを見せると恥ずかしそうに身を縮こまらせた。

 

「私は自分のことばかり考えていたようです。そんなこと、考えもしなかった。お恥ずかしい限りです……」

 

「そんなことないわ。私もきっと、貴也くんがいてくれた時にその事を知ったのなら、上里さんと同じように考えたと思う。貴也くんが元の時代に戻れた後だから、こう思えたのかもしれないわ」

 

 二人は布団の中で見つめあう。

 互いの温もりが優しく感じられた。

 

 ふふ……

 ふふふ……

 

 どちらからともなく笑いが漏れる。

 

 

 

 

「貴女がいてくれて良かったわ」

 

 千景がそう、唐突に呟いた。

 だが、心底そう思っているのが伝わってくる。

 

「どういうことですか……?」

 

 千景の真意が分からず、尋ねるひなた。

 

「私も貴女も貴也くんに置いてけぼりにされた、恋破れた同士だもの。私と貴女の想いの形は違うのかもしれないけど、でも同じ人を好きになった者同士、傷を舐め合えるわよね?」

 

「千景さん……?」

 

「高嶋さんも、貴也くんもいなくなったの…………貴女には乃木さんがいるけれど。土居さんと伊予島さんにはお互いがいるけれど」

 

 ひなたは息を呑んで見つめる。今にも千景が泣き出すのではないかと。

 だが、彼女はひなたの危惧に反して微笑んだ。

 

「私にとって貴方たち四人は大切な仲間で友達よ。でも、一番大切だったのは高嶋さんと貴也くん。その二人を失った今、それでも少しでも同じ気持ちを分かち合える上里さんがいてくれて、どれだけ私が救われたか…………貴女になら分かるわよね?」

 

「そう……ですね……」

 

 千景の瞳には、いつの間にか力強さが宿っていた。

 それは口にする言葉にも宿り始める。

 

「だから私は負けない。高嶋さんへの気持ちも、貴也くんへの気持ちも誰にも負けないって! もう二度と会えないのだとしても、二人への私のこの気持ちは誰にも負けないって誓うの! たとえ上里さん、貴女にだって。貴也くんが好いていたっていう三百年後の彼女にだって!」

 

「わ、私だって負けません。私だって若葉ちゃんへの気持ちと、貴也さんへの気持ちは誰にも負けません! 千景さんにだって、三百年後の彼女にだって!」

 

 千景の宣言に、ひなたも慌てて対抗する。

 だから、千景は嬉しそうにひなたを見る

 

「私、貴女と私は随分違う人間だと思っていたのだけれど……、案外、似た者同士なのかもしれないわね」

 

「そうですね。誰かを想う気持ち、その重さは似たようなものなのかも……」

 

 二人してクスクスと笑い合った。

 

 

 

 

 暫く笑い合った後、千景が思い出したように口を開く。

 

「ところで、その貴也くんの三百年後の彼女の名前……」

 

「『園子さん』というらしいですよ」

 

「そう……。なら、彼女にも私たちの想いを伝えておきたいわね」

 

「そうですね」

 

 なぜか以心伝心、互いに思っていることが伝わったと感じる千景とひなた。

 二人、顔を見合わせ微笑んだ。

 

「貴也くんのこと泣かしたら、恨んで化けて出てやるから」

 

「貴也さんを幸せに出来なかったら、呪って差し上げます」

 

 くすっと笑いが漏れる。

 

 

 二人、天井を見上げた。

 千景は右手で、ひなたは左手で、それぞれの手を繋ぎ、残った片方の手を天へ向けて差し出す。

 その視線は天井を越え、天上を越え、未来を見据える。

 そして二人声を合わせた。

 

「「だから!!」」

 

「貴也くんのこと、支えてあげてね」

 

「貴也さんを頼みましたよ」

 

「「園子さん」」

 

 




 ひなたの描写に違和感を感じる人がいるかもしれません。この作品では、ひなたが若葉の写真を撮り溜めていることを彼女の独占欲の表れとして解釈しています。つまり、のわゆ主要キャラの中では一番独占欲が強い人として描写しているせいです。まあ、性格のいい彼女のことですから、その他の人を排除したりはせず、でも自分が必ず一番でいたい、といった感じに落ち着くのかな、と。

 千景とひなたの最後のセリフ。もちろん58話のあのセリフです。

 当初、西暦で恋愛絡みの話になるのは千景だけの予定でした。たかしーと貴也を失った後の彼女を危惧して、支え合う相手としてひなたを用意したつもりだったんですが。
 思ったよりも千景の心が強かった。42話の「頑張るね」の言葉通り彼女、頑張ったんだなあと。
 そして最後のセリフです。300年の時に引き裂かれた貴也と園子を繋ぐアイテムのはずが本編ではやや影の薄かったブレスレット。それが、のわゆ編40~43話のB-sideストーリーとも言えるこの4話で、58話のあの場面に繋がるアイテムとして昇華するとは。この後日談を7割方書き上げるまで作者にも見通せませんでした。(これだから小説書くのはやめられない)

 次回は樹ちゃん、出番です!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0308.12 白銀(しろがね)の双輪

クリスマス前に間に合った……。

「ひなたぼっこ!」の続きは季節外れすぎるのでお蔵入り。(未完成とも言う)
ゆゆゆ2次の新作はこねくり回したプロットがやっと形になりそうな段階。(企画倒れ気味とも言う)
代わりに受信に成功した、単なるイチャイチャを投稿します。

いつもよりも非常に短いですが、本編をどうぞ。




「ただいま~。ううーっ! さむさむっ!」

 

貴也が玄関まで迎えに出ると、帰宅したばかりの園子はまだブーツを脱いでいるタイミングだった。

 

「おかえり、そのちゃん。寒いったって、今日も車で送ってもらったんだろ? なら、下の車寄せから玄関までじゃないか」

 

「急に冷え込んできたからね~。その距離でも体が冷えちゃうんさ~。――――――ん!」

 

まあ、確かにここはマンションの最上階だ。エントランスから部屋の玄関までの間に体が冷えることもあるだろう。

言い訳をしながら上がり込んできた園子だが、急に目をつぶると唇を突き出してくる。

そのあからさまなおねだりに苦笑したが、特に断る理由も無い。すぐに応えてやる。

 

チュッ。

 

「ええ~? これだけ?」

 

冷え切った唇に軽く口づけるだけのキス。だからだろうか、不満いっぱいの声が返ってくる。

 

「体を温める方が先だろ?」

 

「そうかもしれないけどさ~。ん。ありがと」

 

コートを脱がせ、マフラーを受け取ると玄関脇のクローゼットに収める。

不満たらたらであっても、すぐに感謝の言葉を掛けてくるのには育ちの良さを感じさせた。

 

「お、いい匂いがする~。今日は早かったんだね~」

 

「園子ほど激務じゃないからね。たまには早く帰れるさ。で、今日は鍋焼きうどんを用意してみたよ」

 

「あ~、お腹ぺこぺこなんよ~。帰ってきたら温かい食事が用意されてるなんて、同棲を始めて良かったって思うことの第一位なんよね~」

 

「色気より食い気かよ」

 

「三大欲求の中で一番強いのは食欲なんよ」

 

「本当かよ? 園子の場合、睡眠欲なんじゃないの?」

 

「仕事中は学生時代ほど居眠りはしてませーん」

 

「ほど、ってことは数や時間は減れどもやってるって事だよな?」

 

「ばれたか~。へへへ……」

 

 

 

 

園子の助けになればと思って大学卒業後大社に就職した貴也だったが、一般職員ではまったく思うようには行かないことを痛感していた。

そこで、同棲を始めたのを機に家事面でのサポートを心がけるようになったのだ。

 

 

 

 

一方の園子は表向きは秘書室の職員、事実上は大社の顧問といったところだ。

大社の表向きのトップは園子の又従兄弟にあたる四十代の男性だ。非常に優秀な人物だが、実はその彼さえも園子の手のひらの上で転がされているのが実体だ。

 

今の大社の仕事は従来以上に多岐に渡っている。信仰をベースに民心を安定させ、四国を統治する政府と連携して政治を行う。また、本格化しだした本州、九州への再入植、外国の神々との戦いを含む結界外への調査等々。

それらの調整を行いつつ、旧大赦時代に行きすぎた隠蔽体質の改善など、園子の所掌する仕事は多く複雑であり、激務にその身をやつしていた。

幸いだったのは、トップの彼を始めとする彼女の手足となる優秀なスタッフに恵まれたことだろう。ある程度方針を定めれば自動的に物事が動く部分も多かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

熱々のうどんをはふはふ言いながら食する二人。

その合間合間に言葉を交わす。

園子の楽しそうな態度に、貴也も思わず顔がほころんでいた。

 

「もう十二月。クリスマスシーズンだよね~」

 

「そうだな。今年のイヴはどうするんだ?」

 

そんな問いかけにイヴの予定を問い返すと、園子は予め用意していたのか、近くに置いていたポシェットからチケットを取り出す。

 

「じゃーん! 今年はいっつんのコンサートチケットが当選しましたー!!」

 

「へー、凄いじゃん。毎年、倍率高いもんなー」

 

「だから、これに合わせてスケジュールを決めるんさ~。それでね、園子様特権で楽屋への挨拶もオッケーなんだって」

 

「おいおい、あんまり職権を濫用するなよ」

 

「分かってるけど、今回は特別だよ~。大体、職権濫用をしないからチケットの入手も一般当選に任せてるんだし……。それより、ゆーゆのお店ででっかい花束用意しないとね」

 

「そうだな。そういや友奈にもしばらく会っていないな。みんな元気にしてるかな?」

 

就職してからこっち、かつての勇者の面々とはほとんど会っていない。顔を合わせる機会があったのは、同じ大社に所属する夏凛、芽吹、怜、亜耶ぐらいのものだ。他の皆はそれぞれの道を歩んでいる。

 

「あっ!? ダーメ! 今日はゆーゆたちに思いを馳せるのは無し~。私だけを見てよ~」

 

急に声色を変えて、園子が甘えるようにダメ出しをしてきた。そんな彼女の態度に疑問を抱く。

 

「どうしたんだよ? いつもの園子らしくないなぁ」

 

「だって~、急に寒くなったし、ここんとこ仕事に追われてたぁくんとこんなに話すのも久し振りだし、なんだか寂しくなっちゃったんだ~」

 

ふわっと周りの空気が急に濃くなった気がした。

 

 

 

 

いつ頃からだろうか?

園子から香る匂いが、花のような甘くも爽やかな感じから噎せ返るような甘ったるい匂いに変わったのは。

それは年々濃くなってゆく。シチュエーションによってある程度は濃くなったり、薄くなったりもするのだが。

 

少し匂いの成分のバランスが崩れれば気持ち悪くなるのではないかと思われるほど濃厚な匂い。

だが、まったく気持ち悪くなどならない。

むしろ自分の中の獣性を刺激してくる、心地よくも刺激的な香り。

 

他の女性から香ることもある。(うっす)らとではあるが……。

だが園子から香る匂いは、その何十倍もの濃さがあるように感じた。

 

『これがフェロモンってものなのかな?』

 

貴也はそう思っている。

 

 

 

 

「だからね……今夜は…………」

 

「明日も仕事があるだろ? 週末、週末」

 

濃厚な甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。

彼女は言葉でも、仕草でも、表情でも、そして体の生理的変化でも誘ってきていた。

 

だが、まだ週の半ばだ。

激務に疲労しているはずの彼女の体をこそ気遣うべきだろう。

そうすることが彼女への優しさだと、自分の中でむくりと起き上がる衝動と熱情を抑えに掛かった。

だが……

 

「そりゃ、体も疲れてるかもしれないよ……。でも、心の疲れも癒して欲しいなあって……」

 

心なしか、いや、明らかに園子の瞳は潤んでいる。縋るような表情だ。

貴也としても、強行に反対する理由は何も無かった。気持ちが揺らいだ。

 

「ダメ……?」

 

小首を傾げてそう尋ねられたのが、揺れる貴也の気持ちにとどめを刺した。

 

「ああ、分かったよ。でも、ちゃんと寝る用意をしてからな?」

 

「うん」

 

気恥ずかしそうに、そして消えてしまいそうに儚げな喜びを見せる園子。

そんな彼女の姿に、自分はなんて幸せな奴なんだろう、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

仲良く一緒に食事の後片付けを済ませると、貴也は園子を浴室へ送り込んだ。

一瞬、一緒に入ろうかとも思ったのだが、それをすると長期戦になりそうなので今夜は我慢することにする。

 

「今日は軽めにしとかないとな……」

 

タオル等を用意しつつ寝室に入り、いつも二人で寝ているダブルベッドを見やりながら独りごちた。

 

『そう上手くいくかな……?』

 

なんだか悪魔の囁きが聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

結局、その夜はこってりと園子を可愛がることになってしまった。

そして深い満足感を覚えつつも、いつ眠り込んだのか分からないほどぐっすりと眠り込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

心地よい疲労感を伴う気怠さがあった。

寝ぼけ眼でヘッドボードの宮に置いてある目覚まし時計を手に取る。

 

「うぉっ!! もうこんな時間!!」

 

起床すべき時間をだいぶ過ぎていた。

遅刻を免れるにはギリギリの時間だ。

 

「起きろ! 園子!!」

 

「うにゃ~!? なにごと~?」

 

園子をたたき起こしたが、まだ半分寝たままだ。

その彼女を熱いシャワーを出した浴室に放り込むと、最優先で彼女が出勤する支度を整えてやる。

確か、今日は朝一で政府関係者との会議があったはずだ。

 

 

 

 

何事にもゆっくり気味な園子を急かせて、玄関まで送り出した。

 

「ほらほら、下でお迎えが待ってるんだから早く早く!」

 

「へへへ……。こんなに遅くなっちゃったのは、夕べたぁくんが寝かせてくれなかったからなんよ~。激しかったもんね~」

 

「園子だって同じだったろ!?」

 

「うん。せめて最後の一回は我慢すれば良かったかな~?」

 

舌をペロッと出して、そんな事をのたまう。

 

「急げ急げ! 僕の方はもう遅刻確定なんだからさ!」

 

背中を押して玄関から送り出す。

 

エレベーターホールに消える直前、彼女が振り返った。

 

「あっ、そうだ! 今日の遅刻はもみ消しとくから大丈夫だよ~」

 

そう言うと、手を振って姿を消した。

 

 

 

 

「やっぱり職権濫用じゃないか……!」

 

そうぼやきながら部屋の中に戻る。

昨夜の艶めかしかった彼女との落差にため息をついた。

 

『でも、そのちゃんらしいと言えばそのちゃんらしいか……』

 

彼女が初恋の相手で良かったと、一番大切な女性であって良かったと思う。

そして、出勤の準備をすべく急いで自室へと向かった。

 

 

 

 

貴也が慌ただしく通り過ぎたその横、シューズボックスの上で何かがキラリと光る。

そこには、新品と見紛うほど綺麗なピンクのラインの入ったシルバーと、至るところに傷が付き、少し形が歪んでいる黒のラインの入ったシルバーの、二つのブレスレット。

その二つが寄り添うように飾られていた。

 

 




貴也からの園子の呼び方(「園子」と「そのちゃん」)は意図的に使い分けていますので、ご了承ください。

ちなみに、下記アドレスをクリックすると『夜の増量版』に飛びます。(R-18になるので18歳未満のよい子はクリックしちゃダメよ)
https://syosetu.org/novel/209707/


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0301.02 ちょこっと自信を持って

例年12月~4月は忙しいことは分かっていた。
だが、今年は新年早々目が回る忙しさだ。
なぜか? 人員削減で、昨年まで二人でやっていた仕事を一人でやらざるを得ないからだよ!

ということで、忙しくてボロボロになっている合間に書いたよ。
なんとか、今日のこの日のうちに投稿できました。

では、本編をどうぞ。



「はーい、とーごーさん♪」

 

「あら、友奈ちゃん。ありがとう♡ 私もお返しよ、はい♡」

 

「わーい! ありがとう、とーごーさん」

 

「私も友奈ちゃんに貰えて嬉しいわ。西洋由来の風習だけど、これ位なら受け入れられるわね。名称さえ和風に変えてしまえば、更に文句の付けようがなくなるのだけど……」

 

最終決戦も終わって、早一ヶ月。勇者部部室は華やいでいる。

今日は二月十四日火曜日。(セント)バレンタインデー。

友奈が皆にチョコを配っていた。いやいや、部員同士でチョコの贈り合いになっている。全員、示し合わせたように手作りチョコだ。市販品そのままを配っているのは一人もいなかった。

 

「これは、誰のチョコが美味しいのか食べ比べになっちゃうわね」

 

「ドキッ! どうしよう……、私のって美味しいのかな……?」

 

「樹のは美味しいかどうかよりも、食べられるかどうかの方が、ね?」

 

「お、お、お、お姉ちゃん!? それは酷いよ!?」

 

あちらでは犬吠埼姉妹がじゃれ合っている。

 

「で、なに? 園子……。これは何を象ったチョコなのよ?」

 

「うん、人型進化体のサンチョだよ」

 

「………………アンタのセンスにはついていけんわ……」

 

そちらでは、園子のシュールで前衛芸術的な造形の手作りチョコに夏凛が口元をひくつかせている。

 

「でも、まあ、全部友チョコだもんな。園子以外は本命チョコは無しか……」

 

そして、ここでは銀が天を、いや天井を仰いでいた。

ところが、その嘆きの発言に反抗する発言が。

 

「フフフ……、そんなことないよ、銀ちゃん。私のは全部本命チョコだから!」

 

目をキランと輝かせ指をピストル形に顎に当て、どや顔で言い放つ友奈。もちろん本人は冗談のつもりだ。だが……

 

「ぐふぅっ……!!」

 

いきなり美森が吐血するや、いろいろと他人には見せてはいけない幸福感いっぱいの蕩け顔で倒れる。

 

「とーごーさん!?」

 

「東郷先輩!?」

 

「須美!? 何やってんだよ!?」

 

「あーあ。友奈、やっちゃったわね」

 

「わっしーのいつもの発作だよね。お~い、わっしー♪」

 

いきなりの美森の反応に驚く友奈、樹、銀。風はあきれた口調で友奈を軽く非難し、園子はどこからか指し棒を取り出すや美森のメガロポリスの頂点をちょんちょんとつつき出す。そして夏凛は呆れましたのジェスチャーをしながらため息をついていた。

 

「ぐふっ……。ちょっと、そのっち。何してるのよ!?」

 

「あはははは……」

 

「ちょっと待て、須美。その口から出てるのはあたしが贈ったチョコか?」

 

「そうよ。丁度、銀のチョコの味見をしているところで、友奈ちゃんの言葉のキューピッドの矢が……」

 

「なんで、チョコがそんなに赤いのよ? ……って、これのせいか」

 

風が自分に贈られた銀のチョコを確認すると、立方体形のチョコでありながら斜め半分にスパッと色違いになっている。半分は普通のチョコレートの茶色、半分はピンク色だ。

 

「フフフフフ……。銀様必殺、ハーフ ルビーチョコだ!」

 

「へー、上手いこと組み合わせてるわね」

 

「綺麗に合わせるのに、ちょっと苦労したんだぜ」

 

「アンタはパティシエールか!?」

 

「悲しいことに贈るべき男子がいないんだが……」

 

夏凛の賞賛、風の揶揄に得意げな表情を見せる銀だが、何故か最後には自虐に走る。

そんな姦しいてんやわんやの一時も一段落していく。

 

 

 

 

「まあ、友奈の本命発言には驚かされたけど」

 

「ははは……。冗談ですよー、風先輩♪」

 

「まあ、それは兎も角として……」

 

風の視線が友奈から園子へと移る。とても悪い笑顔だ。つられて皆の視線も園子に集まる。

 

「乃木。アンタ、鵜養にはもうチョコを渡したの?」

 

「ううん。まだだよ~」

 

「へ? じゃあ、どうすんの?」

 

「今日、五時半に駅で待ち合わせしてるんだ~」

 

「ほうほう、それは、それは、お熱いことで……」

 

風の疑問に園子はあっけらかんと答えていく。

樹には悪い予感がしていた。

 

『お姉ちゃん、もしかしたら出歯亀をしに行くつもりじゃ……?』

 

そう樹がやきもきしている間にも話は進んでいく。

どうやら、貴也と園子の間では以前から約束が出来ていたらしい。

チョコの受け渡しにわざわざ貴也が、大橋市から一時間を掛けて電車でやって来るのだ。

 

 

 

 

「それじゃ、お先に~」

 

園子がいそいそと部室を後にする。

彼女の足音が遠ざかり、聞こえなくなった時点で風が皆を呼び寄せる。

 

「じゃあ、見学に行く人はいる?」

 

「お姉ちゃん、やめておこうよ。園子さんにも貴也さんにも悪いよ……」

 

「ホーント、風も好きよねー」

 

風の企みに樹は異を唱え、夏凛は呆れた声を上げる。

銀はニヤニヤとしているだけだし、美森は友奈を見つめたままだ。

 

「友奈はどう?」

 

「うーん、園ちゃんには悪い気もするけど、貴也さんにも会ってみたいしなぁ~」

 

「じゃあ、決定! ということで」

 

「ホントに行くの?」

 

「おやぁ? 夏凛には向上心というものが無いのかなぁ~。今後のためにも先達の行動を学習しておくべきじゃないかしら?」

 

「なんで、覗きと向上心がリンクするのよっ!? いいわよ! そうまで言うなら行こうじゃない!」

 

風の煽りにチョロく乗っかる夏凛。

 

「私は友奈ちゃんが行くなら……」

 

「園子がなんかヘンなことしないか、監視という名目なら……」

 

友奈のことに限っては主体性のなくなる美森に、何でもいいから理由さえつけばという態度の銀。

実は既に勇者部の新部長に就任している樹は頭が痛くなってきた。

 

『私、こんな自由な人たちを率いて部長をするなんて、本当にやっていけるのかな……?』

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

意外に早く追いついた。

視線の先には、鼻歌を歌いながら駅へと向かう園子の後ろ姿。

勇者部六名の少女たちは、息を潜めながら仲間の後ろ姿を追っていく。

 

「乃木の奴、ご機嫌ねー」

 

「そりゃそうさ。貴也さんに会うの、二週間ぶりだし」

 

「これだけの距離の遠距離恋愛で二週間ぶりって、結構頻繁なんじゃないの?」

 

上機嫌の園子の姿にニヤニヤしながら風が寸評を加えると、その理由を銀が答える。そこにすかさず夏凛のツッコミともとれる発言が続く。

 

「園ちゃん、ホントに幸せそうだねー」

 

「私も友奈ちゃんが隣にいてくれれば、それだけで幸せよ?」

 

今にもスキップでも始めそうな勢いの園子。

ニコニコと友奈が隣の美森に話しかければ、平常運転な答えが返ってくる。

 

『私は、一体何をやっているんだろう?』

 

一人、樹は哲学的な気分に落ち込みながら、先輩五人の後に続く。

 

 

 

 

程なく讃州駅に着く。

予め電車の時刻に合わせて行動していたのか、園子が駅舎に入るのとほぼ同時に大橋市方面からの電車が到着する。

駅舎の外から中を窺っていると、降車客がぞろぞろと出てきた。

と、園子が体を伸び上がらせて大きく手を振る。貴也が出てきたのだ。

 

二人が合流すると、その視線がこちらを向きかけたので、慌てて隠れる勇者部一同。

ところが、駅舎の中から外へは死角があるものの、外に出てこられるとかなり遠くまで行かないと隠れる所が無い。

 

「ちょっと、ちょっと、外に出てこられたら隠れる所が無いわよ」

 

風が慌てふためくが、どうしようもない。

だが、降車客がぞろぞろと外へ出てくるにも関わらず二人はなかなか出てこない。

もう一度駅舎の中を覗くと、園子が普通に紙袋を貴也に渡しているところだった。

 

「なによ、なによ。少しはためらったり、恥じらったりするもんじゃないの?」

 

「あー、やっぱり二人はちゃんと付き合ってるんだな。良かったよ。あたしはこれを確認したかったんだ」

 

「なによ、銀。アンタ、裏切る気?」

 

「裏切るも何も、あたしは小学生の頃から二人の事を見てきたんだぜ。今まで園子が受けてきた仕打ちを考えるとさ、二人、ちゃんと付き合ってて欲しいって思うもんだよ」

 

「それじゃ何? 野次馬根性でついてきたアタシって最低じゃない」

 

「今頃気づいたの、お姉ちゃん?」

 

「あうー」

 

風と銀が揉め、それに樹がツッコミを入れている横では夏凜が匙を投げていた。

 

「普通に自然体でチョコを渡せるような仲じゃ、何の参考にもならないわね」

 

 

 

 

「あれ? 今度は貴也さんが園ちゃんに何か渡してるよ」

 

「チョコにしては重そうね。本か何かかしら?」

 

園子からチョコレートが入っていると思しき紙袋を受け取った貴也だったが、今度は彼が紙袋を園子に手渡していた。

それに気づいた友奈が皆に注意を促し、それを受けた美森が貴也が手渡した紙袋の中身を類推する。

 

と、その途端、園子が友奈たちの方を振り向き大声を上げた。

 

「ゆーゆとわっしー、見~っけ!」

 

そして、すぐさま駆け寄ってくる。

 

「あちゃー。見つかったかー」

 

風は日没で暗くなりつつある天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。みんながついてきてたのは最初から知ってたよ~」

 

「えーっ!? アタシたちが気付かれないようにしていた努力って、一体……?」

 

「だってね~、フーミン先輩、部室で話してた時からそんな雰囲気を醸し出していたし」

 

日も落ち、暗くなった駅前広場のベンチに座りながら八人の少年少女たちは駄弁っていた。

そんな中、ニコニコしながら種明かしをする園子。風はげんなりした表情だ。

 

「ところで、園子さー。貴也さんに渡したチョコはまともなんだよな?」

 

「ん? どういうこと?」

 

「いや、あたしら向けのはなんと言うか、前衛芸術的な何かだったじゃん? まさか、あんなのを本命チョコとして渡したりはしてないよな?」

 

「ん~。どういうのが本命チョコにふさわしいのかは人それぞれ異論があると思うけど、とりあえず今日、私がたぁくんにあげたのは何の変哲もないハート型だよ。見せてあげようか?」

 

銀の心配に、動じずに応じる園子。だが、その返答は貴也を慌てさせる。

 

「ちょっと待った。なんで、園子からもらったチョコをみんなに見せびらかさないといけないんだよ? 逆に僕が恥ずかしいから、やめてくれ!」

 

「と、いうことらしいよ。ゴメンね、みんな。たぁくんを困らせてまで見せるわけにもいかないし~」

 

そこまで話が進んだところで、今度は友奈が貴也に話しかける。

 

「貴也さんは園ちゃんに何を送ったの?」

 

「あ? ああ、本だよ」

 

「凄い! とーごーさんの予想、大当たりだよ」

 

「やっぱり、そうだったのね」

 

「どんな本を送ったの?」

 

「園子が目が見えない時分に買っていたオーディオブックの活字版さ。あのCDには活字版が付属していなかったからさ」

 

「うん。これは嬉しかったんよ~。やっぱり本は活字で読むほうが味わい深く感じるもんね」

 

「でも、バレンタインなのにチョコじゃないんですね」

 

今度は横合いから樹が尋ねてくる。

 

「うん。別に贈り物はチョコじゃなくても良いそうだよ。元々、決まりは無いそうだからさ」

 

「日本のは、バレンタインデーが流行りだした頃のお菓子業界の陰謀だって説もありますもんね」

 

貴也の返答に、美森が苦笑気味に薀蓄を付け加えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

貴也の帰りの電車の時刻が迫っていた。

だが、樹は皆に断って貴也と園子を離れたところに連れ出していた。

 

「今日は本当にごめんなさい。お二人だけの時間を邪魔しちゃって。私がもっとしっかりしていれば、勇者部のみんなをこんな所まで押しかけさせずに済んだんですけど……」

 

そう言って頭を下げる樹。

だが二人はにこやかに返す。

 

「いや、みんなと話ができて楽しかったよ。樹ちゃんが気にすることはないよ」

 

「そうだよ、イッつん。むしろ、私のほうがいつもイッつんに迷惑かけちゃってるようなもんだしね~」

 

「でも、こんな調子じゃ先が思いやられます。私に部長なんて、まだ早かったんじゃ?」

 

それでも樹は自信なさげにそう漏らす。

すると、貴也が樹の背中を軽く叩いて諭してきた。

 

「自信持ちなよ、樹ちゃん。ここまでの道中、何事もなかったんだろ? それにさ、立場が人を作るって言葉もあるくらいだしさ。努力を怠りさえしなければ、樹ちゃんならきっと立派な勇者部の部長になれるさ」

 

「そうだよ、イッつん。迷惑かける存在の私が言うのも何だけど、イッつんならきっとフーミン先輩以上の立派な部長さんになれる素質があると思うんよ」

 

「そうでしょうか?」

 

二人の励ましにも、まだ苦笑い気味の表情を見せる樹。

そこで、貴也は励まし方を変えてきた。

 

「まあ、まだ部長になって一ヶ月にもならないんだろ? 来年の今頃振り返ってみれば、きっと今日の悩みなんか笑って思い出せるようになってるさ」

 

「そうか……、そうですね! 頑張ってみます。先輩のみんなに舐められないような部長を目指してみます」

 

その励ましは、樹の琴線に触れたようだ。やっと樹は、いつもの笑顔を見せてきたのだった。

 

 

 

 

貴也を見送り勇者部の皆と別れ、姉と二人での帰り道。樹は姉に決意を打ち明ける。

 

「お姉ちゃん。今日のことで私、思ったんだ」

 

「ん? 何を?」

 

「えっとね。お姉ちゃんが卒業した後の勇者部。それをね、友奈さんたちみんなと守って大きくしていくんだって」

 

「へー、いいんじゃない? そっかー、樹もそういう事を言うようになったんだ」

 

「うん。歌手の道もきちんと目指すよ。だけどね、お姉ちゃんが今まで守って育ててきたもの。それをね、私も受け継いでいこうと思ったんだ」

 

その樹の発言に、満足そうな笑みを浮かべる風。

樹の肩をぐっと抱き寄せて、嬉しさを隠せない声音で告げる。

 

「期待しているわよ、樹。――――――それとね、やっぱりチョコもちゃんと食べられるものを作れるようにしなきゃね」

 

ガーン。

そんな擬音が響いてるような表情を見せる樹。

姉の鞄に入っている、今日手渡したチョコ。それにはチョコレート本来の茶色に、なぜか紫色がマーブル状に入っていたのだった。

 

 




なんだか、とっ散らかった内容で御免なさいです。
唐突にバレンタインと絡めた樹のお話を書きたくなったんです。
ちょっと前から書き始めたのですが、この日に間に合って良かった良かった。

さて、前書きに書いたような感じなので、執筆が全然進みません。
でも、チュン助主人公のお話もまだ一話分の分量に届いてはいませんが、少しずつ書き進めています。
多分、恐らく、メイビー、エタらないと思います。(一応、粗いとはいえ完結までのプロットもありますので)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0306.06 魔法のアイドル! ブレイブ☆イッつん!!

 タイトル詐欺だ~。
 このお話、樹ちゃんが変身したり魔法を使ったりはしませんよ。ご注意願います。
 それどころか、本題は別の所にあったり。

 では、本編をどうぞ。



『魔法のアイドル ブレイブ☆イッつん』

 

 

 そのタイトルが表紙にでかでかと印刷された企画書。

 それを受け取った樹は口元をひくつかせた。

 喉元まで出かかった「うへぇ~」という呆れ返った呻き声。それをやっとの思いで飲み込みつつ、その企画書を提示してきたプロデューサーに尋ねた。

 

「今度のタイアップ企画って、これなんですか?」

 

「そのとおりなんだよ、樹ちゃん! これは社運を掛けたマルチメディア展開でね──────」

 

 プロデューサーの説明を聞きながら、樹は激しい頭痛とめまいに襲われた気がした。

 

 

『イッつん』

 

 

 その単語が如実に示していた。この企画の震源地を。

 中学生の頃から、ある特定の人物だけが呼び続けてきた自らのあだ名。

 だから光の速さで理解する。

 

『このお話の主人公のモデルは私に違いない……!』

 

 どこか、誰も知らない場所に逃げ出したい気分になった。

 

 

 

 

 要するに、話はこうだ。

 まずは樹のことを『イッつん』のあだ名で呼んでいる当の本人、乃木園子がネット上の小説投稿サイトにアップしていたウェブ小説が話の発端だった。

 園子が中三~高一の時期に投稿していたそのウェブ小説『魔法のアイドル ブレイブ☆イッつん』に感銘を受けた業界関係者がいたのだ。

 まあその時点で一年以上も前に完結していた小説だが、園子の投稿小説の例に漏れずネット上では大絶賛状態で、さらには今だにじわじわと新規の読者が増えていっているような有様だったのだ。

 そして、これを商業化しようとの企画が立ち上がったのが今回の一件だった。

 

 園子の了解を取り付け、大幅な改稿および増量が行われた上での単行本化がまず決まった。

 次いでコミカライズとアニメ化が同時並行で進められ、そのアニメ主題歌の歌手として犬吠埼樹が選ばれたというのが事の真相であった。

 もちろん樹の所に話がやって来るまでには、二年近い月日が掛かってはいたのだが。

 なお、ゲーム化も画策されているとかなんとか。

 

 ちなみに、どうやら『イッつん』が樹のあだ名であることに感づいている者はほとんどいないようだった。

 それもそうだろう。そのあだ名で樹を呼ぶ人物は園子一人だけであったし、そして園子は四国を牛耳る『大社』の事実上のトップである事もあり、TPOを弁えていた。そのあだ名が使われるのはプライベートな場だけであったからだ。つまるところ公式な場で、園子がそのあだ名で樹を呼ぶことは無かったということだ。

 ただ、その小説の内容を熟読した関係者の間では水面下で噂が広まっていた。

 

「この小説の主人公。どことなく歌手の犬吠埼樹ちゃんに似てない……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 樹が企画書を見せられてから数ヶ月。企画は順調に進行していた。

 樹が高校を卒業したその翌月。四月に発売された単行本の第一巻は瞬く間にベストセラーとなった。メインターゲットは中高生のはずだったのだが、意外に幅広い年代に受けたのが原因だった。軽いタイトルの上、コミカルな表現の部分が多々ありながらも、ベースの話がシリアスであったのが主な理由かもしれない。

 もちろん、キャラクター人気も相当なものだ。

 

 単行本の第一巻が発売された同月からは、コミック雑誌でコミカライズ版の連載が始まった。

 これも読者アンケートによると、その雑誌の看板作品に匹敵するような人気が出ているようだ。

 

 そして、樹が直接関わるアニメ版である。

 第一期として秋口スタートの一クール、全十三話の制作が進行していた。

 内容は隔月ペースで発刊される小説版全四巻のうち第二巻の内容まで。ディスクや関連商品の売上によっては第二期の制作も視野に入れられているそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、樹は自宅で荷造りに奮闘していた。

 仕事絡みの旅行にはもう慣れたものなのだが、今回はいつもより少し荷物が増えているのが原因だ。

 

「いつきー、明日からの用意できてる?」

 

「もう! いつまでも子ども扱いしないでよね、お姉ちゃん」

 

「ゴメンゴメン。もうアンタも高校卒業しちゃってるのにね。なんか実感が湧かなくて」

 

 今年の年明けから樹専属のマネージャーとなった風が部屋へ顔を覗かせるなり心配の声を掛けてくる。それに対し少し反発してみせると、彼女は苦笑いをしていた。

 

『まったく……。妹離れの出来ないお姉ちゃんなんだから!』

 

 そう内心で愚痴ってはみるものの、やはり樹も姉がついていてくれるのは心強いものなのだ。明日からのMV撮影のための旅行の用意をまとめながら、表情は柔らかい笑顔を見せていた。

 

「あ、そうそう。鵜養のアポ取れたわよ」

 

「えっ、ホント!? やったあ。貴也さんに会うのも久し振りだなあ。荷物の用意も無駄にならなかったよ」

 

 すると、思い出したように風が樹の頼み事が叶ったことを報告してきた。

 思わず嬉しくて少しはしゃいでしまう。

 ところが、風は少し複雑そうな表情だ。

 

「で、ホントにやるの? いまや人気絶頂のアイドルがやる事じゃないんじゃない?」

 

「外向けはお姉ちゃんが上手くやってくれているんでしょ? それにね。いいとこ見せたいじゃない?」

 

「まあ、私が一緒だからね。最悪、週刊誌あたりに盗撮されても言い訳は立つしね」

 

「えへへ……。貴也さんにリベンジマッチだぁ! ルンルン♪」

 

 明日からのMV撮影に私的なオプションツアーが加わり、樹はその日一日、上機嫌で過ごした。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 愛媛県道後市。西暦の昔は松山と呼ばれていた四国最大の都市だ。

 樹はこの土地にMV撮影のためにやって来ていた。

 

「流石に外で一般の人に見られながらは、ちょっと恥ずかしいですね……」

 

 そう言って一瞬はにかんだ笑顔を見せるも、すぐにキリッと仕事向けの表情が出来るのはやはりトップアイドルだけのことはあった。

 その樹のコスチュームは『魔法のアイドル ブレイブ☆イッつん』の主人公、矢賀手(やがて)五花(いつか)の魔法少女への変身後のものだ。それはいつも歌手として着る舞台衣装以上に、媚び媚び、フリフリ、そしてどこかカッコ可愛い衣装だった。ちなみに勇者装束とは異なり、和のテイストはほとんど無いに等しいものだ。

 

「いやー、スタジオで撮影するよりも外の方が映えるね。まるで本物の魔法少女のようだ」

 

 撮影隊の監督もベタ褒めである。

 

「動きに可憐さがあるんですよね。それに対して要所要所でのキリッとした時の雰囲気も良い。歌手だけじゃなく女優さんもいけるんじゃ?」

 

「殺陣はむしろ素人っぽいんですけどね。でも、このキャラには合っているし、醸し出すオーラは本当の戦闘を行っている様で逆にカメラ映えするんですよね。ちょっと他の子じゃ、こうはいかないですよね」

 

 ADやカメラマンも大絶賛である。

 彼らの横では風が笑顔でピースサインを送っている。

 風以外は誰も知らない。樹が中学生時代、バーテックスと呼ばれる化け物を相手に『勇者』として本当の戦闘を行っていたという事実を。

 

 

 

 

 撮影は二日を掛けて松山城とその周辺の山中、坊ちゃん列車とのコラボなどを経て、道後温泉駅前の広場でトリとなった。

 

「お疲れ様―! この後はみんな楽しみ、打ち上げだぁ!!」

 

 監督が軽い調子で撮影全日程の終了を告げる。皆、笑顔で仕事完了を労っていた。

 

「お疲れ様でしたー!」

 

 樹も元気よくスタッフに挨拶をしていると監督から声が掛かった。

 

「樹ちゃんは明日はどうするの?」

 

 ハッと振り向く。だが監督に他意はなさそうだ。優しそうな笑顔が浮かんでいる。

 

「明日、明後日はおね、マネージャーさんとここで一泊して休暇を満喫する予定ですよ」

 

「へー、そりゃいいねえ。俺なんか、明日は朝も早くから玉藻にとんぼ返りで次の仕事の打合せだよ。……ったく、少しは休ませろってんだ!」

 

 予定を気取られないよう、ざっくりとした返事を返すと、監督は羨ましそうな表情を見せた後、やれやれという感じを隠さずに愚痴をこぼしてきた。

 なお、ここで監督が言っている『玉藻』は西暦時代で言うところの『高松』だ。四国の政治、経済の中枢であるばかりでなく、芸能界等エンタメ業界の中心地もまたそこである。

 

「あはは……。お疲れ様です。頑張ってくださいね」

 

「おう! 樹ちゃんの笑顔で少し元気が戻ってきたよ」

 

 その後、軽く挨拶を交わして一旦ホテルに戻る。着替えを済ませ、少し身綺麗にしてから打ち上げ会場に向かった。

 

『今回も良いスタッフさん達に恵まれたなあ。打ち上げも楽しくなりそう♪』

 

 その予感は的中した。

 樹は姉共々楽しい時間をスタッフと共有し、次の日の決戦へ向けて英気を養うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夕刻。

 何の変哲もないアパートの一棟に、当代きってのトップアイドルとそのマネージャーが訪れた。もちろん二人ともそれと気取られないように目立たない出で立ちに変装している。

 二人は二階へと上がると、何のためらいも見せずに目指す部屋番号が書かれた扉脇のチャイムを鳴らす。

 

「はーい!」

 

 ガチャリと鍵を開ける音を鳴らし、扉を開けて出てきたのは鵜養貴也。彼女たちの中学生時代からの知り合いで、とても大切な仲間の一員だ。

 

「やっほー、鵜養。お・ひ・さー!」

 

「お久しぶりです。貴也さん」

 

「やあ、よく来たね樹ちゃん。まあ、上がってよ」

 

 笑顔で二人を招き入れる貴也。だが、そのセリフに自分が入っていないことに口を尖らせる風がいた。

 

「ちょっとちょっと、鵜養。アタシは、アタシは~?」

 

「風とは花見でみんなが集まった時にも会っただろ? 今日は樹ちゃんがメインのお客様だよ」

 

「それ、もう二ヶ月以上前の話だから! おひさ、おひさ~」

 

「はいはい。久し振り、久し振り」

 

 風は文句を言いながらも、その表情は決して本気で不満を漏らしているわけではない。だから貴也も適当に流す態度をとってくる。

 樹は、その二人の馴れ合いきった軽妙なやり取りに思わず破顔した。

 

「やっぱり仲いいな~。お姉ちゃんと貴也さん」

 

「そりゃまあ、高校時代の二年間、毎日のように顔を合わせていたからなあ」

 

「まあね。あの頃も楽しかったわよね。勇者稼業の合間合間に勇者部活動をやって、バカもやって……」

 

「まあ、バカをやってたのは主に風と弥勒さんだったけどな」

 

「そんなことないでしょ!? 棗は天然ボケだし、怜は熱血バカだし、アンタはアンタでポンコツだし!」

 

「ケンカ売ってんのか!?」

 

「先に大安売り仕掛けて来たのはアンタでしょうが!?」

 

 やるかコンニャロとばかりにファイティングポーズをとる二人だが、顔を見合わせた瞬間、プッと吹き出す。

 

「と、まあ、こんなことばっかやってたわよね」

 

「そうだな」

 

 そうやって和気藹々? かどうかはともかくとして、1DKの屋内へと上がっていく三人。

 

 

 

 

 荷物を置いて、まあお茶でもどうぞとばかりに一服つく三人。

 風が話を切り出す。

 

「鵜養も独り暮らし、長くなったわね? 三年目でしょ?」

 

「まあね。西暦時代に飛ばされた時の経験も役立ってるし、慣れたもんだよ」

 

 貴也はこの地の大学に通っているのだ。今年三年生に上がったところであり、研究室への仮配属もされている状況だ。

 

「園子さんをほったらかしにしてていいんですか? 勉強したい分野があるのは分かりますけど」

 

「園子には、ちょくちょく会いに帰ってるよ。大学を選んだのは環境科学の権威の田畑教授に師事したかったからだけどね。でも、園子の力にもなりたいから大学院まで行くつもりはないよ。就職活動は大社を第一志望にするつもりさ」

 

「へー。大学生の就職とか私、全然知らないので勉強になります」

 

「僕の一例だけを取り上げて分かったつもりにならない方がいいよ。どちらかというと特殊ケースだからね」

 

 そうやって貴也の話題が一巡した後、今度は樹の方へと話題が移っていく。

 

「あ、そうそう。昨日のロケ? 僕も周りの野次馬に紛れて見てたよ。樹ちゃんの動き、キレッキレだったね」

 

「あはは……、あれ、貴也さんも見てたんですか? お恥ずかしい限りです。まあ、ちょっとだけ勇者をやってた経験が生きたかな? って思いますけどね」

 

「あれは至高の一品になるわよ。今度のアニメ主題歌のMVなんだけど、売り出されたら三枚は買って一枚は家宝にしなさいよ」

 

「あれだろ? 園子が原作を書いたってヤツだろ? で、残り二枚はどうするんだよ?」

 

「普段の鑑賞用と布教用に決まってるでしょ!」

 

 平常運転な風の言い振りには貴也も呆れ、樹は苦笑いをするばかりだ。

 その後、今回のアニメの話を少しした後、やっと本題へと入っていく。

 

「それで、今日はどんな用で来たのかな? 風からは樹ちゃんが何かしたいからとしか聞いてないけど」

 

「えへへ……。リベンジマッチをしに来ました」

 

「へ?」

 

 樹の照れ笑いと共に返された返事に、何のことか分からず間抜けな顔をする貴也。

 そこにすかさず風のフォローが入る。

 

「アンタ、高校時代、何度か樹の手料理食べて倒れてたでしょ? そのリベンジをしたいんだってさ」

 

「ああ、あれか……」

 

 思わず冷や汗を流す貴也。

 確かに高校時代に何度か樹の手料理を口にしたことがある。大抵、何品かを一度に食す機会となっていた。

 ただ、問題なのは必ずそのうちの一品以上に紫色の料理が混ざっていたことだ。どこをどうやったら紫色に変貌するのか訳のわからない料理。普通にレシピどおりに作っているはずなのに、皆の目が一瞬でも外れると必ず紫色の料理が混ざっているのだ。

 周囲の皆は必ず、口にするな、ヤメロ、と言う。確かに変な匂いもする。だがなぜか、それを食べないのは何かに負けたような気がするし、作ってくれた樹にも悪いという想いが限りなく重くのし掛かってくるのだ。

 そして口にする。不味いとか、変な味がするとか、嫌な匂いがするとかそんな次元の話ではない。何かに殴られたような強烈な衝撃と共に気絶するのが常であった。

 

「それでわざわざロケの後、僕の家へ?」

 

「そんなところよ。樹の好きなようにさせてやって。最悪、骨は拾ってあげるから」

 

「縁起でも無いこと言うなよ」

 

「だ、大丈夫ですよ。れ、練習もしてきたし……」

 

「分かったよ。樹ちゃんの心意気に応えるよ」

 

 結局のところ、自信なさげな樹の態度には引っかかりを感じたものの、最悪二、三日も寝込めば済むだろうと考え、承諾する貴也であった。

 

 

 

 

 風と樹が持ってきた食材などをキッチンで広げ出す。調味料なども持参してきているようだ。

 

「調味料、手製の容器を使ってるんだな。家から持ってきたの?」

 

「はい。いつも使ってる調味料なら失敗しないかな? と思って……」

 

「ん? いつも?」

 

「このところ、お姉ちゃんと代わりばんこに食事を作ってるんですよ。まあ、仕事が忙しくて、順番が滅茶苦茶になることもよくあるんですけど」

 

 その樹の言葉に思わず風を振りかえる貴也。すると風は柔らかい笑顔を湛えて解説してくる。

 

「この半年ぐらい、樹の料理、失敗がないのよ」

 

「え? 本当に?」

 

「ええ。一年ぐらい前までは必ず例のパープル・クッキングになってたのにね。だから最近は樹の美味しい手料理が食べられるようになって、もう、もう! もう!! 幸せなのよ~!!!」

 

 しゃべっている途中で感情の高まりが止まらなくなる風。体をくねくねとさせ、表情と口ぶりを合わせ全身で幸せを表現してくる。

 

「でもね、貴也さん。自宅でしか作ったことがないんです。それで、あの、その……貴也さんの家のキッチンを借りて、自宅以外でもちゃんと料理が作れるかどうか試したくて……」

 

 少し自身なさげにそう付け加えてくる樹。

 『そうか、それでいろいろと辻褄が合うな』と納得する貴也。

 

「でも、東郷さんとか勇者部の誰かの家で作ったりはしなかったの?」

 

「えっと、一番最初は、私の料理で一番被害に遭われた貴也さんに、と思って……」

 

 『あー、確かに』とそこも納得する貴也。

 樹の料理を食べて一撃でノックアウトするのは貴也だけだった。他の勇者の皆は食べても気分が悪くなったり、最悪一晩寝込めば復活していた。なんなら見た目以外何ら悪影響が無かったことすらあった。貴也だけだったのだ。食べた瞬間に気絶し、二、三日寝込むほどの被害を受けていたのは。

 そこはそれ、本物の勇者達と似非勇者である自分との違いなのかもしれないと感じている貴也であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、貴也の目の前には美味しそうな匂いをさせる料理が並べられていた。

 ブリの塩焼きに筑前煮、だし巻き卵に白味噌のみそ汁。そして白ご飯。

 

「おー! あの怪しい紫色が無い!!」

 

 樹には失礼だが、やはり歓声が上がってしまう。

 

「はい。一応、失敗じゃないみたいです。でも食べてみないことには……」

 

「いつも家で食べてるのと同じように出来てるじゃない。味見の時も大丈夫だったし、これなら鵜養の舌を唸らせるのも夢じゃないわよ」

 

 まだ少し自身なさげな樹だが、風が太鼓判を押してくる。

 

「それじゃ、いただきましょう」

 

 風の言葉で気を取り直したように、三人揃って食事に取りかかった。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

 

 

 

 しばらく黙々と食べてゆく三人。

 そして、どの料理にも手を付けたところで貴也が口を開く。

 

「どれも美味しいよ、樹ちゃん!」

 

「ほんとーですか? 嬉しいな」

 

「ああ、お世辞抜きに美味しいよ。流石、風の妹だけはあるよな。この分だと、すぐに姉に負けない料理上手になりそうだ」

 

「あは、えへへ……」

 

 貴也の褒め言葉に照れ笑いを見せる樹。本当に嬉しそうだ。

 風もどや顔をしながら話しかけてくる。

 

「でしょ? 自慢の妹に、また一つ自慢できる項目が増えちゃった」

 

「お姉ちゃん!」

 

「ハハッ、でもどうして急に上手くなったんだろうな?」

 

「そうよねー。そこは不思議なんだけどね」

 

 三人、顔を見合わせて思案顔になる。

 

「高校卒業を機に、って訳でもないのよね。その前の正月を大分過ぎた辺りからだったし……」

 

「へー……、ん? 高校卒業?」

 

「ええ、この三月に卒業しましたよ」

 

「歌手としての活動が忙しかった割には成績もそこそこ良かったのよね?」

 

「あはは……、あんまり成績のことは言わないで」

 

 高校卒業という言葉に引っかかりを見せた貴也を受け、樹と風の間でその話題へと急転換が図られる。

 だが、貴也はその方向へ進むのを止めようとしたのか、樹に質問を投げかけた。

 

「いや、そこじゃなくて。樹ちゃんの誕生日っていつだったっけ?」

 

「十二月七日ですよ」

 

「じゃあ、年明けにはもう既に十八歳になった後だったんだ」

 

「そうですよ?」

 

 貴也の質問の意図を図りかね、首を傾げる樹。

 すると、そこまできて思い当たる節があったのか風が大声を上げた。

 

「あー、そうか! 勇者の定年!!」

 

 そう。『神樹様の勇者』は十八歳になった後、二十歳になる迄の間に勇者としての力を失うのだ。

 

「そうか、なら何もかも納得がいくわ! どんなにレシピどおりに作らせてもパープル・クッキングになってしまった訳も! 十八歳になって暫くしてから、急にそれが無くなったのも! そうか、全部神樹様の仕業かー!」

 

 風が、樹の料理が怪しい紫色に変貌していた理由を叫びながら、一々納得したように首を縦に振っていた。

 そして、中二から実質的に勇者を引退していたため、詳細が分からずにきょとんとした顔の樹。

 

『あー、それなら今後また樹ちゃんの手料理を食べる機会があっても、もう安心して食べられるな』

 

 貴也はすっかり安堵した表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、今回撮影されたMVである。

 アニメのスタート直前に配信されたそれは、アニメ主題歌のMVとしては驚異的な再生数を見せた。

 なにせ、主演の樹がスタントマンによる吹き替え無しの自前のアクションを見せているのだが、それがあまりにも可憐かつ格好いいとの評判が流布したためだ。

 それに合わせて主題歌、特にMV付き特別版の売り上げも鰻登り。

 

 そして、それが樹にとって幸とも不幸とも言い難い事態を呼び込んでいた。

 

 

『魔法のアイドル ブレイブ☆イッつん』

 

 

 その題名および主人公の名前から、ファンの間で自然発生的に樹のニックネームが定着してしまったのだ。

 

 

『イッつん』

 

 

 そしてそれが公式ニックネームに決まった時、樹は四つん這いに崩れ落ちた。

 

『私、このあだ名から一生逃れられないんだ……』

 

 その樹の脳裏には、園子の悪い笑顔が()ぎったとか()ぎらなかったとか。

 

 




 はい、いつぞやの勇者の定年に関わるお話でした。(お忘れの方は本編最終回後の「番外篇」をご覧下さい)
 もちろん本作独自の捏造設定です。

犬吠埼風:高校卒業と同時に樹が所属する芸能事務所に就職し、持ち前の女子力(?)で僅か1年と9ヶ月で事務所の誇るトップアイドルの専属マネージャーの座を勝ち取った、ある意味やはり天才のこの人。でも、この人。自身が誇る女子力よりも、嫁力、母力の方が遙かに強いですよね?

犬吠埼樹:四国の誇るトップアイドルにして歌姫。可憐な見た目に反して芯の強い鋼のメンタルな人。ついに勇者定年制により料理の腕前も手に入れ、さらに強力な存在になりました。もう無敵かな?

弥勒夕海子、古波蔵棗、十六夜怜:風、貴也と神樹館高校で同じクラスだった濃いメンツ。この1学年下のいつものおかしな仲間と共に、讃州中学の流れを汲んで勇者部をやっていた模様。なお、怜はオリキャラです。誰だっけ?と考えるまでもなく。

鵜養貴也:本編主人公にして、戦力的には疑問符が幾つも付く人。大学時代は園子をほっぽって学業邁進! という訳でもなく、ちょくちょく会いに帰省している模様。だけど4年生になったら帰れません。これは決定事項なのです。

乃木園子:本編ヒロインにして、今回のお話の元凶を作った人。直接の登場は無いのに引っかき回して行くなあ。え? 小説の内容を詳しく? 作者には園子様の文才をトレースする才能はございません。あしからず。


 えー、最後に。
 引っ越しすることが決まりました。そのため、生活が落ち着くまではまたもや執筆が困難な状況に陥ります。
 また投稿間隔が大きく開くことになりますが、気長にお待ち下さい。よろしくお願いいたします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2020.02 勇気を出してよかった

 千景は寮の私室でウンウン唸りながら課題をこなしていた。

 十二月からこっち、天の神との戦いが休戦となったことを受けて勇者としての訓練がなくなり、市井の生活に戻っても支障が無いようにとの大社の配慮から、普通の学生たちの学力に追いつくための学業に力が入れられていたからだ。

 

 

 

 

 コンコン。

 

 そんな時、部屋の扉をノックする音が響く。

 出てみると、ひなたがにこやかに立っていた。

 

「千景さんにお客様ですよ。談話室に通しておきましたから早く行ってあげてくださいな」

 

 そう言うと来客の名すら告げず、何やら含み笑いをしながらそそくさと去っていく。

 

『…………誰かしら……?』

 

 この時期に自分を訪ねてくる人物に心当たりがなく、千景は首をひねりながら談話室へと向かった。

 

 

 

 

 扉を開くと、巫女服姿の少女が椅子に座っていた。

 彼女は千景が談話室に入ってきたのに気づくと、跳ねるように立ち上がり頭を下げる。

 

「お、お久しぶりです、郡様。…………あ、あの……わ、私のこと、覚えていらっしゃいますか?」

 

 髪をお下げにしメガネの奥に意思の強そうな、しかし今だけは不安に揺れている瞳をたたえた少女。

 千景は小首をかしげ、やや間をおいたものの口を開く。

 

「確か……美佳(よしか)。……そう! 花本美佳さん。そうよね?」

 

「覚えていてくださったんですか…………?」

 

 そう言ったきり涙ぐむ美佳。感極まったのか右手の甲を口元に当てたまま体を震わせ、立ち尽くしていた。

 

「忘れるはずがないわ。あんな印象的な出会いをしたのだもの。それに、上里さんから聞いているわよ。貴女が私を見出した巫女だと大社から認定されているって」

 

 千景は思わず微笑む。

 なぜだか自分でも分からない。だが彼女との出会いを思い返すと、そう、あんなにも印象的で、なのに心穏やかに言葉を交わせた出会いなどなかったのだと、そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二〇一五年七月三十日。日本各地で大きな地震が頻発していた。

 その夜、ひときわ大きな地震が起きた後、千景は何かに導かれるように住まい近くの、その地震で倒壊した神社の社に向かった。母親が不倫の上失踪し、父親からはネグレクトを受け、住んでいた村全体から攻撃の対象とされていた千景を見咎めるものはいなかった。

 そこで錆びた大きな刃を拾った。後に神聖な力を取り戻し『大葉刈』と呼ばれるようになる刃を。

 

 そこに隣村から自転車を走らせてやってきたのが美佳だった。

 彼女も何かに導かれるように、その場にやってきたのだった。

 

 千景は出会ってすぐ、その第一声で美佳の名前をフルネームで当ててしまった。

 なんのことはない。種明かしをすれば、彼女の自転車に名前が書かれていた。それが千景の目に止まった。それだけのことだ。

 だが、普通なら美佳(みか)と読んでしまう漢字。それを美佳(よしか)と正しい読みで一発で当ててしまった。そのことにひどく驚かれた。

 

 それがきっかけとなり、しばらく穏やかに言葉を交わすことが出来た。

 互いの身の上を少し話しただけではあるが。

 もちろん千景が、自身の家族が村八分のような扱いを受けており、自身も学校でひどいイジメを受け、大人たちからも虐げられていたことを話すことはなかったのだが。

 

 それでも、千景は思う。

 他の勇者たち。友奈とも、若葉とも、球子とも、杏とも、更には巫女であるひなたとも。大社に紹介されて初めて会った時にはひどく警戒をして、険悪とまではいかなくとも、決して穏やかではない出会いをしてしまっていたのだと。

 ましてや貴也である。同世代の彼には、今思えば申し訳なく思えるほど、その出会いにおいて信用など全くせず、ただただ警戒しかしていなかったのだと。

 心穏やかな出会い。それは美佳とだけだったのだと。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「そういえば、聞いた? 勇者のみんな、四月からは丸亀を引き払って、大赦が用意する坂出の新設校に通うことになったって」

 

 寮で同室の巫女、安芸真鈴がそんなことを尋ねてきたのは、美佳が千景と再会を果たす数日前のことだった。

 

「それは本当のことなんですか?」

 

 美佳は、二段ベッドの下段から上段で横になっているはずの真鈴に問いかける。

 上からは自信なさげな返答があった。

 

「神官の人達が話していたのを小耳に挟んだだけなんだけどね。だから確定した話ってわけでもないかもしれないけど……。とにかく、人類が天の神に降伏して戦いがなくなったわけじゃない……? それで、勇者のみんなが普通の生活に戻ってもやっていけるように、って事みたいだよ」

 

 美佳は、その真鈴の言葉に引っかかりを覚えた。

 いや、真鈴の言葉にではない。話の中に出てきた大社の神官たちの言い分、そこになにかもやもやとしたものを感じてしまったのだ。

 とはいえ、自分でもどこにわだかまりを持ったのか分からない。

 だから、そこは何も指摘しなかった。出来なかった。

 

「そうですか……。私たち巫女が勇者様たちと会うのもちょっと、さらに難しくなりますね」

 

「まあ、それでもアタシは球子と杏ちゃんには会いに行くけどね。上里ちゃんなんかだと、乃木ちゃんのそばに居たいからって一緒に新設校に移籍しちゃうかもね」

 

「上里さんなら、やりかねませんね」

 

 フフフと笑い声が上段からも下段からも漏れる。

 

「で、花本ちゃんはどうするの? まだ郡ちゃんに会いに行ったことないんでしょ? このまま一生会わないつもりなの?」

 

 その真鈴の問いかけに美佳は息を詰めた。

 

「あんまり気負わずに、さっさと会っちゃえばいいのに」

 

 その真鈴のあっけらかんとした言いぶりが、心に突き刺さった。

 

 

 

 

 千景と初めて会ってから四年半の月日が流れていた。

 だが、美佳は初めて出会ったその日以来、一度も千景と会ってはいなかった。

 

 彼女とは何かに導かれるように、運命的な出会いをした。

 そして、親以外の誰からも正しく呼んでもらえない、美佳が嫌悪していた自分の名前。それを一発で、正しい読みで呼んでくれた。そのことに美佳がどれほど強烈に運命を感じたのか。

 千景自身の月下で刃を持ったまま佇んでいた、その神秘的な美しさ。それらも相まって、美佳には千景が女神とも天使とも感じられてしまい、後々『信仰心』とも言えるような強烈な想いが植え付けられてしまったのだった。

 

 だから美佳は、『勇者』として大社に保護されてしまった千景に少しでも近づきたくて、『巫女』として大社に入った。元々、彼女の家が神社であり、父親が宮司であったために抵抗感が少なかったのもあろう。

 

 だが、千景を神秘的で穢れの無い美しいものと感じてしまったことが、却って美佳の行動を縛ってしまった。

 千景と再会することに気後れを感じてしまったのだ。

 そして、再会することをずるずると先延ばしにするうちに、さらに気後れは増大し、会おうとすることに大変な勇気が必要となっていった。

 もう今となっては、再会することを半ば諦めてしまうくらいには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 美佳は、手を尽くして情報を集めた。

 元々、大社には良い印象が無かった。勇者や巫女たちを、まるで駒のように扱っているように感じた。民心を安寧させるためなのか、平気で嘘の情報を流していた。上層の権力争いも目に余った。

 だから、今回の新設校の話も裏があるのではないかと疑ったのだ。

 

 もちろん、大社の職員たちにも美佳の父親を筆頭として彼女から見てまともだと思われる人々もいた。そういう人たちとは積極的に繋がりを持ち、自身の情報網を築くことに心を砕いた四年半だった。

 

『すべては郡様を守るため』

 

 その一念で実家の神社職員や氏子にも協力を仰いできた。おかげで千景の悲惨極まりない生い立ちすら、ほぼ全てを把握していた。

 

 そういった情報網を駆使し、美佳は一つの結論を胸の内に抱え持った。

 

 

 

 

 その日、ひなたが巫女たちの元を訪れた。勇者たち、丸亀城組の状況の報告など業務連絡のために大赦に訪れたついでだった。とはいえ、ひなたにとってはこちらの方こそが本命のようなものなのだが。

 美佳は新設校に関する話をするため、ひなたを連れだし二人きりの状況を作った。

 

「上里さん。この四月から勇者様たちは大赦が坂出に新設する学校に移って、出来る限り普通の学校教育を受けることになったって聞いたのだけれど、本当?」

 

「ええ、そうですよ。それで今、普通の学生の学力レベルに追いつくために皆さん、勉強を頑張っているところです」

 

 詰問に近い語調で尋ねたにもかかわらず、ひなたはにこやかに答えを返してきた。

 だから、美佳は少しイラつく。ひなたは何も分かっていないのではないかと。

 

「分かっているの、上里さん? 全寮制の少人数の新設校、それも今までの環境から隔離された場所への移動。そこに込められた、これからも勇者様たちを自分たちの都合のいい手駒として使うために、世間一般から隔離して、自分たちが監視しやすい環境の中で持ち駒として持っておこうとする大赦の魂胆に!」

 

「そうですね……。だからなのでしょうね。私も若葉ちゃんたちと同じく、その新設校に通うよう要請されているんです。これまでの天の神との戦い、その事情に明るい私たちをいわば軟禁状態に置こうと考えているんでしょう」

 

 少し怒りをにじませた(なじ)りに、ひなたは嘆息を交えつつそう返してきた。

 だが、その答えは却って美佳の怒りに油を注いだ。

 

「そこまで分かっていながら! なぜ、何も行動を起こそうとしないんですか!?」

 

 その言葉にひなたは驚いた表情を見せる。

 

「私は、まだこの四月にやっと高校生になるような子供ですよ。大赦の職員さんたちにいろいろとお願いをして交渉をすることは、これまでもやってきました。だから、そういったことには若葉ちゃんたち勇者の皆さんや花本さんたち巫女の皆さんよりは長けていると自負しています。でも、大赦の組織としてのあり方に関わるようなこと、私の手には余ります」

 

 その答えに、美佳はふっと鼻で笑った。

 

「確かに貴女も私も子供でズブの素人よ。でも、大赦の神官たちだってそう。戦争にだって、政治にだって、門外漢の素人の集団にしか過ぎない。せいぜい神社一つや、地方の神社を幾つかまとめる経験を持つ人がいる程度。その上、バーテックスと直接戦ったこともなければ、神樹様の神託を受けることも叶わず、勇者様たちと直接触れ合ったこともない人たちばかり」

 

「でも、それは……」

 

 ひなたは反論しようとして言葉に詰まった。

 

「なら、私は! 勇者様たちと最も深く触れ合ってきて、神樹様に最も愛されている巫女である貴女こそが、大赦を率いていくべきだと思う。元々この国には神様と意思疎通の出来る巫女が国を率いるという歴史があった。その古代のあり方に立ち返るだけよ」

 

 黙りこくるひなたに、美佳は更に言葉を重ねる。

 

「どのみち、上里さんはやるしかないのよ。乃木様を守るためには、そうするしかないから。私も及ばずながら力を貸すつもりよ。郡様を守ってあげたいから。勇者の中で一番悲惨な目に遭っているあの人を守りたいから。一番仲の良かった高嶋様も、想い人であった鵜養様も失ってしまったあの人を守るために……」

 

「花本さん……」

 

「だから私は、大赦という組織に巫女として残って楔を打っていくつもりよ。貴女が決心してくれるまで待っているわ。でも、なるべく早くしてね」

 

 美佳はそう言うと、ひなたが考え込む素振りを見せたのを満足気に見ながら踵を返した。

 

『これで上里さんにも楔を打ち込めた。後は、彼女が動きやすいようにもっと情報を集める。私は上里さんの目に、耳になってみせる。――――――郡様。貴女に会う勇気を持てない私だけど、これだけはやり遂げてみせます』

 

 

 

 

「待ってください、花本さん!」

 

 ひなたのその声に、立ち去りかけていた美佳は振り向いた。

 

「まだ、なにかご用があるんですか?」

 

「そこまで覚悟を決めているのなら、千景さんに会ってあげてください。大赦に巫女として残っても、会えるチャンスは今よりももっと減ってしまいます。今のうちにすぐ千景さんに会って、励ましてあげてください」

 

 そのひなたの言いぶりに、美佳は動揺を見せる。

 

「先月、亡くなった友奈さんの誕生日があったんです。それがきっかけで友奈さんや貴也さんのことを思い出したのでしょう。それ以来、元気がないんです。私や若葉ちゃんたちではどうにもならないんです。助けてくれませんか?」

 

「でも、ずっと一度も会っていない私が行ったところで……」

 

「千景さんのことを、こんなにも大事に思ってくれている貴女なら千景さんも心を開くと思います。彼女を助けてあげてください」

 

「でも…………」

 

「お願いしましたよ」

 

 固まってしまった美佳を置いて、ひなたは立ち去る。

 

 

 

 

『私を動揺させた仕返しです。千景さんは元気そのものですよ。当然、影を引きずってはいますけどね。でも、これで花本さんが千景さんに再会できるのなら、最高の仕返しにはなりますね』

 

 若干黒い笑みを含ませながら、ひなたは若葉たちの待つ丸亀城へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 美佳は丸一日逡巡した。

 自分が会いに行ったところでどうなる? 自己評価の低い彼女にはそう思えて仕方がなかった。

 だが、ひなたがはっきりと助けを求めてきたのも確かなことなのだ。もしかしたら本当にひなたや勇者たちだけでは千景を助けることが出来ないのかもしれない。

 そう思うと、居ても立っても居られなかった。

 

 

 

 

 巫女が勇者たちに勝手に会いに行くことは禁止されていた。それどころか、寮から自由に出歩くことさえ。

 

『処分を受けるだろうな……』

 

 巫女をクビになることはないだろうが、それ相応の処罰はあるだろう。覚悟を決めて美佳は千景に会いに行く準備をした。巫女装束のままではあるが。もちろん、こうすれば敷地内では見咎められないことを予想した上での服装だ。

 そこへ真鈴が戻ってきた。用事があって部屋を出ていたのだが、予定よりもだいぶ早く戻ってきたのだ。

 彼女に気取られる前に出ていこうと思っていたのだが、間が悪い。

 

 真鈴は部屋を見回すと、いつも以上に綺麗に片付けられていることに気づいた。

 

「どこか、出かけるの?」

 

「はい」

 

「ふ~ん」

 

 そう言うと、自分の荷物の中をガサゴソと何か探しだした。そしてその札入れと思しきものを美佳に手渡すと、今度はスマホでどこかへと電話を掛ける。最後に何事かメモを書きつけると、それも美佳に渡してきた。

 

「丸亀城に行くんでしょ? 花本ちゃんはあまり遠出をしたことがないから知らないと思うけど、寮から丸亀城に行くのは結構手間よ。タクシーを手配したから、それで行きなさい。お金はその札入れに入っているから。それから、見つからないように行くこと。そのメモにタクシーが待っている場所と、丸亀城内での抜け道を書いておいたからね」

 

「安芸先輩…………ありがとうございます。この御恩、一生忘れません」

 

「そんな大層な事じゃないわよ。郡ちゃんによろしくね。あと、球子と杏ちゃんに会ったら、私がまた遊ぼうって言ってたって伝えておいて。――――――じゃあ、頑張ってね」

 

 背中を軽く叩かれた。

 美佳は笑みをこぼしつつ、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 千景と再会して驚いた。

 彼女は美佳のことを覚えていてくれた。四年半もの昔、一度会ったきりの自分のことを。

 嬉しかった。ずっと慕っていた相手に覚えていてもらえたのだ。

 

 そして気付く。

 ひなたに嵌められたのだと。

 千景は元気を失ってなどいなかった。もちろん、友奈や貴也を失ったことは彼女の中で重しとなっているのだろう。ふとしたやり取りの中に陰を感じた。でも……

 

『上里さん、やってくれましたね。安芸先輩にまで、ご迷惑を掛けてしまったじゃないですか……』

 

 それでも、なぜ彼女がそんな行動に出たのか。その意図まで分かりたくもないのに分かってしまう。

 心の中で静かにひなたに頭を下げた。今度会ったら、ちゃんとお礼を言おうと思った。

 

 

 

 

 これまでの事を教え合うことを中心に、いろいろと話をした。

 その中で、美佳は自分が千景のことを誤解していたことに気付く。

 

 初めて会った時の、月明かりの下で手に持った刃を見つめながら佇む儚げな姿。

 知れば知るほど、悲惨で可哀想だとしか思えない生い立ち。

 勇者になってからも受けた、故郷からの仕打ち。

 一番仲の良い友達だった高嶋友奈の死。

 そして、恐らく初恋の相手であったろう鵜養貴也の死。

 

 それらから受けた印象で千景のことを、どうしようもなく守らなければならない存在だと思い込んでいた。

 でも、彼女はそれだけの人ではなかった。

 

『そうか…………この人は、郡様は私ごときに『守られる人』なんかじゃなかったんだ。たくさんの人を『守る』側の人なんだ。勇者に選ばれるだけのものは持っている人なんだ……』

 

 

 

 

「ねえ。話していて思ったんだけど……」

 

 そう話を変えてきた千景に、美佳はその顔を見つめ返す。

 

「なんでしょうか?」

 

「その『様』付けはなんとかならない? もっと普通に呼んでもらえたら嬉しいのだけど」

 

 どうやら千景は、美佳の『郡様』呼びがお気に召さないらしい。

 でも、それを変えることなど美佳にとってはとんでもないことで……

 

「そんな……。私にとって郡様は、とても大事な御方で、尊敬する方で、だから敬うことをやめることなんて出来ません」

 

「でも、『様』付けで呼ばれているとね。なんだか大赦の神官たちと話しているようで、ちょっと嫌だな、と思ったの。花本さんとは、もっと対等に付き合いたいと思うんだけど……」

 

「え……?」

 

 大赦の神官たちと話しているようだ。その千景の言葉は美佳の心に痛恨の一撃を与えた。

 途端に『様』付けで呼びかけていたことに後悔の念が押し寄せる。

 

「そんなつもりはなかったんです。ごめんなさい。郡さm……、あ、いや、貴女が嫌なんだったら、すぐに変えます。どんな呼び方が良かったですか?」

 

「普通に『さん』付けでいいわよ。私と貴女、ほぼ同い年のようなものだもの」

 

 そう言って微笑む千景。

 その笑顔にポーっと見惚れてしまった。

 だから……

 

「私は貴女と友達になりたい。友達になってくれませんか、郡さん……?」

 

 美佳は思わず、そう口に出してしまっていた。

 ところが千景は今日初めて会った時のように、小首をかしげた。そして、自然に……

 

「え……? 私は貴女と、もう友達なのだと思っていたのだけれど……。それこそ、初めて会ったあの夜からずっと」

 

 

 

 

 千景は戸惑っていた。

 脊髄反射のように、その答えが口から勝手に飛び出してしまったからだ。それこそ、美佳の『友達になってほしい』という意思を理解した途端、どう答えるかを考えるよりも先に。まるで、そう答えるのが最初から決まっていたかのように。

 

 そして納得する。

 

『そうか。彼女こそが、花本さんこそが私にとって初めて出来た本当の友達なんだ……』

 

 千景の心が喜びに満たされた。

 

 

 

 

 美佳も驚きと共に喜びに包まれていた。それこそ望外の喜びに。

 

『嬉しい、嬉しい、嬉しい! 郡様は、私のことを友達だと思ってくれていた! こんな、望んでいた以上のことが分かるだなんて……。良かった……。本当に良かった。勇気を出して郡様に会いに来て、本当に良かった!!』

 

 だから、もはや大赦という組織に巫女として残り、楔を打ち込み、千景を守っていこうなどという小賢しい考えは吹き飛んでいた。

 ただただ千景と一緒にいたい、一緒の空気を吸いたい、一緒に同じ事をしたいという欲求に囚われていく。

 だから、その想いが言葉となって口から吐き出される。

 

「私、決めました。四月からは郡さんと一緒に、同じ学校へ通いたい。同じ教室で学びたい。『神樹館高校』を受けます! そう大赦に話を持って行きます!」

 

「ええ、歓迎するわ。一緒に同じ学校に通いましょう。寮も同じになるわね」

 

 千景は微笑みながら答えを返す。だが、最後に少し茶目っ気のある笑いを交えた。

 

「でも花本さん。貴女、一つだけ忘れていることがあるんじゃないかしら?」

 

「え? 何をですか?」

 

「四月からの学年。私は高二だけど、貴女は高一よね。残念ながら同じクラスにはなれないわよ」

 

「あ! そうでした……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑い合う千景と美佳を盗み見ながら、ひなたはにんまりとした笑顔を浮かべる。

 

「やっと花本さんにも春が来ましたね。焚き付けた甲斐がありました」

 

 そして表情を改める。その瞳には決意がありありと示されていた。

 

「花本さんの仰っていた懸念。私にも分かります。私も覚悟を決めないといけないのでしょう。でも、だからこそ大赦には私と若葉ちゃんが高校に通っている間、三年間のモラトリアムを与えます。でも、その後は……」

 

 もちろん高校に通っている間も、信頼できる人たちを頼ってでも大赦の体質改善が図られていくことを願う。

 でも、それでも叶わないことが分かったのなら……

 

 ひなたは何も心配していない。

 自分には心強い味方が大勢いる。

 自分を信じて付いてきてくれる、真鈴や美佳を始めとする巫女たちがいる。

 大赦の神官たちの中にも、自分たちに私心なく味方してくれる者たちがいるだろう。

 杏は大赦の攻略法を考えてくれることだろう。彼女ほど信頼の置ける軍師は他にいないのだから。

 千景も頭が切れる方だ。なにより恋敵でかつ恋に破れた者同士、気心が知れてしまっている。ある意味、最も信頼の出来る仲間だ。

 球子は苦しくなった時、気が滅入りそうになった時、率先して支えてくれるだろう。彼女ほど周囲に気を使えるムードメーカーは他にいないのだから。

 そして、ひなたが何よりも守りたく、誰よりも大切にしたい若葉。彼女がいてくれるだけで、ひなたはどんなに高く厚い壁にだって立ち向かっていけるだろう。

 

 

 

 

 上里ひなたが乃木若葉と共に大赦を完全掌握したのは、この時より四年が経った(のち)のことであった。

 

 




 はい。美佳ちゃんを生きている千景ちゃんに会わせてあげたかった。
 ただそれだけのお話でした。
 もちろん「うひみ」の設定をできるだけ活かせるような形にできるよう、頑張ってみましたが。

 なお本作の設定上、大社→大赦の名称変更時期は2020年1月頃になりますので、今回は時系列に合うように大社表記と大赦表記が混在しています。
 なんだかややこしいですが、悪しからずご容赦ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0308.07&08 事の始まり

『もういやだ! もういやだ! もう、いやだ!!』

 

 傍目には物静かにシートに腰掛けているように見える。

 だが彼女を注意深く観察すれば目尻にはうっすらと涙が滲み、両足は極々僅かにだが震えているのが見て取れるだろう。両拳も白くなるほど握り締められていた。

 

『絶対辞めてやる! 辞めてやる! 辞めてやる!! あんな仕事なんか絶対に辞めてやる!!!』

 

 そして心の中は暴風雨のように荒れ狂っていた。

 後部座席からダッシュボードを覗き込む。そこに組み込まれているデジタル時計の時刻は23:53を表示していた。

 

『速く! 速く、速く! お願い、もっと速く!!』

 

 そうは思っていても、安全スピードというものがある。

 彼女を乗せた黒塗りの高級リムジンは普段よりもスピードを出してはいるが、立場上法定速度は厳守しなくてはならないのだ。

 

『こんな時、勇者の力が使えたら…………』

 

 確かに勇者の力があればひとっ飛びだろう。

 だが彼女がその力を完全に失ってから二年近くの月日が経っていた。そもそも二十歳の誕生日近くまで力を使えたことこそ奇跡的なのだ。

 もはや、無い物ねだりであった。

 もちろん、その力をいまだに使えていたとしても、このような()()()()に彼女が力を振るうことは無いにせよだ。

 

 

 

 

 彼女を乗せた車が自宅マンションの車寄せに停車した。

 

「室長補佐、着きました」

 

 運転手のその言葉にも返事を返す余裕など有りはせず、ドアを開けるのももどかしく急いで車を降り、エレベーターホールへと駆ける。

 左腕のレディースウォッチを確認すると23:58だった。

 駆けていた足が止まった。

 

 

 ……諦めた…………

 

 

 残り一分強では、どうしたって間に合う訳がない。

 スマホを取り出し彼に電話を掛ける。ワンコールで出てくれた。

 

「お誕生日おめでとう、たぁくん! …………ごめんね……………………、間に合わなかったよ……………………」

 

『ありがとう、そのちゃん。……大丈夫さ。とりあえず今日は三十六時まであることにするからさ。まあ、明日は十二時間に減っちゃうんだけどね』

 

 そう言って、ふふっと笑う貴也の声が逆に園子の心を抉った。

 

 エレベーターのボタンを押すとすぐにドアが開いた。乗り込みながらも通話を続ける。

 

「それでも! 五年ぶりなんだよ。そのはずだったんよ……。当日に! 直接会って! お祝いを言えるのは…………」

 

『仕方がないさ。僕は四年間大学で香川を離れていたし、園子は大社の仕事があったからね』

 

「でも…………、今日のは……」

 

 悔しかった。

 ついに園子の目から涙が零れる。

 今日という日のためにスケジュール管理をいつも以上に厳密にし、予定を空けていたはずだった。

 すべてが台無しになった。

 

 降って湧いた政府高官の汚職スキャンダル。

 玉突き現象で大社が主導する事業である本州への再入植事業や結界外調査にまで累が及ぼうとしたため、その対策に追われたのだった。

 神世紀に入ってから汚職事件など、その発生頻度は極端に落ちていたはずだった。よりにもよってこのタイミングで発生、発覚するなんて……。

 

「ミノさんやゆーゆ、にぼっしーにまで迷惑を掛けたのに……」

 

 お祝いの準備をする時間が取れないことが分かった瞬間、元勇者部の仲間に助けを求めた。

 讃州市近辺にいた銀と友奈、夏凛が園子に代わってお祝いの準備をしてくれた。

だが、それも……

 

 

 

 

 自宅玄関の鍵を開けようとしたところで、扉が開いた。

 

「おかえり、そのちゃん。さあ、お祝いをしようか」

 

「ただいま……、おめでとう、たぁくん……」

 

 笑顔で出迎えてくれた貴也に抱きつき、園子はすすり泣いた。

 日付は既に変わり神世紀三〇八年七月二日。時刻は0:02を指していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀たちが用意してくれていた食事はとても美味しかった。

 その中には前日、いや既に前々日になってはいるが園子が下拵えをしていた物も含まれていた。

 翌日も出勤でなければ、たらふく食べていたことだろう。

 食後に小さなケーキでささやかにお祝いをする頃には、園子も笑顔を取り戻していた。

 

「明日も早いからな。今日の事件も当分引きずりそうだし。それと、風呂はシャワーだけにしとくか?」

 

「いいよ。もう眠いし。明日の朝、シャワーだけ浴びるよ」

 

「大丈夫? 起きられるか?」

 

「えっ!? 一緒に寝てくれるんでしょ? あっ! 体、臭くないかな……?」

 

 園子が体臭を気にしたので彼女の首筋に顔を近づけた。大概アウトな行為だが、この二人の間に限っては大丈夫なようだ。園子はほわっと微笑むと逆に体を近づけようとする。

 

「大丈夫さ。いい匂いがするよ。――――――それに眠い目を擦って運転するのも危ないから、仮眠だけさせてもらうよ」

 

「仮眠じゃなくて、がっつり寝ていったら? 一緒に寝ようよ~」

 

 着替えをするために貴也から離れつつ、そう平常運転なことをのたまう園子。

 

「うーん、せめて下着くらいは替えて出勤したいしなぁ」

 

「替えの下着ならあるよ~。なんならワイシャツからスーツまで一式、用意してあるんよ」

 

「ゲッ! 園子には敵わないな……」

 

 さすがに本人の許諾無くそこまで準備しているのはちょっと常識外れじゃないかな、と思う貴也。まあ、口には出さないのだが。

 

「あ、それとミノさんたちにお礼言っておいてくれた~? もう遅かったから私の方からは明日、言っておくけど」

 

 着替えをしながら、園子がそんなことを聞いてくる。

 

「夏凛には言っておいたよ。銀と友奈には会えなかったんだ。また電話しておくよ」

 

「あれ?」

 

「僕もこの家に着いた時には十一時近かったからさ。夏凛だけ、待っててくれたんだ」

 

「あっ、そうか……。たぁくんの配属部署、再入植事業担当だもんね。そりゃ、そうか~」

 

「おかげで昼過ぎからずっと、てんてこ舞いだったよ」

 

 うんざりした声でそう返した。そう、貴也の配属部署も汚職スキャンダルの余波を受けていたのだった。

 そんなやり取りをしながら、彼はこの家に到着した時の事を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、鵜養も来たことだし、私も帰るわ」

 

 園子の家のリビングに入るなり、待ち構えていた夏凛が手のひらをヒラヒラさせて別れを告げる。

 

「わざわざ、ありがとう。園子の無茶振りに応えてくれて」

 

「いいのよ。久し振りに勇者部のみんなで力を合わせたって感じだったし。それに大したことはしてないわよ。料理の方は園子が粗方下拵えをしてたからね。銀なんか『これじゃ腕の振るいようが無い』って嘆いてたわよ」

 

 そう言って、さも可笑しそうにフフッと笑う。

 

「そうか…………園子、頑張ったんだな」

 

「ホーント、アンタって幸せ者よね。あのお嬢さんにこれだけ好かれてるってのは、大したもんよ。だからさ、ちゃんと園子のこと支えてやってよ。ああ見えて、結構抱え込んじゃうところあるんだからね。まあ、アンタの方が分かってるか……」

 

「ああ、肝に銘じておくよ」

 

「あの時の友奈じゃないけどさ。園子のこと、アンタだからこそ任せられるんだからね。ホントに頼んだわよ」

 

 勇者時代のことを引き合いに出してまで釘を刺してくる夏凛。貴也は改めて気を引き締めるのだった。

 

「そういや、もう遅いし送っていこうか?」

 

「だ・か・ら! アンタは園子を優先しなさいっての! それに私にはこれがあるしね」

 

 夏凛はそう言って、バイクのアクセルをふかすジェスチャーをしながら微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏凛が帰った後、貴也は園子の家の中を一通り見て回った。

 園子の私室はあまりジロジロとは見ないようにした。後はLDKと、書庫と化している部屋。

 そして、かつて銀が住んでいた部屋。そこはガランとした空き部屋になっていた。

 

「もう八年経つんだな……」

 

 大学時代にこの家へ上がったことは片手で足りる回数しかない。就職後は初めてだった。懐かしさと寂しさを感じながら呟いた。

 

 園子が中二の時、独り暮らしを始めるために用意した家。中学生時代は諸事情で銀とシェアハウスをしていた。

 彼女は神樹館高校に通うことになっても、荷物置き場としてこの部屋を手放さなかった。寮の部屋があまり広くなかったことも影響していたのだろう。

 高校卒業後すぐに大社で働き出した後は、この部屋に舞い戻っていた。大社本庁までの通勤には時間が掛かるのだが運転手付きのリムジンの送迎があるので、その時間を情報整理や思索――恐らくは半分寝ながらだろうが――に当てているのだそうだ。

 

「ご両親とは、いまだにギクシャクしてる感じだしな……」

 

 実家に戻らなかったのは勇者時代に両親との間に気持ちの行き違いがあったからだろう。表面上は良好な関係を保っているように見えるが、彼女は頑なまでに実家に戻ろうとはしなかった。

 

「寂しくはないんだろうか……」

 

 貴也は大学卒業後、実家に戻っている。大社本庁への通勤には大橋市内の実家はアクセスが良かったからだ。

 中学時代の仲間たちのうち、今現在も讃州市内に住んでいるのは園子と友奈、そして美森だけだ。友奈は大手のフラワーショップに実家から通勤していた。大学教授を目指している美森は玉藻市に特急電車で通っているらしい。住む場所だけでも友奈の近くにしておきたいのだそうだ。

 大人の歌手に脱皮しつつある樹とそのマネージャーをしている風は玉藻市だ。

 実家通いでOLをしている銀、貴也と同じく大社本庁勤めの夏凛は大橋市内。

 皆、職種も住むところもバラバラだ。極力、顔を合わせるようにはしているらしいが、やはりなかなかスケジュールが合わないらしい。

 

「立場もあって、僕や夏凛ほど気楽には過ごせないだろうしな。家族とも疎遠気味か……。今日の僕の誕生日、楽しみにしてたんだろうな…………」

 

 就職から三ヶ月。我武者羅に新しい環境に慣れようとして園子の事を心ならずも疎かにしてきた。

 考えすぎかもしれない。でも、園子のことが可哀想に思え心配になった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 翌朝。珍しく園子は早起きだった。かつての光景とは逆に貴也が起こしてもらうほどに。

 おかげで朝の出勤準備は余裕があった。

 シャワーを浴びる時間も余裕があったし、なんなら朝食の準備も園子がしたほどだ。

 

「珍しいこともあるもんだ。最近はこんなに早起きなの?」

 

 用意されているアメリカンなブレックファーストをぱくつきながら尋ねた。

 

「う~ん……? そんなことはないんよ。今日は特別なんだ~」

 

 そう答えながら大きな欠伸が漏れている。

 やっぱりそうか、と思いながら苦笑してしまった。

 

「あのね……」

 

 すると、園子は向かい合わせの席に腰掛けながら、そう言ったきり貴也を見つめ押し黙る。

 じーっと見つめてくる。

 あまりに見つめられて、食事に集中できない。

 

「なんだよ……? 何か、言いたいことがあるのか?」

 

 その言葉に、意を決したように真面目な表情を作ってきた。

 

「あのね……。私、頑張ったよね? 八年間……、ううん、ミノさんと一緒に暮らしてたし、高校の寮住まいもあったから、実質三年とちょっとだけなんだけど。一人暮らし、頑張ったよね……?」

 

「ああ、そうだな」

 

「本当? 本当にそう思ってくれる?」

 

「ああ、よく頑張った。褒めてつかわす」

 

 あまりに真剣で余裕がなさそうな雰囲気があったので、そう(おど)けてみた。

 彼女から、クスッと笑いが溢れる。

 

「茶化されてしまったんよ~。真剣に話そうと思ってたのに~」

 

 園子も肩の力が抜けたようだ。雰囲気が柔らかくなり、自然な笑顔が形作られる。

 

「でも、たぁくんに褒めてもらえたのは、やっぱり嬉しい……」

 

「で? その先は?」

 

 そして、彼女が言いたいことの先を促す。

 園子は微笑みながらも、まるで大切な秘密を打ち明けるように語ってきた。

 

「あのね。欲しい物ができたんよ」

 

「欲しい物?」

 

「うん。だからね。今度の私の誕生日プレゼントはそれが欲しいなぁって思うんよ」

 

 やはり珍しいこともあるものだと思った。

 園子の実家は、四国随一の権力を持つ大社のトップである乃木家。当然の如く四国有数の富豪でもある。

 だから、幼少期から園子の欲しがるような物は何でもすぐに用意されたし、出来た。

 その結果、園子は物欲というものに関しては、その欲求がかなり薄い性格が形成されていたはずである。

 実際、毎年の誕生日やクリスマスなどのプレゼントに、貴也に対して彼女からのリクエストがあった試しはなかった。

 

「じゃあ、そのプレゼント。僕が用意するよ。それでいいのかな?」

 

「うん。たぁくんでないと用意できないものだしね」

 

「僕でないと……?」

 

「うん。それにね、多分……、今から動かないと間に合わない恐れが強いんよ」

 

「一体、なんなんだ? 何が欲しいの?」

 

 園子は貴也のその問いかけに、顔を真っ赤にさせた。

 そして一旦俯くと、上目遣いで見てくる。

 とても、あざとい。

 

「あのね……。たぁくんと一緒に暮らしたい。同棲したいんよ」

 

「あー……?」

 

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。言葉の意味は分かったはずなのに、頭に入ってこない。

 再起動するまで、たっぷり三十秒ほども掛かった。

 

「えーと、それは昨夜(ゆうべ)のことがきっかけ……?」

 

「それもあるけど、中学生の時、一緒に暮らしてたでしょ? 結局、私が元気な状態で一緒に暮らせたのは十日ほどだったけど、それでも、その頃の事が忘れられないんよ。陳腐な言い方かもしれないけど、やっぱりあの頃の幸せを取り戻したい、そう思うんよ」

 

「自分の立場を分かってる?」

 

「分かってても、気持ちは抑えられないんよ。もう私は、あの頃の自罰的な私じゃない。たぁくんのことを、貴方のことをこんなにも好きな自分を誇らしく思うよ。だからこそ、一緒に暮らしたい」

 

 そこまで言うか? というよりも、彼女にそこまで言わせてしまったか、との思いが押し寄せてきた。

 これ以上は言わせるべきではないな、とも思う。

 だから……

 

「分かった。来月の園子の誕生日に、僕がここに引っ越してくる。それでいいんだな?」

 

「う、うん。だけど……本当にいいの? 私のワガママに付き合わせることになっちゃうけど」

 

「僕だって、園子と一緒に暮らしたいさ。だから恐縮する必要なんてないよ。むしろ、僕たち二人のワガママを周囲に押し付ける形になるんだ。二人で協力して、周りを説得しないとな」

 

「うん、そうだね」

 

 

 

 

 こうして、二人の悪巧みは始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 その年の七月は後に「嵐の七月革命」と一部で囁かれたほど、大社と政府に綱紀粛正の嵐が吹き荒れた。

 もちろん、貴也の誕生日を台無しにされた園子の『復讐』というほど彼女の私情が入り込んだものではないはず…………、いや、やっぱり多少は私情が入り込んでいたようだ。

 「白河の清きに魚も住みかねて云々」という言葉が思い出されるほどには、締め付けが厳しかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、貴也と園子は同棲を開始するために、双方の親へ許諾を取るために動いていた。

 だが、彼らは拍子抜けすることになる。

 

 貴也の両親は一も二もなく了承してくれた。まあ、男側の両親などこんなものなのかもしれない。

 ただし、『くれぐれも順番だけは間違えるな』とのありがたい言葉は頂いた。

 

 

 

 

 そして、園子の両親である。

 母親は喜んでくれた。むしろ貴也に対し、息子が出来たようだとさえ言ってくれたのだった。

 父親の紘和は一旦は渋面を作った。だが、すぐに表情を崩す。

 

「貴也くん。君が小学生だったあの頃からずっと今まで、園子のことを大切に思い、守ってきてくれたことは十分に分かっているつもりだ。その今までの君の言動を信頼するよ。これからも園子のことを、よろしく頼む」

 

 そう言って、頭を下げてきた。

 その言葉と態度は、どんな脅しよりも貴也に覚悟を迫るものだった。

 この人の事は裏切れないな、そう強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神世紀三百八年八月三十日。

 昨日のうちに大橋市の実家から荷物出しをした貴也は、ここ讃州市の園子のマンションへとやって来た。

 いや、今日からはここが自宅だ。帰ってきたのだ。

 

 

 

 

 最上階の、その部屋へと扉を開けて入る。

 

「おかえりなさい、たぁくん!」

 

 園子がリビングからパタパタとスリッパを鳴らして駆けてくる。

 

「ああ、ただいま、そのちゃん。でも、まだ荷物入れはこれからなんだけどな」

 

「そんな事どうだっていいんよ。今日から、ここがたぁくんのお(うち)なんだから」

 

「そうだな……」

 

 二人、笑みを交わす。

 

 

 

 

 その日、二人の新しい生活が始まった。

 

 




 園子ちゃん、誕生日おめでとう。

 滑り込みですね。
 誕生日回ということで、「白銀の双輪」で二人が同棲していたことから、そのきっかけでも書こうかということになりまして、こんなお話になりました。
 思ったよりも穏やかに終わったなぁ。

 さて、ゆゆゆ界隈はコロナでイベントが中止されたり、ショートアニメのちゅるっとが間近に迫っているようだったり、第三期として大満開の章が発表されたりと騒がしくなっていますね。
 大満開の章が本作うたゆとリンクできるとは思えませんが、出来る隙があるようなら繋げたいものではあります。

 さて、引っ越しのドタバタも完了し、仕事も軌道に乗りつつあるので、週一いや月二位を目指して、創作活動も再開しようかと思っています。
 とりあえずは、すちえ(雀のチームが選ばれた)のストックでも作っていくかな? ということで。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0300.07 イネスへGo!(Case:銀)

おかしい……。11/10の投稿に向けて執筆を開始したはずなのに、なぜ3週間も遅れた?
まあ、いろいろあったんです。お察しください。

実は絡みが多かった筈なのに描写の少ない、貴也×銀のお話しです。

では、本編をどうぞ。


「なんかね。たぁくん、ずっと家にいるじゃない?」

 

 園子の部屋で本を読んでいると、イヤホンを外した彼女が唐突にそう切り出してきた。

 

「まぁ、そうだな。買い物に出かけたくらいかな?」

 

 思い返すまでもなく、夏休みに入ってから一週間近く経つが特に何処へ出かけるともなく家にいた。散華の影響でベッドの上で身動きすらままならない園子は七月上旬の戦いで両目すら見えなくなっていた。だから、少しでもそんな彼女の力になりたいと思い、なるべく側にいるようにしていたからだ。

 なお、数日前には讃州中学勇者部の面々の訪問を受けたばかりだ。

 

「せっかくの夏休みなんだから、どこか遊びにでも出かけたらどうかな~? ほら、タッくん先輩やイヨジン先輩を誘ってさ」

 

「でも、そのちゃんがそんな体だからさ……」

 

「う~ん、私を言い訳に使って欲しくないな~。たぁくんには、もっと私以外の世界も大切にしてほしいんよ~」

 

「そんなこと言われてもなー」

 

 困った。園子の言いたいことも分からないではない。貴也の人生が、自分の犠牲にはなって欲しくないのだろう。

 

「私とばかりいたらさ~、世間知らずになっちゃうよ」

 

 そう言って笑みを浮かべる彼女。

 そんな彼女を見ていると、自分の態度で心配を掛けるのも心外なので重い腰を上げることにした。

 

「分かったよ。連絡を取ってきてみるよ」

 

 そう言って部屋を出て行く。

 

『あいつら、暇してるかなー?』

 

 帰宅部の貴也とは違い、二人はバスケ部だ。この夏休みも練習やら対外試合で忙しいらしい。

 あまり期待をせずに電話を掛けに行った。

 

 

 

 

『そうだよね……。私にばっかり縛り付けるわけにはいかないもんね。たぁくんには幸せになってもらいたいからな~』

 

 遠ざかる貴也の足音に耳を澄ませながら、園子は考える。

 

『この体もいつかは治るって思いたいけど、一生このままかもしれないし……。そうなったら、やっぱりたぁくんの負担だよね。私は自業自得だからいいけど、たぁくんはなんにも悪いことをしてないんだもんね。だから、やっぱり私がガマンしないとね…………』

 

 身じろぎも出来ず、暗闇の中で深く深く自省する。

 彼を自分の我が儘で振り回してはいけないのだ。彼をこの地獄のような戦いに引きずり込んだのは、自分なのだから…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 貴也との鍛錬を終えた銀は園子に二人だけの話をしたいのだと捕まっていた。

 

「それでね。たぁくん、タッくん先輩達にふられたんよ~。この週末はバスケの合宿で忙しいから、って」

 

「で、その話とあたしと何の関係があるんだ?」

 

 銀には意味不明だった。

 何か深刻な相談でもあるのかと思えば、夏休みに入ってから貴也がずっとそばにいるのだと惚気(のろけ)られた上で、貴也が遊びに誘った親友二人にふられたという自分には関係のなさそうな話。

 貴也とは鍛錬を通じて気安く話の出来る関係は築けているが、それ以上の関係では無い。あくまでも親友の想い人、あるいはもう恋人関係なのかも? と思うばかりだ。

 

「うん。でね、ミノさんにたぁくんを連れ出して欲しいんよ~」

 

「はあ!? あたしが? なんで?」

 

「ミノさんとたぁくんって、そばにいるとね、なんか噛み合ってるな~って思うんよ。実際、結構仲いいでしょ? 鍛錬ばっかりの付き合いじゃなくって、たまには二人でお出かけでもしたらどうかな~って思ったんよ」

 

 こいつは本気でそんなことを言っているんだろうかと疑念を持ちながら、銀は親友の顔をまじまじと眺めた。

 だが、真意は掴めない。

 小六の元気だった時期から比べると遙かに薄いものではあるが、園子は僅かにぽやぽやした感じの笑みを浮かべつつも話を続ける。

 

「このまんま家の中に居続けたらたぁくん、カビが生えちゃうかもしれないからね~。それにミノさんも、たまにはおめかしして男の子と出歩く練習をしておかないと、こうズズーンと行き遅れになっちゃうかもしれないよ~。ちょっとは軽くぴゃーってデートにでも出かける鍛錬を、アタッ……!」

 

 銀の軽い手刀が園子の脳天に叩き込まれる。

 そして、やや間をおいて銀のため息をつく声が漏れた。

 

「はぁーっ……。もう! そこら辺でいい加減にしとけよ、まったく…………。園子が言いたいことは、なんとなくだけど分かったよ。要するに貴也さんをリフレッシュさせろ、って事だろ?」

 

「さっすが~、違いの分かる女、ミノさんだね~」

 

「言ってろ。じゃあ、今度の土曜日にでも連れ出すよ。日曜は金太郎達の面倒を一日見ないといけないからさ」

 

「へへ~、ありがとうね。ミノさん」

 

「まあ、このあたしに任せときな! 貴也さんをぴかぴかにリフレッシュして、園子に熨斗つけて返してやるから」

 

 ニシシッと笑って銀は、園子に見えないことが分かってはいたのだが、手のひらをひらひらとさせた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 土曜日の午前。

 貴也は待ち合わせ場所である近所の神社へと急いでいた。

 銀から、たまには一緒に街へ遊びに行こう、と誘われたからだ。

 園子に相談すると、にこやかに

 

「いってらっしゃい。ミノさんとどんな風に遊んだか、お土産話を聞かせてね~」

 

と背中を押されてしまったのだ。

 

 一応、相手はバーテックスとの戦いの為の師匠ではあるが、一つ年下の可愛らしい女の子でもある。

 どんな格好で来るのかも分からないので、これなら無難かな、と思いつつ数少ない私服から濃緑のTシャツと黒のスキニーパンツでおかしくない程度には服装を整えて約束の場所へと向かった。

 

 

 

 

 銀は既に待ち合わせ場所で待っていた。

 

「悪い。待たせちゃったか……な?」

 

 声を掛けたのだが、思わず途中で引っかかってしまった。

 銀の服装が普段の装いから大きく外れていたからだ。

 

 

 上はピンクのフリル袖Tシャツ。一方で下は白のロングフレアスカート。おしゃれなバケットハットを被り、手には可愛らしい小さなレディースバッグを下げ、それでいて靴はエッジの効いた配色の厚底スニーカー。

 とてもとても女の子らしい、それでいて親しみやすい雰囲気を醸し出している服装だった。

 普段の運動大好き元気っ娘っぽいショートパンツ姿からは想像もできない格好だ。

 

「……凄く、可愛らしいな…………」

 

「くっ。見ないでくれぇ、貴也さん。めっちゃ恥ずかしいんだけど……」

 

 目をギュッとつぶった銀が顔はおろか耳まで真っ赤にして、それだけをやっとの様子で漏らした。

 なんだか体全体もプルプルと震えている。

 

「いや、そんな恥ずかしいなら普段と同じ格好で良かったんじゃ?」

 

「園子指定の恰好なんだよ、これ。服装、全部指定されててさ、着ていかなきゃ後で覚えててね、って脅されてんだよぉ……」

 

「いやいや、指定されてたってさ、別に監視されているわけでもないだろ?」

 

「貴也さんは園子の恐ろしさを知らないから、そんなことが言えるんだよぉ。あいつ、貴也さんの前では、あれで猫を被ってるんだぜ?」

 

 いかにも恐ろしげにそんなことを言い出す銀。

 

「少なくとも、途中で証拠としてプリクラを撮ってこいとか言われてるしさぁ。その上、あれだよ……」

 

 そして、銀は涙目で貴也の右後ろを指さした。

 

「そこに精霊が浮かんでるだろ? 園子の精霊でさ、コボッチって名前なんだそうなんだけど、そいつがあたしを監視してるんだよ」

 

 慌てて振り向く貴也。そこにはイタチっぽい姿の精霊が浮かんでいる。

 

「こいつ?」

 

「そうなんだ。だから誤魔化すことが出来なくってさぁ」

 

「でも、そのちゃんは目が見えないし……」

 

「プリクラは千歳ちゃんに確認させるって言ってるし、その精霊、千里眼の能力があるんだってさ。まあ、力を使うと園子も結構消耗するらしいから、あまり使いたくないんだけど、って言ってたけどさ」

 

「そこまでするか……!」

 

 可哀想に……。そう貴也は思ったのだが、自分だって園子に逆らう無謀は出来ないな、とも思う。

 結局、苦笑いで銀を促すしかなかったのだった。

 

 

 

 

 道行き、随分と通行人の視線が刺さった。主に男性からだ。

 それもそうだろう。銀はやはり男性ならほとんどが振り返って見てしまいそうなぐらいは整った顔立ちの美少女だし、そんな女の子がフェロモンを振りまいているような出で立ちでいるのだから。

 まあ、彼女が明らかに左足が不自由と見える、すこし引きずった歩き方をしているのも理由の一つではあったが。

 

 

 その上、隣を歩いているのが自分のような冴えない男だしな、と自嘲する貴也。

 凸凹コンビ? あるいは美女と野獣がいいところかも? などとも思う。

 

 

 実際のところはイケメンと言うには何かが足りないレベルではあれども、まあ見てくれは悪くない印象を与える貴也である。

 周りからは、あの可愛いカップル、お似合いだね、と囁かれているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、銀が貴也を連れ出すとして、その目的地はというとやはりイネスであろうと思われるだろう。

 もちろん予想に(たが)わずイネスである。

 

 珍しくあまりトラブルに巻き込まれることなく――とはいえ三回ほど小さなものに巻き込まれはしたのだが――イネスへ到着する二人。

 ここまでの道中で、どうやら銀も自分の服装に慣れたようである。と言うか、意識から外したようである。いつもの調子を取り戻していた。だから、いつものごとく入口前に立つなり、ドヤ顔でイネスの偉大さをぶち上げるのであった。

 そして、まるで自分の店であるかのように自慢をする銀を微笑ましく見守る貴也。

 店に出入りする客もチラチラと二人を見やりながら通り過ぎていく。

 

 

 

 

 一通り銀によるイネス講座を聞いた後は、まず()()へ移動である。

 このフロアには小規模のシネマコンプレックスと低価格のファミレスが入っている。

 

「本当に事前に調べてないのか?」

 

「おー! 多分適当なの、やってると思うし」

 

「本当に大丈夫か? 上映時間が丁度いいの、やってるかなあ?」

 

 どうやら事前に調べることなく映画館に突撃したようである。

 二人して上映予定のスケジュールを確認する。

 

「お、ちょうど十分後に始まるのがあるぞ!」

 

「あ、これDVDで見たことある! 超有名作で面白いよ。これにしようよ!」

 

「そうか、銀も同じか。僕もDVDなら見たことがあるけど、映画館では未体験だしなあ。よし、これにしようか?」

 

 選んだのは、全九部作だったはずのスペースオペラの金字塔とでも言うべき作品の三作目である。一応オリジナル三部作の完結編であり、面白さは太鼓判を押しても良いだろう。

 ちなみにどうでもいい話だがこの作品、この世界では六作目で打ち切りである。なぜなら、七作目公開の半年前(西暦二〇一五年七月)にバーテックスの襲撃により四国以外の世界が終焉を迎えたからである。

 

 

 

 

「やっぱ、面白かったー! それに映画館だと迫力が違うよね?」

 

「そうだな。DVDで見るのとは、なんだかまるで違う印象を受けたよ」

 

「そうだよね。そういえばさ、あたしもあの主人公や敵が使っていた光の剣、振り回してみたいなと思ったんだよね」

 

「でも、銀は二年前には現実にあの大きな斧を振り回してただろ?」

 

「いやあ、あたしのはこう、面白いギミックが無かったからなあ。園子の槍は穂先をいっぱい出して階段状に出来たりしたし、須美の矢も光の矢みたいに射てたし。ちょっとあたしのだけ力任せと言うか、脳筋と言うか、そんな感じなんで……」

 

 映画を見た後は同じフロアのファミレスで昼食を取る二人。二人とも映画に大興奮していたようで、パスタをぱくつきながら感想を言い合っていた。

 二人は、いつもの鍛錬の合間にする雑談と同じ調子で会話をしている。

 だから二人とも気づいていないのであるが、その姿は仲の良いカップルそのものであった。

 そして、その姿を物陰から見つめている精霊のことも意識の外であった。

 物陰でふよふよと浮きながら、二人の姿をじっと見つめる精霊。

 

 

『ミノさん……。たぁくん……』

 

 

 どこかで誰かの複雑な感情の入り混じった呟きが漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事の後は四階の本屋へと移動し、貴也はサスペンス小説を、銀は少女漫画をそれぞれ一冊ずつゲットした。

 その後はさらに三階へ移動。ゲームセンターの一角にあるプリクラで、園子からノルマの指示があった写真撮影である。

 

「ぐはぁぁあああ! あたしはこんな格好でイネスの中をウロウロしてたのかぁああ!?」

 

 写真撮影の結果、自分の乙女丸出しの出で立ちを目の当たりにし、羞恥心がぶり返す銀。

 

「しっかりしろ、銀!」

 

 目をグルングルンさせ、ふらふらの状態の銀を介抱する貴也。そこにはちょっとした修羅場が現出していたのであった。

 

 

 

 

 気を取り直して、同じフロアのファンシーグッズなどの小物をウィンドウショッピングで楽しみ、更には二階へ移動。服やカバンを見て回ろうとした。だが、女性用の服飾を見ると銀の挙動がおかしくなる。自分の女の子女の子した格好を衆人環視の下に晒していることに意識が行くのであろう。顔を真赤にし過呼吸気味となり、ウィンドウショッピングどころではない。早々に切り上げて一階へと向かった。

 

 

 

 

「あーあ。残念だなあ」

 

「どうした?」

 

 一階のフードコートへとやって来た。

 すると銀が残念無念といった感じの声を上げる。

 

「お気に入りだったジェラート屋。この三月で閉店したんだよねえ……」

 

「あー、そのちゃんに聞いたことがあるな。なんか好きな味のジェラートがあったんだって?」

 

「うん。醤油豆ジェラート。店ごとなくなっちまうんだもんなあ。時の流れは残酷だよ……」

 

 そう言って周りを見渡す銀。

 

「ここで須美や園子と何回も親睦会を開いたんだよね。なんだか遠い昔の出来事みたいだ。まあ、二年も前の話だし、昔って言えば昔の事だけどさ……」

 

「銀……」

 

「須美は記憶を失っちまうし、園子は園子であんなだし。あたしも右腕と左足がこんなだし……。なあ、貴也さん?」

 

「なんだ?」

 

「『勇者』って、なんなんだろな?」

 

 答えようがなかった。

 先代勇者の三人はバーテックスとの戦いを通じ全員、身も心もボロボロにされてしまった。

 当代勇者の美森を除く四人のうち、友奈も散華で味覚を失っている。

 大赦は、神樹は、そして世界は――――――何故、彼女たちに斯くも過酷な運命を与えるのだろう?

 それとも『試練』なのだろうか? 乗り越える当てもない?

 

 

 銀と貴也はしばらくの間、声もなく、ただただ見つめ合うのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いたたまれなくなった二人は早々にイネスから退散した。

 大橋市の中心街を当てもなく彷徨う二人。

 だが十五分ほど経った時、ようやく貴也は思い出した。銀の左足が不自由なことを。

 慌てて周りを見回すと、お洒落な装いの喫茶店を見つけた。普段なら入るのに抵抗感を覚えるような、女性向けの雰囲気を持つ店である。

 しかし今はそんなことを気にしてる場合ではないし、そもそも銀と一緒である。

 意を決し、銀を伴って入店する。

 

 

 

 

「なんか、いっぱい歩かせてしまって悪かったな。ここは奢るから、何でも好きなものを注文しなよ」

 

 店員に通された席に着くなり、貴也はそう銀に告げた。

 

「え? いいの?」

 

「ああ」

 

 おずおずと尋ね返してくる銀に鷹揚に答えた。

 すると、銀は目を輝かせてメニューを捲り始める。

 

「どれにしようかな? う~ん……? これ? いや、やっぱりこれか? う~ん……」

 

「フッ……。慌てないで、ゆっくり決めなよ」

 

 いろいろと迷いだす銀に、思わず苦笑が漏れる。

 しばらく考えた後、ようやく注文の品が決まったようだ。店員を呼ぶ。

 

「えっとぉ、あたしはこのケーキセットで。今日のお薦めのケーキと、飲み物はレモンティーで!」

 

「じゃあ、僕はアイスコーヒーを」

 

 店員は注文を復唱すると頭を下げ、メニューも下げて厨房へと戻っていく。

 すると銀がニヤッとした顔を向けてくる。

 

「貴也さんてさぁ、中途半端に優しいよね?」

 

「え?」

 

「う~ん、なんて言ったらいいんだろ? 相手のこと、ずっと気にして、それで気遣ってるって感じじゃないでしょ?」

 

「そうかな?」

 

「自分の気の向いた時だけ、それか気になった時だけ、気遣ってるって感じだし……」

 

「なんか、それだけ聞いてると非道い奴みたいだな」

 

 銀の言いっぷりに、自嘲気味に答えた。

 

「いや、基本優しいんだけどさ。――――――あれ、私気遣ってもらってない? って疑問に思ったタイミングで、すっと気遣った言動が出てきたりしてさ。それって、ヤバいよ?」

 

「ヤバい?」

 

「うん。今日はあたしだったからいいけどさ、他の女子だったら勘違いしちゃうかもよ……?」

 

「よく分かんないなあ」

 

「気遣いの緩急を付け過ぎなんだって。で、気遣うタイミングがなんかツボってるし……」

 

「………………」

 

「気をつけないと、いつか刺されるよ。園子のこと、泣かさないでよね」

 

 その妙に鋭いアドバイスは心に引っかかった。

 だが、生かされることはなかった。

 なにせ、これより二ヶ月の後、西暦の時代へ飛ばされた際、自分のご先祖様を忠告された言動そのまんまで落としてしまったのだから。

 

 

 そして銀の方はというと……

 

『あー、あたしもヤバかったよ……。園子のことがなかったら惚れてたかもしんない。なんか妙に優しいんだもんな。園子もこれで落とされたのかな……?』

 

 そこでハッと思い出す。

 キョロキョロと店内を見渡し、やはり物陰からこちらを見ている精霊に気づいた。

 

『あちゃー! すっかり忘れてたよ、園子に見られてたこと。どうフォローしよ……?』

 

 そして、親友を心配させない言い訳を考えるのに頭を悩ませることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 結局、ストレートに言うことにした。まあ、銀らしいと言えば銀らしい行動ではある。

 

「えっとさー、園子……。昨日は貴也さんとデート紛いの事になっちゃったけどさ。あたしは貴也さんのことは何とも思ってないからさ。園子と貴也さんが上手くいくように祈ってるから。じゃ、そんだけ!」

 

 それだけ言うと、そそくさと逃げるように立ち去った。

 そして園子は……

 

『ミノさんとたぁくんをくっつけようと思ったんだけどな~。やっぱり無理だ……。私って我儘だな。たぁくんを酷い目に遭わせているのに、やっぱり嫌われたくないし、離れてほしくもないや……』

 

 救い難い人間だと、さらに自分の心を傷つけていたのだった。

 

 




ということで20話の補完であるとともに、「ひなたぼっこ!(中編)」で言及した銀との喫茶店エピソードでもありました。

前書きにあるとおり、貴也との直接の絡みの描写が意外に少なかった銀の補完エピソードであります。

でも、最初にデザインしたとおりになったとは言え、神世紀勇者との補完エピソードを入れられる隙間がほとんど無いですね。辛うじて20話だけが元ネタになれそうな感じです。むしろ西暦勇者の方が、エピソードを入れられる隙間がありそうな気配(球子を除く)。

ちなみにイオン坂出店には5階は存在しません。その辺、どこかで理由を入れたいところですね。

さて、実は原作側の新情報でプロットが崩壊してしまった「雀のチームが選ばれた!!」です。プロット立て直しに邁進せねば。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0001.07 エニウルへGo!(Case:あんたますず)

 西暦二〇二〇年が神世紀元年と表記されるようになって二ヶ月が過ぎ、夏も本番を迎えようとしていた。

 上里ひなたの元へ懇意にしている大赦職員の佐々木から電話があったのは、学校も期末試験が終わり短縮授業に入って暫くした日のことであった。

 佐々木和馬。彼女たち元勇者チームに利があるように、陰に日向に大赦の組織内で動いてくれている人物だ。

 

『上手くいきましたよ。乃木様方が夏休み中、ある程度自由に行動できるように書面を含めて言質を取る事が出来ました』

 

「そうですか。ありがとうございます、佐々木さん。いつも尽力いただいて、感謝に堪えません」

 

『いやいや。そう言っていただけると、ありがたいですがね。そもそも大赦関係者の子弟を教育するという建前の学校ですからね。一般生徒と同様の扱いをするという事に関しては意外にハードルは低かったですよ』

 

「一般生徒と同様という事は、予めどの辺りにいるかは書面で出しておかないといけませんよね?」

 

『まあ、そうですが。例えば実家に帰られるのであれば、そこから二泊以内程度の旅行なら申請なしでも大丈夫ですよ』

 

「という事は、本当に一般生徒と全く同じ扱いなんですね」

 

『ええ、そうです』

 

 ひなたの弾んだ声に、彼の朗らかな返答が電話口から聞こえてきた。

 

 

 

 

『神樹館』

 

 ここ香川県は坂出市にこの四月に開校したばかりの大赦直営の中高一貫校だ。

 今のところ一学年につき一クラス三十名弱しか在籍していない全寮制の学校である。

 ゆくゆくは小学校や大学も併設する構想はあるらしいが、今のところはある目的のためにこの小規模に抑えられている。

 それは世間にあった「勇者熱」の沈静化。

 乃木若葉を始めとする勇者チームはバーテックスとの戦いの中で「四国の救世主」あるいは「守り神」としてマスコミなどを通じ大々的に喧伝されていた。それを、人類が四国だけで立ちゆかなければならなくなった社会的混乱の下で、勇者たちを隔離し、秘匿することで鎮めていこうというものである。

 もちろん、そこには勇者たちを自分たちの手駒として保有しておきたいという大赦の後ろ暗い意図も込められていたのではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく佐々木からの電話があった、その翌々日の夕方。元勇者チームのメンバー、乃木若葉、上里ひなた、土居球子、伊予島杏、郡千景、さらにプラスして花本美佳(よしか)の六名は寮の談話室に集まり、いつもの雑談の傍ら、夏休みの計画についても話し合っていた。

 

「ということは、若葉さんは夏休みの期間中のほとんどをご実家に帰らなければならないという事ですか?」

 

 若葉の長ったらしい、内容があちこちへ飛ぶ話をほぼ一言でまとめながら杏は目を丸くした。

 

「まあ、要約するとそういうことだ。長い間、実家にはあまり帰らなかったばかりか、帰っても一泊出来るか出来ないかといったところだったからな。それでも、さっきも言ったようにちょくちょく大赦の用件に呼び出されるようだから、なかなか腰を落ち着けるという訳にはいかないようだが。まあ、マスコミに顔をだs──────」

 

「ですので、私も若葉ちゃんについていきます。心苦しいですが、皆さんとは三十日ほどお目にかかれませんね」

 

 そんな杏の態度に苦笑しながら、注釈というか補足というかを話し始める若葉。だが、また話が長くなりそうなので、ひなたが強引に話を覆い被せてくる。そのひなたの表情は「心苦しい」などと言いながらもニコニコと満面の笑みだ。若葉と二人きりでそれぞれの実家に帰るのが余程嬉しいのだろう。

 ちなみにこの二人の実家。どちらも豪邸同士の上に隣同士らしい。

 

「郡さんはどうするんですか?」

 

「私は寮に残っているわよ。母の世話にちょくちょく病院へ顔を出そうと思うけど、丸亀の実家には誰もいないし、一人暮らしで自分の世話に時間を取られるのも大変そうだから。そう言う花本さんは?」

 

 そのわかひな二人に当てられたのか、熱っぽい視線を伴いながら美佳が千景の予定を尋ねてくる。

 千景はちょっと考えながら答えを返す。転職が上手くいかなかった父親がいつの間にか失踪してしまい、天恐(天空恐怖症候群)がステージ4に達し丸亀市内の病院に入院している母親の世話をする身内が自分だけになってしまっていたからだ。

 

「私も寮に残りますよ。でも、お盆の時期は寮も閉鎖されるから実家に帰るつもりです。…………そうだ! 良かったら郡さんも私の実家へ泊まりに来ませんか?」

 

「え……? でも、ご迷惑じゃ?」

 

「そんなことありません。私の実家でも郡さんは大人気なんです。神社の職員さん達も氏子さん達も皆、大歓迎ですよ」

 

「で、でも……」

 

「遠慮なんかしなくても大丈夫です。約束ですよ。お盆も私と一緒に過ごしましょう!」 

 

「あ……、はい……」

 

 唐突な思いつきに、この上ない笑顔で千景を強引に誘う美佳。千景は目を白黒させながらも、彼女の両手を取って握り締めてくる美佳の、その前のめりの姿勢に思わず首を縦に振っていた。

 

「ああ……神樹様に感謝いたします……。郡さんが来たら何をしようかしら? あ! あの場所にも案内しないと……」

 

 

 

 

「なんか、いつものコンビ二組(ふたくみ)で盛り上がってんなー。あんずはどうする?」

 

 なんだかピンク色の波動を発生させている二組を見やりながら、呆れ返ったような口調でそう杏に尋ねる球子。

 杏は小首を傾げながら右手の人差し指を頬に当てるという、あざとさ満載の仕草で少し考えるそぶりを見せながら答えを返す。

 

「う~ん……? でも、お盆は私たちも久しぶりに実家に帰らないといけないんじゃ?」

 

「寮も閉鎖されるんだから、それは当たり前だろ? そうじゃなくてさ。夏休みに入ったらすぐ、どこか行こうぜ」

 

「じゃあ、真鈴さんも誘う?」

 

「お、それいいな」

 

 杏が真鈴の名前を出すと、球子の顔が輝きだす。

 

「三人でどこかへ……、山でキャンプ? 海で海水浴? いっそのこと両方か?」

 

 わくわくしている事が丸分かりの表情で独り言を呟き出す球子。

 

「そうだ! 前、避難所にいた時に真鈴とも約束したじゃん。三人でエニウルへ行こうって。あの約束を今度こそ果たそうぜ!」

 

「あ! それいいかも。私、あそこの大きい本屋、行ってみたかったんだー」

 

「タマも、あそこのアウトドアショップ、また行ってみたかったんだよなあ」

 

 五年前の約束を思い出し盛り上がる二人。

 杏はいそいそと、今も大赦内で巫女達のリーダーとして頑張っている安芸真鈴へとメッセージを飛ばすのであった。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 夏休みに入ってすぐ、球子たち三人は松山へと向かった。一泊二日の旅行である。

 なぜそれだけなのかというと、真鈴の休みが土日しか取れなかったからである。

 まとまった休みはお盆だけ。大赦という組織は巫女も神官達も疲弊しきるほどの、なぜかブラック企業並みの激務の職場であったそうな。

 

 さて、坂出を昼前に出発し丸亀で真鈴と合流しつつ、駅弁に舌鼓を打ちながら特急電車で一路西へと向かう。

 そして松山に着いたその日も銀天街や、四国唯一の地下街であるまつちかタウンでウインドウショッピングを楽しんだ。

 だが、本番は翌日である。

 その日は散財をせずに我慢し、翌日のエニウルの為に(金の)力を蓄える。

 もちろん、その日の宿も安めのビジネスホテル。それでも、そういったホテルに泊まった経験のなかった三人ははしゃいでしまい、夜遅くまで話に花を咲かせたのだった。

 

 

 

 

 翌日の午前。最寄りの私鉄駅から歩いてすぐ。四国最大のショッピングモール「エニウル」の北東側入り口の前に三人は立った。

 

「うおーっ! やっぱデカいな」

 

「そうですね。なんだかわくわくします」

 

「ちょっと、二人ともー。他のお客さんの迷惑にならないようにね」

 

 目を輝かせる球子と杏に対し、苦笑しながら真鈴が注意を促す。

 一応、この三人組の中の最年長なのだ。自分がしっかりせねば、との思いがある。

 

「ところでさあ。『エニウル』ってどういう意味なんだろな?」

 

 今更のように球子の口から疑問が漏れる。すると杏がニヤッとしながら蘊蓄を傾けた。

 

「なんでも、英語の『any』と日本語の『売る』を組み合わせて『なんでも売ります』っていう意味と、お客様との『(えにし)』を大切にして『売ります』の二つの意味があるそうですよ」

 

「おー! さすが、あんずだな。タマの知らないことでもスラスラと答えが出てくるな」

 

「えへへ~」

 

「ちょっとー、それ、エニウルのウェブサイトに書いてある事じゃない」

 

 球子の感心の態度に、さらににやける杏。だが、真鈴からすかさずタネ明かしが飛んでくる。

 

「三人で来るのが楽しみでかなり予習してきたんです。フロアマップもばっちり頭に入っていますよ」

 

「うそー!? ここ、確か二百店舗ぐらいあるのよ。それ全部?」

 

「はい。案内は任せてください♡」

 

 ところがそれでも自信満々の杏。その並外れた暗記力に驚く真鈴に、誰もが胸を射貫かれそうなキラキラとした笑顔で胸を叩いてみせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、九時の開店に合わせて突撃である。

 概ね、真鈴がファッション、球子がアウトドアグッズ、杏が本に時間を掛けたい、さらには映画も見たいとのことで、昨夜まですったもんだの議論を重ねていた。

 坂出まで帰ることを考えれば午後六時に夕食を摂って撤収である。となると、昼食の時間を除いて八時間強の時間しかない。

 バラバラで行動するなど考えもしない三人。結局持ち時間制を取ることになった。映画二時間半、ファッション関係一時間半、アウトドア関係一時間、本に二時間、そして急遽見たいものがあった時などの余裕代として一時間程度の配分となった。

 

「タマっち先輩、ありがとう……」

 

 その配分結果に、昨夜はよよよと泣き真似までして感謝の意を表した杏であった。最初は各人一時間半ずつの持ち時間としようとしたところ、球子が三十分を杏に回してくれたのだ。

 

「いいっていいって。タマもマンガとか買いたいしな。それにファッションは三人とも楽しめたりするけど、アウトドア関係は言ってみればタマだけの趣味だからな。あんず優先で文句はないぞ」

 

 そして、いい笑顔で薄い胸を張る球子。

 真鈴は、そんな二人を微笑ましく見ていたのだった。

 

 

 

 

 まずは映画館へとやって来た三人。

 恋愛映画を見たい杏に、多少でもアクションかサスペンス色の欲しい球子、そしてコミカルな部分も欲しいとの真鈴の意見。それらをすべて満たすのは困難かと思われたところ、偶々三十年前の名作映画のリバイバルがあったので、それを鑑賞することにした。悪巧みに巻き込まれて殺されてしまい幽霊になった男が恋人を守る為に奮闘するという米国製映画だ。

 

「やっぱ、リバイバルばっかだな。新作は一本だけか……」

 

「しょうがないよ。四国だけじゃ、スタッフも役者さんも足りないもんね」

 

「そっかー。ハリウッド映画もヨーロッパ映画もインド映画ももう新作は見れないんだよな」

 

「後背人口も避難民合わせて五百万人にも届かないですからね。映画産業は廃れていくんでしょうか?」

 

 掲示されている上映スケジュールを見た球子の感想に杏が四国の実情を返す。映画の暗い未来に二人が嘆息していると、真鈴が慰めるように声を掛けた。

 

「まあ、バーテックスの襲撃前みたいにはいかないけどさ。大赦が映画だけじゃなくて、芸能界とかスポーツ界とかエンタメ産業にも力を入れていくらしいよ」

 

「それホントか、真鈴!?」

 

「どういうことでしょう?」

 

「製造業とかは神樹様の恵みがあるからね。ある程度、以前と同様に出来るようだし、産業界も再編でいろいろ頑張ってるようだし。ほら、越智重工がいろんな会社を合併して、自動車とか白物家電とか昔の大手企業の製品のコピーを作り出したじゃない? あんな感じだからね」

 

「ええ? それと映画との関係は……?」

 

「だから、四国のみんなの心のケアの方にこそ力を入れていくんだって。坂出って映画館が無かったけどさ、今度駅前のイネスを増築して入れるって話も出てるんだって」

 

「そっか! そういえばタマも聞いたぞ。野球やサッカーのプロリーグも再建するって」

 

「ああ……! そういえば、芸能界もリソースを高松に集中させるって新聞に出てましたね。そっか……裏で大赦が糸を引いてたんだ……」

 

 兎にも角にもエンタメ業界壊滅の真っ暗な未来が回避されることを予感し、三人は笑顔で映画館のゲートを潜っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 映画を堪能した後は早めに昼食を済ませ、まずは球子に付き合う。

 

「すっげー! やっぱ品揃えが違うな! タマは小学校低学年の時、ここに連れてきてもらってキャンプ道具に目覚めたんだ! あんずも真鈴もタマが覚醒させてやろう!!」

 

「アハハ……」

 

「ハハハ……」

 

 アウトドアショップでは、はしゃぐ球子に振り回された。

 

「杏ちゃんはやっぱり、こういういかにも少女っぽい服が似合うねえ」

 

「だーっ! なんでタマがこんなヒラヒラのスカートを!?」

 

「球子も元がいいんだからさ。おめかししたら、男どもが軒並み撃沈するよ?」

 

「タマっち可愛い……ハァハァ」

 

 アパレルショップでは真鈴が二人を着せ替え人形にして遊んでいた。もちろん、自分のおしゃれ用の服も確保した上でだ。そんな中、ちょっと杏の挙動がおかしかったが。

 

「凄い品揃え……」

 

「ああっ……あんずがあっちへふらふら、こっちへふらふら……!」

 

「しっかりして! 杏ちゃん?」

 

 本屋ではその品揃えに当てられたのか、杏が夢遊病患者のようにふらふらと店内を行き来しつつ、背表紙をニヤニヤと眺め、本を取ってはパラパラと捲っていた。

 そんな活字中毒のかなりやべー奴感を醸し出す彼女に心配の目を向ける球子と真鈴。

 

 

 

 

 そんなあれこれがあって夕方。そろそろ早めの夕食を摂って伊予市経由で坂出まで帰らなければならない。

 目星をつけていたレストランに向かう途中、スポーツ用品店の前を通りかかった。

 すると球子が立ち止まり、ある一点をじっと見つめる。そこは男性用水着の売り場だった。

 

「なに見てるの、タマっち先輩?」

 

「へー、なになに? 球子も色気付いてきたのかな?」

 

「いや……う~ん?」

 

 球子の視線の先を見ると、黒一色にオレンジのストライプが入ったボードショーツを穿いたマネキンが飾られている。一推しの商品なのだろうか? 

 

「この水着が穿かれているところ、なんか見たことがあるような気がするんだよな-」

 

「おっとぉ、男の話? 恋バナ恋バナ?」

 

 その球子の呟きに、食い気味に顔を寄せてくる真鈴。

 球子はそれに取り合わず、杏に今し方浮かんだ疑問を投げかけた。

 

「なあ、あんず……、タカヤと一緒に泳ぎに行った事ってあったっけ?」

 

「ある訳ないよ。あの人、いつもフラ~ッと現れてはフラ~ッと消えてたじゃない……?」

 

「ダレダレ? 杏ちゃんとも知り合いなの?」

 

 その疑問に、杏がばっさりと否定の言を振り下ろす。

 そして真鈴は球子と杏をキョロキョロと見比べながら、好奇心に目を輝かす。

 

「そっかー。そうだよな。気のせいか……」

 

「そうそう。今頃、歩き遍路でもしてるかも」

 

「そりゃいいや。あいつっぽい♪」

 

「ねえねえ……、誰なの?」

 

 そんなやりとりをしたので吹っ切ったのだろうか? 球子は視線を通路の方に戻すと、元気に右手を振り上げる。

 

「じゃあ、夕飯へ出発だー! あんずは何を食べたい?」

 

「あ、私はねえ──────」

 

「ねえねえ……、誰なんだってばさあ……?」

 

 そのまま何を食べようかと相談をする杏と球子に、ねちねちと『タカヤ』なる人物が何者なのか問い続ける真鈴。

 傍目から見ても仲良さげな少女三人組は、そうやってワイワイと騒ぎながら目指すレストランがある方へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「安芸先生、安芸先生」

 

 安芸は貴也に声を掛けられ、ハッとした。

 

「どうしたんです、ぼーっとして? 先生らしくないなあ」

 

「ううん。なんでもないわ。ちょっとあの二人に見とれていただけ」

 

 その安芸の視線は麦穂の髪色をした姉妹に向けられている。犬吠埼風と樹だ。

 

 

 神樹館高校くにさき分校番の州陸上校舎。その一角にある勇者部の部室。

 樹が歌のレッスンの休みにかこつけて遊びに来たのだ。

 

 

 風と樹が話し込んでいる、その周りを勇者部のメンバーが笑顔で取り囲んでいる。

 結城友奈、東郷美森、三好夏凛、三ノ輪銀、乃木園子、楠芽吹、弥勒夕海子、山伏しずく、加賀城雀、国土亜耶、古波蔵棗、十六夜怜。

 総勢十五名の部員。もちろん、そこには貴也の名も含まれている。そして樹も神樹館高校の生徒でこそないが名誉部員として含まれているのだ。

 

 

「見とれていたって……、風と樹ちゃんに?」

 

「そうよ。あの二人が仲良くしているのを見るとね、なんだか……」

 

 そう言って、安芸は柔らかな笑顔を見せる。

 その笑顔は本当に幸せそうだ。

 

 

 その後に言葉は続かなかった。

 だが、貴也はなぜだか納得する。

 

『見守ってくれているんだな』

 

 

 

 

 誰が、誰を? 

 

 

 

 

 春を告げる暖かな風がカーテンを揺らし、窓から吹き込んできた。

 神世紀三〇三年四月。

 四国はその日も平和の中に微睡んでいた。

 

 

 




(かな)しい夢を(たのし)い現実に。

はい、神世紀のファーストエピソードでした。
球子と杏の尊いコンビに真鈴を絡ませると更に……、かなと思いまして「うひみ」のあの約束を実現させてみました。
ぐんちゃんと美佳(よしか)ちゃんのその後も匂わせ、映画館の話も絡め、あんたまとふういつも端的に描けたので満足です。

なお、「タカヤ」なる人物については43話を参照のこと。神樹による記憶消去の余波ですね。
また、「エニウル」に関する蘊蓄も捏造です。真に受けないで。

年内にもう1話、今度はもう一つの方の連載で投稿したいと思います。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0004.11 あなたのお名前残しましょ

 若葉ちゃんの誕生日に滑り込みセーフ?
 とにかく、おめでとう。西暦の風雲児、若葉様。

 それでは、本編61話目の特別篇にも絡むお話をどうぞ。



 神世紀三年。その、いまだに残暑厳しい九月。

 上里ひなたはうなじにうっすらと汗を滲ませピリピリとした雰囲気を身に纏いつつ、灼熱の感のある神樹館高校校舎内の廊下を会議室へと向かっていた。最高学年であり生徒会長でもあるひなた。その後ろには副会長の伊予島杏、書記長の花本美佳(よしか)が続いている。

 彼女はかろうじて聞き取れる程度の小声で美佳に尋ねる。

 

「美佳さん、会議室のチェックは済んでいますか?」

 

「ええ。盗聴器が四つ……もちろん処分しておいたわ」

 

「そうですか。いつもありがとうございます」

 

「私にはこれぐらいしか出来ませんからね」

 

「あまり卑下する態度をとり続けるのもイヤミですよ。貴女の諜報能力にはいつも助けてもらっていますから」

 

 三人は目的地である会議室の扉を開ける。冷房の効いたひんやりとした空気が流れ出てきた。その内装は高校の生徒用であることから簡素ではあるが、防音性能は優れている。

 会議用机がロの字型に設営された室内では既に十数名の出席者が席に着いていた。彼女たち三人の入室で全員が揃ったことになる。

 出席者の顔ぶれは大きく三つに分けられる。一つはひなたたち神樹館高校生徒会の三名。一つは安芸真鈴を始めとする十名ほどの巫女たち。最後に烏丸久美子を始めとする数名の神官たち。

 彼らの目的は幾つかあるが、当面の最大の課題は『大赦』という組織の漸進的な改革。保身や利己主義に染まった組織──特にそれが目に余る上層部──を、人類にとって最後の生存地となった四国を『あらゆる意味で』守る組織に変えること。とはいえ、このように一堂に会することは初めてのことであった。

 

 

 冒頭の挨拶の後、会議開催をひなたが宣言したところで不規則発言があった。

 

「いいのか、こんな派手な集まりを催して? 連中に警戒されては乗っ取りが難しくなるんじゃないか?」

 

 少し気だるげな雰囲気を身に纏う女性神官。公式には、バーテックスとの終末戦争で殉職した勇者である高嶋友奈を見出した元巫女とされる烏丸久美子だ。

 彼女はニヤリと笑みを浮かべながら、揶揄するようにひなたに問う。

 

「もはや電撃戦を行わないと主導権を握れないという時期は過ぎましたからね。皆さんのご助力で、穏当な手段を取ろうともこのメンバーで大赦の主導権を奪うことは可能になりましたから」

 

「ほう……」

 

 ひなたに動揺はない。

 事実、このメンバーを主体に大赦の組織内に深く根を張ることが出来た。神樹様の神託を受け取ることの出来る巫女たちは、すべてひなたの味方だ。乃木、土居、伊予島の勇者たちの実家もバックアップしてくれている。特に乃木家は元々西暦の時代からひなたの実家である上里家と共に香川県では有数の力を持つ名家でもあった。さらには友奈の親戚筋の家──名字が幸いにも高嶋であった──が見つかり、その家も丸ごと味方に付いてくれた。役職的には中堅以下しかいないものの良識派の神官たちもネットワークを作り上げ、いまや大赦の主要組織は押さえている。

 大赦の実権を奪う布石は既に整っているのだ。

 久美子もその実態については理解してるのだろう。感嘆の声を上げながらも、その目は笑っている。

 

「それに、今回の会議の結論は大赦上層部に建議する予定のものですから。なにも後ろめたいことはない集まりなんですよ」

 

 ひなたもそう付け加えると暖かな笑みを見せた。

 

 

 

 

 会議の前半はそれぞれの現況報告となった。

 それらの情報を合わせてみると、やはり大赦の実権を奪うに足る力は得られていることが確認できた。がしかし、大赦の体質改善には至っていないことも確認できた。相変わらず上層部は醜い権力闘争に明け暮れており、虚偽の情報の流布など秘密主義も必要以上の状態であった。

 

「それでは後半の議題に移ります」

 

 ひなたがそう言うと、前面に映し出されたプロジェクターの画像に新たな議題のタイトルが表示される。

 

『人類の寿命の短縮傾向とその対応について』

 

 会議室内にどよめきが起こる。

 

「やはりそうなのか……」

 

 誰かの呟きが聞こえてきた。

 

「それでは伊予島さん、お願いします」

 

「はい」

 

 ひなたが促し、杏がそれに応えて説明を始める。

 

 要約するとこういうことだ。

 バーテックスの侵攻があって以降、特に高齢者の死亡率が跳ね上がっている印象があった。もちろんバーテックスに襲われた際の負傷や天空恐怖症候群(天恐)などの影響もあるのだろう。だが、それだけでは説明が付かない程度には増えているように感じられていた。

 そこで、このほど四国暫定政府より発表された統計データを用いて杏と美佳が多角的に分析した結果を報告したのだ。

 その結果、天恐などのファクターを除いても特に高齢者の死亡率が跳ね上がっており、人類の寿命が短縮傾向にあることが見て取れたのだ。

 

「このように旧日本政府発表の最後の確定値、二〇一三年度の統計データと比較して、神世紀元年度の確定値でも大幅に人類の推定寿命が短くなっているばかりか、まだ集計が終わったばかりの速報値の段階ではありますが、神世紀二年度のデータにおいてはさらに短縮傾向が進んでいることが分かります」

 

「最終的にはどの程度まで短くなるんですか?」

 

 説明の途中ではあったが不安に耐えられなかったのだろう。質問の声が上がった。

 

「まだ速報値を含めても二年分のデータしかありませんから確定的なことは言えないんです。ごめんなさい」

 

 杏がそう言って申し訳なさそうな表情で頭を下げると、ひなたがフォローに入る。

 

「神樹様の神託でも曖昧な表現ではありましたが、そういう傾向を進めることは示されていました。ですので、私たち巫女に下ったそれらの神託も総合した私の印象と言いますか見解にはなりますが、人類の平均寿命は男女を問わず七十歳を割り込む恐れすらあるのではないかと考えられます」

 

 再び会議室内にどよめきが起こる。

 ちなみに西暦二〇一三年の日本人の平均寿命は男性八十歳、女性八十六歳だ。これを見ても大幅な短縮であることはご理解いただけるだろう。

 さらに言うならば、この時より二百年以上後の大赦の公式記録では、神世紀七十二年にバーテックス襲来実体験者の最後の一人が()()で死亡したとあるそうなのだ。

 

「どうして……? 私たちは神樹様に守られているはずなのに……」

 

「逆に言えば、それが原因かもしれないわね」

 

「え?」

 

「古来、神様に好かれている人間は短命になると言われているわ。私たち四国に生きる人間は神樹様に愛され、守られている。つまりは、そういうカテゴリーに入るのかもしれないということよ」

 

「そんな……」

 

 巫女たちの座るブロックからはそんな会話さえ聞こえてきた。

 皆、動揺を隠せないでいる。

 だが、ひなたからはそれを抑えつけるような発言が出た。

 

「この現象は神樹様のお考えが基になっていることでしょうし、理由や原因を探ることに意味があるとは思えません。それよりも、社会構造をこれに対応したものに変革していくことが重要であり、喫緊の課題だと思われます」

 

「そのとおりですね。我々の現在の社会システムはバーテックスの襲来により混乱をきたしていますが、元々長寿社会を見越したものへの変革の途中でした。時計の針を巻き戻さねばならないということですね?」

 

 すると神官の一人、花本──美佳の父である──からひなたへと確認を取るような言が発せられる。

 また、巫女側からも久美子のやはり揶揄するような発言が出る。

 

「だが、それをここにいる私たちだけではどうにも出来ないだろう? だからこその冒頭の発言か……」

 

 それらに首肯するひなた。

 

「ええ、お二方の仰るとおりです。ここまで詳しい分析結果は大赦上層部でもまだ把握してはいないでしょう。ですから、この説明が終わった後で決を採りたいと思います。この案件、大赦上層部へ正式に報告を上げ、対処を促すか否か」

 

 

 そして再び杏の流れるような説明が始まる。

 寿命が短くなることに対する社会的なメリットとデメリット。

 花本からの発言にもあったように、長寿高齢化社会への適応途中であった各種政策・施策との齟齬。

 短寿命化社会に対して構築すべき社会構造のデザインに関する概要。

 

 

 それらの説明が終わると、ひなたは美佳に目配せをした。

 頷いた美佳は高らかに宣言する。

 

「では、採決をいたします! 本件を大赦上層部へ報告することに賛成の方は挙手をお願いいたします!」

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった? 

 

 

 ひなたはこめかみを押さえつつ、目の前で満面の笑みを浮かべながら骨付鳥にかぶりついている球子を見やった。球子の隣ではやはり美佳が渋い顔で、ひなたの隣では若葉が困ったような表情を浮かべながらもそれぞれ骨付鳥に挑んでいる。

 

「もう一度尋ねますが、どうして私たちに相談もなく婚約を決めてしまったんですか!?」

 

 神世紀四年十一月。ここは丸亀市内のとある居酒屋の個室。とは言えまだまだ彼女達は未成年。並んでいるグラスに入っているのはいずれもソフトドリンクである。

 元勇者チームの仲間の一人である土居球子が婚約をしたとの報せを受け、急遽その真相を問い質すために呼び出したのだ。

 だが、彼女の言にひなたは納得できない。ついつい口調も強くなってしまう。

 

「だから言ってるじゃん。結婚なんて当人同士のフィーリングが大事だし、結局はそれだけだろって」

 

「ええ、確かに憲法でも『婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し』とあります。ですが……」

 

「それにタマだって考え無しに、って訳でもないんだぞ。いろいろ考えてだなー」

 

「それにしても……」

 

「まあ、大赦からは高校にいた頃から『早く結婚しろー』『勇者の血を残せー』『土居の名字を残すために婿を取れー』って、『呪いか!?』って思う程度にはさんざん言われてきたけどさー」

 

「それで、大赦の勧めに従ってお見合いをしたんですか? お相手の方が幸いにも大赦現上層部の色の付いていない、私たち側の神官の家の方だったとはいえ……」

 

「そこは偶然だったようですよ」

 

 ひなたと球子の言い合いに美佳が割り込んできた。その発言に目を丸くするひなた。

 

「そこは知りませんでした。どういうことですか?」

 

「大赦もバカではありませんから、土居様を自分たちの息の掛かった家のいずれかに引き込もうと考えていたようですよ。ただアリバイとして、彼らの候補としていた人物たちと比較して家格や学歴、職階が明らかに低い人物も釣書の束に紛れ込ませていたようです。ですが、土居様はそれこそ仰るとおりフィーリングで選ばれたようで……」

 

「大赦上層部の思惑通りには行かなかった、ということですか。なんとも、まあ……」

 

 呆れ返って球子を見やるひなた。

 ひなたの注意が美佳に向かったのをこれ幸いと、再び骨付鳥に挑んでいた。

 

 

 

 

「いい食べっぷりだな。球子もやっと親の良さに目覚めたか」

 

「タマは雛も相変わらず好きだぞ。まあ、若葉とのいつかの言い合いみたいに『雛じゃないと』って固執しないようになっただけだ。要するに、タマも大人の女になった、ということだな」

 

 おや鳥を美味しそうにパクつく球子にからかい気味に声を掛ける若葉だが、球子はどや顔で反撃する。

 ぐぬぬと少し悔しそうな顔をする若葉だが、そこは自制して返す。

 

「そ、そうだな。私たちも高校を卒業して、成人式前とはいえ半ば大人の仲間入りだ。小さな事にこだわりすぎるのも良くないな」

 

 はあ~。

 そんな若葉の反応に嘆息するひなたであった。

 

 

 

 

「ところで、そうやって自分たちの意図とは外れた相手にもかかわらず、よく大赦上層部はこの婚約を承知したものですね」

 

 ひなたは気を取り直して美佳に尋ねる。

 各所から情報を抜くことにかけて彼女は仲間内で随一の能力を誇っている。ひなたにとって、最も信頼できる情報源であった。

 

「彼らにとって、本題はそこになかったからでしょうね」

 

「本題?」

 

「自分たちの完全な制御下に土居様を置くことですね。相手が大赦内の神官の家であったことで、良しとしたようです。むしろ、婿を取って土居様の家名を残すことが本題のようです」

 

「将来、勇者の直系が大赦内にいることこそが重要という訳ですね。対外的にはそれだけでも圧をかけられますからね」

 

「そうですね。政界にも財界にも勇者の名一つで、ある程度は言うことを聞かせることが出来るでしょうし」

 

「それに今回の球子さんのケースはいわばテストケースなんでしょうね。本命は若葉ちゃんでしょうし。若葉ちゃんの時は、なりふり構わず自分たちの影響下の家の者を婿に取らせるつもりなんでしょう」

 

 自分の言葉ながら虫酸が走った。

 思わず目の前のジンジャーエールを呷る。

 口の中はさっぱりとしたが、やはり若葉に変な男を婿に取らせる想像をした嫌悪感までは消せなかった。

 

 

 

 

「それにしても、どうして大赦はここまで球子さんの結婚を急がせたんでしょう!?」

 

 もう一つの疑念を美佳にぶつける。嫌悪感を引きずってしまい言葉がきつくなってしまったことに、僅かに後悔の念が生じる。

 

「どうやら、一年前の建議が発端のようですよ」

 

「一年前?」

 

「例の人類の寿命短縮化傾向の報告と、その対処の陳情ですね」

 

 その美佳の言葉に、ひなたの中でいろいろな事象が結びついていく。

 

「子ども、いえ子孫ですか……。少なくとも孫の世代、あわよくば曾孫の世代くらいまではかつての勇者に実際に会わせておき、いろいろなものを引き継がせようとしているんですね」

 

「まあ、そういうことなんでしょうね」

 

 美佳はそう言って烏龍茶を舐める。そして隣の球子に目を向けた。

 

『本当にこの方は……大赦の思惑を外しているんだか、乗せられているんだか……。ともかく郡様が巻き込まれないで良かった。さっさと大学進学を決めてくださったのが功を奏したわ。さすが郡様だわ。まるでこの事態を見通していたかのよう……』

 

 

 

 

 一方、ひなたは球子への苦言を再開しようとする。

 

「一応の全体像はつかめました。ですがやはり、まずは大赦から急がされたとはいえ、早々にお見合いの話を承諾し、行い始めたのは一体全体どういうつもりなんですか!?」

 

「まあ、そこまで目くじらを立てなくてもいいじゃないか。そもそも祝い事だ。楽しくやろうじゃないか」

 

 ところがそれまで、特に発言のなかった若葉が取りなすような言葉を発する。

 だが藪蛇だった。ひなたの矛先はその若葉にも牙を剥いた。

 

「それこそ、そもそも若葉ちゃんの危機意識が足りません! 先ほどの美佳さんとのやり取りを聞いていなかったんですか? 大赦の次のターゲットは若葉ちゃんですよ。どんな相手が宛がわれるか……」

 

 そこまで言うとゾクゾクッと背中を冷たいものが走る。

 あまりの嫌悪感に鳥肌さえ立った。

 だが、若葉はきょとんとした顔でひなたに尋ねる。

 

「だが、そういった事態になった時はひなたが対処してくれるんだろ……?」

 

『この人は! この人は! この人という人は~!!』

 

 なんということだろうか? 自分を信じ切ったこの態度は? 

 若葉からの厚い信頼に、ひなたの心はドロドロに蕩けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、そうね。土居様が今回の事、伊予島様にも相談をしなかったのは意外でしたね」

 

 一旦、皆が落ち着いたところで美佳が、ずっと思っていた疑問点を球子にぶつけた。

 すると球子は心底意外そうな顔をして言葉を返す。

 

「え? だって当たり前だろ? あんずの奴、千景が大学進学の勉強を始めてからは当てられたかのように、同じように進学のための勉強を始めちゃってさ。そうやって頑張っているあんずを邪魔しちゃ悪いからさ。それに、あんずの姉を自負しているタマとしては、やっぱり自分で決めないとな。今回の婚約の件の報告も、あんずの合格が決まってから報告するつもりだぞ」

 

『あ、そういうことか……!』

 

 三人、納得して顔を見合わせる。

 

「球子もいろいろと考えているんだな。なんだか、仲間内で私が一番物事を考えていないような気がしてきたぞ」

 

「まあ、乃木様には外付けの思考回路がありますからねえ」

 

 いかにも感じ入ったかのように若葉がそう呟くと、半目の美佳が若葉とひなたを見比べながら応じる。

 

「とにかく、次のターゲットは若葉ちゃんになるでしょうしね。これは……美佳さん」

 

「いよいよですね」

 

「ええ。もう悠長なことは言っていられません。若葉ちゃんの見合い話が本格化する前に、大赦の実権を奪います」

 

 そして、ひなたは右手を握りしめつつ決意のこもった発言をする。

 その姿に美佳は内心呆れ返る。

 

『はあ~。この人の行動原理も乃木様ありきなんですね。いままで悠長に事を構えていたのは一体何だったんですか? 乃木様の件で尻に火が付くとここまで変わるんですね……』

 

 

 

 

「それでは、乃木様は自由恋愛で結婚するということに……」

 

「いえ、そういう訳にもいきません」

 

 ならば、若葉はしがらみ無く結婚できるのかと美佳は思ったのだが、そうはいかないらしい。

 

「ならば?」

 

「いずれにせよ、若葉ちゃんのお相手は私が厳しく吟味します。そして若葉ちゃんには、いえ、私たち巫女や勇者の皆さんには婿を取ってもらいます」

 

「私もですか?」

 

「ええ。もちろん、それは対外的な押さえというよりは、大赦内部の統制に使うつもりですけどね。初代勇者の直系の子孫、バーテックスの戦いの頃の巫女の直系の子孫、それらの名声が大赦内の利己的な勢力へのカウンターとなるように取りはからいます」

 

 

 

 

 この時のひなたは、まだ若かった。

 勇者や巫女の直系の子孫だからといって、ひなたが期待するような効果が永続的に続く訳ではなかった。

 もちろんひなたとてある程度は想定していた。が、彼女の想定以上に彼女の期待から外れていく家は多かったのだ。

 

 

 そして、もっと直近の問題。

 この施策が千景の意思に反したものであり彼女の結婚の大きな障害となるとは、この時のひなたには想像も出来なかったのである。

 

 

 

 

 兎にも角にも、こうやってひなた達のグループによる大赦掌握は本格的にスタートした。

 なんだかあまり高潔な決意によるものと言うでもなく、なんとなく締まらない理由ではあったが。

 

 




 いつの間にやら50,000UAを越えていました。お気に入り登録も300越え。
 投稿当初には考えもしなかったところに来てしまいました。
 これも、本作を読んでくださっている皆さんのおかげです。深く感謝いたします。

 と、いうことで記念投稿をすべく準備中です。
 期待しないでお待ちください。

【このとおりになるのか微妙に怪しい次回予告】
 若葉たちが四国外調査から戻って数日、ひなたに突然の神託が下りる。
 四国に迫る未確認船団に対処せよ。
 だが空を飛べる戦力は貴也と球子のみ。然して、ここに大海戦が始まる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2019.03 南国の勇者(前編)

 若葉たちが貴也を加え四国外調査から戻ってしばらく。三月も末日を迎えようとしていたある日。

 昼食を終え教室で雑談をしていたところ、突然ひなたがトランス状態に陥ったのだ。

 

「大丈夫か、ひなた? もしや神託か?」

 

 倒れかかるひなたの体を受け止めた若葉が尋ねる。

 

「……ええ。そうです」

 

「諏訪で受けた神託か? 四国に再び危機が迫っているという……」

 

 数日前、四国外調査の際に諏訪の地でひなたが受けた神託の事だ。この神託があったが為に、調査を中途で打ち切り早々に四国に戻ってきたのだ。

 

「いえ、なんだか様子が違いました……」

 

「? どういうことだ、ひなた?」

 

「どうやら、一時的に結界を解くとの事らしいです。それも南西部の一角だけを」

 

 貴也達、ひなたを心配して周りに集まっていた勇者達も顔を見合わせる。

 そんなことをすれば、バーテックスの群れが四国の地に雪崩れ込んでくるかもしれない。

 皆に緊張が走った。

 

「それは一体……?」

 

「私にも分かりません。とにかく結界が一時的、一部とはいえ解かれるのは間違いなさそうですけど」

 

「そうか……どちらにせよ、この神託については大社へすぐに報告を上げないといけないな」

 

 そのまま、ひなたを連れて職員室へと向かう若葉であった。

 

 

 

 

 そんな事があってから一時間半ばかり経った頃。授業中にも関わらず教室の扉が勢いよく開けられた。

 そして神官が一人、そしてもう一人、先日来貴也の担当をしている大社職員佐々木が入室して来た。

 

「授業中に申し訳ございませんが、勇者の皆様方に至急対応していただきたい事象が発生いたしました」

 

 神官が自らのはやる心を落ち着かせようとでもするかのような口調でそう話すと、隣の佐々木へと目配せをする。すると、佐々木が手にした数枚の紙を捲りながら読み上げ始めた。

 

「本日十三時四分、高知海上保安部が船舶無線通信を受信しました。発信元は沖縄からの脱出船団。救援を求めています」

 

 その言葉に若葉たちからどよめきが上がる。

 

「また、先程のひなた様が受けられた神託。大社本部に詰めている巫女様の大半も同様の神託を受けられたようです。大社としましては総合的に判断し、神樹様がこの沖縄からの脱出船団を受け入れるために結界の一時解除を行うものと受け止めます。つきましては勇者の皆様方には至急、この沖縄からの脱出船団の救援に向かっていただきたく、平にお願い申し上げます」

 

 そして締めくくりに佐々木と神官は若葉たちに向けて深々と頭を下げたのだった。

 

「以前の神託にあった南西諸島の生き残りか……分かりました。至急対応します。──────行くぞ、みんな!!」

 

 若葉は承諾すると仲間たちの方に向き直り声を上げる。

 だが、ひなたと杏から否定的な言が発せられた。

 

「若葉ちゃん。そうは言っても、助けるべき相手は海の上なんですよ」

 

「そうです。現状、空を飛べるのは鵜養さんと切り札を使ったタマっち先輩しかいません。──────あのー、船団の詳細な位置は分かっているんですか?」

 

 そして、杏から船団の位置に関する質問が神官たちに向けて放たれる。

 

「概ね足摺岬から南南西に百キロメートル強の位置のようです」

 

「「そんな近くに来るまで分からなかったんですか!?」」

 

 ひなたと杏の驚きの声がハモった。

 その二人の驚きに、神官が申し訳無さそうな態度で言い訳を述べる。

 

「どうやら、諏訪との通信や四国外調査の際に用いられた神の力が織り交ぜられた通信ではなく、従来の電波のみを用いた通信のようで……神樹様の結界のあたりで激しい減衰が起こっているようなんです」

 

 その答えに皆、絶句した。

 

 

 

 

 その静寂を破ったのは意外なことに千景だった。

 

「今更、判明が遅くなったことをあれこれ詮索しても始まらないと思うわ。救援に向かう人選を早くしないと……こうしている間にも船団がバーテックスに襲われてしまうかもしれないわ」

 

「そうだな、千景の言うとおりだ。──────鵜養くん、二人ぐらい抱えて飛べないか?」

 

 千景に同調した若葉が現状、特に切り札を使うこともなく空を飛べるものと皆が思い込んでいる貴也に問うた。

 この時点で彼女たち──貴也も含む──は貴也の変身が、彼女たちが切り札を使っている状態に相当していることを知らない。だから、貴也に戦闘員兼運搬役を委ねる考えに至るしかなかったのだ。

 

「どう考えても一人が限界だよ。船団に辿り着く前の海上で戦闘に入る可能性も考慮すれば、一人も抱えていないに越したことはないとさえ思う」

 

 海上で戦闘に入った場合、空中走行を立体機動にしなければならないだろう。貴也には、勇者とはいえ、とても人を抱えたままバーテックスに対して不利に陥らない戦闘を行うのは不可能に思えた。

 

「私、貴也くんが二人抱えて飛んでいけるなら、一人はぐんちゃんがいいんじゃないかなって思ったんだけどなー」

 

「高嶋さん!?」

 

「でも、そういうことなら……」

 

 友奈は自らの発言に驚く千景を流しつつ、一人を見やる。

 

「そうですね。それなら他に選択肢はありませんね」

 

「私が行きたいのはやまやまなんだが、ならば仕方がないな」

 

 ひなたと若葉も同意する。

 そして、トドメは杏だ。

 

「ええ。タマっち先輩なら船の上から遠距離攻撃もできますし、最悪、切り札を使えば空も飛べます。これ以上の人選はないかと……」

 

「ええーっ!? タマか……タマなのか…………?」

 

 ところが球子にはいつものノリがない。キョドキョドと視線をあっちにやったりこっちにやったりしている。

 

「どうかしたのか? なにか不味いことでもあったか?」

 

「イ、 イヤ~、そういうわけじゃないんだ、け、ど……」

 

 常にない球子の反応に皆、首を傾げる。代表して若葉が問いかけてみるが、どこか曖昧な返事しか返ってこない。

 

『ほんの二、三日前なんだぞ! 鵜養にか、か、可愛いって……ウオーッ、思い出すだけでも無理だー!!』

 

 つい先日のレクリエーションでの罰ゲーム。杏主催の寸劇の中で、貴也に図らずも『可愛い』などと言われてしまった球子。生まれて初めて同年代の男子に『可愛い』などと言われてしまったため、恋愛感情はともかくとして、それを思い出すだけで顔も脳みそもカーッっと熱くなってしまうのだ。

 いきおい、この二、三日は貴也との接触を避けてしまっていたほどである。

 

 

 一方、本人の意識しないところで加害者となっている貴也。

 まだ彼女たちと知り合って二週間足らず。だが、彼女たちはそれなりに気遣ってくれているのだろう。いろいろと話しかけてきてくれている。この二、三日球子だけが話しかけてこないことに意識が向いていなかった。

 まあ彼自身、三百年前の世界に放り込まれたばかりでもある。彼が守るべきであると定義付けた勇者仲間の事といえど、なかなかそればかりを考えていられる訳でもなかった。

 

 

 

 

『ははーん、さてはそういうことですね……』

 

 ニヤリと口角を上げる杏。もちろん球子の胸中を百パーセント理解していた。

 

『でも、ここでタマっちをからかっている場合じゃないよね。沖縄から脱出してきた人たちの生死に関わる事なんだから。どうにかして行ってもらわないと……』

 

 そこで球子をけしかける策略を瞬時に頭の中で練る。

 なんのことはない。ストレートな戦法が思いついた。

 

「タマっち先輩がダメなんでしたら、私しか選択肢がないですね。若葉さんと友奈さんは近接戦主体というか、ほぼそれしかできませんし海に落ちたらそれまでです。千景さんも戦いになったら常に切り札を使い続けるしかないでしょう。七人中一人を船の上に待機させておく戦法しかとりようがありませんし」

 

 そこまで言うと、瞳をうるませて球子を見やる。

 しゃべりながら頭の中で、つい最近読んだ恋愛小説の悲劇的な場面を反芻し涙を絞り出したのだ。

 

「となると、やはり遠距離攻撃ができる私が行くしかないでしょうね。船の上からの射撃で鵜養さんを援護することしかできませんが……。それに、鵜養さんと二人だけではちょっと怖いですけど……」

 

 そう言いながら俯いてみせる。

 すると杏のその態度に効果てきめん。

 

「ちょ、ちょっと待ったー! な、泣くなよ、あんず。そんなに怖いならタマが行くからさ……。い、いや、そうじゃなくてもタマが行くよ。行くから!!」

 

 慌てふためいて、出撃を宣言する球子であった。

 そして、俯きながらニヤリと笑みを浮かべる杏。

 どういう感情のやり取りがあったのかイマイチ理解できずにキョトンとした表情を浮かべる若葉と貴也。

 呆れたようにため息をつく千景。

 口元を手で抑え肩を震わせるひなた。

 そして友奈は、というと。

 

「アンちゃんとタマちゃんは、やっぱり仲良しだねー」

 

と微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 一旦こうと決めれば肝の座る球子。

 丸亀城から飛び立って既に一時間近く。落ちないように、落とさないように、抱きつき、抱きしめていないといけない状況にも動じてはいなかった。

 もちろん、空中走行を行う貴也にしがみついている状況である。手を放してしまえば海へドボンだ。両足がブラブラしているのは、少し心許ない気がしていたが。

 

「そろそろ船団がいる海域だと思う。僕も見ているけど、どちらかというと土居さんの目の方が頼りだから。頼んだよ」

 

「ああ、岡山で、倒れていたお前を見つけたタマの目を信じタマえ」

 

 そう言って周囲をさらに注意深く見渡す球子。

 青い海原がどこまでも続いていた。

 太陽光の眩しさに思わず貴也から左手を離し、庇のようにかざしてみる。

 すると、彼方に白い塊が浮かんでいるような気がした。

 

「鵜養、あれ!」

 

 左手をピンと伸ばして指差す。

 貴也が頷いた。

 

「分かった! しっかりと掴まって!!」

 

 巡航から戦闘用の速度にギアを上げて、一直線にその場所へと向かった。

 

 

 

 

 タイミング的にギリギリだったようだ。

 大小二十隻近い船団に、百体近くの星屑が迫っていた。

 

「土居さん、援護を頼む!」

 

「了解!」

 

 船団の中で二番目に大きな、フェリーと思しき船の屋上に球子が飛び降りる。

 ちなみに一番大きな船は貨物船のようだ。

 海面からの高さとしてはフェリーのほうが高かったので、こちらの方へ球子を降ろしたのだ。

 

 

 フェリーの屋上で球子が旋刃盤を構える。

 すると誰かが屋上に上がってきて、球子へと走り寄ってきた。

 

「も、もしかして勇者様ですか!?」

 

「そうだぞ。でも、ここは危ないから早く船の中へ戻れ」

 

 船員なのだろう。制服に身を包んだ壮年の男性だった。

 

「分かりました。ご武運を!」

 

「あ、それから!」

 

「はい?」

 

「あまり離れていると守りきれないかもしれないから、船と船の間はできるだけ近づけるように全部の船に連絡してくれ!」

 

「了解しました!」

 

 船員は急いで船の中へと駆け戻っていく。

 それを見送ると、球子はバーテックスの群れへと視線を戻す。

 

『さあ来い、バーテックス! この船団、絶対に守りきってやるぞ!!』

 

 後に大社の記録として『足摺岬沖の海戦』と名付けられた戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 貴也はバーテックスの群れの中心へと飛び込んでいった。

 傍目からは、輪刀をめったやたらに振り回しながら無謀に突っ込んでいったように見える。

 だが、彼には目算があった。

 

『出来るだけ損害を与えつつ、後ろに回り込んで攻撃してやる。後方へ気が散らされて船団への進撃速度がそれで緩めば儲け物だ。船団へと突っ込んでいった奴らは土居さんが片付けてくれるはず』

 

 彼の視界は瞬く間に星屑の体色である白と、口内の色である赤の二色に染め上げられた。

 自分の動体視力と直感だけを頼りに危険度の高い個体を優先して斬り飛ばしていく。

 

「うおおお──っ!!」

 

 咆吼を上げ、輪入道の空中走行を立体機動に切り替え、身体を捻りつつ対処していく。

 僅かな時間で群れを突き抜けた。

 すぐに反転して、後方から襲い掛かる。

 貴也に脅威を感じたのか星屑の過半数が向きを変えて、彼を迎撃しようとする。

 

「そうだ! 僕の方が脅威だぞ!!」

 

 星屑のヘイトを稼ぐかのように、そう叫んで再び斬り込んでいった。

 

 

 

 

 貴也を無視して船団へと向かう一方の星屑たち。

 だが、先頭の一体が球子の放った旋刃盤に切り裂かれて消滅すると、やはり気づいたようだ。

 もう一人、勇者がいるのだと。

 弱者は後回しとし脅威となる個体を優先する判断をしたのだろう。星屑は球子だけをターゲットとしたように襲い掛かってきた。

 

「しめた! そう来てくれるなら戦いやすいぞ!!」

 

 星屑はある程度連携して球子を襲ってきた。

 球子は旋刃盤を巨大なヨーヨーのように操って遠方の複数の星屑を斬り飛ばすのだが、旋刃盤が球子から十分に離れているタイミングを狙って攻撃してきたのだ。

 

「そう来るのは百も承知だぞ!」

 

 ヒラリと躱す球子。襲ってきた星屑を踏み台にして軽やかにジャンプすると、その手に戻ってきた旋刃盤を掴み、星屑を切り裂くように叩きつける。

 

「喰らえ!!」

 

 球子に襲い掛かってきた星屑は、その一撃で消滅していった。

 

 

 

 

 戦いは断続的に続いた。

 一つの群れを潰しきると、ほとんど休憩をとる暇もなく次の群れがどこからか湧いて出てくるのだ。

 貴也たちが船団の誰かと接触することは出来なかった。

 

 

 時間が経つと進化体すら現れ始めた。

 針を飛ばすもの、反射板を生成するもの、斬っただけでは分裂するもの、音波攻撃をしてくるもの、様々なタイプのものが総計十体ほど。

 いずれも苦戦を余儀なくされたが、なんとか倒すことに成功した。

 気がつくと戦闘開始から二時間が過ぎ、陽は傾いていた。

 そして、結界が途切れている場所に近づいていたのだった。

 

「こいつで一旦、最後だ!」

 

 分裂するタイプの進化体を倒し、残敵である星屑の最後の一体を貴也が切り裂いた時、拡声器を用いた大音声が響いた。

 

「こちらは四国海上保安隊です。沖縄からの脱出船団の皆様は当方の巡視船の後をついてきてください。勇者様のお二方には大社より連絡があります。ライトの点滅している巡視船まで来てください」

 

 

 

 

 貴也が球子を拾い上げ、四隻いる巡視船のうちライトを点滅していた一番大きな巡視船に着艦すると指揮者と思しき人物が挨拶をしてきた。

 

「本巡視船の船長、小林です」

 

「鵜養貴也です」

 

「タマは土居球子だ」

 

「早速、こちらにおいでください。脱出船団の救出、ご苦労さまでした。なんとか一隻も沈めずに守りきれたようですね。ありがとうございます」

 

「いえ、幸運が重なっただけだと思います」

 

 船長の言葉に促され、歩きながら互いに穏やかに言葉を交わす。

 

「こちらです」

 

 通信機器のある一角まで案内されると、マイクを手渡された。

 

『鵜養くんか?』

 

「乃木さん?」

 

『良かった。無事のようだな。今、ひなたに変わる』

 

 無線の向こうで慌ただしく席を替わる物音がした。

 

『貴也さんですか?』

 

「はい、鵜養です」

 

『船団の救出、ご苦労さまでした。もうこれ以上の襲撃はないとの神託がありましたので、戻ってきていただいて構いませんよ』

 

「えっと、脱出船団の方々に挨拶とかは……」

 

『必要があれば後日、大社の方から連絡があると思います。今日はもう帰って来て、体を休めてください』

 

「分かった。じゃあ、帰ることにするよ」

 

 

 

 

 こうして一人の犠牲も出すことなく『足摺岬沖の海戦』は終わった。

 ただ、この記録と人々の記憶が残っていたのはこの時より僅か一年の期間のみであった。

 貴也が三百年後の世界に戻ると同時に辻褄合わせのためだろう、この海戦は無かったことにされたのだ。

 それでも……記録からも記憶からも消されてしまったとしても、この海戦があったからこそ、この世界線で四国に沖縄の血が繋がったのだという事実は、誰にも、神樹にさえ否定できないことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 宇和島の街の明かりが近づいて来た。

 フェリーの船上、浅黒い肌をした赤髪の少女が甲板から彼方を見つめていた。

 

『私たち、助かったんだ……』

 

 脱出船団は三グループに分けられて、四国の三都市へと迎え入れられていた。

 宇和島、宿毛、土佐清水。大型船は受け入れ可能な港がある宇和島へと案内されていた。

 

『あれが四国の勇者様たちなんだ……』

 

 彼女はフェリーの窓から貴也と球子の戦いを少しだけ見ることができた。

 いつ死ぬかもしれない恐怖の中、二人に深い感謝の念を持ちつつ。

 

『あんな風な仲間がもし、棗様のそばにいてくれていたなら……』

 

 昨日の早朝のことを思い出す。

 沖縄からの脱出直後、襲い掛かってきたバーテックスの群れに立ち向かっていった沖縄唯一の勇者の勇姿を。

 そして、群れの最後の一体と刺し違えるように海に落ちていった姿を。

 

『棗様……ううん、なっち。貴女のおかげで私たち、助かったよ。貴女の分も私、精一杯頑張って生きるから。だから見守っていてね……』

 

 涙がつーっと頬を流れ落ちた。

 途端に衝動が身体を突き抜ける。

 

「違う違う違う! こんな事が言いたいんじゃない!! 私、なっちの友達だったのに! 親友だと思っていたのに! あの子に任せるだけしかできなくて、見捨てることしかできなくて!! 私は最低だ! ごめんなさい、なっち。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! なっち……」

 

 うずくまって泣きじゃくる少女。

 そんな少女を月明かりが優しく照らしていた。

 それは本物の月の明かりだったのか、それとも神樹が見せている幻だったのか。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 波音が聞こえる。

 

 

『おばあ、本当にこれで良かったのか?』

 

『わしらはこの土地から離れるつもりはないさ。これからの時代に必要な若者たちこそ生き残るべきさね。四国までの護衛、頼みましたぞ、棗様』

 

『分かった。ならば、私は私の精一杯を振り絞って船団を守る』

 

『頼みましたぞ。海の神のご加護もある。必ず希望はあるさ』

 

 おばあと別れたときの会話だ。

 破壊を免れた船を掻き集め、南城市の港では大型船に直接乗ることができないため、夜を徹して小型船のピストン輸送で避難民を乗せたものだ。

 その夜の港での、おばあとの最後の会話。

 こんなことを思い出す私は死んだのだろうか? 

 

 

 

 

 波音が聞こえる。

 

 

 船団が出港しておおよそ一時間。

 白い化け物は人の多い場所に集まる。逆に人が少ない場所には現れにくい。その情報を頼りに、出来るだけ沖縄本島から離れる航路をとった。

 だが、離れきる前に襲われた。

 これまでに私が相手にしたよりも多くの化け物。

 一人では圧倒的に手が足りなかった。

 力を振り絞って迎撃したが、私の手の届かない場所で一隻、また一隻と避難船は沈められていく。

 

『イヤだ、イヤだ、イヤだ!! もう私から、何も奪わないでくれ!!』

 

 

 

 

 波音が聞こえる。

 

 

 白い化け物を蹴り飛ばし、その反動で空中を飛び回り、手にしたヌンチャクで叩き潰す。

 それを何度も何度も繰り返し、時間の感覚も体の感覚もなくなってしまった頃、ようやく化け物の数は両手で数えられるほどにまで減った。

 

『守るんだ! ペロと約束したんだ! ペロが守っていたものを! 守ろうとしたものを私も守っていくって!! 私は負けないって!!!』

 

 目の前の一体にヌンチャクの一撃を叩き込みつつ、後ろから噛み付いてきた個体の攻撃を身体を捻って躱す。そのまま身体の流れに任せて蹴りを浴びせると、その反動で離脱。目の端で捉えていたもう一体に錐揉み状にパンチを当てる。そのまま相手の頭上を縦回転で抜けながらヌンチャクの一撃。その個体が消滅していくのを流しつつ、先程噛み付こうとしてきた個体を目の動きだけで探す。

 が、そこで強烈な打撃を喰らった。

 一体だけ残っていた蛇のような体型をした集合合体型──進化体──だ。

 内臓にまでダメージが通ったのか、血を吐きながら海へと落ちた。

 

 

 

 

 波音が聞こえる。

 同時に波が身体を打つ感触がした。

 

 

 海中で数体を倒し、その消滅しざまを足場に海面から飛び出す。

 虚を突いた集合合体型をヌンチャクの柄で突いてカチ上げ、落下に転じた時点で重力加速度を加え渾身の勢いで振り抜いた。

 その一撃で集合合体型を消滅に追い込むと、最後に残った二体が突っ込んで来た。

 先鋒の一体を躱しつつヌンチャクを左手で振り抜いて叩き潰す。だが、最後の一体はそれに構わず突っ込んできた。

 振り抜いた速度を殺さぬまま右脇を通して背中まで振り抜いたヌンチャクの、左肩背後から飛び出してきた柄を右手で掴み、最後の一体へと叩きつけた。

 しかし、その時には最後の一体は私の胴体に喰らいついていたのだ。

 激痛を感じながら、私は最後の一体と共に再び海へと落ちていった。

 海面に着水した衝撃を感じた瞬間、私の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 波音が聞こえる。

 同時に波が身体を打つ感触もする。

 

 

 わん。

 

 

『ペロ……?』

 

 私はゆっくりと目を開いた。

 そこは見知らぬ土地。見知らぬ砂浜。見知らぬ海。

 だが私には分かる。

 

『沖縄の海だ……』

 

 ふいに涙が零れた。

 

「ペロ、お前が私を起こしてくれたんだな。ありがとう、ペロ……」

 

 今は亡き愛犬の気配と変わらぬ愛情を感じた。

 そんな私と見知らぬ海岸を、春先の優しい太陽光が照らしていた。

 

 




日曜日の投稿に滑り込みセーフ。
次の週末はクソ忙しいので一週飛ばすかもしれません。

ということで前回の予告通り(微妙に内容は異なりますが)5万UA記念作です。(既に1,000ほど上積みされているようですが)
最終話にのみ唐突に登場した棗ちゃんの合流エピソードとなります。
直接顔合わせしないとはいえ、西暦組と神世紀組双方の勇者が登場するお祭りエピソードでもありますね。

【次回予告】
 沖縄脱出時の戦闘から辛くも生還した棗。彼女は取り残された人々を守る決意をする。
 次回「2019.10 南国の勇者(中編)」 お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2019.10 南国の勇者(中編)

 右の脇腹が痛む。

 最後に白い化け物に噛み付かれた箇所だ。

 結構ざっくりといったはずだが、この勇者装束の力なのか、あるいはそもそもの勇者としての力なのか、傷は血が滲む程度にまでは回復していた。

 ずいぶん長い時間、気を失っていたように思う。あの戦闘から、一体どれくらいの時間が経ったのだろうか……

 

 

 普段、勇者へと変身していたならば高速道路を走る自動車よりも速く移動できていたはずだ。

 だが、今の私にそれは不可能だ。あまりにも消耗していた。

 トボトボと南城市へと続く道路を歩いていく。

 私が気付いた海岸は、壊れた道路標識や地形などから察するに伊計島(いけいじま)だったらしい。沖縄本島へと繋がる橋は壊されており、渡るのにかなり苦労をした。

 

 

 く~きゅるきゅるきゅる。

 

 

 お腹が鳴った。

 そうか……私はお腹がすいていたのか。だから力が出ないのかもしれない。

 幸いと言っていいのか微妙なところだが、破壊されたイネスの建物が見える。

 あそこへ行ってみよう。何か食べられるものが残っているかもしれない。

 

 

 

 

 結局、イネスではろくなものが見つからなかった。

 かなり初期の頃に白い化け物たちに破壊されたのだろう。滅茶苦茶な有り様だった。

 小さなデイパックと賞味期限ギリギリのエナジーバー、賞味期限ギリギリアウトのミネラルウォーターが僅かに見つかったのは、私の運がとびきり良かったおかげなのかもしれない。

 多少の栄養補給は出来た。

 残りはデイパックに詰めた。と言っても、二食分程度しかない。

 明日の昼頃には佐敷(さしき)の辺りまでたどり着くだろうか。

 

 

 その夜は中城(なかぐすく)付近の学校の廃墟に身を潜めた。疲れ切っていたのか、ぐっすりと寝入ってしまった。

 だが、たっぷりの睡眠とその前後の食事――エナジーバーと水だけという味気ないものだったが――が私の体力を回復させたのだろう。翌朝には、いつもの元気が戻ってきていた。

 幸運も続いていたのかもしれない。化け物の襲撃もなかった。

 体のあちこちを動かしてみて具合を確かめる。

 

「これなら、いけそうだ。おばあたちの所へ戻ろう」

 

 空になったデイパックを担ぐと、スピードを上げて故郷へと向けて走り出した。

 デイパックは捨てられなかった。シークヮーサーの花びらをあしらった可愛らしいデザインの物だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひどい……!」

 

 南城市のエリアに入ったが、私の最後の記憶と比較してあり得ないほどに破壊が進行していた。

 まるで、人間が住んでいた痕跡すらなくそうとするかのような徹底した破壊だった。

 

「おばあ達は無事だろうか……?」

 

 胸の奥から不安が止めどなく溢れてくる。

 私は駆け出した。

 

 

 

 

 徹底した破壊はすべてのエリアに渡って、という訳ではなかった。

 港を越えるとまだまばらに建物が残っていた。

 

「これなら……」

 

 化け物達の襲来があって以降、私たち生き残りが相談する寄り合いによく使っていた御嶽(うたき)へと向かう。

 すると目の端で廃墟の影から出てきた人物を捉えた。

 幾分、慌てながらそちらへと向かう。

 

「棗様!」

 

 その人物の目の前に降り立つと、その人はまるで幽霊でも見たかのような驚きの表情で、そう声を上げた。

 

「どうして、こんな所に!? 船団を護衛していったはずじゃ!?」

 

「比嘉さんだったのか……すまない。出港してから一時間ほどで化け物の集団に襲われたんだ。集団は全滅させたんだが私は海へ落ちてしまい、昨日伊計島の海岸で気付いて戻ってきたところなんだ」

 

 比嘉さんは四十がらみの屈強なガタイをした浅黒い肌の男性だ。職業は漁師だったと聞く。奥さんや子どもたちが化け物どもの犠牲になってしまい荒れていた時期もあったが、ここ二年はおばあ達と共に生き残りの避難民のとりまとめ役もしてもらっていた。ただ、そういう経緯もあったためか四国への脱出船団には乗り込まず、居残り組となっていたのだ。

 彼の疑問には私は簡単に自分の身の上に起こったことを話した。

 

「ところで、今は出港からどれくらいの時間が経っているんだろう? 気を失っていたから、時間感覚が分からなくなっているんだが」

 

「まる三日が経っていますね」

 

「すると、私が気を失っていたのは二日ほどもあったということか……。襲撃を受けたのはいつ頃だ? それと他の人達は?」

 

「船団が出た、その夜ですね。生き残りは八十名ほど。探せば、もう少しいるかもしれません」

 

「おばあ達は?」

 

 その問い掛けに比嘉さんは目を伏せながら首を横に振る。

 反射的に御嶽(うたき)へと向かった。

 だが、そこには何も残ってはいなかった。文字通り何も……

 

「おばあ…………」

 

 私はその場に四つん這いになり、地面を殴りつけた。

 自分の力の無さに涙が零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の夜。

 生き残り全員を集めた会合を開いた。

 あれから二日を掛けて生き残りを探し、総計は百人を少し越えた。

 出来れば夜が明けてから話す方が良いのだろう。だが、時間が惜しかった。

 夜のうちに方針を決め、明日の朝には出立したい。

 もはや私たちには、移動手段は徒歩しか選択肢が残っていないからだ。

 

「みんな、疲れているところ申し訳ない。だが、こうして集まってもらったのには訳があるんだ。夜のうちに方針を決めたい。明日の朝には奥武(おう)島へ向けて出発したいんだ」

 

「奥武島だって……?」

 

「確かにあそこは周りを海に囲まれた小さな島だ。守りに専念するには良いのかもしれない」

 

「だが、もう足がないぞ。歩いて行くしかない……」

 

「私はあの島から三年前に逃げ出してきたんだ。こちらに居ようが向こうに逃げようが、どちらも同じだよ」

 

 私の言葉に生き残りの皆がざわつく。でも、これは想定の範囲内だ。

 私は立ち上がって皆を見回す。ピンと背筋を伸ばして声を通らせる。

 

「あの島は何千人もの人を収容するには小さすぎた。だから以前は避難場所として選択肢に挙がらなかったんだ。だが、この人数なら別なんだ。あの島は大きさの割に御嶽(うたき)も拝所も多い。私が一人でみんなを守るには、あの島こそが絶好のロケーションなんだ」

 

 皆のざわめきが静まる。良い感じだ。

 

「ここから島まで道のりは十キロメートルも無い。白い化け物どもの襲撃を迎撃、あるいは避けながら行くとしても一日も掛からないだろう。夜のうちに荷造りを済ませ、明日の朝出発すれば夕方までには、いや、上手くいけば昼頃には着くはずだ。あの島に逃げ込みさえできれば後はなんとかなる。海もそう言っている。どうだろう?」

 

 皆から同意の声が上がるものと思っていた。

 船団を脱出させるまでの皆の姿勢を、働きを思えば、そうに違いないと……

 

「棗様…………もう、いいんですよ」

 

 六十歳ぐらいだろうか。品の良さそうな女性が、そう呟いた。

 すると、それに呼応したかのようにあちこちから声が上がった。

 

「儂らは、この土地に率先して残ったんです」

 

「若者達、未来のあるもの達は四国へと送り出しました」

 

「ここに残っているのは、家族や大切な人たちを失って未来を諦めた者たちなんですよ……」

 

 そんな言葉が次々と……

 

「今ここに残っている人数ぐらいなら、脱出する船に乗ることも十分に可能でしたけどね」

 

「でも、そうする気は起きませんでした」

 

「棗様だけでお逃げください」

 

「そうだ、比嘉さん。探せば、まだ一隻ぐらい四国まで行けるような船が残っているかもしれない。それで、お前さんだけでも棗様を送っていってはくれまいか?」

 

 信じられなかった。

 ここにいる人たちは、みんな……

 

「いや、生きよう! 生きてさえいれば、四国まで逃げ延びた人達が救援を送ってくれるかもしれない。だから、みんな……!!」

 

 だが、皆首を横に振るばかり。

 途端に、地面がグニャグニャと波打つように揺れたと感じた。

 自覚はないが、自分の身体が大きくよろめいているのかもしれない。

 キーンと耳鳴りがしだした。

 

「そんな可能性、もう儂らは信じることは出来ませんよ」

 

 誰かのその答えがわんわんと頭に響く。よく聞き取れなかった。

 皆の諦観のこもった視線が私に集中し、その事が恐ろしくなった。身体にゾクゾクと寒気が走る。

 私は逃げ出すように、その場を後にした。

 

 

 

 

 よろめくようにその場を出て行く棗を見送った南城市の生き残りたち。

 そこに三十代以下の若者は皆無だ。誰も彼も家族を、友人を、大切な人を失い、孤独に打ち拉がれた者たち。

 だが、船団が脱出するまではそれでも若者たちを助け導こうと、子どもたちを護り育てようと頑張っていた人たち。

 だから心を砕かれた棗の姿を見て後悔をせぬ者はいなかった。

 勇者装束をその身に纏っていながらも、年相応の少女のように背を丸めよろめきながらその場から立ち去っていく棗。

 勇者となって以来、棗が初めて見せたその弱々しい姿に彼らは罪悪感を抱く。

 

「なあ、儂らは間違っていたのかもしれないな……」

 

「もう棗様さえ生き残ってくれればそれでいい。そう思っていたんだが……」

 

「まだ十五歳でしたっけ。本当なら、まだ高校に上がったばかりの年頃なのね」

 

 そんな、後ろめたさの感じられるざわめきが辺りを満たしていった。

 そして、その中でも一番若手と言っていい人物が立ち上がる。比嘉だった。

 

「なあ、俺らは棗様に甘えすぎていたんじゃないか? あの白い化け物に立ち向かえる、たった一人の勇者だからって」

 

 彼の表情にも後悔の念がありありと浮かんでいた。

 

「いつの間に俺らはそんな腑抜けになったんだ? なあ、俺らは大人じゃないのか? 棗様は力はあっても、まだ子どもなんじゃないのか? なら、俺たちが護ってやらないでどうする!? なあ、みんな!!」

 

 そこにいる者たちは皆、それぞれ顔を見合わせる。

 誰からともなく皆、頷き合っていた。

 

「そうだな、確かに俺たちは腑抜けていたのかもしれない」

 

「ここまで私たちを守ってくれていた棗様を悲しませるなんて……」

 

「あの世に行った時に、死んだ妻に怒鳴られるかもしれん」

 

「儂らでも棗様の心を守るぐらいは出来るかもしれない」

 

「そうよ、私たちが生きる意思を示せば、またあの眩しい笑顔を見せてくれるに違いないわ」

 

 今まで死んだような目をしていた者たちに光が戻ってくる。

 その強い意志を伴ったざわめきは広がっていき、そこにいた百名あまりの生き残りたち全てに届いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと目覚めた。

 まだ辺りは仄暗い。東の空が群青色になって山の稜線を浮かび上がらせている。

 体を起こすとまぶたが腫れぼったい。

 勇者装束はいつの間にか解けており、白い半袖シャツに薄茶色のカーディガン、ベージュのチノパンという私服に戻っていた。

 

「あのまま泣き疲れて寝てしまったのだな……」

 

 野宿にも身体が慣れきってしまった。

 顔でも洗いたいところだと辺りを見回すと、こちらへと歩いてきた五十代半ばと見える女性と目が合った。

 

「お目覚めですか、棗様?」

 

「あ、おはようございます」

 

 少し戸惑ってしまう。

 昨夜、あんな事があったのだ。『どうしてここへ?』という疑問が湧き上がる。

 そんな私の疑問を察するようなことなく、その女性は後ろを振り返ると声を上げた。

 

「比嘉さん、棗様がお目覚めになりましたよ!」

 

「分かりました!」

 

 比嘉さんがやって来る。

 申し訳なさそうな表情だが昨夜までと異なり、どことなく力が漲っているような気がする。

 そして、比嘉さんの後ろにも数名の人たちがいた。

 

「棗様、おはようございます」

 

「おはようございます、比嘉さん。これは一体……?」

 

「ゆうべ、棗様が出て行かれた後、皆でよく話し合ったんです。今後、どうするのが一番いいのか。――――――結論は出ました。みんなで奥武島へ避難します。私たちを守って導いていただけますか?」

 

 その言葉に疑問が幾つも湧いてきた。

 あれから、どんな話し合いが? どうやって、その結論に? それぞれの人たちの気持ちは? 皆、諦めていたのでは?

 だが、それらよりも――――――

 

「本当なのか!? 避難してくれるのか!? そうか、そうなんだな……。ありがとう…………ありがとう、ございます…………」

 

 そうだ。嬉しさの方が万倍も込み上げてくる。

 私は比嘉さんの手を取り、頭を下げて感謝を伝える。涙が止めどなく溢れた。

 

 

 

 

 そうだ。私はまだ頑張れる……

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 奥武島を目の前にする志堅原(しけんばる)の住宅地跡。そこに私たちは身を潜めていた。

 奥武島まであと三百メートル。だが橋の前に白い化け物が十体以上も蠢いていた。

 ここまで襲撃に遭わなかったのは、単に運が良かったのだろう。

 だが、最後の最後でこれだ。

 しかし……

 

「私が強襲を仕掛ける。残り二体になったら全員、あの最後の曲がり角まで来てほしい。援軍が来るようなら、一度撤退するということで。最後の一体になったら、全員で橋を出来るだけ早く渡ってくれ」

 

「分かりました。ご武運を」

 

 比嘉さんに後を託し、私は駆けた。

 まだ奴等は気づいていない。

 足に力を込めて跳躍。

 奴等がこちらに気づくが、もう遅い。

 渾身の力を込めたヌンチャクの二連撃。

 

「うぉぉおおおおっ!」

 

 二体を仕留めた。

 どういった仕組みか分からないが、奴等は死ぬと消えてしまうようだ。

 だが薄れていく二体を気にもとめず、次の一体へと狙いを定めて蹴りをお見舞いする。

 身体を大きく捻り、右足でハイキック!

 倒せはしなかったが、吹っ飛ばすことに成功する。

 そこへ背後からの噛み付き攻撃。

 とっさに左足だけで跳躍し左へ側転。

 右側をすり抜けていく個体へ、回転の威力を乗せたヌンチャクの下方からの一撃を加える。

 その個体の消滅を横目で見ながら、そのまま勢い任せに跳躍し近くの廃墟の上へと着地する。

 残り八体。

 皆の安全性を高める為に奴らの注意を引く。

 

「花により散れ! お前たちの相手は、この私だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人も欠けることなく奥武島へと辿り着くことに成功した。

 驚くべき事に、そこには既に二百名ほどの人々が避難していた。そのほとんどが那覇市や糸満市から脱出してきた人たちだった。どうやら沖縄本島南端部――ひめゆりの塔辺り――を迂回してきた人たちだけが助かったらしい。他のルートを取ったという人には終ぞ出会わなかった。

 

「だから、私たちと出くわすことがなかったのか……」

 

 私たちは三年半前の最初の襲撃以後、北岸の佐敷周辺に集まっていた。大して距離は離れていないから、奥武島を含む南岸部の状況を知っている者がいなかったというのも不思議な話だが。

 奥武島にずっと居残っていたという数名の話を聞くに、この島は最初の襲撃――それも襲ってきたのは二、三体に過ぎなかったらしい――を受けて以後は一度も襲撃を受けなかったそうだ。だが、島の狭さや物資供給の少なさなど将来への不安からほとんどの島民は脱出していき、戻ってきた者はほとんどいないらしい。

 

 

 私たちは当初の予定通り、この島を最後の拠点とすることにした。

 私たちが辿り着いた直後、島は橋の上に立ってさえ本島の状況が僅かに分かる程度の薄い霧状の結界に覆われた。これで恐らく橋上以外から襲撃を受けることはないだろう。

 また、周囲で魚介類が異常なほどに獲れるようになった。海の神の恩恵なのだろうか。島内で畑も整備したので、なんとか食料も必要量を確保できるかもしれない。

 足りない物資は私と比嘉さんとで本島へと取りに向かった。島内に小さな釣り船が何艘かと軽トラが何台か生き残っていたのは幸いだった。燃料が無くなれば終わりだと思っていたが、夏に入る前に本島で生きている電気自動車を見つけた。ソーラーパネルも取ってきたので、これで更に時間を稼げるかもしれない。

 建物も半数ほどは破壊されずに残っており、譲り合えば住居に困ることはなかった。

 

 

 四国へ逃げ延びた人たちが救援を連れて戻ってきてくれる。

 それだけを信じ、私たちは助け合って生活を続けた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 夏を乗り越え、ここ沖縄でも秋を感じるようになってきた十月も半ば。

 その日の朝から奥武島の人々はざわついていた。

 

「なんだろう? 目覚めた時から胸騒ぎがしてならないんだが……」

 

「私はずっと耳鳴りがしていて……」

 

御嶽(うたき)の拝所が崩れていたんだ。何か悪いことが起きなければいいんだが……」

 

 皆、不安そうにしている。

 私もそうだ。目覚めた瞬間から悪い予感がしている。背筋もゾクゾクとする。不安を打ち消そうと勇者装束を身に纏い、臨戦態勢を整えていた。

 

「棗様、これは一体……?」

 

「私にも分からない。海も何も言ってこない。不気味なほどに凪いでいるんだ」

 

 比嘉さんも不安そうに私に尋ねてくる。

 だが私にも分からない。こんな事は初めてだ。どんなに感覚を研ぎ澄ませても海からの答えは無かった。

 

 

 

 

 皆、不安を抱いたまま時間が過ぎていく。

 昼近くなった時だった。急に辺りが暗くなった。

 

「日食でしょうか?」

 

 比嘉さんが問い掛けてくるが、私にも分からない。首を横に振るだけだ。

 薄い霧状の結界の外はほとんど真っ暗になる。上空からの弱々しい光だけが私たちの視界を確保してくれていた。

 

「あ、あれ!」

 

 誰かの叫びが上がる。

 その指差す先に一つ、二つ、三つ……星のような光が結界の外側で灯りだした。

 

――――――!!!

 

 星のような光を眺めていると突如、形容しがたい程おぞましい音が辺り一面に鳴り響き始めた。思わず耳を塞ぐほどの、そして耳を塞いでなお鼓膜が破れそうなほどの大音量。そして、その音の大きさの波に合わせたかのように結界外の星の光は明滅を始める。

 

「うわーーっ!!」

 

「キャーーッ!!」

 

 周りの人たちが一斉に悲鳴を上げた。

 大地震が起きたかのように大地が揺らぎ、海も荒れ始める。

 数十秒も経つと私以外誰も立っていなかった。皆、蹲ったまま悲鳴を上げ続けている。

 

『なんだ? 何が起こっている……?』

 

 必死で思考を走らせる。どんな事態にでも対応できなければ。そうでなければ、ここにいる人たちを守り通すことは出来ない。

 

 

 結界外の暗闇の中、上空から何本もの光の柱が降り立つ。

 暴風が巻き起こり、すさまじい嵐の中にでもいるようだ。

 そして強烈な光が閃いたと感じた次の瞬間、私の視界は真っ赤に染まった。

 一瞬、太陽表面のような灼熱の大地が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと気がつくと、穏やかな風景が広がっていた。

 先ほどまでの出来事がまるで夢か幻ででもあったかのように。

 

「あれ? なにがどうした……?」

 

「さっきまでの天変地異は一体……?」

 

「棗様、これは……」

 

 人々が起き上がり始める。皆、疑問の声を上げつつも、互いに知り合い同士助け合っているようだ。

 私は周りを見回す。

 海の神が張っていたと思しき、薄い霧状の結界は消えていた。どこまでもどこまでも見通すことが可能だ。

 青い海、蒼い空、白い雲、くすんだ緑に色付く本島。

 

 

 ブルッ……

 

 

「寒いな……?」

 

 十月とは思えない、まるで冬のような寒さを感じる。

 見るといつの間にか勇者装束は解けており、いつもの半袖シャツにチノパンという格好になっていた。

 

「何が起こったんだろう……?」

 

 私は呆然と呟く。

 冬の沖縄の――四国で言えば秋の――冷たさを感じる一陣の風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、神世紀三〇一年一月十一日。

 奥武島へと避難していた沖縄の人々凡そ三百名は三百年の時を超え、天の神アメノホアカリの理から解放された世界へと生還した。

 

 




 大変長らくお待たせいたしました。申し訳ございません。どうにもペースを取り戻せませんね。

 大満開の章まであと一ヶ月ちょい。キービジュアルや勇者部の設定画を見る限り、神世紀三〇〇年十一月頃が舞台っぽいですね。どんな鬱展開になることやら。
 あと、今後のわゆをアニメ化する機会があるなら是非しうゆ、あせゆ、こなゆも1話ずつ位は入れて欲しいですね。なんならうひみのエピソードも取り込んで2クールでやって欲しいものです。

 さて、今回は棗ちゃん絶対主役の中編をお送りしました。
 次回は、オリ主、メインヒロイン共に登板です。期待せずにお待ちください。

【次回予告】
 初詣にて亜耶たちに下った神託。沖縄の人々を救出せよ。貴也は三百年の時を超え、再び南国の海へと向かう。
 次回「0302.02 南国の勇者(後編)」 お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0302.02 南国の勇者(後編)

「おー! 今年は去年と違って眼福ですなあ!」

 

「お姉ちゃん……発言がおっさん臭いよ」

 

「グフッ……! そんな目で見ないで、樹ぃ……」

 

 正月三日。讃州市の琴弾宮に勇者部の面々プラスアルファが揃っていた。もちろん初詣の為である。

 昨年は直前に神からの襲撃があったため皆用心し、着物を着ていたのは美森だけであった。

 だが今年はそんな危険は去ってしまったため女性陣の多くが晴れ着を着ての参加である。着てこなかったのは、芽吹、しずく、夏凛の三人だけだ。だがその三人も、園子が予め用意していた着替え用バスへと大社スタッフに拉致され華やかな和装へと強制的に変身させられていた。

 

「まさか、正月早々こんな目に遭わされるなんて」

 

「帯がちょっと苦しい……」

 

「ちょっと園子! なに考えてんのよ、あんたは!?」

 

 戸惑いを隠せない芽吹としずくに対し、夏凛は目を吊り上げて園子に詰問する。

 もちろんそこは動じない園子。いつもの如く緩~い返事が返ってくる。

 

「あはは~。今年はもう平和になったんだからさ~。みんな揃って晴れ着がいいかな~って思ったんだよ~」

 

 一方、あちらでは。

 

「いいわー、いいわよ、友奈ちゃん。とっても素敵よ。やはり大和撫子は和装に限るわ! ハァハァ、ハァハァ……」

 

「ちょっと、とーごーさん。眩しいよ」

 

 美森が友奈の着物姿を撮影しまくっていた。文字通り友奈の周囲を跳び回っている。友奈はフラッシュの連続に目をしばたたかせていた。

 

「恐ろしい……これが勇者様の素の身体能力……!?」

 

「はっはっは。須美は相変わらずだなあ」

 

 そして、ほとんど分身していると見紛うほどの美森の荒技に雀はガタガタと震え、銀はあっぱれとばかり腰に両拳を当てながら高笑いをしている。

 

「なんというか……カオスだ」

 

「なあ、俺ら男性陣、いない者として扱われてねえか?」

 

「まさかー、いや、そんなまさか……」

 

 そして、背を丸めてボソボソと喋っているダウンジャケットの三人組は貴也、拓哉、潤矢の男性陣。最初は華やかな美少女に囲まれてテンションもそれなりに高かったのだが、彼女達はそれぞれでそれぞれの世界を築いてしまっている。不景気な顔にもなろうというものだ。

 そんな三人へ救いの手が差し伸べられる。

 

「お久しぶりです、貴也先輩。あ、後のお二人も初めましてです」

 

「ああ、亜耶ちゃんは伊予島くんと酒井くんとは初めてなのね。こんにちは、三人とも不景気な顔をしてますね」

 

 巫女の亜耶と怜の二人だ。亜耶はニコニコと挨拶をしてきたのだが、怜の方はというと三人の様子をみて顔を顰める。どうも何かを察したようだ。

 

「おおっ、初めまして。なんか天使みたいな子が来たぞ……」

 

 拓哉と潤矢が亜耶に挨拶を始めるのを余所に、貴也は怜の後ろからひょっこりと顔を出した人物に捕まる。

 

「ホント、不景気な顔をしてますわね。そんなに乃木さんに構われないのが寂しいのかしら?」

 

 夕海子である。今回のメンバーに元防人の芽吹チームが入っているのも、この夕海子と貴也との(そして園子との)繋がりがあってこそである。

 

「いや、まあ、そういう訳でもないんだけどね」

 

「おほほほほ……じゃあ、わたくしが代わりに相手をして差し上げますわ。いきますわよ、鵜養くん」

 

「おおっと、ちょいちょい……引っ張るなよ、弥勒さん」

 

 強引に腕を組んでくる夕海子。そのまま引っ張り気味に拝殿の方へと歩き出す。

 するとほぼ同時に二つの叫び声が上がった。

 

「あーーっ!! ユーミン先輩、抜け駆けはダメーーッ!!」

 

「ちょっと!! なに亜耶ちゃんにちょっかい出してんのよ!!」

 

 園子が血相を変えて駆け付けてくるなり、夕海子が腕を組んでいるのとは反対側の貴也の腕を引っ張り、対抗し出す。

 一方、亜耶の方では拓哉、潤矢の男性陣二人の脳天に芽吹の手刀が炸裂していた。もちろん、なんらやましいことをしていた訳でもない男性陣の反論が始まる。いがみ合う芽吹と男性陣の間でオロオロしだす亜耶。

 そんな三人組と四人組の揉め事を眺める怜の側に他の面々も集まってくる。

 

「ほら、とーごーさん、みんな仲良くじゃれ合ってるよ」

 

「うん? あれはじゃれ合ってるって表現でいいのかしら?」

 

「そりゃそーだよ。だって、喧嘩するほど仲がいい、って言うし」

 

「まあ、確かに本気の喧嘩じゃないみたいだからなあ」

 

 こちらでは、友奈と美森のちょっとズレた問答に銀が相槌を打っている。

 そしてあちらではオロオロしている亜耶に引きずられて、やはりオロオロしている樹が風と夏凜を仲裁に向かわせようとしていた。

 

「お姉ちゃん、夏凜さん、早く止めないと!」

 

「いいのよ、樹。あんなのはほっといても。勝手に仲直りするんだから」

 

「しょうがないわね。この女子力満載のアタシが名誉部長権限で止めてきてあげるわ」

 

 樹の懇願に風がやれやれと、仲裁に一歩踏み出す。

 だが、この状況を止めたのは風ではなかった。

 

「「あ!」」

 

 唐突に始まった亜耶と怜のトランス状態であった。

 

 

 

 

「で? 何が見えたの?」

 

 二人のトランス状態が収まるや否や、風が問いかける。二人に下りた神託の内容を聞き出すためだ。

 その問いに二人の巫女は顔を見合わせ、互いに頷いた。

 

「かなり上空から見下ろした景色が見えました。あの島の形は……」

 

「位置関係から言っても、恐らく沖縄かと」

 

「「「「沖縄!?」」」」

 

 亜耶と怜の答えに、周囲に集まっていた面々から驚きの声が上がる。

 それを手で制しながら風は続きを促した。

 

「それで、内容は?」

 

「見えたものに関してはちょっと説明が難しいです。ただ……」

 

「ただ?」

 

「そこに人が大勢いるように感じました」

 

 その亜耶の答えに今度こそ風も目を剥く。

 その後は怜が受け継いだ。ただ、その表情は戸惑い気味だ。

 

「恐らくは生き残りがいるんだと思われます。神からの救出しなさいとの意思も感じました。ただ、今回の神託は感じからして神樹様からではなく天の神アマテラス様からなのだと思いますが、呪縛が解けてほぼ一年。なぜ今頃になって? という気はしますが……」

 

「そこは今、気にする必要はないんじゃない?」

 

 だが、怜の懸念は夏凜がばっさり斬り捨てる。そして風も頷きつつ同調した。

 

「そうね。神様の意図はともかくとして、今はやるべきことが他にあるわ」

 

「なるべく早く沖縄の人たちを助けに行くことですよね?」

 

「そうよ、友奈の言うとおり」

 

「でも、私たちは今は変身できませんし」

 

「新しい勇者システムはもうすぐ試作品ができるそうだけど、テストも無しに実戦投入はできないしね~」

 

 そして、友奈が今やるべきことの肝を再確認するのだが、美森から現状の問題点が指摘される。現状、勇者システムは使用が凍結されており、誰も変身出来ない状態なのだ。現在は神樹様とアマテラス双方の力を宿した新勇者システムの開発が鋭意進められているところであり、園子からその最新状況が知らされる。

 結局、皆の視線は貴也に集まる結果となった。今、変身できるのは貴也のみだからだ。だが……

 

「と、なると……やっぱり鵜養に頑張ってもらうことになるのかもしれないわね」

 

「でも、一人二人ならともかく、大勢の人を助け出すことは僕一人じゃとても出来ないぞ」

 

 風の言葉に、そう言ってしかめ面を返すしか出来ない貴也であった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 あの初詣から一ヶ月。貴也たちは貨物船に乗り、沖縄へ向けて南下していた。

 亜耶を始めとする巫女たちに下りた神託を精査した結果、沖縄の生き残りは最大でも五百名程度だろうとの結論が得られた。このため、今回の救出作戦に当たっては最大六百名が三日ほど滞在できるように突貫工事で改造された貨物船が、その主力として宛がわれたのである。

 護衛として一応、海上保安隊の虎の子である一千トン型のヘリ甲板付巡視船が一隻に汎用の三五〇トン型も一隻付いている。だが、本当の護衛は乗り込んでいる貴也その人だ。

 バーテックスに対抗できるのは勇者のみ。一応、試作品の端末を用いて風と園子も変身可能だ。だが、まだ不安定なところが多々あり、信頼のおけるシステムには至っていない。

 貴也のみが、確実に計上できる戦力なのだ。

 

 

 

 

 この一ヶ月、貴也も何もしていなかった訳ではない。

 

「だから、さっきから言っているように僕には西暦時代に北海道まで飛んだ実績があるんです! 状況確認にだけでも行かせて下さい!」

 

 一人でも沖縄の状況を調査するべく掛け合いもした。だが……

 

「その時も、相棒(バディ)となる勇者がついていってくれたんだろう? 何が起こるか分からないんだ。君一人を派遣する訳には行かない。ましてや、的になるだけの海上保安隊を向かわせるのもね」

 

 春信に門前払いを食らった。

 それもそうだろう。この一年で調査が進み、日本全土が太陽神が作る光のカーテン状の結界で守られていることが分かったが、その外側にはバーテックスが棲息していることも分かった。現在、沖縄の地が結界の内側なのか外側なのかは不明である。大社としてもリスクは冒せないのだ。

 

 

 

 

「結局、追加の神託は無かったわねぇ」

 

 船内の勇者たちに宛てがわれた部屋で、椅子にふんぞり返りながら風が嘆息する。

 

「ええ。もうすぐ沖永良部島だというのに。すみません。ついてきたのに役立たずで……」

 

 その横で怜が申し訳無そうな態度を取る。追加の神託があった場合に備え一緒に来てもらったのだが、どうやら空振りに終わりそうだからだ。

 

「そんな事は無いわよ。怜がついてきてくれただけで心強かったし。まあ、沖縄が結界の内側ってことが分かっただけでも良かったんじゃない?」

 

 そんな怜を慰めるような言葉を掛ける風。巫女の感応力のおかげか、怜によって太陽神の結界が沖縄だけでなく先島諸島までその範囲内に収めていることが分かったのだ。もちろん、実際に近くまで行って観測しないことには確実ではないのだが。

 

「フーミン先輩」

 

「ん? どったの、乃木?」

 

「たぁくんとの相棒(バディ)、代わって」

 

「断固、お断りよ」

 

 不意に園子が風に話しかける。沖縄の生き残りの捜索へと向かうのが、貴也と風のコンビであることが不満であるらしい。これには当然、訳がある。

 

「大体、アンタの変身、十分間しか保たないじゃない。そんなんじゃいざという時、危険極まりないでしょ」

 

「ヤダヤダヤダ! じゃあ、端末を取り替えっこしよ」

 

「アンタねえ……この端末はアタシ専用に調整されてるんだから、それこそムチャってもんでしょうが」

 

「ア゛ーーーーッ! たぁくんとの沖縄デートぉぉおおお!」

 

「そのちゃん。すぐにとは行かないかもしれないけど、将来は必ず沖縄に連れて来てあげるから」

 

「ホント? ホントにホント? 約束だよ。絶対だよ」

 

 風の合理的な反論にさすがの園子も言い返せる訳がなく、半ば発狂しかけた。

 そんな恋人を自認している相手のみっともない姿に、貴也も溜め息をつきつつ宥めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 貨物船を飛び立って小一時間。貴也と風は抱き合って空を飛んでいる。

 元々、新勇者システムには飛行能力が追加される予定であった。だが、風が試作品のテスト使用を始めてから、まだ三週間。その間、二回のマイナーチェンジを繰り返したが飛行能力の追加には至っていない。当然のことながら満開機能もオミットされたままだ。今の性能は、素のステータスで風の初戦時――対乙女座(ヴァルゴ)戦時――に少し届かない程度。星屑相手ならともかく、大型バーテックスが出てくれば貴也の方が主戦力なのだ。

 ちなみに念の為に園子が用いているシステムはマイナーチェンジ適用前の初期型である。どうも新勇者システムは調整が難しく、大社技術部もコツを掴むのに苦労しているようだ。

 

「どうだ? なにか見える?」

 

「うーん。やっぱり人影は見えないわねえ。土台無理な話なのよ。捜索範囲が沖縄島南半分全部だってのが」

 

「そう言うなよ。神託の精度が高くないんだから仕方ないだろ」

 

 生き残りの人々を見逃さないよう、比較的低速で低空を走る二人。西岸を南下してきたが、未だ人影は見つからなかった。

 南端の荒崎岬まで達したので、今度は東岸を北上する。

 前方の小さな湾内に円形の島が見えてきた。

 

「鵜養、人がいるわ!」

 

 島の西側に突き出したビーチに人影があった。勇者の強化された視力で確認する限り、勇者装束のようなものを身に纏っている。

 念の為に島の上空を一周すると、大勢の人がいることが確認できた。

 持たされていた携帯無線機で船団へと風が連絡を取る。

 

「すぐ来てくれるって」

 

 連絡が終わるなり、風が貴也へと報告する。嬉しそうでもあるが今後の対応もあるので真面目な表情だ。

 

「じゃあ一旦、船に戻るか」

 

「どうして?」

 

「勇者の存在は秘匿するべきだろ? 少なくとも、表に出るのは僕だけでいい」

 

「なに言ってるのよ。アタシは救出作業をするわよ。勇者については口止めすればいいだけだし、必要があれば、それこそ神樹様が記憶操作をするんじゃない?」

 

「分かった。じゃあ、どう分担しようか?」

 

「あの勇者っぽい人ね? ここの人たちは西暦時代の人たちに間違いはないだろうから、西暦時代の勇者に詳しいアンタがあの勇者っぽい人と話して。アタシはそうね……東側に広場と岸壁があるみたいだから、そっちにみんなを集めておくわ」

 

「了解。じゃあ、まずは東側の広場に下ろすよ」

 

 そうやって素早く分担を決めると、二人はそれぞれの役割を果たそうと動き出した。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

『ひもじい……』

 

 勇者といえどお腹が空くのは人々と変わりがない。

 あの日。天変地異の幻とも思しきものが襲ってきた日。この地の気候は十月の秋のものから一月と思しき冬のものへと激変した。おかげで畑の作物は全滅した。

 あれから一年と一ヶ月。どうやらあの日、気候が一瞬にして三ヶ月ほどズレてしまったらしい。ただ、それも半年ほど過ぎてから気がついたことだ。私たちは、その事に気づかずに農作業を頑張ってしまい、作物はほとんど実りをもたらさないままジリ貧を続けた。

 あれほど異常に獲れていた魚介類も、あの日からはそれ以前の漁獲量に減ってしまっていた。まあ、普通に戻ったと言えるのだろう。

 

 

 幸いだったのは、あの日以降、白い化け物を見かけないことだ。本島へと物資の調達に向かうのが格段に安全になった。ただ、それに確信を持てたのも三ヶ月ほど経ってからだ。

 それ以降は、それまで私と比嘉さんだけで物資の調達に向かっていたのが、数名増えた。しかし、それも燃料が尽きるまでだった。後は、ソーラーパネルで充電できた電気自動車だけ。

 物資も本島の北端まで取り尽くした。元々、最初の襲撃があってから五年以上も無事に口にできるものはあまり残っていなかったのだ。

 ここ一ヶ月は残りの物資を計画的に分け合ってしのいできた。だが、それも後二週間分も残っていない。本当に最小限を割り当ててきたにもかかわらずだ。

 

『皆もお腹を空かせている。子どもたちはなおさらだ』

 

 西のビーチへとやってきた。

 少しでも魚を穫って帰ろう。

 身体は衰弱している。溺れる危険が無いよう勇者へと変身する。

 その時だった。

 

 

 南西の空の彼方から何かが飛んでくる。

 

『あれは……?』

 

 それは更に近づいてくる。

 目を凝らすに、空中を立ったままの姿勢で飛んでくる人影だ。人影は勇者装束を身に纏った少年と少女の二人組であることが見てとれた。

 

『まさか…………四国からの救援か!?』

 

 力を振り絞って手を振る。

 二人は暫く上空を旋回すると、無線機と思しきもので連絡を取り始めた。それが終わると一人が東側の岸壁付近へと飛び降りる。少女の方だ。

 少年の方は私の方へと飛んでくる。

 私の全身に緊張が走った。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 棗の前に降り立つ貴也。警戒が高まらないよう、少し距離をとった場所に着地する。ゆっくりと近づいていった。

 

「まさか、四国からの救援なのか?」

 

「まあ、そうには違いないんだけどね……」

 

 貴也はポリポリと右頬を掻きながら答えを返す。どう言えば伝わるだろうか?

 

「私は沖縄の勇者、古波蔵棗だ」

 

「僕は鵜養貴也。まあ、その、なんだ……四国の…………勇者だ」

 

 『勇者の守り手』という言葉を使いたくないがために、少し答えがもたつく。

 さて、どう言えばショックを最小限に抑えられるだろう。

 

「えっと……今は西暦の何年何月と認識してるかな?」

 

 その問いかけに、棗はなんとなく事態を察する。

 季節のこともあるが、どうやら自分たちは元々の時間軸にいるわけではないらしい。この事は比嘉や避難民の皆とも話し合ったことだ。

 

「西暦二〇二〇年の十一月だ。だが、季節が三ヶ月ほどズレているのも認識している。なにか時間が飛ぶようなことがあったのだろうとも思っている」

 

「やっぱりな……」

 

 その答えに貴也は後頭部をガシガシと掻く。

 

「驚かないで、というのも無理な話だけど聞いてほしい。今は神世紀三〇二年の二月だ。西暦は二〇二〇年の四月で終わって、翌月が神世紀元年の五月になったんだ。つまり、それから凡そ三百年が経っているんだ」

 

 

 

 

 棗は意外なほどに、すんなりと理解してくれた。

 

「つまり、二〇一九年十月に私たちの時は止まってしまったということか」

 

「そうなんだ。そして一年前、神世紀三〇一年一月に天の神の呪縛を解くことに成功して、四国以外の土地も解放され再び時が動き始めたんだ」

 

「そうか…………あの天変地異にはそういう意味があったのか……」

 

 感慨深げに呟く棗。

 そこで、ふと気になることを思い出した。

 

「そう言えば、二〇一九年の三月に沖縄を脱出した船団があるんだ。私が四国まで護衛する予定だったんだが、途中で化け物どもに襲われて沖縄に戻ってきてしまったんだが、彼らがどうなったのか知っているだろうか?」

 

 その問いかけに貴也は目を丸くする。心当たりがある、なんてものではなかった。

 

「ああ、あの船団か。四国の南、百キロメートル近くまで近づいて以降の船は全部守り切れたよ。全部で二十隻ぐらいいたかな?」

 

「なんだ、その口ぶりは? まるで……」

 

「ああ、神様のいたずらで三百年前に飛ばされた経験があってね。その時、その船団の救出作戦に参加したんだ」

 

「あ…………」

 

 棗は言葉を失う。なにか言いようのない感覚が全身を貫いた。

 これは歓喜なのだろうか?

 

「そう言えば、その後の事は聞いていないな。ま、あの後はバタバタの連続だったからなぁ」

 

 貴也が言葉を続けると、いきなり棗に右手を両手で掴まれる。

 驚いて棗の顔をまじまじと見返すと、その目に光るものがあった。

 

「ありがとう……本当にありがとう。脱出した人々を救ってくれて。あの中には…………」

 

 言葉が続かない。

 そう、あの中には棗の友達やその家族もいた筈だ。

 暫く、貴也の手を取ったまま固まる棗。

 そして振り絞るように呟いた。

 

「そうか……四国へ行けば、あの人達の三百年後の子孫に会うことができるのか。会えればいいな。……いや、探し出して絶対に会いに行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 沖縄の生き残りの人たちの救出はスムーズに進んだ。

 避難民たちが改造貨物船へと乗り込むと、まず食事が振る舞われた。飢餓状態が随分続いていたこともあり、メニューは胃に優しいもので占められた。皆、久しぶりに食事らしい食事にありつき笑顔を取り戻していた。

 それから沖縄の地を離れる。夕陽に染まる生まれ育った大地に皆、涙を浮かべて別れを告げた。

 

 

 陽もとっぷりと沈んだ頃、宛がわれた個室で休んでいた棗は貴也の訪問を受けた。

 

「疲れているところ悪いんだけど」

 

「いや、構わない。なに用なんだ?」

 

「他の勇者にも会っておいてもらおうと思ってね」

 

「……!」

 

『貴也以外にも勇者がいたのか。そういえばもう一人、それらしき少女がいたな……』

 

 驚きつつも先導する貴也の後をついて行く。避難民が乗っている区画からは遠く離れた区画の個室へと案内された。

 

「さあ、ここだよ。――――――連れてきたよ、風、園子」

 

「「いらっしゃい!」」

 

 その個室で待っていたのは二人の少女。年の頃は貴也と同じく、棗自身とも同程度だ。

 一人は、自分と同程度の背丈の麦穂色の髪をした少女。島の上空に見かけた少女のようだ。その態度には確固とした自信が窺われる。

 もう一人は、人形のように美しい面立ちのミルクティー色の髪の少女。優しげな笑みを浮かべている。

 

「はじめまして、アタシは犬吠埼風。まだ再建中だけど、勇者チームのリーダーに再任される予定の高校一年生よ」

 

「沖縄の勇者、古波蔵棗だ。私も学校へ行っていれば高校一年生だな。よろしく頼む。ところで、この部屋は避難民の区画とはずいぶん離れているんだな。救出された時も貴女たちの顔を直接は見ていないし」

 

 麦穂色の髪の少女が自己紹介をしつつ、笑顔で右手を差し出す。握手を返しつつ自分も自己紹介するが、続けて抱いていた疑問も零してしまう。

 すると、もう一人の少女も右手を差し出してきた。弾けるような満面の笑顔になっている。

 

「現在では勇者の存在は一般向けには秘匿されているからね。今回の場合は、まあ仕方なかったかも。あ、私は乃木園子っていうんよ。今は中学三年生なんだ。よろしくね、棗さん」

 

「ああ、そうなのか。こちらこそ、よろしく」

 

「あと、もう一人。巫女の十六夜怜ってのがいるんだけど、今は避難民の扱いについて大社の人間と話し合っているところでね」

 

 園子との挨拶を終え手を離す棗。そこに風から、もう一人いる筈の巫女について説明を受けた。

 その話を聞きながら棗はぎょっとしてしまう。園子が難しい顔でなにか悩み出したからだ。

 なにかぶつぶつとあーでもない、こーでもないと呟いている。

 

「あー、気にしないで。乃木はたま~にこうなっちゃうこともあるから」

 

 風が苦笑いでフォローしてくる。

 

「どうせ、あれだろ」

 

 貴也も同様に苦笑いだ。

 

「また、あだ――――――」

 

「決まった!! 棗さんは『なっち』で!!」

 

 貴也が更に何か続けようとしたが、園子の叫びがそれを遮る。

 そして、棗はその叫びに軽くない衝撃を受けていた。

 

「乃木さん、それは……」

 

「もう! 私の呼び方は園子でもそのにゃんでもいいよ。あ、それと『なっち』は棗さんのあだ名。これからは、そう呼ばせてもらってもいいかな?」

 

 棗の中途半端な疑問の声に、園子は自分もあだ名呼びせよと言いつつ、その言葉『なっち』が棗のあだ名であることを明かす。

 なにかふわふわとした気分に包まれながら答えを返した。

 

「ああ、それは構わない。園子」

 

「やったー! 名前呼びもゲットだぜ! それじゃ~、これからもよろしくね、なっち!!」

 

「ああ」

 

 棗の体を歓喜が貫いた。

 同時に脳裏に浮かぶその姿。沖縄で、勇者になる以前からの友達だった面々。

 

『『『よかったね、なっち!』』』

 

 彼女達の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 だから……

 

『四国へ行っても私は頑張れる』

 

 そう思えた。

 

 




 ということで、棗ちゃんの合流エピソードでした。

 呪縛解放から神託までの一年間。天の女神様は結界を強化したり、大地に豊穣の恵みを与えたり、神樹様と協力したりと忙しかったんでしょう。
 まあ、もしかしたら神様にとっての人間の一年間は一瞬みたいなもので、そういったことで遅れたのかもしれませんが。

 さて、後編終了。ん? 落ち穂拾いには前例がありましたよね?
 明日をお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0302.04 南国の勇者(後日談)

 CAUTION!!
 もう前日になりますが、「南国の勇者(後編)」は7時間前に投稿済みです。
 お気に入りや検索結果などから今回に直接飛んで来た方は「前の話」をクリック!!

 では、いつもよりとても短い五千字足らずですが、本編をどうぞ。



 桜の花が咲き乱れている。

 貴也は今、神樹館高校の敷地内を歩いていた。

 

『まさか、ここも見納めになるとはなあ……』

 

 二年生への進級と共に、彼は同じ神樹館高校でありながら分校扱いのくにさき分校への移籍となったところである。

 くにさき分校――旧海上自衛隊の輸送艦「くにさき」艦内に設けられる予定の勇者専用の分校である。勇者の存在は一般向けには秘匿されているため、同じ大社運営の高校内で運用/教育が同時並行でなされるとはいえ一般生徒とは隔離されなければならない。また、四国外への調査、旧日本国国土を包む結界の外のバーテックスとの戦闘も念頭に置かなければならないため、分校は戦闘艦内に設けられることになった。もちろん、四国陸上部にも校舎は設置される予定だ。

 どちらも予定とされているのは、この四月現在で「くにさき」はレストア中、陸上校舎は建設中であるためである。結局、両者ともに完成して使用可能になる七月までは、高校としての教育施設兼勇者としての運用施設は秘匿のために大社の既存施設を使うことになってしまっている。また、大規模施設を用意できなかったため貴也たち二年生と園子たち新入生も別々の施設、それも別地区に収用されることになった。

 

『通学したのはまだ一年間とはいえ、愛着も湧いてきた所だったんだけどなあ……』

 

 神樹館は幼稚園から大学院まで揃っている総合学園である。それなりの成績さえ取っていればエスカレーターで進学可能だ。ただし、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、どれも大橋市内であるとはいえ別々の場所にある。進学の都度、別の場所に通学することになるのだ。

 貴也も、この校舎に通ったのは一年限り。入学当初には思いもしなかった境遇である。

 

「さて、思い悩んでいても仕方がない。会場へ向かいますか」

 

 今日は高校敷地内は一般学生や教職員も含め勇者の関係者以外立入禁止である。

 くにさき分校の創立式。それは二年生十名と大社内の勇者関係者及びくにさき分校教職員のみで執り行われる。その会場は、ここ神樹館高校の講堂であった。

 貴也の足はそちらへと向かった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 会場である講堂へと入る。

 まだ開式まで三十分以上あるためか、会場設営の最後の調整に走り回っている大社スタッフ以外、人はまばらだ。

 

「そのちゃんや風もまだみたいだな」

 

 辺りを見回したが知っている顔はいない。だから、そんな感想が漏れる。

 園子は乃木家の代表として、学生としてではなく大社関係者として出席することになっている。他に貴也が知っている出席者と言えば、同級生となる風と夕海子に巫女の怜、大社側スタッフの安芸や佐々木、春信ぐらいである。

 

「すみません。もしかして鵜養さんですか?」

 

 その問い掛けに振り向くと二人組の少女がいた。

 一人は濃いブラウンの髪色をした、おしとやかな感じの少女だ。どことなくいいところのお嬢様という感じがする。かなり色物に近い性格の園子や夕海子に比べるとオーソドックスな匂いのする人物だった。

 もう一人は黒縁眼鏡が印象的な黒髪の少女だ。どことなく美森に近い堅物の匂いがする。

 

「ん? そうだけど」

 

 その貴也の返答に二人は柔らかな笑みを見せる。

 

「良かった。加賀城さんからお話は伺っているんですよ」

 

「加賀城さんから?」

 

「ええ。私たち二人、愛媛県の勇者候補チームで加賀城さんと同じチームにいたんです」

 

「讃州市のチームが選ばれたんで、私たちはお払い箱になったんだけどな」

 

「その後、防人に選ばれまして。防人内では加賀城さんとは別チームだったんですが、最近、話をする機会に恵まれまして。そこで、鵜養さんのことを聞いたんです」

 

「へえ~」

 

 妙な縁もあったものだと感嘆する。

 貴也には雀とも元々直接の繋がりは無かった。小学校時代の同級生、夕海子との繋がりからの防人チームを経ての玉突きのような縁である。

 

「これから同級生になるんだ。よろしくな。私は真鍋菜摘だ」

 

「よろしく。鵜養貴也だ」

 

 黒縁眼鏡の少女と握手を交わす。

 変わって、お嬢様っぽい少女が右手を差し出してきた。

 

「私は村上智花と申します。今後ともよろしくお願いしますね」

 

「いや、こちらこそよろしくお願いするよ」

 

 握手とともに、互いに微笑みを交わす。

 すると……

 

「あーっ! また、たぁくんが女子と仲良くなってる!!」

 

 園子の声が響いた。講堂の前方、壇上からこちらを指差している。

 

「あらあら……」

 

「こりゃ、退散かな?」

 

 二人組はペコペコとお辞儀をしながら離れていく。

 入れ替わりに園子が駆けてきた。

 

「こらこら、講堂の中を走るなよ。みんな見てるぞ」

 

「そんなことより、あの二人。トモぴーと鍋ポンだよね」

 

「なんだそりゃ? あの二人のあだ名か?」

 

「うん。トモぴーは村上さん、鍋ポンは真鍋さんのことだよ」

 

「あだ名を付けるほど、よく知ってる仲なんだ?」

 

「鍋ポンはともかくとして、トモぴーは四国一の重工メーカー、越智重工を率いる村上財閥の一人娘だからね~。昔からの顔なじみなんさ。仲良くなったのは、つい最近だけどね」

 

 へえ。そんな感想を持つ貴也。お嬢様っぽさを感じたのは間違いではなかったらしい。

 そんな貴也の思考を見抜いたのか、ニコニコと補足してくる園子。

 

「穏やかでいい子でしょ? 私なんかよりもよっぽどいいところのお嬢様って感じだし。あだ名も笑って許してくれたんだよ~」

 

 どうやら園子の嫉妬に駆られたっぽい言動は、半分以上貴也をからかう目的だったらしい。

 特にチクチクと刺すこともなく、彼女達の人となりを説明してくれた。

 

 

 

 

 そういったやり取りを園子としているうち、知り合いからの声が掛かった。

 

「やっほー、鵜養、乃木!」

 

「まーたお二人、仲のよろしいことで」

 

「ついにこの日がやって来ましたね」

 

 風に夕海子、怜の三人組である。三人とも、これから同級生として勉学を共にする仲間だ。

 ところで三人とも、口の端を歪ませてニヨニヨとした笑みを浮かべている。

 

「なんだよ、三人とも。なんか気持ち悪い笑顔だな」

 

「ちょっとちょっと。その言い草はないんじゃない?」

 

「いえ、貴也様と園子様は仲がおよろしいな、と思いまして」

 

「まあ、小学生の頃からの公認カップルですからね。あなた達二人を見てるだけで、心が温まりますわ」

 

「あはははは……」

 

 その笑みを揶揄すると、すかさず風から反論が返ってくる。だが、怜と夕海子は気にすることなく更に笑みを深める。貴也と園子の仲を傍目から楽しんでいるようだ。これには園子も照れ笑いをするばかり。

 すると、怜が話題を変えてきた。

 

「まあ、それはともかくとして。ついに勇者様と巫女だけが在籍する学校が開設されるんですね」

 

「ああ、なんだか西暦時代の丸亀城を思い出すよ」

 

「たぁくんもそこの一員だったもんね」

 

「そっかぁ、初代勇者のみんなと同じ様な境遇になるのね、アタシたち」

 

 くにさき分校は勇者と巫女だけが学生として在籍する学校だ。

 貴也にとって、それは西暦時代の丸亀城での日々を思い起こさせる。若葉や千景たちと過ごした日々。それは貴也の宝物の一つでもある。

 

 

 と、夕海子が入り口を見やるなり声を張り上げた。

 

「ほら、いらっしゃいましたわよ。西暦時代の勇者様が」

 

 貴也もそちらを振り向く。そして驚いた。

 そこにいたのは、二ヶ月前に沖縄から救出したはずの棗だったからだ。

 彼女は穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「古波蔵さん、もしかして君もくにさき分校に?」

 

 挨拶も忘れて、思わず尋ねる貴也。

 

「二ヶ月ぶりだな、鵜養。あの時は世話になった。感謝している」

 

 そして、自分だけを見つめて声を掛けてくるその態度に周りの四人を見回した。

 

「もしかして、知らなかったのは僕だけか!?」

 

 園子たち四人は笑顔を浮かべるばかり。その態度がすなわち答えだった。

 

「サプライズ成功だね~」

 

「ふふん。勇者のリーダーとなるアタシが知らない訳がないでしょうが」

 

「そういう訳でもないでしょ、風さん。単に鵜養くんのところだけ、これが配布されていなかっただけのことでしょうが」

 

 そう言って夕海子が取り出したのは一枚のプリント。そこには、くにさき分校二年生十名の名簿が印刷されていた。

 

「園子! 僕の資料から、それだけ抜いたな!」

 

「あははは、ごめんね、たぁくん。驚かせたかったんよ~」

 

 園子を詰問しようとしたが、手を合わせて謝ってくる。笑いながらではあったが、まあこちらも本格的に怒っているわけでもない。

 貴也は、なんだかどうでも良くなってきたので棗に向き直った。

 

「それで? これからも勇者として活動するつもりなんだ?」

 

「まあ、そういうことになるな。せっかく海からいただいた力だ。犠牲になった人たちのことも考えると、この力を有効活用しない方が私の心が痛むからな」

 

 棗はそう言って、僅かに寂しさが窺える笑みを浮かべた。

 いろいろと思い悩んだ結果であるのが透けて見える。

 

「西暦時代に苦労したんだ。もう休んでしまっても、誰も古波蔵さんを咎めたりしないと思うよ」

 

「いや、これでいいんだ。私の決意は変わらない。これからも私は勇者として頑張っていくつもりだ」

 

 もう一度翻意を促してみたが、彼女の決意は変わらなかった。

 貴也も彼女の決意を尊重するべきだと思い直す。

 

「そうか。なら、これからは一緒に協力して頑張っていこう」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 ガッチリと握手をした。

 ここに古波蔵棗は元西暦の勇者として、神世紀の勇者たちに真の意味で合流を果たした。

 

 

 

 

『そうか、西暦の勇者と神世紀で共闘することになるのか…………』

 

 感慨深かった。

 思えば、元防人たちとも勇者として共闘することになるのだ。芽吹、夕海子、しずく、雀や先程の智花や菜摘の顔が思い浮かぶ。そして巫女の二人、亜耶と怜も。

 

『なんとも奇妙な(えにし)だよなぁ』

 

 貴也にとって全ては園子との出会いから始まったことだ。

 そもそも乃木家とダイレクトな繋がりができる事自体稀有なことなのだと、今なら思える。

 しかも、その日のうちに今胸に輝いている指輪が神器として目覚めた瞬間に立ち合ったのだ。

 

 そこから銀と知り合い、勇者部の仲間、風、樹、友奈、美森、夏凜と繋がりが出来た。

 そして神の一員となっていた若葉たちに過去へと送られ、当時の若葉、ひなた、千景、友奈、球子、杏、真鈴、雪花たちとも繋がりが出来た。

 

『会えなかったけど、白鳥歌野さんとも繋がりが出来たんだったよな。若葉たちはきっと友奈のことを、高嶋友奈のことを救いたくて僕を過去へと送ったんだろう』

 

 そこでスクナビコナの神を思い出す。

 若葉たちの期待に十分応えたとの励ましをもらったが、未だに納得しきれていない自分がいることも確かだ。

 

『そう言えば……』

 

 スクナビコナに初めて会った時、『いとあやしき人の(ゆかり)を持ちたる』と声を掛けられたことも思い出す。

 

『あの神様は、僕のこの奇妙な(えにし)を今の時点まで見通していたのかなぁ…………』

 

 

 

 

「どうしたの、たぁくん?」

 

 園子に声を掛けられてハッと我に返る。

 不思議そうな顔をして覗き込まれていた。

 

「いや、思えば遠くへ来たもんだなぁって」

 

「なにそれ? プクククク……」

 

 笑われてしまった。

 だが、何にせよ彼女の笑顔はいい。

 大赦に囚われ、祀られた病室で孤独を過ごしていた当時の彼女を思い出す。

 

『もう二度と、あんな風な目に遭わせたりはしないぞ』

 

 決意が胸の内から湧いてきた。

 

 

 パン、パン、パン…………

 

「ほらほら、勇者のみんなは控室に入って! もうすぐ式が始まるわよ」

 

 手を大きく打ち鳴らす安芸の注意の声が響く。

 

「ほら、注意されちゃったよ。行こ、たぁくん」

 

 園子に手を取られた。

 小さく可愛い手だ。

 

「ああ、行こうか」

 

 手を繋いだまま歩きだす二人。

 

『でも、途中で別室に別れるんだよなぁ』

 

 その事を少し残念に思いながらも、繋いだ手を園子の手を傷めない程度にギュッと握りしめた。

 

 




 園子ちゃん、誕生日おめでとう。
 今年もこの佳き日に投稿できました。読者の皆様と神樹様に深謝。

 今回は、この後の勇者たちの活動拠点となるくにさき分校の創立式典、その直前の貴也たちの様子でした。
 棗ちゃんの本格的合流エピソードですね。

 さて、あちらのお話から出張してきた人が2人ほどいますねぇ。実はあちらのお話よりも先にこちらの本編にモブで登場しているんですよね、この2人。
 なお、この2人も貴也の存在で直接ではなくとも多少なり救われている模様。詳しくはそのうち、あちらのお話で。

 さて、うたゆの大型案件が終了したので、次はあちらのお話に注力したいところ。
 年度内にゆゆゆ1期相当を終えたいですね。なるべく諦めずに頑張ります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。