世界はシャボン玉とともに(another version) (小野芋子)
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始まりは突然に
細かいところはスルーして欲しいです。
気が付いたら見知らぬ場所にいた。
何を言ってるか分からないかもしれないが俺も分からない。
頭がどうにかなりそうだ。
異世界転生とか神様転生とかそんなちゃちなものでは無い。
もっとヤバいものの片鱗を味わったのだ。
現に俺は先ほどまで……。さっきまで……。そう、さっきまで…?
あれ?俺はさっきまで何をしてたんだっけ?
どころか、俺は昨日まで、或いはそれ以前まで何をしてたんだっけ?
何処で、誰と、何を……。
あれ?ダメだ何も思い出せない。なんかやってたような気がする。忘れてはいけない何かを。俺にとって大事な何かをやってた気がする。
なのに、今は何も思い出せない。
なのに、ここは俺が本来いるべき場所ではないと、漠然とした何かが伝えてくる。
分からない。記憶喪失なのか?その割にはなんかいろんなことを知ってる気がする。
いや、確か記憶喪失で失うのは映像とか経験とかそんなもので、知識については何も失わないんだったっけ?
しくじったな、そんなものあくまでもフィクションの話だったから特に深く調べることをしてない。こういうことになるならもう少し調べておけば良かった。
それはそうとして、俺の体小さくない?
最初は勘違いかと思ったけど、自分の手がまだ紅葉の名残を残している事実は変わらない。
試しに近くにあった看板の隣に並んでみたが、ほぼ身長と同じ高さだった。
この看板目測で1メートルもないにも関わらずだ。
えっと、つまりどういうことだ?
いったん落ち着こう。落ち着いて周囲を見よう。現実からは目を逸らそう。
見回してみたところ、特に可笑しなもの目印になるような建物もない。一般的な住宅街といったところだ。ただ、霧が濃いためお世辞にも景観がいいとは言えない。
はて?俺の記憶にこんな霧の濃い地域があっただろうか?
少し記憶を掘り出してみるが、地名と写真は思い出せても実際にそこに訪れたことがあるかはまるで分からない。
なるほど、少しわかってきた気がする。この記憶喪失、俺に直接関係のある出来事を全て忘れているのかもしれない。
ふむ、だとすると少しばかり面倒であるが、そんなに問題はないかもしれない。
正直な話をすれば不安で仕方がないが、俺が忘れていても俺と関わりのある人間は当然俺を覚えているはずだ。
だとすれば、このまま適当に動き回っていればあちらから声をかけてくる可能性は高い。
ならばそこまで不安になる必要もないのでは?
そうと分かれば立ち止まって熟考する理由もない、適当に歩き回るとしよう。
そう考えていた過去の浅はかな自分をぶん殴ってやりたい。
言い訳させてもらうのならば俺も相当に混乱していたのだ。それこそ冷静に考えればわけの分からない結論を、まるで天啓のように感じる程度には錯乱していた。
仕方ないね。まあ仕方ない。だから誰か助けて下さい。
自分は何者なのか。そんな言葉にすれば哲学チックなものを軽い気持ちで考えていた俺は、取り合えず目についた比較的優しそうなおじいちゃんに話しかけた。
いかにもどこにもいるようなおじいちゃんは、僕迷子なのー、とぶりっ子全開で話しかけた俺をみるや、その細められた両目をあらん限りかっぴらき、そのまま手近にあった酒瓶を担ぎ上げるや否や、その老いた体からは想像も出来ない野球選手もかくやといったスピードで俺めがけてシュート!超!エキサイティン!
少しふざけて見たが、現実は何も笑えない。
いきなりすぎて何も出来なかった俺は、そのまま酒瓶が直撃し、現在、地面には割れて無残な姿になった酒瓶の破片と、中身をもろにかぶり酒もしたたるいい男と化した俺が一人。
ちょっと理解が追い付かない。
一方のおじいちゃん。いや、もうジジイでいいや。ジジイは失せろ怪物が!等々とその年老いた体に鞭打って俺を怒鳴り散らしている。
一応この場所は人通りがあるが、道行く人は老人に同情の視線を投げかけ、俺には侮蔑とか、嫌悪とかそういったマイナスの視線を向けてくる。
なんだこれ?
もしかして記憶がないだけで俺はとんでもない犯罪者なのではないか?
そんな考えも思い浮かんだがそれについて深く考えるだけの余裕はない。
何より頭が痛い。そのせいで頭が上手く回らない。
それによく足元を見てみれば酒とは別の赤い液体が滴っているではないか。
試しに頭に触れてみれば、ぬめりとした感触と鋭い痛みが。どうやら酒瓶が直撃したことで割れた破片が頭を切ったのかもしれない。
自覚してみれば途端にずきずきと痛みが走る。
取り合えず手当をしよう。結構痛いし怪我も酷いかもしれない。バンドエイドでいけるかな?もしくは包帯?
いや、消毒が先か。でも消毒したら抗体ができにくくなるんだっけ?
じゃあ消毒はなしか。
ん?よく考えたら既に頭から酒を浴びてるわけだからアルコール殺菌はされているのか。
なんだ、じゃあ全然問題ないじゃん。あのジジイアフターケアを考えて酒瓶を投げるとは、実はツンデレじゃないのか?
けど、正直ジジイのツンデレとか需要無いからやめて欲しいな。寧ろ気持ち悪くなる。
現に、今の俺は滅茶苦茶気持ち悪いぞ。ほんと、超気持ち悪い。
胸の奥からふつふつと形容しがたい何かがこみあげてきて、本当に気持ち悪い。
気持ち悪いから、このまま吐き出してしまいたいくらいだ。
けど、駄目だ。
何を思ってか、近くを歩いていた子供の集団の一人が石ころをぶつけてきたが、我慢だ我慢。
だって俺大人だから。
うん、子供のいたずらにいちいち目くじら立ててたらストレスで将来ハゲそうだしな。
ただし歩道で3列になってゆっくり歩くリア充ども、てめえらは駄目だ。
よし少しだけ冷静になれた。
傷口から直接アルコールが侵入しているせいか、正直足元がフラフラするけど、うん、大丈夫大丈夫。
なんならさっきから石ぶつけてくる人数が増えた気がするけど、うん、気のせい気のせい。
帰ろう。どこに行けばいいのか分からないけど、少なくともここからは離れるべきだ。
どうやら、俺は随分な嫌われ者みたいだし。
どうせ、記憶を失う前の俺が何かしらかをやったのが原因だろうし。
だが、ここで謝ったとしても意味はない。
そも、俺がやったことが謝って済むことかも分からない今、形だけの謝罪などに意味はない。
だから、せめて自分が何者なのか、或いは何をしたのか、それを知って、思い出して、それから謝ろう。
うん、そうと決まれば帰ろう。
場所は分からないから、最悪野宿すればいい。
幸いにも霧も多いが草木も生い茂っている場所もある。
かたいコンクリートや、どろどろの土の上で寝るより遥かにましだろう。
ああ、頭が痛い。足がふらつく。寒気がする。体が痛い。
ああ、帰りたい。帰りたい。
★ ☆ ★ ☆
いつの間に意識を失ったのだろうか。気づけば草も土も霧もない、よく分からない場所にいた。
足元には波紋が出来ており、そこで漸く自分が立っていることに気づいた。
寝ていた筈なのに立っているとは、ちょっと卑猥ですねぇ。
冗談。自分がここまで寝相が悪いとは驚きだ。寧ろ夢遊病の類なのでは?
だとしたらちょっと納得がいく。多分俺は眠っている間に別の人格が芽生え、それが人殺しなりなんなりを犯しているために、俺は嫌われているのだと。
そして……、いや、無いな。いくら何でも突拍子がなさすぎる。
何よりそれでは今の俺に自分の記憶がないことの説明にならない。事故にあったのだとすれば、当然どこか怪我しているはずだし。まあ、怪我はしたけどそれはまた別の事件だから。
あれ?そう言えば。
頭に触れてみる。指先に気持ちの悪い感触はないが、変わりに鈍い痛みが走る。
だが、少なくともそれは傷口に直接触れたことによるものではない。
傷口は確かにあるにはあった。だげそれは、既に完治一歩手前といった感じだったのだ。
なぁにこれ?
普通に考えて、あくまで体感でしかないがあの怪我は治るまでに2週間はかかるものだった。かさぶたが出来るにしても3,4日はかかる筈だ。
それが一日も経たずに治ったのか?
いや、もしかしたらあのまま長い眠りについて実はもう一週間は経過しているのかもしれないな。なにそれ、どこの浦島さんだよ。
だが事実として頭に触れてみてもそんな感触はない。痛みがないわけではないけど、それでも怪我した当初に比べればマシなものだ。
もしかしたらあれは夢だったのか?もしくは感覚がマヒしたか。
だめだ、分からない。もう考えるのもめんどくさい。
こういう時には寝るに限る。
そういうわけで大人しく腰を下ろそうとして、そこで漸く後ろに何かいることに気づいた。
何か、は何かだ。何やらブニブニした感触と、ぬめっとした感触のある何かだ。
言葉にすると気持ち悪いことこの上ないが、不思議と不快感はない。
むしろ、感じるのは安心感だった。やだ、俺もしかして相当追い詰められているんじゃ。
けど、正直安心できるものがあるのはありがたい。なんか色々ありすぎて少しだけ、いや、かなり不安定だったので人心地つける何かが欲しかったのだ。
だから、特に警戒することもなくその感触に身を任せた。加えて体重も預けた。
ああ、安心する。
家族の安心感とは、多分少し違う。
それでも、気が楽になった。込めてもいない肩の力が抜けた気がした。力を抜きすぎてちょっと涙が出たけど。まあそれもいいだろう。
どうせ誰も見てないんだし。
★ ☆ ★ ☆
それはただ見ていた。
自らにもたれ掛かり寝息を漏らす少年を。
推し量るように。
観察するように。
決して手を差し伸べることはせずに。
ただ見ていた。
前作の書き溜めていたものが全ロストしたためにやけくそで書きました。
誤字脱字等がありましたら申し訳ない。
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そうだ、家を見つけよう。
最近の目覚まし時計はなんて高性能なんだ。
まさか、主人を確実に起こすために蹴りを入れる機能がついてるなんて!(現実逃避)
腹への鈍い衝撃とふわっとした宙を浮く感覚。極めつけは地面へと墜落。
目を開ければそこには蹴り上げた姿勢のままこちらを睨むデブみたいなフグ。訂正、フグみたいなデブ。
間違いない!俺は!今!蹴られたのだ!
などとちょっとテンションを上げてみたが当然気分は最悪。
昨日でこれより下は無いと思っていたが、なんだ、結構あるじゃねぇか。止まるんじゃねぇぞ…。
ゴメン嘘。是非とも止まって欲しい。さらに下があるとか、流石に耐えられないよ。
「よお、ウタカタ。こんなところで眠るとは、いい身分じゃねえか」
あれ?なんか声が聞こえる。
そう思い声のした場所に目を向ければそこにはフグみたいなデブ。訂正、デブみたいなフグがいた。
むしろデブみたいなフグしかいなかった。
あれれ?おかしいぞー?声が聞こえたのにそこに人がいないぞー?(煽り)
あと、俺が寝てたのちょっと湿った芝生なんだけど。そこで寝てたくらいでいいご身分とか。この町の人いつもどこで寝てんの?
食事はゴキブリ、お風呂はトイレ。布団は褌とかなら確かにちょっとはマシに感じるけど。流石にそれは無いよね?え?無いよね?
さて、そのデブフグはと言えば、碌に反応しない俺の態度が気に食わないのか、それとも単純に虫の居所が悪いのか苛立ったように地面を蹴りつけている。
おいおい、地球に優しくしましょうって親から教わってないの?それともそれが新手のダイエットなのだろうか?足だけムキムキになりそうだな。なにそれ気持ち悪い。是非とも半径1キロ以内に入って欲しくないね。
「おい!聞いてんのか!?ウタカタ!!」
いよいよ我慢の限界が来たのか、ついに叫んだフグデブは射殺さんばかりにこちらを睨んでいる。
それよりも確認させて欲しいんだけど、そのウタカタって俺のこと?
だとすれば、とんでもないところで俺に関する知識を得た結果になったな。
正直感謝の言葉はないけど。代わりに唾とか吐き掛ければいいかな?
ショタの唾…。なんだ最高のご褒美じゃないか!
「いい加減にしろよ?」
――え?
声が聞こえる。今度は正面からではなく真横から。
おかしい。この声はあのフグデブのものだ。けどデブフグは確かに正面にいた筈。
じゃあこの声は?
チラリと伺おうとして、それより早く鈍い痛みが腹部を襲った。
お腹が痛くて、背中も痛くて、最後には頭が痛くなって。
そこで漸く自分は蹴り飛ばされたのだと気づいた。
背中の痛みは多分地面を転がった時のもの。頭の痛みは、ああ、後ろにある木にぶつかったときに思いっきり打ったのか。
不思議なことに理解が追い付けば途端に痛みが襲い掛かってくる。
「――ッ!?」
痛い。滅茶苦茶痛い。辛うじて声を出すのは抑えたけど、その分の痛みが腹に来ている。
意識も遠ざかってきた。やばい、何がヤバいって、何がヤバいのか分からないのがヤバい。
言葉には出来ないのに、脳内がガンガン警報を流してるって、かなりまずい状況だと思うの。
けど、おかげ様と言っていいのかいろいろ思い出すことも出来た。
そうだ、確かに腹は痛いが、それだけしか痛みがないのだ。
昨日ぱっくり割れたはずの頭からはまるで痛みを感じはしない。
ちらりと自分が寝ていたであろう場所を見る。そこには確かに血痕があって、俺が昨日血を流していたことをありありと生々しいくらいに伝えてくる。
けれど、今の俺から血が流れてはいない。つまりは少なくとも止血は終わっているということだ。
だが、あくまで昨日の様子を見た限りだが、俺にそんなことをしてくれる存在がいるとは思えない。
ではなぜ?
或いは誰が?
だめだ、上手く頭が回らない。これはあれだ、腹の痛みとは別の吐き気とか眩暈とか頭痛とか、そういうのが思考を邪魔している感じだ。
そう言えば昨日、酒を浴びてビショビショになったんだっけ?そんで碌に体も拭かずにこんな場所で寝ていたと。
間違いなく風邪をひいてますね。
そう考えてみたら凄く体がだるい気がする。
それも、野宿してたから関節が痛いとか、そんな理由じゃなくて。
だとしたら色々納得できる部分もある。
さっきのあのデブの蹴り。本来であれば恐怖を感じても可笑しくないものだ。けど、今の俺にそれは無い。
早い話が、この危機的状況に俺の認識がまるで追いついていないのだ。どこか夢心地になっている。まあ、そうでもなければ初対面のあのデブの威圧感相手にシカトなんて出来ないしね。
そして、それを認識した今でも、まるで危機感が持てない。
やばいと頭は分かっているのに体が追い付かない。もしくは、思うようにしているが出来ていない。
これは本格的にまずいな。思考回路が鈍っているせいで碌に会話も出来そうにないし、なんなら喉も痛いから言葉が話せるかも怪しい。
しかし、そんな俺の状況など知る筈もないデブフグは今なお殺気立った目でこちらを見ている。
あれ?よく考えたらなんでこんな状況になってるんだっけ?
今の場所と、俺が寝ていた血が滲んだ場所を見てみるが、大通りからは十二分に離れている。多分だけど。
だって周りにあるのは木とか草とかそんなもんだけで人が通れる場所でもないし。
何より昨日あんなことがあったのだ、あれが一部の人間がやってることだとしても人通りの多い場所を避けるのは当然のことだ。いや、最後の方記憶なかったけど。
兎に角、少なくともここにいて人と出会うことなどまずない。
と言うより、態々ここに来るやつはいない。なんせ、ここには本当に草とか木以外に何もないのだ。
だとしたら、だ。なんでこのデブフグはここにいる?
ここが大通りへの近道なのか?
可能性はある。けど、それで俺が道の邪魔になることがあるのか?
もう一度俺が寝ていた場所を見る、周囲を草に覆われていて俺のような子供が寝ていてもまず気づかれないだろう。
だとしたらやはり分からない。なぜ俺はこんな怒りをかっている。
無視したことか?話しかける必要もないのに話しかけておきながら?なんだそれ無視もクソもないだろそれ。
「おや、
ふと湧いてきた新しい声。視線を向ければそこには鮫みたいな人。もとい人みたいな鮫がいる。
いつからこの場所は擬人化水族館になったんだろう?
ああ、なんだ最初からか。
むしろ擬人化水族館に俺が来たんじゃないだろうか。何それ地獄。
「突然いなくなったと思ったらこんなところでいったい何を……。おや?そこにいるのは確か人柱力の…」
じんちゅうりき?何それ?ってか今俺見ながら言ったよね?つまりは俺はじんちゅうりきだったのか。
なるほど、また一つ賢くなったぞ。……でじんちゅうりきって何?
そんな俺を放っておいて鮫の人はフグの人に話しかけている。時折俺に対して憐れんだような視線を向けながらではあるが。
なんだ?じんちゅうりきというのは憐れまれるようなものなのか?
「西瓜山さん。人柱力への危害は現水影様によって禁止されている筈ですよ?」
「うるせぇぞ鬼鮫。どうせそんなもの誰も守ってやしねぇだろ!」
「そうですね。しかし、西瓜山さん、我々里の上忍が率先してそれを破るのは如何なものでしょう?」
「てめぇ。まさかあの餓鬼に告げ口する気か?」
「餓鬼とは。仮にも水影様に向ける言葉ではありませんよ?」
……ふむふむ。分からん。分からんが何だか二人の間に流れている空気は不穏なものだ。何でここは関係のない俺はクールに去るとしよう。
アデュー!もう二度と会うこともないだろう!
「何処に行く気だ?」
視線は外さずに、けれど確実に俺に向けられたそのセリフ。背中にでも目ん玉ついてんの?それでもまだ地面に這い蹲っている俺をよく見つけられたな。
見た目はフグで背中に目玉。これなーんだ?怪物ですね。それも確実にキャラデザ失敗した。
などと冗談を言っている場合でもない。なんだか本格的に体調も悪くなってきたし、こんな若干湿った草木が生えた場所に長居したくもない。
けどどう考えても俺を逃がしてくれる雰囲気でもないため不用意に動くことも出来ない。完全に詰んでる。
だが、そんなこと知ったことか!こんな場所に長居できるか!俺は帰らせてもらおう!
「西瓜山さん。忍刀七人衆でただ一人任務に失敗したとは言え、その鬱憤を子供で晴らそうなんて大人げないですよ。大人しく水影様に報告に行きましょう」
丁寧な口調だが、その実確実に相手の傷口に塩を塗るセリフを吐く鮫の人。
ってか待て?え?俺が攻撃されたのってもしかしてそんな理由なのか?
え?何それ?
ふざけてんの?
そんな鮫の人のセリフが図星だったのか声を荒げて何やら言い返しているようだが、なんだか上手く声が聞こえない。
うるさいくらいに高鳴る心臓と、沸き立つどす黒い感情が周囲の情報を遮断しているみたいだ。
ああ、頭が痛い。熱の所為だろうか?苛立ちの所為だろうか?それとも……
ああ、憎い。うざい。目障りだ。
今なお二人は何やら言い争っている。
正確にはフグのほうが激情を露わにしていて、鮫の人は冷静に言い返している感じだが。
まあ、どうでもいいけど。
ムカつくし、イライラするし、胸が軋むし。
――ああ、殺したいよな?
ん?それはおかしい。
確かにムカつく。イライラもする。頭は痛いし、目障りという気持ちもある。
――ああ、そうだ。殺したいよな?
だからそれがおかしい。なんでいきなり殺そうとするの?
もっとあるじゃん。恥かかせたいとか、一発殴りたいとか。蹴り入れたいとか。そういうのあるじゃん。
なんで一発目から殺意全開なの?もっと穏やかに行こうぜ?
――……殺したくはないのか?
正直言って俺は聖人君子じゃないけど、それでも一時の感情に流されて殺したいとは思わない。
ましては今の俺は熱で思考が上手く回っていない状態だ。こんな時にそんな決断をするほど馬鹿では無い。
結論から言って俺は殺さない。
――どうして?
理由は色々ある。けど強いて言えば。人には改心する余地があるから。
もちろん俺は神でも王でもない。そんなこと言える立場にはないんだろけど。
それでも、直ぐに決断を下して、自分がルールだなんだと思いあがって、私怨で人は殺したくない。
……人の命はきっと尊いものだから。
そこに善悪を付けるのは、所詮は人の価値観でしかないからね。
――そうけ。ウタカタは優しいんやね。
優しくはない。ただ綺麗事が好きなだけだ。
……それで?俺誰と会話してんの?
なんか突然脳内に直接声が聞こえてきたから対応したけど、結局何だったの?
それともあれか?今のが俗にいうair友というやつなのか?やだ、俺の中二レベル高すぎ!
「……ウタカタさん、あなた…」
そして何故かそんな俺をしょっぱい顔して見ている鮫の人。
あれ?もしかして今の声に出てた?あのレベルの高い独り言を聞かれてた?
ヤバい。死にたい。恥ずかしいとかそんなレベルじゃない。
よく見たらフグの人はもういないし。
あれかな?急に独り言言い始めた俺を見て怖くなったのかな。
分かる。俺も逃げるわー。絶対に分かり合えないと思ってたけど妙なところで気が合ったなフグの人。
もう二度と会いたくないけど。
まあ、そんなことは置いといてね。
膝に力を入れて立ち上がる。少しふらついたが、そこは根性で踏ん張った。よろめいてコケるとか、これ以上恥をかいてたまるか。
そして、何か言いたげにこちらを見る鮫の人にかき集めた勇気をもって一言だけ。
「僕の家は、何処ですか?」
のどが痛くて掠れたが、何とか声になったような気がする。
取り合えず家帰って布団かぶってああああああって叫びたい。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
気を失い、体から力が抜けたウタカタを背負い、鬼鮫は歩みを進める。
記憶の欠落か、或いは別の理由か、自らの家の所在を尋ねたウタカタの声は酷く掠れていた。
耳のいい鬼鮫ですら、辛うじて聞き取れるほどの小さな声。
その意味を履き違えるほど、鬼鮫は馬鹿でも、無垢でもない。
六尾の人柱力・ウタカタ
人柱力とは、この世に存在する九匹のチャクラの塊、尾獣を封印された人を指す蔑称のこと。
早い話が、ウタカタの正体とは人型の生物兵器なのだ。
その存在は疎まれ、人として扱われることは無い最低の存在。それがウタカタだった。
だから、鬼鮫には分かった。
『僕の家は何処ですか』
それは所在を示す問い。居場所を尋ねた純真無垢な疑問。
ウタカタは居場所を求めた。自分の存在していい場所を望んだ。
自分が苦しまなくて済む世界を欲した。
それが分からないほど、鬼鮫は馬鹿ではない。この世界の醜いものを知らないほど、無垢でもない。
霧隠れの忍びでありながら、霧の忍びを殺す。
今日の鬼鮫の任務はそれだった。
いや、正確にはもうずっとそれだった。
一度目の任務をなまじ完璧にこなしたが為に、鬼鮫はそれが出来る忍びだと認識され、今日もまた任された。
もう何人の同胞を殺めたのかもしれない。それでも自らは霧隠れの忍びであるし、額にかけた霧の紋章を裏切る気もない。
それでも時折考えてしまう。自分はいったい何なのかと。自分はいったい誰なのかと。
霧隠れの忍びでありながら、霧の忍びを殺す。
それが鬼鮫だ。それが鬼鮫に課せられた任務だ。
同じ志のもと、同じ地で、同じ空気で育った同胞を手にかける。
自分の居場所を、或いは自分の里を守る為に、同胞の居場所を奪う。
ここは本当に自分の居場所なのか、自分は本当に霧の忍びなのか。
鬼鮫はここにいてもいいのか。
らしくもない問いだと自嘲し、僅かにずれたウタカタを背負いなおす。
軽すぎるその身にどれ程の重責を背負っているのかなど、鬼鮫に分かる筈もない。
けれども
(どこか、似ているのかもしれませんね)
何処か穏やかな顔で笑う鬼鮫の姿は、忍びのそれではなく人間のそれだったと気づくものは誰のいなかった。
(それはそれとして、先ほどの
気づけば前の投稿から一月経過していて一番驚いている作者です。
可笑しいな、作者的にはもう完結していた筈なんだけどな……。
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布団とは、人類史上最強の発明である
誰かがこっちを見ている。
誰だろう?よく分からない。
けど視線だけはやたらと感じる。
周囲を見渡してみても、そこには一面真っ白な景色が広がっているだけ。
誰もいない。なにも存在しない。果てのない世界。
そう言えば、世の中には緑の部屋に閉じ込めるという拷問があるのだと何かで聞いたことがある。
なんでもずっと緑ばっか見てると赤色が見たくなって、手っ取り早く赤を見るために自らを傷つけ
つまり今の俺は拷問されているということか(名推理)
そう考えると誰かの視線を感じるのも納得できるような。…出来るかな?……ちょっと意味わかんないですね。
取り合えず、いつまでも座っているわけにもいかない。立って探索と行こう。
そう思い足腰に力を込めて、ブニンという感触の壁を頼りに立ち上がる。
もう少し感触のいい壁は無かったのか?少し粘つくぞ。
――起きた?
おう、起きた起きた。眠気覚ましに散歩に行こうと思っているくらいだ。
寝起きに散歩。まさしく健康優良児の行いだな。
なんならこのまま食パン咥えて全力疾走している少女と出会いたいものだ。
あれ?俺また何かと会話してない?
ヤベー。あまりに自然過ぎてまるで気づかなかった。
そしてこのまま自分は特別な存在だと思い始めて中二病コース一直線ですね。分かりますん。
ともかく、早い段階でこれに気づけたのは良かった。このままいけば俺は新たに第二第三の黒歴史を生み出すところだった。
冗談抜きでヤバいなそれは。既に鮫の人に痛い人認定されているというのに、これ以上自らの黒歴史を晒してたまるか。
――体調は大丈夫?
おう、大丈夫大丈夫。ちょっと心が痛むけど、これは怪我とかそういうのじゃないから。安心してくれ。
いやいや、ちょっと待て、だから俺は何をしているんだ。これはair友だと言っているだろう!これ以上黒歴史を作って何になる!お前は馬鹿か!学習しろ!
――上、見てみて
上?なんで上を見なければならんのだ?
正直意味わかんないけど、自分がもう一人の自分(笑)と会話していると思うよりも誰かと会話していると考えたほうがメンタル的に遥かにマシだ。
そういうわけで、そこに誰かがいることに一類の望みをかけて、誰かの言葉通りに上を見る。
首が痛いがそこは我慢。
――おはよう。そして初めましてやね。
首が痛むくらいに豪快に上を仰ぎ見た。ブリッジするくらいに仰け反って上を見た。
するとどうだろう。そこには誰かの目があった。
例えるならばカタツムリみたいな目だ。
クリクリの瞳がそこにはあった。なんなら目があった。
腰が抜けた。
――大丈夫?
「なんとか大丈夫だ」
いや、強がりとかじゃなくて、本当に大丈夫だったから。
ただほんのちょっと。ほんのちょっとだけびっくりしただけ。
いや、本当に。俺、ホラーとか大丈夫な人だから。あれだよ、びっくり系が苦手なだけだよ。
本当だよ?嘘じゃないよ?
ごめんなさい嘘つきました。正直食べられるかと思いました。だからそんな申し訳なさそうな顔で俺を見ないでください。罪悪感がマッハで心がががが。
――大丈夫け?
さっきと似たようなセリフ。けど今度は突然黙り込んだ俺に対する心配の色が濃い疑問だった。
明らかな心配。はっきり言ってこの世界に来てからその手の感情は向けられた試しがないのですごく心が癒される。
同時に、そんないいやつに対して食べれられるとか被害妄想垂れ流して腰抜かした過去の俺への殺気がえげつないスピードで増している。
第一印象最悪とかそういう次元ではない。マイナスを突き抜けて天蓋突破している。
「大丈夫だ、問題ない。それより自己紹介がまだだったな、俺はウタカタだ。よろしく頼む」
実際には俺はウタカタではないが、じゃあお前誰なんだよと問われて答えられる回答がないのでウタカタということにしておく。
すまない。記憶喪失ですまない。本当に申し訳なく思っている。せめて過去の俺の情報が欠片でもあればよかったのに。
――俺やよ、犀犬ってんだ。よろしく。
ご丁寧に自己紹介をしてくれたのはナメクジみたいな外見をした何か。
多分B級ホラー映画とかで出てきそうな何かだ。
ただ今までの対応から分かる通り随分と礼儀のいい。やっぱあれだね、外見で判断とか悪だわ。こうやって話し合ってみれば分かり合えるんだよ。
つまり腰を抜かした俺は悪。ハッキリ分かるね。
――ウタカタ。質問してええ?
「なんでも聞いて下さい。答えられる範囲外でも答えてみせます」
罪悪感がヤバすぎて思わず丁寧語になってしまったが、まあ仕方がない。
なんせ俺にはすでに負い目がある。
犀犬の心優しい内面に気づかずに怖がって傷つけたという負い目だ。
本当この出来事だけで後二年は後悔しそうだよ。
そんな俺の内面など知る由もない犀犬はクスリと笑い、(気持ち)優しくなった目で俺を見る。
――どうしてウタカタは、誰も憎まんの?
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
犀犬は尾獣として、ウタカタが生まれ落ちて一か月後に封印された。
それから、ずっと見てきた。
両親が存在せず、必要最低限の衣食住のみしか与えられずに今日まで生きてきたウタカタを、犀犬は一切干渉することはせずにずっと見てきた。
犀犬は尾獣だ。対してウタカタは人だ。
ただそれだけのことは、けれど二人の間に明確な境界線を生み、お互いに決してそれを踏み越えることはしなかった。
何処かの狐のように、人間を恨んでいたからというわけではない。
犀犬が人に封印される以前。のんびりと生活していた洞穴に、時折迷い込んでは犀犬をみて悲鳴を上げる人間。確かにそれに何も思わないわけではないが、そもそも犀犬は人に興味がなかった。
自らを生み出した、ただ一人の人間を除いては。
だから、どうでも良かった。憎むこともなかった。恨むことは無かった。
時折人柱力の憎しみに同調し力をふるう。暇つぶしのようにそれをして、また大人しく封印される。
ただそれだけの行動を、もうずっと繰り返してきた。
どうでもいい人間が、どうでもいい人間に力を向ける。それを鼻で笑いつつも、止めることなく力を貸す。
どうして
ある日、犀犬はまた新しい子供に封印された。いままでと違うのは、それが赤子であったこと。
どうでも良かったが、思わないことがないではなかった。
少なくとも今日まで、
それでも犀犬はこれまで通りに傍観を選んだ。
決して踏み込むことはせず、踏み込ませることもさせずに、これまで通り人柱力が人を憎み力を暴走させた時のみ力を貸す。
今まで通りに。これまで通りに。いつも通りに。何も変わらず。何も変えずに。
時が経ちウタカタは成長し自らと周囲にある明確な線引きと、明らかな区別を認識した時、ウタカタもまた憎しみを抱いた。
怒りと、憎しみと、悔しさ。
子供だったから、そこに大きな差は生まれなかったが確かにそれを自覚し始めた時、やっぱり、と犀犬は思った。
人間なんてこんなものだと、興味を持つことすら意味がない。放っておけば自滅する。そんな存在でしかないと、純粋な子供の憎しみを見て理解した。
だから、分からなかった。
突然、ウタカタの中から憎しみが消えた意味が、その事実が分からなかった。
この子供に何があったのか、何が起こったのか、まるで理解できなかった。
けれどそれも一瞬で、一人の忍びを相手に憎しみを抱いたウタカタを見て、犀犬は安堵した。
安堵?どうして?
なぜ安堵した?何を知って安心した?何を見て安らぎを得た?
ウタカタが人をまた憎んだことが?
なぜ?
人なんてそんなもの。そう考え、そう理解し、そう納得し、静観し、傍観し、達観し、諦観したのは犀犬だ。ならば、ウタカタもまたそうであった、ただそれだけの事実に何故安堵した?
分からない。人を理解することを諦め、そうだと決めつけ踏み込むことも理解することもやめた犀犬には、一瞬といえそこから外れたウタカタの存在は完全なイレギュラーだった。
だから、そう、だから、ウタカタに声をかけた。憎めと、殺せと。
そうすれば安心できるから、そうすれば間違っていなかったと思えるから。
かつて犀犬が決めつけた人間の在り方と、ウタカタの在り方が一致すれば、また諦めることが出来るから。
だから、
『それはおかしい』『もっと穏やかに行こうぜ?』『俺は殺さない』
理解できなかった。
確かにウタカタは憎んでいた。人を殺してもおかしくないくらいに。
正確には、これまでの人柱力だったらまず間違いなく殺しているくらいには憎んでいた。
だのに、ウタカタは殺さなかった。
あのまま力を使えば殺せていたのに。
実際にウタカタから湧き上がっていたチャクラの暴走を見て、鬼鮫も西瓜山も、自らの死を悟っていた。
確実に殺せる力。確実に殺せるだけの憎しみ。
なのに、殺さなかった。
それが分からなかったから、犀犬は尋ねた。どうして憎まないのかと、どうして殺さなかったのかと。
熱にうなされ、まともな思考が出来ていなかったあの時と同じように。
今度は正気のウタカタに。
そうすれば、もしかしたら、分かるかもしれないと思ったから。
人のことが。感情のことが。
そして、ウタカタのことが。
予想外の質問だったのか、呆けた顔をしていたウタカタは、その質問に込められた犀犬の真摯な気持ちに気づいたのか、一度だけわざと大きな咳ばらいをすると、まっすぐに犀犬を見上げて
「……憎んでないわけではありません。ただ、それを表に出すほど子供ではない。それだけです」
目を逸らすことなく告げられた、ウタカタの答え。言葉を選んだのか、僅かに間をおいてから告げられた丁寧で真摯な答え。
そこにどれ程の気持ちが込められていたのか、本当の意味でウタカタを
ただ、一つだけ分かったこともあった。正確には、分からないからこそウタカタがこれまで出会ってきた何者とも違うということが、ここにきて漸く分かった。
まだ、犀犬にはウタカタを理解することは出来ない。
だからこそ
――そうけ
一言だけ、告げた。
分からない。理解できない。
だから、これから理解していこう。
歩み寄ることなんて無意味かもしれない。理解することに価値なんてないのかもしれない。
それでも、ただの好奇心でしかないとしても、ウタカタを
どうせ犀犬には寿命がない。ならば自らが生きる数千年。或いは数万年の間のたったの数十年くらい、ウタカタと寄り添うのも悪くない。
その為には、降りかかる火の粉を払うくらいは力を貸そう。
密かに決意を固めた犀犬はもう一度だけ頷いて、優しい眼差しでウタカタをみた。
純粋なウタカタの瞳もまた、犀犬を見つめ返していた。
犀犬には分からない。ウタカタをまるで理解していない。
だから、ウタカタの言葉に
内心で、俺は試されているのか!?とか、そんな中二チックなことを考えていたなんて、微塵も分からなかった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
目が覚めたらオフトゥンの中だった。楽園は確かにここにあったんや。
などと冗談を言っている場合ではない。
先ほどまで見ていた夢、あれは何だったんだろう?
変な質問されるわ、最後にはなんか拳を合わせたし。
夢とは人の深層心理と聞いたことがあるが、だとしたらあんなわけのわからん夢を見た俺って大分ヤバイのかな?
犀犬さんは紳士的だったけどさ。それでも質問が意味不明すぎです。
おかげで俺の答えも意味不明なことになっちゃったよ。
「目が覚めたか」
驚くほど静かだった室内に響き渡る幼さを残した声。声の出所を見れば一人の子供が片膝を抱えた状態で座っていた。
いることは起きた瞬間に分かっていた。ただそれが見えていい類のものか分からなくて声をかけるのを躊躇っただけだ。
別にビビってない。ビビってないぞ~。
「そう構えるな。敵意は無い」
そんな俺の様子を見てか、両手を上げて敵対する意思はないと告げる少年。いや、だから別にビビってねーし。そういうのやめてください。ほんと、まるで俺がビビったみたいになるでしょ?
取り合えず、一度落ち着こう。いきなり現れたことには意表を突かれたが、家の中に子供がいた。ただそれだけのことだ、取り乱すほどではない。
あれ?普通に考えてそれってヤバくない?なんでいんの?
「ほら、朝食を持って来た。食え」
俺の心でも読んだのか、要件を伝えるとともに一つパンを差し出してくる。
正直パン一個って何と思わなくもないが、よく考えれば俺は子供の身だ。それくらいで十分だろう。
あと、よく考えたついでに言わせてもらえば朝食を持って来たのだとしても、それが不法侵入の理由にはならないと思うのですがそれは。まあいいけどね。
それにしても
「パン食べたのはいつぶりだろう?」
最後に食べたのはいつだっけ?記憶がないせいで全然分からないな。ただ、何となく懐かしいと感じているから随分前のことなのかもな。
もしかしたら単純に主食はご飯派だったのかもしれないけど。…なんか凄くありそうだ。
水がないから口の中パッサパサになりながら食事をしていると、何やら少年がもの言いたげな目で俺を見ていた。
なんだろう?なんか行儀の悪い食べ方でもしていたのかな?といってもあくまでも外見は子供の俺だ、あまり細かいことを言われても困る。
……ああ、そうだ。
「朝食、わざわざ持ってきていただいてありがとうございます。凄く美味しいです」
今更だが無言で食べてた。なるほど、これは酷い。性格の悪さが透けて見えるな。スケスケだぜ!
それは向こうももの言いたげな顔をするわ。
一応、申し訳なさげな声と顔で礼を告げたが、これはやっぱりアウトだろうな。本来なら持ってきてもらったタイミングで…と思ったけどそう言えばこの少年気づけば部屋の中にいたな。それも今思えば朝食を持って来たから声をかけてのに返事の一つもせずに眠りこけている俺を心配してのことだろうと推測できるけど。
あれ?もしかして今の俺って最低じゃね?
朝食持ってきてくれたのに無視して寝るわ、無言でパン食うわ。もしかしなくても最低ですね。これは酷い。あと一口だから食べ終わったらすぐに謝罪しよう。
……さて。食事は済んだ。
今なお俺のことを何やらもの言いたげに見ている少年よ。あなたに私に出来る精一杯で謝罪をしよう。
姿勢をただし、正座する。手は指をしっかりと伸ばし膝元に。目は相手をまっすぐに見つめ、されど警戒させないように伏し目がちに。
いざっ!
「この度は、わざわざ私のような者の為に朝食の準備をしていただいたにも関わらず、碌に謝礼も告げずに一人食事に手を付けてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
綺麗に決まった土下座。世界よこれが日本のSHAZAIだ。しかと見よ!
チラリと少年の顔色を窺えば、なんか絶望した表情だったんだけど、俺なにか間違えたか?
勘違いは加速する。
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シャボン玉とんだ。
はー。ありがとうございます。
週一投稿の筈なのに、気づけば二週間経っていました。
けど、先週は別の作品投稿したんで、大丈夫ですよね(震え声)
初代水影の許可のもと人柱力が迫害されることは、霧隠れにおいては黙認されていた。
目的の一つは里内で燻る悪意や憎しみの捌け口にするため。
決して一枚岩ではない里というシステムの中で、内乱やクーデターを抑える為に作られた苦肉の策であった。
発足当初こそ反対意見も多かったが、第二次忍界大戦が始まって暫くこの政策は
敵国によって受けたぶつけどころのない怒りや憎しみ、それが里のルールによって合法的に
あまりに非人道的で、著しく人間性を欠いた行いではあるが、事実として
人柱力という犠牲の上に、ではあるが。
当然そうなれば黙ってはいないのは人柱力の方だ。人には過ぎた力を封印されたあげく差別の対象になるなど冗談ではない。当たり前に怒りを抱き、里に対して復讐に走るのも必然と言えた。
それが、二つ目の目的だった。
いかに里に怒りを抱こうと、高々忍び一人にできることなど程度が知れている。本当の意味で復讐がしたければそれに足る力が必要だった。
人柱力のみが有する他を圧倒できるだけの力、そんなもの悩むまでもなく決まっている。尾獣の力だ。
怒りに身を任せおのれの憎しみのままに行動する彼らは、最後には尾獣の力を暴走させ里に牙をむいた。それこそが初代水影の狙いだとは気づく筈もなく。
初代水影は、暴れる人柱力を時空間忍術で戦場へと飛ばしたのだ。
尾獣化までさせ、目の前にいる存在全てを殺す。ただそれだけの兵器に成り下がった人柱力を。より効率的な戦場を選び、より都合のいい戦場を選び、飛ばしたのだ。
なんせたった一人でも戦場に送り込めばそれだけで戦況は大きく変わる怪物、それが
勿論それは一時的なものだ。突然のことでは対応できないことでも、時間が経てば対応してくるのが戦場だ。いずれは手練れが尾獣討伐に動き出し、それなりの犠牲は出すだろうが確実に人柱力を殺すだろう。
そして、追い込まれたタイミングでまた水影が戦場に出向き、瀕死の人柱力を回収する。時空間忍術を有する初代だからこそ出来る戦術だった。
後は尾獣を抜けば自動的に人柱力も死ぬ。最後の瞬間に呪詛の念を吐いていくが、逆を言えばそれだけだ。実害は何もない。
そうしてまた別の人柱力候補に尾獣を封印し、同じことを繰り返す。
事実として、霧隠れはこの手段で多くの戦果を挙げてきた。劣勢だった戦場を覆してきた。
結果、全ての霧の忍びは人柱力の恩恵を受けることになった。
やがて戦場で初代水影が死に、二代目水影へと政権が移ってもなお、このやり方は続いた。二代目には時空間忍術は無かったが、すべてをだますオオハマグリによる幻術があった。それにより少しだけ過程は違うが、初代と同じことを繰り返した。
そうなればもう人柱力という制度への反対意見もない。
なんせそれは理想だから。ただ人をいじめるだけで、それが戦場の戦果に繋がる。誰でも出来ることが、霧隠れの勝利に貢献する。
里側からしても、戦争によって溜まった苛立ちやストレスの捌け口を作り上げるとともに、それが兵器運用にもつながるこのやり方は最小限のリスクで多大なるリターンを得ることが出来る最善の手だった。
恐ろしく非人道的だ。もはや人間の所業ではないのかもしれない。
けれど結果は出た。出てしまった。そうである以上このやり方は支持される。
唯一の欠点があるとすれば
基本的には罪人や悪人、もしくは捕虜を利用して行われるがそれでも、時期が悪ければそれが途切れることがある。
そうなれば面倒だ。次の人柱力は確実に必要になる。けれど選ぶのは反対意見や不満が出ない誰かにしなければならない。
だが、幸いにして戦時中はそういった条件に該当する存在がよくよく現れる。俗に戦争孤児と呼ばれる子供達だった。
感受性が豊かなために、直ぐに怒りを感じる。後先を考えない為に尾獣の力を使うことに躊躇いがない。
まさに理想だった。
そして、その中の一人がウタカタだった。
生まれ落ちると同時に両親を失い、親族は存在せず、それ故に彼が人柱力となる時誰も庇うものがいなかった。
そんな子供が、いや赤ん坊が人柱力になることに反対意見がなかったわけではない、ただそれを言うには人は人柱力の恩恵を受けすぎた。だから、誰も何も言わなかった。
誰も、何も言えなかった。
ただ一人、
彼はウタカタの両親に一時的とは言え忍術を学び、また人としての在り方も学んだ。やぐらにとってウタカタの両親は忍びとして、そして人として尊敬できる存在だった。
だからこそ、彼は動いた。尊敬できる師から託された子供を守るために、僅かなりとも足掻いてみせた。
その過程で、どれだけの血を見たことだろう。どれだけの死を踏み越えてきたことだろう。
戦争が日常になりつつあるこの世の中で、成果を上げるということは、つまりはどれだけ敵を殺してきたかということだ。
その中には、里の情報を外部へと持ち出そうとした元同僚もいた。自慢げに家族の自慢話をして、最後には家族を守るために敵に寝返った先輩がいた。
それらすべてを殺して、殺して、殺して尽くして、その先でやぐらは水影へとなったのだ。
綺麗事なんて全て吐いて捨てた。そんなものなどないと仲間が死ぬ度に思い出した。それでも、ただ一つの約束があった。どれだけの屍を踏み越えようと、決して譲れない誓いがあった。
誰よりも尊敬し、誰よりも敬愛した師の忘れ形見を守る。
それがやぐらの全てだった。
なのに、だというのに
「パンを食べたのはいつぶりだろう」「朝食、わざわざ持ってきていただいてありがとうございます。凄く美味しいです」
なぜ目の前の少年はそんなことを口にするのだ。
水影になったやぐらがまず行ったのは人柱力へ差別撤廃だった。
もちろんそれが生半可な覚悟で出来ることだとは思っていない。先代の水影に話した際も難しい顔でやめておけと言われた。それをするにはお前は若いと、時期が悪いと。
事実やぐらが水影に就任したのは第三次忍界大戦の真っ只中、下手な政策をすればそれが里の崩壊に繋がりかねないものだった。
それでも、やぐらは動いた。
別の案を立てて、別の政策を立てて、懐柔策を練って、それで辛うじて変えられたのはウタカタへの差別はウタカタが5歳を過ぎてから、ただそれだけだった。
理由は単純で、まだ物心のついていないウタカタに対して差別的な待遇を取ってしまえばウタカタにとってそれが日常になりかねないから。そうなればウタカタが憎しみや復讐心を抱くこともなく、人柱力の兵器としての利用に支障をきたすから。
あくまでウタカタを兵器としてしか見ていない酷く手前勝手な馬鹿みたいな理屈で、それは霧隠れ上層部によって決定された。
その当時のやぐらの絶望がどれ程のものだったか、それを知るものはいない。やぐらも、それを誰かに察せられるような真似はしない。
だが、その中でもやぐらは足掻いた。
5年という月日を得たのならそれを利用して別の方法を模索すればいい。
里の全てを納得させられるだけのものを用意して、今度こそ人柱力の差別撤廃を目指せばいい。そう思い、そう願い動いて、三年が経ったある日、霧隠れに存在していた二匹の尾獣のうちの一匹、三尾の人柱力が姿を消した。文字通り痕跡の一つも残さずに消えたのだ。
捜索は今なお続いているが、他国が三尾を生け捕りにしたという情報も封印したという情報も得ていない。手練れを導入したというのに、影も形も掴めてやしないのだ。
結果、霧隠れの人柱力はウタカタのみになった。
そうなればどうなるか、考えるまでもない。契約はあった、約束はあった、手を出さないと、決して近寄りはしないと、水影の名のもとに霧隠れ全土にそう告げた。
だが、その結果はどうだ。
やぐらとて忍びだ。いくら水影である自分の言葉であれど、そんな口約束のようなもので全ての人間の動きを制限できるとは思っていない。
また、時期も悪い。戦時中である今、ルールであるとはいえそれを破ったものに罰を与えていては被害を被るのは霧隠れの方だ。
だから、表だって罰を与えることも出来なかった。それでも水面下で動きウタカタへの差別的行動は抑止してきた筈だった。
見張りをつけ、食事係をつけ、決してウタカタを一人にしないように配慮してきた。
だから、鬼鮫からウタカタが暴力を受けていたと聞いた時、また、ウタカタが六尾の力を暴走させようとしたと聞いた時、生きた心地がしなかった。
見張りを付けていた筈なのに、なぜそいつからは何の連絡も来ないのか、そう考えてようやく自身の甘さに気が付かされた。
誰も、そう、誰もだ。少なくとも自身に報告を入れてきた鬼鮫以外の誰も、ウタカタを人としてすら見ていなかったのだ。彼らにとって差別はすでに差別ですらない。
足元を行くアリを踏み潰すようなものだ、周囲を飛ぶ虫を殺すようなものだ。邪魔だから、うざいから、気持ち悪いから、面白いから、それだけで手を出してしまえる存在になってしまっている。
――ああ、そうか。俺が間違っていたのか。
先代を憎む気持ちはない。人柱力の差別は人としては最低だが、里を運営していくものとしては確かに正しいやり方だから。差別できる存在を作り上げることによってそれ以外の上に対する反抗心を削ぎ落とす。合理的で、正しい考えだ。
そう思えてしまう、現実主義者な自身をやぐらは嫌悪した。
突然黙り込んだやぐらを心配する鬼鮫を無視して、やぐらは一人動いた。
翌日の配膳係を買って出て、自らの足でウタカタのもとまでやって来た。
目が覚めたウタカタが自身を見て酷く驚いたことに胸が張り裂けそうな気持ちになった。
まるで久々の食事だとただのパン切れ一つを美味しそうに食すウタカタを見て、唇をかんだ。
全てを食べ終えた後、やぐらに謝罪するウタカタを見て、これが現実なのだと絶望した。
すべては霧隠れを信じたやぐらの失策だ。ウタカタの身を案じておきながらウタカタのそばにいなかったやぐらの落ち度だ。
目を逸らしていた現実が目の前に現れたことに、やぐらは一人自身を憎んだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
完璧な土下座を見て言葉を失っていた子供が、突然土下座返しをしてきた。
何を言っているか分からないと思うが俺も分からない。
取り合えず頭を上げて貰っていい?そんなことをされたら俺の罪悪感がマッハなんで。
ただでさえ色々あって罪悪感がすでにカンスト寸前なのに、この上さらにそんなことされたら俺が死んじゃうよ?
そんなことをやんわりと伝えつつ、どうして土下座なんてしたのか理由を聞いてみる。
しかし返ってくるのはなんか全ては俺の所為だとか、申し訳ないとか容量の得ない言葉のみ。もっと中身のある会話をしてもええんやで?
はてさてどうしたものか、このままこの子の言葉を聞いていても平行線だ。どうにか気を紛らわせることが出来ればいいんだが、俺の家は生憎の殺風景だ。まるで寝るための場所、と言わんばかりに布団以外に何もない。
かと言って場を和ませるようなトーク術もないし、本当に困った。
――どうしたん?
と、一人頭を悩ませているとそんな俺に気づいたのか犀犬が声をかけてくる。因みに目の前の少年は気づいていないみたいだからこの声は俺にのみ聞こえているのだろう。
つまり声に出して犀犬の声に答えたら俺は社会的に死ぬ。注意せねば。
――目の前の少年をどうにかしたいんですけど、何か案はありませんか?
――潰すん?
――なんでや!
ちょっと犀犬さん血の気多すぎない?どうにかって、別にうるさいから黙らせたいとかそんな意味じゃないんだよ。もっと平和的な解決方法を模索していきたいんだけど。
と、そこまで考えて一つ閃いた。要は気を逸らせればいいんだ。だったら喋る必要もない。むこうに喋らせればいいんだから。
閃いたらすぐ行動。今なお謝罪を繰り返している少年の顔を無理やり上げさせて、俺から声をかける
「ねえ、じんちゅうりきって何?」
謝罪の中にあった言葉、また昨日あたり鮫の人だかフグの人だかが言っていた言葉だ。
正直今になっても意味が分からないので教えてもらえたら大変助かる。謝罪を聞く限り俺に対して誠意なり罪悪感があるようだから質問を無下には出来ないだろうし。そこに付け入るのは正直心苦しいが話題転換の足掛かりを作ったのだ、大目に見て欲しい。
そんな俺の本心に気づいたのか、少年は一瞬だけ目を見開いたと思えばまた影を作らせる。そして悔いるように、懺悔するように言葉を噤み始めた。あれ?思ってた反応と違う。
暫く黙って耳を傾けてみて、聞いた話をまとめると、どうやら俺の中には六尾とか言うヤベーのが封印されているらしい。マジかよ。犀犬は知ってるけど六尾は知らないな。どんなのだろう?話を聞く限りでは随分危険な存在らしいからあまり近寄らない方がいいのだろうがちょっと気になる。
それと、どうやら俺が嫌われているのも俺が人柱力という存在だからだそうだ。記憶を失う前の俺が色々やらかしたせいでも、俺の両親が何かをやらかしたせいでもないらしい。
一応はその事実に安堵して、同時にふつふつと怒りが込みあがってくる。要はあれだろ?俺何もしてないのにいじめられてんだろ?しかも少年の話を聞く限りではほぼほぼこの里の全ての人間から。
ちょっと全員便所裏に来ようか。お話があるから。
などと冗談を言う余裕もない。犀犬相手には自分が悪いかもっていう罪悪感から大人ぶって誰も憎んでないなんて言ったけど、前言撤回、現在の俺滅茶苦茶おこです。
もちろん怒りに身を任せて行動なんて野蛮な真似はしないが、それにしたって腹に添えかねるものもある。なんせもしかしたらそれが原因で俺が記憶喪失になったのかもしれないし。ほら、投げられた石の当たりどころが悪かったとか、そんな理由で。
そう考えたらあれだな、無差別ドロップキックくらいはしてもいいかもしれない。もしくは突撃、隣に晩御飯。あれだ、人が出てきたところに炊き立てのご飯を顔面にスパーキングする無差別テロだ。
などと危険なこと?を考えていたら何やら目の前の少年がまた態度を改めて正座した。また謝罪なのかと戦々恐々とする俺を他所に、少年は何やら自身の胸元を探ると一つのパイプのようなものを差し出した。
「これは、お前の両親の形見だ。お前に渡して欲しいと頼まれていた。渡すのが遅くなって悪い」
言われて、少年の持つパイプを受け取った。なんとはなしに手にしてみて、それが妙に手に馴染むのが分かる。初めて触れたはずなのに、もう何年も使い続けているような感じがした。
「ウタカタ、お前にはまだまだ謝罪しなければならないことがあるが…」
「いいっていいって、これを渡してくれただけで満足だから」
「そうか……分かった。俺はこの里の中央部、水影室にいる。何かあればいつでも頼ってくれ」
そう言ってまた頭を下げた少年は、一瞬で消えていった。何かのマジックなのか、最後の最後でインパクト強いなおい。
さて、突然に一人になったわけだがどうしたものか。先ほど考えていた無差別テロの計画を詰めていくのもいいが、どうもそんな気にもなれない。
なんか、このパイプを握った瞬間にそんなことはどうでも良くなった。
取り合えず、目下の問題であった俺が何かやらかした件については決着がついたのだ、それで良しとしよう。
復讐だとか報復だとか、そんなことに頭を使うだけ馬鹿らしい。
ふむ、だとすれば何をしよう。
何とはなしにパイプを咥えながら頭を使う。
別にパイプになにか仕掛けがあるわけでもないのに、こうするだけで不思議と落ち着く気がした。
そのままかっこつけて息を吹き込んでみて
パイプの先端から、シャボン玉が飛んで行った。
さて、漸く物語を進められますね。
ここから先は、一気に行きますよ!
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シャボン玉割れた
周囲を見れば部屋中にシャボン玉が充満している。しかもこれ、割れるとかないからほぼ永遠に飛び続けているのだ。どうしてこうなったし。
パイプに息を吹き込めばシャボン玉が飛んでいく。それに気づいた俺はついついはしゃいでシャボン玉を生成しまくった。
作れば作るほど俺の中のナニカが削られていくような心地もしたが、まあ年甲斐もなくはしゃいでしまったんだ、削れたのは俺の中の尊厳とかそんなものだろう。そう言えば俺の年齢っていくつなんだろ?まあどうでもいいか。
だが、時には童心を思い出すのもまた生きていくうえで重要なことだ、そう言い訳した俺は冷めた目で俺を見る冷静な自分を無視してシャボン玉を作り続けた。
その結果のこれである。流石にやり過ぎた。正直反省している。
おかげで疲労感も半端じゃない。何事も熱中している間はテンションも高いが、いざそれを冷静に見つめなおすと途端に何やってたんだろと思ってしまうだろ?要はあれだ。
加えてどういうわけか触ろうが、叩こうがまるで割れないのだ。意味が分からない。もはや嫌がらせ以外の何物でもないだろこれ。
とはいえ、諦めて放っておくわけにもいかない。まず第一に邪魔だ。こんなにいっぱいシャボン玉が飛んでるとか一周回って恐怖すら感じる。それに光でも反射しているのかキラキラしていて普通に嫌だ。こんなのあったら眠れない。
そういうわけでどうにかしたいのだが、さて、どうすればいいんだろう?
もういっそ全部端っこに行ってくれないかな?
そう思ってもう一度シャボン玉を見れば、当のシャボン玉はまるで魚の大群よろしく意志を持ったように端っこに移動を始めた。
は?
ちょっと待って、意味が分からない。何?何が起きたの?
目をこすってもう一度見直してみるが状況はないも変わらず、寧ろ先ほどよりも気持ち綺麗にシャボン玉が整列しているようにすら感じる。嘘やろ。
シャボン玉は操ることが出来る。そんな意味不明な事実に俺が気づいた瞬間であった。
――この世界には忍術があるんよ。
――へー。ありがとう犀犬
――どういたしまして
困ったときの人頼み。あまりに意味不明すぎてちょっと思考回路が暴走し始めた俺に救いの手を差し伸べてくれたのは犀犬だった。
その犀犬によればこのシャボン玉も忍術だから俺に思い通りに操れるらしい。スゲーな。
因みに、その際丁寧語尊敬語謙譲語とへりくだりまくっていた俺が見ていられなかったのか、犀犬は俺に普通に話すように言ってくれた。あと呼び捨てにして欲しいとも。やだ、犀犬めっちゃいいやつ!
流石に犀犬にそう言われれば俺とて断ることは出来ない。最高にいい返事をしておいた。
さて、そんな犀犬からもたらされた情報によるとこの世界は忍者とかいうスーパーマンが当たり前に存在する世の中らしい。
戦闘は兵器ではなく忍術を使って戦うのだとか、ほかにも忍術を扱うためにはチャクラが必要なのだとも教えてくれた。
何と言うか、凄く濃いな。
しかも犀犬が言うには忍術は六道仙人とかいう人が世の中に広めたらしいし、あれ?忍宗だっけ?
兎に角濃い!こんなの俺程度の頭では持て余す。
そんなわけで、聞いた話をまとめる為にもノートにまとめようと思う。
因みにノートと鉛筆は適当にふらついていたら売っていたので買ってきた。
正確には俺が触れた瞬間にこんなものもう売り物にならねー!(ツンデレ)とか言っておっちゃんが投げてよこしてくれた。なんだよあの人、意外にいい人じゃねえか。今度からノート欲しい時はあそこを利用しよう。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
さて、早速ではあるが俺の得た知識についてまとめる
・この世界には忍び五大国というものが存在し、ここはそのうちの一つ水の国である。他には火・土・雷・風がある。ほかにも国はあるが、発言権が強いのはこの五つらしい
・各国のリーダーを〇影と呼ぶらしい。例えば水の国なら水影とか
・この世界には尾獣と呼ばれる存在が九匹いるらしい。犀犬はそのうちの一匹で六尾だそうだ。ああ、六尾って犀犬のことだったのか。イメージと違い過ぎて分からんかった。
・この世界は忍びが色々やってる。むしろ世界の中心は忍び。忍べ。
・忍術には火・水・土・風・雷の五つの性質がある。五大国の名前の由来はこれらしい。
・忍術を扱うにはチャクラが必要。チャクラにはそれ以外にも壁や水上を走ったり、体を丈夫にしたりする効果もあるらしい。
・忍術にはこの五つに属さない、正確には二つをかけ合わせたりすることで出来る新しい性質のものもあるらしい。
・現在は戦争、通称第三次忍界大戦中
・初代火影は頭おかしい
ほかにも色々あったがまとめるとこんな感じだろうか。いや、最後のこれに関してはいるのか?
犀犬に確認したらいるらしい。
なんでももともと洞窟でのんびり暮らしていた犀犬のもとに突然テレポートしてきて、木遁とかいうわけ分からん忍術で襲い掛かって来たらしい。なるほど、確かに頭おかしいな。初代火影は頭おかしい。覚えておこう。
それと、初代火影と渡り合ってたとかいううちはマダラも頭がおかしいらしい。よし、覚えておこう。そして絶対関わらないようにしよう。まあ年代を思えばもう死んでるだろうけど。
あとはなんだ?六道仙人とか言うのが忍術の祖だったか?
もともと忍術なんてなかったけど六道仙人の母親がチャクラの実を食べて、その息子の六道仙人がチャクラ引き継いで生まれたとか。そんで世の中の主流が忍術になることを悟った六道仙人が教え導いたらしい。
ほかにも六道仙人の息子二人が生まれて、とかいろいろあったけど普通にキャパオーバーなんでそれに関してはまた別の機会にでもまとめよう。
犀犬はなんか話したがっているが、ちょっと待って欲しい。いや、こんだけいろんなこと知ってると誰かに話したくなる気持ちは分かるんだよ?けど流石に多い!情報が多い!
なんだよ、一尾の名前が守鶴で狸だとか、二尾の猫又は猫舌だとか、三尾の磯撫は僕ッ子とか、いきなり言われても分かんないんだよ!もうちょっと待って!
よし、続きは明日にでもまとめよう
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ノートを閉じて鉛筆を床に置く。今も犀犬による尾獣マシンガントークは止まらないが、うん、ちょっと落ち着け。
軽く諫めると犀犬も自身が舞い上がっていたことに気づいたのか、恥ずかしそうな声でゴメンねと呟いた。それと続きは寝てからするとも。
別に怒ってはいないから。ただ寝てからするって何?誰かの会話するのが久しぶりというのは聞いたけど、ちょっと自重して。主に俺が死ぬから。
さて、漸く落ち着いた犀犬を他所に今後のことについてでも考えよう。
主に俺が嫌われていることについてだ。
正直このままでいいとは思わない。普通に嫌われているのは嫌だし。それに買い物に行くだけであの上手く表現できないようなねっとりとした視線を感じるのは勘弁してほしい。普通に気持ち悪い。
そうなれば当然好かれる為に動く必要があるのだが、それも難しい。なんせこの件に関しては俺は悪くないから。
俺が人柱力である、それだけのことで嫌われているのだから。
逆を言えばその一点をどうにかすれば俺への認識も少しは変えられるだろうが、何よりもそれが難しいのだ。
差別の対象者が何を言ったところで無意味だしな。
どうしたものか、頭を悩ませながらほぼ無意識でパイプをふく。シャボン玉がまた一つ空へと舞い上がった。
ん?
周囲を見渡してみると、気づけば山のようなシャボン玉がそこに。端っこに送っていたがどうやら既に収容限界を超えたのだろう、あぶれたシャボン玉で部屋が覆いつくされている。マジかよ。
頭を悩ます際の癖なのか、シャボン玉を飛ばしていたことにまったく気づかなかった。
取り合えず汚れないようにノートを懐に入れて少しでもシャボン玉が少ない場所に避難する。
とはいえほぼすべてがシャボン玉で覆いつくされているのだ、少ないと言えど比較的少ないだけで顔に付着したりして気持ち悪い。
ああもうどうすればいいんだよ。触れても割れないし、鉛筆でつついても鉛筆が中に入るだけ。しかもその鉛筆を入れたシャボン玉は重さなど知ったことかとふわふわと浮いてるし。
他にも服に張り付くわ、頭にペタつくわ、鼻に入りそうになるわ。
もうめんどくさい!
「
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
その一報が水影――やぐら――のもとに届いたのは、やぐらがウタカタのもとから水影室にもどって暫くしてのことだった。
自身の失態を省みてウタカタの身張りに付けていた忍びの再編成や、戦地の把握、部下からもたらされてきた他国の情報の精査をしている時、慌ただしく部屋の扉を叩く音が響いたのだ。
それに対して少しだけ低い声で返事をしたやぐらであったが、入って来た人物を見て目を見開いた。
珍しく余裕のない表情で報告に来たのは霧の上忍鬼鮫。つい昨日、やぐらがウタカタの警備として指名した忍びだ。
その鬼鮫が突然何の用だ。
考えるまでもなく予想できる、ウタカタの身に何かがあったのだろう。
急いで腰を上げ走り出したやぐらを見て、鬼鮫も移動しながら報告する方が速いと考えすぐさま走った。向かう先は当然、ウタカタの家。
「それで、何があった?」
屋根から屋根へ、高速で移動しながらやぐらが鬼鮫に問いかける。途中いくつかの屋根に罅を入れていたが、当の本人はまるで気づいていなかった。
「ウタカタさんの部屋が何者かに襲撃されました。近くにいた忍びに警戒を任せて私はその報告に」
「襲撃だと!?」
溜まらず叫んだやぐらに鬼鮫は顔を顰めた。水影直々の任務を受けておきながら爆発するその瞬間まで敵の存在を感知できなかった。敵の方が一枚上手だとは言わない、足りなかった自身の弱さが招いた結果だ。鬼鮫は血が滲むほど唇を噛みしめながら不甲斐ない自身を責めた。
「…反省は後だ。それより近くにいた忍びとは誰だ?」
そんな鬼鮫の心情を見抜いたのだろうやぐらは、あえて励ますような真似はしない。これが任務である以上失敗の責任は鬼鮫にある。だが同時に、それは鬼鮫に託したやぐらの責任でもある。適材適所、誰にどの任務を割り振るかを正確に判断する力、それがやぐらに足りなかった。それだけだ。
「青殿です。彼の
「…そうか」
なるほどと考えて、やぐらはさらに速度を上げた。
鬼鮫のいう青という忍びは片目に白眼を持つ霧隠れの上忍のことだ。白眼は本来火の国・木の葉隠れの里の日向一族のみが有する特別な力であるが、霧隠れは戦場で殺した日向の忍びからその目を奪うことに成功していた。そして、その目を移植されたのが青だ。
頭の固い部分はあるが、冷静に物事に当たれるだけの胆力も持っている。襲撃されたのが人柱力であるウタカタとは言え、軽んじることなく対応に当たることだろう。
それに、鬼鮫の言う通り青の目は周囲の警戒では非常に役に立つ。なんせ白眼の力の本質はその視野の広さにあるのだから。
他にも白眼は通常目には見えないチャクラを識別する能力がある、それがあれば鬼鮫ですら分からなかった敵の正体を見つけることも可能だろう。
最後に一度強く蹴って、やぐらと鬼鮫はウタカタの家まで辿り付いた。
遠目では確認していたが、近くで見ると確かに酷かった。
支柱は粉々に砕かれ、壁であったであろうものはその辺りに散らばり、もはや家だったころ原型はない。もともとそれほど頑丈なつくりでは無かったとはいえここまでの悲惨なことになっているとは想像もつかなかったのだろう、やぐらは静かに息を呑んだ。
周囲を警戒しながら青に保護されているウタカタのもとまで二人は歩く。途中破片が転がっていたが、躊躇わずに踏み潰して行った。
青の目の前で佇むウタカタは茫然としていた。何も感じられない表情で、何も映さない瞳でもともと家があったであろう場所を見ていた。
それに僅かに恐怖を感じながらも、やぐらは青に尋ねる、何か分かったことはあるのかと。
それに対する青の答えは単純だった。何もなかった。何も、何一つだ。これだけの襲撃があって。これだけの爆発を引き起こしておいて、誰の痕跡も見つからなかった。
瞠目する鬼鮫を他所に、やぐらは尚も問いかけるが新しい情報はなにもない。少なくとも白眼という目を以てしても、なにも見つからなかったという情報が入ったのみ。
一瞬だけ言葉を詰まらせて、やぐらはウタカタを見た。相変わらずなにも映さない瞳が虚構を眺めていたが関係ない、少しだけ乱暴にやぐらの方向を向かせる。
「何があった?ここでいったい何が!?」
懇願するように問いを投げるやぐらにウタカタの視線が向けられる。それはほんの一瞬で直ぐに視線は伏せられた。
「俺がやりました。俺がこの家を爆発させました」
懺悔するように、悔いるように告げられたウタカタの言葉。だが、そんな言葉を信じるものは、少なくともこの場には誰もいなかった。
「ウタカタさん、嘘は良くない。正直に告げてください。名前が分からないのであれば特徴だけでも構いませんから」
事実鬼鮫は少しだけ怒ったように問いかけてた。信頼されているなどとは思わない、それでもこんなところで嘘をついて欲しくは無かった。辛そうな顔で誰かを騙そうとして欲しくなかった。
「嘘ではありません!事実です。俺が、俺の軽率な考えでこの家は爆発しました」
それでもウタカタの答えは変わらない。それが今日までウタカタが受けてきた差別によって出来た壁なのだと。暗にその目が告げていた。
踏み込ませることも、触れさせることすらも許さない。ウタカタがつくった、いやウタカタにつくらせた壁。それが明確に現れて、三人を拒絶した。
「ウタカタさん…」
「やめろ鬼鮫。これ以上は、問いかけるだけ無駄だ」
その壁を理解して、やぐらは問いかけることをやめた。これは自分たちへの罰だ。どれだけ心配に思おうとも、どれだけその身を案じたとしても、目に見える形で何かをしなければ何も変わりはしない。
すでにウタカタは自分たちを欠片も信じてはいないのだ。もはやこれ以上の詮索はウタカタとの距離を広げるのみ。
理解して、絶望して、そっとやぐらは視線を伏せた。
――水影になれば、助けられると思っていたんだがな
現実はどうだ。助けられるものは確かに増えた。助けられるだけの力は付けた。それでも、肝心のたった一人を救えない。
その事実にまた悔いを感じて、やぐらは血が滴るほど握り拳をかためた。
「青はこのまま探索を続けろ、鬼鮫はその護衛を務めながら青のサポートだ」
「「了解しました」」
すぐさま移動を開始した二人を見送り、やぐらはウタカタを見る。当の彼はやぐらたちが微塵もウタカタの証言を信じなかったことが予想外だったのか困惑したような顔をしていた。
「……ウタカタ」
名前を呼べば、僅かにウタカタの身に力が入る。それは警戒なのかそれとも恐怖なのか、その真意はウタカタにしか分かりはしないだろう。少なくともやぐらにはそれが自身とウタカタ、いや、霧隠れという組織と人柱力という個人の間に出来てしまった距離のように感じた。
「…住む場所が必要だろう。お前が良ければ暫く俺の自室を貸すが、どうする?」
答えに期待はしていない。やぐらは水影だ。この里のトップで、ウタカタの扱いをどうとも出来はしなかった無力な人間だ。
それなのに、ほんの僅かに、もしかしたらなんて考える自分に気づき自嘲の笑みを溢した。
――つくづく甘い人間だ。ここに来て、まだ距離を縮めようと足掻くなんてな
「いや、やはりなんでも……」
「じゃあ、泊まってもいいですか?」
「――ッ!?」
申し訳なさそうに、居心地悪そうに告げられたその言葉にやぐらは言葉を失った。
そんなやぐらの表情の変化に気づいたのだろう。また申し訳なさそうな顔をするウタカタに僅かにやぐらの胸が痛む。
そのままなかったことにしそうなウタカタを制止して、やぐらは微笑んだ。
「分かった。じゃあ家に来い。案内する」
僅かに、やぐらは救われたように感じた。
ウタカタ「誰も信じてくれない(ノД`)・゜・。」
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