鉄血×AC カルタ・イシューを王に据える話 (蒼天伍号)
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記憶を取り戻すまで

唐突に思い付いて書かずにはいられなくなったんだ。
細かい部分は無視してご都合展開モリモリで書いていきます。



 トール・イブン・ファルク。

 

 世界の統制機関トップにあたる『セブンスターズ』に名を連ねる名家・ファルク家の嫡男として俺は生まれた。

 

 父の名はエレク・ファルク。

 セブンスターズの中でも大して強くも弱くもない立ち位置の人間である。()()()()

 

 ファルク家の家紋は古代北欧神話に語られるニーズヘッグ。

 このニーズヘッグは、世界を支える大樹ユグドラシルの根を齧りながら生きている。

 そんな家紋を使用している我がファルク家も、セブンスターズという大樹の根を齧りながら生きてきた。

 

 つまりは、発足からこれまでの三百年、我らファルク家はセブンスターズの地位から受けられる恩恵()()()()()()()()、その特権を利用して世界各地から資源を貪ってきた。

 それも、セブンスターズという大樹を揺るがさない程度に。

 

 ファリドが権力掌握に邁進し、エリオンが漁夫の利を狙い、ボードウィンが善政を敷き、イシューが威光を盤石にする中で、我々ファルク家はただただ世界を貪ってきた。

 

 

 その嫡男に生まれた私は当然ながら多くの者が忌避した。

 たまに、うまく取り入ろうとする小物が寄ってくることはあっても大半は『触らぬ神に祟りなし』と距離を置いた。

 

 さらに悪いことに私は生まれつき目つきが悪かった。

 俗に言う三白眼というやつだ。おまけに眉毛も大きく釣りあがっている。

 

『悪魔の子は悪魔』

 そのような噂がひっそりと流れていることを私は知っていた。

 

 

 父も、私に対して常に『貪れるだけ貪り引き際を見極めろ』と教えてきた。

 私を儲けた頃にはすでに一線を退いてからだったために、父は話に聞くほどの苛烈さは無かった。

 それどころか、一人息子である私に愛情を注いでくれた、彼なりの愛情を。

 

 物が欲しいと言えば、それがどんなものだろうと即座に取り寄せてくれる。たぶん、女を望めば即座に美女を見繕ってくれただろう。

 

 しかし、物以外の愛を父は与えてくれなかった。

 父も知らなかったのだ、『形あるもの以外の愛』を。

 

 

 

 

 私は、正妻の息子ではない。

 自身の権力に余計な邪魔を入れないために父は正妻を取らなかった。ファルクは代々そうしてきたという。

 父が権力と金で囲んだ妾のうちの一人から生まれた子どもを、時期が良かったからと嫡男として迎えたに過ぎない。おそらくは名も知らぬ兄姉が大勢いることだろう。

 

 そのような出自から私は家でも常に一人だった。

 

 勉強もした、訓練もした、ただ、そこにいるのは雇われの人間と使用人だけ。金の繋がりでしかない人間だけだった。

 

 

 寂しい、それが私の当時の心境だった。

 

 

 

 

 

 

 そんなある日、私は唐突に、『彼女』と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 五回目の誕生日を過ぎたその日。

 私は庭園で一人、花を愛でていた。

 花は好きだった。単純にその美しさに心を惹かれたのだ。

 

 遠巻きに、使用人たちが私を貶しているのが聞こえていた。

『妾の子』『無理矢理孕まされた子』『鬼畜の子』

 多くの蔑称を付けられていたがいつものことだったので、私は気にしないように、聞こえないように、ただ花を見ていた。

 

 そんな時だ。

 

「あなたがトール・ファルク?」

 

 実に高圧的な少女の声が頭上から降ってきた。

 

「……トール・イブン・ファルクだ、間違えるな」

 

「それは失礼したわね、ではトール・イブン・ファルク。あなた、なぜ黙っているの?」

 

「何の話だ?」

 

「使用人のことよ! 仮にもセブンスターズに名を連ねるファルクの嫡男が使用人に好き勝手言われて、なぜ言い返さない!?」

 

 少女は突然、怒ったように叫んできた。

 俺には彼女が何を言いたいのかよく分からなかった。

 

 だって、それが普通だったから。

 

「全て事実だ。言い返す言葉もない。俺はーー」

 

「軟弱者!!」

 

 ぱしん、と頬を平手打ちされた。

 これも意味が分からなかった、なぜ、見ず知らずの少女にいきなり叩かれなければならないのだ。しかも、理由もなく。

 

「そのような腐った性根を持つ者はセブンスターズには要らぬ」

 

 少女は間髪入れず、そのようなことを宣った。

 なぜ、このようなわけも分からぬ少女にそんなことを言われねばならんのだ。

 私は、この時、初めて激しい怒りを覚えた。

 

「……好き勝手言いやがって、貴様こそ何様のつもりだ。ファルクの者と知ってそのようなーー」

 

「私はカルタ・イシュー。イシュー家の次期当主たる娘だ」

 

 その一言に私は一瞬で凍りついた。言いかけた言葉も即座に引っ込む。

 イシュー家とは私よりも確実に格上の名家中の名家。セブンスターズ筆頭であるのだから。

 その娘が、目の前の少女だという。

 

「ふん、私と同い年の跡取りがいるというから来てみれば……とんだ腑抜けであったな」

 

 ふん、と鼻を鳴らす彼女。

 その見下したような目が気に入らなかった。なぜか、使用人の陰口や教師からの嫌味などとは比べものにならないほどに気に入らなかった。

 おそらく、真正面から図星を突かれたからだろう。

 

「貴っ様ぁぁぁ!!」

 

 後先考えずに彼女の襟首を掴む。

 

「なんだ、口では勝てぬから拳で語れと? ハッ! いいだろう、受けて立つぞ。女と思って甘く見るなよ!!」

 

 しかし、予想外に強い力で突き飛ばされた。

 運悪く、着地したのは花壇の上。先ほどまで愛でていた花たちが無残にも花弁を散らして風に流される。

 

「腑抜けめ……」

 

 まだそのようなことを言うか。

 この時、私の中で何かが切れた。もはや、イシュー家の権力などどうでもいい。ただ、私を腑抜けと嘲笑う彼女を負かしてやりたかった。

 

「貴様ぁぁぁ!!」

 

「ぬおっ!?」

 

 彼女に掴みかかった私は、しかしバランスを崩した彼女と取っ組み合いながら庭を転がった。

 

「くっ、ヘタレめ! このカルタ様に敵うと思うなよ!!」

 

「黙れ“あばずれ”!! 貴様こそ俺に跪くがいい!!」

 

 互いを口汚く罵り合いながら殴り合う。彼女は年の割には体格が俺よりも大きく、一撃一撃が重かったと記憶している。

 

 その後も激しい殴り合いをしていると、さすがにまずいと思ったのか遠巻きに見ていた使用人が止めに入った。

 

「ぼ、坊っちゃま、おやめください!」

 

「離せっ! このような雌猿は二度と口を聞けなくしてやる!!」

 

 三人もの使用人に拘束されながらも私は怒りのままに暴れ叫んでいた。

 

「離せー! 私を“あばずれ”などと呼んだ此奴は生かしておけぬ!!」

 

 カルタの方も同じく暴れ叫んでいる。

 その一言一言が癪に障り、怒りがじわじわと増幅する。

 

 

 結局、その日は屋敷で談笑していた双方の父が現れた頃にようやく収まった。

 

 

 

 だが、その日以降、彼女は度々うちを訪ねてくるようになった。

 父とイシュー公が仲が良いのは知っていたが、それでも、仲が悪いと知っている私と彼女を引き合わせるその意図は掴みかねた。

 

 父とイシュー公は当然のように私とカルタを一室に放って別室で談笑を始める。

 当然ながら私たちは一分も経たずして喧嘩を始めた。

 

 そんなことを何度か繰り返したある日、私は父に『さすがに怪我し過ぎ』と怒られた。

 確かに、彼女と会った日は大体傷だらけになる。だがそんなことはどうでもよいと思った。

 この頃の私は彼女のことで頭がいっぱいだった。

 

 なぜか彼女にバカにされると我慢できなくなる、それを父に告げると神妙な面持ちで黙り込んでしばらく。「そうか」とだけ呟いた。

 

 

 

 

 

 父に叱責を受けてから、初めて彼女が訪ねてきた日。

 俺は彼女に喧嘩以外の勝負を提案した。

 

 てっきり、また罵られて喧嘩になると思っていたが案外すんなりと受け入れられた。

 

 それからは様々な事で競い合った。

 木登りはもとより、剣技や勉学でも勝負を行なった。

 それに応じて、これまでは消極的だった剣術の訓練や勉強も必死に励むようになった。間違いなく、彼女に負けたくないという反骨心からだったのだが結果として、それは良い結果となった。

 

 舞踏会や披露宴等の催し物に呼ばれるのも、これまでは嫌で仕方なかったが彼女と会えると思うと不思議と待ち遠しくなり。

 剣術や勉学で身につけた能力を披露することで、これまで疎遠だった同年代の貴族の子息子女とも交流を持つようになった。

 

 この頃から彼女への怒りなどは消え去って、代わりに彼女へと想いを馳せることが増えた。

 

 

 そんな時、私は何となく気になったことを彼女に尋ねた。

 

「なぁ、なんであの時、俺のこと引っ叩いたんだ?」

 

「引っ叩く? ああ、あの時か。何のことはない、ただ、気に入らなかっただけだ」

 

 彼女はそう答えた。至ってシンプル、確かに他に理由など述べていなかったな当時から。

 

「でもまあ、こうして俺が自分に自信が持てたのはお前のおかげだ、ありがとうな」

 

 何の気なしにそう述べた。

 

「ふ、お前がそう言うなら素直に受け取っておこう」

 

 その時、ふと見せた笑顔が、とても眩しかったのを覚えている。

 同時に俺の心臓が激しく鼓動を放つのを感じた。

 

 咄嗟に顔を背けたが、すでに顔が沸騰したように熱くなっていたも覚えている。

 

 おそらく、俺はこの時すでに彼女に恋をしていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数年 、カルタに加えてボードウィン家の跡取りたるガエリオとも一緒に遊ぶようになってしばらく。

 

 俺は、いや彼女は、彼と出会った。

 

 

 その日も三人でセブンスターズ関連施設にある庭で駆けずり回っていた。

 そんな時に彼女がふと、庭の端にある樹の方へと目を向けた。

 

「どうした?」

 

「……」

 

 俺の問いかけに答えることもなく、彼女は駆け出していた。

 慌てて俺とガエリオも後を追う。

 

 立ち止まったカルタの目の前には一人の男の子がいた。

 樹の幹に身体を預けスケッチブックに黙々と絵を描く少年。

 金髪碧眼で、極めて整った顔の美少年だった。

 

「あなた、名前は?」

 

「……マクギリス・ファリド」

 

 視線だけを動かして不満そうにそう述べる少年。

 どこかで見たような光景だと思った。

 

 というか、ファリドというとあのファリドか。まさか、セブンスターズの者が四人も集まるとは、と俺は呑気にそんなことを考えていた。

 

「そ。じゃあ、マクギリス、貴方も一緒に遊ぶわよ」

 

「……なぜ?」

 

 唐突なカルタの宣言に少年はしかめっ面で答えた。

 これもどこかで見た気がする。

 

 しかし、渋る彼を無視してカルタはその腕を掴んで無理やり引っ張る。

 

「つべこべ言わない! いいから遊ぶわよ!」

 

「……」

 

 明らかに嫌そうな少年を案じて俺は彼女に声をかけようとした。

 

「っ!!」

 

 しかし、彼女の横顔を見た俺は言葉を失った。

 ほんのりと頬を染め、嬉しそうに笑む彼女。

 俺は知っていた。あれは恋をしている顔だと。

 直感した。彼女は彼に一目惚れしたのだと。

 

 そう思った瞬間、なぜだか胸をズキズキと突き刺すような痛みが襲った。

 

「トール? 行こうよ?」

 

 ガエリオが不思議そうに声をかけてきた。

 ふと我に返った俺は彼に生返事をしつつ彼女たちの後を追った。

 

 その日以降、一緒に遊ぶメンバーにマクギリスが加わった。

 

 当初こそ不満げな彼だったが、だんだんと感情を示すようになり僅かながら笑みを浮かべるまでになった。

 

 彼と出会って一年が過ぎ去ったある日、俺はまた彼女になんとなく問いを投げた。

 

「なあ、マクギリスってどう思うよ?」

 

「はぁ? 唐突になに?」

 

 当然のごとく彼女は怪訝な表情で疑問を呈する。

 

「あ、いや、あいつってかっこいいなぁとか思って」

 

「……そうね。思慮深くて、家名に恥じない気高さをもった、いい男ね」

 

 予想外にも直接的な言葉に俺は動揺した。

 ガエリオや当然、彼がいる時もそのようなことは一切語らなかったというのに。

 

 同時に、彼女の横顔を見た俺は言葉を失った。前よりも彼に想いを馳せる彼女がいることを嫌でも思い知らされたからだ。

 

「……って、あなただから言うのよ? 間違ってもガエリオなんかには言わないでよね」

 

 照れ臭そうにそう言う彼女を、俺は直視出来なかった。

 

「…………ああ、分かってるさ。俺とお前の秘密だ」

 

 そんな信頼は欲しくなかった。

 ただ、俺を見て欲しかったんだ、最初から。

 バカにされてムキになったのも、必死に勉強したのも、全ては彼女に振り向いて欲しかったからだった。

 

 それなのに。

 俺はポッと出の男にあっさり彼女を奪われた。

 

 無性に情けなくなった。

 俺のこれまでが全て否定されたような気がした。

 俺の人生が今後も無意味に感じた。

 俺の価値が、中身が、全てが無くなったような虚無感を覚えた。

 

 こんなにも、彼女に執着する俺の思考がたまらなく気持ち悪かった。

 

 

 

 

 その時、俺は不意に思い出した。

 

 

 

 

 急速に頭に流れ込んでくる()()()()()()

 まるで清流のようにすんなりと脳内に入り込むそれらの『記憶』を全て受け入れた時。俺は悟った。

 

 “俺は本来、この場にいない存在だ”と。

 

 

 転生者。この『記憶』が正しければ俺は前世というものを持っていて、前世で死亡した俺はこの世界へと再度生を受けた。

 直感でこの記憶が俺の本来の記憶だと確信した。

 

 なぜ、今になって思い出したのか。

 そもそも、なぜ忘れていたのか。

 

 そんなのは分からないが、ただ一つ確かなのは、俺がこれまで生きてきた十年ほどの記憶の方が俺にとって大事だったということ。

 

『記憶』の中では俺はその倍は生きていた。それでも、唐突に思い出したところで実感は沸かなかった。

 常識はずれなことであるのは元より、今の人生の方が遥かに恵まれていた。

 

 だが、そんなことも瑣末ごとと感じるほど重要な記憶が俺にはあった。

 それは『カルタ・イシューは非業の死を遂げる』というもの。

 

 まず、この世界は前世では『娯楽』として消費される作品だった。

 

 機動戦士ガンダム。長い歴史を持つロボットアニメシリーズの一つがこの作品『鉄血のオルフェンズ』というものだった。

 作中で、彼女は若くして衛星軌道上で地球を防衛する艦隊の指揮官だった。

 戦術についてはお世辞にも上手いとは言えないが高潔な志を持った司令官として部下からの人望も厚かった。

 

 しかし、物語の主人公格である『鉄華団』という組織の地球降下を阻止できなかったことから彼女の悲運が始まる。

 地球に降下した『鉄華団』に何度か追撃を仕掛けた彼女だが悉くを失敗し、ついには後見人であったファリド家の当主に見放されてしまう。

 挙句、直前の戦闘で『鉄華団』の主要メンバーを殺害していたことで彼らの士気を高めてしまい、トドメに、イシュー家の没落を目論むマクギリスに唆され呆気なく主人公に殺されてしまう。

 その後、ガエリオが救援に駆けつけるのだが、時遅く、彼をマクギリスと勘違いしながら息を引き取る。

 

 そう、彼女は想い人に嵌められて死ぬのだ。

 

 

 

 前世では大して重要な人物ではなかったカルタ・イシューという女性。

 しかし、今の俺にとっては“なによりも大切な存在”であることは確かだ。

 当たり前だ、今世における初恋の相手なのだから。

 絶対に、死なせるものか。

 

 

 

 俺はこの時、何があっても彼女だけは守り通すと決意した。

 たとえ、どんな手を使っても。

 どんな犠牲を払おうと、何が待ち受けていようと、何が立ちふさがろうと、その悉く斬り捨てて俺は彼女を生かすと決めた。

 

 正義、平和。そんなものはどうでも良い。

 もはや眼中にはない。

 

 

 腹を決めた俺は彼女に向き直る。今ならば彼女のその目を直視できる。

 

 お前の幸せは、俺が守りきる。

 そのための力もあり、時間もある。

 やりようなど幾らでもあるのだ。

 

 だから、今はもう少し、彼女と共にいたい。

 

「……久しぶりに星でも見ないか?」

 

「何よ突然……まあ、今日は予定もないし、父様に連絡を入れておくわ」

 

「ありがとう」

 

「べ、別にそんな礼を言われることじゃ……」

 

 もごもごとツンデレをかます彼女。これが恋愛感情込みで言ってくれたら、と思う。

 ただまあ、そうでなくとも構わない。彼女が幸せになれるのならそれで構わない。

 

 だから今は少し、報酬の前借りといこう。

 

「じゃあ、うちに来いよ。ベランダからならよく見えるぞ」

 

「ええ、お邪魔させてもらうわ」

 

 彼女の手を引き、共に家路に着く。

 

 この先にある苦難の道を知りながら俺はそれを誰にも告げることなく牙を研ぐ。来るべきその時まで。

 

 




o(^o^)o







三話まで書いてあるので時間分けて出します。
続くかは分からない!


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ファルク

北欧風味のネーミングしてみたら微妙だったの巻。

お空を飛びたいです。



 カツカツ、と硬い床を革靴が歩む音が響く。

 

 

 ここは世界の最高権力者が集う場、海上施設『ヴィーンゴールヴ』。

 その廊下を歩むのは三人の男。

 

 真っ白な髪をオールバックにした三白眼の男。

 茶髪を短く切った優男風の青年。

 黒髪を総髪にした壮年の男。

 

 先頭を歩く三白眼の男こそ、ファルク家の()()()トール・イブン・ファルク。

 前当主の急死により幼くして当主の座を継いだ彼はその後、年に似合わぬ華々しい功績を次々にあげ、急速に勢力を拡大。セブンスターズでも無視できない権力を手に入れていた。

 各当主が放置してきた海賊対策に始まり、世界各国の経済援助、難民救済、また貧困地域への援助なども行ってきた。

 もちろん、世界の全てというわけにはいかなかったが、それでも世界が無視できないほどには活動は活発だった。

 

 また、ファルク家の地盤を半数以上も受け継げたことも大きい。

 さすがに若輩であるトールを見下して手を切った勢力も存在した中でなんとかパイプを保ってきた。

 当然のことながらそのために()()()()に手を染めることもあったが。

 

 

 

 

 

 大扉を抜けて、セブンスターズの会議場へと辿り着いたトールは、ファルクの席へと腰を下ろす。

 その最中、各当主が彼の一挙手一投足注目していた。

 

 護衛の二人は部屋の隅で待機している。

 

「おや、私が最後だったか」

 

 とぼけたように宣うトールに、イズナリオがわざとらしく咳払いをする。

 

「ええ、随分遅いので先に始めてしまうところでしたよ」

 

 にこやかに微笑みをたたえながらも据わった瞳で述べるイズナリオ。

 その脇ではボードウィン家当主たるガルス・ボードウィンが気まずそうにしている。

 

「それは失礼した、では始めるとしようか。世界平和を維持する会議を」

 

 ()()()()()()によりセブンスターズの会議とは名ばかりの茶番が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在のセブンスターズはトールが『原作』として認識している記憶とは大きな食い違いを見せていた。

 

 まず、本来であれば絶大な権力を獲得していたイズナリオは、セブンスターズ内に限っては実家とボードウィンしか取り込めておらず。

 エリオン家もクジャンを抱き込んだまま、残るバラクザンは静観を決め込んでいた。

 そして、現在当主が病床に臥せっているイシュー家に至っては代行たるカルタ・イシューの後見人を()()()が請け負っている。

 この事が現在のセブンスターズに不和を齎す根本的な原因になっている。

 

 つまり、セブンスターズはすでに三つの勢力に分かれているのだ。

 厳密にはエリオンとファリドは協力関係にあるので、トールはイシュー以外のセブンスターズを敵に回しているとも言えた。

 

 幸い、ファリド以外は様子見に徹しているためにトールが干されることはない。

 セブンスターズの大方の見解としてはファルクがファリドに勝るとは誰も思っていないのだ。

 

 

 

 

 

 結局、会議は世界情勢など二の次の、ファルクとファリドの足の引っ張り合いに終わった。

 最も、民衆の受けがいいファルクにこれといった汚点は見当たらずファリドは無駄骨を折るだけであったが。

 

 

 会議を終え、それぞれの当主が会場を去る中、イシュー家当主代行たるカルタはトールに駆け寄った。

 

「トール、これでよかったのか? イズナリオ様はお前のことを……」

 

 恐らくは会議中に終始イズナリオが口にしていたアーヴラウの件。

 具体的には、トールがアーヴラウの蒔苗氏と癒着しているというスキャンダルのことだろう、とトールは考えた。

 不安げなカルタの言葉を、トールは鼻で笑う。

 

「どうせ根拠のない戯言だ、言わせておけ。それに、お前の後見人の件は父上とお前の父上との約束だと言っているだろう?」

 

 カルタの後見人をトールが務めるのはトール自身の発言のみならず、先代とイシュー家現当主の間に結ばれた盟約であることは確かだった。

 イシュー家現当主ルグ・イシューも認めている。

 

「何も心配することはない。()()()()()()()、お前はお前の責務を果たせ」

 

 そう言い残し立ち去ろうとするトールに、カルタは何とも言えない表情で黙ってその後ろ姿を見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トール様、『ゲリ』『フレキ』共に準備が完了したとの報告が」

 

 会場を離れたトールに素早く耳打ちするのは茶髪の青年。

 それを受けたトールは顔色ひとつ変えず、淡々と返答する。

 

「わかった、“屋敷”に集めろ、すぐに行くぞ」

 

「はっ」

 

 頷く青年と、短い返答を返す総髪の男を伴い、トールは自身の屋敷へと向かった。

 

 

 

 

 

 ファルク家の屋敷は当然ながらヴィーンゴールヴの内部にある。

 それとは別に、彼の私邸として確保してある小さな屋敷が郊外に存在していた。

 海上施設を抜け、海を渡り、大陸の森の中にあるその屋敷に辿りついたトールは、二階にある一室へと入る。

 

「おかえりなさいませ、トール様」

 

 部屋の中には二十人ほどの黒ずくめの者たちが跪いていた。

 それらを一瞥しトールは口を開く。

 

「ご苦労。フレキ、ゲリ共に問題はないな?」

 

 トールの問いに、集団の中で一番手前に跪く男が応える。

 

「共に万全の状態で待機させております。出発前に全員を集めろとのことでしたので」

 

「ああ、恐らくはこれが直接会う最後の機会になるだろうからな」

 

 その言葉に集団の中から僅かなざわめきが響いた。

 

「勘違いするな、別に死ぬわけではない。……もっとも、これから世界は激動の時代へと突入する。その中で俺が貴様らと直接会うということが限りなく難しい状況になることは考えるに容易い。

 そこで、貴様らへ最後に直接指令を与えたいのだ」

 

 集団が黙ってトールの言葉に耳を傾けるのを確認し、彼は言葉を続ける。

 

「これから貴様らには()()に分かれて任務をこなしてもらう。

 まずは、地球圏における隠密活動及び情報収集に動いてもらうフレキ」

 

「はっ」

 

「貴様らは当面はイズナリオの周囲を動いてもらう。残りにはエリオンの監視だ」

 

「承りました」

 

 集団の一人、フレキ隊隊長グリオは恭しくこうべを垂れた。

 

「次に、ゲリには圏外圏、つまり火星方面で動いてもらう。細かい指示は追って伝えよう」

 

「かしこまりました」

 

 集団の一人、ゲリ隊隊長グラドは神妙な面持ちで頷いた。

 

「そして、ロヴン。お前には俺との通信役になってもらう。お前を通して各隊へと指示を下す」

 

「お任せください」

 

 集団の先頭にいたロヴンが首を垂れたのを最後に、トールは集団全員に向かって宣言する。

 

「貴様らには一番危険な任務を遂行してもらう。おそらく命を落とす者も出てくるだろう。

 死ぬ時は俺を恨め、遠慮などいらない。この俺が許す」

 

 宣言を終え集団から誰一人として異論が出ないのを確認するとトールは部屋を去る。

 

「話は以上だ、諸君の働きに期待する」

 

 そう言ってトールは扉を閉めた。

 

 

 屋敷を出たトールは側を歩く総髪の男に問いかける。

 

「ここまでで、何人仕留めた?」

 

 それは、海上施設から屋敷までの道中と屋敷にて隠密部隊に指令を下している間にトールたちの動向を伺いに来た他勢力の密偵のことを言っていた。

 

「四人ですな、思ったよりも少ない」

 

「そうか、大方、イズナリオの手の者だろう。……では、こちらも動くとしよう」

 

 そう言った直後、背後から声が聞こえてきた。

 

「ま、待ってくださいよトール様!」

 

 それは16、7歳の少年。トールの側近と似た顔立ちの茶髪の少年が走り寄ってきた。

 

「ばかっ、お前大声出すんじゃねぇ!」

 

 すかさず嗜める茶髪の青年の言葉に、少年はビクッと反応した。

 

「ご、ごめん兄貴……でも、もう密偵は片付けてあるんだろ? じゃあいいじゃんか」

 

「そういう問題じゃーー」

 

「いい、マグニ」

 

 叱る青年・マグニを手で制しトールは少年に歩み寄る。

 

「貴様には個別に指令を用意していた。極秘任務というやつだ」

 

「マジかよ! さっすがトール様、見る目あるねぇ」

 

「おい、モージ。あんま調子のんじゃねぇぞ」

 

 ふ、と笑みをこぼすトールに少年・モージはいたずらっ子のような笑顔を見せる。

 そんな彼にトールは懐からだした紙を手渡す。

 

「これが指令書だ。覚えたら焼却しろ。それと、護衛対象を守れるんなら後は好きにして構わん」

 

「は?」

 

 あまりにもあんまりなトールの雑な指示に、マグニが呆気に取られていた。

 

「えーと、なになに……オルガ・イツカとクーデリア?」

 

 指令書に載せられた顔写真と文字の羅列に疑問符を浮かべるモージ。

 どちらも見覚えない顔に名前だとモージは思った。

 

「そいつらは火星圏の掌握に今後役立つ。そいつらだけは死ぬ気で守れ」

 

「はっ!」

 

 真剣な顔で告げるトールに、モージも先ほどとは打って変わり真剣な表情でキビキビとした動きで敬礼する。

 

「よろしい。ならばこれまでだ、ターゲットの下まではミミルが面倒を見てくれる。頼むぞ?」

 

 そう言って、総髪の男に語りかけるトール。

 

 総髪の男・ミミルは顔色ひとつ変えず一礼で返した。

 それを受けトールもこの場を立ち去る。

 

「モージ、死ぬなとは言わねぇ。だが、任務は何としても果たせ」

 

「ああ、分かってる。俺らをここまで重用してくれたトール様が直々に下してくれた命令だ、死んでも果たす」

 

 決意の篭った瞳で告げるモージに、マグニは満足げに頷きトールの元へと向かった。

 

 

 

 

 トールたちが去った後、モージはミミルに連れられ船で移動を開始していた。

 

「宇宙に上がってからはデリングが引き継ぐ。閣下から下された命は覚えているな?」

 

「心配しすぎだぜ、ミミルのじーさん。俺だってもうガキじゃねぇ。ようやくあの人から指令をもらえたんだ、絶対達成する」

 

「……ふむ、まあよかろう。だが、対象を護衛するだけの任務ではないということは覚えているな?」

 

「ああ、自由にってやつか? うーん、自由にって言われてもなぁ。これまでも結構自由にやってきたし」

 

 モージが思い出すのは、トールに引き取られてからのこと。

 

 

 かつて、モージとマグニの兄弟は孤児だった。

 モージ自身はまだ幼かったこともあり記憶にはないが、彼ら兄弟を引き取り教育を施し、兄を自らの側近にまでしたのは紛れもなくトール・イブン・ファルクという男だった。

 そのため、兄マグニは絶対の忠誠を誓うまでトールを敬愛しているのに対してモージはいまいちその感覚が理解できなかった。

 確かにトールに感謝してはいる、信頼もしているが兄ほど絶対の忠誠を誓っているわけではなかった。

 

 モージの知らぬことではあるが、トールはそういう人間だったからモージをこの任務に就かせていた。

 その意味を彼が理解することになるのはもう少し先となる。

 

 




あっさり風味で進みます。


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マクギリスという名の娼年

なんか考えれば考えるほど、ラスタルさんに乗っかる形でしか救済があり得ないと思い至り。



思いきって幼少期に遡って原作ブレイクすることにしました。
キャラ崩壊はなるべく抑えたいという願望。



追記

誤字修正感謝いたします……

あと、ラスタルさんが火星にいるかのような描写になっていたのを修正しました。



 記憶を取り戻したトール・イブン・ファルク。

 

 彼が目指すのはカルタ・イシューの生き残る未来。

 そのために先ず取り掛かるべき障害は『マクギリス・ファリド』という男だった。

 

 

 マクギリス・ファリド。

 稚児趣味のイズナリオ・ファリドが囲む男娼ハーレムの一員として招かれ、その才覚を見出されて養子として引き取られた少年だ。

 それからもイズナリオの夜伽に付き合わされたりと散々な人生を歩む彼は、将来、それらを世界への憎しみへと変えてクーデターを起こすことになる。

 その過程で彼は、イズナリオを失脚させるために彼が後見人を務めているカルタを謀殺する。

 

 つまり、マクギリスをどうにかしないとカルタは死んでしまう。

 

 

 

 そのために俺は幼少のうちにマクギリスを『味方』に引き込むことにした。

 

 彼が暴動を起こした原因はイズナリオにあるが、こいつを今の段階でどうにかするのは不可能だ。

 次に、原因として考えうるのは『アグニカの伝説』。これに感化された彼は、自らの才能を無駄遣いしてクーデターも失敗してしまう。

 なんとももったいないことだ。

 

 ゆえに、俺はまずその間違いから正さねばならない。

 

『力』を信じた彼の信念を貶しはしない。

 ただ、その寄る辺をアグニカなどという過去の人間に向けるのは愚かな行為だと思い知らせねばならない。

 

 だが、いきなりそんなことを言っても聞く耳を持たないだろう。

 

 だから俺はまず初めに彼と『仲良くなる』ことにする。

 長期に渡る作戦となるが、そうでもしないと彼は止まらない、変えられない。

 当たり前だ、誰が好き好んで中年オヤジに無理矢理ケツを掘られて喜ぶだろうか。

 いや、中にはそういう人間もいるのかもしれないが、少なくとも彼は苦痛を感じていた。

 

 そこにつけ込む。

 

 幸い、奴はまだ子どもだ。()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「マクギリス、ここに居たか」

 

 大きな木の下で、相変わらず絵を描く彼に歩み寄る。

 

「トールか。いや、少しスケッチをしていてね。話ならこのまま聞こう」

 

「ああ、すまんな」

 

「それより、今日はカルタの勉強を見て挙げなくていいの?」

 

「今日はフリーだ。いや、午後からボードウィン家との会談があるが」

 

 彼に出会ってから数年、すでに俺たちは気心の知れた仲となっていた。少なくともマクギリスも気を許す仲とはなっている。

 

 そんな今だからこそ俺は仕掛ける。

 

「……率直に聞くんだがな」

 

 前置きをして、俺は核心をつく。

 

「お前、イズナリオに虐待されてるだろ」

 

「っっ!!」

 

 その一言にマクギリスは手に持つ鉛筆をへし折った。

 分かりやすい反応だ。

 

 さて、ここからは賭けだが()()()()()()()()()()()()()()()()俺としては今更だ。

 

「ふむ、図星か」

 

「…………なぜ、お前が」

 

 恥辱と怒りと悲しみの入り混じった顔でマクギリスが睨む。

 だろうな、憎いだろう。イズナリオが、それを知った俺が、奴に屈するお前自身が。

 

「別に言いふらす気も弱みを握ったとも思ってない。俺はお前と話がしたいだけだ」

 

「どういう、つもりだ?」

 

「お前の憎しみ。それを共に果たしたい」

 

「は?」

 

 呆気にとられる彼に構わず俺は続ける。

 

「俺は、悪魔の子と呼ばれているのは知っているだろう。それは父が()()に成してきた、いや、ファルクが代々生み出してきた憎しみからすれば当然の呼称だ」

 

「なにを……」

 

「お前の憎しみの対象はなんだ? あの変態だけか? 耐えるしかない自分自身か?」

 

「……」

 

「違うな。それら含めた理不尽全てだ、この世の理不尽、腐敗を貴様は恨んでいる」

 

「腐敗……?」

 

「そうだ、一部の権力を握った者による自分勝手によりこの世界は翻弄され続けている。貴様もその一人だ」

 

「……」

 

「力があれば成し遂げられる、だが果たしてそれは正しい選択なのか。アグニカは力だけで統一を成し遂げたのか。

 いや、アグニカだけで成し遂げたわけじゃない。貴様も分かっているはずだ、人の繋がりの中で圧倒的力を持ったアグニカを旗頭に人類は厄災戦を乗り越えたと」

 

「……それは」

 

「だがどうだ、今の世の中は既得権益に執着するゴミどものオモチャだ。そんなものはアグニカたちが築き上げてきたものとは程遠い。

 今こそ人類は、世界に巣食う『膿』どもを焼き殺し、一からアグニカたちの世界を取り戻すべきなのだ」

 

「そうだ……俺は、玩具じゃない」

 

「その通り、貴様は一人の人間だ。それも、悲劇を知りながらそれを打開しうる力を持った類稀なる人間だ。

 世界に仇なすゴミども一掃する力を秘めたお前だからこそ俺は問いたい」

 

「……」

 

「俺と一緒に、この腐った世の中を変えて見ないか?」

 

「お前と……?」

 

「ああ、貴様だから俺は頼む。共に世界を変革する同志となろう」

 

「同志……か」

 

「貴様が躓いたなら俺が手を貸そう。だから俺がもし躓いたなら手を貸してほしい」

 

「俺と手を組むと?」

 

「すぐにとは言わない。覚悟ができたなら声をかけてくれ。俺はいつまでも待ち続けよう。世界を変革するには貴様の力が必要不可欠なのだから」

 

「……カルタにご執心のガキだと思っていたんだがな」

 

 マクギリスは小さな笑みをこぼした。

 

「確かに彼女は美しい。だが()()()()()()()()()()()()()()。貴様だろうが他の誰かだろうが彼女を幸せにするなら構わん」

 

「へえ、俺が思っていたより、重症なんだな」

 

「何とでも言え。だが俺は()()()()()。貴様の協力が必要なのも、この世の中を変革するのも。この命を賭けて誓おう」

 

 全て真実だ。本音を語ったまで。

 だが、()()()()()()()()があるのも事実だ。

 

「……いいだろう。今からお前は俺の共犯者だ」

 

 しかし、マクギリスは邪悪な笑みでこちらに手を差し出してきた。

 やはり子どもは操作しやすい。

 

「それはこちらの台詞だ。よろしく頼むぞ()()()

 

 彼と握手を交わす。

 それは同志とは名ばかりの、憎しみと悪逆の誓い。

 ただしく共犯者と言い表すことのできる関係だった。

 

 こうして俺たちは叛逆の同盟を結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ……我が友ながら末恐ろしいな」

 

 執務室のソファにて資料に目を通しながらマクギリスはほくそ笑んだ。

 

 資料には密偵より送られた『火星圏の新興勢力』の情報が書かれていた。

 

 CGSの崩壊に伴う青少年による武装組織。

 後に『鉄華団』として世界に知れ渡るこの勢力の出現を、トールは数年前から予知していた。

 マクギリスも聞かされた当初はさすがに信じられなかったが、自分が今からその火星圏へと監査に向かう事態となり初めてその実在を認めることになった。

 

『この組織の活動により大きく計画が動く』

 

 そう宣言されたのも数年前。

 盟友であるトールの言をマクギリスも疑うことはしない。

 

 しかし、予言に等しき今回の件には彼も未だに底知れぬ友の智謀に言い様のない恐気を感じざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マクギリスの認識の中で、トール・イブン・ファルクという男は友である以外にも恐ろしく慎重で用意周到な人間としてある。

 それともう一つ、『とんでもないスパルタ教育者』としての印象も持っていた。

 

 これは他の幼なじみ二人も共通の認識としていることなのだが、幼少より親しい仲にあった彼らは大人に近づくにつれて高度な英才教育を受ける必然性にあった。

 

 その中でもトールはある時期を境にして驚異的な早さで知識を深め、他の幼なじみを大きく引き離すまでに至った。

 その頃からである。

 トールは盛んに幼なじみたちを招き、勉強会という名の『地獄』を催すようになったのは。

 

 最初はお茶会という名目で三人とも疑うことなくノコノコと誘き出されてしまったが、二回目からは全員トールの誘いに疑ってかかるようになった。

 

 それでも何度も参加させられてしまったのは、トールが巧みに策を巡らせ、幼なじみたちの親まで味方につけて動いたからである。

 

 

 おかげで三人とも高い教養を身に付けることができたが、未だに旧時代に使われたとされる『コクバン』を見ると拒否反応を示すくらいにはトラウマになった。

 

 

 

 

 

 中でもトールがしつこく述べたのは『思想論』である。

 知識を深めることは重要だが、『特定の個人、思想に傾倒する。或いは流されるのは悪である』と、洗脳のように宣ってきた。

 

 曰く、『現在の世界は思想の精錬と、熟考の欠如によって腐敗している』と。

 

 もちろん、マクギリスはその言葉を頭の片隅に追いやり、カルタは一蹴し、ガエリオはそもそも話を聞いていなかったが。

 それでも、各個人の中で『考える』という事柄に対しての癖が僅かでも生まれたことはトールとしては喜ばしい結果と言えた。

 

 

 

 ゆえに、『この世界線』におけるマクギリスは知恵者である。元々の素養はトールなどよりも遥かに高いがために、『精神面』においてある程度の『強度』を持たせて、自身の陣営に組み込んでしまえばこれほど優秀な手駒は他にない、そうトールは考えた。

 

 果たして目論見は概ね成功したと言え、物語が動き出す序盤においてマクギリスとトールは『共同』で計画を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 有り体に、トールの語った思想論に傾倒することもまた『依存』である。

 根本的に人間というものは神やカリスマを持つ人間などの『寄る辺』無くして生きられない存在である。

 

 神は基本的に信じないと言われる『連合の島国』の人々も、『家族』であったり『無神論』という概念だったり『ロリコン万歳』だったりと『何か』を寄る辺にして生きている。

 

 それゆえにトールの言論は詭弁に過ぎない、そう彼自身も認識している。しかし『どうでもいい』とも。

 彼にとっての『大切なもの』のためになるのならなんであれ構わないのである。

 

 

 

 

 

 

 こうしてマクギリスはトールの思惑通りに、才能に見合う『策謀家』として完成するに至った。

 憎しみはある、世界への若き反骨心も萎えてはいない。されど、『熟慮する』という新しい手段を得たことで彼はこれから始まる騒動で巧みに立ち回ることに成功する。

 それは『大切なあの人を任せる相手』としてはもちろん『破壊のあとの世界を任せる相手』としてもトールは考えていたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガエリオ様、マクギリス様ともに火星支局へ向かわれたようです」

 

 マグニの報告にトールは頷きで応えた。

 

 現在、トールはヴィーンゴールヴの屋敷にある執務室にて呑気に紅茶を啜っていた。

 

「……どうやらモージも無事に『例の組織』で上手くやってるようで」

 

 ぶっきらぼうながらも、心配なのを隠せない声音でマグニは告げた。

 それを感じトールも「そうか」と声に出して返事をする。

 

 

 

 この局面において、未だにトール自身が表だって動くことは無い。

 イズナリオの目もあるが、エリオンが存外にも目敏くトールの動向に気を配っているからである。

 

 当初の計画において、まだエリオンから目の敵にされることは含まれていない。

 しかし、予想していなかったわけではないのでトールは冷静に事態を静観することにした。

 

 まだ、『隠密部隊』や『例の研究』など、『世界各国への根回し』も気付かれていないが下手に動けばエリオンに手札を与えかねない。

 

 そう考えトールは計画をプランBへと移行すると共に、表の慈善事業に力を入れ、自身のイメージを補強することにした。

 未だエリオンからの『若さゆえの熱い人物』としての印象を変えさせるわけにはいかない。

 

 そのために入念に、慎重にここまで来たのだから。

 

 

 

 

 

 この時点で、トールが打倒の手段を有しているのはイズナリオのみである。

 政治家としては優秀ながら人間性に大きな問題のある彼ならば少し『ディープな調査』を行えば『汚れ』の一つや二つ、掴むことも容易い。

 

 現時点で勝率は七割ほどだが、時期が来れば確実に葬ることができる。

 

 

 対してラスタル・エリオンは実に難敵である。

 

 本拠が地球から離れた月ないし、宇宙であるために、情報に乏しいのだ。

 おまけに部下の忠誠心が高過ぎてスパイはもとよりハニートラップなどの奸計にすら引っ掛からない。

 

 表だって大きな動きを見せていないことも原因の一つである。

 

 ともかく、火星圏は完全にエリオンの勢力圏と見て相違ない。火星圏の各勢力とも太いパイプがある。

 

 

 

 

 

 

「それよりも……」

 

 ふと、トールは手元のPCに表示された情報に視線を移す。

 

 そこに表示されているのはーー

 

 

 

 

 

 




二期のマッキーの暴走は完全に予想外だったので当時はマッキーの言ってることが理解できなくて困惑しました。


ちなみに今もなんであんな結論に至ったのか理解できていません。
もっとやり方あるやろ……。


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地球外縁軌道(以下略

続きを書いてみました。



「火星支局の猛攻を抜け、タービンズと交戦。のちにタービンズと和解し名瀬の計らいによってマクマード・バリストンに取り次いでもらいテイワズ傘下となる」

 

「おまけに、先日のドルトコロニーでのデモ騒ぎにも関わり、その場に居合わせた報道陣を利用してギャラルホルンの艦隊を正面から抜けた、か」

 

 

 椅子に腰掛けながらトールは、隠密部隊からの報告を思い返していた。その報告とは言わずもがなこの世界における『変革の中核』、鉄血のオルフェンズという作品においては主人公陣営として物語の中心に据えられていた組織。

 少年兵たちで構成される『鉄華団』の動向についてのものである。

 この組織には、『例の組織』を介して一年以上も前にクーデリアの元へと送り込んだモージという部下が潜り込んでいる。

 

「まあ、モージもドルトコロニーの騒動でノブリスの飼い犬共々消息不明となってしまったが」

 

 その声音には些かの落胆も悲嘆もない。仮にも部下がMIAとなったというのに薄情な反応にも見える。しかし、それに対して嫌悪を示す部下はこの場に一人としていない。

 

 

 

 

 

 

 現在トールは、自身の指揮下にある艦隊を率いて宇宙へと上がっていた。

 十年以上も前に始めた『海賊狩り』の功績と、『世界各地の勢力への根回し』による圧倒的な支持率で地道に規模を拡大してきたトール直属の艦隊。

 

 名を独立機動艦隊『冥府の猟犬(ガルム)』。

 最初は、側近であるミミルとマグニ、そしてトールのたった三人から始まったこの部隊は、数々の功績と支持によって徐々に規模を広げ、今では十五隻のハーフビーク級を束ねる艦隊へと成長した。

 また、その活動領域も圏外圏にまで及び火星近くの海賊の討伐や各コロニー群にまで足を運ぶ忙しなさ。更にはイシュー家当主代行の後見人となったことで一応、地球圏における活動権まで得ているのだからその影響力は絶大である。

 まあ、地球での活動権はイズナリオの影響で正しく機能しているとは言い難いが。

 

 ともかく、この艦隊の影響力は強い。それは地球圏の『主要企業』との『繋がり』によるもの。

 次に、豊富な実戦経験に基づく高い練度。艦隊の平均としてはアリアンロッドの精鋭と比較しても負けず劣らずであり、上記の『広い活動領域』という説明の通り、当然アリアンロッドの管轄にも土足で足を踏み入れることも多々。

 そのせいでラスタルを除き、アリアンロッド艦隊からの評判はあまり良くない。

 しかし、あくまでラスタルの思惑は功績重視に寄っているわけでは無いので彼から目の敵にされることはない。というよりもトール自身がそれを極力避けるように彼への礼儀は尽くしてきた。

 

 それ故に今日までこの自由過ぎる艦隊は存続してこれたのだ。

 

 

 

 

 

 旗艦たるハーフビーク級戦艦『ナグルファル』のブリッジにてトールは指揮官席に堂々と腰掛けている。

 艦の装甲は漆黒に塗装され、側面には“真っ赤な円球の正面に血塗れの狼”というシンボルマークまで塗られている。

 それは艦に積載されるMS・グレイズにも反映され、漆黒の塗料を塗られた機体がずらりと整列していた。

 

 ちなみにナノラミネート装甲に使われる塗料の中で、黒や紫という視認性の低い暗色は一番値段が高く、これを艦隊のカラーとして使用するということは即ちトール・イブン・ファルクの財力の誇示にも繋がっているのは完全なる余談である。

 

「……(それにしても、アフリカンユニオンとは……十中八九、()()()()の思惑であろうが)」

 

「トール様、まもなく『地球外縁軌道統制統合艦隊』の本隊と合流します」

 

 通信士からの報告にトールは「うむ」と一言返し、続けて指示を飛ばす。

 

「シュヴァルべ・グレイズの出撃準備を整えておけ」

 

「まさか、お一人で向かわれるので?」

 

 少し不安げな眼差しを向ける艦長に、トールは「フン」と鼻を鳴らす。

 

「アレの出力ならばそう時間はかからん、この距離ならばMSで十分に届く。

 ……それに、()()()()()()()()()()()

 

 威圧感すら感じる力強い眼光に、しかし艦長は尊敬の眼差しで答える。

 

「常勝不敗、『冥府の番人』にして『雷神』と謳われる我らが誉れ高きトール・イブン・ファルク司令官であります」

 

 熟練の軍人としての風格を感じさせる壮年男性が、半分ほどの年齢の若造に羨望の眼差しを向けるなどそうあるものではない。周りを見れば誰もがトールに信頼の目を向けていることが見て取れる。

 それだけ、トールは部下から厚い信頼を寄せられていた。

 

 その信頼を正面から受け止め、頷きでもって返したトールは席を立つ。

 

「……私が出撃し次第、艦隊は予定通り指定宙域へと向かい賊の掃討作戦を行え。後の指揮はミミルが引き継ぐ」

 

「ハッ! ご武運を、閣下」

 

 艦長の心からの言葉を背に受け、ギャラルホルンの雷神はMSデッキへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我ら地球外縁軌道統制統合艦隊!」

 

「「面壁九年、堅牢堅固!!」」

 

「んん〜、完璧……!」

 

 地球外縁軌道統制統合艦隊。

 その名の通り地球の軌道上の守備を使命とする艦隊の旗艦、そのブリッジにてカルタ・イシューは満足げに呟いていた。

 

 彼女の前には青年士官たちが左右にズラリと立ち並び、一様に右手を胸に当てている。

 その姿からよく訓練され統制の取れた部隊としてのあり様が窺える。

 

 

 

「で、本当に来るのね? そのなんちゃらリアって女は」

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインです」

 

 興味の無さからターゲットの名前すら忘却しているカルタに、部下がすかさず助言する。

 

「ボードウィン特務三佐からの報告では間違いないかと」

 

「そうでなければ困る。セブンスターズの爺様たちにも『あの男』にも我々の力を見せつけるよい機会だ」

 

 カルタは、月外縁軌道統制艦隊の活躍により自らの地球外縁(ry ……がお飾りの艦隊として実戦にも恵まれず、専ら式典参加やアクロバット演出などの見世物扱いが常態化している実情を気にしていた。

 統制局からも『お飾り』と半ば公言されているほどの閑職というのがこの地球(ry という艦隊なのである。

 

 その屈辱をようやく晴らせる機会が巡ってきたのだ。喜ばずにはいられないというものだろう。

 

 

「特務三佐は戦線への参加を希望しておられましたが」

 

「ガエリオ坊やはどうでもいい。あの万年ミソッカスに手柄を取られる心配はない」

 

 もっとも、この絶好のチャンスとなる情報を持ってきたのはそのガエリオ特務三佐であるのだが、カルタはガエリオに対する興味が極端に無いらしくそのことに言及することはない。

 

 

「……それと、本作戦には“あの”トール一佐も参加されると伺いましたが」

 

「む……まあ、今回は『あの男』の出る幕はない。その前に我らでなんちゃらという小娘を捻り潰してあげましょう!」

 

「クーデリアです、カルタ様」

 

 そんな部下の補足が耳に入ることもなくカルタは上機嫌でポーズを決めている。

 その様を部下たちは特に疑問に思うことなく静かに整列している。

 

 これが地(ry という艦隊の日常である。

 

 

 

 

 

 

 ……そんな平穏を平然とぶち壊すように『あの男』は威風堂々と旗艦たるハーフビーク級へと機体を搬入する。

 

「カルタ様、トール様がご到着されたと報告が」

 

 部下の言葉にカルタは一瞬にして気を引き締め真剣な表情で拳を握る。

 

「来たわね。……()()()()私たちの力、特別に特等席で観覧させてあげるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トール様、ご足労いただき感謝致します!」

 

 MSから降りたトールに、カルタ配下の士官が元気よく声をかけた。

 

「トール様、お久しぶりです! トール様に鍛えていただいた我ら、より強固な盾として必ずや宇宙ネズミ共の地球降下を阻止してみせます!」

 

「トール様!!」

 

「おお、トール様!」

 

 会う面々全員に歓声と共に出迎えられるトール。

 

 というのも、彼がこの艦隊の教本通りの生真面目すぎる訓練を見兼ねてしばらくスパルタ訓練を施したのが原因だったりする。

 

 トールとしてはカルタには安全な場所として、原作通りにこのお飾り艦隊に所属してもらい鉄華団を通してもらい、適当な理由をつけて地球への追撃を譲ってもらうつもりだったのだ、当初は。

 

 しかし、式典や度々見学に訪れた際に彼らの訓練を拝見。そのあまりにも真面目なお手本通りの姿に危機感を覚え、急遽として彼らの練度上昇を図ったのであった。

 また、地球降下の際にバルバトスによってカルタの部下が一人、大気圏降下用の耐熱板代わりにされてしまうことも唐突に思い出し、それならばもう少し出来る奴らに仕上げてやろうと考えたのである。

 

 

 結果としてカルタの部下からの厚い信頼を得ると共にカルタから少し嫉妬されることになったのはトールとしては内心嬉しく無い誤算ではあったが。

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりね、トール」

 

「ああ、会議の時以来か。……また一段と美しくなったな」

 

 ブリッジまで通されたトールは、カルタに会うなりまるで当たり前かのようにさらりと、自然に歯の浮くような台詞を垂れ流した。

 

「そ、そんなこと言ったって貴方に手柄を譲ったりはしないんですからね!」

 

 ストレート過ぎる口説きに動揺を隠し切れないながらもカルタは吠える。

 その姿にすらトールは癒やしを感じ、“笑顔”を見せた。

 

「分かっている。此度の作戦は全てお前に任せる、見事賊を討ち取ってみせろ」

 

 本当に討ち取られては困るのだが。という言葉をトールは飲み込む。

 

「ふん、言われるまでも無いわ。あとで吠え面かかないように、心構えだけはしておきなさい」

 

「これはまた、今日はえらく強気だな。わかったよ、今から戦勝祝いの準備をしておくことにしよう」

 

 まあ、いつも強気なのが彼女だが。という言葉もトールは口には出さない。

 口に出す必要性がない。彼女は彼女だからこそ美しい。

 そう彼は、カルタに対する意識を完結させていた。

 

 

 

「とはいえ。危なくなったら俺が出る、それだけは約束してくれ」

 

「む。貴方も、私たちの艦隊を信頼していないのね?」

 

 幼い時分より共に過ごし、自分を支えてくれた彼ですら自らの艦隊を『お飾り』と認識しているのか。そう、受け取ったカルタは不満そうに口を尖らせる。

 

「そうでは無い。

 戦場というのは全て教本通りに進むとは限らん。誰も教えてくれない予想外などは日常茶飯事だ。

 

 ……保険をかけておくのはごく当たり前のことだぞ」

 

 戦闘経験においてはカルタの数十倍はあるトールの言葉にカルタは「ぐぬぬ」と唸りながらも、渋々了承した。

 

 先達というのもあるが、なによりもトールはカルタの後見人なのだ。幼馴染として気軽に会話をしてはいるが立場はトールの方が圧倒的に上なのである。

 伊達に十代でファルク家の当主の座に着いたわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリアドネに反応! エイハブ・ウェーブ確認。報告にあった船と一致しました!」

 

 それからしばらく、カルタにとっては待ちに待った客がやって来た。

 自然と口角も上がる。

 

「ふふふふ、ようやく来たわね、待ちわびたわ!」

 

 上機嫌で大仰に右手を掲げる姿を、トールは微笑ましそうに眺める。その眼差しはどことなく生暖かい。

 

 そんなほんわかした雰囲気のブリッジにガエリオからの通信が届く。

 繋がれた通信は、前面のメインモニターに映像を映し出した。

 

『カルタ……司令。奴らの反応を捉えたと聞きましたが……って、なんでそこにトールがいる!?』

 

「あら、ガエリオ坊や。そういえば貴方、戦線への参加を希望していたわね、良くってよ。参加を許可するわ。

 ……まあ、貴方の出る幕なんか無いでしょうけど」

 

『いや、その物言いには色々と言いたいことがあるが……それよりもトールだ! 現在のセブンスターズにおける二大勢力の頭目の片割れがなぜこのような場所に』

 

「ふむ、説明ご苦労ガエリオ特務三佐。偶然にも行軍中に本作戦の話を聞いてな、急遽参加することになった。

 尤も、私は観客に徹するつもりではあるがな」

 

 ……結局、出る羽目にはなるのだろうが。

 

『参加って……まさかMSで出るのか? いくら腕が立つとはいえお前のような影響力ある人間が前線に出向くなど……』

 

「ガエリオ、トール独立機動艦隊司令官に対してその態度は失礼なのではなくて?」

 

『む、確かに階級は二つ上だが、しかしだな」

 

「ああ、もういいわ。とにかく、戦線に出たいというのならそれなりの戦果を持って来なさい。出なければ折檻ですからね」

 

『折檻!? いや待て、なんで今の流れで折k』

 

 ガエリオの抗議の声も半ばに通信は無情にも打ち切られた。

 

「さあ、ネズミども。どこからでもかかって来なさい。

 

 このカルタ・イシュー様が相手よ!!」

 

 

 

 

 原作よりもテンションが二倍くらい高くなったカルタと鉄華団の戦いが、今始まる。

 

 




改めてカルタさんの面白さを実感しました。
いや再現難しいな……



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月光

続きます。


「船を盾にだと!? なんと野蛮な……。

 両翼の艦隊を前に出しなさい!」

 

 意気揚々と鉄華団との戦闘を開始したカルタ。

 しかし、そう簡単に歴史が覆るはずもなく、開始早々に鉄華団のゴリゴリな戦法に取り乱していた。

 まあ、鉄華団の戦法も普通ならば想定し得ない無茶苦茶すぎる作戦の上に阿頼耶識システムを扱えるからこその戦法ではある。

 

 阿頼耶識システムによる二隻同時操作、それにより盾役としての一隻にもう一隻を引っ張らせてカルタの艦隊を正面から突破するという作戦。

 有り体に言って正気の沙汰ではない。

 

「……目標を捉え次第砲撃開始、()ぇぇ!」

 

 ……鶴翼の陣とか言い出さない辺り、少しは成長しているか。それに反応も速かった。

 

「これは……もしかするかもな」

 

 その後、突如として針路を変更した背後の一隻・イサリビにまたも艦隊は混乱に包まれた。

 しかしーー

 

「後方の船が針路変更!!」

 

「どちらへ砲撃を!?」

 

 慌てる部下に、カルタは落ち着いた様子で迅速な指示を出す。

 

「当然、正面は盾。奴らが『ネズミ』ならばそちらはもぬけの殻。

 ならば針路を変えた船に砲撃を集中しなさい!!」

 

「そこまで読むか……」

 

 予想外にも指揮官として成長していたカルタにトールも驚きを隠せない。

 いくらスパルタ訓練とはいえ一月ちょいの訓練でここまで変わる物なのかと、素直に賞賛の念を抱いていた。

 

 

 

 

 ……しかしながら鉄華団も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 当然のように捨てられた一隻は誘爆を起こし、内部に満載されていたナノラミネートチャフを広範囲にばら撒いた。

 

 ブリッジのモニターが桃色の煙に包まれると同時にその機能を完全に停止させる。

 

「モニターロスト! 僚艦とのデータリンク消失!!」

 

「光学照準が目標を完全にロスト!」

 

「LCS途絶。通信できません!」

 

 ちなみにLCSとは、エイハブ・リアクター影響下でも通信が行えるように開発されたシステムであり、通信を阻害するエイハブ・ウェーブの影響を受けづらい可視光に近い波長の光を利用して通信する短距離レーザー通信である。

 補足ながら、レーザー通信という性質上直線にしか通信は届かず、障害物一つで簡単に阻害されてしまう弱点も存在する。

 

「これは、ナノラミネートチャフです!」

 

 ……ちなみにこのなんちゃらチャフというのは『ビーム無効化装甲』として有名なナノラミネート装甲に使用される粉末状物質をばら撒くことでLCSすら無効化する電子戦兵器のこと。

 しかし、最大出力までは無効化できず焼き払うことで簡単に払い除けられることから実戦向きでないとされているのだ。

 

「あれは実戦で使えるような代物ではーー」

 

 兵たちが口々に疑問を口にし艦内はてんやわんやしだす。

 

「うろたえるな、LCS最大出力で全周囲に照射!

 並びに全艦に通達、時限信管でチャフを焼き払え!」

 

 そんな中でカルタは極めて冷静に判断を下し、的確な対処をとる。

 結果、LCSは回復しモニターも復活する。

 

 それと共に光学照準もイサリビを再捕捉する。

 

 ここまでの対処はカルタに何の不備も見当たらない。素晴らしい成長ぶりである。

 

「グラズヘイムです!」

 

 ……ただ、チャフをばら撒かれた時点でもはや勝敗は決していた。時間稼ぎは数十秒で十分なのだ。

 盾艦を潰す前にイサリビを墜とすべきだったのだが、それを責めるのは酷というものだろうとトールは考えていた。

 

 原作通りイサリビは、カルタの艦隊の駐屯地でありサテライトベースであるグラズヘイム1へと突貫し、その衝撃を受けたグラズヘイムからの救難信号が艦隊へと発信された。

 

「グラズヘイム1より救難信号を受信!

 軌道マイナス2、このままでは地球に落下します!」

 

 部下からの無情な報告。

 

 これをもってカルタも艦隊戦における敗北を察した様子であった。

 

 心底悔しそうに呻いた後ーー

 

「MS隊の出撃後、救援に向かいなさい!」

 

 と、指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルタと鉄華団の戦闘は、結果として原作通りのものになった。

 しかしカルタもよく頑張った。僅かではあるがイサリビに想定以上の損害を与えたことは確かと言えよう。

 意味があるかないか、で言えば『カルタの成長』という意味があったと言える。

 

「まあ、この後のMS戦には私も出張るわけだが……」

 

 モニターにて善戦するMS隊の姿を尻目に、トールはブリッジを後にした。

 向かう先は当然、格納庫である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キマリス、ガエリオのシュヴァルべは戦闘不能。増援として向かったカルタの部下たちも、相手方の増援たるタービンズ機二機とグリムゲルデによって攻めあぐねている、か」

 

 コックピットの中で冷静に戦況を分析する。ちなみに情報は格納庫にいたカルタの部下の一人に送らせている。

 

「(とはいえ……それだけのエースたちを相手にカルタの部下はよく戦っている)」

 

 長蛇の陣とか言ってEXI◯Eしたりもしなかったし、冷静にチームを組んで効率よく戦闘を回している。

 あれだけ啖呵を切ったのは伊達じゃないというわけか。

 

「……面白い。しかし、エースパイロットを相手にあの数では足りなかろう」

 

 獰猛な笑みを浮かべつつトールは()()()()()()()()()

 

 

『◾︎◾︎◾︎起動、システム、戦闘モードに移行します』

 

 無機質な機械音声に続き……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 ーーしかし、それも慣れたもの。心中に渦巻く汚泥のような感情たちを自然と飼い慣らし、その上に彼は冷静な思考を乗せる。

 

 これに耐えられなければ◾︎◾︎◾︎は使いこなせない。

 逆に、この『致命的な精神負荷』さえ耐えれば規定を大幅に超えた能力を操ることが可能となる。

 諸刃の剣。

 

()()()()()俺だからできる戦法ということだ」

 

 呟く彼の視界には『MSの見る視界そのものが映し出されている』。

 MSとパイロットの一体化。阿頼耶識システムとは似て非なる()()()()()()()()()()

 

 これの影響で彼の髪は変色し、その思想は()()()()()()()

 ◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎教授の遺した技術は『怪物』を生み出した。

 

「血塗れの“狼”か……砂漠でないだけありがたいというものだ。終わりなき戦いの果ての無駄死になどごめんだからな」

 

 システムの完全起動を確認したトールは『獣の如き眼光』のままにMSデッキの兵士に通達する。

 

「トール・イブン・ファルク、シュヴァルべ・グレイズ出るぞ!!」

 

 艦を飛び出したトールの愛機は、背部に備え付けられた追加ブースター、A()C()B()-()O()7()1()0()の出力を最大に引き上げ急速に戦闘宙域へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新手〜? 一機だけとかどんだけ舐めてーー」

 

「待て! ……この機体、()()()()()()()()()()()()で接近してくる!!」

 

 その嵐の到来をいち早く察知したのはタービンズからの増援である漏影の二機であった。

 

 

「ん? なんだこの反応は?」

 

 遅れて、すでに降下体制に入りつつあったシノ、昭弘といった面々がその反応に気がつく。

 ()()()()()()()()()()()M()S()の存在に。

 

 

 

 

 

「っ!! ……いったい、何を考えている、トール!」

 

「どうしたの?」

 

 急に動きを止めたグリムゲルデに、バルバトスのパイロット・三日月は疑問の声をあげた。

 しかし、その答えを聞く前に『彼』は戦場へと姿を現した。

 

 

 漆黒の機体。

 形状はマクギリスやガエリオが駆っていたシュヴァルべ・グレイズとほぼ同じ。

 

 しかし、背面に備え付けられた大仰な追加ブースターの存在と、腰から下げている簡素ながら完成されたデザインの()()

 この二点のみが異彩を放っていた。

 

 そのシュヴァルべは、一瞬の停止ののち、爆発的な加速力で急速にバルバトスへと突貫した。

 

 

「っ!!」

 

 そして懐に入ると同時に()()()()()()()()()()()()凄まじい勢いで居合斬りを仕掛けてきた。

 

 三日月は咄嗟の判断で太刀をなんとか合わせる。しかし、阿頼耶識の反応速度をもってしても尚、速すぎる斬撃は太刀を容易く弾き、続けざまに振り下ろされた刀の一撃を腕関節に直撃させてしまう。

 

 が、その腕を斬りとばさせる合間にも接近し構えなおした太刀を振るう。

 

「やるな、ガンダムのパイロット!」

 

 しかしそれすらも容易く打刀でいなしながら受け止め鍔迫り合いへと持ち込む。

 至近距離となったことでLCSを繋いだトールは三日月へと語りかけた。

 

『良い反応だ』

 

「っ!……誰、あんた?」

 

 突然、通信を繋げてきた白髪の男性に三日月も不審そうに目を細める。

 

『お初にお目にかかる、私はトール・イブン・ファルク。……ギャラルホルンの指揮官の一人だ!』

 

 自己紹介の最中にもバルバトスの脚部が動き始めたのを確認したトールはすぐに蹴りを叩き込みバルバトスを引き離す。

 そこから、バルバトスが体制を整える前にブースターを噴かしながら急速接近からの正確な斬撃を放つ。

 

「やらせん!」

 

 だが、その攻撃は間に入ったグリムゲルデによって間一髪のところで防がれた。

 

『ほう、これを止めるか』

 

「一体、どういうつもりなのか。是非とも事情を説明していただきたいですな。独立機動艦隊司令官殿!」

 

 一瞬の鍔迫り合いも、スピードに優れるグリムゲルデが刀を逸らしたことで終わりを告げた。

 

『さてな。……ただ、私にも“立場”がある。あとは、ご想像にお任せする』

 

「っ! なるほど。ならばこちらもその余興に付き合うとしよう!」

 

 トールの言葉の意味をすぐに理解したモンターク改めマクギリスは、ブースターを噴かし両手のブレードを振るう。

 

 現在の鉄華団の戦力で、一番速さに優れるのが友軍たるグリムゲルデである。

 近接高速戦闘を主眼に置く設計を為されたヴァルキュリアフレームの機体だからこそトールの高速戦闘にも追い縋ることができる。

 

 とはいえ、グリムゲルデであってもトールの駆るシュヴァルべの瞬間速度には敵わない。

 

 それこそが背面追加ブースターを基本に据えた旋回性能全振りチューンと、トールの機体制御技術による高速近接戦闘の力であった。

 

「我が『月光』も一段と斬れ味を増している。……三日月に当てられた影響か」

 

 そして、月光。

 黒きシュヴァルべの携える打刀は、一見してナノラミネート装甲搭載機同士の戦闘には不向きな貧弱装備に見えるがその実態は真逆である。

 

 希少金属を使って生み出された『ヒヒイロカネ』と呼ばれる特殊合金に、特殊な加工を加えて生み出された『現代の刀』。

 ナノラミネート装甲すら斬り裂く驚異の斬れ味を誇る専用兵装こそが最大の脅威なのである。

 

 しかしその扱いにはコツが必要で、ただ敵に当てれば斬れるわけではなく日本刀独特の使い方をマスターしていない限りは単なる硬いだけのナイフと変わりない。

 

 それを十全に扱える人物は現在、トールをおいて他にはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昭弘、機体の固定を急げ! 放り出されんぞ!」

 

「けど三日月がまだ!!」

 

 昭弘の駆るグシオンのカメラアイの先では、トールのシュヴァルべと激戦を繰り広げるバルバトスとグリムゲルデの姿が映っていた。

 

「っんだあの機体はよぉ!? ありえねぇ動きしてんぞ!?」

 

「あの動き……まさか阿頼耶識か?」

 

 サイドブースターの急加速からの急加速、二段構えのブースト。

 加速をキャンセルしてからの再加速。

 側から見て凄まじい機動、即ち変態機動を繰り返すトールの機体はその反応速度も相まって完全に阿頼耶識搭載機として判断されるに十分であった。

 ……厳密には()()()()()()()()()()()()()()()()()ではあるが。

 

 

 

「もう降下に間に合わねぇぞ! これ以上は重力から逃げられなくなる!!

 こっちまで来る余裕はーー」

 

 雪之丞の言葉にランチに乗る面々が暗い顔をする。

 そんな中、リーダーにして団長たるオルガは三日月の帰還を信じ声を張り上げる。

 

「戻ってこい、ミカァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む、バルバトスの反応速度が上昇したな」

 

 急激にいい動きをするようになったバルバトスにトールはますます興味を惹かれながらも制限時間が迫っていることを認識していた。

 

 そろそろ頃合いか。

 

 

 と、彼が思いかけたその時。

 レーダーに全く新しいエイハブ・ウェーブの反応を感知した。

 

 それはトールのよく知る固有周波数であり、自らが鉄華団に送った信頼できる部下の反応であった。

 

 喜悦を滲ませる狂気の笑みの中でトールは呟く。

 

「来たか!」

 

 

 

 

 

 

 

「また新手? いや……この感覚」

 

 三日月の感じた妙な懐かしさ。それを証明するかのように宇宙(ソラ)の彼方から流星の如く戦場に駆けつけた機体。

 

 コバルトブルーに塗装された美しい意匠の機体は、接近と同時に右手に備えられた高性能ライフルを乱射した。

 

「っ!!」

 

 トールのシュヴァルべを的確に狙った精密射撃、続けて右肩に備えられた散布型ミサイルが面となってトールに襲いかかった。

 

「ぐ、おぉぉぉ!!」

 

 至近距離からの弾幕を避けきれず機体の至る所でミサイルが炸裂する衝撃にトールは、なんとか機体制御に終始する。

 

 次に、左手に装備された折り畳み式の実体剣。

 見る人が見ればGNソードと言いたくなる形状のそれは、しかしソレとは異なり前方に刀身が折り畳まれている。

 それはつまり『後方に刃を展開』し、膝に近い部分で刃を振るう独特の使い方をする事実を物語っていた。

 

 動きを止めたシュヴァルべに、間隙なく実体剣を展開した『彼』は容赦なく黒い肢体に刀身を叩き込む。

 

 ……が、流石に続けざまに攻撃をもらうほどトールは愚かではなく、すぐに月光を剣に合わせて攻撃を逸らした。

 

「よくやる。……いや、これもACの強みを生かした結果か」

 

 考えながら、逆手に振るわれる実体剣に月光の刀身を難なく合わせていく。

 さながら剣舞のように漆黒の宇宙を舞いながらも、トールは『彼』へと語りかけた。

 

『良い腕だ、“BD-0 MURAKUMO”をそこまで使いこなせる奴はそういない』

 

 突然の通信に戸惑いながらも、『彼』はその声が聞き覚えのありすぎるものであることに動揺した。

 

「トール様!?」

 

 

 

 

 TYPE-LANCELをベースに、機体制御とブースター出力にチューンを施したバランス・スピード型の機体。

 MS型AC、ストレイド。

 

 トールによって送り込まれた『例の組織』、傭兵斡旋組織・『カラード』。

 そこのNo.39にしてランク最下位の山猫(リンクス)

 

 名をモージ。

 

 MIAとしてギャラルホルン内で処理されたトールの部下がこのコバルトブルーの機体の搭乗者であった。

 

 

 

 

 

『どうして、ここに……!』

 

 言いつつもその攻撃が止むことはない。

 仮にも主に対して不敬の限りだが、そうでもしなければモージとトールの関係がバレてしまうのも確か。

 

「グラドからの報告で聞いてはいたが、元気そうで何よりーー」

 

 素直に再会を喜んでいる風にトールは語る。

 しかし、それを遮るように太刀の一撃が死角から襲いかかった。

 

 それはバルバトスの攻撃であり、続けざまにグリムゲルデのブレードが振るわれる。

 

「っ、流石に『この機体』では分が悪いか」

 

 いくらスピードに優れると言えど、ガンダムタイプとヴァルキュリアフレーム、そしてリンクスの搭乗するACを相手にしては撃墜の危険性があるとトールは判断。

 

 一瞬の攻防の中でグリムゲルデとバルバトスを弾き飛ばしたトールは、すぐにモージへと声をかけた。

 

「任務は続行、貴様は貴様の役目を果たせ。告げるべきことは以上だ」

 

『え……?』

 

 突然の言葉に呆けたその隙をついてトールはストレイドの胴体を蹴り、バルバトスの方向へと飛ばす。

 

 制限時間はいっぱいいっぱいであり、これ以上は地球の重力に引っ張られトールのシュヴァルべと言えども戻れなくなる。

 

 そして、バルバトスを連れて降下用ランチに向かうのならば今しかないとトールは考えていた。

 案の定、ストレイドはバルバトスを伴いながらランチの上部に張り付きワイヤーで機体の固定を素早く済ませていた。

 

 

 その様子を横目に、トールも背面ブースターを最大出力で噴かし重力圏からの離脱を図る。

 

「これで口実は出来た。……あとは、今後の展開にモージ(イレギュラー)がどれだけの影響を与えるかだな」

 

 計画にとって本来は邪魔な存在でしかない未知数の存在でありながら、それを眺めるトールの顔はどこか楽しげであった。

 

 

 

 

 

 




【おまけ】

MS型ACとは、十数年前にギャラルホルンが所蔵していた厄災戦時代の資料から発見された『AC』なる概念のデータを基にして、当時最高のMS設計士として有名であった◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎教授を開発リーダーに据えて立案された『AC計画(プロジェクト・アーマード・コア)』と呼ばれる計画の中で生み出された兵器カテゴリである。
その最大の特徴は、基本骨子を統一し、様々な状況に合わせた多種多様なパーツ群を自由に組み合わせ可能としMSのさらなる汎用性向上を狙ったものであり、事実として実戦テストにおいてはグレイズ小隊の戦果を上回る結果を残し、換装においてもスムーズな遂行が可能であった。
これにより計画は一時的にグレイズに変わる新戦力として注目を浴びたが、その生産コストと、ギャラルホルン内部のみでのパーツ開発では限界があるという事情から次第に疎まれるようになり、数年で計画は凍結された。


ーーその後、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎教授はAC計画のデータと厄災戦の資料から『何か』を思いつき、より危険な研究にのめり込んだという。
AC計画の失敗と、その危険な研究のせいで教授は半ば幽閉状態で放置されていたのだが、そのすぐ後に『何者か』によって誘拐されその後の消息は一切不明となっている。



余談ながら、教授には娘が一人おり現在はアナトリアコロニーにて教授のAC計画時の部下であったエミール・グスタフ氏によって養育されている。
また、このコロニーには教授が残した『危険な兵器』が眠っているともされているが推測の域を出ない俗説である。



ーー◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎教授ならびに氏の研究に関する調査報告書・第十項


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不器用な友と企業戦士

「申し訳ありません!!!!」

 

「我ら、あれだけのことを言っておきながら……!」

 

 カルタの艦に戻るなり、先に帰還させていたMS隊の面々が揃って頭を下げてきた。

 カルタの日本刀しかり、標語(?)しかりこの艦隊は日本文化に傾倒しているようだ。

 

 ただまあ、こちらとしてはMS隊が一人も欠けることなく、鉄華団にも人的被害もなく穏便に事が済んで安堵している。

 この先を考えれば鉄華団と必要以上に敵対関係になることは避けておきたいからな。

 事が済めば消えてもらって構わないが。

 

「いや、謝る必要はない。それよりも貴様らの成長ぶりを俺は賞賛したい。よくぞあそこまで練度を高めたものだ。

 此度の戦果、十分に誇って良いと思うぞ」

 

「トール様……」

 

 俺としては通称『右から二番目』である短髪の青年が生き残ったことから寧ろ成功したと言えるのだがな。

 

 そう考えつつの発言だったが、彼らは予想以上に熱血だったらしくそんな言葉だけで目をウルウルとさせながら感動していた。

 

 上司がアレなら部下もアレというわけか。

 

 

 

 

 

「……笑いたければ笑いなさい。貴方にはその権利があるわ」

 

 ブリッジに戻れば今度はカルタがナイーブな雰囲気を醸し出していた。

 ……なんなんだ、まったく。この程度のことで気にし過ぎではないだろうか?

 というよりも部下と全く同じ状態である。

 末端の兵士ならいざ知らず、仮にも指揮官たる彼女がそんな体たらくでどうするのか?

 そもそも、前世の記憶ではこの時点ではまだそれほど落ち込むことはなかったと思うのだが。

 

「大言吐いて、訓練までしてもらったというのに。

 幼馴染で後見人である貴方にここまでの失態を見せてしまったからには最早私に先はないわ……煮るなり焼くなり好きになさい」

 

 そういうことか。

 昔馴染みに自信たっぷりに宣言して大敗したことを気にしているのか。加えて俺はセブンスターズでもイズナリオと同等の権力を持ち彼女の後見人も務めている。

 

 その対比も彼女のメンタルに追い討ちをかけたようだ。

 項垂れ、見るからに落ち込んでますオーラが溢れ出ている。

 

「……まったく、その勘違いから正さねばならないようだな」

 

「え?」

 

「此度の敵の作戦は実に見事だった。あのような戦法はギャラルホルンの人間では絶対に思いつかん。故に、あの結果は必然であったと俺は思う。

 

 あえて言うなら、お前の落ち度は敵を侮ったこと。ガエリオから送られたデータを詳細に読み取り情報の精査を行い事前に奴らへの対策を万全にしておくべきであった」

 

「う……」

 

「しかし。お前の戦闘中の判断は実に的確であったとも思う。その点に関しては素直に賞賛を送りたい。そして、俺にとってはそれが見れただけでも十分すぎる成果だ」

 

 心からの言葉だ。

 彼女に世界を与えると決めてはいるが、彼女自身にもある程度の成長が促せたならば素直に嬉しい誤算である。

 

「貴方が良くても私は……結局、お飾り艦隊の汚名を返上することはできなかったわ」

 

 プライドの高い彼女だ、俺が何を言っても納得はしないだろうとは思っていた。

 別にそれならそれで構わない。

 だから俺は俺の言いたいことを言っておこう。

 

「カルタ。戦場において不測の事態は付き物だ。誰だって完全無欠、完璧な采配などできんさ」

 

「それでも貴方は海賊狩りで常に勝利してきたわ」

 

「いや? 俺とて失敗をしたことくらいはあるぞ。

 活動を始めた当初は賊にいいように遊ばれて大敗したこともあったし捕虜となって拷問を受けたことだってある」

 

「な!? そんなバカな、記録にはそんなことーー」

 

「残せるわけがないだろう? ギャラルホルンのお偉方がそのような清廉潔白な者たちであった試しがあったか?」

 

「っ!! じゃあ、あなたは」

 

 そこで言葉を切りカルタはなんとも言えないといった様子でモゴモゴとしていた。

 俺はそれを気付いていない風に装い上半身の衣服の前だけをはだけさせる。

 

「ちょ、女性の前でいきなり何を!? というか公共のーー」

 

 突然の破廉恥行為に慌てた彼女だが、それに続く言葉を吐くことはなかった。

 ブリッジの他の面々も俺の身体に残る()()()()()に目を奪われ唖然としている。

 

「全て俺の失態で負った傷たちだ。……中には修復可能な箇所もあるが、戒めとして残している」

 

 さすがに指やらなにやらを飛ばされた時は大人しく治療ポッドに浸かって再生したがな。

 

 それでも全身に傷があるために常に長袖長ズボン、手袋を装着することに決めている。無闇に晒して恐怖心を抱かせるわけにもいかないからだ。

 

「この数、あなたどれだけの苦痛を……」

 

 やがて、カルタは俺の傷から拷問の激しさを悟ったのか沈痛な面持ちで唇を噛み締め始めた。

 ……ああ、やはり彼女は優しい。

 

 とはいえ、別に俺も慰めて欲しいわけでは無い。

 

「これで分かっただろう。誰しも失敗はする、それが戦場であったならばこのような事態も当然あり得るわけだ。最悪、死亡することだって当たり前のようにある。

 

 その中で誰一人として欠けることなく、敵にそれなりの損害を与えて戦闘を終えたことは十分に良い結果と言えるはずだ」

 

 当たり前の話だが、戦場で人は簡単に死ぬ。

 いくらナノラミネートと言えども鈍器で潰されれば終わりだし、大火力が直撃すれば爆散することだってある。

 

 戦場において人の命は吹けば飛ぶように軽いのだ。

 

「……ええ、もう、バカなことは言わないわ」

 

「それでいい」

 

 俺は服を元に戻し再び彼女を見る。その瞳は先ほどまでの弱々しさなど嘘のように活力に満ちていた。

 それでこそだ、高潔なる彼女こそがカルタ・イシューという女性である。

 

「そこまでして慰められたら、立ち直らないほうが失礼というものでしょう。……ありがとう、トール」

 

 そして、優しい声で俺に語りかけた。

 やはり彼女は変わらない。幼い頃から抱き続けた高潔な精神を保ったままに成長している。

 

 いや、頑固で強気な部分は変えた方がいいと思うがな、嫁の貰い手がいなくなる。

 

「礼など不要だ。幼馴染として、当たり前のことをしただけだ」

 

「そうね、貴方はいつも私を支えてくれた。支える側にばかり回ってくれたわね」

 

「それが俺の役目だ。不満も何もない。好きでやっていることだ」

 

 そう、これは俺のワガママだ。彼女を思うからこその行為ではあるが、責任まで彼女に押し付ける気などない。

 俺が好きでやっていることだ。

 そう俺は完結している。

 

「だからこそ、今回の責任は俺にも当然あるわけだ」

 

「? トール?」

 

 首を傾げる彼女を尻目に、俺は気持ちを切り替え計画を次のステップへと進める。

 

「では、今後について話をしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルタをなんとか言いくるめ、鉄華団の追撃任務を請け負った俺はブリッジを後にし、用意された自室へと向かっていた。

 

 案の定、鉄華団追撃の件ではカルタはだいぶ渋ったが、結局のところ俺が後見人という立場である以上はあまり強くは言えないらしく、加えて直前に話した内容が効いていたのか思ったよりは素直に言うことを聞いてくれた。

 

 彼女としては面白くないのだろうが、わざわざ死地に向かう必要もない。いくら練度が上がっているとはいえ、ゲリラ戦法を得手とする鉄華団が相手では相性が悪すぎる。

 カルタの部隊は100%敗けるだろう。

 

 そのようなことを考えながら廊下を進んでいると、窓の外を眺めながら黄昏ているガエリオに出くわした。

 ……カルタといいその部下といい、散々慰めた末に今度はガエリオまでか。

 さすがにいい加減鬱陶しいのだが。

 

 

「どうしたガエリオ、悩みか?」

 

「……トールか。いや、トール一佐と呼ぶべきか?」

 

 軽口を叩いているもののその笑みはいつものクソ生意気なムカつくものではなく、力なく空元気によるものだと見て取れた。

 

「悩みなら聞こう。一応、幼馴染だしな」

 

「一応ってなんだよ一応って……」

 

 俺の塩対応に不満そうな顔でため息を吐いた後、彼は何かを言い出そうとして、口を閉じる。という行為を繰り返し始めた。

 言っておいてなんだが俺は別にカウンセラーなどではないので、悩み相談なんぞはこれでお仕舞いにしてもらいたい。と内心辟易としていた。

 

「あのアインとかいう部下のことだな?」

 

「あー……分かるか? いやすごいなお前」

 

 まあ、このタイミングなら奴のことだろうと思っていた。

 アインが先の戦闘でガエリオを庇って重傷を負い、医者にも機械化以外に延命の余地はないと告げられ、マクギリスには阿頼耶識による延命を唆される、たしかそんな感じだったはずだ。

 思えば、この頃のガエリオはどうにも疫病神にでも取り憑かれているんじゃないか、というくらいには不幸続きであった。

 

 ……その後に、マクギリスに殺されかけ復讐に燃えたと思ったら未練を仄かし、恩人とはいえギャラルホルンの腐敗の象徴たるラ◯カルなどという俗物に肩入れしその天下を支えるという暴走ぶりを見せるが。

 まあ、マクギリスの乱心ぶりよりはマシであったと言える。

 ほんの少しだが。

 

 

「もう長くないと医者には言われた。助けるには機械を身体に入れるしかないとも」

 

「……」

 

 だろうな。俺の記憶通りの展開だ。

 

「……マクギリスにも、阿頼耶識を使うしか無いと言われた」

 

 ほう、奴め、俺には一切の連絡も無かったというのに。

 まあ、計画に支障はないと判断してのことだろうが。

 俺も、アインがR-TYPEしようがサイコザクしようが『ナニカサレ』ようが構わない。計画に支障はないと判断できる。

 

「しかし……! そのような悍ましい手術をして、本当にあいつはあいつとしていられるのか!?

 俺はなんとしても上官の仇を討たせてやりたい!

 だが、それであいつを人間でなくしてしまうのは本当にただしいのか!?」

 

 ガエリオの慟哭が廊下に響き渡る。

 幸い、周りに人はおらずこの話を聞いているのは俺だけだ。

 

 しかし、こいつは真面目すぎる上に潔癖すぎる。まるで十代で成長が止まってしまったかのようだ。鉄華団の少年たちと同じ精神年齢なのではないだろうか。

 仇を討たせたいのか、人間のまま死なせて解放してやりたいのかどっちなんだ。

 

「……ひとつ、先に聞いておきたい」

 

「ん? なんだ?」

 

 男泣きしながらガエリオは振り向く。

 ……その生真面目さを理解できない自らの精神が、すでに人から乖離したものであると実感させられる。

 

 正しいのはガエリオだ。歪んでいるのは俺の方だ。

 

「アインが何を望んでいるのか、どちらを選ぶか。お前は考えたか?」

 

「っ!」

 

 アインがすでに意識が無いくらいの重傷なのは知っている。

 その上でガエリオは彼の意思を尊重するように見えて、己の潔癖さを押し付けようとしている。

 果たして、それでお互いに後悔ない選択などできるだろうか?

 

「そもそも、貴様は奴の上官だろう。ならばするべきことは明白なはずだ。

 アインを何としても復活させ復讐の手助けをしてやるのか、はたまた人のままに死なせてやるのか。

 

 どちらを取るにしても責任は貴様が背負うことになるのだぞ」

 

「責任、責任か……この俺に、そんなことが」

 

 意識がない相手の今後の人生を決定してしまう重大な決断だ。

 これで貴様が責任を取らないで誰が責任を取るというのだ。

 

「それが、人の上に立つということだ。いい加減、いい歳なのだしそれくらいはしっかりと自覚しておくべきだ」

 

 それを覚悟して、奴を部下にしたのではなかったのか?

 よもや、遊びに誘う感覚で部下にしたわけではあるまい。

 

 アインが全てを捨ててでも復讐を果たす覚悟であるのを俺は知っている。

 褒められたことではないが、その鋼鉄の決意だけは敬意を払うに値すると俺は思う。

 

「まあ、アインの命が尽きるまでに決めてやれ。何もかもが中途半端なうちに果てることほど恐ろしいものはないからな」

 

 俺の場合、そうなったら天下はラスタルに取られてしまう。

 そんな結末は断じて認められない。それが嫌だからこそここまでやってきたのだ。

 奴は必ず仕留める。

 

「……昔からお前は、俺には厳しいよな」

 

 力無く笑うガエリオだが、先ほどよりも少しだけ元気を取り戻したように見えた。

 

 昔からこいつはお調子者だったりバカ真面目だったり熱血だったりと忙しない奴ではあった。

 その浅慮さでこちらにまで迷惑をかけてくることも少なからずあった。

 

 ……だが、それでも、だからこそ。こいつと過ごした子供時代はそれなりに楽しかったと記憶している。

 ならば、少しくらいは手を貸してやるべきだろう。手を差し伸べるべきだろう。

 それが義務というやつだ。

 

「……一つだけ、お前を認めている部分がある」

 

「なんだ、改まって」

 

「その優しさだ。

 上官ならば奴をさっさと機械化して復讐の手伝いという恩を着せると共に戦力増強という一石二鳥を取るべきだし、人としての生を重視するならば今のうちに眠らせてやるべきだ。

 

 しかし、お前はそのどちらも正しく、そして間違っていると理解している。

 ……だから悩んでいるのだろう?」

 

「……」

 

 一概にどちらが正解とはいえない。

 上官という立場なら尚更、な。

 

「全てはお前の覚悟次第だ。……では、俺はここらで失礼させてもらう」

 

 柄にもなく喋り過ぎた。今更情でも湧いたか?

 分からない。

 しかし、これが果たすべき義務の一つであるのは確かと言えた。

 

「……ありがとうな、トール」

 

 すれ違いざまにポツリと彼は礼を告げた。

 ……不要な言葉だ。だがーー

 

「素直に受け取っておこう……精々悩んで後悔だけは無いようにしておけよ」

 

 いずれ遠からぬうちにお前には重大な決断をしてもらうことになる。

 それまでに、知識を蓄えその心をしっかりと定めておくがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覚悟次第、か」

 

 相変わらずスパルタ教師だな、とガエリオは思った。だが、悪い気分はしない。

 トールはいつも自分たち幼馴染のことを親身に考えて、伝えるべきことをちゃんと伝えてくれる奴だと認識しているからだ。

 

「アインは、奴らへの復讐だけを望んでいる。なら俺が取るべきなのは一つ……だが」

 

 やはり、覚悟が定まらない。

 物心ついた時から『ギャラルホルンの常識』を教え込まれてきたというのに、今更、それを覆すなど無茶というものだ。

 

「所詮、俺も組織の腐敗の一つなのか……?」

 

 再び、その心に暗い影を落とし始めたガエリオに、アインの治療を担当していた医者が声をかけてきた。

 

「ああ、ここにいらっしゃいましたか。急ぎ、お伝えしたいことがございまして」

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医者から告げられたのは、『ガエリオの配下でギャラルホルンでも高い地位につく男を仲介して、ガエリオにコンタクトを取りに来た人物がいる』という内容だった。

 配下の男の名前はよく知っている人物のもので、確かにボードウィン家に昔から仕えてきた忠臣であるとガエリオは記憶していた。

 

 その男の紹介でぜひともガエリオと話がしたいという『とある企業の者』が、今現在、通信を行なってきているとのことだった。

 

 

 よりによって今でなくとも良いだろうに、と思いながらも紹介してきた男は無碍に扱える存在ではないために渋々、ガエリオは通信室へと足を向けていた。

 

 

 

 

「貴様か。で、話したいこととは?」

 

 通信モニターには黒のスーツを着こなした如何にもビジネスマンといった風貌の若い男が映っていた。

 

『おお、セブンスターズが一角。ボードウィン家の次期当主様にまさか、本当に御目通りかなうとは。身に余る光栄ーー』

 

「世辞はいい。俺は今忙しいのだ、用件だけ手短に頼む」

 

 安っぽいおだてに少しイライラしながらガエリオは話を促す。

 その様子に、「それもそうですね」とあっさりとおべっかを止めた男は真剣な表情で語り始める。

 

『先ずは自己紹介から。

 

 ()()()()()()()技術研究部門本部長を担当しております、グローイと申します。

 以後、お見知り置きを』

 

 グローイと名乗った男は、静かに笑みを浮かべた。

 

 

 




ちなみにトールはすでにナニカサレてます。
自らナニカしました。
リンクスのアレとは別で。


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孤島決戦・前夜

溜め回


「宇宙での戦い、お疲れ様でした」

 

「うむ」

 

 地球に降り立つなり、俺は地上に待機させていた正規軍と合流していた。

 ガルムの地球班、すなわち『地球圏独立警備隊』の面々である。

 

 宇宙のごたごたはガルム本隊が担当となるが、地上におけるイズナリオへの牽制として以前より少数ながら兵を配置していた。それがこの警備隊である。

 

 規模は強襲揚陸艦一隻とMSが九機という小ささではあるが、その分兵は選り好みした精鋭である。

 

「宇宙に上がって、すぐに降りてくるなんて。なんだか忙しないですね」

 

「まあな。だが、その方が信憑性が増すだろうさ」

 

「ごもっともです」

 

 地上には側近の一人たるマグニも配置してある。

 普段は地上の隠密とロヴンを通して連絡を取り合いその指揮を一任している。

 とは言っても、報告を聞く限りイズナリオにイレギュラーはない。全て想定内の動きをしてくれている。

 

 

 彼の今後の動きは、アーヴラウの協力者たるアンリ・フリュー議員をアーヴラウ代表の座に付けることだと俺は知っている。

 となれば、自ずと彼が取る行動というのは予想がつくわけで、数パターンの行動予測をもとにして監視を続けていた。

 

 その上で、実に思惑通りに動いてくれている。

 

 少々、反則的な行いではあるが知っている以上は仕方ない。むざむざとそれを逃す手は無い。

 

 

 

「……そういや、モージとやり合ったそうで」

 

「気になるか?」

 

「いえ……いや、本音を言えば気になりますけどね。それよりもトール様にご迷惑かけてないかが心配で」

 

 そうは言うものの、マグニの顔にははっきりと肉親を心配する兄としての憂いが現れていた。

 なんだかんだでこの兄弟は似ている。

 女好きなところとかな。

 

「……ちょっと、割と心外なこと言われた気がするんですけど」

 

「気の所為だ。

 それよりも『例の機体』はどうなっている?」

 

 警備隊唯一の艦艇たる揚陸艦の廊下を進みながら訊ねる。

 

「調整は万全です。『メギンギョルズ』の出力は抑え目でいいんですよね?」

 

「ああ。間違えて殺してしまっては台無しだからな。

『ヤールングレイプル』の方は?」

 

「一応、修繕は終わってますが。あんまり無茶な使い方をしたらまたぶっ壊れますよ」

 

 それはこの前の『海賊』との戦闘のことだな。

 頭の痛いことだ。

 

「善処する。もともと民衆受けを考えて作った無茶な機体だ。使い潰すつもりでやっている」

 

「うわ……それ、ぜったい『あいつら』に言わないでくださいよ。ストライキ起こしかねませんからね」

 

 それも分かっている。無茶なコンセプトの機体を作らせといて、毎度ぶっ壊す上に、そもそも壊すつもりで乗ってるとか。

 整備士たちに知られれば暴動が起きかねん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそ」

 

 通信を終えたガエリオは、悔しそうに顔を歪めながら壁に拳を打ち付けた。

 

 アクアビット社のグローイを名乗る人物の要件とはずばり、アインの蘇生に関することだった。

 どこからその情報を得たのか、ガエリオは自らの周りに情報を流した人物がいたことに怒りを感じながらも、アインの蘇生という彼の望んでやまない手段の話題ということもあり一応、話を聞いてみることにした。

 

 

 しかし、やはりというかアインの蘇生には機械化が必須であるということを告げられた。

 

 医者やマグギリス、トールにまでその方法を告げられていたガエリオは、もはやそれしか手段はないと考えていた。

 その上で、トールの語った『責任』とやらを今一度自分の中で整理し、そして、自らの中でその手段を選ぶことを決めていた。

 

 ただ、グローイが語ったのは阿頼耶識による復活ではなかった。

 

 ガエリオは先の通信を今一度脳内に思い浮かべた。

 

 

 

 

『AMS?』

 

 聞き慣れない単語にガエリオは眉を顰める。

 

『はい。

 現在一般……もとい賊どもに流出している阿頼耶識システムは成長期の青少年の脊髄へナノマシンを注入しコクピットのプラグと接続するタイプ。

 これは、正規の阿頼耶識システムとは言い難く、その成功率も低いとされ失敗すれば悲惨な末路が待っているとも言われています。この手段はさすがに論外、ダルトン氏も成人を迎えていますしね。

 

 次に、ギャラルホルン内部で密かに研究されていた阿頼耶識。

 こちらは厄災戦当時の性能に限りなく近い段階まで進んでいましたが近年はその動きも無くなりつつあり、今から急造するとなると実験段階の試作品となるのは明白。

 あまり合理的とは言えません』

 

 ベラベラとよく回る口だとガエリオは思った。

 

『……そして、我が社の誇るAMS。

 こちらは従来の有機デバイスシステムとは比べ物になりません。

 

 まず、施術に『青少年』という条件はなく、常に成功率100%。加えて研究は実装段階まで完了しており安全性は保障されています。

 ……また、何よりも性能。

 阿頼耶識システムのそれを遥かに上回る精度と速度で情報伝達を可能とし、それに合わせた機体開発の技術も我々は持っています。

 これを活用すれば、阿頼耶識搭載機など物の数ではなくその何十倍もの反応速度で思った通りの動作が可能となります。

 

 まさに夢の技術!!

 人機一体!

 

 もちろんアフターケアは万全です。我々はこの技術を熟知し、『商品』として自信を持って提供できる段階にあるのです。

 

 

 ……いかがです?

 ダルトン氏の蘇生、そして氏の望む『正当なる復讐』。その双方を確実に叶える手段、我々にご一任してはいただけませんでしょうか?』

 

 

 流れるようなプレゼン。

 しかし、AMSという技術は初耳だ。聞く限りでは阿頼耶識システムの完全なる上位互換。任せる他に選択肢はない。

 

 ……この時、すでにガエリオに迷いというものは無くなっていた。どんな手を尽くしてもアインを復活させ復讐を完遂させる。

 そのためならば、この得体の知れない企業の誘いにも乗ってやる。

 

 そもそも、仲介を行なった男は信頼のおける人物であり自分を案じてこの件を寄越してきた可能性もあるとガエリオは考えた。

 また、彼の紹介ならばこのアクアビットとやらも一応、信頼のある企業であるとも。

 

『……わかった。そちらに任せよう。報酬は言い値で構わん』

 

『いえいえ、今回は初回サービス。今後ともご贔屓願うためにも適正価格の半額でお引き受けいたしましょう』

 

『……何を企む?』

 

『企む? まさか!

 ……商売において信頼は重要視されるもの。まして、私どもの業界においては“お得意様”の存在は非常に重要。

 

 ガエリオ様には今後とも我が社をご贔屓願いたく』

 

『ふん……まあいい。

 だが、確実に成功させろ。先の言葉、俺は忘れんからな』

 

『勿論ですとも。

 我がアクアビット・()()()()()()の総力でもって必ずご要望にお応えいたします』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鉄華団はやはり蒔苗と共にオセアニアの孤島にいるか」

 

「はい。大気圏突入時の情報からすでに大方の予測はついていましたが監視衛星で捉えたことで確実視いたしました」

 

 格納庫の中でトールとマグニは情報の交換を行っていた。

 周りでは整備班が忙しなく動き回り、大声で指示を飛ばしている。

 

「ふむ。カルタからの連絡は?」

 

「すでに勧告は再三にわたって行っていると。……まあ、標的はガン無視っぽいですけどね」

 

 当たり前だ。そうでなければ今まで何のために戦ってきたのか分からなくなってしまうだろう。

 

「……それと、モージがなにやら不穏な動きをしていると」

 

「不穏?」

 

 思わず聞き返す。他ならぬモージの兄たるマグニがそのような表現を用いることに驚いたからだ。

 

「カラードに対して交渉、もとい要請をしてきたんですよ。

 “火星にある鉄華団本部への護衛を寄越せ”とね」

 

 それはなんとまあ、無茶を言う。

 そんな金がどこにあるというのか。

 

 山猫一匹雇うのにいったい幾らの金が動くか知っているだろうに。

 

「……いや、クーデリアか?」

 

「そのようですね。蒔苗も一枚噛んでいるとも考えられますが」

 

 どちらにせよ、そういうことなら山猫を雇うことも可能か。

 

「それで、レディは誰をご所望だ? 人数は?」

 

「No.38フランソワ・ネリス、No.12ザンニの二名です」

 

 フランソワはまだしも、ザンニとは。また大きく出たな。

 あいつはカラードでも上位の実力者。報酬のレートも高額なはずなのだが。

 

「今度はノブリスの白豚が絡んでいるか」

 

「仰る通りです。あの豚が何を考えてるのか分かりませんが、大方、テイワズのギャンブル中毒の影響かと思われます」

 

 あのギャンブル中毒者め、余計なことを。

 ああいう手合いはいきなり方向転換するから苦手だ。

 率直に言えば嫌いだ。

 

「……とはいえ、依頼内容は比較的ハードルの低いものですからね。それだけ手を回せば払える額だと思いますよ」

 

「確かに、アリアンロッド艦隊を単騎で撃滅しろ、とか無茶な依頼だったら一国買えるくらいの額になろうが」

 

「そんな依頼、誰が出すんです?」

 

「分からんぞ。世の中ぶっ飛んだ奴らなんてそこら中にいるからな」

 

 アクアビットとかアクアビットとか。

 ついでにアスピナの馬鹿野郎どもとかな。

 もしくは俺とか。

 

「まあいい。きっちりお支払いいただけるなら承認してやれ。あの二人も暇を持て余していることだろうからな」

 

 ザンニ以上のランクのやつに至ってはもはや強過ぎて一方的な虐殺になるくらいだからな。AMSとアクチュエータ複雑系の力は凄まじい。

 これに『アレ』を搭載した日には目も当てられない有様になるだろう。

 自重せねば。

 

 

 

「ついでと言っちゃなんですが、もう一つご報告が」

 

「いい、話せ。聞ける時に全て聞いておく」

 

 今後も忙しくなるだろうしな。

 

「では……

 

 先日のアーヴラウ領モスクワでの密談なんですがね、どうやらインテリオルグループが裏で手を回していたみたいです」

 

 蒔苗のいないこの時期に行われた、アーヴラウモスクワ代表とアフリカンユニオンの重鎮との密談のことだ。

 奴のいない時期を見計らったかのように行われた会談。明らかに怪しいので探らせていたのだが。

 

 どうやら欧州の百合の園が絡んでいたらしい。

 

「何を考えているのか知らんが……引き続き調査を続行しろ。ああ、なるべく無茶はし過ぎないようにな。あのグループは侮れん」

 

 どこぞの世界では素知らぬ顔で偽りの依頼をぶっ込んでくるほど面の皮の厚い連中だ。腹黒とも言う。

 

 欧州はなにかと魔境だ。

 レオーネメカニカとメリエスという二柱が支えるインテリオルグループと、欧州最大の勢力たるBFF社。さらには変態企業の本社まで居を構えさながら戦国時代と化している。

 さらに言うならアフリカンユニオン自体がカオスの只中だ。

 

 西にインテリオルとBFF。東にあのオーメル、イクバールだ。

 実質、あそこは三つ四つの勢力に分かれていると見た方がいい。

 

 反面、アーヴラウの有力企業はテクノクラートのみ。オセアニア連邦に至っては領内の( ´神`)企業がSAU寄りの態度を見せている有様。

 

 アフリカンユニオン全体と張り合えるのはGAを抱えるSAUのみである。

 

 

「……なるほど。モスクワの代表はなかなか聡い。これを機に欧州勢力と手を結び、ユーラシアをアーヴラウから切り離して代わりに欧州と融合する気か」

 

 それならばアフリカンユニオンとアーヴラウの双方から力を削げるし、欧州企業を身内に入れれば他経済圏に十分対抗できる力を手に入れられる。

 

「さすがに飛躍し過ぎでは?

 いくら欧州が独自路線を走っているとはいえオーメルと正面切って争うほど愚かでは無いでしょう。

 それに、モスクワにしたってテクノクラートが黙ってませんよ」

 

「テクノクラートはイクバール寄りだからな」

 

 あんだけ離れているのに律儀な企業である。

 

「アーヴラウにしたってテクノクラート以外にも有力な企業は多い。オセアニアには人革連だってありますからね」

 

 要するに、地球圏も水面下で日夜暗闘が繰り広げられている魔境ということだ。

 

 実に頭の痛い話である。

 

 

 

 

「まあ、俺の基準は『AC計画』の情報を入手しているかどうかなのだがーー」

 

「トール様、『アーサソール』の整備終わりましたよ!」

 

 梯子を登りながら整備主任の男性が声をかけてきた。

 

「ご苦労。では作戦開始時刻までは休息時間とする。各自、万全の体調に整えておけ」

 

「イエッサー!」

 

 元気に返事をしながら男は立ち去り、片付け作業などを行なっている整備士たちに声をかけて回っていた。

 

 それを尻目にトールは調整を終えた自機に視線を移す。

 

 

 相変わらず真っ黒なカラーリングに、頭部はカルタの艦隊で使用されているグレイズ・リッター。ここまではいい。

 しかし、その胴体、脚部、右腕は全くの別物に変貌しており特に右腕は左腕との対比で実に二倍以上の大きさに肥大化している。

 

 騎士(リッター)と呼ぶにはあまりに歪で無骨な見た目。

 右腕と胴体、脚部を覆う重装甲が主な原因ではあるが、右腕のそれはよく見れば何本かの太いチューブが絡みついておりその先は腰に備えられた大きなバッテリーのようなものに接続されている。

 

 加えて機体の横に置かれた巨大な戦槌(ウォーハンマー)。機体と同サイズに近い大きさのそれの打撃部分には、四隅に窪みが存在し、微かに噴射口のようなものが見て取れた。

 

 

 

()()()()()。重力下でこそ真価を発揮できる機体だ」

 

 もう一つの愛機を眺めながらトールは満足げに笑みを浮かべた。獰猛な獣のような笑みを。

 

 

 

 

 

 

 

 




【おまけ】

『アーサソール』

トールが激しい戦闘を行う際に使用する機体。
アーサソールというのは通称で、本来の機体名は『グレイズ・クルーガー重装甲型戦槌仕様』である。または『トール専用グレイズ・クルーガー』。

グレイズ・クルーガーというのは、AC計画の反省からグレイズフレーム主義に立ち戻ったギャラルホルン軍部が開発を行っていたグレイズの派生機の一つである。
クルーガーの名の通り、攻撃特化型として開発が進められていた本機だが、本来のグレイズの汎用性からまたも正式採用とはならず実験段階のままで放置されていた。
それをトールが発見、回収し、『民衆受け』を前提として改修が繰り返された結果、現在の姿となった。
そのため、本来のグレイズ・クルーガーとしての面影は頭部にしか存在せず全く別物になっている。

主な武装・機能
“ブーストハンマー”『ミョルニル』
専用大型バッテリー『メギンギョルズ』
ミョルニル専用大型腕部『ヤールングレイプル』



※武装や機能の詳細は次回に。併せて各パーツの正式名称も記載します。


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茶番なりし孤島決戦

すでに息切れしそう…


「警備隊各機へ」

 

 アーサソールのコックピット内にて、トールは出撃を持つ部下たちへと通信を繋げていた。

 

「我々の目的はクーデリアの確保ならびに火星圏より訪れた招かれざる客『鉄華団』の撃滅である……表向きは」

 

 その言葉にも部下からさして反応はない。皆すでに本作戦の本当の目的を伝えられていたためだ。

 

「あの小娘を捕らえて一番得するのはイズナリオだ。次点でエリオン。どちらも汚職の権化だ。

 まあ、ギャラルホルン全体として見てもクーデリアの言動はマイナスに働くのは間違いない。

 

 

 しかし。

 たとえクーデリアを排除したとして、後に待つのはさらなる腐敗だ。すでに腐敗の温床と成り果てた統制局にこれ以上の腐敗を招けば、遠からぬうちにギャラルホルンという大樹の崩壊、秩序の崩壊に繋がるのは確実である。

 

 なればこそ、これはデモンストレーションに過ぎない。

 が、この先に待つ真なる戦い、『聖戦』に至るための重要な局面が今であるということをまず念頭に置いて行動してもらいたい。

 

 ……では、これより作戦を開始する」

 

 トールの言葉に隊員たちは揃って「了解」と応えたのち、揚陸艦のMSデッキから順に機体を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ! 反応を感知! 来ます!!」

 

 先行した三機編成のグレイズ小隊の一機が告げる。

 それを聞いた隊長が短く指示を出し、小隊は三方向に別れて進む。

 

 それらの見据える先には、厄災戦の英雄・ガンダムフレームの一機たるガンダムバルバトス。

 損傷したフライトユニットを排除し、重力下での機動性を向上させる調整が為されている。

 

 その初動は凄まじく、敵機襲来の連絡が届いてから一番早く出撃したのがこの機体であったのはパイロットの要因ながら、海岸付近で迎え撃つに至ったのはひとえに機動性ゆえであろう。

 

「来い!!」

 

 急速接近してくるバルバトスに合わせ、隊長機が後腰から刀を抜き放ち逆手に構える。

 

 まずは勢いを止めようと盾役を買って出たのだが、予想に反してバルバトスは手にした無骨な武器を二又に分かれさせ、レンチのように挟んできた。

 

「ぬぅ!?」

 

 咄嗟にバックブーストで後方に下がったものの、得物たる刀はガッチリと挟まれ一瞬にしてへし折られてしまった。

 

「あーーーー!!!!」

 

 その光景に隊長は思わず悲鳴にも似た叫び声をあげる。

 余談ながらこの刀は、隊長が司令官に憧れて必死で武功を重ねて資材班に頼み込んでようやく貰えた装備だった。

 今は見るも無残な有様だが。

 

『隊長、うるさいですよ』

 

 言いつつ、部下の一人がバルバトスの横から剣を突き立てる。

 しかし、三日月・オーガスの乗るバルバトスがその程度の攻撃を食らうはずもなく、軽く後ろに仰け反ることで躱されてしまう。

 

「っ!!」

 

 しかし、その背後にはもう一機のグレイズがすでに迫っており、僅かな隙をついてバトルアックスを打ち付ける。

 そのコンビネーションの前に、さすがのバルバトスも一撃もらってしまう。

 とはいえ、MSの堅牢さゆえに致命傷には至らず、一撃貰ってしまった苛立ちからか刀を挟んでいたレンチメイスを高速で振るう。

 

『のわっ!』

 

『ぎゃっ!』

 

 阿頼耶識システムの反応速度、バルバトスの機動性から放たれる一撃は容易に回避できるものではなく、二機は盛大に吹っ飛ばされる。

 それだけで装甲に亀裂が入るが戦闘継続には支障ない。

 

「くっ、こいつは俺が抑える。お前らは後方からの支援に回れ!」

 

 隊長は予備兵装として持ち込んでいたバトルアックスを抜き、バルバトス一点にのみ注視する。

 

 隊長の階級は少尉。とはいえ選りすぐりたる警備隊に配属された実力は伊達ではなく、武功だけで新兵装を見繕ってもらえるくらいには強い。

 

 対するバルバトスも、宇宙で散々に死線を潜り抜けてきた猛者であり阿頼耶識システムを三度に渡って受けて生還したツワモノ。

 

 構えては見たものの、その実力差を感じ取った隊長は冷や汗を流していた。

 その時ーー

 

『ヒャッハーーー!!』

 

 機体の後方から、無数の弾丸がバルバトスへと到来した。

 遥か後方からの銃撃は止むことはなく、それがガトリングガンによるものだと視認できる距離まで迫ったところで隊長は、ようやく他の機体が到着したことを悟った。

 

「し、死ぬかと思った」

 

 安堵の息を零した彼は、部下二人に指示を出しつつ、追い付いた他の部隊のいる位置まで後退した。

 

 

 

 

 

 

 

「一隻?」

 

「ああ、確認できる範囲だと艦艇はそれだけしか見当たらない」

 

 一方、警備隊の奇襲にてんやわんやしていた鉄華団司令部ではオルガとビスケットが戦況の把握に努めていた。

 

「軌道上で戦った奴らじゃない……?」

 

「交戦中の敵MSの特徴からして……おそらくは、三日月とモージさんが戦っていたトール・イブン・ファルクの部隊である可能性が高い」

 

「確か、独立機動艦隊だったか? だが、その艦隊は今、圏外圏の海賊退治に出ていると……」

 

 先日の大気圏突入時の混戦にて、鉄華団はトールと名乗った黒いグレイズの力を脅威に感じていた。

 そのため、地上に降りてすぐにトールのことについて調べていた。

 

 結果、独立機動艦隊を率い、セブンスターズの第一席イシュー家の一人娘の後見人をも務める権力者であるところまでは掴んでいた。

 そして、その艦隊が鉄華団と入れ違いになる形で圏外圏に向かったことも。

 

 となれば、トールとの再戦はもはや無いものと安堵していたのだが。

 今日になってその認識が誤りであることを彼らは悟った。

 

「まさか、この前の戦闘で因縁付けられたわけじゃねぇよな」

 

「どうだろう。あれだけの権力者で腕も立つとなると、案外、プライドが高い人物かもしれない。結果として僕たちは地上に逃げることに成功してしまったからね」

 

「くそ、迂闊だったか……!」

 

 勧告をして来たのがカルタであったことも油断を後押ししていた。彼らはてっきりカルタの部隊が追撃してくるものだと思っていたのだ。

 

「奇襲をかけてきたのを見るに……いつものギャラルホルンみたいな妙な礼儀正しさとかは期待できない。

 彼らは本物の軍人たちだろう」

 

「っ、海岸の方にはアジーさんたちにも出てもらってる。こっちは昭弘とシノで頑張ってもらうしかねぇ」

 

「でも、肝心のトール本人が未だ現れていないのが気掛かりだ。

 あの手の人物が後方で待機しているとは思えない」

 

「そうだな。屋敷の方は作戦通りライドたちに見てもらってる。来るとしたらこっちしかない、か」

 

 未だ戦場に姿を見せない最大の脅威に警戒したオルガたちは、海岸で戦闘を続けるバルバトスに、一旦こちらまで退がるように指示を出した。

 

 

 結論としてその判断は正しく、しばらくしてビスケットの懸念通り、沖合から超高速で接近するエイハブ・ウェーブの反応が確認された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この反応! ラフタ、例のヤツが来た!!」

 

 敵MS六機と戦闘を続けるアジーが、沖合から急速接近する反応に気づく。それは、先日と同じように凄まじい速さで迫っており、これまでの情報から十中八九トールが乗った機体であると判断した。

 

 遅れて、ラフタもカメラにその姿を捉え即座に射撃を行う。

 だがーー

 

「ウッソ!? ビクともしないんだけど!?」

 

 いくら牽制用の武器とはいえノックバックもバランスを崩したりもせずそのまま突っ込んでくるMSに驚愕を顕にした。

 

「ラフタ!」

 

「きゃっ!」

 

 そして、凄まじいスピードのままに通り過ぎる黒い機体。

 至近距離ですれ違ったラフタの漏影はバランスを崩して転倒する。

 

 戦場においてそんな間抜けな格好でいることなど自殺行為に等しく、慌てて機体を起こした彼女はすれ違いざまに見た機体の異様さに呟きを漏らした。

 

「めっちゃゴツくなってない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。とりあえず実験は成功か」

 

 背中のユニットをパージしたトールは、重力に従って地上へと機体を降ろす。

 

 トールが語ったのは今まさにパージしたモノ。

 簡易追加ロケットとでも言うべきそれは、トールが開発したVOBという巨大ブースターの文字どおり簡易版であった。

 本来、長距離移動を高速で行うための手段であるVOBであったが、その汎用性を狙ったトールは、VOBと同じく戦線を強引に突破する手段として、またVOBよりもコストを抑えた量産品としてミニVOBの研究を行っていた。

 此度の戦闘がその実験に相応しいとして、並行して実験データの収集もトールは行わせていたのだ。

 

「途中で火を吹いたり爆散されたら困るからな」

 

 自分で作らせておいてVOBには厳しい目を向けるトールは、今回の実験結果に一応、満足していた。

 当たり前だが、ロケットブースターが途中で爆散するなど明らかに整備不良が原因であり、普通は実践段階まで進んだモノは爆散しない。

 トールの妙な心配に付き合わされる開発陣の苦労が垣間見得た瞬間であった。

 

「さて……」

 

 一言つぶやいたトールは、モニターに映る敵MSへと注意を向けた。

 

 

 ふざけているようにも見えるペイントが施されたピンク色のグレイズ。

 どっしりとした構えを見せるガンダムグシオン。

 

 そして、レンチメイスを片手に佇むバルバトス。

 

 

 容赦ないバルバトスを警戒して少し手前で着地したトールであったが、結果としてその判断は正しかったと言える。

 

 手前でミニVOBをパージした瞬間に、三日月が小さく舌打ちをしていたのだから。

 叩き落とす気満々であったと言わざるを得ない。

 

 

 例のごとく通信を繋いだトールは三日月、昭弘、シノ。そして後方に控えるオルガへと声をかける。

 

「初見となる。こちらトール・イブン・ファルクだ」

 

 語りながら、手に持つウォーハンマーを肩にかける。

 

「諸君らには多くの罪状が出ている。しかし、それらの多くはクーデリア嬢の身柄を確保することで解決できる問題だ。

 率直に問おう、クーデリア嬢の身柄を引き渡したまえ」

 

『ハッ、何を言うかと思えば。いい加減、その台詞も聞き飽きたぜ。

 ……生憎だが、こちらも仕事でね。大人しくお引き取り願おう』

 

「ふむ」

 

 良い返事だ。とトールは思った。

 指揮官としてはともかく、鉄華団という少年たちを纏める団長という立場に限定して見れば、好感を抱ける部類の人間だとも思った。

 

「了解した。

 ……ならば、こちらも全力でお相手させていただく!!」

 

 その声と共にトールは機体を急発進させる。

 

『来たぞ!!』

 

 シノの叫びよりも早く、三日月はバルバトスを発進させ、手にしたレンチメイスを振るった。

 応じて振るわれたトールのウォーハンマーはーー

 

『加速!?』

 

 打撃部の四隅に付けられたブースターを噴かしながらバルバトスのレンチメイスを弾いた。

 

 驚愕に動きを止めた面々の隙をついて集団の中央へと移動したトールは、そのままウォーハンマー・ミョルニルをぐるりと振り回す。

 

 鈍い音と共にグシオンと流星号が弾き飛ばされる。

 グシオンはともかく、流星号の装甲には大きな亀裂が幾重にも入り、その威力の高さを物語る。

 

 遅れて、メイスを持ち直したバルバトスが突撃しメイスを振り下ろす。

 

 トールも回転を止め、ブースターで加速させたミョルニルをぶち当てる。

 

『っ!!』

 

 単純な威力の差でまたもメイスを押し返したトールは続けて、振り抜いたハンマーをブースターによって反対方向へと急速に加速させる。

 

 アーサソールの主兵装たるミョルニルは全長においてグレイズとほぼ同じという超巨大ハンマーである。

 また、打撃部両面の四隅にある窪みにはブースターが仕込まれておりそれらを噴かすことで、急激な加速、反対方向への加速を可能としている。

 当然、これを扱うには専用に調整された腕部を必要とし、なおも無理な動きをすれば右腕ごとぶん取れる危うい武装である。

 

『……!!』

 

 だが、これを自在に扱えるからこそトールはこの機体に乗り続けこうしてガンダムフレームを圧倒するまでの立ち回りを見せている。

 

『っのやろう!!』

 

 バルバトスをハンマーで追いかけ回すトールに、立ち直った流星号が射撃を行う。

 

 しかし、グレイズのライフル程度ではビクともせず装甲部分に弾かれるだけであった。

 

『俺がやる!』

 

 次いで、昭弘のグシオンがロングレンジライフル二丁で狙撃する。

 

「むっ!」

 

 今度は着弾の衝撃によってアーサソールがたたらを踏む。

 

「バスターライフル……いちおう潰しておくべきか」

 

 装甲はなおも抜かれていないものの、その威力を脅威と判断したトールはグシオンへと機体を走らせる。

 

 と。

 

「っ!!」

 

 流星号、グシオン共になぜか後方へと退がる。

 そのことに違和感を覚えたトールは、急停止して地面へとミョルニルを振り下ろした。

 

『? なにしてんだ?』

 

 誰もいない場所にハンマーを下ろしたトールに一同が訝しみながらも、これを好機と流星号が攻勢をかけた。

 

『だめだシノ、退がれ!!』

 

 そこへ、何かに気付いた三日月が声を張り上げた。

 その瞬間ーー

 

『うおっ!?』

 

 ミョルニルを中心として、凄まじい電撃が発生した。

 それは稲妻のように可視化されるほどで、トールの感覚からすれば某携帯獣の必殺技のようにも見えた。

 

 超高電圧のそれは広範囲に渡って広がり、範囲内に収まった地雷が一斉に爆発する。

 

「やはりか」

 

 シノたちの不可解な後退から、もしやと思ったが予想どおりだった。とトールはミョルニルを振り上げて肩に担ぐ。

 

 ミョルニルのもう一つの機能。それは、腰の巨大バッテリーから送られる電力を右腕のチューブを通してミョルニル内部にある機構へと流し込み打撃部から放電するというもの。

 

 バッテリー、専用腕部、ハンマー。どれもが北欧神話の雷神トールを意識して作製された機能であり、アーサソールが『民衆受け』に特化した機体であることを示すものである。

 これを操るトールの姿はまさに神話の神の如しであり、海賊から救われた人々がトールを雷神と同一視したのは正に目論見通りと言えた。

 

「これで終わりか? 鉄華団」

 

『ぐっ!』

 

 ネタ武器と言えど、扱う者が手練れであればそれは十分な脅威となる。それがAMS機構を限界以上に使いこなす輩であれば尚更。

 

 その圧倒的な戦闘能力に怯むのは当然の結果であった。

 ただ一人、敵対者を屠ることに特化した三日月・オーガスを除いては。

 

「っ!」

 

 間合いを測る流星号とグシオンに気を取られた一瞬、背後上方から猛スピードで振るわれるメイスに気付く。

 

 慌ててミョルニルを振り上げるも、ブースターが間に合わずその重量ゆえに押し負ける。

 

「くっ!!」

 

 続けて隙なくメイスが振るわれる。

 仕方なくトールはミョルニルを持つ右腕を軸にして、機体各所に備え付けられた大出力ブースターを噴かし身体を回転させることによってそれを避け、ブースターで加速させたミョルニルでメイスを弾く。

 空中の不利を悟ったバルバトスが即座に距離を取る。

 

 三機のMSに囲まれながらもトールは寧ろそれらを圧倒していた。

 

「さて、次はどう出る?」

 

 戦場の昂り、AMSの負荷によって若干歪みを見せたトールの精神は、狂気の笑みを顔に表出させる。

 

 堪え難い破壊欲求に抗いながらも、トールは冷静な思考と興奮を器用に両立させる。

 常人にはとても耐えられない精神負荷を乗り越えた境地にある彼の精神は異常であり、すでに歪んでいる。

 

 ただし、当の本人は心の底から楽しげであった。

 

 

 

 そんな彼の至福の時を無情にも終わらせる通信が届く。

 

「む。この反応は……」

 

 突如、こちらに接近しながら通信を繋げてきたのはつい先日も感動の再会を果たした親愛なる部下。

 

 武装を全て取り外したストレイドを駆って、モージは告げる。

 この戦闘の終わりを。今後の歴史を大きく歪める交渉を。

 

『独立機動艦隊モージ准尉として、トール一佐にお伝えしたいことがございます』

 

 

 




そろそろ一期が終わりそうです。
あと十話以内と思われ。

そこを区切りとして余裕あればモージくん外伝を書いてみたい欲求に駆られてます。


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終幕の開演

溜める……。


「こ、紅茶を。お持ちしました」

 

「うむ、配慮、痛み入る」

 

「へ……あ、はい! 失礼します!」

 

 そう言って頭を下げた少女は急いで部屋を出て行ってしまった。

 幼女を愛でるのは紳士の嗜み、危害を加えるつもりはないのだが。

 確か、今の少女はアトラ・ミクスタであったと記憶する。

 

「トール一佐」

 

 名前を呼ばれ、対面するモージへと視線を移す。もう少し、貴重な癒しを味わいたかったのだが。

 仕方ない。

 

「……成長したなモージ。まあ、未成年のうちに放り出せばこうもなるか」

 

「その節はどうも。……いや、今はそういう話をしたいわけじゃなくて」

 

 この程度の会話で話題を逸らされるなど未熟。

 もう二年くらいは早めにカラードへ修行に出させるべきであったか。

 

 などと、場違いなことを考えているとモージの隣に座る女性が声をかけてきた。

 

「まずは、初めまして。

 私はクーデリア・藍那・バーンスタイン。火星独立自治区クリュセより参りました」

 

 いつまでも話を切り出せないモージを見兼ねたようだ。

 無駄な会話は必要ないと、彼女は私とサシで交渉をするつもりのようだ。

 

 ならばこちらも真剣な話し合いを始めよう。

 

「挨拶は重要だな。

 私はトール・イブン・ファルク。

 セブンスターズが一角、ファルク家の当主を務めさせていただいている。末席の身ではあるが、ファルク家の家名をかけて此度の交渉に臨ませていただく所存だ」

 

「っ、はい。私も、私の全てをかけて臨ませていただきます」

 

 いや、そちらまで全力で来なくても構わないのだが。

 いつの間にか冷や汗を垂らしながらこちらを凝視している。

 

「そう堅くならずとも良い。……して、私はそちらのモージ准尉からの打診に応じて参上した次第なのだが。

 交渉はクーデリア嬢が担当するということで構わないかな?」

 

「いえ。これは俺のワガママです。俺がーー」

 

「私と、彼で担当させていただきます」

 

 横から言葉を重ねたクーデリアは、モージを一瞥して軽く頷く。それに対してモージは少々頬を染めながら目を伏せた。

 アオ◯ルかな。

 ぶち壊したい。

 

 ……思考に妙なノイズが入ったようだ。まずは相手方の話を聞くとしよう。

 さて、モージは一体どのような変化を私に見せてくれるのか。

 

「まず、俺……私が受けた任務に背いたことをこの場で告白させていただきます」

 

 まあ、そうだろうな。あのような場所で所属を明らかにし私に話しかけるなど任務放棄と同義である。

 

「申し訳ございません」

 

 ソファを立ち、私の横まで来て膝をついた彼は恭しくこうべを垂れた。

 ……ふむ?

 

「いや、モージ。そのような()()()()はどうでも良い。私が気になるのは貴様が語ろうとしていること、要件に他ならない。

 無駄な時間を使わせるな」

 

「は……? あ、はい。分かりました……」

 

 一瞬、きょとんとしながらもモージは改めてソファに座りなおす。

 横ではクーデリアも些か驚いた表情でこちらを見ている。

 だが、興味がないので無視する。

 

 私が欲しいのは『口実』だ。

 当初の予定では、私の方から適当な理由をでっち上げて鉄華団へと協力要請を出そうと思っていたのだが、モージが思わぬ行動に出たために、そちらをまずは聞いてみることにしたのだ。

 

 

 

 現在、我々は孤島にある施設の一室にて交渉に臨んでいる。

 

 モージがストレイドでコンタクトを取ってきた後、彼の言葉に興味を抱いた私は戦闘行動を中止。部隊を撤収させたのちに、部下を二人連れて再度、この場まで赴いた。

 鉄華団側でどのようなやりとりがあったのかは知らぬが、到着した頃にはオルガ・イツカ、ビスケット・グリフォン、三日月・オーガス。そしてこの二名だけがおり、交渉を始めるにあたって我々三人だけがこの部屋まで赴いていた。

 

 一体、鉄華団の面々にどういう言い訳をしたのか、それとも全てを打ち明けてこの場に赴く状態まで持ち込んだのか。定かではない。

 

 とはいえ、私の興味はモージの話のみなのでどうでもいいことだ。

 

 

 

 

「ハーフメタル?」

 

 クーデリアから提示されたのは、なんの変哲も無い。これまでマクマードやその他に語ってきたハーフメタルの取引に関する譲歩だった。

 まさか、そんな話をするためだけにわざわざこんな場まで用意したのか?

 だったら期待はずれ過ぎる。

 

 ハーフメタルに飛びつくのはエイハブ・リアクターに全てを依存する古き者たちだけだ。

 すでに『新エネルギー』とそれに関する条約を地球圏企業と結ぶ私にとっては全く興味ない話。

 

「……加えて、今後の火星圏発展において。トール・イブン・ファルクの介入権限もお付けいたします」

 

 それを付け加えたのはモージだった。

 ふむ、ハーフメタルでは動かないことを彼は知っているし、何かを付けてくることは容易に予想していた。

 しかし。

 

「それだけか?」

 

「っ!!」

 

 そんな権限だけで私が動くと?

 まだ蒔苗との交渉も成立していないのに、発展などと。

 

 そもそも、そのような介入を無くすためにここまで来たのではなかったか?

 

 ダメだ。どういう了見か知らぬが、相手側から足元を見せに来ている。これでは交渉など成り立たぬ。

 一体全体、どうしてこうなる。

 

「……私は、火星で多くの悲劇を見ました。そしてこの旅路で火星だけでなく、我々人類全体が今、抱えている闇を見ました。

 私はそれを変えたいと思っています」

 

「私に演説は効かぬ。私は私の理念でのみ動く。

 ……スポンサーなら他を当たるんだな」

 

 その理想は気高く、きっと正しいのだろう。

 しかしすでに私の価値観はその域を逸脱しており、善悪や正否で物事を見る目はないのだ。

 

「ギャラルホルンにとって、貴殿は不倶戴天の敵に他ならない。

 角笛の威光によって今日まで守られてきた世界の平和は揺るぎなく、また、それを揺るがすことによる弊害、末路を見据えていないものに加担する由縁はない。

 ……火星のみの平和では事足りぬのだ。

 少なくとも私は、全人類規模での平和について俯瞰的視線に立って話をしている」

 

「ならばなぜーー」

 

「この交渉に応じたか、か?

 簡単なことだ。

 私は、私以外の視線から見た人類救済の意見に興味を抱いた。少なくとも、モージの言動から貴殿らがそれを携えて我が前に現れたと認識していた。

 要するに、私に予想外をぶつけてくれることを期待している」

 

「っ!」

 

 ーーその瞬間、クーデリアは目の前の男が『人ではないナニカ』に見えた。人の価値観、人類種としての本能的価値観から逸脱し、まるで人類を管理しているかのような傍観者的視線で彼は物事を見ているように思えた。

 否、それよりももっと根幹の部分。

 彼がそもそも『人を人と認識していない』という事実に気づき、その悍ましさ、得体の知れなさに恐怖を抱いた。

 

「相変わらず、無茶を言ってくれる……」

 

「そちらも随分な無茶を言っていると思うぞモージ。ギャラルホルンという体制に対して真っ向から反対する思想、理念、行動を起こそうという貴殿らを、そのギャラルホルンの重役たる人物に見逃してほしいと要求しているのだ。

 ん、そういえば結論はそこに行き着くということに間違いはないな?」

 

 その程で話を進めてきたが。

 

「ええ、間違いありません」

 

「ならば、其れ相応の対価を用意せよ。無条件の助けなど生ぬるい。そのような無茶が通るのは、相手が思念なき俗物である場合に限る」

 

 金のなる木、とクーデリアを見込んだ輩は早々に彼女に取り入った。結局は、クーデリアの働きよって発生する利益に群がるハイエナである。

 そうではない。私が望むのはそのような腐り果てたものではない。そんなものは物語の幕引きに似合わない。

 

「私が求めているのは此度の協力()()に限った対価である」

 

 クーデリアと鉄華団は、トールとは何ら関係ない。そう言い張れるほどのビジネスライク。

 今回の共闘のみに絞った対価を望む。

 

 現在、彼女らはなんら実績を示していない。ドルトの改革であっても、あれは労働者の長き戦いがクーデリアのほんの一押しで達せられただけであり、彼女だけの功績は未だ無い。

 

 実績がないにも関わらず、秩序を乱すなど、ギャラルホルンとしては見過ごせない。

 

 ……と、ここまで屁理屈を述べたきたが実のところ、正義などどうでもよい。ただ、ふざけた条件での協力など不本意なので少々いじわるをしてみようというわけだ。

 

 さてさて、次はどのような譲歩が飛び出すのか。

 

 

 

 

「……貴方は、いったい何を守るのですか?」

 

「ふむ? 質問の意図が読めんな」

 

「この腐敗した秩序とは名ばかりのディストピアを維持して一体何を守ろうというのですか?

 民ですか?

 ならば民とは一体誰のことを言っているのですか?

 一部の腐敗した上流階級の者たちですか?

 それとも、ドルトに変革を齎したような虐げられる者たちですか?」

 

「それは語弊を生む。

 私が守るのは秩序であり安定。

 今の状態こそが数百年の人類の繁栄を支えた概念である事実に変わりはない」

 

「ならば、なぜ。海賊退治を行うのですか?」

 

 む。

 

「不条理から民を救うことを使命とするならば、その根本的原因であるこの腐敗した秩序を守るのはなぜですか?

 

 貴方の正義はその時点で矛盾している」

 

 むむ。

 これは失態だな。先に正義と理念を語ったのは私だ。

 語るに落ちた。

 

「……続けたまえ」

 

「っ、わ、私は。私はあなたのその行いが善意からのものであると。そう思っています」

 

「……」

 

「もし……もし私の考えに間違いがないのならば、共に、その正義を貫いてみてはもらえませんか?

 私が望む変革。そのための力はまだまだ足りません。

 ですが、あなたが手を貸してくださるならば。辿り着くべき目標への道のりは大きく縮まることになる。

 

 あなたが語った不変の秩序。そして、あなたが行ってきた人々の救済。

 後者があなたの本心であるならば、どうか私と共に来ていただきたい。

 

 

 ……だって、その想いを、『嘘』で終わらせるのは勿体無いですから」

 

 言い切った。清々しいほど爽やかな笑顔で彼女はそう述べて、私に手を差し出した。

 

 ……予想以上だ。まさか此の期に及んで私を味方に引き込もうとするとは。中々に肝が据わっている。

 私がネチネチ語った嫌味も突破して、その決意をぶつけてきた。

 

 

「……」

 

「トール様……」

 

 緊張の面持ちでこちらの返答を待つ両人。対して腕を組み沈黙する俺。側から見れば結婚の挨拶に向かったカップルと父そのものである。

 だからア◯ハルなのか?

 いつの間にそんな仲になったんだ。

 グラドからそんな報告は聞いていない。

 

 

「いいだろう。クーデリア・藍那・バーンスタイン。

 貴殿の申し込み、受けさせてもらう」

 

「っ!! では……!」

 

「ああ。この時より、私、()()()()()()()()()()()()()クーデリアの同志として動く」

 

「クーデリア!」

 

 俺の言葉にモージは、居ても立っても居られなかったのかクーデリアの手を取ってはしゃぎだした。

 

「うぇえ!? ちょ、まだトールさんがいらっしゃるので!」

 

「大丈夫、トール様の『アレ』を乗り切ったらもう何やったって許されるんだから!」

 

 なんでも許すとは言っていない。というかアレってなんだアレって。

 

「まあ、構わんがな」

 

「トールさん!?」

 

 この後もしばらく手を取り合ってはしゃいだ二人だったが、落ち着いたのか赤面し恥ずかしげにもじもじしながら謝罪してきた。

 ……モージだけに? やっぱりア◯ハルぶち壊したい。

 

 いかんな、今日は思考に妙なノイズが入る。

 早急にこの二人から距離をとった方がいいだろう。

 

「今後については明日改めての方がいいだろう」

 

 色々とな。……やっぱりア(ry

 

「……分かりました」

 

 真剣な顔に戻ったクーデリアがそう応える。

 モージも同じく真剣に頷く。

 ……しかし二人の手はそこはかとなく繋がれたままでおまけに恋人繋ぎだったことを俺はしっかりと目にしていた。

 やっ(ry

 

「……待ってくれ」

 

 空気に耐えられず退出しようとしたところで、ひとりでに扉が開かれる。そこから現れたのは鉄華団が長、オルガ・イツカであった。

 

「何用かな? 交渉は無事に済んだ。今後、()()()()クーデリアに手を出すことはない。なんなら血判でも押そう」

 

「いや……それよりも確実な方法がある」

 

「なに?」

 

 そう言ってオルガがスッと横にズレる。

 その後ろから現れたのは、ラフな格好をしたツインテールの女性だった。

 必死に記憶を探り、該当する人物を探す。しかし脇役だったのかどうにも思い出せない。喉元までは出掛かっているのだが。

 

 対して女性の方は、目をキラキラさせながら興奮気味で口を開いた。

 

「お久しぶりです、トールさん!!

 ……やっと、お会いできましたね」

 

 目端に光るものを携えながら彼女は言う。

 いや、誰だ。

 

 すまんが知らない顔だ。

 

 素直にそう述べると目に見えて落ち込んだ。

 が、すぐに立ち直り、怒気混じりで問い返す。

 

「正気ですか!? 覚えていらっしゃらない!?

 コロニー21の事件で会いましたよね!?」

 

 事件は覚えているが。

 

「……知らんな」

 

 このような活発な女性と知り合った記憶はない。

 それにあの頃は若く、弱かったので賊を殺すことで精一杯だったから他のことを気に留める余裕はなかった。

 

 その後も事件に関連した質問が飛んでくるが、やはり覚えがない。まさか新手の美人局か?

 

 そう思い始めていると痺れを切らしたように青筋を額に浮かべた彼女が吠えた。

 

 

「ほら、十年前に海賊から助けてもらった!!

 

 エーコ・()()ですって!!」

 

 

 

 

 エーコ。

 どこかで聞いた覚えのある名前だ。

 

 

 




次回……!!
まだエドモントンに着かない!!!!

いや、ほら決闘(という名の公開処刑)が無しになった関係の尺合わせとかさ……


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謀[ハカリゴト]

風呂敷を広げることに定評がある筆者(当社比


「話が違うではありませんか!」

 

アーヴラウ某所、屋敷の一室にてアンリ・フリュウは吠えた。

 

「蒔苗東護ノ介は亡命先の島から一歩も出ることなく選挙は終わる。それでアーヴラウの実権は我々二人のもの、そういう話だったはずですが?」

 

「……」

 

対してソファに腰掛ける初老の男はイズナリオ・ファリド。ファリド家現当主であり、今のセブンスターズの中ではトールと対を成す権力の持ち主。

彼は瞼を閉じたままフリュウの小言を聞き流していた。

 

 

 

アンリ・フリュウ。

アーヴラウの議員である彼女は、セブンスターズのイズナリオと手を組み政敵である蒔苗を追放することで、アーヴラウでの影響力を高めていた。

元来、セブンスターズおよびギャラルホルンが経済圏の政治に関わることは許されていないのだが、昨今のギャラルホルンの腐敗状況からしてさほど目を引くほどの話題ではない。

無論、ごく一般的な市民からしてみれば寝耳に水な話ではあるが。

 

イズナリオ・ファリドも同様に腐敗したギャラルホルンでは暗黙の了解に近い政治介入を当然のように行っているのは最早様式美に等しい。

そもそも彼は野心家気質で、権力掌握もとい政治ゲームに長ける人物であり事実として現在のセブンスターズ内では僅かな差でトールに勝る権力を有していた。

 

その両人がこうして密会しているのは他でもない、厄介な政敵たる蒔苗が亡命先から出立したとの情報を得たからだ。

 

 

 

「トール・ファルク。ここ数年で急激に力をつけ始めたセブンスターズの末席。若年でありながら各経済圏の主要企業とのパイプを持つやり手。

……確か、貴方のライバルじゃなかったかしら?」

 

「戯言を……あのような若造を好敵手にするほど落ちぶれてはいない」

 

「確か、前にもそのセリフ言ってらしたわよね?」

 

「……」

 

イズナリオと手を組む際、アンリは彼に比肩する権力者としてトールへの警戒を強めていた。ともすればイズナリオではなく、トールと手を組むことを真剣に考えるほどに。

しかし、イズナリオはその懸念を一笑に伏し「遅れを取ることはありえない」とまで言い切っていた。

 

……本来なら彼の判断は正しい。当時のトールはアーヴラウにパイプを持たず、経済圏の中でアーヴラウは唯一の死角となっていたのだから。

イズナリオがそこを狙うのもごく当たり前の話で、本来は上手くいくはずだった。

 

 

彼の敗因は明白である。

 

トールが前世の記憶を持ち、イズナリオがアンリ・フリュウと手を組む、という未来を知っていたからだ。加えて、それを前提とした諜報活動を行っていればイズナリオの目を盗んで蒔苗と接触するなど造作もないことである。

 

以上の点からイズナリオは読み間違えた。

 

他経済圏においては依然としてイズナリオの優位は揺るがずとも、この一手の敗北は痛い。

よりにもよって一番距離の近いフリュウとの繋がりを暴露されかねないからだ。

そして、その一手を確実に差せる人物は蒔苗東護ノ介である。

 

即ち、イズナリオたちが生き残る道は蒔苗を排除する他にない。幸いというか現在蒔苗は、ギャラルホルンにとって反逆者たる鉄華団と行動を共にしている。

これとの戦闘のドサクサに紛れて消してしまえばいい。

これだけならイズナリオもさほど焦りはしない。

所詮は田舎のチンピラ集団としか認識していない鉄華団だけならばいつでも消せる。況してや子どもだけで組織された集団など敵にもならないとも思っていた。

 

ただーー

 

「トール・イブン・ファルク。……忌々しい、どこまでも私の邪魔をしてくれる」

 

トールが絡んでいるのなら話は別だ。

これまでトールに散々な目に遭わされてきたイズナリオだからこそ腹わたが煮えくり返りそうなほどに彼には憎しみを抱いていた。

それも、こちらの計画を絶妙なタイミングで乱すような、所謂『いやがらせ』と呼ぶべき横やりを入れ続けられ、反撃しようにも世論の支持の裏に隠れてしまい思うように手を出せない現状。

 

イズナリオは、蒔苗との明確な接点を持ったこの期にトールを完全に排除しようと考えた。

 

「『蒔苗氏を人質にされ、テロリストどもを取り逃がした』などと。そんな子どもだましが本気で通用するとでも思っているのか」

 

その言葉の通りにトールは統制局へと報告を入れていた。

トールの実績からしてそれはまずあり得ないことである。

 

これまで無数の海賊やテロリスト、反逆者どもを血祭りに上げてきたトールが、たかが人質程度で取り逃がすことなど万が一にもない。当然、これまで彼が解決してきた事案に人質救出が含まれているがゆえの推測である。

加えて、以前より関連を疑っていた蒔苗絡みの話ならば確実に黒であろうと。

 

なにより、またもいいタイミングでこちらの邪魔をしてきたのだ。

 

“絶対、コレいつもの嫌がらせだよね?”

 

と、イズナリオは結論づけた。

 

 

「奴がそのように報告してきた以上は、奴自身も簡単には手は出せない、いや、私が出させない。

……ならば、この期に蒔苗共々葬ってやればよいだけだ」

 

地球圏はあくまでイズナリオのものである。

当然、地球戦力は大半がイズナリオのもの。

 

地球は彼の庭にも等しい。

 

また、繋がりのあるボードウィンの嫡男は例のテロリスト集団と因縁の関係にあるとも聞いていた。

ならばボードウィンの戦力も投入できる。

そして、()()()()()

己が息子ながら高く評価する彼も投入すれば勝利は堅い。

 

イズナリオの中ではすでに勝負はついていた。

 

「安易な考えで私に刃向かったこと、後悔するがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……船についたか、ご苦労。彼らの要望にはできるかぎり応えてやれ。何か変化があれば報告しろ」

 

執務室にてマクギリスは、己が配下とした中年男と通信を行なっていた。

 

手短に指示を済ませ通信を終えた彼は、そのままゆったりと背もたれに体重をかけた。

 

「ここまでは順調か。あとは彼らが防衛部隊を突破できるかに掛かっているが、それだけは私にはどうにもできない。

頑張ってもらわねばな」

 

しかし、とマクギリスは眉をしかめる。

 

「随分と派手に暴れてくれたが、彼はいったい何を考えているのか」

 

マクギリスは、軌道上での一件から続けざまに孤島への襲撃まで行ったトールの行動に疑問を抱いていた。

 

今後の計画はすでに聞いている。だが、こうも表立って鉄華団と派手に遣り合う必要はないはずだった。

下手をすれば義父上に手札を与えることになるとも考えていた。

 

「奴なりに、『彼ら』を測っているのか?」

 

思えば、軌道上でも孤島でも先陣切って鉄華団のMS部隊と交戦し、相手の実力を測るような戦い方をしていた。

 

現在、マクギリスはトールとの接触を避けている。

理由は当然、間近に控えたイベントのためだ。

 

エドモントン。全てはそこで決まる。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎、その開幕。せいぜい派手に決めてやるとしよう」

 

全ては、腐った世界を変えるため。

私怨を燻らせたまま、マクギリスは来たる決起の日を楽しみに執務へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「統制局から、クーデリア追跡の権限を剥奪するとの通達がありました」

 

「だろうな」

 

トールが地球で唯一保有する艦艇、揚陸艦のブリッジにて彼はリラックスした様子で司令官席に腰掛けていた。

 

「なお、後任はイズナリオ様が受け持つとのこと。……非公式情報ではありますが、マクギリス様、ガエリオ様およびボードウィン家への出兵要請を打診した模様であります」

 

部下の報告を、トールはすでに知っていたかのように静かに聞いていた。

 

「蒔苗絡みの件と知れば是が非でも私を動かすわけにはいかんだろうよ。……それよりも、懸念事項だったのは鉄華団の今後の動向だ」

 

正史において、鉄華団は例の孤島でカルタの部隊による追撃を受けその戦闘によって団の頭脳であったビスケット・グリフォンを失う。

これによりブレーキを無くした団は強硬策によってエドモントンの激戦を辛くも生き残り、二年間の安寧を得る。

 

しかし、結局、ブレーキの無い、参謀のいない団は終盤で悉く選択を誤りついにはあの腐敗の権化ラスタルに追い詰められ壊滅した。

 

 

 

「となれば、現在も生き残ってしまっているグリフォン氏の諫言によってエドモントン行きが中止になる可能性も考えられたが」

 

交渉の翌日、同盟の詳細を詰めるために出向いた際には未だにエドモントン行きは決定事項となっていた。

ビスケットがオルガの決定に折れたのか、或いはそのビスケットがさらなる策を講じてエドモントンを目指すことになったのか。

 

 

まあ、ビスケットからの『提案』を聞くに後者であったわけだが。

 

「それについてですが、トール様。先日同盟を結んだクーデリア一行からの報告では、ひとまずアンカレッジを経由し鉄道路線による移動計画へと移行するとのことです。

それに伴い、先方からは路線上におけるギャラルホルン戦力の情報の提供を依頼されています」

 

「ふむ、私とて地球圏ではセブンスターズの末席に過ぎん。完全な把握は無理だと伝えておけ。その上で提供できるだけの情報を送れ。

……ついでに、()()()()()はモンターク商会の方が得意だとも教えてやれ」

 

「了解しました」

 

部下の返事を聞き届け、ゆっくりと背もたれに体重を乗せたトールは先日の交渉から今日までの出来事を思い返した。

 

ひとまず、鉄華団とトールは停戦。

これは当初から決めていたことなので特に問題はない。そもそも彼らとの戦闘は二回とも単なるデモンストレーションに過ぎなかった。地球圏という厄介な場所ゆえに統制局への言い訳を作るためだ。

 

これが圏外圏ならば適当に情報操作を行い、カラードから数名動かしてグラドの部隊を働かせればどうとでもなる。

 

「ならば、逆にこの状況を利用してしまえばよい」

 

誰にでもなくポツリと呟いたトールは、そのまま艦艇の赴く先。ヴィーンゴールヴまでの航路を思案に費やした。

 

 

 

これよりトールは数日の間、表舞台を離れギャラルホルン内部における精力的な『政治活動』を行うこととなる。

ギャラルホルンの腐敗を憂う者、逆にそれを甘受し私服を肥やす者。はたまたその双方に板挟みとなっている者。

それら『使える駒』を選定しつつ、トールは来るべき決起の日に向けて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トール様!」

 

不意に、シリアスな空気をぶち壊す陽気な声がブリッジに響いた。

声の主は自分もよく知って、いや、つい先日まで忘れていた懐かしいものである。

 

俺は振り返りその姿を確認する。

 

()()……部下の目もある。ブリッジには来ないよう伝えたはずだが?」

 

「そんなの覚えてませーん。それに、私は一応監視役で同行しているのでそういう命令は聞けませんよ?」

 

ナイスバディのくるくるツインテールの女性はそう言い切った。

確かにその通りだ。鉄華団ともそのような約束をしている。

 

「はぁ……まあいい。俺はこれからヴィーンゴールヴで政治ゲームをせねばならん。それまでは好きにしろ」

 

「はーい」

 

「……言っておくが、ヴィーンゴールヴにはさすがに連れていけないぞ。その格好では目立つし、下手に邪推されても面倒だ」

 

「それならマグニさんと同じようなスーツを着ていけばいいんじゃないんですか?」

 

それ以前の問題だろ。特にそのはち切れんばかりの肉塊をどうにかしない限りはどう足掻いても目立つ。

もっと言えば交渉の邪魔になるとも。

 

しかし、彼女が監視役として来ている以上はその目を盗んでギャラルホルン関係者と会うのはよろしくない。

 

鉄華団が俺をどのように見ているのかは不明だが、二回も戦闘を行なった経緯からして信用は皆無に等しいだろう。

 

結論からして連れて行くという選択肢が最適。

 

 

俺は軽く頭痛を感じながらも傍のマグニに声をかける。

 

「マグニ、シヴ……いや、エーコ嬢に合うスーツを用意してくれ」

 

「正気ですか、トール様?」

 

マグニも少し驚いたように声をあげた。

分かっている。あんなエロスの化身のような女性を連れていけば嫌でも目立ってしまう。

此度の裏方工作が慎重を要する行動である以上、必要以上に目立ちラスタルなどに目をつけられるのは避けたい。

 

だが、鉄華団に無意味に警戒されるわけにもいかん。

 

「サラシ……は、意味を成さないな。もういい、とりあえずスーツを着せておけば我が部隊の一員と認識されるだろう」

 

なるべくリスクは冒したくはないが、交渉におけるリスクと鉄華団の信用を損ねるリスクを天秤にかけた結果だ。

 

「わかりました。すぐに用意させましょう」

 

「頼む」

 

携帯端末を用いて部下に指示を伝えるマグニを尻目に、俺はエーコに視線を移す。

 

「? なんですか?」

 

小首を傾げながら問うその姿は、数年前からは考えられない。

 

「いや、お前も随分と明るくなったと思ってな。正直、言われるまで気づかなかったぞ」

 

 

数年前、いや、もう十年は経つか。

まだ海賊狩り初心者だった頃に発生したテロリストによるコロニー占拠事件。

試験運用中だったコロニー21を『リリアナ』を称する叛徒どもが占拠した事件だ。

 

当時、過激武装組織の新勢力として危険視されていたリリアナを犯人たちが名乗ったために統制局は事態を重く見た。

加えて、アリアンロッドのアライグマも彼らとのパイプを持たなかったために慎重を要する他なく、これをチャンスと見た俺はミミルとマグニを連れて事件の収拾へと向かった。

 

だが、未熟だった俺はリリアナからの猛反撃を受け機体は大破。ミミルとマグニの機体も其れ相応の損傷を負った。

 

機体から引き摺り出された俺はリリアナからの拷問を数日にわたって受け、心身ともに衰弱。

死を覚悟していたそんな時、ヒューマンデブリとして酷使されていた薄汚い少女に出会った。

 

拘束された俺の簡単な世話を任ぜられた彼女と数日を過ごし、その中で俺は彼女に少なからず恩義を感じた。

 

 

その後は、奇襲を仕掛けた部下二人の起こした騒ぎの隙を見て脱走。リリアナどもを何人か殺しながら格納庫を目指している時に、震えながら縮こまる彼女を見つけた。

前述の恩義から彼女を伴って格納庫に置かれていた修復中の愛機に乗り込んだ俺は、部下と共にテロリストどもを殲滅。事件の首謀者を数名捕縛し統制局に引き渡したことで事件は終わった。

事件後、テロリスト殲滅後に救助した人々を然るべき施設に引き渡したり、保護したヒューマンデブリを『私兵』にしたり施設に入れたりしていた際に、彼女もどこかに引き渡そうと思ったのだが。

 

彼女はそれを固辞した。

 

仕方なくしばらくの間、雑用としてガルムに置いていたのだが仕事の途中で知り合った運び屋の『名瀬(なぜ)』が“行くあてのない女性たちを保護したい”と語っていたのを聞き、彼の人柄ならば彼女を任せられると考えた俺は、半ば騙す形で彼女を名瀬の元へと送ったのが最後のこと。

 

 

それから時が経ち、すっかりとその記憶も薄れた頃にこうして再会した。

 

当時は本当に浮浪者そのもののような見た目と、ボサボサの髪、そしてなにより『断崖絶壁』だった胸部から、先日再会した時に気付くことができなかった。

そもそも、彼女はこんなに活発ではなくどちらかというと大人しめな少女だったのだ。

 

 

それがどうしてこうなったのか。

 

「名瀬め……いったい、どういう教育をしたらこうなる」

 

大方、『いやらしいこと』ばかり教えていたのだろう。

というよりもあの組織自体が子供には色々と教育によろしくないものであるのは俺も知っていたが。

 

 

 

それに、後から思い出したがエーコというのは『原作』でもタービンズの一員として登場していた。微妙に影が薄くて忘れていたが、壊滅したタービンズでも数少ない生き残りでもあったはずだ。

 

つまり、俺は十年以上も前から原作ブレイクしていたというわけか。なかなかに末恐ろしい。やはりバタフライエフェクトは人間にどうにかできるものではないな。

 

ちなみに、シヴという名前は当時『名前』が無かった彼女に俺が与えた仮名である。

 

確か、正史ではタービンズ姓を名乗っていたと記憶するが。

そうなるとエーコというのも名瀬が付けたものと思われる。

 

 

 

「パパンが付けてくれたの、可愛い響きでしょ?」

 

「パパン」

 

前世ぶりに聞く単語に思わず声に出してしまった。

そうか、この世界ではそういうことになってるのか。

 

これは、俺の知らないところでも色々と相違点が出ている可能性があるな。

 

 

「そんなことよりトール様」

 

「そんなことではない。俺にとっては非常に重要な事柄だ」

 

こうして俺の知らない相違点を認識してしまうと、俺がこれまで慎重に根回ししてきた苦労が無駄になる不安に駆られる。

『カルタに世界を献上する』。

そのために十数年を生きてきた身としては、無駄になるのはなんとしても避けたい。

俺はこれまでもこれからも彼女に『最高のプレゼント』をするために生きている。

 

 

「なんだかこの船、女の人を見かけませんけど」

 

俺の抗議をスルーして彼女は続ける。俺も諦めて素直に聞き耳をたてる。

 

「当たり前だろう。仮にも軍属の艦艇。乗組員は皆軍人だ。軍人の女性比率が低い以上は女のいない部隊など珍しくない」

 

「でもトール様は大貴族なんですよね?」

 

「……まあ、一応セブンスターズの末席。最高権力者七人の一人ではあるな」

 

「じゃあ、妾の人はどこにいるんですか?」

 

「は?」

 

思わず間の抜けた声をあげてしまった。

この娘は、いったい何を言っているんだ?

 

「パパンが、貴族なら妾をいっぱい囲むもんだって。セブンスターズなら数え切られないくらい妾がいるって」

 

穿った見方をし過ぎだ。確かに一昔前はそれが義務でもあり、中には数十人を妾にするセブンスターズも居たが。

 

少なくとも俺はいない。

 

ファルク家を残すつもりもないし、そもそも『セブンスターズを残すつもりがない』。

 

もっと言えばギャラルホルン自体、潰すつもりだ。

 

「そんなものはいない。分かったら大人しくしてーー」

 

「なら私が第一夫人ですね!?」

 

どうしてそうなる。

食い入るように身を乗り出す彼女。当然、二つのたわわが強調される。

部下の数名がガタッ! と音を立てて椅子から身を乗り出した。おい、貴様ら。

 

ちなみにマグニは、シヴとしての彼女を知っているからか至って平静である。

 

「……もはや何も言うまい。

 

マグニ、そろそろヴィーンゴールヴだ。準備をしておけ。

それと、出向く前に先ほど伝えた指示をミミルへ伝えておいてくれ」

 

「了解しました」

 

マグニは敬礼の後、すぐに準備を行うべくブリッジを後にした。

 

 

ヴィーンゴールヴ。

セブンスターズの屋敷が立ち並び、ギャラルホルンの重鎮たちが居を構える最高意思決定機関の本部。

俺は改めて、ギャラルホルンの勢力図を脳内に再生する。

 

 

バカ当主のクジャンを抱え込むエリオン。ボードウィンを抱え込み現在の最大勢力となったファリド。イシュー家の代理を務める我がファルク。静観を貫くバクラザン。

 

一番警戒すべきはエリオンでもファリドでもない。

バクラザンである。

 

 

あの御老体、どの勢力の誘いにも応じず沈黙だけを保っているのだ。当初は事態が治るのを待っているのかと思ったが、ここまで来て沈黙しかしないのは少々不気味だ。

杞憂であってほしいが、俺の嫌な予感というのは最悪な形で当たるジンクスがある。

気を引き締めてあたるべきだろう。

 

 

 

 

 

 




カラードのランクは原作とは別物です。
No.はカラードに登録された順ということで。

また、カラードに登録されているのはBFFとアクアビットを除くリンクスたちです。
fa時代の人は殆どいない感じで。


フランソワ・ネリス?
さあ?知らない名前ですね(筆者の趣味もとい性癖


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エドモントン

書きたいことが多過ぎて……でもそれを纏める能力はない。
酒飲まなきゃやってらんねぇっすよ!


ーーアーヴラウ領・エドモントン郊外。

 

ここに至りすでに三日が経過していた。

 

 

 

「くそっ、いつまで待たせる気なんだアイツは!」

 

「まだ相手側に動きはないけど、このままここに陣取っていても状況は変わらない。もし、これで背後から襲撃を受ければこっちはジリ貧だ。

……考えたくはないけど、謀られたと見るべきかな」

 

援軍として訪れるはずであった『あの人』の姿は三日経っても見えず、鉄華団の中でも不安と疑念が広がりつつある。

 

「いや、あの人は妙に義理堅いところがある。やると言ったらやるよ」

 

「モージさん……」

 

彼が信頼する人ならば大丈夫、私はそう思えるからまだ冷静だ。だが他のメンバーからしてみれば『あの人』は敵対組織の権力者で二度も戦闘を行なった関係だ。

信じろというのが無理な話かもしれない。

 

「……モージ。この際だからハッキリ言っておくが、俺らはまだお前を許しちゃいない。ただ、これまでお前に助けられてきたのも確かだ。

だから、今回の件でしくじったらーー」

 

「ああ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。……それだけの覚悟は出来てる」

 

団長さんの言葉に、彼は強い意志を持った瞳で応え真っ直ぐとその目を見つめた。

 

「お前……」

 

「……まあ、あくまで最悪を想定した話だよ。僕としてもモージさんの覚悟を疑うようなことはしたくないしね」

 

「……俺だって分かってるさビスケット。なにより、お前の策だ。俺はいつだってお前を信じてる」

 

ビスケットさんの言に団長さんも少し笑みを見せた。

孤島で二人の間に何かがあったらしく、これまで以上に両者の絆が深まっているように思う。

やはり、団長さんの隣にはビスケットさんがいないと。

 

「フミタン……」

 

ーー私も、彼女にもらったたくさんのものを胸に、ちゃんと彼女に胸を張れるように頑張らなくては。

 

ふと、横に視線を向けると彼が複雑そうな表情でこちらを見ていた。

 

「モージさん?」

 

「あ、いや、なんでもない。……ちょっと、機体の調整に行ってくる。どのみち戦闘は避けられそうにないしな」

 

そう言ってそそくさと格納庫に向かう彼。何か、隠し事をしてるように見えたけど。

 

とにかく。

 

「今は、あの人を信じて待ちましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄華団とトールの密約。

それはエドモントン到達に際しての助力である。

 

厳密に言えば、エドモントン市街地に至るための助力。ギャラルホルン内部に潜む協力者たちを率いて、アーヴラウ政権に介入しているイズナリオ・ファリドを糾弾。その悪事を世間に公表することでファリドの権威を失墜させ、ギャラルホルンという組織に変革を齎す。

というもの。

 

これにより、イズナリオを引き摺り下ろすついでにアンリ・フリュウを追放し蒔苗をアーヴラウの代表の座に据えることができる。

あくまでイズナリオへの制裁を名目にしているため蒔苗とトールが関わることは無いし、そもそもそんな情報はトールを警戒していたイズナリオくらいしか持っていない。……正確には、情報そのものはラスタルも耳に入れている。だが、動けるだけの材料が揃わないのだ。

トールもそれを見越して最小限のリスクで蒔苗と関係を保ってきた。

 

鉄華団としては願っても無い助力であり、ギャラルホルンの変革についても半信半疑ながらも現実となればプラスに働くことは間違いない。

 

 

団長オルガ・イツカとしては賭けに近い決断だが、ビスケットにとっては成るべくして成る策だという確信めいた思いがあった。

それは事前に調べたトールの履歴と民からの絶大な支持によるもの。

民衆から『ヒーロー』として見られている彼ならば、必ず民衆受けを狙ってくると考えたのだ。

 

 

果たしてその予想は的中しており、三日という遅延こそあったものの。トール・ファルクはヴィーンゴールヴを中心に駆けずり回って集めた『同志』を纏めてエドモントンへと到達した。

 

ーー同時に、イズナリオの要請によって出兵した一軍も三日の遅延によって到着する。

マクギリスの妨害工作によって遅れに遅れたイズナリオの私兵と、鉄華団への復讐のためだけに部隊に加わったガエリオ、アインである。

 

本来、この戦いに参戦するはずだったボードウィン家の戦力はなぜか現れず、本隊の遅延と予定していた戦力の半分という事実にイズナリオが憤慨したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『突然のご無礼、失礼する。

 

私はトール・イブン・ファルク。

此度は、我がギャラルホルンの法を乱す不届き者を裁きに参った次第。

アーヴラウの賢明なる識者諸君には暫しお時間をいただきたい』

 

昼下がり、エドモントン市街のディスプレイに流れるニュースの殆どが一斉に切り替わり一人の男が現れた。

次いで、広告を垂れ流す巨大ディスプレイも男の映像へと切り替わる。

 

突然の事態に市民は困惑し、アーヴラウの議会場も混乱に見舞われた。

 

『今回特別に何社かのTV局に協力を仰ぎ、このような形での“会見”を実現させてもらった。

 

単刀直入に言おう。

セブンスターズが一角、ファリド家当主イズナリオ・ファリド。貴様がアーヴラウのアンリ・フリュウ議員と手を組み、不当に経済圏の政治に介入している事実。これを私は糾弾しに来た』

 

その言葉の後、映像がまた切り替わり、次々に写真や映像が流れる。それらは全てイズナリオがアンリと密かに手を組み政治に介入している証拠となるものだった。

こんなものを市街地に垂れ流され、当然のごとくアンリ・フリュウは激昂した。

 

「な、なんなのこれは!? 今すぐ止めさせなさい!」

 

怒声を飛ばす彼女だが、その言葉に議会の者たちもどよめくばかり。その光景に彼女は自身の政治生命の終わりを予感した。

 

 

 

イズナリオもまた映像を目にしながら、手にした杖をへし折らんばかりに握りしめた。

 

「やってくれたな……トール・イブン・ファルク!!」

 

激しい怒りを発露すると同時に、彼は『どうやってこんな大それた事をしたのか』を冷静に推理した。

 

TV局への協力、それは言うほど簡単ではない。つまりはメディアの掌握ということなのだから当たり前だ。加えてトールはアーヴラウに対してパイプを持たない。

たとえ蒔苗を通じて事を成すとしても、亡命していた蒔苗にそれは難しく、イズナリオも当然、その辺りの根回しは行なっていた。

 

では、どういうことなのか。

 

 

根回しは確かにした。だが、それはアンリ・フリュウを通してのことであってそれを越える『力』の前には意味を成さない。とは言え、ギャラルホルン最高権力者たる自分の後ろ盾は絶大な影響力を持ち、逆らえる存在など地球圏に存在しない。

つまりはギャラルホルンの力たる『軍事力』。それに対抗できて初めて自分の根回しを打ち消すことができる。

しかし、そうするためにはやはり自分のようにセブンスターズと手を組むほかなく。加えて、その軍事力を効果的に運用できるだけの『パイプ』、影響力を持つ組織または権力者でなければーー

 

 

「報告します! 映像の発信源はグレート・スレーブ湖、北の湖上です!」

 

部下からの報告に、イズナリオはようやく解答を得た。

 

「!! レイレナードか!」

 

 

 

レイレナード社。

新興企業でありながら、超高密度水素吸蔵合金及びそれを燃料とする実用燃料電池の開発によって一気に勢力を拡大した大企業である。

エイハブ・リアクターが実現されたこの時代ではあるが、リアクターの欠点である通信障害は依然として問題となっており、通信障害を発生させない理想的なエネルギーは常に求められてきた。

 

そこに現れた、効果対質量体積比に非常に優れた強化実用燃料電池は圧倒的なシェアを誇り、同社の開発した専用冷却装置の費用を鑑みても、ギャラルホルンが独占しているエイハブ・リアクターよりコストパフォーマンスに優れていることも人気を後押ししていた。

 

そんなレイレナードが本社エグザウィルを構えるのが旧カナダ北部にあるグレート・スレーブ湖の湖上なのである。

 

アーヴラウ領内に居を構える以上、同経済圏への影響力は当然絶大なものとなっており、老舗ながら技術的な衰えを見せる同経済圏の主要企業テクノクラートと比較しても、その勢力の差は歴然。

実質的なアーヴラウのトップ企業となっていた。

 

 

 

「馬鹿な、レイレナードと奴に繋がりなど無かったはずだ!」

 

イズナリオも当然、そこは入念に調べていた。調べた上で、見抜けなかった。

 

政治家としては間違いなくトールより数段上の手腕を持つ自らの『政治的敗北』に、イズナリオは言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

アーヴラウが混乱状態となっている頃、トールはすでにエドモントン郊外に到着していた。

 

手勢を率いて郊外に陣取る彼の一団は、MS数機と複数の『MT』によって構成されている。

 

愛機アーサソールのコックピットから顔を出し、トールはエドモントン市街地へと目を向けていた。

 

「生憎とライブ映像を送れるほど余裕はなかったのでな。……『本社』の連中にはあとで礼をせねばな」

 

ほくそ笑むトールの耳に付けられた通信機からマグニの声が響く。

 

『彼らからは言伝を預かってます。

“いずれ来たる『罪の清算』、それを成し遂げてくれるならば助力は惜しまない。故に礼は不要”……とのことです』

 

「相変わらず律儀な連中だ」

 

苦笑しながらトールは、彼らの言う『罪』を思い浮かべ、すぐに振り払った。

 

「……それは後で考えるべき事柄だな。

とりあえずは目の前のスケジュールからこなしていかねば」

 

ふと、時計に目をやり予定の時刻が来たことを確認した彼はコックピットに戻り、レーダーに視線を移した。

 

そこに、まるで示し合わせたかのように出現する複数の反応。

トールの部隊の背後から続々と現れる。

 

「マクギリスの報告通りだな。恐らくはイズナリオの私兵、そしてアインとガエリオか」

 

幼馴染の言う通り、ボードウィン家の戦力は訪れずイズナリオの直轄部隊のみが出現した。そのことに安堵しながらも、その中にもう一人の幼馴染の機体の反応があったことに少なからず複雑な心境を抱いていた。

 

予想はしていた、が、やはり落胆はある。

 

「……いや、それがお前の『選択』ならば、俺も全力でそれに応えよう」

 

呟き、部隊全体へと通信を繋げる。

 

「予定通りMS隊はここで敵の増援を迎撃する。MT部隊は先行しエドモントン市街への進入を阻むモビルワーカー隊を撃破せよ。

 

この戦いこそが『変革』を齎す大いなる一歩である。

腐敗せし『この世界』を変えるため、諸君らの健闘に期待する。

 

では、作戦開始」

 

雷神トールの言葉を受け、黒塗りの一団は一斉に行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちらMT部隊、予定通りこれから三隊に分かれて作戦を開始する』

 

「了解した。()()()たちはちゃんと鉄華団の方に回してやれよ」

 

通信機から聞こえる部下の言葉に冷静に応える。しかし隊長たる部下は疑問を感じたのか、少し言い淀んだあと質問を投げかけてきた。

 

『閣下、彼らはもう立派な兵士です。それを小僧共の寄せ集め集団にみすみす渡すなんて……本当に意味のあることなんですか?』

 

部下の言葉は最もだ。新入りと呼ばれている元スペースデブリの少年たちは、少し前にトールが海賊討伐をした際に保護した少年たちなのだが。

これまでと同じように、本人たちの意思を確認した上で、訓練所にぶち込みみっちりとしごき倒した新兵である。

 

隊長を務める彼は訓練所で教官役を請け負っていた人物でもあり、少年たちに愛着が湧いているであろうことはトールも承知していた。

 

「意味はある。鉄華団は確かに素人の集まりだがその熱意と『クーデリア』という駒は重要だ。

そして今後の歴史において『表舞台』に立ってもらう人材は是非とも欲しいからな。そのための先行投資が『それ』なのだ」

 

憮然とした態度のトールに、部下も諦めたのか小さく溜息を吐いて、

 

『分かりましたよ。でも、あいつらめっちゃ使える兵士になってますからね? あとで惜しかったなんて言わないでくださいよ!』

 

「うむ、惜しかった。……先に言っといたぞ、これでいいか」

 

『……』

 

ふざけているのか真面目なのか分からないトールの返答に、部下も沈黙した。

 

やがて何もなかったかのように気を取り直した二人は簡単に作戦の確認をして通信を切るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『レイヴマスカー』各機へ、これより我々はエドモントン市街入り口を封鎖するイズナリオ旗下のモビルワーカー隊を排除する。

なお、先に分かれたシャフター隊が鉄華団と合流次第こちらの救援に駆けつける。ブリーフィング通り彼らと協力して事にあたるのだ」

 

『了解!!』

 

通信機から返ってくる元気のいい返事に、隊長も笑みを浮かべた。

そして、アクセルを全開にし隊長機たるレイヴマスカーのブースト速度を加速させる。

 

「では、攻撃開始ぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

一方、エドモントン市街入り口を守るギャラルホルン正規軍は穏やかな空気の中にあった。

 

「郊外に布陣して三日、ここまで何もしてこないとなると交戦無しに帰還できるかもな」

 

兵士の言葉に、同僚が苦笑交じりに同意する。

 

「違いねぇ。それにしてもバカな連中だぜ。ギャラルホルンの、それもトップに君臨する御方に真っ向から反抗しようなんて。

戦乙女だかなんだか知らねぇが、小娘一人担ぎ出したところで今更ギャラルホルンの体勢が揺らぐはずがないのにな」

 

二人して笑いながら、呑気に川の向こう側を眺める。その先には鉄華団が拠点とする建物があり、ここからは見えないもののもはや相手には戦意もないものと高を括っていた。

 

だが、次の瞬間その認識がまったくの誤りであることを彼らは知ることになる。

 

 

 

 

 

唐突に爆発し、炎を上げながら崩れ落ちるモビルワーカー。

 

「な、なにが起きた!?」

 

「わ、分からねぇ……っ、おい、アレを見ろ!!」

 

兵士の一人が叫び指を指す先。そこには真っ黒な塗装に統一された機械たちが疾駆する姿があった。

MSを小型化したような人型に、簡素なライフルとシールドを備える姿はエイハブリアクター搭載兵器に見える。が、その実態は実用型燃料電池で駆動するMT(マッスルトレーサー)と呼ばれる兵器群であり、中でも『レイヴマスカー』はリアクターを必要としない兵器の中でも総じてスペックの高い優秀な機体として主要企業に知られていた。

当然、ギャラルホルンの末端が知る由もないことだが。

 

パニックに陥ったギャラルホルンは各々が慌ててモビルワーカーに飛び乗って行く。が、それより早く接近したレイヴマスカーの一団が右手に装備した実弾ライフルを斉射した。

正確に動力部をぶち抜いた銃弾は、次々とモビルワーカーたちを爆散させていく。

 

運良くその攻撃を逃れた何機かが各方面に散らばる部隊に救援を要請しつつ、敵の方へと向き直り戦闘態勢を取った。

 

「やってくれたな貴様ら! 仲間の仇だ!」

 

咆哮し二門の砲塔から弾丸を打ち出す。

が、それらはシールドによって防がれ、防いだ機体の背後からぬるりと抜け出してきたもう一機のレイヴマスカーがライフルは放った。

 

「うわ、うわぁぁ!?」

 

コックピットに直撃したモビルワーカーは爆発と共に崩れ落ちた。

 

他にも全力疾走で逃げ惑うモビルワーカーたちに、レイヴマスカーはその長所の一つであるブーストを噴かし、彼らを上回る速度で逃げる背に追いすがる。

ロックオンと共に引き金が引かれ放たれたライフル弾がモビルワーカーを貫く。そして爆発。

これにより数分としないうちにエドモントン入り口の一つを封鎖していたモビルワーカー隊は全滅した。

 

「こちらの殲滅は完了だ、急ぎシャフター部隊に連絡しろ。モタモタしてると他所のモビルワーカーが寄ってくる」

 

周囲を警戒しながらレイヴマスカー隊隊長は述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、トール率いるMS隊はイズナリオの部隊と間も無く接敵する頃合いだった。

 

 

 

 

 

「我が『血潮』に等しきレイレナードの助力、反乱分子の結束、リアクターを有さない機動兵器MT。

これだけ揃えたのだ。そう易々とイズナリオに見抜かれては困る」

 

コックピット内、モニターに映る地平線の向こうから小さな影が幾つも現れた。

それらは土煙を巻き上げながら地上を疾走している。

 

イズナリオの私兵部隊である。

地球圏において最大の権力を有するイズナリオ。当然、彼が動かすことのできる戦力というのは膨大だ。

……が、それ故に私は『ギャラルホルン内部の反乱分子を集めた』。つまり、ヤツが出兵要請を出す相手を奪ってやったのだ。

 

もちろん、全てを味方に引き込むことはできなかったが『中立の立場』へと追いやるという手もある。

その残りカスというのが今、こちらに向かってきているMS部隊ということになる。

 

ギャラルホルン最大戦力たるアリアンロッドに比べれば虫のような小部隊に過ぎない。

対して、こちらには警備隊から連れてきた精鋭と、マグニがいる。

 

負ける道理がない。

 

 

 

やがて、敵集団の先頭を走るMS、ガンダムタイプからLCSが照射された。目標はもちろん俺の機体、『アーサソール』である。

 

『トール』

 

「ガエリオか、久しい……いや、そういえばこの前宇宙で会ったか?」

 

脇役過ぎてあまり記憶に残っていないのだが……。

 

『真面目な話だ、聞いてくれ』

 

「……」

 

『お前が何を考えて、こんなことをしたのかは分からない。お前はいつだって俺たちよりもずっと先を歩いていたからな。

 

だからなぜとは問うまい。

 

だが、俺にも、譲れない信念というものがある』

 

いつになく真面目なガエリオだ。

 

「鉄華団のことか」

 

前世の記憶でも、奴は鉄華団の殲滅に執着していた。その末にアイン・ダルトンを生体ユニットにし、正義などカケラも見出せないイズナリオの手先となって無様な姿を晒したのだ。

 

だから坊やなんだよ。

 

 

とはいえ、幼馴染の想いを無碍には扱えん。

せめて、その想いには正面から当たるとしよう。

 

『……それもあるが、俺が一番超えたいのは()()()、トール』

 

「……なに?」

 

……と、思っていたが違ったらしい。

おかしいな、こいつは今、鉄華団にご執心のはず。

予定とは異なる展開だ。

 

『お前はいつも俺たちの誰よりも先を行った。才能や努力、そんなありふれた言葉では言い表せない、なにか『執念』のようなものをお前には感じていた。

おそらく、そこなんだろう。

 

俺とお前、決定的に違う人間へと分けたのは』

 

「何の話をしている?」

 

『……アイツが()()()()()にご執心なのを知っていながら、お前はアイツを支え続けた。その側で()()の道を支えていたんだ。

 

俺には到底できないことだ。

正直、羨ましいよ』

 

さっきから何の話をしているのか、と思っていたが。

なるほど、ようやく何を言いたいのか分かってきた。

だが、それは大きな勘違いを含んでいる。

 

「お前が思っているような仲ではないぞ、俺とアイツは。

……結局、俺は『華』にはなれず。さりとて道端の石ころになる勇気も無かった半端者だ。

 

さしずめ、『美しい花』に寄る『羽虫』のようなものだ」

 

つまり、俺がカルタと『そういう関係』にあるとでも言いたいのだろう。

だが、それは当然ながら間違いだ。

 

俺は俺であり、彼女は彼女の道を行く。それに彼女は未だにマクギリスへの想いを胸の内に秘めたままだ。

……ちゃんと秘められてるかは別として。

 

『そういうとこなんだよなぁ……』

 

急に軽い口調で溜息を吐かれた。いったい何だというのか。

こいつにだけは溜め息とか吐かれたくないのだが。

 

『要するに、俺はお前を倒してカルタを貰い受ける。そういう話だ』

 

どういう話だ。

 

だがガエリオの考えは分かった。

俺という後見人をここで倒せば、その座に自らを滑り込ませることができるとでも考えているのだろう。浅はかな男だ。

 

……まあ、そういうのは嫌いじゃない。

 

「男と男の戦いというやつだな?

いいだろう。

俺に勝てば、彼女をやる。

俺が勝てば、彼女はそのまま俺の『傀儡』としてトップに立つことだろう」

 

まあ、俺という後見人を失ったからとてカルタがガエリオに惚れる道理が見当たらないのだがな。

そもそも、俺が居なくなればセブンスターズでの立場が益々危うくなることだろう。

 

だが、これは『そういう話じゃない』。

 

俺は通信で部下に『攻撃許可』を出しながらガエリオへと声をかける。

 

「話は分かった。そして、司令官としての立場からして貴様らが我らに敵対する武装集団という判断も下した」

 

瞬間、無機質なシステム音声が『AMS』の起動を伝える。

同時に『いつもの精神負荷』がのし掛かる。

 

いつものように柔らかく、その激しい衝動を撫で回し、飼い慣らす。やがて俺の精神は戦闘に特化したものへと置換されていく。

 

「……御託はいい。かかってこい、ガエリオ」

 

『っ、トール!!』

 

叫び声と共に、先頭のガンダム。キマリスがブーストを全力で噴かしながら突撃してきた。

 

俺は冷静に部下たちに指示を与えつつ、突貫してくるキマリスを眺めた。

 

「クローズプラン、その第一幕の開演だ。精々、派手に踊り明かすとしよう」

 

 

 




MTっていうのは、ロボットものに出てくる『ヤラレメカ』のことだと捉えてくれれば問題ないです。


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マン・マシン・インターフェース

いろいろとac用語が飛び交ってますが、知らなくても話の大筋には殆ど関わり無いので問題ないです。




いつからか、奴を目で追っていた。

 

俺より年上で、何をやらせても平均以上の成果を叩きつけてくる天才肌……いや、『執念の塊』。

基本的に無駄と判断したことはせず、常に『意味のあること』に時間を費やす合理主義者。

 

その反面、幼馴染である俺たちに対して勉強会を開催するなど、妙に面倒見がいいところもあったりする。

……だが、アレは断じて『お茶会』などではなかったと言い張りたい。

 

いつしか奴は俺たちの中でも中心に、いや、主柱とも呼べる拠り所となっていた。

 

 

そんな奴だが、昔から『そういう性格』だったわけではない。

幼い頃はともにはしゃいで、親に叱られるまで遊び明かす日も珍しくないやんちゃだった。

それが、いつの間にかアイツは笑わなくなった。

 

常に眉間に皺を寄せ、何かに『怯え』、また『憤怒』し、『憐憫』を携えながら冷ややかな目で世界を見るようになった。

 

 

照れる話だが幼い時分には相応の『憧れ』として奴の背を追いかけることもあった。正直、今もそれは変わらない。

アイツはいつも誰よりも先を目指して、いつしか当たり前のように先を歩くようになった。

俺たちをその道に誘うように見えて、それでいて『自由』を与える。その言動はどこか『試している』ようで気持ちが悪かったのを覚えている。

ーーいっそ、手を差し伸べてその道に誘ってくれれば。俺は喜んでその手を取ったことだろう。

 

だというのに。

 

時が経つにつれて奴はどんどん遠くへ行き、やがて俺たちとの距離も決定的なまでに離れてしまった。

おまけに、今度はイズナリオ様に反旗を翻すという。

訳がわからない。火星への監査以来、訳のわからないこと続きだ。

 

いったい、お前は何がしたいんだトール。

 

 

 

 

 

 

ーーだから、カルタとか、宇宙ネズミとかは。正直、どうでもいい。

 

アイツが何を考えているかも分からない。

それがどうしようもなく悔しくて『悲しい』。

 

あの時、励ましてくれたのはなぜなのか。

こうしてアーヴラウを舞台に戦端を開いたのはなぜか。

排除すべきギャラルホルンの敵、革命の乙女に協力するのは何故なのか。

 

全ての疑問と感情がないまぜになって、『奴を打ち倒す』という明確な意思が生まれた。

 

 

だから、この戦いに確かな目的はない。

ただ、俺がお前への『怒り』を抑えられないだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トール……!!」

 

だが、現実とは上手くいかないものだ。

勢いよく突っ込んだはいいものの、奴の愛機『アーサソール』の操るミョルニルによって散々に打ちのめされ、俺のキマリスは地面に横転した。

 

ランスによる突撃、ライフルによる撹乱も通じず長所であった機動性も、アーサソールの各所に付けられたゴツいブースターの出力には敵わない。

そして圧倒的な技量。

 

伊達に圏外圏で海賊狩りをしていたわけではない。トールは間違いなく世界でも五指に入るパイロットであった。

 

昔は訓練用MSで模擬戦もした仲だが、ここまでの実力差は感じなかった。まあ、勝てたことは無かったし手加減も多分にしていたのだろう。

 

「それでも……お前の真意を知るまでは!!」

 

負けるわけにはいかない。

誰にも心を開かず、一人で全てを抱え込むお前に。

お前は倒してその分からず屋な頭を叩き直してやる。

 

「ぐあっ!」

 

しかし、やはり思い通りにはならない。

ランスによる突撃に見せかけ、急速に側面に回りランスを突き出す。だがそれも予測していたように容易に躱され、お返しにハンマーによる打撃が襲ってくる。

もはや機体は軋み、各所からエラーが出ている。

 

「トール、お前は!!」

 

『……そうか、お前は()を気にかけてくれているのだな』

 

不意に、通信から穏やかな声が聞こえてきた。

久しく聞いていない、アイツが『気を抜いている時の声』だ。

 

『お前の想いは理解した。だが、当然応えることはできない。

俺には俺の使命がある。

 

その邪魔をするのならお前とて容赦はできん』

 

……そんなことを言いつつ、これまで何度も俺を仕留めるチャンスがあったにも関わらず手を下していない。

そういうところだ、俺が気にくわないのは。

 

迷っているのなら言ってくれればいい。悩んでいるなら俺にもいって欲しい。

なぜ、()()()()()()()()()()()()()()

 

俺では力不足だからか。だが、俺もお前にはこれまでずっと助けられてきた。その恩返しくらいはしたかった。

 

お前が本当はずっと優しい人間であることを俺は知っている。

『ノブレスオブリージュ、力があるのならそれに見合う働きをするべきだ』

そう言って海賊退治を始めた頃のお前は本気で人を救おうとしていた。

口では『円滑な統治のためだ』と冷たいことを言いつつ、真に困っている人々を見捨てることはしなかった。

 

 

「ぐっ!」

 

ハンマーによる打撃が胴体に直撃した。コクピット内が振動し身体が、脳が激しい揺れに痛む。衝撃によって内臓のどれかが破損し、口から血を吐き出した。

 

『……お前は確かに俺の友だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、変わらずお前の素直な心に助けられた。

感謝している、ガエリオ。だから安心して敗れるがいい』

 

「トー……ル」

 

もはや意識も薄れてきた。

結局、さしたる損傷も与えられずして俺の機体は大破した。戦闘の衝撃で肉体も至る所が損傷し指一本動かせない。

 

教えてくれ、お前はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

キマリスへと振り下ろしたハンマーを、ゆっくりと持ち上げ肩に乗せる。胴体部分、特にコクピットが大きく凹んだキマリスはもはや機能停止状態であり戦闘続行は不可能と見て取れる。

 

しかし、ここで確認を怠ったから正史のマクギリスは最期にガエリオに敗れることになる。まあ、俺の場合は疚しいことはないしガエリオに遅れを取るほどヤワじゃない。

が、俺はそのような慢心はしない。排除すべきは排除し、塵一つ残してはおかない。

……アルミリアには悪いが、お前の兄はきっちりと消させてもらう。

 

 

 

その時、レーダーに新たなリアクター反応が検知された。

同時に、戦場の上空から大きな影が落下してくる。

 

「おでましか」

 

このタイミングとなれば十中八九『アイン』だろう。

さてさて、この世界の彼は一体どのような姿になっているのか。或いは正史通りのサイコグレイズか。

なんであれ屠ることに違いはない。

 

 

「……なに?」

 

だが、どの予想とも異なる姿の機体が目の前に降り立った。

いや、降り立つという表現は正しくない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ああ、ガエリオ特務三佐。ご到着が遅れてしまい申し訳ありません。お怪我はありませんか?』

 

機体からスピーカーのようなものを通して音声が流れてくる。しかし発言はどこかズレていて搭乗者がまともな思考を持っていないことが察せられた。

 

お怪我も何も、機体ごとぺしゃんこなガエリオに話しかけているのだ、正気とは思えない。

 

だが、それよりも、俺は現れたこの機体のことをよく知っていることが問題だった。

黄色をベースとしたカラーリングに、人型から乖離した形状。『エビのように見える姿』は前世でプレイしたゲームで見慣れたシルエットだ。

 

()()()()()()だと……?」

 

厳密には『プロト・ファンタズマ』。

グレイズアインと同じく、搭乗者を機体と完全に融合させることで真価を発揮する狂気の兵器。

しかし本来であればこの世界、つまりはガンダムのいる世界とは何ら関係がない『AC絡み』の機体もとい『計画』の産物であり、この登場は俺の予想に反していた。

 

いずれにしろ、ファンタズマがここにいるという事実は変えようがなく、声からして乗っているのがアインである以上はここで倒すしかない。

 

だが、と俺は改めて機体の異様さを鑑みる。

 

『宇宙ネズミは……どうやらここにはいないようだ。特務三佐、私は少し辺りを見てきます。体調が優れないようでしたらここでお休みになっていてくださいね』

 

およそ俺の知るファンタズマとは異なる姿なのだ。

本来、プロトタイプには付いていない大型ミサイル発射管、プラズマキャノンが備えられていた場所には大型の実弾砲台。マニピュレーターであった腕部は人の五指を備えたものに置換され、側面には大型のパイルバンカーがそれぞれ装着されている。

そしてなにより『デカイ』。

 

通常のMSと比較しても実にニ倍以上の全長を持ち、それでありながら、キマリスの周囲をふわふわと移動する速度はMSと比較しても遜色ない。移動に際しての風圧だけでも武器になり得る異常さである。

 

「どうすれば、こうなる……」

 

なぜファンタズマにアインが『載っている』のか。そして誰がこんなものを作ったのか。

 

予想外過ぎる事態に、流石の俺も一瞬思考停止した。

 

周りではすでに他のMSたちが戦闘を始めており、突如として飛来したこの異常な物体に皆目を奪われていた。

 

やがて、ピタリと停止したファンタズマはスピーカーから怨嗟に満ちた声を発した。

 

『この反応……ああ、やっと見つけたぞ、宇宙ネズミ!!

クランク二尉を殺した憎きガンダム、クランク二尉の機体を辱めた憎き宇宙ネズミ!!

許さない、許さない、許さない!!!!』

 

最後に大きな叫び声をあげた彼は、上空へと急上昇し、ある方角へと向けて機体を飛ばした。

 

「いかんな、それはいかん。そちらにはクーデリアがいる」

 

そして、オルガ・イツカ。ここでやらせるわけにはいかない。

俺は機体のブースターを最大出力にして、飛び去ったファンタズマ擬きの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、鉄華団のMS部隊も後方から現れた敵MS集団との戦闘に突入していた。

トールの元に現れた数とほぼ同数の小部隊である。

 

彼らはマクギリスの妨害工作によって遅延した部隊の一つであり、先行したガエリオたちから僅かに遅れる形で鉄華団の拠点近くへと行軍していたのだ。

 

「ようやくあいつが来たっていうのに……奴らまで追いついてくるとはな」

 

「間が悪かった、としか言いようがないね。とはいえ敵もそれほど多くはない。撃破次第、トールさんたちの方に向かわせよう」

 

現在迎撃に出ているのは、鉄華団のメンバーたる三日月、昭弘、シノ。そしてタービンズのパイロットであるラフタとアジーである。いずれも並みのパイロットを超える実力者であり、鉄華団メンバーの方は昭弘以外二人とも阿頼耶識システムを施術済みであることもあって互角以上の戦いを繰り広げていた。

 

そして、MS部隊を残してオルガ以下主要人物たちはモビルワーカーの部隊に護衛されながらエドモントン入りを目指して車を走らせていた。

オルガは鉄華団メンバーの一人タカキの運転するモビルワーカーに乗り、蒔苗を乗せた車を先導する形で前を走っていた。

ちなみに車を運転しているのは鉄華団の料理長である幼女アトラである。

 

 

 

『こちら地球圏独立警備隊副隊長マグニニ佐(にさ)だ。鉄華団、聞こえるか?』

 

モビルワーカーに揺られていたオルガの耳に通信機から若い男性の声が届いた。

独立警備隊とは、確かトールが地球圏で活動する際に動かす部隊であったとオルガは思い出す。

 

咄嗟に通信機のスイッチを押し返事をする。

 

「ああ、聞こえてる。鉄華団団長オルガ・イツカだ」

 

『団長……好都合だ。手短に、こちらの作戦プランを伝える』

 

一拍おいてマグニは淡々と作戦を語る。

 

『まず、鉄華団側にあるゲートを目指してくれ。防衛に配備されていたワーカーはこちらの機動兵器部隊で殲滅済みだ。

そして、おそらくは向かう途上で二足歩行の兵器部隊と鉢会うだろう。そいつらは味方だ。合流次第そちらの戦力として使ってくれて構わない、と閣下からのお達しだ。まあ、報酬の先払いとでも思っておけ。

 

ゲートを抜けたら、そちらのデバイスに送信するルートに沿って進め。それが最短ルートになる。

なお、街中に配備されたワーカー部隊はこちらの機動兵器部隊で陽動、もしくは殲滅する。安心して会議場に向かってくれ。

 

こちらからは以上だ。何か質問はあるか?』

 

立て続けに多くの情報を発せられしばし混乱したオルガとビスケットだったが、すぐに内容を理解する。

 

「詳しく話す時間はないんだろ? 悔しいがあんたらを信用する他に手はない……信じて、いいんだな?」

 

『我が主君に誓って。

……では、諸君の健闘を祈る』

 

その言葉を最後に通信はぶつりと途切れた。

同時にオルガの持つ携帯用デバイスに詳細なルート情報がマップと共に送られる。

 

「手際がいいな……。

タカキ、このルートで走ってくれ」

 

モビルワーカーへと直接データを送ったオルガはそう声をかけ、再び前方を見据える。

前方、橋の向こうのゲート、そこには残骸となったギャラルホルン製のモビルワーカーがゴミのように散乱していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで3つ」

 

無表情で乗機バルバトスのメイスを振るう三日月。

コクピット付近に直撃したグレイズはひしゃげたまま地面に倒れ伏した。

 

「おらっ!」

 

少し離れた場所では、昭弘・アルトランドの乗るガンダム・グシオンリベイクが、手に持つ『大砲』を撃ち放った。

 

「っ!?」

 

着弾と同時に巻き起こる大爆発。直撃したグレイズは着弾部分を消し飛ばし、バラバラになって自由落下する。

当然、爆風に巻き込まれた他のグレイズも無傷ではなく、ナノラミネートアーマーを剥がされながら大きく吹き飛ばされていた。

 

地面をゴロゴロと転がり、起き上がろうとしたグレイズの一機を真上から斧で叩き潰しながら、漏影に乗るラフタが声をあげた。

 

『相変わらずエグい威力だよね、ソレ』

 

「ああ……撃つ度に、少しだが敵に同情しちまう」

 

撃った本人も気まずそうにそう答えた。

 

彼がグシオンの右手に装備しているのは『グレネードランチャー』という名称で送られた『手持ちのカノン砲』である。

例の孤島から発つ際に、蒔苗の旧知であるという『アリサワ』なる人物から唐突に送られたものであり、蒔苗曰く「若からの餞別」だとか。

 

ーー鉄華団の与り知らぬ話ではあるが、現在、オセアニア連邦内に本社を持つ日系企業『有澤重工』とアーヴラウは微妙な関係にあり、表立って蒔苗を支援できない『有澤社長』自らが部下を使って極秘に送らせた兵装である。

名を『SAKUNAMI』。

巨大な砲塔から放たれた高速の榴弾が敵陣を木っ端微塵に吹き飛ばす姿は同社のファンからすればごく当たり前の光景であり、それでいて感涙を誘う情景とも言われているのは全くの余談である。

 

 

いずれにしろ、この腕部用大砲を戦闘開始直後にぶっ放したおかげで戦況は終始鉄華団側に傾いたまま、すでに残敵僅かとなっていた。

 

「残りはあたしらだけでも十分だ。あんたらはセブンスターズの坊ちゃんの援護に行ってあげな」

 

「そうそう、あんまり気は進まないけどダーリンから念押しされてるからねぇ」

 

アジー、ラフタのタービンズ勢に促され三日月たちは残敵を尻目に、アーサソールのリアクター反応がある地点まで機体を走らせた。

 

と、その時だった。

 

 

 

『宇宙ネズミィィィィ!!!!』

 

「何事っ!?」

 

突如、上空から大音量のスピーカーで怒声が轟いた。

驚いたラフタが咄嗟に上へとメインカメラを動かす。

 

逆光により詳細は把握できないものの、そのシルエットがあまりにも大き過ぎることを即座に理解する。

そしてその影がどんどん大きくなり、近くに着地しようとしていることに気付いたラフタはすぐに機体を退がらせ、注意深く影をモニターに収め続ける。

 

やがて、地面スレスレの場所でふわりと浮き上がった影はその全身を鉄華団の面々に晒した。

 

「なに、あのでかいの……?」

 

「見たことない機体……いや、アレはモビルスーツなのか?」

 

数多の戦場を渡り歩いてきたタービンズの二人も現れた異形の兵器にしばし混乱した。

当然、鉄華団の三人も例外ではなくあまりにも人型から乖離したソレの姿に状況把握が遅れた。

 

「……エビ?」

 

昭弘の目には確かに『エビ』という海産物に似た兵器が写っている。

 

「エビ? エビってあれか? 蒔苗の爺さんが取り寄せてたあの変な匂いの。でもアレは赤いやつだろ」

 

「いや、咄嗟に浮かんだだけだ。そう、突っ込むな」

 

「いやいや、でもアレ黄色いしなんか不味そうなーー」

 

昭弘の言葉にシノが反応し、しばらくエビ談義が始まる。

 

それらを他所に、三日月だけは現れた異形が敵であることを即座に理解していた。同時に、その異形が『かつてない強敵』であるという直感めいた考えが脳内を駆け巡った。

 

「バルバトス」

 

呟くと同時に、三日月の駆るバルバトスが異形の兵器へと突撃した。

ブースター最大出力で急速に対象へと距離を詰めた三日月はそのまま手のメイスをフルスイングした。

 

が。

 

「っ!?」

 

つい先ほどまで視界に捉えていた異形は、驚異的な反応速度でアクセルターンを決め、バルバトスの背後へと回ったのだ。

そして、そのまま機体前方下部に備え付けられた巨大な砲塔を震わせた。

 

間一髪、三日月は機体の胴体を捻ることで砲弾を躱した。だが、至近距離に着弾した砲弾は即座に炸裂、大規模な爆発を引き起こした。

 

「ぐっ!!」

 

爆風によりバルバトスの機体全体が押し退けられ、搭乗者の身体に強烈なGが襲い掛かる。

 

なんとか体勢を立て直したバルバトスの目の前に、あの異形が姿をあらわす。

 

「やらせるか!」

 

異形がマニピュレータを突き出す直前、先ほどまでエビについて議論をしていた昭弘が左手のロングレンジライフルは放った。続けてシノの乗る流星号がライフルを連射する。

 

しかし、異形は巨体を器用に動かしその全てを避けきる。

 

「あの反応、阿頼耶識か!?」

 

あり得ない反射速度を目に、アジーはその事実に気づく。が、その直上に、またも凄まじい速度で移動した異形兵器が迫った。

 

「っ!!」

 

機体を動かす暇もなく、アジーの漏影に向けて巨大なマニピュレーターが突き出された。

 

ぐしゃり。

頭部から胸部にかけてを『鋭い鉤爪によって形作られた手刀』によって削ぎ落とされた漏影は、力なく地面に倒れた。

 

「アジー!?」

 

叫んだラフタの漏影にも、再び高速で迫った異形が手刀を突き出す。

 

ぐしゃり。

今度は胴体を貫き、そのまま機体を持ち上げるようにして腕を上げた。

 

「姐さん!!」

 

勝ち誇ったように手刀で貫いた漏影を掲げる異形に、昭弘が銃撃を浴びせる。

しかし、それらは『機体と一体化したアイン』の反応速度を捉えるには至らず。漏影を投げ捨て、ジグザグに移動しながら接近する異形に傷一つ付けることができない。

 

「くっ!」

 

そこへ、三日月のバルバトスがメイスを振るいながら駆けつけた。

正確に、異形の頭部を狙ったフルスイングに、アインも咄嗟に距離を取った。

 

「すまねぇ、三日月」

 

「まだ行ける? 無理そうなら……オレがやる」

 

短く告げた三日月が再度、バルバトスを発進させる。

その様を見ながら異形兵器につけられたスピーカーからアインが声を出した。

 

『分かる……考えなくても分かる。これがそうなんだ。これが。これこそが!

オレが本来あるべき姿!!』

 

叫びながら、異形兵器『ファンタズマ』を発進させたアインは、正面から突っ込んでくるバルバトス目掛けて両手のマニピュレーターを『回転』させ始め、突き出す。

 

鈍い金属音と共にメイスと回転するマニピュレーターが衝突する。一瞬、互角の状態で拮抗した両者だが、すぐにアインの側が押し始めた。

 

『死ねぇぇぇ!!!!』

 

「っ!!」

 

メイスを弾かれ、機体各所にドリルの直撃を受けたバルバトスは装甲を削られながら後方へと錐揉み回転で弾き飛ばされた。

さらに追い討ちをかけるようにファンタズマ上部に付けられた巨大な発射管から大型ミサイルが二つ、打ち上げられた。

 

それらはバルバトスが落下した地点に着弾し、大きな爆炎と衝撃をまき散らした。

 

『終わりだ!!』

 

駄目押しとばかりに、今度は機体下部の大砲を発射。

着弾地点は爆煙に包まれた。

 

「三日月ィィ!?」

 

過剰な攻撃に注意を逸らしてしまった流星号、それをアインは見逃さず。しかしその機体を見た彼はさらなる怒りに打ち震えた。

 

『クランク二尉の機体をそのような……おのれぇぇぇ!!』

 

流星号へと狙いを定めたファンタズマは、接近と同時にその両腕を手刀にて斬り落とす。そのまま、腕を無くした流星号の胴体を巨大なマニピュレーターで鷲掴みにした。

 

『やった、やりましたよクランク二尉! 遂に貴方の機体を取り戻しました!!』

 

ぎゅっ、と握りしめながら流星号を天高く掲げる。

そのコクピットは大破し、パイロットたるシノも虫の息となっていた。

しかし、正気を失ったアインにとっては全てどうでもいいことだ。

 

「っの野郎!!」

 

残ったグシオンはライフルをファンタズマ目掛けて撃ち尽くし、腰のバトルアックスを装備し、突撃した。

 

銃撃を避けながら、グシオンの接近に気づいたアインは、流星号を掴んだままもう片方のマニピュレーターを回転させる。

 

突撃するグシオンの肩へとドリルを打ち出す。

 

「かっ!?」

 

一般パイロットは言わずもがな、広く普及する阿頼耶識システムでも捉えられない高速の一撃は、グシオン左肩部から胸部にかけてを刺し貫いた。

その衝撃はコクピット内にも届き、破損した機材によって昭弘も重傷を負った。

 

『見える。奴らが何をしようとしているのか、どう動けばいいのか。考えるまでもない。ただ、“反応”するだけで事足りる』

 

アインが優越感たっぷりに語るように、彼に施された『リンクス処置』は特殊なものだった。

 

まず、使い物にならない下半身を切除。AMS統合制御体との完全リンクに邪魔な両腕を切断。コクピット内に固定し、文字通り全身を機体と直接繋ぐことにより、本来のAMS適性を遥かに超えた反応速度を実現させたのだ。

奇しくもそれは正史においてアインが施された阿頼耶識手術と酷似したものであり、『機体と完全融合』という事実はもとより、結果として反応速度はグレイズアインに搭乗した場合とさして変わらないものとなった。

 

ただ、異なるのは機体性能である。

 

ハイスペックながら急造品であるグレイズアインと比較し、アクアビット・モスクワ支社が極秘で開発していた機体であるファンタズマは当初から『機体とパイロットの同一化』をコンセプトに含んでおり、『機体との合一』という処置においては、このファンタズマの方が圧倒的に相性が良かったのである。

 

加えて、AMSという技術そのものがマン・マシン・インターフェースというカテゴリにおいて限りなく完成形に近いこともあり、ここに『恐るべき悪魔』が誕生してしまったのだ。

 

 

『ははは……感じたことのない高揚感だ。力が、やる気が満ち溢れてくる。

これが、“ファンタズマ”か』

 

アインは『思い通り、以上の速さで動く』ファンタズマの性能に酔いしれていた。

ーーこの正気を無くした様子から分かる通り、この技術には未だ欠点が多く、先のガエリオとの通信でグローイが語った『実戦段階』というのは厳密には『嘘』である。

例として、機体と()()()()()()()することにより()()()()()()()が発生し、正常な状況判断が下せなくなるというものがある。それが今のアインであり、要するに『脳みそがぐちゃぐちゃになって、意識がめちゃくちゃになったまま考えがまとまらない』状態なのである。

 

「ぞ、増援か?」

 

「何にせよ、助かった。礼をーー」

 

戦いがひと段落したことで、戦場の隅っこで縮こまっていたギャラルホルン残存部隊がポツリポツリとファンタズマの方へと集まってきた。

 

その周囲にはこれまで猛威を振るっていた鉄華団の機体が無惨な姿で転がっている。

それらを見ながらギャラルホルン兵はほくそ笑んだ。

 

 

 

 

だが、次の瞬間。巨大な砲塔が自らへと向けられたことでピシリとその顔が固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガエリオ特務三佐、見てください。宇宙ネズミどもが……クク、ゴミのようだ。

クランク二尉、お喜びください。貴方の機体は確かに取り戻しましたよ。すぐにあの不粋な落書きを拭き取ってあげますね。

 

ああ、私はアナタのイシを継ぎ、ツギ……ギギギギギギギギギギ』

 

支離滅裂な言動と共に時折機体を震わせるアイン、その近くにはバラバラになったグレイズが散らばっており、それに紛れるようにして鉄華団の機体が転がる。

地面は抉れ、硝煙と鉄の匂い中でただ一人佇むその光景はまさしく地獄そのものであった。

 

 

 

 

 

 




補足

【プロト・ファンタズマ】
〔スペック〕
カテゴリ:次世代戦闘リグ試作機
全長:約40m
本体重量:?
動力:エイハブ・リアクター[T(タウ)
装甲材質:ナノラミネートアーマー
開発組織:アクアビット社モスクワ支社
所属:ギャラルホルン?
パイロット:アイン・ダルトン

〔装備〕
『大型榴弾砲バーデンヴァイラー』
機体下部に取り付けられた大型砲台。着弾と同時に広範囲に爆発と爆風を撒き散らす。
要するにガチタンのグレ。

『大型垂直ミサイル』
アクアビット社が頑張って開発してみた初の実弾ミサイル兵器。「垂直コジマと同じ要領なのだろう?」とは開発者の言。ただし飛行速度は遅い。

『高硬度特殊合金製マニピュレーター』
鉤爪状の五指マニピュレーター。刃の向きを揃えて手刀にすることもできる。でもナノラミネートアーマーは容易に切り裂けないので実際は力づくで引き千切っている。

『KWB-SBR44:P』
両腕部に常備された射突ブレード。パイルバンカー。
旧時代の遺跡から発掘されたオリジナルを基に復元されたレプリカ。

『高出力ブースター』
浮上用大型ブースター、後部ブースターのほか機体各所に小型ブースターが備え付けられている。

【備考】
ぼくのかんがえたさいきょうのアインくんせんようファンタズマ。
外見は基本、プロトファンタズマ。分からなかったら『ファンタズマ ac』でググると出てくる黄色いヤツのこと。
全部考えてから格闘戦のことを思い出した。

異常にデカイのは中身のせい。

アイン「これで勝つる」


なお、脳みそ云々はACPPでも詳しく話してくれなかった(いつものフロム)のでグレイズアイン製に。
安心安全の生体ユニット仕様です。


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閑話 ヴィーンゴールヴ

シリアスばかり書くのは苦手なので日常回みたいなの書いてみました。蛇足なので閑話表記です。

俺、本当はラブコメが書きたかったんだ……


追記
誤字修正いつもありがとうございます!!


ーーエドモントンでの開戦から遡ること数日。

 

ヴィーンゴールヴに向かったトールは、同施設内に在住するギャラルホルン高官との密談を開始した。

 

当初、自身とマグニの二人のみで各所に回ろうと考えていたトールだったが、鉄華団の要求によって監視役として押し付けられたエーコ嬢が同行を申し出たことで仕方なく三人で回ることになる。

 

ただでさえ、慎重を要する行動に余計な心労を加えられた彼の心中は察するに余りある。事実、『現体制、およびイズナリオに反旗を翻す』ことを唆しにいった高官の何人かは、シリアスな雰囲気を醸し出す男二人に対してダイナマイトボディを晒しながらあっけらかんとするエーコ嬢が同席していることに困惑していた。

 

そのことにトール自身気づきつつも「反応したら負け」と必死に耐え抜き、無事に目ぼしい輩との密談を終えるのであった。

 

 

 

 

 

「……シヴ。今更だが、そのはち切れんばかりの肉玉はどうにかできなかったのか?」

 

帰り道、マグニが耐え兼ねたように声をあげた。

あからさまなセクハラだが、俺もシヴ……エーコ嬢の行動には思うところがないわけではない。なので黙認した。

 

「あー、セクハラですよセクハラ。トールさま、聞きました? この人、今完全にセクハラしてきましたよね?」

 

口に手を添えながらわざとらしく俺に告げ口するエーコ。

名瀬のところにいたくせにセクハラもなにもあるまい。

 

「閣下、なんかコイツ、めちゃくちゃムカつくんですけど?

いや、昔から俺には懐かない可愛くないガキでしたけどね?

普通に人の神経逆撫でするムカつくガキにランクアップしてません?」

 

額に青筋を浮かべたマグニが真顔で進言してくる。だからって俺にどうしろと。

 

エーコが鉄華団からの監視役として送られている以上は俺も下手な真似はできない。精々が普段の素行を注意するくらいだ。

だが、こいつ、普段はとても礼儀正しくブリッジクルーや俺ら以外の人物からは概ね好感を持たれているのだ。

 

まあ、いたずら娘とでも認識しておけば特に腹は立たないのだが。

 

「エーコ嬢は鉄華団からの監視役としてここにいる。これ以上の強制はこちらの立場を悪くするだけだ」

 

「ぐ……!」

 

俺の言葉にマグニは悔しげに呻いてそれ以上の進言を控えた。それでいい。俺も彼女に関してはこれ以上意識しないようにしているのだ。そうでなければこの“どシリアス”な作業の妨げにもなりかねん。

 

「そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、エーコ、って呼んでくださいよトールさま。

なんなら昔みたいにシヴって呼んでくれても嬉しいですけど?」

 

「……」

 

「えー! なんで無視するんですかー!?」

 

……やかましい。

大抵、こういう輩は一睨みすれば閉口するのだがコイツは全く堪えない。逆に「凄んでも無駄ですよ〜、トールさまの恥ずかしい秘密いっぱい知ってるんですから」と煽ってくるのだ。

いや、俺に恥ずかしい秘密などないのだがな?

だが、万が一ということもある。昔、俺がポケットにカルタの写真を入れていたこととか。

 

何はともあれ、これから向かうのはいよいよマクギリスの執務室。アーヴラウへ出向中でイズナリオがいないファリド家の屋敷なのだ。

クローズプランのこともある。余計な情報を彼女に与えないよう気を引き締める必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ちくたびれたよ、トール……おや、今日は可愛らしい従者がいるな?」

 

執務室に入るなり、マクギリスは窓辺に立ち実に絵になる姿で出迎えてくれた。

が、傍のエーコを見るなりピクリと眉を動かし警戒の色を僅かに見せる。

 

この様子なら彼が何か口を滑らす危険はないと見ていいだろう。

 

「ああ、お前もお気に入りの鉄華団からの……なんだ、雑用係? みたいなものだ。気にするな」

 

まさか「監視役です」と素直に言うわけにはいかないのでお茶を濁す。

そんな俺を他所に、エーコはしずしずと歩み出て綺麗なお辞儀をした。

……嫌な予感がする。

 

が、俺が口を出す前に彼女は口を開いた。

 

「初めましてマクギリスさま。トールさまの『妻』のエーコ・シヴ・ファルクと申します」

 

「っ!!!?」

 

彼女の言葉に、マクギリスの顔は一瞬で引きつった。俺も見たことないような顔芸に、こちらの反応もしばし遅れる。こいつ、こんな顔もできたのかと妙に感慨深い。

 

「不束者ですが、よしなに……」

 

「ん。あ、え……うん。こちらこそ、よろしくファルク夫人」

 

いや納得するな。

即座にいつもの紳士的な態度を取り戻した彼には感心するが、生憎と俺は妻を娶っていない。

 

「嘘だぞ?」

 

「は?」

 

 

その後、小一時間かけてマクギリスの誤解を解いた。

シリアスな雰囲気をぶち壊したエーコは部屋の隅でマグニからのお説教を受けている。

それを視界から意図的に排除した俺は、マクギリスに声をかけた。

 

「首尾は上々だ。予定以上の連中を丸め込むことができた。これもお前が提供してくれた『ネタ』のおかげだ」

 

交渉をするにあたり、高官それぞれに関連する『やましいこと』、いわゆるネタというものをマクギリスに集めさせていた。

今日の腐敗したギャラルホルンの高官ともなれば、叩けばいくらでも埃の出る骨董品ばかり。これを使って少し揺すってやれば奴らは容易に堕ちる。

事実、『中立』へと追い込んだ輩の殆どは脅迫によるものだ。

 

「君のそのブレない姿勢は私も見習いたいところだよ。

……本題についてだが、私の方でも幾らか手勢を集めることに成功した。まあ、若手の、青年将校たちだがな」

 

ふむ、この段階で彼はすでに手駒を揃えつつある、か。

それは僥倖、彼には今後も独自の活動をお願いする予定だ。自分の身は自分で守ってもらいたい。

 

「そうか。俺はこの後、予定通りにエドモントンへと向かう。お前には事前に話していたようにイズナリオの妨害を頼みたい」

 

「お安い御用だ。……すでにボードウィン家は君が制したようだがな」

 

その通り。ボードウィンには“高官巡り”のついでに挨拶しておいた。イズナリオの不正、『性癖』、ご子息の動向についても。

アルミリアからは睨まれたが致し方ないことだ。

……というより、彼女は昔から俺のことが嫌いらしく、顔を出すたびに兄の背に隠れて口も聞いてくれなかった。子ども心に『危険』を感じ取っていたのだろう。

 

別に寂しくはないが?

 

 

 

「……その様子では、またアルミリアから罵倒されたようだな」

 

またとか言うな。

 

「少し、睨まれただけだ。たぶんに人見知りなのだろう」

 

虚勢を張る俺に、マクギリスは生暖かい視線を送りながら優しく肩に手を乗せてきた。

なんとなくムカついた俺は乱暴にその手を払いのけた。

ロリコンに慰められるほど落ちぶれてはいない。

 

「まあ、アルミリアには私の方からフォローを入れておく。ボードウィン卿にも同様にな」

 

「……頼む。どうにもあの家の者には好かれていないようなのでな。理由はわからんが」

 

いや、本当にわからない。なんでかボードウィンだけ俺への当たりが強いというか、冷たいというか。

別にアルミリアに変な視線など向けていないはずだが、現当主も娘を俺から遠ざけようと必死になっている。

 

「結婚を控えた愛娘だ、過剰に警戒してしまうのも仕方ないと思うがね」

 

どの口がほざくのか??

 

「…………このペド野郎が」

 

「ん?」

 

「いや、なんでもない。……それよりもエリオン公の動向は?」

 

宇宙での活動が中心の彼だが、ギャラルホルン最大戦力を率いるその権力は侮れない。単純に正面から武力衝突すれば確実にこちらは惨敗する。それだけでも脅威というものだ。

また、圏外圏における『パイプ』も数が知れない。いずれ潰すとはいえ今は刺激しない方がいいだろう。

 

「静観、だな。さすがに藪蛇はごめんということだろう。奴自身も真っ黒な『大人』の一人だからな。特に“暴動の鎮圧”に限定して見れば我が父以上に埃塗れと言えよう」

 

とはいえ、奴が漁夫の利を狙う狡猾な狸である以上警戒は緩めるべきではない。

あちらには通称『ヒゲのおじさま』とかいう面倒極まりないジョーカーがいるのだしな。

家紋がヨルムンガンドというのも気に入らない。こっちのニーズヘッグと取り替えてほしい。

 

 

 

その後、エドモントンに関する計画の些細を確認し合い、退出する運びとなった。本当は『クローズプラン』について話し合いたいことがあったのだが、エーコの存在を考えると後日に改めた方がいいだろう。

 

「マクギリス、バクラザンには気をつけろ。あの御老体が何を考えているのか分からんがこちらの誘いにもビクともしなかった所を見るに、何か隠している可能性がある。

特にエリオンと繋がりを持たれては面倒だ」

 

「ふ、ニーズヘッグとフレスベルグの仲の悪さは私も知っている。そう心配するな」

 

「いつの話をしている。それは初代当主同士の頃の話だろう。それにアレはイシュー家の仲介が下手くそだったからだと伝え聞いている。

そういう話ではなく、現実的な話をしているのだ」

 

こんなとこまで元ネタをなぞらなくてもいいだろうに。

ともかく、俺はバクラザンが謎の静観を保っていることについて再三にわたって注意を促し、ようやく部屋を後にする。

 

「マグニ、エーコ。用事は済んだ、行くぞ」

 

部屋の隅でまだ説教を続けていた二人を呼び戻す。というか側から見ると喧嘩にしか見えない。どちらも我が強い傾向にあるせいか。

 

「あ、はい! 今行きます!」

 

「はーい、トールさま!」

 

俺を見るなり二人揃って営業スマイルに戻っていた。実は兄妹なんじゃないかこいつら?

 

「トール、()()には話したのか? 私個人としては別に話す必要はないと思うが……」

 

ドアノブに手をかけたところで不意に声がかかる。

マクギリスの言う彼女という言葉で思い当たるのは一人しかいない。

 

「当然、話す必要がある。俺の『行動原理』を知っているはずだろう、マクギリス?」

 

一切の迷いなく答える。それが俺の存在意義であり、命の価値である。

 

「相変わらずお熱いことで……」

 

少し小馬鹿にしたように苦笑する彼にこちらもお返しする。

 

「アルミリアのことは心配するな。『兄君』には私が直々に手を下す。そのあとのボードウィンについては煮るなり焼くなり好きにすればいいさ。

無論、アルミリア嬢の幸せもお前に一任しよう」

 

「それこそ君が心配することではないさ。『同志』として彼女の幸せは私が保証する」

 

くっ、顔がいいからって!

懐かれてるからって!!

ふざけるな、バカヤロウーーー!!!!

 

……いかんな、孤島での交渉の時のように思考に妙なノイズが入る。

 

無論、無論心配などしていない。ただ、◼︎歳という多感な年頃の彼女に『変態知識』を豊富に携えたマクギリスが接するという事実はどうにも心配でならない。そもそも、ガルスも俺ではなく先ずあいつを警戒すべきではないだろうか? ほら、今も胡散臭いことこの上ない笑顔で俺たちを見送っている。あの営業スマイルに騙されるなどお人好しにも程があるのでは? というか◼︎歳の娘に許婚を用意するなど正気の沙汰ではない。今は中世どころか西暦でもないポスト・ディザスターなのだぞ? 無論、俺は健全な成人男性としての分別を弁えているし、一般常識と照らし合わせてーー

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は『原因不明』の敗北感を抱えたままファリド邸を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イシュー邸に向かう途中、俺の後ろで二人がヒソヒソと話し始めた。

 

「……マグニさん、トールさまが去り際に怒ってたアルミリアって?」

 

「ボードウィン家の長女だ。兄のガエリオとは年の離れた兄妹で今年で◼︎歳になる。さっきのマクギリス殿の許婚だよ」

 

「あっ……成長した私に反応しなかったのって、そういうーー」

 

「まさか、そんなしょうもないことで口論を始めるなんて俺も思わなかったよ。第一『お前はロリコンの気持ちが分からない』とかアーサー王に失礼だと思わないのかな?」

 

「トールさまにそんな趣味があったなんて……」

 

「見事に言い負かされてたしな。部下として恥ずかしくて死にそうだった」

 

「そもそもロリコン同士の口論とか醜すぎませんか?」

 

 

 

 

「閣下。俺も、さすがにアレは見るに耐えませんよ」

 

「……何の話だ?」

 

俺はマクギリスといたって真面目な話をして、真面目な雰囲気のままに屋敷を後にした。それ以外は何もなかった。

嫉妬など、していないが?

そもそも口論とかした覚えがないのだが?

 

「そろそろイシュー家の屋敷だ。エーコ、分かっていると思うがこれ以上ふざけた真似をすれば鉄華団に送り返すことも検討せねばならん。マグニ、しっかりとエーコを見張っておけよ」

 

「……ちょっと、そんなことする気分じゃないんですけど」

 

「すいません、俺もちょっと閣下の命令を聞ける気分じゃないです」

 

気分ってなんだ。特にマグニ、お前気分で俺に従っていたのか。

 

「お前らには失望した、もう何も期待しない」

 

「こっちのセリフなんですけど……」

 

クソ、ああ言えばこう言う。

俺は二人を無視してイシュー邸へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご機嫌よう、カルタ。調子はどうだ?」

 

カルタの部屋に入るなり俺は笑顔で声をかけた。

 

「よくもまあ、平然と……なんて思ってはいないわ。あなたがわざわざヴィーンゴールヴまで私を呼び寄せるなんて。余程大事な話があるのでしょう?

宇宙ネズミを取り逃がしたのも今回の話に関係があるのね?」

 

カルタは真剣な顔のまま腕を組んで俺の答えを待った。さすがにこれだけ長い付き合いだと気付くこともあるか。

 

その時、俺の隣にいるエーコに気付いたのかちらり、と視線を向けてすぐにピクリと麻呂眉を動かした。

 

「……その娘は?」

 

「気にするな、新しい従者に過ぎん」

 

「ふーん」と言いつつカルタの視線は冷たい。やはり、真面目な話の席にグラマラスかつ愛らしい顔立ちのエーコが同席しているというのは気になるらしい。

 

「時に、カルタ。お前は現状のギャラルホルンの体制についてどう思う?」

 

「藪から棒に、何?」

 

「教えてくれ」

 

有無を言わせず答えを促す。カルタはしばし考え込み、口を開いた。

 

「……よくは、ないのでしょうね。汚職と隠蔽、腐敗の横行する現実というのは私も知っているわ。

でも、ギャラルホルンの存在によって『平和』が保たれてきたのも事実。今、この組織が崩れるようなことがあれば、地球圏……四つに分かれた経済圏は間違いなく戦争を始めるでしょう。

 

経済圏の中にある『主要企業』。彼らの技術力、影響力がギャラルホルンを脅かす域に達しているのも事実。

加えて、戦争になれば圏外圏の反政府勢力の活動は活発になる。

 

だから、下手に『変革』をするのは慎まれるべきと考えるわ」

 

ふむ。

カルタにしては実に良く考えていると言える。

率直に言って満足のいく答えだ。

 

「正しい状況認識が出来ているようで何よりだ。まさに君の言う通り、三百年の安寧を支えて来たギャラルホルンの崩壊は好まれることではないだろう。

 

……しかし、すでにギャラルホルン、ひいては『世界』という『大樹』そのものが限界を迎えているのも事実だ」

 

「? 圏外圏はアリアンロッド艦隊の存在によって容易な侵略行為は行えない。まして地球圏に不穏な気配などーー」

 

「組織の腐敗は言うに及ばず。先にお前が語った『主要企業』。ひいては経済圏の動きもお前の予想を超えている。

すでに各行政府は独自の軍事力の保持を画策しているのだぞ」

 

「っ、ばかな。ギャラルホルンの本部を置く地球で、そんなーー」

 

残念だが、事実だ。

 

「SAUは事実上の支配者であるGAを主軸に、子会社であるアイリス社と協働で『連携を前提としたMS群の開発計画』を進めている。

オセアニア連邦は予てより反政府的傾向が見られた人類革新連盟の主導のもとで非人道的な人体実験『超兵計画』ならびに『量産型MS』の開発を急いでいる。

 

アフリカンユニオンは、ローゼンタールの影に隠れたオーメルが絶大な権力を有し、インテリオルグループは近年、モスクワの代表と密談を行なっている。

 

遂にはアーヴラウのテクノクラートも中東のイクバールと密かに兵器貿易を開始した。

 

……どうだ、すでにこの世界は『終末』へと向かっていると思わないか?」

 

立て続けに齎された情報に、カルタは額に薄っすらと汗を浮かべながら沈黙した。

 

「これはほんの一部に過ぎない。世界はもはやギャラルホルンなどという旧時代的組織に御せる領域にはいないのだ。

 

だからこそ、『私』は変革をなす必要がある。

 

世界の恒久平和。真なる平穏を齎すためには今一度、腐りきった政府を掃除する必要があるのだ。

 

……だが、私は所詮末席。後見人とはいえ、第一席の地位にあるイシュー家の同意を得る必要がある」

 

畳み掛ける。この場で彼女に断られるのは今後の計画に支障を来す。故にこの場で何としても『私』の計画に賛同してもらわねばならない。それこそが彼女を『幸福』に導く道であり、私こそがこのどうしようもない世界を『洗浄』し『整地』する力と意思を持っているのだから。

 

「……話は分かったわ。要するに、『イシュー家の威光』が必要なのね?」

 

「っ! 否定はしない」

 

「そう……相変わらずね、貴方は」

 

だが、予想に反してカルタは何かを悟ったように苦笑した。

 

「どういう、意味だ?」

 

……よくない流れだ。このまま彼女に断られたら計画の見直しもあり得る。

そもそもの話、彼女の説得においては『その高潔さを刺激するほどの世界の腐敗』を延々と提示し続ける作戦でいた。

 

この腐敗したギャラルホルンにおいて未だに貴族としての誇りと義務を重んじる彼女は稀有な存在だ。悪く言えば『世間知らずのお嬢様』。クリュセにいた頃のクーデリアに通じるものがある。

だからこそ、先のクーデリアとの会話で得た経験をもとに口説き落とすつもりだったのだが……。

 

「一つだけ聞かせてもらえないかしら?」

 

俺の疑問を無視して彼女は続ける。

 

「何を?」

 

「『以前の貴方』と『今の貴方』。どちらが本当なの?」

 

「……」

 

それはーー

 

 

 

「俺にも答えられない質問だ。俺は俺であり、変わらず()()()()()()()()()()

たとえ、『精神が異常を来そうと』、『肉体が損傷しようと』。何があっても俺は必ずお前の『幸せ』を約束する。

だから、今回も俺に協力してくれないか?

 

ただ一言、『世の腐敗を斬り捨てろ』と命じてくれればいい。

 

後見人という立場を『手に入れた』俺だが、仕えるべき『主』を違える気はない。

我が『王』たるカルタ・イシュー。君の幸せを守るためなら俺は何者をも斬り裂く剣であり続ける」

 

胸に手を当て心の底から思うことを全て伝える。結局のところ、俺はこうする他に術を知らない。

何者にも代え難い最愛なる彼女、その幸せを守るためならなんだってする。最後に生き残り『世界を統べる』のは彼女だと確定している。その障害となるならば全て敵だ。

 

……いずれ、マクギリスすら『妾』として彼女にあてがうつもりだ。アルミリアには悪いが彼女の『幸せ』には代えられない。

でなければ、『洗脳』でも『改造』でも。いっそ『新しいの』を与えるのもいいかもしれない。

 

 

 

すると、彼女は一瞬で顔を真っ赤に染め麻呂眉を釣り上げた。

 

「怒った……のか?」

 

それはよろしくない。ああ、よろしくない。

俺は彼女の笑顔と『幸せ』だけを求める。そのためなら何でもするというのに。

 

「あの、トール? もう一つ聞いておきたいのだけど。

毎度毎度、本気で言っているのよね、それ?」

 

「当たり前だ。ああ、なるほど。言葉ではなく行動で示せと? いいだろう、では見ていてくれカルタ。『私』は必ず世界の腐敗どもを焼き払い、清浄なる世界を君に見せよう。

マグニ!」

 

「ああ、待って! 分かったわ、貴方の気持ちは分かったから!

……でも、私は、どう受けとればいいのかしら?」

 

「?? どう、とは?」

 

「え、とね、トール? 貴方が私の『幸せ』を願ってくれてるのも、貴方が私を『想って』くれてるのも理解したわ。いえ、理解していたわ。

要するに、つまり……そういうこと、なのね?」

 

????

 

「????」

 

「いや、そんな不思議そうな顔されても……分かるでしょう?

お互い、いい歳なのだし、わざわざ言葉にしなくても」

 

まったく、分からない。

どういうことだ。何か足りないのか?

もしかして、俺の『計画』だけでは彼女の『幸せ』には届かない?

 

それはいけないな、ああ、いけない。

 

「まだ満足できないか……」

 

「は? いや、そういうことじゃなくてーー」

 

「わかった、なら今度『金髪イケメンランド』を開設しよう。案ずるな、お前の趣味趣向は理解している。

古今東西から選りすぐりを集めてみせよう。

場所はーー」

 

「そうじゃなくて!」

 

突然、大声を出したカルタにびくりと反応してしまう。何事だ。

あと、大声でも可愛い声をしていると思った。

今更な話だが。

 

「そもそも金髪イケメンランドって何!? 私にそんな趣味はないんですけど!?」

 

嘘をつくな。

 

「照れることはないだろう、お前がそういう『性癖』なのは今更なことだろうに。

俺が推薦した艦隊メンバーも気に入ってたじゃないか」

 

「貴方の推薦だったの!?」

 

地球外縁軌道統制統合艦隊の金髪イケメンの殆どは俺が裏で手を回して加入させた面々だ。

 

「なかなかセンスがあるだろう?」

 

「貴方ねぇ!」

 

 

その後、なぜか小一時間ほど叱られることになる。

俺としては誠に遺憾なのだが、その反面、彼女との時間を作れたことは素直に嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、結局、話ってなんだったの?」

 

いつの間にか退室していたマグニとエーコに気付いた俺に、カルタが声をかけてきた。

これまでずっと叫んで暴れていたせいか、髪型が乱れている。

窓から差し込む夕陽に照らさて、いつもの倍以上に美しい彼女にしばし見惚れた。

 

「ん、ああ。

なんて事はない。瑣末事だよ」

 

「前置きはいいわよ、さっさと言って」

 

俺と話すときは昔のような砕けた口調になることに、改めて喜びを感じながら、俺は率直に要件を伝えた。

もはやまどろっこしい交渉をする必要はないと思ったからだ。

 

ここまで彼女の想いを聞くに、必ずや『私』の考えにも賛同してくれることだろう。

 

 

「イズナリオ・ファリドを拘束する。罪状は『経済圏への過剰な干渉及び政治活動への介入』だ。まあ、簀巻きにして叩けばいくらでも余罪は出るだろう。

 

その後は、『統制局 局長』の地位を受け継ぐ。

 

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……………………………………は?」

 

長い沈黙の後、彼女は呆けた声を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーその頃、部屋の外で待機していたマグニとエーコは手持ち無沙汰に談笑を始めていた。

 

「なんか、いつものトールさまと雰囲気違いましたね」

 

「ん、そうか。お前はまだ『あの』閣下を見たことなかったか」

 

「“あの”?」

 

訝しげな様子のエーコに、マグニは説明する。

 

「カルタ様と話される時の閣下はいつもああだよ。俺が『拾われた』頃から変わらずな。

まったく、閣下の拗らせ具合も相当なものだよ」

 

「拗らせ? え、と。つまりトールさまはあの()()()()にーー」

 

「ばっ! お前、滅多なこと言うんじゃねぇよ! ()()()だ、いいか? お姉様だぞ?」

 

突然、焦ったように捲し立てたマグニの様子にエーコもドン引きする。

しかし続く彼の言葉に納得した。

 

「ったく、閣下に聞かれたら殺されるぞ?」

 

「やっぱり、()()()()()()なんですね?」

 

エーコの真剣な問いかけに、マグニも気まずそうに応える。

 

「まあな。でも、見ての通り()()()()()()。罷り間違ってもアレを()なんて高尚なものと一緒にしちゃならねぇ」

 

「……?」

 

「分かるだろ、あの()()()を。閣下は『その点』に関しちゃ常軌を逸した狂人だ。……間違いなく()()()()()()のせいでもあるが」

 

マグニの言葉をエーコも理解する。

常軌を逸した執着。本人の想いすら耳に届かない熱意。とても『恋』や『愛』とは呼べない『異常』な様子だった。

可愛く言えば『カルタの前ではIQの低下するトール』。

 

「とにかく、『カルタ様絡み』のことには()()()()()。ことこの件に関しちゃ『閣下は何をするか分からない』。

命が惜しかったら口を噤め。今日のことも忘れた方がいい」

 

子どもに言い聞かせるようにマグニはくどいほど忠告する。エーコはそれには納得しつつも、自分の意思について改めて口に出した。

 

「それは分かりました。でも、私だって諦めませんから」

 

エーコが執着を見せるのはトールである。

そのことは『シヴ』の時代から知っていたマグニだが、その想いが多分に『吊り橋効果』によるものだとも理解していた。

それはトール自身も同様の考えであり、ゆえにこそエーコへの対応が雑になっている。

だが、マグニ個人としては『その恋』が『本物』になることも願っていた。

 

たとえ、始まりが吊り橋効果であっても、ベタなヒロイン的展開であったとしても。これからトールと関わることで改めてその想いが『愛』へと変わる、それを彼は願っていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を持つ彼にとってエーコの恋は放っておけない、他人事に感じられないものでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トール、それは、()()()()なの?」

 

俺のエドモントンでの計画を聞いたカルタは、神妙な面持ちで問いかけてきた。

 

「……ふむ。

 

それは、()()()

 

ああ、俺自身にも()()()()()が、これは()()()()で自己満足なんだ。

そこには『利害』も『呵責』もない。

 

俺が()()()()()使()()なんだよカルタ」

 

そうだ、果たすべき義務。

俺が俺である為であり……この『抑えきれない衝動』を誤魔化すためのーー

 

 

「……やっぱり変わったわね、トール。もう、私には貴方が何を考えているのか、まったく()()()()()

 

「そうか、残念だ」

 

彼女に理解されないのは悲しいことだ。

だが、()()()()()()()()

俺は必ず彼女に世界を捧げる。

邪魔な『ゴミ』を纏めて『焼き払い』、清浄なる『ギムレー』へと作り変えた上で献上する。

それこそが使命で、俺の存在意義。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「でも、そんな貴方だから()()()()()()()わ。いいわ、イシュー家の威光、あなたの計画とやらに使いなさい。

……もとより、あなたが後見人になってくれなければ没落していたような威光だけど」

 

そんなことはない。カルタという存在を『生み出した』だけでもイシューの家系には多大な恩がある。父君たるルグ殿にも最大限報いるつもりだ。

 

「イシューの輝きはいずれ、カルタ、君の輝きそのものとなるだろう。安心して俺に任せておけ。

()()()()()()()

 

彼女の手を取り宣言する。それは俺への戒めでもある。

帰り道はない、引き返すつもりもない、背水の陣の中で『常に』戦って来た俺に、今更変える道など存在しないのだから。

そのために、()()()()()()()()のだから。

 

「美しきイシューの女王に栄光あれ」

 

俺は、複雑そうな表情を浮かべた彼女の手の甲に口づけした。

 

 

 

 

 

ーーカルタの承諾は得た。

 

もはや懸念はない。

 

エドモントンにおいて、今こそ始めよう。

 

 

 

世界を『再生』する『人形劇』を。

 

散らばり、穢れた人類を『地球に墜とす』。

()()()()()()()の開幕だ。

 

 




次回からまたエドモントンになります。


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アレゴリーマニピュレイトシステム

前書きは省かせてもらう。
私は面倒が嫌いなんだ(╹◡╹)


この世界の『教授』は、()()であった。

 

本来、身障者のサポートを目的として生み出されるはずのAMSを『最初からMSの操縦機構として作り』、ギャラルホルンが技術を秘匿していた『エイハブ・リアクター製造技術』さえ『単独で解明』し、遂には古い資料から『アーマード・コア』という概念を復活させた。

 

およそ、『凡人』にはできるはずのない所業。

 

()()()()()()()()()()は間違いなく今世紀最高峰の天才科学者であった。

 

 

 

 

 

 

 

だが、そんな彼でさえ『AMS適性』という難問は解決することができなかった。

機体に搭載された『統合制御体』と、搭乗者『リンクス』の脊髄・延髄を通して直接情報のやり取りをするのがこのシステムの概要である。ただし、行き交うデータを脳が正しく情報として認識・処理できるかは本人の先天的才能に左右される。

それこそが『AMS適性』。

 

このAMS適性が低い者は、機体の操作に苦心する。

 

『この世界』においては激しい嘔吐感や頭痛を伴う『体調不良』の他に、『凄まじい精神負荷』が襲い掛かる。

具体的に説明するのは難しいが、例えるなら『毎秒トラウマをフラッシュバックさせている』ような精神状態が続くのだ。

それに応じて肉体の不調も増し、二重苦によってパイロットを徹底的に痛めつけてくる。

 

さらに、戦闘が激しくなればなるほど症状は悪化する。

 

 

約八年ほど前に手術を受けた『最初のリンクス』は、極度の負荷によって一度精神が崩壊した。また『根性』によって再構築された際には乖離しつつある複数の人格の形成と、ストレスによる白髪化が確認され、以前とは別人のようになってしまった。

それでなくとも機械と直接リンクするという行為は人体にかなりの負担を強いることになり、総じて肉体的・精神的寿命は短くなるという予測が大多数の研究者の共通見解である。

 

 

 

で、あるならば。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()

そう考えたのは他ならぬプロト・ファンタズマの開発者グローイであった。

以前より社内でも狂気的側面を危ぶまれていた彼は、AMS技術の最先端を行く『アスピナ機関』と密かに取引を行い、同機関が進めていた『より機体と繋がるリンクス』を作る実験を自社へ委託させることに成功する。

また、彼が『旧時代の遺跡』から発掘した資料を基に研究を進めていた『ファンタズマ』。

これらの技術を結集し、AMS適性の低い被験体『アイン・ダルトン』へと『強化手術』を実行。

 

そうして、試験個体『ファンタズマ・アイン』が完成するに至った。

 

厳密には未だ実験段階ながら()()()()()()()()となったことで、廃棄処分も兼ねてエドモントンの戦場へと投入されることとなる。

また、被験体自身も参戦を強く希望していたためにグローイは満面の笑みで彼と、彼を『搭載』した愛し子を見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぃ!」

 

ファンタズマ擬きを追いかける最中、俺は敵MS部隊に足止めされていた。

 

四方から迫り来るライフル弾の群れ。

AMSを利用した機動を使えば避けるのは容易い。

しかし、いかんせん数が多過ぎた。

 

「敵の部隊はアレだけではなかったのか?」

 

マクギリスからの報告では、ガエリオが率いていた部隊と鉄華団側から現れた部隊で打ち止めのはずだった。

 

だが現実、こうして俺の目の前に十数機のMSが徒党を組んで攻勢をかけてきている。

 

「邪魔だ!」

 

集団から突出したMSを一機、ハンマーで叩き潰す。その勢いのままに集団に突っ込み複数機纏めて薙ぎ払う。

そうして地面に倒れたMSを見て気付くのは、『敵グレイズが改造を施されている』という事実。

見慣れない追加装甲に武装が取り付けられているのだ。

 

思えば、こいつらの動きはどこか生物的だった。

それ故にここまで手こずり、アインと距離を離されてしまったのだ。

 

「阿頼耶識か?」

 

いや、それはおかしい。

現在ギャラルホルン内部で阿頼耶識の研究を行っているのはマクギリスの配下だけだ。このタイミングで彼らが裏切る可能性は低い。仮に裏切ったとすればマクギリスが何かしらの連絡を寄越すだろう。

 

と、なれば。

 

「……AMS?」

 

あり得ない話ではない。

 

事実、教授の協力で俺が手術を受けて以後、教授の死によって離散した部下たちは半数以上に上る。そんな彼らの一派が興したのがAMS技術で現在最先端を誇る『アスピナ機関』と呼ばれる組織である。

アスピナはAMSの技術を『商品』とし、他企業と取引を始めた。これによって複数人のリンクスが誕生し、結果として『カラード』などという『枷』を設けざるを得なくなったのだ。

 

 

つまり、AMSを使えるのは何も俺だけではないという話。

 

そう考えれば色々と見えて来る。

 

アインがグレイズではなくファンタズマに乗って現れたこと。生物的動作を可能とするグレイズの一団。

おそらく、同一勢力による差し金であり、尚且つギャラルホルンには与しない組織と推測される。

 

「予定に狂いが出なければいいが……」

 

懸念される事項は、『エドモントンにおける鉄華団の活躍』と『エドモントン自体の安全』だ。

あのファンタズマ擬きの全長はゆうに四十mを超えている。そんな化け物がAMS搭載機並みの動きを、しかも街中で行えばどうなるか。

考えるまでもない。

 

「エドモントンが壊滅する」

 

流石にそれはやり過ぎである。

 

なので俺は急いでアレの後を追う。

アインの反応の現在地を確認する限り、アーサソールのメインブースターを最大出力で噴かせばエドモントンに入る前に迎撃することができる。

 

スクラップにした敵MSが気になりつつも、俺は全速力でアインの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話が違うではないかっ!!」

 

アーヴラウ議会堂の一室にて、イズナリオは激昂した。

彼の見つめる先には小型のディスプレイ式通信機。そのモニターには一人の壮年男性が映し出されている。

 

『くどいようだが、()()()()は出せん。今出て行けば確実に独立機動艦隊ひいてはファルク公の全戦力と敵対する羽目になる。

まだかの雷神と事を構えるわけにはいかんのだ。

 

ファリド公、貴公の現状は察するに余りある。が、こちらも共倒れするわけにはいかん。

貴公も大人しく亡命の準備に取り掛かるがよろしかろう』

 

男は淡々とした口調でそう述べた。セブンスターズの現トップであるイズナリオに対して丁寧な言葉遣いながらも言葉の端々から『敗北』したイズナリオへの侮蔑が感じられた。

それを理解するがゆえに彼の恥辱と怒りは高まる。

 

「バカな……私はまだ負けていない。貴殿の保有する『戦力』と私が集めた戦力。それらを合わせればファルクの小僧など簡単に捻り潰せる!」

 

『貴公も往生際の悪い男だな……不正を公にされ、アーヴラウの()()()()()()にすら欺かれ、遂に武力でも追い詰められた。

 

貴様は負けたのだ。小僧と侮っていた雷神の策略にな』

 

「ぐっ!!?」

 

痺れを切らした男が厳然たる事実を突きつける。

言い返す言葉も見つからないイズナリオはただ苦悶の声をあげることしかできない。

 

『そも、()()()()()()()()()()()時点で貴様の敗北は決定していたのだ。おとなしく時代の闇に埋もれるのだな』

 

政治家として風前の灯火となったイズナリオは、男にとっては最早ゴミ以下の存在でしかなかった。

 

「亡命……そんなものが『可能』だと思うか?」

 

冷や汗を流しながらイズナリオは語る。暗に、トールは地の果てまで自分を追いかけ確実に仕留めるつもりだと。

 

『無理だな。

後の憂いを断つためなら奴は手段を選ばん。

 

事故死、テロ、やり方は幾らでもあるだろう、奴の力ならば造作もない。まして、政治生命を断たれた貴様ならば』

 

これが並みの人間であれば亡命に追い込んだ時点でもはや興味も失っただろう。再起の目もないと。

しかし、トールは『過激過ぎるほどに徹底的な男』であった。

 

敵と、障害と判断した相手には容赦せず。骨の一欠片すら残さずに消し飛ばす考えを持つ。これにより人知れず闇に葬られた権力者、海賊は数知れない。

 

今も、エドモントンのTV放送ではイズナリオの不正や『性癖』の証拠が延々と垂れ流されている。

 

徹底的に貶め、その上で『消す』つもりなのは明らかだった。

 

トールを本気させた、その意味をイズナリオはこの時に始めて悟ったのだった。

 

 

やがて、呆れたように溜息を吐いた男は冷たい視線のままで言葉を投げかける。

 

困斃(クンビー)だ、ファリド公。無論、我々も貴公との関係の一切を断ち切らせてもらう。……ああ、間違っても『変な気』は起こさぬ方が身のためだぞ。その時は雷神ではなく、我々の牙が貴公の喉元に突き刺さることになる。

では、私は離れた場所から貴公の健闘を祈ることにしよう』

 

「待て、待て!!」

 

慌てる彼を他所に無情にも通信は絶たれた。

 

男の言う通り詰みとなった彼は激しい怒りと恥辱、そして恐怖から慟哭する。

 

「おのれ、王小龍(ワンシャオロン)!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、蒔苗を運ぶ一団はまもなく議事堂へと到達しようとしていた。

マグニが語ったように街中での妨害は皆無となっており、少し離れた場所から銃声や爆発音が鳴り響いていた。

おそらくはトールの部下たちが戦っている音なのだろうとオルガは考える。

 

そして、もう何度めかの信号へと差し掛かったときーー

 

「えっ!? 信号がっ!」

 

車を運転するアトラが、目の前で機能停止した信号に驚いた。

続けてオルガを乗せたMW(モビルワーカー)を運転するタカキも状況の変化を素早く報告した。

 

「団長! LCSを除く全ての通信が遮断、レーダーも消えました!

これって……!」

 

その意味を即座に理解したオルガは、不意に上空に現れた巨大な影へと目を向けた。

 

「なんだ、ありゃ……?」

 

とても大きな影。その形はモビルスーツなどではない。

細長い体躯に手が生えたような奇妙な形状をしている。

 

そしてその影は重力に従って落下し……着地の寸前でふわりと浮き上がった。

 

「飛んだ!?」

 

この世界、この時代において、MSの飛行能力は失われている。厳密にはエイハブ・リアクター搭載機種の空中飛行性能が満足な域に達していないのだ。

そこにあって、巨大な体躯をふわりと宙に浮かせた謎の兵器の存在は一同の驚愕を誘うに容易い。

 

だが、巨大な兵器が落下し、尚且つ地面から浮き上がるという行為には当然、相当の衝撃が発生する。

即ち、一連の動きによる風圧によってオルガたちの乗機が軒並み吹き飛ばされたのだ。

 

「うわっ!」

 

「キャァァァ!?」

 

横転した車やモビルワーカーを気に留めることなく、落下した巨大兵器『ファンタズマ・アイン』はスピーカーから声を発した。

 

『そうだ……思い出しました。

俺はあなたの命令に従い、クーデリア・藍那・バーンスタインを捕獲しなければならなかった!』

 

当然、そんな話に付き合う余裕は今のオルガたちには無く。横転した車内から脱出するので手一杯であった。

 

そんな中、いち早く車外へと出たクーデリアは憮然とした態度でファンタズマの目の前に立った。

 

「私が、クーデリア・藍那・バーンスタインです!」

 

「あのバカっ……!!」

 

突拍子も無い行動に出るのはいつものこと、と理解しつつも街中に突撃して来るような『ヤバい相手』にそれは悪手だとオルガは焦った。

とはいえ、車内でしっちゃかめっちゃかな体制になっているタカキを引っ張り出している間にもアインは、目の前のクーデリアへとカメラを向けていた。

 

『ああ、こんなところにいたのですね。CGSまで迎えに上がったのですが……』

 

いつの話をしている、とオルガは困惑した。

もう何ヶ月も前の話で、クーデリアと鉄華団が出会うきっかけ、もとい鉄華団が結成するきっかけとなった時の話である。

 

『こちらに着いてきてくださればクランク二尉が死ぬこともなかった! そもそもあなたが独立運動などと……』

 

支離滅裂な話を続けながらも未だアインが動く気配はなかった。

此れ幸いと、オルガはタカキを助け出した後、アトラや蒔苗も車内から救出していた。

 

 

『ああそうか、あなたのせいでクランク二尉はーー』

 

「私の行動のせいで多くの犠牲が生まれました!

しかしだからこそ私はもう立ち止まれない!!」

 

アインの話に、クーデリアは自らの信念を胸を張って告げる。しかし悲しいかな、すでにアインは正気ではなく、まともな会話などできるはずもないのだから。

 

すでに、クーデリアを見つめていたメインカメラは赤色へと染まっている。

 

『傲慢な……その思い上がり、この私が正す!!』

 

一瞬にして激昂したアインは、ファンタズマのマニピュレーターを高速回転させる。

キュイーンと唸り声を上げる両手を構え、クーデリアへと突き出すーー

 

「クーデリアさん!!」

 

咄嗟に彼女を庇って押し退けるアトラ。

 

「っ!!」

 

その両者を救うべく駆け出すオルガ。

 

三者ともにファンタズマのドリルの射程圏内であり、何れにしても助かる者など存在しない、はずだった。

 

 

 

『っ!!』

 

ーーそこへ、颯爽と駆けつけ、手に持つメイスをドリルへと押し当てる機体があった。

 

『き、貴様っ!?』

 

力尽くでドリルを押しのけ、その機体・ガンダムバルバトスは背後に三人を庇うようにして仁王立ちした。

 

「「「三日月!!」」」

 

三人が同時に、現れた救世主(悪魔)のパイロットの名を呼ぶ。

 

「いくぞ、バルバトス」

 

コクピット内で身体のあちこちから血を流した三日月・オーガスがいつものように愛機に語りかける。

それに応えるようにバルバトスのメインカメラが点滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クーデリアっ!!!!』

 

遅れて、コバルトブルーの機体・モージの乗る『ストレイド』が駆けつけた。

 

「モージさん!」

 

すでにタカキのMWへと搭乗していたオルガたち三人と、蒔苗、その秘書の二人。

バルバトスの戦うエリアから離れようと疾走するMWに追随する形でストレイドが再度通信越しに声をかけた。

 

『何があった!?』

 

「それがーー」

 

LCSを利用した通信機を通してクーデリアたちはモージへと先ほどのファンタズマ襲来の詳細を伝えた。

 

『ああ、アイツか。しつこく鉄華団を追って来てた……!』

 

「そうなのか?

いや、とりあえず今は三日月の援護に向かってくれ」

 

オルガも気に留めていなかった事実に少し驚きながらも、すぐに援軍を要請する。

 

『了解した!』

 

モージも二つ返事で承諾し、機体を反転させる。

だが、モージの機体もあちこちに傷が目立ち、コクピット内のモージ自身も軽傷を負っていた。

というのも、市街地に現れた『複数のリアクター反応』に気づいた彼がここに来るまでに、トールを襲ったのと同じ『AMS搭載グレイズ』が奇襲を仕掛けてきたのだ。

 

数こそ少なかったものの、同じAMSを積んだ機体の動きに翻弄されストレイドも何発か痛手を受けてしまったのだ。

 

だが、それで止まるほどヤワではない。

クーデリアを守る『騎士』の役目を密かに決意していた彼に撤退の二字は無く、闘志をみなぎらせたままファンタズマの暴れる方角へと真っ直ぐ視線を向けていた。

 

そんな彼に、再び通信が入る。

 

『モージさん!』

 

「っ!」

 

それは何よりも守らなければならない『主』の声。

しかし続けて語られた短い言葉に、モージのテンションは上がる。

 

『どうか無事に……無理はしないように』

 

「……了解した! 団長、聞こえているならそれでいい。

()()()()のこと、任せるぞ』

 

そう述べたモージは、機体のブースターを最大出力にして三日月の援護に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハハハハハ、弱い、弱いなぁ罪深き子よ!』

 

「くっ!」

 

その頃、ファンタズマを相手にする三日月は劣勢に追い込まれていた。

先ほどと異なり、ファンタズマ自身に攻撃を当てることが出来ているものの。お返しに見舞われるマニピュレーターの一撃は重く、装甲全体が亀裂を生み始めていた。

 

単純に馬力が違うのだ。

ツインリアクターシステムとガンダムフレーム特有の機構、そして阿頼耶識システムの力により一騎当千の力を発揮するバルバトスだったが、擬似とはいえ()()()()()()()()()()()()()()()()()ファンタズマの出力は桁違いであった。

加えて、アインが密接に機体とリンクしていることもありその反応速度は言うに及ばず。

 

『これこそファンタズマ! ああ、いい気分だ……散々、我らをコケにしてくれた宇宙ネズミを、こうも一方的に甚振ることができるなんて』

 

「ごちゃごちゃ……うるさい」

 

しかし、三日月の体力も限界に近づいているのも確かだった。

 

「くそ……思うように動かないな」

 

間髪入れずドリルを繰り出すファンタズマに、なんとかレンチメイスを合わせて対抗するが、単純な話、速度が追いついていない。

 

そんな彼の元に、ようやく援軍が現れた。

 

『チェストォォォォ!!!!』

 

『ぐわっ!?』

 

クーデリアからの激励によってテンションが爆上がりしたモージである。

ストレイドの左腕に備えられた実体ブレードを、落下の衝撃を乗せてファンタズマに叩き込んだのだ。

これにより背部に取り付けられていたミサイル発射管が外れ、重量変化と攻撃による衝撃によってファンタズマに大きな隙が出来た。

 

「っ、あぁぁぁぁ!!」

 

それを見流さず、バルバトスが急接近し、レンチメイスを大きく振るう。

ファンタズマの前方部に加えられたメイスの一撃は重く、下部に取り付けられていた榴弾砲が外れ、地面に落下する。

 

『がっ……く、くそ! ネズミどもが!!』

 

フラフラとしつつもファンタズマの巨体は未だピンピンしている。

それを警戒しながらも、バルバトスの傍に降り立ったストレイドが通信を行う。

 

『大丈夫か、三日月?』

 

「うん……全然平気」

 

平気ではない。先のファンタズマとの戦闘でバルバトスはボロボロになり、三日月自身も攻撃の余波によって傷を負っている。さらにはここまでの戦闘で新たな傷も目立っている。

 

だが、三日月もまた止まることはない。

 

「オルガに任されたんだ……あいつは、俺がやる」

 

強い意志と狂気。

声からそれを察したモージが身震いする。

 

『そう言うと思った……だけど俺も『彼女』に任されたんだ。……邪魔にならない範囲で援護しよう』

 

とはいえ、この状態の三日月に下手に手を出すべきではない。と、これまでの付き合いでモージも学んでいた。

それにクーデリアからも「無理はするな」と告げられている。

 

こうして、バルバトスと、バルバトスの援護のためにライフルを構えたストレイドによる第三回戦が開始された。

 

 

 

 

 




エドモントン終わったら二期開始するまでの二年間の話をつらつらやります。
余裕あったらモージ視点の鉄華団サイドの話やります。


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緑の光

書いた後に「アレ、これ三日月主人公になってね?」と思ってトール視点に書き直しました。
なのでファンタズマ・アイン戦はあっさりです。



実のところ、『私』も◾︎◾︎◾︎を使うつもりはなかったのだ。

 

 

 

アレの危険性は私も十分に理解しているし、まして正気を失った輩に預けるなど言語道断。正しい研究には正しい規律を設けるのが常識である。

 

……とはいうものの、『アレを完成させるだけの資金源』を目にしてしまえば、『興奮』を抑えきれなくなるのも仕方ないこと。

 

なので、とりあえず積んでみることにしたのが事実。

 

所詮はデータ収集のための実験機である。

本物の『ファンタズマ』ではないので、壊れようが何しようが一向に構わないのである。

 

ただ、エイハブ・リアクターとの相性は案の定よろしくない。

 

互いに特殊粒子を応用した動力炉ゆえに相互干渉によってイマイチ出が悪くなってしまうのだ。加えて『内部側』の動力源が攻撃的過ぎる。

 

擬似とはいえリアクターを連動させるのも一苦労だった。

後になって、ガンダムに搭載されているツインリアクターの偉大さが身に染みた。

 

まあ、出来ないなら最初からしていない。結果、成功したからあの試作機を実戦投入したのだ。

 

 

ならば、現地に赴いて直接その活躍を見物。もといデータ収集を行うのが正解というもの。

 

 

 

 

 

 

「うーん……見た感じ、スポンサーの方はすでにヤラレてしまったみたいですね」

 

双眼鏡で戦場を眺めていると、大破したキマリスが転がっているのを発見してしまった。とても残念である。

セブンスターズの一角を担うボードウィンの資産は、予想以上に膨大であり、今後も定期的に資金援助をお願いしようと思っていたのだが。

 

「実に残念です。現当主様は『お綺麗』なお方なので援助は期待できませんし、妹君はまだ幼過ぎる」

 

あるいは、その『妹』も面白い実験材料になり得るかも。

セブンスターズのAMS適性は『平均以上』というデータもありますし、今後の計画に一考の余地がありますね。

 

「うんうん、楽しみですね。この戦いはファルクの勝利に終わるのでしょうが、この一件を境にして各経済圏も大きく動き出す。

大戦国時代の開幕ですよ」

 

そうなれば、主要企業たちも嬉々として『兵器の公表』と『実用』をすることでしょう。

『カラード』に入っていない我が社では、情報の伝達に遅れが見られますが、戦乱となればカラードとてまともに機能するとは思えない。

ということは、治安維持機構たるセブンスターズないしギャラルホルンなど崩壊以外に道はありますまい。

 

 

ファルクが何を考えているのかは分かりませんが、結果を見れば我々にとっても望んだモノではありますね。

 

いつの世も、科学の発展に戦争はつきもの。

その中でこそ、私の求める『緑の光』はいっそう輝きを増すことでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アァァァァァァァァ!!!!」

 

『ぐっ、なんなのだ、一体!?』

 

市街地で激戦を繰り広げるバルバトスは、次第にその反応速度を上げていた。

それも緩慢なものではなく、徐々に、しかし確実に、みるみるうちに上がっていく。

遂には、ファンタズマを逆に押すまでの動きを見せていた。

 

『よそ見し過ぎたな』

 

『っ、ちぃ!』

 

ストレイドによる援護射撃も的確だった。

獣のような動きを見せるバルバトスの邪魔にならないよう、絶妙なタイミングでアインの動きを邪魔して来る。

この連携によって、ファンタズマの機体各所には凹みや傷が多く生まれ、バチバチとショートした回路があちこちに発生していた。

 

「もっと……もっとだ、バルバトス」

 

三日月の声に応えるようにバルバトスがカメラアイを赤く染めて、さらに反応速度を向上させる。

 

『ぎっ!?』

 

マニピュレーターを振るうファンタズマの上空へと飛び上がり、メイスで脳天を一撃。

揺さぶられたアインの意識が歪む。

 

だが、そのアインの狂気は怒りによってさらに増幅される。

 

『許されない……クランク二尉を貶めた貴様らなんぞに、真の正義を背負った私が、負けるなど、許されることではない!』

 

思考をファンタズマへと委ねる。

すでに機体の一部であるアインがそう判断すれば、自然と機体はその意を汲み取り、反映させる。

 

「っ!?」

 

再びバルバトスを超える反応速度を獲得したファンタズマは、猛攻を仕掛けるバルバトスのメイスをドリルによって弾き返す。

そして生じた隙を突いて、片手のみを突き出した。

 

『危ねぇ!?』

 

アインが『何をするつもりか』理解したモージは咄嗟にバルバトスの目の前に割って入る。

 

その右手に、マニピュレーターが突き刺さる。

と、同時に側面に装備された『パイルバンカー』が打ち出された。

 

『っ!!』

 

炸裂と爆音。閃光と、衝撃によって吹き飛ばされたバルバトスが次に捉えたのは、右腕を肩部から失ったストレイドであった。

 

『がっ……!』

 

反射的に右手でかばったことでコクピットは無事だったものの、その衝撃は十分過ぎるほどに伝わっており、パイロット自身の身体に浅くない傷を与えていた。

 

『罪深き子供、お前の罪が消えることはない。クランク二尉……私は必ず奴を『裁いて』みせます!』

 

パイロットが昏睡したことで地面に倒れたストレイドに目もくれず、アインはバルバトスだけを見つめていた。

 

『もう貴様は救えない。その穢れは注ぐことができず、地獄の底にて永遠の責め苦を味わうことになるだろう。

貴様と、あの女、お前の仲間たちも全て!』

 

「っ!!」

 

『仲間』という言葉に反応して、三日月の雰囲気がガラリと変わった。

いつもの冷静で冷酷な様子ではなく、激しい感情がその表情に浮かび上がっている。

 

 

「穢れ? 裁く?

それを決めるのはお前じゃないだろ。

 

おい、バルバトス。いいからよこせ、お前の全部」

 

 

瞬間、バルバトスの装甲がパージされた。

 

『? ようやく償う気になったのか? だが、たとえーー』

 

おかしな行動に出たバルバトスを、投降の合図と勘違いしたアインは不遜な態度でくどくどと説教を始めた。

だが、アインが次に気付いた時にはそこにバルバトスの姿はなく、ファンタズマの下部にて体制を低くし、太刀を構えていた。

 

『のわっ!?』

 

死角からの鋭い斬撃は、ファンタズマの装甲を斬り裂いていた。

慌てて下方に視線を向けたアインに、すかさず太刀を見舞う。

 

『がっ、くそ、なんだ、この動き!!』

 

「まだだ、もっと、もっとよこせバルバトス!!」

 

再び攻勢に転じたバルバトスの動きはもはやMSの範疇に無かった。

本来、パイロットの脳を保護するために掛けられているリミッターを外しているのだ。機体と一体化したアインと、擬似的に同じ領域に達した彼を止めることは容易ではない。

当然、その負荷も凄まじく、三日月の右目と鼻からは絶えず鮮血が流れ出し、滝のようになっていた。

 

ファンタズマを圧倒するバルバトスだが、その度に、動くたびに三日月の脳組織は膨大な情報の波によって破壊されて行く。

 

たとえ、この戦いに勝ったとしても、もはや彼が『人並みに動ける』ことはない。

 

だが、三日月・オーガスにとってそんなことは『どうでもいい』。

 

仲間を、クーデリアの決意を貶され、その命を奪わんとするアインを屠ることが最優先であり、彼自身が自らの存在意義と定める事項であった。

 

 

そのとき、バルバトスへとLCSによる通信が届く。

 

『呑まれるな、三日月・オーガス!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AMS搭載グレイズの度重なる妨害を脱し、ようやく市街に辿り着いてみれば、戦いは佳境に差し掛かっていた。

 

部下からの報告では、すでに蒔苗は議事堂に辿り着き、クーデリアによる演説が始まっている。

 

当然といえば当然だが、『目の前の惨状』を見ると胃がキリキリと痛み出した。

 

 

崩れた建物はもはや元の形状を忘却するほどに粉砕され、舗装された道路は天変地異のごとく破壊されていた。

つまり、彼らの戦いを中心として街の一角が更地になっている。

 

どう考えてもやり過ぎである。

悪い予感が当たってしまった。

しかも、現在進行形で街は崩壊しており、3分クッ○ングのごときお手軽さでエドモントンに巨大な空き地が生まれつつあった。

 

頼みの綱というか、「あわよくばバルバトスと協力して速攻でアインを片付けてくれないか」と淡い希望を向けていたモージは、機体を大破させた状態で横たわっている。

この際、生死は問わないから八つ当たりさせてほしい。

 

 

 

とはいえ、このまま眺めているわけにもいかないのだろう。

とりあえず、阿頼耶識のリミッターを解除した三日月に声をかけておいた。

『システムに呑まれるな、飼い馴らせ』と。

別に深い意味はない。

 

ただ、AMSに中身を崩された身としては、システムに侵食される若者を放っておけなかった。

それだけのことだ。

 

 

 

 

俺の言葉が届いたのか定かではないが、バルバトスの動きに精密さが戻っているように見えた。

装甲を捨て、機動性を特化させたバルバトスは太刀を手にファンタズマ擬きを圧倒している。が、先ほどまでの獣臭さはなく、的確に冷静に敵の隙を突いて効率的な戦闘を展開していた。

 

「あの様子なら心配はあるまい」

 

そう考えた俺は、そそくさとモージのストレイドを回収し肩に担いで安全圏まで運ぶ。

 

まったく、上官に運ばせるなど。

 

 

 

 

 

適当に離れた場所にストレイドを投げ捨てた俺は再び阿頼耶識同士の戦いの場に赴いていた。

だが、どうも俺の入る隙がないというか必要がないというか。

 

ただ、こちらが優勢だった先ほどと異なり戦況は互角に戻ってしまっていた。互いに機体もボロボロな癖にその激しさは増す一方で、比例して街の壊れる速度も範囲も大きくなる。

 

これで俺まで加われば、エドモントンが半壊ないし再建不可な領域になってしまう。

大人しく観戦に徹するべきだろう。

 

 

と思っていたら、団長が駆けつけて三日月に発破をかけていた。

確か、この後にアインは串刺しにされる流れだったと記憶する。

 

呆気ない展開だが、これ以上やられても街が保たない。

俺としても早期決着は望むところだ。

 

 

 

 

 

 

『クランク二尉、ガエリオ特務三佐! 私は私の正しーー』

 

台詞の最中にバルバトスの太刀が、ファンタズマの頭部を貫いた。応じてアインの慟哭もピタリと止まる。

 

「うるさいな……オルガの声が聞こえないだろ」

 

ゆっくりと太刀を引き抜く。

しかし三日月はまだ警戒を解いていなかった。

 

刃を抜かれたファンタズマはブルブルと痙攣しその場から動かない。

 

 

その奇妙な姿と、太刀を突き入れた時に『何かに弾かれた』ような感覚から三日月はまだファンタズマが『生きている』という推測を立てていた。

 

 

 

果たしてその推測は正しく。

突如、空中へと飛び上がったファンタズマはめちゃくちゃに空を飛び回った後、空中分解する。

 

バラバラと降り注ぐ機体のパーツの中、『緑の光』を放つナニカがゆっくりと地上に降り立つ。

 

水色を基調としたカラーリング、スポーツカーを思わせる胴体に細い手足が付いた姿は確かにMSに見える。

その丸みしかない頭部も人間に近い形をしている。

 

だが、三日月はその機体から溢れる『緑の光』に悪寒を感じていた。

 

 

 

同じくその光景を見ていたトールは、彼以上に驚愕を露わにする。

 

 

「ばかな、こんな街中で……()()()だと!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コジマは……マズイ。

 

 

何がマズイって、アレ、存在するだけで草も木も人も何もかもを破壊してしまうからだ。おまけに、コジマは一定量を超えないと霧散してしまい満足に扱うことができない。そのくせ、一度滞留するといつまでも地域を汚染する害しかない厄介な粒子なのだ。

あの様子を見る限り、まず間違いなくコジマジェネレーターが稼働している。

 

となれば、今のヤツは絶えずコジマ汚染を周囲に垂れ流しているということになる。

 

「どこのバカだ!!」

 

愚痴をこぼしながら機体を急発進させる。

狙いは当然、あの『コジマ兵器』。

ミョルニルを構えて『企業戦士』へと叩きつける。

 

「っ! ご丁寧にPA(プライマルアーマー)まで装備しているか!」

 

機体の手前の空間で何かに押し留められるミョルニル。よく見ればその周囲、企業戦士の周囲だけが空間が歪んだような光景に変わっている。

なら、ますますコジマ汚染がヤバい。

 

俺はアーサソールのブースターを最大出力に。またミョルニルのブースターも最大出力に変更。

その推力によって、PAごと企業戦士を押しながら飛んで行く。

 

「くっ!」

 

ガリガリと舗装や建物を削り、或いは倒壊させながら、郊外へとヤツを運んで行く。

 

 

推進剤の残量が四割を切ったところで、ようやく都市部から引き離すことに成功した。

同時に、仁王立ちだった企業戦士も動き出し、右手に握られた『コジマライフル』をかちゃりとこちらに向ける。

 

「っ!!」

 

慌てて機体を横に移動させその射撃から逃れる。

独特の発射音と共に吐き出された緑の発光物体は、後方へと飛んでいき、やがて丘にぶつかって爆発した。

あたりに散らばる緑の光、それらは全て高濃度に圧縮されたコジマ粒子であり、あの丘がこれから途方も無い年月をかけなければ人の近寄れる場所に戻らないことを表している。

 

『システム、戦闘モードに移行。思考パターン、『ファンタズマ・アイン』から『LINSTANT(ランスタン)』に移行。

 

コジマ出力、正常。

ブースト出力、正常。

機体重量……イエロー』

 

丸みのある頭部から、またアインの声が聞こえて来る。しかし先ほどまでの感情的な様子は残っておらず、淡々と、無機質な声だけが発せられている。

中は一体、どういう状況になっているのか。

 

というか機体重量がオーバーしているのは見れば分かる。

まさかのアクアビットマンにコジマライフル二丁とコジマブレード。背中にはキノコと肩のアンテナも載せている。

……重量以前にENがイエロー通り越してレッドなんじゃないか?

 

 

『ツインジェネレーター、起動』

 

と思っていたら、その呟きと共にヤツから溢れるコジマが増大した。……まさかとは思うが、コジマタンクでツインシステムとかやってるんじゃないだろうな?

 

とか言ってるうちに『ふつくしい光』が溢れんばかりに高まり、いよいよもってコジマ汚染が無視できない領域となる。

ちなみに、この地域一帯はもう捨てる覚悟を決めている。

 

なので、これ以上ひどくなる前に速攻でこいつを片付ける。

 

 

アーサソールを急発進、と同時にサイドブースターで奴の側面へと回り込む。正面から向かえば確実にあの素敵なコジマ兵装によって緑色にされてしまうからだ。

 

が。

 

「ぬぅ!?」

 

こちらがハンマーを振るう前に、ヤツは片方のコジマライフルをこちらに向けて来た。凄まじい反応速度だ。

 

すぐに機体の上半身を後ろに倒す。仰け反るような姿勢でなんとかコジマの塊を躱す。カメラアイに映る視界には、緑の発光物体が機体スレスレで後方に飛んで行くのが見える。

いや、この際多少のコジマ汚染は覚悟の上だ。

 

俺はイナバウアーの体制から背部ブースターで無理やり機体を起こす。と共に、ハンマーを振り下ろした。

 

そして、やはりヤツの寸前で止められる。どうやらミョルニルのフルスイングすら防ぐ出力らしい。厄介なことだ。

 

 

……PA、プライマルアーマーとは先に語った有害な粒子を機体周囲に円状に滞留させ、物理的干渉を拒む機能である。

本来は小威力の火器や、その他の干渉を『緩和』する程度の機能なのだが。

放出するコジマ粒子の量を増やせば理論上、鉄壁の防御を敷くことも不可能ではない。

 

つまり、今のヤツは環境被害を度外視した膨大な量のコジマ粒子を放出して鉄壁のバリアを張っているのだ。

 

無論、対抗策がないわけではない。

また、『レーザー兵器』ならばバリアを貫通することも可能である。

 

が、面倒なことにこの世界ではナノラミネートアーマーの所為で、ビーム兵器が軒並み衰退し、その技術すらも失われて久しい。

他にも貫通力のある物理兵器でバリアを突破する方法もあるにはあるのだが。

 

いかんせん、『どの程度の火力ならば突破できるのか』皆目見当もつかない。

 

 

 

となれば、あと残るのは『ひたすらに猛攻を加えてバリアを削りきる』しかない。

だが、こちらも推進剤の残量を考えれば現実的でない。

 

 

さて、どうしたものか。

 

或いはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、無事に演説を終え、蒔苗が代表の座に再び当選したことで鉄華団たちの初仕事はようやく終わりを告げた。

 

団員たち、特にMSパイロットたちはファンタズマの襲撃によって壊滅状態に陥ったものの。奇跡的に全員が一命を取り留めていた。

そしてその援護に回っていた独立警備隊のMS部隊も、敵が降伏信号を上げたことでようやく一息をつくことができたのだった。

 

 

クーデリアの演説、蒔苗の再当選を確認し、ようやく議事堂の外へと解放されたアトラたち。

しかし、街の様子が、オルガたちの様子がおかしいことに気付いた。

そして、なにやら爆発音と振動が続いていることに気付く。

 

それらを追って目を向けた先、街の外、遠方に視線を向ける。

そこには絶え間なく発生する緑の光とーー

 

「……かみなり?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

『別世界のネクスト』のように凄まじい変態機動を繰り返すヤツに、移動後の僅かな隙をついてミョルニルを当てる。当然、PAにとめられる。

そして、放電。

 

『っ!!!!』

 

アーサソールの主兵装ミョルニルの真骨頂、専用バッテリーから送られる電力を打撃部から放出する機能である。

俺に残された手はこれしかなかった。

 

ただ。

 

「ぐっ!!」

 

やはり当て続けるというのは難しい。

なにせ相手は()()()()である。

コジマジェネレーター、それも二機を並列稼働させるという頭のおかしい機能で動いている化け物。

幸い、重装備なせいで本来の機動性を殺してしまっているらしく、音速を超えるような速さはない。

 

とはいえ、コジマ粒子を応用した『クイックブースト』の出力は素で高い。発動されれば、一瞬で視界から消えてしまうほどだ。

エイハブ・リアクター単機で稼働するアーサソールでは、圧倒的不利なのは明らかだ。

 

「だとしても……ここで計画を崩されるわけにはいかない」

 

()()()()()()()()コジマの露呈は痛手だが、別に計画を見直すほどのトラブルではない。誤差の範囲内である。

 

そんなことを考えている間にも、クイックブーストを連発しながらコジマライフルを撃ちまくってくる。

さらに、僅かでも隙を見せれば接近しコジマブレードを当てようともしてくる。

なかなか優秀なAIじゃないか。

 

「いや、これも『アイン』の脳を利用しているのか?」

 

わからないが、どうでもいい。

 

今はなんとしてもミョルニルをぶち当ててPAを剥がさねばならない。ここまで何度か当てているうちに既にPAの表面が揺らぎ始めていた。

 

もう少しだ。

 

 

 

そして、またクイックブーストを行なった後を狙ってミョルニルを当て、間髪入れずに電撃を見舞う。

その繰り返し。

 

だが、相手も案山子ではない。

素でこちらの機動性を優に超えているのだ。

なんとか致命傷は避けているが、コジマライフルの『弾』は掠りまくっている。

また、一撃だけだがコジマブレードも当たってしまった。

着弾部分である左腕は弾け飛び、咄嗟に距離をとったものの胴体部分にもコジマがこびりついてしまった。

 

「流石に、マズイか……」

 

つぅ、と垂れて来た血涙を認識して少し焦る。

『対コジマ加工』も施していない機体で、ヤツと長時間やり合うのは危険だ。

推進剤も残り僅か。

 

対して、ヤツも撃ちまくった所為で弾切れを起こしたらしいライフルを投げ捨てていた。

 

 

 

 

俺は意を決してヤツから距離をとった。

そして、ミョルニルを肩に担ぎ、バッテリーの出力を最大に引き上げた。

 

バチバチと帯電するミョルニルを構えながら、クイックブーストでドヒャドヒャ言いながら接近して来るヤツをメインカメラに捉える。

動きを止めた俺に対して警戒しているのか、ジグザグに移動を繰り返しながらこちらに接近して来る。当然、その手にあるコジマブレードを振るうつもりだろう。

 

 

やがて、俺の目の前まで接近しその手を突き出そうとした一瞬ーー

 

 

「喰らえ……!」

 

ミョルニルのブースターを起動。加えて重力によって加速したハンマーをヤツ目掛けて全力で振り下ろす。

 

ちょうど、ヤツがコジマブレードを突き出す瞬間だったらしく。ブレードの先端とハンマーの打撃部が激突する。

普通ならゴツい見た目のこちらが優勢なのだろうが、コジマジェネレーターによる出力ゆえか勢いは拮抗していた。

 

が、そんなのは分かりきっていた。

 

衝突によるヤツが完全に動きを止めたこの瞬間に、俺は溜まりに溜まった電撃を全て解放した。

 

 

『っ!?』

 

一瞬にして眩い閃光が炸裂し、凄まじい衝撃が身体を襲った。

メインカメラは直後に破損し、視界を失った機体の中で何が起こったのかを理解する。

 

ヤツが放ったのはコジマブレードだ。

対象に押し当てた状態でコジマ粒子による爆発を放つ武装。

 

ということは。

俺が電撃を放った直後にコジマ爆発が起こったということなのだろう。この意識を刈り取るような衝撃も納得である。

 

 

直後、ヤツの生死を確認する間も無く俺の意識は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「アレ、コジマ粒子これ以上ばら撒いたらエドモントン死ぬんじゃね?」と思ってネクスト戦もあっさりです。
オチは次回に……


【おまけ】


【LINSTANT】
〔スペック〕

カテゴリ:次世代型AC
全高:約16.5m
本体重量:約21t
動力:コジマ・ジェネレーター(二基並列稼働)
装甲材質:?
開発組織:アクアビット社
所属:アクアビット社
主なパイロット:アイン・ユニット

〔備考〕
ぼくのかんがえたコジマづくしマン。
とにかくコジマがいっぱい。
コジマライフルの装弾数は少ない。
コジマブレードを装備しながらライフルも持っている。
KP出力999。

整波装置付けたらENやばいことに気がついてツインコジマとかいう脳味噌緑色な発想に至った。
反省も後悔もしていない。





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エピローグ

エピローグってのは第一期の終わりってことです。
そして、また新たなキャラが増えます。


エドモントンにおいて開かれた『ファリド派とファルク派の抗争』は電撃戦の末に決着を見た。

その戦いの最中で活躍したバルバトスの姿は話題となり、鉄華団は正史と同様に勇名を轟かせた。

また、『革命の乙女』を地球まで守り抜いた功績はそれなりに評価され、終戦から二日後には鉄華団本部に多くの問い合わせがかかることになる。

 

 

 

そして、一連の騒動において『諸悪の根源』とされたイズナリオ・ファリドはマクギリスの手引きにより『亡命』。表舞台から姿を消すことになる。

 

また、戦いに使用された『謎の巨大兵器』の脅威は市民の心にトラウマを植え付け、ファリド派ないしギャラルホルンへの不信感が世界規模で拡散することとなる。

さらに、巨大兵器に関係すると『噂される』エドモントン近郊の『特別汚染区域』の存在もその流れを後押ししていた。

 

結果、本件に関わりないセブンスターズ各家や関連組織の評判は低迷し、逆に『汚職に塗れたファリドと戦った』ファルク家の評判が高まるという奇妙な事態を引き起こしていた。

 

 

 

が。

世論の大半は『ギャラルホルン全体への懐疑心』に集約されており、ファルクもその余波を受けているのは確かだった。

 

 

というのも、現当主であるトール・イブン・ファルクが()()()()()()()()()()()()()()()()()からである。

 

大事件の首謀者の一人でありながら、事件の収束後一向に姿を見せない事実は少なからず民衆の不信感を煽る結果となる。

 

 

 

 

そして、ちょうど十日を過ぎたところで件の『反逆者』はようやく意識を取り戻すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いかん」

 

ああ、非常に遺憾である。

 

アクアビットマンと死闘を演じて、気がついたら十日が過ぎていた。とんでもない寝坊である。

全ての予定が狂ってしまった。

 

「くそっ……」

 

ニュース画面を開いていたタブレット端末を投げ捨て、ベッドから身を起こす。

辺りを見る限りはどうやらファルクの管轄下にある施設のようだ。

 

とりあえず、状況確認をするべくベッド脇に備え付けられた呼び出しボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってきたのは俺も良く知る『身内の研究者』だった。

彼に確認したところ、やはりここは『我がファルクが秘密裏に運営する施設』であった。

 

エイハブ・リアクター及びリアクター搭載兵器、実用燃料電池の管理・研究、そして()()()()()に関する研究を担当する研究所である。

アーヴラウは北部、レイレナード本社に程近いグレート・スレーブ湖東岸に位置する。

 

その配置上、レイレナードから派遣された研究者も多く、『機動兵器開発』に長ける同社の特性を存分に発揮し、我がファルクの研究者と共に『コジマ』及び『AC』の開発に貢献してもらっている。

 

そんな彼らの施設には、仕事の関係上コジマ汚染を『治療』する設備も置かれている。

俺は今、その設備が配置されたエリアに入居させられているようだ。

 

 

 

「汚染レベルは()()できる範囲です。ですが、機体の状態はとても修理に回せるものではなく……」

 

申し訳なさそうに告げる研究者を手で制す。

 

「良い、元々処理に困っていた機体だ。あの戦闘で使い潰せたのならば満足できる結果と言える」

 

腐敗したギャラルホルンの手先との死闘の末に大破、劇的な幕引きを演出することができたと思う。

 

これで俺自身が奇跡の生還を早々に見せることが出来ていれば計画は順調に進められた。

世の中、上手くいかないものだ。

 

「ですが、コジマ汚染に関しては少々妙な反応が見受けられまして」

 

「妙?」

 

「こちらがデータになります」

 

そう言って彼が手渡して来たのは数枚の資料の束。

中を拝見していくと、彼が何を言いたいのかを理解した。

 

「確かに……妙だな」

 

「ええ、()()()()()()()です。が、コジマ粒子に関しては我々の研究も途上に過ぎません。これも貴重なデータとして今後の研究に活用させてもらいます」

 

「そうしてくれ」

 

資料を返しつつ応える。

『奇妙なデータ』は気になるものの、今考えるべきではないと頭の片隅に追いやる。

 

 

 

その後、簡単な検査を済ませた俺はいつもの黒コートを羽織り治療区画を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡り廊下を越えると、見慣れた研究施設の光景が視界に入る。この施設はその用途ごとに細かく区画整理されておりここは俺も度々訪れている『コジマ研究』を担当する区画である。それら用途分けと多岐に渡る研究内容故に必然、施設は巨大なものとなり広大な土地を占有する費用、施設維持、研究資金諸々を合わせた経費は莫大なものとなる。

が、我がファルクの財力をもってすればそれを賄うのは造作もない。加えて、『カラードに属する企業との提携』によって何割かの費用は削減されている。

 

 

しばらく歩くと無機質な白壁が続く廊下から、唐突に全面ガラスが片面に現れる。

 

ガラスの外には、一階層下まで突き抜けた広い空間が広がりそこには数多の機材と複数の『機動兵器』が置かれている。

それらに群がる研究者たちは皆一様に『特殊な防護服』に身を包んでいた。

 

 

 

俺もそのエリアに立ち寄るべく入り口に向かうと、門番のように自動扉の両脇に立つ二人の警備員に声をかけられる。

 

「これはファルク公、お元気そうで何よりです」

 

「お身体は大丈夫なのですか?」

 

厳格そうな見た目の割に心底心配したような声音で語りかけてくる。

 

「問題ない。そも、このような区画に寿司詰めとなっている貴殿らほどではないさ」

 

「ご最もで。まあ、我らも少ない余生を持て余した身、今更な話です」

 

笑って応える警備員の言う通り、この区画を警備する人員は過酷な圏外圏で傭兵やら有害物質を取り扱う工場に勤めていた人間ばかりである。既に肉体の限界を悟っている連中ゆえにこのコジマ汚染エリアで働くことを承諾してくれた。

 

「世話をかけるな」

 

そんな警備員たちの肩を優しく叩きつつ俺は扉を抜ける。

その先にはまた自動扉。それと壁にかけられた防護服が見える。

 

手短に防護服を纏った俺は扉を抜けていよいよコジマ研究区画へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

研究エリア内では皆、一心不乱に作業に打ち込んでいる。そもそもコジマなどという鬼畜な物質に興味を示す『狂人』たちだ。汚染など全く気にしていないのだろう。

 

そうしてしばらくエリアを見て回っていると、一人の研究員が声をかけてきた。

 

「閣下!!」

 

が、研究員と思った防護服の男性は、俺を見つけるなり聞き慣れた声を発して駆け寄ってくる。

どうやらマグニのようだ。

 

「十日ぶりだなマグニ」

 

「……その様子なら、全然平気そうですね。なんか、心配して損した気分です」

 

失礼なやつだ。

が、まあそんなことはいい。

 

「マグニ、十日の間に起こったことを手短に説明してくれ」

 

「はい」

 

 

奴が話したのはすでにタブレットで検索して知ったことが大半だった。

鉄華団はとっくのとうに火星への帰路につき。

クーデリアも蒔苗との交渉を終えていた。

 

「……ただ、モージの野郎があのお嬢さんに付いていくつもりらしいんですよ」

 

まあ、そうなるだろうな。孤島でのやりとりを見ていれば予想がつく。

 

「いいんじゃないか?」

 

「ちょ、そんなテキトーな……」

 

マグニはどうやら『好き勝手』しているモージに我慢ならないようだが、そもそもそう命じたのは俺だ。

計画に支障が出ないから許している。

 

「問題ない。それに、クーデリアの護衛を自ら引き受けてくれるなら万々歳だ。鉄華団の方はもう護衛の必要はないだろう」

 

ようやっとワンクールが終わった。同時に鉄華団の方もだいぶ逞しくなったしもはや武力面の手助けは不要だろう。あとは勝手にこちらの計画に沿って動いてくれるはずだ。

彼らならば十分、『エインヘルヤル』としての役割を任せられるだろうしな。

 

そこまで考えて、ふと思い出す。

 

「そうだ、鉄華団の方にはまだ少し用があったのだった」

 

「用、ですか?」

 

此度の戦闘において彼らと俺との同盟は終わりとなった。それは初めから取り決めてあったことだ。あくまでテイワズ傘下の組織たる彼らがいつまでもセブンスターズと同盟を結ぶのは危険だと俺の方で判断した結果である。

だが、それだけではいずれ彼らはテイワズ内のゴタゴタに巻き込まれて不本意な出血を強いられることになるだろう。俺としても彼らに『エインヘルヤル』の役目を受けてもらう前に疲弊してもらっては困る。

 

なので、もう少し手助けをしてやろうというわけだ。

 

 

「マグニ、奴らの本部への連絡手段はあるな?」

 

「ええ、といっても公式の回線になりますが」

 

「構わん。……まあ、まだ彼らも帰投してはいないはずだ、必要な時に改めて指示を出す」

 

「了解です」

 

あとは……そうだ、テイワズ関連でまだやることがあった。

 

「JPTトラストの動向はどうなっている?」

 

「異常なし、いつも通りです。潜り込ませてある『諜報員』の方も無事に溶け込めているようで」

 

なら、いい。

彼らにはマクマード『排除』のために道化を演じてもらう必要がある。その上でテイワズ内の不安材料を一気に炙り出し一掃する。

 

一時的に勢力は衰退するだろうが、その頃には『海賊』たちの方も『静か』になっている計画だ。問題はないだろう。

そも、圏外圏の混乱具合は末期でありいくらテイワズとはいえ、一時的な衰退ごときでどうにかなるものでもない。

 

ただ、唯一警戒すべきは『リリアナ』か。

 

 

当然、『ファンタズマ騒動』の首謀者への対処も考えねばならないし、当初計画していた『エドモントン後のゴタゴタの処理』に関しても動かねばならない。

おそらくはここが正念場だ、気を引き締めてあたるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マグニへと諸々の指示を与えた俺は、次に『生物研究区画』へと足を運んだ。

このエリアは主に『機動兵器による人体への影響』や『肉体の強化』、『人造生命』に関する研究を担当している。

最も、大元となる研究所は別にあるためここは機動兵器との相性を主に研究している場所なわけだが。

 

 

「くぎゅっ!?」

 

エリアに入るなり、突然、白衣姿の小柄な女性が俺に抱きついてきた。思わず変な声が出てしまった気がするが気にしたら負けだ。

 

「ダーリン! 会いたかったわ!! 意識がないって聞いて心配してたのよ!?」

 

捲し立てるように声をかけてくる彼女。癖っ毛の赤髪に金の瞳を持つ女性。このエリアの重要な研究員であり、主に宇宙物理学に精通しながら他の分野にも優れた才覚を発揮する才女。

俺がスカウトした天才の一人、『ミーナ・カーマイン』である。

 

「ミーナ、公共の場でやめてくれないか。皆も困っている」

 

ちらりと彼女の後方に目を向ければ、彼女の部下と思しき研究員たちが軒並み気まずそうな顔をしている。

 

「あら、そんなの気にしなくていいのよ、貴方は。……うふふ、実は今夜の予定は空けてあるの。もちろん、貴方が意識を取り戻したって聞いたからよ?

今夜は寝かさないわ」

 

早い、気が早すぎる。

妖艶な表情で舌舐めずりする彼女に、思わず溜息が漏れた。

 

当然、そんなことをする余裕はないので却下する。

 

「もっといい男が、探せばいくらでもいるだろう。それよりも『被験体』の状態が知りたい」

 

「むぅ……」

 

俺の素っ気ない返事に、しばらく口を尖らせていた彼女だったが。観念したのか不機嫌そうに経過報告を開始した。

 

「被検体01の経過は至って良好よ。精神的にも肉体的にもね。機動兵器への適性も合格点。AMS適性まで高い数値を叩き出したわ。貴方の言った通り、『あの遺伝子』は神様に愛されてるみたいね」

 

それはそうだろう。なにせ『デウス・エクス・マキナ』である。

無論、科学的根拠は皆無だが、これまでの経歴からして『この世界の舞台装置』としての強力な運命力を持つ存在というものは『居る』と俺は見ている。

その一つへの対抗策として01を造ったのだ。

 

あともう一つに関しては『あらゆる手を尽くして』葬るつもりでいる。

 

 

 

「01の方はよくわかった。で、03の方は?」

 

俺の問いかけに、ミーナは少し言葉に詰まりながら話し始める。

 

「うーん……まあ、問題はない、わね。

ただ、なんか私のこと『お母さん』として認識してるみたい」

 

それもそうだろう。なにせ、『彼女の遺伝子を基に造り出した』のだから。或いは『同族嫌悪』に陥るかとも思ったがその様子なら問題なさそうだ。

 

「それはよかった」

 

「良くないわよ! これじゃあまるで子持ちみたいじゃない!

他所のエリアの研究員にも『ミーナさんって子持ち?』って噂になってるんだから!

私はまだ未婚だし二十前半なのよ!?」

 

顔を赤くしながら怒鳴る。

 

「でも、悪い気はしないのだろう?」

 

「……まあ、あの子に罪は無いし、面倒見るのもやぶさかではないというか、なんというか」

 

もじもじしながら一転して覇気の無い声で応えた。なんだ、満更でもないんじゃないか。

 

その後もぶつぶつと独り言を呟きながら「ハッ、これってもしかしてダーリンとの愛の結晶そのもの!?」とすっかり自分の世界に入ってしまった彼女を放置し、俺は研究員の案内に従って01の元へと向かった。

 

 

 

 

途中、除菌エリアを幾つも通り、すっかり綺麗になった俺は研究員を連れて生物研究区画の最奥、『被検体管理エリア』へと足を踏み入れた。

 

研究によって生み出された『人造生命』や『遺伝子操作個体』を『管理』するためのエリア。当然、被検体の健康状態を鑑みてあらゆる殺菌処理と空調が行き届いているためにエリア内は快適な空間となっている。

 

そのエリアの一室、扉横のプレートに『被検体01』と銘打たれた部屋へと入室する。

と、その前に軽くノック。

 

「いるか?」

 

『あ! は、はい! 被検体01、ここに待機しております!!』

 

声をかけると慌てた様子で妙な言葉遣いの少女の声が聞こえてきた。それを確認した俺は、案内してくれた研究員にお礼を言いつつ部屋へと入る。

 

そこには、『前世で見覚えのある見た目』をしつつも、銀髪と赤眼、透き通るような白い肌を持つ小柄な少女が、白い患者衣のようなものを羽織って立っていた。

右手でピシッと敬礼をしながら背筋をピンと伸ばしている姿は、こちらへの敬意を感じられ自然と頬が緩んだ。

 

「お久しぶりであります、トール閣下!」

 

「お前も元気そうだな、()()()()()()

 

名前を呼ばれて彼女は一瞬で笑顔になった。そして俺の他に入室した者がいないのを確認すると、すぐに俺の胸に飛び込んでくる。

 

「トール様!!」

 

まだ百五十にも満たないだろう背丈の彼女が無邪気に抱きついてくることに喜びを感じる。なんというか、『父性』のようなものを刺激される。

或いは母性か。

いずれにしても俺は彼女に『親』のような感情を抱いているのは確かだ。それは記念すべき『人造個体第一号』というものへの愛着であると俺は推測する。

 

「今日はもう予定はないのか?」

 

「はい! 日々の検査も訓練も全て終わらせてました!」

 

「うむ、良い子だ」

 

抱きついたままの彼女の頭を優しく撫でてやる。それだけで彼女の頬はすっかり緩んで動物のように俺の胸に擦り寄ってくる。

 

 

名前から察してもらえると思うが、彼女は『とある人間』の遺伝子を基に生み出された『クローン人間』である。

 

目的は言わずもがな。オリジナルの人間の抹殺である。

 

そのために日々、機動兵器操縦訓練と白兵戦の鍛錬、健康状態チェックやその他『戦闘』に関する調整を行わせている。

それもこれも『たったひとつの目的を果たすためだけ』に。

 

本来、愛情など持つべきではないのだろうが。俺は、どうにも彼女に対して『愛着』を持ってしまったらしい。

自分なりに理由を推察するなら、先述の理由に加えて『俺に無邪気に懐いてくる』というものが考えられる。人間、自分へ愛を向けてくれる相手に対しては自ずと好意を抱くものだ。

さらに、自分が生み出した存在ともなればこうまで彼女を愛おしく感じてしまうのも仕方ないことと言えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーそれでですね、今日はなんと『リンクスデータ』をコンプリートしてしまったのです!」

 

「ほう、それはすごいな。よく頑張ったぞ、ジュリアンヌ」

 

両手を上げて大仰に語る彼女の頭を撫でる。

 

「えへへ……」

 

すると、やはり大人しく頭を撫でられながら、むしろ頭を撫でる手に押し付けるようにみじろぎしてくる。

 

彼女の言うリンクスデータというのは、俺が『別名義』で管理運営する『カラード』に所属するリンクスたちを模した戦闘データを使用したシミュレーションプログラムのことである。

 

無論、所詮はデータなので本人とは比べるべくもないが再現度は高く、それを負かした彼女の戦闘センスはやはり高いのだろうと思う。

 

その後も彼女は矢継ぎ早にこれまでの出来事を、それは楽しそうに語って聞かせてくれた。

内容よりも楽しげに語ってくれる彼女が微笑ましくて、俺もついついその頭を撫でる手を止められない。

 

そうしているうちにそれなりの時間が経過してしまった。

 

「ふむ、もう時間か」

 

腕時計を眺めて時刻を確認する。すると、実に数時間の間彼女と話し込んでしまった事実に気がついた。

 

俺の言葉に、先ほどまで笑顔を見せていたジュリアンヌは、一転曇り顔でこちらに上目遣いをしてきた。

 

「……もう行ってしまうのですか?」

 

捨てられる仔犬のような、庇護欲を刺激する仕草に俺の精神も僅かに揺らいだ。

 

「またすぐに来る」

 

「トール様のすぐって、何ヶ月もあるからなぁ」

 

「ぐっ……」

 

拗ねたようにボソリと呟く彼女の言う通り、俺は数ヶ月に一度くらいの頻度でしか彼女に会いに行けていない。

というのも、十数年前に『決意』を固めてから俺に『猶予』などなくあちこちを駆けずり回って必死に計画を進めてきたからだ。

特に最近は忙しくて彼女に会いに行く機会も自然と減っていた。

 

それを考えて、俺はある事実を告げようか告げまいか迷う。

数秒の葛藤の末に、彼女に真実を告げることにした。

 

「時に、お前はいくつになる? いや、生まれてからの年数ではなく『肉体的な成長』だ」

 

「? 担当の先生の話では『十五』だと」

 

なるほど。

 

「そうか……なら、あと『二年』ほどが過ぎればお前も『ガルム』に入れることができるな」

 

「えっ!?」

 

俺の言葉に彼女は心底驚いたように目を見開いた。そしてだんだんとその顔が喜色に染まっていく。

 

「トール様の部下に、していただけるのですか!?」

 

「もちろんだ。そのためにお前を育てているのだぞ?」

 

「はい、存じております!

()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

誇らしげに胸を張った彼女の言葉に、ズキリと胸が痛んだ。

……なんだ、今更躊躇しているのか俺は?

これまでも汚いことを繰り返してきたというのに。今更『命を弄んだ程度』で心を乱されるとは。

 

そもそも、『人造生命』に手を出した時点で俺に引き返す手段は無くなった。彼女の完成までに数多散って行った命のためにもせめてこの『罪悪感』を抱いたまま地獄に堕ちるべきなのだろう。

 

 

「……ああ、そうだな。

 

だが、()()()()()お前には活躍してもらいたい。だから俺が次来る時までにちゃんと先生の言うことを聞いて良い子にしているんだぞ?」

 

胸中に渦巻く黒い感情を押し込めて、いつものように振る舞う。

たとえその言葉が何の根拠もない空想であろうと、彼女に要らない不安を抱かせないために。

俺は嘘をつく。

 

「っ!! はい、精一杯頑張ります!!

……え、と。だから、次は……もう少し早く来てくれると『ジュリア』は嬉しいです」

 

良い返事をしてから、少し遠慮気味に彼女は訴えてきた。

甘えるような視線に、俺の決意も揺らぐ。

 

「……そう、だな。次はもっと早めに行けるよう予定を調整してみる。期待して待っていてくれ」

 

そう言って笑顔のまま彼女の頭を撫でる。

 

「はい!! 待ってますね、トール様!」

 

満面の笑みを浮かべた彼女に別れを告げて部屋を後にする。

 

「約束ですよー!」

 

ブンブン手を振る彼女に、つい笑顔で手を振り返し俺は今度こそ部屋を出た。

 

そしてすぐにタブレットを開き予定表に修正を加える。

……俺も、存外甘い男だ。

 

 




次からは前に書いた通り二期までの話をしばらくやります。
ガエリオとかカラードとかジュリアとか『たわけ様』についてもその中でやりたいと思います。


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The blank of 2years
ロプトル


いざ書こうと思ったら色々悩んでしまいました。
カラードの話になります。


圏外圏においても辺境と揶揄されるとある宙域。

厄災戦時代の艦船の残骸やMSの骸、その他デブリが無数に漂い、放置されたエイハブ・リアクターが発生させた重力場に引き寄せられたデブリの塊がまるで墓場のように乱立する暗闇の空間。

 

その只中に浮かぶ小惑星。

それこそカラード最高評議会の設けられる『本部』であった。

 

小惑星を改築して建造された本部は一見してただの岩の塊でありながら、偽装されたMSデッキを多数配備し、防衛用実弾砲台及び対空火器を常備した要塞である。

 

その最奥、円卓の設けられた豪奢な装飾の一室に『仮面の男』がひっそりとたたずんでいる。

 

「……」

 

黒いコートを纏い、頭部をすっぽりと覆う鋼鉄の仮面。目元のみが切り開かれた無機質で無骨な仮面からは赤く光る相貌が覗く。

 

徐に席に腰掛けた男は、円卓にずらりと並べられた『モニター』を俯瞰する。

ちなみに、これらモニターにつながる通信を拾っているのはこの宙域一帯に浮かぶデブリへと偽装された『コクーン』。

ギャラルホルンの使う正規航路を形成するアリアドネ、それに使われているものと『ほぼ同じ機種』である。

 

 

壁にかけられた大きな時計が針を進める音に耳を傾けて数分。

円卓に並べられたモニターが一斉に起動した。

 

『予定時刻にはなんとか間に合ったか』

 

それらに映るのは『voice only』という文字のみ。言葉の通り音声のみがモニターから流れてくる。

 

「時刻ジャストです、GA代表」

 

モニターの声に応えるように仮面の男が不意に声をかけた。

 

『これはこれは、“ロプトル”殿』

 

ロプトルと呼ばれた仮面の男は、しかし仮面の常備機能たるボイスチェンジャーによって妙に甲高い声で喋る。

 

「レオーネメカニカ、ローゼンタール及びオーメルサイエンス代表もご機嫌麗しゅう」

 

芝居がかった口調でロプトルは声をかける。

そして、卓上で手を組みながら宣言した。

 

「ではこれより、カラード及び企業連最高会議を始めます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラードの発足は七年前。

イェルネフェルト教授の死と共に離散した研究チームと資料。離反の首謀者たちはコロニーアスピナ上層部に取り入ることでいち早く独立、一先ずの身の安全を確保した。

その他のメンバーは各々が主要企業へと亡命し、自らの技術・資料を提供することになる。

 

これによってギャラルホルンが起こした『AC計画』は主要企業に知れ渡ることとなり、同時に教授の確立した『AC技術』『AMS機構』の技術も流出した。

各企業はそれらの研究・開発に注力し、世界のパワーバランスは緩やかにだが狂い始めた。

 

この事態を重く見た『とある大貴族』は自らを『ロプトル』と名乗り、自身が保有していた『AC技術』を手土産とし、各企業への交渉を始める。

ロプトル自身の手腕はもとより、各企業も他企業のAC・AMSによる脅威を鑑みた結果、主要企業の連合体、企業連が発足することになる。

同時にロプトルは、彼らの保有するAMS適性個体、『リンクス』たちを管理するために『カラード』を起こした。

企業連も各々の研究を安全かつ円滑に進めるためにこれを承諾。圏外圏において数多活動する海賊や反体制勢力への対抗手段としてカラードの傭兵斡旋業務を認めた。

 

こうして誕生したカラードだったが、当然、地球圏の管理者を僭称するギャラルホルンにとっては好ましい存在ではない。

そのため、組織の摘発を避けるべくこのような辺鄙な場所に本部を設けることになった。

幸い、ロプトルには『コクーン』の在庫が豊富にあり、これをデブリに偽装した上で地球圏との通信に用いた。

 

現在、宇宙の番人たるアリアンロッド艦隊の標的となりつつものらりくらりと追撃を躱しこうして組織として存続しているのはロプトル配下の隠密部隊の暗躍、そして各企業の特殊部隊が奮闘しているからに他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

会議はいつもどおり平穏に閉会となった。

今期の定期報告、リンクスたちの調整などなど。特に驚くこともない平々凡々とした報告を終え、ロプトルは腕時計を確認した。

 

「そろそろお時間です。本日はお集まりいただきましたこと誠に感謝いたします。では、また次回の会議にて」

 

ロプトルの宣言によって円卓のモニターが次々に消えていく。

また一人となったロプトルは、そのまま腰を深く落ち着ける。

 

 

やがて部屋に一人の女性が入ってきた。

 

「お疲れ様です、ロプトル代表」

 

色気のないメガネをかけ、()()()()()()()()()()()()()()という特徴的すぎる髪型をしている。

その口調は淡々としていてあまり感情らしきものを感じられない。

 

「ふむ、通信の『細工』は無事に終えたのか?」

 

「はい。マニュアルは全て把握済みですので」

 

間を置くことなく即答した彼女に満足げに頷いたロプトルは、徐に席を立ち部屋を出た。

女性も随伴するようにその後を追う。

 

二人で廊下を進む中、ロプトルは多くの質問を投げかける。

 

「鉄華団へのコンタクトは無事に終えたのか?」

 

「はい。レイン室長自ら赴かれ、無事に契約を取り付けたとのことです。報告書はすでにロプトル様のPCに」

 

「ご苦労。……アンジェの方はどうした?」

 

「予定通り休暇に入られました。今回は妙に大人しく休んでくださったので少々不安ですが」

 

「…………行先は分かるか?」

 

「月のアバランチコロニー群だと聞いていますが」

 

「……まあ、よかろう」

 

数秒間を置いて、再びロプトルが声をかける。

 

「もう業務には慣れたのか?」

 

「ええ、まあ。似たようなことはこれまでもしてきましたので」

 

まあ、そうか。とロプトルも特に言葉を返すことなく無言のまま二人は廊下を進んでいった。

 

 

 

そして執務室たる一室にたどり着いたところでロプトルが手を上げた。

 

「ここまでで結構だ。ご苦労だったな」

 

「いえ、仮にも秘書として雇っていただいた身。ご一緒します」

 

「義理堅い奴だ。好きにしろ」

 

そう言って二人は揃って入室する。

 

部屋の中は簡素な作りになっており、調度品の類や豪奢な家具もない。机と椅子、そして業務に必要な機材だけが置かれた殺風景な有様だった。

椅子に腰掛けたロプトルは、そのまま机のPCを起動し執務を開始した。

 

そこへ、お盆を抱えた眼鏡の彼女が近寄る。

 

「お茶でよろしかったですか?」

 

「礼を言う。……ふ、『日本茶』など珍しかったかな?」

 

受け取ったお茶を徐に口元へ運ぶ。

すると、仮面の下半分がカシャリと開き、露わになった口で程よい熱さのお茶を啜った。

 

女性はその光景に目を見開く。

当たり前だ。

てっきり、自分が立ち去った後にこっそりと仮面を脱いで飲むのだろうと考えていただけに。まさか仮面の下部が開いてそこからお茶を啜るというシュールな光景を見せつけられるとは思わなかったのだ。

 

そして、ボイスチェンジャーを通さない地声が妙に聞き覚えのある声であること、その声の主人を思い出し再び目を見開いた。

 

一連の反応をチラ見していたロプトルは、先ほどまでと異なり柔らかな声音で声をかけた。

 

「君には特に隠す必要もないと判断したまでだ。不満か?」

 

「いえ……しかし、色々と納得しました」

 

「それはクーデリアに関することか」

 

「っ!!」

 

ロプトルの言葉に女性はあからさまに反応を示した。すぐに取り繕ったものの後の祭りである。

 

「別に責めているわけではない。君が望むなら彼女に会わせてやることもできるが?」

 

「お気持ちだけいただいておきます」

 

「律儀だな。ま、君がそう言うならそれでいい。私としては仕事さえキチンとやってくれるなら構わない」

 

「ありがとうございます」

 

深々とお辞儀した彼女を手で制す。

 

「まあ、安心するといい。私は『最期まで』クーデリア嬢を害するつもりはない。彼女の目的と私の『目的』は奇跡的に合致している。

無論、『カラード』に属した君にも相応の仕事を任せることになる。

期待しているぞ」

 

「勿体なきお言葉です。……ですが、何故、私のような者にそこまでの信頼をお寄せいただけるのか。少々疑問に思います」

 

複雑そうな表情で呟く彼女に、ロプトルは「だろうな」と一言返す。

 

「まあ、これでも人を見る目はあるつもりだ。たとえノブリスの白豚に仕えていた人間であろうと、これまで君を見ていて『信頼できる』と判断したからこうして『重要機密』を語って聞かせている」

 

「それはつまり……遠回しな『脅し』ということですね?」

 

「無論だ、聡い女好きだぞ。

尤も、これまで業務をこなしてきて『我が組織の本質』は薄らと理解していると思うが」

 

「……僭越ながら、『何か大きな事を成そうとしている』と。そう認識しております」

 

正解(エサクタ)。……いや、そんな微妙な表情をするな。正解だと言ったんだ。深く考えるな、忘れろ」

 

咳払いを一つ。気を取り直してロプトルは語る。

 

「聡い君のことだ。私の正体に気付いたからには、先の戦いで『私』が協力を求めた企業、そしてカラードに所属するリンクス。その辺についても理解していると見ているが?」

 

「っ、レイレナード。カラードランク、リンクスNo.の上位は彼らで占められている……いえ、そもそもカラード自体が」

 

「理解したか? なら覚えておくといい。()()()ただ一つの目的のために行動している。その障害となるならばどのような手段でも用いる覚悟だ。不用意に敵に回すことはやめておけ」

 

「彼らは、ということは貴方の目的は……」

 

「さて? それを今後の課題としておこう。答え合わせはいつでも受け付ける。遠慮なく声をかけるがいい」

 

そう言い放つロプトルに、彼女は言い表せぬ『恐怖』を感じた。

その思惑の深さ、ではない。そもそも『その思惑さえなんとも思っていない』ような『人としての異質さ』に恐怖した。

だが、同時に『なぜそこまで自分に話すのか』という純粋な疑問が彼女の中に生まれる。

 

無論、本来であればおいそれと語るべき話ではない。が、彼女がクーデリアと密接な関係にあること。今後の計画において『彼女に些細を知っていてもらう必要がある』ことからロプトルは彼女にこの話を語って聞かせた。

 

要はいつもの『合理的判断』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りの業務を終えたロプトルは後を秘書以下本部勤めの社員たちに任せてMSデッキへと向かっていた。

 

「各リンクスへの『対処法』は分かっているな?」

 

「はい、レイン様から一通りの手ほどきを受けております」

 

「ならいい。奴らは特に個性的過ぎるからな。対応を誤れば何をするかわからん。

セシール嬢からの連絡には無難に受け答えしてくれ。彼女一人ならばどうとでもなるが、バックの企業は腹黒狸だ。十分注意してくれ」

 

「はい」

 

「ジョージは特に問題はない。が、君相手となると『ナンパ』を仕掛けてくる可能性がある。それに関しては君の裁量で判断してもらって構わないが」

 

「存じております」

 

「アディも特に問題はない。少々、オーメル上げの口調がシャクに触ると思うが持ってくる情報は他よりはマシだ」

 

「了解しております」

 

「あとはーー」

 

「ロプトル様」

 

格納庫の入り口でいつまでも立ち話をするロプトルに、秘書の彼女が思い切って声をかける。

 

「すべて、把握済みです。心配はいりません。それに、分からないことはレイン様に伺いますので」

 

「そうだな、そうしてくれ。では、後は任せた()()()()

 

「はい、いってらっしゃいませロプトル様」

 

深々とお辞儀するフミタンを一瞥してロプトルはようやく愛機へと搭乗する。

 

濃紺のカラーリングが施された機体は、ゴーグルアイを携えた丸みのある頭部、ほっそりとした腕部、スカート状の補助ブースター、腕部と同じくほっそりとしつつも接地部がヒールのような形状をした脚部。

そして長大な槍によって構成されている。

 

コクピット内に入り、各種機材を起動させたロプトルは表示されたモニターで各部の点検を済ませる。

 

そして、準備を終えた彼は本部管制室に通信を繋ぎ声を発した。

 

「ロプトル、()()()()()()()()。出撃する」

 

『ご武運を』

 

対して管制室から返ってきたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかしロプトルは一つ頷きを返して機体を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで、ロプトルという人物はとある大貴族の仮の姿なわけだが。

彼はカラードにおいても独自の技術の開発に執心している。

 

彼が『前世の知識』を基に子飼いの研究者へと無茶振りをして完成した新技術というものが幾つか存在するのだ。

当然、その殆どが実戦では役に立たない代物であるものの、中には特定の条件下において真価を発揮する機能というのもある。

 

その一つが『ミラージュコロイド・ステルス』と呼ばれるものである。

 

 

コズミック・イラという暦を持つ異世界において開発されたこの技術を、ロプトルは半ば無理やりにこの世界でも実現させていた。

その機能をざっくりと説明すると『光学迷彩』と俗に称されるものである。

とはいえ流石にエイハブ・リアクターの発するエイハブ・ウェーブを遮断することは出来ない。

が、その問題はシグルドリーヴァの動力源たるエイハブ・リアクター[T(タウ)]の出力を調整することによってどうにか周りのデブリ塊が発するウェーブに紛れ込ませることに成功。

 

無論、リアクターの効率やエネルギー精製量、MSという莫大なエネルギー消費を伴う兵器への使用にはそれなりのコストは掛かるものの。

移動のみにMSの機能を制限し、他の無駄な機能を全てカットするという節約によってなんとか実用段階へと持ち込んだ。

 

要するに今のシグルドリーヴァは誰の目にも写っていないのである。

 

なぜ、このような手間を要するのかと言えば当然アリアンロッド対策である。

他にも『カラード本部社員』や『関係者』以外に本部の場所を知られる危険性を鑑みてこのような実験機の使用を決断した。

 

ミラージュコロイドが完成するまでは、動力源を実用型燃料電池に切り替えてデブリの影を渡り歩くという面倒な手段をとっていた。

が、コスパも悪く原始的かつ危険性の高い手段ゆえにロプトルはミラージュコロイドの使用へと踏み切ったのである。

 

 

「タウだからこそできた機能だが、さて……」

 

呟きつつ、機体が本部から十分な距離を取ったことを確認した彼は遠方からこちらに向かってくるウェーブの反応を確認した。

 

そしてその反応が自らの望んだ相手であると確かめた彼はミラージュコロイドを解除し、反応がある場所へと機体を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちら、シグルドリーヴァ。ロプトルだ、応答せよ」

 

前方に近づく強襲装甲艦へとLCSをつなげる。

ロプトルの短い問いに、すぐさま返信が来る。

 

『こちら()()()()()、ハンマーヘッドだ。久しぶりだな、ロプトルの旦那』

 

「世辞は不要だ。どうかハッチの解放を」

 

端的に要件を告げるロプトルに、通信に応じた『名瀬・タービン』はやれやれと肩を竦めてからMS発着デッキを解放した。

 

「感謝する」

 

短く礼を述べたロプトルは一直線にデッキへと機体を向かわせた。

 

 

 

 

 

 

 

〜ロプトルside〜

 

 

「お久しぶりです、ロプトル様」

 

MSから降りると、既に待機していたタービンズの構成員が声をかけてきた。

 

「ああ、ブリッジまでの案内を頼む」

 

「はい」

 

当然、道のりは知っている。が、あくまで部外者である俺が勝手に艦内を出歩くわけにはいかない。それに一応『俺』は客なのだ。

 

大人しく構成員の女性に付き従ってブラッジまで歩んでいく。

 

見慣れた扉を抜けた先に、目的の男はいた。

 

 

 

「ようこそ、親愛なる友よ」

 

いつかどこかの世界で『騙して悪いが』してきそうな、或いは『真人間のまま変態機動』しそうな声が耳に響く。

 

「大袈裟な真似はよしてくれ。『私』はただの取引相手、そうだろう?」

 

そう言いつつも悪い気はしない。こういうフランクな態度が名瀬という男の長所でもあるからだ。

 

「マクマードは元気か?」

 

「聞くまでもねぇだろ? テイワズが落ち着いてるってことはそういうことだ」

 

「それもそうか」

 

まあ、社交辞令というやつだ。

 

「時に、ウチの『山猫』が一匹、世話になったらしいな。礼を言う」

 

一匹、という発言にタービンズの何人かがピクリと反応した。おそらくは『人外扱い』したことに対する忌避だと推測する。

だが、それでいい。

『ロプトル』とはそういう人物なのだから。

 

まあ、名瀬には『私の正体』を教えてあるのだが。

 

 

「気にすんな、別件で請け負っただけだ。……それよりも、今回の『仕事』は、ちと危険が過ぎるな。それなりの報酬をいただくことになるぜ?」

 

笑顔のまま、しかし『威圧感』を交えて名瀬が告げる。

当然、それは承知の上だ。

 

「無論だ。対価は払う」

 

「ま、アンタはそうだよな、分かってたさ。

ただ、ウチも『非戦闘員』を抱える身だ、こういうのはこれっきりにしてもらいたいがね」

 

渋面で語る通り、ハンマーヘッドには名瀬の『家族』がわんさかと乗っている。中には赤子や妊婦までいる。

詳しい内情は省くが、ここはそういう組織なのである。

 

「とはいえ、他に頼める奴らがいないのも事実だ」

 

「JPTトラストがいるじゃねぇか」

 

「正気か? 豚に大砲を持たせたところで扱えるはずもない。あのような烏合の衆に任せるなど万が一にもあり得まい」

 

「そりゃそうだ」

 

そんじゃ仕事しますかね、と名瀬は嫌々ながらも業務に戻る。

と言っても『こちらが指定したポイント』に到達するまでは彼はブリッジの指揮官席に座る以外に仕事はない。

必然、手持ち無沙汰に声をかけてくる。

 

「そういや、仕事内容は『デブリ帯への送迎』で間違いないよな?」

 

「そうだが? 言っておくがキャンセルはしないぞ。私にも私の目的がある」

 

「ああそうかい」

 

どうやら最後の悪足掻きだったようだ。当然、即答する。

 

というのも、今回彼らに送ってもらうデブリ帯というのは『近年活動が活発化している宇宙海賊が多数出没する危険地帯』なのだ。

例えるなら、絶賛戦争中の地域に正面から乗り込むようなものだ。

 

だからこそ名瀬は嫌がっている。

だが、そこは『昔馴染み』というのを盾に無理強いさせてもらった。

 

 

 

そうしてハンマーヘッドのブリッジで仁王立ちしていると、構成員の一人に「どうぞ」とゲスト用の席を勧められたので素直に着席する。

その様子を横目で見ていた名瀬が「相変わらず律儀な御仁だ」と呆れた声を出していたが無視する。

 

だが、これからしばらくの間は大人しくしているしかない。目標地点までは少し距離があるのだ。

俺も手持ち無沙汰になり、徐に懐からペンダントを取り出す。チェーンに繋がれた円形のペンダントは開閉式になっておりそこを開けば一枚の写真が保管してある。

 

それを眺めると少しだが『安らぐ』。俺の数少ない『癒し』なのである。

 

が、少し気を抜き過ぎてしまったらしい。

 

不意にハンマーヘッドが小さく揺れた。本来なら気にするほどの揺れでもないのだが、どういうわけか体勢を維持出来ずに俺は席から転げてしまった。

 

「っ、おい大丈夫か?」

 

無重力の艦内にふわりと浮かんだ俺を慌てて引き止めてくれたのは名瀬だった。

そのまま元のゲスト席まで俺を戻してくれる。

 

「ちゃんとシートベルト付けておけよ?」

 

「ああ、悪い。いや、普段は問題ないのだが」

 

「ホントに大丈夫なのかよ……?」

 

「無論だ。気にしないでくれ」

 

「アンタがそういうなら、構わねぇが」

 

納得がいっていない様子で頭を掻きながら名瀬も席へと戻った。

チラリと周囲に目を向けるとブリッジの面々も何事かとこちらに注目していた。

なのでなるだけ平静を保つ。

 

……しかし、あの程度の揺れで転げてしまうなど。自分で思うよりも疲労が溜まっていたらしい。

自己管理を見直す必要があるな。

 

思いながら仮面の下部をカシャリと開き、懐から取り出した『薬』を口内へと放り込む。

中身は『強化人間用の調整薬』である。これでしばらくは問題ないはずだ。

 

そんなことをしていると、ふと、ブリッジがざわざわしていることに気がついた。

何事かと思い声をかける。

 

「どうかしたか?」

 

それに答えたのはちょうど隣のブリッジクルーとヒソヒソ話していた女性だった。

少々戸惑い気味にこちらに移動してきた彼女は、何かをこちらに手渡してきた。

 

「え、と。落としましたよ?」

 

それを見た俺は不覚にもビクリと反応してしまった。

俺が落とした物とは、何を隠そう先ほど『癒し』を得ていたペンダントだったからである。

慌てて首元を確認すると、どうやらチェーンが外れていたらしく写真が入った部分だけが艦内を漂っていたらしい。

 

それを理解して少しの羞恥に苛まれる。

 

 

さらに厄介なことにブリッジクルーの全員が写真を目撃したらしく、ニヤニヤした顔をこちらに向けてきた。

おまけに名瀬までそんな顔でこちらに振り返ってくる。

 

「こいつぁ驚いた。アンタ、『子持ち』だったんだな」

 

「っ、断じて違う。全力で否定する。彼女は、親戚の子どもだ」

 

まさか『人造人間です』と正直に答えるわけにもいかない。だが咄嗟にいい言葉が思い浮かばず苦しい言い訳になってしまった。

当然、彼女らには嘘だと見破られた。それどころか余計に誤解を深めてしまった感がある。

 

口元に手を当てて「ふーん」とか「ほーん」とかわざとらしい相槌を打ってくる。

なんというか、妙にぶっ飛ばしたい態度である。

 

「……というか、私の『素顔』を知っていたのか? 全員?」

 

ふと気付いたが、写真の『俺』はバリバリ素顔である。

そして共に笑顔で写っているのが『ジュリアンヌ』。それも『肉体年齢』が五歳ほどの時期に撮ったものである。

それを即座に『俺』であると判断したということはそういうことになる。

 

「あー、そうだな。ここにいる奴らは皆、『両方のアンタ』と面識があるからな。自ずと気付くさ」

 

そういうものか?

よく分からんが、よくはない。

 

「まあ、バレたのが貴殿らならまだマシな方か」

 

「そういうこった。今更、『アンタ』を裏切る真似はしねぇよ。『恩』もあるわけだしな」

 

「ありがたい。是非ともこの事は内密に。『今』厄介な奴らに知られるわけにはいかないからな」

 

それはそれとして。とんだ大失態である。面目次第もない。

まさか、こんな凡ミスを俺が犯すとは思わなかった。十分に注意していたつもりだったのだが。

どうも、最近の『激務』のせいで『健康調整』に不具合が生じていたようだ。

 

俺は改めて気を引き締める。この先、今のような失態は許されない。今が一番大事な時期なのだ。

これまでの人生に意味を与えるためにも必ずや計画を完遂させねばならない。

 

 

 

 

 

 

「あ、その写真について詳しく聞くのはアリだよな?」

 

「無しだ」

 




ちなみに三話辺りでトールのPCに写っていたのも彼女です。なんか思わせぶりに書いたら披露する機会を逸してしまった…

ミラージュコロイドは深く考えないでくださいお願いします何でもしますから!


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ファーストミッション・ブリーフィング

AC6まだかなー
最悪、過去作リメイクでもいい……いややっぱダメだわ、嫌な予感しかしない(熱管理シミュレーターを見ながら


ミッションを連絡します。

 

 

火星宙域ポイント-03に展開する『リリアナ』を排除してください。

 

ご存知の通り、『エドモントンの雷撃』以後ギャラルホルンの権威は失墜し、各経済圏での混乱、ひいては圏外圏の無法化が加速度的に増加しています。

また、ギャラルホルン火星支部の壊滅によって火星周辺宙域の治安は悪化の一途を辿っています。そのことは貴方方のほうがよくご存知でしょう。

 

よって、火星と地球を繋ぐ航路上で無法を為す海賊の排除を依頼したいのです。

現在、圏外圏・地球圏問わず猛威を振るう『リリアナ本隊』はアリアンロッド艦隊と長期に渡り交戦中です。頭目『オールドキング』の機体もその戦場に姿を現していると聞きます。心配はいりません。

 

そのため、このタイミングでの依頼を要請した次第となります。

 

 

失礼ながら、これは『あなた方』の試金石でもあります。

確実なミッション遂行を期待します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ってのが『あちらさん』から送られてきたデータになる。なんかブリーフィングだとか書いてあった気がするが、要するに依頼文ってわけだな」

 

ブリーフィングもクソもない。単なる『命令』だ。

そう思いつつも、オルガは集めた幹部たちに視線を送る。

 

一同は先ほどまでモニターに流れていた『企業連からの依頼』を思い出しながら難しい顔で沈黙している。

 

「なあ、リリアナってのは『例の裏航路』でタービンズと一緒に戦った連中だよな?」

 

黙り込む一同を見かねたユージンが声を上げた。

 

「そうだ。あの戦闘でもリーダー『オールドキング』は出てこなかった。なら、今回も俺たちならやれると思ってる。

それに、今度は企業連から敵部隊の情報も送られてきてる。煮るなり焼くなりお好きにってところなんだろう」

 

ご丁寧に企業連からは目標に関する詳細データがわんさか送られてきている。

奇襲でもなんでもやりたい放題である。

 

「でもよ、前に戦った時は結構手強かったぜ?

あいつらの使う、なんだったか……AC?」

 

「ああ、奴らは闇市場に流れた『AC』という兵器を取り扱っている。ACについてはもうお前らも知っている通りだ。

特にリリアナの使っているのは『特定の運用に絞って製造された廉価版』。元の拡張性や主導力が実用燃料電池であることから大量生産が容易で、奴らの大半が扱うのも意図的に闇に流されたブツばかりだ」

 

「……で、その中に紛れてる『マジモンのAC』ってのにぶち当たる可能性があるんだよな?」

 

「……」

 

ユージンの言葉にオルガも言葉に詰まる。

結局のところ、懸念事項はソレなのだ。

 

以前、タービンズの案内で正規ではない航路を使わせてもらった際に遭遇したリリアナ。その時、鉄華団を苦しめたのは他でもない、カスタマイズされたACであった。

 

各部パーツを組み合わせて一体の機動兵器となるAC。

その真骨頂とも言えるのが、用途別にさまざまなパーツを合わせて作り上げられることである。

 

『AC計画』が流出して以後、そのデータを入手した企業は独自にさまざまなパーツを作り出してきた。

そうなると必然、世に出されたパーツというのは膨大なものとなりそれらを自由に組み合わせて作られたACというのはそれこそ無限のパターンを有している。

 

鉄華団が遭遇したACもそんな独自色の強い機体であった。

 

ユージンが口に出した懸念は皆が感じていたことであり揃って頭を悩ますことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄華団が無事に火星に帰った後、間を置かずして『カラード』から連絡が入った。

 

モージの一件でカラードには少しだけ世話になった鉄華団は、素直に応答し要件を伺う。

そうして語られたのは、『今後の傭兵業務の斡旋契約』についてであった。

 

カラードという組織については、鉄華団も詳しくは知らない。

モージから『傭兵斡旋組織』という簡単な説明は受けていたものの、同組織の守秘義務に抵触するためそれ以上の言及を拒まれていたためだ。

最も、モージにはエドモントンやそれ以前にも助けられてきたためにオルガたちが彼に無理強いすることはなく。結果として『なんか傭兵を貸してくれる奴ら』とふんわりした認識を持つに留まっていた。これまでは。

 

しかし、此度の連絡によって提案された契約の交渉においては必然、細かい業務内容や事業の説明を受けるに至り、ようやくオルガたちはカラードという組織の概要を窺い知ることになる。

 

そうして語られたのは、『主要企業連合体によって協議、運営される傭兵斡旋組織』という実態。その業務内容は多岐に渡り、カラードの目玉商品たる『山猫』を用いた重要かつ高級な傭兵業務から、その下位互換にあたる“通常の傭兵”を斡旋する比較的安価な傭兵業務。そして、同組織の育成した各分野のスペシャリストを派遣する派遣業務などなど。

主に『人材派遣』と呼ばれる業務のスペシャリスト、というのがカラードという組織であった。

厳密にはその本質は他にあるのだが。

 

 

閑話休題。

 

 

カラードには先述の“通常の傭兵”という枠がある。当然、彼らはカラードに雇われた元独立傭兵たちだ。その中には鉄華団のようなゴロツキ集団も少なからず含まれている。

そんな『契約傭兵団』の枠の中に鉄華団を加えたい、というのが先方の提案であった。

 

それはつまり、カラードという組織への『所属』、もとい『就職』を意味する。

そうなると考えなければいけないのは、現所属組織たる『テイワズ』との関係である。

未だ代表のマクマードと『杯』を交わしてはいないが、子会社のタービンズとは『兄弟杯』を交わしている。マクマードには兵器面その他でも手厚い加護を受けており、このタイミングで別組織に帰属することは憚られる、というのが鉄華団の最終結論であった。

 

 

その旨を伝えるべく、先方が指定した交渉場所。『クリュセ内にある場末の喫茶店』へと足を運んだオルガ以下三人。

カラードという組織を信用していない訳ではないが、万が一を考えて護衛役を務める三日月・オーガス。参謀として団の頭脳を担当するビスケット・グリフォン。そして長たるオルガ・イツカ。

地球圏主要企業の総意を受けるカラードの使者に少しの緊張を抱きつつも、指定時刻の十分前に店へと到着した三人。

 

「いらっしゃいませ。ご予約の方ですね? 席はあちらとなります」

 

店に入るなり、マスターと思しき若い男がカウンターから声をかけてきた。

『黒』を印象つける雰囲気を纏った男性の言葉は、どこか暗い趣きを醸し出し、店内の薄暗い様子も相まって不気味な印象さえ与える。

 

彼の言葉に反応するより先に、マスターが指し示した席から声が上がった。

 

「ああ、鉄華団の方々ですね。お待ちしておりました」

 

スッと席を立ち軽く会釈するスーツ姿の女性。

彼女がカラードの使者であると理解したオルガは会釈を返しつつ席へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「初めまして。私、カラードのオペレーター室室長兼契約傭兵総務課課長を務めておりますレイン・マイヤーズと申します」

 

席に着くなり丁寧な挨拶を述べたカラードの使者・レイン女史にオルガたちは僅かに動揺した。

自分たちがこれまで関わったことのない実に礼儀正しく、『できる女』といった風な態度ももちろんだが。

金髪を後ろで短く結いた絶世の美女が現れたことによる青少年特有の動揺である。

 

そんな彼らの態度に特に反応を示すことなくレインは話を続ける。

 

「確認ですが、貴方方が鉄華団のメンバー、ということで間違いないですね?」

 

「あ、ああ。俺は鉄華団団長のオルガ・イツカ。右がビスケット・グリフォン。こっちが三日月・オーガスだ」

 

「ど、どうも」

 

なんとか平静を取り戻したオルガの紹介のあと、ビスケットが遠慮気味に会釈する。続けて三日月も見様見真似で軽く会釈した。

 

「ありがとうございます。すみません、こちらも『守秘義務』の関係上確かな相手にのみ情報を与える決まりですので。

 

改めて、こちらの要請に応えていただいたことに感謝します」

 

キビキビとスムーズに話を進めるレインに気圧されながらも、オルガは口を開く。

 

「それは構わねぇ。で、そろそろ本題に入ろうか」

 

「そうですね」

 

いつもの調子を取り戻したオルガに、臆することなくレインは淡々と告げる。

 

「こちらの用件はメールで伝えた通りです。

あなた方鉄華団がエドモントンでの戦い、またそれ以前の活躍によって轟かせた勇名。それらを鑑みて、我々カラードはあなた方を契約傭兵団として雇用し、傭兵業務の斡旋契約を結ぶことを決定しました」

 

「知ってる。……だが、『はいそうですか』って答えられるほどの情報は与えられていない」

 

「ご尤もです。

では、我々からあなた方に対する『援助』をご紹介させていただきます。

 

まず、我々カラードが受けた依頼の斡旋。内容は『通常戦力』を求めるものが多いです。報酬のレートは『山猫』には劣りますが、その分『比較的安全』な依頼内容が揃っています。堅実な傭兵業を求める方々におすすめです。

また、『今後、緩やかに傭兵業を畳む』つもりの熟練傭兵の方々もこちらの契約をおすすめしています。

最も、『実力が認められれば』山猫に回すような依頼も斡旋することが認められています。どのような道を歩まれるかは貴方方に一任しますがカラードへの登竜門に限った話で言えばこの契約内容が最もポピュラーなものと言えるでしょう。

 

加えて、傭兵団の皆様にはカラード運営委員会の許可によって主要企業連の開発した『兵器』の提供が認められています。当然、対価はいただきますが、どれも『正規のルート』には出回らない逸品揃いです。必ずや皆様方のご期待に添えるはずです。

 

 

……以上がこちらからの『譲歩』となります。何かご質問はありますか?」

 

レインからのスムーズな営業トークに、しかしオルガは冷静に思考を巡らせる。また、傍のビスケットもレインの提案のメリットとデメリットを冷静に分析していた。

 

「ポピュラー、ってことは『他の契約内容』ってのもあるのか?」

 

オルガの素朴な疑問に、レインは一瞬言葉に困りながらも淡々と説明する。

 

「……詳しくは『守秘義務』に抵触しますので省きますが。

傭兵に限らず、オペレーター業務や機体整備に関する技術職。

それらとは別に『リンクス雇用契約』というものがあります。

 

指定の『研究機関』において『施術』を受け『山猫』となった傭兵を、主要企業のどれかに雇ってもらう形態ですね。

中には『独立傭兵』を選択される方もいらっしゃいますが、そういう方々はすでに各企業に『コネ』があるか別途に『スポンサー』を設けています。

皆様方は『複数人の傭兵団』であるのは元より、『私個人』が『リンクス手術』にあまり良い印象を持っていないのでこちらの契約内容を提案させていただきました」

 

リンクス手術、その単語はすでにモージから聞いていた。そして彼の背中に埋め込まれた小さな『端末』も見ている。

その姿は自分たち『宇宙ネズミ』を彷彿とさせるものであり、より密接かつ安全に機体とリンクするという性質は『つまり機械とより一層融合してしまう』危険性を匂わすもの。

当然、オルガたちはその選択をしない。

すでに阿頼耶識という非人道的MMIもといHMIを持っている彼らには不要であり、尚且つ『この上さらに危険な賭け』をすることへの強い忌避があったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

結局、交渉は成立した。

 

当初懸念された『テイワズとの兼ね合い』についてはすでに『カラード代表』とマクマードの間で取引が成立しているため心配ないとのことであった。

オルガたちにとっては拍子抜けな展開である。

 

ただし、この一件によってマクマードと鉄華団が『親子の盃』を交わすという儀礼は先送りとなった。このことをオルガは酷く気にしていたが兄貴分たる名瀬の励ましによって気を取り直し、新たな食い扶持として用意された『カラードからの傭兵業務斡旋』という案件に対して真剣に取り組むのであった。

 

 

そして冒頭に繋がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー以上が作戦だ。何か質問はあるか?」

 

カラードから送られた資料の精査による敵部隊の把握、布陣、作戦時間等を決定した彼らは話し合いの末にようやく準備を終えた。

 

外に目を向ければすでに陽は落ち、薄暗い火星荒野が見受けられた。

 

「だぁー、疲れた……」

 

盛大な伸びをしたあとユージンは机に突っ伏した。

苦笑しつつ見ながらオルガは集まった幹部メンバーを見渡す。

 

「敵は雑魚ばかりだ、いつも通りやれば俺たちならやれる。だが油断は禁物だ。そうやって死んでったギャラルホルンの連中を散々見てきたからな。

……会議は終わりだ。みんな担当の仕事に戻ってくれ」

 

オルガの言葉に一同は気を引き締めて退室し各々の業務へと戻っていく。

そんな中、ビスケットが徐にオルガへと歩み寄る。

 

「お疲れ様」

 

「ああ、ちっとばかしカッコつけ過ぎた気もするが」

 

「いや、ちゃんと『リーダー』としての威厳が出てたと思うよ」

 

「それならいいが……」

 

しばらくの沈黙、時計の秒針が一回りした頃にオルガは再び口を開いた。

 

「悪いな、まだしばらく『こういう仕事』を続けることになりそうだ」

 

それは地球圏の孤島にて二人が口論する原因となった事柄。

曰く、危険な道ばかりを選択するオルガへと溜まりに溜まったビスケットのストレスが炸裂した出来事。

 

しかし、ビスケットは苦笑を返した。

 

「今更だよ。火星で確固たる地位を築くために必要な道筋なんだろう?

 

……それに、僕はもう降りるなんて言わないよ。

僕も見てみたいんだ。オルガの言う『辿り着くべき場所』を。きっとそこでならクッキーやクラッカに安心安全で伸びやかな暮らしをさせてやれると思うから」

 

愛しの妹たち、彼にとってはたった二人の肉親を思い浮かべながらビスケットは語る。

 

「そうだな……いや、()()()。鉄華団がもう少し大きくなれば、ツテが作れればいずれカタギの仕事だけで食っていくことになる。

そうなればもうお前たちを危険な場所へ送り込む必要もなくなる。

それまで、まだしばらく手を貸してくれ」

 

「当たり前だよ。鉄華団は僕にとっても大切な『家族』だ。途中で投げ出したりしない」

 

決意のこもった瞳を見てオルガは少し目を見開いた。そして穏やかな微笑を浮かべて拳を突き出す。

 

「頼りにしてるぜ、ビスケット」

 

ビスケットも笑顔でその拳に自らの拳を突き合わせた。

 




『できる女』
と言えばコーテックスの姐さんことレイン嬢だと俺は思ってます。レイヤードの現状を憂いつつしっかり仕事をこなす、あの麗しき美声から察せられる金髪ポニテ美女という妄想。大好きです。
というか、2のネルさんはちょっとメンタル弱そうだし、コーテックスの後輩たるエマちゃんはクール系ロリ枠だし、カテジn…ラナさんはそもそもアレだし。つまり、『できる女』はレイン嬢しかいないのです。

メリビットさん?
いや、あの人は◯楽天に出てきそうな薄幸OL枠でしょう。



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