魔法科高校の劣等生-黄龍の異端児- (愚者ぺら)
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序章
序章 幼い海の思い出


黄龍の異端児リメイク版、ようやく投稿開始です。


それは幼い頃の思い出。

少年は家族旅行で訪れた海で一人の少女に出会った。

迷子になったのかその少女は一人で辺りを見回していた。

 

「どうしたの?迷子?」

少年はその少女に声をかける。

 

「あ、えっと......うん......」

 

「そっか......じゃあ一緒に探そう?」

そう告げると少女は

「......うん」

と不安そうに頷く。

 

「大丈夫だって、見つかるまで付き合うからさ!」

 

「......う、うん」

 

「俺は中神神威、君は?」

 

「......北山......雫」

 

「ヨロシクね、雫」

そして、神威は雫の両親を探す。

 

しかし、雫の両親は見つからず、夕暮れ時になる。

「見つからないね」

 

「うん.....」

と返事をする不安げな雫。

 

 

すると

「おーい、雫!」

そう言いながら夫婦のような男女が駆け寄ってくる。

「お父さん、お母さん」

 

「もう!心配したのよ!」

雫の母親は雫を抱き寄せる。

「君は......」

雫の父親が神威を見てそう言う。

 

「あの子が......神威君が助けてくれたの」

雫がそう言うと

「そうか、ありがとう」

と頭を下げた。

 

「雫は明日もここにいる?」

神威は雫にそう聞いた。

 

「うん、いる」

 

「じゃあ、明日また会おう。明日は沢山遊ぼうね」

 

「うん!」

雫は手を振りながら笑顔で帰っていった。

 

 

そして、翌日。

神威が待ち合わせ場所で待っていると雫が駆け寄ってきた。

雫の後ろには雫の両親と弟がいたが、少し距離を置いていた。

 

「そう言えば、神威くんのお父さんとかお母さんは?」

何気ない様子で雫は聞いてくる。

 

「母さんは病気であまり外に出られないからホテルにいる。父さんも母さんに付きっきりで......」

 

「......そっか」

 

「でも、海に来ようって行ったのは母さんなんだ。泳げないし、砂浜も歩けないけど、皆で海が見たいって」

 

「......神威くんはお母さんについてなくていいの?」

 

「思いっきり遊んできなさいって。俺が元気だと母さんも元気になれるって言ってた」

 

「そうなんだ......あっ」

 

「どうしたの?」

 

「昨日聞いたんだけど......この近くに夕焼けを見ると願い事が叶う場所があるんだって」

 

「ホント!?」

 

「でも、詳しい場所わからないから調べてくる。明日も......いるんでしょ?」

 

「うん」

 

「じゃあ、明日二人で一緒に見に行こうよ」

 

「分かった、約束だよ」

 

「うん、約束」

こうして二人は約束をした。

 

 

 

だが、約束は果たされる事はなかった。

その日の夜、神威の母の容態が急変して約束を果たしに行けなかった。

 

そして数日後、母は亡くなった。

 

 

 

 

それから年は流れて数年後。

二人は魔法大学附属第一高校に入学した。そこで運命的な再会をするのだった。



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入学編
第一話 運命の再会


「やっとついた~」

俺はとある高校の校門前で呟いた。

 

一高......国立魔法大学付属第一高校。

魔法が伝説やお伽噺の産物ではなく、現代の技術となってから一世紀が経とうとしている。

そんな現代の技術である魔法を学ぶことができるのが国立魔法大学付属第一高校だ。

 

 

俺、中神神威は今日からこの一高の生徒だ。

しかし、俺が一高に入学するのはただ魔法を学ぶだけでは無かった。

 

 

 

俺の家は『中神』という家で『五神家』なんて呼ばれてる家の一つ。

『五神家』は『中神』『東神(とうがみ)』『西神(にしがみ)』『南神(みながみ)』『北神(きたがみ)』の五家からなり、

魔法が現実の技術となる遥か昔から影で日本の、それぞれが名につく方角を守っていきた。

ちなみに中神は中央を守るとされ、五神家のなかで最も力を持っている。

 

また、五神家には神獣の加護があるとされ、

中神は黄龍、東神は青龍、西神は白虎、南神は朱雀、北神は玄武の加護があると言われている。

 

 

 

そんな影の存在である五神家の存在を知っているのはごく一部の人間のみ。

十師族と呼ばれる家の人間の中にはそこそこいるんだけど。

 

そして知っている人間がいれば何処からか洩れる可能性がある。

古くから積み重なった噂は徐々に大きくなっていき、五神家は『日本を裏で操る五家』として都市伝説となっていった。

 

 

 

 

そんな中、俺は父からある申し出を受けた。

「何か用でしょうか?」

俺は初老の男に声をかけた。その初老の男こそ、俺の父にして、中神家現当主『中神黄龍』。

 

「神威、お前には黄龍の名を継ぐ最終試験として、一高に入学してもらう」

 

「なぜ一高なのでしょうか?」

父に訊ねると

「一高には同世代で大きな力を持っているであろう魔法師が何人もいる」

と答える。

そして、間を置いて、

「そういう環境でお前は己の力をどう扱うかを考えなさい」

と告げた。

「......はい」

俺は短く答えた。

 

 

 

 

 

 

そして、現在に至るわけだが......正直早く着きすぎたようだ。

とりあえず、何処かに座って読書でもしようか......。

 

 

 

 

ベンチに座り、読書をしていると

「ちょっといいかしら?」

と声をかけられた。

ふと顔をあげると一高の生徒と思わしき女性が立っていた。

 

「驚かせてしまったかしら?」

 

「いえ。それでなにか用ですか?」

そう訊ねると

「用と言う訳ではないのだけど、そろそろ講堂に向かったほうがいいわよ」

と言われた。

 

「そうですか、それは親切にどうも。え〜っと......」

言葉を詰まらせると

「あ、私は生徒会長の七草真由美です。七草と書いてさえぐさと読みます」

と自己紹介をした。

 

七草......十師族か......。

十師族とは日本最強の魔法師集団。

二十八家の中から四年ごとに十家が選ばれる。

七草がどうかは知らないが、十師族の中には五神家を敵視している者もいるらしい。

 

七草真由美はそんな十師族の一つ、七草の長女だと聞いている。

 

「ご丁寧にありがとうございます。自分は中神神威と言います」

と自己紹介する

すると、彼女は一瞬の驚きの表情を見せたものの

「あら、それならちょうどよかったわ。入学式の後に生徒会室に来てほしいの」

と平然と告げた。

 

「はあ」

と曖昧に返事をする。

「じゃあ、待ってるからね~」

そう言って七草先輩は何処かへ行ってしまった。

 

とりあえず、俺も講堂に向かおう。

 

 

 

だが、講堂に行くと自然とため息がでた。

俺は呆れていた。

一科生と二科生ではっきり分かれていたのだ。

 

二科生とは一科生が何らかの理由で退学した場合の補欠要因だ。

二科生は制服の胸と肩に八枚花弁のエンブレムがない為、ウィード(雑草)と呼ばれている。

また、二科生は一科生とは違い、教師から魔法実技の個別指導を受けられないという制限もある。

 

そんなこともあり、生徒の中には差別意識を持つ者もいると聞いていた。

だが、それが新入生にもあるとは.......。

これは一科生だけでなく、二科生にも問題があるようだ。

 

そんなことを考えながら席につく。

 

 

 

そして、入学式が終わり、俺は運命の再会を果たすのだった。

IDカードの交付とクラス分けが行われる。

 

 

人混みの中、俺は人にぶつかりカードを落としてしまい、それを一人の少女が拾う。

「ゴメン、拾ってくれてありがとう」

そう言って受け取ろうとするが、少女は固まったように動かない。

 

「あの......」

 

「......中神......神威」

少女は俺の名前を呟いた。

 

「お願い......叶った。やっと......会えた」

 

「え?」

 

「もしかして......覚えてない?」

 

「え?え?」

 

「......六年前の海での約束」

少女は小さく呟いた。

その言葉を聞いて俺はハッとした。

 

「もしかして......雫か!?」

 

「正解、久しぶり神威くん」

 

「十年ぶりか......。約束果たせなくてゴメンな」

 

「ううん、いいの。手紙読んだよ、大変だったんでしょ?」

俺は十年前のあの日、何も言わずに帰る事が申し訳なく、手紙を残していた。

そこには母のこと、約束を果たせない事を記していた。

 

「それに、こうして再会できた」

 

「確かに......そうだな」

 

 

「雫~、先行かないでよ!」

そう言って一人の少女が駆け寄ってきた。

 

「あっ......ゴメン、ほのか」

 

「あれ、その人は?」

ほのかと呼ばれた少女は俺を見て雫に訊ねる。

 

「中神神威です、よろしく」

 

「神威さん......あ!あなたが雫の......」

 

「......ほのか」

そう言って雫はほのかを制止する。

 

「それで、君は?」

 

「あ、光井ほのかです、雫とは幼なじみなんですよ」

 

 

 

この出会いは俺の学園生活を大きく左右する出会いの一つ。

その中でも特に大きな出会いだった。




オリ主と雫のイチャラブが見たいという声が何件かありましたが、
入学編は無理です。どうやっても雫を本筋に絡ませられない。

なので、さっさと入学編投稿終わらせます。
リメイク前も入学編は短かったですが。

とりあえず、入学編は週2投稿を目指します。


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第二話 司波の兄妹

クラス分けの結果を確認した俺は

「二人は何組?」

と雫とほのかに声をかける。

 

「私たちはA組。神威君は?」

 

「俺もA組だよ。よろしくな、二人とも」

そう言って握手を求める。

二人はそれに応えてくれた。

 

「この後、ホームルームに行きますか?」

ほのかが訊ねてきた。

「あ~、悪い。実は生徒会に呼ばれてて...」

 

「生徒会?なにかやらかしたの?」

雫が悪戯っぽく訊ねてくる。

 

「いや、多分勧誘じゃないかな」

 

「勧誘?」

二人は首を傾げる。

 

「あー、実は俺、入試次席らしくて」

 

「そうだったんですか!?」

ほのかは驚きの声をあげる。

 

「俺は入試の成績なんてどうでもいいと思うけどね。

大事なのはこの先だ。これから、何を学ぶか、それをどう活かすか...なんてね」

俺のその言葉に二人は感激していた。

 

「じゃあ、俺はこれで」

そう言ってその場を後にした。

 

 

 

館内図を頼りに生徒会室にたどり着く。

生徒会室の扉をノックする。

「どうぞ~」

中から返事が返ってくる。

扉を開けて

「失礼します」

と言って中に入る。

 

すると、七草先輩の他に上級生と思わしき男子生徒と新入生総代の女子生徒がいた。

「本題に入る前に軽く紹介させてもらうわ」

七草先輩はそう言うと一呼吸置き、紹介を始める。

「もう知ってると思うけど、私は生徒会長の七草真由美です。

彼は副会長のはんぞーくん」

隣の男子生徒を指差し言う。

 

「服部刑部だ。よろしく」

服部先輩は挨拶するが、俺はあることが気になった。

 

『はんぞー』は何処から来たんだ?

しかし、別にどうでもいいことなのでスルーしよう。

 

「こちらは司波深雪さん。

深雪さん、彼は中神神威くんよ」

 

「よろしくね、深雪さん」

「よろしくお願いします。えっと......」

深雪さんはそこで言葉を詰まらせる。

何と呼べばいいか悩んでいるのだろう。

 

「神威でいいよ」

 

「では、改めてよろしくお願いします。神威さん」

一通り紹介が終わり、本題に入る。

「二人には生徒会に入ってもらえないかしら?」

まあ、予想通りだった。

 

「今すぐ答えを出さなくてもいいわ。

もちろん、断ってくれても構わない。ただ、なるべく早い段階で決めてもらえると嬉しいわ」

 

「わかりました。考えおきます」

「私も考えておきます」

 

「話はそれだけよ。じゃあ、帰りましょうか」

七草先輩がそう言って生徒会室からでる。

それに続いて深雪さん、俺、服部先輩の順で出ていく。

 

 

廊下を歩いていると深雪さんが一人の男子生徒を見つけ、

「お兄様、お待たせしました」

と駆け寄っていく。

 

「こんにちは、司波くん。また会いましたね」

七草先輩も挨拶する。

 

「お兄様、その方たちは?」

司波さんは後ろにいた二人の女子生徒を見て訊ねる。

 

「こちらが柴田美月さん。そしてこちらが千葉エリカさん。二人は同じクラスなんだ」

 

「そうですか......さっそくクラスメイトとデートですか?」

 

「そんなわけないだろ。お前を待っている間、話をしていただけだって。

そう言う言い方は二人に対して失礼だよ?」

 

 

「はじめまして、柴田さん、千葉さん。司波深雪です。

私も新入生ですので、お兄様同様、よろしくお願いしますね」

 

「柴田美月です。こちらこそよろしくお願いしますね」

「よろしく。あたしのことはエリカでいいわ。

貴女のことも深雪って呼ばせてもらっていい?」

 

「ええ、どうぞ。苗字ではお兄様と区別がつきにくいですものね」

三人は改めて自己紹介をする。

 

「深雪、生徒会の方々の用は済んだのか?」

 

「大丈夫ですよ」

 

「しかし、会長!」

 

「予め約束していたわけではないし、実際要件は済みましたから。

深雪さん、神威さん、いい返事を待ってますよ」

そう言って七草先輩は立ち去る。

服部先輩もそれに続く。

が、去り際、深雪さんと親しく話す司波兄を睨んでいた。

 

 

「ところで君はなんなんだ?」

俺に向かって司波兄はそう言う。

 

「ああ、すまない。自己紹介のタイミングが掴めなくてね。

俺は中神神威だ。新入生同士よろしく」

そう言って握手を求める。

すると、彼は一瞬戸惑っていた。

 

そして、

「......中神......そうか、お前が......」

と呟くのが聞こえた。

それが深雪さんにも聞こえたのだろう。

「お兄様?」

と声をかける。

 

深雪さんをチラッと見ると笑みを浮かべて、

「司波達也だ。よろしく」

と言って俺の手を握り返してくれた。

 

 

そのあと、お茶でもどうかと誘われたがそれを断り家に帰る。

 

 

 

 

 

 

誰もいない自宅に着くと制服から部屋着に着替える。

そして、父に連絡を入れる。

 

「お久しぶりです、父上」

 

「うむ。それで一高はどうだった?」

 

「正直に言えば......失望しました。

一科生と二科生で差別意識があるというのは知っていましたが、新入生までそうだったとは......」

 

「そうか......。だが、それが現実なのだ。変えたいと思えばお前が力をつけるしかあるまい」

 

「はい。......それから生徒会に入ってほしいと頼まれました」

 

「生徒会長はたしか、七草だったな。それで、どうするつもりだ?」

 

「......生徒会に入ろうと思います。その方が色々と動きやすそうなので」

 

「わかった。お前に任せよう」

 

「承知しました。......あともうひとつ」

 

「なんだ?」

 

「例の兄妹と接触しました」

 

「そうか。そちらもお前の判断に任せる」

 

「はい。ではまた」

そう言って俺は電話を切る。

 

 

こうして、俺の波乱に満ちた高校生活が始まった。



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第三話 ウィードとブルーム

一高入学二日目。

あくびをしながら教室までの廊下を歩いていると深雪さんを見つけた。

「やあ、おはよう、深雪さん」

 

「神威さん、おはようございます」

 

「深雪さんは昨日の話はもう決めた?」

 

「いえ、まだ決めていません。

神威さんはどうするんですか?」

 

「俺は受けようと思う。光栄な話だしね」

深雪さんとそんな会話をしながら教室まで歩く。

 

 

登校したばかりの教室では既に生徒たちがグループを作っていた。

おそらく、昨日の入学式後に顔合わせをしたのだろう。

 

司波さんと共に教室に入ると若干のざわめきがおきる。

 

「神威くん、おはよう」

「おはようございます、神威さん」

雫とほのかも挨拶してくる。

「おはよう、二人とも」

挨拶を返すと

「神威くん、いつの間に司波さんと仲良くなったの?」

と雫に訊ねられた。

 

「昨日少し話したぐらいだよ。さっき偶々会って声をかけたんだ」

 

俺がそう言うと

「私は北山雫。よろしくね、司波さん」

「光井ほのかです。よろしくお願いします」

と二人は自己紹介をする。

 

「私のことは深雪でいいわ。よろしくね、雫、ほのか」

司波さんは笑顔でそう言った。

ほのかは司波さんに声をかけずらそうにしていたし、いいきっかけだったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

昼休みとなり、雫、ほのか、司波さんと学食へ向かう。

学食で達也と合流するつもりだ。

しかし、司波さんと相席を狙う一科生(特に男子)が達也と一緒にいた二科生に

席を譲れだの、一科と二科のけじめだのと言い出す。

 

結局、達也が急いで食べ終え、さっさと席を立ち、

司波さんは俺や雫、ほのかと共に昼食を食べた。

 

 

 

 

そして放課後、事件は再び起こる。

雫とほのかに一緒に帰らないかと誘われたが俺はその誘いを断り、生徒会室にいた。

「神威くん、どういう用件かしら?」

七草先輩に訊かれる。

 

「昨日の生徒会の話、承けようと思います」

そう答えると

「ずいぶん早い決断ね。理由は?」

と問いただされる。

「別に大した理由はありませんよ。逆に言えば、断る理由もありませんし」

 

「まあ、いいわ。誘ったのはこっちだからね」

七草先輩がそう言うと一人の女子生徒(先輩)が入ってくる。

 

「ん?君は......」

 

「摩利、ちょうどいいところに。

神威くん、彼女は風紀委員長の渡辺摩利。

摩利、彼は一年の中神神威くん。生徒会に入ることになったわ」

七草先輩が紹介する。

「三年の渡辺摩利だ、よろしく」

「中神神威です。よろしくお願いします」

お互いに挨拶すると

「じゃあ、さっそく......」

と七草先輩が話を切り出そうとするが

「ちょっと外が騒がしくありませんか?」

と話を遮る。

 

外を見ると一科生と二科生が言い争いをしている。

達也や司波さんがいるから一年同士だろう。

 

「神威くんは帰ってもいいわよ」

と七草先輩に言われたが

「いえ、自分も行きます。友人もいるみたいなので」

と言ってついていく。

 

 

 

一方で事件の当事者たちは........

 

「いい加減に諦めたらどうですか?

深雪さんはお兄さんと一緒に帰るって行ってるんです。

他人が口をはさむことじゃないでしょう」

啖呵を切っているのは美月だった。

相手は一年A組の生徒。昼休みの時と同じ面子だ。

 

騒動の理由は昼休みと同じで

一科生の生徒が司波さんと一緒にいた達也たち二科生に突っかかったのが原因だった。

 

 

「僕たちは彼女に相談する事があるんだ!」

一科生の男子がそう言い放つ。

 

「ハン!そういうのは自活中にやれよ。ちゃんと時間が取ってあるだろうが!」

二科生の男子生徒......西城レオンハルトが皮肉たっぷりの笑顔と口調で返す。

 

「相談だったら予め本人の同意を取ってからにしたら?

深雪の意思を無視して相談も何もあったもんじゃないの。

それがルールなの。高校生にもなってそんなことも知らないの?」

エリカのそんな台詞に一人の男子生徒が切れる。

 

「うるさい!他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

ウィードとは二科生を指す言葉で差別的ニュアンスから使用を禁止されている。

 

 

その言葉に反応したのは美月だった。

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが今の時点でどれだけ優れてるって言うんですか」

その言葉に一科生の生徒が

「......どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」

と答える。

 

「ハッ、おもしれえ!是非とも教えてもらおうじゃねぇか」

先ほどの二科生の男子生徒が挑戦的な大声で応じる。

 

「だったら教えてやる!」

そう言って魔法の発動を簡略化するデバイス、CADを向ける。

学校内でのCADの携行は生徒会の役員と一部の委員のみ認められている。

しかし、CADの所持が制限されているわけではない。

CADを所持している生徒は授業開始前に事務室に預け、

下校時に返却を受ける。

だから、下校途中の彼がCADを持っていてもおかしなことではない。

 

だが、それが生徒に向けられるとなれば非常事態だ。

しかも、そのCADが攻撃力重視の特化型なら尚更。

 

小型拳銃を模した特化型CADの『銃口』が二科生の生徒に突きつけられてた。

 

CADを抜き出す手際、照準を定めるスピード、

どちらを取っても慣れた手つきだった。

 

それを見て達也は右手を伸ばした。

......が達也が何かをするより早く

「ヒッ!」

と一科生の生徒が声を上げた。

その生徒の眼前にはいつの間にか伸縮警棒を振り抜いたエリカが

笑みを浮かべていた。

 

「この間合いなら身体動かした方が速いのよね」

エリカは得意げにそう言った。

 

その光景に呆気に取られていた一同だったが我を取り戻した一人の女子生徒が腕輪形状の汎用型CADへ指を走らせた。

 

 

しかし、その魔法は発動しなかった。

サイオンの弾丸によって砕け散ったのだ。

「止めなさい!自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に犯罪行為ですよ!」

その声の主は七草先輩だ。

 

俺たちはようやく事件現場に着いたのだ。

そして俺はその女子生徒に

「ほのか、いくら威力を落とした閃光魔法でもダメだろ」

と声をかける。

 

そう、先ほど魔法を発動しようとしたのはほのかだった。

 

 

「あなたたち、1ーAと1ーEの生徒ね。事情を聞きます。着いて来なさい」

そう命じたのは七草先輩。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

達也がそう切り出した。

「悪ふざけ?」

 

「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから後学の為にと思って」

 

「ではその後に彼女が攻撃性の魔法を発動しようとしたのはどうしてだ?」

 

「驚いたんでしょう。先ほど神威が言った通り目くらまし程度の閃光魔法でしたし」

 

「ほう、どうやら君たちは展開された起動式が読み取れるらしいな」

 

「実技が苦手ですが分析は得意です。

......まあ、神威がどうかは知りませんけど」

そう言って達也は俺を見る。

 

「ハハッ、俺にはそんなことできませんよ。

ただ、ちょっと目がいいだけです」

俺は笑って誤魔化した。

本当は出来ないわけではないが、今はまだ隠していたい。

それに、個人的にはあまり使いたくないのだ。

 

 

「兄の申したとおり、本当に、ちょっとした行き違いだったんです。

先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

司波さんはそう言って深々と頭を下げた。

 

「摩利、もういいじゃない。

達也くん、本当にただの見学だったのよね」

その言葉に達也が頷くと七草先輩はどこか得意げな笑みを

浮かべていた。

 

「生徒同士で教え合う事が禁止されているわけではありませんが

魔法の行使には細かな制限があります。このことは一学期の内に授業で教わる内容です。

それまでは魔法の発動を伴う自習活動は控えるように」

七草先輩が訓示すると一同は頭を下げる。

 

渡辺先輩は帰り際に

「君、名前は?」

と達也に訊ねる。

 

「1年E組、司波達也です」

 

「覚えておこう」

そう言って渡辺先輩は帰っていった。

 

 

そして、この日を切っ掛けに波乱の渦に巻き込まれる。

 

 



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第四話 帰り道

一科生と二科生の揉め事も先輩方の介入で収束した後、

「借りだなんて思わないからな」

一科生の男子生徒、森崎駿は棘のある口調で達也に向けてそう言った。

 

「貸してるなんて思ってないから安心しろ。決め手になったのは俺の舌先じゃなくて深雪の誠意だからな」

 

「......僕の名前は森崎駿。お前が見抜いたとおり、森崎の本家に連なる者だ」

森崎はそう言って名乗りを上げた。

 

「別に見抜いたとかそんな大げさな話じゃない。単に模範実技の映像資料を見たことがあっただけだ」

 

「僕はお前を認めないぞ、司波達也」

そんな捨て台詞を残して森崎は立ち去った。

 

「厄介な相手に目をつけられたな、達也」

俺はそう言って雫、ほのかとともに達也に駆け寄る。

 

「ん?誰だ?」

二科生の男子生徒は達也に訊ねる。

 

「1-Aの中神神威。よろしく」

そう言って、手を差し出す。

 

「1-Eの西城レオンハルトだ。レオでいいぜ」

レオは屈強な見た目通り、力強く俺の手を握り返した。

 

「へぇ、思ったより力あるんだな」

 

「これでも鍛えるからな」

そう言って俺たちはお互いに手を離す。

 

「あ、あの、光井ほのかです。さっきは庇ってくれてありがとうございました」

 

「どういたしまして」

 

「それで......その......駅までご一緒してもいいですか?」

ほのかは恐る恐る訊ねた。

達也たちは了承すると、なぜか俺も一緒に下校することになった。

 

 

 

 

 

 

「......じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整してるのは達也さんなんですか?」

達也の隣に陣取ったほのかが訊ねる。

 

「ええ、お兄様にお任せするのが一番安心ですから」

 

「少しアレンジしているだけなんだけどね。深雪は処理能力が高いから、CADのメンテに手がかからない」

 

「それだってデバイスのOSを理解出来るだけの知識が無いと出来ませんよね」

「CADの基礎システムにアクセス出来るスキルもないとな。大したもんだ」

美月とレオも話に入ってくる。

 

「達也くん、私のホウキも見てもらえない?」

エリカがそう言うと

「無理。あんな特殊な形状のCADをいじる自信はないよ」

と拒否する。

 

「あはっ、やっぱり凄いね、達也くんは」

 

「何が?」

 

「これがホウキだってわかる事が」

そう言ってエリカは先ほどの警棒をクルクルと回す。

 

「え?その警棒、デバイスなの?」

美月が訊ねるとエリカは満足げに頷いた。

 

「普通の反応をありがとう、美月」

エリカが美月にお礼を言うと

「話を戻すが俺は無理でも神威なら出来るんじゃないか?」

と達也が俺に振る。

 

「おいおい、いくらなんでも買い被りすぎだろ。確かに自分のCADぐらいなら調整出来るけど」

俺が答えると

「そうなのか?懐に忍ばせてるCADがあまりに特殊だったから、得意なのだと思ってたよ」

と返された。

 

俺はやれやれと言った顔で木でできた小刀を取り出す。

「なんだ、それ?」

レオに訊ねられ、俺は素直に

「俺のCAD」

と答える。

 

「え、これが?」

エリカも驚いた様子で聞き返してくる。

 

「ああ、特殊な術式が組み込まれてるんだけど、それは秘密な」

 

「それは五神家とやらの秘術か?」

達也が真面目な顔つきで聞いてくる。

 

「五神家って......都市伝説の『影の五家』って奴か?」

レオが疑問を口にする。それを聞き、美月が

「でも、神威さんとどういう関係が?」

と訊ねてくる

 

「ん?俺は五神家の一つ中神家の跡取りなんだよ」

 

「え!あれってただの噂話じゃないんですか!?」

ほのかも驚きの声を上げる。

 

「それは私も初耳」

雫も驚いていた。

 

「まあ、噂ほど大した家じゃないけどね。

だから、あんまり言いふらしたりしないでくれよ。がっかりされるから。

大きな力を持ってるわけでもない、歴史があるだけの家なんでね」

 

 

そんな会話をしていると美月が

「皆さんスゴいんですね......。うちの高校って一般人のほうが珍しいのかな?」

という。

 

すると、先程まで黙っていた雫が

「魔法科高校に一般人はいないと思う」

と漏らす。

その通りだとみんな思ったことだろう。

 

 

 



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第五話 力試し

一科生と二科生のいざこざの翌日の放課後。

俺は生徒会室にやって来た。

深雪さんと、風紀委員に指名されたらしい達也と一緒に。

 

ノックをして、生徒会室に入る。

「いらっしゃい、深雪さん、神威くん、達也くん」

 

「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、中神神威くん、生徒会へようこそ」

声をかけてきたのは服部副会長。

 

「お、来たな。じゃあ、あたしらは行こうか」

渡辺先輩は達也にそう言う。

 

「どちらへ?」

 

「風紀委員本部だよ。この真下の部屋だけど、中で繋がってるんだ」

 

「変わった造りですね」

そう言いながら二人は風紀委員本部へ行こうとするが

「待って下さい、渡辺先輩」

といって服部副会長が止める。

「なんだ、服部副会長」

 

「その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

服部副会長のその言葉を俺は予想していた。

多分、達也も何処かでそんな気がしていたのだろう。

 

「おかしなことを言うな。彼を指名したのは七草会長だぞ?」

 

「本人が受諾していないと聞いてます。本人が受け容れるまで正式な指名にはなりません」

 

「それは達也くんの問題だ。決定権は彼にあるのであって、君ではないよ」

 

「過去二科生(ウィード)を風紀委員に任命した例はありません」

服部副会長の言葉に渡辺先輩は眉を吊り上げて見せた。

 

「それは禁止用語だぞ。風紀委員の摘発対象だ。委員長である私の前で使うとはいい度胸だな。

それに、彼は優秀な人材だ。風紀委員は実力主義だが、実力にも色々ある」

 

「どういう意味です?」

 

「達也くんには展開中の起動式を読み取り発動される魔法を予測する目と頭脳がある」

 

「......何ですって?」

 

「つまり、彼には魔法が発動されなくても、どんな魔法が使おうとしたかがわかる。

今まで罪状が確定出来ずに軽い罰で済まされてきた未遂犯に対する抑止力になるだろう」

 

「しかし!」

服部副会長は反論しようとする。

 

「実力で劣るって言うなら、模擬戦をすればいいのでは?」

と提案したのは俺だった。

 

「何?」

 

「それが一番手っ取り早いでしょ?」

 

「おい、神威!」

流石の達也も大きな声をだす。

 

しかし、七草先輩は

「いいじゃない、それ」

と乗り気で言う。

 

「深雪さんもそう思うでしょ?」

七草先輩は深雪さんに振ると

「はい。そうしましょう、お兄様」

と深雪さんも乗り気だった。

 

「......は~、分かりました」

達也も俺の提案に乗る。

こうなってしまっては覆せないと思ったのだろう。

 

 

「では、三十分後に第三演習室で。

二人の試合は校則で認められた課外活動であると認めます」

七草先輩が宣言する。

 

達也がCADを取りに行ったのを確認すると俺は

「会長、ついでに俺も達也と模擬戦したいんですけど......」

と七草先輩に提案する。

 

「うーん......」

七草先輩はあまりこれにはあまり乗り気ではなかった。

 

「面白いものが見れますよ?」

他の先輩たちに聞こえないように耳打ちする。

 

「......分かったわ。摩利、はんぞーくんと達也くんの試合の後に、神威くんが達也くんと試合したいらしいのだけど、いいかしら?」

 

「ん?ああ、構わないが?」

 

「だそうよ、神威くん」

 

「ありがとうございます」

二人に礼を言い、CADを取りに行った。

 

 

 

 

演習室に移動した俺だったが達也と服部先輩の試合が始まる前に再び演習室を出ようとする。

 

「神威、何故出て行くんだ?」

不思議そうに達也は聞いてくる。

 

「試合を見たらフェアじゃないだろ?」

 

「よくわからんが、試合を提案した本人が出ていくのはどうかと思うぞ」

 

「安心しろ、達也が負けるとは思ってないから」

そう言って今度こそ部屋を出る。

 

 

 

 

 

俺が演習室の外に出てからしばらくして、七草先輩がやって来る。

「終わったわよ、神威くん」

 

「分かりました」

俺は再び演習室に入ると達也は余計に不思議がっていた。

 

「じゃあ、次は俺の番だな」

そう言うと達也は

「何がだ?」

と聞いてくる。

 

「あれ、誰も教えてないんですか?」

 

「だから......何がだ」

 

「俺と達也で試合するんだよ」

 

「は?」

 

「大丈夫、ちゃんと許可は取ってある」

 

「俺が許可してないんだけど......」

 

「別にいいじゃない、試合ぐらい」

試合をしたくないのだろう達也に七草先輩が声をかける。

 

「俺が勝てる訳ないじゃないですか」

 

「でも、はんぞー君には勝ったじゃない」

 

「あれは不意討ちみたいなもので......」

そこまで言うと達也は気づいたようだ。

 

「だから、試合を見なかったのか」

 

「言ったろ、フェアじゃないって。それに、デメリットもないだろ」

 

「メリットもないけどな」

 

「本当にそう思うか?俺の実力を見ておくことはメリットじゃないのか?」

 

「......分かった、受けよう」

 

 

 

 

 

演習室の中央に渡辺先輩が立ち、俺と達也は五メートル離れた開始線で向かい合う。

 

「はじめ!」

渡辺先輩の掛け声で試合が始まる。

俺は直ぐにとある魔法を発動した。

 

だが、何も起こらず、ギャラリーは首を傾げていただろう。

 

 

一方で俺の目の前から達也が消えた。

瞬時に距離を詰めた達也だったが、その瞬間、激しい波が達也を揺さぶった。

そして、達也は倒れこんだ。

 

 

 

「......勝者、中神神威」

こうして、俺と達也の試合は幕を閉じた。

 

 

「神威くん......今のはどう言うことだ?」

 

「何がです?」

 

「何で達也くんが服部と同じように倒れたんだ?」

 

「服部先輩もあんな感じでしたか。達也が何をしたかは知りませんが、俺は返しただけです」

 

「どういうこと?」

 

「達也が何をするか分からなかったから、何が来てもいいようにしたんですよ。

でも、酔わせてくるとは思いませんでしたけどね」

 

「まったく説明になってないのだけれど?」

 

「説明したつもりだったんですが......そうですね、分かりやすく言えば、カウンターです」

 

「カウンター?」

 

「うちに伝わる『呪詛返し』と呼ばれるも古式魔法は魔法を返すのではなく、事象を返すというものです」

 

「それだけ?」

七草先輩は俺の説明に不満があるらしい。

 

「お教えできるのはここまでです。残りは自分で見つけてください」

 

「話がちがうじゃない!」

 

「俺は見れるとは言いましたけど教えるとは言ってませんよ」

 

「神威くんのケチ!」

 

 

こうして無事に達也は風紀委員となり、俺も生徒会の一員となった。



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第六話 部活勧誘週間

一高の部活勧誘は一週間という期限の中で行われる。

しかし、この期間はお祭り騒ぎどころの話ではないほどに大騒ぎになるらしい。

中には魔法の撃ち合いになることも珍しく無いため風紀委員が取り締まりを行うとか......。

そして、俺は生徒会からの応援として、風紀委員と共に取り締まりをすることになっていた。

 

「俺たちも行こうか」

風紀委員室で説明を受け、レコーダーを渡された俺は

備品である二機のCADを手に取った達也に声をかけた。

 

「単独で巡回するって話じゃなかったか?」

 

「大丈夫だよ、渡辺先輩には許可を取っておいたから」

そう答えると達也はため息をついて

「お前は俺の許可を取らないんだな」

とぼやいた。

 

「達也にいちいち許可取ってたら手間かかりそうだからね。外堀から埋めると早いって気づいたし」

 

「そこまでして俺に何をさせたいんだ?」

 

「別に何をさせたいとかはないよ。ただ、達也は観察する価値があると思って」

 

 

「無駄話してないで、お前たちもさっさと行け」

唐突に渡辺先輩がそう言われ、俺たちは巡回に向かった。

 

 

 

 

 

 

外に出ると達也が一人の女生徒に声をかける。

「エリカ、ここにいたのか」

 

「達也くん、遅いわよ......って神威くんも一緒?」

エリカにそう言われた俺は

「ごめん、もしかして邪魔だったか?」

と返す。

 

「ううん、そんなことはないわ」

 

「そうか、待ち合わせしてるからてっきりデートかと思ったよ」

 

「神威、深雪の前ではくれぐれもそういうことは言うなよ」

困り顔で言う達也を見て、面白そうだからいつか言ってやろうと考えていた。

 

 

 

 

見回りが始まると直ぐに帰りたいと思ってしまった。

先輩たちから話は聞いていたが、所詮高校の部活勧誘だろと思っていた俺の見通しは甘かった。

 

 

今まさにそれを実感している。

人垣の中に埋もれるエリカを見ながら。

 

「あれって止めるべきじゃない?」

人垣に埋もれる前に逃げ出した俺は同じように逃れた達也に尋ねる。

 

「そう思うならお前が行けばいいだろ」

そう言ってため息をつくと、達也は人混みの中のエリカの手を掴み、見事に逃げ去った。

 

 

 

 

それからしばらくして、俺は第二体育館、通称闘技場で二人と合流する。

そこでは剣道部の演武が行われていた。

「ふーん、魔法科高校なのに剣道部があるんだ......」

演武を見ながらエリカが呟く。

 

「どこの学校にも剣道部はあるだろ」

達也が何気なしにそう言ったものだから俺は意外だった。

 

「......なんだよ」

 

「......意外」

エリカも同じことを思ったらしくそう漏らす。

 

「何が?」

 

「達也くんでも知らないことがあったなんて......。

それも武道経験者なら普通知ってるようなことなのに」

 

「知らないこともあるだろ。俺も二人と同じ高校一年なんだから。それより剣道部があることの何が珍しいんだ?」

 

「同じって......その言葉違和感しかないんだけど」

 

「お前にだけは言われたくないな......」

 

「サラッと酷いこと言われた!まあ、いいや。

話を戻すと、魔法師を目指す人は高校レベルで剣道を習うことはないんだよ。

魔法師が使うのは『剣道』じゃなくて魔法を併用する『剣術』。

小学生くらいまでなら剣技の基本を身につけるために剣道やる子は多いけど、中学生になって魔法師になろうって思えば殆どは剣術に流れるんだよ」

 

「そうなのか。剣道も剣術も同じものだと思ってたよ」

 

「神威くんは流石に物知りだね」

 

「いや、知ってるのは俺も剣を習ってたからだよ。それより、静かに見学したほうがいいかもね」

周りの視線が気になった俺は、話を打ちきりフロアに視線を戻した。

 

 

しばらく黙って演武を見ていた俺たちだが、エリカのお気に召さなかったらしく、闘技場を出ようしていた。

しかし、突如剣道部の女生徒と大柄ではない男子生徒が言い争いを始める。

話を聞いている限り、男子生徒は剣術部らしい。

 

 

「さっきの茶番より面白そうな対戦じゃない」

わくわくしている様子がエリカの声から窺える。

 

「知ってるの?あの二人」

 

「直接の面識はないけどね。

女子の方は壬生紗耶香。一昨年の中等部剣道大会女子部の全国二位よ」

 

「男の方は?」

達也の問いかけに

「そっちは桐原武明。一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオン」

 

「へえ~」

エリカの説明に素直に感心していると試合が始まる。

 

少しの間、互角の打ち合いが行われるが突如、桐原先輩が雄叫びを上げ突進する。

両者、真っ向からの打ち下ろし。

 

相討ちにも見えたが、桐原先輩の竹刀は壬生先輩の左上腕捉え、壬生先輩の竹刀は桐原先輩の右肩に食い込んでいる。

 

 

 

 

「私の勝ちね、真剣なら致命傷よ」

壬生先輩の言葉に桐原先輩は笑い声を上げ、

「真剣なら?壬生、お前真剣勝負が望みか?

なら......お望み通り、真剣で勝負してやるよ!」

と言うと、竹刀から離れた右手で左手首を押さえた。

 

「これが真剣だあ!」

桐原先輩はそう叫びながら、『高周波ブレード』を降り下ろす。

壬生先輩は後方に飛んで、斬撃を避ける。

 

だが再び、壬生先輩目掛けて高周波ブレードが降り下ろされる。

 

 

しかし、降り下ろされるより前に達也が間に入る。

桐原先輩を止める達也を見て、

「ねえ、神威くんも風紀委員の手伝いでしょ?行かなくていいの?」

とエリカが聞いてくる。

 

「あれくらいなら達也一人で大丈夫でしょ。それに面白そうだし」

 

「面白そうって......」

エリカとそんな会話をしているうちに、達也は桐原先輩を止め、担架を要請していた。

それを見ていた剣術部員の一人が達也の胸ぐらに手を伸ばす。

 

 

「ほら、面白そうなことが始まった」

乱闘騒ぎに発展したその光景を見て、俺は呟く。

 

「本当に止めなくていいの?」

 

「大丈夫、大丈夫。どうせ達也は無傷で終わるから」

俺の予想通り、達也は無傷でその場を切り抜けた。

 

 

その様子を興味深そうに眺める剣道部の主将の視線が俺の第六感を刺激していた。



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第七話 事件の予感

久しぶりの雫登場回です。
...短いですが。


「____以上が剣道部の新歓演武に剣術部が乱入した事件の顛末です」

達也と俺は目撃した事件の一部始終を報告した。

 

「それにしても十人以上を相手に無事どころか、無傷なんて......」

と七草先輩は素直に感心していた。

 

「流石は九重先生のお弟子さんというところか」

 

「神威が全く手を貸してくれないので大変でした」

嫌味ったらしくこちらに視線を向けて達也は言う。

 

「客観的に見ている人がいた方がいいと思ったので。

それに実際達也だけでどうにかなりましたし」

 

 

「そうは言うけど......」

どうやら俺の対応に不満があるらしい七草先輩は食い下がる。

確かに手助けしなかったのは問題だったと自分でも思う。

けれど、実のところ思ったより早く終わって出番がなかったのだ。

 

「七草、その辺にしておけ。中神の言ってることは間違ってはいない。

それで、当初の経緯は見ていないんだな?」

そう言ったのは十文字克人先輩。

苗字で分かる通り、十師族の一つ、十文字家の人間。

多分、七草先輩経由で俺の情報も既に伝わってるだろう。

 

「はい。見てないです。ちょうど出ようとしていた所だったので」

 

「最初に手を出さなかったのはそのせいかしら?」

 

「まあそれもありますけど、当事者同士で解決するなら手を出す必要もないだろうという判断です」

 

「......そうか。確かにいがみ合い全部に人員を割くのは不可能だしな。

二人ともご苦労だった。帰っていいぞ」

渡辺先輩の言葉を聞いて退室しようとした俺たちを

「あ、少し待て。もう一度確認するが、魔法を使用したのは桐原だけか?」

渡辺先輩が引き留める。

 

「はい。そうです」

 

「そうか。ご苦労だった」

 

 

 

深雪さんを迎えに生徒会室に向かった達也と別れて、帰路につこうとする俺は、誰かを待っている様子の雫と出会う。

「あれ、雫?誰か待ってるのか?ほのかか?」

 

「ううん。ほのかは先に帰った。待ってたのは......神威君だよ」

 

「そっか。ごめんな、待たせたみたいで」

 

「いいよ。それより一緒に帰ろう?」

雫の言葉に頷くと、俺たちは並んで帰り道を歩き出す。

 

 

 

「そう言えば、ゆっくり話せてなかったよな。せっかく再会出来たのに」

 

「うん、神威君......忙しかったもんね。生徒会とかいろいろ」

 

「でも凄い偶然だよな、こうして再会出来るなんて」

 

「......偶然じゃないよ、多分。

私ね、あの後見つけたんだ......夕陽の場所。

そこでお願いしたの。神威君にもう一度会えますようにって。

神威君のお母さんのことも願ったんだけど、一人一つだったみたい。

......ごめんね」

雫は申し訳無さそうに言うが

「いや、いいんだ。多分、間に合わなかったから。それよりも、また雫と会えたことが嬉しいよ。

ちゃんとお別れ、言えなかったし」

 

「でも......もう言う必要ないよね」

 

「そうだな。これからもよろしくな、雫」

そんな会話をしながら俺たちは帰り道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

家につくと、父から電話が入っていたことに気づく。

折り返しの電話を入れると直ぐに父は出た。

「やあ、神威。帰って来たばかりのところ悪いね」

 

「いえ、大丈夫です。それにしても父さん自ら電話なんて珍しいですね」

 

「少しばかり面倒なことが起きてな。

どうやらそちらで『ブランシュ』が動き始めたらしいんだ。

東神には既に動いてもらってるが、もしかしたらお前にも動いてもらうことになるかもしれない。

準備はしておけ」

 

「はい」

ブランシュ......反魔法活動を行う政治結社。市民運動を自称するテロリスト。

守護者である五神家にとっては見逃せない存在だ。

しかし、実力行使となってもうちが動くほどの勢力ではない。

となれば、『少しばかり面倒なこと』が実はかなり面倒なことなのかもしれない。

そう思った。

 

けれど、この時は一高を巻き込む大事件になるとは思っていなかった。



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第八話 動き出す者たち

新入部員勧誘週間が終わった日の放課後。

俺はある人物と待ち合わせをしていた。

待ち合わせと言っても相手は男だし、内容も仕事の報告みたいなもので面白みがないわけだが。

 

 

とある喫茶店。

奥の方の席でテーブルを指で叩きながら、コーヒーを飲んでいる青髪の少年を見つけた。

「悪い、待たせたみたいだな、奏司」

 

「ああ、待った。三十分は待った。だからお前の奢りだ」

なぜか不機嫌にそう返された。

 

「はいはい。それで、話ってのはブランシュの件だろ?

どうなった?」

奏司......東神奏司は東神家の跡取り息子だが、俺に対していつもイラついている。

何かをした覚えは全くないのに。

 

「さっぱりだ。尻尾を出しやがらねえ。

だが、一高の生徒が下部組織のエガリテに参加してるらしい。その中でも怪しいのは......こいつだ」

そう言って奏司は一枚の写真を見せる。

その人物には見覚えがあった。

 

「名前は司 甲(つかさ きのえ)。こいつの義理の兄の司一がブランシュ日本支部のリーダーだとさ。

司一は表だけじゃない、裏の仕事も仕切る本物だ」

 

「......あ、思い出した。この人剣道部の人か」

俺は奏司の話を聞きながら写真の人物、司甲をどこで見たか思い出そうとしていた。

そして、思い出した。

新入部員勧誘週間の初日、剣道部と剣術部の騒動の時に達也を興味深く見ていた人だ。

 

「あ、悪い。続けて」

 

「アンタの当面の仕事はこの司甲の動きを監視しろ。

おそらく一高で何かする気だ」

 

「何かって何さ」

 

「知らん。俺は今回の件を任されたとはいえ、これでも中三だ。

そこまで好きには動けん」

 

「それを言ったら俺もだよ。一高入学したばっかりで忙しいんだ。

監視は無理」

 

「はあ~、分かった。アイツらに動いてもらう。その代わり時が来たらしっかり働いて貰うからな」

そう言って奏司は席を立ち、店を出た。

 

「マジで俺の奢りか。まあいいや。情報はちゃんとくれたし」

 

 

 

 

 

 

奏司から報告を受けてから数日後。

司甲の監視は他に任せて、いくつか情報を仕入れていた。

情報の他に、彼自身に怪しい動きも確認できたが、こちらが動けるだけの確証はなかった。

結局、向こうが動くまでこちらは動けない状態にどうしたものかと頭を悩ませていると

『全校生徒の皆さん!』

と突如学校のスピーカーからハウリングした声が聞こえてくる。

 

『失礼しました。僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です。僕たちは生徒会と部活連に対し対等な立場における交渉を要求します』

 

 

「ねえ......神威くん。行かなくていいの?」

教室にいた雫が俺に声をかける。

 

「ごめん、もしかしたら長くなるかもしれないから先に帰っていいぞ」

 

「ううん、待ってる」

 

「そっか......じゃあ行ってくる」

クラスメイトに変な視線を送られていたが、気にせず放送室へ向かう。

 

 

 

「......ねえ、雫?神威さんと付き合ってるわけじゃないんだよね?」

 

「......うん。まだ、片思いだと思う」

 

「そ、そっか。片思いじゃないと思うんだけど......」

ほのかと雫がそんな会話をしているなんて知らずに。

 

 

 

 

 

 

「遅いぞ、中神」

どうやら俺が一番最後だったらしく、渡辺先輩に小声で怒られる。

小声な理由は達也が誰かと通話中だったから。

 

「すみません、それで状況は?」

 

「今、達也くんが中の人物と交渉中だ」

渡辺先輩に説明を受けると達也の交渉は終わったらしい。

 

 

「今のは壬生紗耶香か?」

 

「はい。待ち合わせのためにプライベートナンバーを教えられていたのが、思わぬところで役立ちました」

 

「へえ~、達也あの人と仲良くなってたんだ。手が早いね」

数日前、闘技場での一件の時は面識もなかったはずなのにプライベートナンバーを聞き出すまでの仲になっていたなんて。

 

「誤解だ。それよりも態勢を整えるべきだと思います」

 

「態勢?君はさっき自由を保障するという趣旨の話をしていたはずだが?」

 

「俺が自由を保障したのは壬生先輩だけです」

 

「達也って人が悪いよな。いや悪い人なのか?」

 

「さあな」

 

 

 

放送室から出てきた壬生先輩を含め五人。

そのうち四人は拘束され、壬生先輩は達也に詰め寄った。

「あたしたちを騙したわね!」

 

「司波は騙してなどいない」

壬生先輩にそう言ったのは十文字先輩だった。

 

「お前たちの言い分を聞こう。交渉にも応じる。

だが、お前たちの要求を聞き入れる事と、お前たちの執った手段を認めることは別問題だ」

 

「それはそうなんだけど、彼を放してあげてもらえないかしら?

壬生さん一人では交渉の段取りも打ち合わせできないしょう?

当校の生徒である以上、逃げられるということも無いのだし」

七草先輩の言葉に

「あたしたちは逃げたりしません!」

と壬生先輩は反射的に噛みつく。

しかし、七草先輩はそれに直接の反応はしなかった。

 

「生活主任の先生と話し合った結果、鍵の盗用、放送施設の無断使用に対する措置は生徒会に任せるそうです。

壬生さん、これから貴方たちと生徒会の交渉に関する打ち合わせをしたいのだけど、ついて来てくれるかしら?」

 

「.....ええ、構いません」

 

「十文字くん、お先に失礼するわね。達也くんたちも今日は帰っていいわよ」

俺たちにそう言うと七草先輩は話し合いに向かった。

 

 

 

 

 

 

「......さん、神威さんっ!」

 

「ああ、悪い、ほのか。少し考え事をしてて」

と帰り道、雫の隣を歩くほのかに謝る。

 

「神威くん......最近、ずっと難しい顔してる......」

 

「ごめんな、雫」

 

「謝らなくていいよ。でも......無茶しないでね」

この時、俺はブランシュがどこで仕掛けてくるかということばかりを考えていた。

雫は俺が覚悟を決めていたことに気づいていて、そんなことを言ったんだろう。



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第九話 テロリスト襲撃

有志同盟による放送ジャックの翌々日。

急遽決まった有志同盟と七草先輩による公開討論会。

全校生徒の約半数が講堂に集まっている。

 

風紀委員と生徒会は場内の監視をしていた。

そして、俺はブランシュが仕掛けて来るなら今日だろうと考えていた。

 

 

 

しばらくして、パネルディスカッション形式の討論会は始まったが、

それはすぐに七草先輩の演説に変わってしまった。

有志同盟からすれば相手が悪かった。討論会に置いて、七草真由美という人物が強すぎたのだ。

七草先輩は完璧に言い負かした上で、二科生を生徒会役員に指名できない制度を改正すると言ったのだ。

そして、七草先輩は差別意識の克服を訴えた。

 

 

七草先輩の演説が終わる。

と同時に講堂に轟音が響き渡り、窓が割れ、紡錘状の物体が投げ込まれる。

それは床に落ちると同時に煙を吐き出し始めた。

が、煙は拡散せず、時間が巻き戻るかのように窓の外に消えていった。

 

「流石です、服部先輩」

俺は見事な手際で対処した服部先輩にそう言う。

 

防毒マスクをつけた数名の襲撃者も渡辺先輩によって動きを止められた。

予想より過激な手段で襲撃は行われたが、予定通り速やかに鎮圧された。

 

 

そして、俺は達也、深雪さんと共に外へ出た。

エリカ、レオと合流した俺たちはカウンセラーである小野遥に奴らの狙いが図書館であることを告げられ、達也と深雪さん、エリカはそちらへ向かい、俺とレオは敵の足止めに回った。

 

別れ際、達也に「生徒でなければ手加減は無用」と言われた。

もちろん、加減する気は最初からないけど。

 

「パンツァァー!」

と雄叫びを放ちながら、レオは手甲のようなCADで殴りかかる。

 

「へえ~、音声認識か。珍しいね」

敵を捌きながら、レオの戦い方に感心する。

 

「随分余裕そうじゃねえか」

 

「う~ん、そろそろ魔法使わないと厳しいけどね」

 

「はあ?魔法使わないでそれかよ......」

 

「これくらいはね。手加減は無用だって言われても躊躇っちゃうよね。

......殺しかねないから」

そう言い放つと懐から木で出来た小刀型のCADを取りだし、

「黄龍......起動」

と唱える。

 

レオのCADを珍しいと言ったが、俺のCADも音声認識型なのだ。

加速魔法と硬化魔法を発動し、俺は目にも止まらぬ速さで背後を取ると首筋にCADで一撃を入れる。

その後も敵をバッタバッタとなぎ倒した。

 

 

 

 

「ふう~、大体片付いたかな」

と俺は一息つく。

 

「すげーな、神威。流石だぜ」

レオにそう声をかけられ、

「いや、俺一人じゃさすがに厳しかったよ。レオが手伝ってくれたお陰さ」

と返す。

 

 

そんな話をしていると達也から連絡が入る。

達也たちも方がついたらしい。

それともう一件、連絡が入った。

相手は奏司。どうやら敵の拠点が見つかったらしい。

ここからが、俺の本当の仕事だ。

 

「レオ、達也に伝言を頼む。

『先に行って待ってる。あまり遅いと出番ないぞ』って言っといてくれ」

 

「ん?あ、ああ......」

戸惑うレオを横目に俺は駆け出した。



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第十話 ブランシュとの決着

奏司と合流した俺は敵の待ち構える廃工場に奏司の手配した車で向かっていた。

「案外、簡単に見つかったね」

 

「どうやら隠れるのは止めたらしい。

俺たちの存在には気づいてないだろうから、他のやつを誘き寄せるつもりだろ」

 

「多分、達也かな。でも、どっちにしても相手が悪い。彼らには消えてもらおう」

 

 

目的地についた俺たちは二人で正面から乗り込む。

「ん?なんだい君たちは」

ヒョロッとした伊達眼鏡の男性がそう言う。

 

「情報収集がなってないね。俺、これでも一高の生徒会役員だよ。

標的のことはしっかり調べなきゃ」

 

「ああ、中神神威くんですか。あなたについては全く情報が得られなくてね」

 

「ご託はいい。あんたが司一だな?消えてもらう」

そう言って奏司は拳銃型のCADを構える。

「失礼な少年だね。けど、いくら魔法師と言えど銃で撃たれれば死ぬのだよ?」

司一の後方には二十人以上の人間が銃を構えている。

 

「当たらなければ死なないよ。達也に任せてもいいけど、これは俺たちの仕事だからね。

司一は殺すなよ、それ以外はどうでもいい」

奏司にそう言うと俺は一度目を閉じる。

奏司が下がったのを確認すると目を見開く。

 

龍ノ眼___発動

 

俺が眼を開いた瞬間、全員が金縛りにあったかの様に動きが止まる。

龍ノ眼と呼ばれる俺のBS魔法。

守護獣と呼ばれる守り神『黄龍』をその身に宿す、俺の異端の力。

眼の力は金縛り以外にも複数存在する。

 

「相変わらず便利な眼だな」

と奏司が言いながら司一以外をジリジリと氷漬けにしていく。

殺さない辺りに奏司の残忍性が感じられる。

 

「相変わらずえげつないね~。さすが奏司くん!」

 

「お前も氷漬けにしてやろうか?」

 

「出来ないこと知ってるくせに」

奏司は口では言うけど、俺を殺すことはない。

五神家の呪いにも近い力によって。

 

「で?どうすんだ、コイツ」

 

「ちょうど来たみたいだから彼らに任せよっか。

来る前に終わらせるつもりだったのに、流石にのんびりし過ぎたみたいだね」

俺がそう言うと、完璧なタイミングで達也と深雪さんがやって来た。

 

 

「神威、やはり来ていたか。予想はしていたが......」

 

「コイツが司一だけど、どうする?

何か聞きたいことがあるならどうぞ。それくらいの時間はあげる」

達也にそう尋ねるが、達也が答えるより先に

「き、貴様らっ!」

という声を司一があげると、耳鳴りのような音が響く。

 

「魔法が使えなければ ただのガキだろ!」

司一はそうほざき、逃げ出す。

 

「達也、後は任せた」

 

「......ああ、方がついたら聞きたいことがある」

 

「じゃあ、外で待ってるよ」

そう言って司一を追いかける達也を見送った。

 

 

 

 

 

 

「あっさり終わったね」

全てを終えて外に出てきた達也に声をかける。

「お前がほとんど片付けたからな」

 

「まあね。でもあれじゃあ俺たちも捕まっちゃうかもね」

 

「そのわりには心配してる様子が見られないが?」

 

「そりゃね、十文字が出てきたんなら大丈夫でしょ」

現場には十文字先輩も来ていた。

十文字家が関わったとなれば普通の警察の出番はない。

 

「十師族より、五神家が関わってることのほうが重要じゃないのか?」

 

「......なるほど。聞きたいことって言うのはそれか。

達也は五神家についてどれくらい知ってる?」

そう尋ねると達也は一瞬考え込み、

「五神家のまとめ役が中神という名だということと......後はよくある噂だ。この国を裏で牛耳ってるとか操ってるとか、そう言った類の」

 

「なるほど、やっぱりそうか。うちは表への露出が多かったからね。噂についてはほとんどが作り話だよ」

 

「では、五神家とはなんなんだ?」

 

「守護者だよ。この国の守護者。あとは先導者かな。

この国を裏で守り、この国の転換期に表に出て導く五つの家。

牛耳ってるとか操ってるなんてことはないけど、繋がりはあるよ。警察にも」

 

「お前たちの目的はなんだ?なぜ、お前は一高に来た?」

 

「五神家の目的って意味ならさっき言った通り、守護と先導。俺が一高に来た理由は父の命令だったから。

力の使い方を学びなさいって言われたけど、それが全てじゃないと思ってるし、それが大部分を占めてるとも思う。

確実に言えることは、安心してって事ぐらいかな。現状、君たちと敵対する理由はないから安心して。

けど、もし君たち......というより、十師族......特に四葉だね。

奴らがこの国を滅ぼすというなら、敵になる。そうはなりたくないけどね」

 

「......そうか。俺も、そうならないことを祈ってる」

達也の言葉を聞くと、俺は背を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

結局、十文字先輩が後始末を行い、事件は隠蔽された。

奏司も俺も廃工場には行っていないことになっている。

司甲も休学扱いになったが、多分自主退学となるだろう。

 

「神威、今回の件ご苦労だったな」

父、中神黄龍は電話で俺にそう言った。

 

「十文字がほとんどの後始末をしてくれたので、手間が省けました」

 

「ああ、こちらも助かった。

そう言えば神威、もうすぐ九校戦だな。私も桜華と共に見に行くよ」

 

「桜華、元気にしてますか?」

 

「少し寂しそうにしていたが、最近は元気だ。

お前に会えると分かったからだろう。あれはブラコンというやつだな」

 

「そうかもしれません。少し、甘やかし過ぎましたかね」

 

「いや、あの子にはお前しかいなかったからな。

あまり長話していると桜華が起きて来てしまう。ではな」

そう言って黄龍は電話を切った。

 

 

九校戦、父との電話に出てきたその言葉。

それは新たな波乱の舞台となる。




次回から九校戦編です。
雫の出番が増えます。オリキャラも数人出ます。
お楽しみに!


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九校戦編
第十一話 訪問者


魔法科高校入学直後に起きた事件から時は流れて七月中旬。

とある日曜日、俺は大きな問題を抱えていた。

 

「桜華、なんで来たんだ?」

家のリビング、俺の前には妹の桜華が座っている。

 

「......もうすぐ、九校戦ですので」

 

「理由になってないよ」

 

「......兄様に会いたかったので」

 

「はあ~、学校は?」

とため息混じりに尋ねる。

 

 

「テストは終わりました。成績優秀なのでもう夏休みに入っても大丈夫なんです」

どや顔でそう言う桜華。

確かに昔から優秀な子だった。

中学三年だが、本来は学校に行く必要もないくらいに。

 

「いつまでいるの?」

 

「夏休みに兄様が帰省するまでです」

 

「はいはい、分かったよ。正直助かるけどね、家事全般やってくれるなら」

父に許可は取ってあるだろうから俺がなんと言おうと帰らないんだろう。

 

「......お任せください」

静かにそう言う桜華の表情は満面の笑みだった。

桜華は表情がかなり豊かで、黙っていても大体言いたいことが分かってしまう。

 

「それにしても、なんで今日来るかな~」

この日は午後からお客さんが来る予定で、午前中は念入りに掃除をするつもりだった。

 

「今日は都合が悪かったですか?......もしや、彼女さんが来るんです?」

 

「友達だよ。九校戦のことで相談があってね」

 

「そうですか。私にはお構いなく」

桜華は何故か嬉しそうな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

午後になり、家のチャイムが鳴る。

「はいは~い」

そう言いながら玄関の扉を開ける。

 

「いらっしゃい、雫、ほのか。どうぞ入って」

 

「お、おじゃまします」

「......おじゃまします」

緊張している様子の二人。

リビングまで行くと、ソファで寝転がる桜華と出会う。

 

「......兄様の友だち......女性......ハッ!兄様、二股はダメですよ!」

突然、桜華が爆弾を投げ込む。

 

「桜華、そう言う関係じゃないからな。さっきも言ったけど、友だちだよ。ちゃんと挨拶して」

 

「中神桜華です。兄様共々よろしくお願いします」

 

「み、光井ほのかです。よろしくね、桜華ちゃん」

「......北山雫です。ねえ神威くん、兄様ってことは......」

 

「ああ、俺の妹だよ。今朝いきなり来たから俺も驚いてね。

しばらくこっちにいるらしいから二人ともよろしく」

 

「そう言えば神威さん、一人暮らしなんですよね?実家はどこなんですか?」

ほのかの質問に

「京都だよ。こっちに来たのは父の勧めでね」

と答える。

 

 

「......ん?どうしたの.......桜華ちゃん」

雫が桜華にそう話しかける。

 

「いえ、何でもないです。ですが......はい。分かりました。

この方、あの写真の......」

何かに納得した様子の桜華。

一体何に納得したのか、この時は全く分からなかった。

 

 

「あ、とりあえず好きに座っていいよ。悪いね、わざわざ来てもらって」

二人にそう言いながら俺はお茶を用意する。

 

「い、いえ、こちらこそ押し掛けちゃって......」

 

「いやいや、大丈夫だよ。雫のうちは都合が悪かったみたいだし」

 

 

数日前、九校戦に詳しいという雫に色々教えてもらおうとした所、長くなるからゆっくり話したいとなり、休日にうちに来てもいいかとなって、今に至る。

 

 

「それで神威くん、どんなこと聞きたいの?」

 

「そうだな......とりあえず、注目の選手かな」

 

「ん。一番強そうなのは三高の三人だね。

まずは、一条将輝。一条の御曹司でクリムゾンプリンスって呼ばれてる。

次に、吉祥寺真紅朗、カーディナルジョージって呼ばれてる天才だね。

最後は......西神白夜。この人は他の二人に隠れてるけど、かなり強いらしいよ。しかも情報が全くないの」

 

「白夜さんは大したことないですよ、兄様に比べれば」

と話を聞いていた桜華が口を挟む。

 

「神威さん、知ってるんですか?」

 

西神白夜のことは当然知ってる。

五神家の一つ、西神の次期当主だ。

 

「まあね。幼なじみみたいな感じだよ。色々と競いあったりもしたんだけど、確かに負けたことはなかったな~。

って言っても小さい頃の話だけどね」

 

 

その後も九校戦の説明を受けながら、休日は過ぎていった。

いよいよやって来る九校戦に備えて。

 

 

 

 

 

 

「いよいよ九校戦ですね、兄様」

八月一日、九校戦出発の日の朝。

家を出ようとする俺に桜華がそう言う。

 

「桜華は父様が迎えに来て行くんだったよな?」

 

「はい。しっかりと応援させていただきます」

 

「じゃあ、頑張らないとだな。行ってきます、桜華」

 



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第十二話 出発

九校戦に向かうためのバスが停まっている駐車場。

バスの中には雫やほのか、モノリス・コードでチームを組む森崎に、深雪さん。

外にはエンジニアとして一年生で唯一選ばれた達也もいた。

 

 

ほのかに促されて雫の隣、窓際の席に座る。

「おはよう、みんな早いね」

 

「おはよう、神威くん。いよいよ九校戦だから、待ちきれなくて......」

いつになく燃えている様子の雫。

 

「そう言えば、桜華ちゃんは応援に来るんですか?」

ほのかの質問に

「桜華ちゃん?」

と深雪さんが首を傾げる。

 

「妹だよ。少し前に京都からわざわざやって来て、うちにいるんだ。

向こうであったら紹介するよ」

 

「神威さんの実家は京都だったんですね」

 

「そうだよ。そう言えば、何で達也は外で立っていたんだ?」

 

「出席確認だって。後来てないのは何人かいるんだけど、すぐ来ると思う。ただ......七草会長が遅れるって連絡があって。いつになるか分からないのにずっと外にいるの」

雫からそれを聞いた俺は

「ちょっと外行ってくる。雫、そこの席確保しといて」

と言ってバスから降りた。

 

 

渡辺先輩がいなくなったタイミングを見計らって

「やあ、達也。七草先輩待ってるんだって?別にバスの中でもいいんじゃないの?」

と達也に声をかける。

 

「俺がいれば空気が悪くなるだろ」

 

「気にしすぎじゃない?まあ、達也がいいならいいんだけど。それより、面白い話があるんだ」

 

「なんだ?」

 

「五神家のうち、俺を含む四家の次期当主が九校戦の選手で参加する」

その言葉を聞いた達也の顔は一瞬だけ驚きの表情となる。

 

「春のブランシュの一件では世話になったから、名前教えてあげてもいいんだけど......知りたい?」

 

「何が目的だ?見返りを要求するんだろ?」

 

「別に欲しいものはないよ。くれるって言うならありがたく貰うけど。

例えば.......最近開発した飛行デバイス......とか」

 

「どこまで知ってるんだ?」

 

「どこまでと言われれば、ほぼ全部......かな。

まあ、飛行デバイスが欲しいのはシルバーへの個人的興味なんだけどね」

 

「......分かった。後で渡してやる。世話になったのはこちらも同じだ」

 

「それじゃあ、教えてあげよう。五神家次期当主、そのうちの三人を。

まずは、北神 玄斗(げんと)、八高の二年。

次に三高の一年、西神 白夜(びゃくや)。最後に九高の一年、南神 紅羽(くれは)

みんなかなりの実力者だからね、気をつけなよ」

俺の言葉に達也は少し考え込む。

 

「用は済んだから、俺は戻るよ」

と言って車内へ戻ろうとする。

そこで言い残したことがあることを思いだし、振り返り、

「中で待っててもみんな気にしないんだから、あんまり卑下しない方がいいよ」

と今度こそ再びバスの中へ戻る。

 

 

 

 

「神威さん、お兄様とどんなお話をしたんですか?」

探りを入れるように深雪さんは言う。

「バスの中で待っててもいいんだよって伝えといた。外じゃ暑いだろうからね」

 

「そうですか。ありがとうございます、神威さん」

 

「いや、あんまり意味なかったみたいだよ。まだ外で待ってるし。

頑固なんだか、律儀なんだか。そういうところは達也の良いところだと思うけどね」

 

「......はい、そうですね」

 

 

 

しばらくして七草先輩が到着した。

遅れること一時間半。外で待っていた達也と言葉を交わし、バスに乗り込む。

そして、九校戦の会場に向けてバスは走り出した。

 

 

「神威くん、よかったらお茶」

そう言って雫はお茶の入ったコップを差し出す。

「ありがとう、雫。雫は喉乾いてないか?車酔いとかしてないか?」

 

「うん、大丈夫。あ、神威くん寒くない?」

 

「大丈夫だよ、雫こそ大丈夫か?」

 

「ありがとう、大丈夫だよ」

 

 

 

「ね、ねえ、ほのか。あの二人は......付き合ってはないのよね?」

 

「う、うん。そういう話は聞いてない」

 

「そのわりには随分と親しげよね。これは問い詰める必要がありそうね」

 

「うん!時間はたっぷりあるもんね」

深雪さんとほのかがそんな会話をしているとは知らずに、雫との会話に花を咲かせていた。

 

 

 

すると、突如嫌な予感が頭を過る。

その直後、

「危ないっ!」

と二年の千代田先輩が叫んだ。

その声につられ、ほぼ全員が対向車線側の窓へ目を向ける。

 

 

対向車線には大型車が傾いた状態で火花を散らしている。

その車は車線を仕切るガード壁に激突すると宙返りしながら、バスの方へ飛んできた。

バスは止まり、直撃は避けた。

が、炎を上げながらこちらへ向かってくる。

 

 

「吹っ飛べっ!」

「止まって!」

森崎や雫が魔法を発動しようとする。

パニックを起こさなかったのは褒められるべきことだけど、この状況では事態を悪化させる。

 

(龍ノ眼___発動!)

心の中でそう唱えると、全ての魔法式がかき消された。

「深雪さんっ!炎は任せた!」

俺の言葉に戸惑いながらも頷くと、直ぐに魔法で消火する。

 

 

 

 

事故による怪我人は一高側には出なかった。

事情聴取や通行可能にする為の手伝いなどで三十分ほど時間をロスしたものの、昼過ぎにはどうにか宿舎に着くことができた。

 

「神威、少しいいか?」

バスから降りた俺に達也が声をかける。

「何?」

 

「さっきの事故、魔法式がかき消されたらしいがお前か?」

 

「さあ?俺はてっきり達也の仕業だと思ってたよ」

と笑顔で嘘をつく。

 

「しらを切るのか?」

 

「そうは言っても、分からないものは分からないさ」

 

「まあいい。お前が敵じゃないなら」

そう言って達也は機材の乗ったカートを押していく。

 

 

達也を見送り、部屋に荷物を置いた俺は上層階のとある部屋に向かった。

 



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第十三話 五家の跡取りと導きの老師

アニメ二期決定ということで久々の更新です。
アニメ始まるまでには二年に進級させてあげたい......。


会議に出席する他国の高級士官も宿泊するようなホテルを九校戦の間は宿舎として使用している。

そんなホテルの上階の一室の扉を俺は開けた。

「遅いよ、神威。待ちくたびれたじゃない!」

と俺に声をかけたのは長い深紅の髪の少女。

 

「そうは言ったって事故に巻き込まれたんだから仕方ないだろ。

連絡はしておいたはずだよ、紅羽」

 

「本当に事故だったんか?」

そう聞いてきたのは白髪オールバックの青年。

 

「事故だよ、白夜。一高を狙った人為的な事故。玄斗、何か聞いてない?」

黒髪の青年にそう尋ねる。

 

「《無頭龍》という中華系組織が不穏な動きを見せてるらしい。そちらは東神が担当するので、我々は九校戦に専念するようにと言われている」

 

「そう。で、わざわざ集めた理由は何?」

事故やその後の事情聴取で疲れていた俺は少しイラついていた。

 

「直ぐに済む。そうイライラするな。話の半分はさっき話した無頭龍のこと。

もう半分は.....五家当主からの伝言だ。

『九校戦は実戦以外で唯一実力を発揮できる場、加減は無用』だそうだ」

 

「加減無用ねぇ〜。けど神威、あんまりやり過ぎんなよ」

 

「どういう意味だよ、白夜」

 

「お前、一条とピラーズで戦うだろ?加減は無用ったって、やり過ぎてアイツの心を粉砕しないように一定の加減は必要だろ?」

 

「大丈夫、大丈夫。自分の力がどれだけ強力かを思い知るだけだから」

 

「それがダメなんでしょうが。事実がどうあれ、それを知らなければ一方的にやられてるだけなのよ」

 

「でもそれしかやり方がないんだから仕方ないでしょ。

大体本気出していいって言われてるんだし、大丈夫なんじゃない?」

 

「まっ、一条の心がそう簡単に折れるとも思っちゃいねえよ」

 

「話は終わりでしょ。俺もう行くから」

と欠伸をしながら部屋を出ようとする。

正直言ってすぐにでも寝たかった。それぐらいに眠かった。

 

「懇親会の後、ここで九島殿がお前と会いたいそうだ。お前も世話になった相手だ。忘れるなよ」

玄斗の言葉を聞き流しながら部屋を出る。

 

そして、自室につくなり、倒れこむようにベッドで横になった。

 

 

 

 

「おい、中神。起きろ、起きろって!」

騒がしい声に叩き起こされた俺は半分寝ぼけた状態の頭で

「何?騒がしいんだけど」

と目の前に立つ森崎に尋ねる。

 

「もうすぐ懇親会だ。さっさと準備しろ」

準備と言われても大した準備もないんだけど、流石に寝起きのままじゃダメか。顔ぐらいは洗おう。

半開きの目をこすりながら、俺は洗面台に向かった。

 

 

 

 

 

 

懇親会の会場。

各校の生徒、四百人近くが集まったそこで雫たちとパーティーを楽しんでいた。

 

来賓の挨拶が始まり、一人の老人の番となる。

九島烈。

『老師』と呼ばれる十師族の長老。

十師族という序列を確立した人物で、二十年前は世界最強の魔法師の一人と目されていたらしい。

 

 

名前を呼ばれて壇上に上ったのは若い女性だった。

九島烈は何故か女性の後ろに立っていた。

 

精神干渉魔法。

これを見破れた人間がこの中に何人いただろう。

 

俺は壇上の九島烈に笑みを向ける。

それに気づいたらしく、向こうもニヤリと笑う。

 

壇上の女性がスッと脇にどくと、ライトが九島烈を照らした。

おそらく、ほとんどの者には九島烈が突如現れたように思えただろう。

 

「まずは悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」

九十近いとは思えない若々しい声で九島烈はそう言う。

 

「今のはちょっとした余興だ。魔法というより手品の類いだが、

タネに気づいた者は、私が見た限り五人だけだった」

その五人に俺は含まれないんだろうな、と考えていた。

俺の場合はタネがわかっている状態の手品を見ていただけだから。

 

「つまり、もし私がテロリストだった場合、それを阻むことが出来たのは五人......と一部の例外のみ、というわけだ」

一部の例外、その言葉だけは消え入るような声で発せられた。

 

「魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。

私が今用いた魔法は魔法力の面から見れば低ランクのものだ。

だが、君たちはその弱い魔法に惑わされ、私が現れると分かっていたにも拘わらず、私を認識できなかった。

明後日からの九校戦は魔法を競う場であり、それ以上に魔法の使い方を競う場だということを覚えておいてほしい。

魔法を学ぶ若人諸君。私は諸君の工夫を楽しみにしている」

九島烈の言葉に聴衆は手を叩く。

一斉に拍手とならなかったのは戸惑いからだろう。

魔法師社会の頂点に立ちながら、今の魔法師社会の在り方に逆らうことを勧める。

 

相変わらずだな、この爺さんは。

 

 

 

 

 

 

懇親会が終わり、俺は自室に戻らず昼間と同じ部屋に来た。

部屋をノックし、返事が聞こえたのを確認すると、扉を開き

「邪魔するよ、爺さん」

と言って入る。

中にいた人物数人が戸惑っていた。

 

「すまんが、二人きりにしてくれ」

九島烈の言葉に全員が部屋を後にする。

 

「いいの?あれ、護衛でしょ?」

 

「別に構わん。元々いらないからな」

 

「それもそうか。にしても相変わらずだね、爺さんも。

さっきの挨拶、面白かったよ」

 

「それはよかった。しかし、相変わらずなのは君もだよ。

私に恐れをなさずにこうして話せるのは君ぐらいのものだ」

 

「尊敬はしてるけど、恐れるだなんてことはあり得ないよ。

昔からずいぶん世話になったから」

魔法に関わらず、様々な知識はこの人に教わった部分が大きい。

 

「そうか。私は君が恐ろしい。神獣を宿し、異端児と呼ばれる君が」

九島烈の言葉に俺は黙り混む。

その呼び名は好きじゃなかった。

龍の目と特殊な身体で生まれた俺につけられた仇名。

中神家の守り神である黄龍をその身に宿した、前代未聞の異端児。

 

「この呼び方は嫌いだったな。話を変えよう。

中神神威、君の目的はなんだ?なにをしようとしている?」

九島烈の問いかけに俺は小さくため息をつく。

そして、まだ誰に話していない、俺の密かな野望を口にする。

 

「俺は五神家を終わらせたいんだ。五神家は今の時代には必要がないと思ってる。この国を守護するのは軍や警察の役目。先導するのは政治家の役目だ。俺たちがいなくても大丈夫なんだ。ただ、問題が一つだけ」

 

「十師族.......か」

 

「そう。十師族全てが万が一暴走を始めた場合、それを止められるのは五神家ぐらい。

もちろん、そうなることはないと思ってる。でも、何が起こるか分からない。俺一人の考え一つで最悪の事態が起こる可能性もある」

 

「それなら、君のやるべきことは簡単だ。

十師族に信頼できるパイプを作ること。そして、十師族と無関係の優れた魔法師の育成だ」

十師族の暴走を未然に防ぐために情報を集めるために十師族と、万が一の時に抑え込めるだけの力を持つ者と手を組む。

考えてみれば単純なことだった。

十師族関係者となれば当てはいくつかあるし、後者の方も魔法科高校にならいくらでもいる。

 

 

「......なるほど。あなたの助言はいつも役に立つ。

ありがとう、爺さん。そろそろ戻るよ」

 

「もう行くのか」

 

「色々あって疲れてるんだ。またゆっくり頼むよ」

と言って部屋を出た。

 

 

あの人はいつだって俺の道を示してくれる。

中神を継ぐのを悩んでいた、あの時もそうだったな。



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第十四話 温泉女子会

短いですが、雫メインの回です。


懇親会の翌日、大会前日の夜。

明智英美に誘われて、地下の人工温泉に来ていた雫たち。

そこには一高新人戦女子チーム全員がいた。

 

 

年頃の女子らしく、彼女たちは恋愛話に花を咲かせている。

昨日の懇親会で見掛けた男性の話や同校の男子生徒の話。

そんな話を流すように聞いていた雫。

そんな雫に

「そう言えば雫、神威さんとはどこまで行ったの?」

とほのかが嬉々とした様子で尋ねる。

 

「別に何もないよ?普通に友だちだよ?」

 

「あれ?二人って付き合ってなかったの?」

深雪とほのかを除く全員にとって、その事実が意外だった。

 

「あんなに仲いいのに?」

「まだ付き合ってなかったの?」

 

「うん」

 

「そう言えば、入学してすぐの頃から仲良かったけど、きっかけは何だったの?」

深雪の質問に雫は少し恥ずかしそうに

「小さい頃に、助けてもらったことがあるの。その時、約束をしたんだけど果たせなくて......。それがずっと心残りで、いつまでも忘れられなかった」

と答えた。

 

「ってことは......運命の再会!」

 

「あの時はずっと神威さんの話をしてたもんね。数日しか会ってないのに」

 

「やめてよ、ほのか」

恥ずかしくてそうは言ったものの、事実だった。

雫にとって、あの時の神威はヒーローみたいな存在に見えた。

その時も好意はあったかもしれないけれど、今ほど明確なものではなかった。

『もう一度会いたい』

そう夕陽に願い、六年越しに再会した。

そこからは......一目惚れと再認識。

あの時と変わらず、それ以上に優しく強い彼に雫は惚れていった。

 

「で、雫は告白とかしないの?」

英美に言われて、雫は首を横に振る。

 

「神威君に迷惑かけるだけだから」

 

「迷惑?でも、中神君って絶対雫のこと好きだよね」

 

「そう......かな?でも......」

神威は自分の家の事を歴史が長いだけと言っていたが、雫にはそれだけには思えなかった。

許嫁がいるんじゃないか、自分は相応しくないんじゃないかと思っていた。

神威が隠し事をしていることに雫は気づいていたのだ。

 

「雫の思ってることは分かる気がする。神威さんって謎だらけって感じするもんね。歴史のある家だって聞いたから、もしかしたら許嫁とかいるかも......」

ほのかが自分と同じことを考えていた事に雫は驚いた。

 

「許嫁がいそうな家なの?全然知らないんだけど......」

ここにいるメンツで中神家が都市伝説にもなっている五神家だと知っているのは三人だけ。

その三人の一人であるほのかは、それとなく口止めされていたからか

「うーん、実家は京都らしいから歴史が長くてもおかしくないし、歴史のある家なら許嫁がいてもおかしくないんじゃない?」

とはぐらかすように答えてしまう。

 

「さすがにそれは偏見過ぎないかしら?

許嫁がいそうっていうのもほのかの思い込みな気がするわ」

 

「許嫁がいてもいなくても......私はまだ告白しないよ?

今は九校戦に集中したいから」

それは嘘ではなかった。

けれど、それ以上に神威が悩んでいることが気になっていた。

その悩みが神威の隠し事と繋がっている気がしていた雫は、神威がいつか話してくれると信じていた。

根拠はない。自意識過剰と言われても仕方ない。

けれど、そんな気がしてならなかった。

だから、今は待つ。

そう決めていたのだ。

 

 

 



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第十五話 九校戦開幕

十日間に及ぶ九校戦、その初日を迎えた。

一日目の競技はスピード・シューティングの決勝までと、バトルボードの予選。

スピード・シューティングには七草先輩、バトルボードには渡辺先輩が出場する。

 

スピード・シューティングの会場に移動した俺たちは、

一般用の観客席に、左から俺、雫、ほのか、達也、深雪さんの順に座る。

 

「予選では大破壊力を以て複数の標的を一気に破壊するという戦術も可能だが、準々決勝以降は精密な照準が要求されるというわけだ」

達也の解説に、新人戦のスピード・シューティングに出場する雫が頷く。

 

「従って、予選と決勝トーナメントで使用する魔法を変えてくるのが普通だが......」

「七草会長は予選も決勝も同じ戦い方をすることで有名ね」

達也のセリフは背後に現れた少女に横取りされた。

 

「エリカ」

 

「ハイ、達也くん」

「よっ」

「おはよう」

「おはようございます」

俺たちの背後に右からレオ、エリカ、美月と初対面の男子。

話したことはないが、知っている。

吉田幹比古。

古式魔法の名家、吉田家の神童と呼ばれていたのを覚えている。

一高の二科生だとは聞いていたけど、達也と知り合いだったとは。

 

 

みんなが七草先輩の話で盛り上がる中、俺は席を立った。

「あれ......神威くん、どこ行くの?」

 

「うん、ちょっとね」

雫が不安そうにこちらを見ていたが、気づかないフリをしてその場を離れた。

 

 

 

 

「よっ、偵察?」

俺は達也たちとはかなり離れた場所、一人で観戦している紅羽に声をかける。

「違うわ。暇潰しよ」

 

「紅羽って......友だちいないの?」

 

「いるわよ!神威こそ一人じゃない。あんた、学校で浮いてるんじゃないの?」

 

「そんなことはないって。紅羽が一人でいるのが見えたから来たんだよ。っていうか、ここで見える?」

 

「あんた程じゃないけど、目はいいの。それに前の方には行きたくないわ。ああいうのは嫌い」

そう言って指差したのは、観客席の最前列で七草先輩を応援する少年少女。

 

「お前って、昔から人気者は嫌いだもんな。

どんなに好きでも流行り出すと嫌いになるし、流行りに逆らおうとするし」

 

「今はそこまで酷くないけどね」

 

「それにしても、エルフィン・スナイパーの異名は伊達じゃないな」

七草先輩の戦いに感心していた。

 

「それだけに残念だわ。彼女と戦うことは無いんだもの。司波深雪以外に面白そうな相手もいないし」

残念そうに話す紅羽に

「面白い奴ならいるぞ。北山雫って子が」

と答える。

 

「へえ~、神威が一目置く子か......面白そうね。その子は何に出るの?」

 

「スピード・シューティングとピラーズ・ブレイクだよ」

 

「もろかぶりじゃない。

じゃあ、楽しみにしといてあげる」

そう言って少し嬉しそうに紅羽はその場を後にした。

そんな紅羽の姿に俺も嬉しくなっていた。

 

昔から一人でいることの多かった紅羽は五神家の人間にすら心を開いていなかった。

それが、俺たちに心を開き、ライバル......とはいかなくても、十分に戦える相手に心踊らせているということが、俺には嬉しく思えた。

 

 

 

 

 

 

雫たちと再び合流して、渡辺先輩の出場するバトル・ボードを観戦し終えた俺たちは、

用事があるという達也、具合が悪いという吉田を除くメンバーで昼食を食べることになった。

 

「神威さん、桜華ちゃんは大丈夫なんですか?」

ほのかの質問に

「桜華ちゃん?」

とエリカが首を傾げる。

「妹だよ。もうすぐ着くって連絡があったから、食べ終わったら迎えに行くよ」

 

「ねえねえ、その桜華ちゃんってどんな子?」

エリカは興味があるらしく、そう聞いてくる。

 

「年は一つ下でしっかりした、自慢の妹だよ。

うちは母が亡くなってるから、俺に甘えてくることが多いのが悩みだけど」

 

「確かにしっかりしてた。礼儀正しい妹さんだったね」

 

「そう言えば、雫とほのかは会ったことあるのよね?どこであったの?」

 

「神威くんの家だよ。この前ほのかとお邪魔したの」

 

「へえ~」

エリカが生暖かい目でこちらを見る。

深雪さんもにこやかな笑顔を向けてきた。

 

 

 

昼食を食べ終えて、俺たちはホテルのロビーにむかう。

「兄様!」

ロビーに着いて早々、桜華がこちらに駆け寄ってくる。

 

「やあ、桜華。迷子にならなかったか?」

 

「はい、大丈夫でした。

雫さん、ほのかさん、お久しぶりです。そちらの方々もご友人ですか?」

 

「千葉エリカよ」

「西城レオンハルトだ」

「柴田美月です」

「司波深雪よ。よろしくね、桜華ちゃん」

 

「はい......兄共々よろしくお願いします」

 

「しっかし、神威の妹とは思えねえくらいしっかりしてんな」

 

「レオ、それどういう意味?」

 

「神威くんって真面目なのかふざけてるのか分からない時あるもんね」

レオにエリカが賛同する。

正直言って心外だ。俺はいつも真面目なのに。

 

「兄様はいつでも真面目です」

二人の話に桜華がそう答える。

さすが我が妹、よく分かっている。

 

「ふざけている時も真面目ですよ。大体は場を和ませようとしているんです。最初は息苦しいのが苦手な私の為だったんですよね?」

......本当によくわかってるよ、我が妹。

 

「へえ~、神威くんって案外シスコンなんだ」

 

「そういうのとは違うんだけど......」

単純に桜華には笑顔でいてほしいって、ある時桜華を見て思っただけなんだけど。

 

 

「兄様、このあとご一緒してもよろしいですか?」

 

「ああ、みんなもいいかな?」

俺の言葉にみんな頷く。

 

 

 

 

スピード・シューティング女子の決勝トーナメント会場。

準々決勝からすでにスタンドは満席状態だった。

達也を待ちながら、女性陣は桜華を質問攻めにしていた。

 

「あ、達也くん、こっちこっち!」

遅れてやって来た達也にいち早く気づいたエリカが声をかける。

 

「準々決勝からすごい人気だな」

 

「会長が出場されるからですよ。他の試合はこれほど混んでいません」

達也は深雪さんと言葉をかわし、ほのかと雫の間に座る桜華に気づいたようだ。

 

「君は?」

 

「あ......初めまして。中神桜華と言います。

司波達也さんですよね、兄様から話は聞いています。

よろしくお願いします、四葉のガーディアン(達也さん)

桜華は笑顔で達也にそう言った。

最後、桜華は達也さんと呼んだように聞こえただろう。

しかし、達也と俺にだけは四葉のガーディアンと聞こえた。

達也の反応と周りの反応から察するにそれは間違いない。

 

桜華の得意とする魔法『幻術』。

精神干渉魔法の一種で、幻覚、幻聴など幻を操る。

それは九島烈を唸らせるほどの精度と汎用性を持つ。

俺と達也を除く、声の届く範囲にその魔法をかけたのだ。

 

 

「どうしたんだ、達也」

レオの言葉に固まっていた達也は平静を装う。

 

「いや、何でもない。よろしく、桜華」

 

 

 

 

スピード・シューティングは七草会長の圧勝で幕を閉じた。



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第十六話 雫VS紅羽

九校戦二日目は達也がクラウド・ボールに出場する七草会長のエンジニアとして、駆り出された以外は特に面白い事もなく、終わっていった。

 

 

三日目は渡辺先輩がバトルボードの試合中に事故にあい、全治一週間の怪我を負った。

明らかに不自然な事故ではあり、第三者の介入があったと断定したものの、分かったのはそこまで。

九日目に行われる渡辺先輩が出場予定のミラージ・バットには深雪さんが出場することになった。

 

 

 

そして、四日目。

いよいよ一年生のみで行われる新人戦が始まる。

新人戦初日は雫がスピード・シューティングに、ほのかがバトルボードに出場する。

 

 

雫は無事に準々決勝へと駒を進めていた。

準々決勝の相手は......南神紅羽。

 

「神威さんどうかしたんですか?」

一緒に雫の試合を見守るほのかが声をかけてくる。

 

「ああ......まあね」

 

「雫ならきっと大丈夫ですよ」

ほのかの言葉に

「そうだな」

と答えた。

 

しかし、やはり心配だった。

雫のことも、紅羽のことも。

 

俺は紅羽の本気を一度だけ受けた事がある。

正直言って、勝てないとまで思った。

呪詛返しでは間に合わないその速度に、防御系魔法では受けきれないその威力に。

 

しかも、それは三年前の出来事だ。

紅羽の腕は当然上がっている。

スピード・シューティングという制限のつく競技の中でも、紅羽はその力を存分に発揮できる。

ただ、紅羽が本気を出すのかは別問題。

紅羽の本気を見ても、雫が折れるとは思ってないけどやはり心配だ。

紅羽の本気がどれほどのものかを俺は知らないんだから。

 

それに加えて心配ごとがもう一つ。

一高に対する妨害行為。

バスでの事故、渡辺先輩の試合中の事故、この二つは間違いなく同一犯。

犯人......おそらく複数の人物がこの会場に紛れ込んでいる。

けど、無頭龍とかいう奴らの仕業だとすれば今は奏司に任せる他ない。

それが当主たちの決めたことで、俺の今すべきことは九校戦で全力を尽くすことだから。

 

紅羽と雫、二人の戦いも今は見守ることしか出来ないのか......。

 

 

 

 

 

 

 

北山雫......聞いたことのある名前な気がしてたけど、まさかあの写真の子だったなんて。

神威のとこのおばさんが亡くなった辺りから、神威の部屋の机に神威と同じくらいの歳の女の子が一緒に写っている写真が飾られていた。

この子誰?って聞くと『雫。前に海で会った子』って神威は答えた。

なんで数日しか一緒にいなかった子の写真を飾ってるのか不思議だったけど、一目惚れだったんだろうなって今は思う。

あいつの初恋、まだ続いてたんだ。

 

なら、私もそろそろケリつけないと。

私とあいつはどうやったって結ばれないんだから。

 

 

 

競技開始の合図とともに私は白のクレーに見えないマーカーをつけ、引き金を引く。

すると、白のクレーのいくつかが爆散する。

この競技、クレー同士をぶつけて破壊するのがオーソドックス。

私も普通ならその戦法を取ったけど、今回だけは違う。

クレーにつけたマーカーは遠隔操作によって爆発する爆弾。

しかも爆風によって相手のクレーは煽られるし、マーカーをつけてないクレーも近くにいれば巻き込まれて爆発する。

 

さあ、どうする?

 

そう思って横をチラッと見た。

焦っているか、慌てているかのどちらかだろうと思っていた。

なのに......北山雫、彼女は全く持って冷静だった。

 

ふふっ、面白いじゃん。

神威が認めるのも、惚れるのもわかる。

ちょっとだけ、本気出して上げる!

 

さらにギアを上げ、加速していく。

それでも、彼女は冷静だった。

と同時に、彼女の中にある熱い何かの片鱗が見えた気がした。

 

 

そろそろ頃合いかな。

私は静かにCADを下ろした。

会場のどよめきが聞こえる。

けど、そんなことはどうでもいい。

私はただじっと彼女を見つめていた。

 

そうして、スピード・シューティングの準決勝は終わった。

 

 

 

控え室に戻ろうとしていた私に

「ねえ、待って」

と声をかけてきた人物が一人。

いうまでもなく、北山雫だった。

 

「私に何か用?」

 

「どうして......途中でやめたの?あのままいけばあなたが勝ってた」

 

「いいえ、私の負けよ。さすがに神威が惚れるだけあるわ」

彼女を認めるかどうかという賭け。

それに私は負けた。

北山雫は私の予想以上だった。

 

「あいつのこと助けてあげて。私たちにはできない事だから」

そう言い残して、足早にその場を去った。

なぜ彼女にあんな事言ったのかわからない。

けど、神威を助けられるのは多分あの子ぐらいだ。

 

神威は......五神家を終わらせようとしてるんだから。

 

 

 

 

 

 

結局、雫はスピード・シューティングで優勝。

二位と三位も一高の選手となった。

なんで紅羽があそこで止めたかはわからない。

けど、紅羽が何かを抱えていて、その答えがあったってことはわかる。

でも、それで終わり。

その先は俺にはわからない。

一度、しっかり話合わないとな。

 

 

「兄様、紅羽さんの事も気になりますが、今は雫さんを褒めてあげてください」

俺のことよく見てるよ、我が妹は。

 

「ああ、そうだね。今はそっちが優先だな」

 

 

 

 

 

 

「雫、優勝おめでとう」

 

「うん、ありがとう」

スピード・シューティングで雫が優勝した夜。

俺は宿舎の雫が泊まっている部屋にいた。

雫が、二人きりで話たいというからここに来たんだけど、ほのかが出て行く時に今まで見たことない満面の笑みだったのが少し気になっていた。

 

「それで......話って?」

 

「準決勝で戦った紅羽さんって人......神威くん知ってる?」

やっぱりその話か。

そんな気はしていた。

ここは隠す意味もないか。

それに、雫には知ってて欲しい事もあるし。

 

「もちろん、知ってるよ。彼女も五神家の人間なんだ。

五神家に産まれた者は、六歳から十二歳まで中神の家で過ごす決まりになってるんだ。

家族......とまではいかないけど、親戚みたいなものかな」

 

「あの人、なんであそこで止めたかわかる?」

 

「ごめん、それは俺にもわからない。けど、雫との戦いで何か答えを見つけたんだと思う」

 

「そっか.....」

 

「それにしても、なんで俺の知り合いだと思ったの?」

二人きりで話たいことって言われてこれしか思いつかなかったけど、雫がどこで俺と紅羽の関係を知ったのかが気になった。

 

「準決勝の後、紅羽さんと話をしたの。その時、神威くんの名前が出たから」

そういうことか。

なんの話をしたのかは置いておいて、紅羽は雫に何かを感じたんだろう。

それが、紅羽の答えに繋がったことは間違いなさそうだ。

 

 

 

 



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第十七話 アイス・ピラーズ・ブレイク

九校戦五日目、新人戦二日目。

俺と雫はそれぞれアイス・ピラーズ・ブレイクの予選に臨むのだったが、朝からあるものに見惚れていて、試合どころではなかった。

 

 

試合前、雫に呼び出された俺は、水色に振袖を纏った雫に見惚れ、立ち尽くしてしまっていた。

「おかしくないかな?」

 

「......」

 

「神威くん......やっぱり変?」

はっ!つい見惚れて黙ってしまった。

 

「いや、すごい似合ってる」

 

「本当?ならなんで目を逸らすの?」

目を逸らしていたのは無意識だった。

 

「......可愛いすぎて直視できないです」

俺の本心がつい口から出てしまった。

 

「神威くん......」

雫が照れているのが顔を見なくても分かった。

やばい、振袖姿の雫が頭から離れなくて、試合に集中できなそうだ。

 

 

しかし、当然試合は行われる。

まあ、一条以外は楽に終わるだろうと思っていたし、実際その通りだったから集中出来なくても問題なかったけど。

 

 

 

 

 

 

六日目、新人戦三日目。

この日はアイス・ピラーズ・ブレイクの男女決勝トーナメントとバトルボードの男女準決勝〜決勝が行われる。

アイス・ピラーズ・ブレイクには俺、雫、深雪さんが、バトルボードにはほのかが出る。

みんな、心配の必要はなさそうだけど。

 

かく言う俺も決勝で一条と当たる以外は楽できる。

もちろん、一条との試合も楽じゃなくても圧勝はするけど。

 

 

 

俺の予想通り決勝戦まで危なげなく勝ち進み、いよいよ一条将輝と戦う時が来た。

 

《クリムゾン・プリンス》の異名を持つ彼は、十師族の一つ、一条家の次期当主。

当然強いわけだけど......それでも俺の敵じゃない。

五神家の、中神の前では敵じゃない。

雫と一緒に一位取ろう!

密かに、勝手に俺はそう決めていた。

雫側の問題を忘れて。

 

 

櫓に上がると、一条はじっとこちらを見つめていた。

白夜から何かを聞いたのか、個人的な興味か。

どちらにしても、見せてやるよ。

 

 

試合開始のランプが灯った。

自陣のピラーズを強化し、一条の魔法を防ぐ。

その後、振動系魔法で敵陣のピラーズを壊していく。

 

最初は呪詛返しでも使ってやろうと思ってたけど、面白そうだから正攻法で行くことにしたのだった。

単純な力比べでも俺が勝つのは必然。

 

優勝候補の一条が力比べで負けるとなれば大ニュースだ。

それも相手が十師族関連の家ではなく、無名の家の人間となればなおのこと。

あんまり大ごとになると五神家的に良くない気もするけど、当主がいいと言うんだからいいはずだ。

 

そんな事を考えている内に一条の表情は曇っていく。

多分、対照的に俺の顔はニヤケ顔になっていただろう。

 

そのまま力でねじ伏せて、俺はアイス・ピラーズ・ブレイク新人戦男子の部で優勝した。

 

 

 

 

九校戦六日目はバトルボードでほのかが優勝、アイス・ピラーズ・ブレイクでは俺と深雪さんが優勝、二位と三位も一高という快挙の一日となった。

勝手に舞い上がっていて、雫が深雪さんに負けることを全く考えていなかったことに、試合が終わってから気づいたのだ。

 

 

俺は雫とほのかの泊まっている部屋の前で立ち尽くしていた。

何度もノックしようとしてはやめ、ノックしようとしてはやめを繰り返していた。

深雪さんと戦い、圧倒的な力の前に敗れてしまった雫になんと声をかけるべきか、俺には分からなかった。

大体、俺が声をかけていいものなのか、そんな疑問が何度も頭に浮かぶ。

とりあえず会うだけ会おうと意を決してノックしようとすると、扉が開き、雫とほのかが出てきた。

 

 

「「あ......」」

俺と雫は固まってしまう。

お互い、この展開は予想していなかった。

 

「神威さん、ちょうどよかったです。私たちこれからお茶しに行くんですけど、一緒にどうですか?」

ほのかの気の利いた提案に俺は

「ああ、それじゃあ一緒に行こうかな」

と答える他なかった。

 

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

「あ、そうだ。神威くん、優勝おめでとう」

雫が笑顔で俺の優勝を祝福してくれた。

なら、俺も......

「雫、準優勝おめでとう。ほのかも優勝おめでとう」

二人の栄誉を称えなければ。

 

 

 

 

 

 

一方、無名の相手に圧倒された一条将輝は呆然としていた。

「ダメだ、全く情報がない。何一つ引っかからないよ」

 

「中神神威......何者なんだ?」

友人の吉祥寺真紅郎も神威について調べているが、当然大した情報は出てこない。

 

「多分、無理だぜ。アイツの事調べたって大したもんは出てこねえよ。普通の手段ならな」

見かねた白夜は二人にそう声をかける。

 

「白夜、何か知ってるのか?」

 

「もちろん、知ってるぜ。アイツとは古い付き合いだからな。

アイツは俺と同じ五神家の次期当主。それも俺たちを束ねる中神の跡取りだ」

白夜の言葉に二人は唖然とする。

白夜はこの二人には自分の家の事を話していた。

 

「なぜ隠していた?」

 

「俺たちの存在は隠されるべきものだ。それに知ってたって勝てるわけじゃない。どうやったってアイツには勝てねえよ」

 

「なら、なぜ明かしたんだ?」

 

「お前らは......特に将輝、お前は知っとかなきゃならねえ。中神神威が成そうとしている事の助けになってもらうためにもな」

白夜も知っていた。

神威が五神家を終わらせようとしている事も、その為に必要な事も。

 



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第十八話 雫の覚悟

アイス・ピラーズ・ブレイク新人戦が終わって、私の九校戦での出番は終わった。

準優勝したものの、決勝戦では深雪に惨敗。

神威くんと一緒に優勝するというささやかな目標は叶わなかった。

 

その神威くんの決勝戦は圧巻だった。

十師族の、一条将輝を相手に単純な力比べで圧倒したのだ。

やっぱり神威くんは只者じゃない。

紅羽さんも神威くんと同等......ううん、それ以上の力を持ってるはず。

スピード・シューティングという限られた環境でもそれは感じた。

 

そうなると私はますます神威くんにふさわしくないんじゃないかと思う。

紅羽さんは神威くんのこと好きみたいだし、私よりも紅羽さんの方が......。

 

そんなことを部屋で一人考えていると

コンコンッ。

部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 

気を使ったのか部屋から出て行ったほのかならノックせずに入ってくるはず。

深雪とか他の一高生かな?

そう考えながら覗き穴を見る。

 

そこにいたのは......桜華ちゃんだった。

なんで彼女がこの部屋に来たのか、全くわからない。

とりあえず話を聞いてみよう。

 

扉を開けると

「夜分遅くにすみません、雫さん。今から少し付き合ってもらってもいいですか?」

と桜華ちゃんが尋ねてきた。

 

「え......うん、いいけど......」

 

「ではついて来てください」

そう言われて、先を行く桜華ちゃんの後を追う。

 

 

そうして連れてこれたのは上層階の一室。

いわゆるVIPルームだった。

「......ここ?」

 

「はい、目的地はここです。どうぞ中へ」

桜華ちゃんに促されて扉を開ける。

中に入ると、紅羽さんが一人で待っていた。

 

「やっと来たわね。桜華、案内ありがとう」

 

「いえいえ、これも全ては兄様の為ですから」

 

 

「ねえ桜華ちゃん、なんで私をここに連れて来たの?」

 

「そういえば用件を言ってませんでした。紅羽さんが雫さんと話したいことがあるそうです」

 

「用件聞かずについてくるとか警戒心なさすぎよ」

 

「でも、桜華ちゃんだったし......」

 

「本物とは限らないわよ」

 

「今回は本物でしたけどね。あ、私も同席しますね」

 

「まあ、いいわ。来てくれないよりマシだから。早速本題にはいるけど、話っていうのは......神威のことよ」

紅羽さんの口から出た言葉に私は驚かなかった。

私と紅羽さんでする話といえばそれぐらいしか思いつかない。

 

「単刀直入に聞くわ。あなた神威の事好き?」

 

「はい、好きです」

 

「......即答か。アイツが背負ってるものを知ってもそれは変わらない?」

紅羽さんの問いに首を縦に振る。

 

「アイツは喋りたがらないだろうし、代わりに私が教えてあげるわ」

そう言って紅羽さんが語り出したのは五神家、中神家について。

遥か昔から日本という国を守り続けている五つの家が五神家で、転換期には表舞台に現れ、導く存在でもあると言う事、その際に表舞台に立つのは中神家の当主で、中神は五神家のまとめ役も担うという事。

 

そして......

「アイツはね、五神家の歴史を終わらせようとしているの」

紅羽さんはそう告げた。

 

「どうして?どうして神威くんはそんなことを?」

 

「兄様は五神家の存在そのものに疑問を抱いているのです。守ることも導くことも嫌なわけではありません。ただ、五神家だけでは守りきれないと、自分たちが国を導くのはおこがましいことだと考えているのです」

 

「事実、沖縄防衛戦でも南神家の出番はなかったしね。今の時代、十師族もいる、軍もいる。私たちの存在は最終手段でしかないのよ」

 

「最終手段にはなるんだ......」

 

「そりゃそうよ。五神家の当主は戦略級魔法師で対戦略級魔法師なんだから」

 

「紅羽さん、喋りすぎですよ」

 

「いいじゃない。どうせ中神に入る事になるんでしょ?」

 

「中神に入る?どういうこと?」

その言葉の意味がわからず、私は首をかしげる。

 

「どういうことって......神威と結婚するって意味よ。好きなんでしょ?神威のこと」

神威くんのことが好きなのは事実だけど、そこまで考えたことはなかった。

 

「で、でも......紅羽さんも神威くんのこと好きなんでしょ?」

 

「......好きよ。ずっと前から、あんたが神威と出会う前から。けどね、私は南神の次期当主。中神の次期当主である神威とはどう頑張ったって結ばれないのよ」

そういう決まりがあるんだ......。

普通なら喜ぶことなはずなのに、私はなぜか喜べなかった。

 

「けど、神威くんは五神家を終わらせようとしてるんでしょ?なら、結ばれるチャンスはあるはず」

 

「......ぷっ、あんた随分とお人好しなのね。そこはライバルがいなくなって喜ぶ所でしょ?」

 

「喜べないよ。好きな人がいるのに、好きでいちゃいけないなんてそんなの......」

 

「どっちにしても私に勝ち目はないわ。アイツが好きなのはあんたなんだから。ただ、これだけは言っておく。アイツが好きなら覚悟を決めなさい、何があってもアイツの隣にいる覚悟、アイツと生き抜く覚悟を」

 

「......うん、わかった」

わかったとは言ったけど、話の半分ぐらいしか理解出来ていなかった。

でも神威くんを助けたい、そばにいたいという想いだけは確かなものになった。

 



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第十九話 モノリスコードの罠

九校戦七日目。

最大の注目競技、モノリス・コードの新人戦予選リーグが行われていた。

俺もモノリス・コードのメンバーに選ばれていた。

昨日、大注目選手の一条将輝を倒した俺が出るとあって、それなりに関心を得ていた。

 

そして、それと同じくらい注目されていたのはミラージ・バット。

達也がエンジニアを務めた選手が結果を残している事で、そちらにも注目が集まっていた。

 

とは言え、俺のやる事は変わらない。

全力を持って勝ち抜き、優勝する。

それだけの事。

 

 

そして、当然余裕だった。

他二人はちょっと頼りないけど、俺の作戦通りに動いてくれれば問題ない。

そう思っていた。

しかし、二戦目の対四高戦で事件は起きた。

 

 

「おい中神!ボーっとするな」

森崎にそう言われて、試合に集中し直す。

しかし、強烈に嫌な予感していてうまく集中出来なかった。

一高への妨害がこれで終わりとは考えられない。

妨害の理由もよくわからないけど、もし一高に勝たせないようにするのが目的なら新人戦で全く妨害なしとは考えられないし、そろそろ来てもおかしくない。

 

それにしてもよくわからない。

一高だけを妨害して何の得があるんだ?

 

 

うまく考えがまとまらない中、試合開始の合図が鳴る。

と同時に、魔法が飛んできた。

くっ!

咄嗟に防御魔法で二人を守るが、すぐに意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

目を開けると見たことのない天井がそこにあった。

痛っ!

身体を起こそうとすると身体に一瞬だけ痛みが走る。

 

「あっ、兄様!」

 

「桜華......俺は......」

 

「モノリス・コードの試合中に大怪我を負ったんです。憶えていますか?」

そう言う事か。

時計を見ると、今は夜七時。

今の痛みは治りきる前に目が覚めたからか。

 

「そうだ!他の二人は!?」

 

「大丈夫です。無傷とはいきませんでしたが、命に別状はないそうです。さすが兄様、自分より他者を守る事を優先するとは。

それにしても許せません。四高の生徒、夜襲してもいいですか?」

 

「いいわけないだろ。彼らは利用されただけなんだから。

今奏司が追ってる奴らが裏にいるのは明白。ターゲットが一高だと言う事もね」

相変わらずわからないのは目的。

今回の件で標的が一高ってのは確定した。

けど、そこに何のメリットがあるんだ?

 

なんにせよ、まだ何か仕掛けるつもりだとすれば危険だ。

一高の生徒への被害は最小限で済んでいるけど、次が同じとは限らない。

九校戦そのものを潰しに来た時の被害は考えるまでもない。

早めに潰すべきか。

 

「兄様?どうかなさいましたか?」

 

「桜華、今回の件も含めて九校戦の一連の事件を奏司にも共有しておいてくれ」

 

「それが兄様の願いなら。私は兄様の妹ですから」

目的がわからない今、出来る事はより多くを守ること。

そのために手をうつしかない。

 

 

ガラガラッ。

病室の扉が開くと、雫が立っていた。

俺が起きている事に驚いたのか、一瞬止まる。

けど、すぐに駆け寄ってきて

「神威くん......よかった、無事で......」

と涙をこぼしていた。

俺はそんな雫に

「大丈夫だよ。俺はそう簡単にはくたばらないさ」

と声をかけ、頭を撫でた。

 

 

 

しばらくして落ち着いた雫に

「九校戦の方はどうなった?」

と尋ねた。

 

「モノリス・コードは特例でメンバーチェンジするって」

 

「メンバーチェンジ?」

優勝を狙うならメンバーチェンジしても意味がない。

一高一年の残りの選手で一条率いる三高を倒せるとは思えない。

七草先輩や十文字先輩もそれを分かっているはずだ。

なのに、どうして?

 

「雫、代わりは誰が出るんだ?」

 

「達也さんと応援に来てた二科生の二人。確か......」

 

「レオと吉田か」

あの二人の実力はよく知らないけど、達也が選んだのなら勝算があるんだろう。

それに達也の戦いが観れるなら......

「負傷した甲斐があったな」

 

「神威くん、そんなこと言わないで。私すごく心配したのに」

 

「あ、ごめん雫。でも、達也が九校戦に出るなら良かったかもって思ったんだ」

 

「どういうこと?」

 

「達也が自分を卑下する理由は二科生だからってのがあると思うんだ。今回エンジニアに選ばれて、生徒会や一年の一部生徒には実力を分かってもらえたけど、結局一部でしかないんだ。余計によく思わない人もいるだろうし。

けど、九校戦に選手として出て、一条将輝率いる三高に勝てば周りの目も変わるかもしれない。そうすれば、ちょっとはいい方向に向くかなって」

 

「そっか......そうなるといいね」

 

「ああ、そうだな」

そこは友人としては気にしている部分であるのも事実。

けどそれ以上に、司波達也がどう戦うのか、どんな戦いを見せてくれるのかが楽しみだった。



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第二十話 代役たちのモノリスコード

「おはよう、達也。モノリス・コード出てくれるんだって?」

事故の翌朝、車椅子を桜華に押してもらい、試合前の達也に会いに来た。

 

「怪我はもういいのか?」

 

「治りが早い体質なんだよ。君ほどじゃないけど」

そう言って平然と立ってみせる。

 

「......なるほど。それならお前が出ればいいだろ」

 

「達也の力を見る絶好の機会だからね。逃すわけないじゃん。

俺だけじゃなく、みんな君に注目してるよ。是非とも力の一端でも見せてくれるとありがたい」

 

「悪いが、お前たちの望み通りにはならないぞ」

 

「なるよ。本気の一条が相手だもん。なるに決まってる。

それに、俺たちは敵じゃないって言ったはずだよ。もちろん、達也が望むなら敵にもなるけど」

達也は俺の言葉に返答せず、横を通っていった。

達也も分かっているようだ。

一条率いる三高が甘くない事を。

 

 

 

 

 

 

観客席から離れた通路から俺はモノリス・コードの試合を観戦していた。

横には桜華と雫。

雫にはみんなと見てていいと言ったのに、頑なにそれを断られた。

 

 

「アンタはいつまでそんな格好でいるのよ」

そこへ、突如現れたのは......

「......紅羽さん?」

雫は彼女が来た事に驚いていた。

 

「私も一緒でいい?雫」

 

「大丈夫だよ、紅羽さん」

謎に親しげな二人。

いつの間に仲良くなったんだ?

 

 

「それで、あんたは怪我人のフリ?

司波達也を九校戦に出す作戦?」

あんまり秘密をバラさないでほしいんだけど。

 

「どういうこと?」

 

「あ、ごめん。まだ話してなかった?」

コイツ絶対ワザとだ。

 

「紅羽、前にも言ったけど秘密っていうのは持っている事に意味のある札なんだ。大した秘密じゃなくても、相手にまだ他の秘密があるとハッタリをかけれる。大事な策だよ」

 

「でも、雫には秘密を作る意味ないじゃない。桜華もそう思うでしょ?」

 

「はい、紅羽さんに同意です。雫さんに秘密を作るのはむしろマイナスだと考えます」

桜華まで巻き込みやがって。

しかも桜華も正論言ってきた。

そんな事はわかってる。わかってるけどこれは癖みたいなもので、ついつい秘密にしたくなる。

雫が誰かに漏らす事はないとしても、どうしようもないのだ。

 

でも、そうだよな。マイナスだよな。

 

「......はあ〜。雫、実はもう怪我は治ってるんだよ。生まれつき怪我はすぐ治る体質なんだ」

観念して雫に秘密の一つを話す事にした。

 

「なんで怪我が治った事を隠してるの?」

 

「昨日言った通り、達也が変わるきっかけになると思って。達也に対する周りの目もね」

 

「ものは言いようね」

 

「紅羽、少し黙っててくれ」

今話せるのはこれくらいだ。

俺はまだ、覚悟出来てない。

 

「実際、達也らしい面白いものを見せてくれるみたいだし」

そう言ってフィールドに登場した三人に目を向ける。

 

 

「彼の持ってるの、剣?直接の打撃は禁止でしょ?」

レオが腰に差していた武装一体型CADを見て紅羽は首を傾げる。

 

「西城さんのCADも面白いですが、達也さんはもっと面白いですね。拳銃形態の特化型が二つに右腕のブレスレット。計三つのCAD。

兄様が目をつけるだけありそうです」

 

俺たちだけじゃなく、他校の生徒、観客から様々な理由の好奇心が向けられる中、一高と八高の試合は始まった。

 

 

 

ステージは森林。

魔法科高校の中で最も野外実習に力を入れてる八高にとってはホームグラウンドのようなもの。

けど、心配はしていない。

達也は九重八雲という忍術使いに教えを受けていると聞いている。

忍術は遮蔽物の多い環境を最も得意とする。

もちろん、その事を相手は知らないわけだけど。

 

 

 

 

 

 

試合は達也たちの完勝で終わった。

 

「うん、中々見応えがある試合だったね。術式解体、面白CAD、神童の古式魔法」

 

「達也さんの術式解体は聞いていた通りですね。それにしてもあのCAD、まさか刃が飛び出し空中で静止までするとは......」

 

「吉田家の神童は噂とちょっと違ったわね。力を失ったって聞いてたけど、想像以上じゃない」

 

「みんな......詳しいね」

俺たちの話を聞いていた雫は少し驚いた様子でそんな感想を述べた。

 

「そういう家だもの。言ったはずよ、覚悟決めなって。神威と一緒になるつもりならね」

 

「ちょっと、紅羽!?」

雫に何言ったの!?

ってか、二人の間に何があったんだ?

明らかに俺の知らないとこで話したっぽいし。

 

「うん、頑張る」

と何故か雫は張り切っていた。

 

結局、覚悟出来てないのは俺一人ってことか。

雫も紅羽もこの九校戦で何かしらの答えを出したみたいだし。

はあ〜、どうしたもんか。

 

「兄様も早く覚悟を決めてください」

 

「やっぱりそれしかないか......」

それにはまだ時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

翌日のモノリス・コード決勝リーグ。

達也たちはそこに駒を進め、九高と三高を倒し、優勝を果たしたのだった。

 

 



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第二十一話 国を守る者たち

とりあえず夏休み編まで書き終えたので、投稿ペースが少し上がるかもしれません。


見応えありまくりのモノリス・コード新人戦も達也たちの活躍により、一高の優勝で幕を閉じた。

こうして新人戦が全て終わり、残すはミラージ・バットとモノリス・コードの本戦のみ。

九校戦も終盤を迎えていた。

 

 

大会九日目。

朝から雨の降りそうな曇り空、嫌な天気だった。

天気同様の嫌な空気感を俺は朝から感じていた。

昔から俺の第六感は的中率百パーセント。

規模の大小はあっても外れた事はない。

そして、今回も。

 

 

「兄様、敵が動きました。他の方々にも情報は伝達済みです」

 

「ありがとう、桜華。五神家の力を見せつけてやらないとね。敵は排除する、全力で」

 

 

一高の先輩である小早川先輩がミラージ・バットの第一試合でCADに細工され、担架で運ばれるほどの事故が起きた。

そして、深雪さんのCADにも細工されかけた。

これは当然のように達也が防いだけれど。

 

そして、今度はこの九校戦そのものを標的にしてきた。

 

本来、俺はこんなことが起こる前に敵を排除しなければならないはずなのに後手に回っていることに苛立ちを覚えていた。

だから、今は誰にも気付かれることなく仕事を行う。

ただそれだけ、それしか今出来る事はない。

 

 

観客席で一人の男が立ち上がった。

それを見て、俺も動き出す。

 

そして、男が立ち止まる。

瞬間、男は呆然と立ち尽くす。

 

「予定通りだな、桜華」

俺は、加速魔法で男との距離を詰めて魔法を打ち込む。

すると、男は凄まじい速度でスタンドの外へ飛ばされた。

 

「後は頼んだよ」

そう呟き、俺も男の飛んだ方へと向かう。

 

 

 

 

 

「おっ、来たぜ紅羽。仕事の時間だ」

 

「言われなくてもわかってるわよ。人に見つかる前に片付けるわよ」

私は白夜にそう言うと、落下してくる男に向かって飛ぶ。

そうして男に上から蹴りを入れた。

落下速度の増した男に今度は地上にいる白夜の強烈なアッパーが直撃する。

 

「意識ない相手を殴るのって気が引けるわね」

 

「嘘つけ、ノリノリだったろうが!」

 

「そんなことないわよ。それよりさっさと片付けましょう」

そう言って倒れ込んでる男に近づこうとすると

「君たち、待ちなさい」

という男の声がした。

 

「ありゃりゃ、面倒なのに見つかったわね」

 

「軍人さんがこんなとこで何やってんだ?」

 

「君たちは......何者だ?」

 

 

 

 

 

 

合流地点に向かうと玄斗の報告にあった人たちが紅羽たちと話をしていた。

どうやらあいつらを怪しんでるらしい。

 

「五神の使い......ってやつですよ」

 

「神威、遅いわよ」

 

「ごめん、道に迷ってさ」

 

「五神の使い......では君たちが......」

 

「達也から報告は上がっているはずですが?」

 

「......本当になんでも知っているんだな」

達也がどういう報告をしたかまでは知らないけど、なんか悪意を感じる。

あとで達也に聞いてみよう。

 

「この場はこちらに任せていただけませんか?」

 

「そういうわけにはいかない。こちらも仕事なんでね」

ふむ、そう言われると困る。

仕事なのはこちらも同じ。

けど、向こうは給料もらってるわけで、仕事を奪うのも悪い気がする。

 

「ならこうしましょう。敵アジトの位置データを渡します。なのでここは引いてください」

 

「......」

こちらの提案に向こうは沈黙。

 

「我々にあなた方と敵対する意思はありません。むしろ同志だと思ってます」

 

「分かった。その言葉を信じよう」

 

「ではこれを」

そう言って軍人さんにデータを渡すと、彼は退散してくれた。

 

 

 

「神威、あれ渡しちまっていいのか?」

 

「別にいいんだよ。どの道今夜にはケリがつく。達也が先か、奏司が先か。それだけの話さ」

 

「そう言えば玄斗は?」

 

「モノリスの本戦決勝が控えてるから待機にしといた」

 

「ふーん。そっちも案外見応えありそうね。十文字と北神が戦うなんて」

 

「まあうちの総合優勝はほぼ確実だから影響しないけどね。ただ、十文字は本気でくると思うよ。十師族の威信にかけて」

 

「軽く捻ってやればいいのに。玄斗も神威みたいにさ」

 

「それはとても面白そうだ」

玄斗はそうはしないだろうけど。

そんな会話をしながら、俺たちは事件の処理を綺麗にするべく電話をかけた。

 

五神家の便利屋である『榊影』に。



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第二十二話 東神の戦い

最終日を待たずに九校戦の総合優勝を決めた一高。

しかし、祝賀パーティーは明日以降。

理由は最終日のモノリスコード決勝戦の準備の為だった。

予選一位でトーナメント進出となれば、選手もスタッフも忙しい。

ただ、モノリスコードに関係のないメンバーは暇を持て余してる状況だけど。

 

そんなメンバーが集まってプレ祝賀会的なお茶会が絶賛開催中だった。

ミラージュバットで優勝し、一高の総合優勝を決めた深雪さんを中心に囲んで会長と鈴音さんが仕切り役となって。

参加者は女子の選手・スタッフが中心だが、一年男子もちらほらいる。

ちなみに二、三年の男子は明日の試合準備らしい。

 

俺はというと、当然雫に誘われたのでお茶会に参加中だ。

ただ、達也の姿は見えなかった。

こちらの情報通りに敵の拠点に攻め込むのだろう。

 

「神威君、何か悩み事?」

雫が唐突にそう尋ねてくる。

 

「いや、そんなことは......」

そこまで言って桜華の言葉を思い出した。

覚悟を決めるはまだ難しいし、すぐに全部は話せないけど、これはチャンスかもしれない。

 

「うん、ちょっとね。仲間がそろそろ作戦を開始する頃だなって」

周りに聞こえないように雫に伝える。

 

「作戦?」

 

「今回の事件の首謀者を叩く作戦。色々迷惑かけられたからね。きっちりお返ししないと」

 

「危なくないの?」

 

「危なくないとは言い切りないけど、彼なら安心して任せられるからね。どうにか明日のパーティーを邪魔されずに済みそうだ」

 

「そっか......」

 

 

 

 

 

 

俺たちがお茶会を楽しんでいる頃、彼......東神奏司は動き始めていた。

横浜の中華街にあるとある高層ホテル。

そこに奏司はいた。

 

「奏司さん、指示通りにお願いします」

 

「分かっている。四葉のガーディアンが来るまでにケリをつけるんだろ?どういうつもりかは知らんが、それが当主からの命令ならやるだけだ。なあ、桜華」

 

「はい、彼が到着するまであまり時間がありません。手早く済ませてください」

 

「情報を渡しておいて、来る前に片付けるのか。アイツの考えは相変わらずよくわからん」

 

「五神家の......中神家の人間としてのケジメだそうです。それほどまでに奴らは兄様を怒らせてしまったと言うことだと思いますよ?」

 

「ますます分からん。アイツも当主も五神家の解体を望んでるんだろ?ならわざわざ五神家の役目に従う必要もないだろうに」

 

「今は五神家の人間である以上使命を全うする。それだけのことです。奏司さんは反対ですか?五神家の解体に」

 

「中神を除く四家もその意思には賛成している。俺個人としても賛成している」

 

「では、来年度からは奏司さんも兄様の手伝いお願いしますね」

そんな会話をしながら二人は目的の部屋にたどり着く。

 

 

「桜華、頼む」

 

「はい。無限の夢幻へ(いざな)いましょう」

桜華がそう唱え、奏司が扉を開ける。

すると、眠りにつく数人の男たちと慌てる一人の男がいた。

 

「邪魔するぞ、無能龍さん」

 

「な、なんだ貴様らは!?」

 

「知り合いがずいぶんと世話になったみたいなんでな。そのお礼をしに来た」

 

「まさか貴様らがジェネレーターを取り押さえた餓鬼どもか!?」

 

「正確にはその仲間だ。俺はそちらに参加していない」

 

「くっ、十四号!十六号!」

 

「残念だがご自慢のジェネレーターはおねんねの時間だ」

 

「きっと素敵な夢を見ていますよ、ふふっ」

 

「ジェネレーターにそんなものが効くはずが......」

 

「感情を持たない者にも効く幻というのはあるんですよ。

例えば四方を壁に囲まれる夢。もちろん夢ですから魔法を撃とうにも現実の身体は動きません」

 

「ちゃっちゃと終わらせようか?」

奏司がそう語りかけた瞬間、電話が鳴る。

 

「ありゃ、思ったより早かったか」

そう言って奏司が電話を取る。

 

「ハロー、司波達也。こうして話すのは初めてかな?」

 

『無頭龍......ではないな?何者だ』

 

「東神奏司。ブランシュの一件では世話になったな」

 

『神威と一緒にいたやつか』

 

「私もいますよ〜」

 

『その声は......桜華。そういうことか。情報提供者というのは五神家か』

 

「そういうこと。一番偉そうな奴以外は夢の中だ。俺が手を下す前に到着した褒美としてコイツはくれてやる。煮るなり焼くなり消し去るなり好きにするといい。

ほら、電話だぞ」

そう言って奏司は唯一の生き残りと電話を変わる。

 

「じゃあ、俺たちはこれで。さようなら、永遠に」

そう告げて、二人は闇に姿を消した。



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第二十三話 終わりのパーティー

九校戦最終日。

モノリスコードの決勝戦で十文字率いる一高と北神率いる八高の熾烈な戦いを一高が制し、一高の完全優勝で九校戦は幕を閉じた。

 

そして今は後夜祭のパーティー。

和やかな雰囲気で各校の生徒たちがダンスやら談笑やらを楽しんでいる。

 

「あんた何であそこで負けるのよ」

 

「十文字の本気が想像以上でな。俺では力不足だったよ」

 

「嘘つけ、絶対手抜いただろ。じゃなきゃお前さんが負けるかよ」

 

「そうよそうよ。神威みたく軽く捻ってやんなよ」

 

「お前ら、あんまり騒ぐなよ」

会場の隅で騒ぐ紅羽、白夜、玄斗に俺はそう声をかける。

幸い周りには聞こえてないみたいだけど。

 

「神威......あんたこんなとこで何してんのよ」

紅羽が不思議そうに尋ねてくるけど、まるで意味が分からない。

 

「何って普通にパーティー楽しんでるだけだけど?」

 

「そうじゃなくて、雫はどうしたのよ」

なんだ、そういうことか。

人を冷やかしたいだけなんだな、コイツは。

 

「今は友達と談笑中だよ」

 

「はあ〜。あんたさあ、そんなことしてる間に他の男子が彼女に言い寄ってきたらどうするのよ」

 

「どうするって......どうもしないよ。どうせダンスの誘いは雫断るし」

 

「なんで言い切れるのよ」

 

「さっき断ってた」

 

「ダメだ。コイツは馬鹿だ」

紅羽にそんなことを言われるのは心外だ。

何も間違ってないはずなのに。

 

「大体、あんたはあの子と踊ったの?」

 

「いや、踊ってないよ。俺苦手だもん」

 

「じゃあさっさと教わって踊んなさいよ」

そういえば雫はこういうパーティーには慣れてるって言ってたな。

それも手かもしれない。

 

「ほら、さっさと行きなさい」

シッシッと俺を追い返す紅羽。

アイツの思考がここ最近で全く分からなくなった気がする。

なんとなく分かるのは、俺と雫をくっつけようとしているということぐらい。

これもアイツなりの応援なのかもしれない。

 

 

「雫、ちょっといいかな?」

 

「神威くん、どうしたの?」

 

「えっと......ダンスを教えてくれないかな?」

少し緊張している中、意を決して聞いてみる。

すると、

「うん!いいよ」

と雫は満面の笑みで応えてくれた。

 

 

 

 

 

 

雫にダンスを教わりながらどうにか踊れるようになった俺は一休みということで外に出ていた。

 

「中神、少しいいか?」

その声に振り返ると十文字先輩が立っていた。

 

「ええ、いいですよ」

何の話か検討がついてない訳ではないけど、今さら話すようなこともないはずだ。

 

「中神、お前は一条を圧倒的な力でねじ伏せた。しかし、北神も南神も本気を出しはしなかった。西神は一条やお前の影に隠れてあまり注目を受けていない。なぜお前だけが本気を出した?」

 

「うちだけじゃなくて他の四家のことまでご存知でしたか。

......ああ、そういえば十文字は五神家側でしたね。九島同様に」

 

「そういうことだ。それで質問の答えは?」

 

「それはあなたの思い違いです。だってあれはまだ本気じゃないですから。俺が一条に勝ったのは単純な力の差です。

本気を出しても構わないという指示はありましたが、本気を出すまでもなかった。

まあ、玄斗と紅羽は色々思う所があって本気を出さなかったみたいですけどね。

白夜に関しては相手が悪かっただけです」

 

「あれで本気ではないとは......底が知れないな。だからこそ、十師族は五神家を恐れてるのだろう。たったの五家で十師族、師補十八家の全二十八家を相手にしても圧倒すると言われるくらいだからな」

 

「皮肉なものですね。十師族というシステムも五神家からの助言、助力があって出来たものだというのに」

 

「そのようだな。だが、手を焼いているのも事実だろう?」

 

「ええ、まったくです。俺としては大人しくしといてくれると計画を進めやすいんですけどね」

 

「計画?」

 

「十師族にとっても悪くはない計画です。準備が整ったら正式に声をかけますから、十文字家に中神家の一員として」

 

「その言葉、信じていいんだな?」

 

「はい」

 

「では、信じよう。お前が信じるに値する人物だと俺は思っている。

話は以上だ。付き合わせて悪かったな」

 

「いえ、こちらこそ」

俺がそう返事をすると十文字先輩は戻っていく。

俺もそろそろ戻ろう。

雫が心配してそうだ。

 

 

こうして波乱と激動の九校戦は幕を閉じた。

そして夏休みが始まる。



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夏休み編
第二十四話 父との話


俺は部屋のベッドで横になっていた。

寝慣れていたはずのなんか馴染まない実家のベッドで。

別に夏のうだるような暑さでバテたわけではない。

今から数時間前、父である中神家現当主から告げられた真実に戸惑い、迷い、考えていた。

 

中神家の当主となる自分がこれからなすべき事を。

 

 

 

 

「すまないな、神威。友人からの誘いを断って来たそうじゃないか」

父である現中神黄龍の謝罪から普通じゃない親子としての話し合いは始まった。

 

「いえ、大丈夫です。それで話と言うのは?」

俺の問いかけに父さんは一呼吸置いて話を始めた。

 

「私は先日の九校戦の結果を受けて、計画を次の段階へ移行する事を決めた。

故に、その計画......五神家解体を進めるため、私は中神家当主の座をお前に譲ろうと思う」

父から告げられたその話に俺は驚きのあまり立ち上がり、

「待ってください!俺に当主の座を譲るって何言ってるんですか!?まだ早過ぎます!」

と声を荒げてしまった。

 

「安心なさい。儀式を行うのは来年の三月だ」

 

「それでも......早すぎます」

 

「当主をお前に任せるという話はこれでも遅らせた方なんだが......。本当は高校入学と同時にお前を当主にするつもりだった。だが、それではお前への負担が大きいと皆に言われてしまってね。

私ではこれ以上は力不足なのだよ。勝手に決めたのは悪いが、どのみち継ぐつもりだったなら良いだろ?」

確かに父さんの言う通り当主の座をいずれ引き継ぐという事は決まっていた。

それが早まっただけというのもわかる。

早く継がせようとしていたのも知ってる。

 

父さんは自称最弱の黄龍だから。

 

「ブランシュの件や無頭龍の件でお前たちに全てを任せたのも継ぐために必要な経験だと思ったからだ」

 

「だから極力、榊影を使わなかったんですか......」

けど、

「なら計画の方は?俺はそんな話聞いてません!」

父さんが述べた計画を俺は知らなかった。

 

「それはお前の考えていた計画と同じはずだ。何も問題ないだろう?」

 

「......知ってたんですか?」

 

「皆知っているよ。私だけでなく桜華も他の五神家の者もね。

私や先代も通った道だから皆受け入れているのさ」

父さんも爺ちゃん同じ事を考えていた?

 

「中神だけでなく、他の四家の当主もこの計画には賛成している。

実のところ、十師族の設立もこの計画の一部だった。

しかし、五神家の代わりになるべく存在として作ったのだが、あやつらは力を持ちすぎ、裏の権力も手にした。

だが、十師族も今回の九校戦で知ったはずだ。十師族を圧倒できる存在がいる事を」

 

「だから本気で挑む事を許可したと?」

 

「ああ、その通りだ。お前が一条を一対一で圧倒したのは貴重な収穫だった。

だが、問題は四葉だ。

司波達也、彼もまた一条と戦い、勝利した。

元々、最大の敵となりうるのは四葉だと踏んでいた。だから、お前に彼とその妹が入る一高への入学を勧めたのだ」

全部父さんの計画通りだったってわけか......。

 

「神威、私は五神家の解体は自分の手で行いたかった。史上最弱の中神黄龍ではなく、最後の中神黄龍として歴史に名を残したかったのだよ。

だが、お前に託すことにした。

最後の中神黄龍になること、それがお前がその身に龍を宿す意味だと私は思っている」

 

「ですが、やはり今の俺では力不足です。全てを守ることなんて......」

九校戦で十師族を圧倒する力を見せた一方で、自分を犠牲にしなければ仲間を守れない事実も、俺が全てを守れるわけじゃないことも理解した。

 

「なら全て守ろうなんて思わなければ良い」

 

「......え?」

 

「まずは自分の手の届く範囲で、自分が守りたいと思う人だけでいいさ。

最初の五神家が守りたかったのは国ではなく、人だったと聞かされたことがある。

ただ彼らは欲深かった。手の届かない人すら守ろうとしたそうだ。

結果、彼らにはそれができた、できてしまった。

一方で私は、欲深いが力がなかった。

だから大切な人すら守れなかった。

けど、お前は大切な人ぐらいは守れるだけの力がある。

そして周りには力を持つ者が多くいる。

全てを守る必要はない。自分の手の届く範囲で、守らなければいけない人だけ守りなさい」

 

「......はい」

 

「話は以上だ。三月の儀式をもってお前は中神黄龍となる。

だが、お前は中神神威でもある。

学校では今まで通りの神威で、桜華にとっては良き兄の神威、私にとっても大切な息子の神威だ。それは何も変わらない。

今日はゆっくり休みなさい」

そう言い残して、父さんは部屋を出て行った。



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第二十五話 妹との話

コンコンッ。

部屋のドアがノックされる音が聞こえた。

しかし、今は出る気になれなかった。

どうせ相手は桜華。

返事が無ければ勝手に入ってくる。

 

 

「やっぱりいましたか。そんなに雫さんと海に行けなかったのが残念でしたか?」

 

「残念は残念だよ。ぜひ桜華も一緒にって誘われてたし。

でも、そうじゃないよ。ちょっと考え事をしててね」

 

「そういえば兄様、ようやく黄龍の名を継ぐんでしたね」

 

「......知ってたのか」

 

「はい。他四家も三月に継承の儀を行うそうです。

それから、私もと言うことでした」

 

「そっか、桜華にもこの時が来たのか」

 

「......はい。高校生になったら榊影桜華として兄様をサポートさせていただきます」

榊影と言う名は次男や次女、当主を辞退した長男長女など五神家に生まれながら五家当主にならなかった者とその子孫たち、五神家を裏で支える者たちに与えられる姓。

桜華は俺が当主になることで榊影の名を名乗ることになる。

五神家の実働部隊であり、事後処理や諜報活動も行ういわば便利屋。

ブランシュの一件や九校戦での事件では俺たちが動いたけど、あれは稀なケースだった。

 

 

それにしても桜華も来年は高校生なのか。

「桜華はどこの高校に入るんだ?」

 

「それはもちろん一高です」

うん、知ってた。

そんな気はしていた。

 

「ですので一高入学後は榊影当主自ら兄様のサポートをさせていただきます」

ん?当主?

「榊影の当主になるのか?」

 

「はい、みんな隠居してずるいと紅音(くおん)さんがおっしゃったので私に回ってきました」

紅音さんは紅羽の叔母にあたる人物だけど、かなりおおざっぱな人だったと記憶している。

 

「それにしたってお前出来るのか?ほとんど脳筋と技術屋だらけの榊影を纏めるなんて」

 

「大丈夫じゃないですか?紅音さんが直々に使命してきたわけですから」

確かに紅音さんが誰でもいいから使命したとは思えない。

奏司の姉である青葉さんも当主を辞退したとはいえ東神の長女。

榊影当主の最有力とされていた。

東神当主を辞退した理由も『自分より奏司の方が優秀だから』というもの。

とは言えそれは自己評価であって、他人から見れば奏司より優秀に映るぐらいの魔法力も人望も知識もある。

そんな人を差し置いて桜華を使命したというのことは何かあるはずだ。

 

「青葉さんも私を推薦したみたいですよ。みんな面倒ごとは嫌いみたいですね」

 

「お前を買ってるんだよ、きっと」

 

「本当にそう思ってます?青葉さんも紅音さん同様に面倒臭がりな人ですよ?東神の当主を辞退した本当の理由は面倒だからだって噂される人ですよ?」

そう言われると弱い。

けど、

「面倒だからだとしてもお前の名前が出たって事はお前の実力を認めてるってことさ」

 

 

「......そうですね。それはそうと当主となればいよいよ婚約者探しですね」

桜華は唐突にそう言い出した。

何を言っているのかよくわからない。

 

「と言うわけで兄様、雫さんと本気で交際するのはいかがでしょう?」

 

「どうしてそう言う発想になるんだ......」

 

「父様が兄様に見合いをさせようとしていたので」

マジか、父さんそれは流石に気が早すぎないか?

 

「なので私、父様に言ったのです。『兄様には両想いの相手がいる』と。

そしたら相手は誰かと聞かれたので全部、包み隠さず話しました」

全部と言う事は雫と昔会ったことがあるとかそう言うこともか。

 

「それで父様も雫さんを認めたようなので後は兄様次第なんです」

 

「今の話で父さんが雫を認める要素が見当たらないんだけど?」

 

「それは九校戦の結果です。紅羽さんが認め、スピードシューティングで優勝。アイスピラーズブレイクでは四葉の当主候補相手に善戦し、敗れたものの準優勝。

それに何より、紅羽さんが五神家の事を教えてしまったというのが大きいですね」

......はい?教えた?五神家のことを?

 

「そんなの聞いてないんだけど!?」

 

「言ってませんからね、知らなくて当然ですよ」

 

「いつの話?」

 

「ピラーズブレイク新人戦決勝の日の夜です」

だから達也たちのモノリスコードを観戦してた時に親しげに見えたのか。

 

「それで雫は?なんて言ってた?」

 

「特には何も。ただ、覚悟は決めたみたいですよ」

 

「覚悟を決めた?」

 

「はい。あの目は覚悟を決めた目です。兄様と共に生きる覚悟を」

桜華の人を見る目は確かだ。

それはその人の考えや深層心理を見抜く力があるから。

桜華の目に雫が覚悟を決めたように見えたのならそうなんだろう。

 

「兄様はどうするんですか?」

 

「覚悟を決めろってことか......」

雫は中神の家のことを知ってもなお、変わらずに接してくれた。

理解できてないから今まで通りってこともあり得るけど、それでも少なからず微妙な距離感が生まれるだろう。

それすら無いってことは桜華の見込み通り雫は本気だということ。

 

しかし、雫と真剣に交際すると大きな問題が一つ。

それは、

『どうやって告白するか』

 

言葉が伝わればいいのかもしれないけど、それにしたって雰囲気とかムード的なものは必要な気がする。

 

 

「兄様、実は父様から雫さんに告白するのにちょうどいい場所の情報を得ています」

 

「本当か!?」

 

「はい。お二人にぴったりの......というかお二人だからこその場所です」

そう言って、桜華は一冊のリーフレット(折り畳み式のパンフレット)を差し出した。

あるホテルとその周辺施設の説明が書かれたそれを見て、桜華の言葉の意味を理解した。

 

確かにそこはぴったりの場所だった。

 



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第二十六話 雫との話

中神家当主襲名の話を聞かされて一週間が経った。

今日は再び実家を離れて家に戻る日。

そして、数週間ぶりに雫と会う約束をしていた。

 

 

そう、今日は決戦の日。

桜華から雫の覚悟を聞き、俺も覚悟を決めた。

今日、俺は雫に告白する。

 

今日は俺と雫にとって大事な日だから。

 

 

 

「神威くん、久しぶり」

 

「久しぶり、雫。この間はゴメンな。せっかく海に誘ってもらったのに、俺も桜華もどうしても外せない用事があって」

 

「ううん、大丈夫」

 

「今日はその埋め合わせ的な意味もあって誘ったんだけど、迷惑じゃなかったか?」

 

「むしろ嬉しいよ」

雫はそう言って微笑む。

その笑顔が今までと違うように見えたのは俺が覚悟を決めたからだろう。

 

「とりあえず行こうか。遅れると大変だからな」

そう言って俺は雫と車に乗り、

「お願いします」

と運転手に告げる。

 

 

「そういえば雫は紅羽と桜華からうちのこと聞いたんだよな?」

移動中、俺は唐突にそう切り出した。

 

「......うん」

 

「それを聞いてどう思った?」

 

「正直言って......よくわかんない」

まあ、そうだよな。

それが普通の感想だよな。

 

「......けど、凄いなって思った。神威くんの家が、じゃなくて神威くん自身が。

生まれ持った使命に向き合ってて、でもちゃんと自分の考えを持ってて」

 

「そっか......」

雫がどんな説明を受けたかはわからないけど、悪い印象を受けなかったならよかった。

 

「ねえ、神威くん。これからどこに行くの?」

 

「詳しい場所は言えないけど、海だよ」

雫にはまだ行き先を伝えてなかった。

ちょっとしたサプライズのつもりなのだ。

 

 

それからしばらく車に揺られる。

その間、夏休み中の思い出を雫は嬉しそうに話してくれた。

海に行った話を中心に。

楽しかった思い出だけじゃなくて、雫のお父さんが俺に会えなくて少し残念そうだったこと、達也とほのかがいい感じだったことなんかも話してくれた。

 

 

 

そうして目的地に着くと、俺は

「さあ、降りた降りた」

と雫に言う。

そして、

「じゃあいい時間で迎えを頼むよ、父さん」

と運転手に声をかけて車のドアを閉めた。

 

「あの人、神威くんのお父さんだったの?」

驚いた様子で雫は聞いてきた。

 

「ああ、そうだよ」

と軽く答える。

 

「じゃああの人が中神家の当主なんだ......。全然そんな風に見えなかったけど......」

 

「本人もよく言ってる。もっと威厳が欲しいって。

まあ、もうすぐその必要もなくなるんだけどな」

 

「え?」

 

「それについても後で詳しく話すよ。話しておきたいし」

 

 

日が沈み始めた道を俺は緊張が強くなるのを感じながら歩いた。

そして数分。

夕陽がよく見える岬についた。

 

「ここって......」

雫は気づいたらしい。

それもそうだろう。

雫はここに来たことがあるんだから。

 

「一緒に夕陽を見るって約束してたからな。六年前に」

 

「ちょうど六年前だったもんね」

そう。雫と夕陽を見るはずだった日がちょうど六年前の今日だった。

 

「あの時の約束果たそうと思って」

 

「でも、それだけじゃないんでしょ?」

雫はどうやら本題が別にある事をお見通しらしい。

深く深呼吸をしてから俺は

「さっき、父さんのこと話しただろ?話したいことがあるって」

と話を切り出す。

 

「うん」

 

「俺、三月に中神家の当主になるんだ」

 

「......そっか」

 

「それで気づいたことがあったんだ。

五神家の当主としてこれからこの国を守っていかなきゃないけど、俺には全てを守れる力なんてない。

でも、手の届く範囲で大好きな人を守ることはできるはず。

雫、俺は君を最後まで守りたい。

いや、守っていく。だから、隣に欲しい」

 

「それって......告白ってことでいいの?」

 

「ああ」

 

「私でいいの?」

 

「雫がいいんだ」

 

「紅羽さんが神威くんのこと好きだとしても?」

 

「......はい?」

覚悟を決めて臨んだ告白で予想外の言葉が雫の口から聞こえた。

紅羽が俺のことを好き?

そんなことありえるのか?

 

「いや、あいつが俺のこと好きだとして、それはライクであってラブではないと思うんだけど......」

 

「じゃあ、もしラブだとしたら?それでも私でいいの?」

そう問われても俺の気持ちに変わりはなかった。

 

「......ああ、雫がいい」

気を取り直してそう答える。

 

「そっか、わかった。

神威くん......よろしくお願いします」

そう言って雫は頭を下げた。

告白成功ってことだよな?

よろしくお願いしますってそういうことだよな?

 

「はあ〜、緊張した〜」

 

「神威くんでも緊張することあるんだ......」

 

「そりゃああるよ。俺だって人間なんだから」

 

「そうだよね。どんなに凄い家の生まれでも神威くんは普通の人間だもんね」

普通......か。

 

「普通とは言いがたいけどね」

 

「え?」

 

「俺は中神家の守護神である黄龍を宿しているんだ。だから傷の治りが異様に早いし、魔法を無効化する力も持っている。あとは金縛りとか飛行魔法とかも使える。

モノリスコードでの怪我が治ったのも九校戦行きのバスでの一件で魔法式をかき消したのもそれのおかげだよ」

 

「あれも神威くんの仕業だったんだ......。でも、それってBS魔法の一種じゃないの?」

 

「そうなんだけど、五神家の歴史の中でもこんなに多くのBS魔法を持って生まれた人はいないらしいんだよ。一人の人間に扱える範疇を超えてるんだってさ。飛行魔法は五神家なら大体使えるけど、それだけの人も多いし、父さんは飛行魔法すら持ってないし。

だから普通じゃなくて、異端児って呼ばれたりもしてる」

 

「でも、魔法師はみんな普通じゃないよ?魔法が使えること自体特別だもん」

雫の言葉にハッとさせられる。

確かに雫の言う通り、魔法を使えることは特別なことだ。

魔法が当たり前の社会でそれを忘れてはいけない。

 

 

「あ、神威くん見て。夕陽綺麗だよ」

雫に言われて海を見る。

海に沈みゆく夕陽に俺は願いを込めた。

 

『ずっと雫を守れますように』

それは願いであり、決意であった。



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第二十七話 初デートの日

雫に告白して晴れて恋人となった日の翌々日。

初デートの日。

 

「はあ〜」

さっきから何度目かわからないため息をつく。

緊張で家の中を歩き回ってどれくらい経っただろう。

そう思って時計を見るとまだ十分も経っていなかった。

待ち合わせの時間まであと2時間もある。

 

「少しは落ち着いてください、兄様」

 

「そうは言ってもさあ〜」

なぜか夏休み中もこっちにいることになった桜華は呆れた様子でこちらを見ている。

なんでも視察らしい、諸々の。

 

 

 

「ところで兄様、私もついて行ってもいいですか?」

 

「......はい?」

何を言ってるんだ、桜華は。

初デートに妹がついてくるとかおかしいだろ。

 

「大丈夫です、挨拶したらすぐに帰ります。妹として未来の姉様に挨拶をと思ったのです」

 

「挨拶したらすぐ帰ってよ」

 

「......はい!」

ずっとついてこられたら困るけど、挨拶ぐらいならいいよな。

 

「それで今日のデートプランはどんな感じですか?」

 

「プランってほど大したものはないよ、テキトーにぶらぶらするだけ。ウィンドウショッピングってやつ?」

 

「いいんですか?初デートがそれで」

 

「雫の希望だからね」

 

「ふ〜ん。そうですか」

 

 

桜華と少し話をして緊張がほぐれた俺は1時間と少ししてから家を出た。

 

 

10時30分。

待ち合わせ場所は駅前に予定30分前に到着した。

時間には少し早いけど、遅れるよりは全然いい。

 

「流石に早すぎではないですか?」

 

「......いや、そんな事ないみたいだよ」

桜華にそう言うと、俺は駆け出した。

 

「雫、お待たせ」

 

「あ、神威くん。ずいぶん早いね」

 

「雫がそれを言うか?」

30分前の俺より早いんだから結構待ってただろうに。

 

「ふふっ、楽しみすぎて早く来ちゃった」

 

 

「おー、なんか恋人っぽい会話です」

桜華が茶化すように口を挟む。

 

「お、桜華ちゃん!?」

 

「ごめん、雫。桜華がどうしても挨拶がしたいってんで連れてきたんだ。まあ、すぐ帰るらしいから安心して」

 

「あっ、そうなんだ」

 

「はい。と言うわけで、これからもよろしくお願いします、雫姉様」

 

「ね......姉様?」

明らかに困惑している雫。

それに対して桜華は満面の笑みを浮かべていた。

 

「はい、義理の姉になるんですから姉様でいいですよね?」

 

「......うん、いいよ。こちらこそよろしくね、桜華ちゃん」

 

「はい!」

元気良く返事をして、桜華はそのまま帰って行った。

まったく、本当に挨拶しに来ただけかよ。

それならわざわざ付いてこなくてもいつでも機会はあったでしょ。

 

桜華なりに何かあるのか?

......考えても仕方ないか。今は雫とのデートを楽しもう。

 

 

そう思っていたのに......。

「はあ〜」

 

「神威くんどうかしたの?

......もしかして楽しくない?」

 

「そんなことはないよ!楽しい!

楽しいんだけど......誰かに尾行されてる」

駅前にいた時からずっと誰かの視線を感じていた。

 

「もしかして桜華ちゃん?」

 

「桜華じゃないと思う。桜華ならもっと上手く尾行するし、それに桜華と話をしてる時から視線は感じてたから違うはず」

 

「じゃあ誰が......」

そんな会話をしながら街を歩いてると横に伸びる細い路地が目に入った。

おびき出してみるか.......。

 

「雫、ちょっと走るよ」

そう言って雫の手を引いて走り出した。

戸惑いつつも頬を赤らめている雫に気づかず。

 

 

横道に入るとすぐに立ち止まり、待ち構える。

すると......

「わっ!」

 

横道に走って突っ込んできたのはほのかだった。

 

「ほのか、急に走ったら危ないわ。それにバレ......る......」

そして、そのあとを追いかけてきた深雪さんともバッチリ目があった。

 

 

 

 

「それで?どうして尾行なんてしてたんだ?」

喫茶店に入り、向かいに座る二人を問いただす。

 

「雫から神威さんと付き合い始めて、初デートするって聞いて、心配になったんです」

ほのかと雫の仲の良さを見てれば心配するのもなんかわかる気がする。

しかも相手がこんな謎だらけの男だし......。

 

「雫のテンションが低すぎて愛想尽かされてないかと思いまして......」

あ、心配なのそこなんだ。

 

「......ほのか」

呆れた様子で雫はほのかを見つめていた。

 

 

「ほのかの理由は分かったけど、なんで深雪さんまでいるの?こういう事するタイプじゃないと思ってたんだけど......」

 

「深雪は悪くないの!私が無理言って頼んだからついて来てくれたの」

そう言って深雪さんをほのかは庇う。

別に怒ってるわけじゃないんだけど。

 

「ほのかが俺のこと信用できないのは分かるけどさ......」

 

「いえ......そういうわけじゃ......」

 

「いいよ、信用してくれなくて。ただ雫を悲しませるようなことは絶対しない。もしそんなことがあったら、どんな酷いこと言っても、どんな酷い仕打ちされても受け入れる。

この言葉だけは信じて欲しい」

 

「そこまで雫のこと......わかりました。その言葉信じます」

 

「その時はお兄様にも手伝ってもらいましょう。きっとすごく助けになってくれるわ」

 

「そうならないように努力するよ。

けど、初デートぐらいは素直に楽しませて欲しかったなぁ」

 

「「ごめんなさい」」

二人はそう言って静かに頭を下げる。

 

「......大丈夫。まだ時間はあるから」

 

「そうだね。と言うわけでもうついて来ないでよ」

 

「「はい」」

 

 

こうして二人と別れた俺たちはようやく初デートを楽しめることになった。

けど、ほのかも深雪さんも本当に友達想いだな。

二人に誓った通り、雫はなんとしても守らないと。

 

......達也が加わると流石に怖いし。



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横浜騒乱編
第二十八話 新しい季節


来訪者編のアニメが始まりましたが、こちらはまだ横浜騒乱編です。
これからも不定期&超スローペース更新なのでアニメが終わる前に来訪者編に入れたらいい方だと思ってください。




当主継承が三月に行われることを告げられたり、無事に雫と付き合うことになったりと忙しかった夏休みも終わった。

中条先輩を新生徒会長に据えた新体制の生徒会が発足した一高の初っ端から忙しい二学期も一週間が過ぎた。

 

 

俺、雫、ほのか、深雪さん、達也、エリカ、レオ、美月さん、幹比古という本来あまり見ることのない一科と二科の組み合わせはすっかり日常化していた。

この日は職員室からの要請で三限目の途中から生徒会室でデータベースを漁る羽目になり、新生徒会役員となったほのかが手惑い、ランチタイムに少し遅れてしまったのだ。

そんなわけでほのかが絶賛凹み中。

 

「そういえば雫と神威くんは付き合い始めてどう?」

話題を変えようとエリカがこちらに話を振る。

振り方が雑すぎな気がするけど......いいか。

話題を変えることが重要なわけだし。

 

「どうって言われても、そんな変わんないよ。ほとんど今まで通り。

元々下校の時は途中まで一緒だったから。まあ、休日とかは頻繁に会うようになったよ」

 

「ヘェ〜」

にやけ顔でエリカが顔を覗き込んでくる。

 

「なんだよ」

 

「いや〜、神威くんも普通に男の子なんだなぁって思っただけ。

で?雫はこれのどこに惚れたのかな?」

 

「......色々あるよ?優しいし、強いし、カッコイイし、約束も守ってくれたし」

 

「うわぁ、ベタ惚れじゃん......。直して欲しい所とかないの?」

 

「今の所は......ないかな。隠しごとも減ってきたし」

 

「そういえば神威ってあんまり自分の事話さないよね。中神ってお伽話の中神家と関係あるの?」

 

「お伽話ですか?」

美月さんは幹比古の言葉に首を傾げる。

 

「あれ、知らない?遥か昔に日本を守る事を言い渡された五人きょうだいの話」

 

「うちの初代当主の話だね。さすが古式の名家。随分とマニアックな知識を持ってるね。

ただ......それ、ほとんどの人が聞いた事ないと思うよ」

 

「え、そうなの?」

 

「俺が聞いた事があるのは都市伝説だな。裏で日本を操る五家!みたいなやつ」

レオが言った通り聞き覚えがあるとすればそちらが多いだろう。

 

「神威くん、そのお伽話って......どんなの?」

 

「ん?遥か昔、ある権力者の夫婦に不思議な力を持った五人の子がいました。その五人の子の持つ力は強大だったため幽閉されてしまいます。

次男は北に、三男は西に、四男は東に、長女は南に。

そして最も強大な力を持つ長男は中央......都に。

それぞれ辺境の村に幽閉されましたが、村の者は彼らに優しくしてくれました。

両親以外に優しくされたのは皆、これが初めてのことでした。

幽閉されて数年後、五人は不思議な夢を見ます。

見た事のない不思議な生き物に国を守るように告げられる夢を。

しかし、五人は五人ともそれを断ります。

彼らには守る理由も意味も感じられなかったのです。

その直後、国を揺るがす脅威が訪れました。

最初は傍観する五人でしたが、彼らの前に再び不思議な生き物が現れます。

『このままでは貴方の両親も貴方に優しくしてくれた村の者たちも亡くなります。それでいいのですか?』

そう問われ、五人はそれぞれの地で大切な者を守るために力を使いました。

見事国を守り切った五人は幽閉を解かれ、守護者となりました。

それぞれ中神、北神、西神、東神、南神という姓を受け、代々この国を守っているのです。

って感じかな」

 

「それが五神家の成り立ちか」

 

「実際どうかは知らないけどね。あくまでお伽話だし。

幹比古以外にはもう言ってあるけど、大した家じゃないからね。幹比古もあまり萎縮しないで接してくれ」

 

「うん、わかった。改めてよろしく、神威」

 

こうして幹比古とも打ち解けられた昼休み。

桜華に毎晩のように話して聞かせていたお伽話を人に話すことになるとは思ってもいなかった。

多分、誰かに覚えて置いて欲しかったんだろう。

五神家という家があり、消えていく歴史を。

 

 



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第二十九話 次の仕事

「やっぱり来てたんだ」

家の前に座り込んでいた桜華にそう声をかける。

 

学校を出る前に『至急、帰宅されたし』という桜華からのメッセージで来てる気がしていた。

 

「急ぎの仕事です」

引き続き実戦の中で経験を積めってことなんだろうけど、それだけじゃないな。

桜華の表情でそう感じる。

 

「はあ〜。分かった。詳しく聞かせて」

そう言って桜華を家に入れる。

 

 

 

「それで?今回はどんな案件?」

着替えもせずにソファに腰をかけて、桜華に尋ねる。

 

「大陸からやってきた連中の中に気になる人がいたそうです」

数日前に父さんから大陸から面倒な連中が来たという報告は受けていた。

しかし、それは榊影で対応するとも報告を受けた。

なんで俺に回ってくるんだ?

 

「その気になる人ってのは?」

 

「兄様を探していたそうです」

俺を探していた?

大陸ってことは無頭龍関係か?

いや、それなら奏司か桜華を狙ってくるほうが可能性が高い。

 

 

「榊影の報告では、その者は中神黄毅(おうき)と名乗ったそうです」

桜華の報告に言葉を失った。

 

黄毅.....黄毅さんだって?

生きてたんだ......。

 

黄毅さんは五年前、事故に遭い、行方不明になった桜華の兄。

俺には従兄弟にあたる人。

 

そう、俺と桜華は本当の兄妹ではない。

桜華の両親もその事故に巻き込まれて、亡くなっている。

家族を失った桜華はうちに養子として引き取られた。

元々兄妹同然で育った俺たちだけど、その事故が起きてから桜華は俺を『兄様』と呼ぶようになった。

 

「ですが、その者が本当に黄毅兄様かどうかまでは確認できていません。

黄毅兄様の名を語る偽者の可能性も......」

 

「黄毅さんが生きてる可能性より、その可能性の方が低いと俺は思うよ。

俺のことは九校戦で知る機会があったとして、黄毅さんの情報を掴むのは無理だと思う。

どちらにしても直接会って確かめるのが手取り早そうだ」

 

「確かにそうですが......」

 

「大陸の者を追ってた榊影に接触してきたなら、俺がそれに加わればいいだけさ。

仕事ってことは最初からそのつもりだったんだろ?」

 

「......しかし、兄様が自ら動くのは反対です」

桜華の言葉に俺は驚いた。

ここまではっきりと意見を出すことは珍しい。

 

 

でもそれは......

「それは中神桜華としての意見?榊影次期当主としての意見?」

 

「兄様の妹としての意見です」

 

「次期榊影当主としての意見は?」

 

「......中神黄毅を騙る人物と接触し、真偽を確かめてください。

また偽者の場合は即刻排除してください」

 

「ああ、それでいい」

自分の役目を果たした桜華の頭を撫でてやる。

 

「ちなみに本物だった場合はどうする?」

 

「しばらくこの家に住まわせるようにと指示を受けています」

事故に遭い行方不明だったとは言え、五神家に連なる者なんだし、当然か。

 

「わかった。動くのは今夜からでいいんだな?」

 

「はい。今日の捜索エリアは榊影に接触があった付近です」

 

「了解。それじゃあ、準備に入ろうか」

 

 

「本物だとしたら、大亜連合に派遣してた榊影によく気づかれなかったよな」

榊影は各国の動きを手早く知るために世界各地に派遣されている。

その情報網はかなり根深く、些細な変化も見逃さない。

それに引っかからず、それに頼らなかった。

もし本物なら何が目的なんだ?

 

「それも含めて当人に尋ねればいいだけです」

 

「うん、そうだね。本物にしろ偽物にしろ問わなきゃないことはあるからね」

 

 

俺はまだ知らなかった。

この事件の先にいる俺たちの真の敵のことを。



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