絶望を焚べたその先へ (カキロゼ)
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一話・目覚めの鐘

 

 

 その騎士は、夢を見ていた。

 どことも知れぬ暗闇。その中を、騎士は走り続けていた。

 騎士というには、余りにもみすぼらしい恰好だった。ボロボロに破れていて、汚れにまみれた外套と袖。しかし、その中には黒鉄での鎧を着こんでおり、防御力は高い。さらに腰にはナイフや小物入れなどが備え付けられているベルトがあり、その外見に反して実用的な鎧だということが確認できる。

 息は荒い。まさしく、全力疾走で騎士は目の前を走っていた。

 その様子は、一見すると何かから逃げているように見える。

 しかし、黒鉄の兜の奥から覗く目はどこかを見据え、真っ暗な闇の中に、遠い行き先を見つめていた。

 後悔。罪悪感。焦燥。祈り。そして、絶望と小さな希望。

 それらが入り混じったような目で、騎士はどこまでも走り続けていた。

 

 

 

 

 

 その少女は、夢を見ていた。

 どことも知れぬ暗闇。その中で、少女は座り続けていた。

 幼いながらも賢さと素直さが垣間見える顔立ち。ふわふわとしていて僅かにカーブしている空色の髪は、いつもならその顔と(あい)まってとてもかわいらしく見えただろう。

 しかし、空色の髪は煤と灰で汚れ、恐怖で歪められた顔はその面影を完全になくし、少女は何かに耐えるように座り込みながら俯いていた。

 恰好すら、惨劇の中逃げてきたようなぼろいフードとズボンを着ており、より一層絶望が漂ってくる。しかし、頭にかぶせられたとんがり帽子と、少女の傍らに置いてある杖だけは、その絶望に呑まれていないかのように存在していた。

 それを証明するかのように、垣間見えた少女の瞳の中には、小さな光が宿っている。

 後悔。罪悪感。焦燥。祈り。そして、絶望と小さな決意。

 それらが入り混じったような目で、少女はいつまでも座り続けていた。

 

 

 

 薪になれず、使命を果たせなかったが故の、呪われた不死。火の無い灰。

 「何か」になる可能性がありながらも、それを果たせずただ無意味に死んでいった存在。

 だからこそ、彼らは死んでも蘇る。

 

 

 そう、「このままでは死ねない」と、死に抗うかのように。

 

 

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 

 

 それは唐突だった。

 眠りから目覚めていく、独特の浮遊感。

 覚醒していく意識の中、「俺」が初めて認識したのは鐘の音だった。

 重く、暗く、誰かを呼ぶような鐘の音。頭に直接響いて、まるで急かしているかように頭のなかで反響する。

 (なんだ……この音。いや、まず何がどうなって……)

 その鐘の音に反応するかのように、徐々に五感が目覚めていく。

 目覚めたばかりの体は重く、目を開いても一切の光がない。体を起こそうとしても、石のような壁と天井が邪魔して横たわることしかできなかった。どうやら、どこか狭いところに閉じ込めらているらしい。

 石のような地面と体が動かせない狭さから察するに、今俺が横たわっているのは棺桶の中だろう。地面に埋まっているかどうかはわからないが、まずは蓋を開けないことには脱出できない。

 重い右手を挙げ、棺桶の蓋に手を当てる。そのまま力を入れていくが、そこで俺は違和感に気付いた。

 

 (左腕が重い? いや、そもそも棺桶だとしても狭すぎやしねぇか……?)

 ちょうどそこまで考えたとき、ガコッという音とともに蓋が外れる。

 蓋のふちに手を掛け、右にずらしていく。それと同時に、蓋の隙間から光が差し込んだ。

 まず見えたのは、白く曇った空。そして。

 「……はぁ?」

 俺の左腕を抱き着きながら寝ている、空色の髪の小さな少女だった。

 

 

 

 

 

 「ここは……一体どこだ? 墓地っぽいのはわかるが……」

 俺と一緒の棺桶に寝ていた少女を、ゆっくりと左腕からはずし俺は外に出た。棺桶が地面に埋まっていなかったのが幸いだったな。

 どこかの墓地なのか、棺桶の外はあまりに辛気臭かった。暗く垂れている柳の木、一面真っ白で青空が一切ない曇り空。

 そして、周りに壁のように地面に埋まっている、大量の石の棺桶と墓石。

 正直、こんなところにはあまりいたくない。何せ、生気がまるで無いのだ。感覚としては、死んだ空間に取り残されているようで薄気味悪かった。

 そして、この状況で一番気味が悪いのは、何もかもを一切覚えていない(・・・・・・・・・・・・・)ことだ。

 「クッソ……記憶が抜け落ちてる……のか?」

 目覚める直前の記憶が、完全に無い。かろうじて自分が『騎士』であるということ以外、一切だ。

 ただ、感情だけは微かに感じられる。

 『守り切れ(・・・・・)』。そんな感情が、僅かに(くすぶ)っているのだけは、感じることができた。

 「後は、この黒い鎧か。武器はロングソードと騎士盾のみ……、いや、これは?」

 

 ぼろぼろの外套とズボンに、顔が一切見えない黒鉄の兜を覆うフード。みすぼらしいが、黒鉄の鎧に小物入れ付きのベルトと実用性が高い装備だった。腰にはロングソードをひっかけ、背中には騎士が持つだろう鉄の盾を背負っている。だが、騎士の見た目(一見そうは見えないのだが)に反し、腰のベルトには武器がもう一つ引っ提げてあった。

 「短刀? にしては、かなり分厚いな」

 耐久力重視なのか、分厚い短刀をベルトの鞘から抜き出す。おそらく、逆手でもつのが前提の持ち手。どちらかというと、刺すより受け流す、という使い方のようだ。使っているのは盗賊ぐらいだろう。

 「おいおい、まるで騎士っぽくねえな。ほんとに俺の装備かよ。……にしては、手に馴染みすぎてるな」

 手の中でくるくると回したところ、手が勝手に動き滑らかに短刀が動く。かなり使い慣れている様子に半分呆れながら、俺は短刀を鞘にしまった。使うことはあるのだろうか。

 さて、こういう時はまず、周りの観察……だったか。

 勝手に出てきた謎の経験に従い、周りの地面を見渡してみる。すると、棺桶のすぐそばの柳の下に、妙に黒っぽいものを発見した。

 腰を下ろして手に取ってみると、手のひらほどの大きさで手足が無い人の形をしている。まるで、遊戯(ゆうぎ)でつかう駒のようだ。だが……。

 

 「燃え……ている、のか?」

 黒い表面に生えている、ちょっとした割れ目。そこから、赤い火の粉が散っていた。

 かがんで手の取ってみるものの、特に変化する様子はない。感触としては、木炭のように固まっていて同じようにもろいようだ。

 

 

 『火を。残り火を求めよ』

 

 

 そんな声が聞こえたと同時、俺は無意識に手の中のそれを握りつぶしていた。

 「何をして、――ッ!?」

 次の瞬間、頭の中に何かのイメージと、過去の記憶が瞬間的になだれ込んでくる。

 

 

 田舎村、両親、隣の幼馴染、約束。そして、火の中の村。

 

 

 即座にそのイメージは消えるものの、俺は驚きのあまりかがんだ状態のまま動けなかった。

 「一体何がどうなってる……?」

 思わずそう呟くのと同じくして、後ろから石がどかされるような音が響いた。

 

 「……何が、起きて……」

 少し高めのかわいらしい声が、すぐ後ろから聞こえる。

 かがんだまま振り向くと、俺と一緒に眠っていた少女が棺桶から這い出ているところだった。

 煤で汚れているぼろいフードとズボン。しかし、とんがり帽子からはみ出ている空色の髪はふわりとしていて、その恰好に似合わず賢さを感じさせる。顔立ちは、強気な性格と素直さが入り混じった目が印象的だった。

 と、少し観察していた少女がきょろきょろ周りを見渡したのちに、真後ろの俺の姿を見つける。兜をしているため目があうことはない……はずだが、その目を見た瞬間反射的に後ずさった。

 見た目に似合わず眼光が少し鋭いのもあるが、怯んでしまったのはその瞳の奥にある「決意の強さ」だ。

 『もう二度と間違いない』。そんなことを訴えかけてくる目。

 子供がするような目ではない。この子は一体……。

 しかし、そんなことを考える前に少女は口を開いた。

 

 「あなたですか? 私をここまで運んだのは」

 「……え?」

 少女の目に驚いていると、棺桶から体を出しつつ急にそんなことを訪ねてきた。こちらを睨め付けるおまけ付きで。

 「その反応から察するに私が起きるとは思わなかったのでしょうね。仮にも私は魔女です。毒耐性は一般人より高い。まだ気絶させた方がましでしたね」

 「いやいやいやいや、ちょっと待て」

 目覚めたら薄汚れた防具の男。人目が一切ない謎の場所。何かから逃げて付いたであろう、衣服の汚れ。

 まずい。この展開はまずい!

 「違う、俺はお前と一緒に……」

 「戯言(ざれごと)は聞きません。私を誘拐した報いを受けてもらいます!」

 

 こっちの言葉は一切届かなかった。もう戦闘は避けられない。

 自称魔女の少女は、いつの間にか持っていた杖を俺に向かって構える。すると、杖の先に青い光が出現した。

 

 

 「おい、話を聞け――「『ソウルの矢』!」

 

 少女がそう叫ぶのと同時、杖の先からまっすぐ青い光が飛んでいく。

 つまり、俺へと。

 

 〈当たるまで約1秒。反応可能。首をずらして最低限の動きで回避〉

 余裕をもってそう『認識』し、顔を横にずらして青い光……『矢』を回避する。

 と同時、俺は膝をついた体勢から少女へと走り出した。

 

 「ソ、『ソウルの矢』!」

 

 俺の動きに驚いた少女は、しかし戸惑うことなく再度詠唱。

 もう一回、杖から俺へと『矢』が飛んでくる。

 

 「ッ!」

 

 それを、走り出しながら装備した左手の盾で防ぐ。

 もちろん、盾が邪魔になって少女が見えなくなるが、それでいい。

 盾を構えたまま、少女の顔に当たらないようにして突撃していく。威力は倒れるぐらいで。

 

 「そんなっ! ――っ!」

 

 体当たりの勢いのまま、盾で少女を抑え込みながら押し倒す。

 よし、これで冷静に話し合え……。あれ、これ状況悪化してねえか?

 

 「離してっ! んっ、離してください!」

 「待て、落ち着けって! 何もしないから!」

 「こんな体勢では、まったく納得できません!」

 「あーくそ! 落ち着け! とりあえず暴れるんじゃねえ!」

 ……結局、少女が俺の話を聞いてくれるまで、さらに数分を要することとなった。

 

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 

 

 「……つまり、あなたと私は知らぬ間に一緒の棺桶に閉じ込められ、記憶をなくし、気が付いたらここにいたと?」

 「ああ、そうなるな」

 少女が落ち着き、俺は誤解を持たせないように気を使いながら、ここまでの状況を説明していた。まったく、何度『矢』を撃ち込まれそうになったことか。常に警戒してたから気が休まらなかったぞ。

 「で、今度こそ納得したか? ここまで言って戦闘は流石に困る」

 黒鉄の兜をかぶってるから表情はわからないだろうが、動きと言葉のトーンで疲れ果てたのは伝わったらしい。

 「……誤解して、すみませんでした」

 不承不承、といった様子で謝ってくる。特に視線は合わせようとせず、魔女のようなとんがり帽子で顔を隠すほどだ。

 「ああ、別にどうってことなかったからいいが……。今度はやめてくれよ?」

 相変わらず、こちらへ顔を向けずに小さくうなずく。こんな様子で、これから大丈夫なのだろうか。

 「……わかりました。さて、これからどうしますか?」

 「ああ、まずは場所の確認だ。どこにいるのか、ということすら分からないなら話にならねえ。周りが一望できる場所へ向かうぞ」

 

 そう。今、俺達がやることは情報を集めることだ。少女の機嫌を気にしている場合ではない。

 振り返って棺桶の先にある道へ目を向ける。棺桶が大量にあり、荒れ果ててはいるが道もある。人間が通っている可能性は高い。

 「さて、俺が先行するからそっちは魔法の準備をしとけ。正直、こんな辺境じゃ化け物がいてもおかしくねえからな」

 少女は無言で杖を構え、目を細める。特に問題はなさそうだな。

 ロングソードと盾を緩く構えつつ、道の先へと向かう。すぐそばに右へと道が続いていて、少し警戒しながら曲がり角へ。

 

 

 

 (……?)

 曲がった先には、ぼろいマントとズボンを着た人影が立っていた。後ろを向いていて、気付かれた様子はない。

 右手にはなぜか折れた直剣らしきものを握っていて、その手足は小枝と見間違うほどに細い。

 先ほど見た村のイメージがもう一度繰り返される。その結果、人影の正体に半ば気付いた俺は、自分たちが置かれた状況(・・・・・・・・・・・)のあまりの絶望にその予想を振り払う。

 (ばかな。冗談だろ? だが……)

 だけど、もしそうだとしたら。

 それを確かめるべく、俺は武器と盾をしっかりと構えなおした。

 「あの、急に止まってなにが——」

 「何があってもこっちへ来るな。絶対にだ」

 後ろから疑問を問いかけられる。確かに、進みだしてすぐに止まるのは違和感しかない。が、俺はその言葉を遮るように命令を言い放つ。

 「えっ……」

 少女の戸惑う声が聞こえると同時。

 

 

 俺は人影へ向かって全力で走り出した。

 足音に気付き、人影が振り向く。そこには。

 

 

 

 一切の生気が感じられない、痩せこけて骨の跡が見える、()人間の顔だった。

 

 

 

 「ァ゛、ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 そいつは、かすれた声で奇声を発しながらこちらへ歩き出す。

 足が細すぎるためよろよろだが、振りかぶった右手には先が尖っている折れた直剣。

 頭に当たったら無事ではないだろう。

 

 「くそっ! やっぱ亡者(もうじゃ)かよ!」

 

 悪態をつきつつ、左の盾を構える。

 

 「ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 亡者は叫びながら右腕を全力で振り下ろしてくる。痩せこけた体とはいえ、振り下ろす速度は速い。

 しかし、俺にとってはあくびが出るような速さだった。

 

 「――ッ!」

 

 判断は一瞬。行動は直後。

 俺の頭へと向かってくる折れた直剣へと、左の盾を思いっきり振り上げる(・・・・・)

 必然的に相手の右腕は上へと引き上げられ、盾も持ち上げられた。

 その先には、体勢が崩され胴ががら空きの亡者。

 

 体勢を整えると同時に、右手を一気に引き剣先は相手へ。

 そして、一拍。

 

 

 「っらぁ!」

 

 

 張った弓を、一気に放すような一撃。

 直後、ロングソードが亡者の腹へ深々と突き刺さった。

 核心の手ごたえが、剣を持つ手から伝わってくる。

 

 「ア゛、ァ゛ァ゛ァ……」

 

 腹へと剣が刺さった亡者は、ゆっくりと倒れこみ動かなくなった。

 同時に、亡者から何か『白いもや』が俺の体へと潜っていく。

 なぜか、少女の体にも(・・・・・・)

 「ん?」

 一瞬疑問がわくが、それを振り払い怯えた少女へと向かう。

 少女は目の前で起こった戦闘に腰を抜かして、地面へとへたり込んでいた。俺が近寄って手を差し出すと、反射的に振り払われてしまう。

 少女自身も自分の行動に驚いたようで、すぐに謝ろうとするも混乱で言葉が出ないようだ。

 「あっ、えっ」

 「いや、怯えるな。何もしねえよ。説明は後でするから、ひとまず移動したい」

 「いえっ、あのっ。わ、わかりました。で、でも足が……」

 見ると腰が抜けたようで、少女の足は震えていてとても歩けそうにはない。

 「歩くのは……無理そうだな。しょうがねえ、ちょっと我慢しろ」

 少女へとしゃがみこみ、肩と膝の間に手を入れて一気に持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。

 「ちょ、待ってください!」

 「少しの(あいだ)だけだ。多分、すぐそこに安全な場所があるだろうから、そこまで移動する。今の状況の説明はそれまで待っとけ」

 「いえ、そういうことでは無くて!」

 俺は少女の言葉に耳を貸さず、道へそって真っすぐ歩き始めた。

 

 

 

 薄暗い棺桶と墓石の森を抜けた先。

 そこに広がっていたのは、雲で遮られた崖下とどこまでも続く山脈。そして、空を遮る薄く黄色がかった白い曇り空だった。

 それを見て、俺と腕の中の少女は声が出なかった。感激にではない。『驚愕』にだ。

 地平線まで山脈が連なり、雲で地面が見えないほどの高所。そんなところは『俺の世界にはなかった』。おそらく少女も同じなのだろう。

 そしてそれは、俺の予想が当たっている(・・・・・・・・・・・)証明でもあった。

 (まさか本当に、俺たちは選ばれちまったっていうのか……?)

 俺は驚きと絶望を感じて、自然と口が閉じる。

 

 ただ、少女は数十秒間の静寂に耐えられなかったのか、やがておずおずと口を開いた

 「あの、ここはいったい……」

 「……あ、ああ。ちょっと待て。まず安全な場所へ……いや、『ここ』がそうか」

 少女の声に現実に戻され、慌てて周りを見渡す。しかし、お目当てのものはすぐ目の前にあった。

 俺の視線の先をたどった少女は、不思議そうに疑問を口に出す。

 

 「これは……『篝火(かがりび)』、ですか? さらに中央に剣が刺さってるなんて……」

 「そう、この剣が刺さった篝火が唯一の安全地帯らしい。まずは座るぞ」

 篝火の隣に少女をゆっくり下ろし、俺もどっかりと座る。

 篝火の熱で、今までの緊張がほぐれていくようだった。少女の方もそうらしい。ほおが緩んで安心しきった顔だった。

 (……こうしてみると。まだ14歳ぐらいのちびっこが、どうしてこんなところに……)

 それも、今の状況を説明したら話してくれるかもしれない。

 ちょうど考えもまとまってきた。俺は少女へと口を開く。

 「なあ、そろそろこの状況を話していいか?」

 「……ああ、はい。だいぶ休憩しましたし、大丈夫です」

 確認を取る。俺はおそらくの話だが、と前振りをしながら、話し始めた。

 

 

 

 「わかった。さて、まずはここがどこか説明してやる」

 「ここは灰の墓所。伝説では、『始まりの火を継ぐであろう火の無い灰』がたどり着く場所だ」

 「『火の無い灰』は、ロスリックという場所を探し回り『(たきぎ)の王を集め、始まりの火を継ぎ世界を救う』という、馬鹿でかい使命があるらしい」

 「つまり、俺たちはその使命を果たす『火の無い灰』に選ばれた、というわけだ」

 「本当はそんな使命ごめんこうむりたいが、俺たちはその使命から逃げられない。なぜなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『火の無い灰』は死んでも蘇るからだ」

 

 

 

 




騎士の見た目は逃亡騎士。少女の見た目はカルラのとんがり帽子と火守女衣装に似たフードです。
妄想を我慢できずにいざ投稿。感想批評、評価をお待ちしています。


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二話・騎士の意志と少女の決意

 人が生まれる前。世界には闇だけがあり不死身の竜が支配していた。

 しかし、そこに『最初の火』が灯される。

 それにより、世界に境界ができた。光と闇。暖かさと冷たさ。生と死。

 その最初の火を手に入れ、王のソウルを得た最初の王グウィンは、不死身の竜を殺し人や巨人の国を作った。

 国は問題もあったが少しずつ繁栄していった。しかし、約900年たった時、世界に異変が起きる。

 

 始まりの火が少しずつ消え始め、それと同時に死なない人間、不死者が現れた。

 不死者は、殺しても死なないが死ぬたびに精神が崩壊していき、いつしか理性なき亡者となってしまう。

 それを知ったグウィンは、自分と自らの王のソウルを始まりの火に焚べ、犠牲になることで世界を救った。

 しかし、それでも始まりの火は消え始める。グウィンの犠牲はただの延命でしかなかった。

 だがグウィンはそれに備え、再び始まりの火が消え始めたときの処置を残していた。

 

 「不死者となったものは、王のソウルを手に入れて自らとともに始まりの火にくべよ」と。つまり『火継ぎの再現』だ。

 王のソウルを手にする者の多くは強大な力を持っており、その王からソウルを奪うのは並大抵のことでは無い。

 しかし、不死者は死なない。何度も何度も挑んでくる不死者たちに、火の力を持つ王は倒され、『火継ぎの再現』が行われていった。

 そうして、世界は多くの不死者と様々な王達を犠牲に、始まりの火が消えるまで生き永らえる世界を作ったのだった。

 

 しかし、この『火継ぎ』には、いつか誰も火継ぎをしなくなった時のために、ある救済措置が施されていた。

 それは、「王のソウルを手に入れる可能性があった者を蘇らせ、不死者として火継ぎさせる」というものだった。

 

 

 その『火継ぎのための不死者』を、人はいつしか『火の無い灰』と呼んだ。

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 「と、つまりそういうわけだ。俺たちの今のやばさが伝わったか?」

 「そういうわけだ、って急に言われましても……正直、現実感はあまりないですね。死なない不死だとか火継ぎの使命とかがあっても、私には何も伝えられていませんから」

 「その反応で本当にわかってんのか……? これから火継ぎをするまで、死に続けるかもしれないんだぞ?」

 「しかも、死に過ぎたらいつしか精神が死んでそこらの亡者になってしまう……でしょう? ちゃんと理解してますよ」

 あの後、俺は篝火で休憩しながら(かたわ)らの少女へと、今の現状を説明し続けていた。

 

 俺は当初、『火の無い灰』と言ったらすぐにわかるだろうと踏んでいたが、当の本人には全く伝わらなかったかったらしく「頭がおかしくなったのですか?」と言われそうな顔をされた。というか本当に言いやがった。

 本人が言うには、この自称魔女の少女はずっととある山の神殿に引きこもり、師匠からずっと魔術を教わっていた、ということらしい。魔術のみならず、呪術や奇跡といった、存在そのものが疑わしいものまで。

 もちろんずっと修行づけの日々のため山から下りたことはほとんど無く、俺が話した『グウィンと火継ぎの物』」も一切知らなかったようだ。

 しかし、俺の下手な説明で理解はしたらしい。しかも、それだけで今の状況すら理解していたのだから、この少女はおそらく相当頭の回転が速いのだろう。

 

 「それでも、この言い伝えを知らないやつがいるなんて思わなかったな。俺の故郷じゃ、小さい子供でも知ってるだろうし」

 「そう言われても、知らなかったものはしょうがないでしょう? それに、あなたから教えてもらったから問題はありません」

 「いや、どんだけ世間知らずだったんだってことだ。おまけにその歳だからな」

 「14歳ですよ? 別に知らないことの一つや二つあっていいじゃないですか」

 「そういうことじゃなくて……もういい」

 両手を挙げて降参する。それを見た少女は満足そうな笑顔を浮かべ、また俺へと質問した。

 「黒く燃えるもの、でしたっけ? それで子供のころの記憶は思い出したんですよね。その言い伝えのほかにも、何か情報はありませんか?」

 「よし、ちょっと待て。今思い出す」

 火継ぎの話をおも思い出した要領で、残りの言い伝えを記憶から探していく。

 子供のころは言い伝えなど熱心に聞いていたわけじゃないため、かなりうろ覚えだ。しかし、今はそれに頼るしかない。……もっと司祭とかの話を聞いておくべきだったか?

 

 「あー、確か言い伝えの続きが『選ばれた火の無い灰は、灰の審判者の試練を受ける。それを乗り越えられなかったものは、いつしか亡者となり果てるだろう』……とか、そんな感じだったはずだ」

 「なんだか曖昧ですね。……あなたの記憶が間違っていなければ、の話ですが」

 「あぁ? しょうがねえだろこっちだって必死に思い出してんだ。少しでもわかっただけありがたいと思え」

 「あなた、もしかしてもう亡者化してませんか? だとしたらその記憶力にも納得ですね」

 「……だったら今ここでお前を襲ってもいいんだよな?」

 「あなたにそれができるなら、ですがね」

 

 殴りてぇ。このちびっこを今すぐ殴りてぇ。

 どうやらこの少女、かわいらしい見た目と身長に反して、結構ずけずけとした口調らしい。さっきの戦闘直後からリラックスしたせいだろうか。落ち着いたのはありがたいが、正直やめてもらいたかった。

 座り込んだままこぶしをグっと握りしめ、その衝動に耐える。

 しかし、これは少女の実力を知る良い機会でもある。下へと続く道を確認した後、俺は少女へとある提案をした。

 「…………わかった。なら、そこまで言う実力を見せてもらう。いいか、こっから下の広場までの亡者をお前だけが相手しろ。『騎士』として、お前が死にそうになったら割って入るが、それ以外はお前がやれ」

 下へと続く道の先には、大きな広場があった。ちらちらと亡者も見えるが、さっきのやつと同じようにふらふらしているだけだ。そこまで危険はないだろう。

 これで少女が役に立つか、どれぐらい戦闘ができるかはわかる。最悪の場合は安全地帯に置いていくか。

 そう考えた結果の案だったが、少女はなぜか驚愕の表情を浮かべている。あの態度から、てっきり余裕だとか言い出すと思ったが。

 しかしそんな予想とは違い、少女の口からは思いもしない言葉が飛び出てきた。

 「え、あなた騎士……なんです、か? 本当に?」

 「…………」

 

 

 

 「いや俺の姿は騎士だろ! どう見ても!」

 「いえ、どう見ても騎士ではないですね」

 少女はジト目でこちらを見て、冷徹にそう指摘する。

 ばかな。黒鉄の兜と鎧、ロングソードと鉄の盾、そして誰かを守ろうとする心意気。立派に3拍子揃ってるではないか。

 「最後はともかく、最初の二つもボロボロの外套とベルトでそうは見えません」

 「それは別にいいだろ! 最初から着ているし、使いやすくて気に入ってるんだから!」

 どうして「騎士」にこだわるか自分でもわからないが、我ながら諦めが悪い。が、どうやらこの少女も同じようで認めようとはしなかった。相変わらずのジト目で反論してくる。

 「見た目こそ大事でしょう。仮にそうじゃなくとも、私があなたを騎士と思わなかった原因は、その口調です。騎士と思われたかったら、まずそこを直してください」

 「はっ、無理だな。記憶は無いがこのしゃべり方は多分直せない。が、俺は正真正銘の騎士だ! そこは認めてもらおう」 

 俺の渾身の宣言を、少女は鼻で笑う。

 

 

 

 「……なるほど。わかりましたよ、認めてあげましょう。ねえ、『偽騎士(にせきし)』さん?」

 

 

 

 「――――なんだと?」

 「いや、良いじゃないですか偽騎士(・・・)さん。あなたにぴったりですよ。いえ、偽騎士(・・・)さんには、ですか」

 この野郎、ちっこいくせに生意気すぎる。やばい、また怒りでこぶしが震えてきやがった。

 そっちがそう言うなら……。

 「ほう、なるほど。じゃあお前はどうなんだ? そんなでかい口叩くくらいなら、さぞ大物なんだろうなぁ?」

 俺の震え声の問いかけに、少女は待ってましたと胸に手を当てながら答える。いや、『答えようとした』。

 

 「もちろん! 私は今や数少ない、奇跡・呪術・魔術すべてに才がある、『(ぜん)なる魔女』——」

 

 

 

 「まあ俺からしたら、そんな身長だしただの『ちびっこ』だがな」

 

 

 

 「――――え」

 俺の返した言葉に、『ちびっこ』は思わず固まる。

 実際、この少女は小さい。14歳とは言っていたが、身長は11歳ぐらいしかない。ちょうど、顔が俺の胸のあたりだ。

 はっ、いい気味だ。多分、普段から気にしていたのだろう。そうでないとここまで反応しないはずだ。

 しばし、弱点を知った優越感に浸る。しかし、それは少女からの小さい声で一気に掻き消えた。

 

 「……調子に乗らないでください、偽騎士(・・・)さん」

 「……そっちも生意気いってんじゃねえぞ、ちびっこ(・・・・)

 

 ……とまあ、こうして最悪の挨拶は終わった。俺の中で一番不名誉な呼び名とともに。

 わかったことと言えば、こいつとは相性が悪いということだけだった。

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 「で、ここから下に見える広場にたどり着くまで、私がすべての亡者を倒す……でしたか? 『偽騎士』さん?」

 「……っ、ああ。それだけでも『ちびっこ』の実力はわかる。不意打ちとかは使うな。正面からの実力が知りたい。というか、さっきは腰を抜かしていたが大丈夫かよ」

 「あ、あれは急に戦闘が始まったからびっくりしただけです! 魔術を使った戦闘自体は師匠とやっていたので大丈夫ですよ」

 杖を軽く振って感触を確かめつつ、そんなふうに少女が確認してくる。

 その様子から、杖はかなり使い込んでいるようだ。歴戦の剣士は剣を違和感なく、一瞬たりとも止めることなく振るう。それと同じく、杖を振る右腕はあたかも杖が浮いているように動いていた。

 しかし、自信ありげの様子とは裏腹に、左腕には何も持っていない。杖を両手で持つ、というわけでもないらしい。

 せめて盾は持つべきだと考え忠告してみたが、

 「大丈夫です。何も考えていないわけじゃないですから」

 と断られる。

 まあ、無策でないならいい。というかこのちびっこは、絶対に無策で相手に挑まない性格に違いねえ。

 

 そう考えていると、少女の準備が終わったらしく、俺へと振り向いた。

 「準備できました。広場までどれぐらいですか?」

 「ざっと5分ってところだ。亡者は二、三体はいるだろうな」

 「それぐらいなら、特に問題ありません。行きましょう」

 まるでおびえることなく、ちびっこは先に進み始めた。

 少しは怖がってもいいと思うのだが……。本当に背丈以外は子供らしくないやつだ。

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 結果から言うと、期待外れだった。

 

 「ア”ア”ア”ア”!!」

 「『ソウルの矢』!」

 

 杖の先から飛んでいく青い光は、こちらへよたよたと走ってくる亡者へと命中する。

 しかし、たった一発だけでは致命傷にはならず、亡者は再び走り始めた。少女は杖を構えなおす。

 

 「でも、これならっ」

 

 同じ魔術だけではだめだと感じたのか、少女は使う魔術を変えた。

 どうやら『ソウルの矢』より強い魔術らしく、先ほどより魔術のため(・・)が長い。

 その間にも、亡者は近づいてくる。

 

 そして、亡者が少女へと武器を振り下ろそうとした直前。

 

 「ソ、『ソウルの太矢』っ!」

 

 より大きい『ソウルの矢』が、目の前の亡者へと突き刺さる。

 その一撃で後ろへよろめいた亡者は、そのまま後ろへと倒れこんだ。

 少女は息を荒くし、その場で立ち尽くしている。その後ろ姿へ、俺は声を吐き出した。

 

 

 

 「……だめだな。まるでなっちゃいねえ」

 「っ!」

 少女は動きが止まり、ゆっくりとこちらへと振り向く。

 その顔は、なぜか大きな『怯え』に染まっていた。

 構わず、俺は話を続ける。

 「まず、なぜ『太矢』ではなく『矢』を使った? 魔術を放つまでの時間が長いのは『太矢』だったはずだ。近づかれて使うよりも距離が遠いときに使った方が良いに決まってるだろ」

 「……『矢』だけで倒せると、そう思い――」「その油断がだめ、ということだ」

 少女の言葉にかぶせるように、俺は堂々と言い放つ。ここで手加減することほど愚かなことはない。

 「せめて『矢』だけで倒そうとした方がまだ良い。攻撃は威力や速度よりもまず、『当てる』ことが第一条件だ。威力が足りなかったからと言ってもっと隙を作るのは、攻撃してくださいと言ってるようなもんだな」

 「…………」

 「あと、ちびっこ。お前左手になんか策があったようだが、多分接近されたときに使うもんだろ?」

 「ど、どうしてそれを?」

 「そうじゃなきゃとっくに使ってるだろ。魔術より先にな」

 俺の予想があってたのか、少女は口ごもる。

 

 「多分忘れてたんだな? それこそ冷静になっていない。自分ができることすら管理できないなら、戦闘なんてどだい無理な話だな」

 もはや少女は下を向いて、俺の話をじっと聞いているだけだった。きっと自分の不甲斐なさを実感してるんだろう。

 それに追い打ちをかけるように、俺は言葉を続ける。

 「まあ、俺からは以上だ。結果は不合格。もちろん、この先の戦闘には参加させない。いいな?」

 この説教じみた言葉を使っている理由は、少女に戦闘を諦めさせることだ。そうすれば、わざわざ俺が守ってやることもなく、どっかの安全地帯で過ごしていけるだろう。騎士として、少女を戦闘へ連れていくことはしたくなかった。

 とにかく、ここまで言ったら流石に心が折れるはず。意外と素直そうだし言うことは聞いてくれるだろ――。

 

 「嫌です」

 

 

 

 

 

 「……は?」

 何を言われたのか分からなかった。

 「だから、私が戦闘に参加しないのは嫌です。無理やりにでも入ります」

 「いやいや、話聞いてたのか? ちびっこに戦闘は無理だって———」

 「正面戦闘が無理ってだけでしょう? 後方支援としてならどうですか?」

 俺の言葉に怯むことなく、少女は一切引き下がらなかった。

 それどころか、自分からどんどん押し込んでくる。

 「そもそも、魔術は遠距離戦闘が得意分野。ならば、近接戦闘はしなくてもいいだけの話じゃないですか」

 「そういうことじゃねえ。ちびっこに戦いは向いていな――」「なら、学ばせてもらいます」

 「おい、話を」

 「あなたから、戦闘に関する知識、経験、感覚の一切合切を学び尽くします。だから——」

 

 

 

 「私を、戦わせてください」

 

 

 

 祈るような、(すが)るような、それでいて絶対の決意を持っている眼だった。

 「……なんでだ?」

 おかしい。子供が、ましてや小さな少女が自分から戦いたがるなんて。

 おもわずこぼれた言葉に、少女は迷うことなく答える。

 その眼はやはり、決意に満ちていた。

 

 「私は、何もせず『ただ守られるだけ』なのは絶対に認めません。……それだけですよ」

 

 ……こいつの意見を変えることは、多分俺にはできないだろうな。

 俺は肩をすくめ、呆れたような声で答える。

 「……わかった。俺の後方支援ならいい。だが、そうだとしても俺は騎士として、ちびっこを『守り切る』。それでいいか?」

 「大丈夫です。何かの役に立てれば、私はいいですよ」

 「ああ、そーですか。なら、その態度を改めればもっと役に立つと思うんだが?」

 「その分行動で返しますから、態度は変えません」

 「はっ、本当かどうか見物(みもの)だな」

 そう軽口を言いつつ、二人で歩き始める。

 ただ、さっきよりも少女が近くを歩いているような、そんな気がした。

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 「多分、あれだな」

 「多分、あれですよね」

 俺たちは特に亡者に苦戦することもなく、目的地であるぼろぼろの広場へと到着した。

 

 闘技場を思わせる円形の広場で、右側はがけになっている。安全のための柵なんてあるはずがなく、もし落ちたら生き残ることはないだろう。

 その広場の中央には、灰色の鎧を着た巨体の騎士が膝をついていた。

 膝をついているのに、俺の身長と同じぐらいに頭がある。だとすれば、大きさは俺の二倍はあるだろう。鎧はかなり分厚く、手に持っている斧槍は地面へと突き刺さっていた。その様子からただの人間ではなく、かなりの強者であることがわかる。

 しかし、その鎧の胸を半分捻じれている剣が深く、深く貫いていた。

 おそらく、いや間違いなくあれが灰の審判者だろう。

 

 「あれが、灰の審判者……」

 入口で様子を見ていると、横から少女の急かす声が聞こえてきた。

 「で、戦うんですか?」

 「ああ。どうせ、他の道を探してもないんだろうな。やるしかない。ただ……」

 「ただ?」

 訊き返してくる少女へ指を向け、次に俺へと向ける。

 

 「心配なのが、『俺たちが二人いる』ってことだ。火の無い灰は死なない。しかし、俺たちはどうやら『二人で一人の火の無い灰』扱いらしい。つまり、死んでも生き返るか確証がない」

 「不死性が半分しかない、ということですね。傷はさっき教えてもらったこの液体……エスト瓶で回復はできますけど……」

 エスト瓶。いつの間にか持ち物に入っていたが、おそらく火の無い灰には誰にでも与えられるものなのだろう。

 少女が言ったように、この瓶の中身を飲めば瞬時に体の傷を癒すことができる。同じく不死人の傷を癒す篝火の火を集めた液体らしく、篝火で中身を入れなおせるが、肝心の量は制限されている。この瓶だと、回復できるのは3回だろう。

 

 「たった3回。二人合わせて6回だ。それだけで審判者を倒せるかは怪しい……が、どうせ選択肢は一つだ」

 「……なら、作戦が必要です。もう考えてるんでしょう?」

 「へえ、わかってるじゃねーか」

 やるしかない。

 俺も少女も、もう覚悟は決めているようだった。

 

 



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三話・灰の審判者グンダ

 

 「つまり、偽騎士さんが囮になって私が魔法で援護する。これでいいですか?」

 「ああ。今は手持ちが少ないし、そうするのが一番安全だ。ただ、ちびっこに意識が向かないようにするから、最初はずっと逃げ回っとけ」

 「まさか戦闘が終わるまで、なんて言いませんよね?」

 「俺が一撃をもらうまで、だ。いつでも援護に回れるよう、集中は切らすなよ?」

 「……心配されることでは無いです」

 

 俺達の眼前にいる巨体の灰の審判者は膝をついていた。分厚そうな灰色の鎧だが、その胸からは螺旋状の剣が突き刺さっている。

 俺達が円形の闘技場みたいな広場に足を踏み入れても、こいつは動かなかった。てっきり近くまで来たら戦闘になると思っていたが、ただの杞憂だったようだ。

 警戒はといたが、これでは『試練』とやらが始まらない。どうするか、と右往左往しながら俺が考えていたら、少女は突如として胸に突き刺さっている剣に手を伸ばしていた。

 少女によると、『螺旋の剣を抜いたとき、試練は始まる』と頭に声が聞こえたらしい。

 文字通りこの審判者に突き刺さっている剣を抜けば、すぐさま『試練』が始まるだろう。

 それまでの準備として、俺達は最初の対応を話し合っていた。

 

 俺が審判者の動きを牽制、囮になり少女がその間に魔法を撃つ。

 文字にしてみれば単純極まりない作戦だが、今は武器も情報も何もない。さらに『確実に蘇るわけではない』ということを考えれば、必然的に安全策に走るしかなかった。

 しかし、シンプルだからこそ実行しやすいだろう。何せ俺が攻撃を受けて、少女が魔法を撃つだけだ。作戦が通用しない、なんてことにはならないはず。

 そう考えての作戦だったが……。

 

 「『わかってるじゃーか』、なんて啖呵を切っといてこんな作戦なんて……。正直、期待はずれです」

 「んなこというなよ。こっちだってわかってんだから……」

 広場の門へと少女が戻りつつ、そんなことをこぼす。そうして離れる少女に対して、俺は審判者の胸の剣へと手を伸ばしていた。俺は近接戦闘、少女は遠距離戦闘なのだから当然だ。

 少女の声に答えつつ、螺旋の剣の柄を握る。……なぜか、ほのかに暖かい。が、その感覚をすぐさま外へと放り出す。

 改めて両手で握りなおし、俺は後ろへと声をかけた。

 「ちびっこぉ! 準備はいいか!」

 「大丈夫です! あとちびっこ言わないでください!」

 

 返答を聞き流しながら、剣に力を入れる。

 

 

 少しずつ、ゆっくりと巨体から剣が引かれていく。

 

 

 

 大した時間もかからず、剣はすべて引き抜かれる。直後、手の中から剣が消えた。

 それに疑問を持つ間もなく。

 

 

 

 『灰の審判者・グンダ』

 

 頭に声が響くと同時、目の前の巨体は動き始めた。

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 並の相手ではない。そう思っていた。

 少なくとも、油断はしていなかったつもりだ。しかし灰の審判者グンダの強さは、俺の予想を軽く超えていた。

 正しくは『戦うような相手ではない』だ。

 

 グンダの斧槍が、その遠心力と共にこちらへと振り下ろされる。3メートル近くの巨体が振り下ろすそれは、もはや人が出していい速度ではなかった。

 絶対に喰らうわけにはいかない。しかし、俺はここで囮にならないといけないのだ。

 逃げようとする体を理性で押さえつけ、盾を構える。

 

 「——ッ!」

 

 重い金属がぶつかり合う轟音。

 力を込めたはずの左腕に、岩がぶつかったような衝撃が走った。それでもその衝撃は消えず、耐え抜いた姿勢のまま後ろに下がってしまう。全身に力を入れて、完全に防御したはずなのに、だ。

 重い。重すぎる。

 左腕のしびれが切れぬまま、盾を下げて前を見据える。

 そこには悠々と斧槍を緩く構えなおす、灰の審判者の姿があった。

 

 (くそっ、攻撃を……)

 

 俺の役目は囮。こっちに意識を移すには、少しでも攻撃をしなければいけない。

 しかし、先ほどの衝撃で呼吸を整えることしかできなかった。足は少ししか動かず、グンダから僅かに離れるだけ。走るなど到底無理だ。

 数秒間の停止。そしてまた、グンダの斧槍が左へ構えられ、その巨体がねじられる。

 攻撃のする暇など存在しない。多少ましになった左腕で、もう一度盾を構える。

 

 そしてまた、右から死の斬撃が薙ぎ払われた。

 

 

 (攻撃する……暇がねえ……)

 戦闘が始まってからというもの、ずっとこの調子だった。グンダが一方的に攻撃し続け、俺が受け続ける。俺からの一撃なんて、グンダが構えるまでの不意打ちのみだ。

 俺が盾で受けると、あまりの衝撃で体が動かなくなる。その間にグンダは構えなおして再度攻撃。2、3回の連続突きやタックルも使ってくるので、受けきった後も油断できない。

 特に外傷こそないものの、いつか俺のスタミナが削られて一撃を食らうのは必然だった。

 

 

 「ぐっ!」

 

 何度目かの衝撃。衝撃を受けきれず、ブーツを地面に擦り付けながら体が後ろへと下がる。

 ちらりと少女の方を見ると、確かに俺の後ろの壁へと逃げている。その眼は不安そうで、しかし攻撃をためらっている様子が見て取れた。

 しかし、その眼が大きく開かれ少女が叫ぶ。

 「避けてください!」

 

 前を見ることなく、とっさに横に身を投げ出す。直前まで俺の兜があった場所には、恐ろしい速度で突き出される斧槍が見えた。

 

 (危なかった……だが)

 今度は、盾で受けていない。

 

 それを認識した直後。俺は即座に体を立て直し、片手でロングソードを構えなおす。力の限り地面を踏みしめ、とにかく前へと身を乗り出した。

 まだ斧槍を戻していない巨体へと、走り抜けざまに一撃。さらに振り返りながら、回転ぎみに灰の鎧へと二撃目の剣を振るう。

 浅い。しかし、刃は通った。

 これ以上は危険と判断し、後ろへとバックステップ。

 

 

 それと同時。俺の上から斧槍が恐ろしい速度で迫っていた。 

 

 

 とっさに構えた盾は、何とか間に合い斧槍の勢いを下へと受け流す。

 「がっ!?」

 目の前の地面へと、斧槍が深く埋まりこんだのが盾の下から垣間見える。

 

 

 しかし次の瞬間、斧槍の刃がこちらを向き、俺へと振り上げられるのが一瞬だけ見えた。

 左腕は、動かなかった。

 

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 

 「——ぐはっ!?」

 

 地面に叩きつけられる衝撃で、目が覚める。

 失神から目覚めたばかりで記憶が曖昧になるも、背中からの強い衝撃と痛みから一瞬で意識が覚醒した。

 (一撃で……これかよ……)

 斧槍に上へと突き上げられられ、吹っ飛ばされた。言葉にするとこれだけなのだが、体に走る痛みと衝撃は人体が受けるものではないと語っていた。

 

 呼吸がうまくできず、足に力は入らない。しかし、この状態を審判者が放っておくはずもない。手と肘をついて、無理矢理起き上がる。

 大丈夫だ。落ち着け。まだ一撃喰らっただけ。冷静になれ。そう言葉を並べるも、激しく鼓動する心臓が落ち着く気配は無い。

 まずは回復するために、俺は真後ろへと走り始める。その先には杖を構えている少女がいるが、後ろへ逃げる以外の選択肢は無い。

 不思議なことに、あんな攻撃を喰らった直後にも関わらず、この体は走り出すことが出来ていた。

 

 グンダは俺を追ってくるだろう。だが、今までの動きを見た限りでは移動速度自体は遅い。この広場の外周にたどり着くまでだったら、回復する時間は稼げるはずだ。

 「後ろです!」

 そんな期待は、背後に振り返った途端消えうせる。

 

 視界の先には、疾走しているグンダが斧槍を上に構えていた。

 

 「嘘だろっ!」

 盾を構える。直後、体が吹っ飛ぶような衝撃。

 

 左腕が痺れ、下を向いて動かない。それでも、俺は恐怖に負けじと前を見据える。

 

 

 

 グンダが右に体をねじり、斧槍を構えていた。

 そして力をため切った斧槍が加速。

 

 (避けられ——っ)

 

 残像を残す速度で、斧槍は俺へと直撃した。

 

 

 

 

 衝撃と切られた痛み。それと一緒に、俺の体は後ろへ吹っ飛んでいく。

 地面に身を投げ出されても勢いは止まらず、外周にいるはずの少女の近くでようやく停止する。

 「偽騎士さん! 大丈夫ですか!?」

 少女が焦った声で聴いてくるが、それに答える余裕もない。そもそもあまりの衝撃で呼吸ができなった。肺から酸素が無くなり、余りの苦しさに手足が勝手に暴れまわる。

 「——かはっ!?」

 だが、直後再び呼吸が始まる。息を整えたいところだが、それよりもまずベルトに備え付けてある鞄からエスト瓶を取り出し、兜の隙間から無理矢理押し込んで一口分飲み込んだ。

 喉から暖かいものが入り、すぐさま体へと染み渡ってゆっくりとだが痛みを消していく。どうやらこの灰の体、行動の回復は早いが痛みはエスト瓶じゃないと治らないらしい。

 回復して意識が明瞭になると同時、隣から声が響き渡った。

 

 

 

 「『ソウルの矢』!」

 少女は杖をグンダに向け、魔法を発動。1秒ほど後、杖から『矢』が放たれる。

 

 グンダは特に避ける素振りを見せず、あっさりと『矢』は直撃。さらに、俺達へ向かう足が一瞬止まった。外からは確認できないが『矢』は効いているようだ。そして少女へとグンダの兜が向けられた。明らかに攻撃対象を変更している。

 

 「偽騎士さんはそこで回復していてください。それまでは私が囮を務めます」

 それを確認した少女は簡潔にそう言い放つと、円形の広場の外周を右へ走り去っていった。

 「おい待て——ぐっ!」

 俺はすぐに立ち上がって後を追おうとするが、回復しきっていない足から力が抜けて崩れ落ちてしまう。それでも、手放していなかったロングソードを地面に突き刺して何とか体勢を整えた。

 

 守る。守る。『守って見せる』。

 

 俺の中でそんな言葉が渦巻き始める。

 しかし俺の思いとは裏腹に、少女は4回目の『ソウルの矢』を走りながら発動。吸い寄せられるようにグンダに当たり、さらに注意を向けられてしまう。少女の場所は、もはや俺から一番遠い対面の外周だ。

 

 グンダは相変わらずゆっくりと歩いているため、少女へと追い付かない。それを見越してだろう。少女は動きを止め、杖を後ろに構え光を溜め始める。

 このまま魔法の遠距離攻撃で倒せるのではないか——。俺がそう感じ、おそらく少女もそう思っただろう。

 

 しかし、そんな期待を裏切ってグンダは突如足を曲げた。

 まるで飛ぶ準備動作のように。

 「「——ッ!!」」

 

 

 

 その足のばねの勢いそのまま、グンダは文字通り『飛び上がった』。その高さは、およそ5メートル。

 そして斧槍を下に構え、突き刺すように姿勢を整える。

 

 着地地点は、少女の真上。

 

 

 

 「ッ! 『ソウルの太矢』!!」

 しかし、落ちてくるグンダから少女は逃げることなく、その場でようやく溜め切った魔法を放つ。

 俺はその魔法が当たる前に少女へと駆け出し始めた。たどり着くまでは数秒間。叫ぶ余裕すら無い。

 

 一瞬だけ、グンダの体で青い光が散る。その直後、グンダと少女は着地の衝撃で舞い上がった砂埃に埋もれて、姿が見えなくなった。

 

 

 

 だが、砂埃はすぐさま払われる。そこからは見えるは、右へと横薙ぎされたグンダの斧槍。斧槍の下には、こちら側へ後ろに倒れるように回避した少女の姿。

 少女は無事のようだ。大方、当たった魔法によってグンダの体勢が崩れ、斧槍が少女へと当たらなかったのだろう。

 

 ただ、まだ死の追跡は終わっていない。

 地面に倒れた少女へと、グンダは斧槍を右手で上に振りかぶる。振り払われた斧槍が、上へと移動。

 そして両手で持ち直し、下へ何度目かの振り下ろし。

 

 「ひあっ。——ッ!」

 少女はそれを横へと転がって、ギリギリで回避する。

 斧槍は地面に埋まるが、それでも斧槍は止まることなく上へ振りかぶられ、そして下へともう一度急激に加速。

 「逃げろちっびこぉ!」

 

 少女への二度目の斧槍が振り下ろしの直前、俺は少女へとなんとかたどり着く。

 さっきと同じく、盾を上へ。左腕のしびれはもう無かった。

 

 「ぐっ!」

 金属音。同時に衝撃。

 しかし、今回は衝撃をすべて受けきらず下へ『流した』。そのため、前よりは体の痺れが少ない。すぐさま残った体力で反転し、起き上がろうとしていた少女を抱える。

 

 とにかく後ろへひた走る。なぜか先ほどとは違い、グンダは走っても飛び上がりもしてこなかった。そのまま安全な場所まで下がり、少女へ自分のエスト瓶を飲ませる。幸いにも、俺と少女のエスト瓶は全く同じようで少女はすぐさま目が覚めたようだった。

 意識があることを確認して、少しだけ荒く地面に足を付かせる。すぐさま反転し、グンダへと盾を構えなおす。すぐにやってくるだろうグンダの連撃を、また受けきらないといけないのだ。

 だというのに、後ろの少女はあろうことか俺の方へと立ち上がってきた。

 

 「偽騎士さんは、危ないから下がってください!」

 「それはこっちのセリフだ! ちびっここそ早く下がれ!」

 言い争いをしている場合ではないのに、お互いに口調が荒い。どっちも気遣う余裕が無いのだ。

 「くそっ!」

 俺は仕方なく、少女を後ろへと回し蹴りして物理的に下がらせる。

 「ちょっと、何して——」「後で文句はいくらでも訊く! 今はそんな場合じゃねえだろ!」

 

 怒鳴りながら改めてグンダへと振り向いて構える。距離はまだ大丈夫だ。また走ってきても、今度こそ対処できるはずだ。

 (しかし、こっからどうする? 対抗手段が無い、隙が作れない、逃走もできない。まさしく、『手も足も出ない』状況じゃねえか)

 

 そんなことが頭によぎる間にも、一歩ずつグンダは近づいてくる。ゆっくりと、着実に。

 

 盾で受けたら、先ほどのように攻撃を喰らう。逃げようにも、後ろには少女がいる。

 今から逆転するには、間に合わない。

 俺がそう結論づけたときには、すべてが手遅れの状態だった。

 

 

 幾秒ほどの時間をかけ、ついにグンダは斧槍の届く距離までたどり着く。

 

 死が目前に迫る中。体の内側で炎が燃えて、小さな声が聞こえた。

 

 

 

 幾多の火の無い灰を屠ってきた斧槍が、両手で上に振りかぶられる。

 

 『違う』『それは間違っている』『お前には似合わない』。そんな本能のような声がする。

 

 

 

 その巨体のすべての筋力が振り絞られ、斧槍の先端が一瞬で最高速に到達。

 

 『力を緩めろ』。その声に従い、体から不要な力を無くし本能のような『何か』に身を任せる。

 

 

 

 直撃したら確実に絶命する威力を伴って、死の斧槍は振り下ろされていく。

 

 感覚が研ぎ澄まされ時間が緩く進む中、俺は迫ってくる灰色の斧槍へと視線を移す。

 『当たったら死ぬ』。それを理解した直後。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は『左腕から盾を捨てた』。

 

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 

 目の前の光景が信じられなかった。

 今まで私達を追い詰めてきた灰の審判者。その手が持つ斧槍が迫ってきているというのに、薄汚れた騎士は盾を地面へと捨てたのだ。

 そんなことにかまわず、グンダの斧槍は振り下ろされる。

 

 私は、ただ見ることしかできなかった。

 

 「——偽騎士さんっ!?」

 斧槍の衝撃で地面から砂ぼこりが舞い、偽騎士の姿が完全に見えなくなる。盾はこの目で確かめた通り持っていなかったはず。当たっていたら無事ではないだろう。

 「そんな……」

 また『守られた』。

 頭の中でそんな思いが反響し、次々と沸き上がってくる。感じるのは、罪悪感と後悔。それに耐えきれず、私はその場でへたれこんで動けなくなってしまう。

 晴れない砂ぼこりの先で、偽騎士を始末した審判者がこちらへと向き直る気配。怖くて前を直視できない。逃げなければいけないのに、足に力が入らない。

 そしてその恐怖から、ついに心の声が漏れてしまった。

 

 「誰か……助けて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、わかってる」

 

 

 驚きで、うつむいていた顔を上げる。

 砂ぼこりが晴れたそこには右手に剣、『左手に短刀』を構えた薄汚れている騎士の姿があった。

 

 



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四話・人の膿

グンダ戦の続き。ゲームより割りと強化していて作者もびっくりしています。


 「ああ、わかってる」

 砂ぼこりが晴れていき、ゆっくりとグンダが視界に映っていく。その様子は、うろたえるように僅かに足を後ろに寄せるも、すぐさま斧槍を構えて警戒態勢に入っていた。しかし、まだ襲ってくる気配は無い。会話するだけの時間は残っているようだ。

 「偽……騎士さん?」

 「名乗るのが非常に嫌だが、偽騎士だ。幻覚でもなんでもねえぞ?」

 「いや、でも……盾を捨てて……」

 「ちびっこはまず壁際まで下がれ。回復する時間は俺が稼ぐ」

 すぐ後ろから、かわいらしくも困惑した声。少し泣いているような声もしていてからかいたくなるが、まだ戦闘中だ。強めの口調で下がるように伝える。

 ちょっとだけ間が空くも、小さい足音が遠ざかっていく。先ほどの言い争いを思い出したのか、今回は素直に下がったようだった。

 

 (さて、と)

 一つ深呼吸。左手の短刀を逆手に、右のロングソードを水平に構える。

 目の前のグンダは会話が終わるのを待っていたかのようなタイミングで、斧槍を突いてきた。今までと変わらない、高速で正確な突き。

 『わかっているだろ?』。またしても本能のような声が聞こえてくる。その質問へと答える前にまず体が反応した。

 

 〈当たるまであと0.8秒。横に躱すには僅かに遅い〉

 そんな認識と同時、右前へと鋭く踏み込む。しかし認識通り完全に躱すには遅く、斧槍が左肩を浅く貫く——。

 

 

 

 前に、薄く当てた短刀が斧槍を上へと僅かにずらしていた。

 

 

 

 『そうだ。その戦い方だ。お前に騎士の戦い方(・・・・・・)は似合わない』

 その声を意識から排除し、斧槍に沿うようにグンダへと疾走していく。グンダは後ろへ逃げようとするも、こっちはカウンターだ。間に合うはずもない。

 ロングソードを右肩に背負うように構え、思いっきりグンダへと振り下ろす。深く、より深くなるように突撃しながら。

 間髪入れず、左の短刀を逆手で横に振りぬく。体ごと右へねじりできるだけ長く切り裂き、その状態のまま振りぬいた短刀をグンダへと突き立てる。

 

 「『——ッ!?』」

 

 グンダから無音の悲鳴のような声が漏れ、斧槍を俺へ振り下ろしながら後ろへ離脱する。しかし斧槍はまるで狙いが定まっておらず、俺は左へ体を寄せて最小限の動きで回避。下がっていくグンダを兜の奥から見据える。

 (あの様子から、確実にダメージは与えた。こっちはかすりもしていない。だが……)

 

 グンダの目が、薄い赤に輝いていた。

 完全に余裕をなくし本気を出したようで、重い殺気が俺へと伝わってくる。プレッシャーで体が硬くなるが、こちらもグンダへ睨み返す。

 こっちも本来の戦い方をしているのだ。あちらだって本気になるだろう。

 『こっからが正念場だ。集中しろよ?』

 そんな声へと返すように、両手の短刀とロングソードを握り直す。

 

 

 数舜のにらみ合い。

 それを破ったのは、俺ではなくグンダからだった。

 突如として斧槍を両手で突くように構え、その巨体からは考えられないような速さで突進してくる。

 速い。だが、見切れないほどではない。

 さっきのように短刀で弾くには勢いが付きすぎていた。盾もないため、回避しかない。俺は十分な余裕をもって回避の体勢を取り、グンダを待ち構える。

 

 だが、グンダは俺の間で体を翻し、回転し始める。同時に斧槍を片手持ちへと切り替え、刃を横に傾けてきた。

 つまり、回転薙ぎ払い。

 

 「なっ——!」

 そのまま斧槍の刃が俺へと薙ぎ払われる。驚きで一瞬反応が遅れるも、ぎりぎりで回避が間に合い斧槍の下へと潜るように滑りこむ。

 頭の上を斧槍が恐ろしい速度で通り過ぎるが、当たってはいない。すぐさま立ち上がり攻撃を仕掛けようとするが、その時にはグンダは薙ぎ払った斧槍を片腕で持ち上げ、振り向いた俺へと振りかぶっていた。

 

 「~~っ!」

 〈直撃まで0.4秒。回避不可能。致命傷。短刀で受け流すのが最適〉

 瞬間的にそんな認識が流れ、俺は何も考えずに短刀を上へ構えた。

 短刀へと斧槍が当たる。その一瞬にだけ力を入れ、斜めに構えた短刀に斧槍が誘導される。そのまま斧槍は僅かにだが軌道が逸れ、俺のすぐ横の地面へと叩きつけられた。

 

 叩きつけられた斧槍が持ち上げられる間に、俺はすぐさま距離を取る。騎士のように流れるようなバックステップではなく、荒くも素早い歩法。油断せず短刀とロングソードを構えなおし、グンダも斧槍を悠々と振り直す。

 一瞬の攻防。しかし、今までとは違ってまさしく戦いになっていた。だが、俺だけではグンダを倒すことは難しいだろう。

 

 

 しかし、俺は一人で挑んでいるわけではない。

 

 

 

 

 

 「『太いソウルの矢』っ!」

 グンダの兜から、大きく青い光が飛び散る。少女の魔術による援護だ。亡者と戦った時に教えたように、確実に命中するであろう状況で、より威力が高い魔術を選んでいる。どうやら頭の回転だけではなく、応用力も高いらしい。

 グンダの足が少しばかりぐらつく。その隙を逃さないように、俺はグンダへ走り始めた。

 

 しかし、グンダも俺に反応しすぐさま斧槍を構え右に薙ぎ払う。速度は遅いものの、当たったら確実に重傷だろう。

 迫ってくる斧槍を見つつ、俺は右手のロングソードを自然と『逆手に構えなおす』。

 

 

 『軌道に沿うように。力を入れすぎず。かつ思いっきりだ』

 頭の中の声に従うように、右から迫る斧槍へと逆手のロングソードを近づけていく。

 

 

 近づくにつれ時間の流れが遅くなっていき、より正確に斧槍の軌道を読んでいく。

 

 

 ロングソードの横の出っ張りに引っかけるように、斧槍を柄に当てる。

 

 

 そして、ロングソードを力の限り押し上げ、それにつられるように斧槍も上へと軌道がずれていく。

 全力を出すのは、ここだ。

 「おっ……らぁ!」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、火花と共に斧槍が右上へと受け流された。

 『パリィ成功。さあ、チャンスだぞ?』

 言われるまでもない。大きく腕を開けたグンダの前はがら空き。そこに走った勢いを止めずに突撃していく。

 振り上げられた斧槍の勢いを制御できず、グンダはおもわず俺へと膝をついた。灰色の兜へが、俺の眼前へと下ろされる。

 

 「終わりだあぁぁ!!」

 

 右手と左手を思いっきり振り上げる。それぞれの手には逆手に持ったロングソードと短刀。

 

 

 

 俺はそれを力の限り、グンダの頭へと突き下ろした。

 

 

 

 —*——*——*——*——*——*

 

 

 

 ついにやった。

 壁際で魔術を放とうと構えていた私は、短刀と剣をグンダへ振り下ろした偽騎士を見て思わず安堵した。おもわず手から力が抜けて、杖が地面へと零れ落ちる。

 「あっ、杖が……」

 師匠からの「いつだって杖は構えておけ。それが生死を決めることだって珍しくない」という教えを思い出し、かがんで杖を取ろうとするも足が震えてかがめなかった。もし今座ってしまったらしばらくは立てないだろう。

 

 あとで拾うことにし、視線を偽騎士の方へと向ける。

 彼はグンダへと突き刺した短刀と剣を引き抜き、地面へと落とした盾を拾い上げているようだった。途中で盾を落とした時にはついに諦めたのかと思って絶望しかけたが、結果的に二人共生き残ったことを確認し改めて安心する。

 しかし、どうして盾から短刀に切り替えたのだろう?

 ふとそんな疑問が頭に浮かび、本人へ聞くために声を上げようとする。そういえばさっき蹴られた件についても話さないと。

 

 

 

 「偽騎士さーん。さっき私を——」

 しかし、挙げようとした声は途中で止まってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グンダが、ゆっくりと起き上がっていた。

 

 

 

 

 

 「後ろですっ!!!」

 とっさに声を張り上げ、盾を拾い終わった偽騎士へと警告する。

 その間にも、グンダは立ち上がりさらに身を震わせていた。自慢の斧槍を手放し、苦しそうに頭を抱えている。

 

 

 次の瞬間、グンダの背中から巨大な蛇がうねりながら這い出てきた。

 

 

 「あ、あれは……」

 驚きで言葉が出ない。

 知っている。記憶は無いはずなのに、私はそれを知っている。しかし、そんな混乱が広がるよりも前に、謎の『声』が聞こえてきた。

 

 『あれは人の膿。もう忘れたのですか? そこまで忘れっぽくはなかったのだけど』

 

 「人の……膿?」

 頭の中で、そんな自分の声が反響する。なんだこの声は。

 『なんだって言われても、今はそれどころじゃないでしょ? あの騎士を見なさい』

 

 声の通りに顔を上げて前へと目を向ける。

 偽騎士はグンダから出てきたそれに驚くも、斧槍を持っていないのを見て今度は盾を構える。短刀は武器を持っている相手にのみ使うのだろう。

 そのとっさの判断が彼を救った。

 

 グンダの背中からもう一つ、骨で構成されたような左手が出てくる。その大きさは人をはるかに超えていた。 

 

 出てきたと同時、その巨大な手は地面を這うように偽騎士へと振り払われる。なんとか盾で受けるものの、腕が痺れてもう一度盾は上げられない。

 「まずいっ!」

 それを見て、私は杖を拾う前に偽騎士へ走り出した。一瞬だけ「下がれ」という声を思い出したが、すぐに意識の外へと追い出す。

 

 私が偽騎士へ追い付こうとする間にも、グンダの攻撃は止まらない。

 グンダは巨大な左腕を上へと持ち上げ、斧槍と同じように叩き潰すために力を入れていく。斧槍とは違って、手を広げているので、回避するには範囲が広すぎる。

 偽騎士もそれを悟ったのか盾を上げようとするも、やはり力が入らないようだった。

 

 

 

 (間に合えっ!!)

 すぐさま偽騎士へと必死に駆ける。壁際にいたため、距離は相応に長い。しかし杖を拾う暇がないこの状況で、私に今できることはそれしかなかった。

 間に合うかどうか微妙な距離。しかし、間に合わず二人もろとも潰される、という考えは頭から完全に抜け落ちていた。

 そしてグンダの巨大な左手が偽騎士へと叩きつけようと振り下ろされる直前、私は偽騎士へと抱きついて、走った勢いのまま左手の間合いから二人共離れる。

 その直後、後ろから轟音と風圧が私を襲いさらにグンダから離れる。地面にぶつかった衝撃で偽騎士が腕から離れ、私は地面を転がっていく。

 

 「う……くっ……」

 石畳の上を転がり終わり、すぐに立ち上がろうとするも転がった勢いで体が痛む。そんな私の隣で、もう立ち上がった偽騎士の声が聞こえた。

 「ちびっこ、こっちは大丈夫だ。俺がまた引き付けるから、お前は回復しておけ」

 「あっ……」

 すでに体勢を整えた偽騎士からそういわれ、彼はすぐさま私から離れていく。

 

 待って。これじゃだめ。私は『守られる』だけじゃだめ。

 

 そんな思いが沸きだし、衝動的に偽騎士を追いたくなるもそれを理性で踏みとどまる。

 

 (……今、私がすべきことは回復して相手を観察すること)

 立ち上がりつつ、ローブの中のポケットからエスト瓶を取り出して一口だけ飲み込む。

 体に火がともったようにあったかくなり、意識がはっきりとする。杖もない私に今できることは、相手……グンダを観察すること。弱点を見つけること。

 『わかってるじゃない。さあ、前を見据えて?』

 言われなくても。心の中でそう返しながら、戦っている偽騎士へと目を向ける。

 

 

 

 

 

 偽騎士は、左手に短刀ではなく盾を持って戦っていた。やはりあの巨大な左手では、短刀で受け流せないからだろう。動きも僅かにぎこちなく、先ほどグンダを倒した時のような反応はしていなかった。

 グンダの方も、斧槍をもっていたときのような鋭い動きではなく、まさしく獣のように暴れまわるような荒い戦い方をしていた。人の膿、が原因だろうがその弱点を見つけようと、私は必死に目を凝らす。

 

 上から生えている蛇の飲み込み、左手の振り払いのグンダの連続技を、偽騎士は大きく避けていく。踏み込めば蛇による飲み込み、引けばリーチのある左手の叩きつけ。この二つのせいで、偽騎士はあまり深く攻められないようだった。

 「ウ"ォ”ォ”ォ”ォ”!!!」

 しかし、避けてばっかりいる偽騎士に業を煮やしたのか、黒い蛇は雄たけびを上げる。そして、左手を地面につけ、自分の体ごと持ち上げ大きく飛び上がった。

 

 「——ここだっ!」

 それを見た偽騎士は、逆にグンダの方へと踏み込み始める。直後、先ほど偽騎士がいた場所へグンダが着地し、地面が大きく陥没する。だが、偽騎士はグンダへと踏み込んだため、グンダの後ろで体勢を整えた。

 自分が作り出したグンダの隙を見逃さず、偽騎士はグンダへ切りかかる。上へ振りかぶり縦切り、剣を引いて深く突き刺して二撃目。グンダの体が僅かにだが崩れる。

 

 だが、すぐさま体勢を立て直し、力をためるように足を曲げる。と、その巨体が上へ飛び上がり、真下にいる偽騎士へと着地に合わせて腕を振り下ろしていく。

 偽騎士はとっさに後ろへと転がり、腕の叩きつけを躱すも着地の衝撃でふらついた。

 

 その隙を逃さず、グンダは再び偽騎士へと左手を横なぎに叩きつけようとする。しかし、偽騎士も見事な反応速度で盾を構え、さらに右から迫る左手へと剣を突き立てようと腕を振るった。。

 だが、骨のようなグンダの左手はかなり堅いらしく、剣は軽々とはじき返される。その剣が構えていた盾に当たり、一瞬だけ火花を散らす。

 

 その瞬間だった。グンダが……いや、グンダから生えている巨大な黒蛇が本当に僅かにだが身を引く。

 

 その結果偽騎士を狙った薙ぎ払いは上へと逸れ、偽騎士はすぐさま後ろへと下がっていった。それを見つつも、私の頭は恐ろしい勢いで弱点を暴こうと、理論を組み立てていく。

 (……火花、ということは光? いや、それならば私の魔術でもう怯えているだろう。ならば……熱! つまり炎!)

 完全に偶然だが、人の膿の弱点を発見する。私はそれを偽騎士に伝えようとした。

 「偽騎士さん! あの黒い蛇の弱点は——」

 しかし、この時になって私は気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 火をつけられる装備や道具も、今の私たちは持っていない、ということに。

 

 

 そう、グンダと戦闘に入る前の作戦会議で偽騎士が言っていたように、『私たちには手持ちがない』のだ。

 ここに来るまでの道では、一切の武器も道具も拾っていない。二人共、手持ちのポケットやポーチに入っているのはエスト瓶ただ一つだけなはず。偽騎士が何か持っていたとしても、さっきまでの追い詰められようからして戦闘中で使っていなければおかしい。

 

 つまり、ここで人の膿の弱点がわかっても、それを突く方法が無いのだ。

 

 それに気づいて、私は目の前が一瞬だけ暗くなる。だめなのか。やはり、私たちはこのまま死んでいくしかないのか。

 今の私は杖も持っていない。それでも私は顔を前に向け、グンダと必死に対峙している偽騎士を見つめる。他に何かあるかもしれない。なにか、この状況を打開する何かが——。

 

 

 

 『ちがう。見るのはそっちじゃない』

 また、頭の中で謎の声が聞こえる。私の声で聞こえるのだが、心の声ではない。そう、まるで冷静な私(・・・・)ような声。

 だけども、そんな疑問もすぐに外へ追いやり『声』に対して心の声で返す。

 

 (……ちがう? そんなことない! この状況で私にはそれしか——)

 私の必死な反論に、『声』は被せるように続きを話した。

 

 

 

 

 

 

 

 『あなたの左手を見て。何か気づくでしょう?』

 

 (……?)

 あまりに予想外な返答に、私はつい自分の左手へと目を向ける。

 そこまで杖を握らなかったために、少しばかり固い右手と違ってすべすべしている白い手のひら。しかし、意識を向けてみると僅かにだが左の手がほのかに暖かい。

 同時に、数十分前の記憶が再生されていく。

 

 

 

 それは、私が亡者を倒したあとの偽騎士の言葉。

 『あと、ちびっこ。お前左手になんか策があったようだが、多分接近されたときに使うもんだろ?』

 そう。言われた通り策があった。それは——。

 

 

 

 (…………これだっ!!!)

 左手に向けていた視線を、今も戦っている偽騎士へと向ける。その彼へと、今度は迷いなく声を張り上げた。

 「偽騎士さん! 私に作戦があります! 私のところへ誘導してください!」

 「——っ!?」

 声は届いたようだが、こっちを振り向いた偽騎士は明らかに動揺していた。しかし、すぐさまこちらへと走り始める。グンダもそれに追従するようにこちらへと迫ってきていた。

 

 こっちへとたどり着く時間を使っても、会話する時間はせいぜい数秒間。時折振り返ってグンダの攻撃に対応する偽騎士へと、作戦内容を必死に伝える。

 「私が接近して隙を作ります! 次の飛び込みを避けて偽騎士さんは準備してください!」

 「~~っ! わかったぁっ!」

 一瞬だけ何か悩むような声が聞こえるが、次の瞬間には決心がついたような声音で偽騎士は言葉を返す。

 

 そして偽騎士がグンダから一気に距離を取り、私の横へとたどり着く。グンダはそれを狙っていたかのように、巨大な左手を地面に叩きつけその反動で一気に飛び上がった。

 

 「二人とも右です!」

 「わかった。3、2——」

 『二人共右に避けるのが作戦』という私の意図を瞬時にくみ取り、偽騎士はグンダの着地タイミングを計る。

 そして。

 

 

 「ウ”ォ”ァ”ァ”ア”!!」

 「1!」

 黒蛇の唸り声と偽騎士のカウントが同時に響き、私たちは右へと身を投げ出していく。

 先ほどの位置にグンダが着地し、地面には大きなくぼみと亀裂が生まれる。だが、その時には私達はもう体勢を立て直していた。

 「一緒に前へ!」

 その言葉と共に私と偽騎士がグンダへと突撃し始める。

 

 

 

 あと五歩。

 

 しかし、それを防ぐかのように私の前に影が差した。上へ視線を向けると、大口を開けた黒蛇が私へと向かってくる。確実に人一人は入れるほど開けた口を見て、一瞬だけ速度が緩む。

 

 

 あと四歩。

 

 だが、足は止めない。迫りくる恐怖を振り切って前へと踏み込む。そのすぐ横を、偽騎士が一瞬で通り過ぎていく。

 

 

 あと三歩。

 

 私へ襲い掛かろうとする黒蛇の口を、前に躍り出た偽騎士の盾が防いだ。しかし、防いだと同時に黒蛇の口が閉じて、偽騎士の左腕もろとも盾が口の中へ呑み込まれる。

 

 

 あと二歩。

 

 「騎士さん(・・・・)!?」

 「行け、魔女っ子(・・・・)!」

 そのわきを私は通り過ぎていく。それを追って首を横に向けようとした黒蛇に、偽騎士が右手の剣を逆手にもち、黒蛇の口へと剣を突き下ろした。

 

 

 あと一歩。

 

 動けないグンダへ、私はの手のひらを向けて、最後の一歩を踏み切る。

 そして灰の鎧へと左手を押し付けて、思いっきり声を上げ『詠唱』を言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「呪術『発火』ッ!!」

 

 

 

 「ク”ャ”ァ”ア”ア”ア”ァ”!!!」

 グンダの内側が燃え上がる。その炎は黒蛇へと伝って襲い掛かり、黒蛇は最後の雄たけびを上げていく。

 

 その声と共に、ついにグンダは膝を屈して黒蛇と一緒に消え去った。

 

 




ストックがなくなったので、これからは週一で1、2話投稿になります。前より増えてる? 知るかぁ!


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五話・火継ぎの使命

 「終わった……か」

 少女の一撃でグンダと黒蛇が燃え消え去ったのを見て、俺はぽつりとつぶやく。

 危なすぎる。死んでいないのが不思議なほどの戦闘だった。

 黒蛇の口から出た左腕は、もはや一切の力が入らない。そのまま緊張が切れて、俺は全身の力が抜け地面へと倒れ伏せる。

 「はぁ……はぁ……ッ偽騎士さん!?」

 倒れこんだ音を聞いて、少女がこちらへと振り返りこちらへと駆け寄ってくる音が耳に届く。ただ緊張感が途切れたせいで、集中が一気に緩んで意識が朦朧としてきた。喋ろうとしたらうめき声が出る始末だ。

 「う……あ……」

 「偽騎士さん! そんな、大丈夫なんですか!?」

 (くそっ、ようやく勝った……て……のに)

 守らなければ、そう思う意志に反して体は動かず瞼が閉じていく。

 少女の心配そうな声と体が揺さぶられる感覚を残し、俺は落ちるように意識を失った。

 

 

 

 —*—*—*—*—*—

 

 

 

 昔から、俺は偉そうな子供だった。

 ちょっとした田舎村の中、他の子どもより少しばかり体が強く、けんかだって負けたことは無い。たった、それだけの理由で。

 親からは「他の子をいじめてはいけない」なんて言われてて、そのためか自然と誰かを守るような立ち位置に立っていた。大人からは「偉い」なんて褒められていたけど、俺はそう思わなかった。

 

 「なんであんなに偉いっていうのかな? 俺は好きで助けてるわけじゃないんだ。しょうがなくやってるんだよ。あいつらが強くなったらいいだけの話じゃないか」

 川のほとりで、隣の幼馴染の少女へと少年は文句を漏らす。不服そうな顔をしていて、不満が溜まっているようだ。それを横目で見た少女は、そっと口を開く。

 「それができない子も多いのよ。誰だって強く在るのは難しい。辛いし、苦しいの。そうでしょう?」

 「そりゃそうだけど……」

 膝に顔をうずめて、吐き出せない感情を閉じ込めようと少年はうめく。

 

 たぶん、彼は少女がいじめられているのを見たら、どんなに止められようとも助けに行くだろう。なりふり構わず、自分なんて顧みず。しかし、少女はそれが心配だった。

 だから、少女は小さな声で約束をする。

 「……だけどもし、もうだめっ、無理だよって思ったら、『――――』してね? 約束だよ?」

 「そんなことあるもんか。僕は強いんだから」

 だけど結局少年は押し切られて、少女と指切りをする。少年は内心で約束を破るつもりだったが。

 

 

 

 次の日、狩りに出かけていた少年は自分の住んでいた村が焼け落ちていくのを見た。

 

 約束は、今も続いている。

 

 

 

 —*—*—*—*—*—

 

 

 

 「――――だから、どうしてそんなこと言うんですかっ!」

 「無駄だからだよ。俺達、火の無い灰なんて結局ただの不死人。使命を果たそうなんぞ、まったく滑稽だ」

 誰かが言い争う声が聞こえ、俺は急に意識が戻る。

 体に痛みは無いものの、起き上がるのが億劫なほどの倦怠感。そんな中目を開けてみると、黒鉄の兜の隙間からは、白い雲に覆われた空……ではなくなんだか青暗い天井が見えた。

 (……つまり、外ではない?)

 瞬間、一気に先ほどの記憶が流れ込んでくる。猛威を振るった黒蛇、力尽きて消え去ったグンダ、そして俺と一緒に戦った少女。

 

 守らないと。『守り切らないといけない』。

 

 そんな衝動に突き動かされ、俺は寝ている姿勢から一気に体を起こす。あの少女はどこだ、無事だろうか。すぐにでも確認しなければ——。

 急に思考が回り始め、まずは状況確認のために周りを見渡した。そこには――。

 

 

 

 

 

 「いいですかホークウッドさん、あの騎士さん(・・・・)は私を守ってくれたんです! 審判者にも立ち向かって私と一緒に倒しましたし、戦闘のアドバイスも的確で、見ている限りかなりの実力をもっています! わかりますか!? 騎士さんはとてもすご……い……ひと……で………」

 こちらへ指と顔を向けて、俺のことを必死に庇っているらしい少女がいた。

 

 聴かれるつもりは無かったのだろう。少女は急激に顔を赤く染めながら、指した指を振るわせて俺へと質問する。

 

 「い、いつから……聞いて……」

 

 

 

 「…………あー、そんなに褒めなくてもいい――「『ソウルの矢っ!!!』」

 

 

 〈直撃まで0.3秒。回避不可能〉

 そんな認識と同時、少女の杖から恐ろしい速度で発射された『矢』は頭へ直撃し、俺は再び気を失う事となった。

 

 

 

 

 「お目覚めですか? 灰の騎士様」

 二度目の気絶ののち、俺は意識が覚めてゆっくりと体を起こす。声が聞こえた方へ目を向けると、そこには装飾付きの眼帯を付けた薄い金髪の女性が俺の方へかがんでいた。

 二回も意識を失ったためか、ずきずきと鳴る頭痛を振り払うように頭を振って答える。

 「騎士……ああ、俺のことか? 一応大丈夫だが……」

 あんたはだれだ? と質問する前に、後ろから少女の声が聞こえてきた。

 「ようやく目覚めましたか、偽騎士さん。……この人は火守女(ひもりめ)。私達のような、火の無い灰への従者……みたいです」

 

 声がした後ろへ振り返ってみると、階段のような段差に座って休んでいる少女が視界に入った。 声の様子からしてさっきのは完全に無かったことにしたようで、こっちへ視線を向けず杖の手入れをしている。

 火守女、と呼ばれた女性は俺の隣でかがみながら話しており、黒いローブを纏った姿は儚げながらも優雅さを感じさせる女性だった。

 「はい、灰の魔女様がおっしゃられた通り、私は火守女。篝火を保ち、火の無い灰に仕える者です。何か聞きたいことがあったら、何なりとお申し付けください」

 「仕える者……」

 なるほど、流石に火継ぎなんて儀式をやるためにはそれを執り行う者が必要だ。おそらく火守女は、火継ぎの儀式を行う司祭であると同時に火の無い灰へと仕える従者、みたいなものなのだろう。

 

 そんな推測が頭をよぎりながら俺は腰を上げて立ち上がり、周りを見渡そうと視線を巡らせる。

 薄暗く、古ぼけた石でできた柱や壁。俺がいる場所から円形に空間が広がっていて、左右に分かれた階段の先には外へと続くだろう門が見える。その下は洞窟のように道ができていて、そこにいる巨漢の一人は鉄を叩いており、もう一人の婆さんは道具らしきものを整理している。

 上にある入口を確認した後、俺はまだ見ていない後ろへと振り返った。

 

 

 

 そこには巨大な玉座が、五つ。俺へと向けて階段状に配置されていた。

 一つ一つ装飾や形、大きさが違ってはいるが確かに玉座、と呼ぶにふさわしい腰かけ。それらの玉座は、そこに座る者たちの偉大さを示すように違和感なくこの場所に置かれていた。

 「これは……」

 「王達の玉座、と呼ばれています」

 思わずつぶやきをこぼした俺へと、火守女から説明が入る。

 「はるか昔に初めて火継ぎが行われてから、幾度もなく火継ぎは繰り返されてきました。しかし、この世に火の力を持った王はもはや一人しかおらず、火継ぎをしようにも火の力そのものが足りないのです」

 「……じゃあ、どうするんだ?」

 

 「そのために火の無い灰が生まれるのです、灰の騎士様。火の王がいないのならば、『昔に火を継いだ王を、墓から呼び出して再び王とする』と火継ぎの伝説に残されています。僅かにですが、その身に宿した火は今だ健在。今回はこの玉座に座る『王の薪』を五つ焚べれば、正しく火継ぎが行われるでしょう」

 「墓から呼び出してって……つまり、昔の火の王を蘇らせたのか!?」

 まるで火の無い灰と同じだ。しかも、最終的には火継ぎをさせるわけだから『再び死ぬために蘇らせられた』ことになる。俺達よりももっと状況が悪い。

 「はい。しかし、再び火継ぎをしたくはない、とほとんどの王はここ、『火継ぎの祭祀場』から逃げ出してしまいました。唯一残ったのが、小人の王であるルドレス様のみ……」

 「…………」

 

 無言のまま、五つの玉座へとちらりと視線を向ける。すると、確かに左から二番めの玉座には、小さいながらも確かに炎を身に宿している老人が座っていた。後ろから、火守女が話を続ける。

 「火の王がいなければ、火継ぎも当然できません。さらに、この『ロスリック』の地は火継ぎの影響で時空がゆがみ、逃げ出した王達の故郷が寄り集まった土地になってしまいました」

 「逃げ出した火の王は、その自分の故郷へと逃げ帰った、というわけか」

 火守女へ振り返りつつ、俺がそう口を挟む。火守女は小さくうなずき、続きを話した。

 

 

 

 「はい。ですから、火の無い灰であるお二方には、ロスリックの地を歩き周りこの場所へ王達を連れ戻してもらいます。それが、今回の『火継ぎの使命』です」

 

 

 「…………」

 俺は、何も言えなかった。

 『火継ぎの使命』というのはつまり、『世界を救う』ということ。

 今まで火継ぎをし本当に世界を救ってきた英雄は皆、死んで死んで死に続けて、それでもなお諦めずに挑んだ者たちだ。そんなことが、俺にできるとは思えない。

 あのグンダでさえ、これから戦っていくバケモノに比べればかなり弱いのだろう。それに死にかけた俺に、世界を救うなんてできるのか?

 

 背負った使命の大きさを改めて感じ、その重圧で体が重っていき心臓の鼓動が速くなっていく。

 その時だった。

 

 

 

 「……わかりました。要は、私達二人でその火の王を連れ戻せばいいんですね?」

 後ろから、会話に口が挟まれる。

 振り返ると杖の手入れをやめた少女が、階段から立ち上がり俺へと向かって歩いているのが見えた。その足取りは堂々としており、まるで乱れていない。少女はさらに火守女へと質問し始める。

 「じゃあ火守女さん、あなたは私たちに何ができますか? 私たちに仕える、と言ってましたが」

 「火の無い灰に対して私ができること、それは灰のお方の内にあるソウルを糧として、灰のお方のソウルを強化することです。主なきソウルがあれば——」

 「なるほど、だとしたら次は——」

 火守女へと次々に質問するその態度は、不安が一切見えずただ目の前だけを見ていた。

 

 それはつまり、火継ぎの使命を諦めていないということであり、これから死に続けるであろう戦場へ臨む、ということだ。おそらくそれがわかっていて、それでもなお戦うための質問をしているのだろう。

 俺を気にせず火守女とのやり取りを続ける少女を見て、思わずつぶやきが零れる。

 

 「……怖く、ないのか?」

 そのつぶやきは少女の耳へと届いたようで、少女は黒鉄の兜の奥にある俺の目へと顔を向ける。

 「……確かに、さっきみたいな戦闘をこれからもやっていくのだと考えると、私だって怖いです。でも」

  

 

 

 「偽騎士さんが、いますから」

 

 

 

 少女の強気そうな眼に映っていたのは、最初に見せた『決意』の色。俺が変えられるわけがないほどに、強く固まった決意。

 それを見て、俺は言葉を漏らす。

 

 「……勝てねえなぁ」

 「ん、なんて言いました?」

 「いや、そんなこと言って恥ずかしくねえのかなぁ、ってな」

 「えっ、あっ……!」

 みるみるうちに頬が赤くなっていく少女を見て、俺は思う。

 

 

 

 (多分、ちびっこはこの『使命』を諦めない。これから先も地獄のような戦いの連続だろう。なら俺は…………こいつを、ちびっこを守るために戦っていきたい)

 

 俺が戦う理由は、しばらくそれでいいはずだ。黙ってそっぽを向く少女をからかいながら、俺はそう納得する。

 

 

 

 今は、まだ。

 

 

 

 —*—*—*—*—*—

 

 

 

 あの後、俺と少女は火守女へと質問を繰り返しいろんな情報を得た。

 特に気になったのは、どうして俺たちは二人いるのか、という点だ。それに対して火守女は――。

 

 

 「なぜ此度(こたび)の火の無い灰が、お二人なのかはわかりません。しかし灰の騎士様と魔女様のソウルを見てみましたところ、どうやら一人分の灰の力が二人へとわかれているようです」

 「灰の力?」

 「灰の力とは、ソウルを操る力。物質に宿る本質、物質の源をソウルと言います。今までの灰のお方は、その力を利用して自分の中に武器をしまい込んだり、主なきソウルを己の力へと変えてきました」

 「……でも、私達にはその灰の力が半分ずつ分けられているんですよね?」

 「はい。そのため本来一人に与えられる主なきソウルは、二人へと平等に分け与えられます。灰の体も一人に比べたら弱く、物質をソウルとする術もより時間がかかるみたいです」

 「じゃあ、二人で戦えること以外はデメリットしかないってわけか」

 「……いえ、他にも一つだけお二人には有利な点があります」

 

 「それは、体のもう半分は人間で出来ている、ということです。火の無い灰が強くなるには、主なきソウルを取り込んでいくしかありません。しかし、お二人にはそれ以外にも強くなる可能性が秘められています。それをお忘れにならないように……」

 

 

 

 「人間の可能性ねえ……」

 今俺達は、『火継ぎの祭祀場』から外に出ている。理由は、これから先戦っていくための訓練だ。

 火守女からの話でわかったことは、物質をソウルに変換する術、ソウルを使って得た魔術や身体強化を扱うことが、火の無い灰の基本的な戦い方ということ。それらを戦闘に生かすには、まずその技術を体に覚えこませるしかない。

 特に少女は杖と呪術の炎(左手にある炎のことらしい)以外を扱ったことがないためか武器に苦手意識があり、それを直してもらう必要がある。そのために俺が用意したのは―――。

 

 

 

 「……それにしても、本当にショートソードって扱いやすいんですね。軽いから、あまり腕に力を入れなくても振り回せます」

 「それもある。だが、本命はちびっこでも片手で振り回せる、というところだ。魔術や呪術と一緒に持つことが出来て、なおかつ邪魔にならない。盾をいつか装備することも考えれば、片手でショートソードを扱えるようになっておいた方が良い、と思ってな」

 火継ぎの祭祀場から出て、上に登ったところにある石畳の道。そこで、俺たちは武器を扱う訓練をしていた。

 少女は、祭祀場の侍女(というおばあさん)から買ったショートソードを扱う訓練。今も、かけ声とともに1メートルもないだろうショートソードを片手で振り回している。正直、結構力任せに振り回している姿はかわいらしくも危なっかしいが。

 

 (まあ、最初はこれでいい。体重移動や回避に防御なんてのは後だ。今は、『武器を扱える』という自信を持ってもらうのが目的だからな)

 

 そんな俺の方はというと火守女から聞いた、武器をソウルへと変える術、というのを試していた。ロングソードをソウルに変え、またロングソードに戻す、という具合だ。

 この術は基本的に、右か左の手に武器を出現させるというものらしく、どちらかの手の中にしかソウルを物質化できないようだ。とっさに武器を変えるなど使い道はあるが、俺の場合5秒ほど時間がかかるため戦闘中では扱いづらい。

 ただ長く時間使用している物や、何度も練習した物は瞬時に物質化できるようなので、俺は地道にソウル化と物質化を繰り返しているわけだ。

 

 

 

 「……にしても、うまくいかねえなあ。なんでだ?」

 俺が少女へ細かいアドバイスをしながら、物質化訓練を始めてかれこれ一時間。少女の方は割とショートソードに慣れ始めているのに対して、俺の方はというと物質化が早くなる気配が一切ない。

 訓練にも少し飽きてきて、俺は思わずそうぼやく。それを聞いた少女は、振り回しているショートソードを止めて俺へと顔を向けた。運動していたため、顔が熱くなっていて息も少し荒い。

 「ふぅ……、物質化のことですか? 私の方はすぐさま杖を取り出せますけど、他はどうやったら……」

 そう言いつつも、右手のショートソードをソウル化して杖を物質化する。特に杖を物質化する速度は速く、まさしく一瞬で出現させた。

 

 

 「それ、本当にどうやってるんだ? 文字通り一瞬じゃねえか」

 「頭で杖を思い浮かべたらすぐできましたよ? こう、細部まで思い出して自分から引っ張り出すように……」

 「それで出来たら苦労しねえよ。他に戦闘について聞ける奴いたかぁ……?」

 まったく苦労してないような声でアドバイスしてくる少女を受け流しつつ、祭祀場にいた人達を思い出していく。

 

 (……一人、戦闘について聞けそうなやつがいたな)

 そいつにアドバイスしてもらうために、俺は少女へと呼びかけながら降りる階段へと足を向けた。

 「よし、訓練は終わりにして祭祀場に戻るぞ。またいろいろと話を聞かねえとな」

 「……ホークウッドさんですか?」

 「そうだな。グンダの所で眠っていた俺を祭祀場まで運んだって聞いたし、そのお礼も兼ねてだ」

 それを聞いた少女は少しむくれた顔をするも、階段を降り始めた俺についてくる。そこまでホークウッドとやらが気に入らないらしい。

 

 

 「……私が助けを呼んだのに……」

 

 

 「何か言ったか?」

 「いえ、なにも」

 

 そんなやり取りをしながら、俺たちは祭祀場へと戻っていった。

 

 




戦闘シーンが難しいと前回まで嘆いていましたが、今度は日常シーンが難しいです。人間ってわがままなんだなぁ……。
次回も日常シーンですね。冒険はもうちょっとお待ちください。


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六話・旅立ちの準備

 

 祭祀場へと戻った俺と少女は、円形の広場で座り込んでいる男へと足を運んだ。

 チェインヘルムを被り、肩や関節を守る独特の鎧を着こんだその男はホークウッドと名乗るらしい。まあ、少女から話を聞いただけなのだが。

 俺が最初に目覚めたときに少女と言い争っていたのがホークウッドらしく、少女に頼まれて俺を祭祀場へと連れてきたらしい。「良い奴じゃねーか、どうしてあんな怒ってた?」と突っ込むと、

 

 「……偽騎士さんを馬鹿にしたので。あと、あれはもう忘れてください」と返された。

 

 そういう経緯があり少女はホークウッドに対して苦手意識、というか敵愾心を持っている。

 後ろをちらりと振り返ると、突いてきている少女は不満そうだった。そこまで嫌そうならついてこなくてもいいと思うが……。

 まあ、情報共有が楽なのは確かだ。少女からの指摘や考えも俺にとってはありがたい。別にすぐつっかかるほどでもないだろうからな。

 そんな考えを巡らせつつ、俺はホークウッドの前で声をかける。人の長さに近い剣を背負ったホークウッドは、けだるげに首を持ち上げた。

 「あんたがホークウッドか。聞きたいことがあるんだが――」

 

 「墓から出てきたばかりで、さらに騎士気取りの灰などにしゃべることなどない。他を当たるんだな」

 

 〈後方で巨大な気配。逃走を勧める〉

 認識と同時、後ろで何かが切れるような音が聞こえた……気がした。

 

 

 

 しゃべりかけてかれこれ5分ほど。少女とホークウッドの口論は未だ続いていた。

 「だから偽騎士さんは強い人なんですっ! 騎士気取りなんて言葉は撤回してくださいっ!」

 「はっ、あんたみたいなお嬢ちゃんが言うとますます嘘らしく聞こえるな。それ以上喋らない方が良いぜ?」

 「あなたこそ、いい加減こんなところから出て使命を果たすべきです! なすべきことをしないでそんな口をきかないでくださいっ!」

 「…………あんたはそう言ってるが、自分こそ相棒の役に立つべきじゃないのか?」

 「う……」

 

 少女が俺への謝罪を要求し、ホークウッドはそれを絶対に拒む。言い返した分だけ言い返し、今となっては終わりのない怒りが回っているだけだ。少女が俺のことで起こってくれるのは素直に嬉しいが、俺としてはそこまで怒っていないし、流石にそろそろ話を始めたい。

 なので、少女が言いよどんだタイミングで俺は口と体を両者の間に滑り込ませる。あんまりやりたくないし、似合わないのはわかっているがしょうがない。

 「あー。なあ、もう終わりにしねえか? ちびっこ、お前が俺のために怒ってくれているのはありがたいが、こっちだって用事をすませたい。これ以上ここにいてもまた口論が始まるだろうから、少し席を外してくれ」

 「で、でも私は」「頼む」

 食い下がろうとする少女へ、俺は引かずに頼み込む。それを受けた少女は、ゆっくりとした足取りで祭祀場の出口へと向かっていった。おおかた、不満を発散しに訓練に向かったんだろう。

 振り返って少女を見ていた俺へと、ホークウッドが話しかけてくる。

 

 

 

 「あんたが偽騎士さんか。俺みたいな半端ものに何の用だ?」

 「……一応、俺は偽物じゃなくて本物の騎士のはずなんだが。まあ、もういい」

 少女のせいで『偽騎士』が呼び名だと認識されたことに、肩をすくめて呆れる。ここまで来たら訂正するのも面倒だ。直さずに会話を続ける。

 「ホークウッド、俺たちは火継ぎの使命を果たすためにロスリックへと行くつもりだ。だから、火の無い灰として何かアドバイスをくれ」

 「……なら、一つ。『使命を果たそうなんてやめとけ』」

 

 少女へのからかいとしての声とは違う、本気の声。

 「どうしてだ?」

 「地獄を見ることになるからだよ、偽騎士。勝てるはずがない、できるわけがない、俺には無理だってな」

 俺が火継ぎの使命へと抱いた感情を言い当てられ、少し体が強張る。ホークウッドは下を向いて喋っていて気づいてはいないようだが、足の上で組んだ腕は微かに震えていた。

 「だから、俺からの善意の忠告としては『やめておけ』としか言いようがない。それでも、アドバイスが欲しいか?」

 

 

 

 「ああ、欲しいな」

 「……なぜ?」

 少し意外だったのだろう。こちらへ顔を上げたホークウッドの目は僅かに見開かれている。

 

 「いいか、俺は騎士だ。ぼろぼろのコートとフードを被ってて、盾はあまり使わず、騎士らしくない口調だろうが、俺自身は騎士だと認めている」

 「騎士の役目は、守るということ。わかるよな? そのためには、守るやつより強くなくちゃいけない。だからこそ、俺は強くなりたいんだよ」

 「これで、満足か?」

 

 一気に言葉をまくしたてたせいか、それとも興奮してなのか呼吸が少し荒い。ここまで喋るつもりじゃなかったが。

 ふと、また頭へと声が響いてくる。

 『それでいい。そうやって希望を無くすことなく、立ち上がり続けろ』

 (希望を無くすな?)

 俺がその言葉の意味を考えるよりも、ホークウッドはため息をつきこちらへと向き直る。

 

 「……お前がどれほど強いのかを、俺は見ていない。だが、ロスリックではかなり亡者が多い。囲まれないように、全方位に注意を払うことだ」

 「もし囲まれたときは、逃げることを優先して各個撃破を狙うことだな。逃げられない場合はあの嬢ちゃんを使え。魔術が使えるといっていたが、俺の知る限り広範囲攻撃の魔術もあったはずだ」

 

 

 「……意外だな、ホークウッド。あんたがちびっこを頼るよう言ってくるとは」

 「溺れる者は藁をもつかむ、というものだ。俺ならあんな嬢ちゃんは連れて行かないからな」

 そこまで言ってホークウッドは、一拍呼吸をする。まるで言うのをためらっているかのように。

 「……だが、偽騎士。どうせお前はあの嬢ちゃんについていくはずだ。お前の声には、『希望』が宿っている。これからの未来に、何かしらの覚悟を決めたやつの声だ。それを変えるほど、俺は力を持っちゃいない」

 

 「まあ、だから、せいぜいあがくんだな」

 

 「……ああ、どこまでもあがいてみせるよ。助言、ありがとな」

 「はっ、どこかで野垂れ死ぬだろうから期待はしないでおこう」

 少し頭を下げた俺へと、ホークウッドからそんな言葉が投げられる。その声に悪意はなかった。

 善意は、あったのかもしれない。

 

 

 

 ―*―*―*―*―*―

 

 

 

 「はぁ、はぁ……ふぅ。これぐらいでしょうか」

 振り回し続けたショートソードを下に向けて息を整える。訓練で熱く火照った体に、涼しい風が流れこんできた。中々悪くない爽快感だ。  

 体と同時に頭も冷えてきて、先ほどの自分がやったことが思い出される。

 ホークウッドの発言に冷静さを無くし、いろんなことを口走った私。それを止めてくれた偽騎士さん。

 思い出せば出すほど、羞恥心と罪悪感で胸がいっぱいになる。

 「一体、どんな顔をすれば……」

 

 確かにホークウッドの『騎士気取り』発言は気に入らなかった。けど、あそこまで怒るとは自分でもわからなかったのだ。

 さらにやめてくれと言った偽騎士の、あの呆れたような声。それも、思い出すたびに心へと罪悪感がずしりと溜まっていく。

 (ど、どうすれば……。謝る、ことは必要なはず。あとこれからへの反省も。それと、ええと……)

 

 考えることが多すぎて、頭の中がまったくまとまらない。被っている帽子の中から、煙が漏れ出してそうだ。

 

 

 

 

 「ちびっこ、話は終わったぞ」

 

 だから、後ろからかけられた声に私はびっくりしてしまった。

 「ひぁっ!? に、偽騎士さん!?」

 「そんな驚かなくてもいいだろ……。何かあったのか?」

 「い、いえ何も」

 謝らないといけないと思いつつも、口と表情は平静を取り繕うとしてしまう。私のいつもの癖だった。

 (師匠も言ってたなあ。『あんたはそうやってるから、助けを求められないんだ』って。……あれ?)

 

 私は、いつそんなことを思い出したのだろう?

 

 そんな疑問が急に湧いて出てきて、何かを考えるよりも先に私は口を開いてしまう。

 「偽騎士さん。私達、いつの間にか記憶が――」

 「ああ、分かってる。それについても火守女に聞きたいし、また祭祀場に戻るぞ」

 私の質問を右手を向けて止め、すぐに返答してくる。『それについても』と言っているから、別の用事もあるのだろう。

 「わ、わかりました」

 私はすぐに言葉を返し、右手のショートソードをソウル化して偽騎士へとついていく。

 

 『ほら、もっと考えて。答えを探し続けるの。それがあなたの決意だから』

 そんな声が、頭で反響していた。

 

 

 

 ―*―*―*―*―*―

 

 

 

 偽騎士に連れられて私たちがやってきたのは、祭祀場の奥で鉄を叩いている巨漢の男性の前。かなり白ひげが目立っていて、顔は明らかに老年の男性に見える。しかし、その体は全く衰えていないような体で、なぜだか『同じ人間』とは思えないほどの存在感を放っていた。

 「あんたらが二人組の火の無い灰か。俺はこの祭祀場の従僕、アンドレイ。見ての通り、武器を打つ鍛冶屋さ」

 見た目とは違って、とてもおおらかな笑顔で挨拶をするアンドレイ。その挨拶へ返したのは偽騎士でした。

 

 「鍛冶屋のアンドレイか。俺は……灰の騎士だ。早速だが、このちびっこの剣を見てくれねぇか?」

 「私は灰の魔女、です! 偽騎士さんはいい加減、魔女って呼んでください」

 「ちびっこが俺を灰の騎士って呼ぶまで、絶対に言わねえ」

 「はっはっは。なるほどなるほど、偽騎士にちびっこか。今後はそう呼んでもらうことにしよう。よろしくな」

 「……」「……」

 

 そんなやり取りをしつつ、私は右手にショートソードを物質化させた。祭祀場の侍女、というおばあさんから買い取った(ここでは通貨ではなく、ソウルで買い物をするようだ)ショートソードは、まだ何も切ったことが無い。刃こぼれも汚れも全くなかった。

 取り出したショートソードをアンドレイに預けると、アンドレイはショートソードと私を交互に見て、何かを考えこみ始めた。その様子を見た偽騎士は、アンドレイへと提案を投げかける。

 「頼みたいことは、剣の縮小化だ。このちびっこの体でも振り回せるように小さくしてもらいたい。あとは、何か装備についての助言も欲しいところだな。……頼めるか?」

 アンドレイはショートソードから偽騎士さんへと目を向けて答える。

 「あたぼうよ。件をちびっこの体に合わせるんだったら、ショートソードよりもレイピアに近くなるな。その方が握りやすいし、そもそも筋力が無いから切るよりも突くようにしたほうが攻撃しやすいはずだ。それでいいか?」

 「ああ、頼んだ」

 

 「後は、装備の助言か。偽騎士は問題ないだろうが、ちびっこの方は盾を持ったほうがいいな。鎖帷子も着込んだ方がいいだろう。祭祀場の婆さんが売っているだろうから、買ってきといたほうがいいぞ。こっちはすぐに終わらせておこう」

 「わかった。剣に関しては任せる。とにかく使いやすいようにしてくれ。アンドレイ、助言ありがとな」

 「剣のこと、よろしくお願いします」

 

 二人とも礼を言ってアンドレイから別れ、すぐそこの祭祀場の侍女へと向かう。 

 アンドレイの助言通り、鎖帷子を買って黒いローブの下から着込む。けっこう重く感じるが、走れないほどでもないし、大丈夫そうだ。

 他にもグンダから手に入れたソウルのあまりを全部払い、投げつけるための火炎壺や鉄製の小さく丸い盾を買う。私に渡された盾は、すぐにソウル化しておいた。私はソウル化・物質化する速度が偽騎士よりも早く、体に装備するよりも物質化した方がより早く構えられるからだ。

 

 

 

 買い物が終わったのち、私は一人でアンドレイに向かう。そのころにはもう剣の改造は終わっているらしく、到着してすぐに細長い剣を渡してきた。

 「ほらよ。これがちびっこの剣だ。銘はちびっこ本人がつけた方がいいだろう」

 そう言って渡されたショートソードは、見る影もないほど細く薄くなっていた。私の小さい手にもよくなじむ。柄の形や剣の長さは変わっていないけど、とても細身になっていて貫きやすいように先端がかなり鋭くなっている。なるほど、レイピアと呼ばれるのも納得した。

 最後にこの剣に銘をつけるようで、私は少し悩む。正直、名前には思い入れが無く持っている杖にも名前はつけていなのだ。

 「ショートレイピアでいいんじゃないですか?」

 「……まあ、ちびっこがそれならいい。これで大丈夫だろう?」

 「はい、ありがとうございました」

 「気にするな。これが鍛冶屋の仕事ってもんだからな。これからも頼ってくれ。じゃあな、無事でいろよ」 

 そういって、またアンドレイは金床の鉄を叩き始めた。これで話は終わりなのだろう。

 偽騎士のいる広場へ戻りつつ、手元のショートレイピアを観察してみる。横にしてみると、ちょうど私の体の横幅ほどの長さだ。確かに扱いやすいだろう。

 

 (これで、少しは役に立てるでしょうか)

 しかし、あくまでも私の本分は魔術師で、接近されない方が良い。できれば、ショートレイピアを使わないことが最善だ。

 円形の広場へとたどり着き、偽騎士と火守女へと視線を向ける。二人共目を隠す装備や装飾をしているためあまり感情が伝わりにくいが、偽騎士の方はもう準備が出来ているようだった。

 「さて、と。準備できましたよ、偽騎士さん」

 「わかった。火守女、この捻じれた剣を灰の中へ刺せばいいんだよな?」

 言いつつ、偽騎士はグンダから引きずり出した捻じれ剣を物質化させる。剣は先端の方が黒くなっていて、焦げ付きた灰にまみれているようだった。

 「はい。それによってこの祭祀場に篝火ができ、彼の地ロスリックへの道が開かれます。ここに戻るにも、篝火を通してお帰りください」

 

 「なるほど……篝火でここへと戻れるのか。なら、ためらう必要なねえな。いくぞ」

 

 そう言ったかと思えば、偽騎士はためらいもなく捻じれた剣を広場の中央にある灰へと差し込んだ。

 ゆっくりと剣が進み、少しずつ赤熱していくのが見える。

 そして。

 

 

 

 『Bonfire lit』

 

 

 

 そんな声が頭に響くと同時、半ば埋まった剣と灰が一気に燃え上がった。

 「……これが、篝火か」

 「灰の騎士様、灰の魔女様。その篝火に手を出して、ここから出る『意志』を思い浮かべください」

 後ろからの火守女の指示に従い、私と偽騎士は燃え上がった螺旋状の剣へと手を突き出す。

 

 「……多分、ここが最後の辞め時だが、どうする?」

 隣の偽騎士からの声。その声は、心配そうなそれでいて強さを持った声だった。

 その声に、私は強い決意で返す。

 「私が意志を曲げると思ってますか? 行きますよ。もちろん」

 「……だよな。じゃあ、さっさと行くか」

 

 

 

 

 

 「『希望を胸に』」

 なんの迷いもなく、偽騎士が宣言する。

 

 

 (ここから出る『意志』……)

 それは。

 「『決意を抱く』」

 私も、それに続いて『意志』を答える。

 

 

 私と偽騎士の宣言と同時、体が凄まじい勢いで軽くなっていくのを感じる。

 

 そして、次の瞬間には私と偽騎士の体は消えていったのだった。

 

 

 

 ―*―*―*―*―*―

 

 

 

 二人の火の無い灰が消えた広場で、火守女は呟く。二人へと縋るように。祈るように。

 

 

 「……どうか、炎の導きのあらんことを」

 

 




少し感覚を広めにとってみましたが、これで読みやすいだろうか……。
とまあ、これでチュートリアルは終了です。次回から本格的にロスリックの旅が始まります。さてどうなることやら。
受験がもう近いため、しばらく投稿できないと思います。


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七話・ロスリックの高壁

た、ただいま戻りました……遅れて申し訳ありません……(がくっ)


 ロスリックの高壁。ロスリック城の周りにある城下街であり、ロスリック城への侵入を拒む高い城壁が特徴だ。

 はるか昔はさぞ華やかな街だったろうが、橙色に染まった曇り空の下には荒れ果てた建物のみ。

 そこらじゅうを見渡してもまともな人間はおらず、亡者がただただはびこっている。

 

 そんなロスリックの高壁の建物内で、俺たちは戦っていた。

 

 

 

 外の通路から直接つながっている暗い部屋。ちょっとした休憩所ほどの広さがあるそこには、俺たちの声と剣戟の音が入り混じっていた。

 

 「偽騎士さん、亡者もう一人きました!」

 「―—くそっ! ちびっこ、あと5秒持ちこたえろ!」

 

 目の前で立ち上がった亡者は、盾を下ろし俺へと右手の剣を振りかぶる。

 

 〈2秒後に直撃。パリィ可能〉

 俺が何かを考える前にその『認識と行動』が頭へと流れてくる。それに従って、俺は左手の短刀を振り上げて亡者の剣の軌道をそらした。

 と同時、右手の剣を亡者へと思いっきり突き出す。

 亡者が着ていた胸当ては全く役に立たず、俺のロングソードは深々と亡者へと突き刺さった。

 

 「ア”……ァ”」

 亡者は弱弱しい声を出しながら後ろへ倒れていく。しかし、俺は倒した亡者から目を離して後ろを振り向いた。

 視線の先には、少女へと剣を振り下ろす鉄兜を被った亡者。

 

 「――わっ!」

 しかし、亡者の剣は少女へと到達する前に盾によって防がれる。が、防いだ衝撃で少女の腕は痺れ後ろへたたらを踏んでしまった。

 その隙を逃さず、亡者が再び剣をふりおろす――。

 

 

 ―—前に、亡者の首に横からの投げナイフが突き刺さった。

 

 

 「っと。……これで終わりか?」

 二人の亡者からソウルが俺達へと入っていくのを確認し、俺はそっと警戒態勢を解いた。左手に持っている投げナイフをソウル化し、ロングソードも左腰の鞘にしまう。

 少女の方はというと、なぜか呆れたような表情でこちらを見ていた。

 

 「……狭い室内でナイフ投げなんて。最悪私に当たりますよね?」

 「しゃーねーだろ、勝手に体が動いたんだから。……なんか少しづつ騎士から離れていってないか? 俺」

 「最初から、私はあなたを騎士だと思ったことは無いですけど」

 「ほう、あのホークウッドとの口論じゃ―—」

 

 そう俺がもらした次の瞬間、こちらへと杖が構えられていた。

 「そんなことは無かった。いいですね?」

 

 「……わかった」

 そもそも知識や頭の回転からして、俺がこの少女に口論で勝てるわけがないのだ。……これはただの脅しだったが。

 

 

 

 休憩所から下に続く梯子を降りて、地下室を歩きながら少女へと話しかける。

 「……人間の可能性って火守女は言っていたが、ちびっこはどう思う?」

 「どうって言われましても。考えるなら、ソウルを体に取り込む以外で強くなる方法があるんじゃないですか?」

 「それの見当がつかないから聞いてるんだよ。お前なら魔術や呪術を改良とかできるだろうからいいが、俺は剣しかねえからな」

 

 「魔術を……改良? そんなことできませんよ」

 俺の言ったことがあまりに予想外だったのか、少し目を見開きながら少女が答える。

 「そうなのか? てっきり魔術師ってのは自分が扱う魔術を自分好みに変えたりするもんだと思ってたが」

 「いえ、その魔術を習うので精一杯なのがほとんどですよ。絵を真似するのと、絵を一から自分で書き上げるのでは、どっちが難しいかわかるでしょう? 私はまだ経験が浅いですからね」

 「なるほど、魔術を大量に使う経験が無いといけねえのか。……どこか、ソウル化以外の術が無いかと考えていただけだが、無さそうだな」 

 ため息のように俺が言葉を吐き出す。しかし、それに少女は答えず急に足が止まる。

 

 「ソウル化……主なきソウル。そもそもどうやってソウルで身体強化を……?」

 「ん、どうしたちびっこ。このまま来ねえなら置いていくぞ」

 「いえ、なんでもないです」

 そう言って少女は俺についてくる。地下室の出口はすぐそこらしく、太陽の白い光が曲がり角からもれていた。

 

 

 

 地下から外の通路に出て道先を確認する。地下室出口から直進の道があるが、その左脇には上へと続く階段があった。

 「どっちから行きますか?」

 「……直進の道が順路だろうな。だが後ろからの不意打ちが怖い。確認のためにも階段を上るぞ」

 後ろの少女と共に階段を上がっていく。亡者を警戒し、二人共武器を構え音をたてぬよう慎重に進む。そのまま階段を上がって壁から先を様子をうかがった。

 

 太陽の白い光が照らすちょっとした広場には、六体ほど亡者がうろついていた。斧槍や大斧を持っている亡者も確認できる。相手取るには少々骨が折れそうな数だ。

 下から少女も広場をのぞき込み、小さく息を呑む。それを見つつ、俺は撤退の提案を出した。

 「さすがに殲滅はきつそうだな。幸い下の道からは距離がある。音に気を付けながら進んだら問題ない。戻るぞ」

 「……あの、偽騎士さん。あそこに突き刺さっているのって剣ですよね?」

 階段を降りようとした俺へ、未だ広間を見ている少女が声をかける。

 

 見れば広場の隅に、地面へと突き刺さっている大剣が確かにあった。所々亀裂が入ってはいるが、修理できる範囲だろう。

 祭祀場の侍女の婆さんでは、あんな大剣は売っていなかった。そのため、現在俺が使っている武器はロングソードのみだ。

 「ああ、確かに大剣だな。……おい、まさか」

 俺が嫌な予感を感じると同時、下でかがんでいる少女はこちらへ向きなおる。

 (……これは)

 

 

 「ええ、あの剣を取りましょう」

 

 

 

 「……いつでも行けるか?」

 「大丈夫です」

 俺が少女の説得を諦めてから、俺たちは突き刺さっている大剣を取る作戦を考えた。俺としては確実性は薄いと思うが、俺だってもっと武器は持っておきたい。

 (だけどこれはなぁ……。まあ、せいぜい頑張るしかねえか)

 眼を閉じて深呼吸を一拍。『認識』は働いている。体も重くは無い。

 準備はとっくに出来ていた。

 

 「それじゃあ数えるぞ。……3、2、1、――ゼロッ!!」

 作戦開始を宣言すると同時、俺は壁から亡者の群れへと走り出す。

 こちらへ背中を向けている大斧亡者へまずは一撃。右手のロングソードで深めに切りつけていく。

 

 「「「ア“ア”ア”ア”ッッ!!!」」」

 すぐさまソウルを求めてすべての亡者から声が上がる。そのまま、目の前の大斧亡者は振り向き大斧を振り上げた。

 

 〈防御不可能。回避推奨〉

 頭の『認識』に従って、上から迫る大斧を右へ回避。直後、大斧亡者の首へと左手の短刀を横から突き刺す。

 (……まず一人)

 大斧亡者が横へと倒れていくが、それを見ている余裕は無い。ロングソードで右からの攻撃を防ぎ、一歩だけ下がる。

 しかし引いた隙を狙ったかのように、残りの亡者達が一斉に突撃をしてきた。

 

 〈左から斧槍の振り下ろし〉〈正面から折れた直剣をもって突撃〉〈右前から直剣の突き〉

 あまりの多重攻撃に、『認識』も攻撃を見切るだけで精一杯らしく対処法は頭に流れてこない。

 (だが……これならまだいけるな)

 

 左からの斧槍振り下ろしを短刀で受け流し、正面を向いて迫ってくる亡者へ蹴りを入れて奥へ下がらせる。さらに、蹴りの勢いそのまま前へ移動し右からの突きをかすらせる。

 気合で体勢を維持し右回転。直剣で突いてきた亡者へ回転切りをお見舞いし、ロングソードを力任せに振り切った。

 

 「ア”ア”ア”ッ!!」

 と、ここで正面から俺の腹へと突きを入れようと亡者の斧槍が俺の体へ迫る。が、体を左へずらしてぎりぎりで回避。同時に左手の短刀をソウル化し、即座に物質化した投げナイフを手に取る。

 左へ体を振った勢いのまま、投げナイフを斧槍亡者へ投擲。が、首ではなく胸のあたりに刺さってしまう。

 「ちっ、浅いな。 ――くっ!」

 

 自分の胸にナイフが刺さったことなど気にも留めず、斧槍亡者は斧槍を右へと薙ぎはらってきた。

 〈直撃まであと3秒。回避不可能。直剣で防御推奨〉

 「んなことわかってる!」

 『認識』が流れるとほぼ同時に、右手のロングソードを持ち替え両手で防御態勢を取る。そう構えるな否や、両手と体に凄まじい衝撃が走り俺は後ろへ吹っ飛ばされた。

 空中で体勢を強引に整え、なんとか転ばずに着地。だが体へのダメージは確かに通っている。

 「……くそっ。もう少しか?」

 思わずそう呟いたそのとき、真後ろから少女の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 「――よし。偽騎士さん、ソウル化できました!」

 正面からの一撃を躱しながら振り向くと、そこにはこちらへ走ってくる少女が見える。すべて、作戦通りだった。

 

 作戦内容は単純で、俺が囮になり少女が大剣を取りに行く。だがこの作戦には不可能な部分があり、それは地面に突き刺さっている大剣を小さい少女が抜けるはずがないことだった。

 その問題は、『大剣を手に取りすぐさま形状を把握し、ソウル化して大剣を拾う』という方法で解決した。少女のソウル化速度が速いためにできた方法である。

 だからこそ、重要なのは俺だった。すべての亡者を相手にし、なおかつこちらへ意識を向け続ける。それを心配した少女だったが、そこへ俺はこう言った。

 「こういう囮とかの盾になるために、騎士はいる。ちびっこは自分の心配だけしていろ」と。

 

 ここに来るまで、ほとんどが予想通りに事が進んでいる。後は、少女から魔法の支援を受けつつ一体一体確実に倒していけばいい。

 それを伝えるため、俺は振り向いて少女へと声を張り上げる。

 「よし! なら、後は後ろで杖を構えて――」

 しかし、それは最後まで伝わらなかった。

 

 

 

 大きな物体が地面に落ちたような轟音が、ロスリックの高壁に響く。

 少女から亡者の方へ目を向けると、そこにはおよそ信じられない光景があった。

 その鱗は白く、その体は巨大。人を数人まとめて飲み込める口からは火の粉が漂っていて、黒い眼光は俺たちと亡者を見据えている。

 

 「まさか、ロスリックの竜……なのか?」

 目の前の竜は、それに答えるかのように咆哮した。

 

 

 

 

 「――偽騎士さん、早く脱出しましょう!」

 荘厳な白い竜に圧倒され、その場に突っ立っていた俺を動かしたのは少女からの呼び声だった。

 急に意識が現実に戻され、周りの状況が鮮明になる。

 前にいる亡者達は、竜の咆哮に気をとられて俺達の方を見ていない。逃げられる機会は、おそらくこの瞬間しかないだろう。

 だが、そんな俺達を嘲笑うかのように白い竜は口を高々と上げて、大量の空気を吸い始める。

 「あれはっ、まさか火の吐息(ブレス)っ!?」

 こっちへ走ってくる少女がそう呟き、俺は階段へ逃げるのは間に合わないと判断。一瞬だけあたりを見回し、一つだけある脱出路を見つけた。

 (……くそっ、逃げ道はあそこしかねえ!)

 一瞬だけ悩むが、どちらにせよそこに逃げなければ死ぬだろう。こっちへ追い付いた少女の手を捕まえ、俺は前へ(・・)と駆け出した。

 

 「えっ、ちょっと、偽騎士さん!?」

 「あの竜が乗っている建物だ! とにかく走れっ!」

 「わっ、分かりましたっ!」

 

 竜のほうを向いている亡者達の横を突っ切り、とにかく前へ走ろうと足を動かす。

 「ア”ア”ア”!!」

 しかし、逃げる俺達に気付いた亡者が叫び声をあげてこちらへと迫ってくる。上を僅かに見上げると白い竜は空気を吸い終わって口を閉じていた。

 さらに俺が振り返るのと同時に亡者の群れから一体の亡者が飛び出し、俺へ向けて斧槍を突き出してくる。

 

 〈2秒後に斧槍の突きが直撃〉〈3秒後に白い竜から火の吐息〉

 (~~くっそがぁ!!)

 

 建物まではあと3歩。前に少女がいて避ける選択肢は無い。僅かにでも足を止める訳には行かない。

 ここは俺が囮になるべきか――そう頭によぎった次の瞬間。

 

 

 

 「『ソウルの矢』っ!」

 少女の詠唱と同時、俺の頭の横を『矢』が通りすぎていった。

 青い『矢』はそのまま、こちらへ突っ込んできた斧槍亡者へ直撃する。俺へと当たる前に、斧槍は勢いを無くし地面へと落ちた。

 「――偽騎士さんっ!」

 その声と共に左腕が少女に捕まれ、建物の中へと引っ張られる。

 

 そして、視界の全てが業火に包まれた。

 

 

 

 

 

 「さて、と」

 「……」

 白い竜から辛くも逃げた後。俺達はすぐ近くで見つけた篝火へと身を寄せ、体と心を休めていた。

 俺は手で体を支えて楽にしているが、隣の少女は足を抱えて丸くなっている。見た限りだと、先ほどの恐怖が今になって蘇ってきたらしい。それほどにぎりぎりの攻防だった。

 静かな方がいいだろうが、いつの間にか俺は声をかけていた。

 「まあ、なんだ。あの時は助かった。ただ俺は騎士、誰かを守る側だ。今度ああいった状況になったら、自分の安全を優先しろ。いいな?」

 少女の安全を考えてという理由もあったが 騎士のほうが姫に守られちゃ、俺の立場が無くなってしまう、という理由が大半の注意だった。

 しかし、俺の注意に対して少女は弱々しくもしっかりとした意志を持って答えた。

 

 「嫌……です。私は、ちょっとでも助けになればって、思って……」

 『役立たずになりたくない』

 そんな思いが乗った声だった。少女も、自分の存在意義を作ろうと必死に強がっているのだ。

 「……まあ、次は気をつけろよ」

 だが、俺も今では『少女を守る』ということでしか存在意義が無い。俺ごときが火を継いで世界を救えるとは、まるで思ってない。

 

 その『守る』という意志も、いつまで続くかわからない。希望を持ち続けられるかわからない。

 

 「……」「……」

 重い沈黙とこれからの不安。その二つが、しばらくの間俺達と篝火を包み込むのだった。

 

 

 



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