それを見たら終わり (オールドファッション)
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プロローグ

 私の世界(視界)はアナログテレビの画面で覆われていた。地上デジタルテレビ放送チューナーも接続されていないそれは地上での事を一切映さず、私は店の売れないビデオを機械に入れて世界に色を入れる。テープが巻かれる騒がしい音が好きだ。こればかりはDVDでは味わえない。

 

 無尽蔵に積み上げられたケースの中から選んだのは、私のお気に入りの作品。画面に青い山が映って、次におきまりの黒い画面の中に出演者やスタッフの名前が流れる。それと同時に物語がスタートして、前作に登場したヒロイン役のエイドリアン・キングが悪夢にうなされた。悪夢の内容は前作のラストの単調な繰り返し。それでもその繰り返しが、”彼”を誕生させる重要な鍵だ。

 

「ーーーーー!!」

 

「ーーーーー!?」

 

 外の世界では両親がいつものように店の売り上げで揉めていた。内心では『うるさい』と舌打ちするも、また殴られるのも面倒だから、決してそれを態度で現さなかった。私はヘッドホンを被り外界の音を遮断する。耳の中ではヒロインの悲鳴が木霊していた。私の一番好きなシーン、殺人鬼ジェイソンが誕生した瞬間だった。ジェイソンはアイスピックでヒロインを惨殺し、画面はエイドリアン・キングの恐怖の表情に塗りつぶされる。私の世界は恐怖と悲鳴で完結していた。

 

「ーーーーー!!」

 

 それでも時折聞こえる揉め声が私の世界を侵略する。私はこの侵略者たちが昼間は仲違いをするくせに、深夜には欲望のまま互いの体を貪り合うのを知っていた。彼らは欲望に忠実で、金や酒や交尾をつねに求めている。最近、あのオスの視線が私の胸や臀部をなぞる度に鳥肌が立つ。私は侵略者を軽蔑し、その侵略の結晶とも言える自分の存在を憎んでいた。そして恐れてもいた。いつか私も彼らのようになってしまうのではないかという遺伝的な恐怖だ。

 

 私は恐怖を愛し、恐怖を恐れている。矛盾した日々の終焉を恐怖によって望んでいた。

 

 マイケル・マイヤーズに包丁で切り殺されるのもいい。

 

 フレディ・クルーガーに夢の中で殺されるのもいい。

 

 チャールズ・リー・レイの依代にされるのもいい。

 

 ハンニバル・レクターに食べられるのもいい。

 

 貞子や伽倻子に呪い殺されるのもいい。

 

 私の脳内で様々な殺人のシーンが繰り返し行われる。まるで色とりどりの飴玉が瓶に詰まっているようだ。殺人の内容は異なるが、唯一絶対なものは両親の死と絶望の悲鳴。

 いつの間にかそれは現実のものとなっていた。私の足裏に生暖かい液状の感触が伝う。足元の液体を掬ってみるとそれは赤く、少し生臭い匂いがした。私はそれを試しに舐めてみた。風味は鉄錆に似ていて、それでいてどこか覚えのある味だ。私はそれが、自傷行為をして舐めたものと同じ味だったと思い出す。

 

 私は微かな期待感を持って振り返る。それは私の世界でよく見た光景だった。赤い飛沫と恐怖の残骸。よく見た光景のはずなのに私の現実は劇的なものへと変化しつつあるのを感じた。私は遅れて、その残骸が嘗て侵略者だったものだと理解する。口内に残る後味を舌で転がし、やはり同じ血の通った存在なのだと納得した。

 

 残骸のすぐそばにはずだ袋を被った大男が立っている。手には血まみれのマチェットを携えて、片方だけ空けられた穴から彼の円らな瞳が私を覗いていた。私はその視線に答えたくなった。だって、彼はこんなにも素敵な物を私にプレゼントしてくれたのに、私は何もしてあげられないのが恥ずかしい。

 

 ふと、両手に違和感を感じた。いつの間にか私の手の中には薄汚れたホッケーマスクが握られている。そうだ、これならきっと喜んでくれる。私は微笑んだ。彼のそばへ歩んで行くと、彼は騎士のように片膝をついて跪く。ずだ袋を脱がすと彼の歪んだ顔が露わになった。彼が子供達に虐められ、クリスタルレイクの湖に沈められる要因になった先天的な奇形の顔。彼はどこか気恥ずかしそうにしている。恥じる必要はないのにと、ハンサムな彼の顔を撫でた。私の世界では決して感じることができなかった温もりがそこにはあった。

 

「さよなら私の日常。そしてハッピーバースデイ」

 

 私の人生は一旦は幕を閉じたが、マスクを付けろ(目覚めろ)というカーテンコールによって再び劇場へと現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 世界に『個性』と呼ばれる力が出現し、それがいつしか『ヒーロー』という役職で社会に溶け込んでいった。しかし個性のすべてがヒーローに適しているわけではなく、それが理由でドロップアウトする若者も少なからず存在するし、生まれた環境や人格的に問題があってそうなる場合もある。後者の人格破綻者の多くは、偉大すぎる力を持つ事で多感な成長期に万能感に溺れてしまい人格形成に異常を来すことが多々ある。

 

 そんなやつらが屯ろする場所は決まって煙草臭漂うゲーセンかスプレーで落書きされたストリートと相場が決まっている。ある三人組が学校にも行かずにテナント募集の張り紙が貼られた店のシャッターにスプレーで落書きをしていた。思春期の情熱と迷いを詰め込んだだけの感情的な作品で、これといった宗教観や芸術性は一切なかった。そんな作品で彼らの先の見えない憂鬱とした気分が晴れるわけもなく、その場限りの自慰行為と大差はない。あとには虚しさしか残らないのだから。満足するには女を抱か(殺さ)なくてはだめだ。あるいは男でもいい。

 

 リーダーである少年は電気を操る強力な個性の持ち主であった。幼頃から誰もが彼の個性を褒め称え、小学校でも特質した存在だったのは間違いない。しかし彼は努力する事を怠ってしまった。中学を上がる頃には彼の黄金期が終わりを告げ、小さい頃から努力してきた者たちに次々と追い抜かれていった。彼もようやく努力を始めたが、かつて優秀だっただけに彼は自分の伸び代に気づいてしまう。努力の差でその伸びがどれだけ違いが出るかも知ってしまった。それでも彼は黄金期の輝きを忘れることができずに学校ではいつも横柄な態度を取っていた。ある日教師の一人が彼の態度を見て廊下の往来の中で声を上げた。

 

「いつまで夢を見ているんだ。やっていて恥ずかしくないのか、お前は?俺からすれば裸の王様でも見ているみたいで滑稽だよ。いいか、よく聞け。お前の個性は派手でヒーロー向きかもしれんが、そんなやつはごまんといるんだよ。お前の代わり(・・・)なんていくらでもいるんだ」

 

 最後の一言が、仮初めの王の姿で抑圧していた感情を爆発させた。一瞬、視界がホワイトアウトしたかと思うと、気づいた頃には彼はかつてノロマだとあざ笑ってきた者たちに取り押さえられていた。あたりには生徒たちの悲鳴と焦げ臭い匂いが充満している。半死半生の教師の姿を見て、彼は性行前の前戯で御預けを食った気分だった。

 

 焼け焦げた人間のスプレーアートの前で過去の記憶を掘り起こしていたリーダーは後ろに振り返り、残忍な気性を隠す気もなく二人に説いた。

 

「俺たちが満足するには性行する(殺し)しかない。お前らもそう思うよな」

 

 後の二人に関してリーダーほどの経緯はなかった。きっかけはただなんとなく、リーダーについて行けば面白そうだったという理由だった。後先など考えず、若者ならではの行き当たりばったりの動機により、貴重な瞬間を浪費する愚か者。リーダーにとって彼らは仲間ではなく、使い捨ての駒にすぎない。自分こそが掛け替えのない存在だと言い聞かせるための材料だ。

 

 彼らの標的はいわゆる極道と呼ばれる筋モノ。かつては日本の裏社会を牛耳ってきた組織だったが、近年の隆盛したヒーロー社会により多くが摘発解体が進み、生き残りは監視されながらも細々と活動している。そんな中でも徐々に勢力を拡大している『死穢八斎會』が巷では有名だが、彼らもそんな大物に喧嘩を売るほどバカではない。

 相手はかつてヤクザ間での抗争で鉄砲玉として前線に出て活躍してきた男で、無個性ではあるが日本刀で個性を持ったヤクザたちを何人も斬り殺している。男の属していた組織はもう解体されたが、彼は辻斬りとして今もこのストリートで恐れられている。彼らがこの標的に目を付けたのは単独犯であり無個性であること。近距離戦法を取る相手に対し、リーダーの電撃によるリーチを生かして行けばそれほど危険な相手ではない。そこそこの知名度もあるので殺せば箔もつく。

 

 意気揚々と彼らは暗い夜道を歩いていった。殺人鬼の恐怖する人々は夢の世界へ救いを求めて旅立ってしまっている。

 

 …………ドドド――――――ドドド――――――ドドドド………………。

 

 街の静寂に反響するのは車のエンジン音と心臓の鼓動だった。不規則な音と規則性のある音が一体化するとき、彼らは初めてこの街の住人になれた気がした。互いが視線を交わすが、決して言葉は発さない。言葉を使わずとも、今この瞬間はつながりを感じられたからだ。標的を殺すことで彼らは初めて仲間になれる。

 

 …………ドドドド―――――ドドドド――――ドドドドド………………。

 

 目的の場所はその角を曲がればすぐだった。そのころになると互いの鼓動までが聞こえるほど彼らは強い興奮を抱いていた。リーダーはあの日から延々と続く欲望の高まりを消すことができると微笑む。

 

 …………ドドドドド―――ドドドドド―――ドドドドドド………………。

 

 角を曲がって目的の路地裏についた瞬間、彼らが初めに抱いたのは歓喜や殺意でもなく、唐突な疑問だった。色落ちして痩けたアスファルトとひび割れた外壁は新鮮な赤色に覆われ、辺りには鉄錆と豚が混ざり合った匂いが充満している。中央には熊と見まごう程の巨体が何かに跨って動いていた。巨体は標的の男ではない。しかし彼らにはそれに勝つビジョンを見出すことができなかった。遺伝子学で分類されるなら人類なのだろうが、根本からしてどうしようもなく狂ってしまったモノに思えたからだ。

 

 …………ドドドドドド―ドドドドドド――ドドドドドドド………………。

 

 ”作業”が一段楽したのかその巨体は持っていた血まみれの獲物を地面に落とした。農家の生まれであった右端の一人は、それが家畜の皮を剥ぐためのナイフだと理解する。ではそれを何に使っていたのだろうと、彼は間抜けにも考えに耽っていた。

 べちゃりという不快な粘着性の音がなる。考えに耽る彼を除き、ほかの二人は心底イヤな気分に陥っていた。

 

 …………ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド………………。

 

 そして彼らはようやくそのけたたましい音が、自分たちの鼓動ではなく巨体の傍にあるチェーンソーのガソリンエンジンが唸っている声だと察した。彼らの鼓動はすでに止んでしまったのだ。この悪魔の縄張りに近づいた時から、彼らの運命は死へと集結している。停止した鼓動への疑問は、非常な現実として返答を得た。

 悪魔は面を上げて振り返った。悪魔の顔を見て三人は脊髄に氷柱を突き刺されるような悪寒を抱く。彼らは悪魔の名前はしらなかったが、その顔には見覚えがあったのだ。彼ら本来の標的である男の顔の皮膚が、まるでマスクみたいに悪魔の面貌を覆っている。農家の育ちである彼は、悪魔が人間の皮を剥いでいたのだと、妙な納得感を得ていた。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 

 納得した後で、そのエンジン音が体の中から鳴っていることに気づく。まるで紙に錐で穴を空けるように、回転するチェーンソーの刃が腹部に突き刺さり彼の腸をシェイクした。桃色の腸も白色の膓も赤錆色の膓も全てが真っ赤に混ざり合う。彼は嘔吐するように血を吐き、言葉にならない悲鳴を残して絶命する。

 

「うわあああああああああ!!!」

 

 リーダーである少年は反射的に個性を発動しようと右手を前に突き出す。悪魔もそれを察したようで力技に任せて突き刺したチェーンソーを横薙ぎに振るった。リーダーはそれを片手を犠牲にしながらも回避したが、もう一人は腰が抜けてしまってそのまま真っ二つに別れる。腹の皮を切り裂くことで豚の膓が簡単に落ちるように、彼の臓物が音を立てて溢れた。彼の上半身が悲鳴と嗚咽が入り混じった声を上げる。

 

「あぎゃあああっ!!イダイ、イダイイダイイダイイダイィ!!!」

 

 目先の地面に悪魔の影が差す。助けを乞うように上を向いた彼の視界には、屠殺用のハンマーを振りかぶる悪魔の姿が焼きついていただろう。

 

「ーーー!」

「あがっ!」

 

 悪魔は興奮した様子でハンマーを叩きつける。

 

「やめー!」

 

 何度も。

 

「ヤメデッ」

 

 何度も。

 

「オッ…ガ…」

 

 何度も。

 

「………」

 

 痙攣しながら事切れた仲間の姿に、彼の戦意はすでに消失してしまった。電撃による攻撃ならその場限りの対応が取れたかもしれない。しかし、彼の心が痛みと恐怖に捕らわれた時から敗北は決していた。彼は腕を失い均衡の取れないバランスのまま走り出す。

 

「誰か!誰か助けて下さい!」

 

 彼は生まれて初めて他人へ救いを求めた。泣きべそをかきながら、情けない声で叫んでいる。しかし無情にも街は静まり返っていた。まるで死んでしまったように眠りについている。

 

 …………ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド………………。

 

「はあ!?うそだろ!?」

 

 あのエンジン音がすぐそばまで迫っている。負傷しているからとはいえ、少年は足が遅い方ではなかった。しかしあの悪魔は巨躯でありながら、しかもチェーンソーを持った状態で追いつきつつあるのだ。仮に相手が増強型の個性だとすると逃げ切ることは難しい。

 彼は苦し紛れに後方へ電撃を放った。本来は手や指で指向を定めるため、傷口を覆っていた手を後ろに向けている。しかし恐慌状態のため狙い通りにはいかない。

 

 ーーーグシャッ。

 

「ぐ、あああああああ!!」

 

 イヤな音と一緒に激痛が走った。少年の痛ましい悲鳴が街路に響く。その場に蹲る彼の目には、血に染まったハンマーと可笑しな方向へ捻れた指が映っていた。人間とは不思議なもので、足だけで立ち上がるにはそれなりに筋力が必要とされる。彼はぐにゃぐにゃな片手を支えにして立ち上がろうとするが、痛みのせいで思うように立てなかった。

 

 彼はいまの状況を理解できなかった。正確には理解したくなかっただろう。ガタガタと体が震える。出血のし過ぎで生じた体温の低下。あるいは平穏を享受してきた彼の体験外の恐怖によるもの。

 ヒーローやヴィランと戦って死ぬならまだ心のどこかで納得ができたかもしれない。しかしこんな悪魔みたいな怪物のいけにえにされるなんて想像すらしていない。

 

 助けて!誰か俺を助けてくれ!

 もう悪いことなんて考えませんから!心を入れ替えますから!

 ああ、オールマイト!助けてオールマイ————

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 

 エンジン音はすぐ頭上から聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 街中で堂々と行われる残虐行為を、男は潰れた眼窩から覗いていた。頭全体を覆うフルフェイスのマスクと首回りを覆う仰々しい装甲。見に纏うダークスーツ。見事に黒ずくめの男は声をかけるタイミングを待っていた。あれは狂っているが、その残虐行為にある種の行動理念を持ってのことを知っていたからだ。以前、それを無視して声を掛け、痛いしっぺ返しを食らったのを思い出す。

 

 解体作業が終わり、彼が立ち上がった。その足元は夥しい量の血で色付けされ、かつて少年だった肉の塊が部位ごとに切り分けられている。頃合いを見て黒ずくめの男も————

 

 

「やあ、先生♪」

 

 

 いつの間にか目の前の彼は消え、オール・フォー・ワンの背後に現れた道化師衣装の男が彼の肩に手を置いていた。オール・フォー・ワンはその変化を一切感知できなかった。無論、彼は自分が神のような万能者でないことを理解している。しかし、自分にこんな真似をできる相手はこのピエロくらいのものだろう。生理的な嫌悪感と共に、嫌な冷や汗が流れる。

 

「解体作業はもういいのかい、レザーフェイス。いや、今はペニーワイズだったね」

「レザーフェイスはもう満足しているよ。それで先生はペニーワイズに何の用だい?もしかしてまたあの子の個性を奪おうとしていたのかな?」

「確かに彼女の個性は強力なものだが、私が使っても宝の持ち腐れだろう」

「それもそうか!」

 

 ペニーワイズはドリルの様に鋭い歯を剥き出しにして、ゲラゲラと大笑いをする。かと思えば今度は眉を潜めて疑問符と一緒に風船を浮かべていた。

 

「で、先生はどんな要件があるんだい?ペニーワイズに風船をねだりに来たわけじゃないんだろう?」

「大した用ではないが、一応伝えようと思ってね。オールマイトが雄英高校で教鞭を取るらしい」

 

 その名前を耳にした瞬間、ペニーワイズは鋭い眼光を放ち、真っ白な顔をしわくちゃになるまで歪めた。彼らのような殺人鬼にとって、ヒーローとは目の上のたん瘤であり、そのヒーローの代表ともなれば邪魔物でしかない。彼らはこれまでも幾度かオールマイトと対峙し、引き分けたり、逃げたりを繰り返している。

 

「オールマイト!ペニーワイズたちを邪魔する平和の象徴!大手をふるって暴れてるのはフレディのやつくらいのもんだ!だが、後進の育成に入ったということは、もしや……」

「ああ、後継者の育成だろう。どうやら傷はだいぶ深かったらしい」

 

 オール・フォー・ワンとの戦いによって負った傷が原因の弱体化。なにも変わらないように見えていたが、彼が教育の場に出たことで彼らの考えは核心へ迫っていた。

 

「そうか!オールマイトはあの子の”お気に入り”だから殺せなかったが、後継者なら問題なく潰せる!」

 

 ペニーワイズは残忍な笑みを浮かべてその場で躍り狂う。ピエロのアクロバットショーがオール・フォー・ワンには悪魔の儀式の様に思えた。

 後に彼らはヒーロー史に永遠と名を刻み続ける。『ヒーロー』と『ヴィラン』。そして新たな第三勢力『殺人鬼(キラー)』の幕開けだ。




『レザーフェイス』
『悪魔のいけにえ』の殺人鬼。チェーンソーを片手に、近辺を訪れる者を襲って斬り殺し、解剖して家具にしたり売りさばいたりする。先天性の皮膚病と梅毒を患っている為、人の顔を剥いで作った仮面を常に被り、素顔を隠している。身長193cmの巨漢であるが、外見に反してその足は驚く程速い。凶暴そのものであるが、家族に対してはいたって従順。趣味は動物の骨をコレクションして自分の部屋や台所に飾ること。また女装趣味もあるようで、仮面に化粧をしたりドレスで着飾ったりする。

『ペニーワイズ』
『IT』の殺人鬼。ボサボサの赤髪に赤い鼻といった道化師の出で立ちをした悪魔。対象を威嚇・捕食する際は鋭い牙を剥き出す。古来よりデリーに27年周期で現れ、その都度事故や天災に見せかけては住人を襲っていた。捕食対象は子供、夢を抱く思春期の少年少女であり、相手が恐怖と感じる物の姿に変化する。物体を動かす・幻覚を見せる・神出鬼没など超常的な能力を持ち、ほとんどの大人には見えない。基本的には多感で夢を持つ子供のみに見え、恐怖を与えるほどに美味になることから様々な幻術で対象を追い詰める。近年のネット界隈ではペニーワイズがおすすめする動画で謎の大流行が起きている。


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雨に唄えば

思った以上に反響があったので続きます


 恐山映(キョウヤマ・ウツル)は引っ叩かれた頬を撫でた。叩かれた瞬間は少し痛みはあったがあとを引く熱のような感覚はない。彼女は過去の虐待の経験からこれが跡を残さない痛みだと分かっていた。

 

 背の高い映は目の前の女生徒をまるでノミでも見るかのように見下ろす。

 

(女子ってこわいなー)

 

 などと呑気に考えていると、反対側の頬にも追撃を食らった。個性社会の中で廃れつつある宗教文化だったが、昨今類を見ないキリスト教の精神に舌を巻く。ではその信徒が規律正しい模範的な生徒かと言うと、まあ、表面的にみればそうとも肯定できるが、実態は酒とタバコとセックスをそこそこに嗜む堕落者であり、今もこうしてクラスの半端者を影で虐めるのが趣味のサディストである。そのくせ小心気質が抜け切らないのか、小さなイタズラを続けるだけの小物で、こうして直接的な手に出るのにも多人数の手を借りないとできない。本当は彼女こそが半端者だった。それは映がもっとも嫌う手合いだ。

 

「恐山さぁ。最近調子のってね?」

「……はぁ、別に」

 

 映がこうしてイジメにあっているのは、この女子生徒の意中の男子生徒と映が仲良くしているというありふれた嫉妬が原因だった。映がクラスで浮いていたというのもターゲットにするにはいい口実で、その行為を咎める者は少ないことが拍車をかけている。

 色恋沙汰といえば青春くさくて多少は聞こえはいいかもしれないが、当の本人はパートナーに血統書を求める類の人間で、つまり自分のものには箔が付いてないと許せないのだ。

 

「雄英に受かったくらいで舞い上がってんじゃねぞ。”身体能力を上げる”だけの没個性のくせに」

「ほんとよく受かったわよね。もしかして汚い手でも使ったんじゃない?」

「うわー、それ絶対あるって。こいついつも何考えてんのか分かんないし」

 

 ぐちぐちと続く小言に飽きてきた映は、自分のざんばら髪を弄りながら聞き流していた。そういえばこの頬を叩いた女生徒を試験会場で見た覚えがある。スタートダッシュに乗り遅れた上に、普段から運動慣れしてなかったのか途中でばて、しまいにはとんがり頭の個性の爆音にびびってヒステリーをおこしていた。彼女はもちろん試験に落ち、映と意中の彼は合格通知が送られてきた。つまり、これは逆恨みを含めた報復らしい。

 あまりに滑稽な姿を思い出した映は、笑え堪えるのに必死で震えていた。彼女たちはそれを別の意味に勘違いしたらしく、さらに一方的な言いがかりを捲し立てる。

 

「ちょ、こいつビビってるよ!」

「やめてよ、何か悪いことしてるみたいじゃん。私たち本当のこと言ってるだけだし」

 

 ほんと黙って欲しい。お腹いたい。

 

 経験上、このあと二、三愚痴を聞いていれば相手は満足して帰ると知ってたので、今は従順な子羊の真似に興じていた。しかし今日はとくに舌が回るらしく、彼女は普段よりも尊大な態度で大言を語った。

 

「やっぱり彼はあんたには勿体無いわ。私こそが彼に相応しいと思わない?」

 

 ——嗚呼、もうダメだ。

 

「ぷ、あはははははははははははははははははははははははははは!!!」

 

 特大級のジョークに我慢できず、腹を抱えて堪えていたものを吐き出した。周囲はその行為に困惑していたが、次第に虚仮にされたことを理解し始めると怒りで顔が真っ赤に染まる。健常者を語る愚かな女生徒は、理性ぶった皮を剥いで暴力を振りかざした。

 振りかざした手は空中で停止している。女性らしからぬごつごつとした硬い手が、赤子の手を捻るように簡単に受け止めていた。骨の軋む嫌な音がする。しかし女生徒は苦痛を声に漏らすことなく、鼻先まで迫った映の怪しい眼光に停止せざる得なかった。

 

「まったく、君たちは私を笑い殺すつもりか!それとも無知なのかな?確か君の個性は彼と同じ炎熱系のものだったが、もしかしてそれで釣り合いが取れていると思ってるかな?だとしたらやはり無知なんだろうね!ガスバーナーと火炎放射器じゃ使い所なんて全然違うのに!!」

 

 それは明らかな侮辱の言葉だった。普段の短気な女生徒たちなら我を忘れて激昂しただろう。そうならなかったのは、その場にいる誰もが映に恐怖していたからだ。映は普段から悪い意味で浮いていた。お洒落や恋愛には一切興味がなく、まるで子供のように好奇心に溢れていた。子供との違いは無垢でなかったことだろう。彼女は嬉々として他人の古傷を掘り返し、それを嘲笑っていた。過去に精神鑑定を受けた話は有名で、異常がないと医者に太鼓判を押されたことでより異質さを増していた。いじめを咎める者が少なかったのは、教師ですら彼女を避けていたからだ。

 

「男をブランド品のバックと勘違いしているバカ女が、まるで猿が服を着ている風刺画と一緒じゃないか。いいか、よく聞けよこの猿にも劣るド低脳どもが、残り少ない学校生活を幸福に送りたいなら今までと同じ半端者でいろ」

 

 言い返すことは出来なかった。誰ができただろうか。今まで精神異常者のレッテルを貼って嫌厭してきた相手の正体を知ってしまった今では、築いてきた優位性なんて何の意味もない。羊の皮を被った怪物は、狼の眼差しで脅していた。

 

「——コロスよ」

 

 それは明らかな殺意を以って豚たちを睥睨している。

 

 

 

 

 

 

 

 霧散した女生徒たちの姿を映はつまらなそうに見つめていた。

 

(殺すにはまだ早すぎる。もっと恐怖が育ってからの方が楽しめそう。だけど、あの様子だと暫くは絡んで来ないんだろうなぁ)

 

 映にとって彼女たちの虐めは、春のそよ風の出来事と同じで些細なことだった。むしろ思い上がった女生徒たちの姿を見るのは中々楽しかったくらいだ。

 

 映は視界を狭める前髪をかき上げて、眼前に映る光景を見つめた。大地と空とコンクリートの建造物。本来見えるはずのそれらの光景はなく、ブラウン管テレビの画面が視界を覆っている。映は接続されているビデオデッキにレンタルビデオを差し込んだ。リモコンでチャプターを切り替えると異なるキラーへ変わる。

 

(この子と……彼がいいな)

 

 映は記憶にある人物像からキラーを構成し、それを現実へと投影した。光の粒子が集まり、それが人型へと成っていく。

 

 一人は包丁を持った日本人の小さな少女。

 

 二人目は赤ん坊くらいの大きさの人形。

 

 映が二人に目配せすると、二人は煙のように何処かへ消えていく。映はかき上げた前髪をいつものように乱雑に戻すと、外界から閉じこもるように視界を前髪で遮った。

 

 映の個性が発現したのは生まれて間もない頃で、テレビに映った人形を映がいつの間にか持っていたことから始まる。初めは両親も驚いたが、金銭的危機に陥っていた彼らは金策のため、映の個性届けを役所へしなかった。実験の結果、映の個性のおおよそを両親たちは理解していた。

 映の個性は『投影』。名前の通りに見たものを記憶から投影し、現実世界に生み出すことができる破格の能力。両親は映の個性を大いに持て囃したが、その条件を知ってすぐに落胆することになる。

 

 投影できるものは映の興味関心の強いものに限られ、さらにそのものへの精密な情報が必要になる。その例として、むかし映が図鑑に載っていた珍しい果物を投影し、表面的には精巧な投影物を作り出したが、その中身が空洞だったことがある。これは映がその果物の中身を知らなかったから不完全であり、断面図を知っていたとしても今度は味のしない不完全なものが出来ただろう。紙幣を投影しても同じナンバーの紙幣しか量産できないし、機械を投影してもそれが動く理屈を知らなければ機能しない。

 

 予想外に扱いづらい個性だったが、天は映に二物を与えていた。映は個性とは別に、見たものを鮮明に覚えられる所謂先天性の完全記憶能力を持っていた。その上、同年代の子供たちよりも賢く、難しい内容の本もすぐに理解できる。しかしそれが判明するのが遅すぎた。映に落胆した両親はネグレクトをするようになり、彼女は架空の世界の住人たちに依存するようになっていた。彼女のもう一つの能力が判明した時にはすでに店の売れ残ったホラー映画のビデオに完全に依存しており、他のことへの興味関心は全く抱けない状況に。その自業自得に憤る両親は暴力によって映の依存を治療しようとしたが、それはむしろ逆効果をもたらす。

 

 彼女はホラー映画の殺人鬼や怨霊や怪獣に対し、信仰にも似た並々ならぬ情熱を抱き、その思いの強さが彼らとテレビ画面外での再会を引き起こした。無論、これは常人離れした精神による成功結果であり、彼女がここまで追い詰められなければそうはならなかっただろう。そういう意味では映は両親に感謝しているし、墓参りにも毎年いっている。

 

「おや、雨かな?」

 

 昔の思い出に耽っていると映の鼻先に雨粒がぶつかった。あいにく朝の天気予報が晴れだったので映は傘を家に置いてきてしまっている。まあ、濡れることなんて元々気にする性格ではないので、雨に打たれたまま帰るのも一興ではある。

 

「I'm singing in the rain♪」

 

 映は歌を口ずさみながら軽快なステップで廊下を歩いていた。放課後のチャイムが鳴り、残っているわずかな生徒と教師は映を避けて歩いていく。

 

「Just singing in the rain……ん?」

 

 映が教室へ入ると一人の男子生徒が自分の席の前に立っていた。それは映の数少ない学友である。

 

「やあ、焦凍。私を待ってくれたのかな?」

「……おまえ、傘持ってなかったろう」

 

 轟焦凍はカバンから赤と青の二つの折り畳み傘を取り出す。青い方は彼自身の傘で、赤い方は以前映が忘れてた時に借りたもので、それからはまるで映のものみたいな扱いになっている。

 

「ありがとう!今日ほど君との友情に感動したことはない!」

「それ、前にも聞いたぞ」

「はは、決まり文句みたいなものだよ」

 

 映が傘を受け取ると二人は一緒に下校した。映を嫌厭する視線に嫉妬のようなものが混ざり始めている。焦凍の左目を中心とした火傷が痛々しいが、それでもイケメンであることは変わらないし、No.2ヒーローの子供ともなればそれに肖りたい生徒は多い。

 

「相変わらずモテモテだねー。私もさっき君の熱烈なファンに詰め寄られたよ」

「大丈夫だったか?」

「うん、だって雑魚だったし」

「もうすぐ卒業なんだから、あんま揉め事起こすなよ」

「はいはい。卒業までは大人しくしとくよ」

 

 玄関へ差し掛かると次第に雨の勢いも強まり、水溜りができ始めてきた。二人はそれを避けながら歩いていく。

 

「I'm singing in the rain♪」

「その歌、この前おまえに借りた映画にもあったな」

「んー、何貸したっけ?『ヘル・レイザー』『オーメン』『死霊館』?」

「『時計仕掛けのオレンジ』だ。おすすめだって言われて姉さんと観て後悔した」

「でも面白かっただろ?水桶に頭突っ込まれるシーンでアレックス役のマクダウェルは本当に溺れかけたそうだよ。他にも気分を害したジーン・ケリーや暴行シーンに耐えられず降板した女優と話題に事欠かないね」

 

 映がホラー映画について嬉々と話し、それを焦凍が分かれ道まで静かに聞く。それが二人の奇妙な友情関係だった。中学を卒業し、同じ高校へ行ってもそれは変わらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、雄英高校ヒーロー科の会議室では、雄英の校長や教師陣が出席する重要会議が行われていた。巨大なモニター画面には受験生の名前と成績がズラリと並んでいる。目立つのは救助ポイント0で一位の爆豪勝己と敵ポイント0で八位の緑谷出久。

 

「今年は豊作だな。軒並み優秀なやつが多い」

「救助ポイント0点で一位とはなあ!」

「対照的に敵ポイント0に対して八位。あれを倒すなんて久しぶりだね」

 

 各々が二分化した対象について議論し尽くすと、画面は切り替わる。映し出されたのはいかにもだらしないという言葉を体現した少女だった。身長は女子にしては高く180センチ前後。ぼさぼさのヘアスタイルに上下ダボダボの洋服。これで実技試験を受ける気があるのか甚だ疑問だ。

 

 しかし見た目に反して動きは機敏であり、広大な市街地をパルクールのように軽々と移動している。拾った街灯や道路標識を武器に次々と仮想敵の関節部分を破壊し、機動力を削いだところにトドメとわりとエグい戦法だ。移動中に救助ポイントもちゃくちゃくと稼いでいる。

 

「恐山映。総合ポイント75で二位か。なかなか手際がいい子だ」

「個性は身体能力を増強させるありふれたものだが、その汎用性をちゃんと生かしている。言ってしまえば、脚力、腕力、体力となんでも一緒くたに強化できるわけか。個性の使い方ならこの子が一番だ」

「それにこれだけ動いていて汗もかいてない。彼女はまだ余力を残しているみたいね」

 

 また場面が切り替わり、緑谷がポイント0のギミックに向かって跳躍したシーンへ。拡大すると逃げずに何かの構えを取っている映の姿があった。

 

「……まさか、あれを倒す手段があったのか?」

「そのための温存だったなら、確かに合理的だったな。——でも、それだけではないんでしょう?」

 

 だらしのない態度から悪印象だった映の評価は、後半につれて改善されていった。

 しかしその中で唯一晴れない顔がいる。オールマイトと根津校長だ。それを疑問に思ったイレイザーヘッドの手が上がった。

 

「……恐山という名前に覚えがある人もいるんじゃないかな?」

「恐山……珍しい苗字ですけど、それくらいしか」

「恐山、恐山……ッ、もしかしてあの食卓事件の生き残りですか!?」

 

 その言葉に全員が青ざめた。この事件はマスメディアを含めた業界では禁句だったからだ。

 

 数年前、レンタルビデオ店を経営している恐山夫妻が惨殺される事件があった。死因は鋭利な刃物による首の切断。その後、夫妻の体は豚のように吊るして解体処理され、骨は家具に加工し、臓器はキッチンで調理されて複数人の犯人と拘束された夫妻の娘に振る舞われた。救出された娘の胃の内容物にはソテーされた夫妻の脳みそが検出されたらしい。この事件のテレビ報道は手違いによって食卓の時間に大々的に流出し、全国で嘔吐する家庭が耐えなかったという。それ以外にも写真を撮影した記者や家の中を捜索した人間が呪われて死んだという逸話が絶えず残っている。

 

「ブン屋にとっては厄ネタだが、いまでも面白がってこの一件を掘り返す奴はいる。それがまた呪われて死んだってのもな」

「事件のトラウマを乗り越えてヒーローを志した。それなら私好みなんだけど、そこのところどうなのかしら」

「……復讐か」

 

 シンプルだが、もっとも複雑な言葉。会議室の沈黙に重みがました気がした。

 

「彼女についてはオールマイトが一番知っているんじゃないかな?」

「なぜですか?」

「それは彼がこの事件の第一発見者であり、映くんの身元引き受け人が現れるまで一緒に生活していたからさ」

「マジで!?」

 

 沈黙を断ち切る言葉にオールマイトが立ち上がる。

 

「……私が彼女と生活していたのはたった数ヶ月だ。それから再会したのもだいぶ前になるが、復讐については問題はない。それは彼女の複雑な家庭環境が関係するとだけ言っておこう」

「では、メンタルは何にも問題はないと?それはそれで何かやばいですけど」

「まあ、変わった子ではある。二年の波動少女と相澤くんを混ぜたのを想像してもらえばいい」

「あー、うん……わかった」

「おい、何でこっち見る」

 

 元々第一印象が悪かっただけに、彼女の内面を気にする教師が多い。それを見たオールマイトの拳に力が入った。

 

「変わった子ではあるが、それでも!私は彼女が毎年両親の墓参りに行っている心優しい少女だと知っている!彼女がヒーローを志すつもりならそれを全力で応援したい!」

 

 オールマイトにとって映の存在は救えなかった民衆の代表のようなものだった。たった数ヶ月間の生活で彼女に対する感情は増している。初対面の時に浴びせられた言葉をオールマイトは今でも覚えていた。

 

 充満した生臭い血とハーブで一緒にソテーされた脳みその香りが漂う家の中で、椅子に拘束され頬が痩けた映は言った。

 

『言わないんですね、”私が来た”って……全然間に合ってなかったもんね』

 

 他の椅子にはまだ体温が残っていた。それは数分の差でこの惨状を生み出したやつらを取り逃がしたことを意味する。

 少女の汚濁した目を見てオールマイトは恐怖した。どんな経験をすればこの齢の少女がこんな目をするのか想像もできない。その目がナイフのように彼を突き刺している。

 

『言うさ。君の凍った心を鼓舞するために』

 

 本当は自分の折れそうな心を鼓舞するために言うのだ。死んでしまった遺族に懺悔して言うのだ。

 

『——私が来た』

 

 拘束を解き抱きしめた小さな体は折れてしまいそうなか細さだった。小さな手が彼のヒーロースーツを強く握っている。子羊が親羊に擦り寄るように、映は搬送される中でもそれを離さなかった。一緒の生活で彼女は徐々にオールマイトに懐いていった。両親から虐待された分、彼を理想の父親として依存したのだろう。それをオールマイトは受け入れた。

 

 

 

 

 ——オールマイトは、恐山映を裏切れない。

 

 

 

 

 

 数ヶ月後。映をいじめていた女生徒たちが全員死亡する事件が起きる。女生徒たちとの関係から一番に映が捜査線上に上がるが、明確なアリバイがあったため除外された。関係者に恐山の名前が上がりメディアは細々と公表したが、それでもこの事件には不可解な部分があったため、それを追求しようとする者が多くいた。

 

 まず初めにリーダーを除くメンバーの携帯に死を予告したとされる着信があったこと。そしてその着信通りにメンバーの子は死亡している。そしてその死体の口内には赤い飴玉が入っていた。

 

 リーダーは小型のナイフのようなもので惨殺されていた。その証拠品で押収された血まみれの人形がいつ間にかどこかへ消えた。

 

 そして、その事件の末路を探ろうとした者がどのような結果になったかは考えない方がいいだろう。




『チャッキー』
『チャイルド・プレイ』に登場する殺人鬼……の魂が宿った人形。元は「湖畔の紋殺魔」と呼ばれたチャールズ・リー・レイという殺人鬼。逃亡中に警察に銃撃され、死にかけながらも、おもちゃ屋に逃げ、ブートゥー教の秘術によって近くにあったグッドガイ人形に魂を乗り移した。
人形の体でありながら力量は常人並だが、体格の差で成人に勝てず力負けする描写が多い。赤色のナイフを用いる。
殺人術に長けており、常備しているナイフや得意とした絞殺などで直接殺害する以外にも、周辺にあった道具や設備を用いての無計画でありながら機転を利かせた殺害も多かった。

『水沼美々子』
『着信アリ』に登場する亡霊。強力な念力の持ち主。死の予告電話による殺人が多いが、美々子の霊自らが出向き、直接殺人を行う場合もある(美々子が現れる時は喘息用の呼吸器の音がする)が、美々子が他の人間に乗り移ったり、化けて殺人を行う事もある。 被害者の口の中には赤い飴玉が入っている。

『時計仕掛けのオレンジ』
暴力やセックスなど、欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任と、管理された全体主義社会とのジレンマを描いた、サタイア(風刺)的作品。劇中で「雨に唄えば」を歌いながら暴れ、作家を押さえつけ目の前で作家の妻を輪姦した。


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設定

『恐山映』

 

個性:記憶投影

 

出身校:凝山中学校

 

誕生日:1月12日

 

身長:183cm

 

血液型:AB型

 

好きなもの:映画鑑賞(主な作品はホラーものだが、『ショーシャンクの空に』『レオン』などの古い名作も見ている。あとビデオ作品が多い)温かい蕎麦

 

嫌いなもの:性的な目線、両親に似た人物

 

 

・人物像

 言動はサディスティックそのもの。初対面の相手に対して『どうしてどうして!』と全力で古傷をえぐる。相手の動揺する様を楽しみつつ、その人の本質を冷やかに見つめている。精神科医はそれを過去の虐待から他人に恐怖しており、相手の本性を引き出そうとする自衛行動と診断している。

 奇抜な行動や気に入った相手には積極的に接するとか妙な行動力があるが、実は内向的で、そうではない者(記者)に絡まれると軽い鬱状態になる。投影したホラー映画の殺人者を心の拠り所にする一方で、嫌われたり失望されるのを常に恐れており、そうならないように日々努力している。

 

 完全記憶能力に加えて高い知性があり、勉学では突飛した優秀な成績を残していたが、性格に問題があると見られ学校から推薦をもらえなかった。見たものをそのままに描くことも可能で、今まで読んだ本の内容を正確に音読できる。

 

 ホラー映画に並々ならぬ執着があり、その登場人物やその役者に対し崇敬の念を抱いている。当然、それを馬鹿にする人間を許さず、強い殺意から即座に行動に出ることもある。

 殺人者側に限らず、それと対峙する主役を物語を構成する重要なものだと考えて彼らも溺愛している。(死霊のはらわたのアッシュ・ウィリアムズなど)原作ファンに媚びただけの映画はあまり好まず、近年のアニメやゲームを原作とした作品はあまり好まない。

 ビデオの回る音に趣を感じており、お気に入りはビデオ作品が多めで、一番はもちろん『13日の金曜日』。両親がレンタルビデオ店を経営していたことが関係するのか、おすすめと書かれてるものに弱く、ホラー以外の作品を手にとってしまうこともある。

 

 オールマイトに依存したのはいずれ敵対するであろう人物の観察目的が大きいが、優しい親を知らなかったことで彼の底抜けた善意に影響されたのもある。物語のためにヒーローの象徴であるオールマイトを重要視しており、オールマイトの排除を計画するオール・フォー・ワンと何度か衝突した。

 キラーに次いでオールマイトは大切に思われているが、キラー側が強く望むのならオールマイトの殺害も簡単に行う。そうならないのは深層心理内にあるオールマイトへの思いが歯止めとなって投影物に影響を与えているからである。キラーたちは彼女をどううまく唆そうか虎視眈々と狙っている。

 

 普段からだらしがない格好しているが、実は八百万を超える体の美少女。おしゃれをしないのは性的な男の視線を避けるためであり、体のラインが分からないダボダボの服を着ている。分かりやすく例えるならHORROR美少女ジェイソン・ボーヒーズである。

 

・記憶投影

 名前の通り記憶に存在するあらゆる物、生物、現象までをも現実に投影できる個性。八百万の個性の上位互換であり、彼女の場合は目が映写機のように光り投影する。同時に投影できるものには数に際限がなく、それこそ無限に出すことも可能。睡眠時はフレディの能力で夢の中から投影している。

 元々正確な記憶や投影物に対する深い知識が必要だったが、それを凌駕する異常なまでの執着と妄信が高い再現度を引き出している。個性コピー系の人が使っても出来損ないの物が二、三できるだけだろう。そういう意味では本当に宝の持ち腐れの力になる。

 投影する方法も様々あり、能力や人格だけを自分や他者に投影し、複数重ねがけすることも可能。ちなみに彼女は常にジェイソンの筋力を自分に投影しています。文字通り一心同体している。

 

・ホラー映画

 個性の登場により今まで科学で証明できなかった超能力、心霊現象など超常的ものが解明され始め、ホラー映画業界は一気に落ち目となった。何の力もない人間が、能力や精神的に超越した存在に淘汰される恐怖の構図が破壊されたことも大きい。個性社会になった近年では登場人物はどれも個性を持っており、どうしてもバトル物の路線に走り始める傾向のB級じみたものが量産される。人々を恐怖し続けた作品は見る影もなく、レンタルDVDショップの端に追いやられているのが現状である。




《試験会場にて》

「うおー!キャッチ!!」

「うわ!き、君は!?」

「あ、私?私の名前は恐山映!好きなものはホラー映画と温かい蕎麦!どこかの一匹オオカミと違って冷たい蕎麦じゃないのが味噌ね!」

「一匹狼って何!?て、いうかこの高さまで一気に飛んで着たの!?」

「ねー!君って見た目は地味っていうか、完全にもずく並みな底辺の地味さだけどすごいね!まるでオールマイトみたいだったよ!私も増強系の個性だからなんかシンパシー感じる!L○NEの番号交換しない?」

「無視!?」


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ブギーマン【前編】

FGOのイベで二章まで駆け足してました!サーセン!!
それと色々資料(映画)を観てました!!おもろかった!!


 皮付きのリンゴを見ると、私は罪悪感を覚える。

 

 ちざきは私の個性はこの世界の理を壊すものだと言っていた。

 

 それの本当の意味も、ちざきが何をしようとしているのかも私はわからない。でも、私の力が多くの人を傷つけることは知っていた。

 

 私の血と肉が巡り巡って誰かを傷つけ、さらに血を流すのだろうか。

 

 そんなことを考えながらリンゴに噛り付く。赤い皮は血と同じ色。少しだけ渋くて、そして苦い。でもその先にある身は白くてとても甘い。

 

 (犠牲)があるから、その甘みが引き立てられるんだ。

 

(何だろう、この感情は?)

 

 私の置かれている環境は決していいものではない。でも全てが悪いというわけではない。

 

 欲しいものはちざきの部下に言えば大体は手に入る。私はちざきの計画の要らしいから、彼らは私に取り入ろうと必死だ。

 

 拷問のような生活の中で、数少ない幸福と思えば安いものなんだろう。

 

 私のリンゴ(生活)は渋皮が9割と甘い身が1割。だからとても甘くて、美味しい。犠牲の上で味わう幸福がとても美味しい。

 

 ああ、これはいけない感情だ。

 

 分かっていた。分かってそれを味わってきたんだ。

 

 だからこれは、神様が私に与えた”罰”なんだろう。

 

 私は暗闇を走る。その罰から逃れるために。

 

 神様、私は謝ります。許してくれるまで何度でも謝ります。

 

 だからこの”悪魔”を消してください。

 

 

 

 

 

 

 

 休日、映は家に引きこもってビデオを観ることが多い。それ以外はキラーたちを街に放したり、自身で夜の街を散策したりもするが、他人と関わりたくないので基本的には自宅で過ごすのが日課だ。

 

 だが稀に、友人と外出することがある。彼女には友人が少ないから本当に稀なことだ。その中で最も付き合いが深いのが焦凍であり、映は外出を嫌うため自宅に彼を招いて一緒にビデオ鑑賞をすることが多いが、たまに二人で外出して映画鑑賞や外食もする。外食の際は二人の好みの問題で蕎麦屋に行かないのが暗黙の了解となっていた。

 

 しかし、今日は違う友人と外出していた。

 

 街外れの寂れたミニシアターがある。ポルノシアターと隣接しており、錆びて読みにくい看板と茶色のシミがあるポスターがノスタルジックな雰囲気を感じさせるいい映画館だ。この映画館を経営している老人が古い作品が好きなようで、特にホラー映画をよく上映してくれる。人気が少なく、うるさいカップルがいないのがもう最高だ。

 

 カラカラと映写機の回転音が聞こえる。その音をかき消すほどの悲鳴と体が潰れる心地よい音が、外出の際で負った心労を癒してくれる。画面は血しぶきで染まり、近年の日本では規制されるグロとゴアの表現を詰め込んだ映像は彼女の友人も大いに喜んでくれていた。

 

 エンドロールに入ると感動に震えた友人が映に抱きつく。

 

「良い!良いです!ピン様とフレ様が人を血まみれにするのかっこいいです!」

「でしょー!あー、私もピンヘッドに抱きついたり、フレディに引き裂かれたいなぁ」

 

 映の豊満なバストに顔を埋める少女はトガヒミコ。映と夜の日課で遭遇してから同類として友人関係になり、互いの趣味嗜好も相性も相まって、映はトガとスプラッター映画を観るほどの仲になっていた。しかし、自分の正体を全て伝えてはいないので、トガは自分と同じ変身能力の個性を持った殺人鬼だと思っている。

 

 ミニシアターから出ると日差しは陰っていた。夕方へ入り始める時刻。世界が闇へ向かう瞬間、気温が少しずつ下がっていく。殺しには良い日和だ。映はフードを深く被る。

 

『ーーーー♪』

「およ?」

 

 『着信アリ』の着信音が鳴り、映はスマホを確認する。画面には新着動画の通知が来ていた。

 

「おー、新着動画きた。しかも撮影場所ここら辺じゃん」

「何がですか?」

「これよ、これ」

 

 映のスマホを覗くと老齢の紳士が画面いっぱいに映っている。周りは縁日の屋台らしく、店主と思われる男性とヒーローが倒れていた。

 

『諸君、ご機嫌いかがかな。私は今日、この縁日で当たりくじを抜いたまま違法営業するくじ引き屋台に攻め入った。純朴な子供たちから金銭を巻き上げた罪に制裁を与えたのだ。さあ、子供達よ。このおもちゃは出演料の支払いとしてプレゼントしよう!』

『待ってジェントル!保護者の方たちが「見ちゃいけません!」的な感じで子供たちを連れて行ってしまったわ!』

『……よし、ここは編集(カット)で!!』

 

「……これ、あんまり面白くないです。評価もすごい低いし」

「そう?ご老体が体に鞭を打って頑張るなんて滑稽で笑えると思うけど」

 

 高評価を付けるとすぐにLOVE LABAというアカウントからコメントが大量に送信される。LOVE LABAのご老体を思う気持ちが長文となって延々と書かれていた。ご丁寧に個人情報まで書いてくれている。あとから冷静になって削除される前に記憶する。

 

「彼の始まりはヒーローへの憧れだった。ドロップアウトしてからも義賊じみた行動をするのは自身の中で曲げられない信念があったからでしょう。動画の主題となっているのは『歴史に名を残す』という、誰からも忘れ去れてしまう孤独感からの解放策。しかしもし、両方を天秤にかけた時に彼は迷わずに信念を選ぶ。それが世間には一切知られない善行だとしてもね」

 

「——そんな彼の気高き矜持を壊したらとても面白いだろう?」

 

 淡々と推論を述べていく映の姿を、トガはうっとりとした表情で眺めていた。トガは初めて会った瞬間から映が好きだった。この人になりたい、この人そのものになりたいと、そう思った。だが、映の血を吸おうとすれば自分は殺されてしまうだろう。だからトガは隙をみて映を殺そうと考えた。その考えを映も察したうえでトガを側に置いている。

 

 普段なら我慢できずに殺してしまうトガは映を観察することに徹した。

 見て、観て、診て、視て、看て、みて、ミテ、mite……それでようやくわかったのだ。どうしてこんな綺麗な人を好きになったのか。

 

 

 虐待の傷があったから?

 ——違う。

 

 その手が血にまみれているから?

 ——違う。

 

 自分と同類だから?

 ——違う。

 

 

 映は出会った時からぼろぼろだった。体ではなく精神の話である。まるでひび割れた器の中にたくさんのビー玉を無理やり詰め込んだような脆い心だった。ずっと観察してきたトガだから理解できた彼女の精神構造。きっと彼女は粉々に割れるまで進み続ける。

 

(見たいです。もっとぼろぼろになる映ちゃんを近くで見たいです)

 

 トガは両手で面貌を覆う。ぐちゃぐちゃに歪んだ口角、溢れ出る殺気を覆い隠すために。そして何より心の底から這い上がる恐怖の震えを抑えるために。

 自称『ただの狂気殺人者』と語る者の瞳に映る無数に蠢く存在がトガを見つめていた。

 

 トガは不意に死角から衝撃を受ける。

 

「ぐえっ」

「あっ…」

 

 前方から走ってきた少女との衝突による完全な不意打ちにトガはそのまま地面に倒れた。映は無関心にスマホをいじり続けている。

 

「おいおいトガちゃん。歩くときはちゃんと前を向いて歩かないと危ないぞぅ。まあ、歩きスマホ中の私が言うのもなんだかな」

「う〜〜、痛いです」

 

 映はスマホをダボダボのパーカーのポケットにしまい込み、尻餅をついている少女に手を差し伸べた。

 

「大丈夫かい、お嬢ちゃん」

「だ、だいじょうぶ」

 

 少女は一瞬、映の手を取るのを躊躇ったがすぐに手を握って立ち上がる。

 

(うーん、私の正体に勘付いた感じではないな。自己への恐怖……接触して発動するタイプの個性かな?それも制御できず暴走すると止まらない。ためらったのは個性による過去のトラウマか。それにしても”あの姪”によく似ているね)

 

 映は汚濁した瞳を覗き込まれないように少女に微笑む。

 

「お嬢ちゃん、お名前は?」

「え、壊理」

「エリ?もしかして 200歳の少女だったりする?」

「?」

「あー、うん……いいや、ごめんね。……ほら、トガちゃん行くよ」

「あ……まってっ…」

 

 倒れているトガを肩に担ぐと、映は足早にその場を去った。壊理の言葉は耳に届いていたが、聞こえない振りをする。壊理は映の後ろ姿を捨てられた犬のように見つめていた。

 

 トガは小さくなっていく少女の姿を眺めていた。物欲しそうな子供のように映の肩を叩く。

 

「……映ちゃん、あの子いいです。ボロボロで血だらけで可愛いです」

「トガちゃん、あの子はダメだよ」

「あの子欲しいです。もっと傷だらけにしたらとても良い感じになると思うんです」

「——トガ」

 

 びくりと体を震わせる。トガはフード越しから映の表情を凝視した。

 彼女が普段纏っている加虐的な道化師の雰囲気は消失し、ひどく閑やかな夜を幻想させる。しかし、その顔は見えなくても分かるほど、狂気に歪んでいただろう。

 

「君は想像できるだろうか?この世界に生まれ落ちた瞬間にそれは生きる意味を持って存在していた。しかしこの世界には彼が求める意味はなく、私が生み出したとき、それはまるで生きた屍だった。私がその意味を生み出しても良かったが、そんなことは出来なかっただろう。私は恐れていた。私の想像物を彼に否定されたら、私も屍になるからだ」

 

「ようやくだ。ようやく彼が獲物を見つけたんだ。たとえそれが他人の空似だとしても、自分の血縁でないとしても、それが彼の動機と足りえるなら子供の一人くらいはくれてやるさ。あの子にはかわいそうなことをするが、ホラー映画っていうのは残酷で理不尽なものだろう」

 

「——まあ、季節外れなのは許して欲しいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 路地裏を白い影が走り抜ける。素足が奏でるペタペタとした音が愛らしかった。道すがらすれ違った大人たちのほとんどは(ヴィラン)であり、ここは溜まり場として有名な通りだった。振り返ってくる顔のほとんどが値踏みするものと下卑た妄想を浮かべるもの。その顔たちの首筋を肉切り包丁が切り裂き、路地の外壁を赤色に色付けしていく。

 

 硬質化の個性を持つ数人が凶刃を恐れずに立ち向かうが、彼らは顔面を鷲掴みにされ粉々に握り潰された。彼女の走り抜けた後には死体の山が積み上げられていく。

 

 壊理は振り返って追跡者を見上げた。血に塗れたダークブルーの作業服を身に纏い、白塗りの不気味なマスクを頭に被っている。眼窩は黒くくぼんでいて瞳が見えない。怪しく光が反射する肉切り包丁を逆手に持ち、走りはしないが一定の速さで迫ってくる。殺人鬼の男は一切の呼吸の乱れもなく、淡々と殺しを流れ作業のように行っていく。それが彼の異様と相俟って、人であるはずなのに、まるで人ではないように思えた。

 

 きっかけは何だろうと、壊理は数分前の過去を思い返した。あの真っ暗な部屋から抜け出して、チザキのいない遠くへ逃げようと走ったはずだ。その途中で女の人とぶつかって、助けを乞おうとしたがすぐに去って、——その直後、背後の男が明らかな殺意を持って立っていた。

 

 常に誰かの目を窺って生きてきた壊理は、その男がチザキよりも異常な殺気を放っていたのことを理解した。走り出した直後、数秒前まで壊理の頭があった位置に肉切り包丁が振り下ろされる。街中で行われた凶行に悲鳴が上がり、ヒーローが何人かやってきた。

 捕縛系の個性をヒーローが腕からロープを出して捕縛しようとする。意外なことに男は呆気なく捕まった。みんなが安堵し、住人たちはヒーローへ喝采を起こす。ヒーローはそれに気分を良くしたのか、縛られた男に対して『見掛け倒しの奴だ』と軽口を叩いた。そして彼らは疑問を抱いただろう。頭の片隅に消えたロープの存在が浮かび上がる前に、それは鮮血の返礼として首筋に突き立てられる。

 

 増強系のヒーローが男を抑えたが、男はその手を引き剥がした。簡単に引き剥がされた本人も驚愕する。ヒーロービルボードチャートJPにすら未だランクインしていない新米ヒーローではあるが、自分の怪力には自信を持っていた。その自信を、男は腕の骨まで粉々にへし折った。ヒーローは悲鳴を上げなかった。代わりに、彼の喉が潰れる嫌な音が響く。さっきまでの喝采は鳴り止み、あたりは静寂に包まれていた。ヒーローは数分のうちで全滅だった。

 

 壊理は振り返らずに走った。変わらずに、彼女の後ろでは喧騒の後に静寂が訪れる。さすがの壊理も標的が自分であることを理解してきた。自分のせいで無関係の人たちが傷ついていく。外へ出ても結局はあの場所と変わらない。

 

 行き止まりに差し掛かったとき、壊理が抱いたのは絶望ではなく、単純な諦めだった。

 

 十字架の落書きがされた外壁に、壊理は力なくもたれ掛かった。顔の側の外壁にはヘブライ語で『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』とある。その落書きがキリストが十字架から降ろされたあとのゴルゴダの丘だと、無学な壊理は知り得なかっただろう。

 

「なんで、ワタシなの?」

 

 男は立ち止まってゆっくりと首を傾げた。男は無言で壊理を見つめ返す。雲間から茜色の日光が差し込み、光が男の姿を照らした。窪んだ眼窩から覗く二つの眼に光が差す。ひどく虚ろな目だった。この世に存在する何かに憎悪し、それを残らず根絶しようとする強い意思を壊理は垣間見た気がした。

 

(ああ、そうか。出会ってしまった、知られてしまったから。そんな理不尽な理由だったんだ)

 

 男は包丁を構える。壊理はそれをぼうっと見つめていた。あと少しで自分は包丁で刺されて死ぬのだろう。でもそれは、これから他の人たちが死ぬよりもきっと良いことだと思う。少なくとも、殺される理由を知れただけでもマシな死に方だと思った。

 

 凶刃の一線。速く、それなのにとても遅く見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイーーーーーーーーンン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどの雰囲気から一転して、何とも間抜けな擬音が路地裏に響く。壊理は目の前に立つ初老の男性を見つめた。

 

諸君(リスナー)!予定にはなかったサプライズだが、これより本日2回目の動画投稿を始めよう!これより始まる怪傑浪漫、少女をブギーマンから救う王道活劇!!目眩からず見届けよ、私は救世たる義賊の紳士”ジェントル・クリミナル”!!」

 

 紳士は高所からの着地による腰のダメージを誤魔化しながらも華麗にお辞儀を決めた。




『マイケル・マイヤーズ』
『ハロウィン』の殺人鬼。性格は残忍を極め、精神鑑定を行ったルーミス医師は彼を「純粋な邪悪」と評している。その評価通り、彼は遭遇した人物、動物はほとんど無差別に殺害している。 そして理由は不明だが彼は自身と血の繋がった人間を執拗なまでに殺そうとする。特に妹であるローリーへの殺意は常軌を逸しており、作品によっては素性を変えて雲隠れした彼女を20年間も追い続けて殺そうとするほどである。 劇中で一切言葉を発しないが疾患などではなく「自発的にしゃべろうとしない」だけである。 異様に強靭な肉体を持ち、ガス爆発を至近距離で喰らって炎上したり、拳銃やショットガンや挙句の果てには迫撃砲を喰らってもなお生存している。 加えて人知を超えた怪力も持ち合わせ、大の大人を片手一本で軽々と持ち上げたり握力で頭蓋骨を砕いたりする。 大体の殺人は素手か包丁で行うが、2以降色々な武器を使っていたりする。

『ジェイミー・ロイド』
シリーズ4作目『ハロウィン4』で登場。1作目&2作目のヒロインであるローリーの娘ジェイミーであり、マイケルとは伯父姪の関係にあるため弱冠8歳にして命がけで逃げ回る羽目になる。 しかし二人の心の触れ合いと血縁による絆も作中それなりに意図されて描かれており、更に6作目冒頭で十五歳になったジェイミーが産んだ子の父親がマイケルと公式の設定があった。ちまたでは『マイジェミ』というカップリングが存在する。(尊い!)
今作では壊理がジェイミーのそっくりさんという運命(設定)を作者に背負わされている。

『ぼくのエリ 200歳の少女』
2008年のスウェーデン映画。小説『MORSE -モールス-』を原作者自らが脚色した映画である。 日本版の正式名称は『ぼくのエリ 200歳の少女』である。原題は「Låt den rätte komma in」(スウェーデン語)、「正しき者を招き入れよ」という意味。 いじめられっ子の少年が、ひょんなことから恋に落ちてしまった吸血鬼の少女と辿る哀しい運命の行方を、鮮烈な残酷描写を織り交ぜつつ静謐かつ詩的なタッチで綴ってゆく。


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