変態銃と芸術家 (よし)
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Double Devil

「うははは」

 

 荒野で銃を撃ちまくる女のアバターは、非常に絵になりました。

 マズルフラッシュと激しい銃声を絶えず発生させるのは《“Double Devil” Twin AR System》というアサルトライフルです。この銃は変態銃として名高く、王道を征くアサルトライフル《AR-15》を2つ用意し、横に並べて合体したというゲテモノです。ゆえに火力は二倍。

 しかし彼女はDouble Devilを2丁持っています。Double Devilの2丁銃ということで、火力は四倍です。

 

「ほら、大人しく武器を落としな」

「ぎゃああああ! 新しく買ったのにぃぃー!」

 

 そう叫んだ男は、ガラスが割れたように破砕し、消えてゆきました。

 女が持つ銃にはバイポッドが付いており、撃つならこれで支えることを推奨されています。しかしこの女には関係ありません。何故なら彼女は、このフルダイブ型VRゲーム《ガンゲイル・オンライン》の古参の一人で、()()()()()()()()()()()()を終えた彼女は、サービスが始まったその日にダイブしています。なのでレベルも今のところトップクラス。スキル振りで鍛えられた筋力(STR)はどんな銃も振り回してみせます。しかしこのゲームはレベルではなくプレイヤーのスキルが物を言います。FPSではエイムを鍛えることが第一でしょう。フルダイブで、普通に体を動かす感覚でアバターを動かすこのゲームでは、とにかく瞬時に物事を決められる判断力が大切です。あたふたしていたら撃たれます。

 で、彼女。銃を撃つためにわざわざ海外に飛んでいくほどのガンマニアなのですが、ガンはガンでも変態的なガン。つまり変態銃をとてもよく好みます。彼女の思考回路が周りと外れているというわけではありません。変態銃のマニアはそれなりにいるものです。

 GGOでドロップする変態銃を求め、高難易度ダンジョンにわざと身を投じたり、高い額課金して買ったり、変態銃を持つプレイヤーをPKしてランダムドロップを狙ったり等々。様々に手段を駆使して変態銃をコレクトしています。

 彼女が手に持つDouble Devilは、彼女が初めて手に入れた変態銃です。高難易度ダンジョンに潜んでいた、双子型の大型モンスターからドロップしました。

 このDouble Devil2丁は改造されています。引金2つに金属の丸棒がくっついており、左右どちらかの引金を引くと連動して反対側の引金も引かれる、というものです。こうすることで彼女は、Double Devilの2丁銃(いえ、この場合4丁銃でしょうか?)を可能としたのです。

 

「おーいガンプ。片付いたかい?」

 

 ガンプとは、彼女の名前です。もちろんゲーム内の名前です。

 全身をピチッと覆った、なかなか際どい鼠色の全身スーツを着たガンプ。スレンダーですが筋肉質な体躯ということもあって、色気は感じさせません。黒く長い髪は輪ゴムで乱暴にまとめられています。ポニーテールの失敗作です。

 彼女のアバターは女性のものですが、実は現実では男性です。不具合かどうかは分かりませんが、何故かガンプのアバターは女性です。ガンプ自身も何故かは分かっていませんが、然程気にしていないようです。

 ガンプを呼んだのはから全身を茶色のスーツで固めた男でした。生物的なデザインのスーツで、ところどころ浮き出ている血管のような管は脈打ち、右肩から出る円筒状のパイプ三本から、時折煙が放出されています。頭はエイリアンの意匠をしたヘルメットに覆われていて、顔も見えません。

 ガンプは返事をしました。

 

「一通りはな。生き残ったやつはみんな逃げてった」

「よし分かった。僕もそっちに行く」

 

 岩と岩をヒョイヒョイと跳んでやってきた男の名はバイド。SF好きな彼もまた変態銃マニアです。ガンプとリアルでの付き合いもあります。

 バイドはガンプのもとに来て聞きます。

 

「お目当てのものは落ちたかい?」

「待て待てバイド。今確認する」

 

 Double Devil2丁をストレージに仕舞い、荒野を歩きます。

 茶の大地に転がる銃。その数は、およそ9丁。

 

 

 

 ガンプとバイドは、そこまで難しくないダンジョンの帰り道に、二つのスコードロンの銃撃戦に出くわしました。

 いつもならそそくさと退散して、SBCグロッケンにある酒場や路地裏で騒いでいることでしょう。しかし、このときは違いました。

 

「あ、《Thunder .50BMG》!」

 

 バイドはその声に驚き、ガンプを見ると既に元いた場所にはいませんでした。Double Devilを2丁を構え、銃撃戦に参陣したのです。

 《Thunder .50BMG》ハンドガン。読んで字のごとく、アンチマテリアルライフルが撃つような大口径実包の.50BMG弾を撃つことができる拳銃です。装弾数は1発。どことなく漂うサイエンスフィクションな形状で、重量は5キロほど。マズルブレーキも搭載していますが、しかし発砲の衝撃は非常に強く、しっかり握っていないと反動で跳んできたサンダーが射手の顔面を襲います。

 そんな超弩級変態銃を、銃撃戦に洒落込んでいたスコードロンのメンバー一人が持っていたのです。

 ガンプは、変態銃には目がありません。あらゆる手段を尽くして我が物にしようとするのです。

 高性能武器? 知ったこっちゃないね。

 ガンプとはそんな人です。

 

 

 

「サンダー……駄目だ。ドロップしてない」

「駄目だったね。まあランダムだし、そうそうドロップはしないよ」

「こうなりゃ奪って全力で逃げればよかったかもな」

「こらこら」

 

 残念無念。サンダーはドロップしませんでした。悲しみに暮れつつも、ガンプはドロップした銃を拾っていきます。バイドもそれに続きます。

 

「AK、GLOCK、MP5、UZI、M870」

「M9、M1ガーランド、SCAR-L、MP28。SCARとM870あたりがそれなりの値段になるかな」

「おーそうかそうか。まあ普通の銃は事足りてるから、全部売っぱらっちまおうぜ」

「そうだね」

 

 ドロップした銃を、二人はストレージにしまいます。

 銃撃戦の跡地には、一台のバギーがありました。恐らくどちらかのスコードロンが乗っていたものでしょう。弾丸がフレームやタイヤを穿ち、至るところに穴が空いています。

 使い物にならないと分かると、二人は徒歩でグロッケンへの帰還を再開しました。

 

 

 

 場所は変わり、グロッケンの酒場。

 ドロップ品を売り捌いたあとの二人がいました。

 

「そういえば近々、チームのバトルロイヤルイベントがあるんだって」

「ほーう。チームか。BoBとは違うわけだ」

 

 BoBとは、GGOプレイヤーの最強を決めるバトルロイヤル《バレット・オブ・バレッツ》のことです。ガンプとバイドは、双方一度だけ大会に出場したことがあります。

 BoBはソロのバトルロイヤルで、孤軍奮闘を強いられます。

 バイドは、チームのバトルロイヤルと言いました。BoBとは違い、チームの連携が大切になります。

 

「その名も《スクイッド・ジャム》」

「いや絶対違うだろそれ。イカのジャムってなんだよ」

「あれ、違ったっけ?」

「この場合スクイッドじゃなくてスクワッドじゃね?」

「ああそうそうそれそれ」

 

 バイドはペプシっぽい炭酸飲料を、エイリアンヘルメットの口から出るインナーマウスのようなストローで飲み干します。隣のテーブルで酒を呑んでいるプレイヤーが、少し顔を青くしました。

 

「ほら。この前のBoBでチーミングしてたら、運営からのお咎めがあったじゃん?」

「あれね。でも他の奴らもチーミングしとったじゃん。シノンっていうスナイパーとキリトっていうダース・ベ○ダー」

「確かに黒い風貌でフォトンソード使っていたけれど」

「で、その大会が何だって?」

「BoBでチームプレイするくらいなら、いっそチーム戦の大会に出ればいいのでは、って話」

「名案だ」

「でしょ?」

 

 ガンプはコーラっぽい炭酸飲料を一気飲みしました。

 

「いつやるんだ」

「2月1日。丁度1ヶ月後」

「ほー、その辺りは特に立て込んでないな」

「直近の()()は?」

「先月終わった。次は分からん」

 

 この日は1月1日。元日です。

 元日で、普通なら親族が集まって年始の挨拶をするところですが、この二人はそんな伝統をことごとく無視してフルダイブしています。

 親不孝、ここに極まれり。

 

「じゃあ変態銃で頂きに立つとするか」

 

 というわけで、ガンプとバイドはスクワッド・ジャムに参加することにしました。

 

 

 

 数日前。

 GGOの運営《ザスカー》主催で行われるバトルロイヤル《バレット・オブ・バレッツ》は大きな盛り上がりを見せました。

 青い髪のスナイパーシノンに、GGO初心者という凄腕の光剣使いキリト。いずれも美しい少女のアバターでした。

 実は彼ら、撃たれたら現実で死ぬ、とゲーム内で密かに噂されていた《死銃事件》の事件解決のために奔走していました。犯人は、かつてフルダイブ型VRゲーム《ソードアート・オンライン》の殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》に、幹部として所属していました。

 ソードアート・オンラインとは、世界初のフルダイブ型VRゲームにして、世界を震撼させた舞台でもあるゲームです。

 一度ログインすれば自分の手でログアウト、つまり現実に戻ることができなくなってしまい、更に自分のHPを全損させてしまえばゲームでも現実でも死んでしまう、というまるで恐ろしい事件です。

 このとき誰もが使っていたフルダイブのための機械《ナーヴギア》は、頭をすっぽり覆うような形です。この機械が発するマイクロ波で、電子レンジのように脳を余すところなく焼き殺すのです。

 ソードアート・オンラインからの脱出方法はただ一つ。ゲームをクリアすること。閉じ込められた世界で、なんとしてでも生き残って元の世界に戻ろうと、人々はあらゆる手段を尽くしてゲームを攻略していきました。

 そんな攻略生活の最中、現れたのが笑う棺桶。

 ゲーム内で人を殺す。それは現実の人を殺すことと同義です。しかし警察は手出しできない。何故なら、ヴァーチャルの世界で起こっているのですから。

 それを利用し、人を殺し続けたのが《笑う棺桶》。そして、笑う棺桶の幹部《赤眼のザザ》こそが、《死銃(デス・ガン)》の一人なのです。

 死銃は、ゲームのアバターを動かす役と実行犯の2つに別れています。目標を殺す時刻を予め決めておき、その時間までに目標の自宅に侵入しておきます。そして、その時刻になったら死銃であるアバター《ステルベン》が目標を銃で撃ち、現実の実行犯が筋弛緩剤を目標に注射して殺す。この方法で、GGOのトッププレイヤーたちが数人殺されています。

 ステルベン役は、主に赤眼のザザこと新川昌一が担当しており、実行犯は《笑う棺桶》幹部のジョニー・ブラックこと金本敦、そして新川昌一の弟である新川恭二が担当していました。

 

 

 で、SAO攻略を担ったキリトと、大量殺人を行ったザザ。かつての怨敵同士が相まみえた第三回BoB。最初の時点でキリトはザザという名前を思い出してはいませんでしたが、それは壮絶なバトルになる……予定でした。

 バトルの終盤。死銃と、ザザを思い出したキリトの一騎打ち。宇宙戦艦の装甲で作られた剣にフォトンソード。銃の世界で剣の勝負という異様な戦いが繰り広げられました。シノンが機転を利かせ、スコープが壊され使い物にならなくなった対物狙撃銃《ウルティマラティオ・ヘカートⅡ》の弾道予測線をあたかも実弾に見せた“幻影の一弾(ファントム・バレット)”で、死銃を怯ませました。透明人間のように消えることができる光学迷彩で姿を消そうとした死銃でしたが、キリトの左手が持った拳銃《ファイブセブン》が消えかかった死銃を撃ち、死銃の透明化がキャンセルされたところでフォトンソードが死銃の横っ腹を真っ二つにぶった斬る、筈でした。

 

「ガッ!?」

「なっ!?」

 

 爆走したバギーが、死銃を撥ね飛ばしたのです。

 宙を舞う死銃は、バギーに乗っていた二人のうち、運転していない方によるアサルトライフルの猛攻により、HP全損させてしまいました。つまり死銃は空中で死にました。

 何故二人は、バギーの接近に気づかなかったのか。それは二人が集中の極限状態にあったからで、お互いがお互いに集中しすぎて周りの音が入ってこなかったのです。地形的に視界に入りにくかった、バギーの動力が電気で静かな走りを実現していた、という点もあります。

 ともかくバギーとバギーに乗った射手が、目標である死銃を撃ち殺してしまったのです。

 

「……」

 

 その後バギーはどこかに走り去っていきました。キリトとシノンは集まり、死銃が倒された今、あのバギーに乗っていた二人を倒す理由はない、ということで二人はリアルネーム等個人情報を教え合ったあと、グレネードで共々自爆しゲームから退場しました。

 

 

 バギーに乗った二人……運転手のバイドと射手のガンプは、各々の変態銃でお互いの頭を撃ち合ってゲームを終わらせました。コンマ数秒の差でバイドが一位に輝きました。

 

 

 

 東京都西多摩郡奥多摩町。大都会の外れにある自然豊かな街には、とある芸術家のアトリエがありました。そのアトリエは森の奥に建っていて、誰も近づくことはありません。外壁には蔦が生い茂り、まるで魔女が住んでいるような佇まいです。

 そのアトリエに住み、日夜芸術活動を行っているのは、若手芸術家、伊尹尹(いいんただし)です。この名前はペンネームではなく本名です。

 風景画家の男性と彫刻家の女性の間に生まれた彼は、幼い頃から芸術の才能を開花させており、10歳のときに人物画で芸術に関する国際的な賞を受賞しました。その後もいくつか賞を獲得し、芸術界の期待の新星となりました。

 人物画を描いてきた尹は、高校三年生のときに、ふと風景画を描きたいと思いました。そして、美術大学の受験勉強の息抜きで、高台から見た街の風景を描きました。

 完成した絵を父親に見せました。風景画家の父親から、アドバイスを受けようとしたのです。

 しかし、その絵を見た途端に父親は激怒しました。

 人を描け。俺の仕事を盗るな。人を描け。お前に風景画は描けない。人を描け。人しか描かないお前に風景画は解らない。

 父親は、尹に人物画を描くことを強制し、尹の風景画を一切認めませんでした。

 つまるところ、嫉妬していたのです。尹の天才的な才能に嫉妬していたのです。なので、息子である尹が描いた、自分の得意とする分野の風景画を認めませんでした。

 大学に入学し、父親に認めてもらうために、日本各地に赴いて風景画を何枚も描きました。しかし父親は断固拒否し、認めようとはせず、人物画を描くことを強制しました。

 大学四年生の時点で、人物画家としての地位を確立していた尹は、とうとう耐えられなくなり、自分が初めて賞を受賞したときの人物画を、カンバスの木枠ごと滅茶苦茶に壊してしまいました。

 

「人物画なんて、二度と描いてやるものか!」

 

 尹は親元を離れ、奥多摩にあった廃墟を買い取り、改造してアトリエにしました。以来尹は、両親とは絶縁状態にあり、連絡も取り合っていません。

 何者にも邪魔されなくなった尹は、風景画や抽象画を描き、ときには自分の体を筆にして、巨大な作品も作っています。

 

 

 

 あるとき、彼は目の前の()()()を見て溜め息を吐きました。

 二度と描きたくないと思っていた人物画を、どうして描いてしまったのだろう。芸術家である彼は、ただひたすらに悩みました。

 人物画を目の前にして、悩んでも答えは出ませんでした。

 しかし妥協はしません。自分が納得する作品に仕上がるまで、ひたすら油絵の具を塗り続けます。

 数時間経ち、午前2時。パレットは椅子の上に放り、画筆とペインティングナイフ等を洗い、諸々の片付けをしました。手を洗い、汚れた衣服を気にせず部屋を出ていきました。

 

 

 

 カンバスには、黒いコートを着て、黒い剣と青い剣を持った少年の、何かに口を開けて吼える様子が、壮絶に描かれていました。

 

 

 

 これは、芸術家の物語。変態銃を好む芸術家の物語。




 誤字脱字があれば誤字報告をお願いします。


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紫の勇気

 一年で最も寒い時期と言われる2月。その始まりの日に、フルダイブ型VRゲーム《ガンゲイル・オンライン》にて、チームのバトルロイヤル《スクワッド・ジャム》が催されます。

 開始時刻は14時で、10分前には参加者は指定の酒場に集合する決まりです。

 現在の時刻は13時すぎ。まだ余裕があります。

 スクワッド・ジャム、略称SJの参加者である灰色ツナギの女性アバターのガンプと地球外生命体を彷彿とさせるデザインの防具を身に着けたバイドは、チーム《MARIA》を結成しました。

 

「ダブルデビルは1丁だけにしときなよ。他の武器が積めなくなるからね」

「おう。アサルトライフルはこれでよくて、他には――」

 

 ガンプは、AR-15を横に合体した銃《“Double Devil” Twin AR System》をメインアームにするようです。使いにくいことこの上なさそうですが、ガンプは特に問題ないようです。

 

「拳銃は……これだ!」

「お、セッジリー」

 

 ガンプは銃器が乱雑に入った木箱から、小さなグローブを取り出しました。牛革で作られたベージュのグローブですが、手の甲部分には小型の機械が取り付けられていました。

 これの名は《セッジリー OSS.38》。第二次世界大戦中、アメリカ海軍情報局が開発し、セッジリー・カンパニーが製造した拳銃です。配備先は戦略諜報局。

 中折れ式で単発、38スペシャル弾を使用しており、銃弾を回転させるライフリングはありません。

 これは隠密作戦や暗殺を目的に作られたもので、トリガーはバレルの横にあるスイッチ。殴打で鉛玉を撃ち込むことができます。

 

「実用性皆無だね」

 

 ガンプの選択に、バイドは酷評しました。中折れ式の単発銃で、極めて面妖な形状。一発撃てば装填が必要になり、その都度隙ができます。

 メインアームが弾切れを起こしたときに、なんとかして戦闘を継続するための手段が拳銃というもの。お世辞にも、セッジリー OSS.38はその役目を為してはくれないでしょう。

 

「変態銃に実用性を求めていたらキリないぜ。撃てて殺せれば問題ない」

「はは、そうだね」

 

 物騒な会話ですが、ゲームの話なので安心できます。これが現実であれば、警察を呼ばれるかもしれません。

 

「あとは……」

 

 木箱のそこに手を伸ばして摑んだものは、銀色で筒状の棒。ガンプが筒の先にあるダイヤルを捻ると、ブォン、というどこかで聞いたようなSFチックな音に合わせ、光が姿を現しました。

 

「《ムラマサF9》。()()()のための武器だ」

 

 フォトンソード。某SF映画のアレと酷似した武器です。弾丸飛び交う世界になぜこんなものがあるのか、二人は別段考えたことはありませんが、まあ面白いしいいか、という軽い気持ちでフォトンソードを所持しています。

 

「飛んでくる弾でも切ってみる?」

「いやいや。そんなことできるのは、余程の反射神経を持ってるやつだけだよ」

「余程の反射神経……」

「ダース・ベ◯ダーとかな」

「誤解を招く発言はよしなさい」

「でもあいつならできそうだよな」

「もしかしたらあり得るかもしれないね」

 

 ガンプはダイヤルを回して光の刃を消すと、筒の先にあるリングを腰のベルトに通しました。

 

「こんなもんでいいか」

「もっと武器、持たなくても?」

「問題ない。俺たちはきっと勝つさ」

「そうかい。じゃあ僕は……」

 

 スクワッド・ジャム開始の15分前まで、二人はどの銃を使い、どうやって戦っていくかを話し合いました。

 

 

 

 その頃酒場では、大きな男とポンチョを被ったチビが話し合っていました。

 それは、このチームは注意しろ! というもの。

 

「レン、この《MARIA》というチームには注意しろ」

「マリア?」

「ああ。このチームを構成するガンプというプレイヤーとバイドというプレイヤーだが、二人共BoB優勝経験者だ」

「はいぃ?」

 

 BoBとは《バレット・オブ・バレッツ》のこと。GGO最大規模の大会で、プレイヤーの頂点を決めるバトルロイヤルです。数多のプレイヤーを屠ってきた猛者たちが集うその大会は、それはもう激しいバトルが繰り広げられているのです。

 レンはその事実をSJ開幕まであと数十分というタイミングで知り、早くも雲行きが怪しくなっていきます。

 

「ど、どんな人たちなの? エムさん」

 

 レンは食い気味にその話について訊きました。

 すると、ゴツゴツとした筋骨隆々の男であるエムは、数学の難問を解いているときのような難しい顔が、より一層強張りました。難問がミレニアム懸賞問題にクラスアップしたようです。

 

「この二人はあるポリシーをもってGGOにいる」

 

 ポリシーとは政策、政略、方針、といった意味を持っています。この場合、3つ目の意味でしょう。

 

「それはいかなるときでも、変態銃で戦う、というものだ」

「へんたいじゅう?」

 

 レンはその単語を初めて聞きました。最後の三文字は分かるとして、何故「へんたい」が付くのか分かりません。そして「へんたいじゅう」という言葉も分かりませんでした。

 

「変態銃というのは、文字通り変態的な銃のことだ」

「余計分からない」

「新しい銃を開発したが、様々な点で失敗してしまった銃の俗称、と思ってくれていい。銃として理想的なものを追求したり、多機能化したり、新技術を導入したり、完全な趣味で開発されたりと、開発経緯は多様だ」

「趣味……」

 

 この世界には色んな人がいるんだなぁ、と思うレンの頭のなかには、下衆の顔を謎の男が怪しげな笑みを浮かべて銃を開発しているシーンが。銃の開発者を一体何だと思っているのでしょうか。変態ですかね。

 

「例えば、レンのP90も変態銃に属するだろう」

「えっ」

 

 レンはその衝撃的な事実に驚愕し、ストレージに仕舞われているピンク色のP90を思い浮かべました。

 な、なんですとー!? ピーちゃんが変態銃!?

 

「しかし、P90は変態銃のなかでも成功した分類にある」

「あ、そうなの?」

「その特異的な外見とシステムは変態銃と称してまったく問題ないと言っていた」

「ピーちゃんは変態じゃなくてカワイイ……ん? 誰が?」

「MARIAの二人だ」

「へー。へ、うぇ?」

 

 レンは変な声を出しました。大学の名前の知らない同級生たちには聞かれたくない声です。

 

「会ったことあるの!?」

「そう言っていたのはついこの間のことだ。初めて会ったのは、フィールド。ピトと変態銃目当てに二人を奇襲したんだが、返り討ちにあった」

「ええ!?」

 

 エムの戦闘スキルは実際に見たことがないのでまだ分からない部分はありますが、ピトフーイはなんというか、凶悪な魔王そのもの。勇者パーティのご都合主義を容赦なく無視するような人です。そう簡単にやられる玉ではありません。というか、ピトフーイが倒されるところは想像できません。

 そんな二人が返り討ちに見舞われるなんて、一体どれほどの手練なのでしょうか。それこそ想像できません。

 

「ピトはガンプと撃ち合ったあと、お互いフォトンソードで戦い、その後ピトがやられた」

「嘘でしょ……」

「その後俺は、長距離からの狙撃で頭を撃ち抜かれた。俺の認識外からの狙撃で、恐らく1500メートル以上離れた距離からのものと考えている」

「怖っ」

 

 レンが戦々恐々といった様子で変態的なプレイを見せる二人のプレイヤーを想像します。

 うわー、嫌だな―。どんな人たちなんだろう。

 

「しかし、特に分からないことが一つある」

「……分からない? 何が?」

 

 もうやめてくれ、不安材料を出すな―とレンが心のなかで泣いてしまいます。

 

「二人が話していたことだが、このチーム、メンバーが()()なんだ」

「え、他に誰かいるってこと?」

 

 強力な武器がありそうとかだったらまだよかった。しかしメンバーがもう一人いるのといないとでは、戦術の幅は大きく変わってきます。強力な武器がある以上に大きな不安材料で、悲しいかな、レンの願いは儚くも撃ち抜かれました。

 

「そうなる。でも、それが誰なのか分からない」

「会ったことないの?」

「あの二人に関連する人物には会ったことない。二人も詳細を話してはいなかった」

「でもその二人と組んでるってことは……」

「二人の動きについていけるようなプレイヤー、ということだな」

「絶対強いよ、その人」

 

 始まる前から幸先悪すぎる! とレンは頭を抱えました。

 

 

 

 時刻は13時45分。スクワッド・ジャム、開始15分前です。出場するプレイヤーは指定の酒場に、開始時刻の10分前までに集合しなくてはならない決まりです。

 酒場には出場するチームと観戦するためにやってきたプレイヤーたちで賑わい、各々仮想的な酒や肴を飲み食いし、わいわい騒いでいます。

 そんななか、チーム《MARIA》の二人は、SBCグロッケンにある部屋から出て、酒場を目指していました。

 

「まだ来ないな」

「リハビリが長引いてるのかな」

「かもな。最悪俺たちだけで戦うことになる」

「それでもいいけれど、やっぱ一人いるのといないのとでは違うからね」

「事情が事情だからな」

 

 と、ここでガンプの目の前にメッセージが表示されました。

 それはログインコールというもので、設定したフレンドがログインすると、そのことをメッセージで知らせてくれるというもの。

 

「来たみたいだね」

「よし、チーム《MARIA》、SJで暴れるぜ」

「死なないようにね」

 

 

 

「おい見ろよ。変態コンビのご登場だぜ」

「うは、あのアバター欲しい」

「俺はあのエイリアンヘルメットが欲しい」

「確か神殿エリアのレアドロップだった気がする」

「マジか」

「今回もあの、AR-15を繫げたやつ、使うのかな」

「さあ。あいつらの武器は多種多様だからな」

「もしかしたら今回だけ普通の銃を使うかもしれないぜ?」

「ないな」

「ない」

「それはない」

 

 酒場の出入り口から入ってきたチーム《MARIA》の二人。集合時刻まで残り1分という、ギリギリな時間での登場です。

 観客の間で、SJ開始から終了までに何発の弾薬が消費されるかを予想する賭け事が行われていますが、それの他に、変態銃コンビのガンプとバイドが使う変態銃が何かを予想する賭けも行われていました。BoB優勝者ということもあり、知名度はなかなかのもの。

 

「じゃあガンプ」

「《Double Devil》で」

「俺は《セッジリー OSS.38》」

「またすごいのチョイスするな。あ、俺は《H&K G11》」

「《TKB-059》」

「火力三倍やめろ」

「《ガリル》」

「戦場で飲酒すんな」

「《コッファー》だな!」

「これはGGOであってHITMANじゃないからな」

「次、バイド」

「《トビーレミントン》」

「デカい」

「《Mauser Tankgewehr M1918》」

「発音がネイティブ。でもありえるな」

「《デイビー・クロケット》でフィニッシュ」

「GGOに核を持ち込むな」

「《XM214 マイクロガン》だろ」

「ストレージがそれでいっぱいだな」

「《MGL-140》」

「これはありえる」

「《CIWS》」

「絶対ない」

 

 もはや変態銃の大喜利と化していました。

 集合時刻まで残り30秒。今、残り29秒になりました。

 

「ごめん! おまたせ!」

 

 酒場に入ってきたのは、紫色のロングヘアーに赤で紐のヘアバンド、赤のキュロットに黒のプロテクターの《ナウティーキュロット》を着た少女でした。待たせていた誰かのところに謝りながら、周囲の男たちの視線に気づくことなく走っていきます。

 その誰かとは、鼠色の肌に密着したスーツを着た女性アバターと、脈打つ生物的な意匠の防具に身を包んだアバターで。

 

「お前らかよ!?」

「お前らかよ!?」

「お前らかよ!?」

「お、お前らかよ!?」

 

 二人の近くにいた酒場のプレイヤーたちが、羨ましいという意味も込めて突っ込みました。

 

「無事に来れたな」

「ごめんね、リハビリが長引いちゃって」

「しょうがないさ。ゲームよりも自分の身体の方が大切だからね」

「そうそう。参加できなくても、俺たちは何も言わないからな」

「ありがとう。でもボク、どうしても参加したかったから」

「確かに、GGOでの大会は初めてだからね」

「無理しないようにな。でも、一緒に遊べて嬉しいぜ」

「うん!」

 

 少女の笑みが眩しいようで、周りのプレイヤーがふざけて手で目を覆いました。

 

「さて、そろそろ始まるな」

 

 13時50分まで、残り10秒。

 

「そいじゃ、優勝し目指して頑張るか」

「あと10分後だけどね」

「気分を削ぐなよバイド。行くぞユウキ!」

「うん! 行こう!」

 

 3秒、2、1、零。

 ガンプたち出場プレイヤーは、光りに包まれて酒場から消えました。




 おひさ。余裕できたから投稿です。
 この小説は原作と大きくかけはなれた時空にあります。故にそこに出もしない筈のキャラが平然と出てきます。ユウキは絶対に死なせん。
 誤字脱字がありましたら誤字報告をお願いします。


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前代未聞

 待機エリアである薄暗く狭い部屋に転移されました。眼の前には戦闘開始までのカウントダウンが浮かんでおり、それは既に始まっています。

 配布されたサテライト・スキャン端末を、ガンプはストレージに、バイドとユウキは腰のポーチに仕舞いました。

 

「ユウキ。お前の武器だ」

「うん、ありがとう」

 

 ガンプはまず、腰に下げた光剣ムラマサF9と、ストレージから小銃を取り出し、渡しました。

 スリングを通して肩から下げ、右手に光剣、左手に銃といった、中近距離に対応できるような装備に仕上がりました。小銃は紫色にペイントされていて、見事にユウキと調和しています。

 次にガンプは、愛用の銃《Double Devil》を取り出し、左側の銃の装填ハンドルを引き、右側面にあるボルトキャッチを押して1発目を薬室に送り込みました。()()()()()1()()()も、同じ要領で薬室に送り込みますが、ボルトキャッチは左側面にあります。

 今回、予備マガジンを6本持ってきました。30発入りのマガジンで、装着したものも合わせると240発。

 右手にはサブアームの《セッジリー OSS.38》ハンドガン。革製のグローブ、その手の甲側に取り付けられた奇怪な形の単発式拳銃です。果たして、使いどころはやってくるのでしょうか? 弾薬は一応、10発ほど持ってきています。指先側に伸びる引き金を押すことで、それに並行したバレルから弾丸が発射される仕組みですが、誤って自分を傷つけないように注意したいものです。

 

「バイドの武器は何にしたの?」

「僕は、これ」

「えっと、これは?」

「《MC51》。見た目はサブマシンガンでも、れっきとしたアサルトライフルさ」

「極限まで小さくした《G3》だな。こんなにコンパクトな見た目のくせに7.62ミリ弾撃つからな」

「これで?」

「うん。代わりにマズルフラッシュと反動と音が強烈すぎて吐き気を催す、しっかりとした変態銃だね」

 

 ユウキはよく分かっていないようですが、しかし銃の効能を聞いて、うわぁ、と顔を歪ませました。

 

「ポケモンショックみたいだな」

「何それ?」

「ユウキが生まれる前の事件」

「君も生まれていなかったよね」

 

 バイドがストレージから取り出したのは、ヘッケラー&コッホ社製の傑作銃《G3》を短小化させたFRオーディナンス社製《MC51》アサルトライフル。イギリス陸軍からの依頼を受けて開発されたこの銃は、見た目はサブマシンガン並みにコンパクトながらも、7.62x51mm NATO弾の使用を可能にした正真正銘のアサルトライフルです。コンパクトなので小さな取り回しが利き、それでいて7.62mm弾という強力な弾薬を撃つことができるという文句なしの最強傑作銃となる、筈でした。そのプラスポイントを搔き消し、更にマイナスポイントを叩き込むようなデメリットがこの銃にはあります。それは、発砲した際のマズルフラッシュと反動、音が酷すぎるというもの。MC51をテストした人は三点の凄まじい被害に遭い、「二度と撃ちたくない」とコメントしています。イギリス陸軍は結局この銃を採用することはなく、瞬く間に変態銃の地位を確固たるものにしました。

 ちなみに、この銃を民間仕様に改造してアメリカで売り出したところ、大ウケしたそうです。

 

「これはサブで、メインに対物ライフルを1丁」

「対物ライフルって?」

 

 ガンプがバイドに訊きました。筒型の救急治療キットを腕のポーチに収めながら、バイドが言いました。

 ユウキは光剣の刃を少し出して、ヴォンヴォン振っています。どうやらウォーミングアップをしているようです。

 

「この前ドロップしたやつなんだけど」

「あー、あれね。俺から言わせてもらえれば変態銃だ」

「航空機関銃の弾を撃つ時点でね」

「売値見たら二人共強制ログアウトしかけた、あの銃のこと?」

「そうそう。あれ」

 

 以前三人でボスモンスターを倒したとき、ドロップした銃が、その対物ライフルでした。売値はGGO古参のガンプとバイドを強制ログアウト寸前にまで追い詰めるほどのものでした。対物ライフルは日本サーバーに10丁ほどしか存在していません。そのため、それほどまでの価格で取引されているのです。

 ……変態銃も対物ライフルとまではいかなくとも、それなりレアな代物なのですが、ガンプとバイドは何丁か手に入れています。そのなかには課金して手に入れたものもあります。彼らは、リアルラックが高いようです。

 

「はーいみなさーん。準備は整いましたか―?」

「おっけー」

「大丈夫」

 

 救急治療キットも各々収め、武器の装備も完了したようです。あとは、待機時間が終わるのを待つのみの状態です。

 

「まだちょっとだけ時間があるな。前の話の続きでもしようか」

 

 

 

 待ち時間が、残り10秒を切りました。

 

「そこで俺は、NPCが経営する壁にヒントを描いた。恐ろしく赤い十字架と、白の文字で――」

「残り5秒」

「むっ」

 

 バイドが注意を促し、緩んだ空気が張りを取り戻します。

 時間が零になれば、斯くしてSJは始まります。

 

 

 

 光に包まれて転送された場所で、ユウキが最初に見たものは、深い緑色のコケに覆われた倒木でした。ユウキはまず、その場に伏せて現状を確認しました。

 二人はボクの後ろで、同じように地面に伏せている。木がいっぱいあって視界が悪い。森だ。ここで戦うのはよくない。

 バイドは左手で操作をしていて森に合うウッドランド迷彩のポンチョを3つ取り出していました。ウッドランド迷彩は、森林地帯などでは絶大な効果を発揮する迷彩です。それを一つずつ、ユウキとガンプに投げ渡しました。バイドは変態銃を好む変人ですが、準備はいい男です。

 いそいそとポンチョを被り、小銃を構えて周りを警戒します。

 

「マップを見る」

 

 バイドがサテライト・スキャン端末を操作して、地図を出します。端末には画面に映す機能と空中に仮想ディスプレイを映す機能があります。バイドは前者を選択したようです。

 

「ふむ……」

 

 地図を見遣るバイドの声が耳に届きます。

 

「ここは北東にある森林地帯のようだね。東にはビルが乱立しているから、都市かな。南東には大きな砂漠。南西は恐らく荒野。西に池と……恐らく湿地帯だが、大きな建造物か何かが突き刺さってる。そして、中央に居住区。僕たちは最北東にいる」

「何が刺さってるんだろう?」

「スカイツリー」

 

 ユウキの疑問に、ガンプが答えました。

 

「GGO世界の戦争は激しかったんだね……。どう動く?」

 

 リーダーのガンプは、5秒ほど声に出さずに考えて、小さな声で命令しました。

 

「南だ。南を進んで、ビルに向かう。バイドの対物ライフルを使えるようにするために場所取りを行う。10メートルの間隔で前からユウキ、バイド、俺の順だ」

「了解。進むよ」

 

 引き金の下にある安全装置をS(射撃不可)からA(フルオート)に切り替え、ユウキが進み始めます。左手で小銃を構え、右手は納刀状態の光剣をいつでも使えるようダイヤルに指をかけています。

 後ろにバイドが、命令通り10メートルほど離れて後ろをついていきます。手にはサブアームの《MC51》アサルトライフル。ストックを伸ばした状態です。

 殿を務めるガンプは、Double Devilを構えて後方を警戒しながら進みます。構え方は、右側のAR-15のグリップを右手で摑み、左側のAR-15のハンドガードを摑んで支える。引き金を改造しているので、どちらの引き金を引いても2つのAR-15は発砲します。

 

「他チームがいたらやり過ごせ。見つかったら攻撃開始だ」

 

 チーム《MARIA》は、鬱蒼とした森を進んでいきます。

 

 

 

 歩き始めて5分。ユウキが発見しました。

 

「前方50メートルに敵」

 

 その報告を聞くやいなや、ユウキ含め三人は地面にべったり伏せました。今の状況で身を隠すための行動として最適なのは、伏せて動かず、音を立てないことです。

 ユウキの声は肉声ではない上に小声です。しかしGGOの無線アイテムは、小さな声でも明瞭に聞き取れるレベルに調整して相手に伝えてくれます。逆もまた然り。

 

「よく見えたな。武器は?」

 

 草や蔦や木や倒木で不自由な視界のなか、50メートル先の敵を発見するというのはなかなかに困難なことです。余程神経を尖らせなければできませんが、しかしユウキはやってのけました。

 

「分からない。見えなかったから」

「だよな。ここで武器を判別するなんて俺でも難しい」

「でも、図体はかなり大きかった」

 

 今MARIAのポイントマンを担うのはユウキです。ポイントマンは先陣を切り、いち早く敵を見つけて仲間に報告する役目を持っています。そのため敵にやられてしまうリスクを他のメンバーよりも多めに持っています。森林地帯ということと、敵が前を向いていてこちらに気づいていなかったことがあり、MARIAが気づかれることはありませんでした。

 

「帽子を被ってて、なんかこう、わさわさしてた」

「わさわさ?」

 

 ガンプがうつ伏せの状態で、顔や体を湿った土にべったりつけています。

 ユウキが報告し、ガンプが考えている内容に、バイドが推測を付け足します。

 

「帽子に迷彩の布を貼り付けて、シルエットをボカしているんじゃないかな」

「なるほどね」

 

 頭のシルエットは特に目立ちやすく、それを隠すための装備であると結論づけました。

 

「あと、すごく大きなリュックを背負ってた。なんか、角ばってもいた」

「角ばっていた? ……装甲でも入ってんのかな」

「装甲か……うん? あれ?」

 

 バイドが何かを思いついたのか、それとも思い出したのか、急に唸り始めました。ユウキは疑問に思い、聞きました。

 

「心当たりがあるの?」

「うん、ちょっと……ユウキ、確か双眼鏡か単眼鏡持ってたよね? それで確かめてほしい」

「何を?」

「持っている武器に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 バイポッドとは、銃に取り付ける支持装置のことで、地面に預けて依託射撃を行うことができます。これにより、銃の反動を吸収し、より精密な射撃が可能になります。銃を支えることから解放されるのもメリットの一つです。

 ガンプが構えるDouble Devilにも、バイポッドは付いています。

 

「分かった」

 

 ユウキはストレージから取り出した双眼鏡で、音を立てないように、慎重に慎重を重ねながら身を起こし、50メートルほど先の敵を覗きました。

 む、やっぱり見にくい。

 体を横に傾けたりして、敵の情報を手に入れようと頑張ります。

 5秒経過。ユウキは身を伏せて、ストレージから双眼鏡のポーチを取り出し、双眼鏡本体をポーチに入れてベルトに装着しながら報告します。

 

「あったよ」

 

 図体の大きい敵は、バイポッド付きの銃を持っていたようです。

 

「となると7.62ミリクラスを撃つ可能性があるな。厄介だ。そうなると中遠距離に対応できる」

「それもそうなんだけれど……」

「うん? さっきから何を悩んでるんだ?」

 

 バイドは、ユウキの報告を受けてから何かを悩むような、考えているような発言を多くしていました。不安材料は迅速に潰していきたいものです。なのでガンプはバイドに聞きました。

 

「迷彩布が貼られた帽子、角ばったリュックないしバックパック、バイポッド付きの銃」

「それがどうした」

「その装備に心当たりがある」

「ホント?」

 

 ユウキとガンプの二人は、列の中心にいるバイドに注目します。その距離、両者から10メートル。

 

「一度フィールドで撃ち抜いたことがある」

「マジか」

「そのプレイヤーは、メインに《M14・EBR》、サブに《HK45》。宇宙戦艦の装甲が材質の、7.62ミリクラスを容易く跳ね返してしまう最強の盾を持った大男」

「そいつはやば――え、それって」

「そのプレイヤーの名は――」

 

 直後、ガンプとバイドの声は重なりました。

 

「エム!」

 

 もちろん小声です。

 遠距離かー。切れるかな?

 ユウキは、バイドからの敵情報を聞いて、そんなことを思いました。

 

 

 

 

 ユウキが自身の身を顧みることなく観察を続けた結果、普段G()G()O()()()()()()と行動している大男エムがこのSJに出場していることが判明しました。ここでかち合うのはまずいと判断したガンプは、MARIAの進路を南から西に変更。森にいるチームは、発見次第可及的速やかに暗殺するという戦法に変更し、歩みを進めました。

 

 一回目のサテライト・スキャンの最中、1つ目のチームは、残念ながら後ろから忍び寄るMARIAに気づくことはありませんでした。ユウキがムラマサF9の刃を15センチばかり出し、背後に付いたら相手の口を強く押さえて光剣で首を断つ。これを気づかれないように、かつ迅速に遂行していきました。HPゲージの減少に気づいていないプレイヤーたちは、哀れながらも首を断たれ、死んでいきました。最後のプレイヤーはサテライト・スキャンに集中していて、首を断たれたことへの理解自体に時間がかかりました。そのチームが今回のSJで学んだことは、サテライト・スキャン時は全方位への警戒を怠らないこと。

 

 その後、スキャン結果を見た、森に潜んでいた他チームが攻撃に打って出ました。

 ユウキが近づく敵チームを報告したあと、軽快な動きで木を登り、敵の視界外に消えました。ガンプとバイドは敵チームを横から挟み込む形で待ち伏せ、気づくことなく通り過ぎたら殿へ発砲。死んだプレイヤーは破壊不能オブジェクトとなり、フィールドに10分間残り続けます。ガンプはそれを盾にしてにじり寄り、敵が躊躇しているところを攻撃します。裏を取ろうとする敵には俊敏な動きで近づきDouble Devilを発砲。ユウキも上から脳天に向けて小銃を撃ちます。

 後に、何が起こっているのか理解に時間を要する戦闘、と敵プレイヤーは語りました。仲間を盾に攻撃してくる非道なエイリアン、俊敏な動きで見たことないゲテモノ銃を撃ってくるポニーテールの女性アバター、上から頭を撃ち抜いてくる紫の少女。これらすべてを一瞬のうちに判断して対処することは、並のプレイヤーには無体というもの。彼らが今回のSJで学んだことは、あらゆる状況を考慮して行動すること。

 

 

 

 時刻は14:30。MARIAは、まだ森にいました。

 三回目のサテライト・スキャンが始まり、バイドは草に隠れながら端末を見ています。

 南南東から北北西に向かう、ゆっくりなスキャンです。

 

「だいぶ減ってそうだね。灰色の点がいっぱいだ」

「そうか。残存チームは」

 

 ガンプは倒木に腰掛け、Double Devilは横に放っていて、構えてもいません。

 実はここで、酒場では「高価な変態銃を無防備な状態で晒すなコラァ」と一悶着あったようですが、ガンプは知る由もありません。

 

「砂漠、荒野に2チーム。恐らく睨み合っている。……都市に1チーム。居住区に1チーム。……スカイツリーあたりに1チーム。……草原に1チーム。森の僕たち含め、残存チームは7」

「都市だね」

 

 ユウキが提案し、それにガンプが即答します。

 

「おう、都市だ。バイドの対物ライフルが思う存分活かせるようにするぞ」

「都市の敵は?」

「その都度潰す」

「だーよね」

 

 右手に握られた光剣を弄びながら、ユウキは答えました。

 ボクは、二人の()()は知っている。ボクだけが、知っている。

 ガンプとバイド、この二人の仲間となって戦うユウキは、ちょっぴり優越感に浸っていました。

 

 

 

「いなさそう」

「いなさそう?」

「うん、いなさそう」

 

 都市に到着したMARIA。三回目のサテライト・スキャンが示していた都市チームに注意しつつ、建ち並ぶビルのなかで、中間あたりの高さのビルに入りました。バイドが屋上に対物ライフルを構える間に、ガンプとユウキは地上に下り、別のビルの屋上に上りました。こちらは5階建てで、バイドがいるビルよりも低いです。

 その屋上に伏せて、ガンプとバイドの二人は地上と遠方を警戒しています。ガンプは緊張感なく鼻歌を歌い、ユウキは双眼鏡で遠方を観察しています。

 

「何も聞こえないね」

「あと30秒で四回目のサテライト・スキャンが来る。皆、戦闘は控えてるだろうね」

「ふむ」

 

 屋上のフェンスは、ユウキが使う光剣によって切り落とされています。これにより、伏せて依託射撃を行うことができます。

 バイポッドを立ててDouble Devilを構えて西を警戒していたガンプは手を放し、横に転がって仰向けになり、朱と灰が混ざったまるで分からない天候の空を見上げました。

 ユウキも転がって仰向けになりました。目に映ったのは変態銃のストック。

 

「なんか近くない?」

 

 ガンプは、隣の少女に言いました。

 

「ハラスメントでBANされたらやだよ、俺」

「倫理コード切ってるから大丈夫」

「え。え? ええ、なんで?」

「……ふーんだ」

「??」

 

 道は険しいぞ、ユウキちゃん――と、バイドは警戒を一切解かずに思いました。

 

 

 

 五回目のサテライト・スキャンが始まりました。

 

「ふむ。敵は砂漠・荒野エリアに1チーム。かなり南にいる。居住区の西側に1チーム。そして、スカイツリーに1チーム。僕たち含め、残り4チーム。そっちから居住区のは見える?」

「見えない。こっちからは見えない建物に潜んでると思うよ」

「そっか。分かった」

「こっちはもう受け身の態勢だから、敵さんが来るまで駄弁ってようぜ」

「そうだね」

「分かったらもうちょっと距離を空けてくれない?」

 

 

 

 そしてしばらく時間が経ち……。

 

「九回目のサテライト・スキャンだ」

 

 バイドがそう言うと、ガンプは端末を操作し、地図を表示しました。仰向けに寝っ転がってスマホを操作するように、それをユウキと一緒に見ます。

 ちなみにこの光景、酒場の男たちはほぼみんな「羨ましいー」とか「いいなー」なんて言っています。

 

「ほいほい……お」

「あ」

 

 そしてスキャンが示したのは、荒野にいる一つの生き残りチーム。これで、残ったチームは2つ。

 ガンプ、バイドの変態銃コンビと、光剣を振るう紫の少女ユウキのチーム《MARIA》。

 エムという戦闘能力が高い男と、あと一人の謎プレイヤーのチーム《LM》。

 

「よしよし。待ち伏せするぞー」

 

 その場でくるっと回ると、Double Devilをずらして構えるガンプ。ユウキも回ってうつ伏せになり、双眼鏡を両目に持っていきます。

 

「これが、最後の戦いだね」

「ああ。変態銃を撃っちゃうぞ」

 

 やってくるLMとの戦いを想像して、子供のようにわくわくするガンプでした。

 その横顔を見て、ユウキは笑いました。

 

 

 

「一〇回目だ」

 

 一〇回目のサテライト・スキャンです。南から始まったスキャンは、スイングバイでもしたかのようなスピードで始まり、終わりました。

 

「スキャン速っ!? あ、えっと南に1000メートル弱だね。そろそろだ」

「車を手に入れたみたいだな。オーケイ」

「はーい」

 

 Double Devilを持ち上げて立ち上がり、南の端で伏せます。ストレージから予備のマガジンも出しておきます。ユウキは先ほどと変わらず、ガンプの隣に伏せて双眼鏡を覗いています。中遠距離に対応したこの双眼鏡はガンプからの貰い物です。

 

「楽しみだなー。エムと一緒のやつはどんなやつなのかなー」

「ピトフーイではないことを祈るばかりだよ」

「ねえ、ピトフーイってどんな人なの?」

 

 ユウキはGGOにいる時間は浅く、GGOのプレイヤー間の内情などをよく知りません。疑問の一つを投げかけました。

 

「デストルドー、タナトスに囚われた女」

「ですとるどー?」

「知らなくてもいいよ。僕たちとつるんでいたら、いずれ遭うことになるかもしれないけれどね」

「そっか」

 

 ユウキは双眼鏡を覗いたまま返しました。

 

 

 

 ほどなくして、走行音が聞こえてきました。

 

「来てる。装甲車が南200メートル」

「バイド」

「撃つね」

 

 ガンプが言うと、大きなビルから轟音が響きました。それは、狙撃銃が出すにはあまりにも大きすぎる音。対物ライフルならではの発砲音です。

 銃口から飛び出した弾は、吸い込まれるように装甲車に当たりました。

 

「フロントに被弾。スピード落ちてる……あ、助手席から一人出てきた!」

「おお、何だあいつ! AGI特化型か!? 速いぞ!!」

 

 助手席から出てきたデザートピンクの装備で身を固めたプレイヤーが、銃を持たずに走ってきています。

 AGI特化型なのか、その走りは自動車並みで、200メートルという距離を一気に詰めていきます。

 

「装備はナイフ。それしか見えない!」

「よし、ビルから下りて正面衝突だ!」

 

 ガンプはグリップを持つ右手を放し、立ち上がるやいなや前方に跳びました。隣のビルの壁にDouble Devilのストックを押し付けて落下の衝撃を抑えます。このとき酒場では「ああああああ! ダブルデビルうううううう!」と絶叫に満ちていました。

 HPを少し減らして着地したガンプは、道路に出て、走ってくるプレイヤーに2つの銃口を向けます。

 

「!」

「よう!」

 

 軽く挨拶し、変態銃はSJで吼えました。

 

「うひゃああああああああ!!」

 

 絶叫しながら逃げるプレイヤー。ビルの隙間に逃げました。

 

「おっと。残念」

 

 AR-15自体は毎分900発撃つことができます。今回のは30発入りのマガジンなので、フルオートで撃ちっぱなしにすると、ものの2秒で攻撃は終わります。

 ガンプは自分の得物を地面に放ると、右手を握りしめます。

 

「最後は、セッジリーが決めてくれるかな」

 

 このときガンプは、ピンクのプレイヤーに完全に気を取られていて、エムのことなど眼中にありませんでした。頭も丸出しのこの状態では、いつやられてもおかしくないのです。

 

「ガンプー! もう一人いるよー!」

 

 ユウキが必死に伝えようとしますが、しかし耳に入ってこないようです。正体不明のプレイヤーが気になりすぎて、聞く耳を持っていません。

 

「来ないのなら、こっちから行くけど?」

 

 ゆっくりと歩みを進めながら、ガンプは言いました。この状況、どこからどう考えてもガンプが不利です。M14からの射撃や、P90からの攻撃がいつ来てもおかしくありません。しかし、ガンプの歩みは止まりません。敵を殺すために、一歩ずつ着々と近づいています。

 

「待って!」

 

 そこで、ビルとビルの隙間の路地からの声。隠れたピンクのプレイヤーの声でしょうか。

 

「お願い、こっちの話を聞いて!」

「話?」

「うん!」

 

 ガンプは、文字通り見えない敵からの話を訝しみます。

 

「降参してほしい、ってお願いならお断りだけどな。はは」

「そう、それ!」

「ははは……はい?」

 

 思わず聞き返してしまったガンプ。ビルの屋上で聞いていたユウキもまた、同じように戸惑いました。

 当たり前です。BoBでもこんなことはなかったのですから。これは、前代未聞の事態なのです。

 

「あなたたちに、降参してほしい」

 

 ガンプのポニーテールが、ゆらりとゆれました。




 途中から勢いで書いたからどうなってるか分からない。後半では睡魔とも戦っていたためまともに文章を書けていたか不安。私は寝るので誤字脱字がありましたら誤字報告をお願いします。
 できるだけ変態銃を活躍させたいけれど、これがなかなかどうして難しい。
 ユウキの装備はフェイタル・バレットと違う部分がありますが、それはまた後ほど。


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死に急げ

「えっ?」

 

 レンを瀕死にまで追いやったチーム《SHINC》。LMはそれを、なんとか撃破することができました。愛銃《P90》で蜂の巣にしたり、プラズマ・グレネードを誘爆させたり、ナイフで切り刻んだりして、難敵なアマゾネス集団に打ち勝つことができたのです。

 エムのもとへ行った際、装甲が入れられたバックパックを背中ではなく前に保持していたために、エムの首が反対側に曲がったように見えて本当に驚いたのはご愛嬌。

 しかし、SHINCとの戦闘によりP90が大破し、使い物にならなくなりました。レンが持つ武器は、黒いつや消しが施されたコンバットナイフのみ。

 さて、どうする。

 もうほとんど残っていないHPと弾薬。救急治療キットも消費し、真正面からの戦闘は避けたいものです。ですが、生き残ったチームが一つ。それは、SJ開始前にエムが懸念していたチーム《MARIA》。

 MARIAの現在の状況がどうなっているかは分かりませんが、こちらが不利な状況にあるのは事実。

 バレないように近づいて、エムの狙撃で倒すか。それともレンの速さと小ささを活かし、アマゾネス集団のボスを屠ったときと同じようにナイフで戦うか。

 残りの残弾とHP、レンの状況に()()()()()()()()()()を考慮した結果、導き出された最善の作戦をエムは言い渡しました。

 

「ごめん、もう一回言ってくれない?」

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……だから、降参してもらおう」

 

 チーム《MARIA》へ降参をお願いする。それが、エムの最善の一手でした。

 

 

 

「……無理な気がしてならないんだけれど」

 

 荒野にぽつんと現れた装甲車。時間が経過するにつれて、会敵までの時間を短縮するためにランダムで出現する移動アイテムの一つです。荒野にぽつんと佇んでいた装甲車はあまりにも不自然で、シュールでもありました。

 それを有効活用するべく、エムは運転席へ、レンは助手席に座りました。

 ガソリンはタンクに半分ほど。燃費は知りません。ただ、MARIAとの邂逅を早められるのならなんでもいいです。

 刺さっていたキーを回し、エンジンをかけます。

 

「なんとかこちらの事情を説明して、納得してもらおう」

「ただそれだけだと割に合わないような……。優勝賞品を譲るとか……?」

「それも、視野に入れておこう」

 

 優勝賞品がなんなのかも、今のところ判明していませんが、恐らく弾薬やレアな銃あたりでしょう。

 エムはアクセルを踏み、装甲車を走らせました。

 かなり深く踏み込んでいるようで、装甲車はどんどん加速していきます。

 荒野でのドライブは、石や砂利を轢くために車体が揺れに揺れました。シートベルトをしていましたが、レンのお尻は車体が揺れるたびに座席から小さく跳ねました。

 

「はあ。ピトさんがいたら、こんなことにはならなかったんだろうなぁ」

 

 レンの、心からの思いが漏れ出ました。レンが心のなかで最強と認定しているピトフーイは、今日は生憎用事が入っているので、SJに参加することができませんでした。ピトフーイがいれば、降参してもらうという、ある意味苦渋の選択をすることなく、真正面からかち合うことができたかもしれません。

 

「俺は……そうはいかないと思う」

「どうして?」

 

 エムはレンの思いを否定しました。気になり、レンが問います。

 

「あの二人はBoBでの優勝経験があり、戦術の幅は多岐にわたる。それに、あの二人が使う武器が分からない以上下手な出方もできないし、なにより以前二人が酒場で話していた、三人目のメンバー。それが気がかりだ。二人と同じく変な銃を使うのか、それとも普通の銃を使うのか。中近距離で戦うのか、中遠距離で戦うのか。……情報不足は、敗北に繫がる大きな材料なんだ」

「うう、そうかあ……」

 

 はああ、幸先が悪過ぎたぁ。

 座席の上で体育座りをして、膝と腹の間に顔を埋めました。

 

 

 

「そろそろ会敵してもいい頃だ。前方警戒」

 

 荒野から居住区の南側を東に向かって走り、都市に入ったら東から北へ。

 ピーちゃんを失った今、武器はナイフのみ。これでまともに戦えるのかはともかく、単眼鏡で助手席から気になるところの警戒を始めました。トラックはスピードを落とし、エムが身をかがめながらの運転に移行しようとした、そのとき。

 ゴガンッ! とフロントから大きな音がして、煙を出し始めました。確認しなくても分かります。狙撃です。

 

「わひゃい!?」

「対物――車から出ろ! 北北東に200から300メートルの屋上にいる!」

 

 単眼鏡で警戒していましたが、先にエムが発見しました。これは、経験の差からくるものでしょうか。レンは少し悔しく思いました。

 レンはドアを開けて飛び降り、すぐ近くにあったコンビニのゴミ箱の横に身を隠しました。エムも運転席から出て、ビルの陰に隠れます。

 

「で!? どうするの!?」

「この距離なら、レンが走ればすぐに距離を縮められる。攻撃を躱しながら近づいて、事情を説明してくれ!」

「う、くっそぉ!」

 

 レンは残り少ないHPの全損を覚悟で、ゴミ箱の影から飛び出ました。

 右手にはナイフ。これで銃弾を切ろうとは思っていませんし、そもそもできないでしょう。

 

「北北東――いた!」

 

 足をしゃかしゃか動かして、恐らくGGO一番の走りを見せるレン。現実でこの速度で走れるのなら、オリンピックの表彰台では一番上に立っていたことでしょう。

 乱立するビル。そのなかの、レンから見て北北東200メートルの位置にあるビルの屋上に、いました。肉眼なのでぼんやりとですが、確かにいました。

 こちらの出方に困惑しているのか、それとも確実に攻撃が当たる距離まで待っているのか、MARIAからの攻撃は一切なく、レンの走りは止まりません。

 残り100メートルを切りました。ぼんやりとしか見えていなかった敵の姿は、次第にはっきりとしてきました。

 

「どっちも女の人?」

「そのうちの一人が、ガンプだ。ポニーテールの方」

 

 残り50メートル。そのとき、屋上にいた二人のうちの一人が、構えていた銃を持って立ち上がると、ビルから飛び降りました。なにやらがりがりと削れる音が聞こえてきましたが、レンに音の正体を考える余裕はありません。

 残り20メートル。路地から、ピトフーイが着ているようなツナギの灰色バージョンを着たポニーテールの女が、出てきました。

 

「よう!」

 

 タトゥーのない頰を歪ませて、レンに向けて得物をぶちまけました。

 

「うひゃああああああああ!!」

 

 銃撃を左に避け、ビルとビルの間の路地に身を隠します。

 

「おっと、残念」

 

 ポニテ女――ガンプからの銃撃は2秒で終わりました。ガッシャゴン、と大きな音が聞こえました。マガジン交換のために空のマガジンを地面に放ったとも考えられますが、それにしても音が重厚です。銃本体を地面に落としたのでしょうか。

 しかしレンは、まずガンプが使っていた奇っ怪な銃をエムに報告しました。

 

「な、何あれ!! なんかなんか、銃口が二つあったというか銃自体を横に二つくっつけたというか!!」

「《Double Devil》か。いや、それよりもまず!」

「あ、ごめん!」

 

 アスファルトを歩く音は止みません。ゆっくりと近づいてきています。

 レンはナイフをいつでも使えるように構えながら、いつ殺しにかかってきてもおかしくない女に言いました。

 

「待って! お願い、こっちの話を聞いて!」

 

 すると、足音がピタリと止みました。止まってくれました。

 

「話?」

 

 ……声が、男の人?

 アバターの見た目の割には、低い声でした。そういう女性も世の中にはいるかもしれませんが、それにしても低い声です。

 ともかくこちらの話に耳を傾けてくれているようなので、すぐに話に移りました。

 

「降参してほしい、ってお願いならお断りだけどな。はは」

 

 ビクゥ! とレンの身体が震えました。

 嘘ぉ! バレてる!? いやでも、冗談っぽい調子だったし……とにかく!

 より一層攻撃に警戒しつつ、レンはガンプに言いました。

 

「そう、それ!」

 

 さあ、どうだ……?

 

「ははは……はい?」

 

 返ってきたのは、気の抜けた声でした。

 そりゃそうだよ。最後の真剣勝負ってときにいきなり降参をお願いされたら、誰だって驚くし戸惑うし、下手したら怒るだろうし。

 レンは、どうやって説得しようかと次の言葉を探していると、ポニテ女(男の声ですが)のガンプからこんなことを言われました。

 

「もしかして……()()()()()()()?」

「!! うん!」

 

 その返しに、レンは驚きつつも即答しました。

 ピトフーイとエムは、フィールドなどでMARIAの二人と戦い、話したこともあるみたいなので、もしかしたらピトフーイの異常性を既に知っているのかもしれません。それならば、多くを説明する必要はないでしょう。

 

「なるほどねぇー」

 

 ガンプの声が遠ざかっていきました。忙しない足音も聞こえます。路地に身を隠したのでしょう。

 反対の路地から話し声が聞こえてきました。内容は流石に聞き取れませんでしたが、ガンプがチームメンバーと話し合っているものでしょうか。

 しばらくして、ガンプが路地から顔を出さずに、レンに大声で伝えました。

 

「内輪揉めで退場ってことにするからさー! 今度事情の詳細を頼む!」

「わ、分かった!」

 

 な、なんとかなった……かな!?

 レンが安堵からくるものなのかよく分からないため息をつくと、道路の方から銃声が。この音を、レンは知っています。

 

「これは、ピーちゃんの」

 

 レンは路地から少しだけ顔を出し、断続的な銃声が聞こえる方を見ました。するとそこには、なんということでしょう。ポニテ女と、P90と光ってる棒を持った少女が戦っているではありませんか。あれが、エムが言っていた三人目のメンバーなのでしょうか。耳を澄ませて聴いてみると「光剣で目ぇ突き刺さないでー!」とか「うひょわあああ!」とか聞こえてきます。

 その数秒後、銃声が止んで場が静まったので確認すると、【Dead】マークが2つ浮かんでいました。

 直後にケバケバしいファンファーレと一緒に、

 

『CONGRATULATIONS!! WINNER LM!』

 

 巨大な文字が空に表示されました。

 

「よ、よかった。なんとか、なった」

 

 無線越しに安堵の声が伝わりました。この安堵は、今大会で一番重い発言でしょう。なにせ途中から、いえ最初から命をかけていたのですから。

 

 

 試合時間、1時間57分。

 第一回スクワッド・ジャム、終了。

 優勝チーム・『LM』。

 大会総発砲数・50,087発。

 

 

 

 2月3日。火曜日。19時前。

 SJの集合場所であり観客席でもあった大きな酒場ではなく、ショッピングモールのフードコートでの待ち合わせです。ショッピングモールには武器ショップやファッションショップがピンからキリまで構えられています。

 フードコートのテーブル席に座っているのは、奥から緑色の迷彩服にローブを着たレン。その隣にはTシャツ姿のエム。更に隣には紺色のツナギを着たピトフーイ。レンは少し緊張した面持ちで、エムは冷や汗をかき、ピトフーイはいつものようにシニカルな笑みを浮かべていました。

 三人が待ってるのはチーム《MARIA》。エムが勝てないと判断し、なんとか退場を懇願し、了承を得てくれたチームです。メンバー三人のうち、二人はBoBの優勝経験者です。あと一人の詳しいことは分かりませんが、P90に光剣となかなかどうして奇抜な戦闘スタイル。それで最後まで生き残ってきたのですから、猛者であることに間違いはありません。

 何故そんなチームと待ち合わせているのかというと、MARIAへのお願いをするに至った事情を説明するため。MARIAのメンバー、ポニーテールで灰色のツナギを着た、アバターがピトフーイと同系統と思われるプレイヤーのガンプが、SJから退場する際に言いました。「今度事情の詳細を頼む」と。そのため、この場を設けたのです。セッティングはエムが行いました。

 

「レンちゃんと同じP90にフォトン・ソードかー! いやー楽しみだわ!」

「そ、そうだね」

 

 ――本当は、この場にピトフーイを連れてくるつもりはなかったのですが。

 エムによれば、用事を終えたピトフーイがSJの中継映像を見て、()()()()()()()()()()()()()()()そうです。確かに、その気持ちは分かります。レンもレンでログアウトしたあと、MARIAがどのようにして生き残ったのか気になり、GGO公式サイトにアップロードされたSJの中継映像で確認しました。そして、MARIAの変態的なプレイに驚愕することとなりました。ピトフーイも、多分同じ気持ちだったでしょう。程度は、自分よりかは小さいでしょうが。

 レンとしては特に、紫色の髪が特徴的な少女の戦闘は、GGOの主流な戦い方からかけ離れていて印象的でした。

 時刻が19時をすぎました。

 

「おいっす!」

 

 聞き覚えのある声の、妙ちきりんな挨拶が聞こえたので三人は後ろを向きました。

 19時に待ち合わせをしていた、MARIAの三人です。

 

「こんばんはー」

「こんばんは」

 

 ローブを被った少女とアジア系アバターの男性も、夜の挨拶をしました。

 ガンプはSJのときと同じ格好でした。ピトフーイに非常に似たアバターで、頰にタトゥーはありません。

 三人は、向かいの席に座ります。奥からガンプ、バイド、ユウキの順です。

 ピトフーイとエムはユウキに、ガンプとバイドはレンに自己紹介しました。初対面には名前ぐらい教えないといけません。

 

「少し待たせたみたいだな」

「いやいや大丈夫。こっちもさっき来たばっかりよ」

「そうかい。じゃあ早速、何があったのかを話してくれ。大方、お前絡みだってことは分かっているけれど」

「あら、察しがいいわね」

 

 ピトフーイがくつくつ笑う傍ら、エムは一枚の紙を渡してきました。

 

「これを読めばいいのかな?」

「ああ」

 

 アジア系アバターのバイドがその紙を手に取ると、書かれた文章を読み上げました。

 

「……『やほうエム。奮戦中かね? ちょうど1時間が経ったら読むように言いつけておいたけど、破ってないだろうね? 破っていたら殺すよ? 今すぐしまえ。私の代わりに参加してるんだから、代わりに存分に楽しみなさいよ! これはゲームであって、遊びなんだからね! 1時間以内でふがいない死に方をしたらぶち殺すからね。でも、たった二人で1時間以上生き残ったのなら、本当にすごいよ。頭ナデナデして褒めてやるよ。そのあとに死んだら、やっぱり殺すからね。自殺もダメね。なんとしても生き残りなさいな。バトルは緊張感がないと、やっぱり楽しめないよね! さあさあ、存分に楽しめっ! 生を感じなさい! いじょー』」

 

 読み終えると、その紙をテーブルに戻して、なんとも言えない困惑したような表情を浮かべました。対して、ガンプは呆れ返っていました。そして一言。

 

「物騒」

 

 ピトフーイはその言葉を聞くと、笑いました。大笑いです。

 

「なるほど。確かにこれは、保身に走るよね。僕たちに退場をお願いしたのも頷ける」

「……」

 

 バイドが困惑しながらも納得し、ユウキは紙を手に取って文章を読んでいます。

 

「……これって」

 

 ユウキが、文章を読みながら問います。

 

「本当に殺そうとしてるの?」

「そうだよーお嬢ちゃん。緊張感を持ってやらないと楽しめないでしょう」

「ガンプ、これがデストルドー?」

「いやぁ、エムを運命共同体とでも思ってるんじゃない? エムに己のデストルドーとタナトスを巻き込ませてるんだよ。多分」

 

 ピトフーイの答えは、尋常の考えではないです。緊張感を持たせるために、有り体に表すなら勝たせるために脅迫しているのです。達成できなければ、殺す。

 

「デストルドーは死へ向かおうとする欲動。タナトスはデストルドーと同義と思ってくれていい。要はね――」

 

 ユウキが度々聞いた2つの単語を説明し、その言葉が意味している事実を説明しました。

 

「ピトフーイちゃんは、死に憧れているんだ」

 

 その事実を聞いて衝撃を受けたのは、ユウキだけではありませんでした。

 それ以上に、レンが驚いていました。

 

「――……」

 

 このとき、ユウキがなにか呟いていましたが、それは周りの喧騒に搔き消されました。

 

 

 

「ま、そういうわけで。お詫びとしてこっちからなんかプレゼントしようと思っているんだけれど。なんかほしい武器とかあるかしら?」

「他の変態銃マニアには言わない方がいいぞ。突拍子もない武器とか要求されるだろうから」

「大丈夫。言わないから」

「ああそう。特に何もいらないな。《M202》ロケットランチャーがほしいところだけど、実装しないだろうし」

 

 しばらく話し合い、MARIA側は納得しました。ピトフーイはお詫びになにかほしいか訊きますが、特になにも要らないとのこと。

 ピトフーイとガンプ。アバターが似ているため、まるで鏡の向こうにいる自分と会話しているかのような奇妙さがありました。

 

「僕もなにもない。気を遣わなくても大丈夫さ」

「ボクも大丈夫。今の武器で事足りてるから」

 

 バイドとユウキも、ピトフーイからの申し出に遠慮しました。

 

「そう。じゃあ、これでお開きでいいかしら?」

「そうしよう。場を設けてくれてありがとう」

 

 ぐっなーい、とガンプは誰よりも早くログアウトしていきました。

 

「ボクもログアウトするね。特にやることないから」

「僕もログアウトしよう。気になっている小説があるんだ」

 

 二人も立て続けにログアウトしていきます。

 レンはMARIAが全員ログアウトしたあと、深くため息を吐きました。

 その様子を見て、ピトフーイが言いました。

 

「どうよレンちゃん。あの三人は」

 

 向かいの席に移動したピトフーイ。どうって、とレンは少し考えて答えます。

 

「あのガンプって人、男性だよね?」

「あったりまえじゃーん! あんな太い声の女なんてそうそういないわよ」

「だよね。なんでアバターが女性なんだろう」

「あいつはバグって言ってたわよ」

 

 バグ。システムの不具合。プログラムのミスが原因で引き起こされるものですが、性別とは逆のアバターに設定されることがあるのでしょうか。しかしGGOのアバターは完全にランダムのため、一概には言えません。

 

「バイドって人は……特に」

「あいつね。いつもはエイリアンみたいな防具着てるのよ。デザインが気持ち悪くて、人避けには役立っていたわ」

「えぇ。人避けって」

「あのユウキちゃんに言い寄ってくる男が減るから、二人にとっては好都合なんじゃない?」

 

 このガンゲイル・オンラインというゲームはハードの世界です。硝煙香る廃れた世界の女性プレイヤーは、三毛猫のオスほど珍しい存在なのです。

 そんなゲームを一緒に遊ぶ、あの三人。ガンプとバイドの二人とユウキは、どのようにして知り合ったのでしょうか。

 

「うーん。ユウキちゃんって、明らかに年下だよね」

「高校にも入ってなさそうよね―って、リアルの詮索は駄目よ」

「あ、そうか」

 

 オンラインゲームにおいて、リアルの詮索はNGです。この話題はこれで終わりにしました。

 

「それにしても……」

「?」

 

 ピトフーイは体を震わせてから、()()()()()で声を漏らしました。

 

「ユウキちゃんと、いつか全力で戦いたいわぁ。命をかけるくらい全力で!」

 

 

 

 この日、レンはピトフーイの異常性を、他チームとの交流で初めて知ることができました。

 死への憧れを持つ女、ピトフーイ。それはゲームによって形成されたものではなく、現実での生活で形作られたもの。

 いや、もしかしたら、生まれながらにしてその欲動に駆られていたのかもしれません。しかし、詳しい話は分かりません。リアルの詮索はNGですから。

 しかし、LMが負けたら問答無用でエムが死んでいたという事実を改めて理解したとき、レンは――小比類巻香蓮は身震いしました。自分には理解し得ない存在が、この世にいることを。

 そして、自分と同じく女性プレイヤーのユウキ。ピトフーイは少女と、全力で戦いたいと言いました。少女に、なにか思うものがあるのでしょうか。

 ピトフーイの異常性、あの少女の謎で頭を悶々とさせながら、ベッドに入ることになります。

 

 

 

「……」

 

 汚れたTシャツ。このTシャツの汚れは、特にアクリル絵の具によるものです。アクリル絵の具の汚れは頑固で、普通の洗濯用洗剤では取り除くことができません。

 水色と黒色の絵の具がべっとりと付着していて、既に乾いていました。掌にも黒色の絵の具がべとべと付いていますが、乾いています。ベッドのシーツには、乾いてない状態で横になったために作ってしまった絵の具汚れが、いたるところにあります。

 身を起こした男は、ヴァーチャル世界に入り込むための必需品である、頭部をすっぽり包み込む大きなヘッドギア状の機械を外して枕元に置きました。この機械も、絵の具にまみれています。

 この男の名は()(いん)(ただし)。GGOのトッププレイヤーであり変態銃マニアのガンプの、リアルの姿です。

 

「……」

 

 尹は、黄色に日焼けた天井を見上げました。

 頭に浮かぶのは、ユウキの呟き。あのときユウキは、死に憧れる狂人に、当てつけるように呟いていました。

 

「絶対生きてた方がいいのに」

 

 尹は、画鋲で壁に貼られた、新聞の記事に意識を移しました。地方新聞の記事の見出しには、大きな文字で一大ニュースを伝えています。

 

『完全な抗HIV薬の開発に成功』

 

 そうだよな。人間、生きてた方がずっといい。

 ユウキの言葉の重さは計り知れないな、と尹は思いました。

 ここで、ノックが3回。

 

「どうぞ」

 

 入ってきたのは、180センチは超えているであろう大柄な男性でした。白い髪は長く、一本にまとめられています。まつ毛や眉毛、髭も白色です。丸い眼鏡をかけた老齢の男性でした。

 

「さっきも言ったけれど、お風呂沸いてるから、先に入ってきてね」

「ああ。ありがとう」

 

 尹は立ち上がると、男性の横を通って部屋を出ました。その際、通りすがりに男性の大きな胸に向かって、掌を当てて出ていきました。白色のベストに、黒の絵の具は付着しませんでした。

 

「……なにか、思うものがあるみたいだね」

「ありありだよ。()()()()()もそうだろ?」

「まあ、そうだね」

 

 あんな女、世界を探してもなかなか出てこないよ、と尹は風呂場に歩いていきました。

 こたちゃん、と呼ばれた老人は、リビングに向かいました。

 

 

 

「……」

 

 とある病院の個室にて。少女は夜空を眺めていました。

 今日初めて会った、お世辞にも普通の人とは言えない女性を思いながら。

 少女は、死への憧れを理解できませんでした。

 生きてる方がいいのに。

 生きてる方が楽しいのに。

 どうして死に急ごうとしているのだろう。

 

「……尹は、どう思ってるのかな」

 

 少女には、理解できませんでした。




 そういえばSHINCとの戦闘でピーちゃんは壊されていましたね。その点を修正したので前回の話も合わせてご確認ください。
 この調子だとセカンド・スクワッド・ジャムでは大波乱になりそうな予感ですね。でもすぐには書きません。箸休め的に三人の関係とかを書いたりすると思います。出会いとか。
 誤字脱字は民家のゴキブリ並みに生息しているかと思われるため、アシダカ軍曹並の戦闘力をもって誤字報告をお願いします。


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生き抜けろ

「本当にいいんですか」

「ええ。思いっきり、思うがままにやっていただいて結構です」

 

 伊尹尹は芸術家です。今日も今日とて、芸術活動に励んでいました。

 本日訪れた場所は、都内にある某女子大学。そこは所謂名門校で、周りの学生はまったくレベルの違う話をしている、ような気がします。ですがファッションやグルメ、好きな芸能人の話で盛り上がっているあたり、女性としての根本的なものは変わらないようです。

 この女子大には附属高校があり、制服を着た女子高生の姿も見受けられます。

 現在尹は、大学側の担当者に案内されて、カンバスとなる場所にやってきました。

 

「そこまで言うのなら……こちらも全力で、思うがままにやらせていただきます」

 

 尹は目の前のカンバス――講堂の正面玄関の横、白い壁を見て言いました。

 

「お願いします。完成したら、先程お伝えした私の携帯の方まで」

「分かりました」

 

 失礼します、と言って担当者は去っていきました。

 

「……」

 

 壁の周りは三角コーンで囲まれていて、それらを繫ぐ黒と黄のバーには「ペンキ塗りたて」と書かれた紙が下げられています。まだなにも塗っていませんが、立入禁止を示すのには丁度いいでしょう。

 実は尹、この壁になにを描こうか決めていません。仕事の連絡があったのは年明け前。2025年の12月下旬のこと。内容は「講堂の外壁に、新学期が始まる前になにか描いてほしい。描くものはそちらに委ねる。しかし公序良俗に反するものや明らかに場違いなものは駄目」。大雑把なものですが、この手の依頼は数え切れないくらいこなしてきました。尹には余裕です。

 しかし、年末から3月末まで結構な過密スケジュールでした。売れっ子時代から安定期に入っている尹でしたが、予想外の仕事がいくつか入ってきたのです。大作を作らないか(アメリカからの依頼)、とか、街のシンボルになるオブジェを作ってくれ!(マダガスカルからの依頼)、とか。とにかく海外からの依頼が多くあり、尹はそれらを引き受けたため、しばらく世界中を飛び回っては芸術活動に明け暮れていました。それに、2月にはスクワッド・ジャムもありました。

 そういうこともあり女子大からの依頼はずれにずれ、結局新学期開始当日に行う羽目になったのです。

 現在の時刻は、16時を過ぎたところ。午前中はアトリエにて、《すごく見てくる》という題名の彫刻を彫っていました。材料は安山岩。過保護なあまり子供の行動を監視する母親からヒントを得た作品です。また正午からは雑誌の取材があり、終わったのは15時半。慌ててここに来た次第です。

 

「女子大……女性……可愛いもの……」

 

 女性が集まる学校なので、それに見合ったものを描こうと思案します。間違っても、こんなところに悪魔や魔王を描いてはいけません。現に、芸術家の伊尹尹が作品を作る、と聞きつけてやってきた附属高校の女子生徒たちや、虎視眈々とインスタ映えを狙う女子大生数名が、遠くから尹を観察しています。変なものは描けないのです。描いたらすぐさまブーイングの嵐。SNSに拡散されて、批判されます。女性のネットワークをなめてはいけません。

 30秒くらい考え、尹は決めました。

 

「……よし、描くぜ」

 

 大きな刷毛を右手に、アルミ容器に入ったペンキをどっぷりつけました。

 色は、ピンク。

 ペンキは、色々な色が用意されています。基本となる色から、どういうときに使うの? と聞かれてしまう微妙な色まで。

 伊尹尹の芸術活動は、しばらく続きます。

 

 

「……あれ」

 

 16時20分。

 新学期が始まり、大学二年生になって初めての講義が終わり、帰宅をはじめた香蓮は、それほど多くない人だかりを発見しました。

 多くの女性の視線はコーンとバーに囲まれた空間に集中しています。

 気になった香蓮は、もはやコンプレックスではなくなった長身を使い、視線の先を見ました。

 そこには、

 

「ウサギ……?」

 

 ピンクのペンキで描かれたリアルなウサギが、講堂の壁に描かれていました。

 人だかりの先にいる男性は、ウサギの頭の上になにかを描いています。

 ただの黒いペンキが、形を作っていきます。橙のペンキで、個性が生まれます。

 そして生みだされたのは、小鳥でした。

 男性は刷毛を置くと、ペンキだらけ(ただし画面は死守された)の二つ折り携帯、通称ガラケーを開いて電話します。大学の職員に連絡しているのでしょうか。

 数秒通話して携帯を閉じると、人だかりの方を振り向いて、

 

「完成っ!」

 

 と言いました。人だかりは、握手をする人がちらほら。

 そして香蓮は、描かれた絵もそうですが、別の一点に注目していました。

 香蓮は、ぼそっと呟くのでした。

 

「身長、高い……」

 

 もしかしたら、私よりも。

 

*     *     *

 

 時間を巻き戻し、3月16日。

 スクワッド・ジャムに参加したプレイヤーには、既にセカンド・スクワッド・ジャムの開催を知らせるメッセージが届いています。そのなかの一人であり、事実上の第一回SJ優勝者であるレンこと小比類巻香蓮は、いろんな事情が重なった結果、セカンド・スクワッド・ジャム――SJ2への参加が決まりました。

 もともと参加の意志はなかったのですが、先の大会で熱い戦いを繰広げたチーム《SHINC》のメンバー全員からの、また真正面から正々堂々と戦いたい! という強い熱望。そして、エムのリアル――阿僧祇豪志からの依頼、というか切望。この二つが香蓮を動かし、全力で戦うことを決めたのです。

 しかし香蓮は、ある問題を抱えていました。

 

「よし、美優ゲット!」

 

 セカンド・スクワッド・ジャムには、エムたちとの行動はしません。というかできません。今回の大会には、ピトフーイを己の手で殺すために参加するからです。

 なぜか。様々な経緯や運命と呼べるものが複雑に絡み合っているのです。その話は、また後日。

 ともかく、SJ2でピトフーイを殺すためには、仲間を揃える必要があります。というのも、スクワッド・ジャムはチーム・バトルロイヤル。ルール上、単独での参戦は不可能。レンが単独で戦い抜けるか否かは関係のない、それ以前の問題でした。

 

「あとは、誰かいるかな……」

 

 今しがた「ポケモンゲットだぜ!」的な感じで叫んだ名前。香蓮の親友、篠原美優です。

 美優は自他ともに認めるヘビー・ヴァーチャル・ゲーマーです。ネット環境さえあれば、遊ばない日はないほど。

 主にファンタジー世界のVRMMORPG《アルヴヘイム・オンライン》――ALOで遊んでいて、その世界での種族は風妖精族の《シルフ》。プレイヤーネームは“フカ次郎”。向こうでは強豪プレイヤーらしく、妖精の身で大空を飛び回り、レアな武器で数多のプレイヤーを屠ってきた、とのこと。かつての飼い犬が由来の変なプレイヤーネームも相まって、割と有名人なのだそう。

 そんな有名人に、香蓮はお願いしました。一緒に、セカンド・スクワッド・ジャムに出てほしい、と。

 美優は親友です。香蓮の家族以上に、香蓮のことを理解しています。親友の懇願や嘆願を、非情に断ることはありません。

 たとえ、人の命がかかったお願いでも。

 

「あ、そうだ」

 

 美優――フカ次郎のチーム入りが決まりましたが、しかし香蓮はまだ安心していませんでした。

 どうしよう。これでやっと二人だけど、エムさんみたいな指揮できないし。ピトさんは最後まで生き残るだろうけど、私はそこまで生き抜けるか分からない。

 香蓮のなかで、不安が渦巻いていました。先のスクワッド・ジャムでは、エムの指揮があってからこそ、最後まで生き残ることができました。しかしSJ2ではエムは離脱し、ピトフーイとチームを組みます。エムの指揮能力は高く、的確です。それを失うというのは、多大なる損失の他なりません。

 最悪自分が指揮することになるけれど、でもどうにか指揮できる人がほしい。

 片手の指で数えらるほどの数少ないアテを探すと、思いつきました。

 

「確かフレンド登録してたよね……」

 

 香蓮はパソコンにインストールされているGGOのランチャーを起動し、フレンド欄を確認。

 

「――あった」

 

 ありました。

 プレイヤーネーム《GUMP》。これで、ガンプと読みます。

 第一回SJの終盤、香蓮もといレンはエムの命を慮り、ガンプ並びにチーム《MARIA》に、あるお願いをしました。

 降参してほしい、というお願いです。MARIAに勝てないと判断したエムが下した苦渋の選択です。普通、優勝まであと一歩というところで降参し、他人に勝利を譲るなんてこういうはしません。ましてやSJは、初めて催された大会です。参加者の誰もが、第一回スクワッド・ジャム優勝、という名誉を狙っていたのですから。

 しかしガンプは、ピトフーイやエムの()()()()()を知っているらしく、快くとはいきませんが納得してくれました。結果MARIAは全員退場し、LMは優勝したのです。

 後日、LMが抱えていた問題の説明会を開催。

 

「あー、でもあっちはあっちで、別で参加しそうだしなぁ」

 

 更に後日。思いがけないことに、ガンプからのフレンド申請が届いたのです。メッセージには「先日はあのような場を設けてくれてありがとうございます。よろしければ、今度一緒にモンスターを狩りませんか?」とありました。書面の文章と実際の言動にギャップを感じて驚きつつ、レンはフレンド申請を承認しました。お願いを受け入れてくれた手前、断りづらかったから。

 

「でも、聞いてみるだけ聞いてみよう」

 

 MARIAの面々にも、SJ2開催を知らせるメッセージは届いていることでしょう。MARIAは今回も参加するかもしれませんが、ダメ元で香蓮は助力を求めることに。

 ガンプとのメッセージ欄に、文章を入力していきます。

 

「次のスクワッド・ジャム、出る?」

 

 短い文章です。某メッセージアプリのように、送ったメッセージが相手に読まれたことを知らせるマークが付きました。

 本日は月曜日。今の時間帯は、部活のない学生なら既に帰宅している時間帯で、社会人で昼勤ならもうすぐ勤務時間が終了する時間帯です。

 学生かな。それとも社会人で、夜勤とか? それとも休みだったとか、早く帰れたとか?

 ネットゲームにおいてリアルの詮索はNG行動ですが、香蓮はそんなことを思いました。脳裏には、SJで激戦を繰り広げたアマゾネス集団と、その現実の姿がありました。

 

「出ません」

 

 ガンプから、敬語で返ってきました。

 あれ、出ないんだ。てっきり出るかと思ってた。

 ピトフーイほど関わってはいませんが、しかしガンプとその()()の人となりは大体把握しています。

 ゲーム内では飄々とした佇まいのガンプは、メッセージなどの文章でのやり取りとなると、一変して礼儀正しくなるのです。別にタメ口でもいいよ、と言ったのですが、変わりはありません。香蓮は、現実のガンプは誠実な人なんだろうな、と人物像を堅めました。

 

「実はSJ2が行われる日に仕事が重なってしまいまして。先方にも頼んだのですが、どうしてもずらせないらしいのです」

 

 そっか、お仕事か。それじゃ仕方ないよね。

 香蓮は少しばかり落胆する自分に嫌気が差しつつ、事情を話しました。

 

「実は、ピトさん絡みでお願いしたいことがあったんだ」

「また、ピトフーイですか」

 

 向こうのガンプがどう思っているかは、この文章だけでは分かりません。

 香蓮は、抱えている問題を文字に起こして送信しました。

 

「簡単に説明すると、SJ2で私がピトさんを殺さないと、現実でピトさんとエムさんが死ぬ」

 

 メッセージは読まれたようです。が、しばらく返答がありませんでした。

 当たり前です。普通は「なに言ってんだこいつ」となるところですが、ピトフーイが絡んでいる問題となると、そうもいかなくなります。香蓮とガンプは、ピトフーイがなんたるかを知っているからです。

 5分ほどの間があって、ガンプからのメッセージが届きました。

 

「バイドもSJ2当日は空いてないようですが、ユウキは行けるそうです」

 

 ユウキ。香蓮の頭のなかにある彼女の印象は、森でフォトンソードを使って暗殺を行い、木の上からP90で頭を撃ち抜き、最後にフォトンソードでガンプの頭を目から貫いたという、とても奇抜な戦闘スタイル。あと、とても元気で笑顔が眩しく、アバターが可愛い、ということ。いや、レンも可愛いし!! と香蓮は謎の対抗心を燃やしました。

 

「どうしますか。ユウキ本人は『面白そう!』と目を輝かせていますが」

 

 あの可愛らしくも強かな少女が味方になる。なんて僥倖。

 

「お願い! 絶対勝ちたいから!」

「分かりました。伝えておきます」

 

 その後、フカ次郎とユウキは同じ日にGGOへコンバートすることが決まりました。

 ちなみに、やり取りのなかでユウキはフカ次郎と同じALOプレイヤーであることが分かりました。ガンプの話によると、相当強いとのこと。

 美優とどっちが強いかな?

 ユウキがALOで、とある異名を持ったプレイヤーであると知るのは、もう少しあとのことです。

 

「あと、ピトフーイ絡みと伝えておきました。変に気を遣わなくても結構ですので、よろしくお願いします」

 

*     *     *

 

 現在世に出回っているVRゲームのほとんどは《ザ・シード》と呼ばれる規格で構成されています。これはフルダイブによるヴァーチャル・リアリティ環境を動かすための一連のプログラムのことで、これによって作られたゲームの特徴が、コンバート・システム。同じ規格ゆえにアカウントの相互移動が可能で、ゲームで鍛えたステータスをそのまま他ゲームに移せるという便利な機能です。

 しかしアバターの外見は“そのゲームだけのもの”として固定されており、コンバート・システムは利きません。仮にこれも通用していたら、香蓮のコンプレックスだった長身は、コンプレックスとして未だに残っていたことでしょう。

 

「まだかなーまだかなー。あと少しかなー?」

「もうそろそろだと思うけど」

 

 便利な機能を使って一足早く、硝煙香る廃れた世界に降り立ったのは篠原美優、改めフカ次郎。

 フカ次郎のアバターは金髪美少女でした。キラキラと光る金髪は背中までのストレート。赤茶色の瞳。各所のパーツがシャープで、触れたら切れてしまいそうです。

 これがフカ次郎の“GGOだけのアバター”です。

 

「だってユウキだぜっ? ユウキと言えばあっちじゃ《絶剣》っつー異名を持った凄腕プレイヤー! マジかよ、まさか絶剣と共闘する日が来るとは思わなかったぜ!!」

「それほど?」

 

 そんなフカ次郎は現在、鼻息を荒くしながら興奮していました。

 MARIAの実質紅一点であるユウキはフカ次郎によると、ALOでは凄腕の剣士らしいのです。フォトンソードを使っていたのはそのためか、とレンは納得しました。

 ゲームによってアバターの姿形はまったく違うのが普通です。しかし何事にも例外があるようで、SJの中継映像でユウキを確認したフカ次郎は、ALOのアバターとあまり変わらない、と話します。

 そんなフカ次郎の興奮具合は尋常ではなく、今にもアミュスフィアの安全装置が作動して強制ログアウトしそうなほどです。

 

「そんなに強いの? ――うわっ」

 

 軽い気持ちでフカ次郎に聞いたレン。一秒も経たないうちに両肩を摑まれました。

 

「ウンディーネのバーサクヒーラーをぶっ倒し! サラマンダーの将軍もぶっ潰しっ! 果てにはあのド鬼畜クソ難易度の世界樹をたった一人で踏破っ!! もうただ『強い』だけじゃ言い表せないんだよ!!」

「ちょ、ちょっと、よく、うえぇ」

「ほら、前言ったアレだよ! 11連撃のOSS(オリジナルソードスキル)を賭けて決闘相手募集してたヤツだよ! 私がボッコボコにする気で戦ったらボッコボコにしてくれた張本人!!」

「あ、なるほ、ちょ、放して」

「ああ、ごめん」

 

 レンの両肩から前後ろにガクガクと揺さぶっていたフカ次郎の両手が、放れました。

 

「目ぇ回りそう」

「鍛えた筋力の賜物だぜ!」

「こんなところで振るわなくていいから……あっ」

「おっ?」

 

 くらくらして、デスクワークに疲れるサラリーマンのように目頭を押さえたレンは、光の粒子を見ました。

 この世界に、キャラクターが形成される前兆です。

 光の粒子が一つ、また一つと生まれ、その速度は次第に早まっていきます。数え切れなくなった粒子は収束し、やがて人を作りました。光の奔流が流れを止めると、次々と色素が個性を生み出していきます。

 そして、

 

「おお」

「お――おおおっ! このアバター、間違いねぇ!」

 

 一人のキャラクターが生まれました。

 腰まで届く紫の長髪。ワインレッドの瞳。赤い紐のヘアバンド。レンやフカ次郎と同じような身長。このように低身長のアバターは、GGOでは珍しい女性プレイヤーのなかでも、特に珍しいタイプのアバターです。

 そして、間違いありません。第一回スクワッド・ジャムでは終盤まで生き残ったチーム《MARIA》のメンバーで、光剣とP90という奇抜な戦闘スタイルで戦い抜いた女性プレイヤー。ユウキ、その人です。

 

「あなたがレンさん?」

 

 丁度目の前にいたレンが、気づいたユウキにそう問われて、レンは答えました。

 

「う、うん。あなたがユウキさん?」

「そう! よろしくね!」

「よ、よろしく」

 

 レンは、目の前の少女の活発さに気圧されながらも挨拶を交わし、握手。

 

「えっと、敬語はいらないからね。私のことはレンって呼んで」

「ボクのこともユウキって呼んでね! それで、隣りが?」

 

 レンの横にいる、バリバリ新アバターのフカ次郎は完全なる初期装備ですが、GGOも遊んでいるユウキは装備が整っています。ユウキは、初期装備の金髪アバターを見て問いました。

 金髪アバターのフカ次郎は、待ってましたと言わんばかりの表情です。

 

「そう! 迷える仔羊――いや、仔ウサギのためにファンタジー世界を残酷にも切り捨てて、殺伐とした終末世界にやってきた正義の味方! フカ次郎ってのは私のことよ!」

「こういうキャラだから逐一反応しなくてもいいからね」

「え、えっと、そっか。――フカ次郎?」

 

 戸惑っているユウキに、レンは助言をします。切り捨ててとか言っていますが、別にALOをもう遊ばないわけではありません。むしろ帰ってゆくでしょう。

 フカ次郎、という特徴的な名前を聞いてなにか思い当たる節があるようで、ユウキは顎に手を当てて首を傾げました。

 

「フカ次郎……どこかで聞いたことあるような」

「……えーっと、覚えてる? OSSを賭けたデュエルで、一応戦ったことがあるんだけど」

「……あ、思い出した! シルフのお姉さんだよねっ?」

「おおっ!? そうそうシルフシルフ!!」

 

 両者はGGOプレイヤーである前に、ALOプレイヤーです。通じるものがあるのでしょう。

 フカ次郎はピョンピョンと跳ねて喜んでいます。

 

「レン! この娘こそが《絶剣》という名でALOの最強の座に君臨するユウキ、まさにその人だ!」

「いやぁ、最強ではないと思うけど」

 

 フカ次郎の評価に恥じらい、苦笑して謙遜しました。

 

「いやいやそんなことないよ!! あの圧倒的な反応速度! 隙を突いたと思ったら逆に突かれていたときは驚いたよ!! それに予測不能な剣さ――」

「あーあーフカ! さっきからそんな大声で喋ってるからかなり目立ってるよ! 行くよ!」

 

 興奮を隠そうとしないフカ次郎の首根っこを摑んで、レンはグロッケンのケバケバした街を走り出しました。

 

「ちょーい!! まだ語り切れてねぇんじゃー!!」

「ユウキちゃんのことはまたあとで聞いてあげるから!」

 

 ユウキも二人についていきます。

 

「愉快な人達だなぁ」

 

 尹から聞いたとおりだね、と頰を緩ませました。

 

*     *     *

 

 フカ次郎はGGOの新参のため、所持クレジットは初期金額である1000クレジット。安い拳銃を買ったらすぐに底をつきます。しかしエムが便宜を図ってくれました。莫大な資金(クレジット)を手に入れたので、裏路地にある店に立ち寄ってフカ次郎のメインウェポンとなる武器を探すことに。

 そこで《MGL-140》グレネードランチャーを2丁購入しました。これは回転式チャンバーが特徴的な連発可能なグレネードランチャーで、装弾数は6発。使用弾薬は一般的な40x46mm弾。

 通常単発式のものがほとんどですが、MGL-140はそれを大きく上回り、他からの追随を許しません。

 当然この武器は強力で、その分お値段も強烈に高く、一般的なプレイヤーは懐的に手も足も出ませんが、

 

「2丁買う! 両手に持ってバカスカ撃ちたい! 弾も、あるだけ買う!」

 

 手も足も出るプレイヤーがいました。莫大な資金を手にしたフカ次郎です。

 MGL-140を気に入ったフカ次郎は、ただでさえ高価な銃を、2丁も買ったのです。案の定、NPCではない店員は非常に喜んでいました。

 その後、フィールドに出てMGL-140の試し撃ちをしたり、三人でダンジョンに挑戦してチームで行動するための連帯感を模索しました。

 別の日、サブアームが決まっていないということで、たまたま三人の様子を見に来ていたガンプから「サブアームとしておすすめの変態銃があるけど、どう?」と提案されました。フカ次郎は「変態銃? なにそれ面白そう!」と乗り気でしたがユウキとガンプの「やめといた方が……」「大丈夫だ。STR型にうってつけのものがある」「本当?」「ああ。《Pfeifer Zeliska》だ!」「……うん、ガンプらしいね」という会話を目の前で聞いて、レンは普通に拳銃を買え、とフカ次郎に促し、フカ次郎は《スミス&ウェッソン M&P》という9ミリ口径自動拳銃を買うのでした。

 ちなみに後日、レンとフカ次郎はフィールドで、図らずもガンプによるPfeifer Zeliskaの実物と射撃の様子を見ることになるのですが、二人の感想はそれぞれ「変態というより化物」「やべぃ。これで2丁拳銃したい」でした。

 

 

 また別の日。レンとフカ次郎は、ユウキの腕前に戦慄することになります。レンだけでなく、ALOでのユウキの活躍を詳しく知っているフカ次郎も、です。

 廃墟エリアで三人は、見通しの悪い交差点の曲がり角で、六人のスコードロンとバッタリ遭遇しました。その前に他のスコードロンをPKしていたために気が抜けていて、警戒を解いてしまっていたのです。

 そのスコードロンは、長時間のプレイで鍛え上げられたAGIを駆使する連中で、全員サブマシンガンがメインウェポンの軽量装備。目を回してしまいそうな速さで翻弄させ、その油断を突く戦法のスコードロンです。

 油断した――! とレンが反応してP90の銃口を敵に向けたのと、スコードロンの先頭の男が驚きながら、ヘッケラー&コッホ社製《UMP40》サブマシンガンの銃口をレンの頭に向けたのは、まったく同じタイミングでした。

 

「――えっ?」

 

 そして、レンと対峙する男の頭が揺れて転がり落ち、爆発四散して血液のごとく赤いガラスを散らすのも、同じタイミングでした。

 レンは、自分の目を疑いました。

 

「うがっ」「ぐっ」「ぶわっ」「ちょ」「ごえっ」

 

 スコードロンの男たちが次々と頭部に赤い線を作り、赤いガラスに変わり果てるではありませんか。

 レンは自分の目に映った光景を信じられずにいました。男たちの体に走った線のダメージエフェクトは、見覚えがあります。光剣によるものです。

 赤いガラスが消えて、地面にはスコードロンからのドロップ品。行儀よく並んで落ちている得物の先に立っているのは、さっきまで殿を務めていた、光の剣を携えた紫髪の少女。

 この場に光剣を行使できるプレイヤーは、一人しかいません。

 

「危なかったねー。気づいてよかったよ」

 

 振り向いたユウキは、ニカッと笑いました。

 

「ちょっとー! なにが起こってるのか一ミリも分かんないんだけどー!? 撃てばいいか!? 撃てばいいんだな!? しゃー撃つぞオラー!!」

「フカストオオオオップ!!」

 

 見通しが悪くて、状況が読み取れていないフカ次郎が向こう側に撃つためにMGL-140の銃口二つを空に向け、我に返ったレンは急いで止めました。

 

 

 GGOトップと言っても過言ではない素早さを持つレンですが、突然の出来事には弱く反応しきれないときがあります。今回のことが、まさにそれ。

 素早さに関してはレンに一歩及ばずのユウキは、ある事情によってALOトップレベルの剣士となりました。培った技術はGGOでも遺憾なく発揮されていて、特に反応速度に関しては右に出る者がいません。

 曲がり角で一瞬、ほんの短い時間硬直したレンを見て異変を察知し、地面を蹴りました。レンと男が引き金を引く前にフォトンソードのダイヤルを回して抜刀、引き金を引く寸前の男の首を切断し、後ろに続く男たちの頭も切っていきました。

 レンたち三人は知る由もありませんが、一連の動き終わるまで一秒もかかってはいません。

 ただレンとフカ次郎は、廃墟が立ち並ぶ住宅地の交差点で、頭をなでたり肩を揺すったりしてユウキを褒めるのでした。

 

*     *     *

 

 4月1日、正午。

 第二回スクワッド・ジャムのエントリーが締め切られました。参加表明チームは四十九で、内三つがシード枠。大会前日に予選があり、シード枠を除いた二十七チームを決めます。予選は中継されず、勝ち抜いたチームがどのような武装でどのようにして戦うかはまったく分かりません。

 シード枠に鎮座するのは、前回優勝者であるレンがいるチーム《LFY》。レンと同郷のゲーマーであるフカ次郎、チーム《MARIA》のメンバーユウキを加えたチームです。次に、前回準優勝のアマゾネス集団《SHINC》。安価な割には良い品質のロシア製銃火器で戦うチームです。スクワッド・ジャムに参加するチームのなかで一番迫力があるチームでもあります。最後に、前回三位の《MMTM》。MMTMとは《メメント・モリ》が略されたもので、その意味はラテン語で“自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな”。メンバー総合力は一番高く、特にリーダーはBoBの出場経験もあります。

 優勝するには当然、この三チームを撃破する必要がありますが、四十六チームはまず予選を通過する必要があります。そのため、三チームを倒す戦術を練るのはひとまずあと。

 三チームの一つ、LFYは現在レストランの個室に入って作戦会議をしていました。と言っても、ルールの確認をするだけですが。

 ルールブックを読んで、変更事項のチェック。今回から《サテライト・スキャン端末》で確認できるマップ上の白点をタッチすれば、対応するチーム名が表示されるようになりました。つまり、開始10分ですべてのチームの居場所が分かるということになります。この変更を、レンは大変喜びました。倒すべきチーム《PM4》の位置が10分で分かり、生きているか死んでいるかの確認もできるからです。

 個室は完全防音で、部屋の外に声や音が漏れることはありません。

 ふと、ユウキが呟きました。

 

「“ピトフーイとエムの死”――か」

 

 意味ありげに呟いたユウキが気になって、フカ次郎が聞きます。

 

「なにか思うところがおありで?」

「んー……そうだね」

 

 飲んでいたアイスティーをテーブルに置いて、困ったように言いました。

 

「どうして死にたいのかなって」

「それはー……分からんね」

 

 少女からの真面目な疑問に、いつもひょうきんなフカ次郎はふざけるのをやめました。

 

「私は別に死にたいなんて思ったことはないから、死にたい人が考えることは……何一つとして分からない」

「ボクもだよ。死にたいと思ったことなんて一回もないし、これからもないと思う。死にたい人の気持ちは、ボクも正直分からない」

「だよねぇ」

「……」

 

 いつになく真剣な話です。

 美優にしては珍しいな。話題がふざけていられない内容だからだろうけど、ちょっとレアだな。

 レンは黙って、二人の話を聞くことにしました。

 

「思ったんだけど、あの二人……別に死にたくはないんじゃないかな」

 

 ユウキがそんなことを言いました。

 死にたくはない。死を望んではいるが、死にたくない。

 

「ほほう。その心は?」

「意図的に死ぬのなら、相応の理由が必要だと思うんだ。自殺する人って、何かしら理由があるでしょ? 理由がなければ死ぬ必要はないからね。聞いた話だけど『死ぬ理由はないけれど、生きている理由もない』って遺書に書いて自殺した二人の女の子がいたんだって。死ぬ理由はないって言ってるけれど、でもそれも一つの理由になってる」

「……」

 

 ガンプを経由して、ユウキに助けを求めたレン――香蓮は、その約束をした直後に後悔しました。

 他人を、巻き込んでしまった。

 香蓮もユウキも、ピトフーイの異常性は知っています。ピトフーイちゃんは死に憧れているんだ、とはバイドの言葉ですが、脳に鮮明に焼き付いていて記憶から離れません。

 しかしエム――阿僧祇豪志からの依頼は、香蓮が解決しなくてはならないもの。無論そのつもりの香蓮ですが、一人だけでは戦力的に、そして精神的にも苦しいものがありました。だから美優に思いの丈をぶつけて、協力してもらっています。ですがユウキは、身内でのなんでもなく、あくまでネット上で知り合った一人のプレイヤーにすぎません。そんな深く関わりのない人を、このような深刻な問題に巻き込んでしまって、レンは深く後悔しました。幸いユウキは事情を受け入れてくれた上に、問題解決に積極的です。香蓮はこの問題が解決したら、どこかでユウキに謝ろうと決めています。

 

「じゃあ二人が――いや、ピトフーイが死にたい理由はなんだろう? 死に憧れているみたいだけど、()()()()()()ような理由ってあるのかな?」

「あ――」

 

 ここでレンは思い出しました。レンは、大事なことを伝え忘れていました。大事なこととは、ピトフーイが大きく狂い出す要因になったものです。

 

「ユウキ。これはピトさんの過去のことだから内密にしてほしいことなんだけれど……」

「過去……?」

 

 ユウキは訝しみます。人の過去は無闇矢鱈と話すものではありませんが、ここでは情報共有のために。フカ次郎には既に伝えてありますが、ユウキの口が軽くないことも加味して(実際どうかは分かりませんが、ユウキの性格から口が軽いなんてことはないだろうと思い)伝えておくことにしました。

 

「ソードアート・オンラインって知ってる?」

 

 ソードアート・オンライン。10000人ものプレイヤーがログアウト不可能になり、その状態が2年と数ヶ月続いた事件。ゲーム内での命と現実の命は同等となり、HP全損で現実でも死ぬという前代未聞の大事件。一連の事件はSAO事件と称され、ゲームクリアからそろそろ1年と5ヶ月を迎える今でも、度々ニュースやワイドショーなどで話題にあがっています。

 犯人は世界初のVRMMORPGを開発した、茅場晶彦。量子物理学者にしてSAOのゲームデザイナーの彼は、仮想世界に10000人を幽閉した世界で類を見ない犯罪者として、歴史にその名を残しました。

 ユウキはソードアート・オンラインと聞いて、ピクリと反応し、答えました。

 

「知ってるよ」

「ピトさんね、そのゲームのベータテスターだったんだ」

「へえ。そうなんだ」

「で、当然正式サービスが開始される日を待ち望んでたんだけれど、その日に丁度大事な仕事が入っちゃって。仕事の重要度からそっちを選ばざるを得なくなった」

「……」

「もともと……その、破壊的な衝動というか、死に憧れてはいたみたいなんだけれど、SAOにログインできなくて。それで、仕事を終えて家に帰ってきたら、あの有様になってた。ピトさんは」

「……」

 

 ユウキは黙ってなにも喋らず、レンの話を聞きます。

 

「ピトフーイがSAOにログインできていたとしたら、正義の名のもとにプレイヤーキラーを殺していただろうって、エムさんは言ってた。“SAO失敗者(ルーザー)”とも言い表してた」

「……」

「最近は落ち着いてたみたいだけど、第一回スクワッド・ジャムに出られなかった鬱憤で限界に達して、今回のことを起こした。SAOみたいに、自分だけデスゲームの状態でSJ2に挑むって」

「……止める手段は、レンによるピトフーイの殺害」

「そう。だから私は参加する」

「……うーん」

 

 ユウキは、腕を組んでうんうんと唸ります。その間、レンとフカ次郎は一言も話しませんでした。

 一分か二分経って、ユウキが腕を解きました。

 

「死にたいとは、思ってるのかもね。SAOにログインできなくて、死にたいって」

「……そっか」

「そのときの気持ちが今回のことに直接繫がっているかは分からない。どういう気持ちでスクワッド・ジャムに命をかけるかも分からない。けれど――()()()()()()()()()は見えた。あの人は本当に死にたいとは思っていないと思う。だからボクには理由じゃなくて、覚悟が見えた」

 

 本当に死にたいのなら、とっくの昔に死んでるよ。特にあの人なら、なんの迷いもなくね――と、ユウキはこの話を締めくくりました。

 

 

 

 2026年4月4日。土曜日。第二回スクワッド・ジャム開催当日。

 正午あたりから、日本のあちこちで、GGOの日本サーバーにダイブする人が増えてきました。

 

 

 東京の、タワーマンションの一室から、小比類巻香蓮が決意を固めてアミュスフィアを被りました。

 北海道の一軒家では、篠原美優が、食後のデザートのアイスを食べています。アミュスフィアを被るのは、もう少しあとになりそうです。

 都心の、高級マンションの一室から、《アイソレーション・タンク》――または《フローティング・タンク》と呼ばれる究極のリラクゼーション設備に入った男女二人が、ダイブしました。

 

 東京郊外。都心からずっと西にある町にある一軒家。一階では小さな喫茶店が営まれていて、町の人たちから憩いの場として親しまれています。

 実はこの喫茶店には変わった特色があります。それは、地下室の存在。

 LEDの白い光が照らす地下一階に、アーケードゲームが所狭しと置かれているのです。それらはいずれもレトロゲームの分類に入る古いもので、ジャンルは様々。

 ここでしかお目にかかれない絶滅寸前のゲームもあり、レトロゲーマーやファンの聖地にもなっています。

 喫茶店の二階はリビングや個室がある住居スペース。ここでは喫茶店のマスターの他、男性一人と少女が一人、暮らしています。

 

「こたちゃーん。行ってくるね―」

 

 薄紫のパジャマを着ている、手にアミュスフィアを持った少女が、階下にいるマスターに言いました。返答はありません。先ほど大学生らしき女性六人が来店してきたので、接客に勤しんでいることでしょう。

 自室に入り、片隅に敷かれた布団に横になります。枕元に置かれたノートパソコンとアミュスフィアをケーブルで接続し、頭に被ります。

 

「……」

 

 本来なら同居する男性と一緒にダイブするのですが、生憎仕事が入り、飛行機で海外へ。男性の職業は不規則です。帰宅できないほど入るときがあれば、月に一回だけ、なんてこともあります。

 まあ、しょうがないか。とっておきの()()()()をプレゼントしてもらった身で、我儘はいけないよね。うん、頑張ろう。できる。ボクなら、できる。

 少女は、魔法の言葉を紡ぎました。

 

「リンク……スタート!!」

 

 直後、意識は落ち、電子の海を泳ぎます。

 

 

 SJ2の大会本部は、前回に引き続き、SBCグロッケンにある大きな酒場です。

 参加プレイヤーは12時40分をめどに集合、12時50分に待機エリアへ転送されます。

 飛ばされたあとの10分間は準備時間で、参加プレイヤーはそこで武装や装備を実体化し、戦いに備えます。

 13時になると待機エリアから一斉にフィールドのどこかへ転送されます。その瞬間から、最後の一チームになるまでの、血も涙もない殺し合いが始まります。

 戦闘の映像は、運営が中継しています。小さなマーカーが空を飛び、白熱した戦いを良いアングルで捉え続けます。

 生中継を見たい観客や、殺されて脱落した参加プレイヤーは、酒やツマミを飲み食いしながら、その中継映像を好き勝手言いながら楽しみます。

 BoBにあるようなスポーツ賭博は行われません。なぜなら運営力の問題で、BoBほどシビアにチート等のズル行為をチェックすることができないから。

 代わりに『大会決着まで何発の銃弾が放たれるか予想』と『変態銃コンビがどんな変態銃を持ち込んでくるか予想』は再び行われていました。前者は再び盛り上がりを見せ、前回よりも多い数字がバシバシ投票されていきます。後者も一部で盛り上がって――いませんでした。そうです。ガンプとバイドが、今回のスクワッド・ジャムに参戦しないからです。

 

「え、それマジッ!?」

「ああ、ガンプの野郎が直接言ってたから間違いない。今回は自分とバイドは参加しないって、ハッキリとな」

 

 

 アフリカ系アバターのプレイヤーの話によると、フィールドでたまたま遭遇して絶望感に浸って物陰に隠れていたところ、

 

「ちょっとあんさん! スクワッド・ジャムって知ってる?」

 

 と話しかけてきたそうです。知ってるけどぉ!? と返したら、ガンプはこう言ったそうです。

 

「俺とバイド、次にやるスクワッド・ジャムには参加できないからさ、その手の奴らに広めといてくれよ!」

「その手って!?」

「スクワッド・ジャムに白熱する同志たち! あと変態銃マニア!」

「あ、ああはいはい!! 了解!!」

 

 勢いに任せてオーケーしてしまったそうです。この時点で攻撃してこないことに疑問を抱かないプレイヤーは、完全に油断していました。

 

「じゃ、よろしく!」

「はいはーい!! ……ギャー!!」

 

 直後に火炎瓶を投げられたそうです。その所為でサブアームの《FP-45》をロストしてしまいました。

 

 

「俺はあとから気づいたんだ。あの遭遇は偶然ではなく必然であることに。奴は最初からどこかで、俺のFP-45を狙っていたんだ。変態銃マニアであることをあのとき頭に入れておけば、俺はFP-45をロストせずに済んでいた……!」

「『偶然ではなく必然』って言い回しがなんか、どっかの小説家を彷彿とさせるな」

「西尾?」

「うん」

「そんなことはどうでもいい!! とにもかくにも、第二回スクワッド・ジャムにガンプとバイドは来ない!」

 

 二人の参戦を待ち望んでいた変態銃マニアたちはひどく落胆しました。SJ見る価値なし、とでも言うかのようです。

 しかし、そのなかの誰かが言いました。それは、変態銃マニアたちの希望の綱でした。

 

「え、じゃあ、あのフォトンソードとP90と変態機動で戦ってたあの娘は、参加するってこと?」

 

 その場にいた男たちは、一斉に顔を上げて叫びました。

 

「ああっ!?」

 

 その後、どんな変態銃を持ってくるかで、急な盛り上がりを見せました。

 

 変態銃マニアが集まっている酒場の片隅から離れたところでは、アジア系アバターの男二人が、とある三人組が個室に入っていく様子を見て、ボソボソ小声で話していました。

 

「……第三回BoBにいた、フォトンソード戦ってた奴だよな」

「確か、キリトって名前だったな。銃弾を叩き切ってた奴だ。隣は……シノン、だな」

「あと……誰だ?」

「さあな」

 

 参加するのなら、絶対面白くなるな、と二人は酒を一気飲みしました。

 

 個室に入っていった三人組は、期待を裏切ってしまうかもしれませんが、SJ2には参加しません。中継を楽しむ観客です。

 一人の男性と、二人の女性。

 栗色の髪の女性プレイヤーは男性プレイヤーの横に座り、もう一人の女性プレイヤーは向かいの席に座りました。

 男性プレイヤーはGGOにて、男だというのに少女然のアバターを手に入れてしまったプレイヤー、キリト。SAO事件解決の立役者であり、GGOで起こった死銃事件を解決するために奔走した若きプレイヤーです。銃の腕はからっきしなので、戦闘ではフォトンソードを使います。普通では視認できない飛んでくる銃弾に反応し、フォトンソードで叩き切る様子は、第三回バレット・オブ・バレッツの中継を見ていた人々とキリトに向けて引き金を引いたプレイヤーたちの度肝を抜きました。

 向かいに座るのは、シノン。GGOトップクラスの実力を持つプレイヤーです。メインアームはフランスのPGMプレシジョン社製《ヘカートⅡ》対物ライフル。12.7x99mm NATO弾――通称.50BMGと呼ばれる弾薬を使用します。これは、同社が展開するウルティマ・ラティオシリーズでは最大で、ギリシャ神話の女神“ヘカテー”の名を冠してます。アバターは、GGOでは珍しい美少女のそれで、シノンのファンを名乗るプレイヤーは少なくありません。

 キリトの横に座るのは、今日初めてGGOにダイブしたプレイヤー、アスナ。キリトの恋人です。SAO事件の際、キリトを献身的に支えた少女で、ギルド《血盟騎士団》の副団長を務めていました。ALOではウンディーネで、魔法で支援しつつ自身も前衛で戦うというなかなかできない戦闘スタイルを取っています。その勇ましき姿は、バーサクヒーラーの名に相応しいでしょう。しかし本人には不評のようです。

 この三人は、現実でも友人であるユウキに誘われて、SJ2の観戦をしに、そしてユウキを応援するためにGGOへダイブしました。

 BoBほどの大規模な大会になるとネットを通じ、現実世界や他のVRゲームでもリアルタイムで中継されますが、スクワッド・ジャムはそれには及ばず、リアルタイムで応援したいのならGGOにログインして、大会本部の酒場に集まるしかないのです。

 黒尽くめの装備のキリトが、アイスティーをテーブルに置き、言いました。

 

「それにしても、すごい盛り上がりだな。BoBの引けを取らないんじゃないか?」

「そうね。個人主催とは聞いていたけれど……思いの外集まってて、正直驚いてるわ」

 

 シノンが個室を仕切るカーテンの隙間から外をチラリと見て、キリトに返しました。

 

「……本当に男の人たちばっかりね。シノンの他に女性プレイヤーがいるのか疑いたくなるくらいに」

「ジャンルがジャンルだし、女の人が興味本位で遊ぶこともないだろうしな」

 

 アスナの驚きに、キリトが同調します。

 ガンゲイル・オンラインのジャンルは、VRMMOFPS。FPSとはファーストパーソン・シューターの略で、一人称視点のシューティングゲームを意味する言葉です。GGOは、銃火器を手に人を殺すことを良しとする、PK推奨のゲームなのです。

 日本には銃刀法があり、こと銃に関しては厳しく取り締まっています。特別な許可を得てない者が銃を所持することは許されず、また製造することも許されません。銃社会ではない日本において、銃というのは至ってマイナーな存在なのです。

 そんなマイナーな存在に憧れた日本人は、銃への欲求を満たすために、モデルガンを買って眺めたり、サバゲーをしたり、FPSゲームを遊んだりしました。なかには日本を飛び越え、外国で実銃を撃つことで欲求を満たす人もいます。

 耐え難い欲求をどうにかして解決しようと模索しているなか、生み出された仮想世界とフルダイブ技術。幾年か経過し、やっとのことで完成したFPSが、ガンゲイル・オンライン。《ザ・シード》を基礎に生み出されたこのゲームは従来のFPSとは違い、実銃を撃つのとまったく同じ感覚を味わうことができるのです。日本のガンマニアたちは皆、自分の手で銃が撃てる! と狂喜乱舞しました。

 日本において、銃に憧れるのは男性がほとんどです。科学技術が大きく発展した今の時代になっても、銃を好む女性はあまりおらず、希少な部類に入ります。FPSも同じです。嬉々としてFPSで遊ぶ女性プレイヤーは、珍しい存在です。

 ガンゲイル・オンラインも例外ではありません。プレイヤーは男性がほとんどで、女性プレイヤーはあまりお目にかかれないのです。

 

「ユウキは――まだ来てないのかしら?」

「あ、そういえば俺も、こっちじゃユウキとフレンドになってないな。どうだろう」

 

 男の喧騒に満ちた酒場全体を見渡し、アスナが口にしました。

 ALOからコンバートしてきて、GGOは今日が初めて。そのためGGOでのフレンド登録は済んでおらず、ユウキがどこにいるのか、そもそもオンラインなのかさえ把握することはできません。

 キリトもユウキとフレンドになっていないため、把握できません。

 

「ちょっと待って。今確認するから」

 

 GGOでユウキとフレンドになっているシノンは、左手でメニューを開き、フレンド欄を確認しました。

 シノンの数少ないフレンドのなかで、“Asuna”と“Kirito”と“Yuuki”にだけ、文字の横に“Online”とありました。Online――つまり、現在GGOにログインしていることを示しています。

 “Yuuki”の文字をタッチすることで、ユウキが今どこにいるのかが、地図上で教えてくれます。

 現在地を確認し、シノンはメニューを閉じました。

 

「ここから離れた場所にいるわ。こちらに向かって移動してるから、じきに来るでしょう」

「そっか。良かった」

「ユウキが来たら、フレンド登録しないとね」

 

 実はこのときから、当のユウキはある間抜けな事態に陥っているのですが、三人が知る由はありません。

 三人はしばらく、談笑を続けました。

 

 時間は少し流れ、12時45分。SJ2参加プレイヤーの集合時刻まで、あと5分。

 参加する男たちの少しの女たちは飲食を切り上げてきます。自然とピリピリした空気が、酒場を漂います。

 そんな闘志渦巻く酒場で、そんな空気を意に介さない集団が、片隅にいました。

 彼らは口々に言いました。

 

「まだか? まだ来ないのか?」

「前回優勝者の、ピンクのチビは、まだか?」

「えーっと、ユウキちゃん、だっけ? 来なくね? もしかしてガセ情報だった?」

「いやそんなはずはない。ガンプ本人が話していたし……」

 

 レンを待ち望むプレイヤーと、ユウキの参加を望むプレイヤーです。

 あと5分以内に酒場に入らなければ、遅刻で参加できません。

 

「おいおい、まだかよ……」

 

 アマゾネス集団のSHINCは、もう酒場の個室を陣取っていて、あとは転送を待つだけの状態です。

 個室のカーテンを割ってちょいと顔を出した銀髪ベリーショートのターニャが、心配そうに呟き、

 

「平常心だ」

 

 隣に座る肝っ玉母さんのローザに窘められました。

 

「…………」

 

 ボスは、ゴツい顔を微動だにせず、巌のようにそびえていました。

 3分が過ぎました。

 酒場に集まった参加プレイヤーの一人、一番の大男のエムが、嫌な汗を流しています。

 側にいるピトフーイの顔は変わらず、シニカルな笑みを浮かべていますが、内心どう思っているかエムには分かりません。

 頼む、来てくれ……。

 酒場の空気は、ピリピリと緊張感に張り詰めたものから、やばいやばいこれやばくねと別の意味の緊張に変わっていました。

 集合時刻まで、残り1分と50秒。

 

 

 あと少しで遅刻だというのに、前回優勝者のピンクのチビは一体何をやっているのでしょうか?

 

「うわぁ!? あと2分切ってる! 早くフカああああああ!」

「…………」

 

 焦っていました。なまら焦っていました。

 20分前には酒場に入るはずでした。分かりやすい町中で合流して、酒場に行く計画でした。

 しかし、三人が集まってさあ行こう、と歩き出すや否や、フカ次郎が消えました。神隠しに遭ったかのように、忽然と消えてしまったのです。GGOにテレポート機能はありません。ログアウトする素振りは見せていないため、アミュスフィアの安全装置による強制シャットダウンの他ありません。

 何分待っても戻ってこないフカ次郎に恐怖して、レンがメッセージを送ると、美優のスマートフォンから、こんな返事が。

 

『やっべー。アイス急いで食ってお腹ゴロゴーロ』

「はあああああああっ?」

「うわー……」

 

 シャットダウンされるかと思うほどレンは驚き、ユウキは冷汗をかいて切羽詰まった感覚を覚えました。

 その後、

 

『まだ?』

『今、まだ唸ってる―』

『まだああ?』

『今、お尻拭いてるー。うわ紙がきれたー!』

『いいからはやくしろおおおおおおおおおおおおお!』

 

 というやり取りが続きましたが、『よぉーし! ダイブするぜ!』のメッセージを堺に、美優からのメッセージがピタリと止みました。すぐダイブしてくるはずですが、しかしフカ次郎は依然として姿を表しません。

 フレンド欄を確認すると、フカ次郎はオフラインの状態にありました。つまり、現実でなんらかの問題が起こってダイブできていない、ということになります。それが通信エラーなのか美優自身に問題が発生したのか、レンやユウキには確認のしようがありません。ただただ脂汗を拭い、待つばかりです。

 その状態が続き、集合時刻まで、残り1分と30秒になりました。

 

「うわぁ! あと1分半!」

「……ちょっと待ってて!」

 

 隣りにいたユウキは、そう言い残していきなり酒場とは逆の方向へ走っていきました。

 ええっ? どうして!?

 その行動にレンは口をあんぐりと開けて驚愕し、悲痛を伴った声で問いました。

 

「なにしに行くのっ!?」

()、取ってくる!」

「足……!?」

 

 焦っていて物事を正常に考えられず、ユウキの言葉の意味を理解することができませんでした。

 ユウキが建物のなかに消え、焦りのなかに苛立ちがつのらせるレン。若干過呼吸気味になりながら12時49分を迎えようとしています。

 

「うあ、もう時間が――」

「ごめんっ!! お待たせえええええええいっ!」

 

 叫んで謝って姿を表したのは、諸悪の根源フカ次郎でした。

 遅すぎる登場にレンは思わず、

 

「遅おおおおおおおおい!!」

 

 と力一杯叫んでフカ次郎の頰を殴りました。平手で引っ叩くのではなく、グーで殴りました。

 

「ぶげっ!」

 

 右の拳は柔らかな左頰に食い込み、それに耐えきれずフカ次郎は変な声を漏らしました。

 フィールドではないのでHPが減ることはありませんし、人の生死がかかっているので、これくらいの制裁は許されてしかるべきでしょう。

 

「ご、ごめんてレン! すぐにログインしようとしたら『通信エラーのためサーバーに接続できません』って出たわけよ! やっぱ無線ってクソだわ! 今度から有線にするよっ!」

「言い訳はいいから!!」

「お待たせ――!!」

 

 先ほど酒場までの道の逆を走っていったユウキが、戻ってきました。

 足を取ってくる。そう言い残して建物に入っていったユウキは、あるものに跨っていました。

 それは全体的に錆びていて、ところどころ骨組みが剝き出しになっています。今にも壊れてしまいそうなそれを見てレンは、足の意味をやっと理解しました。

 

「乗り物!」

「おおっ!」

「後ろ、乗って! 早く!」

 

 レンとフカ次郎は促され、エンジンで揺れる車体の後部座席に飛び乗りました。三人乗りでも、三人とも小さなアバターだったので、座席のスペースには割と余裕があります。

 

「振り落とされないようにね! 行くよ!」

「うん!」

「しゃー! ぜってー間に合わしたるぞおおおおうおっ!」

「うわばっ!」

 

 振り落とされないように、レンはユウキのお腹に両腕を回してギュッと密着し、フカ次郎はレンのお腹に両腕を回して同じように隙間を余すことなくギュッと密着しました。

 フカ次郎が叫ぶと同時にエンジンが唸り、空回りするタイヤが砂埃を舞い上げ、跨る乗り物は急加速を始めました。

 目指すは酒場。集合時刻まで、残り50秒。

 

 

 時間のほんのちょっと戻して、酒場。

 

「もう1分切ってる! レンちゃんはまだか!?」

「……駄目だ! ピンクの欠片も見えない!」

「マジかよ、こんな間抜けな理由で脱落かよ……」

「やっぱユウキちゃん来なくないか? ていうか、ガンプはユウキちゃんは行くって言ってたのか?」

「いや、そうとは言ってなかったけど、文脈的に……」

「考え過ぎだったパターンか」

「あーあ、変態銃はなしか」

 

 男たちが大騒ぎしていました。

 前回優勝者であり、今回の優勝候補に一人であるあのピンクのチビが、集合時刻の1分前になっても酒場に来ないからです。

 酒場の入り口付近にはレンを今か今かと待つプレイヤーと、ユウキちゃんは本当に参加するのか? と疑問を抱く変態銃マニアで固まっていて、ギャイギャイ騒いでいます。レン待ちプレイヤーからは、焦りと悲しみに満ちた声が、変態銃マニアからは落胆の声が聞こえてきます。

 ピンクのウサギが来ない、という話は既に酒場全体に広まっています。先のスクワッド・ジャムの、レンとSHINCによるあのような熾烈な戦いを、ぜひともSJ2でもやってほしいと、いろんなプレイヤーが思っていました。

 あいつがいなければ、面白さは半減してしまう。あの戦いっぷりを知るプレイヤーの誰もが、そう思っていました。

 

「ねえホントに来ないレンが来ないよ来ない来ない来ないっ!」

 

 涙混じりに悲痛な声をあげるのは、SHINCのポイントマン、ターニャ。

 しきりに個室のカーテンから顔を出しては、レンがいないか確認しています。

 SHINCはSJ2でも、レンとの戦いを一番楽しみにしています。ですがレンがいないというのは本末転倒も甚だしく、SHINCの戦意にも関わります。

 ローザは嫌な汗をかいています。黒髪ショートのトーマは手を合わせてなにかブツブツ呟いています。金髪美女のアンナは両手で顔を覆っています。ドワーフを思わせるずんぐりむっくりなソフィーはテーブルに顔を伏せていまて、どんな表情をしているのか分かりません。

 ボスは平常心を保っていそうで保てておらず、足が上下に、小刻みに震えています。貧乏揺すりです。はしたないですが、そんなことは言っていられません。

 ライバルの脱落という最大の危機に、直面しているのですから。

 

 香蓮さん――……。

 大会が始まる前に発生した問題に、表情を一切変えることなく、全身から血が抜けていくような気持ち悪い感覚を認めながら、エムは思いました。

 レンが来なければ、ピトフーイは死に、自分も死ぬ。いや、自分はピトフーイに殺され、ピトフーイは自殺する。アイソレーション・タンクに閉じ込められたまま、飢え、脱水症状に陥り、肌はふやけ切れて、全身から血を流しながら死ぬ。怖いな、死ぬのは。でも、彼女が望んだ運命だから、自分もその運命をともに歩む。なぜなら、僕は彼女のことを愛しているからだ。

 ピトフーイも表情は変えず、酒場の扉をじっと見つめています。

 二人の運命が決まるまで、あと50秒。

 

 喧騒は、とある三人組にも伝わっていました。

 

「ユウキは? 今、どうなってるのっ? 止まったまま?」

 

 集合時刻まで、残り1分。

 焦ったようにアスナが、ユウキの現状が気になりシノンに問います。

 それは数分前のこと。ユウキの不自然な一時停止が長く続き、不審に思ったシノンはメッセージを送ることにしました。

 

『今、なにをしてるの?』

 

 メッセージの返答は、すぐに返ってきました。

 

『一緒に参加するチームメンバーが、リアルでトラブルに遭ってる。行くに行けないよー!』

 

 今回ユウキが所属するチームに、二人のメンバーがいることは知っています。なぜなら、ユウキ本人が言っていたから。

 やり取りは続きました。

 

『いつぐらいに酒場に着く?』

『まったく分からない! 最悪二人だけで酒場に行くよ』

『そう。アスナが心配してるから、早めにね』

『うん!』

 

 それっきり、ユウキからのメッセージはありません。

 あと少しで集合時刻を迎えます。

 アスナの問いに、シノンが目を見開いて答えました。

 

「――! こちらへの移動を再開したわ。動きが急に速くなったから、なにか乗り物を借りたみたいね」

「間に合う?」

「この速さだと……なんとか、ギリギリね」

「そう。間に合うのね……良かった」

 

 アスナは胸に手を当てて少しばかり安堵しました。キリトはなにも言わず、カーテンの向こう側に頭を出しています。酒場の外を観察しているのでしょうか。

 頭を引っ込めたキリトは、こんなことを言いました。

 

「酒場の一部に集まってるプレイヤーたちが、ユウキは来るか来ないかで騒いでるぞ」

「えっ?」

 

 てっきり酒場の外を観察しているとばかり思っていたので、キリトの言葉にアスナは驚きました。

 プレイヤーたちが? ユウキを話題に? 来るか来ないかで?

 疑問に、シノンが答えました。

 

「ほら。あの娘ってあの二人とスコードロンを組んでるじゃない」

「あの二人?」

「死銃をバギーで撥ね飛ばして、あっと言う間に倒してしまったあの」

「ああ、あの二人か!」

 

 第三回BoBで死銃と死闘を繰り広げたキリトには、思い当たる節があるようです。対し、現実のキリトの側で、中継映像でキリトを見守っていて、キリトだけを見ていたアスナには、その二人の印象は薄く、うまく思い出すことができません。

 

「またすごい奴らと組んでたんだな。知らなかった」

「でも二人ともリアルの都合が悪いみたいで、ここで知り合った別の二人と出るらしいわ。キリトが見た集団は、変態銃コンビが出ないことを誰かが広めて、じゃあスコードロンを組んでるユウキは? って状態になってるのでしょうね」

「ユウキが普段組んでる二人は、有名なの?」

 

 アスナの素朴な質問に、シノンは目を細くしました。

 

「GGOトップレベルのプレイヤーで、変態銃マニア。人気かどうかはさておいて、変態銃を駆使して戦う前代未聞の戦闘スタイルは、あの二人にしかできなくて、結構有名ね」

 

 

「うおおおおおお! はえええええええ!」

 

 風を切る音が耳元で唸るなか、フカ次郎が興奮して声を張り上げました。

 ユウキが運転し、その後ろにレンとフカ次郎が落ちないようにしがみついていますが、レンとフカ次郎は今現在乗っている乗り物を知りません。

 前輪が二つあり、後輪は一つ。バイクやバギーと同じような運転の仕方ですが、バイクやバギーとも違う乗り物。

 その謎の乗り物をユウキは自在に操り、落ちたら数十メートル転がって骨を折って頭を打って即死しそうなぐらい尋常じゃない速度で、グロッケンの街を走ります。道行く人々は、爆走する三人組に驚き道の端に避けます。一部の者はその様子スクリーンショットしていました。それをどうするかは、分かりません。

 景色がまたたく間に移り変わります。ネオンによってケバケバした街並みは、あまりの速さに線のように見え、すぐに視界の向こうへと行ってしまいます。

 

「うりゃあああっ!」

「うひぃ!」

「うほーいっ!」

 

 急ブレーキをかけてドリフトし、交差点の右へ。前へ後ろへ左へと、激しくGが襲ってきます。そしてまた、急加速。

 この巧みな運転技術は、スキルを取得したからでしょうか。それとも、現実でも乗れるからでしょうか。

 

「ねー! 今乗ってるのってなんてーのっ?」

「トライク! バイクじゃないよ!」

「三つ揃えて触ると願いが叶うやつか!」

 

 フカ次郎が、周りの騒音に負けないように大声で問うと、ユウキも大声で、進行方向だけを見て答えました。フカ次郎のボケは、風とエンジンの音で聞こえなかったことにしたようです。

 へえ、トライクって乗り物なんだ。バイクじゃないんだ。

 現実では乗ったことがない乗り物に、レンは理解を示しました。

 

「前輪が二つだからこれは逆トライク! 右ハンドルをひねればアクセル、左ハンドルにあるボタンでギアチェンジ! 右足のペダルで全体のブレーキ!」

「おおー! クラッチ操作が面倒じゃなくていいね! 便利だっ!」

 

 レンはバイクの造詣が深いわけではないためあまり知りませんが、フカ次郎によれば便利だそうな。

 

「あと何秒!?」

 

 ユウキが大声で質問しました。

 12時50分まで、あと何秒か。視界の端にある時刻表示には秒が表記されておらず、腕時計で確認しなければ分かりません。

 なにかの拍子に手が滑って、フカ次郎を道連れに落ちるのが怖いですが、レンは意を決して腕をほどき、腕時計を見ました。逆の腕は、ユウキの華奢なお腹をガッチリとホールドしています。

 

「あと、10秒――!」

「見えてきたよ、酒場っ!」

 

 集合時刻まで、残り10秒。

 

 

 酒場は、そこにいるプレイヤーは、阿鼻叫喚の渦にいました。

 

「駄目だぁ……もうおしまいだぁ」

「まだだ! 諦めるな! 来るかもしれないだろ!」

「かもだろおおお!? もう10秒切ったよおおお」

「レエエエエエエン! 早くこおおおおおおおおい!」

 

 酒場の扉付近には、レンを待ち望むプレイヤーでごった返していて、その中に混ざってボスを除いたSHINCのメンバーもいます。

 MMTMはまったく騒いでいませんが「熱戦を繰り広げる予定だったんだけどなぁ」と誰かが呟いていました。

 ピトフーイはというと、いくらピトフーイといえど流石に焦っているのか、漂わせていた余裕のオーラは一切合切搔き消え、テーブルに頰杖をついて、歯ぎしりをして、苦虫を潰したような顔で酒場の扉を見つめています。

 エムも同じです。が、内心ではなにも考えずにいました。運命に身を委ねきっていました。悟りを開こうとしていました。

 誰もが、ピンクのチビは遅刻で脱落だと思った、その時。

 

「おいっ! なにかが走ってくるぞ!!」

 

 誰かが叫び、酒場にいるプレイヤーほぼ全員が、ガラス扉の向こうを見ました。

 エンジン音を轟かせて、道のど真ん中を走ってきます。

 酒場目掛けて、真っ直ぐに走ってきます。

 

「なんじゃありゃ!? バギーかっ!?」

「いや違う! 三輪バイクじゃないか!?」

「いやつーか、もしかしてあれって……」

 

 残り5秒。

 ぼんやりとしか分からなかった形が、しっかりと見えるようになりました。

 見たこともない乗り物のハンドルを握っているのは、紫色の髪を靡かせた少女でした。

 その姿は、すぐに大きくなっていきます。

 

「ユウキだっ! ユウキちゃんだっ!」

「レンちゃんも一緒だ! 後ろに乗ってるぞおおお!」

「扉を開けろ! あのまま突っ込む気だ!」

 

 その言葉に反応したプレイヤー、SHINCのターニャと誰かが、いくつもある扉のうち、突っ込んできそうなルートの扉を急いで開けました。

 直後、バガッ! と激しい衝突音と振動がその場にいたプレイヤーを襲い、扉の向こうからトライクに乗った三人が飛び込んできました。

 

 

「あと5秒っ!」

「よっしゃあ! 間に合うぞ!!」

「このまま突っ込むよ、構えて!」

「えっ!? 前階段」

「それっ!」

「うげぁ!?」

 

 残り1秒。

 時速100キロを超えたトライクは階段に乗り上げ、反作用に任せて開かれた扉に飛び込んでいきました。

 酒場にいるプレイヤーは皆、飛んできたトライクに注目します。

 トライクはひっくり返ってを地面に落ち、回転して破片を全方位に撒き散らしました。壁に当たってようやく動きを止めると、耐久値が一気になくなったのか、粒子となって消えてしまいました。酒場は破壊不能オブジェクトのため、傷一つ付いていません。

 そして、三人の姿は、どこにもありません。

 

 

 酒場は、沈黙に包まれました。

 たっぷり5秒、その状態が続いて、誰かが震えた声を漏らしました。

 

「レンちゃん、間に合った」

 

 それを皮切りに、一気に歓声が上がりました。

 

「間に合った、間に合ったぞお!」

「よっしゃあ! 俺のレンちゃんが来たぞおおおっ!」

「うんお前のではないけどなっ?」

「ユウキちゃんが参戦だ!」

「なんだあの運転テクッ!? ちらっと見えたがドリフトしてたぞ!」

「レンのほかに新しい相棒もいたぞ! 変態銃が来るぞこれはっ!」

 

 好き勝手言って、喜びました。大会が始まってすらいないのに、この喜びようです。

 とにかく、SJ2参加チーム、一切の抜けなく出場です。

 

 

「間に合ったわね、よかったぁ」

 

 アスナが、頰を緩ませて安堵しました。

 

「よかったなアスナ。間に合って」

「うんっ!」

「残り1秒って……本当にギリギリだったわね」

 

 シノンが冷汗を拭いました。

 残り1秒で、《LFY》は飛び込んできました。シノンの予測通り、ギリギリの残り1秒。

 息苦しさを覚えました。心臓の鼓動が速くなっているのでしょうか。

 大会が始まる前に、心臓が悪いことこの上ないわ……。

 左胸に手を当てて、息を吐きました。

 

*     *     *

 

『待機時間 09:57』

 

 カウントダウンのダイアログ。一秒ごとに減っていく大きな数字を目の前にして、レンは呆然、ユウキは安心、フカ次郎は拳を突き上げました。

 

「ま、間に合った……」

「うん、間に合ったね」

「間に合ったぞおお!」

 

 LFYは、無事に待機エリアに転送されたのです。

 誰一人として欠かすことなく、SJ2に、参加できます。

 

「そっかぁ……だあー、はあぁー……」

 

 極度の緊張状態から解放されたレンは、変なため息を吐いて、天を仰ぎました。

 

「よかったぁ、本当によかったぁ……」

 

 レンは大会が始まる前に、一戦や二戦交えた気分でした。

 薄暗く狭い待機エリアに地面に、大の字になったレンはひたすら安堵の声を漏らしています。

 

「ユウキ、ありがとう」

 

 酒場に間に合ったのは、トライクで酒場に向かったからです。

 ユウキの機転を利かせた行動がなければ、LFYは今頃、グロッケンの道のど真ん中で絶望していたことでしょう。

 これをもって、レンから見たユウキは、友人から恩人へと変わりました。

 

「いいよいいよ、気にしないで。困ったときは助け合わないと!」

 

 その言葉は、レンにとってとても頼りになりました。 救いの手を差し伸べる女神のようにも見えます。

 ユウキの行動を無駄にしないためにも、絶対にピトさんを殺さないと――!

 レンの決意は、より頑丈なものへと変化していきます。

 

「さて、と」

 

 ユウキはメニューを開いて、装備を始めました。あらかじめ設定しておけばボタン一つで装備を終えられるのですが、ユウキ設定していないようで、ストレージから武器やアイテムを一つ一つ取り出していきます。

 メインアームは二つ。光剣《ムラマサF9》とP90。右手で切って、左手で撃ちます。

 左腿のホルスターに、サブアームのベレッタ社製《93R》マシンピストル。ダブルカラムマガジンで、装弾数は20発。かつてテロや誘拐犯が凶悪化していたイタリアでは、要人警護のためにアサルトライフルや短機関銃を装備する必要がありました。しかし社会的なイメージを崩しかねないとして重装備を避けたがる要人がおり、そんな人のため1977年に開発されたのが、93Rです。拳銃でありながら、3点バーストでの射撃が可能で、高い制圧力を誇ります。また、折りたたみ式のストックを取り付けることができ、精密な射撃が行うことができます。今日は、持ってきていません。

 サブアームとして採用した93Rですが、どちらかというと最後の手段の意味合いが強く、ユウキ自身は使わないつもりでいます。そのため、予備マガジンは一本。合計40発。

 右腿のポーチに、P90の予備マガジンを三本。1マガジン50発なので、合計200発。P90は主に牽制のために使用し、敵を殺すのにはフォトンソードを使います。レンのようにP90を主体にして戦うのであれば心許ない弾薬の数ですが、そうではないので十分でしょう。

 ストレージには双眼鏡も入っています。敵の発見に役立ってくれることでしょう。

 そして、参加者のストレージに自動で配られる《救急治療キット》が三本。左腕のポーチに収納しました。

 

「装備は、フォトンソードとP90、93R。グレネード系は持ってきてない」

「私も持ってきてない。ピーちゃんと予備マガジン15本で、全部で800発。あとナイフ」

「グレランの右太と左子! 弾はいっぱい!」

「頼もしいね。ボク、こんなに尖ったチームはほかにないと思うよ」

 

 と言いつつユウキ、フォトンソードのダイヤルを回して光の刃を出し、ヴォンヴォンと音を立てて素振りしていました。

 一番尖ってるのはユウキだと思うけどなぁ。戦い方とか。

 苦笑しながらレンは、P90の装填ハンドルを引いて薬室に一発目を装填しました。鉄の乾いた音が、薄い暗闇に響きます。

 

「ガンちゃんとバイちゃんがいたらもっと尖ってただろうけどなー」

 

 そう言ったのはフカ次郎です。フカ次郎は変態銃コンビのことを、親しみを込めてちゃん付けで呼んでいます。

 一名、某ダンス&ボーカルグループのメンバーの愛称とダダ被りですが、本人とはなんの関係もありません。仕事で踊りませんし歌いませんので。

 

「仕事だからしょうがないよ」

「でもさー、私はあのデッケーやつの的確な掩護がすごく助かるんだよね。レンもそうじゃろ?」

「デッケーやつって、えーっと確か対物ライフルの……」

「なんだっけ?」

「うーん、いつも使う銃が違うから、ボクも完全に把握できてないなぁ」

「そっかー。でもあれ、航空機関砲の銃弾使うやつはすごかった! なんだあれ」

「あれは確か……」

 

 しばらく変態銃のあれやこれを話していくうちに、時間は流れていき、あっと言う間に残り1分。

 

「そういえば、ピトさんたちのチームって何人なんじゃろ?」

 

 不意にフカ次郎が疑問を投げかけました。

 

「え、それは、ピトさんと、エムさんじゃないの?」

 

 とレンが答えます。

 しかしフカ次郎とユウキは、それに肯定を示しませんでした。

 

「……え? え?」

「酒場に入った瞬間に飛ばされて、確認できなかったね。正直ピトフーイとエムの二人じゃ優勝は厳しいと思うし……ほかにメンバーがいると思う」

「わしもそう思うわい。あの二人、特にピトさんはなにを考えてるのか分かんないしのう」

 

 たらーっと、額からにじみ出た汗が、こめかみを伝って、頰を通り、顎から落ちていくような気がしました。

 ピトフーイの思惑を阻止するには、レンがピトフーイを殺す方法が、一番手っ取り早いです。

 しかし、レンやフカ次郎、ユウキは、PM4にはピトフーイとエムがいる、ということしか知りません。どこかから四人を集めたかもしれませんし、最初から二人で挑むかもしれません。

 どっちにしろ、好ましい状況とは言えませんでした。

 

「うぐ、ぐぐ」

「まあ、落ち着こうやレン。問題山積みであることに変わりはない。山に塵が一つ増えただけじゃないか。些細なことだよ」

「全然些細じゃないような」

「くうううう……クソォ」

「あ、そうだ」

 

 うめいているレンの横で、ユウキはP90を持ちっぱなしのままメニューを開き、ストレージからアイテムを取り出しました。

 それは空中で具現化するとふわっと宙を浮いて、重力に従って地面に落ちました。

 

「……なにそれ?」

「秘密兵器。これを使えば、どうにかなると思う」

「秘密兵器?」

「おおっ! 秘密兵器!」

 

 秘密兵器、という言葉にレンは首を傾げ、フカ次郎は目を輝かせました。

 ユウキは、刃をしまったフォトンソードを腰のベルトに下げ、秘密兵器と呼んだものを拾い上げました。

 それは一応迷彩柄の、フード付きマントでした。どの種類の迷彩なのか判別できないほどの黒い色をしています。全体的に、光が反射してテラテラと光っています。

 羽織って首元のボタンを締めたユウキは、じゃーんと二人に見せました。

 

「……で、どういう効果なのん?」

「これを着て、こう――」

 

 フカ次郎が質問し、ユウキが答える前に、三人は白い光に包まれて飛ばされました。

 13時。

 第二回スクワッド・ジャムが始まります。

 

 

 

「PM4、南東50メートルの位置から偵察中」

「了解。変わりはない?」

「北西に向かって下山してる。一番近くの《KKHC》を狙ってるのかも。尾行してみる」

 

 13時53分。ユウキは双眼鏡越しに、PM4の姿を捉えました。

 PM4が居座るのは、フィールド南東にそびえる岩山。ユウキは全員が観察できるよう、PM4がいる場所から50メートル上にいます。大胆にも岩陰に隠れることなく、堂々と双眼鏡を覗いています。

 距離は、PM4から北西に100メートル。わずか100メートルです。GGOでは、もう交戦していてもおかしくない距離にあります。

 なぜユウキは、そこで双眼鏡を握っているのか。発見されて当然の距離で、なぜ戦いが始まらないのか。そもそも、どうしてユウキは岩山にいるのか。

 それは、一回目のサテライト・スキャンが発端です。

 

 

 13時10分。最初のサテライト・スキャンで示された場所は、レンにとって信じがたいものでした。

 LFYは、北西。北西から南西を占める広い市街地の角です。北東の雪山、城壁角にはMMTM。南西の角、ちょうどレンたちとは真南の位置に、SHINC。

 そしてPM4はというと――、

 

「南東の山、フィールドの角」

「“午後4時”だ! いっちばん右下!」

 

 二人の声が耳に届きました。

 

「な……、なんてこった……」

 

 レンがそう呟きました。

 LFYがいるのは北西の角で、PM4がいるのは南東の角。

 これはシード枠、つまり優勝候補は四隅に散らすというのは運営による采配でしょう。

 しかしこの配置。この悲運に耐えきれず、レンは曇天を見上げて悲憤慷慨しました。

 

「どうして……ピトさん……運営……、ザスカーアアアアアア!!」

「ストップストップ。こんなことで嘆いてたらキリがないよ」

 

 ユウキがレンの肩を叩きます。

 

「レン! 簡単なことだよ。ボクたちを攻撃する敵は叩いて潰せばいい。そうすればいずれ、ピトフーイが最後に残る」

「おおっ、見敵必殺(サーチアンドデストロイ)ですな! 見敵必殺!」

「そう。ね、レン! ここまで来たし、やるしかないよ!」

「……そう、だね。そう、そうだよ」

 

 ならばやることは一つ!

 レンは強引に気持ちを切り替えると、持っていたサテライト・スキャン端末を胸ポケットにしまって、声高らかに宣言しました。

 

「移動方向は南東! 進撃の邪魔になる奴らは一つずつ潰すよ!」

「はーい。じゃあボクは敵情を偵察してくる」

「え?」

 

 いざ南東へ! というタイミングで、ユウキがそんなことを言うのです。

 

「え? なんで? 今のってみんなで敵をバッタバッタ倒して進んでいく展開じゃ……」

「ほら、この秘密兵器」

「ああ……そのポンチョ。いや、マント?」

 

 ユウキが来ている、黒色のマント。光が反射して鈍く光っている、不思議なマントです。

 待機エリアでそれを装備したユウキ。秘密兵器と嘯いていますが、見た目はマントそのものです。ユウキが効果を見せようとして、その前にフィールドに転送され、それどこではなくなったことを思い出しました。

 

「見ててね」

 

 そう言うので、レンとフカ次郎はユウキに注目しました。

 一瞬間があって、二人は己の目を疑うのです。

 

「ええええっ!?」

「おおおおっ!!」

 

 目を見開きました。目をこすりました。ですがこれは、自分の目で見ているものであり、ゲームのバグでもなんでもありません。

 二人が見ているもの。

 それは、ユウキの後ろの風景です。

 ユウキは、一歩たりとも動いていません。

 二人は、口を揃えて言いました。

 

「ユウキが消えたっ!」

 

 

 秘密兵器――それは、装甲表面で光そのものを滑らせ、自身を不可視化する摩訶不思議なマント。

 《メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)》。それが、マントの名前です。

 第三回BoBで、あるプレイヤーによってその存在が証明され、それを欲するプレイヤーはこぞってボスモンスターに挑みました。しかし、レアな銃火器はドロップしたものの、当の迷彩はドロップしませんでした。

 しかしあるとき、某変態銃マニアが言いました。

 

「透明マントほしい!」

 

 そんな声に賛同した仲間の変態銃マニアが一人。合計二人で、透明マントを求めて戦いを始めました。

 挑むのは、透明マントがドロップする可能性が高いと噂されている、超高レベルのボスモンスター。自身を不可視化する能力を持つ、非常に厄介なエネミーです。

 戦いは、熾烈を極めました。変態銃のなかにはまともに戦えるものもありますので、二人はまともに戦える変態銃で挑んだのですが――透明マントがドロップするまで、およそ一週間の時間を要しました。

 特に、敵の圧倒的な攻撃力に二人は驚かされました。一撃喰らえば、最古参の二人も即死しました。ボスモンスターの行動パターンは複雑怪奇で、判別に多くの時間が必要になりました。

 ドロップする可能性が高い、というのはあくまでも噂にすぎず、確証がありません。もしかしたらこのモンスターからはドロップしないのかもしれない。そんな不安が渦巻くなかでの戦いとなったのです。

 しかし、二人は信じて疑いませんでした。

 こいつから、透明マントがドロップする。

 諦めずに戦い続け、ようやくボスを一体倒しました。

 ドロップ品を確かめると――《メタマテリアル光歪曲迷彩》がありました。

 

 

 そんな超レアアイテムを、なぜユウキが持っているのかというと、貸してくれたからです。

 SJ2に参加することになり、装備をどうするか考えていました。するとそこに変態銃マニアが、

 

「これ、使いな」

 

 と軽い口調で言って、透明マントを渡してきました。

 通常のフィールドと違い、アイテムのロストを心配する必要がないため、ユウキは喜んで受け取りました。

 そして、いろいろあって敵の情報を確認できなかったため、せめてPM4の情報だけでも抜き取ろうと、透明マントを使用した偵察を提案したのです。

 

 

 北西の角から南東の角まで、直線距離にしておよそ14キロ。

 PM4を偵察するためには、14キロという長い距離を移動しなくてはなりません。

 道中で敵が邪魔してくることもあるでしょう。それでなくても全力疾走は目立ちます。

 しかし透明マントがあれば、敵が邪魔してくることもありませんし、誰にも見つかることなく全力疾走ができます。

 情報不足は、敗北に繫がる大きな材料なんだ――という言葉を思い出し、レンはユウキに指示しました。

 

「じゃあ、ユウキはPM4を偵察してきて! 倒せそうな敵がいても全部無視! PM4を第一に!」

「了解。行ってきまーす」

 

 透明なユウキは、二人からは見えないですが手を振りました。

 

「いってらっさーい! 生きて帰ってこーい!」

 

 ユウキは姿を消し、14キロに及ぶ道のりを走り始めました。邪魔になるため、P90をストレージにしまい、フォトンソードをベルトを通す紐に下げています。

 町を抜け、ドームを疾走し、草原を駆けました。有益な情報はチームに教え、ひたすら走りました。

 一回も休むことなく走ること、35分。PM4がいる岩山に入り、走るのをやめ、見つからないようにできるだけ音を立てずにゆっくり歩きます。

 見つからないように歩いていますが、山では銃声と男の叫び声でごった返して、どんちゃん騒ぎ。それほど気にする必要はないようです。

 それから5分経過。

 

「……」

 

 前方から女性の声が聞こえてきました。わざわざ隠れる必要はないですが、接触してバレたくはないので、道の端に寄り、息を殺しました。

 

「この道はハイキングコースになってたのかしらね? 岩山を削るなんて大きな仕事よねぇ」

 

 一方的な会話を楽しみながら山を下ってきたのは、濃紺のつなぎを着た、褐色の肌で頰に煉瓦色のタトゥーを施した、ポニーテールの女。

 ピトフーイです。

 以前ガンプが、ピトフーイのことをこんなふうに言い表していました。

 

「周りからは社会不適合者だと思われているが、そうじゃない。あいつは人間不適合者だ」

 

 どういうことかと聞き返すと、ガンプはドクターペッパーっぽい飲み物片手に言いました。

 

「このゲームを継続して遊べているってことはそれなりの経済力は持っているわけで、働いている。働いているということは、社会に適合している。社会性があるっていうわけだ。でもタナトスやらデストルドーやら、わけわからん欲求を持っている。つまりピトフーイは、理性と欲求がごっちゃごちゃになって狂ってる状態にあるのさ。人間じゃなかったらよかったな、あいつ。欲求のままに動けるからさ。人間に生まれた時点で、運の尽きだよ。悲しいことだよ。ある種、あいつがこの世で一番可哀想なのかもしれないな」

 

 自身を社会不適合者と認めるガンプの言葉には、妙な説得力がありました。

 親が心中しても、笑い飛ばしただけあります。

 

「……」

 

 目の前、わずか1メートルを横切りました。

 ユウキには、気づいていません。

 後ろから、M14-EBRを持ったエムが歩いてきました。装備はSJの中継で見たときと変わりはないようです。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 さらに後ろから、四人の男が歩いてきました。

 一人は小柄。165センチよりかは上の身長です。

 一人は大柄。エムほどではありませんが、180センチはある筋肉質な男です。

 一人は細身。170センチぐらいで、手足が棒のように細く、ひょろひょろとしています。

 一人は肥満。腹が出ていて、だらしないです。

 四人とも、迷彩覆面とゴーグルを着けていて、顔をすっぽりと覆っています。顔を見られてはいけない理由があるのでしょうか。

 ユウキは、四人の武装を見て、判別します。

 小柄な人は、多分ショットガン。名前までは分からないけど、アサルトライフルの銃口は、あんなに大きくない。大柄な人は、マシンガン。MG42かな? サプレッサーが取り付けられてるね、要注意。細い人は……なにも持ってない? なにか、大きな武器を運んでるのかな。対物ライフルとか。最後は、スナイパーライフル。うーん、分かんないな。

 

「……」

 

 PM4が歩いていき十分距離が空いたところで、ユウキは山道を外れ、道なき道を走りだします。上から偵察するため、PM4全員が見やすい場所を探します。

 その間、ユウキはPM4の情報を、今か今かと待っているであろうレンとフカ次郎に伝えます。

 

「今大丈夫?」

「あ、着いた?」

「PM4、今さっきボクの目の前を歩いていったよ」

「目の前っ!? ああ、そうか透明なのか。それで、どうだった?」

 

 岩を、クレバス状の部分を飛び越えつつ、岩山を登りながら敵情を報告します。

 

「まずメンバー。ピトフーイとエムのほかに――」

 

 

 13時58分。PM4は山の麓にいました。畑と林が混在するエリアです。

 

「……」

 

 ユウキは、50メートル離れた位置にいました。双眼鏡を使って、同じように観察しています。

 現在、PM4はあるチームと話しています。男4人と、女1人のチーム《KKHC》です。KKHCの五人は、武器を持っていません。警戒心を抱かせないよう、ストレージにしまっているのでしょうか。

 《聞き耳》スキルはありませんので、なにを話しているか分かりません。恐らく、PM4に同盟を提案しているのでしょう。

 

「あーダメダメダメ、今すぐ逃げてー……」

「……どうしたの?」

 

 ユウキの小さな独り言は、最適化されてレンの耳に届きました。

 

「KKHCがPM4に同盟を提案してる、と思う」

「え、無理でしょ」

「……ピトフーイのことを知らないのかも」

「あああ……うわぁ……、ご愁傷さま」

 

 と言って心のなかで合掌したレンでした。

 それからすぐに、PM4から離れてゆくKKHCに対して、ピトフーイが拳銃を撃ちまくりました。

 次のスキャンまで撃たない約束でもしたのでしょう。しかしそんな口約束、ピトフーイという女には通用しなかったようです。

 背を向けるKKHCの面々に容赦のない、えげつない銃撃をかますピトフーイを見て、ユウキはポツリと呟くのでした。

 

「あのキャラはリアルもなのかな」

 

 

 14時。六回目のスキャンが終わった直後に、ある作戦が決行されました。

 “お菓子作戦”です。

 畑と草原が混在した山の麓にいるPM4を倒すべく、タッグを組んだLFYとSHINCの協同作戦です。

 まず、SHINCが南西からジリジリと距離を詰め、注意を向けさせます。その後突撃し、任意のタイミングで突撃をやめ、《PTRD1941》対戦車ライフルを用い、エムの盾を攻撃。盾の防御が剝がれたところで、再度突撃。14時09分30秒のタイミングでボスが知らせ、フカ次郎はレンからPM4までの道のりにピンクのスモークグレネードを撃ち、レン専用の煙幕ロードを作ります。そして、PM4から北に500メートルの地点まで詰めていたレンが、突撃。一気に走り、ピトフーイを殺す。というような作戦です。

 作戦の概要を聞いたとき、ユウキは思いました。

 偵察はボクが買って出たことだけど、暇だなー。

 PM4を叩く作戦は、ユウキ抜きで成り立っていました。現在地の関係や戦闘スタイルから、作戦にどう組み込めばいいか迷うのも無理はありません。しかしユウキは手持ち無沙汰となり、レンやSHINCが戦っている間は、岩に腰掛け足をぶらぶらしながら双眼鏡を覗いているだけでしょう。

 

「……よし」

 

 六回目のスキャンが終わったあと、瞬時に目標を決めました。実質ソロ状態のユウキが立てた目標。それには、今使っている装備が本領を発揮することになります。

 双眼鏡をストレージにしまい、岩から立ち、山を下り始めました。上りのときとは違い敵を気にする必要がないので、走って。飛び降りたりもしました。

 

 

 14時10分。ユウキがいるのは、草原の中心にあるログハウスから西に900メートルの位置。

 もちろん不可視化は、解いていません。

 ユウキは、地面に手をついていました。

 

「やっぱりずるいよね……これ」

 

 当初、丘陵地帯にいるであろう目標MMTMを、不可視の状態から急に現れて、バッサバッサと切り倒してしまおうと計画していました。

 しかし「そんな卑怯な手でいいの?」と問いかけてくる己の良心に耐えきれず、西に500メートル走ったところで急ブレーキをかけ、自己嫌悪に陥ったのです。

 右手に握ったムラマサF9が、確固たる証拠です。周りからは見えませんが。

 ダイヤルは回しません。回した瞬間、使用者が攻撃しているとシステムが判断し、不可視化を解除するからです。

 あああ……ボクは悪い……悪い子だ……ガンプの所為でこういう作戦だけすぐに浮かんでくる……。

 どこぞの変態銃マニアに飛び火していますが、自己嫌悪でどうにかなりそうになっていたとき、遠方からなにかの音が聞こえました。

 

「――っ」

 

 それは時間がたつに連れて、ハッキリと聞こえるようになりました。

 エンジン音です。

 認めたユウキはすぐにストレージから双眼鏡を取り出し、音が聞こえるドーム方面を見ました。

 三台の車両が、500メートル西から向かってきます。

 車は、米軍などが採用している軍用車両、《ハンヴィー》です。全長5メートル弱、全幅は2メートル以上。防弾装甲板がゴテゴテと取り付けた“M1114”と呼ばれるタイプです。

 丸く空いているルーフの上には、《M2》50口径重機関銃を据え付けるためのラックと、その射手を守る防弾板があります。しかしM2は付いていません。プレイヤーに新たな武器を与えるわけにはいきませんので。

 三台のハンヴィーは20メートルほどの間隔で斜め一列に並んで、土埃をたなびかせながら、荒れ地をものともせずに猛スピードで走り続けます。

 フロントガラスから見える操縦者と助手席に座る男を見て、ユウキは確信を持って言いました。

 

「MMTM……!」

 

 急激に迫るハンヴィー。乗っているのは、優勝候補の一つ、MMTMです。

 無線で、すぐに報告します。

 

「聞こえる?」

「聞こえまー」

「聞こえてるよ! MMTMがどうしたのって、まさか……」

 

 無線を通じて応答を呼びかけると、すぐに二人から返ってきました。

 レンの質問に、ユウキは答えました。

 

「西からMMTMが、角張った車三台でログハウスに迫ってきてる。ログハウスからの距離は1000もない」

「あああああ!? どれくらいで」

「すぐ着くよ。もう見えると思う」

「あっ見えた! くそおおお! またお前らかあああ! じゃますんなあああああ!」

「邪魔かぁ。じゃあ、ボクが止めるよ」

「あああ――え? え、ていうか今どこに」

 

 レンの疑問が耳に届く前にユウキは草原を思いっきり踏ん張り、斜め上に跳びました。

 視界の下を、サンドイエローの装甲車が通り過ぎようとしています。

 

 

 バンッ! という音を聞き、瞬時に反応したMMTMのリーダーデヴィッドは、助手席から後ろに愛銃《STM-556》を向けました。

 誰もいませんでした。

 ルーフを見ますが、誰かが入ってきたり、覗いているわけではなさそうです。

 

「なんの音だ……?」

「対物ライフルの狙撃?」

 

 《SCAR-L》使いで、MMTMのなかでは新参者のサモンは、右の助手席に座るデヴィッドに聞きます。

 

「対物なら今頃貫かれている。それに音は、上からだ。ルーフを出て確認してみる。速度は落とすなよ」

「了解」

 

 ルーフから顔を出すためデヴィッドが助手席を離れようとしたとき。

 ヴォン、という聞き慣れない音が耳元で響きました。

 そして、ルーフの真下にしゃがんでいる、黒い迷彩に身を包んだ少女と、目が合いました。

 

「なっ――」

 

 銃口を向ける間もなく、光が頭を横に切り落としました。

 

 

「ユウキ、全然映らないな」

 

 キリトが、頰杖をついて言います。

 SJ2が始まって、ユウキが中継映像に現れたのは、岩山でのほんの数秒だけ。PM4が不可視化状態のユウキの前を横切るところです。

 そこから戦闘状態に入ると思いきや、ユウキは攻撃に移らず、PM4とは逆の道を進みだしました。運営は、戦闘は起きないと判断し、カメラを移動させたのでした。

 

「隠れている映像を延々と撮っていたら、観客は文句しか言わないわよ」

「それもそうか」

「……あ」

 

 キリトが3杯目のアイスティーに口をつけたタイミングで、アスナが声を漏らしました。視線は、中継映像を流すディスプレイにあります。

 

「見て、ユウキが映ってる」

「お? おっ! 本当だ」

「不可視化は……解除していないようね」

 

 アングルはユウキの右2メートル。口が動いているので無線を通じて話している様子が見て取れますが、音声がないので内容までは分かりません。

 ユウキに近いアングルは、急に上昇し、上空からのアングルになりました。

 上から、三台の車両が走ってきます。

 

「まさか、フォトンソードで車ごと?」

「それでも一台が精一杯。これは……ハンヴィーかしら。装甲車だから、銃は通用しないと思うわ」

「頑張れ、ユウキ! 倒しちゃえ!」

 

 三台のハンヴィーは東へ急激に距離を詰めていますので、キリトたち三人や、酒場の観客は、PM4がいるログハウスを目指しているのだと容易に理解できました。

 しかし、その進路を阻むように、不可視化状態のユウキが仁王立ちしています。

 

「ユウキちゃん、どうするんだろう」

「跳び乗って、フォトンソードでぶった切るとか?」

「ありそう」

「ハンヴィー乗っ取って、後ろのハンヴィーの前に出て急ブレーキかけて玉突き事故」

「ありそう」

 

 酒場の客は、ユウキの行動を予想します。酒や肴を食いながら、好き勝手に予想しました。

 ユウキとハンヴィー三台の距離が50メートルを切りました。

 アングルは、ユウキの横10メートルの位置。

 

「どうだ?」

「……」

「……」

 

 三人は静かにそのときを待ちました。

 

「おお、そろそろだ!」

「来るぞ来るぞ、一対六だ」

「轢き殺せMMTM!」

「フォトンソードで皆殺しだ!」

 

 酒場の盛り上がりが、何度目か分からない最高潮に達しました。

 そして、10メートルを切ったとき。

 

「おっ!」

「あっ!」

「ああ!」

「おおおおおお――!」

「マジかあああ!」

「行けええええ!」

 

 三台ある内、中央を走るハンヴィーに向かって跳びました。

 斜め上に飛んだユウキは、下を通り過ぎるハンヴィーの屋根にある防弾板を両手で摑みました。

 そのままルーフから、スルスルとなかに入っていきました。

 ハンヴィーにいるMMTMの誰かが、不可視化状態の敵に気づけず殺されてしまうのは、想像に難くないでしょう。

 

 

「リーダー!?」

 

 サモンは叫んだ瞬間に、同じく頭を輪切りにされました。SCAR-Lを摑むことは、許されませんでした。

 サモンは死んでいますが、アクセルペダルから足は離しておらず、踏み込んだままの状態です。ユウキは運転席に身を乗り出して、ハンドルを握る両手を手首から切り落とし、片手でハンドルを右に切りました。荒れ地なので車体が揺れに揺れ、バランスを崩してしまいそうです。

 少し走ると手を離し、ルーフから跳び出ました。

 すぐ後ろに、ハンヴィーが走っています。

 

「おっけ!」

 

 防弾板の足をかけ角張った車体を跳び、後方のハンヴィーのフロントに着地しました。

 このハンヴィーに乗っているのは、《G36K》使いのケンタと、マシンガナーのジェイク。《H&K HK21》マシンガンを使います。

 

「うおお!?」

「トライク少女!?」

 

 言いつつ、ドアを開けてなんとか撃ち殺そうとする姿勢は流石だなと思いました。しかしユウキは容赦なく、右手の光剣はフロントガラスを貫き、横薙ぎに切りました。

 枠にそってフロントガラスを取り除いて侵入します。ハンドルを左に切り、遺体を二つ乗せた前のハンヴィーから避けます。

 運転席で息絶えたケンタが邪魔だったので、装甲板が付いているため思い扉をなんとか開けて、ハンドルを摑んだ腕を切り落とし、外に蹴り落としました。

 失速しないように、むしろ加速するためにアクセルペダルを思いっきり踏みます。エンジンが強い唸りを上げ、ハンヴィーは大きく揺れました。

 一番前を走るハンヴィーとの距離を、一気に詰めます。

 

「四人がやられた! リーダーもだ!」

「分かってるよ! どこからの攻撃だ?」

「それは分からん。クソ、どうやって」

 

 前のハンヴィーを運転するのは、ボルド。色黒で引き締まった体つき。ドレッドヘアがエキゾチックさを増しています。愛銃は《ARX160》。

 報告したのはケンタと同じくG36Kを使うラックス。チーム一のガンマニアです。

 二人は、リーダを含め四人が死んだことに驚愕を隠せずにいました。これでは、MMTM得意のチームプレイが、成り立ちません。PM4への勝機は、ほぼ断たれたと言ってもいいでしょう。

 

「どうする? 引き返すかっ?」

「このままログハウスに突撃する! 生きるも死ぬも関係ねえ、全力で当たるぞ」

「……ま、ここまで来たし、そうするしかねえかぁああああっ!?」

「ぐおおおおおおっ!?」

 

 ログハウスまでは、もう50メートルもありません。謎の攻撃によって仲間を失った二人は、四人の無念を晴らすために、PM4への攻撃を選択しました。

 引き返してギリギリまで隠れるのも、一つの選択です。ですが二人は男らしく、情けない選択肢を切り捨てました。実に勇敢な男たちです。

 しかし、甚だ運が悪すぎたようで。

 できるだけログハウスによせて停車しようと速度を落とそうとしたとき、右後方から走ってきたフロントガラスが中央の枠ごとなくなったハンヴィーが、体当りしてきました。

 かなり強く当たってきたため、左に大きく横滑りしたハンヴィーは回転して、左側面がログハウスに衝突することで停車しました。

 

「くっそ……生きてるか?」

「なんとか、あ?」

 

 シートベルトをしていなかったので、体のいたるところをぶつけ、HPもそれなりに削れてしまいました。

 車から出るために重い扉を開けようとしたところで、ラックスが気の抜けた声とともに死にました。

 

「な、ああっ!?」

 

 ラックスの頭を貫く赤い光は、紛れもなくフォトンソードによるものです。PM4による攻撃かもしれないと判断したボルドは、スリングに下げたARX160を取って席を立ち、ルーフから急いで出ました。

 そして、ラックスを殺した光剣使いを殺そうと、ARX160の銃口を下に向けますが、

 

「いない――?」

「いるよ」

 

 凛としたような、それでいて無邪気そうな少女の声が真後ろで聞こえ、なんの行動も取れずに頭を撃ち抜かれました。

 

 

 使わないと思っていた93Rの三点バーストで、ドレッドヘア男の頭を撃ち抜いたユウキはハンヴィーから飛び降り、窓に突き刺さったままのフォトンソードを抜き取りました。

 刃を消して、ログハウスを見上げます。

 

「MMTM殲滅。これからピトフーイを覗いたPM4を倒す。レン、走る準備しといてね!」

「りょ、了解! すごすぎる……」

 

 

 ストレージからP90を実体化して左に持ちました。迷彩で透明になり、中へと突入します。

 一階を進むと中央階段がありました。上で敵が待ち構えているものと思われますが、ユウキは気にすることなく上がっていきます。

 

「……?」

 

 《UTS-15》ショットガンを構えた小柄なPM4メンバーが、階段の上で待ち伏せをしていました。登ってきたら上から撃ち殺す形です。

 足音に気づき、階下にUTS-15を向けながら確認します。残念ながら相手は不可視化しています。敵がすぐ横を通り過ぎたことに気づけませんでした。

 ……階段に一人、部屋の前に武器を持っていないのが一人と、奥からマシンガナーが一人。うん、殺れるね。

 判断したときにはダイヤルを回していて、柄から伸びた刃は小柄なUTS-15使いの左胸を貫いていました。

 

「っ!? エムさ」

 

 男からフォトンソードを抜き取ると、廊下に向かって横向きに投げました。

 部屋の前に立っていた男は、敵襲を中途半端に知らせたあとに腹を割りました。

 奥から駆けてきたマシンガナーは、《MG42》ではなくサプレッサー付き《MG3》と一緒に上と下で分離しました。

 

「よし――」

 

 フォトンソードは取りに行かず、部屋の前に立ちました。

 この奥に、エムとピトフーイがいます。男が立っていたので間違いないでしょう。

 ドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開けます。

 

「あっ――」

 

 エムとピトフーイがいました。

 ピトフーイがベッドに寝そべっているのです。気が抜けて眠っているのか、それとも気絶しているのか。

 エムはピトフーイの頰に手を添えて、見つめています。キスでもしようとしているのでしょうか。

 もしかしたらエムは、PM4の敗北を悟ったのかもしれません。だから、せめて最期ぐらいは二人っきりでいようとしたのかもしれません。

 最期?

 

「違う!!」

 

 ユウキが吼え、P90も吼えました。5.7x28mm弾が50発、約3秒ですべて吐き出されます。小太鼓を叩いたような連射音はログハウスのみならず外にも伝わりました。

 発射された50発すべてはエムの大きな頭に殺到しました。バシバシバシバシと分厚い皮膚を穿ち、脳髄に鉛がめり込みます。

 目を見開いたエムはピトフーイの上に倒れ、頭上に【Dead】マーカーを浮かべました。

 そして、ユウキは叫びました。

 

「レン!! 二階に来い! 早く!! ピトフーイが起きる前にっ!!」

「――おおおおおおりょうかあああい!!」

 

 快活な声が耳に届きました。SJの無線はいくら大声で叫んでも、相手には耳に優しいボリュームに抑えられて届きます。

 すぐにレンがやってくるでしょう。ですが油断大敵、気を抜いてはいけません。なにせ相手は、ピトフーイです。

 まず、ヘッドギアを取り外します。レンがヘッドショットしやすいようにするためです。窓ガラスを破いて、外へ放り捨てました。

 次に、ピトフーイの指10本を横に折ります。銃を握らせないようにするためです。これでHPが全損することはない、という予想のもと行いました。

 そして、両腿のホルスターに収まった《スプリングフィールドXDM》自動式拳銃2丁のマガジンを抜いて、ヘッドギアのように外へ投げ捨てます。薬室に入っている銃弾も、スライドを引いて取り除きます。

 

「お待たせええええピトさあああああぼべぇ!」

「速っ」

 

 絶叫しながらドタバタ部屋に入ってきたレンは、ベッドの前で急ブレーキをかけますが、スピードを殺しきれずにダイブしました。

 ベッドから身を起こし、顔を押さえます。

 

「ああ……やっと、このときが……」

 

 ピトフーイに向けられているP90の銃口は、二つ。ピンクのP90と、紫のP90。紫のP90のセレクターはFから1に切り替えられていて、トリガーに指をかけていません。

 

「それじゃあ、ピトさん」

 

 レンは、無防備なピトフーイの頭に照準を合わせます。

 トリガーにかける指に力が加わります。

 そして、

 

「この勝負、私のか――」

 

 

「油断は駄目よレンちゃん?」

 

 

 悠長に話していて、二人は油断してしまいました。

 意識を取り戻したピトフーイは左腕を伸ばし、レンのP90をむしり取ろうとしますが……、

 

「あらっ?」

 

 五本指すべてが動かせないことに気づきました。ピトフーイは、左手を見ました。

 指は、根本からポッキリと折れていて、赤色のダメージエフェクトを散らしています。

 

「指は全部折ったよ。拳銃も使えなくした。もう、なにもできないよ」

 

 ユウキが答えると、ピトフーイは凶悪な笑みを浮かべました。なにか、よからぬことを思いついたのでしょうか。

 

「へえ。はは、本当にそうかしら?」

「はい駄目」

「うぎっ」

 

 飛び起きようとしていたので、ユウキはピトフーイの鼻をP90のストックで殴りました。また、起きないように、馬乗りになって両肩を押さえつけます。

 

「ねえ、ピトフーイ」

「なあに、ユウキちゃん?」

「往生際が悪いよ。死にたいんじゃないの?」

「……」

 

 ユウキの顔から笑みが消えました。真剣そのものです。

 

「死にたいんでしょ、ねえ? 違うの?」

「……」

「……」

 

 沈黙は5秒ほど続きました。

 レンもピトフーイも、なにも言いませんでした。口すら開きませんでした。特にピトフーイは、ニヤニヤした意地悪な笑みは消え失せ、眉間にシワを幾重に作っています。

 ユウキの言葉は、不思議と重く聞こえました。なにかが籠もっている言葉に違いありませんが、なんなのかはユウキだけが知っています。

 そんななか、ユウキは満面の笑みを受けべました。

 

「なあんだ、死にたくないんじゃん! やっぱり生きたいんだね!」

 

 レン、あとは任せた。

 ユウキが満面の笑みを浮かべる下で、ピトフーイは顰めっ面のまま、頭と顔に銃痕を作りました。

 

 

 いつの間にか、SHINCのメンバー全員とフカ次郎が頭上に【Dead】を浮かべていました。

 ずっとフィールド端の城壁上でウロウロしていた、全身プロテクターSF兵士で結成された《T-S》が、ここぞとばかりに攻めてきたのです。

 フカ次郎のグレネードで三人ほど減ってしまいましたが、対物ライフルでもない限り、T-Sの防御の前で銃はなんの役にも立ちません。

 万事休すか――と思われましたが、LFYには透明マントを装備した光剣使いがいます。

 あの自己嫌悪はどこへやら。結局ユウキは不可視化して背後に近づき、フォトンソードでSF兵士三人をバッサバッサと切り倒しました。

 T-Sは最大の漁夫の利を逃しましたが、代わりに酒場の男たちにブーイングや罵詈雑言の嵐を喰らわずに済みました。

 

『CONGRATULATIONS!! WINNER LFY!』

 

 キリトー、シノンー、アスナー、こそこそ卑怯な手で戦ってごめんねー。ボク、尹と会ってから、だいぶ性格歪んじゃったよ。

 自身の活躍を期待していた三人に謝って、第二回スクワッド・ジャムは終結しました。

 

 

 試合時間、1時間23分。

 第二回スクワッド・ジャム、終了。

 優勝チーム・『LFY』。

 大会総発砲数・78,881発。

 

 

 

 2026年4月19日。日曜日。

 東京の最高気温は25度を超える予想で、温かいというよりも暑い日です。

 12時30分、都内某所のタワーマンションに、中学三年生の女の子がやってきました。

 髪はショートボブ。白のカチューシャがよく似合います。服装は学校指定の制服です。

 右手は菓子折りが入った紙袋を持っています。

 女子中学生は、マンションの迫力に圧倒されながら、エントランスに入っていきます。

 

 チャイムが鳴ったので、香蓮は応答のボタンを押しました。

 

「いらっしゃい。開けるね」

 

 オートロックの自動ドアを開け、来訪者をエントランスのなかに通しました。

 北海道からやって来た、お昼のパスタを箸でズルズルすすっていた美優が、口にパスタが入っている状態で喋ります。

 

「お、ひは?」

「飲み込んでから喋って。来たよ、ユウキのリアルが」

「ほほー!」

 

 美優はパスタの残りを搔っ込みました。ナポリタンだったので、ケチャップが口の周りについてベトベトです。

 皿と箸を流しに置き、水道で口の周りのケチャップを洗い流しました。

 

「食洗機に入れてね」

「うーい。あー、どんな娘が来るかなー? 学生かな? 社会人かな? それとも、意表をついて男とか?」

「いや、女の子だし。制服っぽいの着てたから、多分学生」

「なるほどなるほど。あ、ガンちゃんから聞いてたりしないの?」

「いや……」

 

 そもそも今日、ユウキが香蓮の家に来る予定はありませんでした。ピトフーイのリアルに会いに行くのも、香蓮と美優だけだったのです。

 しかしSJ2が終わった日の22時頃、エムこと豪志からメールが一通届きました。内容は「ピトがユウキちゃんも連れてこいと言っている」というもの。

 エムはユウキとフレンド登録していないそうです。それに、香蓮のようにメールアドレスを交換しているわけでもありません。したがって、ユウキへの連絡は香蓮がすることになりました。

 フカ次郎とユウキがコンバートしてきた日にフレンド登録したので、ガンプを経由して連絡する必要がなくなったのは便利です。そのため、メッセージのやり取りはなくなりましたが。

 GGOのランチャーからその旨を伝えるメッセージを送ると、あと少しで床に就くところだったユウキから返信が来ました。

 

「19日は、朝は学校に用事があるから無理。11時には終わると思うよ」

 

 香蓮のなかではユウキの発言から、リアルはSHINC一同と同じ高校生であると推測しています。

 日曜に学校に行くということは、なにかしらの部活に所属しているのでしょうか。それとも、補修でしょうか。それにしても終わりの時間が早すぎる気もしますが。

 

「許可は出てるから大丈夫」

「そっか。じゃあ終わり次第、私の部屋に来て。住所は東京都――区――――――――――――、――号」

「うん。分かった」

 

 というやり取りをして、その日は寝ました。

 そして今日、約束の日。

 北海道から遥々やってきた美優を空港まで迎えに行き、部屋に帰ってきたのは、今から1時間ほど前のこと。

 ユウキは、今しがたやって来ました。

 

「あっ」

「来た来た!」

 

 玄関のチャイムが鳴りました。

 香蓮と美優は小走りで廊下を通り、香蓮は解錠して扉を開きました。

 少女がいました。身長は150センチぐらい。白いカチューシャを着けたショートボブの少女は、濃紺でブレザータイプの制服を着ていました。左胸には学校のエンブレムが施されています。

 

「初めまして。ボクがユウキ、紺野木綿季です」

「初めまして。私はレンのリアル、小比類巻香蓮です」

 

 よろしく、と二人は握手を交わしました。

 

「ちょいっ、私も私も! 篠原美優ですあっちではフカ次郎ですよろしくぅー!!」

 

 美優も握手しました。

 

*     *     *

 

「えっ? 中三!?」

 

 美優が素で驚きます。香蓮も目を見開いています。

 

「そうだよ、中学三年生。何年だと思ってた?」

「てっきり高校生ぐらいかなーって……まさか想像の上、いや、下? をいっていたとは」

「はー。私らは大学二年生で、香蓮は明日二十歳になるよ。私も酒飲みてーなぁ」

「あ、飲み過ぎには気をつけて。バイド、ウイスキーの飲み過ぎで血吐いたらしいから」

「うわぁ」

「怖っ」

 

 木綿季が持ってきた菓子折り、へそまんじゅうを平らげながら身の上話や世間話で盛り上がります。

 特に、木綿季と変態銃コンビの話は、大きく盛り上がりました。

 

「二人は話してオッケーって言ってたから話すけど、二人ともSAO生還者(サバイバー)なんだ」

「なにぃ!? てことはナーヴギアでGGOやってるわけだ! 私もそれでやってみてぇ!」

「いや、二人ともアミュスフィアだよ。ガンプはナーヴギアにいろんな絵の具を塗りたくってゴテゴテにしてて、バイドは『茅場晶彦死すべし』って言って、バットで粉々になるまでひたすら殴ってた」

「えぇ……」

「物騒」

 

 三人とも奥多摩に住んでいて、リアルでも長い関わりがあるというのです。香蓮と美優は、大いに驚きました。

 

「ガンプは芸術家。絵を描いたり彫刻を作ったり、よく分からないものを作ってる」

「へー芸術家か。儲かってそう。なんて名前?」

「伊尹尹」

「いいんただし? そういえばそんな名前、この前テレビで聞いた気がする」

「バイドは喫茶店のマスター。奥多摩にある店で切り盛りしてる」

「喫茶店、いつ行ったかなぁ。もうかなり前だよ」

 

 女三人寄れば姦しい。

 話題は絶えることなく、豪志が到着を知らせるメールが香蓮のスマホに届くまで、三人はおしゃべりしていました。

 

*     *     *

 

 14時すぎ。

 三人は、ピトフーイと対面しました。

 ピトフーイの正体は、日本で大人気のシンガーソングライター神崎エルザがライブに使う、ライブハウスを運営する会社の社長、佐藤麗――ではなく、神崎エルザ、その人でした。

 香蓮と美優は、神崎エルザの大ファンです。二人とも驚きました。ですが香蓮はライブハウスの楽屋にいる、歌ったあとの神崎エルザを一目見て、この人こそがピトフーイだ、という確信を抱いていました。

 神崎エルザは知っていますが特にファンというわけではない木綿季は、人はネット上では変わるものだなぁ、とメールやLINEでの尹を思い浮かべました。

 両方いける口のようで、部下兼恋人兼奴隷の豪志がその場にいるというのに、香蓮に2回もディープキスをしました。香蓮は顔を真赤にして慌てふためいています。

 そしてエルザが、木綿季を見ました。

 

「ボ、ボクは中学生っ!! まだ清らかな思春期!!」

「思春期って清らかかなぁ? でもま、こうして生きてるよ」

 

 GGOでピトフーイの馬乗りになり、死にたいのか死にたくないのかを問いました。中学生らしかぬ迫力で、少女らしかぬ意志をピトフーイにぶつけたのです。

 その真意は木綿季以外、この場にいる誰にも分かりません。

 ピトフーイは、こうして今も五体満足でいることを、手を広げてアピールしました。

 木綿季はピトフーイに言うのです。強張った笑みで。

 

「うん、よかったよ。やっぱり人間は、自ら死に向かってたら駄目なんだ。この世に生まれ落ちた以上、死に物狂いで、たとえどんなに醜くなっていても、自分の生を貫かないと。ボクも死に物狂いで生き抜いたし。だから――その歩みを止めて! ボクから半径5メートル離れて! 顔近づけないでえええっ!!」

「ぶははははははははははははっ! 待つんだ木綿季ちゃーんっ!!」

「犯罪だよね? 犯罪だよねこれぇ!?」

 

 誰か助けてー!

 木綿季の助けを求める声は、楽屋以外の外へは伝わりませんでした。

 かくして、多くの人を巻き込んだピトフーイデストルドー事件は、完全に終結しました。

 そして、香蓮のみならず、美優も、エルザも、豪志も、木綿季の発言に重要なフレーズが含まれていることに、まだ気づいていません。

 

(おわり)




 2ヶ月と数日ぶり。
 テストとか卒業とか色々あって遅れました! サーセン!
 前回のあとがきで、流石にSJ2には入りません無理ですと私は書いたのですが、このザマです。
 来月から社会人! 新人研修! このままじゃ続きを投稿できない! でも、だからといってSJ2の導入部分だけ書いて投稿しても読者も失望するだろうし、自分が納得いかない! 投稿するならキリのいいところで投稿したい!
 という心持ちで書き始めたら、なんかSJ2が終わってました。
 後半からの目に見えるクオリティ低下は、戦闘シーンが苦手だからです。精進します。あと前半で本気出しまくって息切れした、というのもあります。
 この小説の主人公は三人です。ガンプとバイドとユウキです。前の二人はほとんど出てませんね。次回にご期待下さい。
 そんなわけで、およそ44000文字におよぶSJ2編は、たった一話で終了です。本当にありがとうございました。44000……二次創作の一話に使う量じゃない。
 あと、TwitterIDはhibachi_syumiです。進捗とかはこちらで確認してくださいね。
 次はいつの投稿になるか分かりませんが、分かったらツイートするんで、許してください! すべて新人研修ってやつの所為なんです!
 では、また次の話でお会いしましょう。
 変態銃にもご期待ください。


 ユウキとキリトとアスナとシノンの絡みが中途半端だったのでそのうち加筆します。


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