鳴海探偵事務所 江戸・かぶき町支部 (ぞぞぞ)
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Gとの遭遇/天然パーマがいい奴とは限らない

銀魂と仮面ライダーWの共通点。
①万事屋と事務所に、それぞれ菅田〇暉がいる。


「おいおい、こりゃ一体、どういうことだ……?」

 

 仮面ライダーであり、探偵である左翔太郎は、異様な光景を前にし、そう呟くほかなかった。

 

「俺に質問をするな……」

 

 赤い革ジャケットの男・照井竜が、深々とため息をつく。

 

「これは興味深い、ゾクゾクするねぇ」

 

 翔太郎の隣にいた相方・フィリップは、ニヤリと笑い

 

「私、聞いてない……」

 

 反対側にいた亜樹子が、顔を真っ青にする。

 

 そこは彼ら、鳴海探偵事務所の愉快な仲間たちが見慣れた風都の光景ではなかった。

 空を仰げば、巨大な屋形船が飛び交い。

 視線を落とせば、往来を行く異形の生物。

 

 触角の生えた紫色のぶよぶよした生物。緑色の肌をした鬼のような形相の巨大生物。

 服を着た二足歩行のヒョウがいるかと思えば、頭からシーツを被ったアヒルのような不可思議な生き物までいる。

 天高くそびえるのは、風都ご自慢の風都タワーではなく、近未来的な塔。

 しかし、目の前に広がる街は前時代の家屋が立ち並ぶ。

 

 時代劇のような風景を、車やバイクが走り回り、奇妙な生物が我が物顔で闊歩する。

 

「なんんんんんっっじゃこりゃぁああああああ!!!」

 

 ここは江戸・かぶき町。

 天人の支配により、現代以上に驚異的な発展を遂げた、『侍』の国だった。

 

 

〇●

 

 

「間違いねえ……原因はあのドーパントだ」

 

 甘味屋のソファにもたれ、翔太郎が唸る。

 

 使用者を怪物と呼ぶに相応しい存在に変貌させ、驚天動地の超常現象を起こすことができる魔法の小箱――ガイアメモリ。

 ガイアメモリ関係の事件解決に乗り出すことの多い私立探偵・左翔太郎は、これまで様々な奇妙奇天烈な現象に巻き込まれてきた。

 銀色のオーロラのようなものによって世界を超えたこともあったし、怪獣化した仮面ライダーの記憶の集合体を倒すため、地下に潜ったこともあった。生者と死者の世界をひっくり返すことを目的とした悪の組織と戦ったこともあった。

 しかし現状、翔太郎が経験していることは、これまでのどの事柄とも異なっていた。

 

 先ほどまでの記憶を、翔太郎は丁寧に掘り返す。

 

 仮面ライダーW、そして左翔太郎の愛すべき町、風都で起こった無差別な行方不明事件。

 翔太郎とフィリップ、もう一人の仮面ライダーである照井竜は、事件の捜査を進める中で、犯人とおぼしき人間を特定した。その居所を突き止め、取り押さえようとした所、犯人の男はガイアメモリを使い、ドーパントに変貌。

 仮面ライダーに変身し、ドーパントと戦闘したものの、とどめを刺す前に、ドーパントの生み出した【ブラックホール】に吸い込まれ、そして――。

 

「気付いたら風都とは似ても似つかない場所にいた、と……冗談じゃねえよ」

 

 ナンセンスだ。

 だが、どんなにナンセンスなことだとしても、ドーパントには可能だということを、翔太郎は承知していた。

 【地球の記憶】と呼ばれる、地球の元始からの全ての知識が記録されている世界記憶の概念。そこから特定の知識(記憶)を抽出し、小型の媒体に詰め込んだ【ガイアメモリ】。アカシックレコードとも呼ぶべき、その驚異的な記憶装置の力を得た人間は怪物へと変貌し、その能力を自由に駆使することができる。

 ドーパントの前じゃ、常識は通用しない。彼らは簡単に天変地異を起こすことができるし、人間の規定概念をガラリと変えてしまう。たとえば人間を簡単に別の世界に送り込むことなど、【そういう能力】を持つメモリならば、簡単にできてしまうのだ。

 

「しかし運が良かったとも言える。少なくとも、全員同じタイミングで巻き込まれた為、誰ひとり逸れることはなかった訳だ。改めて興味深い能力だね、『ブラックホール・ドーパント』」

 

 翔太郎の相方であり、安楽椅子探偵を演ずる少年・フィリップは白紙の本から目を上げ、笑う。

 

「関心してる場合かよ。ったく」

 

 異常事態を目にしてなお、興味で目を輝かせている相棒に呆れつつ、翔太郎はブラックコーヒーを味わう。

 フィリップは再び、何も書かれていない本に視線を落とした。

 

 

 窓から外を眺めれば、頭に蛸を張り付けたような人間や、ウルトラマンのような顔をした人(?)が闊歩する風景が目に入る。

 前に一度、ドーパント絡みで自分の夢の世界に入ったことがあった。直前までハマっていた時代劇の影響を受けて、そこはまるで時代劇の舞台のようだった。しかし、木造の平屋が立ち並ぶ街中を、奇妙な輩が歩き回っているなど、想像したこともなかった。見れば見るほど、奇妙な世界だ。

 

「おめっ今時レジ打ちなんてチンパンジーでも出来るよ! オメー人間じゃん! 一年も勤めてるじゃん! 何で出来ねーんだよ!」

「す……すみません。剣術しかやってこなかったものですから……」

 

 視線を店内に戻すと、レジの所でなにやら揉めているのが目に入る。

 ハゲ頭の店主が、眼鏡の少年を怒鳴りつけていた。バイトが失敗でもしたのだろうか? それにしてはイヤに高圧的な物言いだ。

 やれやれ、この店の程度が知れるな……と、眉をひそめる。

 

「てめェェェ まだ剣を引きずってんのかァ!!」

 

 店主が眼鏡の少年を殴る。眼鏡が吹き飛び、少年は床に転がった。

 

「侍も剣ももうとっくに滅んだんだよ! それをいつまで侍気取りですか、テメーは! あん?」

 

 更に畳みかけるように店主が、怒鳴り散らす。

 翔太郎は、テーブルに置いていた黒いソフト帽を手に取り、それを目深に被った。持って生まれた気質からか、彼は【こういう場面】を見過ごせないタチである。

 

「おい店長。確かに一年いてレジ打ちも出来ねぇってのはどうかと思うが……流石にやり過ぎなんじゃねぇのか」

 

 殴り倒された少年を助け起こし、翔太郎はハゲ店長を睨みつけた。

 

「ありがとうございます、すみません。僕が悪いんで、大丈夫です」

 

 少年が拾った眼鏡をかけ直し、頭を下げた。

 客から物申されると思わなかったのか、ハゲ店長は僅かに驚愕しながら「へ、へぇ、すんません。でもこれがうちのやり方でしてね……」と愛想笑いを浮かべた。

 何とも煮え切らないものを感じながら、渋々と席へ戻る。

 

「全く、君は本当にハーフボイルドだね。翔太郎」

「検索は終わったのかよ、フィリップ」

 

 席に着くと、フィリップがニヤリと笑みを浮かべてこちらを見てくる。

 

「ああ、ある程度閲覧し終えたよ。どうやらここは『江戸・歌舞伎町』と呼ばれる場所らしい。この街のあちこちに見られる彼らは『天人』と言うようだね。天人はつまるところ宇宙人だ。どうやらここは地球らしいが、僕たちの知っている地球とは異なる世界線――所謂、パラレルワールドと言ったところだろう。この地球は江戸末期に天人と呼ばれる宇宙人が襲来し、まもなく地球人と宇宙人の間に攘夷戦争が勃発、数多くの侍が攘夷志士としてこの戦争に参加したが天人の前に敗れ、天人の脅威的な力の前に弱腰になった江戸幕府は天人の侵略を受け入れ、開国……」

「わかったわかった! 全部調べ終わってから要約してくれ!」

 

 弾丸のように次々と繰り出される言葉を制すると、フィリップは「了解した」と呟き、再び本に視線を落とす。

 ふう、とため息をつき、ブラックコーヒーのカップに手を伸ばす。

 全く、たかが別世界に来たからと言って、いちいち取り乱すなんてハードボイルドじゃない。ここは少し冷静になるべきだろう。いつまでも相棒にハーフボイルド(半熟卵)なんて言われ続けるのは不本意だ。

 

 男の中の男、ハードボイルドでいるためには、冷静でいなくては。

 

 先ほどの少年はさんざ店主に怒鳴られた後、仕事に戻ったらしい。翔太郎のボックス席から少し離れたところにいた豹頭の異人たちに、注文のグラスを運んでいる。

 

「最近の侍を見ているとなんだか哀れでなァ。我々が地球に来たばかりの頃は、事あるごとに侍たちが突っかかってきたもんだが、こうなると喧嘩友達をなくしたようで寂しくてな……」

 

 何やら言っているのは豹頭だ。恰好からして高位の役職を連想させる。

 

「ついついちょっかい出したくなるんだよ」

 

 手前にいた豹頭が、少年の足を引っかけて転ばせる。少年は、盛大な音を立てて床に倒れた。

 グラスが落ち、中身が零れる。

 豹頭たちのけたたましい笑い声が店内に響く。

 

 顔を伏せた少年の表情は見えない。が、肩が震えているのは分かった。

 冷静に、と自分に言い聞かせつつ、あっという間に頭に血が昇る。

 

「オイ。お偉いさんだがなんだか知らねえが、店の空気が悪くなんだろうが」

 

 笑い続ける豹頭の襟首を掴み、翔太郎が吼えた。笑い声が鳴りを潜め、豹頭の声が焦燥の色を帯びる。

 

「我々は茶斗蘭星の代表だぞ。我々に手を出したらどうなるか分かって……」

「小猫はおとなしくケージにでも入ってろ。なんなら飼い主探してやろうか、あぁん?」

 

 豹頭のひとりが翔太郎の襟首を掴み返す。勢いで翔太郎の体が後ろに揺れ、肘が何かに当たった。喧嘩も辞さないと視線をさらに鋭くした矢先、真横からぐい、と翔太郎の服が掴まれる。

 

「おい」

「あん?」

 

 横にいた第三者相手に思わず凄んで返してしまったことに、若干の後悔を覚えた瞬間だった。翔太郎の体が浮き上がり、吹き飛んだ。

 何が起こったか分からないまま、あちこちを見回す。どうやら豹頭とハゲ店主を巻き込んで、カウンターに突っ込んだらしい。

 吹き飛ばされることやダメージを食らうことに割と慣れてしまっているため、翔太郎は自然と受け身を取っていたが、下敷きになった豹頭と店主は、目を回していた。

 

「ギャーギャーギャーギャーやかましいんだよ。発情期ですかコノヤロー」

 

 コツ、とブーツの底が鳴る。

 目を上げるとそこには、もじゃもじゃの白髪頭に、着流し姿という出で立ちの男が立っていた。死んだ魚のような覇気のない目で、こちらを見下ろしている。

 男が、空っぽになったパフェ用のグラスを掲げた。

 

「見ろコレ……てめーらが騒ぐもんだから俺のチョコレートパフェが、お前コレ……まるまるこぼれちゃったじゃねーか!!」

 

 男の振り下ろした木刀が、豹頭の一匹を弾き飛ばした。

 

「うお!?」

 

 吹き飛んできた豹頭を、思わず避ける。

 潰れるような声を出した豹頭は、カウンターに墜落し、そのまま動かなくなった。

 

「……きっ、貴様ァ!何をするかァァ!」

「俺ァなぁ! 医者に血糖値高すぎって言われて……パフェなんて週一でしか食えねーんだぞ!!!」

 

 いや、週一回食えりゃ十分じゃねぇか! と心の中でツッコミを入れる。

 鳴海探偵事務所の所長がいたら今頃、「ありえへん」と描かれたスリッパで叩いているだろう。

 そんなことを考えているうちに白もじゃ男は、残っていた豹頭を容赦なく床に叩き倒した。

 

 店内が騒然となる中、白もじゃ男は至ってマイペースに歩を進め、唖然としている翔太郎に手を差し伸べてくる。いや、投げたのはお前だよな、と思いつつも、翔太郎はその男の手を取った。

 

「いい飛びっぷりだったぜ、あんたもしかして前世は野球ボールか?」

「はぁ!?」

「それとそこの眼鏡の少年、店長に言っとけ。味は良かったぜ」

 

 それだけ言うと、男は暖簾をくぐって店を出ていった。

 

(なんだったんだ、あいつ。つーか味は良かったって少しは食ったんじゃねぇか……あれ? もしかして無銭飲食?)

 

 嵐のように去って行った白もじゃ頭のことを考えていると、どこからか笛の音が聞こえてきた。

 

「ここか! 木刀を持った奴が暴れてるってのは!」

 

 店の引き戸が開けられ、十手を持った紋付き袴の男が飛び込んでくる。

 

「おお、リアル左平次……」

 

 左平次とは、風都で人気の時代劇ドラマである。

 岡っ引きが主人公なのだが、その主人公が非常にカッコよく(翔太郎曰くハードボイルド)、話もよく練られており、時代劇モノに興味を示さなかった翔太郎を、あっという間に沼に引きずり込んだ作品である。

 実際の岡っ引きを目撃した感動が、翔太郎の胸を打つ。

 

「おーし動くなよ、弥七、調べろ」

 

 岡っ引きが翔太郎に十手を向ける。子分が、床に倒れ伏した豹頭の顔を覗き込んだ。

 

「あ~あ、茶斗蘭星の大使でさァ……こりゃ国際問題になるぜ。エライ事してくれたな……」

 

 子分が翔太郎を見る。こちらに向けられているのは、明らかに犯人を見る視線だ。

 

「は? いや、ちょっと待て、俺は何もして……」

「ハイハイ、犯人は皆そう言うの。言い訳は凶器を隠して言いなさいよ」

 

 岡っ引きが翔太郎の手を掴む。

 凶器? そんなものはない。そもそも、豹頭たちを殴り倒したのはあの白もじゃ男であって、自分ではない。翔太郎には確信があったが、嫌に、先ほどから腰に覚えのない重さを感じていた。

 そろり、とそちらに視線を向ける。

 いつの間にか、切っ先に血糊の付いた木刀が、翔太郎の腰にささっていた。

 

「あっれえ……?」

 

 

〇●

 

 

 後方の側面に『銀』と書かれたスクーターが、排気ガスを吐き出しながら進む。

 かぶき町の万事屋・坂田銀時は、先ほど店でチョコレートパフェを食べそびれたことに、若干の怒りを覚えていた。健康面でも経済的な意味でも、週一しか楽しむことのできないパフェを取り上げられたこの怒り、どこで発散しようか。

 

「あ~やっぱダメだなオイ。糖分とらねーとイライラす……」

「おい待てそこの白もじゃ頭ァ!!」

 

 背後から聞こえてきた声とともに、銀時の頭上を電子音を立てる何かが旋回する。

 後方に視線を送ると、先ほど行きつけの店で遭遇した黒いソフト帽の男が、こちらへ全力疾走してくる姿が目に入った。

 片手には天人の血糊の付いた木刀。

 もうバレたか。抜けてそうな奴なので、もう少しいけると思ったのだが。

 

 アクセルグリップを回転させ、速度を上げる。男も更に速度を上げて食いついてくる。

 

「天パに悪い奴はいないんだよコノヤロー。あんたも律儀だな、木刀返しにきてくれたの。いいよあげちゃう、どうせ修学旅行で浮かれて買った奴だし……」

「あんたの黒歴史なんぞ興味ねぇよ! よくも人を身代わりにしてくれたな!」

「原チャリと並走するとかお兄さんやるねえ。なに、改造人間かなんか? 人間の自由と平和の為にショッカーとでも戦うの?」

「俺は左翔太郎、ハァ~ドボイルドな私立探偵だ。止まれコラァ!!」

 

 ハァ~ドボイルドを殊更強調するソフト帽は、どこからどう見ても『ハードボイルド』とはかけ離れた印象を抱かせる。ウケを狙っているようにしか見えない。

 

「ちょっと待ってくださいよ! そこの帽子の人も白もじゃの人も、無銭飲食なんですけど!? しかもあんたたちが逃げたから僕がとばっちりで、クビになったんですけどォォォ!」

「翔太郎、僕は手持ちがないので、君が払わないと無銭飲食になってしまう。君も相棒が無銭飲食で逮捕されるのは望まないだろう? 店に支払いに行ってくれたまえ」

 

 更に後方から、先ほどの店にいた眼鏡の少年が走ってくる。

 その背中には、ソフト帽の連れらしき独特の雰囲気を持つ少年が、何故か、おぶられていた。

 

 心なしか顔立ちや声が似ている気がする。気のせいだろうか、そうだ、恐らく気のせいだろう。

 これ以上追手が増えるのは面倒なので、銀時は仕方なくスクーターを停めた。

 

「オイオイ今日は厄日か何かですかー? パフェは食えねぇわ、変な連中にはストーカーされるわ……結野アナの星座占いで一位だったんだけどなー?」

 

 銀時の頭上を旋回していたクワガタのような装置が、ソフト帽の男の手元に戻る。

 

「厄日なのはこっちだぜ……よく分からない世界に来る、よく分からない白もじゃに投げられる、挙句、猫星人を吹っ飛ばした罪に問われる。三分の二はお前のせいだよ! コラ!」

 

 ソフト帽の指が、銀時に向けられる。

 人を指さしちゃいけないって寺子屋で習わなかったのだろうか。

 

「あら? 新ちゃん?」

 

 第三者の声がし、一同が一斉にそちらを向いた。

 道路の傍らに建っていたスーパー・『大江戸ストア』から出てきた着物の女が、眼鏡の少年を見て微笑む。

 

「こんな所で何をやっているの? お仕事は?」

「ゲッ、姉上……!」

 

 少年を見ると、表情が凍り付いていた。

 

「新ちゃん、お仕事は?」

「……えっと、その、……クビに、なりました」

「おかしいわね。今、クビって聞こえたのだけれど。私の聞き間違いよね、そうよね新ちゃん?」

「……」

 

 少年が銀時とソフト帽をちらりと見やり、言い淀む。

 ソフト帽の男が、軽く咳払いをする。目深に被った帽子の縁を撫でてから、妙に気取ったステップで女に近づく。

 

「まあまあ、新一くんのお姉さん。そう責めてやらないでください」

「新八です」

「新一くんは一年やっててもレジ打ちすらできないぐらい、微妙な働きっぷりでしたけど、大丈夫です。新しい職場はきっとすぐに、見つかりますよ」

「新八です、悪かったな一年かかってもレジ打ちすらできなくて」

「あら、どなたか存じませんけど、今は私と新ちゃんが話してるので、少し黙っててくれます?」

 

 女がニコリと笑う。だが、その笑みには威圧感があった。

 ソフト帽が一瞬、怯んだのが見て取れる。

 

 銀時の直感も訴えていた。この女は危険だと。

 

「新ちゃん」

 

 一見、優しげに見える笑みを崩さないまま、女は眼鏡の少年へ近づく。

 

「は、はい、姉上……」

 

 少年の顔が、蒼白になる。

 

「仕事もせんと何ブラブラしとんじゃワレ ボケェェ!!」

「ぐふゥ!!」

 

 女の繰り出した飛び蹴りが容赦なく少年の横っ面を抉った。まるで紙か何かのように軽々と、少年の体が吹き飛ぶ。女はそこからマウントを取り、更に拳を雨のように降らせる。グシャッ、ゴシャッという明らかに人体から聞こえちゃ駄目な音が響き、血飛沫が飛ぶ。

 

 ソフト帽は目深に帽子を被り、視線を逸らす。非情な暴力に見舞われている少年を助け出す術は自分にはないと、諦めたのだろう。「悪いな少年、助けてやれなくて……」と言いたげだ。

 傍らにいる少年は、姉弟のやり取りを興味深げに観察している。「これが姉弟のスキンシップ……実に興味深い」とかなんとか言っている。

 逃げるなら今がチャンスだろう、音を立てずスクーターに跨る。

 

「今月どれだけピンチか分かってんのかてめーはコラァ! アンタの〇〇カスみたいな給料もウチには必要なんだよ!!」

「まっ……待ってェ姉上! こんな事になったのはあの人たちの……」

「いや、ちょっと待ってくれ、俺は何も――!?」

 

 背後でソフト帽の断末魔が聞こえた。

 あいつがボコられている今がチャンスだ、とスピードを上げる。

 

「え?」

 

 いつの間にか自分の腹に回っていた両腕に、戦慄する。

 背後を振り向けば、眼鏡の姉がにこりと微笑んでいた。

 それから起こったことは、記憶にない。恐らく記憶が吹き飛ぶほど殴られたのだろう。

 

〇●

 

 【二人で一人の探偵】の頭脳担当であるフィリップは、魔少年である。

 

 彼を魔少年と表現する時、その意味するところは幾つか存在する。

 例えば、彼の浮世離れした姿や佇まいからそう呼ぶ人もいるだろう。あるいは、彼の突飛な発言や行動をそう評する人もいる。年齢を重ねても、身長以外の変化があまり見られない点を上げる人もいるだろう。

 しかし、それらの何よりも彼を魔少年たらしめているのは、彼のその頭脳、そしてその頭脳に収められた膨大な知識量である。

 

 【地球(ほし)の本棚】と呼ばれるそれは、地球の全ての知識が収められた膨大なデータベースであり、本棚に収められた情報を彼の任意によって検索し、引き出すことができる。

 その地球の本棚は、別世界に来ても健在だ。

 

 恒道館道場。

 かぶき町の外れにあるこの道場は【検索】の結果、くだんの姉弟、【志村新八と志村妙】が父親から受け継いだものであるということが明らかになった。

 

 その道場の真ん中には、相棒である左翔太郎と、白い天然パーマの男・坂田銀時がぴったりと並んで正座をさせられている。

 彼らの前には志村妙が仁王立ちになり、傍には、彼女の弟である志村新八も立っていた。

 

 フィリップはというと、少し離れた場所に立ち、彼らの様子を伺っている。

 茶斗蘭星人と呼ばれる天人に先に手を出したのは翔太郎と銀時であったし、厳密にいえば、フィリップはこの事態に関わる直接の原因を作った訳ではない。意味もなく負傷する必要性は見いだせない為、距離を開けて見守るの吉であると判断していた。

 

「いや、あの、ホント……スミマセンでした」

 

 右頬を腫らし、鼻血を流した坂田銀時が謝罪の言葉を述べる。

 

「ひとまず、その、すみませんでした」

 

 左頬が見事に腫れている翔太郎も、深々と頭を下げる。

 

「ゴメンですんだらこの世に切腹も警察も存在しないわ。アナタ達のおかげで、ウチの道場は存続すら危ういのよ」

 

 スラリ、と志村妙が短刀を抜く。その表情は笑顔そのものだ。

 対する二人は戦々恐々としている。

 

「鎖国が解禁になって二十年……ほうぼうの星から天人が来るようになって江戸は見違えるほど発展したけれど、一方で侍や剣、旧きに権勢を誇った者は今次々に滅んでいってる」

 

 なるほど、とフィリップは検索で得た情報と妙の話を照らし合わせていく。

 

 この世界での歴史は、フィリップたちのいた世界とは異なった道を歩んでいる。彼の知る世界には『天人』と呼ばれる宇宙人は存在しない。

 コズミックエナジーという地球外のエネルギーを用いた怪物に変貌する技術は存在するし、星喰いと呼ばれる異星人や『ワーム』『ネイティブ』と言った地球外来種の記憶も存在する。地球外生命体についての記憶は、既に検索済みだ。

 しかし彼らを『天人』と呼んだ記録は存在しないし、彼らに敗北し、支配されているという記憶はない。

 天人に支配されているこの地球は、異種族間の抗争に敗北した。

 

 天人は地球上の種を滅ぼすことを目的とはしなかった。それどころか地球に多大なる恩恵を齎し、結果として江戸と呼ばれるこの都市は異常な発展を遂げた。だが、その背後には多くの犠牲もあった。『攘夷戦争』、『廃刀令』、調べれば幾らでもキーワードは出てくる。

 かつて、『侍』と呼ばれる人種が支配していたこの地に、天人が来た結果、『侍』は武器となる刀を天人によって没収された。刀を使う技術を教えていた道場は、廃刀令の結果、門下生を失い、立ち行かなくなったのであろう。

 

 志村妙の翔太郎たちへの激しい怒りは、恐らくそこから来るのだろう。

 新たな世界の知識を得たフィリップは、満足げに笑う。

 

「それでも父の遺していったこの道場を護ろうと今まで二人で必死に頑張って来たのに……お前らのせいで全部パーじゃボケェェェ!!」

「落ち着けェェェ姉上!」

 

 短刀を振りかぶる妙を、新八が後ろから羽交い絞めて止める。

 

「新八君! 君のお姉さんゴリラにでも育てられたの!?」

「なるほど、人間でもゴリラに育成されると凶暴性が増し、怪力を身に着けることができるのか。実に興味深い、ゾクゾクするねぇ」

「おおーいフィリップ!? それは言葉の綾って奴でな!? いや、新一くんのお姉さん! 嘘です嘘嘘、ゴリラに育てられたなんて思ってな……止めろ落ち着けェェェ!!」

「分かった分かった、切腹はできねーが俺だって尻ぐらい持つって ホラ!」

 

 銀時が差し出した小さな紙を見て、妙の動きが止まる。

 そこには『万事屋・坂田銀時』と書かれていた。

 

「こんな時代だ。仕事なんて選んでる場合じゃねーだろ。俺は頼まれれば何でもやる商売やっててなァ。この俺、万事屋銀さんが、なんか困った事あったら何でも解決してや……」

「だーから! お前に困らされてんだろーが!」

「仕事紹介しろ仕事!」

「落ち着けェェ、仕事は紹介出来ねーが! バイトの面接の時、緊張しないお呪いなら教えてや……」

「いらんわァァ!」

「ちょま、ぐふっ、どうして、ごふっ、俺も、殴られてるんだ!? 俺は何も悪くねェだろうがァァァ!!!」

 

 翔太郎が足蹴にされるのを見守りながら、フィリップは白い頭の男に視線を向ける。

 『万事屋・坂田銀時』。彼についても検索しておくとしよう。

 

 

〇●

 

 

 散々巻き込まれた翔太郎は、暫くしてから解放された。

 天人に手を出し、実質的に新八のクビの原因を作ったのが、銀時だと明らかになったからである。一応のところ誤解が解けた為、謝られたが、妙の謝罪には全く感情がこもってなかった。

 巻き込まれた挙句、一方的に暴力を受け、この様である。全くこの世は理不尽だ。

 当分あの白もじゃ男、否、坂田銀時は絞られるだろう。いい気味だ。

 

「随分と酷い目に遭ったね、翔太郎」

「嬉々として言うなよ。いてて……」

 

 口の切り傷が染み、翔太郎は表情を歪めた。

 ゴリラ顔負けのパンチをまさか人間(しかも女)から受けるとは思ってもみなかった。彼女がドーパントになったら、恐らく大変なことになるだろう。

 風都にしろ、大阪にしろ、江戸にしろ、どこの街でも女というのはタフで強い。

 

「亜樹子と照井から連絡はあったか?」

「リボルギャリーは見つかったようだよ。ただし、どうやらこの世界の警察に押収されてしまっているらしい。今、照井竜と亜樹ちゃんが話をつけてくれているようだ。翔太郎が捕まったと言ったら『あんの半熟探偵! 私と竜くんとフィリップくんが頑張ってるのに……後でスリッパ千本ノックの刑に処す!』と言っていた」

「ゴリラ姉の次はスリッパ女かよ……」

 

 肩を落として項垂れる。元々女運が悪い自覚はあったが、別の世界に来てもそれは一緒らしい。

 

「そう言えば、亜樹ちゃんの話に非常に興味深いものがあった。翔太郎、君は知っているかい? 『ノーパンしゃぶしゃぶ天国』というものを」

「ノーパッ……は!?」

「『ノーパンしゃぶしゃぶ天国』とは、エンターテインメント・レストランの一種。ミニスカートの下がノーパンの女性店員が接客するしゃぶしゃぶ料理店、もしくは風俗店である。類似するサービスを提供するものとしては、ノーパン喫茶などが見られ……」

「フィリップ、ストップ! ストォーッップ!」

「どうしたんだい、翔太郎」

「お前にはまだ、色々早い……」

 

 フィリップの口から飛び出した、ギリギリアウトな単語に頭を抱える。

 ただでさえフィリップは検索を始めると没頭してしまうのだ。そっち系の単語を投入しようものならば、風俗の種類はおろか、プレイについても事細かに検索するに決まっている。そんなことを調べさせようものなら、「左翔太郎……うちの来人になんてことを……」と、あの世にいるフィリップの母やら姉やらに呪い殺されるに違いない。

 【地球の本棚】に安心フィルターを付けたいぐらいだ。

 

「その『ノーパンしゃぶしゃぶ天国』という所で、ドーパントらしき怪物が目撃された、という情報があった」

 

 ドーパント、という単語で翔太郎のスイッチが切り替わる。

 

「『ブラックホール』か?」

「いいや、外見的な特徴からして、『ブラックホール』ではないようだ」

「この世界に『ブラックホール』以外のガイアメモリが流通しているってことか」

「ああ、風都で起こった行方不明事件と関係がありそうだね。現に、僕たちも見知らぬ世界にいる。僕たちのように『ブラックホール』に連れてこられた人間がいないとは限らない。だろう?」

 

「メモリブレイクしなくて正解だったな」

「ああ。もしメモリブレイクしていたら、行方不明になった人間は見つからないままだったかもしれない」

 

 ぞくりとした寒気が、翔太郎の背筋を走る。

 行方不明事件の依頼人の顔が、思い出された。唇を噛み、涙を浮かべ、藁にも縋る思いで鳴海探偵事務所を訪れた依頼人たち。『何があっても依頼人を守る』、そして『依頼人の大切な者を守る』。それが左翔太郎が師から受け継いだ矜持。依頼の失敗だけは、ごめんだ。

 

「どうやらその『ノーパンしゃぶしゃぶ天国』というのは空飛ぶ遊郭らしい。第一便は午後四時出航だそうだ」

「出航は港か? 急がねぇとな。ん?」

 

 言いかけた翔太郎の目に、妙と天人が映る。

 長い耳と鼻、特殊な肌の色は地球のものではない。高級そうなコートを着ている辺り、先ほどの茶斗蘭星人と同じくいいご身分だということか。後ろには黒服にサングラスという出で立ちのあからさまな連中を連れている。

 妙は涼しげな顔をしており、肩を抱く天人を気にもとめていない。

 しかし、その表情はどこか物憂げで、先ほどまでの暴れっぷりが嘘のようだった。

 直感的に、良くないものを感じ取る。

 

「ちょっと待った、レディをエスコートするって割には随分と物々しい行列だな」

「あなたたち、さっきの……」

「なんや、まだ門下生がおったんかい。言うとくけど、当分、道場はお休みやでェ。なんせ、親孝行な姉さんはこれから働きに行くんや。バカ親が拵えた借金を返すためにな」

 

 妙が顔を伏せる。

 天人は、どうもキナ臭い雰囲気を漂わせていた。ただ働き口を紹介しに来ただけとは思えない。恐らく借金取りの類だろう。

 連れ歩いている天人の恰好も、スモークガラスの貼られた黒塗りの高級車も、翔太郎の予想に拍車をかける。

 

「こんなしみったれた道場なんて辞めて、あんたらも儂の『ノーパンしゃぶしゃぶ天国』に遊びにきてや。色んな星のべっぴんさんがおるで、ほなな」

 

 天人が妙を先導し、妙もそれに従って歩いていく。

 ちらりと翔太郎たちを一瞥し、僅かに会釈をした妙は、それ以上何も言わずに車に乗り込んだ。

 一度暴れれば手を付けられないほどの凶暴ぶりを発揮するにも関わらず、その片鱗すら見せようとしない。天人に従うその行動から、妙の意志は明らかだった。

 

 今の彼女を動かしているのは恐らく、先ほども言っていた『道場を守りたい』という意志。それにしては、随分と悲壮な表情をしている。

 

「翔太郎、君の考えていることを当てようか」

「なんだよ」

「君は彼女の意志を汲み、尊重したいと思っているが、どうも彼女の憂いを帯びた表情が気になっている。違うかい?」

「ったく、……相棒には何でもお見通し、ってか」

 

 黒いソフト帽を目深に被り、ため息を吐く。

 

「風都とはかけ離れた街だが、この街にも人間がいる。この街の人間が今にも泣きそうってなら、その涙を拭うハンカチになってやりてえのさ」

 

「やれやれ。どこに行っても君は君だね、翔太郎」

「目的地は一緒なんだ。手ぇ貸せよ、相棒」

「了解した」

 

 異世界に降り立った疾風(サイクロン)切り札(ジョーカー)。江戸・かぶき町での彼らの戦いが始まる。

 



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