氷創の英雄 ~転生したけど、特典の組み合わせで不老不死になった!~ (星の空)
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第1話

「…………………はっ」Σ(´□`;)

俺、氷室泉奈(ひむろいずな)は先程幼馴染達の1人に駅のホームから押し飛ばされて電車に轢かれた。否、吹き飛ばされたと言っていいだろう。

現に、テンプレな空間にいる。しかし、神のような存在はおらず、学校の机と椅子がある。取り敢えずそこに座る。

すると、1枚の紙と鉛筆が現れた。

その紙には1文と9つの点があった。

1文には、〈転生(・・)するので欲しいものを全て書け〉と。ならば書こう。

 

✲✲✲

 

・アルトリア・ペンドラゴンの全て

これは、Fateシリーズ全てのアルトリアの力のことである。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)、その他の戦場の場数や武の技術、はては別パターンの謎のヒロイン達のものもだ。

・ヘラクレスの身体能力と宝具

これは、十二の試練(ゴッドハンド)是・射殺す百頭(ナインライブズ)、彼の修めた全武術。

・アキレウスの能力全て。

これは、宝具・身体能力・不死性その他の力。

・アタランテの全て。

これは、アタランテの権能たる相手より速くなるものや、火力の上がる弓など。

・オリジナルの宝具1

これは、俺自身を英雄と見立てての宝具。

星眠するは静寂の終剣(イルシオン・ステラスリーピング)

ランク:EX

種別:対人〜対世宝具

レンジ:∞

最大捕捉:∞

第1段階、静寂の終剣(イルシオン) だと、対人で敵対者の魔力を伴う攻撃を全て無効する。永続効果。

第2段階、星起するは静寂の終剣(イルシオン・ステラ)だと、対国で約束された勝利の剣の約7倍の威力の砲撃。

第3段階、星眠するは静寂の終剣(イルシオン・ステラスリーピング)だと、星や宇宙、果ては概念すら終わらせる、完全な静寂たる「無」となる一撃。

剣の形状は、片刃の直剣。ただ、柄で50センチ、刃で1メートルとかなりの大きい。

・オリジナルの宝具2

不滅なる獄鎖の氷界(アブソリュート・アンスターブリゲイド)

ランク:EX

種別:????

レンジ:????

最大捕捉:????

全面が氷でできた固有結界。例えカルナの宝具、日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)や、スルトの宝具、太陽を越えて耀け、炎の剣(ロプトル・レーギャルン)だろうと一切溶けない不滅の結界。氷で刀剣類や弓銃を精製して扱えるし、現実でも可能。氷に関わるものがあれば、氷雪地帯にしたり火山を氷山にする事も可能。何より他属性との親和性も高く、火属性なら某半熱半冷のゴウさんが行ったバーストも可能。氷で凍らせるという概念を用いて時を凍らせて停めることもある。

・総魔力関連

魔力量の増加、魔力操作の天才、魔力放出の調整、魔術の適正、

・容姿は、醜くないならばどうでもいい。但し、性別は男。

・全てのデメリットを無くし、他者からの干渉を受け付けない。

 

✲✲✲

 

全て書き終えたら紙が消えた。

その直後、突如眩しくなり目を瞑る。少し経ってから目を開くとそこは………

「知らない天井だ。」

 



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第2話

そう、天井だ。って、

「なんだこの声は………鏡は………」

声が少女のような凛とした声だった。もしやと思い、鏡を探し見つけて覗き込むとアルトリア・ペンドラゴン?がいた。急いでアレを確認したらもちろんあった。

?が付いた訳はあるはずの無い突起物があるからだ。それは、ぴくぴくと動く猫耳であるし腰からは尻尾が生えている。「もしかして、転生特典?を決めるあれに容姿は整っているならどうでもいいと答えた結果、全てを所望したアルトリアとアタランテの容姿を足して2で割ったような姿になったのか?男の娘として…………」

髪が砂金のように澄んだ銀色で同色の猫耳。

瞳は何かの魔眼なのか赤と金のオッドアイが眠たそうな半眼で開いている。

顔の輪郭はアルトリアに似ている。

身体は全体的に細く、華奢でありそれでも引き締まっている正しく使う筋肉が見え隠れしている。

身長は小学三年生くらいだ。

俺は、起きた部屋にあった机の上に手紙がある事に気づいて手に取って読んだ。

 

✲✲✲

 

初めまして、氷室泉奈さん。私は神と呼ばれる概念体です。まぁ、概念故に姿が見えませんが…

コホン、それより貴方が転生した訳は成して欲しい事があったからです。

実在する異世界・トータスにて勇者召喚が成されクラスの大半が飛ばされてしまいます。

その上、ある者が嫉妬心から救世主を1度殺してしまいます。その時に、どの様な方法でもいいので救って上げて下さい。

後は、召喚を成したもの、亜神エヒトを打倒して下さい。その者は外道です。しかし、トータスでは絶対的な力を有しておりあの世界のものでは戦いにすらなりません。ですが、トータス外のものであれば可能です。

それに、貴方は完全に不老不死である事を理解していてください。

アルトリア・ペンドラゴンの宝具、全て遠き理想郷(アヴァロン)による不老化と瞬時再生とアキレウスの宝具、勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)の不死性とヘラクレスの宝具、十二の試練(ゴッドハンド)の不死性によって1種の化学反応のようです。

まず、勇者の不凋花で左踵以外が不死、そして十二の試練によってランクA以上の攻撃でないと通らない。ここで、Aランク以上の神造兵装か神性持ち以外では攻撃が通りません。仮に通っても全て遠き理想郷の瞬時再生により勇者の不凋花が復活し十二の試練によってその攻撃は通らなくなる。死んだとしても蘇生され、アルトリアの竜の心臓によって魔力が精製され、蘇生術式のストックが元に戻る。

しかも、貴方自身の宝具により、純粋な剣技だけで殺さないとならないという無限ループが起こりますし、固有結界によって存在を消される事が無いので相手が可哀想です。

あ、成長だけはします。大体17歳迄は成長しますがそれ以降は戦闘能力しか育ちません。

最後に貴方には、私からのプレゼントを建物の中枢に送っておきました。後で確認してください。貴方の名も変わっています。

P.S 他にも転生者がいるのでお気をつけて。

 

✲✲✲

 

「成程、そういう事か………………やっちまったな。見事にループする。」

それはおいといて、神からのプレゼントを確認する。ついでに家の確認だ。

部屋を出ると中世ヨーロッパのような廊下でいくつもの部屋がある。窓から外が確認出来るのでしてみたら、空の上だった。

「………………おいおい、プレゼントってまさか、この城じゃねぇよな?」

空飛ぶ城の中を歩いて中枢に行くと、何人か人がおり、箱がいくつかある。

その上、そこは玉座でありしかも見た事がある。

「って、虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)かよっ!!?」

この城が対界宝具である空中庭園だと言うことに気づいて驚いた。

そして、そこにいる者達も何者か気づいた。

セイバー・モードレッド

ランサー・カルナ

アーチャー・ケイローン

ライダー・アストルフォ

キャスター・メディア

アサシン・キングハサン

アルターエゴ・魔神・沖田

の7人だ。

「あ、マスターが来た………よ………?」

最初に気づいたのはアストルフォだが、語尾が聞こえなくなった。

そこで、ハサンの翁から一言。

「…………汝、服はどうした?」

そこで気が付いた。俺、起きてからずっと裸のままだった。

「あ、忘れてたわ。」

「わ、忘れてたって………あのなぁ……」

モードレッドが何か言っていたが気にせず、指を弾いて、氷を操って全てが水色1色の衣類を身に纏った。タンクトップと短パン、半袖のパーカーである。

「それで、此処が何処で何がどうなっている?」

「それは私が教えましょう。神という概念体から教えられたのですが、本の世界は1種の平行世界として実在しております。そして、その中の一つ、『ありふれた職業で世界最強』という題名の本が舞台の世界線で、ここは主人公のヒロインの1人が住む町です。そして、約10年後に異世界召喚されます。それまでに貴方が得た力を慣らしたりして満を持して待ちましょう。そして我々は貴方のサーヴァントとして此方に送られました。」

俺の疑問に答えたのはアーチャー・ケイローンである。

「ついでに言えば、他の転生者が介入してさらに厄介なことになるかもしれん。とも言っていたな。」

「てことは暫くは鍛錬ないしは悲劇を無くすために行動をしてもいいってことか。」

「………汝、どうするのだ?」

「簡単な事だ。ヒロインの1人っていう子に魔を教えておくことで対処法を速く見つけれる様に促す。判断の遅れで死んだら嫌だからな。後は、時空間を移動する術と此方に来た異世界人が順応できるようにすることしておく。後は、転生者の確認。場合によっては此方に引き込む。」

「成程、素早く済ませる方法を探るのですね。後は、協力者の確保ですか。かなり大変ですね。」

「そこで、翁には10年以内に日本の裏を探って欲しい。暗殺はあんたの判断に任せるが。俺の予想だと日本政府は異世界のことを隠蔽してるかもしれない。転生者が選んだ力の分だけこの並行世界は混沌だろうさ。第2魔法が使えたら原作を引っ張ってこれるんだが………」

「それくらいなら出来るわよ?」

「え、使えんの?使えるんなら後でリストを渡しておく。転生者が特典で選びそうなのをな。」

「あとは、他作品の主人公格や敵キャラ格が現れたらそれはビンゴだろう。」

そして、まだ誰も気にしていなかった箱について話をする。

「ねぇねぇ、神からのプレゼントって何が入ってるのかな?」

「そういやそうだ。速く開けちまえよマスター。」

アストルフォとモードレッドに急かされながら開けることとなり、開ける。

その中身は、ぎっしりと敷き詰めてある本やお金、異世界で必要そうなアウトドア用品など様々だ。そんな中に手紙が一通あり、読む。

 

✲✲✲

 

この中身は、これから先に必要になるであろう品々です。

まずは異世界トータスの魔法や魔物、歴史などの本。

他にも、ハルケギニアについてや聖書についてもあります。

これらは全て転生者が特典で得た世界観もこの世界に適応されているからです。無論、原作も有ります。

他にも、黒鍵やインテリジェントデバイスも有りますので確認してください。

P.Sこれは異空間倉庫です。サーヴァント分もあるので渡しておいてください。

 

✲✲✲

 

「プレゼントの中身が、これから必要なもの全てという事について………」

「「…………正直に言おっか。」」

「「「必要なもの全部揃ってるから暇になる」」」



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第3話

俺は今、アストルフォ(以後は飛斗(アスト))とケイローン(以後は彗郎(ケイロウ))と一緒に街の中を歩いている。

何故かって?それは空中庭園以外での拠点を得るためだ。その訳は家庭訪問時に魔についてバレてしまわないようにするためだ。

そうそう、俺はともかく飛斗とモードレッド(以後は代赤(ヨセキ))は何故か俺と同じ身長だったので護衛という名目で俺と一緒に学校に行くこととなった。

そのあと、不動産屋で探し出した結果は廃屋同然な物以外はリークされており、買えないとのこと。

だが、彗郎は廃屋同然な物を土地事一括払いで購入した。その訳は単純にメディア(以後は萌愛(メア))の陣地作成で工房を作る為だ。

買ったその日から彗郎、萌愛、カルナ(以後は迦楼那)の3人が3日で仕上げた。

4日目に行くと、エーデルフェルトの屋敷並みに大きな屋敷ができていた。

しかも、異世界トータスを見つけ出した上に既に使われてない貴族の屋敷を土地事一括払いで買い、そこも工房化したとの事。

あらら、帰還方法出来ちゃった。

兎に角スゴすぎる。

何故か地下には和洋を取り入れてあったし、エレベーターやエスカレーターは当たり前。

何処かのアミューズメントパークと化している。しかも出入口がトータスと地球の俺達の家という事だ。

他にもギミックはあるらしいが割愛。

何この人達、商品や部品、中の施設を建てる材料は何処から持ってきたの?

「神という概念体から送ってもらいました。」

「「「あ、さいですか」」」

取り敢えず、お隣に挨拶をする。

お隣は、主人公である南雲ハジメの嫁の1人である八重樫雫の家である道場だった。

挨拶が終わり、家?に帰る。

が、そこで八重樫鷲三さんから

「どうせなら家のやっている剣道の見学をしてみるかい?」

と、誘われたので俺と飛斗、代赤は参加する。

門下生の中で1番見所があるのは鷲三さんの孫である八重樫雫という子で、彼女は努力家のようだ。

ただ、年頃の少女ではなく1人の戦士のような目でしている事に疑問を持った。

「鷲三さん、何故雫さんはあの様な目をしているんですか?」

「……ほう、あの目がどの様な目か分かるのか?」

「はい、家にも2人いるので分かりました。あの子、焦ってないですか?無理に追い付こうとしてる」

「あの子は門下生達が強いから越えようとしてるのさ。年齢や身長面でまだ出来ないのだが……」

「あ、そうだ!鷲三さん鷲三さん耳貸して。」

「む、どうした?」

飛斗が何か思いついたのか鷲三さんに話しかける。

「ごにょごにょごにょごにょ」

「ほう?ならばかくかくしかじかでどうだ?」

「おぉ、それで行こう!」

2人が話してる所に鷲三さんの息子である虎一さんとその妻である霧乃さんが来て、

「どうしたんだ?」

「それはね、ごにょごにょごにょごにょでかくかくしかじかだよ!」

「なんとっ!」

「あら、そんな手もあったのね。」

理性が蒸発した奴の話だ。どうせ家族で旅行に行くなり雫に剣道以外で関心を持ってもらう事でもしたのだろう。あるいは長期になるが女の子についてじっくりと染み込ませるのだろう。

その後、俺と代赤は試合をしてみたりして帰った。

 

その日の夜、萌愛と飛斗は出会っていた。

「────という訳なんだ。だから、少女趣味の君が協力してくれたら嬉しいんだ!」

「成程、八重樫家は代々暗殺の家計だけど雫って子には知らずに生きてもらいたい。けれど、意識が女の子ではなく戦士のそれと変わらない。そこで私に白羽の矢が飛んできた訳ね。いいわ、協力して上げる。その子の意識が女の子のそれに変わるといいわね。」

「本当かい!ありがとう!」

と、密かに雫を魔改造する基点が立ってしまった。

 

次日

 

「あれ?こんな朝っぱらから何処か出かけるのか萌愛?」

「えぇ、ちょっとした買い物よ。今日中には帰るから彗郎に教えておいて。」

「了解。あ、ついでに唐辛子の束をいくつか買ってきて。」

「?分かったわ。」

というやり取りがあったとか。



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第4話

 

昨日、道場に顔を出したら雫の目が変わっていたことにまず気がついた。

成程、萌愛が出たのはそういう事か。

取り敢えず、原作では異世界から帰還してからそういう事を意識するのだが、この世界では既に意識するようになった様だ。

そして俺は今、八重樫鷲三さんに話をしている。

なんの話かというと、

「うぅむ、まさか神代が実在したり、それが今も尚存在しているとは………」

「まぁな。昨日雫さんが連れ帰った傷だらけの白猫と黒猫。そして、貴方と虎一さんが撃退した変質者。

その関係は悪魔なる存在が特殊な猫又である猫魈姉妹を虐げ、従属させようとした。それで逃げ出したところで乙女心が開いてきた雫さんと出くわし流れる様に連れて帰った。悪魔はそれを追うが、雫さんのストーカーと思われて撃退。といったところです。

そこで、何故そんな事があるのかと言うと転生者が関係しているからです。」

「転生者ってラノベでよくある奴か?」

「おろ?知ってたんだ。なら話は早い。その通りです。だが、例外がある。それは、既に創作物として出ている力を望み、それとは違う創作物に転生することで創作物同士が統合されてしまう。」

「てことはこの世界もそうなのか?」

「はい。無論俺もその1人ですがこの世界は容認しているので大丈夫です。」

「容認って、お前さんが選んだ力でなければ対処が出来ない案件でもあるって言い方だな?」

「えぇ。その通りです。先にこの世界も創作物の1つと言いましたが、どの様な内容なのか分かりますか?」

「恋愛か青春、あるいはサスペンス当たりか?」

「いえ、根っからの戦闘ものです。しかも、異世界も関係している。」

「異世界ってますます面倒だな。まさか家の雫が異世界転移に巻き込まれるとか………」

「当たりです。10年後に異世界に跳ばされてしまいます。しかも、跳ばされた訳は跳ばした本人の依り代探し。見付けたら乗っ取って自らの手でその異世界を消滅させる気です。」

「………それはシャレにならねぇじゃねぇか。ってか依り代とか自らってそいつは神か何かか?」

「正確には亜神という権能を手に入れただけの存在。恐らく、掌握という権能を手に入れて好き勝手できるから神だと思っているのでしょうがそれはあくまでもその異世界の中の話。この世界の存在は掌握不可の存在が幾数多も居ます。現に俺は竜の心臓を持っている。今それを知った貴方は今、なら何故竜ではないのか?と思いますよね。それは因子を本来の竜の約20倍も有したことで逆に制御できるようにしただけです。まぁそれは置いておき、取り敢えずは世界の裏側の奥を教えておきます。」

「……………取り敢えず、家族には教えていいか?猫魈のことと、お前さんらが10年後の災厄な未来を変えるために世界そのものが寄越した超越者。という肩書きでな。恐らく儂らは何も出来ん。その時は雫を頼む。」

「あぁ、その事なんですが…………………………………………ですから、近いうちに行くんでその時にどうするか決めておいてください。」

「…………………か。分かった。考えておこう。」

鷲三さんは爺馬鹿だが、信用にたる。だからこそ、教えた。そして、裏の存在だが後ろ盾が出来たのは僥倖だ。

そのあと、雫や猫魈姉妹と遊んでいた飛斗と代赤を呼んで家に帰った。




忘れてましたが
アストルフォ=飛斗、なのは最初の3文字から取ったもじり、
ケイローン=彗郎、なのは語呂が似ているから
モードレッド=代赤、なのはモードチェンジのチェンジが代わるの意味なのでそこから「代」が、レッドで赤なので代赤となった。
メディア=萌愛、なのは某黒の剣士のように間を除けただけである。
カルナ=迦楼那、なのはご愛嬌
因みにハサンは「破王の翁」かそのまま翁で通るし
魔神・沖田オルタはそのまま沖田総司である


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第5話

あれから5年が経ち、俺は12歳になった。そして、今までの事を箇条書きで説明すると

 

・八重樫家や道場の門下生達は容認した。

・鷲三さんや虎一さんを始めとした門下生達と一緒に異世界トータスの事を勉強してトータスに行く。

・そこで冒険者となり、各地に拠点を得てそこと我が家の地下にあるアミューズメントパークもどきと繋げることで世界各地に行ける。

※全て萌愛によって要塞化している。それと、空中庭園を異動させたのでそれを介しての移動も可能。

・着々とレベルを上げて今では70を越えたものもいる。

・冒険者ランクが白ないしは黒の者もいる。

・此方の世界とトータスを行き来しているため行く人間を当番制にした。

・とうとうアミューズメントパークもどきにトータスの物資まで売り始めた。

・他にも、大手企業の社長である南雲愁さん率いるプログラマー達が何処からか聞きつけてきて今は己が経験してより素晴らしいゲームを作ろうと躍起になっている。

※彼らのおかげでアミューズメントパークもどきから本当のアミューズメントパークと化した。デパートの方がしっくりくる。

・迦楼那が斥候としてトータスで行動する事となった。

※常識人が破王の翁か代赤しかいない件について………

・ヨーロッパ辺りが胡散臭いから行ってみたら金髪の子アーシア・アルジェントが追い出されたので居候として家にいる事となった。

※萌愛の強い要望から

・なんと、七大迷宮を迦楼那が攻略した。概念魔法とやらを手に入れたので一旦帰ってきた。

・なんと、萌愛が概念魔法とやらを解析してプログラマー達と門下生達にも使える様になった。

・概念魔法を使って、天の鎖(エルキドゥ)を生み出した。え、抑止力が働いてない本体だって………エヒトルジュエには同情しか湧かなくなった。

・さらに、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)静寂の終剣(イルシオン)で放てるようにした。

※試しに使ったらオーストラリアのエアーズロックを半分消し散った。

そんな事がなんやかんやあって、今日は小学校の卒業式だ。

俺、飛斗、代赤は氷室なので並んでいる。

因みに、天之河光輝(ひかってる)とかいう奴がいた。そいつはご都合主義の塊でできていたので俺達や雫、猫魈の白音と親友の白崎は避けていたが奴は何時も俺達に付き纏うせいで裏の話が出来ない。あ、白崎は天然故にゲームとしか認識していないからいてもいなくても大丈夫だ。

ある時に付き纏う訳を聞くと、

「何言ってるんだい?友達だからさ。」

とかわけわかめ。

今日、卒業式を終えて帰ろうとしたところまた現れて一緒に帰ろうとか言い出す始末。

「すまんが俺らはあんたとは帰り道が逆なんでね。ここでお別れだ。」

拒否しても、

「なら一緒に行くよ!」

とさ。既に修復不可能な領域にいるため、呆れるばかり。

そこに救いの手が伸びた。

「おーい、泉奈、飛斗、代赤、雫、白音、香織!帰るぞ!」

声を掛けてきたのはマイクロバスを運転して来た中野信治と助っ席には斎藤良樹がいた。しかも、バスの中には最近アイドルとなった誘宵美九がおり、他にもアシスタントや専属のカメラマンもいた。

それに乗じて光輝から離れる。

バスに乗った八重樫の2人と香織は「久しぶり、美久ちゃん!」と抱き合っている。

それを外から見ていた光輝は何を思ったのか走って来て乗ろうとしていたが、運悪く信治が戸を閉めて乗れずさらに信治は気付かずにバスを発車させる。

その時光輝は信治を睨めつけていた。

 

そのあと、家の前まで来たら大通りから家の敷地に入り、地下に向かう。地下に入るとプログラマー達の家族や門下生達の家族、果ては両方の世界の者達が交流していた。

「…………………なんか混沌になってんだがどういう事だ?」

「そいつは簡単でっせ?エヒトルジュエに感化されてない真っ当な奴らを保護した結果だとさ。種族同士の喧嘩は怒らないように精神安定用の魔術を適応しているとか。そのうえ、トータスの真実を知った者達の憩いの場になってるのさ。迦楼那さんが七大迷宮であった事実を語るから尚のこと信憑性が高いからな。」

良樹が教えてくれた。

あと4年後に始まってしまう。



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第6話

俺は今、冬木市にいる。

何故かと言うと俺に新たな令呪が宿ったからだ。

24個の令呪を持つ中で3つ増えたことに気づき、急いで探した所で発見したのだ。冬木市を…

それで、皆には一言伝えてから此方に参加する。召喚媒体は無い。なら召喚するのかと言えば違う。

なんと、俺自身が9組目のマスター兼サーヴァントとして参戦することとなったのだ。まぁ、付き添いとしてアルターエゴの総司が着いてくるが…

因みにクラスはセイバーである。使用出来る宝具は静寂の終剣(イルシオン)星起するは静寂の終剣(イルシオン・ステラ)不滅なる獄鎖の氷界(アブソリュート・アンスターブリゲイド)の3つだけだ。星眠だけはダメだ。

取り敢えずは教会に行く。教会の中は薄暗いが、周りははっきりと見える。

「へぇ、ここであってんだよな?聖杯戦争に参加するには。」

中にいた神父に問いかけるとその神父はこちらを向いた。

「あぁそうだとも、8人目のマスターよ。しかし、7人目のマスターより先に来るとは少々早すぎはしないかね?少年?」

「そりゃあ、情報を常に集めてるからな。第四次聖杯戦争アサシン・百の貌ハサンの元マスター・言峰綺礼。いや、正確にはアーチャーの本来のマスターといった所か?」

「ほう、そこまでの情報をよく集めたな?如何にして集めたのか?」

「んなもん俺の目を見たらわかんだろ。俺は魔眼保持者だ。それも左右ひとつずつな。どんなのかは言わねぇぜ?」

「そうか。そこは諦めよう。それで、君はどのクラスの英霊を召喚したのかな?」

「セイバーだ。だが、基本的には干渉しねぇ。するとしたらイレギュラーが起こった時か、最後の2人となった時くらいだな。それ迄はのんびりしておきますよ。あっと、俺の名はアブソルートだ。じゃあな。」

言峰綺礼と幾つか語り、直ぐにここを去る。セイバーと化したお陰で霊体化も可能だ。

反対方向から3人、赤のコートを羽織っている黒髪ツインテの少女と赤胴の短髪で黒と白の長袖ジャケットを来ている少年、黄色のレインコートを羽織り、鎧を着た少女がすれ違う。

鎧の少女は1度此方に向き直ったが少年に呼ばれて行ってしまう。

「へぇ、あれが主人公達や俺のオリジナルか。」

「ということは、彼が衛宮士郎でレインコートの方がアルトリア・ペンドラゴンですか。どちらも不安定ですね。まぁ、しばらくは会いませんが。」

 

そこから、バーサーカーとセイバーが戦ったのを見てから主な施設を周る。

町中を周り、最後に柳洞寺と秋穂原学園だけとなり、学園に侵入。内部構造を把握していると、偶然1つの刻印を見つけた。

「こいつ……………はぁ。静寂の終剣(イルシオン)。」

この刻印が魂喰をするものだと気づいてイルシオンで終剣で纏めて消す。

周りを確認して、学園に張り巡らせてあるものを解除出来ていたので直ぐにここを去り、柳洞寺に向かう。歩いて階段を登っていると人影が見えた。

「そこの者、何用でこの地へ参った?」

「ん?俺か?俺はただの観光だよ観光。かなり時間が掛かってね。ここで最後さ。」

「そうかそうか。ならば通って良い…………とでも言うか戯け。この様な時間に観光などと言う奴がいなかろう。」

「え、ここにいるんだが?」

「…………………あくまでも観光と言い張るのなら口を割らせるまで。」

「アサシン・佐々木小次郎、切り合うならば名乗りは必要であろう?だが、お前さんは語らぬとも良い。剣で知れば良いからな。」

「そうかい。一応聖杯ってやつを1目見たかったんだがな。無理ならば去る。それだけだ。あと、逸脱し過ぎたら終焉が訪れるってあんたのマスターに言っときな。魂喰の刻印は全て解除したってな。俺の名はセイバー・セカンドだ。」

アサシンの妨害があり、柳洞寺の観光がおじゃんになった。

軽くショックを受けながらも霊体化して柳洞寺を去る。

 

しばらく日にちが経ち、最初の脱落者が出た。そいつはライダー・メデューサである。

次で、イレギュラーが発生した。

まず、衛宮士郎がアーチャーと同じ力を解放した。そして、セイバー・アルトリアがキャスターに攫われてしまった。ってキャスターはメディアかよ。

教会の地下でアーチャー陣営とキャスター陣営がぶつかり合う。

かと思ったらアーチャーはマスターを殴り飛ばした。アーチャーのマスターがキャスターのマスターにガントを放つも、失敗に終わる。なんせ、アーチャーが庇ったからだ。

「どういうつもり、アーチャー。」

「さて、彼女をここで殺すのは理想論だと思ってね。逃げるだけならば彼女は当代1位だ。何しろ逃亡の時に実の弟すら八つ裂きにする女だからな。」

「知った様な口を聞くのね?貴方には私の招待を知っての物言い?」

空中から降りたキャスターがアーチャーに聞く。

「竜の骨を利用した魔術はコルキス王の魔術と聞く。その娘、王女メディアは稀代の魔女だと聞いたが?」

「っ!!」

「まさかあいつ………」

キャスターが舌打ちし、いつの間にやら来ていた衛宮士郎が呟く。

アーチャーはそれを1目見て、

「さて、キャスター。一つ尋ねるがお前の許容量にまだ空きはあるのだろうな?」

「アーチャ………あんた…………」

「ふふふっははっ、当然よ。全ての英霊を扱えるほど貯蔵はあるわ。」

「ならば話は早い。以前の話、受けるとするよキャスター。」

なんと、アーチャーが突然裏切ります発言をした。その時点でこのあと何が起こるか分かったので、

「アルターエゴ、あとは頼む。」

「えぇ、沖田総司としての意識が怒っていますね。主を裏切るとは万死に値する。」

アルターエゴに頼んで俺はここを去る。

「あの時は断ったのに?」

「状況が変わった。セイバーがそちらにいるのならば勝てる方に着くのは当然だろ。」

キャスターは宝具を出しながら、

「私は裏切り者を信頼しない。」

「確かにな。私は私のために軍門に下るだけだ。そこに信頼も忠誠もありはしない。だが、サーヴァントとは元々そういうものでは無いのか?」

「ふん、いいでしょう。貴方1人御しえないのならば私の器も知れるというもの。貴方の思惑に嵌って上げましょう。」

そして、キャスターは宝具をアーチャーの胸に刺して、発動させた。

その事によってアーチャーの元マスターから令呪が失われ、それをキャスターのマスターは殺そうと動く。

そこで、

「遠坂!」

衛宮士郎が高台から飛び降りて遠坂の元に向かう。キャスターのマスターが遠坂に手を出した所を遠坂を押すことで庇い、強化した木刀で相対、しかし粉砕される。そのすぐに殴り飛ばされて遠坂にぶつかり転ける。衛宮士郎は直ぐに立ち上がり、

投影・開始(トレース・オン)!」

干将・莫耶を投影して、向かってきたキャスターのマスターを下がらせる。

が、まだうまく使えないのか解除して倒れる。

「バカ士郎!あんたなんでこんな所に!?」

それに遠坂は近づき、抱え上げる。しかし、竜の骨で出来た魔物に囲まれてしまう。

「そこまでのようね。貴方の乱入には驚いたけど、結果は変わらないわ。ここでお終いにしてあげる。」

「いいや、待てキャスター。お前の軍門に下るのに1つ条件を付けたい。」

「条件ですって?」

「無抵抗で自由を差し出したんだ。その代償としてこの場では奴らを見逃してやれ。」

「ふん、言動の割には甘いのね貴方は。」

「傷心の元マスターをこのまま見捨てるのは英霊としてどうかと思ってね。」

「裏切り者の癖によく言えたものね。」

そこで、沖田は乱入した。

「確かにその通りですよ、第五次アーチャー。3騎士を名乗るのならばそれ相応の忠誠を見せて下さいよ。」

その言葉と共に骨の魔物を一瞬で切り捨てる。

「何者だ?」

アーチャー達からしてみれば、アサシンの刀並みに大きい刀を片手に携えた人物だろう。

「私ですか?そこのセイバーと似た顔を持ちますが、純粋な日本人ですよ。まぁ、サーヴァントクラス・アルターエゴ。言い難いならアサシンでもいいですよ。」

「へぇ、英霊ねぇ。貴方も何か用?」

「いえ、私はセイバーに言いに来ました。貴方はそんなものでは無いでしょう。そのまま越えなければそれまでだったということです。我がマスターのオリジナルでもあるのですから、乗り越えてください。すいませんねお邪魔しちゃって。」

「ち、ちょっとセイバーがオリジナルのマスターってどういう事!?ってもう居ない。まぁいいわ。今回は見逃して上げましょう。でも次に見苦しい真似をしたら………」

「当然だ。勝ちもしない戦いに挑む愚か者であれば容赦なく切り捨てられる。」

「行きましょ、今はあいつの言う通りよ。」

遠坂と衛宮士郎はここで撤退する。そこで声がかかる。

「恨むのなら筋違いだぞ凛。マスターとしてこの女の方が優れているからだ。私は強い方をとる。」

「そうねぇ。けど、後悔するわよ?私は絶対に降りない。キャスターを倒してあんたを取り戻す。その時になったら、謝っても許さないんだから。」

遠坂は唇を噛みながら教会を去る。

 

次日

 

俺と沖田はアインツベルンの別荘の中にいる。そして、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンというバーサーカーのマスターの背後にいたりする。

そのイリヤスフィールは今、仕掛けに引っ掛かった遠坂を見て笑っている。

「引っ掛かった引っ掛かった。凛はほんとに面白いわ。打てば響くってこういう事なのね。でも、無事に辿り着けるかしら?トラップ幾つか外して置こうかな?」

「お嬢様、まさかあの者達をこのまま招き入れるのですか?」

「え、別にいいじゃない?話し合いに来たって言ってるんだし。それに、聞いてみたいこともあるし。」

「お嬢様!!」

「セラは心配性ね。何か企んでいてもバーサーカーには勝てっこないんだから」

「それは事実ですが、私は反対です。」

「うるさい!もう決めたの!」

「城主である私が言ったんだから従いなさ「城主であるならば尚のこと追い払うべきです。アインツベルンの姫たるもの、然るべき招待状を送りきちんと礼節を持って夜会を開かなければ「セラ、頑固。あと、その例えちょっと違う。」」」

「………もう、分かったわ。」

「わかって頂けましたか?」

「それなら2人を連行して来なさい。」

「…………ハイ?」

「だから、捕らえてきなさいって言ってるの!!」

「はぁー。」

ホムンクルスの3人が会話していたら、何者かが侵入して来る。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?いっっ!?何処だよ此処!?彼奴人を連れ出しやがって!?本当にバーサーカーの居場所か!?」

セラとリーゼリットは素早く動いて対処に当たる。

「あれ、士郎、違う。」

「えぇ、人畜無害の子供ですね。さっさと片付けてしまいますか。」

「うぅん?お前達、もしかしてアインツベルンの召使いか?なら丁度いい。おい、バーサーカーの────」

 

ギィィィンッ!!

 

「うおぉぉぉ!?」

侵入したのはライダーの元マスターであるワカメだ。しかも、根性でリーゼリットが放ったハルバードの一突きを手で白刃取りをした。

「お黙りなさい。不意な来客に使う時間はありません。大人しく飛び降りて逃げ去るか、ここで鉄塊の餌食となるか、10秒の家に決めなさい。」

「10」

「え、」

「9」

「お、おい」

「8」

「おいおいおいおい」

「7」

「ち、」

「6」

「ちょいちょい」

「5」

「ちょいちょいちょいちょいちょいちょい」

「4、3、2、1」

「0」と言われる直前に一陣の風が吹き、ホムンクルスの2人はそこでもう1人が屋根の上にいることに気が付く。

「何かと思えばホムンクルスか。ふん、悪くない出来だ。人型でありながら自然の嬰児として成立している。良い柄型で作られたのだろう。」

「セラ、あいつ、凄く………」

「分かっています。私のことは気にせず貴方は逃げなさい。」

「そう怯えるな。その畏怖を以て不敬への冤罪とする。」

そう言ってもう1人の男は屋根に座る。

「命が惜しくば疾く失せよ。我がマスターを見逃した礼として10秒の猶予を与えてやる。」

「あの男がマスター?ではその言葉は聞けませんね。お嬢様を外敵から御守りするのが我らの役割。何処の王とお見受けしますが貴方のような血腥い男を通す訳には参りません。」

「そうか。花の様に散れ。貴様らの泣き声を聞けば聖杯の入れ物も駆けつけるだろうよ。」

「聖杯の入れ物……お前、イリヤの…………敵だ!!」

リーゼリットは、敵と決めつけて男に飛びかかる。が、ハルバードを持つ手を千切られた挙句、男の背後から黄金の波紋が幾つも展開される。そこから大量の宝具が出て来て……

「リーゼリット!!」

 

 

「魔術師共もまただめだ。道具に人の心を付けるなという。所詮お前らの純粋差に人間に報いられる。」

男が呟いてセラに近づく。

「この、…………め、……………に報いられなくても……」

「………そうか。」

男は黄金の波紋から1本の剣を出して、セラの首に剣を添える。

「では十分に役目を終えよ。」

そして、剣を振り下ろした。が、血が突如氷壁と化して庇う。そのうえ、すぐ横からバーサーカーに抱えられたイリヤがたどり着く。

イリヤから見たら、1人の男がセラを殺そうとしたが赤い氷の壁に阻止された構図だろう。

「っ………リズ、セラ。」

地面に着地して相対する。

「お前が聖杯の器を持つ人形か。ホムンクルスと人間の混ざりものとは、また酔狂なものを造ったな。」

「お前が…………2人を……………殺して。今すぐ彼奴を殺して、バーサーカー!!」

「フッ、だそうだ。来るがいい大英雄。貴様が相手なら俺の剣隊も晴れるというもの。神話の戦い。ここに再現するとしようか!!」

イリヤの命令でバーサーカーが構え、男が宣言する。

 

 

対決する事数刻が経ち、今はベランダに立つ。

男の背後にある黄金の波紋から大量の宝具が射出され、バーサーカーの肉体に弾かれる。バーサーカーはそれを意に返さずに堂々とする。

そこで、男は試しに1発放つ。

それは、剣で弾いた。

「そういうことか。」

男は何かに気づいたのか攻撃パターンを変えた。

今度は射出された剣の大半が貫いた。

「うっひょー!すげぇよ!今の全部宝具なのか!?」

ワカメが調子乗ってバーサーカーに近づく。が、男とイリヤは気にせず睨み合う。

「何だよお前ぇ、めちゃくちゃ強いじゃぁん!それに比べてこっちは見掛け倒しだったねぇ。これだからでかいの────」

「命が惜しくば下がっておけ道化。笑いを取るにはまだ早かろう。」

「───はぁ?フェ?」

男がワカメに警告すると同時にバーサーカーの身体から煙が上がる。そして、蘇った。

その間にワカメは安全地帯に逃げ込む。

「斬ろうが焼こうが倒れぬ英雄は見飽きたが、よもや本当に死から蘇る男がいたとわな。貴様の人生、逸話を宝具として昇華したものだろう。その宝具だけは俺の手には無い。これは俺も分が悪いか。……業腹だがその男には最上級の武具しか効かぬらしい。」

幾つかの宝具を放ち、バーサーカーは幾つか逸らすも2つ受けてしまう。

「曰く、ヘラクレスは十二の難行を乗り越え、その末に神の座に迎えられたと言う。まさに不撓不屈。人間の忍耐の究極よな。だが、俺の宝物庫はその真逆。無限にして圧制の究極だ。この通り英雄殺しの武器は有り余っている。子守りはそこまでだヘラクレス。本気にならねば貴様の試練、全て使い果たすことになるぞ?」

「バーサーカーは誰にも負けない。世界で1番強いんだから!!」

「GruAaaaaa!!!!」

バーサーカーは男に突撃して、男は刀剣類を射出する。

 

さらに数刻が経ち、広間にたどり着く。

因みに、俺と沖田はこの広間の廊下辺りで寝ていた。

天井を突き破って中に入ってきて、

「誰よりも強いんだから!!」

男の黄金の波紋がバーサーカーの背後にも展開されて刀剣類を射出される。

バーサーカーはイリヤを庇い、また試練を削った。

「貴様の敗北は決定した。どうだ?どうせ死ぬのならば最後に荷物を下ろすというのは?裸の貴様ならまだ俺を仕留める余地はあるぞ?」

男に誘われるが、バーサーカーはイリヤを庇う様に立ち塞がる。そして、姿を変える。

「そうか。では主共々死ぬがいい。」

男が刀剣類を射出して攻撃をするが、バーサーカーはそれを1人でに弾き、逸らして、言葉通り身を呈してイリヤを守る。

「………負けないで……………バーサーカー!!!!」

「Gruaaaaa!!!!!!!!」

イリヤに答えるように雄叫びをあげる。

「ならば、最大の試練をくれてやる!!」

男は万を越える刀剣類を射出して、バーサーカーは全て弾く。しかし、次が放たれており、受けてしまう。

「これで11、いよいよ後が無くなったなヘラクレス。」

そこで、バーサーカー・ヘラクレスが駆け出すが、真上から放たれた刀剣類を受けて、倒れる。

「早々に主を見捨てれば勝ち目はあったものを。所詮は犬畜生。戦うだけの者であったか。同じ半神として期待していたが、よもやそこまで阿呆とはな。」

男がヘラクレスに近づくと変化があった。既に十二の難行を全て失って尚、立ったのだ。

「ん?」

そして、仕留めようとしたが、それを辞めて空中に避けるも、鎖に雁字搦めにされてしまう。

「バーサーカー!?戻りなさい!バーサーカー!!」

イリヤが霊体化させようとしたが、出来なかった。

「なんで………私の中に帰れって言ったのに…………どぉして!?」

「無駄だ人形。天の鎖、この鎖に繋がれた者は神であろうと逃れられぬことは出来ん。いや、この男の様に神性が高いほど餌食となる。令呪での空間転移など、この俺が許すものか。」

そう言って、大型の槍を射出して心臓にぶっ刺さる。

「ひぃっ!?やだ!!やだよバーサーカー!!」

イリヤがバーサーカーの死を確認して、2、3歩ほど下がり、男は剣を取り出してイリヤに近づいて目を切りつける。が、ヘラクレスから流れ出た血から生えた鉄パイプ位の氷柱により、阻害される。

「えぇい、1度ならず2度までも!!他に誰かいるのではあるまいな!?」

男は周囲を確認するが見当たらない。

「確かにいるさ、ずっと霊体化して見てたぜ?」

そう、先程から氷で妨害していたのは俺である。

俺は霊体化を解除して廊下から出てくる。その時に、横の方で衛宮士郎と遠坂が俺のことを見ていたが無視。

「ほんと、あんたは鋭いのか頓珍漢なのか分からねぇな。そもそも、最初から警戒しとけよ。」

「貴様、王たる(オレ)を侮辱するとは、万死に値する!!」

ヘラクレスに放った大型の槍を射出して俺を穿つ。神性を持ち、Aランク以上の宝具なので俺を穿つ。

「ふん、我を侮辱した罪、その身で償わせてもらった。」

この時、衛宮士郎が飛び出そうとしたが遠坂に抑えられる。

「そうかい。なら良かったな。」

「何!?なぜ生きている!?」

「言い忘れてたが、9体目のサーヴァントクラスはセイバーだぜ?1人目のサーヴァント。第四次聖杯戦争アーチャー・英雄王ギルガメッシュ。」

「……………ほう、まさかヘラクレスの様に甦るか。だが、ならばまた殺すのみ!」

「…………静寂の終剣(イルシオン)

刀剣類が男、ギルガメッシュから大量に放たれるが俺にそれらが当たると全て霧散した。

「む、どういう原理だ、我が宝物が消えるなど……」

「そいつは俺の宝具の影響だ。」

俺は立ち上がりながら答える。その間に準備を始める。

準備とは、エルキドゥを生み出した様に人間の肉体を氷で精製して魔力糸で神経を造り定着させる。そうして、ホムンクルスより高性能な人間の身体を造り、イリヤの横に現して魂を移す。その事で、イリヤの元身体と新たな身体があり、イリヤの魂は新たな身体に定着した。

「………あれ、っ!?なんで私の身体が!?」

イリヤの驚きの声を無視してギルガメッシュに話す。

「俺の宝具は少々特殊でね。貴様に味合わせたるわ!!

第2宝具、不滅なる獄鎖の氷界(アブソリュート・アンスターブリゲイド)発動!!」

俺の心臓部が光輝き、アインツベルンの別荘から氷の世界へと変わった。

「ほう、まさか固有結界とは。だが、それがどうした?」

「あんた気づいてねぇのか?あんたの片脚、無くなってるぜ?」

「ふぁっ!?何故我の足が無い!?」

「何、俺が敵だと認識した相手はどんな存在だとしても凍る。そして砕ける。だから貴様はもうお終いだ。」

「おのれぇ!?雑種風情にこの剣を抜くとはな!!目覚めろ、エアよ!!」

俺の固有結界にギルガメッシュを封じ込めたせいでギルガメッシュは脚を失って倒れた。体細胞が凍る中、乖離剣エアを出して、

「この世界を破却せよ!!!天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!」

赤き旋風が固有結界内で荒れ狂う。が、一切砕けずに不発で終わった。

「な………に…………くだ……けな………かっ…………た………」

ギルガメッシュは氷と化して、俺はそれをイルシオンで砕く。

そして、固有結界を解く。直後、ヘラクレスが俺に攻撃を仕掛けてくるが、

「ケイローンに会いたくないか?」

その一言でヘラクレスの動きが固まる。イリヤはヘラクレスが生きていることを嬉しがって足に抱きつく。

俺はヘラクレスが伸ばした手を取り、魔力の供給をする。ヘラクレスの宝具のストックが満タンになったらそこを離れて、ホムンクルス2人の所に行く。その内1人はもうダメだが、もう1人、セラはまだ生きていたので、俺のストックの1つを与えて蘇生をする。

気絶しているので肩に抱えて戻ってくる。そこでは、遠坂と衛宮士郎がイリヤに話をしていた。

恐らく、協力してもらうために来たのだろう。

「話してるところ悪いんだが、此奴は何処に寝かしたらいい?此奴だけは間に合ったから蘇生したが………」

「あっ、それは───」

「お、おい!?彼奴は何処に行った!?」

「………慎二…………まだ諦めてなかったのか……」

「うるさい!?彼奴は僕のサーヴァントなんだぞ!!」

「何言ってんだこいつ?奴、ギルガメッシュのマスターは未だ言峰綺礼だろ。あと、イレギュラーは多方片付けたから俺は実家に帰る。やる事もあるしな。」

「そんな………馬鹿な…………」

ワカメは失意のもと崩れ落ちた。

「それじゃぁ俺は行くぜ。」

「待って、2人目のセイバーの名前は何?」

俺は去ろうとしたが、イリヤに呼び止められる。

「俺の名は、氷室泉奈。あぁ、俺は実家は埼玉の…………だ。そこで住んでるし、訳合って英霊が7体いる。知りたい事があったら2年以内に来な。教えてやっから。そうそう、そこのワカメの妹に紹介して置いてくれ。観上子市の伽藍の洞って言う事務所にあんたの中の膿を取れる奴がいるってさ。まぁ金が掛かるがな。それじゃ今度こそじゃあな。」

俺は今度こそあのアミューズメントパークがある家に帰った。



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第7話

聖杯戦争が終わって3ヶ月が経った。

これで俺、飛斗、代赤、雫、白音、香織は中学2年生となった。

因みに、光輝(ひかってる)とは別の中学である。

1年の間にあったことを教えよう。

・聖杯戦争のあとに、イリヤがバーサーカー・ヘラクレスとセラと一緒に此方に来た。

・俺は概念魔法で造った魂告令呪でクラスをバーサーカーからアーチャーに変えた。

・彗郎とヘラクレス(以後は栄光(さかみつ))の会話からして生前の蟠りを和解したのだろう。

・裏稼業繋がりで八重樫家から教えられた藤村雷蔵さんに冬木市での出来事を説明して事後処理に協力してくれるとのこと。

・遠坂と衛宮士郎はロンドンの時計塔に行くそうだ。

・セイバー(以後はアリア)は今、ちっちゃくなったモードレッドこと代赤を人形の様に抱き締めている。正直、イリヤと一緒に此方に来た。

・アーチャーは行方を眩ませてしまい、霊長の守護者(アラヤ)に戻ったのではないか?と言われている。

・ランサー(以後はセタンタ)はいつの間にやら異世界トータスに渡っており、冒険者ランク白だ。

・キャスターはバーサーカーとランサーの協力の元倒して、そのマスターは共に死んだとのこと。

・アサシンはマスターを美綴綾子に移して、秋穂原学園剣道部の顧問になっており、全国大会出場をさせる程育てているとか。

・迦楼那にノイントというエヒトルジュエの眷属が接触してきたとのこと。しかし、返り討ちにした。

 

そして、今は学校の屋上で昼食を皆でとっている。

因みに俺達以外に、なんの思惑も持たない転生者が2人居る。帰国子女の双子である。

姜弩奈瑠紅(ジャンヌ・ダルク)姜弩織咫(ジャンヌ・オルタ)

と言って、フランス人の父と日本人の母の間に産まれたハーフだが、性格はFateのあの二人と変わらない。

特典はわかる通りあの二人の宝具や身体スペックである。

「それで、あなた方はエヒトルジュエを倒す為に〈ありふれた職業で世界最強〉の大半を占める世界である異世界トータスに渡るのですか?」

「あぁ、大体がそうだな。あとは、〈ゲート自衛隊彼の地にて〉や、〈ゼロ魔〉とかそういった異世界に関わるもんの対処をするのさ。」

「それ、私も1枚噛んでもいいかしら?」

「っ!?織咫!!貴方は父と母を悲しませるのですか!!あの方達はそういう事に弱い!!貴方1人で決めないでください!!」

「うっ……………でも、将来的にはこういった仕事じゃないと私達はやって行けないわよ?いつボロをこぼすか分からないし…」

「でも、じゃありません!」

 

奈瑠紅と織咫が双子喧嘩を始めた。

 

「…………とにかく、転生者には何かしらの説明をしておかないと、怪しまれた挙句邪魔されても困るんだよ。」

「…………………確かに、それだと困る。だから、協力か不干渉のどちらかでお願い。」

代赤と白音が割って入って言う。

「…………はぁ、分かりました。考える猶予を下さい。」

姜弩姉妹との会話を終え、昼休憩が終わり授業を終えて家に帰宅する。

そこで各々したい事をする。

代赤はアリアの元で剣の稽古。

雫は道場に顔を出しに。

白音は黒歌と共にヘラクレスと一緒にケイローンに仙術を含めた武術の鍛錬。

飛斗は萌愛の仕事の手伝い。

中学から学校生活を始めたアーシアはトータスにある空中庭園の教会に祈りを捧げに。

俺は地球で集めたオリハルコンを概念魔法を使って新たな武具を作り始める。完成品はいつか教えよう。

そして………………

 

 

 

✲✲✲

 

 

 

「とうとうこの時が来たか。」と俺

「9年って意外に長かったね?」と飛斗

「だが、これからって意味もあるぞ。」と代赤

「はぁ、緊張するわ。」と雫

「………これが片付いたら悪魔との決着を付ける。」と白音

「しかし、エヒトルジュエの居場所が見当たらなかったのががっかりするな。」と鷲三さん

「我らがワルキューレ(雫ちゃん)を守り通すぞ!」

『おおっ!!!!!』と、門下生達

「彼等の戦いを直に見届けてゲームキャラの動きを造るぞ!!」

『おおっ!!!!!』と、プログラマー達

「我々も動きだしましょう。マスター、私達は一足先に向かっておきます。あわよくば討ちましょう。」と彗郎。

その他、何人かが言う。

そう。今日は騒動たる異世界召喚の1年前で俺達学生組の入学式だ。しかも、イリヤやアリアなど、1部の者は一緒に高校に通う事になっている。

入学式、会場で式が始まった時に生徒の中を確認したら、重要なメンバーはもちろん、他にも人がいる。

天之河光輝(あまのがわひかってる)

坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)

白崎香織(しらさきかおり)八重樫雫(やえがししずく)

谷口鈴(たにぐちすず)南雲ハジメ(なぐもはじめ)

中村恵理(なかむらえり)永山重吾(ながやまじゅうご)

野村健太郎(のむらけんたろう)、影が薄い奴、

辻綾子(つじあやこ)吉野真央(よしのまお)

檜山大介(ひやまたいすけ)近藤礼一(こんどうれいいち)

相川昇(あいかわしょう)仁村明人(にいむらあきひと)

玉井淳史(たまいあつし)菅原妙子(すがはらみょうこ)

宮崎奈々(みやさきなな)園部優花(そのべゆうか)

清水幸利(しみずゆきとし)

の他に、

明里藹須(めりおだす)霧切河須戸(きりぎりがすと)

逆廻十六夜(さかまきいざよい)

逆廻金糸雀(さかまきカナリア)

十門司滑斗(じゅうもんじかつと)

英王儀留雅(ひできみぎるが)聖岸愛瑠都(せいきしあると)

姜弩奈瑠紅(ジャンヌ・ダルク)

姜弩織咫(ジャンヌ・オルタ)

と、転生者組がかなり居る。

そしてちゃっかり原作キャラが2人居ることについて…

あとは、

氷室泉奈(ひむろいずな)

氷室代赤(ひむろよせき)

氷室飛斗(ひむろあすと)

氷室満愛(ひむろありあ)

八重樫白音(やえがししろね)

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、

誘宵美九(いざよいみく)

俺達がいた。

因みに、栄光は霊体化して何時もイリヤのそばにいる。

教師陣には

畑山愛子(はたやまあいこ)衛宮士郎(えみやしろう)

遠坂凛(とおさかりん)間桐桜(まとうさくら)

氷室迦楼那(ひむろかるな)

が教師である。ってなんでそこにいるんだ迦楼那!?しかも、あの二人はロンドンに行ったのではなかったのか!?



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第8話

ある日のことだ。

いつものメンバーで帰っている所、少し先にあるたこ焼き屋でトラブルが発生した。

ある少年が祖母に買って貰ったたこ焼きを偶然通りかかった不良にぶつかり、服を汚してしまったのだ。

それを謝る2人と、それを見て不良達が増長して恐喝まがいのことをする。

周りは見て見ぬふり。そして、祖母がお金を払おうとした所、別の道から南雲ハジメが現れてそれを辞めさせる。

その直後、ハジメは公衆の面前で土下座を敢行。不良達がさらに増長してジュースを頭に掛けたり、唾を吐きかけられても一切動じず2人に代わって謝り倒す。

そこで、たこ焼き屋の向かいにある焼き鳥屋から何処かのマフィアの連中が現れて不良達にメンチを切って不良達が撤退。

そのあと、ハジメを立たせて汚れをハンカチで拭い、

「あんた根性あるな!人は見かけによらずってのはこういうこったろ?」

そのあと、2、3言言葉を交わしてマフィアの連中は立ち去る。

取り敢えず、皆に声を掛けようとしたら、皆が1人を凝視している。

それは香織である。

なんと、顔が恋する乙女のそれであった。

「へぇ、南雲ハジメに一目惚れしたんだな香織?」

「ふぇっ!?そそそそんなんじゃ無いよ!!」

「でも、南雲の度胸は凄かったな。しかも、マフィアの連中から名刺を貰ってたぞ?」

「それで、香織は何が好き?」

「それは南雲君っ…………!?!?もうっ!からかわないでよ飛斗君!!」

「認めたらどうだ?私は南雲君に一目惚れしましたってな。」

「泉奈さんまで!?」

「おい、さん付けってなんださん付けって。せめて君呼びしろ。」

「え、泉奈さんって女の子でしょ?」

『えぇっ?男なんだが知らなかった?』

「え、知らなかったのって私だけ!?」

『うん』

「そうだったんだ。泊まりがけの時、抱き枕にした事あるけど女の子の様な触り心地だからずっと気にしなかったんだけど………」

『何だって?』

「素材がいいから服もワンピースとか合いそうなんだけど、ずっとパーカーを羽織ってるから素顔をまだ知らないんだよね…」

『ゴクリっ』

「おーい、なぜ皆が凝視しているかは分からないが兎に角帰るぞ。」

 

………………この後、萌愛協力のもと飛斗を含めた女子勢に着せ替え人形にされた。

 

 

それから1ヶ月後

 

檜山大介、近藤礼一、英王儀留雅の3人が登校してきた南雲をいびり始めた。

いびる訳は簡単で、既に学園のマドンナの1人となった香織に声を掛けられているのに言われた事を改善しようとしないからクラス内ではワースト・ワンになっている。

南雲が席に着いた時、香織は直ぐに向かう。

「おはよう南雲君!今日はちょっと遅かったけどどうかしたの?」

「あぁ、おはよう白崎さん。うん、昨日はギリギリまで進めたからね。」

「そうなんだ。でも、しっかり睡眠を取らないといざって時に反応に遅れるよ?あと、寝たらオシオキね。」

「分かった。今日は23時迄には寝るよ。」

この会話からして原作と何か違うのが分かっていただけだだろうか?

そう、香織と南雲は付き合っているのだ。

って、オシオキってなんだ?

いつかと言うと約1ヶ月前から外堀を埋めていったのだ。

彼女の父である智一を降してからことある事に出会う様に仕向けて南雲に香織のことを意識させる。

そして、デート紛いな事をさせて告白をする………のだが何を先走ったのか、香織はラ○ホに特攻して南雲をタベタのだ。

それで南雲も諦めたのかどうか知らないけど、婚約を結んだのだ。

まぁ、南雲は将来が決まっているのでかなりの有望株である。

2人には超リアリティなゲームと称して異世界トータスで経験させたり、南雲はまだしも、そういった事に詳しくない香織に2次元やラノベを教えたりもした。

そして、女子勢や1部の男子以外は既知なのでこれが2人の関係であると遠くから暖かい目で見ている。

が、それを知らない1部の男子のうち1人が、ご都合主義の光輝(ひかってる)である。

「香織、また彼の世話を焼いているのかい?全く、本当に香織は優しいな。」

「……………」

そいつの幼馴染である坂上は香織と南雲が付き合っていることを知っているため、何も言えない。

しかも、南雲が入学前から就職先が決まっているのを俺が口走ったため、それを知った彼は、そしたら高校生活が暇になるな。と脳筋なりに理解しているのだ。

「おはよう、天之河君、坂上君。はは、最近忙しいからそのなりが収まるまではこういう感じになるかな?」

南雲が忙しいのは愁の仕事の1部を肩代わりしてる部分があるからだ。まぁ、跡取りなのでそれに慣れるためってこともあるが……

「それが分かっているなら直すべきじゃないか? いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

そして何も知らない奴は皆からして目を疑う様なことを発する。

「? 光輝くん、なに言ってるの? 私は、私が南雲くんと話したいから話してるだけだよ?」

天然な香織は光輝が周りのように自分が南雲と付き合っていることを知っている気で話すので全然噛み合わない。

そして、クラス内女子勢は香織の天然さに少し呆れ混じりの嘆息をして、男子は1部の男子以外は大体が南雲に「泣かすんじゃねぇぞ!」とプレッシャーをかける。

「え? ……ああ、ホント、香織は優しいよな」

 どうやら光輝の中で香織の発言はハジメに気を遣ったと解釈されたようだ。完璧超人のせいか自分の正しさを疑わないという重症な欠点がある。

…………………どっかで見聞きしたセリフだと思ったら異世界トータスに飛ばされる日の朝の出来事のセリフじゃね?

〈メーデー、諸君聞こえるかい?〉

『?』

〈なんの因果か予定が早まった。今日異世界トータスに飛ばされるかもしれない。至急準備にかかれ。雷蔵さんには電話しておく。〉

『了解!!!!!』

念話をしていたらチャイムがなる。

教師の衛宮士郎と副担の畑山愛子(以後は愛ちゃん)が入ってくる。教室の空気のおかしさには慣れてしまったのか何事もないように朝の連絡事項を伝える。そして、当然のように授業が開始された。

違うとすれば、南雲がちゃんと授業に取り組んでいることだ。

彼女の面子のためだとは思ってるが。

 

✲✲✲

 

チャイムがなり、昼休憩に入る。

購買に走って行く猛者共や机をくっ付けて弁当を広げる者、中には愛ちゃんと一緒に食べている者達もいる。

俺、飛斗、代赤、雫、白音、イリヤ、満愛、美久、姜弩姉妹、十六夜と金糸雀、十門司、衛宮士郎(以後は士郎)、遠坂、間桐、迦楼那と、かなりの所帯である。

因みに香織は南雲を誘いに行っている。

「んで、異世界転移ってどういうこった?面白そうな話をしてんな?」

「それがラノベである典型的なやつならな。エヒトルジュエっつう神を殺さねぇとその世界は滅ぶがな。」

「…………異世界、か。箱庭が懐かしく感じる。」

「はぁ、これは1種の修正力なのですか?巻き込まれる運命なのでしょうか?」

「それで、いつ異世界に転移すんのよ?」

『…………これから。』

香織が南雲を連れてこっちに向かおうとして光輝の妨害を受けていたところ、床が突如光だしたのだ。

それは、光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学きかがく模様が現れ、その異常事態には直ぐに周りの生徒達も気がついた。全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様――-俗に言う魔法陣らしきものを注視する。

 その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。

 自分の足元まで異常が迫って来たことで、ようやく硬直が解け悲鳴を上げる生徒達。未だ教室にいた愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び色を取り戻す頃、そこには既に誰もいなかった。蹴倒された椅子に、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消していた。

 この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして、大いに世間を騒がせるのだが、それはまた別の話。



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第9話

 

光が収まり、目が慣れてから開くと教室では無くなっていた。

1番初めに目に付くのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。

背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。美しい壁画だ。素晴らしい壁画だ。

しかし、俺達はそれを見ずそれ以外を見渡す。

周囲を見てみると、どうやら俺達は巨大な広間にいるらしいということが分かった。

素材は大理石で出来ており美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間である。

俺達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。周りには南雲や香織と同じように呆然と周囲を見渡すクラスメイト達がいた。どうやら、あの時、教室にいた生徒は全員この状況に巻き込まれてしまったようである。

南雲は香織に手を貸して立ち上がらせる。

南雲の手を取り立ち上がる香織。怪我はないようで、南雲はホッと胸を撫で下ろす。

そして、おそらくこの状況を説明できるであろう台座の周囲を取り囲む者達への観察に移った。

そう、この広間にいるのは俺達だけではない。少なくとも三十人近い人々が、俺達の乗っている台座の前にいたのだ。まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で。

彼等は一様に白地に金の刺繍ししゅうがなされた法衣のようなものを纏まとい、傍らに錫杖しゃくじょうのような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。

「泉奈さんや、まさか異世界転移ってこれのことか?」

十六夜が小声で聞いてきたので俺は頷きながら静かにする様指を立てる。

「奴らは敵の手下共だ。下手なことしたらいざって時に困るぞ。」

その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢ごうしゃで煌きらびやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子えぼしのような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。

もっとも、老人と表現するには纏う覇気が強すぎる。顔に刻まれた皺しわや老熟した目がなければ五十代と言っても通るかもしれない。

そんな彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音で俺達に話しかけた。

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺こうこうや然とした微笑を見せた。

 

✲✲✲

 

今俺達は、場所を移ってから十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

この部屋も例に漏れず煌びやかな作りだ。素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。

おそらく、晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に士郎、遠坂、間桐、迦楼那、愛ちゃんが座り、続いて光輝とあと3人が、後はその取り巻き順に適当に座っている。俺達は中間辺りで、南雲と香織は最後方だ。

ここに案内されるまで、精神が図太い奴が喋る以外は大して騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないからだろう。イシュタルが事情を説明すると告げたことや、教師陣が落ち着かせたことも理由だろうが。

副担よりも先に落ち着かせていた迦楼那を見て、愛子先生が涙目だった。

全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。が、俺や鈍感な士郎、理性蒸発者である飛斗、本物の英雄たる迦楼那や香織がいる南雲は一切動じなかった。

こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイドさん達を凝視している。もっとも、それを見た女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさを宿していたのだが……

全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。

要約するとこうだ。

まず、この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。

人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。

それが、魔人族による魔物の使役だ。

魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。

今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。

これの意味するところは、人間族側の〝数〟というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。

「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

イシュタルはどこか恍惚こうこつとした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろう。

イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

俺達は〝神の意思〟を疑いなく、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに言い知れぬ危機感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

愛ちゃんだ。

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

ぷりぷりと怒る愛ちゃん。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。

〝愛ちゃん〟と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある教師を目指しているのだとか。

今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。

「ふ、不可能って───」

「笑わせんなよ狂信者。行くの反対が帰るのように召喚したんなら送還もできるだろうが。」

愛子先生が叫ぶが十六夜が口を挟む。

「…………………先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そ、そんな……」

「…………ちっ」

 愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とし、十六夜は黙り込む。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

パニックになる生徒達。

俺達はボロを零さないよう黙りをする。しかし、俺達は原作(・・)を知っているため、このあとの展開がわかっている。

誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。

だが、俺や満愛、代赤と迦楼那は、その目の奥で侮蔑が込められているのが分かった。今までの言動には「エヒト様に選ばれておいてなぜ喜べないのか」とでも思っている。と、迦楼那が眼で読んだことを念話で言ってきた。

未だパニックが収まらない中、士郎達が立ち上がってなだめようとしたら、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。

同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

が、あの男が立ち上がった。

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわな。……気に食わないが……俺もやるわ」

「河須戸……」

「え、えっと、天之河君がするのなら私もする!!」

「恵里……」

 

いつもの光輝メンバーが光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった。

が、そんな中、立ち上がった男がいた。

「ダメだ。そんな事は1人の教師、いや、大人として認めるわけにはいかない。」

そう、正義の味方を目指し続けたが、満愛や遠坂のお陰でそのなりが納まった士郎である。

しかし、生徒から批判が殺到していき、結局、全員で戦争に参加することになってしまった。おそらく、クラスメイト達は本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるかもしれない。

俺達はそんなことを思いながらそれとなくイシュタルを観察した。彼は実に満足そうな笑みを浮かべている。

俺達はそこで気がついていた。イシュタルが事情説明をする間、それとなくクラスメイト達を観察し、どの言葉に、どんな話に反応するのか確かめていたことを。

正義感の塊である光輝が人間族の悲劇を語られた時の反応は実に分かりやすかった。その後は、ことさら魔人族の冷酷非情さ、残酷さを強調するように話していた。おそらく、イシュタルは見抜いていたのだろう。この集団の中で誰が一番影響力を持っているのか。

世界的宗教のトップなら当然なのだろうが、危険人物として俺は頭の中のブラックリストにイシュタルを加えるのだった。

 

✲✲✲

 

戦争参加の決意をした以上、クラスメイト達は戦いの術を学ばなければならない。いくら規格外の力を潜在的に持っていると言っても、元は平和主義にどっぷり浸かりきった日本の高校生だ。いきなり魔物や魔人と戦うなど不可能である。

しかし、その辺の事情は当然予想していたらしく、イシュタル曰く、この聖教教会本山がある【神山】の麓の【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているらしい。

王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神――創世神エヒトの眷属であるシャルム・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。

俺達は聖教教会の正面門にやって来た。下山しハイリヒ王国に行くためだ。

途中、何かの空洞があったので中に転移符を送っておいた。後で行こうか。

聖教教会は【神山】の頂上にあるらしく、凱旋門がいせんもんもかくやという荘厳そうごんな門を潜るとそこには雲海が広がっていた。

高山特有の息苦しさなど感じていなかったので、高山にあるとは気がつかなかった。おそらく大型魔術で生活環境を整えているのだろう。

クラスメイト達は、太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と透き通るような青空という雄大な景色に呆然と見蕩れた。

どこか自慢気なイシュタルに促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてきた。大聖堂で見たのと同じ素材で出来た美しい回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。

台座には巨大な魔法陣が刻まれていた。柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められないようでキョロキョロと周りを見渡していると、イシュタルが何やら唱えだした。

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん――〝天道〟」

その途端、足元の魔法陣が燦然さんぜんと輝き出した。そして、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。

どうやら、先ほどの〝詠唱〟で台座に刻まれた魔法陣を起動したようだ。この台座は正しくロープウェイなのだろう。ある意味、初めて見る〝魔術〟に生徒達がキャッキャッと騒ぎ出す。雲海に突入する頃には大騒ぎだ。

やがて、雲海を抜け地上が見えてきた。眼下には大きな町、否、国が見える。山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。ハイリヒ王国の王都だ。台座は、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に続いているようだ。

ハジメは、皮肉げに素晴らしい演出だと笑った。雲海を抜け天より降りたる〝神の使徒〟という構図そのままである。俺達のことだけでなく、聖教信者が教会関係者を神聖視するのも無理はない。

南雲は今頃、戦前の日本を思い出しているのだろう。政治と宗教が密接に結びついていた時代のことだ。それが後に様々な悲劇をもたらした。だが、この世界はもっと歪かもしれない。なにせ、この世界には異世界に干渉できるほどの力をもった超常の存在が実在しており、文字通り〝神の意思〟を中心に世界は回っているからだ。

自分達の帰還の可能性と同じく、世界の行く末は神の胸三寸なのである。徐々に鮮明になってきた王都を見下ろしながら、俺は一種の思いが胸に渦巻くのを我慢した。そして、エヒトルジュエの居場所を捜さなくては。と隣の誰かの手を握るのだった。

その手が誰のものかは分からないが。

 

✲✲✲

 

王宮に着くと、ハジメ達は真っ直ぐに玉座の間に案内された。

教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けて来る。俺達が何者か、ある程度知っているようだ。

 

 ハジメや十六夜、士郎は居心地が悪そうに、最後尾をこそこそと付いていった。

美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。

イシュタルは、それが当然というように悠々(ゆうゆう)と扉を通る。光輝等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。

扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢ごうしゃな椅子――玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって・・・・・・待っている。

その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更に、レッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと三十人以上並んで佇んでいる。

玉座の手前に着くと、イシュタルはハジメ達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進んだ。

そこで、おもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。どうやら、教皇の方が立場は上のようだ。これで、国を動かすのが〝神〟であることが確定だな、と俺や英霊、感の鋭い者達は内心で溜息を吐く。

そこからはただの自己紹介だ。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。

ちなみに、途中、美少年の目が香織に吸い寄せられるようにチラチラ見ていたことから香織の魅力は異世界でも通用するようである。だが、そいつは彼氏持ちだぞ少年。

その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかった。たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりしたが非常に美味だった。

士郎の料理人としてのスイッチが入ったのかシェフなどに料理法や材料を聞いていた。

ランデル殿下がしきりに香織に話しかけていたが、彼女は南雲一筋故にあやされているだけだが。それをクラスの男子が南雲を羨ましそうに見ているという状況もあった。

王宮では、俺達の衣食住が保障されている旨と訓練における教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけということだろう。しかし、俺達はする事があるのでいつか離れるが。

晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。天蓋てんがい付きベッドであるがそれを無視して床に寝転ぶ。

因みに南雲は香織や女子勢の強い要望もあり、香織と同じ部屋である。

その周りの部屋は教師陣が取り、それを中心に男子と女子に別れた。

俺が何故女子側なのか一言問いたいが。その前に爆笑しているそこのヘッドホン(十六夜)チビ(明里藹須)、こっちに来なさい殴るから。

因みに影の薄い奴(遠藤浩介)は肩を叩いて、グッジョブをしていた。だって、気配が気づかれない奴(遠藤浩介)性別が違うのに気づかれない奴(氷室泉奈)であるから。

言い忘れていたが此奴はなんと、あのハサン・サッバーハの血縁関係があるとの事。置いて来た破王の翁が一度会った時に言っていた。

 

✲✲✲

 

翌日から早速訓練と座学が始まった。

まず、集まった皆に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。

不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

騎士団長が訓練に付きっきりでいいのかとも思っていたのだが、対外的にも対内的にも〝勇者様一行〟を半端な者に預けるわけにはいかないということらしい。

メルド団長本人も、「むしろ面倒な雑事を副長(副団長のこと)に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。もっとも、副長さんは大丈夫ではないかもしれないが……

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落ごうほうらいらくな性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

俺はその在り方を気に入った。憧れたあの英雄もそんな感じだったから。よし、気づかれない様に十二の試練(ゴッドハンド)のストックを2つ送っておこう。それに、遥はるか年上の人達から慇懃いんぎんな態度を取られると居心地が悪くてしょうがないのだ。

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

アーティファクトという聞き慣れない単語に光輝が質問をする。

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属けんぞく達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

なるほど、と頷き生徒達は、顔を顰しかめながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。俺達も同じように血を擦りつけ表を見る。

 

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氷室泉奈 17歳 男(の娘) レベル:1«???»

天職:弓兵(アーチャー)«冠位裁定者(グランド・ルーラー)»

筋力:700«A-»

体力:1400«EX»

耐性:370«EX»

敏捷:3000«EX»

魔力:900«EX»

魔耐:500«EX»

技能:弓術[+速射][+連射][+魔力矢]・夜目・遠視・先読み・最速・«解析・隠蔽»

«騎士王[+宝具][+逸話][+円卓の騎士][+魔力放出(風)]

狩人の乙女[+宝具][+逸話][+速射][+連射][+魔力矢]

最速の英雄[+宝具][+逸話][+全ての力(パンクラチオン)][+勇猛]

不撓不屈[+宝具][+逸話][+流派射殺す百頭(ナインライブズ)]

宝具[+星眠するは静寂の終剣(イルシオン・ステラスリーピング)]

[+星起きるは静寂の終剣(イルシオン・ステラアーリィ)]

[+静寂の終剣(イルシオン)]

[+不滅なる獄鎖の氷界(アブソリュート・アンスターブリケイト)]

不老不死[+竜の心臓][+勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)][+十二の試練(ゴッドハンド)]

感知[+気配][+魔力][+熱][+音源][+心理]

歩法[+縮地][+瞬歩][+天歩][+空歩][+光歩]

魔力操作[+魔力放出(炎)(風)(雷)(氷)(時)][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]

想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]

概念魔法»限界突破・言語理解

※«»内は隠蔽しているものです。

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表示された。

まぁ、元から此方に来れていたので隠蔽しておかないとバレたら絶対に逃げられない。俺は身内に念話で教えておく。他の生徒達もマジマジと自分のステータスに注目している。

メルド団長からステータスの説明がなされた。

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に〝レベル〟があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない。ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」

メルド団長の言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないらしい。地道に腕を磨かなければならないようだ。

「次に〝天職〟ってのがあるだろう? それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

俺のステータスは弓兵と出ている。どうやら隠蔽には成功しているようだ。

クラスメイト達は上位世界の人間だから、トータスの人達よりハイスペックなのはイシュタルから聞いていたこと。なら当然だろうと思いつつ、口の端がニヤついてしまう者がいる。「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

この世界のレベル1の平均は10ということが分かった。南雲のステータスは見事に10だったはず。南雲が嫌な汗を掻き、首を捻っているのでそうなのだろう。

メルド団長の呼び掛けに、早速、光輝がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスは……

============================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==============================

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

俺としては低いと感じる。

団長の称賛に照れたように頭を掻く光輝。ちなみに団長のレベルは62。ステータス平均は300前後、この世界でもトップレベルの強さだ。しかし、光輝はレベル1で既に三分の一に迫っている。成長率次第では、あっさり追い抜きそうだ。

ちなみに、技能=才能である以上、先天的なものなので増えたりはしないらしい。唯一の例外が〝派生技能〟だ。

これは一つの技能を長年磨き続けた末に、いわゆる〝壁を越える〟に至った者が取得する後天的技能である。簡単に言えば今まで出来なかったことが、ある日突然、コツを掴んで猛烈な勢いで熟練度を増すということだ。

光輝だけが特別かと思ったら他の連中も、光輝に及ばないながら十分チートだった。それにどいつもこいつも戦闘系天職ばかりなのだが……

南雲のステータス欄にある〝錬成師〟を見つめる。響きから言ってどう頭を捻っても戦闘職のイメージが湧かない。技能も二つだけ。しかも一つは異世界人にデフォの技能〝言語理解〟つまり、実質一つしかない。

だんだん乾いた笑みが零れ始める南雲。報告の順番が回ってきたのでメルド団長にプレートを見せた。

今まで、規格外のステータスばかり確認してきたメルド団長の表情はホクホクしている。多くの強力無比な戦友の誕生に喜んでいるのだろう。

その団長の表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートをハジメに返した。

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド団長。

その様子に南雲を嫌っている奴らが食いつかないはずがない。鍛治職ということは明らかに非戦系天職だ。クラスメイト達全員が戦闘系天職を持ち、これから戦いが待っている状況では役立たずの可能性が大きい。

檜山大介が、ニヤニヤとしながら声を張り上げる。

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

檜山が、実にウザイ感じでハジメと肩を組む。見渡せば、周りの生徒達は檜山を白けた目で見ている。

まぁ、マイナーなアニメな方だが【鋼の錬金術師】がこの世界であったので1度広めた所、かなりの人数が気に入ったのだ。それ故にやりようでは万能型になるだろうと一目置いている生徒が多い。

「さぁ、やってみないと分からないかな」

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」

メルド団長の表情から内容を察しているだろうに、わざわざ執拗しつように聞く檜山。本当に嫌な性格をしている。取り巻きの2人もはやし立てる。強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物の行動だ。事実、香織や雫などは不快げに眉をひそめている。

香織に惚れているくせに、なぜそれに気がつかないのか。まぁ、彼女は南雲一筋なので無理だが。南雲は投げやり気味にプレートを渡す。

南雲のプレートの内容を見て、檜山は爆笑した。そして、斎藤達取り巻きに投げ渡し内容を見た他の連中も爆笑なり失笑なりをしていく。

「ぶっはははっ~、なんだこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」

「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」

「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

次々と笑い出す生徒に香織が憤然と動き出す。しかし、その前に怒りを込めた声を発した者がいた。十六夜だ。

「へぇ、ならあんたらはレアな職種で高ステータス、技能もたんまりとあるんだな?俺はこんなんだぜ?」

=============================

逆廻十六夜 16歳 女 レベル:1

天職:冠位万能(ミリオンクラウン)

筋力:ERROR

体力:ERROR

耐性:ERROR

敏捷:ERROR

魔力:ERROR

魔耐:ERROR

技能:正体不明(コード・アンノウン)・言語理解

===============================

『……………な・ん・じゃ・そ・りゃあぁぁぁ!?』

「やはは、こちとら南雲と同じ技能1つだぜ?それに、使い様は千差万別だ。南雲がどう扱うかによって変わる。ま、天之河の様な成長補正は無いだろうがな。」

十六夜のステータスに毒気を抜かれたのかプレートが南雲に返される。

 

 愛子先生が南雲に近づき、励はげますように肩を叩いた。

「南雲君、気にすることはありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

そう言って「ほらっ」と愛子先生はハジメに自分のステータスを見せた。

=============================

畑山愛子 25歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

===============================

ハジメは死んだ魚のような目をして遠くを見だした。

「あれっ、どうしたんですか! 南雲君!」とハジメをガクガク揺さぶる愛子先生。

確かに全体のステータスは低いし、非戦系天職だろうことは一目でわかるのだが……魔力だけなら勇者に匹敵しており、技能数なら超えている。糧食問題は戦争には付きものだ。南雲のようにいくらでも優秀な代わりのいる職業ではないのだ。つまり、愛子先生も十二分にチートだった。

ちょっと、一人じゃないかもと期待したハジメのダメージは深い。

「あらあら、愛ちゃんったら止め刺しちゃったわね……」

「な、南雲くん! 大丈夫!?」

反応がなくなった南雲を見て雫が苦笑いし、香織が心配そうに駆け寄る。愛子先生は「あれぇ~?」と首を傾げている。相変わらず一生懸命だが空回る愛子先生にほっこりするクラスメイト達。

南雲に対する嘲笑を止めるという目的自体は達成したものの、上げて落とす的な気遣いと、これからの前途多難さに、南雲が乾いた笑みを浮かべるのだった。

因みに、俺達は皆見せた所、スタートが勇者より強い事に驚いていた。まぁ、そうだろう。俺らは一騎当千の猛者共だ。



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第10話

 

俺は今、宝物庫にいる。

悩んでいるのだ。ここに何故宝具があるのか?どちらを選ぼうか。

山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)

霊峰踏抱く冥府の鞴(クル・キガル・イルカルラ)

のどちらにしようか。

…………よし、イルカルラにしよう。弦が無かったので氷で精製して繋げておく。大型の()だが、アタランテの権能たる何者よりも速くあるという力でも活用できる。

選んだ後、弓の射撃場に行く。クラスメイトが何人かいたがそれは無視をしておく。

そして、位置に着いたら矢を番えて放つ。的の真ん中に当たった挙句後ろの壁に刺さってしまっている。

そう言えば、南雲には魔術の適性がないことがわかった。

魔術適性がないとはどういうことか。この世界における魔術の概念を少し説明しよう。

トータスにおける魔術は、体内の魔力を詠唱により魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔術が発動するというプロセスを経る。魔力を直接操作することはできず、どのような効果の魔術を使うかによって正しく魔法陣を構築しなければならない。

そして、詠唱の長さに比例して流し込める魔力は多くなり、魔力量に比例して威力や効果も上がっていく。また、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなる。それは必然的に魔法陣自体も大きくなるということに繋がる。

例えば、RPG等で定番の〝火球〟を直進で放つだけでも、一般に直径十センチほどの魔法陣が必要になる。基本は、属性・威力・射程・範囲・魔力吸収(体内から魔力を吸い取る)の式が必要で、後は誘導性や持続時間等付加要素が付く度に式を加えていき魔法陣が大きくなるということだ。

しかし、この原則にも例外がある。それが適性だ。

適性とは、言ってみれば体質によりどれくらい式を省略できるかという問題である。例えば、火属性の適性があれば、式に属性を書き込む必要はなく、その分式を小さくできると言った具合だ。

この省略はイメージによって補完される。式を書き込む必要がない代わりに、詠唱時に火をイメージすることで魔法に火属性が付加されるのである。

大抵の人間はなんらかの適性を持っているため、上記の直径十センチ以下が平均であるのだが、ハジメの場合、全く適性がないことから、基本五式に加え速度や弾道・拡散率・収束率等事細かに式を書かなければならなかった。

そのため、〝火球〟一発放つのに直径二メートル近い魔法陣を必要としてしまい、実戦では全く使える代物ではなかったのだ。

ちなみに、魔法陣は一般には特殊な紙を使った使い捨てタイプか、鉱物に刻むタイプの二つがある。前者は、バリエーションは豊かになるが一回の使い捨てで威力も落ちる。後者は嵩張るので種類は持てないが、何度でも使えて威力も十全というメリット・デメリットがある。イシュタル達神官が持っていた錫杖は後者だ。

ん?魔法じゃないのかって?あんなのを魔法と言ったら、青崎やゼルレッチはどうなるのだよ?

って話になる。

しばらく矢を射ていたら、招集がかかったのでメルドの元に向かう。

訓練施設に到着すると既に何人もの生徒達がやって来て談笑したり自主練したりしていた。どうやら案外早く着いたようである。

しかし、俺より先に来ていた者達がいた。

それは檜山大介率いる小悪党3人組(南雲が命名)である。訓練が始まってからというもの、ことあるごとに南雲にちょっかいをかけてくるのだ。ほんと、懲りない奴らだ。

「よぉ、南雲。なにしてんの? お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」

「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」

「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」

「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」

一体なにがそんなに面白いのかニヤニヤ、ゲラゲラと笑う檜山達。

「あぁ? おいおい、儀留雅、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

そんなことを言いながら馴れ馴れしく肩を組み人目につかない方へ連行していく檜山達。それにクラスメイト達は気がついたようで香織に報告しに行った。

あ、実を言うと、南雲には士郎が付きっきりで物を造るに当たって大事な事を教えていたので、拳銃を造っていた。名をドンナーというそうだ。

俺は、わかりやすい所で偶然持っていた改造した端末で録画する。

「いや、衛宮先生がいるから大丈夫だって。僕のことは放っておいてくれていいからさ」

 「はぁ? 俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの? マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」

そう言って、脇腹を殴る檜山。南雲は「ぐっ」と痛みに顔をしかめながら呻く。

檜山達も段々暴力にためらいを覚えなくなってきているようだ。思春期男子がいきなり大きな力を得れば溺れるのは仕方ないこととはいえ、その矛先を向けられては堪ったものではない。かと言って反抗できるほどの力もない。南雲は歯を食いしばるしかなかった。

やがて、訓練施設からは死角になっている人気のない場所に来ると、檜山は南雲を突き飛ばした。

「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」

檜山、英王、近藤の3人が南雲を取り囲む。南雲は悔しさに唇を噛み締めながら立ち上がった。

「ぐぁ!?」

その瞬間、背後から背中を強打された。近藤が剣の鞘で殴ったのだ。悲鳴を上げ前のめりに倒れる南雲に、更に追撃が加わる。

「ほら、なに寝てんだよ? 焦げるぞ~。ここに焼撃を望む――〝火球〟」

英王が火属性魔術〝火球〟を放つ。倒れた直後であることと背中の痛みで直ぐに起き上がることができない南雲は、ゴロゴロと必死に転がりなんとか避ける。だがそれを見計らったように、今度は檜山が魔術を放った。

「ここに風撃を望む――〝風球〟」

風の塊が立ち上がりかけた南雲の腹部に直撃し、南雲は仰向けに吹き飛ばされた。「オエッ」と胃液を吐きながら蹲る。

魔術自体は一小節の下級魔術だ。それでもプロボクサーに殴られるくらいの威力はある。それは、彼等の適性の高さと魔法陣が刻まれた媒介が国から支給されたアーティファクトであることが原因だ。

「ちょ、マジ弱すぎ。南雲さぁ~、マジやる気あんの?」

そう言って、蹲うずくまるハジメの腹に蹴りを入れる檜山。南雲は込み上げる嘔吐おうと感を抑えるので精一杯だ。

その後もしばらく、稽古という名のリンチが続く。南雲は痛みに耐えながらなぜ自分だけ弱いのかと悔しさに奥歯を噛み締める。本来なら敵わないまでも反撃くらいすべきかもしれない。

しかし、小さい頃から、人と争う、誰かに敵意や悪意を持つということがどうにも苦手だった南雲は、誰かと喧嘩しそうになったときはいつも自分が折れていた。自分が我慢すれば話はそこで終わり。喧嘩するよりずっといい、そう思ってしまうのだ。

そんな南雲を優しいとい言う人もいれば、ただのヘタレという人もいる。南雲自身にもどちらかわからないことだ。

そろそろ痛みが耐え難くなってきた頃、突然、怒りに満ちた女の子の声が響いた。

「何やってるの!?」

その声に「やべっ」という顔をする檜山達。それはそうだろう。その女の子は檜山達が惚れている香織だったのだから。香織だけでなく雫や光輝、龍太郎もいる。

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」

「南雲くん!」

檜山の弁明を無視して、香織は、ゲホッゲホッと咳き込み蹲る南雲に駆け寄る。南雲の様子を見た瞬間、檜山達のことは頭から消えたようである。

「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」

「いや、それは……」

「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」

「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」

三者三様に言い募られ、檜山達は誤魔化し笑いをしながらそそくさと立ち去った。香織の治癒魔法により南雲が徐々に癒されていく。

「あ、ありがとう。白崎さん。助かったよ」

苦笑いする南雲に香織は泣きそうな顔でブンブンと首を振る。

「いつもあんなことされてたの? それなら、私が……」

何やら怒りの形相で檜山達が去った方を睨む香織を、南雲は慌てて止める。

「いや、そんないつもってわけじゃないから!あの武器は人に向けちゃいけないから耐えてただけだから!」

「でも……」

それでも納得できなそうな香織に再度「大丈夫」と笑顔を見せる南雲。渋々ながら、ようやく香織も引き下がる。

 

「南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ。それに、泣かしたらどうなるか分かってるわよね?」

渋い表情をしている香織を横目に、目の笑っていない笑顔で雫が言う。それにも礼を言う南雲。しかし、そこで水を差すのが勇者クオリティー。

「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」

何をどう解釈すればそうなるのか。南雲達は半ば呆然とした。

俺はそれを聞いて噴き出した。

「わ、笑わせんじゃねぇよ光輝(ひかってる)!南雲も真面目になった方がいいって、真面目だろうが!」

「んなっ!?泉奈!?読書の何が真面目なんだ!?南雲が不真面目だから檜山達がこういうことをしたんだろ!?」

「馬鹿をいえ脳筋。てめぇはこの国の東がなんの国か分かってんのか?魔物にはどんな奴がいる?分からねぇだろ?南雲は誰もしていない事(・・・・・・・・)をして、バックアップに徹しようとしてんだろうが。それに、周りはもう知ってるがてめぇ知らねぇ様だから言ってやる。香織と南雲は許嫁、婚約してんだよ。なぜ気付かねぇ?まぁいい。何事にも善悪はある。が、てめぇは自分が正しいと押し付けてんだよ偽善者。そういうのを見ると反吐が出る。悪ぃな南雲、あの3人組が手出し出来ないように録画したからな。俺の解説付きでな。雫、行くぞ。」

「………はぁ、それじゃ南雲君、香織も行きましょう。」

俺が去るとき、南雲と香織を連れて雫は訓練所に向かう。

その後、

「香織と南雲が………………婚約者?そんな馬鹿な。」

「……………ほんとだぜ光輝。俺は氷室が話していたから気になって調べて見たんだよ。そしたら氷室の言う通り。しかもあの南雲に関して言えば某ゲーム会社の後釜で内定も決まってるときた。南雲は勝ち組なんだよ。」

「…………………はぁ、香織は南雲の何処が好きなんだ?……」

軽く黄昏れるご都合主義者と後ろから見守る脳筋という構図が出来ていたとか。

 

✲✲✲

 

訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルド団長から伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

この後、氷室家+‪α‬で1度集まってどうするか話し合う。

結果、教師である3人は残り、迦楼那を含めた残りはアレに乗じて離れることを決めた。



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第11話

 【オルクス大迷宮】

それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

要するに魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的ということだ。その他にも、日常生活用の魔導具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔術を使う。固有魔術とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔術を使えない魔物が使う唯一の魔術である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

俺達は、メルド団長率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。

部屋の割り当ては、

南雲と香織、飛斗と代赤、白音と満愛、雫と間桐、士郎と遠坂、迦楼那と十門司、姜弩姉妹、十六夜と金糸雀、俺と何故か谷口である。

ちっさいオッサンが頭の中に存在する奴が同室なのだ。俺の素顔を見たら暴走するのが目に見えて分かる。が、采配した愛ちゃんに物申した所、気心のしれた者ならいいのですが、泉奈ちゃんは余ってしまったので取り敢えずは一人だった谷口さんの部屋にしておきました。と、ちゃん付けの時点で、愛ちゃんは俺が女だと認識しているので諦めた。部屋に入ったら誰も居なかったので暫く寝る事にする。

まぁ、抱き枕がないので直ぐに起きるだろうが。

 

✲✲✲

 

目が覚めたのだが、寝る前と後で何かが違う。

俺は何か、否、誰かを抱いて寝ていた様だ。しかも、何かあったのか呼吸も荒い。

取り敢えず離れるのだが、この背が低い子が馬乗りになる。

そこで、此奴が谷口だとわかった。

「はぁ、はぁ、はぁ、我慢できない。こんな見た目なのに男、しかも獣耳っ娘と来た!!はぁ、はぁ、逃がしゃせんで!泉奈ちゃん。」

ただ、目に光が灯ってない所謂ヤンデレの眼をしていた。

それを見た俺は産まれて初めて怖気が走った。

「イタダキマ────」

鳩尾に軽く衝撃を与えて気絶させる。

「一体あの怖気はなんだったのだ?」

まだ時間があったのでもう一度寝る。

 

✲✲✲

 

「────うぅん、私って………?」

気絶していたようだが何も思い出せないので回送してみる。

私、谷口鈴は異世界に飛ばされて天之河君の戦う宣言と周りの流れで戦う事となったのだ。

そして、1週間戦闘訓練を受け、明日からオルクス大迷宮にて実戦という殺しに慣れなきゃならない。

飛ばされた直後はムードメーカーとして自負している私でも不安でいっぱい。正直、泣いてしまった。

しかし、神山?から、ハイドリヒ王国に下山する時素顔不明の生徒である氷室泉奈さんが手を握ってくれたので幾分か和らいだ。

不安な時に手を繋いだりすると落ち着くって話は本当なんだね…

 

閑話休題

 

今は寝る前のことについて思い出す。

確か、同室のものが泉奈さんで、素顔が不明なので私の中の天使と悪魔の囁き合いの末悪魔が勝ち、泉奈さんの素顔を隠しているパーカーのフードをとった。

フードに隠されていた顔は女の子そのものだった。ただし、頭に付いている突起物に触れるのは気にしては行けないのだろう。

少し興奮してしまい、ついうっかり胸に触れる。しかし、胸がなく首を傾げながら泉奈さんの股に触れる。そこにはアレがあったのだ。

その時、私に雷が落ちたのだ。

美女、美少女趣味である私にとって泉奈クンは優良物件ではないか!!

泉奈さんをまさぐりまわしていたら、泉奈さんが抱きついてきたのだ。直ぐに離れようとしたががっしりと捕まっているため動けず逆に目の前に泉奈クンの胸があり、寝てる間にかいたであろう汗の、しかし、男としてはほんのりと甘い匂いがして来て私は変な気分となり泉奈クンの尻尾に触れてしまう。

「んにゃっ」

少し触れただけでこの反応。私は暴走して────

 

「っ!?やっちまったぁー!!!これ嫌われてないよね!?大丈夫だよね!?」

やばい、何がやばいって?それは分かるはず。

私にどストライクな泉奈クンに嫌われたら私は将来誰と結べばいいと言うのだ!?

これは何があろうと手に入れなければ!!

そう決意して泉奈クンの方に振り返ったら、眼をパッチリと開いた泉奈クンが私をガン見していた。

「あぁぁぁ、終わった………」

 

✲✲✲

 

何か煩かったので眼を開くと谷口が両手を頬に当てていやんいやんしていた。

今度は何か決意したのか此方に向いて俺と目が合い固まって、

「あぁぁぁ、終わった………」

「いや、何がだよ?さっきの奇行は黙っとくから、俺の素顔についても黙っとけよ?訳ありなんだから。」

「はぁーい」



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第12話

鈴(そう呼べと言われた)とのいざこざがあってから数刻。

夕食を食べ終わってから俺は氷室家+‪α‬に招集をかける。

そして今俺の泊まる部屋には

飛斗、代赤、雫、白音、満愛、天鎖(あまくさ)、イリヤ、

迦楼那、栄光、士郎、遠坂、間桐、姜弩姉妹、十六夜、金糸雀、

十門司、鈴(いる訳はこの人の部屋でもあるから。)

がいる。かなりの所帯だが、金糸雀の持つ恩恵(ギフト)の一つである空間拡張のお陰で部屋は広くなっている。

「招集をかけたのは明日のアレに乗じて離れることを決めた。着いてくる来ないはあんたらで決めてくれ。出来れば今の間にな。」

「僕は泉奈について行くよ!何たって護衛だからね。」

「おいおい、俺も行くぞ。正直胡散くせぇ奴らの言いなりになるかってんだ。」

「僕も行くよ。僕の力はいずれ必要になるだろうしね。」

飛斗と代赤、天鎖はすぐに答えた。

「俺はここに残ることにした。生徒達をほっとく訳には行かない。全員は無理でもなるべくは元の世界に送りたいし。」

「はぁ、あんたは。いいわ、いつまでも付き合ってあげる、士郎。」

「先輩はあの頃からあまり変わってませんね。私もここに残る。」

士郎、遠坂、間桐の3人は残る。

「私は行くわ。私だけ残ったら何かされそうだもの。」

「………………雫に着いてく。」

八重樫義姉妹は此方について行く。

「やはは、自由な方が動きやすいから氷室と行くな。おもしれぉもんがありゃあいいがな。」

「全く、十六夜は楽しければいいって思ってるが、かなり危ない位置にいるんだよ君は。エヒトルジュエが依り代を手に入れる為だけに私達を召喚、今は見極め中ってとこだけど君はアーティファクトでさえ力が分からないんだ。依代に選ばれたら楽しめないよ。まぁ、ディストピアと戦うより、君が依代に選ばれないよう画作した方が楽だからいいけどね。」

十六夜と金糸雀は此処から抜け出せるのなら、とついて行く。

「私は嫌な予感がするのでそれを調べてから合流します。」

満愛は士郎たちと一緒に居残り、

「んーとねぇ、私も泉奈と行く!バーサーカーも隠さなくていいし!」

「イリヤ、私の事は栄光と呼んでください。あ、私はイリヤのサーヴァントなのでイリヤがついて行くのなら私も行きます」

イリヤと栄光はこちら側についてくるとのこと。

「俺は他の転生者が何をしでかすかわからん。だから目を光らせておく。」

十門司は残る。

「俺は泉奈のサーヴァントだ。故に俺は泉奈のもとにいるのが当たり前であろう。」

迦楼那は俺についてくると告げた。

「私は同胞を見捨てて去ることなど出来ません。ですので残ります。」

「私は行くわ。男共が最近ハメを外し過ぎていつか襲われるんじゃないかって?」

奈瑠紅は残り、織咫はついてくるそうだ。

「ねぇねぇ、皆は何の話をしてるの?」

行く行かないが大方決まった時、全く知らない鈴から質問があった。

「ん?そりゃあ明日は迷宮だ。ゲーム感覚でやった挙句ミスってやらかすだろうな。」

「うんうん、大方檜山辺りの連中がね。」

「そんな奴らに背中は預けられん。それに、宗教なんていう胡散臭い存在がいる」

「それならいっその事此処を離れてしまおうって話しだ。」

「え、皆を見捨てるの!?」

「馬鹿をしない奴は助けるさ。だが、俺らは成すことがある。それなりに忙しいさ。っと、鈴は付いてくるか?」

「…………………私は───────」

 

✲✲✲

 

現在、俺達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。

まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。

なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろう。 

入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。まるでお祭り騒ぎだ。

浅い階層の迷宮は良い稼ぎ場所として人気があるようで人も自然と集まる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲート脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。

俺達は、クラスメイト達がお上りさん丸出しでキョロキョロしながらメルド団長の後をカルガモのヒナのように付いていくのを見て苦笑いをしている。

 

✲✲✲

 

迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。

一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。俺達は後ろの方で陣形を整えているが。

しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。

と、その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。

灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。

正面に立つ光輝達――特に前衛陣の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい。

間合いに入ったラットマンを光輝、龍太郎、河須戸の三人で迎撃する。その間に、香織と特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔術を発動する準備に入る。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。

光輝は純白に輝くバスタードソードを物凄く遅い速度で振るって数体をまとめて葬っている。

彼の持つその剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず名称は〝聖剣〟である。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという“聖なる”というには実に嫌らしい性能を誇っている。

龍太郎は、空手部らしく天職が〝拳士〟であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。龍太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士のようだ。

河須戸は、そのまま〝黒の剣士〟その者で、ソードスキルを使わずとも一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させるほどである。

俺は物足りなさを感じている中3人の詠唱が終えた。

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」」」

三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。

気がつけば、広間のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。どうやら、光輝達召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。

そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調よく階層を下げて行った。

そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

すぐそこに攻略者が1人居るが…

クラスメイト達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割かしあっさりと降りることができた。

もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだ。

この点、トラップ対策として〝フェアスコープ〟というものがある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。

従って、俺達が素早く階層を下げられたのは、ひとえに騎士団員達の誘導があったからだと言える。メルド団長からも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われているのだ。

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

メルド団長のかけ声がよく響く。

ここまで、南雲は特に何もしていない。一応、騎士団員が相手をして弱った魔物を相手に訓練したり、地面を錬成して落とし穴にはめて串刺しにしたりして、一匹だけ犬のような魔物を倒したが、それだけだ。

それを見た何人かは両手を合わせたあと地面に手を付けるという奇行に走った。それを見たメルドは首を傾げたが。

南雲は、どのパーティーにも入れてもらえず、騎士団員に守られながら後方で待機していただけである。それでも、実戦での度重なる錬成の多用で魔力が上がっているのだから意味はある。魔力の上昇によりレベルも二つほど上がったのだから実戦訓練はためになるようだ。

再び、騎士団員が弱った魔物を南雲の方へ弾き飛ばしたのを、南雲は溜息を吐きながら接近し、手を突いて地面を錬成。万一にも動けないようにして、魔物の腹部めがけて剣を突き出し串刺しにした。

魔力回復薬を口に含みながら、額の汗を拭う南雲。騎士団員達が感心したように南雲を見ていることには気がついていない。

実を言うと、騎士団員達は南雲に全く期待していなかった。ただ、戦闘に余裕があるので所在無げに立ち尽くす南雲を構ってやるかと魔物をけしかけてみたのだ。もちろん、弱らせて。

騎士団員達としては、南雲が碌に使えもしない剣で戦うと思っていた。ところが実際は、錬成を利用して確実に動きを封じてから、止めを刺すという騎士団員達も見たことがない戦法で確実に倒していくのだ。錬成師は鍛冶職とイコールに考えられている。故に、錬成師が実戦で錬成を利用することなどあり得なかった。

俺としては、南雲の武器が錬成しかないので、鉱物を操れるなら地面も操れるのだからと鍛錬していたのだが、周りが派手に強いので一匹相手にするので精一杯の南雲はやはり無能だと思い込んでいる様だ。

ちなみに本邦初公開である。王都郊外での実戦訓練で散々無様を晒した末、考え出した戦法だ。

小休止に入り、俺達は軽く動いてコンディションを確認する。

因みに昨夜は香織が南雲を〝守る〟と宣言。南雲が恥ずかしそうに顔を逸らし、香織が拗ねたような表情になる。それを横目で見ていた雫が苦笑いし、小声で話しかけた。

「香織、なに南雲君と見つめ合っているのよ? 迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」

からかうような口調に思わず顔を赤らめる香織。怒ったように雫に反論する。

「もう、雫ちゃん! 変なこと言わないで! 私はただ、南雲くん大丈夫かなって、それだけだよ!」

「それがラブコメしてるって事でしょ?」と、雫は思ったが、これ以上言うと本格的に拗ねそうなので口を閉じる。だが、目が笑っていることは隠せず、それを見た香織が「もうっ」と呟いてやはり拗ねてしまった。

そんな様子を横目に見ていた俺は、ふと視線を感じて見回すと、ねばつくような、負の感情がたっぷりと乗った不快な視線を檜山が南雲に向けていた。今までも教室などで感じていた類の視線だが、とうとうその領域になったのかと思う。代赤が凄い剣幕で押しかけようとするが満愛に抱き着かれて落ち着く。

その視線がなんなのか俺は分かる。

殺意だ。檜山が南雲に殺意を抱いているのだ。それを見た俺はその殺意以上の殺気を檜山に放つ。意外に鈍感なのか気づかない。

深々と溜息を吐く南雲。昨日、香織が南雲に言っていた嫌な予感というものを、俺達もまた感じ始めていた。

因みに知ってる訳は南雲にマーカーを付けているので盗聴可能で尚且つ居場所が分かるようにしている。

一行は二十階層を探索する。

迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないはずだった。

二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔術の様な便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない。一行は、若干、弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

メルド団長の忠告が飛ぶ。

その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

メルド団長の声が響く。光輝達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

直後、

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

クラスメイト達の体にビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔術“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。

ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。見事な砲丸投げのフォームで! 咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。

香織達が、準備していた魔術で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。

しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。

なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。その姿は、さながらル○ンダイブだ。「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

それを俺は鍾乳洞を足場にして飛び掛ってイルカルラで弾き飛ばして魔力矢を50本射て殺す。

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

メルドの一喝に香織達は、「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。

そんな様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、我らが勇者天之河光輝である。

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

「…………カヴァーチャ・クンダーラ」

 メルド団長の声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。が、黄金の何かが間に入り威力を落とす。

しかし止まらず、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ! と声を掛けようとして、笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨を食らった。

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

メルド団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。龍太郎達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。

その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

「でも、どう見ても罠だよね?」

グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。

「素敵……」

「だから、あんなわかりやすいのは罠だってば。」

香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、雫ともう一人だけは気がついていたが……

「だったら俺らで回収しようぜ!」

「だからあんなわかりやすいのは罠だと言ってるのに〜」

そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。影の薄い奴がどう見ても罠です.と主張されているのを言っているが誰も気づかない。

グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく檜山。

それに慌てたのはメルド団長だ。

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

メルド団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

「団長! トラップです!」

「だから言ったじゃん!?」

「ッ!?」

しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。

檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。

魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

部屋の中に光が満ち、俺達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

俺達は空気が変わったのを感じた。次いで、スタッ、と華麗に着地する。

俺は周囲を見渡す。クラスメイトのほとんどは南雲と同じように尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔術使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔術はこの世界では規格外だ。

俺達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。俺達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現しからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

――まさか……ベヒモス……なのか……

 

橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方は面白いと感じていた。

十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……

メルド団長が呟いた〝ベヒモス〟という魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」

その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。

どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

その瞬間、閃光が一線。直後に爆音がした。

「やはは!此奴は面白ぇ!!」

十六夜である。それに、ベヒモスは数メートル下がってさえいる。

さらに、十六夜は攻める。

衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。

隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

「あ」

そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

死ぬ――女子生徒がそう感じた次の瞬間、トラウムソルジャーが跳ね飛ばされた。

中に浮くトラウムソルジャーは彼女から離れて奈落に落ちて終わる。更に、突然の熱気に数体のトラウムソルジャーは溶けて無くなる。

橋の縁から二メートルほど手前には、黄金の鎧を纏い黄金の槍を手に持った迦楼那の姿があった。迦楼那は泉奈から許可を得て霊基を解放したのである。いつの間にか、危なくなっている生徒のもとにおり手助けをしている。

もっとも、彼は口下手故に無言で手助けに徹している。

そこに、忙しなくトラウムソルジャーを奈落に落としていた南雲が彼女の手を取って立ち上がらせる。

呆然としながら為されるがままの彼女に、南雲が笑顔で声をかけた。

「早く前へ。大丈夫、冷静になればあんな骨どうってことないよ。うちのクラスは僕を除いて全員チートなんだから!」

自信満々で背中をバシッと叩く南雲をマジマジと見る女子生徒は、次の瞬間には「うん! ありがとう!」と元気に返事をして駆け出した。

南雲は周囲のトラウムソルジャーの足元を崩して固定し、足止めをしながら周囲を見渡す。

誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔術を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。

「なんとかしないと……必要なのは……強力なリーダー……道を切り開く火力……天之河くん!」

南雲は走り出した。光輝達のいるベヒモスの方へ向かって。

ベヒモスは依然、十六夜に翻弄されていた。

十六夜が衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルド団長は光輝達に撤退を催促している。

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

「嫌です! 十六夜達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。

この限定された空間ではベヒモスと十六夜の衝突による衝撃を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。

しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。

その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は〝置いていく〟ということがどうしても納得できないらしく、また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。

まだ、若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっているようである。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。そして、

「馬鹿を言ってんじゃねぇぞボケナスがァ!!」

十六夜、ベヒモスとメルド達の間に|不貞隠しの兜シークレット・オブ・ペディグリー》をした代赤が降り立ち、赤雷で衝撃波を無くす。

「代赤さん………雫ちゃん………」

苛立つ代赤と雫に心配そうな香織。

その時、一人の男子が光輝の前に飛び込んできた。

「天之河くん!」

「なっ、南雲!?」

「南雲くん!?」

驚く一同に南雲は必死の形相でまくし立てる。

「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」

「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は……」

「そんなこと言っている場合かっ!」

南雲を言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした光輝の言葉を遮って、南雲は今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。

いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する光輝。

「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ!」

光輝の胸ぐらを掴みながら指を差す南雲。

その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。

訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。

「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振ると南雲に頷いた。

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」

「下がれぇーー!」

〝すいません、先に撤退します〟――そう言おうとしメルド団長を振り返った瞬間、代赤の悲鳴と同時に、十六夜が地面を蹴った(・・・・・・)ことで橋の1部が崩壊した。

暴風のように荒れ狂う衝撃波が南雲達を襲う。咄嗟に、南雲が前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようだが……

舞い上がる埃がベヒモスの咆哮で吹き払われた。

そこには、下半身が橋の外にはみ出て落ちまいと耐えるベヒモス。衝撃波の影響で橋の外まで出たようだ。。光輝達も倒れていたがすぐに起き上がる。メルド団長達の背後にいたことと、ハジメの石壁が功を奏したようだ。

「ぐっ……今の間に行こう!!」

光輝が言って、苦しそうではあるが確かな足取りで立ちあがり走り出す。団長達に手を貸しながら。

「やるしかねぇだろ!」

「……なんとかしてみるわ!」

「香織は走りながらメルドさん達の治癒を!」

「うん!」

光輝の指示で香織が詠唱し出す。南雲は走りやすくするために障害物を錬成で無くしたり、手で払ったりしている。。戦いの余波で奈落に落ちないよう石壁を作り出したりも。気休めだが無いよりマシだろう。

光輝は、今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始した。

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――〝神威〟!」

詠唱と共にまっすぐ突き出した聖剣から極光が迸る。

先の天翔閃と同系統だが威力が段違いだ。橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながらトラウムソルジャーの大軍に直進する。

龍太郎と雫は、詠唱の終わりと同時に既に団長達を抱えて走る。代赤はどこにそんなに余力があるのか、2人も抱えているのに先陣をきっている。

放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にトラウムソルジャーの大軍に直撃した。光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入って行く。それを南雲は直しながら進む。

ようやく光輝達が皆の元にたどり着こうとした瞬間、ベヒモスが橋に乗り、再び動き始める。そして跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。

十六夜は、足腰に力を入れてパンチを繰り出すも、ベヒモスの重さに耐えられず吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がりようやく止まった頃には、満身創痍の状態だった。

そして、動けるようになったら頭に蹴りを噛ましてから駆け寄ってくる。その間に香織による治療で再起した騎士達は自分で出来ることを始める。ベヒモスは十六夜の蹴りによって深くめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている。

「まだ動けるか!」

復活したメルド団長が十六夜に叫ぶように尋ねると

「もう満足したぜ!」

と。先ほどの跳躍攻撃で内臓へのダメージも相当のようだ。

メルド団長が香織を呼ぼうと振り返る。その視界に、駆け込んでくる南雲の姿を捉えた。

指示を出そうとした団長より先に、南雲は必死の形相で、とある提案をする。それは、この場の全員が助かるかもしれない唯一の方法。ただし、あまりに馬鹿げている上に成功の可能性も少なく、南雲が一番危険を請け負う方法だ。

メルドは逡巡するが、ベヒモスが既に戦闘態勢を整えている。再び頭部の兜が赤熱化を開始する。時間がない。

「……やれるんだな?」

「やります」

 決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくる南雲に、メルド団長は「くっ」と笑みを浮かべる。

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

「はい!」

メルド団長はそう言うとベヒモスの前に出た。そして、簡易の魔術を放ち挑発する。ベヒモスは、先ほど十六夜を執拗に狙ったように自分に歯向かう者を標的にする習性があるようだ。しっかりとその視線がメルド団長に向いている。

そして、赤熱化を果たした兜を掲げ、突撃、跳躍する。メルド団長は、ギリギリまで引き付けるつもりなのか目を見開いて構えている。そして、小さく詠唱をした。

「吹き散らせ――〝風壁〟」

 詠唱と共にバックステップで離脱する。

その直後、ベヒモスの頭部が一瞬前までメルド団長がいた場所に着弾した。発生した衝撃波や石礫は〝風壁〟でどうにか逸らす。大雑把な攻撃なので避けるだけならなんとかなる。倒れたままの光輝達を守りながらでは全滅していただろうが。

再び、頭部をめり込ませるベヒモスに、南雲が飛びついた。赤熱化の影響が残っており南雲の肌を焼く。しかし、そんな痛みは無視して南雲も詠唱した。名称だけの詠唱。最も簡易で、唯一の魔術。

「――〝錬成〟!」

石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヒモスの動きが止まる。周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、南雲が錬成して直してしまうからだ。

ベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするが、今度はその足元が錬成される。ずぶりと一メートル以上沈み込む。更にダメ押しと、南雲は、その埋まった足元を錬成して固める。

ベヒモスのパワーは凄まじく、油断すると直ぐ周囲の石畳に亀裂が入り抜け出そうとするが、その度に錬成をし直して抜け出すことを許さない。ベヒモスは頭部を地面に埋めたままもがいている。中々に間抜けな格好だ。

その間に、メルドは回復した騎士団員と香織を呼び集め、光輝達は離脱しようとする。

トラウムソルジャーの方は、どうやら幾人かの生徒が冷静さを取り戻したようで、周囲に声を掛け連携を取って対応し始めているようだ。立ち直りの原因が、士郎達教師陣である。彼らは隠していた力を解放している。

「待って下さい! まだ、南雲くんがっ」

撤退を促すメルド団長に香織が猛抗議した。

「坊主の作戦だ! ソルジャーどもを突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する! もちろん坊主がある程度離脱してからだ! 魔法で足止めしている間に坊主が帰還したら、上階に撤退だ!」

「なら私も残ります!」

「坊主の思いを無駄にする気か!」

「ッ――」

メルド団長を含めて、メンバーの中で最大の攻撃力(笑)を持っているのは間違いなく光輝である。少しでも早く治癒魔法を掛け回復させなければ、ベヒモスを足止めするには火力不足に陥るかもしれない。そんな事態を避けるには、香織が移動しながら光輝を回復させる必要があるのだ。ベヒモスは南雲の魔力が尽きて錬成ができなくなった時点で動き出す。

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――〝天恵〟」

香織は泣きそうな顔で、それでもしっかりと詠唱を紡ぐ。淡い光が光輝を包む。体の傷と同時に魔力をも回復させる治癒魔法だ。

メルド団長は、香織の肩をグッと掴み頷く。香織も頷き、もう一度、必死の形相で錬成を続ける南雲を振り返った。そして、光輝を担いだメルド団長と騎士達、光輝達は撤退を開始した。

トラウムソルジャーは依然増加を続けていた。既にその数は二百体はいるだろう。階段側へと続く橋を埋め尽くしている。

だが、ある意味それでよかったのかもしれない。もし、もっと隙間だらけだったなら、突貫した生徒が包囲され惨殺されていただろう。実際、最初の百体くらいの時に、それで窮地に陥っていた生徒は結構な数いたのだ。

それでも、未だ死人が出ていないのは、ひとえに騎士団員達と迦楼那のおかげだろう。彼等のカバーが生徒達を生かしていたといっても過言ではない。代償に、既に騎士団員達は満身創痍だったが。

騎士団員達のサポートがなくなり、続々と増え続ける魔物にパニックを起こし、魔術を使いもせずに剣やら槍やら武器を振り回す生徒がほとんどである以上、もう数分もすれば完全に瓦解するだろう。

生徒達もそれをなんとなく悟っているのか表情には絶望が張り付いている。先ほど南雲が助けた女子生徒の呼びかけで少ないながらも連携をとり奮戦していた者達も限界が近いようで泣きそうな表情だ。

誰もが、もうダメかもしれない、そう思ったとき……

「――〝天翔閃〟!」

純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。

橋の両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。

「皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」

そんなセリフと共に、再び〝天翔閃〟が敵を切り裂いていく。光輝が発するカリスマに生徒達が活気づく。

「お前達! 今まで何をやってきた! 訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか! 馬鹿者共が!」

皆の頼れる団長が〝天翔閃〟に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。

いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。実は、香織の魔術の効果も加わっている。精神を鎮める魔術だ。リラックスできる程度の魔術だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。

治癒魔術に適性のある者がこぞって負傷者を癒し、魔術適性の高い者が後衛に下がって強力な魔術の詠唱を開始する。前衛職はしっかり隊列を組み、倒すことより後衛の守りを重視し堅実な動きを心がける。

治癒が終わり復活した騎士団員達も加わり、反撃の狼煙が上がった。チートどもの強力な魔術と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。凄まじい速度で殲滅していき、その速度は、遂に魔法陣による魔物の召喚速度を超えた。

そして、階段への道が開ける。

「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」

光輝が掛け声と同時に走り出す。

ある程度回復した龍太郎と雫がそれに続き、バターを切り取るようにトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。

そうして、遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと光輝が魔術を放ち蹴散らす。

クラスメイトが訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段があるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。

「皆、待って! 南雲くんを助けなきゃ! 南雲くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」

香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。なにせ、南雲は〝無能〟で通っているのだから。

だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かに南雲の姿があった。

「なんだよあれ、何してんだ?」

「あの魔物、上半身が埋まってる?」

次々と疑問の声を漏らす生徒達にメルド団長が指示を飛ばす。

「そうだ! 坊主がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。

無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。

その中には檜山大介もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。

しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。

それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのこと。

緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織を見かけたのだ。

初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。

気になって後を追うと、香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……南雲だった。

檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っており、光輝のような相手なら、所詮住む世界が違うと諦められた。

しかし、南雲は違う。自分より劣った存在(檜山はそう思っている)が香織の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫? と言われそうな考えを檜山は本気で持っていた。

ただでさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからだろう。

その時のことを思い出した檜山は、たった一人でベヒモスを抑える南雲を見て、今も祈るように南雲を案じる香織を視界に捉え……

ほの暗い笑みを浮かべた。

それを見ていた氷室家+‪α‬は軽くため息をついて動き出す。

因みに、その他の転生者達はこの世界が[ありふれた職業で世界最強]であることにまだ気づいていない。

その頃、南雲はもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。

ベヒモスは相変わらずもがいているが、この分なら錬成を止めても数秒は時間を稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。

額の汗が目に入る。極度の緊張で心臓がバクバクと今まで聞いたことがないくらい大きな音を立てているのがわかる。

南雲はタイミングを見計らった。

そして、数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヒモスを拘束する。同時に、一気に駆け出した。

南雲が猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し……

南雲を捉えた。

再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。南雲を追いかけようと四肢に力を溜めた。

だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

いける! と確信し、転ばないよう注意しながら頭を下げて全力で走る南雲。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。

思わず、頬が緩む。

しかし、その直後、南雲の表情が凍りついた。

無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。

……南雲の方に向かって。

明らかに南雲を狙い誘導されたものだ。

咄嗟に踏ん張り、止まろうと地を滑る南雲の眼前に、その火球は突き刺さった。着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。

南雲はフラフラしながら少しでも前に進もうと立ち上がるが……

ベヒモスも、いつまでも一方的にやられっぱなしではなかった。南雲が立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ると三度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかり南雲を捉えていた。

そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながら南雲に向かって突進する!

フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

南雲は、なけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

そして遂に……橋が崩壊を始めた。

度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

「グウァアアア!?」

悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

南雲もなんとか脱出しようと這いずるが、しがみつく場所も次々と崩壊していく。

南雲が諦めた目で此方に視線を向け、香織が飛び出そうとして光輝に羽交い締めにされているのが見えた。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情で南雲を見ていた。

そして、南雲の足場も完全に崩壊し、南雲が仰向けになりながら奈落へと落ちていった。徐々に小さくなる姿と手を伸ばす姿があり……

 

その時、紅槍を片手に持った(・・・・・・・・・)蒼き閃光が飛び降りるのを確かに見た。




最後の1文の人物が誰か分かりましたか?

奈落に落ちた南雲とそれを追った誰か。泉奈達はそれらを追って自ら奈落に向かう。
そして、谷口鈴はクラスメイト達と初恋の相手、どちらを選ぶのか。

次回、一時の別れ、光の御子

「って言ってるが、いざこざは回避出来ないし、元々が駄作者の妄想から来てるし内容が可笑しくなるかもな。」
「それでも口にしては妄想野郎が可哀想だろう十六夜?」
「ちょ、てめぇの方がひでぇだろ金糸雀!」


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第13話 一時の別れ、光の御子

「檜山あぁぁぁ!!てめぇぇぇぇぇ!!!」

「そのなりで暴れるな十六夜。」

響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。檜山に怒鳴り込む満身創痍な十六夜とそれを抑える十門司。

そして……

瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆく南雲と、南雲の手を掴んで逆の手で持った紅槍を崖に刺して落下速度を落としながらも南雲と共に消える青タイツ。

その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない香織は自分に絶望する。

香織の頭の中には、昨夜の光景が繰り返し流れていた。

月明かりの射す部屋の中で、南雲の入れたお世辞にも美味しいとは言えない紅茶モドキを飲みながら二人きりで話をした。あんなにじっくり話したのは初めてだった。

夢見が悪く不安に駆られて、いきなり訪ねた香織に随分と驚いていた南雲。それでも真剣に話を聞いてくれて、気がつけば不安は消え去り思い出話に花を咲かせていた。

浮かれた気分で部屋に戻ったあと、今更のように自分が随分と大胆な格好をしていたことに気がつき、羞恥に身悶えると同時に、特に反応していなかった南雲を思い出して自分には魅力がないのかと落ち込んだりした。一人百面相する香織に、同室の雫が呆れた表情をしていたのも黒歴史だろう。

そして、あの晩、一番重要なことは、香織が約束をしたことだ。

〝南雲を守る〟という約束。南雲が香織の不安を和らげるために提案してくれた香織のための約束だ。奈落の底へ消えた南雲を見つめながら、その時の記憶が何度も何度も脳裏を巡る。

どこか遠くで聞こえていた悲鳴が、実は自分のものだと気がついた香織は、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。

「離して! 南雲くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」

飛び出そうとする香織を光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。

このままでは香織の体の方が壊れるかもしれない。しかし、だからといって、断じて離すわけにはいかない。今の香織を離せば、そのまま崖を飛び降りるだろう。それくらい、普段の穏やかさが見る影もないほど必死の形相だった。いや、悲痛というべきかもしれない。

「香織っ、ダメよ! 香織!」

雫は香織の気持ちが分かっているからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶことしかできない。

「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」

それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない言葉だった。

「無理って何!? 南雲くんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」

誰がどう考えても南雲ハジメは助からない。奈落の底と思しき崖に落ちていったのだから。

しかし、その現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかり。

その時、メルド団長がツカツカと歩み寄り、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。が、俺が止めて、ある程度の雪を被せる。

「落ち着け、香織。助けはもう向かってる。」

「……………雪?」

メルドは雪に疑問を持つ中、雪によって香織の興奮が納まるなか、光輝が尋ねる。

「向かったって、誰が行ったって言うんだい!?」

「あんたは見えなかったんだろうな。あの青タイツが。」

「…………青タイツ?」

今度は青タイツに反応したメルド。

「それよか今は檜山だ。」

俺はなぜバレたのか分からないって顔で呆然とした檜山のもとに向かう。

それより先に落ち着いた、否、落ち着き過ぎた香織が檜山のもとに向かった。

「…………ねぇ、もしかしてハジメ君に攻撃したのって檜山君?」

香織の顔がヤンデレのそれになっており、俺は思わず鈴を見てしまったが気づかれる前に戻る。

因みにトラウムソルジャーは士郎によって殲滅、召喚陣は士郎が投影したメディアの短剣で無効化してある。

「い、いや、あれは俺が放った火球に無能が自分からぶつかった。そう、自作自「嘘は感心しないな、檜山少年。」グッ……」

檜山が言い訳をするが迦楼那に一刀両断される。

「………迦楼那先生…………その姿は一体………?」

南雲に喝を入れられた女生徒が迦楼那の姿が変わっていることに気づき、周りは今更気がついた。

「…………改めて名乗ろう。我が名はカルナ。太陽神スーリヤが息子にして、施しの英雄と民草から呼ばれていたものだ。」

「………え、カルナってインド神話の………」

明里藹須が直ぐに気がついた様だ。

「あぁ、その通りだ。そして、俺には真実の瞳という嘘を見抜く眼がある。故に檜山大介よ、嘘など言わず己の本心、南雲に火球を当てた訳を晒せ。」

迦楼那は槍の穂先を檜山の首筋に添える。

メルドは静観する。味方に攻撃をした訳が知りたかったからだ。

「……………だよ。」

上手く聞こえなかった。

「南雲は白崎さんに相応しくなんかねぇんだよ!!あんなエロオタクがいいんなら俺の方が相応しいだろ!?」

「……………ならば問いたい。」

檜山が南雲を批難したら満愛が問う。

「檜山大介。貴方は白崎さんが南雲さんに相応しくなく、自分が相応しいと言うのですね。」

「そうだと言ってんだろ!」

「ならば貴方は公衆の面前で他人のいざこざに介入して土下座が出来ますか?」

「はぁ!?どういう事だ!?」

「だから貴方は、貴方自身のプライド、人間としての尊厳たる自尊心を捨て去ることは出来るのか、と問うているのです。」

「はぁ、ばっかじゃねぇの!!んな事するわけねぇだろ!!」

「………彼、南雲さんは彼の極道にイチャモンを付けられていたお婆さんとそのお孫さんを庇い、土下座を敢行。唾をかけられようが飲食物をぶちまけられようが土下座を辞めず、大声で申し訳ございませんでした。と、叫ぶ程です。その後は近くにいた世界では知らぬ者が居ないというマフィアの方達の介入によって終わりましたが。

それは置いといて、貴方には人を思う気持ちがない。

先も、人の話を聞かずあの様な愚行を行った挙句、1番初めに逃げ出す始末。

あの様な愚行は小学低学年ですらやらない事ですよ?

そして、香織はその南雲さんの一面を知って恋をした。今では婚約者という間柄。貴方はその事を知っていた筈だ。」

「……………………」

満愛によって檜山は何も言えなくなる。

そして、その間に飛斗は崖付近に来て、

「香織、ハジメを追うよ!」

霊基を解放してヒポグリフを呼んで香織を待つ。

「っ!?うん!!」

飛斗は香織と共に奈落のそこに入る。

「なっ、待ってくれ!!香織!!!」

光輝が何か叫んでいたが完全無視。

次に代赤と白音を鎖で巻き付けた天鎖がクラスメイト達から離れて

「先に行っておくね。」

一言告げて奈落に落ちる。

─────うおわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?

─────ふにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?

………その時、2名は絶叫をするが。

「さて、問いたい事はもうない。俺は成すべきことがあるのでこれで失礼する。」

迦楼那は霊体化する。

「それじゃ行こっかバーサーカー。雫!!」

「はぁ、分かったわ。」

「だから栄光と言っているでしょうイリヤ。」

『!!?』

突如現れた鉛色の巨人に皆が唖然とする中、イリヤは肩にしがみつき、雫は抱えられ、そのまま奈落に落下する。

「俺は仲間討ちする奴がいる集団に混じるのはゴメンだ。此処で別れるぜ!」

「おい十六夜、何故私を脇に抱え────」

金糸雀が何か言っていたが言う途中で十六夜が奈落に飛び降りた為言葉が続かなかった。

「はぁ、もっとマシな降り方しないのかしら?」

織咫はワイバーンを召喚して美久と一緒にそれに乗ってから奈落に降りる。

「なんで皆躊躇いなく降りられるんだ!?」

次々と奈落に降りていくため、光輝が驚いて声を張り上げる。

最後に残ったのは俺だけなので答える。

「んなもん信頼出来る仲間がいるからだ。」

「僕達は信頼出来ないって言うのかい!?」

「…………」

メルドは俺達が去ることで色々とあるのだろうか頭を抱えている。

「リーダーがあんただと神を名乗る者にいいように扱われて残酷な死に様を迎えるだけだ。俺らは訳あってこの世界の真実を知っているからな。」

「………世界の真実ってなんだ?」

「今は知らない方が身のためですよ団長。ただ、ヒントを言えば''神はボードゲームで嘲笑う''と言った所です。」

「んなっ!?」

俺がヒントをメルドに与えたら直ぐにわかったのか驚愕していた。

そのうえ、話している間に鈴は俺の背中にしがみついていた。

「それじゃ、さよならだ。」

俺は氷翼を生やし、奈落を下っていく。

「あ、おい、待てっ!!」

光輝が何か言っていたが無視していく。

 

✲✲✲

 

ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。

そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。もし、クラスメイトが彼のこの姿を見れば激しく落ち込んでいるように見えただろう。

だが実際は……

「白崎と南雲が…………つつつ付き合ってる………だと………そんな馬鹿な………あれは幻影だ…………南雲に……誑かされてるだけだ………そうだ………そうに違いない…………」

暗い笑みと濁った瞳で自己弁護しているだけだった。

階段への脱出とハジメの救出。それらを天秤にかけた時、ハジメを見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。今なら殺っても気づかれないぞ? と。

そして、檜山は悪魔に魂を売り渡した。

バレないように絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球をハジメに着弾させた。流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠もないし分かるはずがない。

そう自分に言い聞かせながら暗い笑を浮かべる檜山。

その時、不意に背後から声を掛けられた。

「へぇ〜、まだ現実逃避してるんだ。……中々やるね?」

「ッ!? だ、誰だ!」

慌てて振り返る檜山。そこにいたのは見知ったクラスメイトの一人だった。

「お、お前、なんでここに……」

「そんなことはどうでもいいよ。それより……逃避者さん? 今どんな気持ち? 恋敵をどさくさに紛れて殺した挙句、欲しい人から去られたのってどんな気持ち?」

その人物はクスクスと笑いながら、まるで喜劇でも見たように楽しそうな表情を浮かべる。檜山自身がやったこととは言え、クラスメイトが一人死んだというのに、その人物はまるで堪えていない。ついさっきまで、他のクラスメイト達と同様に、ひどく疲れた表情でショックを受けていたはずなのに、そんな影は微塵もなかった。

「……それが、お前の本性なのか?」

呆然と呟く檜山。

それを、馬鹿にするような見下した態度で嘲笑う。

「本性? そんな大層なものじゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。それに、あの窮地を招いた挙句それを救った本人を殺した君の言葉には、既に力はないと思うけど?」

檜山は全身が悪寒を感じ震える。

「ど、どうしろってんだ!?」

「うん? 心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない? ふふ、別に直ぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」

「そ、そんなの……」

実質的な奴隷宣言みたいなものだ。流石に、躊躇する檜山。当然断りたいが、そうすれば容赦なく批難されるのは檜山なのは変わらない。

葛藤する檜山は、「いっそコイツも」とほの暗い思考に囚われ始める。しかし、その人物はそれも見越していたのか悪魔の誘惑をする。

「白崎香織、欲しくない?」

「ッ!? な、何を言って……」

暗い考えを一瞬で吹き飛ばされ、驚愕に目を見開いてその人物を凝視する檜山。そんな檜山の様子をニヤニヤと見下ろし、その人物は誘惑の言葉を続ける。

「僕に従うなら……いずれ彼女が手に入るよ。本当はこの手の話は南雲にしようと思っていたのだけど……君が落としちゃうから。まぁ、彼より君の方が適任だとは思うし結果オーライかな?」

「……何が目的なんだ。お前は何がしたいんだ!」

あまりに訳の分からない状況に檜山が声を荒らげる。

「ふふ、君には関係のないことだよ。まぁ、欲しいモノがあるとだけ言っておくよ。……それで? 返答は?」

あくまで小バカにした態度を崩さないその人物に苛立ちを覚えるものの、それ以上に、あまりの変貌ぶりに恐怖を強く感じた檜山は、どちらにしろ自分に選択肢などないと諦めの表情で頷いた。

「……従う」

「アハハハハハ、それはよかった!!まぁ、仲良くやろうよ、逃避者さん? アハハハハハ」

楽しそうに笑いながら踵を返し宿の方へ歩き去ろうとしたが出来なかった。

「矢張り、私の直感は当たってましたか。檜山を誑かして何をなさる気だったんですか、中村恵里。」

「「っ!!?」」

何故なら未来予知並みの直感を持った騎士王が現れたからだ。

「まぁ、大方檜山を香織で誘惑。そして、貴方は天之河光輝を我が物に。と言ったところでしょう。ですが、天之河光輝の周りにはあなたくらいしかいない。香織や雫は小学の頃から嫌な目にしか会ってないから近づきたくはないのだ。それに天之河光輝の意志を尊重しないのは奴隷と変わらない。正攻法でなければ色々な意味で破滅に至る。」

その後、檜山と中村は─────

 

✲✲✲

 

ザァーと水の流れる音がする。

冷たい微風が頬を撫で、冷え切った体が身震いした。頬に当たる硬い感触と下半身の刺すような冷たい感触に「うっ」と呻き声を上げてハジメは目を覚ました。

ボーとする頭、ズキズキと痛む全身に眉根を寄せながら両腕に力を入れて上体を起こす。

「痛っ~、ここは……僕は確か……」

ふらつく頭を片手で押さえながら、記憶を辿りつつ辺りを見回す。

周りは薄暗いが緑光石の発光のおかげで何も見えないほどではない。視線の先には幅五メートル程の川があり、ハジメの下半身が浸かっていた。上半身が、突き出た川辺の岩に引っかかって乗り上げたようだ。

「そうだ……確か、橋が壊れて落ちたんだ。……それで……」

霧がかかったようだった頭が回転を始める。

ハジメが奈落に落ちていながら助かったのは全くの幸運だった。

落下途中の崖の壁に穴があいており、そこから鉄砲水の如く水が噴き出していたのだ。ちょっとした滝である。そのような滝が無数にあり、助けようとした誰かとハジメは何度もその滝に吹き飛ばされながら次第に壁際に押しやられ、最終的に壁からせり出ていた横穴からウォータースライダーの如く流されたのである。とてつもない奇跡だ。

もっとも、横穴に吹き飛ばされた時、体を強打し意識を飛ばしていたのでハジメ自身は、その身に起きた奇跡を理解していないが。

「よく思い出せないけど、とにかく、助かったんだな。……はっくしゅん! ざ、寒い」

地下水という低温の水にずっと浸かっていた為に、すっかり体が冷えてしまっている。このままでは低体温症の恐れもあると早々に川から上がるハジメ。ガクガクと震えながら服を脱ぎ、絞っていく。

そして、パンツ一枚になると錬成の魔法を使った。硬い石の地面に錬成で魔法陣を刻んでいく。

「ぐっ、寒くてしゅ、集中しづらい……」

望むのは火種の魔法だ。その辺の子供でも十センチ位の魔法陣で出すことができる簡単な魔法。

しかし、今ここには魔法行使の効率を上げる魔石がない上、ハジメは魔法適性ゼロ。たった一つの火種を起こすのに一メートル以上の大きさの複雑な式を書かなければならない。

十分近くかけてようやく完成した魔法陣に詠唱で魔力を通し起動させる。

「求めるは火、其れは力にして光、顕現せよ、〝火種〟 ……う~、なんでただの火を起こすのにこんな大仰な詠唱がいるんだよぉ~、恥ずかしすぎる。はぁ~」

最近、癖になりつつある溜息を深々と吐き、それでも発動した拳大の炎で暖をとりつつ、傍に服も並べて乾かす。

「ここどこなんだろう。……だいぶ落ちたんだと思うけど……帰れるかな……」

暖かな火に当たりながら気持ちが落ち着いてくると、次第に不安が胸中を満たしていく。

無性に泣きたくなって目の端に涙が溜まり始めるが、今泣いては心が折れてしまいそうでグッと堪える。ゴシゴシと目元を拭って溜まった涙を拭うと、ハジメは両手でパンッと頬を叩いた。

「やるしかない。なんとか地上に戻ろう。大丈夫、きっと大丈夫だ」

自分に言い聞かせるように呟き、俯けていた顔を起こし決然とした表情でジッと炎を見つめた。

二十分ほど暖をとり服もあらかた乾いたので出発することにする。どの階層にいるのかはわからないが迷宮の中であるのは間違いない以上、どこに魔物が潜んでいてもおかしくない。

ハジメは慎重に慎重を重ねて奥へと続く巨大な通路に歩を進めた。

ハジメが進む通路は正しく洞窟といった感じだった。

低層の四角い通路ではなく岩や壁があちこちからせり出し通路自体も複雑にうねっている。二十階層の最後の部屋のようだ。

ただし、大きさは比較にならない。複雑で障害物だらけでも通路の幅は優に二十メートルはある。狭い所でも十メートルはあるのだから相当な大きさだ。歩き難くはあるが、隠れる場所も豊富にあり、ハジメは物陰から物陰に隠れながら進んでいった。

そうやってどれくらい歩いただろうか。

ハジメがそろそろ疲れを感じ始めた頃、遂に初めての分かれ道にたどり着いた。巨大な四辻である。ハジメは岩の陰に隠れながら、どの道に進むべきか逡巡した。

しばらく考え込んでいると、視界の端で何かが動いた気がして慌てて岩陰に身を潜める。

そっと顔だけ出して様子を窺うと、ハジメのいる通路から直進方向の道に白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのがわかった。長い耳もある。見た目はまんまウサギだった。

ただし、大きさが中型犬くらいあり、後ろ足がやたらと大きく発達している。そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っていた。物凄く不気味である。

明らかにヤバそうな魔物なので、直進は避けて右か左の道に進もうと決める。ウサギの位置からして右の通路に入るほうが見つかりにくそうだ。

ハジメは息を潜めてタイミングを見計らう。そして、ウサギが後ろを向き地面に鼻を付けてフンフンと嗅ぎ出したところで、今だ! と飛び出そうとした。

その瞬間、ウサギがピクッと反応したかと思うとスッと背筋を伸ばし立ち上がった。警戒するように耳が忙しなくあちこちに向いている。

(やばい! み、見つかった? だ、大丈夫だよね?)

岩陰に張り付くように身を潜めながらバクバクと脈打つ心臓を必死に抑える。あの鋭敏そうな耳に自分の鼓動が聞かれそうな気がして、ハジメは冷や汗を流す。

だが、ウサギが警戒したのは別の理由だったようだ。

「グルゥア!!」

獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼のような魔物がウサギ目掛けて岩陰から飛び出したのだ。

その白い狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、ウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っている。

どこから現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。

再び岩陰から顔を覗かせその様子を観察するハジメ。どう見ても、狼がウサギちゃん(ちゃん付けできるほど可愛くないが)を捕食する瞬間だ。

ハジメは、このドサクサに紛れて移動しようかと腰を浮かせた。

だがしかし……

「キュウ!」

可愛らしい鳴き声を洩らしたかと思った直後、ウサギがその場で飛び上がり、空中でくるりと一回転して、その太く長いウサギ足で一体目の二尾狼に回し蹴りを炸裂させた。

 

ドパンッ!

 

およそ蹴りが出せるとは思えない音を発生させてウサギの足が二尾狼の頭部にクリーンヒットする。

すると、

 

ゴギャ!

 

という鳴ってはいけない音を響かせながら狼の首があらぬ方向に捻じ曲がってしまった。

ハジメは腰を浮かせたまま硬直する。

そうこうしている間にも、ウサギは回し蹴りの遠心力を利用して更にくるりと空中で回転すると、逆さまの状態で空中を踏みしめて・・・・・・・・地上へ隕石の如く落下し、着地寸前で縦に回転。強烈なかかと落としを着地点にいた二尾狼に炸裂させた。

 

ベギャ!

 

断末魔すら上げられずに頭部を粉砕される狼二匹目。

その頃には更に二体の二尾狼が現れて、着地した瞬間のウサギに飛びかかった。

今度こそウサギの負けかと思われた瞬間、なんとウサギはウサミミで逆立ちしブレイクダンスのように足を広げたまま高速で回転をした。

飛びかかっていた二尾狼二匹が竜巻のような回転蹴りに弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。グシャという音と共に血が壁に飛び散り、ズルズルと滑り落ち動かなくなった。

最後の一匹が、グルルと唸りながらその尻尾を逆立てる。すると、その尻尾がバチバチと放電を始めた。どうやら二尾狼の固有魔法のようだ。

「グルゥア!!」

咆哮と共に電撃がウサギ目掛けて乱れ飛ぶ。

しかし、高速で迫る雷撃をウサギは華麗なステップで右に左にとかわしていく。そして電撃が途切れた瞬間、一気に踏み込み二尾狼の顎にサマーソルトキックを叩き込んだ。

二尾狼は、仰け反りながら吹き飛び、グシャと音を立てて地面に叩きつけられた。二尾狼の首は、やはり折れてしまっているようだ。

蹴りウサギは、

「キュ!」

と、勝利の雄叫び? を上げ、耳をファサと前足で払った。

(……嘘だと言ってよママン……)

乾いた笑みを浮かべながら未だ硬直が解けないハジメ。ヤバイなんてものじゃない。ハジメ達が散々苦労したトラウムソルジャーがまるでオモチャに見える。もしかしたら単純で単調な攻撃しかしてこなかったベヒモスよりも、余程強いかもしれない。

ハジメは、「気がつかれたら絶対に死ぬ」と、表情に焦燥を浮かべながら無意識に後退る。

それが間違いだった。

 

カラン

 

その音は洞窟内にやたらと大きく響いた。

下がった拍子に足元の小石を蹴ってしまったのだ。あまりにベタで痛恨のミスである。ハジメの額から冷や汗が噴き出る。小石に向けていた顔をギギギと油を差し忘れた機械のように回して蹴りウサギを確認する。

蹴りウサギは、ばっちりハジメを見ていた。

赤黒いルビーのような瞳がハジメを捉え細められている。ハジメは蛇に睨まれたカエルの如く硬直した。魂が全力で逃げろと警鐘をガンガン鳴らしているが体は神経が切れたように動かない。

やがて、首だけで振り返っていた蹴りウサギは体ごとハジメの方を向き、足をたわめグッと力を溜める。

(来る!)

ハジメが本能と共に悟った瞬間、蹴りウサギの足元が爆発した。後ろに残像を引き連れながら、途轍もない速度で突撃してくる。

気がつけばハジメは、全力で横っ飛びをしていた。

直後、一瞬前までハジメのいた場所に砲弾のような蹴りが突き刺ささり、地面が爆発したように抉られた。硬い地面をゴロゴロと転がりながら、尻餅をつく形で停止するハジメ。陥没した地面に青褪めながら後退る。

蹴りウサギは余裕の態度でゆらりと立ち上がり、再度、地面を爆発させながらハジメに突撃する。

ハジメは咄嗟に地面を錬成して石壁を構築するも、その石壁を軽々と貫いて蹴りウサギの蹴りがハジメに炸裂した。

咄嗟に左腕を掲げられたのは本能のなせる業か。顔面を粉砕されることだけはなかったが、衝撃で吹き飛び、再び地面を転がった。停止する頃には激烈な痛みが左腕を襲う。

「ぐぅっ――」

見れば左腕がおかしな方へ曲がりプラプラとしている。完全に粉砕されたようだ。痛みで蹲りながら必死で蹴りウサギの方を見ると、今度はあの猛烈な踏み込みはなく余裕の態度でゆったりと歩いてくる。

ハジメの気のせいでなければ、蹴りウサギの目には見下すような、あるいは嘲笑うかのような色が見える。完全に遊ばれているようだ。

ハジメには、尻餅をつきながら後退るという無様しか出来ない。

やがて、蹴りウサギがハジメの目の前で止まった。地べたを這いずる虫けらを見るように見下ろす蹴りウサギ。そして、見せつけるかのように片足を大きく振りかぶった。

(……ここで、終わりなのかな……)

絶望がハジメを襲う。諦めを宿した瞳で呆然と掲げられた蹴りウサギの足を見やる。その視線の先で、遂に豪風と共に致死級の蹴りが振り下ろされた。

ハジメは恐怖でギュッと目をつぶる。

「……」

しかし、いつまで経っても予想していた衝撃は来なかった。

ハジメが、恐る恐る目を開けると眼前に蹴りウサギの足があった。振り下ろされたまま寸止めされているのだ。

まさか、まだ遊ぶつもりなのかと更に絶望的な気分に襲われていると、奇妙なことに気がついた。よく見れば蹴りウサギがふるふると震えているのだ。

(な、何? 何を震えて……これじゃまるで怯えているみたいな……)

〝まるで〟ではなく、事実、蹴りウサギは怯えていた。

ハジメが逃げようとしていた右の通路から現れた新たな魔物の存在に。

その魔物は巨体だった。二メートルはあるだろう巨躯に白い毛皮。例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っている。その姿は、たとえるなら熊だった。ただし、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えているが。

その爪熊が、いつの間にか接近しており、蹴りウサギとハジメを睥睨していた。

辺りを静寂が包む。ハジメは元より蹴りウサギも硬直したまま動かない。いや、動けないのだろう。まるで、先程のハジメだ。爪熊を凝視したまま凍りついている。

「……グルルル」

と、この状況に飽きたとでも言うように、突然、爪熊が低く唸り出した。

「ッ!?」

蹴りウサギが夢から覚めたように、ビクッと一瞬震えると踵を返し脱兎の如く逃走を開始した。今まで敵を殲滅するために使用していたあの踏み込みを逃走のために全力使用する。

しかし、その試みは成功しなかった。

爪熊が、その巨体に似合わない素早さで蹴りウサギに迫り、その長い腕を使って鋭い爪を振るったからだ。蹴りウサギは流石の俊敏さでその豪風を伴う強烈な一撃を、体を捻ってかわす。

ハジメの目にも確かに爪熊の爪は掠りもせず、蹴りウサギはかわしきったように見えた。

しかし……

着地した蹴りウサギの体はズルと斜めにずれると、そのまま噴水のように血を噴き出しながら別々の方向へドサリと倒れた。

愕然とするハジメ。あんなに圧倒的な強さを誇っていた蹴りウサギが、まるで為す術もなくあっさり殺されたのだ。

蹴りウサギが怯えて逃げ出した理由がよくわかった。あの爪熊は別格なのだ。蹴りウサギの、まるでカポエイラの達人のような武技を持ってしても歯が立たない化け物なのだ。

爪熊は、のしのしと悠然と蹴りウサギの死骸に歩み寄ると、その鋭い爪で死骸を突き刺しバリッボリッグチャと音を立てながら喰らってゆく。

ハジメは動けなかった。あまりの連続した恐怖に、そして蹴りウサギだったものを咀嚼しながらも鋭い瞳でハジメを見ている爪熊の視線に射すくめられて。

爪熊は三口ほどで蹴りウサギを全て腹に収めると、グルッと唸りながらハジメの方へ体を向けた。その視線が雄弁に語る。次の食料はお前だと。

ハジメは、捕食者の目を向けられ恐慌に陥った。

「うわぁああーー!!」

意味もなく叫び声を上げながら折れた左腕のことも忘れて必死に立ち上がり爪熊とは反対方向に逃げ出す。

しかし、あの蹴りウサギですら逃げること敵わなかった相手からハジメが逃げられる道理などない。ゴウッと風がうなる音が聞こえると同時に強烈な衝撃がハジメの左側面を襲った。そして、そのまま壁に叩きつけられる。

「がはっ!」

肺の空気が衝撃により抜け、咳き込みながら壁をズルズルと滑り崩れ落ちるハジメ。衝撃に揺れる視界でどうにか爪熊の方を見ると、爪熊は何かを咀嚼していた。

だが、一体何を咀嚼しているのだろう。蹴りウサギはさっき食べきったはずである。それにどうして、食はんでいるその腕は見覚えがあるのだろう。

ハジメは理解できない事態に混乱しながら、何故かスッと軽くなった左腕を見た。正確には左腕のあった場所を……

「あ、あれ?」

ハジメは顔を引き攣らせながら、なんで腕がないの? どうして血が吹き出してるの? と首を傾げる。脳が、心が、理解することを拒んでいるのだろう。

しかし、そんな現実逃避いつまでも続くわけがない。ハジメの脳が夢から覚めろというように痛みをもって現実を教える。

「あ、あ、あがぁぁぁあああーーー!!!」

ハジメの絶叫が迷宮内に木霊する。ハジメの左腕は肘から先がスッパリと切断されていた。

爪熊の固有魔法が原因である。あの三本の爪は風の刃を纏っており最大三十センチ先まで伸長して対象を切断できるのだ。

それを考えれば、むしろ腕一本で済んだのは僥倖だった。爪熊が遊んだのか、単にハジメの運が良かったのかはわからないが、本来なら蹴りウサギのように胴体ごと真っ二つにされていてもおかしくはなかったのだ。

ハジメの腕を咀嚼し終わった爪熊が悠然とハジメに歩み寄る。その目には蹴りウサギのような見下しの色はなく、ただひたすら食料という認識しかないように見えた。

眼前に迫り爪熊がゆっくりハジメに前足を伸ばす。その爪で切り裂かないということは生きたまま食うつもりなのかもしれない。

「あ、あ、ぐぅうう、れ、〝錬成ぇ〟!」

あまりの痛みに涙と鼻水、涎で顔をベトベトに汚しながら、ハジメは右手を背後の壁に押し当て錬成を行った。ほとんど無意識の行動だった。

無能と罵られ魔法の適性も身体スペックも低いハジメの唯一の力。通常は、剣や槍、防具を加工するためだけの魔法。その天職を持つ者は例外なく鍛治職に就く。故に戦いには役立たずと言われながら、異世界人ならではの発想で騎士団員達すら驚かせる使い方を考え、クラスメイトを助けることもできた力。

だからこそ、死の淵でハジメは無意識に頼り、そして、それ故に活路が開けた。

背後の壁に縦五十センチ横百二十センチ奥行二メートルの穴が空く。ハジメは爪熊の前足が届くという間一髪のところでゴロゴロ転がりながら穴の中へ体を潜り込ませた。

目の前で獲物を逃したことに怒りをあらわにする爪熊。

「グゥルアアア!!」

咆哮を上げながら固有魔法を発動し、ハジメが潜り込んだ穴目掛けて爪を振るう。凄まじい破壊音を響かせながら壁がガリガリと削られていく。

「うぁあああーー! 〝錬成〟! 〝錬成〟! 〝錬成ぇ〟!」

爪熊の咆哮と壁が削られる破壊音に半ばパニックになりながら少しでもあの化け物から離れようと連続して錬成を行い、どんどん奥へ進んでいく。

後ろは振り返らない。がむしゃらに錬成を繰り返す。地面をほふく前進の要領で進んでいく。既に左腕の痛みのことは頭から飛んでいた。生存本能の命ずるままに唯一の力を振るい続ける。

どれくらいそうやって進んだのか。

ハジメにはわからなかったが、恐ろしい音はもう聞こえなかった。

しかし、実際はそれほど進んではいないだろう。一度の錬成の効果範囲は二メートル位であるし(これでも初期に比べ倍近く増えている)、何より左腕の出血が酷い。そう長く動けるものではないだろう。

実際、ハジメの意識は出血多量により既に落ちかけていた。それでも、もがくように前へ進もうとする。

しかし……

「〝錬成〟 ……〝錬成〟 ……〝錬成〟 ……〝れんせぇ〟 ……」

何度錬成しても眼前の壁に変化はない。意識よりも先に魔力が尽きたようだ。ズルリと壁に当てていた手が力尽きたように落ちる。

ハジメは、朦朧として今にも落ちそうな意識を辛うじて繋ぎ留めながらゴロリと仰向けに転がった。ボーとしながら真っ暗な天井を見つめる。この辺は緑光石が無いようで明かりもない。

いつしかハジメは昔のことを思い出していた。走馬灯というやつかもしれない。保育園時代から小学生、中学生、そして高校時代。様々な思い出が駆け巡るが、最後の思い出は……

月明かり射し込む窓辺での香織との時間。約束をした時の彼女の笑顔。

その美しい光景を最後にハジメの意識は闇に呑まれていった。意識が完全に落ちる寸前、ぴたっぴたっと頬に水滴を感じた。

それはまるで、誰かの流した涙のようだった。

 

✲✲✲

 

「ったく、とことんついてねぇな。まさか、壁から滝が流れてっとは…………はぁ、幸運E-は伊達じゃないってか?」

ある青タイツの男は、偶然遭遇した集団の中で男を見せていた少年が何者かに落とされたのを見て、直ぐに助けに入った。のだが、運が無さすぎるせいで滝に巻き込まれた挙句少年とはぐれてしまったのだ。

「確か、檜山って奴が落としたんだっけか?まぁ、どうでもいいか。」

青タイツの男は迷宮内を歩き、そろそろこの階層最後の水辺に着くだろうと角を曲がると出会った。

…………………………先程の集団の中で気になっていた者達に。

「…………あぁ、なんて言うか………幸運が仇となった。すまん。」

「へぇ、泉奈が言ってた青タイツって貴方だったんだ。光の御子、クー・フーリン。」

「あぁ?っ!?!?てめぇ、バーサーカーの!?」

イリヤを見て、直ぐにバーサーカーのマスターだと見抜いた。

「取り敢えず此処に座ったらどうだ?南雲の気配が途絶えた今は無闇に動けんからな。」

「お、おう。それで、なんでてめぇらがここにいるんだ?しかも知らねぇ奴も居るしよ。」

「あぁ、それはな、この世界が───────」




この世界の真実を知った光の御子。
彼は神の子の1人としてその真実に激怒する。
そして、彼らは最下層を目指す。

次回、南雲の変異と吸血鬼

「いやー、檜山君が嫉妬心であんな凶行に走るとはねぇ。怖いわぁ。」
「でも、檜山君って取り巻きがいなかったかしら?」
「あぁ、いたねぇそんなの。英王君と近藤君だったっけ?泉奈ちゃんの話だと英王君は英雄王ギルガメッシュの力を持って転生した転生者で、近藤君は原作(・・)って奴では不憫な死を遂げるって言ってたよ?」
「泉奈ちゃんって………はぁ、泉奈はあんな容姿でも男だからね?それは置いといて、その取り巻きたちは止めれなかったのかしら彼を。」
「分かってるって!しずしずっ!!!ってかその人達はパニクってて気にしてなかったよ。」
「彼はあの後どうなったのかしら?」


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第14話 南雲の豹変と謎の少女

 

迷宮のとある場所に二尾狼の群れがいた。

二尾狼は四~六頭くらいの群れで移動する習性がある。単体ではこの階層の魔物の中で最弱であるため群れの連携でそれを補っているのだ。この群れも例に漏れず四頭の群れを形成していた。

周囲を警戒しながら岩壁に隠れつつ移動し絶好の狩場を探す。二尾狼の基本的な狩りの仕方は待ち伏せであるからだ。

しばらく彷徨いていた二尾狼達だったが、納得のいく狩場が見つかったのか其々四隅の岩陰に潜んだ。後は獲物が来るのを待つだけだ。その内の一頭が岩と壁の間に体を滑り込ませジッと気配を殺す。これからやって来るだろう獲物に舌舐りしていると、ふと違和感を覚えた。

二尾狼の生存の要が連携であることから、彼らは独自の繋がりを持っている。明確に意思疎通できるようなものではないが、仲間がどこにいて何をしようとしているのかなんとなくわかるのだ。

その感覚がおかしい。自分達は四頭の群れのはずなのに三頭分の気配しか感じない。反対側の壁際で待機していたはずの一頭が忽然と消えてしまったのだ。

どういうことだと不審を抱き、伏せていた体を起こそうと力を入れた瞬間、今度は仲間の悲鳴が聞こえた。

消えた仲間と同じ壁際に潜んでいた一頭から焦燥感が伝わってくる。何かに捕まり脱出しようともがいているようだが中々抜け出せないようだ。

救援に駆けつけようと反対側の二頭が起き上がる。だが、その時には、もがいていた一頭の気配も消えた。

混乱するまま、急いで反対側の壁に行き、辺りを確認するがそこには何もなかった。残った二頭が困惑しながらも消えた二頭が潜んでいた場所に鼻を近づけフンフンと嗅ぎ出す。

その瞬間、地面がいきなりグニャアと凹み、同時に壁が二頭を覆うようにせり出した。

咄嗟に飛び退こうとするがその時には沈んだ足元が元に戻っており固定されてしまった。もっとも、これくらいなら、二尾狼であれば簡単に粉砕して脱出できる。今まで遭遇したことのない異常事態に混乱していなければ、そもそも捕まることもなかっただろう。

しかし、襲撃者にとってはその混乱も一瞬の硬直も想定したこと。二頭を捕らえるには十分な隙だった。

「グルゥア!?」

悲鳴を上げながら壁に呑まれる二頭。そして後には何も残らなかった。

四頭の二尾狼を捕らえたのはもちろんハジメであった。反撃の決意をした日から飢餓感も幻肢痛もねじ伏せて、神水を飲みながら生きながらえ、魔力が尽きないのをいいことに錬成の鍛錬をひたすら繰り返した。

より早く、より正確に、より広範囲を。今のまま外に出てもあっさり死ぬのがオチである。神結晶のある部屋を拠点に鍛錬を積み、少しでも武器を磨かなければならない。その武器は当然、錬成だ。

ねじ伏せたと言っても耐えられるというだけで苦痛は襲ってくる。しかし、飢餓感と幻肢痛は、むしろ追い立てるようにハジメに極限の集中力をもたらした。

その結果、今までの数倍の速さでより正確に、三メートル弱の範囲を錬成できるようになった。もっとも、土属性魔法のような直接的な攻撃力は相変わらず皆無だったが。

そして、神水を小さく加工した石の容器に詰め、錬成を利用しながら迷宮を進み、標的を探した。

そうして見つけたのが四頭の二尾狼だ。

しばらく二尾狼の群れを尾行した。もちろん何度もバレそうになったが、その度に錬成で壁の中に逃げ込みどうにか追跡することができた。そして、四頭が獲物を待ち伏せるために離れた瞬間を狙って壁の中から錬成し、引きずり込んだのである。

「さぁて、生きてっかな? まぁ、俺の錬成に直接の殺傷力はほとんどないからな。石の棘突き出したくらいじゃ威力も速度も足りなくてここの魔物は死にそうにないし」

ギラギラと輝く瞳で足元の小さな穴を覗くハジメ。その奥には、まさに〝壁の中〟といった有様の二尾狼達が、完全に周囲を石で固められ僅かにも身動きできず、焦燥を滲ませながら低い唸り声を上げていた。

実は、以前、足元から生やした石の刺で魔物を攻撃したことがあったのだが、突き破る威力も速度も全く足りず、到底実用に耐える使い方ではなかった。やはり、そういうのは土属性魔法の領分のようだ。錬成はあくまで鉱物を加工する魔法であって、加工過程に殺傷力を持たせるのは無理があるのだ。従って、こうして拘束するのが精一杯であった。

「窒息でもしてくれりゃあいいが……俺が待てないなぁ」

ニヤリと笑うハジメの目は完全に捕食者の目だった。

ハジメは、右腕を壁に押し当てると錬成の魔法を行使する。岩を切り出し、集中して明確なイメージのもと、少しずつ加工していく。すると、螺旋状の細い槍のようなものが出来上がった。更に、加工した部品を取り付ける。槍の手元にはハンドルのようなものが取り付けられた。

「さ~て、掘削、掘削!」

地面の下に捕らわれている二尾狼達に向かってハジメはその槍を突き立てた。硬い毛皮と皮膚の感触がして槍の先端を弾く。

「やっぱり刺さんないよな。だが、想定済みだ」

なぜナイフや剣にしなかったのか。それは、魔物は強くなればなるほど硬いというのが基本だからだ。もちろん種族特性で例外はいくらでもあるのだが、自分の無能を補うため座学に重点を置いて勉強していたハジメは、この階層の魔物なら普通のナイフや剣は通じないだろうと考えたのだ。

故に、ハジメは槍についているハンドルをぐるぐる回した。それに合わせて先端の螺旋が回転を始める。そう、これは魔物の硬い皮膚を突き破るために考えたドリルなのである。

上から体重を掛けつつ右手でハンドルを必死に回す。すると、少しずつ先端が二尾狼の皮膚にめり込み始めた。

「グルァアアー!?」

二尾狼が絶叫する。

「痛てぇか? 謝罪はしねぇぞ? 俺が生きる為だ。お前らも俺を喰うだろう? お互い様さ」

そう言いながら、さらに体重を掛けドリルを回転させる。二尾狼が必死にもがこうとしているが、周りを隙間一つなく埋められているのだから不可能だ。

そして、遂に、ズブリとドリルが二尾狼の硬い皮膚を突き破った。そして体内を容赦なく破壊していく。断末魔の絶叫を上げる二尾狼。しばらく叫んでいたが、突然、ビクッビクッと痙攣したかと思うとパタリと動かなくなった。

「よし、取り敢えず飯確保」

嬉しそうに嗤いながら、残り三頭にも止めを刺していく。そして、全ての二尾狼を殺し終えたハジメは錬成で二尾狼達の死骸を取り出し、片手に不自由しながら毛皮を剥がしていく。

そして、飢餓感に突き動かされるように喰らい始めた。

 

✲✲✲

 

数日後

 

✲✲✲

 

迷宮内に銃声が木霊する。

爪熊は最後までハジメから眼を逸らさなかった。ハジメもまた眼を逸らさなかった。

想像していたような爽快感はない。だが、虚しさもまたなかった。ただ、やるべきことをやった。生きるために、この領域で生存の権利を獲得するために。

ハジメはスッと目を閉じると、改めて己の心と向き合う。そして、この先もこうやって生きると決意する。戦いは好きじゃない。苦痛は避けたい。腹いっぱい飯を食いたい。

そして……生きたい。

理不尽を粉砕し、敵対する者には容赦なく、全ては生き残るために。

そうやって生きて……

そして……

故郷に帰りたい。

そう、心の深奥が訴える。

「そうだ……帰りたいんだ……俺は。他はどうでもいい。俺は俺のやり方で帰る。望みを叶える。邪魔するものは誰であろうと、どんな存在だろうと……」

目を開いたハジメは口元を釣り上げながら不敵に笑う。

「 殺してやる 」

 

✲✲✲

 

「───────という訳なのさ。」

俺はこの世界の真実をクー・フーリン面倒いのでセタンタに教えた。

因みにこの世界とは原作(・・)という下位世界と上位世界のことも含めている。

「おい、原作とか転生者は関係ねぇ。エヒトルジュエつう奴はどんな思考回路してやがる?」

セタンタが軽く殺気を放ちながら聞いてくる。

「分からん。出会ったことがねぇからな。だが、外道っていうのは変わらん。」

「成程な。うしっ、俺も亜神殺しに加担してやる。神の子以前に1人の英雄とし…………っ!!!血の匂い!!!」

セタンタが協力することになったが、急に匂ってきた血の匂いに反応してそちらに走り出す。

そして、それに続いて飛斗が香織をヒポグリフに乗せて向かう。それに続いて皆が走り出す。

俺は焚き火を消した後に匂いを浄化してから後を追う。匂いを嗅ぐ魔物が匂いを追って来たら面倒いのである。

走り出してから少し経って血の匂いが濃くなって来た。

先頭はヒポグリフに乗った2人である。

「もう少し早く、お願いね。」

飛斗が軽く叩き、ヒポグリフはそれに応えるかのように速度が上がる。

 

✲✲✲

 

「 殺してやる 」

そんな声が奥から聞こえてきた。飛斗は当たりをつけてそちらに向かう。

「いたっ!!」

「南雲君っ!!」

飛斗は南雲を見つけた。ただ、最後に見た南雲は茶髪で背が低かったのだが、目の前の南雲は白髪で片腕が無く、某すまないさん位の背であった。

残った腕には先程の銃撃音の出処であろう銃があり、それは真っ直ぐに飛斗の方に向いていた。

 

パァンッ!!!

 

そして発砲してきた。が、

「危ねぇ!!」

セタンタが銃弾とヒポグリフの間に入ることで難を逃れる。

「てめぇ、なんのつもりだ!?」

そのまま南雲に問い詰める。

南雲の方は銃弾が逸れたことに驚愕していたが直ぐに銃弾を発砲した。

「敵は殺すっ!!」

しかし、発砲された全ての銃弾はセタンタに当たる前にあらぬ方向に飛ぶ。

「何故だ!?何故何故何故何故何故何故だぁあぁぁぁぁ!?」

銃弾全てが逸れたことに驚愕。更に、これまでに何かあったのか錯乱し出す。

「……………矢よけの加護。俺が生まれながら持っている力だ。聞こえてねぇだろうがな。」

その間にヒポグリフから降りた香織を伴って南雲に近づいたセタンタが教える。飛斗は遠くから見守っている。

目の前まで来たら香織は錯乱する南雲に近付いて抱擁する。

「…………大丈夫、大丈夫だよ南雲君。迎えに来たよ。」

その抱擁は聖母の如き慈愛に満ちた抱擁であった。

「ぁぁぁあぁ………………し、らさき………さん……?」

「うん、うん。私だよ、南雲君。よかった、生きてて。」

南雲が正気に戻り、ゆっくりと香織の背に銃を落として手ぶらとなった残る腕をまわして抱きつき、

「う、うぅ。うわああああああああああああああああああッ!!!!!!」

崩涙する。

しばらくはその状態が続く。その間は遅れながら着いた俺やサーヴァント勢が露払いをしておく。

 

✲✲✲

 

「……すまない。迷惑かけた。」

泣き止んだ南雲は俺達に謝罪をしてくる。

「いや、いい。それよかはよここを離れるぞ。」

血の匂いが充満しているこの空間にいると匂いが付着して面倒い事になる。一応浄化したがそんなに効いてはいない。それ程血の匂いが濃いのだ。

俺達一行は南雲の命を繋いだ神結晶がある空間に来た。

「この結晶が出している水のおかげで生き延びた。だが、これだけじゃ飢餓は満たせない。生きる事だけしか考えなくなったのもそう時間がかからなかったさ。」

南雲が独白する。この数日間何をしていたのか。

それを最後まで聞いてまずセタンタが頭を下げてまで謝った。

「すまん。俺が持っも危機感を持ってれば滝に掛かったとしても離れ離れになることはなく救えたのに!」

「い、いや、いい。兎に角俺は生きて故郷に帰る。それだけだ。」

「そうか。ならば急いでここを出るか。」

一行は南雲の拠点から出てセタンタが見つけたという次の階の道の元に向かう。

 

…………………あれから数日経った。

俺達は真っ暗な階層を越えて次の層に入る。

その階層は、地面が何処もかしこもタールのように粘着く泥沼のような場所だった。足を取られるので凄まじく動きにくい。女子勢は顔をしかめながら、せり出た岩を足場にしたり魔物類の肉を食べて得た技能(・・・・・・・・・・・・・)である“空力”を使ったりしつつ探索を開始する。

南雲が周囲の鉱物を“鉱物系感知”の技能で調べながら進んでいると、途中興味深い鉱石を発見したそうだ。

=====================================

フラム鉱石

艶のある黒い鉱石。熱を加えると融解しタール状になる。融解温度は摂氏50度ほどで、タール状のときに摂氏100度で発火する。その熱は摂氏3000度に達する。燃焼時間はタール量による。

=====================================

「……うそん」

南雲が引き攣った笑みを浮かべゆっくり足を上げてみる。するとさっきから何度も踏んでいる上、階層全体に広がっているタール状の半液体がビチャビチャと音を立てて、南雲の靴から滴り落ちた。

「南雲君、どうかしたの?」

「か、火器厳禁っすか……」

『………………』

全員が無言となる。なんせここにいるサーヴァント勢や1部の者は場合にもよるが火花が散ったりする可能性が高いからだ。

南雲の話だと発火温度が百度ならそう簡単に発火するとは思わないが、仮に発火した場合、連鎖反応でこの階層全体が摂氏三千度の高熱に包まれることになる。流石に、神水をストックしていても生き残る自信はないとの事。

此処で全員が1人に向いて

『迦楼那、魔力放出禁止!!』

「…………皆まで言わずとも分かっている。」

迦楼那は了承するが、南雲の方は

「レールガンも“纏雷”も使えねぇな……」

軽く落ち込んでいた。

南雲が造ったドンナーは俺らを除いたらかなり強力な武器だ。電磁加速がなくても燃焼石による炸薬だけで十二分の威力を発揮する。

しかし、それはあくまで普通の魔物の場合だ。例えば、トラウムソルジャーくらいなら電磁加速なしでも余裕で破壊できる。ベヒモスでもそれなりのダメージを期待できるだろう。だが、この奈落の魔物は異常なのだ。上階の魔物が唯の獣に思えるレベルである。故に、果たして炸薬の力だけでこの階層の魔物を撃破できるのか……

そんな不安要素を余所に、南雲の口角がつり上がっていく。

「いいさ、どちらにしろやることは変わらない。殺して喰うだけだ」

南雲は“レールガン”と“纏雷”を封印宣言をして探索を再開する。

しばらく進むと三叉路に出た。近くの壁にチェックを入れセオリー通りに左の通路から探索しようと足を踏み出した。

その瞬間、

 

ガチンッ!

 

「ッ!?」

鋭い歯が無数に並んだ巨大な顎門を開いて、サメのような魔物がタールの中から飛び出してきた。俺の頭部を狙った顎門は歯と歯を打ち鳴らしながら閉じられる。咄嗟に身を屈めて躱してタール全てを凍らせた(・・・・・・・・・・)

「こりゃ些かオーバーキルじゃねぇか?」

「お前がな!!!」

 ツッコミを入れたのはセタンタで、あと1μm近かったらセタンタも一緒に凍っていたのだ。凍らせたのはいいがセタンタの周辺だけ極刑王(カズィクル・ベイ)の様に棘が大量に生えたのだ。サメについてはタールに潜れず凍ったタールの上を滑って何処かに消えてしまったが。

セタンタ以外は何処か感が鋭いのかそれぞれセタンタから避けていた。

「?何言ってんだ?1μmは避けてやってんだ。あんたの幸運E-だから故意的に意識しねぇと当たるんじゃねぇかってヒヤヒヤしてんだぜ?」

「あんたの故意かよ!?まさかあれか!?俺で遊んでんじゃねぇよ!!」

 

( ˙-˙)スッ

 

「いや、弄るの楽しいとか思ってねぇからな?」

「思いっきり顔逸らしてんじゃねぇよ!?」

「アッハッハッハッハッ」

俺は笑いながら先を歩く。それにいじけながらあとに続くセタンタ。

皆はそれを見て

「ランサーが死んだって言えんかった…」

とか言ってたとか言ってなかったとか。

 

そして、数日ほど経った。

タールザメの階層から更に五十階層は進んだ。俺達に時間の感覚は既にないので、どれくらいの日数が過ぎたのかはわからない。それでも、驚異的な速度で進んできたのは間違いない。

その間にも理不尽としか言いようがない面白さを発揮した魔物と何度も戦いを演じてきた。

例えば、迷宮全体が薄い毒霧で覆われた階層では、毒の痰を吐き出す二メートルのカエル(虹色だった)や、麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾(見た目モ○ラだった)に襲われた。代赤の赤雷によって被害は一切無かったが、赤雷が無かったらただ探索しているだけで死んでいたはずだ。

虹色ガエルの毒を受ける前に女子勢が気持ち悪いという理由で殲滅したのでどんな毒かは不明。

当然、二体とも喰った。蛾を食べるのは流石に抵抗があったが、己らを強化するためだと割り切り意を決して喰った。カエルよりちょっと美味かったことに、なんとなく悔しい思いをする一行であった。

また、地下迷宮なのに密林のような階層に出たこともあった。物凄く蒸し暑く鬱蒼としていて今までで一番不快な場所だった。この階層の魔物は巨大なムカデと樹だ。

密林を歩いていると、突然、巨大なムカデが木の上から降ってきたときは、流石の俺も全身に鳥肌が立った。余りにも気持ち悪かったのである。

しかも、このムカデ、体の節ごとに分離して襲ってきたのだ。一匹いれば三十匹はいると思えという黒い台所のGのような魔物だ。

各自で対処するも、如何せん数が多かった。結局、俺が全てを凍らせたことで事なきを得たがあまり使いたくはない。なんせ、俺の心の中を見せてる様な気がするから。せめて、氷で武器を造るのならば造作もない事だ。

ちなみに、樹の魔物はRPGで言うところのトレントに酷似していた。木の根を地中に潜らせ突いてきたり、弦を鞭のようにしならせて襲ってきたり。

しかし、このトレントモドキの最大の特徴はそんな些細な攻撃ではない。この魔物、ピンチなると頭部をわっさわっさと振り赤い果物を投げつけてくるのだ。これには全く攻撃力はなく、代赤が試しに食べてみたのだが、直後、数十分以上硬直した。毒の類ではない。めちゃくちゃ美味かったそうだ。甘く瑞々しいその赤い果物は、例えるならスイカだった。リンゴではない。

この階層が不快な環境であることなど頭から吹き飛んだ。むしろ迷宮攻略すら一時的に頭から吹き飛んだ。実に、何十日ぶりかの新鮮な肉以外の食い物である。俺達の眼は完全に狩人のそれとなり、トレントモドキを狩り尽くす勢いで襲いかかった。ようやく満足して迷宮攻略を再開した時には、既にトレントモドキはほぼ全滅していた。

そんな感じで階層を突き進み、気がつけば五十層。未だ終わりが見える気配はない。

俺達は、この五十層で作った拠点にておかしな所がないかとか、戦闘を知らない南雲や香織に銃技や蹴り技その他の戦闘技術、知り得る中でだが錬成の師事をしながら少し足踏みをしていた。というのも、階下への階段は既に発見しているのだが、この五十層には明らかに異質な場所があったのだ。

それは、何とも不気味な空間だった。

脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

代赤曰く、その空間に足を踏み入れた瞬間全身に悪寒が走るのを感じたらしく、セイバーの感がヤバイと言っているので一旦引いたのである。もちろん装備を整えるためで避けるつもりは毛頭ない。ようやく現れた“変化”なのだ。調べないわけにはいかない。

俺は期待と面白そうな予感を両方同時に感じていた。あの扉を開けばとうとうこの世界ありふれた職業で世界最強(・・・・・・・・・・・・)の要である存在と相対することになる。

だが、しかし、同時に終わりの見えない迷宮攻略に新たな風が吹くような気もしていた。

「さながらパンドラの箱だな。……さて、どんな希望が入っているんだろうな?」

南雲が自分の今持てる武技と武器、そして技能。それらを一つ一つ確認し、コンディションを万全に整えていく。全ての準備を整えてから南雲はゆっくりドンナーを抜いた。

そして、そっと額に押し当て目を閉じる。覚悟ならとっくに決めている。しかし、重ねることは無駄ではないはずだ。南雲が己の内へと潜り願いを口に出して宣誓する。

「俺は、俺達は、生き延びて故郷に帰る。日本に、家に……帰る。邪魔するものは敵。敵は……殺す!」

目を開けた南雲の口元には何時も通りニヤリと不敵な笑みが浮かんでいた。それを見ていた香織は少し複雑な心境なのか顔が少し歪んでいた。

扉の部屋にやってきた一行は油断なく歩みを進める。特に何事もなく扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。

「? わかんねぇな。結構勉強したつもりだが……こんな式見たことねぇぞ」

南雲は無能と呼ばれていた頃、自らの能力の低さを補うために座学に力を入れていた。もちろん、全ての学習を終えたわけではないが、それでも、魔法陣の式を全く読み取れないというのは些かおかしい。

「相当、古いってことか?」

南雲が推測しながら扉を調べるが特に何かがわかるということもなかった。如何にも曰くありげなので、トラップを警戒して調べてみたのだが、どうやら今の南雲程度の知識では解読できるものではなさそうだ。

「仕方ない、何時も通り錬成で行くか」

一応、扉に手をかけて押したり引いたりしたがビクともしない。なので、何時もの如く錬成で強制的に道を作る。南雲が右手を扉に触れさせ錬成を開始した。

しかし、その途端、

 

バチィイ!

 

「うわっ!?」

扉から赤い放電が走り南雲の手を弾き飛ばした。南雲の手からは煙が吹き上がっている。悪態を吐きながら神水を飲み回復する南雲。直後に異変が起きた。

 

オォォオオオオオオ!!

 

突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。

 

南雲はバックステップで扉から距離をとり、腰を落として手をホルスターのすぐ横に触れさせ何時でも抜き撃ち出来るようにスタンバイする。俺はイルカルラの弓を構え、それ以外はそれぞれの武器を用意する。

雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。

「まぁ、ベタと言えばベタだな」

苦笑いしながら呟く俺の前で、扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色している。

一つ目巨人の容貌はまるっきりファンタジー常連のサイクロプスだ。手にはどこから出したのか四メートルはありそうな大剣を持っている。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し無粋な侵入者を排除しようと俺の方に視線を向けた。

その瞬間、

 

チュインッ!!!

 

その一撃で両方のサイクロプスを穿つ。

サイクロプスの残った巨体が倒れた衝撃が部屋全体を揺るがし、埃がもうもうと舞う。

「悪いが、空気を読んで待っていてやれるほど出来た敵役じゃあないんだ」

いろんな意味で酷い攻撃だった。

南雲は素顔不詳であまり信用していない泉奈の戦闘スペックを見て唖然とした。

(はっ?何それ?え、それって槍じゃなかったっけ?イシュタルは槍って言ってたのに何故に矢を放ってるん?ってか矢が見えなかったし何本射たんだよ!?)

と心の中では色々とツッコミたがっていた。

 

閑話休題

 

おそらく、この扉を守るガーディアンとして封印か何かされていたのだろう。こんな奈落の底の更に底のような場所に訪れる者など皆無と言っていいはずだ。

ようやく来た役目を果たすとき。もしかしたら彼ら(?)の胸中は歓喜で満たされていたのかもしれない。万を辞しての登場だったのに相手を見るまでもなく大事な一つ目ごと頭を吹き飛ばされる。これを哀れと言わずして何と言うのか。

「まぁ、いいか。肉は後で取るとして……」

俺達は、チラリと扉を見て少し思案する。

そして何を思ったのか、南雲が“風爪”でサイクロプスを切り裂き体内から魔石を取り出した。血濡れを気にするでもなく二つの拳大の魔石を扉まで持って行き、それを窪みに合わせてみる。

ピッタリとはまり込んだ。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸り魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

次は栄光が先頭となり警戒しながら、そっと扉を開いた。

扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。南雲の“夜目”と手前の部屋の明りに照らされて少しずつ全容がわかってくる。

中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

その立方体を注視していた南雲は、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。

近くで確認したいのか扉を抑えていた金糸雀が大きく開け固定しようとする。いざと言う時、ホラー映画のように、入った途端バタンと閉められたら困るからだ。

しかし、金糸雀が扉を開けっ放しで固定する前に、それは動いた。

「……だれ?」

掠れた、弱々しい女の子の声だ。ビクリッとして俺達は慌てて部屋の中央を凝視する。すると、先程の“生えている何か”がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。

「人……なのかい?」

“生えていた何か”は人だった。

上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗いている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

流石に予想外だった俺達は硬直し、紅の瞳の女の子も1人1人をジッと見つめていた。やがて、南雲が代表してゆっくり深呼吸し決然とした表情で告げた。

「すみません。間違えました」

 




奈落の約50階層にて発見した謎の部屋。
そこを守護する魔物を倒して中に入る。
その部屋で見つけたのはキューブ状の何かに囚われていた謎の少女であった。

次回、吸血鬼とオスカー・オルクス

「………………はぁ。」
「ん?どーしたの栄光?元気ないけど?」
「………あぁ、イリヤですか。実は私にとって因縁深い奴と相対する事になったのですよ。」
「……………ふぅーん。それじゃ、その因縁を祓ったらいいじゃん」
「…………………まぁそうなんですけどね。」
「あ、時間だ。次回もまた宜しくね!」


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第15話 謎の少女とオスカー・オルクス

「すみません、間違えました」

そう南雲が代表して言って全員出てからそっと扉を閉めようとする金糸雀。それを金髪紅眼の女の子が慌てたように引き止める。もっとも、その声はもう何年も出していなかったように掠れて呟きのようだったが……

ただ、必死さは伝わった。

「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

「嫌です」

そう言って、やはり扉を閉めようとする金糸雀。鬼である。

「ど、どうして……何でもする……だから……」

女の子は必死だ。首から上しか動かないが、それでも必死に顔を上げ懇願する。

そこで、代赤が鬱陶しそうに言い返した。

「あのなぁ、こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけねぇだろ?絶対ヤベェって。見たところ封印以外何もないみたいだし……脱出には役立ちそうもねぇ。っつう訳で……」

全くもって正論だった。

だがしかし、普通、囚われた女の子の助けを求める声をここまで躊躇いなく切り捨てられる人間はそうはいないだろう。

まぁ、豪快不遜故に叛逆の騎士はズケズケと言えるのだろう。

すげなく断られた女の子だが、もう泣きそうな表情で必死に声を張り上げる。

「ちがう! ケホッ……私、悪くない! ……待って! 私……」

知らんとばかりに扉を閉めていき、もうわずかで完全に閉じるという時、南雲が歯噛みをした。もう少し早く閉めてくれていれば聞かずに済んだのにと。

「裏切られただけ!」

もう僅かしか開いていない扉。

しかし、女の子の叫びに、閉じられていく扉は止まった。ほんの僅かな光だけが細く暗い部屋に差し込む。十秒、二十秒と過ぎ、やがて扉は再び開いた。そこには、苦虫を百匹くらい噛み潰した表情をした南雲と心配顔な香織が立っていた。

因みに俺らは外に出て割とのんびりしている。まぁ、囚われている少女のことを知っているからだ。

南雲としては、何を言われようが助けるつもりなどなかった。こんな場所に封印されている以上相応の理由があるに決まっているのだ。それが危険な理由でない証拠がどこにあるというのか。邪悪な存在が騙そうとしているだけという可能性の方がむしろ高い。見捨てて然るべきだ。

(何やってんだかな、俺は)

内心溜息を吐くハジメ。

南雲に最終決定権を委ねている香織からしてみれば内心嬉しそうである。

“裏切られた”――その言葉に心揺さぶられてしまうとは。もう既に、檜山が放ったあの魔弾のことはどうでもいいはずだろうと思ってた。“生きる”という、この領域においては著しく困難な願いを叶えるには、恨みなど余計な雑念に過ぎないはずだった。

それでも、こうまで心揺さぶられたのは、やはり何処かで割り切れていない部分があったのかもしれない。そして、もしかしたら同じ境遇の女の子に、同情してしまう程度には前の南雲には良心が残っていたのかもしれない。

南雲が頭をカリカリと掻きながら、女の子に歩み寄る。もちろん油断はしない。

「裏切られたと言ったな? だがそれは、お前が封印された理由になっていない。その話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」

南雲が戻って来たことに半ば呆然としている女の子。

ジッと、豊かだが薄汚れた金髪の間から除く紅眼で南雲を見つめる。何も答えない女の子に南雲がイラつき「おい。聞いてるのか? 話さないなら帰るぞ」と言って踵を返しそうになる。それに、ハッと我を取り戻し、女の子は慌てて封印された理由を語り始めた。

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。話を聞きながら俺達は呻いた。なんとまぁ波乱万丈な境遇か。しかし、ところどころ気になるワードがあるので、湧き上がる何とも言えない複雑な気持ちを抑えながら、これまた南雲が代表して尋ねた。

「お前、どっかの国の王族だったのか?」

「……(コクコク)」

「殺せないってなんだ?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

ハジメは「なるほどな~」と一人納得した。

自分達も魔物を喰ってから、魔力操作が使えるようになった。身体強化に関しては詠唱も魔法陣も必要ない。他の錬成などに関しても詠唱は不要だ。

ただ、南雲の場合、魔術適性がゼロなので魔力を直接操れても巨大な魔法陣は当然必要となり、碌に魔術が使えないことに変わりはない。

だが、この女の子のように魔術適性があれば反則的な力を発揮できるのだろう。何せ、周りがチンタラと詠唱やら魔法陣やら準備している間にバカスカ魔術を撃てるのだから、正直、勝負にならない。しかも、不死身。おそらく絶対的なものではないとだろうが、それでも勇者すら凌駕しそうなチートである。

それを聞いたサーヴァント勢が俺の方を見る。

「……………大方、真祖か神祖或いはガチでエヒトルジュエの依り代かもしれねぇ。」

とだけ答えておく。

「……たすけて……」

南雲が一人で思索に耽り一人で納得しているのをジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。

「……」

南雲はジッと女の子を見た。女の子もジッと南雲を見つめる。どれくらい見つめ合っていたのか……

「…………コホンッ、何をじっと見つめあってるのかな?」

「ッ!!?……………はぁ。」

香織の小言に一瞬ビクついた南雲がガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら、女の子を捕える立方体に手を置いた。

「あっ」

女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。南雲はそれを無視して錬成を始めた。

南雲の魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや濃い紅色の魔力が放電するように迸る。

しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるで南雲の魔力に抵抗するように錬成を弾いた。迷宮の上下の岩盤のようだ。だが、全く通じないわけではないらしい。少しずつ少しずつ侵食するように南雲の魔力が立方体に迫っていく。

俺らは手伝わない。面倒いというのもあるが、乱雑な面が大きすぎて少女を傷つける可能性が高いからだ。

南雲はそれを知ってか知らずか分からないが協力を求めずに1人でこなそうとする。

「ぐっ、抵抗が強い! ……だが、今の俺なら!」

南雲は更に魔力をつぎ込む。詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始める。既に、周りは南雲の魔力光により濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められているようだった。

南雲は更に魔力を上乗せする。七節分……八節分……。女の子を封じる周りの石が徐々に震え出す。

「まだまだぁ!」

南雲が気合を入れながら魔力を九節分つぎ込む。属性魔法なら既に上位呪文級、いや、それではお釣りが来るかもしれない魔力量だ。どんどん輝きを増す紅い光に、女の子は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。

南雲は初めて使う大規模な魔力に脂汗を流し始めた。少しでも制御を誤れば暴走してしまいそうだ。だが、これだけやっても未だ立方体は変形しない。南雲はもうヤケクソ気味に魔力を全放出してやった。

なぜ、この初対面の少女のためにここまでしているのか南雲自身もよくわかっていない。

だが、とにかく放っておけないのだから仕方ない。邪魔するものは皆排除し、徹頭徹尾自分の目的のために生きると決めたはずなのだが……南雲はもう一度、内心で「何やってんだか」と自分に呆れつつ、何事にも例外は付きものと割り切って、「やりたいようにやる!」と開き直った。

今や、南雲自身が紅い輝きを放っていた。正真正銘、全力全開の魔力放出。持てる全ての魔力を注ぎ込み意地の錬成を成し遂げる!

直後、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

南雲も座り込んだ。肩でゼハーゼハーと息をし、すっからかんになった魔力のせいで激しい倦怠感に襲われる。

荒い息を吐き震える手で神水を出そうとして、その手を女の子がギュッと握った。弱々しい、力のない手だ。小さくて、ふるふると震えている。南雲が横目に様子を見ると女の子が真っ直ぐに南雲を見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。

「……ありがとう」

その言葉を贈られた時の心情をどう答えたらいいのか分からなかった南雲。

「そこは素直にどういたしましてだよハジメ君。」

そこに香織から助けが入る。ちゃっかりと南雲を下の名呼んでいる。

繋がった手はギュッと握られたままだ。

一体どれだけの間、ここにいたのだろうか。

少なくともハジメの知識にある吸血鬼族は数百年前に滅んだはずだ。この世界の歴史を学んでいる時にそう記載されていたと記憶している。

話している間も彼女の表情は動かなかった。それはつまり、声の出し方、表情の出し方を忘れるほど長い間、たった一人、この暗闇で孤独な時間を過ごしたということだ。

しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られて。よく発狂しなかったものである。もしかすると先ほど言っていた自動再生的な力のせいかもしれない。だとすれば、それは逆に拷問だっただろう。狂うことすら許されなかったということなのだから。

「神水を飲めるのはもう少し後だな」と苦笑いしながら、気怠い腕に力を入れて握り返す。女の子はそれにピクンと反応すると、再びギュギュと握り返してきた。

「……名前、なに?」

女の子が囁くような声で南雲に尋ねる。そういえばお互い名乗っていなかったと苦笑いを深めながら南雲は答え、女の子にも聞き返した。

「ハジメだ。南雲ハジメ。お前は?」

「私は香織。白崎香織。」

女の子は「ハジメ、カオリ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したように南雲と香織にお願いをした。

「……名前、付けて」

「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」

長い間幽閉されていたのならあり得ると聞いてみる南雲だったが、女の子はふるふると首を振る。

「もう、前の名前はいらない。……ハジメ達の付けた名前がいい」

「……はぁ、そうは言ってもなぁ」

「うぅん…………」

おそらく、南雲が、変心した南雲になったのと同じような理由だろう。前の自分を捨てて新しい自分と価値観で生きる。南雲は痛みと恐怖、飢餓感の中で半ば強制的に変わったが、この女の子は自分の意志で変わりたいらしい。その一歩が新しい名前なのだろう。

女の子は期待するような目で南雲と香織を見ており、南雲はカリカリと頬をかき、考える。

そして、香織がいち早く思いついたのか言う。

「“ユエ”ちゃん。なんてどう? ユエって言うのはね、私達の故郷で月を表すの。ユエちゃんを最初に見たとき貴方の髪と瞳の色から夜に浮かぶ月を幻想したんだ。」

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

「うん、取り敢えずは手を離して着替えない?」

「?」

礼を言う女の子改めユエの握っていた南雲は咄嗟に手を解き、香織と立ち位置を交代をする。香織は自分の服を幾つか取り出す。

「ね、ユエちゃん。。何時までも裸だと色々と危ないから私ので悪いけど着ようね。」

「……」

そう言われて差し出された服を反射的に受け取りながら自分を見下ろすユエ。確かに、すっぽんぽんだった。大事な所とか丸見えである。ユエは一瞬で真っ赤になる香織に渡された服をギュッと抱き寄せ上目遣いでポツリと呟いた。

「ハジメのエッチ」

「……」

何を言っても墓穴を掘りそうなのでノーコメントで通す南雲。ユエはいそいそと香織の服を着る。ユエの身長は百四十センチ位しかないのでぶかぶかだ。一生懸命裾を折っている姿が微笑ましい。

南雲は、その間に神水を飲んで回復する。活力が戻り、脳が回転を始める。そして“気配感知”を使い……凍りついた。とんでもない魔物の気配が直ぐ傍に存在することに気がついたのだ。

場所はちょうど……真上!

南雲がその存在に気がついたのと、ソレが天井より降ってきたのはほぼ同時だった。

咄嗟に、南雲はユエと香織に飛びつきギリギリ2人を片腕で抱き上げると全力で“縮地”をする。一瞬で、移動した南雲が振り返ると、直前までいた場所にズドンッと地響きを立てながらソレが姿を現した。

その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。一番分かりやすい喩えをするならサソリだろう。二本の尻尾は毒持ちと考えた方が賢明だ。明らかに今までの魔物とは一線を画した強者の気配……俺らには(笑)が付くが…………を感じる。自然と南雲の額に汗が流れた。

部屋に入った直後は全開だった“気配感知”では何の反応も捉えられなかった。だが、今は“気配感知”でしっかり捉えている。

ということは、少なくともこのサソリモドキは、ユエの封印を解いた後に出てきたということだ。つまり、ユエを逃がさないための最後の仕掛けなのだろう。それは取りも直さず、ユエを置いていけば俺達だけなら逃げられる可能性があるということだ。

腕の中のユエをチラリと見る。彼女は、サソリモドキになど目もくれず一心に南雲を見ていた。凪いだ水面のように静かな、覚悟を決めた瞳。その瞳が何よりも雄弁に彼女の意思を伝えていた。ユエは自分の運命を南雲に委ねたのだ。

その瞳を見た瞬間、南雲の口角が釣り上がり、何時もの不敵な笑みが浮かぶ。

南雲にとっては香織以外の他人はどうでもいい存在だが、ユエにはシンパシーを感じてしまったようだ。崩壊して多くを失ったはずの心に光を宿されてしまった。そして、ひどい裏切りを受けたこの少女が、今一度、その身を託すというのだ。これに答えられなければ男が廃る。

「上等だ。……殺れるもんならやってみろ」

南雲はユエを香織に預け一瞬でポーチから神水を取り出すと抱き直したユエの口に突っ込んだ。

「うむっ!?」

試験管型の容器から神水がユエの体内に流れ込む。ユエは異物を口に突っ込まれて涙目になっているが、衰え切った体に活力が戻ってくる感覚に驚いたように目を見開いた。

南雲はそのままサソリもどきに向き、香織は理解してユエを抱っこして移動する。衰弱しきった今の彼女は足でまといだが、置いていけば先に始末されかねない。流石に守りながらサソリモドキと戦うのは勘弁だ。ならば一緒にいる香織に預けて先に逃がしたらいいではないか。

「ユエを頼むぞ!香織(・・)!」

「っ!!うん!!」

全開には程遠いが、手足に力が戻ってきた香織に抱きかかえられたユエはギュっと香織の肩にしがみついて南雲を見る

ギチギチと音を立てながらにじり寄ってくるサソリモドキ。ハジメは背後にユエと香織を感じつつ、不敵な笑みを浮かべながら宣言した。

「邪魔するってんなら……殺して喰ってやる」

完全に俺達のことを忘れているな彼奴。

あ、鈴は香織の援護のために其方に向かった。

サソリモドキの初手は尻尾の針から噴射された紫色の液体だった。かなりの速度で飛来したそれを、南雲はすかさず飛び退いてかわす。着弾した紫の液体はジュワーという音を立てて瞬く間に床を溶かしていった。溶解液のようだ。

南雲はそれを横目に確認しつつ、ドンナーを抜き様に発砲する。

 

ドパンッ!

 

最大威力だろう攻撃であった。秒速三・九キロメートルの弾丸がサソリモドキの頭部に炸裂する。

南雲の背中を見ているユエの驚愕がこっちにも伝わって来た。見たこともない武器で、閃光のような攻撃を放ったのだ。それも魔術の気配もなく。若干、右手に電撃を帯びたようだが、それも魔法陣や詠唱を使用していない。つまり、南雲が自分と同じく、魔力を直接操作する術を持っているということに、ユエは気がついたのである。

自分と“同じ”、そして、何故かこの奈落にいる。ユエはそんな場合ではないとわかっていながらサソリモドキよりも南雲を意識せずにはいられなかった。

一方、南雲は足を止めることなく“空力”を使い跳躍を繰り返した。その表情は今までになく険しい。南雲には、“気配感知”と“魔力感知”でサソリモドキが微動だにしていないことがわかっていたからだ。

それを証明するようにサソリモドキのもう一本の尻尾の針が南雲に照準を合わせた。そして、尻尾の先端が一瞬肥大化したかと思うと凄まじい速度で針が撃ち出された。避けようとする南雲だが、針が途中で破裂し散弾のように広範囲を襲う。

「ぐっ!」

南雲は苦しげに唸りながら、ドンナーで撃ち落とし、“豪脚”で払い、“風爪”で叩き切る。何とか凌ぎ、お返しとばかりにドンナーを発砲。直後、空中にドンナーを投げ、その間にポーチから取り出した手榴弾を投げつける。

サソリモドキはドンナーの一撃を再び耐えきり、更に散弾針と溶解液を放とうとした。しかし、その前にコロコロと転がってきた直径八センチ程の手榴弾がカッと爆ぜる。その手榴弾は爆発と同時に中から燃える黒い泥を撒き散らしサソリモドキへと付着した。

いわゆる“焼夷手榴弾”というやつだ。タールの階層で手に入れたフラム鉱石を利用したもので、摂氏三千度の付着する炎を撒き散らす。

流石に、これは効いているようでサソリモドキが攻撃を中断して、付着した炎を引き剥がそうと大暴れした。その隙に、南雲は地面に着地し、既にキャッチしていたドンナーを素早くリロードする。

それが終わる頃には、 “焼夷手榴弾”はタールが燃え尽きたのかほとんど鎮火してしまっていた。しかし、あちこちから煙を吹き上げているサソリモドキにもダメージはあったようで強烈な怒りが伝わってくる。

「キシャァァァァア!!!」

絶叫を上げながらサソリモドキはその八本の足を猛然と動かし、南雲に向かって突進した。四本の大バサミがいきなり伸長し大砲のように風を唸らせながら南雲に迫る。

一本目を“縮地”でかわし、二本目を“空力”で跳躍してかわす。三本目を“豪脚”で蹴り流して体勢を崩している南雲を、四本目のハサミが襲う。

が、南雲は、咄嗟にドンナーを撃ち、その激発の衝撃を利用して自らを吹き飛ばしつつ身を捻ることで何とか回避に成功した。

南雲は、そのまま空中を跳躍し、サソリモドキの背中部分に降り立った。そして、暴れるサソリモドキの上で何とかバランスを取りながら、ゴツッと外殻に銃口を押し付けるとゼロ距離でドンナーを撃ち放った。

 

ズガンッ!!

 

凄まじい炸裂音が響き、サソリモドキの胴体が衝撃で地面に叩きつけられる。

しかし、直撃を受けた外殻は僅かに傷が付いたくらいでダメージらしいダメージは与えられていない。その事実に歯噛みしながら、南雲はドンナーを振りかぶり“風爪”を発動するが、ガキッという金属同士がぶつかるような音を響かせただけで、やはり外殻を突破することは敵わなかった。

サソリモドキが「いい加減にしろ!」とでも言うように散弾針を自分の背中目掛けて放った。

南雲は、即行でその場を飛び退き空中で身を捻ると、散弾針の付け根目掛けて発砲する。超速の弾丸が狙い違わず尻尾の先端側の付け根部分に当たり尻尾を大きく弾き飛ばすが……尻尾まで硬い外殻に覆われているようでダメージがない。完全に攻撃力不足だ。

空中の南雲を、再度、四本の大バサミが嵐の如く次々と襲う。南雲は苦し紛れに“焼夷手榴弾”をサソリモドキの背中に投げ込み大きく後方に跳躍した。爆発四散したタールが再びサソリモドキを襲うが時間稼ぎにしかならないだろう。

どうすべきかと、南雲が思考を一瞬サソリモドキから逸した直後、今までにないサソリモドキの絶叫が響き渡った。

「キィィィィィイイ!!」

その叫びを聞いて、全身を悪寒が駆け巡り、咄嗟に“縮地”で距離をとろうとする南雲だったが……既に遅かった。

絶叫が空間に響き渡ると同時に、突如、周囲の地面が波打ち、轟音を響かせながら円錐状の刺が無数に突き出してきたのだ。

「ちくしょうっ!!」

これには完全に意表を突かれた。

南雲は必死に空中に逃れようとするが、背後から迫る円錐の刺に気がつき、躱すのに身を捻ったため体勢が崩れる。ドンナーと“豪脚”で何とかいなすが、そんな南雲に、サソリモドキの散弾針と溶解液の尻尾がピタリと照準されているのが視界の端に見えた。

顔が引き攣る南雲。

しかし、地面から氷柱が生えたことで盾ができる。

「はぁ、だいぶマシになったがまだまだ経験不足だな?」

その言葉を聞いた南雲は今更ながらに泉奈達がいることを思い出した。

「ってさっきから見てたんなら手をかせやっ!?」

「あんた、銃弾を弾くのはどんなもんか考えたらいいだろうが。あんたのそれを弾いた時点であのサソリもどきの皮膚が鉱石だって気づけよ。後、自分が忘れてたのに何言ってんだよ。」

「っ!!!それは盲点だった!!!」

南雲が俺の言葉で何かに気づき、サソリもどきを鉱物鑑定をする。

====================================

シュタル鉱石

魔力との親和性が高く、魔力を込めた分だけ硬度を増す特殊な鉱石

====================================

結果は当たる。

サソリもどき自身の魔力によって超硬化しているのだ。そこで、南雲は高速で動いてサソリもどきを撹乱し再び背中に乗って、

「錬成っ!!!」

たったそれだけであっさりと皮膚を越えて中のサソリもどき自身の身体が見えた。

「………これでも喰らえ!!」

最後にドンナーによる射撃で止めを刺す。

「……………こんなんならもっと早く気づけりゃ良かった。」

 

✲✲✲

 

南雲がサソリもどきを倒してから、ユエの話を聞くこととなりあの封印部屋前にてサソリもどきの肉を食べながら聞いていた。

「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」

「……マナー違反」

女子勢が非難を込めたジト目で南雲を見る。女性に年齢の話はどの世界でもタブーらしい。

南雲の記憶では三百年前の大規模な戦争のおり吸血鬼族は滅んだとされていたはずだ。実際、ユエも長年、物音一つしない暗闇に居たため時間の感覚はほとんどないそうだが、それくらい経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時、封印されたというから三百歳ちょいということだ。

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」

「……私が特別。“再生”で歳もとらない……」

聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や“自動再生”の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年くらいが限度なのだそうだ。

ちなみに、人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年も生きている者がいるとか。

ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。

ほぼ不死身の肉体。行き着く先は“神”か“化け物”か、ということだろう。ユエは後者だったということだ。

欲に目が眩んだ叔父が、ユエを化け物として周囲に浸透させ、大義名分のもと殺そうとしたが“自動再生”により殺しきれず、やむを得ずあの地下に封印したのだという。ユエ自身、当時は突然の裏切りにショックを受けて、碌に反撃もせず混乱したまま何らかの封印術を掛けられ、気がつけば、あの封印部屋にいたらしい。

その為、あのサソリモドキや封印の方法、どうやって奈落に連れられたのか分からないそうだ。もしかしたら帰る方法が! と期待した南雲はガックリと項垂れた。

「ん?依り代から逃す為じゃなかったのか?」

「?…………どういう事?」

「いや何、吸血鬼や妖狐は神と関わり合いが強く、職種によるが神が依り代として乗っ取ることがあるんだが、あんたの叔父はあんたの職種を知ってか、あんたが乗っ取られないように封印したっていう場合もあるぞ?

序に言えば、俺らが南雲について来たのは目的があるからだ。地球にいた頃に神っつう概念体から神託?が降りてきてな。ある吸血鬼が依り代を封じることで阻止した事だがある世界の神が己が世界をゲーム板に見立てて遊んだ挙句、その世界を下界の依り代を乗っ取って滅ぼそうとしてるからその神を殲滅してくれってさ。あ、その吸血鬼は神の眷属神が乗っ取って魔王と名乗ってるらしい。」

『………………ってその概念体、バリバリユエのことを言ってるような気がするんだが!?!?』

概念体を知らない者達から一斉にツッコミが入る。

「あぁ、この話が本当なら魔王城にはユエの叔父が、それを乗っ取った眷属神がいる筈だ。」

 

✲✲✲

 

ユエは先の話を否定出来ず、尚且つ裏切られてはなかったのでは無いか?という可能性が少しでも出てきたために希望を持った。

そして、ユエの力についても話を聞いた。それによると、ユエは全属性に適性があるらしい。本当に「何だ、そのチートは……」と呆れる南雲だったが、ユエ曰く、接近戦は苦手らしく、一人だと身体強化で逃げ回りながら魔術を連射するくらいが関の山なのだそうだ。もっとも、その魔術が強力無比なのだから大したハンデになっていないのだが。

ちなみに、無詠唱で魔術を発動できるそうだが、癖で魔術名だけは呟いてしまうらしい。魔術を補完するイメージを明確にするために何らかの言動を加える者は少なくないので、この辺はユエも例に漏れないようだ。

“自動再生”については、一種の固有魔術に分類できるらしく、魔力が残存している間は、一瞬で塵にでもされない限り死なないそうだ。逆に言えば、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らないということ。つまり、あの時、長年の封印で魔力が枯渇していたユエは、サソリモドキの攻撃を受けていればあっさり死んでいたということだ。

「それで……肝心の話だが、ユエはここがどの辺りか分かるか? 他に地上への脱出の道とか」

「……わからない。でも……」

ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

「反逆者?」

聞き慣れない上に、何とも不穏な響きに思わず錬成作業を中断してユエに視線を転じるハジメ。

南雲を手伝っていた香織もユエに目を向ける。

南雲の作業をジッと見ていたユエも合わせて視線を上げると、コクリと頷き続きを話し出した。

「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる。………まぁ、イズナの話でそれが逆だった可能性があるけど。」

ユエは言葉の少ない無表情娘なので、説明には時間がかかる。南雲としては、まだまだ消耗品の補充に時間がかかるし、サソリモドキとの戦いで攻撃力不足を痛感したことから新兵器の開発に乗り出しているため、作業しながらじっくり聞く構えだ。

ユエ曰く、神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

「……そこなら、地上への道があるかも……」

「なるほど。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことか」

見えてきた可能性に、頬が緩む南雲。再び、視線を手元に戻し作業に戻る。ユエの視線も南雲の手元に戻る。ジーと見ている。

「……そんなに面白いか?」

口には出さずコクコクと頷くユエ。だぶだぶの香織の服を着て、袖先からちょこんと小さな指を覗かせ膝を抱える姿は何とも愛嬌があり、その途轍もなく整った容姿も相まって思わず抱き締めたくなる可愛らしさだ。

(だが、三百歳。流石異世界だぜ。ロリババアが実在するとは……)

変心してもオタク知識は健在の南雲。思わずそんなことを思い浮かべてしまい、ユエがすかさず反応する。

「……ハジメ、変なこと考えた?」

「いや、何も?」

とぼけて返す南雲だが、ユエの、というより女の勘の鋭さに内心冷や汗をかく。無論、何を考えたか分かった女子勢が白い目を向ける。

黙々と作業することで誤魔化していると、ユエも気が逸れたのか今度は南雲に質問し出した。

「……ハジメ達、どうしてここにいる?」

当然の疑問だろう。ここは奈落の底。正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいていい場所ではない。

ユエには他にも沢山聞きたいことがあった。なぜ、魔力を直接操れるのか。なぜ、固有魔術らしき魔術を複数扱えるのか。なぜ、魔物の肉を食って平気なのか。左腕はどうしたのか。そもそもハジメは人間なのか。ハジメが使っている武器は一体なんなのか。

ポツリポツリと、しかし途切れることなく続く質問に律儀に答えていく南雲。たまに香織が補足を入れる。

南雲自身も会話というものに飢えていたのかもしれない。面倒そうな素振りも見せず話に付き合っている。南雲が何だかんだで香織は勿論、ユエにも甘いというのもあるだろう。

俺達が、仲間と共にこの世界に召喚されたことから始まり、南雲が無能と呼ばれていたこと、ベヒモスとの戦いで檜山という馬鹿に裏切られ奈落に落ちたこと、魔物を喰って変化したこと、爪熊との戦いと願い、ポーション(南雲命名の神水)のこと、故郷の兵器にヒントを得て現代兵器モドキの開発を思いついたことをツラツラと話していると、いつの間にかユエの方からグスッと鼻を啜るような音が聞こえ出した。

「何だ?」と再び視線を上げてユエを見ると、ハラハラと涙をこぼしている。香織が慌てて抱きしめて頭を撫でながら流れ落ちるユエの涙を拭きながら尋ねた。

「いきなりどうしたの?」

「……ぐす……ハジメ……つらい……私もつらい……」

どうやら、南雲のために泣いているらしい。南雲は少し驚くと、表情を苦笑いに変えて自分もユエの頭を撫でる。

「気にするなよ。もうクラスメイトの事は割りかしどうでもいいんだ。そんな些事にこだわっても仕方無いしな。ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」

スンスンと鼻を鳴らしながら、撫でられるのが気持ちいいのか猫のように目を細めていたユエが、故郷に帰るという南雲の言葉にピクリと反応する。

「……帰るの?」

「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……」

「……そう」

ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

「……」

そんなユエの様子に彼女の頭を撫でていた手を引っ込めると、南雲は、カリカリと自分の頭を掻いた。

別に、南雲は鈍感というわけではない。なので、ユエが自分に新たな居場所を見ているということも薄々察していた。新しい名前を求めたのもそういうことだろう。だからこそ、南雲が元の世界に戻るということは、再び居場所を失うということだとユエは悲しんでいるのだろう。

南雲は、内心「“徹頭徹尾自分の望みのために”と決意したはずなのに、どうにも甘いなぁ」と自分に呆れつつ、再度、ユエの頭を撫でた。

「あ~、何ならユエも来るか?」

「え?」

「ハジメ君っ!?」

南雲の言葉に驚愕をあらわにして目を見開くユエと香織。ユエに涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられ、何となく落ち着かない気持ちになったハジメは、若干、早口になりながら告げる。

「いや、だからさ、俺達の故郷にだよ。まぁ、普通の人間しかいない世界だし、戸籍やらなんやら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど……今や俺も似たようなもんだしな。どうとでもなると思うし……あくまでユエが望むなら、だけど?」

しばらく呆然としていたユエだが、理解が追いついたのか、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。

しかし、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。

キラキラと輝くユエの瞳に、苦笑いしながら南雲は頷く。

すると、今までの無表情が嘘のように、ユエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。

思わず、見蕩れてしまう。呆けた自分に気がついて慌てて首を振って香織を見たら頬を膨らませていたので目で深く謝罪をする。

前門のユエ、後門の香織を避けるために南雲は作業に没頭することにした。

ユエも興味津々で覗き込んでいる。但し、先程より近い距離で、ほとんど密着しながら……

「……ムッ!」

それに対抗して香織がユエとは反対側から密着してくる。

南雲は気にしてはいけないと自分に言い聞かせる。

「……これ、なに?」

南雲の錬成により少しずつ出来上がっていく何かのパーツ。一メートルを軽く超える長さを持った筒状の棒や十二センチ(縦の長さ)はある赤い弾丸、その他細かな部品が散らばっている。それは、南雲がドンナーの威力不足を補うために開発した新たな切り札となる兵器だ。

「これはな……対物ライフル:レールガンバージョンだ。要するに、俺の銃は見せたろ? あれの強力版だよ。弾丸も特製だ」

南雲の言うように、それらのパーツを組み合わせると全長一・五メートル程のライフル銃になる。銃の威力を上げるにはどうしたらいいかを考えた南雲は、炸薬量や電磁加速は限界値にあるドンナーでは、これ以上の大幅な威力上昇は望めないと結論し、新たな銃を作ることにしたのだ。

当然、威力を上げるには口径を大きくし、加速領域を長くしてやる必要がある。

そこで、考えたのが対物ライフルだ。装弾数は一発と少なく、持ち運びが大変だが、理屈上の威力は絶大だ。何せ、ドンナーで、最大出力なら通常の対物ライフルの十倍近い破壊力を持っているのだ。普通の人間なら撃った瞬間、撃ち手の方が半身を粉砕されるだろう反動を持つ化け物銃なのである。

この新たな対物ライフル――シュラーゲンは、理屈上、最大威力でドンナーの更に十倍の威力が出る……はずである。

素材は先程のサソリもどきから取れた鉱石である。

いい素材が手に入って結果オーライと割り切ったハジメは、より頑丈な銃身を作れると考え、シュラーゲンの開発に着手した。ドンナーを作成した時から相当腕が上がっているので、それなりにスムーズに作業は進んだ。

南雲は弾丸にもこだわっている様だ。タウル鉱石の弾丸をシュタル鉱石でコーティングした、所謂、フルメタルジャケット……モドキというやつだ。燃焼粉も最適な割合で圧縮して薬莢に詰める。一発できれば、錬成技能[+複製錬成]により、材料が揃っている限り同じものを作るのは容易なのでサクサクと弾丸を量産した。

そんなことをツラツラとユエに語りつつ、南雲は、遂にシュラーゲンを完成させた。

中々に凶悪なフォルムで迫力がある。南雲が自己満足に浸りながら作業を終えた。一段落した南雲は腹が減ってきたので、サイクロプスやサソリモドキの肉を焼き、食事をすることにした。

が、香織や鈴がそれらを済ませており、結局食べるだけとなった。

因みに香織がユエに食べられ(血を吸われ)て百合百合しい事になったり、全く関係ないが鈴は食べ終わったら俺の膝を枕にしてオッサンのような鼾を書いて寝ていた。

 

✲✲✲

 

あれから時間的に数日経ち遂に、次の階層で奈落の始まりの階層から百階目になるところまで来た。その一歩手前の階層で俺達は装備の確認と補充、コンディションの確認にあたっていた。相変わらずユエは飽きもせずに南雲の作業を見つめている。というよりも、どちらかというと作業をする南雲を見るのが好きなようだ。今も、南雲のすぐ隣で香織に抱っこされた状態で南雲の手元と南雲を交互に見ながらまったりとしている。その表情は迷宮には似つかわしくない緩んだものだ。

ユエと出会ってからどれくらい日数が経ったのか時間感覚がないためわからないが、最近、ユエはよくこういうまったり顔というか安らぎ顔を見せる。露骨に甘えてくるようにもなった。無論、香織にも甘える事があり、1度代赤が止めるほど官能的な事になりかけた事があるらしい。

その時俺はおらず、何があったのか聞こうにも拒否された。本当に何があった?

特に拠点で休んでいる時には必ず南雲か香織に密着している。横になれば添い寝の如く腕に抱きつくし、座っていれば背中から抱きつく。吸血させるときは正面から抱き合う形になるのだが、終わった後も中々離れようとしない。南雲や香織の胸元に顔をグリグリと擦りつけ満足げな表情でくつろぐのだ。完全に親子である。

………年齢は子の方が高いが…

「………何か言った、イズナ?」

「何、こう見れば完全に親子だなって。」

それを聞いてユエと香織がニマニマしだす。そして、真剣な表情をする南雲を見て、

「ハジメ……いつもより慎重……」

「うん? ああ、次で百階だからな。もしかしたら何かあるかもしれないと思ってな。一般に認識されている上の迷宮も百階だと言われていたから……まぁ念のためだ」

俺達が最初に落ちた階層から八十階を超えた時点で、ここが地上で認識されている通常の【オルクス大迷宮】である可能性は消えた。奈落に落ちた時の感覚と、各階層を踏破してきた感覚からいえば、通常の迷宮の遥かに地下であるのは確実だ。

南雲は銃技、体術、固有魔術、兵器、そして錬成。いずれも相当磨きをかけたという自負があった。そうそう、簡単にやられはしないだろう。しかし、そのような実力とは関係なくあっさり致命傷を与えてくるのが迷宮の怖いところである。

南雲のステータスは、初めての魔物を喰えば上昇し続けているが、固有魔術はそれほど増えなくなった。主級の魔物なら取得することもあるが、その階層の通常の魔物ではもう増えないようだ。魔物同士が喰い合っても相手の固有魔術を簒奪しないのと同様に、ステータスが上がって肉体の変質が進むごとに習得し難くなっているのかもしれない。

暫くして、全ての準備を終えた俺達は、階下へと続く階段へと向かった。

その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。

なかったものもあるが俺の中のアタランテとアキレウスにはかなり縁がある見た目である。

空中庭園で両者が殺しあったあの場だ。

柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

俺達が、暫しその光景に見惚れつつ足を踏み入れる。すると、全ての柱が淡く輝き始めた。ハッと我を取り戻し警戒する一行。柱は俺達を起点に奥の方へ順次輝いていく。

俺達は暫く警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

「……これはまた凄いな。もしかして……」

「……反逆者の住処?」

「…………着いたのか」

如何にもラスボスの部屋といった感じだ。実際、感知系技能には反応がなくとも俺の本能が警鐘を鳴らしていた。この先は修羅道だと。それは、皆も感じているのか、薄らと額に汗をかいている。

「ハッ、だったら最高じゃねぇか。ようやくゴールにたどり着いたってことだろ?」

十六夜は本能を無視して不敵な笑みを浮かべる。たとえ何が待ち受けていようとやるしかないのだ。

「……あぁっ!」

それに呼応して皆も覚悟を決めた表情で扉を睨みつける。

そして、一行は扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。

その瞬間、扉と俺達の間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

俺達は、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない、あの日、南雲が奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。

「おいおい、なんだこの大きさは? マジでラスボスかよ」

「……大丈夫……私達、負けない……」

南雲が流石に引きつった笑みを浮かべるが、ユエは決然とした表情を崩さず南雲の腕をギュッと掴んだ。香織については南雲の服を摘んでいる。

ユエの言葉に「そうだな」と頷き、苦笑いを浮かべながら南雲も魔法陣を睨みつける。どうやらこの魔法陣から出てくる化物を倒さないと先へは進めないらしい。

魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにする一行。

そんな中、栄光だけは逸らさずに見ており、

「まさか、この気配はっ!?あの頃より気迫が弱いが我が試練が1つ─────」

光が収まった時、そこに現れたのは……

 体長三十メートル、99の頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。

「────百首の(ビースト)、ヒュドラ!!!」

神話の怪物ヒュドラだった。

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

不思議な音色の絶叫をあげながら無数の眼光が俺達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで俺ですら鳥肌が立つ程の壮絶な殺気が俺達に叩きつけられた。

そして、頭がガパッと口を開き火炎放射を放った。それはもう炎の壁というに相応しい規模である。

しかし、それをいつの間にか持っていた岩の巨剣で振り払った栄光。

「皆は下がってなさい!?これは私の試練が1つ!!!周りの者に助力されては私が消えてしまう!」

「栄光っ!?」

イリヤが呼ぶか戦闘は始まっており、聞こえなくなっていた。

「是・射殺す百頭!!!是・射殺す百頭!!!是・射殺す百頭!!!」

栄光は止めどなく巨矢を射る。

様々な首が千切れ、消え、破裂される。

数時間が経って99個の首を狩ると、100個目の首が生える。

俺達は神話の戦士の力量を見て呆然とする。

「…………やはは、大英雄ってここまで桁違いなのかよ…」

十六夜に至っては呆れてすらいる。巨弓だけで99もの首を狩ったのだから。

そんな中激戦を繰り出す栄光とヒュドラ。

たった1本となったら全身の傷口から流れ出る血が毒と化してヒュドラを守る。巨矢がヒュドラに通らなくなったら、栄光は巨剣を弓に番える。

そして、

射殺す百頭(ナインライブズ)っ!!!」

「クルゥァァアアン!!!」

ヒュドラの毒を含んだブレスと栄光が放った9つの龍の形をした閃光がぶつかり合う。

8つの閃光でブレスが止み、最後の1つで100個目の首を胴体ごと穿つ。

すると、毒化していた血がただの血に戻って流れ出る。

「……………ふぅ、試練達成。この世界なら英霊、サーヴァントとしての縛りがないのでしょう。お陰で生前より楽に成せました。」

「…………この……………お馬鹿あぁああああ!!!試練って言うのは分かったけど一言は告げて行きなさいよ!!急にいなくなって驚いたんだからね!?」

「うっ、それは申し訳ないイリヤ。私もまだまだですね。」

イリヤがポカポカと栄光を叩く中、俺と迦楼那以外は、

『……………ヒュドラ…………哀れ也……』

ヒュドラを哀れんでいた。その通りである。ヒュドラと戦った事のある戦士、ヘラクレスがこちらにはいたのだから。

因みに、南雲は飛来した瓦礫で右眼を失明していたので、香織とユエがショックを受けていた。

 

✲✲✲

 

 

しばらくしたら一行は歩み、そして踏み込んだ扉の奥に。

「……反逆者の住処」

その扉の中は広大な空間に住み心地の良さそうな住居があった。

まずは、反逆者の住処を探索することにした。探索していたらユエがどこから見つけてきたのか上質な服を持ってくる。男物の服だ。反逆者は男だったのだろう。

探索する中で注目する物があった。

まず、注目するのは耳に心地良い水の音。扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が心地いい。よく見れば魚も泳いでいるようだ。もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。

川から少し離れたところには大きな畑もあるようである。今は何も植えられていないようだが……その周囲に広がっているのは、もしかしなくても家畜小屋である。動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。

俺達は川や畑とは逆方向、ベッドルームに隣接した建築物の方へ歩を勧めた。建築したというより岩壁をそのまま加工して住居にした感じだ。

「君達より先に来て調べたけど、開かない部屋も多かったよ……」

「そうか。どっかに鍵があるかもな。」

石造りの住居は全体的に白く石灰のような手触りだ。全体的に清潔感があり、エントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。薄暗いところに長くいた俺達には少し眩しいくらいだ。どうやら三階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。

取り敢えず一階から見て回る。暖炉や柔らかな絨毯、ソファのあるリビングらしき場所、台所、トイレを発見した。どれも長年放置されていたような気配はない。人の気配は感じないのだが……言ってみれば旅行から帰った時の家の様と言えばわかるだろうか。しばらく人が使っていなかったんだなとわかる、あの空気だ。まるで、人は住んでいないが管理維持だけはしているみたいな……

南雲は警戒しながらだが、俺は気にせず進む。更に奥へ行くと再び外に出た。其処には大きな円状の穴があり、その淵にはライオンぽい動物の彫刻が口を開いた状態で鎮座している。彫刻の隣には魔法陣が刻まれている。試しに魔力を注いでみると、ライオンモドキの口から勢いよく温水が飛び出した。どこの世界でも水を吐くのはライオンというのがお約束らしい。

「まんま、風呂だな。こりゃいいや。何ヶ月ぶりの風呂だか」

「やった!!しばらく入ってなかったから嬉しいな!!」

鈴というマスコットのような少女がはしゃぐのを見て思わず頬を緩める一行。

しかし、1部は日本人で他は日本文化が10数年に渡り染み付いているのだ。例に漏れずお風呂大好き人間達である。安全確認が終わったら堪能しようと頬を緩めてしまうのは仕方ないことだろう。

それから、二階で書斎や工房らしき部屋を発見した。しかし、書棚も工房の中の扉も封印がされているらしく開けようとしたが飛斗が先程言っていた部屋がこれらであるとのこと。仕方なく諦めて探索を続ける。

一行は三階の奥の部屋に向かった。三階は一部屋しかないようだ。奥の扉を開けると、そこには直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。いっそ一つの芸術といってもいいほど見事な幾何学模様である。

しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影である。人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。薄汚れた印象はなく、お化け屋敷などにあるそういうオブジェと言われれば納得してしまいそうだ。

その骸は椅子にもたれかかりながら俯いている。その姿勢のまま朽ちて白骨化したのだろう。魔法陣しかないこの部屋で骸は何を思っていたのか。寝室やリビングではなく、この場所を選んで果てた意図はなんなのか……

「……怪しい……どうする?」

ユエもこの骸に疑問を抱いたようだ。おそらく反逆者と言われる者達の一人なのだろうが、苦しんだ様子もなく座ったまま果てたその姿は、まるで誰かを待っているようである。

迦楼那はここに訪れた事があるのか、あのアミューズメントパークへ続く転移門を探してくるとのことで退室する。ってここにも展開してんのかよ。

そう思いつつ、概念魔術を手に入れている俺らは南雲を見守っている。

まぁ、地上への道を調べるには、この部屋がカギなんだろうしな。俺の錬成も受け付けない書庫と工房の封印……調べるしかないだろう。ユエと香織は待っててくれ。何かあったら頼む。」

「ん……気を付けて」

南雲はそう言うと、魔法陣へ向けて踏み出した。そして、南雲が魔法陣の中央に足を踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

まぶしさに目を閉じる南雲ハジメ。直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように奈落に落ちてからのことが駆け巡った。

やがて光が収まり、目を開けた南雲の目の前には、黒衣の青年が立っていた。

魔法陣が淡く輝き、部屋を神秘的な光で満たす。

中央に立つ南雲の眼前に立つ青年は、よく見れば後ろの骸と同じローブを着ていた。

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

話し始めた彼はオスカー・オルクスというらしい。【オルクス大迷宮】の創造者のようだ。驚きながら彼の話を聞く。

「ああ、質問は許して欲しい。これは唯の記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

そうして始まったオスカーの話は、南雲が聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話しとは大きく異なった驚愕すべきものだった。

それは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々だ。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その一番は“神敵”だから。今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っていた。その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時、“解放者”と呼ばれた集団である。

彼らには共通する繋がりがあった。それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということだ。そのためか“解放者”のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。何と神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。“解放者”のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり志を同じくするものを集めたのだ。

彼等は、“神界”と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。“解放者”のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神々に戦いを挑んだ。

しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。何と、神は人々を巧みに操り、“解放者”達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのである。その過程にも紆余曲折はあったのだが、結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした“反逆者”のレッテルを貼られ“解放者”達は討たれていった。

最後まで残ったのは中心の七人だけだった。世界を敵に回し、彼等は、もはや自分達では神を打つことはできないと判断した。そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

そう話を締めくくり、オスカーの記録映像はスっと消えた。同時に、ハジメの脳裏に何かが侵入してくる。ズキズキと痛むが、それがとある魔法を刷り込んでいためと理解できたので大人しく耐えた。

やがて、痛みも収まり魔法陣の光も収まる。南雲はゆっくり息を吐いた。

「ハジメ……大丈夫?」

「ああ、平気だ……にしても、何かどえらいこと聞いちまったな」

「……ん……イズナが言う概念体の話は事実の可能性大。どうするの?」

ユエがオスカーの話を聞いてどうするのかと尋ねる。

「うん? 別にどうもしないぞ? 元々、勝手に召喚して戦争しろとかいう神なんて迷惑としか思ってないからな。この世界がどうなろうと知ったことじゃないし。地上に出て帰る方法探して、故郷に帰る。それだけだ。……ユエは気になるのか?」

一昔前の南雲なら何とかしようと奮起したかもしれない。しかし、変心した価値観がオスカーの話を切って捨てた。お前たちの世界のことはお前達の世界の住人が何とかしろと。しかし、ユエはこの世界の住人だ。故に、彼女が放っておけないというのなら、南雲も色々考えなければならないだろう。オスカーの願いと同じく簡単に切って捨てられるほど、ユエとの繋がりは軽くないのだ。そう思って尋ねたのだが、ユエは僅かな躊躇いもなくふるふると首を振った。

「私の居場所はここ……他は知らない」

そう言って、南雲と香織の手を取る。ギュと握られた手が本心であることを如実に語る。ユエは、過去、自分の国のために己の全てを捧げてきた。それを信頼していた者たちに裏切られ、誰も助けてはくれなかった。ユエにとって、長い幽閉の中で既にこの世界は牢獄だったのだ

その牢獄から救い出してくれたのは南雲で大切にしてくれている香織もいる。だからこそ南雲と香織の傍こそがユエの全てなのである。

「……そうかい」

「……ありがとう」

若干、照れくさそうな南雲とはにかむ香織。それを誤魔化すためか咳払いを一つして、南雲が今あったことをさらりと告げる。

「あ~、あと何か新しい魔法……神代魔法っての覚えたみたいだ」

「……ホント?」

信じられないといった表情のユエ。それも仕方ないだろう。何せ神代魔術とは文字通り神代に使われていた現代では失伝した魔術である。俺達をこの世界に召喚した転移魔術も同じ神代魔術である。

「何かこの床の魔法陣が、神代魔法を使えるように頭を弄る? みたいな」

「それって大丈夫なのかな?」

「おう、問題ない。しかもこの魔法……俺のためにあるような魔法だな」

「……どんな魔法?」

「え~と、生成魔法ってやつだな。魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法だ」

南雲の言葉にポカンと口を開いて驚愕を表にする香織とユエ。

「……アーティファクト作れる?」

「ああ、そういうことだな」

そう、生成魔術は神代においてアーティファクトを作るための魔術だったのだ。

まさに“錬成師”のためにある魔術である。実を言うとオスカーの天職も“錬成師”だったりする。

「香織とユエも覚えたらどうだ? 何か、魔法陣に入ると記憶を探られるみたいなんだ。オスカーも試練がどうのって言ってたし、試練を突破したと判断されれば覚えられるんじゃないか?」

「私に適正ってあるのかな……」

「……錬成使わない……」

「まぁ、そうだろうけど……せっかくの神代の魔法だぜ? 覚えておいて損はないんじゃないか?」

「分かった。覚えてみる」

「……ん……ハジメが言うなら」

南雲の勧めに魔法陣の中央に入る香織とユエ。魔法陣が輝き香織とユエの記憶を探る。そして、試練をクリアしたものと判断されたのか……

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスry……」

またオスカーが現れた。何かいろいろ台無しな感じだった。南雲達3人はペラペラと同じことを話すオスカーを無視して会話を続ける。

その間、俺達はそれぞれが寝泊まりする部屋を決めに移動している。

「どうだ? 修得したか?」

「ん……した。でも……アーティファクトは難しい」

「う~ん、やっぱり神代魔法も相性とか適正とかあるのかもな」

「私には扱えないかな?」

そんなことを話しながらも隣でオスカーは何もない空間に微笑みながら話している。すごくシュールだった。後ろの骸が心なし悲しそうに見えたのは気のせいではないかもしれない。

「あ~、取り敢えず、ここはもう俺等のもんだし、あの死体片付けるか」

南雲に慈悲はなかった。

「ん……畑の肥料……」

ユエにも慈悲はなかった。

風もないのにオスカーの骸がカタリと項垂れた。

「せめて肥料だけは辞めてげて……」

香織は慈悲があるようだ。

オスカーの骸を畑の端に埋め、一応、墓石も立てた。流石に、肥料扱いは可哀想すぎる。

埋葬が終わると、3人は封印されていた場所へ向かった。次いでにオスカーが嵌めていたと思われる指輪も頂いておいた。墓荒らしとか言ってはいけない。その指輪には十字に円が重った文様が刻まれており、それが書斎や工房にあった封印の文様と同じだったのだ。

まずは書斎だ。

一番の目的である地上への道を探らなければならない。3人は書棚にかけられた封印を解き、めぼしいものを調べていく。すると、この住居の施設設計図らしきものを発見した。通常の青写真ほどしっかりしたものではないが、どこに何を作るのか、どのような構造にするのかということがメモのように綴られたものだ。

「ビンゴ! あったぞ、香織、ユエ!」

「ほんと!!!」

「んっ」

南雲から歓喜の声が上がる。香織やユエも嬉しそうだ。設計図によれば、どうやら先ほどの三階にある魔法陣がそのまま地上に施した魔法陣と繋がっているらしい。オルクスの指輪を持っていないと起動しないようだ。盗ん……貰っておいてよかった。

更に設計図を調べていると、どうやら一定期間ごとに清掃をする自立型ゴーレムが工房の小部屋の一つにあったり、天上の球体が太陽光と同じ性質を持ち作物の育成が可能などということもわかった。人の気配がないのに清潔感があったのは清掃ゴーレムのおかげだったようだ。

工房には、生前オスカーが作成したアーティファクトや素材類が保管されているらしい。これは盗ん……譲ってもらうべきだろう。道具は使ってなんぼである。

「ハジメ……これ」

「うん?」

「どうしたの?」

南雲と香織が設計図をチェックしていると他の資料を探っていたユエが一冊の本を持ってきた。どうやらオスカーの手記のようだ。かつての仲間、特に中心の七人との何気ない日常について書いたもののようである。

その内の一節に、他の六人の迷宮に関することが書かれていた。

「……つまり、あれか? 他の迷宮も攻略すると、創設者の神代魔法が手に入るということか?」

「……かも」

「……そう解釈出来るね」

手記によれば、オスカーと同様に六人の“解放者”達も迷宮の最新部で攻略者に神代魔術を教授する用意をしているようだ。生憎とどんな魔法かまでは書かれていなかったが……

「……帰る方法見つかるかも」

ユエの言う通り、その可能性は十分にあるだろう。実際、召喚魔術という世界を超える転移魔術は神代魔術なのだから。

「だな。これで今後の指針ができた。地上に出たら七大迷宮攻略を目指そう」

「んっ」

明確な指針ができて頬が緩む南雲。その顔を見た香織は思わずユエの頭を撫でるとユエも嬉しそうに目を細めた。

それから暫く探したが、正確な迷宮の場所を示すような資料は発見できなかった。現在、確認されている【グリューエン大砂漠の大火山】【ハルツィナ樹海】、目星をつけられている【ライセン大峡谷】【シュネー雪原の氷雪洞窟】辺りから調べていくしかないだろう。

暫くして書斎あさりに満足した3人は、途中で俺と合流して工房へと移動した。

因みに俺以外は寝ている。結構疲れが溜まったのであろうな。雫と鈴は同じ部屋で寝ているようだ。

工房には小部屋が幾つもあり、その全てをオルクスの指輪で開くことができた。

中には、様々な鉱石や見たこともない作業道具、理論書などが所狭しと保管されており、錬成師にとっては楽園かと見紛うほどである。

南雲は、それらを見ながら腕を組み少し思案する。

そんな南雲の様子を見て、ユエが首を傾げながら尋ねた。

「……どうしたの?」

南雲が暫く考え込んだ後、ユエではなく俺に提案した。

「う~ん、あのな、俺らは暫くここに留まらないか? さっさと地上に出たいのは俺も山々なんだが……せっかく学べるものも多いし、ここは拠点としては最高だ。他の迷宮攻略のことを考えても、ここで可能な限り準備しておきたい。どうだ?」

「それもそうだな。いざって時がいつ来るかわからない以上は色々揃えた方がいい。」

俺はそれに了承する。

ユエは三百年も地下深くに封印されていたのだから一秒でも早く外に出たいだろうと思ったのだが、南雲の提案にキョトンとした後、直ぐに了承した。不思議に思ったハジメだが……

「……ハジメとカオリと一緒なら何処でもいい」

そういう事らしい。ユエのこの不意打ちはどうにかならんものかと照れくささを誤魔化す南雲と香織。

結局、一行はここで可能な限りの鍛錬と装備の充実を図ることになった。




ヒュドラを栄光が倒してオルクス大迷宮の最奥に入る一行。
その最奥には、吸血鬼の少女ユエが言っていた叛逆者の住処があり、一行はここでしばらく力を蓄える事にした。

次回、脱出

「やっとこさあの洞窟から出れるぜ!」
「うん!!でも、なんか再開の予感がするんだよね。」
「お、飛斗もそうか?俺もそう思うぜ!」
「………代赤はセイバーだから可能性が高くなったよ!」


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第16話 脱出とウサギ

あれから2ヶ月が経った。

この間に南雲が造った新装備について少し紹介しておこう。

まず、南雲は“宝物庫”という便利道具を手に入れた

これはオスカーが保管していた指輪型アーティファクトで、指輪に取り付けられている一センチ程の紅い宝石の中に創られた空間に物を保管して置けるというものだ。要は、勇者の道具袋みたいなものである。空間の大きさは、正確には分からないが相当なものだと推測している。あらゆる装備や道具、素材を片っ端から詰め込んでも、まだまだ余裕がありそうだからだ。そして、この指輪に刻まれた魔法陣に魔力を流し込むだけで物の出し入れが可能だ。半径一メートル以内なら任意の場所に出すことができる。

物凄く便利なアーティファクトなのだが、南雲にとっては特に、武装の一つとして非常に役に立っている。というのも、任意の場所に任意の物を転送してくれるという点から、南雲はリロードに使えないかと思案したのだ。結果としては半分成功といったところだ。流石に、直接弾丸を弾倉に転送するほど精密な操作は出来なかった。弾丸の向きを揃えて一定範囲に規則的に転送するので限界だった。もっと転送の扱いに習熟すれば、あるいは出来るようになるかもしれないが。

なので、南雲は、空中に転送した弾丸を己の技術によって弾倉に装填出来るように鍛錬することにした。要は、空中リロードを行おうとしたのだ。ドンナーはスイングアウト式(シリンダーが左に外れるタイプ)のリボルバーである。当然、中折式のリボルバーに比べてシリンダーの露出は少なくなるので、空中リロードは神業的な技術が必要だ。まして、大道芸ではなく実戦で使えなければならないので、更に困難を極める。最初は、中折式に改造しようかとも思ったハジメだが、試しに改造したところ大幅に強度が下がってしまったため断念した。

結論から言うと一ヶ月間の猛特訓で南雲は見事、空中リロードを会得した。たった一ヶ月の特訓でなぜ神業を会得できたのか。その秘密は“瞬光”である。“瞬光”は、使用者の知覚能力を引き上げる固有魔術だ。これにより、遅くなった世界で空中リロードが可能になったのである。“瞬光”は、体への負担が大きいので長時間使用は出来ないが、リロードに瞬間的に使用する分には問題なかった。

次に、南雲は“魔力駆動二輪と四輪”を製造した。2、3台程造り、俺達全員が乗れる様にしたのだ。

これは文字通り、魔力を動力とする二輪と四輪である。二輪の方はアメリカンタイプ、四輪は軍用車両のハマータイプを意識してデザインした。車輪には弾力性抜群のタールザメの革を用い、各パーツはタウル鉱石を基礎に、工房に保管されていたアザンチウム鉱石というオスカーの書物曰く、この世界最高硬度の鉱石で表面をコーティングしてある。おそらくドンナーの最大出力でも貫けないだろう耐久性だ。エンジンのような複雑な構造のものは一切なく、南雲自身の魔力か神結晶の欠片に蓄えられた魔力を直接操作して駆動する。速度は魔力量に比例する。

更に、この二つの魔力駆動車は車底に仕掛けがしてあり、魔力を注いで魔術を起動する地面を錬成し整地することで、ほとんどの悪路を走破することもできる。また、どこぞのスパイのように武装が満載されている。南雲も男の子。ミリタリーにはつい熱が入ってしまうのだ。

“魔眼石”というものも開発した。

南雲はヒュドラとの戦いの余波で右目を失っている。飛来した瓦礫で右眼を失明していまい、神水を使う前に“欠損”してしまっていたので治癒しなかったのだ。それを気にしたユエが考案し、創られたのが“魔眼石”だ。

いくら生成魔術でも、流石に通常の“眼球”を創る事はできなかった。しかし、生成魔術を使い、神結晶に”“魔力感知”“先読”を付与することで通常とは異なる特殊な視界を得ることができる魔眼を創ることに成功した。

これに義手に使われていた擬似神経の仕組みを取り込むことで、魔眼が捉えた映像を脳に送ることができるようになったのだ。

因みに、擬似神経を作ったのは俺です。はい。イリヤの仮の身体をギルガメッシュ戦の時に創って以来、特訓して青崎の人形師に合格を貰ったのである。

氷から派生した水に人間の材質である塩や炭素などを混ぜながら魔力を込めつつ概念魔術を使ったら出来たのだ。

閑話休題

魔眼では、通常の視界を得ることはできない。その代わりに、魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになった上、発動した魔術の核が見えるようにもなった。

魔術の核とは、魔術の発動を維持・操作するためのもの……のようだ。発動した後の魔術の操作は魔法陣の式によるということは知っていたが、では、その式は遠隔の魔術とどうやってリンクしているのかは考えたこともなかった。実際、俺が利用した書物や教官の教えに、その辺りの話しは一切出てきていなかった。おそらく、新発見なのではないだろうか。魔術のエキスパートたるユエも知らなかったことから、その可能性が高い。

通常の“魔力感知”では、“気配感知”などと同じく、漠然とどれくらいの位置に何体いるかという事しかわからなかった。気配を隠せる魔物に有効といった程度のものだ。しかし、この魔眼により、相手がどんな魔術を、どれくらいの威力で放つかを事前に知ることができる上、発動されても核を撃ち抜くことで魔術を破壊することができるようになった。但し、核を狙い撃つのは針の穴を通すような精密射撃が必要らしい。

神結晶を使用したのは、複数付与が神結晶以外の鉱物では出来なかったからだ。莫大な魔力を内包できるという性質が原因だと、一行は推測している。未だ、生成魔術の扱いには未熟の域を出ないので、三つ以上の同時付与は出来なかったが、習熟すれば、神結晶のポテンシャルならもっと多くの同時付与が可能となるかもしれない、と南雲には期待している。

ちなみに、この魔眼、神結晶を使用しているだけあって常に薄ぼんやりとではあるが青白い光を放っている。南雲の右目は常に光るのである。こればっかりはどうしようもなかったので、仕方なく、南雲は薄い黒布を使った眼帯を着けている。

白髪、義手、眼帯、南雲は完全に厨二キャラとなった。その内、鎮まれ俺の左腕! とか言いそうな姿だ。鏡で自分の姿を見た南雲が絶望して膝から崩れ落ち四つん這い状態になった挙句、丸一日寝込むことになったそうだ。それを見た代赤が爆笑しているが。

新兵器について、対物ライフル:シュラーゲンも強化した。アザンチム鉱石を使い強度を増し、バレルの長さも持ち運びの心配がなくなったので三メートルに改良した。“遠見”の固有魔術を付加させた鉱石を生成し創作したスコープも取り付けられ、最大射程は十キロメートルとなっている。

また、ラプトルの大群に追われた際、手数の足りなさに苦戦したことを思い出したのか、電磁加速式機関砲:メツェライを開発した。口径三十ミリ、回転式六砲身で毎分一万二千発という化物を創っていた。銃身の素材には生成魔法で創作した冷却効果のある鉱石を使っているが、それでも連続で五分しか使用できない。再度使うには十分の冷却期間が必要になる。

さらに、面制圧と南雲の純粋な趣味からロケット&ミサイルランチャー:オルカンも開発した。長方形の砲身を持ち、後方に十二連式回転弾倉が付いており連射可能。ロケット弾にも様々な種類がある。

あと、ドンナーの対となるリボルバー式電磁加速銃:シュラークも開発された。南雲に義手ができたことで両手が使えるようになったからである。南雲の基本戦術はドンナー・シュラークの二丁の電磁加速銃によるガン=カタ(銃による近接格闘術のようなもの)に落ち着いた。典型的な後衛であるユエや回復役である香織との連携を考慮して接近戦が効率的と考えたからだ。もっとも、俺は水、氷が関わる物があれば遠中近どの距離でも対応可能だが。あ、溶岩は液体と認識しているので凍らせることは可能だ。キリマンジャロで試した。

それはいいとして、他にも様々な装備・道具を開発したっぽい。しかし、装備の充実に反して、神水だけは遂に神結晶が蓄えた魔力を枯渇させたため、試験管型保管容器十二本分でラストになってしまった。枯渇した神結晶に再び魔力を込めてみたのだが、神水は抽出できなかった。やはり長い年月をかけて濃縮でもしないといけないのかもしれない。

しかし、神結晶を捨てるには勿体無い筈だ。南雲の命の恩人……ならぬ恩石なのだから。不運と幸運が重なって、この結晶にたどり着かなければ確実に死んでいた。その為、南雲には並々ならぬ愛着があった。それはもう、遭難者が孤独に耐え兼ねて持ち物に顔をペインティングし、名前とか付けちゃって愛でてしまうのと同じくらいに。

そこで、南雲は、神結晶の膨大な魔力を内包するという特性を利用し、一部を錬成でネックレスやイヤリング、指輪などのアクセサリーに加工した。そして、それをユエに贈ったのだ。ユエは強力な魔術を行使できるが、最上級魔術等は魔力消費が激しく、一発で魔力枯渇に追い込まれる。しかし、電池のように外部に魔力をストックしておけば、最上級魔術でも連発出来るし、魔力枯渇で動けなくなるということもなくなる。

それから十日後、遂に一行は地上へ出る。

三階の魔法陣を起動させる中、それぞれは奈落の中であったことを思い出したりこれから先に何があるのか分からないという冒険に心を踊らせていたりする。

言い忘れていたが、香織が欲求不満を爆破させた。つまりは十日間中に南雲と香織がヤったのだ。部屋の扉からユエがそれを覗いてナニカしていたが。

魔法陣の光に満たされた視界、何も見えなくとも空気が変わったことは実感した。奈落の底の澱んだ空気とは明らかに異なる、どこか新鮮さを感じる空気に俺達の頬が緩む。

やがて光が収まり目を開けた俺達の視界に写ったものは……………………洞窟だった。

『なんでやねん』

魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていた一行は、代わり映えしない光景に思わず半眼になってツッコミを入れてしまった。正直、めちゃくちゃガッカリだった。

そんな中南雲の服の裾をクイクイと引っ張るユエ。何だ? と顔を向けてくる南雲にユエは自分の推測を話す。慰めるように。

「……秘密の通路……隠すのが普通」

「あ、ああ、そうか。確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」

「………確かにね。」

そんな簡単なことにも頭が回らないとは、どうやら自分は相当浮かれていたらしいと恥じる一行。頭をカリカリと掻きながら気を取り直す。緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、一行は暗闇を問題としないので道なり進むことにした。

途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。一行は、一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。外の光だ。奈落の底に落ちた一行はこの数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。

俺達全員、特に南雲とユエは、それを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。はしゃぐ夫と娘を見るような目をしながらそれに続いて行く香織。

近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。奈落のような澱んだ空気ではない。ずっと清涼で新鮮な風だ。俺達は、“空気が旨い”という感覚を、この時ほど実感したことはなかった。

そして、一行は同時に光に飛び込み……待望の地上へ出た。

地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。断崖の下はほとんど魔術が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。

 

 【ライセン大峡谷】と。

 

✲✲✲

 

俺達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。地の底とはいえ頭上の太陽は燦々と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。

例えどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていた俺達の表情が次第に笑みを作る。無表情がデフォルトのユエでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいる。

「……戻って来たんだな……」

「……んっ」

「…………良かった。一時はどうなるかと思ったよ。」

「あんなに錯乱する程南雲君が大事だったんでしょ香織?」

「もう、からかわないで雫ちゃん。」

「はぁ、やっとこさ出れた。やっぱ、明るいところは心が明るくなるからいいよな。」

「うんうん!!満月の夜でも良かったけどね!」

一行は、ようやく実感が湧いたのか、

「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」

「んっーー!!」

しばらくは人々が地獄と呼ぶ場所には似つかわしくない笑い声が響き渡っていた。

漸く皆の笑いが収まった頃には、すっかり……魔物に囲まれていた。

「はぁ~、全く無粋なヤツらだな。……確かここって魔法使えないんだっけ?」

ドンナー・シュラークを抜きながら南雲が首を傾げる。座学に励んでいた南雲には、ここがライセン大峡谷であり魔術が使えない場所であると理解していた。

「……分解される。でも力づくでいく」

ライセン大峡谷で魔術が使えない理由は、発動した魔術に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。

「近接主体におまかせあれって奴だな。」

「えぇ、洞窟内だと窮屈であまり動けませんでしたがここなら羽を伸ばせそうです。」

「やはは、栄光の言う通りだ。久々に暴れられるぜ!」

「さて、奈落の魔物とお前達、どちらが強いのか……試させてもらおうか?」

スっとガン=カタの構えをとる南雲。各々が構えて皆の眼に殺意が宿る。その眼を見た周囲の魔物達は気がつけば一歩後退っていた。しかも、そのことに気がついてすらいない。本能で感じたのだろう。自分達が敵対してはいけない化物を相手にしてしまったことを。

常人なら其処にいるだけで意識を失いそうな壮絶なプレッシャーが辺り一帯を覆う中、遂に魔物の一体が緊張感に耐え切れず咆哮を上げながら飛び出した。

「ガァアアアア!!」

 

ズドンッ!!

 

しかし、ほぼ同時に響き渡った銃声と共に一条の閃光が走り、その魔物は避けるどころか反応すら許されず頭部を吹き飛ばされた。それを合図に皆が動き出す。

そこから先は、もはや戦いではなく蹂躙。魔物達は、唯の一匹すら逃げることも叶わず、まるでそうあることが当然の如く頭部を吹き飛ばされ骸を晒していく。辺り一面が魔物の屍で埋め尽くされるのに五分もかからなかった。

「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」

「どうして樹海側なんだ??」

「代赤は見てなかったっけ?峡谷抜けたら砂漠があるけど、いきなり砂漠横断とか嫌でしょ? 樹海側なら町が近そうだから提案した所でしょ。」

「……確かに」

俺の提案に、皆は頷いた。魔物の弱さから考えても、この峡谷自体が迷宮というわけではなさそうだ。ならば、別に迷宮への入口が存在する可能性はある。南雲の“空力”やユエの風系魔術や英霊達の身体スペックならば、絶壁を超えることは可能だろうが、どちらにしろライセン大峡谷は探索の必要があったので、特に反対する理由もない。

南雲が右手の中指にはまっている“宝物庫”に魔力を注ぎ、魔力駆動四輪を2台と魔力駆動二輪を取り出す。

颯爽と運転席に乗ってエンジンをかける。助っ席にセタンタが乗って、後ろに香織と雫、飛斗と美久。香織の膝にユエが座る形で7人が乗る。

もう1台の運転席に迦楼那が乗って助っ席に俺。後ろに十六夜と金糸雀、栄光とその膝にイリヤと鈴の7人が乗る。天鎖は鎖化して俺に巻きついていて白音は猫化して雫の膝の上である。

魔力駆動二輪に代赤が跨いで後ろに織咫が乗る。

因みに、地球のガソリンタイプと違って燃焼を利用しているわけではなく、魔力の直接操作によって直接車輪関係の機構を動かしているので、駆動音は電気自動車のように静かである。

南雲としてはエンジン音がある方がロマンがあると思ったのだが、エンジン構造などごく単純な仕組みしか知らないので再現できなかった。ちなみに速度調整は魔力量次第である。まぁ、唯でさえ、ライセン大峡谷では魔力効率が最悪に悪いので、あまり長時間は使えないだろうが。

ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動車を走らせていく。車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので実に快適だ。

もっとも、その間も運転手の手だけは忙しなく動き続け、一発も外すことなく襲い来る魔物の群れを蹴散らせているのだが。

暫く魔力駆動者を走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。

南雲達の乗る魔力駆動車が崖を回り込むと、その向こう側に大型の魔物が現れた。かつて見たティラノモドキに似ているが頭が二つある。双頭のティラノサウルスモドキだ。

だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

一行は魔力駆動車を止めて胡乱な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。

「……何だあれ?」

「……兎人族?」

「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処だったっけ?」

「それは違ぇ筈だ。」

「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 処刑の方法としてあったよな?」

「……悪ウサギ?」

南雲と香織、セタンタ、ユエが会話をする中、ウサミミ少女の方は俺達のことを発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のまま俺達を凝視している。

そして、再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した。……俺達の方へ。

それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊し俺達に届く。

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。このままでは、俺達の下にたどり着く前にウサミミ少女は喰われてしまうだろう。

流石に、ここまで直接助けを求められたら最終決定権を持った南雲も……

「うわ、モンスタートレインだよ。勘弁しろよな」

「……迷惑」

やはり助ける気はないらしい。必死の叫びにもまるで動じていなかった。むしろ、物凄く迷惑そうだった。俺達を必死の形相で見つめてくるウサミミ少女から視線を逸らすと、一行に助ける気がないことを悟ったのか、少女の目から、ぶわっと更に涙が溢れ出した。一体どこから出ているのかと目を見張るほどの泣きっぷりだ。

「まっでぇ~、みすでないでぐだざ~い! おねがいですぅ~!!」

ウサミミ少女が更に声を張り上げる。

それでも、一行は、全く助ける気がないので、このまま行けばウサミミ少女は間違いなく喰われていたはずだった。そう、双頭ティラノがウサミミ少女の向こう側に見えた俺達、特に南雲に殺意を向けさえしなければ。

双頭ティラノが逃げるウサミミ少女の向かう先に俺達を見つけ、殺意と共に咆哮を上げた。

「「グゥルァアアアア!!」」

それに敏感に反応する南雲。

「アァ?」

今、自分は生存を否定されている。捕食の対象と見られている。敵が己の行く道に立ち塞がっている! 双頭ティラノの殺意に、南雲の体が反応し、その意志が敵を殺せ! と騒ぎ立てた。

双頭ティラノが、ウサミミ少女に追いつき、片方の頭がガパッと顎門を開く。ウサミミ少女はその気配にチラリと後ろを見て目前に鋭い無数の牙が迫っているのを認識し、「ああ、ここで終わりなのかな……」とその瞳に絶望を写した。

が、次の瞬間、

 

ドパンッ!!

 

聞いたことのない乾いた破裂音が峡谷に響き渡り、恐怖にピンと立った二本のウサミミの間を一条の閃光が通り抜けた。そして、目前に迫っていた双頭ティラノの口内を突き破り後頭部を粉砕しながら貫通した。

力を失った片方の頭が地面に激突、慣性の法則に従い地を滑る。双頭ティラノはバランスを崩して地響きを立てながらその場にひっくり返った。

その衝撃で、ウサミミ少女は再び吹き飛ぶ。狙いすましたように南雲が乗る魔力駆動四輪の下へ。

「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い!」

眼下の南雲に向かって手を伸ばすウサミミ少女。その格好はボロボロで女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。例え酷い泣き顔でも男なら迷いなく受け止める場面だ。

「アホか、図々しい」

しかし、そこは南雲のクオリティーによってあっさりと砕かれた。一瞬で魔力駆動四輪を後退させると華麗にウサミミ少女を避けた。

「えぇー!?」

ウサミミ少女は驚愕の悲鳴を上げながら南雲が乗る魔力駆動四輪の眼前の地面にベシャと音を立てながら落ちた。両手両足を広げうつ伏せのままピクピクと痙攣している。気は失っていないが痛みを堪えて動けないようだ。

「……面白い」

そんなギャグをかましている間に俺は双頭ティラノを凍らせて砕いておく。

俺が終わらせるまでに立ち直ったウサミミ少女は南雲に寄り縋っており、いい加減本気で鬱陶しくなったのか南雲は1度降りて脳天に肘鉄を打ち下ろした。

「へぶぅ!!」

呻き声を上げ、「頭がぁ~、頭がぁ~」と叫びながら両手で頭を抱えて地面をのたうち回るウサミミ少女。それを冷たく一瞥した後、南雲はなに事もなかったように魔力駆動四輪に乗って魔力を注ぎ先へ進もうとする。

その気配を察したのか、今までゴロゴロ地面を転がっていたくせに物凄い勢いで跳ね起きて、「逃がすかぁ~!」と四輪のボンネットに飛び込んでしがみつくウサミミ少女。やはり、なかなかの打たれ強さだ。

「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 取り敢えず私の仲間も助けてください!」

そして、なかなかに図太かった。

南雲は、しがみついて離れないウサミミ少女を横目に見る。そして、奈落から脱出して早々に舞い込んだ面倒事に深い溜息を吐くのだった。

「私の家族も助けて下さい!」

いつの間にか復活したウサミミ少女改めシア・ハウリアの声が峡谷に響く。どうやら、このウサギ一人ではないらしい。仲間も同じ様な窮地にあるようだ。

「全く、非常識なウザウサギだ。お前ら、行くぞ?」

「ん……」

シアを再びオトした南雲はは何事もなかったように再び四輪に魔力を注ぎ込み発進させようとした。

しかし……

「に、にがじませんよ~」

ゾンビの如く起き上がり南雲が乗る魔力駆動四輪のボンネットにしがみつくシア。流石に驚愕した南雲は思わず魔力注入を止めてしまう。

「お、お前、ゾンビみたいな奴だな。それなりの威力出したんだが……何で動けんるんだよ? つーか、ちょっと怖ぇんだけど……」

「……不気味」

「うぅ~何ですか! その物言いは! さっきから、肘鉄とか足蹴とか、ちょっと酷すぎると思います! 断固抗議しますよ! お詫びに家族を助けて下さい!」

ぷんすかと怒りながら、さらりと要求を突きつけるシア。案外余裕そうである。このまま引き摺っていこうかとも考えたハジメだが、何か執念で何処までもしがみついてきそうだと思い直す。血まみれで引きずられたまま決して離さないウサミミ少女……完全にホラーである。

「ったく、何なんだよ。取り敢えず話聞いてやるから離せ。ってさり気なく俺の外套で顔を拭くな!」

話を聞いてやると言われパアァと笑顔になったシアは、これまたさり気なく南雲の外套で汚れた顔を綺麗に拭った。本当にいい性格をしている。イラッと来た南雲が再び肘鉄を食らわせると「はぎゅん!」と奇怪な悲鳴を上げ蹲った。

「ま、また殴りましたね! 父様にも殴られたことないのに! よく私のような美少女を、そうポンポンと……もしや殿方同士の恋愛にご興味が……だから先も私の誘惑をあっさりと拒否したんですね! そうでッあふんッ!?」

なにやら不穏当な発言が聞こえたので蹲るシアの脳天目掛けて踵落としをする南雲。その額には青筋が浮かんでいる。

「誰がホモだ、ウザウサギ。っていうか何でそのネタ知ってんだよ。まぁ、それは取り敢えず置いておくとして、お前の誘惑だがギャグだが知らんが、誘いに乗らないのは、お前より遥かにレベルの高い美少女がすぐ隣にいるからだ。香織を見て堂々と誘惑できるお前の神経がわからん。あとユエも。」

そう言って南雲はチラリと後ろの座席に座る香織を見る。香織は南雲の言葉に赤く染まった頬をユエの金髪に埋めてイヤンイヤンしていた。ユエは、…あとって……と若干落ち込んでいたりする。

格好も、王城にいた頃の様な修道女の物ではない。少し黒めな白のワンピースを着て、その上から青に白のラインが入ったロングコートを羽織っている。足元はショートブーツにニーソだ。どれも、オスカーの衣服に魔物の素材を合わせて、香織とユエが仕立て直した逸品だ。高い耐久力を有する防具としても役立つ衣服である。

因みに、南雲は黒に赤のラインが入ったコートと下に同じように黒と赤で構成された衣服を纏っている。これも2人が作ったのだ。

当初、香織は南雲にも青を基調とした衣服を着せてペアルック気味にしたがったのだが、流石に恥ずかしいのと、服が青だと不憫さが出そうなので嫌だと南雲が懇願した結果、今のスタイルに落ち着いた。

その時、セタンタが物申していたが。

そんな清楚な香織と可憐なユエを見て、「うっ」と僅かに怯むシア。しかし、南雲には身内補正が掛かっていることもあり、二人の容姿に関しては多分に主観的要素が入り込んでいる。つまり、客観的に見ればシアも負けず劣らずの美少女ということだ。

少し青みがかったロングストレートの白髪に、蒼穹の瞳。眉やまつ毛まで白く、肌の白さとも相まって黙っていれば神秘的な容姿とも言えるだろう。手足もスラリと長く、ウサミミやウサ尻尾がふりふりと揺れる様は何とも愛らしい。ケモナー達が見れば感動して思わず滂沱の涙を流すに違いない。

何よりシアは大変な巨乳の持ち主だった。ボロボロの布切れのような物を纏っているだけなので殊更強調されてしまっているそれ凶器は、固定もされていないのだろう。彼女が動くたびにぶるんぶるんと揺れ、激しく自己を主張している。ぷるんぷるんではなくぶるんぶるんだ。念の為。

要するに、彼女が自分の容姿やスタイルに自信を持っていても何らおかしくないのである。

それ故に、矜持を傷つけられたシアは言ってしまった。言ってはならない言葉を……

「で、でも! 胸なら私が勝ってます! そっち女の子の方はペッタンコじゃないですか!」

“ペッタンコじゃないですか”“ペッタンコじゃないですか”“ペッタンコじゃないですか”

峡谷に命知らずなウサミミ少女の叫びが木霊する。少し落ち込んでいたユエの表情が見えなくなり、前髪で隠したままユラリと香織の膝から降りた。

一行は「あ~あ」と天を仰ぎ、無言で合掌する。ウサミミよ、安らかに眠れ……。

ちなみに、香織は気にしてないが、女子勢の中では1番大きい。2番目に雫である。

震えるシアのウサミミに、囁くようなユエの声がやけに明瞭に響いた。

―――― ……お祈りは済ませた? 

―――― ……謝ったら許してくれたり

―――― ………… 

―――― 死にたくなぁい! 死にたくなぁい! 

「“嵐帝”」

―――― アッーーーー!! 

突如発生した竜巻に巻き上げられ錐揉みしながら天に打ち上げられるシア。彼女の悲鳴が峡谷に木霊し、きっかり十秒後、グシャ! という音と共に俺達の眼前に墜落した。

まるで犬○家のあの人のように頭部を地面に埋もれさせビクンッビクンッと痙攣している。完全にギャグだった。その神秘的な容姿とは相反する途轍もなく残念な少女である。唯でさえボロボロの衣服? が更にダメージを受けて、もはや唯のゴミのようだ。逆さまなので見えてはいけないものも丸見えである。百年の恋も覚める姿とはこの事だろう。

ユエは「いい仕事した!」と言う様に、掻いてもいない汗を拭うフリをするとトコトコと香織の下へ戻り、四輪の傍にいる南雲を下からジッと見上げた。

「……おっきい方が好き?」

実に困った質問だった。南雲としては「YES!」と答えたい所だったが、それを言えば未だ前方で痙攣している残念ウサギと仲良く犬○家である。それは勘弁して欲しかった。

「……ユエ、大きさの問題じゃあない。相手が誰か、それが一番重要だ」

「……」

取り敢えずYESともNOとも答えず、ふわっとした回答を選択する南雲。実にヘタレである。ユエはスっと目を細めたものの一応の納得をしたのか無言で香織の膝に腰掛けた。

内心、冷や汗を流す南雲は、居心地の悪い沈黙を破ろうと話題を探すが何も見つからない。南雲のライ○カードは役立たずだった。

だが、南雲が視線を彷徨わせた直後、痙攣していたシアの両手がガッと地面を掴み、ぷるぷると震えながら懸命に頭を引き抜こうとしている姿を捉えた。

「アイツ動いてるぞ……本気でゾンビみたいな奴だな。頑丈とかそう言うレベルを超えている気がするんだが……」

これまた静観していた一行のセタンタが己の戦闘続行スキルでも持ってるのではないかと動揺?していた。

「ねぇ…………あれって生きてるのよね?」

流石の雫も生物離れし過ぎな耐久力を発揮するシアに驚きを隠せないでいた。

ズボッという音と共にシアが泥だらけの顔を抜き出した。

「うぅ~ひどい目に遭いました。こんな場面見えてなかったのに……」

涙目で、しょぼしょぼとボロ布を直すシアは、意味不明なことを言いながら南雲達の下へ這い寄って来た。既にホラーだった。

「はぁ~、お前の耐久力は一体どうなってんだ? 尋常じゃないぞ……何者なんだ?」

南雲の胡乱な眼差しに、漸く本題に入れると居住まいを正すシア。四輪のステップに腰掛ける南雲の前で座り込み真面目な表情を作った。もう既に色々遅いが……

「改めまして、私は兎人族ハウリアの長の娘シア・ハウリアと言います。実は……」

語り始めたシアの話を要約するとこうだ。

シア達、ハウリアと名乗る兎人族達は【ハルツィナ樹海】にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だ。また、総じて容姿に優れており、エルフのような美しさとは異なった、可愛らしさがあるので、帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品となる。

そんな兎人族の一つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべと、とある固有魔術まで使えたのだ。

当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族だ。百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

しかし、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】に女の子の存在がばれれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのである。国の規律にも魔物を見つけ次第、できる限り殲滅しなければならないと有り、過去にわざと魔物を逃がした人物が追放処分を受けたという記録もある。また、被差別種族ということもあり、魔術を振りかざして自分達亜人族を迫害する人間族や魔人族に対してもいい感情など持っていない。樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。

故に、ハウリア族は女の子を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。

行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。

しかし、彼等の試みは、その帝国により潰えた。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。

女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔術を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。

全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。流石に、魔術の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。

しかし、予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。

そうこうしている内に、案の定、魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い……

「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

最初の残念な感じとは打って変わって悲痛な表情で懇願するシア。どうやら、シアは、南雲やユエと同じ、この世界の例外というヤツらしい。特に、ユエと同じ、先祖返りと言うやつなのかもしれない。

話を聞き終った南雲は特に表情を変えることもなく端的に答えた。

「断る」

南雲の端的な言葉が静寂をもたらした。何を言われたのか分からない、といった表情のシアは、ポカンと口を開けた間抜けな姿で南雲をマジマジと見つめた。そして、南雲が話は終わったと魔力駆動四輪に乗ろうとしたが、言葉を理解したシアが漸く我を取り戻し、物凄い勢いで抗議の声を張り上げた。

「ちょ、ちょ、ちょっと! 何故です! 今の流れはどう考えても『何て可哀想なんだ! 安心しろ!! 俺が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑むところですよ! 流石の私もコロっといっちゃうところですよ! 何、いきなり美少女との出会いをフイにしているのですか! って、あっ、無視して行こうとしないで下さい! 逃しませんよぉ!」

シアの抗議の声をさらりと無視して出発しようとする南雲の乗る四輪のボンネットに再びシアが飛びつく。さっきまでの真面目で静謐な感じは微塵もなく、形振り構わない残念ウサギが戻ってきた。

足を振っても微塵も離れる気配がないシアに、南雲は溜息を吐きながらジロリと睨む。

「あのなぁ~、お前等助けて、俺に何のメリットがあるんだよ」

「メ、メリット?」

「帝国から追われているわ、樹海から追放されているわ、お前さんは厄介のタネだわ、デメリットしかねぇじゃねぇか。仮に峡谷から脱出出来たとして、その後どうすんだよ? また帝国に捕まるのが関の山だろうが。で、それ避けたきゃ、また俺達を頼るんだろ? 今度は、帝国兵から守りながら北の山脈地帯まで連れて行けってな」

「うっ、そ、それは……で、でも!」

「俺達にだって旅の目的はあるんだ。そんな厄介なもん抱えていられないんだよ」

「そんな……でも、守ってくれるって見えましたのに!」

「……さっきも言ってたな、それ。どういう意味だ? ……てめぇの固有魔()と関係あるのか?」

一向に折れない南雲に涙目で意味不明なことを口走るシア。そう言えば、何故シアが仲間と離れて単独行動をしていたのかという点も疑問である。その辺りのことも関係あるのかとセタンタは尋ねた。

「え? あ、はい。“未来視”といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……そ、そうです。私、役に立ちますよ! “未来視”があれば危険とかも分かりやすいですし! 少し前に見たんです! 貴方が私達を助けてくれている姿が! 実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」

シアの説明する“未来視”は、彼女の説明通り、任意で発動する場合は、仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだ。これには莫大な魔力を消費する。一回で枯渇寸前になるほどである。また、自動で発動する場合もあり、これは直接・間接を問わず、シアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動する。これも多大な魔力を消費するが、任意発動程ではなく三分の一程消費するらしい。

どうやら、シアは、元いた場所で、俺達がいる方へ行けばどうなるか? という仮定選択をし、結果、自分と家族を守る南雲の姿が見えたようだ。そして、南雲を探すために飛び出してきた。こんな危険な場所で単独行動とは、よほど興奮していたのだろう。

「そんなすげぇ固有魔()持ってて、何でバレてんだよ。危険を察知できるんならフェアベルゲンの連中にもバレねぇはずだろ?」

代赤の指摘に「うっ」と唸った後、シアは目を泳がせてポツリと零した。

「じ、自分で使った場合は暫く使えなくて……」

「バレた時、既に使った後だったと……何に使ったんだよ?」

「ちょ~とですね、友人の恋路が気になりまして……」

「ただの出歯亀じゃねぇか! 貴重な魔法何に使ってんだよ」

「うぅ~猛省しておりますぅ~」

「やっぱ、ダメだな。何がダメって、お前がダメだわ。この残念ウサギが」

呆れたようにそっぽを向く南雲にシアが泣きながら縋り付く。南雲が、いい加減引きずっても出発しようとすると、何とも意外な所からシアの援護が来た。

「……ハジメ、連れて行こう」

「ユエ?」

「!? 最初から貴女のこといい人だと思ってました! ペッタンコって言ってゴメンなッあふんっ!」

ユエの言葉に南雲は訝しそうに、シアは興奮して目をキラキラして調子のいい事を言う。次いでに余計な事も言い、ユエにビンタを食らって頬を抑えながら崩れ落ちた。

「……樹海の案内に丁度いい」

「あ~」

確かに、樹海は亜人族以外では必ず迷うと言われているため、兎人族の案内があれば心強い。樹海を迷わず進むための対策も一応考えていたのだが、若干、乱暴なやり方であるし確実ではない。最悪、現地で亜人族を捕虜にして道を聞き出そうと考えていたので、自ら進んで案内してくれる亜人がいるのは正直言って有り難い。ただ、シア達はあまりに多くの厄介事を抱えているため逡巡する南雲。

そんな南雲に、ユエは真っ直ぐな瞳を向けて逡巡を断ち切るように告げた。

「……大丈夫、私達は負けない。」

それは、奈落を出た時の南雲の言葉。この世界に対して遠慮しない。南雲は自分の言った言葉を返されて苦笑いするしかない。

兎人族の協力があれば断然、樹海の探索は楽になるのだ。それを帝国兵や亜人達と揉めるかもしれないから避けるべき等と“舌の根も乾かぬうちに”である。もちろん、好き好んで厄介事に首を突っ込むつもり等さらさらないが、ベストな道が目の前にあるのに敵の存在を理由に避けるなど有り得ない。道を阻む敵は“殺してでも”と決めたのだ。

「そうだな。おい、喜べ残念ウサギ。お前達を樹海の案内に雇わせてもらう。報酬はお前等の命だ」

確かに言っていることは間違いではないが、セリフが完全にヤクザである。しかし、それでも、峡谷において強力な魔物を片手間に屠れる強者が生存を約束したことに変わりはなく、シアは飛び上がらんばかりに喜びを表にした。

「あ、ありがとうございます! うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」

ぐしぐしと嬉し泣きするシア。しかし、仲間のためにもグズグズしていられないと直ぐに立ち上がる。

「あ、あの、宜しくお願いします! そ、それでおあなた方のことは何と呼べば……」

「ん? そう言えば名乗ってなかったか……俺はハジメ。南雲ハジメだ」

「私は白崎香織。こっちは八重樫雫でこっちが誘宵美九。」

「えぇ、宜しくね?駄ウサギさん?」

「私の友達をあまり困らせないでくださいな。」

「僕は氷室飛斗だよ!!」

「俺はクー・フーリン。まぁ、言いづれぇならセタンタで構わん。」

「……ユエ」

「ハジメさんと香織さん、雫さんに飛斗さん、美久さんとユエちゃんですね!」

6人の名を反芻するシア。何気に呼ばれないセタンタ。

そこで、ユエが不満顔で抗議する。

「……さんを付けろ。残念ウサギ」

「ふぇ!?」

ユエらしからぬ命令口調に戸惑うシアは、ユエの外見から年下と思っているらしく、ユエが吸血鬼族で遥に年上と知ると土下座する勢いで謝罪した。どうもユエは、シアが気に食わないらしい。何故かは分からないが……。例え、ユエの視線がシアの体の一部を憎々しげに睨んでいたとしても、理由は定かではないのだ!

自己紹介しながら助っ席から降りたセタンタが

「乗るんならこっちに乗んな。大体が満席なんでね、誰か降りんとならん。まぁその点は俺が走りゃいいだけよ。」

と言ってシアを助っ席に乗せる。

「ぇ?走る?この樹海を?」

シアが混乱している間に発車する南雲。その後ろをついて走る俺達の魔力駆動車。更に後ろに魔力駆動二輪に跨る代赤と織咫に走るセタンタ。

生前戦地を駆け抜けたケルトの戦士にとっては走った方が早かったりする。まぁ、俺を含めて迦楼那や栄光、その他英霊達も基本そうなのだが。

シアは南雲に疑問をぶつける。

「あ、あの。助けてもらうのに必死で、つい流してしまったのですが……この乗り物? 何なのでしょう? それに、ハジメさんやユエさん、後ろのあれに乗るフードの人も魔法使いましたよね? ここでは使えないはずなのに……」

「あ~、それは道中でな」

そう言いながら、南雲は魔力駆動四輪を一気に加速させ出発した。悪路をものともせず爆走する乗り物に、シアが「きゃぁああ~!」と悲鳴を上げた。地面も壁も流れるように後ろへ飛んでいく。

谷底では有り得ない速度に目を瞑ってギュッと自分の座る椅子にしがみついていたシアも、暫くして慣れてきたのか、次第に興奮して来たようだ。南雲がカーブを曲がったり、大きめの岩を避けたりする度にきゃっきゃっと騒いでいる。

南雲は、道中、魔力駆動四輪の事やユエが魔術を使える理由、俺の氷、南雲の武器がアーティファクトみたいなものだと簡潔に説明した。すると、シアは目を見開いて驚愕を表にした。

「え、それじゃあ、お二人も魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」

「ああ、そうなるな」

「……ん」

暫く呆然としていたシアだったが、突然、何かを堪える様に俯いた。そして、何故か泣きべそをかき始めた。

「……いきなり何だ? 騒いだり落ち込んだり泣きべそかいたり……情緒不安定なヤツだな」

「……手遅れ?」

「手遅れって何ですか! 手遅れって! 私は至って正常です! ……ただ、一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

「「……」」

どうやら魔物と同じ性質や能力を有するという事、この世界で自分があまりに特異な存在である事に孤独を感じていたようだ。家族だと言って十六年もの間危険を背負ってくれた一族、シアのために故郷である樹海までも捨てて共にいてくれる家族、きっと多くの愛情を感じていたはずだ。それでも、いや、だからこそ、“他とは異なる自分”に余計孤独を感じていたのかもしれない。

シアの言葉に、ユエは思うところがあるのか考え込むように押し黙ってしまった。いつもの無表情がより色を失っている様に見える。俺達には何となく、今ユエが感じているものが分かった。おそらく、ユエは自分とシアの境遇を重ねているのではないだろうか。共に、魔力の直接操作や固有魔術という異質な力を持ち、その時代において“同胞”というべき存在は居なかった。

だが、ユエとシアでは決定的な違いがある。ユエには愛してくれる家族が居なかったのに対して、シアにはいるということだ。それがユエに、嫉妬とまではいかないまでも複雑な心情を抱かせているのだろう。しかも、シアから見れば、結局、その“同胞”とすら出会うことができたのだ。中々に恵まれた境遇とも言える。

そんなユエの頭を香織がポンポンと撫でた。日本という豊かな国で何の苦労もなく親の愛情をしっかり受けて育ったユエや神代の戦士達以外の者には、“同胞”がいないばかりか、特異な存在として女王という孤高の存在に祭り上げられたユエの孤独を、本当の意味では理解できない。それ故、かけるべき言葉も持ち合わせなかった。出来る事は、“今は”一人でないことを示すこと事だけだ。

すっかり変わってしまった南雲だが、身内にかける優しさはある。あるいは、俺達が追いついていなければ、それすら失っていたかもしれないが。香織とユエのどちらかがは南雲が外道に落ちるか否かの最後の防波堤と言える。香織とユエがいるからこそ、南雲は人間性を保っていられるのだ。その証拠に、南雲はシアとの約束も守る気だ。樹海を案内させたらハウリア族を狙う帝国兵への対策もする気である。

そんな南雲の気持ちを深く理解している香織の気持ちが伝わったのか、ユエは、無意識に入っていた体の力を抜いた。

暫く、シアが騒いで南雲かユエに怒鳴られるという事を繰り返していると、遠くで魔物咆哮が聞こえた。どうやら相当な数の魔物が騒いでいるようだ。

「! ハジメさん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 父様達がいる場所に近いです!」

「だぁ~、耳元で怒鳴るな! 聞こえてるわ! 飛ばすからしっかり掴まってろ!」

南雲は、魔力を更に注ぎ、四輪を一気に加速させた。壁や地面が物凄い勢いで後ろへ流れていく。

そうして走ること二分。ドリフトしながら最後の大岩を迂回した先には、今まさに襲われようとしている数十人の兎人族達とそれを守るために立ち塞がろうするケイローンがいた。




南雲達一行はオルクス大迷宮に2ヶ月程滞在してから脱出。やっとこさ外の空気を吸うことが出来た一行。
そして、魔物から逃げる残念ウサミミ少女シアと出会いシアの家族ごと救う事となった一行であった。

次回、ハウリア一族と特訓

「やっとこさ出れた。さて、原作(・・)ではホルアドだっけか?そこに行くんだよな次?」
「はい。ただ、そこで南雲くん達と1度──────」
「────はいネタバレだめぇー。」
「……………何かキャラが違う気がします。泉奈。」
「いいじゃーん、だってここオフ会ゾーンだもん。あ、もう時間だ。」
「え、久々に登場でき───」


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第17話 ハウリア一族と大賢者ケイローン

ライセン大峡谷に悲鳴と怒号が木霊する。

ウサミミを生やした人影が岩陰に逃げ込み必死に体を縮めている。あちこちの岩陰からウサミミだけがちょこんと見えており、数からすると二十人ちょっと。見えない部分も合わせれば四十人といったところか。

そんな怯える兎人族を上空から睥睨しているのは、奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物だ。姿は俗に言うワイバーンというやつが一番近いだろう。体長は三~五メートル程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみ刺がついている長い尻尾を持っている。

「あ、ハイベリアだ!」

いつ調べたのかイリヤが教えてくれた。あのワイバーンモドキは“ハイベリア”というらしい。ハイベリアは全部で六匹はいる。兎人族の上空を旋回しながら獲物の品定めでもしているようだ。

そのハイベリアの一匹が遂に行動を起こした。大きな岩と岩の間に隠れていた兎人族の下へ急降下すると空中で一回転し遠心力のたっぷり乗った尻尾で岩を殴りつけた。轟音と共に岩が粉砕され、兎人族が悲鳴と共に這い出してくる。

ハイベリアは「待ってました」と言わんばかりに、その顎門を開き無力な獲物を喰らおうとする。狙われたのは二人の兎人族。ハイベリアの一撃で腰が抜けたのか動けない小さな子供に男性の兎人族が覆いかぶさって庇おうとしている。

周りの兎人族がその様子を見て瞳に絶望を浮かべた。誰もが次の瞬間には二人の家族が無残にもハイベリアの餌になるところを想像しただろう。しかし、それは有り得ない。

 

ジャジャジャジャジャジャジャジャッ!!!

 

大賢者ケイローンこと慧郎が弓を連射で射てハイベリアを撃ち落とす。

それを英霊を知らない南雲達は慧郎の早すぎる弓の連射を見て驚愕して口があんぐりと開いていた。

上空のハイベリア達が仲間の死に激怒したのか一斉に咆哮を上げる。それに身を竦ませる兎人族達の優秀な耳に、今まで一度も聞いたことのない異音が聞こえた。キィィイイイという甲高い蒸気が噴出するような音だ。今度は何事かと音の聞こえる方へ視線を向けた兎人族達の目に飛び込んできたのは、見たこともない黒い乗り物に何人かが乗ってこちらに向かってくる。

その中の内の一人は見覚えがありすぎる。今朝方、突如姿を消し、ついさっきまで一族総出で探していた女の子。一族が陥っている今の状況に、酷く心を痛めて責任を感じていたようで、普段の元気の良さがなりを潜め、思いつめた表情をしていた。何か無茶をするのではと、心配していた矢先の失踪だ。つい、慎重さを忘れて捜索しハイベリアに見つかってしまった。彼女を見つける前に、一族の全滅も覚悟していたのだが……

その彼女が黒い乗り物の後ろで立ち上がり手をブンブンと振っている。その表情に普段の明るさが見て取れた。信じられない思いで彼女を見つめる兎人族。

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

その聞きなれた声音に、これは現実だと理解したのか兎人族が一斉に彼女の名を呼んだ。

「「「「「「「「「「シア!?」」」」」」」」」」

南雲は、魔力駆動四輪を高速で走らせながらイラッとした表情をしていた。仲間の無事を確認した直後、シアは喜びのあまりに窓を開けて身を乗り出して手を振りだした。

既にハイベリアは慧郎に殲滅されたので近くに魔力駆動車を止める。

そして、香織はある服を出してシアに渡す。突然渡されたものにキョトンとするものの、それがコートだとわかるとにへらっと笑い、いそいそとコートを着込む。ユエとお揃いの白を基調とした青みがかったコートだ。香織が南雲やユエとのペアルックを画策した時の逸品である。

「も、もう! ハジメさんったら素直じゃないですねぇ~、香織さんとお揃いだなんて……お、俺の女アピールですかぁ? ダメですよぉ~、私、そんな軽い女じゃないですから、もっと、こう段階を踏んでぇ~」

モジモジしながらコートの端を掴みイヤンイヤンしているシア。それに再びイラッと来たのか南雲は無言でドンナーを抜き、シアの額目掛けて発砲した。

「はきゅん!」

弾丸は炸薬量を減らし先端をゴム状の柔らかい魔物の革でコーティングしてある非致死性弾だ。ただ、それなりの威力はあるので、衝撃で仰け反り仰向けに倒れると、地面をゴロゴロとのたうち回るシア。「頭がぁ~頭がぁ~」と悲鳴を上げている。だが、流石の耐久力で直ぐに起き上がると猛然と抗議を始めた。きゃんきゃん吠えるシアを適当にあしらっていると兎人族がわらわらと集まってきた。

「シア! 無事だったのか!」

「父様!」

真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。はっきりいってウサミミのおっさんとか誰得である。シュールな光景に微妙な気分になっていると、その間に、シアと父様と呼ばれた兎人族は話が終わったようで、互の無事を喜んだ後、南雲の方へ向き直った。

「ハジメ殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアの窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

「まぁ、礼は受け取っておく。だが、樹海の案内と引き換えなんだ。それは忘れるなよ? それより、随分あっさり信用するんだな。亜人は人間族にはいい感情を持っていないだろうに……」

シアの存在で忘れそうになるが、亜人族は被差別種族である。実際、峡谷に追い詰められたのも人間族のせいだ。にもかかわらず、同じ人間族である南雲に頭を下げ、しかも南雲の助力を受け入れるという。それしか方法がないとは言え、あまりにあっさりしているというか、嫌悪感のようなものが全く見えないことに疑問を抱く南雲。

カムは、それに苦笑いで返した。

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

その言葉に南雲は感心半分呆れ半分だった。一人の女の子のために一族ごと故郷を出て行くくらいだから情の深い一族だとは思っていたが、初対面の人間族相手にあっさり信頼を向けるとは警戒心が薄すぎる。というか人がいいにも程があるというものだろう。

「えへへ、大丈夫ですよ、父様。ハジメさんは、女の子に対して容赦ないし、対価がないと動かないし、人を平気で囮にするような酷い人ですけど、約束を利用したり、希望を踏み躙る様な外道じゃないです! ちゃんと私達を守ってくれますよ!」

「はっはっは、そうかそうか。つまり照れ屋な人なんだな。それなら安心だ」

シアとカムの言葉に周りの兎人族達も「なるほど、照れ屋なのか」と生暖かい眼差しで南雲を見ながら、うんうんと頷いている。

南雲は額に青筋を浮かべドンナーを抜きかけるが、意外なところから追撃がかかる。

「……ん、ハジメは(ベッドの上では)照れ屋」

「ブフッ!?ユエちゃん!!?」

「ユエ!?」

まさかの口撃に口元を引きつらせる南雲と思い切り噴き出す香織だったが、何時までもグズグズしていては魔物が集まってきて面倒になるので、堪えて出発を促した。

一行は、ライセン大峡谷の出口目指して歩を進めた。

 

✲✲✲

 

「まさかこんな所で会うとはな。」

「えぇ。私としてはハイドリヒ王国にいるはずの貴方達がここにいる方が疑問に思いますが……それはいいとして、南雲少年がこのような物を造り出すとは、相当な熟練度なのでしょう。」

「まぁな。それより、破王の翁から何か言われなかったか?」

「……………結果は当たりだそうです。神聖エルダント帝国という異世界の一国に2次元系の物を広める事をしているそうです。それに、自衛隊に伊丹耀司を確認した所からいずれ銀座に門が現れるのは分かってます。」

「……………そうか。厄介だな。同時に来るなんて事は辞めて欲しいわ。」

「それはフラグでは無いのですか?」

『……………おいっ!?建てんな!!!』Σ\(゚Д゚;)

車内でそれぞれが会話をしていたが、今の俺の発言がフラグじゃないのか慧郎から指摘を受けた途端一斉にツッコミが入る。

因みにこれは移動している間にあった一時である。

 

✲✲✲

 

ウサミミ四十二人をぞろぞろ引き連れて峡谷を行く。

当然、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。例外なく、兎人族に触れることすら叶わず、接近した時点で閃光が飛び頭部を粉砕されるからである。

乾いた破裂音と共に閃光が走り、気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為すすべなく絶命していく光景に、兎人族達は唖然として、次いで、それを成し遂げている人物である南雲に対して畏敬の念を向けていた。

セタンタもやっているのだが伊達に幸運E-ランクではない。

もっとも、小さな子供達は総じて、そのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るう両者をヒーローだとでも言うように見つめている。

「ふふふ、ハジメさん。チビッコ達が見つめていますよ~手でも振ってあげたらどうですか?」

子供に純粋な眼差しを向けられて若干居心地が悪そうな南雲に、シアが実にウザイ表情で「うりうり~」とちょっかいを掛ける。

額に青筋を浮かべた南雲は、取り敢えず無言で発砲した。

 

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 

「あわわわわわわわっ!?」

ゴム弾が足元を連続して通過し、奇怪なタップダンスのようにワタワタと回避するシア。道中何度も見られた光景に、シアの父カムは苦笑いを、ユエは呆れを乗せた眼差しを向ける。

香織はそんなみんなを見て苦笑いだ。

「はっはっは、シアは随分とハジメ殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて……シアももうそんな年頃か。父様は少し寂しいよ。だが、ハジメ殿なら安心か……」

すぐ傍で娘が未だに銃撃されているのに、気にした様子もなく目尻に涙を貯めて娘の門出を祝う父親のような表情をしているカム。周りの兎人族達も「たすけてぇ~」と悲鳴を上げるシアに生暖かい眼差しを向けている。

「いや、お前等。この状況見て出てくる感想がそれか?」

「思いっきりズレてるぞ?」

代赤の言う通り、どうやら兎人族は少し常識的にズレているというか、天然が入っている種族らしい。それが兎人族全体なのかハウリアの一族だけなのかは分からないが。

そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。慧郎や魔力駆動車から降りている栄光が“遠見”で見る限り、中々に立派な階段がある。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。ライセン大峡谷の出口から、徒歩で半日くらいの場所が樹海になっているようだ。

南雲が何となしに遠くを見ていると、シアが不安そうに話しかけてきた。

「帝国兵はまだいるでしょか?」

「ん?どうだろうな。もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが……」

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさん……どうするのですか?」

「?どうするって何が?」

質問の意図がわからず首を傾げる南雲に、意を決したようにシアが尋ねる。周囲の兎人族も聞きウサミミ耳を立てているようだ。

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ハジメさんと同じ。……敵対できますか?」

「残念ウサギ、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

「はい、見ました。帝国兵と相対するハジメさんを……」

「だったら……何が疑問なんだ?」

「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

シアの言葉に周りの兎人族達も神妙な顔付きで南雲を見ている。小さな子供達はよく分からないとった顔をしながらも不穏な空気を察してか大人達と南雲を交互に忙しなく見ている。

しかし、そんなシリアスな雰囲気を慧郎と入れ替わっていた迦楼那がぶち壊す。

「それならば問題は無い。」

「えっ?」

疑問顔を浮かべるシアに迦楼那は特に気負った様子もなく世間話でもするように話を続けた。

「人間とは常に争いを好むのかの如く戦争をする。それならば慈悲を持っていては逆に己の身を滅ぼすこととなる。」

「同族なのに…………ですか……」

「お前らだって、同族に追い出されてるじゃねぇか」

「それは、まぁ、そうなんですが……」

「そもそも、根本が間違っている」

「根本?」

さらに首を捻るシア。周りの兎人族も疑問顔だ。

「いいか? 俺達はお前達が樹海探索に便利だから雇った。そして、それまで死なれると攻略が困難となる。それを避けるために守っているだけだ。断じて、お前達に同情したり、義侠心に駆られて助けているわけじゃない。まして、今後ずっと守ってやるつもりなんて毛頭ない。忘れたわけじゃないだろう?」

「うっ、はい……覚えてます……」

「だからこそ、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。我々のためにな。それを邪魔する者達はたとえ神だろうと人間族だろうとしても関係ない。道を阻むものは敵、敵は殺す。南雲少年にとってはそれだけのことだ」

「な、なるほど……」

南雲の代わりに迦楼那が南雲の心情を教え、いかにも南雲が考えそうなことだと苦笑いしながら納得するシア。“未来視”で帝国と相対する南雲を見たといっても、未来というものは絶対ではないから実際はどうなるか分からない。見えた未来の確度は高いが、万一、帝国側につかれては今度こそ死より辛い奴隷生活が待っている。表には出さないが“自分のせいで”という負い目があるシアは、どうしても確認せずにはいられなかったのだ。

「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」

カムが快活に笑う。下手に正義感を持ち出されるよりもギブ&テイクな関係の方が信用に値したのだろう。その表情に含むところは全くなかった。

一行は、階段に差し掛かった。栄光とセタンタを先頭に順調に登っていく。

因みに階段前に来てから魔力駆動車を降りて歩いている。魔力駆動車は俺の固有結界内に保存している。

話は戻るが、帝国兵からの逃亡を含めて、ほとんど飲まず食わずだったはずの兎人族だが、その足取りは軽かった。亜人族が魔力を持たない代わりに身体能力が高いというのは嘘ではないようだ。

そして、遂に階段を上りきり、俺達はライセン大峡谷からの脱出を果たす。

登りきった崖の上、そこには……

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、俺達を見るなり驚いた表情を見せた。

だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」

帝国兵は、兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢をとる事もなく、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。兎人族は、その視線にただ怯えて震えるばかりだ。

帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、漸く俺達の存在に気がついた。

「あぁ? お前等誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

俺は、帝国兵の態度から素通りは無理だろうなと思いながら、一応会話に応じる。

「ああ、人間だ」

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら兎人族は国で引き取るから置いていけ」

勝手に推測し、勝手に結論づけた小隊長は、さも自分の言う事を聞いて当たり前、断られることなど有り得ないと信じきった様子で、そう俺達に命令した。

当然、俺達が従うはずもない。

『断る』

「……今、何て言いった?」

「断ると言ったんだ。こいつらは今は俺達のもの。あんたらには一人として渡すつもりはない。諦めてさっさと国に帰ることをオススメする」

 聞き間違いかと問い返し、返って来たのは不遜な物言い。小隊長の額に青筋が浮かぶ。

「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

「十全に理解している。あんたらに頭が悪いとは誰も言われたくないだろうな」

南雲の言葉にスっと表情消す小隊長。周囲の兵士達も剣呑な雰囲気で南雲を睨んでいる。その時、小隊長が、剣呑な雰囲気に背中を押されたのか、南雲の後ろから出てきた香織に気がついた。幼い容姿でありながら纏う雰囲気に艶があり、そのギャップからか、えもいわれぬ魅力を放っている美貌の少女に一瞬呆けるものの、南雲の服の裾をギュッと握っていることからよほど近しい存在なのだろうと当たりをつけ、再び下碑た笑みを浮かべた。

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

その言葉に南雲は眉をピクリと動かし、香織は南雲を見て誰でも分かるほど嫌悪感を丸出しにしている。そして、香織と手を繋いでいたユエが目の前の男が存在すること自体が許せないと言わんばかりに右手を掲げようとした。

だが、それを制止する南雲。訝しそうなユエを尻目に()静寂の終剣(イルシオン)呼び出しながら最後の言葉をかける。

「つまり敵ってことでいいよな?」

「あぁ!? まだ状況が理解できてねぇのか! てめぇは、震えながら許しをこ───」

 

チュインッ!!!

 

想像した通りに俺達が怯えないことに苛立ちを表にして怒鳴る小隊長だったが、その言葉が最後まで言い切られることはなかった。なぜなら、一瞬の斬輝と共に、肉体が消滅したからだ。

何が起きたのかも分からず、呆然と小隊長がいた場所を見る兵士達に追い打ちが掛けられた。

「俺の権能で俺の気に触った者はこの剣の錆と化す。終焉を越える勇気があるならば向かってこい」

その声はやけに響き渡った。

どういうことかと言うと、凍らせて砕いただけだ。ただ、早すぎて斬輝と化したが。

突然、小隊長の身体と背後の大地が消し飛ぶという異常事態に兵士達が半ばパニックになりながらも、武器を俺達に向ける。過程はわからなくても原因はわかっているが故の、中々に迅速な行動だ。人格面は褒められたものではないが、流石は帝国兵。実力はかなりのものらしい。

早速、帝国兵の前衛が飛び出し、後衛が詠唱を開始する。だが、

「パワー0.1%、星起するは静寂の終剣(イルシオン・ステラ)

 

ドガァンッ!!

 

帝国兵を一撃で残り2人を残して消滅した。

その一瞬を見る事が叶った2人には悪夢そのものであった。

そんな彼等の耳に、これだけの惨劇を作り出した者が発するとは思えないほど飄々とした声が聞こえた。

「やっぱこの程度か。ギルガメッシュ位の度量は欲しかったかな。」

兵士がビクッと体を震わせて怯えをたっぷり含んだ瞳を俺に向けた。俺は終剣を鞘に仕舞いながらゆっくりと兵士に歩み寄る。

「ひぃ、く、来るなぁ! い、嫌だ。し、死にたくない。だ、誰か! 助けてくれ!」

命乞いをしながら這いずるように後退る兵士。その顔は恐怖に歪み、股間からは液体が漏れてしまっている。俺は冷めた目でそれを見下ろし、地面から氷針を生やして1人殺す。

「ひぃ!」

もう1人の兵士が身を竦める。が、何も無いのにそれに気が付いたのか、生き残りの兵士が恐る恐る背後を振り返り、殺された1人を見るが今度こそ隊が全滅したことを眼前の惨状を持って悟った。

振り返ったまま硬直している兵士の頭にゴリッと氷で造った銃の銃口が押し当てられる。再び、ビクッと体を震わせた兵士は、醜く歪んだ顔で再び命乞いを始めた。

「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

「そうか? なら、他の兎人族がどうなったか教えてもらおうか。結構な数が居たはずなんだが……全部、帝国に移送済みか?」

俺が質問したのは、百人以上居たはずの兎人族の移送にはそれなりに時間がかかるだろうから、まだ近くにいて道中でかち合うようなら序でに助けてもいいと思ったからだ。帝国まで移送済みなら、わざわざ助けに行くつもりは毛頭なかったが。

「……は、話せば殺さないか?」

「お前さん、自分が条件を付けられる立場にあると思っとるん? 別にどうでもいい情報なんや。今すぐ逝くか?」

「ま、待ってくれ! 話す! 話すから! ……多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから……」

“人数を絞った”それは、つまり老人など売れそうにない兎人族は殺したということだろう。兵士の言葉に、悲痛な表情を浮かべる兎人族達。俺は、その様子をチラッとだけ見やる。直ぐに視線を兵士に戻すともう用はないと瞳に殺意を宿した。

「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だから!」

俺の殺意に気がついた兵士が再び必死に命乞いする。しかし、その返答は……

「ギルティ。」

 

ジュッ!!!

 

一発の氷弾だった。

息を呑む兎人族達。あまりに容赦のない俺の行動に完全に引いているようである。その瞳には若干の恐怖が宿っていた。それはシアも同じだったのか、おずおずとハジメに尋ねた。

「あ、あのさっきの人は見逃してあげても良かったのでは……」

はぁ? という呆れを多分に含んだ視線を向ける南雲に「うっ」と唸るシア。自分達の同胞を殺し、奴隷にしようとした相手にも慈悲を持つようで、兎人族とはとことん温厚というか平和主義らしい。南雲が言葉を発しようとしたが、その機先を制するようにユエが反論した。

「……一度、剣を抜いた者が、結果、相手の方が強かったからと言って見逃してもらおうなんて都合が良すぎ」

「そ、それは……」

「……そもそも、守られているだけのあなた達がそんな目をイズナに向けるのはお門違い」

「……」

ユエは静かに怒っているようだ。守られておきながら、南雲に向ける視線に負の感情を宿すなど許さないと言わんばかりである。当然といえば当然なので、兎人族達もバツ悪そうな表情をしている。

「ふむ、ハジメ殿、申し訳ない。別に、貴方に含むところがあるわけではないのだ。ただ、こういう争いに我らは慣れておらんのでな……少々、驚いただけなのだ」

「ハジメさん、すみません」

シアとカムが代表して謝罪するが、

「俺はいいが泉奈にするだろ普通。」

そう言われ俺に謝罪をしてくる。

「何、たとえどんな存在だろうと命を奪ったんだ。剣で人を殺すのなら己が殺される覚悟を持ってから殺せ。って奴さ。」

南雲は、無傷の馬車や馬のところへ行き、兎人族達を手招きする。樹海まで徒歩で半日くらいかかりそうなので、せっかくの馬と馬車を有効活用しようというわけだ。魔力駆動四輪を“宝物庫”から取り出し馬車に連結させる。馬に乗る者と分けて一行は樹海へと進路をとった。

無残な帝国兵の死体は俺が凍らせて粉々に砕くことで証拠を隠滅する。

七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据えて、南雲の乗った魔力駆動四輪が牽引する大型馬車二台と数十頭の馬と俺が乗った魔力駆動四輪が殿を努めながら、それなりに早いペースで平原を進んでいた。

前の四輪には、南雲、ユエ、香織、雫、美九、シアが、後ろの俺が乗っている四輪には俺、慧郎、十六夜、金糸雀、イリヤ、鈴、飛斗、織咫が乗って、魔力駆動二輪に代赤、セタンタは走り、迦楼那と栄光は霊体化している。当初、南雲はシアには馬車に乗るように言ったのだが、断固として四輪に乗る旨を主張し言う事を聞かなかった。ユエが何度叩き落としても、ゾンビのように起き上がりヒシッとしがみつくので、遂にユエの方が根負けしたという事情があったりする。シアとしては、初めて出会った“同類”である二人と、もっと色々話がしたいようだった。南雲達と一緒に乗れて上機嫌な様子のシア。果たして、シアが気に入ったのは四輪の座席か南雲の隣か……場合によっては手足をふん縛って引きずってやる! とユエは内心決意していた。

若干不機嫌そうなユエ、香織と上機嫌なシアに挟まれた南雲は、四輪を走らせつつ遠くを見ながらボーとしていた。

その間、女子勢はワイワイと話をしていた。

それから数時間して、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

「それでは、ハジメ殿、ユエ殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。お二人を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

カムが、南雲に対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った“大樹”とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には“大樹ウーア・アルト”と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

当初、俺達は【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思っていたのだが、よく考えれば、それなら奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨いている魔境ということになり、とても亜人達が住める場所ではなくなってしまう。なので、【オルクス大迷宮】のように真の迷宮の入口が何処かにあるのだろうと推測した。そして、カムから聞いた“大樹”が怪しいと踏んだのである。

カムは、南雲の言葉に頷くと、周囲の兎人族に合図をして俺達の周りを固めた。

「皆様、できる限り気配は消しもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

「ああ、承知している。俺や香織、勿論ユエも、ある程度、隠密行動はできるから大丈夫だ」

南雲は、そう言うと“気配遮断”を使う。ユエも、奈落で培った方法で気配を薄くした。

「ッ!? これは、また……ハジメ殿、できれば香織殿くらいにしてもらえますかな?」

「ん? ……こんなもんか?」

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く、流石ですな!」

因みにサーヴァント勢は霊体化し、俺は気化していたりするが。こら、鈴よ俺を吸うな。

元々、兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。低級のサーヴァント・アサシンと同レベルと言えば、その優秀さが分かるだろうか。達人級といえる。しかし、南雲の“気配遮断”は更にその上の佐々木小次郎をはじめとした剣士辺りを行く。普通の場所なら、一度認識すればそうそう見失うことはないが、樹海の中では、兎人族の索敵能力を以てしても見失いかねないハイレベルなものだった。

カムは、人間族でありながら自分達の唯一の強みを凌駕され、もはや苦笑いだ。隣では、何故か香織が自慢げに胸を張っている。シアは、どこか複雑そうだった。南雲の言う実力差を改めて示されたせいだろう。

「それでは、行きましょうか」

カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

暫く、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分かっていないが、亜人族は、亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

順調に進んでいると、突然カム達が立止り、周囲を警戒し始めた。魔物の気配だ。当然、俺達も感知している。どうやら複数匹の魔物に囲まれているようだ。樹海に入るに当たって、南雲が貸与えたナイフ類を構える兎人族達。彼等は本来なら、その優秀な隠密能力で逃走を図るのだそうだが、今回はそういうわけには行かない。皆、一様に緊張の表情を浮かべている。

と、突然南雲が左手を素早く水平に振った。微かに、パシュという射出音が連続で響く。

直後、

 

ドサッ、ドサッ、ドサッ

 

「「「キィイイイ!?」」」

三つの何かが倒れる音と、悲鳴が聞こえた。そして、慌てたように霧をかき分けて、腕を四本生やした体長六十センチ程の猿が三匹踊りかかってきた。

そこを、代赤が赤雷を燦然と輝く王剣(クラレント)に纏わせて振るう。

空中にある猿を何の抵抗も許さずに上下に分断する。その猿は悲鳴も上げられずにドシャと音を立てて地に落ちた。しかも、この深い霧を代赤を中心に払われる。

残り二匹は二手に分かれた。一匹は近くの子供に、もう一匹はシアに向かって鋭い爪の生えた四本の腕を振るおうとする。シアも子供も、突然のことに思わず硬直し身動きが取れない。咄嗟に、近くの大人が庇おうとするが……無用の心配だった。

栄光が霊体化を解いてその2匹の首を鷲掴みして折って殺す。

それと、南雲が使ったのは、左腕の義手に内蔵されたニードルガンである。かつて戦ったサソリモドキからヒントを得て、散弾式のニードルガンを内蔵した。射出には、“纏雷”を使っておりドンナー・シュラークには全く及ばないものの、それなりの威力がある。射程が10m程しかないが、静音性には優れており、毒系の針もあるので中々に便利である。暗器の一種とも言えるだろう。樹海中では、発砲音で目立ちたくなかったのでドンナー・シュラークは使わなかった。

「あ、ありがとうございます、栄光さん」

シアは、突然の危機に硬直するしかなかった自分にガックリと肩を落とした。

その様子に、カムは苦笑いする。南雲から促されて、先導を再開した。

その後も、ちょくちょく魔物に襲われたが、俺達が静かに片付けていく。樹海の魔物は、一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、何の問題もなかった。

しかし、樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、俺達は歩みを止める。数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

俺達も相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。

その相手の正体は……

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。

樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。

その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物はカム達を裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。

「はっ、殺気バリバリに放ってんな。」

十六夜が何か言う。

「あ、あの私達は……」

カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

「白い髪の兎人族…だと?……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め!長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは!反逆罪だ!もはや弁明など聞く必要もない!全員この場で処刑する!総員かッ!?」

 

ドパンッ!!

 

虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、南雲の腕が跳ね上がり、銃声と共に一条の閃光が彼の頬を掠めて背後の樹を抉り飛ばし樹海の奥へと消えていった。

理解不能な攻撃に凍りつく虎の亜人の頬に擦過傷が出来る。もし人間のように耳が横についていれば、確実に弾け飛んでいただろう。聞いたこともない炸裂音と反応を許さない超速の攻撃に誰もが硬直している。

そこに、気負った様子もないのに途轍もない圧力を伴った南雲の声が響いた。“威圧”という魔力を直接放出することで相手に物理的な圧力を加える固有魔術である。

「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでいるヤツらも全て把握している。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだ」

「な、なっ……詠唱がっ……」

詠唱もなく、見たこともない強烈な攻撃を連射出来る上、味方の場所も把握していると告げられ思わず吃る虎の亜人。それを証明するように、ハジメは自然な動作でシュラークを抜きピタリと、とある方向へ銃口を向けた。その先には、奇しくも虎の亜人の腹心の部下がいる場所だった。霧の向こう側で動揺している気配がする。

「殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は俺が保障しているからな……ただの一人でも生き残れるなどと思うなよ」

威圧感の他に南雲が殺意を放ち始める。あまりに濃厚なそれを真正面から叩きつけられている虎の亜人は冷や汗を大量に流しながら、ヘタをすれば恐慌に陥って意味もなく喚いてしまいそうな自分を必死に押さえ込んだ。

(冗談だろ! こんな、こんなものが人間だというのか! まるっきり化物じゃないか!)

恐怖心に負けないように内心で盛大に喚く虎の亜人など知ったことかというように、南雲がドンナー・シュラークを構えたまま、言葉を続ける。

「だが、この場を引くというのなら追いもしない。敵でないなら殺す理由もないからな。さぁ、選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」

虎の亜人は確信した。攻撃命令を下した瞬間、先程の閃光が一瞬で自分達を蹂躙することを。その場合、万に一つも生き残れる可能性はないということを。

虎の亜人は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引くことなど出来なかった。

「……その前に、一つ聞きたい」

虎の亜人は掠れそうになる声に必死で力を込めて南雲に尋ねた。南雲は視線で話を促した。

「……何が目的だ?」

端的な質問。しかし、返答次第では、ここを死地と定めて身命を賭す覚悟があると言外に込めた覚悟の質問だ。虎の亜人は、フェアベルゲンや集落の亜人達を傷つけるつもりなら、自分達が引くことは有り得ないと不退転の意志を眼に込めて気丈に南雲を睨みつけた。

「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」

「大樹の下へ……だと? 何のために?」

てっきり亜人を奴隷にするため等という自分達を害する目的なのかと思っていたら、神聖視はされているものの大して重要視はされていない“大樹”が目的と言われ若干困惑する虎の亜人。“大樹”は、亜人達にしてみれば、言わば樹海の名所のような場所に過ぎないのだ。

「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれないからだ。俺達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内のために雇ったんだ」

「本当の迷宮?何を言っている?七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「いや、それはおかしいぜ」

「なんだと?」

突然割って入り、妙に自信のあるセタンタの断言に虎の亜人は訝しそうに問い返した。

「大迷宮というには、ここの魔物は弱すぎる」

「弱い?」

「そうだ。大迷宮の魔物ってのは、どいつもこいつも地上からしたら化物揃いだ。少なくとも【オルクス大迷宮】の奈落はそうだった。それに……」

「なんだ?」

「大迷宮っつうのは、“解放者”達が残した試練という事が既に調べて分かった事だ。無理難題がある筈なのに亜人族は簡単に深部へ行けるんだろ? それじゃあ、試練になってない。だから、樹海自体が大迷宮ってのはおかしいんだよ」

「……」

セタンタの話を聞き終わり、虎の亜人は困惑を隠せなかった。セタンタの言っていることが分からないからだ。樹海の魔物を弱いと断じることも、【オルクス大迷宮】の奈落というのも、解放者とやらも、迷宮の試練とやらも……聞き覚えのないことばかりだ。普段なら、“戯言”と切って捨てていただろう。

だがしかし、今、この場において、セタンタが適当なことを言う意味はないのだ。しかも、妙に確信に満ちていて言葉に力がある。本当に亜人やフェアベルゲンには興味がなく大樹自体が目的なら、部下の命を無意味に散らすより、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらうほうがいい。

虎の亜人は、そこまで瞬時に判断した。しかし、南雲程の驚異を自分の一存で野放しにするわけには行かない。この件は、完全に自分の手に余るということも理解している。その為、虎の亜人は南雲に提案した。

「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」

その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がった。樹海の中で、侵入して来た人間族を見逃すということが異例だからだろう。

「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もがおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、南雲は少し考え込む。

虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も、本当は俺達を処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、かつ、南雲という危険を野放しにしないためのギリギリの提案。

南雲は、この状況で中々理性的な判断ができるヤツだと、少し感心した。そして、今、この場で彼等を殲滅して突き進むメリットと、フェアベルゲンに完全包囲される危険を犯しても彼等の許可を得るメリットを天秤に掛けて……後者を選択した。大樹が大迷宮の入口でない場合、更に探索をしなければならない。そうすると、フェアベルゲンの許可があった方が都合がいい。もちろん、結局敵対する可能性は大きいが、しなくて済む道があるならそれに越したことはない。人道的判断ではなく、単に殲滅しながらの探索はひどく面倒そうだからだ。

「……いいだろう。さっきの言葉、曲解せずにちゃんと伝えろよ?」

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。南雲は、それを確認するとスっと構えていたドンナー・シュラークを太もものホルスターに納めて、“威圧”を解いた。空気が一気に弛緩する。それに、ホッとすると共に、あっさり警戒を解いた南雲に訝しそうな眼差しを向ける虎の亜人。中には、“今なら!”と臨戦態勢に入っている亜人もいるようだ。その視線の意味に気が付いたのか南雲が不敵に笑った。

「お前等が攻撃するより、俺の抜き撃ちの方が早い……試してみるか?」

「……いや。だが、下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない」

「わかってるさ」

包囲はそのままだが、漸く一段落着いたと分かり、カム達にもホッと安堵の吐息が漏れた。だが、彼等に向けられる視線は、南雲に向けられるものより厳しいものがあり居心地は相当悪そうである。

暫く、重苦しい雰囲気が周囲を満たしていたが、そんな雰囲気に飽きたのか、ユエが南雲に構って欲しいと言わんばかりにちょっかいを出し始めた。それを見たシアが場を和ませるためか、単に雰囲気に耐えられなくなったのか「私も~」と参戦し、苦笑いしながら相手をする南雲に、少しずつ空気が弛緩していく。香織はそんな彼らに慈愛に満ちた笑顔を向けていた。敵地のど真ん中で、いきなりイチャつき始めた(亜人達にはそう見えた)南雲に呆れの視線が突き刺さる。

時間にして一時間と言ったところか。調子に乗ったシアが、ユエに関節を極められて「ギブッ! ギブッですぅ!」と必死にタップし、それを周囲の亜人達が呆れを半分含ませた生暖かな視線で見つめていると、急速に近づいてくる気配を感じた。

場に再び緊張が走る。シアの関節には痛みが走る。

霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は、森人族いわゆるエルフなのだろう。

俺達は、瞬時に、彼が“長老”と呼ばれる存在なのだろうと推測した。その推測は、当たりのようだ。

「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」

「ハジメだ。南雲ハジメ。あんたは?」

南雲の言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を! と憤りを見せる。それを、片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。“解放者”とは何処で知った?」

「うん?オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

目的などではなく、解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝みながら返答する南雲。一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの内心は驚愕していた。なぜなら、解放者という単語と、その一人が“オスカー・オルクス”という名であることは、長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。

「ふむ、奈落の底か……聞いたことがないがな……証明できるか?」

あるいは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、南雲に尋ねるアルフレリック。南雲は難しい表情をする。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身の強さくらいだ。首を捻るハジメに香織が提案する。

「……ハジメ君、魔石とかオルクスの遺品は?」

「ああ! そうだな、それなら……」

ポンと手を叩き、“宝物庫”から地上の魔物では有り得ないほどの質を誇る魔石をいくつか取り出し、アルフレリックに渡す。

「こ、これは……こんな純度の魔石、見たことがないぞ……」

アルフレリックも内心驚いていてたが、隣の虎の亜人が驚愕の面持ちで思わず声を上げた。

「後は、これ。一応、オルクスが付けていた指輪なんだが……」

そう言って、見せたのはオルクスの指輪だ。アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に付いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。しかし、今度は南雲の方が抗議の声を上げた。

「待て。何勝手に俺の予定を決めてるんだ? 俺は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題ないなら、このまま大樹に向かわせてもらう」

「いや、お前さん。それは無理だ」

「なんだと?」

 あくまで邪魔する気か? と身構える南雲に、むしろアルフレリックの方が困惑したように返した。

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ。……亜人族なら誰でも知っているはずだが……」

 アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気だ?」と南雲を見たあと、案内役のカムを見た。俺達は、聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば……

「あっ」

まさに、今思い出したという表情をしていた。南雲の額に青筋が浮かぶ。

「カム?」

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」

しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、俺達のジト目に耐えられなくなったのか逆ギレしだした。

「ええい、シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

逆ギレするカムに、シアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながら、さり気なく責任を擦り付ける。

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! ハジメ殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

「バカモン! 道中の、ハジメ殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんた、それでも族長ですか!」

亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか……流石、シアの家族である。総じて、残念なウサギばかりだった。

青筋を浮かべた南雲が、一言、ポツリと呟く。

「……ユエ」

「ん」

南雲の言葉に一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。それに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。

「まっ、待ってください、ユエさん! やるなら父様だけを!」

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

「何が一緒だぁ!」

「ユエ殿、族長だけにして下さい!」

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

 喧々囂々に騒ぐハウリア達に薄く笑い、ユエは静かに呟いた。

「“嵐帝”」

―――― アッーーーー!!!

天高く舞い上がるウサミミ達。樹海に彼等の悲鳴が木霊する。同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意はなかった。むしろ、呆れた表情で天を仰いでいる。彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。

濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進む。

行き先はフェアベルゲンだ。俺達一行、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いている。どうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な瞬足だったようだ。

暫く歩いていると、突如、霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、一本真っ直ぐな道が出来ているだけで、まるで霧のトンネルのような場所だ。よく見れば、道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいるようだ。

南雲が、青い結晶に注目していることに気が付いたのかアルフレリックが解説を買って出てくれた。

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は“比較的”という程度だが」

「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうしな。住んでる場所くらい霧は晴らしたいよな」

どうやら樹海の中であっても街の中は霧がないようだ。十日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。ユエも、霧が鬱陶しそうだったので、二人の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。

そうこうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも三十メートルはありそうだ。亜人の“国”というに相応しい威容を感じる。

ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。周囲の樹の上から、俺達に視線が突き刺さっているのがわかる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。おそらく、その辺りも予測して長老自ら出てきたのだろう。

門をくぐると、そこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡り歩けるだろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重り、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

南雲や女子勢がポカンと口を開け、その美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンッと咳払いが聞こえた。どうやら、気がつかない内に立ち止まっていたらしくアルフレリックが正気に戻してくれたようだ。

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。南雲は、そんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

「ああ、こんな綺麗な街を見たのは始めてだ。空気も美味い。自然と調和した見事な街だな」

「うん……綺麗」

「…………ん」

掛け値なしのストレートな称賛に、流石に、そこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

俺達は、フェアベルゲンの住人に好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。

 

✲✲✲

 

「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

現在、俺達(南雲と香織とユエ、俺と慧郎のみ)は、アルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、南雲がオスカー・オルクスに聞いた“解放者”のことや神代魔術のこと、自分が異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための神代魔術が手に入るかもしれないこと等だ。

アルフレリックは、この世界の神の話しを聞いても顔色を変えたりはしなかった。不思議に思って南雲が尋ねると、「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないということらしい。聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もないようだ。あるとすれば自然への感謝の念だという。

俺達の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に付いた者に伝えられる掟を話した。それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つのが現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が“解放者”という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。

そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

「それで、俺達は資格を持っているというわけか……」

アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではないはずなので、今後の話をする必要がある。

南雲とアルフレリックが、話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。俺達のいる場所は、最上階にあたり、階下にはシア達ハウリア族が待機している。どうやら、彼女達が誰かと争っているようだ。俺達とアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族を睨みつけていた。部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。シアもカムも頬が腫れている事から既に殴られた後のようだ。

俺達が階段から降りてくると、彼等は一斉に鋭い視線を送った。熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言する。

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りわなわなと震えている。やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。

しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そして南雲を睨む。ってか何故南雲だけを睨むのだ?まぁいいか。

フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針などを決めるらしい。裁判的な判断も長老衆が行う。今、この場に集まっている亜人達が、どうやら当代の長老達らしい。だが、口伝に対する認識には差があるようだ。

アルフレリックは、口伝を含む掟を重要視するタイプのようだが、他の長老達は少し違うのだろう。アルフレリックは森人族であり、亜人族の中でも特に長命種だ。二百年くらいが平均寿命だったと俺は記憶している。だとすると、眼前の長老達とアルフレリックでは年齢が大分異なり、その分、価値観にも差があるのかもしれない。ちなみに、亜人族の平均寿命は百年くらいだ。

そんなわけで、アルフレリック以外の長老衆は、この場に人間族や罪人がいることに我慢ならないようだ。

「……ならば、今、この場で試してやろう!」

いきり立った熊の亜人が突如、南雲に向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。

そして、一瞬で間合いを詰め、身長二メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、南雲に向かって振り下ろされた。

亜人の中でも、熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は、一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば一線を画す破壊力を持っている。シア達ハウリア族と傍らの香織とユエや俺達以外の亜人達は、皆一様に、肉塊となった南雲を幻視した。

しかし、次の瞬間には、有り得ない光景に凍りついた。

 

ズドンッ!

 

衝撃音と共に振り下ろされた拳は、横から入った慧郎が薬指(・・)だけで止めていたからだ。

「……温い拳ですね。ですが、殺意を持って我々に手を出した。覚悟は出来てるんですね?」

そう言って、背負投の要領で空中に投げ、跳んで襟を掴んで木製の壁に投げる。

「ぐっう! 離せ!」

襟を掴まれている時に言っていたが間に合わず、壁に衝突。

 

バキッ!

 

「ッ!?」

熊の亜人の腕からなってはいけない破壊音が響く。それでも悲鳴を上げなかったのは流石は長老といったところか。だが、痛みと驚愕に硬直した隙を慧郎は逃さない。

まだ立ち直っていない熊の長老に発勁?を放つ。

遠慮容赦なく熊の亜人族の腹に突き刺さり、その場に衝撃波を発生させながら、文字通り猛烈な勢いで吹っ飛ばす。熊の亜人は、悲鳴一つ上げられず、体をくの字に折り曲げながら背後の壁を突き破り虚空へと消えていった。暫くすると、地上で悲鳴が聞こえだす。

 誰もが言葉を失い硬直していると、風を切る音が聞こえた。

「それで?次はどなたですか?私の名はケイローン。南雲さんとやりたいのならまずは私で肩慣らししてもらいましょうか。」

その言葉に、頷けるものはいなかった。

慧郎が熊の亜人を吹き飛ばした後、アルフレリックが何とか執り成し、慧郎による蹂躙劇は回避された。熊の亜人は内蔵破裂、ほぼ全身の骨が粉砕骨折という危険な状態であったが、何と一命は取り留めたらしい。高価な回復薬を湯水の如く使ったようだ。もっとも、もう二度と戦士として戦うことはできないようだが……

因みに慧郎がこのような行動に出たのは1種族だけを魔物と同じ力を持つだけでこのような仕打ちをすることに軽く怒りを覚えたからだそう。

現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族(俗に言うドワーフ)のグゼ、そして森人族のアルフレリックが、南雲と向かい合って座っていた。南雲の傍らには香織とユエ、カム、シアが座り、その後ろにハウリア族が固まって座っている。南雲の座る席の後ろに慧郎がたちずさんでいる。

俺達一行はバラバラに座っていたりする。

長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では一,二を争う程の手練だった熊の亜人(名前はジン)が、文字通り手も足も出ず瞬殺されたのであるから無理もない。

「で? あんた達は俺等をどうしたいんだ? 俺は大樹の下へ行きたいだけで、邪魔しなければ敵対することもないんだが……亜人族・・・としての意思を統一してくれないと、いざって時、何処までやっていいかわからないのは不味いだろう? あんた達的に。殺し合いの最中、敵味方の区別に配慮する程、俺はお人好しじゃないぞ」

南雲の言葉に、身を強ばらせる長老衆。言外に、亜人族全体との戦争も辞さないという意志が込められていることに気がついたのだろう。

「こちらの仲間を再起不能にしておいて、第一声がそれか……それで友好的になれるとでも?」

グゼが苦虫を噛み潰したような表情で呻くように呟いた。

「何を言っているのですか。殺意を向けたのならば殺される覚悟を持ってから向けなさい。でないと帝国と同じ思想ですよ。」

「き、貴様! ジンはな! ジンは、いつも国のことを思って!」

「それが、初対面の相手を問答無用に殺していい理由になるとでも?」

「そ、それは!しかし!」

「勘違いしないでください? 南雲さんが被害者で、あの熊さんが加害者。私は南雲さんを庇った。長老を襲名しているのならば、罪科の判断も下す筈?ならばそこのところを長老である貴方がはき違えないでください。」

おそらくグゼはジンと仲が良かったのではないだろうか。その為、頭では慧郎の言う通りだと分かっていても心が納得しないのだろう。慧郎は味方を守った。そうとしか認識していない。

「グゼ、気持ちはわかるが、そのくらいにしておけ。彼の言い分は正論だ」

アルフレリックの諌めの言葉に、立ち上がりかけたグゼは表情を歪めてドスンッと音を立てながら座り込んだ。そのまま、むっつりと黙り込む。

「確かに、この少年は、紋章の一つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼を口伝の資格者と認めるよ。まぁ、後ろのフードの子の方が気になるけどね。」

そう言ったのは狐人族の長老ルアだ。糸のように細めた目で南雲を見た後、俺を気にしてから他の長老はどうするのかと周囲を見渡す。

その視線を受けて、翼人族のマオ、虎人族のゼルも相当思うところはあるようだが、同意を示した。代表して、アルフレリックが南雲に伝える。

「南雲ハジメ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前等さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

「絶対じゃない……か?」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな……」

「それで?」

アルフレリックの話しを聞いても南雲の顔色は変わらない。すべきことをしただけであり、すべきことをするだけだという意志が、その瞳から見て取れる。アルフレリックは、その意志を理解した上で、長老として同じく意志の宿った瞳を向ける。

「お前さんを襲った者達を殺さないで欲しい」

「……殺意を向けてくる相手に手加減しろと?」

「そうだ。お前さんの実力なら可能だろう?」

「あの熊野郎が手練だというなら、可能か否かで言えば可能だろうな。だが、殺し合いで手加減をするつもりはない。あんたの気持ちはわかるけどな、そちらの事情は俺にとって関係のないものだ。同胞を死なせたくないなら死ぬ気で止めてやれ」

奈落の底で培った、敵対者は殺すという価値観は根強く南雲の心に染み付いている。殺し合いでは何が起こるかわからないのだ。手加減などして、窮鼠猫を噛むように致命傷を喰らわないとは限らない。その為、南雲がアルフレリックの頼みを聞くことはなかった。

しかし、そこで虎人族のゼルが口を挟んだ。

「ならば、我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

その言葉に、南雲は訝しそうな表情をした。もとより、案内はハウリア族に任せるつもりで、フェアベルゲンの者の手を借りるつもりはなかった。そのことは、彼等も知っているはずである。だが、ゼルの次の言葉で彼の真意が明らかになった。

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

ゼルの言葉に、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めたような表情をしている。この期に及んで、誰もシアを責めないのだから情の深さは折紙付きだ。

「長老様方! どうか、どうか一族だけはご寛恕を! どうか!」

「シア! 止めなさい! 皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度もないのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めたことなのだ。お前が気に病む必要はない」

「でも、父様!」

土下座しながら必死に寛恕を請うシアだったが、ゼルの言葉に容赦はなかった。

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

ワッと泣き出すシア。それをカム達は優しく慰めた。長老会議で決定したというのは本当なのだろう。他の長老達も何も言わなかった。おそらく、忌み子であるということよりも、そのような危険因子をフェアベルゲンの傍に隠し続けたという事実が罪を重くしたのだろう。ハウリア族の家族を想う気持ちが事態の悪化を招いたとも言える。何とも皮肉な話だ。

「そういうわけだ。これで、貴様が大樹に行く方法は途絶えたわけだが? どうする? 運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

それが嫌なら、こちらの要求を飲めと言外に伝えてくるゼル。他の長老衆も異論はないようだ。しかし、南雲は特に焦りを浮かべることも苦い表情を見せることもなく、何でもない様に軽く返した。

「はぁ。貴方達は馬鹿なのですか?」

「な、なんだと!」

慧郎の物言いに、目を釣り上げるゼル。シア達も思わずと言った風に慧郎を見る。南雲達は慧郎の考えがわかったのかのかすまし顔だ。

「我々には、貴方達の事情には一切関係がない。それに、貴方達は南雲さんの道を拒むのですか?そして、それがどういう事かも分かって言っているのかも。」

南雲は長老衆を睥睨しながら、スっと伸ばした手を泣き崩れているシアの頭に乗せた。ピクッと体を震わせ、南雲を見上げるシア。

「俺から、こいつらを奪おうってんなら……覚悟を決めろ」

「ハジメさん……」

南雲が締めとして発した今の言葉は単純に自分の邪魔をすることは許さないという意味で、それ以上ではないだろう。しかし、それでも、ハウリア族を死なせないために亜人族の本拠地フェアベルゲンとの戦争も辞さないという言葉は、その意志は、絶望に沈むシアの心を真っ直ぐに貫いた。

「本気かね?」

アルフレリックが誤魔化しは許さないとばかりに鋭い眼光で南雲を射貫く。

「当然だ。それに、本人は傍観しているが、ハルツィナ樹海全域をシュネー雪原以上の極寒地に変えることができる奴もいるしな。」

しかし、全く揺るがない南雲。ちゃっかりと俺の事を強調をする。そこに不退転の決意が見て取れる。この世界に対して自重しない、邪魔するものには妥協も容赦もしない。奈落の底で言葉にした決意だ。

「フェアベルゲンから案内を出すと言っても?」

ハウリア族の処刑は、長老会議で決定したことだ。それを、言ってみれば脅しに屈して覆すことは国の威信に関わる。今後、南雲達を襲うかもしれない者達の助命を引き出すための交渉材料である案内人というカードを切ってでも、長老会議の決定を覆すわけにはいかない。故に、アルフレリックは提案した。しかし、南雲は交渉の余地などないと言わんばかりにはっきりと告げる。

「何度も言わせるな。俺の案内人はハウリアだ」

「なぜ、彼等にこだわる。大樹に行きたいだけなら案内人は誰でもよかろう」

アルフレリックの言葉に南雲は面倒そうな表情を浮かべつつ、シアをチラリと見た。先程から、ずっと南雲を見ていたシアはその視線に気がつき、一瞬目が合う。すると僅かに心臓が跳ねたのを感じた。視線は直ぐに逸れたが、シアの鼓動だけは高まり続ける。

「約束したからな。案内と引き換えに助けてやるって」

「……約束か。それならもう果たしたと考えてもいいのではないか? 峡谷の魔物からも、帝国兵からも守ったのだろう? なら、あとは報酬として案内を受けるだけだ。報酬を渡す者が変わるだけで問題なかろう。」

「問題大ありだ。案内するまで身の安全を確保するってのが約束なんだよ。途中でいい条件が出てきたからって、ポイ捨てして鞍替えなんざ……」

南雲は一度、言葉を切って今度はユエを見た。ユエも南雲を見ており目が合うと僅かに微笑む。それに苦笑いしながら肩を竦めた南雲はアルフレリックに向き合い告げた。

「格好悪いだろ?」

闇討ち、不意打ち、騙し討ち、卑怯、卑劣に嘘、ハッタリ。殺し合いにおいて、南雲はこれらを悪いとは思わない。生き残るために必要なら何の躊躇いもなく実行して見せるだろう。

しかし、だからこそ、殺し合い以外では守るべき仁義くらいは守りたい。それすら出来なければ本当に唯の外道である。南雲も男だ。奈落の底で出会った傍らの少女達がつなぎ止めてくれた一線を、自ら越えるような醜態は晒したくない。

南雲に引く気がないと悟ったのか、アルフレリックが深々と溜息を吐く。他の長老衆がどうするんだと顔を見合わせた。暫く、静寂が辺りを包み、やがてアルフレリックがどこか疲れた表情で提案した。

「ならば、お前さんの奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ。……既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

「アルフレリック! それでは!」

完全に屁理屈である。当然、他の長老衆がギョッとした表情を向ける。ゼルに到っては思わず身を乗り出して抗議の声を上げた。

「ゼル。わかっているだろう。この少年が引かないことも、その力の大きさも。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。その場合、どれだけの犠牲が出るか……長老の一人として、そのような危険は断じて犯せん」

「しかし、それでは示しがつかん! 力に屈して、化物の子やそれに与するものを野放しにしたと噂が広まれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ!」

「だが……」

「化け物化け物ってしつけぇんだよ、坊主。」

 ゼルとアルフレリックが議論を交わし、他の長老衆も加わって、場は喧々囂々の有様となった。が、俺の絶対零度の殺気を込めた一言で静まり返る。

中にはちびる者もいる。

「何だ?魔力を持った者全てを化け物っつったら生命力という名の魔力(・・・・・・・・・・)を持つあんたらも化け物だぜ?それに、持つ力や外見なんて関係ねぇ。あるのはその人物がまともか外道かのどっちかだろ?人を見た目や能力で判断したら痛い目見るぜ?」

この場の気温を下げながら告げる。

『…………寒いから辞めろ!!』

一行から辞めるように言われて気温を下げることを辞める。

だが、そんな中、南雲が敢えて空気を読まずに発言する。

「ああ~、盛り上がっているところ悪いが、シアを見逃すことについては今更だと思うぞ?」

何事も無かったかのように言う南雲の言葉に、ピタリと全体が止まり、どういうことだと長老衆が南雲に視線を転じる。

南雲はおもむろに右腕の袖を捲ると魔力の直接操作を行った。すると、右腕の皮膚の内側に薄らと赤い線が浮かび上がる。さらに、“纏雷”を使用して右手にスパークが走る。

長老衆は、南雲のその異様に目を見開いた。そして、詠唱も魔法陣もなく魔術を発動したことに驚愕を表にする。ジンを倒したのは左腕の義手型アーティファクトだけのせいだと思っていたのだ。

「俺も、シアと同じように、魔力の直接操作ができるし、固有魔法も使える。次いでに言えばこっちのユエもな。あんた達のいう化物ってことだ。だが、口伝では“それがどのような者であれ敵対するな”ってあるんだろ? 掟に従うなら、いずれにしろあんた達は化物を見逃さなくちゃならないんだ。シア一人見逃すくらい今更だと思うけどな」

暫く硬直していた長老衆だが、やがて顔を見合わせヒソヒソと話し始めた。そして、結論が出たのか、代表してアルフレリックが、それはもう深々と溜息を吐きながら長老会議の決定を告げる。

「はぁ~、ハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、同じく忌み子である南雲ハジメの身内と見なす。そして、資格者南雲ハジメに対しては、敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、南雲ハジメの一族に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。何かあるか?」

「いや、何度も言うが俺は大樹に行ければいいんだ。こいつらの案内でな。文句はねぇよ」

「……そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか。漸く現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」

「気にしないでくれ。全部譲れないこととは言え、相当無茶言ってる自覚はあるんだ。むしろ理性的な判断をしてくれて有り難いくらいだよ」

南雲の言葉に苦笑いするアルフレリック。他の長老達は渋い表情か疲れたような表情だ。恨み辛みというより、さっさとどっか行ってくれ!という雰囲気である。その様子に肩を竦める南雲は香織やユエ、シア達を促して立ち上がった。

ユエは終始ボーとしていたが、話は聞いていたのか特に意見を口にすることもなく南雲に合わせて立ち上がった。

しかし、シア達ハウリア族は、未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がない。ついさっきまで死を覚悟していたのに、気がつけば追放で済んでいるという不思議。「えっ、このまま本当に行っちゃっていいの?」という感じで内心動揺しまくっていた。

「おい、何時まで呆けているんだ? さっさと行くぞ」

南雲の言葉に、漸く我を取り戻したのかあたふたと立ち上がり、さっさと出て行く俺達の後を追うシア達。アルフレリック達も、俺達を門まで送るようだ。

シアが、オロオロしながら南雲に尋ねた。

「あ、あの、私達……死ななくていいんですか?」

「? さっきの話し聞いてなかったのか?」

「い、いえ、聞いてはいましたが……その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

周りのハウリア族も同様なのか困惑したような表情だ。それだけ、長老会議の決定というのは亜人にとって絶対的なものなのだろう。どう処理していいのか分からず困惑するシアにユエが呟くように話しかけた。

「……素直に喜べばいい」

「ユエさん?」

「……ハジメに救われた。それが事実。受け入れて喜べばいい」

「……」

ユエの言葉に、シアはそっと隣を歩く南雲に視線をやった。南雲は前を向いたまま肩を竦める。

「まぁ、約束だからな」

「ッ……」

シアは、肩を震わせる。樹海の案内と引き換えにシアと彼女の家族の命を守る。シアが必死に取り付けた南雲との約束だ。元々、“未来視”で南雲が守ってくれる未来は見えていた。しかし、それで見える未来は絶対ではない。シアの選択次第で、いくらでも変わるものなのだ。だからこそ、シアは南雲の協力を取り付けるのに“必死”だった。相手は、亜人族に差別的な人間で、シア自身は何も持たない身の上だ。交渉の材料など、自分の“女”か“固有能力”しかない。それすら、あっさり無視された時は、本当にどうしよかと泣きそうになった。

それでもどうにか約束を取り付けて、道中話している内に何となく、南雲なら約束を違えることはないだろうと感じていた。それは、自分が亜人族であるにもかかわらず、差別的な視線が一度もなかったことも要因の一つだろう。だが、それはあくまで“何となく”であり、確信があったわけではない。だから、内心の不安に負けて、“約束は守る人だ”と口に出してみたり“人間相手でも戦う”などという言葉を引き出してみたりした。実際に、何の躊躇いもなく帝国兵と戦ってくれた時、どれほど安堵したことか。

だが、今回はいくら南雲でも見捨てるのではという思いがシアにはあった。帝国兵の時とはわけが違う。言ってみれば、帝国の皇帝陛下の前で宣戦布告するに等しいのだ。にもかかわらず一歩も引かずに約束を守り通してくれた。例えそれが、南雲自身の為であっても、ユエの言う通り、シアと大切な家族は確かに守られたのだ。

先程、一度高鳴った心臓が再び跳ねた気がした。顔が熱を持ち、居ても立ってもいられない正体不明の衝動が込み上げてくる。それは家族が生き残った事への喜びか、それとも……

シアは、ユエの言う通り素直に喜び、今の気持ちを衝動に任せて全力で表してみることにした。すなわち、南雲に全力で抱きつく!

「ハジメさ~ん! ありがどうございまずぅ~!」

「どわっ!? いきなり何だ!?」

「「むっ……」」

泣きべそを掻きながら絶対に離しません! とでも言う様にヒシッとしがみつき顔をグリグリと南雲の肩に押し付けるシア。その表情は緩みに緩んでいて、頬はバラ色に染め上げられている。

それを見た香織とユエが不機嫌そうに唸るものの、何か思うところがあるのか、南雲の反対の手を取るか服の裾を握るだけで特に何もしなかった。

喜びを爆発させ南雲にじゃれつくシアの姿に、ハウリア族の皆も漸く命拾いしたことを実感したのか、隣同士で喜びを分かち合っている。

それを何とも複雑そうな表情で見つめているのは長老衆だ。そして、更に遠巻きに不快感や憎悪の視線を向けている者達も多くいる。

俺達はその全てを把握しながら、ここを出ても暫くは面倒事に巻き込まれそうだと苦笑いするのだった。




ハウリア一族を救出してハルツィナ樹海を目指す一行とハウリア一族。
そこで亜人族と遭遇していざこざが起こる。
それを予見した一行とハウリア一族は亜人族の国を出てハウリア一族を鍛える事にした。

次回、特訓と別れ。

『…………まだ寒い!!!』
「って言われても俺の感情の起伏を抑える冷却機関が動いてんだからしょうがねぇだろ。」
「おめぇ、顔見えねぇからどんな感情かわかんねぇよ!?」
「怒りに決まってんだろセタンタ。命をただの決まりって言うだけで奪おうとするのは許せんからな。」
「じゃあ帝国兵は!?」
「奴らは俺の家族を侮辱。あと、ウサウサ共の命を蔑ろにしたからだ。」
「………………以外にまともだ────」

ピキィンッ!!!

「うっせ」

飛斗「ランサーが死んだ!?」
ヒポグリフ「ピィー!?(この人でなし!?)」


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第18話 特訓と別れ。

「さて、お前等には戦闘訓練を受けてもらおうと思う」

フェアベルゲンを追い出された俺達が、一先ず大樹の近くに拠点を作って一息ついた時の、南雲の第一声がこれだった。拠点といっても、南雲がさり気なく盗ん……貰ってきたフェアドレン水晶を使って結界を張っただけのものだ。その中で切り株などに腰掛けながら、ウサミミ達はポカンとした表情を浮かべた。

「え、えっと……ハジメさん。戦闘訓練というのは……」

困惑する一族を代表してシアが尋ねる。

「そのままの意味だ。どうせ、これから十日間は大樹へはたどり着けないんだろ? ならその間の時間を有効活用して、軟弱で脆弱で負け犬根性が染み付いたお前等を一端の戦闘技能者に育て上げようと思ってな」

「な、なぜ、そのようなことを……」

南雲の据わった目と全身から迸る威圧感にぷるぷると震えるウサミミ達。シアが、あまりに唐突な南雲の宣言に当然の如く疑問を投げかける。

「なぜ? なぜと聞いたか? 残念ウサギ」

「あぅ、まだ名前で呼んでもらえない……」

落ち込むシアを尻目に南雲が語る。

「いいか、俺がお前達と交わした約束は、案内が終わるまで守るというものだ。じゃあ、案内が終わった後はどうするのか、それをお前等は考えているのか?」

ハウリア族達が互いに顔を見合わせ、ふるふると首を振る。カムも難しい表情だ。漠然と不安は感じていたが、激動に次ぐ激動で頭の隅に追いやられていたようだ。あるいは、考えないようにしていたのか。

「まぁ、考えていないだろうな。考えたところで答えなどないしな。お前達は弱く、悪意や害意に対しては逃げるか隠れることしかできない。そんなお前等は、遂にフェアベルゲンという隠れ家すら失った。つまり、俺の庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るというわけだ」

「「「「「「……」」」」」」

全くその通りなので、ハウリア族達は皆一様に暗い表情で俯く。そんな、彼等に南雲の言葉が響く。

「お前等に逃げ場はない。隠れ家も庇護もない。だが、魔物も人も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ……それでいいのか? 弱さを理由に淘汰されることを許容するか? 幸運にも拾った命を無駄に散らすか? どうなんだ?」

誰も言葉を発さず重苦しい空気が辺りを満たす。そして、ポツリと誰かが零した。

「そんなものいいわけがない」

その言葉に触発されたようにハウリア族が顔を上げ始める。シアは既に決然とした表情だ。

「そうだ。いいわけがない。ならば、どうするか。答えは簡単だ。強くなればいい。襲い来るあらゆる障碍を打ち破り、自らの手で生存の権利を獲得すればいい」

「……ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」

兎人族は弱いという常識が南雲の言葉に否定的な気持ちを生む。自分達は弱い、戦うことなどできない。どんなに足掻いても南雲の言う様に強くなど成れるものか、と。

南雲はそんなハウリア族を鼻で笑う。

「俺はかつての仲間から“無能”と呼ばれていたぞ?」

「え?」

「“無能”だ“無能”。ステータスも技能も平凡極まりない一般人。仲間内の最弱。戦闘では足でまとい以外の何者でもない。故に、かつての仲間達は俺を“無能”と呼んでいたんだよ。実際、その通りだった」

南雲の告白にハウリア族は例外なく驚愕を表にする。ライセン大峡谷の凶悪な魔物も、戦闘能力に優れた熊人族の長老も、苦もなく一蹴した南雲が“無能”で“最弱”など誰が信じられるというのか。

「だが、奈落の底に落ちて俺は強くなるために行動した。出来るか出来ないか何て頭になかった。出来なければ死ぬ、その瀬戸際で自分の全てをかけて戦った。……気がつけばこの有様さ」

淡々と語られる内容に、しかし、あまりに壮絶な内容にハウリア族達の全身を悪寒が走る。一般人並のステータスということは、兎人族よりも低スペックだったということだ。その状態で、自分達が手も足も出なかったライセン大峡谷の魔物より遥かに強力な化物達を相手にして来たというのだ。実力云々よりも、実際生き残ったという事実よりも、最弱でありながら、そんな化け物共に挑もうとしたその精神の異様さにハウリア族は戦慄した。自分達なら絶望に押しつぶされ、諦観と共に死を受け入れるだろう。長老会議の決定を受け入れたように。

「お前達の状況は、かつての俺と似ている。約束の内にある今なら、絶望を打ち砕く手助けくらいはしよう。自分達には無理だと言うのなら、それでも構わない。その時は今度こそ全滅するだけだ。約束が果たされた後は助けるつもりは毛頭ないからな。残り僅かな生を負け犬同士で傷を舐め合ってすごせばいいさ」

それでどうする? と目で問う南雲。ハウリア族達は直ぐには答えない。いや、答えられなかったというべきか。自分達が強くなる以外に生存の道がないことは分かる。南雲は、正義感からハウリア族を守ってきたわけではない。故に、約束が果たされれば容赦なく見捨てられるだろう。だが、そうは分かっていても、温厚で平和的、心根が優しく争いが何より苦手な兎人族にとって、南雲の提案は、まさに未知の領域に踏み込むに等しい決断だった。南雲の様な特殊な状況にでも陥らない限り、心のあり方を変えるのは至難なのだ。

黙り込み顔を見合わせるハウリア族。しかし、そんな彼等を尻目に、先程からずっと決然とした表情を浮かべていたシアが立ち上がった。

「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」

樹海の全てに響けと言わんばかりの叫び。これ以上ない程思いを込めた宣言。シアとて争いは嫌いだ。怖いし痛いし、何より傷つくのも傷つけるのも悲しい。しかし、一族を窮地に追い込んだのは紛れもなく自分が原因であり、このまま何も出来ずに滅ぶなど絶対に許容できない。とあるもう一つの目的のためにも、シアは兎人族としての本質に逆らってでも強くなりたかった。

不退転の決意を瞳に宿し、真っ直ぐ南雲を見つめるシア。その様子を唖然として見ていたカム達ハウリア族は、次第にその表情を決然としたものに変えて、一人、また一人と立ち上がっていく。そして、男だけでなく、女子供も含めて全てのハウリア族が立ち上がったのを確認するとカムが代表して一歩前へ進み出た。

「ハジメ殿……宜しく頼みます」

言葉は少ない。だが、その短い言葉には確かに意志が宿っていた。襲い来る理不尽と戦う意志が。

「わかった。覚悟しろよ? あくまでお前等自身の意志で強くなるんだ。俺は唯の手伝い。途中で投げ出したやつを優しく諭してやるなんてことしないからな。おまけに期間は僅か十日だ……死に物狂いになれ。待っているのは生か死の二択なんだから」

南雲の言葉に、ハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で頷いた。

 

✲✲✲

 

南雲は、ハウリア族を訓練するにあたって、まず、“宝物庫”から取り出した錬成の練習用に作った装備を彼等に渡した。先に渡していたナイフの他に反りの入った片刃の小剣、日本で言うところの小太刀だ。これらの刃物は、南雲が精密錬成を鍛えるために、その刃を極薄にする練習の過程で作り出されたもので切れ味は抜群だ。タウル鉱石製なので衝撃にも強い。その細身に反してかなりの強度を誇っている。

そして、その武器を持たせた上で基本的な動きを教える。もちろん、南雲に武術の心得などない。あってもそれは漫画やゲームなどのにわか知識に過ぎず他者に教えられるようなものではない。教えられるのは、奈落の底で数多の魔物と戦い磨き上げた“合理的な動き”だけだ。ならば合理的な動き以外は慧郎に頼み、あとは適当に魔物をけしかけて実戦経験を積ませる。ハウリア族の強みは、その索敵能力と隠密能力だ。いずれは、奇襲と連携に特化した集団戦法を身につけばいいと思っていた。

ちなみに、シアに関してはユエが専属で魔術の訓練をしている。亜人でありながら魔力があり、その直接操作も可能なシアは、知識さえあれば魔法陣を構築して無詠唱の魔術が使えるはずだからだ。時折、霧の向こうからシアの悲鳴が聞こえるので特訓は順調のようだ。

香織はウサウサ共の中で怪我をした者を治したりしている。

訓練開始から二日目。南雲は額に青筋を浮かべながらイライラした様にハウリア族の訓練風景を見ていた。確かに、ハウリア族達は、自分達の性質に逆らいながら、言われた通り真面目に訓練に励んでいる。魔物だって、幾つもの傷を負いながらも何とか倒している。

しかし……

 

グサッ!

 

魔物の一体に、南雲特製の小太刀が突き刺さり絶命させる。

「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~」

それをなしたハウリア族の男が魔物に縋り付く。まるで互いに譲れぬ信念の果て親友を殺した男のようだ。

 

ブシュ!

 

また一体魔物が切り裂かれて倒れ伏す。

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」

首を裂いた小太刀を両手で握り、わなわな震えるハウリア族の女。まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のようだ。

 

バキッ!

 

瀕死の魔物が、最後の力で己を殺した相手に一矢報いる。体当たりによって吹き飛ばされたカムが、倒れながら自嘲気味に呟く。

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」

その言葉に周囲のハウリア族が瞳に涙を浮かべ、悲痛な表情でカムへと叫ぶ。

「族長! そんなこと言わないで下さい! 罪深いのは皆一緒です!」

「そうです! いつか裁かれるとき来るとしても、それは今じゃない! 立って下さい! 族長!」

「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行けるところまで一緒に逝きましょうよ」

「お、お前達……そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼(小さなネズミっぽい魔物)のためにも、この死を乗り越えて私達は進もう!」

「「「「「「「「族長!」」」」」」」」

いい雰囲気のカム達。そして我慢できずに突っ込む南雲。

「だぁーーー!やかましいわ、ボケッ!魔物一体殺すたびに、いちいち大げさなんだよ!なんなの?ホント何なんですか?その三文芝居!何でドラマチックな感じになってんの?黙って殺れよ!即殺しろよ!魔物に向かって〝彼〟とか言うな!キモイわ!」

そう、ハウリア族達が頑張っているのは分かるのだが、その性質故か、魔物を殺すたびに訳のわからないドラマが生まれるのだ。この二日、何度も見られた光景であり、南雲もまた何度も指摘しているのだが一向に治らない事から、いい加減、堪忍袋の緒が切れそうなのである。

南雲の怒りを多分に含んだ声にビクッと体を震わせながらも、「そうは言っても……」とか「だっていくら魔物でも可哀想で……」とかブツブツと呟くハウリア族達。

更に南雲の額に青筋が量産される。

見かねたハウリア族の少年が、南雲を宥めようと近づく。この少年、ライセン大峡谷でハイベリアに喰われそうになっていたところを間一髪栄光に助けられた子だ。

しかし、進み出た少年は南雲に何か言おうとして、突如、その場を飛び退いた。

訝しそうな南雲が少年に尋ねる。

「?どうした?」

少年は、そっと足元のそれに手を這わせながら南雲に答えた。

「あ、うん。このお花さんを踏みそうになって……よかった。気がつかなかったら、潰しちゃうところだったよ。こんなに綺麗なのに、踏んじゃったら可愛そうだもんね」

南雲の頬が引き攣る。

「お、お花さん?」

「うん!ハジメ兄ちゃん!僕、お花さんが大好きなんだ!この辺は、綺麗なお花さんが多いから訓練中も潰さないようにするのが大変なんだ~」

ニコニコと微笑むウサミミ少年。周囲のハウリア族達も微笑ましそうに少年を見つめている。

南雲は、ゆっくり顔を俯かせた。白髪が垂れ下がり南雲の表情を隠す。そして、ポツリと囁くような声で質問をする。

「……時々、お前等が妙なタイミングで跳ねたり移動したりするのは……その“お花さん”とやらが原因か?」

南雲の言う通り、訓練中、ハウリア族は妙なタイミングで歩幅を変えたり、移動したりするのだ。気にはなっていたのだが、次の動作に繋がっていたので、それが殺りやすい位置取りなのかと様子を見ていたのだが。

「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」

「はは、そうだよな?」

苦笑いしながらそう言うカムに少し頬が緩む南雲。しかし……

「ええ、花だけでなく、虫達にも気を遣いますな。突然出てきたときは焦りますよ。何とか踏まないように避けますがね」

カムのその言葉に南雲の表情が抜け落ちる。幽鬼のようにゆら~りゆら~りと揺れ始める南雲に、何か悪いことを言ったかとハウリア族達がオロオロと顔を見合わせた。南雲は、そのままゆっくり少年のもとに歩み寄ると、一転してにっこりと笑顔を見せる。少年もにっこりと微笑む。

そして南雲は……笑顔のまま眼前の花を踏み潰した。ご丁寧に、踏んだ後、グリグリと踏みにじる。

呆然とした表情で手元を見る少年。ようやく南雲の足が退けられた後には、無残にも原型すら留めていない“お花さん”の残骸が横たわっていた。

「お、お花さぁーん!」

少年の悲痛な声が樹海に木霊する。「一体何を!」と驚愕の表情で南雲を見やるハウリア族達に、南雲は額に青筋を浮かべたままにっこりと微笑みを向ける。

「ああ、よくわかった。よ~くわかりましたともさ。俺が甘かった。俺の責任だ。お前等という種族を見誤った俺の落ち度だ。ハハ、まさか生死がかかった瀬戸際で“お花さん”だの“虫達”だのに気を遣うとは……てめぇらは戦闘技術とか実戦経験とかそれ以前の問題だ。もっと早くに気がつくべきだったよ。自分の未熟に腹が立つ……フフフ」

「ハ、ハジメ殿?」

不気味に笑い始めた南雲に、ドン引きしながら恐る恐る話かけるカム。その返答は……

 

ドパンッ!

 

ドンナーによる銃撃だった。カムが仰け反るように後ろに吹き飛び、少し宙を舞った後ドサッと地面に落ちる。次いで、カムの額を撃ち抜いた非致死性のゴム弾がポテッと地面に落ちた。

辺りをヒューと風が吹き、静寂が支配する。南雲は、気絶したのか白目を向いて倒れるカムに近寄り、今度はその腹を目掛けてゴム弾を撃ち込んだ。

「はうぅ!」

悲鳴を上げ咳き込みながら目を覚ましたカムは、涙目で南雲を見る。ウサミミ生やしたおっさんが女座りで涙目という何ともシュールな光景をよそに、ハジメは宣言した。

「貴様らは薄汚い“ピッー”共だ。この先、“ピッー”されたくなかったら死に物狂いで魔物を殺せ! 今後、花だの虫だのに僅かでも気を逸らしてみろ! 貴様ら全員“ピッー”してやる! わかったら、さっさと魔物を狩りに行け! この“ピッー”共が!」

南雲のあまりに汚い暴言に硬直するハウリア族。そんな彼等に南雲は容赦なく発砲した。

 

ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!

 

わっーと蜘蛛の子を散らすように樹海へと散っていくハウリア族。足元で震える少年がハジメに必死で縋り付く。

「ハジメ兄ちゃん!一体どうしたの!?何でこんなことするの!?」

南雲はギラリッと眼を光らせて少年を睨むと、周囲を見渡し、あちこちに咲いている花を確認する。そして無言で再度発砲した。

次々と散っていく花々。少年が悲鳴を上げる。

「何だよぉ~、何すんだよぉ~、止めろよぉハジメ兄ちゃん!」

「黙れ、クソガキ。いいか?お前が無駄口を叩く度に周囲の花を散らしていく。花に気を遣っても、花を愛でても散らしてく。何もしなくても散らしていく。嫌なら、一体でも多くの魔物を殺してこい!」

そう言いつつ、再び花を撃ち抜いてく南雲。少年はうわ~んと泣きながら樹海へと消えていった。

それ以降、樹海の中に“ピッー”を入れないといけない用語とハウリア達の悲鳴と怒号が飛び交い続けた。

種族の性質的にどうしても戦闘が苦手な兎人族達を変えるために取った訓練方法。戦闘技術よりも、その精神性を変えるために行われたこの方法を、地球ではハー○マン式と言うとか言わないとか……

その頃俺達は”ピー”やウサウサ共の悲鳴をBGMにトランプをしていたりする。

 

✲✲✲

 

「えへへ、うへへへ、くふふふ~」

俺はウサウサ共の特訓の進行度を見に来たらシアが奇行をしていた。

どうやら同行を許されて上機嫌のシアは、奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身を捩らせてた。これを奇行と言わずとしてなんという?

それは、南雲と問答した時の真剣な表情が嘘のように残念な姿だった。

「……キモイ」

「……少し落ち着いたらどうかな?」

見かねたユエがボソリと呟き、香織は落ち着かせようとする。シアの優秀なウサミミは、その呟きをしっかりと捉えた。

「……ちょっ、キモイって何ですか!キモイって!香織さんも嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。何せ、ハジメさんの初デレですよ?見ました?最後の表情。私、思わず胸がキュンとなりましたよ~、これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ~」

「………そんな事ないよ?」

シアは調子に乗っている。それはもう乗りに乗っている。そんなシアに向かって香織が否定し、南雲とユエ、俺は声を揃えてうんざりしながら呟いた。

「「「……ウザウサギ」」」

「んなっ!? 何ですかウザウサギって! いい加減名前で呼んでくださいよぉ~、旅の仲間ですよぉ~、まさか、この先もまともに名前を呼ぶつもりがないとかじゃあないですよね? ねっ?」

「「「……」」」( ˙-˙)スッ

「何で黙るんですかっ? ちょっと、目を逸らさないで下さいぃ~。ほらほらっ、シアですよ、シ・ア。りぴーとあふたみー、シ・ア」

必死に名前を呼ばせようと奮闘するシアを尻目に今後の予定について話し合いを始める南雲と香織、ユエ。それに「無視しないでぇ~、仲間はずれは嫌ですぅ~」と涙目で縋り付くシア。旅の仲間となっても扱いの雑さは変わらないようだった。

そんな風に騒いでいると(シアだけ)、霧をかき分けて数人のハウリア族が、南雲に課された課題をクリアしたようで魔物の討伐を証明する部位を片手に戻ってきた。よく見れば、その内の一人はカムだ。

シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。本格的に修行が始まる前、気持ちを打ち明けたときを最後として会っていなかったのだ。たった十日間とはいえ、文字通り死に物狂いで行った修行は、日々の密度を途轍もなく濃いものとした。そのため、シアの体感的には、もう何ヶ月も会っていないような気がしたのだ。

早速、父親であるカムに話しかけようとするシア。報告したいことが山ほどあるのだ。しかし、シアは話しかける寸前で、発しようとした言葉を呑み込んだ。カム達が発する雰囲気が何だかおかしいことに気がついたからだ。

歩み寄ってきたカムはシアを一瞥すると僅かに笑みを浮かべただけで、直ぐに視線を南雲に戻した。そして……

「ボス。お題の魔物、きっちり狩って来やしたぜ?」

「ボ、ボス?と、父様? 何だか口調が……というか雰囲気が……」

父親の言動に戸惑いの声を発するシアをさらりと無視して、カム達は、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出した。

「……俺は一体でいいと言ったと思うんだが……」

南雲の課した訓練卒業の課題は上位の魔物を一チーム一体狩ってくることだ。しかし、眼前の剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、優に十体分はあるそうだ。南雲の疑問に対し、カム達は不敵な笑みを持って答えた。

「ええ、そうなんですがね? 殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして……生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」

「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

「見せしめに晒しとけばよかったか……」

「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

不穏な発言のオンパレードだった。全員、元の温和で平和的な兎人族の面影が微塵もない。ギラついた目と不敵な笑みを浮かべたまま南雲に物騒な戦闘報告をする。

それを呆然と見ていた俺とシアは一言、

「「……誰?」」

 

✲✲✲

 

「ど、どういうことですか!? ハジメさん! 父様達に一体何がっ!?」

「お、落ち着け! ど、どういうことも何も……訓練の賜物だ……」

「いやいや、何をどうすればこんな有様になるんですかっ!? 完全に別人じゃないですかっ! ちょっと、目を逸らさないで下さい! こっち見て!」

「……別に、大して変わってないだろ?」

「貴方の目は節穴ですかっ! 見て下さい。彼なんて、さっきからナイフを見つめたままウットリしているじゃないですか! あっ、今、ナイフに“ジュリア”って呼びかけた! ナイフに名前つけて愛でてますよっ! 普通に怖いですぅ~」

樹海にシアの焦燥に満ちた怒声が響く。一体どうしたんだ? と分かってなさそうな表情でシアと南雲のやり取りと見ている俺とカム達。先ほどのやり取りから更に他のハウリア族も戻って来たのだが、その全員が……何というか……ワイルドになっている。男衆だけでなく女子供、果ては老人まで。

シアは、そんな変わり果てた家族を指差しながら南雲に凄まじい勢いで事情説明を迫っていた。南雲はというと、どことなく気まずそうに視線を逸らしながらも、のらりくらりとシアの尋問を交わしている。

埒があかないと判断したのか、シアの矛先がカム達に向かった。

「父様! みんな! 一体何があったのです!? まるで別人ではないですか! さっきから口を開けば恐ろしいことばかり……正気に戻って下さい!」

縋り付かんばかりのシアにカムは、ギラついた表情を緩め前の温厚そうな表情に戻った。それに少し安心するシア。

だが……

「何を言っているんだ、シア? 私達は正気だ。ただ、この世の真理に目覚めただけさ。ボスのおかげでな」

「し、真理? 何ですか、それは?」

嫌な予感に頬を引き攣らせながら尋ねるシアに、カムはにっこりと微笑むと胸を張って自信に満ちた様子で宣言した。

「この世の問題の九割は暴力で解決できる」

「やっぱり別人ですぅ~! 優しかった父様は、もう死んでしまったんですぅ~、うわぁ~ん」

ショックのあまり、泣きべそを掻きながら踵を返し樹海の中に消えていこうとするシア。しかし、霧に紛れる寸前で小さな影とぶつかり「はうぅ」と情けない声を上げながら尻餅地を付いた。

小さな影の方は咄嗟にバランスをとったのか転倒せずに持ちこたえ、倒れたシアに手を差し出した。

「あっ、ありがとうございます」

「いや、気にしないでくれ、シアの姐御。男として当然のことをしたまでさ」

「あ、姐御?」

霧の奥から現れたのは未だ子供と言っていいハウリア族の少年だった。その肩には大型のクロスボウが担がれており、腰には二本のナイフとスリングショットらしき武器が装着されている。随分ニヒルな笑みを見せる少年だった。シアは、未だかつて“姉御”などという呼ばれ方はしたことがない上、目の前の少年は確か自分のことを“シアお姉ちゃん”と呼んでいたことから戸惑いの表情を浮かべる。

そんなシアを尻目に、少年はスタスタと南雲の前まで歩み寄ると、ビシッと惚れ惚れするような敬礼をしてみせた。

「ボス! 手ぶらで失礼します! 報告と上申したいことがあります! 発言の許可を!」

「お、おう? 何だ?」

少年の歴戦の軍人もかくやという雰囲気に、今更ながら、シアの言う通り少しやり過ぎたかもしれないと若干どもる南雲。少年はお構いなしに報告を続ける。

「はっ! 課題の魔物を追跡中、完全武装した熊人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します!」

「あ~、やっぱ来たか。即行で来るかと思ったが……なるほど、どうせなら目的を目の前にして叩き潰そうって腹か。なかなかどうして、いい性格してるじゃねぇの。……で?」

「はっ! 宜しければ、奴らの相手は我らハウリアにお任せ願えませんでしょうか!」

「う~ん。カムはどうだ? こいつはこう言ってるけど?」

話を振られたカムは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると願ってもないと言わんばかりに頷いた。

「お任せ頂けるのなら是非。我らの力、奴らに何処まで通じるか……試してみたく思います。な~に、そうそう無様は見せやしませんよ」

族長の言葉に周囲のハウリア族が、全員同じように好戦的な表情を浮かべる。自分の武器の名前を呼んで愛でる奴が心なし増えたような気もする。シアの表情は絶望に染まっていく。

「……出来るんだな?」

「肯定であります!」

最後の確認をする南雲に元気よく返事をしたのは少年だ。南雲は、一度、瞑目し深呼吸すると、カッと目を見開いた。

「聞け! ハウリア族諸君! 勇猛果敢な戦士諸君! 今日を以て、お前達は糞蛆虫を卒業する! お前達はもう淘汰されるだけの無価値な存在ではない! 力を以て理不尽を粉砕し、知恵を以て敵意を捩じ伏せる! 最高の戦士だ! 私怨に駆られ状況判断も出来ない“ピッー”な熊共にそれを教えてやれ! 奴らはもはや唯の踏み台に過ぎん! 唯の“ピッー”野郎どもだ! 奴らの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ! 生誕の証だ! ハウリア族が生まれ変わった事をこの樹海の全てに証明してやれ!」

「「「「「「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」」」」」」

「答えろ! 諸君! 最強最高の戦士諸君! お前達の望みはなんだ!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「お前達の特技は何だ!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「敵はどうする!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「そうだ! 殺せ! お前達にはそれが出来る! 自らの手で生存の権利を獲得しろ!」

「「「「「「「「「「Aye、aye、Sir!!」」」」」」」」」

「いい気迫だ! ハウリア族諸君! 俺からの命令は唯一つ! サーチ&デストロイ! 行け!!」

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」

「うわぁ~ん、やっぱり私の家族はみんな死んでしまったですぅ~」

南雲の号令に凄まじい気迫を以て返し、霧の中へ消えていくハウリア族達。温厚で平和的、争いが何より苦手……そんな種族いたっけ? と言わんばかりだ。変わり果てた家族を再度目の当たりにし、崩れ落ちるシアの泣き声が虚しく樹海に木霊する。流石に見かねたのか香織がポンポンとシアの頭を慰めるように撫でている。

しくしく、めそめそと泣くシアの隣を少年が駆け抜けようとして、シアは咄嗟に呼び止めた。

「パルくん! 待って下さい! ほ、ほら、ここに綺麗なお花さんがありますよ? 君まで行かなくても……お姉ちゃんとここで待っていませんか? ね? そうしましょ?」

どうやら、まだ幼い少年だけでも元の道に連れ戻そうとしているらしい。傍に咲いている綺麗な花を指差して必死に説得している。何故、花で釣っているのか。それは、この少年が、かつてのお花が大好きな「お花さ~ん!」の少年だからである。

シアの呼び掛けに律儀に立ち止まったお花の少年もといパル少年は、「ふぅ~」と息を吐くとやれやれだぜと言わんばかりに肩を竦めた。まるで、欧米人のようなオーバーリアクションだ。

「姐御、あんまり古傷を抉らねぇでくだせぇ。俺は既に過去を捨てた身。花を愛でるような軟弱な心は、もう持ち合わせちゃいません」

ちなみに、パル少年は今年十一歳だ。

「ふ、古傷? 過去を捨てた? えっと、よくわかりませんが、もうお花は好きじゃなくなったんですか?」

「ええ、過去と一緒に捨てちまいましたよ、そんな気持ちは」

「そんな、あんなに大好きだったのに……」

「ふっ、若さゆえの過ちってやつでさぁ」

繰り返すが、パル君は今年十一歳だ。

「それより姐御」

「な、何ですか?」

“シアお姉ちゃん! シアお姉ちゃん”と慕ってくれて、時々お花を摘んで来たりもしてくれた少年の変わりように、意識が自然と現実逃避を始めそうになるシア。パル少年の呼び掛けに辛うじて返答する。しかし、それは更なる追撃の合図でしかなかった。

「俺は過去と一緒に前の軟弱な名前も捨てました。今はバルトフェルドです。“必滅のバルトフェルド”これからはそう呼んでくだせぇ」

「誰!? バルトフェルドってどっから出てきたのです!? ていうか必滅ってなに!?」

「おっと、すいやせん。仲間が待ってるのでもう行きます。では!」

「あ、こらっ! 何が“ではっ!”ですか! まだ、話は終わって、って早っ! 待って! 待ってくださいぃ~」

恋人に捨てられた女の如く、崩れ落ちたまま霧の向こう側に向かって手を伸ばすシア。答えるものは誰もおらず、彼女の家族は皆、猛々しく戦場に向かってしまった。ガックリと項垂れ、再びシクシクと泣き始めたシア。既に彼女の知る家族はいない。実に哀れを誘う姿だった。

そんなシアの姿を何とも言えない微妙な表情で見ている香織とユエ。南雲は、どことなく気まずそうに視線を彷徨わせている。ユエは、南雲に視線を転じるとボソリと呟いた。

「……流石ハジメ、人には出来ないことを平然とやってのける」

「いや、だから何でそのネタ知ってるんだよ……」

「……闇系魔法も使わず、洗脳……すごい」

「……正直、ちょっとやり過ぎたとは思ってる。反省も後悔もないけど」

「なぁ、あのウサウサ共って殺人衝動を持ったりなんてしてねぇよな?」

「……………あっ」

「……………ハジメ君?」

暫くの間、ハウリア族が去ったその場には、シアのすすり泣く声と、微妙な空気が漂っていた。

 

✲✲✲

 

レギン・バントンは熊人族最大の一族であるバントン族の次期族長との噂も高い実力者だ。現長老の一人であるジン・バントンの右腕的な存在でもあり、ジンに心酔にも近い感情を抱いていた。

もっとも、それは、レギンに限ったことではなくバントン族全体に言えることで、特に若者衆の間でジンは絶大な人気を誇っていた。その理由としては、ジンの豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最高クラスの実力を持っていることが大きいだろう。

だからこそ、その知らせを聞いたとき熊人族はタチの悪い冗談だと思った。自分達の心酔する長老が、一人の人間に為すすべもなく再起不能にされたなど有り得ないと。しかし、現実は容赦なく事実を突きつける。医療施設で力なく横たわるジンの姿が何より雄弁に真実を示していた。

レギンは、変わり果てたジンの姿に呆然とし、次いで煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた。腹の底から湧き上がるそれを堪える事もなく、現場にいた長老達に詰め寄り一切の事情を聞く。そして、全てを知ったレギンは、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝え、報復へと乗り出した。

長老衆や他の一族の説得もあり、全ての熊人族を駆り立てることはできなかったが、バントン族の若者を中心にジンを特に慕っていた者達が集まり、憎き人間を討とうと息巻いた。その数は五十人以上。仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は、もっとも効果的な報復として大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。目的を眼前に果てるがいい! と。

相手は所詮、人間と兎人族のみ。例えジンを倒したのだとしても、どうせ不意を打つなど卑怯な手段を使ったに違いないと勝手に解釈した。樹海の深い霧の中なら感覚の狂う人間や、まして脆弱な兎人族など恐るるに足らずと。レギンは優秀な男だ。普段であるならば、そのようなご都合解釈はしなかっただろう。深い怒りが目を曇らせていたとしか言い様がない。

だが、だとしても、己の目が曇っていたのだとしても……

「これはないだろう!?」

レギンは堪らず絶叫を上げた。なぜなら、彼の目には亜人族の中でも底辺という評価を受けている兎人族が、最強種の一角に数えられる程戦闘に長けた自分達熊人族を蹂躙しているという有り得ない光景が広がっていたからだ。

「ほらほらほら! 気合入れろや! 刻んじまうぞぉ!」

「アハハハハハ、豚のように悲鳴を上げなさい!」

「汚物は消毒だぁ! ヒャハハハハッハ!」

ハウリア族の哄笑が響き渡り、致命の斬撃が無数に振るわれる。そこには温和で平和的、争いが何より苦手な兎人族の面影は皆無だった。必死に応戦する熊人族達は動揺もあらわに叫び返した。

「ちくしょう! 何なんだよ! 誰だよ、お前等!!」

「こんなの兎人族じゃないだろっ!」

「うわぁああ! 来るなっ! 来るなぁあ!」

奇襲しようとしていた相手に逆に奇襲されたこと、亜人族の中でも格下のはずの兎人族の有り得ない強さ、どこからともなく飛来する正確無比な弓や石、認識を狂わせる巧みな気配の断ち方、高度な連携、そして何より嬉々として刃を振るう狂的な表情と哄笑! その全てが激しい動揺を生み、スペックで上回っているはずの熊人族に窮地を与えていた。

実際、単純に一対一で戦ったのなら兎人族が熊人族に敵うことはまずないだろう。だが、この十日間、ハウリア族は、地獄というのも生ぬるい特訓のおかげでその先天的な差を埋めることに成功していた。

元々、兎人族は他の亜人族に比べて低スペックだ。しかし、争いを避けつつ生き残るために磨かれた危機察知能力と隠密能力は群を抜いている。何せ、それだけで生き延びてきたのだから。

そして、敵の存在をいち早く察知し、気づかれないよう奇襲できるという点で、彼等は実に暗殺者向きの能力をもった種族であると言えるのだ。ただ、生来の性分が、これらの利点を全て潰していた。

南雲が施した訓練は彼等の闘争本能を呼び起こすものと言っていい。ひたすら罵り追い詰めて、武器を振るうことや相手を傷つけることに忌避感を感じる暇も与えない。ハート○ン先任軍曹様のセリフを思い出しながら、十日間ぶっ通しで過酷な訓練を施した結果、彼等の心は完全に戦闘者のそれになった。若干、やりすぎた感は否めないが……

躊躇いのない攻撃性を身に付けた彼等は、中々の戦闘力を発揮した。一族全体を家族と称する絆の強い一族というだけあって連携は最初からかなり高いレベルだった。また、気配の強弱の調整が上手く、連携と合わせることで絶大な効果を発揮した。

さらに、非力な彼らの攻撃力を引き上げる南雲製の武器の数々もハウリア族の戦闘力が飛躍的に向上した理由の一つだ。

全員が常備している小太刀二刀は、精密錬成の練習過程から生まれたもので、極薄の刃は軽く触れるだけで皮膚を裂く。タウル鉱石を使っているので衝撃にも強い。同様の投擲用ナイフも配備されている。

他にも、奈落の底の蜘蛛型の魔物から採取した伸縮性・強度共に抜群の糸を利用したスリングショットやクロスボウも非常に強力だ。特に、ハウリア族の中でも未だ小さい子達に近接戦は厳しい。子供でも先天的に備わっている索敵能力を使った霧の向こう側からの狙撃は、思わず南雲でさえも瞠目したほどだ。

パル……必滅のバルトフェルド君など、すっかりクロスボウによる狙撃に惚れ込み、一端のスナイパー気取りである。

「一撃必倒! ド頭吹き飛ばしてやりまさぁ。“必滅”の名にかけて」

パル……必滅のバルトフェルド君の最近の口癖である。ちなみに、“必滅”は彼の自称だ。あと、最初は「狙い撃つぜ!」が口癖だったが南雲が止めさせた。すごく不満そうだった。

そんなわけで、パニック状態に陥っている熊人族では今のハウリア族に抗することなど出来る訳もなく、瞬く間にその数を減らし、既に当初の半分近くまで討ち取られていた。

「レギン殿! このままではっ!」

「一度撤退を!」

「殿しんがりは私が勤めっクペッ!?」

「トントォ!?」

一時撤退を進言してくる部下に、ジンを再起不能にされたばかりか部下まで殺られて腸が煮えくり返っていることから逡巡するレギン。その判断の遅さをハウリアのスナイパーは逃さない。殿を申し出て再度撤退を進言しようとしたトントと呼ばれた部下のこめかみを正確無比の矢が貫いた。

それに動揺して陣形が乱れるレギン達。それを好機と見てカム達が一斉に襲いかかった。

霧の中から矢が飛来し、足首という実にいやらしい場所を驚くほど正確に狙い撃ってくる。それに気を取られると、首を刈り取る鋭い斬撃が振るわれ、その斬撃を放った者の後ろから絶妙なタイミングで刺突が走る。

だが、それも本命ではなかったのか、突然、背後から気配が現れ致命の一撃を放たれる。ハウリア達は、そのように連携と気配の強弱を利用してレギン達を翻弄した。レギン達は戦慄する。これが本当に、あのヘタレで惰弱な兎人族なのか!?と。

暫く抗戦は続けたものの、混乱から立ち直る前にレギン達は満身創痍となり武器を支えに何とか立っている状態だ。連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、全員が肩で息をしている。一箇所に固まり大木を背後にして追い込まれたレギン達をカム達が取り囲む。

「どうした“ピッー”野郎共!この程度か!この根性なしが!」

「最強種が聞いて呆れるぞ!この“ピッー”共が!それでも“ピッー”付いてるのか!」

「さっさと武器を構えろ!貴様ら足腰の弱った“ピッー”か!」

兎人族と思えない、というか他の種族でも言わないような罵声が浴びせられる。ホントにこいつらに何があったんだ!?と戦慄の表情を浮かべる熊人族達。中には既に心が折られたのか頭を抱えてプルプルと震えている者もいる。大柄で毛むくじゃらの男が「もうイジメないで?」と涙目で訴える姿は……物凄くシュールだ。

「クックックッ、何か言い残すことはあるかね?最強種殿?」

カムが実にあくどい表情で皮肉げな言葉を投げかける。闘争本能に目覚めた今、見下されがちな境遇に思うところが出てきたらしい。前のカムからは考えられないセリフだ。

「ぬぐぅ……」

レギンは、カムの物言いに悔しげに表情を歪める。何とか混乱から立ち直ったようでその瞳には本来の理性が戻ってきていた。ハウリア族の強襲に冷や水を浴びせかけられたとういのもあるだろうが、ジンを再起不能にされた怒りの炎は未だ燃え盛らせつつも、今は少しでも生き残った部下を存命させる事に集中しなければならないという責任感から正気に戻ったようだ。同族達を駆り立て、この窮地に陥らせたのは自分であるという自覚があるのだろう。

「……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい」

「なっ、レギン殿!?」

「レギン殿! それはっ……」

レギンの言葉に部下達が途端にざわつき始めた。レギンは自分の命と引き換えに部下達の存命を図ろうというのだろう。動揺する部下達にレギンが一喝した。

「だまれっ!……頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人……いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい!この通りだ」

武器を手放し跪いて頭を下げるレギン。部下達は、レギンの武に対する誇り高さを知っているため敵に頭を下げることがどれだけ覚悟のいることか嫌でもわかってしまう。だからこそ言葉を詰まらせ立ち尽くすことしかできなかった。

頭を下げ続けるレギンに対するカム達ハウリア族の返答は……

「だが断る」

という言葉と投擲されたナイフだった。

「うぉ!?」

咄嗟に身をひねり躱すレギン。しかし、カムの投擲を皮切りに、レギン達の間合いの外から一斉に矢やら石などが高速で撃ち放たれた。大斧を盾にして必死に耐え凌ぐレギン達に、ハウリア達は哄笑を上げながら心底楽しそうに攻撃を加える。

「なぜだ!?」

呻くように声を搾り出し、問答無用の攻撃の理由を問うレギン。

「なぜ?貴様らは敵であろう?殺すことにそれ以上の理由が必要か?」

カムの答えは実にシンプルだった。

「ぐっ、だが!」

「それに何より……貴様らの傲慢を打ち砕き、嬲るのは楽しいのでなぁ! ハッハッハッ!」

「んなっ!?おのれぇ!こんな奴等に!」

カムの言葉通り、ハウリア達は実に楽しそうだった。スリングショットやクロスボウ、弓を安全圏から嬲るように放っている。その姿は、力に溺れた者典型の狂気じみた高揚に包まれたものだった。どうやら、初めての人族、それも同胞たる亜人族を殺したことに心のタガが外れてしまったようである。要は、完全に暴走状態だ。

攻撃は苛烈さを増し、レギン達は身を寄せ合い陣を組んで必死に耐えるが……既に限界。致命傷こそ避けているものの、みな満身創痍。次の掃射には耐えられないだろう。

カムが口元を歪めながらスっと腕を掲げる。ハウリア達も狂的な眼で矢を、石をつがえた。レギンは、ここが死に場所かと無念を感じながら体の力を抜く。そして、心の中で、扇動してしまった部下達に謝罪をする。

カムの腕が、レギン達の命を狩り取る死神の鎌の如く振り下ろされた。一斉に放たれる矢と石。スローモーションで迫ってくるそれらを、レギンは、せめて目を逸らしてなるものかと見つめ続け、そして……

「いい加減にしなさぁ~い!!!」

 

ズドォオオン!!

 

白き鉄槌が全てを吹き飛ばす光景を目の当たりにした。

「は?」

思わず間抜けな声を出してしまうレギン。だが、無理もないだろう。何せ、死を覚悟した直後、青白い髪を靡かせたウサミミ少女が、巨大な鉄槌と共に天より降ってきた挙句、地面に槌を叩きつけ、その際に発生した衝撃波で飛んでくる矢や石をまとめて吹き飛ばしたのだから。目が点になるとはこのことだ。周りの熊人族もポカンとしている。

怒り心頭!といった感じで登場したのは、もちろんシアである。圧縮錬成の練習過程で作成された大槌は、途轍もない重量を持っているのだが、まるで重さなど感じさせずブオンッと突風を発生させながら振り回し、ビシッとカムに向かって突きつけた。

「もうっ!ホントにもうっですよ!父様も皆も、いい加減正気に戻って下さい!」

そんなシアに、最初は驚愕で硬直していたカム達だが、ハッと我を取り戻すと責めるような眼差しを向けた。

「シア、何のつもりか知らんが、そこを退きなさい。後ろの奴等を殺せないだろう?」

「いいえ、退きません。これ以上はダメです!」

シアの言葉に、カム達の目が細められる。

「ダメ?まさかシア、我らの敵に組みするつもりか?返答によっては……」

「いえ、この人達は別に死んでも構わないです」

「「「「いいのかよっ!?」」」」

てっきり同族の虐殺を止めに来てくれたのかと考えていた熊人族達は、シアの言葉に思わずツッコミを入れる。

「当たり前です。殺意を向けて来る相手に手心を加えるなんて心構えでは、ユエさんの特訓には耐えられません。私だって、もう甘い考えは持っていませんよ」

「ふむ、では何故止めたのだ?」

カムが尋ねる。ハウリア族達も怪訝な表情だ。

「そんなの決まってます!父様達が、壊れてしまうからです!堕ちてしまうからです!」

「壊れる?堕ちる?」

訳がわからないという表情のカムにシアは言葉を重ねる。

「そうです!思い出して下さい。ハジメさんは敵に容赦しませんし、問答無用だし、無慈悲ではありますが、魔物でも人でも殺しを楽しんだ(・・・・・・・)ことはなかったはずです! 訓練でも、敵は殺せと言われても楽しめとは言われなかったはずです!」

「い、いや、我らは楽しんでなど……」

「今、父様達がどんな顔しているかわかりますか?」

「顔?いや、どんなと言われても……」

シアの言葉に、周囲の仲間と顔を見合わせるハウリア族。シアは、ひと呼吸置くと静かな、しかし、よく通る声ではっきりと告げた。

「……まるで、私達を襲ってきた帝国兵みたいです」

「ッ!?」

衝撃だった。宿った狂気が吹き飛ぶほど。冷水を浴びせられた気分だ。自分達家族の大半を嘲笑と愉悦交じりに奪った輩と同じ表情……実際に目の当たりにして来たからこそその醜さが分かる。家族を奪った彼等と同じ……耐え難い事実だ。

「シ、シア……私は……」

「ふぅ~、少しは落ち着いたみたいですね。よかったです。最悪、全員ぶっ飛ばさなきゃいけないかもと思っていたので」

シアが大槌をフリフリと動かす。シアの指摘と、ついでに大槌の威容に動揺しているハウリア達に、シアが少し頬を緩める。

「まぁ、初めての対人戦ですし、今、気がつけたのなら、もう大丈夫ですよ!大体、ハジメさんも悪いんです!戦える精神にするというのはわかりますが、あんなのやり過ぎですよ!戦士どころかバーサーカーの育成じゃないですかっ!」

今度は、南雲に対してぷりぷりと怒り出すシア。小声で「何であんな人好きになっちゃったんだろ?」とかブツブツと呟いている。

と、その時、突如として銃声が響いた。

シアの背後で「ぐわっ!?」という呻き越えと崩れ落ちる音がする。そう言えば、すっかり存在を忘れていたとシアとカム達が慌てて背後を確認すると、額を抑えてのたうつレギンの姿があった。

「なにドサクサに紛れて逃げ出そうとしてんだ?話が終わるまで正座でもしとけ」

霧の奥から南雲が香織を伴って現れる。どうやら、シア達が話し合っているうちに、こっそり逃げ出そうとしたレギン達に銃撃したようである。但し、何故か非致死性のゴム弾だったが。

因みに俺は気化して霧に紛れていたり。

南雲の言葉を受けても尚、逃げ出そうと油断なく周囲の様子を確認している熊人族に、南雲は“威圧”を仕掛けて黙らせた。ガクブルしている彼等を尻目に、シア達の方へ歩み寄る南雲と香織。

南雲はカム達を見ると、若干、気まずそうに視線を彷徨わせ、しかし直ぐに観念したようにカム達に向き合うと謝罪の言葉を口にした。

「あ~、まぁ、何だ、悪かったな。自分が平気だったもんで、すっかり殺人の衝撃ってのを失念してた。俺のミスだ。うん、ホントすまん」

ポカンと口を開けて目を点にするシアとカム達。まさか素直に謝罪の言葉を口にするとは予想外にも程があった。

「ボ、ボス!? 正気ですか!? 頭打ったんじゃ!?」

「メディーック! メディーーク! 重傷者一名!」

「ボス! しっかりして下さい!」

故にこういう反応になる。青筋を浮かべ、口元をヒクヒクさせる南雲。

今回のことは、南雲自身、本心から自分のミスだと思っていた。自分が殺人に特になんの感慨も抱かなかったことから、その精神的衝撃というものに意識が及ばなかったのだ。いくら南雲が強くなったとはいえ、教導の経験などあるはずもなく、その結果、危うくハウリア族達の精神を壊してしまうところだった。流石に、まずかったと思い、だからこそ謝罪の言葉を口にしたというのに……帰ってきた反応は正気を疑われるとうものだった。南雲としては、キレるべきか、日頃の態度を振り返るべきか若干迷うところである。

南雲は、取り敢えずこの件は脇に置いておいて、レギンのもとへ歩み寄ると、その額にドンナーの銃口をゴリッと押し当てた。

「さて、潔く死ぬのと、生き恥晒しても生き残るのとどっちがいい?」

南雲の言葉に、熊人族よりもむしろハウリア族が驚きの目を向ける。今のセリフでは、場合によっては熊人族を見逃してもいいと聞こえるからだ。敵対者に遠慮も容赦もしない南雲にあるまじき提案だ。カム達は「やはり頭を……」と悲痛そうな目で南雲を見ている。南雲の額に青筋が増えるが、話が進まないので取り敢えずスルーする。

レギンも意外そうな表情で南雲を見返した。ハウリア族をここまで豹変させたのは間違いなく眼前の男だと確信していたので、その男が情けをかけるとは思えなかったのだ。

「……どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」

「ああ、望むなら帰っていいぞ? 但し、条件があるがな」

「条件?」

あっさり帰っていいと言われ、レギンのみならず周囲の者達が一斉にざわめく。後ろで「頭を殴れば未だ間に合うのでは……」とシアが割かしマジな表情で自分の大槌と南雲の頭部を交互に見やり、カム達が賛同している声が聞こえる。

そろそろ、マジでキツイ仕置が必要かもしれないと更に青筋を増やす南雲。しかし、頑張ってスルーする。

「ああ、条件だ。フェアベルゲンに帰ったら長老衆にこう言え」

「……伝言か?」

条件と言われて何を言われるのかと戦々恐々としていたのに、ただのメッセンジャーだったことに拍子抜けするレギン。しかし、言伝の内容に凍りついた。

「“貸一つ”」

「……ッ!?それはっ!」

「で?どうする?引き受けるか?」

言伝の意味を察して、思わず怒鳴りそうになるレギン。南雲はどこ吹く風でレギンの選択を待っている。“貸一つ”それは、襲撃者達の命を救うことの見返りに何時か借りを返せということだ。

長老会議が長老の一人を失い、会議の決定を実質的に覆すという苦渋の選択をしてまで不干渉を結んだというのに、伝言すれば長老衆は無条件で南雲の要請に応えなければならなくなる。

客観的に見れば、ジンの場合も、レギンの場合も一方的に仕掛けておいて返り討ちにあっただけであり、その上、命は見逃してもらったということになるので、長老会議の威信にかけて無下にはできないだろう。無視してしまえば唯の無法者だ。それに、今度こそ南雲が牙を向くかもしれない。

つまり、レギン達が生き残るということは、自国に不利な要素を持ち帰るということでもあるのだ。長老会議の決定を無視した挙句、負債を背負わせる、しかも最強種と豪語しておきながら半数以上を討ち取られての帰還……南雲の言う通りまさに生き恥だ。

表情を歪めるレギンに南雲が追い討ちをかける。

「それと、あんたの部下の死の責任はあんた自身にあることもしっかり周知しておけ。ハウリアに惨敗した事実と一緒にな」

「ぐっう」

南雲が、このような条件を出して敵を見逃すのには理由がある。もちろん、慈悲などではない。フェアベルゲンとは絶縁したわけだが、七大迷宮の詳細が未だわからない以上、もしかしたら彼の国に用事ができるかもしれない。何せ、口伝で創設者の言葉が残っているぐらいなのだから。成り行きで出てきてしまったので、ちょっと失敗したかなぁと思っていたハジメ。渡りに船であるし、万一に備えて保険を掛けておこうと思ったのだ。

悩むレギンに、南雲が更にゴリッと銃口を押し付ける。

「五秒で決めろ。オーバーする毎に一人ずつ殺していく。“判断は迅速に”。基本だぞ?」

そう言ってイーチ、ニーと数え始める南雲にレギンは慌てて、しかし意を決して返答する。

「わ、わかった。我らは帰還を望む!」

「そうかい。じゃあ、さっさと帰れ。伝言はしっかりな。もし、取立てに行ったとき惚けでもしたら……」

南雲の全身から、強烈な殺意が溢れ出す。もはや物理的な圧力すら伴っていそうだ。ゴクッと生唾を飲む音がやけに鮮明に響く。

「その日がフェアベルゲンの最後だと思え」

どこからどう見ても、タチの悪い借金取り、いやテロリストの類にしか見えなかった。後ろから、「あぁ~よかった。何時ものハジメさんですぅ」とか「ボスが正気に戻られたぞ!」とか妙に安堵の混じった声が聞こえるが、取り敢えずスルーだ。せっかく作った雰囲気がぶち壊しになってしまう。もっとも、キツイお仕置きは確定だが。

ハウリア族により心を折られ、レギンの決死の命乞いも聞いていた部下の熊人族も反抗する気力もないようで悄然と項垂れて帰路についた。若者が中心だったことも素直に敗北を受け入れた原因だろう。レギンも、もうフェアベルゲンで幅を利かせることはできないだろう。一生日陰者扱いの可能性が高い。だが、理不尽に命を狙ったのだから、むしろ軽い罰である。

霧の向こうへ熊人族達が消えていった。それを見届け、南雲はくるりとシアやカム達の方を向く。もっとも、俯いていて表情は見えない。なんだか異様な雰囲気だ。カム達は、狂気に堕ちてしまった未熟を恥じて南雲に色々話しかけるのに夢中で、その雰囲気に気がついていない。シアだけが、「あれ? ヤバクないですか?」と冷や汗を流している。

南雲がユラリと揺れながら顔を上げた。その表情は満面の笑みだ。だが、細められた眼の奥は全く笑っていなかった。漸く、何だか南雲の様子がおかしいと感じたカムが恐る恐る声をかける

「ボ、ボス?」

「うん、ホントにな? 今回は俺の失敗だと思っているんだ。短期間である程度仕上げるためとは言え、歯止めは考えておくべきだった」

「い、いえ、そのような……我々が未熟で……」

「いやいや、いいんだよ?俺自身が認めているんだから。だから、だからさ、素直に謝ったというのに……随分な反応だな?いや、わかってる。日頃の態度がそうさせたのだと……しかし、しかしだ……このやり場のない気持ち、発散せずにはいれないんだ……わかるだろ?」

「い、いえ。我らにはちょっと……」

カムも「あっ、これヤバイ。キレていらっしゃる」と冷や汗を滝のように流しながら、ジリジリと後退る。ハウリアの何人かが訓練を思い出したのか、既にガクブルしながら泣きべそを掻いていた。

とその時、「今ですぅ!」と、シアが一瞬の隙をついて踵を返し逃亡を図った。傍にいた男のハウリアを盾にすることも忘れない。

しかし……

 

ドパンッ!!

 

一発の銃弾が男の股下を通り、地面にせり出していた樹の根に跳弾してシアのお尻に突き刺さった。

「はきゅん!」

南雲の銃技の一つ“多角撃ち”である。それで、シアのケツを狙い撃ったのだ。無駄に洗練された無駄のない無駄な銃技だった。銃撃の衝撃に悲鳴を上げながらピョンと跳ねて地面に倒れるシア。お尻を突き出した格好だ。シュウーとお尻から煙が上がっている。シアは痛みにビクンビクンしている。

痙攣するシアの様子と南雲の銃技に戦慄の表情を浮かべるカム達。股通しをされた男が股間を両手で抑えて涙目になっている。銃弾の発する衝撃波が、股間をこう、ふわっと撫でたのだ

何事もなかったとようにドンナーをホルスターにしまった南雲は、笑顔を般若に変えた。そして、怒声と共に飛び出した。

「取り敢えず、全員一発殴らせろ!」

わぁああああーー!!

ハウリア達が蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す。一人も逃がさんと後を追う南雲。暫く間、樹海の中に悲鳴と怒号が響き渡った。

後に残ったのは、ケツから煙を出しているシアと、

「……何時になったら大樹に行くの?」

「さぁな?だが、これはこれで面白い」

すっかり蚊帳の外だった後から来たユエと気化を解除した俺の呟きだけだった。

 

✲✲✲

 

深い霧の中、俺達一行は大樹に向かって歩みを進めていた。先頭をカムに任せ、これも訓練とハウリア達は周囲に散らばって索敵をしている。油断大敵を骨身に刻まれているので、全員、その表情は真剣そのものである。もっとも、全員がコブか青あざを作っているので何とも締りがないが……

「うぅ~、まだヒリヒリしますぅ~」

泣き言を言いながらお尻をスリスリとさすっているのはシアだ。先程から恨みがましい視線を南雲に向けている。

「そんな目で見るなよ、鬱陶しい」

「鬱陶しって、あんまりですよぉ。女の子お尻を銃撃するなんて非常識にも程がありますよ。しかも、あんな無駄に高い技術まで使って」

「そういう、お前こそ、割かし本気で俺の頭ぶっ叩く気だったろうが。しかも、逃げるとき隣にいたヤツを盾にするとか……人のこと言えないだろう」

少し離れたところにいる男のハウリアが、うんうんと頷いている。

「うっ、ユエさんの教育の賜物です……」

「……シアはワシが育てた」

「……つっこまないからな」

自慢げに、褒めて?とでも言うように南雲を見るユエ。南雲は、鍛えられたスルースキルを駆使して視線を逸らす。

和気あいあいと?雑談しながら進むこと十五分。一行は遂に大樹の下へたどり着いた。

大樹を見た一行の第一声は、

『……なんだこりゃ』

という驚き半分、疑問半分といった感じのものだった。ユエも、予想が外れたのか微妙な表情だ。二人は、大樹についてフェアベルゲンで見た木々のスケールが大きいバージョンを想像していたのである。

しかし、実際の大樹は……見事に枯れていたのだ。

大きさに関しては想像通り途轍もない。直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。明らかに周囲の木々とは異なる異様だ。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが枯れ木となっているのである。

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

俺達の疑問顔にカムが解説を入れる。それを聞きながら南雲は大樹の根元まで歩み寄った。そこには、アルフレリックが言っていた通り石版が建てられていた。

「これは……オルクスの扉の……」

「……ん、同じ文様」

「…………だね」

石版には七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。オルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じものだ。南雲は確認のため、オルクスの指輪を取り出す。指輪の文様と石版に刻まれた文様の一つはやはり同じものだった。

「やっぱり、ここが大迷宮の入口みたいだな……だが……こっからどうすりゃいいんだ?」

南雲が大樹に近寄ってその幹をペシペシと叩いてみたりするが、当然変化などあるはずもなく、カム達に何か知らないか聞くが返答はNOだ。アルフレリックにも口伝は聞いているが、入口に関する口伝はなかった。隠していた可能性もないわけではないから、これは早速貸しを取り立てるべきか?と悩み始める南雲。

その時、石版を観察していたユエが声を上げる。

「ハジメ君……これ見て」

「ん? 何かあったか?」

香織が注目していたのは石版の裏側だった。そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが空いていた。

「これは……」

南雲が、手に持っているオルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。

すると……石版が淡く輝きだした。

何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。暫く、輝く石版を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

 

“四つの証”

“再生の力”

“紡がれた絆の道標”

“全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう”

 

「……どういう意味だ?」

「……四つの証は……たぶん、他の迷宮の証?」

「……再生の力と紡がれた絆の道標は?」

頭を捻る南雲にシアが答える。

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

「……なるほど。それっぽいな」

「……あとは再生……私?」

ユエが自分の固有魔法“自動再生”を連想し自分を指差す。試しにと、薄く指を切って“自動再生”を発動しながら石版や大樹に触ってみるが……特に変化はない。

「むぅ……違うみたい」

「あれじゃね?枯れ木を再生の力で戻して最低四つの証……つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代の魔術を手に入れて来いってことじゃね?」

目の前の枯れている樹を再生する必要があるのでは?と俺は推測したことを言う。一行も、そうかもと納得顔をする。

「はぁ~、ちくしょう。今すぐ攻略は無理ってことか……面倒くさいが他の迷宮から当たるしかないな……」

「ん……」

ここまで来て後回しにしなければならないことに歯噛みする南雲。ユエも残念そうだ。しかし、大迷宮への入り方が見当もつかない以上、ぐだぐだと悩んでいても仕方ない。気持ちを切り替えて先に三つの証を手に入れることにする。

南雲はハウリア族に集合をかけた。

「いま聞いた通り、俺達は、先に他の大迷宮の攻略を目指すことする。大樹の下へ案内するまで守るという約束もこれで完了した。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。そういうわけで、ここでお別れだ」

そして、チラリとシアを見る。その瞳には、別れの言葉を残すなら、今しておけという意図が含まれているのをシアは正確に読み取った。いずれ戻ってくるとしても、三つもの大迷宮の攻略となれば、それなりに時間がかかるだろう。当分は家族とも会えなくなる。

シアは頷き、カム達に話しかけようと一歩前に出た。

「とうさ「ボス! お話があります!」……あれぇ、父様? 今は私のターンでは…」

シアの呼びかけをさらりと無視してカムが一歩前に出た。ビシッと直立不動の姿勢だ。横で「父様? ちょっと、父様?」とシアが声をかけるが、まるでイギリス近衛兵のように真っ直ぐ前を向いたまま見向きもしない。

「あ~、何だ?」

取り敢えず父様? 父様? と呼びかけているシアは無視する方向で、南雲はカムに聞き返した。カムは、シアの姿など見えていないと言う様に無視しながら、意を決してハウリア族の総意を伝える。

「ボス、我々もボスのお供に付いていかせて下さい!」

「えっ! 父様達もハジメさんに付いて行くんですか!?」

カムの言葉に驚愕を表にするシア。十日前の話し合いでは、自分を送り出す雰囲気だったのにどうしたのです!? と声を上げる。

「我々はもはやハウリアであってハウリアでなし! ボスの部下であります! 是非、お供に! これは一族の総意であります!」

「ちょっと、父様! 私、そんなの聞いてませんよ! ていうか、これで許可されちゃったら私の苦労は何だったのかと……」

「ぶっちゃけ、シアが羨ましいであります!」

「ぶっちゃけちゃった! ぶっちゃけちゃいましたよ! ホント、この十日間の間に何があったんですかっ!」

カムが一族の総意を声高に叫び、シアがツッコミつつ話しかけるが無視される。何だ、この状況? と思いつつ、南雲はきっちり返答した。

「却下」

「なぜです!?」

南雲の実にあっさりした返答に身を乗り出して理由を問い詰めるカム。他のハウリア族もジリジリと南雲に迫る。

「足でまといだからに決まってんだろ、バカヤロー」

「しかしっ!」

「調子に乗るな。俺の旅についてこようなんて百八十日くらい早いわ!」

「具体的!?」

なお、食い下がろうとするカム達。しまいには、許可を得られなくても勝手に付いて行きます! とまで言い始めた。どうやら、ハートマン軍曹モドキ・・・の訓練のせいで妙な信頼とか畏敬とかそんな感じのものが寄せられているようである。このまま、本当に町とかにまで付いてこられたら、それだけで騒動になりそうなので仕方なく条件を出す南雲。

「じゃあ、あれだ。お前等はここで鍛錬してろ。次に樹海に来た時に、使えるようだったら部下として考えなくもない」

「……そのお言葉に偽りはありませんか?」

「ないない」

「嘘だったら、人間族の町の中心でボスの名前を連呼しつつ、新興宗教の教祖のごとく祭り上げますからな?」

「お、お前等、タチ悪いな……」

「そりゃ、ボスの部下を自負してますから」

とても逞しくなった部下達?に頬を引きつらせる南雲。ユエがぽんぽんと慰めるように南雲の腕を叩く。南雲は溜息を吐きながら、次に樹海に戻った時が面倒そうだと天を仰ぐのだった。

「ぐすっ、誰も見向きもしてくれない……旅立ちの日なのに……」

傍でシアが地面にのの字を書いていじけているが、やはり誰も気にしなかった。

因みに、香織が慰めようとするも意外にどんよりオーラが大きく、中々近づけないでいた。

 

✲✲✲

 

樹海の境界でカム達の見送りを受けた俺達は再び魔力駆動四輪2台と二輪に乗り込んで平原を疾走していた。位置取りは、南雲側に飛斗、ユエ、香織、シア、イリヤが俺の俺側にケイローン、雫、鈴、美久、セタンタが乗り二輪に代赤が乗る。残りは霊体化している。

「原作だと次はライセン大峡谷を通って次の街に行くんだったか。そこで南雲達と1度別れてハイドリヒ王国の騒動までなりを潜ませるか。」

「その間、冒険者としてランクを上げるのですね?」

「あぁ、だがエヒトルジュエに悟られねぇように、な。」

俺と慧郎は周りに聞こえない程小さな声で会話をする。

 

✲✲✲

 

数時間ほど走り、そろそろ日が暮れるという頃、前方に町が見えてきた。

周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。

そろそろ、町の方からも俺達を視認できそうなので、魔力駆動車を“宝物庫”にしまい、徒歩に切り替える俺達。流石に、漆黒の四駆で乗り付けては大騒ぎになるだろう。

道中、シアがブチブチと文句を垂れていたが、やはりスルーして遂に町の門までたどり着いた。案の定、門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男が俺達を呼び止めた。

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。南雲は、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男が南雲のステータスプレートをチェックする。そして、目を瞬かせた。ちょっと遠くにかざしてみたり、自分の目を揉みほぐしたりしている。その門番の様子をみて、南雲が内心「あっ、ヤベ、隠蔽すんの忘れてた」と冷や汗を流しているのが分かった。

ステータスプレートには、ステータスの数値と技能欄を隠蔽する機能があるのだ。冒険者や傭兵においては、戦闘能力の情報漏洩は致命傷になりかねないからである。

俺達は南雲に習ってステータスプレートを偽造しておく。

そして南雲は、咄嗟に誤魔化すため、嘘八百を並べ立てた。

「ちょっと前に、魔物に襲われてな、その時に壊れたみたいなんだよ」

「こ、壊れた?いや、しかし……」

困惑する門番。無理もないだろう。何せ、南雲のステータスプレートにはレベル表示がなく、ステータスの数値も技能欄の表示もめちゃくちゃだからだ。ステータスプレートの紛失は時々聞くが、壊れた(表示がバグるという意味で)という話は聞いたことがない。なので普通なら一笑に付すところだが、現実的にありえない表示がされているのだから、どう判断すべきかわからないのだ。

南雲が、いかにも困った困ったという風に肩を竦めて追い討ちをかける。

「壊れてなきゃ、そんな表示おかしいだろ?まるで俺が化物みたいじゃないか。門番さん、俺がそんな指先一つで町を滅ぼせるような化物に見えるか?」

両手を広げておどける様な仕草をする南雲に、門番は苦笑いをする。ステータスプレートの表示が正しければ、文字通り魔王や勇者すら軽く凌駕する化物ということになるのだ。例え聞いたことがなくてもプレートが壊れたと考える方がまともである。

実は本当に化物だと知ったら、きっと、この門番は卒倒するに違いない。いけしゃあしゃあと嘘をつく南雲に、一行は呆れた表情を向けている。

「はは、いや、見えないよ。表示がバグるなんて聞いたことがないが、まぁ、何事も初めてというのはあるしな……そっちの方達は……」

門番が南雲の隣にいた香織とユエ、シアにもステータスプレートの提出を求めようとして、二人に視線を向ける。そして硬直した。みるみると顔を真っ赤に染め上げると、ボーと焦点の合わない目で香織ユエ、シアを交互に見ている。香織は言わずもがな、黒髪清楚でお淑やかな美少女、ユエは精巧なビスクドールと見紛う程の美少女だ。そして、シアも喋らなければ神秘性溢れる美少女である。つまり、門番の男は二人に見惚れて正気を失っているのだ。

南雲がわざとらしく咳払いをする。それにハッとなって慌てて視線を南雲に戻す門番。

「さっき言った魔物の襲撃のせいでな、こっちの子のは失くしちまったんだ。こっちの兎人族は……わかるだろ?」

その言葉だけで門番は納得したのか、なるほどと頷いてステータスプレートを南雲に返す。

「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか? あんたって意外に金持ち?」

未だチラチラと二人を見ながら、羨望と嫉妬の入り交じった表情で門番が南雲に尋ねる。南雲は肩をすくめるだけで何も答えなかった。

次に俺達だ。

「ほれ、残りの全員分だ。先に集めといた。」

門番は一人一人確認して、

「まぁいい。通っていいぞ」

「ああ、どうも。おっと、そうだ。素材の換金場所って何処にある?」

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

「おぉ、そいつは親切だな。ありがとよ」

門番から情報を得て、俺達は門をくぐり町へと入っていく。門のところで確認したがこの町の名前はブルックというらしい。町中は、それなりに活気があった。かつて見たオルクス近郊の町ホルアドほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

こういう騒がしさは訳もなく気分を高揚させるものだ。俺達だけでなく、久々?に見るであろうユエも楽しげに目元を和らげている。しかし、シアだけは先程からぷるぷると震えて、涙目で南雲を睨んでいた。

怒鳴ることもなく、ただジッと涙目で見てくるので、流石に気になって溜息を吐く南雲。楽しい気分に水を差しやがって、と内心文句を言いながらシアに視線を合わせる。

「どうしたんだ? せっかくの町なのに、そんな上から超重量の岩盤を落とされて必死に支えるゴリラ型の魔物みたいな顔して」

「誰がゴリラですかっ!ていうかどんな倒し方しているんですか!ハジメさんなら一撃でしょうに!何か想像するだけで可哀想じゃないですか!」

「……脇とかツンツンしてやったら涙目になってた」

「まさかの追い討ち!?酷すぎる!ってそうじゃないですぅ!」

怒って、ツッコミを入れてと大忙しのシア。手をばたつかせて体全体で「私、不満ですぅ!」と訴えている。ちなみに、ゴリラ型の魔物のエピソードは圧縮錬成の実験台にした時の話だ。決して、虐めて楽しんでいたわけではない。ユエはやたらとツンツンしていたが。ちなみに、この魔物は“豪腕”の固有魔術持ちである。

「これです!この首輪!これのせいで奴隷と勘違いされたじゃないですか!ハジメさん、わかっていて付けたんですね!うぅ、酷いですよぉ~、私達、仲間じゃなかったんですかぁ~」

シアが怒っているのは、そういうことらしい。旅の仲間だと思っていたのに、意図して奴隷扱いを受けさせられたことが相当ショックだったようだ。もちろん、南雲が付けた首輪は本来の奴隷用の首輪ではなく、シアを拘束するような力はない。それは、シアもわかっている。だが、だとしても、やはりショックなものはショックなのだ。

そんなシアの様子に南雲はカリカリと頭を掻きながら目を合わせる。

そこは慧郎が答える。

「少しは頭を使ったらどうですか。奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として人気の高い兎人族が普通に町を歩けるわけないでしょう?まして、貴方は白髪の兎人族で物珍しい上、容姿もスタイルも抜群。断言しますが、誰かの奴隷だと示してなかったら、町に入って十分も経たず目をつけられるのは目に見えてわかるはずです。後は、絶え間無い人攫いの嵐、と言ったところでしょう。我々にまで面倒を持ってこないでください。」

言い訳あるなら言ってみろやゴラァ! という感じで南雲を睨んでいたシアだが、話を理解したのか青ざめる。ユエが冷めた表情でシアを見ている。

「……調子に乗っちゃだめ」

「……すいません、ユエさん」

冷めたユエの声が追い討ちをかけ、ぶるりと体を震わせるシア。そんな様子に呆れた視線を向けながら、南雲は話を続ける。

「あ~、つまりだ。人間族のテリトリーでは、むしろ奴隷という身分がお前を守っているんだよ。それ無しじゃあ、トラブルホイホイだからな、お前は」

「それは……わかりますけど……」

理屈も有用性もわかる。だがやはり、納得し難いようで不満そうな表情のシア。仲間というものに強い憧れを持っていただけに、そう簡単に割り切れないのだろう。そんなシアに、今度はユエが声をかけた。

「……有象無象の評価なんてどうでもいい」

「ユエさん?」

「……大切な事は、大切な人が知っていてくれれば十分。……違う?」

「………………そう、そうですね。そうですよね」

「……ん、不本意だけど……シアは私が認めた相手……小さい事気にしちゃダメ」

「……ユエさん……えへへ。ありがとうございますぅ」

かつて大衆の声を聞き、大衆のために力を振るった吸血姫。裏切りの果に至った新たな答えは、例え言葉少なでも確かな重みがあった。だからこそ、その言葉はシアの心にストンと落ちる。自分が南雲や香織達の大切な仲間であるということは、ハウリア族のみなも、俺達も分かっている。いらぬトラブルを招き寄せてまで万人に理解してもらう必要はない。もちろん、それが出来るならそれに越したことはないが……

シアは、ユエの言葉に照れたように微笑みながらチラッチラッと南雲を見る。何かの言葉を期待するように。

南雲は仕方ないという様に肩を竦めて言葉を紡ぐ。

「まぁ、奴隷じゃないとばれて襲われても見捨てたりはしないさ」

「街中の人が敵になってもですか?」

「あのなぁ、既に帝国兵とだって殺りあっただろう?」

「じゃあ、国が相手でもですね!ふふ」

「何言ってんだ。世界だろうと神だろうと変わらねぇよ。敵対するなら何とだって戦うさ」

「くふふ、聞きました?香織さんユエさん。ハジメさんったらこんなこと言ってますよ?よっぽど私達が大事なんですねぇ~」

「……ハジメ君が大事なのは私だけ………だよ?」

「ちょっ、空気読んで下さいよ!そこは、何時も通り«うん!!»て素直に返事するところですよ!」

文句を言いながらも嬉しげで楽しげな表情をするシア。いざとなれば、自分のために世界とだって戦ってくれるという言葉は、やはり一人の女として嬉しいものだ。まして、それが惚れた相手なら尚更。

南雲は、じゃれあっている(ように見える)3人を尻目に、シアの首輪について話し始める。

「あとな、その首輪だが、念話石と特定石が組み込んであるから、必要なら使え。直接魔力を注いでやれば使えるから」

「念話石と特定石ですか?」

念話石とは、文字通り念話ができる鉱物のことだ。生成魔法により“念話”を鉱石に付与しており、込めた魔力量に比例して遠方と念話が可能になる。もっとも、現段階では特定の念話石のみと通話ということはできないので、範囲内にいる所持者全員が受信してしまい内緒話には向かない。

特定石は、生成魔法により“気配感知[+特定感知]”を付与したものだ。特定感知を使うと、多くの気配の中から特定の気配だけ色濃く捉えて他の気配と識別しやすくなる。それを利用して、魔力を流し込むことでビーコンのような役割を果たすことが出来るようにしたのだ。ビーコンの強さは注ぎ込まれた魔力量に比例する。

南雲の説明に、感心の声を上げる一行。

「ちなみに、その首輪、きっちり特定量の魔力を流すことで、ちゃんと外せるからな?」

「なるほどぉ~、つまりこれは……いつでも私の声が聞きたい、居場所が知りたいというハジメさんの気持ちというわけですね?もうっ、そんなに私の事が好きなんですかぁ?流石にぃ、ちょっと気持ちが重いっていうかぁ、あっ、でも別に嫌ってわけじゃなくッバベルンッ!?」

「こら、調子にのらない!」

「ぐすっ、ずみまぜん」

初めて見た香織の回転踵蹴りが後頭部に決まり、奇怪な悲鳴を上げながら倒れるシア。香織から、少しプンスカした声がかけられる。近接戦苦手だったんじゃ……と言いたくなるくらい見事なハイキックを披露する香織に、シアは涙目で謝る。旅の同行は許しても、南雲へのアプローチはそうそう許してもらえないらしい。もっとも、シアの言動がアプローチになっているかは甚だ疑問ではあるが。

そんな風に仲良く?メインストリートを歩いていき、一本の大剣が描かれた看板を発見する。かつてホルアドの町でも見た冒険者ギルドの看板だ。規模は、ホルアドに比べて二回りほど小さい。

俺達は看板を確認すると重厚そうな扉を開き中に踏み込んだ。

ギルドは荒くれ者達の場所というイメージから、俺達(セタンタ、ケイローン、迦楼那を除く)は、勝手に薄汚れた場所と考えていのだが、意外に清潔さが保たれた場所だった。入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店になっているようだ。何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしている。誰ひとり酒を注文していないことからすると、元々、酒は置いていないのかもしれない。酔っ払いたいなら酒場に行けということだろう。

俺達がギルドに入ると、冒険者達が当然のように注目してくる。最初こそ、見慣れない団体ということでささやかな注意を引いたに過ぎなかったが、彼等の視線が女子勢に向くと、途端に瞳の奥の好奇心が増した。中には「ほぅ」と感心の声を上げる者や、門番同様、ボーと見惚れている者、恋人なのか女冒険者に殴られている者もいる。平手打ちでないところが冒険者らしい。

テンプレ宜しく、ちょっかいを掛けてくる者がいるかとも思ったが、意外に理性的で観察するに留めているようだ。足止めされなくて幸いと俺達はカウンターへ向かう。

カウンターには大変魅力的な……笑顔を浮かべたオバチャンがいた。恰幅がいい。横幅がユエ二人分はある。どうやら美人の受付というのは幻想のようだ。地球の本職のメイドがオバチャンばかりという現実と同じだ。

オバチャンはニコニコと人好きのする笑みで俺達を迎えてくれた。

「受付が美人じゃなくて残念だったね、それとも何だい、白髪の子は両手に花状態なのに物足りないって?」(*´-ω・)?

……オバチャンは読心術の固有魔法が使えるのかもしれない。

南雲が頬を引き攣らせながらそう呟いたのが聞こえた。

何とか俺が返答する。が、

「いや、そんなこと考えてないだろうよ。」

「あはははは、女の勘を舐めちゃいけないよ? 男の単純な中身なんて簡単にわかっちまうんだからね。あんまり余所見ばっかして愛想尽かされないようにね?」

「……肝に銘じておこう」

オバチャンから言われた事を胸に刻む南雲の返答に「あらやだ、年取るとつい説教臭くなっちゃってねぇ、初対面なのにゴメンね?」と、申し訳なさそうに謝るオバチャン。何とも憎めない人だ。チラリと食事処を見ると、冒険者達が「あ~あいつもオバチャンに説教されたか~」みたいな表情で南雲を見ている。どうやら、冒険者達が大人しいのはオバチャンが原因のようだ。

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

「ああ、素材の買取をお願いしたい」

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

「ん? 買取にステータスプレートの提示が必要なのか?」

南雲の疑問に「おや?」という表情をするオバチャン。

「あんた達冒険者じゃなかったのかい? 確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」

「そうだったのか」

「うんや、俺とこいつらは一応冒険者だぜ?まぁ、教えてねぇのはすっかり忘れてたんでな。」

セタンタが迦楼那と慧郎を指さしながら言う。

因みに迦楼那と慧郎は全く違う方向であるため、指した方向には誰もいない。何気に幸運E-が発揮している。

そしてオバチャンの言う通り、冒険者になれば様々な特典も付いてくる。生活に必要な魔石や回復薬を始めとした薬関係の素材は冒険者が取ってくるものがほとんどだ。町の外はいつ魔物に襲われるかわからない以上、素人が自分で採取しに行くことはほとんどない。危険に見合った特典がついてくるのは当然だった。

その事をすっかりと忘れているセタンタ。それをジト目で見るギルド内の皆。あ、拗ねて隅っこで体育座りしてのの字書きを始めた。

「他にも、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするね。どうする? 登録しておくかい? 登録には千ルタ必要だよ」

ルタとは、この世界トータスの北大陸共通の通貨だ。ザガルタ鉱石という特殊な鉱石に他の鉱物を混ぜることで異なった色の鉱石ができ、それに特殊な方法で刻印したものが使われている。青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタとなっている。驚いたことに貨幣価値は日本と同じだ。

「う~ん、そうか。ならせっかくだし登録しておくかな。悪いんだが、持ち合わせが全くないんだ。買取金額から差っ引くってことにしてくれないか? もちろん、最初の買取額はそのままでいい」

「可愛い子3人もいるのに文無しなんて何やってんだい。ちゃんと上乗せしといてあげるから、不自由させんじゃないよ?」

オバチャンがかっこいい。俺達は、有り難く厚意を受け取っておくことにした。ステータスプレートをユエとシア以外は差し出す。

今度はきちんと隠蔽したので、名前と年齢、性別、天職欄しか開示されていないはずだ。オバチャンは、ユエとシアの分も登録するかと聞いたが、それは断った。二人は、そもそもプレートを持っていないので発行からしてもらう必要がある。しかし、そうなるとステータスの数値も技能欄も隠蔽されていない状態でオバチャンの目に付くことになる。

ハジメとしては、二人のステータスを見てみたい気もしたが、おそらく技能欄にはばっちりと固有魔法なども記載されているだろうし、それを見られてしまうこと考えると、まだ自分達の存在が公になっていない段階では知られない方が面倒が少なくて済むと今は諦めることにした。

戻ってきたステータスプレートには、新たな情報が表記されていた。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに“冒険者”と表記され、更にその横に青色の点が付いている。

青色の点は、冒険者ランクだ。上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。……お気づきだろうか。そう、冒険者ランクは通貨の価値を示す色と同じなのである。つまり、青色の冒険者とは「お前は一ルタ程度の価値しかねぇんだよ、ぺっ」と言われているのと一緒ということだ。切ない。きっと、この制度を作った初代ギルドマスターの性格は捻じ曲がっているに違いない。

因みに、戦闘系天職を持たない者で上がれる限界は黒だ。辛うじてではあるが四桁に入れるので、天職なしで黒に上がった者は拍手喝采を受けるらしい。天職ありで金に上がった者より称賛を受けるというのであるから、いかに冒険者達が色を気にしているかがわかるだろう。

「男なら頑張って黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪ところ見せないようにね」

「ああ、そうするよ。それで、買取はここでいいのか?」

「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

オバチャンは受付だけでなく買取品の査定もできるらしい。優秀なオバチャンだ。南雲は、あらかじめ“宝物庫”から出してバックに入れ替えておいた素材を取り出す。品目は、魔物の毛皮や爪、牙、そして魔石だ。カウンターの受け取り用の入れ物に入れられていく素材を見て、再びオバチャンが驚愕の表情をする。

「こ、これは!」

恐る恐る手に取り、隅から隅まで丹念に確かめる。息を詰めるような緊張感の中、漸く顔を上げたオバチャンは、溜息を吐き南雲に視線を転じた。

「とんでもないものを持ってきたね。これは…………樹海の魔物だね?」

「ああ、そうだ」

ここでもテンプレを外す南雲。奈落の魔物の素材など、こんな場所で出すわけがないのである。そんな未知の素材を出されたら一発で大騒ぎだ。樹海の魔物の素材でも十分に珍しいだろうことは予想していたので少し迷ったが、他に適当な素材もなかったので、買取に出した。オバチャンの反応を見る限り、やはり珍しいようだ。

「……あんたも懲りないねぇ」

オバチャンが呆れた視線を南雲に向ける。また何か考えてた様だ

「何のことかわからない」

例え変心してもオタク魂までは消せないのか……何とも業の深いことだ。とぼけながら南雲は現実から目を逸らす。

「樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ」

オバチャンが何事もなかったように話しを続けた。オバチャンは空気も読めるらしい。良いオバチャンだ。そしてこの上なく優秀なオバチャンだ。

「やっぱり珍しいか?」

「そりゃあねぇ。樹海の中じゃあ、人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るけど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」

オバチャンはチラリとシアを見る。おそらく、シアの協力を得て樹海を探索したのだと推測したのだろう。樹海の素材を出しても、シアのおかげで不審にまでは思われなかったようだ。

それからオバチャンは、全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は四十六万二千ルタ。結構な額だ。

「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね。」

「いや、この額で構わない」

南雲は四十七枚のルタ通貨を受け取る。この貨幣、鉱石の特性なのか異様に軽い上、薄いので五十枚を超えていても然程苦にならなかった。もっとも、例え邪魔でも、ハジメには“宝物庫”があるので問題はない。

「ところで、門番の彼に、この町の簡易な地図を貰えると聞いたんだが……」

「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

人数分手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。これが無料とは、ちょっと信じられないくらいの出来である。

「おいおい、いいのか? こんな立派な地図を無料で。十分金が取れるレベルだと思うんだが……」

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

オバチャンの優秀さがやばかった。この人何でこんな辺境のギルドで受付とかやってんの? とツッコミを入れたくなるレベルである。きっと壮絶なドラマがあるに違いない。

「そうか。まぁ、助かるよ」

「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その嬢ちゃん達ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

オバチャンは最後までいい人で気配り上手だった。南雲が苦笑いしながら「そうするよ」と返事をし、入口に向かって踵を返した。ユエと俺達も頭を下げて追従する。食事処の冒険者の何人かがコソコソと話し合いながら、最後まで女子勢を目で追っていた。

「ふむ、いろんな意味で面白そうな連中だね……」

後には、そんなオバチャンの楽しげな呟きと未だにのの字書きをしているセタンタが残された。

 

✲✲✲

 

南雲、香織、ユエ、シアの4名はマサカの宿という所に宿泊するそうだ。

俺、代赤、慧郎、迦楼那、飛斗、雫、今まで猫化していた白音、美久、織咫、鎖化していた天鎖、イリヤ、栄光、十六夜、金糸雀、鈴、はある豪邸前にいた。

俺は門前に着いたら門に魔力を流す事で解錠して皆中に入る。

「しばらくはブルックを拠点になりを潜ませるか。あ、もう自由だぜ?」

「そうか!なら早速依頼受けに行ってくるぜ!」

「ちょっ、待て、置いてくな十六夜!!」

十六夜と金糸雀は早速冒険者として活動するっぽい。女子勢は中に入って風呂に入るそうだ。

「あ、地下の鍵も解いてあるから大型銭湯に行ってもいいぜ?」

それを聞いた白音とイリヤが目をキラキラと光らせながら此方を凝視する。鈴はどういうことか分からないのか頭に?を浮かばせている。これで女子勢は地下(アミューズメントパーク)へと向かった。

残りの男子勢は各々で身体を動かしたり組手を始めた。

その日はそれで終えた。

 

✲✲✲

 

次の日

 

「だぁ~れが、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴラァァアア!!」

という誰かの怒号が聞こえてきて目が覚めた。なので、身体を起こそうとしたが動かなかった。

首だけを動かして自分の身体を見回すとパンツ一丁でユエ程ではないが俺の華奢な身体が晒されており、その身体を舐め回し俺のナニをパンツ内で握り締める変態()がいた。

「…………………色々と言いたいことがあるがまずはそんなことしてんじゃねぇっ!」

力づくで両腕だけを出して変態の脇を抱えて投げ飛ばす。部屋の壁にぶつかるかと思ったら結界を上手く使ってそれを阻止して着地する。

「後ちょっとで手に入ったのに邪魔しな……………いで……………よ…………………あり?………………起きちゃった?」

「あぁ。誰かの怒号でな。取り敢えず雫に言っておくから制裁受けてこい。」

「ッ!!?それだけは辞めて!?シズシズの般若だけは見たくない!!!」

雫の説教は恐怖が出る。それは、女子がしてはならない顔でガン見、最終的背後のに般若が竹割でハリセンを振り下ろすという何処かのス○ンドが現れるのだ。

そして、その事を雫に伝えたら俺事説教した。解せぬ。

そこから1日過ごした。

説教中

―――― アッーーー!! 

―――― もうやめてぇー 

―――― おかぁちゃーん! 

という叫び声が響いてきたが俺はそれどころではなかったと言っておこう。

 

✲✲✲

 

「───────っつう訳で俺らはしばらくブルックに滞在することにしたんだ。」

俺は今、1人でブルックの門前で待っていた南雲たちにここで別れることを告げる。

「……………成すべきこと…………か。分かった。敵対しないよう注意してくれよ?これでも仲間って認識してんだ。殺すなんてことはしたくねぇ。」

「何言ってんだか。神性か約束された勝利の剣(エクスカリバー)くらいねぇと殺せねぇっての。…………道中、気をつけろよ。」

「無論だ。」

南雲達がブルックから出て旅を再開する中、俺はこう呟いて豪邸に戻って行った。

「…………………愛ちゃん先生に会ったら時が動くからな。」

 




「────………そんな…………叔父………上は………私を……」

「────ここは小説の中なんだ!」

「────へぇ、洒落たことしてくれるじゃない。」

「────ユエェェェェェェェェッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!??!?」

「────死霊使いって言えば分かるかしら?」

「────へへっあんたは俺のもんだ白崎ィ!!」

「────ラン、ラン、ルー!」

「────貴様を討つのにこのままでは不足らしい」

「────貴方は何故に彼等の力を持つのですか?」

「────アァァァァァァァァァァサァァァアァァァ!!!」

「────はっ、しゃらくせェ!!!」

「────幻▪大▪▪▪魔▪▪(ヴァ▪ヴン▪ゥ)!!!」

「────その心臓貰い受けるっ!」

「────▪▪も▪▪もみんなハジメに▪▪されてるんだ──」

「────Unlimited・Braid・Works!!!」

「────はぁ、親友の見た目と力を持つだけで粋がるなんてふざけないでよ茶坊主」

「────やっちゃえっ!!バーサーカー!!!」

「────無、それ即ち静寂と同義。なれば世を無へと帰さん──」

「────リベンジカウンターっ!!」

「────ヒャッハー!!!」

「────天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)よ!!!」

「────俺は………ここに立っているッ!!!!!!」

「────極光は反転する───」

「────我が名は魔▪王ゲ▪▪ィア。───」

「────なんで…………君がここにいるんだい…………マスター(ジーク)!?」

次回、クラスメイト救出戦

«申し訳ございません。この駄作者めが戦闘シーンを書きたいだけでかなりとばします»


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第19話 クラスメイト救出戦

南雲達と別れてから4ヶ月程が経過した今、俺達はホルアドに来ている。

なぜ来ているのかというと、ここで光輝(ひかってる)達に悲劇?が起こるからである。

因みに、俺達がここに残った目的は愛ちゃん先生を連れ去るであろう神の使徒ノイントを通してエヒトルジュエの居場所を突き止める為だ。

そのために1度日本に行って萌愛を呼んだ程だ。

因みに、俺達一行は皆冒険者ランクが金まで登ったのである。

そして、今は何とか習得したアタランテの獣耳と獣尾を気化させることで素顔を晒して歩けるのである。

歩いていたら前方から幽鬼のような姿をした遠藤浩介(影の薄い奴)が通り過ぎた。

〈全員聞こえるか?〉

[あぁ、聞こえるぞ泉奈]

[此方も問題ありません。]

〈そうか。既に騒動は始まった。恐らく南雲もこちらに来てるはずだ。クラスメイト達を助けたい奴だけは行け。それ以外は自由だ〉

【了解】

隣にいた鈴と一緒にオルクス大迷宮に向かう。

あぁ、言い忘れていたが、鈴に全てを明かした後入籍しました。はい。

ん?言葉通りだ。まぁ、正確には俺が犯されただけである。ならばと色々と吹っ切れて最後までヤったのである。ナニをとは言わない。

 

✲✲✲

 

「……魔人族……ね」

冒険者ギルドホルアド支部の応接室にハジメの呟きが響く。対面のソファーにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと遠藤浩介が座っており、遠藤の正面にハジメが、その両サイドに香織とシアが座り、シアの隣にティオが座っている。ユエは香織の膝の上に座り、ミュウはハジメの膝の上だ。

遠藤から事の次第を聞き終わったハジメの第一声が先程の呟きだった。魔人族の襲撃に合い、勇者パーティーが窮地にあるというその話に遠藤もロアも深刻な表情をしており、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。

……のだが、ハジメの膝の上で幼女がモシャモシャと頬をリスのよう膨らませながらお菓子を頬張っているため、イマイチ深刻になりきれていなかった。ミュウには、ハジメ達の話は少々難しかったようだが、それでも不穏な空気は感じ取っていたようで、不安そうにしているのを見かねてハジメがお菓子を与えておいたのだ。

「つぅか!何なんだよ!その子!何で、菓子食わしてんの!?状況理解してんの!?みんな、死ぬかもしれないんだぞ!」

「ひぅ!?パパぁ!」

場の雰囲気を壊すようなミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった遠藤がビシッと指を差しながら怒声を上げる。それに驚いてミュウが小さく悲鳴を上げながらハジメに抱きついた。

当然、ハジメから吹き出す人外レベルの殺気。パパは娘の敵を許さない。

「てめぇ……何、ミュウに八つ当たりしてんだ、ア゛ァ゛?殺すぞ?」

「ひぅ!?」

ミュウと同じような悲鳴を上げて浮かしていた腰を落とす遠藤。両隣から「……もう、すっかりパパ」とか「さっき、さり気なく“家の子”とか口走ってましたしね~」とか「果てさて、ご主人様はエリセンで子離れ出来るのかのぉ~」とか聞こえてくるが、ハジメは無視する。そんな事より、怯えてしまったミュウを宥める方が重要だ。

ソファーに倒れこみガクブルと震える遠藤を尻目にミュウを宥めるハジメに、ロアが呆れたような表情をしつつ、埒があかないと話に割り込んだ。

「さて、ハジメ。イルワからの手紙でお前の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」

「まぁ、全部成り行きだけどな」

成り行き程度の心構えで成し遂げられる事態では断じてなかったのだが、事も無げな様子で肩をすくめるハジメに、ロアは面白そうに唇の端を釣り上げた。

「手紙には、お前の“金”ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな……たった数人で六万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……もう、お前が実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」

ロアの言葉に、遠藤が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。自力で【オルクス大迷宮】の深層から脱出したハジメの事を、それなりに強くなったのだろうとは思っていたが、それでも自分よりは弱いと考えていたのだ。

何せハジメの天職は“錬成師”という非戦系職業であり、元は“無能”と呼ばれていた上、“金”ランクと言っても、それは異世界の冒険者の基準であるから自分達召喚された者とは比較対象にならない。なので、精々、破壊した転移陣の修復と、戦闘のサポートくらいなら出来るだろうくらいの認識だったのだ。

元々、遠藤が冒険者ギルドにいたのは、高ランク冒険者に光輝達の救援を手伝ってもらうためだった。もちろん、深層まで連れて行くことは出来ないが、せめて転移陣の守護くらいは任せたかったのである。駐屯している騎士団員もいるにはいるが、彼等は王国への報告などやらなければならないことがあるし、何より、レベルが低すぎて精々三十層の転移陣を守護するのが精一杯だった。七十層の転移陣を守護するには、せめて“銀”ランク以上の冒険者の力が必要だったのである。

そう考えて冒険者ギルドに飛び込んだ挙句、二階のフロアで自分達の現状を大暴露し、冒険者達に協力を要請したのだが、人間族の希望たる勇者が窮地である上に騎士団の精鋭は全滅、おまけに依頼内容は七十層で転移陣の警備というとんでもないもので、誰もが目を逸らし、同時に人間族はどうなるんだと不安が蔓延したのである。

そして、騒動に気がついたロアが、遠藤の首根っこを掴んで奥の部屋に引きずり込み事情聴取をしているところで、ハジメのステータスプレートをもった受付嬢が駆け込んできたというわけだ。

そんなわけで、遠藤は、自分がハジメの実力を過小評価していたことに気がつき、もしかすると自分以上の実力を持っているのかもしれないと、過去のハジメと比べて驚愕しているのである。

遠藤が驚きのあまり硬直している間も、ロアとハジメの話は進んでいく。

「バカ言わないでくれ……魔王だなんて、そこまで弱くないつもりだぞ?」

「ふっ、魔王を雑魚扱いか?随分な大言を吐くやつだ……だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」

「……勇者達の救出だな?」

遠藤が、救出という言葉を聞いてハッと我を取り戻す。そして、身を乗り出しながら、ハジメに捲し立てた。

「そ、そうだ!南雲!一緒に助けに行こう!お前がそんなに強いなら、きっとみんな助けられる!」

「……」

見えてきた希望に瞳を輝かせる遠藤だったが、ハジメの反応は芳しくない。遠くを見て何かを考えているようだ。遠藤は、当然、ハジメが一緒に救出に向かうものだと考えていたので、即答しないことに困惑する。

「どうしたんだよ!今、こうしている間にもアイツ等は死にかけているかもしれないんだぞ!何を迷ってんだよ!仲間だろ!」

「……仲間?」

ハジメは、考え事のため逸らしていた視線を元に戻し、冷めた表情でヒートアップする遠藤を見つめ返した。その瞳に宿る余りの冷たさに思わず身を引く遠藤。先程の殺気を思い出し尻込みするが、それでも、ハジメという貴重な戦力を逃すわけにはいかないので半ば意地で言葉を返す。

「あ、ああ。仲間だろ!なら、助けに行くのはとうぜ……」

「勝手に、お前等の仲間にするな。はっきり言うが、俺がお前等にもっている認識は唯の“同郷”の人間程度であって、それ以上でもそれ以下でもない。他人と何ら変わらない」

「なっ!?そんな……何を言って……」

ハジメの予想外に冷たい言葉に狼狽する遠藤を尻目に、ハジメは、先程の考え事の続き、すなわち、光輝達を助けることのデメリットを考える。

ハジメ自身が言った通り、ハジメにとってクラスメイトは既に顔見知り程度の認識だ。今更、過去のあれこれを持ち出して復讐してやりたいなどという思いもなければ、逆に出来る限り力になりたいなどという思いもない。本当に、関心のないどうでもいい相手だった。

ただ、だからといって、問答無用に切り捨てるのかと言われれば、答えはNOだ。なぜなら、その答えは愛子先生のいう“寂しい生き方”につながっていると思うから。

それに、そんなことをしたら愛子先生が悲しんでしまう。南雲は周りの香織達を見やる。

「……ハジメ君のしたいようしていいよ。私はどこまでも南雲と共に着いて行くから」

「……香織」

慈愛に満ちた眼差しで、そっとハジメの手を取りながらそんな事をいう香織に、ハジメは、手を握り返しながら優しさと感謝を込めた眼差しを返す。

「……ん…………ハジメが決めて」

「わ、私も!どこまでも付いて行きますよ!ハジメさん!」

「ふむ、妾ももちろんついて行くぞ。ご主人様」

「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」

ハジメと香織が二人の世界を作り始めたので、慌てて自己主張するユエ達。ミュウは、よくわかっていないようだったが、取り敢えず仲間はずれは嫌なのでギュッと抱きつきながら同じく主張する。

対面で、愕然とした表情をしながら「え?何このハーレム……」と呟いている遠藤を尻目に、ハジメは仲間に己の意志を伝えた。

「ありがとな、お前等。神に選ばれた勇者になんて、わざわざ自分から関わりたくはないし、お前達を関わらせるのも嫌なんだが……ちょっと恩を返したい奴がいるんだ。だから、ちょっくら助けに行こうかと思う。まぁ、あいつらの事だから、案外、自分達で何とかしそうな気もするがな」

ハジメの本心としては、光輝達がどうなろとうと知ったことではなかったし、勇者の傍は同時に狂った神にも近そうな気がして、わざわざ近寄りたい相手ではなかった。

危険度に関しては特に気にしていない。遠藤の話からすれば既に戦った四つ目狼が出たようだが、キメラ等にしても奈落の迷宮でいうなら十層以下の強さだろう。何の問題もない。

「え、えっと、結局、一緒に行ってくれるんだよな?」

「ああ、ロア支部長。一応、対外的には依頼という事にしておきたいんだが……」

「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」

「そうだ。それともう一つ。帰ってくるまでミュウのために部屋貸しといてくれ」

「ああ、それくらい構わねぇよ」

「………………話は聞いた。俺達にも協力させて欲しい。」

そこで、今まで霊体化していた迦楼那が霊体化を解除して突如現れる。

「ぅえっ!?迦楼那先生!?」

「んなッ!!?何処から現れた!!?」

遠藤とロア支部長がそれに驚愕して、ハジメは

「視線がひとつ多いと思っていたがやっぱり居たんだな先生。」

地味に霊体化した存在に気付いていた。

「そ、それで、俺達と言ったが他は誰が?」

「既に何人か向かっている。」

結局、ハジメが一緒に行ってくれるということに安堵して深く息を吐く遠藤とそれを眺める迦楼那を無視して、ハジメはロアとさくさく話を進めていった。

流石に、迷宮の深層まで子連れで行くわけにも行かないので、ミュウをギルドに預けていく事にする。その際、ミュウが置いていかれることに激しい抵抗を見せたが、何とか全員で宥めすかし、ついでに子守役兼護衛役にティオも置いていく事にして、漸くハジメ達は遠藤の案内で出発することが出来た。

「おら、さっさと案内しやがれ、遠藤」

「うわっ、ケツを蹴るなよ! っていうかお前いろいろ変わりすぎだろ!」

「やかましい。さくっと行って、一日……いや半日で終わらせるぞ。仕方ないとは言え、ミュウを置いていくんだからな。早く帰らねぇと。一緒にいるのが変態というのも心配だし」

「……お前、本当に父親やってんのな……美少女ハーレムまで作ってるし……一体、何がどうなったら、あの南雲がこんなのになるんだよ……」

迷宮深層に向かって疾走しながら、ハジメの態度や環境についてブツブツと納得いかなさそうに呟く遠藤。強力な助っ人がいるという状況に、少し心の余裕を取り戻したようだ。しゃべる暇があるならもっと早く走れとつつかれ、敏捷値の高さに関して持っていた自信を粉微塵に砕かれつつ、遠藤は親友達の無事を祈った。

 

✲✲✲

 

俺と鈴は今、大迷宮のとある階層に来ていた。そして、目の前には、

「ぐぅう!何だ、こいつの強さは!俺は“限界突破”を使っているのに!」

「ルゥアアアア!!」

苦しそうに表情を歪めながら、“限界突破”発動中の自分を圧倒する馬頭の魔物に焦燥感が募っていく光輝が、このままではジリ貧だと思いダメージ覚悟で反撃に出ようとしていた。

だが……

 

ガクン

 

「ッ!?」

その決意を実行する前に、遂に、光輝の“限界突破”の時間切れがやって来た。一気に力が抜けていく。短時間に二回も使った弊害か、今までより重い倦怠感に襲われ、踏み込もうとした足に力が入らず、ガクンと膝を折ってしまう光輝がおり、

その隙を馬頭が逃すはずもない。突然、力が抜けてバランスを崩し、死に体となった光輝の腹部に馬頭の拳がズドン! と衝撃音を響かせながらめり込んだ。

「ガハッ!」

血反吐を撒き散らしながら体をくの字に折り曲げて吹き飛び、光輝は再び壁に叩きつけられた。“限界突破”の副作用により弱体化していたこともあり、光輝の意識はたやすく刈り取られ、肉体的にも瀕死の重傷を負い、倒れ込んだままピクリとも動かなくなった。むしろ、即死しなかったことが不思議である。おそらく、死なないように手加減したのだろう。

馬頭が光輝に近づき首根っこを掴んで持ち上げる。完全に意識を失い脱力している光輝を馬頭は魔人族の女に掲げるようにして見せた。魔人族の女がそれに満足げに頷くと隠し部屋に突入させた魔物達を引き上げさせる。

暫くすると、警戒心たっぷりにクラスメイト達が現れた。そして、見たこともない巨大な馬頭の魔物が、その手に脱力した光輝を持ち上げている姿を見て、表情を絶望に染めた。

「うそ……だろ? 光輝が……負けた?」

「そ、そんな……」

「や、やだ……な、なんで……」

隠し部屋から出てきた仲間達が、吊るされる光輝を見て呆然としながら、意味のない言葉をこぼす。流石の明里や中村も言葉が出ないようで立ち尽くしている。そんな、戦意を喪失している彼等に、魔人族の女が冷ややかな態度を崩さずに話しかけた。

「ふん、こんな単純な手に引っかかるとはね。色々と……舐めてるガキだと思ったけど、その通りだったようだ」

庇いすぎたが故に満身創痍な奈瑠紅が、青ざめた表情で、それでも気丈に声に力を乗せながら魔人族の女に問いかける。

「……何をしたのですか?」

「ん? これだよ、これ」

そう言って、魔人族の女は、未だにブルタールモドキに掴まれているメルド団長へ視線を向ける。その視線をたどり、瀕死のメルド団長を見た瞬間、クラスの皆は理解した。メルド団長は、光輝の気を逸らすために使われたのだと。知り合いが、瀕死で捕まっていれば、光輝は必ず反応するだろう。それも、かなり冷静さを失って。

おそらく、前回の戦いで光輝の直情的な性格を魔人族の女は把握したのだ。そして、キメラの固有能力でも使って、温存していた強力な魔物を潜ませて、光輝が激昂して飛びかかる瞬間を狙ったのだろう。

「……それで? 私達に何を望んでいるのですか? わざわざ生かしたうえにこんな会話にまで応じている以上、何かあるんでしょう?」

「ああ、やっぱり、あんたが一番状況判断出来るようだね。なに、特別な話じゃない。前回のあんた達を見て、もう一度だけ勧誘しておこうかと思ってね。ほら、前回は、勇者君が勝手に全部決めていただろう? 中々、あんたらの中にも優秀な者はいるようだし、だから改めてもう一度ね。で? どうだい?」

魔人族の女の言葉に何人かが反応する。それを尻目に、奈瑠紅は、臆すことなく再度疑問をぶつけた。

「……天之河さんはどうするつもりなのですか?」

「ふふ、聡いね……悪いが、勇者君は生かしておけない。こちら側に来るとは思えないし、説得も無理だろう? 彼は、自己完結するタイプだろうからね。なら、こんな危険人物、生かしておく理由はない」

「……それは、私達も一緒でしょう?」

「もちろん。後顧の憂いになるってわかっているのに生かしておくわけないだろう?」

「今だけ迎合して、後で裏切るとは思わないのですか?」

「それも、もちろん思っている。だから、首輪くらいは付けさせてもらうさ。ああ、安心していい。反逆できないようにするだけで、自律性まで奪うものじゃないから」

「自由度の高い、奴隷って感じですか。自由意思は認められるけど、主人を害することは出来ないという」

「そうそう。理解が早くて助かるね。そして、勇者君と違って会話が成立するのがいい」

奈瑠紅と魔人族の女の会話を黙って聞いていたクラスメイト達が、不安と恐怖に揺れる瞳で互いに顔を見合わせる。魔人族の提案に乗らなければ、光輝すら歯が立たなかった魔物達に襲われ十中八九殺されることになるだろうし、だからといって、魔人族側につけば首輪をつけられ二度と魔人族とは戦えなくなる。

それは、つまり、実質的に“神の使徒”ではなくなるということだ。そうなった時、果たして聖教教会は、何とかして帰ってきたものの役に立たなくなった自分達を保護してくるのか……そして、元の世界に帰ることは出来るのか……

どちらに転んでも碌な未来が見えない。しかし……

「わ、私、あの人の誘いに乗るべきだと思う!」

誰もが言葉を発せない中、意外なことに恵里が震えながら必死に言葉を紡いだ。それに、クラスメイト達は驚いたように目を見開き、彼女をマジマジと注目する。そんな恵里に、龍太郎が、顔を怒りに染めて怒鳴り返した。

「恵里、てめぇ!光輝を見捨てる気か!」

「ひっ!?」

「坂上さん、落ち着きなさい!中村さん、どうしてそう思うのですか?」

龍太郎の剣幕に、怯えたように後退る恵里だったが、奈瑠紅が龍太郎を諌めたことで何とか踏みとどまった。そして、深呼吸するとグッと手を握りしめて心の内を語る。

「わ、私は、ただ……みんなに死んで欲しくなくて……光輝君のことは、私には……どうしたらいいか……うぅ、ぐすっ……」

ポロポロと涙を零しながらも一生懸命言葉を紡ぐ恵里。そんな彼女を見て他のメンバーが心を揺らす。すると、一人、恵里に賛同する者が現れた。

「俺も、中村と同意見だ。もう、俺達の負けは決まったんだ。全滅するか、生き残るか。迷うこともないだろう?」

「檜山……それは、光輝はどうでもいいってことかぁ? あぁ?」

「じゃあ、坂上。お前は、もう戦えない天之河と心中しろっていうのか? 俺達全員?」

「そうじゃねぇ!そうじゃねぇが!」

「代案がないなら黙ってろよ。今は、どうすれば一人でも多く生き残れるかだろ」

檜山の発言で、更に誘いに乗るべきだという雰囲気になる。檜山の言う通り、死にたくなければ提案を呑むしかないのだ。

しかし、それでも素直にそれを選べないのは、光輝を見殺しにて、自分達だけ生き残っていいのか? という罪悪感が原因だ。まるで、自分達が光輝を差し出して生き残るようで踏み切れないのである。

そんなクラスメイト達に、絶妙なタイミングで魔人族の女から再度、提案がなされた。

「ふむ、勇者君のことだけが気がかりというなら……生かしてあげようか? もちろん、あんた達にするものとは比べ物にならないほど強力な首輪を付けさせてもらうけどね。その代わり、全員魔人族側についてもらうけど」

奈瑠紅は、その提案を聞いて内心舌打ちする。魔人族の女は、最初からそう提案するつもりだったのだろうと察したからだ。光輝を殺すことが決定事項なら現時点で生きていることが既におかしい。問答無用に殺しておけばよかったのだ。

それをせずに今も生かしているのは、まさにこの瞬間のためだ、おそらく、魔人族の女は前回の戦いを見て、光輝達が有用な人材であることを認めたのだろう。だが、会話すら成立しなかったことから光輝がなびくことはないと確信した。しかし、他の者はわからない。なので、光輝以外の者を魔人族側に引き込むため策を弄したのだ。

一つが、光輝を現時点では殺さないことで反感を買わないこと、二つ目が、生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い詰めて選択肢を狭めること、そして三つ目が“それさえなければ”という思考になるように誘導し、ここぞという時にその問題点を取り除いてやることだ。

現に、光輝を生かすといわれて、それなら生き残れるしと、魔人族側に寝返ることをよしとする雰囲気になり始めている。本当に、光輝が生かされるかについては何の保証もないのに。殺された後に後悔しても、もう魔人族側には逆らえないというのに。

奈瑠紅は、そのことに気がついていたが、今、この時を生き残るには魔人族側に付くしかないのだと自分に言い聞かせて黙っていることにした。生き残りさえすれば、光輝を救う手立てもあるかもしれないと。

魔人族の女としても、ここでクラスメイト達を手に入れることは大きなメリットがあった。一つは、言うまでもなく、人間族側にもたらすであろう衝撃だ。なにせ人間族の希望たる“神の使徒”が、そのまま魔人族側につくのだ。その衝撃……いや、絶望は余りに深いだろう。これは、魔人族側にとって極めて大きなアドバンテージだ。

二つ目が、戦力の補充である。魔人族の女が【オルクス大迷宮】に来た本当の目的、それは迷宮攻略によってもたらされる大きな力だ。ここまでは、手持ちの魔物達で簡単に一掃できるレベルだったが、この先もそうとは限らない。幾分か、魔物の数も光輝達に殺られて減らしてしまったので戦力の補充という意味でもクラスメイト達を手に入れるのは都合がよかったということだ。

このままいけば、クラスメイト達が手に入る。雰囲気でそれを悟った魔人族の女が微かな笑みを口元に浮かべた。

しかし、それは突然響いた苦しそうな声によって直ぐに消されることになった。

「み、みんな……ダメだ……従うな……」

「光輝!」

「光輝くん!」

「天之河!」

声の主は、宙吊りにされている光輝だった。仲間達の目が一斉に、光輝の方を向く。

「……騙されてる……アランさん達を……殺したんだぞ……信用……するな……人間と戦わされる……奴隷にされるぞ……逃げるんだ……俺はいい……から……一人でも多く……逃げ……」

息も絶え絶えに、取引の危険性を訴え、そんな取引をするくらいなら自分を置いてイチかバチか死に物狂いで逃げろと主張する光輝に、クラスメイト達の心が再び揺れる。

「……こんな状況で、一体何人が生き残れると思ってんだ?いい加減、現実をみろよ!俺達は、もう負けたんだ!騎士達のことは……殺し合いなんだ!仕方ないだろ!一人でも多く生き残りたいなら、従うしかないだろうが!」

檜山の怒声が響く。この期に及んでまだ引こうとしない光輝に怒りを含んだ眼差しを向ける。檜山は、とにかく確実に生き残りたいのだ。最悪、ほかの全員が死んでも香織と自分だけは生き残りたかった。イチかバチかの逃走劇では、その可能性は低いのだ。

魔人族側についても、本気で自分の有用性を示せば重用してもらえる可能性は十分にあるし、そうなれば、香織を手に入れることだって出来るかもしれない。もちろん、首輪をつけて自由意思を制限した状態で。檜山としては、別に彼女に自由意思がなくても一向に構わなかった。とにかく、今はここにいない香織を自分の所有物に出来れば満足なのだ。

檜山の怒声により、より近く確実な未来に心惹かれていく仲間達。

と、その時、また一つ苦しげな、しかし力強い声が部屋に響き渡る。小さな声なのに、何故かよく響く低めの声音。戦場にあって、一体何度その声に励まされて支えられてきたか。どんな状況でも的確に判断し、力強く迷いなく発せられる言葉、大きな背中を見せて手本となる姿のなんと頼りになることか。みなが、兄のように、あるいは父のように慕った男。メルドの声が響き渡る。

「ぐっ……お前達……お前達は生き残る事だけ考えろ!……信じた通りに進め!……私達の戦争に……巻き込んで済まなかった……お前達と過ごす時間が長くなるほど……後悔が深くなった……だから、生きて故郷に帰れ……人間のことは気にするな……最初から…これは私達の戦争だったのだ!」

メルドの言葉は、ハイリヒ王国騎士団団長としての言葉ではなかった。唯の一人の男、メルド・ロギンスの言葉、立場を捨てたメルドの本心。それを晒したのは、これが最後と悟ったからだ。

光輝達が、メルドの名を呟きながらその言葉に目を見開くのと、メルドが全身から光を放ちながらブルタールモドキを振り払い、一気に踏み込んで魔人族の女に組み付いたのは同時だった。

「魔人族……一緒に逝ってもらうぞ!」

「……それは……へぇ、自爆かい? 潔いね。嫌いじゃないよ、そう言うの」

「抜かせ!」

メルドを包む光、一見、光輝の“限界突破”のように体から魔力が噴き出しているようにも見えるが、正確には体からではなく、首から下げた宝石のようなものから噴き出しているようだった。

それを見た魔人族の女が、知識にあったのか一瞬で正体を看破し、メルドの行動をいっそ小気味よいと称賛する。

その宝石は、名を“最後の忠誠”といい、魔人族の女が言った通り自爆用の魔道具だ。国や聖教教会の上層の地位にいるものは、当然、それだけ重要な情報も持っている。闇系魔術の中には、ある程度の記憶を読み取るものがあるので、特に、そのような高い地位にあるものが前線に出る場合は、強制的に持たされるのだ。いざという時は、記憶を読み取られないように、敵を巻き込んで自爆しろという意図で。

メルドの、まさに身命を賭した最後の攻撃に、光輝達は悲鳴じみた声音でメルドの名を呼ぶ。しかし、光輝達に反して、自爆に巻き込まれて死ぬかもしれないというのに、魔人族の女は一切余裕を失っていなかった。

そして、メルドの持つ“最後の忠誠”が一層輝きを増し、まさに発動するという直前に、一言呟いた。

「喰らい尽くせ、アブソド」

と、魔人族の女の声が響いた直後、臨界状態だった“最後の忠誠”から溢れ出していた光が猛烈な勢いでその輝きを失っていく。

「なっ!?何が!」

よく見れば、溢れ出す光はとある方向に次々と流れ込んでいるようだった。メルドが、必死に魔人族の女に組み付きながら視線だけをその方向にやると、そこには六本足の亀型の魔物がいて、大口を開けながらメルドを包む光を片っ端から吸い込んでいた。

六足亀の魔物、名をアブソド。その固有魔術は“魔力貯蔵”。任意の魔力を取り込み、体内でストックする能力だ。同時に複数属性の魔力を取り込んだり、違う魔術に再利用することは出来ない。精々、圧縮して再び口から吐き出すだけの能力だ。だが、その貯蔵量は、上級魔術ですら余さず呑み込めるほど。魔術を主戦力とする者には天敵である。

メルドを包む“最後の忠誠”の輝きが急速に失われ、遂に、ただの宝石となり果てた。最後のあがきを予想外の方法で阻止され呆然とするメルドに、突如、衝撃が襲う。それほど強くない衝撃だ。何だ? とメルドは衝撃が走った場所、自分の腹部を見下ろす。

そこには、赤茶色でザラザラした見た目の刃が生えていた。正確には、メルドの腹部から背中にかけて砂塵で出来た刃が貫いているのだ。背から飛び出している刃にはべっとりと血が付いていて先端からはその雫も滴り落ちている。

「……メルドさん!」

光輝が、血反吐を吐きながらも気にした素振りも見せず大声でメルドの名を呼ぶ。メルドが、その声に反応して、自分の腹部から光輝に目を転じ、眉を八の字にすると「すまない」と口だけを動かして悔しげな笑みを浮かべた。

直後、砂塵の刃が横凪に振るわれ、メルドが吹き飛ぶ。人形のように力を失ってドシャ! と地面に叩きつけられた。少しずつ血溜りが広がっていく。誰が見ても、致命傷だった。満身創痍の状態で、あれだけ動けただけでも驚異的であったのだが、今度こそ完全に終わりだと誰にでも理解できた。

「まさか、あの傷で立ち上がって組み付かれるとは思わなかった。流石は、王国の騎士団長。称賛に値するね。だが、今度こそ終わり……これが一つの末路だよ。あんたらはどうする?」

魔人族の女が、赤く染まった砂塵の刃を軽く振りながら光輝達を睥睨する。再び、目の前で近しい人が死ぬ光景を見て、一部の者を除いて、皆が身を震わせた。魔人族の女の提案に乗らなければ、次は自分がああなるのだと嫌でも理解させられる。

檜山が、代表して提案を呑もうと魔人族の女に声を発しかけた。が、その時、

「……るな」

未だ、馬頭に宙吊りにされながら力なく脱力する光輝が、小さな声で何かを呟く。満身創痍で何の驚異にもならないはずなのに、何故か無視できない圧力を感じ、檜山は言葉を呑み込んだ。

「は? 何だって? 死にぞこない」

魔人族の女も、光輝の呟きに気がついたようで、どうせまた喚くだけだろうと鼻で笑いながら問い返した。光輝は、俯かせていた顔を上げ、真っ直ぐに魔人族の女をその眼光で射抜く。

魔人族の女は、光輝の眼光を見て思わず息を呑んだ。なぜなら、その瞳が白銀色に変わって輝いていたからだ。得体の知れないプレッシャーに思わず後退りながら、本能が鳴らす警鐘に従って、馬頭に命令を下す。雫達の取り込みに対する有利不利など、気にしている場合ではないと本能で悟ったのだ。

「アハトド! 殺れ!」

「ルゥオオオ!!」

馬頭、改めアハトドは、魔人族の女の命令を忠実に実行し、“魔衝波”を発動させた拳二本で宙吊りにしている光輝を両サイドから押しつぶそうとした。

が、その瞬間、

 

カッ!!

 

光輝から凄まじい光が溢れ出し、それが奔流となって天井へと竜巻のごとく巻き上がった。そして、光輝が自分を掴むアハトドの腕に右手の拳を振るうと、ベギャ!という音を響かせて、いとも簡単に粉砕してしまった。

「ルゥオオオ!!」

先程とは異なる絶叫を上げ、思わず光輝を取り落とすアハトドに、光輝は負傷を感じさせない動きで回し蹴りを叩き込む。

 

ズドォン!!

 

そんな大砲のような衝撃音を響かせて直撃した蹴りは、アハトドの巨体をくの字に折り曲げて、後方の壁へと途轍もない勢いで吹き飛ばした。轟音と共に壁を粉砕しながらめり込んだアハトドは、衝撃で体が上手く動かないのか、必死に壁から抜け出ようとするが僅かに身動ぎすることしか出来ない。

光輝は、ゆらりと体を揺らして、取り落としていた聖剣を拾い上げると、射殺さんばかりの眼光で魔人族の女を睨みつけた。同時に、竜巻のごとく巻き上がっていた光の奔流が光輝の体へと収束し始める。

“限界突破”終の派生技能[+覇潰]。通常の“限界突破”が基本ステータスの三倍の力を制限時間内だけ発揮するものとすれば、“覇潰”はその上位の技能で、基本ステータスの五倍の力を得ることが出来る。ただし、唯でさえ限界突破しているのに、更に無理やり力を引きずり出すのだ。今の光輝では発動は三十秒が限界。効果が切れたあとの副作用も甚大。

だが、そんな事を意識することもなく、光輝は怒りのままに魔人族の女に向かって突進する。今、光輝の頭にあるのはメルドの仇を討つことだけ。復讐の念だけだ。

魔人族の女が焦った表情を浮かべ、周囲の魔物を光輝にけしかける。キメラが奇襲をかけ、黒猫が触手を射出し、ブルタールモドキがメイスを振るう。しかし、光輝は、そんな魔物達には目もくれない。聖剣のひと振りでなぎ払い、怒声を上げながら一瞬も立ち止まらず、魔人族の女のもとへ踏み込んだ。

「お前ぇー! よくもメルドさんをぉー!!」

「チィ!」

大上段に振りかぶった聖剣を光輝は躊躇いなく振り下ろす。魔人族の女は舌打ちしながら、咄嗟に、砂塵の密度を高めて盾にするが……光の奔流を纏った聖剣はたやすく砂塵の盾を切り裂き、その奥にいる魔人族の女を袈裟斬りにした。

砂塵の盾を作りながら後ろに下がっていたのが幸いして、両断されることこそなかったが、魔人族の女の体は深々と斜めに切り裂かれて、血飛沫を撒き散らしながら後方へと吹き飛んだ。

背後の壁に背中から激突し、砕けた壁を背にズルズルと崩れ落ちた魔人族の女の下へ、光輝が聖剣を振り払いながら歩み寄る。

「まいったね……あの状況で逆転なんて……まるで、三文芝居でも見てる気分だ」

ピンチになれば隠された力が覚醒して逆転するというテンプレな展開に、魔人族の女が諦観を漂わせた瞳で迫り来る光輝を見つめながら、皮肉気に口元を歪めた。

傍にいる白鴉が固有魔術を発動するが、傷は深く直ぐには治らないし、光輝もそんな暇は与えないだろう。完全にチェックメイトだと、魔人族の女は激痛を堪えながら、右手を伸ばし、懐からロケットペンダントを取り出した。

それを見た光輝が、まさかメルドと同じく自爆でもする気かと表情を険しくして、一気に踏み込んだ。魔人族の女だけが死ぬならともかく、その自爆が仲間をも巻き込まないとは限らない。なので、発動する前に倒す!と止めの一撃を振りかぶった。

だが……

「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

愛しそうな表情で、手に持つロケットペンダンを見つめながら、そんな呟きを漏らす魔人族の女に、光輝は思わず聖剣を止めてしまった。覚悟した衝撃が訪れないことに訝しそうに顔を上げて、自分の頭上数ミリの場所で停止している聖剣に気がつく魔人族の女。

光輝の表情は愕然としており、目をこれでもかと見開いて魔人族の女を見下ろしている。その瞳には、何かに気がつき、それに対する恐怖と躊躇いが生まれていた。その光輝の瞳を見た魔人族の女は、何が光輝の剣を止めたのかを正確に悟り、侮蔑の眼差しを返した。その眼差しに光輝は更に動揺する。

「……呆れたね……まさか、今になって漸く気がついたのかい?“人”を殺そうとしていることに」

「ッ!?」

そう、光輝にとって、魔人族とはイシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだ。実際、魔物と共にあり、魔物を使役していることが、その認識に拍車をかけた。自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている、そんな戦っている“人”だとは思っていなかったのである。あるいは、無意識にそう思わないようにしていたのか……

その認識が、魔人族の女の愛しそう表情で愛する人の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今、手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ“人”だと気がついてしまった。自分のしようとしていることが“人殺し”であると認識してしまったのだ。

「まさか、あたし達を“人”とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」

「ち、ちが……俺は、知らなくて……」

「ハッ、“知ろうとしなかった”の間違いだろ?」

「お、俺は……」

「ほら? どうした? 所詮は戦いですらなく唯の“狩り”なのだろ? 目の前に死に体の一匹(・・)がいるぞ? さっさと狩ったらどうだい?おまえが今までそうしてきたように……」

「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」

光輝が、聖剣を下げてそんな事をいう。そんな光輝に、魔人族の女は心底軽蔑したような目を向けて、返事の代わりに大声で命令を下した。

「アハトド! 槍持ちの女を狙え! 全隊、攻撃せよ!」

衝撃から回復していたアハトドが魔人族の女の命令に従って、猛烈な勢いで奈瑠紅に迫る。光輝達の中で、人を惹きつけるカリスマという点では光輝に及ばないものの、冷静な状況判断力という点では最も優れており、ある意味一番厄介な相手だと感じていたために、真っ先に狙わせたのだ。

他の魔物達も、一斉に奈瑠紅以外のメンバーを襲い始めた。優秀な人材に首輪をつけて寝返らせるメリットより、光輝を殺す事に利用すべきだと判断したのだ。それだけ、魔人族の女にとって光輝の最後の攻撃は脅威だった。

「な、どうして!」

「自覚のない坊ちゃんだ……私達は“戦争”をしてるんだよ!未熟な精神に巨大な力、あんたは危険過ぎる!何が何でもここで死んでもらう!ほら、お仲間を助けに行かないと、全滅するよ!」

自分の提案を無視した魔人族の女に光輝が叫ぶが当の魔人族の女は取り合わない。

そして、魔人族の女の言葉に光輝が振り返ると、ちょうど奈瑠紅が吹き飛ばされ地面に叩きつけられているところだった。アハトドは、唯でさえ強力な魔物達ですら及ばない一線を画した化け物だ。不意打ちを受けて負傷していたとは言え“限界突破”発動中の光輝が圧倒された相手なのである。満身創痍な奈瑠紅が一人で対抗できるはずがなかった。

光輝は青ざめて、“覇潰”の力そのままに一瞬で奈瑠紅とアハトドの間に入ると、寸でのところで“魔衝波”の一撃を受け止める。そして、お返しとばかりに聖剣を切り返し、腕を一本切り飛した。

しかし、そのまま止めを刺そうと懐に踏み込んだ瞬間、いつかの再現か、ガクンと膝から力が抜けそのまま前のめりに倒れ込んでしまった。

“覇潰”のタイムリミットだ。そして、最悪なことに、無理に無理を重ねた代償は弱体化などという生温いものではなく、体が麻痺したように一切動かないというものだった。

「こ、こんなときに!」

「天之河さん!!」

倒れた光輝を庇って、奈瑠紅がアハトドの切り飛ばされた腕の傷口を狙って刺突撃を繰り出す。流石に傷口を抉られて平然としてはいられなかったようで、アハトドが絶叫を上げながら後退った。その間に、奈瑠紅は、光輝を掴んで仲間のもとへ放り投げる。

光輝が動けなくなり、仲間は魔物の群れに包囲されて防戦するので精一杯。ならば……自分がやるしかない!と、奈瑠紅は魔人族の女を睨む。その瞳には間違いなく殺意が宿っていた。

「……へぇ。あんたは、殺し合いの自覚があるようだね。むしろ、あんたの方が勇者と呼ばれるにふさわしいんじゃないかい?」

「……そんな事どうでもいいのです。天之河さんに自覚がなかったのは我々の落ち度でもある。そのツケは私が払わせていただきます!」

魔人族の女は、白鴉の固有魔術で完全に復活したようでフラつく事もなく、しっかりと立ち上がり、奈瑠紅をそう評した。

奈瑠紅は、光輝が直情的で思い込みの激しい性格は既知のはずなのに、本物の対人戦がなかったとはいえ認識の統一、すなわち自分達は人殺しをするのだと自覚する事を今の今まで放置してきた事に責任を感じ歯噛みする。

奈瑠紅とて、人殺しの経験などない。しかし、記憶はあるが故に経験したいなどとは間違っても思わない。だが、戦争をするならいつかこういう日が来ると覚悟はしていた。槍術を習う上で、人を傷つけることの“重さ”も叩き込まれている。

しかし、いざ、その時が来てみれば、覚悟など簡単に揺らぎ、自分のしようとしていることのあまりの重さに恐怖して恥も外聞もなくそのまま泣き出してしまいたくなった。それでも、奈瑠紅は、唇の端を噛み切りながら歯を食いしばって、その恐れを必死に押さえつけた。

そして、神速の刺突術で魔人族の女を穿とうと構えを取った。が、その瞬間、背筋を悪寒が駆け抜け本能がけたたましく警鐘を鳴らす。咄嗟に、側宙しながらその場を飛び退くと、黒猫の触手がついさっきまで奈瑠紅のいた場所を貫いていた。

「他の魔物に狙わせないとは言ってない。アハトドと他の魔物を相手にあたしが殺せるかい?」

「くっ」

魔人族の女は「もちろんあたしも殺るからね」と言いながら魔術の詠唱を始めた。素の身体スペックによる予備動作のない急激な加速と減速を繰り返しながら魔物の波状攻撃を凌ぎつつ、何とか、魔人族の女の懐に踏み込む隙を狙う奈瑠紅だったが、その表情は次第に絶望に染まっていく。

なにより苦しいのは、アハトドが満身創痍だが奈瑠紅のスピードについて来ていることだ。その鈍重そうな巨体に反して、しっかり奈瑠紅を眼で捉えており、隙を付いて魔人族の女のもとへ飛び込もうとしても、一瞬で奈瑠紅に並走して衝撃を伴った爆撃のような拳を振るってくるのである。

奈瑠紅は本来、旗を持ち味方を鼓舞する聖女であり、個人の戦闘スペックは万能型。しかし満身創痍故に、“魔衝波”の余波だけでも少しずつダメージが蓄積していく。完全な回避も、受け流しも出来ないからだ。

そして、とうとう蓄積したダメージが、ほんの僅かに奈瑠紅の動きを鈍らせた。それは、ギリギリの戦いにおいては致命の隙だ。

 

バギャァ!!

 

「あぐぅう!!」

 

咄嗟に槍の柄を盾にしたが、アハトドの拳は、奈瑠紅の相棒を半ばから粉砕しそのまま奈瑠紅の肩を捉えた。地面に対して水平に吹き飛び体を強かに打ち付けて地を滑ったあと、力なく横たわる奈瑠紅。右肩が大きく下がって腕がありえない角度で曲がっている。完全に粉砕さてしまったようだ。体自体にも衝撃が通ったようで、ゲホッゲホッと咳き込むたびに血を吐いている。

「姜弩さん!」

綾辻が、焦燥を滲ませた声音で奈瑠紅の名を呼ぶが、奈瑠紅は折れた槍の柄を握りながらも、うずくまったまま動かない。

その時、綾辻の頭からは、仲間との陣形とか魔力が尽きかけているとか、自分が傍に行っても意味はないとか、そんな理屈の一切は綺麗さっぱり消え去っていた。あるのはただ友達の傍に行かなければ”という思いだけ。

綾辻は、衝動のままに駆け出す。魔力がほとんど残っていないため、体がフラつき足元がおぼつかない。背後から制止する声が上がるが、綾辻の耳には届いていなかった。ただ一心不乱に奈瑠紅を目指して無謀な突貫を試みる。当然、無防備な綾辻を魔物達が見逃すはずもなく、情け容赦ない攻撃が殺到する。

だが、それらの攻撃は全て光り輝くシールドが受け止めた。しかも、無数のシールドが通路のように並べ立てられ綾辻と奈瑠紅を一本の道でつなぐ。

これは鈴が手助けをしたのだ。訳を聞いたら目の前でクラスメイトが死んだら寝覚めが悪いとのことだ。

それは置いといて、アハトドが拳を振り下ろす。

己の拳が一度振るわれれば、紙くずのように破壊し、その衝撃波だけで香織達を粉砕できると確信しているのだろう。

今、まさに放たれようとしている死の鉄槌を目の前にして、綾辻の脳裏に様々な光景が過ぎっていく。「ああ、これが走馬灯なのかな?」と妙に落ち着いた気持ちでいた。

が、氷針が無数に生えてアハトドを穿ち殺す。

「あぁあ、やっちったなこりゃあ。」

「え、手を出すきってなかったの?!」

突如として誰か達の声が響く。その声の主達は魔人族の女の後ろにいた。

泉奈と鈴である。無論、泉奈はいつものパーカーを羽織っているため、クラスメイト達は直ぐに誰か分かった。

『氷室NO.3!!?』

俺は無視をして地に伏せるメルドを見つめる。それを訝しげに魔人族の女もメルドを見る。それと同時に変化が起きた。

 

ズズズズズッ!!!

 

傷だらけだった身体が綺麗になり死に体となる前に戻ったのだ。それに、指がピクリと動いて徐々に身体を起こす。

「う、うぅん………俺は………死んだ筈では…………」

『ッ!!?』

俺以外の皆が驚愕していた。それもそうだろう。死した人間が蘇生されたのだから。

「何故だッ!?貴様は死んだ筈では!!?いや、蘇生されたのか!!!」

メルドを見て驚愕していた魔人族の女は直ぐに気がついて俺を見やる。

「当たりだ。それは俺自身が持つ権能で与えたもの。全身を痛め付けた挙句殺したから同じ手は通じねぇぞ?」

俺が魔人族の女に蘇生された訳が俺にある事と、副次的な効果を教えた。

それと同時に、

 

ドォゴオオン!!

 

轟音と共にアハトドの頭上にある天井が崩落し、同時に紅い雷を纏った巨大な漆黒の杭が凄絶な威力を以て飛び出したのは。

スパークする漆黒の杭は、そのまま眼下の串刺し状態アハトドを、氷と挟むように潰してひしゃげさせ、そのまま氷にフィットした。

全長百二十センチのほとんどを氷に埋め紅いスパークを放っている巨杭と、それと氷の間から血肉を撒き散らして原型を留めていないほど破壊され尽くしたアハトドの残骸に、眼前にいた綾辻と奈瑠紅はもちろんのこと、光輝達や彼等を襲っていた魔物達、そして魔人族の女までもが硬直する。

戦場には似つかわしくない静寂が辺りを支配し、誰もが訳も分からず呆然と立ち尽くしていると、崩落した天井から人影が飛び降りてきた。その人物は、綾辻達に背を向ける形でスタッと軽やかにアハトドの残骸を踏みつけながら降り立つと、周囲を睥睨する。

そして、肩越しに振り返り背後で寄り添い合う綾辻と奈瑠紅を見やった。

「……あんたらってそんなに仲良かったっけか?」

苦笑いしながら、そんな事をいう彼に、驚愕する一同。

髪の色が違う、纏う雰囲気が違う、口調が違う、目つきが違う。しかし、奈落へ自ら落ちた俺や鈴の様子からもしやと思い声を上げる。

そう、

「ッ!!?南雲さんッ!!?」

俺と鈴は態々光輝が覚醒するのを待っていたが、覚醒して直ぐにあんなことがあって活躍する間も無く南雲が到着した。

その穴に続いて雫と迦楼那が降り立つ。

「へ? 南雲? って南雲君? えっ? なに? どういうこと?」

奈瑠紅の驚愕に満ちた叫びに、隣の綾辻が混乱しながら奈瑠紅と南雲を交互に見やる。どうやら、奈瑠紅は一発で目の前の白髪眼帯黒コートの人物が南雲だと看破したようだが、綾辻にはまだ認識が及ばないらしい。

しかし、それでも肩越しに振り返って自分達を苦笑い気味に見ている少年の顔立ちが、記憶にある南雲ハジメと重なりだすと、綾辻は大きく目を見開いて驚愕の声を上げた。

「えっ? えっ? ホントに? ホントに南雲くんなの? えっ? なに? ホントどういうこと?」

「いや、落ち着けよ綾辻。」

奈瑠紅と同じく死を覚悟した直後の一連の出来事に、流石の綾辻も混乱が収まらないようで痛みも忘れて言葉をこぼす。そんな綾辻の名を呼びながら諌める南雲は、ふと気配を感じて頭上を見上げた。そして、落下してきた黒髪の女の子香織をお姫様抱っこで受け止めると恭しく脇に降ろし、ついで飛び降りてきた金髪少女のユエとウサミミ少女のシアも同じように抱きとめて脇に降ろす。

最後に降り立ったのは全身黒装束の少年、遠藤浩介だ。

「な、南雲ぉ! おまっ! 余波でぶっ飛ばされただろ! ていうか今の何だよ! いきなり迷宮の地面ぶち抜くとか……」

文句を言いながら周囲を見渡した遠藤は、そこに親友達と魔物の群れがいて、硬直しながら自分達を見ていることに気がつき「ぬおっ!」などと奇怪な悲鳴を上げた。そんな遠藤に、再会の喜びとなぜ戻ってきたのかという憤りを半分ずつ含めた声がかかる。

「「浩介!」」

「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」

“助けを呼んできた”その言葉に反応して、光輝達も魔人族の女もようやく我を取り戻した。そして、改めて南雲と香織、二人の少女を凝視する。だが、そんな周囲の者達の視線などはお構いなしといった様子で、南雲は少し面倒臭そうな表情をしながら、香織とユエとシアに手早く指示を出した。

「ユエ、悪いがあそこで固まっている奴等の守りを頼む。香織は向こうで倒れている騎士甲冑の男の容態を見てやってくれ。シアはその護衛だ。」

「ん……任せて」

「分かった!!」

「了解ですぅ!」

ユエは周囲の魔物をまるで気にした様子もなく悠然と歩みを進め、シアは香織を抱えて驚異的な跳躍力で魔物の群れの頭上を一気に飛び越えて倒れ伏すメルドの傍に着地した。

「南雲さん……」

奈瑠紅が、再度、南雲の名を声を震わせながら呼んだ。その声音には、生きていた喜びを多分に含んではいたが、同じくらい悲痛さが含まれていた。それは、この死地に南雲が来てしまったが故だろう。どういう経緯か奈瑠紅にはわからなかったが、それでも直ぐに逃げて欲しいという想いがその表情から有り有りと伝わる。

南雲は、チラリと奈瑠紅を見返すと肩を竦めて「大丈夫だから、そこにいろ」と短く伝えた。そして、即座に“瞬光”を発動し知覚能力を爆発的に引き上げると、“宝物庫”からクロスビットを三機取り出し、それを奈瑠紅と綾辻の周りに盾のように配置した。

突然、虚空に現れた十字架型の浮遊する物体に、目を白黒させる奈瑠紅と綾辻。そんな二人に背を向けると、南雲は元凶たる魔人族の女に向かって傲慢とも言える提案をした。それは、魔人族の女が、まだ南雲の・・・・敵ではないが故の慈悲であった。

「そこの赤毛の女。今すぐ去るなら追いはしない。死にたくなければ、さっさと消えろ」

「……何だって?」

もっとも、魔物に囲まれた状態で、普通の人間のする発言ではない。なので、思わずそう聞き返す魔人族の女。それに対して南雲は、呆れた表情で繰り返した。

「戦場での判断は迅速にな。死にたくなければ消えろと言ったんだ。わかったか?」

改めて、聞き間違いではないとわかり、魔人族の女はスっと表情を消すと「殺れ」と南雲を指差し魔物に命令を下した。

この時、あまりに突然の事態――――特に虎の子のアハトドが正体不明の攻撃により一撃死したことで流石に冷静さを欠いていた魔人族の女は、致命的な間違いを犯してしまった。

南雲の物言いもあったのだろうが、敬愛する上司から賜ったアハトドは失いたくない魔物であり、それを現在進行形で踏みつけにしている南雲に怒りを抱いていたことが原因だろう。あとは、単純に迷宮の天井を崩落させて階下に降りてくるという、ありえない事態に混乱していたというのもある。とにかく、普段の彼女なら、もう少し慎重な判断が出来たはずだった。しかし、既にサイは投げられてしまった。

「なるほど。……“敵”って事でいいんだな?」

南雲がそう呟いたのと2匹のキメラが襲いかかったのは同時だった。南雲の背後から「南雲さん!」「南雲君!」と焦燥に満ちた警告を発する声が聞こえる。しかし、左側から襲いかかってきたキメラに氷の針が地面から生えて穿ち殺す。

「俺を忘れてんじゃねぇよ。」

右側から来たキメラを左の義手で持ち上げて見ていた南雲は、

「悪ぃな。って、おいおい何だ? この半端な固有魔法は。大道芸か?」

気配や姿を消す固有魔術だろうに動いたら空間が揺らめいてしまうなど意味がないにも程があると、南雲は、思わずツッコミを入れる。奈落の魔物にも、気配や姿を消せる魔物はいたが、どいつもこいつも厄介極まりない隠蔽能力だったのだ。それらに比べれば、動くだけで崩れる隠蔽など、俺達からすれば余りに稚拙だった。

数百キロはある巨体を片手で持ち上げ、キメラ自身も空中で身を捻り大暴れしているというのに微動だにしない南雲に、魔人族の女やクラスメイト達が唖然とした表情をする。

南雲は、そんな彼等を尻目に、観察する価値もないと言わんばかりに“豪腕”を以てキメラを地面に叩きつけた。

 

ズバンッ!!

 

ドグシャ!

 

そんな生々しい音を立てて、地面にクレーターを作りながらキメラの頭部が粉砕される。そして、ついでにとばかりにドンナーを抜いたハ南雲は、一見、何もない空間に向かってレールガンを続けざまに撃ち放った。

 

ドパンッ! ドパンッ!

 

乾いた破裂音を響かせながら、二条の閃光が空を切り裂き目標を違わず問答無用に貫く。すると、空間が一瞬揺ぎ、そこから頭部を爆散させたキメラと心臓を撃ち抜かれたブルタールモドキが現れ、僅かな停滞のあとぐらりと揺れて地面に崩れ落ちた。

俺達からすれば、例え動いていなくても、風の流れ、空気や地面の震動、視線、殺意、魔力の流れ、体温などがまるで隠蔽できていない彼等は、南雲にはただそこに佇むだけの的でしかなかったのである。

瞬殺した魔物には目もくれず、南雲が戦場へと、いや、処刑場へと一歩を踏み出す。これより始まるのは、殺し合いですらない。敵に回してはいけない化け物による、一方的な処刑だ。

あまりにあっさり殺られた魔物を見て唖然とする魔人族の女や、この世界にあるはずのない兵器に度肝を抜かれて立ち尽くしているクラスメイト達。そんな硬直する者達をおいて、魔物達は、魔人族の女の命令を忠実に実行するべく次々に南雲へと襲いかかった。

黒猫が背後より忍び寄り触手を伸ばそうとするが、俺が、終剣で全てをみじん切りにする。音速を優に超えた剣戟は、あっさり黒猫の全身を微塵にした。

砂化した仲間の魔物には目もくれず、左右から同時に四つ目狼が飛びかかる。が、いつの間にか抜かれていたシュラークが左の敵を、ドンナーが右の敵をほぼゼロ距離から吹き飛ばす。

その一瞬で、絶命した四つ目狼の真後ろに潜んでいた黒猫が、南雲の背後から迫るキメラと連携して触手を射出するが、それを俺が凍らせておき、南雲は、その場で数メートルも跳躍すると空中で反転し上下逆さとなった世界で、標的を見失い宙を泳ぐ黒猫二体とキメラ一体をレールガンの餌食とした。

血肉が花吹雪のように舞い散る中で、着地の瞬間を狙おうとでも言うのか、踏み込んで来たブルタールモドキ二体がメイスを振りかぶる。しかし、そんな在り来りな未来予想が化け物たる南雲に通じるはずもなく、南雲は、“空力”を使って空中で更に跳躍すると、独楽のように回りながら左右のドンナー・シュラークを連射した。

解き放たれた殺意の風が、待ち構えていたブルタールモドキ二体だけでなく、その後ろから迫っていたキメラと四つ目狼の頭部を穿って爆砕させる。それぞれ血肉を撒き散らす魔物達が、慣性の法則に従い南雲の眼下で交差し、少し先で力を失って倒れこんだ。

南雲は、四方に死骸が横たわり血肉で彩られた交差点の真ん中に音もなく着地し、虚空に取り出した弾丸をガンスピンさせながらリロードする。

と、その時、「キュワァアア!」という奇怪な音が突如発生した。南雲がそちらを向くと、六足亀の魔物アブソドが口を大きく開いて南雲の方を向いており、その口の中には純白の光が輝きながら猛烈な勢いで圧縮されているところだった。

それは、先程、メルド団長のもつ“最後の忠誠”に蓄えられていた膨大な魔力だ。周囲数メートルという限定範囲ではあるが、人一人消滅させるには十分以上の威力がある。

その強大な魔力が限界まで圧縮され、次の瞬間、南雲を標的に砲撃となって発射された。射線上の地面を抉り飛ばしながら迫る死の光に、しかし、南雲の瞳に焦燥の色は微塵もない。それは、

静寂の終剣(イルシオン)

魔力の砲撃が直撃した瞬間、魔力そのものが消えたからだ。

俺の終剣の力で魔力を帯びたあらゆる攻撃を無効化する力が働いたのだ。

そして、南雲はいたずらっぽい笑みを口元に浮かべると盾に角度をつけて砲撃を受け流し始めた。逸らされた砲撃が向かう先は……

「ッ!? ちくしょう!」

魔人族の女だ。南雲があっさり魔物を殺し始めた瞬間から、危機感に煽られて大威力の魔術を放つべく仰々しい詠唱を始めたのだが、それに気がついていた南雲が、アブソドの砲撃を指示したであろう魔人族の女に詠唱の邪魔ついでに砲撃を流したのだ。

予想外の事態に、慌てて回避行動を取る魔人族の女に、南雲は盾の角度を調整して追いかけるように砲撃を逸していく。壁を破壊しながら迫る光の奔流に、壁際を必死に走る魔人族の女。その表情に余裕は一切ない。

しかし、いよいよ逸らされた砲撃が直ぐ背後まで迫り、魔人族の女が、自分の指示した攻撃に薙ぎ払われるのかと思われた直後、アブソドが蓄えた魔力が底を尽き砲撃が終ってしまった。

「チッ……」

南雲の舌打ちに反応する余裕もなく、冷や汗を流しながらホッと安堵の息を吐く魔人族の女だったが、次の瞬間には凍りついた。

 

ドパァンッ!

 

炸裂音が轟くと同時に右頬を衝撃と熱波が通り過ぎ、パッと白い何かが飛び散ったからだ。

その何かは、先程まで魔人族の女の肩に止まっていた白鴉の魔物の残骸だった。思惑通りにいかなかったハジメが、腹いせにドンナーをアブソドに、シュラークを白鴉に向けて発砲したのである。

アブソドは、音すら軽く置き去りにする超速の弾丸を避けることも耐えることも、それどころか認識することもできずに、開けっ放しだった口内から蹂躙され、意識を永遠の闇に落とした。

白鴉の方も、胴体を破裂させて一瞬で絶命し、その白い羽を血肉と共に撒き散らした。レールガンの余波を受けた魔人族の女は、衝撃にバランスを崩し尻餅を付きながら、茫然とした様子でそっと自分の頬を撫でる。そこには、白鴉の血肉がべっとりと付着しており、同時に、熱波によって酷い火傷が出来ていた。

あと、数センチずれていたら……そんな事を考えて自然と体が身震いする魔人族の女。それはつまり、今も視線の先で、強力無比をうたった魔物の軍団をまるで戯れに虫を殺すがごとく駆逐している南雲は、いつでも魔人族の女を殺すことが出来るということだ。今この瞬間も、彼女の命は握られているということだ。

戦士たる強靭な精神をもっていると自負している魔人族の女だが、あり得べからざる化け物の存在に体の震えが止まらない。あれは何だ? なぜあんなものが存在している? どうすればあの化け物から生き残ることができる!? 魔人族の女の頭の中では、そんな思いがぐるぐると渦巻いていた。

それは、光輝達も同じ気持ちだった。彼等は、白髪眼帯の少年の正体を直ぐさま南雲とは見抜けず、正体不明の何者かが突然、自分達を散々苦しめた魔物を歯牙にもかけず駆逐しているとしかわからなかったのだ。

「何なんだ……彼は一体、何者なんだ!?」

光輝が動かない体を横たわらせながら、そんな事を呟く。今、周りにいる全員が思っていることだった。その答えをもたらしたのは、先に逃がし、けれど自らの意志で戻ってきた仲間、遠藤だった。

「はは、信じられないだろうけど……あいつは南雲だよ」

「「「「「「は?」」」」」」

遠藤の言葉に、光輝達が一斉に間の抜けた声を出す。遠藤を見て「頭大丈夫か、こいつ?」と思っているのが手に取るようにわかる。遠藤は、無理もないなぁ~と思いながらも、事実なんだから仕方ないと肩を竦めた。

「だから、南雲、南雲ハジメだよ。あの日、橋から落ちた南雲だ。迷宮の底で生き延びて、自力で這い上がってきたらしいぜ。ここに来るまでも、迷宮の魔物が完全に雑魚扱いだった。マジ有り得ねぇ!って俺も思うけど……事実だよ」

「南雲って、え?南雲が生きていたのか!?」

光輝が驚愕の声を漏らす。そして、他の皆も一斉に、現在進行形で殲滅戦を行っている化け物じみた強さの少年を見つめ直し……やはり一斉に否定した。「どこをどう見たら南雲なんだ?」と。そんな心情もやはり、手に取るようにわかる遠藤は、「いや、本当なんだって。めっちゃ変わってるけど、ステータスプレートも見たし」と乾いた笑みを浮かべながら、彼が南雲ハジメであることを再度伝える。

皆が、信じられない思いで、南雲の無双ぶりを茫然と眺めていると、ひどく狼狽した声で遠藤に喰ってかかる人物が現れた。

「う、うそだ。南雲は死んだんだ。そうだろ?みんな見てたじゃんか。生きてるわけない!適当なこと言ってんじゃねぇよ!」

「うわっ、なんだよ! ステータスプレートも見たし、本人が認めてんだから間違いないだろ!」

「うそだ!何か細工でもしたんだろ!それか、なりすまして何か企んでるんだ!」

「いや、何言ってんだよ?そんなことする意味、何にもないじゃないか」

遠藤の胸ぐらを掴んで無茶苦茶なことを言うのは檜山だ。顔を青ざめさせ尋常ではない様子で南雲の生存を否定する。周りにいる近藤達も檜山の様子に何事かと若干引いてしまっているようだ。

「そりゃあ錯乱するわな。自分が殺した筈の人間が目の前で蹂躙劇を繰り広げてんだから。ま、俺らが間に合わずとも生きてたさ。これよりもっと酷くなるだろうがな。」

そんな錯乱気味の檜山に、俺は言って、その直後に比喩ではなくそのままの意味で冷水が浴びせかけられた。檜山の頭上に突如発生した大量の水が小規模な滝となって降り注いだのだ。呼吸のタイミングが悪かったようで若干溺れかける檜山。水浸しになりながらゲホッゲホッと咳き込む。一体何が!? と混乱する檜山に、冷水以上に冷ややかな声がかけられる。

「……大人しくして。鬱陶しいから」

その物言いに再び激高しそうになった檜山だったが、声のする方へ視線を向けた途端、思わず言葉を呑み込んだ。なぜなら、その声の主、ユエの檜山を見る眼差しが、まるで虫けらでも見るかのような余りに冷たいものだったからだ。同時に、その理想の少女を模した最高級のビスクドールの如き美貌に状況も忘れて見蕩れてしまったというのも少なからずある。

それは、光輝達も同じだったようで、突然現れた美貌の少女に男女関係なく自然と視線が吸い寄せられた。女子勢などは明からさまに見蕩れて「ほわ~」と変な声を上げている。単に、美しい容姿というだけでなく、どこか妖艶な雰囲気を纏っているのも、見た目の幼さに反して光輝達を見蕩れさせている要因だろう。

と、その時、魔人族の女が指示を出したのか、魔物が数体、光輝達へ襲いかかった。メルドの時と同じく、人質にでもしようと考えたのだろう。普通に挑んでも、南雲を攻略できる未来がまるで見えない以上、常套手段だ。

「……大丈夫」

ユエが、一言告げて、今まさにその爪牙を、触手を、メイスを振るわんとしている魔物達を睥睨する。そして、ただ一言、魔術のトリガーを引いた。

「“蒼龍”」

その瞬間、ユエ達の頭上に直径一メートル程の青白い球体が発生した。それは、炎系の魔法を扱うものなら知っている最上級魔術の一つ、あらゆる物を焼滅させる蒼炎の魔術“蒼天”だ。それを詠唱もせずにノータイムで発動など尋常ではない。特に、後衛組は、何が起こったのか分からず呆然と頭上の蒼く燃え盛る太陽を仰ぎ見た。

しかし、彼等が本当に驚くべきはここからだった。なぜなら、燦然と燃え盛る蒼炎が突如うねりながら形を蛇のように変えて、今まさにメイスを振り降ろそうとしていたブルタールモドキ達に襲いかかるとそのまま呑み込み、一瞬で灰も残さず滅殺したからだ。

宙を泳ぐように形を変えていく蒼炎は、やがてその姿を明確にしていく。それは蒼く燃え盛る龍だ。全長三十メートル程の蒼龍はユエを中心に光輝達を守るようにとぐろを巻くと鎌首をもたげた。そして、全てを滅する蒼き灼滅の業火に阻まれて接近すら出来ずに立ち往生していた魔物達に向かって、その顎門をガバッっと開く。

 

ゴァアアアアア!!!

 

爆ぜる咆哮が轟く。と、その直後、たじろぐ魔物達の体が突如重力を感じさせず宙に浮いたかと思うと、次々に蒼龍の顎門へと向けて飛び込んでいった。突然の事態にパニックになりながらも必死に空中でもがき逃げようとする様子から自殺ではないとわかるが、一直線に飛び込んで灰すら残さず焼滅していく姿は身投げのようで、タチの悪い冗談にしか見えない。

「なに、この魔法……」

それは誰の呟きか。周囲の魔物を余さず引き寄せ勝手に焼滅させていく知識にない魔術に、もう光輝達は空いた口が塞がらない。それも仕方のないことだ。なにせ、この魔術は、“雷龍”と同じく、炎系最上級魔術“蒼天”と神代魔術の一つ重力魔術の複合魔術でユエのオリジナルなのだから。

ちなみに、なぜ“雷龍”ではなく“蒼龍”なのかというと、単にユエの鍛錬を兼ねているからという理由だったりする。雷龍は、風系の上級である雷系と重力魔術の複合なので、難易度や単純な威力では“蒼龍”の方が上なのだ。最近、ようやく最上級の複合も出来るようになってきたのでお披露目してみたのである。

当然、そんな事情を知らない光輝達は、術者であるユエに説明を求めようと“蒼龍”から視線を戻した。しかし、背筋を伸ばして悠然と佇み蒼き龍の炎に照らされる、いっそ神々しくすら見えるユエの姿に息を呑み、説明を求める言葉を発することが出来なかった。そんなユエに早くも心奪われている者が数人………全く関係ないが、鈴の中の小さなおっさんが歓喜の声を上げているようだ。軽く嫉妬をした。

一方、魔人族の女は、遠くから“蒼龍” の異様を目にして、内心「化け物ばっかりか!」と悪態をついていた。そして、次々と駆逐されていく魔物達に焦燥感をあらわにして、先程復活をしたメルドの傍らにいる黒髪清楚な少女と兎人族の少女、離れたところで寄り添っている二人の少女に狙いを変更することにした。

しかし、魔人族の女は、これより更なる理不尽に晒されることになる。

シアに襲いかかったブルタールモドキは、振り向きざまのドリュッケンの一撃で頭部をピンボールのように吹き飛ばされ、逆方向から襲いかかった四つ目狼も最初の一撃を放った勢いのまま体を独楽のように回転させた、遠心力のたっぷり乗った一撃を頭部に受けて頭蓋を粉砕されあっさり絶命した。

また、奈瑠紅と綾辻を狙ってキメラや黒猫が襲いかかった。殺意を撒き散らしながら迫り来る魔物に歯噛みしながら半ばから折れた槍を構えようとする奈瑠紅だったが、それを制止するように、周囲で浮遊していたクロスビットがスっと奈瑠紅とキメラの間に入る。

自分を守るように動いた謎の十字架に奈瑠紅が若干動揺していると、突然、十字架が長い方の先端をキメラに向けて轟音を響かせた。綾辻が「ホントに何なの!?」と内心絶叫していると、その頬を掠めるように何かがくるくると飛び、カランカランという金属音を響かせて地面に落ちた。綾辻の側でも同じく轟音が響き、やはり同じように金属音が響く。

綾辻と奈瑠紅が、混乱しつつも、とにかく迫り来る魔物に注意を戻すと、そこには頭部を爆砕させた魔物達の姿が……唖然としつつ、先程の金属音の元に視線を転じてその正体を確かめる。

「これって……薬莢?」

「薬莢って……銃の?」

綾辻と奈瑠紅が、馴染みのない知識を引っ張り出し顔を見合わせる。そして、南雲が両手に銃をもって大暴れしている姿を見やって確信する。自分達を守るように浮遊する十字架は、どこぞのオールレンジ兵器なのだと。

「す、すごい……南雲さんはファ○ネル使いだったのですか。」

「彼、いつの間にニュー○イプになったのよ……」

周囲の魔物が一瞬で駆逐されたことで多少の余裕を取り戻した綾辻と奈瑠紅が、二人には似つかわしくないツッコミを入れる、実はそれがクロスビットを通して南雲に伝わっており、なぜ二人がそのネタを知っているのかと逆に南雲の方がツッコミを入れていたりするのだが、ユエ達で鍛えられたスルースキルで、南雲は気にしないことした。

「ホントに……なんなのさ」

力なく、そんなことを呟いたのは魔人族の女だ。何をしようとも全てを力でねじ伏せられ粉砕される。そんな理不尽に、諦観の念が胸中を侵食していく。もはや、魔物の数もほとんど残っておらず、誰の目から見ても勝敗は明らかだ。

魔人族の女は、最後の望み! と逃走のために温存しておいた魔術を南雲に向かって放ち、全力で四つある出口の一つに向かって走った。南雲のいる場所に放たれたのは“落牢”だ。それが、南雲の直ぐ傍で破裂し、石化の煙が南雲を包み込んだ。光輝達が息を飲み、綾辻と雫奈瑠紅悲鳴じみた声で南雲の名を呼ぶ。

動揺する光輝達を尻目に、魔人族の女は、遂に出口の一つにたどり着いた。

しかし……

「はは……既に詰みだったわけだ」

「その通り」

魔人族の女の目の前、通路の奥に十字架が浮遊しておりその暗い銃口を標的へと向けていた。乾いた笑いと共に、ずっと前、きっと南雲に攻撃を仕掛けてしまった時から既にチェックメイトをかけられていたことに今更ながらに気がつき、思わず乾いた笑い声を上げる魔人族の女。そんな彼女に背後から憎たらしいほど平静な声がかかる。

魔人族の女が、今度こそ瞳に諦めを宿して振り返ると、石化の煙の中から何事もなかったように歩み寄ってくる南雲の姿が見えた。そして、拡散しようとする石化の煙を紅い波動“魔力放射”で別の通路へと押し流す。

「……この化け物め。上級魔法が意味をなさないなんて、あんた、本当に人間?」

「実は、自分でも結構疑わしいんだ。だが、化け物というのも存外悪くないもんだぞ?」

そんな軽口を叩きながら少し距離を置いて向かい合う南雲と魔人族の女。チラリと魔人族の女が部屋の中を見渡せば、いつの間にか本当に魔物が全滅しており、改めて、小さく「化け物め」と罵った。

南雲は、それを無視してドンナーの銃口をスっと魔人族の女に照準する。眼前に突きつけられた死に対して、魔人族の女は死期を悟ったような澄んだ眼差しを向けた。

「さて、普通はこういう時、何か言い遺すことは?と聞くんだろうが……生憎、お前の遺言なんぞ聞く気はない。それより、魔人族がこんな場所で何をしていたのか……それと、あの魔物を何処で手に入れたのか……吐いてもらおうか?」

「あたしが話すと思うのかい?人間族の有利になるかもしれないのに? バカにされたもんだね」

嘲笑するように鼻を鳴らした魔人族の女に、南雲は冷めた眼差しを返した。そして、何の躊躇いもなくドンナーを発砲し魔人族の女の両足を撃ち抜いた。

「あがぁあ!!」

悲鳴を上げて崩れ落ちる魔人族の女。魔物が息絶え静寂が戻った部屋に悲鳴が響き渡る。情け容赦ない南雲の行為に、背後でクラスメイト達が息を呑むのがわかった。しかし、南雲はそんな事は微塵も気にせず、ドンナーを魔人族の女に向けながら再度話しかけた。

「人間族だの魔人族だの、お前等の世界の事情なんざ知ったことか。俺は人間族として聞いているんじゃない。俺が知りたいから聞いているんだ。さっさと答えろ」

「……」

痛みに歯を食いしばりながらも、南雲を睨みつける魔人族の女。その瞳を見て、話すことはないだろうと悟った南雲は、勝手に推測を話し始めた。

「ま、大体の予想はつく。ここに来たのは、“本当の大迷宮”を攻略するためだろ?」

魔人族の女が、南雲の言葉に眉をピクリと動かした。その様子をつぶさに観察しながら南雲が言葉を続ける。

「あの魔物達は、神代魔法の産物……図星みたいだな。なるほど、魔人族側の変化は大迷宮攻略によって魔物の使役に関する神代魔法を手に入れたからか……とすると、魔人族側は勇者達の調査・勧誘と並行して大迷宮攻略に動いているわけか……」

「どうして……まさか……」

南雲が口にした推測の尽くが図星だったようで、悔しそうに表情を歪める魔人族の女は、どうしてそこまで分かるのかと疑問を抱き、そして一つの可能性に思い至る。その表情を見て、南雲は、魔人族の女が、南雲もまた大迷宮の攻略者であると推測した事に気がつき、視線で「正解」と伝えてやった。

「なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける……もう、いいだろ?ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……」

「あの方……ね。魔物は攻略者からの賜り物ってわけか……」

捕虜にされるくらいならば、どんな手を使っても自殺してやると魔人族の女の表情が物語っていた。そして、だからこそ、出来ることなら戦いの果てに死にたいとも。南雲としては神代魔法と攻略者が別にいるという情報を聞けただけで十分だったので、もう用済みだとその瞳に殺意を宿した。

魔人族の女は、道半ばで逝くことの腹いせに、負け惜しみと分かりながら南雲に言葉をぶつけた。

「いつか、あたしの恋人があんたを殺すよ」

その言葉に、南雲は口元を歪めて不敵な笑みを浮かべる。

「敵だと言うなら神だって殺す。その神に踊らされてる程度の奴じゃあ、俺には届かない」

互いにもう話すことはないと口を閉じ、南雲は、ドンナーの銃口を魔人族の女の頭部に向けた。

しかし、いざ引き金を引くという瞬間、大声で制止がかかる。

「待て!待つんだ、南雲!彼女はもう戦えないんだぞ!殺す必要はないだろ!」

「……」

南雲は、ドンナーの引き金に指をかけたまま、「何言ってんだ、アイツ?」と訝しそうな表情をして肩越しに振り返った。光輝は、フラフラしながらも少し回復したようで何とか立ち上がると、更に声を張り上げた。

「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。南雲も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

余りにツッコミどころ満載の言い分に、南雲は聞く価値すらないと即行で切って捨てた。そして、無言のまま……引き金を引いた。

 

ドパンッ!

 

乾いた破裂音が室内に木霊する。解き放たれた殺意は、狙い違わず魔人族の女の額を撃ち抜き、彼女を一瞬で絶命させた。

静寂が辺りを包む。クラスメイト達は、今更だと頭では分かっていても同じクラスメイトが目の前で躊躇いなく人を殺した光景に息を呑み戸惑ったようにただ佇む。

だが、当然、正義感の塊たる勇者の方は黙っているはずがなく、静寂の満ちる空間に押し殺したような光輝の声が響いた。

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」

南雲は、シアの方へ歩みを勧めながら、自分を鋭い眼光で睨みつける光輝を視界の端に捉え、一瞬、どう答えようかと迷ったが、次の瞬間には、そもそも答える必要ないな!と考えさらりと無視することにした。

もっとも、そんなの態度を相手が許容するかは別問題である……

必死に感情を押し殺した光輝の声が響く中、その言葉を向けられている当人はというと、まるでその言葉が聞こえていないかのように、スタスタと倒れ伏すメルドの傍に寄り添う香織とシアのもとへ歩みを進めた。

「香織、メルドの容態はどうだ?」

「うん、命に別状はないけど疲労と魔力枯渇だったから神水を少し分けておいたよ。」

「ああ、この人には、それなりに世話になったんだ。それに、メルドが抜ける穴は、色んな意味で大きすぎる。特に、勇者パーティーの教育係に変なのがついても困るしな。まぁ、あの様子を見る限り、メルドもきちんと教育しきれていないようだが……人格者であることに違いはない。死なせるにはいろんな意味で惜しい人だ」

南雲は、龍太郎に支えられつつクラスメイト達と共に歩み寄ってくる光輝が、未だ南雲を睨みつけているのをチラリと見ながら、シアに、メルドへの神水の使用許可を出した理由を話した。ちなみに、“変なの”とは、例えば、聖教教会のイシュタルのような人物のことである。

「……ハジメ君」

「香織。ありがとな、頼み聞いてくれて」

「うんっ」

香織が自分の名を呼び見上げてくるので頬を優しく撫でながら、南雲は、感謝の意を伝えた。それに、視線で「気にしないで」と伝えながらも、嬉しそうに目元を綻ばせる香織。自然、南雲の眼差しも和らぎ見つめ合う形になる。

「……お二人共、空気読んで下さいよ……ほら、正気に戻って! ぞろぞろ集まって来ましたよ!」

「……ん、周りに注意」

既に病気と言ってもいいくらい、いつも通り二人の世界を作り始めた南雲と香織に、シアがパンパンと手を鳴らしながらツッコミを入れて正気に戻す。ユエも戻って来て注意する。

何やら、光輝とは違う意味で南雲を睨む視線が増えたような気がする。

「おい、南雲。なぜ、彼女を───」

「メルドの体力と魔力がねぇのは当たり前だ。ガチな蘇生だぞ?英霊ならまだしも人間でそんなことをしたら体力が持たずに死ぬのが目に見えてわかる。この世界の人間はあっちより体力があるから生き残ってるがな。」

南雲を問い詰めようとした光輝の言葉を遮って、俺が声を掛ける。

取り敢えず、メルドは心配ないとわかり安堵の息を吐くクラスメイト達。そこで、光輝が再び口を開く。

「おい、南雲、メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、かの──」

「そんで、これで取り敢えずは一件落着だ。帰ろうぜ?」

「待ってくれ!南雲は無抵抗の人を殺したんだ。話し合う必要がある。南雲から離れた方がいい」

何処か南雲を責めるように睨みながら、南雲と会話をする俺を引き離そうとしている。単に、人殺しの傍にいることに危機感を抱いているのか

「ちょっと、光輝!南雲君は、貴方達を助けたのよ?そんな言い方はないでしょう?」

今まで、魔物を狩ったり露払いに徹していた雫が此方に歩きながら言う。

「だが、雫。彼女は既に戦意を喪失していたんだ。殺す必要はなかった。南雲がしたことは許されることじゃない」

「あのね、光輝、いい加減にしなさいよ?大体……」

光輝の物言いに、雫が目を吊り上げて反論する。クラスメイト達は、どうしたものかとオロオロするばかりであったが、檜山達は、元々南雲が気に食わなかったこともあり、光輝に加勢し始める。

次第に、南雲の行動に対する議論が白熱し始めた。

そんな彼等に、今度は比喩的な意味で冷水を浴びせる声が一つ。

「……くだらない連中。ハジメ、香織、もう行こう?」

「あー、うん、そうだな」

絶対零度と表現したくなるほどの冷たい声音で、光輝達を“くだらない”と切って捨てたのはユエだ。その声は、小さな呟き程度のものだったが、光輝達の喧騒も関係なくやけに明瞭に響いた。一瞬で、静寂が辺りを包み、光輝達がユエに視線を向ける。

南雲は、元々遠藤から話を聞いて、愛ちゃん先生を悲しませないために来ただけなので用は済んでいる。なので、南雲の手を娘のように引くユエに従い、部屋を出ていこうとした。香織やシアも、周囲を気にしながら追従する。

そんな南雲達に、やっぱり光輝が待ったをかけた。

「待ってくれ。こっちの話しは終わっていない。南雲の本音を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ?助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないんて……失礼だろ?一体、何がくだらないって言うんだい?」

「……」

光輝が、またズレた発言をする。言っている事自体はいつも通り正しいのだが、状況と照らし合わせると、「自分の胸に手を置いて考えろ」と言いたくなる有様だ。ここまでくれば、何かに呪われていると言われても不思議ではない。

ユエは、既に光輝に見切りをつけたのか、会話する価値すらないと思っているようで視線すら合わせない。光輝は、そんなユエの態度に少し苛立ったように眉をしかめるが、直ぐに、いつも女の子にしているように優しげな微笑みを携えて再度、ユエに話しかけようとした。

このままでは埓があかないどころかユエを不快にさてしまうと感じた南雲が言おうとしたが静観していた迦楼那が代わりに少しだけ答えることにした。

「天之河。貴様は嘘つき(・・・)だ。それだと貴様は呪縛から逃れられそうにないだからこそ少しだけ指摘させもらおう」

「嘘つきだって?俺が、間違っているとでも言う気ですか先生?俺は、人として当たり前の事を言っているだけだ」

南雲から心底面倒です!という表情を向けられ、不機嫌そうに迦楼那に反論する光輝に取り合わず、迦楼那は言葉を続けた。

「誤魔化すな」

「いきなり何を……」

「貴様は、南雲があの女を殺したから怒っているんじゃない。人死を見るのが嫌だっただけだ。だが、自分達を殺しかけ、騎士団員を殺害したあの女を殺した事自体を責めるのは、流石に、お門違いだと分かっている。だから、無抵抗の相手を殺したと論点をズラした。見たくないものを見させられた、自分が出来なかった事をあっさりやってのけられた。その八つ当たりをしているだけだ。さも、正しいことを言っている風を装ってな。タチが悪いのは、貴様自身にその自覚がないこと。いや、自覚しようとしない。その息をするように自然なご都合解釈」

「ち、違う!勝手なこと言うな!南雲が、無抵抗の人を殺したのは事実だろうが!」

「敵を殺す、それの何が悪い?」

「なっ!?何がって、人殺しだぞ!悪いに決まってるだろ!」

「ブフッ!?人殺しが悪い!?何当たり前なことを言ってんだ光輝(ひかってる)!だが、それが許容されるもんは確実にあるぜ!!それは戦争だ!!!戦争に善悪無抵抗などない!あるのは命の奪い合い。生きるか死ぬかのどちらかだ!!敵と出会えば殺す。戦争だと当たり前なことだぞ!?それを殺してはならないってそれじゃあただのチャンバラで遊ぶガキの集団と変わんねぇじゃねぇか!!!」

光輝が当たり前なことを言ってきたのでその例外を教えてやる。それに続いて南雲も言う。

「はぁ、お前と議論するつもりはないから、もうこれで終いな?――――俺は、敵対した者には一切容赦するつもりはない。敵対した時点で、明確な理由でもない限り、必ず殺す。泉奈が言ったように善悪だの抵抗の有無だのは関係ない。甘さを見せた瞬間、死ぬということは嫌ってくらい理解したからな。これは、俺が奈落の底で培った価値観であり、他人に強制するつもりはない。が、それを気に食わないと言って俺の前に立ちはだかるなら……」

南雲が一瞬で距離を詰めて光輝の額に銃口を押し付ける。同時に、南雲の“威圧”が発動し周囲に濃密な殺気が大瀑布のごとく降りかかった。息を呑む光輝達。仲間内でもっとも速い奈瑠紅の動きすら見えない光輝には、今の南雲の動きはまるで察知出来ず、戦慄の表情をする。

「例え、元クラスメイトでも躊躇いなく殺す」

「お、おまえ……」

「勘違いするなよ?俺は、戻って来たわけじゃないし、まして、お前等の仲間でもない。愛子先生の義理を果たしに来ただけ。ここを出たらお別れだ。俺には俺の道がある」

それだけ言うと、何も答えず生唾を飲む光輝をひと睨みして、南雲はドンナーをホルスターにしまった。“威圧”も解けて、盛大に息を吐き南雲を複雑そうな眼差しで見るクラスメイト達だったが、光輝は、やはり納得出来ないのか、なお何かを言い募ろうとした。しかし、それは、うんざりした雰囲気のユエのキツイ一言によって阻まれる。

「……戦ったのはハジメ。恐怖に負けて逃げ出した負け犬にとやかくいう資格はない」

「なっ、俺は逃げてなんて……」

実は、南雲達が、ピンポイントであの場所に落ちてこられたのは偶然ではない。ちょうど上階を移動している時に莫大な魔力の奔流を感じて光輝達だと察した南雲が、感知系能力をフル活用して階下の気配を探り、錬成とパイルバンカーで撃ち抜いたというのが真相である。

そして、その時感じた魔力の奔流とは、光輝の“覇潰”だった。感じた力の大きさからすれば、あの状態の光輝なら魔人族の女を討てたはずだと、俺達はわかっていた。なので、その後の現場の状況と合わせて光輝が人殺しを躊躇い、そのためにあの窮地を招いたのだと看破していたのだ。それが、ユエの言う“恐怖に負けて逃げ出した”という言葉である。

光輝が、ユエに反論しようとすると、そこへ、深みのある声が割って入った。

「よせ、光輝」

「メルドさん!」

メルドは、少し前に意識を取り戻して、光輝達の会話を聞いていたようだ。まだ少しボーとするのか、意識をはっきりさせようと頭を振りながら起き上がる。そして、自分の腹など怪我していたはずの箇所を見て、不思議そうな顔で首を傾げた。

香織が、メルドに簡潔に何があったのかを説明する。メルドは、自分が蘇生術で甦り、何やら貴重な薬で奇跡的に助けられたことを知り、そして、その相手が俺や南雲であると聞いて、南雲の生存を心底喜んだ。また、救われたことに礼を述べながら、あの時、助けられなかった事を土下座する勢いで謝罪するメルドに、南雲は居心地悪そうにして謝罪を受け取った。

南雲としては、全く気にしていなかったというか、メルドが言った「絶対助けてやる」という言葉自体忘却の彼方だったのだが……深々と頭を下げて謝罪するメルドを前に空気を読んだのだ。

南雲とのやり取りが終わると、メルドは、光輝に向き直り、南雲にしたのと同じように謝罪した。

「メ、メルドさん? どうして、メルドさんが謝るんだ?」

「当然だろ。俺はお前等の教育係なんだ……なのに、戦う者として大事な事を教えなかった。人を殺す覚悟のことだ。時期がくれば、偶然を装って、賊をけしかけるなりして人殺しを経験させようと思っていた……魔人族との戦争に参加するなら絶対に必要なことだからな……だが、お前達と多くの時間を過ごし、多くの話しをしていく内に、本当にお前達にそんな経験をさせていいのか……迷うようになった。騎士団団長としての立場を考えれば、早めに教えるべきだったのだろうがな……もう少し、あと少し、これをクリアしたら、そんな風に先延ばしにしている間に、今回の出来事だ……私が半端だった。教育者として誤ったのだ。そのせいで、お前達を死なせるところだった……申し訳ない」

そう言って、再び深く頭を下げるメルドに、クラスメイト達はあたふたと慰めに入る。

どうやら、メルドはメルドで光輝達についてかなり悩んでいたようだ。団長としての使命と私人としての思いの狭間で揺れていたのだろう。

メルドも、王国の人間である以上、聖教教会の信者だ。それ故に、“神の使徒”として呼ばれた光輝達が魔人族と戦うことは、当然だとか名誉なことだとか思ってもおかしくはない。にもかかわらず、光輝達が戦うことに疑問を感じる時点で、何とも人がいいというか、優しいというか、南雲の言う通り人格者と評してもいいレベルだ。

メルドの心の内を聞き、押し黙る光輝。そう遠くないうちに人を殺さなければならなかったと言われ、魔人族の女を殺しかけた時の恐怖を思い出したようだ。それと同時に、たとえ賊であっても人である者を訓練のために殺させようとしていたメルドの言葉にショックも受けていた。賊くらいなら、圧倒出来るだけの力はあるので、わざわざ殺すなんて……と。

「………………おい光輝、その考え方は捨てろ。言っただろ、この世界での殺し合いは生きるか死ぬかだと。それに、あんたのそれが生粋の戦士達にとって生き恥そのもの。相対したも者の侮辱としれ。」

俺は光輝の考えていることを悟って忠告する。

 

✲✲✲

 

光輝達が微妙な雰囲気になっているのを尻目に、南雲が香織とユエ、シアを連れて、パイルバンカーの杭などいくつかのものを回収し、開けた竪穴から出ていこうとし、俺達もそれに続く。それに気がついた光輝達も、俺達に追随し始める。全員、消耗しているので地上に出るまでの間、南雲達に便乗しようと遠藤が提案し、メルドが南雲に頼み込んで了承を取ったのである。

地上へ向かう道中、邪魔くさそうに魔物の尽くを軽く瞬殺していく南雲に、改めて、その呆れるほどの強さを実感して、これが、かつて“無能”と呼ばれていた奴なのかと様々な表情をするクラスメイト達。

檜山は、青ざめた表情のまま南雲を睨み、近藤達は妬みの視線を送り、永山達は感嘆の視線を向けながらも仲間ではないとはっきり言われた事に複雑な表情をしている。

近藤達は、南雲の実力を間近で見て萎縮はしているものの、以前の南雲に対する意識が抜けきっていないのだろう。永山達は、南雲が檜山達にどういう扱いを受けているか知っていながら見て見ぬふりをしていたことから、後ろめたさがあるようだ。仲間と思われなくても仕方ないかもしれないと……

背後からぞろぞろと様々な視線を向けてくる光輝達を、サクッと無視して我が道を進む南雲。

途中、鈴の中のおっさんが騒ぎ出しユエにあれこれ話しかけたり、南雲に何があったのか質問攻めにしたり、二人が余り相手にしてくれないと悟るとシアの巨乳とウサミミを狙いだしたりして、雫に物理的に止められたり、近藤達がユエやシアに下心満載で話しかけて完全に無視されたり、それでもしつこく付き纏った挙句、無断でシアのウサミミに触ろうとして南雲からゴム弾をしこたま撃ち込まれたり、ヤクザキックを受けて嘔吐したり、マジな殺気を受けて少し漏らしながら今度こそ恐怖を叩き込まれたり――――色々ありつつ、遂に、一行は地上へとたどり着いた。

それは、【オルクス大迷宮】の入場ゲートを出た瞬間にやって来た。

「あっ! パパぁー!!」

「むっ! ミュウか」

南雲をパパと呼ぶ幼女の登場である。

「パパぁー!! おかえりなのー!!」

【オルクス大迷宮】の入場ゲートがある広場に、そんな幼女の元気な声が響き渡る。

各種の屋台が所狭しと並び立ち、迷宮に潜る冒険者や傭兵相手に商魂を唸らせて呼び込みをする商人達の喧騒。そんな彼等にも負けない声を張り上げるミュウに、周囲にいる戦闘のプロ達も微笑ましいものを見るように目元を和らげていた。

 ステテテテー! と可愛らしい足音を立てながら、南雲へと一直線に駆け寄ってきたミュウは、そのままの勢いで南雲へと飛びつく。南雲が受け損なうなど夢にも思っていないようだ。

テンプレだと、ロケットのように突っ込んで来た幼女の頭突きを腹部に受けて身悶えするところだが、生憎、南雲の肉体はそこまで弱くない。むしろ、ミュウが怪我をしないように衝撃を完全に受け流しつつ、しっかり受け止めた

「ミュウ、迎えに来たのか? ティオはどうした?」

「うん。ティオお姉ちゃんが、そろそろパパが帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんは……」

「妾は、ここじゃよ」

人混みをかき分けて、妙齢の黒髪金眼の美女が現れる。言うまでもなくティオだ。南雲は、いつはぐれてもおかしくない人混みの中で、ミュウから離れたことを批難する。

「おいおい、ティオ。こんな場所でミュウから離れるなよ」

「目の届く所にはおったよ。ただ、ちょっと不埒な輩がいての。凄惨な光景はミュウには見せられんじゃろ」

「なるほど。それならしゃあないか……で?その自殺志願者は何処だ?」

「いや、ご主人様よ。妾がきっちり締めておいたから落ち着くのじゃ」

「……チッ、まぁいいだろう」

「……ホントに子離れ出来るのかの?」

どうやら、ミュウを誘拐でもしようとした阿呆がいるらしい。ミュウは、海人族の子なので、目立たないようにこういう公の場所では念のためフードをかぶっている。そのため、王国に保護されている海人族の子とわからないので、不埒な事を考える者もいるのだ。フードから覗く顔は幼くとも整っており、非常に可愛らしい顔立ちであることも原因の一つだろう。目的が身代金かミュウ自体かはわからないが。

南雲が、暗い笑みを浮かべながら犯人の所在を聞くが、明らかに殺る気だとわかるので、ティオが半ば呆れながら諌める。最初は、パパと呼ばれることを心底嫌がっていたくせに、今では普通にパパをしている南雲。エリセンで、きちんとお別れできるのか……ミュウより南雲の方が不安である。

そんな、南雲とティオの会話を呆然と聞いていた光輝達。南雲が、この四ヶ月の間に色々な経験を経て自分達では及びもつかないほど強くなったことは理解したが、「まさか父親になっているなんて!」と誰もが唖然とする。特に男子などは、「一体、どんな経験積んできたんだ!」と、視線が自然と香織やユエ、シアにそして突然現れた黒髪巨乳美女に向き、明らかに邪推をしていた。南雲が、迷宮で無双した時より驚きの度合いは強いかもしれない。

「ふふっ。」

その時、香織が妖艶な笑顔をしていた。

俺達は、現在、入場ゲートを離れて、町の出入り口付近の広場に来ていた。

南雲は、ロア支部長の下へ依頼達成報告をし、二、三話してから、いろいろ騒がしてしまったので早々に町を出ることにしたのだ。元々、南雲達はロアにイルワからの手紙を届ける為だけに寄った様なものなので、旅用品で補充すべきものもなく、直ぐに出ても問題はなかった筈。

そして光輝達がぞろぞろと、出ていこうとする南雲達の後について来た。何故かと言うと、香織がついて行ったからだ。

せっかく戻ってきたのだ。一緒に居たいと思うのは確実だろう。

いよいよ、南雲達が出て行ってしまうというその時、何やら不穏な空気が流れた。十人ほどの男が進路を塞ぐように立ちはだかっているのが見えた。

「おいおい、どこ行こうってんだ? 俺らの仲間、ボロ雑巾みたいにしておいて、詫びの一つもないってのか?ァア゙ン!?」

薄汚い格好の武装した男が、いやらしく頬を歪めながらティオを見て、そんな事をいう。どうやら、先程、ミュウを誘拐しようとした連中のお仲間らしい。ティオに返り討ちにあったことの報復に来たようだ。もっとも、その下卑た視線からは、ただの報復ではなく別のものを求めているのが丸分かりだ。

この町で、冒険者ならばギルドの騒動は知っているはずなので、南雲に喧嘩を売るような真似をするはずがない。なので、おそらく彼等は、賊紛いの傭兵と言ったところなのだろう。

俺達が、噛ませ犬的なゲス野郎どもに因縁を付けられるというテンプレな状況に呆れていると、それを恐怖で言葉も出ないと勘違いしたようで、傭兵崩れ達は、更に調子に乗り始めた。

その視線が香織やユエ、シアにも向く。舐めるような視線に晒され、心底気持ち悪そうに南雲の影に体を隠す香織とユエ、シアに、やはり怯えていると勘違いして、香織達に囲まれているハジメを恫喝し始めた。

「ガキィ! わかってんだろ? 死にたくなかったら、女置いてさっさと消えろ! なぁ~に、きっちりわび入れてもらったら返してやるよ!」

「まぁ、そん時には、既に壊れてるだろうけどな~」

何が面白いのか、ギャハハーと笑い出す男達。そのうちの一人がミュウまで性欲の対象と見て怯えさせ、また他の一人が兎人族を人間の性欲処理道具扱いした時点で、彼等の運命は決まった。

いつもの通り、空間すら軋んでいると錯覚しそうな大瀑布の如きプレッシャーが傭兵紛いの男達に襲いかかる。彼等の聞くに耐えない発言に憤り、進み出た光輝がプレッシャーに巻き込まれフラついているのが視界の片隅に映っていたが、南雲は気にすることもなく男達に向かって歩み寄った。

今更になって、自分達が絶対に手を出してはいけない相手に喧嘩を売ってしまったことに気がつき慌てて謝罪しようとするが、プレッシャーのせいで四つん這い状態にされ、口を開くこともできないので、それも叶わない。

南雲は、もう彼等に口を開かせるつもりがなかったのだ。シアを性欲処理道具扱いしたことも、南雲をキレさせるには十分な理由だったが、ミュウに悪意を向けて怯えさせたことが、彼等に死よりも辛い人生を歩ませる決断へと繋がった。

南雲は、少しプレッシャーを緩めて全員を膝立ちさせ一列に整列させると、端から順番に男の象徴を撃ち抜いていくという悪魔的な所業を躊躇いなく実行した。さらに、悲鳴を上げながら、股間を押さえてのたうち回る男達を一人ずつ蹴り飛ばし、絶妙な加減で骨盤も粉砕して広場の隅っこに積み重ねていった。これで、彼等は子供を作れなくなり、おそらく歩くことも出来なくなっただろう。今後も頑張って生きていくかは本人次第である。

余りに容赦ない反撃に、光輝達がドン引きしたように後退る。特に、男子生徒達は全員が股間を押さえて顔を青ざめさせていた。

俺は肉体を氷化して股間だけを無くす、俗に言う女体化という方法で股間を押さえるようなことをしなくて済む。後でちゃんと治したが。

 

香織がまた南雲と共に出発。そんな香織の意志に異議を唱える者が……もちろん、“勇者”天之河光輝だ。

「ま、待て!待ってくれ!意味がわからない。香織が付いていく? えっ?どういう事なんだ?なんで、いきなりそんな話しになる?南雲!お前、いったい香織に何をしたんだ!」

「……何でやねん」

どうやら、光輝は、香織が南雲にまた着いていくという現実を認めないらしい。いきなりではなく、単に光輝が気がついていなかっただけなのだが、光輝の目には、突然、香織が奇行に走り、その原因は南雲にあるという風に見えたようだ。本当に、どこまでご都合主義な頭をしているのだと思わず関西弁でツッコミを入れてしまう俺。

完全に、南雲が香織に何かをしたのだと思い込み、半ば聖剣に手をかけながら憤然と歩み寄ってくる光輝に、雫が頭痛を堪えるような仕草をしながら光輝を諌めにかかった。

「光輝。南雲君が何かするわけないでしょ?冷静に考えなさい。あんたはこの前に泉奈に言われた筈だけど、香織は彼の婚約者なのよ?それこそ、日本にいるときからね。どうして香織が、あんなに頻繁に話しかけていたと思うのよ」

「雫……何を言っているんだ……あれは、香織が優しいから、南雲が一人でいるのを可哀想に思ってしてたことだろ? 協調性もやる気もない、オタクな南雲を香織が好きになるわけないじゃないか。そしてそれを見た泉奈が勘違いしたんだろ?」

光輝と雫の会話を聞きながら、事実だが面と向かって言われると意外に腹が立つと頬をピクピクさせる南雲。

そこへ、光輝達の騒動に気がついた香織が自らケジメを付けるべく光輝とその後ろのクラスメイト達に語りかけた。

「天之河くん、みんな、ごめんね。自分勝手だってわかってるけど……私、ハジメくんと一緒にいたい。だから、ここには残らない。本当にごめんなさい」

そう言って深々と頭を下げる香織に、鈴や恵里、綾子や真央など女性陣はキャーキャーと騒ぎながらエールを贈った。永山、遠藤、野村の三人も、香織の心情は察していたので、気にするなと苦笑いしながら手を振った。

おい鈴よ、貴方は私とこの世界では入籍したでしょう。

しかし、当然、光輝は香織の言葉に納得出来ない。

「嘘だろ?だって、おかしいじゃないか。香織は、ずっと俺の傍にいたし……これからも同じだろ?香織は、俺の幼馴染で……だから……俺と一緒にいるのが当然だ。そうだろ、香織」

「えっと……光輝くん。私は幼馴染だなんて思った事無いんだけど…………それにずっと一緒にいるわけじゃないよ?それこそ、当然だと思うのだけど……」

「そうよ、光輝。香織は、別にあんたのものじゃないんだから、何をどうしようと決めるのは香織自身よ。いい加減にしなさい」

幼馴染と思っていた二人にそう言われ、呆然とする光輝。その視線が、スッと南雲へと向く。南雲は、我関せずと言った感じで遠くを見ていた。その南雲の周りには美女、美少女が侍っている。その光景を見て、光輝の目が次第に吊り上がり始めた。あの中に、自分の(・・・)香織が入ると思うと、今まで感じたことのない黒い感情が湧き上がってきたのだ。そして、衝動のままに、ご都合解釈もフル稼働する。

「香織。行ってはダメだ。これは、香織のために言っているんだ。見てくれ、あの南雲を。女の子を何人も侍らして、あんな小さな子まで……しかも兎人族の女の子は奴隷の首輪まで付けさせられている。黒髪の女性もさっき南雲の事を『ご主人様』って呼んでいた。きっと、そう呼ぶように強制されたんだ。南雲は、女性をコレクションか何かと勘違いしている。最低だ。人だって簡単に殺せるし、強力な武器を持っているのに、仲間である俺達に協力しようともしない。香織、あいつに付いて行っても不幸になるだけだ。だから、ここに残った方がいい。いや、残るんだ。例え恨まれても、君のために俺は君を止めるぞ。絶対に行かせはしない!」

光輝の余りに突飛な物言いに、香織達が唖然とする。しかし、ヒートアップしている光輝はもう止まらない。説得のために向けられていた香織への視線は、何を思ったのか南雲の傍らのユエ達に転じられる。

「君達もだ。これ以上、その男の元にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう! 君達ほどの実力なら歓迎するよ。共に、人々を救うんだ。シア、だったかな? 安心してくれ。俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する。ティオも、もうご主人様なんて呼ばなくていいんだ」

そんな事を言って爽やかな笑顔を浮かべながら、ユエ達に手を差し伸べる光輝。雫は顔を手で覆いながら天を仰ぎ、香織は開いた口が塞がらない。

そして、光輝に笑顔と共に誘いを受けたユエ達はというと……

「「「……」」」

もう、言葉もなかった。光輝から視線を逸らし、両手で腕を摩っている。よく見れば、ユエ達の素肌に鳥肌が立っていた。ある意味、結構なダメージだったらしい。ティオでさえ、「これはちょっと違うのじゃ……」と、眉を八の字にして寒そうにしている。

そんなユエ達の様子に、手を差し出したまま笑顔が引き攣る光輝。視線を合わせてもらえないどころか、気持ち悪そうに南雲の影にそそくさと退避する姿に、若干のショックを受ける。

そして、そのショックは怒りへと転化され行動で示された。無謀にもハジメを睨みながら聖剣を引き抜いたのだ。光輝は、もう止まらないと言わんばかりに聖剣を地面に突き立てると南雲に向けてビシッと指を差し宣言した。

「南雲ハジメ!俺と決闘しろ!武器を捨てて素手で勝負だ!俺が勝ったら、二度と香織には近寄らないでもらう!そして、そこの彼女達も全員解放してもらう!」

「……イタタタ、やべぇよ。勇者が予想以上にイタイ。何かもう見てられないんだけど」

「何をごちゃごちゃ言っている!怖気づいたか!」

聖剣を地面に突き立てて素手の勝負にしたのは、きっと剣を抜いた後で、同じように南雲が武器を使ったら敵わないと考え直したからに違いない。意識的にか無意識的にかはわからないが……香織達もクラスメイト達も、流石に光輝の言動にドン引きしていた。

しかし、光輝は完全に自分の正義を信じ込んでおり、ハジメに不幸にされている女の子達や幼馴染を救ってみせると息巻き、周囲の空気に気がついていない。元々の思い込みの強さと猪突猛進さ、それに始めて感じた“嫉妬”が合わさり、完全に暴走しているようだ。

ハジメの承諾も聞かず、猛然と駆け出す光輝。

その瞬間、

人影が割って入り光輝を蹴飛ばす。

「ッ!?」

「天之河光輝!先程から聞いていれば自分の都合がいいことしか言わない愚者め!周りを見てみろ、貴様の愚言を聞いた一般の者達が不安がってるぞ?貴様が勇者で自分の事しか考えていないのではないかとな。現に、少女達が南雲を慕っているのを目に見えてわかるのに貴様だけ世間的におかしな事を言っている。それでも貴様のご都合主義な考えを直さない限り敵に漬け込まれる。ならば今ここで俺が1人の人間として貴様を討ち果たす!」

俺は光輝の言い分を聞いてさすがにブチッと来たので神格を一時的に解放して威圧を放ちながらアスケイルというアキレウスのパルチザンを光輝に向ける。

因みに、姿はFGOのアキレウス最終霊基再臨状態である。序に素顔を晒す。あのアルトリア顔である。

それを見たクラスメイト達は唖然。

この威圧に勝てず、俯く光輝。

今度こそ南雲たちが出発……と思ったら、今度は檜山達が騒ぎ出す。曰く、今回の事もあるし、香織がいないと回復役が不足する。だから、どうか残ってくれと説得を繰り返す。特に、檜山の異議訴えが激しい。まるで、望んでいたものが戻って来たのに再び失われそうになっている。もう直ぐ手に入るという段階で手の中かこぼれ落ちることに焦っているような……そんな様子だ。

檜山達三人は、香織の決意が固く説得が困難だと知ると、今度は、南雲を残留させようと説得をし始めた。過去の事は謝るので、これからは仲良くしようと等とふざけたことを平気でぬかす。

そんなこと微塵も思っていないだろうに、馴れ馴れしく笑みを浮かべながら南雲の機嫌を覗う彼等に、南雲だけでなく、雫達も不愉快そうな表情をしている。そんな中、俺は、再会してから初めて檜山の眼を至近距離から見た。その眼は、香織が出て行くことも影響してか、狂的な光を放ち始めているように俺には思えた。

雫達が、檜山達を諌めようと再び争論になりそうな段階で、俺はせっかくなのであの日の続きを檜山に話しかけてみることにした。

口元に皮肉気な笑みを浮かべながら

「そう言えば檜山。南雲を奈落に落とした時の心情はどうだった?皆は何も言わなかったようだが今はここにいない満愛が言ったはずだ。貴様はプライドを捨てれるかと。日本では南雲は己のプライドを捨ててまで他者を救った。ちっぽけだがそんな英雄譚がある。それに対してお前はそう言った英雄譚がねぇよな?」

「……え?」

突然、投げかけられた質問に檜山がポカンとする。しかし、質問の意図に気がついたのか徐々に顔色を青ざめさせていった。

「な、なに言ってんだ。俺は落としてなんか──」

「嘘は良くないな檜山少年。」

「か、勘違いだろ? いきなり、何言い出して……」

「じゃあ、お前も経験してみるか?」

「……」

今や、檜山の顔色は青を通り越して白へと変化していた。その反応を見て、そんな度量など一切持たないようだ。なのに望む。

そして、出ていこうとする香織への焦った態度から見て、その動機も察する。

南雲自身は、今更、復讐に身を焦がそうなどと言う気持ちを一切持ち合わせていないのは目に見えて分かる。敵対するなら容赦はしないが、そうでなければ放置の方針だった。ここで報復して、光輝達と揉める面倒を背負い込む価値など檜山にはない。檜山達の存在は、南雲にとって、本当に路傍の石ほどにも価値がないのだから。

俺が黙り込んだ檜山から離れると南雲が近藤達も含めて容赦なく告げた。

「お前等の謝罪なんざいらないし、過去の事を気にしてもいない。俺にとって、お前らは等しく価値がない。だから、何を言われようと俺の知ったことじゃない。わかったらさっさと散れ! 鬱陶しい!」

南雲の物言いに怒りをあらわにする近藤達だったが、

「檜山ぁ。お前ならわかってくれるよなぁ?」

と南雲が檜山に満面の笑みで言うと、ビクリと体を震わせた檜山は無言で頷き、近藤達にもう止めるよう言い出した。檜山もまた、南雲の目の前で自分がした事を暴露されたうえに、言外に含まれた意図を悟って、南雲に合わせたのだ。

豹変ともいえる檜山の実態を知る近藤達だったが、檜山が、感情を押し殺した尋常でない様子だったので、渋々、南雲への説得を諦めた。

ようやく、本当にようやく、南雲達は出発を妨げる邪魔者がいなくなった。香織が、お花摘みに行っている僅かな間(檜山達が付いていこうとしたがハジメの“威圧”で止められた)、龍太郎が光輝に脳筋なりに慰めるなか、雫が南雲に話しかけた。

「何というか……いろいろごめんなさい。それと、改めて礼をいうわ。ありがとう。助けてくれたことも、香織を捨てなかったことも……」

迷惑をかけた事への謝罪と救出や香織の事でお礼を言う雫に、南雲は、思わず失笑した。突然、吹き出した南雲に訝しそうな表情をする雫。視線で「一体なに?」と問いかけている。

「いや、すまん。何つーか、相変わらずの苦労人なんだと思ったら、ついな。日本にいた時も、こっそり謝罪と礼を言いに来たもんな。異世界でも相変わらずか……ほどほどにしないと眉間の皺が取れなくなるぞ?」

「……大きなお世話よ。そっちは随分と変わったわね。あんなに女の子侍らせて、おまけに娘まで……日本にいた頃のあなたからは想像出来ないわ……」

「惚れているのは一人だけなんだがなぁ……」

「……かなり順調のようね。これからもずっと香織のこと大切にしてね。お願いよ」

「……あぁ。」

反応が余り大きくなかった南雲に、雫の親友魂が唸りを上げる。

「……ちゃんと大切にしないと……大変な事になるわよ」

「?大変なこと?なんだそ……」

「“白髪眼帯の処刑人”なんてどうかしら?」

「……なに?」

「それとも、“破壊巡回”と書いて“アウトブレイク”と読む、なんてどう?」

「ちょっと待て、お前、一体何を……」

「他にも“漆黒の暴虐”とか“紅き雷の錬成師”なんてのもあるわよ?」

「お、おま、お前、まさか……」

突然、わけのわからない名称を列挙し始めた雫に、最初は訝しそうな表情をしていた南雲だったが、雫が南雲の頭から足先まで面白そうに眺めていることに気がつくと、その意図を悟りサッと顔を青ざめさせた。

「ふふふ、今の私は“神の使徒”で勇者パーティーの一員。私の発言は、それはもうよく広がるのよ。ご近所の主婦ネットワーク並みにね。さぁ、南雲君、あなたはどんな二つ名がお望みかしら……随分と、名を付けやすそうな見た目になったことだし、盛大に広めてあげるわよ?」

「まて、ちょっと、まて!なぜ、お前がそんなダメージの与え方を知っている!?」

「香織の勉強に付き合っていたからよ。あの子、南雲君と話したくて、話題にでた漫画とかアニメ見てオタク文化の勉強をしていたのよ。私も、それに度々付き合ってたから……知識だけなら相応に身につけてしまったわ。確か、今の南雲君みたいな人を“ちゅうに……”」

「やめろぉー! やめてくれぇ!」

「あ、あら、想像以上に効果てきめん……自覚があるのね」

「こ、この悪魔めぇ……」

既に、生まれたての小鹿のようにガクブルしながら膝を付いている南雲。蘇るのはリアル中学生時代の黒歴史。記憶の奥深くに封印したそれが、「呼んだ?」と顔をひょっこり覗かせる。

「ふふ、じゃあ、香織のことお願いね?」

「……あぁ」

「ふぅ、破滅挽歌ショットガンカオス、復活災厄リバースカラミティ……」

「わかった! わかったから、そんなイタすぎる二つ名を付けないでくれ」

「香織のことお願いね?」

「……絶対に手放さないと約束する」

「ええ、それで十分よ。これ以上、追い詰めると発狂しそうだし……約束破ったら、この世界でも日本でも、あなたを題材にした小説とか出すから覚悟してね?」

「おまえ、ホントはラスボスだろ? そうなんだろ?」

羞恥心に大打撃をくらい発狂寸前となって頭を抱える南雲。そんな南雲を少し離れたところから見ていたユエ達や他のクラスメイト達は、圧倒的強者である南雲を言葉だけで跪かせた雫に戦慄の表情を浮かべた。

俺や鈴は爆笑しているが…

南雲が、己の中の黒歴史と現在の自分の見た目に対するあれこれと戦っていると、香織がパタパタと足音を鳴らして戻ってきた。そして、雫の前で項垂れる南雲を見て目を丸くする。

雫の事が気になって詳細を聞きに来たユエと香織が情報を交換する。ユエは、どうにも気心知れたやり取りをした挙句、言葉責めで南雲を下した雫に「むぅ~」と唸り、香織は、そう言えば、二人でこっそり話している事がよくあったような……と南雲と雫の二人を交互に見やる。そして二人は結論を出した。もしかして、女の戦いでもラスボス?と。

名状しがたい表情の香織とユエを気にしつつ、いよいよ出発する南雲達。雫や鈴など女性陣と永山のパーティー、それに報告を済ませて駆けつけたメルドが見送りのためホルアドの入口に集まった。そして、南雲が取り出した魔力駆動四輪に、もはや驚きを通り越して呆れた視線を向ける。

雫と香織が、お互いに手を取り合いしばしのお別れを惜しんでいると、南雲が、“宝物庫”から藍塗りの柄がある旗を付けるような槍を取り出し雫に手渡した。

「これは?」

「姜弩が獲物失ってたろ? 渡しといてくれ。唯でさえまともなのが少ないのに、誰が抑えるのかって話だ。」

「世界一硬い鉱石を圧縮して作ったから頑丈さは折り紙付きだし、切れ味は素人が適当に振っても鋼鉄を切り裂けるレベルだ。扱いは……八重樫にいうことじゃないだろうが、気を付けてくれ」

「……こんなすごいもの……流石、錬成師というわけね。しっかりと届けておくわね。」

「……雫ちゃん?」

「……ラスボス可能性大」

「えっ? なに? 二人共、どうしてそんな目で見るのよ?」

香織の警戒心たっぷりの眼差しと、ユエの困ったような眼差しに、意味が分からず狼狽する雫。最後に何とも言えない空気を残して、雫達が見送る中、南雲達はホルアドの町を後にした。

天気は快晴。目指すは【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】。南雲の旅は続く。

俺達は南雲たちが出るまでの間に去り、雫は槍を奈瑠紅に届けたら迦楼那に担がれて帰って来た。




クラスメイト達を救出した南雲一行と泉奈達。
南雲たちは迷宮攻略を進める中、愛ちゃん先生が攫われたことを命からがら逃げてきたリリアーナ王女から知らされる。
そして、泉奈達が行動に出ようと暗躍し出す。

次回、混戦


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第20話 混戦

「全員いるな?」

今この場には

セイバー・モードレッドこと代赤

アーチャー・ケイローンこと慧郎

ランサー・カルナこと迦楼那

ライダー・アストルフォこと飛斗

キャスター・メディアこと萌愛

アルターエゴ・沖田総司

逆廻十六夜

逆廻金糸雀

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

アーチャー・ヘラクレスこと栄光

ランサー・エルキドゥこと天鎖

ランサー・クー・フーリンことセタンタ

誘宵美九

八重樫雫

八重樫白音

姜弩織咫

と、異世界トータスの真実を知っている者達がトータスの上空に隠蔽して駐屯させていた虚栄の空中庭園(バンキングガーデンズ・オブ・バビロン)の会議室に集合していた。

そして、何故皆がここに揃っているのかと言うとハイドリヒ王国の王や狂信者、1部の平民がが異常崇拝を始めた事にある。

「皆も知っているだろうが、エヒトルジュエが動き出した。恐らく南雲たちを排除しようとするだろう。だから、各々の判断で行動してエヒトルジュエの思い通りにさせないようにしてくれ。特に、魔王軍も襲撃してくるから奴らもどうにかしないといけん。」

「ノイント……だっけ?と南雲っちが神山でどんパチするんだよね?その間に檜山の強硬を抑えてカオリン(香織)を助ける。と言った所かな?」

鈴はこの庭園の書庫にある原作(・・)を読んでから出した結論を言う。

「概ねそうだが、転生者達がいる以上はイレギュラーが必ず付いてくる。萌愛はノイントと南雲が戦っている間に逆探知をしてエヒトルジュエの居場所を突き止めてくれ。それ以外は言わなくても分かるはずだ。既にハイドリヒ王国の真上に来ているからあとは行動あるのみだ。」

皆が頷き、その中で神妙な顔をしていた代赤が

「……………………泉奈、俺の感だがエヒトルジュエ側に強大な何かがいやがる。場合によっては星眠を使う覚悟はしておけよ。まぁ、不滅のあの中だったらバカスカ撃てるだろうがな!」

己の感からして俺の星眠を解放覚悟でいるように言ったあとにとんでもない事を口にした。

『あっ……………』

代赤以外が口をポカンと開ける。無論俺もだ。

「……………………俺の心象現象たる固有結界内なら星眠を幾らでも使える……………考えたことも無かった。」

そう、代赤に言われて、ふと考えてみたらその通りだ。これならば確実にエヒトルジュエを消すことは可能だ。

「……………考えたことも無かったって……………おいおい、これを前提として貰ったんじゃねぇのかよ………」

「……呆れんな…それはいいから移動するぞ。」

俺達は外側の端まで移動することにした。

何があっても直ぐに出れるようにだ。

 

✲✲✲

 

外に出てから10刻ほど経った。

「…………ねぇ、私今物凄く言いたいことがあるんだけど………いい?」

庭園の外側でハイドリヒ王国の動きを観察、待機して数刻が経ちほぼ夜と言っていい時間帯になってイリヤが声を上げた。

『…………?』

皆が首を傾げつつイリヤに注目する。

「………あのさ、外に出て待機するのはいいけど…………外に出るのは早すぎじゃないかな!!?もう外に出てから10時間が経つけど誰一人喋らないから昼頃には事が起こるのかと思ったけどもう午後8時過ぎちゃってるからね!!?」

「?何言ってんだ?どれくらいの時に来るか分からねぇからずっといるんだろ。それに飯や菓子は各自で食ったはずだろ?」

「いつ!!?私が見てた中では誰もその場を動いてなかったんだけど!!?」

「……………各自で菓子や飯を用意してたんだが…イリヤは持ってきてないのか?」

「……………」

「はぁ、これでも食っとけ。この唐辛子の束(・・・・・)でも─」

『食えるかッ!!?』

今まで黙っていた者までツッコミ入れてきた。

「あらら、皆喋っちったな。全員飛び降り移動だ。」

『ッ!!?しまった!!?』

「みんなして何してたの!!?」

「それは────」

 

ズゴオォォォォォオンッ!!!!!!

 

「────始まった。皆準備はいいな?なら開戦だ!!!」

ちょっとした余興をしていたら、魔王軍がハイドリヒ王国に攻めてきた。

「一番槍、この俺が頂く!!」

セタンタが最初に槍を持って飛び降りる。

それに続いて次々に降りていく。飛び降りれないものは担がれて降りる。

最後に俺は鈴を抱えてから降りる。

「え、ちょ、高す…………わひゃあァァァァァァァァァ!?!?」

流石に高すぎたのか悲鳴を上げて少し五月蝿いが。

 

✲✲✲

 

「クラスメイトんとこ行く奴は着いてこい!」

代赤が声を上げて、今降り立った鈴と栄光に担がれて降りた雫、金糸雀、天使を解放した美久、天鎖の鎖に巻かれて降りた白音が代赤に付いて王城に行った。

「………………僕はこっちに行くよ。」

「ならば俺がお供しよう。」

飛斗は白竜がいる方に行き、それに着いて行く迦楼那。

「ならば私達は─────」

栄光が何か言いかけた途端、天鎖が鎖で両腕を縛って引いた。丁度そこに剣が物凄い威力で地面に落ちる。

その剣は宝具であった。

「はっ、やっとお出ましか雑種共。俺の計画を邪魔しおって………この(オレ)直々に天罰を下してやる!!!」

放った本人は転生者の1人、英王儀留雅である。

「最初にこの世界に召還された時は異世界ものだと興奮していたが、よもやありふれた職業で世界最強などという本の中だったとはな。それはさておき、俺の計画上ではヒロインを我がものとする筈だった。が、あの時貴様等が連れて行くから台無しにな─────」

「────はぁ、親友の見た目と力を持つだけで粋がるなんてふざけないでよ茶坊主」

儀留雅が独白するが、天鎖が一刀両断。しかも、親友本人ならばそんな事を言わない。それが分かっているからこそ茶坊主と言ったのである。

「はっ、我が友の見てくれをした雑種風情が何を言う。貴様がその姿をしていること自体が万死に値する!!?」

そう儀留雅は言って王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から刀剣類を射出する。しかし、ありえない量の天の鎖が全てを絡め取り全て砕く。

「ッ何!!?」

「僕やその他の正体を見破れない時点で君は終わりだ。…………この茶坊主は僕が殺るから皆はここから離れてね。」

天鎖が英王を足止めする中、十六夜、栄光、栄光の肩に乗るイリヤは魔王軍の元に向かう。

俺はそれを見届けたあとに視線を感じたので慧郎を伴って其方に向かう。

萌愛は沖田を伴って既に神山に向かっている。

 

✲✲✲

 

「ハッハッハッハッハッハ………」

飛斗は全力で走っていた。何か鬼気迫る感じで走り続ける。それに追従する迦楼那は疑問を持っていた。

満月ですらないのに何時もの陽気さが無く、何故飛斗は焦っているのかと。だが、この状態の彼を止めたとしても止まらない。ならばついて行けばいいだけだ。

ただ、先程

「………ヒポグリフに乗っていかないのか?」

と問うたところ、

「あの子を使ったら両陣営から的になっちゃうからまだダメだ。本気で戦うか、周りが認知してないとあの子と共に戦場を駆けれない。」

それ以降無言のまま走っている。しかし、ここでアクシデント?が起こった。

 

ズドォオオン!!

 

パキャァアアン!!

 

砲撃でも受けたかのような轟音が響き渡り、直後、ガラスが砕け散るような破砕音が王都を駆け抜けたのだ。

「ッ!!?………破壊された。」

「………」

人魔が混戦する中、飛斗は邪魔する者を誰彼構わず殺さず捌きながら走り、白竜の元に着く。

そこにあるのは人族側の無惨な死体の山とそれを足場に立つ竜人。

「ゥグルルルゥウゥゥゥゥ!!!」

しかし、その竜人を飛斗と迦楼那は知っていた。

「────やっぱり……………………なんで…………君がここにいるんだい…………マスター(ジーク)!?」

それでも飛斗は驚愕していた。なんせ、外典(・・)で龍化して大聖杯と共に裏世界に旅立ったはずの存在がいるのだから。

「あぁもう!!君達ほんと邪魔!!!僕はマスター(ジーク)がここにいる訳を知りたいんだ!!出来ることならあの苦しみから解放したい!!」

だが、敵は待つ事などせずに部下であろう魔物を嗾ける。飛斗はそれに手を焼いて、ジークに近づけないでいた。

そこに、

「聞くことならば俺も出来るが?いや、俺が聞いてこよう。あのとき(・・・・)闘った事があるしな。何より、あの男が命を賭して救った子だ。ならば、俺も救おうではないか。」

「あっ!!?ちょっ!!?迦楼那!!?もう!!!分かったよ!!!露払いは僕に任せて!!!」

「それでは行ってくる。」

飛斗と一緒に魔物と相対していた迦楼那が外典(・・)の頃の好敵手が救った少年が堕ちているのなら自分は元に戻すというかたちで救おうと、ジークVer.ジークフリート第四霊基の元に光速1歩手前の速さで戦場を駆ける。

そのまま、直感で幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)を構えていたジークに刺突を繰り出してその勢いで遥か遠くに行ってしまった。

「よし、僕もやるぞ!恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)!!」

腰にぶら下げていた小型の角笛を取り出すとそれは飛斗を覆う程の大きさとなり、飛斗はその大きくなった角笛を吹く。

すると、吹かれた途端音波となって広がり、その音波を聞いた魔物や魔人族が錯乱しながら全身から血を噴き出して倒れ逝く。

その後は生き残った者達を殲滅しに乗馬槍を構えて駆けていく。

飛斗達とはかなり離れた地で何も無い荒野に黄昏と日輪はぶつかり合う。

両者は空を音速の領域で立体機動で動きながら衝突を繰り返し、荒野を破壊する。

そんな事を気にせず、お互いに得物を振るう。

日輪……迦楼那は突きを放ち、黄昏……ジークはそれを片手で持ったバルムンクの刀背で払う。

払った後直ぐに両手で持って振り下ろそうとしたが、迦楼那が払われた勢いを落とさずに槍を回転させて石突を隙だらけであった左肩に叩きつけてジークを地面に落とす。

迦楼那は落ちたジークから少し離れた位置に着地。直後、落ちた拍子に発生した土煙の中からジークが出て来てバルムンクを地面に叩きつけようとしていきなり迦楼那の顎目掛けて方向転換する。迦楼那は槍の柄で防ぐ。

しかし、そのまま跳ね上げられてしまう。

そのまま追撃してくるジークに気が付いて魔力放出をして火炎弾をいくつかぶつけて再び地面に落とす。

迦楼那は着地をしてやっと声を発した。

「先程から気になってはいたが、やはり、貴様の剣からあの頃の守りたい者を守ろうとする気迫が無い。いや、失っていると言ったところか。ジークよ、俺の声が聞こえるのなら答えろ。貴様に何があった?飛斗……黒のライダーの反応からして別れた時はそんな形では無かったのはわかった。それに、今の貴様は何かに取り憑かれてそれに対抗……身体の主導権を取り戻そうとしているのが戦って見て分かった。あの時の貴様ならば可能だったはずなのに今は出来てない。どういう事だ?」

「グルルルルゥ………レヴィジュ……厶ディギョウ……ゥルルルルォラァァァ!!!」

ジークが1度答えたが、また狂化してしまう。

直後、ジークの背後の空間が繋がり、南雲と相対した事があり、今の今までユエと殺り合っていたはずのフリードが現れジークに告げた。

「制圧は完了した。あの王城に行くぞバーサーカー。」

それを聞いて迦楼那は直ぐにフリードを突こうとしたが、ジークに防がれて、ジークとフリードは繋がっていた空間の向こうに渡り、繋がりが切れた。

「………………奴がジークのマスターか。………すまん飛斗よ、貴殿との約束を果たせ無かった。」

空間の繋がりが切れたのが分かった迦楼那は遥か遠くにある王城を見て呟いた。

ちなみに飛斗は魔物達に手を焼いていたのでフリードの事など気にしてはいなかったりする。

 

✲✲✲

 

「…………かなり数が多いね…」

「……それでも、殺らなければこっちが殺られますよ、イリヤ。」

「はっ、あんたを殺せるのはこっち側にしかいねぇだろ?」

飛斗や迦楼那とは別の人魔が入り乱れる戦場に来たイリヤ、栄光、十六夜。

イリヤは数に面倒がり栄光が窘めるも十六夜が皮肉る。

しかし、彼らが見ているのは人魔が混戦する戦場ではなく赤の長槍と黄の短槍を振るう戦士とセタンタがぶつかり合っている方だ。

「…………最早確定ですね。エヒトルジュエの元には奴がいる。」

「ぁん?」

「いえ、こちらの事です。」

栄光は代赤の言うエヒトルジュエの背後の存在が何者か気がついて思わず呟く。それを己の地獄耳で聞き取った十六夜が気にしたが関係ないと言って置く。

「…………まぁいい。それじゃ、始めようか!!!」

十六夜は己の身体スペックを活かして魔王軍に突撃する。

「………………はぁ…………やっちゃえ、バーサーカー!!!!」

それに溜息を吐きながらもイリヤは栄光に特攻指示を飛ばす。

「………………分かりました!推して参る!!!!」

イリヤを肩に乗せてから突撃する栄光。

彼らから離れた地でセタンタは相対している者……ディルムッドに槍の穂先を叩きつけ、ディルムッドは朱槍で逸らして黄短槍で突く。

それをセタンタは石突で跳ね上げて蹴りつけてディルムッドを飛ばす。

「先輩を相手にするのは得策ではないですね。ここは三十六計逃げるに如かず、撤退させて貰います!」

ディルムッドはセタンタに飛ばされた勢いを借りて撤退する。

それに対しセタンタは

「…………フィオナ騎士団一番槍が聞いて呆れる。てめぇに何があったんだ…………ディルムッド」

戦士でなくなったディルムッドを批判しつつも後輩を心配する様子を見せながら、イリヤ達と一緒になって魔人族達を蹴散らせに行く。

 

✲✲✲

 

そこは戦場であった。

だが、その戦場はただの戦場ではなく神話の戦いの如き攻防を繰り返していた。

片方は転生者の英王儀留雅。英雄王ギルガメッシュの容姿と宝具と能力を特典として貰った者。

もう片方は英雄王ギルガメッシュ本人の友であり理解者であるエルキドゥこと天鎖。

英王は神性特攻を持つ低級の宝具を満遍なく使い、稀に高級な宝具を射出している。

それに対して天鎖は権能の応用を使い空中を飛びながら白いローブの袖から出す鎖で弾いたり絡め取ったりして躱し、そんな中で土から精製した見てくれだけの武器を鎖で跳ばす。

そんな光景を見た者は、こう口にしていたりする

『………間の火花は何なんだ?』

と。

これは、固定砲台と化している英王と空中を飛び交う天鎖の間に絶え間なく火花が散り続けているので、英霊という高次元存在の戦いを目で追えてないからこその一言である。

因みに見ている者達は避難場所から見ている。

「どうした!その程度か雑種!!我が友の能力を有しておりながらその程度とは…………余興はもう良い。直ぐに終わらせてやろう!!!」

低級の宝具を仕舞い、高級な宝具を先の数倍の威力と速度で放つ。

それを天鎖は足場(・・)にしながら英王に接近。鎖を右足に巻き付けてから英王の左頬を蹴り、飛んでいく。

足を鎖から解いて尽かさず追撃に出る。

「ッ!!?そうか!!!3騎士の補正か!!!我という者が忘れるとは…」

「違うよ。君に無いものを僕は持っている。それは戦場に立った場数。君自身はギルの力を持ってるけど…それだけはない。こんなふうに………ねっ!!!」

天鎖は鎖を大量に使って大型の弓を造り、己を矢にして弦を足場にして待機。弦が引けなくなったら弦を引いていた鎖を外して天鎖が物理法則を越えた速度で英王に飛来。大量な鎖を己の前に収束して鋭さが増す。

人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)

「ッ!!!行程が遅い!いざ仰げ、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)よ!!!」

2人の宝具が炸裂して辺りを閃光で照らす。

閃光が収まると、そこには全身を血塗れにした英王と右腕を炭化させた天鎖だった。

「ふっ、我が友のみてくれなだけはある。そろそろ時間だ。貴様を仕留めきれなかったのは業腹だが此方にも都合というものがある。此度は潔く下がるとしよう。」

「ッ!!!!待て!!!!」

天鎖が咄嗟に天の鎖を射出するも、英王はどこで覚えたのか空間転移をして逃げていった。

「いつつ、逃げられたか。帰ったら治して貰お。」

天鎖は空中庭園に飛んで戻って行った。

 

✲✲✲

 

「…………………確かここのはず」

「………この森ですか?確かに視線の主はここにいたようです。しかし、我々が此方に来たのを察知してから直ぐに退散した。と言ったところでしょう。」

今、俺と慧郎は森のこの辺りから視線を感じたので其方に来たのだが誰もいなかった。

否、隠れている(・・・・・)。それに気付いた俺と慧郎はわざと気配が分からない振りをしているのだ。

「いないってことは分かったし………帰る(仕掛ける)か。」

「分かりました。今はこんな事に構う必要はありませんし……奴の所にいるであろうソロモン(・・・・)の居場所を突き止める方がいいでしょう。」

実を言うと、俺と慧郎は代赤の言っていた存在が何者か気がついている。気付いた訳は、萌愛からリリィ(・・・)の時に感じた気配があると言われて、そこから割り出した結果がソロモン72柱となりそいつがいるのならソロモンだっている筈だと解ったのだ。

慧郎が暴露しつつ俺と慧郎は踵を返して立ち去ろうとした。

が、

「ち、ち、ちょっと待ってください!!?」

「おわっ!!?マシュ!!?」

「あんた、出て来たら隠れた意味がないじゃないの!!?」

「……………」

「マスター、我が義娘が申し訳ありません。」

薄紫色のショートカットに前髪が少し長く右眼が隠れている大盾を持った露出が少ないビキニアーマー?の少女、

黒髪の短髪で余り特徴が無い白い服を着た少年、

金髪だが、見た目が完全に遠坂凛である少女、

白髪で襟が大きく肩に馬を模した肩当ての付いた黒コートを着ている青年、

紫の髪に紫の甲冑を見に纏い、ビキニアーマー?の少女を義娘と言った青年、

の5人が少し離れた茂みから出てきたのだ。

「やっぱりいたな。」

「いることが分かっているのにやっぱりは無いでしょう。それで、呼び止めた訳はなんなのですか?我々は忙しくなる中、視線を感じたので敵の患者かどうかを確認しに来ただけであって貴方達と話している余裕はありません。なので要件は早めに言ってください。」

「………貴方は気配を限界まで消しているので皆は気付いていませんでしたが、貴方は英霊ですね?この時代に来てから半年ほど経ちましたが1度も英霊と接触しませんでした。久しぶりに感じた感覚なのでもしやと思いましたが………義父やランサーの反応からして当たっているようですね。

それは一先ず置いといて、聞きたいことがあるのですが………この時代が何時で、あの都市では今、何が起こっているのですか?」

この時俺はこの人達、ここが異世界だと気付いてないの?と思ってしまった。

「………貴方達は此処が地球では無い(・・・・)と認識すらしていないのですか?」

「え、此処が………地球じゃ………ないだって!!?ならば冥王星か!!?」

いかにも初めて知りましたと言わんばかりの反応を見せる特徴が無い少年がおかしな事を言う。

「違う、異世界だ。この異世界の名はトータス。ある愚神によって300年より遥か昔から延々と人魔の戦争が続いている世界だ。そして、あの都市は今魔王軍の襲撃を受けてる。………答えたからもう行くぞ。」

「………貴方達が何者かは問いませんが、ややこしいことを起こさないでください。」

有無を言わさず、俺と慧郎は去ろうとしたがそれは叶わなかった。

 

ズドォオオン!!

 

パキャァアアン!!

 

砲撃でも受けたかのような轟音が響き渡り、直後、ガラスが砕け散るような破砕音が王都とその周辺を駆け抜けたのだ。

「ッ……………あの白竜か。」

「えぇ、あの白竜の極光で王都の三重大結界を破壊されたかと。我々が動いたからには、あの人達に我々がいる事に気づいてますね。」

「別に構わねぇよ。あんたも知ってんだろ、彼奴らがいないだろうと世界の修正力によって必ず関わってしまうと。」

俺はイルカルラを出して

「ちょっ!!?それは!!?」

ブーメランの要領で

「まさかあんた…………」

白竜目掛けて投擲する。

「やめれぇぇぇぇ!!?何投げちゃってんの!!?それ私の何ですけど!!?無くしてたけど!!!」

遠坂凛Ver.金髪がウガー!と怒りながら此方に歩み寄る。

しかし、俺と慧郎はそれを無視して王都に向けて走り出す。

「こら、待ちなさい!!!」

それを追いかけて来るVer.金髪。それに続いて他の4人も付いてくる。

「……英霊が混じってるとは………仕掛けてきやがったか……………魔神王」

走っていたらVer.金髪が追い抜く。白竜の元にイルカルラが着く頃にユエが言葉を発した所だった。

「………私の叔父様を奪った奴の名は分かった。けど今は関係ない。ハジメが傷ついた分、苦しんで死ね。」

ユエがそう告げた途端、泉奈が投げたイルカルラがフリードの首皮1枚を掠めて通り過ぎた。

「ッ!!?」

そして、イルカルラはUターンして白竜の鱗を掠ってから飛んできた方へ戻っていく。

「はあっ!!」

戻る途中に遠坂Ver.金髪が手に取って地面に華麗に着地する。

「やっと戻って来た……私の宝具………ん?何ジロジロ見てんのよ変態。」

遠坂Ver.金髪はすぐ近くにいたフリードとユエにガン見されていたが、フリードに対してだけあたる。

フリードは先程ユエにブ男と言われたばかりなので、額に怒りマークをつくりながら遠坂Ver.金髪に問うた。

「その剣を投げたのは貴様か?」

「あたしじゃないわよ。それより、貴様じゃなくてランサーと言いなさい。後これは槍よ。」

ランサーはイルカルラを地面に突きつけながら言う。

そこで、ランサーに続いて泉奈や慧郎、特徴無き少年と少年が率いる英霊達が到着した。

「おろ?生きてら……まぁ生きてんなら丁度いいや。聞きてぇ事があるし。」

「ほう、貴様があの剣を投げた不届き者か。」

「不届き者はてめぇだ。ま、それはいい。俺が聞きてぇのはあっちの荒野で黄昏と日輪が戦ってるのが分かってんだろ?なら、あの黄昏のマスターは誰だ?日輪から聞いたぜ、黄昏は令呪で命令されたことを抗ってると。あんたの大事な部下さんを音波で消した奴が助けてぇっつてたそうだから大元叩こうと思ってんのさ。」

「………ッ!!?貴様は何故それ(令呪やマスター)を知っている!?それを知っているのは俺と1部の幹部のみのはず………誰かが口を滑らせたか?」

(バーサーカーが押されているだと!!?この世界には英霊以上の存在は我々が崇めしアルヴ様以外いないはず!!?)

フリードが内心そう思っていたら、返事が帰って来た。

「馬鹿かてめぇは?俺がマスターであり、英霊を使役しているから分かってんだろぉが。」

一瞬で巨大な氷柱が幾つも地面から生えた。それは、泉奈達とユエを躱しながら白竜へと迫る。フリードは、気温が一気に零度以下にまで下がったことに頬を引きつらせながら白竜共々空間を移動して避ける。が、氷柱は止まらず突き進み月を覆い隠して上空を旋回していた灰竜達の尽くを凍てつかせた。

まるで、氷河期をもたらした気候変動により一瞬で凍りついたマンモスのように、その身を傷つけることなく絶命した灰竜達は、地上へと落下すると地面に激突してその身を粉々に砕けさせた。体内まで完全に凍りついていたようで、赤い血肉の結晶が大地にコロコロと跳ね返っている。

「……ん、中々やる。私もやる。」

そんな事を意に介さず、ユエも攻撃を開始する。

「……仕方あるまい。掃射せよ!」

一気に二十体近くの灰竜を落とされたフリードは、ギリッと歯を食いしばりながら一斉攻撃の命令を下す。それにより、旋回していた灰竜達が一斉に散開し、四方八方上下、あらゆる方向から極光の乱れ撃ちを行った。

しかし、灰竜達は次々と地に落ちていく。それは彗郎が射て殺したり、紫色の鎧に身を纏う英霊が直接跳んでたたき落としたりして行く。落ちたそれらを特徴が無い少年の使役する英霊達が殺していく。

それを尻目に俺やユエはフリードに攻撃をしていく。白竜の極光を俺の静寂の終剣(イルシオン)で抹消したり、フリードの転移をユエが雷龍で阻害したりする。

攻め続け、ユエが蒼龍を放ったのだが、間に何者かが入ってユエの蒼龍をかき消した。

「…………マスター、そろそろ頃合だと思います。」

セタンタの元から撤退してきたディルムッドである。

「そうか、なら少しだけ耐えろ。バーサーカーを迎えに行ってくる。」

そう言い残して転移し、俺とユエの相手がディルムッドとなった。30秒間俺と剣戟を繰り広げたり、ユエの魔術を無効化したりする。

しばらくしたらフリードがジークを伴って現れ、ディルムッドを拾ってからここを去って行った。去った直後にユエは結構な速さで王宮に向かって行ったので俺は特徴が無い少年と彼が率いる英霊達を空中庭園に招いた。

 

✲✲✲

 

「ったく…………さっきから雑魚ばっか攻めてきやがって…………身の程を弁えろってんだよォ!!!」

ハイドリヒの王都内を蹂躙する魔物達を狩りながら王城に進む中、代赤が愚痴を零す。

「…………そんな事言わないでよ代赤。それがフラグとなったらどうするのよ?」

「………すまん」

雫の指摘を受けて素直に謝る代赤。

「…………それにしても、魔物を狩るのはいいけどやけに多くない?魔王軍が攻めてきてから10分かそこらしかかかってないのにこんな所にまで来てるんだから…」

「………原作だと、こちら側に確実にいたぞ…………裏切り者がな………」

「………ん…………中村恵里が裏切り者だった筈。あとは転生者による。」

「厄介だね。確か彼女の天職は死霊術師だったはず。アランさんや他の死んだ騎士達を操ってるかもしれないな。この魔物達も皆中村が集めた奴らだろう。」

走る中、鈴が疑問に思った事をいい、代赤が裏切り者が此方側にいることを告げる。そしてそれが原作では中村恵里であることを白音が告げ、金糸雀は中村の天職と魔物がいる原因を確認していた。

そろそろ王城に着こうという時にそれは起こった。

 

ズドォオオン!!

 

パキャァアアン!!

 

砲撃でも受けたかのような轟音が響き渡り、直後、ガラスが砕け散るような破砕音が王都を駆け抜けたのだ。

「「「「「ッ!!?」」」」」

直ぐに立ち止まって後ろを向いたら王都を囲っていた大型の結界が破壊されていた。

「ッ!!?……………今は急ぐぞ!!!」

代赤の喝に意識を切り替えて王城を目指す5人。

走ること数刻、泉奈と彗郎が森の中で特徴が無い少年達と接触した頃、6人は王宮に着き、代赤が大声でメルドの名を叫ぶ。

「やっと着いたぁ!!!メルド!!!メルドは何処に!!!」

「…………声が大きい。手分けして探せばいいだけ。」

しかし、全く反応がない。そしてその声を真横で聞いた白音が指摘をしてその通りに動く。

代赤と白音は1階から虱潰しに探し、

美久と雫はクラスメイト達を探しに寝泊まりをしていた区域に、

鈴と金糸雀は王侯貴族を探しに、それぞれ動き出した。

鈴と金糸雀はまず、玉座に向かう。もしかしたらそこに1番年下の王子や14歳辺りの姫が匿われているかもしれない。との事だ。

まぁ、そう言いながら王侯貴族がいそうな所を虱潰しに探りながら来ているが。

美久と雫は寝泊まりしている所に向かう。

クラスメイト達がいる区画に来て、廊下に異常がないことを確かめると、直ぐに向かいの光輝達の部屋をノックした。

扉はすぐに開き、光輝が姿を見せた。部屋の奥には龍太郎もいて既に起きているようだ。どうやら、先程の大音響で雫と同じく目が覚めたらしい。

「光輝、あなた、もうちょっと警戒しないさいよ。いきなり扉開けるとか……誰何するくらい手間じゃないでしょ?」

何の警戒心もなく普通に扉を開けた光輝に眉を潜めて注意する雫。それに対して光輝は、キョトンとした表情だ。破砕音は聞こえていたが、王宮内の、それも直ぐ外の廊下に危機があるかもしれないとは考えつかなかったらしい。まだ、完全に覚醒していないというのもありそうだ。

「…………なんで雫が此処に……ってそんな事より雫、さっきのは何だ?何か割れたような音だったけど……」

「外の大結界が破壊されたのよ。私と美久は皆が無事か確認しに来ただけ。貴方達が無事な事は分かったし、皆を起こして早く移動するわよ。」

雫はそれだけ言うと、踵を返して他のクラスメイト達の部屋を片っ端から叩いていった。ほとんどの生徒が、先程の破砕音で起きていたらしく集合は速やかに行われた。不安そうに、あるいは突然の睡眠妨害に迷惑そうにしながら廊下に出てきた全生徒に光輝が声を張り上げてまとめる。

と、その時、雫と懇意にしていた侍女の一人が駆け込んで来た。彼女は、家が騎士の家系で剣術を嗜んでおり、その繋がりで雫と親しくなったのだ。

「雫様……」

「ニア!」

ニアと呼ばれた侍女は、どこか覇気に欠ける表情で雫の傍に歩み寄る。いつもの凛とした雰囲気に影が差しているような、そんな違和感を覚えて眉を寄せる雫だったが、ニアからもたらされた情報に度肝を抜かれ、その違和感も吹き飛んでしまった。

「満愛様が行方不明(・・・・)になりました。あと、大結界が破壊されました。」

「何ッ!!?」

光輝は大結界が破壊されたことに、

「何ですって!!?」

雫は満愛が行方不明になったことに驚愕した。

「魔人族の侵攻です。大軍が王都近郊に展開されており、彼等の攻撃により大結界が破られました」

「……そんな、一体どうやって……」

ニアからもたらされた情報が余りに現実離れしており、光輝でさえ冷静さを僅かばかり失って呆然としてしまう。

それは、他のクラスメイト達も同じだったようで、ざわざわと喧騒が広がった。魔人族の大軍が、誰にも見咎められずに王都まで侵攻するなど有り得ない上に、大結界が破られるというのも信じ難い話だ。彼等が冷静でいられないのも仕方ない。

「ッ……まさか………大丈夫よね………▪▪▪▪▪▪………いえ、今は……」

雫はある疑惑を持ち、小声である人物を本名で呼んでまで心配したが此方は此方で成すことを成そうと、そのある人物を信じることにした。

その間に光輝は我に返って

「……大結界は第一障壁だけかい?」

険しい表情を作ってニアに尋ねる。王都を守護する大結界は三枚で構成されており、外から第一、第二、第三障壁と呼び、内側の第三障壁が展開規模も小さい分もっとも堅牢な障壁となっている。

「はい。今のところは……ですが、第一障壁は一撃で破られました。全て突破されるのも時間の問題かと……」

ニアの回答に、光輝は頷くと自分達の方から討って出ようと提案した。

「俺達で少しでも時間を稼ぐんだ。その間に王都の人達を避難させて、兵団や騎士団が態勢を整えてくれれば……」

光輝の言葉に決然とした表情を見せたのはほんの僅か。龍太郎や斬切刈須戸(きりぎりがすと)明理藹須(めりおだす)十門司勝俊(じゅうもんじかつと)、永山のパーティーなど前線組だけだった。

他のクラスメイトは目を逸らすだけで暗い表情をしている。彼等は、前線に立つ意欲を失った者達だ。とても大軍相手に時間稼ぎとはいえ挑むことなど出来はしない。

ならば俺達だけでもと、より一層心を滾らせる光輝に、意外な人物、中村恵里が待ったをかけた。

「待って、光輝くん。勝手に戦うより、早くメルドさん達と合流するべきだと思う」

「恵里……だけど」

「ニアさん、大軍って……どれくらいかわかりますか?」

「……ざっとですが十万ほどかと」

その数に、生徒達は息を呑む。

「光輝くん。とても私達だけじゃ抑えきれないよ。……数には数で対抗しないと。私達は普通の人より強いから、一番必要な時に必要な場所にいるべきだと思う。それには、メルドさん達ときちんと連携をとって動くべきじゃないかな……」

「それなら問題ないわ。今、泉奈達が対処に当たってるから。」

「だから数には数って言ってるの。それにメルドさん達と連携を取った方がいいし。」

「………」

恵里の意見に、光輝は逡巡する。しかし、普段は大人しく一歩引いて物事を見ている恵里の判断を、光輝は結構信頼している事もあり、結局、恵里の言う通りメルド達騎士団や兵団と合流することにした。

光輝達は、出動時における兵や騎士達の集合場所に向けて走り出した。すぐ傍の三日月のように裂けた笑みには明理藹須以外一切気が付かなかった……

光輝達が緊急時に指定されている屋外の集合場所に訪れたとき、既にそこには多くの兵士と騎士が整然と並び、前の壇上にはハイリヒ王国騎士団副団長のホセ・ランカイドが声高に状況説明を行っているところだった。月光を浴びながら、兵士達は、みな青ざめた表情で呆然と立ち尽くし、覇気のない様子でホセを見つめていた。

広場に入ってきた光輝達に気がついたホセが言葉を止めて光輝達を手招きする。

「……よく来てくれた。状況は理解しているか?」

「はい、ニアから聞きました。えっと、メルドさんは?」

ホセの歓迎の言葉と質問に光輝は頷き、そして、姿が見えないメルドを探してキョロキョロしながらその所在を尋ねた。

「団長は少しやる事がある。それよりさぁ、我らの中心へ。勇者が我らのリーダーなのだから……」

ホセは、そう言って光輝達を整列する兵士達の中央へ案内した。

居残り組のクラスメイトが、「えっ?俺達も?」といった風に戸惑った様子を見せたが、無言の兵達がひしめく場所で何か言い出せるはずもなく流されるままに光輝達について行った。

無言を通し、表情もほとんど変わらない周囲の兵士、騎士達の様子に、雫の中の違和感が膨れ上がっていく。それは、雫の心を騒がせた。無意識の内に、黒刀を握る手に力が入る。

そして、光輝達が、ちょうど周囲の全てを兵士と騎士に囲まれたとき、ホセが演説を再開した。

「みな、状況は切迫している。しかし、恐れることは何もない。我々に敵はない。我々に敗北はない。死が我々を襲うことなど有りはしないのだ。さぁ、みな、我らが勇者を歓迎しよう。今日、この日のために我々は存在するのだ。さぁ、剣をとれ」

兵士が、騎士が、一斉に剣を抜刀し掲げる。

「始まりの狼煙だ。注視せよ」

ホセが 懐から取り出した何かを頭上に掲げた。彼の言葉に従い、兵士達だけでなく光輝達も思わず注目する。

そして……

 

カッ!!

 

光が爆ぜた。

ホセの持つ何かが南雲の閃光弾もかくやという光量の光を放ったのだ。無防備に注目していた光輝達は、それぞれ短い悲鳴を上げながら咄嗟に目を逸らしたり覆ったりするものの、直視してしまったことで一時的に視覚を光に塗りつぶされてしまった。

そして、次の瞬間……

 

ズブリッ

 

そんな生々しい音が無数に鳴り、

「あぐっ?」

「がぁ!」

「ぐふっ!?」

次いで、あちこちからくぐもった悲鳴が上がった。

先程の光に驚いたような悲鳴ではない。苦痛を感じて、意図せず漏れ出た苦悶の声だ。そして、その直後に、ドサドサと人が倒れる音が無数に聞こえ始める。

そんな中、雫と美久、転生者3名だけはその原因を理解していた。広場に入ってからずっと最大限に警戒していたのだ。ホセの演説もどこか違和感を覚えるものだった。なので光が爆発し目を灼かれた直後も、比較的動揺せずに身構え、直後、自分を襲った凶刃を各自で何とか防いだのである。目が見えない状況で気配だけを頼りに防げたのは鍛錬の賜物だろう。

そして、閃光が収まり、回復しだした視力で周囲を見渡した雫が見たのは、クラスメイト達が1部を除いて背後から兵士や騎士達の剣に貫かれた挙句、地面に組み伏せられている姿だった。

「な、こんな……」

呻き声を上げながら上から伸し倒されるように押さえつけられ、更に、背中から剣を突き刺されたクラスメイト達を見て、雫が声を詰まらせる。まさか、全員殺されたのかと最悪の想像がよぎるが、みな、苦悶の声を上げながらも辛うじて生きているようだ。

そのことに僅かに安心しながらも、予断を許さない状況に険しい視線を周囲の兵士達に向ける雫だったが、その目に奇妙な光景が映り込み思わず硬直する。

「あらら、流石というべきかな?……ねぇ、雫?」

「え?えっ……何をっ!?」

そう、瀕死状態のクラスメイト達が倒れ伏す中、たった一人だけ平然と立っている生徒がいたのだ。その生徒は、普段とはまるで異なる、どこか粘着質な声音で雫に話しかける。余りに雰囲気が変わっているため、雫は言葉を詰まらせつつ反射的に疑問を投げ掛けようとした。

その瞬間、再び、雫の背後から一人の騎士が剣を突き出してきた。

「くっ!?」

よく知る相手の豹変に動揺していたため間に合わず刺されそうになった雫。

それを刀身にいくつか穴が空いた片刃の剣が弾く。明理藹須が弾いたのである。

それを見たその生徒は呆れたような視線を向ける。

「これも防げるとか……元から思ってたけど…ホント、あんたって面倒だよね?その剣も王城の金庫には無かったし……」

「何を言ってやがるッ!」

更に激しく、そして他の兵士や騎士も加わり突き出される剣の嵐。雫は転生者3人の助力を受けながら、それらを全て凌ぐが、突然自分の名が叫ばれてそちらに視線を向ける。

「雫様!助けて……」

「ニア!」

そこには、騎士に押し倒され馬乗りの状態から、今まさに剣を突き立てられようとしているニアの姿があった。が、

「ゥオラアァァァァァッ!!!」

「わっ!!?」

「きゃッ!!?」

倒れ込んでいた龍太郎が使えない筈の技能…格闘術の派生にある浸透破壊を地面にして地震を起こし、皆をぐらつかせる。

その隙に自分を組み伏せていた騎士を無理矢理退かせて立ち上がり真横にいたニアを組み伏せる騎士に裏拳を叩きつけてニアの上から吹き飛ばした。

そのままの勢いでニアを抱えて十門司の傍に爆縮地で移動する。

「え、………助かった………の?………………ふぇぇぇぇぇぇんッ!!!怖がっだあぁぁぁぁ!!!」

ニアは助かったことがわかったのか泣き出して龍太郎にしがみつく。

「だあぁぁぁぁ!!!痛てぇぇぇぇ!!!」

「全く、自分が重傷なのにそんな動きをするから痛むんです。ひょっとして貴方ってマゾなんですか?」

そんな龍太郎に美久が呆れながら毒を吐いて、天使である破軍歌姫(ガブリエル)を身に纏い、鎮魂歌(レクイエム)を歌う。

「〜〜〜♪〜〜〜♬」

それによって龍太郎や今も組み伏せられているクラスメイト達は傷の痛みが引いていく。

ついでにニアの精神をリラックスさせることで泣き止ませる。

「それで……どういうつもりなの……恵里」

雫はニアの無事が龍太郎のおかげで得れた事が分かったら目の前の豹変した生徒に声をかける。豹変した人物は常に控えめで大人しく尚且つ気配り上手で心優しい雫達と苦楽を共にしてきた親友の一人、中村恵里その人だった。

組み伏せられている生徒達も、コツコツと足音を立てながら幽鬼のような兵士達の間を悠然と歩く恵里を呆然とした表情で見つめている。

恵里は美久の歌や雫の途切れがちな質問を無視して、何がおかしいのかニヤニヤと笑いながら光輝の方へ歩み寄った。そして、眼鏡を外し、光輝の首に嵌められた魔力封じの一つである首輪をグイっと引っ張ると艶然と微笑む。

「え、恵里…っ…一体……どうしたんだ……」

雫達幼馴染ほどではないが、極々親しい友人で仲間の一人である恵里の余りの雰囲気の違いに、体を貫く剣が邪魔で立てず焦りながらも必死に疑問をぶつける光輝。だが、恵里はどこか熱に浮かされたような表情で光輝の質問を無視する。

そして、

「アハ、光輝くん、つ~かま~えた~」

そんな事を言いながら、光輝の唇に自分のそれを重ねた。妙な静寂が辺りを包む中、ぴちゃぴちゃと生々しい音がやけに明瞭に響く。恵里は、まるで長年溜め込んでいたものを全て吐き出すかのように夢中で光輝を貪った。

光輝は、わけがわからず必死に振りほどこうとするが、数人がかりで押さえつけられている上に、魔力封じの枷を首輪以外にも、他の生徒達同様に手足にも付けられており、また体を貫く剣のせいで無意識的に(・・・・・)力が入らずなすがままだった。

やがて満足したのか、恵里が銀色の糸を弾きながら唇を離す。そして目を細め恍惚とした表情で舌舐りすると、おもむろに立ち上がり、倒れ伏して血を流す生徒達を睥睨した。苦悶の表情や呆然とした表情が並んでいる。そんな光景に満足気に頷くと、最後に雫に視線を定めて笑みを浮かべた。

「とまぁ、こういう事だよ。雫」

『どういう事?』

わけがわからないといった表情で、恵里を睨む雫とその他6人に、恵里は物分りが悪いなぁと言いたげな表情で頭を振ると、まるで幼子にものの道理を教えるように語りだしだ。

「うーん、わからないかなぁ?僕はね、ずっと光輝くんが欲しかったんだ。だから、そのために必要な事をした。それだけの事だよ?」

「……光輝が好きなら告白でもすれば……こんな事…」

雫の反論に、恵里は一瞬、無表情になる。しかし、直ぐにニヤついた笑みに戻ると再び語りだした。

「ダメだよ、ダメ、ダ~メ。告白なんてダメ。光輝くんは優しいから特別を作れないんだ。周りに何の価値もないゴミしかいなくても、優しすぎて放っておけないんだ。だから、僕だけの光輝くんにするためには、僕が頑張ってゴミ掃除をしないといけないんだよ」

そんな事もわからないの?と小馬鹿にするようにやれやれと肩を竦める恵里。ゴミ呼ばわりされても、余りの豹変ぶりに驚きすぎて怒りも湧いてこない。一人称まで変わっており、正直、雫には目の前にいる少女が初対面にしか見えなかった。

「ふふ、異世界に来れてよかったよ。日本じゃ、ゴミ掃除するのは本当に大変だし、住みにくいったらなかったよ。もちろん、このまま戦争に勝って日本に帰るなんて認めない。光輝くんは、ここで僕と二人、ず~とずぅ~~と暮らすんだから」

クスクスと笑いながらそう語る恵里に、雫は、まさかと思いながら、ふと頭をよぎった推測を口からこぼす。

「…まさか…っ…大結界が簡単に…破られたのは……」

「アハハ、気がついた?そう、僕だよ。彼等を使って大結界のアーティファクトを壊してもらったんだ」

雫の最悪の推測は当たっていたらしい。魔人族が、王都近郊まで侵攻できた理由までは思い至らなかったが、大結界が簡単に破られたのは、恵里の仕業だったようだ。恵里の視線が、彼女の傍らに幽鬼のように佇む騎士や兵士達を面白げに見ている事から、彼等にやらせたのだろう。

「君達を殺しちゃったら、もう王国にいられないし……だからね、魔人族とコンタクトをとって、王都への手引きと異世界人の殺害、お人形にした騎士団の献上を材料に魔人領に入れてもらって、僕と光輝くんだけ放っておいてもらうことにしたんだぁ」

「馬鹿な…魔人族と連絡なんて…」

光輝がキスの衝撃からどうにか持ち直し、信じられないと言った表情で呟く。恵里は自分達とずっと一緒に王宮で鍛錬していたのだ。大結界の中に魔人族が入れない以上、コンタクトを取るなんて不可能だと、恵里を信じたい気持ちから拙い反論をする。

しかし、恵里はそんな希望をあっさり打ち砕く。

「【オルクス大迷宮】で襲ってきた魔人族の女の人。帰り際にちょちょいと、降霊術でね? 予想通り、魔人族が回収に来て、そこで使わせてもらったんだ。あの事件は、流石に肝が冷えたね。何とか殺されないように迎合しようとしたら却下されちゃうし……思わず、降霊術も使っちゃったし……怪しまれたくないから降霊術は使えないっていう印象を持たせておきたかったんだけどねぇ……まぁ、結果オーライって感じだったけど……」

恵里の言葉通り、彼女は、魔人族の女に降霊術を施して、帰還しない事で彼女を探しに来るであろう魔人族にメッセージを残したのである。ミハイルがカトレアの死の真相を知っていたのはそういうわけだ。なお、魔人族からの連絡は、適当な“人間”の死体を利用している。

恵里の話を聞き、彼女の降霊術を思い出して雫が顔を青ざめた。

降霊術は、死亡対象の残留思念に作用する魔術である。それを十全に使えることを秘匿したかったということは、実際は完璧に使えるということ。であるならば、雫達を包囲する幽鬼のような兵士や騎士達の様子がおかしいのも分かる。

「彼等の…様子が…おかしいのは……」

「もっちろん降霊術だよ~。既に、みんな死んでま~す。アハハハハハハ!」

雫は、もたらされた非情な解答にギリッと歯を食いしばり、必死の反論をした。

「…嘘よ…降霊術じゃあ受け答えなんてできるはずない!」

「そこはホラ、僕の実力?降霊術に、生前の記憶と思考パターンを付加してある程度だけど受け答えが出来るようにしたんだよ。僕流オリジナル降霊術“縛魂”ってところかな?ああ、それでも違和感はありありだよね~。一日でやりきれる事じゃなかったし、そこは僕もどうしたものかと悩んでいたんだけどぉ……ある日、協力を申し出てくれた人がいてね。銀髪の綺麗な人。計画がバレているのは驚いたし、一瞬、色々覚悟も決めたんだけど……その時点で告発してないのは確かだったし、信用はできないけど取り敢えず利用はできるかなぁ~って」

ホント、焦ったよぉ~と、かいてもいない汗を拭うふりをする恵里。おそらく、その過程にも色々あったのだろうが、そんなことはおくびにも出さない。

「実際、国王まで側近の異変をスルーしてくれたんだから凄いよね?代わりに危ない薬でもキメてる人みたいになってたけど。まぁ、そのおかげで一気に計画を早める事ができたんだ。くふふ、大丈夫!皆の死は無駄にしないから。ちゃ~んと、再利用して魔人族の人達に使ってもらえるようにするからね!」

本来、降霊術とは残留思念に作用して、そこから死者の生前の意思を汲み取ったり、残留思念を魔力でコーティングして実態を持たせた上で術者の意のままに動かしたり、あるいは遺体に憑依させて動かしたり出来る術である。

その性能は当然、生前に比べれば劣化するし、思考能力など持たないので術者が指示しないと動かない。もちろん、“攻撃し続けろ”などと継続性のある命令をすれば、細かな指示がなくとも動き続ける事は可能だ。

つまり、ホセが普通に雫達と会話していたような事は、思考能力がない以上、降霊術では不可能なはずなのだ。それを、違和感を覚える程度で実現できたのは、恵里のいう“縛魂”という術が、魂魄から対象の記憶や思考パターンを抜き取り遺体に付加できる術だからである。

これは、言ってみれば魂への干渉だ。すなわち、恵里は、末端も末端ではあるが自力で神代魔術の領域に手をかけたのである。まさにチート、降霊術が苦手などとよく言ったもので、その研鑽と天才級の才能は驚愕に値するものだ。あるいは、凄まじいまでの妄執が原動力なのかもしれない。

「ぐぅ…止めるんだ…恵里!そんな事をすれば……俺は……」

「僕を許さない?アハハ、そう言うと思ったよ。光輝くんは優しいからね。それに、ゴミは掃除してもいくらでも出てくるし……だから、光輝くんもちゃんと“縛魂”して、僕だけの光輝くんにしてあげるからね?他の誰も見ない、僕だけを見つめて、僕の望んだ通りの言葉をくれる!僕だけの光輝くん!あぁ、あぁ!想像するだけでイってしまいそうだよ!」

恍惚とした表情で自分を抱きしめながら身悶える恵里。そこに、穏やかで気配り上手な図書委員の女の子の面影は皆無だった。クラスメイト達は思う。彼女は狂っていると。“縛魂”は、降霊術よりも死者の使い勝手を良くしただけで術者の傀儡、人形であることに変わりはない。それが分かっていて、なお、そんな光輝を望むなど正気とは思えなかった。

そして、何を思ったのか、おもむろに一番近くに倒れていた近藤礼一のもとへ歩み寄る。

近藤は、嫌な予感でも感じたのか「ひっ」と悲鳴をあげて少しでも近づいてくる恵里から離れようとした。当然、完璧に組み伏せられ、魔力も枷で封じられているので身じろぎする程度のことしか出来ない。

近藤の傍に歩み寄った恵里は、何をされるのか察して恐怖に震える近藤に向かって再び、ニッコリと笑みを向けた。光輝達が、「よせぇ!」「やめろぉ!」と制止の声を上げる。

「や、やめっ!?がぁ、あ、あぐぁ…」

近藤のくぐもった悲鳴が上がる。近藤の背中には心臓の位置に再び剣が突き立てられていた。ほんの少しの間、強靭なステータス故のしぶとさを見せてもがいていた近藤だが、やがてその動きを弱々しいものに変えていき、そして……動かなくなった。

恵里は、その近藤に手をかざすと今まで誰も聞いたことのない詠唱を呟くように唱える。詠唱が完了し“縛魂”の魔法名を唱え終わったとき、半透明の近藤が現れ自身の遺体に重なるように溶け込んでいった。

直後、今まで近藤を拘束していた騎士が立ち上がり一歩下がる。光輝達が固唾を呑む中、心臓を破壊され死亡したはずの近藤は、ゆっくりのその身を起こし、周囲の兵士や騎士達同様に幽鬼のような表情で立ち上がった。

「は~い。お人形一体出来上がり~」

無言無表情で立ち尽くす近藤を呆然と見つめるクラスメイト達の間に、恵里の明るい声が響く。たった今、人一人を殺した挙句、その死すら弄んだ者とは思えない声音だ。

「そういや、鈴にはありがとねって言いたかったな。日本でもこっちでも、光輝くんの傍にいるのに鈴はとっても便利だったから。」

「……え?」

「参るよね?光輝くんの傍にいるのは雫と香織や氷室家の女性陣って空気が蔓延しちゃってさ。不用意に近づくと、他の女共に目付けられちゃうし……向こうじゃ何の力もなかったから、嵌めたり自滅させたりするのは時間かかるんだよ。その点、鈴の存在はありがたかったよ。馬鹿丸出しで何しても微笑ましく思ってもらえるもんね?光輝くん達の輪に入っても誰も咎めないもの。だから、“谷村鈴の親友”っていうポジションは、ホントに便利だった。おかげで、向こうでも自然と光輝くんの傍に居られたし、異世界に来ても同じパーティーにも入れたし……うん、ほ~んと鈴って便利だった!だから、ありがとってね!」

「恵里っ!あなたはっ!」

余りの仕打ち、雫が怒声を上げる。それを刈須戸が羽交い締めにして抑える。しかし、それがどうしたと言わんばかりに、雫の瞳は怒りで燃え上がっていた。

「ふふ。怒ってるね?雫のその表情、すごくいいよ。僕ね、君のこと大っ嫌いだったんだ。光輝くんの傍にいるのが当然みたいな顔も、自分が苦労してやっているっていう上から目線も、全部気に食わなかった。だからね、君にはする事したら特別に、とっても素敵な役目をあげる」

「っ…役目……ですって?」

「くふっ、ねぇ?久しぶりに再会した親友に、殺されるってどんな気持ちになるのかな?」

その一言で、恵里が何をしようとしているのか察した雫の瞳が大きく見開かれる。

「…まさか、香織をっ!?」

よく出来ました!とでも言うように、恵里はパチパチと手を鳴らし、口元にニヤついた笑みを貼り付けた。恵里は傀儡にした雫を使って、香織を殺害しようとしているのだ。

「南雲が持っていくなら放置でも良かったんだけど……あの子をお人形にして好きにしたい!って人がいてね~。色々手伝ってもらったし、報酬にあげようかなって。僕、約束は守る性質だからね!いい女でしょ?」

「ふざけないでっ!!」

怒りのままに、刈須戸を引き剥がしてでも恵里を殴り掛かろうとする雫。

「アハ、どう?僕のことが許せない?まぁ、僕は優しいからね。今すぐ、楽にして上げる……」

今度は雫の番だというように、ニヤニヤと笑みを浮かべながら死霊騎士達に雫を捕らえるように指示を出す恵里。雫が近藤と同じように殺されて傀儡にされる光景を幻視したのか光輝達が必死の抵抗を試みる。

特に、光輝の抵抗は激しく、必死に制止の声を張り上げながら、合計五つも付けられた魔力封じの枷に亀裂を入れ始めた。“限界突破”の“覇潰”でも使おうというのか、凄まじい圧力がその体から溢れ出している。

しかし、脳のリミッターが外れ生前とは比べものにならないほどの膂力を発揮する騎士達と関節を利用した完璧な拘束により、どうあっても直ぐには振りほどけない。光輝の表情に絶望がよぎった。

雫は諦める気が無いのか、強い意志を持ち、激烈な怒りを宿した眼で睨み続けた。

それを、直ぐに絶望してしまうのが目に見えて分かるのか、ニヤついた笑みで見下ろす恵里は、死霊騎士達に蹂躙して絶望させて捕らえるように指示を強化する。

「じゃあね?雫。君との友達ごっこは反吐が出そうだったよ?」

雫は、恵里を睨みながらも、その心の内は親友へと向けていた。届くはずがないと知りながら、それでも、これから起こるかもしれない悲劇を思って、世界のどこかを旅しているはずの親友に祈りを捧げる。

(ごめんなさい、香織。次に会った時はどうか私を信用しないで……生き残って……幸せになって……)

死霊騎士達の剣が月の光を反射しキラキラと光らせる。そして、津波が街を蹂躙を様な感じで死霊騎士達が襲いかかる。

迫る凶刃を見つめながら、雫は、なお祈る。どうか親友が生き残れますように、どうか幸せになりますように。私は諦めないが逝ってしまうかもしれない、逝った私は貴女を傷つけてしまうだろうけど、貴女の傍には彼がいるからきっと大丈夫。強く生きて、愛しい人と幸せに……どうか……

色褪せ、全てが遅くなった世界で腹を括った雫の脳裏に今までの全てが一瞬で過ぎっていく。ああ、これが走馬灯なのね……最後に、そんなことを思う雫達に襲いかかる騎士達は、蹂躙を

…………出来なかった。

「え?」

「え?」

雫と恵里の声が重なる。

騎士達は、一部屋の壁くらいの大きさの輝く障壁に止められていた。何が起きたのかと呆然とする皆に、ここにいるはずのない者の声が響く。ひどく切羽詰まった、焦燥に満ちた声だ。雫が、その幸せを願った相手、親友の声だ。

「雫ちゃん!」

その声と共に、いつの間にか展開されていた十枚の輝く障壁が雫達を守るように取り囲んだ。そして、その内の数枚が死霊騎士達の眼前に移動しカッ!と光を爆ぜた。バリアバーストモドキとでもいうべきか、障壁に内包された魔力を敢えて暴発させて光と障壁の残骸を撒き散らす技だ。

「っ!?」

騎士達は吹き飛び、恵里はその閃光に怯んでバランスを崩した瞬間に砕け散った障壁の残骸や余波に打ち付けられて後方へと吹き飛ばされた。

雫が、突然の事態に唖然としつつも、自分の名を呼ぶ声の方へ顔を向ける。

そして、周囲を包囲する騎士達の隙間から、ここにいるはずのない親友の姿を捉えた。夢幻ではない。確かに、香織が泣きそうな表情で雫を見つめていた。きっと、雫達の惨状と、ギリギリで間に合ったことへの安堵で涙腺が緩んでしまったのだろう。

「か、香織……」

「雫ちゃん!待ってて!直ぐに助けるから!」

香織は、広場の入口から兵士達に囲まれる雫達へ必死に声を張り上げた。そして、急いで全体回復魔法を詠唱し始める。光系最上級回復魔法“聖典”だ。クラスメイト達の状態と周囲を状況から一気に全員を癒す必要があると判断したのだ。

「っ!?なんで、君がここにいるのかなぁ!君達はほんとに僕の邪魔ばかりするね!」

恵里が、怒りに顔を歪めながら周囲の騎士達に命令を下す。香織の詠唱を止めるため、騎士達が一斉に香織へと襲いかかった。

しかし、彼等の振るった騎士剣は光の障壁に阻まれ、香織を傷つけること叶わない。

「ちょっと、これどういう事か説明してくれる?エリエリ?」

最上級回復魔法を唱える香織を守ったのは、合流したであろう鈴が、自分と金糸雀、香織、リリアーナを包むように球状の障壁が二人を守る。

「みなさん!一体、どうしたのですか!正気に戻って!恵里!これは一体どういうことです!?」

リリアーナは、騎士や兵士達が光輝達を殺そうとしている状況やまるで彼等の主のように振舞う恵里にひどく混乱していた。障壁を張る鈴に魔力を供給しながら、鈴と同じように恵里に説明を求めて声を張り上げる。しかし、恵里はまるで取り合わない。

リリアーナは術師としても相当優秀な部類に入る。モットーの隊商を全て覆い尽くす障壁を張り、賊四十人以上の攻撃を凌ぎ切れる程度には。

しかし、大迷宮攻略者である鈴が上手だったので己は鈴の補助に当たる。

実を言うと鈴の障壁は、栄光の是・射殺す百頭(ナインライブズ)を4撃耐える程の強度にまで成長しているのである。

故に、騎士達がリミッターの外れた猛烈な攻撃を行ったところで、香織の詠唱が完了するまで持ち堪えることは十二分に可能だった。

そして、それを理解したのか若干、恵里の表情に焦りの色が見える。

「チッ、仕方ないかな?」

その焦り故か、恵里はクラスメイト達の傀儡化を諦めて、癒される前に殺してしまおうと決断した。

と、その時、突如、リリアーナの目の前で障壁に騎士剣を振るっていた騎士の一人が首を落とされて崩れ落ちた。

その倒れた騎士の後ろから姿を見せたのは……檜山大介だった。

「白崎!リリアーナ姫!2人も無事か!」

「檜山さん?あなたこそ、そんな酷い怪我で!?」

リリアーナが檜山の様子を見て顔を青ざめさせる。詠唱を途切れさせてはいないが、香織もまた驚愕に目を見開いていた。それもそのはずだ、檜山の胸元はおびただしい血で染りきっていたのだから。どうみても、無理をして拘束を抜け出して来たという様子だ。

ぐらりとよろめき、障壁に手をついた檜山を見て、鈴は障壁の一部を解いたりせず檜山を中に入れなかった。

「ッ!!?鈴さん!!?何故檜山さんを中に入れないのですか!!?これだと檜山さんが!!?」

「ダメだよ。粗方知ってるの。私が檜山を中に入れたら此奴はカオリンを殺そうとする。

だって、檜山はエリエリの協力者だもん。」

鈴に言われてからクラスメイト達は気がついた。なぜ、光輝すら抜け出せない拘束を檜山だけ抜け出せたのか、恵里が言っていた香織を欲する人間が誰なのか……

「ちっ、巫山戯んな!中に入れろよ!入れろいれろイレロイレロイレロッ!!!!!!!!」

中に入れてもらえなかった檜山が喚きながら鈴の障壁を攻撃し出す。

檜山が突きを繰り出す。そこで、何かが突き抜ける音がした。

途端に鈴の障壁が砕け、そこに広がった光景は、砕かれた拍子に吹き飛ばされ地面に横たわる鈴とリリアーナ、金糸雀の姿と塀の上に腰掛ける血だらけの英王、そして、檜山に背後から抱き締められるようにして胸から刃を突き出す香織の姿だった。

「香織ぃいいいいーー!!」

「はっ、その程度の障壁など我の前では紙と同然よ。」

雫の絶叫が響き渡る。そんな中、英王が射出した破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を仕舞いながら呟く。

檜山は瞳に狂気を宿しながら香織を背後から抱き締めて首筋に顔を埋めている。片手は当然背中から香織の心臓を貫く剣を握っていた。

檜山は最初から怪我などしていなかったのだ。勇者である光輝の土壇場での爆発力や不測の事態に備えてやられたふりをして待機していたのである。そして、香織達の登場に驚きつつもこのままでは光輝達を回復されてしまうと判断し、一芝居打ったのだ。

「ひひっ、やっと、やっと手に入った。……やっぱり、南雲より俺の方がいいよな?そうだよな?なぁ、しらさ…いや、香織?なぁ?ぎひっ、おい、中村ァ、さっさとしろよぉ。契約だろうがぁ」

恵里が、檜山の言葉に肩を竦める。そして、香織に“縛魂”するため歩き出した。

直後、横の壁が爆発した。否、破壊されたのだ。

破壊された壁から飛び出して来たのは半壊した不貞隠しの鎧(シークレットベディグリー)を纏う代赤と、その腕に抱え込まれた白音。

そして、黒い鎧に身を包んだ満愛ことアルトリア・ペンドラゴン・オルタナティブ(・・・・・・・)であった。

 

✲✲✲

 

数分前

「だぁれも人がいねぇなぁ。」

「…………気にしたら負け。でも、嫌な予感がする。」

「…………あぁ。」

代赤と白音は1階から虱潰しに部屋を見ていた。見た部屋はわかりやすく扉を開けっ放しである。

1階の部屋全てを見たが何も無く、次に2階へ向かう。確か、この階には騎士達の溜まり場?があったはずである。

そして、2階も虱潰しに部屋を見て行く。半分見終わり、次を見ようとした。

が、暗い廊下の先から来た黒の斬撃が来たため、断念する。代赤と白音は臨戦態勢をとる。

奥からゆっくりと歩いてきたのは、満愛であった。しかし、姿は何時もの青を基調とした服ではなく黒の鎧に身を包み、頭のチャームポイントであるアホ毛が無かった。

「ッ!!?父上…………その姿は……………まさか…………」

「………?知ってるの代赤?」

「…あぁ。奴は生前の俺を殺した奴だ。父う………母上とは違う。」

白音にそう説明しながら不貞隠しの鎧を身に纏い、燦然と輝く王剣(クラレント)を構える代赤。

それに対して黒い満愛は無言で攻撃を開始し始めた。

代赤は的確に黒満愛の攻撃を逸らしたり弾いたりして対抗し、鍔迫り合いとなったら右拳で黒満愛の腹を殴って後退させて燦然と輝く王剣を振りかぶって左上から袈裟懸けの一撃を放つ。が、魔力放出をされて失敗に終わる。

「いい加減………何か話せよ!!!!」

代赤は憤怒の形相で赤雷を纏って黒満愛に音速の域で迫る。

しかし、黒満愛には丸見えであり、代赤は満愛が放った回し蹴りを腹で諸に受けて吹き飛ばされる。

吹き飛ばされた先には満愛を捕縛する術に取り掛かっていた白音がおり、代赤がぶつかって一緒に飛んでいく。

そのままの勢いでいくつかの部屋の壁を破壊していった。

ある部屋の中で体勢を立て直し、後ろに気絶していた白音を背負いながら着地して止まる。

「フゥ、危な────」

そんな隙を黒満愛が逃すはずなく、魔力を纏った剣で代赤を殴る。その勢いで再び壁を突き破った。

「ちっ、面倒くッ!!?」

その壁の先の部屋は死霊騎士がクラスメイト達を囲っており、組み伏せられていた。

そんな中、ある光景を見て代赤は黒満愛という一種の脅威を無視して怒鳴った。

「てめぇ、檜山ァァァ!!!ッガハッ!!?」

隙だらけの代赤に黒満愛は剣の刀背で腹を再び殴られてしまった。

 

✲✲✲

 

誰もそれどころではなく気にしてはなかったが先程からの小規模の揺れは代赤が黒満愛に飛ばされて壁を突き破った時の揺れであった。

「ちっ、面倒くッ!!?てめぇ、檜山ァァァ!!!ッガハッ!!?」

飛ばされながら愚痴を零すが、この部屋に死霊騎士軍団とクラスメイト達、何より香織を殺して嗤う檜山を見てブチギレるも黒満愛に剣の刀背で腹を殴られて飛ばされてしまったのである。

それを明理藹須が闇を制御してクッションとする事で助ける。

「…………あら、貴方は氷室No.2じゃん。氷室No.4と戦ってたんだ。」

「………」

「ちっ、いけ好かない奴。」

「そいつのその状態はそんなもんだ。諦めろ。」

会話の内容からしてどうやら、恵里と英王は満愛が黒満愛となった訳を知っているようである。

そこで、絶叫が響き渡る。

「がぁああああ!お前らァーー!!」

光輝だ。怒髪天を衝くといった様子で、体をギシギシと軋ませて必死に拘束を解こうとする。香織が殺されたと思ったようで、半ば、我を失っているようだ。五つも付けた魔力封じの枷がますます亀裂を大きくしていく。途轍もない膂力だ。しかし、それでも枷と騎士達の拘束を解くにはまだ足りない。

と、その様子を冷めた目で見ていた檜山の耳にボソボソと呟く声が聞こえてきた。見れば、何と香織が致命傷を負いながら何かを呟いているのだ。檜山は、それが気になって口元に耳を近づける。そして、聞こえてきたのは……

「――――ここ…に…せいぼ…は……ほほえ…む…“せい…てん”」

致命傷を負ってなお、完成させた最上級魔術の詠唱。香織の意地の魔術行使。檜山の瞳が驚愕に見開かれる。

香織にも、自分が致命傷を負ったという自覚があるはずだ。にもかかわらず、最後の数瞬に行ったのは、泣くことでも嘆くことでも、まして愛しい誰かの名前を呼ぶことでもなく……戦うことだった。

香織は思ったのだ。彼は、自分が惚れた彼は、どんな状況でもどんな存在が相手でも決して諦めはしなかった。ならば、彼の隣に立ちたいと願う自分が無様を晒す訳にはいかないと。そして、ほとんど意識もなく、ただ強靭な想いだけで唱えきった魔術は、香織の命と引き換えに確かに発動した。

香織を中心に光の波紋が広がる。それは瞬く間に広場を駆け抜け、傷ついた者達に強力な癒しをもたらした。突き刺さされた剣が癒しの光に押されて抜け落ちていく。どういう作用が働いたのか、傀儡兵達の動きも鈍くなった。

当然、癒しの光は香織自身も効果に含め、その傷を治そうとするが、香織が受けたのは他の者達と異なり急所への一撃。しかも、傷が塞がろうとすると檜山が半狂乱で傷を抉るので香織が癒されることはなかった。それは香織に、より確実な死をもたらす。

「あぁああああ!!」

光輝の絶叫が迸る。

癒された体が十全の力を発揮し、ただでさえ亀裂が入って脆くなっていた枷をまとめて破壊した。同時に、その体から彼の激しい怒りをあらわすように純白の光が一気に噴き上がる。激しい光の奔流は、光輝を中心に纏まり彼の能力を五倍に引き上げた。“限界突破”の最終派生“覇潰”である。

「お前ら……絶対に許さない!」

光輝を取り押さえようとした騎士達だったが、光輝は、自分を突き刺していた騎士剣を奪い取るとそれを無造作に振るい、それだけで傀儡兵達を簡単に両断していった。そして、手を突き出し聖剣を呼ぶと、拘束された際に奪われていた聖剣がくるくると空中を回転しながら飛び光輝の手の中に収まった。

恵里が無表情で、傀儡兵達を殺到させるが光輝はその尽くを両断した。人殺しへの忌避感は克服できていない。しかし、今は、激しい怒りで半ば我を失っていることと、相手は既に死んでいるという認識から躊躇いなく剣を振るうことが出来ているようだ。

一方、他のクラスメイト達も前線組が中心となって、居残り組を守るようにして戦い始めていた。いくら倒してもそこかしからわらわらと湧いて出る傀儡兵に、魔力封じの枷を解除する暇もなく純粋な身体能力のみで戦わなければならない。加勢に入った龍太郎や3人の転生者、永山が文字通り盾となって、震えてへたり込む居残り組の生徒達を必死に守っていた。

雫も、泣きそうな表情で必死に香織のもとへ行こうとする。しかし、龍太郎達と同じく傀儡兵達から怒涛の攻撃を受けて中々前に進めない。

その時、遂に、光輝を囲む傀儡兵達がやられ包囲網に穴ができた。光輝は、怒りの形相で、恵里と檜山を睨みつけ光の奔流を纏いながら一気に襲いかかった。

だが、そこで、恵里は光輝の弱点につけ込んだ切り札を登場させる。それにより、恵里の予測通り、光輝の剣は止まってしまった。

光輝が震える声で、その切り札の名を呼ぶ。

「そ、そんな……メルドさん…まで……」

そう、光輝の剣を正面から受けて止めていたのは騎士団団長のメルド・ロギンスその人だったのだ。

「……光輝…なぜ俺に剣を向ける…俺は、そんなこと教えてはいないぞ───」

「なっ…メルドさん……俺は」

「光輝!聞いてはダメよ!メルドさんももうっ!」

動揺する光輝に雫の叱咤が飛ぶ。ハッと正気を取り戻した時には、メルドの鋭い剣撃が唐竹に迫っていた。咄嗟に、聖剣でその一撃を受ける。が、何時まで経っても攻撃が来ず、目前にある聖剣を少しずらしたらメルドの鋭い剣撃は光輝の死角から迫っていた騎士の剣を弾いて、その剣を持っていた騎士を切り裂いた。

「───何より………俺はまだ……生きているのだから!!!」

光輝の元からクラスメイト達の方へ行き、騎士にタックルをかまして庇うように立つ。そして、

「何を怯えている!!!死にたくないなら抗え!!!そして、俺が教えた数々の力を発揮しろ!!!俺はお前達が死を怖がるのは分かっている!本来は俺が庇うのが道理だろう。だが、すまないがたった一人では出来ん!!!もう一度言う、死にたくないなら、生きたいのなら抗え!!!お前達のミスは俺がフォローする!!!あと、感情に飲み込まれるな光輝!!!」

メルドの喝によって奮い立たされ、クラスメイト達は立ち上がる。ちゃっかり光輝にも指摘をする。

「龍太郎、もうちょっとだけ耐えろ!!皆のこれ外すから!!」

影が薄すぎて魔力封じの枷をかけられる以前に捕まらなかった遠藤浩介が恵里からこっそりと奪っていた枷の鍵でクラスメイト達の枷を外していく。

「何であんたは生きてんの!!?」

「何、簡単なことだ。泉奈が蘇生術をもう1つ仕込んでいたのだろう。蘇生による魔力と体力の消耗で暫く死霊騎士達の様な動きしか出来なかった。が、美久の歌と香織の聖典のおかげで復活出来た!!!」

「……………」

また、氷室家の誰かに邪魔をされたことで黙り込む恵里。

しかし、ここで異変が起きた。

「ッ!?ガハッ!」

突如、光輝の限界突破覇潰が解けて、光輝が血反吐を吐いて倒れる。

「光輝!!?」

「ふぅ~、やっと効いてきたんだねぇ。結構、強力な毒なんだけど……流石、光輝くん。団長さんを用意しておかなかったら僕の負けだったかも」

余裕そうな声音でのたまう恵里に、光輝が崩れ落ちるのをメルドが光輝を支えながら疑問顔を向ける。

「くふふ、王子様がお姫様をキスで起こすなら、お姫様は王子様をキスで眠りに誘い殺して自分のものに……何て展開もありだよね?まぁ、万一に備えてっていうのもあるけどねぇ~」

その言葉で代赤と白音、黒満愛以外は気がついた。最初に恵里がしたキス。あの時、一緒に毒薬を飲まされたのだろうと。恵里自身は、先に解毒薬でも飲んでいたのだろう。まさか、口移しで毒を飲まされたとは思わなかった。まして、好意を示しながらなど誰が想像できようか。光輝は、改めて自分達が知っている恵里は最初からどこにもいなかったのだと理解した。

毒が周り、完全に動けなくなった光輝を見て、恵里は満足そうに笑うと、くるりと踵を返して香織のもとへ向かった。そろそろ“縛魂”可能なタイムリミットが過ぎてしまうからだ。檜山が鬼のような形相で恵里を催促している。

香織が死してなお汚される。そのことに光輝も雫も焦燥と憤怒、そして悔しさを顔に浮かべて必死に止めようとする。

しかし、無常にも恵里の手は香織にかざされてしまった。恵里の詠唱が始まる。数十秒後には、檜山の言うことを何でも従順に聞く香織人形の出来上がりだ。雫達が激怒を表情に浮かべ、檜山が哄笑し恵里がニヤニヤと笑みを浮かべる。が、ここで乱入者が現れる。

そして……その声は絶望渦巻く裏切りの戦場にやけに明瞭に響いた。

「……一体、どうなってやがる?」

それは、白髪眼帯の少年、南雲ハジメの声だった。

ハジメの登場に、まるで時間が停止したように全員が動きを止めた。それは、ハジメが凄絶なプレッシャーを放っていたからだ。

本来なら、傀儡兵達に感情はないためハジメのプレッシャーで動きを止めることなどないのだが、術者である恵里が、生物特有の強者の傍では身を潜めてやり過ごすという本能的な行動を思わずとったため、傀儡兵達もつられてしまったのである。

ハジメは、自分を注視する何百人という人間の視線をまるで意に介さず、周囲の状況を睥睨する。クラスメイト達を襲う大量の兵士と騎士達、一塊になって円陣を組んでいるクラスメイト達、メルドに抱えられている光輝、黒刀を片手に膝をついている雫、硬直する恵里と檜山、そして……檜山に抱き締められながら剣を突き刺され、命の鼓動を止めている香織……

その姿を見た瞬間、この世のものとは思えないおぞましい気配が広場を一瞬で侵食した。体中を虫が這い回るような、体の中を直接かき混ぜられ心臓を鷲掴みにされているような、怖気を震う気配。圧倒的な死の気配だ。血が凍りつくとはまさにこのこと。一瞬で体は温度を失い、濃密な殺意があらゆる死を幻視させる。

刹那、ハジメの姿が消えた。

そして、誰もが認識できない速度で移動したハジメは、轟音と共に香織の傍に姿を見せる。

轟音は、檜山が吹き飛び広場の奥の壁を崩壊させながら叩きつけられた音だった。ハジメは、一瞬で檜山の懐に踏み込むと香織に影響が出ないように手加減しながら殴り飛ばしたのである。

本来なら、檜山如きは一撃で体が弾け飛ぶのだが、その手加減のおかげで今回は全身数十箇所の骨を砕けさせ内臓をいくつか損傷しただけで済んだ。今頃、壁の中で気を失い、その直後痛みで覚醒するという地獄を繰り返しているだろう。

ハジメは、片腕で香織を抱き止めると、そっと顔にかかった髪を払った。そして、大声で仲間を呼ぶ。

「ティオ!香織を頼む!」

「っ……うむ、任せよ!」

「し、白崎さんっ!」

ハジメの呼びかけに応えて、一緒にやって来たティオが我を取り戻したように急いで駆けつけた。傍らの愛子も血相を変えて香織の傍にやって来る。ハジメから香織を受け取ったティオは急いで詠唱を始めた。

「アハハ、無駄だよ。もう既に死んじゃってるしぃ。まさか、君達がここに来てるなんて……いや、香織が来た時点で気付くべきだったね。……うん、檜山はもうダメみたいだし、南雲にあげるよ?僕と敵対しないなら、魔法で香織を生き返らせてあげる。擬似的だけど、ずっと綺麗なままだよ?腐るよりいいよね?ね?」

にこやかに、しかし額に汗を浮かべながらそう提案する恵里。傍らで愛子が驚愕に目を見開いているのを尻目に、ハジメはスッと立ち上がった。ハジメの力を知っている恵里は、内心盛大に舌打ちしながらも自分に手を出せば、香織はこのまま朽ちるだけだと力説する。

だが、ハジメは止まらず歩み寄る。

「待って、待つんだ南雲。ほら、周りの人達を見て? 生きているのと変わらないと思わない?死んでしまったものは仕方ないんだし、せめて彼等のようにしたいと思うよね?しかも、香織を好きなように出来るんだよ?それには僕が絶対に必要で……」

後退りしならが言い募る恵里。

と、その時、ハジメの背後に人影が走る。それは、他の傀儡兵とは比べ物にならない程の身のこなしでハジメに鋭い剣の一撃を放った。影の正体は黒満愛。一応仲間だからということで恵里を殺られない為に動いたのだ。

その一撃がハジメごと地面を抉り、土煙を上げる

「アハハ、油断大敵ぃ~。それとも怒りで我をっ……」

さっきまでのどこか焦ったような表情を一転させてニヤついた表情に戻った恵里だったが、ハジメが何の痛痒も感じていないかのように歩みを止めない事で、その表情を引き攣らせた。ハジメの後ろにいたなら気がついただろう。紅い魔力の塊がテープのような一本線に圧縮され、袈裟懸けの一撃を逸らしたことを。“金剛”の派生“集中強化”だ。

ハジメは、無言で左腕の肘を背後に向けると、何の躊躇いもなくショットガンを撃ち放った。轟音が響き渡り、同時に、超至近距離から放たれた大威力の散弾を黒満愛は、その全てを黒く可視化した風で逸らす。が、逸れた先にいた近藤礼一に当たり、全身をビチャビチャと血肉を飛び散らせて生々しい音が響く。

「ッ!!!てめぇの相手は俺だ!!!」

ハジメの乱入にぼけっとしていたが再起動?した代赤が黒満愛にタックルをして王城から出ていく。

白音は気絶していたため、先程から歌い続けていた美久が背負う。

それを見ずにハジメは歩み続ける。

恵里が徐々に表情を険しくしながら次の傀儡兵とアランを前に出した。ハジメも光輝ほどではないがアランとはそれなりに親しくしていたし、【オルクス大迷宮】では、稀に弱った魔物をけしかけてレベルアップに協力してくれたのである。なので、光輝がメルドに驚愕したのと同じように動揺して隙を晒すと踏んだのだ。周囲では、傀儡兵が虎視眈々とハジメが隙を晒すのを待ち構えている。

しかし、そんな常識的な判断がハジメに通じるわけがない。

ハジメは、アランが踏み込んで来るのを尻目に“宝物庫”からメツェライを取り出した。いきなり虚空から現れた見るからに凶悪なフォルムの重兵器に、その場の全員が息を呑む。

咄嗟に、雫が叫んだ。

「みんな伏せなさい!」

龍太郎や3人の転生者達、永山が立ち尽くしているクラスメイト達を覆いかぶさる様に引きずり倒した。

直後、独特の回転音と射撃音を響かせながら、破壊の権化が咆哮をあげる。かつて、解放者の操るゴーレム騎士を尽く粉砕し、数万からなる魔物の大群を血の海に沈めた怪物の牙。そんなものを解き放たれて、たかだか傀儡兵如きが一瞬でも耐えられるわけがなかった。

電磁加速された弾丸は、一人一発など生温いと言わんばかりに全ての障碍を撃ち砕き、広場の壁を紙屑のように吹き飛ばしながら、ハジメを中心に薙ぎ払われる。傀儡兵達は、その貴賎に区別なく体を砕け散らせて原型を留めない唯の肉塊へと成り下がった。

やがて、メツェライの咆哮が止み、静寂が戻った広場に再び足音が響く。誰もが伏せた体勢のまま身動きを取れない中で、その道を阻むものの全てを薙ぎ払い進撃するのは当然、ハジメだ。

他の皆と同じく、必死に頭を下げて嵐が過ぎ去るのをひたすら待っていた恵里の眼前に、靴の爪先が突きつけられた。恵里が、のろのろ顔を上げる。靴から順に視線を上げていき、見上げた先には、何の価値も無い路傍の石を見るような無機質な瞳が一つ。ハジメの手にメツェライは既にない。ただ恵里の眼前に立ち見下ろしている。

恵里が何も言えず、ただ呆然と見つめ返していると、おもむろにハジメが口を開いた。

「で?」

「っ……」

ハジメは、恵里が何をしたのか詳しい事は知らない。ただ、敵だと理解しただけだ。これが唯の敵なら、無慈悲に直ちに殺して終わりだった。しかし、恵里は決して手を出してはいけない相手に手を出したのだ。もはや、ただ殺すだけでは足りない。死ぬ前に“絶望”を……

だから、ハジメは問うたのだ。お前如きに何ができる?何もできないだろう?と。

それを正確に読み取った恵里は、ギリッと歯を食いしばった。唇の端が切れて血が滴り落ちる。今の今まで自分こそがこの場の指揮者で、圧倒的有利な立場にいたはずなのに、一瞬で覆された理不尽とその権化たるハジメに憎悪と僅かな畏怖が湧き上がる。

恵里が、激情のまま思わず呪う言葉を吐こうとした瞬間、ゴリッと額に銃口が押し当てられた。

認識すら出来なかった早抜きに、呪いの言葉を呑み込む恵里。

「……てめぇの気持ちだの動機だの、そんな下らないこと聞く気はないんだよ。もう何もないなら……死ね」

ハジメの指が引き金に掛かる。理恵は、ハジメの目に、クラスメイトである自分を殺害すること、香織を傀儡に出来ないことへの躊躇いが微塵もない事を悟った。

――死ぬ

恵里の頭を、その言葉だけが埋め尽くす。しかし、恵里の悪運はまだ尽きていなかったらしい。

恵里の脳天がぶち抜かれようとした瞬間、ハジメ目掛けて火炎弾が飛来したからだ。かなりの威力が込められているらしく白熱化している。しかし、ハジメにはやはり通用しない。ドンナーの銃口を火炎弾に向けるとピンポイントで魔法の核を撃ち抜き、あっさり霧散させてしまった。

「なぁぐぅもぉおおおー!!」

その霧散した火炎弾の奥から、既に人語かどうか怪しい口調でハジメの名を叫びながら飛び出してきたのは満身創痍の檜山だった。手に剣を持ち、口から大量の血を吐きながら、砕けて垂れ下がった右肩をブラブラとさせて飛びかかってくる。もはや、鬼の形相というのもおこがましい、醜い異形の生き物にしか見えなかった。

「…うるせぇよ」

ハジメは、煩わしそうに飛びかかって来た檜山にヤクザキックをかます。

 

ドゴンッ!

 

という爆音じみた衝撃音が響き、檜山の体が宙に浮いた。吹き飛ばなかったのは衝撃を余すことなく体に伝えたからだ。

そして、ハジメは、宙に浮いた檜山に対して、真っ直ぐ天に向けて片足を上げると、そのまま猛烈な勢いで振り下ろした。まるで薪を割る斧の一撃の如き踵落としは檜山の頭部を捉えて容赦なく地面に叩きつけた。地面が衝撃でひび割れ、割れた檜山の額から鮮血が飛び散る。勢いよくバウンドした檜山は既に白目を向いて意識を失っていた。

既に誰が見ても瀕死の檜山。それでも手を緩めないのがハジメクオリティーだ。バウンドして持ち上がった頭を更に蹴り上げ、再び宙に浮かせる。絶妙な手加減がされていたのか、その衝撃で檜山は意識を取り戻した。

ハジメは、宙にある檜山の首を片手で掴み掲げるようにして持ち上げる。宙吊りになった檜山が、力のない足蹴りと拳で拘束を解こうと暴れるが、ハジメの人外の膂力は小揺ぎもしない。

「おま゛えぇ!おま゛えぇざえいなきゃ、がおりはぁ、おでのぉ!」

溢れ出る怨嗟と殺意。人間とはここまで堕ちる事ができるのかと戦慄を感じずにはいられない余りの醜悪さ。常人なら見るに堪えないと視線を逸らすか、吐き気を催して逃げ去るだろう。

しかし、ハジメは、檜山のそんな呪言もまるで意に返さない。それどころか、むしろ、ハジメの瞳には哀れみの色すら浮かんでいた。

「俺がいようがいまいが結果は同じだ。少なくとも、お前が何かを手に入れられる事なんて天地がひっくり返ってもねぇよ」

「きざまぁのせいでぇ」

「人のせいにするな。お前が堕ちたのはお前のせいだ。日本でも、こっちでも、お前は常に敗者だった。“誰かに”じゃない。“自分に”だ。他者への不満と非難ばかりで、自分で何かを背負うことがない。……お前は生粋の負け犬だ」

「ころじてやるぅ!ぜっだいに、おま゛えだけはぁ!」

ハジメの言葉に更に激高して狂気を撒き散らす檜山。ハジメは、自分に負け続けた負け犬を最後に一瞥したあと、何かに気が付いたように明後日の方向へ視線を向けた。その方向には、王都に侵入してきた魔物の先陣がたむろしていた。

ハジメは、冷めた眼差しを檜山に戻し、再度宙に投げると、重力に従って落ちてきたところで義手の一撃を叩きつけた。その衝撃により回転力が加わって、くるくると独楽のように回転する檜山。

「生き残れるか試してみな。まぁ、お前には無理だろうがな」

ハジメは、更にダメ押しとばかりに空気すら破裂するような回し蹴りを叩き込んだ。檜山は、その衝撃で

 

ボギュ!

 

と嫌な音を立てながら大きく広場の外へと吹き飛ばされていった。

ハジメがさっさと檜山を撃ち殺さず、急所を外して滅多打ちにしたのは無意識的なものだ。自分を奈落に落としたことへの復讐ではない、香織を傷つけられたことへの復讐だ。

本人にどこまで自覚があるかはわからないが、楽に殺してやるものかというハジメの思いが現れたのである。それは、檜山を辛うじて生かしたまま、魔物の群れの中に蹴り飛ばした事にもあらわれていた。

しかし、この檜山への対応が、恵里を殺すための時間を削いでしまった。恵里が逃げ出したのではない。ハジメ目掛けて黄昏の閃光が襲いかかったのだ。

「チッ……」

ハジメは、舌打ちしつつその場から飛び退き、黄昏の閃光の射線に沿ってドンナーを撃ち放った。三度轟く炸裂音と同時に、黄昏の閃光という滝を登る龍の如く、三条の閃光が空を切り裂く。

直後、黄昏の閃光の軌道が捻じ曲がり、危うく光輝を灼きそうになったが、寸前で恵里が飛び出し何とか回避したようだ。恵里としても、誤爆で光輝が跡形もなく消し飛ばされるなど冗談でも勘弁して欲しいところだろう。

やがて、黄昏の閃光が収まり空から白竜に騎乗したフリードと所々鎧がなく、背に菩提樹の葉の跡がある白髪の竜人、紅の長槍と黄の短槍を持つ目の色が反転しているイケメンが降りてきた。

「……そこまでだ。白髪の少年。大切な同胞達と王都の民達をこれ以上失いたくなければ大人しくすることだ」

「ガルル」

「………」

どうやらフリードはハジメを光輝達や王国のために戦っているのだと誤解しているようである。周囲の気配を探れば、いつの間にか魔物が取り囲んでおり、龍太郎達や雫、そしてティオや愛子達を狙っていた。

ハジメ達が本気で戦えば、甚大な被害が出ることを理解しているため人質作戦に出たのだろう。ハジメは知らないことだが、ユエや泉奈に手酷くやられ、ハジメ達には敵わないと悟ったフリードの苦肉の策だ。なお、ユエに負わされた傷は、完治にはほど遠いものの、白鴉の魔物の固有魔術により癒されつつある。泉奈に負わされた傷は一切癒されてはいないが。

と、その時、香織に何かをしていたティオがハジメに向かって声を張り上げた。

「ご主人様よ!どうにか固定は出来たのじゃ!しかしこれ以上は……時間がかかる……出来ればユエの協力が欲しいところじゃ。固定も半端な状態ではいつまでも保たんぞ!」

ハジメは、肩越しにティオを振り返ると力強く頷いた。何のことかわからないクラスメイト達は訝しそうな表情だ。しかし、同じ神代魔術の使い手であるフリードは察しがついたのか、目を見開いてティオの使う魔術を見ている。

「ほぉ、新たな神代魔法か……もしや【神山】の?ならば場所を教えるがいい。逆らえばきさっ!?」

フリードが、ハジメ達を脅して【神山】大迷宮の場所を聞き出そうとした瞬間、ハジメのドンナーが火を噴いた。咄嗟に、亀型の魔物が障壁を張って半ば砕かれながらも何とか耐える。フリードは、視線を険しくして、周囲の魔物達の包囲網を狭めた。

「どういうつもりだ?同胞の命が惜しくないのか?お前達が抵抗すればするほど、王都の民も傷ついていくのだぞ?それとも、それが理解できないほど愚かなのか?外壁の外には十万の魔物、そしてゲートの向こう側には更に百万の魔物が控えている。お前達がいくら強くとも、全てを守りながら戦い続けることが……」

その言葉を受けたハジメは、フリードに向けていた冷ややかな視線を王都の外――王都内に侵入しようとしている十万の大軍がいる方へ向けた。そして、無言で“宝物庫”から拳大の感応石を取り出した。訝しむフリードを尻目に感応石は発動し、クロスビットを操る指輪型のそれとは比べ物にならない光を放つ。

猛烈に嫌な予感がしたフリードは、咄嗟にハジメに向けて極光を放とうとする。しかし、ハジメのドンナーによる牽制で射線を取れず、結果、それの発動を許してしまった。

――天より降り注ぐ断罪の光。

そう表現する他ない天と地を繋ぐ光の柱。触れたものを、種族も性別も貴賎も区別せず、一切合切消し去る無慈悲なる破壊。大気を灼き焦がし、闇を切り裂いて、まるで昼間のように太陽の光で目標を薙ぎ払う。

 

キュワァアアアアア!!

 

独特な調べを咆哮の如く世界に響き渡らせ大地に突き立った光の柱は、直径五十メートルくらいだろうか。光の真下にいた生物は魔物も魔人族も関係なく一瞬で蒸発し、凄絶な衝撃と熱波が周囲に破壊と焼滅を撒き散らす。

ハジメが手元の感応石に魔力を注ぎ込むと、光の柱は滑るように移動し地上で逃げ惑う魔物や魔人の尽くを焼き滅ぼしていった。

防御不能。回避不能。それこそ、フリードのように空間転移でもしない限り、生物の足ではとても逃げ切れない。外壁の崩れた部分から王都内に侵入しようとしていた魔物と魔人族が後方から近づいて来る光の柱を見て恐慌に駆られた様に死に物狂いで前に進み出す。

光の柱は、ジグザグに移動しながら大軍を蹂躙し尽くし、外壁の手前まで来るとフッと霧散するように虚空へ消えた。

後には焼き爛れて白煙を上げる大地と、強大なクレーター。そして大地に刻まれた深い傷跡だけだった。ギリギリ王都へ逃げ込む(・・・・・・・)ことが出来た魔人族は安堵するよりも、唯々、一瞬にして消えてしまった自軍と仲間に呆然として座り込むことしか出来なかった。

そして、思考が停止し、呆然と佇むことしか出来ないのは、ハジメの目の前にいるフリードや恵里、クラスメイト達も同じだった。

「へぇ、これって何時からか分からないけど、朝っぱらから太陽光を収束して溜めておいて今その太陽光やそれから発される熱を1点から放出した様だね。」

唯一分かったのは金糸雀だけであった。

「愚かなのはお前だ、ド阿呆。俺がいつ、王国やらこいつらの味方だなんて言った?てめぇの物差しで勝手なカテゴライズしてんじゃねぇよ。戦争したきゃ、勝手にやってろ。ただし、俺の邪魔をするなら、今みたいに全て消し飛ばす。まぁ、百万もいちいち相手してるほど暇じゃないんでな、今回は見逃してやるから、さっさと残り引き連れて失せろ。お前の地位なら軍に命令できるだろ?」

同胞を一瞬にして殲滅した挙句の余りに不遜な物言いに、フリードの瞳が憎悪と憤怒の色に染まる。しかし、例え、特殊な方法で大軍を転移させるゲートを発動させているとはいえ、ハジメの放った光の柱の詳細が分からない以上、二の舞、三の舞である。それだけは、何としても避けねばならない。

ハジメとしても、逃がすのは業腹ではあったが、今は一刻も早く香織に対して処置しなければならない。時間が経てば、手の施しようがなくなってしまうのだ。まして、初めての試みであり、ぶっつけ本番の作業である。しかも、実は先の光の一撃は、試作品段階の兵器であり、今の一発で壊れてしまった。殲滅兵器なしに、百万もの魔物と殺り合っている時間はない。大軍への指揮権があるであろうフリードを殺すのは得策ではなかった。

そうとは知らないフリードは、唇を噛み切り、握った拳から血を垂れ流すほど内心荒れ狂っていたが、魔人族側の犠牲をこれ以上増やすわけにはいかないと、怨嗟の篭った捨て台詞を吐いてゲートを開いた。

「……この借りは必ず返すっ……貴様だけは、我が神の名にかけて、必ず滅ぼす!」

フリードは踵を返すと、恵里を視線で促し白竜に乗せた。恵里は、毒を受けながらも、その強靭なステータスで未だ生きながらえている光輝を見て、妄執と狂気の宿った笑みを向けた。それは言葉に出さなくても分かる、必ず、光輝を手に入れるという意志の篭った眼差しだった。

白竜に乗ったフリードと恵里、謎の竜人、イケメン、代赤と王城の外に出たはずの黒満愛がゲートの奥に消えると同時に、上空に光の魔弾が三発上がって派手に爆ぜた。おそらく、撤退命令だろう。同時に、ユエとシアが上空から物凄い勢いで飛び降りてきた。

「……ん、ハジメ。あのブ男は?」

「ハジメさん!あの野郎は?」

どうやら二人共、フリードをボコりに追ってきたらしい。光の柱について聞かないのは、ハジメの仕業とわかっているからだろう。

しかし、今は、そんな些事に構っている暇はないのだ。ハジメは、ユエとシアに香織の死を伝える。二人は、驚愕に目を見開いた。しかし、ハジメの目を見てすぐさま精神を立て直す。

そして、ハジメは、その眼差しに思いを込めてユエに願った。ユエは、少ない言葉でも正確に自分の役割を理解すると力強く「……ん、任せて」と頷く。

踵を返してティオのもとへ駆けつけた。そして、ハジメが香織をお姫様だっこで抱え上げ、そのまま広場を出ていこうとする。そこへ、雫がよろめきながら追いかけ必死な表情でハジメに呼びかけた。

「南雲君!香織が、香織を……私……どうすれば……」

雫は、今まで見たことがないほど憔悴しきった様子で、放っておけばそのまま精神を病むのではないかと思えるほど悲愴な表情をしていた。戦闘中は、まだ張り詰めた心が雫を支えていたが、驚異が去った途端、親友の死という耐え難い痛みに苛まれているのだろう。

ハジメは、シアに香織を預けるとティオに先に行くように伝える。雫の様子を見て察したユエ達は、ティオの案内に従って広場を足早に出て行った。

クラスメイト達が怒涛の展開に未だ動けずにいる中、ハジメは、女の子座りで項垂れる雫の眼前に膝を付く。そして、両手で雫の頬を挟み強制的に顔を上げさせ、真正面から視線を合わせた。

「八重樫、折れるな。俺達を信じて待っていてくれ。必ず、もう一度会わせてやる」

「南雲君……」

光を失い虚ろになっていた雫の瞳に、僅かだが力が戻る。ハジメは、そこでフッと笑うと冗談めかした言葉をかけた。

「壊れた八重樫なんか見せたら香織までどうなるか……勘弁だぞ?俺は八重樫みたいな苦労大好き人間じゃないんだ」

「……誰が苦労大好き人間よ、馬鹿。……信じて……いいのよね?」

ハジメは、笑みを収めて真剣な表情でしっかりと頷く。

間近で、ハジメの輝く瞳と見つめ合い、雫はハジメが本気だと理解する。本気で、既に死んだはずの香織をどうにかしようとしているのだ。その強靭な意志の宿った瞳に、雫は凍てついた心が僅かに溶かされたのを感じた。

雫の瞳に、更に光が戻る。そして、ハジメに向かって同じ様に力強く頷き返した。それは、ハジメ達を信じるという決意のあらわれだ。

ハジメは、雫が精神的に壊れてしまう危険性が格段に減った事を確認すると、“宝物庫”から試験管型容器を取り出し、雫の手に握らせた。

「これって……」

「もう一人の幼馴染に飲ませてやれ。あまり良くない状態だ」

ハジメの言葉にハッとした様子で倒れ伏す光輝に視線を移す雫。光輝は既に気を失っており、見るからに弱っている様子だ。ハジメが手渡した神水が、以前、死にかけのメルドを一瞬で治癒したのを思い出し、秘薬中の秘薬だと察する。ハジメとしては、せっかく声をかけても光輝の死で雫が折れてしまっては困るくらいの認識だったのだが……雫の表情を見れば予想以上に感謝されてしまっているようだった。

雫は、ギュッと神水の容器を握り締めると、少し潤んだ瞳でハジメを見つめ「…ありがとう、南雲君」とお礼の言葉を述べた。ハジメは、お礼の言葉を受け取ると直ぐに立ち上がり踵を返す。そして、ユエ達を追って風の様に去っていった。

 

✲✲✲

 

「ここからが本番だ。覚悟しろよ、エヒトルジュエ。」

泉奈は空中庭園に戻ってからずっと縁に立ち尽くして神山を睨めつけていた。




ちなみに、ノイントと南雲はドンパチしていません。
誰が戦った?それは畑山愛子と共に幽閉されていた衛宮士郎が主に戦い、バックアップに遠坂と間桐が付いていたり。
南雲が王宮に着くの遅くね?それは神山とハイドリヒ王国までの距離はかなりあり、ティオが龍化して飛んでくるまでかなり時間を使っています。


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