QB「もういい、そこをどけ! 僕がかわる!!」 (ほひと)
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01

 

 

 のちに『銀座事件』と呼ばれる事件が発生する一年前のこと。

 

 20ⅩⅩ年、その日突如として東京湾上空に未知の巨大物体が出現した。

 

 銀色の、ちょうどコインを巨大化したような円盤状の物体である。

 物体の表面には、猫のような顔をした意匠らしきものがあった。

 半径1キロに及ぶその物体からは、奇妙な電波が発信される。

 

<我々はキュゥべえ。日本国との交渉を望む>

 

<至急に対応してもらえない場合、こちらの判断で行動する>

 

 円盤からの通信を受け、日本政府は急遽交渉団を設立。

 『彼ら』に希望の場所を指定した。

 

 やがて巨大円盤から、同一のデザインをしたもっと小型のもの現れ、着陸。

 円盤から現れたのは、薄い緑の装甲を持ったモノアイ・ロボットである。

 

 二列に並んだロボットの中央を、白い装甲の似たデザインのロボットが歩く。

 やがて、白いロボットの前に円盤型の機械が浮遊した。

 

 ちょうどル〇バを薄くしたようなデザイン。

 と、白いロボットの胸部が開き、中から白い生き物が降りてきた。

 鼻のない猫のような生き物である。

 

「やあ。僕らはキュゥべえ。出迎えに感謝する」

 

 生き物は、少年のような女性のような声で言ったのだった。

 

「僕らは以前にある日本人に使用されていた人工生命体だ。その主人が死亡したので、独自の判断により主人の故郷である日本にやってきた」

 

 と、キュゥべえは語る。

 

「主人は八兵衛という日本人で、今でいう江戸前期に、京都の〇〇村にいた――」

 

 その元・主人はある異星人に研究のために拉致され、宇宙に連れていかれた。

 

「僕らはその間彼に仕えていた。あ、一応主人の遺品は保存してあるが、受け取るかい?」

 

 そう言って出されたのは、古い衣服と草鞋である。

 プラスチック製の容器に入れられ、提出された。

 

「それで、あなたがたの目的は?」

 

「一応主人の故郷を確認したい。その後は検討のために日本に留まりたい」 

 

「しかし、それは……」

 

「もちろん駐在するための代価は払う」

 

 そう言って、提出されたのは山と積まれた金のインゴットである。

 出て行ってくれと言って、素直に出ていくとも限らない。

 

 また、もたらされるテクノロジーの恩恵も受けたい。

 色々欲得が錯綜した結果、キュゥべえは日本に留まることになったのだが――

 

 

 一年後、夏。

 

 

 銀座に突如して巨大な門が出現した。

 当初これらはキュゥべえによるものではないか、と人々は思ったわけだが。

 

 門からは、武装したローマ兵のような軍勢。人間に似るが似ていない亜人の群れ。

 ゴブリン、オーク、トロル。

 

 が、それと同時に銀座全域からモノアイロボットが出現。

 上空には、キュゥべえの小型円盤が群れを成した。

 

 モノアイロボットの持つビーム兵器により、謎の軍勢は瞬く間に壊滅する。

 銀座の群衆もキュゥべえのロボットたちが防御、誘導して犠牲者らしい犠牲者はゼロ。

 

 しかし。

 

 事態はそれだけではすまなかった。

 日本の、東京を始めとする各都市上空に全長20キロ近くある巨大戦艦が出現。

 

 いや、日本領海内の各所に同型の戦艦が現れた。

 さらには、自衛隊、警察、おまけに暴力団や暴走族、宗教団体、政治結社など。

 

 合法違法を問わず『武力を保持する』団体はほぼ同時に制圧された。

 中には抵抗して拘束されたり、発砲してその場で射殺された者も。

 

 やがて、キュゥべえは日本人に向けて発信する。

 

<僕らはこの一年、日本で様々な情報を得て、観測してきた。結果は、絶望だ。これ以上君ら自身の統治に任せておけば、遠からずこの国は滅亡する。故に、今後日本国は僕らキュゥべえが統治する。諸君らの無能な統治よりも遥かに優れた未来と社会を約束しよう>

 

 当然これは全世界の知るところとなった。

 ある国では、国民あげてのお祭り騒ぎとなり、

 

「今後キュゥべえと共に日本を統治しよう」

 

 と、嬉々として大使を派遣するが、

 

「ハッキリ言って僕らは君たちを敵性国家、敵性民族と判断している。今後日本国内の人間は即時退去させるので受け入れよろしく」

 

 キュゥべえの返事は冷たいものだった。

 

 経済も政治も大きく混乱するが、日本国内はキュゥべえの統治により比較的平穏だった。

 

 中にはキュゥべえに対してテロを試みる者もいた。

 しかし、その動きは即座に摘発され、多くが地球外刑務所に送られた。

 

 キュゥべえが火星近くに建造した監獄用の宇宙コロニーである。

 この行為に抗議する国や団体は数多かったが、意味はない。

 

「時間の無駄だ」

 

 と、キュゥべえは会ってさえくれなかった。

 

 

 そんな中、日本とは色んな意味で関わりの深いアメリカはというと――

 

「我が国が長年負担してきた軍事費を払ってもらう」

 

 と、当初強気な態度で交渉した。

 

「わかった。じゃあ、戦争だね」

 

「――は?」

 

 キュゥべえの即決により、アメリカ全土の上空に例の超巨大戦艦群が飛来。

 映画なら紆余曲折あって大逆転……であるが、現実は非情。

 一撃で一つの都市を吹き飛ばす戦艦の前に、アメリカは成すすべもなかった。

 

 キュゥべえは破壊した都市をすぐさま復興させた後、アメリカから去る。

 まるで何の興味も関心もないように。

 いや、実際なかったのだ。

 

 ある人が復興後自分の家を探してみると、以前のように、否――新品となった自分の家が、何事もなかったように建っているのを見て、驚愕する。

 

 この戦争とも言えない戦争は、アメリカ人に大きなトラウマを与えたのだった。

 

 アメリカがこの有様だから、表立って何かできる国は存在しない。

 

 

 だが、やがて気づく。

 日本にかかわらなければ、キュゥべえは基本無関心だということに。

 なので、世界はまた色んな意味で混乱をしていくのだった。

 

 

 さて。

 

 

 それでは、銀座の門の中では、どうなったのか。

 しばらくは門を封鎖した後半分放置されていた状態だが。

 

 

 国内が一段落した後、キュゥべえにより編成し直された自衛隊とキュゥべえ軍が侵攻を開始したのだった。

 

 正式な国の軍隊はキュゥべえ軍となり、自衛隊はアメリカで言う州軍のような扱いに。

 

「これ、俺たちがやる意味あるんですかね」

 

 と、ある自衛官がぼやいた。

 実際異世界軍に対してキュゥべえ軍はほぼ無双状態。

 

 敵軍はロボットの有するビーム兵器に対してまるでかなわなかった。

 人馬も、鎧も刃も、雨のように溶け、燃え尽きていていく。

 

「何しろ、アメリカさんですらかなわなかった連中だからなあ……」

 

 まるで虫けらのように吹き飛ばされていく敵兵たちに、自衛隊は密かに哀悼を送った。

 

 一日を待たずとして、敵軍が敗走する。

 後々この敗残兵たちが野盗となって暴れるのだが、それはキュゥべえたちの知るところではない。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

「はあ……」

 

 自衛官、伊丹は嘆息した。

 

 青い空の下、道なき道を行くのは自衛隊に配備されたばかりのホバートラック。

 伊丹の率いる第3偵察隊。

 前述のホバートラックが3台と、併走するホバー移動するロボット9機。

 

「さすがにドムは速いすねえ」

 

 車の横に並ぶロボットを見て、倉田が感心したように言った。

 

「やっぱりホバー走行のロボはロマンあるなあ」

 

「お前、ケモナーじゃなかったっけ?」

 

「それはそれ。これはこれっすよ」

 

「はあ……」

 

「伊丹二尉、元気ないっすね?」

 

「まあ、いきなり異世界にきて戦争やれって言われてもなあ」

 

「俺は宇宙人に続き、異世界ってことでロマン感じるっすけど」

 

「お前は気楽だよなあ」

 

「二尉に言われるとすごい気持ちになりますねえ」

 

「はあ……」

 

 伊丹はヘルメットをかぶり直し、またも嘆息した。

 今宇宙人に支配されている自分たちが異世界で何をしているのか。

 

 そう考えると、いささか妙な気持ちになり、やり切れない。

 そもそもこの異世界への侵攻にしたって、別段自衛隊なぞ不要だったのでは?

 あらゆる点から見て、キュゥべえ軍単独でやるほうが手っ取り早い。

 

「あまり気が進まないようだねえ、伊丹二尉」

 

 横から、一体のキュゥべえが言った。

 

 偵察隊に同行しているキュゥべえ300981……らしい。

 だが、キュゥべえたちは一種の群生生物である。

 

 一体一体個別に見えて、その実群体が一個の巨大な生物とも言える。

 互いにテレパシーのようなものでつながっており、常に情報共有しているらしかった。

 

「自衛隊の特質をもっとよく知りたかったということもあるし。君たちに経験を積んでもらうためでもあるんだよ」

 

 伊丹の気持ちを見透かすように、キュゥべえは言った。

 

「ま、君が僕らに対して友好的ではないのは知っている。けれどそれで君をどうこうしようというほど愚かじゃないこともわかってほしい」

 

「それは、どうも……」

 

「二尉! レーダーに反応あります。熱源です!」

 

 不意に会話を裂くように倉田が叫んだ。

 停車したトラックの望遠映像には、大きな森で暴れているドラゴンの姿。

 

「さすが異世界だわ。こんなのがいるなんてな……」

 

「ふうむ……。火を吐くとはね……実に興味深い」

 

 無感情な瞳に炎を映し、キュゥべえはつぶやいた。

 

「この赤いドラゴン、何で暴れてるんすかね」

 

「森の中にいる生物を襲っているようだね」

 

 キュゥべえの声と共に、車内に映像が出現。

 逃げまどう人々を、ドラゴンが次々に食らっている映像である。

 

「……これって」

 

「エルフ!?」

 

 伊丹たちは襲われる住民を見て叫ぶ。

 その長い耳、美貌はファンタジーに定番の異種族にそっくりであった。

 

「これは上の偵察機からものだけど……さて、どうする?」

 キュゥべえは少し上を見た後、試すような声で言った。

 

 偵察隊の上空には、小型の航空偵察機もついてきていたのだ。

 

「…………ドムは全機使えますか?」

 

「そのへんの判断は君に一任することになっている」

 

「了解」

 

 ほどなくして、ドム9機が一斉に燃える森へと疾走していった。

 

「さすがに全員突撃とはしなかったね」

 

「部下を危険にさらすわけにはいかんですから……」

 

 やがて、森からは傷ついたドラゴンが逃げるように舞い上がる。

 その後を、いくつかの光条が飛び、さらに傷を負わせた。

 

「ドラゴン、森から離れます」

 

「驚いた破壊力だな、ドムが3機破損してるよ」

 

 表示されるデータを見て、キュゥべえは言った。

 

 ドラゴンが戻ってこないのを確認して、トラックは森に突入。

 消火装置などを用いて火を消していった。

 

「生き残りは、これだけか……」

 

 恐ろしげにドムを見ていたエルフたちは、さらに侵入してきたトラックに驚愕。

 そこから人間が降りてくるのを見て、またも驚愕した。

 

「彼らはエルフと呼ばれる種族らしいね。ここはコアンの森の集落だとか」

 

 エルフから話を聞いていたキュゥべえが尻尾を揺らしながら振り向いた。

 

「さて……ここでまた問題ができた。彼らをどうするか、だ」

 

「……」

 

 キュゥべえに言われ、伊丹は困った顔をする。

 

「僕らとしては、色々情報を得るために保護したいところだけどねえ」

 

「…………」

 

 キュゥべえのガラス玉のような瞳に、伊丹は嘆息する。

 この生き物と同意見というのは、あまり良い気持がしなかった。

 

 だが、そうしている間にも怪我をしたエルフたちを黒川二等陸曹たちが医療用ロボットらを指揮して怪我人の治療にあたっている。

 

「君たちさえ良ければ、僕らで保護する用意があるけど、どうだい?」

 

 キュゥべえの提案に、エルフたちは思案顔で顔を見合わせるのだった。

 そして、時折チラチラとドムのほうを見ている。

 ドムの黒い装甲を、装備しているビームバズーカを。

 

 

「ありゃ脅迫だったんじゃないですか?」

 

 帰路につくホバートラックの中、伊丹は隣のキュゥべえに言った。

 

「かもね。しかし、炎龍……彼らにとっては絶対の捕食者に対抗する力を持つ僕らの提案……蹴るのは愚策と考えたのじゃないかな?」

 

「まあ、そうっすねえ。あ、倉田、帰りにコダ村に寄ってくれ」

 

「あそこでの情報収集はもうすませたはずだけど?」

 

「……炎龍が出たことを報せたほうがいいんじゃないですかね。それにもっと情報を得られるかもしれませんよ?」

 

「ふむ。確かに。では、僕らを回収するための迎えも要請しておこうか」

 

「そんな余計な人員がいるんですか?」

 

「『人員』はいない。けど、すでにロボットや無人機には余裕があるんだ」

 

「…………ああ、なるほど」

 

 自衛隊はキュゥべえ統治後に人員削減された。

 これは不穏分子や工作員を排除するためだと、キュゥべえは発表している。

 

 事実そうなのだろう。

 

 伊丹の顔見知りも、某国の息がかかった人間だったらしく、家族と共に拘束された。

 というか、その家族自体も血のつながりなどなかったらしい。

 

 キュゥべえの統治により、あちこちこで工作員やそれに準ずる人間が捕まり、さすがの日本社会も少々相互不信になりかけたほどだ。

 彼らの捜査は完璧だったことも、それに拍車をかけている。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

「こ、こりゃ確かに炎龍じゃ! えらいこっちゃ!!」

 

 立ち寄った自衛隊に、ドラゴンの映像を見せられた村長は大声で叫んだ。

 

 曰く――

 

「人の味を覚えた炎龍は街や村を襲う」

 

「なので急いで逃げなければいけない」

 

「……ってことらしいんですけど」

 

「ふむ。村長、ここで僕らから提案がある」

 

 伊丹の肩に乗ったキュゥべえがにこやか? に話しかけた。

 

「僕らは君たちを全員保護できる余地があるんだけど、どうかな?」

 

「あ、あんたらの?」

 

「そう、色々と情報も欲しい。一応報酬も準備できるけど、どうだい」

 

「しかし……」

 

 得体のしれない軍人たちと、得体のしれない言葉を話す生き物。

 村長の視線は疑惑の影ばかりちらついていた。

 

「まあ嫌なら別にいいけど。ただし、炎龍は死んでいないからそのうちまた活動をするようになるだろう。後、アルヌスの丘の敗残兵たちが盗賊になってあちこちをうろついている」

 

「ええっ!?」

 

「どうやらこの周辺の軍隊はほぼ壊滅してるから、もう抑止力はないんじゃないかなあ」

 

「……」

 

「盗賊に襲われるか、野垂れ死ぬか。あるいは炎龍に喰われるか。まあ、好きなように」

 

「…………」

 

「僕らの保護下に入りたい者はこっち。それ以外はとっとと逃げてくれ」

 

「ちょっと、ちょっと……」

 

 歯に衣を着せないキュゥべえの言動に、伊丹は注意する。

 

「もうちょっとこう何というか、手心というか……」

 

「僕は合理的な提案をしたまでなんだけどねえ? それとも、彼らの逃避行に付き合う?」

 

「う……」

 

 怜悧な視線を向けられ、伊丹は押し黙った。

 

「よくわからないね。何故そこまで拘るんだい?」

 

「人道上の問題、ですかね」

 

「それは仲間や所属する国家に不利益をもたらす場合でも?」

 

「……そういう質問は卑怯じゃないかなあ」

 

「ま、そのへんの心情は君の自由だけどね。さて、村長、返答は?」

 

 

 結局――

 

 

 当然というべきか、自衛隊やキュゥべえについてくる者は少数だった。

 

 その中に、

 

「じゃあ、あれは自動で動くゴーレムのようなもの?」

 

 魔法使いたちがいたのに自衛隊は驚くわけだが。

 

「ふむ、君はなかなか理解が早い」

 

 魔法使いの少女レレイの前で、キュゥべえ尻尾を動かしながらロボットやホバートラックの解説をしているのだった。

 

 やがて、『迎え』が来る。

 

「あれは――!?」

 

 空に現れた物体を見て、自衛隊員は立ち上がった。

 

「え、炎龍だ、炎龍が来たぞお!!」

 

「お静かに!!!」

 

 騒ぎ出す村人に、キュゥべえはスピーカーを通じて大声を発した。

 

「あれは龍じゃない。僕らの乗り物だ」

 

「乗り物……!?」

 

「あのでっかい鳥みたいなのが!?」

 

 騒ぐ人々の上空を、巨大な輸送船は悠々と浮遊するのだった。

 

「あれは……」

 

「大型輸送機ガルダ。ようやくこっちでロールアウトできたんだよ」

 

「今まであんまりザクや円盤が見えないと思ったら……」

 

「そう、これらを作っていた。万一こちらに取り残されても安心なようにね」

 

 唖然とする伊丹に、キュゥべえは説明する。

 

 かくして。

 

 第3偵察隊は避難民と共に乗り物ごとガルダに収容され、帰路につくのだった。

 

「あんなものを作る相手に、帝国は勝てるのか……?」

 

「さあ……」

 

「どっちが勝ったって。農民の俺らには関係ねえよ」

 

 残った村人たちは去っていく輸送機を見送りながら、そんなことをつぶやく。

 後に避難を開始した村人はどうにか他の村に逃げ込むことに成功した。

 

 どうやら傷を負った炎龍は活動を鈍らせたらしい。

 

 

 

 そして――

 

 

 

「アルヌスの丘に連れていかれた!?」

 

 ある街の酒場で、自衛隊とキュゥべえの噂が飛び交っていた。

 

「ああ、炎龍に焼け出されたエルフたちと一緒に、ひとっ飛びさ」

 

「なんだ、それは」

 

「言って字のごとく、鉄のできたバカでかい鳥だよ。そいつに乗ってジエータイとキューベーは行っちまったんだ」

 

 顛末を見てきた村の女は、身振り手振りも大きく、話を語る。

 

「そいつらの中に、一つ目の騎士はいたか?」

 

「いたよ。黒くでかい、がっしりとした騎士さ。顔は見えなかったね。こんなヤツだよ」

 

 言って女が出したのは、ドムの写った『写真』である。

 

「ちょっとした記念品だよ、持っていきたまえ」

 

 キュゥべえが去り際、村人たちに渡したものである。

 

「これ、絵か!? 魔法で閉じ込められてるんじゃないのか?!」

 

「で、こっちが鉄の鳥さ」

 

 続いて、ガルダの写されたものも見せる。

 

「た、確かにでかそうだが……ホントにそんなにでかかったのか?」

 

「ああ、まるで空飛ぶ島みたいだったね。他に車輪のない不思議な車や、しゃべる猫みたいな生き物……キューベーとかいうんだけどね」

 

「どう思います」

 

 話を聞いていた騎士ハミルトンは皇女ピニャに尋ねた。

 

「ふむ……」

 

 ピニャは考えた後、

 

「すまんが、その絵を一つ譲ってくれぬか?」

 

「ダメだよ! こりゃお守りで家宝みたいなもんなんだから」

 

「そこを何とか。礼ははずむ」

 

 アルヌスの軍隊について知りたかった皇女は金貨を見せてさらに頼み込む。

 

「……ったく、じゃあしょうがない。一枚だけだよ!?」

 

「では、これを」

 

 ピニャが選んだのは、ドムが写ったものであった。

 

「噂では、一つ目の騎兵は魔法の杖や鉄の逸物なる武器を持っているそうだが……」

 

 写真には、ドムの持つバズーカも写っていた。

 

「これが火を噴くというのは本当なのか?」

 

「さあねえ。私は撃つところを見てないし、ただ炎龍に傷を負わせたらしいけど」

 

「炎龍に!? いくら何でも、それは……」

 

 騎士たちはどよめき、苦い笑いを浮かべる。

 

「ホントかどうかなんて、わかるもんか。ただ、私らが逃げた時には龍は出なかったしねえ。もしかしたら本当かもよ」

 

「炎龍そのものがそいつらの虚言では?」

 

「けど、エルフの森が焼かれたのは本当らしいし、それに炎龍の姿も私は見てるんだ」

 

「なに!?」

 

「ありゃ魔法かねえ。小さい四角の中に小さな炎龍の姿が出てくるのさ。声も聞こえたね」

 

「……ジエータイとやらは魔導師なのか」

 

 入ってくる情報は信じがたいものばかりで。

 ピニャの混乱はさらに強まるのだった。

 

 

 

 時は戻り――

 

 

 

 アルヌスの基地に戻った伊丹たちの前に、

 

「…………ゴスロリ少女?」

 

 巨大なハルバートを持ったゴスロリの乙女が立っていた。

 

「やあ、君たちも避難民を連れてきたようだね」

 

 ゴスロリの足元から、別のキュゥべえが顔を出す。

 

「どちら様ですか、こちらは……」

 

「盗賊に襲われていた避難民を保護したところ、何故かついてくることになってねえ」

 

「はじめましてぇ。暗黒の神エムロイに仕える神官、ロゥリィ・マーキュリーよ」

 

「――だ、そうだよ」

 

「どうも……」

 

「彼女も避難民と一緒に保護下に入ることになった。よろしくしてやってくれ」

 

「それにしても、あなたたちって面白いのねぇ?」

 

「何だい?」

 

 キュゥべえに対して、どこか不気味な視線を向けるロゥリィ。

 

「だって魂が複数あるようで、なのに一つであるようで。今まで初めて見たわぁ」

 

「まあこの惑星にはいない存在だろうね。人工生物だから」

 

「じんこーせいぶつ?」

 

「神ならぬ者に、知恵と技術で創造された生き物とでもいうのかな」

 

「ふーん。ハーディが見たら珍しがりそうねぇ」

 

「それもこの世界の神かい?」

「ええ。冥府の神」

 

「ふーん。しかし、マーキュリーねえ?」

 

「なぁに? 私の名前に文句でもぉ?」

 

「いや。マーキュリーというのは、僕らの世界に伝わる神と似ているのでね」

 

「へえ……それはどういう神様なのかしら」

 

 ロゥリィは面白そうな表情を見せる。

 

「またの名をヘルメスともいう。伝令神であり、盗賊の守護者だね」

 

「何それ」

 

「僕に怒られても困るね。そう伝わっているんだから」

 

「その言いかただと、今は存在しない?」

 

「さあ? 少なくとも僕らは神というものをまだ確認していない。地球ではね」

 

「ふうううん?」

 

 どこか物騒な響きのある会話を交わしながら、神官はキュゥべえと去っていった。

 

「それじゃあ、避難民の住居を設置させるか。伊丹二尉、君もきちんと報告をすますように。あまりいい加減にすると上司の印象が悪くなるよ?」

 

「はいはい……」

 

 キュゥべえたちを見送った後、伊丹は頭を掻いて嘆息した。

 

 本当にこれで良かったのか。

 今さらながら自問してしまう。

 

 何となくキュゥべえたちに乗せられて、避難民を連れてきてしまった。

 そんな気がしないでもないでもない。

 

「まあ、今さらか……」

 

 伊丹は気持ちを切り替え、これから巡る書類地獄に覚悟を決めるのだった。

 

 

 

「仕事?」

 

 後日、避難民たちを代表して話に来た賢者カトーの質問にキュゥべえは首を上げる。

 

「あなたがたには大いに世話になってしまったが、このままというわけにもいかんしの。何か女子供や老人でもできる仕事はないものかな」

 

「ふーん。その心掛けは立派だね。しかし、仕事か。大抵のことはロボットで事足りるし」

 

「例えば、ほれ。あの丘に転がっとる飛竜の死体とか……」

 

「ああ、あれかい? もう必要なデータやサンプルは取ったからそのうち焼却処分にしようと思っていたところだよ。あれが何か?」

 

「しょ、焼却!? 焼き捨てるおつもりだったか!?」

 

「君たちの生活に必要なら自由に取っていいよ」

 

「おお、ありがたい!」

 

 そういうわけで飛竜の鱗をゲットした避難民であるが、

 

「ふむ。なるほど、鱗を売りにね」

 

「そうなのじゃ。テッサリア街道の先にあるイタリカに旧友の店がある」

 

「いいとも、すぐに用意させよう」

 

「ジエータイに送っていただけると」

 

「いや、僕らキュゥべえ軍で大丈夫だろう。ふむ、自衛隊のほうが良い?」

 

「そういうわけでもないのじゃが……」

 

「まあ、伊丹二尉をはじめ、君たちと交流があるからね。よし、彼らにも頼もう」

 

 

 

 

 かくして、イタリカ行きが決定したわけで。

 

「伊丹二尉! 熱源反応! 火事のようですが……!」

 

「どうも街が襲われているらしいねえ?」

 

 イタリカまでやってきた一行は、野盗に襲われる場面に出くわしてしまったようで。

 

「これは厄介だ。ドムとザクを6機ずつ用意してきたが、若干足りないかもしれない」

 

 街を狙う野盗を偵察機から観測しながら、キュゥべえは言った。

 

「介入する気ですか?」

 

「おや、君ならそうすると思ったんだけどな。違うのかい?」

 

「……いいえ」

 

 やはりこの生き物は苦手だ、と思いながら伊丹は嘆息した。

 

 どうも特地に来てからため息ばかりついている気がする。

 

「よくぞ来てくれた!!」

 

 いきなり扉が開かれ、現れたピニャに伊丹たちは茫然とするばかりだった。

 

「それは歓迎と取って良いのかい」

 

 流暢な言葉を話す白い生き物に、一瞬ピニャは固まるが――

 

「……なるほど、つまり僕らが撃破した軍隊の敗残兵が盗賊になったと」

 

 説明を受けたキュゥべえは伊丹たちに通訳しながら、

 

「で。君らは僕らの力を借りたいと」

 

「う、うむ」

 

 感情のまるで見えないキュゥべえを不気味に感じながらも、鷹揚にうなずくピニャ。

 

「ま、いいだろう。念のために援軍を呼んだほうがいいかな」

 

「今からだと? しかし、それでは間に合わぬ……」

 

「君らの尺度で判断しないでほしいね。今から一時間もかからない」

 

「…………! そ、それは頼もしい限りだな!」

 

「ガウで送ってもらう。ちょうど新型の実戦テストもしたかったところだし」

 

「テスト……試験だと?」

 

「それよりも、皇女殿下」

 

「な、何か」

 

「あの盗賊団だけど、全員殺してもかまわないんだろう?」

 

 

 

 



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02

 

 

 

 

 そして――

 

 イタリカの上空に空母ガウが飛来した。

 太った家禽のような形状のガウに、イタリカの民ならず、野盗たちも茫然となる。

 

「な、何なのだあれは……」

 

 皇女ピニャも、開いた口が塞がらず空を見上げるのみ。

 

「あれに応援のモビルスーツを載せてある。ま、すぐに終わるさ」

 

 キュゥべえが言うなり、ガウの腹から数多の機兵が舞い降りてくる。

 

「やはり基本のザクⅡばかりですか?」

 

「いや? 今回は白兵戦を考慮しているからね。新型もいる」

 

「そういえば……」

 

 伊丹は双眼鏡で確認しながら、首をひねった。

 

 ザクⅡに似ているが、盾を装備した青い機兵。

 それにとんがった角のようなアンテナを持つ菱形の顔を持つ機兵。

 

「グフと、ギャンだ。白兵戦闘を考慮した機体だよ。残り半分はザクⅡだね。ただし、装備はヒートホークのみ。シンプルだろ?」

 

「何でわざわざ……」

 

 伊丹は疑問だった。

 通常のザク――そのビームマシンガンやビームバズーカだけで十分すぎる。

 

「ちょうどデータが取れると思ったからさ」

 

「データねえ……」

 

「さて、それじゃあどこか適当な場所を取ってもらおうかな」

 

 と、キュゥべえはピニャに言った。

 

 選ばれた場所は、作戦を練るための客室である。

 イタリカの領主であるミュイが一応席にいるが、まあお飾りであろう。

 

「これが敵の本隊だね」

 

 キュゥべえが言うなり、ピニャたちの前に野盗たちの映像が現れる。

 

「な!?」

 

「ベタな反応はやめてくれ。これは映像。遠くの景色を映しているだけだよ」

 

 反射的に剣を抜きかけたピニャに、キュゥべえは淡々と説明する。

 

「何と……貴公らはこのような魔導を……」

 

「君たちのいう魔法とは違うものだけどね。さて、それじゃあやるかな」

 

 キュゥべえが言った時には、すでに機兵たちは野盗のほうへ動き出していた。

 

 野盗の数は500~600。

 対して機兵は多く見積もっても数十にすぎなかった。

 

「バカな、無謀だ!」

 

「人間ならね。けど、モビルスーツの戦闘力は人間の軽く10数倍だ。問題はない」

 

 野盗たちはそれを察知し始めた頃、一機のグフがふわりと空に舞い上がる。

 そのまま野盗の斥候を飛び越し、本隊のほうへと向かった。

 

「と、飛んだ!?」

 

「グフのフライトタイプ。H型と呼んでいる」

 

 そして、グフH型は野盗たちの上空で停止する。

 

「何だ、あいつは!?」

 

「飛んで……浮かんでいるぞ! 魔法か!?」

 

「精霊の力を感じない……なんだい、あれ!?」

 

<こちらはアルヌス駐留軍。イタリカの要請を受け、お前たちに命令する>

 

 H型は子供のような少女のようなキュゥべえの声を発した。

 

「命令……?」

 

「あの、聞いていませんけど……?」

 

 ピニャやミュイも、不審の目つきでキュゥべえや伊丹を見る。

 

「まあ、まあ。いいからいいから」

 

 キュゥべえがそれを軽くいなすうちに、

 

<死ね>

 

 感情の見えない声で、H型は大音量でそう言った。

 

<無様な敗走したのみならず、近隣の非戦闘員に恥知らずな八つ当たりで損害を与えるクズ。お前たちはこの世で最低の生物だ。爬虫類の糞をかき集めた程度の価値しかない。そんな連中には降伏する権利すらない。死ね。一人残らず、今すぐこの場で――>

 

 

 この口上が終わるか否かという矢先、無数の矢がH型に飛んだ。

 怒りと憎悪に満ちた野盗たちの返答である。

 

 しかし、

 

「な……」

 

「何なのだ、あの鎧は……!!」

 

 どれだけ矢を繰り出しても、H型の装甲には空しく跳ね返されるだけだった。

 

 それと同時に、野盗本隊のもとに機兵たちが到達したようである。

 斥候は、途中で首を両断され絶命していた。

 

「いつの間に……!」

 

「クソ、なめくさった真似を!!」

 

 野盗たちは怯むどころかますます闘志を燃焼させ、機兵を迎え撃つ。

 遠距離兵器を持たないザクやグフたちが斧や剣を手に大地を蹴った。

 

(確かに、あの鎧はすごい。しかし、いくら何でも数が違いすぎる。それに野盗どもはさっきの挑発で獅子の勢いだ。勝ち目は……)

 

 まずない――と、ピニャは睨んでいたのだが。

 

「ぎゃああああああ!!」

 

「逃げるな、戦え……!」

 

「馬だ、騎兵だ!」

 

 始まってみれば、野盗たちがほとんど一方的に数を減らしていくばかり。

 

 野盗の武器がザクに効かないのに対し、ザクの斧は馬や鎧ごと敵を切り裂いていく。

 いや、単純に手足を振り回されただけで、野盗たちは死んでいった。

 

 体当たりでもされようものなら、骨がくだけや肉がひしゃげる。

 ザクたちの基本サイズは2m。人間とそう変わりない。

 

 しかし、その差は天と地ほどあった。

 

「何なのだ、あの武器は……。あんなものが大量に、ドワーフでも…………」

 

 ピニャはブツブツとつぶやきながら、地獄のような光景に見入るばかり。

 ミュイは恐怖して、頭を抱えてうずくまっていた。

 

「子供に見せるようなもんじゃないぞ……!」

 

「僕が連れてきたわけじゃないよ」

 

 伊丹はキュゥべえを睨むが、キュゥべえは知らん顔である。

 さすがに、と思ったのかメイドたちに付き添われてミュイは退出。

 

 その間にも戦闘は続いていた。

 

 いや、それは――

 

(これは……戦いではない。地獄絵図だ……)

 

 虫けらのように殺されていく野盗の姿を見ながら、ピニャは思った。

 

 できればこれが悪い夢であるように。

 しかし、現実は非情であり、無情であった。

 

 キュゥべえの言ったとおり、ほんのわずかな時間で野盗たちはほぼ全滅した。

 

 勝ち目がないと恐怖し、逃げようとした者はグフの放つ鞭で絶命する。

 あるいはギャンの足に追いつかれ、ビームサーベルの餌食となった。

 

「まあ、こんなもんかな?」

 

 キュゥべえのつぶやきと共に、戦闘は終わる。

 

 いや、虐殺は終わった。

 

「不服そうだね。伊丹? しかし彼らが今までやってきたこと、やろうとしたことを考慮してなお不服だと言えるかい? 民間人の殺戮や私財の強奪、暴行強姦。殺されたとしても当然の結果じゃないかな?」

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 あっさりと野盗は全滅した。

 いや、正確には全滅ではなく、数人の捕虜がいる。

 

「何で殺さなかったのかしらぁ?」

 

 疑問を持って尋ねたのはロゥリィである。

 

 戦闘の最中、悶えていたのだがみんなグフたちの戦闘に気を取られ、誰も気づかなかった。

 キュゥべえはどうかしらないが、多分興味はなかったのだろう。

 

「彼らは君らでいうヒト種じゃないからねえ」

 

「それ、関係あるの?」

 

「ある。ヒト種はこちらでいうコーカソイド系の人間とデータが一致するが、他の知的生物はまったく未知のものだ。実に興味深い」

 

「あんたらに興味を持たれないほうが幸せかもねぇ?」

 

「かもしれない。ま、関係ないけど」

 

 のんきな会話を聞きながら、ピニャはただ茫然としていた。

 

 空を飛ぶ巨大な乗り物。無敵の鎧と武器を持つ兵士。

 そんなものを有する連中とどう対処しろと。

 

(あの乗り物は他にもあるのか。あの鎧や武器は……)

 

 今降伏を迫られたらどうにもならない。

 そうこうするうちに、部下がキュゥべえたちとの交渉を終えたようだ。

 

「――そういうわけで、捕虜は全員連れていくよ」

 

「いいだろう。しかし……!」

 

「ああ、わかったわかった。この街に特に興味はない」

 

 足元を見られまいというハミルトンに対し、キュゥべえは無関心だった。

 

 そこでピニャも恐々と協定書を確認する。

 驚くほどの好条件だった。勝者の権利をほとんど求めていない。

 

 いや、キュゥべえたちにとってはどうでも良いことらしかった。

 これは騎士ハミルトンの手柄というより、キュゥべえたちの無関心さの表れか。

 

(何者なのだ、この生き物は……)

 

 ジエータイなる異界の兵士たちを統率しているらしい白い生き物。

 どうやらその外見とは裏腹に強大な魔導や軍事力を保持している。

 

 この先この生き物とどう渡り合うべきか。

 

 とりあえずアルヌスの軍とはこの先の交易などが行われるようだ。

 ならばそこから情報を――

 

 そのへんを考えた時、ピニャは思いつくものがあった。

 

(奴らは亜人たちに興味を抱いていたようだ。ならば糸口はあるか)

 

 様々な種族からなるフォルマル家のメイドたち。

 そんな思いを抱きつつ、ピニャは調印を見守った。

 

 書面を確認すると達筆でキューべー0097324とある。

 どう見ても番号か何かにしか思えなかった。

 

「おい、これは……」

 

「僕らは君たちのように個別の名前を持たない。番号ならある」

 

 というキュゥべえの返事。

 

(どういう生き物だ、こいつらは!?)

 

 この世界には様々な種族がいるものの、名前を持たず番号を持つ種族など……。

 ピニャが色んな意味で混乱している時。

 

 レレイは他のキュゥべえと共に商人たちと面談していた。

 

「これは……」

 

 龍の鱗の他に、キュゥべえたちの持ってきた様々な品物に、商人は瞠目する。

 

「これらは見本品だ。他にも金貨の他宝石類や貴金属のインゴットも用意できる」

 

 そういう彼らの求めるものは情報だった。

 

 各市場の相場や品目。その他ヒト種以外の種族について。

 その価値はよくわからないまま、商人は了承をした。

 

 

 

 こうしてイタリカでの夜は明けたわけだが――

 

 

 

「結局、俺たちは何しに来たんでしょうねえ」

 

「レレイたちの護衛だろ」

 

「盗賊に関しちゃ全部キュゥべえ任せだし、こう肩透かしというか……」

 

「何だ、君たちも戦闘に参加したかったのかい? 」

 

 倉田のボヤキに、キュゥべえは反応する。

 

「そういうわけじゃないっすけど。何かこう、もうあいつ一人でいいんじゃないのか、ってえ感じで……」

 

「僕らは一個体ではないよ」

 

「いや、これはコピペというかお約束というか」

 

 こんなやり取りをしていた矢先、

 

「こちらに向かってくる騎馬の一団を確認しました!」

 

 帰りのホバートラックの助手席で、栗林が叫んだ。

 確認すると、女性ばかりで構成された馬上の騎士が映像に映される。

 

「宝塚かベルばらか……美人ばっかだな」

 

「俺……縦巻ロールの実物初めてってすよ……」

 

 伊丹たちが益体もないことを言い合ううちに、騎士団はホバートラックに近づいて――

 

「お前たち、どこへ行く?」

 

 攻撃的な目つきで尋ねてくるショートの女騎士。

 

「イタリカからアルヌスへ帰る途中だよ」

 

 車外に降りた伊丹――その肩に乗ったキュゥべえが真っ先に応えた。

 

「な、何だこの生き物は……」

 

「いや、待て。アルヌスですって? と、いうことは異世界の敵?」

 

「――降伏なさい」

 

「……それは、敵対行動のつもりかい?」

 

 剣を突き付けるショートに、キュゥべえが淡々と言った。

 

「聞く耳持たぬ!」

 

「そうかい。君たちは実に馬鹿だな」

 

 キュゥべえが流暢な言葉で罵り言葉を言った瞬間、騎士たちが地面に倒れた。

 

「な……!?」

 

 驚く伊丹の頭上に、丸い目玉のようなロボットが数体浮遊していた。

 

(キュゥべえのドローン!?)

 

 ボールという呼ばれる頭に『銃』を装備したサッカーボールほどのロボット。

 ホバートラックに数台配備されていると伊丹も知ってはいたが。

 

「ボーゼス!?」

 

「おのれ……!!」

 

 ボールはいきり立つ女騎士たちに向かって飛んで行った。

 

「ぎゃ!!」

 

「何だ、これは叩き落……ひい!!」

 

 弱い電撃を放つ銃に撃たれ、騎士たちは次々に悶絶し、落馬していく。

 

「ちょっとちょっとちょっと……!」

 

「どうしたんだい? これは正当防衛だよ」

 

「いや、しかし協定を結んだ直後に……」

 

「それを破ったのは向こうじゃないか。何故あわてるんだい?」

 

 無双するボールたちを尻目に伊丹とキュゥべえは非生産的な会話を交わす。

 伊丹が嘆息し、顔を上げた時には騎士団は全滅状態だった。

 

「心配しなくても、殺してはいない。一時的に動けなくなるだけさ。後遺症の心配もない」

 

「そっすか……」

 

 相変わらず淡々としたキュゥべえに、伊丹は肩を落とす。

 

 結局一行は、捕縛した騎士団を連れて再びイタリカに戻る羽目に。

 

 こういうのを、厄日だという言うのだ、と伊丹は思った。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

「何てことをしてくれたんだ!!」

 

 捕縛され、全員まとめて数珠つなぎに連行されてきた騎士ボーゼス。

 ピニャに会わされた直後、張り手が彼女の頬を打った。

 

 部屋には、ボーゼスたちが伊丹一行と遭遇した時の映像が流されている。

 

「なかなか優秀な部下を持っているね、君は」

 

 表情のない顔で言うキュゥべえは、伊丹の肩で尾を動かしている。

 乗られている伊丹は微妙な顔だった。

 

「君たちの知的レベルの参考になったよ」

 

「ぐ……」

 

 馬鹿にされている。

 

 それはピニャにもわかったが、どうにもならなかった。

 この場合命が助かっただけでも儲けものだ。

 

(奴らは、鎧や乗り物だけではなく、あんな武器も持っていたのか……)

 

 空を浮遊する丸い玉のような物体――ボール。

 現在も囚われたボーゼスたちの上に浮遊している。

 

「申し訳ない……! この上は妾がそちらへ謝罪に向かいたい!」

 

「はあ!?」

 

 いきなり、ピニャは爆弾を投げた。

 かくなる上は自分から敵中に飛び込む。

 

 うまくいけばより敵の情報が得られるかもしれない。

 むろん殺されるか、虜囚にされる危険性もなくはないが。

 

(奴らはボーゼスを殺さなかった。協定……。それもあるだろうが、意外に優しく扱った……ということは、向こうもあまり揉めたくはないのかもしれぬ)

 

 キュゥべえからは表情を読み取れない。

 

 しかし、一緒にいる伊丹は、

 

(もうゴタゴタは勘弁してくれよ……)

 

 というのが、態度から見えている。

 

 そこに付け入る隙があるやも知れぬとピニャは見たのだ。

 

「いらない」

 

「な――!」

 

 しかしピニャの声は一蹴された。

 

「しかし、そちらの上官に直接……」

 

「僕らは上層部と常にも繋がっている。このことは全て本部にも伝わっているよ」

 

「…………!!」

 

 無情な言葉に、ピニャは膝から崩れ落ちそうになった。

 

(ああ、終わった……)

 

「が、しかし。謝罪の意思があるなら、別な方法でしてもらおうか」

 

「な、何か?」

 

 ピニャは内心震えながら、答えを問うた。

 猫のようなサイズと見た目のこの生き物が、果たしてどんな要求をしてくるのか。

 

「それには、君じゃなくって街の領主の協力がいる」

 

「ええ!?」

 

 横で座っていたミュイが声を上げる。

 

「君たちは、他種族の使用人を大勢使っているね?」

 

「は、はい」

 

「じゃあ彼女らに少し協力をしてもらおうか」

 

 すぐにメイドや初老のメイド長が駆け寄ってくる。

 

「わたくしどもにできることでしたら、できうる限り協力させていただく所存。ですが――」

 

「ああ、僕らが用があるのは他種族だけ。君らに興味はない。いや、元々なかった」

 

 メイド長が何か頼みかけるのを、キュゥべえは手を振った。

 

「は、はあ。それなればけっこうなのですが。それで……」

 

「とりあえず、今ここにいる使用人。ちょっと動かないで」

 

 キュゥべえは、どこからかスマホのような機械を取り出す。

 

「伊丹くん。近づいてくれる?」

 

「自分で動けばいいのに……」

 

「いいじゃないか」

 

 近づくと、キュゥべえは『スマホ』をメイドたちに向けると、

 

 パシャリ。

 

 写真を撮った――ように伊丹には思えた。

 

 だが、まさか、

 

(猫耳とかバニーさんが好きで写真に? んなわけないよな……?)

 

「よし。じゃ、他の人も呼んできて。あ、他種族だけね」

 

「は、はい」

 

 言われるままメイド長はメイド服の亜人たちを順繰りに呼び、キュゥべえは写真を撮る。

 

「い、一体何をしているのだ?」

 

「彼女たちの生体データを記録している。これで体質や身体機能などがある程度わかる」

 

「????」

 

 説明されてもピニャには全くわからない。

 

 全員のデータを取り終わった後、

 

「それでは詳細な検査はこちら……アルヌスで行う。なので都合の良い人材を準備させて」

 

「あの、それは……」

 

「こちらへの出向という扱いにするから、報酬も出すよ。ただこちらの通貨はあまり用意していないから、インゴットか宝石類などになるが……」

 

「いえ、お金など……」

 

「そういうわけにはいかない。これは仕事と認識してもらいたいからね」

 

「あいわかりました。ではすぐに用意させます」

 

「大変けっこう。じゃあ、迎えもそろそろ来るし、帰ろうか。あ、君たちはもういい」

 

 キュゥべえはピニャやボーゼスにそっけない声をかけて去ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと待った! ことは重大だと妾は思う! なので、是非ともそちらにて非礼を謝罪したいと思うのだ! どうか、受け入れて欲しい」

 

 キュゥべえとミュイのやり取りを見て、ピニャは嫌な予感をおぼえていた。

 

 このまま放っておけば帝国の頭を通り過ぎ、イタリカとキュゥべえが急接近しかねない。

 そうなれば、イタリカが帝国から独立という事態もありえる。

 

 ピニャにはそう思えたのだ。

 

「イタミ殿、是非そなたからも頼んではいただけぬか!?」

 

「いや、その……」

 

 いきなり話を振られた伊丹はひたすら迷惑そうだった。

 

「良いんじゃあないのぉ? ねえ、キュゥべえさん」

 

 不意に話に絡んできたのは、ロゥリィだった。

 

「こちらの姫殿下に今のアルヌスを見せてみるのもいいんじゃない? 帝国がどういう相手に戦をしかけたのか。よくわかってくれると思うわぁ」

 

「僕らとしては別にどうでもいいんだけど。帝国が僕らをどう認識しようがそれで僕らの何か不都合があるわけでもない。正直皆殺しにするつもりなら、いつでもできたし」

 

 皆殺し。

 

 その物騒な言葉にピニャも伊丹も蒼白となる。

 

「しかし、亜神という特殊な生命体の言葉だから、ここは受け入れようか。ピニャ皇女殿下。あなたをアルヌスにお連れしよう」

 

「う、うむ……!」

 

 何とか話が通じ、ピニャはうなずいた。

 

「殿下お一人で敵地へ行かせるわけにはいきません。是非わたくしもお連れください」

 

 その横でボーゼスが叫んだ。

 

 こんなやり取りを見ながら、伊丹は困った顔で深々と嘆息した。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 かくして。

 

 ピニャたちは迎えにやってきたガウに乗り、アルヌスへと向かうことに。

 

「……こ、これに乗るのか?」

 

「こんな巨大なものが空を飛ぶなんて……」

 

 メイドたちが割とテキパキ乗り込むのに対し、ピニャたちはおっかなびっくりである。

 初めて乗り込む空飛ぶ乗り物に、ピニャは乗り込んだ後も落ち着かない。

 

 そして、ガウが離陸し、見る見るイタリカが小さくなると、

 

「ほ、本当に空を飛んでいる……」

 

 窓から地上を見ながら、へたりこみそうになった。

 

「奴らはこんなものをどれだけ保有しておるのだ……!?」

 

「わからない。でもいくらでも作れるとは言っていた」

 

 近くにいたレレイは淡々と言った。

 

「多分それは事実。もちろん無から作れるわけでもないだろうけど……」

 

「く……」

 

 己と帝国の置かれた状況を嘆きながら、ピニャは周辺に配備されているザクを見る。

 視線の先には、標準装備であるビームザクマシンガン。

 

「ジエータイもあの機兵たちも持っているアレ……」

 

 映像越しではあるが、その威力はすでに確認済みだった。

 

「あれはいかなる魔導によるものなのだ?」

 

「魔導ではない。『ジュウ』と呼ばれる武器。特にザクの持っているのはビームマシンガンと呼ばれる最新最強のもの。自衛隊のものとは違う」

 

「どう、違うのか」

 

「説明が難しい……。ただ自衛隊のは炸裂する火薬と呼ばれるもので鉛の塊をはじき飛ばすというもの。こっちは旧式。でも鎧や盾を楽々と貫く威力がある。連射も可能」

 

「そんな武器を大量に作り出し、兵士が皆装備しているということか……」

 

「戦い方が根本的に違う。だから帝国は負けた」

 

「ならば、あの鎧は!?」

 

「あれは鎧ではない。金属でできたゴーレムに近いもの」

 

「ヒトではなかったのか……?」

 

「違う。あれはいわば人型をした武器のようなもの。キュゥべえたちはあれを大量に生産して大量に所持している。基本装備といっても良い」

 

「どおりで人間離れした戦い方だと……」

 

 ピニャはザクたちの戦闘を思い出し、蒼白となる。

 

「その、ザクといったかあの人型を……一体どれほどの数が?」

 

 ボーゼスがピニャを気遣いつつ、質問を継いだ。

 

「わからない。ただ現在も量産中だと聞いた」

 

「まだ増えるというのか……」

 

「より一般的にはモビルスーツ。エムエス(MS)、と呼ぶ。ザクはその中の一種にすぎない。正確な数はわからない。軍事用の他様々な作業用のMSがある」

 

「戦争以外にも使える?」

 

「土木工事から室内作業。農作業から娯楽用まで用途は無数」

 

「そ、そんな便利なものが大量にあったら奴隷は……」

 

「不要」

 

「……無茶苦茶だ」

 

 ピニャは頭を抱えて弱弱しくうめいた。

 

「どうして。鉄の騎兵。鉄の飛龍。あんなものはドワーフの匠精にも作れぬ。……何故こんな奴らが攻めてきたのだ……!?」

 

「それについては、僕らも不思議に思っていたんだよ」

 

 いきなり、足元からキュゥべえが顔を出した。

 

「君たちの文明はそれなりに発展していたが、どう贔屓目に見ても、星や銀河を超える距離を渡るゲートなどを造れるレベルではない。銀座の門は実に原始的な代物だった」 

 

「よ、よくわからぬが、アルヌスの門のことか?」

 

「そうだ。にもかかわらず君たち帝国は日本に来た。いったいどうやってアレを作ったか? 実に興味深いよ。それと……君たちの信仰する神々。僕らも地球及び太陽系を可能な限り調査してみたが、あんな存在は確認できなかった」

 

「地球には、神がいない?」

 

 レレイは意外そうにキュゥべえを見た。

 

「ああ。一種の情報生命体ともいうべき存在。伝承や宗教には数多く語られるが、実物は全く確認できていない。過去に存在したという形跡もない」

 

「不思議だけど、興味深い」

 

 レレイはキュゥべえの赤い目を覗き込んだ。

 

「そうかい。何ならそれらに関する資料も今度提供しよう。異世界人からはまた違った視点の意見が聞けるかもしれないしね」

 

 こんな会話が交わされるうちに、ガウはアルヌスの基地に着陸した。

 

 

 

「なんだ……これは…………」

 

 ただの丘だった場所に建設された巨大な軍事施設。

 

 あちこちをMSや自衛隊員が歩き、空飛ぶ乗り物――ガウが何機も見える。

 いや、ガウ以上に巨大な、あの『絵』で見た乗り物も。

 

 空には、大小の飛行物体が常時行き交いしていた。

 

 さらに――

 

「ピニャ様! あれを……」

 

 ボーゼスが青い顔で空を指す。

 基地上空には、何か大きな円盤の如きものが浮かんでいた。

 

「ああ、空中浮遊型の第2基地だよ。先日完成したばかりだ」

 

 キュゥべえはあっさりと言った。

 

「そ、空に建物ごと浮くのか!? それではまるで……」

 

 神々の山だ、という言葉をピニャは飲み込む。

 

 あんなものが直接帝都に攻め込んできたらどうなる?

 いや、ガウだけでも大混乱は必至だった。

 

「次に第3基地も着工に入っている」

 

「まだ、増えるのか……!?」

 

「それが何か?」

 

「……」

 

 もう何も言えない。そんな思いでピニャの気が遠くなりかけた時。

 

「ああ、そうだ。ちょうど良いといえば良かったんだが」

 

 キュゥべえがひょいと円盤型の機械に乗り、ピニャと同じ目線に。

 

「こちらにいくらか君たちの捕虜がいるんだけど」

 

「い、生き残りがいるのか!?」

 

「ああ。邪魔だからそろそろ処分したいと思っていたんだが……」

 

「ま、待て……!! 何をする気だ!? 待て、身代金を払うゆえ……」

 

「ああ、いるのか」

 

「と、当然だ! 返還を望む!」

 

「そうかい。じゃあ、まあそういうことで。後で話をしようか」

 

「……そ、それで捕虜はどの程度なのか?」

 

「5千人ちょっとだね。中には他種族の者もいるけど」

 

 新たな仕事が出来た。その事実が、ピニャを崩壊から守った。

 

「そ、それで身代金はいかほどか……」

 

「こちらではそういう制度はもうない。奴隷制というものもない。詳細を調べるためにあえて残した連中だけど、もう得るものはないとわかった。さっきも言ったが、邪魔だ」

 

「ぐ……」

 

 あんまり言い方に唇を噛むピニャだが、激昂できる立場ではない。

 少なくとも今は捕虜の返還を第一に考えねばならないのだから。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

「あのお姫様たち、門の向こうに行くの?」

 

 アルヌス共同生活組合――と看板のかかった店先で、エルフたちが話している。

 

「うん、なんか捕虜の引き取りがどうとか言ってたみたい」

 

「ふーん。やっぱり帝国はボロ負けしたんだ……」

 

「でも、門の向こう……二ホンってどんなところだろうね、興味あるなあ」

 

「魔法がないとか神がいないとか聞いたような」

 

「何それ? 魔法なしでどうやって……」

 

「カガクってやつの力らしいよ、あの魔導師の子供が熱心に勉強してた」

 

「子供って言うとレレイ不機嫌になるよ、気を付けて」

 

「魔法がなくって、神もいないかあ……お父さん知ってるのかなあ?」

 

 話し中、エルフの少女テュカは感慨深そうに言った。

 

「……あの、テュカ? ホドリューさんのことだけど……」

 

「うん? 今どっか行っちゃってるんだよね、ホントどこ行ったんだろ」

 

 呆れた顔で遠くを見るテュカを、友人のエルフは何とも言えない顔で見つめる。

 それを、自衛隊員・黒川二曹は何か真剣な顔で見ていた。

 

「あの、キュゥべえさん?」

 

 ちょうど横を通りかかるキュゥべえに、黒川は声をかける。

 一応個体ごとに番号があるが、どの個体に話しかけてもあまり問題ないせいか、誰も番号を覚えようとはしない。

 

「何だい?」

 

「あのエルフの少女……テュカのことですけど」

 

「ふむ。彼女か。確かに現実認識に少々誤差があるようだね」

 

「知っていたんですか?」

 

「他のエルフから話を聞いていたから。けど僕らは人間の精神は……医学的な面でもあんまりよくわかるとは言えないからね」

 

「では人間の……」

 

「エルフのことを良く知らない日本人がカウンセリングでもするのかい?」

 

「……」

 

「あまり良い結果になるとは思えないけどね」

 

「ですが、このままでは……」

 

「今のところエルフのバイタルデータなどを収集・考察しているところだ。この場合はむしろ同族たるエルフの協力がいるので、多少時間がかかるけど」

 

「では、治療の見込みがあるのですね?」

 

「今の彼女を『病気』だというのなら」

 

 キュゥべえの返事に、黒川は少し息を吐いて、

 

「よろしくお願いします」

 

 と、言い置いて去っていった。

 

「それにしても会って間もない他種族のことを妙に気にかける。面白いね」

 

 キュゥべえは小さくつぶやき、自らも他の場所へと向かった。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 手続きを終え、ピニャとボーゼスは門をくぐることになったわけだが。

 

「この正装をやめよと?」

 

「君らの恰好は向こうでは目立ちすぎる。コスプレと間違われる可能性大だ」

 

「コスプレ?」

 

「まあ、仮装のことだね。なのでこちらで用意したものに着替えてくれ」

 

「しかし、帝国の使者として……」

 

「今回君らが行くことは内密になっている。それとも大々的に公言してほしい?」 

 

「いや、そうは言わぬが……」

 

 ピニャたちは用意されたレディースのスーツに戸惑っている。

 ちなみにパンツタイプだ。

 

「あの、それはいいんですが……なんで俺まで?」

 

 少し離れた位置で、伊丹が間の抜けた顔で質問する。

 

 横には、ロゥリィが当然のような顔で陣取っていた。

 さらにはレレイの姿も。

 

「おまけに神官さんやレレイまで……いいんスか、連れて行って……」

 

「彼女らには色々意見を聞きたいからね。君は彼女らの面倒を見てもらう」

 

 ロゥリィはいつも通りの服だが、レレイは休日の女子中学生みたいな恰好だ。

 いつも持っている杖もロッドケースに入っている。

 

「ちゃんと護衛もつけるから心配いらない」

 

「そのへんは信用してますが……」

 

 伊丹は頬を掻きながら、ピニャたちを見る。

 

「ぬう……この生地と仕立、妾たちのものより数段上……。よほど高価なものか……」

 

「まさかこんな高級品を出してくるとは……」

 

「何でもいいけど、個室用意するから早く着替えてね」

 

 キュゥべえに促され、結局ピニャたちも現代服にチェンジと相成る。

 

「ハッキリ言って君に一番着替えて欲しかったんだけどねえ……」

 

「やぁよぉ。これが神官の正装だものぉ。替える気はないわぁ」

 

「まあそういう格好の人間もいないではないし。外見年齢的には大丈夫か」

 

「しかし、何故厚着なの?」

 

「門の向こうは冬だからだよ」

 

 伊丹がどこか感慨深げにレレイに応えていた。

 

「季節が変わっているとは……」

 

「そう、もう冬なんだよなあ。はあ、休暇降りるかなあ……」

 

「ああ、君は消費するだけのオタクだったね、伊丹」

 

「そういう言い方はやめていただけます……?」

 

「いや、君の元・奥さんはいわゆる……」

 

「同人腐女子ってんでしょ? わかってますよ」

 

「ええっ!? イタミ、結婚してたの!?」

 

 驚くロゥリィに、

 

「はい、そこ。そういうツッコミしない」

 

 伊丹はいわゆるジト目でロゥリィを睨む。

 やがてピニャたちの着替えも終わり、一行は門をくぐった。

 

(キュゥべえたちの支配するという国、二ホン。一体いかなる場所か……)

 

 ピニャは唾を飲み込み、苦しくなる心臓を押さえた。

 

 

 

 そして門をくぐった先は――

 

 

 摩天楼だった。

 

 ゲートを覆うドームから出た後、一行は迎えに来ていた円盤に乗せられる。

 

「これは……あんな高い建築物があちこちに……」

 

 丸窓から外を、遠くを見て、ピニャは喉を鳴らす。

 空飛ぶ乗り物は二度目だが、以前以上の驚嘆を味わう羽目となった。

 

「確かに『空気』が違うわねえ……」

 

 席でくつろぎながらも、どこか挑発的な目でロゥリィがつぶやいている。

 だが、その時ピニャの耳には外部の音など全く聞こえていなかった。

 

 

 

 




次は日本篇。原作とはいろいろ変わるので面倒臭いかも。


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03

何とか年内に投稿できました。
これからも細々と続けていくつもりですので、よろしく。


 

 数か月前。

 

 キュゥべえたちによる日本占領の翌日。

 大勢の議員が拘束され、一方的な裁判を受けた。

 

 それは裁判というより取り調べ、確認だったかもしれない。

 幸原元議員もその一人だった。

 

 一体のキュゥべえのまえに拘束されたまま引き出され、罪状を述べられる。

 反論する暇もないまま、ウィンドウの映像に証拠が列挙された。

 

 何を言ったか、幸原は覚えていない。

 ただすべて身に覚えのあるものばかりであったが。

 

 判決も一方的に下された。

 外患誘致、利敵行為により死刑。

 

 すぐさま死刑囚舎房に移送され、ついた途端に刑は執行された。

 一応規則通りの手続きを終えられるが、拘束は解かれない。

 

 それらは全てロボットにより行われた。

 元からいた人間は遠巻きに見ているだけだ。

 

 幸原は何事かを喚き散らしたが、どうにもならない。

 ロープがかけられ、執行室の踏み台に運ばれた。

 

 キュゥべえたちの施した拘束は完璧で、暴れることはおろか身動きもできない。

 アイマスクをかけられた幸原は最後に、

 

「おかあちゃん、おかあちゃん!」

 

 と、絶叫していた。

 

 順繰りに手続きはすみ、幸原は死んだ。

 

「一応順序通りしてみたが、やはり非効率的だな」

 

 一連のことを見ていたキュゥべえは嘆息まじりにつぶやいた。

 

 それから、キュゥべえたちは死刑判決の出た人間を『効率的』に処刑していく。

 拘束台に乗せた囚人に、薬物投与するのだ。

 

「苦痛は一切ない。眠るのと同じだ。人道的だろう?」

 

 というものを無針注射で打っていくのである。

 刑は複数同時に進められるようになった。

 

 この方法でその日のうちに死刑確定囚のほとんどが死んだ。

 外国と通じていた議員。某テレビ局のトップ。新聞社の上層部。

 

 それに今まで刑が執行されなかった確定囚たち。

 中には無罪として釈放された者もいたが、多くは即座に刑に処された。

 

「確定している者のをずるずる引き延ばすのは時間と資源の無駄じゃないか」

 

 ただ。

 

(本当にこれでいいんだろうか……)

 

 そう考える刑務官もいた。

 

 キュゥべえのロボットに自動機械化された刑務官の仕事。

 多くの者が自主的に退職していった。

 

 キュゥべえの統治下では基本的に、生活は保証されたせいもある。

 元より精神的にも肉体的にも過酷な職場だ。

 

 以前にも死刑にかかわることに耐えきれず、離職した者もいる。

 

(キュゥべえのおかげで汚れ仕事はしなくて良くなった。冤罪だった人間は釈放された。全て良いように運んでいる、ように見える)

 

 だけど、と刑務官Aは考える。

 

 今舎房には囚人は一人もいない。

 みんなキュゥべえによって処刑されてしまったからだ。

 

 時折囚人たちの声がフラッシュバックする。

 

「このバケモンが! おのれらケダモノ、わしらを殺す権利があるんか!?」

 

「ケダモノ? 君の犯行を調べたけど、なかなか立派なものじゃないか。少女を強姦して殺害して逃走した。世間一般では君こそケダモノなんじゃないのかい?」

 

「やめろおお!! 俺が悪かったああああ! 殺さんでくれええええ!!」

 

「無理だね」

 

 どんなに喚かれようが懇願されようが、キュゥべえは常に淡々としていた。

 刑務官としては、もしかしたら理想の姿かもしれない。

 

(針のない注射で痛みも何もないらしいけど……)

 

 少なくとも、絞首刑よりは人道的なのか。

 

(けど、本当にそれで…………)

 

 何度も思考が堂々巡りする。

 このまま、死刑というモノをキュゥべえに投げっぱなしでいいのか。

 

 余計な時間も金も、かからなくなっている。

 それに、嫌だからといって逆らうことはできない。

 

 いや、キュゥべえに反抗することが正しいこととも思えないのだ。

 第一無意味だ。

 

(アメリカやロシアでも、いや、地球全部の国が集まって勝てん相手なんだから……)

 

 でも。だからといって。

 無人の『檻』を見る必要もないのに見回り、意味のない思考をする。

 

(本当にこれでいいのか…………)

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 テレビをつけると、海外のニュースが流れていた。

 日本の難民への冷酷な扱いに対する抗議デモがEUで行われたようだ。

 

 先日日本の領海内へ侵入しようとした難民船はあった。

 即座に見つかり、退去を命じたが無視。

 

 強引に進もうとしたので撃沈された。

 キュゥべえに支配された日本であったが、次第に世界の目は変わっていった。

 

 どうやら日本人が割とのん気に暮らしていることがわかったためである。

 当初は政治家や文化人、財界人などの処刑や国外追放に、『恐るべき支配』と見た。

 

 しかし、そうなったのは日本の不利益な行為をした者ばかり。

 きわめて乱暴なまとめ方をするのなら、『売国奴』ばかりだった。

 

 死刑にならなかった者も、多くは宇宙コロニーの刑務所に移送されている。

 数字を見ると多いようだが、大半の人間には所詮他人事。

 

 また別に野党支持者が全て検挙されたわけでもない。

 実質的な工作に関わった者だけである。

 

 一般人を基準にするなら、生活はむしろ安定しているとさえ言えた。

 電気水道代は無料。教育費も支援によって安価になっている。医療費も全て無料。 

 

 そういった事実がネットや各メディアを通じて、世界に広まっていった。

 このため、何かを勘違いしたのか、あるいは唆されたのか。

 

 日本を目指す難民があちこちに出始めたようなのだ。

 しかし、キュゥべえは難民も受け入れはおろか移民さえも拒否している。

 

「まずは減りつつある人口の増加だね」

 

 と、出産・子育てには圧倒的な支援を始めていた。

 また宇宙コロニーへの移住者も募っている。

 

 宇宙にある無限の資源を地球へと送り、宇宙開発の研究者も募集。

 それと同時に都市部に偏った人口の調整もどんどん行っていた。

 

 確かに今の日本を黄金郷のように勘違いするのも無理ないかもしれぬ。

 

(しかしなあ……)

 

 遅めの昼食を取りながら、元与党議員・嘉納は考える。

 

 キュゥべえは多くの在日外国人を国外退去にしてもいた。

 特に反日本への情熱を燃やす者たちには念入りに。

 

 あるいは彼らにシンパシーを抱いて行動する自称文化人も国籍を剥奪し、放逐。

 それらが今になって、日本への帰還やら損害賠償を叫んでいるようだった。

 

 心優しき一部の人はそれらに同情しているようなのだが……。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 ピニャたちが日本に来てまず最初に向かった先は――旧外務省庁舎である。

 そこで捕虜に関する具体的な交渉を行ったわけだが。

 

「はああ…………」

 

 一通りのことが終った後、ピニャはグッタリとしていた。

 捕虜の名簿をもらい、早期に何割かの捕虜を引き渡してもらうこととなったが。

 

「気が重い……」

 

 知れば知るだけ、長くいればいるだけ国力の差を思い知らされる。

 

 空を飛ぶ乗り物が当たり前にそこらを行き交いし、天にはまるで島のような巨大な船。

 聞けば、一般的な戦艦だという――が飛ぶ。

 

 ロボットという道具のおかげで労働力には困らず、

 

「今のところ資源は太陽系内からいくらでもとってこれるからね」

 

 さらに空に浮かぶという人口の島……スペースコロニー。

 土地すらもいらない。必要なら作ればいい。

 

(神々ですら、こんなことはできぬ……。なんなのだ、こいつらは……)

 

「それで捕虜への面会だが、いつにする? いや、誰に会うとすべきかな」

 

「あ、それは――」

 

 ピニャがへこたれている横で、ボーゼスが何とか対応をしていた。

 

「私の親友の夫君が出征しておりまして……」

 

 そんなことを事前に言っていたが。

 

「ふむ。確かに名簿にあるな。正式な名前は……と」

 

 キュゥべえが空中に光る名簿を出すと、次に顔写真が浮かぶ。

 

「あ、このかたです……」

 

 どうやらボーゼスの目当てとなる人物は生きていたようだ。

 

 しかし。

 

(こんな交渉に意味などあるのか……?)

 

 キュゥべえがその気になれば、帝都など即時占領。いや、壊滅が可能だろう。

 それを、何故わざわざこんなことをするのか。

 

 ついピニャが疑問を口にすると、

 

「ま、人間について学ぶためかな。僕らも人間についてはまだまだ不勉強でね」

 

 そうなのか。

 

 この不気味な白い生き物は何でも知っていそうな雰囲気があるのだが。

 

「いざとなれば帝都ごと消滅させればいいしね、喜ぶ人も多いだろ?」

 

 こんなとんでもない発言にも、反論できない。

 自分が猫に弄ばれているネズミのような心境だった。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 一方、伊丹はレレイとロゥリィを連れて街に出ていた。

 

 ピニャたちが捕虜についての話し合いをしている間、街を見て回ることにしたのだが。

 伊丹としては懐かしき秋葉原にでも行きたかったのだが、レレイは、

 

「本が欲しい」

 

 というので、近場の大型書店へと案内した。

 そこでレレイはあちらへ行ったりこちらへ行ったり。

 

「これは何の本?」

 

「魔術に関するものだね」

 

「この世界にも魔法が?」

 

「君たちのような現実の技術としての魔法はない。少し複雑でね……」

 

「これは?」

 

「真言密教の本だね」

 

「これも魔術?」

 

「そうとも言えるし、違うとも言える」

 

 レレイはキュゥべえのサポートを受けながら、熱心に見ている。

 ロゥリィはファッション系の本、特にゴスロリものに興味津々だった。

 

 結局時間いっぱいまで本屋で過ごすことになってしまう。

 

 キュゥべえが、

 

「興味があるなら全て購入するよ?」

 

 というので、遠慮なく買っているようだ。

 

「ものすげえ量だな……」

 

「こんな充実した書店は見たことがない……」

 

 と、レレイは頬を紅潮させて満足そうだった。

 

「僕も君ら魔導師によって検証された科学技術に興味が尽きない。しかし……」

 

「地球の魔術にも興味がある」

 

 レレイは買ったばかりの本を撫でる。宗教や魔術、オカルト本も多い。

 

「僕らも検証したけど、実質単なる迷信か心理的なものでしかないようなんだが」

 

「神はいない、か。じゃあ次はこの世界の神が祭られている場所がいいわぁ」

 

 本を抱えるロゥリィがニコニコして言った。

 

「そうすると、まずは神社かな? っと、その前に殿下たちと合流だね」

 

 

 

 やがて一行を迎えに円盤が来た。

 

 

 

「さえないわねぇ?」

 

 先に乗っていたピニャとボーゼスを見て、ロゥリィが言う。

 二人の顔には見るからに疲労困憊していたからだ。

 

「明日までゆっくり、休んだ方がいいかな?」

 

「そうは行きません。捕虜たちの面会も……」

 

「気負うのはいいけどぉ、その顔じゃ異国の地で倒れるのが関の山よぉ?」

 

 キュゥべえへ気丈に反論するボーゼスだが、やはり精神的な疲労は大きいようだ。

 

「僕らはロゥリィたちと一緒に見て回るところがあるから。君たちは宿舎で休むように」

 

 そして一行はまた二手に別れ、ピニャたちはキュゥべえの用意した宿舎に戻った。

 

「しかし、何度見ても凄まじいな……」

 

 泊まる場所は、東京の空中に浮かぶ都市型円盤である。

 直径10キロある巨大船だ。

 

 内部には住居ばかりではなく、公園や商店。防衛設備まで整っている。

 

「こんなものまでたくさん作れるのか……?」

 

「ああ、君らも見たろう。門の向こうでも建造中だよ」

 

「しかし、こんなところに住む民はどんな者なのだ。よほど富貴の者か?」

 

「いや。こういう都市型船は低所得者のための住居として考えている」

 

「つまり、貧しい者の街だと……?」

 

「さっきも言ったように、普通の土地と違い、大量生産可能だからね」

 

「……あははは」

 

 もはやピニャは笑うしかない。

 

「参考までにこの街の住人はどのような仕事を?」

 

 そう質問したのはボーゼスである。

 

「色々あるけど、今進めているのは野良犬・野良猫の保護だね」

 

「? 何でもそんなものを保護する?」

 

「君たちも不合理と思うかい? ま、それは歴史や文化の違いというやつだね」

 

「そんなものか……」

 

 ところ変われば品変わる。レレイがそんな日本の言葉を言っていたとピニャは思い出す。

 

「興味があるなら住宅地を見せてもいいけど」

 

「ふむ……。そうだな、後でお願いできるか?」

 

「いいよ。君たちの宿泊施設からだとD地区が近いかな」

 

「そこに住んでいるのは、どんな?」

 

「んー。あの辺は漫画家とかそんなのが多いねえ。君らに分かりやすく言うと絵描き」

 

「売れない画家か……」

 

 ピニャの想像する絵描きといえば、宮廷画家とか、そんなものである。

 

(ああ、そういえば伊丹の元・奥さんもあそこに住んでるな。どうでもいいけど)

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

「ふーん……」

 

 その地に降り立つなり、ロゥリィは少し表情を変えた。

 円盤で空を飛んで後、ついた先は三重県の某神社。

 

「確かに神殿ねえ……霊気に満ちているわぁ」

 

 すうっと深呼吸をして、ロゥリィは居住まいを正す。

 

「でも神の力自体はすごく薄いというか、引き延ばしたような感じ?」

 

「ふむ。というと?」

 

 キュゥべえが首をかしげて質問する。

 

「んー。私たちの世界みたいな、確固とした個としての気配が希薄なのよねぇ? 力をこう、どこまでも引き延ばして薄くした感じ?」

 

「ふむ……」

 

「でも、消えかかっているという感じでもなし。何なのかしらぁ?」

 

「君らにわからないのなら、僕らにはなおさらわからないな」

 

 そして一行はお参りをして、お守りなども買ってみたり。

 

 レレイは神社の縁起をつづった本を買っていた。

 続いて仏寺に言ってみたり、霊地と呼ばれる場所を言ったが――

 

 ロゥリィの感想は似たり寄ったりだった。

 

「この世界の神は罪人を死後に裁いたりするのねぇ? しかも怪異に拷問させたり?」

 

 ハーディとどっちが悪趣味かしらぁと、言ったりしていた。

 

「一応それは仏教の考えで、神道とは別だそうだけどね」

 

「神によって死後の世界は違う、か。死後拷問されるというのなら、そんな神を崇めるなんてずいぶん物好き」

 

「それは神の意思というより、世界のシステムそのものらしいがね。僕もよく知らないが」

 

「どういうことぉ?」

 

「生前の行いによって、次に生まれ変わる世界が自動的に決まるとも言える。神が裁判をするというのは、あくまで比喩のようなものか。そういう意味では、死後冥界に行くというのではなく、異なる世界に転生するというのが正しいのか」

 

「ここと門の向こうみたいな」

 

「さあね」

 

「ふーん。それにしても変わった教えだわぁ……」

 

「君の崇めるエムロイだったか? 聞く限り地球でいうヴァルハラ宮殿に似ているね」

 

「ばるはら? それも冥界?」

 

「神により選別された戦士の魂が集まるという宮殿だ。それを信じる人々ではそこに招かれることこそ、最高の栄誉だという」

 

「へぇ……。どんなところなのかしらぁ?」

 

「記述によれば、そこに招かれた戦士は朝から互いに戦って腕を磨いているそうだ。当然死ぬ者も傷つく者も出るが、それらは夕方には元通りに回復し、夜には盛大な宴を開くという」

 

「それは、どれくらいやるの?」

 

 横からレレイが聞いてくる。

 

「毎日だそうだね。」

 

「……気が狂いそう」

 

「あらぁ、戦士としては理想的な世界かもしれないわよぉ?」

 

 クスクスと笑うロゥリィ。

 

(UFO使ってあちこち神社やお寺参りか。何か修学旅行みたい)

 

 お供の伊丹はみんなの買ったお土産を持ちながら、妙な気分になってしまう。

 帰りの円盤内では、レレイは寺で購入した本を熱心に読んでいた。

 

 時折ぶつぶつ呟いているのは、

 

「おんきりきりばさらうんはった……」

 

(そういやあそこの寺は真言宗だったか……)

 

 異世界の魔法使いが、密教の真言を学んでいる。

 

 何ともシュールな光景だった。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

「むう。これは……」

 

「何というか、繊細というか……。絵だけで何か、こう……」

 

 都市型円盤の住宅街。その一角にあるマンション。

 その一階にあるコンビニで、ピニャとボーゼスはしきりにうなっていた。

 

 コンビニはキュゥべえ経営のもので、飲食スペースがある。

 ピニャたちが熱心に読んでいるのは、薄くて高い例の本である。

 

「今さら聞くのもなんだけど、あの人たち……って、なに?」

 

「詳しいことは言えない。まあ、外国人ということは確かだね」

 

「まあ、日本語話してないけどさ……」

 

 ぼさぼさとした髪に眼鏡の女――葵 梨紗は首をすくめる。

 彼女とピニャたちは出会ったのはつい先ほどで、出会いは偶然だった。

 

 キュゥべえがピニャたちに居住区を案内している時、紙袋を手にした梨紗が通る。

 疲れのために少しふらついていたボーゼスが、梨紗にぶつかった。

 

 その時、紙袋の中身が地面に散乱。

 

「こ、これはすまない……」

 

 特地の言語で詫びながらボーゼスはそれを拾って、硬直した。

 

「…………!」

 

 それは、いわゆるR18指定の女性向け同人誌。

 

(変わっているが、綺麗な絵だ……)

 

 疲れもあってか、ボーゼスは本に見入ってしまった。

 

「あのう……」

 

「ああ、すまない。これはどこで手に入るのでしょう」

 

「え?」

 

 特地の言語なので当然通じない。

 

 キュゥべえが通訳し、そこからいつしか上記のようなことになったのだが。

 

「君たち、内容が気になるのなら翻訳したものを用意できるけど?」

 

 あまりに熱心な様子にキュゥべえが提案。

 

「そ、それは素晴らしい! そして、そこの御仁。詳しく話を聞かせてくれまいか?!」

 

 と、ピニャたちは鼻息荒く梨紗に同人の話を求める。

 

「はあ。外国の人もファンはいるけど……」

 

「彼女らは初体験のようだねえ。しかし、同性同士の性行為にここまで熱心になれるなんて、どういうことなんだろうね? わけがわからないよ」

 

「それを言ったら戦争だから」

 

 こういうわけで。

 伊丹たちが迎えに来るまで、ピニャたちは同人誌で熱くなるのだった。

 

 コンビニなので、飲み物やお菓子なども自由に買える。

 

「ここは僕らの経営店なので日本円ではなく、ポイントで買い物するんだ」

 

「ポイント?」

 

 そう言われてもピニャやボーゼスにはよくわからぬ。

 

「見えない通貨のようなものだね。一応君たち二人にはそれぞれ20万ポイントづつ付与してあるよ。試しに何か買ってみるかい?」

 

「では、この水を……」

 

「それは100ポイントだね」

 

「エンとどれほど価値が違うのだ」

 

「大して変わらないね。大体1ポイント1円くらいだから」

 

 会計を済ませ、ピニャは首をひねる。

 

「便利なものだな。しかし、このポイントというのはどうやったら手に入るのか」

 

「基本僕らが付与する以外では入手できない。また、他人のポイントを使うこともできない。なので円よりは不便かもね。また、このキュゥべえマークがあるところでしか使えない」

 

 と、キュゥべえは自分の顔がデザインされたマークを見せた。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

「梨紗!?」

 

「あ、先輩……久しぶり……」

 

 ピニャたちを迎えに来た伊丹は、一緒にいた梨紗の姿に驚き、立ち止まる。

 

「ああ~……そういや確かここに引っ越すってメールしてきたよなあ……」

 

 思い出した、と伊丹は自分の頭を掻き、嘆息する。

 

「うん。今ならただで住めるし、同人仲間とかもけっこう多いからさ」

 

「なるほどな。都市型UFOに入居者募集とは出てたけど……」

 

「いいとこだよ。仲間も多いし、治安も最高だし」

 

「何だかバカでかいト〇ワ荘みたいだなあ」

 

「そんな立派なもんじゃないって。オタク者と同人者ばっか集まってるだけ」

 

「まあ何とかやってるならいいけど」

 

「うん、あの……」

 

「何だよ」

 

「何でもない」

 

 言いかけながら、梨紗は少し笑って首を振った。

 

「……しっかし、あのエルフ耳の美少女は誰? ひょっとして宇宙人?」

 

 梨紗は離れて談笑しているテュカを見る。

 

「悪いがノーコメントだ」

 

「ああ……そっかあ」

 

 それで何事か察し、梨紗は追及をやめる。

 

「このことはそのうち僕らが発表するから、それまで口外しないでほしい」

 

 と、横からキュゥべえが口を出してきた。

 

「ほいほい。あ、でもあのピニャさん? あの人なんか連絡が取りたいとかどうとか……」

 

 どうやらBLに魅入られたらしい皇女は、更なるものを求めているらしい。

 

「それも僕らが段取りするから、大丈夫だよ」

 

「ま、同士は増えるのは嬉しいけどさ」

 

(特地にまで腐女子が増殖するのかよ……)

 

 伊丹は内心ちょっとゲンナリする。

 

 オタクとして一定の理解はあるものの、やはりハードコアなBLは苦手だった。

 

 

 

 色々時間を潰して、ようやく宿舎に入った時にはすでに夜。

 

 ピニャたちの部屋は窓のように外の夜景が映し出されるスクリーンがあった。

 帝都とはまるで異なるネオンの輝きに、ピニャもボーゼスも何も言えない。

 

「……この地では、月は二つあるのだな」

 

 映る夜空を見つめ、ピニャはぼんやりとつぶやくのだった。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 同時刻。

 

 ピニャたちが見ている第2の月を同じように見ている人物がいた。

 先のディレルに代わり、アメリカ大統領となったオズマである。

 

「では、この第2の月……ピース・スターは……」

 

「はい。直径120キロ。中には大量の無人兵器や戦艦が配備された――」

 

「軍事基地というわけか……」

 

「あれ自体が一個の宇宙戦艦でもあるようです」

 

 報告を受け、オズマは頭を抱える。

 

 地球軌道上に堂々と居座るこの代物は、最近いきなり出現して世界を驚かせた。

 

「スペースデブリの対策や、地球と宇宙の航行を保護するための施設だよ」

 

 と、キュゥべえは発表している。

 

「何が平和の星(ピース・スター)だ……。死の星(デス・スター)じゃないか……」

 

 懊悩するオズマは、先行きの見えない情勢に脂汗を流す。

 

 キュゥべえに喧嘩を売った前大統領ディレルは、

 

「精神疾患があり、正常ではなかった」

 

 として、無理やり大統領の座から引きずり降ろされている。

 

「あれはあくまで精神疾患者の暴走であり、アメリカの意思ではない」

 

 苦しい言い訳をして、どうにかアメリカは戦争を止めることができた。

 しかし、正直なところキュゥべえが一時的に軍を引いただけで、

 

「おそらくはまだアメリカを潜在的な敵とみなしています」

 

 部下は言いにくそうにそう報告してきたものだ。

 

 その証拠にアメリカ人が日本に行くことは大きく規制されている。

 今まで送り込んでいた工作員などもみんな捕まり、火星圏の宇宙刑務所へ送られていた。

 

 彼らについては、アメリカは知らぬ存ぜぬを通すしかない。

 認めれば日本で堂々とやってきた後ろ暗い部分を公にせねばならない。

 

 可哀想だが、彼らは二度と地球に帰ることはできないだろう。

 これもキュゥべえが発表したデータのため、国民の怒りを買っている。

 

 また戦争を回避したオズマに対しても、

 

「エイリアンの尻をなめた腰抜け大統領」

 

 と罵倒する声も多い。

 

「しかし、現実としてキュゥべえに対して勝てる見込みなどゼロに等しい……。国民はそれをわかっているのか……」

 

「映画ならば必ず逆転勝利していますからね」

 

「しかし、キュゥべえは強大ですが、まだ利害さえ考えれば付き合える相手です。地球の領土には無関心ですし、交渉次第では進んだテクノロジーを得られるはず」

 

「すでにアフリカの某国がキュゥべえとの友好関係を築きつつあります」

 

「このまま出遅れては10年を待たずに我が国はテクノロジーで追い越される可能性も……」

 

「私だってそうしたいさ! しかし……」

 

 部下たちの意見に、オズマはつい声を荒げた。

 確かに上手くすれば、キュゥべえは宇宙、アメリカは地球と住み分けができるかもしれない。

 

 事実キュゥべえは多くの宇宙コロニーを完成させ居住者を募集しているようだ。

 ただ、空中に浮かぶ都市型円盤と違い、宇宙へ住むというハードルは高いらしい。

 

 いくら高度なテクノロジーで運用されているといっても、やはり抵抗感があるのだろう。

 アメリカとしては是非住居者を送り、情報を得たい。

 

 しかし、現在それは拒否されている。

 

 理由としては、

 

「日本に敵対的な民族を多く抱えている国家なんか信用できるわけないじゃないか」

 

 と、会談した時に素で言われた。

 どうもキュゥべえは遠回しに言うとか、そういうことが苦手らしい。

 

 確かに近年アメリカは某国などの移民を多く受け入れている。

 

 幼年期から反日教育をたっぷり受けてきた世代をだ。

 今までなら、何かあれば日本に引かせればどうにかなった。

 

 しかし、もはや日本を統治しているのは事なかれ主義の日本人ではない。

 

 もはやアメリカにも他国にも容赦をしないだろう。

 オズマはそれでようやく某国等の対日情勢を知って、眩暈を覚えた。

 

 これではいつキュゥべえに殲滅戦を仕掛けられるか、わかったものではない。

 それだけならまだ良い。

 

 問題はアメリカ国内の某国系の人間が反日というか反キュゥべえデモを繰り返すことだ。

 こんなことではアメリカは永遠に敵国として扱われてしまう。

 

 さらに、キュゥべえ統治後に日本を追い出された某国系たちが追放された先で、リベラル系などに取り入ってあれこれやっている。

 

「キュゥべえの非人道的な行為に断固抗議する!」

 

 もっとも、調べれば追い出されるのも、むべなるかな(もっともなことだ)。

 

「デモなんかして何になるんだ……」

 

 仮にそれで日本が世界各国との関係を断ったところで、技術面ではかなう国などない。資源は宇宙からいくらでも採ってこれる。

 

 むしろ、キュゥべえのテクノロジーを得られず、損をするだけなのだ。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

(どうしてこうなった……)

 

 火星圏の宇宙コロニー……収容所で彼は思っていた。

 

 キュゥべえの日本制圧直後、彼は逮捕され取り調べ後すぐに収容所に送られた。

 他国と癒着していた証拠を突き付けられて。

 

 苦しい弁明も、泣きわめいての懇願もキュゥべえには通じなかった。

 ああもううも言う暇はなく、気づけば収容所の中。

 

 地球から遠く離れた場所では、助けを期待することもできない。

 長年協力してきたはずの某国はあっさり彼を見捨て、知らぬ存ぜぬだった。

 

 収容所ではただ個室に閉じ込められ、テレビもネットもない。

 読めるのは新聞と、借りた官本くらい。

 

 食事は禅僧のように質素なものばかりだった。

 

 〇 朝――おかゆ タクアン

 〇 昼――うどん 油揚げ

 〇 夜――麦飯 豆腐の味噌汁 大豆の揚げ物 タクアン

 

 大体こんなメニューばかり。

 たまにカレーが食べられるかと思えば、肉類ゼロのこんにゃくカレー。

 

「これは虐待だ!」

 

 と、抗議しても、

 

「君、罪人として捕まってるってわかってる?」

 

 と、つれない返答。

 

「餓死や病死はないから、まあ安心しなよ。せいぜい長くて50年だろ? それまで我慢するんだね。すぐさ」

 

 長くて、とは釈放までという意味ではない。

 死ぬまでという意味だ。

 

 食の楽しみもなく、娯楽もなく、ただ生かされているだけの毎日。

 

「俺が一体何をしたって言うんだ!?」

 

 そう叫ぶと、今までの行動を箇条書きにして懇切丁寧に説明される。

 

「君は自国の利益を大きく損害し、他国に益する行為を繰り返したからだよ」

 

「それは平和のために必要なことで……」

 

「イデオロギーはどうでも良い。有害かどうかで言えば君は有害だ。死刑にならないだけマシだと思うんだね」

 

 キュゥべえの紅い感情の見えない瞳は、宇宙の闇よりも冷たかった。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

(どうしてこうなった……)

 

 彼女は冷たい部屋の中で煩悶としていた。

 

 女性の自由と権利、日本の平和のために活動してきたのに。

 

 キュゥべえの統治後、在日外国人の強制送還に抗議した結果、

 

「なら、好きなだけ〇国人のために尽くしたまえ。外でね」

 

 という冷たい言葉の後、国外追放となった。

 

「こんなエイリアンに支配された国は見限ってやる!」

 

 と、フォーク歌手の歌みたいに最初は息巻いていた。

 

 リベラルで平和的な思想の自分ならきっと外国で受け入れられる。

 

 そう信じていた。

 

 しかし、現実はハード。国外追放ハード。

 

 日本国籍を抹消され、もはや何人でもなくなってしまった。

 もう日本に戻ることはできない。

 

 何度か帰国を試みたが、失敗した。誰も協力してくれない。

 そもそも、日本国籍もなく、金もなく、若くもない。

 

 そんな彼女自身に価値を認めてくれる人間は誰もいなかった。

 

 憧れていた某国での生活は惨めの一言。

 

 日本人男性よりも素敵でたくましいと思っていたその国の男性は、えてして冷たい。

 というか、日本人だというだけで差別され、ひどい侮辱を受ける。

 

 国籍もない弱い立場の女ということもあり、それはもう悲惨に尽きた。

 

 大使館に行こうにも、その国とは国交を断ってしまい、どうしようもない。

 結局似たような境遇の人間と寄り合って生きるしかなかった。

 

 運の良い、あるいは要領の良い人間は他の国に行き、

 

「差別され、追い出された被害者」

 

 という立場で反キュゥべえ運動に加わっていたりした。

 しかし、そういうものもうまくは運ばない。

 

 そういう敵対的な立場をとる国と日本=キュゥべえはすぐに関係を断つからだ。

 

「うまくいかなければ、すぐに切り離すのか!」

 

「日本が世界から孤立する!」

 

 と叫び声もあるが、キュゥべえは聞く耳を持たない。

 

(どうしてこうなった……。あいつらさえこなければ……)

 

 キュゥべえさえこなければ、自分もこんな惨めな目にあうことはなかった。

 彼女にできるのは、ただキュゥべえを恨むことだけだった。

 

 それがどれほど意味のないことであろうとも。

 

 

 *    *    *

 

 

 

 その頃、門の向こう――特地では。

 

 アルヌスを目指し、ひたすらに旅をする女の姿があった。

 女はダークエルフ。

 

 目指すはアルヌスにあるという、白い獣の街。

 緑の服の人々と、一つ目の鎧武者を率いる白い種族。

 

 エルフやドワーフを遥かに超える技を持ち、帝国を脅かしているという。

 その上、一度炎龍を退けたこともあるとか。

 

 飢えた炎龍に襲われたダークエルフは、その白い種族を探した。

 アルヌスには多くの種族は集まり、街は栄えているという。

 

 首狩り兎(ヴォーリア・バニー)鉱精(ドワーフ)たちも多くいるとか。

 

「彼らの力なら、炎龍に対抗できるに違いない」

 

 旅をして、白い種族たちの噂を聞くごとに、それは確信に変わっていく。

 

(何としても彼らの力を借りなければ……)

 

 そう誓い、ヤオ・ハー・デュッシはひたすらに旅路を急いだ。

 

 

 

 




キュゥべえ侵略ネタで誰か3次創作書いてくれないかなあ。
上手い人なら自分よりずっと面白いの書きそう。


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04

某医療漫画のキャラを登場させました。





 

 

 

 最近になり、梨紗の住む都市型円盤にも新規住居者が増えた。

 

 各区ごとに色々なタイプの人間が来ている。

 母子共に引っ越して一家も、そのうちの一人。

 

 都市内にまだ学校施設がない。

 なので、中学生の娘は、キュゥべえが作った教育プログラムで勉強している。

 

 普通の塾や学校のそれよりも、まあわかりやすい。

 しかし、母子は色々複雑な感情でいた。

 

 元は、会社経営をしている父親のおかげで一家は裕福だったのだが。

 

 だがキュゥべえの統治後、父は捕まった。

 

 罪状は、簡単に言うと労働基準法違反。

 

 キュゥべえによって法律も多く変わったせいで、かなり取り締まりが厳しくなった。

 娘は知らなかったのだが父の会社はいわゆるブラック企業で、精神を病んだり自殺した者もいたようだ。

 

 一家の幸福は、多くの犠牲の上に成り立っていたわけである。

 

 父は実刑を受け、30年の懲役となった。

 しかし、まだ運が良いと言えるかもしれない。

 

 中には、すぐさま死刑になった経営者もいたのだから。

 キュゥべえ統治で、国民の生活が保障されるようになったためか、多くの企業は人手不足のために倒産した。

 

 普通なら一家離散や借金などの問題が続出するだろう。

 

 しかし、国民にはキュゥべえ経営の店やネット通販で使えるポイントが支給されている。

 

 基本支給額は一人当たり月額20万ポイント。

 未成年の子供がいる家庭はさらに増額される。

 

 また、医療費や水道光熱費は無料になった。 

 特に早くてきれいで痛みがない歯科医療は子供にも大好評だ。

 

 住む場所も、都市型円盤などは家賃も無料。

 他にも宇宙コロニーへの居住者も募集予定であるそうだ。

 

 職のない人間や、引きこもり、あるいは働きたいという高齢者などには様々なボランティアを紹介したりしている。

 

 梨紗の住む街では、保健所から犬や猫を引き取って世話をするというものがあった。

 

 別に何匹も買う必要はなく、エサ代や病院も無料。

 困ったことがあればすぐに専門家にアドバイスがもらえる。

 

 このボランティアも無償ではなく、キュゥべえからポイント支給があるのだ。

 

 もっとも、何でもかんでもキュゥべえの店にあるわけではない。 

 タバコや酒などは置いてないし、衣料や生活用品も面白みのない機能性第一。

 

 お菓子なども例えで出せば、ポテトチップスは塩味だけだ。

 野菜や魚、肉などもキュゥべえの宇宙コロニーで養殖・生産されたもの。

 

 外食するような施設もない。

 せいぜいコンビニの飲食スペースくらいだ。

 

 だが、パソコンやスマホの類はキュゥべえ製のものがポイントで買える。

 これらは圧倒的に性能が良いので、むしろ他のシェアを圧倒していた。

 

 他にも空を飛ぶ自家用円盤、水を燃料にする自動車。ホバーカー。

 そういう超技術の品もポイントで買えた。

 

 ただし、これらは当然みな高価で、自動車などは安いもので200万ポイントする。

 しかし、贅沢を言わなければ遊んで暮らせるようなものだ。

 

 逆に専門の職業、エンジニアや研究職などはキュゥべえ支援の下で熱心に働いている。

 キュゥべえの超技術を研究できるので、面白くて仕方ないのだ。

 

 こんなわけだから、みんなキュゥべえの統治に喜んでいた。

 

 不満を言うのは、社会的地位を失ったり、逮捕された者たち。

 

 当然ながらそれらの不満は無視された。

 9割の人間は、もう人間の指導者など欲してはいなかったのだ。

 

「政治を人間の手に!」

 

 そう叫ぶ少数派もいるが、

 

「仮に人間の手に戻っても、また一部の連中だけが美味しい目を見るじゃないか……」

 

 多くはそんな意見だった。

 それでも、不平を言う人間も後をたたなかったが。

 

 また、キュゥべえに他国を援助せよと意見を述べる人間もいた。

 

「これだけの力を、地球人全体のために使うべきです」

 

 しかし、別にそれらの声に何かの権威とかがあるわけではない。

 意見書をもってキュゥべえに突進して、追い返されるばかりだ。

 

 一方で海外のキュゥべえに対する意見は賛否両論。

 

 デストピアだという声もあれば、理想の社会という声もある。

 経済格差の大きい国では、自分も日本で暮らしたいと叫ぶ者も多かった。

 

 逆に、

 

「いくら日本人が良い暮らしと言っても、所詮は奴隷の幸福だ。しかし、我々を見よ、暮らしは厳しくても自由がある!」

 

 と断言する政治家もいた。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 アルヌスの一角。

 

 多くの種族が集まるその場所には、キュゥべえが設置した大きな施設があった。

 巨大な格納庫の前に、広く整地された飛行場のような場所。

 

 格納庫の中では、大勢のドワーフやエルフが集まり、忙しく動いている。

 彼らの歩き回る中心には、大きな鎧騎士のようなものがあった。

 

 大きさは7メートル弱。

 アクアブルーで、カブトムシを思わせる角のようなブレードがある。

 

「しっかし、えらいもん作っちまったな、わしら」

 

「こんなもんがポンポン作れたら、世界が変わっちまうぞ」

 

 ドワーフの工匠たちは巨人を見上げ、口々につぶやく。

 そこには戸惑いもあるが、自信と喜びが確かにある。

 

「しかし、飛龍の鱗にグリフォンの羽根……ミスリル合金……。よくもまあこれだけの材料をそろえたものだよ……」

 

「すごいといえばすごいが、費用や職人のことを考えたらとんでもない金食い虫だぞ」

 

 別の場所ではエルフたちが整備点検をしながら語り合っている。

 

「何でキュゥべえはこんなものを作らせたんだろ?」

 

「彼らなら彼らだけでもっと効率もコストも良いものを作れるだろうに」

 

 そう語られるこの人型は、キュゥべえが原型の設計、パーツの一部を補っているが。基本は特地の種族たちによって開発されたものだった。

 なので、一応は一部のパーツさえ何とかなれば特地だけでも作れる。

 

 仮に帝国がこれと同じものを作ろうとすれば、莫大な軍事費を必要とするだろうが。

 

「まだ色々未完成というか発展途上の部分があるからね。それに、操縦者の能力に性能が左右されすぎるという欠点もある」

 

 監督をしていたキュゥべえは、淡々と言った。

 

「今のところエルフがもっとも適正があるようですね。精霊魔法と組み合わせれば古代龍とも戦えるかもしれませんよ?」

 

 資料を手に、エルフの一人が興奮気味に言った。

 

「かもじゃなくって、できるようにするんだ。それが当面の目標」

 

「あっさりとおっしゃいますが、まだまだ試験することが多すぎて……」

 

「だったらじっくりしっかりやればいい。君たちは寿命が長いんだろう?」

 

「そうですけどね……」

 

「でも、古代龍……炎龍を倒せるかもしれないってのは大きいですよ。励みになる」

 

 関節の調整を行っていたエルフが、笑って言った。

 そんな話をしている時、格納庫の前に巨大な影が降りたった。

 

 収納されている人型と、同型だが緑色の機体。

 さっきまで試験のために空を飛び回っていたものである。

 

「すごいよ! まるで自分が風の精霊になったみたい!」

 

 機体から降りながら、興奮して叫ぶのはテュカだった。

 伊丹たちが日本に行っている間、彼女はここでテストパイロットをやっていたのだ。

 

「こんななりで自由に空を飛べるんだからなあ……。龍も形無しだ」

 

 すぐに機体のチェックを始めるエルフやドワーフ。

 

「コンバーターの異常はなし。テュカは扱いが丁寧だから安心できるな」

 

「しかし、少々優しすぎてテストにならんわいな。多少無茶して弱点を洗い出さんと完成にはほど遠いぞい」

 

 エルフとドワーフの工匠は意見を交わし合いながら、機体を格納庫へと運んでいく。

 むろん素手ではなく、人の手を持ったキャタピラの機体を使用して。

 

 これは現在テスト中の機体の雛型となったテスト機である。

 今は作業の補助を円滑に行い、重宝されている。

 

「テュカさん、ご苦労様~~。じゃあ、身体チェックすからこっちへ来て?」

 

 そういうのは白衣を着た金髪に蜂蜜色の瞳をした女性だった。

 年は若く、ティーンエイジャーに見える。

 

「テストする前にもやったのに」

 

「これもお仕事の一環です。体調を維持するのもお仕事よ~~」

 

 若干独特のしゃべりかたをする少女の名は、ふらん・M。

 

 対有機生命体コンタクト用人型インターフェース。

 人間とのコンタクトをより円滑かつ効率的にするため、キュゥべえが開発していたもの。

 

「つまり、精密なアンドロイドというのがわかりやすいかな?」

 

 と、紹介された時には、自衛隊関係者はみんな唖然としていた。

 

「一応人間と同じ食事なんかもできますよ~。悪しからず~」

 

 どうやら原型となったものがあるようだが、その起源については、

 

「古いデータベースに残っていたものだから、よくわからないんだ」

 

 とのことである。

 

 テュカの検査が終わった後、ふらんが基地内へと戻ると――

 

「ふらんさん」

 

 声をかけてきたのは黒川だった。

 

「テュカの様子は、どうでしょう」

 

「昼間は安定してるわね~。眠る時に悪夢を見ることが多くなっているそうよ~」

 

「それは……」

 

「どっちかというと、幻想が崩れかけているみたい。多分炎龍に対抗しうる具体的な力と直に触れていることが大きいんでしょうね~。もしかすると自分の手で敵を取りたい……っていう気持ちが強いのかしら~。同族から聞いた話だと、かなり父親っこだったみたいだし~」

 

「まさか、本気であの実験機で炎龍を!?」

 

「さあ~。上層部からはそこまで聞いてないわ~。そもそも私は医療系が専門だし~」

 

「……」

 

 もしかすれば、キュゥべえがテュカを何かに利用しようとしているのか。

 いや、テュカだけではなく、アルヌスの他種族全体を。

 

 そう考えると黒川は嫌悪感をおぼえざるえない。

 

 親を殺されて心を病んだ少女を実験動物のように使う。

 人道的も許されることではない。

 

「ふーん。あんまり理解がない感じ~。でも仇討ちは日本人の文化でしょ~?」

 

「それは江戸時代の話です!」

 

「でも、エルフさんたちは特に乗り気っぽいわよ~。まあ、キュゥべえのバックアップがあるからでしょうけど~」

 

 そう言われ、黒川は黙って嘆息する。

 実際、対炎龍の風潮はアルヌスの他種族全体に広まってきているようだ。

 

 今までただ捕食対象にされるしかなかった長い歴史。

 それを変える武器が今誕生しつつある。

 

 しかも、キュゥべえの援助があるとはいえ、自分たちの技を使って。

 エルフとドワーフは協力関係を深め、新型機の開発を進めている。

 

「ところで、いつまでも試作機何号機って名前じゃあ味気ないですね」

 

 ネイビーブルーの試作機をチェックしている班でそんな話が持ち上がる。

 

「風魔法を自在に操り、空を飛んだというエルフの魔導師にちなんで、ヴァイナールというのはどうでしょう?」

 

「いや、ドワーフの古き英雄王ダンの名をいただこう」

 

「何を言いますか、ヴァイナールです」

 

「ダンじゃ!」

 

 こうなると両者は譲らない。

 

「ふむ」

 

 両者の意見を聞き、キュゥべえが出した答えは、

 

「二つの名を取って、コードネームは『ダンバイン』としよう」

 

 そういうこととなった。

 

 これにはドワーフ、エルフも苦笑い。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

「この店はガキに酒を飲ませるのか!!」

 

 鋭い声が店内を貫き、酔漢たちを沈黙させた。

 

 夜。

 

 伊丹とロゥリィが酒席を設けていたところへの闖入者。

 

 美しく蠱惑的ながら野生の香りを魅せるダークエルフだった。

 

「彼女は見た目通りの年齢ではないよ?」

 

 ロゥリィが何か言う前に、テーブルにキュゥべえがぴょこんと飛び乗る。

 

「……。まさか!?」

 

 ダークエルフはキュゥべえを見て、ハッと表情を変えた。

 

「アルヌスを支配するという白き種族……」

 

「一応キュゥべえという種族名があるよ。君はダークエルフだね」

 

「い、いかにも……まさか、いきなり出会えるとは――」

 

「で。もしかして僕らに用なのかな?」

 

「い、いかにも! 是非にもあなたがたの力を借りたい危急のことがあり、まかりこした」

 

 いきなりダークエルフは土下座せんばかりの勢いであった。

 

「なぁにぃ。いきなり出てきてぇ……」

 

 会話を奪われたロゥリィは膨れっ面で伊丹にしなだれかかる。

 

「我が名はヤオ・ハー・デュッシ。シュワルツの森、デュッシ氏族デハンの娘」

 

「前置きは良い。用件を言いたまえ」

 

「む。す、すまぬ……。単刀直入に言おう。我が一族を襲う炎龍を討ってほしいのだ」

 

 炎龍。

 

 その名が出た途端、店はさっきとは別の意味で沈黙した。

 

「ああ、古代龍だね。ふむ――」

 

 キュゥべえはうなずき、続きを促す。

 

 要約すると、数か月前からヤオたちダークエルフは手負いの炎龍に襲われいた。

 

 逃げ隠れ、食料も満足に得られず日に日に窮乏しているという。

 中には冥府神への信仰を狂わせ、自ら餌食となる者も出ているそうだ。

 

「ふーん……。なるほど、あの時取り逃がした個体だな、きっと」

 

「では、やはり炎龍に傷を負わせたのは、貴殿らか!?」

 

 ヤオの顔が歓喜と期待で輝き出す。

 

「正確には僕らの兵器だけどね。で、君らはただお願いにきただけかい?」

 

「何のむろん報酬は出す。金剛石の原石だ。さらには必要なら此の身を捧げることも厭わぬ。すでに親類縁者への別離はすませてきた」

 

「なるほど。覚悟は十分というわけかい?」

 

 そして、キュゥべえは軽く前脚をふるった。

 

 同時にヤオの周辺にいくつものウィンドウが浮かぶ。

 

「な、何だ、これは? 魔法……? 見たこともないが……」

 

「おお、適正値が高いじゃないか。テュカと同等だよ。すごいじゃないか」

 

 キュゥべえはわけのわからないことを言い、尻尾を左右に振った。

 

「おい、まさか……彼女をあの試験機に――」

 

 何かを察した伊丹が遮るように話しかけるが、

 

「――」

 

 それをロゥリィが無言で押しとどめる。

 

「君はさっき言ったね? 身を捧げると」

 

「ハーディに誓って偽りはない」

 

「そうか。なら、捧げてもらおうじゃないか。君にはダンバインに乗ってもらう」

 

「だんばいん?」

 

「ついてきたまえ」

 

 言ってキュゥべえはテーブルを飛び降り、ヤオを誘う。

 ダークエルフの美女は迷いなくそれに続いた。

 

 ヤオの連れていかれた場所は、試作人型機ダンバインの格納庫だった。

 

「ダークエルフ?」

 

「新顔か……?」

 

 夜勤をしていたスタッフたちが珍しそうにヤオを見る。

 だが、彼女にはそんな視線を気にする余裕はなかった。

 

「巨人の騎士……!?」

 

 アクアブルーの1号機を見て、ヤオは茫然としてつぶやいた。

 

「これは乗り物だよ」

 

 言ってキュゥべえがスタッフを促すと、ダンバインの胸部が開く。

 

「あそこが操縦席だ。これを君に操縦してもらう」

 

「た、確かにこんな巨人を操れれば大きな力となろう……。しかし此の身はこんなものは見たことも聞いたこともない。乗れと言われても……」

 

 巨大な機械という代物に、ヤオは若干及び腰になってしまう。

 

「それはおいおい教えていく。君には適性があるんだ。それが嫌だというのなら帰っても良いけどね。僕らは知らない」

 

「何と言われるか!? 教授していただけるのなら、問題はない。すぐにこの巨人を乗りこなしてみせようぞ」

 

 突き放すようなキュゥべえの言に、ヤオは反発して叫んだ。

 

「言うと思った。これは元々が対炎龍を想定して作られたもの。それを君に貸す」

 

「対炎龍」

 

 その言葉に、ヤオは何事を飲み込み目を細めた。

 

「自分の手でやれ、と申されるのだな?」

 

「そうだよ。いやかい?」

 

「否」

 

 いつしか、ダークエルフの眼には復讐の炎がちろちろと燃え出していた。

 

「むしろ、ありがたい。この手で一族の屈辱を晴らせるのなら」

 

「そうかい。では、今日は休みたまえ。訓練は明日から行う。時間はないのだろう」

 

「了解した」

 

 

 そして。

 

 ダークエルフの翌日から訓練は開始される。

 

 初めて接するものに戸惑いはあったようだが、モチベーションが違う。

 すぐに歩行を自在に行えるようになり、午後には低空飛行までこなすようになった。

 

「それにしても、これはどういうものなのだ……。馬などに乗るよりも、魔法を使う時の感触に似ているが……」

 

「これは基本的に君たちの生命波動を動力として動く。魔力、霊気。呼びかたは色々だけど、僕らは基本オーラと呼んでいる。それが強ければ強いほど性能が上がると思ってよい」

 

「オーラ……」

 

 ヤオは自分の手を見つめ、少し感慨深げだった。

 

「設計してみると、どうも君たちエルフに適正の高いものだった。これは調整次第で他の種族でも適応できるものになるだろう」

 

「それで討伐の決行はいつ頃に?」

 

「ふむ。君たちに慣熟訓練次第だね。もう一機のダンバインを使いたいんだけど、まだ候補者がいない。エルフも貴重な人員だからなあ。それに……」

 

「そ、それに?」

 

「君たちの森はエルベ藩王国の領内だからね。色々面倒なんだ」

 

「な、ならば此の身だけでも……!」

 

「まあ、それならそれでいいけどね。機体はともかく武装がまだ頼りないんだ。無駄死にして機体を無駄にするようなことは避けて欲しいね。一応大事なものなんだから」

 

「うう……」

 

 キュゥべえの言葉に、ヤオはもどかしそうに唇を噛んだ。

 

「最低でも、ダンバインの剣ができるまで待ちたまえ。丸腰では戦えないぞ」

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

「地揺れ?」

 

「そう。台地が大きく振動して災害が起こる可能性が高い」

 

 老師カトーがキュゥべえと共にいるラボの中、レレイが疑問の声を上げた。

 

「火山が噴火するとき、そんなことが起こることがある――と」

 

「今回の場合は、少し違うんだ」

 

 キュゥべえは前脚を振り、ウィンドウを空中に呼び出す。

 ウィンドウには二つの球体が描かれ、

 

「現在アルヌスを中心にこうなっている」

 

 と、二つの玉は重なり合う。

 

「この状況が少しまずいんだな」

 

「というと?」

 

 紅茶を飲んでいたカトーが顔を上げる。

 

「僕らの観測したデータによると、あの門は本来交わらない道を無理に繋ぎ止めているという物騒なものだ。おそらくは長時間開くべきものではないんだろう」

 

「じゃが、今は開きっぱなしになっておると――」

 

「うん。だから当然歪みが生じる。それが明瞭な形になって起こる、と思われるのが」

 

「地揺れ」

 

「そうだ」

 

 レレイの声に、キュゥべえはうなずく。

 

「手間はかかったが、この時空間のデータは大よそ取れた。だから、門以外の移動通路を僕ら自身で作るつもりなんだ」

 

「まさに神の技じゃのう……」

 

「そういう言い方はどうかと思うけどね?」

 

 キュゥべえは尻尾を振り、カトーとレレイを順繰りに見る。

 

「ま、そういうわけだ。すぐにでも作業に取りかかりたいから二人に協力してほしい」

 

 できるだけ早く門は閉ざしたいから――と、付け加えて。

 

「参考までに。もしも門を放置し続けたら?」

 

 そっとレレイは挙手する。

 

「ここと地球に大規模な地震が広範囲で起こる。帝都なんかは壊滅的被害を受けるかもね」

 

「……」

 

 レレイは考え、それからコクンとうなずいた。

 

「そんな物騒なことが起こるのじゃあ、断れんわなあ」

 

 カトーも承諾する。

 

「君たちは理解が早くて助かるよ。では、上空の基地に行くから用意してくれ」

 

 そうして、キュゥべえとレレイらはアルヌス上空の都市型円盤へと向かった。

 

 円盤内は、軍事基地であるためか東京のものとは造りは違う。

 都市のいたるところにザクやフライト・グフが配備されていた。

 

 ラボには、複数のキュゥべえとエルフたちが数人。

 

「この間の実験は良好でしたし、すぐに移動ゲートの生成が可能ですよ」

 

「基本のデータさえ取れればOKですから、実験のゲートは小規模なもののほうが好ましいと思いますね。ただでさえアルヌスのゲートが悪影響を出してますし……」

 

「そういうわけだから」

 

 キュゥべえはレレイたちを振り向き、促した。

 

「なんじゃ、もう準備万端ではないか」

 

 カトーは呆れた顔で肩をすくめる。

 

「私たち、必要?」

 

 若干じと目でレレイは尋ねる。

 

「ああ、君たち魔導師の意見は是非にも必要だ。エルフも魔法には長けているが、専門として長期間研究しているわけではないからね」

 

 キュゥべえが言うと、エルフたちは苦笑する。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

「こんなことに何の意味があるんだろうな……」

 

 帝都・ピニャ・コ・ラーダの館。

 

 外務省所属・菅原浩治の後ろで十代半ばほどの少女がつぶやいた。

 短い黒髪に黒い瞳をしたやや中性的だが美しい顔立ちの少女。

 

「外交とは、面倒臭いものなんだよ」

 

 困った顔で述べる菅原に、

 

「それはある程度戦力差が近しい場合だろう。キュゥべえとこの国で、技術面・軍事力でどれほどの差があると思う?」

 

 冷たい声で少女は言った。

 

「キュゥべえはデータがどうのと言っているけど、私にはこの価値がわからない」

 

「お互いに無駄な戦闘や犠牲者を出さないに越したことはない、と思わないかな?」

 

「この国と日本の文化的な差を知っても、それを言える? その差は倫理観の違いでもある。奴隷制度があり、人身売買がある、この国で」

 

 容赦ないというより、疑問をそのまま口にしている少女。

 この少女に、菅原は嫌でも苦手意識を持ってしまう。

 

『お前らは用無しだ』

 

 と、暗に言われているようで。

 

 対有機生命体コンタクト用人型インターフェース。

 ヴェロニカ・M。

 

 アルヌスにいるふらんと姉妹機にあたり、ふらんが医療・研究を専門としているのに対し、彼女は要人護衛を専門としているという。

 

(見た目、女の子にしか見えない彼女がなあ……)

 

 館では菅原の秘書として常時彼に付き従っている。

 

(いや、監視しているという感じか――)

 

 確かに護衛も兼ねているのだろうが。

 

 本質的は外務省の役人である菅原を見張っているのだろう。

 

 キュゥべえ統治後、外務省でもかなりの人間が処分されたり、逮捕された。

 また過去の活動からも、キュゥべえからは、

 

『不穏分子多し』

 

 と、見られていると菅原は感じられた。

 

 実際世が世なら売国奴と言われる行為もあったと思う。

 

 ただ、外交とは一概に正邪とか単純な損得だけでは動けない部分が多々ある。

 そういう人間ゆえの弱さや欠点に、キュゥべえが理解があるとは思えない。

 

 今回菅原たちが特地に送られたのも、

 

「人間がこれにどう対応しうるのか?」

 

 というテストであると共に、

 

「役人が信用にたるものかどうか、あるいはどう動くのか」

 

 というデータ収集でもある。

 

「仕事を真面目にこなすのは最低条件として、あくまでも日本の国益を第一に行動してもらうことが肝要だ。もしも利敵行為を働いた場合は覚悟してもらう」

 

 冷たい目と声でヴェロニカは言い置き、後ろのほうで待機した。

 

 菅原は全身から冷や汗が流れる感触を味わいながら、立場の危うさを実感する。

 キュゥべえの統治下では、無能や有害な公務員への対処は非情だ。

 

 菅原は仕事への実直さと有能さを買われ、どうにか外務省に残ってているが。

 仮にハニー・トラップにでもかかれば、即座に処断されるだろう。

 

 汗をぬぐおうとした時、ようやくピニャが入室してくる。

 

「おお、菅原殿早いな。ヴェロニカ嬢も」

 

 ピニャにとってヴェロニカはあくまで菅原の秘書でしかない。

 その正体を知れば、一体どう思うのだろうか。

 

 あるいは、理解できるのかどうかも。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 その女は悪所にいきなり現れた。

 

 ウェーブのかかった長い水色の髪。ネコ科の猛獣を思わせる美貌。

 

 粗野で下品。

 しかし、圧倒的な戦闘力とずる賢さで勢力を伸ばしていく。

 

 多くの種族がごった返すスラム街たる悪所。

 

 彼女はまさにそれが擬人化したような女だった。

 

 金と暴力で周囲を支配し、逆らうものは殺す。

 半年もたたないうちに悪所の新たなる顔役として幅を利かせ始めた。

 

 名は、ガブリール。

 その凶暴さと強さから狂犬との異名をとった。

 

 彼女が瞬く間に大物となった原因。

 そこには、多くの貴金属や珍しい品物をどこからか仕入れてくる点があった。

 

 一体どこの誰からか。

 部下にも一切の詳細は知らせないまま、彼女は取引を行っていた。

 

 中には一粒で夢見心地になるドラッグなど、危険物も多い。

 当然ながら、彼女には敵が多かった。

 

「あの新顔、完全にわしらを無視しとる」

 

「好き放題に金を貪って、ばらまくくせに上納金はなし」

 

「目障りなアマだぜ」

 

「腕っぷしに任せて、いい気になりやがって……」

 

 悪所の顔役たちは集まりでガブリールへの不満をこぼし合う。

 

「あの女のところにゃ金銀宝石が山とうなってるそうだ。悪所の手ほどき料にもらってやろうじゃねえか」

 

 そう言い出したのは顔役の中でも悪評の高いベッサーラだった。

 悪評が高いだけにやることの荒っぽいこの男。

 

 同じく荒っぽいガブリールとは常に対立し、抗争関係にあった。

 まだ小競り合いの段階だが、何度も血が流れている。

 

 そして、ある空の暗い夜――

 

 武装したベッサーラ一味は、夜宴でうかれているという情報のガブリールを襲った。

 

 が。

 

 顔を隠した不気味な一群が、武器を構えて彼らを迎え撃ったのだ。

 

「やられた……!」

 

 どうやら情報が漏れていたとベッサーラが悟った時には遅かった。

 

 異様な怪力を誇る顔を隠した連中が、凶器を振りかざして襲いかかる。

 瞬く間に周辺は血に染まり、死体があちこちに散乱した。

 

 そいつらはまるで声を発さず、感情も見せずに淡々と殺戮を行った。

 ベッサーラ一味の反撃も丸で意に介さない。

 

 刃物で切り付けても、矢を放っても、まるで効果はなかった。

 唯一感情が見えたのは、

 

「ぎゃははははははははは!!」

 

 と高笑いするガブリールの声だけだった。

 唯一生き残ったベッサーラは、転がるようにして逃げ出すばかり。

 

「あいつら全員使徒か……!? でなけりゃ化け物だ……!!」

 

 が、やっと家に逃げ帰った矢先に、

 

「ベッサーラぁあああ!! とっとて出てこいや、フニャチン野郎!! てめえのねぐらは、完璧に包囲しているぞ! 顔出さなきゃ、首掻き切ってクソ流し込むぞ!!」

 

 下品なガブリールの笑い声が飛んできた。

 

「てめえの縄張りを一切合切オレによこせ! クソどもからかき集めた金は独り占めか!? 殺すぞ、生ゴミがッ!!」

 

 こうなれば、もうどうしようもない。

 

 ベッサーラは引きずり出され、丸裸にされて悪所に蹴り飛ばされた。

 捕まった妻や子供、愛人や奴隷はその場で奴隷商に売り飛ばされる。

 

 しかし、その商人がどこの誰なのか。

 またどこに売られていったのか。

 

 そのへんのことはまったくわからない。

 

 ただ、数日後。

 

 アルヌスの基地で奴隷になっていたヴォーリア・バニーの女がいたという噂が、密かに悪所に流れたようだ。

 

 そのことから、ガブリールはアルヌスとコネがあるらしいとの噂も。

 

 ベッサーラは裸でうろついていたところを何者かに襲われ、切り刻まれて死んだ。

 誰がやったことはわからないが、だいぶ恨みを買っていたことは確かである。

 

 かくして、ガブリールはベッサーラの縄張りをそっくり奪い、さらに勢力を拡大。

 

「あのアマ、まさかここまでやるとは……」

 

「とんでもない兵隊を抱えてやがる」

 

「こうなりゃあ認めるしかねえ」

 

 顔役たちはそんなことをつぶやき合っていたが。

 だが、明日我が身だということを、理解してはいなかった。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 悪所が混乱している頃。

 

 帝都では貴族の間で新たな潮流が起こっていた。

 一部の貴婦人たちが、見事なドレスや貴金属の装飾品。

 

 ドワーフの手による飾り物。

 エルフの手による見事な布地。 

 

 それにプラスして、驚くような美酒や美しい刀剣。

 

 こういったものが密かに流れ、自慢の種になっていた。

 他種族の技巧品はともかく、剣などはまったく未知の金属だったのである。

 

「何でも、『ぺだにうむ』というそうだ」

 

 自慢する貴族はそう語った。

 一見黄金のような輝きを持つその刃は、金とはまるで異なり、鉄の鎧や板さえも易々と切断するという凄まじいものだった。

 

「これを鎧や武器に使えば、すごいことになる……!」

 

 と考えた者はいたが、この金属がどこで採掘され、どうやって加工されたのか。

 まったくもってわからなかった。

 

 刀匠に見せても、ただ目を丸くするばかり。

 

 そんな騒ぎと同時に。

 

 皇女ピニャはあちこちの園遊会などに頻繁に参加し、貴族たちへ働きかけていた。

 また自身でも園遊会を開き、忙しく動き回る。

 

 貴族の貴婦人や令息、令嬢の集まる園遊会。

 多くの者が珍しい食べ物の美味を楽しんでいる横で――

 

 キケロ卿を始めとした多くの貴族は、小型の都市型円盤の中にいた。

 

「こ、これは……」

 

「こんな者が人の手によるものなのか!?」

 

 小型と言っても直径1キロを超える円盤には、多くのザクや兵器が蠢いている。

 円盤はシールドによって不可視の状態となり、高速でアルヌスに。

 

「何と、もうアルヌスに!?」

 

「一体どれほどの速度を出したのだ!?」

 驚く貴族たちは、まったく様変わりしたアルヌスを案内され、蒼白となっていた。

 アルヌスでは多くの兵器、さらにその試射まで見せられ、さらに青くなる。

 

(こんな力を持った連中に勝てるわけがない……!)

 

 絶望しかけるも、キュゥべえとの対話でどこか帝国への無関心さも悟る。

 

(うまく交渉すれば、立ち去ってくれるやもしれぬぞ……)

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 皇子ゾルザルの奴隷であるテューレは日々過酷な性的虐待に耐えていた。

 過酷でなかった扱いなどなかったといえはそうなのだが。

 

 門の向こうから連れてきたという奴隷がいなくなってから、ゾルザルの扱いはひどくなっている。一種の八つ当たりだ。

 珍しい人種の奴隷だと面白がっていただけに、惜しかったのだろう。

 

 また帝国軍の連戦連敗していることにも苛立っているらしい。

 アルヌスの丘を占拠した異界の軍隊は巨大な基地を建設しているという。

 

 未だこちらへ侵攻してこないところから、

 

「奴らも帝国を恐れているのだ」

 

 という楽観論から、

 

「いや、あちこちで影響力を伸ばしているという噂もある。今のうちに、対処すべきだ」

 

 という意見もあった。

 さすがに講和しようという意見はない。

 

 最近までは。

 

「異界の軍は手ごわい。大火傷をしないうちに早期講和すべきではないか」

 

 最近、そんな意見はチラチラと出始めた。

 これが傲慢なゾルザルの機嫌をさらに悪くしているようだ。

 

「自分たちの帝国が負けるわけがない」

 

 そういう固定概念に凝り固まっているらしい。

 テューレとしても、講和などは困る。

 

 いっそのこと、帝都へ進撃でもしてくれればいいと願っていた。

 独自の伝手で集めた異界軍の力は圧倒的だ。

 

 今まで帝国はまともなダメージを与えられていない。

 だが、だからといって帝国に講和、または降伏されても困る。

 

 徹底的な殲滅戦をやってくれなければ、腹の虫がおさまらなかった。

 そのためにも、異界からの奴隷だという女は消えたのは痛い。

 

 アレを使って帝国と異界をより拗らせることができたのに。

 そんな悶々とした日々に、悪所の噂を聞いた。

 

 悪所にアルヌスと繋がりのあるらしい顔役ができたらしいと。

 

 新顔のそいつは金と暴力に飽かして、どんどん勢力を広げている。

 貴族たちの屋敷に、その息のかかった者が潜り込んでいるという。

 

(使えるかもしれない)

 

 テューレは、その顔役・ガブリールをそう判断した。

 

 

 







ペダニウム合金
宇宙ロボット・キングジョーの装甲に使われていた金属

ヴィブラニウムやルナチタニウム合金の案もありました。


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05

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

「これは、まずいね」

 

「この数値は……いけない、警報を発令してください!!」

 

 キュゥべえのエルフたちが騒がしくなり、レレイとカトーは表示される数字を見る。

 いや、睨むとすべきか。

 

「歪みが大きくなりつつある……。急いで門を閉じないと……!」

 

 レレイが叫ぶと、キュゥべえはうなずいた。

 

<こちらでも把握している。即座に門を閉鎖する>

 

 日本のいるキュゥべえたちも映像通信でエルフたちに言ってきた。

 

「門を閉じれば、間に合う……?」

 

「いや、歪みは広がらんかもしれんが、やはり今までの揺り返しがくるぞ」

 

 カトーも渋い顔で髭をなで、沈思して目を閉じた。

 

「仕方ないね。すぐに地震警報を発令する」

 

 

 夜半、キュゥべえの声と共にアルヌスに緊急警報が発せられた。

 

<広域地震発生の危険性あり。全域警戒せよ>

 

 この警報に自衛隊はあわてて駆け回り、ダンバインの格納庫でも作業用ザクが走る。

 だが、特地の住人の多くは地震を知らなかった。

 

「山が火を噴いた時に大地が震えたことはあるが……」

 

「地すべりの間違いじゃないのか?」

 

「でも、ここは火山はおろか山地ですらないですよ?」

 

 ドワーフは類似した現象を知っているが、森の住人たるエルフは不思議そうだ。

 

「大地が揺れる……? まさか、地の底から龍でも出てくるのか――?」

 

 ダンバインを気にしていたヤオは地面を見ながら、炎龍を思い出す。

 

「ヤオ、建物から離れて広い場所に移動するんだ」

 

 そんなヤオに、キュゥべえが足元で促した。

 

 

「地面が揺れるなんて、ホントにあるの?」

 

 酒場で伊丹たちと飲んでいたテュカも避難指示されながら、歩いている。

 

「ああ、日本ではありふれた現象だ」

 

「すごいところだね、ニッポンって……」

 

(ファンタジーにそう言われるとは思わなかった……)

 

 伊丹は複雑な気分になりながら、避難を急がせるのだった。

 

 

 そして――それは予測通りやってきた。

 

「震度にして、およそ4程度か……。それでも対策のないこの土地では相応の被害が出るな」

 

 空中基地では、キュゥべえがデータを確認しながらつぶやいた。

 

「この遠見からじゃとよくわからんが、かなり揺れとるのかね?」

 

「まあね。日本ではそう騒ぐほどの規模じゃないが」

 

 地上の映像を見ながら言うカトー老師に、キュゥべえは答える。

 

「火山の近くでもないのに、こんなことが起こるなんて……」

 

「言っておくが冥府の神とは無関係……でも、ないが直接的関与はないと思うよ」

 

 ロゥリィのそばにいたキュゥべえが律義に返答していた。

 

「帝都のほうは大丈夫かねえ……」

 

 伊丹は脅えて抱きつくテュカに脂下がりそうになりつつ、それとなくつぶやく。

 

「ピニャ殿下の屋敷ではものが倒れたり落ちたり、それなりの騒ぎだ。むしろパニックによる二次被害のほうを心配すべきだね」

 

「自然災害の時こそ、自衛隊の出番なんだけど……」

 

「ここでは違う」

 

「了解しております」

 

「こ、これ、いつまで続くの!?」

 

 伊丹に抱き着くテュカは八つ当たり気味にキュゥべえを怒鳴る。

 

「計測によると余震はあまり心配いらないようだ。門は閉じたから、続けて起きることはもうないだろう。あっても小規模なものだろうね」

 

「何でもいいから、早く終わってほしいーー!!」

 

「ちょ、テュカ……さん!? 苦しいから、いやマジで!!」

 

 抱き着くテュカの背中をタップしつつ、伊丹は若干青い顔で叫ぶのだった。

 

「やれやれ。不慣れってことは、大変なものだね」

 

 キュゥべえは首を振り、揺れる地面を見つめる。

 

 

 

 一方で帝都での騒ぎも大きかった。

 

 混乱が一番少なかったのは、皮肉なことに治安最悪と言われる悪所。

 今や悪所で知らぬ者のいない顔役ガブリールの強権的な指示によるもの。

 

 逆らう者は命さえ奪いかねない指示系統により、悪所はほぼ被害を出さなかった。

 そして、ガブリールの力の及ばない区域では、混乱による被害が乱発。

 

 だが、狂狼はそれを逆手に取った。

 混乱に乗じて、他の顔役たちを次々に暗殺していったのである。

 

 そこから、強力な武力による制圧で、一晩で悪所は彼女に落ちた。

 後にガブリールが悪神と組んで、地震を起こさせたという噂までたつことになる。

 

 

 

 混乱から独裁ながら統一と安定による鎮静化が悪所で起こっている中――

 

 

 

「何だ、これは神の祟りか!?」

 

「ただの自然現象」

 

 初めて経験する地震に、幼女のごとく取り乱すピニャ。

 それに冷たく対応するのはヴェロニカだった。

 

「ヴェロニカさん、アルヌスのほうはどうですか?」

 

「上が避難指示しているし、被害があってもすぐに何とかするでしょう」

 

「き、貴殿らは何故そんなに落ちついているのだ!?」

 

「殿下、こういう場合取り乱したほうが危険度は増す」

 

「そうですよ、そのうちおさまるでしょうし、どうか冷静に」

 

「これが落ち着ける状況か!? 大地が揺れておるのだぞ!?」

 

「あなたたち、それで日本に侵攻する気だったの? 日本では地震は珍しくもないのに」

 

「こ、こんなことが日常茶飯事だというのか!?」

 

「そんなにあるわけではありませんが、まあ比較的多い土地です」

 

 ヴェロニカの言葉に、ピニャはさらにヒートアップするが、菅原が補足する。

 

「し、信じられぬ……」

 

 そんな騒ぎをしているうちに、やがて揺れはおさまっていく。

 

「今のうちに対処をしておいたほうが良いですね」

 

「えーと、それじゃ余震に備えて……」

 

 揺れの止まった後、菅原とヴェロニカは忙しく段取りを話し合い出す。

 

「ちょっと待て……『ヨシン』とは何だ?」

 

 ホッといていたピニャは嫌な予感をおぼえ、菅原に尋ねる。

 

「いわゆる揺り戻し……大きな地震の後に発生するもので、何回か起きるんです」

 

「また揺れるというのか!?」

 

 菅原の説明に、ピニャはこれ以上にないほど口を開いた。

 

「グズグズしてないで、避難するように命令でも出せば?」

 

 ヴェロニカの言葉に、ピニャは切れかかっていた理性の糸を何とか繋ぎ止めた。

 

「そ、そうだ! 急ぎ父上に報告せねば……!」 

 

 ピニャは再起動して、侍女たちに着替えの準備をさせる。

 

「では、お気をつけて。我々はアルヌスとの連絡もありますので」

 

 菅原が一礼して見送ろうとするが、

 

「い、一緒に来てもらえぬのか……?」

 

「無理」

 

 冷たい拒絶したのはヴェロニカだった。

 菅原も難しい顔で首を振るばかり。

 

「やれやれ。ずいぶんと不安そうじゃないか」

 

 呆れたような声が、下から聞こえた。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

 結局ピニャは一匹のキュゥべえを懐に入れて宮中へ向かうことになった。

 

 一見小動物にしか見えないため、見つかっても傍目にはペットくらいにか見えまい。

 ピニャの報告により、事態はある程度収束されかけた。

 

 途中皇子ゾルザルが乱入して、事態はまたも引っ掻き回されるが――

 

「君たちは実に愚かだね」

 

 不意にキュゥべえはピニャの懐中から飛び出し、宮殿に降り立った。

 

「色々観察してきたが、とても交渉に値する存在じゃない」

 

「な、今のはこいつがしゃべったのか!?」

 

 ゾルザルは瞠目して、気味悪そうにキュゥべえを見る。

 

「ピニャよ、これはどういうことだ。何だ、ケダモノは」

 

「僕に言わせれば君たち帝国人こそケダモノだね。いや、生半可な知恵を持っているだけに、動物よりもたちが悪い」

 

「貴様!」

 

 ゾルザルが近くの衛兵から槍を奪い取った。

 

 同時に、ピニャたちの上空に奇妙な駆動音が響き渡る。

 夜の宮殿の天井を、黄色い飛行物体が数体飛んでいた。

 

「まさか、ニッポンのモビル―スーツ!?」

 

 底部に長い砲身を備えた黄色い円盤。

 それらは変形しながら、キュゥべえのそばに着陸する。

 

「NRX-004。可変モビルアーマー、アッシマーだ」

 

 キュゥべえは説明し、皇帝モルトたちを見上げる。

 

 同時に、アッシマーの構えるライフルが火を噴いた。

 一瞬でゾルザルが持つ槍の刃が解け崩れ、床に落下する。

 

「な……!」

 

「おっと動かないほうが良い。でなければ、こうなるよ?」

 

 穂先の解けた槍を示し、冷たい言い放つキュゥべえ。

 衛兵たちは何が起こったの理解できず、次の行動に移れない。

 

「お前は何者だ」

 

 それでも、さすがとするべきか皇帝は威厳を保ったままキュゥべえに問う。

 

「一体どこの種族なのだ?」

 

「今君たちが戦争している国を統治している種族、と言えばわかる?」

 

 キュゥべえの答えにゾルザルは瞠目した。

 

「ニッポンとか言う国の者か?」

 

 しかし、という風にモルトは顎髭に手をやる。

 

 黒髪の人種がいるらしいとは聞いていたが、こんな妙な生き物がいるとは聞いていない。

 しかも小動物のようでありながら、知恵があり、言葉さえ話すのだ。

 

(国を統治しているだと? こいつらが?)

 

 にわかには信じたがたいが、周りの兵隊らしい鎧武者たちは油断がならない。

 何か未知の武器を持っていることは確かだと、モルトは見て取った。

 

「この宮殿に入り込んでどういうつもりか」

 

「君たちに少し挨拶をしておこうと思ってね」

 

 キュゥべえは尻尾を振り、アッシマーの肩に乗る。

 

「こちらのことがあまりわからないようだし、少し説明してあげようかとね」

 

「それは、それは。殊勝なことだな」

 

「ふむ。それは演技かな? それとも本気でそう思っている? どちらにしろ、あまり賢明と言えるものではないし、僕らには意味もない」

 

 余裕を崩さない皇帝に、キュゥべえは首をかしげるような仕草をして、一瞬上を見た。

 

「ま、今日来たのは、簡単に言うと降伏勧告だ」

 

「な!?」

 

「貴様……!」

 

 ピニャは恐怖で青くなり、ゾルザルは怒りで赤くなった。

 

「降伏だと……?」

 

「そうだよ。簡単に言えば日本への侵攻を謝罪し、相応の賠償金を払いたまえ。そうすれば、戦争は終わりだよ」

 

「断る」

 

「だろうね」

 

 即答するモルトに、キュゥべえも平然としたままだ。

 

(そもそも、こいつらに人間のような感情などあるのか?)

 

 横で聞いているピニャは今さらそんな疑問を抱く。

 

「まあ最後の一人まで戦うというのなら、それでもいいけど」

 

「ま、待ってくれ!」

 

 キュゥべえの力を肌身で知っているピニャはあわてて割って入る。

 

「お前は黙っておれ!」

 

 そんな皇女はモルトは冷たく叱責した。

 

「1ビタの金も1ロムロの土地も譲るつもりはない」

 

「なるほど、徹底抗戦か。別に土地に興味はないが、後顧の憂いは断つべきかもね」

 

「ど、どういう意味だ……?」

 

 情の欠落したキュゥべえの赤い瞳に、ピニャは唾を飲み込んだ。

 

「けど、それはあれかな? ひょっとして他国や他種族の援軍でも当てにしているのかな」

 

 キュゥべえはピニャの言葉には答えず、とぼけるように言った。

 

(援軍……? 他国……? 馬鹿な……)

 

 もしもキュゥべえの侵攻を受けて帝国が劣勢になったとして――

 それで他の国々、あるいは種族たちが援軍など出すか?

 

 出すわけがない。

 

 むしろ、今までの恨みと勝ち馬に乗ることを考えるだろう。

 悪所辺りから、大規模な反乱が起こる可能性も高い

 

 そんな最悪を想像し、ピニャは冷たい汗を流した。

 

(父上は知らぬのだ……。無数の鉄騎兵も、空を飛ぶ軍艦も、空の要塞も……!)

 

 だが、今叫んだところで、この父は聞き入れまい。

 それもわかるゆえに、ピニャは無言だった。

 

「今までの戦果から自信を得ているのだろうが、このファルマートの大地ではそうはいかぬ。あまり大仰なことを言わぬことだな、白き客よ」

 

「はっはっは。大地か」

 

 皇帝の言葉に、キュゥべえはただ笑った。

 

「なるほどね。地の利があるというわけかい? なら、こっちも土地勘のある相手に相談するべきだろうな。君たちを攻撃できるというのなら、案外すぐ手を貸してくれるだろうしね」

 

「ふん。そっちこそ蛮族や亜人種どもの力を当てにするか」

 

「蛮人か。君らだってそうだろ、そこの男が良い見本だ」

 

 と、キュゥべえはゾルザルを見て冷然と言い放つ。

 

「貴様あああああ!!」

 

 ついに、臨界を迎えたというところだろうか。

 ゾルザルは衛兵の剣を奪い取り、キュゥべえに斬りかかった。

 

 ピニャは止める間もない。

 そして、当然やすやすキュゥべえが斬られるはずもなかった。

 

 立ちふさがったアッシマーの装甲に遮られ、振るった刃は折れて跳ね飛ぶ。

 呆然とするゾルザルの顔面に、金属の拳が深く叩き込まれた。

 

 折れた鼻を押さえて悶絶するゾルザル。

 

「やはり、交渉の価値はないな」

 

 キュゥべえはそう言い捨て、アッシマーと共に宮殿を去っていった。

 

「ま、待ってくれ……!!」

 

 ピニャはそれに追いすがらんと、大あわてで走り出す。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

「それって、どういうことですか?」

 

 アルヌス上空の基地内にて。

 

 望月紀子は思わずキュゥべえに尋ねた。

 

「言ったとおりだ。現在、日本は僕らの統治下にある」

 

「つまりあなたたちが、日本を征服しちゃったって、こと?」

 

「まあ、そういうことだね」

 

 まるで浦島太郎のようだ、と紀子は思った。

 

 銀座で異世界に拉致されて、もうダメか思っていたところキュゥべえに救出されて――

 治療と回復を待ってから日本に戻されると聞いて喜んだ矢先、えらいことを聞かされた。

 

 キュゥべえに関しては、突然地球にやってきた宇宙人だとしか知らない。

 ほとんどの人間がそうであるように、紀子もそうだった。

 

「それで……私はどうなるんですか?」

 

「別にどうもしないよ。手続きを終了後日本に帰ってもらう」

 

「はあ……」

 

 どうもこの宇宙人は淡々としていて話しやすいのか、話しにくいのかわからない。

 

「必要だと思うのなら、ネットにつながるタブレットでも用意するけど?」

 

「いいんですか? じゃ、お願いします」

 

 懐かしいネットの世界。

 日本ではスマホくらいでしか知らなかったが、ひどく懐かしい。

 

 それによると。

 

 異世界の侵攻は、キュゥべえによってあっさり阻止されたようだ。

 さらにキュゥべえはそのまま日本を制圧。

 

 政府を完全に掌握して、文字通り日本を完全支配しているらしい。

 

『キュゥべえの大獄』

 

 そんな言葉がネットで散見される。

 

 キュゥべえの統治後、多くの政治家や企業人、官僚、公務員が逮捕された。

 

 ある者は免職され、ある者は火星圏の監獄へ。ある者は死刑。ある者は国外追放。

 また、特定の在日外国人に対する対処は過酷の一言だった。

 

 反日を掲げる国の人間は一斉に強制送還されているようだ。

 当然企業も追放となり、貿易も取引も中止。

 

 日本経済もかなりの混乱を生じ、少なくないダメージを負ったようだ。

 

 しかし、国民全体はむしろ安定していた。

 

 生活はキュゥべえポイントなるもので保障されている。

 ほぼ無理して働く必要がなくなったため、かなりの中小企業が人手不足で倒産。

 

 このことでキュゥべえへの嘆願もあったらしいが、

 

「君たちを見る限り社員にまともな給料も払えないんだろう。そんなものを無理に存続させておくなんて無意味どころか有害じゃないか」

 

 キュゥべえの返答は冷酷だった。

 

 またキュゥべえの制圧以前から、多くの企業がキュゥべえのテクノロジーに依存していた。

 それが、完全に急所を握られてしまったのである。

 

 人件費を含めた諸問題を含め、コストが違いすぎたのだ。

 

 外国に工場を建てるよりも、キュゥべえの無人工場に依頼するほうが遥かに安い。

 またキュゥべえの支配により、あらゆる資源がいくらでも宇宙から送られてくる。

 

 当然、食料自給率は100%。学費も無料。

 人間が作る野菜や、従来の畜産関係は完全なる嗜好品となってしまった。 

 

 ネットを見る限り当然反発もある。

 

 しかし、出来ることはせいぜいネットで悪口を掻き散らす程度だ。

 むしろそんなものを放置しておく余裕さえあるとみていい。

 

 ただ、生活の保障が完全なために反発する者は少数派だ。

 やり方は強引で非人道的な部分もあれど、消極的には肯定する者が多い。

 

 紀子が面白いなと思ったのが、どうやら高齢者のネットユーザーが増えたということ。

 

(そういえば……)

 

 紀子らが拉致される前――

 

 キュゥべえは高齢者向けのパソコンやタブレットについて言及していた。

 

 それらもキュゥべえポイントで手に入るし、

 

(使いかたはAIが完全サポートしてくれるのか……)

 

 説明を見る限り、これなら幼児や高齢者でも気軽に使用できそうだ。

 

 ただそれで問題も怒っているらしい。

 いやゆるネットリテラシーの乏しい人間が増え、色々やらかしてもいる。

 

 今まで新聞やテレビしか知らなかった世代。

 それがネットの世界に触れて、常識を砕かれてしまうことも多い。

 

 ささいな煽りに激昂して警察沙汰になる場合が増えているようだ。

 もっとも、その警察を統括しているのもキュゥべえなので比較的問題解決は早いらしい。

 

 他の公務員もそうだが、問題を起こしてももみ消したり、なあなあですんでいたもの。

 

 それが一気に瓦解し、どんどん処分されていっている。

 無職になっても生活は保障されているので、簡単に首を切るらしい。

 

 下手な人間よりキュゥべえの導入したロボットやAIのほうが良い仕事をしている。

 

 それが特に顕著なのが医療の分野。

 

 ロボットの導入で介護がスムーズになったのかと、思えば違う。

 

 そもそも介護の必要な人間はどんどん治療されていき、必要性がない。

 生まれつき目や耳の聞こえない人間なども、どんどん治してしまう。

 

「これは個性の剥奪だ!」

 

 と、主張するグループもいたが、治療は任意である。

 

 また花粉症などのアレルギーも投薬ですぐ治ってしまう。

 犬猫などのアレルギーも治療できるので、好きなのにアレルギーがある人は大いに喜んで、キュゥべえを絶賛している。

 

 おかげで医薬品の業界は上に下への騒ぎである。

 

 紀子が興味を持ったのが、

 

「肥満問題の解決に一助!」

 

 という宣伝と共に近日発売される肥満治療薬。

 代謝の活性化や筋肉の強化・増加を伴ってスムーズに痩せられるという。

 

 ダイエットにも筋トレにも使える逸品。

 健康に関するものなので、キュゥべえポイントで購入可能なようだ。

 

 こうなると医者は治療よりも研究職となっていくようである。

 だが、何事も弊害はあるもので。

 

 調べた結果、近隣の特定国家群と急速に関係が悪化しつつある。

 

「キュゥべえによる不当な占領は認めない!」

 

「キュゥべえによって略取された財産の賠償を求める!」

 

 特に国外退去となった外国人たちが騒いでいるようだ。

 

 しかし、現状ではそれらの国との正式な交渉はない。

 他国を通じてどうにかしようとしているが、下手に味方すると、それはキュゥべえとの敵対を意味する。

 

 極めて危険なことだった。

 

 なので、多くの国は大なり小なり知らぬ存ぜぬをしているようだ。

 

 逆にキュゥべえによって日本が大国として振る舞うことを望む国々もあるようだった。

 

 ネットで見る限り他国には、無関心なことの多いキュゥべえ。

 それをどうにかしたいと働きかけているようである。

 

 また地球外に多数のコロニーを持つキュゥべえ。

 そこを指摘して、国連などは難民の受け入れを多く望んでいる。

 

 しかし、キュゥべえの返答は冷たいもので、進展はない。

 

 世界は大きく揺らぎ始めていた。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

 それは、ゆっくりと姿を現した。

 

 空を覆う巨大な円盤状の物体。

 日本人ならばすでに日常の者となったキュゥべえの大型円盤である。

 直径10キロの巨体に、MSを始めとする無数の機動兵器を積んだ軍事要塞だ。

 

 

「何だい、ありゃ!?」

 

「神の仕業か……?」

 

「アルヌスの方角から来たらしいぞ!」

 

「異界の軍隊? まさか……」

 

 帝都の住人たちが騒ぐ中、円盤は悠然と進んでいく。

 そして、ある地点で静かに停止した。

 

 元老院議事堂の真上。

 

 呆然としている帝都民の前で、円盤は静かに発光を開始した。

 

 ――何かが起こる。

 

 それは誰の目に明らかだった。

 やがて光は一つに収束し、真っすぐに議事堂へと降り注いだ。

 瞬間、巨大な閃光と共に歴史ある議事堂は粉微塵に消し飛ぶ。

 

 爆音と振動が人々を震わせる中、円盤から飛び立ったのは無数の飛行機械。

 それらは帝都ではなじみのない妙な紙をばらまいていく。

 紙には、公用語でアルヌスや日本での帝国軍の敗退が詳細に書かれていた。

 同時にキュゥべえたちの軍事力についても。

 

 もっとも、帝都の人間にはにわかには信じられないものだったけれど。

 

 しかし、帝都を我が物顔で飛び回る飛行機械。

 それに巨大な空の円盤を見れば、信憑性は嫌でもわき上がってきた。

 まかれた紙には、最後にこう記されている。

 

 

『徹底抗戦を唱える皇帝に対し、こちらも徹底抗戦で応える』

 

 と。

 

 

 

 その同時刻頃、ゾルザルの宮殿から一人の奴隷女が姿を消していた。

 

「皇太子殿下の奴隷様が、悪所のビッチに何の用だぁ?」

 

 悪所に構えられた顔役・ガブリールの屋敷。

 その前で、一人のヴォーリア・バニーがかしずいていた。

 

「あなたに取引がしたいと思い、まかりこした」

 

「ほお。ずいぶんと腰が低いじゃねえか、女王様。いや、元・女王か?」

 

「……私のこともすでにご存じとは」

 

 かしずきながら、テューレはあくまで礼節を保った物腰で言った。

 

「女癖の悪い馬鹿皇子の噂はこっちでも評判なんでな。で、俺に何の用だ?」

 

 ガブリールは正体の見えない笑みを浮かべながら、テューレに問いかける。

 

「あなたはすでに悪所の女王という立場になっておられる。が、満足しておられますか?」

 

「あン?」

 

「あなたは、もっともっと上に行ける器だとお見受けしております」

 

「要点を言えよ」

 

「では……帝国に成り代わり、この地を治める気はありませぬか?」

 

「ずいぶんでかく出たな? 何か根拠でもあるのかよ?」

 

「現在この国と異界が戦争しているのはご存じのはず」

 

「ははは。もちろん知ってるさ」

 

「このままいくなら、いずれ帝国は滅びる――」

 

「だろうな」

 

「その後はどうなるか? 次なる国が支配する? そうなれば」

 

「ヒト種は一気に奴隷になるか?」

 

 ガブリールは肉食獣のような犬歯をむき出し、笑った。

 あるいはそれは威嚇しているように見える。

 

「あなたの背後にいるのは、異界の軍でしょう」

 

 動揺しながらも、テューレはあくまでも明るく世間話のように話す。

 

「なるほど。少しは知恵が回るわけか。俺を利用して、恨み重なる帝国に意趣返しをしたいという腹らしいが……。その程度によるなあ」

 

「程度?」

 

「例えば? この国を焼け野原にして何もかも灰にして存在自体を消し去るか。あるいは……お前をはめたゾルザルを殴り殺すか。まあ、どの程度かという話さ」

 

「――」

 

 テューレは沈黙する。

 

「正直お前らの種族に関する情報は散文的でな。どうしたもんかという話だった」

 

「それは……」

 

「後ろにいる連中は色々知りたがっている。どんなものを喰い、どんな暮らしをして、そしてどういう生き物なのかということ。他にも、王族しかわからんようなこととかな」

 

 細められたガブリールの瞳に、テューレは困惑を見せた。

 

「お前が協力してくれるんなら、まあそれなりの対価はやろう。帝国が生き残るにしろ、滅ぶにしろな。だが、俺の後ろはあまり血を流す気はない。一応だがな」

 

「……」

 

「ガッカリしたか? まあ、戦犯として皇帝と主戦派はコレだろうが」

 

 と、ガブリールは喉を掻き切る仕草を見せた。

 

「最後に皇帝の首を落とす役がお望みか? それなら容易いぜ」

 

「……私は」

 

「だが、帝国全部を皆殺しにするというのなら、諦めろ。方針には合わん」

 

 その時、部屋のドアが激しくノックされた。

 

「入りな」

 

「元締め!! 空に、でっかい皿みたいな……」

 

「異界の軍隊ですよ!!」

 

 ラミア種やハーピー種の女たちが顔色を変えて飛び込んでくる。

 

「――黙れ」

 

 ゾッとするような、低く凄まじい一言が部屋に響く。

 

「問題ないさ。手筈通りやりな。逃げる時は、例の場所からだ」

 

 ガブリールは倦怠感を出しながら立ち上がると、威圧感のある声で指示を出し始める。

 

 この前後あたりから、悪書の数か所作られた地下道から、逃げ出す者が出始めた。

 もっとも、悪所全体の住民が逃げたわけではない。

 

 多くの者は帝都市民同様恐怖しながらも、成り行きを見守っていた。

 やがて、帝国の都は頭上を円盤で完全に蓋をされ、周辺全てを鉄の軍隊に囲まれる。

 

 ザクやドムを中心と陸戦MSを中心に、巨大陸戦艇ビッグ・トレーが見られた。

 MSの他にはホバークラフトのファンファン、61式なる2連装戦車。

 地上を埋め尽くしたその戦団は、帝都市民には魔物の群れとしか思えなかった。

 

 攻撃こそしてこないが、あらゆる外路は完全封鎖の状態。

 

 

 

「頼む! 今少し時間の猶予をいただきたい!」

 

「――時間の無駄だよ」

 

 一方、円盤内では皇女とキュゥべえの無為な舌戦が戦わされていた。

 

「説明した通り、これ以上君たちと無駄な交渉を続ける意味は感じられないんだな、これが」

 

「し、しかしだな……!?」

 

「この惑星と生物群には興味が尽きないが、君たちコーカソイド種が作る文明群に見るべきと思われるようなものは、ないな」

 

「ぐ……! で、では、もう用がなくなったというのか?」

 

「最初からそんなものはほぼなかったがね。日本人の意見もある程度は採用してみたが、時間の無駄づかいだったし……。無駄が分かった点は、有意義だったかもね」

 

 取り付く島もないキュゥべえに対して、ピニャはへたり込んでしまった。

 

 

 

 一方、帝都内部では徹底抗戦のため、上へ下へのひどい有様で……。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

 帝都が徹底抗戦のために兵隊をかき集めている頃だった。

 

 アルヌスの基地に、長距離用の小型円盤が一機着陸する。

 

 

「おおー、ここがファルマートかあ……。確かに、魔素が薄いなー?」

 

 降りてきたのは、美しい金髪に碧の瞳をしたやや小柄なエルフだった。

 

 青年のようでもあるし、少年のようでもある。

 

「だが、そのおかげで厳重なシールドなしでも自由に航空機が使えるんだ」

 

 エルフの足元でキュゥべえが何かを説明したようだった。

 

「お前らにもらったこれがなきゃ、魔法を使うのも面倒くさそうだな?」

 

 エルフの左手には小型のガントレットのようなものが装備されていた。

 

「ここの住民は補助なしでも十分に魔法を使えているよ。まあ、君らの認識からすれば極めて低レベルで未発達なものだけどね」

 

「ふーん。まあ、何でもいいけどな」

 

 エルフは首をひねりながら、キュゥべえに先導されて基地内を歩いていく。

 

 

 やがて、着いたのはダンバインが収納されている格納庫だった。

 働いていたエルフやドワーフは、見慣れぬ顔に怪訝そうな表情を浮かべる。

 

 エルフであるのはわかるが、雰囲気や顔つきがどうも違う。

 新参の若いエルフはコアンの森のエルフたちと比較すると――

 良く言えば都会的。悪く言うのならやや軽薄な雰囲気であった。

 

 

「やあやあ、諸君。ダンバイン3号機のパイロットを連れてきたよ」

 

 キュゥべえが格納庫を見回して、宣言するように言った。

 

「3人ですと?」

 

 反応してやってきたのは、ダークエルフのヤオだ。

 炎龍討伐のため、キュゥべえの配下となって訓練を続けている彼女にとっては極めて重要なことである。

 

 以前より、

 

「3人のパイロットがそろえば、討伐計画を実行する」

 

 と言われてきたのだ。

 

 

 テュカが任されているアクアブルーの1号機。

 ヤオのネイビービルー塗装の2号機。

 そして、パイロットを待っていたダークグリーンの3号機。

 

「紹介しよう。彼はゼル。こことは別の大陸からスカウトしてきた」

 

 キュゥべえは新参エルフのかたに乗り、皆に紹介をする。

 そんな新顔を見て、ヤオは若干拍子抜けしたように肩をすくめた。

 ゼルを見てヤオが抱いた感想は、

 

「若造」

 

 の一言だった。

 

 実際に年若いテュカと大して変わらない年齢だろう。

 雰囲気や顔つきが違うのも当たり前ではある。

 人間である自衛官たちには、雰囲気が違う程度の差だったが……。

 同じエルフながら、人間でいえばアジア系とアフリカ系のようなものだった。

 

「どーもっす」

 

 ゼルは軽薄そうな挨拶をして、3号機のほうに案内されていった。

 

「……あれ、大丈夫なのかな?」

 

 1号機のそばで整備を見学していたテュカは疑問を口に出していた。

 

 同種とはいえ、ある意味ドワーフや人間以上の『よそ者』である。

 個人的な意味での好みからも外れていた。

 

「あの……別大陸って、聞いてないんですけど?」

 

 テュカに付き合っていた伊丹は、近くのキュゥべえに囁いた。

 

「ああ。言ってなかったからね」

 

 応えるキュゥべえはあっさりとしたものである。

 

「ちょうどいい機会だし、後で説明しようかな」

 

「そう願いますね……」

 

 やはりこの生き物とは友人になれそうにない、そう思いながら伊丹は嘆息するのだった。

 

 

 そして。

 

 

 キュゥべえが自衛隊に、説明したところによると――

 

 ファルマート大陸から1万キロ近い海上を西に進んだ個所。

 そこに第2特地とでもいうべき、大陸がある。

 ここの地域に住む生態系はファルマートよりも過酷というか、危険なものだった。

 日本人の感覚からすれば、怪獣としか言いようのない生物が多数生息。

 

 その代表的なものを上げると……。

 

 凶悪な火炎ブレスを吐く巨大な飛竜リオレウス。

 頑丈でこれまた凶暴な巨大猿ババコンガ。

 ゴムのような特殊な皮膚を持つ毒怪鳥ゲリョス。

 群れを成して獲物を狩るギアノス。

 ステルス能力を持つカメレオンのようなオオナズチ。

 文字通り山のような頭足類に似た超大型怪生物ヤマツカミ。

 堅牢な巨体を誇り、まさに大怪獣という姿のラオシャンロン。

 

 その他無数に生息する異常な生物群はキリがなかった。

 一部のデータを見せられただけで、自衛官たちは途方に暮れてしまったほどである。

 

「よくこんなところで、文明が築けているもんだ……」

 

 会議に出席していた自衛官はそんなつぶやきを漏らした。

 しからば、第2特地にはエルフのどんな致命的生命体がいるのか?

 それは、ある意味モンスター以上に多種多様であった。

 

 人間をはじめとして、エルフ、獣人、妖精、魔族とファルマート以上のごった煮状態。

 ファルマートでは人間種の帝国が中心となっているが――

 あちらでは、ファンタジーゲームのような文化圏ながら、選挙で為政者が選ばれている。

 モンスターだらけで危険ではあるが、一定の治安は保たれているようだった。

 また、高いレベルの魔法なる技術がある。

 そのおかげで、中世ヨーロッパっぽい文明ながら、けっこう快適らしい。

 

「俺、あっちに行きたいかな……」

 

 などとつぶやきを漏らすオタク自衛官もいたりした。

 

「まあ、少なくとも帝国の連中よりは話がスムーズにいったよ」

 

 キュゥべえはそう言って報告を終え、向こうに派遣する人員についての会議を始めた。

 一方の自衛官たちは頭が痛めたが、嘆いてもしょうがない。

 

 

 会議が終わり一段落ついた頃、新たにやってきたエルフ・ゼルは、

 

「ええーーっ!? ここにはサキュ嬢がいないのかよ!?」

 

 露骨に残念そうな声で叫んでいた。

 

「さきゅじょう? なにそれ」

 

 雑談をするうちに意気投合した伊丹は、聞き慣れぬ言葉に首をひねる。

 話を聞くと、要するに娼婦のことらしい。

 あちらでは、そのへんがかなり寛容というか充実していることがわかる。

 

「うーん。ここじゃ、そういうのは難しいなあ……」

 

「ええーー。マジかよ、じゃどうやって処理してんだ?」 

 

 そんな下世話な中学生的会話に、テュカを初めとする女性陣は呆れている。

 

「ちょっとヨージィ? そういうことに首を突っ込まないの」

 

 話が白熱しかけた頃あいに、冷めた顔のロゥリィ・マーキュリーが口を挟んだ。

 

「……うお!?」

 

 ロゥリィを一目見るなり、ゼルは化け物にでもあったような顔で後ずさる。

 一瞬の見つめ合いの後、ロゥリィは黒いハルバードをゼルに突きつけた。

 

「何か、失礼なこと考えたでしょぉ?」

 

 図星であったのか、ゼルは青い顔のままダラダラと冷たい汗を流していた。

 

 

 

 

 



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06

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

 人間は自分を創造した神を想定し、崇拝している。

 キュゥべえたちにとっては不可解なことではあったが、理解できないことでもない。

 何故なら、人間でいう造物主にあたる存在が彼らにも存在するからだ。

 

 だが、それに関するデータはない。

 

 キュゥべえが創造された時から、造物主に関するデータは何もなかったのだ。

 何故、造物主がデータを入力しなかったのかはわからない。

 

 代わりに、いくつもの技術力とサンプルだけがあった。

 

 現在さまざまな用途で使用されている機械・モビルスーツ。

 そのオリジナルと言えるものは、18メートルという異様なサイズだった。

 データ通りに作成してみると、それはもう色んな欠点・改良点が出てきたものである。

 試行錯誤を繰り返すうちに、人間にもっとも近い2メートルサイズに落ちついた。

 

 他にも、戦艦のサラミスは大気圏内の活動ができないというものだったり、空間跳躍機能がなかったりとずいぶん困ったもので、今では形以外原型を留めない。

 

 また、『人間』そっくりのアンドロイドもある。

 

 その用途によってこれまた千差万別で、キュゥべえに理解できない点も多かった。

 ただ、世話をする相手の八兵衛には評判がよく、色々データが得られた。

 

 そもそも、キュゥべえたちは八兵衛を補助するために造られたわけだが。

 

 当初はその意図に従い、活動していた。

 彼はしばらく専用の宇宙コロニーで生活をしていたのだが、やがて――

 

「もうちょっと別の世界を旅してみたい」

 

 と、専用に造らせた個体のキュゥべえを数体連れて去っていった。

 どうやら、違う空間・次元へと移動したらしい。

 

 残されたキュゥべえたちには、

 

「お前たちは俺の故郷を守ってやってくれ」

 

 そう言い残して。

 

 また、自分は死んだことにしてくれとも言っていた。

 その意図はわからない。

 

 ただ、やることもないので残された指示どおり、地球にやってきたわけだ。

 八兵衛の言う故郷とはすなわち日本国のこと。 

 そして、そこに住まう民を指すのだとは本人から説明された。

 

 さらに八兵衛はかつて使えた主人の影響により、

 

「天皇こそ日本の中心であり、もっとも重要なる存在」

 

 だと考えていて、キュゥべえにもそう説明していた。

 

 キュゥべえが日本を制圧したのは、このまま人間にまかせていると、皇室も破滅しかねないと判断したためである。

 皇室のみならず、日本国そのもの、その国民も危ないと計算に出た。

 だからこそ、入念に準備を進めて計算通りスムーズに日本を制圧した。

 

 反発はあったが、無視しても構わない範囲である。

 

 

 さて問題はないかと思っていた矢先、異世界の扉が開き、別宇宙の生物が攻めてきた。

 ほとんど殲滅してもかまわない相手だが、まだまだ不理解な人間を知るため、面倒くさいが懐柔や交渉の場を設けたりもした。

 

 敵となる帝国の主要種族は地球人のコーカソイド種族と共通の遺伝子を持つもの。

 要するに人間で、あまり興味はもたれない。

 

 だが、その他に驚くほど多種の知的生物がおり、そこにキュゥべえは目を引かれた。

 

 なのでまあ、そのついでとしてダラダラと無駄な時間を使ってきたわけだが。

 しかし、別大陸の調査により、それも急変した。

 

 魔素という元素の利用で発展した独自文明を持つ多種多様な種族群。

 結果、もはや帝国に構う意味はほぼなくなってしまったのだ。

 

 

 

「ふーん。ニッポンって国にもサキュ嬢がいるのか」

 

 アルヌスの基地で、エルフのゼルは自衛官たちといつもの雑談をしていた。

 

 少年のような容姿で美しいと同時に親しみやすい風貌は男女問わず人気があった。

 ただ、話してみるとけっこうオッサンみたいな要素があり、特に風俗好きな点に女性たちは引いてしまうのだった。

 

「ゼルはもうちょっと紳士になったら、もっとモテると思うけどなあ」

 

「いーの、いーの。素人のちゃんねーより、可愛いサキュ嬢がいれば」

 

 伊丹の意見も、ゼルは笑って流してしまう。

 

 ゼルのいた大陸で、魔法によって風俗でも病気や妊娠の心配がゼロ。

 また文化的な違いや多種族のプラス面で、風俗にあまり抵抗がない。

 風俗について回るくらいマイナス面はゼロではないが、少ないのだ。

 

「同じエルフでも、ホントにテュカやヤオと違うなあ……」

 

「そりゃあ遺伝子レベルで色々違うからねえ」

 

 近くにいたキュゥべえが、ゼルの肩に飛び乗る。

 

「遺伝子って……」

 

「向こうではかなり混血が進んでいてね。そういう意味ではゼルは純潔のエルフじゃないよ。人間とか色々混ざっている」

 

「へー……」

 

「ま、だからこそこっちのエルフよりも環境適応他色々優れているんだがね」

 

「ほーん。俺に人間の血がねえ?」

 

 ゼルは少し驚いた程度で反応は薄かった。

 

「環境適応ね……」

 

 聞きながら、伊丹は依然や尾に聞いた話を思い出した。

 

 炎龍に襲われた時、逃げることは考えなかったのか? 

 そう聞いた時だ――

 

 

「ヒトにはできても、エルフには無理だ。エルフにはエルフにあった場所がある。住み慣れた

森から離れることはできない」

 

 

「なあ、ゼルたちもやっぱり住み慣れた森しか住めないのか?」

 

「あン? そういう田舎もんもいるはいるけどよ、今時はまずいねえな。第一、そんな繊細なこっちゃ冒険者なんかやってられねえって」

 

 ゼルは少年のように表情をほころばせ、ケラケラ笑うのだった。

 

「――遺伝子的にも、こちらのエルフとはかなり違う。魔力や筋力の点もそうだね」

 

「なるほど……」

 

 伊丹はついさっき見せられた、ゼルの弓を思い出す。

 

 弓というより小さめのバリスタとでも言いたくなるような代物だった。

 使う矢も、ほとんど短い槍のようだった。

 

 自衛隊員はもちろん、コアンの森のエルフたちは、誰もまともに扱えなかった。

 ゼルはそれを構えながら走り、次々に標的を射抜いていったものである。

 

 また、栗林と腕相撲をしてあっさり勝ってしまったりもした。

 

「骨密度や筋肉の成り立ち自体が違うからしょうがないね」

 

 と、キュゥべえは言っていたが、栗林はかなりショックだったようである。

 

「まあ、文化や遺伝子の違いと言えるが、こちらに比べると精神構造も異なる。例えば精神的

ショックやトラウマを負っても回復が早い。落ち込んでもすぐ立ち直り、現実的な対処をすぐ

考えられる。基本、生物として強いんだな」

 

「まあ、たくましいのはわかるけど」

 

 キュゥべえは、第2特地のエルフをかなり評価しているようだった。

 いや、エルフというより、あちらの種族全体を。

 

「残念ながらこちらのエルフは亜種も含めて、繊細に過ぎる。コミック風に表現してみたら、貧弱貧弱WRRRRYYYYだよ」

 

「それじゃ吸血鬼じゃん……」

 

 思わぬオタクネタを口にするキュゥべえに、伊丹は即突っ込んだ。

 

「吸血鬼かあ、あれもサキュ嬢だとけっこうなババアばっかなんだよなあ」

 

 と、ゼルは嫌なものでも思い出すようにつぶやいていた。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

「ふううん。あれが巨人の乗り物か……」

 

 アルヌスの基地では、炎龍駆除の用意が着々と進められていた。

 オーラバトラーとそれを運ぶオーラマシンの最終調整が行われている。

 遠目からそれを見つめる老年の男は、何かを確かめるようにつぶやいた。

 

「話とは何だい?」

 

 やがて、男の足元に1体のキュゥべえが音もなく現れた。

 

「炎龍征伐は、エルベ藩王国の領地に巣くっておるのであろう」

 

「そうだね。ま、炎龍さえ駆除できれば問題はないので、君の国をどうこうする気はない」

 

「ふん」

 

 男は鼻を鳴らして、無表情な白い生き物を見る。

 

 名前はデュラン。身分は、エルベ藩王国国王。

 アルヌスの戦いで敗れ、捕虜となっている。

 

 元はただの一兵卒と名乗り、身分を偽っていたが――

 数日前からキュゥべえに素性を明かしていた。

 そして、キュゥべえもまたエルベ藩王国については調査を進めていた。

 

「エルベでは王太子が国政をやっておるようだが、儂が無事であっても喜ぶまい」

 

「まあ、そうだろうね」

 

「ふん、お見通しか。で?」

 

「古い友人たちの力を借り、有力貴族をまとめ国を取り戻す」

 

「それで僕らに協力しろと言うのかい? 虫のいい話だね」

 

「炎龍征伐のため越境の許可を出すぞ」

 

「人間たちに知られずに潜入して、知られないまま帰る。それは簡単なんだけど?」

 

「やれやれ……。可愛げのない連中じゃ」

 

「よく言われるよ」

 

「ふん。で、何が欲しい?」

 

「さて……君たちの国の資源をある程度調べたが……。まあ、特に興味を引くものは――」

 

 言いかけて、キュゥべえは不意に黙り込んだ。

 

「どうした?」

 

「ふむ……。君たちの国ではキノコをよく食べるそうだね」

 

「む? ああ、よく採れる森が多いが。まさかキノコが欲しいというのか?」

 

「いや、僕らはいらないが――ふむ。いいだろう。お家騒動に加わってあげるよ」

 

「何じゃ、急に……」

 

 いきなり態度を変えたキュゥべえに、ディランはいささか不気味に感じたようだ。

 

「さて。そうとなるとわざわざ隠密行動をとる必要もないか。君も帰国の準備をしたまえ」

 

 そして、デュランは用意された着替えをしてキュゥべえや自衛官たちと話すことになる。

 

(まったくよくわからん連中じゃ……)

 

 とはいえ、敵対する愚策はありえない。

 

 圧倒的な武力で諸王国軍を蹴散らしたキュゥべえ。

 

 そればかりではなく、片腕片足を失ったデュランはあっさり治療された。

 まるで最初からそうであったかのように、手足が再生されたのだ。

 それも、ごくわずかな時間で。

 

 健康状態は捕虜になる前より良くなってしまったほどである。

 戦闘のショックで真っ白になった髪も、元に戻されてしまった。

 

「その片目の損傷も治療するかい?」

 

 昔失った片目のほうも治すかと問われ、それは何か嫌で断った。

 過去の武勲すら消えてしまうような気がしたからだ。

 

 ふとデュランが上を見ると、キュゥべえたちの戦艦が浮かんでいた。

 

 まるで刃物のような形をした異形の空飛ぶ船。

 はるか上空にいても、その山のような巨大さがわかる。

 さらにあの中には、ザクとかいうもの言わぬ一つ目の鉄騎兵がひしめいているのだ。

 

 おまけに、船は1隻だけではなかった。

 空に、10を超える数が留まり、出撃を待っている。

 

「増えておるではないか……」

 

 つい昨日まで1隻であったのに、今は10隻以上だ。

 

「ああ、スターデストロイヤーが気になるのかい?」

 

「それがアレの名前か」

 

「まあ、形式名というのかな。訳すると星を壊す者、となる」

 

 なるほど、らしい名前だった。

 

「作戦行動時は、あれを5隻使う。まあ、必要ないだろうが戦力の逐次投入は避けたい」

 

「む……」

 

 あんなもの、1隻来ただけで国は土下座しかねない。

 それが5隻とあっては……。

 ある意味自分は幸運だったと、デュランは腹の底から思わざるえなかった。

 

 

 

「では、これより炎龍駆除作戦を開始する――」

 

 キュゥべえの声にもと、整列した自衛隊員、そして様々な種族の協力が並ぶ。

 ダンバインはそれぞれ3隻のオーラシップに1機ずつ搭載された。

 

「では、伊丹二等陸尉及び第3偵察隊はテュカについてくれ」

 

 その他、整備要員としてドワーフやエルフが同乗。

 残りの2隻も同じような組み合わせでそれぞれ決まった。

 

「では、行こうか」

 

 こうして高高度を戦艦が進み、オーラシップは違うルートからやや低空で進み出した。

 

「炎龍退治なんて、本当にできるのかなあ……」

 

 伊丹たちの船に乗ったドワーフが不安そうに言った。

 ファルマートに住まう生物にとって、炎龍は天災に等しい。

 

「前線で戦闘に参加するのはダンバインだから心配ない。それに、この船のオーラバリアは、炎龍のブレスにも耐えられるよ。テストで実証済みだ」

 

「あんたらがそう言うのなら、信用するけどよお……」

 

 それでも、キュゥべえ以外の者には緊張や恐怖が見られた。

 

「…………」

 

 テュカは専用の操縦服を着たまま、ずっと黙り込んでいた。

 時折、険しい表情爪を噛む。

 まるで戦闘が待ちきれないという状態だった。

 

「……まさか、彼女に変なことをしたんじゃないよな?」

 

 伊丹はこっそりとキュゥべえをつついた。

 

「してないと断言するよ。ダンバインの性能を知ってから、こういう状態になってきた」

 

 美しいエルフの少女は明らかに憎悪の炎を宿していた。

 絶対太刀打ちできない相手に与えられた絶望。

 それならば、心は壊れていったかもしれない。

 だが、キュゥべえの存在と技術を炎龍を天才から単なる害獣に貶めていた。

 空を飛び、岩をも切り裂く剣を持つダンバイン。

 

(これなら勝てる。炎龍を殺せる……!)

 

 その力を確信して、テュカのトラウマは強烈な怒りと憎しみに変わっていた。

 

 一方、一番先頭を行くオーラシップに乗るヤオは――

 進路を確認しながらも、呼吸を整えていた。いつでも出撃できるように。

 

 そして一番最後尾の船。

 ゼルは持ってきた自分の弓を手入れしながら、雑談をする余裕さえあった。

 

 弓矢はさらに改良がくわえられ、炎龍の鱗に通用するものになっている。

 まさか生身で挑む気もないが、準備は怠らない。

 

 彼はそれまでの経験上炎龍と似たようなモンスターと幾度となく戦っている。

 逃げたりすることもあったが、それでも生き延びてきた。

 余裕も、長年の経験値のなせるものであったのだ。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

 やがて、ヤオの進言の元オーラシップはシュワルツの森にきた。

 

「2か月以上の旅があっという間か……」

 

 ヤオはつくづく噛みしめるようつぶやくのだった。

 

 地形を確認した後は、ダークエルフたちの避難するロムルド渓谷に向かう。

 旅人を拒むような難所だが、空を行くオーラシップには無関係だ。

 オーラシップが降りられるそ場所をそれぞれ選び、3隻が一定距離を置いて着陸。

 

「待っていてくれ。仲間に報せてくる――」

 

 その後ヤオがキュゥべえを肩に乗せ、渓谷を降りていこうとするが、

 

「いや、時間が惜しい。MSに運んでもらおう」

 

 と、H型グフにヤオとキュゥべえを抱かせて、谷を降下していった。

 

「では、非戦闘員は念のためにオーラシップに乗っていてくれ。周辺警備はMSに」

 

 オーラシップ周辺をザクやアッシマーが固め、他にもボールが飛び交う。

 

「……緑がほとんどない」

 

 モニターで渓谷を見ながら、テュカがつぶやいた。

 緑に慣れ親しんだエルフには、心地よいとは言えない環境下だった。

 そんな彼女は時折伊丹へと視線を送り、見つめる。

 正確には伊丹ではなく、伊丹を通した別の誰かを見つめているのだが――

 

「やれやれ……。何だかなあ」

 

 そんなテュカを、ゼルはモニター越しに見ていた。

 あまり感心した顔つきではない。事実、感心していたなかった。

 

 エルフの感覚からすれば、ほとんど100歳を越えない人間は若々しく感じる。

 ゼルからすると、テュカは心を病んで幼児に依存しているようなものだった。

 まして30代の伊丹など子供のようなものだ。

 生きる時間も感覚も違うとはいえ、肌感覚は慣れない点も多い。

 

 頭では伊丹はすでに成人した男だと理解はしているのだが。

 

「やはり、君と彼女では色々違うようだね」

 

 そばにいたキュゥべえがゼルに言った。

 

「まあ、国も違うしな」

 

「いや、遺伝子的にさ。そもそも、こちらの種族は君たちほどに魔力を感じる力がない。そう魔力を操作したり、知覚したりする感覚というのかな。僕らは便宜上魔力回路と読んでいるがそれが君たちは発達している……。ま、その分マナの劣化を敏感に感じてしまうのだけど」

 

「ほーん」

 

「けど、この劣化というのも正確ではないなあ。堆積とでも言うべきだろうか」

 

「お前の話はゴチャゴチャしてわからねーな」

 

「ま、あまり面白い話でもないようだけど」

 

 そんな話の最中、船内にアラームが鳴った。

 少し遅れて、何かの映像が展開表示される。

 

「ダークエルフだな」

 

 映像を見て、ゼルは若干拍子抜けした顔になる。

 ゼルたちのオーラシップに、弓を構えたダークエルフたちが接近していたのだ。

 

「ふむ。ヤオから得られたデータから推測する分には、彼らは脅威にはならないな」

 

「でも、敵になるために来たんじゃねーだろ?」

 

「まあね。僕らの目的はあくまで炎龍の駆除だけども」

 

「話の分かるお姉ちゃんがいない時にめんどくーせなー……」

 

「見たところ、すぐさま攻撃したり近づいてくる気配はないようだね」

 

「やれやれだぜ」

 

 ゼルは鬱陶しそうにつぶやき、モニター越しにダークエルフたちを睨むのだった。

 

 

 

 その頃――ヤオたちは。

 

「止まれ!! 貴様は何者だ!!」

 

 空を自由に浮遊しているグフとヤオ。

 それにダークエルフたちの威嚇の矢、そして怒声が浴びせられていた。

 

「待て!! 同胞よ、待ってくれ!!」

 

 射られそうになったヤオは、グフに捕まったまま必死で叫ぶ。

 

「あれは……ヤオじゃないか!?」

 

「戻ってきたのか!? 不運のヤオが!?」

 

「すると、あの空飛ぶ戦士は……!?」

 

 ダークエルフたちは弓を降ろし、顔を身わせてざわつくのだった。

 

 

 そんなすったもんだを経て、ヤオたちはダークエルフの長老たちのもとへ。

 

「おお、あなたが噂に名高い白き種族ですか!?」

 

「よくぞおいでくだされた!」

 

「まあまあ。時間が惜しいから、挨拶は後にしようじゃないか」

 

 歓迎する長老たちを制して、キュゥべえは説明を開始した。

 

 

「――何と、武器をお借りするとはいえ我ら自身の手で炎龍を……」

 

「対炎龍の装備は整えてあるので、高確率で…………ふむ」

 

「い、いかがなされたか?」

 

 急に黙り込むキュゥべえに、長老たちは不安がる。

 

「目標の炎龍が来たようだね」

 

 

 

 同時刻。

 

 オーラシップのほうでも、炎龍の接近を確認していた。

 

「出撃準備!!」

 

「テュカ、気負いすぎるなよ!? 訓練通りやればいい!!」

 

 そして、オーラシップからダンバインが飛び立っていく。

 

<目標接近中、あと50秒で視認可能になる>

 

「了解……!!」

 

「やっと実戦だぜ!!」

 

 1号機が剣を抜き、3号機が腕に装備されたボウガンを準備した。

 

<目標確認!!>

 

「来たな!!!」

 

 まっしぐらに飛来してくる赤い龍に対して、1号機は真っ向から飛びかかっていった。

 

「アホか!? 馬鹿正直すぎるだろ!? もっと間合いを取れよ!!」

 

 ゼルは毒づきながら、ボウガンで援護射撃を開始。を

 

 近づいてくる甲虫のような巨人に対して、炎龍は戸惑ったようだった。

 だが戦意は衰えず、灼熱のブレスで迎撃する。

 

 瞬間、1号機は透明の球形に包まれた。

 

<1号機、オーラバリア展開! ブレスによるダメージなし>

 

「すげえ……!!」

 

 まるで特撮映画のような戦いに、伊丹たちは息を呑むしかなかった。

 3号機のボウガンは炎龍の翼を撃ち抜き、落下していく目標へ1号機が斬りかかった。

 それを振り払おうとする炎龍の腕を、ダンバインの刃は苦もなく切断する。

 

「炎龍の鱗をあんなに簡単に……」

 

「造っておいてなんだけど、すごすぎるだろ……!?」

 

 エルフやドワーフたちは今さらながら、オーラバトラーの力に震撼していた。

 

「けど……」

 

 自衛隊員たちは、若干不安げな顔でダンバインの動きを見ていた。

 突出しすぎる1号機のせいで、3号機との連携が取れていないのだ。

 

「あれじゃ、せっかくのロボットも意味ないですよ……」

 

 栗林は頭を押さえて、動向を見つめる。

 

「テュカ!? 落ち着け、近づきすぎるな!」

 

 伊丹は通信で呼びかけるのだが、テュカは応えない。

 

「かなりの興奮状態にあるようだね。これは少し計算外だったかな」

 

 キュゥべえは相変わらず淡々と首をかしげるばかり。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

「何という失態……! 出遅れるとは!!」

 

 テュカの1号機が炎龍とのドッグファイトを繰り返している時、ヤオの2号機が発進した。

 

「ゼル!! 戦況はどうなっているか!?」

 

<あのねーちゃんが突っ込みすぎでうまく射撃できねー! 下手すりゃ当たっちまう>

 

「なんと……」

 

 ゼルの言う通り、1号機は完全に1対1で炎龍と戦っていた。

 

 バリアによってブレスを防いでいるのだが、決定打も与えられていない。

 腕を落とし、いくつもの傷を負わせている。

 だが、頑強な龍を絶命させるほどではないのだ。

 

「なんだ、あの巨人は……!?」

 

「神の使徒か……?」

 

「炎龍と互角に戦うとは…………」

 

 谷間で見上げるダークエルフは、目の前の光景にうろたえるばかりだった。

 いや、魅入られているといっても良い。

 

「まずいね、テュカの魔力回路にかなり負荷がかかっている。ちょっと飛ばしすぎだ」

 

「それじゃ、どうなるんだよ!?」

 

「死にはしないだろうが、気絶するかもしれないね」

 

「……なんてこった!」

 

 伊丹は歯噛みするが、すぐにダンバインに連絡を入れる。

 

「ヤオ、ゼル! 援護してくれ! テュカが限界だ!!」

 

<心得た!!>

 

<了解! まったく、しょうがねーヤツだ!!>

 

 2号機、3号機がすぐさま飛んだ。

 

「うわあああああああああああああああ!!」

 

 そして、振りかぶった1号機が炎龍の胸板を斬る。

 だが、浅い。

 新たな傷を受けた炎龍が怒りを滾らせ、ブレスを吐いた。

 これもバリアが防ぐが――

 

「うう……!?」

 

 テュカは急激に視界が暗くなるのを感じた。

 同時に、四肢から力が抜けていくのも。

 操縦者の不調により、1号機はバランスを崩して降下しはじめる。

 

 その隙に、炎龍は文字通り尻尾をまいて逃げ出すのだった。

 

「テュカ!!」

 

 降下し続ける1号機を、2号機が支える。

 

「この野郎!!!」

 

 逃げる炎龍の背中に、3号機がボウガンを命中させた。

 巨大なを突き立てられながらも、炎龍は必死で羽ばたき遠ざかっていく。

 

<ゼル、深追いはするな!>

 

「あいよ……。やれやれ、ま、初戦としちゃあ上出来か?」

 

 ゼルは伊丹の声に応えた後、3号機をオーラシップに戻すのだった。

 

「あの炎龍が逃げた……」

 

「夢を見ているのか……?」

 

 ダークエルフたちは呆然として、何をするでもなくダンバインを見つめるばかり。

 

 

 

 その後。

 

 長老たちの招集により、谷に避難していたダークエルフたちは一所に集合していった。

 

 ――白の種族が炎龍を追い払った!

 ――鉄の巨人を操り、傷まで負わせた!!

 

 その事実はダークエルフを勇気づけ、忘れかけていた希望を思い出させた。

 集まったダークエルフは、オーラバトラーに感嘆し、中には落涙する者も。

 

「何と……!! エムロイの使徒までが!?」

 

「リンドン派の魔術師までも!?」

 

 ダークエルフたちの相手は、今まで影の薄かったレレイやロゥリィがすることに。

 

「……というか、君たちは重要人物だから危険地帯に来てほしくなかったんだけどねえ?」

 

「のけものにしようたって、ダメよぉ?」

 

「……心配」

 

「やれやれ……」

 

 もっとも、彼女たちは駆除部隊というよりは伊丹にひっついてきたようだ。

 

 

 

 一方、伊丹たちも色々と困難に行き当たっていた。

 

「テュカは……?」

 

「バイタルは安定している。すぐ目を覚ますよ」

 

「やっぱり彼女、普通じゃなかったですね……」

 

「彼女を操縦者にしたのは、良くなかったんじゃないかなあ……」

 

 黒川や栗林は難しい顔でテュカの寝顔を見ている。

 

「だけど、もしも今の状況になかったら……テュカは壊れていたかもしれない」

 

 伊丹はそっと濡れタオルを載せながらうつむいたまま言った。

 

「ぶっちゃければ、違う意味で狂っていたかもしれないんだ」

 

「ま、短絡的な方法だけど、結局炎龍を殺すしかねーってことか」

 

 見舞いに来ていたゼルの言葉が全てだった。

 

「しかし、ダンバインのボウガンはすげえけど、曲射や連射がきかねえのがなあ……。魔法と併用もできねーし。できてりゃ今頃仕留められたんだ」

 

「何しろ僕らは魔法の技術に疎いからねえ」

 

「逆に言えば、よくあんな状態でまともに戦えたもんだよな……」

 

 伊丹は苦笑して頭を掻く。

 

「それだけ相性が良かったってことだろうね。逆にそれ故にテュカの感情を暴走させた可能性

もある。所詮は実験機だったか。パイロットに左右されすぎる」

 

「けど、テュカが安定すれば次はいけるってことか……」

 

「どうやって安定させるんだよ?」

 

「うーん……」

 

「それは君たちの役目だろ。主に伊丹の」

 

「え!?」

 

 キュゥべえに言われ、伊丹はギョッとする。

 一同はウンウンとうなずく。伊丹を除いて。

 

「ま、がんばってくれたまえ」

 

 キュゥべえは伊丹の肩に乗り、淡々と言うのだった。

 

 

 

 

 

 



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07

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

「安定すれば……か」

 

 眠るテュカを見つめながら、伊丹は自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。

 

「逃げた炎龍にはマーキングがされてるから、いつでも追える」

 

 と、キュゥべえの弁。

 

 ダークエルフの長老たちと打ち合わせをしてから、明日に備えての準備となった。

 

「……で、このように魔法を構築すると――こうなる」

 

「なるほど、効率的だ!」

 

 伊丹らの横では、レレイとゼルが魔法についてあれこれと談義している。

 

「ふーん! 俺は使えりゃいいってんで、魔法は感覚的なもんだったなあ……」

 

「人間はあなたたちほど豊富に魔力を扱えない。だから、工夫する」

 

「そっかー。俺もちゃんと魔法を論理的に理解しないとダメだな」

 

 ゼルはレレイの講義に感銘を受けたらしく、しきりにうなずいていた。

 

 

『決戦は炎龍の巣穴になるだろう』

 

 

 先の会議でそう結論づけられている。

 

 

「しかし人喰い龍の巣か。ゾッとしねえな」

 

 ゼルはため息を吐くが、その態度にはあくまで余裕が見えた。

 

「参考までに、似たような経験は?」

 

「まあ、ティガレックスとかリオレウスとか、色々な……」

 

 伊丹の質問に、ゼルは指を折って数える。

 

「採取したデータによるとこんな感じだね」

 

 キュゥべえの眼から、映像が映し出されるとゼルを除く一同は戦慄した。

 炎龍に勝るとも劣らない化け物だと、映像でもわかる。

 

「あなたは、こんなものと何度も戦ってきたのか……?!」

 

「いや、別に俺一人じゃねえし。仲間もいたぜ」

 

 称賛の声に、ゼルはあまり感じ入った様子も淡々としていた。

 

「クールだな……」

 

「まあ、彼らの基準からすると脅威ではあるが、絶対倒せない相手でもないしね」

 

 ついそばのキュゥべえに話しかける伊丹への返答もクールだった。

 

「個人でああいう生物を駆除できる者もいる」

 

「……マジで?」

 

「ああ、勇者ユウティ。正式名はユウティ・ペペ。この人物だ」

 

 伊丹の前に小さな画像が現れる。

 

 ド〇〇エの勇者みたいなサークレットをつけた美しい女性。

 いや、少女のようにすら見える若々しさだ。

 

 やがて映像はユウティが一人巨大な怪物と戦っているものとなる。

 

 ティガレックス。

 前肢に翼を生やし、這いつくばるような姿勢の龍種。

 その顔つきは、古代のT-REXに似ていた。

 体長は軽く20メートルはあるだろう。

 

 そんな文字通りの怪物に、ユウティは剣一つで立ち向かっていく。

 まるで神話の1ページみたいな光景だった。

 

「ちなみに、こいつは……」

 

「鱗などの頑強さは……個体にもよるが、この映像に出ているやつは炎龍と同じくらいの強度だと認識していいね」

 

「……マジかよ」

 

 データによると、炎龍の体皮は12.7mm重機関銃でさえ弾くという。

 それと同等の相手を傷つける武器とはどんなものか――

 

 おまけに、自分よりもはるかに巨大な怪物を狩りのように追い詰める女勇者。

 

「彼女が所持しているのはミスリル合金だね。ミスリルをベースにしたもので魔力を増幅する

効果がある。ドワーフが技術を駆使して作ったものらしい」

 

 やがて、映像のティガレックスは尾を切られ、首筋を切られ、絶命した。

 

 その前に立って、汗をぬぐうユウティ。

 疲労しているようだが、大きな傷は負っていないようだ。

 

「……彼女を助っ人に呼ぶとかできなかったり?」

 

 そのけた外れの戦闘力に、伊丹は冗談めかして言ってみた。

 

「彼女はあちらの宗教――フラスパ教団の関係者でね。ま、彼女自身が戦略兵器みたいなもの

だから、おいそれと大陸外には出れないんだ」

 

「宗教ねえ……?」

 

「何しろ多くの種族に関係しているものだからねえ。地球のそれとは規模も歴史も違う」

 

 興味深いが、危険でもある――と、キュゥべえは尾を振った。

 

「危険なのはモンスターだけじゃないってことか……」

 

「それは地球も同じようなモノだと思うがね」

 

「まあ、確かに……」

 

 このような会話が続いている最中、眠っていたテュカがうなされ始める。

 

「うああああああ!」

 

 そして、エルフの少女は唐突に跳ね起き、周りを見回す。

 

「お父さん! 炎龍が! だ、ダンバインはどこ!?」

 

「落ちつけ、テュカ! 炎龍は逃げた! ここは安全だ!!」

 

「あ……」

 

 テュカは父と呼んでしがみついた伊丹を見つめ、何か絶望したような顔を見せる。

 

「そっか……そうだったよね」

 

 何かブツブツ言いながら、テュカは爪を噛み始めた。

 

「こりゃまずいかもな……」

 

 憔悴した同族の少女を見ていたゼルは、困った顔で首を振った。

 そして、伊丹を見るがまだテュカがしがみついているのを見ると、

 

「しょうがねえ。おい、キュゥべえさんよ」

 

 と、キュゥべえに手招きしてその場を離れていった。

 

 

 離れたゼルは、ヤオも呼んで小さな声で話し始める。

 

「あのお嬢さん、かなりやべーぞ。下手すりゃまた今度も暴走しかねねえ」

 

「……それは困る。困るぞ。炎龍討伐を失敗させるわけにはいかぬのだ……!」

 

「伊丹の影響下だと比較的落ちついているからね。彼にまかせてみては?」

 

 困り顔のエルフたちに、キュゥべえは淡々と言う。

 

「まあ、オーラバトラーは二人乗りできるほどの広さはないし、どう影響するかわからない。けど、できるだけ近くで援護してもらう方法はあるよ」

 

 

「まさか、ダンバインの手に乗せるとでもいうのか?」

 ヤオは渋い顔だ。

「不可能じゃないが、現実的でもないね。それは。もちろん違う。伊丹がダンバインに――」

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

 翌朝。

 

 テュカはまだ暗い早朝からいち早く起き出し、装備品を手入れをしていた。

 

 ダンバイン搭乗時のスーツやヘルメット。

 これもドワーフらの技術で作られており、鎧としても使える。

 

 やがて起床した一同はオーラマシンのチェックを終え、出発前の準備を急いでいたが――

 

 

「今回の作戦は、伊丹もテュカに随伴してもらう。これを着たまえ」

 

 キュゥべえは四角いコンテナを指して言った。

 

「きる?」

 

「装着とも言えるかな」

 

 コンテナが開くと、ガションと音を立てて白い金属が歩き出してきた。

 

 それは、白を基調としたトリコロールカラー。

 ザクとは全く異なる、V字型のアンテナと二つの目を持つモビルスーツだった。

 

「いや、着るって……」

 

「安心したまえ、これは人間が着るために造られている」

 

 と、白いMSが展開して、確かに人間が着られるような状態になる。

 

「こりゃ、ほとんど鎧だな。フルプレートだ。すげえ重そう」

 

 ゼルは白いMSを見て苦笑する。

 

「っていうか、完全に趣味(オタク)の世界だねえ、これは……」

 

 栗林が生暖かい眼でそう言った。

 

「そういう心配はない。さあ伊丹、装着するんだ。そのままでいける。靴もOKだ」

 

 キュゥべえに促され、やむなく着こむ。

 ガショガショと音をたてて変形し、装着完了となっていった。

 

「なんか……こういうアメコミ映画見たなあ」

 

「ああ、アレ面白かったね」

 

 倉田と栗林はのんきにそんな感想を言い合っている。

 

「どうかな、よろしくない点などあるかな?」

 

「いや、動作にも問題はない……。武装は……ビームライフルにサーベル?」

 

「専用のシールドとバズーカもあるよ」

 

 と、キュゥべえはコンテナを耳毛で指す。

 なるほど、そこにはガンダムの武装がしっかりと用意されていた。

 

 赤いシールドには、キュゥべえの顔マークという脱力ポイントがあったが。

 

「それを装着していれば、飛行も可能だ。ダンバインと行動できるよ」

 

「邪魔になりそうな気もするけどなー……。って、俺が飛ぶの!?」

 

 モビルスーツを着たまま、伊丹は首を傾げた。

 

「大丈夫だよ、AIも補助するから」

 

「いよいよアメコミヒーローみたいになってきたな……」

 

「でも、かっこいいっすね。俺も着たいなー」

 

「同型機じゃないが、空自にも高機動用のものを配備する予定だよ」

 

陸自(うち)には?」

 

「陸戦用のものを配備するよ」

 

「やった!」

 

 倉田は興奮しながら、子供みたいな反応だった。

 

「では、そろそろ出発だね――」

 

 キュゥべえの声と共に、全オーラマシンが空を飛ぶこととなった。

 3機のダンバインは先頭を2号機、真ん中を1号機、最後尾が3号機という編成。

 

 テュカは口数は少なかったが、いくらか落ちついた様子であった。

 1号機の横には、伊丹の白いMSが並んでいる。

 

「何だか、変な感じ」

 

 横を飛ぶ伊丹に、テュカは微笑したようだった。

 多少張り詰めたものがほどけているようで、伊丹はわずかに安堵する。

 

「そういやあ、この機体って名前は?」

 

 ふと伊丹は通信で質問した。

 

「RX-78・ガンダムだよ」

 

「ほー」

 

「気に入ったかい?」

 

「まだ飛ぶのは怖いけどね。でも、プラモがあったら欲しいくらい」

 

「ふーん? プラスチックモデルか。需要があるのかな?」

 

「あると思うよ。ザクやドムも渋いデザインだし――」

 

「そうか、需要があるのか」

 

「……?」

 

 そんなキュゥべえの反応を珍しいなと伊丹が思っていると、

 

「イタミ! ダンバインの手に乗って?」

 

 飛びながら、テュカの通信と共に手を差し出してくる1号機。

 

「……ま、いいけど」

 

 大型ロボットの手に乗って飛ぶ――これもまた、少年の夢みたいな光景だった。

 

 その後も、テュカは何かと伊丹に話しかけてきた。

 どうやらそのほうが落ち着くらしい。

 

 

 そして。

 

 

 オーラマシンは炎龍の棲むテュベ山へと到着したのだった。

 ダークエルフの情報と監視用の探査ロボット。

 それらを合わせて、炎龍は火口の岩棚につながる洞窟に巣を作っているらしい。

 

 オーラシップは少し遠くで待機して、警備や斥候のMSがMPが飛び出す。

 MA形態となったアッシマーに、RMSー119アイザックが同行。

 

 ダンバインは散開して岩陰に潜伏となった。

 

「炎龍は周辺で獲物を探しているようだね」

 

 キュゥべえは上空にある円盤からの情報を展開しながら言った。

 同時に、アイザックから送られてくる映像を、レレイが確認している。

 

「幼龍はいないようだね。卵の残骸を回収中だよ」

 

「近くに……いる?」

 

「周辺のMSやMPから報告はないね」

 

「てっきり子供を育てているのかと思ったけど……」

 

「どっちにしろ繁殖されたら厄介な生き物だ。災害とも言える」

 

「念のために幼龍を警戒したほうがいい」

 

「うん。さて、炎龍だが、いずれ戻ってくるだろうが、時間も短縮したい――」

 

 そこで、キュゥべえは『餌』を放つことしたのである。

 オーラシップから、翼長2メートルほどの鳥が飛びだっていった。

 積み込んであった荷物の中にあったものである。

 

「あんな鳥、いつ捕まえたわけ?」

 

 鳥を目で追いながら、栗林は疑問を口にした。

 

「捕獲したんじゃない。造ったんだよ」

 

「ええ?」

 

「見た目も臭いも本物に近くしてあるが、人造骨格を生体部品で覆ったロボットだ」

 

「ターミネーターみたい……」

 

「ヒューマノイド・インターフェースと同様の技術だね」

 

「あれなら、安全な動物園が作れるわあ……」

 

「そういう需要もあるのかな?」

 

「うーん。恐竜とか絶滅動物とか?」

 

「なるほど。参考になる」

 

 

 鳥ロボットはすぐに炎龍の近くへ向かい、見事に巨大なプレデターを引き寄せた。

 餌を求める炎龍は活きの良い獲物に喰いつき、巣穴まで誘導されていく。

 自分の巣へと逃げ込む餌をどう認識したのか……だが、待っていたのは複数の敵。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

<炎龍接近。総員戦闘準備>

 

 全オーラマシンに、その警報が流れた。

 

「!?」

 

 テュカをはじめとするダンバインのパイロットは、兜をかぶり直す。

 MSを着込む伊丹も、ダンバインの手から飛び立った。

 

<目標接近中。距離…………>

 

 鳥ロボットを追い、炎龍が急降下してくるのを伊丹も確認した。

 

「狙い撃つぜ……!!」

 

 初手を取ったのは、ゼルの3号機だった。

 装備されていたボウガンが、見事に炎龍の翼を貫く。

 

 思いがけぬ罠を受けた龍は叫び、火山へと落下していった。

 だが、飛行能力を損なっても、龍は龍。

 地面に着地して、怒りの咆哮をダンバインに浴びせた。

 

 しかし、ブレスを吐こうとする炎龍をガンダムのビームが牽制する。

 

 赤い怪物は悲鳴を上げてのぞけった。

 ビームは確かに炎龍龍の胴体を貫いたが――

 

「……小さすぎるか!?」

 

 ダメージは確かに受けている。だが即死させるには至らなかった。

 

「挟みこむぞ!」

 

「言われなくたって!!」

 

 悶える炎龍に、エルフたちの駆るダンバインが前後から襲いかかった。

 ダンバインのソードが鱗を切り裂いていくが、龍も前肢や尾を振り回す。

 

<ちょっとガンダムのビーム兵器の出力を抑え込みすぎたかな? ま、対人用に設定したままだからしょうがないか>

 

 切迫した状況の中で、のんきなキュゥべえの声に伊丹はイラついた。

 

 そうしている間にも、炎龍はブレスを吐く。

 オーラの障壁でダンバインは無傷だが、乗っているエルフたちは動揺する。

 

「効かぬとわかっているが……」

 

 ヤオは唇を噛みしめた。

 やはり、目の前に迫る炎の波は恐怖でしかない。

 

「はあ……! はあ……! ちくしょう……!!」

 

 一方でテュカは村を焼かれた恐怖と憎しみを思い出し、呼吸を乱していた。

 

「テュカ、落ち着け! 少し距離を置いて……!」

 

 伊丹が1号機のそばに寄り、通信を送った。

 

「だ、大丈夫! 仇を討つんだから……!」

 

「気張りすぎるな! ヤオやゼルもいるってことを忘れるな! 一人じゃないんだぞ?」

 

「……イタミもいるしね!?」

 

「そういうこと! ゼル、やりにくいだろうが、援護を……」

 

<うおおおおおお!?>

 

「ゼル!? どうした」

 

 不意に送られてくるゼルの悲鳴に、伊丹もテュカも動転した。

 

 何と、ゼルの3号機に小型の龍が喰いついていたのだ。

 2匹の小型龍は噛みついたり、至近距離からブレスを浴びせている。

 

「やっぱり、卵を産んでいた?! しかも孵っている……」

 

 オーラシップから映像を見るレレイは杖を握って立ち上がる。

 

「やれやれ。今アッシマーを援護に向かわせるよ」

 

「まず、先に俺が行く! テュカ、ヤオ、まずは炎龍に集中しろ!!」

 

 伊丹はガンダムをフル稼働させ、ゼルの救援に向かった。

 

「こ、心得た!」

 

「あのエルフをお願い……!」

 

 伊丹が襲われている3号機へと向かう途中――目の前には、立ちふさがるモノがあった。

 

「……なんだ!?」

 

 あわてて空中で静止する伊丹に、それは翼を広げて襲いかかってくる。

 

(……痴女!?)

 

 モニター越しにハッキリと捉えられたその姿に、伊丹はギョッとした。

 フリルのついた、ほとんど水着のような布面積。

 色こそ違えど、雰囲気的にロゥリィが着る神官服と酷似していた。 

 美しい女だ。だが、人間種ではない。

 

竜人(ドラゴニュート)!?)

 

 伊丹は迫りくる大鎌を、シールドで受け止める。

 

「うが……!? かってえ!!!」

 

 鎌を振るった竜人は美しい顔を歪めて、距離を取る。

 

「あんた、一体なんだ!? ロゥリィと同じ神官か!?」

 

「はン。お姉さまを知ってるのか? オレはジゼル。主上ハーディに使える使徒さ」

 

 竜人は不敵な笑みを浮かべ、自らを指した。

 

 その時、ゼルの絶叫と共に3号機が煙を上げて横倒しになった。

 と、同時に、ゼルがコクピットから飛び出してくる。

 

 ゼルを追い、小型龍が牙をむいた。

 が、その顎が硬い金属で強かに打ち付けられる。

 いつの間にか、ゼルの手には柄の短い槍が握られていた。

 柄は短いが、その刀身はかなり大型である。

 

 その背後にもう一頭が迫るが、伊丹のビームライフルが前肢を撃ち抜いた。

 

「ちっ! おかしな武器を使いやがる!!」

 

 ジゼルは唾でも吐きそうな顔をしながら、伊丹を睨んだ。

 

「悪いが、あんたは後だ……!」

 

 伊丹は隙を突き、ジゼルを横切って小型龍のほうへと飛ぶ。

 

 そちらでは、ゼルが短槍で大立ち回りの真っ最中だった。

 小型と言っても十分大型猛獣と言える2匹の龍を相手に何とかやりあっているようだ。

 

「俺は本来弓使いなんだけどなあ!!」

 

 叫んでいるところへ、小型龍がブレスを吐く。

 

「アイスニードル!!」

 

 ゼルは短く詠唱して、氷の刃を突きさすような寒風と共に打ち出した。

 炎は氷の風に相殺され、龍はひるむ。

 

 そこへ、伊丹が割って入った。

 

「使えるか!?」

 

 伊丹はシールドで前面を守りながら、背中部分からビームサーベルを抜いた。

 そして、桃色の光が横に薙ぎ払われ――小型龍の首が切断寸前まで切り裂かれる。

 

「なにぃ!?」

 

 龍の一匹が討たれ、ジゼルは動揺する。

 

「ゼル! 飛べ!!」

 

「あいよ……!!」

 

 伊丹の合図でゼルは横へ大きく跳躍した。

 

 そして、相方を撃たれて怯んでいる龍に向かって、ビームライフルが光弾を放つ。

 脳天から尻尾まで、ビームは見事に貫通した。

 これで2匹目の小型龍も絶命し、地に伏すことことなったのである。

 

「トワト……! モゥト……!!」

 

 龍の名を呼び、ジゼルは信じられないという顔で固まっている。

 そして、縋るような目で炎龍のほうを振り向く。

 

 炎龍はいまだ2機のダンバインと死闘を繰り広げていた。

 

「抵抗をやめろ! さもなくば撃つ」 

 

 ビームライフルを構え、伊丹は警告を発した。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

「ちっ……!! てめえもまさか使徒か!?」

 

 伊丹を睨みつけ、ジゼルは悔しそうに言った。

 

「あいにくタダの人間だよ。武器の力を借りてるだけだ」

 

 伊丹もジゼルも動かず、睨み合いが続く。

 

「おい、竜人よ。あの炎龍はお前が飼ってるのか」

 

 槍を担ぎながら、ゼルがジゼルを見上げた。

 

「飼ってるんじゃねえ、世話してんだ……。主上さんの言いつけでな」

 

「その何とかって神様かよ……。つまりあんたは天使ってわけだ。初めて……いや、真っ黒い婆さんもそうだったか?」

 

「婆さん?」

 

 ジゼルは訝しそうに眉をひそめた。

 

「おい、ゼル……。それ絶対ロゥリィには言うなよ。殺されるぞ……?」

 

「わかってるよ。俺だって命は惜しい」

 

「あン!? まさか、婆さんってのはロゥリィ姉さまか!? ふざけてんのか、エルフ!」

 

「ふざけてねえよ!! うちのおかんどころか婆さんより年上じゃねえか!!」

 

「おいおいおい……」

 

 変なことで怒鳴り合う竜人とエルフに、伊丹はゲンナリする。

 

「ち……! なんでこんなことに……。せっかく炎龍を起こして、水龍と番わせたのに」

 

「なんだと……?」

 

 ジゼルのつぶやきに、伊丹はハッとなる。

 

「じゃあ、炎龍を……この騒動を起こしたのは……!?」

 

「あんた……。いや、ハーデスだかハーディだかいう神様かよ。とんだ神様だな。邪神か悪魔の間違いじゃねえか? いや、悪魔族でももちっと考えるぜ。大体炎龍が襲ってたのはダークエルフ……つーか、そいつの信徒じゃねえか?」

 

 伊丹は叫び、ゼルは胡散臭いものを見る目でジゼルを睨んだ。

 

「ああ? 炎龍の餌ってのはダークエルフだったのか? そりゃ災難だったな」

 

 ジゼルは冷笑して、そう言い捨てた。

 

「ダークエルフだけじゃなくて、他の種族も襲われてらあ。こっちなら大急ぎで討伐されてるだろうぜ。とことん迷惑だな!」

 

 

<どういうことですか!!>

 

 

 不意に、スピーカーで拡大された声が響いた。

 ヤオの2号機が、戦闘を中断してジゼルのほうを向いている。

 

<猊下が……炎龍を、此度の災厄を引き起こされたというのですか!?>

 

「あんだぁ……? あのでっかい人型にもエルフが乗ってるのかよ」

 

「ハーなんとかの信徒だっていうダークエルフと、炎龍に仲間を喰われたエルフが乗ってる。何とか言ってみたらどうだ、天使様よう」

 

 ゼルは槍を構えたまま、険のある表情で言った。

 

「はッ! 信徒なら主上さんのご意思におとなしく従え、黙ってよ。そいつが例え死であってもな。信仰の篤さを見せてみろってんだ」

 

<此の身一人であれば従いもしたでしょう……。ですが、一族もろとも炎龍の餌になるなど>

 

「あん? どっから餌とってくるかと思ってたら、あれお前らだったのか? 災難だったな」

 

 ジゼルはどうでもとばかりに吐き捨て、(わら)った。

 

<さ、災難……?>

 

 その言葉と共に、2号機は完全に動かなくなってしまった。

 

「おいおいおい……。神の使いってのは、いや、神様ってのはそんなんだったのか……?」

 

 ゼルは怒りとも悲哀ともつかない顔で、槍を握り締めていた。

 

 

<うわああああああああああああああああああ!!!>

 

 

 突如してヤオの絶叫が迸り、2号機から真っ黒な波動が噴き出した。

 それに炎龍も1号機も、そして離れている伊丹たちも吹き飛ばされる。

 

「なんだよ、このたち悪い魔力は……!?」

 

<此の身の祈りに神々は……耳すら貸してくれなかったというのか!!!>

 

 悲しいヤオの叫びが響くと同時に、2号機から真っ黒な炎は噴き出した。

 黒い炎は周囲を焦がし、2号機自身も焼き尽くそうとしている。

 

「やばい……!! 何が起こってるんだ!?」

 

<まずい。2号機がオーバーロードを起こしている。下手すれば自爆しかねないよ>

 

「なんだと!?」

 

「おい、炎龍が逃げるぞ!?」

 

 言いながら、ゼルは猛スピードで走っていた。

 翼を傷つけられ、飛べなくなりながらも、炎龍は火山を駆け出している。

 

「テュカ、炎龍を逃がすな。ヤオは俺が何とかする!」

 

<う、うん……!>

 

 テュカの1号機はよろつきながらも、炎龍を追う。

 

「何とかするって、あの魔力の炎に突っ込む気かよ!? お前、死ぬぞ!?」

 

「大丈夫。ガンダムは伊達じゃない」

 

 ゼルの声に、伊丹は冗談のようなことを言いながら飛んだ。

 

「しょうがねえ……! 俺は炎龍を――」

 

 うなずいたエルフの戦士は、風のような速さで炎龍を追いかけ始める。

 

<ゼル。今、君の弓矢を送り出した。アッシマーが運んでいる>

 

 通信機から、キュゥべえがゼルにそう告げた。

 

「ありがてえ……!」

 

 それと同時に、ゼルの頭上に大きな荷物を運ぶMA形態のアッシマー。

 ゼルが止まると、そこに荷物が落とされる。

 

「よっと……」

 

 ゼルはすばやく荷物を受け取り、愛用の弓を取り出して再び走り出す。

 いや、走りながら弓を構えていた。

 そして、やはり疾走しながらその強弓から槍のような穂先を持つ矢を射る。

 

 魔力を帯びた矢は、螺旋状に回転しながら、走る炎龍の後肢を射抜いた。

 その途端、矢は爆散して稲妻を炎龍の体内に送り込んだ。

 炎龍は叫び、バランスを崩して前のめりに倒れこむ。

 

 それでもすぐに首を跳ね上がらせたのだが、

 

「……思い知れええええええええ!!!」

 

 突っ込んできたテュカのダンバインが、その巨大な剣を振るっていた。

 剣の刃も、ダンバインも、青い魔力に覆われて異様な輝きを放つ。

 刃は見事に炎龍の首を叩き切り、勢いあまってダンバインは地面に転がっていった。

 

 それとほぼ同時刻に、伊丹は燃える2号機に取り付き、操縦席の扉を引きちぎる。

 魔力はなおも燃え続け、伊丹も熱と痛みを感じるが、耐えられないほどではなかった。

 

 もしもモビルスーツを装着していなければ、無事では済まなかっただろう。

 

「ヤオ!!」

 

「ああああああああああああああああああああ……!!」

 

 ダークエルフの美女は血の涙を流しながら操縦席で叫んでいた。

 魔力の炎は彼女自身を包んでいる。

 伊丹の声も聞こえてはいないようだった。

 

「しょうがないか……!」

 

 伊丹は泣き叫ぶヤオを操縦席から担ぎ上げ、大急ぎで2号機を離れるのだった。

 

<みんな、2号機はもうもたないだろう。急いでそこから離れるんだ>

 

 キュゥべえの声と同時に、アッシマーがゼルの上に来た。

 

「命あっての何とかってな……!」

 

 ゼルはアッシマーに飛び乗り、テュカの1号機も急いで空中に飛び出した。

 伊丹もそれに続いて空中へ逃れる。

 

<急いでボールのほうへ移動してくれ。君たちがきたらシールドを張る>

 

 空中には数体のボールが伊丹たちを待っていた。

 

 

 そこへ行くと、ボールは伊丹たちを囲んで、陣形のようなものを組む。

 すると、周辺に透明のシールドが発生して伊丹たちを覆った。

 シールドに包まれたまま、伊丹たちはオーラシップのほうへ逃げ出す。

 

 そうこうしているうち、ついに無人となった2号機は瓦解し、爆発を起こした。

 

「やっちまった……か?」

 

 伊丹はヤオを抱えたまま一瞬目を閉じるが、爆発は思ったほどでもない。

 それでも近くにいれば死んでいたであろう威力だったが。

 

<伊丹がヤオを引き離してくれたおかげで、オーラの増幅が止まったんだね。お手柄だよ>

 

 キュゥべえが通信で賛辞を送ってきた。

 

「まあ、良かったけど……。アニメじゃあるまいし、暴走するなんて聞いてないぜ……」

 

「で、さっきの『天使様』は?」

 

<逃げたよ。一応監視は続けているがね>

 

「しっかし、まさかこんな結果になるとはなあ」

 

 ゼルは伊丹に抱かれているヤオを見て、困ったように言った。

 

「とにかく彼女を治療したい」

 

<わかったよ。エルフに合わせた医療キットも用意しているから安心したまえ>

 

 

 かくして、伊丹たちはオーラシップに戻ったのだった。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

 ヤオが治療を受け、伊丹たちが休んでいる間に――

 

 増援としてやってきたガルダから無数のMSが降りてきた。

 龍の死骸や、2号機の残骸を回収していく。

 

 

「勝ったな……」

 

「うん」

 

 

 伊丹とテュカは忙しく動く作業用ザクなどを見ながら話している。

 

「色々踏ん張ったな……」

 

「自分でも危ないと少しは思ってたけど、ダークエルフがあんなことになって、何か……色々流れちゃってさ……」

 

 テュカは苦笑して、疲れた顔で空に向けている。

 

 伊丹はヤオの叫びを思うと、複雑だった。

 

 彼女にとっては、信仰をその対象から踏みにじられたようなものだったのだろう。

 いや、それはダークエルフたち全てに言えるのかもしれない。

 彼らの今後を考えると、胃が痛くなりそうだった。

 

「私のお父さんね――」

 

 ふと、テュカは何でもないことのように父親について話し始めた。

 

 小さい頃のこと。

 良かったところ、悪かったところ。ちょっとした癖。

 好きな食べ物のこと。

 叱られたこと。褒められたこと。

 

 取り止めもなく、話は続いていく。

 

「ホントに、困っちゃってね……」

 

 明るい声で話しながら、テュカは泣いていた。

 伊丹は何も言えず、ただ聞いてやることしかできない。

 

 そう思っていると、テュカはいきなり抱き着いてきた。

 思わぬ衝撃によろける伊丹だが、それでもしっかりと抱きとめる。

 

 そして。

 

 子供のように泣き続ける自分よりもはるかに年上の少女を、泣かせてやるだけだった。

 

 

「ま、やっと一区切りついたってところか……」

 

 ゼルはそれを遠くで見ながら、安堵したように息を吐く。

 

「こんなのは、お前らにゃわからねえだろうなあ」

 

 横にいるキュゥべえに言うと、

 

「うん。確かに」

 

 白い生き物は、すんなりと肯定するのだった。

 

 



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