オラーシャの赤い兎 (八志 牛男)
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ハルハ河演習作戦の頃の話
リュービアッツェ演習の話


テストは何のためにあるのだろうか?もちろん実力を試すことにより進むべき方向性を確認してその後の時間配分を調整するためだとはわからないわけではないけれども。つまりいいことなので機会さえあるならどんどんやるべきってこと。

 

それはそれとして良薬は口に苦し、過ぎたるは猶及ばざるが如し。自尊心に攻撃を加えてこないようなぬるいテストには意味がないとしても、自尊心を折られ続ければ戦意が続かない。……まぁ、自尊心の回復は将来に期待するとして、今はとりあえず戦い抜きましょう。

 

 これもまた戦意を喪失した状態での戦闘行動のテストになるでしょうし。……そんな状態で戦うべきかどうか?指揮官は部隊を後退させて態勢を立て直すべきじゃない?ウィッチには後退できない時もあるんでしょう。きっと、おそらく……ないといいなぁ……。

 

「各中隊の指導ウィッチは現状を報告されたし!!」

 

「第二中隊、問題なし」

「第三中隊も同じです」

「第四中隊、全機被撃墜。現在50人以下で地上交戦中。敵ボリシェビキ空中重戦闘ウィッチ」

「第五中隊、同じく。第六中隊の残余と合流しつつあり。第六中隊指導ウィッチが戦死判定により臨時に指揮をとってます。高射砲2門を確保したけど砲弾無し。砲を廃棄し中隊残余との合流と陣地構築を実施中。120人の生存確認」

「第七中隊交戦中!!敵パウリーナとソフィア!全機健在なれど弾少なし。現状ではあと5分で全滅すると思われる」

「第八中隊、味方により被撃墜3。八から七へ、味方誤射を止めるように。八から五へ、ソフィアがそちらに向かうまで時間がないから陣地構築を放棄し、優位地形へと退避するように」

「五から八。優位地形とはいずこにありや?全世界は知らんと欲す。……実際、森に分散すると指揮がとれないので集中しておく必要性があると判断します。森に入ると射線が集中できないどころか索敵にも失敗するという事実を忘れましたか!?」

「八から五へ。現状から判断するに集中は愚策であり、全滅は時間の問題である。1人でも多く生存出来るように分散せよ。」

「七から八!貴官には敢闘精神が足りない!!それでもオラーシャ軍人か!!」

「八から七。貴官には危機意識が足りない。全てのウィッチには最善効率で死ぬ義務がある。それでもユークライン人?」

「一から全員へ。わが連邦には民族問題は存在しません。ですので、煽らないでください。現状を確認します。DC-3輸送機の速度から作戦空域を突破するためにはもう1時間は必要となり、彼我の速度差とこちらの火力の集中を機動によって突破されているという事実により、各中隊の陸戦ウィッチが射撃を集中することによる火力差を発揮して敵を空中撃破するというアイデアは失敗したことが明らかで、作戦の決定権も向こうに握られています。演習の目的は達成しました」

「では、終了しますか?」

「……とはいえ、このまま終われません。各中隊は高度を3000m以下に下げて射撃を個々の防御に専念してください。撃墜された後も出来る限り見晴らしのいい地形で密集して陣地構築を行うように。私は狩りに出ますので、後はディチャーチンに頼みます。個々人の奮闘に期待します」

 

 それだけ言い残して私はDC-3輸送機から空へと飛びこんでいきました。

 

 

 

 私には記憶がありません。キエフ軍管区の軍人さんに拾ってもらったのが最初の記憶です。ですから名前ですら私の本当ではないのでしょう。でも私は幸福です。私はこの国を救った元帥の家の子どもになったのです。名字こそ共有していませんが、それでもお義父様は私を娘として扱ってくれて、私に名前を授けてくれました。私を実の子のように愛してくれました。

 でもレーセン・イナバはないと思うのです。それでは扶桑皇国人のようではないですか。とはいえ、それがしっくり来ている自分もいます。娘心は複雑怪奇というやつです。きっと。今度機会があったらユークライン人風の名前をつけて下さいね。まぁ、お義父様がそう付けたいなら文句は言いませんけど。

 

 お義父様は私をオラーシャキエフ軍管区出動集団の指導ウィッチにつけて下さいました。大戦時の政変によりオラーシャ陸軍は政治組織をも兼ねた総合的組織に変革しましたが、それでもお義父様ほどの実力者なら重要な人事にも将校の選挙制が普遍化したにもかかわらず、ねじ込めるようです。やめてください。お義姉様であるミーシャ・ディチャーチン様の座を奪って指揮をとらなくてはならない私の事も考えてください。お義姉様の方が指揮能力があるのですからなおさらです。とはいえ、お義父様には考えがあるのでしょうが、私としてはお義姉様と私がその能力として相応しい所へと落ち着くことを祈るだけです。

 

 キエフ軍管区出動集団は国土防衛の義務を負ってないがゆえに、ヒスパニア戦役に全力を発揮して活躍した赤色空軍ひいては共産主義者への対抗として設立されたオラーシャ陸軍が使える外征を最初から目的としている機動ウィッチ集団です。ペテルブルク管区とモスクワ管区が共産主義者によって占拠されたのでキエフが保守派の首都となったことが政治的にこの集団の設立に影響しています。

 つまり、海軍と空軍が共産主義者に占拠されているので私達に外征で活躍しろということなのでしょう。陸軍も義勇軍を出してはいたのですが政治的配慮によって防衛任務に主に従事した上にその戦果もヒスパニアに分配されたので、影が薄かったのです。残念なことです。

 

 そのために対抗集団として設立されたキエフ軍管区出動集団には陸軍の並々ならぬ熱意が反映されています。空戦可能なウィッチこそ3名に過ぎず、空中機動可能なウィッチを合わせても7名(私を含めて)にしかなりませんが、陸戦ウィッチは1000名をちょっと超えた数が配備されています。全オラーシャ軍の陸戦ウィッチの5分の1です。はっきりいうと私には荷が重いのですよ、お義父様。陸軍ではお義姉様のことを部下なのでディチャーチンと呼び捨てにする慣行があるだけでもしんどいのですから。

 

 ですが、陸軍の熱意がその各中隊の指揮官層にも反映されていることで正直私の指揮が無くても各々の中隊長が最善の指揮を発揮できるであろうことが私の心を穏やかにします。

指揮はお義姉様に任せて、私は私に出来ることをすればいいんです。

 

 

 キエフ軍管区出動集団には各中隊に空挺用M1931 76mm高射砲20門とその弾薬輸送用及び陸戦ウィッチ搭乗用と予備に45機のDC-3輸送機が配備されています。これが8中隊(7、8中隊は軽装備中隊なので高射砲は配備されていませんが)も用意されるとそのコストは戦艦1隻にも匹敵するかもしれないとのもっぱらの噂ですが、それでも実現されているという驚きの贅沢な編成です。

 

 その贅沢さは私の乗騎がブリタニアのスプライト社のソードフィッシュのウィッチ用改造機(なんと総生産数30機の内28機が我が連邦向け!!)であり、なおかつ私が1度発艦すると2度と追い付けない速度を持つ輸送機(DC-3輸送機の最高速度は365km/h、巡航速度274km/hに対してソードフィッシュの最高速度は222km/h、巡航速度167km/h、我が連邦の主力練習機Po-2では最高速度150 km/h、巡航速度110km/hにまで離されます。とはいえ次世代主力機のI-16やI-15bisは流石に最高速度600km/hや530km/hの高速を発揮します)が配備されているということに現れています。

 ですが実際の所I-16やI-15bisを動かせるウィッチというものは限られているのです。我が連邦の空中機動可能なウィッチ約500名の内で150名程度しか動かせませんし、その能力を十全に生かせるエース層となると50名程度にまで減少するでしょう。そのことから私達にはPo-2で用いられる空中一般戦術が必要となります。だってそうでしょう?大半のウィッチはPo-2に乗っているんですから。

 

 そのことが私とその指揮能力に戦術的困惑をもたらします。キエフ軍管区出動集団のコンセプトはそのDC-3輸送機を移動に利用する戦略的機動性により決戦地に少しでも多くの戦力を集中することにあります。とはいえ戦略的機動性の保有は必ずしも戦術的機動性を意味しないということを確認しなくてはなりません。

 そしてそうではなかったことが確認されてしまいました。DC-3輸送機に乗った陸戦ウィッチの集団がエース級空戦ウィッチを圧倒出来れば何も悩むことはなかったでしょう。わが連邦の有り余る5000人の陸戦ウィッチが空戦をも解決したはずです。でも、そうではない以上、私達は敵空中戦力に捕捉された場合に備えなければなりません。どのようにして?

 

 答えの1つは今は敵側にいます。DC-3輸送機から発着可能な空戦ウィッチを養成するというシンプルかつどうしようもない方法です。着陸する方はDC-3に速度を合わせてDC-3側に設置された綱に固定すれば出来ます。ですがDC-3から飛び立つというのは難問です。DC-3の中で魔道エンジンを動かすのは危険であるがゆえに外で動かさなければなければなりません。

 外?初期にはパラシュートを付けて降下中に魔道エンジンを動かさせたり、着陸時に使う網を発艦時にも付けてみる等の方法が試されましたが、危険性及び効率性を勘案するとそのような方法なしで直接的に発着可能な空戦ウィッチを投入すべきだという結論に達したようです。実戦時にそんな悠長なことをしている時間はないというしごく最もな理由が決定的だったそうです。着陸用の網は武器をつるしてウィッチが空中で交換する用途に再利用されて継戦能力が向上したので無駄な研究ではなかったということになってます。

 

 それはともかく、そんな特殊技能持ちは少なく、さらに練習機と比べると安定性や離着陸能力に劣る次世代主力機でそんな芸当が出来る者は本当に希少であることが陸軍の熱意の割にはうちに属する空戦ウィッチの少ないことの正体です。こんな特殊技能を訓練する意義も証明されていませんし、陸戦ウィッチを空戦に参加させるというアイデアが魅力的すぎたことも追い打ちをかけています。

 

 前置きが長くなってしまいましたが、この演習ではうちのエースたちが敵に回っている以上はPo-2で用いられる空中一般戦術の一般解答つまり“狩り”を行うしかありません。

 

 この戦術は狩りといいつつ恐ろしく受動的な戦法であり、上昇限度が3000mという低空で制限され相手に対して常に劣速なPo-2(とソードフィッシュ)にまともな空戦を実施することは不可能なことからひたすらにその旋回能力を活かして敵機の妨害が可能な地点の占位と防衛目標からこちらへと目標を変えさせることを目的とした狙撃を実施することです。

 敵の高高度爆撃どころか中高度爆撃にも対応できないような戦術が一般解答として採用されてしまうことから分かるようにこの機体は能動的空戦を行うようにはできていないのです。Po-2は地上攻撃に投入されることでその真価が発揮されることはわかってます。ネウロイが飛行場から飛び立つ生態をしていればそこを襲撃するという方法で制空権争いに参加できたのかもしれませんが……。閑話休題。

 

 ともかく、足らぬ足らぬは固有魔法が足らぬの精神でいきます。一般解で足りないなら特殊解です。見つかりさえしなければ何でもできるってもんです。

 

 私の使い魔であるオキノウサギ(推定)が勝手にその耳を喜びを示すように激しく動かしています。こいつは勝手で活発、カッとなりやすくかついたずら好きでいつも私に同化しています。私の周りで起こる不自然な出来事(いたずらで済まされるような)の犯人はこいつなんじゃと常々思っているのですが、尻尾をつかませません。尻尾と耳の感覚は常に共有しているのに、味覚を共有できないことが残念です。ウォトカ混入事件は許さん。

 私達はお互いに何となく意思疎通してますが、深いところではこいつは謎だと思っています。品種ですら私側から同化を解除できなかったせいで推定でしか分かってませんし。

 

 

 高空から真っ逆さまに私達は落ちていっていますが、落ち着いて魔力の波長を使い魔と合わせていきます。良く聞こえる兎の耳が私にあらゆる波長を届けてくれます。教えてくれます。世界は波動だと。解釈することは干渉することで、あらゆるものの波動が相互に干渉しあった混沌の、それでも美しい世界の中、でもなお世界を個々に還元、分解して理解するのに十分な能力を持つ兎の耳が。兎の耳は完璧ですね。その完璧さを発揮するための充足感へと私は速やかに堕ちていきます。こいつと利害が一致していくのです。

 

 

 さぁ、世界を欺いてやりましょう?

 

 

 ようやっとたどり着いたソードフィッシュの稼働高度に魔道エンジンを急速回転させて縦の落下速度を横への速度へと変換しつつターン。地上交戦中の第四中隊残余の集合予測地点へと機動。高度を稼働限界ギリギリまで回復させつつの直線飛行、速やかに最高速度へと到達、で到着予定は10分後。地上戦における5分はほとんど永遠に近いというけれど、逆説的にI-16も私のソードフィッシュでもどうせ戦闘に間に合わないという意味においては等しいでしょう。

 

 移動時間で指揮官用携行無線の波長を第四中隊の使用周波数に合わせて状況を傍受しよう、にも1中隊の内で無線を装備する小隊指導ウィッチの数に等しい12個の波動はほとんど沈黙して辛うじて残っている4個からの悲鳴がただただ垂れ流されているだけなのだけど……。

 私が携行している指揮官用無線は特注品で各中隊用無線、各小隊用無線への発信機能に加えてその全てに対して受信ができるようになってます。若い娘さんへの偏見である機械に弱いという説を肯定するように、それぞれの無線には1個上と下の区分の受信機能つまり対応する目盛りと発信機能とスイッチしかついていないというユーザーフレンドリー?さが発揮された作りで小隊指導ウィッチ以下は楽が出来てより直接的な訓練に時間を割くことが出来ます(そして通信を用いた小隊以下の戦術的柔軟性は限られることになります)。

 

 このシステムはしわ寄せが中隊指導ウィッチ、とりわけ私、に来るんですけどね。

 

 中隊用無線は1個上つまり全体指揮も執る第一中隊用無線と下の小隊12個の発信を受けるので目盛りは13個で済みます。中隊間での連絡と情報が第一中隊用無線に集約されることで意思疎通と方針決定が速やかに行われるそうです。その場合に各中隊用無線は第一中隊用無線に合わせておけばいいので、何も操作する必要はありません。それはいいんですけど、私はその間目盛りをずっとカチャカチャし続ける羽目になります。8中隊×13で104個もの目盛りがあるのにです。

 情報の伝達用に中隊用無線は受信した通信をそのまま発信できる機能がついています。もしこの機能がついてなかったなら、地獄の作業が待ってたはずです。何回復唱するはめになったことか……。そうだったら専用の無線手の養成が不可避になっただろうことを考えるとむしろそうであって欲しかった。

 なんですか!中隊無線手はその専門性および後方性から不可避的に特権階級へと堕落し、前線の利害を反映しなくなるので有害であるという主張は!!私は私の仕事と責任を減らしてくれるありとあらゆるものを歓迎しますし、それ故に私はこの地位にふさわしくないはずです。

 だいたい104個も目盛りはいらないでしょ!!各中隊と自分の中隊に連絡が取れればいいしそれで十分でしょうに。何でよその中隊の小隊に連絡をとるんです?実際8中隊に連絡が取れればいいのにこんなに無駄に目盛りがあることにどれだけ苦労させられたことか……。

 

 愚痴が長引きましたが、言いたかったことは、この関係は同じように各中隊にも持ち込まれるので、各小隊はいつ報告を聞いてもらえるか分からないから現状を流し続ける必要があるということです。重要度を勘案して処理できるシステムだと嬉しいんですけど、各部隊が自分の出会った事象が最優先だと思うせいで構築に失敗したとかなんとか。

 

 可能ならウィッチは戦闘を遂行する機械であればいいと思わないでも無いのですが、そうもいかない悲しい現実が待っています。誰も私達の利害、前線の利害を反映できないなんて信じられますか。私にはまだ信じられません。専門化による効率化の推進こそが共産主義の脅威であり、戦争こそが最も誤魔化しが聞かない分野のはずなんですけどね?それでも私達は保守を選んだ個々人にすぎないし、私の仕事は目の前から消えてくれませんけど。

 

 ともかく消えてくれないなら何とかするしかないわけで、その為の手段を幸福にも私は持っています。私の固有魔法は隠蔽ということになっています。この説明は事実の半分でしかありません。次に問わなければならないのはどのように相手の感覚を欺くのかです。もちろん、答えは私の兎性を以って!!相手の探査手段を聞いて、それを偽装することが兎の本分性、草食動物の誇り!ですがその間は、正確には隠蔽をかけつつの移動中には自分から通信なんてしてる余裕なんてないので、ここに大義名分が出来ます。

 ちょうど私より優れた人物が私の中隊にいて、皆様はお気づきだったと思いますけど8中隊×13で104個という計算には自分の分が含まれているのですが、この計算は自分と全く同じものつまり移譲可能な指揮権という予備がシステムに組み込まれているということです。人に仕事を押し付けれるということは幸せです。本来は、彼女の部隊だったはずであることを考えるとなおさらです。

 

 こうして、私は幸福な自由と2つばかりの永遠を経て、現場に到着しました。

 

 幸運なことにカティア・スタンチンスキー指導ウィッチとその第四中隊は未だ存在していました。無線傍受によるとボリシェビキ空中重戦闘ウィッチ(この区分は私達独自のもので重は40mm機関砲もしくは50kg爆弾以上を装備した戦闘機動が可能であることを示すだけで実際に装備しているとは限りません)は弾切れによって後退したようです。

 

 私は彼女がもう1度襲撃に戻ってくる可能性に賭けて、準備をします。ちょっとずるです。演習に対するメタ的な観点から敵勢力に増援がないので追加的な襲撃は不可能であり、I-16の航続距離的に判断すると今から1~3中隊に襲撃をかけに行くと補給に帰れなくなることから戦果の最大化の為にはこっちを先に片付けてから行く必要があり、7、8中隊への襲撃に2人投入されてるところに追加的に行くよりも4、5中隊を襲撃する方が効率的で、先に落とされた5中隊と7、8中隊の現在位置が近接しつつある上に4中隊の方が残存戦力が少なく、更には所詮演習なので襲撃側には持久戦という選択肢は存在しません。

 

 本来的には作戦を選択できる攻撃側、及び優速側の敵に散々に翻弄されるはずなんでしょうけど戦術目標を決め打ち出来てやっとソードフィッシュの良さが生きます。その元々のカタログ上の航続力の長さと最高速度の低さからの有無を言わせぬ長滞空時間と複葉機独特の旋回力の優位性!!これで向こうさんが来るまで空中待機ができる上に、どの方角から来ても速やかに正面に捉えることができます。わざわざうちがブリタニア製ストライカーを試験導入しているのは、政変以来の経済部門の依存の政治的結果だけではなく地上襲撃にはこれで十分すぎるという判断の結果でもあるのです。

 

「定期報告。北側より敵影なし。分隊統率に問題があるので塹壕にこもるのは敵機を確認してからでも良いと意見具申します」

「私も同意です。南も問題なし。顔を出すくらいは許してください。お願いします。小隊指導ウィッチだけが監視するのは、……後々の小隊員の文句を考えたくありません」

「各員は文句を言わないで、監視しましょう。小隊員にも文句を言わせないでね。顔を出さないで塹壕にこもっている間は直上を取られない限り、弾は当たらないから心配しないし、させないこと。徹底させること。誰かが直上を取られた瞬間に全員で射撃を集中させるのが1番安全な方法です」

「こっちも問題なし。そうは言いますけど、BT-5(陸戦ストライカー)を背負っていつ来るか分からない射撃命令を待ちつつ、1人で暗くて狭い蛸壺の中でずっと待機するのはきついっすよ」

「東側も大丈夫。あっ、そこの人は顔を引っ込めて!!……貴女たちは未だマシですよ。私のとこに別の小隊の生き残りがかき集められたせいで、さっきから走り回らされてるんですけど。……あ~、もう!!また、引っ込めてくれてくれないし。……、私はカウンセラーじゃないんです。人を落ち着かせるなんてどうすればいいってんですか?……森に逃げるな!!……追いますんで、仕事の代替願います。通信終わり」

 

 私の真下で蜂の巣のように穴ぼこが点々と密集した地面から1人が森の方に走っていってしまい、小隊指導ウィッチが追いかけて行きました。ご苦労さまです。私は中隊指導ウィッチや小隊指導ウィッチや空戦ウィッチなどの選抜された少数だけを相手すればいいのでこういう苦労はしないでも済んでるので助かります。その変わりにこいつらは頭が良かったり何か光るものがあるので、説得するのに苦労する上に度々私が説得されたり、優秀なくせに意見の不一致は基本なので調停に奔走させられるのも勘弁してほしいんですが、……それは、贅沢ですか?

 

「……、無線機の番を変わりました、第6小隊の分隊指導ウィッチのマルタです。……実戦だったら、彼女は銃殺刑なんですか?」

「中隊指導ウィッチとして代替を認可します。……うちの軍法を再確認しないで迂闊なことは言えませんけど、私達はウィッチですから最悪でも実験室送りまでですよ。銃殺まではしないで済むんで安心してください」

「……それは、ほんとに安心しても良いんですか?」

「私達の祖国と保守派の良心を信じなさい。私達は共産主義者じゃないんですから、罪は祖国と神の前に償えばなんとかなります。……そもそも逃げるなと言いたいんですが、さっき一方的に撃たれてみるまで、これほど心に来るとは思っても見ませんでしたから私も偉そうには言えませんよ。ともかく私達は仲間ですから、可能な限り守りますよ。その代わりに絶対逃してあげませんけどね、……そういうことでいいですよね、カティア?」

「もちろんですけど、作戦中は中隊指導ウィッチと呼んでくださいね。……でも、これが演習でほんとに良かったです。実戦だったら今の所3分の1しか初陣を生き残れられなかったんですよ。ヒスパニア戦役の経験者としては情けないばかりです」

「この結果は中隊指導ウィッチのせいじゃないですよ。もっと根本的な問題です。所詮私達は陸戦ウィッチなんですから、空にあげられるなんてことがどだい無理だったんです。そもそも私達が此処に招集されてから高射砲の運用訓練しかしてないんですよ?今回の結果を見て夢を見るのは諦めて、もっと堅実に活動を積むべきです」

「それでも、私がもっと早く見切りをつけられていたら、第五中隊みたいに高射砲を少しでも残せてたかも――」

「5中隊が残せたのは偶然です。今回の結果からの反省はそもそも敵に空中で捕まるなという点に尽きます。そもそも、高射砲なんかより、個々のウィッチが生き残るほうが遥かに大事です」

「でも、向こうに今から中高度爆撃に専念されちゃったら、もうどうしようもないことを考えたら少しは残しておきたかったのよね」

「士気を下げるようなことは言わないでください」

「そら、私も実戦なら嘘をついても良いけど、演習なんだからちゃんと話し合っておくべきじゃない?」

「今、ですか?」

「鉄は熱いうちに打て。……我らが栄光の第4中隊が地獄の劫火の洗礼を受けて、生き残った小隊指導ウィッチでさえ士気喪失してるみたいだから、少しでも現実を忘れさせてあげようかと思ってね?」

「私達はそんなヤワではありません!!」

「ヒスパニア戦役の経験者として言わせてもらうと、ヤワじゃない人間なんていないよ。精神力は有限な資源に過ぎないんだから、出来るだけ温存して必要なときだけに投入したいの。だから部下を戦闘開始寸前までは無駄話に引き込む能力を評価したいんだけど、そういう話をするの、私は苦手だから実務話でお茶を濁そうかと思って」

「小隊指導ウィッチだけが、そんな気遣いを受けてたなんてバレたら後で吊し上げですよ~~、分隊にも無線の受け子だけはあるんですよ」

「いつも、思ってたんだけどアレーシャのその態度は小隊指導ウィッチとしてどうなの?

ちゃんと指導できてるの?」

「ひっ、……今からお説教は勘弁してください!!もう穴に入っているのでこれ以上は反省を示せませんよ~~!!」

「穴に入るのは反省を示す手段じゃないと思う」

「だから、その態度はどうなのって」

「これでも支持されてるのはそれはそれで人徳ではあるから、あまり追い詰めないように」

「敵襲、敵襲!!……あっ、やっと繋がりました。東からウィッチ1人が接近中!!低高度!!装備は不明」

「こっちでも確認。全員頭を下げて指示があるまで待機!!マルタ分隊指導ウィッチ、貴女の直上に来たら射撃指示を出せ!!」

「……、え、いえ、了解しました」

「……ちょっと気を抜きすぎた、……、あっ、これには返答不要。全員射撃指示を待て」

 

 無線の傍受を止めて東側を注意すると確かにボリシェビキ空中重戦闘ウィッチが迫って来ています。無線の切り替えタイミングの問題に苦戦しているのが私だけじゃないことに安心しつつ、気持ちを高めておきます。

 

 

 ……ボリシェビキウィッチは、様子見なのか射撃を集中されないように直上には占位せずに距離をギリギリまでとって斜め横からの断続的な射撃と機動を組み合わせた挑発行動を繰り返しています。

 

 合理的に考えればいくら相手が40mm機関砲でもシールドを張って塹壕にこもったBT-5装備の陸戦ウィッチがこんな無理な射撃で殺される確率は殆ど無いはずなのですが、精神を恐慌に陥らせるには十分な恐怖を振るまいています。たとえ演習だとわかっていた上でもですよ。

 

 2度。軽い音がリズミカルにカラフルな演習用弾薬の弾痕をそこらに撒き散らして、しばらく弾倉交換のための静寂が響くというサイクルが繰り広げられる。

 

 このまま、待っておけば相手はまた弾切れで退却せざるを得ないはず。……、そんな事は理性でもわかっていても、人間はそういうふうにできてない。原始的な2F行動。逃走か、闘争か?最近の研究だと怯え、逃走、闘争、死んだふりの4F行動説に拡張されたりしてるんだけど。

 

 ……そして、誰かの、限界点が3回めの静寂の中で破られて、命令無しでの発砲音が響き渡った。

 

 1度均衡が破られてしまえば、もうあとは雪崩落ちていくだけ。速やかに耐えられない人間が射撃を開始すれば、みんなついていってしまう、人間性の発露。……こと、ここまで至ってしまえば、カティアも射撃命令を出すしかない。個々人が蛸壺のような塹壕に籠れば射撃で一網打尽にされるのは難しくなるけど、私達はそんなに強くはできてない。どうしても運命を共有できる誰かは必要で、それは仲間であり、効率的でなくても見捨てることは難しい。

 

 案の定、この事態の誘発を狙っていたボリシェビキは腹立たしいような冷静さで射程ぎりぎりの円機動で相手の目を慣らしてから、地面すれすれを最高速でジグザグ飛行で抜けて塹壕から顔を出して射撃を行う仲間思いの愚か者たちを射抜いていきます。思わず笑っちゃうぐらい一方的なんですよ。

 

 

 さぁ、お仕事ですよ、相棒さん?

 

 

 第4中隊の間を抜けていくボリシェビキウィッチにその勇猛さを称して手榴弾の雨をプレゼントしてあげます。

 

 おぉ、ちゃんとシールドで無効化して、反撃に上方向に射撃しましたね。

 

 

 

 

 その行動は0点ですけどね……?

 

 

 貴女は私のことを演習前に聞いていたはずでしょう?パウリーナさんから私のことを聞いてるでしょう?私が隠蔽することは知っているでしょう?

 

 そりゃ、ソードフィッシュは貴女達のI-16には追いつけないくらい遅いですよ?それでなんとかするには高度を速度に変換して追いかけるしかないから上方向にいるだろうという発想も合理的ですし私はそんなに手榴弾を遠くに投げられないですから位置をある程度特定できるけれども……。

 

 

 

 

 貴女はほんとにその程度で対応できるウィッチがこの部隊を指揮できるとでも思ったんですか……?

 

 

 

 

 「私、レーセン・イナバ、今貴女を確殺するの」

 

 実際、ケレン味は大事です。私的にはどうでもいいですが、ワタシが喜びます。

……それはともかく、ワタシは相手を確殺できる時しか行動しません。相手に存在を気づかれないんだから当然のことですよね?

 

 

 右側から囁いてあげたので、びっくりした様子でボリシェビキは右を向いてしまいました。可哀想なポリーナ。反共集団の中でボリシェビキって呼ばれるなんて……。

 

 せめて、上司のワタシが50kg爆弾でキレイな花火にしてあげることにします。

 

 

 

『た~ま~や~!!』

 

 

 謎の叫び声と一緒にボリシェビキ空中重戦闘ウィッチはキレイに吹き飛ばされていきました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘘です。演習なので50kg爆弾は爆発しません。ただポリーナが持ってる演習用撃破判定装置が起動しただけです。

 

 ワタシが、実際に吹っ飛んでいかないことに不満を耳やらしっぽやらの謎の動きで表したり、ホントはこうなっていたハズ的な幻影を送ってきてきれます。アフロはウソでしょうよ。

 

 残念でもしょうがないじゃないですか。彼女はホントは味方なんですよね。だからといってネウロイは人間的な反応はしてくれないし、倒されたら消えちゃうとかいう戦い甲斐のない相手って言いますけど、イタズラって相手があってこそでしょ……。

 

 え、次はパウリーナさんをぶっ飛ばす?多分無理だと思いますけど……。

 

 やるったらやる?無理だってば。また無駄なことをして……。……また?

 

 またって何でしたっけ?……何か大事なことを忘れているような気が……。そりゃ、記憶喪失者なんだから何でも、忘れてるというのは正しいですけど……それでもなお、というものもあるような気が……

 

 気にするな?……そうですね、イキマショウ?ワタシ。

 

 

 

 

 

 その後の演習の結果は、1~3中隊は無視されての中高度からの50kg爆弾の嵐にどうしようもなく、完全な恐慌状態に陥って作戦行動は不可能となり、第3中隊が作戦空域を離脱したとき、つまり最終的には私達は1012名の陸戦ウィッチのうち、603名が戦死していました。エグい。……正しい。これは解散ものかなぁ……。どうやら私達の前途は多難のようですよ。はぁ……。

 



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総評する前の話

 

「とりあえず、一言言わせてもらって良いんですよね?」

 

「もちろん、オッケーですよ~~」

 

「私は、今回の悲惨な演習結果を受けての緊急の、内輪での、話し合いって、貴女から聞いてたんだと思っていたんですけど、……何で、うちの、スポンサーさんがいるんですか?」

 

 さっきボコボコにされた側からすると腹立たしいような笑顔を振りまいてくれるパウリーナ・アンブラジエーネ空中軽戦闘ウィッチさんに聞いてみます。

 

 この人は、私を受け入れてくれたお義父様の家でメイド長をしてくれてる人です。私の短い間でしかないオラーシャ連邦民としての感想としてもこの人は一級品のおかしい人です。

 

 普通、ウィッチがメイドをするわけはないっていうのは、共感していただけると思いますが、まぁ……お義父様は救国の英雄ということでその家ならウィッチが働くこともあるって納得することにしておきます。……そういうことにしておくんです、……話は変わりますが、オラーシャ連邦のヒスパニア戦役での最高記録の撃墜エースはパウリーナ・ルィチャゴフ赤色空軍第1101戦闘機連隊第一分隊長の40機になっています。11はキエフ管区の番号なんで、お隣さんです。

 

 お隣さんとは一緒に演習してみたりするのは自然の流れですし、向こうさんは私達に対抗しているのか第1101戦闘機連隊にヒスパニア戦役の経験者を集中して配備しています。……それも、これからある内戦を考えると自然なことです。悲しいですけど。

 

 

 

 

 問題は、その演習で相手を1人で皆殺しにしているこの人のことです。

 

 

 空戦演習で相手を2t爆弾で吹き飛ばす。

 

 

 

 ……えっ、幻月作戦じゃないんですから、空戦ウィッチがそんなものに巻き込まれられるはずがないじゃないですか~~。はははははは。……本当なんですか?

 

 密集しなかったら手榴弾で殺す。……密集したらどこかから2t爆弾を調達してきた?

機銃弾を未来予知したように回避するのでついたあだ名は『機動の神様』?

 

 

 ……空戦ってそんなんでしたっけ?

 

 

 ……ともかく、事実としてこの人は機関銃の反動にも耐えられない弱小ウィッチのはずなんですし、確かに機関銃を装備している所を見たことはありませんが、……そんなことはもう、どうでもいいです。

 そういうものです。誰もこの人を落とすことはできないし、この人は敵を殺します。……ならそれでも良いじゃないですか。それ以上に何があるっていうんですか?保守派のヒスパニア戦役経験者の集いが我が家で開かれたときに、非公式撃墜王(大型7を含む地上撃破154、空中撃破6機)として尊敬されていましたけど、そんなのは幻覚です。実際、ウィッチは空中撃破しか戦果としてたたえられないという風潮があり、陸戦ウィッチが1段低い扱いをされていることに不満が渦巻いているので彼女たちには英雄が必要であり、この人には十分な魅力があるということは分かりますけれども……。

 

 

 普通、メイドとして就職した人が『戦場が私を呼んでます~~』なんて言って、戦役が勃発するやいなや義勇軍として志願していくなんてないはずでしょう?

 

 そのせいで、お義父様と私が『私も行きたい』って言うお義姉様を止めるのに苦労したんですよ?しかも仕事の引き継ぎは完璧だったし、うちで働く皆には早く帰って来て欲しいと慕われてるとか何ですか、その完璧なメイド長ぶりは。この戦役の前は絶対お義父様がウィッチを個人的に確保するための名目メイド長だと思ってて済みませんでした。

 

 しょうがないじゃないですか、完璧なメイド長だと思うには貴女の振る舞いが奔放すぎるんですから。……それも、貴女の良いところだと皆に思わせるのが貴女の人徳ってやつですよね。でも、見習いたいとは思わせないのもまた味ではあるんですけど……。

 

 

 彼女以外のうちで働いている人は見た目は普通の人なんで、お義父様に引き取ってもらった当初はうちは私はここが普通の貴族の家だと思っていました(普通の貴族ってなんぞやって聞かれたら私は返答に困りますけど)。

 

 でも、そうじゃなかったんです。今、私の目の前で困った顔をして座ってる人がその典型例です。

 

 

 この普通のおじさんにしか見えず、資本主義諸国なら中間管理職、うちなら村区長かどこかの工場の管理人として立場の割には書類整理と利害調整がうまいけど出世欲が足りないから上には行けずに奥さんと幸せな家庭を築いて本当の勝ち組っぽい人生を送りそうな人はバルタザール・タムさんです。またの名をオラーシャキエフ軍管区長と言います。

 

 

 今となっては保守派の首都となってしまったキエフの重要性から分かるようにこの人はお義父様の腹心の部下で特にその政治面での能力を評価されています。出身が富農(クラーク)の子だったことから考えると政変以来保守派として一番出世した人なのですが英雄伝を作成するには地味すぎるので、あまり評価されてない不遇な立ち位置の人です。奥さんと幸せな家庭を営んでいければあとのことはどうでもいいって本気で笑えてしまえるような人でもあるのでそんなことは全く気にしていないでしょうし、お義父様がこの人を引き込めたことは本当に幸運でしたねって言いたいぐらい裏で地味に活躍しましたし、今となっても欠かせません、そんな人です。

 

 

 

 そんな人だからこそ、今は会いたくなかったんですよ。ここの小屋に緊急に集められた各中隊長も相手が誰かをすぐに理解して流石に顔色を変えています。豪胆すぎるこいつらにもそんな可愛げがあることを初めて知れて良かった、……なんて、言える立場だったら私も幸せなんですけど。もちろん、私もさっきから顔色を変えてる組の方です。

 こんな状況下でも顔色を全く変えないローザ・メルクロワ第八中隊付陸上軽戦闘指導ウィッチの可愛げのなさにむしろ感心してしまいます。この人に参謀になってもらいたいと思うぐらいに冷静沈着、合理主義な人で頼りにしたいと思える人なんですけども、……本人が現場第一主義で合理的すぎる意見を具申する傾向にあり、相手を説得するのが下手すぎて生き方が不器用というめんどくささもある人です。……下手したら、中隊指揮という現在の立場でも上に行き過ぎてると思ってる節さえあります。そんな人でも中隊指導ウィッチの立場を維持できる我が連邦の奥行きの深さに感動します。

 

「内輪って言えば、タムさんも含まれるに決まってますよ~~。私達はキエフ軍管区所属部隊なんですから~~」

 

「内輪って言うには規模が大きすぎません?ここに集まった人の中で面識が有るって言えるのは貴女と私だけじゃないですか」

 

「タムさんはそんな人じゃありませんよ~~。式典で会っただけでも名簿と写真をどこかから調達してきて勝手に人柄とその弱点を把握してくれちゃうような人ですからね~~。だからタムさん的には皆面識ありです~~。皆さんも、最低1回は会ったんですから~~、ちゃんと把握しておきましょうね~~。貴女達の運命を左右できる上司さんですよ~~。……そこらへん、何とか出来ない人間は死にます。これは人としては最低限把握しておかなければならないことです。ではでは~~、今回の総評をお願いしますね~~」

 

「……その紹介をする君にしても相当アレだと思うんだがね、……今回の演習内容は実に酷い、たった3人の空戦ウィッチが相手の、まぁ1人はおかしいヤツだったとしても、1会戦で603人の陸戦ウィッチの損耗にわが国、もちろんどの国でもだと思うが、は耐えることは出来ない上に撃破したのは1人だけだ。それも、本人の襲撃方法の愚かさによるものにすぎなかった。この結果にはうち(オラーシャ陸軍)の立つ瀬なんてない。正直に言うと、私は、君たちを各部隊が派遣してきたのは使えないウィッチを厄介払いしたに過ぎなかったのではないかと疑ってすらいる。これは最後通牒なんだが、何か言い残しておくことはあるかね?」

 

 

 ……そこまで言われても、何も言い返せません。私だけじゃなくて全員がです。この状況に無意識にパウリーナさんの方に頼る目を向けてしまいましたが、過去最高級の笑顔で返してくれるだけです。

 

 

 あーー、もう!!そういう態度を取らなくてもいいんじゃないですかね!?

 

 

 そりゃ、貴女も私もこの部隊が無くなったところで食うに困ったりはしませんし、なんならその方が幸せに暮らせるかもしれませんよ。

 

 でも、でも……です。責任感ってものはあるでしょう?貴女がこの演習の結果を予測できなかったとは思いません。だって貴女は腹が立つくらい完璧な、……私が尊敬する、この世で最も完璧なメイドさんなんですから。何とでも出来たはずです!!

 

 そんなにここにいるのが嫌ですか?ここに部隊長として配属されるはずだったお義姉様がどれだけ喜んでたか貴女も知ってるでしょう?そこを潰そうって言うんですか?

 

 

 ……絶対許しません。いくら貴女でも、です。

 

 

 考えなさい。レーセン・イナバ、まだ何か言い残すことは出来ます。何とかして、後につなげる時間が。……急げ、急げ、何かないか、何か。……ワタシもいるって言うのに何をしているの?

 

 私にはワタシがいるっていうのに、何で1人で考えようとしているっていうんだか。

 

 ワタシはいたずらだけをする存在じゃないよ。貴女が受け入れればワタシタチにはナンデモできるよ。好きなように世界を変えてみましょう?

 

 それだけで信じるには貴女には前科が多すぎますよ。で?どうするんですか?

 

 酷い言いぐさだなぁ。……本気で言ってるわけないよね。全オラーシャ軍の陸戦ウィッチの5分の1を手中に抑えたんだから手放すわけないじゃん。これはただの圧迫。……それはそれとして、今後の事を考えると反撃はちゃんとかけといてね、部隊長さん?

 

 反撃?私たちの下はいないことを考えると、何とかして上に責任を押し付けるしかないってことです?8中隊のうち6中隊を高射砲中隊として訓練しといて、急に機関銃による空中撃破をさせようとする演習をさせるなって私も疑問に思っていなかったわけじゃないですしね。

 

 

 その線で反論してみます。……みました。

 

 

「0点」

 

 

 ……討ち死にしました。

 

 「反論しようとした気概は買うし、もし部下にやらせてたら0点では許さん。……だが、上に責任を押し付けるつもりなら将来性を感じさせる改善策もつけておけ。上にとって下に責任を押し付けるのは簡単なことだ。それを乗り越えてでも切り捨てるには惜しい部下になることだな」

 

 そう言ってキエフ軍管区長は小屋を出ていきました。その後をパウリーナさんがついていきます。完璧なウインクを私に残していってです。……この、お通夜状態の皆をこれから何とかするのは正直しんどいんですけど……はぁ、頑張りましょうってことですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パウリーナ・アンブラジエーネは最強、最高のウィッチである。

 少なくても彼女は自分の事をそう思ってきたし、また他人に文句を言わせないほどの実績を残してきたとも思っている。保守派についたせいで空戦1位をとれなかったことはちょっと残念だけどそっちのほうが面白そうだったのだからしょうがないと納得した上で嘆息して見せたりもする。人間ってどうしようもない。

 

 

 ……どうしようもなく面倒くさくて面白い。世界は自分にすら予測することも自由にすることもできないなんて。

 

 

「貴方もそう思ってくれますよね?」

 

「その無駄な自負心に感心させられないこともないが、絶対その生き方は生き辛いと忠告はしておいてやろう」

 

 タムさんは全部言わなくてもちゃんとついてきてくれるんで好きです。

 

「貴方の家でメイドを募集してたらそっちに行ってたんですけど、今からでも募集するつもり、ありません?」

 

「お前がいたら気持ちが休まらんしな。家には彼女がいれば十分だ。……だいたいお前は大将のとこで働くのが天職だろう、四六時中陰謀を考えてるようなヤツは家には来ないでくれ」

 

「あ~~!!そういうこと言っちゃうんです!?私が陰謀が好きなのは全く否定しませんけど、……私だって、人並みな幸せに憧れないわけじゃないんですよ?……その点、貴方のとこがこの国、ひいてはこの世界で最高ですので、ぜひぜひそれを身近で見させてもらってニヤニヤさせてもらおうと~~、……思ってるんですよ?」

 

 

 分かってくれないかなぁ……。

 

 

「そんなことを聞いて、誰が雇おうと思うんだ……。ほらほら、お邪魔虫は国の為に働け」

 

 

 私だって、……乙女なんですよ?

 

 

「アーニャさんだって、私の味方です~~!!ある日、突然キスで起こされて私に最高のニヤニヤ顔でコーヒーを渡されないように、精々祈っておくべきですよ~~」

 

 

 それが天職を棄ててでもいいなんて言うってことは……。

 

 

「……彼女とのキスが1回増えるなら、お前という耐えがたい屈辱にも耐えてやろう」

 

 

 そういうこと、なんですよ……?

 

 

「メイドを1人雇っていただきありがとうございます~~。いや~~、これは貴方の人生最高の拾い物ですよ~~。これでこれからの貴方の幸せと私のニヤニヤは完全に保証されました~~!!」

 

 

 私は貴方の1番弟子で、生まれてくるのがちょっと遅すぎた以外は完璧なウィッチです。

 

 

「済まんが……お前には、大将を支えてもらわなきゃならん……。悲しいことだが政治的人間は希少な存在で、俺はお前以上のを知らんのだ」

 

 

 だから、……もうちょっとだけは待ってあげます。

 

 

「元帥閣下は私抜きでも何とか出来る人だと思いますけどね~~。でも、貴方は酷い人です。自分だけ最愛の人の横にいて~~、私には趣味の世界に生きることすら許してくれないんですか?いい加減、あの屋敷にはコイバナ成分が足りないんです。貴方には私に最後まで付き合う義務があると思うんです。助けてください」

 

 

 私が貴方たちの運命を超える日まで。……恋の花が咲く日まで。

 

 

「本当に済まない」

 

 

 貴方に頭を下げられただけで許しちゃう、私に芽生えた愛すべき愚かしさも抱えた上でもですよ?

 

 

「……はぁ、引継ぎが終わるまでですよ~~?ちょうどイキのいいのがいますから、何とかすることにします」

 

「……そこまでとは思わなかったが」

 

「アレに押さえつけられたお嬢様の奮闘に期待っていうことです。……それに、単に固有能力頼りの存在じゃないってことだけは私が保証しますよ。……アレは、私と同じようにおかしいやつです。私と同じように政治方面に伸びてくれるのに期待ですよ」

 

「ミーシャが優れてさえいてくれたら……と思うのは罪深いことだが」

 

「貴方はウィッチに重いものを背負わせすぎです。所詮小娘、貴方の期待に応えられるのなんて私ぐらいでしょう?過保護な元帥閣下が守ってくれてる間にせいぜい青春を送ってもらいましょう。ちょうど競わなきゃいけない相手もいますし、育たなければ死んでしまうんです。……そういうとこが嫌いなんですけどね、私」

 

 ……どうしようもなく面倒くさくて面白い。私たちはそうでしかあれなかったけど……貴女達もここまで早く落ちて来ましょう?私の勘に過ぎませんが、大戦争はすぐそこですよ。選択肢が他にあってなお私たちの所に落ちてくる存在が必要なんです。助けてください。

 




 内戦準備中じゃなかったら内戦を起こしてたけど、恋に落ちてしまったので現在活動休止中系ラスボスメイドウィッチのパウリーナ・アンブラジエーネさんです。

 ラスボスにふさわしい強さと我の強さを発揮する予定なんですが大祖国戦争前までにあがりをむかえるか寿退職していきます。いわゆるお助けキャラ枠。

 大型ネウロイ7は陸上戦艦的な存在だと思ってください。


 後方事情の話であと4~5話かけて実戦にもっていければいいかなぁ。


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総評した話

「原則を確認しましょう」

 

 オルインピアダ・コベレフ第二中隊付陸上重戦闘指導ウィッチが不満渦巻く小屋の中で機先を制して喋り出してくれます。

 

「能動的に自らの運命を決定出来ない者は歴史の掃き溜めに向かうしかない、と……それは戦略的次元に限ったものではなく、戦術的にも、……で、私達は歴史の掃き溜めに向かいつつある兵種であるのだ、と」

 

 彼女が言ってることにはヒスパニア戦役の戦訓の1解釈が反映されています。陸戦ウィッチはついぞ決定的戦果を挙げることは出来なかった。それは、速度に勝る空戦ウィッチには敵の撃滅が適任であり、数に勝る陸戦ウィッチには防衛任務が適任である。本当はこんなお上品には表現してくれないんですが……。

 

 

 空戦ウィッチには何でも出来る。陸戦ウィッチはその数合わせに過ぎない。政治が防衛に兵を割くことを求めるならば奴らでも貼り付けておけ。

 

 

 ……彼女はヒスパニア戦役経験者ではなく、後方に置いていかれたユークライン人に過ぎません。だからこそ、先鋭化しています。自分たちの価値が認められていないことに二重の被差別意識をもって応じるのです。私達(陸戦ウィッチ)は日の当たる場所に何とかして出なければならないのだと……。

 

 

 差別に敏感で面倒見がよく、身内至上主義。同類意識故に私たちの中で陸戦ウィッチを組織化するのが最も上手く、それ故に第一中隊付指導ウィッチになることは出来なかった。私から見たらそんな人です。

 

 

 ……しかし、物事には常に別の面もあります。ネウロイとて存在するための原則を破ることなどできません。存在し続ける為には自らを保全し続けないといけないのです。彼らも決戦は常にお互いが自分が勝つと思っているか、強要されない限り生起しないという原則を破ったりしません。そして私達には彼らに決戦を強要できる戦略的重要拠点が存在するのかどうかすらわかっていない上に、彼らには常に決戦を避けるには十分な狡猾さ(ゲリラ戦)と地上での機動優位(陸上戦艦)があります。

 

 

 陸戦ウィッチはネウロイに与えられる馬草であると誰が評したのかはともかくも、戦闘を彼らが開始できる条件があって彼らが決定できる以上は、私たちは常に赤字に追い込まれざるを得ません。それを破ることが出来るのは今のところ空戦ウィッチの速度だけです。

 

 

「トロッキーの引用でしたっけ、それって。……じゃなくて、私たちは所詮ウィッチ、政治の従属者達、雇われの存在なんですけど何か言いたいことでも?」

 

 第三中隊付陸上重戦闘指導ウィッチのクセニア・モジャイスキーが応えます。

 

「空戦に巻き込まれた陸戦ウィッチは、どうしようもないなら……空を諦めるべきだ、と。高射砲を車載したウィッチ中隊ならば機動戦と空戦の両面で対応できます。政治的には出来るだけ重要地点に素早く駆け付けるべきかもしれないけれども……それは私達の命よりも大事なことですか?」

 

「もちろん、そんなことはないよ。……それに君の言うことは多分正しいでしょう。ただ、私が尻尾を振るのは上の人たちに、ってだけです。上が混乱した指示を出してきたとしてもその結果を私たちが受け入れるのが私たちの仕事で、私たちはただ上からの指示を受けて訓練するだけです」

 

 彼女の言うことは正しいんですが、あまりにも長いものに巻かれすぎるのが難点です。長いものとは政治的には上に盲目的に従うということですが、私生活的には幸福の追求に余念がないということで表現されます。……彼女が主催するイベントに今まで外れたことはなく、そのために幸福追求会なる実行部隊を中隊の枠を超えて編成している組織者です。

 

 そのイベントに乗じて事(いたずら)を起こそうという使い魔を飼ってる身としては痛し痒しです。彼女のイベントが発生するたびに私は最終的に怒られることになるんですが、それでも楽しい事には楽しいと認めざるを得ません。ですので彼女には中隊の枠を超えた普遍的支持があるのですが、能動的にそれを組織化する手腕と意思には欠けてるように見えます。

 

「でも、そういうわけにもいかないでしょう?上も私たちの意見を一応聞いてくれる態度を見せてくれたんだから意見を述べておくべきよ。私達と彼らの視点からは別のものが見えているのだから、伝えるだけは伝えれるように努力しておきましょう。最終的には常に現場は叩き落されるとしても、上が1枚岩でさえなければいつか反対派が拾ってくれるでしょうよ」

 

 第四中隊付陸上重戦闘指導ウィッチでうちの指導層唯一のヒスパニア戦役経験者のカティアは彼女自身も信じてなさそうな風に注意しました。

 

 結局彼女たちの意見の争点は下級部隊が戦闘ドクトリンに疑問を持つべきか?持つとしたら変更させる為に政治活動を行うのか、非公式に不服従するのか?これは最終的にはウィッチというものはどのように軍と関わっていくのかについての思想の違いです。

 

「とりあえず個々の戦闘行動の反省を行ってから、それ以外の話を進めるべきだと具申します」

「個々の戦闘行動を判断するにはそれを包括する戦闘ドクトリンの観点から見るしかないのでそっちを先に片付けません?と言っても、私達の抽象的目的は常に1つ、出来る限り早く必要な場所に到着して敵の意図を妨害することですわ。敵を撃破することも……私たちが生存することでさえ副次的目的にすぎないでしょう」

「異議あり!!陸戦ウィッチが追求する目的はネウロイの撃滅を第一義とするべきであり、その為には十分な火力さえ用意できているのならば、あとは決戦を強要するための速度が重視されるべきである。よって今回の失敗は機材であるDC-3輸送機には射角が制限され統一射撃を実施できないこととその為の訓練の不徹底が原因であり、我々は直ちにその為の改善に取り組むべきである」

 

 イライダ・テレシコワ第五中隊付陸上重戦闘指導ウィッチは戦術面を重視した提案を、ザミラ・ウルマノフ第六中隊付陸上重戦闘指導ウィッチは戦略面を重視した意見を出す傾向があり、ブロニスラヴァ・コルチャーク第七中隊付陸上軽戦闘指導ウィッチに至っては攻勢と機動性を重視するプロレタリア軍事理論―しかも風説に流布された単純化されたものーから万事を判断します。こんな人でも訓練の上手さと指揮下の部隊に一体感を醸成することに長けてるので扱いに困ります。いくら何でも反共で組織された部隊が赤い理論で構成されるのは政治的に厳しいと思うんですよね。

 

 イライダは与えられた目の前の問題を解決することが上手く、ザミラは物事の観念的把握が早いことで政治・戦略面での視点に優れていますが、その為に目の前の課題の解決がおろそかになる欠点があることから2人で1人の軍管区長に匹敵すると2人の部隊では評判です。私も同意見ですので今回もその活躍に期待しています。

 

 彼女たちが連合してブロニスラヴァの教条主義に対抗した論争を行い、そこにローザが流れを変えるための一言を放り込むことで部隊の統一見解を形作っていく、うちでよくあるプロセスから私は彼女たちの事をうちの非公式参謀本部と心の中で呼んでいます。その見解にオルインピアダが陸戦ウィッチの、クセニアが上司たちの、カティアが実戦経験者としての意見を追加していくことで深みが加えられていきます。

 

 

 こう言ってしまえば私の存在なんていらないように思えます。そうです。

 

 

 ……彼女たちがそれぞれの意見を反映しすぎなければそうなんです。

 

「目的はともあれ、私達は飛行機で機動するしかないのでその線で議論を行うように。車両を用意するのも難しい。輸送力は現在でもかつかつで現地で最適地に事前集積しておくのは明らかに無理がある。……幸いなことにレーダーでのネウロイ索敵成功記録があり、DC-3にも夜間航行用に配備されている。これで安全性を確保する?ブロニスラヴァの意見は議論に値しない」

 

 現状を打破してくれそうですが一言も二言も足りてない言葉を放ってもらったので、とりあえず火消しします。

 

「コルチャークの意見が議論に値しないのは、その意見は余りにも明確過ぎてそれ以上深めようがないからです。あとで実際にやってみるしかありません。そして私たちはあらゆる可能性を議論する必要があるので納得してください」

 

「了解しました。ですが、無駄なことだと思います。上は我々に今までと違うことをやらせた上であそこまで言ったのであり、攻勢と機動性の原則にも合致していた以上は空中撃破案は正解だと愚考する所存であります」

「私もそう思っておくべきだという意味でそれに同意します。訓練に戻って上からの指示があるまで待つべきです。今回の演習により上層部での多少のごたごたは想定されるところであり、今不用意に意見をあげると政争に巻き込まれる恐れがあります。特にオルインピアダとザミラあたりが飛ばされる可能性は十分あります」

「それでも構いません」

 

 ブロニスラヴァの暴発を止めようと思ったら別なとこに延焼しました。

 

 私たちのうち私とベロルシア人のイライダを除けばちょうど中隊指導ウィッチの出身はオラーシャとユークラインの半々になります。そのうちで政治的になりあがってくる恐れがある軍管区長に匹敵すると噂のオラーシャ人のザミラはこの部隊が保守派のひいてはユークラインの首都であるキエフの名を冠する有力となるべき部隊にふさわしくないとしての民族感情があるということなのかもしれません。オルインピアダは分かりやすく陸戦ウィッチを組織しすぎて政治的に手に負えなくなる恐れがあるということなんでしょう。

 

 

「私が構います。部隊長が部下の面倒を見てやれないなら辞めてしまうべきでしょう?それにさっき“部下にやらせてたら0点では許さん”と言われたばっかりですしね。とは言え意見具申をするかどうかは議論を終えてからもう1度考えるべきことです。メルクロワに“将来性を感じさせる改善策”を貰いましたが皆はどう思いますか?」

 

 自分が言われたばかりの言葉を早速下に対して使ってみます。確かにこんな部下は守ってやりたくなりますね。……まぁ、私には全員を等しく政治的に守り抜く義務があるのでそんなひいきはしませんけど。私はお義姉様の部隊を預かっているだけです。可能ならば少しでも良い状態でお返ししたいとも思いますけど、こいつらの手綱を引くのは中々骨が折れるので私のそんなささやかな願いが叶うかどうかは彼女たち次第かなぁ……。うん、きっとやってくれるはず。

 

 

「レーダーの索敵可能距離と対応体制が構築出来るのかどうかが気になりますね。レーダーの索敵可能距離が仮に60kmだったとして敵もこっちと同速で突っ込んでくるなら10分で送り込まなきゃいけないけど、無視して輸送機を狙われるとどうしようもなくなると思うんですがね。そのへんはどうなってます?」

 

「昼間なら何とかなるはずです。そもそも論として護衛に空戦ウィッチを前方展開しておけばもっと早く発見して撃滅するにも退避するにも可能だと思いますけど……。夜間戦闘ともなると、……向こうが何らかの探査手段を用いてきたら私が発見そのものは出来るとは思います。思いますけど、その上で戦闘は無理かなと、帰投を考えないで投入するか輸送機に激突するのが落ちです」

 

 空戦ウィッチがここにいないので私が答えます。軽偵察ウィッチの資格しか取ってませんが、空戦の様相は把握しています。ただ最新型ストライカーに乗って戦闘を行うよりも隊長機は長時間空中にいて戦場の様子を把握すべきであり、また固有魔法がその為にぴったりだったのでソードフィッシュが私の乗騎になって、その為の訓練と隊長業務への習熟に駆り出されたので自分で実行するには習熟が足りてないというのが事実です。

 内緒話ですが恐らく私は魔道エンジンの波長を無理やり合わせることでどのストライカーでも起動させることが出来るはずです。まともに機動出来るかは別問題になってしまいますが。

 

「隊長、貴女の索敵可能範囲はどれくらいですか?」

 

「えっ、敵の探査手段が私に届いた時点で気付くので敵依存でどこまでもですよ?」

「よし!安全性の確保に成功」

「いや、これだけで安全性が確保されたと言うのは早計ですわ。夜間発見された場合にパラシュート空挺を実施できるか確認しておかないことには……。そもそもうちの部隊の夜間戦闘操典が用意できてないのをいい加減何とかするいい機会だと思いますのでそれも含めてまとめてしまいましょう」

「属人的な方法にはあまり頼りたくないんですが」

「今回の演習の教訓から空挺後の部隊の再編成についても話し合うように」

「昼間でも合流に手間取ったのに敵前での夜間だとどれだけ手間取ることやら」

「そもそも航空ネウロイは夜間襲撃を積極的にかけてくるんですかね?」

「昼間戦闘能力でこっちが勝てば合理的にそうしてくると考えておくべきだろう」

「昼間の高射砲演習ですら撃破するのに600発も砲弾を使ったのに、夜間高射砲戦闘なんて補給がもつかどうか」

「ですが夜間も機動と戦闘が出来ないと私たちの価値は単純に半減しますので重点研究対象としてこれから考えておくべき項目ですわよ」

「うわぁ、それ、絶対えぐい仕事量になるんですけども」

 

 話し合いが前向きに活性化してきたことには喜びを感じますが、その仕事量を考えると私もうわぁとしか感想がないです。今回の演習結果から戦闘ドクトリンの改定案を出してそれに対応した個々の戦術行動の具体案の作成にまだ手を付けてもいない夜間戦闘操典の作成までやるとなると案だしだけでもどれほどかかることか。それが終わっても今度は再確認の小演習をひたすら行って深めていくことを考えると今から憂鬱です。

 

 

「これで私たちの運命が決定するのです。頑張りましょう、と言っておきます」

 

 オルインピアダの私達思わずため息をついてしまった組への発破掛けが口火を切ってそれから私たちは延々と私たちの部隊に魂を吹き込むための話し合いを続けていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルインピアダ・コベレフは平凡、普通なウィッチである。

 先の大戦で彼女を出産した直後に黒海上のネウロイの巣を攻略する幻月作戦に志願してネウロイとの激烈な戦闘の果てに結局第三派の最終攻撃隊として特注された戦略爆撃機から2t爆弾を抱えて飛び降りて世界を救った母親を持ち父親だけに育てられた良くいるウィッチの1人である。

 彼女にとって母親は歴史に名を刻んだ写真の中だけの存在であり、そんな母親を誇りに思ったり自分が片親しか持たない子である運命を悲しんで、反抗の為に共産主義活動に身を投じてしまうぐらいには普通の存在だった。

 

 ……慕っていた先輩がヒスパニア戦役で戦死しなければ彼女は今でも普通の存在だった。

 

 

「あ~眩しい。私はこれらに毛布を掛けてから戻って寝ますけど、貴女達はどうします?」

 

 イライダが死屍累々の小屋を見渡しながら私とブロニスラヴァに確認をとる。

 

「まったく、戦役経験者でもこのざまとはたるんどるな。中隊に戻ってくるので貴官に後を頼んでもいいか?」

「あはははは、寝れるときには寝るというのも戦争の鉄則ですから。あとは頼まれました」

 

 そう言って彼女は揺るがない足取りで小屋を出ていった。

 

 

 残された私たちは少しの間顔を見合わせて仕方ないなぁというような曖昧な微笑を同時にお互いの顔に発見してちょっと笑ってしまった。

 

「あの人はああいう人ですからね、演習も無事終わったことですのでお茶でも一杯ご一緒しませんか?」

「分かりました」

 

 

 私の返事を聞くや否やイライダはぱっぱっと準備して彼女が懐から取り出したクッキーをつまんで私は彼女とお茶を頂いた。

 

「これから忙しくなることを考えたらここでゆっくりしていきたい所ですが、そういうわけにもいかないんで一杯だけ飲んだらお仕事しますか」

「貴女にとって、これも仕事ですよね」

 

 イライダはちょっとだけ困った顔を見せてから笑顔を私に返した。

 

「ブロニスラヴァに言ったことと違う」

「あの人がいないとこでしゃべりたかっただけなんで、文脈をちゃんとつなげるがめんどくさくなってですね、私も眠いですし。じゃあ枕はおいてさっさと言います。同盟組みません?」

 

 私は無言でイライダに先を促す。

 

「うちで今政治的に動員できるのは私とザミラと貴女のとこだけですから、一本化しておきたいんです。存続の危機ですので私たちが急進化して貴女に合流するのは極めて自然なことです。このさい危機感を煽って各中隊に支持層を拡大しておきたいんですけれども、その為には貴女を旗頭にまとまったって話があれば分かりやすくていいんです」

「そして何があったら私だけを飛ばす、と?」

「その代わりに貴女に支持が集まるはずなんでそれは受けてください。クセニアが飛ばされる恐れがあると言った際に貴女は”それでも構いません”と言ったじゃないですか。それにこの場合貴女以外は旗頭になれませんし」

「抑えるのはどっちを?」

「中隊長の方で」

「部隊長じゃなくて?」

 

 私たちの隠語で中隊長はレーセン、部隊長はミーシャのこと。

 

「部隊長を抑えるのは本気すぎます。部隊長を動かせると私たちの政治的動員可能な中隊が4つになって、他の中隊もこっちに同調する可能性が出てきます。これで反乱可能性を匂わせると上も妥協してくれないと思います。怖すぎます。中隊長だと3中隊で済んで他の中隊が向こうについて確実に鎮圧できる反乱予備軍以上にならないので、多少の飴で黙らせておくでしょう。それにこれに部隊長を持ち出すとスポンサーとご実家が怖いですし」

「中隊長も同じご実家だけどね」

「中隊長は立場的に部隊の存続を図らなきゃならないんですから、ご理解いただけるでしょう。いざとなったら部下の面倒を見てくれるそうなんで、助けてもらいましょう」

「中隊長も大変な仕事ですよね」

「部隊が存続の危機にあるのに大変じゃないわけないですよ、それに貴女が狙ってる立場じゃないですか」

「……いつまで続くの?」

「決定的戦果を挙げるまでです。それじゃあよろしくお願いします。細かいことは後でちょいちょいお手紙しますんで」

 

 そう言ってイライダが小屋から出ていったのを私はぼぉっと見ていたが、イライダは歩哨に事前に用意させていたのか人数分の毛布と自分の枕を受け取り、すぐに帰って来て横になって私を置いて熟睡してしまった。

 

 

 なんとなくすぐに寝る気にならなかった私は机の上に乱雑に散らばっているメモ用紙を集めながら自問してみた。

 

「……いつまで続くの?」

 いつまで私たちは政治に統制されるの?あと何人殺されればいいの?

 

 

 他答がふと浮かんできた。

「決定的戦果を挙げるまでです」

 

 決定的戦果とは何を意味するのかこの時の私には分からなかったし、今でも分かった、とは言えないけれども。

 

 

 何となく中隊長の寝顔をみてみた。このあどけない顔からはウィッチ千人の、ということはおよそ3千万人の命運を預かっているとはとても思えなくて、普通の女学生にみえた。

 

 普通の存在であることを辞めた私が第二中隊で普通にみえるレーセンが中隊長であることには皮肉を感じざるを得ないけど。

 

 ……大丈夫。私はまだやれる。全てのウィッチの為に。先輩の為に……。

 



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休暇を取る話(導入)

 

 

 「お休み、お休み、お休みですよ」

 

 あれから3週間後の私はそう言ってまだ暗い中ベットから起き上がりました。

 

 あれからというもの小演習に次ぐ小演習、おまけに演習を週ごとに開催したのでその為に相次ぐ調整と毎日夜遅くまで続く会議という消耗の果てに何とか形は見えてきてあとは上にその結果を叩きつけて実戦での審判を待つのみです。

 

 ですからお休みがようやっとまわりまわって私の所までたどり着いたのです。

 

 基地の自室から見えるキエフ湖の眺めは雨に彩られていますが、私の心は完全に晴れ渡っています。ですのでやるべきことをやります。私に憑いている兎の両耳を思いっきり引っ張ってやります。

 

「今日何かしやがったら、火あぶりの刑で」

 

 感覚を共有している以上こいつだけを罰する手段がないので共に苦しみを味わいつつの脅迫をかけます。私は本気ですよ。今日を壊されるくらいならお前と共に苦しみを背負ってでも復讐を遂行する覚悟があります。……しばらくやっても何の反応も返してこないこいつを前にして諦観と共に引っ張るのをやめる結果となりました。痛いですし。

 

 

 不本意な結果ではありましたが、目は覚めてしまったので食堂でお茶を一杯ひっかける

ことにします。陸戦ウィッチは結構な数がいるので中隊ごとに分散した宿舎に住んでいますが給食機能は私達の本舎に集約されているので基本使える演習場の数が限られていることによる活動時間差から食堂はいつでもある程度の活気が保証されています。

 

 

 

 食堂でキャロットケーキとお茶を調達してぼぉっと一息つきましたがそれにしてもこんな時間にしては人が多すぎるしざわついているような気がします。意識を戻して周りの音を拾ってみましょう。

 

「こんな朝早くたたき起こさないでよ~~」

「しょうがないじゃん。あんたこの前私が誘わなかったら怒ったでしょ?確定情報じゃなかったから呼ばなかっただけなのに。だから今回は呼んであげたことにむしろ感謝してよ。今回はこの人の流れ的に絶対何かあるから。」

「そだっけ。ありがとう、ごめん。で何があるのかなぁ?」

「そだっけ、じゃないでしょ。……今回は事前告知なしの突発型だけど最初っから食堂に人が集まるってことは盤上遊戯系かな。料理大会とかするにはもうちょっと遅いし」

「私そういうのなら得意だから優勝狙ってみようか~~」

「あんたはほんとこんなバカっぽいのにそういうの強いのは納得できない」

「その言い方は私、酷いと思う」

「日頃の行いがねぇ……」

 

 

 背筋に冷たいものが走って正気に叩き戻されました。幸福追求会の活動は一般には事前告知なしであっても私には調整や管理の関係で告知が来ているので知っています。ですが本当に私にも告知なしでやることもあります。まさか今それがきてしまうとは……。そもそも彼女たちが私に告知するのは憲兵さんたちに見とがめられたりせずにイベントの実行委員が長時間準備活動を遂行できるように活動を公式の慰安扱いにするためです。

 

 幸福追求会のそもそもの始まりは厨房の私的利用権の要求からでした。私たちの1つの食堂には2つの厨房があって12時間交代制で三々五々と現れる私たちの食事のニーズに応えてくれています。ですがそれはほんとに語義通りの意味の必要性を満たしているだけなのが玉に瑕なんですが……。毎日毎日具沢山シチーを3食食べされるのは栄養学的ニーズを満たしても精神的ニーズは壊滅的状態へと移行するための恐らく最も迅速な方法です。

 

 “実の父よりもシチーは飽きることがない”“”善人はシチーから逃げない“……ことわざがただただ虚しく響いていく中で彼女たちが立ち上がったことが部隊全体の為の福音となりました。使ってない方の厨房では当然に掃除や点検などの管理が行われるのですが、9時間ほどは封印状態でただ放って置かれているだけだったのです。彼女たちはそこを突きました。そしてあれよあれよという内に使ってない厨房を使用する権利を独占的に獲得し、それをイベントという形で部隊全体に還元したのです。

 

 イベントに勝てば自分の食べたいものが食べれる。そんな単純なことに誰も抗うことが出来ずに彼女たちは普遍的な支持を獲得していきました。独占させた私が言うことではないことではないかも知れませんけど……厨房の使用交渉過程で使用後の清掃の徹底を求められて個々人の自由使用に任せておけなかった以上は必然であり、私としては最善の選択だったと確信するものではあるのです。その後の拡大はただ彼女たちの頑張りとクセニアの手腕の表れですし、不満を誰も表明してないのでそれでいいんです。

 

 今私が食べてるキャロットケーキは何なのかというツッコミが届く前に弁明させていただけると幸いなのですが、これは彼女たちに作ってもらったものではなくて倉庫から引っ張り出して貰ってきたものです。食堂横には憲兵さんが管理する食料倉庫があってそこから缶詰やらパンやらを買ってくることが出来ます。……それがあってなお幸福追求会が蜂起したという事実からその質の方は察してください。温かさと出来立てこそが正義です。

 

 今となっては幸福追求会が素材として使ったり、イベントに勝てないから仕方なく買って食べる扱いをされてしまっている缶詰に我が国の後進性を感じざるを得ません。温め直せば美味しいんでしょうけど、厨房が使えるならもっとちゃんとした料理を作るので素材の自由入手可能性がないというただそれだけの理由で使われているという悲しさです。我が国の擁護をしておくと食料生産国としてちゃんと美味しい食べ物はありますし、そういう高級缶詰もあるんですけど安全性の為の検閲がかかって私たちの口に届かないだけなんです。……その言い訳はどうなんでしょうと私も思ってますよ。絶対高級缶詰って安全にも気を使ってるでしょう?

 ちなみにこのキャロットケーキはぬか喜びのキャロットケーキなる別名を部隊内で獲得する名誉を得た品です。倉庫の目録の中にある唯一のケーキだと思って注文すると全然甘くないという罠が仕掛けられています。甘味を求める若い女子の純情をもてあそぶ酷い処置です。私はこれには味は求めずに少しでも兎を満足させてくれないかという一縷の望みで食べ続けてるだけです。一事が万事こんな感じですので束の間の自由を得られるキエフ市街への休暇が人気を博するのも納得というものですよね。私も今日の午後から行く予定でした。

 

 しかし事は一刻を争います。もう何か不思議なことがあったというだけで、犯人扱いされる不名誉な立場に私は追い込まれてるのにこの兎のせいで確信を持った反論を行えずに結局解決まで責任を取らせるんですよ。

 今日は何としても責任から逃れるという強い決意と共に私はその場を離れていきました。

 

 

 

 基地からキエフ市街までは40kmぐらいですのでその気になれば歩いてでも抜け出せますが私はちゃんと休暇申請書にキエフ市街へと外出することを書いておいてあるので、憲兵さんを恐れる理由もなく汽車に乗っていくことにします。この行けなくもないけどという絶妙な距離感なので基地からの脱走者を抑止するのに駅だけを見張るというわけにもいかずに基地を出るには休暇申請時に申告しさえすれば認可は下りるという緩い規律で運用がなされています。

 そのかわりに入退出時の手荷物検査が厳しいのでお土産はだいたい没収されて憲兵さんの懐に入ります。もはや”憲兵さんにお土産を買っていく“という言い回しが部隊に定着していますが、部隊を預かっているものとしてはこれが賄賂の温床になるんじゃないかとちょっと不安だけれども、何かできるわけでもないので放置です。キエフ軍管区出動集団はキエフ軍管区の直轄部隊ですが、この基地を管理しているのはキエフ軍管区治安維持局で向こうもキエフ軍管区の直轄部門ですから。

 

 

「第一中隊付空中軽偵察指導ウィッチ殿、おはようございます。お早いお出かけですね」

「せっかくの休日ですから、市街を楽しもうと思いましてね」

 

 駅の入場口で憲兵さんに挨拶します。憲兵さんたちは全員女性です。この基地に限った話というわけではなくてです。治安維持局の実働部隊は女性に限るという差別的規定の起源は大戦後に端を発しているものです。大戦時のお義父様の1派による救国統一戦線革命によってこの国は反革命と革命の2つの色が支配する世界へと変貌して形を何とか保つことに成功しました。そして戦後の問題は発展でした。まさにこの問題こそが2派の運命を決するものだったので、反革命保守派はその為にありとあらゆる譲歩を重ねて生産戦争を戦い抜きました。戦争……そう、戦争です。私たちは大戦から今日に至るまでずっと戦時体制を続けてきています。どちらかが滅びるまで終わらない戦争を。それが実戦ではなかったことだけがただただ幸福です。女性憲兵はその為の処方の一つです。

 生産戦争に可能な限りの男性労働力を振り向けるために保守派は妥協を重ねて女性を家から出すことにも同意しました。女性の解放を謡う革命勢力を打倒するための非常措置としての不承不承だったのですけれども……。そしてその表象は女性憲兵としても表現されたのです。共産主義に勝つためなら法の執行を女性に売り渡しさえしました。私有財産制と神への信仰を守るためにありとあらゆる譲歩を重ねた結果かどうかは分かりませんがまだ保守派はこの国の多数派としての自己を保全しています。ペテルブルク管区とモスクワ管区での敗北を経ても、なおです。

 

「次の出発はいつですか?」

「ご存知の通り私にはお答えいたしかねます」

 

 

 この駅は軍事的必要性により設置された駅ですので、乗客の見込みはほとんどありませんが運営されています。ですので私たちはこの路線が運輸局の新人研修場になってることも受け入れなければなりません。確かにそのおかげで頻繁に汽車が通っているので文句を言える立場ではないです。そのかわりとしていつ汽車が通るかどうかは利用者側にはさっぱりわからないんですけれども……。

 

「ご実家に帰れるなんて羨ましいですね。私、ヴィリニュスの出身なんで中々家に帰るのが手間取るんで、足が遠のいちゃってるんですよね」

「カールスラントですものねぇ。でも何でオラーシャで働いているんです?リエトゥヴァ人ならそっちで働いた方がお給料も高くて親孝行できたでしょうに。……え!?」

「私の家系はポルスカ系ユークラインでして、ユークラインに貢献しろって親に言われてなんとかここに潜りこんだんです。まぁ、お給料はともかく楽しい職場ですよ。食費も安いですし」

「書類は何時付けの承認になってます?」

「え~とっ、……今日の0時からの承認になってますけど、1時に効力差し止めの上でご実家への出頭命令が出てますけど、どうかしました?」

「私、それ聞いてないんです」

「そうなんですか、……まぁ、ご実家に帰れるんですから細かいことはいいじゃないですか。外出許可印は押しておきましたのでもう出てもらっても大丈夫です。それではいい旅を……」

「特大の土産でも期待しといてください……」

 最悪、部隊が消えますので。

「いえいえ、ただただ旅の安全をお祈りしておきます」

 そんな会話の後に駅を後にした私は加減速の下手な新人の操る外れ汽車で接続駅へと向かい念願のキエフ市街をただただ汽車の窓から眺めてキエフの郊外の実家へと流されていきました。

 




この話のユークラインはユダヤ人+ウクライナ人の設定です。
ユダヤ人に民族的悪口が集中しているのは皆さまご存知だと思うのですが、ウクライナ人にも狡賢いという偏見がありました。(赤軍記者グロースマン―独ソ戦取材ノート1941‐45)



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