果樹王ニシキ (柊一二三)
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設定まとめ 設定まとめ①:主な登場人物


【果樹八楯】
〇白水真人
○雛市糺
○成生俊丸
○楯岡雪弥
○延沢貴臣
○漆山紲
○吉野川流香
○岬愁慈郎

【真人たちを取り巻く人々】
○鮭川凛
○三中創
○ウカノメ
○白水義人
〇簗沢・高豆蒄・月布


※本項ではイメージCVを記載しておりますが、あくまでイメージの助けとするものであり、作者の妄想に過ぎません。敬称も省略しています。ご了承ください※




 

 

【果樹八楯】

 

○白水真人(しろみず‐まさと)

初登場:1話  イメージCV:鈴木千尋

性別:男性  年齢:21歳  出身:東根市

変身する戦士:果樹王ニシキ

さくらんぼ農家を営む青年。本作の主人公。

何事にも真っ直ぐで、困っている人を放っておけない。舞鶴山で負傷した糺を目の前にしたときも、自分が代わりに闇邪鎧へ立ち向かおうとする程。その勇気をサクランボメダルに認められ、父の形見であるインロウガジェットとともに『果樹王ニシキ』として戦うことになる。

冷静な一面もあり、父が死んだ真の理由を聞いても動じることがなく、むしろ『誰かを守った結果』であることを誇りに思っている。

はじめは親友である創への後ろ暗さから自分がニシキであることを隠していたが、大森小学校での戦いの中で和解し、胸を張ってヒーローであることを誓った。

作中では不遇な役割に遭うことも多く、「どだなだず(訳:なんてことだ)」と嘆くのが口癖。

 

 

 

○雛市糺(ひないち‐れい)

初登場:1話  イメージCV:種﨑敦美

性別:女性  年齢:20歳  出身:河北町

変身する戦士:紅姫レイ

勝気で皮肉屋な少女。本作のメインヒロイン。

県内のローカルアイドル『つや姫』の二代目センターで、戦うための技術も独学で身に付けるなど努力家。自分自身に誇りを持っているものの、ヨシアキ闇邪鎧との戦いではその容姿を鼻にかけることなく啖呵を切ったことも。

親友にして『つや姫』の仲間である鮭川凛とともに闇邪鎧に遭遇したことがきっかけで『紅姫レイ』として戦うことになった。またその際、先代のニシキである真人の父・義人が自分たちを庇って亡くなったことが引け目となっており、はじめは真人との距離感を測りあぐねていた。

仲間内ではツッコミに回ることも多く、常に所持している河北スリッパで引っ叩く一芸は、周囲からも好評である模様。

 

 

 

○成生俊丸(なりゅう‐としまる)

初登場:2話  イメージCV:平川大輔

性別:男性  年齢:26歳  出身:天童市

変身する戦士:慧識王ソウリュウ

物腰柔らかで知的な青年。天才棋士として君臨し、また獲得した賞金で地元に塾を開くなど、県内では人格者として知られている。

舞鶴山人間将棋でノブナガ闇邪鎧に遭遇したことがトラウマとなっていたが、塾の教え子がヒロシゲ闇邪鎧に襲われたことを機に立ち上がり、『慧識王ソウリュウ』として戦うことになる。

将棋以外の知識にも明るく、主に闇邪鎧の元となった偉人の解説をするポジションとして、仲間からも「先生」と頼りにされている。

 

 

 

○楯岡雪弥(たておか‐ゆきや)

初登場:4話  イメージCV:鈴木裕斗

性別:男性  年齢:18歳  出身:村山市

変身する戦士:武刀王ゴテン

心優しい武道少年。真人の高校時代の後輩。剣道・居合とともに相当な実力者で、中性的な容姿から沖田総司や森蘭丸になぞらえられることも。

武道家でありながら酒乱でDV気味の粗暴な父を持ち、武の道の目指す『精神修練』について疑問を持ち始めていたが、ジンスケ闇邪鎧の襲来で父の命が危険に晒されたとき、ここで刀を振るわぬことこそ恥であると、『武刀王ゴテン』に変身する。

流香と出逢って以降、彼女の境遇に自分を重ねたこともあり、『刀になる』と誓う。

 

 

 

○延沢貴臣(のべさわ‐たかおみ)

初登場:5話  イメージCV:木村昴

性別:男性  年齢:22歳  出身:尾花沢市

変身する戦士:命泉王ギンザン

豪気な若き経営者。銀山温泉にある旅館の一人息子で、現支配人。基本的には真面目な青年なのだが、『つや姫』のコアなファンでもあり、糺や流香と出逢った時には暴走しかけることも。その度に妹のこころらに制されており、女性陣には頭が上がらない。

凝り固まった『伝統』を打破するべく奮闘している中、セイフウ闇邪鎧の襲撃に遭う。その中で『銀山温泉を守るということ』の心に気付き、『命泉王ギンザン』として戦うことになる。

 

 

 

○漆山紲(うるしやま‐きずな)

初登場:6話  イメージCV:加藤将之

性別:男性  年齢:26歳  出身:山形市

変身する戦士:紡史王ブンショウ

シニカルな元・霊能者。糺からは『エセ霊能者』や『キザ野郎』と呼ばれている。

先代ニシキとも共闘してきた唯一の戦士で、その縁から、真人の家にインロウガジェットを持って行った張本人である。

右目を髪に隠し、左手のみに皮手袋を着用しているという妙な出で立ちをしていたり、似つかわしくないような清楚系の妻・楪がいるなど、謎の多い人物。

LINEノベルに掲載している『死告ノ糸~オナカマ探偵漆山紲の事件簿~』の主人公でもある。

 

 

 

○吉野川流香(よしのがわ‐るか)

初登場:8話  イメージCV:花守ゆみり

性別:女性  年齢:17歳  出身:南陽市

変身する戦士:桜姫ルカ

天真爛漫小悪魔ガール。『つや姫』のメンバーであり、糺との親交も深い。

両親がどちらも不倫をしているという崩壊した家庭環境で育ち、だれかを愛すること――ひいては男性との交流そのものを避けていた。しかし、雪弥との出逢いやコウタロウ闇邪鎧との戦いで『桜姫ルカ』となってからは心境に変化があり、一歩踏み出せるように努力し始める。

語尾に「~だし」と付けた軽い口調が特徴であるが、芯のところでは真面目な性格で、雪弥に惹かれた際も『つや姫』としての在るべき姿にケジメを付けることを考えたりする一面も。

 

 

 

○岬愁慈郎(みさき‐しゅうじろう)

初登場:9話  イメージCV:谷山紀章

性別:男性  年齢:21歳  出身:米沢市

変身する戦士:義愛王アイゼン

誇り高き米沢の狼。『つや姫』と対を成す男性ローカルアイドル『雪若丸』のセンターであり、米沢市内を管轄する極道『岬組』の四代目でもある。

家宝である直江兼続の兜(のレプリカ)を重視しており、本人もしばしば『愛』と口にすることが多い。これと決めたら直球なところがあり、『義愛王アイゼン』としてコマチ闇邪鎧と戦った際には真っ向から『想いを伝えること』について啖呵を切るほど。

行方不明となっていた鮭川凛に片想いをしており、ライブで各地を回る度に捜していた。

 

 

 

 

 

【真人たちを取り巻く人々】

○鮭川凛(さけがわ‐りん)

初登場:回想のみ  イメージCV:森谷里美

性別:女性  年齢:21歳  出身:新庄市

『つや姫』のメンバーで、糺の親友。パンクな出で立ちを好む。

現在はムドサゲの一人『ハチモリ』の依り代とされてしまっている。

 

 

 

○三中創(みなか‐そう)

初登場:1話  イメージCV:宮野真守

性別:男性  年齢:21歳  出身:朝日町

ヒーローを目指す好青年。真人の高校時代からの親友。県内で活躍するローカルヒーロー『五元空神アサヒ』のスーツアクターとして働いていたが、舞鶴山の一件以降、作り物では異形に勝てないという現実を突きつけられる。真人がニシキとしての力を得たことも相まって、アサエモン闇邪鎧・ゲンエモン闇邪鎧との戦いの際は、焦りからの八つ当たりも見せた。

現在は真人と和解し、自分なりに人々の笑顔を守ることと、真人の隣に必ず立つことを誓う。

 

 

 

○ウカノメ

初登場:1話  イメージCV:あき竹城

喫茶店『ごっつぉ』を営む女丈夫。元気なおばあちゃん。

果樹八楯やインロウガジェットの守護をしており、その正体は神様だというのだが、詳細は不明。

 

 

 

○白水義人(しろみず‐よしひと)

初登場:回想のみ

真人の父親。糺や凛が闇邪鎧に襲われた際、その身を盾にして命を落とした。

 

 

 

〇高豆蒄・簗沢・月布

初登場:3話

『ごっつぉ』の常連であるおばちゃんズ。よく喋る高豆蒄、やや落ち着いた簗沢、おっとりとした月布の三人セットが基本である。

真人の父・義人を知っており、『岬組』の初代である善慈郎との面識もあるらしい。

 

 



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設定まとめ②:戦士一覧



【果樹八楯】
○果樹王ニシキ
○紅姫レイ
○慧識王ソウリュウ
○武刀王ゴテン
○命泉王ギンザン
○紡史王ブンショウ
○桜姫ルカ
○義愛王アイゼン




 

 

【果樹八楯】

 

○果樹王ニシキ(かじゅおう-)

初登場:1話

変身者:白水真人  シンボル:東根市

モチーフ:農家・拳法家  基調カラー:白

最もメイル数が多く、無限大の可能性を持つ戦士。イクィップ・チェンジによって様々な武器や戦闘スタイルを使いこなすことができ、どんな敵相手でも立ち回ることが得意。

メイル一覧:

・ニシキメイル  メダル:サクランボ(佐藤錦)

 変身音声:《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

 さくらんぼ型の手甲『サクランボンボン』を駆使し、肉弾戦を得意とする基本フォーム。

 サクランボンボンは内側のハンドルを握る形で固定しており、ロケットパンチのように投げたり、スイッチを押すことで種飛ばしの遠距離攻撃も可能。

 必殺技は、熟して巨大になったサクランボで殴る『サクランボンバー』。

・フランメイル  メダル:ラ・フランス

 変身音声:《ラ・フランス! 出陣‐Go-ahead‐、ニシキ! 心に錦、掲げる剣!!》

 左腕の盾とセットになった騎士剣『ラフランスライサー』で戦う。

 攻防スピードいずれも優れたバランス型。必殺技は、瑞々しい果汁の飛沫で刀身の伸びた剣で斬りつける『ラフランスプラッシュ』。

・ケヤキメイル  メダル:オオケヤキ(東根の大けやき&大けやき相撲)

 変身音声:《オオケヤキ! 出陣‐Go-ahead‐、ニシキ! 心に錦、鳴らせ柝!!》

 巨大な軍配型の手斧『ケヤキグンバイ』を振り回すパワーフォーム。破壊力だけでいえば他のメイルを大きく凌ぐものの、鎧が重すぎて損なわれた機動力がネックであり、非常にピーキーな性能を持つ。

 必殺技は、斧を天高く放り、連続ツッパリをお見舞いした後で、降ってきた斧を振り下ろす『東西総破大番狂』。

 

 

 

○紅姫レイ(こうき-)

初登場:1話

変身者:雛市糺  シンボル:河北町

モチーフ:神楽巫女  基調カラー:赤

作られた果樹八領の中では一番古く、最高級の染料である紅花をはじめとして、優雅な気色で舞うように戦うことを得意としている戦士。

メイル一覧:

・ベニバナメイル  メダル:ベニバナ(紅花発祥地)

 変身音声:《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

 基本形態。手首に装着している紅花を模したリストブーケ型武器『紅花乾坤圏』を扱う武闘派のフォーム。

 必殺技は、両手首を打ち鳴らして発生させた花弁を放つ『紅花爛漫』。

・オヒナメイル  メダル:オヒナサマ(徳川幕府保護下のひな人形)

 変身音声:《オヒナサマ! 出陣‐Go-ahead‐、レイ! 舞い踊れ、オヒナ・プリンセス!!》

 単衣のような鎧に身を包み、長い袖『雛袖』を武器として戦う。必殺技は、垂らした袖が五色の虹となって伸び、敵を捕らえて攻撃する『五色繚乱』。

 

 

 

○慧識王ソウリュウ(けいしきおう‐)

初登場:2話

変身者:成生俊丸  シンボル:天童市

モチーフ:棋士・学者  基調カラー:青

棋士や文官のような出で立ち通り、軍師タイプの果樹八楯。一撃の威力が低い分、多彩な技を以て敵を圧倒する。

メイル一覧:

・メイルフォーム  メダル:ショウギ(人間将棋)

 変身音声:《ショウギ! 出陣‐Go-ahead‐、ソウリュウ! Flipping-the-board!!》

 腕に羅針盤型の弩『盤上天下(ばんじょうてんげ)』を装着しているフォーム。駒の描かれたダイヤルを回してトリガーを引くと、対応する駒の動きと同じように光線を飛ばすことができる。

 必殺技は、王将でトリガーを引き、動く駒兵を召喚する『幻装号令』。

 

 

 

○武刀王ゴテン(ぶとうおう‐)

初登場:4話

変身者:楯岡雪弥  シンボル:村山市

モチーフ:侍  基調カラー:黒

刀を操ることを得意とする武士タイプの果樹八楯。修行に裏打ちされた、真っ直ぐかつテクニカルな技を持つ。

メイル一覧:

・バラメイル  メダル:バラ(東沢バラ公園)

 変身音声:《バラ! 出陣‐Go-ahead‐、ゴテン! 悪・即・斬、疾・推・参!!》

 基本形態。真っ赤な刀身の居合刀『碁点丸』を得物とする。

 必殺技は、顕現した燃える薔薇のエネルギーを斬撃に乗せて瞬断する『焔薔薇』。

 

 

 

○命泉王ギンザン(めいせんおう‐)

初登場:5話

変身者:延沢貴臣  シンボル:尾花沢市

モチーフ:鉱山夫・祭りの法被  基調カラー:青

パワータイプの果樹八楯。大柄な戦士ではあるが、武器の扱いにも長ける。

メイル一覧:

・スイカメイル  メダル:スイカ(尾花沢西瓜)

 変身音声:《スイカ! 出陣‐Go-ahead‐、ギンザン! 力量良し、器量良し、熱量良し!!》

 基本形態。堅牢なスイカの鎧に身を包み、鉄槌『スイカフレイル』を振り回す豪快な戦い方が得意。

 必殺技は、叩きつけたスイカの発破を爆破させる『スイカダイナマイト』。

 

 

 

○紡史王ブンショウ(ほうしおう‐)

初登場:6話

変身者:漆山紲  シンボル:山形市

モチーフ:羽黒忍者(山伏)  基調カラー:紫

古くから存在する鎧の一つで、名を変え技を変え時代に順応しながら歴代の八楯を見守ってきた戦士。非常にトリッキーな技が多く、変身者のバトルセンスが問われる性質を持つ。

メイル一覧:

・カスミメイル  メダル:カジョウ(山形城の逸話・霞城から)

 変身音声:《カジョウ! 出陣‐Go-ahead‐、ブンショウ! シジョウ! ゴクジョウ! トウジョウ!》

 水色の法衣を纏い、手には独鈷杵『摧霞独鈷』を持つ。体を霧にすることができ、短距離だが移動も可能。必殺技は、周囲を覆う眩いほどの霧に紛れて独鈷を叩きこむ『ハイエスト・ミスト』。

 

 

 

○桜姫ルカ

初登場:8話

変身者:吉野川流香  シンボル:南陽市

モチーフ:ウサギ・音楽家  基調カラー:ピンク

音の力を花に乗せて操る戦士。攻撃方法もレイのような武闘タイプではなく、魔法少女のように可憐に立ち回ることが特徴。

メイル一覧:

・サクラメイル  メダル:サクラ(烏帽子山千本桜)

 変身音声:《サクラ! 出陣‐Go-ahead‐、ルカ! 届けSacred-Love、永久へ咲クLove!》

 武器はタクト型レイピア『フローラルタクト』。刺突で直接攻撃を行うことも可能だが、主にバレエダンスのような舞とともに音のエネルギーを発射して攻撃する。

 必殺技は、桜吹雪を指揮して敵を呑み込む『咲クLOVE☆ブロッサムシャワー』。

 

 

 

○義愛王アイゼン

初登場:9話

変身者:岬麗司  シンボル:米沢市

モチーフ:傾奇者・米沢牛  基調カラー:黒

益荒男の如き武闘派の八楯。どのメイルでも拳による攻撃で敵を圧倒するスタイルを持ち、そのパンチ力はニシキのニシキメイルに勝るほど。

フォーム一覧:

・リンゴメイル  モチーフ:リンゴ(館山りんご)

 変身音声:《リンゴ! 出陣‐Go-ahead‐、アイゼン! 一切合切ギッタンバッタン!》

 林檎を割ったような鉄拳『愛羅武勇』で戦う。その連続パンチはどんなものでも砕くという。

 必殺技は、内なる林檎の蜜の力を解き放ち必殺の一撃を繰り出す『壱ノ型・仏血義理夜露死苦』

 

 

 



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設定まとめ③:ムドサゲ・闇邪鎧


【ムドサゲ】
○ヨウセン
○トヤ
○カイバミ
○ツノカワ
○ゼンナミ
○ハク&サン
○ハチモリ

【闇邪鎧】
○ノブナガ闇邪鎧
○ヒロシゲ闇邪鎧
○ゴロウ闇邪鎧
○ジンスケ闇邪鎧
○セイフウ闇邪鎧
○ヨシアキ闇邪鎧
○アサエモン闇邪鎧
○ゲンエモン闇邪鎧
〇コウタロウ闇邪鎧
〇コマチ闇邪鎧


※本項ではイメージCVを記載しておりますが、あくまでイメージの助けとするものであり、作者の妄想に過ぎません。敬称も省略しています。ご了承ください※




 

【ムドサゲ】

 

○ヨウセン

初登場:第1話  イメージCV:福山潤

冷酷非道なムドサゲの首魁。モチーフカラーは「紫(黒)」で、五色備えの中では『紫極』の名を冠する。

山形にまつわる政治家・大名の魂を闇邪鎧にすることが得意。

モデルは永泉寺にいたという毒竜。

 

 

○カイバミ

初登場:第1話  イメージCV:田中涼子

妖艶な敏腕参謀。モチーフカラーは「青」。

山形にまつわる文化人(歌人や作家など)を闇邪鎧にすることが得意。

モデルは鶴岡にいたという貝喰池の龍の化身。住処は竜宮に通じているとか。

 

 

○ツノカワ

初登場:第1話  イメージCV:鈴木達央

剛腕パワーファイター。モチーフカラーは「赤」。五色備えとしては『赤角輝』の名を持つ。

人間としての姿はボクサー「高擶拳志狼」。

山形にまつわる武将を闇邪鎧にすることが得意。

モデルは戸沢村の巨竜。大権現の怒りに触れて角を折られ、血の川となったのが語源。

 

 

○ゼンナミ

初登場:第1話  イメージCV:麦人

底の見えない好々爺。モチーフカラーは「黄」

山形にまつわる職人や学者を闇邪鎧にすることが得意。

モデルは三川町善阿弥にあるツチノコの骨。竜神の骨として祀られている。

 

 

○ハク&サン

初登場:第7話  イメージCV:和氣あず未&長縄まりあ

幼き双子兄妹。ハクが兄で、妹がサン。モチーフカラーは「白」

モデルは村山市の白山神社境内にある白山池に住む雌雄の竜。

 

 

○トヤ(おトヤ)

初登場:第7話  イメージCV:小野涼子

巫女装束に身を包む、口調の柔らかい女性。

モデルは中山町に存在した、オナカマと呼ばれる口寄せ巫女の一族。

 

 

○ハチモリ

初登場:第3話  イメージCV:森谷里美

口調の荒いファンキーヤンキー。紅花を見ていると苛々するらしい。鮭川凛を依り代としており、糺とは因縁がある。

モデルは新庄の八森山に住んでいたという天狗。

 

 

 

 

 

【闇邪鎧】

 

○ノブナガ闇邪鎧

モデル:織田信長(戦国武将)  属性:武将・武術家

聖地:天童市  登場回:第1話『紅拳の若武者』

必殺技は、銃を連続で発射する『破軍・三段射』

 

 

○ヒロシゲ闇邪鎧

モデル:歌川広重(浮世絵師)  属性:文化人

聖地:天童市  登場回:第2話『天藍の筆の絵師』

必殺技は、青い絵の具の海で敵を飲みこむ『東海道五十三次・番外』。

 

 

○ゴロウ闇邪鎧

モデル:田宮五郎(草鞋職人)  属性:職人・学者

聖地:河北町  登場回:第3話『ラ・フランスと草履編み』

必殺技は、巨大な圧搾機で挟み込む『艶やか也、棕梠皮竹皮超越せし草履(ジェニュイン・アーティクル)』。

 

 

○ジンスケ闇邪鎧

モデル:林崎甚助(居合道家)  属性:武将・武術家

聖地:村山市  登場回:第4話『薔薇民治丸』

必殺技は、林の明神から授けられた神速抜刀の秘術『抜刀奥義「電瞬卍抜」』。

 

 

○セイフウ闇邪鎧

モデル:鈴木清風(紅花商人)  属性:職人・学者

聖地:尾花沢市  登場回:第5話『テルマエ・ギンザン』

必殺技は、いかなる武力にもかき消されない巨大な雁で攻撃する『本来の磁石を知るや春の雁(ワイルドグース・ザ・ドリーム)』。

 

 

○ヨシアキ闇邪鎧

モデル:最上義光(戦国大名)  属性:政治家・大名

聖地:山形市  登場回:第6話『桜天に霞城あり』

必殺技は、山形城を完全な姿に復元し、己の能力を底上げする『四方梅咲、月白妙、雪清(はなにむかい、てをうちて)』。

 

 

○アサエモン闇邪鎧

モデル:市野上浅右エ門(力士)  属性:武将・武術家

聖地:鶴岡市  登場回:第7話『欅とグンバイ』

必殺技は作中未登場。

 

 

○ゲンエモン闇邪鎧

モデル:源武山源右エ門(力士)  属性:武将・武術家

聖地:最上郡  登場回:第7話『欅とグンバイ』

必殺技は作中未登場。

 

 

○コウタロウ闇邪鎧

モデル:白畑孝太郎(昆虫学者)  属性:職人・学者

聖地:上山市  登場回:第8話『楽園の透明い蝶』

必殺技は、美しい楽園の蝶を率いて敵を翻弄する『楽園に羽化せし希望(フライング・イントゥ・アルカディア)』。

 

 

○コマチ闇邪鎧

モデル:小野小町(歌人)  属性:文化人

聖地:米沢市  登場回:第9話『PATH OF LOVES』

必殺技は、歌を詠むことで性質を具現化させる結界を構築する『花の色はうつりにけりないたづらに』。

 

 



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設定まとめ④:作中用語



【戦士関連】
○果樹八楯
○果樹八楯変身ツール
〇皇

【敵関連】
○ムドサゲ
○闇邪鎧
○ミダグナス

【その他】
○つや姫
○雪若丸




 

 

【戦士関連】

 

果樹八楯(かじゅやつだて)

果樹王ニシキをはじめとする戦士たちの総称。『(おおきみ)』とも呼ばれる。

『インロウガジェット』に、名産や名所の力が宿った『モンショウメダル』をセットし、腰に現れた『ヤツダテドライバー』へ挿すことで変身する。

変身時のかけ声は「オラ・オガレ」。山形弁で意味は「私よ、大きくなれ」。

源氏や足利将軍家の祖先である八幡太郎をルーツに持ち、かつて女神ウカノメが八幡太郎に授けたという鎧が起源であるといわれている。戦士たちは変身という形で神の鎧『果樹八領(かじゅはちりょう)』を身に纏い、戦う。

ただし、あくまで「八」という数字は八幡太郎らが身に着けた鎧の数であり、現代までに顕現した鎧の数はウカノメ自身も把握していないらしい。

 

 

 

○果樹変身ツール

・インロウガジェット

印籠型のメダルケース。本来家紋が描かれている部分がくりぬかれており、ここにモンショウメダルをセットする(セットした際、「サクランボ」や「ラ・フランス」など、メダルモチーフの音声が流れる)。

メダルの内部(台座部分)には戦士の市章・町章が描かれている。

 

・モンショウメダル

戦士の力を引き出すメダル。各市町村の名産・名所の『ヤツダテエナジー』が籠められており、メダルの選択が、戦士の戦闘形態(メイル)を決定づける。

メダルの表面には名産・名所のエナジーが描かれ、裏面には対応した市章・町章が描かれている。戦士たちは原則的に、インロウガジェットと同じ印の描かれたメダルしか扱うことができない。

 

・ヤツダテドライバー

神棚のような形のバックルが付いたドライバー。インロウガジェットを起動すると、資格者たちの腰に出現する。

バックル部分中央のスロットに、モンショウメダルをセットしたインロウガジェットを挿入することで市章・町章の光が現れ、「オラ・オガレ」と唱えることにより光を浴びて変身できる。

また、変身中にインロウガジェットを抜いてメダルを替え、「オラ・カワレ」と唱えて再装填する事でメイルの変更『イクィップ・チェンジ』を行うことができる。

 

 

 

(すめらぎ)

第1話にて、ヨウセンが果樹八楯ら『王』とともに名前を挙げた存在。

『菊理が裔』や『羽衣の主』とも呼ばれる。

 

 

 

 

 

【敵関連】

 

○ムドサゲ

聖なる霊峰の地・山形を滅ぼすことを目論む異形の者たち。

その正体は、山形にまつわる竜神伝説(蛇神を含む)に登場した神々。魂魄のみの存在であるため、人間の身体を依り代とすることで現出している。

名前の由来は南置賜の伝承。蛇が死にかけているのを見てムドサゲ(かわいそう)と言うと、蛇を殺した者よりもそう言った者の方に祟るという逸話がある。

 

 

 

○闇邪鎧(ヤジャガネ)

山形にまつわる偉人の魂の欠片に、ムドサゲの持つ邪神の力が注がれたことで誕生する異形。

偉人たちの力や記憶を維持しつつも歪めているため、正確には偉人本人ではない。

名前の由来は山形の方言で「やじゃがね(駄目だ/使い物にならない)」から。

 

 

 

○ミダグナス

闇邪鎧を召喚する際に発せられた邪神の力が影響し、その地に眠る一般人の魂が悪に染まった下級戦闘員。

一般人の器では強大な邪気に耐え切れず、爛れた屍のような醜い姿となっている。

名前の由来は山形の方言で「みだぐなす(みっともない)」から。

 

 

 

 

 

【その他】

 

○つや姫

山形県が誇る女性ローカルアイドルグループ(架空)。

元々は県のブランド米『つや姫』をPRするため立ち上げられた。山形の名産などをモチーフとした楽曲が多く、コンセプトは『山形を知りたくなる』。

雛市糺らは二代目メンバーに当たるが、現在は鮭川凛の休業を理由に活動休止となっている。

 

 

 

○雪若丸

山形県が誇る男性ローカルアイドルグループ(架空)。『山形に行きたくなる』をコンセプトに、観光地や名所を舞台にした恋愛ソングが主となる。

『つや姫』の弟分である県のブランド米『雪若丸』の名前を冠しており、アイドルの『つや姫』二代目発足と同時に立ち上げられた。

 

 

 



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第1話『紅拳の若武者』 前編/印籠と少女と紅花の戦士

毎週日曜に更新できるよう頑張ります!


――山形県天童(てんどう)市・舞鶴山(まいづるやま)

 

 未だ満開には早い桜の樹と、おぼろげな月明かりに誘われるように、ヨウセンは歩を進めていた。街の灯りも消えて久しい夜半、供をするのは虫の鳴き声だけだ。

 舞鶴山中腹にある広場には将棋盤を模した石畳が敷かれている。駒の位置を示すために算用数字とやらが刻まれているが、どうにも慣れぬ。足を乗せれば乾いた音がした。地に着いているのだという実感に、思わずほころぶ。

 

 ふと、着物の袖が風に揺らいだ。髪にまで染み付いた苔生す紫毒の(こう)の隙間から、桜花の柔らかい匂いが頬を撫でていく。

 

 ヨウセンはこの香りを気に入っていた。花が最も芳しくなるのは満開に非ず。蕾が開く瞬間にこそ、その内に秘めた濃厚な香りを放つからだ。少女が乙女に、乙女が淑女になるように。

 

「ふむ……やはり、愚かよの」

 

 明日にもこの場所が花見客(にんげん)で賑わうかと思うと、虫唾が走る。

 貴奴らは何も理解してはいない。古より女性を花に喩えた所以を、男の生き様を華と伝えた所以を、全く理解しておらぬのだ。だからこそ、満開という『目に見える美しさ』に容易く飛び付くのだろう。

 

 乙女を好むという結果こそ同じでも、ただ色欲に駆られるのと、募る想いに焦がれるのとでは訳が違う。本質を見る目がまるでなっていない。

 

「故に壊さねばならぬ。そのために、余はようやく目覚めたのだ」

 

 将棋盤の『王将』の位置で足を止める。

 背後に梅の香が立った。懐かしいものだ。

 

「カイバミか」

「は。お帰りなさいませ、ヨウセン様」

 

 『金将』に現れた彼女は人面魚を依代とした蒼き竜神である。人間には異形と呼ばれる姿形でこそあるが、何百年経とうと、水精霊を想わせる美しさには褪せる気配がない。良き女だ。

 

「苦労。他の者は?」

「「ここに」」

 

 荒々しいものと、しゃがれたもの。二人の男の声がした。

 

「ツノカワとゼンナミか。うぬらも苦労」

「「はっ」」

 

 筋骨隆々として、立派な角――片方は折られているが――を誇る紅の竜神がツノカワ。ツチノコの骨を依代とした、底の窺えぬ狡猾な老呪術師が、黄色の竜神・ゼンナミ。彼らはそれぞれ『飛車』と『角行』に跪いている。

 

「おトヤは、また籠っておるのか」

 

 ヨウセンが空席の『銀将』を一瞥して言うと、益荒男が唸った。

 

「奴はどうも軟弱で仕方ねえ。どうして死人(しびと)なんざ依代にしたのかね」

「言ってやるなツノカワよ。このような時間に、子供二人と女子一人を連れ歩くわけにもいかんじゃろ?」

「ハッ。子守りされてんのはどっちなんだか」

 

「おけい。別に評定でもなし、構わぬよ」

 

 ヨウセンの言葉に、ツノカワとゼンナミが身を引いた。

 

「時にゼンナミよ。女子(おなご)一人とは誰ぞ。余の記憶にはないが」

 

 二人の子供という存在に心当たりはあった。しかし、それで全員のはずだったが。

 主の疑問に答えるべく、老翁に代わってカイバミが一歩進み出る。

 

「先日目覚めた、八森山に住まう天狗の眷属にございますわ」

「成程、同胞(はらから)か。あやかしが傘下に下るとは。喜ばしきことよの」

 

 クク、と喉を鳴らしたヨウセンは、着物の小袖を翻した。そこに現れたのは色男とは打って変わり、禍々しくも美しい、高貴の象徴たる紫で身を包んだ竜神。彼の真の姿である。

 

「今宵の余はとても気分がいい。第六天の魔王と、されこうべの酌でも交わそうか」

 

 そう言って掲げた右手に、瘴気を練り上げる。

 ふり仰げば、高台に王将駒の石碑がある。それに向かって、ヨウセンは瘴気を放った。

 

 満月に照らされて、王将駒が妖しく脈動する。

 

「さあ、天の(わらべ)の地に(えにし)を持ちし魔王よ、ムドサゲの王たる余の名において命じる。今、闇邪鎧(ヤジャガネ)と成りて姿を現せ!」

 

 しかし、勅命に背くかのように、瘴気の脈動は鳴りを潜めてしまった。

 ヨウセンは右手の結び開きを二度ほど繰り返してから、小首を傾げる。

 

「はて、まだ感覚が戻っていないか」

 

 縁のある土地、依代となるモノ。これらに問題はなかったはずである。なれば、幾百年の眠りに原因があったと考えることが自然ではあった。

 

 畏れながら、とゼンナミが傅く。

 

「どうやら織田信長は、この国の明治という時代に、時の天皇から名前を貰って祀られたらしいと聞いておりますじゃ」

「ほう、邪魔をしておったは(すめらぎ)の力か。魔王の復活を阻むものが皇とは、皮肉よな」

 

 忌々しいものである。

 夜空の先、月山の向こうを睨めつけようとも思ったが、この位置からではそれも叶わない。

 ほんに忌々しいものである。竹内文書でも紐解けば、我等は似た者同士であろうに。

 

「まあよい、なれば時間の問題であろ。して皇といえば、菊理(くくり)(すえ)はどうなっておる」

「先代が寿命で伏した後、未だ羽衣の(ぬし)も揃っていない様子ですわ」

「クク……それは重畳」

 

 どうやら、大天(たいてん)は余に味方したらしい。先ほどは皇の加護とやらに阻まれこそしたが、その使徒たちは機能停止しているのだから。

 

「スサノオが娘の稲荷は」

「そっちは半年前、果樹王を葬ってやったぜ。そん時、紅花の姫が覚醒しちまったが、たかが小娘だ。ビビるこたあねえ」

 

「その小娘の他にも、もう一人逃げ延びた男がおりますじゃ。ツノカワが討ち漏らした、とも言えますがの。ホッホ」

「ああ? おいジジイ、一人でも殺してからほざけや」

 

 ゼンナミの挑発に、血染めの剣が抜かれた。

 

八幡太郎(はちまんたろう)の鎧は何領あるかさえ不明の代物じゃ。慎重になって何が悪いのかの」

 

 対するゼンナミも、凶骨の刃でツノカワを囲む。

 

「納めよ、ツノカワ。ゼンナミも戯れるでない」

「ちっ……」

「はっ……」

 

 渋々と矛を収める二人に、カイバミが眉間を押さえていた。現状、最も考慮すべきなのは、この二人の仲の悪さなのかもしれないと、ヨウセンも苦笑する。

 

「情報があるのは二人か」

「今のところは」

 

 カイバミの言葉に、頷く。

 

「聞けい。まずは残存している『(おおきみ)』の駆逐を速やかに果たし、『皇』が息を吹き返す前に伊氏波(いでは)の地を統べる。よいな」

「「「はっ」」」

 

「各々、励めい!」

 

 ヨウセンが身を翻し、紫毒の霧となって姿を消した。続いて水飛沫、血飛沫、骨粉が風に乗っていく。

 ムドサゲたちが去り、静寂が戻った舞鶴山では、王将駒がひっそりと脈動を再開していた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

――山形県東根(ひがしね)市・某所

 

 白水(しろみず)真人(まさと)は、朝から慌ただしかった。

 

「……どだなだず」

 

 時刻は午前七時半。アラームのスヌーズ機能まで使ってやったのだから私は悪くない、といわんばかりの無機質な通知をくれるスマートフォンをぶん投げ、クローゼットに飛び付く。朝食など摂る時間があるはずもなく、ジーンズのベルトを弄りながら摺り足で洗面所へ向かった。

 こういった時、オシャレだとか、そういうものに興味がないことは幸いだ。

 

 歯を磨き、顔を洗って濡れたままの手で髪を掻き上げて洗面所を飛び出し――かけて、そういえば今日は人に会うのだったと思い出し、後ろ歩きで戻った真人は、申し訳程度の制汗スプレーをシャツの裾から突っ込んだ。

 不用意な角度で噴出したガスにむせながら、緑の缶を棚に戻す。

 

 今度こそ、と玄関に躍り出た彼は、いそいそと靴を引っかけた。今日は長靴ではなく、スニーカーの方だ。

 こんなそそっかしい――母に言わせれば「ちょんどしてらんねえ奴」らしい――彼だが、どれだけ急いでいても、忘れないことが一つだけある。

 

「親父。行ってきます」

 

 玄関脇、靴箱の上にある写真立てに挨拶をする。半年前からの習慣だった。

 

「ん……何だコレ」

 

 亡き父の笑顔(しゃしん)の陰にあった、平べったい円柱状のケースを手に取る。

 

 重厚感のある金色のデザインは、中央がくぼんでいた。フチには、山形県のシンボルである出羽三山を象ったような三つのギザギザで装飾がされている。側面に盛り上がったスイッチを押すと、くぼんだ部分がスライドするようにケースが開いた。

 よく見ると、くぼみの中――台座部分には、地元である東根市の市章が描かれている。

 

「携帯灰皿、か?」

 

 父はタバコを吸っていた。それにしては、吸い殻を収納するスペースにカバーがないことが気になるが。

 

「まあ、なんかの賞で貰ったモンだろうな」

 

 東根市は『果樹王国』という看板を掲げている。父も生前は地元で有名なさくらんぼ農家で、いくつかの大きな賞を貰ったこともあった。そのいずれかの副賞だろうと納得した真人は、タバコはやらないが、形見であろうそれをポケットにねじ込み、家を出る。

 

 身に付ければ不思議と、父を近くに感じられるような気がした。

 

 

 

 

 

――山形県天童市・舞鶴山

 

 年々残寒が長引いている山形の春も、四月末ともなれば、無事に桜は咲いてくれた。

 そのおかげというべきか、毎年ここ、天童市は舞鶴山で催される『人間将棋』の会場はごった返している。地元民としても賑やかなのは嬉しい限りではあるが、こと山形の施設は大人数を受け入れる駐車場等の整備が間に合っていないのが現状である。

 

 麓の公園側入り口は早朝からアリの這い出る隙もなく、真人は現地にいる友人の案内で、山の裏手側に用意されていた関係者用駐車場へと車を停めた。

 車を降り、仮説テントの中で座っていた青年・三中(みなか)(そう)に声をかける。

 

「……悪い、創。寝坊しちまってよ」

「そんなことだろうとは思っていたよ」

 

 高校からの仲である友人は、からからと青空のような笑い声で迎えてくれた。ダイビングスーツのような黒い特殊ウェアを着込んだ彼は、まだ八時を過ぎたばかりの爽やかな日差しに額の汗をきらめかせている。

 さすがはクラスのモテ王子。卒業後三年経って、ますます男前になっていた。

 

「ステージは終わっちゃったよ」

 

 創はそう言って、テントの端に置かれていた等身大の宣材を指さす。

 

「まじか。久しぶりに見たかったんだけどな、お前の『アサヒ』」

「僕も真人に見てもらいたかったよ。なんてね」

 

 舌を出す彼に、真人は鼻の頭を掻いた。

 

 宣材に描かれていた行者風の戦士は、県の内陸部に位置する朝日町(あさひまち)発のローカルヒーロー『五元空神(ごげんくうしん)アサヒ』。

 

 水が澄んでいるためにワインが美味く、山が富んでいるためにりんごやぶどうが美味い、そんな朝日町では空気も綺麗で、昭和六十三年に空気そのものを御神体とした神社が建立された。その名も堂々の『空気神社』である。

 しかし八百万の神が宿る日本といえど、特定の仏神を指さずに新設された神社には、まだ神が降りていない。そのため神社の存在を世に広め、故郷の地を守るべく誕生したのが、空気神社のコンセプトでもある五元(木・火・土・金・水)の力を操る戦士・アサヒなのだ。

 

 創はそのスーツアクターとして働いている。運動が得意で特撮好きな彼にとって天職らしい。

 

「来月頭には『りんごの森』でショーの予定があるから、良かったらそっちに来てよ」

「りんごの森?」

「朝日の道の駅。昼からだから、ちょっとくらい寝坊しても大丈夫だよ」

「あのな、今日が早すぎるんだって」

 

 天童桜まつりと銘打たれた本日のメインイベントは、あくまで人間将棋である。

 昨年人気を博した好々爺のプロ棋士はもちろん、将棋を題材にした漫画が映画化されたことにあやかって主演俳優をゲストに呼ぶというサプライズも重なり、イベント自体は十時開始でありながら、アサヒのステージは七時にまで前倒しとなっていたのだ。

 

「こればっかりは仕方ないよ、さすがに芸能人には勝てない。地道にやるさ」

「んだな」

 

 創がジャグタンクから水を注いでくれた紙コップを受け取り、ぼうっと景色を眺めた。

 ほんの少しの住宅街とその先の田畑から視線を上げれば、出羽三山が一望できる。

 県民が空を仰げば、盆地を囲むいずれかの山は目に入る。毎日見ていれば飽きるような気もするが、なかなかどうして、全くそんなことはない。自然の優美さの妙である。

 

 舞鶴山は別名・天童城址。かつて天童藩の居城があった場所だ。彼らもこの、のどかな自然の風景を楽しんでいたのだろうか。

 

 背後の山頂――という名の中腹スペース――で、にわかに黄色い声が上がった。件のイケメン俳優が登場したのだろう。

 しかし真人たちは、特に気に留める様子もない。こちら側は平時もほとんど人気がなく、本当にのどかな場所だからだ。小さな山だが、カモシカと遭遇することさえある。

 そう。そんな人気のない場所だからこそ、それは目についたのかもしれない。

 

「ん……?」

 

 坂を上ってくる人影に、真人は目を細める。

 帽子(キャップ)を目深に被り、パーカーにミニスカートという地味めな出で立ちの女の子だった。

 

 目は彫りが深く、瞳は澄み、小顔の肌はモデルのように白い。一見しただけでも、いやいや君は()()()()にいるべきだろうと言いたくなるくらいに、綺麗な顔立ちをしている。

 一度意識すると、地味だと感じた服装もラフという言葉に変わって見えるのは男の性だろうか。ワンポイントに描かれた花はオシャレな気がするし、デニム生地のスカートは若さと大人らしさを併せ持つという高等テクニックであるようにさえ思える。

 

「なあ、創。今日のゲストにアイドルでもいるんだべか?」

「女流棋士はいるだろうけど……というか真人、可愛い子を見たらとりあえずアイドルって言うの、失礼なんだよ」

「え、褒め言葉じゃねえの?」

「うん、褒め言葉じゃないの」

「まじかー。でもどっかで見たことある気しねえ?」

 

 コップの水を煽りながら唸る。「それも減点」という苦笑は無視をする。こちとら、バレンタインに学年の女子八割からのチョコを総取りする君とは生きる世界が違うのだ。

 

 視線を降ろすと、ずいぶん近くまで来ていた女の子と目が合った。反射的に逸らしてしまう。

 その先で、彼女の腰元、ベルトに括り付けられた小物入れが目に入る。そこにすっぽり収まっていたのは、鈍い輝きを放つ金色のケースだ。

 これには見覚えがあった真人は、思わずパイプ椅子から立ち上がった。

 

「君、駄目じゃねえか。タバコなんて吸っちゃ!」

 

 突然声を荒らげられ、女の子は目を瞬かせる。

 

「は……はあ? 別に私、タバコなんて吸ってないんだけど」

 

 すうっと耳に馴染む声だった。加えて美少女から怪訝な顔をされたともなれば、初心野郎の純情はたたらを踏みそうになる。

 ぐらつく心をなんとか堪え、真人は少女と正面から対峙した。

 

「だって君、未成年だろう」

「ちょっと真人、やめなよ。この子も困っているじゃないか」

 

 少女は割って入った創を怪訝そうに一瞥しただけで、何事かを思案しはじめる。

 かのイケメンを以てして微動だにしないとは、やりおる。やはり可愛い女子は格好いい男子に慣れているのだろうか。ほんに生きる世界が違うのだろう。

 

 ほんの少しの沈黙の間で、真人は勝手に傷ついていた。

 

「あー、えー……っと。未成年って決めつけることで、女子の口から本当の年齢を吐かせようっていう、うっとうしいナンパか何かの類デスカ?」

 

 そう言って彼女は、大きな溜め息を吐いた。

 

「まあ別に聞かれて困るもんでもないし、つか公開してるから話すけど、私は今年で成人。ちなみに四月頭が誕生日だからもうハタチなの。アンダースタン?」

「ええっと……ゴメンナサイ?」

 

 女子高校生と言っても十分通用しそうな彼女が、自分と一つしか違わないという事実に混乱したまま、真人は曖昧な謝罪で言葉を濁した。

 けれど彼女にとってはそれで十分だったのだろう。「わかればよろしい」と微笑んでみせる余裕は、下手をすると年齢以上のものだ。

 

「で? 私がパーフェクトすぎて未成年に見えたのはいいとして、何がどうしてタバコを吸ってると思ってくれちゃったわけよ」

「それ、携帯灰皿だろ。吸ってないと、普通は持ち歩かねえよなって思ってさ」

 

 指で示すと、少女は手慣れた様子でケースを取り出した。

 

「ああ、これ? 灰皿じゃないわ。インロウよ、インロウ」

 

 ひらひらと揺れる手元を覗き込み、創も頷いている。

 

「そっか、印籠か」

 

 納得しかけた真人だったが、

 

「――いやいやいや、印籠だって普通持ち歩かねえべした!」

「あーもう、いちいちうっさいわね!」

 

 スパーン! と頭に食らった小気味いい衝撃に時間が止まる。それが、少女がいつのまに取り出したスリッパによる一撃だと理解するのに、さらに数秒の時間を要した。

 

「私の疑問には答えてもらうけれど、あんたの疑問に答える義理はないわ。オーケー?」

「ど、どだなだず……」

 

 指先で額を射抜くように押され、真人はそのまま仰向けに倒れ込んだ。

 

「はあ。ノブナガが出てこないように祈ってきたところだけれど、それがあんたみたいなバカまで救うことになるかと思うと複雑だわ」

「織田信長っていうと、麓の建勲(たけいさお)神社に行ってきたのかな。僕も今朝、お参りしたんだよ」

「詮索禁止って言ったでしょう、ヒーローさん? それと、そういう同調話術で距離詰めて来る男は苦手なの。止してもらえると嬉しいかな」

 

 少女はそう言って、真人の代打を務めた創をぴしゃりと跳ね除けると、山頂に続く道に向かっていった。

 その背中を見送りながら、創が感慨深げに言う。

 

「さすがは歴女(レキジョ)の観察眼だね。彼女からスタンドは背後なのに、僕がそうだと見破るなんて」

「お前も割と拒否られてただろうに、よくまあへこたれないな」

「的確な指摘だったしね。思慮深くて視野も広い。良い子だよ、あの子は」

「ああ、そうかい」

 

 それだけ言って、真人は大の字になった。

 空返事になったのは、別に創の好みがああいうタイプだと知ったからではない。

 

「信長って、人間将棋に出てくるんだっけが」

「そうだったはずだよ。もっとも、実際に人間で将棋をしたのは秀吉らしいけどね」

 

 麓の武勲神社は、江戸時代になって織田信長の子孫が国替えされ、天童織田藩としてこの地に定着したことを契機に、藩祖を祀るため建立されたものだ。

 こうした背景ゆえに、ここ舞鶴山で行われる人間将棋では、現世に復活したという設定の織田信長に扮した演者が敦盛を舞うシーンも盛り込まれているのだが。

 

――ノブナガが出てこないように祈ってきたところだけれど。

 

 少女の言葉を口の中で反芻する。あれはどういう意味だったのだろう。敦盛の舞い手と知り合いかつ仲が悪く、晴れ舞台が台無しになるよう祈っていたか。あるいは、

 

「織田信長が、現世に復活しないように……とか?」

 

 鼻で笑う。ありえない。そんなもの、漫画やアニメの中だけの話だ。

 未だ冷めやらぬ黄色い声を遠くに聞きながら、真人は妄想を切り捨てるように瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 考えてもわからないことはすっぱり諦めた真人は、私服に着替えた創と一緒に、人間将棋の見物をすることにした。とはいえ、開会式や地元小学生の余興(パフォーマンス)等があるため、メインの人間将棋は昼から対局開始となる。

 

 麓にある蕎麦屋で噛み応えのある鳥そばを平らげ、試食として置かれていた自家製の蕎麦せんべいをつまんで店を出た。食感はクラッカーと割れせんべいの中間くらいだろうか、香りもよく、まぶされた特製のタレも舌によく馴染む。

 蕎麦大国でもある山形をめいっぱい堪能して山に戻ると、まさに黒山の人だかりだった。

 

 見物スペースになど座れないと思っていたが、イケメン俳優を一目見たいと運営のテントへ女性陣が押しかけていたおかげで、幸いにも前列を確保することができた。

 これほど近くで見るのは初めてだった。それだけでも、少し緊張する。

 

 入陣の号令がかけられ、舞台となる将棋盤の袖に鎧武者たちが立ち並んだ。地元の高校生たちもボランティアとして参加しているらしく、歩の駒役であろう彼らが並ぶ前列は初々しい。

 本日の主役の一人、織田信長が現れた。

 この後に殺陣を繰り広げる武者役の男性たちが傍に控える道を、悠々と進んでくる。

 

 将棋盤の中央に降臨した信長は、不敵に笑った。人々の喧騒に誘われて復活した信長が、乱世の再開を宣言するという設定だ。

 扇を拡げ、信長が敦盛を舞い始める。彼の登場する映画・ドラマ・漫画・ゲーム、そのいずれにも決まって登場する一節は有名だろう。

 

「人間五十年。下天のうちに比ぶれば……夢幻(ゆめまぼろし)の――うっ!?」

 

 不意に、真人たち見物席の頭上から紫の光が降ってきたかと思うと、信長役の男性の胸に飛び込んだ。

 

 周囲がざわつく。スタッフら関係者もうろたえていることから、これがパフォーマンスの一環ではないことはすぐに理解できた。

 

「う、うぅ……誰か……助け……」

 

 将棋盤の中央で、足下もおぼつかない程に苦しんでいた男性の目が闇を宿し、光る。

 異様な光景に、辺りがしん、と静まり返る。男性を助けるべく駆け寄った武者役も、思わず足を止めていた。

 男性の全身から紫炎が噴き出し、たちまち姿が見えなくなる。

 

『フ、フハハ、フハハハハハハ!』

 

 地の底から這い出るような哄笑とともに、再び現れた彼の姿は――

 

「なんだ、ありゃあ……」

 

 右手に太刀、左手に銃を携えた、禍々しくも雄々しい異形だった。

 

 誰かが言った。

 織田信長だ、と。

 

 異形は、おろおろと後ずさりする武者役の一人を切り捨て、反対側のもう一人を撃ち抜いた。

 あまりの光景に、誰もが声を失っている。

 

『ふむ、続く(うた)はこうだったか』

 

 異形が漆黒のマントを翻すと、その周囲に、ムンクの名画『叫び』のような歪んだ顔の魂たちが次々と実体化していく。

 

『さあ、乱世を再開(はじめ)めようぞ』

 

 そして奴らは、一斉に人々へ襲いかかった。

 

 逃げようとした親に強く腕を引かれた子供が泣きわめく。ボランティアで参加していた女子校生が過呼吸を起こしている。見物席にいたご老人は泡を噴いて倒れた。

 パニックに陥っているのは、真人も例外ではない。

 

「なんだよ、なんなんだよこれ!」

 

 どうにか立つことは叶ったが、膝が震えて歩くことができない。

 

「真人。とりあえず、非難誘導をしよう」

 

 背後から創の声がして、振り返る。しかし頼もしい声とは裏腹に、彼もまた、膝も唇も震わせて、今にも倒れそうなのを堪えているようだった。

 それでも彼は動こうとした。やはりヒーローに相応しい。

 

「あ、ああ。そうだな」

 

 真人は仮初めの義憤で己を奮い立たせ、創と二手に分かれた。

 

「逃げてください!」

「押さないで、隣の人と一緒に!」

「子供を抱えてあげてください。自分の子でなくとも構いません、とにかく助け合いを!」

 

 わらわらと群れる『叫び』の兵士たちを押しのけながら、右から左へと奔走する。

 真人が小さな女の子を近くにいた女性へ託す。避難する彼女を確認していると、それとすれ違うようにして、こちらへ駆けてくる人影があった。

 

 いや、彼女の視線はこちらの背後、そのさらに先――異形の親玉の方へ向いている。

 

「あれは……」

 

 真人は目を疑った。脱ぎ捨てられたキャップと、ラフな服装。すれ違いざまに見た澄んだ瞳は、今朝方出会ったばかりの少女と一致していた。

 こんな子がどうして化け物たちに向かっていくのか。想像もつかない。

 

「おい君、何しったんだず! 危ねえぞ!」

 

 真人の呼びかけにも、少女は足を緩めることさえしない。むしろ速度を上げながら、彼女は腰のポーチから印籠と、何やらメダルのようなものを取り出した。

 

 立ちはだかる異形の兵士を飛び蹴りであしらい、開いた印籠ケースに、メダルをセットする。

 

《ベニバナ!》

 

 ケースが閉じられると、少女の腰にベルトが出現した。

 

Yah(), Must() Get() Up()! Yah(), Must() Get() Up()!》

 

 彼女は両手を拡げ、風に遊ぶ花のように一回転すると、

 

「オラ・オガレ!」

 

 なにやら呪文のようなものを唱え、神棚型のバックルに印籠を挿し込んだ。

 

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

 

 二重円のような模様に『河』の字を象った紋章が現れる。その光に包み込まれた少女の身体は、花のドレスで飾ったような紅と黄色のグラデーションへと変化した。

 変化といっても、件の怪物とは大きく異なる。人型を完全に維持したままの姿は、まるで特殊なスーツを着込んだかのようだ。

 

 まるで、創が扮する『五元空神アサヒ』のように。

 

「ヒーロー……?」

 

 呆気に取られていた真人は、自分の声で我に返った。

 少女の言葉が脳裏に蘇る。

 

――ノブナガが出てこないように祈ってきたところだけれど。

 

 まさか、あの異形が本当に織田信長で、彼女はそれと戦うヒーロー、もといヒロインだとでもいうのだろうか。

 

「お、おい。どだなだずよ……」

 

 逃げ惑う群衆の中、真人はただ立ち尽くしていた。

 

 

 




どーもっし!
皆さまはじめまして、ようこそ、果樹王ニシキの世界へ!
はてさて、1話前編が終わりましたが、お楽しみいただけそうでしょうか?

このフッター部では、1話を3分割したことを利用して、
前編で『舞台』、中編で『人物』、後編で『縁の地』を紹介していきたいと考えています。
本編とは直接関係のない情報なんかも載せていきますので、お楽しみに!

まずは今回の『舞台』!

山形県天童市は、内陸部を北と南でわけた時、ちょうど中央辺りに位置します。
天童と東根の境から走る国道48号線は宮城県仙台市へと続いていて、駅前から発車するバス、通称48(ヨンパチ)ライナーはアクセス手段として大人気!
いい環境ですよねえ……そりゃあ仙台に行くもの。若い子なんかは「山形は何もねえどご」と思っちゃいますわ(遠い目)

さて、天童は将棋の町としても知られ、近年はそれを題材にしたミステリー小説も出版されたことは記憶に新しいですね。
今回の話の舞台にもなりました、毎年4月末に行われる『人間将棋』は大盛況です。近年では麓の広場も整備されて、デートスポットの雰囲気もある良いところへと変わりつつあります。
でも意外や意外、地元の人は、そもそも人間将棋に織田信長が登場することさえ知らなかったりするんですね。いつぞやの「何だコレ」なミステリーの番組でも、天童市在住の方が「信長に縁のある土地"らしい"」と仰っていたくらいで。
まあ悲しいかな、地元民が地元の名産を食べていないという例はよくあることですから、そういうものなのかもしれません。

そしてもちろん温泉街としても有名で、天童温泉共同組合様が、面白い企画も催しているのですよ。
その名もなんと『全国くちびる美人コンテスト』!
応募方法は、用紙にぶちゅ~!っとキスマー……リップマークを付けるだけ!カップルからお子様からオジサマまで、誰でもござれ!豪華賞品盛りだくさん!

……とまあ、残念ながら今年のコンテストは終了してしまっているんですが(笑)
夏の時期に行われておりますので、来年はぜひ、夏休みに天童温泉へ旅行にゴザッシャエ!そしてぶっちゅ~!っとやってケラッシャエ!

ではではーノシ


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中編/父の遺した力

サブタイトルにルビを入れると、ブラウザのタブが変なことになるんですね(汗)


 八楯(やつだて)の力を身に纏った少女は、ドライバー右腰部のスイッチを叩いた。要請に応えたリストブーケ型の円形刃『紅花乾坤圏(べにばなけんこんけん)』が両手首に現れる。

 変身している間にどうやら進路を塞がれてしまったらしい。まずはうじゃうじゃと鬱陶しい下級兵士・ミダグナスたちを片付けるべく、片っ端から攻撃を叩きこむ。

 

 流れるように弧を描く腕と、そこから繰り出される拳と脚。幼い頃、カンフー映画の見よう見まねで身につけた、我流の詠春拳である。闇邪鎧という異形は必ずミダグナスを引きつれて現れるため、体力を温存しなければならない。女性が創始したという、最小限の動きで敵を打ち倒す技は、実におあつらえ向きだった。

 

 先回りさせていた視線が、こちらを囲んでいる最後の雑魚を捉えた。しこたま稽古したダンスの動きを取り入れたステップとターンで、飛び回し蹴りをお見舞いしてやる。

 魂の塵となって消滅したミダグナスを尻目に、顔を上げた。

 

『ほう、我に仇なすか』

 

 闇邪鎧は嬉しそうに見えた。もちろん、と顎で返事をする。

 

『貴様、名は』

「咲き誇る紅花の戦士。紅姫(こうき)レイ」

 

 くっく、と闇邪鎧が喉を鳴らした。

 

『デ、アルカ』

 

 癪に障る。レイはゴーグル越しに、敵を睨めつけた。

 私はあんたたち全てを倒すんだ。そして必ず奴らに辿りつき、そして――

 

「ぶっ倒す! ちぇいさあああ――――ッ!」

 

 願いと怒りに震える拳を繰り出した。

 

「効いて、ない……?」

 

 手応えはあった。しかし、よろめく気配さえ微塵もない。

 これが、日本人ならば誰もが知っている覇者の力だとでもいうのか。

 

『是非も無し。貴様、戴冠より碌に経験を積めておらぬな?』

 

 闇邪鎧が言う。冷たい声に、仰け反ったのはレイの方だった。

 

「くっ……うっさいわね、だから何!? あんたを絶対に倒すってコトは変わらないわ!」

『意気や良し。だが、我を第六天魔王と知っての言葉であろうな』

 

 蝿でも払うかのような刀の一薙ぎ。乾坤圏の刃で受け流し、間合いを取る。

 

()()()でしょうよ。舞鶴山、人間将棋、依代は敦盛の舞い手! ここまで揃っていてノブナガじゃないなんて言われたら、麓の神社に戻って、肖像画に唾吐いてやるところだったわ」

『デ、アルカ』

 

 ノブナガが嗤う。

 

 レイは苛立たしげに、ドライバーのスイッチを二度叩いた。

 

《ベニバナ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!! 》

「あんたは所詮、魂を弄くられた怪物(まがいもの)に過ぎないんだから――」

 

 さながら印を結ぶように、あるいは型の演舞をするように。両手首のブーケを打ち鳴らす度、レイの周囲に小さな紅花が舞いあがる。

 それらはやがて彼女の右拳に纏い、美しい頭状花となった。

 

「――さっさと消えなさい、『紅花爛漫(こうからんまん)』!」

『むんっ!』

 

 花のエネルギーを一点集中させた必殺の攻撃には、さしものノブナガも得物で迎え撃つ。

 下から突き上げる拳と、上段から振り下ろした刀とが激突した。

 

 相打ちを制したのは拳。しかしそれでは意味がない。刀の一振り程度を圧し折ったところで、本体に届かなければ、それは勝ったとは言えない。

 

「ちっ」

 

 レイは再びスイッチへと手を伸ばす。しかし、連続使用した奥義はノリが悪いことを思い出す。クールタイム度外視で放った技で、果たしてノブナガを撃退するに至るのだろうか。

 

 その一瞬の躊躇が命取りだった。

 

 ノブナガがおもむろに、レイの目前へと銃を構える。

 

『未熟なる小娘よ、我は貴様に敬意を表す。こちらも秘技を以て応えよう』

 

 狙いは胸元。心臓の位置だ。

 

「しまった――」

『冥土で誇るがいい。「破軍・三段射(さんだんうち)」』

 

 圧がかかり、息が止まった刹那。痛みを感じる暇もなく、ノブナガの姿が急速に遠のいた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 異形に戦いを挑んだ女戦士が、正確に胸部を捉えられた三度の射撃によって吹き飛んだ。将棋盤から大きく逸脱し、公衆トイレの壁を凹ませる勢いで衝突する。

 

『皮肉よな。我も不完全であったか』

 

 一方の化物は、煙の立つ銃口を眺めてぼやき、マントを翻した。新たに『叫び』の兵士を呼び出し、駐車場に押しやられている人々へと矛先を向け始めている。

 

「おいおい、やべえって!」

 

 真人は女性戦士の方へと駆け出した。

 

 変身の解除されたらしい少女が、咳き込みながらのた打ち回る。

 生きていた。それだけでほっとする。

 

「大丈夫か!」

 

 壁から距離を離して体を横たえると、少女はおぼろげな瞳を彷徨わせた。

 

「あんた、さっきの……」

 

 彼女の身体はスーツに随分と守られていたのだろう。満身創痍ではあるものの、あのような銃撃を喰らった割に大きな外傷は見受けられなかった。

 真人が胸を撫で下ろすと、少女は渇いた声で笑った。

 

「はは、だっさいところ見られちゃったわね」

「だっさいも何もねえよ。体、起こせるか?」

 

 手を差し出したが、弱々しく払われてしまう。

 

「私のことはいいから。あんたはさっさと逃げなさい」

 

 少女はそう言って、自力で立ち上がろうともがいたが、たちまち膝から崩れ落ちた。食いしばった歯から荒い息だけが漏れている。

 

「無理すんなって!」

 

 気遣ったつもりの言葉だった。しかし、少女から返ってきたのは、憎々しげな視線。

 

「……無理すんな? じゃあ誰があいつを止めるのよ。無理しなきゃなんないでしょうが!」

 

 叫んで、たまらず咽る。

 

 見ていられなかった。どうやら彼女は異形と何かしらの因縁があるらしいが、戦う力が残っていなければどうしようもない。

 

「分かった。なら俺が行く」

「はあ!?」

 

 彼女が戦えないなら、俺が戦えばいい。

 真人は辺りに視線を走らせた。公衆トイレのすぐ裏は山の斜面である。木々が生えているおかげで、手頃な棒切れはすぐに見つかった。

 

 正直怖いが、やらなければ死ぬのだ。それならば、やって死んでやる。

 武者震いか臆病風か。ガクガクと笑う膝を深呼吸で落ち着けていると、その足首を掴まれた。

 

「行っちゃダメ。死ぬわよ」

 

 瞳の色は切実だった。鬼気迫る勢いすら感じる。

 

「それを捨てて。お願いだから」

 

 真人は少女の強さに息を呑んだ。

 先ほどは悪い部類に入る出会いだったが、彼女は今、こちらの身を本気で案じている。自分がボロボロになりながらも、なお。

 

 きゅっと足首にかけられた力に反応するように、手から棒切れが滑り落ちた。

 それを確認した少女は、柔らかく微笑む。

 

「生身の人間が闇邪鎧に敵うはずないの。それは勇気ではなく、無駄死に」

 

 足を放され、真人はよろけた。

 

「じゃあどうすりゃいいんだよ。俺が変身できるわけでもねえし……」

 

 負け惜しみを口にしながら、汗でびしょびしょになった手のひらを、ジーンズの尻で拭う。

 ふと、ポケットに固い感触があった。

 

「そうだ、あるじゃねえか!」

 

 今朝見つけた父の形見。そういえば、元々少女との接点も、この携帯灰皿もとい印籠がきっかけだったことを失念していた。

 彼女はこれで戦士に変身していた。それならば。

 

 真人がポケットから取り出した印籠に、少女の目の色が変わった。

 

「ちょっと、どうしてあんたがインロウガジェットを持ってるのよ!?」

 

 真人はさっき見た光景を真似て、少女がインロウガジェットと呼んだケースを開いてみた。

 しかし、何度か開け閉めを繰り返したところで、変化が起きる兆しさえない。

 

 何かが足りない。真人は必死に記憶を掘り起こした。

 

「ヘイ、こら無視すんな。どうしてそれを持ってんのかって訊いてんの!」

「なあ。さっき君が使ってたメダル、貸してくれ」

「はあ? いやムリムリムリムリ!」

 

 腰のポーチへ手を伸ばそうとすると、彼女はダンゴ虫のようにうずくまり、死守の姿勢をとった。今が非常事態でなければ、いたいけな少女を襲う変態野郎の構図だったに違いない。

 

「インロウガジェット……だっけ? こいつとメダルがあれば、俺も変身できるんだろ?」

「ムーリーだーってー!」

 

「嫌なのは分かるけど、ほら、こんな状況だからさ」

「だから無理なの! 私のメダルじゃあ、あんたは変身できないのよ」

 

 少女はなんとか体を起こすと、壁に上体をよりかけた。

 ポーチから出したインロウを開き、メダルをひっくり返して見せてくれる。

 

「インロウガジェットのケースの中にマークがあるでしょう? これと、モンショウメダルの裏面に描かれたマークが一致していないと、適合しないの。アンダースタン?」

 

 彼女のインロウとメダルに描かれていたのは、変身時に現れた二重円――これは『北』の崩し字である――に『河』の字の刻まれたもの。河北町(かほくちょう)の町章だ。

 

「そういや、そんなんあったな」

 

 妙な位置に描かれていると思ったが、ちょうどセットしたメダルの背面とぴったりくっつくようになっているらしい。

 

「で? あんたのインロウガジェットはどこのよ」

 

 よこしなさいと言わんばかりの手に、真人は自分のインロウを渡す。

 受け取った少女は、覗きこむなり頬を引きつらせた。

 

 こちらに描かれているのは東根市章である。兜の前立てのような曲線形から先端だけが分離しているシンボルマークで、公的には東根の『ひ』を図案化したものとされている。

 

「まさか、そんな……はあ、最悪だわ。あのエセ霊能者、何てことしてくれたのよ」

「何かしたのが?」

「こっちの話!」

 

 少女は口調とは裏腹に、両手でそっとインロウを突き返してきた。てっきり放り投げられると思っていただけに、恭しくもとれる態度に肩透かしを食らった気分である。

 そんな真人の困惑をよそに、少女は現実を言い放つ。

 

「ともかく、モンショウメダルがないなら変身は無理。あんたは帰って、お父さんの形見を大事に仕舞って、とっとと寝なさい」

「どうして、これが親父のだって知ってるんだ?」

「私、そんなこと言ったかしら」

 

 あまりに自然なスマイルは、言った言ってないの押し問答を飛び越えて、自分の聞き間違いだったのだろうかという思いを抱かせる。

 

 真人が首を傾げていると、そこへ『叫び』がやってきた。

 

「ったく、こっちは取り込み中なんだよ!」

 

 顔面を力いっぱいぶん殴ると、『叫び』は塵になって消えていく。

 

「倒せた……?」

 

 感触を忘れないよう拳を握る。よし、やれそうだ。

 

「ミダグナスを倒したくらいで調子に乗るな、バカ」

「ミダグナスぅ?」

「そうよ。あいつらは、この辺りに眠る浮遊霊が実体化したものなの。ずっと大昔から溜まりに溜まった、供養もされずに忘れ去られた存在よ。群れない限り人間でも対処できる。

 問題は親玉である闇邪鎧の方。あっちは土地に縁のある偉人の魂の欠片を、ムドサゲっていう奴らが邪悪に染め上げたモノ。あんたじゃ太刀打ちできないわ」

「そうかよ……」

 

 出鼻を挫かれ、真人は肩を落とした。

 変身できないことは解った。目の前の少女も、まだ立ち上がれるまでに回復していない。ミダグナスとかいう奴らは倒せても、闇邪鎧とかいう親玉には生身の人間が敵わないということも聞いた。

 

 しかし、だとしても、だ。それが逃げる理由になるものか!

 

「あーくそ、なんなんだず、どだなだず! 頭がパンクしそうだ!」

 

 吐き捨てて、自分の頬を引っ叩く。

 

「俺にやれることがあるかもしれないってのに、指咥えて見てられるかよ!」

 

 足下の棒切れを拾い上げ、今度は落とさないよう手の内を調節する。

 

「ンなことしてたら、親父に笑われちまう!」

 

 真人は左手にインロウガジェットを握りしめ、

 

「ちょっと、待ちなさい! だめ、待って!」

 

 少女の悲鳴を置き去りにした。

 

 

 

 

 

 ガムシャラに得物を振り回し、真人はようやく何体目かのミダグナスを倒した。

 余裕なんてない。学生時代の剣道経験が役に立つかとも思ったが、防具の有無による安心感にどれほど守られていたかを痛感する。気声を発しようにも、口を開けば恐怖に叫び出してしまいそうで、じっと歯を食いしばる。

 

 それでもどうにか、闇邪鎧の背後を取った。

 しかし、振り上げた棒切れが止まる。

 

『――笑止』

 

 闇邪鎧はこちらに背を向けたまま、刀の柄で腹を突いてきたのだ。

 

「か……はっ……」

 

 たまらず膝をついた真人は、頭を掴み上げられた。

 禍々しい巨躯と視線が合う。底冷えのするような眼だ。

 

『意気や良し。だが、是非も無し』

 

 斬る価値もないとばかりに、放り投げられる。

 慣性のままに石畳を転げ回った真人は、力なく地に伏せた。

 

「ちく、しょう……」

 

 腕に力が入らない。脚が震えて仕方ない。威勢よく出しゃばって、このザマだ。

 気が付けば、自分がいるのは将棋盤最奥列の中央。つまり、『王』の位置。

 

 痛烈な皮肉だった。こんな醜態を晒す者の、何が王か。

 

「親父……俺、どうすればいい……?」

 

 握りしめたインロウガジェットに縋りつく。

 こいつで変身ができるんだろう? でもよ、メダルがないと駄目らしいんだ。

 なあ。親父は、何か知っていたのか?

 教えてくれよ。俺は戦わなきゃならないんだ。

 

「俺は皆を助けたいんだよ! 頼む。力を貸してくれ、親父!」

 

 叫びに応えるように、インロウガジェットが輝いた。

 体に力が漲る。不思議な感覚だった。おそるおそる立ち上がった真人の周りを、小さな何かが回っている。

 そっと手に迎えると、それはサクランボの紋様が描かれたメダルだった。

 

「サンキュな、親父」

 

 握りしめたモンショウメダルを、インロウガジェットに装填する。

 

「けど、この一歩だけでいい。そっから先は、俺自身で走って見せるさ!」

 

《サクランボ! Yah(), Must() Get() Up()! Yah(), Must() Get() Up()!》

 

 腰にヤツダテドライバーが出現し、待機音声が流れる。

 戦う決意で拳を引き結び、構えた。

 

「オラ・オガレ!」

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

 

 身に纏うスーツは、何者にも負けぬ正義の白。胸にサクランボを模した紅の鎧を備え、果実の軸の代わりに緑のスカーフが風にたなびいている。

 

 果樹王ニシキ――山形の若き王が、今、覚醒した。

 

 





どーもっし! 柊一二三です。

さて、今日は鉄道の日だそうですね。
山形県で鉄道といえば、佐藤政養(まさやす)氏が浮かびます。
飽海郡(現・遊佐町)に生まれた氏は、日本鉄道の父とも呼ばれており
横浜港の開港や日本初の鉄道路線敷設など、現代日本に繋がるインフラの整備に尽力された方として知られています。
しかも彼は蘭学にも精通しており、幕府の軍艦操練所では翻訳方という経歴を持ちます。さらには芸術にも心得があるガチもんのエリート様にございます。

ここだけの話、ワタクシ、山形には秘密の【次代の導き手(クリエイター)】集団『SATOU(サトウ)』がいると睨んでいるのですよ。ウフフ。
例えば、今回の舞台になっている舞鶴山の麓に生家が残っている、日本初の流行歌手・佐藤千夜子様。
ニシキの力の元にもなっているサクランボ『佐藤錦』を開発し、山形の名産を高品質のまま全国流通させる礎を築いた農家・佐藤栄助氏。
また近年では、『オタケビ発声』で一躍話題になったボイストレーナー・佐藤涼子様などが有名ですね。山形出身でボイストレーナーというだけでも稀有です。
まして、民謡はともかく音楽・芸能関係に関しては排出者のかなり少ない山形で、日本初の流行歌手だとか名ボイストレーナーだとか……ほんとう、素敵。

このように、山形において『日本初』のような功績を修めている方の苗字は『佐藤』だったりするのですよ。
政養氏の遊佐と涼子様の庄内町は山形北西部、千夜子様の天童と栄助氏の東根は山形東部と、出羽三山を挟んで山形の枢軸をがっちり捉えた拠点!
いやー、さすが『SATOU』、おそるべし。
……はいそこ!「鈴木や佐藤の苗字は母数が多いから、必然的に偏って見えるだけだろう」とか冷静なツッコみはしないこと。
いつかこれを新たなローカル都市伝説にしてもらうんだから(大嘘)


閑話休題。
中編では、本編にて闇邪鎧として登場した『人物』を紹介する予定だったのですが、前段で尺稼ぎをさせていただきました。
だって皆さん、よくご存知の人なんですもの。

はい、今回紹介するのは、日本が誇るコスプレイヤー――もとい、戦国大名の『織田信長』氏です!
オタクカルチャーの急速な発展に伴い、鬼になったり美少女になったり犬になったりと、目まぐるしい『変装(コスプレ)』をしてくださるカリスマです。
ニシキの執筆にあたり「1話で信長出しますわー」と言ったら、先輩から「お前も信長を無辜の怪物にする気か」と苦笑いをされました。
はい!(肯定)

まあぶっちゃけちゃうと、信長本人はあまり山形に関係ないんですけどね。
歴史的には、最上義光だとか、義光の裏をかこうと動いていた白鳥長久だとか、その辺りとのゴタゴタした関係が出来上がっていたりするのですが、
山形に織田信長の名前が定着することになったのは、本編でも触れたとおり、江戸時代の国替えによって天童織田藩が置かれてからとなります。

来週公開する後編の『縁の地』で掘り下げる予定ですが、まさか山形の地で神号を賜ることになろうとは、かの大うつけ殿でも予想はできなかったでしょう(笑)
そこは愛知(尾張清洲時代)か岐阜(美濃攻略後)、あるいは本能寺に因んで京都じゃあないのかと(※一応、建勲神社は京都にもありますが、第一号は山形です←ココ重要)。
歴史とは不思議なものですが、きっと信長公なら笑ってくれるんじゃないかなと思います。


……ふと思いついたのですが、前編で紹介した、天童温泉様の『くちびるコンテスト』。
信長公の肖像画をプリントした特別台紙を用意して、「誰が最も美しい口吸いの跡を信長公の頬に付けることができるか!?」みたいな『歴女賞』とかやったら面白そうだなーなんて。

いや、ないか(笑)


ではではーノシ



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後編/ちょんどしてろ。くらすけてやる!

「オラ・オガレ!」

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

 

 漂う空気が変わったことを察したか、闇邪鎧が振り返る。

 

『まさか、王になろうとはな。貴様、名は』

「俺は、故郷(ふるさと)守る気高き戦士。果樹王(かじゅおう)――ニシキだ!」

 

 そっちこそどうなんだ、と拳を突き出す。

 

『我は第六天魔王。オダノブナガ也』

「へえ、そうかい。じゃあノブナガさんよ」

 

 ニシキは突き出した拳から人差し指だけを立て、ノブナガ闇邪鎧の足下を示した。

 

「ちょんどしてろ。くらすけてやる!」

 

 地を蹴り、ドライバーのボタンを叩く。現れたサクランボ型の手甲『サクランボンボン』を構えて、ノブナガへと踊りかかった。

 刀にも耐えうる強度を持つ手甲で、正面からかち合ってやる。今度は背後からなどという真似はしない。そんな覚悟の拳に、ノブナガがわずかに退いた。

 

「おりゃあああっ!」

 

 鋭いフックで、刀身を叩き折る。

 しかし、追撃をしようとしたのも束の間。ノブナガは天に手を掲げた。

 

『三千世界より参れ――「実休光忠」!』

 

 異空間から現れた刀の柄が、抜くと同時に振り下ろされるのを、ニシキは辛うじて間合いを切り、避けることに成功する。

 

 華やかな意匠の刀は煉獄に燃えていた。一度振るわれれば、炎がじりじりと迫ってくる。

 近づくこともままならず、ニシキとノブナガの間には距離が開いた。

 

 その隙にノブナガが銃を構え、こちらに狙いを定める。

 

『いかな王とて是非に及ばず。散れ。「破軍・三段射」』

「させるかよ!」

 

 ニシキは意を決して走り、サクランボンボンを掲げた。この得物の内部はハンドルが付いており、握りしめることでパンチングの安定性を生み出す構造となっているのだが、その真骨頂はハンドルの先端にこそあった。

 

「種とばし大会優勝者を舐めんな!」

 

 親指で、ハンドルに据え付けられたボタンを押す。すると手甲の前面がぱっくりと開き、中からサクランボの種子が射出された。

 威力こそ少なく、敵にダメージを与えるには物足りないギミック。だが、銃弾を弾く――とまではいかずとも、軌道を逸らすには十分だった。

 

 一射目は右拳からの種飛ばしで、二射目は左拳からの種飛ばしでそれぞれ弾き、三射目はギリギリのところをダッキングで躱す。

 もうノブナガの躰は目前だった。ニシキは腰に引きつけた手で、ドライバーのスイッチを二度叩く。

 

《サクランボ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!! 》

 

 両手のサクランボンボンが熟し始めた。その身を膨れさせる度に、ガンガンとエネルギーが溜まっていく。

 

「これが俺の全身全霊だ! 食らえ――『サクランボンバー』!!」

 

 今にも爆発しそうな二つの果実を叩きこむ。

 ノブナガは大きく後退し、刀をアスファルトに突き刺してブレーキをかけた。再び銃をこちらへ向けてくるが、腹部に刻まれた果樹王の刻印が、既に勝負がついていることを示している。

 

『ぐ……フ、フハハハハハハ! 我は魔王。必ず蘇り、相見えようぞ!』

「何度来たって変わらねえ。俺が山形を守る!」

 

『クク。デ、アルカ』

 

 手を大きく拡げて空を仰いだノブナガは、そのまま地に落ち、爆発した。供のミダグナスたちも一斉に消え去り、跡には依代となった敦盛の演者が横たえている。

 男性が息をしていることを確認した真人は、ほうっと息を吐いた。

 

 

 

 

 

 変身を解除した真人は、壁にもたれている少女の下へ戻った。

 しかし、彼女は「メダルが……そんな……」とうわ言を発するばかりで、声をかけてみても目の前で手を振ってみても、まるで反応がない。

 

 危機が去ったとはいえ、このようなところに女の子を置いて行くわけにはいかないか。

 真人は頭を掻いてから、少女を抱え上げることにした。存外、闇邪鎧に立ち向かうことよりも度胸が要るかもしれない。

 

 おそるおそる、腰と膝に手を回す。持ち上げると、腕の中で少女が跳ねた。

 

「ななな、何すんのよ、バカ!」

「ひっでえ言い草だなあ。動けないみたいだから、安全なところまで連れて行こうかと思ったんだよ」

 

「あっそ。……まあ、その。ありがと」

 

 少女はそれだけ言って、顔を背けた。そのまま、人々が避難している方向と反対側を指さす。

 

「運んでくれるなら、あっちに行ってもらえる?」

 

 その方向は、見物席から将棋盤に向かって背中側だった。舞鶴山の象徴でもある王将の駒と、ほんのわずかな花壇。そして展望スペースしか存在せず、出口などないのだが。

 

「へいへい」

 

 口を挟むだけ無駄だろうと察した真人は、大人しく従った。

 

 王将駒の裏手に回ったところで、少女に止まるよう指示される。彼女がスマホを取り出し、電話口に二、三言伝えたかと思うと、真人の視界が光に包まれた。

 

「な、なんだあ……?」

 

 気が付けば、そこはどこかの部屋だった。殺風景な空間にあるのは、端の方に寄せられた木製のテーブルと、壁の小窓だけである。

 

「ついてきて」

 

 おぼつかない足取りの少女について部屋を出ると、そこは、小洒落た雰囲気のダイニングカフェのようだった。

 通り過ぎた客席のメニュー表に店名が書かれていたが、崩し字が過ぎて何語かもわからない。

 カウンター席に座った少女に続いて、真人も腰かける。

 

「ここは?」

「『ごっつぉ』。喫茶店よ」

 

 少女がベルを鳴らすと、奥から人の良さそうな、恰幅の良いおばさんが顔を出した。

 

「ただいま、ウカノメさん」

「なんたっけや? って、ないだず、男ばしぇできだながれ! あらー、めんごいごどー!」

「ちょっと成り行きで。こいつ、ニシキになったんですよ」

「ほんてが!?」

 

 ウカノメと呼ばれたおばさんが、こちらをまじまじと見つめてくる。

 

「ちょっと待っててけろな。今、コーヒーば淹れてけっがら」

 

 微笑みを残して、ウカノメはいそいそとキッチンの奥に行ってしまった。

 真人の隣では、少女が顎に手を当てて唸っている。手持無沙汰を紛らわすために店内を物色していると、壁に貼られたポスターが目に留まった。

 

 店内の雰囲気からそこだけ浮いているのは、ローカルアイドルグループ『つや姫』の宣伝ポスターである。真人も名前くらいは聞いたことがあった。

 山形のブランド米『つや姫』の宣伝をすべく結成されたアイドルで、弟分のブランド米『雪若丸』のために結成された男性グループとともに、県のPRの双翼を担っている。

 

 確か、初代のセンターが東京を拠点としたアイドルグループに引き抜かれ、総選挙の上位にまで登りつめる快挙を成し遂げたというニュースがあったはずだ。

 ちょうど半年前。父の葬儀でごたごたしていたためにうろ覚えだが、後を引き継いだ二代目は、何らかのトラブルによって活動休止を発表していたはずである。

 

 顔ぶれに覚えがないため、ポスターに写っているのがおそらく二代目メンバーなのだろう。

 その、四人並んだうちのセンター側にいる少女を見て、真人はガバッと振り返った。

 

「お、おまっ、アイドルだったのか!」

 

 どこかで見たことがあるとは思っていたが、想像もしていなかった正体だった。

 しかし少女の反応は淡白で、困ったような怒ったような、うろんな視線を向けてくる。

 

「それはこっちのセリフよ。あんた、白水クン、でしょう?」

「どうして俺の名前を……?」

 

 彼女は「やっぱり」とだけ漏らすと、疑問には答えずに、真人のジーンズのポケットへと手を突っ込んできた。

 引き抜いた手には、果樹王ニシキに変身するためのアイテムが握られている。

 

「インロウガジェットもモンショウメダルも預かります。今すぐ手を引きなさい」

「まあまあまあまあ、とりあえず一服でもすっべや」

 

 運ばれてきたコーヒーに、空気を断ち切られた。ウカノメは少女の手のインロウガジェットをコーヒーカップに持ち替えさせると、一旦、真人に返してくれる。

 

 渋々といった態度を隠すつもりもない少女が、尖らせた口にコーヒーを運ぶ。

 真人も倣って口を付けると、爽やかな酸味が鼻腔を通り抜けた。コーヒーのことはよく分からないが、風が花の香を運んできたような余韻の幸福感だけは理解できる。

 

「これ、美味いなっす!」

「んだべ。人や天気によってブレンドば変えっだのよ」

「はあ。確かにウカノメさんのコーヒーは美味しいけれど、あんた、ほんっとお気楽ね」

 

 少女の小言には随分と慣れてきた。真人は「んだな」と空返事をして、再びカップに口を付ける。やはり美味しい。普段こうした店に寄ることがない非リア充っぷりを後悔するくらいだ。

 

「ちょっと。聞いてるの?」

「聞いっだ聞いっだ。んで、さっきの答えはノーだ」

 

 真人がカップを置いたのと同時に、少女が手のひらでカウンターを叩いた。

 

「はあ!? あのね、これは遊びじゃないの。死ぬかもしれないのよ!?」

「でも、俺がやらなきゃ他の人が死ぬんだろ」

 

 椅子を回し、少女の瞳を正面から見据える。

 もしかしたら、まだ。変身する力を手に入れた高揚感に慢心しているのかもしれない。ましてノブナガには少女も敗北を喫していたのだ、今回はたまたま勝てただけかもしれない。

 

 しかし、こればかりは譲りたくはなかった。親父がインロウガジェットを持っていたという理由にも、おおよその見当はつく。それならば、俺はその意志を継ぎたかった。

 

「死んでほしくないんだよ。お前にも」

 

 本心だった。女の子一人に戦わせて、自分は尻尾を巻いて逃げるなどできようものか。

 彼女にも何かしらの戦う理由があるのならば、それを支えたかった。

 

「…………あっそ。もう勝手にすれば」

 

 少女はそう言って、そっぽを向いてしまう。無愛想だったが、耳まで赤くなっているのを見ると、なかなかに微笑ましい。

 

「そういや名前、聞いてなかったな。知ってるみたいだけど、俺は白水真人。真人でいい。お前は?」

 

 訊ねると、少女は頬杖をついたまま、少し逡巡してから、

 

雛市(ひないち)(れい)

 

 そう、答えてくれた。

 

「そっか。よろしくな、糺!」

「ウザい、キモい、馴れ馴れしい」

 

 すぱーん! と真人の頭に衝撃が走る。どこから取り出したのか、ノールックで振り抜かれた糺の手にはスリッパが握られていた。

 ウカノメがくすくすと笑っている。どうやら糺の手癖は今に始まったことではないらしい。

 

「どだなだず!?」

 

 前途多難な先行きを察して、真人は天井を仰いだ。

 

 

――第1話『紅拳の若武者』(了)――

 

 





どーもっし! 柊一二三です。

ニシキ1話、完結致しました。
このような感じで、遅々とした更新になりますが、永くお付き合いいただけると幸いです。

さてさて、今回は後編ということで『縁の地』の紹介となります。

山形で織田信長公を語る上では、やはり『建勲神社(たけいさおじんじゃ)』は外せませんね。
戊辰戦争(明治維新)の際に天童織田藩が新政府軍に付いたことを契機に、それまでも織田藩の祖(健織田社)として祀っていた信長公を、『建勲神(たけしいさおのかみ)』として明治3年に改めて祀られることとなりました。

地元地域では『けんくんじんじゃ』と呼ばれるそうですが、ぶっちゃけ無理もない。
神社前の看板には『けんくん』とルビが振られているし、こうしてPCで入力していても『けんくんじんじゃ』と打てば『建勲神社』と出ますが、正式な『たけいさおじんじゃ』だと『武勲神社』という文字に変換されてしまうのですよ。HAHAHA。
……いや、逆か。地元の呼称で定着したからこうなっているのかな?


閑話休題。
功績が讃えられて祀られ、後世において神号を賜る戦国武将は多くいますね。
それこそ戦国時代の三英傑、信長公、秀吉公(豊国大明神)、家康公(東照大権現)は有名でしょう。
ちょっと他の大名・武将に関しては、単に神格化して祀っているだけ(だけと言うのも失礼ですが)なのか、正式に神号を与えられてのものなのかややこしいので、興味がある方は調べてみてください。
何にせよ、三英傑が一人が山形の地にて神号を賜ったということは至上の誉れだと思います。

ちなみにこの神社、信長公が好んだとされる宣教師伝来の『珍蛇酒(ちんだしゅ)』ことワインが御神酒なんだとか。
ただ、私が訪れたときには、日本酒のお供えしか見当たらなかったのですよね。
もしかしたら、6月2日の『信長公祭』でのみの行事なのかもしれません。
社殿は参拝自由となっておりますので、是非中に入って、信長公の肖像画と対面してみてくださいね。


また、建勲神社を出て右手には、『天童つつじ公園』と銘打たれた開けた場所に出ます。
ここは、天童織田藩に縁のある人物が整備してくださったとのことで、5月にはつつじの花が見事に咲き誇ります。
赤のみならず、ピンクや白も混ざった山の斜面は、まさに揺らめく炎。燃え上がる信長公の大志のような雄大さが感じられます。
一方で、夜にライトアップされた際は、その美しさもさることながら、眼前の炎と振り仰いだ星空のコントラストが本能寺での最期を想わせる、そんな歴史的ロマンの趣もあります。


春には舞鶴山の桜、初夏はつつじ、夏は青葉、初秋に金の稲穂、秋は紅葉、冬には一面の銀世界。
天の童が舞い降りたという由縁を持つこの地を、温泉とともに堪能してケラッシャエ!


ではではーノシ


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第2話『天藍の筆の絵師』 前編/棋士の迷い

 

――山形県天童市・某所

 

 

 駒を持つ指が震えた。

 

 将棋盤の上には尋常ではない数の駒がひしめいている。こちらは歩兵ばかり。対面にはこれまた歩。ただ、こちらと大きく違うのは、その最奥に王が控えていることだろうか。

 ルールも何もあったものではない、滅茶苦茶な盤面だ。

 

 作務衣姿の青年は、指すべき一手が路頭に迷い、頭を抱える。

 突如現れたバケモノたち。そして織田信長を自称する悪鬼。昨日の舞鶴山で見た光景は、今も脳裏にはっきりと焼きついていた。

 

 光を求めるように。震えの止まらぬ指で、そっと駒を置く。

 こちらの歩兵たち――すなわち民衆を守るための『王』だ。

 

 やっとの思いで意識が水面に辿りつき、はっと息を吸い込む。青年はにわかに盤上の駒たちを払い除け、おぞましい将棋盤から後ずさった。

 

「……一体、私に何ができたというのです」

 

 棋士という肩書に誇りを持っていた。多少は有名になった自覚もある。しかし、それが楔になるとは思ってもみなかったのだ。

 

 逃げ惑う人々が口々に言ってきた。「先生、助けて」と。

 自分でさえ逃げ出してしまいたい状況で、そんな無茶な重荷はなかった。私だって、棋士であることを除けば一般人でしかないのだ。どんな分野で成功した人物も、他に移ればまるっきりの門外漢でしかない。

 

 それでも、呪詛のように脳裏に声がこだまする。「先生、あの化け物を倒して!」と。

 

「無理です! 無理なんです!」

 

 命からがら逃げだした先で、恐怖のままに妙な思いつきもした。

 自分が棋士でなく、騎士だったなら。

 駐車場を抜ける間際に振り返って見た、戦士の背中。それが自分だったなら。

 

 馬鹿馬鹿しい。渇いた笑いがくつくつとこみ上げる。

 

「今日は塾やんねあんがって、富樫さんから電話来ったんだげんと?」

 

 ふと、母親の声がした。女手一つで育ててくれた女丈夫も、今日の声音は弱々しい。

 

「今日は……休みます」

 

 無理もない。そう思ったのは、どちらに対してだろうか。

 襖が開き、母が入ってくる。差し出された電話の子機を、青年はおそるおそる受け取った。

 

「……お電話代わりました」

「あっ先生、今日は塾ねえの?」

「コウタくんでしたか。先生の携帯に直接かけて良かったんですよ?」

 

 電話越しの相手が親御さんではなかったことにほっとする。

 

「かけたけど、先生出ないんだもん。先週習った葛飾北斎がゲームで当たったから、せっかく先生に自慢しようと思ったのに。塾閉まってるしさ」

「そうでしたか。すみません、今日は休みだと連絡するのを忘れていました」

 

 しかし、取り繕った声音も、純真な子供には通用しなかったようだ。

 

「先生、元気ないね。やっぱり、昨日のバケモノのこと……?」

 

 心臓を掴まれたかと思った。悟られぬよう、ゆっくりと深呼吸する。

 

「美味いもんでも食って、元気出してな、先生!」

「ありがとう。私は大丈夫ですから。しっかり先週の復習をしておくんですよ」

 

 やっとの思いで言葉を紡いだ青年は、教え子の返事を聞くともなく、逃げるように『切』のボタンを押した。

 

「美味いもん……ですか」

 

 時計を見れば、ちょうど昼時。そういえば、昨日の昼から何も口にしていなかったか。

 青年はおもむろに立ち上がり、着の身着のまま部屋を出た。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 闇邪鎧との初めての戦いから一夜明けて、真人は再び天童を訪れていた。

 大惨事が発生してしまった舞鶴山は、警察やら報道陣やらで封鎖されている。本来ならば今日も引き続き人間将棋が行われる予定だったが、これでは叶わないだろう。

 

 軽傷も含め、死傷者は数百人規模に上るらしい。

 これが多いのか少ないのかは判らない。ただ、車のアクセルペダルを踏む足は重くなった。

 

 俺は皆を守ることができたのだろうか。守れたと言えるのだろうか。そんなモヤモヤを抱きながら、舞鶴山から真っ直ぐ駅前通りに抜けたところの蕎麦屋へ車を停めた。

 

 天童温泉の大通りに軒を構える、水車が印象的な店である。駅や温泉旅館からのアクセスがいいこともあって、県外からの客も多いらしい。

 『悩みがあったらまず飯を食え。そしてそれは美味いモノであれ』とは、父が昔言っていた言葉だ。腹が減っている状態ではろくなことを考えないからだそうな。

 

 玄関前の石臼に期待を膨らませながら暖簾をくぐった真人は、思わず顔を顰めた。

 カウンター席の端から二番目の席でお冷のコップに口を付ける糺からUターンでも決め込もうとしたものの、やってきた店員から『お一人様』と見られるや、他の団体客より優先してカウンターの、よりにもよってそこだけ空いている彼女の隣に通されてしまった。

 

「どうしてあんたがここにいるのよ……」

 

 開口一番失礼なものである。先にそう思ったのは確かにこちらではあるが、口には出していないというに。

 

「ちょっとな。すいません、天ざるください」

 

 努めて冷静に注文を済ませ、運ばれてきたお冷で喉を潤す。

 

「ちょっと早い時間だけど、けっこう混んでるな」

 

 世間話でもと、軽く振ってみる。周囲を見回すと、いくつかのテーブル席に、片手でスマートフォンをいじっている客たちがいた。

 

「混んでる時にスマホなんか弄んなず……」

「別にいいんじゃない?」

 

 真人のぼやきに、糺が肩を竦める。

 

「食べるペースは早いみたいだし、ほっときなさいよ」

 

 いやに刺々しい声色だ。

 

「なあ糺、何かあったのか?」

「ワッツザット。何かあったのか、ですって? ええ、ええ。あんたがニシキになって、馴れ馴れしく名前で呼んできて、こうして隣でご飯食べることになってますが、別に何もありませんとも」

 

 空になったコップを唇で弄びながら、糺がぶーたれる。

 

「へーへー、さいですか。悪りがったな」

 

 何故そんなにつっけんどんな態度をとるのか、昨日はついに教えてもらえなかったことを思い出し、八つ当たりのように水を煽る。

 

 そんなことをしている間に糺の反対隣、カウンターの一番端の席が空いた。店員が片付けをしている間にいそいそと落ち着かない彼女だったが、掃除も済んだ席にいざ移ろうとしたとき、入れ違いにやってきた店員から止められる。

 どうやら新しい『お一人様』がやってきたらしい。軽く窘められた糺は、礼儀正しく謝ると、仕方なさそうに真人の隣へ戻ってきた。

 

 沈黙が続く。彼女の注文も、まだ到着していないようだ。

 

「なあ、お前は何頼んだんだ?」

「鴨そば」

 

 会話が終了してしまう。別に言葉を交わす必要もないのだが、どことなく居づらい。

 そんな真人たちをよそに、テーブル席から声が上がった。

 

「よっしゃ、北斎引いた!」

「マジか。いくら突っ込んだんだず」

「へっへー、ログボの召喚符で引いたぜ!」

「うわ、ずっりー」

 

 地元の学生だろう若い客たちは、ワイワイとスマホの画面を見せ合っている。

 

「はいはいおめでとー。安藤広重なら、もっと天童らしかったのにねー」

 

 彼らには聞こえないだろうボリュームで、糺が皮肉を言う。

 しかし、それにまさかの返答があった。

 

「僭越ですが。その呼び方は適当ではありませんね」

 

 先ほど来たばかりの、作務衣を着た青年である。ふわりと薄荷の香りがするが、書道家か何かの人だろうか。

 

「そうなんですか?」

「ええ。歌川広重は雅号で、本名は安藤重右衛門といいます。これを混合して呼ぶことは、正確には誤りなんですよ」

 

 へえ、と目を丸くした糺に、青年は頬を掻いた。

 

「失礼。どうも講師としての血が騒いでしまいました。成生(なりゅう)俊丸(としまる)と申します、よろしく」

 

 そう言って手を差し出した彼に、糺があっと声を上げた。

 

「成生って、もしかして棋士の……?」

「ええ。ご存知でしたか」

「髪を下ろされていたから気付けませんでした。昨日は大変でしたね」

「ええ……そうですね」

 

 社交辞令にも慣れた様子で返す俊丸の表情が翳ったのを、真人はぼうっと見ていた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 蕎麦屋の外で、知的なOL風の人間態に化けたカイバミは時を待っていた。

 

 目前で順番を待つ男性客が、スマートフォンの画面を血走った眼で睨んでいる。彼はゲームの課金清算画面を開き、震える指で『OK』を押す。

 画面が切り替わると、色とりどりの演出とともに、何やらキャラクターたちが連続で現れた。

 

 この数百年で、絵画というものは随分と進歩したようだ。侘び寂びの趣こそ薄くなったきらいもあるが、可愛らしさといった意味では目を見張るものがある。

 そして、スマートフォンのゲームというものは素晴らしい。ヨウセン様が御目覚めになる前に、現代のことを知るべく多少触ってみたが……なるほど、これは堕落する。

 

 堕落は甘美な毒だ。人類を発展させもするし、滅ぼしもする。

 例えばある者は、わざわざ遠くまで会話をするべく移動したくないが故、電話を創った。またある者は、室内のテレビにまで歩くことさえ嫌い、リモコンを発明した。

 

 だが、欲望のまま堕落することで、薬は一転、毒へと変わる。

 

「ああクソ! 家賃も注ぎ込んだのに北斎引けねえ! 絶対テーブル操作してんだろ! もう北斎なんていらねえよクソが!」

 

 そう、目の前の彼のように。

 

「坊や。葛飾北斎のことでお困りかしら?」

「……は?」

 

 怪訝な顔で振り向いた男性客は、目を見開いた。その瞳には、竜神態に戻ったカイバミが映っている。

 

「バ……バケ……」

「あらあら、バケモノとは酷いわ。レディーに向かって」

 

 そう言って、カイバミは微笑んだ。優しく、愛撫するように、男性の首筋を指でなぞる。

 

「くすくす……出羽の地に縁を持ちし絵師よ。ムドサゲたるカイバミの名において命じる。今、闇邪鎧と成りて、姿を現せ!」

 

 胸元まで達したところで、指先に発生させた蒼の瘴気を、深く突き入れた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

「有名な人なのか?」

 

 そう真人が訊ねると、糺は露骨に眉をひそめて見せた。

 

「あのねえ、中学生のうちに七段到達、高校一年で竜王まで獲った超新星。後進の若き棋士たちにとって最大の壁として君臨し続ける、山形が生んだ天才棋士って言ったら、その名前を知らない県民はいないでしょ、フツー」

 

 追加のお冷を注ぎながら、彼女は続ける。

 

「しかも竜王戦の賞金四千万を、全て教育施設や私塾に注ぎ込んだ功績で、県知事から勲章もいただいているの。あんたと違って頭脳明晰の人格者なのよ。アンダースタン?」

「そんな、恐縮です」

 

 俊丸は照れくさそうにはにかんだ。しかし、その目にはやはり影が濃く映っている。

 

「っていうか、昨日の人間将棋にも来てたでしょうが。見てないの?」

 

 糺の言葉に合点がいった。なるほど、彼もあの事件に巻き込まれた一人だったのだ。

 昨日、喫茶『ごっつぉ』を後にしてから、はぐれたままだった創と電話したときもそうだった。もっとも彼の場合、演者であろうと、仮にもヒーローである自分が敵に立ち向かえなかったことが歯痒かったのだろうと思っていたが。

 『ヒーローが現れて、怪物を倒してくれたらしい』と言った創の震える声は、忘れられない。

 

 そんな、マイナス方面に傾きかけた真人の思考は、店員の声で我に返る。

 

「お待たせいたしました。こちら、鴨そばになります」

「やたっ!」

 

 小さくガッツポーズをした糺は、丼が置かれるや否や割り箸へ手を伸ばした。律儀に「いただきます」を唱えてから箸を割る彼女は、存外真面目なのかもしれない。

 

 しかし、蕎麦を口に運ぼうとした手は、不意の悲鳴に遮られてしまう。

 真人と糺は、声のした方へ振り返った。どうやら店の外で何かが起きたらしい。

 

 すると、店の戸が開き、二人の男子が飛び込んできた。顔面蒼白の彼らは、先ほどスマートフォンのゲームで葛飾北斎を引き当てたと喜んでいたグループにいた者だ。

 

 おかしい、あと一人いたはずである。その姿を探して店の外を窺うと、目に入ったのは、歪な顔をした、彷徨える魂の残滓たち。

 

「ミダグナス……っ!」

 

 真人が状況を飲み込んだ頃には、糺は立ち上がっていた。手早く財布からお札を抜き、カウンターに置いた彼女は、財布と入れ違いにインロウガジェットを取り出す。

 やや遅れて、真人も立とうとした時だった。

 

 コップの落ちた音に振り返れば、頭を抱えた俊丸がガタガタと身を震わせていた。

 やはり、トラウマになりかけている。こうした被害者を一人でも減らさなくてはならないのだと、真人は歯を食いしばり、決意を固めた。

 

 ざわつく客を尻目に、店外へ飛び出す。すぐそこまでやってきていたミダグナスを殴り飛ばし、糺へ追いついた。

 

「闇邪鎧は?」

 

 訊ねると、糺はあごで指し示す。

 

 そこには、鮮やかな蒼の躰を持つ闇邪鎧がいた。ノブナガの純粋な禍々しさとは打って変わって、息を呑むような風情さえ感じる。

 構える長得物の先端は刃ではなく、筆になっているようだ。そして、その筆先が向けられているのは、件の北斎を引き当てた客である。

 

『おのれ、北斎ィィィ!』

 

 振り上げられた長筆に、真人は地を蹴った。

 

「させるかよ! オラ・オガレ!」

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

 

 サクランボンボンを呼び出し、絵筆を受け止める。

 

「逃げろ!」

 

 背後の男子に声をかけながら、ニシキは闇邪鎧へと横蹴りを打ち込んだ。

 闇邪鎧が大きく後退する。その手応えは確かなものだった。

 

 ノブナガは戦国武将ということもあってか強大な力を持っていたが、目の前の闇邪鎧は、絵筆という得物からも察するに文化人なのだろう。

 

「元となった偉人によって、力もまちまちってところか。これならイケるぜ!」

 

 勢いに乗って攻め込もうとするニシキを、闇邪鎧は絵筆を払って迎え撃つ。

 空中に描かれた青い色彩の軌跡が、そのままソニックブームのように襲い掛かってきた。

 

「おっ、ちょっ、遠距離攻撃かよ!? それならこっちも……種飛ばしだ!」

 

 拳を構え、さくらんぼの種子を飛ばして対抗する。しかし、直撃こそしたものの、牽制程度の威力しか持たない技では厳しいものがあった。

 近づきあぐねる焦れったさに痺れを切らし、ニシキはノーガードで飛び込む。

 

 飛びかかり、拳を叩きこん――だはずだった。寸前まで確かに目の前にいた闇邪鎧は、二手に分かれて攻撃を避けたのだ。

 

「なっ……増えたあ?」

 

 蒼の異形に挟まれ、思わずたたらを踏む。

 

『どいつもこいつも北斎北斎! 貴様も儂を忘れたか!』

「はあ? いや、そもそも、あんまり絵に興味が無かったっつーか……」

『ならば語るに値せず。消えておれい!』

 

 二体同時に薙いだ絵筆から生み出された衝撃波をもろに喰らい、ニシキは吹き飛んだ。

 

《ベニバナ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

「『紅花爛漫』! ちぇいさあああ―――――ッ!」

 

 周囲のミダグナスを片付けたレイが、ニシキに代わって闇邪鎧へ飛びかかる。紅花のエネルギーを受け、闇邪鎧の一体が弾け飛んだ。

 

「ったく、何やってんのよ」

「悪い、油断した」

 

 差し出された手を取り、立ち上がる。

 

「お、おい……糺、後ろ!」

 

 ニシキの指摘に振り返ったレイは、その光景に声を上げた。

 

「ふ、復活したあ!?」

 

 今しがた倒したばかりの一体が、絵の具をかき寄せるように集まり、再びその姿を形成していたのだ。そして、悪夢はこれだけでは終わらない。

 

「「また増えたあ!?」」

 

 二体だった闇邪鎧は、分裂を続け、五体にまで達した。

 五つの絵筆が、天へと掲げられる。

 

『ここに新たな世を描かん。「東海道五拾三次・番外」!』

 

 宙に山が、海がと描かれ、大きな津波となって具現化していく。

 絵画の奔流に呑みこまれ、ニシキたちは膝をついた。八楯の鎧も耐え切れず、変身が解かれてしまう。

 

 そんな真人たちの様子を満足げに眺めた闇邪鎧は、やがて一体へと混ざり合い、

 

『何処だ、何処にいる。北斎ィィィ!』

「くっ……待て!」

 

 制止も虚しく、どこかへ飛び去ってしまった。

 

「くそっ!」

 

 真人は拳を地に叩きつける。文化人と高をくくったことが間違いだった。

 闇邪鎧の元となったのは、『偉人の』魂なのだ。そこに悪しき力が働いて生み出されたとなれば、尋常ならざる脅威であって然るべきなのである。

 

 闇邪鎧を追うべく、もう一度変身をしようと試みる真人を、糺が抑えた。

 

「止めておきなさい。自分の意思での変身解除ならともかく、強制解除の直後に再変身するのは、とてつもない負担がかかるわ」

「でもよ!」

「止めなさい。……あんたのお父さんのようになりたくなかったらね」

「おい、それってどういう――」

 

「先生! 成生先生!」

 

 縋る言葉は掻き消された。

 今度は店の中から届いた悲鳴に駆けつけると、そこには気を失い、倒れ伏した俊丸がいた。

 

 





どーもっし! 柊一二三です。

今回の『舞台』紹介!
第1話に引き続き、天童市が舞台となっております。


山形県(山形市)は果樹王国の他に『ラーメン王国』なんて呼ばれ方もしておりまして、年間一世帯あたりの中華そばに対する支出金額が第1位なんです。
しかも、2位の新潟県(新潟市)との差が4万円!はえーすっごい。でも確かに、週末になると一家でラーメン屋、みたいなイメージはありますね。
また、人口10万人当たりのラーメン店舗数も日本一(これも2位とは20軒ほどの差がっ!)ということで、山形の情熱を感じますね。
それこそ国道13号線を走れば、数分おきにラーメン屋があるといっても過言では……いや、さすがにこれは過言でしたww

と、そんな中。山形県がもう一つ力を入れている「麺」がございます。
そう、蕎麦です。
春先になると「でわかおり」や「最上早生」という品種の新物が出回り、県内各所で香り高い歯ごたえを楽しめます。

こうした蕎麦文化を牽引しているのが、天童市でもあるんですよ。
山形の蕎麦を召し上がったことがある方なら、『水車そば』という名称を耳にしたことがあるのではないでしょうか?

また、蕎麦もシンプルに味わうだけではありません。
前述の『水車そば』こと『水車生そば』様でも、定番の「かいもち(一般的には「そばがき」と呼ばれるもの)」がメニューにございます。
ちょっと北に行ったところ、村山市の道の駅様などでは、このかいもちを揚げた「かいもづスティック」というアイデアメニューも登場しました。外はカリッと中はもっちりで、絶対にイートインをオススメしたい一品です。
道の駅といえば、おそらく県内でソフトクリームを提供する道の駅の殆どで「そばソフト」が置かれていることも印象的です。これがまた甘さ控えめで上品なんですよ。


まさに食への飽くなき探究!
『果樹王国』に『ラーメン王国』、そして最上地区の『きのこ王国』と、食べ物に因んだ名前が多いことは大きな特徴ですね。
食べ物ではなくなりますが、ほぼ全市町村に温泉があることなどから『温泉王国』とも名乗っています。
王国多すぎィ!(笑)

個人的には、紅花をはじめ、県内のあちこちにある花の名所を総括して『フラワー王国(あるいは花卉王国)』というのも推してみたいですね。


ではではーノシ


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中編/騎士への願い

 

 俊丸と隣の席にいたということは好都合だった。彼の友人を偽った真人たちは、対『蒼の闇邪鎧』の作戦会議も兼ねて、喫茶『ごっつぉ』へ場所を移すことにした。

 

 ウカノメへ連絡してロッカールームへと転送してもらうと、そこには既にベッドが用意されていた。枕元には水の入った洗面器とタオルも置かれている。

 

「手際がいいというか、なんというか……」

 

 最早魔法だ。俊丸をベッドに寝かせながら、真人は糺に訊ねた。

 

「なあ、ウカノメさんって何者なんだ?」

「神様らしいわよ。果樹八領――私たちが変身する『王の鎧』の保護をしているんですって」

「神様、ねえ」

 

 思っている程驚かなかったのは、自分が実際に変身をし、この喫茶店への転送も二度目だからかもしれない。

 

「あのさ、果樹『八領』ってことは、俺たちの他に六人いるってことか?」

「さあ?」

「さあ?」

 

 曖昧な返事をされ、真人は素っ頓狂なオウム返しをするしかなかった。

 

「私も前に訊いたけど、『いぐづあんのがわがんね』って言われた。私も、ニシキの他には一人しか知らないし」

 

 壁際の椅子に腰かけた糺は、テーブルに備え付けられた呼び出しボタンを押した。

 真人もとりあえず対面に座ると、糺から「ちょっと手をどけてて」と窘められる。

 言われるがまま、数秒後。卓上には二つのコーヒーカップと、シュガーポットが現れた。

 

「すげえ……」

「こっちに籠る時は、このボタンを使うの。いちいちカウンターに行くと邪魔になるからね」

 

 どうやらこの部屋は、完全に戦士たちの控室という扱いになっているらしい。しかしそう考えると、この殺風景な状態が気になってくる。

 

――止めなさい。……あんたのお父さんのようになりたくなかったらね。

 

 もし、もしだ。父が戦士として戦っていた人間の一人で、闇邪鎧との戦いの中で命を落としたのだとしたら。同じように他の戦士たちも亡くなっていて、その結果自分と糺、そしてもう一人いるという戦士以外残っていないのだとしたら。

 

 こんなに切ない伽藍洞の部屋はあったものじゃない。

 

 先ほどの戦いでは、変身解除にまで追い詰められた。一歩間違えば、いや、これからもずっと、死と隣り合わせになっていくのだろう。

 

――無理すんな? じゃあ誰があいつを止めるのよ。無理しなきゃなんないでしょうが!

 

 舞鶴山での言葉に籠められた重みが、胸を締め付ける。

 

「それで? どう倒そっか、アレ」

 

 コーヒーを冷ましながら、糺の上目遣いが問う。

 

「山形出身の画家はけっこういるし、最近なら今野忠一氏なんかが天童出身だけれど。青い絵の具が特徴的で、葛飾北斎に因縁があるといえば、アレは安藤広重で間違いなさそうね」

「歌川広重、な」

「……うっさい、バカ」

 

 蕎麦屋での指摘を思い出したのか、糺は赤らめた顔をコーヒーカップに隠してしまった。

 

「つっても、名前が判っただけじゃあな」

「そうね。ある程度、闇邪鎧の行動を予測することはできるんだけど……アレじゃあお手上げ。オカルトや都市伝説にそういうエピソードでもあればって思ったけれど、エセ霊能者とは連絡繋がらないし。困ったわ」

 

「エセ霊能者って、さっき言ってた『もう一人』の?」

「そ。LINEの既読はつくから生きているはずだし、連絡ついたら紹介するわ。口の悪いキザヤローだけど」

 

 真人は愛想笑いで茶を濁す。既読スルーと気障野郎がどう繋がるのかは知らないが、どうやら彼と糺とは馬が合わないらしい。まあ彼女の場合、誰に対してもそんな態度であるような気もするが。

 

 どちらにせよ、機会が来るまでは触れない方がいいだろう。

 蕎麦を食べ損ねた空きっ腹をコーヒーで落ち着け、真人は話を戻した。

 

「倒しても復活して、五体に分裂する歌川広重の闇邪鎧……か」

「復活したのは多分、私が倒したのが本体じゃなかったからって考えで合ってると思うわ。ただ、もしも分裂が、もっと増えたらと思うと」

 

 うへえ、と妙な溜め息を漏らし、糺が突っ伏す。

 ふと、その背中に声がかかった。

 

「いえ、おそらく五体までで打ち止めでしょう」

「成生さん? 良かった、気が付いたんですね」

 

 真人は席を立ち、上体を起こそうとしている俊丸を支えてやる。そうしている間に、ウカノメから水を出してもらったらしい糺が、コップを手にやってきた。

 

「ありがとうございます。それと、盗み聞きしてしまい、すみません」

「いえ。ですが、五体で打ち止めとは、どういう……?」

 

 訊ねた糺に、俊丸は水で口を潤してから、話し始める。

 

「お二人も良く知る、世界的に有名で、あのヒロシゲ・ブルーとまで呼ばれる鮮やかな色使いをしたのは初代のことを指します。しかし歌川広重という雅号自体は、五代目まで存在していたのですよ」

「なるほど。つまりアレは、五代分が混ざった存在ってことね」

「名前は混ぜちゃいけない癖にな」

 

 真人がそう言った瞬間、糺のスリッパが後頭部に飛来した。

 

「おまっ……いつも持ってんのか、それ……」

 

 糺は苦悶の声を無視して、俊丸へ向き直る。

 

「成生さんは、少し休んでいてください。ここは喫茶店の控室なんですけど、じきに店主が来ると思います。すみませんが、私たちは出かけてきますんで」

 

 そう言って踵を返した彼女に、俊丸の待ったがかけられた。

 

「お二人は、もしや。昨日も舞鶴山で異形と戦った方では……?」

 

 糺が足を止める。少しの逡巡を経てそっと振り返った彼女は、唇に指を当てた。

 

「内緒ですよ?」

 

 さすがは元アイドル。見惚れるようなウィンクを繰り出して、颯爽と部屋を出て行く。

 一瞬こちらまで気圧されていた真人だったが、気を取り直し、彼女の後に続いた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 一人、部屋に残った俊丸は、天井を仰いだ。

 

「そうですか、彼らが……」

 

 見たところ、二人とも成人したばかりくらいの年端だろう。そして自分は二十六。たった六つ。されど六つ。その差は大きい。

 こちらが世間的にはいっぱしの社会人ではあっても、だから何だというのだろう。人ひとり守れず、化け物に怯えて気を失う弱者でしかないのだ。

 

 無理もないと顔を背ければ楽だ。誰だって、このようなイレギュラーな事態に巻き込まれれば太刀打ちできないのだと。

 しかし、だから何だ。それが『普通』ならば、逃げてもいいと?

 

 将棋界で名を馳せ、全国的な知名度もある。優勝賞金最高額の竜王戦も制し、その他のトーナメントや、講演の仕事、私塾の収入を含めれば、それこそ収入面でも同年代の男性より頭一つ抜けているだろう。自分で言うのもおかしな話だが、顔だって悪くない。

 

 間違いなく成功者の一人だ。

 しかし、それでも。

 

「……私には、力がない」

 

 大切な人を守るための力が。

 将棋はかつての軍師たちが戦の作法を学び、戦術眼を鍛えるために行ったものだ。しかし現代に生きる自分にそれを活かす場もなく、棋士は伝統という名の飾りに成りかけている。

 

 いや、そうでもないさ。そう言ったのは五年前の自分だったか。

 将棋の町・天童市出身の棋士として故郷の発展に尽くし、培った知識で私塾を開き子供たちを育てよう。そう決めて、これまでやってきた。

 

 誇りは持っていたはずだった。昨日、折れてしまうまでは。

 

 作務衣の袖の中で、スマートフォンが震えた。バイブの種類が電話であることを確認し、取り出す。画面に表示された文字は、今朝も電話をくれた生徒の名前だった。

 

「はい、成生です」

『――先生助けて! バケモノが!』

 

 潜めていながらも切迫した様子の声に、ハッとする。

 

――先週習った葛飾北斎がゲームで当たったから、せっかく先生に自慢しようと思ったのに。

 

 葛飾北斎。そしてバケモノは歌川広重。すぐに事態の見当はついた。

 

「コウタくん、今、どちらにいるのですか」

『分かんない……山ん中の小屋に隠れた……っく、ぐすっ……』

 

 ぞっとする。山形県は代表的な盆地であり、天童市は県境を囲む山に沿った東端に位置している。関山街道に向かう途中の水晶山。天童高原や若松寺に行く過程の鵜沢山。ジャガラモガラを挟むように鵜沢山と反対に位置するのが雨呼山と、挙げればキリがない。

 とはいえ、それらは子供が容易に行ける場所ではない。舞鶴山のように、市街地寄りに位置する山々――通称『出羽の三森』のどこかであってくれればいいと願う。

 

「落ち着いて下さい。どこの山ですか?」

『えっとね、ぐす……総合運動公園の……ひっく、近くの山……』

 

 越王山(こしおうやま)だ。かつて日本軍の兵器工場が建設されようとし、着工中に終戦を迎えたという歴史を持つ低山である。

 建設工事の跡も現在は殆ど確認できないと聞いているが、万一そうした横穴にでも迷い込んでしまえば危険極まりないだろう。

 

「今すぐ先生がそちらに向かいますから!」

 

 慌てて電話を切ってしまってから後悔する。通話状態を続けて、コウタくんを励ますべきだったのではないだろうか。しかし、今からかけ直したとして。もし彼がマナー設定をしていなかったら。自分のせいで彼を窮地に追い詰めてしまうことになりかねない。

 

 それならばやるべきことは一つ。一刻でも早く現地に向かうだけだ。

 

「私は、力が欲しい……!」

 

 誰かが決めた幸福の尺度(ステータス)なぞどうだっていい。私はそんなものが欲しいんじゃない。

 

「今、手を伸ばす力が欲しい!」

 

 願った矢先、光が降り注いだ。

 室内で起こるサンピラーは、なんとも不思議な感覚である。光は俊丸を囲むように踊り、やがて一つの円形へと収束していった。

 

「これは、メダル……?」

 

 表には将棋の王将駒が、裏には『て』の字を鶴のようにした天童市の市章が、それぞれ描かれている。

 

「ないだって、()()()()んだがっす」

 

 気が付けば扉の傍に、恰幅のいい妙齢の女性が立っていた。エプロン姿であることから察するに、彼女がこの喫茶店の店主なのだろう。

 

「おかげさまで目が覚めました。失礼ですが、急ぎの用事があるのでまた後日」

 

 介抱のお礼は改めてさせていただくとして、今はコウタくんの下に行くことが先決だ。

 しかし、逃げるように出て行こうとした俊丸とドアの間に、店主の腕が差しこまれた。

 

「メダルだけじゃんまぐねえ。こいづばたがっていがっしゃえ」

 

 店主の手に握られていた印籠に、俊丸は目を丸くした。これには見覚えがある。そしてその使い方も。ちょうど小一時間前に、直接この目で見たのだから。

 

「気ぃ付けで、行ってらっしゃい」

 

 そんな温かい言葉に視界が滲みそうになるのを堪えて、

 

「はい。行って参ります!」

 

 俊丸はドアノブに手をかけた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 真人たちは、ヒロシゲ闇邪鎧が飛び去った方向を目指し、バイパス(国道13号)を跨いで県立総合運動公園の方まで出向いていた。

 

 総合運動公園は、サッカーチーム『モンテディオ山形』やバスケットチーム『山形ワイヴァンズ』のホームでもある。この近くにある東北パイオニアでは、かつてバレーチームの強豪『パイオニアレッドウィングス』も活動していたなど、天童市はスポーツが盛んな街でもある。

 

 しかし、モンテディオ山形の試合がある日ともなれば駅前から総合運動公園にかけてサポーターでごったがえす場所も、平素は穏やかな田舎の空気で満ちている。

 

「この先にいるといいのだけれど……」

 

 そう、糺がぼやくのも無理はない。

 総合運動公園を抜ければ、そこはもう山麓の集落か山間の高原しかないと言っていい。道路に沿って右に行けば山寺。左に行けば48号線から宮城県は仙台市へ。

 

 ヒロシゲが北斎を追っている以上、人気のない山の中にいる可能性は考えにくいと見ていい。

 飛び去る姿を見逃さないよう、空へも注意を向けながら歩いていると、前方から子供たちが走ってくるのが見えた。小学校高学年くらいだろうか。見事な全力疾走である。

 

「ははっ、元気でいいなあ」

「いえ、待って。何かおかしい」

 

 異変に気付いた糺が足を早める。

 彼女の予感どおり、走ってきた子供たちの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっており、とても普通の状況にあるとは思えないものだった。

 

「ボクたち、どうしたの?」

 

 膝を曲げ、糺が訊ねる。

 

「コウちゃんが、バケモノに!」

 

 息も絶え絶えの男の子がやっとの思いで発した一言に、真人たちは顔を見合わせた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

――山形県天童市・越王山山中

 

 

 富樫コウタはじっと息を潜めていた。

 

 皆とはぐれてしまったし、走り疲れたし、ここは暗いし、ただただ泣き出したかった。

 

「先生、助けに来てくれるって言ったもん」

 

 それだけがお守りだった。頭が良くて、格好良くて、優しい先生が来てくれる。だからバケモノなんてへっちゃらだった。

 

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 友達とスマホでゲームをしていて、昨日実装されたばかりの新キャラ・葛飾北斎を当てたことを自慢したかっただけなのに。

 

 北斎のステータス画面を見せようとしたとき、あのバケモノが降ってきた。

 走って、走って走って、気が付けば山の中で迷子になっていた。

 見つけた山小屋の鍵が壊れていたため、どうにか逃げ込むことはできた。けれど、鍵が壊れているということは、いつでもバケモノが入ってきてしまうということ。

 

 風が吹く度、小屋がギシギシと揺れる。壁にかけられたノコギリやペンチがカタカタと鳴る。

 そして――

 

『北斎ィィィ――!!』

 

 びくん、と肩が跳ね、隠れている机に頭を打ちつけてしまう。

 この音で気づかれてないよね? おそるおそる窓から外を窺い、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 コウタはそそくさと机の下に潜り、膝を抱いた。

 

「オレ、良い子になります。ピーマンも食べます。勉強もします……っ!」

 

 だから、早く来て。先生!

 

 





どーもっし! 柊一二三です。
とうとう11月に入り、随分と寒くなってきましたね。
皆様、寒さ対策は大丈夫ですか?
雪国住まいの方は、タイヤ交換もお早めに。あいつら不意打ちで降ってきたりしますからね。山形ではいつだったか、即日吹雪とかいう洒落にならん年もありましたし。


さてさて、第2話の闇邪鎧として登場した偉人は『歌川広重』です。
かのゴッホに影響を与えたといわれ、その見事な色使いは世界的に有名なフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』の青と比肩する、日本屈指の浮世絵師!

……といえば凄いんです。実際、前回の信長とまではいかなくとも、日本全国的に知名度が高いお方だと思うんです。
ただ彼、ちょっと最近拗ねてるんじゃなかろうかーと割かしマジで心配しているのですよ。


近年、ソーシャルゲームで葛飾北斎が引っ張りだこです。色々出てますね。私がやっているゲームにもいますよ、ええ。
ただ、歌川広重はというと……ないんだなあ、これが(白目)
とはいえ北斎がいるなら希望はあるだろうかと思いきや、某ソシャゲではこの度小野小町が実装されたとかなんとか、Youtubeの広告で目にしました。
えっ……よりにもよって、山形に縁のある別の文化人が先に来ちゃったの!?という。

「おのれディケイドォォォ北斎ィィィ!」は本当に言ってそう。
不遇。
ふぐぅ。


歴史的に見ても、歌川広重が苦難の道を歩んでいたということは窺えます。
広重が渾身の一作として世に出した「東都名所」は、同年に北斎が出した「富嶽三十六景」によって埋もれてしまいます。このとき広重は35歳だったのですが、北斎は72歳でした。
よく比較される二人ですが、これほどの年齢差があったのですね。

この二人が競い合っただとか、いや意識していたのは広重だけで北斎は作品しか見ていなかったとか、様々な考察がなされていますが、個人的には後者だと思っています。
北斎の「富嶽三十六景」と、広重の「不二三十六景」にも見られるように、広重は北斎の後を追うようなテーマで作品を世に出していたりします。
当然、蛸といちゃいちゃする春画とかを除けばこの時代、ファンタジーといった概念はないでしょうから、それこそ描く題材(それも売れるもの)は限られている。
そんな中で北斎を凌がなければいけないプレッシャーは、並みのものではなかったでしょう。

先ほどは「後を追うようなテーマ」という言い方をしましたが、もちろん中身まで同じだったりするわけではありません。
『情緒の広重、奇抜の北斎』という表現はよく目にしますが、その陰にはもしかしたら『本当は奇抜になりたかったヒロシゲ』がいるのではないかなあと。
ただ、だからこそ。情緒の道を突き進んだ広重の人生は、創作者の信念を感じられる気がします。

『パクリは絶対にNG。但し、調理法次第で先人を超えられる(逆に言えば、そうしなければ超えることができない)』と言われているようで。
私も末端の創作者として、身をつまされるような思いです。


はてさて、そんな歌川広重がなぜ山形に縁があるのか。
それはまた次回で!



ではではーノシ



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後編/王手です

 真人たちは、子供たちから得た情報を元に、小さな山まで辿り着いた。

 

「おい、あれ見ろよ!」

 

 山の中腹を指さす。工事現場のブルーシートがやたら目立つように、木々の間に似つかわしくない蒼がうろついているのはここからでもわかる。

 

「一、二……四体しかいないわ。あと一人はどうしたのかしら」

 

 糺が首を傾げる。分裂していないのか、あるいは。

 

「嫌な予感がするな。行くぞ」

「命令すんな、バカ!」

 

 真人たちは登山口を探すともなく、山のどてっ腹から突入することにした。

 

「「オラ・オガレ!」」

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

 

 彷徨うヒロシゲに飛びかかり、先制の一撃をお見舞いする。

 

「何代目か知らねえが、くらすけてやる!」

 

 ニシキは続けざまにラッシュを叩きこみ、ボディブローを放った。

 しかし、たたらを踏んだヒロシゲ闇邪鎧が四散したのも束の間、すぐに復活を果たしてしまう。仮定が正しければ、こいつは二代目以降のヒロシゲということになる。

 

「糺! 片っ端から奥義を叩きこむってのはどうだ?」

「駄目。消耗が激しいし、奥義の連打はガス欠を起こすわよ。もう一体がどこかにいるってこと、忘れないで」

「ガス欠ねえ……どうりでライダーキックもスペシウム光線も、最後に使うワケだよ」

 

 子供の頃に憧れたヒーローたちも、そうした制約がある――わけではないか。そんなバカな発想で平静を取り戻したニシキは、闇邪鎧に攻撃をかましながら周囲を観察した。

 数は四体。それは間違いない。目の前のと、そっちにいる少し明るい青のと、レイが相手をしている暗めの青と……

 

「……ん?」

 

 ニシキは目を凝らした。微妙な差に思えるが、確かに一体一体の色が異なる。

 

「おい、こいつら全員色が違うぞ!」

「あら奇遇。やっぱりあんたもそう思う?」

 

 互いに背中合わせとなってヒロシゲたちと対峙しながら、耳打ちする。

 

「ってことは、本物の色を探せばいいんじゃねえか」

「ヒロシゲ・ブルーってやつね。で? あんた、どれがその色か知ってたりする?」

 

 沈黙が走る。

 

「ああうん、そうだよな。普通判らないよな」

 

 ニシキはうんうんと、自分で納得する。色の明暗でAとBが別の色だと判断はできても、それがどんな色かの判別はできないものだ。そもそも色の名前を知らないのだから。

 

「昔な、授業で使ってた油絵具に『クロミアムオキサイドグリーンブリリアント』ってのがあったんだよ。長っげえ名前で、皆笑いながら覚えたんだけどさ、じゃあどの色がそれですかって今訊かれても無理だわ。答えらんねえわ。ハッハッハ」

「……つまり、知らないってことね」

 

 再び沈黙が走る。

 

「と、とにかくもう一体を捜してぶっ倒すぞ!」

「なんかムカつくけど、了解!」

 

 戦いながら、より山奥へ入ると、随分と年季の入ったプレハブの農作業小屋が見えてきた。

 

「ああくそ、どこにいるんだよ初代ヒロシゲ!」

 

 もう何度倒したかわからないヒロシゲを再び倒す。少なくとも、周囲にいる奴らが本体ではなさそうなことは理解した。

 もう一人はどこなのか。そして、コウちゃんは。

 

 そんな時だった。

 

「先生!?」

 

 声に顔を上げる。小屋のドアから、男の子が顔を出していた。

 

「あの子がコウちゃんか!」

「ボク、危ないから隠れてて!」

 

 レイが叫んだが、時すでに遅し。

 

『見つけたぞ、北斎ィィィ!』

 

 空から降ってきたヒロシゲ闇邪鎧が、半開きのドアを吹き飛ばしてしまったのだ。

 

『北斎、滅せよ』

 

 ニシキは走り出す。しかし、この距離では絶対に間に合わない。あまつさえ、周囲のヒロシゲたちが絵筆の衝撃波で妨害をしてくる始末だ。

 

「やめろおおおおおお!!」

 

 振り上げられた絵筆が、コウちゃんに向かって下ろされる。

 刹那、その小さな体躯が横っ飛びに吹き飛んだ。

 

 絵筆によってではない。何者か、大人の人影が割り込んできたのだ。

 

「コウタくん、無事ですか!」

 

 息は上がっているが、落ち着いた口調の丁寧語。乱れてこそいるが、特徴的な作務衣。

 

「私の後ろへ。大丈夫、すぐに済みますよ」

 

 思わぬ救世主は、成生俊丸だった。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 俊丸はゆっくりと深呼吸した。

 

「真人さん、糺さん。この子を頼みます」

「は? いや、成生さんこそ下がってください。危ないですよ!」

 

 白き拳闘士の心配に、首を振る。

 

「ここは私に任せてください。教え子に手を出されたのです、戦うべきは、私です」

 

 作務衣の袖から決意――インロウガジェットを掲げて見せる。

 

「それは……ダメです成生さん。あなたまで死地に飛び込むなんて!」

 

 紅き舞闘姫の説得に、微笑んで返す。

 危険は百も承知だった。その点を踏まえて鑑みれば、ここは二人と共闘した方がいいだろうことさえ解っている。今の自分は、力を得て自惚れているのかもしれない。

 

 けれど。

 

「意地を張らせてください。私が、男であるために。愛おしい山形の地を守る、真の勇士であるために!」

 

「糺。俺たちは外れていよう」

 

 ニシキの言葉に心中で感謝する。同じ男であるあなたなら、解ってくれると信じていました。

 そして私は、そんな優しい心を持ったあなたが住まう山形を、誇りに思う。

 

 二人の戦士たちと入れ違いに、異形――闇邪鎧と言ったか――が飛び退る。

 五対一。初陣にしては上々だろう!

 

《ショウギ!》

 

 インロウガジェットにメダルをセットする。腰に出現したヤツダテドライバーは、さながら作務衣の帯のようで、随分と体に馴染んだ。

 

Yah(), Must() Get() Up()! Yah(), Must() Get() Up()!》

「オラ・オガレ!」

《ショウギ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ソウリュウ! Flipping-the-board!!》

 

 紋章の光に導かれ、俊丸の体に王の鎧が纏う。着物をベースにした文官、あるいは日本帝国時代の将校が着るようなマントが風にたなびいた。マントがはためく度、描かれた双つの龍――将棋において飛車と角行が成った龍と竜馬――がその身をうねる。

 

 鎧は奇しくもヒロシゲ・ブルーと同系色。天の童が舞い降りた、澄んだ空の青だった。

 

「私は未来見通す慧眼。棋士にして騎士――慧識王(けいしきおう)、ソウリュウ!」

 

 ドライバーのスイッチを押し、右腕に羅針盤型の武器『盤上天下(ばんじょうてんげ)』を召喚した。

 

「さて、授業を始めましょう。『女子供に手を出すな』という言葉がありますが……これは別に、それが外道だからというフェミニスト的思想ではないのです。だって、人に手を出している時点で、もう道を外れているでしょう?」

 

 歩み寄りながら、盤上天下のダイヤルを回す。

 

「この言葉は、『女子供に手を出せば、それを愛する男が命を賭して復讐しにくるからやめておけ』という、悪人側の教訓なのですよ!」

 

 ソウリュウは理解した。この高揚感は、怒りだ。

 ダイヤルを『桂馬』に合わせ、引き金を引く。はじめは真っ直ぐ発射されたエネルギー砲が、突如二又に軌道を変え、五体並んだうちの間二体を撃ち抜いた。

 すぐさまダイヤル調整。『香車』に合わせ、真正面のヒロシゲを逃がさない。

 

『舐めるな、小僧!』

 

 両端のヒロシゲが同時に飛びかかってくる。しかし、当然想定内だ。

 ダイヤルを大きく振り、『角行』へ合わせて天へ射出する。羅針盤から斜め方向に飛ぶ攻撃は、迫る二体のヒロシゲを見事に撃ち落とした。

 

「つ、強え……」

 

 背後からニシキの感嘆が聞こえる。

 

「少し、こそばゆいですね。しかし将棋とは戦の再現。つまりこの力は、対他の戦いでこそ真価を発揮するのです」

「でも、ヒロシゲ・ブルーの初代を倒さないと駄目ですよ!」

 

 ああ、成程。ソウリュウは唸った。

 道理で、かのノブナガを撃退した二人の力を持ってしても、苦戦するわけである。

 

「しかし困りましたね。ヒロシゲ・ブルーは別名フェルメール・ブルー。天藍石(ラピスラズリ)の色だということは知識として持っているのですが。生憎と私も、どれがその色かと問われれば、難しい」

 

 さてどうしたものか。ソウリュウはダイヤルを弄びながら、思案に耽る。

 それを好機と見たか、ヒロシゲたちが絵筆を操り始めた。

 

『ここに新たな世を描かん。「東海道五拾三次・番外」!』

 

 攻撃によって五体の距離が開いていたこともあり、描かれる絵は、随分と巨大なものになっている。海をバックに宿場町を目指す人々。そしてその奥に望むは雄大な山、広大な空。

 さすがは歌川広重の魂。悪に染められて尚、見事な趣だ。

 

『悪手だったな、棋士の小僧よ。浮世を塗り替える奔流に呑まれるがいいわ!』

「この()()で……そう、見えますか?」

 

 悪手を打ったのは一体どちらであろうか。目の前に広がるのは、かの東海道五十三次を発展させた新たな一枚といえど、それはヒロシゲの絵なのだ。なれば。

 

「この絵にて鮮やかに染められた海の青。それこそが、ヒロシゲ・ブルー!」

 

 視えた。右から二番目のヒロシゲ闇邪鎧こそ、本体である初代!

 

「王手です」

《ショウギ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

 ダイヤルを一周させ、全ての駒の兵士を召喚する。天から舞い降りる幻想の駒兵たちは体躯こそ小柄ながら、まるでワルキューレが行進するかのような威風を醸している。

 

「我が旗の下に集いし将兵よ、奮いなさい――『幻装号令(キングス・オーダー)』!」

 

 ソウリュウが手を払うと、駒兵たちが突撃を開始した。描きかけの絵画を突き破り、本体を守るべく身を挺したヒロシゲたちごと、その体を貫いていく。

 

 地に倒れ伏したヒロシゲに、ソウリュウが歩み寄る。

 

「『情緒の広重、奇抜の北斎』。常に並び称された好敵手を、本当に消したかったのですか?」

『…………』

 

 最早語る言葉もないとばかりに、闇邪鎧は天を仰ぐのみだった。

 

「私はあなたを素晴らしい絵師だと思いますよ。今度、うちの塾でも覗いてみてください。次回はあなたについて授業をすることをお約束しましょう」

『…………そうか』

 

 その言葉を最期に、ヒロシゲ闇邪鎧は爆ぜた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

――山形県天童市・某所

 

 戦いを終え、ヒロシゲの依代となっていた青年やコウタくんを含めた子供たちを無事に送り返した後で、真人たちは、俊丸に連れられて蕎麦屋に戻って来ていた。

 

 既に電話で連絡を入れていたらしく、店に入ってすぐ、天ざる二枚と鴨そばが運ばれてくる。

 

「一緒に食べませんか? あの時、食べそびれたでしょう。御馳走しますよ」

「マジっすか! よっしゃ、腹ペコなんですよ!」

 

 喜び勇んでどっかと席に着き、蕎麦に食らいついた真人とは裏腹に、糺は少し離れたところで立ち尽くしたままだった。

 

「ん、ほうひた?」

 

 行儀悪くも、蕎麦を口いっぱいに含んだまま訊ねる。

 

「成生さん」

「俊丸でいいですよ」

 

 柔らかな返答に、糺は「やっぱり」と長嘆息を吐いた。

 

「奢る代わりに、あなたが戦うことを認めろ、ってことでしょう?」

「いいえ」

 

 そう言って、俊丸は丁寧に箸を割る。

 

「断られたとしても、私は戦い続けるでしょう」

「……死にますよ。実際に、私の目の前で命を落とした方もいるんです」

「そうですか」

 

 どこ吹く風で傍をすする。それが、決して忠告を無視するものではないということは、真人たちにも十分に伝わっていた。

 

 そもそも。既に戦いに身を投じている真人や糺がどうこう言ったところで、そこに説得力はないのだ。「あなたも死にますよ」と返されてしまえば、それで終わりだろう。

 しかし俊丸はそう言わない。それこそが、彼の覚悟を示す証拠だった。

 

「いいんじゃねえか?」

「あんたは、また安請け合いをして……」

 

 真人は背中を押したつもりだったが、どうやらそれは、糺の表情をさらに複雑なものにさせるだけだったらしい。

 こうなったら奥の手だ。真人は意を決して、禁忌に踏み込むことにする。

 

「あーあー、早く食べないと麺が伸びるなー。量が多くなってから食ったら太るんじゃねえ?」

 

 直後、スパーンと小気味いい、スリッパの一撃が放たれた。

 真人はテーブルに突っ伏した。予測はしていたが、なんとなく、いつもより痛い気がする。

 

「デ・リ・カ・シー!」

「…………ごめんなさい」

 

 そんな小コントをする二人に、俊丸がくっくと肩を震わせていた。

 糺は急に気恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてしまう。

 

「ああもう。分かった、分かりました。いただきますし、認めます! ただ、死ぬのは絶対に禁止ですからね!」

「ええ、勿論。それではどうぞ、冷めないうちに召し上がってください」

「やたっ!」

 

 やはり相当腹が減っていたのだろう。『待て』から解放された子犬のように、糺は食べ損ねていた鴨そばに飛び付いた。幸せそうな顔である。

 

「ちなみに、麺が伸びると言いますが。実際には伸びませんよ」

「えっ、そうなんですか?」

「水分を吸ってコシがなくなる状態を、かの文豪・夏目漱石がそう表現したそうです。つまり、長く伸びるというよりは、腰が抜けてノビている、というニュアンスですね」

「ええと、つまり……太らない?」

 

 おずおずと訊ねる糺に、俊丸は微笑みかけた。

 

「どうでしょう。水分を含んでしまっている状態ですので、(かさ)は増えていますし……」

「ちょっとあんた、口開けなさい!」

「はあ!?」

 

 突如、丼を持ってにじり寄ってきた糺に、真人は不意を突かれてしまった。そのぽかーんと開いた口に、無理矢理そばを突っ込まれてしまう。

 

「ちょっ、何すんだよ!」

「私オンナノコだから、食べきれないの。手伝って?」

「いやいや、食えよ! 大丈夫だよ! 太るって言ったの謝るから――モガモガッ!?」

「うっさい。元アイドルとの間接キスができるのよ、悦びなさい!」

「モガッ……ほがままず(どだなだず)!」

 やがて、ひとしきり笑った俊丸から「汁を吸っているだけで、一杯の総カロリーは変わらない」と説明を受けるまで、真人は地獄の強制わんこそばから逃げることができないのだった。

 

 

――第2話『天藍の筆の絵師』(了)――

 

 




どーもっし! 柊一二三です。

第2話が終了致しました。新しい戦士・ソウリュウの活躍はいかがだったでしょうか?
今後も、さらに戦士が登場する予定です。お楽しみに。
一方で、1話で信長、2話で北斎とメジャーな人物が元となっている闇邪鎧ですが、おそらく次回から、ぐっっっっとローカル度が増していくかと思います。お、お楽しみに(笑)


さて、今回は前回の続きを踏まえてご紹介していきましょう。
歌川広重は、晩年『立斎』と名乗って活動をしているのですが、あるとき、吉田専左衛門という天童織田藩の人物が彼の下を訪れ、依頼をします。
それは、『藩の復旧のため、絵を描いてほしい』というものでした。
この専左衛門こそ、広重と山形を繋ぐきっかけだったのですね。

時は遡って江戸中期、ペリーが来航する百年も前の1767年。
当時の幕府というものは絶対でした。そんな中で『尊王論』は正に異教徒のようなものだったわけです。
そんな中、まだ上野小幡に藩があった織田藩。当時の藩主・信邦は、後に織田家の重臣となる吉田家の人物を家老として登用するのですが……この人がその『尊王論者』の一派だという噂が立ってしまいます。これが最大の不運。
幕府ポリスが論者を一斉摘発する際、そんな人物を重役に据えている藩など飛ばされてしまう訳ですよ(このゴタゴタは幕府に忠誠をアピールすべきだったのに、お伺いも立てずに何人か処分しちゃったのもマズかった)。


こうして山形県の高畠町に転封させられた織田藩。事情が事情だけに、極貧です。
また、高畠に移ってすぐ(約15年後)に大飢饉に見舞われます。これが第二の不運。
こんな状態では山を越えた先の天童までカバーしていられないと、幕府に申請して陣屋を天童に移します。これが1828~30年のこと。
お引越しにも費用がかかります、飢饉の影響も続いています。そのため、藩は借金の返済に追われていました。

そこで、吉田専左衛門が人脈を発揮します。ちょっと調べ切れなかったのですが、おそらくこの人もかの吉田家の者。
狂歌(風刺を利かせた短歌)に通じている彼は、歌川広重との交流がありました。
そこで、稀代の浮世絵師である広重に絵を描いてもらうことで、借金返済の代わりとすることにしたのです。これが1851年。
(余談ですが、この辺りの時期に下級藩士の将棋駒内職が始まっています)

当時、版画が主流になっていたため、広重のように肉筆で描き上げる画家が少なくなっていたそうで。
これらの絵は『天童広重』というカテゴリーで括られるほどのものとなっていったのです。



――と、これら『天童広重』の作品を含めた、初代~4代までの現存作品が展示されているのが、天童市にある『広重美術館』様です!
(……やった、ギリギリ「縁の地」をねじ込めたぞwww)

こちらではテーマに沿った作品群が展開されています。展示スケジュールは月単位で変更されるので、おおよそいつ行っても新鮮に感じられますよ。
さらにさらに、山形の刀匠・月山派の刀剣や、美術書籍の資料室とよくばりセットで、お土産コーナーでは広重グッズから紅花染めから、これまた山形文化のよくばりセット!
ほんと凄いんですよ。
歴女ではない彼女さんと一緒に行ったとしても、きっと小物には興味を示してくれるんじゃないかな???

前編で紹介した『水車生そば』様から道路を挟んで向かいくらいの立地にありますので、天童にいらっしゃった際には、是非とも寄ってみてケラッシャエ!



……それにしても、
吉田専左衛門といい、余談で触れた将棋駒内職の奨励者・吉田大八といい、織田家は永きに渡って人材に恵まれましたね。
もちろん、周囲の力を貸してもらえる藩主でなければ成し得なかったでしょう。
そしてそれが天童広重や将棋の文化として根付き、今日の天童市が築かれています。

温故知新。自分を省みて、思うところは多々ありますね。
もっともっと頑張らんなねな!


ではではーノシ



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第3話『ラ・フランスと草履編み』 前編/仮面に隠した想い

なんと、お気に入り登録……ありがてぇ、ありがてぇ。



 

――山形県某所・喫茶『ごっつぉ』

 

 真人はコーヒーを待ちながら、糺の陽気な鼻歌に耳を傾けていた。

 

 こちらに背中を向けてこそいるが、今日は珍しく隣の席に座っても難癖をつけられない。よほど上機嫌なのだろう。

 布巾で何かを磨いているということは判るのだが。

 

「なあ、何やってるんだ?」

 

 声をかけても返事はない。

 そっと肩越しに覗き込むと、彼女が熱心に手入れをしていたものは、卓球のラケットだった。

 

「(ふうん、卓球か)」

 

 真人は椅子に座り直そうとして、ハッと二度見する。

 ラケットではない。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 家庭用のそれよりも幅を広く作ることで打球面を形成し、反対に踵の部分を細く絞ることで、そこがグリップとなっている。畳生地の足底部に、カバーの紅花模様が良く似合う。

 

「なんじゃ、こりゃあ……」

「今日は河北の友達と『スリッパ卓球』ばしにいくんだーってしゃべったっけよ」

 

 ウカノメがコーヒーを持ってやってきた。

 

「んだなが。んで、スリッパ卓球って何すか?」

「何、しゃねのが。スリッパでする卓球だべした」

「ああ、うん……そっすね」

 

 違う、そうじゃない。

 真人は深く訊き出すことを諦め、コーヒーをいただくことにした。

 

 横目で糺を窺う。手を動かす度に揺れる髪から、ほのかに竜胆の香りがした。

 紅花は染料として用いられることが主のため、口紅はあっても、さすがに香水まで紅花というわけにはいかなかったのだろうか。

 

 それにしても。とカップを傾ける。

 彼女はどこか一匹狼のような印象があったが、集まって卓球をするような友達がいたとは。

 そんな失礼なことを考えていると、ポケットのスマホが着信に震えた。

 

「やっべ……コーヒー飲んでる場合じゃねえっけんだ!」

 

 表示された『成生俊丸』の文字に、今日は自分も約束があったことを思い出す。

 

「ごめんウカノメさん、ごちそうさま! お金、ここに置いて行くんで。それじゃ!」

 

 真人はわらわらと財布から五百円玉を取り出し、ソーサーの脇に置いて店を出た。

 

 

 

 

 

――山形県東根市・某所

 

「なんだ。サクランボ、ないじゃん」

 

 そんな呟きに、作業着に着替えた真人は、脚立の上で苦笑いをするしかなかった。

 眼下に集まった子供たちはみな、熟した果実のように頬を膨らませている。

 

「こ、これから大きくなるんだよ!」

 

 実がなりはじめてはいるが、彼らの期待する美しい紅に育つにはまだ早すぎる。剪定バサミで腹話術でもするかのように空気をとりなそうとするも、不発に終わってしまった。

 子供たちから一歩後ろで見守っていた俊丸と目が合う。彼は申し訳なさそうに会釈をした。

 

 俊丸の開く私塾は、一般的な形態とは随分違うらしい。子供たちの純粋な好奇心や知育を目的としているため、特定の教科があるでもない。先日の葛飾北斎にまつわる授業も、子供たちが『ゲームに北斎が実装されるらしい』と話していたことを受けてだったそうだ。

 余談だが、ヒロシゲ闇邪鎧の一件の後で、きちんと歌川広重の講義は行われた。

 

 そして今日は、父からサクランボ農家を継いだ真人と知り合ったことをきっかけに、校外学習を依頼されていた。

 しかし、次第に大きくなる『つまんないムード』に、とうとう真人は白旗を挙げた。

 

 自宅の縁側に子供たちを案内し、用意していたお菓子とジュースを振る舞う。畑の状態を見渡せるようにと父が生前に改築した広いスペースには、十人程度ならすっぽりと収まった。

 人を掴むならまず胃袋。子供が相手なら甘いものと相場が決まっている。

 

「申し訳ありません。旬の時期以外にも作業が必要なのだと教えたかったのですが、彼らには少々退屈だったようですね」

 

 嬉々としてとお菓子を頬張る子供たちを一瞥しながら、俊丸が言った。

 相変わらずの丁寧語である。こちらにタメ口を許したのだから、そっちも砕けてくれと言ってはみたのだが、どうにも定着してしまって変えられないらしい。さすがは有名人というべきか、真人にはさっぱり理解のできない感覚だった。

 

「まあ、しゃーないべ。俺も散々親父から教えられていたけど、ちゃんと聞こうと思ったのは高校に入ってからだし」

「お父様は、素敵な方なんですね」

「えっ?」

「畑を見れば分かります、仕事に誇りと愛を持っている方だ。もちろん、真人さんも」

 

 真人は照れくさくなって、空を見上げる。

 空の青と、雲の白さ、そして遠くの出羽三山。大自然のベッドに、自分の育てた子供たち(サクランボ)が寝ている風景。父が宝物のように守っていたものだ。

 

「最高の親父でした」

「亡くなられていたのですか」

「ええ、半年前に。事故だそうで」

 

 そういうことになっているだけで真実は違うだろうことを、真人は黙っていた。共に戦うことになった俊丸には話しても構わないだろうが、あくまで推測の域を出ないのだ。

 彼女に話を聞くまでは。

 

 あいつはそろそろ、スリッパ卓球を始めた頃だろうか。『ごっつぉ』での様子から、どれほど楽しみにしているのかは明らか。戦いに追われる日々で束の間の休息を、ちゃんと楽しんでほしいと思った。

 

「ま、とりあえずセンセもこれ食ってけろや」

 

 柄でもない素直な感情を誤魔化すように、真人は俊丸へとお菓子を押しつける。

 サクランボのゼリー『さくらんぼきらら』と、ラフランスの洋菓子『山形ラ・フランスロールけーき』だ。県内のお土産コーナーなどで手に入る菓子の一つである。

 さっきから子供たちが大人しいのも、こいつのおかげだ。

 

「すみません、私まで」

「さすけねー。むしろ、数が足りていてよかったぜ。冷蔵庫のパクってきただけだがらよ」

「いただいて大丈夫なのですか……?」

 

 表情を曇らせた俊丸の肩に、手を乗せる。

 

「大丈夫だろ、開けられてたし。つか、どうして俺に教えねえんだってくらいだぜ」

 

 けらけらと笑っていると、家の中から怒号の爆発音がした。

 

「こらあ、真人! あんだ、勝手に冷蔵庫のお菓子ば食っだなあ!?」

「げっ……」

 

 噂をすれば何とやら。どこだ、どこだと言いながら家中の扉を開けているのが聞こえる。ついに広間の襖が開かれ、真人は発見されてしまった。

 畑が見えるようになっているということは、室内からも視界が開けているのである。

 ガララッ、と勢いよくベランダ窓が開かれ、鬼の形相が顔を覗かせた。

 

「まー、さー、とー?」

「あのな、母ちゃん。これにはワケがございましてですね?」

 

 そう言って生贄(としまる)を指さす。彼には悪いが、振る舞ったのは事実だ。

 すると鬼の表情は一転、柔和な笑顔に戻った。

 

「あらまー、真人の知り合い? よぐござっしゃったなっすー。さっぱどしてて男前だごと! あれ、何つったけが、あいづ! 将棋の人さ似てるって言わんねが?」

「あはは、お邪魔しています」

 

 俊丸は本能的に話しが長くなることを察したか、自分がその『将棋の人』だと白状することなく愛想笑いに徹していた。子供たちも、最初の鬼の形相を目撃して以来、隅の方で固まってしまっている。

 しかし、優しき鬼もここまで。再びひん剥かれた二つの瞳が真人の姿を捉えた。

 

「お母さん、明日のお茶飲みさ持っていぐつもりだっけんだけど!?」

「はあ? じゃあ開けておくなよ、食っていいかと思ったじゃねえか!」

「味見しとかねえと駄目だべ! んまぐねっけごんぱ恥んずかすいべした!」

「ンなもんしゃねず! つか、開けた箱持ってく時点で恥ずかしいっての!」

「要る分だけ袋さたがって行ぐに決まってんべや! いいが、寒河江(さがえ)のチェリーランドさ売ってっがら、さっきのば今日中に買い直して来とげな!!」

 

 すっぱーん! とどこぞのスリッパツッコみロコドルもかくやという勢いで窓を閉め、鬼は茶の間の方へと戻っていく。

 

 正直、闇邪鎧並みに恐ろしい迫力だった。それは、他の子供たちと一緒になって震えているコウタ少年も同じらしい。

 嵐の去った静けさの中、真人は俊丸と目を合わせて困ったように笑った。

 

 

 

 

 

――山形県河北町・某所

 

 スカッと怒られた時には不思議と後に引かないものである。そういう点でも、真人は母のことを尊敬していた。今回のように自分の尻拭いはきっちりさせる、善き親である。

 

「悪いな、センセ。買い出しにまで付き合ってもらっちまって」

 

 ハンドルを操作しながら、真人は助手席に言った。

 

「お気になさらず。同じ戦士のよしみですよ」

「それ、あいつが聞いたらむくれそー」

 

 子供たちを送り届けた俊丸はわざわざ東根市に戻り、怒れるの母の言いつけに付き合ってくれていた。

 

 チェリーランドは寒河江市の道の駅で、大規模な物産展の施設である。山形の市街地から月山道、果ては庄内地方まで延びる国道112号線沿いという好立地で、近年寒河江市の勢いが増している立役者の一人だ。

 チェリーの名前どおり、寒河江市が掲げるのは『さくらんぼ日本一』の看板。それを真人は複雑な心境で受け止めていた。

 

 実際、サクランボの一大イベントともいえる『種飛ばし大会』は寒河江で催されるし、園芸試験場を整備して力を入れているのもここである。しかし、山形のサクランボを全国的に知らしめ、果樹王ニシキの(ちから)にもなっている品種『佐藤錦』は東根市で誕生したものであるし、生産量での日本一は今でも東根に軍配が上がるからだ。

 もっとも、東根市のマスコットキャラクター『タントくん』はラフランスを元にデザインされているが、その生産量のトップは天童市だったりする。

 実力は確かであっても、必ずしも看板と実情が一致するわけではないのだ。

 

 真人も頭では、同じ山形県民、持ちつ持たれつで協力すべきだと分かってはいるのだが、東根のサクランボ農家の倅としてふつふつと燃えるライバル心があるのも確かだった。

 そんな雑念を振り払うように、開けた窓から風を受けていると、あっという間に河北町へと進入していた。東根市――こと真人の家からチェリーランドへ向かうには、一旦河北を経由した方が早い。

 

 カーナビの隅に表示された体育館の文字に、今朝の仲間の姿がよぎる。

 

「そういや糺のやつ、そこの体育館でスリッパ卓球とかっつーのをやってるらしいぜ」

 

 話を振ると、意外にも俊丸は感嘆を漏らした。

 

「それは素敵ですね。以前は有志が大会を開いたりと、地元の特色として盛んだったと聞きますが……それも衰退して十年以上になるでしょうか」

 

 真人は唸る。そんな歴史があることは知らなんだ。もちろん十年前といえば物心ついてすぐの頃だから無理はないのだが、どことなく悔しい。

 

「真人さんのような農業の若き担い手もそうですが、こうして伝統を継いでいく若者がいるのは、素晴らしいことだと思います」

「センセ、真面目っすね」

 

 思いがけず自分まで持ち上げられ、真人は鼻の頭を掻いた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

――山形県河北町・町民体育館

 

 気持ちのいいスマッシュが決まり、糺は飛び跳ねた。

 

「うっしゃあ、またまた大勝利ぃ!」

 

 アイドルとしてのレッスンや、戦士としての戦い以外で汗を流すのは久しぶりのこと。学生時代は汗臭いなんて言葉の響きだけでかったるかったが、なかなかどうして、帰宅部であったことを後悔してしまうくらいに気持ちがいいものだ。

 

 卓の向かいで、同級生の女子が開いた口を塞げずにいる。

 

「た、卓球部キャプテンの私が……敗けるなんて」

「元ね、元。引退して何年ブランクあると思ってるのよ」

「もっかいやるわよ、糺!」

「やー、ちょっと休憩してからね。さすがにくたびれたわあ」

 

 颯爽と受け流して卓を離れる。強がってはみたが、正直、ブランクがあるとはいえ元部長との連戦は荷が勝ちすぎる。

 壁際まで戻ると、待っていた他の同級生がドリンクを手渡してくれた。スポーツドリンク系の独特な甘味が苦手な自分のために、無糖の炭酸水をチョイスしてくれるのはありがたい。

 

「あ、レモンのやつだ! よく憶えてたわね」

「仲間だもんねえ、と言いたいけど、そりゃ憶えてるって。『絶対それしか飲まない!』って駄々こねてたのはあんたでしょうが」

「そうだっけ? ごめんごめん」

 

 からからと笑い合う。会うのは卒業式以来だというのに、こうして気楽に話せる仲間の存在は、嬉しい。

 仲間、か。口内でハジける炭酸とともに、気まずい顔が浮かんでは消えていく。

 

「(悪いことしちゃったかな)」

 

 今朝、あいつが自分に声をかけてくれていたらしいことを、ウカノメから聞いていた。半年の空白があるとはいえ、職業柄、周囲の音にはアンテナを張っていたつもりだったのだけれど。

 

「んで? あんたもそろそろ、気になってるオトコとかいないの」

「ぶっふう!?」

 

 唐突な質問に、糺は噴き出した。口内に炭酸水がほとんど残っていなかったのが幸いである。

 

「えと……何ノ話デスカ?」

 

 首にかけたタオルで口元を拭いながら、訊き返す。

 

「だって、『つや姫』の活動は休止中でしょう? 無聊を慰める伴侶はいないのかなって」

「無聊だの伴侶だの……まどろっこしい言葉使ってくれちゃってまあ」

「社会人ですからー」

「社会人でも早々使わんわ!」

 

 後頭部めがけて右手のスリッパを振り抜いてから、糺はしまったと思った。スリッパによるツッコみは、彼女たちにとっても慣れ親しんだ儀式だ。

 つまるところ、このためだけに茶化されたのだ。何が悔しいって、件の質問に対して思い浮かべてしまった男が、よりにもよって真人だったことだ。

 

 あいつを死なせてしまっては、自分の命を救ってくれた人に申し訳が立たない。ただそれだけの関係でしかない。それだけで、他意は全くないのだ。

 

――死んでほしくないんだよ。お前にも。

 

 トクンと胸が鳴る。真人が初めて変身した日、彼はそう言ってくれた。さすがは親子と言うべきか、間違いなく、真人にはあの人の血が流れている。

 そうだ、そうなのだ。これはそういう憧れめいた感情であり、決して……

 

 糺は大仰に咳払いをして、顔を上げた。

 

「『つや姫』はすぐに再開するわよ。いつになるかは未定だけど、必ずね」

 

 そう言うと、同級生の一人がほうっと胸を撫で下ろした。

 

「良かったー、続くんだね。わたし、流香(るか)ちゃん大好きなんだあ」

「私じゃないんかい!」

「じゃあ私は百合(ゆり)さんで」

「じゃあって何よ、じゃあって――てか、あんたあのタカビーが推しなわけ!?」

「「あ、出たライバルー」」

 

 やんややんやと挙げられる名前に、自分の名前が出る気配がないのはわざとかコラ。あ、わざとなのか?

 糺はそんな挑発的な視線を、先ほど一戦かました元卓球部長の少女に向けた。

 

「んで、あんたは誰推しなのよ?」

「……り、(りん)ちゃん?」

「よし、許す」

 

 流れを読んで自分以外の名前を挙げたこともそうだが、それが彼女であることもだ。

 

「え、何でミキだけ許されるの!?」

 

 にわかに上がるブーイングはスルー。糺はペットボトルのキャップをしめると、もたれていた壁から体を起こした。

 

「ささ、休憩も済んだし、三回戦目いこっか!」

「あ、じゃあうちら、外に行ったの呼んでくるね」

 

 そう言ってアリーナを出て行く友達を見送りながら、

 

「必ず助けるからね、凛」

 

 そう、一人ごちた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 河北町民体育館から道路を挟んで向かい側『サハト紅花』の上に、それはいた。

 スーツで固めたOL風の淑女――カイバミと、シルバーアクセの主張が激しい黒のライダースジャケットに身を包み、長い茶髪を遊ばせる少女だ。

 

 少女は体育館の入り口から出てきた人影に反応したかと思うと、一瞥しただけで、面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

「あら、ご機嫌斜めねハチモリ。依代の記憶が気になるのかしら?」

「るっせーよ、解ってんなら黙ってろ」

 

 ハチモリと呼ばれた少女は、ギラつく双眸でカイバミを睨めつけてくる。

 

「よりによってアレが見えるところ選びやがって」

 

 そう言って彼女が指さしたのは、体育館の前面に大きく描かれた町の花・紅花のマークだ。

 

 カイバミは目を細めた。我らがニンゲンに紛れて行動するためには依代となる者を選び、その肉体を乗っ取ることが習わしであるのだが、ここまでその記憶を引き摺ることはない。

 何がそうまで、ハチモリの心を苛むのか。

 絆、という単語が頭に浮かんだが、そんなものが存在しないことを彼女は知っている。

 

 例えば、自分の依代がそうだ。『富める時も貧しき時も』などと御大層な口上を誓いながら、旦那は浮気をした挙句、先に浮気相手との子供ができたという理由で去っている。

 そうして仕事に没頭しはじめたらしい依代は、その後も報われることはなかった。年齢だとか、金だとか、胸の大きさだとか。人はそうしたステータスでしか自分を見ていないと知ったからというだけではない。彼女自身、次の恋の相手をステータスで選んでおり、そこから外れていれば、たとえ自分に好意を抱いてくれる相手をもぞんざいに扱っていることに気づいてしまったのだ。

 

 現代人はこれを『ごめん避け』と言うらしい。だがそれは、優しい謝罪などでは決してない。単なる身勝手なエゴと、そうと気付きたくない自分のために包んだオブラートでしかない。『授かり婚』だの『好き避け』だの名前を飾るのは結構だが、どう取り繕うと事実は事実。免罪符にはなりえないのである。

 

 そうしてついに『死にたい』と口にした彼女の前に現れたのが、カイバミだ。

 なら頂戴、と。

 愛を欲しながら、この体たらくなのだ、ニンゲンは。なんて、浅はかなこと。

 

「ま、我慢しなさいな。今回は貴女に見本を見せるためでもあるのだから」

「ハッ、言い様だよな。失敗したから子守りを押しつけられただけだろう? 今回寄せる魂だって、その性質を得意とするのはゼンナミの爺さんって話じゃねェか」

 

 嘲るような半眼に、カイバミのこめかみが引き攣る。

 

「あのねえ……世の中正解は一つではないの。『彼』は学問にも精力的で、県内初の図書館がこの地に建つきっかけにもなった人物。文化人という枠で見れば私も適任なのよ。あまり調子に乗っているなら、その鼻叩き折ってあげましょうか。天狗さん?」

「フザケロ。ヤり合う気なら、折る程度とか眠てえこと言ってんじゃねェぞ、ババア?」

「バ、ババ……っ」

 

 沸点に到達しかけたが、そんな彼女をよそに、ハチモリは体育館の方へ視線を戻してしまう。

 カイバミは肩を震わせて堪えた。ヨウセン様のためにも、ここは大人に振る舞おう。

 

 体育館から出てきた少女が外で休憩をしていた仲間たちと合流し、ちょうど自転車で通りかかった男子に声をかけているのが見える。

 

「お、ケンじゃん! あんたもスリッパ卓球やってかない?」

「喜べ。女子しかいないぞー」

「いやいや、こいつ誘うなら『糺ちゃんいるよ』って言わないと」

 

 女子三人寄ればなんとやら。カイバミにとっては耳に障る甲高い声でしかないが、しかし、件の男子は恥ずかしそうに顔を赤らめている。

 

「べっ、別にやんねーし! スリッパ卓球なんて遊びだろ、せめて卓球で呼べよ!」

 

 その一言に、カイバミの目の色が変わった。

 

「行くわよ」

「あいよ、っと!」

 

 屋根の上から飛び、道路を超えて彼らの下へ着地。唖然としている男子の耳元にそっと口を寄せる。

 

「坊や、貴方はただ頷きなさいな。スリッパ卓球は本物の卓球ではない、そうよね?」

 

 こくこくと、にわかには震えているだけにも見える頷きに、口角を吊り上げた。

 

「ハチモリ。よく見ておきなさいな」

「御託はいいからさっさと始めろよ、オバサン」

 

 カイバミは癪に障る生意気を一瞥し、

 

「出羽の地に縁を持ちし職人よ。ムドサゲたるカイバミの名において命じる。今、闇邪鎧と成りて、姿を現せ!」

 

 指先に青の瘴気を生み出した。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 もう一口だけ炭酸水を口に含み、糺がペットボトルを鞄に戻した時だった。

 外から轟いた音に、動きが止まる。かすかな地揺れに少し遅れて、悲鳴。

 このような異常は他に考えられない。

 

「ちっ、週末くらい休んでろっての!」

 

 糺は鞄からインロウガジェットを引き抜いた。

 全員外に出ていることは幸か不幸か。気兼ねなく変身できる一方で、不安要素は限りなく大きかった。まして今は一人なのだ。ミダグナスと闇邪鎧を相手に、皆を守りきれるだろうか。

 

 真人の顔が浮かぶ。彼がいてくれれば、あるいは――

 

「いいえ、やりきって見せるって誓ったでしょうが! オラ・オガレ!」

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

 

 二階の窓から外へ飛び出し、一番近い同級生からミダグナスを引き剥がす。

 

「逃げて!」

 

 叫びながら『紅花乾坤圏』を召喚し、すぐさま次へと踊りかかった。幸い、皆はまだミダグナスに囲まれたばかりらしい。怪我もなく救出することに成功する。

 最後の一人である元卓球部部長――マキを助け出すと、彼女が縋りついてきた。

 

「お願い、中にまだ友達がいるんです! あの子……糺ちゃんも助けてあげて!」

 

 必死の願いに、レイはマスクの中で泣きそうになる。

 こんな状況で、私のことも心配してくれるなんて。真人といい、凛といい、マキといい、自分は本当に良い仲間に恵まれたものだ。

 仲間たちは、ちゃんと憶えてくれていた。『つや姫』のことも、ちゃんと。

 

「ありがと。最っ高に幸せだわ、私」

「えっ……?」

「大丈夫、その糺って子は任せて。あなたたちはもう帰りなさい」

 

 マキの背中を()()()()。無事に他の同級生たちと合流したのを見届け、レイは振り返った。

 

「あんたたち、誰に手ぇ出したか解ってんでしょうね……!」

 

 群がってくるミダグナスたちに、拳を握り締める。

 

「絶対許さないんだから。ちぇいさあああ――――ッ!!」

 

 奥に見える闇邪鎧を目指して、レイは飛びかかった。

 

 

 





どーもっし! 柊一二三です。


今回の舞台は、河北町です。
前回までの天童市から見て北西に位置する町で、現在、県内では唯一「ちょう」と読む町です。


ちょっと寒河江市に出れば、東は山形の市街地、西に月山を超えて庄内へと伸びる国道112号線があり、葉山を望む景色を楽しみながら北へ向かえば、ほぼ真っ直ぐで銀山温泉へ。
お隣の東根市に向かう道も48号線(到:仙台)に繋がるという、意外にも便利な場所。
いつか家を持つならば、仕事の状況によってはこういうところもアリかな~なんて思います。
土地も安そうですし(唐突なDis)


また、文化的にも深いものがあります。
最上義光の裏をかこうとした白鳥長久が治めた谷地城があり、今はその跡地に八幡様の神宮があったりと、表舞台には中々挙げられないながら興味深い歴史があります。

そしてなんといっても、山形の花の代名詞・紅花の名産地はここ!
市より町の方が規模が下ということで、なんとなく格も下、なんて思いがちですが、紅花と言えば高貴な衣服の染料として知られていますよね。
東北くんだりの片田舎にある辺鄙な土地(失礼)が、時代の貴族たちを支えていたと考えれば、なんとも誇らしく感じたりします。


また、あまり知られていませんが、本編でムドサゲの二人が立っていた『サハト紅花』は、県内でも有数のプラネタリウム施設なのです!
ドームの大きさも座席数も県内随一で、山形で唯一傾斜型を採用。
全天周映画の放映にも優れ、海外ではこの型のプラネタリウムを『スペースシアター』と称するほどに素敵な設備なんだそうです!

そんなものが山形にあるなんて!
いやほんと。山形でプラネタリウムを見るならここ!と強く推したい感動を味わえます。
日中はここで星を知り、夜は天童高原なり蔵王みはらしの丘なり南陽の天文台なりで生の星を味わう……なんてのも、オリエンタルな感じでいいデートになりそうですね。

ちょうどいい具合に寒くなって、夜に見上げる空が綺麗になってきた頃です。
今なら、天童高原辺りで一夜を明かすと、日の出にきらめく紅葉の絶景も楽しめるかと思います。
雪が降ってくる前に、大切な人を誘ってみるのは如何でしょうか!
私? HAHAHA! ……誘いたい人はいるんですけど、ねえ(絶望)


こんな風に、隠れた凄さのある河北町。
少しのきっかけで「市」に成長しそうなところを応援したい一方で、そうなれば『唯一の"ちょう"』がなくなってしまうのだろうかと寂しくも思ったり(笑)


機会があれば是非、遊びに来てケラッシャエ!

ではではーノシ



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中編/ニセモノ

祝え!ディケイドのジオウ参戦を!(分厚い本ペラーしながら)


 チェリーランドで無事に菓子を買い求め、ついでに興味を持ったいくつかのお土産を後部座席に積んだ真人たちは、ついでに糺の冷やかしでもしようかと笑いながらついた帰り道で異変に気付いた。

 体育館の敷地から走っていく女の子たちと、それに追い縋ろうとするミダグナスの群れだ。

 

「なんじゃ、ありゃあ……?」

「行きましょう!」

 

 体育館前に乱暴に乗りつけ、エンジンを切る間も惜しんで車から飛び出す。

 

「「オラ・オガレ!」」

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《ショウギ! 出陣‐Go-ahead‐、ソウリュウ! Flipping-the-board!!》

 

 ニシキは女の子たちの前に立ちはだかり、ミダグナスを迎え撃った。遊撃手を務めたソウリュウが、敵の横っ腹へとビームを放つ。

 女の子たちを逃がすことは叶ったが、どこにこれだか溜まっていたのか、ミダグナスも人海戦術で迫ってくる。戦闘力こそ大したことないが、数が現れると鬱陶しい。

 

 ふと、ソウリュウの背後へとひっそり迫る二体のミダグナスの姿に、ニシキは声を荒らげた。

 

「センセ、後ろ!」

 

 それに頷くと、ソウリュウは『盤上天下』のダイヤルを回した。合わせたのは『銀将』。

 前方と斜め後方への攻撃を一手でこなし、彼は難なく危機を超えた。

 

「へへっ、やるう!」

「ありがとうございます。『一マスしか動けない』駒なので、過信は禁物ですが」

 

 謙遜するソウリュウと合流して奥へと向かえば、そこではまさに、レイと闇邪鎧とが戦っている最中だった。

 

 レイが紅花の拳を振るえば、闇邪鎧は距離を取って蹴り技を放つ。

 否、蹴りではなかった。届くはずがない距離から振り抜かれた足の先から、何かが射出されたのだ。回転しながら飛んでいく平面のそれは、上面に何かがついている。

 

「ぞ、草履ィ!?」

 

 それが鼻緒であることに気付いたニシキは、素っ頓狂な声を上げた。

 

「ええっと、山形で草履といえば……何でしょう、センセ」

 

 思い当たるはずもなく、隣の知識人に丸投げをする。

 

「河北スリッパの雛型となった最上(もがみ)草履ですね。かの闇邪鎧は、その発明者にして河北発展の礎……まさに『足元』を築いた名士・田宮(たみや)五郎(ごろう)氏でしょう」

「さすがセンセ。……で、対策は何でしょうか」

「さすがにそこまでは。ただ、五郎氏は草履の質を上げつつ量産化するため圧搾機を開発したことでも知られます。圧搾機とは、乾燥させた草履を引き締めるため、高温で熱しながらプレスする機械ですね」

「うげ……」

 

 ニシキはカエルのような声を出した。あの下駄飛ばしもとい草履飛ばしは、正確には闇邪鎧の履く草履から射出されるエネルギーのようなものらしく、残弾数や隙が窺いづらい。

 それだけでも厄介そうであるというのに、高温のプレス機とは。

 

「ええい、ままよ!」

 

 意を決して、真人は駆け出した。

 

「助太刀するぜ、糺!」

「は……何であんたがここにいるのよ!?」

 

 驚くレイの頭上を飛び越え、拳を振り下ろす。

 ゴロウ闇邪鎧はたじろいだものの、すぐに体勢を立て直し、蹴りを放ってきた。

 横っ飛びで避けようにも、連続回し蹴りから放たれる次弾の草履がそれを許さない。

 食らってしまうかというその瞬間、割って入った光線が草履を弾き飛ばした。

 

「ナイスアシスト!」

「気を付けてください。ヒロシゲもそうでしたが、闇邪鎧という時点で、一文化人の戦闘力という認識は捨てた方がいい」

「……うっす!」

 

 頬に汗が伝う。むしろヒロシゲの方が()()()存在だったとさえ思えるほどだ。

 対してゴロウの蹴りは、アクション映画で見るようなプロのそれだ。特にカンフー映画などで主演を張る人物たちは軒並み、武術の大会で輝かしい成績を修めていたりする。そうした武技に引けをとらない冴えは、誰が予測などできようか。

 生粋の武人が闇邪鎧になるとどうなるか……考えるだけでもゾッとしない。

 

 不意に、ゴロウ闇邪鎧が視線を明後日の方向へ移した。

 それを追うと、自転車に乗った中年女性が、こちらの様子を窺っている。カゴに積まれたビニール袋は、すぐ近くにあるスーパーのものだろう。

 ニシキが行動を起こすよりも早く、ゴロウ闇邪鎧が足を上げた。

 草履飛ばしの狙いは、女性に気を取られたニシキ――ではなく、女性そのもの。

 

「やめろおおお――――――!!」

 

 ニシキは辛うじて女性の前に滑り込み、草履の攻撃を真正面から受けて膝を突く。

 

「逃げて……ください……」

 

 自分が狙われたことで、これが映画の撮影や何かではないことを悟ったらしい女性は、血相を変えて逃げ出した。

 よろよろと立ち上がったニシキに、哄笑がかけられる。

 

『滑稽なものよな、ニセモノの王よ!』

「ニセモノ……だと……?」

 

 ゴロウ闇邪鎧は肩を竦め、可笑しそうに嗤った。

 

『違うとでも言うのかね? 貴様は先の女を身を挺して守ったが、戦士ならば、一人を犠牲にして私を討てば良かっただろうに』

「見殺しにしろってのか? ンなことできるかよ!」

『そのせいで私を討ち漏らし、その他大勢の犠牲が出ることになっても、か?』

「それは…………」

 

 ニシキは答えることができなかった。目の前の人を守るということばかりで、その先のことなどこれっぽっちも考えていなかったのだ。

 

『貴様もだ、娘』

 

 そう言って、ゴロウ闇邪鎧はレイを一瞥する。

 

『先ほど貴様は、魂の残滓たちに「誰に手を出したか」と問うたな。守る相手によって力の入れようを変えるとは……それでも戦士か? ママゴトなら家でやりたまえ』

「なっ――――」

 

 唖然としたレイの返事を待つともなく、闇邪鎧の指先がソウリュウに向けられる。

 

『そして貴様だ。ああ、貴様が最も性質(たち)が悪い』

「何故、でしょう……?」

『理解できぬか。貴様は我が魂の結晶を「河北スリッパの雛型」などとほざきおったな。聞こえていたぞ、非常に不愉快だ』

 

 闇邪鎧は両手を大きく拡げ、空に向かって吼えた。

 

『スリッパ卓球などというニセモノの源流が私であるなどと、断じて認めるものか! アレは愚策である。新たなものを生み出さず、過去の遺産に改悪を加え、さもそれが画期的であるかのようにのたまう……それが人間の愚かしさよ。だからこそ廃れたのだと何故気付かぬ!』

 

 審判の雷のように、両の手が地面へと叩きつけられる。

 すると、ニシキたちの足下に、鉄板のようなものが出現した。

 

「これはまさか……圧搾機かっ!?」

『贋作よ、潰えて滅びたまえ。「艶やか也、棕梠皮竹皮超越せし草履(ジェニュイン・アーティクル)」』

 

 圧搾機が閉じ、ニシキたちは前後からの強烈な衝撃に押し潰された。

 変身解除にまで追い込まれ、地に伏せる。ぼやける視界を辛うじてもたげると、既にそこには、ゴロウ闇邪鎧の姿はなくなっていた。

 

 

 

 

 

――山形県某所・喫茶『ごっつぉ』

 

 真人たちは周囲の捜索に奔走したが、ゴロウ闇邪鎧の痕跡を見つけることは叶わず。電話で同級生の無事を確認できた糺と共に『ごっつぉ』へと撤退した。

 

 カウンターに頬杖をついて、母に頼まれたものとは別に買ってきたラフランスのチョコバーを齧る。アーモンドとパフの食感に続いて、甘い果実の香りがふわっと口内に広がるお土産用の菓子だ。

 しかし、胸の奥に渦巻いているのは、仄苦いダメージである。

 

「ニセモノ、ねえ……」

「気にしないでください。あれは本当の田宮五郎氏の言葉ではありません」

「んだ。思い詰めてもんまぐねえべす、今日はコーヒーばサービスしてけっがら、一息つがっしゃえ」

 

 俊丸とウカノメの慰めに、真人と糺は消え入りそうな嘆息で返した。

 

「そりゃあ、河北スリッパに関してはそうだろうけどさ」

「私自身については、何も言い返せなかったわ」

 

 突っ伏した糺が、指で『の』の字を書き始める。

 真人は天井を仰ぎ、舞鶴山でのことを思い出していた。ノブナガの強大な力の前に紅姫レイが倒れてしまった時の絶望感は、はっきりと覚えている。

 

 あの日、自分がインロウガジェットを見つけていなかったら。ガジェットを手にノブナガへと立ち向かった時、モンショウメダルが現れてくれなかったなら。変身できたとして、ニシキも敗北を喫していたら。

 

――皮肉よな。我も不完全であったか。

 

 ノブナガはああ言っていた。初陣の白星は、奇跡だったのかもしれない。

 今でこそ運命だとか必然だとか、そんな風に洒落込むこともできる。しかし、その歯車の一つでも欠けていれば、自分はおろか、舞鶴山にいた人々も生きていなかったかもしれないのだ。

 

――そのせいで私を討ち漏らし、その他大勢の犠牲が出ることになっても、か?

 

 ゴロウ闇邪鎧の言葉が過り、真人が奥歯を噛みしめた時だった。

 

「あっらー、お菓子、ごちそうさまだっけなー!」

「甘くてサクッとしてて、美味しかったわあ」

「何、糺ちゃん。友達とどっかさ行ってきたのが?」

 

 姦しい――もとい、賑やかな女声が飛び込んできた。

 妙齢の女性が三人。彼女たちはこの店の常連客で、真人も顔くらいは知っていた。そのため、どうせ一人で食べるには多い土産菓子を、ウカノメ経由で彼女たちにも配っていたのである。

 

「糺、知り合いか?」

「ええ。こちらから高豆蒄(こうずく)さん、簗沢(やなざわ)さん、月布(つきぬの)さん。ウカノメさんとも古くからの馴染みなんですって」

「やんだー、古くからあて! 私、お婆ちゃんみたいに思われっべしたー」

 

 甲高い声でケラケラ笑いながら、糺の肩を叩いているのが高豆蒄。

 

「何言ってんだず。あたしだは十分お婆ちゃんだべや」

 

 高笑いの後には淡白とも取れる落ち着いた女性が、簗沢。

 

「んだよにゃあ。糺ちゃんより年が上の子供もいるもんねえ」

 

 ほわっと語尾の伸びる品の良さそうな方が月布、ということらしい。

 ひとしきり笑った後で、高豆蒄さんが糺の耳に口を寄せた。

 

「んで、どっちがボーイフレンドなんだした?」

「ぴぇっ!?」

 

 糺がフリーズした。

 高豆蒄も強かなもので、耳打ちの体を取りながら声を潜めることもない。おかげで真人まで、いらぬ緊張感を抱くことになってしまった。

 そんな彼に、月布が微笑みながら追い打ちをかけてくる。

 

「お兄さんはあ、名前、何て言うのお?」

「えっ? っと……白水真人っすけど」

 

 何ともいえないペースの違いに、真人はただ返事をすることしかできない。

 

「ああ、君がかあ! 真人くん。糺ちゃんを、守ってあげてねえ?」

「はい? ……はい」

「はい、じゃないわ!」

 

 辛うじておばちゃんパワーから抜け出した糺が、スリッパを振り抜いた。

 ……いや、抜け出せてなどいなかった。「「「おお、夫婦漫才!」」」と目を輝かせて拍手するおばちゃんたちに、糺はハッとして、

 

「そ、そんなんじゃ。夫婦なんかじゃありませんからっ!」

 

 ロッカールームへと逃走してしまった。

 

「あんにゃろう、逃げやがった……」

 

 真人もカウンターから逃げ出そうとしたが、簗沢と高豆蒄から羽交い絞めにされてしまう。

 

「そだな顔してどさ行ぐなや」

「そうだぞー、女の子と接する時は笑顔だぞー」

「あ、いや。あのですね――モガモガッ!?」

 

 抗議しようと開いた口に、月布からチョコバーを突っ込まれた。

 

「悩みがある時は、美味しいものを食べるといいんだよお」

「もごっ……ケホッケホッ。それ、親父からも同じこと言われ――まし、た」

 

 真人ははたと思案に耽る。

 喫茶店『ごっつぉ』がいつからあるのかは知らないが、この店が戦士たちの拠点であるのならば、父もこの店に来たことがあるはずである。

 

「もしかして皆さん、俺の親父とも知り合いなんすか」

「いえーす! 義人(よしひと)くんも真美(まみ)ちゃんも、二人が結婚する前から知ってまーす!」

「二人とも、まだ大学に入ったばかりの頃だっけよね」

「んだあ。今の真人くんみたいに、めんごいっけんだよお?」

「そんな前から、っすか」

 

 真人は目を瞬かせる。母とも知り合いだとは思わなかった。両親からは一度もこの店について訊いた事はなかったのだが。

 そして何より、父は当時からニシキとして戦っていたのだろうか。だとすれば、今の自分よりも若い時分に、戦う覚悟や理由と、どう向き合っていたのだろう。

 

「こらこら、また眉間に皺が寄って、みだぐなすになっちゃってるよお」

 

 月布から頬を引っ張られて我に返る。

 

「ミダグナスっすか!?」

 

 咄嗟に浮かんだのは、闇邪鎧と共に現れる魂のバケモノたちだった。さすがにあんな、スプラッター映画のシリアルキラーが被るマスクのような顔にはなっていないはずだが。

 

「そお。真人くんは、ラフランスが昔『みだぐなす』って呼ばれてたこと、知ってるかなあ?」

「えっ? いえ……初耳っす」

 

 ラフランスが正確には『ラ・フランス』と表記されることくらいは知っていたが、上品にとろける甘さの果実と、山形の方言で『醜い』だとか『見られたものではない』という意味の言葉が繋がるようにはとても思えなかった。

 

「昔はねえ、固くて美味しくないし見た目も悪いって、悪く言われていたんだよお。それでも、ちゃんと熟したらとっても美味しいってわかると、果物の女王様って呼ばれるようになるの」

 

 うっとりと語られた話に、真人は感嘆を漏らした。

 ラフランスはその名の通りフランス由来の果実で、一般的には西洋梨とも呼ばれている。こうした果実の渡来に際して問題となるのは、大抵、気候などの栽培環境だが、しかし。ことラフランスは、原産であるフランスの方が絶滅状態にあるなど、数奇な運命を辿っている。

 

 今では山形の名産として馴染みの深い高級果実だが、それは『みだぐなす』から『果物の女王』になった背景故。文字通りのシンデレラストーリーがあったのだ。

 

「だから、今は上手くいかなくて悩むこともあるかもしれないけれど頑張って! いつかきっと、女王様になれるから!」

「いや、俺男っすけど……」

「ほだな小っさいごどば気にすんなずー!」

 

 高豆蒄からばしばしと背中を叩かれた。戦士の鎧が緩和してくれたとはいえ傷は傷。服の上からでも辛いものがある。

 

 真人が逃げるように体をよじらせると、視線の先で、ロッカールームのドアから顔を覗かせている糺を見つけた。

 彼女はこちらと目が合ったことに気付くとしおらしく下唇を噛み、顔の前での小さな手招きだけを残して、室内へ戻ってしまう。

 

 そんな糺の様子には、おばちゃんズも気づいていたらしい。席を立った真人の尻に、もう一度だけ、高豆蒄の手のひらがぶち当てられた。

 

「頑張れオトコノコー!」

「いやだからそういうんじゃねえっす!」

 

 女性の平手は地味に痛い。ひょこひょこと跳ねながら、真人はロッカールームへ向かった。

 

 




どーもっし! 柊一二三です。

第三話中編、いかがだったでしょうか。

今回、闇邪鎧として登場していただいた偉人は、「田宮五郎」氏です。
山形県外の方がこの名前を耳にすると、おそらく数年前に逝去された俳優さんを思い浮かべるのかなと思います。
県内の人もどれくらいの方がご存知なのでしょうね。河北スリッパや、その源流が草履ということを知っていても、名前まで知っている方は、少なくともこれまでネタについて話をした方にはいませんでした。

ローカル度がぐっっっと増してきましたね。ぐへへ。

個人的には、おそらく彼がいなければ、現在の河北町は存続していなかった(市町村合併によって東根・寒河江・村山のいずれかに統合されていた)のではないかと思います。
河北町は元々村山郡でしたから、村山市になっていたのかな?


さて。田宮五郎氏は江戸末期に生まれました。
田宮家は代々役人を務める名家で、五郎氏はその12代目。現代で言えば官僚一族といったところでしょうか。
そんな中、五郎氏が生まれるずっと前に、8代目が草履の編造法を習得してきて事業と化したところに、五郎氏のルーツがあります。

元々は婦女子に伝授し、その雇用を確保するもの。田宮家経営というだけで、文明開化以降に急増した製鉄所や製糸場に近いものがあったと考えられます。
あくまで婦女子や農家の副業という扱い。それ故にか、五郎氏が役人の仕事よりも「草履づくり」に注力したことは、家としても煙たい目があったようです。

そんな五郎氏は、1889年(明治22年)に、とうとう草履の圧搾機を発明します。
簡単に言えばプレス機ですね。これまで人力で、手間暇かけて固めていたものを機械に置き換えることで、品質の底上げと統一、納期の短縮、それに伴うコスト削減までもが実現されました。
本編のゴロウ闇邪鎧の技にもなっていますが、この圧搾機で作られた草履は「見た目が艶やかで、(廉価なのに)高価な棕梠皮や竹皮に劣らない」と高く評価されたそうです。
これが、河北スリッパの起源・最上草履誕生のきっかけでした。


さらに、五郎氏は文化人としての偉業も成しております。
研究・発明を行う上で、経験として体感されたからということが大きいのでしょう。発展や進歩には学問が欠かせないと、彼は親友とともに『谷地読書協会』を結成しました。
これが後の谷地図書館(現在はサハト紅花に移転)であり、山形県の図書館発展の魁ともいえます。

当然、田宮家として役人の仕事にも尽力しており、晩年は病の身をおしながら、町の水道委員として活躍されていたそうです。

草履(産業)、図書館(教育)、水道(インフラ)と、何とまあ欲張り――げふんげふん、もとい、町の基盤として多大な貢献をされた素晴らしい方なのです。


いかがでしょうか。山形ローカルの偉人も、なかなか凄い方でしょう?
……いやまあ、私がドヤ顔してもしょうがないのですが(笑)

今後もどんな偉人が登場するのか、楽しみにしてくださいね。
そして、山形に少しでも興味を持っていただくきっかけになれば幸いです。きっと、こうした情報を持つかどうかで、県内の観光地も一層楽しめるかと思います。


ではでは~!



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後編/何度でもだ!

ドライバー音声、フォーム毎に追記しました。
既存のフォーム音声は今回全て出ているので、見返す必要はございません。ご安心ください。



 

 部屋に入ると、糺は壁に背をもたれて俯いていた。しおらしく下唇を噛み、ジャージから着替えたカーディガンの裾をきゅっと握っている。

 

 真人は「いつまで突っ立ってんの」くらいの軽口を待ってみたが、彼女はじっと動かない。

 観念して小さな椅子に腰かけると、ようやく、糺も対面に座った。

 

「………………あの、さ」

 

 おずおずとこちらを窺う上目遣いには、普段の溌剌さがない。

 

「やっぱり、手を引く気はない……?」

「どうしたんだよ、らしくないな」

 

 沈黙。

 窓から春の日射しがきているのに、暖かさが失われていくようだ。

 

「なあ。お前はどうして戦いに?」

 

 訊ね返すが、糺は再び俯いてしまう。

 

「ああいや、言い辛いことならいいさ」

 

 彼女もゴロウ闇邪鎧から図星を突かれていたはずだ。そしてそれはきっと、彼女の戦う理由に直結しているのだろう。刺さった棘が抜けない限り、口が開かれることはない。

 どうしたものかと頭を掻き、真人が出した結論は、まず質問へ真摯に答えることだった。

 

「俺は、自分にできることがあるのに黙ってはいられねえと思う。これからも、目の前の人を守るためにニシキになるつもりだ。多分、親父もそうしていたように」

 

 ぴくっ、と糺の肩が震えた。

 やや意地の悪い手だが、追い打ちをかける。

 

「やっぱり、親父はニシキとして戦ってたんだな」

 

 しばらくこちらとテーブルとの間で視線を彷徨わせていた彼女は、やがて小さく頷いた。

 

「私と凛が闇邪鎧に襲われたとき、庇ってくれたの。その時に負った傷が原因で……」

「死んだ、か」

 

「ごめん、なさい……っ! 襲われてごめんなさい。あなたのお父さんを、奪ってしまってごめんなさい……ひっく、ごめんなさい……っ!」

 

 懺悔の度、テーブルに涙が落ちては沁み込んでいく。

 真人は立ち上がり、やおら近づいて彼女の頭を抱き寄せ――るのを止めた。照れくさいし、柄でもない。ましてやそんな上から目線で『赦す』ことができるほど偉くもない。そうしていいのは白水義人、本人だけだろう。

 

 だから真人は、代わりに糺のポーチからスリッパを引き抜き、振り被った。

 

「あいたあっ!?」

 

 なかなかどうして、悪くない手応えである。剣道をやっていたことの経験が活きたか、手首の冴えによる打撃音もすこぶる心地よかった。

 

「バカぁ、なにすんのよぉ……」

 

 涙声の訴えを笑い飛ばして、真人はスリッパを返す。

 

「サンキュな」

「…………へっ?」

「俺を巻き込むことで、親父のように()っちまわないように。だから、ニシキになることを反対してくれてたんだろ」

「えっと、その……うん」

「だから、サンキュ。けど、もう要らねえわ、それ」

 

 要らない、という強い拒絶の言葉に糺の体が強張る。真人はそういう意味ではないのだと伝えるために、彼女の頬を伝う一掬の涙を、指でそっと拭った。

 

「親父がどうとか関係ねえ、俺は俺の意志で戦う。お前の気持ちは嬉しいけれど、だからこそ、俺が動かないことで誰かが……何よりお前が傷ついてしまうことの方がずっと辛いからな」

「真人……」

「ははっ、やっとまともに名前を呼んでくれたな」

「う、うっさいバカ! クサい、キモい、死ね! えっと、バカ!」

 

 本家本元のスリッパが飛んでくるが、それはパタパタとじゃれるようなもので。真人は笑って逃げ回りながら、一つだけ、気になる言葉を思い出していた。

 

――私と凛が闇邪鎧に襲われたとき、庇ってくれたの。

 

 凛という名前には心当たりがあった。『つや姫』のポスターに映っていたメンバーの一人だ。

 

 父が亡くなったのは半年前。そして『つや姫』活動休止もその時期である。糺が無事であることと、まだ見ぬもう一人の戦士が男性であるらしいことを踏まえれば、少なくとも、凛という少女は戦士になっていないことが判る。

 彼女に何かがあったと考えるのが妥当だろう。

 

「(それが、お前の戦う理由か)」

 

 合点が行き、立ち止まる。背中に「わぷっ」と止まりきれなかった悲鳴が埋まった。

 

「……親父は、強かったか?」

「ええ。とても立派な人だったわ」

「そっか」

 

 小窓からの日射しに目を細めて、真人は微笑む。先ほど親父は関係ないと言ったばかりだが、戦う理由が一つ、増えた。

 父は命を賭して糺を守った。ならば俺は、彼女の笑顔を守ろうと。

 

 

 

 

 

――山形県河北町

 

 再び河北町へと向かった真人たちは、闇邪鎧となったゴロウの破壊衝動から俊丸が当たりを付けた場所に向かっていた。

 

 町民体育館から南下した、町の中心部にある公園である。広い敷地に様々なアスレチックが整備され、花見専用の広場もあるなど、誰が来てもくつろぐことができる憩いの場所だ。

 ここでは県内で初めて私鉄が走ったことを記念し、当時走っていた機関車を復活させたものが残っている。煙突が、山形の郷土料理『芋煮』に使う里芋(いもこ)の皮を剥いた状態に似ていることから、『いもこ汽車』と呼ばれていたようだ。

 

 そんな、最上川にほど近い半自然の一角で、似つかわしくない悲鳴が上がっている。

 

「「「オラ・オガレ!」」」

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

《ショウギ! 出陣‐Go-ahead‐、ソウリュウ! Flipping-the-board!!》

 

「雑魚の掃討は私に任せて、お二人は闇邪鎧を探してください!」

「うす、センセ、任せました!」

 

 ニシキとレイは二手に分かれ、ミダグナスを蹴散らしながら奥へ向かう。

 ニシキが石の広場に突入すると、地面に配置されたミステリーサークルのような石たちの中央で、ゴロウ闇邪鎧が静かに佇んでいた。

 

『……帰れ。貴様らニセモノに用はない』

 

 こちらに背を向けたまま、闇邪鎧は言い放つ。

 しかし、こちらも引き下がってなどいられないし、引きさがりたくないのだ。

 

「いいや、帰らねえ! つーか、こっち向けよ。そんなにスリッパ会社が気になるか?」

 

 挑発すると、ゴロウはほう、と肩を竦めた。

 

『私の居場所を突き止めたことといい、その目的を看破したことといい。あながち愚鈍でもないらしいな』

「ったりめえよ、こっちには頭のいいセンセーがいるからな。今日は週末だから会社は閉まっているけど、必ずその近くで準備を進めるはずだとさ」

 

 そう言うと、闇邪鎧は鼻を鳴らして振り返る。

 

『重畳。だが……私を止める算段は見つけられたのかね、ニセモノの王よ』

「ニセモノニセモノうっせえよ。いいか、俺は決めたぜ?」

『ほう?』

「俺は、またあんな状況になったら、その人を守ってお前も倒す!」

 

 ニシキの叫びに、ゴロウは怒りで肩を震わせた。

 

『何も理解しておらぬようだな。絵空事なら誰にでもほざけるぞ!』

「てめえこそ何も解かっちゃいねえ! 確かに今は弱いかもしれない、できないことも多いかもしれない。けどな、俺は誰かを切り捨てる道だけは絶対に選ばねえ!」

 

 ニシキが拳を突き出すと、にわかに光が集まった。

 美しい翡翠色のそれを掴みとると、手のひらの中でモンショウメダルに変わる。

 

 描かれているのは、『ラ・フランス』だった。

 

偽物(よわい)なら、本物に(つよく)なってやる。何度でもだ!」

 

 ヤツダテドライバーからインロウガジェットを引き抜き、メダルを差し替える。

 

《ラ・フランス! Yah(), Must() Get() Up()! Yah(), Must() Get() Up()!》

 

「オラ・カワレ!」

《ラ・フランス! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、掲げる(つるぎ)!!》

 

 ガジェットを再装填し、ニシキは市章の光に包まれた。

 白を基調とした素体はそのままに、これまで纏っていたサクランボの紅い鎧が消え、新たに鮮やかな翠の鎧が示現していく。

 サクランボの鎧を纏った形態――ニシキメイルが拳闘士だとすれば、こちらは西洋の騎士という様相だ。

 

 果樹王ニシキ・フランメイルの覚醒だった。

 

『むんっ!』

 

 異常事態を察知した闇邪鎧が、刈り取るように空を蹴る。

 対してニシキはドライバーを叩き、武器を召喚した。左腕に現れた、ラフランスを縦に割ったような形の(バックラー)で、飛来する草履を弾き飛ばす。

 

 腕に伝わる衝撃が極わずかだったことに、ニシキは相好を崩した。

 

「おお、こいつあ頼もしいぜ」

『安心するのは早いぞ、小僧!』

 

 ゴロウ闇邪鎧は宙で体を一回転させ、二度、蹴りを放ってきた。今しがた一投したばかりだというのに、草履は既に補充されているらしい。

 しかし、ニシキは焦ることもない。

 

「なるほどね。この盾で弾いた隙を狙ってるワケかい」

 

 一つ目の草履を弾き、その左腕に右手を伸ばす。拳側に突き出たラフランスの軸を掴んで、二つ目の草履へと引き払った。

 ニシキ・フランメイルの武器は、盾と剣が一体化した『ラフランスライサー』。盾に納められていた軸の先が刃になっており、草履をいとも容易く両断する。剣自体はやや短めだが、小太刀を扱っていると思えば扱いやすかった。

 

『何、だとォ!』

 

 ゴロウがたたらを踏んだ。

 そこへ、他の広場を回ってきたレイが合流する。

 

「真人、こっちは片付いたわよ……って、何その格好。ラフランス?」

「ああ。どうやら新しい力みたいだぜ」

 

 日射しを受けて煌めく剣を見せると、レイは「やるじゃん」と肩に手を乗せてきた。

 

「それじゃあ、ナイト様? 反撃と行きましょうか」

 

 ニシキは頷き、剣の切っ先を闇邪鎧へと向ける。

 

「ちょんどしてろ、くらすけてやる!」

 

 駆け出したニシキたちに、ゴロウ闇邪鎧が一喝した。

 

『力を得た程度で、図に乗るな! 滅びろッ「艶やか也、棕梠皮竹皮超越せし草履(ジェニュイン・アーティクル)」!!』

 

「レイ、飛べ!」

「了解っ!」

 

 先を走っていたニシキは少し屈んで、左腕の盾を横に翳した。それを足場に、レイが宙へと舞い上がる。

 地上に残っていたこちらは圧搾機に捕らえられてしまったが、問題はない。

 

《ベニバナ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

「『紅花爛漫』! ちぇいさあああ――――ッ!」

 

 自由の利くレイが、ニシキの足下に展開された圧搾機を叩き壊す。それと同時に、ニシキは再び駆け出した。

 一旦剣を盾に仕舞い、ドライバーのスイッチを叩く。

 

《ラ・フランス! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

『甘い。貴様の間合いは見切っておるわ!』

 

 軸型の柄に手をかけたニシキに、闇邪鎧はひらりと回避の態勢を取る。ここを逃せば再びトリッキーな草履飛ばしが襲って来ることになるが、ニシキは好機に迷わず踏み込んだ。

 

「甘いのはそっちだぜ! 味わいやがれ、『ラフランスプラッシュ』!」

 

 引き抜いた剣は果汁の飛沫を放ち、その剣身を何倍もの長さに変貌させている。多少後退したくらいでは躱すことのできない攻撃範囲が、闇邪鎧の体を捉えた。

 

『私が敗けるだと、認めぬ、認めぬぞぉぉぉ!』

 

 果汁の刃に薙ぎ払われ、闇邪鎧は断末魔とともに爆ぜた。

 

 

 

 

 

――山形県河北町・町民体育館

 

 ゴロウ闇邪鎧撃退から一夜明けて、真人は卓球台越しに糺と対峙していた。

 

 昨日、ロッカールームで振ってみたツッコみスリッパの感触が忘れられなかった真人の思いつきで、糺と俊丸、そして成生塾の子どもたちに召集をかけたのだ。サクランボ農家見学が失敗に終わったお詫びも兼ねた、レクリエーションである。

 

 体育館の前で俊丸引率の一行を待っていると、闇邪鎧が現れた場所の様子を見に来た糺の同級生の一人とばったり遭遇し、その子がSNSのグループに一声かけたと思いきや、あれよあれよという間に多くの人数が集まってきた。

 どうやら彼女たちも皆、遊び足りなかったらしい。

 

 女の子とスリッパ卓球で遊べると鼻の下を伸ばしていた真人だったが、しかし、その目論見は大ハズレに終わる。

 有名人(としまる)が現れた途端、集まってきた女の子たちは当然の如く、校外学習サイドに加わってしまったのだ。

 そんなわけで、取り残された真人と糺で、今に至る。

 

「俺、頑張るからさ。改めて、よろしくな」

 

 ラリーを返しながら、真人が言った。

 

「言っておくけれど、あんたを戦わせることに納得した訳じゃないんだからね」

 

 やや強めのカットを挟んできた糺は、少しだけ顔を赤らめて、

 

「も、もちろん俊丸さんだってそうよ? あんただけじゃないんだから」

 

 知ってる、と言うよりも先に、真人は笑ってしまう。蕎麦屋での一件のことは、早くも思い出の一つとなっていた。

 

「何よ」

「別に?」

 

 戦うという使命を背負った状況で、こうした一つ一つを楽しいと思っていいものか悩みどころだが。ニシキとして生きるからこその出会いがあるのならば、それを大切にしたいという気持ちも本当だった。

 

 そんな風ににやけている矢先、糺がスリッパを巧みに操って放ったバックスピンの玉が、バウンドによって急激に軌道を変え、真人の額にめり込んだ。

 回転がかかっているだけに、抓られたような痛みがじわじわと染みてくる。

 

「…………どだなだず」

 

 ようやく剥がれてくれたピンポン玉は、悪戯をして逃げていく子供のように視界の端をスキップしていた。

 

「ぼけーっとしてるからでしょうが」

 

 愛用のスリッパで台をノックしながら、糺は挑発(ほほえ)んだ。

 

「頑張るんでしょう? ほれほれ、早く玉を拾ってきなさいな」

「ぐぬぬ……よーしやってやらあ! 吠え面かくなよ!」

「そうこなくっちゃ。敗けたらジュース奢りね」

「上等だっ!」

 

 意気込んだ真人だったが、相手が元卓球部部長を下す程の腕前であることなど知る由もなく。

 結局11‐1という惨敗に終わっただけでなく、獲ることができた一点も『卓球では完封勝利をしてはいけない』という暗黙の謎ルールに沿ったお情けでしかなかった真実を俊丸から教えてもらうのも、もう少し先の話である。

 

 

――第3話『ラ・フランスと草履編み』(了)――

 

 





どーもっし! 柊一二三です。

いよいよ12月に入りましたね。
今年も残すところ僅か。皆さま、やり残していること等ございませんか?


さてさて、今回は3話後編ということで、田宮五郎氏縁の地をご紹介します!

それは――山形県河北町です!

……

…………

………………ごめんなさい(笑)

いやしかし、中々難しいものでして。
おそらく役人(政治家)としての活動が主だったからだと思うのですが、記念館だとか資料館だとか、そういった類のものが存在しないのですよ。
こうした特徴は山形県初代県令・三島通庸氏にも見られますね。よって、手がけた建造物だとかを訪れる他に、歴史を味わう手段はないのです。残念ながら。
余談ですが、例に挙げた三島氏は山形と他県を繋ぐ経路の開発も手掛けており、米沢の栗子、東根の関山、小国の片洞があるのですが、これら旧道はいずれも心霊スポットと噂される場所になっているので、遊び半分で訪れるのだけはおやめくださいね。


閑話休題。
田宮五郎氏の遺産は、県内各地に形を変えて現存しています。
例えば、最上草履を起点とした河北スリッパの工場で、『KINU HAKI』や『HAKAMA JITATE』といった和のブランドを開拓されている阿部産業様。
また、田宮氏が学問(書)を重視していたことに端を発し、現代においては印刷業として業務を展開されている田宮印刷様。
もちろん、河北町内にある役所や図書館(現在は移転してサハト紅花内)も田宮氏との縁が深い場所になっております。

とはいえ、企業様だったり役所だったりと、前述の心霊スポットとはまた違う意味で、易々と赴ける場所ではありませんよね。


ですので今回は、河北スリッパから始まった『スリッパ卓球』についてもう少し掘り下げたいと思いまっす!

最上草履から年月を経て、まずは草履を履く人がいなくなりました。そこで現代風にスリッパへと変化し、河北町はスリッパ生産の企業が多く誕生していくのですが、各家庭としてはブランドなどなんのその。ぶっちゃけ海外で低コスト生産されたもので良かったのですよね。
こうしてスリッパの売り上げが激減し、河北町の公式ホームページによれば、スリッパメーカーが25社から6社までに減ってしまったそうです。
近年であれば、時代物の映像作品撮影だったり、外国人観光客向けに売り込むなどという『草履』としてのニッチな価値が生まれて来ていますが、それでもかつての隆盛を取り戻すことは難しいでしょう。

それは十数年前の河北町も同様でした。
苦悩の末に町おこしとして打ち立てたのが、スリッパ卓球だったのです。
これも残念ながら、今でこそほとんど衰退してしまっています。『スリッパ卓球』で検索すると他県での大会の記事ばかりが出てきます。

…………が、しかし!(マイクをスタンドから取り外して)

大会で使われているラケットをよく見ると、そこには河北スリッパの姿があるのです!
紛うことなく! 誇らしき姿が! そこに! 確かに存在しているのです!

こほん(着席)

とあるブログでは、スリッパ卓球の名手が河北スリッパを絶賛していて、それを受けてブログ主も購入した、なんて記事も見受けられました。

まだ火は消えていないということですね。ビバ河北スリッパ。
はいそこ、そりゃ卓球用のラケットがあるんだからそれ使うだろうよ、とか言わなーい。

こほん(二度目)


そして卓球と言えばですよ、天童市にある天童木工様が、かのリオ五輪で使われた卓球台の作成をされたということも注目トピックです。
その名も『Infinity 2016』!
キラキラ言いながらハイタッチ決めそうな名前ですね
いつだったか、『初耳学』か何かで林先生が紹介されていたのを憶えています。

前回取り上げた将棋駒もそうですし、山形って、こういう縁の下的な役回りが強いイメージがあります。
東京五輪でも天童木工様が手掛けるのかな?
気になるところですね。


願わくば、皆が軒下を覗き込んでみてくれますことを。

ではではーノシ



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第4話『薔薇民治丸』 前編/姫若子と剣聖

一週間が経つのってほんと早いっすね……



 

――山形県某所・喫茶『ごっつぉ』

 

 少し前から『OPEN』の表記に変わった手書きボードの前で、真人はスマホを耳に当てたまま所在なげだった。

 

『野球やサッカーならまだ定番なんだけど、またシビアなところを選んだね。当日ってところもネック。予定が空いているかの確認はした?』

 

 通話の相手は創。ヒーローショーの稽古の合間なのだろう、まだ少し息が上がっている。

 この手の相談には彼が適任だろうと踏んだ急な電話だったのにも関わらず、真摯に応えてくれることがただただありがたい。

 

「それが、なあ……」

 

 真人は歯切れ悪い返事をしながら、ガラス張りのドアを覗き込んだ。

 喫茶店の前で電話しているという様子は別段珍しくもないだろうが、日光の反射に目を細めながら店内を窺う様子は不審者この上ない。喫茶『ごっつぉ』が閑散とした立地に構えた知る人ぞ知る店であることと、今日が平日で、まだ客入りのピークには早いことが幸いである。

 

 開店と同時に転がり込んできた高豆蒄、月布、簗沢ら常連組数名は各々いつものテーブル席に着いている。今のところ、カウンター席にいるのは一人だけ。

 彼女の横顔は、いつもと雰囲気が違った。普段は適当に流れるままの髪も、今日は可愛らしいシュシュで留められている。携帯をいじる指先には、紅いネイルが薄く施されていた。

 

「もしかしたら、予定入ってる」

『そうなの?』

「いつもよりオシャレっつーか、気合い入ってるっつーか……ああ、ひらっひらのスカート穿いてるところなんか初めて見たわ」

 

 思わずため息が漏れた。いつ戦うことになるか分からないから動きやすい生地を好んでいるのだと言っていたような記憶がある。

 

 ロコドル時代の貯蓄と、たまに喫茶店を手伝っているバイト代でその日暮らしをしているらしいとは聞いているから、相手が現在の職場の上司だとか後輩ではないと考えられる。

 しかし、先週末は盛大にスリッパ卓球大会を催していたのだ、今度は学生時代に仲の良かった男子と会う約束をしていても何ら不思議ではない。確か、ゴロウ闇邪鎧の依代となっていたのも彼女の同窓生だったはずだ。これだけ揃えばビンゴである。

 

 真人が壁にもたれて青空を仰ぐと、電話口からくすくすと笑う声がした。

 

『その人が近くにいるんなら、落ち込むのは早いかもね。ちゃんと確認はした?』

「うんにゃ、まだだけど」

『じゃあ当たって砕けろだ。ふふっ、ついに君にも春が来たんだね』

「そ、そんなんじゃねえからな! これはお礼っつーか、ねぎらいっつーか!」

『はいはい。舞鶴山で避難誘導手伝ってくれたんだもんね。ちゃんとお礼しなきゃね』

「だーかーらー!」

 

 言い訳も虚しく、創は『頑張れ』と明るい一言を残して通話を切ってしまった。

 随分と気軽に言ってくれるものである。こちとら、ここからが本番だというのに。

 

 真人はいつまで経っても心の準備をしてくれない胸を一発叩き、丹田からの呼気で活を入れると、ぎゅっと目を瞑ってドアを開けた。

 

「お帰り。もう注文来てるわよ」

 

 迎えてくれた微笑みには曖昧に答え、その隣へと立つ。

 湯気の立ち昇るコーヒーが置かれたカウンター席を素通りした真人に、微笑みの主は、示した指の行き場をなくして目を瞬かせた。

 

「何、どした?」

「なあ、糺。今日、予定空いてたら、さ。昼から温泉に行かないか」

 

 彼女――糺は「ぬぁ」とよく分からない声を喉から零し、左手に持ったカップをおもむろに口へ運んで、秒針が時を刻むように瞬きのテンポで視線を彷徨わせ、

 

「はああああああ!? いや、その、ちょ、えっ? ちょおおおっと早くないですかー!?」

 

 カップを取り落としそうな勢いで仰け反った。

 

「な、何が」

「わっ私、あんたとまだそんな関係じゃないと思うんですけど!」

 

 背後に聞こえる高豆蒄たちの「「「まだ……?」」」という声にハッとした糺は、下唇を噛み、目を手で覆ってしまう。

 

「ともかく! 何なんなのよ急に」

 

 俯いたままの状態で詰問され、真人は鼻の頭を掻いた。

 

「村山の体育館で、高校ン時の後輩が居合の大会をするんだよ。応援に行くことになってさ」

「へえ、居合。で? それがどうして温泉に繋がるのかしら」

「いやほら、お前、俺より長い間、その……アレだろ」

 

 戦ってきた、という表現を他の客の面前で言う訳にもいかず、真人は言いよどむ。それでも糺は汲み取ってくれたようで、「そうね。それで?」と促してくれた。

 

「大会の会場が温泉のすぐ傍なんだよ。だから、お前さえ良ければ。観戦がてらどうかな、と」

「ふうん。気を遣ってくれた、と」

「いや、その……まあ」

 

 頷くのは気恥ずかしかった。

 昨夜、糺を誘うことを決めた際、ふと浮かんでしまった『デート』という言葉が未だ頭から離れないのだ。おかげで朝イチには切り出せず、創に電話するハメになってしまったのだが。

 

「ハハ……碁点温泉じゃあ物足りねえだろうけどよ」

 

 沈黙に耐えかね、卑屈が口をついて出た。

 村山市にある碁点温泉は、『○○温泉』と銘打つものの一つとして知られているが、別段温泉街だというわけでもない。乱暴に言えば『大型の大衆浴場』。レクリエーション施設を作ろうと掘ったら温泉がオマケで付いてきたと言った方が適切な場所であった。

 

 最上川の三難所が一つである碁点の景色を望む露天風呂は素敵だが、本当に女性を誘うなら、隣の東根市か、碁点から葉山側を抜けて尾花沢市の銀山温泉まで走った方がずっといい。

 

「居合も、興味ないよな。悪い、忘れてく――」

「ストップ」

 

 不意に制止がかかり、真人は息を呑む。

 わずかに顔を上げた糺が、手のひらとの隙間からこちらを見上げてくる。

 

「アシは?」

「は……?」

「だから、アシ。移動手段よ。車が必要なら、一旦帰らなきゃいけないもの」

「誘ったのはこっちだ、俺の車を出すよ。飯とかその辺も気にすんな」

「やたっ」

 

 糺はいそいそとコーヒーを飲み干し、カウンターに小銭を数枚置いて立ち上がった。軽い足取りでドアを開けたところで、真人が付いてきていないことに気付き、小首を傾げる。

 

「何ぼけーっとしてるのよ。早くそれ飲んじゃって、行きましょう、ゴー、ナウ!」

「あ、ああ」

 

 颯爽と吹き抜けていく風を呆然と見送った真人は、ややあって、自分のコーヒーに口を付けた。まだ温かい。

 ポケットから車のキーを出したところで、高豆蒄たちのにやけ面と目が合ってしまう。

 

「あー、糺ちゃんおめかししてっど思ったら、デートだったながえ!」

「んだっても、今さっき予定訊いったんだべ? おめかし関係ねぐねえの?」

「んもう、簗ちゃん。こさ来っど真人くんがいっがらに決まってるじゃない」

「そういえば、義人くんもこんな風に真美ちゃんばデートさ誘ってたっけよねー」

「んだな。やっぱり親子なんだべにゃ」

 

「「「頑張れ、オトコノコ!」」」

 

 ぐっと立てられた三つの親指に、真人は回れ右をする。危うくコーヒーを噴き出してしまうところだった。

 

「どだなだず……」

 

 背中に刺さる好奇の視線がムズムズとするのを堪えてカップを煽り、奥にいるだろうウカノメに一声かけて、真人も店を出た。

 

 

 

 

 

――山形県村山市・市民体育館

 

 居合の試合会場というのは、凛と張りつめた静けさで満ちている。

 剣道のように気声を発することもなく、無駄な鞘鳴りもない。座る時の袴払いと、燕が空を切るような刃の音、そして時折響く踏み込みの迫力だけが場を支配していた。

 

 二階席に陣取った真人たちは、繰り広げられる演武に釘づけだった。

 

「わ……びりっとくる」

 

 糺が声を漏らしてしまってからハッと口元を抑えるのを見て、つい笑ってしまいそうになった真人も、袖で口を覆った。

 一連の演武が終わり、判定で勝敗が告げられる。試合が終わると、まるで結界が解かれたかのように音が戻ってきた。

 

 前のめりだった糺が、ふうと息を吐いて観覧席に腰を落とす。

 

「大丈夫か?」

「ええ、気にしないで。ほんのちょっとの物音さえ邪魔(ノイズ)になってしまいそうで、ちょっと予想以上に緊張していただけだから」

「俺も最初来たときは驚いたよ。大会なんて、うるさく応援してナンボだと思ってたからな」

 

 真人も倣って伸びをすると、ぽきぽきと背骨が鳴った。

 自分は経験者だった手前、もう少し耐えられるかとも思ったが、どうやらそうもいかなかったらしい。

 そんなこちらの伸びに、糺は「変なカッコ」と笑ってから、飲み水に口を付ける。

 

「喋っちゃダメなのは知らなかったけれど、嫌な空気じゃないわね。神聖というか……」

「ご明察。見取る側も武の姿勢――礼を重んじているからこそなんですよ」

 

 かけられた声に、糺が居住まいを正す。

 やってきたのは、居合着姿の少年だった。さらっさらに整えられた髪と、色の白い肌に浮かぶ柔和な笑顔はどこか儚げで、

 

「綺麗な人……」

 

 糺がそう漏らすのも頷けた。

 一方の真人は、気心の知れた相手の登場に、手を挙げて挨拶する。

 

「よう、雪弥(ゆきや)。順調に勝ち進んでるみたいだな」

「ええ。真人先輩の前です。無様は見せられません」

 

 そう言って、少年はくすくすと目を細くした。

 

「紹介するぜ、糺。こいつが雪弥。今日呼んでくれた後輩だ」

「えっと、ど、どうも。雛市糺です」

「澄んだ瞳をした方ですね。初めまして、楯岡(たておか)雪弥(ゆきや)です。失礼でなければ、糺さんとお呼びしても?」

 

 そう言って少年――雪弥は、挙動不審な手を両手で握り返す。そっと触れるくらいの力加減に包まれた糺は「そんなっ、滅相もない!」と目を白黒させていた。

 

 舞鶴山にてモテ王子・創を一蹴した糺でさえたじろぐ気品。それが雪弥からは醸し出されている。創が異性と接する中で培った『努力して作り出すナチュラル』ならば、こちらは『天然モノの不自然』。

 まるで俳優や歌劇団の男役を見ているかのような雰囲気には、コアな女子人気があるのだという。一部では、剣術の腕に秀でていることから『現代の沖田総司』だとか、男性でさえ息を忘れるほどの美少年っぷりから『森蘭丸の生まれ変わり』などと呼ばれているとかいないとか。

 

「しかし先輩。彼女さんを誘っても大丈夫なのですか?」

「いや彼女じゃねえし。それに、別に女人禁制ってわけでもないだろう?」

 

 真人はアリーナにいる選手たちを指さす。少ない人数とはいえ、そこには女性剣士の姿もあった。

 

「会話に花を咲かせることもままならず、まして傍目には勝敗の基準も判りづらいものを見せても、面白くないかと……」

「構わないわよ。私、居合――というか、武術全般が好きだから」

「貴女がそう言うのならば。すみません、出過ぎた口でした」

 

 はにかみ、頭を下げた雪弥に、糺があっと声を上げる。

 

「こういうとき、ちゃんと刀の(つか)を抑えるのね」

「ええ。普通にしていれば落ちることもありませんけれど」

「とても丁寧に扱ってるわよね。刀を納めるときも、映画や時代劇みたいにチャッキンチャッキンさせないし」

 

 身振りまで加えた彼女に、真人と雪弥は思わず噴き出した。

 

「そうですね。あちらは演出ですから」

「んだな。実際にンなことやったら、ガタガタになってすっぽ抜けちまう」

 

 そう言って、雪弥は鯉口を切り、少しだけ見せた刀身の鍔元部分を指で軽く揺らしてみせる。

 最強の近接武器と言われる日本刀が、どういう仕組みでできているのか興味津々な糺が覗きこんでいると、静粛な会場に似つかわしくない怒号が飛んできた。

 

「おいコラァ! テメェ、何くっちゃべってんだ!」

 

 階下からのそれに、雪弥の肩が跳ねる。ただならぬ空気に、糺も体を起こした。

 

「……申し訳、ございません」

 

 声を荒らげた男性に、雪弥の優しい笑顔は鳴りを潜めてしまっていた。口にしたような謝罪の色ではない。むしろ一切の表情を殺したかのような様子だ。

 

「……引き留めて悪かったな」

「いえ、先輩はお気になさらず。それではまた、後ほど」

 

 小さな目礼を残して去っていく背中を、真人は苦い顔で見送った。

 

「今の、先生かしら。雪弥くんには悪いことしちゃったわね」

「いいや、オヤジさんだ。ちょっと難しい人でな。忘れてたぜ」

「そう……」

 

 詳しくは言わないまでも、察してくれたらしい糺は目を伏せる。

 睫毛越しに雪弥の父をしばらく眺め、次に顔を上げた時には、彼女のポーカーフェイスが戻ってきていた。

 

「そういえば、雪弥くんは後輩なのよね。あんたも居合できんの?」

「少しだけな。うちの剣道部の顧問が居合の先生と仲良くてさ、朝稽古の一環として週に何度か。ただ、制定居合っつー共通の技しかやってねえから、俺は大したことねえよ」

「なあに、謙遜しちゃって。フランメイルの剣捌き、カッコ良かったじゃない」

 

 悪戯っ子のように肘で突っつかれ、真人は身を捩った。どうせ茶化しとお世辞の言葉だろうが、褒められたこともむず痒い。

 真人はそっぽを向いたまま、言った。

 

「お前こそ、武術が好きってのは……戦うためか」

「好きなのは元から。まあ、本腰入れたのは最近だし、我流なんだけどね」

 

 遠い目をした糺に、軽い気持ちで訊ねた口が開かなくなる。

 女性は武術をするなと言うつもりは毛頭ないが、それでも。近年の『スポーツ武道』と揶揄されるような世界ならばともかく、生死をかけた戦いに身を投じる覚悟を決めるためには、一体どれほどの苦悩があっただろう。

 

「そっか」

 

 真人はそれ以上訊かず、頬杖をついた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 体育館の廊下を、憮然とした表情で練り歩く男がいた。

 目がチカチカするような蛍光色の柄シャツで風を切りながら、周囲の剣士たちに睨みをきかせては、目を逸らされたことにふてぶてしく鼻を鳴らす。

 

 男の名はツノカワ。無法な戦い方で業界を追放されたボクサーの体を依代に現界した、ムドサゲの一人である。

 

「ふん、腰に()()()もぶら下げといて、どっちも飾りかよ」

 

 ツノカワは不満だった。

 男に『強さ』を求めなくなったのは時代の変化とやらのせいらしいが、それにしても、どいつもこいつも弱すぎる。

 

 刀は勿論、銃とて然り。武器とはあくまで個々の性能を補うための代物であり、熟練度が伴わなければ意味がない。尤も目前の剣士たちが、武器を持っただけで粋がる場末の破落戸(ごろつき)風情ではないことだけは救いか。そうなれば仕舞いである。

 

 刃物を持った大人より、銃を持った子供の方が強いという。片腹痛い話だ。

 大人に対銃戦の心得があるか否か、子供は銃を構えて狙い通り発砲する技術があるか否か、そういった単純な要素さえ、まるで考慮されていない。時と場合と熟練(ヒト)に依る。それが正解だ。

 

 舌打ちをしたツノカワは、視界の端に一人の剣士を捉えた。

 

「(おいおい、何だよこいつぁ……女みてえじゃねえか)」

 

 胸元の名札に『楯岡』と書いた少年剣士は、吹けば飛びそうなくらいに細い。戦国の世の手弱女でさえ、彼の前では女丈夫と呼ばれるだろう。

 そんな姫若子に文句を吐きつけている、父親らしき中年の男も見るに堪えなかった。筋肉はそこそこあるようだが、体幹がてんでなっていない。手弱女以下の姫若子にも劣る父親とは、なんとも不甲斐ない。

 

「……ったく、ニンゲンは強さというものを理解しちゃいねえ」

 

 原因は女の質の低下にあると、ツノカワは考えていた。かつては『善き男は、善き女が育てる』とまで云われたが……これも時代の変化とやらの膿みで腐ってしまった。

 戦う術を野蛮と称して男の牙を抜き、そのくせ筋肉質がいいなどと見た目だけには拘る。果たして目前の『細マッチョ』とやらがどれほど強いだろう。そんな女の価値観に合わせ、釣るためだけに『見せ筋』なるものを追う男に、果たしてどれほどの芯があるだろう。

 

 本質をまるで見ていない。現代に武術的強さは要らないだとか、最大の護身術は逃げることだとか知った口を叩く者が増えているらしいが、正しく訓練しなければ逃げることさえ能わぬのだと理解している者はどれほどいるだろうか。

 

「武術の大会を漁れば上物が見つかるかとも思ったが、とんだ無駄足だったかねぇ?」

 

 ぼやきながら角を曲がろうとした時、ツノカワははたと足を止めた。

 

「へえ。いるじゃねえか」

 

 通路の奥で一人、刀を振っている男がいる。

 しばし目を凝らしてから、戯れに殺気を飛ばしてみると、なかなかどうして、彼はこちらに気付いて剣先を向けてきたではないか。

 

「誰だよ、あんた」

「オレはツノカ……ああ、()()()高擶(たかたま)拳志狼(けんしろう)っつったか。まあいいや、名前なんざどうだっていい。それよりお前、いい剣を使うな。優勝候補かい?」

「嫌味か? ついさっき、楯岡ってお坊ちゃんに敗けたところですよええどうも」

 

 吐き捨てられた名前に、ツノカワは記憶を掘り返す。楯岡という名前と、先の女っぽい剣士が一致し、呆れて目を覆った。

 

「敗けた? ハッ、お前ほどの奴が敗けた? 見たところ、初発刀(しょはつとう)は脳漿を散らし、袈裟切りは臓物を抉り、撃突の一刀は正鵠を射るが如しだ。オレの殺気にも気付いた。そんなお前が?」

「……俺の技は汚いんだとよ。変な話だよな、こいつは人を殺す術だってのに」

「ああ、全くだ。武『芸』などと言った輩のせいで、全て虚飾に塗れちまった。截拳道(ジークンドー)なんかが最たる犠牲者だろうよ。李小龍(ブルース・リー)を師父と崇めながら、奴らにとっちゃ思想は二の次、截拳道という流派(かたがき)が欲しいだけなのさ」

 

 そんな『枠』でしか見ていないために、巷では『どの格闘技が最強か』などという滑稽極まりない議論が成されているのだ。そんなもの、酒宴の余興でやればいい。

 馬鹿馬鹿しい。饐えた酒に腐した肴、退屈凌ぎにもならぬ余興など。

 

「だから屠ろう。お前にその力をくれてやる」

 

 そう言ってツノカワは、男の返事も待たずに、緋色の瘴気を纏った拳で殴りかかった。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 真人たちは、決勝戦を前に背筋をしゃんとしていた。

 

 居合にも、形意拳やムエタイをはじめとする他武術のように、自然や動物の流れを取り入れた技があるのだと、雪弥から聞いていた。

 ある時は横に走る雲が如く、ある時は一足を閃く虎が如く。攻めれば稲妻を迸らせ、躱す体捌きは浮雲のように敵を翻弄し、山颪となって素早く(すき)を薙ぎ払う。

 何故その技をそう擬えたのか、何故その技が生まれたのか、それを理解しなければ成せぬという妙技の数々は、正に、命を奪う闇と、生へ向かう光が混ざり合った芸術だった。

 

 雪弥が抜き打つ刀に、糺がはっと息を呑む。

 雨のような銀の斬線が描かれる度、それは光を反射して虹となる。最早、綺麗などという言葉さえ烏滸がましく思えるほどの美しさだ。

 真人も、彼の使う技の名前は知らない。この大会では制定居合一本に古流四本の演武をする形式となっているようで、見知っているのはせいぜい一本だけ。その点は素人の糺と同じレベルだろう。

 

 しかし、それで十分だった。

 彼らが間違いなく仮想敵と対峙していて、それに斬り勝っていることが視えるのだから。

 ()()()()()()()()()()()()()雪弥が納刀をしたとき、ようやく真人と糺は、呼吸をすることを許された。

 

 三人の剣士たちが演武を終え、いざ判定が告げられようとした、その時だった。

 試合をしている聖域に侵入する者が現れたのである。

 

「おい、葉山! 何やってんだ!」

「下がれ、下がれ!」

 

 頬に痣を作り、荒い息をする男を、周囲にいた剣士たちが抑え込もうと集まる。

 しかし、男は意に介さず。剣士たちを引き摺るように審判席に座している大先生方の前まで辿り着くと、

 

「死に去らせ、耄碌凡夫どもぉぉぉぉぉぉッッッ!」

 

 雄叫びを上げ、異形へと変貌した。

 

「なっ、闇邪鎧!?」

「ちょっと何アレ、サムライ!?」

 

 降臨した闇邪鎧は、腰に刀を提げていた。柄が通常のそれより長く、刀身も一メートルをゆうに超える。大太刀と言っても遜色ない業物である。

 羽織袴といった出で立ちの侍風闇邪鎧は、静かに鯉口を切った。

 

 それを合図にしたかのように、周囲の剣士たちが一斉に刀を構えた。防衛本能か、はたまた盛んな血気がそうさせたのかは解らない。

 それでも現代の侍たちは、異形に立ち向かうべく身を奮わせたのだ。

 しかし、

 

『……抜いたな?』

 

 闇邪鎧は不服そうに唸る。

 

(なれ)らは、何のために居合を修めていたのか!』

 

 一喝の覇気だけで剣士たちを吹き飛ばし、再び大先生らの下へ歩もうと――したところで、ふと、足を止める。

 そこには唯一、納刀状態で隙を窺っていた雪弥がいた。

 

『ふむ。汝には良い剣氣が宿っておる』

「雪弥、逃げろ! オラ・オガレ!」

 

《ラ・フランス! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、掲げる(つるぎ)!!》

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

 

 レイが一足先に、雪弥の前へと滑り込んだ。

 それに闇邪鎧が気を取られた隙に、フランメイルを纏ったニシキが飛びかかる。

 

「来い、『ラフランスライサー』!」

 

 ベルトのスイッチを叩き、現れた洋梨バックラーから剣を引き抜き、上段から振り下ろす。

 しかし、体重と落下速を乗せた一撃は、刀で防がれてしまった。

 

『八幡太郎が下賜されたという神器か……然れど、いかな者とて邪魔立ては赦さぬ!』

 

 闇邪鎧は虚を突かれてなどいなかった。ほんのわずかな動作でこちらの剣は受け流され、未だ宙に浮いたままの体を、後方に振り被った刀で切り伏せられる。

 

「が……はっ……」

 

 胴を真っ二つに刈られるような一太刀に、ニシキは息が詰まった。

 入れ替わりに踊りかかったレイにも、闇邪鎧が怯むことはない。達人の居合は、抜刀と同じように納刀も速いのだ。レイがニシキを飛び越えて距離を詰める頃には残心――次の攻撃の準備が完全に整っている。

 そうなってしまえば最早拳技に勝機はない。レイは柄当てからの抜刀によって後退を余儀なくされた。

 

 だが、意味が無かったという訳でもない。

 

《ラ・フランス! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

「行くぜ…………『ラフランスプラッシュ』」

 

 辛うじて立ち上がり、剣をバックラーに戻したニシキに、闇邪鎧も重心を落とした。

 

『奥義にて活を見出すか。良かろう、(せつ)も神威を以て応えよう――神伝「電瞬卍抜(でんしゅん・まんじぬき)」』

「うおおおおおお――――っ!」

 

 ニシキが剣を抜こうとした刹那、闇邪鎧の姿が視界から消えた。

 後方に気配を感じて振り返る。そこには、刀が鞘に納めたままのサムライがいた。

 いや、否。

 

「がっ……あ……っはっ……ぐあああっ!?」

 

 既に抜刀を済ませ、刀に納めた後だったのだと理解した時には、ニシキの鎧が爆ぜ、変身解除によってその身が無残に放られてしまう。

 

「嘘、見えなかっ……きゃあああっ!?」

 

 電光石火の斬撃が撫でたのは、一人だけではなかった。凄まじい神業である。

 真人と糺が床にもんどり打つのを一瞥して、闇邪鎧は雪弥に向き直る。

 

『汝は、何故(なにゆえ)武の道を往く?』

「僕が……武の道を往く理由……?」

『解らぬか、ならば熟考せよ。この場は玉石たる汝に免じて収める。再び相見えようぞ』

 

 そう言って、闇邪鎧は姿を消した。

 

 





どーもっし! 柊一二三です。

山形ではとうとう積もるレベルの雪が降ってまいりました。
一概に雪が降ったと申しましても、山形ではこういうとき、県内のどこにいるかによって積雪量の観測値が大きく異なります。
今回の天気予報によれば、出羽三山を挟んだ東西で、随分と開いているようですね。

皆さまがお住まいの地域は大丈夫ですか?
風邪や事故等、十分にお気をつけください。


さて、今年を締めくくることとなるニシキの4話。
今回の舞台は村山市です!
前回の河北町でも触れましたが、河北のお隣に位置する市でございます。

先ほど、県内の場所と積雪量の話をしましたが、村山市も重要な分岐点になっておりまして。
村山市をさらに北上すると大石田町や尾花沢市に向かうのですが、ちょうどその道中を境に積雪量がぐっと増えます。ここから南、上山市と南陽市の境あたりで、また天気が変わります。
この村山~上山あたりまでの一帯を、天気予報などでは「村山地方」などと呼びます。

おお、県庁所在地である山形市を差し置いて地方の名称になるほどの市なのか!とお思いになるかもしれませんが……実はこれ、またちょっと厄介な区分になっています(笑)
例えば部活道の大会などですと、「地区(ブロック)」という区分が用いられますね。「東北地区」だとか「関東地区」だとか。
そういう枠組みで見ると村山市は「最北地区」に分類されるのですが、なんと「村山地区」も存在するのですよ。
村山地区はお隣の東根市から山形市あたりまででしょうか。どうせなら村山市も入れてあげてー!と、学生時代には不思議に思ったものです。


また、不思議といえば……
近隣の東根市・河北町などと比較した場合、おそらくその土地に住まう方は口を揃えて「村山市の方が大きい」という認識は持っていると思うのです。
しかし、特段発展しているというわけでもないのですよね(失礼)

例えば東根ならさくらんぼ、河北は紅花、……といった風に、看板があったりするでしょう。大きな国道を走っていると路肩に建ってるモニュメント的なアレです。
そして村山市。ここの看板は『東沢バラ公園』と『徳内まつり』、そして『居合道』です!

……はい、分かってます。分かってますとも。
地元の方ならいざしらず、県外の方からすれば「バラ公園……?」「おい、徳内っちゃなんぞ」「居合ぃ……?」という状態でしょう。

ご安心ください。ちゃんとご紹介させていただきますとも。次週以降に!(白目)

ニシキ第4話では「居合道」と「バラ公園」の要素が絡みますので、まずはそちらを。
「徳内まつり」の由来たる最上徳内氏は人物ですので……あとは解るな?
ええと、徳内氏は何話で出す予定だったかな。ま、まあ、気長にお待ちください。
とはいえ、日本史的にはとんでもない人だったりするので、功績をご存知の方はけっこういそうですね。


そんな、県内ではメジャーなのに県外からはドマイナーという立ち位置の村山市ですが、第4話の分だけでは説明しきれないほどの魅力があります!
少しずつ切り崩していきますので、お楽しみに!

ではではーノシ



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中編/武の道

――山形県村山市・クアハウス碁点・屋外

 

 真人は夜月の映る最上川を眺めながら、スマートホンを耳に当てていた。

 

『おそらく、闇邪鎧の元となった人物は「林崎(はやしざき)甚助(じんすけ)」氏でしょう』

「林崎……もしかして、国道13号(バイパス)から見える林崎神社の?」

『ええ、居合の祖です。かの塚原卜伝に認められ、鬼一法眼をルーツとする鞍馬流の二代目となるなど、剣術全般に才覚を現している。剣聖、と呼んでも差し支えない方です」

「……身を以て痛感したぜ」

 

 そう言って、真人は未だ感覚の戻りきらない腹部を撫でた。

 ジンスケ闇邪鎧の繰り出す稲妻のような抜刀には、確かに真っ二つにされたようだった。

 果樹八領の鎧を以てしても防ぎきれない熾烈な一撃を食らった内臓は、夕飯はおろか、水分補給すらなかなか受け付けてくれない。

 おかげで、まともに飲めるようになるまで三回は吐き戻した。

 

『私も明朝、そちらに向かいます。ご無事で』

「ああ。頼りにしてるぜ、センセ」

 

 電話を切り、振り仰ぐ。

 碁点温泉という名で知られる施設『クアハウス碁点』は、灯りこそ点いてはいれど、どことなく沈痛な雰囲気が漂っていた。

 

 真人たちも当初は日帰りの予定だったが、居合の大会関係者たちがこの施設に宿泊することを聞き、急遽宿泊を決めた。

 引き攣ったような感覚しかないはずの胸が、ちりちり痛む。体は麻痺していても、心はなんとか機能しているらしい。

 そしてそれは、ここに宿泊している彼らも同じだろう。

 全国初と言われるクアハウス。ドイツ語由来であるその名の通り『保養(クア)の館』によって、負の気持ちが少しでも和らぐことを願ってやまない。

 

「ここにいたんだ」

 

 声に視線を下ろすと、浴衣に着替えた糺がいた。

 

「風呂は済んだみたいだな」

「何かその言い方、やーらしー」

「……はあ?」

 

 怪訝な顔の真人に向けて、彼女は何かを放り投げてくる。

 ペットボトルのお茶だった。

 

「コーヒーの方が良かった? それなら、私のと取り換えよっか?」

「いや、お茶で構わねえ。サンキュな」

 

 キャップを捻り、中身をおっかなびっくり口に含む。大丈夫、飲める。

 そんなこちらの様子を確認してから微笑んだ糺は、風に遊ぶ艶髪を指で抑えながら、隣に歩み寄ってきた。

 

「風、気持ちいいわね」

「そうか? 俺には生温いような――」

 

 言ってから、真人は糺の髪から覗くうなじに目を留めた。

 前置きしておくが、決して下心ではない。玉のような汗に驚いたのだ。それはとても、湯上りだからというだけではないような量である。

 

「どうした。汗だくだぞ」

「ちょっと、スポーツ吹矢をね」

「スポーツ吹矢ぁ?」

 

 肩の力がどっと抜ける。

 闇邪鎧との戦いで、何か入院必至なダメージでも残っているのかと心配したが、予想だにしない回答だった。

 

「ええ、健康推進のために設けられたんですって。ここが第一号。凄いわよね、今まで知らなかったけれど、山形が日本初になっているものって存外多いんだもの」

「確かに、聞いた事もなかったな……」

 

 館内を巡ったときにトレーニングルームは見かけたが、まさかそんな催しをしているとは知らなかった。

 

「って、そうじゃねくてよ。お前も飯が喉通らねえくらいじゃなかったのか?」

「だから、よ」

「…………?」

 

 真人が言葉を飲みこめずにいると、糺はくす、と柔らかく笑った。

 しかしその瞳は燃えている。怒っている人を指して『目は笑ってない』などと表現することがあるが、それとはまた様子が違う。

 この目は知っている。ヒロシゲ闇邪鎧と戦う俊丸が見せた、闘志だ。

 

「まだ変な感じだけど、それでも吹き矢を飛ばせるくらいに息は吐ける。まだ体は動いてくれる。そういう風に不安要素を消しておかないと、躊躇いが出るもの」

「お前……そんなこと考えていたのか」

 

 完全に一本を取られた気分だった。もちろん、俊丸に電話をして相談をしたことが悪かったとは言わない。けれど糺は、さらに一歩先、今にも再び闇邪鎧が現れる想定を常に頭に入れ、爪を研いでいたのだ。

 自ら動かねば勝ち抜けないアイドルの世界を走ってきた、彼女なりの発想なのだろう。

 生き様だけがもたらす強さだ。

 

「そんな御大層なもんでもないわよ。あなただってそうでしょう。『稽古は試合のように、試合は稽古のように』……違う?」

「ああ、まあ」

「何よ、はっきりしないわね」

 

 からかうように歯を見せてから、糺はペットボトルのコーヒー飲料を飲み干す。

 

「湯冷めする前に、戻ろっか」

 

 そう言ってふわりと髪をそよがせた彼女から、真人は目を放せずにいた。

 

 

 

 

 

 館内へ戻ると、思いつめた顔で歩く雪弥に会った。

 

「真人先輩……? ああ、急遽カップルで宿泊される一般客がいると伺っていましたが、先輩たちだったのですね」

「別に彼女じゃねえからな」

「ふふっ、そういう時は、嘘でも『彼女になる予定の人』と言って紹介した方が良いのでは?」

「あのなあ……」

 

 拳を作って見せてから、真人はそこでやめた。

 雪弥の渇いた笑みが、その心中をまざまざと表していたからだ。

 

 今回の大会は、雪弥の通う道場が主催するものである。彼自身の家は近いが、少し遠いところから通う門下生や、他の道場の方々をおもてなしするため、こうしてクアハウス碁点を手配しているのだという。

 そんな中で起きた闇邪鎧事件。関係者の様子がどのようなものかは想像に難くない。

 

「……無理、するなよ?」

「僕は大丈夫です。むしろ、宴会の接待をする手間が省けて気が楽ですよ」

「雪弥……」

 

 嘘であることは明らかだった。

 

「くどいかもしれないけれど、私からも言うわ。今晩は、眠れなくても、ちゃんと横になりなさい。今のあなた、酷い顔してるわよ?」

「お気遣い、痛み入ります」

 

 会釈を残して、雪弥が立ち去る。

 その背中を見守っていると、通路の向こうから千鳥足の男――雪弥の父が現れた。

 彼は雪弥の顔を見るなり、赤ら顔を鬼のように歪めて怒鳴る。

 

「何ほっつきあるいてんだ、やじゃがねぇ奴だな! 大変な目にあった皆さんを御慰めしねえといけねえんだ。とっとと酒持ってこい、クソガキが!」

「……申し訳ありません」

 

 頭を下げた雪弥の頭を掴み、雪弥の父は顔を近づける。まるでチンピラのメンチ切りだ。

 

「……あのクソオヤジっ!」

「行くな、糺」

「解ってるわよ、解ってる……」

 

 悔しそうに歯噛みをする糺を宥めながら、真人は様子を窺っていた。

 雪弥の父の素行については、この近辺で武道を嗜んでいれば嫌でも耳にするほどである。特に今は酒の入っている状況だ。

 家族間の問題に手を出すことはできないが、一線を超えさせるわけにはいかない。

 

「いいか、バケモノの()()()()有耶無耶になっちゃいるが、最後の判定が決まっていたら、テメェは負けてんだ!! あがすけつかしてんじゃねえぞ!?」

「申し訳ありません、すぐに戻ります」

 

 そそくさと立ち去ろうとする雪弥の背中に唾を吐きかけ、酔っぱらいはこちらに向かって歩を進めてくる。

 奴はこちらに気付くと相好を崩し、揉み手に猫なで声で擦り寄ってきた。

 

「これはこれは、白水さんのお坊ちゃん。いつも愚息がお世話になってまして」

「……こちらこそ」

「こちらは彼女さんですか! いやあベッピンさんで! どうですか、あちらでもてなしの準備ができているのですが、ぜひ――」

クソ野郎(ブルシット)

「――へっ?」

 

 糺から発せられた冷たい声に、酔っぱらいの赤ら顔が青に染まる。

 

「ふざけろよ? 真人(こいつ)の友人の父親だからって大人しくしていれば、胸なり股なりなりちらちら見くさって。私を肴にすんのは一億年早いわ。アンダースタン?」

 

 彼女の睨みに、これ以上の押しは無駄と悟ったらしい雪弥の父は、顔を背け、小さな舌打ちをして踵を返した。

 そそくさと去っていくかと思えば、早速、部屋から出てきた女性に「今日は大変だったなっす。怖がったべ、ごめんなあ」などと言い寄っている。

 

「誇りってもんがないのかしら。いっそキ〇タマ蹴ってやれば良かったわ」

「……女の子がキン○マとか言うんじゃありません」

 

 酔いに任せて殴られるかもしれなかった危険を咎める気にもなれず、真人はがっくりと肩を落とした。

 

 

 

 

 

――山形県村山市・林崎居合神社

 

 翌朝、真人たちは国道から細い道に入り、その先に鳥居を構える神社へと車を停めた。神社の隣には木造の建物が面している。ここは居合の武道場になっているらしい。

 既に俊丸は到着しており、境内入口にある碑文を眺めていた。

 

 昨夜はなかなか寝付けなかったせいもあって、瞼が重い。寝ぼけ眼を擦りながら車を降りた真人たちに気付き、俊丸が顔を上げる。

 

「すみません、碁点温泉からでは、距離があったでしょう」

「いえ。せっかく『本人』の神社があるなら、挨拶しておきたかったですし」

 

 神社を待ち合わせ場所にしたのは、糺の提案でもあった。()()の御霊に参拝するのは、彼女が舞鶴山でも採っていた願掛けである。

 昨夜「参拝したからどうにかなるというわけでもないのだけれど」とはにかんだ彼女に、真人は黙って首を振った。

 

 山形の地を創り上げた偉人たちに敬意を払えずして、どうして山形を守る戦士を名乗れるだろう。故郷の歴史を愛せずに、どうして今を愛することができるだろう。

 心がけとして、忘れるわけにはいかない大切なものを教えられた気がした。

 

「朝の神社は静かですねー。神聖というか、荘厳というか」

「糺、無理して解ったフリしなくていいんだぞ」

「るっさいわねー、いけない? こういうのは雰囲気を味わうのが大事なのよ」

「本当かよ……」

 

 境内を進みながらきゃいきゃいとはしゃぐ二人に、俊丸は呆れたように笑っている。

 そんな真人たちに、ふと声がかけられた。

 

「真人先輩……?」

 

 振り返れば、そこには居合着姿の雪弥が立ち尽くしていた。

 

「おお、雪弥。どうしてここに。あっちにいなくていいのか?」

 

 訊ねると、彼は一瞬目を逸らしてから、

 

「家に忘れ物を取りに行ったついでに、ちょっと」

 

 そう言って、細長い黒の皮袋をを掲げて見せる。

 袋の中身は刀だろう。しかし、彼の居合刀は大会出場時に持っていっているはずである。

 

「ふうん、そっか」

 

 真人は悪い予感を作り笑いで誤魔化し、雪弥とともに参拝を行った。

 

「先輩がたは、この神社の成り立ち――林崎先生が居合の祖となった経緯をご存知ですか?」

「えっと……ごめんセンセ、任せた」

 

 あっさりと白旗を挙げられ、俊丸が困ったように笑う。

 

「任せられました。山形の内陸部一帯は、蔵王信仰ではなく熊野信仰がありまして、ここも元々は熊野権現を祀っていました。その熊野明神から『神妙秘術の抜刀』を神授された林崎甚助氏を神格化し、ここに合祀されたようですね」

「よくご存知で。流石のご見識、畏れ入ります」

「とんでもない。そこの案内板を読んだだけの、にわか知識ですよ」

 

 そう言って、俊丸は本殿に向かって右手側の看板を指さす。

 

「それでは、林崎先生こと『民治丸(たみじまる)』少年が、剣の腕を磨くきっかけとなった理由についてもご存知ですね」

 

 雪弥の言葉に、俊丸がハッとする。

 

「父の仇を討つため……ですね」

 

 朝の静けさが、ぴんと張りつめたものになった。

 真人も、その言葉が意味するものを理解し、息を呑む。

 

「雪弥、まさかお前。その忘れ物って、まさか」

「ええ。これは楯岡家に代々伝わる太刀『碁点丸(ごてんまる)』です。僕の場合、父などのではなく、大会を潰されたことに対してですが……『仇を討つ』という負の理由でも好しとされるのであれば、僕も剣をとりましょう」

 

 袋の中にどんな業物が入っているかは知らない。しかし、どんな名刀・宝刀を持ち出しこそすれ、異形への勝算などたかが知れていることだけははっきりしていた。

 

「なあ、糺からも何か言ってくれよ。ほら、『生身の人間が勝てると思ってるの?』ってやつ」

「無茶言わないで。雪弥くんの目を見れば、言うだけ無駄だってことくらい判るわよ」

 

 彼女の言葉に、真人は改めて雪弥の瞳を見た。

 昨夜のような黒く淀んだものではない。覚悟を決めた、据わった眼である。

 これから臨むであろう死闘に、手と膝を震わせながら、彼はじっと地にふんばっていた。

 

――汝は、何故武の道を往く?

 

 ジンスケ闇邪鎧の問いに、雪弥は応えようとしているのだ。

 真人はああ、と空を仰ぐ。彼の据わった眼と、震える手足が、彼の父親のように酒に酔ったものであってくれたならと、恨みたくもなる。

 

「(俺が、闇邪鎧を仕留めきれなかったばかりに……)」

 

 大切な後輩にまで、そんな覚悟を抱かせてしまった。

 

「なあ。時間……あるか?」

 

 声を絞り出すと、なんとか歯車が動き出してくれる。

 

「はい、今日の部は中止になりましたし、昨夜の先生方の会議もまとまっていないようですから。昼までは自由行動かと」

「よし、じゃあソフトクリームでも食いにいくか!」

 

「「「……はい?」」」

 

 この状況で放った言葉がそれかと、糺や俊丸までもが唖然としている。

 そんな目で見ないで欲しいと頬を引きつらせながら、真人はぐっと親指を立てて、空元気を総動員させた。

 

「腹が減っては戦は出来ぬ。だろ?」

 

 

 

 

 

――山形県村山市・道の駅むらやま

 

 林崎神社から碁点温泉まで国道を上っていく途中に、道の駅むらやまがある。

 真人はそこに車を停め、開店したばかりのイートインコーナーに入った。そば粉で作ったすいとんのような名物『かいもち』をスティック状にして揚げたものと、そばのジェラートを注文する。黒蜜の香りと甘さが良くマッチする絶品B級グルメだ。

 

「へえ、ローズヒップソフトなんてものもあるのね」

 

 目を爛々とさせてテーブルに戻ってきた糺は、薄い桃色のソフトクリームを持っていた。

 

「村山市には、東沢薔薇公園があるからでしょう」

「ああ、そういえばそうね。私たちもライブで来たことあったわ。……でも、薔薇とローズヒップは違うんじゃ?」

「ローズヒップは、薔薇の果実のことなんですよ。ビタミンとミネラルが豊富で、美肌にいいとされているんです。カルシウムも――」

「まじっ!?」

 

 美肌と聞くや否やソフトクリームにかぶりついた糺に、俊丸は苦笑いをした。女子の美への渇望は凄まじいものだ。

 困ったものですね、という視線に、雪弥も控えめに笑う。

 

「薔薇公園では、バラ自体のソフトクリームも売っているんですよ。開花シーズンはもう少し先ですが、是非食べ比べをしてみてくださいね」

「ぜひぜひ。その時は、雪弥くんも()()()一緒に。ね?」

「えっ……?」

 

 ぐっと立てられた親指に、雪弥は目を瞬かせる。

 糺は指で唇のソフトクリームを掬い、用意していたティッシュで拭うと、姿勢を正した。

 

「あなた、死ぬ気だったんでしょう?」

「それは……ですが、先ほどは『言うだけ無駄』と仰っていたはずでは」

「私たちがどう止めようと、あなたは飛び出していって戦うだろうという意味よ。それと、私たちがあなたの戦いを望まないのは別の話なの。オーケー?」

 

 雪弥の瞳が揺れた。それもそのはずである。戦いを容認したかと思えば、今度は戦うなと言われたのだ。

 まるで、酒の席で酔っぱらいが発した言葉が、翌朝には別のものに変わっているようで。それが十数分の間に起こったともなれば、理不尽にも程がある。

 

 いくばくかの怒気を孕んだ眼が、真人に向けられた。貴方はこのような話をするために、ここへ連れて来たのかと。

 それに、真人は頷いて返す。

 

「俺からも訊かせてくれ。何がお前を駆り立てるんだ?」

「…………っ」

 

 雪弥が目を伏せる。溶けたソフトクリームがコーンを伝い、彼の指に触れた。

 

「…………武の道って、なんなのでしょうか」

「武の道?」

「はい。父は昔から、何かにつけて僕に腕相撲を持ちかけてきました。小学生と、武術を修めている大人ならば、当然大人が勝ちます。そして言うんです。『その程度の力しかないんだから、図に乗るんじゃねえ』と。僕は一体、どの声明(しょうみょう)の図に乗ったのでしょうね」

 

 握られたコーンが、わずかに軋む。

 

「あんなものは道じゃない。武ですらない。単なる暴力です。あの怪物から武の道を往く理由を問われ、僕は答えられなかった。僕が剣道や居合を始めたのは、大部分が父の言うままで。高校だって、剣道推薦を理由に、父が決めたも同然でした」

 

 指に力が込められ、コーンが弾けた。中から漏れた薄闇(そば)色のクリームは、彼の彷徨う感情のように、その手を汚していく。

 

「僕はそれに抗えなかった! 自分の意志を貫けなかった! 武道で礼儀作法を知ったのだから良かったのだと、高校で真人先輩に出会えたから良かったのだと、逃げ道を探しては幸せを言い聞かせて生きてきた! 武の道とは、そんな生き方を()()()ものではないでしょう!!」

 

 雪弥は肩を震わせ、声もなく嗚咽した。

 その穢れを払うように、糺がポーチから取り出したハンカチで、彼の手をさすっていく。しかし、血を拭っても再び溢れてくるように。雪弥の呪詛は止まらない。

 

「父と同じ血が通っているかと思うと、僕は――」

「ねえ、雪弥くん。居合は好き? 剣道は?」

「えっ……?」

「真人と出会ったことは、本当に逃げだったかしら?」

「……いいえ。居合も剣道も、大切な糧です。先輩とのことだって――」

「そう。なら大丈夫、もっと自分を信じてあげさいな」

 

 糺は、綺麗になった雪弥の手を、そっと両手で握った。

 

「真人。私たちは、私たちにできることをしましょう。アレが居合の創始者だか剣聖だか知らないけれど、闇邪鎧が偉人の魂を歪めてしまったものなら、今のアレが振るっているのも武じゃなくて、暴力よ」

「ああ、だな!」

 

 真人は手元に残っていたコーンの一欠けらを口に放り込み、立ち上がった。

 

 




どーもっし! ミートテック着てるから平気だぜーと調子ぶっこいてたら馬鹿の癖に風邪引いた阿呆、柊一二三です。


先日、山形ローカル局のニュース番組を見ていたところ、先月に「YTSアイドルコンテスト」なるものがあったことを知りました。
YTSこと山形テレビ様主催で行われた、PR大使を決めるコンテストだったそうです。

今では検索しても『終了しました』という旨のページが表示されるだけですが、
関連に浮上してきたツイッターなどを見るに、県外からも多数の参加があったようですね。
参加条件はおそらく「メンバーに山形県出身が所属しているアイドル」なのでしょうか。

いやはや、日ごろから「県のブランド米を宣伝するためにはローカルアイドルを作るべき」とぼやき、ニシキ本編に『つや姫』と『雪若丸』の二組を登場させるまでした私が、このような一大イベントを無様にスルーしてしまうとは。
…………お恥ずかしい。

話を戻しますが、見事優勝の栄冠に輝いたのは『MPF☆B』様!
8人組のダンスユニットだそうです。とてもフレッシュで可愛らしい方々でした。
これからPR大使として、たーんと山形を盛り上げていってください。応援してます!



さて、こちらも本題に入りましょうか。
今回は中編。「闇邪鎧」としてご登場いただいた「林崎甚助」氏についてご紹介しましょう。

甚助氏は戦国末期~江戸初期を生きた剣豪で、出羽国林崎(現・山形県村山市)の生まれです。幼名・民治丸。現代においては、地元の居合道家から諱の「重信」公と呼ばれることもあるようです。
その運命は、彼の父が坂一雲斎という剣客と揉め、闇討ちされてしまったことから狂い出します。
凶刃に伏した父親の仇を討つべく、民治丸少年は楯岡城の武芸師範に師事することとなりました。

甚助氏の正確な生年は不明ですが、おおよその参考から、生年は1540~44年とされています。
そして、父親が殺されたのは1547年。民治丸が2~6歳の頃です。どう足掻いても、物心つくかつかぬかといった年端。
そんな幼い子供が、仇を討つべしと強く決意するに至ったのは、とても恐ろしいことです。
それだけ、民治丸少年にかける父の愛は大きかったのだということが推し量れます。


甚助氏は家に伝わる大刀を手に、尾花沢市の山中で修行に励まれました。
その暁に熊野明神から抜刀の秘術を授けられ、さる1561年、19歳で仇討ちを果たします。
この抜刀の秘術こそが、現代における「居合道」の源流となるのです。

その後も甚助氏は修行として諸国を渡り歩き、塚原卜伝から「鹿島新当流最高秘伝天下第一之剣」を授けられたり、義経記でお馴染みの鬼一法眼を起源とする「鞍馬流剣術」に於いても2代目としてその名を刻んでいるそうです。
まさに剣聖と呼ぶに相応しい経歴ですね。
仇討ちという、恨みと大義の混沌とした志を果たし、晴れて――と言っては語弊があるでしょうか――己が心の信じるままに剣を磨くことができたからこその結果だと、私は考えています。


時代が近しい剣豪といえば、新陰流の柳生宗矩が有名ですね。
調べたところ、宗矩氏の生年は1571年。甚助氏より30も後ですか……。
個人的には、この二人が絡む口伝など残っていればと、少し期待をしたのですが(笑)
ああいや、しかし、甚助氏は加藤清正に招かれて剣術指南をされたと伝えられていますし、徳川方の指南役である宗矩氏とは会うこともなかったのかな?


閑話休題。
現代で「剣を修める」といえば、剣道を除くと居合のイメージが強いと思いますが、その祖である人物がまさか山形出身だとは、驚きですね。

そんな甚助氏の幼少期、つまり仇討を果たすまでの物語を、「居合だましい」様のホームページで読むことができます。

規則の諸事情でURLは差し控えさせていただきますが、居合に興味がございましたら、ぜひ覗いてみてください。


来週は、先週予告したもう一つの要素「バラ公園」についても触れたいと思います!
ではではーノシ



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後編/僕が僕であるために

年末年始(12/30、1/6)は更新をお休みさせていただきます。
皆様、良いお年を!




 

――山形県村山市・クアハウス碁点

 

 真人たちが戻ると、旅館の前に人だかりができていた。

 着の身着のまま、文字通りおっとり刀で飛び出してきた剣士たちに囲まれて、ジンスケ闇邪鎧が仁王立ちをしている。

 

「さっそくお出ましね。行くわよ、真人!」

「ああ。センセ、雪弥を頼みます。こいつの気持ちは汲みたいが、そうも言ってられない相手なんで!」

「かしこまりました。背中は任せてください」

 

「「「――オラ・オガレ!」」」

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

《ショウギ! 出陣‐Go-ahead‐、ソウリュウ! Flipping-the-board!!》

 

 ミダグナスを蹴り飛ばして向かった先には、異様な光景があった。

 あれほどいた剣士たちが、みな逃げ惑っていたのだ。

 

「くそっ、遅かったか!?」

 

 ニシキは歯噛みしかけて、しかし、口が開いたままになる。

 ジンスケ闇邪鎧は刀を抜いてさえいなかった。実際、斬られている人も、その血だまりも見当たらない。彼らはただ、逃げているだけだった。

 大方、囲んだはいいものの、バケモノを前に腰が引けてしまったのだろう。

 

「悲しいな。これだけの剣士がいても、サムライは雪弥だけだったってことか」

「この時代でそれを言うのは酷よ」

「ああ……そうだな」

 

 自分たちが雪弥を止めたことを思い出す。たとえ刀を持っていようと、それを振るう技を体得していようと、彼らは一般人なのだ。

 

――武の道とは、そんな生き方をさせるものではないでしょう!!

 

 頭を過った雪弥の言葉で、我に返る。

 

「(武力を持つから前に出ろと、そう押し付けようとしてしまっていたのか……?)」

 

 首を振る。違うだろう。大切な誰かを守るため、自発的に前に出るならばともかく、

 

「(闇邪鎧と戦う力を持っているのは俺なんだ! 戦うべきは――俺だ!)」

 

「オラ・カワレ!」

《ラ・フランス! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、掲げる(つるぎ)!!》

 

「うおおおォォォ、『ラフランスプラッシャー』ァァァ―――――ッ!」

《ラ・フランス! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

 洋梨盾から引き抜いた剣を振りかざし、ジンスケ闇邪鎧に飛びかかる。

 

『来たか、神器纏いし武士(もののふ)たちよ!』

 

 振り返りざまの抜刀と、果汁飛沫の大剣が競り合う。

 その隙に、レイが間合いを詰めた。

 

《ベニバナ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

「懐がガラ空きっ! ――『紅花爛漫』!」

 

『むんっ!?』

 

 刀を振り上げたことで大きく晒すこととなった右の腹に、レイの拳が打ち込まれ――

 

『手緩いわっ!』

 

 ジンスケ闇邪鎧は、左手で鞘を突き出した。寸前でレイの手首が受け流され、明後日の方向にエネルギーが霧散してしまう。

 さらに闇邪鎧は足を捌き、飛沫剣を受け流しながらレイを切りつけ、返す刀でニシキをも切り払った。生き馬の目を抜くような妙技に、ニシキたちは膝をつく。

 

『うむ、良き連携であった。惜しむらくは、汝らの傷が癒えきっていないことか』

「くそっ……」

「わかってんなら、少しは時間空けて出てきなさいよね……」

『そうもいかぬよ、娘。口惜しいが、引導を渡そう』

 

 そう言って、闇邪鎧が再び鯉口を切り、抜刀姿勢をとった時だった。

 その背後に男の影が踊りかかったかと思うと、彼が振った刀で、闇邪鎧の背から火花が散る。

 

「まさか、雪弥くん!?」

「いや、違う!」

 

 真人は目を疑った。闇邪鎧に斬りかかったのは、雪弥の父だったのだ。

 

「へっ、へへっ。俺がバケモノを倒してやったぞ!」

『愚かな』

「へっ?」

 

 当然ながら、そこらの刀では、どんな名刀であろうとも闇邪鎧に太刀打ちできない。

 ジンスケ闇邪鎧は鞘にかけていた手で裏拳をかまし、雪弥の父を吹き飛ばした。

 

「がっ、はぁ!? 痛ぇ、痛え! あ、ははっ、悪かった! 俺が悪かったから! だから命だけは、な? なっ? たた、助けてくれ!?」

『太刀は卑怯、心は卑劣。語るに及ばぬ。刀を以て屠ることさえ躊躇うな』

 

 ジンスケが刀に手をかけ、一瞬で頭上へと振り被った。基本の技にして、技術の差が如実に現れる神速の一刀『抜き打ち』だ。

 間に合わない。ニシキは目を瞑る。

 

「(すまん、雪弥! お前の親父さんは……っ!)」

 

 

 

 不意に、剣戟が響いた。

 おそるおそる瞼を持ち上げると、そこには、ジンスケの刀を己が刀で受け止めている雪弥がいた。

 

「申し訳ありません、ミダグナスを処理している隙に……」

 

 駆けつけたソウリュウが、ニシキたちを起こしてくれる。そのまま加勢しようとした彼を、雪弥の叫びが制止した。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 雪弥は覚悟を決めた。

 

「手出しは無用です。ここは僕が!」

 

 制止の言葉と、己を奮い立たせる気勢を兼ねて叫ぶ。震えていた手足が、ようやく自分のものとなってくれた。

 

『汝か。よかろう』

 

 満足げに頷いて、ジンスケ闇邪鎧は間合いを切った。

 仕切り直しということか。

 頬に冷や汗が伝う。剣道は防具をつけて、かつ竹刀で行うもの。居合も演武が主で、巻き藁を切ることはあれど、実際の切り合いなどまずしない。

 未だ腕に残る痺れが、自分が足を踏み入れた死合(しあい)の恐ろしさを物語っていた。

 

『今一度問おう。そもさん、何故武の道を求む?』

「説破。分かりません」

『……うん?』

 

 きっぱりと()()()()()()()()に、闇邪鎧が唸る。

 雪弥は刀を鞘に納め、臆病風を悟られぬように、努めて雄々と立ってみせた。

 

「僕は最低な人間です。このまま父が殺されても構わないとさえ思ったくらいに。でも体が、心が! 動いたんです!」

 

 背後で腰を抜かしている父に目をやる。

 物心ついたときから憎んで生きてきた父。『親への恩』などというものは、養ってくれたことにしかないと思っていた。殺されても構わないと思ったのも本当だった。

 

「しかし、これだけは解ります。ここで刀を抜けないことこそ、僕の信じる武の道からは外れてしまうんだってことが!」

 

 刀に手をかけ、腰を落とす。

 嫌いだから見捨てるという理屈は間違っている。父親だから救うということもまた筋違いだろう。

 民治丸少年もおそらく、父がどうしようもない破落戸だった故に殺されたのならば、林崎甚助重信という名が現代に残っていないどころか、仇に土産を持参し酒を酌み交わしていたことだろう。

 

 ならば何故助けたのか。

 

「それが人としての矜持だから! 僕が僕であるために武を修める。それが僕の答えです!」

 

 その時、刀の感触がなくなった。

 はっと手元を見ると、碁点丸が光り輝き、その刀身を縮めていく。刀を折り畳み、鍛え、その密度を高めるように、神々しい力が凝縮されて、手のひらに収まった。

 

「これは……」

 

 片仮名の『ム』を象形化した村山市章が描かれたインロウガジェットとモンショウメダル。メダルを返せば、燃えるように咲き誇る薔薇が刻まれていた。

 

 美しい花は、しばしば気高い人生に喩えられる。

 斯く在れと、言われているような気がした。

 

 雪弥は迷うことなく、メダルをインロウに装填し、

 

「いざ、参ります!」

《バラ! Yah(), Must() Get() Up()! Yah(), Must() Get() Up()!》

 

 刀を抜くように、闇邪鎧に向けて翳した。

 

「オラ・オガレ!」

《バラ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ゴテン! (あく)(そく)(ざん)(とく)(すい)(さん)!!》

 

 現れた戦士は、黒漆の下地に薔薇の軽鎧を纏うサムライだった。彼はドライバーのスイッチを押し、宝刀『碁点丸』を召喚する。

 刃長は三尺、反りは高く、最上三難所を表した波文は深く、切っ先に向けて三重刃へと折り重なった刀身(そら)には、船頭たちが標にしていた月が浮かんでいる。

 

 刀剣史上最も美しいとされる三日月三条宗近に引けを取らぬ、清廉な一振りである。

 碁点丸の真の姿を確認した戦士は、鞘に納めて、ジンスケ闇邪鎧と対峙した。

 

「僕は未来切り拓く刃! 武刀王ゴテン!」

『汝も八幡太郎に選ばれたか。不足なし!』

 

 ゴテンは碁点丸の鯉口を切り、機会を探った。

 ジンスケの眼からは、猟犬のような銀光が牙を剥いてくる。肉親の仇を取らんと修羅に身をやつし、神威の絶刀を得た者の餓えた瞳だ。

 呼吸を悟られてはならないのに、呼吸をしようとしなければ胸が凍てついてしまうようで、気ばかりが逸る。

 恐怖からくる耳鳴りに耐えながら、ゴテンはじっと待った。

 

 相睨み、どれ程の時間が経ったかは分からない。

 だが、それが訪れてからは一瞬だった。

 

 ちりちりと熱せられた紐が、ついに千切れ飛ぶように。

 両者のつま先が動いた刹那には、既に刀が振り抜かれていた。

 

 ノーガードで斬り合うという、戦士と異形だからこその異色な戦い。しかし、どちらも人智を超えた存在とはいえ、そこにも力量の差というものは存在する。

 

 こちらが一太刀を抜きつける間に、ジンスケ闇邪鎧は二太刀を放ってくるのだ。一合さえも刀の交差を許されず、斬撃の威力によってゴテンの太刀は()()()ごと止められる。

 攻撃は最大の防御、などという言葉では温い。

 本来、純然とした必殺の技には防御など不要。『居合の極意は鞘中に在り』という教えに偽りはなく、刀が鞘から放たれるということは即ち、勝負が決する瞬間なのだ。

 

 武刀王の鎧がなければ、初めの抜き打ちで死んでいたことだろう。

 ゴテンは肩口まで斬り上げられた衝撃に歯を食いしばりながら、それでも退くことだけは絶対にするまいと、足を踏ん張った。

 

 林崎甚助を起源とする夢想神伝流には、初伝に陰陽進退(いんようしんたい)という技がある。敵は退()げ、こちらは()う技だ。

 何故これが初伝にあるか。それは陰陽の世界に踏み込む覚悟がなければ、以降の技をどれほど修錬しても無駄だからだと、ゴテンは考えている。

 

 では陰陽とはなにか。それは紛れもなく、死と生だ。

 そしてもう一つ。

 

「……切り結ぶ、太刀の下こそ地獄なれ。踏み込み行けば、後は極楽」

 

 かの剣豪・宮本武蔵が遺した言葉を、口の中で諳んじる。

 命を奪い合う地獄(いん)(ふみこ)み、生き残るという極楽(よう)退(かえ)るという、己が内で完結する、うねる螺旋の宿業。

 

 できるかどうかではない。僕は、成さなければならない!

 

「はあっ!」

 

 持てる全てを懸けた是極の一刀を振り抜く。

 胸を真一文字に斬られた闇邪鎧が、たたらを踏んだ。

 

『むぅ……然らば拙の賜りし神威、神妙秘術の抜刀でお相手しよう!』

「願ってもない。胸をお借りします、先生!」

 

 ゴテンはドライバーのスイッチを二回叩いた。

 

《バラ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

 目を閉じる。林崎甚助が熊野明神から授けられたという技は『電瞬卍抜』。鞘中から迸る刀は稲妻の如く閃き、瞬く間に敵を斬り伏せる、居合の極意の頂にある神技だ。

 それに対抗するには、同じく早いだけの刀では足りない。極めに極めた伝説の技に、自分のような未熟者が敵うはずもない。

 

 ならば、覚悟、意志、誇り、持ちうるだけの大きな気を背負うしかない。

 真人たちは、かの魂が『歪められたもの』と話していた。それを信じる。剣聖との死合に活を見出す術は、他にはなかった。

 

『奥義――「電瞬卍抜」!』

咲誇(もえあが)れ――『焔薔薇(ほむらばな)』!」

 

 迸る紫電の一閃と、花開くように芽吹いた一閃が交錯する。

 数瞬の沈黙の後、

 

『……若き仕手よ。見事也』

 

 そう言い残して、ジンスケ闇邪鎧は爆ぜた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 大会参加者らを巻き込んだ騒動は、闇邪鎧の依代となってしまった男性が解放されたことで収束に向かっていた。

 幸い一人の死者も出なかったが、それでも負傷者は多い。真人たちも、昨日から尾を引く戦いのダメージが残っていた。

 

 穏やかな流れの最上川に向かってうんと背伸びをした真人は、振り返るや否や飛び上がり、露天風呂の湯船に飛び込んだ。

 

「ちょ、っと先輩。そういう行儀の悪さはいただけませんよ」

「ははっ、悪い悪い。俺たちだけしかいねえって思ったら、ついやってみたくてな」

「まあ、気持ちは解からないでもありませんが。それで? 次は泳ぐつもりですか?」

「どうしてバレた!?」

「はぁ……」

 

 雪弥の半眼に、真人はつま先立ちでスタンバイしていた体勢を正した。

 その隣で、俊丸が笑いを堪えている。

 

「お二人は、本当に仲が良いのですね」

「んだべ!」

「そう……見えますか?」

「えっ……?」

 

 縋る顔を寄せると、雪弥が手で押し返してきた。

 

「……わかりました、わかりましたよ。仲が良いので、その顔やめてください。至極鬱陶しいです」

 

 しばらくじゃれついてから、真人は改めて、居住まいを正した。

 

 真人、雪弥、俊丸と三人並ぶと、その体躯の差がよく分かる。

 文化系である俊丸はやせ形だが、筋肉があるというほどではない。真人自身も、農作業という肉体労働をしているとはいえ、現役バリバリで鳴らしていた当時と比べれば、幾分か肉の質が変わっている。

 

 そして雪弥だ。服を着ていれば中性的な顔立ちと細いボディラインとが引き立ち、さぞ人目を引くような姫若子であるが、脱いだ姿は完璧に『武人』のそれであった。ボディビルダーのように盛り上がった大胸筋や、がっつり筋の見える太腿こそないものの、それは必要がなかっただけで、楯岡雪弥という武人の身体能力を引き出すための筋肉は十分に締まっている。

 それをひけらかすこともない。彼にとっては、これが自然体なのだ。

 

 真人は持参のタオルを噛んだ。同性の、それも後輩に見惚れる日が来ようとは。

 悔しい気持ちを振り払うように視線を逸らす。

 

「親父さん、無事で良かったな」

「はい」

「雪弥さんのことを、誇らしい息子だと話していましたよ」

 

 俊丸の一言に、雪弥の目がすう、と細くなる。

 

「……どうでしょうか。人はそう簡単には変われません。今まで下に見ていた息子から助けられたショックと、ゴテンの力を得た僕に胡麻を擦っているだけじゃないでしょうか」

 

 そう、辛辣に捲し立てた後で、「いえ、詮無いことでした」と湯で顔を洗う。

 

「邁進します。父に誇ってもらえていると、自分自身が誇りに思えるように」

 

 再び上げた顔にあったのは、()()だった。

 

「そっか」

 

 真人は何も言わず、微笑む。言葉を差し控えたからではない。かける言葉など不要だった。

 自身が剣を磨くことで、相手の剣をも磨く。切磋琢磨、活人剣など、様々な言い方をされる現代武術の概念ではあるが、それを今、目の当たりにした気がした。

 だから、

 

「これからは僕も、先輩たちと戦わせてください」

 

 そう言って突き出された拳にも、清々しい気持ちで返すことができる。

 拳を打ち合わせ、握手を交わし、真人は露天スペースの向こう側へと叫んだ。

 

「おーい、糺、いいよな?」

 

 しかし、川を挟んだ小さな山に、声が空しく反響するだけで。

 

「おーい、なあー、糺ー?」

「うっさい、呼ぶな恥ずかしい!」

 

 再三の呼びかけに、ようやく返事があった。

 

「なんだよ、カリカリしてんなー!」

「そっちはどうだか知らないけれど、こっちは他にも人がいるの! あんたみたいなバカの連れだと思われるのが嫌なのよ!」

 

 真人は雪弥たちに肩を竦めて見せた。

 そんなおどけた背中に、さらに怒声が突き刺さる。

 

「言っておくけど、覗いたら殺すから。まあ距離もあるし? 無理だと思うけど」

「そう言われると……フリにしか思えませんよなあ?」

 

 ゲスの微笑みを湛えて屈伸運動を始める。「先輩、止めた方が……」という雪弥の苦言を無視して、真人が露天風呂のヘリに足をかけた瞬間だった。

 建物の死角になっている向こう側から洗面器がブーメランの如く飛来し、こちらの顔面にクリーンヒットしたのだ。

 

「覗くなって言ったでしょうが。死ねっ、変態!」

「どだなだず……」

 

 どうしてバレた。女性の直感恐るべし。

 頭部への衝撃によって重心を見失った真人は、そのまま頭から湯船に落下した。

 

「先輩、お行儀が悪いですよー」

 

 ぷかぷかと浮上した体に、そんな言葉がかけられる。

 

「まったく。闇邪鎧という脅威と戦うヒーローも、正体が先輩では、締まりませんね」

「英雄とは得てしてそんなものです。むしろ彼こそが、ホンモノかもしれませんよ」

「くす。だといいですね」

「二人とも、聞こえてるぞー」

 

 遠慮なく投げつけてくる二人の会話に、真人は、気がつけばすっかり昇っていた太陽を仰いだままぼやくのだった。

 

 

――第4話『薔薇民治丸』(了)――

 

 

 





どーもっし! 柊一二三です。
え、前書きに明日の挨拶がないじゃねえかって?はっ、爆ぜろ(白目)

…………いやまあ、普通にケーキ食ったりなんだりしますけどね。男と(血涙)


さてさて、そんな聖夜を目前にしまして全く時期外れではありますが、今回は恋人関連のお話しでも致しましょうか(尤も、これまでの『後編』でもデートを前提にした例は出しているんですけれどね)。

前回から引っ張ってきた「東沢バラ公園」についてですが、実はここ、NPO法人による『恋人の聖地』に認定されているのです。
いやあ、『恋人の聖地』については存じ上げていましたが、山形県第一号である花咲山展望台(上山市)を皮切りに、随分と増えましたね。嬉しい限りです。

バラ公園には、国道13号から見える看板で曲がり、村山駅を目印に東口からまっすぐ行けばすぐに着きます。
恋人の聖地に選ばれるだけあって、シーズン中は駐車場にまでバラの香りが漂ってくる、とてもロマンティックな場所なのですよ。

村山市オリジナルのバラや、稀少な品種を扱っていることもあり、景観は抜群。
また田舎ならではの穏やかな空気で満ちているので、ゆったりと散歩デートをするには最適かと存じます。
また園内には野外音楽堂というスペースもありますので、シーズンには催しがあることも……?


あ、おそらく「居合神社ならいざしらず、林崎甚助氏とバラ公園がどう関係あるんだ」という声が聞こえてきそうなので、ここで一旦ノルマを達成させてください。
このバラ公園はかつて楯岡城(楯山城)があった場所なのです。
楯岡城といえば、仇討を決意した民治丸少年が剣を師事した東根刑部太夫がいた藩の居城です。

楯岡なのに東根とはこれいかに(白目)
まあこの辺り、楯岡・東根・長瀞・谷地・白鳥・鬼甲と城がひしめき合っている地帯だったようですし、今回は割愛しますが最上八楯の盛衰に絡んで内応だの政略結婚だのごちゃごちゃした直後の頃ですから、さもありなん、といったところでしょうか。



閑話休題。
東沢バラ公園がどうして山形県代表の花園のように扱われているのかといいますと、ここが元々、薔薇の品種数・株数、さらに敷地面積まで日本一だったからです。
約750種2万株、公園の敷地は7ヘクタール!凄いでしょう、えへへへへ。
そりゃあ城跡ですものね、東根市長瀞のように一個の町ができるくらいの規模ですよ。

ただちょーっとこの話を掘り下げるとダークな私が出てくるので駆け足で通り過ぎますが、
やはり先発のサダメというべきでしょうか、後発の花園たちに抜かれてしまいます。

現在では、全国のバラ園で唯一、環境省の『かおり風景100選』に名を連ねているという看板が残っております(入選をきっかけに、翌年グランドオープンという華々しいスタートでした)。
ただこれも、認定が2001年ですから、今後100選が改定されることがあれば、なくなってしまうんだろうなあと思うとちょっと切ないものがあります。


しかし当時はグランドオープンがされていないながらも、環境省の催した募集に応募してくださった方々が多数いらっしゃったことも事実。
それだけの魅力、それだけの美しさは褪せることがありません。
広いからなんじゃい、多いからなんじゃい、大きさばかりが聖夜で(自主規制)


えー、ただ今映像に乱れがありました。お詫び申し上げふんげふん。

大切なのは心ですよ。一人でダメなら二人ですればいいじゃない(白目)


ということで、私もお気に入りの、山形県内で東沢バラ公園の名前に埋もれているもう一つのバラ公園を紹介してお開きとさせていただきます。
その名も『双松バラ公園』!!
あー……えー、まあ、県内の方も中々ご存知なかったりするんですよねえ、ここ。ある場所をご存知なら、すぐ隣だというのに。

双松バラ公園は南陽市にございます。『天地人』でホットワードになった米沢市の少し北ですね。
ここは何といっても、いくつかのデートスポットが密集していることが特徴的です。
それは一体何なのか!


――――という話はまたいつか、南陽市が舞台となるお話のときにでも(笑)
計画どおりに進めば、3月頃に更新する話が南陽舞台となる予定でございます。
ぜひぜひ、お楽しみに。

ではではーノシ



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第5話『テルマエ・ギンザン』 前編/大正浪漫の若き担い手

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いしまっす!




 

――山形県・某所

 

 畳張りの会議室に集まった作務衣姿の顔ぶれは、一様に影がかかっている。

 ある者は億劫に、ある者は卑屈に。またある者は苛立ちに。誰も茶菓子に手を付けなくなって、もうどれくらいの時間が経っただろうか。

 

 ようやく、追従笑いを浮かべた初老の男性が口火を切った。

 

「支配人。若い人さ任せらんねあんが? やっぱり、おらだ年寄(としょ)りには無理だっす」

 

 その声に背中を押されたか、あるいは示し合わせたか。首を縦に振り出した人々を前にして一人、支配人と呼ばれた随分と若い青年は腕組みをする。

 

「…………そう、か」

 

 これ以上は、押すだけ無駄だろうと悟る。

 

 ほんに、企業という生き物は怖い。普段はやれ『誰々さんは使えない』だの『誰々さんは鼻につく』だの、てんでバラバラに自分は正しいと主張したがる従業員たちが、いざ面倒事に直面すれば、馴れ合いという名の無駄に強固な団結でもって迫ってくる。

 妹が遊んでいたゲームに出てくる魔王が、勇者のパーティに取り囲まれた時の気持ちに同情できそうだ。

 

「かしこまりました。別の方法を模索しましょう」

 

 努めて事務的に告げる。ふと、誰かの「やるのは決定なんだがした?」「やんだずにゃ。必要があるんだべか」というひそひそ声が耳に入った。

 

 聞こえている。その声が誰のものかさえ、もう少し脳味噌を回転させれば導き出すことも容易い。

 しかし青年は、噛みしめた歯から零すように「お疲れ様でした」とだけ言うと、落とした肩に、上着代わりの法被をかけて部屋を出た。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

――山形県尾花沢市・銀山温泉

 

 最も奥まった売店近くの駐車スペースに車を停めた真人は、エンジンを切るや否や、後部座席の両側ドアから我先にと飛び出した二つの人影に唖然とした。

 助手席でシートベルトを外しながら、雪弥がくつくつと震える腹を抱えている。

 

「温泉ともなると、女性陣は元気ですね」

「それにしたってよ、限度があるだろ。温泉ってのは癒されるために来るんだろ? どうしてわざわざ疲れようとするのかね」

「きっと、登山の後に見る雄大な景色と同じで、はしゃいだ後の温泉の方が、気持ちよく()()()()からじゃあないでしょうか」

「うまい! ……さあ、行くか」

「……はい」

 

 温泉の効能に『気疲れ』とか『ストレス』と明確に書いてくれているところはないだろうかと無駄な期待で自分を慰めながら、真人は車を降りた。

 すると、遠くの方で糺の呼ぶ声がする。

 

「真人、雪弥くん! 何やってんの、遅いわよ!」

 

 普段よりもワントーン高い声で手招きしながら、彼女は下ろした手で赤いパンプスを脱ぎ、そのまま指にひっかけて駆けていく。

 和風奇譚に登場しそうな旅館が視界いっぱいに立ち並び、その中央を湯の川が流れている幻想的な風景を、まるで現代の砂浜にでもいるような足取りの糺だが、その後ろ姿は雰囲気に絶妙に溶け込んでいた。

 

 板で張った足場にちょこんと腰かけた糺は、いつの間に買ったのやら、靴と反対の手に持っていた袋から銀山温泉名物の饅頭を取り出すと、ほっこりと幸せそうに一口かじる。

 

 真人は一瞬、この笑顔が見られたのだからもういいかという考えが過り、糺の笑顔に見惚れていた自分に気付いて目を逸らした。

 地面を映す視界の端で雪弥を追いながら、浮足立つ歩を進める。

 

 眼下を流れる川は源泉で、湯気がほくほくと立ち昇っている。その源泉を用いた足湯『和楽足(わらし)湯』にまでやってきた真人たちは、糺から饅頭をもらって腰を下ろした。

 出来立てなのか、手の中がほのかに温かい。包みを開いて中ほどまで頬張ると、黒糖の優しい香りと、粒あんの柔らかな甘みが口の中に広がった。

 

「何これ、うっま!」

「だっしょー? 三つ星でおススメよ。前に『つや姫』として来たことがあるんだけど、泊まった旅館のお茶請けで出してもらったのがこのお饅頭でね。人数に合わせて四つだと縁起が悪いからって、五ついただいてて。最後の一個なんか、あの能面みたいな百合さえも混ざって、皆で取り合いだったわ」

 

 糺は空いた袋にパンプスを仕舞いながら笑うと、手を縁にかけ、眩しそうに空の向こうを見やる。

 

「こういう甘いもんに、本当詳しいのな」

「そりゃあオンナノコですもの。年とったら甘いもの辛くなるっていうし? 今のうちに集めとかない勿体ないわよ」

「この間の生チョコロールと……あとなんだっけ、あれだ。そば粉のあんこのロール……」

「『三平撰』?」

「そうそれ。あれも美味かった、教えてくれてサンキュな」

 

「…………う、うっさい、別にあれはウカノメさんへのお土産のためで、あんたがドライバーだから仕方なくってだけで、あんたに教えるためじゃないんだから!」

「はいはい――っだぁ!?」

 

 ぷいと背を向けてしまった状態からノールックで繰り出されたスリッパに、真人は側頭部を撃ち抜かれた。本当に、どこから取り出しているんだそれは。

 

「くすくす。そういえば、ウカノメさんは?」

 

 雪弥が辺りを見回して言った。

 

 そう、事の始まりは、先日の村山市民体育館の一件を解決した夕方のことだった。

 武刀王ゴテンとして覚醒した雪弥の紹介も兼ねて、糺おススメの『三平撰』という県内産そば粉入りあんと大納言羊羹を組み合わせたロール和菓子に、同じ店で売っている濃厚な生チョコロールを村山土産として『ごっつぉ』に持ち帰り、『甘さ ひかえていません まったく』という謳い文句に違わぬ甘味を皆で堪能しようと糺がナイフを取りにキッチンへ向かった、その時。

 

『ないだって! みんなして温泉あて、ずるいべした! 何で誘ってけんねっけのや!?』

 

 というウカノメの駄々が発動したのだ。

 闇邪鎧が現れてしまうという災害同然の状況であったこと、元々真人と糺の二人だけの予定であり、ウカノメを除け者にして行くつもりは毛頭なかったことなどなどアンドモア、エトセトラ。

 そんな苦心の説得もむなしく、ウカノメの子どものような要求は、若いツバメ――もとい、新しく仲間になった雪弥との親睦も兼ねて、呑まされることになったのである。

 

「ああ、ウカノメさんなら多分、まだお饅頭買ってるんじゃない?」

 

 糺の指先は、和楽足湯から顔を上げた目の前を示していた。

 

「……ん? ちょっと待て、糺はさっき、俺たちを呼んでから足湯(ここ)に向かって、その時にはもう饅頭持ってたよな?」

「ああ、これ? 忘れたかしら、ウカノメさんのコーヒーテレポート」

「お前まさか、神様を使いっ走りにしたのか……?」

「いいじゃん? ウカノメさんだし」

 

 悪びれるでもなく、歯を見せて糺が笑う。

 そうこうしているうちに、件のウカノメが、ほくほく顔で店から出てきた。小脇に饅頭の箱を抱えている。

 

「いんやあ、さっぱどした甘さで美味い! 糺ちゃん、ええどご教えてけでありがと様な!」

「さすけねっすー!」

 

 ハイタッチを交わす女子(?)たちに、真人は呆れて肩を落とす。

 

「お土産って、最後に買うもんじゃないのか……?」

「そんなことないわよ? 人気のお土産ってすぐなくなっちゃうんだから。平日でも団体さんのツアーバスが来るくらいだし、今のうちに確保しておかなきゃ」

「んだ。ハイカラなとこば散歩してるうちになぐなっちまうべした」

「ハイカラて……」

 

 頭が痛い。一体この駄々ごね神様は何歳なのだろうか。

 確かに銀山温泉は大正時代のレトロかつモダンな温泉街という景観を売りにしており、夜にライトアップされた風景は、まるで映画の中に入ったような錯覚さえある。実際、県内では名前が知れ渡っている『おしん』はもちろん、一説によれば『千と千尋の神隠し』の舞台になっているとかいないとか。

 

 あんな風に小さな子供と、大正浪漫の雰囲気は合うのかもしれない。

 

「(――――ん?)」

 

 真人は景色を二度見した。この時間ではまだ人通りもなく、小学生くらいの女の子が一人で歩いてくる様子は嫌でも目に入る。

 大正モダンの幻想に迷い込んだかのように彷徨う女の子が、通りの店々の中を覗きこむように頭を動かす度、蛍の装飾をあしらったネックレスもまた寂しそうに揺れていた。

 

「なあ、あの子、迷子じゃねえか?」

「うん? ああ、あの子ってもしかして……うん、任せて」

 

 糺は足湯から上がり、ハンドタオルで最低限水気を拭うと、女の子に歩み寄る。真人と雪弥もすぐ動けるようにと足を上げた。

 

「こんにちは、こころちゃんだよね。お姉ちゃん、糺って言うんだけど、覚えてるかな?」

 

 膝を曲げて訊ねる糺に、こころと呼ばれた女の子はくりっとした瞳を何度か瞬きさせてから、

 

「ああー、『つや姫』のお姉ちゃん!」

「はい正解! よくできました、めんごだなぁ!」

 

 頭を撫でてあげてから、糺はこころを抱き上げた。

 

「今日はどうしたの? 一人?」

 

 すると彼女は俯いて、

 

「お兄ちゃんが、帰ってきてないの」

 

 消え入りそうな声で、そう言った。

 

 

 

 

 

 銀山温泉には、温泉街を抜けたところにも観光スポットがある。せとこい橋を挟むように位置する白銀の滝・籟音(らいおん)の滝や、猛暑でも涼しいことで有名な、坑道跡の鍾乳洞である銀鉱洞・夏しらず坑といった、銀山温泉の由緒にして象徴ともいえる癒しの場所だ。

 

 しかし内陸側北部である尾花沢市の一帯は豪雪でも知られ、冬季から五月頭の山開きまでは坑道方面に立ち入ることができない。

 したがって、まだぎりぎり四月である今は、その奥へと入ることができないのだが。

 

「おい、糺。こっちの方へ入っていいのか……?」

 

 真人は、こころの手を引いて進んでいく背中に声をかける。

 

「木を隠すなら森の中ってね。一般人立ち入り禁止でも、関係者なら――ほら」

「あっ、お兄ちゃん!」

 

 糺の手から離れたこころが、ぱたぱたと子犬のように駆けていく。

 その向かう先には、すっかり深緑へと変わりつつある景色の中、ぼうっと滝を見ている青年がいた。

 

「あれが、お兄ちゃん?」

「ええ。温泉街に、大きな旅館あったでしょう。そこの支配人よ」

「まだお若いように見えますが。凄い方なのですね」

「ひい、はあ。もう少す年寄り労わってくれてもいいんでねが……?」

「はいはいお婆ちゃん。だから足湯さ浸かってろーって言ったべ?」

 

 大げさに肩で息してみせるウカノメを、糺が軽くあしらう。

 そこへ、こころと合流した青年が声をかけてきた。

 

「えっ、雛市……さん?」

「どうもー。収録ぶり、ご無沙汰してます」

 

 アイドルモードの笑顔で、糺が深々とお辞儀をした。

 

「収録?」

「さっき言った、お饅頭の時のアレよ。ちょうど私たちが温泉ロケに来た時、支配人が彼に代替わりをしていてね。若き経営者! なんて紹介されたのが彼なの」

「その節は。しかしまあ、力及ばずを痛感しているよ。それはそうと、妹が世話になってしまったようだ。感謝する」

「気にしないで。あの時、『考え事をする時は滝の前に行くのがお気に入り』って言ってたの、思い出しただけだから」

「なん……だと……」

 

 青年の瞳が見開かれた。

 そして突然、わなわなと身を震わせ、

 

「あの『つや姫』のセンターが、オレの言葉を覚えてくれているなんて! ああっ、もう死んでもいいっ! ああいや、死んではならない! この幸せを、この気持ちを伝えねばっ! 雛市さん、どうか俺と付き合ってくださ――」

「お兄ちゃん、うるさい」

 

 走りだそうとしたところで、こころに法被の裾を掴まれてしまった。

 

「は、離してくれこころっ! オヤジも言っていただろう、跡継ぎは大事だと!」

「じゃあいけばいーじゃん。こころ、そんな強く握ってないし。でも、お兄ちゃんがムリヤリ走ってったら、こころの指、いたいいたいになっちゃうけど」

「ぐっ……ああっ……それはずるいぞ、こころ!」

 はじめの丁寧な口調はどこへやら。糺を前にしてじたばたともがく節操なしがそこにいた。

 

「何だ、アレ……」

「ただのシスコンよ」

「違えからっ!?」

 

 勢いよく顔を上げた瞬間に裾を離された青年は、顔から地面に滑り込んだ。

 

 

 

 

 

 頬に絆創膏を貼った青年に連れられ、こころの世話をしてくれたお礼にと、真人たちは温泉街にあるカフェへと案内された。

 店内を柔らかく照らすアンティーク調の照明と古風な和風建築がマッチした、ゆっくりくつろげる雰囲気の店である。

 

「改めまして、延沢(のべさわ)貴臣(たかおみ)っす。『憧憬湯』で支配人やらせてもらってます、貴臣でいいっす、うす」

 

 同年代の真人たちを前に丁寧語を放棄したらしい貴臣は、いかにもスポーツマン風な挨拶で切り出した。

 雪弥とは対照的に、筋トレによるパンプアップを重視する気質のようだ。学生時代の部活がそっち方面だったのだろう。法被の袖から覗く腕もいい具合に筋が通っており、ガタイの良さがうかがえる。

 

「あとシスコン」

「だから違えって!」

「お兄ちゃん、おぎょーぎ悪い」

「ごめんなさい……」

 

 背後の席からの口撃(こうげき)に、貴臣はしゅんと背を丸めてしまう。一方の糺とこころは、素知らぬ顔でココアに舌鼓を打っていた。

 

「へえ、ココア自体は甘くないのね」

「そだよー。マシュマロとね、いっしょに食べるの!」

「グッドアイディア! ありがとう、こころちゃん」

 

 テーブル越に小さな頭を撫でる糺は、すっかりお姉ちゃんの顔をしていた。

 

「それにしても、銀山温泉にこんなオシャレなお店があったなんて知らなかったわ。最近できたのかしら?」

「いや、確かに五年も経っていないが、雛市さんたちが来た時にはあったぞ。確か吉野川(よしのがわ)さんはチェックしてたな。さすがアイドル、女子力高いぜ」

「まるで私の女子力が低いみたいに言わないでもらえますぅ? どうせ、あんたみたいなムサい男子がここ知ってたのはこころちゃん情報でしょうに」

「ぐっ…………」

「図星かい!」

 

 そんな騒ぎを聞くともなく、真人はキッシュを頬張っていた。

 窓の外に見える温泉街はまた違った美しさがある。二階席という角度の違いだけで、こうも趣が変わるのは不思議だ。

 

「先輩、先ほどから静かですが、どうかしましたか?」

 

 隣の席から雪弥が声をかけてきた。

 

「ん? ああ、いや、緊張するんだよ」

「緊張?」

「雰囲気っていうかさ、『ごっつぉ』みたいな店は慣れてきたけど、まだまだカフェとかそういう空気には慣れねぇんだよなあ」

「ふふっ、僕もこういう店は初めてですから、気持ちはお察しします」

「何だべ、おらの店じゃ不満だってが! お洒落でねぐて悪りがったな!」

「逆だって、逆。『ごっつぉ』が落ち着くって話してんの」

 

 ぬっと出てきたウカノメの顔を押し戻し、真人は次の一口を放り込む。ガラスに映った視界の端に、マシュマロを加えてはにかむ糺が見えた。

 

「ないだって、糺ちゃんが気になるんだが」

「うるへー」

 

 再び押し戻す。そういう囁きは要らないというに。

 厄介な婆さんを蚊帳の外にするため、真人は貴臣に話を振ることにした。

 

「あの、延沢さん」

「貴臣でいいって。何だ?」

「あんたはどうして、あんなところに?」

「『考え事をする時は――』でしたね。何かお悩みでも?」

 

 雪弥がこころを一瞥する。これほど仲の良い兄妹だ。何も言わずに外へ出た、といえば貴臣にも落ち度があるように思えるが、ほんのわずかな外出をこころが探しに出るというのも少し大げさのように感じる。

 何かがあり、こころはそれを心配していたのだろう。

 

「それが、なあ」

 

 カレーのスプーンを置いた貴臣は、一度天井を見上げ、ため息を吐いた。

 

「今、うちでもITを導入しようって話で揉めてるんだよ。受付での記帳なんかは手書きのままにした方が風情があっていいのは解かるが、それを管理するならパソコン使った方がいいに決まってるんだが……」

「上手く行っていないんですか」

「どうも、年配の従業員は機械を露骨に拒否っていけねえ。ホームページは外注すればいいが、SNSやら何やらが普及しまくってるこのご時世、現場のフットワークを軽くできないと、な」

 

 苦い顔で窓の外を見る視線の先にあるのが、彼の旅館なのだろう。

 

「あー……どこもそうなんだな」

「解ってくれるか」

「ああ。うちは農業なんだけどさ。こっちは一応、自治体での講習会とかやったりもするんだよ……それでも、普及率は低いな。スーパーの地場コーナーなんかに卸したりすると、管理はサイト上で行われるんだけど、まずそのURLを打ち込めねぇのが八割だ」

「男子だけで何盛り上がってんの。まーぜて」

 

 やってきた糺がテーブルに寄り添うように屈んだ。すとんと落ちた髪からの香りに続いて、手にしたカップから漂うココアのそれがビターに鼻をくすぐる。

 狼狽えた真人は椅子を離そうとしたが、姿勢のバランスをとるためか、彼女の手を太腿に置かれてしまってはそれもかなわない。

 

「ね、年配の人たちがパソコン苦手って話だよ」

「あーね。あれって何でなのかしら。当たり前に仕事をしてきた社会人なら、仮にパソコンに触れる機会がなかったとしても、『ならどうすれば良いか』って調べて実践するくらいはできるでしょうに」

「……………………」

 

 ふと、貴臣が視線を落とし、そのまま目を瞑ってしまう。

 

「ええと、ごめん。私何か地雷踏んじゃった?」

「いや、逆だ。モヤモヤがはっきりしたっつーか……パソコンが苦手な従業員が多いって現状を踏まえた上で、オレは『じゃあどうすれば良いか』って代案が出せていない。そんな自分自身に苛々してたんだ」

「なんだか、複雑な事情みたいね」

「まあ、な。やっぱりこういう観光地って、景観や雰囲気を崩すわけにはいかないから、あまり『現代化』ってのは積極的じゃないんだよ」

 

「現代化か、文化を残すか、か……」

 

 冷めたキッシュをジンジャーエールで押し込み、真人は椅子にもたれる。

 

 農業だってそうだ。先人たちが積み上げてきたものがあり、それを徒に崩すことは愚かとされている。実際、そういった『昔ながらの製法』というものに間違いがないことは、現代にまで続く歴史が証明しているから尚更である。

 そうした古き良きものが後世に残っていくことで生まれた価値の一つが、ここ銀山温泉のような温泉街だろう。

 

「難しい問題だな」

 

 呟くと、背後で「んだべか?」とウカノメが笑った。

 

「やれることをやればいいべした。勤めんのもおんなじ。はじめは社長のひらめきで生まれたものでも、社長一人じゃんまぐねべ?」

 

「社長一人じゃんまぐない……?」

 

「んだ。山籠もりでもねえ限り、どさ行っても、必ず誰かと仲良ぐすねばなんねのよ」

 

 老成した声は、普段のウカノメからは想像できないもので。

 真人たちは一様に、彼女がコーヒーをすする姿を、ただ見つめていた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 適当に眺めのいい旅館を見繕い、その屋根にツノカワはいた。

 ふと、首筋に生ぬるい風が触れる。

 

「やっと来たか、ゼンナミの爺さん」

 

 振り返ると、濁った黄色の邪気の中から、腰の曲がった老翁が顔を出した。

 

「ほほ、待たせてしもうたかの」

「待ったつうか、せめて用件を言え、用件を」

 

 鼻で大きく息を吐き、ツノカワは気だるそうに眼下を見やる。

 

「林崎甚助は尾花沢の山中で修行をしていた。再び()()()のは不可能じゃねえが……こんな場所じゃあ依代もいねえ。マジでオレに何をさせてぇんだ」

「ほれ、年寄りに荒事は向いておらんからのう。儂の依代を連れてきてほしいんじゃよ」

「テメエの依代だあ?」

 

 身を乗り出して通りを窺う禿げ頭を睨む。

 相変わらず考えていることが読めない爺である。いっそ人間態である今、首根っこ掴んで放れば、さしもの妖老も息絶えてくれるのではないだろうか。

 そう考えたツノカワが、禿げ頭に手をかけようか逡巡している時だった。

 

「なに、お前さんがどんな顔をしているのかと思うての」

「は……?」

 

「剣聖が破られ、果樹八領の在り数も増えよった。今日は儂が連れ出さねば、ハク、サンと戯らける予定だったのじゃろ?」

「まさか、気ィ遣ってくれたのか」

「いいや、鬱憤極まった顔を見たかっただけじゃ」

「ンのジジイ……っ!」

 

 絶対殺す。しかし、頭部めがけて振り下ろした手は、ひらりと躱されてしまった。

 中々どうして。人間態とはいえどムドサゲの力も発揮できるのはツノカワも同じだが、器の厳選をしたこちらとは違い、どこぞの教授だか研究者だか、知識だけの老体を依代としたというのに、身軽なものである。

 

「あれがいいの。ちと連れてきておくれ」

 

 何事もなかったかのようにゼンナミが指し示したのは、旅館の前で丁寧に案内をしている従業員だった。

 

「細っせえ、弱そ。あんなんでいいのか?」

「いいもなにも。あれは知識を蓄えてこそ成せる生業、案内人を軽んじてはならぬよ」

「……へいへい、さすがは()()()。頭が良いこって」

「此度召喚するのは商売人じゃがの」

 

 早う早う、とひらひらする手が癪である。

 ツノカワは舌打ちをして、首を鳴らすと、旅館の屋根から飛び降りた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 カフェでの昼食を済ませた真人たちは、店内の、旧家風の造りによくある傾斜の急な階段を下りながら、喧騒に気が付いた。

 外にいる人たちが、どこか一点に注目している。今来たばかりといったキャリーバッグを引く女性の一団や、昨夜から泊まっていたのだろう部屋着姿の夫婦など、層は実に様々だ。持ち場を離れるわけにいかない温泉街の従業員たちも、各々の店の玄関から、そわそわと様子を窺っている。

 

 真人と雪弥は顔を見合わせ、外に出た。

 みんなの視線の先を追うと、温泉街の入り口――足湯の辺りで、肩から番重を提げた巨体の異形を囲むように人だかりができている。

 

「あれは……」

「闇邪鎧、でしょうか?」

 

 真人たちが躊躇ったのも無理はない。あまりにフレンドリーな、和やかさが漂っているからだ。

 

『はーいはいはい、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 遠くの人はよ~く聞いて! 近くの人もちゃんと聞いて!』

 

 闇邪鎧と思しき異形は、道行く人に手を振りながら声を張っている。

 

『紅花を練り込み、温泉の熱でじっくり熟成した生地は、優しい甘さのこし餡と相性ばっちりベストマッチ! 清風(せいふう)印の温泉饅頭でござりますよ~!

 ささ、おひとつどーぞ! ――あ、ワタクシの出で立ちが気になります? まあまあ、マスコットとでも思ってもそっと近寄ってくだされ。背丈は高うございますが、腰は低いので。って、誰が短足やっちゅーねん!

 ――あら、そこのべっぴんさんもおひとつどうざんしょ! ご安心を、こちらは御試食用でござりますので。売り逃げなんてナンセンス、味に自信があるからこそお試しいただく! それがワタクシの生きる道(モットー)でござい!』

 

 異形は梅が枝のように細い指で、ひとつひとつ饅頭をつまんでは、見物客たちの手へと恭しく落としていく。

 洒落た和紙の包みを開いて、一口かじった夫婦客の目が輝いた

 

「あんこは白あん? つぶつぶも入っているけれど……これは、胡麻かしら?」

「胡麻にしては、少し酸味がある感じだね。あんこの甘さが引き立っているけれど……なあ、これは何だい?」

 

『おおっとお客さん、御鼻の高い顔立ちの美男美女だと思っておりましたが、御目も高い! 白あんに見えますこちら、川西(かわにし)特産の紅大豆を用いた特製あんでござります。胡麻のようなこちらは、実は西川(にしかわ)特産のエゴマなのですよ。

 紅大豆には大豆特有、女性に嬉しいイソフラボンの他、ブルーベリーにも含まれる目に優しい成分アントシアニンも豊富でございまして、エゴマには巷で話題のオメガ3脂肪酸による美肌やダイエットへの恩恵は勿論、肝機能改善やガン・糖尿病・高血圧・動脈硬化・脳卒中・心疾患・うつ病等々々の予防――ぜぇぜぇ……ふう、言えた。とまあ、素晴らしい効能を持つザ・スーパーフードなのでございます!

 川西と西川、同じ県内に位置する似た名前の土地が贈る特産物がもたらしますは、今を頑張る全ての方を応援するミラクルスイーツ! そう、奇跡! こんな幸せ、是非ともあなたに届けたいっ! 出羽尾花沢の清風饅頭、いらっしゃりませぬか~!』

 

「…………え、何アレ、闇邪鎧が外郎売してんの? はあ!? なんで!?」

 

 後からカフェを出てきた糺が、慌てた様子で言った。

 

「外郎売? ういろうって、あの羊羹みたいなやつか」

「そっちじゃなくて、その元になった薬の方よ。長くて言い辛い売り口上があるから滑舌練習になるってんで、アナウンサーから私たちみたいな場末のロコドルまでボイトレに使っているのが、歌舞伎の演目の一つ『外郎売』ね」

 

 そう言ってから、彼女は思い出したように前のめりになった。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないわ! アレが誰なのかは知らないけれど、あんたたちもぼーっとしてないで、行くわよ!」

「お、おう!」

 

 真人たちも走り出す。店から出てきた貴臣とこころにあわやぶつかるところを手刀で謝りながら、反対の手でインロウガジェットを取り出した。

 

「「「オラ・オガレ!」」」

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

《バラ! 出陣‐Go-ahead‐、ゴテン! (あく)(そく)(ざん)(とく)(すい)(さん)!!》

 

 ニシキになった真人は一般人たちを飛び越え、闇邪鎧の背後に回り込んだ。

 

「みんなから離れろ、このっ!」

 

 しかし、闇邪鎧は頑としてその場から動こうとしない。

 

『無粋はあきませんよ、八楯のみなさま』

「ふざけんな、何が無粋だ。どうせロクでもないことしようとしているくせに!」

『ロクでもないとは……はて? お客様方の御表情(かお)を見ても、そう仰るので?』

「はあっ?」

 

 手を拡げて肩を竦めて見せる闇邪鎧にいら立ちながら、ニシキはその肩越しに人々を見て――言葉を失った。

 彼らは怒っていた。怒っていたのだ。楽しいショッピングを、あるいは幸福な食のひと時を邪魔されたことに。

 

「な……っ」

 

 たたらを踏む。

 考えてみれば、この闇邪鎧は一度たりとて暴力に訴えていない。よしんば善良な闇邪鎧だったのだとすれば、それを討とうとする自分たちが悪なのではないだろうか。

 

 不安が立ち込め、ニシキは縋るように仲間たちを見た。しかしレイもゴテンも、戸惑いに足を止めてしまっている。

 

「それで、饅頭屋さん。これいくらなの?」

 

 ある客が訊ねる。

 

『あハイ、お買い上げでござりますね。お代、お代は――みなさまの命、にござります』

 

 闇邪鎧がパチン、と指を鳴らした。

 客たちの体から一斉に青白い靄が抜け出たかと思うと、彼らはバタバタと倒れていく。靄は闇邪鎧の抱える番重に吸い込まれていき、まるで獣ががぶんと丸呑みするように、ケースの蓋が閉じられた。

 

「何だよ、これ……なにをしたんだ、お前!」

 

 声を荒らげたのは、追いかけてきた貴臣だった。こころの方は、ウカノメが目を塞いでいてくれているようだ。

 急なダッシュによるものと、目の前の異様な光景からくる恐怖とに息が上がっている彼に、闇邪鎧は番重を異次元へと仕舞いながら嘆息で返す。

 

『いやはや、商人(あきんど)たるもの、利を出してこそナンボでございましょう? ツケを許しても滞納(みばらい)は赦しません。それに皆様、幸せな表情をされているではないですか。

 良いモノを食べて買い手良し、儲かりまして売り手良し、こんなものに釣られるバカが駆逐されて世間よし。三方よしならば御後(おあと)もよろしい』

 

「そんなものは詐欺だ!」

『そうでしょうか? そういうあなたは? 見たところ、ご自身の商いに誇りも持てない三流商人のようですが』

「誇りを持てない、三流……」

 

 辛辣な言葉を投げつけられ、貴臣は悄然と立ち尽くしてしまう。

 彼のことはレイに任せ、ニシキはゴテンとともに立ちはだかった。

 

「これ以上は許さねえ! くらすけてやる!」

 

 二、三度繋げたパンチのコンビネーションに続いて、滑り込んだゴテンが居合抜きを叩きこむ。

 

『あいたたたっ!? 痛いっ、痛いっ! まったく、(ケン)(ケン)なんて危のうございますなあ! ケンケンはお遊びでやるべきですぞ、ぷんぷん!』

 

 わざとらしく逃げ惑って見せた闇邪鎧は、手のひらを宙で回し、異次元の扉を開いていく。

 

『世は剣よりもペンでござりましょう? ――「本来の磁石を知るや春の雁(ワイルドグース・ザ・ドリーム)」』

 

 異界から現れた一羽の巨大な雁が、温泉の熱気に乗って滑空してきた。

 ニシキたちは反射的に攻撃を繰り出して雁を撃ち落とそうと試みたが、何故か、渾身の一撃は翼をすり抜けてしまう。

 闇邪鎧は呵呵と笑った。

 

『申し上げたでござりましょう、剣よりもペンですと。ワタクシの奥義は暴力になど屈しないのですよ。それが、良かれ悪しかれ――ね』

 

 変わらないはずの闇邪鎧の表情が、にぃ、と嗤った気がした時には、ニシキとゴテンは宙に打ち上げられていた。

 

 

 





どーもっし!
明けましておめでとうございます、柊一二三です。


みなさまは年末年始、いかがお過ごしでしたでしょうか?
私は年末に仮面ライダーの劇場版を堪能し、
年始は職業柄あり得ないと思っていたお休みをいただき、年の初めはさだまさしに浸っておりました。

こんな何でもないことが幸せなんだなーと(笑)


さてさて、新年一発目の果樹王ニシキ、今回の舞台は尾花沢市でございます。
本編では『おしん』と『千と千尋の神隠し』に触れましたが、おそらく皆様ですと、アニメ『ガーリッシュナンバー』の万葉ちゃんの実家といえばお分かりでしょうか。


この尾花沢市、おそらく県外の方も、米沢、蔵王に続いて耳にしたことのある地名かとは存じますが、山形にとってもかなり有名な場所でして。
国道を走っているだけだと、ただ一面畑と山が広がり、いつの間にか新庄に着いている――なんてことになるかもしれません。
しかし、その広大な自然こそが、尾花沢の真骨頂なのですよ!

まずはなんといっても尾花沢西瓜!
これが本当美味しいんですよ。
西の庄内メロン(鶴岡)、東の尾花沢スイカ――とは私しか言っていないかもしれませんが(笑)

地元のスーパーなどでは、晩春になるとまず千葉あたりからの西瓜が入荷します。尾花沢西瓜はちょっと時期遅めなんですね。
しかし、県民のほとんどが尾花沢西瓜の入荷まで待っているようで、売れ行きが全く違うらしいのです。
よく『地元民は特産品を食べない』といいますし、実際にサクランボやラフランスなんかはギフト用しか売れなかったりするのですが、そう考えると尾花沢西瓜の凄さを感じますね。

大玉ながら味が濃く、ジューシーな甘さが特徴ですので、是非召し上がってみてください。


そしてマイナーなところだと、蛍のビュースポットがあるということも特徴でしょうか。
少し道を外れて湿地に行かなければなりませんが、山形以北、特に村山から尾花沢にかけての辺りでは、蛍の生息地が点在しております。

時期は7月中旬からの一週間ほどと、かなり短い期間でございますが、夜闇に舞う地上の星は一見の価値ありですよ!


そしてそして、忘れてはいけないのが銀山温泉!
最早説明不要! と言いたいところなのですが、実はここ、意外と知られていないお店が多いのですよ。
旅館のお茶請けにもなったりする銀山温泉名物『亀まんぢう』を作っている『亀屋』様などは有名でございますが、
例えば、和風建築を利用したモダンなカフェ『酒茶房 クリエ』様や、貸衣装も取り扱っている『あいらすげーな』様などは、もしかしたらご存知ない方もいらっしゃるのではないでしょうか?

「銀山温泉のカフェさ行ってきた!」と話題にしたとき、「銀山温泉に……カフェ?」と目を丸くされたのはいい思い出です(笑)

また、これは週末に泊まってみないと気付かないかもしれませんが、
銀山温泉では、5~10月までのあいだ、毎週土曜日に花笠踊りのパフォーマンスがございます。
温泉街にかかる橋の上で、大正モダンな景色の中執り行われる花笠踊りは、本当にタイムスリップをしたかのような錯覚さえあります。

おススメは秋ですね。ガス灯の光と紅葉の相性がほんと素晴らしいのですよ!
あ、しかしそうすると、蛍は……ええい、夏と秋、二回泊まりにくればよかろう!
ああいや、銀世界に包まれた冬、残雪と桜のコントラストが風情を香らせる春も捨てがたい……よし、後はわかるな?(威圧)


春夏秋冬、いつ来ても素敵な銀山温泉、ぜひゴザッシャエ!

ではではーノシ



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中編/蛍が光る理由

 

 真人は旅館『憧憬湯』最上階通路の窓から、意識不明状態に陥った人たちが救急車で運ばれていくのをじっと見つめていた。その殆どが観光客であり、仕事中であった従業員たちが無事だったことは不幸中の幸いか。

 

 向かいの壁際では、雪弥が座して黙想をしている。

 

「ここにいたのね」

 

 声に振り返ると、糺がスマホを片手に立っていた。

 

「ちょっとググってみたんだけど、尾花沢の商人で、鈴木(すずき)清風(せいふう)って人がいたみたいね」

「そうか。後は俊丸さんに電話が繋がれば、詳しいことが聞けそうだな……」

「――いや、その必要はねえよ。オレが話す」

 

 貴臣が階段を上がってきた。

 彼の後についていくと、客間のひとつに通された。片付けてなくて悪いな、と旅行鞄を隅に寄せながら彼は言った。

 

 闇邪鎧の被害に遭った客が泊まっていた部屋なのだろう。

 真人たちは座布団に座り、雪弥が淹れてくれたお茶で一息ついた。

 貴臣は湯呑の熱を弄びながら、ぽつりと言う。

 

「真人たちは、随分と落ち着いているんだな」

「そうでもないさ。途方に暮れているよ」

 

 慰めでもなく、本心だった。

 

「ええ。あの闇邪鎧が言っていたことが真実ならば、僕たちの攻撃が通じないということですからね……」

 

 雪弥も重い口を開く。

 

「急かすようで申し訳ありませんが、鈴木清風という方についてお聞かせいただいても?」

「ああ。清風といえば、尾花沢じゃ伝説だ。通称『紅花大尽(こうかだいじん)』と呼ばれるほどやり手の商人にして、名うての歌人なんだよ」

「さっき調べたら、芭蕉と清風の資料館が一緒になっていたけれど。それも歌人だからなのかしら」

 

 糺の質問に、貴臣は頷く。

 

 ようやく温めになってきたお茶を一息で呷ると、彼は続けた。

 

「そういう向きもあるだろう。芭蕉との交流はもちろん、嵐雪や其角といった蕉門の双璧らも名を連ねる『七吟歌仙』に含まれるほどだ」

「其角とは……宝井其角のことですか」

「ああ、知っているのか?」

「はい。赤穂四十七士の大高源吾と、『両国橋の別れ』を詠んだ方ですね。そのような名人と同列とは……清風氏の腕前は、さぞ素晴らしいものだったのでしょう」

 

 お茶を注ぎ足しながら、雪弥は感心していた。

 真人は頭を掻く。赤穂浪士の活躍は、真人も知っているところだった。高校時代、剣道部の顧問が忠臣蔵好きで、年末特番の歴史ドラマを朝からぶっ通しで見るという合宿が恒例になっていたのだ。

 

 尤も、自分は途中から寝ていたため、山科会議辺りからの内容はさっぱり記憶にないのだが。

 そんな真人の心中を知る由もなく、貴臣の話は続く。

 

「もちろん、商人としても中々にやべーやつでな。帳簿なんかの記録には、紅花を扱ったという記載はないらしいんだが……紅花を安く買いたたこうと不買運動を起こしたクソ商人たちを出し抜いたという浮世話は有名だ」

「浮世話なの? やっぱり、紅花を扱った記録がなかったから?」

 

 目を丸くした糺に、貴臣が首を横に振る。

 

「いいや、辻褄が合わないから出鱈目と言われているんだよ。清風氏は江戸の商人たちに対して、買わないならば紅花が無駄になるから焼き捨てると言い放ち、実際にそうして見せて――もちろん古綿荷で偽装はしているんだが、そうして市場が高騰したところで紅花を売りさばいたんだ。だが、資料に残っている紅花の数と、市場価格を考慮した時、利益の概算がヤバすぎた」

「ヤバいって……良いことなんじゃねえの?」

「そうでもない。一国の持つ金に迫るほどの収入を個人が得た日には歴史的大事件だし、それほどの金をどうやって持ち帰るというんだ?」

「ああ、成程。確かに」

「しかし、火のないところに煙は立ちません。人望も実績も確かにあったからこその浮説でしょうね」

「まあな」

 

 オレからの解説は以上だ、と貴臣は湯呑を呷った。

 つられて真人も天井を仰ぐ。

 

「商人にして歌人、ねえ……」

 

 山形に紅花ありと知らしめた人物こそ、かの鈴木清風なのだろう。それにしては活躍がおぼろげなきらいはあるが、真実は当人こそ知るといったところか。

 

「私としても、紅花についての重要人物が闇邪鎧っていうのはフクザツだわ……」

 

 お茶請けの饅頭を加えたままで、糺が嘆いた。行儀が悪いぞと窘めれば、彼女はこちらの口にも饅頭を突っ込んできた。強かなものである。

 貴臣があっと声を上げた。

 

「そうだ、それを訊こうとして来たんだよ。お前たちはあのバケモノと戦っているのか?」

「ええ、そんなところ。内緒よ?」

「心得てる。話っていうのは、オレも戦いに加えてくれないかということだ」

「「――は、はぁ!?」」

 

 真人と糺は、天井に向けていた顔を同時に落とした。

 がっくんと勢いづいたため、あやうく饅頭をほろかしそうになる。

 

「だから、オレも戦わせてくれないか。銀山温泉を守りたいんだ、どうすればいい? ウカノメさんに話をつければいいのか」

「あ、いや。気持ちは解るけれど、駄目だし、無理よ」

「だよなあ……」

 

 真人も頭を抱える。

 

「どういうことだ?」

「インロウガジェットと、モンショウメダル。二つの道具が必要なのよ。これは選ばれた者だけが使えるというか……よしんば真人みたいにインロウガジェットを持っていたり、俊丸さんの時みたいにウカノメさんが管理していることもあるけれど」

「モンショウメダルに関しては、な」

 

 真人自身、ノブナガ闇邪鎧に殺されるあと一歩のところでの覚醒だった。

 雪弥もテーブルにガジェットを並べながら、続ける。

 

「僕の場合も、ガジェットは家宝として受け継がれてきたものでした。おそらくガジェット自体は鎧の倉庫で、そこからどの鎧を引き出すのか――ひいては、どの鎧を纏うに足るかを示す手形のようなものが、モンショウメダルなのでしょう」

「モンショウメダル、ねえ」

 

 貴臣は雪弥のバラメダルを貸してもらい、しげしげと眺めている。

 

「一応言っておくけれど、やめておきなさい。あんたに何かあったら、こころちゃんが悲しむわよ」

 

 糺の苦言に、貴臣は生返事で頷いた。

 そこへふと、部屋の外から貴臣を呼ぶ声がする。貴臣がここだと声を挙げると、しばらくして、旅館の従業員が顔を出した。

 

「支配人……その、本日の営業は続けるのでしょうか?」

「うん? 言っている意味がよく分からないな。まだお客様もいる、従業員も無事。トラブルは発生したが、続けられる状態ではあるだろう?」

「ええと、その……」

 

 煮え切らない様子の従業員に、貴臣は何かを察して目を閉じる。

 

「ここに来る前、従業員たちには声をかけたはずなんだがな……それで、集まっているのか?」

「あ、はい、大広間に。他の旅館の方々もいらしています」

「はあ、そういうことか」

 

 頭を掻き、ため息をつきながら、貴臣が立ち上がる。

 

「何かあったのか?」

「ああ、つまるところ、仲良しこよしで足引っ張りあってんのさ。バケモノ騒動で休業をしたいが、うちだけ営業を続けるとなっちゃ、他の旅館も面子が潰れるんだろう」

「うへえ、『そっちに働かれちゃ休みづらいから止めろ』ってこと? そういう同調圧力、さいってーよね」

 

 糺は顔を顰めながらも、あくまで他人事、不可侵の領分として貴臣に手を振った。

 旅館のことは旅館の人間が対処する。それは真人も理解しているつもりで、お茶を足しつつ、次の饅頭に手を伸ばそうとしたところだった。

 

 しかし、部屋を後にしようとした貴臣が、襖を開けたところでふと立ち止まった。

 

「どうした?」

 

 真人の問いに、貴臣は何度か言いあぐねて、告げた。

 

「白水。お前たちも来てくれないか」

 

 

 

 

 

 真人たちが会議室に足を踏み入れた瞬間、どっと陰気な風が押し寄せてきた。

 

「バケモノが出たんだぞ!」

「どうするの支配人!」

「何とかしてくれ組合長!」

 

 集まっている数十人の老若男女が一斉に突き上げてくる中、貴臣は舌打ちをする。

 

「おーおー、さっき忠臣蔵の話を聞いたせいか、切腹か討死かで揉めている家臣を前にした大石内蔵助の気分だぜ」

 

 尤も、今回の場合は意見さえ割れていないのだが。

 壁際で待機をお願いされた真人たちは、大広間を見渡す。貴臣と同じ作務衣を着ているのが、彼の旅館の従業員なのだろう。

 

 しかし、やはりというべきか、彼らは呑まれていた。

 本来は雇用主と一体になって場を宥めるべき味方が、他の旅館の従業員たちと一緒になって貴臣バッシングに加わっている。

 

「なんか、怖いな……」

「仕方ないわよ、それが同調圧力っていう悪魔だもの」

 

 糺が吐き捨てるように言った。

 一方の貴臣は、海を割って進むモーセのように、広間奥の席に着くところだった。

 

 それを合図に、一瞬、会場が鳴りを潜める。

 彼は目を閉じた。次第に周囲がざわめき始める。

 次の瞬間だった。

 

「うるっせええええ!!」

 

 貴臣の怒号が、大広間に反響した。

 

「どいつもこいつも、支配人支配人組合長組合長ってうるっせえんだよ! ここに集まってるのはこの温泉街でもそこそこ地位の高え奴らだろうが。普段若え衆に対してやれ要領良く動けだの、やれ考えて仕事しろだの言ってんだろう! だったらちったあテメエで考えることはできねえのか!

 今ここにいるのは誰だ! 老害か? 無能か? 違うだろう! ここにいるのは、『銀山温泉という伝統を守り、盛り上げ続けてきた素晴らしき担い手たち』じゃねえのか!?」

 

 緊張が駆け抜ける。

 周囲が気圧されてから、貴臣は静かに居住まいを正す。

 

「…………少なくとも、俺はそう思っている。いや、正直言うと、そう改めて認識させられた。悔しいけどよ、バケモンが言っていた『三方よし』の概念は、俺たちも心に留め置かなきゃならねえ言葉だ」

 

 彼はゆっくりと、ひとりひとりの目を見ながら言った。

 

「銀山温泉というブランドがあることで世間よし、営業することでお客様が楽しむことができれば買い手よし。それだけでも営業をしようという理由には足る。だが、本当にそれだけでいいのだろうか。

 そりゃあ俺たちにとって、今日の午後から来るお客様は、年に何千何万と訪れる人の何人かに過ぎないかもしれない。だが、ここで負けてしまって、休業せざるを得なくなれば。今日明日で一生の思い出を作ってくれたかもしれないお客様の楽しみを棄ててしまうことになれば。俺たちは銀山温泉のスタッフとして、浪漫の売り手として、悔いが残るんじゃあないか?」

 

 はっと、誰かが息を呑む音がした。

 真人は瞬きさえ忘れていた。プロというものの在り方を、目の当たりにした気がした。

 こと社会的価値で見れば、買い手に喜んでもらうということが最上だろう。利益が上がり、何億という市場価値を生み出せば成功者である。

 今回のようなケースでも営業を続ければ、貴臣率いる銀山温泉は『バケモノにも負けずにサービスを提供し続けたストイックなスタッフ』として称賛の言葉でも浴びるかもしれない。

 

 しかし、それだけではいけないと彼は言った。

 

「営業をしよう。ただし、ツアー主催者とそのお客様に、今回の事件のあらましを必ずご説明し、帰宅を希望する方には交通費と粗品の手配。後日改めて、手紙で謝罪させていただこう。

 説明を受けた上で利用したいと申し出てくださるお客様には――全身全霊でおもてなしをすること」

 

 そう言って立ち上がった貴臣は、深く、深く頭を下げる。

 

「今こそ、皆様の力が必要です。従業員を危険な目に遭わせるのです、この一件が落ち着いてから、私を解任してくれても構いません。ですがどうか、どうか今だけは! 今暫く私に、銀山温泉に、御力をお貸しいただけませんか!」

 

 しん、と、彼の熱意を量るように、いやな静寂が訪れた。

 

 真人は糺と雪弥に目配せをし、手を胸の前に掲げた――が、しかし、それは無粋だった。

 こちらがサクラのようなそれをする前に、広間中から拍手が巻き起こったのだ。

 

「あははっ、私たち、危うく温泉に水を差すところだったわね」

「想いの丈は皆同じだったということでしょう。素敵な事です」

 

 苦笑する二人をよそに、真人はちょうど、貴臣と目があった。

 小さく手招きをされ、歩み出る。彼は、少し照れくさそうに言った。

 

「あーその、そういうわけだ。面倒を押しつけて悪いが、またバケモノが現れたら、その時は頼む」

「もちろん。むしろ、謝るのはこっちの方だぜ。次は必ず、皆を守りきると約束する」

「助かる。部屋も一等いいものを手配するさ」

 

 貴臣は振り返り、口に手を当てて、とびっきりの歓声を放つ。

 

「よしみんな、ひとっ風呂浴びてこい! 今夜の花笠踊りは、至上最高に盛り上げるぞ!」

 

 温泉中を震わせるような、応、の返事が勇ましかった。

 

 

 

 

 

 真人たち男性陣は、駐車場側の坂道を少し戻ったところにある露天風呂までやってきていた。

 貴臣の経営する旅館は現在従業員が入浴中であるため、彼のお気に入りであるという湯に案内されたのだ。

 

「すげえカッコよかったな。『うるっせええええ!!』って叫んだ時は、どうなるかと思ったぜ」

「相手を上回る怒気をぶつけてから、丁寧に本心を話す。警察なども使う、上手い手法ですね」

「よせよ、そんな駆け引きができるタマじゃない。遮二無二だったさ」

 

 長方形のスペースに寝転がるようにして入る露天風呂は傾斜がかかっており、好い具合に景色も楽しむことができる格別のスポットだった。

 南に昇った太陽は背中側。空からの眩しさで邪魔されないどころか、立ち昇る温泉の湯気に反射して、景色を爽やかに照らすステンドグラスのようにきらめいている。

 

「しっかり守らないとな」

 

 まるで自分に言い聞かせるように、貴臣が呟いた。

 

「最初に悩みを聞いたからかもしれねえけど。なんか、顔つき変わったな」

「そうか? まあ、確かにあの時は、バケモノが暴れてぶっ壊れるなら、それでもいいと思ってたしな」

 

 彼はそう言って、何かを吹っ切るように伸びをした。

 

「かなりビビってた。汗だくになっていたよ。それで、お前たちのところへ行く前に着替えたんだが……そのとき、こいつが目に入った」

 

 掲げて見せられたのは、蛍があしらわれたネックレスだった。

 

「それは、こころちゃんとお揃いのものですか?」

「ああ。こいつと約束しちまったんだよ」

 

 貴臣は青空を仰ぎ、眩しそうに目を細めた。

 

「蛍が光る理由、知ってるか?」

「理由? うーん……動物や虫の習性でいけば、異性へのアピールとかか」

 

 改めて問われると難しく感じて、真人はお手上げだと肩を竦める。

 

「まあ、それもあるだろうけどな。一説には、光ることで蛍が交信してるといわれてる。こいつらにとってはたかが会話なんだろうが、それが、俺たちにとっては美しいものに見えるんだ」

「成程、勉強になります。習慣が実力に繋がっていくということですね」

「お、真人と違って雪弥は熱心だな。真人と違って」

「何で二回言った!?」

 

 真人が飛び上がると、雪弥がくすくすと笑う。

 

「事実でしょう? さっきだって、笹原先生が見せてくれた忠臣蔵のこと、忘れていた風な顔をされていたのは誰だったでしょう」

「ちゅ、ちゅーしんぐらは憶えてるし!」

「それでは先輩に問題です、大石主税の幼名は?」

「し、知ってるし! ゆ……雪之丞」

「どこの作詞家ですかそれは。松之丞ですよ」

「ニアピンしてるじゃんか!」

「不正解は不正解です」

 

 雪弥にガッツポーズを下ろされてむくれていると、貴臣が大笑いした。

 

「お前たちは本当に面白いな! 話を聞いた限りでは、相当な修羅場を潜ってそうだったが、それにしては緊張感が無い――あいや失礼、マイペースを保てるのは感心するよ」

「おいこら、緊張感無いって言ったろ今!」

「落ち着いて下さいお爺ちゃん、言い直して貰ったでしょう?」

「まだボケてねえよ!?」

 

 真人は頭に乗せていたタオルを外し、ムキーと噛みしめる。

 実際にムキーと言ってみたら、雪弥に白い目を返されてしまった。

 

「ははは、本当に感心するよ。蛍についても、釈迦に説法だったかな?」

「ああ、そうです。先輩のせいで話が逸れました。蛍とお仕事の関係性でしたね」

「ざっくり言えばそういうこった。はじめは大変な努力でも、いつかはそれを常にしなきゃならねえ。IT導入の話もそうだな。

 そうやって俺たちは、銀山温泉の従業員としてお客様に。一社会人として子供たちに。プロフェッショナルの一人として、キラキラして見えるようにしなきゃならねえんだ。従業員が辛気臭い顔している旅館とか泊まりたくねえし、子供たちも憧れないだろう?」

 

 真人ははしゃぐ手を止めて、目を丸くしていた。この年での社会人など、一般的にはせいぜい新卒数年目。一個の担い手として、ここまで考える者はごく少数だろう。

 その『一般的』には、父の跡を継いで農家をはじめた真人自身も例外ではなかった。

 

 父の意志を継いだ気にはなっていても、果たしてそれはどれほど成し得ているだろうか。

 農家として。そして、戦士としても。

 

 ふと、ノックの音で我に返る。

 

「――支配人。こちら側の湯に空きはございますでしょうか?」

「んー? どうした、あぶれるほどではなかったと思うが」

「無事でいらしたお客様も入浴をご所望されておりまして……」

「ははっ、流石に従業員が邪魔するわけには行かないわな。いいぞ、オレたちもそろそろ出るところだ、何人でも連れてこい」

「はいっ、ありがとうございます。失礼します」

 

 扉の向こうで、跳ねるような足音が遠ざかっていく。

 それを聞いた貴臣は、何度かああ、んん、と唸ってから、気まずそうに笑った。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 一方の女性陣は、『憧憬湯』の露天風呂を貸し切って湯あみをしていた。

 

 ひのきの香る高台の浴室は、大自然の中に溶け込むような錯覚さえ抱かせる。木々の緑を映したからか、薄い翡翠のような湯の色が美しい。

 露天から望める滝を堪能した糺は、深緑の空気を胸いっぱいに吸い込み、湯船に腰を下ろした。

 

「ああ……空気もお湯も溜め息が出るわ。幸せって、こういうことなのね」

「えへへ、でしょー? ここはね、こころのヒミツのばしょなんだよ!」

「そうなの? 凄いわね、教えてくれてありがとう」

 

 糺はまだ濡れていない左手で、小さな頭を撫でてあげる。

 宿泊客向けに解放されている一角で秘密もなにもないだろうが、それを言うのは野暮というものである。サンタは親だと言うことと同列の重罪だ。

 

 ふと、こころの首にかかったままのネックレスに、目を留めた。

 

「その首飾り、素敵ね。誰かからのプレゼント?」

「えへへ、お兄ちゃんとおそろいなの!」

 

 こころはくすぐったそうにはにかむ。

 

「こころの名前はね、銀山温泉がぶたいになったドラマがゆらいなんだって。えっとね……うーん?」

「ああ、それは『おしん』だべにゃ」

「それえ!」

 

 助け舟に、こころがきゃっきゃと跳ねる。

 ウカノメは肩までしっかりと浸かり、目を閉じていた。露天風呂でそれはどうかとも思うが、彼女なりに、湯に敬意をはらっているのだろう。

 

「ああ、なるほど。しんを心って字で当てたのね」

「でね、でね! お兄ちゃんが、人は一人では生きていけないんだよって、だから人に優しくしなさいって、蛍をプレゼントしてくれたの!」

「あのシスコン、九歳の女の子に随分と難しい話してるのねぇ……」

 

 これだから男は、と呆れていると、こころは首を振った。

 

「ううん。こころね、いつかは銀山温泉で、みんなを笑顔にするためにはたらくこと、ちゃんとわかってるよ。だから、むずかしいことなんじゃなくて、たいせつなことなの。お兄ちゃんはこころのために、いつもがんばってくれてるんだよ」

 

 真剣な眼差しだった。純朴故に、どこまでも深く物事を捉えようと懸命な瞳が揺れている。

 糺は心の中で、貴臣に謝罪した。あなたは立派な兄だと。同時に呪った。いつか『お兄ちゃんと洗濯物を一緒にしないで!』と言われてしまえと。

 そう思うと、不思議とツボに入ってしまい、頬が緩む。それを気取られないように、努めて柔和な笑みを保ちながら、糺は顔を上げた。

 

「こころちゃんは、お兄ちゃんが好きなのね」

「うんっ、だいすき! 大きくなったらね、お兄ちゃんのおよめさんになるの!」

「ぷっ、ふふっ、ごめ、もう無理、あははっ、今どきこういう子もいるのね!」

 

 やはり呪おう。そう思った矢先だった。

 

「糺お姉ちゃんは、真人お兄ちゃんのおよめさんになるの?」

「ぶっふぅ!?」

 

 人を呪わば穴二つ、である。

 

「けほっ、けほっ……ど、どうして真人なのかしら。雪弥くんの名前も挙げてあげましょうよ」

「だって、糺お姉ちゃんがお兄ちゃんとしりあいっていったとき、真人お兄ちゃん、ちょっとさみしそうな顔してたよ?」

「ああ、あれは正しく嫉妬だべな」

「ブルータスっ!?」

 

 ウカノメからも支援放火があるとは思いもせず、糺は湯船の底に滑り込むところだった。ここがひのき製で助かった、コンクリート舗装なら危うかったかもしれない。

 

 いや待て、よくよく考えてみれば、今の発言でどうして私が動揺する必要があっただろう。

 寂しそうな顔をしていたというのは真人の方であり、決して自分ではない。ならば何故? 条件反射かだろうか。それとも自分もそんな顔をしていた心当たりがあったのか。

 あるいは、真人にそんな顔をしてもらえたことを、嬉しいと思ってしまったのかもしれない。

 もちろん『少なからず』であり、当然ながら『どちらかと言えば』である。

 

「げっほげっほ……わ、私のことはいいのよ! えっと、その……あっ! 貴臣くんも同じネックレスをしてたわよね。お揃いで良いわねー、おほほほほ!」

「うん! だいすきだからおそろいなの! ねえねえ、糺お姉ちゃんと真人お兄ちゃんは、何かおそろいのもの、あるの?」

「(やだ、無限ループって怖くない!?)」

 

 糺は思わず顔を背けた。純真故の容赦ない追及は、砂場をスコップで掘るように、容赦なくこちらの心を抉ってくる。

 

「(お揃い? そんなのあるわけないでしょうよ、こちとら彼氏だっていたことないのに、どんなものを揃えればいいのかなんて分かんないし! 強いて挙げればインロウガジェットとか……? ああいや、さすがにアレをお揃いにカウントしちゃいけないってコトくらいは解かるわ……)」

 

 気が滅入りそうになる。

 よし、こういう時は経験者に御知恵を拝借しようと思い立った糺は、敢えてこころに切り返すことにした。

 

「ねえ、こころちゃん。どんなものをお揃いにすればいいかな?」

「んー、こころ、むずかしいことわからないけど、なんでもいいとおもうよ?」

「何でもいい、の?」

「なの! 糺お姉ちゃんのだいすきをいっぱいいっぱいこめれば、真人お兄ちゃんにとどくはずなの!」

「ガッデム!!」

 

 糺は湯船にダイブした。

 降参だった。タオルがほどけ、髪がおどろになってしまうことさえ気にしていられない。大好きを込めるだ? その込め方が解らないと言っているんだよこっちは!

 

 くつくつとウカノメのからかうような笑い声を耳に入れないように、より深く潜る。

 しかし、温泉の湯というものは適度に熱い。火照った顔など冷えるわけもなかった。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 その夜は、かつてないほど熱狂的な銀山の姿があった。

 羽毛の絨毯がごとき白雪の世界でもなければ、時代さえ遡る紅葉のレッドカーペットがあるわけでもない。桜が散り、未だ深緑と呼ぶには若い緑が、うっすらと夜の向こうに見える程度。ましてや、昼間には異形騒動があったばかりだというに。

 

 人々は踊った。それでも踊った。

 

 銀山温泉では、奥の坑道を解放する間の夜に花笠踊りのパフォーマンスが執り行われる。

 普段は、温泉協会の中でも選りすぐりの舞手が数人、温泉街の中央の橋の上で見事な花笠の乱れ舞うところを披露してくれるという。

 

 しかし今宵は、中央だけとはけち臭いと言わんばかりに、温泉街のありとあらゆる橋の上で、欄干が弾け飛んでしまうほどの人々が溢れかえっていた。

 ガス灯や、旅館から漏れる明かりは、シャンデリアか、はたまた後光か。

 まさに、銀山の御祭りである。

 

「やっしょーまかしょ! しゃんしゃんしゃんっ!」

 

 真人たちも温泉街にある貸衣装屋から羽織袴を借り受け、見よう見まねで花笠踊りに興じていた。

 

「なあ、やっしょうまかしょって、どういう意味なんだろうな」

 

 傍で踊る雪弥に訊ねる。彼の袴姿はさすがに似合うものだったが、それだけに、普段とは異質な雰囲気を醸す大正風の出で立ちは新鮮さがあった。

 異様の最たる例であるハットのツバから、きょとんとした瞳が覗く。

 

「言われてみれば、考えたこともありませんでしたね。祭りのかけ声とはそういうものとばかり……」

「だよなあ。おーい、糺、知ってるか?」

 

 真人は声を上げた。

 糺は人混みから少し離れたところで、おしくらまんじゅうを避けるようにこころと手を繋ぎ踊っていた。

 

「なにをー?」

「やっしょーまかしょの意味!」

「ああ、それね。ちょい待ち」

 

 口角をそっと緩めて、彼女はこころを抱き上げ、橋を渡ってくる。

 持ち合わせている肌の白さも相まって、鮮やかな矢羽文様の紅染めに、夜の中でもなお際立つ濃紺の袴がとても美しかった。

 

「花笠踊りって、元は徳良(とくら)湖の堤を築く工事の中で生まれた土搗唄(どつきうた)に、舞を加えたものらしいのよ」

「土搗唄? なんじゃそれ」

「簡単に言えば、作業する時のかけ声ね。エンヤーコラとか、エッサホイサーとか、聞いたことあるでしょう?」

 

「ああ、成程。それでしたら『やっしょーまかしょ』は、やりましょう、任せましょう、といったところでしょうか」

「かもね。そうしたかけ声を訛らせたり、簡略化したものが語源と考えて良さそうよ。もしかしたらそのうち、コンビニの店員なんかが言う『っしゃーせー』も土搗唄になったりして」

「ねえよ」

 

 くだらないことで笑いあえるのも、祭りの空気故だろうか。

 そう思ってしまうほどに、辺りは賑やかだった。異形に負けないように、銀山温泉の誇りを見失わないように。誰もが懸命に戦っていた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 だからこそ、その場にいない者がたとえ温泉の重要人物であろうと、誰も気が回らなかったのだろう。

 貴臣が本間の襖を開くと、ウカノメは静かに座していた。

 

「よくござっしゃったな」

 

 口調こそ日中のように飄々としていながらも、お茶をすすっているだけのはずの佇まいからは、びりびりと痺れるような気配が感じ取れる。

 

「(マジで神様だってのか……?)」

 

 貴臣から持ちかけた密会ではあったが、ウカノメの正体については、今この瞬間まで半信半疑であった。

 本能的に胃がひっくり返ろうとえずくのを堪え、母から叩きこまれた営業スマイルを保つ。

 

「呼び出しちまってすまねえな、婆さん」

 

 そう声をかけると、ウカノメの目がくわ、と見開かれた。

 

「お姉さんだず!」

「ひぃっ!?」

 

 おいおい嘘だろうと。というより、出会ってからこの方、散々年寄り扱いしていただろうと。

 今になって爆発したのか、それとも自分が一人になる時をこれ幸いと締め上げるつもりで機会を窺っていたのか。真人たちは彼女を神様と話していたが、そもそも何の神様なのか。

 邪神、あるいは――

 

「くっ、あーはっはっはっは! 『ひぃっ!?』あて、はー、おっかしぃずにゃ!」

 

 突然手を叩いて笑い出したウカノメに、貴臣は面食らった。

 

「何びくびくしったんだず、別に取って喰うわけじゃあねえんだがら。祭りさ行がんねでちょんどしてらんなねんだ、意地悪のひとつぐらい言わせてけだってさすけねべ?」

「それは、まあ……」

「なに、どうせ年寄りにあだな激しい踊りは無理だっす。おらの方もさすけねえ。ほれ、座らっしゃい」

 

 貴臣は促されるまま、テーブルの角を挟んだところに腰を下ろした。

 

「んで、何したってのや」

「……あなたに頼みがあって来た」

 

 声を絞り出す。やけに喉が渇いて、差し出されたお茶に飛び付いた。

 ウカノメはこちらの不作法を待ってくれてから、切り出した。

 

「言いたいことはわがる。けど、あれはポンと出せるもんでねえのよ」

「ああ、その辺は真人たちに聞いてる。選ばれた戦士たちなんだってな」

「わがってるなら――」

 

「だから来た」

 

 ウカノメの言葉を遮り、じっとその目を見返す。

 貴臣は座布団から降り、半身分退くと、懐から小さな布の包みを取り出した。

 

 





どーもっし! 柊一二三です。
随分と冷え込みが厳しくなってきましたね。
センター試験の時期は毎年、雪にまつわるトラブルが発生します。そんな時期に拙著を読む学生さんなどいないかとは存じますが、皆様、対策は万全でしょうか?

私も万全です! ――と言いたいところですが、実はやらかしてしまいまして。
電気毛布を導入したのですよ。ぬくぬくです。眠りにつく際はもう最高の心地です。
で、ですね……寝坊を(目逸らし)
『過ぎたるは及ばざるが如し』ってこういうことなんだなーと。ええ、もちろん再発防止のために、電気毛布は撤去いたしましたとも。


さてさて、今回は中編ということで、闇邪鎧のモデルになった偉人の紹介でございます。
今回ご紹介するのは、『鈴木清風』氏です。
もしかしたら、ギャグマンガ日和をお読みの方は名前をご存知かもしれません。

清風という名前は俳号といって、歌人としてのペンネームです。
本名は鈴木道祐。後に商人の家督を継いで鈴木八右衛門の三代目を名乗られます。
ではなぜ鈴木八右衛門の名で知られていないのかと言いますと、その答えは、彼の経歴にあるでしょう。

三代目を襲名するというだけあって、清風氏は二代で大きくした豪商の家に生まれます。
しばらくは若旦那として下積みを重ねていく中で、30歳になる頃、斬月軒清風という俳号を名乗るようになりました。お家の襲名より、こちらが先だったのですね。

きっかけは清風の母にあったと考えられます。
清風が32歳の頃に、彼の歌が『松島眺望集』という歌集に載せられるのですが、ここには彼の母親の句も入集しています。

清風氏は松尾芭蕉との仲が良かったことでも知られておりまして、おくのほそ道で芭蕉が山形に来たのも清風氏に会う『ついで』であり、尾花沢を超えて最上川まで足を延ばしたのも『清風氏が紅花の繁忙期で忙しかったため』だと云われております。
かの芭蕉相手にこの対応で通じると考えれば、親交の深さが窺えますね。

さて、アラサーの身で俳諧を志し、家業である商人としてはどうだったかというと、
父・道西の隠居に伴う形で、42歳のときにようやく三代目を継ぐことになります。
一見なんら不思議ではないような気もしますが、時は江戸、1692年です。まだ200年程も幕府が続くことを考えれば、元服からの世襲はやや遅いように感じます。
さらに世襲をする4年も前に妻が逝去しているとなれば、尚更でしょう。

ちなみに、本編でも紹介した、紅花を巡る江戸商人との駆け引きは1702年のこととされています。
57歳です。現代社会においても、かなり晩年の活躍と言えるでしょう。そうですね、いわば『プロフェッショナル』で紹介されるタイプであり、若年層の天才型にスポットの当たりやすい『情熱大陸』寄りではない、という表現ではいかがでしょうか。

何故こうも『遅い活躍』ということを強調しているかというと、ここが、私の考える『鈴木清風の名前が全国的知名度にならなかった大きな理由』だからです。
功績そのものは素晴らしいものであり、十分に偉大な人物ではあるのですけれどね。

そして、私見ではございますが、清風本人もそれを自覚していたと思っております。
その根拠は1721年、71歳でこの世を去った彼の、辞世の句にあります。

『本来の磁石を知るや春の雁』

直接この訳を載せている資料が見付けられなかったので、考察をしていきます。

まず、『春の雁』は季語です。病気や怪我で群れからはずれ、仲間が北方へ帰ったあとも残っている雁のことを指すのだとか。
ある資料によると、尾花沢の紅花は、雪の関係で収穫時期がずれていた(遅れていた)とありました。皆さまにも当コーナーで再三『村山超えると雪がやべえ』とお伝えしておりますので、ご想像いただけるかと思います。
そして『磁石』とは、文脈を考えれば方位磁針でしょうね。調べてみたのですが、日本で実践的な羅針盤が発明されたのは1655~57年とのことですので、清風氏の生きた時代から考えても入るべくして入ったワードのように思えます。

春の雁。実際、清風氏は歌人としても商人としても遅咲きでした。
まずは俳句。清風氏も名を連ねた七吟歌仙の中からピックアップすると、確認できる古い作品を送り出した年齢が、芭蕉は19のとき、服部嵐雪は24、宝井其角は明確に判りませんが、1661年生まれで1673年からの延宝の初期に芭蕉の門下に入ったそうなので十代後半から二十代前半であったことは確かでしょう。
それに比べて清風氏は29。遅咲きの部類であったと考えられます。

また商人としても、時代の近いところでいえば、航路の整備で名を馳せ『江戸を作った男』ともいわれる河村瑞賢や、清風氏と同じように『大尽』の異名を持つ紀伊国屋文左衛門が挙げられますね。
瑞賢は13で江戸に出て資産を増やしたといわれ、名を馳せることになる明暦の大火の際は39歳。文左衛門は20代のうちに紀州蜜柑で富を獲得したといいます。
これに対して清風氏の紅花伝説は57歳。やはり遅咲きです。しかも瑞賢は芭蕉、文左衛門は其角と交流があったとされているのですから、彼らの噂は耳に入っていたことでしょう。


辞世の句ですから、自分の心中を歌にします。
ここでいう『春の雁』とは、まさに清風氏自身を指すのではないでしょうか。

紅花大尽とまで呼ばれたとされながら、殆どの人が名を知らない。
その伝説的活躍も後世では出鱈目だと断じられ、帳簿に記載がないことで『紅花を扱っていなかった』とまでいわれることもあり。
記念館も単独ではなく、芭蕉との抱き合わせ(これについては親交の面もあるでしょうが)。

彼の活躍が真だったとすれば、これほど辛いことはないと思います。

しかし、やっぱり凄い人物だったのだなあと思い知らされるのが『本来の磁石を知るや』の部分。
どんな環境下にあっても腐らず屈さず、確かな研鑽を積むことで『本来の磁石(進むべき道)』に乗ることができるという、商人――ひいては挑戦者としての心構えを遺してくれているようにも感じます。


偉人とは、人間とは、斯くありたいものだなと思います。
ならば私の『本来の磁石』は何だろうか……なんて、アリストテレスの命題のようなことを思案しながら、今回はお開きとさせていただだきます。

こんなすっごい人を、闇邪鎧としては随分とコメディチックというか、アイロニックというか、なんや性格が面白いことにしてしまいましたが(白目)
暴力の通じない奥義をどう破るのか、来週更新の第5話後編を、どうぞお楽しみに!

ではではーノシ



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後編/知らん!

「こいつが、必要なモンなんだろう?」

 

 貴臣が包みを開くと、そこには一枚のメダルがあった。

 見えている面には、額に角のある武者を正面からみたような勇ましいマーク――片仮名の『オ』を図案化した尾花沢市の市章が描かれている。

 

 目を丸くしたウカノメが、半信半疑にひっくり返すと、そこには西瓜のマークがあった。

 

「ないだってや……こいづ、どこで手に入れたのや?」

「こいつは、こころがくれたものなんだよ」

 

 そう言って、貴臣は首から下げた蛍のネックレスを愛おしそうに掲げる。

 

「ネックレスをプレゼントしたら、あいつ『お兄ちゃんにぴったりのお返しを神様にお願いしたら出てきた』って言ってな。サンタが来るにも時期外れだし、親父もお袋も知らないと言うしで、正直不気味だった――今日までは」

 

 顔を上げる。

 

「これが思し召しなのだとしたら、オレはその運命ってやつに感謝したい」

「んだか」

 

 ウカノメが頷いた時、誰が打ち上げたのか、外で極彩色が弾けた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 翌朝、真人たちは外に集まっていた。

 

『どーもどーも、清風印の饅頭はいらっしゃりませぬか~!』

 

 軽快な謳い文句に、今一度気を引き締める。どこからか一陣の風が吹いたかと思うと、そこにはセイフウ闇邪鎧が立っていた。

 

『いやはや、開店前よりの行列にしては、ちと数が欲しいところでございますなあ』

「その必要はありませんからね」

「そうよ。閉店セールの間もなく潰してあげるわ」

『おうふ、こわいこわい。どっちが悪党なんでございましょ。ああいや、悪党というよりはいじめっこですな。その羽織は旅館の者が身に纏うものでござりましょう? あなたがたもそこに与して、ワタクシに乱暴する気なんですね、エロ同人みたいに!』

 

「……意味わかんない」

「よく回る舌ですね……」

 

 調子が崩れる様子のないセイフウに、糺と雪弥が顔を顰める。

 真人が一歩進み出た。

 

「こいつは俺が無理言って、温泉(ここ)の人たちが貸してくれたものだ。今の俺たちは、銀山温泉に関わる一人として、お前を倒すために立っているんだよ!」

 

 それを聞いたセイフウははたと足を止め、考え込む風に頬を掻く。

 

『ううむ……私はどちらを否定すればよろしいのでしょう?』

「何っ!?」

『そのような格式ばった出で立ちをしないと気合も入れられない貴方方か、あるいは……従事する者としての誇りである法被をほいほいと他人に貸せる、銀山温泉の担い手か』

「こんの野郎――」

 

 くつくつと嗤うセイフウに、真人は怒り心頭だった。

 感情が込み上げる。ぐつぐつと煮えたぎる。温泉よりも熱く、沸騰していく。

 

「いくぞ、二人とも!」

「ええ!」「はいっ!」

 

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

《バラ! 出陣‐Go-ahead‐、ゴテン! (あく)(そく)(ざん)(とく)(すい)(さん)!!》

 

 果樹の鎧を纏ったニシキは、地を蹴り、飛び上がった。

 

「ちょんどしてろ、くらすけてやる――どりゃああっ!」

 

 大きく勢いをつけた拳の一振りは、しかし、セイフウにひらりと躱される。

 

『おおっと、危ない危ない』

「そうね、()()危ないわよ?」

 

 すかさず懐に入ったのはレイ。地面すれすれから打ち上げるようなアッパーと、その背後から現れたゴテンの居合抜きで、セイフウを狙い撃つ。

 足下を気にすれば刀が、上を躱せば拳が迫る。後ろに退けば刀のリーチが、横に捌けば拳のフットワークが追ってくる。

 退路を封じたコンビネーションが、セイフウにクリーンヒットした。

 

『あいたたたっ、酷いですな、んもう!』

 

 胸を抑えてぴょんぴょんと跳ねた後で、セイフウはため息ひとつ、周囲に邪気を立ち込めさせた。

 

『やれやれ、物量作戦は品がありませんが……数には数で対抗させてもらいましょ』

 

 湯煙のように漂う邪気の中から、大量のミダグナスが召喚される。

 レイが鼻で笑った。

 

「そんな雑魚、いくら集めても仕方がないわよ?」

『ええ、ええ。そうでしょうとも。()()()()()()()()()――ね』

「まさか、狙いは一般人(みんな)か!」

 

 ニシキが身を翻した時にはもう遅く、ミダグナスたちは橋を渡り、対岸を駆け、温泉街に立ち並ぶ旅館という旅館に攻め入ろうとしていた。

 

「まずい、行くぞ雪弥!」

「はいっ!」

 

 ゴテンとともに追い縋ろうとするも、さらに召喚されたミダグナスによって進路を塞がれてしまう。それをあしらうことは容易く、ほんの少しの時間があれば十分である。

 しかし、その少しの時間で、旅館の包囲網が完成されていた。

 

 真人は舌打ちをする。

 

「(俺と雪弥で挟むように蹴散らして、セイフウの足止めは糺に任せるか? いや、闇邪鎧の相手をするなら俺か雪弥の方がいいのか……?)」

 

 どの手段が早いだろう、誰が行けば確実だろう。それとも、セイフウを三人がかりで仕留めた方が、結果的にミダグナスの早期消滅に繋がるのだろうか。

 これまでにない状況に立ち惑う。

 そんな時だった。

 

 ミダグナスが『憧憬湯』の前に立ち、自動ドアが開く――と同時に、中から飛び出した棒状の何かに吹き飛ばされたのだ。

 

「も、モップぅ!?」

 

 ニシキは目を疑った。

 当のモップは引っ込むどころか、箒やらデッキブラシやらを引きつれて飛び出してくる。隣で経営している蕎麦屋からはフライパンが、饅頭屋からは生地を伸ばす麺棒が躍起になって現れた。

 どの顔も見たことがある。昨日、大広間に集まっていた人々だ。

 

「何が……起こってるんだ?」

「おっとり刀にしては、用意が良すぎます……よね?」

 

 気が付けば、温泉街中の従業員が表に出てきていた。それどころか、浴衣姿の観光客までもが、ボストンバッグを振り回しながらミダグナスに飛びかかっている。

 

「うおおおお! おらたちの銀山温泉を壊させねがらな!」

「死にたくない、死んでたまるか、やってやるぞ!」

 

 決死――というには恐怖が勝っているが、パニックに陥っているという様子にも見えない。

 皆が一様に、意志を持って異形に立ち向かっていた。

 ニシキは一人の従業員の援護をしながら、その肩を捕まえる。

 

「おい、危ないじゃねえか。何をしてるんだよ?」

 

 すると、彼は歯を見せて笑った。

 

「私たちも、プロフェッショナルですから! 辛気臭い顔なんてしてられませんよ!」

「プロ……? その声、どこかで――ああっ!!」

 

 ニシキは記憶を掘り返し、驚きに声を上げた。

 

――支配人。こちら側の湯に空きはございますでしょうか?

 

 彼は、真人たちがお湯をいただいた際、扉越しに貴臣へお伺いを立てた従業員である。

 つまり、彼が言う『プロフェッショナル』とは、

 

――そうやって俺たちは、銀山温泉の従業員としてお客様に。一社会人として子供たちに。プロフェッショナルの一人として、キラキラして見えるようにしなきゃならねえんだ。従業員が辛気臭い顔している旅館とか泊まりたくねえし、子供たちも憧れないだろう?

 

 湯煙に溶けたと思っていた理想像は、確かに受け継がれていた。

 

「人は一人で生きていけない、か」

 

 ニシキはいつかの言葉を噛みしめる。

 単に、自分が生きるために他人の力が必要だからというわけではないのだと、気付く。目の前の彼が、貴臣の言葉を聞いたのは偶然かもしれない。しかし、その想いが彼を動かし、伝播して他の従業員が立ち上がったのは、従業員たちの行動力であり、想いがあったからこそ。

 そして何より、貴臣が理想を掲げ、突き進もうとする人物であったからこそなのだ。

 

 貴臣が従業員たちによって『立派な支配人』として生きていられるように、人は一人では何者でもない。一人ではアイデンティティが死んでしまうからだ。

 

「そうだ、皆で守るんだ! オレたちの銀山温泉を!」

 

 戦う従業員たちの後ろから、件の貴臣が歩いてくる。

 一歩一歩、誇りを持った力強い足取りだった。

 

「だが、ケガだけはすんなよ!」

 

 そう言って、貴臣は法被の袖から手のひら大の金色のケースを取り出した。

 

「な、あれは……!」

「仕事に支障を来たしたら許さねえし――」

 

 ぐっと大切に握りしめられた右手からモンショウメダルが現れ、インロウガジェットへと装填される。

 

「――オレがさせねえ」

《スイカ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ギンザン! 力量(ウデ)良し、器量(カオ)良し、熱量(ココロ)良し!!》

 

 命を育む(あお)が貴臣の体を包み、命を癒す温泉(あお)が産声を伴って迸る。

 

「真打ち登場! 待たせたな、オレは――命泉王ギンザンだ!」

 

 現れた蒼穹の戦士は、ブルース・リーのように親指で鼻を弾き、笑った。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 ギンザンは欄干を飛び越え、人手の薄いところのミダグナスを蹴り飛ばした。他の奴らが振り返ったところに、渾身のパンチをお見舞いしてやる。

 手を何度か握っては開き、その感触を確かめる。

 

「うし、やれるな」

 

 意外や意外。初めて使った力の割に、随分と体に馴染んでいた。

 これが神様の力というやつだからなのか、それとも、大切な人の想いによって成し得た力だからなのか。

 

「ありがとう、こころ」

 

 鎧越しに、胸元にあるだろうネックレスに手を当てる。

 背負うものがある。肩に載せられたものがある。胸に熱く抱く人がいる。

 負けられないな。ギンザンは微笑み、ヤツダテドライバーのスイッチを叩いた。

 

 現れたのは、鎖付きの鉄球(フレイル)だった。鉄球部分は緑に黒の縞模様が美しい、果実の形を模しているらしい。

 

「ははっ、尾花沢スイカか。美味そうだ!」

 

 武器の形状自体は、ファンタジーの映画やゲームなどで見たことがないわけでもない。しかし、その記憶にあるものと比べると、スイカは随分と大きい。

 西瓜型鎖付鉄球『スイカフレイル』を手にしたギンザンは、手始めにセイフウへとぶん投げてみた。

 

『わ、ちょ、ウェイウェイウェイッ! そんな危なそうな鈍器とか聞いてないでござるよ!』

「オレも聞いてねえんだ、おあいこってことで!」

 

 左手で絵を引き、鎖を右手の指に引っかけて軌道を変える。体を一回転させて周囲のミダグナスを薙ぎ倒しながら、再びセイフウへと狙いを定めた。

 

『危ないと言っているでしょう、ぷんぷん!』

 

 鉄球から逃げ回りながら、セイフウは次元の扉を開いた。

 

『おいでませ、「本来の磁石を知るや春の雁(ワイルドグース・ザ・ドリーム)」!』

 

 雁が雄々しく羽ばたく。相変わらず、闇邪鎧の使いにしては清廉としたものだ。

 滑空してくるそれに、ギンザンは怯むことなく鎖を引き込んだ。

 

『ふふふ、忘れたのですかな? ワタクシの奥義に暴力は無意みぃっ!?』

 

 勝ち誇ったセイフウの声は二秒で崩れ去った。

 鉄球が触れた雁が撃ち落とされたからだ。

 

『何で? どうして? ホワイジャパニーズバード!?』

「何でかって言われてもな。誇り……かな」

『ほわっちゅ!? 冗談でしょう!?』

 

 地団太を踏んでの抗議がうるさい。

 ギンザンは冗談だ、と肩を竦めると、得物を掲げた。

 

「ちょいとネタバレになるんだがよ、こいつは爆弾なんだ」

『あハイ…………はい?』

「発破だよ、発破。銀山の名前の由来は知ってるだろう? その開発に使われた発破の力を持っているのがコレだ」

『だから何だと言うのです! 爆弾はバクダン! 武器はボウリョク! そうでございましょう?』

 

 頭を抱えた素っ頓狂な悲鳴に、ギンザンはちっちっち、と指を振る。

 

「前提が違うんだなあ。開発は何のためだ? 爆弾は何のためだ? 作業を効率化させ、地域の活性化、繁栄、ひいては人に恵を齎すためだろう? いわば、剣と包丁の違いみたいなもんさ」

『はああああああああああ!?』

 

 セイフウはがっくりと膝をついた。

 

『つまり何ですか。爆弾は殺傷や暴力のためのものではないから、ワタクシの奥義の抑止力対象ではないと?』

「まあ、そうなるな」

『包丁とて人を刺せば殺人でござりますよ!? 貴方の得物も同様、それがなんであれ、得物として用い、攻撃のために爆発させるなら暴力でございましょう!』

「それはほら、あれだ。オレは暴力のためじゃあなく、皆を守るために振るってるから」

『いやいやいやいや!』

「いやいやいやいや!」

 

 セイフウの言葉と同時に、何故だか隣からもツッコみが入り、ギンザンはたじろいだ。

 

「どうした真人、遅かったじゃないか。……ん? ああ、雑魚を蹴散らしてくれてたのな。ありがとう」

「どういたしまして――じゃなくってよ! なんか今の説明だと、俺の拳は暴力のためにあったみたいなことになる、みたいなー?」

 

 ちらっちらっと顔を向けてくるのが鬱陶しい。そんなことを訊かれても――

 

「知らん!」

「ええー…………」

『んもう、これだから体育会系はっ! ここは戦略的撤退をば……コソコソ』

「させるかよ」

 

 ギンザンはドライバーのスイッチを二度叩き、スイカフレイルを構えた。

 

《スイカ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

「さあ、でっかい花火を上げようか。『スイカダイナマイト』!」

 

 鉄球を放つと、スイカはその身を熟れさせ、真っ赤に膨らんでいく。

 尻尾をまくセイフウの背を捉えた瞬間、巨大になったスイカが弾けた。

 

『ドリフっ!』

 

 空に打ち上げられたセイフウは、花火になった。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

「ちょっと、ウカノメさん!? 俊丸さんの時もそうだけど、どうしてそう、ほいほいインロウガジェットを渡しちゃうのよ!」

「あーあー、聞こえね! 婆ちゃん耳遠ぐなっちまって!」

「まあた、嘘ばっかり! どうして年寄りってそう都合のいい体してるのよ!」

 

 温泉街の端の方で、糺がウカノメに詰め寄っているのを、真人は苦笑いで眺めていた。

 銀山温泉には平穏が戻った。硫黄の匂いが、どこか懐かしく感じるようだ。

 

「そうですか。はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 携帯から耳を離し、貴臣が振り返る。

 

「闇邪鎧に襲われた人たちの意識が戻ったと、病院から連絡があった。おそらく、他の受け入れ先も同様だろう」

「そうか、一安心だな」

 

 そう返すと、貴臣は大きく息を吐いた。こちらとしては社交辞令のような返答でも、彼にとっては旅館の生命に関わる一大事だったこと。どれほどの不安があっただろう。

 

「みんな、ありがとう。苦労をかけました」

 

 貴臣は従業員たちに向き直り、頭を下げた。

 

「気にしねでけろや。おらだがやりたくてやってんだがら」

 

 彼らは一様に、晴れやかな顔をしていた。今更ながら震える膝を堪えながら、どっと噴き出す汗を拭いもせずに、ただただ、笑っている。

 ひとりの老従業員が、貴臣に頭を上げるよう声をかけた。

 

「支配人。パソコンの話も、使いたくねえって言ったこと、悪いっけな」

「んだな。あたしたちも、覚えていがんなねべ。銀山温泉のためにな!」

「だから、その、教えてくれっと……」

 

 声に、貴臣の目が見開かれる。

 真人には心なしか、その瞳が揺れているように見えた。

 

「みんな……ありがとう! 仕事増やして苦労をかける。だがその分、ちゃんとお給料って形でお礼させてもらうつもりだ。これからもよろしく頼む!」

「「「はいっ!」」」

「さあ、持ち場に戻れ! 今日のお客様が、思い出を作りにいらっしゃるぞ!」

 

 貴臣が手を叩くと、従業員たちはさっと解散した。やる気に満ち溢れた、見事な動きである。

 

「さて、真人。旅館の仕事もあるから出づっぱりって訳にもいかねえが、オレも闇邪鎧たちとの戦いに協力させてくれ」

「ああ。こちらこそ、よろしく」

 

 真人は突き出された拳に応え、握手を交わした。

 

「まったくもう……男子って、ほんとこういうユージョー好きだよね」

「ふふっ。戦力が増えると、前向きに捉えましょう」

「あなたにも言っているのよー?」

 

 糺は雪弥に頬を膨らませてみせてから、

 

「まあ一番悪いのは、インロウガジェットを渡したウカノメさん――っていうか、あのババアどこ行った!」

「誰がババアだず!」

 

 声が遠い。真人たちがそちらへ顔を向けると、温泉街入口の売店前に腰かけ、饅頭とお茶を楽しんでいるウカノメがいた。

 

「やっぱり聞こえてるんじゃない!」

 

 糺が駆け寄り、饅頭を取り上げる。彼女はそれをつまみ食いしようと口を開けて、にわかに固まった。

 

「この焼印……闇邪鎧の饅頭じゃない! 食べて平気なの?」

「神様だがらさすけねえ」

「うっわ、ずっるー! 私も神様にしてよ! インロウガジェット渡すみたいに、ほら!」

 

 ウカノメの襟首を掴んでがっくんがっくん揺らしている糺を対岸で見ていた真人は、頬が引き攣るのを感じていた。

 

「神様にって……どだなだず」

「はっは! 自分を神様扱いにしろというクレーマーは多いが、神様そのものにしろって要求は初めて見るな」

 

 さすがはアイドルだ、などとよく解らない理屈で大笑いする貴臣の隣で、真人は雪弥と視線を交わし、苦笑した。

 銀山温泉は今日も晴れ。日射しに振り仰げば、大空に舞い上がる翼の影が横切り、雁が音がこだました。

 

 

――第5話『テルマエ・ギンザン』(了)――

 




どーもっし! 柊一二三です。
最近、山形が全国ネットのニュースで紹介されました。
戸沢村という、天童・尾花沢などと同様温泉で知られるところがあるのですが、そこで温泉熱を利用して育てた『雪バナナ』が作られているそうです。
四月発売予定! とのことなので、今から春が待ち遠しいですね。

以前は某モンスターをGoするアプリの利用者マナーが悪いと言うことで、霞城公園が全国ニュースになってしまうという事件があり、非常に心苦しかったのですが、
これからは『雪バナナ』のような良い方向のニュースをばんばん発信していってほしいですね。


さてさて、今回は鈴木清風氏の縁の地として『芭蕉・清風歴史資料館』をご紹介したいと思います!
もしかすると、観光で山寺(山形市)に来たことがある人などは『山寺芭蕉記念館』の方を思い浮かべるかもしれません。ええ、お茶の美味しいあそこです。
しかし、今回は尾花沢の方でございます。

余談ですが、鈴木清風の記事がないのに、当資料館のWikiがあるというのは……なんか不思議ですね(汗)

さてこの『芭蕉・清風歴史資料館』は、江戸時代の邸宅を復元して作ったものだそうで、外観から趣のある建物となっております。

紅花大尽としての清風の資料はもちろん、芭蕉の句や、山形の内陸部によく伝わる雛人形(豆人形といった名前だった記憶があるので、もしかしたら雛人形とは違うかもです、すみませぬ)、さらにかつての雪国の生活を窺わせる民具の展示など、資料館という名前に恥じない、けっこう豊富なラインナップだったりします。

公式サイトなどがあるわけではないのですが、代わりに市のホームページに簡易記事がございました。
そこに『ものしりシート』というPDFファイルがあったのですが、鈴木清風氏の祖先は、かの源義経が家臣・鈴木重家とされているそうですね。

知らなんだ!

鈴木重家といえば、余生を過ごした家が秋田県にあることで知られていますが、とはいえ山形に縁があっても不思議ではないでしょう。
実は山形、義経とも縁のある土地でして。彼が奥州に落ちのびる際に上陸したのが現在の鶴岡市と言われています。
そこから最上川沿いを進み、弁慶が岩を割って湧き出たという温泉も残っております。
最上川沿いを東に進んだということであれば、まあ尾花沢の地にも縁はあるでしょう。まあさすがに『東北の鈴木姓の祖』と呼ばれるルーツはここではないでしょうけどね。

こういう風に歴史を辿ると、生生流転という言葉がしっくりくる気がしますね。

皆さまも、歴史的神秘に包まれた鈴木清風について、触れてみませんか?
ではではーノシ



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第6話『桜天に霞城あり』 前編/お雛様と王子様

 

――山形県山形市・霞城公園

 

 貴臣からの連絡があり、真人たちは霞城公園を尋ねていた。

 

 霞城(かじょう)とは通称であり、その正式名称は山形城。代表的な城主として知られるのは初代城主の斯波兼頼と、十一代目の最上義光だろう。

 県庁所在地である山形市の中心部に位置し、山形駅とも近いため、桜の名所としても知られている。庄内の鶴ヶ岡城、置賜の米沢城という『(ぞく)』の名城を差し置いて日本100名城に選ばれた。

 

「んー、風が気持ちいいわね」

 

 北側駐車場に停めた真人の車から降りると、糺はうんと背中を伸ばした。

 

「いつもすみません、先輩。車を出してもらって……」

「いいっていいって、気にすんな。このくらいワケねえよ」

 

 雪弥の下がった眉尻に、真人が手を払う。

 

 山形では、一家どころか一人に一台レベルで車が必須だ。それは単純に田舎故の距離の問題でもあるが、待ち合わせに指定した『ごっつぉ』が天童市街地から外れたところにあるとはいえ、隣の市であるここまで来るのに三十分ほどを要している。

 真人が修学旅行で東京に行った際など、渋谷から吉祥寺まで井の頭線各駅停車で移動した時間が、地元のさくらんぼ東根駅から天童駅までのそれとほぼ同じだったことに驚いたものだ。

 

「俊丸さん。ここは山形城なのよね? どうして霞城って呼ぶのかしら」

「かつて直江兼続が富神山からこちらを見ていたところ霞がかかって城が見えなくなったという説や、出羽の関ヶ原ともいわれる最上と伊達の『長谷堂の戦い』において、城郭が霞に隠れ伊達側が攻め入ることができなかったという説など、いくつか説がありますね」

「ふうん。霞なんて欠片も感じない、カラッとしたいい天気じゃないの」

 

 唇に指を当て、糺は不思議そうに唸った。

 俊丸は微笑んで、続ける。

 

「今では『霞城』といえばこの公園を指しますが、かつては霞城学園から馬見ヶ崎の辺りまで三の丸が拡がり、その総面積は江戸のお城をわずかながら凌ぐほどだったそうですよ」

「おいおい、将軍様の城よりデカくていいのかよ……。それで、三の丸が霞城とどう関係が?」

「それではヒントです。どうして三の丸は『この程度の広さ』だったのでしょうか」

「そうか、川ですね」

 

 雪弥が手を打った。

 

「正解です雪弥くん。東は馬見ヶ崎川、西には須川に囲まれています。そして、直江兼続がこちらを見ていたという富神山も、最上が伊達と事を構えた長谷堂城も、須川の向こうなんですよ」

「なーる。川からの湿気で霞が立ったというわけね」

 

 糺が腑に落ちたとばかりに肩の力を抜く。

 

「おそらく。同じく『霞』の別名を持つことで有名な福井県の丸岡城も、椀子王の化身である大蛇の御業という伝説がありますが、実際は九頭竜川による多雨多湿が理由だと考えられています。かつてはこの辺りの河川も大きく、同様の現象が起きていたのでしょう」

 

 そんなことを話しながら、真人たちが東大手門川までくると、最上義光公の騎馬像の下で、こころが手を振るのが見えた。

 彼女の動きに気が付いて、貴臣も顔を上げた。

 

「悪いな、呼び出してしまって」

「こっちこそ悪い、尾花沢から来たお前より遅くなっちまうとは」

 

 真人はバツが悪そうに頭をかいた。ここから銀山温泉まで車で向かえば、国道13号を順調に突っ走っても一時間半は下らないだろう。

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

「ああ、毎年、ここで寒中そばの試食会が開かれるのは知っているか?」

 

 そう言って、貴臣は大手門広場に建てられたテントを示す。

 

「うんにゃ。というか、霞城でイベントがあること自体知らなかったわ」

「そうね。私も大体はカジョセンでやるものとばかり」

 

 糺が南の空を仰ぐ。そこには、駅の西口側に立つ官民複合型の高層ビル『霞城セントラル』がそびえている。連絡通路で駅と直結しており市のランドマークともいえる施設で、イベントも活発に行われていた。

 

「はっは、さすがシティボーイたちは違うな! 銀山のおのぼりさんとは大違いだ」

「シティボーイて……」

「温泉街一の旅館を経営しているボンボンが何を言ってるんだか……」

 

「まあそれは冗談としてだ。いつもは品評会に呼ばれるんだが、今年は闇邪鎧の件の事後処理で行けなくてな。口寂しいところに、うちの従業員が教えてくれたんだ」

「へえ、慕われてんじゃん」

 

 からかうように肩を小突くと、貴臣はよせよと身を捩る。

 

「こころを誘ったら、お前たちも一緒にとお願いされてな」

 

 頼めるか、と問う視線に、真人たちは二つ返事で頷いた。

 

「もちろんだ。こころちゃんのお願いならいつだって呼んでくれ」

「ディドゥ。貴臣くんからのお願いだったら断ってたところだったわ」

「……なあ雛市さん、オレの扱いが少し雑過ぎやしないか」

「雑? そうかしら、シスコン兼ロリコンとして最上の待遇よ?」

 

 花が咲くような素敵スマイルを向けられ、貴臣はぐったりと膝を折った。

 その両肩に、真人と雪弥が同情の手を置く。貴臣と初対面である俊丸だけは、成り行きに目を瞬かせていた。

 

 

 

 

 

 県が誇る品種『出羽かおり』の実を使用した寒中そばの試食会は、つい先ほど午前の部が終わってしまっていたらしい。

 次に催されるのは正午過ぎの第二部。それまで二時間ほどの暇ができた。

 

「それじゃあ、私たちは行ってくるから。何かあったら連絡ちょうだい」

 

 そう言って、糺とこころが雪弥を引きつれて七日町に繰り出していく。彼は『無害な』荷物持ちとして選ばれていた。

 シスコンである貴臣は却下、俊丸のような一片の人物に荷物持ちをさせるわけにはいかないとしてこれも却下。そして真人はというと、糺の一声で理由もなく却下されてしまった。

 

――どうせ一緒に歩くならイケメンの方がいいわよねー?

――ねー!

 

 女子二人の黄色い声が耳について離れない。不条理だ。少しだけ、貴臣の気持ちが分かった気がした。

 

「女子って、買い物好きだよなー」

 

 ベンチに腰掛け、ぼけっと空に八つ当たりする。隣で同じ姿勢を取っていた貴臣が、ああ、とため息のような返事をした。

 

「男は食い意地、女はオシャレ、金の使い処が違うんだろう」

「そうかー? 水だの玄米だのオーガニックだの、あいつらも飯に金はかかってるだろう」

「ああ、そうか。言われてみればそうだな」

「その他に日用品から化粧品。大変だろうに、どっから金出てんだろうな……男か?」

「フザケロ。こころはオレが渡した小遣いからだ!」

 

「……それも男からにカウントしていいんじゃねえ?」

「むう」

 

 第一部で茹でていた蕎麦の名残だろう、甘く香ばしい濃厚な香りが、上に向けていた鼻腔へとずっしり降りてくる。

 

「霞だな」

「ああ、蕎麦の霞だ」

「お二人は何を仰っているんです」

 

 詩人を気取る非モテ男子二人に、俊丸がくすくすと肩を震わせる。

 そんな彼に、かかる声があった。

 

「何だ、俊丸じゃあないか。奇遇だな」

 

 つられて真人も顔を上げると、そこにはロングコート姿の気だるそうな大男と、傍らに控える白いワンピースの楚々とした女性がいた。兄妹だろうか、あるいは年の差のカップルだろうか。男の貫録と女性の瑞々しさもあって、アラサー男性が女子校生といけない関係にあるようにさえ見えてくる。

 

「おや、久しぶりですね、(きずな)(ゆずりは)さんもお元気そうで」

 

 真人の愚考をよそに俊丸が声をかけると、楪と呼ばれた女性は麦わら帽子にそっと手を当て、柔らかくお辞儀を返した。流麗な所作からは育ちの良さが見て取れる。

 

「紲たちも蕎麦を?」

「ああ、腹ごなしに散歩をしていたところだ」

「もう済んでいたのですね。私たちは一部を逃してしまい、これからなんです」

「なんだ、長考の癖でも出たか」

「ふふっ、面目ありません」

 

 一方の男の方はガサツというか、右目が髪に隠されていることや、皮肉めいた口調からも紲という響きに似合わないシニカルな印象があった。

 よく見ると左手に革の手袋をしている。右手にはない。いつか流行したV系ファッションにしてもちぐはぐだ。

 俊丸の知り合いにしては危うそうな人物であると判断した真人が視線を逸らそうとすると、鋭くギラつく左目に射竦められる。

 

「こいつらが連れか」

「ええ。他に男の子と、女の子。もう一人、そちらの方の妹さんがお買い物に」

「随分な大所帯じゃないか。成生塾は成人向けの通信制も導入したのか?」

 

 紲は相好を崩すと、こちらに歩み寄ってきた。

 

漆山(うるしやま)紲だ。向こうにいるのが妻の楪」

「ど、どうもっす……」

 

 差し出された右手をおっかなびっくり握り返すと、彼は大笑いして肩を叩いてきた。

 

「ビビってんじゃねえよ、白水の。銀山の御曹司も、ほれ、シェイクハーンドシェイクハーンド」

 

 自然に運ばれたペースは、有無を言おうとする気も起こさせない。

 

「じゃあな、俊丸。また茶でも飲もう。こっちも当面はウォッシュレットでも借りたいくらいの野暮用で手が離せねえが……死ぬなよ」

「えっ? ええ、はい」

「おい、ちょっとあんた――」

 

 どうして自分の名前を知っているのかという疑問に真人が行きついた時には、紲は「手土産は腰掛庵のわらび餅で頼む」と小さく手を挙げて去っていく。

 

 左手で大切な伴侶の手を引く背中を追うことはできなかった。

 嵐が過ぎ去ったような疲れが残る。二度ほど生唾を飲み込み、真人はようやく口を開いた。

 

「あの人は、俊丸さんの知り合いで?」

「ええ、まあ。私の茶飲み友達であり、将棋の師です。探偵という生業のせいか、中々連絡も付きませんが」

「将棋の師って……俊丸さんより?」

「はい。彼の迅速果断に切り込む一手は、相手にしていて精神的に参る。何度煮え湯を飲まされたか分かりません」

 

 懐かしむように目を細め、俊丸が苦笑する。

 

「「うっそだろ……」」

 

 真人と貴臣は理解が追いつかず、再びベンチに沈み込んだ。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

――山形市・七日町

 

「素敵! こころちゃん、パンツも似合うのね。なんだか大人の女性になったみたい!」

「えへへ、そうかなあ」

 

 糺が服をあてがうと、こころが照れくさそうにはにかんだ。

 コーディネイトは、ベストとワイドパンツ。グレーとブラックのグレンチェックがシックさを醸しつつ、胸の下部分で結んだ帯紐がリボンのように咲き、子供らしい若々しさも残している。

 カジュアルに着ることもできつつ、貴臣に付いてパブリックな場に出ても何ら問題はないだろう。

 

「ね、ね、雪弥お兄ちゃん。こころ、可愛い?」

「うん、すごく可愛い。素敵だよ、こころちゃん」

「えへへー」

 

 雪弥に頭を撫でられて気を良くしたこころが、ハイタッチをせがんでくる。

 彼女の手に応じてから、糺は感心した風に雪弥を見やった。

 

「驚いた、場馴れしてるのね」

「まさか。いの一番に下着売り場に連行されたので、そちらよりは……というだけです」

「あははっ、荷が重かったかー」

「てっきりショック療法でもするのかと思いましたよ」

「ごめんごめん、私のモットーなのよ。オシャレは肌に近いところから組み立てろ、ってね」

「へえ。そういうこともあるんですね」

 

 素直な反応をする雪弥を見ていると、胸にすっと風が通るような感覚を抱く。

 彼はモテるだろうな、と直感した。

 それに比べてあいつはどうだろうと想像を巡らせかけて、なんだか腹が立ってきた。

 

 ふと、こころに袖を引かれる。

 

「糺お姉ちゃん、どうしたの?」

「ううん、何でもない。雪弥くんが王子様みたいだなーって」

「いや、僕はそんな柄では……」

「わあ、王子様!」

 

 こころにひしと抱きつかれては、さしもの雪弥も対応に困っているようだった。

 視線で訴えられるヘルプに、がんばれーと口パクで答えると、しばし迷ったあとで彼は意を決したように屈みこんだ。

 

「残念ながら、僕はこころちゃんの王子様ではないんだよ」

「お?」

 

 意外な言葉に、思わず声が漏れる。

 

「……そうなの?」

「うん。けれど必ず、こころちゃんにぴったりの素敵な王子様に逢えるから、大丈夫」

「どうしたら会えるの?」

「こころちゃんは、ひな祭りを知っているかな?」

「うん、こないだも飾ったの。かほくのおひなさまなんだって、お母さんが言ってた!」

 

 嬉しそうに話すこころに合わせて、雪弥も頬を緩めてみせる。

 

「それはすごいね。お雛様は王子様とお姫様が並んでいるでしょ。あれは、女の子が幸せになれますように、素敵な人と出会えますようにって、お願いするためのものなんだよ」

「じゃあ、どうしてしまっちゃうの?」

「それは、ええっと……どう説明したらいいのかな」

 

 雪弥の睫毛が曇る。

 旗色が怪しくなってきたか。糺が助け舟を出そうかと足を浮かせたところで、彼は言葉の続きを紡ぎだした。

 

「大切にするから、片付けるんだよ」

「そうなの?」

「出しっぱなしだと、ほこりを被っちゃうよね。素敵な王子様と素敵なお姫様が汚れちゃうのは、嫌だよね?」

「……うん。きれーなままでいてほしいの」

「それなら、片付けてあげよう。丁寧に飾って、丁寧に片付ける。雪弥お兄ちゃんと約束」

「うんっ。やくそく、なの!」

 

「(へえ、やるじゃん)」

 

 小指を絡ませた二人に、糺は内心で拍手を送った。

 ひな祭りの意味や片付ける意義など、説明自体はファンシーに変えられているものの、大まかには変わりない。そうやって幼い少女に納得させながら、笑顔にしてみせた。

 

 やはり彼を連れてきて正解だった。あのバカならばきっと、大した説明もできなかったに違いない。

 いや、アレはアレで成生塾の子どもたちに人気はあった。存外、そこそこ良い仕事はしたかもしれない。そこにロマンがあるかどうかは別にして。

 

 不意に、ポーチの中でスマートフォンが震えた。

 

「噂をすれば何とやら、か……」

 

 一人ごちる。頬が緩む。雪弥ではなく自分にかけてくれたことに、通話ボタンをタッチする指先がじんわりと温まるような気がする。

 熱が消えてしまわないよう髪の毛に絡ませながら、糺はスピーカーを耳に当てた。

 

「何?」

『……そんな怒ったように言わんでもよろしくないですかー?』

「そりゃあ、オンナノコのお楽しみを邪魔しているわけだし?」

『呼べって言ったくせに』

「あれっ、電波遠いのかしら。ムカつく言葉が聞こえた気がするのだけど」

『へいへい、悪うござんした。もうすぐ蕎麦を茹ではじめるらしいから、そろそろ戻って来いよ』

「りょー」

 

 通話を切り、ポーチに仕舞い込む。仕方ない、行ってやるとしようか。

 

「先輩からですか?」

「ええ、そろそろ時間だって。結局雪弥くんを連れ回しちゃっただけね」

「いえいえ、楽しい時間でした」

「そういうこと、ナチュラルに言えるのってほんとズルいわ」

 

 肩を竦め、小さなお姫様に向き直る。

 

「最後に何か好きなもの、いっこ。買って帰ろうか。お姉ちゃんがプレゼントしたげる」

「いいの!?」

 

 瞳をきらきらとさせたこころは、ぎゅっと目を瞑って悩み始めた。やがて、気に入るものがなかったのか、値段的に遠慮しているのか、今日のショッピングの記憶からは導き出せなかった彼女は、はっと顔を上げて、ああっと声を上げた。

 

「あれ、あれがいい! おひなさまっ!」

「お雛様……?」

 

 駆けていく先を目で追うと、レジ前のスタンドに刺されたヘアピンが並んでいた。

 彼女が手にとったのは妖精をあしらったもの。なるほど、アジアンな雰囲気と、子供向けのデフォルメ加減は雛人形をイラストにしたものに見えなくもない。

 

「オッケー。じゃあ、お揃いにしよっか」

 

 糺はにっこり笑って、棚から同じものを二つ引き抜いた。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

――山形市・霞城公園

 

 徐々に人が集まってきた中、真人たちもそわそわと列に並んでいた。

 

「あいつら遅いな。どこまで行ったんだ」

「仕方ありませんよ。あぶれたら、私たちのを分けましょう」

「っすね。俺が雪弥だろ、貴臣がこころちゃん、えー……っと」

 

 指折り数えていた手が、俊丸の前で止まる。

 

「「「………………」」」

 

 沈黙が流れた。

 真人は貴臣の横っ腹を肘でつついた。

 

「なあ貴臣お前、糺のファンなんだよな?」

「フザケロ。たとえお前たちだろうと、その辺の男が口付けたもんをこころに食わせられるか」

「……あれっ? そうだよ、先に糺に食べさせればいいんじゃねえか」

「んで? それを誰が食うのよ」

 

「「「………………」」」

 

 ここで異性との分けっこを名乗り出られる男がいないのが、彼らの限界だった。

 しばらく沈痛な面持ちを突き合わせた挙句、

 

「一皿余らせて、雪弥に任せよう」

 

 という、なんとも最低な押し付けの結論が出された。

 

「くく……(あな)あじきなし。天童八楯を彷彿とさせる、滑稽な仲好し小好しよの」

「え、何だって?」

 

 声に振り返る。後ろに並んでいたのは妙齢の女性だったことに、真人は首を傾げた。

 すみませんと会釈して、踵を返す。俊丸と貴臣も怪訝な顔をしていた。

 

「こっちじゃ、果樹八領の仕手よ」

 

 今度は頭上から声がした。

 ハッとして仰ぎ見ると、そこには少年とも青年とも取れるような若い男が、美しい紫――至極色の袍を風に任せ、最上義光像の騎馬の背に立っていた。

 一見すれば義光公が背負った旗と錯覚してしまうほど、自然に溶け込んでいる。

 

「余が直々に参ってやったぞ。さあ、謁せよ」

 

 異様な光景に周囲がざわめいた。

 

「誰だよ……お前」

「闇邪鎧にしては人型をしておりますね」

 

 身構えた真人たちに、男はくつくつと喉を鳴らした。

 

「盛るな。安く吠えれば血統が知れる。うぬらの相手をするのは余ではない」

「何だと……?」

「はて、よもや何も勘付いておらなんだか。のう、果樹王よ? 闇邪鎧は如何にして()()でると考える」

 

 眉を潜める。考えたこともなかった。ノブナガも、ヒロシゲも、ゴロウも、ジンスケも、そしてセイフウも。いずれの闇邪鎧も、気が付けばそこに在ったからだ。

 俊丸が息を呑んだ。

 

「まさか、あなたが生み出したとでも……?」

「然り。正確には()()であるが」

 

 そう言って男は、不遜に歯を剥いた。

 

「聞けい。余は竜眷属(ムドサゲ)五色備えが現神(あきつみかみ)紫極(しごく)のヨウセンである!」

 

 

 





どーもっし! 柊一二三です。
いやあ、寒くなって参りました。
前回の反省を踏まえて電気毛布を取っ払ったところ、そこそこ朝に起きられるようにはなったのですが、二月に入った瞬間ぐっっっと冷え込んだような気がします。
ぬくぬくが恋しい……。

温かくするのももちろんですが、やはり気になるのは路面状況。
雪国育ちとはいえ歩いているだけでヤベえなと感じるほどです。知人も転倒してはく離骨折してしまいました。皆さまもお気をつけくださいましね。


さて。今回は第6話。山形市の霞城公園が舞台ということで、その周辺をご紹介していきたいと思います。
霞城こと山形城址は、山形駅から徒歩数分圏内にある桜のビュースポットです。

駅から歩くならば、西口を抜け、霞城セントラルの広場を右に曲がり、山形のB級グルメである『どんどん焼き』を販売されているお店の前を横切ると、御堀と石垣が見えてくるかと思います。
中には野球場、体育館、武道場(反対側には弓道場)、美術館、そして旧済生館という、病院を移転した資料館などがございます。まるで一種のテーマパークのように、色んな施設がありますね。
……ん? 色んな施設があったらそれはテーマパークではないのかな? まあいいや。


残念ながら、時代の流れに伴って本丸が残っているわけではないのですが、その基礎となる地盤は割とはっきり残っております。

ちょっと話が逸れますが、山形城荒廃のきっかけとなるのは、最上義光の孫にあたる最上家13代当主・義俊の頃にあります。彼は頭も切れ、度胸もあっただろうことが資料から推測できるのですが、ただただ不遇でした。
十三という若さで家を継ぐことになる彼は、その若さゆえに『藩主の器にない』として家臣団から猛反発を喰らうのですね。いやもうそんなの解っていたことだろうと。
祖父の義光は言わずもがな有能。父である義親もその背中に倣い関ヶ原に参加し、大阪の陣の際は江戸城の留守居役を任されるなど、徳川の信頼が厚かったことが窺えます(というか、その地盤は義光がしっかり作り上げていたのです)。
そんな中、義俊くん十三歳です。
十歳のときに義光が没し、十三歳で義親が急死し、あれよあれよと、準備する間もなくの家督引き継ぎだったことでしょう。
確かに『藩主の器にない』というのは真です。ですが、それを支えてこその家臣でしょうに。
最近、本話のサブタイトルの元ネタにさせていただきました『北天に楽土あり』という歴史小説がきっかけとなり、これまで物語では義光公を悪として描いていたものを、名君だったのではと見直す動きが出てきたといいます。
そのうち、山形城改易に際した真の暗愚は義俊ではなく、家臣団だったのだという見方がなされるようになるのでは……というのが私見です。

そんなこんなで、改易に次ぐ改修&改修により、幕末には更地になってしまっていたのだとか。
現在も資料を基に復元の工事が試みられているそうですので、もし山形城関連の資料をお持ちの方がございましたら、県庁にでもご一報をお願いします。
存外、山形市ではなく米沢方面(伊達・上杉)の方が資料残ってそうですよね。伊達の黒巾木とか上杉の軒猿とか使って調査した見取り図とかありそうじゃないです?


さて、このまま歴史方面で話を進めると来週以降の話がなくなりそうですので(汗)
霞城の桜を楽しむおススメスポットをご紹介しましょう。
それは『霞城セントラルの展望ロビー』です!

ビルの24階、北西と南東(で良かったかな?)を眺める展望ロビーがあるのです。
22時まで開いていて、そのアクセスの良さからも、県内ではちょっとした夜景のスポットとして知られています。夜はいつも誰かしらいます。
ロビーに集まり、子供向け遊具のカラフルなクッションみたいな椅子に腰かけ、街明りを地上の星だね、何億円の夜景なのかしら(白目)なんてやってるかどうかは知りませんが、ちゃらっちゃらな他のカップルなんかがいたりすると、私めのような地味ぃなパンピーはろくにいちゃいちゃできません。

しかしそれは南東側――つまり山形駅東口から拡がる市街地側を見る場合の話。
ロビーなんか奴らに明け渡せばよろし。

喧騒を遠くに聞きながら、反対側に行きましょう。大人が三、四人立てば埋まってしまうくらいの、ガラス張りの一角がございます。
ここがおススメビュースポットなのですよ!!

皆さまは、桜のブーケを見たことありますか?

この小さな展望スポットから、霞城公園が見えます。俯瞰する形ですね。
さすが桜の名所というだけあって、ここ霞城公園でも例に漏れず、桜のシーズンはライトアップをしております。
もうお解りですね。
城郭を囲む大きなお掘から照らし上げられ、敷地からはみ出んばかりに咲き誇った桜は、ライトの白と夜の闇との間に絶妙に溶けていきます。
もちろん、公園内は公園内の灯りがございますので、そちらの桜もぽつぽつと、それこそ『地上の星』のようにきらめいています。

巨大な睡蓮のように、御城が一個の花として夜に咲くのです。
ライトアップされた桜のブーケ、機会がありましたら是非ご賞味くださいませ。




…………余談ですが(超小声)
もしカップルでいらっしゃる際には、『血染めの桜』については伏せることをおススメしますよ。
え、血染めの桜っちゃ何のことかって?
それは、またの機会にでも。ふふふ……

ではではーノシ



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中編/伊万の面影

 

 騎馬から飛び上がったヨウセンが着物の袖をはらりと薙ぐと、その手から瘴気が舞い上がった。

 まるで翼を拡げるように立ち込めさせた邪悪な気を胸元で一つに圧縮し、義光公の銅像へと叩きつける。

 

「さあ、死して尚梟雄の名を拭えぬ鬼の仕手よ。ムドサゲが王たる余の名において命じる。今、闇邪鎧と成りて姿を現せ!」

 

 気は義光公の鎧の背を貫き、心の臓まで到達した。

 微かに脈動をはじめたかと思うと、それは離れたところで見ている真人たちにも聴こえる程の鼓動となって辺りに響く。

 

 集まっている人々には、何が起こっているのかは理解できない。

 しかし、何かが起こっていることだけは理解できたらしい。

 

 一人が走り出したことで堤防は決壊し、まるで急に海が時化たかのように広場が荒れ狂った。

 真人たちは人の波に呑まれ、逃げてくださいと声をかけることさえままならない。

 

「クク、皮肉よな」

 

 ヨウセンが喉を鳴らしている。ふと、その瞳が眼下のある箇所を捉えた。

 家族連れの客だ。父親が、はぐれないように娘を抱き締めている。

 

「ああ、親子の情とは何時の世もあわれさな。最上義光の前でそのような猿楽を催すとは、反吐が出る程の皮肉よな。あな、甘美甘美。良きものを見せてもらった褒美じゃ、余からの甘露を受け取るがよい!」

 

 ヨウセンが憎々しげに手を翳すと、義光公像の中で芽吹き育った瘴気が解き放たれ、狂犬のように親子を丸呑みにした。

 

「てめえ、何をしやがった!」

「舞鶴山よ」

「舞鶴山だぁ?」

 

 真人は紫の鬼――もとい、竜神の言葉を、にわかには呑み込めずにいた。

 思い返し、立ち竦む。

 

「みんな、変身だ! あの親子は、闇邪鎧になっちまう!」

 

 真人は慌てて、インロウガジェットをドライバーに叩きこんだ。

 

「ちっ、そういうことかよ!」

「呆けている場合ではありませんでした。私も続きます!」

「「「オラ・オガレ!」

 

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《スイカ! 出陣‐Go-ahead‐、ギンザン! 力量(ウデ)良し、器量(カオ)良し、熱量(ココロ)良し!!》

《ショウギ! 出陣‐Go-ahead‐、ソウリュウ! Flipping-the-board!!》

 

 貴臣と俊丸も倣って果樹八領を纏う。

 ニシキはギンザンたちに親子を任せ、一人、飛び上がった。

 狙いは、不敵な笑みを浮かべている鼻持ちならない野郎である。

 

「元から断ってやる! おりゃあああああ!」

「はあ……益荒男ぶりは認めるが、鬼武者には程遠い蛮勇よ」

「な――っ!?」

 

 繰り出した拳はあっさりと捻り上げられてしまい、ニシキは宙に吊られるような態勢を余儀なくされた。

 

「竜の(あぎと)は雑食なれど、斯様な青い果実はとても食めたものではないぞ、果樹王よ」

「テメェ……」

 

 掴まれた拳を起点に身体を振り回し、顔面目がけて蹴りを放つ。

 しかし、足刀がその耳に触れるかという瞬間、ヨウセンは頭を低くしてそれを躱す。空中で勢いのまま体が一回転したニシキの腹に、逆に拳を打ち込んできた。

 

「が……はっ……」

 

 砂利に叩きつけられ、ニシキは苦痛に転げ回る。

 内臓を的確に狙ったわけでもなければ、研ぎ澄ませた必殺の一撃であった様子もなかった。構えとフォームこそ一流の風格を呈していた、打ち込み自体はウォーミングアップをするかのようなごく軽いもの。

 獅子が煩わしい蝿に右手を払うように。麒麟が泥を落とすために足を跳ねあげるように。

 

「これが、竜の力か……」

 

 ニシキは立ち上がり、ヨウセンを睨みつけた。

 

「重畳。まだ構える気力はあるか。ならばその拳をヨシアキに向けよ。先も申し付けた通り、貴様の相手は余ではない」

「俺じゃあ不足だってのかよ?」

「然り」

 

 あっけなく頷かれ、ニシキはたたらを踏んだ。

 

「強うなれ果樹王。八領を揃え、余を凌ぐほどの昇り龍となった時、相手をしてやろう」

「……随分と余裕じゃねえか。あんた達の目的は何だ」

「無論、世界の破滅を」

「なら、俺たちを生かさねえで、ここで倒したらいいんじゃねえの?」

 

 俺の親父をそうしたように。

 そう言うと、ヨウセンは愚問だと笑った。

 

「永き歴史の裏で、貴様ら果樹八領は代を継ぎ、再び立ち上がる。いい加減終わりにしたいと思わぬか。余は十全となった貴様らを圧倒的に屠り、後世の者たちが歯向かおうとすらせぬよう出鼻を挫きたいのだよ。貴様らも、()()()()()()()をご所望であろ?」

「ぬけぬけと――」

 

 我慢ならず飛びかかろうとしたが、ヨウセンが着物の袖で顔を隠したかと思うと、日射しに溶けるように消えてしまった。

 

「おい、待ちやがれ!」

 

 虚空に叫んだのも束の間。ニシキの下へ、仲間たちが後退してくる。

 

「さすがは最上義光公というべきでしょうか。いやはや、強いですね」

「真人、ヨウセンって奴のことは一旦置いて、こっちに加勢してくれ」

「あ、ああ」

 

 ニシキは闇邪鎧に向き直った。

 元となった義光公の像とはおよそ似ても似つかない異形が、そこにはいた。

 おぞましき姿でありながら、その威風に翳りはない。さすがは出羽の王というべきか。

 

『増えよったか。忌々しき八楯の群れが、またも儂に手向かうか!』

 

 ヨシアキはごう、ごうと唸り声を上げ、天に向かって手を翳した。

 

『来い、稀代の名刀「オニキリマルクニツナ」よ!』

 

 召喚した一振りの妖刀を手に、巨体が向かってくる。

 

「ちっ、刀には剣だ! ――オラ・カワレ!」

《ラ・フランス! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、掲げる(つるぎ)!!》

 

 フランメイルを纏ったニシキは一文字にラフランスライサーを抜き、ヨシアキの振り下ろす刀に立ち向かった。

 

 一合し、ぎりぎりと拮抗したのもはじめだけ。すぐに膂力の差が現れ、踏ん張るニシキの足は砂利の地面を抉るように押されてしまう。

 ソウリュウの援護射撃にも巨体がたじろぐことはない。

 

「ぐ、おっらあああああ!」

 

 気合いを入れて踏ん張り直そうとした時、ニシキは腹部に走る鈍痛に崩れ落ちた。

 ヨウセンの拳が後を引いていた。

 押し切ってきた刀は右肩に落ち、剣を取り落としてしまう。

 

「真人! ちっ、食らいやがれ、『スイカダイナマイト』ォ!」

 

 ギンザンがスイカフレイルを振るい、膨れ上がった西瓜爆弾を叩きこんだ。しかし、

 

『ふんっ!』

 

 ヨシアキはそれを左手で受け止めると、まるで石ころでも投げるように――

 投げ返してきた。

 

「はあ!? いや、待て待て待て待て!」

「私にお任せを!」

 

 ソウリュウが対空射撃で爆破させることで、辛うじて難を凌いだが、制御を失った爆風によって、ニシキたちは吹き飛ばされてしまった。

 

『これが今日(こんにち)の出羽か。のう、伊万(いま)? これが儂らの慈しんだ出羽か?』

 

 変身が解けた真人たちに構う素振りもなく、闇邪鎧は途方に暮れた様子で空を見上げ、緑を見渡した。

 

『今、最盛の美しさを取り戻してやろう。しばし待ってくれ』

 

 そう言って、刀を地面に突き立て、合掌した。

 

『「四方梅咲、月白妙、雪清(はなにむかい、てをうちて)」』

 

 その言葉に導かれるように、霞城公園は姿を変えた。東大手門には春が、南の済生館には夏が、西の広場には秋が、そして北の門には冬が。

 次々と四季折々の欠片が生まれ、辺りを彩っていく。

 

「なんだよ、これ……」

「真人さん、あれを!」

 

 俊丸に指示された方を見ると、そこには立派な天守を掲げた城があった。

 

「あれは……まさか、山形城……?」

 

 霞が棚引き、細部まで良くは見て取れないが、天守の屋根には金の鯱ならぬ、銀の鮭が並び誇っているのが判る。

 

「――ちょっと真人、何があったの!?」

 

 声に振り返ると、糺と雪弥が駆けつけてくれていた。

 

「すまねえ、闇邪鎧が」

「オーライ、簡潔でよろしい。ちょっとごめんね、ここ切れてる」

 

 糺が頬にハンカチをあてがってくれた。包み込むような指先に、ようやくまだ命があるという実感を抱くことができた。

 

「おい、こころはどうした」

「大丈夫よ。ここに来る途中で騒ぎは聞こえたから、最上義光歴史館のカフェにいてもらってる。というか、そういう気が回る余裕があるなら、シャキッと立ちなさいな、シスコン」

 

 軽口を叩きながらも、その瞳には安堵の色があった。

 向こう側では、雪弥が俊丸を助け起こしている。

 

「すみません、不甲斐ないばかりに」

「いえ、皆さんが束になっても敗北を喫する相手では、仕方もないでしょう。……もしかして、最上義光、ですか?」

 

 静かに頷いた俊丸に、雪弥は目を閉じ、腰を上げた。

 

「……糺さん」

「ええ、やってやろうじゃない」

 

 二人は去りゆく背中に待ったをかけた。

 

「最上義光さん、帰るにはちょおっと早いんじゃないかしら?」

『――――また、八楯か』

 

 ヨシアキは足を止め、肩越しに睨みつけてくる。

 

「ええ、その八楯よ」

 

 宣戦布告をした糺が、インロウガジェットを取り出だしたときだった。

 

『伊万……? おお、帰ってきてくれたか、お伊万! 三条にいると聞いていたが、よもや山形に戻っていたとは』

「え、なに、私?」

『見よ、出羽の地も還ったのだ! 何をしている、近う、近う寄らんか!』

 

 糺はこちらにアイコンタクトで疑問符を投げかけてくるが、真人に解かる由もない。

 二人は俊丸に救いを求めた。

 

「おそらく、お伊万の方とは、義光公の愛娘である駒姫のことかと!」

「はいぃっ!? じゃあ何、私はそのお姫様と間違えられてるってわけ?」

 

 冗談よしてよと肩を落として、気を取り直すようにモンショウメダルを取り出す。

 だが、しかし、

 

『何故だ、何故だお伊万! どうして八楯に与をする!』

 

 ヨシアキが咆哮した。

 共鳴するように山形城がうなりを上げ、天守の窓を開いた。

 すると奇妙な風が吹き荒れ、真人たちには何も不自由がないまま、周囲の桜や梅の木が揺れ始める。

 

 いや、真人たちにも異変はあった。

 風は真人たちからモンショウメダルを巻き上げ、奪ってしまったのだ。

 

『八楯など、改易にしてくれるわ!』

 

 ヨシアキが号令をかけると、メダルたちは天守に吸い込まれ、その扉に封じ込められてしまった。

 

「おい、やばくねえか、これ」

 

 真人は空になったインロウガジェットを手に、呆然としていた。

 印籠があれど、そこに紋が刻まれていなかったら威光を示すこともできない。かの隠居が活躍する歴史ドラマは終わりを迎えられず、若き戦士が活躍する果樹八楯は変身する(はじまる)ことができない。

 

『フフ、フハハハハ、フハハハハハハ! さあ伊万、帰ってこい!』

「え…………嫌、私は……」

 

 太刀を手ににじり寄る闇邪鎧に、糺はカチカチと空のガジェットのスイッチを押し続けながら、か細い声で拒絶をしている。

 その膝は震え、後ろに下がることさえできずにいた。

 

「しっかりしろ! 一旦逃げるぞ、糺!」

 

 辛うじて自分を奮い立たせた真人は、ヨシアキの手が届くよりも先に糺を引き寄せ、駆け出した。

 

『待て、伊万、伊万アアアアアッ!』

 

 ヨシアキの絶叫を背に、真人はひたすらに足を動かす。彼女の手を離さないことだけに意識を集中させていた。

 

 

 

 

 

 霞城公園から飛び出した真人たちは、追手がかからないことを確認し、最上義光歴史館へと避難した。

 係員が怪訝な顔で訊ねてくるのを、自分たちも事情を飲みこめずにいる避難者であることを装って、奥のカフェスペースへ通してもらう。

 

 他にも逃げ込んだらしい客がいたが、彼らが見たのはヨウセンのみ。バケモノだなんだという声は上がっていたが、闇邪鎧を目撃していないためか、そう遠くまで逃げる様子はないようだ。

 現に、ここへ逃げ込む前、歴史館の前で山形城の写真を撮る者の姿さえあった。

 

 中に入ると、こころが貴臣へと飛び込んできた。無事の再会に、貴臣の頬も緩んでいる。

 厄災をそのままにしてきたという居心地の悪さを感じながらも、真人たちは一角の席に陣取った。

 

「ふう。どうやら皆、無事みたいだな」

「それにしても、どうしてあいつは追ってこないんだ? メダルを失ったオレたちなんか、簡単に討てるだろうに」

 

 声を潜める貴臣に、俊丸が答えた。

 

「おそらく、ヨシアキが発動したあの技は、結界のようなものなのでしょう。完全なる山形城を構築する代わりに、自身はその中から出られないか、あるいは……」

 

 そこへ、糺と雪弥が水を持ってきてくれた。真人は礼を言って、一気に煽る。冷たい水が沁み込み、体の内側から腹部を疼かせた。

 

「お腹、痛むの?」

「ああ、ちょっとな。闇邪鎧を生み出す親玉にやられた」

「そんなっ!」

 

 糺は何かに急かされるように真人のシャツを捲ってきた。恥ずかしさを払おうとした手を抑えつけてまで、彼女はこちらの具合を調べてくる。

 赤黒くなっている内出血を撫で、毛穴の一つも異常を見逃さないかというほど鬼気迫る表情で。たっぷりと開いた目から、涙が滲み、零れた。

 真人は、そっと彼女の頭に手を置いた。

 

「大丈夫。生きてるよ」

「…………ほんとう?」

「ああ。奴については後で話す。まずはヨシアキだ」

 

 糺の肩を起こし、真人は俊丸を見やった。

 

「イマ、だっけ? 誰なんすか、それ」

「義光公の娘です。東国一の美女といわれていて、その美しさに、奥州平定のためこの地を訪れた豊臣秀次も惚れこみました。当時はまだ豊臣時代だったのですよ」

「秀次は、秀吉の息子だっけか? そんな奴に娘を娶られたら、大出世じゃねえか」

「ええ。しかし、娘を溺愛する義光は断ります。再三の命令にも、せめて成人するまで待ってくれと、そう答えているのです」

「関白に逆らってまでなんて。愛されていたのね」

 

 糺が優しげに微笑みを湛えた。

 

「しかし二年後、十五になった駒姫を悲運が襲います。世にいう聚楽第事件――秀次粛清の悲劇です」

「ちょっと待って、あの時代って十四、五が成人でしょう。まさか、嫁いですぐに粛清に巻き込まれたの?」

 

「いいえ、嫁ぐ()()に巻き込まれました」

 

 俊丸の言葉に、一同は息を呑んだ。

 雪弥も目を背けるほどだ。同じ女性である糺は眩暈を覚えたようにかぶりを振り、貴臣はこころを離さないようぎゅっと抱きしめている。

 

「秀次に会ってもいなかったといいます。京に着くのがもう一日でも遅かったなら……それでも、彼女は大名の娘として、運命を受け入れました。それは辞世の句からも読み取れます」

「そんな、なんてこと……」

 

 とうとう糺が立ち眩んだ。真人はその肩を抱き止め、自分の代わりに椅子に座らせてやる。

 大丈夫と浮く腰に、首を振って制する。

 

「義光公は、その駒姫と糺さんを重ねてるということでしょうか……」

「そうかあ? だってあっちは東国一の美女なんだろおうあいたたたたたた!?」

「デ・リ・カ・シー」

「いや悪い、場を和ませようとしたんだって、だから耳はダメだって、取れるって!」

 

 助けを求めるも、貴臣たちは「今のは真人が悪いな」「同感です」と目を合わせてもくれなかった。

 

「糺さんへの妄執は解りました。それで、僕は戦っていないので判りませんが、どう対策を練りましょうか」

「「………………」」

 

 雪弥に問われ、真人と貴臣は押し黙った。

 

「まずは変身できないことには、なあ。あの刀にバッサリで終わっちまう」

「刀、ですか」

「ああ。なんつったっけ」

「鬼、鬼……オニなんとかだ」

「まさか、鬼切丸国綱ですか!?」

 

 目をくわと開いた雪弥に詰め寄られ、貴臣が首をこくこく震わせる。

 

「ああ、ああ。だから義光公だけは嫌いなんですよ」

「雪弥くん、どういうことです? 天下五剣に数えられるものは『()()国綱』と記憶していますが、鬼切丸国綱とは……」

「義光公が造り出した贋作です。元々は、源頼光が天照から授かったという刀の一振り、『鬼切安綱』でした。しかし、鬼丸国綱や童子切安綱の人気に気後れしたなどという理由で、最上家は鬼切安綱の銘を上書きし、あろうことか『鬼切丸国綱』などという紛い物を生み出したんです」

 

 雪弥は目を覆い、天井を仰ぐ。是が非にでも僕が変身できていればと、歯噛みした口の端から血が滲んでいる。

 

「雪弥……そうか、刀の道を志すお前にとっては、大敵なんだな」

「私たちにとっても、ですよ、真人さん」

「えっ? ああ、まあ、そりゃあ」

 

 返事に窮した真人に、俊丸は首を振る。

 

「もちろん、倒すべき闇邪鎧ということもありますが。ウカノメさんの話では、果樹八領は八幡太郎が八幡様から授かった秘宝なのでしょう? そうであれば、八幡太郎の子孫である源頼光由来の刀を改竄したことは、果樹八楯としても見過ごせないことです」

「でしょうね。白鳥長久を虚言者と断じた男はどこに行ったのやら」

 

 雪弥も苦々しく頷いていた。

 

 

 

 

 

 ふと、騒ぎを聞きつけた真人たちは歴史館を飛び出した。

 外はマスコミやら野次馬やらで溢れかえっていたが、それらが逃げ惑うことで、より混沌とした状況になっている。

 

 一人を捕まえて訊ねると、霞城の方を指さすだけで、ろくに答えてもくれないままに逃げ出してしまった。

 

 その先を見やると、霞城から出て来たらしいミダグナスの兵団が、逃げ惑う人々を襲っていた。そして何よりも目につくのは、その前線が押し上げられるにつれて、霞城を中心とした四季の天変地異がじわじわとその範囲を拡げていることだろう。

 

 真人は雪弥と頷き合った。

 

「ミダグナスだけなら、変身せずとも行けるかもしれません」

「ああ。よし、糺。お前はこころちゃんと逃げろ」

「ええ――はあっ!? ワイノット? 私も戦う。こころちゃんを預けるなら、それは兄である貴臣くんにすべきじゃない」

 

 噛みついてくる糺の瞳を、真人は真っ向から見据えた。

 

「闇邪鎧に狙われてんのはお前だ。少しでも、遠くへ逃げろ。この状況を何とかしたら連絡するからさ」

「オレからも頼む。それじゃ、先行ってるぜ」

 

 貴臣はこころの頭をくしゃっと撫でてから、雪弥たちとともにミダグナスの群れへと向かって行った。

 

「これで貴臣はいない。こころちゃんを頼めるのはお前だけだ、糺」

「くどい! そうやって男子ってカッコつけたがるけど、残った女のことは何っっにも考えてない! ふざけんな。舐めんな。私だって戦士だ。傷だらけのあんたたちを置いて尻尾を巻けって、もう一度私の目を見て言ってみなさいよ!」

「ああ、言ってやるさ!」

「――ッ!?」

 

 糺は言葉を失った。唇だけがパクパクと、『どうして』を伝えてくる。

 

「お前は親友を助けるために戦ってるんだろ。こんなところで死ぬな」

「でも、でも! ああ、そうよ。ヨシアキが私を駒姫だと思っているのなら、いっそ成りきって、モンショウメダルを返してもらうように頼めばいいじゃない。そのために私も――」

「駄目だ」

 

 ぴしゃりと打ち切る。

 糺が縋りついてきた。

 

「お願い、真人! 変身できない状態で勝ち目なんてない! あなたは私に、あなたのお父さんのように誰かが死ぬことを背負えって言うの?」

「ああ、そうだ」

「私に、真人が死ぬことを受け入れろって……そう言うの?」

「……ああ、そうだ」

 

 真人は目を逸らさずに、きっぱりと告げた。

 残る女性のことを持ち出した、彼女の言い分も解かる。それに反対するのは、決して自分がフェミニスト紛いの人間だからではない。自分のお袋を見て育ったのだ、女性が強いことなど十分に承知している。

 糺に戦う力があるからこそ、その理由を知っているからこそ。

 

「行け、糺」

 

 そう、言おうとした時だった。

 

「――やれやれ。けったいなモンが見えたから戻って来てみれば、らしくねえな。じゃじゃ馬娘」

 

 老成したような、低い声に振り返る。

 

「あんたは……」

 

 真人は目を疑った。男に見覚えがあったからというだけではない。

 伴侶を引き連れたその男は、手近にいたミダグナスの鳩尾を迷うことなく蹴り飛ばしたのだ。

 

「ったく、乗り込み、取り返すって発想をすんのがテメェだと思っていたが、俺の見込み違いだったかな」

「あんた、あんた――」

 

 傍までやってきた男を見上げ、糺は声にならない声を漏らしてから、やっと、こう叫んだ。

 

「――エセ霊能者!」

 

 

 





どーもっし! 柊一二三です。
先日、某何だコレなミステリーの番組で、座敷童が出る屋敷として山形の東根市が紹介されていて驚きました。
次回以降の話を考えるために東根の城下町を訪れ、蕎麦屋に行ったりなんだりしていたところだったのですよ。
数か月前には中山町が紹介されていましたし、なんだか面白くなって参りましたね。

座敷童に関しては詳しくありませんが、ちょうど紹介されていた『めがすず』とは『梅ケ枝』と書き、その由来は東根城第八代当主・東根景佐の弟・広台の奥方様とされています。お姫様とされていますので、最上八楯関連でどこからか政略結婚でいらしたのかな。
このお姫様は、良人広台が不慮の事故で亡くなった際、悲しみのあまり身を投げて後を追ったという伝説があります。
中山町の方も、未成年で盲目の処女を巫女として口寄せ(交霊術)を行う一族『オナカマ』というものがあったと聞きます。
他の座敷童伝説があるところを調べてみないと判りませんが、そういうもの(子供?)が土地神様のように着いている法則などがありそうな気もします。
今度、機会があったら調べてみようと思います。


さて、今回は闇邪鎧のご紹介と題しまして、前述の梅ケ枝姫の悲しい運命にも関わったと思われる最上八楯をまとめ上げた『最上義光』をご紹介いたします!

よしみ……よしあきさんは戦国大名としては有名ですし、戦国武将を題材とするゲームなどではまあ必ずといっていいほど名前が出て来るので、ご存知の方も多いかと思われます。

さて、先ほどからちょいちょい名前を挙げている『最上八楯』。本作の『果樹八楯』の元ネタにもなっていますが、これが、最上氏の栄枯盛衰を語る上で必須なのですよ。
……悪い意味で。

義光公の人物像については人物叢書様から出版されている『最上義光(著:伊藤清郎氏)』や、前回も名前を出した徳間文庫様の『北天に楽土あり(著:天野純希氏)』などなどにお任せして、今回は最上八楯を中心に話を進めていきたいと思います。

最上八楯は、元は『天童八楯』とも呼ばれていました。
山形城にいる斯波氏(最上氏)より北、現在の村山地方(天童市~尾花沢市辺りまで)を一体とする、同盟勢力です。
天童、延沢、飯田、尾花沢、楯岡、長瀞、六田、成生をメインとし、その他に細川、東根、上山が加わったものだとされています。
これだけ見ると、よくまあ戦国の時代に作ったなあと感心する連合国家ですね。

伊達植宗(政宗の曾祖父)が攻めてきたときには、山形や寒河江も含めて対抗するということもありました。これが1520年のお話し。
最初は素晴らしいものだったと思います。天童氏の着眼点もさすがでしょう。八つ以上の勢力をまとめあげたということも、割と歴史上数少ない例かと思います。

しかし、それが50年も時を経ると、まあロクデモナイ組織になるものでして。
1574年。最上氏の家督争いの際(天正最上の乱)は、義光に反対する声だけ上げて、ほとんど戦うことはなかったのです。もちろん、義光が天童に攻め入った際などはある程度抗戦するのですが、義光の目が庄内側(大宝寺など)に向いているときに挟撃しようだとか、このうちに山形城を落とそうだとか、そういうことは一切ありませんでした。

とまあ、別にこれだけだったら歴史ではよくある話ですが、この後が大変。
最上義光が各地を調略するため、政略結婚による人心・縁の掌握を主な手段の一つとして行います。
さて天童八楯の皆さまですが――はい、落ちました。巻かれました、長いものに。
そうして名前を最上八楯にしちゃいました。はい、落ちました。巻かれました。

そう、面倒くさいことが嫌いで、誇りさえない仲良しこよしに成り果てていたのです。
こうして最上の軍門に下った奥州諸氏は、山形城改易に至るいざこざの時にもやらかします。いいえ、正確には「何もしなかった」というべきでしょうか。
「義俊についていけっか」と言い放ったのは鮭延氏です。鮭延氏は八楯平定後の義光によって降伏し、最上に使えることとなった勢力で、後述する上杉との戦いでは奮戦し、直江兼続から称賛の言葉を贈られるというまでの勇士です。そんな実力者の言葉で徳川幕府は強硬となり、山形藩改易に繋がっていきます。
いやまあ、最上騒動で調べると、鮭延氏の言いたいこともわかるんですよ。しかし、義俊は子供ぞ、と。お前が義俊を善に導くとか何とかなかったんかいと。
もっと早くに、『古参の八楯』が協力していれば。鮭延氏の言葉に、『古参の八楯』が異を唱えていれば。あるいはいっそ……天正最上の乱に乗じて山形城を制していれば。
違う歴史を辿っていたかもしれませんね。ケッ。


こんな奴らを配下として丁重に扱った義光公って、ほんと菩薩のような人間なんじゃないかと思います。駒姫のエピソードからも情に厚いところありますし、鮭スキーであっちこっちに贈答品として贈ったらしいですし、身長190センチ(当時は大男も大男!)で200kg近い石を持ち上げるような力持ち。もう熊さんみたいなイメージ。
かと思えば信長・秀吉・家康へコネを作っておく先見の明。関ヶ原と時を同じくして上杉と戦った際は2万対3000を耐え抜き、文化人としてもかの細川幽斎に次ぐ数の歌を残すという文武両道っぷり。
控えめに言って、天才です。

前回ちらっとお話しした『血染めの桜』の話も、ここで一旦お話ししましょう。
義光を出し抜いて、奥州の代表を名乗り信長と交渉しようとした谷地城主・白鳥長久とのいざこざの話です。
義光はぶち切れました。奥州探題(出羽守)はこっちだぞ、と。
その結果、信長に手紙を送り身元を証明した上で、じゃあ嘘つきの長久を殺そうと、城に呼び出して謀殺します。その際に血がたっぷりとついたというのが、『血染めの桜』です。
まあ、この『桜』自体は創作らしいんですけどね。私もそう思います。
何故なら義光は、あくまで断ずるべきは長久のみとし、共に登城した家臣や白鳥家の者は処分しなかったのだとか。お家断絶、なんてものが当たり前のご時世では信じられない厚遇ですね。実際白鳥家の子孫は、後の時代に青森県の有力者として活躍されていたそうですよ。
そんな風にキチッと道理を重んじる義光が、その辺の桜に血が飛ぶような処刑方法を執り行うはずがありません。というか、処刑でそうなるなら、他の土地にもそういう話が多く残るはずです。
しかし謀殺は事実。供養の置石(首塚?)があるらしいので、霞城公園をくまなく探索すれば見つかるんじゃないでしょうか。私も春になったら探しに行く予定です。


とはいえ、こうした『血染めの桜』だとか、『鬼切丸国綱』だとか、そういったインパクトの強い話が多いので、悪役として描かれることが多かったのでしょう。
(個人的には鬼切丸は絶許ですが。安姉ちゃんェ……)


色々と調べていて思ったのは、今の山形を義光公が見たら何と思うかということです。
例えば、インストアライブをするアーティストなどは、山形県民はめちゃくちゃ温かいといいます。手拍子をしてくれる率が多いんですって。
でもこれ、実は単に、一旦座ってしまったが手前席を立ちづらくなってるだけなんですよ。手拍子だって前や隣の人に合わせてるだけで、爺様婆様がじぇーぽっぷなんて聴いて解かるものでもないですし。
だからこそ、物販には並ばない。演歌歌手のステージにだって、新聞会社から貰って行くものという認識でしょう。じゃあ若い世代はどうかというと、紅白に出場した人気アーティストのライブが、当日までチケット販売のCMをしているなんてこともザラです。
まあ、来るもの全部買えってわけでもないでしょうが、流石にこれは、天童八楯由来の県民性だよなあ、と。調べていて納得してしまいました(汗)


現代のような時代にも、義光公が必要なのかもしれませんね。
ちょっと愚痴っぽくなってしまいましたが、ともあれ、義光公は素晴らしい人物ですので、興味を持った方はとりあえず明日の朝食を鮭にしましょう(白目)

ではではーノシ



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後編/そんな理由で嫉妬したの、初めてだもの

「あんたは、エセ霊能者!」

「似非じゃねえ、元だ、元」

 

 紲は不快に思った風もなく、からかうように訂正した。

 真人は、自分の記憶にある彼のパーソナルデータが一瞬にして塗り替えられたことに、軽く眩暈を憶えて眉間を押さえる。

 

「ええと、ちょっと待ってくれ、糺。彼が、前に行っていた『もう一人』の?」

「イグザクトリィ。ろくすっぽ連絡もつかない、キザ野郎よ」

「おいおい、聞いたか? 熱烈なラブコールだ」

 

 紲は振り返り、楪に対しておどけてみせた。彼女も上品に口元へ手を当てて、くすくすと笑っている。紲の皮肉的な態度には慣れているらしく、糺の「褒めてないわよ!」という言葉にも特に触れることはない。

 自由気儘な戦士は、ふと、こちらに視線を向けてきた。

 

「おい、白水の御曹司。テメェも義人さんの息子なら、腹決めろ」

「あんた、俺の親父を知っているのか?」

「知っているもなにも、あの人の今際を見取ったのも、テメェの家にインロウガジェットを持っていったのも、俺だ」

「あんたが……」

 

 自分の運命を激変させた相手が、目の前にいる。

 けれど、どういう言葉を返せばいいのかは判らなかった。

 

 戦士として糺を守って散ったのだ。父の死については父の納得するところであったと思うし、それを恨みとして紲にぶつけることは筋違いだろう。

 インロウガジェットを自分の手元に仕向けたことも、さしもの皮肉屋とて、伊達や酔狂で行う道理はないはずだ。自分自身、戦いに赴くことは納得している。命の瀬戸際に追いやられたことに対して、怒りを抱くつもりもない。

 

 ああ、無駄に物分かりの良くなった、『大人』とやらになった自分が憎らしい。

 

「何故」

 

 だから、そんな言葉しか紡げなかった。理由があったのは察する。その理由を教えてほしいと。自分の考えているものとの、答え合わせをしてほしかった。

 

「それはこっちの質問だ、真人」

「えっ……?」

「お前は何故、雛市糺を置いていく? 何故、守って戦うとは考えられない? そして、もしも糺とともに立ち向かっている未来があるとすれば、そのお前は、何故そうしている?」

「俺は……俺は……」

 

 真人は頭を振った。問いの主軸がころころと変わり、まるで禅問答のように思考を締めつけてくる。

 

「悩め。そこに答えがある。お前を縛っているのは、お前自身だ」

「俺は、俺は!」

 

 そんなことは分かっているんだ! 叫びたくなったが、その言葉を吐き捨ててしまったら終わってしまう気がした。

 

「(俺に、誰かを守って死ぬ覚悟があるのか?)」

 

 目を閉じる。今一度考える。

 誰かを庇って無防備を晒したがために死んだとすれば、自分は、そこに恨みや、怒りや、後悔の念を抱かずにいられるだろうか。その人を守るという荷物を背負っているせいで負けたのだという思念を残さずに、守ることができた喜びと安堵に、微笑みをたたえることはできるのだろうか。

 

「いや、そんなこと、考えるまでもなかったな」

 

 笑いが込み上げる。小難しく考えるだけ無駄だった。

 

「だって俺は、舞鶴山で初めて変身した時から、ずっと同じ思いだったんだから!」

「ふっ……そうか」

 

 紲の見定めるような視線に挑発で返し、振り返る。

 

「行こう、糺」

「えっ? ああ、うん」

 

 ミダグナスの群れに立ち向かおうとしたところで、ふと、待ったがかかった。

 

「あのなあ。気合いはいいが、色々と忘れてねえか?」

 

 振り返ると、紲は呆れたように髪をかき乱し、一つ一つ指を指した。

 

「一つ、そこのガキはどうする。まあ、それは楪に任せればいいが――頼めるか」

「はい、お任せください」

「二つ、背後にはブルっちまいながらもスクープを求めるマスコミがいるが、そんな前で戦うのか? 今なら映画の撮影だとか、超常現象(バケモノ)に勇敢に立ち向かう青年たち、で済むかもしれねえが、その後はどうする」

「それは……」

 

 真人は返答に詰まった。こころを抱き寄せた楪の向こうに、カメラが数台。野次馬として集まった人々も、スマートフォンでの撮影を試みている。

 

「三つ。さて、このカメコどもを封じながらミダグナスを一掃して、お前たちを山形城へと送り込める人間がいるんだが、そのことについては?」

「あ、ああっ、あああああっ!?」

 

 糺が素っ頓狂な悲鳴を上げた。

 

「そうよ、こいつがいるじゃない! ねえ、あんたのモンショウメダルは無事なの?」

「愚問だな」

 

 そう言って、紲はジャケットの内ポケットからガジェットとメダルを取り出した。

 

「悪いが楪。少し、そこで待っていてくれるか」

「はい。どうぞ、紲さんの思うままに」

 

 見送る言葉に頷き、紲がメダルを装填する。

 

《カジョウ! Yah(), Must() Get() Up()! Yah(), Must() Get() Up()!》

 

「オラ・オガレ」

 

《カジョウ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ブンショウ! シジョウ! ゴクジョウ! トウジョウ!》

 

 空気中に立ち込める見えない水分が、霞となって紲の体を覆っていく。やがてその体をすっかり覆い隠したところで、霞はぱっと晴れた。

 そこには、紫の帷子に水色の法衣を纏った、忍者とも山伏とも呼べるような風体の戦士が立っていた。

 

「これが、もう一人の……戦士!」

「あン? ああ、何だ、教えてなかったのか」

「あんたに連絡がつかないから紹介できなかったんでしょう!?」

 

 噛みついてくる糺をからかうように笑い流してから、戦士となった紲はドライバーから召喚して、構える。

 

紡史王(ほうしおう)ブンショウだ。さあ、あるべき正史を手繰り紡ごうか」

 

 そんなブンショウの気配を察したか、ミダグナスの何体かがこちらへ押し寄せてきた。

 

「ったく、名乗りもそこそこに攻めてくるたあ。作曲中のモーツァルトを急かすくらい、無粋過ぎやしねえか?」

 

 掌を掲げて肩を竦めたブンショウは、しかし、こともなげに得物の独鈷杵をひと払いしてみせる。するとたちまち聖なる霧がたなびき、眩さに視界を遮られたミダグナスが身を捩った。

 

「そらよ。気持ちを込めてやるから、味わいな」

 

 彼は手首を二、三度振るってほぐしてから、おもむろに霞に向かって拳を叩きこんだ。

 霞の長さは二メートルほどあり、とても徒手攻撃の届く距離ではなかったが、霞の端から突き入れた拳は反対側の端から飛び出して、見事にミダグナスの顔面を捉えた。

 

《カジョウ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

「おーい、テメエら! ちっとばかし頭下げてろ!」

 

 ブンショウの声に気付き、雪弥たちは何ごとが起きたのか分からないままに従った。

 

「良い子だ。――『ハイエスト・ミスト』」

 

 独鈷杵を逆手に持ち、地を打つ。

 地脈が震え、大地に眠る水気(すいき)が呼び起された。地表から霞となって立ち上ったエネルギーはたちまちミダグナスにまとわりつき、その姿を隠してしまう。

 

 ブンショウは丹田から吐いた息で気を整えると、飛び上がり、後ろ回し蹴りを放った。

 その威力は霞の内部に伝播し、ミダグナスたちは霞から押し出されるように吹き飛び、消滅した。

 

 まるで魔法である。

 真人があっけに取られていると、遠くから悲鳴が聞こえた。

 振り返ると、カメラを向けていた人々が目を剥いて、地面を凝視したまま固まっている。

 その足下には、無残な姿のカメラやスマートフォンが転がっていた。

 

「あいつらには悪いが、カメラを壊させてもらった。霞の湿気で基盤も腐らせているから、既に撮っている分のデータ復旧も無理だろう。残念だな」

「あんた、えっぐいことするのな……」

 

 唖然としていると、変身を解いた紲に背中を叩かれた。

 

「何をぼやっとしてるんだ、早くケリつけてこい」

「あ、ああ。あんたは?」

「お前は馬鹿か。それとも何だ。城の外にまでミダグナスが沸いちまう状況で、俺に妻と、子守りを引き受けたこのガキとを置いてそっちにいけと強いる鬼畜か何かか」

 

 顎をしゃくれさせての抗議からはおよそ怒気は感じられないが、少なくとも、彼がヨシアキとの戦いに参加しないことだけは理解した。

 

「こいつはこんなだから、気にするだけ無駄よ」

 

 さ、行こう。と糺が走り出そうとしたとき、何かが弾けるような音がした。すぐに、糺の息漏れが後を追う。

 彼女が挿していたらしい髪飾りが壊れ、髪がほどけていた。

 

「ちっ……縁起悪いわね」

 

 オリエンタルな東洋人風の姫か何かを模した髪飾りを、糺は名残惜しそうにポケットにしまい込む。彼女はほどけた髪を結び直そうとして、そんな暇もないと思い直したのか、軽く梳いたくらいに留めて顔を上げた。

 

「まって、糺お姉ちゃん!」

 

 駆け出そうとした背中に、こころが声をかける。

 彼女はそっと糺に歩み寄り、自分の髪飾りを外して、差し出した。

 同じデザインのものだ。おそらく、七日町に繰り出した際に買い揃えたものなのだろう。

 

 こころは糺の手を取り、髪飾りごと包み込むように、小さな量の手で挟み込んだ。

 

「そのまま行っちゃ、だめ」

「でもこれは……こころちゃんの」

「こころはいいけれど、糺お姉ちゃんはだめ。アイドルは、ちゃんときれいにしてなきゃ」

 

 ほどけた髪を指して、こころが笑う。

 

「……こころちゃん」

「早くしろ」

 

 急かす紲の声に、糺はハッとしたように居住まいを正した。

 

「ごめん、こころちゃん。後で一緒に買おう。お姉ちゃん急がなきゃだし、今からのことはアイドルとしてじゃなくって――」

「そうじゃねえだろ」

 

 紲が、きっぱりと言葉を断った。

 

「うだうだ戸惑ってねえで、さっさとその子の意志を受け取れ、と言っているんだ」

「……え?」

「お前は誰だ? 紅姫レイという戦士である以前に、雛市糺だろう。それともお前は、真人にあれだけ啖呵を切っておいて、自分は『残った女』とやらのことを無視するつもりか」

 

 紲の優しくも厳しい眼差しに、糺は目を閉じ、息を呑んで、手を頭に持っていった。

 その手が花弁のように開き、頭からそっと離れると、そこには可憐な髪飾りが復活していた。

 

「礼は言わないわよ」

「だろうな。言うべきは俺にじゃなく、この子にだ。無事に戻ったら、強く抱きしめてやれ」

「わあっ! こころ、お姉ちゃんとぎゅうっ、てしたいの!」

 

 未来を想像してはしゃぐこころの頭を、紲がぽんぽんと撫でてやる。

 

「こっちは俺に任せろ。その様子だと、もう一つの忘れていることも、わざわざ言わなくてもよさそうだな」

「ほんっと、いちいち嫌味ったらしいわね。まあ? 子供心に寄り添ってるあんたを見ているのも気持ちが悪いし、言われなくても行かせてもらうわよ」

「おう、そうせいそうせい」

 

 はっはと笑う紲を尻目に、糺はこちらに目配せをしてくる。

 真人は頷いて、共に走り出した。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 大手門を潜った糺は、雪弥たちに続いてミダグナスに飛び蹴りをかました。

 随分としんどい。これまで如何に鎧に守られていたのかと思うと、悔しいほどに情けなかった。こころの気持ちを受け取って、こんなものなのかと。

 目につく雑魚をどうにか散らし終え、肩で息をしながら天守閣を睨みつける。

 

 一陣の風が降りてきて、ヨシアキが現れた。

 

『帰ってきてくれたか、お伊万よ』

 

 またそれか。糺は息切れの合間にため息を吐いた。闇邪鎧として歪められているとはいえ、なかなかに見苦しいものがある。

 

――もう一つの忘れていることも、わざわざ言わなくてもよさそうだな。

 

 紲の言葉を思い返し、真人を見る。

 

「ごめん、みんなと手分けして、雑魚の相手をおねがいできる?」

 

 真人が目を見開き、振り返った。それだけで、心配が伝わってきて、ただただ心強かった。

 しっかりと頷いて返す。

 

「これは私の意地。女として、駒姫の代わりにぶちかましてくるわ」

 

 大丈夫。私は雛市糺なのだから。あなたに恥じない姿、見せたげる。

 糺はそっと、こころの髪飾りに触れて、最後のスイッチを蹴り入れた。

 

『さあ、近うよれ。二度と離さないことを、弥陀に誓おう』

「……るっさいのよ」

『うん?』

「ああもう、うるっさいのよあんた! 私は雛市糺! あんたの愛しの駒姫じゃあないし、なんならさっきまで駒姫の存在さえ知らなかったわ! 習わなかったもの!」

 

 ぞんざいに拒絶すると、ヨシアキは唸った。

 空の手のひらを彷徨わせ、ここにいない誰かの影を求めている。

 

『ならぬ、断じて虚言はならぬ。斯様な美しさはお伊万の他におるまいて』

「はっ、お褒めに預かり恐悦至極! 確かに私は美人よ? でもね、ぶっちゃけ、その辺の学校を覗けば一人二人いるわよこれくらい」

『グ、グアアアアアアッッッ!』

 

 ヨシアキは乱暴にオニキリマルクニツナを呼び寄せると、地面に叩きつけた。

 

『何故だ、何故だ何故だお伊万! 儂の下へ極楽より参ってくれたのではないのか。儂のために往年の美しさを取り戻してくれたのではないのか!』

「あーあ……うちのパパもこんなになるのかしら。そう思うと、親より先には死ねないわねえ」

 

 気持ちは解らなくもない。が。ポケット越しにガジェットをとんとん叩いていた苛々は、もう爆発寸前だった。

 同級生が、彼氏から元カノと比べられることに腹を立てているとかなんとか、コイバナに花を咲かせているのを聞く度、別にいいじゃないかと、比べさせて、自分の方が上だと知らしめてやればいいとは思っていたけれど。

 

 ああ、これは確かに腹が立つなあ。目の前の男は彼氏でも何でもないけれど。別の女を重ねられるだけでけったクソ悪い。それがどんな偉人でも、どんな美女だとしてもだ。

 

「ったく、フラれた童貞がストーカーに変わる瞬間でも見せられてんの!? あんたが娘を溺愛していることは聞いたけど、寝言もいい加減にしてよね! そこは悪夢だ、目を覚ませ!」

 

 我慢がならず、糺はヨシアキに詰め寄った。鎧の胴胸に指を引っかけて揺さぶってから、目の前にいるのが異形だということをふと思い出し、おかしくなる。

 

「私が綺麗でありたいのはね、あんたのためでもなければ、男の目を引こうって理由でもなければ、自分大好きナルシーだからでもないわ。私がいつか全てを委ねる人が、恥ずかしくないように。私を選んで良かったと、心から信じてもらえるように。そのために、私自身が誇りを持つためのものなの!」

 

 大きく息を吸う。

 

「私は前に走りたいのよ! 縋って来んな!」

 

 思いっきりひっぱたく。不思議と、ヨシアキはよろめいた。

 

「あんたの娘だってそうだろう! 悲運に命を塞がれても、駒姫は最上義光の娘として誇り高く散ったんだろう! そうあろうという想いを、踏みにじるな! たとえ闇邪鎧に成り果ててしまったとしても、そこだけは染まってやるなよ、父親だろう!?」

 

 こめかみが熱くなった。涙を拭おうとして、そこが渇いているのに気が付き、熱くなったのは目頭ではないと気付く。

 正体は、こころから託された髪飾りだった。

 

 とくん、とくん、と。プリンセスの鼓動が光となっている。

 彼女に想いを馳せる。あの子も同じだったろうに。大好きなお兄ちゃんが戦いに赴いているのだ、心配で仕方がないはずだ。それをおくびにも出さず、あろうことか、私への叱咤激励までかけてくれる。

 

「(参ったなあ。私も似たようなもんだったってわけか)」

 

 痛感する。さっきは怒鳴ってごめんね、真人。

 

「――あんたはどうなの、最上義光ィ!」

 

 髪飾りを外し、握りしめた手で一発ぶち込んだ。

 

『ぐぅ……っ!』

 

 ヨシアキが数歩、後退した。

 糺は手の内に残った感触を噛みしめるように、指を開く。

 そこにあったメダルは、三月に現れる、河北町の誇りたるお姫様が描かれていた。

 最近できた小さな親友には心の中で感謝をし、インロウガジェットに装填する。

 

《オヒナサマ!》

 

 これが、紲が伝えたかったことだろう。真人が二枚目のメダルを手に入れたことをウカノメから聞いていたのか、あるいは彼も二枚目のメダルを持っているからかは知らないが。まあ、今はそんなことどうでもいい。

 

Yah(), Must() Get() Up()! Yah(), Must() Get() Up()!》

 

 早く片付けて、こころとの約束を果たさねば。

 早く片付けて、真人にじっくりとお説教をしなければ。

 

「オラ――オガレ!」

 

 ああ。誰かを想うって、こんなに胸躍ること。きっと、このお姫様も、そわそわそわそわとしていて、ひな壇でじっとなんかしていられなかったでしょうね。

 

《オヒナサマ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、レイ! 舞い踊れ、レインボウ・プリンセス!》

 

 新たな鎧を纏う。ベニバナメイルの素体はそのままに、ドレスから振袖へと装いを変えて、紅の大和撫子が降臨した。

 

『おのれ八楯、伊万を騙り、儂を愚弄するかッ!』

「だから、初端(ハナ)から騙ってないっての!」

 

 ドライバーを叩いて武器『雛袖』を呼び出すと、五色の内衣で構成された小袖が伸び、振り回されるオニキリマルの刀身を絡め取る。

 

「お、布衣術? 面白いわね。それなら――」

 

 糺は一足踏み込んで、ヨシアキの周りを踊るように掌打を繰り出した。

 八卦掌をベースにして、袖の抵抗を感じると同時に、ステップを踏みながらハンズアップ。ターンを決めてシットダウン。するとあら不思議。袖でがんじがらめにされた大将軍のできあがり。

 

「はあっ!」

 

 雛袖を引くと、伸びたコードを巻き戻すように小袖が収縮した。

 巻き戻しの勢いに振り回され、ヨシアキがよろめく。

 

「これで終わりよ!」

 

 糺はドライバーのスイッチを二度タップした。

 

《オヒナサマ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

 技を解放すると、小袖は五色雛そばのように帯となって広がった。雛あられのように可愛らしくきらめく姿は、まるで指先から虹を生み出しているようで。

 なんて、綺麗。これからどうするのかということを考えると、ちょっと躊躇しちゃうくらい。

 

 ……まあ、仕方がないか。

 

「『五色繚乱』! ちぇいさあああ――――――っ!」

 

 腕を払った。天空に舞い上がった虹が、瀑布となってヨシアキに降り注ぐ。

 薄れていく山形城の結界の中、ヨシアキは太陽を掴み損ねて、地に崩れ落ちた。

 

 仰向けの巨体に、糺は歩み寄る。

 

『……儂は。守れる道はあったのだろうか』

「ないわね。歴史にたらればなんてナンセンス。でしょう?」

 

 現実を突きつける声は、心なしか震えてしまった。

 ヨシアキが押し黙る。

 

「でも、まあ。あなたのような素晴らしい父親を持って、駒姫は幸せだったと思うわ。だって『父親がどんな人物か』なんて、そんな理由で嫉妬したの、初めてだもの」

『……そうか』

 

 そう言い残して、ヨシアキは風に溶けていく。

 糺が霞んだ視界をこすった時にはもう、依代になっていたのだろう、身を寄せ合った父娘の姿がそこにあった。

 

 父親が、自分のからだで娘を隠しているだけの、雑な抱き方。形振り構わず、娘を守ることだけを考えていたのね。

 

「お幸せに」

 

 寝顔に声をかけて、糺は振り返った。

 ほら、もうそこまで、真人たちの足音が聞こえる。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 真人たちが城から出ると、こころが出迎えてくれた。

 

「こころォ!」

 

 貴臣が大手を拡げて駆け寄るも、彼女はその脇をすり抜けてしまう。驚いて振り返る彼の目には、糺の姿が映っていた。

 

「糺お姉ちゃん!」

「こころちゃん、ありがとう! こころちゃんがくれた髪飾りのおかげで、お姉ちゃん、頑張れたわよ!」

 

 そう言って、彼女はお雛様のモンショウメダルを掲げて見せ、喜びを分かち合うように、ぎゅっと、強くこころを抱き締めた。

 

「残念だな、お兄ちゃ――」

 

 真人はフラれてしまった貴臣を慰めようと、肩に手を置こうとしたところで、彼の体の震えの異常さに手を止めた。

 悲しみでも切なさでもない。指を組み、膝を立てて、何かに祈るように。

 

「尊い……」

「いやまあ解らなくもないが、さすがにそこまででは」

 

 すると、ハグをしていた女子たちから、キッと睨みつけられた。

 

「こっち見んな、このスケベども!」

「ども!」

「こころォ! そんな言葉を覚えちゃだめだァァァ!」

 

「……どだなだず」

 

 ていうか俺も入ってんのかよ。

 自分は関係ないのだと主張するべく体の向きを外すと、遠くに、肩を寄せ合うつがいの姿が見えた。

 

「紲さん!」

 

 呼ぶと、彼は振り返りもせず、肩越しに手を挙げただけだった。

 

「ははっ、どだなだず」

 

 糺の言っていた、キザ野郎という意味が、なんとなく分かった気がする。

 いつかまた、共に戦うことができるのだろうか。その時には、父を見取ってくれたお礼を言おう。真人はそう、心に決めた。

 

 

――第6話『桜天に霞城あり』(了)――

 

 




どーもっし! 柊一二三です。
毎度言っているような気もしますが、また冷え込んできましたね。
薄く雪が積もった日なんかは、靴で踏み固められた部分だけが固まり、他が解けると足跡だけ残るという不思議な光景を目にしました。
ああいうところで事件が起きたら、鑑識さん楽だろうなあ(笑)



さて、まず先にお詫びをさせてください。
次話以降の更新を二カ月ほど見送らせていただこうと考えております。
4話後編の後書きにて、村山と双璧を成すバラ公園のある南陽市を舞台にする話は3月頃に更新する予定と申し上げていた矢先で申し訳ありませんが、仕事の兼ね合いなど、諸々を考慮した結果です。
元々ニシキは何話かまとめてストックし、順次投稿していく形を取るつもりでして、春先くらいまでの話は昨年末に書き上げている予定ではいたのですが、見通しが甘かったと反省する次第です。

普段、更新を行うと、20件程のアクセスをしていただきます。ほぼ一定ですので、おそらくは固定の読者様だと存じます。いつもありがとうございます。
大変申し訳ありませんが、第7話は4月の半ば~末くらいになる見通しです。今暫く、お待ちいただけると幸いです。



それでは改めて、今回登場した偉人『最上義光』公にまつわるスポットをご紹介させていただきます。
前編にて触れた城址、霞城公園については、みなさまご存知でしょう。馬のいななく義光公の銅像も、城めぐりをされている方には有名なことと思います。

ですので、今回ご紹介するのは『専称寺』様です。
ここは、最上義光公が、処刑されてしまった駒姫を弔うために建立したというお寺です。

霞城公園の東大手門からは、七日町を跨いで真っ直ぐ行くと着けますので、霞城公園内の駐車場に車を停めて、最上義光歴史記念館様に立ち寄ってからそちらに向かうと、スムーズに義光公を堪能するルートが組めるかと存じます。
直接車で行っても、もちろん駐車場はあるのですが、なにぶん駅前の市街地は一方通行がややこしく、まだ付近には幼稚園もございますので、徒歩で訪れるのがおススメです。

境内に入ってまず目を引くのは、大きな銀杏の木。こちら『雪降り銀杏』と呼ばれているそうで。
初冬あたりが見ごろになるでしょうか。霞城とは時期がずれるので、なかなか機会はありませんでしたが、いつか、その時期に御姿を拝見したいなと思います。


さて、ちょっと戻っていただいて。
入口にて駒姫についてと、彼女の辞世の句を読むことができます。
『余の姫君達の嘆き悲しむなかに、少しの臆するけしきもなかったという』とあるとおり(※けしき=気色)、堂々と打ち首に従ったことが書かれています。
しかし心中穏やかではなかっただろうなと。

辞世の句を見ても、悔しさと憤りが伝わってきます。
『罪をきる弥陀の剣にかかる身の なにか五つのさわりあるべき』
五つの障り、とは、五徳(仁義礼智信)に障った(背いた)ことを指します。まだ正式に嫁いだわけでもなく、良人となる人物の顔も見ていないのに罪人として断ざれることへの痛烈な批判です。私が何をしたのだと。
それでも泣きわめく様子も見せず、堂々としていた。とても十五の女の子ができる振る舞いには思えません。
最上家の娘として、恥じることがないように。きっと、これほど立派な辞世の句を詠めたことも、歌人としての覚えがあった義光公から受け継いだものでしょう。

こうした娘を育てた最上義光の、父親としての素晴らしさもうかがえますね。
小指を立てて玄米茶を飲むだけじゃなかったんすね叔父さん。

肝心の駒姫の墓は、一般のお墓と同じ場所で、ちょっと奥まったところにあります。質素なものです。
同じようなものを米沢市で見たことがあります。『忠臣蔵』にて吉良側だった米沢藩の藩士・山吉新八のお墓です。ちょうど赤穂浪士を美少女化したゲームをプレイして興味を持ち、訪れたのですが、やはり吉良側だったためか、大々的な看板はありませんでした。

駒姫も今でこそ知られていますが、当時はあくまで罪人として処刑された人です。
秀吉が酌量をさせたが間に合わなかったという逸話もありますが、それでも酌量した場合は鎌倉で尼になるという結末でした。山形の地ですらないのです。処刑の対象になった以上、如何なる事情があれ、弔うこともままならなかったのではないかと思います。

乱世の煽りとは、本当に悲しいものですね。


もし、自分に娘ができたとして。自分が父親としてできることは何だろうと、ふと、考えさせられます。
尤も、彼女もいないうちから娘のことなんて、考えても仕方ないんですけどね(笑)


それでは、また春にお会い致しましょう!
ではではーノシ



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第7話『欅とグンバイ』 前編/レゾンデートル

ハーメルンよ、私は帰ってきた!(大遅刻



――山形県東根市・某所小学校

 

 四月も終わり、人々が葉桜との別れを始める頃。

 真人たちは、東根市内にある小学校の体育館で汗を流していた。

 

 バスケットコートの一面を使って大道具の準備をしているスタッフたちの傍らで、シャツを気合で濡らした糺と、木刀を携えた雪弥とが、彼女らより一回り年上の大人たちを相手に大立ち回りを繰り広げている。

 

 一足先に休憩に入ることにした真人は、へばって壁にもたれた俊丸に苦笑しながら、クーラーボックスから拾い上げた濡れタオルを放り投げた。

 

 さて自分の分を。そう、もう一度腰を曲げたところで、無防備となった首筋に何かが触れた。

 

「うわ、冷っでぇ!?」

 

 思わず肩を縮こませた、腰と首とが蛇のように明後日へ曲がっている妙ちくりんな姿勢の上から、爽やかな笑い声が降ってくる。

 

「あはは、驚かせちゃったかな」

「なんだ、創か」

 

 振り返ると、首から下に五元空神アサヒのスーツを纏った創が、スポーツドリンクを渡してくれた。

 

 今日、この小学校に真人たちを呼んだのは彼である。

 敷地内にそびえる大ケヤキ――通称『東の横綱』。その偉大なる大木にちなみ、東根市を中心とした各小学校では『大ケヤキ相撲』と呼ばれるレクリエーションが催されることが恒例となっている。

 子どもたちが烈しく切磋琢磨する聖域として、校庭の片隅に屋根囲いの土俵があるという光景は、他ではなかなか見られない特徴だろう。

 

「それにしても、すげえじゃねえか。ケヤキ相撲の余興に呼んでもらえるなんてさ」

「おかげさまでね。少しずつ、名前を覚えてもらっているのは嬉しいよ」

 

 そう言ってはにかんだ創は、糺たちの殺陣に目をやった。

 

「あっちも凄いね。雪弥くんの剣の腕は知っていたけれど、実際に目の当たりにすると、息を呑むようだよ」

「本人はやりづらそうにしてたけどな」

「そうなんだ?」

「居合の概念でいけば、殺陣の動きは無駄だらけで気持ち悪いんだと」

「ああ、意識して派手に立ち回らなきゃいけないからね」

 

 経験が活かせないことはない。実際に、スーツアクターの養成所などでは徒手・武器術問わず様々なスキルを修得する必要があるという。

 だが、しかし。

 真人は目を細めた。自分も現代剣道を修めているが、その目指すところは、究極『人を殺す術』である。より効率的に、より効果的に、最小限の力で最大の戦果をつかみ取るためのものなのだ。

 

 だからこそ、なのかもしれない。真人は創が羨ましかった。

 今でこそ、培った技は対闇邪鎧において活躍してくれている。だが裏を返せば、この平和な現代日本において、本来そんな技は無用の長物で終わってしまっていたかもしれないもの。

 

「……スタントアクションという『魅せる業』で、子供たちを――誰かを笑顔にするために戦っていることは、素敵だと思うぜ」

「どうしたの、藪から棒に。そんなこと言うキャラだったっけ?」

「うっせ」

「あはは、冗談だよ」

 

 からからと歯を見せた創は、視線を前へと戻した。

 その瞳は糺の蹴り足を追っている。

 

「舞鶴山で会った彼女の蹴りも凄まじいね。雛市さんだっけ」

「ああ」

 

 そういえばそんなこともあったと、真人は鼻の頭を掻いた。

 慌ただしくて、すっかり忘れていた。

 

「同年代の男性にも引けを取らない重さと鋭さだよ。型は……僕の知らない武術なのかな、ちょっと読み切れないけれど」

「詠春拳とか八卦掌とか截拳道とか、中国武術をベースにしてるらしいぜ。我流だって言ってたから、ごちゃまぜなだけで」

「へえ、驚いた。我流でここまで」

「ダンスをしていたから、体幹なんかの下地はできてたんだと」

「へえ、驚いた。真人がそこまで」

 

 声にからかいの色がはらんだことに、真人は眉を顰めた。

 

「……なんだよ」

「随分と仲が良いんだね。もしかして彼女が例の、舞鶴山のバケモノの件で知り合ったっていう、好きな子?」

「ごっほっ!?」

 

 真人はスポーツドリンクを噴き出した。

 

「そ、そんなことより! お前も無事で良かったよ」

「何にもできなかったけれどね」

 

 創の表情に影が差した。彼はそれをすぐに隠すと、気丈に笑って見せた。

 

「あの時さ、バケモノを倒したヒーローが現れたんだって」

「……ああ、知ってる」

「僕は、山形の希望を守るヒーローになりたかった。子供たちが夢を追いかけようと思う時代にしたかった」

「ああ、知ってるよ」

「けれど、僕はあの日、バケモノに立ち向かうことができなかった」

「…………それは」

 

 生身の人間が闇邪鎧に敵うことはないから仕方がない。

 その言葉を呑み込んだ。今の自分に、創の痛みを慰める資格があるのか悩んだ。

 闇邪鎧に立ち向かえ得る力を手にした自分に。

 

「ねえ、真人。ヒーローって、何だろうね」

 

 心臓が怯んだ。

 途端に、ニシキとしての自分を打ち明けていないことが、卑怯なことのように思えてきた。

 膝が嘲笑う。手が滑稽に踊る。

 

「あのな、創――」

「なになに、メンズで何の話してんのよ」

 

 はっと我に返る。

 いつの間に近くまできていた糺が、タオルで汗を拭いながら小首を傾げた。

 同じく稽古を終えたらしい雪弥が、壁際の俊丸に労いの言葉をかけている。

 

「雛市さんたちの動きは目を見張ると、真人と話していたんだ」

「ありがと。けど、おだてても何にも出せないわよ?」

「殺陣の稽古をつけてくれただけで十分だよ」

「そっちはおあいこ。私も雪弥くんも別に殺陣の経験があったわけじゃないし、台本に合わせて、じゃあどう動こうかって取り決めただけ。むしろ部外者が首を突っ込んじゃっていいのか不安なくらいだわ」

「こちらから頼んだことだから、気にしないで」

 

 創の言葉に、糺は「そ?」とだけ返して、クーラーボックスからレモン風味の炭酸水を取り出し、口に運んだ。

 

 舞鶴山でのはじめましての際は、随分と棘のある態度を取られていたこともあり、今朝の創は、糺に対して腫れ物に触るようなぎこちなさがあったりもしたが、今ではそれも解消されているようだった。

 元々糺も、他者を関わらせないようにするための壁を作っていただけだったのだから、自然の帰結といえるかもしれない。

 

 ふと、糺が真人の肩に肘をかけてきた。もう一方の手で、試合前の稽古をしている子供たちのうち、一人を指さした。

 学年に一人はいるような恰幅の良いタイプの子で、馬力は十分にありそうだ。

 

「あの子、元気ねえ。私は優勝候補と見た」

「いやいや、あっちの子も、細っこい割に頭キレる戦い方するぜ?」

 

 真人が別の子供を指さすと、糺の眼差しが挑発的に光った。

 賭けるか、という言外のプレッシャーからはさっさと顔を逸らす。

 

「なあ、俊丸さん」

「あ、逃げんな!」

 

 手を肩に引っかけられたまま、俊丸たちのところへと向かう。

 

「山形はこうしてケヤキ相撲やってるけどさ 歴史上の力士とかっていたりするのか?」

「あ、それ私も気になる。『おーばん』なんかじゃ琴ノ若! ってやっているけれど。それ以前はどうなのかしら」

 

 糺が挙げたのは、山形内陸部ローカルのスーパーの名前だ。山形出身の元琴ノ若関――佐渡ヶ嶽親方を応援しており、佐渡ヶ嶽部屋の力士が白星を挙げた際などには、『かちどきセール』なるタイムサービスを行うことで有名である。

 

 俊丸は、未だ疲れの抜けてない様子ながらも、笑顔で返した。

 

「ええ、いますよ。当時最強と謳われた雷電(らいでん)爲右エ門(ためえもん)――現代で言う、全盛期の朝青龍や白鵬のような力士を唯一『二度打ち破った』という、市野上(いちのじょう)浅右エ門(あさえもん)氏などが代表でしょうか。それと……」

 

 彼が、もう一人の名前を挙げようとしたところで、不意に、子供たちの穏やかじゃない声が聞こえてきた。

 

「ズルしたべ!」

「してねえず!」

「した! 土俵から出た手を戻したじゃん! 先についたのそっちなのに!」

「してねえったらしてねえ! してない……もん!」

 

 お母さんから作ってもらったのだろうか、首から下げたお守りをぎゅっと握りしめながら、男の子が涙目で堪えていた。

 

「した!」

「してない!」

 

「ほらほら、ケンカすんなってや。大ケヤキのような立派な横綱を目指すんだべ!」

 

 ついに取っ組み合いとなった子供たちは、監督していた教師の仲裁にも、なかなか離れようとしない。

 真人たちは遠巻きにその様子を伺いながら、

 

「あーあー、元気なこって」

「ケンカする程、ってやつかしら」

 

 午後から観戦させてもらうケヤキ相撲の波乱を感じ、苦笑し合った。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 ぞろぞろと校庭に出てきた子供たちを、ツノカワは校舎の屋上から俯瞰していた。

 早朝からこつこつと組み立てられたご苦労なステージの前に集まってはしゃぐ黄色い声たちが耳に触る。

 

「さあ、『五元空神アサヒ』ショーの時間だよ!」

 

 ステージ上で司会が合図をすると、ヒーローなる代物が現れた。

 

「みんな、今日は元気いっぱい頑張ってね!」

「「「はーい!」」」

 

 ツノカワは鼻を鳴らす。けったくそ悪い。

 見てくれは『王』か『皇』にも見えなくもないが、その力の気配は粉塵の一粒程度も見て取れない。

 

「チッ、紛い物に群れやがって」

 

 おーおー、がんばれー。失笑でよければくれてやる。

 

「……あン?」

 

 面倒な気配を感じ、背後へと首を回す。

 そこには巫女装束の女と、年端もいかぬ兄妹がいた。

 どちらも一見した印象が白いというだけで、その実、邪気しか感じられない。蛇神の眷属である自分の背後に巫女がいる構図は、別段不思議なことでもないのだろうが、

 

「何しに来やがった、トヤ」

 

 ツノカワは半眼を向ける。

 巫女装束の女――トヤは、幽世から覗かせたような薄ら笑いを浮かべた。

 

「あらあら、うふふ。見てお分かりになりませんの? ハクとサンとお散歩をしているのですよ。ねえ?」

「ねー」

「ねー」

 

 トヤが笑いかけると、淡泊な声で兄妹が返事をした。

 兄がハクで妹がサン。最近になって生まれた、白山の伝説に由来する雌雄一対の蛇神だということはヨウセンから聞いていたが、それ以上のことはよく知らない。

 髪を白く染めた日本人形のような言いも知れぬ不気味さが、ツノカワは苦手だった。

 

「ベビーシッターなら他所でやれ」

 

 吐き捨てると、とてとてとハクが歩み寄り、じっとこちらを見上げて、

 

「おじさん、嫌い」

 

 そう、呟いた。

 続くように、反対側の足元からサンがこちらを振り仰ぐ。

 

「死んじゃえ」

「……………………」

 

 仮にもヨウセンが選んだ同胞(はらから)。仮にもガキ。肩を震わせて堪える。

 

「しかってぃー?」

「かーまちょ」

 

「うっぜぇ……」

 

 ツノカワはトヤを睨め付け、マジで何しに来やがったんだコラさっさと連れ帰れやクソアマと、呪詛を込める。

 しかし、そんな意は介さないとでもいうように、トヤは嗤って見せた。

 

「そう邪険にしないでくださいまし。力を貸してやれと、ヨウセン様のご慈悲でもあるのですよ?」

「ヨウセンが? そうかい、ならさっさとしやがれ」

「意外や意外。随分と聞き分けが良いのですねえ」

「こっちだって本調子じゃねえことくれぇテメェで解ってんだよ」

 

 忌々しさで眉間に深く溝ができる。

 そんなツノカワを、興味深そうにトヤの瞳が探ってきた。

 

「あらあらあら、まあまあまあ。それは封印の余波かしら。それとも、先の戦いでの傷が癒えておられないのでしょうか」

(かまびす)しいんだよコラ、あ? あまり囀るようなら、喰うぞ?」

「くすくす。貴方が望まれるのならば、召し上がって構いませぬのに」

 

 食えない女だ。舌打ち交じりに毒づく。

 

「……始めるぞ」

「御意に」

 

 眼下のステージでは、ヒーローの敵として、二人の怪人が暴れまわっているところだった。

 丁度いい。おあつらえ向きだろう。

 ツノカワが緋色の瘴気を生み出すと、そこにトヤの力が働き、二つに分かたれた。

 

 禍々しい気は怪人のスーツを貫き、中の男たちへと侵蝕していく。

 

 やがて現れたのは、力士の魂を縁とした闇邪鎧が、()()

 ツノカワは、耳を撫でる悲鳴に喉を鳴らす。

 成程、興味深い力だ。

 

「おい、ちゃんとガキを連れ帰っとけよ。オレはもう少し遊んでいく」

「私のご助力では不安だと?」

「そういうことじゃねえ。テメェも聞いてるだろ。ぶっ殺したはずの果樹王が再び現れたとか、面白すぎンだろ。お手並み拝見させてもらうぜ」

 

 

「(さあ、来てみろよ、果樹王!)」

 

 眼下を睥睨しながら、ツノカワは歯を剥いた。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 真人は特設ステージの裏から飛び出し、インロウガジェットを構えた。

 

「創、お前は子供たちの避難を頼む! ――オラ・オガレ!」

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

 

 現れた闇邪鎧は、さながら阿形吽形像のように見得を切っている。

 ニシキは『サクランボンボン』を召喚して、手近な闇邪鎧へと躍りかかった。

 

 ――かかろうとした。

 

 カカンッ! カンカンカン!

 

「なんだあ?」

「これは……拍子木の音、でしょうか」

 

 どこからともなく聞こえてきた音に、駆け付けたソウリュウも足を止める。

 視界の端では、レイとゴテンも立ち惑っているようだった。

 

(ヒガーイシー)。カチョーウーザンー!!』

 カカンッ!

 

「ひ、東ぃ?」

 

 これまたどこからか呼出しの声がかかり、真人たち側の闇邪鎧が塵手水をとった。

 

西(ニイーイシー)、ゲンーブーヤマー!!』

 

 カカンッ!

 

「いやいやいや、ほんと何なのよこれ!?」

 

 次は彼方。レイの叫びなどお構いなしに、闇邪鎧が塵手水を始めていた。

 

『互イニ油断ナク!』

 

 立ち合いの刻だった。

 二体の闇邪鎧は地面にじいっと拳を近づけていく。

 空気を圧縮するかのように重心が下がっていき、ついにそれが、僅かに砂の表面へ触れるか、といったその時だった。

 

『ウオオオォォォ!!』

『グワアアァァァ!!』

 

 呼吸を合わせて、闇邪鎧たちが動き出す。

 ただし、その取り組みの相手は力士同士ではなく、ニシキたちである。

 

「うぉっ!?」

 

 瞬きの間に迫っていた巨体に、ニシキは重心を見失った。

 内臓を持っていかれたのではないかというほどの強烈な突進だった。

 

 地面を転がった先で、ゴテンと交差する。

 程なくして、レイたちも吹き飛ばされてきた。

 

「大丈夫か、糺、俊丸さん!」

「はは……辛うじて、ってとこ」

「こちらも、鎧のおかげで、どうにか……」

 

 ニシキとゴテンが差し伸べた手で、レイたちが立ち上がる。

 

「しかし困りましたね、先輩。子供たちが近くにいる状況で、二体の闇邪鎧を相手にしなければならないとは……」

「だな。俊丸さん、カチョウザンとゲンブヤマってのは?」

 

「『花頂山(かちょうざん)』とは、先ほどお話した雷電破り――市野上浅右エ門の四股名です。

 そして『源武山(げんぶやま)』は、源武山(げんぶやま)源右ェ門(げんえもん)という力士の名前ですね。日露戦争従軍の経験もあり、怪力でゴリラのようと称され……『あの体で押せば大関』と惜しまれた実力者……です」

「……?」

 

 歯切れの悪くなったソウリュウに、ニシキは怪訝な顔をした。

 

「彼は後援者にゴマをすって祝儀を受け取ることに熱心だったそうで、残念ながら、現在の相撲界では、そうした行為を『源武』と、彼の名になぞらえて呼んでいるといいます」

「げぇ。そんな人が山形出身というのも、なんか複雑ね……」

「ですが、四十を超えても現役を張った数少ない力士でもあります。間違いなく実力は一級品。闇邪鎧としての力は想像に難くありません」

 

「そうかい。ま、結局、やるしかないってことだな」

「ですね。今回ばかりは、先輩のそのお気楽さに救われます」

「へへっ、だろ?」

 

 ゴテンとともに、振り返る。

 アサエモンとゲンエモンの闇邪鎧は、再び攻撃の兆しを見せていた。

 

「怖い時は前、だ! 雪弥、俺が先に奥義で突っ込む。お前は奴らが居ついたところをサポートしてくれ」

「はいっ!」

 

 そう言って、ニシキとゴテンが、ヤツダテドライバーのスイッチに手をかけようとした時だった。

 

「――だめっ!」

 

 レイが悲鳴を上げた。

 ニシキたちと闇邪鎧との間に、一人の子供が走ってきたのだ。

 

「あの子はさっきの!」

 

 体育館でズルを疑われ、言いがかりに抗議をしていた男の子だった。

 はたと座り込んだ男の子が大事そうに拾い上げたのは、あの時にもぎゅっと握りしめていたお守り。

 

「ったく、大切なものなのは解るけどよお!」

 

『ヨイ、ハッケヨイ、ヨイ!』

 

「くそっ、間に合えええ――――――っ!」

 

 ニシキは叫びながら、ついに攻撃を再開してきた闇邪鎧に向かって突っ込んだ。

 

 男の子を庇うように立ちはだかったニシキに対し、まるで()()()()が如きツッパリの嵐が幾重にも叩き込まれる。

 

《バラ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

咲誇(もえあが)れ、『焔薔薇(ほむらばな)』! はあああっ!」

 

 駆け付けた紅蓮の一閃が暴風を切り払ったことで、辛うじて窮地を脱することができたものの、

 

「か、…………はっ」

 

 ニシキの鎧は解除され、真人は血を吐いて倒れた。

 

「先輩っ! しっかりしてください!」

「嫌っ、真人! 真人――――――っ!?」

 

 ゴテンとレイの声を遠くに感じながら、薄れゆく視界の中に、真人は見た。

 見てしまった。

 恐怖で真っ白になってしまった、男の子の顔を。

 

――ねえ、真人。ヒーローって、何だろうね。

 

 わかんねえ。わかんねえけどよ。

 

「(多分、こういうことじゃあねえんだろうなあ……)」

 

 それだけは解るぜ、創。

 

 

 

――中編へ続く――

 

 




どーもっし! 柊一二三です。
大変ご無沙汰をしておりました。4月に戻るとはなんだったのか(白目)

私事のもろもろと、仕事上のもろもろは少し前に片付いていたのですが、中々書き始めることができず、気が付けば7月になっていました。申し訳ありません。
某作家さんの発言に『(原稿を)書いてないと、墜落するんですよ。飛行機みたいに』という名言がありますが、まさに墜落した状態でした。
時間が取れない日にも、一行だけでも書くという癖付けをしないといけませんね。

今回は、ちょうど日曜日が7月7日。そんな日に7話を投稿できるとか逃すわけにはいかねえ!ということで、ようやく重い尻に鞭打つことが叶いましてww
短冊に願掛けするのは嫌いなくせにジンクスにはしがみつくとかいう、よく分からない状態で今日も生きております。



さて、今回の第7話。ようやくといいますか、主人公である果樹王ニシキの聖地・東根市が舞台となりました。
山形県が誇る果実にして、果樹王国と呼ばれる一端を担った『さくらんぼ』ですが、その繁栄の鍵は東根市にあるのです。

おそらく皆さんに馴染みのある品種は『佐藤錦』『紅秀峰』だと思いますので、今日はこちらを軽くご紹介。

まず、『佐藤錦』について。
果樹王ニシキの名前の由来ともさせていただいておりますこちら、実はこの品種こそが、東根市の農家である故・佐藤栄助氏を生みの親とする、果樹王国の礎なのです!
都心等へ出荷するためにより上質なさくらんぼを、と探求した結果、今では全国的に知られる名産品となりました。
佐藤氏こそが今の東根市周辺の風土を創り上げたといっても過言ではないかもしれません。

また、先ほど挙げたもう一つの品種『紅秀峰』。
佐藤錦によって当時の輸送環境に耐えうるようになりましたが、時が経つにつれ、現代の風潮に応えるためには、まだまだ日持ちがしにくい、という状態になってしまいました。
流通の技術自体も向上したことで、よりいいものを!となるのは残念ながら宿命でございます。
それを補うため、佐藤錦をベースに、天香錦という品種を掛け合わせて生まれたのが、こちらの紅秀峰なんですね。


はいはい歴史とかどうでもいいから、ぶっちゃけこの二品種、どっちが美味しいの?という声が聞こえてきそうですが(笑)
一見、佐藤錦を改良したものだから紅秀峰の方が美味しそうに思えますが、別に佐藤錦の方が劣っているというわけでもないのです。ここが果実、ひいては食べ物の怖いところ。

糖度を比べれば紅秀峰の方が2度高いので、甘さを重視するのであれば『紅秀峰』がおススメです。熟して真っ赤になった果実を口にすると、芳醇な葡萄のような香り高さがあって、とても美味しい。
ただ、口当たりのバランスというか、初夏に似合う爽やかで甘酸っぱい果実感!というものを求めると、やはり『佐藤錦』に帰ってきてしまうノスタルジーに襲われるのも恒例といいますか、代えがたい魅力なんですよねえ。

どちらも美味しいので、ぜひ二つとも試してみていただければ幸いです。
今回の話の掲載が遅れたのでギリギリになってしまいましたが、今だと『紅秀峰』が収穫真っ盛りでしょうか。
もしかしたらまだ間に合うかもしれません。

おススメの食べ方は、ジャムですね。
軸と種を取り除いて、身をざっくばらんに砂糖と煮込むだけ。
ごろっとした果実の食感と、ほのかな酸味が美味しいジャムは、パンにもヨーグルトにも合うのですよ。
ただまあ、県外の人にそれを薦めると「そんな勿体ないことできない!」って言われちゃうんですよねー。むしろ高級品だからこそ、そういうジャンクな食べ方をする背徳感を味わっていただきたい今日この頃なのですが(ゲス顔)

……おススメなのは本当ですよ?



余談ですが、東根市内のスーパーではさくらんぼが全く売れない、なんて笑い話もあったりします。
さくらんぼ農家と親戚だったり友人だったりすると、毎年規格落ちの果実をお裾分けしてもらえたり安く売ってもらえたり、だいたい2品種とも揃うようで(我が家も例に漏れず)。
ギフトなんかを県外に贈るとしても、そういうところに直で頼んでしまうため、観光客向けの直売所や道の駅ならばともかく、地域住民向けのスーパーでは商売上がったりなんですって。
言われてみれば、スイカなんかもそうですね。県外産のスイカより少し遅れた時期に尾花沢スイカが出回り始めるので、私も今のところ、スーパーでスイカを買おうとは思わなかったりします。
商売って難しいですね。



そういえば、先月の新聞で、山形産さくらんぼの新品種『やまがた紅王』というものが発表されていました。
ふむ、ニシキの強化フォームの一つとして検討しようかしら。

それでは皆さま、暑くなってきましたが、風邪や夏バテなどにお気をつけくださいましね。

ではではーノシ



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中編/赤角輝の竜

 後輩だった刀使いのヒーローが、変身の解けた友人と、友人が守った少年を運んできた。

 友へと真っ先に手を差し伸べなければいけないのは自分であるはずなのに。それを理解していながら、創は目の前の現実を受け入れられなくて、立ち竦んでいた。

 

 膝が震えている。握った拳に詰めが食い込む。

 きっと、満身創痍の真人の方が、よっぽどガタが来ているのに。

 それでも、動けなかった。

 泣き出してしまった子供たちを慰めることもできない。

 

 避難所でもある保健室のベッドに横たえられ、手当てを受けている友へと歩み寄る。

 

「真人……」

「へへっ、悪い。カッコ悪いところ、見せちまったな」

 

 歯を見せてから、真人はむせかえった。

 口の端からわずかながら、血が一条零れている。

 

「君が、『舞鶴山に現れたヒーロー』だったんだね」

「ああ。そうらしい」

 

 噂になっているのは糺の方じゃねえかとは思うけどさ、と、真人は一人ごちて窓の外を見た。

 外では彼が言う『糺』が変身したヒーロー、剣道部として共に汗を流した後輩・雪弥が変身したヒーロー。そして、山形では知らぬ人の方が少ない天才棋士・成生俊丸が変身したヒーロー。

 三人の戦士たちが、横綱姿の異形二体と死闘を繰り広げている。

 

「ちょっと、動かないで!」

 

 手当をしてくれていたスタッフの声に振り返ると、真人はもどかしそうに包帯を睨んでいた。

 まるで、今にも手枷を千切ってここから飛び出さんとしているかのように。

 

「(どうして君は――)」

 

 雪弥もそうだ。武人とはいえ、それは現代日本に於いてのもの。剣道や居合でどれほど優秀な成績を修めようとも、戦いに身を投じることは難しいはず。試合と死合は、軸が全く異なるのだ。

 

 雛市糺も然り。あれほど性根が澄んでいて嫋やかな少女が、一体どんな理由を以て戦っているのだろうか。定かではないが、それが彼女に我流で腕を磨かせた背景なのだろうか。

 

 俊丸などは最たるものだろう。類型で言えば文系、ましてや名うての打ち手とくれば、戦えるはずもないし戦う理由もないはずだ。何が彼を動かした?

 

「(どうして君たちは、そんなに頑張れるんだ)」

 

 そんな彼らはヒーローに選ばれたというのに。

 こんなにも僕は、渇望しているというのに。

 

「どうして僕は、ヒーローになれないんだ」

「創……」

「それにどうして言ってくれなかったんだい? 僕が作り物だから!?」

「それは……」

「いや、ごめん。八つ当たりだった」

 

 自分が恥ずかしくなって、真人から目を逸らす。

 

 そのとき、保健室の扉が開き、教師の一人が飛び込んできた。

 

「大変です、タケヒロくんがいません!」

「何だって! どんな子ですか――っ()

 

 ベッドから跳ね起きて、直後、真人は呻いた。

 

「あの、さっき体育館で、子供たちがケンカをしてしまったのはご存知ですよね」

「ああ、それならさっき――」

「その子ではなく、もう一人の方なんです。ケンカを叱った後、拗ねて飛び出して行ってしまって。校舎のどこにも見当たらなくて……」

 

「おいおい、マジかよ……バックレて家に帰ってくれてることを願うぜ」

 

 そう言って真人は、平行棒でも渡るかのような覚束ない足取りで窓まで進み、外の様子を窺った。

 耐えきれずに壁へもたれながらも、彼はじっと視線を巡らせて、

 

「いた。向こうの木の陰だ」

「ああ、良かった……」

 

 教師が膝から崩れ落ちた。

 真人が苦笑する。

 

「喜ぶのは早いっすよ、先生」

 

 まただ。

 今にも倒れそうな真人より、安堵の所為とはいえ、先に健全な人間が膝を突いた。

 

「助け出さなきゃなんねえけど、糺たちは手が塞がってるし、ここは俺が――」

「僕が行く。これ、借りるよ」

 

 創は真人の手から印籠型の変身アイテムを掠め取り、窓から飛び出した。

 

「おい待て、ダメだ創――痛ぅ……っ!」

 

 友の苦悶の声を置き去りにして、ひた走る。ただ足を回す。

 

 悔しかった。叫び出したかった。ありったけの感情をバネにして、靴底に取り付けられたならと思う程に。

 彼がこれほど命をかけているのに、僕は。

 

――誰かを笑顔にするために戦っていることは、素敵だと思うぜ。

 

 友はそう言ってくれた。本当に嬉しかったし、もちろん自分の仕事に誇りを持っている。

 けれど、それは現代という時代に於いて選択したヒーローの在り方でしかない。

 

 分かってるんだ。それも一つの正解なんだってことは。

 あの日から言い聞かせ続けてるんだ。僕は選ばれていないってことは。

 

「けれど、現に目の前にバケモノがいて! 手を伸ばさなければいけない人がいて! そんな時に僕は、自分の無力さに甘んじて、守られる側に回るなんてしたくない!」

 

 例えば、店で買い物をしている客にとって、目の前の店員がバイトか社員かなど関係ないように。

 自分をヒーローと呼んでくれた人がいるならば、僕にとって作り物かどうかなんて関係ない。

 

「それがどんなに無謀だとしても!」

 

 男の子の前まで辿り着く。

 助けて助けて、とうわ言のように繰り返す彼の頭を撫でて、微笑みかけた。

 

「大丈夫。もう少しの辛抱だから。あとは僕に任せて」

 

 背後から、地を揺るがすような四股の踏み鳴らしが聞こえた。

 振り返る。

 

「この子に手は出させない!」

 

 メダルを差し込むと腰に現れたドライバーに、震えあがる。

 守らなければならない命と、張らなければならない命。その重みが腰にかかり、逃げ出しそうになる。

 

 二人の戦士が気付き、声を上げた。

 

「ちょっとあんた、それ真人のでしょう。何やってんの!?」

「今すぐ逃げてください、創先輩!」

 

 知ったことではない。

 

「僕が守るんだ。オラ・オガレ!」

 

 しかし、ドライバーへ印籠型のガジェットを差し込んでも、反応がない。

 

「どうして……」

 

 自分が選ばれていないから、ダメだというのか!

 

 天に咆えようにも、目の前まで迫っていた異形(げんじつ)がそれを許してはくれない。

 創はゲンエモン闇邪鎧の突進を受けて吹き飛び、木の幹に叩きつけられた。

 

 息を吸い込むこともままならず、咳き込む。

 アクション用にスーツの内側へクッションが張られているとはいえ、まるで車か何かと衝突したようだった。

 胸のパーツがひしゃげている。背中は――どうなっているか知りたくもない。

 

「(真人……君は、こんな恐ろしいモノと戦っていたのか?)」

 

 自分は今の一撃で折れてしまいそうだというのに。

 創はガタガタと外れてしまいそうな膝に歯を食いしばりながら、せめて背中の男の子だけでも守るべく、両手を拡げた。

 しかし、視界に映っているのは無味乾燥とした土の色だけである。

 

 ああ、そうか。

 砂を削るように滑り込む足音を頭上に聞いたとき、創は歯を食いしばった。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 遡って、創が飛び出した直後の保健室。

 真人は自分を羽交い絞めにしてくるアサヒスタッフの二人と格闘をしていた。

 

「大丈夫っす、大丈夫だから離してください!」

「こんな傷で、とても大丈夫には見えませんよ!」

「ああもう、だから大丈夫なんだっつうの!」

 

 さすがアクターというべきだろうか。糺や雪弥との稽古にも難なく付いてきただけあって、体力にも膂力にも、一般レベル以上のものがある。

 変身さえできれば振り払うことも容易いだろうが、人道的にどうかとも思うし、何よりインロウガジェットを取られてしまった状態ではそれも叶わなかった。

 

「ったく、二人とも、外を見てください!」

 

 真人は叫んだ。

 

「見てみろよ。今、大丈夫じゃないのは、あいつらだ! 俺なんかより、まずはあいつらをどうにかしねえとだろうが!」

 

 左腕の力が抜けた。

 ここぞとばかりに、右へと身体を回す。

 

「俺ならできる。頼む」

 

 じっと目を見据えると、ようやく彼も腕を解放してくれた。

 しかし、にわかに保健室内がざわつき、子供たちが悲鳴を上げた。

 

 振り返れば、案の定変身に失敗していたらしい創が、闇邪鎧の攻撃に吹き飛ばされていたところだった。

 

 反射的に保健室を飛び出す。

 動け、動いてくれ、俺の脚。

 

 何度も転びそうになりながら、痺れたように半ば感覚のなくなっている足を引きずるように、スライディングで友の下へとたどり着く。

 

「おうおう、ヒーローが寝っ転がってるってどうなんだよ?」

「真人……?」

 

 息も絶え絶えに、創が首をもたげた。

 手を差し伸べて、その体を起こす。よろめく体を受け止めたとき、真人は何故だか、全身の痛みがふっと和らぐのを感じた。

 

「君こそ、立っていて平気なのかい」

「ああ」

 

 ああ、そうか。

 これが創の笑顔を支えてきた、誰かを守る想いというやつなんだろう。

 

「傷だらけだ。あんなバケモノに、立ち向かえるのか?」

「ああ」

 

 どこまででも戦っていられるという、根拠のないエネルギーが溢れてくる。

 心の底から、かっかと滾る力が湧いてくる。

 

「嘘だ……無茶だよ」

「ああ、嘘だよ」

「……っ!?」

 

 だから真人は、羨ましく思っていた笑顔を真似して、精一杯に笑って見せた。

 

「けど案外、無茶でも無理でもねえんだぜ?」

 

 傍らに落ちているインロウガジェットを拾い上げる。

 

「ぶっちゃけ俺……死ぬ覚悟とか出来てねえんだよ。何回戦ってもあいつらは怖い。戦ってる最中も、戦った後も、痛えし辛えしさ。ほんと、なんでこんなことやってるんだろうって思いながら寝るときもある」

 

《サクランボ!》

 

「けど、だから戦える。生きたいから」

 

Yah(), Must() Get() Up()! Yah(), Must() Get() Up()!》

 

「でもそれは、俺だけが生きていればいいんじゃない。だから守るんだ――オラ・オガレ!」

 

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

「しゃあっ!」

 

 空気を肺一杯に取り込んでから、気合一喝。真人はサクランボメイルを全身に纏った。

 

「さあ、第二ラウンドと行こうか、ゲンエモンさんよ!」

 

 渾身の勇気(おもい)を引き絞り、拳を放つ。

 

 闇邪鎧がたたらを踏んだことに、ニシキは拳の具合を確認しながら頷いた。

 大丈夫、やれる。

 ほらな、創。案外無茶でも無理でもないだろう?

 

「あら、真打ちのご帰還? 早かったじゃない」

「おかげさまでな! お前こそ、よそ見してんじゃねえぞ!」

「ふふっ、お気遣いどうも!」

 

 レイの軽口に挨拶を返しながら、反撃に転じる。

 

 ――いや、転じようとした刹那。

 

「盛ってんじゃねえよ。もう勝った気でいるのか、あ?」

 

 ニシキとレイの間を割くように、紅き異形が現れた。

 内なる衝動がマグマとなって溢れたかのように筋骨隆々とした体躯。顔は憤怒に歪み、折れた角は禍々しい。

 全身を覆い隠すかのような薄墨の髪は、さながら幽鬼のようにおどろに揺れている。

 

「何だ…………鬼?」

「はっ、フザケロ。アレらも眷属ではあるが、俺らにとって、イザナギ、イザナミから見たテメェら人間みてえなもんだ、一緒にすんじゃねえ」

 

 鼻を鳴らして、紅き異形は咆哮した。

 

「俺は竜眷属(ムドサゲ)五色備えが一柱。赤角輝(あかつき)のツノカワ也ィ!」

 

 

――後編へ続く――

 

 




どーもっし! 柊一二三です。
先日、この七話で登場している三中創くんの故郷である朝日町が、おなじみ『何だコレ』なミステリーの番組で紹介されましたね。
最近は色んな番組で山形のあれこれに触れていただく機会が増えて、嬉しい限りです。
紹介されていた大沼の浮島ですが、これはいずれ、朝日町が舞台の回にでもご紹介したいと思います。創くん大活躍の回でもある予定でおりますので、ご期待ください。


さて、今回は中編・闇邪鎧の紹介です。
……と、いきたいところだったのですが、実は前編で俊丸せんせーにほとんど喋らせているんですよねえ(笑)

ということで、今回は悩んだ末に採用しなかった、もう一人の横綱を紹介したいと思います。
本編でも触れていますが、日本全国のケヤキ番付における『東の横綱』が山形県にあることもあって、地元出身の相撲を応援する流れがあります。
主にすーぱーおーばん様の影響が強いと思いますが、おそらく県内陸部の住民などは、さほど相撲に興味がなくとも『佐渡ヶ嶽部屋』という名前を知らない人はいないでしょう。
まさに現代ならではの『時代』ですよね。

かつて、そんな風に『時代』と呼ばれた一人として、山形県出身力士の名前が刻まれていることを、皆様はご存知でしょうか。

その方こそ、鶴岡市生まれの『柏戸剛』氏です。
当時から山形の風土であったのかは定かではありませんが、柏戸氏も子供の頃から相撲が好きだったといいます。

戦後、仮説を経て一新された国技館の初場所にて初陣を飾り、僅か5年で伊勢ノ海部屋の11代『柏戸』を襲名します。
ある年の1月場所では、当場所が新入幕の新星・大鵬との取り組みがありました。大鵬は11
連勝中という乗りに乗った状態で、柏戸の方が格上であるにも関わらず記者から自信の程を尋ねられるほどでしたが、これを撃破。
その後も大鵬は好敵手となり、翌年には優勝争いの後、共に横綱昇進が決定しました。
初土俵から七年、『柏戸』としては初の横綱。
かねてより親方から『未来の横綱』と称されていた面目躍如といったところでしょうか。

その後も病気休場やスランプを経ながらも大鵬を全勝優勝を飾るなど、正攻法の相撲や生来の性格から『山形生まれの江戸っ子』と人々から親しまれたとされています。
そしていつしか、柏戸と大鵬の二人を合わせて『柏鵬時代』と呼ばれました。


ざっとなぞるだけでも凄まじいですよね。
一時は八百長を疑われる事件にも見舞われたようですが、それでも腐らず、正々堂々と戦い続けたことは、同じ山形県民というだけで誇らしく思えるほどです。

そんな彼を讃えるべく、東京にあったお座敷を移築した『横綱柏戸記念館』が鶴岡市に建てられています。
「あれっ、俺、相撲に興味あったっけ?」と震えるほどに、熱気が再現されるかのようでした。
庄内地方、こと鶴岡市は先日の地震で被災しましたが、現在は落ち着いておりますし、記念館も街中ですので安心でしょう。
入館料もありませんし、海に遊びに行った際にでも、ふらっと立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

ではではーノシ



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後編/お前が希望を守るなら

「俺は竜眷属(ムドサゲ)五色備えが一柱。赤角輝(あかつき)のツノカワ也!」

 

 ツノカワと名乗る異形が天に吼えると、その圧に恐れをなして地が震えた。

 轟々と烈しい地鳴りに叩き起こされ、ミダグナスたちが蠢きはじめる。

 

 ニシキは自身を取り囲むミダグナスを殴り、蹴り――背後の創たちに迫ろうとしていた一体にも飛び蹴りをかますと、振り返った。

 

「へっ。所詮、ミダグナスはミダグナスみたいだな! 」

「真人っ! 油断しちゃだめ!」

 

 闇邪鎧を牽制しながら、レイが叫んだ。

 

「奥にいるそいつは、あなたのお父さんを手に掛けた奴よ!」

「なんだってっ!?」

 

 驚き、拳が鈍る。

 その隙に滑り込んできたツノカワから、大振りの一撃をもらってしまった。

 

 奴はくつくつと、愉快そうに笑いながら、首を回す。

 

「ああ? ああ。……思い出したぜ。向こうの女は、あの時のジャリガキか。おまけに、あの野郎の息子が後継ぎになったと。ククク」

「この野郎……」

「おう、そうだ。俺がテメエの親父の仇だよ。さあ、復讐に燃えてみるか?」

「そんなこと……言われるまでもねえ!」

 

 ニシキは立ち上がる。そう、言われるまでもないことだった。

 拳が怒りに打ち震える。心が憎しみではちきれそうになる。

 だが、しかし。

 

 そんなことは、父の望むところじゃあない。

 

 何故インロウガジェットを託されたのか。

 何故自分が戦うことを決意したのか。

 それらを考えれば、ここで怒りに狂うことが大間違いだと、簡単に結論がつく。

 

 ただ、理性では復讐心を抑え込めても、懼れまでは丸め込むことができない。

 尊敬する父を――強い父を屠った敵に、俺が勝つことはできるんだろうか?

 

「……考えるまでもねえ、か」

 

 ニシキは一度、背後の創と、子供を見やり、深呼吸した。

 

「うおおおおおおおおおオオオ――――――――ッッ!!」

 

 もやもやと丹田の辺りでうずまく感情を、空に向かって吐き捨てる。

 

「言われるまでもねえ。考えるまでもねえ。やらいでか!」

「ほう? なるほどなるほど……クク、良い闘気をしてやがる。あいつの息子だってのも、伊達じゃないらしいな」

 

「行くぞ、ツノカワ!」

「来やがれ、ニシキ!」

 

 互いに地を蹴る。刹那の後、拳が交差した。

 先に顔面へと攻撃を食らったニシキだったが、屈強なツノカワとのリーチを埋めるべく、気合でさらに踏み込む。

 拳が彼岸を捉える瞬間に、引き絞った左手でドライバーを叩いた。

 

《サクランボ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

「『サクランボンバー』ァァァ!!」

「何っ――どおおおあああッッッ!?」

 

 ツノカワがたたらを踏んだ。

 空いた間合いを埋めながら、ニシキは銃のリロードをするかのように、一度奥義を発動したサクランボメダルを取り外す。

 

「オラ・カワレ!」

《ラ・フランス! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、掲げる(つるぎ)!!》

 

「はああああああ――――!!」

 

 気合を閃めかせる。

 しかし、首元目がけて払ったラフランスラッシャーは、すんでのところでツノカワに受け止められてしまった。

 

「なっ、指で!?」

「ったりめえだ、舐めんな。勝機に驕ったヌルい剣を振りやがって」

 

 ツノカワは拳撃の余波が残るらしい頭を振りながら、睨みを効かせてくる。

 

「それなら――『ラフランスプラッシュ』!」

《ラ・フランス! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

 剣から迸らせた水圧で、徐々にツノカワの指が開いていく。

 この隙に斬り直す! そう、ニシキが踏み込もうとした、その起こりの瞬間だった。

 

「洒落臭ェ!」

 

 ツノカワが放った内転させる回し蹴りに、ラフランスの剣が、鍔元から掻っ攫われてしまう。

 手元を離れた剣は飛沫を挙げながらブーメランのように飛んでいき、わらわらとひしめくミダグナスたちを根切りにしていった。

 

 だが、肝心のツノカワは平然としており、返す蹴り足に、ニシキは吹き飛ばされる。

 

「ぐ、ああ……」

「真人!」

「来るな!」

 

 聞こえた創の声と足音を、一括で制する。

 ニシキはもつれる足で立ち上がると、苦笑した。随分と吹き飛ばされたものだ。

 

「けど、真人」

「危ないって言っただろ……それに、お前は何をやってるんだ……?」

「えっ?」

「子供たちに希望を与えるんだろ? その子、ガッチガチに震えてるじゃねえか。そこに希望はあるのかよ?」

 

 創が目を伏せた。

 ニシキは彼の足元で怯えている男の子の頭を撫で、膝に付いた砂を払ってやる。

 

「悪いな、創。さすがに余裕ねえんだ。だから、偉そうなこと言ってるついでに、聞いてくれ」

 

 二人の手を繋がせて、立ち上がる。

 

「……黙っていたこと、謝らねえぞ」

「…………」

「お前に嫌われてもいい。俺だけが変身してるってことを恨まれてもいい。けどな、お前が生き延びられるなら、お前と笑える未来が1パーセントでも残るなら、俺はここから一歩も退かねえ!

 お前が希望を守るなら、俺はその希望を受け取る人が一人でも残るように守る! それが俺という戦士――ヒーローだ!」

 

 インロウガジェットにそっと触れる。

 あの時親父も、そういう気持ちでレイを守ってくれたんだろう?

 

 大丈夫。それが伝わっているから、俺はまだ戦える。

 

「ハッ!この状況で、まだ生き延びられるなんて思ってんのかよ。目出度い奴だな!」

「それはどうかな?」

「あン?」

 

 ニシキは胸の奥が熱くなるのを感じていた。

 

「来い!」

 

 空に向かって手を翳す。

 校舎の向こう――それでもなお隠れることなく雄大にそびえる大ケヤキから、光が飛び出して、ニシキの手に収まった。

 

 拳では軽い。剣では鋭すぎる。

 大きな掌でもって相手を薙ぎ払う、豪快な剛力。それが今、ツノカワを退けるために必要な力!

 

 ニシキは大ケヤキの描かれたメダルを片手に、ヤツダテドライバーからガジェットを引き抜く。

 

 

《オオケヤキ! Yah(), Must() Get() Up()! Yah(), Must() Get() Up()!》

「オラ・カワレ!」

《オオケヤキ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、鳴らせ(ひょうしぎ)!!》

 

 ラフランスの鎧が解け、代わりに重鎧がニシキを包む。

 肉襦袢――もとい、鎧襦袢というべきだろうか。力士の如く猛々しい肉体によって磨き上げられたケヤキメイルは、ツノカワにさえ劣らない、強い膂力の脈動を感じさせた。

 

 しかし、反撃に転じようとしたところで、ニシキは体の異変に気付く。

 

「おっとと……こりゃあ、走れねえな」

 

 力士の体というものは、シルエットだけならば肥満体のそれだが、その中身は常人を遥かに超える筋肉によって支えられているのだから、考えてみれば当然のことだった。

 はてさて、この力を自分に御することができるのだろうか。

 

 鼻の頭を掻きながら、ドライバーのスイッチを一度叩く。

 

「行くぞ、『ケヤキグンバイ』!」

 

 軍配型の手斧を召喚し、改めてツノカワへと躍りかかる。

 

「けっ、新しい鎧を纏ったくらいで粋がるんじゃねえ。父親諸共、根絶やしにしてやらァな!」

「させるかよ。瞬発力には自信があるんだぜ?」

 

 ニシキはにぃ、と歯を剥く。

 剣道を修める者は短期決戦型――すなわち、速筋が多い肉体であることが多い。

 打突部位が限られ、一度の試合時間も高校は四分、一般でも五分と短く、その中で熟達した者同士が、三本勝負という必殺を打ち込む競り合いを求められるのだ。

 相手に打つ間合いを与えず、しかしてこちらの勝機を逃さず。己の体重と防具の重さに耐えながら、より遠くから一足で距離を縮め、刹那の一瞬をもぎ取る。

 

 走ることに適さないケヤキメイルでも、剣道で培った蹴り足の力があれば、強い一撃を振り絞ることは難しくないのだ。

 

 ツノカワが振るう、刀のように鋭い腕の一薙ぎを、グンバイで受け止める。

 ニシキは連続技の容量で左足を引き付け、さらに一歩踏み込み、どてっ腹にツッパリを叩き込んだ。

 

「何……、俺が押されている、だとォ!?」

「そうだ! 押し返してやるよ。何度でも!」

 

 咆哮を上げながら、ニシキはドライバーを二度叩いた。

 一瞬、全身に不自然な痛みが走るのを感じた。

 

「(くそっ、奥義の使い過ぎか。……だが、もう一歩だけでいい、持ってくれ、俺の体!)」

 

《オオケヤキ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

「トドメだツノカワーー『東西総破(とうざいそうは)大番狂(おおばんくるわせ)大番狂』!!」

 

 グンバイを放り、張り手のラッシュをお見舞いする。皮肉にも、つい先刻、闇邪鎧二体からかわいがりを受けたおかげで、『どこを狙われれば嫌か』ということは感覚的に学んでいた。

 反撃をしようとするツノカワの芽を、腕の付け根や鳩尾への攻撃で根本から払い飛ばす。

 

「おのれおのれ、クソ雑魚風情があァァァッ!」

 

 強引に距離を取ったツノカワが、逆襲の姿勢をとる。

 しかしそれは、天から舞い戻ってきた『行事』が許さない。

 

 ニシキはケヤキグンバイを掴むと、ツノカワに向かって真一文字に叩きつけた。

 

「ぐおおおおおおおおおっ!?」

 

 ダメージの蓄積したツノカワは、異形の姿を保てなくなったのか、荒くれ男の姿に戻っていく。

 

「勝負あり、だな」

「はあ? っざっけんじゃねえ。竜神舐めんな、コラ。手加減だよ、手加減」

「負け惜しみか?」

「事実だ、間抜け。忘れてねえか、それとも何か? テメェは、テメェの父親を殺した俺を、ちょっと場数踏んだ程度で超えられるとでも?」

「それは……ぐ、ああっ」

 

 ついに奥義連打の反動に耐えきれず、ニシキの変身も解けてしまう。

 

「ハッ、だっせえ、痛み分けか。締まらねえな、お互いによぉ?

 こんなこと言いたかねぇが、俺も本調子じゃねえ。テメェの親父と殺りあったダメージも残ってるらしいしな。だから、次は――」

 

 ツノカワの人間態は、舌なめずりをして嗤った。

 

「全力で殺り合おうぜ?」

 

 戦闘狂の瞳に、真人はただ、黙って頷く。

 

「そっくりだな。良い眼だ。テメェ、名前は」

「白水……真人」

「親父の名は」

「義人だ」

「そうか! 白水義人が息子・真人よ! 強くなれ! テメェの(こころ)を叩き折る日を愉しみにしているぜ!」

 

 高笑いを残して、ツノカワは瘴気の向こうへと消えていった。

 

「くっ……そうだ、糺たちは!?」

 

 跪くのもそこそこに、真人は振り返る。

 

 レイたちの戦いも、佳境を迎えていた。

 

「オラ・カワレ!」

《オヒナサマ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、レイ! 舞い踊れ、オヒナ・プリンセス!》

 

 霞城で得た力に装いを改めたレイが、伸縮自在の小袖でアサエモンとゲンエモンの腕を拘束する。

 大岡裁きにも似た体勢で、引き裂かれるような痛みに堪えながら、レイが叫ぶ。

 

「今よ、お願い!」

「「はいっ!」」

 

《バラ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

「今一度、咲誇れ――『焔薔薇』!」

 

《ショウギ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

「我が旗の下に集いし将兵よ、奮いなさい――『幻想号令』」

 

 ゴテンに斬り裂かれ、あるいはソウリュウに撃ち抜かれ、闇邪鎧たちは消滅していく。

 

 あとに残った、スーツアクターの姿に、真人はほうっと胸を撫で下ろした。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

 

 嵐の過ぎ去った校庭で、真人は、変身を解いた糺たちと合流した。

 

「良かった。無事だったのね、真人」

「ああ、なんとかな……だが、仕留めきれなかった」

「ううん。こっちこそ、手間取ってごめんなさい。早くそっちに加勢できれば……」

「力及ばぬばかりに……」

「悔しい……ですね」

 

「い、いいさいいさ!みんな無事なんだ、まずはそれを喜ぼうぜ!」

 

 真人は努めて明るく笑って見せる。

 それは、自分のためでもあった。

 

 霞城で遭遇した、ヨウセンの姿が脳裏に過る。

 奴は、異形の姿を取らなくてもニシキを圧倒するだけの力があった。

 ヨウセンとツノカワは、どちらも『竜眷属五色備え』と名乗っていた。ともすれば、ツノカワも本来、最後に見せた人間の姿でも凄まじい力を発揮できると見ていい。

 

 今回退けられたのは、奇跡といっていいだろう。

 

「(ありがとう……親父)」

 

 サクランボのメダルを握りしめる。

 もっと強くならなければならない。ムドサゲたちが何を目論んでいるかは定かではないが、少なくとも、山形の人々を危険に晒すことであるのは間違いない。

 

「真人」

 

 不意に、創から声をかけられ、振り返る。

 

「うん?」

「真人、僕は……」

 

 彼が言おうとした何かは、校舎から飛び出してきた歓声に掻き消されてしまった。

 興奮したような子供たちはあっというまに真人たちを取り囲み、ひっしとしがみついて離してくれない。

 

「すっげえ、カッコよかった!」

「ねえ、変身して!変身!」

「あ……はは、困ったな」

 

 真人は救いを求めて糺に視線を向けるが、「だーめ」と口パクで伝えられてしまう。

 包囲を突破しようにも、子供たち相手ではやりにくい。ミダグナスであればどれほど良かった。

 

 困り果てて頬を掻いた真人は――その手を下ろしがてら、こっそり抜け出そうとする創の襟首を掴み、引き戻した。

 

「どこ行くんだよ。ほら、お前も来いって」

 

 死なば諸共である。にっひひ、と悪戯っ子のように笑って見せると、しかし、創は目を伏せるばかりだった。

 

「でも、僕は何も……」

 

 そんな時、子供の何人かが創を囲む。

 

「タカちゃんを守ってくれてありがとう、アサヒ!」

「えっ……?」

 

 キラキラした瞳に怯えるように、創は、おずおずと視線を向けてくる。

 真人は、黙って頷いて返した。

 

 少しの間目を閉じてから、創――いや、アサヒははにかんで、顔を上げる。

 

「強くなるよ。どうすれば良いかは解らないけれど……いつか、君と肩を並べられるように」

「そっか。俺も待ってる」

 

 どちらからともなく差し出した手を、握り締める。

 しかし、それはすぐに、わあっと襲いかかった子供たちによってほどかれてしまった。

 

「そうだそうだ!もっと強くなって、ニシキなんかやっつけちゃえ!」

「えっ、俺やっつけられちゃうの……?」

「だってお前、タカちゃん助けてくれなかったじゃん!」

「そうだそうだ! タカちゃん助けてくれたのはアサヒだもん!」

「いや、その、俺も一人助けたはずなんだけどなあ……なんて?」

 

 そんな真人の弁解も空しく、子供たちから「うっさい、死ね!」という物騒な言葉とともに、次々とスネ蹴りをお見舞いされてしまう。

 

 反撃などできず、飛び跳ねれば他の子供を怪我させかねない。

 とうとう参ってしまった真人は、徐々に集団の輪から抜け出しながら、スネを抑えて倒れ込んだ。

 

「ぐぅおっっ、どだなだずー!!」

 

 ツノカワと戦う方が楽だったかもしれない。そんな悲痛な叫びが、晴れ晴れとした空にこだました。

 

 

 

――第7話『欅とグンバイ』(了)――

 

 




どーもっし! 柊一二三です。
毎年「えっ、梅雨に入ったの?」というような曖昧な天気が続く山形ですが、どうやら今年も、いつの間にか明けてしまったようです。
いやあ、暑い。マジで暑い。せめて風をください、ホント。

皆さまは季節の変わり目の風邪など、召しませぬよう、気をつけてくださいね。


さてさて、今回は後編ということで、普段ならば偉人に所縁のあるスポットを紹介するところなのですが、
実は『市野上浅右衛門』氏も、『源武山源右ェ門』氏も、特に記念館等があったりするわけではないのです。市野上氏がどこか温泉のところに記念碑があったかな? 源武山氏はまあ仕方がありませんが……。
柏戸剛氏は前回紹介しましたし。

というわけで、今回は、舞台となった東根市の『大ケヤキ』についてご紹介しましょう!
(す、相撲と関連があるから許して?ね?)

東根小学校の敷地内にある、国指定天然記念物の大樹。それが『東根の大ケヤキ』――またの名を、『日本一の大ケヤキ』と呼ばれているものになります。

樹齢は1500年以上なんだとか!はえー、すっごい。
現在残っているのは、「雌槻(ははけやき)」だけですが、元々は夫婦であり、明治初期辺りまでは「雄槻(ちちけやき)」もあったそうですよ。


この辺りは城下町となっていまして、南北朝時代(1347年頃)に、小田島氏によって築城された『東根城』の中にあったとされています。
その本丸のあった場所が、ちょうど現在の東根小学校の位置とされているんですね。小学校の塀も、当時の城郭を再現したものとなっており、付近を散歩するだけでも城址の趣を感じることができるかと思われます。

歴史的には全くといっていいほど無名の東根市ですが、実はこうした文化の保存面では、けっこうおもしろい位置づけにあったりしているのですよ。
もちろん『大ケヤキ』もその一つで、(おそらくゲン担ぎもあったとは思いますが)、小田島氏はケヤキを伐採することなく、残した。
その他、今回の件とは逸れますが、市内にある大森山というところには、鎌倉時代からの文化財『磨崖仏(まがいぶつ)』製作の痕跡が残っているのです。
摩崖仏とは断崖や岩壁に彫った仏像のことなのですが、大森山のそれは『5体の石仏を彫ろうとして区割りしたものの、4体の石仏を彫ったところで止まっている』、いわば未完の代物なのです。
内陸部で摩崖仏というのも珍しいですが、こうした未完のものが残っているというのも面白いですよね。よく残した!と思います。


こんな風に色んなものが残っていたりする歴史ある町が、東根市なのです。
東根城下の付近には長瀞城や小田島城などの支城があり、本丸は残っていないながらも、街のつくりは、どこかに城の趣を残すものとなっています。特に長瀞!あそこはすごいですよ、街が京都ばりに真四角ですから。
もっとも、大々的に押し出していたりもしないため、俗にいう『古都』のような街並みはありませんが。けれど、だからこそ、のどかに漂う雰囲気を味わえる、というのも一つの味わいかもしれませんね。

『大ケヤキ』のあるところから少し北へいけば、そこには東根温泉もございます。
4話(ゴテンの登場回)でご紹介したバラ公園にもほど近い場所ですので、時期を見計らって遊びに来られてはいかがでしょう?
東根市は自衛隊の駐屯地もあり、そのため……というわけでもないでしょうが、『たんとくるセンター』をはじめとした子育て政策・施設にも力を入れつつあるところだと聞いています。
いっそ住んでみるというのもありかもしれませんね(笑)

「今後、数百年は樹勢ますます盛ん」と称された大ケヤキのように強くたくましい子が育ち、未来の山形を築いてくれることを願って!

ではでは~ノシ



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第8話『楽園の透明い蝶』 前編/輪廻の桜

 

――山形県上山市・某所

 

 まだ緑も色づきの薄い山中で、ニシキたちはミダグナスと対峙していた。

 

「やっぱりこいつらが関わっていたか……糺、雪弥、貴臣。行くぞ!」

「先輩。敵の数に対して地の利が悪すぎます。固まって動きましょう」

「ああ!」

 

 ゴテンの言葉に頷いて、ニシキはサクランボンボンを構えた。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

――山形県某所・喫茶『ごっつぉ』

 

 少し時間を遡って――

 

 ツノカワらとの戦いから一夜が明け、真人は『ごっつぉ』で暇つぶしをしていた。

 

「羽が透き通った、巨大な蝶?」

 

 カウンター席の隣で、糺がカップを傾けていた手を止めた。

 来ていた客の言葉に興味をそそられたらしい。

 

「んだのよっす。写真まで撮ったってのに、新聞記者の人さ声かけて山行ったら、いなくなっちまって。嘘だとか作り物だとか、酷い言われようで参っちまって」

 

 ため息交じりに差し出されたガラケーを受け取り、真人は写真を覗き込んだ。

 対象より少し遠くから取った写真のようだ。件の蝶は、確かに大きい。木の幹から大きくはみ出た羽は美しく、木洩れ日を透かしてきらめく美しさには、思わず息を呑む。

 

 しかし、同時に違和感を抱いた。

 もう一度、よく目を凝らす。

 

「蝶だもの、普通に逃げられたとかじゃあなくって?」

 

 真人は再びコーヒーに口を付けた糺の袖を引く。

 

「いいや。逃げたは逃げたんだろうけど……ちょっとこれ、見てくれ」

「んー? 何、あんたもこういう話に興味があるんだ――どれどれ」

 

 携帯の画面を向けてやる、糺はしばし硬直した後で、カップを取り落とした。

 真人は慌てて拾い上げようとしたが、幸いにもほとんど飲んだ後のようで、僅かな雫がこぼれてしまった程度で済んでくれる。

 テーブルナプキンで拭き取ってから、真人は、未だに携帯を凝視したまま動かない糺の様子を窺う。

 

「間違いないわ……」

 

 彼女の声は、わずかに震えていた。

 

「体がミダグナス、だよな」

 

 携帯を返してから、糺に耳打ちする。

 真人が抱いた違和感は、羽の美しい蝶の胴体部分が、体を丸めたミダグナスのように見えたからだった。全身のおどろおどろしい呪詛めいた紋様は、間違いなく、これまで戦いの中で幾度となく目にしてきたものである。

 

「ええ、そうね……」

「…………?」

 

 そんな時、店の前で鉢合わせたらしい貴臣と雪弥が入店してきた。

 

「ちーっす。昨日は大変だったんだって?」

「くすくす。貴臣さん、他にもお客様がいるんですから、お静かに」

「悪い……」

 

 苦笑しながら、カウンターのところまでやってきた貴臣は、糺に声をかける。

 

「おはよう雛市さん、笑顔も好きだけれど、今日のようなアンニュイな顔も――ん?」

 

 色ボケした態度へのツッコみが飛んでこないこともさることながら、運ばれてきたお代わりのコーヒーにさえ口を付けないまま難しい顔をしている糺。

 

 アイコンタクトを向けてきた貴臣に、真人は鼻の頭を掻いた。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

――山形県上山市・某所

 

 貴臣たちに事情を説明したところ、すぐにでも現場へ向かおうということになった。

 『ごっつぉ』で出会った男性客は上山市在住であり、山菜取りの最中に蝶を発見したとのことで、ここからは国道13号線を車で飛ばしても一時間弱はかかるため、山の中も探索するとなっては、朝方の今のうちに出発してこそ、と貴臣が提案してくれたからだ。

 

「根こそぎぶっ飛べ――『スイカダイナマイト』!」

《スイカ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

 ギンザンが豪快にスイングした鉄球爆弾は、木々の間を器用にすり抜け、爆ぜた。

 討ち漏らしたミダグナスを、ニシキ、レイ、ゴテンが素早く仕留める。

 

「一先ず、目につくところは片付いたようですね」

「ふぃー、だな。んで、真人。例の『羽の生えたミダグナス』ってのは?」

「あー……そういえば、さっきの中にはいなかったな」

 

 変身を解いて、ぐるっと辺りを見回す。

 景色の中に写真で見た蝶を探したが、影さえないようだ。

 

「おーい。糺、どうする?」

「そうね……もう少し、奥まで行ってみていいかしら?」

「了解。じゃあ、行くか」

 

 

 ――十分後

 

「ほんと、どこにいるのよ……」

「あれ以降、ミダグナスも音沙汰なしですね」

 

 

 ――さらに十分後

 

「お願いだから、出てきて……」

「構わないさ、雛市さん! 焦らず探そう」

 

 

 ――さらにさらに十分後

 

「あれっ?」

 

 真人は目を凝らした。

 土と木々と、隙間から望めるわずかな空だけだった景色が、徐々に変わってきていた。

 緑の香りの向こうに、街並みが見える。

 

「こっちは南陽か?」

 

 上山市と山を挟んで繋がっているのが、南陽市。

 かつてイギリスの詩人から『アルカディア』と称され、県内外からも、銀山温泉に並ぶ『赤湯温泉』の所在地として知られている。

 

 どうやら、抜けてしまったらしい。

 

 真人たちが仕方なく山を下りると、糺が大きくため息を吐いた。

 

「ごめんね、みんな。付き合わせちゃって」

「別に構わねえけど。何か気になることでもあったのか?」

「ええ。ちょっと、ね」

 

 笑ってみせる横顔は、どこか力ないように見える。

 

「糺――」

 

 ほっとけずに、彼女のうなだれた肩に手を伸ばそうとした時だった。

 

「あれっ、糺ちゃん!? 何してるの、そんなところで」

 

 空模様のように明るい声に、振り返る。

 そこには、小柄な女の子がいた。髪を頭の横でちょこんと結んだ無垢さと、磨き上げられた微笑みは、少女から乙女へのステップアップする過程にあるような、絶妙なマーブル感を醸し出している。

 

「あなた――」

「吉野川さんじゃないですか!」

 

 糺が目を丸くしているうちに、貴臣が滑り込んだ。

 

「えっ……? あ、あー! もしかして、『憧憬湯』の?」

「うっす、そうっす、延沢貴臣です!」

「知り合いか?」

 

 真人が声をかけると、貴臣は鼻息荒く振り返った。

 

「お前な、『河北生まれのビューティ・サニー』と知り合ってるんだから、マジで一度『つや姫』勉強してこい!」

「ビ、ビューティー……なんだって?」

「雛市さんのことだよ。そしてこちらが『南陽育ちのキューティ・キャンディ』! 吉野川流香さんだ」

 

 力強く拳を振るう貴臣に、真人は雪弥と顔を見合わせて苦笑する。

 

「「愛が……すごいな/すごいですね」」

 

 そんな声はどこ吹く風。貴臣は吉野川流香という少女に向き直る。

 

「相変わらず超絶可愛い! この機会です、お友達からお願いしまっす!」

 

 握手を求めて手を伸ばしたとき、流香はびくっと肩を縮こませた。

 

「はーいはい、こころちゃんに告げ口するわよー」

 

 糺が耳をつまんで引き剥がす。

 ほっとしたように苦笑しながらも、怯えの色が抜けない流香の瞳を、真人はそっと窺っていた。

 

 

 

――山形県南陽市・某所

 

 久々の再会だという糺と流香の話は弾み、近くにあるスーパーへと場所を移すことになった。

 様々な店舗が一敷地内に併設されたタウン型スーパーの店内には、米沢を本拠とするカフェ『茶蔵』の支店も入っている。

 

 そこで濃厚な抹茶ソフトを注文した真人たちは、イートインコーナーに腰を落ち着けた。

 

「流香も元気そうで何よりだわ。今はバンド時代の仲間と一緒なんだっけ。調子はどう?」

「うん……元気だよ」

 

 歯切れの悪い流香の返事に、糺はソフトクリームのスプーンを咥えたまんま、きょとんと目を瞬かせた。

 

「あ、あー……ごめん。『つや姫』の解散は私のせいみたいなものなのに、気軽に近況報告とか、訊ける立場じゃないよね」

「ううん、違うの! 別に糺ちゃんに怒ってるとかっ、そんなことは全然っ! というか、怒ってたら声かけないじゃん、ふつー!」

 

 ぶんぶんと手を振ったあとで、流香はフローズンドリンクで喉を潤してから、真剣な顔に戻って、言った。

 

「むしろ、そーいう方が怒るよ? 流香たち、仲間でしょ」

「……ありがと。ちょっと最近参ってたかなあ。流香のおかげで元気出た」

「ん。よーし」

 

 ぷくーっと頬を膨らませたかと思えば、まるでお姉さんのようにはにかんで見せる流香と、珍しくしおらしい態度の糺。貴臣の話では流香はまだ高校生ということだったから、ここだけ、年齢が逆転しているようだ。

 真人はソフトクリームにかぶりついた姿勢のまま、そんな光景をぼうっと見ていた。

 

 仲間、か。

 果樹八楯としてのそれとは異なる、ローカルアイドル時代からの絆。

 初めて見る糺の表情に、思わず嫉妬してしまいそうになったのは、ソフトクリームを噛み切って払い捨てる。

 

「んでんで。糺ちゃんたちこそ、何をしてたの?」

「ちょっと、巨大昆虫をね……」

「ああ、知ってる。流香も見たことがあるよ」

 

「「「「なんだって/ですって!?」」」」

 

 全員からがっつりと食いつかれ、流香は「おおうっ?」と素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 彼女の話では、山間部を問わず、街中でも巨大昆虫の目撃事例があるという。

 

「SNSで追うと楽だよ。都会ではユーチューバー探しに、田舎じゃあ巨大昆虫探しに。便利な世の中になったものですなあ」

 

 けらけらと笑いながら、流香が石段を駆けていく。

 スマホでの情報収集の後に案内されたのは、先ほどのスーパーから市街地に向かってやや歩いたところにある、烏帽子山公園だった。

 

 春には、敷地内に咲き誇る千本桜が一大風物詩となる。

 そちら側の駐車場はぐるっと回らなければならないらしく、流香の先導で、神社側から石段を上ることになった。

 

「驚いた。こちらのほうは、まだ少し桜が残っているのですね」

「内陸よりも、(こっち)の方が開花が遅いんだよ。気候によっては、五月頭にもギリギリ見られたりするかな」

 

 山形の桜の遅さに苦笑しながら、一足先に石段を上がり切った流香が、こっちこっちと催促してくる。

 続いて踏破した糺と真人は、貴臣たちを待ちがてら、傍に立っていた大きな桜の木を眺めていた。

 

「わあ、見てよ真人。これ、輪廻の桜って言うんですって」

「輪廻? 観光地の命名にしては、仰々しいな。どういう由来なんだ」

「えーっと……母桜の幹の中に、子供の桜が芽吹いて、ここまで大きくなったみたい」

「へえ、親子が連なっているから、輪廻か」

 

 案内板を要約してくれた糺に、真人は感嘆を漏らす。

 東根の大ケヤキに見るような、雌雄一対の巨木はよく聞くが、親子という話は珍しい。

 

 千本桜にはカウントされていない、特別枠の大桜。

 改めて見上げると、大自然の神秘に心が洗われるようだ。

 

「熊野大社の縁結びも有名だけれど、こっちも素敵ね。永遠の愛……さすがはアルカディア。南陽ってロマンチックなのね」

「…………でしょ」

「ん?なんか言ったー?」

「ううん、何でもない」

 

 流香が誤魔化すように首を振る。

 ちょうどそこへ、貴臣たちもやってきた。

 

「遅いぞ、お前ら」

「言ってくれるなって。石段上ってる間も、周囲の景色に目を凝らしてたりしてたんだからよ」

 

 そう言って、貴臣は真人の肩にポンと手を置き、目を細めた。

 

「お前の後方――本殿の向こうに、羽を見た」

「おいおい、マジかよ」

 

 真人も振り返ってみたが、特に何も見当たらない。

 『烏帽子山』公園というだけあって、小さいながら、ここも一つの山である。境内や左手に見える公園の敷地を除けば、その向こうは雑木林だ。

 

 木々の一つ一つを舐めるように見ていくと、不意に、視界の端で光がちらついた。

 

「いた――っ!」

 

 随分と奥に潜んでくれているらしい。

 

「糺と雪弥は、流香ちゃんを頼む。――貴臣、行くぞ!」

「合点!」

 

 真人は貴臣を引き連れて、境内を駆け抜けていく。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 残された雪弥は、目の前でうずうずしている少女に声をかけた。

 

「行きたかった、という顔してますね。糺さん」

「ああいや、大丈夫。あの虫自体には興味ないから、大丈夫」

「…………?」

 

 今日の糺はどこかおかしい。何か思うところでもあるのだろうが、道中の車内でも、ついにその理由を語られることはなかった。

 流香に会ったときの安堵したような表情から、てっきり、『つや姫』時代の仲間が住む土地に闇邪鎧の影があるということに気を揉んでいたのだろうと思っていたが、そうでもないらしい。

 

 雪弥は薄く深呼吸をした。

 ともあれ、闇邪鎧が近くにいることは間違いない。

 先ずは己の成すべきことを成すまでだ。

 

「糺さん、提案なのですが」

「んー?」

「先輩たちに加勢するためにも、一度、吉野川さんには帰っていただくというのはいかがでしょうか」

 

「はあ? 何それ、ここで私を仲間外れにすんの?」

 

 思わぬところからのブーイングに、雪弥は困ってしまう。

 

「っていうか、あんたたちは何を目的にしてるわけ? 糺ちゃんは『虫自体には興味ない』とか言うし、そっちの――なんだっけ、名前」

「雪弥。楯岡雪弥です」

「そ、雪弥クン。キミも変なこと言っていたでしょ、流香、聴き逃してないよ? 『先輩たちに加勢する』ってさ。加勢って何? ただの昆虫採集ってわけじゃなさそうだよね」

「それは……」

 

 先ほどまでの可愛らしさとは打って変わって、底冷えするような視線を向けられる。

 女性は化けの皮の上に猫まで被っているとは、以前糺から聞かされたことがあるが、まさか、ここまでとは。

 まして、年下だからと見くびっていた部分もあったかもしれない。中々どうして、流香は鋭い。

 

『両手に蝶とは、良きものでございますね』

「――――っ!?」

 

 頭上からかけられた声に、正気に戻る。

 

「雪弥くん、あそこ!」

 

 糺が指さす方に目を向けると、神社の屋根のところに、昆虫のような甲冑に身を包んだ闇邪鎧が立っていた。

 

「えぇ……何よ、あれ」

「昆虫採集!」

 

 戸惑う流香に歯を見せて、糺はインロウガジェットを構えた。

 しかし。

 

「え……嘘。やっぱり」

 

 どこか明後日の方向へ目を向けたかと思うと、糺はムズムズとメダルを掌で弄びはじめ、

 

「ほんっっっとごめん、雪弥くん。ここ任せた!」

 

 走って行ってしまった。

 

「ちょっと、糺さん? 糺さーん!」

『蝶がひとひら――逃がしませんよ!』

 

 こちらの状況など、当然お構いなしに、闇邪鎧は腕を払う。

 ミダグナスたちが地中から沸いた。それも、例の羽を持って。

 

 闇邪鎧は生み出したミダグナスたちを満足げに睥睨すると、糺の走って行った咆哮へと飛び去って行く。

 

 糺には戦う力がある。一先ず、僥倖と言うべきか。

 

「ねえ、雪弥クン? いい加減、説明してくれない? 何なの、コレ」

「化け物です」

「そんなの見りゃ分かるわよ!」

 

 背中にぽかぽかと打ち付けられる拳に、雪弥は周囲を警戒しながら囁きかける。

 

「僕が奴らの注意を引きますから、吉野川さんはその隙に、石段を下りて逃げてください」

「それは……無理、かも?」

「何故です?」

 

 服裾を引かれるままに視線を向けると、石段の下の方からもミダグナスが迫ってきていた。

 

「こっちへ!」

 

 手を引き、境内の中心部へと躍り出る。

 石段を上がってきたミダグナスたちを迎え入れると、背後で流香が小さな悲鳴を上げた。

 この位置からでは、ミダグナスに囲まれていることがよく分かる。

 

 裏を返せば、視界も良好だということ――!

 

「吉野川さんは、ここから動かないでくださいね」

《バラ! Yah(), Must() Get() Up()! Yah(), Must() Get() Up()!》

 

「貴女は僕が守ります――オラ・オガレ!」

《バラ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ゴテン! (あく)(そく)(ざん)(とく)(すい)(さん)!!》

 

 鎧を纏ったゴテンは、流れるような動きでゴテンマルを召喚し、ドライバーのスイッチをさらに二度、手のひらの撃鉄で打ち据えた。

 

 流香を巻き込まないように神経を集中させる。

 

咲誇(もえあが)れ、『焔薔薇(ほむらばな)』!」

 

 二人を中心に膨らんだ大輪の花が、ミダグナスたちを焼き払う。

 羽を広げて上空へ逃げた個体も、花弁から迸る灼熱の気が捉え、燃やし尽くした。

 

 周囲の安全を確保したところで、雪弥は変身を解き、流香に向き直った。

 

「怪我はありませんか」

「あ……、あ……んた……何者、なのよ」

 

「事情は後で。僕より糺さんの方が詳しいですから」

「糺ちゃんも、なの……?」

 

 目を白黒させて、彼女は尻もちをついてしまう。

 

「それよりも、ここは危険です。少し離れましょう」

「ちょっ、やあっ、気安く触らないで! ばかぁ、あほぉ!」

 

 すっかり腰の抜けてしまったらしい小柄な体躯を抱きかかえ、雪弥は公園の方へと歩き出した。

 

 

――中編へ続く――

 

 





どーもっし! 柊一二三です。
前回更新の7話後編、見返してみたら一行目からルビの誤りを見つけて恥ずかDな今日この頃です。


さてさて、今回はずっと前から話に挙げていた『南陽市』が舞台の回となっております。
山形県の南部、置賜地方に位置する市です。

山形は地方ごとの気候の特色ががっつり分かれていまして、本編でも触れましたが、これまでの舞台として登場した東根市周辺(村山地方)と比べると、桜の開花が遅めという気候の特徴もあります。
私は村山地方在住なのですが、ある時、上山市にある上山城の桜を楽しみつつ、烏帽子山の千本桜を見ようかとバイパスを下って行ったところ、まだ桜が五分にも咲いていなかったという思い出があります。
桜前線の事前調査は大切だと思い知りました(笑)


本編でも糺ちゃんの台詞として軽く触れましたが、ここにある『熊野大社』は有名ですね。テレビの旅番組なんかで南陽市が登場すると十中八九、ここです。
東北の伊勢とも呼ばれており、山形県内陸部に、蔵王信仰よりも熊野信仰の方が色濃く残っているというのは、この神社があったからこそでしょう。
……などという小難しい話は置いておいて。
本殿の裏手にある屋根の飾り彫りの中に三羽のウサギが隠れていて、それらを見つけると幸せが訪れるといわれています。

以前、友人と探してみたのですが、二羽までが辛うじて、というところでした。
それっぽいものはいくつか見つけたので、『三羽見つけた!と信じられる清らかな心を持つ人だけが幸せになれる(血眼で躍起になっていても幸福が逃げる)』と結論づけたのですが、はてさて、真実はどうなのでしょうね。
訪れた際には、是非探してみてくださいね。

他にも、熊野大社では月夜に因んだロマンティックなイベントがあるのですが……それは、また、おいおい。


そして、4話後編で触れた『双松バラ公園』もこの近くにございます。熊野大社にまで来て、どうしてカメラは触れないんだろうなーというくらい、すぐそこです。
村山氏の東沢バラ公園よりは敷地も狭いですが、薔薇の種類も十分多く(オールドローズが多めとのこと)、ベルばらのキャラをイメージした区画もあったりと、見所がとても多い素敵な場所でございます。
なんといっても高台に位置するため、景色がいいんですの!!
ローズジェラートを片手に園内のテラス?席(パラソル席あり)に腰かけ、米沢盆地を一望。薔薇の香りとともに過ごすゆったりとしたひと時は、とても優雅ですよ。

熊野大社からここをバラ公園まで登り、さらに同じ程度登っていくと、そこには天文台なんかもあったりします。
地元の愛好会の方々によって運営され、一般公開の折には天体観測も楽しむことができます。


昔、南陽市出身の友人には『南陽はなんもないよう』などと小バカにしたこともありましたが、今になって思うと、土下座をしたくなるくらい良いところですね、はいwwww
さすが、アルカディアと呼ばれるだけはあると思います(まあ、イザベラ・バード女史がそう称した理由は他にありますが)。


熊野大社で縁を固め、バラ公園で優雅なひとときを味わいながら、夜は天体観測。
赤湯温泉に一泊し、翌朝は『龍上海』本店の辛味噌ラーメンを食べて、ゆるーりと帰宅。
一つの町で完結する旅行というのも、いいものですね。


ぜひぜひ、楽園(アルカディア)と呼ばれた地の魅力、ご堪能下さい。

ではではーノシ



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中編/良い話と悪い話

 八幡宮を突き抜けた真人と貴臣は、やがて開けた景色と、目前を横切る線路に、茫然と立ち尽くした。

 

「なあ、俺たち……ミダグナスを見失った?」

「ああ。ついでに、道に迷ったな」

 

 スマホで現在位置の確認をした貴臣は、まるで余命を告げる医者のように、力なく首を振る。

 

「ここ、確かに山ではあるんだが、そんなにデカいわけではないらしい」

「そうか……」

 

 真人は腕を組み、思案した。

 肝心なのは、山の規模ではなく、ミダグナスが存在したことである。

 

「むしろ、山が小さいことの方が、探すのには好都合かもしれねえな」

「ん、どこかに電話か?」

 

 スマホを取り出した真人に、貴臣が問う。

 

「先生のところだよ」

 

 音声をスピーカー出力に切り替え、貴臣にも聞こえるようにしてやる。

 

『はい。真人さん、いかがされましたか?』

「俊丸さん。今、貴臣たちと南陽まで来ているんだけどさ――」

 

 今回のいきさつと、羽の生えたミダグナスのことについて、掻い摘んで説明をした。

 真人が話し終えると、俊丸は少し間を置いてから、言った。

 

『上山市が発端ということでしたね』

「そうだ。ただ、それもどこかから移動してきたものかも知れねえけど」

『さらに遡ることができる場所があったとするのならば……それはおそらく、蔵王の山でしょう』

「蔵王?」

 

 尋ね返すと、彼は『推測が当たっていれば、ですけどね』と遠慮がちに笑った。

 

『山形県で虫にまつわる偉人といえば、『蚕研究の神様』とも称された平塚英吉氏などが有名ですが、新庄出身ですので、彼ではないでしょう』

「じゃあ、上山にまつわる偉人では、誰が?」

『白畑孝太郎氏――警察官として勤務する傍ら、昆虫採集に精を出した方です。その標本は天皇陛下から絶賛されたほど素晴らしいものだったといいます』

 

 真人は感嘆の声を漏らした。

 偉人の名前に心当たりこそなかったが、天皇陛下というワードが出ては、いかに無学とはいえど、その偉大さの尺度をおおよそ測ることができたからだ

 

『県立博物館の設立にも携わった方なんですよ』

「つくづく凄え人なんだな」

『そして、標本にはバッタやキリギリスなど昆虫全般が揃っているのですが、何より得意としていたのが、蝶です』

 

 真人と貴臣は顔を見合わせた。

 

「蝶……ですか」

『はい。チョウセンアカシジミやワイモンルリシジミなどが挙げられますが、真人さんのお話を聞く限り、ミダグナスは、氏が保護に尽力したとされるウスバシロチョウをモチーフにしているのだと思われます』

 

 通話の傍ら、貴臣が自身のスマホで検索をかけ始める。

 

『茨城などでは絶滅危惧種指定もされている貴重な個体です。薄く透き通った羽が特徴で、『ウスバアゲハ』の別名の通り、優美な蝶なんですよ』

 

 同時に貴臣が見せてくれた画像に、息を呑む。

 花にヴェールをかけたようだと思った。景観を一切損なわない慎ましやかな美しさは、なるほど確かに、虫への情念を掻き立てられるのも不思議ではない。

 

『御武運を。何かあれば、呼んでください。すぐに駆け付けます』

「サンキュ。その時は頼りにしてるぜ、センセ」

 

 通話を切った真人は、貴臣とどちらからともなく伸びをした後、もう一度山の中へと繰り出した。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 雪弥は流香の手を引いて、烏帽子山公園の中へと入っていた。

 ふと、視界の端、木の上に映ったヒトガタに、身構える。

 

「――――ッ!?」

 

 インロウガジェットを握りしめてから、しかし、すぐに指の力を抜いた。

 視界にちらついたのは、公園のモニュメントでもある、花咲かじじいの人形だった。

 

 背後でけらけらと起こった笑い声に、振り返る。

 

「へえ、バケモノと戦ったヒーローさんも、人形くらいでびっくりしちゃうんだ?」

 

 流香が茶化すように窺ってくる。

 未だ肌は青白いものの、さっきまでの蒼白としたものと比べれば、随分と血色が戻ってきているようだった。

 

 雪弥はほうっと胸を撫で下ろす。

 

「安心した」

「安心? ……何、女の子守れて良かったとかいう王子様的なやつ? そういうの、流香は大嫌いなんだけど」

 

 頬を膨らませた彼女に、雪弥は首を振る。

 

「君がそっちの顔を見せてくれていることにだよ」

 

 出会った頃から気にはなっていた。

 糺に対してのものは、気の置けない仲間意識からなる、ある種の馴れ馴れしさと断定していいだろうが、問題は、貴臣が好意を見せた瞬間の、引きつったような彼女の表情だ。

 

 態度こそ慇懃としていたが、一線を引いていることに違いはない。

 そう、まるで、父の存在に縛られていた頃の自分のように。

 

 それが、闇邪鎧に襲われた時からというもの、口調も年相応の生意気さを露わにした。

 平静を保てないところで見せる、人間の素。

 

「今の君が、本当の君……だよね?」

「意味分かんないし。キモいし。そのだるんだるんの口角、引き裂いていい?」

 

 性質こそ真逆なれど、自身を偽る仮面を付けていたという意味では、理解もし易い。

 雪弥は流香の張った防波線には気づかないフリをし、さらに踏み込んだ。

 

「さっき、輪廻の桜の前で言っていた事の意味、聞かせて。『愛なんて存在しない。単なる性欲でしょ』ってやつ」

 

 流香の表情が強張った。

 

 雪弥は確信を持った。

 

「…………話したくない」

「まあ、そうだよね」

 

 努めて柔らかく、笑って見せる。

 久々の仮面は、絶妙にフィット感の足りない、嫌な肌触りがあった。自分はこんなものを付けて、ずっと父の顔色を窺っていたのだろうか。

 

「じゃあ、先輩たちが戻ってくるまで、僕の話を聞いてくれる?」

「はあ……自分語りとか恥ずかしくないの? そういうのYoutubeでやってくれる? そして再生数が自分のクリック分しかない絶望を噛みしめて死んで」

「んー。じゃあ独り言。聞かなくてもいいよ」

「………………あそ。勝手にすれば」

 

 花咲かじじいを眺める位置にある、小さな休憩所に腰かける。

 隣にハンカチを敷いたが、流香はそれを無視して、もう一人分向こう側にちょこんと座った。

 

 雪弥は苦笑しながら、ハンカチを仕舞う。

 話したのは、自分の戦士としての生い立ちだった。武道のこと、父のこと、ジンスケ闇邪鎧との戦いのこと――

 

 長い話になるかとも思ったが、話してみると、存外すぐに語り終えた。

 

「もう終わり? カップラーメンも出来てないんですけど」

「仰々しく脚色することでもないからね。聞いてくれるなら、頑張るけど」

「べ、別に聞いてないし!」

 

 つんとそっぽを向いた後で、流香はスカートの裾をきゅっと握り締め、俯いた。

 

「聞いてないけど……次は、流香の番だし」

「うん」

 

 雪弥は相好を崩して、彼女の横顔を見つめた。

 

「流香ね、男が嫌いなんだ」

「うん」

「うん」

「うん?」

「それだけ、終わり」

 

 『文句ある?』と言わんばかりに尖らせた唇が可愛らしくて、思わず、雪弥は笑いだしてしまった。

 

「あははははっ、吉野川さんだって同じじゃないか。まだカップにお湯も注いでないよ、僕」

「っさい、ばかぁ!」

 

 胸にぽかぽかと打ち付けてくる小さな拳を、何も言わずに受け止める。

 しばらくして、流香は伏し目がちに言った。

 

「……『僕はどう?』とか訊かないんだね、キミ」

「出会ったばかりだしね。それに、こうして話してくれていることが答えだと思うから」

「うっざ。ヨユーってやつ? 流香より一個上だからってナマイキ」

「あっ……えっ、ごめん……なさい?」

「そうやってキョドるの、キモい。あんた童貞?」

「あのねぇ……」

 

 雪弥は困惑した。そういう話が嫌なのかOKなのか、はっきりしてくれないだろうか。やりづらいことこの上ない。

 

「っていうか、僕の歳、知ってるんだ?」

「糺ちゃんから聞いてたから。楯岡雪弥っていう、居合の達人。糺ちゃんの一個下だから、流香の一個上」

「そっか、糺さんが、吉野川さんに……」

 

 かねてよりの仲間に話してくれるほど、新たな仲間として認められたのだと思うと、中々に感慨深い。

 

 しかし、そんな感傷も、流香に頬を抓られることで阻まれた。

 

「……流香」

「えっ?」

「だから、流香」

 

 そう言ってから彼女は、一瞬だけこちらに視線を向けて、ぱっと逃げていく。

 

「別に勘違いしないでよね! 糺ちゃんが認めてるから特別待遇ってだけで! 別にあんたなんか――」

「流香ちゃん。僕は『あんた』じゃなくて、雪弥っていうんだ。糺さんから聞いているんだよね?」

「~~~~~~!?」

 

 ほんの意趣返しに、流香は目を白黒させて飛び退いた。

 雪弥はまた、安心した。

 大丈夫。彼女は仮面を外したがっている。

 

 女の子としてのものか、アイドルとしてのものか、あるいは。

 一体何が彼女にそうさせたのかは判らないが、きっと、これまで雛市糺という良き友と一緒だったことが、何かしら、良い地盤を築くために作用したのだろう。

 

 

 そんなところへ、話し声が近づいてくるのが分かった。

 一般の観光客だろうか。葉桜になりかけの木々を見ながら歩く、自分たちと同じくらいの歳の男子が三人。

 

 ふと、背中に何かが触れる感触がした。

 すぐに、指だと気付いた。

 

 流香が隠れている……?

 

「(知り合い……?)」

「(学校の、同級生)」

 

 雪弥はそれを受けて立ち位置を変えようとしたが、残念ながら、時は既に遅かったらしい。

 

「なあ、あれ、吉野川じゃね?」

「マジだ。なんだ、彼氏と一緒?」

「でもおかしくね。『つや姫』って、あくまで活動休止なんだべ? 彼氏とか作っていいのかよ」

「うわ、サイテーだ。ビッチだ!」

 

 彼らは流香から距離を取りながらも、女性に対する蔑称のコールを始めて憚らない。

 

「ちょっと、君たち!」

 

 雪弥が声を荒らげるも、彼らからすれば、自分も『アイドルと付き合っている男』という認識下にあるらしく、火に油を注ぐだけだった。

 

「「「ビッチ! ビッチ! ビッチ! ビッチ! ビッチ!」」」

 

 罵る声は、さらに烈しく燃え盛り、

 

「いやあああああああああ――――――!!」

 

 ついに悲鳴を上げて、流香が逃げ出してしまった。

 

「流香ちゃん! そっちは駄目だ!」

 

 山の方へと遠ざかる背中に手を伸ばす。

 そこに、下卑たニヤけ面が三つ、割り込んでくる。

 

「道を空けてください」

「え、何、やんの? 彼氏さんよ」

 

 素人同然のファイティングポーズを取る少年たちに、雪弥は白い眼を向ける。

 

「アイドルに手ぇ出しちゃう気分はどうですかー?」

 

 こんな奴らも、彼女の仮面の一端なのだろうか。

 

「怪我しちゃっても知らないよ?」

「…………道を空けろ」

「あン?」

 

「道を空けろと言っている!!」

 

 気圧された少年たちは、及び腰ながら「何熱くなっちゃってんだよ、マジウケるんですけど」などとのたまっている。

 

 ……そうか。君たちは、その程度なんだな。

 

「(糺さんが一緒でなかったのは幸いか)」

 

 彼女が居たら、彼らは今頃地面に這い蹲っていることだろう。

 その光景を想像して苦笑し、そんな妄想で留飲を下げている自分にまた苦笑しながら、雪弥は走り出した。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 山を一回りしていた糺は、烏帽子山八幡宮の境内裏手にまで戻ってきたところで、がっくりとうなだれた。

 しかし、こちらは真人たちが入山した方向だ。彼らにも出くわさなかったことは、一体どういうことだろうか。

 

「ニアミス……? いえ、あるいは」

 

 瞳を閉じ、耳を澄ます。

 戦闘の音は聞こえない。

 鼻に神経を集中させる。

 雪弥が戦ったらしい焔の焦げ臭さが僅かに残っているが、その他はよく分からなかった。

 

「雪弥くんと流香は――」

 

 そういえば、どこに行ったのだろう。

 

「いいえ。それどころじゃないのよ」

 

 ごめん、と小さく呟いて、再び道なき道を戻った。

 

 どれほど時間が経っただろうか。

 幹に印を付けた木を中心に行ったり来たりしていると、声がした。

 

「捜してるのはオレだろ?」

「あ……あ……」

 

 待ち望んだ声に、糺は立ち尽くし、息を呑むのも忘れた。

 会いたかったという言葉も、声にならなかった。

 

「『久しぶりじゃねえか』とでも、言った方がいいかねぇ?」

 

 目の前に飛び降りて来た姿に、また震える。

 ギラギラと主張の激しい装飾が目立つライダースジャケット。

 獅子のように威風を払う長くしなやかな髪。

 どんな相手にも屈さない、真っ直ぐな瞳。

 

「雛市糺……だったか。良い話と悪い話、どっちから聞く?」

「良い、話……?」

「チッ、それは回答か? 質問か? はっきりしろよアバズレ」

「なっ……」

 

 おおよそ彼女の口から聞くとは思わなかった言葉に、糺は目を見開いた。

 確かに荒っぽい口調ではあった。しかし芯は優しさに溢れていて、誰かを小馬鹿にすることなど絶対にない。それこそ、仕事をした関係者からは、彼女こそ最も礼儀正しい良い子だったと、マネージャーにお褒めの言葉を伝えられるくらいだった。

 

「違うとでも? あんだけ男引き連れてよ、昔のあんたからは想像もできねぇよな」

「貴女こそ、やっぱり……()()のね」

 

 糺は悔しさに歯噛みした。

 頭では分かっていた。分かっていたのだが、しかし。

 こうして現実として直面すると、胸に来るものがある。

 

「ああそうさ、今のオレはハチモリってんだから。だが良い話。今日は五月蠅ぇカイバミのババアもいねえし、機嫌が良いから特別に教えてやる。どうやら()()()の中では、随分とあんたの比重がデカいらしい。両想いだ、良かったな」

「ああ……凛っ!」

 

 膝を突く。天を仰ぐ。ただただ、慟哭のままに咽ぶ。

 良かった。本当に良かった。

 目の前の『鮭川凛』の(ナリ)をしているモノはバケモノであることに違いはないが、その内側に、確かに凛は生きている。

 

「あーダメだ、せっかくわざわざ面見せてやったってのに、マシに話もできやしねえ」

 

 そんな糺の姿をシラケたように一瞥して、ハチモリと名乗った女は身を翻す。

 直後、一陣の風が巻き起こったかと思うと、彼女が立っていた場所に天狗が降臨していた。

 

「ンでこっちが悪い話……まあオレにとっちゃあ良い話だが。今からあんたを全殺(ぜんごろ)す」

 

 そう言ってハチモリは腕を振り上げ――

 

「ああクソッ!」

 

 鋭い爪を振り下ろそうとする手を、止めた。

 

「苛々するンだよ。記憶の中にテメェがチラつくのはよォ!」

 

 ハチモリは掌で顔を覆い、足元の落葉を土ごと蹴り上げ、暴れている。

 糺は見ていられなくなり、いやいやと首を振った。

 

「お願い、凛! どうすれば戻ってくれるのっ!?」

「ああン!? 知るかよクソが! オレを倒せばいいんじゃねェの? ……尤も、依代であるこいつがどうなるかは知らねえし、知ったこっちゃねぇけどな!」

 

 咆哮とともに旋風が吹き荒れる。

 糺は体を吹き飛ばされた。

 木の幹に叩きつけられ、息が詰まる。

 

「ケッ、ヒヒッ、アーハッハッハッハ! どうやら殺すことはできねえが、痛めつけることはできるらしい、なァ!」

「かっ……は…………」

 

 蹲ったところに腹を蹴り上げられ、糺は胃の中のものを吐き出した。

 

「依り代になった女も今一歩及ばなかったな! 半殺しにして捨てておけば、人間なんて脆弱な生物、衰弱で死んじまうってのになあ!」

「お願い……凛を……返して…………」

「あー? だから、オレを倒せっつってんだろうが。変身しろよ、クソザコナメクジ」

 

 軽く振り払うだけの裏拳。しかし異形のそれを生身で受けたともなれば、威力もすさまじい。

 顎が外れるかと思った。

 頬が熱を持ち、涙がじんじんと染みる。

 

 きっと今は、アイドルらしからぬ顔をしていることだろう。

 けれど、それでも――

 

 

 糺はインロウガジェットに触れることすらなく、ハチモリに縋り続けた。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

「きゃああああああっ!?」

 

 流香を追って入った山の中で、雪弥は尋ね人の悲鳴を聞いた。

 先ほど逃げ出したときとは別種の、逼迫した悲鳴だった。

 インロウガジェットを手に足を速める。

 

「流香ちゃん!」

 

 蹲っている背中に駆け付ける。

 肩越しに彼女の手元を見て、雪弥は血相を変えた。

 

「嫌、嫌っ! 起きてよ糺ちゃん!」

 

 糺が傷だらけで倒れている。

 息はしているようだが、文字通り、満身創痍だった。

 

 全身の傷の具合を目視で確認しながら、雪弥は違和感に眉を顰めた。

 

 糺のポケットの中に、インロウガジェットがねじ込まれたままになっている。

 

「(変身できないままにやられた……?)」

 

 だが一体何者が。

 視線を巡らせる雪弥だったが、その答えは向こうから飛び込んできた。

 

 

「新手かよ。……ああ? そっちのチビの方は知ってるぞ」

「えっ、流香のこと……?」

 

 境内で見た蝶型闇邪鎧とは別の、天狗型の異形。

 その視線が流香を捉えている隙に、雪弥は飛び上がった。

 

「オラ・オガレ!」

《バラ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ゴテン! (あく)(そく)(ざん)(とく)(すい)(さん)!!》

 

 ゴテンマルを帯刀すると同時に腰を引き、刀を抜き打つ。

 しかし、天狗はそれを確かに()()()()()、首を捻るというワンアクションだけで躱してしまった。

 

「なるほどなるほど、良い太刀だ。だがジューリエットのバルコニーには届かねえぞ、色男(ロメオ)?」

「くっ……。ならば、もう一太刀をくれてやるまで!」

「気勢気迫気概、良し。嫌いじゃねえ。だが――」

 

 一瞬、天狗が嗤ったような気がした。

 

「脇ががら空きだぜ?」

「な――っ!?」

 

 死角から飛び込んできた透明の翅の蝶型闇邪鎧に、ゴテンは地を転がる。

 

 二体一。

 片や確実な強者。片や未知数の強者。

 

 頭部アーマーの中で、雪弥は冷や汗を禁じ得ずにいた。

 

 せめて糺と流香だけは守るべく、武刀王ゴテンという銘の刀の背に、彼女たちを庇う。

 

「流香ちゃん、糺さんの介抱をお願い!」

「えっ、でも……何これ、わかんない、意味わかんない!」

「しっかりするんだ! 君が必要なんだよ!」

 

 

「おいィ、イチャイチャしてんじゃねぇぞコラ!」

「くっ……頼んだよ、流香!」

 

 ゴテンは天狗の蹴りを受け返しながら、叫んだ。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 意味わかんない。意味わかんない。意味わかんない。

 

 久しぶりに、糺ちゃんに会えただけなのに。

 ちょっぴりだけ嬉しくなって、他の人も一緒で緊張したけれど、道案内も楽しかっただけなのに。

 ただ、それだけなのに。

 

 

 もう一度、そっと糺を揺り起こそうと試みる。

 けれど、瞼はぴくりとも動いてくれない。

 

 何でこんなことになってんの。

 

 一度だけ、糺が倒れているのを見たことはあった。

 咽せ返るような暑い夏の日、ダンスレッスンの途中で失神したのだ。

 ターンを決めるところだったから、斜め後ろの立ち位置から見てるだけでも痛そーなくらい、凄まじい角度でフロアの床に激突していたっけ。

 あの時は床との摩擦熱で多少の怪我をしたくらいで、無事、事なきを得た。

 

 けれど熱中症と、頭を強く打ったこともあって、すぐに病院に運ばれたから、ほんとうに、一時はどうなることかと思ったけれど。

 ベッドの脇で『死なないで』って言ったら、ちょうど目を覚ました糺ちゃんは、

――ヘイ、勝手に殺さないでくれるかしら。

 そう言って、はにかんでくれた。

 

 

 けれど、今の状況はまるでワケが違う。

 普通に生活している中では、まず負うことのないだろう傷。

 血もたくさん出てる。

 あの時よりも濃厚で、確実な、死の臭い。

 咽せ返りそうという点において、うだるような暑さよりも嫌なものがあるとは思わなかった。

 

「糺ちゃん! 糺ちゃん!」

 

 ヤバい、死んじゃう。

 おずおずと顔を上げる。雪弥がバケモノと戦っている。

 持ちこたえているけれど、素人目にも、押されているということは分かる。

 

 今、糺ちゃんをどうにかできるのは、私だけ。

 それは、つまり。

 流香が何もできなかったら、本当に死んじゃう……?

 

――君が必要なんだよ!

「分かってるし。そんなこと」

 

 とりあえずカーディガンを脱いで、一番酷そうな怪我に押し当て――ようとしたけれど、ヤバそうなの、一つだけどか、そういうレベルじゃない。

 立ち惑う。

 

 これが今、糺ちゃんのいる世界なのだろうか。

 もしかして、これが『つや姫』の活動休止に関わる理由なのだろうか。

 

 意味……わかんない。

 

――頼んだよ、流香!

「うっさい、呼び捨てにすんなぁ……ばかぁ!」

 

 涙をぐしぐしと拭いながら、カーディガンを引っ張る。

 生地を伸ばし切ってもなお、頑張って引っ張り続けたら、裂けてくれた。

 

 歪な切断面を取っ掛かりに、もう二つほどに千切る。

 

 糺ちゃんを揺さぶったときについた血と、自分の涙と鼻水塗れのカーディガンでごめんだけど、他になんにも浮かばないから。流香、馬鹿だから。ごめん。

 どうか、これで止血になって。

 

「お願い、死なないでよぉ!」

 

 手を握り、祈る。

 すると、かすかに握り返される感触があった。

 

「…………ヘイ、勝手に殺さないでくれるかしら」

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 ゴテンは地面を転がされながらも、勝機を窺っていた。

 天狗の力こそ怖ろしいものがあるが、蝶の方はまだ、何とかなりそうだ。

 

 勝ちとまではいかないが、戦況を変える一端にはなるか。

 

「死中に活を求める!」

《バラ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

咲誇(もえあが)れ――」

 

「――待って!」

 

 焔のバラが大輪の花弁を開く中、弾ける火の粉の奥に、声を聞いた。

 

「お願い、雪弥くん。そいつを……倒さないで」

 

 それだけ言って、糺はまた、力なく崩れ落ちた。

 

「えっ、ちょっと糺さん!?」

 

 再び倒れたことも心配ではあるが、何よりも、彼女の言葉が重すぎる枷となっていることに、ゴテンは刀の柄に手をかけたまま、動けずにいた。

 

「(そいつとは、どっちだ……?)」

 

 境内での戦線離脱を振り返れば、蝶型の方ではない、と考えていいかもしれない。

 だが、しかし。

 もしも、蝶を倒すことで、天狗にも何かしらの影響があるとしたら?

 

 迷っている間に、膨張した熱気が、刀を通して急かしてくる。

 

「くっ――『焔薔薇』!」

 

 ゴテンは飛び退って間合いを切り、斬撃ではなく、焔のエネルギーだけを当てることにした。

 

「ぐっ……チッ、炎ってのは、どうも相性が悪いなチクショウ!」

 

 天狗が苛立たしげに吐き捨てる。

 致命打を撃ち込むことはできなかったが、期待以上のダメージを与えることには成功したらしい。

 

「雪弥!」

 

 真人の声に、振り返る。

 

「チッ、多勢に無勢か。ワンチャン潰せるが、炎使いがまだいるならヤベえ。一旦退くぞ、コウタロウ!」

 

 ゴテンが視線を外した隙に、天狗たちは森の奥へと姿を消してしまった。

 

「遅くなってすまねえ。無事か?」

 

 真人と貴臣の姿に安堵したゴテンは、ふうっと緊張を吐き出してから、変身を解いた。

 

「ええ、何とか。それよりも、糺さんを」

「糺……?」

 

 そう言って雪弥は、流香の腕の中でぐったりしている糺を見やった。

 

 

――後編へ続く――

 

 




どーもっし! 柊一二三です。
お祭りの季節がやってまいりましたね。皆様、いかがお過ごしでしょうか。
前回までのあとがきにも少し触れましたが、山形県(内陸部だけかな?)は梅雨が曖昧でして、実は台風も直撃しにくい土地です。
ただ、その反動といいますか、8月上旬に催されるお祭りの日にだいたい雨が降ることが、ある種、ほぼ毎年恒例の風物詩なのですよ。
第二の梅雨と、我が家では勝手に呼んでいます(笑)

まあその分、一度強い雨が降ると被害も大きいんですよね。春先の豪雨では最上・庄内地方が長時間通行止めになるほどでした。
外からのものには強い反面、豪雪地帯だけあって雨雪は凄まじいのかな?
この辺り、地形や気象を調べると面白そうですね。


さて、お送りしております8話。登場する闇邪鎧のモデルとさせていただいたのは『白畑孝太郎』氏です。
山形県としても、そして業界としても割とニッチな方なので、ニシキの設定を考えるに当たり一番の悩みの種となる『資料少ない系男子/女子』ですね。


白畑氏は大正3年、上山市は三吉山の麓に生まれた警察官です。
本項の趣旨としては『昆虫学者』とでも紹介したいところですが、この方、学者ではありません。あくまで在野の、あくまで趣味として、昆虫採集に勤しんだ人物でございます。
ああいや、日本昆虫学会の会員や、山形昆虫同好会の名誉会長なども務めてらっしゃった方ですから、学者ではあるのかな?


子どもの頃から蔵王山(現在はスキーでお馴染みですね)に登って遊んでおり、その中でも昆虫を主とした自然に強い興味を持っていたそうです。
また、県北方に望む鳥海山に思いを馳せ、生息する昆虫について想像を膨らませる少年だったのだとか。
位置的に、月山(出羽三山)や朝日連峰ではなく、鳥海山に目を付けたというのがまた興味深いですね。
ほんに傑物というものは、幼少期からどこかズレてるんだなあと(誉め言葉)。


そして成人後は警察官となり、楯岡署(現・村山警察署)管轄下、東根や小田島(こちらも東根市内)の駐在巡査として勤務されていました。
戦時中は中国出征にも参加し、戦後には山形に戻り酒田署へ勤務。人々からは「虫のお巡りさん」として知られていたといいます。
二度の中国出征中も、趣味仲間と連絡を取りながら昆虫採集を続けたという程、昆虫にお熱だったのですね。

驚くことに、白畑氏は生涯巡査に留まっていたそうなのです。
『駐在所勤務の方が確実に休むことができて昆虫採集ができるから』という理由で、どれほど周囲から推薦があっても、断っていたのだとか。
本庁や地方の大きい警察署に所属する、いわゆる『刑事』ならばいざ知らず、駐在勤務で、しかも階級は巡査となれば、収入も少ないでしょうに……
ほんに傑物というものは(以下略


山形県はもちろん、日本全国にとどまらず世界16カ国まで及んで収集した膨大な標本(県指定文化財だけで標本箱250箱、総数約6万点)は、昆虫にまつわるあらゆる学術に発展をもたらしました。

白畑氏自身の手記として、『庄内の昆虫』という本があるそうです。
私は入手できませんでしたが、古書を扱うお店、あるいは国立図書館に近い方などは、手に取ってみてくださいね。


好きこそものの……とはよく言いますが、
何か野心があったわけではなく、純粋な好奇心と命への愛によって突き進み、それが結果、偉大なる功績として足跡を残す。
そんな生き様、カッコいいですね。

氏の人物評として、人柄としては寡黙で感情を顔に出すことも少ない、とありましたが、目は爛々とかがやいていたんだろうなあ、と思います。


夢を追う者として、斯くありたいですね。

ではではーノシ



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後編/いざ、参るし!

 気を失った糺を抱えた真人たち一行は、流香の提案で、彼女の住む家へと案内されていた。

 

 一人、家の外で番をしていた雪弥は、薄暗くなった空に、星を探すともなくぼうっと視線を巡らせる。

 糺本人は最も近しい関係にあるだろう真人に任せた。看病の補佐も、旅館の主であり、妹がいるということで女子の部屋に入り浸る抵抗が少なさそうな貴臣に任せた。

 自分にできることは、こうして、来るとも知れぬ襲撃に備えることだけで。

 

 しかし、その意思も鈍りつつあった。

 武に生きて来た。

 ゴテンの力も、刀を得物とするものだった。

 誰かを守る剣としての生き様を、全うできるかと思っていた。

 

 しかし、糺然り、流香然り。

 

「(僕は……何ができる?)」

 

 糺は何がしかの信念によって、あの敵を倒すなと言った。自らがボロボロになりながら。

 流香は何らかの理由によって、男は嫌いだと言い放った。自らをズタズタに傷つけながら。

 

 剣では守れない何かがあることを、思い知らされた。

 

 軒先の柱にもたれて、何度目かのため息を空に溶かした時だった。

 

「なーに黄昏れてんだし」

「流香ちゃん……?」

 

 玄関から顔を覗かせていた流香が、むっとした表情になる。

 

「ふーん、ちゃん付けに戻るんだ」

「えっ……? ああ、ごめん」

「べっつにー? 怒ってるわけじゃないし」

 

 そう言いながらもぷりぷりと肩をいからせながら外に出てきた彼女は、背中に手を隠しながらこちらの隣に並んでくる。

 

「カフェオレでいいよね」

「ん?」

 

 視線を向けようとしたところで、雪弥は頬にごりっとした感触を受けた。

 少し冷たい。受け取ってみると、コンビニやスーパーでに売っているような、ストロー式のプラカップ飲料だった。

 流香が後ろ手に持っていたのは、これだったのだろう。

 

「ありがとう。ちょうど、喉が渇いてたんだ」

「あっそ。別にあんたの喉の状況とか聞いてないんですけど」

「そっか」

「ん、そうだし」

 

 突っぱねておいてから、彼女は沈黙に気まずくなったのか、自分の分の豆乳バナナにストローを刺すと、そっぽを向いてしまった。

 

 雪弥も倣ってストローを刺し、甘いカフェオレで火照りを沈める。

 

「今日はありがとう。部屋、使わせてもらっちゃって」

「悪いと思うなら出ていけばいいし」

「……うん。糺さんが目覚めたら、そうするよ」

 

 そう言うと、流香はハッとしたように顔を上げて、暫し視線を地面に彷徨わせた後で、下唇を噛んだ。

 

「別に……いちゃダメとは言って……ないじゃん」

 

 おずおずと、震える指が雪弥の袖をつまむ。

 

「親御さんにも迷惑をかけてしまうよ」

「はあっ!? このタイミングでフツー親の話とかするぅ!? きっも! うっざ! 死ねばいいし!」

「けれど、君にとって大事なことだよね?」

 

 雪弥は流香の目を見て、「大事なことだよ」と繰り返した。

 

「僕が、父と不仲だったことは話したでしょ? 実を言うとね、君の家からも同じ臭いを感じたんだ」

 

 袖から指が離れる。

 

「なんだ、バレてたんだ」

「やっぱり」

「参考までに教えてよ。どこで気付いたの?」

「まず、玄関に男物の靴がないこと。お父さんの仕事用の靴のスペアも、休日用の靴も。それに対して、女性ものの靴はもの凄い数があった。最初は君のかと思ったけれど、そうじゃないだろう大人びたヒールのものが、たくさん」

 

 はあっ、とため息交じりに肩を竦めて、「正解」と流香は言った。

 

「私のパパは、不倫相手とどっかのアパートで暮らしてる。それを知ったママもママで、職場のバイトくんの家に通い詰め。一人暮らしで大変だから、ご飯作らなきゃ、だってさ」

「……そっか」

 

 雪弥は玄関を一瞥した。

 

「完っ全に崩壊状態なのにさ、離婚はしないんだって。どうしてか分かる? 私のためなんだって。笑っちゃうよね」

「…………」

「パパの働いたお給料は、私じゃなく不倫相手のバッグに消えて。ママの作る料理も、私じゃなくバイトくんの胃袋に消えて。一体、私は何をされてるんだろうって」

「…………」

「だから私は――流香は。『つや姫』のメンバーとして活躍すれば、自分に身内としての価値があると思ってもらえるかもって、頑張ってきたつもりなんだよ」

 

 何かを堪えるように声を震わせて、流香はストローをずずぅっ! と啜り上げた。

 大きく深呼吸をしてから、また言葉を紡ぎ始める。

 

「けれど待っていたのは、アイドルとしてのプレッシャーだけ。昼間も見たっしょ。流香が男子とちょっとでも言葉を交わせば、やれ恋愛禁止を破っただの、ビッチだのって。もう吐き気しかしないよ、あんなの。私はビッチや放蕩野郎がどんな奴のことを指すのか知っているから……あんなのと同じ風に見られているってのが、我慢ならなかった――」

 

 雪弥は目を細めた。少し、拙いか。

 

「あんなクズ親見て生きて来た私が! 恋愛なんかするわけないじゃんさあ!」

 

 決壊する寸前で、雪弥は流香の肩を抱き寄せた。

 手からカフェオレのカップが落ちる。

 落下音は、二つした。

 

――愛なんて存在しない。単なる性欲でしょ。

 

 ようやく、彼女の言っている意味が解った気がする。

 強く強く抱き締めながら、雪弥は歯噛みした。

 ああ、彼女はなんて辛い道を歩んできたのだろうか。

 

「……痛いよ」

「ごめん」

「…………」

「…………ごめん」

 

 これ以上、どうしていいか分からなかった。

 仮面を被っている者同士と、理解した気になっていた。しかし、彼女に比べれば自分など、父に面従腹背して拗らせていただけのガキに過ぎない。

 

「…………」

「ごめん、僕は無力だ。僕程度じゃあ……君がどんなに苦しんで生きてきたか、解ってあげることなんてできない」

 

 腕の中で、びくっと肩が跳ねた。

 こちらの腰に回しかけられた手から力が抜けた。

 雪弥は口下手な愚かしさを呪った。

 

 待って、待ってくれ。まだ諦めないでくれ。

 さらに強く抱きしめる。

 

「だから君の苦しみをもっと教えてくれないか。流香が抱えているものを、僕に投げつけてくれないか。ちゃんと、受け止めるから。分かち合いたいんだ」

 

 そっと体を離す。

 いつの間に出ていた月に照らされて、流香の涙が見えた。

 

「僕を、君を守る刀にして欲しい」

「何それ、くっさ」

「うん、僕もそう思う」

 

 笑顔が霞まないように、指でそっと涙を掬う。

 

 見つめ合ったまま、少しの沈黙の後、

 

「ふふっ、ばか」

 

 そう言って、流香ははにかんでくれた。

 

 

 

 

 

 翌朝、雪弥は脇腹への鋭い痛みに飛び上がった。

 

「痛ったあ……何、これ」

 

 拾い上げてみれば、スマホだった。

 自分のものではない。寝ぼけた頭ではそれ以上の思考が追い付かずにいると、部屋の入口から、流香がけらけらと笑う声がした。

 

「嘘つき。受け止めるって言ったくせに」

「投げつけるって、物理的にじゃあないからね!?」

「だって、何度揺すっても起きてくれないし」

「ああ……ごめん。今、何時?」

「七時半。なに、朝弱い系?」

 

 雪弥は首を振る。朝は弱い方ではなかったのだが、昨日は連戦をしたこともあって、疲れているのだろうか。

 首を回して、伸びをして。ベッドから体を起こした。

 

 そこで、違和感を覚える。

 男性陣は今いる部屋で雑魚寝をしていたのだが、他にいたはずの二人の姿がなかったからだ。

 

「真人先輩たちは?」

「ああ、コンビニ。買い出し行くんだって」

 

 そう言いながら、流香は総菜パンを放り投げてきた。自身の分の袋を空けながら、隣に腰かけてくる。

 

「朝ごはん。こんなものしかないけど……あんたはさ、誰かと付き合うとしたら、料理できない女とか無理な感じ?」

「ううん、そんなことないよ。僕だって簡単なものしかできないし。それに、料理や家事なんかは、できないならできないで、一緒に覚えていけばいいかなって思ってる」

「……ん、そっか」

「…………?」

 

 首を傾げていると、肩を叩かれてしまった。

 

「ちなみに、鈍ちんなあんたに言っておくけど。さっきの、受け止めて欲しかったのは本当だから」

「えっ、それって、このスマホのこと?」

 

 瞳を閉じて見せる頷きに促されて、ベッドの上のスマホを取り上げる。

 ディスプレイに表示されていたのは、ネットの掲示板のようだった。

 

「これは?」

「県ローカルの掲示板、『つや姫』に関するスレなの。ありがたいことに、未だにスレは生きてるんだよ。本当、ありがたいことにね」

 

 雪弥はスクロールするまでもなく、流香が伝えたかった事を理解した。

 昨日の日付の書き込みを発端に盛り上がっている。

 その内容は、『「つや姫」が活動休止になるや男を作ったメンバーがいる』というもの。批判と擁護で大騒ぎになっている。

 

「……なんだ、これ」

 

 握った拳に力が入り、思わずパンを潰してしまう。

 

 力を込めてなかった左手から、流香はスマホをつまみ上げると、いくつかの捜査をした後で受話器を耳に当てた。

 

「あー、流香だけど。ごめんねぇ急に。クラスのグループから直凸しちゃった系なんだけど。――今大丈夫? そか。あのね、昨日のことなんだけど――えっ? 違う違う、あれは誤解だし」

 

 無表情のままで明るい声色を出して見せる横顔に、雪弥は息を呑んだ。

 女子は怖いと真人がよく言っていたものだが、そうさせてしまったのは、一体、ナニなのだろうか。

 

「どっちかっていうと、流香は君のことが気になってる系? とか? ――そそ、だからああいう誤解させちゃったままじゃあ辛いし? ――うん。うん。だからさ、今日、これから会えないかな。――やたっ。場所は烏帽子山公園でいーい? りょー」

 

 通話を切ると、ようやく『彼女』が戻ってくる。

 

「ちょろっ。キモっ。なんだかんだ綺麗事並べても、その相手が自分であればいいわけだ」

 

 流香が振り返った。

 

「戦いで忙しいところ悪いんだけれど、あいつらシメんの手伝ってくれない?」

 

 雪弥は一瞬、言葉を失った。

 その頬が、あまりに歪んでいたから。

 その目尻から、涙が零れそうだったから。

 

 だから、手を伸ばす。

 己の理想を曲げないように、宙を探りながら。

 

「……姫様の仰せのままに」

「うむ、くるしゅーない」

 

 そう言うと、ようやく流香は笑ってくれた。

 思えば今日、はじめて見た笑顔だった。

 

 

 

 

 

 しかし、烏帽子山公園で雪弥たちが見たものは衝撃の光景だった。

 

 先に着いていたらしい呼び出し人『たち』は、闇邪鎧――真人から聞いた情報によれば、白畑孝太郎という偉人の魂を素にしたものらしい――に襲われていたのだ。

 

「ちょっ、流香一人に会うために三人で来てたわけ!?」

「そんなことより、助けないと!」

「いーよあんなの。三人もいて逃げてるばかりなんて奴ら、シメる気も失せたし。バケモノにヤってもらっちゃえばいい説、的な」

「いやいや、さすがにそういう訳にはいかないってば」

 

 一際大きい桜の樹の影に流香を隠し、雪弥は走り出した。

 

「――オラ・オガレ!」

《バラ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ゴテン! (あく)(そく)(ざん)(とく)(すい)(さん)!!》

 

 男子たちと闇邪鎧の間に割り込み、白い蝶の幻影を斬り伏せる。

 

「君たちは早く逃げるんだ!」

「あ、ああ……」

 

 抜けそうになっている腰を引きずるように、男子たちが背を向ける。

 ふと、そのうちの一人が振り返った。

 

「あの!」

「……まだ、何か?」

 

 ゴテンは思わず、語気を強めてしまう。

 自分にも誤解を招く原因があったかもしれないが、彼らに対しては思うところがあったのだ。

 逃げろという指示に従わないのであれば、流香の言う通り、見殺しにしても構わないだろうとさえ、心の片隅に抱いてしまうくらいには。

 

 しかし、それを知ってか知らずか、男子の口からは意外な言葉が放たれた。

 

「あのっ、もしかしたら、ここに女の子が来るかもしれないんです! その、待ち合わせしててっ、それで……! もし見かけたら、その子も助けてあげてくれませんかっ!」

 

 恐怖に震える唇で捲し立てると、彼は「お願いしますっ!」と深く頭を下げた。

 

 ゴテンは――雪弥は目を閉じた。

 彼はおそらく、後悔している。

 ややもすれば、それは流香が呼び出しに使用した文句に釣られて、下心が芽生えているからかもしれないが。

 

「(いや、それを考えるのは詮無きことか)」

 

 ゴテンは刮目し、ゴテンマルを構えた。

 

「承った。とにかく、君たちは早く逃げるんだ」

「は、はいっ!」

 

 遠ざかる背中を視界の端で確認してから、ゴテンはおもむろに、敵へと視線を向けた。

 

 蝶を優雅に遊ばせながら、コウタロウはくつくつと肩を震わせている。

 

『なっていませんねえ。実になっていない。まったく美しくありませんよ!』

「別に、貴方がお気に召されまいと、こちらに関係ありません」

『そう、それだ! そうやって都合の悪いことはシャットアウトする、人間の悪い癖だ。私はね、蝶たちのおかげで、貴公らのことはよおーく知っています。

 助ける刀に迷いが見えましたし……貴公とて解っているのでしょう? 女のためという大義を掲げながら、快く思わぬ者を傷つける私欲を正当化しようとした、その胸の、良心の呵責を!』

「くっ……」

 

 図星を突かれてしまっただけに、ゴテンは戯言を切り返せなかった。

 正義感といえば聞こえはいい。

 しかしその実、自分が行おうとしていたことは、単なる暴力に過ぎない。

 

 戦争と似たようなものだ。正義など、どこにもなかった。

 

『自らが崇高な生物だと勘違いしているから、人間は欲に塗れ、溺れ、堕落したのです! 虫たちを御覧なさい。一寸の体に五分の高潔な魂が宿っている。そのように美しいからこそ、美しい花との互助関係が成り立っているのですよ』

 

 コウタロウは両の腕を拡げ、鱗粉の旋風を起こしていく。

 

『華の密を吸うだけでは飽き足らず、受粉を主とし、あまつさえそれを己がものにしようとするなど愚拙の極み! 大自然の前に滅びゆきなさい、人の子よ! 「楽園に羽化せし希望(フライング・イントゥ・アルカディア)」!』

「ちぃっ――『焔薔薇』!」

《バラ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

 ゴテンも負けじと奥義を展開する。

 大輪の紅き薔薇と、それを取り巻く白き蝶とが、激しくぶつかり合う。

 

 まるで密を吸うかのように中心部――ゴテンを狙って飛来する蝶の数も多く、焼き尽くすには火力がもう一歩足りなかった。

 

「(以前糺さんが言っていた、奥義の連打による弊害がこれか……っ)」

 

 一日休めばある程度は回復するかとも思っていたが、闇邪鎧の奥義と対を張るためには、やはり万全の状態で臨まなければならないようだ。

 

「ぐっ――ああっ!?」

 

 やがて蝶の群れによる鱗粉の嵐に呑み込まれたゴテンは、遥か後方へと身を叩きつけられた。

 変身解除を余儀なくされ、衝撃のせいでインロウガジェットも弾け飛んでしまう。

 

 雪弥は何とか立ち上がろうとして、足が滑ったことに背筋が凍った。

 烏帽子山がいくら小さい山とはいえ、その公園は山の上にある。あと僅かにでも遠くへ吹き飛ばされていたら、斜面を滑落していたことだろう。

 

「雪弥くん!」

「流香っ!? 来ちゃだめだ!」

『いやはや。ですから見苦しいと申し上げていますでしょう? 力もない小娘が声を上げたところで、状況が好転した試しがありますか。どの小説でも、どんな映画でも! 死を招く正義感など棄てておしまいなさい! そんなもの、「心配して声を上げた私のことを想って」などという浅はかな承認欲求でしかないのだから!』

 

 蝶を撃ち出すコウタロウの姿に、雪弥は腕を踏ん張って体を引き上げた。

 インロウガジェットを拾う暇はない。

 

「それでも……!」

 

 生身のままで流香の前に立ちはだかり、蝶の攻撃を一身に引き受ける。

 

「ぐっ――ううううううぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 闇邪鎧も奥義の連発は不可能なのか、流香を狙うのに通常攻撃で十分と判断したか、ゴテンの鎧を身に纏わずとも耐えることのできそうなものだったことは、不幸中の幸いだった。

 耐えることはできる。たとえ全身が焼けただれるように熱くとも、いつしかその感覚さえもなくなり、臓腑の奥底から響き返すような烈しい痛みだけが全身を支配しているとしても。

 

「それ、でも――ッ!」

 

『また正義感とやらですか、そろそろ食傷気味なのですがね。八楯の鎧を纏ってからであれば、勝機もあったでしょうに。敵方である私が申し上げるのもなんでございますが、これでは無駄死にと言わざるを得ませんねぇ』

「それでも!」

 

 雪弥は自分の視界がぐんと下がったのを感じながら、歯を食いしばった。

 畜生。厳しい稽古をしてぶっ倒れたことは何度もあったが、膝を突いた感覚さえないということは初めてだった。

 

「それでも、そうやって過ちを繰り返しながら、僕たち人間は、未来に進んでいくんです。そうやって後悔しながら、幸せに近づいていくんです!」

『はあ……その結果、今まさに貴公は死にかけているのですが?』

「もちろん――」

 

 雪弥は努めて、口角を引き上げて見せる。

 糺や流香の培ってきたものには遠く及ばない、不格好なものだとしても。

 

「それでも、です」

 

 笑ってやる。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 流香は倒れる雪弥の体を支えようとして、失敗した。

 肝心なところで滑ってしまった掌を睨みつける。そこには、彼の血がべっとりと付いていた。

 

 まるで雪弥本人から支えることを拒絶されたようで、気が逸る。

 

「ちょっ、なに生身で立ったのよ! 自殺志願者!?」

「刀になるって……約束した、から……」

「説得力ないって! 盾にもなれてないし! 流香、雪弥くんのこと、頼りにしてたんですけど!?」

「はは……光栄だなあ。ありがとう」

 

 まただ。またそうやって、笑って見せる。

 

 君だって、相当きっつい人生送ってきたじゃない。父親から虐げられて、力を持ってからは追従笑いを向けられて。

 ハリボテの愛でも向けられていただけ、まだ私の方がマシじゃないの。

 だって、私はまだ、パパとママを憎んでないから。ああいう人たちが言う『愛』ってやつを信じられなくなっただけで、それ以前の思い出は、まあまああったから。辛うじて正気を保っていられたけれど。

 

 そんな思い出さえないなんて、どう考えてもサイアクなのに。

 

「なんで、笑ってられるのよぉ……! ばかぁ! あほぉ!」

 

 お父さんを守るために刀を抜いたという話を聞いたとき、全身が震えた。

 彼は、それが出来る人なんだって、思い知らされた。

 色んなものを背負い込みながら、いいえ、背負っているからこそ、それを踏まえての行動に出ることができる。

 

 この人なら、って。そう思えたから。

 

「ナチュラルにカッコつけてるのはウザイし、あからさまに爽やかに振舞ってるところはキモイし、そのくせ、こっちからちょっとアピールしてみても難聴発動するとか苛々マッハだし! けど、けどっ!」

 

 ぐしぐしと涙を流しながら、着て来ていたパーカーを脱いで、雪弥の傷口に押し当てる。

 

「好きになっちゃったの! でも、まだ雪弥くんのこと、ちゃんと好きにもなれてないの! 『つや姫』やりきってケジメつけようかってコトまで考えてたのに! 流香がそうしようとしたら、今度は体張ってサヨナラとか、っけんじゃないし!」

 

 ふと、涙の粒ごと掬い上げるように、雪弥が手を伸ばしてきた。

 その優しい指が目元を拭い、暖かな掌が頭を撫でてくれる。

 

「アイドルをきちんとやり遂げてから、なんて。流香は、偉いね……」

 

 しかし、温もりは突然、去ってしまう。

 

「ちょっ、雪弥くん!? ねえ、ねえってば!」

 

 血は噴き出てるのだから、きっと脈はある。

 気を失っているだけなのだと信じたい。

 信じることにする。だって、彼だから。

 

 流香は、意を決した。

 

「……許さないから」

『結構』

「ほんと、マジでブチギレ系なんですけど、今」

 

 仇を取ると決めた。やり方なんて分からないけれど。とりあえず、今は雪弥をバケモノから守らなければならないから。

 唯一助けを求められそうな糺は、まだ目覚めていない。

 真人たちにも連絡先を聞いておけば良かったと後悔した。

 

 首を振る。

 違う。そうじゃない。

 

「『私が』雪弥くんを守るんだ……」

 

 それが、バケモノの言う、愚かな行動だとしても。

 

 不思議なことに、決意してしまえば、存外肝は据わってくれていた。

 守って欲しい、愛されたいという願望が――

 

「そうだ、一緒に歩むんだ! 雪弥くんが刀になってくれるなら。私は、彼の背中を守る剣になるし!」

 

 ――守りたい、愛したいという激情へと変わっていく。

 

「えっ……」

 

 不意に、声が聞こえた気がした。

 振り仰ぐ。烏帽子山の神宮にそびえる輪廻の桜が、微笑んだ気がした。

 

 僅かに残っていた桜の花弁がひとひら、手のひらに舞い込む。

 それは神々しい光を放ち、雪弥の持っていたものと同じガジェットへと変化した。

 

「私に、これを……?」

 

 咲き誇る千本桜をモチーフにしたメダル。その裏には、南陽市の『ナ』を紋章化した市章が描かれている。

 

「うん、お願い――力を貸して!」

《サクラ! Yah(), Must() Get() Up()! Yah(), Must() Get() Up()!》

 

 インロウガジェットにメダルをセットした流香は、ターンを決め、バケモノ――コウタロウ闇邪鎧にウィンクして見せた。

 糺も得ている力ならば、肩を並べる者として――そして、雪弥へ堂々と想いを寄せるためにも、今は、『「つや姫」の吉野川流香』として戦うことこそ相応しいと思ったからだ。

 

「オラ・オガレ!」

《サクラ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ルカ! 届けSacred-Love(サクラ)、永久へ咲クLove!(サクラ)

 

 紋章の聖なる光をくぐり、少女は戦姫へと進化した。

 南陽を象徴する要素の一つであるウサギのデザインを中心に、優美な大空と、それを彩る桜の花が散りばめられた、可憐なる鎧。

 

『新たな八楯の鎧ですか……しかし、おっとり刀で私に勝てるとでも!?』

「もち、当然っしょ。言い方悪い系だけど、こちとら、『悪意あるファン』っていう名前のハエとはずっとやりあってるし。そっちこそ、恋する女の子のパワー、舐めない方がいーんじゃない?」

 

 ルカはドライバー腰元のボタンをタッチし、花を模した指揮棒型レイピア『フローラルタクト』を呼び出した。

 

「香り立つ桜花の戦士――桜姫(おうき)ルカ! いざ、参るし!」

『戯言を!』

 

 コウタロウが蝶を放ってくる。

 ルカは動じることなく、漲る気力の赴くままに、タクトを振っていく。

 蝶たちを線で繋ぐように、円で囲むように。時には、点で突くように。

 タクトを振るう度に桜が弾み、五線譜の上を滑るように吹雪いていく。

 

 戦場は一瞬にして、ルカという指揮者を筆頭に繰り広げられる演奏会へと変貌していた。

 日本初にして世界最大の木造コンサートホールを保有する南陽市の戦姫として、一分の不足もない。

 

 蝶をあらかた薙ぎ払ったところで、ルカはドライバーを二度タップした。

 

《サクラ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

「トドメ、行っちゃうし! ――『咲クLOVE!(サクラ)☆ブロッサムシャワー』!!」

 

『させません、「楽園に羽化せし希望(フライング・イントゥ・アルカディア)」!』

 

 コウタロウは新たに蝶を召喚し、奥義で返してきた。

 美しい羽の奔流と、煌めく桜吹雪の旋律が激突する。

 

「これって、『愚か』、ってヤツだよね」

『何ですって!?』

「だってさ、この構図って、さっきあんたと雪弥くんとでやったばっかじゃん。だったらさ――結果がどうなるかってことも、判ってるんじゃない?」

『なっ、ああ……ぐあああああああああ!!??』

 

 ファンシーな桜色に爆ぜていく蝶の異形を背に、ルカは左手を胸に当て、見守ってくれた千本桜へと厳かに敬礼をした。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 コンビニで買い出しを済ませた真人は、頭を抱えていた。

 貴臣とともに、自分の朝食を買いに出たつもりだったはずだ。

 しかし、流香の家へと帰るなり、それは眠りから覚めた獣によって奪い取られてしまった。家主と雪弥が不在であったことにも驚いたし、()()が目覚めていたことにも驚いたが、何より驚いたのは――

 

「しっかし、よく食うな……」

 

 弁当にがっつく糺と、テーブルに盛られた空き箱の山に、何度目かのため息を吐く。

 傍らに散乱した袋には、菓子パンからパスタサラダからハム等のおかず類から、男でも数人分はあるだろう量のゴミが発生している。

 

「お代わり!」

「ねえよ! バカかよ! あっても買わねえよ! 分かるか、店員の姉ちゃんから『また、来たんですか……』って呆れた顔で言われる俺たちの気持ちがよォ!」

 

 真人はたまらず悲鳴を上げたが、糺はどこ吹く風で笑っている。

 

「ごめんってば。いやあ、色々重なって、お腹減っちゃったのよ。女の子のストレス発散は食欲、ってね!」

「コーヒーのお代わりならございますよ」

「マ!? ありがとう俊丸さん、大好き!」

「あはは……」

 

 満開の笑顔でカップを差し出した彼女に、俊丸は苦笑しながら水筒を傾ける。

 

「ほんと悪いな、俊丸さん。朝っぱらから呼び出しちまって」

「構いませんよ。ですが、まさか『ごっつぉ』のコーヒーを届けろと言われるとは思いませんでした」

「ほんっとスンマセン! ……ほら、お前も!」

 

 真人は糺の頭をぐいぐいと押して――押し――あまりに抵抗が強いため、諦めた。ほんに、満身創痍で一日寝込んでいた人間とは思えない強靭さである。

 

 追加で買ってきたゴミ袋に片っ端から突っ込みながら、貴臣が「あ」と声を上げた。

 

「そういや、雪弥から連絡来たか?」

「ああ、さっき『今から戻ります』ってだけ」

「ふうん。何してんだあいつら」

「さあ?」

 

 そんな真人たちの会話の隣でコーヒーを飲み干した糺が、うんと伸びをする。

 

「ん~、完・全・復・活! ほんっと、ウカノメさんのコーヒーは冷めても美味しいわね」

 

 彼女は手元に残っていた弁当の空き箱をゴミ袋に投げ入れると、居住まいをただした。

 

「さて。真人、貴臣くん、俊丸さん。ちょっと話があるんだけれど……ええと、雪弥くんはいないんだっけ?」

「あいつには後で伝えるよ。俺たちのことを知ったとはいえ、流香ちゃんの前でする話でもないんだろう?」

「そうね。あ、いや……うーん、どうなのかしら。あの子も当事者といえば当事者になるんですよねえコレが」

「なんだよ、歯切れ悪いな」

 

 糺がうんうんと唸っていると、それを遮るように、玄関の引き戸の開く音がした。

 

「たっだいまー」

「ただいま戻りました」

 

 流香に肩を貸してもらった状態の雪弥という珍妙な二人三脚が居間に顔を出す。

 

「ああ、糺さん。起きてらっしゃったんですね、お元気そうで」

「うん、おかげさまで――って、立場逆転!? どうしたのよ!」

「昨日の闇邪鎧と遭遇しまして。倒していただきました」

「おお、倒したか。とりあえず無事で良かったぜ」

 

 真人は昨夜の救急箱をもう一度引っ張そうと立ち上がったところで、違和感に足を止める。

 

「……ん、倒して()()()()?」

「ええと、はい」

 

 気恥ずかしそうに告げた雪弥は、流香に目配せをする。

 すると彼女は、雪弥を抱えているのと反対の手で、お茶目に顔の横でピースを作って見せた。

 

「わたくしこと吉野川流香、果樹八楯の戦士になりました!」

 

「「「ええーーーっ!?」」」

 

「ほらほら、白水さん、延沢さん!……あとそこの知らない人!」

「「「は、はいっ?」」」

「雪弥くんの手当、手伝ってください!」

「「「は、はいっ!」」」

 

 なぜだか有無を言わせぬ迫力に、真人たちはたじたじと動き出す。

 

「ちょっと白水さん、モタモタしないでくれます!? しっかりしてください、あなた、雪弥くんの先輩なんでしょう!」

「お、おう……?」

 

 やはり奇妙である。

 雪弥の方をチラ見すると、苦笑いの口元が『すみません』と動いている。

 さすがの真人も、これには気づくところがあった。

 

「急ぐし! 流香の大事な雪弥くんに傷が残ったらどう責任とってくれる気だし!」

「おーおー、頑張れ真人ー!」

「ど、どだなだず……」

 

 とうとう敬語すら繕わなくなった流香と、コーヒーを飲みながら他人事のように野次を飛ばしてくる糺とに挟まれ、真人はがっくりと肩を落とした。

 

 

 

――第8話『楽園の透明き蝶』(了)――

 

 




どーもっし! 柊一二三です。
お盆を過ぎたことで、山形も随分と過ごしやすくなりました。
とはいえ、お盆はお盆でバタバタとし、職場の方もお盆商戦から平時のものへの切り替わりだったりの影響があり、やたらと忙しい日々を送っております。


さて、今回は8話後編。偉人に所縁のあるスポットの紹介なのですが、前回の7話同様、実はこれといってなかったりするんですよね(苦笑)

白畑孝太郎氏が採集した標本が県指定の文化財になっているという話を中編のあとがきにて述べましたが、実はこれ、個人所有のものらしく、いつでも見られるというわけではないようなのです。

調べてみると、上山市にある上山城の特別展示スペースで、三年前に企画展をしていたようです。
もしかしたら、そういうところに貸し出してくれていたりするかもしれませんね。
6話の舞台となった霞城公園の中にある県立博物館や、霞城を出たところの美術館などでも、もしかしたらそういった企画をすることがあるかもしれませんので、興味を持たれた方は、ぜひともチェックしてみてください。


というわけで、今回は白畑氏が幼少期に登りまくったとされる、蔵王山の観光についてご紹介!
山形市と上山市の間辺りから山へ向かうことで訪れることができる場所で、おそらく観光スポットとしては県で一番有名なのではないでしょうか(知名度で言えば天地人のかねたんも大きいですが、具体的なスポットの知名度でいくと、やはり蔵王に軍配が上がるかと存じます)。

ウィンタースポーツをする方には言わずとも知れた蔵王ですが、実は、冬以外の期間にも楽しむことができるのですよ。
なんといっても蔵王ロープウェイ! これがまたすごいんですわ。

ただでさえ、標高1661メートルという高さまで登るゴンドラから見渡す景色は一見の価値ありで、皆様のご想像通り、とくに秋に見る紅葉黄葉褐葉の万華鏡はうっとりするほど綺麗なのですが、
夏にも見所がある、と申し上げれば、信じていただけるでしょうか?

「は? テメェ、夏の山とか緑一色でつまらねえじゃねえかよ」という声が聞こえてきそうですが、分かります、その気持ち。
ですからこの時期の蔵王山は、『空』を見るんです!

普段は17時までに運航終了してしまうロープウェイですが、ちょうどこの時期(8月~9月)の特定の日には、サマーナイトクルージングというイベントが企画されていて、最も高い地蔵山頂駅までの夜景観賞ロープウェイが体験できるんです(詳しい日程は蔵王ロープウェイ様の公式ホームページをご覧ください)。

元々蔵王には『蔵王みはらしの丘』という、日中は公園、夜はデートスポット、なんていう素敵な場所があるほど、夜景には定評がありまして。
市街地にあるスポットですら『みはらしの丘』なのですから、それがもっともっと山の上、雲海を超えて天空に近づけば、まるで自分が神話の住人になったかのような、不思議な感覚になること請け合いですよ。

ちなみに、私はまだ行ったことがないのですが、
今年の五月、地蔵山頂駅のところに『蔵王テラス』なる展望スペースが整備されたそうです。
NPO法人の定める『恋人の聖地。』にも選定されたそうで……これは……やべえっすわ。まじで。
上山の花咲山展望台が県内第一号になったかと思いきや、気が付けば、恋人の聖地も随分と増えたものですね。


ナイトクルージングは9月まで催されていますから、今年もまだ間に合います!
日程の合う方は、ぜひぜひ飛び込んで――もとい、飛び上がってみては?

ではではーノシ



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第9話『PATH OF LOVES』 前編/米沢恋歌

――山形県某所・喫茶『ごっつぉ』

 

 何杯目かのコーヒーを飲み干したあとで、真人は溶けかけたナメクジのように、カウンターテーブルにべったりと突っ伏した。

 

 大きなため息を吐く。

 浮かない顔なのは、隣に座っていた糺と流香も同じだった。

 

 

 

 南陽での戦いを終えた雪弥たちと合流した後、糺から告げられたことを思い出す。

 

「私や流香と同じ、「つや姫」のメンバーだった、凛という子がいるのだけれど」

 

 何度か下唇を歯で揉むようにしながら、じっと言いあぐねていた彼女は、やがて、気でも違えたかのように叫びながら髪を掻きむしると、俊丸から持ってきてもらっていた『ごっつぉ』製のコーヒーを一気飲みして、ようやく言葉を絞り出した。

 

「凛は今、異形になっているわ。ハチモリと名乗る、天狗の、ね。雪弥くんは昨日戦ったでしょう?」

「まさか、あの時の闇邪鎧が……」

「いいえ、闇邪鎧というのは不適当かも。白畑孝太郎氏の闇邪鎧を従えていたから、おそらくは、真人たちが霞城公園で遭ったっていうヨウセンや、この間東根小学校で遭遇したツノカワたちと同じように、ムドサゲ寄りかもしれないわ」 

「流香は遭ったことないけど、だいたい把握したし。要するに、幹部クラス系ね」

 

 先ほど戦ってきたコウタロウ闇邪鎧よりも強いのがいるのかと、流香がうだるように天井を仰いだ。

 真人も、じっと腕組みをして聞いていた。

 

――こんなこと言いたかねぇが、俺も本調子じゃねえ。

 

 ツノカワはああ言っていた。おそらく、ヨウセンも同様と考えていい。

 もし、奴らが本気を出して襲撃してくることがあるとすれば。真人、糺、俊丸、雪弥、貴臣、流香、そしてここにいないもう一人、紲を足した七人が束になってかかっても、勝利をもぎ取ることができるのだろうか。

 

――奥にいるそいつは、あなたのお父さんを手に掛けた奴よ!

 

 父の仇を、取ることができるだろうか。

 

「ヨウセン、ツノカワ。そして、ハチモリ、か」

「ちなみにバッドインフォメーション。少なくとも、ムドサゲはもう一人いるわ」

「……は?」

「私と凛が闇邪鎧に襲われた日、ツノカワって奴の他にもう一人。名前は判らないけれど、なんか年寄り臭い喋り方をする骨のバケモノだった」

 

 糺は捲し立てるように言って、興奮気味の肩を深呼吸で鎮める。

 

「闇邪鎧の他にそいつら二人がいて、あのエセ霊能者と、真人のお父さんが変身して戦った。私と凛のこともかばってくれたわ。けれど……」

「力及ばず、だったか」

 

 真人がそう言うと、糺は目尻に浮かんだ涙を隠すように目を伏せて、頷いた。

 力なく萎れる肩に寄り添い、流香が訪ねる。

 

「凛ちゃんは、その時に?」

「多分ね。気を失って連れ去られるところを見たのが最後だったわ。まさか、あんなことになっているとは、露ほども思わなかったけれど」

 

 支えてくれる流香の手に、自分は大丈夫だからと気丈に振舞って見せる糺の笑い顔が、いやに乾いていて、今も瞼の裏に焼き付いている。

 

 

 

 糺の戦ってきた理由を知った時、何も言えなかった。

 

「なあ、ウカノメさん。ムドサゲになっちまった人を救う方法はないのか?」

 

 やりきれなさを、カウンターの向こうで洗ったカップを磨いている横顔にぶつける。

 振り向いた視線は、申し訳なさそうに揺れていた。

 

「それが、わがんねのよす。闇邪鎧だば、魂が弄られている(ちょされてる)だけだがら、外の悪いもんば壊してけっど、魂は在るべきところに還るんだげんと……」

「じゃあ、せめて奴らの居場所だけでも判らないのか!?」

「ストップ。やめなさい、真人」

 

 静かに、しかし空気を切り裂くようなぴしゃりとした声で諫めたのは、糺だった。

 一瞬だけ睨みを効かせた彼女は、しかし、すぐに怒気の矛を収めると、穏やかな瞳になる。

 

「八つ当たりをするんじゃないの。ウカノメさんにだって、できることとできないことがあるわ。それに、できるなら、私が既にやっている。違う?」

「それは分かってる。けどよ……!」

 

 詰め寄る真人の唇は、糺の人差し指にそっと塞がれた。

 彼女はおもむろに首を振ると、ごめんね、と愁眉を開いた。

 

「話すタイミングを間違ってしまったかもね。心配してくれるのは嬉しいけれど、あんたを焦らせるだけになってしまったみたい」

「別に、焦ってなんか……いや、いたかもしれないけどさ」

 

 振りかざした闘志の降ろし場所を見失い、真人は縮こまるように椅子に戻る。

 

「無理ないっしょ」

 

 流香が、砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーをかき混ぜながら言った。

 

「白水さんのお父さんのことは、亡くなっていると割り切れているかもしれない。けれど、まだ生きている凛ちゃんなら手が届くんじゃないかって、そう思えちゃうから、余計に焦る的な?」

「そう思えちゃうから……?」

「そそ。凛ちゃんがいて、動ける流香たちがいて。それでも『もし、間に合わなかったら』ってことを考えると、もう言い訳ができなくなっちゃうから」

「流香、あなた……」

 

 目を見開いて驚く糺をよそに、流香は遠くを見つめるようにして、

 

「流香もさ。初めて変身できたとき、これで雪弥くんが助けられなかったらどうしようって、けっこう焦ってたし。けど、そんな時だからこそ落ち着くべし、的な。なんつって」

 

 そう言ってから、ずずずずぅ! とコーヒーを啜り上げた。

 ぷはぁ一仕事やってやったぜと言わんばかりの充足した表情を浮かべる彼女の後頭部に、糺のスリッパが飛来する。

 

「飲み方よ!」

「痛ぃっだいし!?」

 

「おお、久々」

 

 小気味いい音に、真人は少し懐かしくなって、思わず小さく拍手を送る。

 

「ちょーちょー、何してくれてんのさ!」

「あんたねえ、けっこういいこと言うんだなってちょっとじーんと来てた私の感動返しなさいよ! 他人様の前なんだし、もっとお淑やかーに飲むとかできないわけ?」

「別に雪弥くんの前じゃなし、流香はいいもーん。それよか、流香のプリティヘッドに傷がついたらどうしてくれんだし!」

「なにがプリティヘッドよ、エンプティヘッドの間違いじゃない!」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬっ!」

「がるるるるるるるっ!」

 

 ヒートアップしていくじゃれ合いに、真人は我に返った。

 しかし、自分が止めるよりも先に、二人へ割って入る声があった。

 

「なあに、みんなして、元気ないねえ」

「何かあったながれ?」

 

 心配そうに覗き込んでくるのは、常連の月布と簗沢だった。

 後ろの方からぴょこぴょこと、野次馬めいた好奇の視線を覗かせる高豆蒄は見なかったことにする。

 

「えっ、と……今、プチケンカしてたんですけど、元気ないように見えました?」

 

 気勢を削がれた糺が、きょとんとした顔をしていると、高豆蒄さんが高い声を上げた。

 

「そりゃそうだべしたー! さっきから、誰一人笑ってないんだもの」

「笑って……あっ」

 

 店に入ってからの自らの行動を思い返したらしい糺が、にわかに顔を赤らめた。

 

「ごめんなさい、なんか、心配をおかけしちゃったみたいで。けれど大丈夫です。何とかなりそうです」

「うーん、そんな浮かない顔で言われてもねえ」

 

 困ったように苦笑した月布が、ふと、手を打った。

 

「あ、そうだ! 糺ちゃんたち、ちょうど三人だし。私たちが善慈郎さんの家からいただいたアレ、あげちゃわない?」

「おっ、いいねー! ちょっち待っててくりー」

 

 乗り気のスキップで席に戻って行った高豆蒄が、いそいそとカバンから封筒を取り出して、またやってきた。

 

「はいこれ。今日の夕方から、米沢でライブがあるんだずよー!」

「気分転換に、行ってござっしゃえなあ」

 

 そう言って手渡された封筒の封は切られており、その隙間から見える紙切れを目にした糺と、背後から覗き込んだ流香が、思わずといったように噴き出した。

 

「まさか……」

「こういうタイミングで来ちゃう系?」

 

 くつくつと笑いを堪えている二人をよそに、真人は目を瞬かせるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

――山形県米沢市・某所

 

 

 真人を足にして米沢へとやってきた一行は、米沢城に車を停めた。

 

 城下町ということもあってか、市街地へ入った途端に道が随分と入り組んでおり、運転していると古き良き文化と現代的な建物とがメリーゴーラウンドのように目まぐるしく通り過ぎていく、美しい景色である。

 山形市の街並みも、霞城のお膝下ということで地図上の名残こそあるが、あちらはなまじ大きい通りと裏通りとがはっきり分かれているため、また違った趣がある。

 

 先に降りていた糺と流香は、吾妻山――市街地から小野川温泉を望んだ方角の山――に向かってつくしのように伸びをしている。

 

「んっ、と。はぁ、山形県民は慣れているとはいえ、さすがに二時間近くのドライブは堪えるわねえ」

「…………歳」

「あんだとぅ!? 言うてあんた、私と二つしか違わないじゃない」

「へーん。埋められない絶対的な差だし。つか、糺ちゃん四月生まれっしょ? 流香、聖夜に舞い降りたメリクリエンジェルだし? 実は今、糺ちゃんはぁ」

 

 日の光が影になって、淫靡なヴェールを翳す。

 流香が不敵な笑みを浮かべて、糺の耳元に口を寄せたのだ。

 

「流香より『みっつ』、上なんだゾ☆」

「うおっしゃおらぁ上等じゃねえの。インロウガジェット構えなさいよ、完膚なきまでぶっコロだわ!」

「あはは、糺ちゃんが怒ったー!」

 

 けらけらと笑い転げるままに逃げる流香を、鬼の形相の糺が追走する。

 

「ちょっと真人もホラ、流香を捕まえるの手伝って! ……真人?」

「んあ? 悪い、なんだ」

 

 スマホと睨めっこをしていた真人は、糺に頬を突かれて顔を上げた。

 

「オーライ。なんか、すっかり毒気を抜かれた気分だわ」

「うん?」

「別に、こっちの話よ。んで、あんたはなーに難しい顔してるわけ」

「ああ、どうせ米沢に来たんなら、せっかくだし、昼は米沢牛でも食おうと思ったんだけどな」

「なになに、値段に手が届かなかった系?」

 

 反対隣から覗き込んできた流香に、真人は否定を返す。

 一食の奮発程度は気にしていなかった。市場等に安定したパイプを持つことができる農家の場合、悪天候や自然災害といったアクシデントにさえ見舞われなければ、特に収入に困ることはないからだ。

 

「それがな、調べたところ、米沢牛を扱う殆どの店で『ドレスコード』が必要らしいんだ」

「ドレスコードぉ? 初耳ね。こう言ってはなんだけれど、山形くんだりの店でそういうのがあるとは意外かも」

「だね。ホテル使ってパーティなんかするとき時は、ってくらい?」

「だろう? だから、ちょっと腰が引けちまってな」

 

 代わりに昼食をとれる店を探すしかないか、と頭を掻いていると、そんな真人たちの背後から、若い男の声がかかった。

 

「ンな心配は雑種にでも食わせておきな」

「――ん?」

 

 きりと通った背筋に、それを引き立てるようなジャケット姿が良く似合う。それでいて顔立ちは野性的で、自信の滲み出る吊り目は狼のように気高い。

 真人は体を強張らせた。彼の年端は自分と同じくらいだろうか。自然な重心移動の足捌きからは、只者ではない気配が感じられた。

 

「あ」

「お」

 

 振り返った糺と流香が、相好を崩した。

 

「なーんだ、あんたか」

「シュウちゃん、おひさだし!」

 

 シュウと呼ばれた青年は、犬歯を剥いて詰め寄る。

 

「シュウちゃんじゃねえ、愁慈郎(しゅうじろう)だ! 愁いを慈しむ美周郎(びしゅうろう)になれるようにと、叔父貴が付けてくれた名前なんだよ!」

「長いし。美周郎とか分かんないし。もうシュウちゃんでよくね説」

「お前三國〇双やってただろうがよォ!?」

「さーせんメンゴ☆ 流香の推しは曹丕様なんだ」

 

 遠い目をしてみせて空とぼける流香に、シュウちゃん――もとい愁慈郎はあああと頭を抱えて崩れ落ちた。

 

「知り合いか?」

「ええ。私たち『つや姫』と対を成す男性ユニット『雪若丸』は知っているでしょう? そのセンターが彼よ」

 

(みさき)愁慈郎だ。あんたこそ何者だ? 糺どころか流香までもが男と一緒にいんのは、地味に衝撃だぞ」

「どーせ男っ気がないですよーだ」

「よーだ」

「はは……白水真人だ。ちょいと縁があってな、顔を合わせることが多くなったんだよ」

 

 差し出された手を握り返すと、愁慈郎はふうん、と鼻白んだ。

 探るような視線に気づいて、真人は手を振る。

 

「安心しろ、彼氏とかじゃないから」

「ハッ、尻の穴の小せぇこと言ってんじゃねえよ。『俺が二人を侍らせているんだ』くらい言えてみろ。少しは男の格が上がんぞ?」

「はぁ……」

 

 何と返していいものか分からず、真人は立ち惑った。

 休止中とはいえアイドルである糺たちを気遣ったつもりなのだが、まさか推奨されるとは思わなんだ。

 

 それに一瞬だったが、自分が『彼氏』というワードを出したとき、わずかに愁慈郎の表情が翳ったような気がした。

 怒りや不満ではない。かといって、真人が糺たちと一緒にいることへの嫉妬にも見えない。

 

 今度はこちらの方が探るような視線になっていたのを、愁慈郎はひらりと躱して背を向けると、言った。

 

「どうせなら付いて来い。米沢牛を食わせてやる」

 

 

 

 

 

 

 愁慈郎の後に続いて向かった先は、米沢城の駐車場から堀をぐるっと回った反対側だった。

 

 そこに一軒、一際歴史の香りを放つヒノキ造りの建物がある。

 門を潜りながら、真人は目の前の背中に声をかけた。

 

「ここは?」

「上杉伯爵邸だ。元々、十四代上杉茂憲(もちのり)公の邸宅として建てられたものでな。今じゃあ飯から結婚式から、何でもござれな老舗だよ」

「えっ、ここ結婚式までやってんの。ちょー意外だし」

「米沢城っていうより、上杉神社っていう方がネームバリュー大きいものね。神前式には持ってこいってわけだ」

 

 一度、堀の向こうの境内を振り返ってから、糺たちも続いて門を潜った。

 

 紋付の陣幕を張った玄関で、受付の従業員に『三人分の追加』を頼むと、愁慈郎はそのまま大広間へと向かっていった。

 玄関にほど近い大広間。そこに通された真人たちは、言葉を失った。

 

「うっわあ……」

「すげえ……」

 

 座敷左手には季節の花を望む巨大な日本庭園の雅が。

 右手を向けば中庭を演出する枯山水の趣が。

 

 ドラマや映画でしか見たことのないような景色に、真人は飲み込まれていた。

 

「おう、皆。糺と流香、そしてそのご友人を連れて来たぞ」

 

 愁慈郎が声を上げると、大広間の一角がざわついた。

 

「えっ、マジマジ!? マジで糺ちゃんじゃん!」

「相っ変わらず声でっかいわねえ、あんたは」

「吉野川くんも、お元気そうだ」

「ちょりー。マサキさんも元気ぃ?」

 

 気さくに言葉を交わしているところを見ると、彼らも『雪若丸』のメンバーなのだろう。

 

「何だよ、愁慈郎。『散歩』の結果はニアミスだったのかい」

「うっせ」

 

 メンバーの一人を、愁慈郎は照れたように小突いている。

 

 ふと、スタッフらしき大人の一団から、スーツ姿の男性がやってきた。

 

「驚いたよ、君たちが来てくれるとは」

「ご無沙汰してます。知り合いからあなたたちのライブのチケットを貰ったんですよ。それで、前乗りして食事処を探してたら、シュウに会って」

「別にチケットなんかなくても、いつでも来てくれていいんだよ? 僕たちスタッフ一同、いつまでも待っているから」

「ありがとうございます、マネージャー。けれど、まだ悲願が叶っていませんから」

「そうか……けど、まずは雛市さんと吉野川さんが元気そうで何よりだよ」

 

 ほうっと胸を撫で下ろして、マネージャーは打ち合わせに戻って行った。

 

 他の雪若丸メンバーが戻って行ったことを横目で確認してから、真人は糺に耳打ちする。

 

「悲願ってのは、まさか」

「ええ、凛のことよ。マネージャーたち一部スタッフにだけは打ち明けてるの。ただ、他の人には内緒ね。愁慈郎には特に」

「……? ああ、分かった」

 

 真人は小首を傾げた。

 連れられるままに席に着くと、しばらくして、真人たちの前にも米沢牛のステーキを交えた膳が運ばれて来た。

 

「さあ、食ってくれ。オレの故郷・米沢が誇るABCの一つ、『B』だ!」

「ビー……?」

「米沢牛。ビーフのBね。Aは確か、館山りんごのアップルだったかしら。Cは……?」

「流香知ってる。広島だし!」

「カープ違いだよ!? 米沢鯉のCだっつの!」

 

 箸を取り落としそうな勢いで、愁慈郎がズッコける。

 

「鷹山公がたんぱく質確保のために取り入れた由緒ある名産だぞ……ったく。まあいい、とにかく存分に味わってくれ。オレの奢りだ」

「それは悪い。ちゃんと払うよ」

「いいっていいって。ここで会ったのも何かの縁だし、さっきも言った通り、糺が男連れなんて貴重なモン見せてもらったんだ。気にすんな」

 

 彼はあっけらかんと笑い飛ばして、自分のステーキを一口放り込んだ。

 ナイフとフォークも備え付けられていたが、彼は箸派らしい。

 

「そういや、さっきの話が中途半端だったな」

「さっきの話?」

「ドレスコードの話だよ。つってもこれはほとんど形だけで、Tシャツにサンダル、みたいな適当スタイルじゃなかったら、別に問題ねえ。走り回ったりワーキャー騒いだりしなけりゃ、子供連れだって大歓迎さ。

 ただ、どうしても米沢牛の値段が張っちまうからな。その代わりに、値段に見合うブランドイメージを保証する、ってところさ。別にお高くとまっているわけじゃねえから、悪く思わないでくれ」

 

「ああ、分かるかもしれない。うちがさくらんぼ農家なんだが、やっぱり、技術や品種改良の進歩に伴って、価格は年々上がってる。今年の初競りなんか、たった五百グラムで三十五万だぞ。地元からすれば信じられない額だ。けれど、そんな『赤い宝石』のブランドイメージがあるからこそ、俺たち農家としては、確かなものを作る義務がある」

「いいね、その粋な魂。オレの方こそ、農家に対するイメージを詫びたいくらいだ」

「よせやい」

 

 苦笑して、真人も米沢牛のステーキをひとかけら、頬張った。

 焼いた肉であるというのに、舌に載せた瞬間、まるで上質なマグロの刺身を食べているかのような溶ける食感と、その先にある確かな歯ごたえ。

 小鉢で添えられたたれも爽やかで、くどくない。

 シンプルだからこそのピュアな味わいが、口いっぱいに広がった。

 

 なるほど確かに、これは守るべきものだろう。

 

「なあ、一つ聞いていいか?」

 

 不意に、愁慈郎が言った。

 

「うん?」

「ああ、すまん。真人の方じゃなくて――糺」

「私?」

 

 彼は髪を軽く整えてから、居住まいを正した。

 

「やっぱり、凛とはまだ連絡が付いていないのか」

「それは……」

「ああ、いい。いい! 話せねえことなら、それで」

 

 まるで告白を言いかけて誤魔化したかのように引き攣った笑顔でそう言うと、愁慈郎は再び箸を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を済ませた真人たちは、上杉神社の中に設営されたステージでのリハーサルを見せてもらっていた。

 駐車場は表参道を抜けたところにある上杉博物館のものを間借りしており、ローカルアイドル規模のライブステージにしては十分な数を確保できているらしい。

 

 ステージ上では、シャツとジャージ姿の愁慈郎たちが歌い踊っている。

 リハ用に絞っているスピーカーに近い席へ陣取り、真人たちはその様子を眺めていた。

 

「ライブなんてものは初めて見たけど、すげえな……」

 

 生で目の当たりにする迫力に、真人はうっとりとため息を零す。

 

 センターである愁慈郎のワイルドでパッショナートな歌唱が曲をリードし、高音域は元気系サブリーダーの爽やかなハイトーンボイスで補完。さらに両端からクール&セクシーで空気を包み込むという、バランスの完成された四人組(カルテット)

 歌詞は女性とのデートを想定したものが多く、彼らがステップを踏めば手を引かれて歩いているような錯覚に陥り、彼らが投げキッスをすれば、それはロマンティックなひとときなのだと溺れたように感じる。

 

「おっ、これは銀山温泉の曲か」

 

 真人は歌詞に散りばめられたワードを拾い上げ、膝を打つ。

 

「そりゃロコドルだし? 地元を押し出しだしてナンボっしょ」

「『雪若丸』は、『山形に行きたくなる』のがコンセプトなのよ。山形の観光地で、恋人や家族が一緒に過ごす時間を表現した歌が多いわね。県内のレジャー施設なんかのCMソングには適任なのよ」

「ああ、だからさっきの曲は聞いたことがあったのか」

 

 ぼんやりと引っかかっていたことに合点がいった。

 

「じゃあ、『つや姫』はどうなんだ?」

「私たちのコンセプトは『山形を知りたくなる』。さくらんぼだとか紅花だとか、そういう名産品を男の人に見立ててる歌詞が特徴よ」

「貴方の果実を~、とか、たまにエロに走り過ぎてる感はあるけどねえ。ま、純情ぶりながら歌詞がエロいのはアイドルの定石だし? おかげ様で人気もいただいているから納得しますけどぉ」

 

 ぶてっと猫のようにぼやく流香を、糺が苦笑で宥める。

 

「――次の曲は、新曲です」

「おっ?」

 

 ふと、スピーカーから届いた声に、糺が反応した。

 

「オレ、頭良くねぇから、作詞とか担当したくねえってずっと蹴ってきましたけど。今回、初めて書いてみました。蔵王の展望テラスから眺めた景色。手が届きそうで、零れていく太陽の光。そこにもし、大切な人がいてくれたならと……そう願った曲です。聴いてください」

 

 ステージにほど近い席から、スタッフがカウントを出す。

 琴を使った艶やかな和風イントロから一転、疾走感のある爽やかなロックへと変身した。

 

「へえ」

「ほっほーん」

 

 愁慈郎の情熱的に突き上げるワンコーラスが過ぎたところで、何かを察したらしい糺と流香が、同時に「ぞっこんだねえ」と苦笑した。

 

「どうかしたのか?」

「ええ。歌詞にね、『()と輝く』とか、『ウィンク・ス()()グ』とか入っていたでしょう?」

「太陽のこともわざわざ『天()』って言い換えちゃって、ウケるし」

 

 笑いを噛み殺しながらの二人に、真人は首をずずいーっと倒していき、

 

「ああ!」

 

 何度目かの反芻をしたところで合点がいった。

 

 リンという韻は、それは鮭川凛の示唆だ。

 

――ただ、他の人には内緒ね。愁慈郎には特に。

 

 糺が言っていたのはこのことだったのだ。

 ましてや。

 

――何だよ、愁慈郎。『散歩』の結果はニアミスだったのかい。

――うっせ。

 

 おそらくライブやイベントの度に自分の昼食をずらしてまで『散歩』をしていただろう彼には、彼女が異形と化していることなど伝えられるはずもない。

 

 胸が痛んだ。自分が想っている人間が突然いなくなり、その理由も判らないまま、ふらっと戻ってきてくれる可能性にかけてただ待っていることしかできないもどかしさ。

 糺の横顔をそっと覗き見る。

 もし、彼女がいなくなってしまったなら、自分は――

 

「シュウちゃんが好きなのが糺ちゃんじゃなくて良かったね」

 

 脇腹を小突かれて我に返る。

 見れば、からかうような上目遣いで、流香が舌なめずりをしていた。

 

「どうしてだよ?」

「だって、恋敵になっちゃうじゃん。あの歌唱力で恋の歌なんて作って歌われたら、真人さん、嫉妬で死んじゃうゾ☆」

「どだなだず」

「ほんと、どだなだず、よ」

 

 聞いていたらしい糺が、アホらしいと一蹴した。

 

「流香こそ、もし対象があなたで、雪弥くんが憤死したらどうすんの」

「そんなの、ありえないし」

「どうしてよ」

「だって、嫉妬ってさ、相手より劣っているから抱く系の感情じゃん? ジロちゃんもイケメンだとは思うけれど、雪弥くんの足下にも及ばないし」

「あー、はいはい。そうねー」

「でしょー?」

 

 あー暑い暑いと棒読みで手うちわを振る糺の横で、真人はじっと目を瞬かせた。

 

「……ひょっとして、俺、バカにされてる?」

 

 行き着いた結論を疑問として投げかけると、糺は先ほど流香に向けたものよりもずっと見下すような表情を作って見せて、思い切り鼻で笑ってきた。

 

「されてるんじゃないわ。今さら気付くようなバカだって言ってんの」

「なんだとう!?」

「ははっ、バーカ!」

 

 

「はぁ、こっちはこっちで十分お熱なんですけどー。やっぱり雪弥くんがいて欲しかった系だし」

 

 そんなぼやきが、突然、マイクのハウリングによってかき消された。

 真人たちは思わず耳を抑える。

 

「何、モニターの音量絞ってんじゃなかったの!?」

「ちょー耳痛いんですけど!」

 

 ステージを見ると、愁慈郎たちメンバーが怪訝な顔をしていた。

 一応、ハウリングしてしまったとはいえ、バックバンドは戸惑いながらも演奏を続けている。

 しかし、愁慈郎たちが歌を歌おうとすれば、たちまちノイズが邪魔をする。マイクを口から遠ざけてみたり、声のボリュームを落としてみても、無駄な抵抗だった。

 

「――凛――リン――――」

 

 途切れ途切れに、愁慈郎が歌詞に込めた想いだけが聞こえる。

 それ以外は、ついに高まったハウリングノイズに消されてしまった。

 

「止めて、一旦ストップ!」

 

 とうとうスタッフが割って入った。

 

 演奏を切り、マイクを通して普通に喋る分には問題がないらしい。

 しかし、一度『歌』として発声してしまうと、そこにはノイズが走った。

 

『あなめあなめ、いとかなし。斯様な恋を歌にするものではありませぬ』

 

 突如として聞こえてきた、嫋やかな声。

 

「まさか――」

「闇邪鎧ッ!?」

 

 真人たちは感電したように立ち上がり、インロウガジェットを構えて周囲に視線を走らせた。

 どこだ。どこにいる――!

 

『人の目を彩なせば、刹那。耳にそよげば、刹那。美しきものは朽ちゆきます』

 

 風呂場で放った声のように、ゆわんゆわんと妙な反響がする。

 

『ましてそれを歌になど、遺したところで無為。胸の内を解することなど、己以外の何人(なんぴと)ができましょうや。幾年反芻すれど、消化(昇華)など叶いませぬ」

 

 やがて、ステージの上から降るスポットライトのように、あるいは夜空にはためく極光のように。色とりどりの単衣が降りて来た。

 

「女性の……闇邪鎧?」

 

 これまで戦ってきた武骨な重鎧のような異形たちとは違い、線の細い、天鋼のしなやかな曲線美に際立つ女性らしいスタイル。

 異形であるということは一目瞭然ながら、長い髪や単衣が生きているような造形は、絶世の美女を思わせるほどに魅力があった。

 

『あな、あなめあなめ。見ていられませぬ』

 

 闇邪鎧はよよよとしなを作って目を覆うと、

 

()ね。出羽の雪にそそがれ、不浄を払いて悠久に。されば、長雨(ながめ)せしまに、物思(ながめ)の衰えることもありませぬでしょう』

 

 返す腕を払い、言った。

 

『――「花の色はうつりにけりないたづらに」』

 

 ぴぃん、と氷の張ったような冷たいハウリングがしたかと思うと、とうとう、機材が拾っていた話し声さえも凍り付いた。

 

 

 

――中編へ続く――

 

 




どーもっし! 柊一二三です。
先週は大変な台風に見舞われましたが、皆様、ご無事だったでしょうか。
山形はというと、一部地域で避難警報が発令されたり、土地を囲む山々の土砂崩れ注意報や、庄内側の波浪警報はありましたが、夜に抜けてくれたこともあり、ほとんど無事でした。

そんな中、果樹王ニシキ第9話ということですが、
実は少し前から、『章管理機能』を用いて各話のタイトルを変えてみました。いかがでしょうか?
前は同じタイトルで前編中編後編とひたすら並んでいるだけで見づらかった上、話の中身が思い返しにくい状態でしたので、大変申し訳なく思います。



閑話休題。
今回の舞台となりましたのは、山形の南端である『米沢市』です!
大河ドラマ『天地人』で一躍話題になりましたね。
また米沢牛も、一説には『三大和牛』に数えられているのだとか。すげえ!

山形は他にも尾花沢牛、山形牛(最上牛)などがブランド牛として有名ですが、どれも美味しい中、そのトップの座に君臨するとはさすがですよね。


さて、道の駅などでは「ありがとうございました」の代わりに方言で「おしょうしな」と言ってくれる、品のいい雰囲気を味わえる米沢市でございますが、
山形の歴史的に見ると、内陸部が最上氏、庄内側は伊達氏と来ているところで、米沢、ひいては置賜辺りはおそらく最も波乱万丈なのではないかと思います。

その最たる特徴が、前述にもありました『天地人』の米沢城ですよね。
伊達の支城となり、上杉の支城となりと、勢力図が塗り替えられることが多いこともさることながら、
実は歴史的には悪役というか、不遇な状況にもありまして。
関ケ原では西軍でしたし、江戸中期にはかの忠臣蔵にて吉良側と繋がりがあり、剣客であった山吉新八郎も上杉家(色部家)の家臣ということでとばっちりを受け、
戊辰戦争では奥羽越列同盟として新政府軍に弓引いたことで減封されるなど、かなりの苦境に陥っています(途中から新政府軍に対する誤解が元だったと分かり、恭順しましたが)。

余談ですが、近年までの最上義光公といい、どうも山形って敵側として描かれる傾向があるんですよねえ。。。辛い。

しかしそんな中でも、『為せば成る』の上杉鷹山として有名な9代治憲や、『政治向き格別に行届き、領内治め方よろし』と称された10代治広、さらに続く斉定と、名君によって強く発展していることも特徴です。


雪国・山形の中でも特別豪雪地域に指定されているほどの厳しい気候の中、愛を掲げた(ちょっと語弊がありますが)直江兼続をはじめとする上杉の系譜は着々と火を受け継ぎ、
毎年冬になると『上杉雪灯篭まつり』として煌々とかがやく。
そんなことを想像すると、ぐっとくるものがあります。
本当に強いんですよね。米沢藩。
考えてみれば、関ケ原での敗戦後、上杉景勝の指示で直江兼続が鉄砲を鍛造させたという遺跡が白布温泉のところにあるのですが、もうその辺りから『倒れても立ち上がる』という努力の形が見えてきますね。



そして何より、温泉!
白布温泉という名前を前述しましたが、各市町村に一つは温泉があるという山形の中でも、米沢は数多くの温泉を保有することでも知られています。
小野川・白布・新高湯・大平・姥湯・滑川・五色・湯の沢をまとめて『米沢八湯』と呼ばれていまして、それぞれが素晴らしい温泉となっています。
最上や尾花沢、天童らの温泉とは異なり、どこも秘境といって差し支えない立地にあるので、少し怖いかもしれませんが、行ってみて損はないと思いますよ。

米沢牛の懐石料理という肉満載の料理でお腹も満たされる湯の沢温泉もいいですねえ。
『火焔の滝』とかいう厨二心をくすぐられる滝を望める大平温泉も行ってみたいです。
ちなみに私は、小野川温泉の蛍が好きです。
ちょっとフライングになるのですが、小野川温泉は、今回の闇邪鎧のモデルが病に伏した際、この湯に浸かったことで美と健康を取り戻したといわれています。(健康だけではなく『美』も入っている辺り、()()()ですよねww)


歴史の中の強い歩みによって支えられてきた伝統と、そんな先人たちのたくましさを生み出した自然の恵み。堪能してみてはいかがでしょうか?


ではではーノシ



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中編/愛の一文字

「いくぞ! ――オラ・オガレ!」

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

 

 真人はインロウガジェットを構え、風とすれ違うようにしてサクランボの鎧を纏った。

 

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

《サクラ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ルカ! 届けSacred-Love(サクラ)、永久へ咲クLove!(サクラ)

 

 糺たちも続いて変身をする。

 

『八楯……何ゆえに邪魔立てを致すのです』

「んなもん、決まってるだろ!」

 

 客席を埋め尽くすように現れたミダグナスを蹴散らしながら、ニシキは女性闇邪鎧に飛びかかった。

 しかし、振りかぶった拳は、

 

『「みるめなき我が身をうらと知らねばや」』

 

 闇邪鎧が和歌の一節らしき呪文を唱えた途端、見えない力に阻まれてしまう。

 

「なっ……?」

『私には貴方と逢う気持ちがございませぬ。どうか、お引き取りを』

「は、逢う気持ちだあ?」

 

 宙ぶらりんにひっくり返されたニシキは、闇邪鎧の言葉に目を白黒とさせていた。

 闇邪鎧が唱えたものはおおよそ和歌で間違いがない。それも、恋の歌であろう。だが、『逢う気持ちがないから』という理由だけで攻撃を止められるなど――

 

「これ、卑怯じゃねえ!?」

 

 投げ飛ばされた先で、ニシキは叫んだ。

 いったい、どうしろというのだろう。

 

「何やってんの、真人」

「いや、だってよ。逢う気持ちがないとかなんとか、何言ってるのかマジ分かんねえ!」

「あーね。流香に任せるし」

 

 含んだような吐息で、ルカが『フローラルタクト』を構えた。

 

「ガサツな暴力系男子には逢いたくなくても、女子力満載の花ならいいっしょ!?」

 

 巻き起こった桜の吹雪が、ミダグナスを巻き込みながら、闇邪鎧へと襲いかかる。

 しかし、

 

『桜。美しきものですねえ。しかし、うつつにひとめ見しごとはあらず。――「胸はしり火に心やけをり」』

 

 にわかに闇邪鎧の背後に月が現れたかと思うと、その胸を焦がす炎が燻ぶり、彼女のオーラとして纏われた。

 触れようとする異物を掃うように煌々と燃えた火に、桜たちはたちまち燃え落ちていく。

 

「はぁ……情緒もへったくれもない女」

 

 お手上げだと、ルカが肩を竦める。

 

「ああもう、なら私が行くわ!」

 

 そう言って駆けだしたレイは、ヤツダテドライバーから引き抜いたインロウガジェットのメダルを換装した。

 

《オヒナサマ!》

「オラ・カワレ!」

出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、レイ! 舞い踊れ、オヒナ・プリンセス!》

 

 闇邪鎧と同じように、艶やかな五色の振袖姿へと変身し、袖を払う。

 

《オヒナサマ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

「これでどうよ! 『五色繚乱』――ちぇい、さああああああ!!」

 

 色彩が織りなす怒涛の奔流に、闇邪鎧がわずかにたじろぐ。

 

『おろかなる。「涙ぞ袖に玉はなす」。それしきの濁流――』

「ハッ、濁流? 言ってくれるわね。和歌を詠むにしては、お粗末なんじゃなくって?」

『……何?』

「この力は『お雛様』! いつの世も恋の力は偉大だと知っているはずでしょう。それを軽んじた時点で、あんたに私の想いの激流をせき止めることはできないわ!」

 

 闇邪鎧が展開した防壁を突き破り、レイの攻撃がヒットした。

 

『くぅ……うぅ、成程。せきあへずたぎつ瀬なれば、ですか』

 

 苦悶に呻いた闇邪鎧は、すっと着物の裾を翻すと、溶けて消えてしまった。

 

「ちっ、逃げられたかっ」

 

 最後に傍らのミダグナスを裏拳で倒し、レイはヤツダテドライバーのリンクを解除した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸いにも怪我人は出なかった。リハーサルで良かったと安堵した真人たちは、俊丸に助言を求めていた。

 講義中だったらしく、電話の向こうに子供たちの元気な声が聞こえる。

 

『闇邪鎧は、小野小町で間違いないかと思われます』

 

 スピーカーホンにしたスマホを囲み、真人たちはじっと話を聞いていた。

 

『「花の色はうつりにけりないたづらに」、「みるめなき我が身をうらと知らねばや」。どれも古今和歌集に収録されている彼女の歌ですね』

「小野小町ねえ……さすがに俺でも聞いたことあるけどさ、歌までは知らなかったぜ」

「というか、そもそも小野小町が山形に関係あるのかしら? 前にエセ霊能者から、闇邪鎧は山形に所縁のある偉人の魂が元になると聞いたことがあるのだけれど」

「たしかに。小野小町っていったら、ふつーは京都のイメージがある系だし」

 

 真人たちが首を傾げていると、電話口から『無理もありません』苦笑が漏れた。

 

『そもそも小野小町は、和歌こそ有名ながら、その生い立ちを含めた生涯の一切が不明とされている人物なのですから』

「わお、ミステリアス」

 

 流香が口笛を吹いた。

 

『通説として最も有力なのは現在の秋田県湯沢市、と云われていました』

「ちょっと待って俊丸さん、それじゃあ結局山形は……うん? 云われて『いました』?」

『その通りです。平安初期に出羽国府が今の山形県酒田市に移されているので、その周辺と考えられ始めているのですよ。実際、三川町には「小野小町の池」という、小町の産湯を捨てた涸れずの池があるくらいで』

「三川町ってどこだ?」

「酒田と鶴岡の間よ。『眉間』のあたりね」

 

 糺が空中に地図を描いて見せる。どうやら彼女は『顔のパーツ』で説明する派らしい。

 山形県は、そのの形を切り取ると人の横顔に見えるという特徴がある。時折、小国はあごだとか、米沢は首だとか、東根は耳で村山は耳の穴だとか、そういう表現を用いる人がいる。

 

『ふふっ。ちなみに、米沢の温泉にも所縁があるんですよ?』

「そうなのか?」

「あっ、流香わかったし。小野川温泉!」

『正解です。父を訪ねて東北へ戻ってきていた小町が、道中で病に倒れ、薬師如来のお告げで発見したとされている温泉なんですよ』

「ほへー、何でもござれだな」

 

 正体不明という割には――いや、正体不明だから、というべきだろうか。歴史的に伝説は散らばるものではあるが、その中でも生誕に深くまつわるものが山形の土地に集中しているということは、ある種の信憑性を醸していた。

 火のないところになんとやら、である。

 

 俊丸に礼を言って切ったスマホをポケットに仕舞いながら、真人はため息をついた。

 

「後はあの和歌の力を、どう打ち破るか、だな」

「そうねえ。さっきはゴリ押せたけれど、次も上手くいくかどうか」

「いっそ、コキンワカシューを読んでみる? 流香はパスだけど」

 

 なら言うなという糺の恨めしそうな視線に、流香が気まずそうに笑う。

 

 米沢城址を出たところに、上杉神社の摂社である松岬神社がある。鷹山公や直江兼続をはじめとした上杉ゆかりの人物が祀られているその場所の隣に、すこし開けた広場があった。

 そこが集まったファンたちの一時待機場になっていたようだったが、さすがに本社で起きた騒ぎは漏れ聞こえていたのだろう。

 ライブは大丈夫なのかと詰め寄るファンたちを、スタッフが必死で宥めている。

 

 そんな様子に胸を痛めながら、真人たちが松岬神社へ避難していた愁慈郎たちの下へ向かうと、彼らメンバーは難しい顔で言い争っているところだった。

 

「こんな状態でライブはできない」

「ファンを危険に晒すどころか、そもそも俺たちの歌が伝えられないんだぞ」

「お前たちの気持ちも解る。だが、もう少しだけ時間をくれないか」

 

 中止を主張するメンバーに、唯一対立しているらしいのが愁慈郎だった。

 

「私が言うのもなんだけれど、ライブは中止した方がいいと思うわよ。闇邪鎧――あのバケモノは、まだ倒せていない」

「…………」

 

 振り返った愁慈郎は、じっと糺の瞳を覗き込んでいた。

 

「何、どした?」

「お前の知っていることを教えてくれ」

「……っ」

 

 糺がうしろめたさに表情を曇らせた。

 

「教えたところで、どうなるものでもないわよ」

「そいつはオレが決めることだ。糺、もしかしてあのバケモノは……そして、お前たちが変身して戦っていたのは。それが凛がいないことに関係するんじゃないか?」

「それは……」

「だから今まで話せなかった。違うか」

 

 糺が押し黙る。それを責めることもなく、愁慈郎はこちらへと視線を向けて来た。

 

「真人でも、流香でもいい。教えてくれないか?」

「やめて、愁慈郎」

 

 彼を制して、糺が顔を上げる。

 

「黙っていたのは私。真人たちに非はないわ、問い詰めないであげて」

「ああ、すまない」

「でも、やっぱり教えられないわ――」

「糺」

 

 優しげな声色で、愁慈郎は諭すように言った。

 

「お前が『つや姫』の中でも一等優しいことは知ってる。どうせ、バケモノに絡むことでオレたちにも危険が及ぶとか、そういうことを考えているんだろ」

「…………」

「それなら心配ないぜ。オレの家のことは知っているだろ?」

「は? あんたの家と、この件に何の関係があるっていうのよ」

 

 怪訝な顔をした糺に答えず、愁慈郎は左目へと指を伸ばした。

 それがカラーコンタクトレンズを外すためだと気付いた時、真人たちは目を疑った。

 

 瞳から浮いていくコンタクトの黒の影から、紋章が現れたのだ。

 『米』の字を末広の奥義で結んだ、米沢の市章。旭日章にも似た桜の紋は、燃えるような黄金の色を以て、瞳に刻まれていた。

 

「愁慈郎、お前……その眼」

「これは、岬家の長男に代々受け継がれるものだ。子が成人すれば、何故か父親の瞳からこいつが消え、子の瞳へと刻まれる」

「まさか、果樹八楯の、米沢の戦士……」

「果樹八楯。なるほど、そう言うのか」

 

 納得したような、可笑しいような、そんな風に曖昧に笑って、愁慈郎はメンバーたちへと振り返る。

 

「悪いが、少し待っていてくれ。すぐ戻るし、ライブの叶える」

「あ、ああ……」

 

 すっかり置いてけぼりのメンバーたちは、ただ頷くしかない。

 

「付いてきてくれ。話はそこでしよう」

 

 こちらを一瞥してそれだけ言うと、愁慈郎は颯爽と歩き出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 つれられるままに真人たちが辿り着いたのは、米沢城からほど近いところにある、一軒の和風建築。

 

「オレの家だ、入ってくれ」

「えっ、ここがあんたの家!? いや、嘘でしょう……もっとデカいものとばかり」

 

 糺が驚嘆の声を上げる。

 やや大きいと感じるが、基本的に二・三世帯が同居することが前提である山形の旧家屋と考えれば別段不思議でもない、普通の家である。

 

「普通であれってのが、死んだ曽爺さんの意向なんだよ。『成すべきを為せらば要らぬ過ぎた富。飾るは心、我が身に非ず』ってな」

「なんか、『為せば成る』みたいな歌だな」

「まあ、うちの家系は越後長尾と甲斐武田の血が混ざっているからな。鷹山公も信玄公も詠み上げた歌にはゆかりがあるらしい」

 

 座敷に上がると、愁慈郎から奥へと通された。

 居間もザ・民家を象徴したようなもので、真人は首を傾げる。

 

――オレの家のことは知っているだろ?

――えっ、ここがあんたの家!?

 

 愁慈郎の家には何かがあるらしいが、その正体が見えてこない。

 

「なあ、糺は何に驚いていたんだ?」

 

 そう、振り返ろうとしたときだった。

 

 愁慈郎が開けた襖の先――奥の間が視界の端に映り、足を止める。

 

「これは……」

 

 一見、ただの畳部屋。

 しかし部屋の奥で異彩を放っているのが、鎮座された兜だった。

 前立ては、瑞雲に浮かぶ愛の一文字。

 

「直江兼続の、兜?」

「錆地塗六十二間筋兜。上杉神社に残っているものと、寸分違わぬレプリカさ。我が家の『表の家宝』だよ」

「表の家宝?」

 

 こちらの疑問には答えぬまま、愁慈郎は座敷の奥、一段盛り上がったところにある座布団へと腰を下ろした。

 真人たちが下手に座ったことを確認した彼の目が、きりりと吊り上がる。

 

「改めて挨拶を仕る。手前、岬組四代目岬愁慈郎と申す者。稼業、未熟の駆け出し者ではございますが、以後、行末万端御熟懇に願い申す」

「は、はあ……」

 

 頭を下げた愁慈郎に、真人も反射的に会釈を返す。

 

「糺、これはどういうことだ?」

「あら、知らなかった? 『雪若丸』のリーダー岬愁慈郎は米沢を地盤とする極道の一子だって、けっこう有名なことなのだけれど」

「マジか……」

 

 知らねえぞそんなことと頭を掻いた真人の脳裏に、ふと、昼間の会話が過る。

 

――愁いを慈しむ美周郎になれるようにと、『叔父貴』が付けてくれた名前なんだよ!

 

「――あ!」

 

 叔父貴とはそういうことかと、目を丸くした。

 

「え、えーと……愁慈郎、さん? いやさ、岬様……?」

「はっはっは! 安心しろよ、別に大した肩書でもねえ。ヤクザっつっても、今日日やってることといえば商工会みたいなもんだし、そもそも一般人に平伏を強要するような狭量じゃあ面子が立たねえ。真人が米沢を脅かす悪事を考えようとでもしない限り、うちから何かすることはねえよ」

 

 相好を崩した愁慈郎が、悪戯っ子のように笑った。

 

「そもそも今の実権は親父にあるしな。とりあえず今は、岬家の四代目のオレとして話をするべきだったから、こういう形式を取らせてもらったんだよ」

「そうだ、話ってのは何なのよ?」

「そう焦るなって」

 

 身を乗り出した糺を制して、愁慈郎は兜を手元に引き寄せた。

 

「これは曽祖父にして、岬組を立ち上げた岬善慈郎が作らせたものらしい。財を見てくれに回すことをよしとしなかった善慈郎が、唯一手元に置いた『宝』だな。

 して、真人。この『愛』の字は、何を指すか知っているか?」

 

「ええと……ラブ?」

「馬鹿、愛染明王の『愛』でしょうが」

 

 糺と流香からため息を吐かれてしまう。

 けれど愁慈郎だけは、かかと大笑いしていた。

 

「ラブで間違っちゃいねえよ。愛染明王の愛は、ラブだからな」

「そうなの? 明王様なんだから、そういう仏教的に邪な心とは意味が異なるものとばかり」

「実は、そこの認識がまず違うんだよ」

 

 愁慈郎は人差し指を立ててウィンクして見せる。

 

「愛染明王のサンスクリット名は『ラーガラージャ』。これは直訳すると『愛欲の王』という意味になるという。だから、水商売絡みの人間からも信仰されているんだ。うちの組で経営しているキャバクラなんかも、年始や何かには金蔵寺の愛染明王堂で参拝をしている」

「なんつーか、これまでのイメージが崩れていく気がするんだが……」

 

 愛欲、水商売。それらの言葉が持つ世間的イメージというものがある。職業に貴賎なしとはいえど、真人もどこか裏社会的な、一線を画した印象は拭いきれないでいた。

 

「じゃあ、愛染明王はそういう愛を推奨しているのか?」

「いや、推奨はしていないさ」

「んんん?」

 

 いよいよ傾いていく真人の頭に、愁慈郎が笑いを堪えるように口元を抑えた。

 

「別に愛染明王だけじゃねえ。神や仏は、欲に塗れた人間を否定なんかしちゃいねえんだ。それを昇華しようとせず、堕落させているままの人間を悪としているだけなんだよ」

「堕落させている……?」

「そうだ。例えば禁断の愛と呼ばれるもの――教師と生徒だとか、既婚者同士の不倫だとか。放蕩だったり浮気性なだけの阿呆なら生きてる価値はねえが、生徒が卒業するまで待つとか、一度互いに離婚してから付き合いを始めるだとか、そういう風に筋を通して行うのなら、問題はないと思わないか?」

 

 糺が膝を打った。

 

「アイシー。本当に相手を好きだというのなら、堂々としろってことね」

「流香のパパとママに聞かせてやりてーわー」

 

 ぼやく流香に、愁慈郎が胸を撫で下ろす。

 

「然り。少し喩えが悪かったかと思ったが、通じてくれて助かったぜ。つまるところ、そうやって筋を通し、恋を実らせ、人生の伴侶を真に愛することが出来るところまで行けば、それはもう一種の悟りだ。愛染明王はそうした夫婦の円満や災害除けに力を貸してくれるんだよ」

「いいわね。純粋に愛を求めて努力する人にこそ、力を貸してくれる、と」

 

 そういうの好きよ、と糺が微笑んだ。

 その横顔が綺麗で、真人は目を逸らす。

 

 逃げた視線の先で、愁慈郎が真面目な顔をしていた。

 

「だから、恋の歌を消そうとするあのバケモノは、間違っている」

 

 歯噛みしながら、彼は兜を持ち上げると、台座の上に隠されていたものを手に取った。

 

「それは――!」

 

 真人たちは一斉に、弾かれるように腰を浮かせた。

 

「こいつが岬家の『真の家宝』だ」

 

 愁慈郎が取り出したのは、まさしくインロウガジェットだった。

 彼は鬼気迫る漢の表情で、にぃ、と口角をつり上げる。

 

「――さあ、果樹八楯とやらについて、闇邪鎧とやらについて。話を聞かせてもらおうか」

 

 瞳に刻まれた米沢の紋章が、あやしくギラついた。

 

 

 

――中編へ続く――

 

 




どーもっし! 柊一二三です。
台風一過、山形は現在、急に冷え込んできております。
毎年この頃になると山形では、冷えてきたのだから上着を羽織ろうとする一派と、いやいや雪が降り始めるまでストーブ出すとか負けでしょうと秋の装いを続ける一派とに別れます(大嘘)。
世の中が師走に向かって動き出すということもあり、夏の衣替えを巡る対立よりもっとギクシャクするきらいがありますね。やれ「見ていて寒い」だとか、反対に「暑苦しい」とか。
こうした紛争は、いよいよ雪が降ってから、ニュースに映る都会の方々の服装を見て「雪も降ってなくて気温も10度あるのにあんなに着るの?」という共通の敵を持った辺りで終戦に向かいます。
……そろそろどこからか怒られそうなのでやめておきますか(笑)


閑話休題。
いよいよ果樹八楯の八人目の気配が近づいております9話中編、お楽しみいただけているでしょうか。
もしかすると「おいテメエ、7話で変身フラグ立てていた創くんはハブるのかよ」という声が聞こえてきそうですが、安心してください、色々と考えておりますよ。
あとは私の文章力ですね。現在『ラインノベル』様に掲載している『サムライガールズ・レボリューション!』という剣道モノで、チームの5人+敵チーム5人+顧問含めた先輩世代5人+αという人数を文庫一冊分の文量の中で捌いたのですが、さすがにキツカッタデス。

頑張ります。



さて、それでは、中編恒例の偉人のお話をば。

小野小町。平安時代の女流歌人で、唯一女性にして『六歌仙』に名を連ねている和歌の名手です。
百人一首にも取り上げられている『花の色は~』は、聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

また、作中でも述べたように正体不明ということでも有名で、小野小町を描いたとされる絵や像はないながらも絶世の美女と噂されるミステリアスウーマンでもあります。
日本で用いられる『世界三大美女』に数えられるほどですから、さぞ美しかったのでしょう。
昔なにかの本では、「小町姉」「小町孫」「小町姪」などの人物が和歌集に見受けられることからも、これらの人物がまとまって『小野小町』というペンネームのクリエーター集団だったのではないかと考察しているものがあった記憶があるのですが、ちょっと掘り起こすことができませんでした。知っている方いらっしゃいましたら、ぜひ感想欄へオナシャス。

というか、小野小町のことを小町と呼びますが、これってどうなんでしょうね?
『〇〇小町』という人物は他にもいて、この時代に宮仕えをする際に付けられる役職(?)のようなものだと記憶しております。「紫『式部』」なんかもそうですよね。
小野小町も『出羽の国の郡司の小野一族の娘で、姉は小野町、その妹だから小野小町』と名付けられたという説があるそうです。
「ん?じゃあ『七小町』ってのは妹'sってこと? 七町とかねえの?」と思ってしまうわけですよ。
本名も判らない、さすがミステリアス(白目)


そんな『実在していたことは窺えるが、その他は不詳』の小町さんですが、やはり伝承も多岐にわたっておりまして、生まれた場所も全国津々浦々の『小野』とする説があったり、墓として伝わるものもまた、全国に点在しているようです。
山形でも、庄内(三川町)に小野小町の産湯にまつわる地があり、今回の舞台でもある米沢市内にも『美女塚』という、小野小町の墓とされている場所があります。
古今和歌集の目録に『出羽郡司娘』とありますし、小野川温泉の由来として、父を訪ねてこちらまで来たとされていますので、個人的には秋田~山形で合っているのではないかなあと思っています。
なんでもWikipediaでは『それも小野小町の神秘性を高めるために当時の日本の最果ての地の生まれという設定にしたと考えられてもいて、この伝説の裏付けにはなりにくい』とありますが、これ、多分前述した『クリエーター集団説』のやつでしょうね。『要出典』と書かれていますし、ほんと、何で見たんだっけとモヤモヤしています(笑)

ちょっと前だと天草四郎は数十人単位で存在したなどという衝撃的な歴史の解明がなされたりしていましたが、さすがに歴史はミステリアスなことが多いですね。
確か今月頭にも、平安京周辺の発掘が進んで新たな発見があったと、職場の段ボールの緩衝材にされていた新聞でみかけた記憶があります。
いつか、小野小町の全貌解明がなされる日がくるといいなあ。


余談ですが、私は小野小町の和歌だと、これ↓が好きです。
『うつつには さもこそあらめ夢にさへ 人めをもると見るがわびしさ』

意訳すると「夢の中でまで人の目を気にしてんじゃねえ!(暴論)」なのですが、こうして小説を書くなどということをしていると、よく「現実を見ろ」だとか「芽も出ないのにねえ」という後ろ指を指されることがあります。
しゃらくせえ! と思えるようになったきっかけが、この歌です。
あ、言う側の人はおそらくこれを読んでいないと思いますが、ああいうものは、けっこうちゃんと聴こえてますのでご注意くださいねー?

ちなみに私の現状は、
『みるめなき 我が身をうらと知らねばや かれなで海士の足たゆく来る』
を突き付けられている状態ですけどね(白目)

もっと通い倒しちゃる。


ではではー。



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後編/瞳ぇ閉じてみろ

 

 

 米沢城へと舞い戻った真人たちは、何も説明しない愁慈郎に戸惑う『雪若丸』のメンバーたちの手を引くように、仮設ライブ会場へと殴り込みをかけた。

 

「さあ、第二リハーサル――いや、第一ライブと洒落込もうか!」

 

 愁慈郎が快哉を叫ぶ。

 彼はステージへ飛び乗ると、使い物にならないマイクスタンドを構えた。

 

「でもシュウちゃん、マイクも楽器も使えないままなんだよ?」

「俺たちだってライブをしたい気持ちは山々だ。しかし……」

 

 メンバーたちの困惑を、愁慈郎は指を立てて制する。

 そのまま、立てた指を天高く掲げる。

 

 皆が、空を見た。

 

「空には、お天道様がいる! そしてここには、お前ら仲間たちがいる! 何よりオレは、岬愁慈郎だ!

 ……それだけで、十分じゃねえか?」

 

 そう言って、愁慈郎は歯を見せた。

 まるで餓えた(けだもの)のように。しかして誇り高き武士(もののふ)のように。

 

「トゥクール。イカしてるじゃないの」

「ぶっちゃけ、何言ってるかはイミフ系だけどねえ」

 

 糺と流香が、顔を見合わせている。

 

「けどよ、一体どうするつもりなんだ?」

 

 真人が訊ねると、愁慈郎は分からないかとでもいいたげに、不敵に嗤っている。

 

「簡単なことだぜ、真人。楽器が使えないなら。マイクが歌を通さないなら。ありったけの声を張り上げるだけだ」

「そんな簡単に……」

「言ってくれるな、とでも? ハハッ、だが、見たろ。さっきのオレの叫びを? 自分で言うのもなんだが、アレに曲でも乗っけたら、立派に歌になると思わねえか」

「あっ……」

 

 真人は目から鱗が落ちたように、ハッとさせられた。

 

「楽器が作られる前の歌は、一体、どんなだったろうなあ? それを今から再現する。 流星(りゅうせい)(まさき)葵璃夜(きりや)。力を貸してくれ! 真人、糺、流香。お前たちも頼む!

 なんでもいい、壁でも床でも、客席のベンチでも、テメエの腹太鼓だって構わねェ! 手あたり次第叩き奏でろォ!」

 

「おう!」

「アイサー!」

「りょ!」

 

 真人たちは駆け出し、音の鳴りそうなモノを片っ端から叩き出した。

 皆、楽器の経験など小学校の時のピアニカとリコーダー程度しかなかったが、それでも叩いた。

 

 少し遅れて、『雪若丸』たちも動き出す。

 リズムは足音(フットステップ)。導くは鼓動(ハートビート)

 即興演奏会(エチュード)の中、『つや姫』と真人(おまけ)の三人と『雪若丸』の三人が交差する時、打ち合わせた掌の音が響く。

 

 愁慈郎は満足げに頷くと、マイクを構えた。

 彼にとって、スイッチが切れていることなど関係なかった。

 

「オレの(うた)を聴けェ!」

 

 想い人への片恋を綴った歌を叫ぶ。

 どうやらこれでも、闇邪鎧の力は干渉してくるらしく、あっという間に喉がカラッカラに干上がった。

 必死で空気中の水分を求めても、渇き固まった喉の弁はバカになっており、たった一吸いさえままならない。

 

 それでも彼は叫んだ。咳き込みながらも吐き出した。

 頬を滴る汗を舌先で貪りながら、ただ、我武者羅に。

 

『――まだ、身の程を弁えませんか』

 

 息せき切っている愁慈郎の前に、コマチ闇邪鎧が現れる。

 

「はぁ……はぁっ……へっ。弁えてたまるかよ」

『……何?』

「この胸の中にある熱いモン、ぶった切っていいとすれば、それは鮭川凛という女、唯一人だなんだよ。小野小町――いやさ、吉子さんよ。断じてテメェじゃねえ!」

 

 愁慈郎の啖呵に気圧されたか、闇邪鎧がたたらを踏む。

 

『よもや、よもや。私の諱を口にするとは!』

 

 否。短歌の名手は、憤怒に打ち震えていた。

 

『歌に、名に。どれほどの意味が込められているか! それを軽々しく其方風情が口にするなど、それこそ断じてあってはなりませぬ! 我が歌は、我が名は、斯様に安いものではない!』

「洒落臭え!」

 

 愁慈郎は真っ向から牙を剥いた。

 

「そっくりそのまま返すぜ。オレの想いこそ、テメェに軽々しく封じられなきゃならねえほど安かぁ無ぇ。多少冷やされたくらいじゃ冷めねえんだよ、山形県民(雪国生まれ)舐めんじゃねえぞゴルァ!」

 

 そう吼えて、真人たちを一瞥する。

 

「真人たちは、うちのメンバーを頼む。一応、避難所(あっち)に被害が及ばないよう、カバーしてくれると頼む」

「ああ、任せてくれ」

「悪いな、トーシロの我儘を聞いてもらってよ」

 

 照れくさそうにはにかんで、愁慈郎はジャケットのポケットから取り出したインロウガジェットを、右目に翳した。

 

「こっからは、オレのソロだ――」

 

 瞳の紋章が浮き上がり、メダルとなってインロウガジェットに収まる。

 

 刻は、来た。

 

「平安の伝説にして正体不明の歌詠みさんよ。令和の時代に生きる俺の(おもい)聞き(くらい)やがれ!」

《リンゴ!》

 

 

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 

 

 ヤツダテドライバーが現れたことで腰にぐっと重みが乗ったのを、愁慈郎は高揚で出迎えた。

 これが、戦う者が抱くべき志の重み。何かを守る責任の重み。誰かを求める想いの重み。

 

「ハッ。丹田が引き締まるってもんよ」

 

 作詞をしろと唐突に指示された時は、眩暈がしたようだった。

 何を書けばいいのか判らなかったわけじゃない。テメェの胸にあることはとっくの昔に自覚()っていた。

 こっ恥ずかしくて、仕方なかったのだ。

 学がないから、上手い言葉など選べない。人生経験もないから、深みも出ない。

 同じメロディに韻を載せて2コーラス目を作るなど、マジでどうすりゃいいんだよと項垂れた夜もあった。

 

 けれど、凛が音信不通になり、『つや姫』が解散し――茫然と日々に明け暮れているうちに、気付いた。

 あの時眩暈がしていたのは、()()()()()()()の理由で、あいつへの想いを綴ることから逃げていた自分の弱さに対してなのだと。

 

 

 目を閉じる。

 自宅で真人たちから聞いた話を思い返した。

 

 

 

「成程、凛がムドサゲとやらに、ねぇ」

「信じてくれるの……?」

 

 糺が、辛気臭い声でそう訊ねてきた。

 

「バーッカ、ったりめぇだろンなもん。『つや姫』が休止になる直前、泣きながら戻って来たあの時と同じ眼をしてんだ。信じるさ」

「えっ……あっ……?」

 

 いつの間に零れたのか気付いていなかったのだろう。糺はとめどなく溢れるものを慌てて指で掬い上げている。

 しゃくり上げる肩に寄り添ったのが流香ではなく、真人だったことは意外だったが。

 

「(愛されてるねぇ)」

 

 愁慈郎は目を細くする。なんだよ優男、立派に彼氏じゃねえの。

 

「話してくれたこと、感謝する。とりあえず、今日はオレに任せてくれや」

「駄目っ、愁慈郎まで巻き込むわけにはいかないわ!」

「糺の言う通りだ。オノノコマチは必ず俺たちが倒す。だから愁慈郎はライブに集中してくれ」

「右に同じ。ま、流香も新参なんですけど」

 

 そんな風に、一様に強がってみせる奴らの頭を、一発ずつ小突き倒す。

 

「アーホ。好きな女がトラブってんのに、指咥えてられる男がいるかってんだ」

 

 

 

 目を開け、独り言ちる。

 

「愛されてるねぇ」

 

 心配してくれる奴がいるというだけで、腹も据わってきた。

 

「待っていてくれ、凛。もっと強くなって、お前の前に立って見せるからよ」

 

 愁慈郎は、インロウガジェットを天高く掲げてから、ドライバーにセットした。

 

「――オラ・オガレ!」

 

《リンゴ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、アイゼン! 一切合切ギッタンバッタン!》

 

 米沢市章がドライバーから迸り、光芒をくぐった愁慈郎の体は、神の鎧に包まれていく。

 

 素体は米沢牛のように鮮やかな純黒。牛頭となっている頭部の雄々しい角は、愛染明王の逆立てた怒発にも似ていた。

 その内なる炎を現界させたような紅蓮の鎧は威風堂々。

 マフラーを風に靡かせ、米沢の戦士が、今、降臨した。

 

 戦士は、ドライバーのサイドボタンを叩き、武器を召喚する。

 表面に『愛』と刻まれた、米沢が誇る館山リンゴを模した籠手。ニシキのサクランボンボンに性質は近いが、バランスのいい球形のあちらと比べ、こちらはリンゴ特有の凹凸によって、より前面への拳打に特化している。

 

「我が聖拳に刻むは愛一文字(いちもんじ)! 右手(めて)の恵愛空より広く、左手(ゆんて)の情愛海より深しッ!

 三面六臂の明王より賜りし、『愛羅武勇(あいらぶゆう)』を携えて、咲かせてみしょう愛の華ッ!

 四苦八苦。足して百八の煩悩、この義愛王アイゼンが――ぶん殴らせてもらうぜ!」

 

 しゃぁっ! と気合一閃、アイゼンはコマチ闇邪鎧に躍りかかった。

 

『暴力とは、なんと無粋なものでしょう。――「みるめなき我が身をうらと知らねばや」』

 

 ニシキさえも絡めとった短歌の妙技が展開された。

 これで其方の動きを、と言いかけて、闇邪鎧の動きが止まる。

 

 意識しても視認の難しい蜘蛛の巣のような防御結界を、アイゼンが正面からぶち破ったからだ。

 

「っしゃオラァ!」

『な……っ!?』

「洒落臭えっつってんだよ。テメェも知ってるはずだぜ、深草少将(ふかくさのしょうしょう)とのことを忘れたか!」

『くっ……』

 

 素早く間合いを切って後退るコマチ闇邪鎧を、アイゼンは闘牛の如き猛進で追い縋る。

 

「テメェが九十九度下がろうとも、オレは百度手を伸ばす!」

『おのれ、おのれおのれぇ……っ! 私の諱のみならず、忌み名さえっ、その汚らわしい嘴で囀りおるか!』

 

 コマチ闇邪鎧は単衣の裾を払った。

 

『林檎など、風雨に煽られれば墜つるもの。――「今はとてわが身時雨にふりぬれば」!』

 

 にわかに頭上を群雲で包まれたアイゼンは、局所的な強風と冷たい雨に襲われた。

 

「時雨、時雨ねえ……確かに、林檎にとっちゃ時期的にやっべえわな」

 

 だが、とほくそ笑む。

 

「生憎と、傘は持ち歩かない主義でね。雨も滴る良い漢は、この程度じゃ怯まねぇんだよ!」

『そんな、粗野な(ことわり)が通用するはず……』

「テメェらこそごちゃごちゃ回りくどいんだよ! 芸術的だとか、文学的だとか、そういう意味では凄ぇんだろうけど。好きだという想いは、そんな風に歯に衣を何枚も着せて贈るもんじゃねえはずだ!」

『雅も解せぬ分際で、粋がるでない。侘にも至れぬ麁相な凡夫が! 灰と滅せよ、「胸はしり火に心やけをり」!』

 

 闇邪鎧の袂から走った火花が、烈火となってアイゼンに飛来する。

 しかし、それでも彼は脚を止めなかった。

 

「オレの心は、そんな生温いとろ火なんぞより、熱く燃えているんだよ!」

《リンゴ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

 アイゼンは、最後の一足を踏み込んだ。

 ぐん、と詰められた間合いにコマチは仰け反るが、アイゼンの纏う破邪顕正の闘気に当てられてしまった足はもつれ、逃げることさえままならない。

 

「歯ァ、食いしばれよ? ――『壱ノ型・(ぶっ)()()()()()()()』!!」

 

 繰り出した絶拳で、コマチ闇邪鎧の核を貫く。

 

 断末魔の後、息も絶え絶えに呻きよろめく細い躰を、アイゼンはそっと受け止めた。

 

『嗚呼……我が生、夢と、知りせば……』

「夢だからこそ、覚めなきゃらねえ。愛する者は、現実にしかいねえんだからな」

『……いとせめて、恋しき時はむばたまの』

「それでもオレは、この手を伸ばそう」

 

 囁くと、コマチがふっと微笑んだ気がした。

 

『あなめ、あなめ。涙で前が見えませぬ』

()ぇ閉じてみろ。そこに答えがあるだろうさ」

 

 風に溶けていく義骸を、アイゼンはただじっと看取っていた。

 

 

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 

 

 コマチ闇邪鎧の依り代となっていたのは、メンバーもよく知る熱烈なファンの一人だった。

 目を覚ました彼女が、まさか愁慈郎に抱かれているとは夢とも思わず半狂乱になった挙句に卒倒してしまうというハプニングに見舞われながらも、どうにか闇邪鎧騒動には一段落付けることができた。

 

 真人たちは月布たちからもらったチケットが最前列の席だったことに驚きながらも、スタッフ総出で整えたライブ会場の中、他のファンたちとともに開演の時を待っていた。

 

 オープニングのイントロが流れ、愁慈郎たちがステージに飛び出せば、たちまち黄色い歓声の嵐が巻き起こる。

 

「待たせたな、皆! ちょっとトラブルがあって、開演が遅れちまったけど。その分、がっちり密度のある時間で詫び入れすっから、よろしく頼むぜ!」

 

 またも噴火のようにどっかんと沸き起こったファンたちの絶叫に、真人は完全に圧倒されていた。

 振り返れば、観客のほぼすべてが女性。一応は奥の方にカップルらしき客の男性も見えるが、一対九十九のレベルでアウェイである。

 

「すげえ熱気だな」

 

 すぐ背後の若い女性ファンのエネルギッシュな熱気に震えながら、糺に救いを求めた。

 

「そ? ライブなんてこんなものよ」

「まあすぐ慣れるっしょ。ファイトだし、白水センパイ☆」

 

 にやにやとからかうような流香の視線に不穏なものを感じながらも、

 

「大丈夫。ライブには魔法がかかっているから」

 

 などと糺から励まされては、腹を括らなければならなかった。

 

 ステージ上の愁慈郎が、歓声が静まるのを待ってから口を開く。

 

「まずは、お礼を言いたい。今日のライブがトラブルを乗り越えられたのは、仲間たちのおかげなんだ。それは、大切な『雪若丸』のメンバーやスタッフであり、そして――真人、糺、流香という仲間たちだ!」

 

 一瞬、彼がなんと言ったのか理解できなかった。

 

「はっ?」

「ウップス?」

「あっちゃー」

 

「拍手で迎えてくれ!」

 

 そんな風に愁慈郎が指をさして煽るものだから、糺と流香はともかく、真人までもがステージに引っ立てられてしまう。

 

「おう、マブダチ。一緒に歌ってくれねえか」

「いや俺、まだ歌詞とか覚えてねえし――」

 

 真人の弱音ははじめから聞くつもりがなかったのだろう、無慈悲にもバックバンドの演奏が始まってしまい、声はあえなく掻き消えてしまった。

 

「どだなだず!」

 

 まずい、逃げるしかないのか。逃げられるのか?

 おそるおそる顔を上げた真人は、眼前に広がる景色の美しさに打ちのめされた。

 

 会場を埋め尽くすファンが手に手に振りかざす団扇やら横断幕やらペンライトやら、各々の『雪若丸』へのファンの気持ちが極彩色に踊っている。

 米沢城址という史跡に現代の華が咲き、遠くに透ける山の稜線さえも燃やしているように見えた。

 

――大丈夫。ライブには魔法がかかっているから。

 

 息を呑んだ。

 

「ははっ……どだなだず」

 

 糺たちはこんなにも見惚れるような景色を知っていたのか。

 どうりで、何かを守ろうとする意志も強いわけである。

 『つや姫』として、あるいは『雪若丸』として、この光景を守り抜かなければならない戦いの日々を送って来たのだから。

 

「真人、真人」

 

 不意に、糺から肩をつつかれた。

 その指先がふいと逸れ、前方の足下を指し示す。

 

 そこには、歌詞の表示されるモニターがあった。

 

「私がサポートしたげる。この際よ、一緒に楽しみましょう?」

「ああ。そうだな!」

 

 頷いて、真人はマイクを受け取った。

 

 

 

 この数分間のことを、とびっきりの羞恥心とともに思い返しては、熱に浮かされて仕方のない頬を二時間かけてアイスコーヒーで冷ますことになるのは、また後の話である。

 

 

 

――第9話『PATH OF LOVES』(了)――

 

 






どーもっし! 柊一二三です。
例年通りだと再来週にも雪が降り始めるなどと聞き、「あれっ、そんなに早かったっけ!?」と戦々恐々としております。
そういえば別小説でも『山形は初雪が早いくせにホワイトクリスマスを焦らす』と書いていたような気がします。一年経つの早いなー……。


さて、作中時間はまだ五月!なニシキ9話後編でございますが、
小野小町関連スポット、はてさてどこをご紹介いたしましょうか。

作中では小野小町の産湯を捨てた場所として、庄内地方の三川町を話題にしていましたが、米沢からはかなり距離もあるので、今回は割愛します。
小町ちゃんガチ勢の方はぜひどうぞ(笑)


と、いうわけで。
今回ご紹介するのは小野川温泉!
米沢八湯の一つに数えられているのですが、他の温泉が米沢南方に集中している中、やや西側に離れたところにあるのが小野川の温泉です。

米沢の温泉地といえば山の中の秘境・秘湯としても有名ですので、気後れしてしまうかもしれませんが、大丈夫です、ご安心を。
姥湯などのえっぐい山奥でもなければ(一応ここも駐車場はあるそうですが、行ったことがないのですスミマセヌ)、米沢駅から車で3、40分で着いたりします。
米沢中央インターで降りて、国道十三号線またげば駅は目と鼻の先ですので、スムーズに乗り付けることができるのではないかなあと思います。とはいえ米沢市街がちょっと迷うので、ナビ必須ですが。

閑話休題。
小野川温泉は、毎年6月下旬から7月上旬の間に『ほたる祭り』が行われるだけあって、八湯の中でも珍しい、『温泉街』となっている場所でもあります。
7月頭の週末には歩行者天国にした上でイベントも催されるようですので、そこに合わせていくのもいいですね!
私が利用したことのある旅館様は、露天風呂から見える庭園でホタルを楽しむことができる素敵な場所でしたが、他にも魅力的な旅館様がたくさんありましたので、小野川温泉ご利用の際は、ぜひ下調べをしてみてください。目移りしますよー。

ちなみに。
米沢の温泉ということでどこも米沢牛のお食事を味わうことができるのですが、温泉を楽しみつつ、食事が付きつつ、ということでの宿泊料を考えると、米沢牛のお値段はかなりお得になっていると思います。
お肉が苦手な方も、海鮮や米沢鯉などがございますのでご安心を!
お時間があるならば、一泊するつもりでご予定を立ててみるのも一興ですね。


小野小町が病を治し、美を取り戻したとされる小野川温泉。
その美が降り注いだかのようなホタルの光に、心癒される空間。

いかがでしょ?

ではではーノシ



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第10話『永遠の天鏡閣』 前編/天空の丘にそびえるもの


※ 注意 ※
漆山紲の設定の都合上、本エピソード以降、紲が登場する回では『LINEノベル』様に掲載している『死告ノ糸~オナカマ探偵漆山紲の事件簿~』のネタバレを含むことがあります。
あちらの内容を知らなくても本作を楽しめるようにはなっておりますが、こちらからあちらへ移る際はご了承ください。




 

――山形県戸沢村・某所

 

 

 日が顔を覗かせたばかりの早朝。

 最上川に沿って走る国道47号線の縁に立っていた紲は、受け入れ難い現実から目を逸らすように眉を顰めた。

 

「マジでいたんだな……クジラ」

 

 眼下には、水に濡れてぬらぬらと黒光り巨体がのたうっている。

 クジラである。ただし普通と違うのは、その皮膚が禍々しい鎧のような鱗で覆われていることと、背中に描かれた血文字めいた『安隆寺』の三文字。

 

「こいつは妖怪なのか? いや、どっからどう見ても闇邪鎧だよなぁ……。つうか、いくら最上川のスケールがでかいっつったって、流石にクジラは無理だろ」

 

 頭を掻きながら、巨体が弾むたびに立ち昇る朝靄に嘆息する。吐息程度では払うこともできないかと、判り切った現実を改めて認識し、おかしくなった。

 

 最上川は山形県を南東の米沢から北西の酒田までを通り抜ける一級河川。山形を流れる川の流域面積を75%も占め、一つの都府県のみを流れる河川としては国内最長とされている。

 日本三大急流に数えられながら、古来より山形の発展を支えて来た川である。その名残として、村山市の三難所(碁点、三ヶ瀬、隼)をはじめとした船下り由来の観光地が残っている。

 

 かの最上川でさえ『所詮』と言わしめてしまうような巨体が浅瀬を弾みながら下流へ向かっていく中、ふと、その瞳がこちらを捉えた。

 

「やべ、ついにバレたか。しゃあねえ」

 

 ため息をついて、紲は懐からインロウガジェットを取り出す。

 

「クジラ相手に霞は分が悪いな。それなら――」

《ジュヒョウ!》

 

 以前真人たちの前で披露した霞城とは別の、煌めく樹木の描かれたモンショウメダルをセットした。

 

「オラ・オガレ」

《ジュヒョウ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ブンショウ! ジュヒョウ! ハッピョウ! ゲバヒョウ! コウヒョウ!》

 

 大気中の水分が聖なる紋章の光に導かれて紲へと吸着し、彼を樹木とした樹氷を構築していく。

 ふっ、と丹田から呼気を発すれば、無数に散った氷の欠片がひらひらと朝の日差しを乱反射させた。

 

 紡史王ブンショウ・ジュヒョウメイル。

 蔵王の樹氷を起源に持つ、ブンショウの氷の力である。

 

「闇邪鎧、にしちゃあ不可解だ。テメエ、何者だ?」

『グモォォォアアアアアアアアッッッ!!!』

「あー……、聞いちゃいねえなこりゃ」

 

 びたんびたんと身を捩らせたクジラの、こちらへ向けて大きく開かれた顎の奥底――体内へと続く深淵を除きながら、ブンショウは肩を竦める。

 まあ、サクっと終わらせるか。

 

《ジュヒョウ! 八楯奥義‐Ultimate-strike‐(ヤツダテ・アルティメットストライク)!!》

 

 ドライバーのスイッチを叩くと、周囲の空気に極寒の冬が訪れた。

 空気中の水分は勿論、地中から、草木から、対岸の山から――そして、クジラ型闇邪鎧ののたうつ最上川という山形の守護者から。

 

「いいね、いい力だ。そういや、この辺りにある社の御祭神はヤマトタケルだったか? おあつらえ向きじゃねえか。この氷たちで草薙剣でも創ってみるか!」

 

 エネルギーが凝縮された氷柱を削り出し、神話に聞く守護の剣を掘り起こす。

 

「悪い僧には呪いあれ、ってな。――『ピュリティ・ダイヤモンド』」

 

 ブンショウは、こちらの立つ道路の崖ごと削るかのように迫るクジラの大顎へと、氷の剣を突き入れた。

 喉奥まで異物を突き入れられたクジラは、そこで一度飛び跳ねた。直後、体内を一瞬にして凍結させられたことで全身が引き攣れ、空中で二、三度痙攣してから、粉々に散っていく。

 

 闇に呑まれ邪気に染まった鎧が風に溶けていくのを見届けてから、ブンショウは変身を解除する。

 そうして暫く川面を睨みつけていたが、舌打ちをすると、紲は来た道を戻った。

 

 鶴岡方面へと向かう道を、一台の軽トラックとすれ違いながら、白糸の滝ドライブイン目指して歩く。

 平日の超早朝ともなると、中々に人は少ない。内陸と庄内を移動する運送トラックの殆どは深夜のうちに動くし、出勤のために通る車が増えるのはもう少し後になるだろう。

 

 そんな中、白糸の滝ドライブインの駐車場には、紲の愛車である青いバイクと、もう一台、赤のスポーツカーがぽつんと佇んでいた。

 

 紲は大きくため息を吐き、まだ閉まっている売店の軒先でベンチにたむろしている女性二人の下へと向かった。

 

「何でお前までいるんだ、ハナ」

 

 スポーツカーの所有者である童顔――最近は三十路間近になって威厳が出て来たと話題ではある――の女性に声をかけると、彼女はもくもくと頬を動かしながら手を上げて挨拶をした。

 その隣にいた妻・楪もこちらに気付き、「お帰りなさい、紲さん」と微笑む。

 

「様子を見に来たついでに楪ちゃんとおしゃべりをしてたの。っていうか、駄目じゃない、こんなところに女の子一人置いていくなんて。悪い男でも寄ってきたらどうするの」

「そもそもこいつが付いて来ようとしなければいい話なんだがな。それに、ンなバカヤロウがいたとすれば、触れようとした指先か、言い寄ろうとした舌先か。そっから薄ーく削ぎ切っていって、生まれてきたことを後悔するくらいに嬲り殺してやるから問題ねえよ」

「あら物騒。警察の前で言うセリフじゃないわね」

「ヤクザをバックに付けている場合にはその限りじゃねえだろ」

 

 鼻で笑うと、ハナ――長南英という女性刑事は肩を竦めた。

 

「それで? 通報があった件はどうだったの?」

「ブッソウだった」

「……は? いや、そりゃあ物騒だっただろうけど」

「だーかーらー、仏僧なんだよ。僧侶、坊主、ハゲ、の仏僧」

 

 意趣返しをしてみたものの、英は気にも留めてないようで「紛らわしい言い方よねぇ?」などと楪に同意を求めていた。ここだけ切り取ると、井戸端会議のババアそのものである。

 

「けれど、英さんから依頼があったのは、深夜から早朝にかけて出没するクジラのお化けなんですよね? どうして僧侶に繋がるんですか?」

「『安隆寺坊主』っつってな。安隆寺にいた破戒僧(クソ坊主)が、船の難破事故に遭って異形化したとされているものだ。あの闇邪鎧もどきクジラも、背中に『安隆寺』と刻まれてたからな」

「闇邪鎧って、今、紲くんたちが戦ってる異形よね。ってことは、その『安隆寺坊主』さんは結構な偉人なのかしら」

「んな訳ねえだろ、妖怪だぞ、妖怪。偉人としてなんざ伝わっちゃいねえし、闇邪鎧にしては依り代も見当たらねえしで、ちっと引っかかっているんだが……つかお前ら、さっきから何食ってんだ」

 

 二人の手に持つ、艶のいい焼き色のパンを指さす。

 

「ここの売店に卸しているパン屋さんのあんぱんです! 美味しいですよ?」

 

 どうぞどうぞと差し出してくる齧りかけのパンを一口いただき、程よい餡の甘さで、八楯の奥義で疲弊した心身を癒す。

 

「まだ売店は開いないはずだが、どうやって手に入れた」

「さっきパンを卸しにいらしてね。直に買わせていただいたというわけです」

「わけです! ヨジロウさんたちへのお土産も買っちゃいました!」

 

 そう言って楪が掲げたビニール袋には、けっこうな数のあんぱんが入っている。

 

「緊張感ねえなあ……」

 

 旦那、あるいは旧知の仲である人間が(タマ)張っているというのに、この太々しさはさすがというべきか。

 

「はあ……行くぞ、楪」

 

 気の抜けた足でバイクに跨ると、立ち上がってお尻のゴミをはたいた楪は「ウカノメさんのところですか?」と言った。

 

「あら、そんなことまで判るのね」

「だって紲さん、家に帰るときは『帰るぞ』って言いますから」

「はーん、ほーん、へーえ? 世間では三年目の浮気がどうとか言いますが、漆山さんちは夫婦仲がよろしいことでー」

 

「その顔やめろ、クソアマ。報酬倍額要求すっぞ」

「ごめんなさーい」

 

 舌を出して空とぼける英に苦笑して、紲はバイクにキーを挿した。

 

 

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 

 

――山形県某所・喫茶『ごっつぉ』

 

 

「それで、あんぱんねえ……」

 

 コーヒーのサービスとしてウカノメから出されたあんぱんを見つめながら、真人は目を瞬かせた。

 別に悪くはないのだろうが、コーヒーとあんぱんが並んでいる構図には違和感がある。

 

 一足先にパンを齧っていた糺が、「あ、おいし」と目を細くしていた。その隣では、流香がまだ雪弥が来ていないことにぶっすーと唇をすぼませている。

 

 一方、テーブル席では愁慈郎が俊丸を前に表情を綻ばせていた。

 

「おお、噂のセンセってのは、成生名人のことだったか!」

「俊丸で構いませんよ。何分、武人タイプではありませんので、足を引っ張ってしまうかもしれませんが……よろしくお願いします」

「そんなご謙遜を。岬愁慈郎っす。宜しく頼んます!」

 

「シュウちゃんって呼んだげてー!」

「シュウちゃんはやめろや、な?」

 

 流香の冷やかしに、愁慈郎が般若の如き形相で迫る。

 

 今日は愁慈郎の顔見せということで集まっていた。生憎と貴臣は都合が付かず、紲とはすれ違いとなってしまったが、しかし、頭数が増えていった店内を見ると、いよいよ本格的になってきたという実感があった。

 

 真人は、カウンターの向こうでコーヒーの抽出を見守っているウカノメへと声をかける。

 

「果樹八楯って、最初の鎧が八つだったからそう呼ばれてるんだったよな。それっていつなんだ?」

「んだなー。おらがまだ庄内さいだっけ頃だがら、千年くれえ前だべか」

「そ、そんなに前……」

 

 薄々予感はしていたが、実際に数字を出されると眩暈がしそうになる。

 

「八幡太郎のぼんずが、ムドサゲと組んで悪さばする者と戦うために、手ノ子さ社を建ててお祈りしたのよ。ほん時んなが最初だったんねがや」

 

 話もそぞろにしながら、ウカノメは頃合いを見てジャグを取り外す。

 糺がスマホを操作しながら、「八幡太郎……手ノ子……」と検索をしている。

 

「あ、出た。源義家こと八幡太郎が前九年で安倍貞任征伐の戦勝祈願をするために創立。戦い終わって大刀を奉納したと伝えられている、ですって」

「あー、んだな風になってたんだっけがねえ」

 

 ウカノメはそう言って、誤魔化すように笑った。

 史実の裏にある伝説。八幡太郎が闇邪鎧と戦うため神に祈願し、賜ったのが果樹八領の祖ということなのだろうか。そうして戦いを終え、手ノ子八幡に返奉したものが、今日の真人たちの手元へと至る。

 

 千年。それほどの長い時の中で続く戦いの系譜。

 それに対して父がどんな決意を胸に挑んだのか想像もつかない。

 

 ちりちりと背骨を這い上るような怖気が迫る。

 もしかすれば、自分はとんでもない領域に足を踏み入れてしまったのではないだろうか。

 

 

 ふと、スマホの着信音で我に返る。

 ディスプレイに表示されていたのは、今日は仕事で不在の人物の名前だった。

 

「もしもし?」

『俺だ。ちょいと小耳に挟んだ話があるんだが……今、他のみんなは近くにいるか?』

 

 逼迫した声で訊ねられ、真人は糺たちを呼び寄せ、通話をスピーカーホンに切り替えた。

 

「集まったぞ」

『助かる。うちに山形から通っている従業員がいるんだが、そいつが『あの時のバケモノ』――つまり、ミダグナスに似た存在を見たらしい』

「なんだって?」

 

 顔を見合わせる。

 頷いて、糺が口を開いた。

 

「場所は?」

『芸工大の方だ。奥の山……? 森……? あー、ゆうなんとかの丘、とか言ってたな』

「アイシー、悠創の丘ね。調べてみるわ」

『頼む』

 

 貴臣の安堵したような声で通話は終了した。

 芸工大とは、山形市内にある東北芸術工科大学で、設立から三十年弱でありながら文化面での活躍を見せる学び舎である。

 その敷地のすぐそばにあるのが、貴臣からもたらされた情報の『悠創の丘』だった。『自然と人が共感し、創造する丘』をコンセプトとする自然公園で、七つの丘や広場に分けられた空間と見渡す山形盆地の美景は、四季の移ろいによって穏やかに表情を変えることで親しまれている。

 

 真人はあんぱんを頬張り、不躾ながらコーヒーで流し込み、立ち上がった。

 ウカノメの「気を付けてな」という声に背中を押され、店を飛び出す。ちょうどやってきた雪弥は流香が腕にしがみついて連行し、一同は山形へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 真人たちは芸工大側にある駐車場に車を停め、悠創の丘へと足を踏み入れた。

 昼過ぎの暖かな日差しにうんと伸びをする。

 

「ここだけ見ると、ふつーに良い公園って感じだな」

「ですね。ミダグナスが出たということでしたが……」

 

 気配を探るように、雪弥が周囲を窺っている。

 そんな彼の真剣な横顔をうっとりと見つめている流香に苦笑しながら、真人は大きく深呼吸をした。

 

 普段の農作業で感じているものとは別種の、濃厚な自然の臭い。しばらく晴れの日が続いていたからだろう、草の萌えるからっとした温かみが鼻孔をくすぐる。

 駐車場からすぐのところが『天空の丘』とされているだけあって、夜には美しい星を望めそうな壮大な空が広がっている。振り返れば朝日連峰を一望できることも素晴らしい。

 

 再び悠創の丘内へと視線を戻せば、また優美な景観が待っていた。

 丘の一角にそびえる、白い建造物。大正浪漫の面影を感じる洋館は、四季のいずれにも似合いそうな品の良さがあった

 

「あの建物いいよな。一度でいいから、あんなところに住んでみたいぜ」

「……おかしい」

「うん?」

 

 唇に指を当てて唸る糺の声に、立ち止まる。

 

「確かにおかしいな」

「そうよね。あんなのあったかしら」

「何か知ってるのか?」

 

 訊ねると、二人は晴れない表情で頷いた。

 

「この先にイベント広場があるんだが、前にオレたち、そこでミニライブをしたこともあるんだよ」

「その時にこんな素敵な建物があったら、憶えてるはずだわ。少なくとも、あのバルコニーには出てみてるわね」

 

 謎の説得力を孕む言葉で言い切った彼女は「流香ー、あんたはどーう?」と呼びかけたが、返って来たのは「流香は憶えてなーい」というあっけらかんとしたものだった。

 

 とりあえず近くまで行ってみようと進んだところで、俊丸がはっと、何かに弾かれたように顔を上げた。

 

「皆さん警戒を。糺さんたちの仰ることは本当です。これは……」

 

 彼の喉が、生唾に上下する。

 

「これは、天鏡閣です!」

 

 その言葉を合図にしたかのように、周囲にミダグナスが湧いて出た。

 

「なっ――!?」

 

 真人たちは身構えたが、すぐに違和感を抱いた。

 

「何だ、こいつら……?」

「あのお面、きっも……」

 

 流香が苦虫を噛みつぶしたように顔を顰めた。

 

 ミダグナスであろうことは間違いないのだが、一様に、何者か人間の寝顔のような、目を閉じた固い表情の仮面を付けている。

 石膏で作られたのだろうか、温度のない明暗だけが、その気味の悪さを引き立てていた。

 

 また、奇怪なのは頭部だけではない。

 奴らは青銅色の騎馬に乗っていた。日差しを鈍く吸い込むような重々しい騎馬は、しかし不思議と生きているように身震いしている。

 

「とりあえず、こいつらを倒すぞ!」

「「「「おう!」」」」

《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

《バラ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ゴテン! (あく)(そく)(ざん)(とく)(すい)(さん)!!》

《ショウギ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ソウリュウ! Flipping-the-board!!》

《サクラ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ルカ! 届けSacred-Love(サクラ)、永久へ咲クLove!(サクラ)

《リンゴ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、アイゼン! 一切合切ギッタンバッタン!》

 

 

 鎧を纏ったニシキたちは、突進してくるミダグナス騎馬兵を迎え撃った。

 しかし高い機動力に翻弄される上、馬上からの長得物での攻撃に先手を取られてしまう。

 

「はあっ!」

 

 ゴテンが刀で、ソウリュウとルカが射撃で馬を狙うが、見た目通りに硬い肌に弾かれてしまった。

 

 ニシキは飛び上がり、なんとか一体目のミダグナスを吹き飛ばすことに成功したものの、ミダグナスほどの数でこの戦闘力ともなれば、ジリ貧になることは目に見えていた。

 

「ったく、ミダグナスの癖にちょこまかと! こいつら、いつものノロマはどこ行ったのよ!」

 

 レイが舌打ちをした。

 ニシキも後退り、彼女の下で態勢を整える。

 

「どうすりゃいい……? そうだ、俊丸さん! さっき言っていた『天鏡閣』ってのは?」

「あ、はい。天鏡閣とは、有栖川宮威仁親王によって福島県の猪苗代湖のほとりに建てられたもの。今でこそ、国指定重要文化財として一般公開されていますが、いわば皇族の別荘です!」

「ワッツザット? そんなものが、何故山形に関係あるのよ」

 

 レイはミダグナスに手を焼きながら、苛立たしげに訊ねた。

 県内には、かつて初代山形県令が明治天皇をお迎えした際、天皇陛下の一時的な滞在場所として使ったという『明治天皇行在所』が各地に存在する。

 だが、それらはあくまで逗留したものに過ぎず、皇族の所有物ではない。

 

「天鏡閣自体は関係ありません。しかし、そのその天鏡閣にある有栖川宮威仁親王の像。それを、新海竹太郎という山形出身の彫刻家が制作しているのです。

 それだけではありません、竹太郎氏は、北白川宮能久親王や大山巌元帥などの騎馬像も評価されています。おそらくミダグナスたちが乗っている馬は、新海氏の闇邪鎧によって生み出された『動く銅像』……っ」

 

 ソウリュウは悄然とした声で、まるで言葉を失ったようだった。

 

「やはり、見当が付いても対処できなければ……私は――」

「十分さ。『彼を知り己を知れば』。そんな知恵者の役割、お前以外にゃ出来ねえよ」

 

「誰だ!?」

「誰っ!?」

 

 どこからか聞こえた、茶化すような声色に、ニシキとレイは顔を上げた。

 その先にいたのは、黒いジャケットに身を包んだ不敵な笑み。

 

「だが、見当も惜しかったな、俊丸。八十点だ」

「……紲?」

 

 ソウリュウが唖然とした声で言うと、紲は「よっ」とだけの気安い返事で迎える。

 

「霞城の時には拝めなかったが、将棋の戦士か。似合ってるじゃねえか」

 

 そう言って歯を見せた紲は、ジャケットの懐からインロウガジェットを取り出した。

 

「新海竹太郎は夏目漱石や森鴎外らのデスマスクをとったことでも知られている。ミダグナス如きが、馬なんぞ乗り回して敵を追い回す知恵を持っているとは思えねえ。その辺りも、闇邪鎧の力だろうさ」

 

 面倒だねえ。と肩を竦め、紲は構えた。

 

「――オラ・オガレ」

《カジョウ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ブンショウ! カジョウ! シジョウ! ゴクジョウ! トウジョウ!》

 

 威風堂々たる城塞の白を、逸話の霞を模した白藍のヴェールで包んだブンショウは、即座にドライバーを叩いて奥義を繰り出し、周囲に霞を立ち込めさせた。

 しかし、得物である独鈷のエネルギーは放出せず、代わりにメダルを換装する。

 

「オラ・カワレ!」

《ジュヒョウ! 出陣‐Go-ahead‐(ゴー・アヘッド)、ブンショウ! ジュヒョウ! ハッピョウ! ゲバヒョウ! コウヒョウ!》

 

 透き通るような薄氷の青と、月白の雪結晶に彩られたブンショウが現れると、たちまち周囲の空気が張り詰めた。

 

「喰らいな雑兵ども!」

 

 再び奥義を発動すると、ミダグナスたちを包んでいた霞が瞬時に凝結し、騎馬兵たちの動きを止めた。

 

「おい、白水の!」

「あっ、俺?」

「そうだ、何ぼさーっとしてやがんだ、やれ」

 

 ほれほれと煽る掌に促され、ニシキたちは各々が奥義を繰り出してミダグナスを粉砕していく。

 

 闇邪鎧の姿は現れないまま、いつの間に、天鏡閣の幻影も消えていた。

 

 

 

――中編へ続く――

 

 

 





どーもっし! 柊一二三です。
初雪の予報やらインフルエンザの噂やら、師走に向けて色々と山形も浮足立っているような気がします。
私の方も今年は雪が降る前にタイヤ交換ができて、一先ず安心、といったところです。
皆さまのお車はいかがでしょうか?
毎年ニュースを見て驚くのですが、雪道凍り道で冬タイヤないしはチェーン、付けないで走行することは自殺行為ですので、十分気を付けてくださいね。


さてさて、10話にしてようやく、県庁所在地である『山形市』が舞台になりました。
登場した『悠創の丘』は山形市の東部にあり、蔵王山の麓に沿うように道路が伸びています。悠創の丘から上っていくと西蔵王公園、さらに奥に市の野草園と続き、そのまま蔵王のスキー場へと繋がる道に出るという、散歩からキャンプから目的別に選べる、素敵な自然満喫ルートですね。
今年は紅葉がちゃんと色づくか不安なところですが、ギリギリのタイミングで滑り込めるならば、また行ってみようかなと思っております。
特に野草園。大平沼の湖面に映る紅葉が、すっごい時があるんですよ。ほんとに。
帰り際には千歳山の玉こんにゃくを食べれば、お腹も満たされて幸せですよ。
玉こんにゃくほんと美味しいんですよ。さすがは山形のタピオカ!(白目)


また、その他にも山形は東西南北様々な自然や歴史に囲まれておりまして。
まずは悠創の丘の自然から引き続いての南部。ここには上山との境に、そのまま『蔵王』という地名があるのですが、ここにある蔵王見晴らしの丘はちょっとしたデートスポットにもなっております。
公園のようになっていまして、キャンプ場区画側のとある場所からはリナワールド(遊園地)の観覧車も見えたり、また別のとある場所からは蔵王の街並みの夜景がいい感じだったりと、散歩がてらちょっとずつ場所を変えることで話の種にもなる、夜景観賞にぴったりなところです。(尤も、ベンチの数も限られていますので、時期によっては他の人が煩わしく感じるかもしれませんからご注意。特に冬場の閉鎖直前)


そして山形西部。
ここは歴史好きの方ならご存知でしょう。最上・伊達と上杉(直江)が戦ったという、あの長谷堂城跡があります。
現在は古戦場として残っているんだったか