転輪の夢想 (ドライグ)
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序章
プロローグ



2022年 11月6日 16:30

デスゲームの開始が宣告された

これにより約2年間、とあるプレイヤーによってこのゲームがクリアされるまで多くのプレイヤーがこの世界の中に閉じ込められ、そして消えていった

この事件は世界に震撼を与え、やがて遺恨として人々の記憶に刻まれることとなる










これはその世界の一人の剣士が歩んだ軌跡の史伝(クロニクル)

光と影が生まれ、交差し、そして螺旋する





さあ、歓喜せよ! 謳歌せよ! 括目せよ!

汝の往く先は、■■だ!







 

 

 

 

 

いつからだっただろう

誰かを手助けすることに意義を見出したのは

 

物心ついたとき、いや、それよりもっと前から、ふとした時になぜだか心苦しくなった

だからだろうか、”一日一善”なんてキレイごとを心掛けるようになっていた

 

でも、目立つのが得意ではなかったから小さな行動しかとれなかった

それでもそんな些細なことをすると、なんだか心が軽くなったように思えた

 

時には一部の人にその行動のことで敬遠されたこともあったが、反対にこの行動によって地域や学校でも十分に交友関係を築け、あまり孤立することなく生活を送れた

そして自然と生まれつきの内気な性格も和らいでいった

 

だが、今日形だけでま平和なこの世界では、そんな善行の真似事ができる機会は日に日に少なくなっていった

そんなこともあって自分に使える時間は歳を重ねるごとに増えていった

 

だからこそ、その出会いは必然だったのだろう

とある”本”と出遭うのは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「..ー....ん........に......ん..........ちゃん..........にーちゃん!」

 

暗がりの部屋に元気な声が響く。

シャッ、という音と共に部屋全体に光が満たされる。

薄く目を開けると視界全体に女の子の顔が広がる。

 

「おっはよー!朝だよー!早く起きないと朝のたんれん?に遅れるよー」

 

普通寝起きに女の子の顔が広がっていれば飛び上がって驚くかもしれないが、もう何回も経験したからか今ではもうこの対応にも慣れ普通に対応できるようになった。

......まあ、起こされることに慣れすぎて、たまに一人で起きられない時があるのが少し問題ではあるが

 

「分かった、今行くよ」

 

その返事に満足したようで、そのまま部屋を出て階段を下りていく音が聞こえた。

窓から入る光に当たりながら体を起こし、ぐっとひとつ伸びをする。

 

まだ少しだけ微睡みつつ自室から一階へと降りる。すでにテーブルには最近では珍しい紙媒体の新聞を開いて読んでいる父、そしてさっき起こしに来てくれた少女がこちらを見つめてにこにこしながら椅子に座って足をばたつかせている。キッチンからは何かを焼いている匂いが漂っている。

おはよう、と台所にいる母にも聞こえるよう声をかけると三者三様の返事が返ってくる。それを聞きつつ、そのままリビングを抜け、目を覚ますために洗面所で顔を洗いに行く。水を掬って顔に掛けると、冷たさと共に意識がクリアになり、今日もここで生きているのだ(・・・・・・・)ともう何度目か分からない認識をする。

 

再びリビングに戻り席に着くと、ちょうど朝ご飯が運ばれてきた。すべて配膳され母が席に着くと、父は新聞を閉じ、隣に座る少女もまた足を動かすのを止める。

そして皆一様にいただきます、と口にし、食べ始める。

これが俺の家――――鳴坂家のごく普通の朝食風景だ。

 

 

 

 

 

俺自身、つまり自我ともいえるものが目覚めたのは今より少し前、ある姉妹に出会った時だった。いや、目覚めたというより思い出したといった方が正しいのかもしれない。

 

 

ある日両親と共に住宅街を歩いていると、とある家族が目に入った。その家族のうちの姉妹を見た瞬間、強い既視感を覚えると同時に激しい痛みが頭に押し寄せ、そしてプツリと意識が途切れた。

 

次に目が覚めた時、鼻を衝くにおいとともに見慣れない天井が視界に映った。寝起きで少し頭がぼやけていてここが何処なのかも分からなかったが、自分が何を思い出したのかだけははっきりと理解していた。

 

目覚めてから少し経つと両親が病室に入ってきた。暗い表情を浮かべながら病室に入ってきた母は、目が覚めた俺を見るやいなや破顔し、そして涙を浮かべながら抱きしめてきた。母の後に続いて入ってきた父も、母のように抱きしめてくることはなかったが、後ろでほっと息をついていた。

 

母が落ち着いた後話を聞くと、自分はあの時突然頭を抱えて地面に倒れたらしく、すぐに救急車で運ばれたらしい。かなり高い熱も出ていたようで、命にかかわることではなかったらしいが一日中目を覚まさず、不安だったようだ。

今思えば気絶したのはおそらく、その一日の間に脳が記憶を整理してたのだと思う。

何せ人間1人分の記憶約三十年分(・・・・・・・・・・・・・)が頭の中に入り込んできたのだから。

 

だが、その日起こった転換点と言うべき出来事はこれだけでは終わらなかった。

再び扉が開く音がすると親と子どもと思われる四人組が入ってきた。そのうちの二人は意識を失う時に見かけた姉妹だった。改めて見ると姉妹のうち妹に対し、やはりどこか引っ掛かるものがあった。そんなことを考えているうちにどうやら親同士の挨拶が終わったらしく、相手さんの親から娘たちの紹介をされた。

 

 

その時聞いた名前への衝撃を、多分俺は一生忘れることはないだろう。

紺野(こんの)木綿季(ゆうき)と紺野藍子(らんこ)という名前を。

 

 

そして、母に自分のことを和人と紹介された時、自分がただ昔のこと(・・・・)を思い出したわけではないのだと、欠けていたパーツが合わさりすべてが確信へと変わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界はライトノベル『ソードアート・オンライン』の物語の中

 

原作で深く語られることのなかった主人公(・・・)の過去において、既に乖離したこの出会いが何をもたらすのか

 

この時の俺には全く想像などついてはいなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――《■■》の発現、および発動を確認

――――同時に保護プログラムを解除

――――これをもって未来は不確定となりました

――――これより■■■■の観測を開始します

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まず閲覧に感謝を。

序章が終わるまで今日を合わせ4日間、夜9時半に投稿します。
できればプロローグから三話まで読んでもらってから、この作品が自分に合うか合わないかを判断してもらえればなと思います。
もうこの段階で話してしまいますが本編、つまり原作一巻からの話はリアルでいろんなことが重なることもあって、早くても3月末から投稿となります。
この作品が少しでも面白いな、と感じていただけたら誠に勝手ですが待っていただけると幸いです。


......アニメ3期4クールの熱に耐えられなかったんや


※1 構成を一部変更しました。内容に変化はありません。(10/10)
※2 一部表記を変更しました。内容に大きな変化はありません。(11/4)
※3 再推敲し、脱字を消すなどしてより読みやすくなるよう編集しました。(1/21)


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日常

 

家族(ともう1人)との食事を済ませ木綿季と共に家を出る。

 

ドアを開けると家の前には少し大人びた少女が立っていた。

木綿季の双子の姉、藍子だ。彼女は俺と木綿季が出てくるとおはようございます、と挨拶してきた。隣にいる木綿季と同年代には見えないほど丁寧で大人びている。本当に同じ時に同じお腹から出てきたのかと思うほど、彼女たちの性格は真逆だ。同い年でも姉妹という関係になるとそうやって性格に表れるのかもしれない。

だからといってどちらが悪いというわけでなく、どちらも魅力的な女の子だ。

 

そんな二人と朝早い住宅街を歩く。今はちょうど学校に行く1時間前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界を理解したあの日の夜、すぐに今自分が覚えているすべての出来事を書き出した。だが、読んだ時から時間が経っているのもあるのか断片ずつしか思い出せなかった。思い出そうとするとこう、靄がかかったようにぼやけてはっきりしないのだ。

そんな感覚に襲われながらも書き出したものから、今後必要なことをさらに書き出した。その中で特に重要になってくるモノはゲームセンス、そして何よりも純粋な戦闘能力。これからこの物語に関わっていく上でこの2つは必要不可欠だ。

なにせ例え現実の世界が平和だとしても物語の舞台の主な場所は仮想世界であり、そして関わったすべてが戦闘技能を必要とするのだから。

 

第二の人生だとか、自分が死んだあと周りはどうなったか、なんてどうだっていい(・・・・・・・)。物語はすでに始まっているのだ。彼を中心に歯車は回り始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ

俺は”キリト”なんだ

 

彼の苦悩を知っている

俺の在り方を知っている

 

戦わなければならない責務がある

救わねばならない生命がある

変えなければならない世界がある

 

たとえこの身が朽ち果てようとも、成し遂げなければならない

それが彼の理想なのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩きながら自分のやるべきことを再確認した所で、ちょうど目的地に着く。そこには今となっては見慣れた道場がある。

ここを初めて見つけたあの日のことは、まだはっきりと昨日のことのように思い出せる。

 

 

あの日、何をすべきか漠然と考えながら、とりあえずできることからしようとランニングをしていた時ふと、風を、空を切る音が聞こえた。

立ち止まり、音の聞こえた方向を向くとそこには小さいながらも立派な道場があった。そこから一定の間隔で音が響いてくる。

その音につられるように気づけば自然と足が向いた。この音だけが響く空間で声をかけるのは少しはばかられたのか、無意識に足音も立てないよう静かに音の方へと進んだ。

 

その先にはその音の主であった一人の男性が木刀を振っていた。その時、男性がこちらに振り向いた。中々の勢いだったので向かれた自分は少しびくりと体が反射的に揺れ、またその人も驚いた顔をこちらに向けてきた。

が、その後すぐその驚いた顔から目尻の下がった柔和な顔に変わり、「入門希望者かな?」と話しかけてきた。これがのちに先生となる彼との出会いだった。この出会いがなければ、俺はいつまでも暗い中を1人でもがいていたと思う。

 

 

そんなこんなでその時から約三年間この道場に通っている。

平日は毎朝登校する前と放課後に鍛錬している。登校前となると中々に早い時間になってしまうが、できる限り鍛錬に時間を取りたいと頼み込んで開けてもらっている。

「真面目な初弟子の頼みだからね、それくらいお安い御用だよ」と笑って了承してくれたことには今もとても感謝している。

と、こんな形で学校以外は鍛錬漬けなことからおかげさまで学校では親しい友達はいない。そもそも精神的な年齢が離れすぎて、小学生のノリにあまりついていけないのもある。

 

さて、何故彼女たち紺野姉妹も一緒なのかといえば、彼女たちもこの道場に通っているからだ。自分が通い始めてから一年ぐらいした頃に二人そろって入門してきた。剣の腕が後に仮想世界の中で最高峰になることはすでに知ってはいたが、まさかリアルでやり始めるとは思ってもいなかった。

二人が始めた理由は単純に興味があっただけじゃなく、多分出会ってからずっと俺が2人と仲良くしていたのも要因の1つだろうとは思う。自分が高熱で倒れた後ずっと紺野家と酒井家は家族ぐるみで関係が続いていて、意図的なことがなかったわけではないがほとんど自然に仲は深まった。

 

入門する時の2人、特に藍子の表情は印象に残っている。普段おとなしい彼女の瞳が爛々と輝いていたのは本当に驚いた。どこが彼女の琴線に触れたのかは未だに分からないが、2人して楽しそうに剣を振っている姿を見ていると、現代社会には合わない光景ではあるものの結果的に2人が剣術に出会えたのはよかったと思えた。

 

ほんの数年前のことをぼんやりと思い返していると、どうしたのー?と木綿季が顔を覗き込んできた。なんでもないよ、と朝日に薄く照らされた道場へと3人で歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――削がれ、削がれ、また削がれ、変わりゆく。己が先に意を伝えんと技をなす。されど未だ他者である。

 

 

一通りの技を振るったところで剣を下げ、一息つく、と同時に時間が押し寄せる感覚に陥る。この不思議な感覚は昔からあるが、慣れているのもあって少し違和感を感じるだけだ。だが、この感覚は前世で中学の頃やっていた剣道を途中でやめた理由の1つであるという苦い思い出でもある。

普段とは異なる感覚になる原因を知りたい気持ちもあるが、今は別段困っているわけでもなく、むしろ集中できるので気にしてはいない。思考をいったん打ち切り、先生の方に向き直る。

 

「うん、教えた型は問題ないね。型と型を繋げるのも自然にこなせていて、ぎこちなさはもうないね。本当に和人は呑み込みが早くて、教えがいがあるようなないような」

 

と先生は苦笑いを浮かべた。

 

傍で座って見ていた姉妹のうち妹の木綿季はすごーい!、と言って手をたたき、姉の藍子は妹のように大きなリアクションをとってはいないもののじっとこちらを見ていた。最近よく見る三者三様の反応に自分も先生と同じように苦笑いを浮かべながら、彼女たちと入れ替わる。

 

最近から彼女たちも型の練習へ移行し始めている。とは言ったものの、まだ身体づくりのトレーニングがメインで、型はまだ触り程度だ。トレーニングも、女の子の成長を妨げないよう先生が上手く調整している。

女の子もある程度は身長必要だよね、とは先生の談。だが、2人して元気が有り余っているせいか、課せられたメニューでは満足できないようで始めは少々ぐずり、時間を掛けて先生と二人で何とか分かってもらえた(納得はしていないようだったが)。

そういうわけで、彼女たちと勿論俺も含め、ハードワークは禁止されながらもゆっくりと着実に剣術を学んでいくのだった。

 

一日中ずっと剣を振るいたいところではあるが、義務教育なので日中は学校に行かなくてはならない。藍子と木綿季とは同じ学校に通っており、ほぼ毎日一緒に登校している。二人ともそれぞれ学校生活は順調なようで、学年の中でも特に木綿季は人気者のようだ。あんなにエネルギッシュでいて可愛く、人懐っこければそれは人気が出るというもの。藍子は年齢にそぐわない落ち着いた性格と姉という立場で培われたのか頼り甲斐があり、それでいて気軽に話しかけやすいようでこちらも人気があるのはうなずける。

だが、前にも思ったことだが、俺は残念なことにもう既にボッチである。いじめられているとかそういうわけではないが、単に男子のノリについていけないのだ。それゆえ輪に入れず、また女子からは何をしたわけでもないのに若干距離がある。

仕方のないことだと割り切れたのと、すべきことに意識が向いていたこともあって、正直自分ではそこまで気にしてはいなかったが、同学年の友達がいないことに藍子と木綿季にだいぶ心配された。女子小学生に心配される中身三十歳って......と、このことの方が心に刺さった。

 

 

世間一般的ではないだろうが、これが今自分を取り巻く日常である。こんな日々が続けばいいのに、とは到底思うことができない。むしろこの先起こるであろうことを考えれば考えるほど、鉛のような重圧がのしかかる。

そうしてまた、剣を振るうのだった。

 




変わらない日常など、ありはしないのだから





※1 一部表現を変更し、より読みやすくなるよう編集しました(1/22)


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感取

 

いつものように学校を終え、そのまま道場に向かう。

それから2時間程稽古をつけてもらい、家に帰る。風呂で汗を流し、夕食の席に着いて週末をどう過ごそうか考えていると、両親から週末遠出することを告げられる。なんでもいとこの家に行くようで、予定をあけておいてくれとのこと。道場に行くかゲームをするかぐらいしか週末にやることはないので一つ返事で了承した後、ふと”いとこ”というワードに引っ掛かりを覚えた。

いとこ、つまり両親の兄弟姉妹の子どもで、たしか母の妹さんには娘がいたような、といってあっ、と思い出す。

 

「直葉か......」

 

そう口にしてすぐ、自分の失言に気づく。自分は今までに会ったこともなければ、名前すら知らない状態だ。そんな自分が原作で義理の妹である直葉の名前を言ってしまえばおかしいと思うに違いない。

案の定母はあら?と言って、「和人に直葉ちゃんのこと話していたかしら?」と聞いてきた。

 

「いや、その、前に母さんの家族のことについて聞いたときにいとこのことも話してくれたのを思い出して...」

 

と咄嗟に返答した。どうやら納得してくれたようで、「それなら話は早いわね。あなたの方が年上でお兄ちゃんなんだからリードしてあげてね」と話が続いた。自分の失言に反省すると同時に、明日のことを考えると少しばかり気分が高揚するのだった。

 

 

 

 

次の日を迎えた。朝食を済ませ父が運転する車でいとこのいる埼玉へ向かう。ちなみに藍子と木綿季には昨日のうちに連絡を済ませてある。いいなーボクも兄ちゃんのいとこに会いたーい、と木綿季は直葉に会いたいようで、また今度の機会に会わせる約束をした。

遠出、とはいっても埼玉は高速道路を使えば一時間半ほどで着くそうなので寝ることはせずに窓から流れる外の景色を眺める。しばらくすると高速に入り、景色は単調なものへと変わった。

もう見ていても仕方ない、と視線を窓から外した時、目の前が一瞬眩み、そして突如視界が切り替った。

 

 

 

今と変わらず車の後部座席に座っている。

 

車が緩やかなカーブを抜けようとしたとき、目の前から車が向かってくる。

 

そして車が目のまe

 

 

 

再び視界が切り替わる。

突然の出来事に理解が及ばず頭が混乱する。今のは夢か、幻か。だがそうではないと頭が、体が警鐘を鳴らす。

後部座席から車の前面のガラス越しに前を見ると、車が緩やかなカーブを曲がり始める。

 

思考するよりも先に体が動く。

口が動くよりも先に手が動く。

だがその間にも車はやけにゆっくりだがカーブを曲がり続ける。

 

早く、速く、迅く――――――

 

そう強く思った時、自分の体がまるで後ろから押された(・・・・・・・・)ように動く。手は運転席と助手席の間にあるサイドブレーキに届く。

瞬間、衝撃と共に意識は暗転した。

 

 

 

 

 

どこかでカチッと音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、数年前に自分は病床にいた。まだはっきりしない意識の中自分の体へ視線を向けると、白い物が巻かれていた。どうやら包帯で胴体をぐるぐる巻きにさせられているらしい。自分の状態を確認した時と同じくして、病室にいた看護師の人が目を覚ましたことに気が付き、病室を急ぎ足で出ていく。少しばかり後に看護師の人が2人の男性を伴って再び病室に戻ってきた。1人は白衣を着た人で、どうやら自分の担当の医者らしく一度意識がはっきりしていることを確認してから、けがの状態を説明し始めた。

 

状態としては背中への強打による打撲。今は包帯を体を巻いてはいるが、それは体をある程度固定するためのようで、見た目ほどけがの度合いは高くないらしい。だが背中を強打したことには変わりはないので数日は絶対安静とのことだ。

医師からの説明が終わると入れ替わるようにして、スーツを着た男性が近くに来た。こういう者です、と見せられた物を見るとその男性は警官だった。簡単に自己紹介を済ませると、事故の顛末を説明し始めた。

 

事故原因はぶつかって来た相手が高速道路を逆走したため。

その逆走していた車の運転手は高齢男性で、軽度の認知症を患っていた。

事故が起きたその道路は緩いカーブとはいえ前方は少し見づらくなっており、そのカーブを俺たち家族が乗っていた車がカーブを曲がり切ろうとした瞬間に正面衝突が起こった、とのことだ。

 

そんな事の顛末を意識はあるものの、ぼんやりとまるで他人事のように聞いていた。別段その運転手に怒りや憎しみを覚えることもなかった。でもそれはその運転手が認知症だったから覚えなかった、とかではない。自分でも何故そう思うのか説明はできない。そんな心境にあった俺をどう捉えたのか、再び医者が口を開いた。

 

「そして、あなたのご両親なのですが、ひとまず双方とも無事です。命の危険はありません。それはご安心ください。ですが、お二人とも前の座席に座っていたこともあって、和人君よりもけがの度合いがひどく、完治には時間がかかります」

 

と言った。

 

両親の無事が聞け、体の力が少し抜ける。どうやら思考とは別に体は強張っていたようだ。

「無事でよかった」と口にすると、警官も再び話し始めた。

 

「ええ、本当に全員無事で良かった。なんでも事故現場の道路の調査結果を見ると、和人君が乗っていた車のタイヤのブレーキ跡とその跡からハンドルを右に切っていたのが分かったんだ。これはあくまで予想だけど、おそらくその二つが無ければもっと大きな事故につながっていたと思うよ。あなたのお父さんの咄嗟の判断力のおかげだね」

 

父がハンドルを咄嗟にきった判断力に驚きつつ、自分がブレーキをしたということは口に出さなかった。特に話すことでも無く、言えばいろいろ聞かれそうだと思ったからだ。だがそれとは別に、あの時見たデジャヴュとも取れるあの出来事は一体なんだったのか、それが唯一心の中に残った。

 

 

 

 

 

数週間後、胴体に巻きついていた包帯は取れ、日常生活に復帰するためのリハビリが始まった。数日とはいえ、横になっていた分筋力が落ちたようでリハビリ初日の前半は体の動きが鈍かった。

両親2人は俺がリハビリに励んでいる間に目を覚まし、検査終わった後面会した。自分の時よりも多く包帯が何重にも巻かれており、その見た目にそぐわず大分けががひどいようであまり顔色は優れていなかった。だが、面会に来た俺を見るなり2人とも涙を流しながら喜んでくれた。十分両親が泣いたあと面会時間まで話し、ひとまず今後のことは互いのけががある程度治ってから詳しく話すことと相成った。

また、事故のことを聞きつけた紺野一家が神奈川からお見舞いにやってきてくれた。藍子と木綿季はとても心配してくれたようで、木綿季はギャン泣き、藍子は声さえ上げなかったがかなりの量の涙を流して、2人とも泣き止むのに時間がかかった。心配してくれたのは嬉しかったが、まだけがが治っていない状態の自分に突進してきて、どう突っ込んでくるか予測できたので上手く衝撃を分散したからいいものの、むしろこれに命の危機を感じたのは秘密だ。

 

そんなこんなでさらに数日が過ぎ、自分は無事リハビリが終わり退院できるようになった。だが両親はまだリハビリにも移れていなく、包帯が取れてさえいなかった。どうやら治るまで数年単位かかるらしい。そんな中、自分が退院する前日に両親と面会すると、予想もしていなかったことを伝えられた。

それは今後両親が退院できるまで、事故が起きたあの日行こうとしていた埼玉の親戚の家、つまり桐ケ谷家に預かってもらう、という事だった。すでに数日前に親同士で話はついていたようで、あとは本人、つまり俺次第となっていた。自分たちがこんな状態で、なおかつ俺はまだ小学生。とても1人では生活できないと判断したためのこと。また長期間の入院となるため、学校などのことで自分たちが責任を持つのが厳しい、ということで苗字も変えるそう。

確かに、小学生が一人暮らしをするのは年齢的に不可能だ。苗字に関しても変えることが可能なら特に拒む理由もない。

特に反対することなくその提案を受け入れたのだった。

 

 

そうして俺は、何の因果か原作と同じく”桐ケ谷和人”となった。

 




変えた運命の先に、変わらない運命









備考:
簡単に苗字が変えられるわけがない、と思う方もいると思いますが、納得はいかずとも理解してもらえると嬉しいです。


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転機

 

埼玉の親戚の家である桐ヶ谷家に来てからしばらくが経つ。桐ヶ谷夫妻は快く迎え入れてくれて、特に気を張ることもなく過ごせている。

直葉とは当初少しぎこちなかった。こちらは成長した彼女を知っているというのと、彼女が年齢的に少し人見知りということが理由だと思われる。だが今では桐ヶ谷家にある道場で稽古を一緒にするほどの仲となった。

といっても、自分は剣術で直葉は剣道なので同じ稽古をしているわけではない。一緒にやり始めた頃は、前に剣道経験があるにはあるので剣道をやってはいたのだが、やはりどうしても体に合わない感覚したので途中から剣術に戻した。直葉の剣道の先生でもあるお爺さんからも剣道をやらんか、と有難いことに勧められたが丁重に断らせて貰った。直葉はそのことに少し残念そうにしていたものの、かえって今は剣術が見れて楽しいと言ってくれている。

お互い似ているようで別のものを修めてはいるが、朝夕一緒に汗を流し、高め合えてるので結果的に良かったと思う。

 

こうして桐ヶ谷家に居候することを機に埼玉の学校に転入したのだが、学校が変わっても相変わらず親しい友達と言える友人は出来ていない。その反面ネット上、つまりゲームの中での交流は増えている。そのことを客観的に見ると一般的にはよろしくないのは分かるが、仕方ないことだと納得するしかない。あまり気にしていない自分がいるのも事実だ。

また桐ヶ谷家に来てから変わったことといえば、PC関連に詳しくなったことが挙がる。翠さんーー直葉のお母さんーーが昔からPC関連に触れていて、さらにかなりのゲーマーらしく、機械音痴な直葉と違い俺がネット関連にある程度強いということが分かると、時間があるときに色んなことを教えてくれた。

趣味が合う子が出来て良かったわ、とニコニコしながら一緒に作業したのは記憶に新しい。直葉はそんな翠さんに頬を膨らませていたが。

 

こんな中でもしなければいけないことを忘れることはなかった。

月に三度以上は東京の道場に通い続けた。出来るなら週に何度も行きたいところではあったが、それは現実的に不可能だったので月に最低三回に収めた。だがさらに先生に無理を言って週に2回ビデオ通話で師範して貰っている。このことを二つ返事で了承してくれた先生には本当に頭が上がらない。

また、定期的に道場に行くに度、藍子と木綿季の腕は上達していた。2人の成長具合は著しく、会うたびその具合を先生から聞いた。純粋に技の練度が高いというのもあるが、何より形が自然で滑らかなのだ。

 

こうして住む家は変わったが、色んな人のサポートもあってほとんど変わらず過ごさせてもらっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが再び悲運は訪れる。

紺野夫妻が亡くなったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉ちゃん、これからボクたちどうなるのかな......」

 

2人は一時検査という形で病院に預けられることとなった。目元はまだ腫れたままだ。

 

「分からないわ。病院にも長くいれるわけじゃないし......」

 

妹を不安にさせるようなことを言うべきではないということは藍子は心の中では分かってはいた。だが普段は落ち着いている彼女でもまだ小学生。両親の死はもちろん、その後に起きた出来事は心を蝕んでいた。

その出来事とは学校を追われてしまったことだ。

どういうわけか両親と自分たち姉妹が、両親の亡くなった理由である病気 HIVのことを学校にリークされたのだ。その情報はすぐさま拡散し、2人はとても学校にはいられなくなってしまったのだ。

両親がいなくなってしまったことで傷ついていた2人に、たとえ子どもたち自身の判断ではなかったとしても仲良くしていた友達が離れていくのは、さらに大きな傷を残した。

また親族とはいうと、そもそも亡くなる前から交流はなかった。なぜ交流がなかったのか。学校での件もあって、勘の良い彼女たちはその理由も察してしまった。

 

もう2人の唯一の心の支えは和人だけだった。

彼と出会ってからずっと、彼と一緒にいる時や話している時は病気のことを忘れられていたのだ。

 

2人はそんな彼に会えるかもしれないと、和人の両親が入院している病室へフラつきながら向かった。病室のドアは開いており、そのまま入るとそこには和人の両親と和人、そして先生がいた。知っている人が皆集まっていることに驚きつつ入ると、部屋に居た4人がこちらを振り返った。

 

「あら、らんちゃんとゆうきちゃんじゃない。いらっしゃい」

 

と和人のお母さんが声をかけてくれる。

 

「こんにちは。えっと、なんでみんないるんですか?」

 

と尋ねると再び和人のお母さんが口を開いた。

 

「ちょうどあなたたちのことについて話をしていたの。2人とも近くに来てくれる?」

 

2人は何の話だかさっぱりで、恐る恐る近寄った。

 

「あの、話って一体......?」

 

姉の藍子が聞く。

和人のお母さんは優しい笑みを浮かべて、

 

「らんちゃん、ゆうきちゃん。いきなりだけど、2人とも私たちの家族にならない?」

 

と言った。

 

えっ...と藍子と木綿季は言葉を詰まらせた。

一体どういうことなのだろうか。家族になる......?

いきなりのことで2人は混乱する。状況をうまく飲み込めない。

そんな2人に和人のお母さんは話を続けた。

 

「混乱させてしまってごめんなさい。これはあなたたちのお父さんとお母さんと少し前に話をしていたことだったの。2人はもう長くはない、ってお医者様に言われた時期に私とお父さんに病気のことを話してくれたの。私たちが亡くなった後娘2人、藍子と木綿季をどうしようかっていうこともね。その時、じゃあ私たちが預かります、って私が言ったの。そう言った時、2人はすごく驚いていたけど、お願いしますって言ってくれて。本当は本人たちがいる時に話すべきだったんだろうけど、その後すぐ私たちが事故にあって、私たちの容態が安定する頃にはもう紺野さんたちは危ない状態になってしまっていて。だからこんなに話すのが遅くなってしまったの」

 

一通りの事の経緯を話し、和人の母は藍子と木綿季を改めて見る。

2人はしばらく立ち尽くしたままだったが、少し経つと木綿季は声を出さずに涙だけをポロポロと流し始め、藍子は俯き体を震わせた。

そして2人はこくりと頷いたのだった。

 

こうして2人は酒井家に養子として入ることになり、一旦の終息を迎えたに見えた。

しかし、2人はまもなくAIDSを発症した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らにとって運命となる日まであと1年。

 

 

 

 

 





これにて序章となる原作前は終了です。
いかがでしたでしょうか?
作者としては皆さんに色んな部分に違和感を感じてもらえたら最良だと考えています。
現時点で語れることはほぼありませんが、何か気になったところがありましたら感想欄などで聞いてもらえれば、答えられる範囲で答えたいと思います。
今後は時間が空けば書くかもしれませんが、基本的に3月末からの再開となります。勝手ですがよろしくお願いします。




















ーーーーーーさて、彼は何か忘れてはいないだろうか?


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運命

 

目が開く。数瞬前に寝ていたとは思えないほどに意識がはっきりとする。暗い中手を後ろに伸ばし、アラームとして置いているスマホを手元に寄せる。

 

4:30

 

普段よりも1時間早く目が覚めてしまった。思った以上に体は正直だと改めて感じる。

 

11月6日

 

『ソードアート・オンライン』正式サービースの日であると同時に、この物語の全ての始まりの日である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、お兄ちゃんもういたんだ」

 

背後から直葉の声が聞こえてくる。

 

「ってもう汗だくじゃん。いつからやってたの?」

 

すでに汗まみれの姿を見て驚いた様子。

一息つき、手に持った木刀を下げて汗を拭う。

 

「ああ、いつもより早く目が覚めちゃってな。二度寝も出来なさそうだったから、暇をつぶすがてら早めに振ってたんだ」

 

「いつも朝起きる時間が決まってるお兄ちゃんが早めに目が醒めるだなんて珍しいね」

 

と、意外といった表情を見せる。だが、何を思ったか一転してニヤニヤとした顔になった。

 

「もしかして、今日リリースされるっていうゲームが楽しみだったの?」

 

「まあ、な」

 

とこぼす。

やっぱり〜、と直葉は明るい声を出す。

 

「べーたてすと?に当たってからずっと、学校から帰ってきたらすぐやってたもんねー?稽古するのも朝以外やらなくなって、お母さんも心配してたんだよ?..........私もだけど」

 

そう、直葉の言ったように、俺は原作通りβテストに当選することができた。

これに参加できるかできないかではかなり差がつくと確信していたので、選ばれたときはもちろん嬉しかったが、それよりも安心が強かった。そして予てより計画していたように朝以外鍛錬の時間を削り、その分を全てβテストに費やした。さらに睡眠時間を4時間半に縮め、深夜一時まで攻略に没頭した。

体がまだまだ若いのもあって無理がきき、時にエナドリを飲みつつβテスト期間を走りきった。その甲斐もあってテスターの中では一番上の階まで行けたと思う。いや、行けたのだ(・・・・・)

そうしてβテストを終え、生活サイクルを元に戻し、正式リリースの日まで変わらない形で過ごすつもりだったのだが、日が近づくにつれて心にかかる圧は増していった。なにせ、結末を知っているのに公表もせず、全てを己にのみ使ったのだから。 言ったところで誰も信じやしないと分かっていても、自分の利己的な精神を恨む。だが、その感情を喰らってでも成し遂げなければならないのだ。

 

「また難しい顔してる。ここの所ずっとそんな顔してるよ?大丈夫......?」

 

自分では表情に出していないつもりでも、どうやら気づかれていたようだ。

息を吐き、顔の強張りを緩める。

 

「心配かけてごめんな。今日から正式にプレイできる、ってずっと思ってたから最近眠れてないんだ」

 

はははっ、っと恥ずかしそうな笑みを浮かべる。

この反応に安心したのか直葉は頬を緩め、そして呆れたような視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー兄ちゃん!」

 

そう言って元気な少女、木綿季が腹めがけて突っ込んでくる。

もう慣れたもので、体をわずかに動かしエネルギーを分散させながら優しく受け止める。

えへへ、と木綿季は腹に埋めた顔を上げ笑顔をこちらに見せてくる。頭をゴシゴシと撫で付けるとキャー!っと言いながらはしゃぐ。

こうして元気な姿を見ると安心する。両親の死をどこまで乗り越えているのかは本人たちしか分らないが、雰囲気は日が経つにつれて良くなっていると感じる。

 

「こら、木綿季。毎回毎回兄さんに突進しないの」

 

木綿季から視線を外し、顔を上げると目の前には木綿季を追いかけてきたであろう藍子もいた。同年齢でありながらも、もう姉妹関係は板についているらしい。少し怒った顔をしながらも、雰囲気は柔らかい。

そんな2人の姿に心が落ち着くと同時に、数時間後になれば数年顔を見られなくなると思うと後ろめたさが己を襲った。

 

 

2人を引き連れ未だ入院している両親の病室に向かう。聞く話によればそろそろリハビリに入れるほどには回復したようだ。

 

「あら、和人いらっしゃい。藍子と木綿季もね」

 

部屋に入ると母が出迎えてくれる。

 

「父さん、母さんおはよう。これ桐ヶ谷家族からの差し入れだから後で食べてね」

 

そう言ってベットのそばの机に果物などが入った袋を置く。

 

「いつも悪いな和人。桐ヶ谷さんにありがとうと伝えておいてくれ」

 

「分かった、伝えておく」

 

そう言うと母が手を一つ叩き、「そうだ。藍子と木綿季も後で一緒に食べましょう」

 

その言葉に藍子は慌てて首を振る。

 

「いえ、その、2人への物なので、2人で食べてください」

 

と遠慮する。

 

「いいえ、食べましょう。それにそんな遠慮しないの。みんなで一緒に食べた方が楽しいでしょう?」

 

「でも...」

 

まだためらう藍子。

そんな姉の袖を木綿季が引く。

 

「姉ちゃん食べよ...?」

 

そう言われてようやく藍子は折れた。

そんな光景を見て、まだまだぎこちない部分はあるものの、少しづつだが家族になろうとしていると両親や姉妹から感じ取れ、少し憂いが和らいだ。

もうこれで迷いは無くなった。そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早めの昼食をとるために帰宅する。家には日曜日でも忙しい峰嵩さん(直葉の父親)以外の翠さんと直葉がいる。

 

「おかえりなさい。姉さん元気だったかしら?」

 

リビングに入ると母の妹である翠さんが聞いてきた。

 

「話に聞いていた通り、もうそろそろリハビリができるみたいです」

 

そう言うとそう、なら良かったと笑みを浮かべる。

 

「ならご飯にしましょうか。今日の1時からだものね、始まるの」

 

よく知ってらっしゃる。

その後、道場から戻ってきた直葉を含めた3人で食卓を囲んだ。

これが最後の晩餐、いや午餐かと柄でもない例えを頭に浮かべながら、噛みしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

棚から鈍く光る球体を取り出す。まるでこれからのことを暗示させるかのように重さと冷たさが手に伝わる。

やることは全てやった。やってきた。ならばあとは全霊をかけてあの鋼鉄の城を駆け抜けるしかない。

恐らく脱出するには、すでに一般にも公示されている全百層全てを攻略するほかないのだろう。

正直なところ、このゲーム内だけでなく、今後に起こる出来事も結末に近ければ近いほど記憶が曖昧で、薄い。大事なことが抜け落ちたかのように。

だが、やるべきことは変わらない。

すべきことは変わらない。

 

ベッドに横たわり、ナーヴギアを被り、拘束具のようなハーネスを固定する。電子表示の時刻が目の前に映る。分数までしか読み取ることはできないがしかし、もう両手で数えられる程度の秒数しかないのだと分かる。すでに鼓動は静まった。

瞼が落ちる

音が消える

そして唇が僅かに揺れた

 

「リンクスタート」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲高く、それでいて不快でない電子音が手に持つ剣から発する。刹那、体が決められたシステムに従って動き出す。

しかし、完全に身をまかせるのではいけない。己の考える形に持って行けるようシステムを誘導し、対象に向けて勢いを乗せる。

 

剣技操作(スキルオペレイト)

 

初歩的な技能でありながら、もっとも重要なシステム外スキル。これが出来なければ上層でも通用するソードスキルを放つことは出来ないと言っていいだろう。

体運びによって生み出された威力の乗った片手用直剣基本技《スラント》は対象であるフレンジーボアへ向けて一閃。

一瞬の硬直を迎えると、軽い破裂音とともにポリゴンが崩れ去り消え去った。その音はさながら死の断末魔、というべきものか。とても命が消えた音とは思えない。恐らく人、プレイヤーもHPが無くなればポリゴンの欠片となり散るのだろう。厳密には違うのだが、βテスト時はずっとソロで、なおかつ一度も死ななかった(・・・・・・・・・)のでそれが確かなのかは分からない。だが、この音を出さないためにこれから戦い続けるのだと改めて思う。

そんな時、背後から声をかけられた。

 

「えーっと、ちょっといいか?」

 

考えに没頭していたためにその声に強く反応してしまい、勢いよく振り返る。その反応に驚いたのだろう。ギョッとした顔を浮かべた男性プレイヤーがそこには立っていた。

 

「あーわりいわりぃ。もうちっと考えて声かければよかったな」

 

申し訳なさそうにボリボリと頭をかいている。

その反応に慌てて弁明する。

 

「ああいや、こっちこそ過剰に反応したのが悪かった。ちょっと考え事をしててな」

 

こちらの火を詫びつつ話を続ける。

 

「それでどうしたんだ?何か用か?」

 

そう聞くと、おおそうだったそうだったと用事を思い出したようで要望を口にした。

 

「えーっとよ。もし迷惑じゃなければなんだが、オレにレクチャーしてくれねぇか?」

 

その言葉に少し驚く。一体どうしてこんな所で一人でいるプレイヤーに声をかけたのか。

少し訝しそうに彼を見ると、その表情に気づいたのか慌てて訳を言い始めた。

 

「いやいや怪しいもんじゃねえって。ただ、おめぇさんがログイン開始早々真っ直ぐフィールドに出て行くのをみてよ、こいつ出来るやつだって思って咄嗟に追いかけてみたらきれぇにソードスキルで敵をぶっ倒してるのを見たわけよ」

 

観察眼がいいやつだと話を聞いて思う。また、偶然見かけたのだろうがすぐに行動に移せる決断力もある。リーダーとかやってるのだろうと漠然と感じる。

断る理由は特になかったので了承の意を伝えると、「本当か!?ありがとう!」と嬉しそうな顔を浮かべたが、改まって姿勢を整えた。

 

「名前、言ってなかったな。俺はクラインってんだ。よろしくな!」

 

 

 

 

 

ああそうか、とその名を聞いて納得する。

そうか、あなたがクラインか。

文字列から滲み出ていた人柄は間違いでなかったと、直接話して思う。そのことがどこか胸に沁みた。

 

「俺はキリト。よろしくクライン」

 

伸ばされていた手を取り、固く結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮想世界の太陽が地に落ちてゆく。世界は橙に包まれ、幻想的な景色が広がる。これから起きることを予感させないその空は、大地は、不気味なほど静かだった。

そんな中に1人の男の声が混じる。草原に体を預けると、疲労をにじませた呻き声を上げた。

 

「あー疲れた......難しいもんだな、仮想世界ってのは。実際に体を動かさねえといけねえから余計疲れるぜ......生身の体じゃなくて仮の体だけどよ」

 

フルダイブ初経験者であるクラインは、体の動かし方からこの世界のアイデンティティとも言えるソードスキルを覚えるまで数時間を要した。現実の体の動かし方とは少し違うというのもあって、その”ズレ”に慣れるのに一番時間がかかるのだ。適応できなければまともにモンスターと相対するのもできない。

 

「キリトはよう、こんくれぇ時間かかったのか...?」

 

自分が苦労したのだから誰かと共有したいのだろう。だが、今までのクラインの努力見ているととても言いづらい。が、言わない訳にもいかない。意を決して口を割る。

 

「あー、俺は、うん、初めからズレが無かったんだ(・・・・・・・・・)

 

その言葉にクラインは口をあんぐりと開ける。

 

「マジかよ............もしかして、噂の超過適応(ハイ・コンフォーミング)を持ってたりしねえよな......?」

 

「............」

 

クラインはキャパオーバーか、絶句した。

 

 

 

 

 

超過適応(ハイ・コンフォーミング)

通称: HCと称されるそれは、フルダイブにてある障害が発見されたことで提唱された体質のことである。

その障害とは「フルダイブ不適合(ノン・コンフォーミング)」と呼ばれる、フルダイブ時に脳との通信に微妙なラグが発生したり、五感の一部が正常に機能しないといったことが発生してしまう症状のこと。その症状は人によって最悪の場合はダイブそのものが不可能な場合もある存在する。

そんな障害あるのならばその逆もあるのではないかと考えられたのがこの《超過適応(ハイ・コンフォーミング)》という特殊体質。と言っても、その体質を持つものは結局分からずじまいで、ただの噂としてネット界で広まることとなった。

それゆえ実際に自分がその体質であるか正式には分からない。だが、明らかに体の動きが現実と同じか、それ以上(・・・・)に思い通りに動くのをβテストの時から感じていた。

 

 

 

 

 

「と言っても確証はないけどな」

 

「どっちにしろズレが元々ないなんてすげぇな、おい。それにβテスターで何よりプレイングスキルも高え。......オレよくそんな奴見つけたな......」

 

頭で整理ができたようで落ち着いたらしい。

小言でブツブツと呟いたかと思えば、あ!って叫んで立ち上がった。

 

「そういやオレ、5時半にピザの宅配頼んでたのすっかり忘れてたわ」

 

その言葉に目線を右上にずらすと、時刻は17:25を指していた。胸がどきりとなる。残り5分で、本当の意味での”始まり”が訪れる。

目の前でヤベェと慌てているこの男も、クリアされるまで現実へと戻ることは出来ない。

知っている自分と知らない他人。

その間には見えない線が確かに引かれていた。

 

「って訳でよ、そろそろ一度落ちるわ。ホントありがとなキリト!おめぇのおかげですっげぇ助かったよ。この礼はそのうちちゃんとすっからな、精神的に!」

 

そう言ってぐいっと手を突き出される。その手を俺は、掴まなかった。

 

「......いや、もう遅いんだ......」

 

「えっ、なんか言ったかキリ......」

 

世界に鐘の音が響き渡る

 

同時に目の前が青い膜に包まれ、視界は光で潰される。

その光が収まると、目の前は草原ではなく、石畳が敷き詰められた広場になっていた。

 

《はじまりの街》

 

この世界の”はじまりの街”

そしてこの後、絶望に包まれる場所である。

 




3月から再開すると言ったな、あれは嘘だ

というのも嘘で、空いた時間に少しずつ書いていて一話分出来たので投稿しました。スマホからの投稿なので、パソコンの方は見づらいかもしれませんが、ご了承ください。
また、本話は場面展開が多く、そう言った面でも読みづらいかもしれませんが、様々なキャラクターとの会話を詰め込みたかったのでご理解ください。


活動報告にてオリジナル設定や現時点での原作との相違点などをまとめて載せたものを本話投稿とともに記載するので、興味があればご覧ください。


※先日wikiの登場人物のリンクを見ると、主人公である桐ヶ谷和人の実の両親の名前が電撃文庫MAGAZINEに掲載された新章『ユナイタル・リンク』にて登場していたようなので、プロローグでの表記を変更しました。せっかく一から色々考えたものがボツになり残念ですが、原作遵守を掲げているので致し方ないです。
12月にはその新章が始まる新刊が出るようで、とても楽しみですねぇ。


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