【完結】輪廻を越えた蒼き雷霆は謡精と共に永遠を生きる (琉土)
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謡精と一つになって
第一話


継承(インヘリテンス)

少女(シアン)の歌と肉体による藍を織りなす糸
それは(GV)の生命と彼女の万物の女神(パーシテアー)としての力を縫い止める
少女と謡精(モルフォ)の魂をその身に抱き留め(拘束し)、新生せし蒼き雷霆(生きた宝剣)


 僕はシアン達を(記憶)の世界へと送った後、今の僕自身の状態を確認した。

 簒奪の弾丸、パンテーラの攻撃、そして「終段(ついだん)」の反動が完全に回復しており、紫電達との決戦の時の、ストラトスさんの運命の捕食者(デスティニーファング)による左腕の喪失も元に戻っていた。

 そして、僕は波動の力で鏡を形成し、自身の全身を見た。

 僕の着ていたフェザーの制服は既にボロボロになっており、僕の髪の色が、金色からシアンと同じ紫色へと完全に変化していた。

 そして瞳の色も、青色から赤色に変化していた。

 あの時、シアンは自身の亡骸を蒼き雷霆(アームドブルー)で分解し、僕の左腕や出血分の喪失を補う為に使っていた。

 その結果が、今の僕の髪と目の色なのだろう。

 

 そして、次に僕の能力なのだが……どうやら蒼き雷霆以外にも、シアンの能力である電子の謡精(サイバーディーヴァ)が、いや、未来のシアン達の能力である素粒子の謡精女王(クロスホエンティターニア)が扱えるようになった感覚が僕にはあった。

 実際に、背中から僕の大好きなシアン色の翼を展開出来たのだ。

 今の僕には未来のシアンから能力共有された気配が無い。

 それなのにこの能力が扱えるという事は……つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 恐らく、シアンが僕を蘇生させる際に、自身の亡骸を僕の喪失部分を補う為に全てを使った事が理由だと思われる。

 つまり、今の僕は文字通り魂以外完全にシアン達と一つになっている状態にある。

 だけど、シアン達の魂は、本人がその気になれば直ぐにでも僕から離れられる状態にある。

 これは単純に、素粒子の謡精女王の中に蒼き雷霆が内包されている為、魂だけの状態でも単独でその存在を維持できるからだ。

 だからこそ、シアン達を夢の世界へと送ったと同時に協力強制の枷も施したのだ。

 二度と僕から離れない様にする為に……何らかの外的要因でシアン達と僕が引きはがされない為に。

 

 そしてこれは、アキュラの妹のミチルの為でもある。

 この能力の大本は彼女の物なのである。

 それが何らかの要因で彼女に戻ったら、恐らく強すぎる能力に押しつぶされ、その魂諸共飲み込まれ、神園ミチルと言う存在はシアンの記憶の中だけの物となるだろう。

 僕自身がこの能力を引き継いだ時に、その事を確信していた。

 では何故、僕自身は大丈夫なのか?

 それは僕がシアン達の能力を引き継いだ理由と同じだ。

 僕自身が生きた宝剣としての役割をシアンから引き継いだ事、そして、能力…シアンが僕を消し去る訳が無いと確信できるのも理由の一つだ。

 シアン達はミチルの事を内心敵視している。

 だから、この事を知れば嬉々としてミチルを取り込み消滅させて、僕を取り合うライバルを減らせると実行するだろう。

 

 シアン達が目覚めて一息入れられる状況になったら、ミチルは僕じゃなくてアキュラが好きなのだという事を伝えておこう。

 流石にこれが理由でミチルを消滅させてしまう訳にはいかないし、アキュラとも再び敵対関係になってしまうのは絶対に避けたい。

 アキュラ、すまない…僕は君達の(こじ)れた関係を加速させてしまう事になりそうだ。

 ノワもそれを止める気配が一向に無いし…まあ、彼女は悪魔なのだから、そう言った事も好みなのかもしれないけれど。

 後気になる問題は…「詩魔法」を僕自身が扱えるかという問題か。

 試しに、今倒れ伏している紫電達に使ってみる事にする。

 勿論紫電達を死なせる訳にはいかないので、使う詩魔法も当然決まっている。

 それは命の温もりを伝え、小さな傷さえも見逃さず、癒す為の詩魔法。

 

「Wee ki ra murfan near en crushue. Wee ki ra selena sarla sos yor.」

 

 その詩魔法の名前は「EXEC(エグゼグ) HYMME(ヒュム) LIFE(ライフ) W(ウォーム):R(リフレッシュ):S(シャワー)」。

 この詩魔法は段階的に強化された三つの回復効果を持った詩魔法が統合された物。

 それぞれ弱い順に説明すると、「ライフウォーム」「ライフリフレッシュ」「ライフシャワー」の順に効果が変化していく。

 そして「ライフリフレッシュ」から蘇生効果が追加されるようになり、その効果が詩魔法を歌っている間、一定間隔で永続して効果を発揮する。

 それ以外にも、これは本来この詩魔法の機能には無いのだが、シアンの能力が素粒子に影響する関係上、無機物にもこの回復効果や蘇生効果が適応される。

 実際に、先の戦闘での床や壁等の戦闘痕が綺麗サッパリ無くなっており、修復されていた。

 僕自身のフェザーの制服や壊れてしまった「手作りのペンダント」も直っておりこの「アメノウキハシ」の外に設置されていた衛星「星辰」も修復されたようだ。

 紫電達もボロボロだった状態から、完全に何事も無かったかのように傷も着ていた服も直っていた。

 

 どうやら、僕自身も詩魔法を扱えるらしい。

 だけど、詩魔法は基本女性(レーヴァテイル)特有の物のはず…いや、他に詩魔法が出てくる作品があった。

 それに出てくる()()()()()()()()()()()()があれば誰でも詩魔法を行使できる事を思い出した。

 つまり、この機械のイメージのお陰で僕は詩魔法を行使出来る。

 厳密に言うと使われている言語が違うと言う問題が出てくるが、第七波動(セブンス)はあくまでイメージや意思の強さが重要。

 極論を言えば、僕が出来ると思えば出来るのだ。

 そして、これまでの出来事を隠れて目撃していた存在が居た。

 

「あ、あの! た、戦いは、お、終わったのですか?」

「君は……弱気な方のエリーゼか。うん、少なくとも、紫電達との戦い、そしてパンテーラとの戦いも終わったよ。もし良かったら、紫電達を介抱する手伝いをして欲しい。今この「アメノウキハシ」の下の「オノゴロフロート」で、正体不明の機械群と僕の仲間達が戦闘を継続している状態なんだ。その上、最終防衛結界「神代」も機能を停止してしまっている。だから、彼らの力を借りたいんだ。……それと、僕は君達を害するつもりはもう無い…だから、そうやって緊張する必要はないんだ、エリーゼ」

「そ、そうですか……分かりました。先ずは気絶している私達を起す事にします」

「それじゃあ、僕は紫電から介抱する事にするよ」

 

 弱気なエリーゼと協力して、僕は紫電達を介抱した。

 その際、デイトナと一悶着が発生しかけたが、僕は悪くない。

 奴は僕のシアンの事を未だに引きずっているのが悪いんだ。

 それもメラクにたしなめられ、僕は紫電達から事情を説明するように求められた。

 

「で、ガンヴォルト? 僕達が気絶している間、何が起きているのか説明してくれないかな?」

「そうだね紫電。実際に僕が説明したい所だけど……それよりももっと確実で、信用も得られる方法がある。エリーゼ、君の見た記憶を映像化させてもらうけど、いいかな?」

「私のですか? ……分かりました、私のでいいのでしたら、是非お願いします。私は先の戦いであまりお役に立てませんでしたので……」

「じゃあ互いに同意を得られた事だし、始めさせてもらうよ」

 

 そしてあの戦いの後、何が起こったのかをエリーゼの記憶を通じて紫電達は把握した。

 僕とシアンがパンテーラに撃たれ、シアンが息を引き取り、僕がボロボロの状態になりながらもパンテーラを撃退した事を。

 そして、シアンと僕が文字通り一つとなり、生きた宝剣としての役割を引き継いだ事も。

 そして詩魔法の存在を知り、「アメノウキハシ」や衛星「星辰」が修復されていた事を知った時、メラクがある事に気がつき、それを僕に尋ねたのだ。

 

「ガンヴォルト、ひょっとして……奇跡の海域を作り出したのは君達?」

「……その通りだ、メラク」

「なんだと? ……発見当時十年は持つ海底資源を、君達は作り出したというのか?」

「信用できないなら、その当時の記憶を映像化するが……」

「いや、必要ない…事実、そこに資源が蘇り、実際に僕ら皇神が活用している。衛星が直っている事といい、その事を考えれば確かにあり得る話だ。……それよりも、もっと重要な事もあるしね」

「オノゴロフロートを攻めている正体不明の機械群の事に、「神代」が解除されちまってる事だよな? 紫電」

「その通りだよ、デイトナ。……この正体不明の機械群に「神代」の件……ガンヴォルトは把握しているのだろう? これらを引き起こした組織の正体を」

「紫電やメラクだって、把握しているだろう? ……そう、二人が思っている通り、これは多国籍能力者連合「エデン」の仕業だ」

「そしてパンテーラは、その組織の回し者で、スパイだった。僕も気になっていたから意図的に泳がせていたんだけど……僕の勘は正しかったという訳か」

「申し訳ありません、その事に私が気がついていれば、アキュラ様に止めを刺す事を止めていたのですが……」

「「「「「「「「……っ!!」」」」」」」」

 

 そうして互いに情報交換をしていたら、この大広間にとある人物が侵入していた。

 そう、ノワが何事も無かったかのように僕の隣で当たり前の様に佇んでいたのだ。

 僕はどうやって彼女がここに来たのかを把握する為に、シアンの能力の、波と電子の揺らめきを感じる能力を「アメノウキハシ」全体に展開した。

 そうしたら、「アメノウキハシ」に見慣れぬ小型の宇宙艇らしきものを感知した。

 恐らくこれに乗ってノワはここに駆けつけて来たのだろう。

 そして今気がついたが、僕らが居るこの部屋の前に、とある女の子の気配を感じる。

 だけど、如何してここに彼女が? 僕はノワに尋ねる事にした。

 

「ノワ、どうしてここに!? それに……ミチルがこの部屋の前に居るのは、一体どういう事なんだ?」

「……「神代」が解除された際に、とある能力者達がミチル様を攫おうと画策したのです。故に、小型宇宙艇(コスモアキュラー)にミチル様を連れて乗り込み、ガンヴォルトを当てにこの場所まで逃げて来たのです」

「……僕が紫電達に負けていたら如何していたんだ」

「ガンヴォルト、貴方の実力はアキュラ様が誰よりも信用しております。故に、ここに逃げ込めば大丈夫であると私は確信しておりました」

 

 ミチルが攫われそうになったのは本当なのだろう。

 それにアキュラが僕の実力の事を誰よりも信用している事も。

 だけど、それ以外に何らかの方法で僕達の戦いの様子を把握していたのだろう。

 彼女を謡精の目で見ると、彼女の尻尾は何所か得意げに揺れていた。

 まあ、これ以上の詮索は不要だろう。

 

「そう言う事にしておこうか、ノワ。……少なくとも、僕達はもう互いに争う事は無くなったから、ここにミチルを入れても大丈夫だ」

「……所で、ミチル様がここに居る事を良く把握出来ましたね、ガンヴォルト? その変化した髪の色と、何か関係でもあるので?」

「詳しい話は後でするけど、シアンの能力を僕は引き継いだんだ。その能力で、把握させてもらった」

「……分かりました、ではミチル様をこの部屋にお連れさせて頂きます」

 

 そうしてノワは紫電達を置いてけぼりに、部屋の前に居たミチルを迎えに行った。

 突然現れたノワという存在に、紫電達は困惑を隠せないようだ。

 まあ、これは僕も既に通った道だ。

 だから紫電達も早く彼女の理不尽さに慣れて欲しい。

 そうして出て来たミチルに、デイトナが反応した。

 どうやら、シアンと見た目と雰囲気が良く似ている彼女に興味を示したようだ。

 まあ、明確に僕はシアンを僕の物だと明言したので、枕替えしてくれるのならば大歓迎だ。

 まあ、ミチルはある意味シアン以上にいけない所があったりするし、アキュラと言う超が付く程のシスコンを相手にしなければならないと言う問題もあるが。

 

「そういえばガンヴォルト、貴方にはもう一つ要件が御座いました。……新しいお召し物を、用意させて頂きました」

「それは……! モニカさんが言っていた、新型のプロテクトアーマーじゃないか!!」

「ええ、ここに逃げ込む直前に完成していたので、序に拝借させてもらったのです」

「抜け目が無いな。この事をモニカさんは?」

「把握しております」

 

 その事をモニカさんの能力による通信で尋ねたら、確かに把握している事を伝えられた。

 寧ろ、僕の無事を確認出来てモニカさんも喜んでいる。

 そして、こちらの状況を説明し、下で未だ戦っているアキュラ達とも情報を共有し、僕はこの新型のプロテクトアーマーを「波動の力」を用いて瞬時に着替えた。

 この装備(新型のプロテクトアーマー)は以前のフェザーの制服よりも軽く、それでいて丈夫に作られている様だ。

 僕はこのミッションに出撃する前に、この装備のデータを把握していた。

 この装備は、強度、耐性、靭性等を僕の第七波動(セブンス)で変化させることが出来、そして、アシモフの弾道操作技術も組み込まれており、簒奪の弾丸(グリードスナッチャー)にもある程度対策出来る。

 そうして僕がこの装備の事を蒼き雷霆で操作しながら把握していたら、僕の見せた夢からシアン達が目を覚ました。

 その事に僕は喜び、僕は僕の中に居る二人に対して、シアン達の能力を用いたテレパシーで声を掛けた。

 

(気がついたみたいだね、シアン、モルフォ……)

(私は……っ! GV!! 良かった、本当に無事で良かった)

(GVィ……アタシ、アタシ……!)

(……心配を掛けてゴメン、それと、僕を助けてくれてありがとう)

 

 二人は実体化して僕に抱き着いてきた。

 そして僕はシアン達を一緒に抱きしめ、互いに喜びを分かち合った。

 そうして、多国籍能力者連合「エデン」との戦いに必要な役者が揃い、僕達は紫電達と協力し、この新たな戦いに身を投じる事となったのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第二話

 僕は実体化したシアンとモルフォを抱きしめた後、改めて紫電達と向き合い、オノゴロフロートでのエデンが率いる機械群相手に、どう対処するか話し合っていた。

 僕らがそうやって話し合っている際、どうやらシアンとミチルが互いに能力(テレパシー)を利用して話しをしているようだ。

 僕も同じ能力を持っているので、その会話の内容を傍受したり、割って入ることが出来る。

 僕はまだミチルがアキュラに好意を抱いている事をシアンに話していない為、彼女が暴走しない様に横から耳を澄ませるように能力を行使する。

 その内容は、お互い最初は自己紹介を済ませ、互いの境遇について話しているようだった。

 

(こんにちは、私はシアン。……貴方の名前は?)

(こんにちは、私はミチル。……何だか、他人のような気がしないね、シアン)

(そうだね。私は貴女が持っていた能力の隔離先だったから、そう思うんじゃないかな?)

(……ごめんなさい。私の体がもっと強ければ、貴女にこんな迷惑を掛けなくても済んだのに……)

(……私は電子の謡精(サイバーディーヴァ)を移植させられて、GVと出合うまでずっと無理矢理歌を歌わされてきた……でも、そのお陰で私は、私の…私達の大好きなGVに出会えたの。想いを添い遂げて、この身を全部捧げることが出来たの。だから、ミチルは気にしなくてもいいの)

(……いいなぁ、私も、私の……私達の大好きなアキュラ君にそうできたらいいのに。私とアキュラ君は血の繋がった兄妹だから、どうしてもこの想いを伝えられないの)

 

 シアンの警戒の想いがこの一言で完全に四散した。

 良かった、これでアキュラを敵に回す事は無くなった。

 それに、僕の危惧していた事は起こっていないみたいだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 僕の張った枷が、波動の力で構築した協力強制の枷が無事機能しているようだ。

 この事が確認出来て、僕は表情に出すのを堪えるのに必死な程に嬉しかった。

 何しろ、シアン達は僕と永遠を生きる事を望んでいる事が分かったからだ。

 あの時、頑張って(記憶)の世界を構築した甲斐があったと言う物だ。

 

(え? ミチルはアキュラが好きなの?)

(うん、アキュラ君の事、私は大好きなの…兄妹としてじゃない…ロロと同じように、一人の女の子として、アキュラ君が大好きなの。だって、ノワと一緒に私の病気と声を治す方法をずっと探してくれていたの。お医者様が匙を投げて諦めていたのに、アキュラ君は諦めて無かった。日に日に弱っていく私の手を握って、優しく語り掛けてくれた。勉強だって教えてくれたし、私の他愛の無いお話を聞いてくれてたの。そして、アキュラ君は遂に見つけてくれたの。私の病気を治す方法を。ロロと一緒に持ち込んで来た、正体不明の能力者の力が込められたガラス片を。あの時の出来事のお陰で私は健康を、声を取り戻すことが出来たの。……私がアキュラ君に恋心を抱いたのは、この時の出来事が決定的だったんだろうなぁ)

(……ミチル、正体不明の能力者の事なんだけど)

(大丈夫、私はもう知ってる。……シアンがそうなんだよね? こうやって直接顔を合わせて見て分かったの。貴女の持つ第七波動は正体不明の能力者と全く同じな事が。……ありがとう、シアン…貴方のお陰で私は声を取り戻せて、アキュラ君もあの憎悪に満ちた悲しい目をしなくなって、温かくて、優しくて、魅力的なアキュラ君になってくれたの。私ね、こうやって貴女にお礼を言いたかった。その機会が得られて、私はとっても嬉しい)

(ミチル…)

(ねぇ、シアン。……今から私達、友達にならない? 私、ロロとノワみたいな身内の関係者以外だと、友達は居ないの。だから……もし良かったら、私と友達になって欲しいの)

(……うん、今日から私達は友達だよ、ミチル!)

(うん! 今日から私達は友達だね、シアン!)

(……もういいかしら、シアン? アタシの事も紹介して欲しいのだけれど)

(うん、待たせてゴメンね、モルフォ)

(わぁ……本物のモルフォだぁ!)

(ミチル、もう知ってると思うけど、アタシはモルフォ……貴女からシアンに移植された電子の謡精(サイバーディーヴァ)が意思を持った存在よ。アタシも、ミチルと友達になってもいいかしら?)

(うん! よろしくね、モルフォ!! ……あの、モルフォ、お願いがあるんだけど……もし良かったら、後でサイン書いてもらってもいい? 私、モルフォの歌の大ファンなの)

(ふふ…ありがとう、でも、後とは言わずに今貰ってもいいのよ?)

(え…でも今私、サイン用色紙が手元に無いの…)

(大丈夫、そのくらいアタシが用意するわ)

(だから遠慮なくモルフォのサインを受け取ってね、ミチル)

 

 モルフォは波動の力を用いて手元にサイン用色紙とペンを創造し、慣れた手付きでサインを書き上げ、ミチルに手渡した。

 モルフォが波動の力が使えるのは、今は実体化している上に、彼女の能力に蒼き雷霆(アームドブルー)が内包されているからだ。

 そして、僕が何時も波動の力を使っている所を見ているのもあるし、夢の世界に居た時も第四から第六波動の観測の際に僕が使い方を教えていたからだ。

 モルフォのサインを貰ったミチルはとても嬉しそうだった。

 そしてこの事に感激して、シアンからもサインを貰う流れになったのは微笑ましかった。

 どうやら、ミチルはシアン達と無事友達になれたようだ。

 

 どうしてだろうか?

 この三人の楽しそうな会話を聞いていると、何故か涙が零れそうになる。

 今まで焦がれていた光景を見せつけられているかの様な感覚がするのだ。

 もし僕の前世など存在せずに、今の十四歳の子供のままだったら、この光景は見れなかったかもしれない。

 もっと悲惨で残酷な未来が待ち構えていたのかもしれない。

 シアンを守れなかった事実に、僕は押し潰されていたのかもしれない。

 シアンを守れなかった事実は、転生前の記憶があってもとても辛い物だった。

 ではそれが無かったとしたら…?

 とてもではないが、僕は一人で耐えきれる自信が無い。

 それこそ、オウカや仲間達に縋りつかなければ耐えきれるものでは無いだろう。

 

 そう僕が思い、シアン達の楽しそうなテレパシーを聞きつつ、アシモフ達と紫電達とのモニカさんの能力経由での会話を聞いていた。

 やはり、連戦に次ぐ連戦によりアシモフ達の消耗が激しいようで、今「チームシープス」の皆とフェザーの精鋭達は「アメノサカホコ」へと合流しており、そこで籠城戦をしている様だ。

 一応、弾丸や装備の消耗や肉体的な疲れは「波動の力」で補えはするけど、精神的な疲れはどうしようもない。

 まだアキュラ、アリス、アシモフ、ジーノが中心になって持ちこたえているけど、他のメンバーの消耗が限界に達しつつある。

 モニカさんも常に能力を行使している事もあり、消耗が激しいみたいだ。

 時折、通信にノイズが走る事が出て来ていた。

 それに、モニカさんからの情報で、皇神の保有している大型自律飛空艇「飛天」がジャックされ、此方に向かって来ているのだとか。

 流石にこの更なる増援が送られたら、いくらアシモフ達でも厳しいと言わざるを得ない。

 

 僕は紫電達との話し合いを進めた。

 そして最終的に、僕が飛天に突入し、増援を食い止め、紫電達はアシモフ達を掩護し、アシモフ達は一旦休憩目的で下がる事で話が纏まった。

 僕が単独なのはシアン達も込みである事と、僕とシアン達で紫電達の戦力に匹敵すると判断されたからである。

 まあ、紫電達はシアン達のあの詩魔法をその身に受けている以上、その事を身に染みて分かるのだろう。

 そうして僕はジャックされた「飛天」へと向かう事となった。

 紫電達も「アメノサカホコ」へと向かい、アシモフ達と合流する様だ。

 その際、紫電は衛星「星辰(せいしん)」のレーザー攻撃で既に援護を開始している。

 こうして見ると、紫電達と共闘出来るようになったのは大きい。

 そしてノワとミチルも、アキュラ達と合流する事を選んだようだ。

 そしてミチルは何やらシアンとモルフォから記憶共有をして貰っていた。

 アキュラに聞いてはいたし、実際に能力を行使しているから把握しているけど、ミチルはロロのUSドライブ経由で能力が復活してるのだとか。

 

(シアン、モルフォ、ミチルに何か記憶共有してたみたいだけど……)

(GV、ミチルに今までの私達が得た能力の事や詩魔法の事を教えてたの)

(ミチルもアタシ達と同じように、アキュラの…大好きな人の足手纏いになりたく無いって言ってたから、だから力になれる様に教えたのよ。アタシ達もGVの足手纏いだった時の事があったから……)

(だけど、詩魔法はシアン達の能力が成長したからこそ扱えるはずの物だろう?

それをミチルに教えても扱えるとは思えないけど……)

(大丈夫だよ、GV)

(一人では確かに厳しいかもしれないけど、ミチルにはロロがいるわ。二人で力を合わせれば……協力強制すれば詩魔法を扱える筈よ。この事もミチルに教えておいたから、きっと大丈夫)

 

 ミチルもやはりそういった所が…シアン達と同じ様に、足手纏いは嫌だと言う想いがあったのかと僕は思った。

 この事をアキュラに伝えつつ、僕は「アメノウキハシ」から「飛天」へと向かうのだった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。


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能力者を受け入れる、温かな世界を目指して
第三話


突撃(アサルト)

暴走する飛空要塞は死を運ぶ輸送艦
枷が外れし蒼き雷霆(アームドブルー)がそれに向かい羽ばたく(突撃する)
今も尚戦い続けている仲間を守る、その為に


『綺麗だね……』

『ええ、「アメノウキハシ」から真っ直ぐに目標に向かってるけど、この青い地球の景色は最高ね、シアン、GV』

「確かにそうだね……でも、生身で大気圏に突入しつつ直接「飛天」に向かえだなんて、いくら急いでるからって、紫電も人使いが荒いと僕は思うんだ」

 

 僕は今先の会話の通り、「アメノウキハシ」から直接生身で大気圏に突入しつつ、エデンにジャックされている大型自律飛空艇「飛天」へと向かっていた。

 大気圏に突入する際、僕は波動の力で摩擦熱の遮断と防御を、そして、空気の確保をしているので問題は無いのだが……

 せめてノワが使っていた小型宇宙艇とかメラクの亜空孔(ワームホール)で、途中まで送ってもらえたらと思い僕は意見を出したのだが、紫電が僕に対して「生身で大気圏突破できる?」と聞いてきたので、思わず「出来る」と答えてしまったのが運の尽きだった。

 そして、僕が余計な口を滑らせた結果が、今行われている生身での大気圏突入だった。

 

 とはいえ、このまま自由落下している状態では、「飛天」は「オノゴロフロート」へとかなり接近を許す事となってしまう。

 そうなると、「飛天」内部での活動におけるタイムリミットが減ってしまう。

 故に僕は波動の力で落下速度を加速させ、早急に「飛天」へと向かった。

 そうして落下していたら、どうやら通常の通信回線が届く所まで来れたようで、その通常の通信回線から、モニカさんからの通信が入った。

 そのモニカさんなのだが、明らかに消耗しており、正直、僕のオペレートをする余裕なんて無いのではと思っていた。

 

《GV? 聞こえるかしら?》

「こちらGV、モニカさん、通信は問題無く機能しています。……モニカさんは大分消耗している筈です、大丈夫なんですか?」

《正直、かなり厳しいわね。……だからGV、「飛天」突入ミッションのオペレートは、新しく私達のフェザーに入った新入りの子にお願いする事にしたの》

「新入りですか…大丈夫なんですか?」

《ええ、その子は元々海外のフェザーに所属していた子なのだけれど……GVも知っている通り、今から五ヵ月前に海外のフェザーは壊滅状態に陥ってしまったわ。だからアシモフが特殊な伝手を利用して生き残りをこの国に招いたのよ。……海外の修羅場でオペレーターを務めていた子よ。見た目以上にしっかりしてるし、きっとGVの役に立ってくれる筈。……その子に通信を回すから、自己紹介や後の事はその時に済ませてね、GV》

「こちらGV、了解しました」

 

 モニカさんのお墨付きが貰える程のオペレーターを回してもらえるなんて正直有難い。

 本当はアシモフ達の方のオペレートの方に人を回すべきだと僕は思うのだが、こうしてモニカさんが無理して人を回してくれたのだ。

 その好意に甘えようと僕は思う。

 そうして、オペレーターと繋がったのだけれど、その子の顔には見覚えがあった。

 小柄で中性的な見た目をしており、三種類の腕時計を身に付けている蒼い髪の少年。

 その少年の名前は「シャオ」。

 今から三ヵ月前に、海外のフェザーの生き残りを受け入れた時に知り合った少年だ。 

 当時のシャオは海外での出来事によって塞ぎ込んでいたのだけれど、僕やジーノ達との交流によってその持ち前の元気を取り戻し、フェザーでの活動を行う様になっていた。

 特にジーノとは話が合うようで、共通の漫画、アニメ、ゲーム等の娯楽の話題を出すことが多かった。

 僕も横からそれを聞いていたのだけれど、生憎、この世界での娯楽を僕は知らない。

 僕の居た転生前の世界の物だったら良く分かるのだが、流石にその話題を出す訳にもいかず、置いてけぼり感を感じた事も記憶に新しかった。

 

《GV、聞こえてる? ……何やら随分と無茶な方法で「飛天」に向かってるみたいだけど》

「……ああ、聞こえているよ、シャオ。……僕がうっかり口を滑らせてしまった結果がコレさ。今頃、ジーノ辺りが大笑いしてるんじゃないかな?」

《あはは……ジーノなら確かにあり得るだろうね。……GV、そろそろ「飛天」が見えて来てると思うんだけど、どうかな?》

「ああ、目視で確認出来るよ、シャオ。まだ「オノゴロフロート」からは随分と離れているみたいだ。……所で、聞いておきたい事が事があるんだけれど、「飛天」内部に取り残された人とかは確認出来るか?」

《ちょっと待って……どうやら、そう言った人達は居ないみたい。あれは元々大型ではあるけど、自律飛空艇だからね。だから何らかの第七波動で操れば、そう言った乗員は必要無いと考えられるよ》

「了解だ、シャオ…このままの勢いに乗ってそのまま突入する!」

『GV!? そんな事したらGV自身が持たないよ!?』

「問題無いさ、今の僕ならね」

《…ひょっとして、モニカさん達が言ってた()()()()()()の事?》

「……そんな所だよ、シャオ」

 

 僕はこのシャオの言い方に違和感を覚えた。

 僕は未来のシアンとモルフォの事を話したのは、あの時参加していたアシモフ達と紫電達だけで、この事はミッション(電子の謡精救出ミッション)参加者以外には話さない様にアシモフに通達されていたのだ。

 それに、仮にもしモニカさん達が話したのだとしたら、シアンの加護なんて言わずに、シアンとモルフォの加護と言うはずだ。

 つまり、シャオは最初からモルフォが居ないかのように振舞っているのだ。

 シャオの事を疑いたくは無いけれど、一応警戒しておく必要があるかもしれない。

 このエデン侵攻のタイミングの良さといい、皇神だけでは無く、フェザーにもスパイが居ても不思議では無いのだ。

 それに今の僕ならば、この程度の事でシアンとモルフォの歌は必要無い。

 とりあえず、モルフォにテレパシーで「飛天」突入後にとある事をお願いした。

 

 そして、僕はこの勢いを利用して「飛天」に装甲を突き破りながら内部に突入した。

 流石にこの力技過ぎる突入を本当にした僕に対して、シャオは呆れたような声を僕に向けていた。

 まあ、気持ちは分かる。

 普通だったら間違いなく、生身での大気圏突入の時点で消し炭になるのは確定だからだ。

 まあ、本当にそのままの勢いで突入しようとしたら僕自身が「飛天」を貫通してしまう。

 そして、その衝撃で「飛天」は大破しながら沈むだろう。

 だけど、それでは不味いのだ。

 紫電からは「飛天」は可能な限り壊さないで欲しいとお願いされている。

 だから衝突する寸前にブレーキを僕自身に掛け、勢いを減衰させてから突入している。

 その突入後、モルフォに「詩魔法(ライフシャワー)」を歌ってもらい、その突入口を塞いでもらうのだ。

 そう、モルフォにお願いしたのはこの事なのだ。

 こうすれば実質「飛天」は無傷であると言い張れる。

 恐らくだけど、紫電は僕のこう言った考えも計算の内に入れてるのだろう。

 

《GV、凄い音がしたけど、平気?》

「ああ、問題無いよ、シャオ」

『ああ、よかった…君が無事で。いくら無敵の蒼き雷霆(アームドブルー)でも、万が一って事はあるからね。……あんな無茶な突入をした事も含めてね』

《あの、GV……》

「その声はオウカ!? フェザーの施設に避難していた事は聞いていたけど、何故そこに?」

《ごめんなさい、GV……貴方の事が心配で……それにシアンさん達の事も……》

《オウカがどうしても、君とシアンの無事を確認したいって言うからさ。……あんな無茶したんだから、オウカが心配するのは当然だと思うけどね》

「根に持つな、シャオは……僕は平気だよ。だから心配しないで、オウカ」

『オウカは心配性ねぇ……アタシ達のGVがこんな事で如何にかなる訳無いじゃない』

『…モルフォ、あの突入の仕方じゃあオウカも心配すると思うの。まあでも、私もGVなら当然だって思ってるからね』

《ふふ…シアンさんも()()()()()()()、GVの事を信頼しているんですね。……帰ってきたら飛び切りの御馳走を用意しますから、楽しみにしていて下さいね?》

《……っ! ……はははー……オウカ、今は作戦行動中なんだけど……》

(…分かっていたけどこの世界、やっぱり僕の知ってる世界じゃない。傾国の誘惑者にも僕との協力を拒否されてしまっているし、何故かパンテーラがアリスと名乗ってフェザーの隊員になってるし……ガンヴォルトもガンヴォルトだ、僕の知ってる彼は金色の髪が残っている筈なのに、それが完全に無くなって紫色になってるし、未だにフェザーに所属してるし、元々無茶をする人だったけど、更に輪を掛けて大気圏突入なんて無茶をするし……何よりも……モルフォも一緒に居るってどういう事なのさ!? それにアシモフも生きてるし、アキュラもフェザーに協力しているし、紫電達も生きているだなんて無茶苦茶じゃないか!! これじゃあ迂闊に動けない……情報の収集に力を入れないと不味そうだ。全く、オウカが相変わらずなのが唯一の救いだよ、本当に。……だけど、この世界は今までの僕が知る世界の中で最も優しい世界だ。もしかしたら、この世界なら…)

《ご、ごめんなさい……それじゃあ、GV、シアンさん、モルフォさん。今から依りを掛けて仕込みをしてきます……だから……無事に戻ってきてください》

「オウカ……約束する、僕達は必ず戻るよ」

『大丈夫よオウカ、GVはもうアタシ達に夢を見せると言う枷が外れてる状態だから』

『だからもうGVは誰にも負けない…その上で私達の歌だってあるし、私達も直接戦闘に参加出来るようになったから……絶対に私達は戻るよ。だから心配しないでね、オウカ。それに私達、新しい友達が出来たの。オウカにも紹介するから、楽しみにしててね』

《……はい! 楽しみに待ってます! では三人共、ご武運を》

「ありがとう、オウカ…モルフォ、「詩魔法(ライフシャワー)」を頼む。この突入口を塞いでおかないとね」

『任せて、GV!! …オホン、Wee ki ra murfan near en crushue. Wee ki ra selena sarla sos yor.』

 

 モルフォの「詩魔法(ライフシャワー)」による歌声が響き渡り、僕が開けた突入口は塞がれた。

 さて…「飛天」突入ミッションの開始だ。

 その内容は「飛天」の制御を元に戻す事にある。

 僕の蒼き雷霆と波動の力があれば何とかなるはずだ。

 仮にそれで足りなければ、素粒子の謡精女王(クロスホエンティターニア)も動員すれば大丈夫だろう。

 この能力も成長前の電子の謡精(サイバーディーヴァ)の段階で、蒼き雷霆を越えるハッキング性能があるのだ。

 ……それにしても、誰かに見られている気配があるな。

 もしかして、エデンはここに僕が来ることを想定していたのか?

 まあ、そうだとしても構わない。

 その罠諸共、僕達が食い破り目的を達成するのだから。

 そうして僕は「飛天」のコントロールルームを目指し、先へと進む事となったのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。




※シャオの事について
このシャオは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
このガンヴォルト世界出身のシャオは、()()()()()()()()()()()()()()
ではここに居るシャオは一体誰なのか?
…それは何となくこの話を読めば想像出来ると思いますが、後の話で判明する予定です。

追記
なお、GVはシャオにスパイ疑惑を持っていますが、
台詞の中にある通り、余りにも自身の知っている事とかけ離れており身動きが取れない為、
そんな事をする余裕なんてありません。


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第四話

 私はガンヴォルトと紫電が別次元に転移したのを確認した後、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の情報を回収する為に予め連絡をしていたテセオに、この施設全体のハッキングをお願いしました。

 彼の力、ワールドハックは明確な「アメノウキハシ」の座標を特定できれば、その能力を用いて「神代」の結界を突破し、能力を発動させる事も容易いのです。

 元々強力だったこの能力に加え、紫電が持っているサブ宝剣を元に開発した新型の魔術式の宝剣「クラレント」によって、更に彼の能力が強化されており、この宝剣は既にG7の皆に行き渡っています。

 故に、距離の壁をも突破できるという訳です。

 そうして私はテセオに連絡を済ませ、一息ついて辺りを見回していたら、戦闘痕の目立つ床に()()()が転がっているのを発見しました。

 これは確か、ガンヴォルトがこの戦いに持ち込んでいた銃であり、紫電達を大いに苦戦させていた要因となっていた物。

 この銃を量産すれば、私達がこの後戦う事が予想されるであろう、この場に居ない皇神の能力者に多大なるアドバンテージが……いえ、この銃は私達能力者にとっても危険な物。

 量産なんてしたら無能力者達の反逆の牙となりえます。

 よって、この銃はこの場で使い切ったらこのまま破棄してしまいましょう。

 

「総弾数は……二発ですか。……あの時ガンヴォルトは多くこの弾丸を消費していたのです。残っていただけでも御の字でしょう」

一朝之患(いっちょうのうれい)、パンテーラ、そちらは上手くいっているか? その身がコピーなのは分かってはいるのだが、やはり心配なのだ。あの裏切り者(アリス)の件もあるし、ニケーの占いの件もあるからね》

「テンジアン…大丈夫です。もう神代も、ここに来る前に解除出来ました。それに、あの裏切り者の目も誤魔化す事が出来ていますし、敢えてこの本来の姿でいる事で、今までずっと皇神の目も誤魔化せていましたし」

 

 そう、今私は本来の姿でここに居るのです。

 この姿はあの裏切り者の姿と同じなのです。

 お陰で必要最低限のフェザーの情報を抜く事は容易かったです。

 ただ、その一度目の情報の引き抜き以降はあの裏切り者に邪魔をされてしまいましたが…

 この通信も強化されたテセオの能力の恩恵。

 彼を味方につけることが出来て本当に良かった。

 …だけど、お兄様がこうまで心配する理由も私には分かります。

 裏切り者の件もそうですが、それの始まりはニケーの占星術が切欠でした。

 私達エデンの行く末をある日占ってもらった結果、必ずと言っていい程ある結果となったのです。

「エデンは必ず壊滅する」という結果に。

 この結果は何かの間違いであると、何度も同じように占ってもらったのですが、必ず同じ結果となるのです。

 だからこそ事前準備も万全に済ませ、この計画が失敗した時の保険も用意してあるのです。

 ニケーによると、この作戦が失敗した際に、エデンの目的を果たす為にどうすれば良いのか占ってもらった結果、「蒼き雷霆に話し合いを持ち込む事」が一番可能性が高いと言っていました。

 この事が切欠で紫電達との戦いの結果、ガンヴォルトが勝つという事が把握出来たのは怪我の功名でしたが…

 私達の計画が失敗する要因、それも彼なのでしょう。

 そんな彼と話し合いをする場を設ける為に、アスロックに「飛天」のジャックをお願いしてあります。

 強化された彼の第七波動「パペットワイヤー」ならばそれも可能です。

 この飛天をアメノウキハシに増援として送り込もうとすれば、まずガンヴォルトが出向くはずです。

 あの裏切り者達は消耗しているはずなので、アメノウキハシで籠城戦をするしかない。

 そして、紫電達との戦いが終わってフリーで動けるのは彼しか居ないのです。

 

 …彼は私達と同じ能力者だから話は通じるとは思います。 

 ですが、この予備の計画は私達の計画が失敗している事が前提…つまり、既に私達は彼と明確に敵対している状態にあるのです。

 そんな状態の彼が、私達の話し合いに応じるのでしょうか?

 そう考えていた時、この施設をハッキングしていたテセオから連絡が来ました。

 

《パンテーラ、このテセオさんがハッキングして電子の謡精の情報、ゲット出来たんですけどw》

「ありがとうございます、テセオ。今私達に必要な情報を簡単に説明できますか?」

《おk、えっと、要約すると……元の能力者である神園ミチルが近くに居れば引き剥がしやすい。居なくても今の持ち主の能力者をコロコロしちゃえば電子の謡精を引きはがせる。後は何らかの手段で回収できればおk。こんな感じかなっつってw パンテーラなら回収手段は夢幻鏡(ミラー)を使えば大丈夫っしょw》

 

 テセオはこの情報の序に神園ミチルの居所についても調べてくれていました。

 この作戦で電子の謡精の確保が出来なかった場合の保険として用意してくれたのでしょう。

 テセオもテセオなりに、ニケーの占いの結果を気にしているようです。

 こちらに関しては、手の空いているG7の皆……ジブリール、ニムロド、ガウリにお願いしましょう。

 お兄様は指揮をしている関係上、動く事は出来ませんが。

 ……出来れば、皆にはこちらに来て手伝ってもらいたいのですが、あのニケーの占いの結果を考えるに、皆をこの場所に送り込んだ場合、最悪私達全員全滅する可能性があります。

 故にコピーである私のみがこの場に居るのですけれど……

 このコピーである私が仮にやられてしまって消滅しても、私が消滅した瞬間に、本体に今まで得た情報は流れます。

 この事が理由で、私は年に見合わない精神年齢を獲得出来ているのです。

 だからこそあの時、裏切り者を始末しておきたかったのです。

 そうすれば、あの裏切り者が隠していたお姉様の情報も獲得出来たのですから。

 

 それにしても、能力者の殺害ですか…彼と彼女の愛を引き裂くのは、私としても心苦しいですし、計画が失敗した場合の彼との交渉の難易度が上がりそうです。

 ですが、電子の謡精は必ず手に入れなければなりません。

 この場に神園ミチルが居ればその方法を取ったのですが。

 一度戻って体制を立て直して、改めて計画を立てた方が……いえ、ニケーが言うにはこの時のみが最初で最後のチャンスだと言っていました。

 この時を逃すともう取り返しがつかず、後はもうエデンを解散するか、このままエデンを維持して最終的に滅びを待つかしか選択肢が無くなります。

 それに、ここで私が行動しなければ、あの予備の交渉の選択すら出なくなってしまうのです。

 

 ……そろそろ戦いの準備を済ませなければ。

 私はあの愛らしく美しい姿を取り、先ほど手に入れた銃を手に取り、先程の思考を頭の片隅に置いて、物陰に隠れて機を待ちました。

 ここで紫電達を打ち取り、電子の謡精を獲得できれば、もうエデンは勝利したも同然です。

 そして、遂にその時が訪れました。

 倒れ伏しているボロボロの状態の紫電達に、左腕を失っているガンヴォルトが出て来たのです。

 ガンヴォルトの状態があまりボロボロになっていない事が気になりはしたのですが、今この瞬間は、千載一遇(せんさいいちぐう)のチャンスです。

 彼は今彼女を見つけて、油断しています。

 ……彼はこの銃に耐える可能性がありますね。

 ならば、同士討ちが狙えるかもしれません。

 こんな時の為に、フェザーの情報を抜き出した際、その創始者の情報も抜き取ってあります。

 私は自身の姿をフェザーの創始者、アシモフの姿へと変化させ、その銃口を彼女…シアンの心臓へと向け、発砲しました。

 その事に動揺した彼も同じように心臓を穿ちました。

 ……このアシモフという人物の銃の腕前が凄まじいお陰で助かりました。

 私はそう言った第七波動が関わっていない個人的な技能なんかも、変身時に再現出来るのです。

 同士討ちという目的もありましたが、この銃の腕前を扱うという意味でも重要だったのです。

 そうして倒れ往く彼を見届けた時、その彼の傍にあり得ない光景を見たのです。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()

 そして彼女は彼に何かを話しながら、電子の謡精と共に消えていきました。

 ……先ほどの二人はなんだったのでしょうか?

 それよりも、ああやって彼に話しかけていたという事は、彼はまだ生きており、意識があるのでしょうか?

 私のその懸念は正しく、撃たれたはずの彼は私の名前を呼んでいました。

 

「パン…テーラ…」

「おや、私の正体を見破るだけでは無く、この弾丸を受けて意識がまだ残っているだなんて、流石はガンヴォルト。出来れば私の正体を見誤り、同士討ちして貰おうと思っていたのだが……電子の謡精の力を振るう紫電や宝剣の能力者達を倒しただけの事はある。その意志の強さに愛を感じるよ」

(何故、どうして生きているのです!? 確かに彼の心臓を穿ったはず。……胸にある壊れたペンダント、あれが彼を守ったのですか!)

 

 彼が生き残ったその理由は、平常時の私だったら、「彼女の素晴らしい愛が彼を守ったのか」と軽口を叩けたのでしょうが、生憎と今の私は、そんな事を言える余裕はありませんでした。

 何故ならば、電子の謡精が分離し、その場に姿を現そうとしていたからです。

 

「ガンヴォルト、見るがいい……今正に、生きた宝剣(シアン)から電子の謡精が分離する瞬間を!!」

「シアンを……如何する……つもりだ……?」

「決まっているさ、彼女は我が愛に溢れる楽園に至る為の人柱……生贄になってもらうのさ」

(本当はこのような愛を引き裂く真似などしたくは無いのです。それに、能力者の楽園を作る為に能力者を生贄にするなんて……ですが、これはどうしても必要な事なのです。その為ならば、私は彼に酷い罵倒を受けようとかまいません)

 

 そして遂にその時が…電子の謡精が彼女から分離し、姿を現したのです。

 その姿はあの時消えた電子の謡精の姿と同じで、もう片方の彼女の姿はありませんでした。

 ……どうやら未だ意識が朦朧としている様なので、早速回収に取り掛かりました。

 思えば、この時点で彼を始末しておけば、あんな事にはならなかったのでしょう。

 

「フハハハハッ! これだ! この時を待っていた!! さあ電子の謡精よ…我が愛の檻に囚われ…」

 

 私は電子の謡精を鏡で閉じ込め、「ミラーピース」と言う形で回収しようとしたのですが、私の腕に彼の放った弾丸が当たり、回収が中断されてしまいました。

 その時、私は立ち上がり髪を銃へと繋ぎ、その銃口をこちらに向けていたガンヴォルトを見たのです。

 その姿は正に満身創痍のそれで、その身に宿る第七波動は皆無でした。

 

「……っ! その状態で立ち上がるのかい? 実に愛を感じるが、無駄な努力さ。さあ私の愛を受け、天国(エデン)へと昇天するがいい!!」

 

 私は立ち上がった彼に対し、即座に無数の能力による弾丸を浴びせました。

 ですが彼はまるで微動だにせず、銃の弾丸をこちらに放ってきます。

 ……第七波動が皆無である為、彼は雷撃をこちらに放ってきません。

 なのに、この絶対に勝てないと思える程の威圧感はなんなのでしょうか?

 今の内に確実に仕留めなければと思い、私はSPスキルを放ちましたが時すでに遅く…

 

「パンテーラ! 僕はシアン達を守る! 息を引き取り、幽霊になってしまっても、僕は絶対にこの手を離しはしない!! 迸れ! 蒼き雷霆よ!(アームドブルー) シアン達を守る為、幻影を晴らし、真実を白日の下に曝け出す雷光となれ!! 

 

           ――終段・顕象(ついだん・けんしょう)――

 

伊邪那岐…大神(いざなぎの…おおかみ)ィィッッ!!」

 

 私のSPスキルがガンヴォルトに当たる直前、彼が呼び出した白い服を着た、金の環の双方に剣が突き出たような物を装備した存在に阻まれました。

 そしてコピーの私が最後に見たのは、その存在が放った光が私のSPスキルを打ち消しながらこちらに向かってくる光景なのでした。

 

 

――――

 

 

「…………」

「パンテーラ、やはり計画ハ失敗したのですね?」

「ニケー…ええ、貴方の占い通り、失敗してしまいました。……私は肝心な時に失敗ばかりして……皆に迷惑を掛けて……しかも今回は裏切り者の件とは違って、取り換えしが付かなくて……後一歩……あと一歩だったのです! なのに私……私は……」

 

 私はアメノウキハシへと向かっていたコピーの記憶を受け取り、その内容から計画の失敗を把握しました。

 この事に私は涙を堪え切ることが出来ずに、ニケーへと泣きついてしまいました。

 私の普段見せる事の無いこの様子に、神園ミチルの誘拐に参加していなかったお兄様が慰めてくれました。

 

「…七転八起(しちてんはっき)、この時の為に予備の計画を用意していたのだろう? 一念通天(いちねんつうてん)、諦めなければ必ず楽園への道は開ける。だから、今は予備の計画の方へと力を入れるべきだ、パンテーラ」

「テンジアン…お兄様ぁ」

「パンテーラ、確かに、アノ計画ハ失敗してしまいマシタ。ですが、マダ希望ハ残っていますし、この事ヲ切欠に、計画が失敗シタ要因がガンヴォルトであると判明シマシタ。だからこそ、アノ占いの結果ガ出たのでしょう」

「そうっスよパンテーラ、失敗なんてこのテセオさんですらよくやってるみたいな? ……今やってる計画もダメならまた(ググ)ればいいんスよ、皆でさ、っつってw テセオさん、クサイ台詞吐きすぎてテラハズカシスww」

「ニケー……テセオも……」

 

 そうして私達が話し合っている内に、誘拐に参加していた皆が……ジブリール、ニムロド、ガウリの三人が戻ってきました。

 ですが、皆の様子が心なしかボロボロです。

 G7の皆はクラレントによって能力が強化されているはずなのですが…

 

「済まねぇパンテーラ、オレら、誘拐に失敗しちまった…」

「あのメイド…まるで海みたいに得体のしれない深さがあったぜ」

「あれはまるでDEVIL(悪魔)そのものオレらの動きをREAD(読みきる)MONSTER(化け物)

「ジブリール、ニムロド、ガウリ…貴方達三人も居ながら、失敗してしまったのですか?」

「あぁ…あのメイド野郎、今思い出しただけでも腹が立つぜ! ……最初は何処から取り出したのか分からない重火器でオレらの相手をしてたんだ。だけど途中から()()()()()()()()()()を取り出してきた時から、一気に戦況が変わっちまって…」

 

 電子の謡精の本来の持ち主を守護する存在が唯物では無いとは思い、三人を向かわせたのですが……それでも不足だったのですか。

 この宝剣で強化されたG7の三人を撃退できる程の実力を持っていたのは完全に予想外です。

 ……もう、私達の退路は断たれたも同然ですか。

 後はもう今の私達が居る場所…飛天でのガンヴォルトとの交渉に、私達の命運を託すしかない……

 これが上手くいかなかったら…皆にはテセオの能力で逃げてもらい、私は彼の足止めに努めましょう。

 あの白き存在を再び呼ばれたら私は無力でしょうが、それでも皆を逃がすだけの時間を作れるはずです。

 ポーンの皆は今回の戦いには参加させてはいませんが……今回の交渉次第では、ベラデンから退避して貰わなければなりません。

 そう思っていた時、この飛天に凄まじい衝撃が響いたのです。

 どうやら彼が…ガンヴォルトがこの飛天へと辿りつたのでしょう。

 

『パンテーラ、今の衝撃はなんだ!? まるでこの船の中身が混ぜ込ま(フレンゼ)れたかのような衝撃だったぞ!』

「アスロック、ガンヴォルトがこの飛天へと姿を現したのです。……テセオ、彼の様子を皆にモニターで見せて下さい」

「了解っス! ふむふむ…パンテーラ、確かガンヴォルトって金髪のはずッスよね? 何か髪の色が紫色になっててテラカオスで草生えるんですケドww ってちょww 電子の謡精(オワコンアイドル)の歌で突入口が直ってくんですケドwww」

垂涎三尺(すいぜんさんじゃく)、あれこそが僕らが狙うはずだった謡精の力か…」

「ですがお兄…テンジアン、テセオから貰った情報や私が得た情報に、このような力があると言う情報は無かったのですが……」

「恐らくですが、アノ力の発現ガ理由デ、私達エデンの勝ち目ガ無くなったのかもシレません。それに…やはりデス、今この状態のガンヴォルトニ本気で手ヲ出せば、私達ハ間違イナク全滅するでショウ…星ノ光が、ソウ告げています。仮にガンヴォルトヲ倒せたとシテモ、狂える謡精達が私達を滅ボスとも…」

 

 やはり丁重に彼を持て成し、話し合いに持ち込むしかありませんか。

 ですが、この事に半数以上のG7の皆が賛成するとは思えません。

 私はもうあの幻を打ち消す光を垣間見て、話し合いに持ち込む事には賛成なのです。

 ですが、ニケーを除いた皆が賛成するかと言えば…無理でしょう。

 話し合いすると言うのならば、それ相応の力を示せと迫るはずです。

 お兄様も口ではこの予備の計画に協力してくれていますが、実際に相対したら皆の言う流れに乗って来るはずです。

 ガンヴォルトには苦労を掛けてしまいますが、如何かその力を示してください。

 そうして私達は、彼が目指している場所であり、アスロックのいる飛天のコントロールルームへと足を運び、ここにG7全員が揃いました。

 そしてしばらく時間が経ち、彼は遂に姿を現しました。

 こうして直接相対すると、その内包されている第七波動の凄まじさがはっきりと分かります。

 ただ、ニケーの言う狂える謡精…電子の謡精の第七波動を感知出来ません。

 もしかしたら、彼がその身を挺して封印しているのでしょうか?

 そうで無ければ、あの二人の姿が見えているにも関わらず、第七波動を感知できないと言うのはおかしいのです。

 

「その姿はアリスと同じ…!」

「あのような跳梁跋扈(ちょうりょうやっこ)する裏切り者の名を出さないで貰おうか、ガンヴォルト」

「いいのです、テンジアン…彼から見れば正しくそう見えるのですから。……良くここまで来ました、ガンヴォルト。私はパンテーラ、「エデン」の巫女にして象徴。これが私の、偽りなき姿です。私達はこれより、貴方に対して話し合いの場を設けたいと思います」

「話し合いだって!? ……だけど、君やそこの女の人以外は戦意がむき出しな状態みたいだけど」

「ええ、この場にはそれに納得している者たちは半数も居ない状態なのです。勝手なお願いである事は承知の上です……彼らを如何か納得させて欲しいのです」

「……つまり、僕は君達に力を示せばいいという訳か」

「ええ、その通りです」

「…………ならば此方も条件がある。オノゴロフロートに侵攻させている機械群を撤退させて欲しい。それさえして貰えれば、僕はこの条件を飲もう」

「分かりました。アスロック、テセオ、お願いします」

「了解した、パンテーラ……貴様、これはあくまでパンテーラの頼みだから撤退させているに過ぎない。俺達にそれ相応の力を示せなければ……分かっているだろうな?」

「分かっているさ…話し合いに持ち込む、その為には相応の戦力がある事を示す必要がある。それは何時どんな時代においても変わらない事だ」

「そんな旧人類(オールドマン)の理論を持ち出されても困るが……今のこの場では、確かにその通りだろう」

「んじゃま、とっととこの止まった機械群はしまっちゃいましょうね~。……ほい完了! やっぱテセオさんって凄すぎでしょww ……ガンヴォルト、テセオさんこう見えて超強いんだぜ?」

「…………こちらでも機械群の停止と、その回収が確認出来た。……テセオ、君の事を侮るつもり何て毛頭ないさ。君は間違いなく強い、その事は分かっているつもりだ」

「へぇ~、ガンヴォルト、テセオさんの事分かってるねぇw これなら実力(じつりき)も、少しは期待できるかもw」

「それでは、条件を飲んでくださいますか?」

「ああ、この条件、飲ませてもらうよ、パンテーラ」

 

 ……ガンヴォルト、如何か私達を楽園(エデン)へと導く助力となって下さい。

 そして、私達G7の皆を納得させうる力を、希望を、勇気を、示してください。

 そうして私とニケー以外の皆による、力の示し合いが始まったのでした。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。




※ニケーの占星術について
彼女の占星術はかなり高い確率で的中するので、エデンの行動指針にも影響しています。
ですが、同じ占いの結果が確実に同じ結果になると言うのは稀であり、
その様な事が発生したら、まずその事は回避できない物とこの二次小説内では判断されます。

※パンテーラがやたら弱気な件について
ニケーの占いの結果もありますが、
やはり自身のコピーから裏切り者が出てきた事がショックなお陰で、
彼女の意思は本編の時とは違い弱っているのです。
それこそ、ニケーやテンジアンに泣きついてしまう程に。
エデンの象徴たる自分の姿で楽園(エデン)を否定されたら、
それはもうショックだと思うのです。

※G7があの場に全員いた状態でGVと相対していた場合の件について
あの時のGVは意思力ガンギマリ状態の一種の無敵モードとも言える状態です。
あるいは無限食いしばり状態とも言います。
G7があの場で即SPスキルをブッパしても耐え切り、
返す刃で終段(ついだん)の発動を許してしまいます。
因みにこの場合、GVは人数差を補う為に仁義礼智忠信孝悌(じんぎれいちちゅうしんこうてい)で八犬士を呼び出して対抗するか、
大黒天摩訶迦羅(マハーカーラ)を呼び出し、
アメノウキハシを波動の力で防御しつつ纏めて吹き飛ばしていました。
若しくはクロス作品が増えるのを前提に、色々な神や英雄を呼び出して対抗するので、
結局コピーのパンテーラ一人で相対した方が被害が少なく、
かつ情報も得られるという(作者の中で)考えうる限りでは最善の選択肢なのです。

※クラレントについて
エデンが完全人工宝剣であるサブ宝剣を元に第七波動の強化と制御を目的とした、
エデンによる魔術の技術をメインに開発したこの二次小説内における宝剣。
爪本編における宝書(フェアリーテイル)の代用品。
情報を本編よりも皇神から多く入手出来た上に、時間経過も長かった為、
本編では単純な模造品であったはずの物が、
総合的なスペックでは本家の宝剣と並ぶ程となりました。
この二次小説内では無理でしたが、宝書とも機能が連動しており、
同時に使う事で紫電がシアンを取り込んだ時と似たような強化を得られます。
本来の宝剣は能力封印の部分にリソースが使われていますが、
この「クラレント」はこの部分が第七波動の強化と制御に回されており、
本編における宝書同様の効果を得ることが出来ます。
パンテーラの予定通りに事が運んでいた場合、
G7全員がこれに加えて宝書によるブーストも追加された状態となっていました。
パンテーラはこの宝剣の完成と、これがG7全員に行き渡り暫くの時間がたったタイミングで、
紫電達とガンヴォルトが潰し合っているのを強化されたテセオの能力経由で判明したのが理由で、
日本や皇神に対して事前に準備していた計画を発動させて、一気に勝負に出たという訳です。
この宝剣のお陰で最悪、電子の謡精が手に入らなくても爪本編同様の被害を齎す事が出来ます。
元ネタではアーサー王の殺害に使用された儀礼用の平和の剣であり、
アーサー王=皇神
儀式用=第七波動強化の儀式
平和=無能力者を殲滅する形
と言った感じを元にイメージしています。
ここ(ハーメルン)では某運命に出てくる宝具としての方が有名だと思います。

※テセオについて
クラレントによって強化されたテセオは、
神代の結界を無視して日本国内に自由に潜入出来るようになりました。
故に、あの大量の機械群や、
アスロックを送り込んでの飛天の乗っ取りも上手くいったという訳です。
元々強化しなくても強力な能力だから、宝剣の強化が無くても同じ事が出来たかもしれませんが、
この二次小説内ではそういう事にしておいて貰えると助かります。


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第五話

試練(G7)

これより始まるのは力を示す儀式
それに挑むのは蒼き雷霆
その先に待つのは混迷の夜を裂く光か、それとも…


 僕は飛天のコントロールを奪還する為に先へと進む。

 だけど、飛天内部には敵兵は愚か、罠等も欠片も無い状態だった。

 これも何かの罠なのだろうかと思いつつも先へと進んでく。

 シャオもこの事に疑問を持っている様で、警戒しつつナビゲートしていた。

 結局、敵兵にも罠にも遭遇する事無くコントロールルームへとたどり着いてしまった。

 ……余りにも拍子抜け過ぎる。

 これではまるで、招待でも受けているかの様な印象すら受ける。

 とは言え、それが油断する理由にはならない。

 僕は慎重にコントロールルームへと足を運び、警戒しながら奥へと進んでいった。

 その先には、()()()()姿()()()()()()()姿()と見慣れぬ7人の姿があった。

 恐らくあの7人がG7(グリモワルドセブン)であり、その中央に居るアリスの姿をした少女が…

 

「その姿はアリスと同じ…!」

「あのような跳梁跋扈(ちょうりょうやっこ)する裏切り者の名を出さないで貰おうか、ガンヴォルト」

「いいのです、テンジアン…彼から見れば正しくそう見えるのですから。……良くここまで来ました、ガンヴォルト。私はパンテーラ、「エデン」の巫女にして象徴。これが私の、偽りなき姿です。私達はこれより、貴方に対して話し合いの場を設けたいと思います」

 

 話し合いの場だって!? これには僕も勿論だが、シアンもモルフォも、そしてシャオも驚きを隠せなかった。

 ……この飛天の増援、僕を誘い出す事が目的だったのか。

 あのタイミングでこうして増援が来たならば、僕が出向くのが確実だ。

 そしてエデン……パンテーラの目的が僕との話し合いだと言うのならば、なるほど、確かにこの方法は理にかなっている。

 ……僕自身、パンテーラにあの時撃たれた恨みが無いわけでは無い。

 だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「話し合いだって!? ……だけど、君やそこの女の人以外は戦意がむき出しな状態みたいだけど」

「ええ、この場にはそれに納得している者たちは半数も居ない状態なのです。勝手なお願いである事は承知の上です……彼らを如何か納得させて欲しいのです」

「……つまり、僕は君達に力を示せばいいという訳か」

「ええ、その通りです」

 

 ある意味、分かりやすいと言えば分かりやすい。

 それに、パンテーラはこの事に対して後ろめたく思っている様だ。

 ならば、其処を存分に突かせてもらおう。

 オノゴロフロートに侵攻させている機械群の撤退を条件に引き出す。

 そうすれば紫電達は兎も角、アシモフ達は一息つける筈。

 だけど、この事を僕一人で決めるのは不味いだろう。

 僕はシャオにお願いし、モニカさんの能力で皆と相談したい事を伝えた。

 そして、モニカさんの能力による通信が入った。

 

《GV、シャオから聞いたわ。正直、にわかには信じられない内容だけれども》

《あの過激派とも言えるエデンが話し合いだなんてね。ガンヴォルト、君を味方に引き込めて正解だった。こんなにも愉快だと思ったのは、皇神で今のポジションに着けた時以来だよ》

《エデン…理性の無い能力者の集まりだと思っていたのだが、話し合いと言う選択肢を出せるくらいには知性が残っていたか》

《紫電とアキュラの言葉から察するに、千載一遇(せんさいいちぐう)とも言える機会みたいだね》

《その通りだ、フェザーとしてもこの機会は貴重だと判断する。彼らは力を示せと言っているみたいだが…存分に見せつけてやるといい。私とお前によって新たな可能性を示した、蒼き雷霆(アームドブルー)の力を》

《了解、アシモフ》

《GVに話し合いをお願いするとか、大丈夫なのかねぇ…》

《ふふ…じゃあジーノがやってみますか?》

《簡便してくれよ、アリス……俺がそんな性分じゃない事くらい分かってるだろうに》

《……とりあえず、この話し合いを受ける流れで行くよ。後、今オノゴロフロートに攻め込んでいる機械群の撤退も条件に盛り込んでみるつもりだ。どうやらパンテーラは、僕に対して後ろめたく思っているみたいだからね》

《そういった抜け目ない所は流石だね、ガンヴォルト。……この戦いが一段落付いたら、是非とも我が皇神に就職してみる気は無いかい? 今の君は、嘗てのトレードマークとも言える金色の髪と青い目を失っているみたいだし。誤魔化しようはいくらでもあるよ? ああそれと、力の示し合いという事は、戦いの場が必要になるね。……このポイントに飛天を着陸させるように伝えて欲しい》

《……紫電が社長に就任したら、考えてもいい。このポイントは……皇神未来技術研究所跡地か。……まさかまたここに行く事になるとは》

《また? ……あぁ、そういえば何時だったか忘れたけれど、あの場所に侵入者が出たと連絡が合った事があったね。……それとガンヴォルト、言質は取ったよ?》

《あくまで考えるだけだぞ、紫電》

 

 とりあえず話し合いに対してはGOサインを貰うことが出来た。

 シャオもこの通信を聞いており、この事に物凄く驚いていた。

 ……シャオはエデンに対して、顔に出る程に恨みを持っている様だ。

 所属していた海外のフェザーを壊滅させられている以上、それも仕方のない事だと僕は思う。

 

 「…………ならば此方も条件がある。オノゴロフロートに侵攻させている機械群を撤退させて欲しい。それさえして貰えれば、僕はこの条件を飲もう」

「分かりました…アスロック、テセオ、お願いします」

「了解した、パンテーラ……貴様、これはあくまでパンテーラの頼みだから撤退させているに過ぎない。俺達にそれ相応の力を示せなければ…分かっているだろうな?」

「分かっているさ…話し合いに持ち込む。その為には相応の戦力がある事を示す必要がある。それは何時どんな時代においても変わらない事だ」

「そんな旧人類(オールドマン)の理論を持ち出されても困るが……今のこの場では、確かにその通りだろう」

「んじゃま、とっととこの止まった機械群はしまっちゃいましょうね~。……ほい完了! やっぱテセオさんって凄すぎでしょww ……ガンヴォルト、テセオさんこう見えて超強いんだぜ?」

《GV、機械群の停止、及び撤退を確認したわ。……この撤退の仕方、これはかなり強力な第七波動の能力みたいね》

《この第七波動パターンは……気を付けろ、GV。どうやらこの能力は、我等の蒼き雷霆と同系統の能力の様だ》

《……あの能力の持ち主、多分だけど、「セプテンベル・ヒストリア」の前作である、「セプテンベル・レコード」をハッキングした奴だと思う》

《おいおい、ここでベルストの名前を聞く事になるのかよ。場違いにも程があるぜ》

《私もテセオから、あるネットゲームにハッキングした事は聞いてはいましたが……GV、気を付けてください。彼の能力「ワールドハック」はご覧の通り、とても強力な能力です》

 

 少なくとも、敵に回すとかなり厄介なのは間違いないらしい。

 アシモフも警戒しているし、あのメラクも反応した程だし、アリスも僕に警戒を促している。

 テセオ本人も、この能力に絶対の自信を持つのも頷ける。

 

「…………こちらでも機械群の停止と、その回収が確認出来た。……テセオ、君の事を侮るつもり何て毛頭ないさ。君は間違いなく強い、その事は分かっているつもりだ」

「へぇ~、ガンヴォルト、テセオさんの事分かってるねぇw これなら実力(じつりき)も、少しは期待できるかもw」

「それでは、条件を飲んでくださいますか?」

「ああ、この条件、飲ませてもらうよ、パンテーラ」

 

 そうして僕はG7に対して力の示し合いをする事となった。

 僕は紫電が指定したポイント…皇神未来技術研究所跡地へとG7を案内した。

 そこには既にチームシープスの皆や、紫電達も揃っていた。

 そうして最初に僕と相対する相手は、小さな女の子「ジブリール」だった。

 

 アリスからの情報によると、彼女の第七波動は、金属を操る「メタリカ」と呼ばれる能力なのだそうだ。

 それと、何よりも彼女に対して注意するべき事があり、身長の低さに対してコンプレックスを持っており、それらに関するワードを言ってしまうと手が付けられなくなるのだそうだ。

 

「俺はジブリール、鉄血の刻衣(フルメタルジャケット)なんて異名もあるが……なあガンヴォルト、力を示すだなんて言った以上、簡単にやられてくれるなよ? あんまりにも無様な姿を晒したら、極刑に処して惨たらしくかっさばいてやるからな!!」

「名乗られた以上は僕も名乗り返そう。もうパンテーラ経由で知っているだろうけど……僕はガンヴォルト、蒼き雷霆ガンヴォルトだ。……安心するといい、僕も簡単にやられるつもりは毛頭ないからね」

『GVは貴女が考えているよりも、ずっと強いんだからね!』

『アタシ達はGVの中で大人しくしてるから、その辺りは安心していいからね? ……GV、この戦いで歌を届ける事は出来ないけれど……アタシ達は信じてる、貴方の勝利を』

『貴方の無事を…いってらっしゃい、GV。何時もみたいに、怪我しないで戻って来てね。……ふふ、おかしいね、私達はもうGVと一心同体なのに、戻って来てねだなんて』

「おかしく何て無いさ…行ってくるよ、シアン、モルフォ…僕は何時も通り、必ず戻ってくる」

「テメェら…何イチャついてやがる! さっさと始めるぞ、ガンヴォルト!!」

 

 そうして互いに挨拶を済ませ、実体化していたシアン達が僕の中へと戻った時、ジブリールはその手に身に覚えのある剣を呼び出した。

 あれはエデンで作られた宝剣だろう。

 実際に、ジブリールは変身現象(アームドフェノメン)を引き起こし、姿を変化させていた。

 その姿は、童話に出てくる赤ずきんを連想させる姿をしていた。

 見た所、以外にも守りに特化している状態なようだ。

 彼女のあの苛烈な性格を考えると、より攻撃的な外見になりそうな物だと思っていたのだが…

 

 そうして僕とジブリールの戦いが始まった。

 彼女の能力、メタリカによる攻撃なのだろう、赤い血液を思わせる液体を辺り一面にばら撒き、そこから拷問器具を一斉に出現させ、それを用いて僕を集中砲火してきた。

 だが、その程度では僕を止める事は叶わない。

 僕はダートリーダーを「クロノス」に変更し、ダートを三発当て、お馴染みの雷撃麟による誘導された雷撃を浴びせつつ、吼雷降をダートの誘導に適応させ、ジブリールを穿った。

 これは特異点での紫電達との決戦の際、スパークカリバー射出した時、ダートの誘導を利用して追尾効果を持たせた物を応用した物だ。

 どうやら、威力も相応に強化されるらしく、ジブリールも今の一撃でアーマーの一部が破損したようだ。

 吼雷降は僕の中ではかなり使い勝手のいいスキルだ。

 ヴォルティックチェーンの追撃にも気軽に使えるというのも大きい。

 ただ唯一、横幅に攻撃範囲が狭いのが欠点だったのだが、この誘導によって、それも解消できそうだ。

 その事に対してジブリールは、このままではマズイと思ったのだろう。

 流れを変える為にその守りの形態から一気に攻める形態に……より彼女らしい攻撃的な狼を思わせるような姿へと変え、素早い動きで僕を翻弄しようと戦い方を変化させてきた。

 

「何をこなくそ! 覚悟しやがれ…この野郎が!!」

「姿が変わった……!? まるで狼を思わせるような外見……ここからが彼女の本領発揮と言う訳か!!」

「イヤらしい目でジロジロ見やがって…! ヘンタイか、テメェは!? こんな野郎に痛めつけられるなんて…! 俺こそが痛めつける側なんだッ! それを思い知らせてやる!! ミクロの果てまで刻み尽くしてやるぜ! ガンヴォルトォッ!!」

「正体を失っている!? それにあの彼女の目は…」

(ねぇモルフォ…ジブリールのあの目、身に覚えがあるのだけれど…)

(奇遇ね、シアン、アタシも身に覚えがあるわ)

 

 僕の中に居るシアン達も気がついたようだ。

 彼女のあの目は、僕が鎖で縛り上げていたシアン達と同じ目をしている。

 どうやら彼女は……とても強い被虐性を持っているらしい。

 とは言え、まだ本人は自覚していないようだ。

 ……少なくとも、この事はこの戦いにおいて関係は無い筈。

 今は戦いに集中しなくては。

 実際に彼女の攻撃は苛烈さを増し、既に「波動防壁」に何度か頼る事態になっている。

 今の僕が装備しているペンダントは「手作りのペンダント」であり、このペンダントではカゲロウを発生させる事は出来ない。

 あの素早い動き…雷縛鎖(らいばくさ)で先ずは動きを止めなければ…!

 僕はこちらに突進するように向かって来たジブリールに対し、雷縛鎖を四つ展開し、その動きの拘束を狙った。

 そしてそれは上手くいったようで、その四肢を上手く鎖に繋ぐ事が出来た。

 

「テメェ! この鎖を解きやがれ! このヘンタイが!!」

「生憎だがこれは勝負である以上、そんな真似は出来ないな。次で終わりにする…! 覚悟してもらおうか、ジブリール!!」

「……っ! やれるものなら、やってみやがれ!!」

 

 この状態ならば、ダートも当てる事は容易かった。

 そしてジブリールに止めを刺すべく、僕は雷撃麟を展開しつつ、スパークカリバーを展開しようとした。

 ……そういえば、シアン達はこのスパークカリバーを、僕との戦いの時や、紫電達との決戦の時なんかで大きくしていたな。

 今の僕ならば、それも出来るはず…!

 僕はその大型化したスパークカリバーを想像した。

 どうせならば、新しい名前も付けよう。

 それは蒼き雷霆の雷撃で作られ、敵対するあらゆる存在を刺し貫き、叩き切る新たなる大剣。

 

「迸れ! 蒼き雷霆よ!(アームドブルー) 正体を失いし少女を鎮める雷鳴を響かせよ!! 煌くは雷纏いし聖なる大剣…新たなる蒼雷の暴虐よ、敵を叩き切り、射し貫け!! これで終わりだ、ジブリール! ルクスカリバー!!」

「ぁうっ! この……痛みは……す……凄い……」

 

 シアンが愛用していた大型化したスパークカリバー……それを僕が完全に再現し解き放ったSPスキル「ルクスカリバー」によって、この勝負のケリがついた。

 彼女は気絶していたが、息をしていたので、どうやらやり過ぎずに済んだようだった。

 最悪、シアン達の詩魔法やエリーゼのリザレクションで何とかしてもらう予定ではあった。

 とりあえず僕は彼女の傷をシアン達に癒してもらい、意識を回復させた。

 そして起き上がった彼女なのだが……僕を見る目が明らかに変わっていた。

 この事に後の僕は頭を悩ませることになるのだが、それはまた別の話である。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。




※ルクスカリバーについて
この名前は海外版のスパークカリバーの名前を拝借させてもらいました。


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第六話

 先ずはジブリールを撃破出来た僕は、続けて次の相手…ニムロドと相対する事となった。

 彼はエデンに加担しているが、海洋保全を掲げる環境保護団体にも所属しているという。

 何よりも海を愛する男であり、その豪快で気風もいい性格もあり、多くのエデンの仲間から「アニキ」と慕われているのだそうだ。

 但し、敵対する者には容赦が無く、「無能力者を排除して(おか)の人間を減らす」事により海の美しさを保つという、過激な思想を持っているらしい。

 これらの情報はアリスからの物であるが、これは彼の能力にも関わってくる。

 彼の能力は「リキッド」と呼ばれる能力で、液体全般を操ることが出来る能力であり、僕もネームレスで活動していた際に、この能力の情報を得ていた。

 但し、彼の場合はその海を愛する性格が反映されているのだろう。

 操れる液体が水と海水に特化されており、それに限った場合、歴代のリキッドの能力者の中では最強と言える力を発揮している。

 つまり、蒼き雷霆で相手をする際、極めて相性の悪い相手と言えるのだ。

 何しろ海水を操れるのだから、電解質を含んだ水を雷撃麟展開中に当てられれば、立ちどころにオーバーヒートを起してしまうのだから。

 そう言った弱点を突かれた経験は僕には無い。

 いや、突かれそうになった経験ならばある。

 第三海底基地にてメラクの張った罠がそれだ。

 だけどそれはネームレスで潜入した際に突破しており、同時にメラクも撃破していた。

 それがこう言った形で弱点を突かれる事になるのは何と言うか、運命めいた物を感じる。

 ……但し、今ではその蒼き雷霆の有名すぎる弱点は過去の物であるのだが。

 

「俺はニムロド、戦う理由はただ一つ、美しい海を守る事だ。……所でよ、突然で悪いがちょいと俺の質問に答えちゃくれねぇか?」

「質問? …あぁ、ひょっとして」

「察しの通りさ、お前さんの中に居る嬢ちゃん達の能力の歌でジブリールを治癒した際、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……あの現象は嬢ちゃん達が意図した物なのか?」

「いや、あれはあくまでジブリールの治癒のみが目的だ。さっきまでの戦闘痕や海が綺麗になったのは、彼女達の歌の余波に過ぎない」

「なるほどな…正直に言うぜ。俺はその嬢ちゃん達が欲しい、海を綺麗にする為にな」

「シアン達は物じゃない、その提案は拒否させてもらう。……だけど、海を綺麗にする事に対して協力すると言う形ならば話は別だ」

『アタシ達も無理矢理じゃ無ければ協力くらいするわよ』

『海を綺麗にするのは私も協力してもいいと思う。美味しいお魚もそうだし、泳ぐのだって綺麗な方がいいに決まってるもん』

「……それを聞けただけで十分だな。俺は今まで海を綺麗にする為には優秀なヤツが管理したり、陸の人間を減らしたりする事のみが正解だと思っていた。だが、こう言った直接綺麗に出来る選択肢を見つけた以上、其処まで過激になる必要も無くなった。……まあ、それでもあくまで急場凌ぎ程度なんだろうけどな。陸の人間が減らない限り、また海は汚れちまう」

「……陸の人間を減らしたければ、いっそ宇宙開発にでも力を入れて、そういった科学者を見つけて寄付でもした方がまだ現実味がある様に思える」

「…科学者ってのは正直好かねぇ、あいつらは海を汚す元凶だろう?」

「海を含めた環境を気にする科学者も存在するさ……現にこの国の下水処理施設は、他の国とは違って高度なお陰で汚染は最小限に抑えられてる。台風や地震なんかの自然の荒波に良く揉まれているからなのかもしれないけれど……結局の所、科学だろうが第七波動だろうが使い方次第だと僕は思う。やろうと思えば、逆に第七波動で海を汚す事も出来るはずだ」

「……大事なのは俺が何時も仲間に言っている海洋保全の心って事か」

「その心を広める事こそが、ニムロドの本当のやるべき事だと僕は思う」

「そうみたいだな……ふぅ、俺の心の汚れが綺麗になったような感じがするぜ……感謝するぜ、ガンヴォルト……だが、この勝負の手加減なんて一切しねぇがな!」

 

 そう言いながらニムロドは宝剣を取り出し、変身現象(アームドフェノメン)を引き起こした。

 その姿は人魚を思わせるような姿をしており、正に彼の海を愛する心を体現したかのような姿をしていた。

 そうして僕とニムロドとの戦いが始まった。

 こちらの弱点を把握しているのだろう。

 開幕、大規模な水竜巻を僕の周囲や足元に展開して雷撃麟の展開を阻止する様に展開して来た。

 ……蒼き雷霆だけでも負けはしないと思うが、かなりの苦戦を予想される。

 これは波動の力をメインにした戦い方…モード「ラムダドライバ」の出番だ。

 僕は何時もの戦い方、モード「蒼き雷霆」からモード「ラムダドライバ」へと変更した。

 この戦い方は今までの僕の戦い方と根本的に変化する。

 雷撃を一切使用しなくなり、波動の力で強化した銃撃やアシモフ仕込みの格闘技術がメインとなる。

 その序に、ダートリーダーも最近入手した「デュラハン」に固定した。

 この戦闘形態はEPエネルギーの消耗が激しいのが欠点ではあるのだが、そこはエターナルヴォルトで補うことが出来る。

 あの時のアキュラとの戦いでは出来なかったが、今回はこの手が使える。

 ……ニムロド、僕とアシモフが切り開いた蒼き雷霆の可能性の力、それを受けて貰おうか!

 そのニムロドなのだが、こちらに向けてクラウチングスタートの構えをしており、今にもこちらに突撃して来る体勢を取っていた。

 僕はそれに合わせて迎撃する為に先ずはエターナルヴォルトを用いて、EPを一時的に無制限に使用できる状態にし、波動の力をダートリーダーに装填されているダートに収束させた。

 ……アシモフがこちらを見て笑みを浮かべている。

 どうやら、僕がやろうとしている事を把握している様だ。

 そうしてニムロドは大きな水柱を後方に展開しながらこちらに突っ込んで来た。

 僕はそれに合わせ、波動の力を収束させたデュラハンで強化されたダートを放った。

 

「迸れ! 蒼き雷霆(アームドブルー)! 体に宿る泡と消えぬ可能性の雷(僕の意思)波動(チカラ)と為りてその弾丸(ダート)に宿り、大海原(ニムロド)を穿て! ……確かにその攻撃方法(水責め)は僕にとっては厄介だが、こういう手段もあるんだ!」

「へぇ…生憎だが、そんなちゃちな針程度じゃあ……っ!」

 

 このダートは、以前のカレラの能力に弾かれた時以上に強化された物。

 この一撃は見事にニムロドのアーマーの一部を貫き、貫通させることが出来た。

 その事に動揺して隙を晒したニムロドに僕は、全身とダートリーダーの強度を波動の力で強化した状態で突っ込み、ニムロドに対して近接戦闘に持ち込んだ。

 

「……僕の知ってるガンヴォルトの戦い方じゃない」

「メラクと同じく、僕も知らない戦い方だね、あれは」

「紫電、あれは蒼き雷霆を用いて第一から第三の波動を増幅し、それを用いてダートや身体能力を既存の強化も含めて、更に強化しているのだ。私とGVはこの力を波動の力、もしくはラムダドライバと呼んでいる」

「メカニズムは極めて単純だ…人体に電流を流す、これだけであの力を発現することが出来る。だが、蒼き雷霆の能力者でも無ければこんな事をするのは不可能だ。普通ならば、電流を体に流した時点で電気ショックで死んでしまうのが普通だからな」

『それを何とか出来ちゃうのがアキュラ君の凄い所なのさ。……最近のアキュラ君は、この力で何が出来るかの研究がメインになってるよね。どうせなら、ガンヴォルトに聞いてみるのもいいんじゃないの?』

「…奴と意見を交換するというのも、悪くは無いか。もっとも、俺との決着が付いた後の話になるだろうが…」

 

 ……アキュラ、波動の力は文字通り何でも出来る力だ。

 その気になれば英雄や神様、伝説の武具だって呼び出せるんだから。

 そう思っていた僕の思考の隙を突き、近接戦闘に移行した際にニムロドが手に取った槍が僕をかすめた。

 が、直撃は避けれているので問題は無い。

 僕は引き続き格闘術や強化されたダートによる近接戦闘を続行した。

 そして、僕の青き雷霆と波動の力での身体強化に加え、強度を強化されたダートリーダーのグリップの一撃がニムロドの顎を捉えた。

 この一撃によって意識が混濁しているのだろう。

 これによって、彼の能力が一時的に収まった。

 今が決着を着けるチャンス。

 僕はニムロドを全力で足払いをし、馬乗りになって波動の力を込めたダートリーダーを突きつけた。

 

「…勝負ありだ、ニムロド」

「参ったぜ、ハープ(ハイドロザッパー)もSPスキルも使わせて貰えねぇとはな……俺の負けだ、ガンヴォルト。まさかご自慢の雷撃を一切使わずに完封されるとは思わなかったぜ」

「使っていたさ、ただそれを目に見えない方法で運用していただけに過ぎない。僕自身、蒼き雷霆の明確な弱点は把握していたから当然、克服だってするさ。……もう勝負はついたから、怪我の手当てをしよう。それと……シアン、モルフォ、頼みがあるんだ」

『分かってるよ、GV』

『ここら一帯の海を綺麗にしようって事でしょう?』

「ああ、僕はニムロドに協力をする事を約束したからね。その約束を果たす為の第一歩として、この付近の海を綺麗にする。……シアン達だけじゃない、僕も歌うよ」

『うん! GVも一緒に歌おう!』

『こうやってアタシ達三人で歌うのは久しぶりよね。だけど、GVって詩魔法が扱えるのかしら?』

「ああ、シアン達が目を覚ます前に確認だけはしたんだ。そして実際に扱う事が出来るのを確認できたから、大丈夫だよ、モルフォ。ニムロドの傷の手当ても僕がやるから、見ていて欲しい」

 

 僕はニムロドの傷を詩魔法(ライフシャワー)で癒した。

 そして、彼との約束を果たす為の第一歩として、僕達三人は協力強制をしつつ、海に対して詩魔法(ライフシャワー)を全力で歌い上げた。

 僕達三人から流れ出す癒しの光が、遥か地平線の先までの海を浄化していく。

 ジブリールの治癒の時でも余波程度で見違えるほどに海は綺麗になっていた。

 それが、明確に海を対象に詩魔法(ライフシャワー)を歌い上げたのだ。

 その結果は見事に澄み切り、生命力溢れる大海原という光景だった。

 ……こんなに綺麗な海を見たのは、前世の時も含めて初めてだった。

 

「すげぇ……これが俺の夢にまで見ていた本当の大海原なのかよ……」

「海をこうした張本人である僕達が言うのもアレだけど、こんなに綺麗な海を見たのは初めてだ」

『GV、海の底があんなにハッキリ見えてるよ!』

『泳いでる魚影もハッキリと見えるわね』

「こうやって奇跡の海域が出来上がったって訳か。……あのエリーゼの記憶の映像の裏付けが図らずとも取れちゃったか。まあ、面倒が無くて楽出来たからいいけどね」

「あの時も思ったが、もう電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力の範疇ではこの現象は説明出来ないな……この詳細もガンヴォルトから是非聞いておきたい処だ。彼の言う代案と言うのも、これに関わってきそうだしね」

「ガンヴォルト、お前さんの約束を果たそうって想い、確かに伝わったぜ。……っと、こうしちゃいられねぇ! ちょいとこの海を泳がせて貰うぜ! ベラデンに居る俺の部下達の土産話も欲しいからな!!」

 

 ニムロドは変身現象を解かずにそのまま泳ぎに出かけてしまった。

 海を愛する男が、こんな今まで見た事の無い様な綺麗な海を目撃したのだ。

 その嬉しい気持ちを爆発させ、ああやって行動に移してしまうのも仕方が無いと僕は思う。

 何しろ、僕やシアン達だってこの力の示し合いを中断して泳いでみたいと思える程なのだから。

 この僕達の生きる時代は近未来だから、既にこうした綺麗な海を見られる場所がもう無いか、或いは貴重なのだろう。

 G7の皆やパンテーラも、そしてアシモフや紫電達も、この海が綺麗になった光景に目を奪われていた。

 

(この力、確かに凄マジイ…手ニ入れるコトが出来レバ、パンテーラの望ミヲ叶えるコトも容易イはず…それなのに、何故星ノ光は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?() その理由ヲ、この力ノ示し合イデ判明すればイイノですが…)

 

 僕はこの海を見ていたニケーがこう思っていた事等露知らず、次の戦いの事すら忘れ、この光景を皆と共に見続けていたのだった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。


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第七話

 しばらくの間、僕を含めた皆が、綺麗な海を見続けていたその行為を名残惜しそうに止め、力の示し合いに戻った。

 但し、さっきまで戦っていたニムロドは未だ戻ってこなかった。

 あの時、「部下たちの土産話が欲しい」とか言ってはいたけれど、あれは間違いなく自分が泳いでみたいと思ったのが主な理由だと僕は思う。

 今頃、彼はあの海の中ではしゃいでいる事だろう。

 それにもう彼との力の示し合いも終わったので、このままでも問題は無い筈。

 そう言う趣旨を僕はパンテーラに伝え、その次の相手、アスロックと相対する事となった。

 彼の第一印象は、何処か嘗てのアキュラを…憎悪に捕らわれた彼を思い起させる物だった。

 彼の情報について、アリスから事前に聞けたのはその能力……パペットワイヤーの詳細と、嘗て菓子職人(パティシエ)を目指していた事のみであった。

 その能力は、糸状のエネルギーを使い、機械の強化と操作を行う第七波動(セブンス)で、蒼き雷霆やワールドハックと違い、機械をハッキングではなく直接的な手段で動かしており、その能力で出来た糸の繋がった機械は、本来持つポテンシャル以上の力を発揮する事ができるのだそうだ。

 

 あの憎悪に満ちた目は…アリスがその詳細を話すのを辞める程の理由があるのだろう。

 それに「旧人類(オールドマン)の理論を持ち出されても」と言っていたあの時、その憎悪がにじみ出ていた印象があった。

 恐らくだけど、彼があんな目をするようになったのは……

 

「では始めようか、ガンヴォルト…お前の腕前、先の二人の戦いで見せてもらったが、実に見事な調理法(ルセット)だった……しかし、お前はパンテーラの目的である甘美なる楽園(エデン)の障害だ。

故に貴様を焼き上げる…焼き菓子(タルト)の如く熱を加え、調理させて貰う」

「生憎だが、簡単に僕を焼き上げる事が出来ると思わない事だ。それにこの力の示し合いは、あくまで話し合いをする為の物。エデンの目的の障害になるとは限らないぞ、アスロック」

『貴方のその目は憎悪に染まっている……私には貴方の本当の目的は、別の所にある様に思えるの』

『貴方には、アタシ達とは違った狂気を感じるわ。アタシ達もGVに対しての愛に狂っているから、そういう感情が分かるのよ。貴方の憎悪に満ちた……復讐と言う名の狂気をね』

「…俺の過去について、裏切り者のアリスから話でも聞いたのか?」

(謡精共、それにガンヴォルト……俺の復讐心(ルヴァンシュ)を見破るか)

「…アリスは君の過去の経緯を語りはしなかった。だから、僕達には想像もつかない程の想いをしたと言う予測しか出来ない。そして、その想いを完全に消し去るだなんて傲慢も言うつもりも無い。僕が出来るのは、その衝動を受け止める事だけだ!」

 

 シアン達が僕の中に戻ったと同時にアスロックは宝剣を取り出し、その姿を変化させた。

 その姿は、彼が目指していたであろう菓子職人の姿を思わせるような外見だった。

 そして彼は穴が開いていたその指先から能力由来であろう糸のような物を展開し、

菓子の家を思わせるかのようなロボットを操り、僕の前に立ち塞がった。

 

「……その言葉も今の時点では傲慢(アロガン)だ、ガンヴォルト。その様な台詞(レプリーク)は、実際に俺をその電熱で焼き上げて見せてから言うんだな。行くぞガレトクローネ、その熱で奴を焼き上げろ」

 

 そうしてアスロックとの戦いが始まった。

 そのコンビネーションは正しく一心同体と言える程の物で、その巧みな攻撃は僕の予想を超える程の物だった。

 彼にダートを狙い撃とうとしてもガレトクローネが盾となり、仮に撃破することが出来ても彼の能力で即座に復帰する。

 その攻撃手段も、カゲロウの使えない今の僕にとって厄介な物であった。

 ガレトクローネの両指から放たれる広範囲をカバーする機銃掃射に、地面を熱エネルギーを込めつつたたき割り、その熱が込められた破片による攻撃、そして半端に攻撃をして放置したガレトクローネから放たれる、戦場のほぼ全域をカバーする熱線と合わせ、「波動防壁」では相性が悪い。

 正直、解法(かいほう)(とう)によるカゲロウを使って回避したい程であった。

 しかし余程の事が無い限り、邯鄲の夢に頼るのだけは避けたい。

 ……今の処は対処出来ているが、更に手数を増やされたら、此方の手数が足りずに押し切られるかもしれない。

 

 もしシアン達の歌があれば、これ以上手数が増えても余裕を持って、波動防壁のごり押しが通るのだが、この歌には頼ることは出来ない。

 何か手数を増やす手段があれば……アキュラや今僕と戦っている彼のように、()()()()()()()()()()()が居れば、また違った戦い方が出来るのだけれど……

 

(ガンヴォルトめ…思った以上にいい動きをする。だがあの様子では、更にこちらの手数を増やせば押し切れると見た。……飛天にはテセオが能力でコピーしていたあの皇神の新型や飛行兵器があったはず。それを使わせて貰い奴を磨り潰し、焼き上げる!) 

(アスロック…飛天の方を見て何を考えて……っ! そうか! 恐らくだが、あの中にエデンの持ち込んだ兵器がある。それらを持ち出す気か!)

 

 それは反則だ等とは言えない。

 何しろそれを持ち出したのだとしても、その兵器は彼の能力によって制御されている物。

 それ相応の能力による制御技術や負荷も当然あるだろうからだ。

 ……やはり手数を増やす為の方法を構築する必要がある。

 蒼き雷霆によるハッキングを使う手もあるかもしれないが……彼の能力を打ち破りつつそれを成すのは多大なる隙を相手に与えるという事であり、そのリスクは高いと言わざるを得ない。

 そう、あの時のアキュラとの戦いの様にはいかず、そしてあの場所から回収した、今持っているアキュラの銃にあった簒奪の弾丸も既に撃ち尽くされている。

 何か、何かないか? 僕が見た事のあるロボットのイメージが。

 それさえあれば、奴が持ち出す兵器の一部をSPスキルで破壊して、それを材料に「波動の力」で再構築出来ると言うのに!

 そう僕が思いつつも応戦をし続けていたら、遂にアスロックが行動を起こした。

 

「まだ焼き上がらないか、ガンヴォルト…ならば更に火力を上げ、手数を増やす。テセオ、お前の用意した機械群の内の二機を使わせてもらう。別に問題は無いだろう? お前の能力で既に何機も用意出来ているのだから」

「構わないっすよアスロック、やっちまえーつって~ww」

(やはり来たが、幸い僕の想定以下の数だ……だけどもう時間が無い、今すぐにイメージを構築しなくては……!)

 

 この時の僕は正直焦っており、実際に時間も無かった。

 もう最初に思い浮かんだイメージを元に構築するしかない。

 ……そのイメージを僕はギリギリの所で構築することが出来た。

 だけど、このイメージが最初に思い浮かぶとは……確かに操作もした事があるし、動きのイメージも出来る。

 僕の中の「彼」のイメージは心優しい人格を持っている。

 そんな彼の言葉(選択肢)は、その時の僕やシアン達の想いを代弁してくれた。

 あの二つの作品は、実によく出来たゲームだと転生前の当時の僕は思っていた。

 ただ、僕がこの二つの作品をゲームだの作品等と言う度に、シアン達の怒っている想いが伝わって来たのが当時の僕には不思議であったが……

 アスロックとの戦いが終わった後に、この事を尋ねてみよう。

 僕は実際に転生と言う物を体験し、異世界と言う物が明確に存在している事を知っている。

 もしかしたら…あの画面の先の出来事は、ここでは無い何処かで実際に起こっており、シアン達はそれを察知していたのかもしれない。

 

 そう思っていたら、アスロックが飛天から出て来た飛行兵器「フェイザント」と見慣れぬもう一機……いや、あれのデータは身に覚えがある。

 確かあの兵器は、試作第十世代戦車「プラズマレギオン」と呼ばれていた物だったはず。

 あれは既に完成はしていたが、量産する時間が無かった為、電子の謡精(シアン)救出ミッションでは出てこなかった兵器だった。

 それを量産済みだと……あの会話の様子では、どうやら何らかの手段で鹵獲され、テセオの能力によって量産されたのだろう。

 やはりアリス達の言う通り、テセオの能力は厄介極まりない。

 このプラズマレギオンのデータは既にあるが、パペットワイヤーによる強化も加わるのは厄介だ。

 

「さて、こちらの手数は揃った……流石にこれ以上はさばき切れまい、ガンヴォルト! 今度こそ貴様を磨り潰し、増した火力で焼き上げて見せよう」

 

 ……あわよくばアスロックを直接仕留めるのも手だったが、あの三機の守りが手厚い。

 確実に仕留めるのならばあの三機の内、フェイザントを狙う方がいいだろう。

 制空権を取られるのが一番厄介だし、空を飛ぶ分、装甲も薄いだろうから撃破もしやすい。

 アンリミテッドヴォルトからのルクスカリバーで、確実に撃墜させて貰う。

 そうすれば再構築する為の材料も揃う筈。

 

「迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)! 憎悪に塗れし獄炎の(かまど)を焼き尽くす、闇払う雷火となれ! ……そう簡単に事が運ぶと思わない事だ、行くぞアスロック! 先ずはこれで…! アンリミテッドヴォルト! そして――煌くは雷纏いし聖なる大剣、新たなる蒼雷の暴虐よ、敵を叩き切り、射し貫け!! 先ずは制空権を得ているフェイザントを仕留める! ルクスカリバー!!」

 

 僕は波動の力を用いてフェイザントへと跳躍し、その間にアンリミテッドヴォルトで僕の第七波動の潜在能力を開放、そして即座にルクスカリバーを呼び出し、

両腕でそれを持ち上げフェイザントを叩き切り、僕の思惑通りに一撃で仕留めることが出来た。

 

「GV…ヴォルティックチェーンを使うのを躊躇ったか。あの場面ではそれを使うのが正解だと思っていたのだが…」

「無理も無いわアシモフ、基本スペックのデータはあるけれど、実際の戦闘データの無い相手にそれをやるのはリスクがあるもの」

「あのフェイザントを確実に撃ち落として、今みたいに先ずは制空権を確保するって手も悪くないと思うぜ? ほら、実際に落下の衝撃も利用して、あのプラズマレギオンに雷の大剣で切りかかるみたいだしよ」

「ですがジーノ、あのプラズマレギオンは確か……あぁ、やはりバリアで威力を殺されましたか。あのバリアを把握していたからこそ、GVはヴォルティックチェーンを使わなかったのですね。ですが、フェイザントを撃ち落としても、このままではアスロックの能力で直ぐに復帰してしまいます」

「…あの堕としたフェイザントで何かをするつもりなのだろう、アリス。今この状況、ガンヴォルトは手数が足りない状態だ。そこでアレにあの力を利用して何かをするんじゃないのか? そうすれば手数も増えるし、相手の虚を突けるはず」

『「波動の力」って何でも有りだもんねぇ。あ、ガンヴォルトの奴、プラズマレギオンを踏み台にして撃墜したフェイザントに接近してる。アキュラ君の言う通り、アレに何かしようとしてるみたい』

 

 それの大本は、かつてのシアン達みたいな想いによるやり取りを再現したかのような……そんなコミュニケーションによる機能を持っただけの機械だった物。

 それを元に戦闘用に開発された黄金に輝くボディに、二丁拳銃を扱うだけでなく、スナイパーライフル、パイルパンカー等の多種多様な武装を兼ね備えたロボット。

 七つの海(七次元)を越えた先の世界に存在する唯一人の、「彼女」の為の守護者(ガーディアン)

 ()()()()()()()()()()……だから今この瞬間だけでいい、僕に力を貸してくれ! 刻神楽を守る守護者、「アーシェス」!!

 僕は波動の力を乗せ、このイメージを撃墜したフェイザントへと流し込んだ。

 そしてこの世界に、()()()()()()()()()()()()()()のロボットが姿を現した。

 

(GV!? このロボットって…!)

(アーシェスだね、モルフォ…GVも、やっと理解したんだね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

(やはり、本当に存在していたのか。僕がゲームと言う度に怒っていた想いが伝わって来ていたから、もしやと思っていたけれど…どうやってその事を察知したのかは後で聞くよ、二人共。今はアスロックとの決着を着けないと)

「……っ! 俺の知らないロボットだと!? だが、そんな小さな玩具(ジュウェ)でガレトクローネとプラズマレギオンを止める事は…!」

「隙を見せたな、アスロック!! それにこいつの力は、見た目通りの物では無い!」

 

 ここからの決着はあっという間の出来事であった。

 アーシェスはまるで何度も試行錯誤をした最適解を一度に出したかのような動きで、プラズマレギオンを何処からか転送されたスナイパーキャノンで、既に割っていたバリアの穴を的確に打ち抜き行動不能にし、ガレトクローネへと即座に張り付き、瞬く間にアスロックへの障害を取り除いた。

 そして僕がアスロックへとダートを撃ちながら雷撃麟を展開しつつ接近し、ガレトクローネの横をすり抜けようとした時、僕とアーシェスの目が…いや、僕達三人とアーシェスの目が合ったように感じた。

 その時、僕達三人は確かにアーシェスからその想いを感じたのだ。

「あなた達三人が来るのを待っている」と言う、「彼」の…いや、「彼女」の確かな想いが。

 そうしてアスロックに対し、止めにダートで誘導した吼雷降(こうらいこう)を叩き込みつつ、零距離まで踏み込んで霆龍玉(ていりゅうぎょく)を放ち、決着を着けた。

 この戦いの決着が付いた直後、アーシェスはその姿を崩し、塵へと返った。

 僕の想いに応え、文字通りあの瞬間だけ力を貸してくれたのだ。

 

「見事だ、ガンヴォルト。どうやら俺はお前を焼き上げる所か、逆にお前によって焼き上がってしまった様だ。……何か希望はあるか? 俺は敗者だからな、ある程度の事なら要求を呑もう」

「……この力の試し合いが終わったら、君の作る菓子を僕達に振舞ってくれないか? 材料と場所はこちらで用意させてもらうし、僕もシアン達も、本場の菓子職人を目指していたアスロックの菓子には興味があるし、アリスも君の作る菓子の事に未練があるみたいだしね」

 

 そうしてアスロックに対して手作りの菓子を振舞ってもらう約束を取り付けた。

 そしてこの戦いが終わった後、アーシェスの事について皆に質問攻めにあったりしたが、僕は適当にはぐらかしつつ、この世界の厄介事を片付けたら、いつか必ず彼女に…「イオン」に会いに行く事を僕達三人は決意しつつ、次の戦いに臨むのだった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
この話の更新に伴い、サージュコンチェルトシリーズがクロス先に追加されます。
因みに、GV達三人で会いに行くお話はこのタイトル内でやるつもりはありません。
というか、まだ本当にやるかどうかも不明です。


8/31 追記

色々と考えた末、会いに行く話をやってみる事としました。


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第八話

 ガンヴォルトとアスロックとの戦いの後、流石に三連戦をこなした彼に対して、これ以上の連戦はフェアでは無いという理由で小休止を入れる事となりました。

 こちら(エデン)側としては、対ガンヴォルト戦の作戦会議の意味もありますが…

 実はもう彼の実力を皆は認めているのですが、せめて一矢報いたいと思っているようなのです。

 だから私も、皆と作戦会議をしているのです。

 但し、ニムロドは先ほど綺麗になった海で未だに泳ぎ回っているようですが……

 確かにあのような綺麗な海を見たのは私も初めてではあったので、海を愛している彼の中の衝撃も相当な物であったと思います。

 そして今までの戦闘の結果も、私の中では予想通りの展開でもありました。

 これまでの彼の戦闘データと比べ、今の彼は以前私が対峙した時と同じ様に、明らかに第七波動の力が以前よりも増しています。

 そしてその戦い方も含め、まるで今までの彼は、何かの枷を付けていたかのような印象すら与える程に落差が激しいのです。

 それに彼の髪の色と瞳の色が、完全にシアンと同じ色になっていたのが気になります。

 海を綺麗にしていたあの時、彼も電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を振るっていました。

 ……彼は私が敗北した後、何らかの方法で生きた宝剣(シアン)の役割を引き継いだのでしょう。

 そう考えればこの事には納得が出来ますが……

 何よりも重要だと思うのは、明らかにこの力は電子の謡精の範疇を越えている事です。

 私の集めた情報を考えると、本来ならばあのような力など無いはずです。

 もしかしたら、何かしらの理由で電子の謡精が成長し、あのような力を振るう事が出来るようになったと考えるのが自然だと私は思うのです。

 

冠前絶後(かんぜんぜつご)、ガンヴォルトの力は僕らの知っている能力者の中でも明らかに抜きん出ている。そんな彼が相手だというのならば、パンテーラが失敗したというのも僕は納得が出来る。それに彼は、電子の謡精の能力も引き継いでいるように思える」

「確かにそっスね、テセオさんが今まで見た中で、明らかに頭おかしいレベルで強いっスからねぇ。まあ、このテセオさん程じゃないですケドっつってーww」 

「そうやって油断していると、俺みたいに足元を掬われるぞ、テセオ」

「油断大敵、アスロックの言う通りだ、テセオ。僕も油断をするつもりは無いが、彼の戦闘能力は未だ未知数。雷撃の能力がメインだと思っていたが、ニムロドとアスロックとの戦闘を見るに、彼は第七波動以外の未知の力を扱う様だ。気を引き締めなければ、僕らも敗北を喫するだろうね」

「…………」

「どうしたのですか、ジブリール?」

「……なあパンテーラ、俺…アタシ、おかしいんだ。あの戦いの後、ガンヴォルトの顔を見ると胸の高鳴りが止まらないんだ。あの雷撃の、雷の大剣の衝撃が、アタシの中で疼くんだ……これがお前の言う愛…恋って奴なのか?」

「WATTS!? ジブリール、彼のTHUNDER(雷撃)で頭がGONECRAZY(おかしくなっちまった)のかYO!?」

「…それもまた愛ですよ、ジブリール。貴女はやっと、素直になれる相手を見つけたのですね」

「ジブリールは、彼ノ齎す誘惑(雷撃)に抗えませンでしタか。星ノ光のお陰で、この結果は分かっテはいたのでスが」

「っていうか、ガンヴォルトって雷撃以外の攻撃手段になるとてんでバラバラなんスよね。パンテーラの時も、ニムロドの時も、アスロックの時もそうっスけど、まるで漫画やゲームからアイデア引っ張って来てるって言うか……もし本当にそうなら、厨二病にゲーム脳まで持ち合わせた頭の可笑しい奴ww って煽ってやれるんすけど…でも、この線は正直微妙っスね。何しろ今ネットで(ググ)って見てるんスけど、アスロックの時に出してきたあのロボットの情報、全く掠りもしないんスよね。或いは皇神辺りの秘蔵物かなとも思ってこっち方向でも調べてみたけど、こっちも該当なし。パンテーラのはヒットしたっスけど、この国の神話に出て来た神様の名前みたいっスね。神様を呼び出すとか、これが本当の神降臨っつってーwww」

 

 もしテセオの言う事が本当だとするのならば、私は神を呼び出す程の相手を敵に回していたというのですか。

 …ダメです、やはりガンヴォルトに勝てるヴィジョンが全く見えません。

 テセオ以外の皆も、この事実が堪えているみたいです。

 

「……大丈夫っスよ、このテセオさん、奴に対する秘策をもう用意してあるっスから」

「……秘策ですか?」

「半信半疑だけど、僕も気になる……詳細を教えてはくれないかな?」

「それはですねぇ……このテセオさんの能力を応用して、相手がトラウマに感じる姿を見せる事が出来るっスけど、これを更に応用して、()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()。あのガンヴォルトの持つトラウマっスよ? きっと相当強烈な物に違いないっつってーww」

 

 ガンヴォルトのトラウマですか……無難に考えるとあの時の私自身か、撃たれてしまったシアン辺りが出てきそうだと思いますが。

 彼は私を見ても特に反応はありませんでした。

 では、彼のトラウマはシアンなのでしょうか? もしそうだとしたら、勝ち目はやはり薄いと言わざるを得ないでしょう。

 彼女の力は確かに私達に必要な力である事に間違いは無いのですが、彼女自身、戦闘能力は皆無に等しいはずです。

 そう思っていたのですが……向こうの陣営の方の話をテセオがちゃっかり能力を利用して盗聴していた内容に、私は驚きを隠せませんでした。

 紫電達はあの異空間の内部で、彼と同時にシアンと電子の謡精(モルフォ)を相手に戦闘を行っていたという事が分かったのです。

 しかも彼女達は彼の蒼き雷霆の能力を使いこなし、彼と共に紫電達を追いつめたのだとか。

 ……これが理由で彼は紫電達に勝利する事が出来ていたのですね。

 あの異空間に行く前は、左腕を失った上に既にボロボロの状態であったと言うのに。

 戻ってきた時、傷が癒えていたのも彼女達の能力による物だと考えれば納得です。

 ですが、彼女達はあの時紫電に取り込まれていたはず……それに対しての答えは、余りにも現実味の無い内容でありました。

 あの時紫電達と戦っていたシアン達は、未来から来た存在であるという信じられない内容でした。

 ……どうやらその事実を確認する為に、シアンはアリスと勝負をする流れになったみたいです。

 丁度いいので私達もその内容を見ていたのですが…決着は一瞬でした。

 始まると同時に、流れる様に彼のSPスキルであるあの雷の大剣を、アリスの喉元に突きつけたのです。

 その事に驚いている彼女を後目に、その四肢を時間差で発生させていた鎖で拘束し、あっと言う間に彼女は戦闘不能となっていました。

 

『私の勝ちだよ、アリス』

『私、何も出来ませんでした……』

『アリスの能力はGVの横から見てたから分かるけど、使わされると物凄く面倒になりそうなんだもん。だから封殺させてもらったよ?』

『未来から来たシアン達は、今の僕よりもずっと能力の訓練や模擬戦を続けていたんだ。それに、僕自身の戦闘もずっと横から見ていたからね……だからこう言った直接戦闘能力は僕よりもずっと高いんだ。僕自身、時折時間を作って彼女達の模擬戦を見たり、手合わせをお願いしたりした事もある。ただ、その時は互いに触れられなかったから本格的な手合わせは出来なかったけど。その手合わせの内容は、情けない話だけど何時も僕は負けていたんだ。それ故に、アシモフ以外の僕の能力の師匠でもあるんだ、彼女達は』

 

 シアンのあの流れるような動きは、お兄様も唸る程の見事な物でした。

 それに、あのガンヴォルトの能力の師匠でもあるだなんて。

 これならば、テセオの作戦も上手く行くかもしれません。

 ……それにしても、一体どうしてシアン達は、あそこまでの研鑽を積もうと思ったのでしょうか?

 

『モルフォも同じくらい強ええのか……これじゃあアリスの事笑えねえぞ』

『鎖で繋がれる事は無かったけど、アリスのあの負け方は僕の最初の負け方でもあるんだ、ジーノ』

『私も頑張れば、シアンみたいに強くなれるのかな?』

『ミチル様が望むならば、私がアキュラ様と同様の稽古を付けさせていただきますが』

『ミチルが望むなら、アタシ達も手伝うわよ?』

『ありがとうノワ、モルフォ、機会が合ったらよろしくお願いします』

『私、折角夢想境(ワンダーランド)以外の手札も用意してましたのに……使う機会が無くなってしまいました』

『確かアリスは私達の第七波動の力の余波が混ざったお陰で、パンテーラから独立出来るようになったんだったよね? もしかして()()、使えたりするの?』

『ええ、この事を以前からアシモフにも相談して、最近やっと物に出来るようになりました。 オノゴロフロート戦ではエデンが来る事を警戒して温存していたのですが…』

『なるほどね…実際、初めて使ってみてどうだったんだ、アリス?』

『始めて使った時、専用の服を用意せずに好奇心で使った結果、服がはじけ飛んでしまいました。……幸い周りに人は居なかったので、即座に服を私の能力で再構成しましたけれど、正直、あの時はかなり恥ずかしかったです』

『モルフォと同じミスをしてたのね、アリス』

『そうえば、私も電子の謡精以外に何か違和感があるのを感じるの。もしかして、私もアリスちゃん達と同じ事が出来るのかな?』

『ミチル様、先ほどの話を聞く限りでは、今それを試すのは宜しくないかと思われます』

『……ミチルはそのままでいてくれ』

 

 アリスのあの力の秘密、それがシアンの力の余波が混ざった事だったなんて……それにアリスの言っているアレと言うのが気になります。

 始めて使った時、服がはじけ飛んだとも言っていましたけれど……その事を聞いたお兄様が一瞬険しい表情をしましたが、誰も見ていなかった事に安堵して元の表情に戻っていたのが何所か可笑しかったです。 

 ですが……電子の謡精とシアン、そしてミチルが会話をしている、そんなあり得ない光景が問題なのです。

 テセオの情報通りならば、あそこまで接近していれば間違いなく、あの三人の間に何かしらの反応が起こり、私の力で容易くその力を確保出来るはず。

 それなのに、何も反応を示さずに居るのです。

 それに、力の余波だけでアリスがあそこまでの力を身に付けたと言うのも問題です。

 シアンの第七波動の力がそれ程までに高まっていると言う事も、そして、その事を私が感知出来ていない事もです。

 ガンヴォルト…彼が彼女の力を今までずっと隠蔽していたと言うのですか。

 そして彼は何らかの方法を用い、シアン達をミチルによって引き剝がされるのを防いでいるのですね。

 そう思っていた私達を後目に、アリスがこちらの方を見ているのが気になります。

 ……彼女の大本は私なので、テセオの能力による盗み聞きに気がつかないとは思えません。

 

『所で…盗み聞きは感心しませんよ、テセオ? 随分と前からしていたみたいですけれど…』

「ヒェッ…テセオさんの事バレてるし…」

「コピーとはいえ、元は私でもあるのです。気がつかれて当然ですよ? それにアリスのあの反応……どうやら今の会話を私達に聞かれても問題は無いと判断したのでしょう」

『無能力者の殲滅を語っていた皆が、話し合いと言う選択肢を取った……今の皆ならば問題は無いでしょう。これは独り言なのですが……私がこうなってしまった根本的な原因、それは電子の謡精(サイバーディーヴァ)……いえ、今では成長して別の能力になっているのでしたね。素粒子の謡精女王(クロスホエンティターニア)としての彼女達の力の余波を浴びた事です。彼女達はもう電子だけに留まらず、物質の根源とも言える素粒子に干渉が可能なのです。あの海を綺麗にした力も、これに由来しているのだそうですよ? そして彼女達の力の根源、それは()()()()()……私はこの力を直接受け運用し続けて来たので、この事実もはっきりと分かるのです。この事実と他の要因が複雑に絡み合った結果が今の私なのですよ。私はこの特異な力を得た事が切欠で、私の中の……貴女にとっての大切だった何かが破壊されてしまったのです。……私は貴女に仮初ではありますが、大切なお母さんを奪われました。もし貴女達がこれ以上私の大切な物に手を掛けると言うのならば……私は狂気と呪いを振りまく災厄と化すでしょう。……ですがその大切な物の中には、貴方達(エデンの皆)も含まれているのです。だから如何かお願いします。如何か私の大切な物をこれ以上奪わないで。そして、私自身に奪わせないで欲しいのです』

 

 素粒子の謡精女王…ですか。

 予想はしていたのですが電子の謡精はやはり成長していたのですね。

 この第七波動は呪いと狂気が力の根源であり、それの力の余波を浴びた事が理由で、アリスは私とは違う自己を確立できたという訳ですか。 

 ですが、この情報は本来私達に伝えていい物では無い筈です。

 ……貴女は私の事は兎も角、未だG7の……エデンの皆を大事に想ってるのですね。

 そうで無ければ、この様な情報をこちらに流すなんて事は無いはずです。

 私達がもし彼女達を手に入れ、何も知らずに普遍化(ノーマライズ)の試験運用をしていたら、G7の皆は今頃……

 

「…………アリス、貴女は……」

遺憾千万(いかんせんばん)、アリスは僕らを裏切って等居なかった。その身を謡精の呪いと狂気に犯されながらも、なお僕らにこの事を警告をしてくれた。……その在り様は変化してしまったけれど、君は僕の妹であってくれたのだな、アリス」

「パンテーラ、何故星の光がエデンの滅亡ヲ示したのカが分かった気がします。彼女達ノ電子の謡精……いえ、素粒子の謡精女王の力ノ根源が呪いト狂気だから。そんな彼女達ノ魂ヲパンテーラが普遍化した場合、呪いと狂気ニ犯されてアリスと同じ……

或いは、ソレ以上に悲惨な結末ガ待っていたのかもしれませン」

「つまりガンヴォルトは、内部にヤバイ実力(じつりき)持ったヤンデレ謡精を閉じ込めてるって事なんすかww ちょっと洒落にならないんスケド」

「アリスが俺の過去の事をガンヴォルトに話さなかったのは、まだ俺達に対する甘い菓子(ガトー)の様な想いが残っていたからなのだな……」

「あの野郎、そうなら最初から言えってんだそう言う回りくどいとこばっかパンテーラに似やがって! ……まあ、あいつの元はパンテーラのコピーなんだから当然か」

「俺は最初から信じていたぜ、ITTLEGIRL(アリス)の事をYO! BIGBROTHER(ニムロド)もきっと俺と同じTHEFEELING(気持ち)の筈。……次のBOY(ガンヴォルト)の相手は俺が行くぜ、でももう俺はMERIT(実力)ADMIT(認めてるぜ)! SO(だから)……俺はダンサーとして試すぜ、BOYのHEART(ココロ)を!」

 

 そうしてガウリはガンヴォルトと対峙する事となりました。

 そうして始まった試しなのですが、どうやらガウリは戦うつもりは無く、エデンに所属した後も何時も研鑽を重ねている彼の第七波動「プリズム」とダンスの融合を、彼の前で披露するつもりの様なのです。

 ですがそれは私達であれば兎も角、何も知らないガンヴォルトからすれば、下手をすると攻撃していると思われる行為です。

 ……ガウリは自身の行動に対し、ガンヴォルトがどう動くかで試すつもりなのですね? だからこそ、「心を試す」という訳なのでしょう。

 ガウリは早速宝剣を取り出し、変身現象(アームドフェノメン)によって姿を変えました。

 その姿はダンサーとしての彼の形を体現した上で、大きなガラスの靴を履いているかの様な脚部が最大の特徴です。

 そうして彼独自のダンスが披露される事となりました。

 ガウリは早速戦場全体をプリズムの能力による水晶でコーティングし、自身が最大のパフォーマンスを発揮できる環境を整え、規則正しく水晶の柱を創造し、楽しそうな表情でガンヴォルトに向かって滑り出しました。

 ガンヴォルトは向かってくるガウリに対して銃を構えようとしたみたいなのですが、殺気を感じなかったのが理由なのでしょう。

 ガンヴォルトは構えを解き、発砲をしませんでした。

 そんな彼を見て、ガウリは更に笑みを浮かべ本格的なダンスを彼に披露したのです。

 ガウリのダンスはお兄様も気に入っているほど見事な物なのです。

 それをあんな間近で見れると言うのは、ある意味羨ましい事だと私は思います。

 ……もうこの時点で、ガウリの試しは終わっているのでしょう。

 彼はもう自身の想うがままに今まで磨いて来た研鑽を披露する事に専念する様です。

 時には踊りながら水晶を粉の様に規則性を持たせて散りばめ、私達の目を奪いました。

 またある時には最初に作り出した水晶の柱の天辺に、れぞれ違うパフォーマンスをしながら飛び移り、見ている皆を魅了したりしました。

 そんな彼の動きを見てガンヴォルトは、何処か感心したかのような表情を浮かべながらガウリの動きを追いつつ見続けていました。

 そしてガウリのダンスが終わりポーズを決めた時、その場にいた全員から拍手が巻き起こった後、それと同時に、まるで魔法が溶けたかのように水晶が砕け散り、ガウリは元の姿へと戻りました。

 そんなガウリにガンヴォルトは近づきながら笑顔を浮かべつつ手を差し伸べました。

 ガウリはそんな彼に同じく手を差し伸べつつ眩しい程の笑顔を浮かべ、

互いに握手を交わし、私はこの光景に新たな愛を見出したのでした。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。


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第九話

 僕はガウリの第七波動を利用した見事なダンスを見終わり、感服して互いに笑顔で握手を交わし終えていた。

 彼が言うには、僕の対応次第ではダンスでは無く戦いになっていたとの事であった。

 彼は最初から僕の実力を認めてくれていた。

 彼の行為は何も知らない相手にとっては、下手をすれば攻撃とも取れる行為。

 だからこそ、僕の心をこう言った形で測って見たかったのだと彼は言った。

 そして僕は彼の期待に応え、武器を下ろし彼のダンスに見入った。

 あの時の彼は殺気が無かったので、その自身の感覚を信じたのが功を奏した理由であった。

 そして僕は次の相手…テンジアンと対峙する事となった。

 彼についてアリスに聞けたのは能力の事、エデンを実質指揮している事、剣術が得意である事、そしてアリスの…いや、パンテーラの義理の兄である事の四点のみで、アスロックとガウリの時と同じく、過去の事について聞く事は出来なかった。

 彼も同じく、ここに至るまでに僕には想像も出来ないような経験をして来たのだろう。

 アリスが彼の過去について話す事が無かったのだから。

 ……彼の能力は超冷凍(オールフリーズ)と呼ばれる能力。

 その名の通り、あらゆる物を一瞬で凍てつかせるのだそうだ。

 能力の効果範囲が広い反面、その分取り回しが効きづらいのが弱点である様だ。

 だけど、それは大量の冷気を薄く束ね、刃に纏わせて取り回しを良くしている。

 これは彼が得意である剣術を生かす為でもあるのだろう。

 これに加えて宝剣による強化が加わった事で、更に強化されているとアリスは予測している。

 

「ガンヴォルト、君の海内無双(かいだいむそう)とも言える実力を、そしてガウリの意図を読み切り手を出さなかったその心を見せて貰った。……実に見事な物だったよ。正直、今すぐにでもエデンの同志として迎え入れたい程にね」

「……その気持ちは嬉しいが、僕はその誘いに乗るつもりは無い。フェザーはこれから新たな活動が始まろうとしている。だから僕は、その手伝いをしたいんだ」

「新たな活動? 僕としては興味津々(きょうみしんしん)たるものがある。是非聞かせてもらいたいものだ」

 

 僕はアシモフに目を向ける。

 アシモフは話をしても問題無いと首を縦に振った。

 紫電達もどうやら気になる様で、僕に興味を持った目を向けている。

 アシモフから許可を得た僕はそれをテンジアンに話す事となった。

 

「フェザーはこれまでのテロリズムをやめて地道に能力者の人権を訴える事、そして、能力者になりたい無能力者を能力者にする事、逆に無能力者になりたい能力者を無能力者に戻す事が活動のメインとなる」

「テロリズムを辞めるのは兎も角……驚天動地(きょうてんどうち)、無能力者を能力者にするだって? フェザーはその様な技術を得ていたのか。皇神にもその様な実験があったと知ってはいたが……」

「その通りだ、テンジアン。最も、僕もこの事を知ったのは最近になってからの事だけどね。この方法をこの場で詳しくは話せないけど……少なくとも、痛みも時間も取らない方法だ。このお陰で、もう千人ほど無能力者を能力者にする事に成功している。実際にフェザーには元無能力者の能力者が新たに多数所属してくれたお陰で、百人にも満たなかった人数も大幅に増えている。もっとも、テロリズムをやめる事が決まった事でさらに増える予定らしいけど。……この場にも実際に無能力者から能力者となった人が居たりするんだ」

「……能力者を無能力者に戻すと言うのはどういう事なのか説明して欲しい」

「そういう需要が少なくともこの国には存在しているんだ。今は少しづつだけど、この国において能力者に対する偏見が緩和されつつある。だけど、やはり能力者に対する差別は未だ多いのが現状……だからこそ、望まぬ能力を得た能力者は無能力者になりたいと望んでいるんだ」

「フェザーのやりたい事は理解したが、君の一念発起(いちねんほっき)が分からない。……君はこの世界をどうしたいんだ?」

「僕自身の最終的な目標は能力者と無能力者が手を取り合えるようにする事だ」

「…その様な無理難題、出来ると僕には思えない」

「流石に僕もその事は承知の上だよ。実際に目指そうとすれば、まず僕達が生きている内に成し遂げられるものでは無いのは間違いない。それに、目指した結果が望み通りである保証も無い。……この世界の現状、それが出来るのは極少数なのが現実だ。だから僕はその為の種を撒きたい。具体的には、能力者には能力者の居場所を用意したいと考えている」

「……それは無能力者の殲滅と言う形で成せばいいのではないのか? 奴らは僕達能力者を迫害して来た……。君程の力を持った能力者ならば分かるはずだ」

「僕はそれには反対なんだ。無能力者側の為だけじゃない、能力者側の為でもあるんだ。……恐らくだけど、元々エデンはシアンの力を何らかの形で利用して、世界中の能力者の力を引き上げて戦争を仕掛けようとしていたんじゃないのか?」

 

 僕のこの疑問に対して、テンジアンは目に見えて驚きを隠す事が出来なかった。

 どうやら、僕の予測は当たった様だ。

 何しろパンテーラが電子の謡精(サイバーディーヴァ)を狙っていたのだ。

 そしてエデンの目的は無能力者の殲滅。

 どうやって可能とするのかを考えればこの答えに行き当たるのは当然なのだ。

 

吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)、まさか殲滅の手段を把握されるとは」

「エデンの目的とシアン達の力を把握出来ているからこそさ、テンジアン。……話の続きだけど、仮にこの計画が上手く行ったとしてもだ。無能力者の殲滅と引き換えに、能力者の殆どが犠牲となるだろうと僕は考えている。その結果人類全体が最終的に滅びてしまう事も……ね」

「それは…パンテーラが生き残ってくれれば問題は無い。彼女の能力が成長すればどうなるか、アリスを知っている君にならば分かるはず」

「そのアリスから聞いた話なんだけど、彼女の能力で死んだ人を生き返す場合、彼女のイメージが色濃く反映されたまやかしに過ぎないらしいんだ。何故アリスが大事に想っていた殺されたお母さんを生き返らせなかったのか、疑問に思わなかったのか? つまりはそう言う事なんだろう。……アリスはとても優しく、賢い子だ。その大本であるパンテーラも、きっと同様なのだろう……。戦いが続いている最中は兎も角、戦いが終り、皆を生き返らせてしまえばその事に気がついてしまうはず。果たしてその時、彼女は彼女のままでいられると思うのか? 死んでしまった能力者(まやかし)に囲まれて、冷静でいられると思うのか? 僕にはとてもそうは思えないんだ、テンジアン」

「……だからアリスは、僕達エデンの目指す楽園の事を、彼女のSPスキルの詠唱にある偽りの楽園と比喩したのか! 当意即妙(とういそくみょう)、君の言う通りだ、ガンヴォルト。まやかしだと気がついてしまえば、パンテーラは…我が妹の心は壊れてしまう…!」

 

 この時のテンジアンは絶望をしたかのような表情をしていた。

 ……世界中を探せばエリーゼと似た能力者を探す事も出来るだろう。

 だけど、無能力者側だって馬鹿じゃない。

 そう言った能力者は真っ先に狙われ、最終的に暴走したり、殺されたりする。

 皇神は既に魂に乗って能力が拡散する事を把握しているんだ。

 生き残るために手段を選ばずそういった能力者を始末し、そして隔離するだろう。

 能力者の…パンテーラの手に渡らない様に。

 そして最終的に僕の言った通りの…アリスの言う偽りの楽園が完成するだろう。

 ……恐らくだけど、このまま戦えば僕はテンジアンに余裕を持って勝つことが出来るだろう。

 第七波動とは意思の力。

 その意思が砕かれる寸前に追いつめられている彼は相当にその力が削がれているはず。

 ……だけど、それではダメなのだ。

 

「テンジアン……エデンに居る能力者達は、皆パンテーラの事を慕っているのかな?」

「……当然至極(しごくとうぜん)、僕を含めたG7も、そしてここには居ないポーン達皆も、パンテーラを心から慕っているよ」

 

 エデンにはやって欲しい事がある。

 無能力者の殲滅では無く、能力者の居場所を作ってもらう事を。

 だから僕は希望を与える。

 力を得るのに、その様な事(シアン達を得る事)等する必要は無いとエデンに伝える為に。

 

「……宝剣を展開してくれ、テンジアン。この戦いの中で、エデンに新たな道を示す事が出来そうだ」 

瞠若驚嘆(どうじゃくきょうたん)、ならばその新たなる道を僕に見せて欲しい。行くぞ、ガンヴォルト!! 如何かその言葉がまやかしで無いと僕に示してくれ!」

 

 テンジアンが宝剣を出現させ、変身現象(アームドフェノメン)を引き起こした。

 その姿は、貴族の騎士を思わせるような外見をしていた。

 その両肩にはショーテル等の独自の形をした剣がマウントされており、アリスの予想通りに、その能力は強化されている様だ。

 僕が希望を与えた事でテンジアンの意思が復活し、その闘志を燃え上がらせている。

 そうして僕とテンジアンとの戦いが始まった。

 彼は真っ先に戦場を超冷凍の能力で氷漬けにし、僕の立ち回りを制限してきた。

 それと同時に、彼は後方に氷の刃を発生させつつ僕に切りかかる。

 だけど、そうやって僕の立ち回りを制限して来る事は予測していた。

 僕は波動の力を足に込め、滑りを防止しつつ彼の攻撃を回避し、ダートを打ち込みつつ氷の刃を破壊する為に雷撃麟を展開した。

 それに対してテンジアンは両肩の刃を即座に組み合わせ、円月輪の形にして僕に投げつけた。

 僕の雷撃を受けている筈なのに、全く怯みもせずに攻撃を果敢に仕掛けてくる……。

 油断しているとあの氷の剣で真っ二つにされてしまうだろう。

 そしてその剣の斬撃の軌跡も氷の刃として設置される。

 これを放っておいたら僕の行動範囲を大幅に制限されてしまう。

 僕は雷撃麟を展開しつつ回避行動を取りつつこの氷の刃を破壊していく。

 ……彼の斬撃は波動防壁をも両断するようだ。

 これを考えるに、彼のあの氷の刃は最低でも絶対零度。

 もしかしたら物理法則すら無視してそれ以下の超低温をも実現しているのかもしれない。

 一応波動防壁で彼の斬撃を拮抗させる事は出来るが、何時もと比べて当てには出来ないだろう。

 もし受け止めるのならば、SPスキルで受け止めるしかないか?

 だけど、受け止めるだけならばルクスカリバー所か、スパークカリバーですら過剰すぎる。

 もっと小規模に、効率良く力を籠める必要がある。

 ……このイメージは転生前の僕の居た世界ではポピュラーな物だ。

 恐らく、この世界においてもそうだと思う。

 僕はダートリーダーの銃口から雷撃の刃を展開し、テンジアンの氷の刃を受け止めた。

 名前は雷閃剣とでもしておこう。

 僕は左腕からも同じような雷撃の刃を展開し、テンジアンに切りかかった。

 この不意打ちの攻撃に対してテンジアンは虚を突かれ、浅くその胸に傷跡を残した。

 これを切欠に、戦況は徐々に僕に傾いてきた。

 だが、それと同時に彼の攻撃も激しさを増していく。

 そして、その戦況は最終局面に突入しようとしてた。

 僕自身は致命傷を避けつつ所々傷を掠らせている状態だった。

 これは新型のプロテクトアーマーによって、強度等を変化させる事で上手く氷の刃を受け流す事が出来たからだ。

 対するテンジアンは大分僕の雷撃を受けている様で、正に満身創痍と言ってもいい状態であった。

 ……あのテンジアンの事だ。

 ここまで追いつめれば間違いなくSPスキルを使ってくるだろう。

 それも全身全霊を、決死の覚悟を込めた意思による必殺の一撃を。

 

「テンジアン、決着を付けよう。……僕は逃げも隠れもしない、小細工は不要だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()

「…()()()()()()()()()()()()!() 僕はこのままやられる訳にはいかない……。極寒の空に瞬くアルコル……七刃が描く斬撃の軌跡……雪溶けの後に残る者は無し! 僕の全身全霊を、乾坤一擲の一撃を受けて貰おう! 羅雪七星(らせつしちせい)!」

 

 テンジアンはこの時、決死の遺志により能力の対象範囲を拡大させ、空間、時間、魂と言った概念すらも氷の中に閉ざし、凍てつかせた。

 そうして存在事凍てついた敵を七本の剣によって叩き割る、概念殺し・確殺の剣。

 ただし、余りにも強大な第七波動は使用者をも凍てつかせ、その身を破滅させる。

 それが羅雪七星()()()

 僕は彼の氷に閉じ込められていたが、事前にテンジアンと協力強制をしていた為、

その意識を残す事が出来ていた。

 もう既に六連撃を受けており、上空からの一撃を受ければ、僕自身粉々に砕け散るだろう。

 僕は既にチャージングアップでオーバーヒート状態を回復しており、即座にテンジアンとの協力強制によって強化された雷撃麟によって、概念諸共凍てつかせた氷を打ち破り、雷閃剣でテンジアンの上空からの一撃を受け止めた。

 

「馬鹿な! 僕の氷は、君と言う概念諸共凍らせたはず!」

「……迸れ、蒼き雷霆よ(アームドブルー)! 新たなる道を示す、希望の雷光となれ! 煌くは雷纏いし聖なる大剣…新たなる蒼雷の暴虐よ、敵を叩き切り、射し貫け!! ……テンジアン! これがエデンに示す電子の謡精に代わる力だ! ルクスカリバー!!」

 

 彼は驚愕の表情で自身の一撃を受け止めた僕を見ていた。

 僕の放つ雷の聖なる大剣の一撃は彼の持つ剣を破壊し、その衝撃で倒れ、無防備となったテンジアンにその切っ先を突きつけた。

 その時のテンジアンは茫然としており、何が起きたのか分かっていない様子だった。

 

「僕は、負けたのか……。それにおかしい、何故僕自身凍てついていないんだ? あの時の僕の覚悟は、間違いなく僕自身の事を考慮していなかったはずなのに」

「……それは僕自身の力も利用する事が出来た事で、自身の第七波動の余波に対する防御に回せる余裕が出来たからなんだ、テンジアン」

「ガンヴォルトの力を…だと?」

「そして僕自身、そんなテンジアンの力を利用する事で、あの概念諸共凍てつかせる氷に抵抗することが出来たんだ。君があの決死の一撃を放つ前に、僕はこう言った。『真っ直ぐに打ち込んで来い、テンジアン!』と。そして君は『良いだろう、ガンヴォルト!』と同意した。こうやって互いの同意を得る事で、相手の想像力や想いの力を利用し援用することで、自分にとって有利に事が運ぶよう、相手諸共「場の流れ」そのものを誘導する高等技術。これを僕は「協力強制」と呼んでいる。これは敵同士以外にも、味方同士でも扱う事が出来るし、巻き込める人数も制限が無い。……僕がエデンに示す新たな力、新たな道を目指す、その為の前提の力だ」

「協力……強制……このような力があるとは……」

 

 そうして僕はテンジアンとの決着を着け、エデンに新たな道を目指す為の力をその身をもって示す事に成功したのだった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。




※雷閃剣について
所謂ライトセイバー、ビームサーベル、ゼットセイバーに該当する物。
もしゲーム内で存在していた場合、使用すると一定時間雷の刃を展開し、
ダートを打ち込む代わりにこの雷の剣による近接戦闘が可能となる。
SP消費は0であり、雷の刃を展開時に再度使用すると仕舞う事も出来る。
リキャストは仕舞った時に発生する。


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第十話

再会(トラウマ)

嘗て蒼き雷霆が輪廻を越える前に対峙し、狂気で心を固めて堕ちた謡精女王(ティターニア)
それは世界の改竄者(ワールドハック)を引き金に再び姿を現す
愛しき人を特異点に監禁し、そこで永遠を過ごす為、世界を越えし力を振り(かざ)


 僕は倒れていたテンジアンに手を差し出した。

 彼は僕の手を迷い無く取り立ち上がり、「協力強制」をその身で体感した事で、新たな希望を明確に感じている表情をしていた。

 彼の放ったSPスキル「羅雪七星(らせつしちせい)」。

 あの一撃にはテンジアンの決死の覚悟と、それ以上に僕に対して「この一撃を乗り越えて見せてくれ」という切実なる想いを感じた。

 そして僕は…いや、僕達はこれを互いの力を合わせて乗り越え、本来ならば「雪溶けの後に残る者は無し」と言う詠唱の結果を覆したのだ。

 僕は戦いが始まる前、テンジアンにパンテーラがエデンの能力者皆に慕われているかを尋ねた。

 これはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?() そう僕は暗に尋ねていたのである。

 今頃知恵者である彼も、戦いが始まる前の僕の質問の真意に気がついた事だろう。

 エデンの構成員は世界中から集められていると聞く。

 その構成員の数はフェザーの比では無いだろう。

 その全員と協力強制すれば、かつてのシアン達の歌(ソングオブディーヴァ)による強化以上の効果を得られる筈。

 それにこの方式で力を得る場合、僕達も同意すれば力を貸すことが出来る。

 特にシアン達の力をリスク無く扱えるようになると言うのは向こうからすれば、

とても嬉しい事であるはずだ。

 ……今の彼女達の能力、特にSPスキルである謡精女王の呪歌(ソングオブティターニア)は、完全に僕だけを対象としており、それ以外の能力者がこの歌を聞けば唯では済まない。

 以前、シアン達が自分達の事を呪いと表現した事があった。

 そして僕は、そんな彼女達の呪いを祝福だと感じ、大事なのはお互いがどう感じたかと言う事を話した。

 だからこそ、元々あった彼女達の歌(ソングオブディーヴァ)は、呪い(祝福)が込められる方向に成長したのだ。

 ……僕にとって、彼女達の歌は何物にも勝る祝福だ。

 だけど、他の能力者にとってそれは害悪その物。

 彼女達の煮えたぎる様な熱い想い(狂気)と、暗く、ドロドロとした陰湿な想い(呪い)

 それらはこの歌にも流れ出しており、歌を聞く能力者を蝕み、発狂させ、死に至らせる。

「呪歌」と付いているのは、伊達では無いのだ。

 それを如何にかする為には、彼女達自身が歌に込める想いを調整し、制御する必要がある。

 そうして歌に込められた狂気と呪いを制御する為の手段として、詩魔法が使われているのだ。

 ちなみに、紫電達との決戦の時、モルフォが大勢の彼女の支持者達から想いをかき集めていたのは、彼等がこの狂気と呪いによって発狂死しない様にする為でもある。

 やろうと思えば僕自身も、謡精女王の呪歌(ソングオブティターニア)を歌える。

 対象を無差別にした場合、相手に呪いを押し付け自身を強化する結果となるだろう。

 だけど、これでは一人寂しくハミングをしている様で、正直あまりしたくは無い。

 どうせなら、海を綺麗にした時みたいに僕達三人で詩魔法を用いるか、能力を込めずに皆で歌いたい。

 

 ……エデン側のどこか暗かった雰囲気が、テンジアンの持ち帰った情報によって、それが一気に明るくなった様に感じる。

 彼らの目的は能力者だけの理想国家を作る事にあり、その為の手段に無能力者の殲滅が必要だと思っていた様だ。

 だけど、戦闘前に話した事を…最終的に多くの能力者が犠牲となり、まやかしだけの世界が完成する事をテンジアンが知った事で、その選択をエデンが選ぶ事は無いと僕は確信している。

 僕自身、能力者だけの国…つまりは居場所が必要だと思っている。

 今能力者に必要な物というのは、安心できる居場所であると僕は考えている。

 能力者がかつてのフェザーみたいに無能力者に対してテロをしたりする理由、その殆どが安心できる明確な、彼等が安心できる居場所が無いからだ。

 結局の所、それに帰結する。

 この国では兎も角、海外では能力者は衣食住をまともに用意できていないと考えられる。

 そして他者を思いやる礼節等は、この衣食住がちゃんと用意出来て初めて身に付く物。

 だからこそ能力者が安心でき、飢えもせず、追われる事も無い居場所が必要なのだ。

 能力者と無能力者が手を取り合う為の第一歩として……。

 そして問題になってくるのは、この安心できる居場所を、無能力者の殲滅以外に作る手段があるかどうかだ。

 少なくともこの近未来に突入しているこの世界の地球上は、能力者が現れる以前に開拓され切っている。

 それでも一応、思い当たる節が無い訳じゃ無い。

 無いならば、創ればいいのだ。

 とは言え、この方法はまだ確証が取れない為、事前にテストする必要があるのだけれど。

 そして次の…いや、最後の相手であるテセオが、僕の前に能力を利用したテレポートによって姿を現した。

 彼は何と言うか…転生前に僕の居た世界における、ネットの生放送の放送主みたいな雰囲気があった。

 彼についてのアリスからの情報は、エデンにおけるシステムエンジニアであり、「エデン公式チャンネル」や組織内SNS等の管理もしている事。

 そしてアシモフ達も警戒していた能力「ワールドハック」で出来る事、その応用等も詳細に説明してくれた。

 

「どう? テセオさんが突然出て来てビックリした? っつってーww いやぁ、こうやってガンヴォルトに直接話をしてみたかったんですケドww」

「…僕も話をしてみたかったよ、テセオ。君の事だ、もう既に能力を利用して生放送を開始しているんだろう?」 

「ちょww テセオさんに対する理解力がヤバイんですケドww アリスに詳細キボンヌしたんスか?www」

「まあそれらしい事はしたよ。最も、君の事を彼女は高く評価していたから、三行では済まなかったけどね」

「うはww テセオさん高評価でテラウレシスwww ……ガンヴォルトはテセオさんの事をウザがらないんスね。何故か皆、テセオさんのお喋りにイラっと来るみたいで~っつってーww」

「君自身から悪意は感じないからね。それに、その喋り方は生主を長くやっているからだろう?」

「その通り、テセオさんはエンターテイナーだからっつってーww ……所でテセオさん、個人的にロボとかにテラキョーミ惹かれてるんスケド、アスロックの時に出していたロボのAIのプログラムとか、どうなってるんスか? あの状況に最善に近い形で最適化された動きを見てwktkしちゃったんですケドww それが理由であの後ワールドハックを利用して色々と(ググ)ってたけど、全く掠りもしなかったんスよね、だから詳細キボンヌwww」

「…僕があの時やったのはあくまで再現だけ。だからアーsy…あのロボットの詳細は分からないんだ。この知識が何所から来たかについては……この騒ぎが一通り落ち着いたら説明しようと思う。それで構わないか?」

「テセオさんは心が広いからそれでおkっスよww ……じゃあそろそろ出動と行きますかww コメも早くしろって煽ってるしww」

 

 テセオはそう言いながら宝剣を取り出し、変身現象(アームドフェノメン)を引き起こした。

 その姿は、背中に緑色を中心とした糸車みたいな茨とコードに見立てた物を背負っており、何処か茨姫を印象付けるかのような外見であった。

 そうしてテセオとの戦いが始まった。

 彼は開幕、戦場の周囲全体を囲むように緑色のレーザーを展開し、この周辺を電脳世界へと書き換えて来た。

 …アリスからの情報で分かってはいたけれど、世界法則すら書き換えるワールドハックは脅威だ。

 僕とシアン達の力に近い波動を感じるあの緑色の光……。

 何も対策せずに触れれば唯ではすまないだろう。

 それと同時に、爆弾らしき物とエデンの機械群の一部を大量に呼び出し、宙に浮きながら背中の背負いものを半分に分割し、その切っ先から放たれる情報の奔流によるレーザーで僕を狙って来た。

 そのレーザーによる攻撃は単調な物であるが、それを機械群と設置型の爆弾が補っている。

 しかもレーザーを打つ度にテレポートを行い、ダートによるロックを外してくる。

 僕は機械群を処理しつつ的確にダートを当て続け、設置型の爆弾とレーザーに気を配らないといけない。

 それに、あの電脳世界に書き換えている緑色のレーザーが、徐々にこの戦場を覆い僕に迫ってきている。

 この緑色のレーザーの対抗手段を用意できなければ、時間まで縛られてしまう。

 ……今回の戦闘は今まで以上に集中力が要求される戦いになりそうだ。 

 先ずは緑色のレーザーの対抗手段として、テセオや機械群を雷撃麟やダート、SP消費の無いノーマルスキルで攻撃しつつ緑色のレーザーに向け、波動の力で囲った石片をコッソリと指弾で飛ばした。

 その石片は、電脳世界に書き換えられること無くレーザーを突破出来た。

 そして波動の力を解除しても、石片は電脳世界の一部として書き換えられることは無かった。

 つまり、波動防壁であのレーザーを防ぎつつ突破すれば時間を縛られる事は無さそうだ。

 とりあえず今は、テセオと焦らずに応戦し、彼の動きやパターンを見極める事に専念する事とした。

 

「ほらほら! 早くしないと電脳世界の一部になっちゃうよww」

「そうやって焦らせてミスを誘発させようとしても無駄だ、テセオ!」

「ちぇ、焦ってメンタルブレイク狙ってメシウマ出来れば良かったんスけどねぇ……! だけど、もうこの場所がテセオさんの電脳世界に変化するのはもう秒読み。本当にあぼーんしちゃう前にサレンダーする事を勧めるよww うはww テセオさんテラ紳士なんですケドww」

「……確かにその通りだけど、もう既に突破方法は把握している!」

「そマ? ……ファッ!? 本当に突破してるしww どうなってんのww ガンヴォルト△ww お陰で再生数とコメが爆上がりしてるしwww これはテセオさん、自重無しで凸らないといけないっつってーww」

 

 僕が戦場を電脳世界に書き換えたレーザーを波動防壁を展開しつつ突破した事で、テセオもいよいよ本腰を上げ、より攻撃が激しさを増していく。

 糸車みたいなビットから攻勢データによるレーザーの雨による攻撃と、生成されたミサイルによる攻撃が加わり、より攻撃の激しさが増していった。

 それ以外にも糸車をミサイルに見立て、テセオの周囲に展開し、僕と彼の位置を入れ替えるというトリッキーな攻撃も加わった。

 これの厄介な点は、ロックオン対象が変化しない所…つまり、僕自身がロックオンのターゲットとなる。

 まあ、元々僕自身が放つ雷撃だからこの手の攻撃は通らない。

 アシモフから、自身の雷撃でダメージを負わない様にする訓練も受けていたからだ。

 蒼き雷霆の力は危険な物であるとアシモフはまだ未熟だった頃の僕に教えてくれていた。

 だからこそその制御に気を配るのは必然であり、自滅を防ぐのは当然なのである。

 

(こりゃ本格的に旗色が悪くなって来たっスね。ガンヴォルト、こっちの動きを完全に読み出してムリゲーになりつつあるし……。テセオさん以外のG7の皆やパンテーラが負けちゃったり、ニケーが戦いを拒むのも分かるっスね。この分じゃあ、テセオさんのSPスキルもガンヴォルトにとってヌルゲーになりそう。……切り札、切らせてもらうっスよ。先ずはその為の時間稼ぎをパーとやっちゃいますかww)

 

 テセオはこれまでと動きを変え、機械群を今まで以上に出現させてきた。

その中には、アスロック戦で相対したプラズマレギオンとフェイザントも含まれていた。

 最初は数で圧殺する事が目的かと思っていたがこの行動後、テセオ本人は何やら第七波動を溜めつつあの大きな糸車をキーボードに見立て、何かコードを組んでいる様だ。

 

 ……僕は嘗てない程の嫌な予感を感じた。

 テセオのあの作業を止めないと僕だけで無く、ここに居る皆が大変な事になるという、そんな予感だ。

 だけど、テセオ本人は既にヴォルティックチェーンの範囲外に逃れている上に、僕自身プラズマレギオンとフェイザントを筆頭とした機械群に阻まれている。

 

 これはもうテセオの行動を止める事は出来ないだろう。

「能力を利用して、G7とパンテーラも含めたこの場に居る皆全員に戦闘態勢を取って欲しい」。

 僕はモニカさんにそうテレパシーを飛ばし、皆にそうなってもらう様に促した。

 ……既にアシモフとノワは戦闘態勢に入っているのを見て、この僕の勘は間違っていないと確信できた。

 

(どういう事なの、GV? 貴方がそんなに焦るだなんて)

(根拠は何も無い……だけど、僕の勘が嘗てない程の警戒を告げているんだ。もうアシモフやノワも何かを感じて戦闘態勢に入っているだろう? だからそれを根拠にして欲しい)

 

 そして機械群が姿を消したと同時に、テセオがその身に秘めた第七波動を開放した。

 ……僕の前に「彼女」が姿を現していた。

 彼女は紫色の長い髪を靡かせ、笑顔の表情で僕を見つめていた。

 だけど、その表情はかつてモルフォを一度切り捨てた時と同じであった。

 それは電子の謡精(サイバーディーヴァ)素粒子の謡精女王(クロスホエンティターニア)の境界にあたる狂気で心を固めた存在。

 僕をこの場(特異点)に留め、狂愛を捧げんと呪う堕ちた謡精女王。

狂気纏いし監禁者(フォールンコンファインメント)」……狂愛の謡精女王(インサニティティターニア)

 そう、あの時の……一度目の特異点の時のシアンが僕の前に姿を現した。

 

「久しぶりだね、GV。私、ずっと貴方に会いたかったの」

「……僕も会いたかったよ、シアン」

(あれ? おかしいっスね…返答する機能なんて持たせて無い筈なのに……。って、こマ? テセオさんの制御から離れてるんですケド……。周りをよく見たら、パンテーラ達も戦闘態勢に入ってるし、テセオさんひょっとして、マズイ事態を起こしちゃったかも?)

「……ふぅん、貴方が私を表に出してくれたのね。ありがとう()()()、私をここに呼び出してくれて」

「いえいえ、テセオさんは当然の事を……どうして名乗って無いのにテセオさんの名前を知ってるんスか?」

「え? そんなの()()()()()からに決まってるじゃない」

「ヒェッ……何当たり前のように心を読んでるんスかww ガンヴォルト、このメンヘラ謡精ヤバイんですケドww」

 

 そうテセオが答えたと同時に、僕の中から素粒子の謡精女王としてのシアンとモルフォが実体化して表に出て来た。

 そんな彼女達を、狂愛の謡精女王としてのシアンは睨みつける様に見つめていた。

 その様子を皆が固唾を飲んで見守っている。

 何故ならば、この三人から一触即発の雰囲気を皆が感じ取ったからだ。

 ……テセオは僕のトラウマをワールドハックで完全再現したのだろう。

 僕自身、この悲しみを狂気で固めて封じたシアンを見るのは未だに辛いのだ。

 だからこそ、あの時の僕のトラウマとしてこのシアンが出て来たのだろう。

 

「ねぇ私、モルフォ? どうしてGVの事を撃ったパンテーラがまだ生きているの? 今までずっと訓練して来たのは、こいつを始末する為でしょう?」

『……GVがそれを望んでいないからだよ、私』

『そうね、パンテーラはこの世界の能力者を纏めるのに必要な子よ、シアン。GVの望みを叶える為にどうしても必要なのよ』

「そうやって、またGVに危険な橋を渡らせるのね……。私は貴女達が彼を守ってくれると期待していたから引っ込んだのに……」

 

 シアンは…狂愛の謡精女王は世界を越える程の第七波動を隠そうともせずに練り上げている。

 その第七波動の総量は僕やシアン達からすれば問題無く流せるが、他の皆はそうはいかない。

 そのあり得ない程の膨大な第七波動によって、エリーゼみたいな一般人とも言える能力者はもう失神寸前という様相を呈している。

 アシモフやパンテーラですら戦慄を隠せない表情をしているのだ。

 今のこの状況の危うさは本当に世界の危機と言えるだろう。

 ……あの時はアルトネリコ第一塔の攻撃を凌げば僕らの勝ちと言う明確な目標があったが、今のこの状況ではそれが無く、狂愛の謡精女王をデータに戻す以外に手が無い。

 

「…もういい、この場に居る全員を始末して、今度こそGVは私とずっと一緒にあの特異点で永遠を過ごすの」

『この場に居る私達を含めた皆を相手に、貴女は一人で勝てると本気で思っているの?』

「思ってるよ? だって()()()()()()()()()()G()V()()()()()()()()()()()()()()()()んだもの。それが理由で今の私をあの時と同じ様に、謡精の羽(フェザーオブディーヴァ)で止める事は出来ないのよ。だからもう私を止められる存在は誰も居ない……。今度こそずっと……ずっと一緒だよ、GV。邪魔する相手は例え私自身であっても始末して、息の根を止めてあげるんだから」

 

 そう言いながら狂愛の謡精女王の力が渦を巻き、その姿を変えていく。

 その姿は今のシアンを大人にし、モルフォと同じような魅惑的な外見をしていた。

 但し、その服装の露出は皆が居るのが理由なのか以前よりも控えめになっている。

 だけど、僕のトラウマの象徴とも言える背中の赤黒い歪な形をした翼は変わっていなかった。

 こうしてこの場に居る僕達全員と狂愛の謡精女王による戦いが始まろうとしていたのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。




※狂愛の謡精女王について
前作の第十七話から十九話で登場した狂気に飲まれたシアン。
今表に出て来ている彼女は素粒子の謡精女王であるシアン本人の精神世界に存在しており、
テセオのワールドハックによる能力の応用である、
「トラウマを完全再現する」能力を引き金に再び姿を現した。
彼女はコスモスフィアで例えるとレベル7から8相当に位置する存在であり、
その思想も行動原理も過激であり、GV以外の存在を邪魔者と判断し、全てを鏖殺(おうさつ)する。
その能力及び第七波動は、素粒子の謡精女王であるシアンとモルフォ、
そしてGVとの半強制的な協力強制によって、一度目に対峙した時以上に増している。


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第十一話

 僕と狂愛の謡精女王(シアン)はあの時と同じように今互いに向き合っていた。

 今の彼女の表情は、大人になった事以外は何時もの綺麗な笑顔のままだ。

 だがその身に宿る膨大な狂気、そして第七波動(セブンス)の波動を感じる。

 …今の僕ならばハッキリと分かる。

 あの時力を借り受けただけだった僕が、彼女と対峙した事がどれだけ無謀であったのかを。

 一見無防備に見えるその佇まいだが、それに釣られて飛び込めば手痛いカウンターが飛んでくる。

 現にデイトナとジブリールが無策で飛び込んだ結果、電子結界(サイバーフィールド)に阻まれた後、返す刃でライトニングスフィアをノータイムで射出された。

 二人は一応紙一重で回避は出来たが、あの一撃に込められた膨大な第七波動に肝を冷やしたようだ。

 その流れるような一連の流れは美しさすら感じた。

 やはり、今の僕から見ても明らかにその動きと能力の練度が桁違いだと分かる。 

 ならば遠距離からとメラクとテセオによる亜空孔(ワームホール)とワールドハック、この二つの協力強制による死角からの攻勢データによる雨の様なレーザー攻撃も容易く避け、逆に開いたワームホールに霆龍玉(ていりゅうぎょく)を大量に射出したのだ。

 それを察知して危なげなく回避出来ていた二人も流石だと僕は思ったが、どうやら二人は先程の対処を見て、自身の攻撃は回避されると踏んでいたようだ。

 このような事があった後、僕と彼女が互いに向き合う形となり、今に至るのだが、正直この状況は極めてマズイ。

 その理由は、今も尚増大している第七波動を感じるからだ。

 これは明らかに、あの時と同じように彼女は詩魔法を紡いでいるのだろう。

 

「ねぇGV? 私が今何をやっているか分かるかな?」

「少なくとも、第七波動を練り上げている事だけは分かるよ。……あの時と同じように、()を具現化するつもりなのだろう?」

「相変わらず私の事になると何でもお見通しなんだね、GVは。私にはそれがとても嬉しい……そんな貴方の事だから、私がここに居る皆に戦いを挑んだ本当の理由も分かっているんだよね?」

「……その通りだよ、シアン。君は自身が解き放たれた場合どうなるのかをここに居る皆に示すのが目的なのだろう?」

「……うん、その通りだよ、パンテーラの事とか本当はどうでもいいの。貴方なら間違いなく貴方のやりたい事を実現できると思っているから。だからこれは私の唯のお節介にすぎないの」

「ガンヴォルト、彼女は何をしたいのか分かるのかい?」

「紫電……結論から言うと、彼女は僕に危害を加えようとする相手に対する抑止力を示そうとしているんだ。素粒子の謡精女王(クロスホエンティターニア)を解き放つ方法は、僕を殺す以外に方法は無い。だけど、そうすれば彼女達の逆鱗に触れる事になる。つまり、僕を殺して自信を解き放ったらこうなるという事を実演しているんだ。(この目的すらどうでもいいという事が彼女から伝わってくる……彼女の本当の目的は……)」

「なるほどね、実に彼女は健気じゃないか。……それのとばっちりをこれから受ける僕達の身にもなって欲しいけどね。貸し一つだよ、ガンヴォルト」

「分かっているさ、紫電……とはいえ、だからこそ彼女は間違いなく本気で来る。今は最終防衛結界「神代」が切れている状態だから、塔を出しても結界に干渉する事も無い」

「塔……ですか? ガンヴォルト、貴方の言う塔とは一体……?」

「…………世界樹を模した増幅塔(アルトネリコ)よ……今こそ、この地上に姿を現せ!!」

 

 そうパンテーラが僕に尋ねた所で、彼女は第七波動を紡ぎ終わったのだろう。

 彼女から膨大な第七波動が開放され、塔が具現化していく。

 その塔は、この世界とは異なる法則下にある惑星に存在する成層圏を突き抜ける程巨大な塔。

 それは人々に大きな富を(もたら)し、同時に武力をも示す塔。

 そしてとある人災により暴走し、その惑星のコアを打ち抜き破壊した星殺しとも言える塔。

 アルトネリコ第一塔が、僕達の前に姿を現した。

 僕やシアン達は既に一度見ているので驚きは少ない。

 だけど、他の皆はそうはいかない。

 

「おいおい…そんなのアリかよ。なあアリス、俺は夢でも見ているのか?」

「…夢であって欲しいと思う気持ちは理解できます。ですがジーノ、少なくともこれは現実です」

「今ハッキリと分かリましタ…こレが如何足掻いテもエデンが滅びル理由だっタのですね……」

用心堅固(ようじんけんご)…あの塔からこの世ならざる第七波動を感じる。パンテーラ、僕から離れない様にしてくれ」

「分かりました、テンジアン。……アリス、私が憎いと思う気持ちを止めろとは言いません。彼女を止める為に、今だけは力を貸して欲しいのです」

「…………仕方のない()()ですね…この状況では仕方がありません。ここに居る皆で力を合わせて、生き残りましょう。折角GVがエデンの皆に本当の楽園への道筋を立ててくれたのです。それを不意にするわけにはいきません。それに、まだ私の任務は終わってはいませんですし」

「任務?」

「ネームレスの……お姉様の事です。折角その正体を把握して裏付けも取れたと言うのに、まだ報告が終わっていません。……だから、姉様(ねえさま)も兄様も……G7の皆も、必ず生き残って下さい」

「お姉様のですか!? ……ええ、必ず生き残りましょう、アリス」

「僕もそれについて非常に気になるから、後で僕にも教えて欲しいかな。……パンテーラ、一時的に皇神とエデンで手を組まないかい? この状況、そうしないと生き残るのが難しそうだ」

「紫電……スパイだった私を許すのですか?」

「今はまだこの国でエデンが本格的に暴れた訳じゃないからね。こうやって共同戦線を張れば皇神にエデンも取り込めると僕は踏んでいるだけさ。それに、この巨大な塔の出現の方が派手だしね。案外彼女はそれも込みであの塔を出現させたのかもしれない。彼女は君に辛辣だけど、君の必要性を理解しているみたいだ。……頼りにしているよ、能力者狩り(ハンター)部隊の部隊長殿」

「……ええ、分かりました、紫電……性の超越(オーバージェンダー)!! ……それでは! 我が愛を、いや、この場に居る我等の愛を、狂える少女に届けようではないか!!」

 

 …どうやら、この事が切欠でアリスとパンテーラの問題も解決し、それと同時に紫電との仲も修復出来たようだ。

 狂愛の謡精女王(シアン)から、してやったりという想いが伝わってくる。

 これもまた、彼女の中では予定調和なのだろう。

 

『うへぇ、女の子がヘンタイさんになっちゃったよ……』

「第七波動ってあんな事も出来るんだね、ロロ」

「後で抗議しなくてはな……ミチルの教育に悪すぎる」

「全くですね。ミチル様の事はアキュラ様とロロ、そしてこの私三人で守りましょう」

「了解だ……! ガンヴォルト、しくじるなよ? まだお前とは決着を着けていないのだからな」

「分かっているさ、アキュラ。……行こう、シアン、モルフォ。狂愛の謡精女王(シアン)を皆で止めよう。彼女の想いを無駄にしない為にも!」

『『了解よ、GV!! (あたし)達も全力で支援するから!!』』

「準備は出来たみたいだから始めるね? こっちも丁度塔との接続が終わったの……今度は耐えるだけじゃダメだよ、GV? ちゃんと私の事を仕留めてね? ……大丈夫だよ、この場に居る私が消えても本体には何も影響は無いから。だから遠慮無く掛かって来て? ……最も、簡単にやられるつもりは無いけどね! 先ずは小手調べだよ! スパークカリバー! シュート!!」

 

 こうして狂愛の謡精女王(シアン)との戦いが始まった。

 彼女はまず小手調べに無数のスパークカリバーを僕達を囲むように展開し、射出しつつ、皇神とエデンの大量の機械群を同時に創造し、僕達に嗾けて来た。

 僕はシアン達から謡精女王の呪歌(ソングオブティターニア)の支援を受け、波動防壁で無数のスパークカリバーの全てを防ぎ切る。

 今の彼女は、僕達との半強制的な協力強制により謡精の羽(フェザーオブディーヴァ)は通用しない。

 その上、彼女は塔との接続により無尽蔵に第七波動を汲みだしている状態だ。

 普通に考えたらまず僕達に勝ち目が無いように思える。

 だけど、彼女の協力強制により僕達三人にも塔との接続の恩恵を受けている為、今のこの状況は最低でも互角であり、むしろ僕達の方が有利なのだ。

 パンテーラとテンジアンとアリスが協力強制により、彼女や機械群に対して上下反転の幻覚を浴びせつつ凍結させ、動きを止める。

 テセオとアスロックが協力強制により、エデンの機械群を強化しつつ塔と機械群に砲撃による攻撃を慣行している。

 メラクと紫電が協力強制により、宇宙から隕石を呼び寄せ、塔へと落としていく。

 デイトナとストラトスが協力強制により、その憤怒の爆風までもが全てを喰らう性質を帯びるようになった。

 ニケーといつの間にか戻っていたニムロドとの協力強制により、彼女の変幻自在な髪の全てを起点に、自然界に存在しえない特殊電解液を、超高圧で無数に射出し、機械群を機能停止に追い込みつつ、強度と鋭さを増した髪がバラバラに引き裂いていく。

 ロロとミチルの協力強制により、力を合わせる事で出来るようになった詩魔法で、皆の傷や疲れを癒しながら、能力を強化させていく。

 そんな二人を、ノワとアキュラは確実に護り抜いている。

 中には、組織の枠組みを超える形で行っている組み合わせもあった。

 ジブリールとエリーゼ達による協力強制により、本来ならば命のリスクのあるジブリールのSPスキルをノーリスクにし、エリーゼ達もその恩恵を受けていた。

 イオタとガウリによる協力強制により、イオタの光をガウリが水晶で増幅し、機械群を薙ぎ払っていた。 

 ……皆、早速僕が教えた協力強制を使いこなしている。

 その劇的な効果に皆も驚いているようだ。

 但し、カレラは相変わらず我を貫き、一人で戦い抜いていた。

 そして、アシモフとジーノもまた、協力強制をしようとしていた。

 ……ジーノの能力はおいそれとは使えない。

 僕自身そんなジーノの能力について尋ねた事があった。

 それによると、ジーノは放射線を操る能力「ラディエーション」*1である事が分かったのだ。

 流石にそれは、おいそれとは使えない。

 何故ならば、下手に制御を誤ればジーノ本人所か、周りの皆にも被害が行く可能性が高いからだ。

 だけど、それは単独で使用する場合の話だ。

 この放射線をアシモフの弾道操作技術の応用で収束させ、制御する。

 それは偶然にも、一直線に放射線を収束させて解き放つ、精神力だけであらゆる障害を乗り越える僕の知るとある英雄の技に酷似した物となった。

 その収束された放射線の光は、見事に塔の一部を貫抜き、彼女に明確な痛みを与えたのだ。

 ……彼女は今、塔と接続している。

 故に、塔が受けた傷の痛みも共有してしまうのだ。

 そして、それは僕達も例外では無い。

 そのはずだったのだが……僕やシアン達にその痛みは共有されなかった。

 ……なるほど、後の僕の一撃による痛みをシアン達と共有させたくない。

 彼女のそんな独占欲がそうさせているのだろう。

 

(ズルい……ズルいよ、私!! GVからの痛みを私達に共有させないだなんて!!)

(アタシ達を差し置いて、一番おいしい所を独占するだなんて、あんまりよ!!)

(ふふ……どうせ私が戻った後でこの痛みは共有されるんだから、それでいいじゃない?)

(良くない!! こう言うのはリアルタイムで受けてこそ価値のある物なのにぃ!!)

 

 彼女を含めたシアン達にとって、僕のあらゆる行為はご褒美なのである。

 だからこそ、この後で齎される僕の一撃による痛みを独占したいのだろう。

 ……そんな彼女の事も、それに嫉妬するシアン達も、本当に愛おしい。

 だから彼女の望み通り、痛みを独占させ、滅茶苦茶に壊す。

 その時彼女は、どんな綺麗な表情をするのだろうか?

 今からその瞬間が楽しみで仕方がない。

 その表情を見て嫉妬に狂うシアン達を見るのも楽しみだ。

 ……だけど、それを成すには僕達だけの力では難しい。

 あの時のパンテーラからシアンを守った時の力は、所謂火事場の馬鹿力のような物だ。

 あれに何時までも頼っていたら、シアン達に心配をさせ、悲しませてしまう。

 それに、この場に居る皆で力を合わせ、それによって成せる事を見せたいのだ。

 そして、その準備はもう完了し、後は皆から力を借りるだけだ。

 ……狂愛の謡精女王(シアン)…君は僕がこの世界でやっていけるか心配で、こうして表に出る機会が偶然出来たから、態々会いに来てくれたのだろう?

 パンテーラが憎いとか、抑止力とか、そんな物は全て建前なのは僕も知っているさ。

 ……大丈夫、僕はこんなにも大勢の人達と知り合い、手を取り合うことが出来た。

 だから、その証明(痛み)を君に受け取って欲しいんだ。

 僕のそんな想いを込めた視線に、彼女は歓喜に満ちた笑顔で笑っていた。

 それに呼応して、蒼く輝く氷の瞳に第七波動が収束されていく。

 彼女も期待しているからこそ、僕はそんな彼女に応えなければならない。

 

「…皆、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 

 この僕の言葉に呼応し、この場に居る皆との協力強制が為されていく。

 それに伴い、僕自身の蒼き雷霆(アームドブルー)が力を増していく。

 そして、あの時のパンテーラとの戦いの時と同様に、刹那が永遠となった。

 僕はあの時と同様に、禁じ手(邯鄲の夢)を使う。

 その中の、今の僕が持つ最大の切り札である終段(ついだん)、この切り札を、まだ彼女も含めたシアン達にも見せていないのだ。

 だからこそ僕はこれを見せ、その証明(痛み)を彼女に刻み付けるのだ。

 そしてイメージはもう既に決まっている。

 それは中国の伝説上の神獣「四神」の一柱で、東を守護する存在。

 その存在の司る五行は木属性*2であり、風水においては河川に棲まう存在。

 その存在が持つ色は青、蒼、緑、空色だけでは無く、僕の大好きなシアン色を持つとされた伝説の存在。

 

「東を守護せし蒼き輝き(シアン)を持つ龍よ…僕の呼びかけに応え、その姿を現せ!!

 

            ――終段・顕象(ついだん・けんしょう)――

 

蒼龍(そうりゅう)ぅぅぅぅ!!」

 

 そして僕の呼びかけに応え、蒼龍*3は姿を現した。

 その全長は、塔に巻き付いてなお余る程であった。

 僕はこの蒼龍をイメージした時、川の化身という想像を行った上で、最大規模の川であるアマゾン川をそれに組み込んだ。

 その結果、アマゾン川の流域面積が反映され、この様なあり得ない程の巨大な姿を持って現れたのだ。

 僕はこの龍の頭上に乗り、天高く手を掲げた。

 僕の頭上に存在する宇宙の法則が乱れ、数十万の軍勢が姿を現した。

 それは本来、衛星軌道上から音速の十倍もの速度で金属の棒を叩きつける宇宙兵器。

 人類の歴史の中でも既知最強の鉄槌であり、kinetic energy penetrator(運動エネルギー弾)……その究極系に他ならない存在だった物。

 第一盧生、甘粕正彦が得意とする創形、紫電との決戦の時にも使用した「神の杖(ロッズフロムゴッド)」。

 

 その在り様を捻じ曲げ、変化させ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……狂愛の謡精女王(シアン)の方の準備も、もう完了している様だ。

 氷の瞳に収束されている膨大な量の第七波動は、ここから世界の全ての研究所で観測可能なほどに高まっている。

 先ずは彼女に先手を取らせる事とした。

 彼女のこの一撃を受けられる度量の広さを持たずして何とする。

 蒼龍には悪いが、僕と一緒にこの一撃を受けてもらうぞ。

 ……安心して欲しい、その痛みは()()()()()()()()()()

 

「すっごく大きな龍だね、GV! ……私もそれに負けないくらい、沢山第七波動(想い)を込めたの。私のこの想い(狂気)、受け取ってくれるかな?」

「来てくれ、狂愛の謡精女王(シアン)! 僕の……僕達の全てを持って、君を受け止める!!」

「それじゃあ行くよ、GV……収束した全ての第七波動を開放!! 塔結線(アルトネリコ)、発動!!」

 

 氷の瞳から放たれた何百、何千万の数を誇る光の柱が僕と感覚を共有した蒼龍に降り注いだ。

 この一撃は紛れも無く、この世界に向かえば全てを滅ぼしうる一撃。

 そんな一撃に、僕と蒼龍は蹂躙された。

 ……光が収まり、僕と蒼龍は満身創痍の状態でその一撃を受け切った。

 皆の力を借りている上に、その一撃を放ったのは彼女(シアン)なのだ。

 ならば、彼女と皆の期待に応え受けきるのは、僕にとって当然の義務。

 彼女も含めたシアン達によって齎される大部分の行為は、僕にとってご褒美その物。

 そもそも僕は耐える必要など無く、あるがままに受け入れれば何も問題は無い。

 そう、彼女が齎した心の傷(トラウマ)さえも愛おしいのだ。

 ……さあ、次は僕の番だ。

 君は僕にこんなにも想い(痛み)を与えてくれたのだ。

 だから、僕もそれに応える…往くぞ、…狂愛の謡精女王(シアン)

 先ずはこの数十万の軍勢から放たれる(ダート)を、その()に受けて貰う!!

 

「神鳴る鋼の嵐よ……雷となり、かの身を蹂躙せよ……ロッズ・フロム・ゴッド!!」

 

 宇宙に存在する数十万の軍勢から、僕の第七波動による電磁加速と弾道変更技術による鋼の嵐が巻き起こる。

 それの一つ一つがこの一撃に備えていた塔全体を覆う程の電子結界を貫き、突き刺さり、(シアン)全体を蹂躙していく。

 その雷となった鋼の嵐を、当然のように彼女は耐えきった。

 その表情は相変わらずの笑顔のままであったが、何処か物足りなさそうな想いが伝わってくる。

「貴方が与えてくれる想い(痛み)はこの程度なのか」と。

 ……大丈夫、それは唯の前準備に過ぎず、本番は、此処からなんだ。

 それは僕とアシモフにとって最も基本であり、攻防一体の、蒼き雷霆の代名詞。

 SPスキルも含めたあらゆるスキルよりも重要であり、その名を轟かせた元凶。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!! 星殺しの塔(シアン)蹂躙()する、神鳴る雷霆(らいてい)となれ!! 往くぞ蒼龍!! 雷撃麟、最大展開!!」

 

 僕と蒼龍は互いに同調し、その身を包むように雷撃麟を展開した。

 そして、数十万の鉄槌に仕込まれた僕の髪の毛と蒼龍の鱗の一部全てに雷撃が誘導。

 塔全体を蹂躙し、暴虐を尽くしていく。

 この蒼き雷霆の雷には皆の力も協力強制によって込められている。

 故に、彼女がこの雷撃を無効化する事は出来ず、この雷を受ける事となった。

 ……僕の内側に居るシアン達から、凄まじい嫉妬の感情が流れ込んで来る。

 その想い(痛み)を私達にも寄こせと、声なき声で叫んでいる。

 嫉妬に塗れた二人の表情は、言葉では言い表せない程に綺麗だった。

 そして、塔が遂に崩れ去り、彼女はその身を重力加速度に預け、落下した。

 役目を終えた蒼竜に深い感謝をしつつ、あるべき場所へと返した後、僕は彼女に向かい飛び込み、お姫様抱っこで受け止め、波動の力でそんな物理法則に逆らいながらゆっくりと降下していく。

 ……彼女はとても幸せそうな表情をしており、僕の与えた想い(痛み)に、満足してくれたようだった。

 

「GV…貴方の、貴方達の想い(痛み)、凄かったよぉ。……今だから言うけど、貴方が不甲斐なかったら、本当に全てを滅ぼして特異点に監禁するつもりだったんだからね?」

 

 彼女は本気でそう思っているのだろう。

 その切実なる深き想いが僕に突き刺さる様に伝わってくる。

 だけど同時に、そうなる未来などあり得ないと、心の底から僕の事を信頼している。

 そんな矛盾に満ちた彼女の思考が複雑に絡み合い、僕の心を満たしていく。

 

「君の想い(痛み)も、凄かったよ……もう一度味わいたいくらいに」

「良かったぁ。GVに私の想い(痛み)が伝わってくれて。でも、この一撃はこれで最初で最後だから、絶対に忘れないでね? ……この地獄と比喩できる世界で、貴方にこんなにも沢山の仲間が出来たのが分かった。これで安心して、私は素粒子の謡精女王(シアン)に戻れる…大好きだよ、GV。表に居る私達の事を絶対に離さないで、その鎖で永遠に縛り付けてね?」

 

 そう言い残し、彼女は愛しい人(シアン)の精神世界の深層領域へと戻ったのであった。

*1
この設定は、この二次小説独自の物です

*2
木属性は五行においても八卦などの都合により、雷や風は木気に含まれている

*3
青龍とも言う…此方の名前の方が有名であり、蒼龍は青龍の別名と言われている




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。


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第十二話

 僕は狂愛の謡精女王(シアン)が戻ったのを確認した後、この戦闘による周辺被害の確認をしながら、その被害を詩魔法(ライフシャワー)で治しつつ降下した。僕の直下には、戦っていた皆が揃っていた。

 そしてこの場に着陸し、全員の無事を確認した後、テセオに尋ねた。勝負をやり直す必要はあるのかどうかを。元々、彼女の乱入のお陰でそれがうやむやになってしまったのである。この確認は間違いなく必要であるはず。

 

「やり直す必要は無いっスよ、今回のテセオさんの生放送は過去最高の記録を叩き出したんでww…それにテセオさんの切り札で皆に迷惑かけちゃったし、ガンヴォルトの実力(じつりき)は十分に見せてもらったし、これ以上は不毛だとテセオさん考えたんで、もういいかな~っつってーww」

「そうか…分かったよ、テセオ。…これでもう試しの儀は終わった。パンテーラ、これで話し合いをする為の条件は満たされたと認識していいかな?」

「そうだねぇ…おっと、この愛にあふれる姿を戻さなくては。…ええ、その認識で問題ありません。私もニケーも貴方の事を認めていますので」

 

 パンテーラは男の姿から元の少女の姿へと戻りながらこう答え、その後、テセオのやらかした事を謝罪しつつ、この場に居る全員による話し合いの場を当初の予定通り、飛天内部で設ける事となった。

 その内容は、この試しの儀でも触れられていた、能力者の居場所についてであった。

 

 元々エデンは「能力者こそが新たな時代を築く新人類であり、第七波動(セブンス)を持たない旧人類は滅ぶべき存在である」と標榜し、能力者だけの理想国家の設立を目指していた組織である。

 だけど、旧人類を滅ぼすのに必要なシアン達の力が使えず、借りに使えたとしても旧人類とほぼ相殺される形で能力者も犠牲となる事が試しの儀の最中に判明した為、この方法を取れなくなった。

 

 だからこそ、こうして話し合いの場を設ける事となったのだとパンテーラは話した。旧人類が滅ぶべき存在であるという結論に至った理由…それは彼らエデンの構成員の大部分が無能力者達に虐げられてきたからである。

 つまり、無能力者を排除せず、尚且つ能力者達の安全で、飢えもしない居場所を確保する。この方法を話し合えばいいという訳だ。

 

 …普通に考えるならば、無理難題にも程がある。この近未来の地球上ではもう人の手で開拓されていない所など無い。彼らの拠点であるベラデンと呼ばれている要塞も、元々はウズベキスタンの首都であるタシケントを乗っ取り要塞化した物。元々は無能力者の国であり、居場所だった。

 

 そう、酷い話ではあるのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。だからこそエデンは旧人類を殲滅しない限り、能力者達の安全な居場所は得られないと考えていたのだろう。そして色々と計画していたものが僕の手で手詰まりとなった。

 だからこそ彼女達は助けを求め、縋る思いで敵対していた僕に対して話し合いを持ちかけたと考えている。

 

 紫電とアシモフが僕の方に顔を向けている。この無理難題にどう立ち向かっていくのかと、この二人は気になっている様だ。彼等もまた能力者なのだから、僕が考える方法が気になるのは当然と言える。…まず、実現する手段を開示しようと思う。こう言う事は、口で言うよりも直接見せた方が確実だからだ。

 

 僕達は再び表へと出て、その方法をテストも兼ねて実演する事となった。とはいえ、この方法は詩魔法…いや、「ヒュムノスエクストラクト」*1を用いるので、今までとは勝手が違うのだ。何しろ、今まで詩魔法として使っていたのは、「ヒュムノスワード*2」と呼ばれる物であったからだ。

 そして今回使うヒュムノスエクストラクト、その中でも難易度と要求される想いの力が恐ろしく高い「EXEC_with.METHOD_METAFALICA(メタファリカ)/.」。

 アルトネリコ2における最終目的、移住先の大地「理想郷(メタファリカ)」を生み出すヒュムノス。

 

 恐ろしい難易度と言われる所以…それは、ヒュムノスエクストラクトは機械的な挙動をするが故に、詩の効果を実現する為に要求された想いを得られるまで歌い手から想いを搾り取るからだ。それこそ、足りなければ歌い手の全ての生命力を想いに変換してまでも。

 それと、大勢の人々の想いを一身に受け入れる必要がある事に加え、この詩は二人一組で謳う必要がある。その為の訓練所として、インフェルスフィアなんて物もあったくらいなのだ。だからこそ大昔に一度失敗し、本編でも二度目の失敗をしたのもあって、実現するのに長い長い年月を要する事となったのである。

 

 つまり、さっき出現させていた(アルトネリコ)に加え、理想郷の核となるインフェルピラも必要になる。とはいえ、流石に馬鹿正直に条件を満たす必要も無いだろう。第七波動で再現する関係上、塔無しで詩魔法が歌えたりするので、上記の難易度は緩和されているはず。

 …その確認も兼ねて、僕達がまずは試すのである。いきなり命のリスクがあるかもしれない方法だけを開示してパンテーラ達に丸投げすると言うのは無責任だろう。

 

 そう言う訳で、まずは塔とインフェルピラをシアン達が紡ぎだした。但し、サイズは飛天よりも小さい状態で。あのサイズでは凄まじく目立つ上に、あの戦いの後、最終防衛結界「神代」が復旧した事もあり流石にまたあの大きさで塔を紡ぎだす訳にもいかなかったからだ。第七波動はこういう所で融通が利くから非常に助かる。

 それに、第七波動によるヒュムノスエクストラクトの挙動も調べる必要もあった。何しろここがそのままであった場合、下手をすれば命に係わる問題があるからである。まあ、エリーゼが居るから最悪死んでも何とかなるとはいえ、そういったリスクの確認は絶対に必要だろう。

 

「……あの二つの構造物が必要になるのかい? 正直、特異点での戦いの時とさっきの戦いの時の光の柱を思い出して身震いしてしまうのだけれど」

「……ああしなければ紫電達に負けを認めさせつつ生かす事が出来なかったんだ。それに、あの使い方は本来の使い方じゃ無い。本当の使い方は、今から見せる方法なんだ。それにこの方法は前に僕が言った代案でもある。行くよ、シアン、モルフォ……パンテーラ達に道を示す為に、そして、能力者と無能力者が手を取り合える為に必要な種を撒くために、力を貸して欲しい」

『『まかせて、GV! (アタシ)達は雷霆の奉仕者……貴方の望みは、(アタシ)達の望みその物だから!!』』

「ありがとう、二人共……塔とインフェルピラの維持は僕が担当するから、コントロールを僕に回して欲しい。二人は、詩魔法を頼む。……ヒュムノス(ヒュムノスエクストラクト)を行使するのはこれが初めての試みだ。だからモルフォ、支持者の想いは余裕を持って多く集めて欲しい」

『了解よ、GV。アタシの支持者は紫電達との戦いで、未だに大勢いる事が分かっているわ。だから歌いましょう、この詩を…(能力者)達の理想郷を作る為の第一歩として!』

 

 こうして僕は塔とインフェルピラを維持し、シアン達は詩を…理想郷を創造する詩を歌う事となった。二人は互いに背を向け重ね合わせ、手を繋ぎ歌い始める。先ずは僕達が思い描く理想郷を、この場に出現させるのだ。

 僕達の描く理想郷…それは転生前に僕が居た世界の、僕が住んでいた街の再現である。

 

『Was yea ra chs leeya fhyu en xest eazas yanyaue yor.』

『Wee ki ra chs wasara dor en xest eazas yanyaue yor.』

『『xest 1x1101101001100110111000 >> syec mea』』

 

 ヒュムノスが、理想郷の創造が始まった。二人の詩の旋律が、インフェルピラに集うモルフォの支持者達の想いが束ねられていく。転生前の僕の住んでいた街が、あの思い出の小高い山が生み出され、形となっていく。

 そして、シアン達が歌い終わったその時、インフェルピラを核に僕の記憶の中だけにあった転生前の街並みが浮遊島と言う形でその姿を現した。

 

 僕がパンテーラに示した新たな道。それは地球上で居場所が無いならば、こうして新たに創造すればいいという物だった。そして今回の大地の、理想郷(メタファリカ)の創造はあくまでテストの様な物。どうやら第七波動によるヒュムノスは詩魔法と同様に、かなり融通が効く事が分かった。今回の創造は、大半がモルフォの支持者達の想いのみで出来た物。それも、三割程度の人数で紡いだものだ。

 そして、束ねた想いに対するコントロールも問題は無く、後は紡がれた浮遊島と永続性の確認…大地の心臓*3の確認のみであった。

 

 この様子を見ていた僕達以外の全員は、この現象に驚愕し、創造された浮遊島を茫然と見つめていた。何しろ一つの街と小高い山を内包した島が浮いているのだ。何も反応が無いという事はあり得ない。実際に、パンテーラ達の表情は新たな希望を、道を明確に見つけ、こうしてその結果を目撃した事で清々しい笑顔の表情をしていた。

 

「ガンヴォルト……これが、貴方が私達に示した新たな道、新たな希望なのですね」

「……今の地球上、能力者が誕生する以前から、もう人の手が入っていない場所は無い。悲しい現実だけど、最初から能力者に本当の意味で居場所なんて無かったんだ。だから僕はこうして直接的な意味で、居場所を作ればいいと考えた。エデンは能力者こそが新たな時代を作る新人類と言っていただろう? だから新人類らしく争わずに、無能力者から居場所を奪う事無く、理想郷を創造しよう。その為ならば僕達も協力は惜しまないつもりだ」

報恩謝徳(ほうおんしゃとく)*4、僕達は決してこの恩を忘れはしない。新たなる道をこうして示してくれてありがとう、ガンヴォルト」

「ありがとうございます、ガンヴォルト…エデンの巫女として不甲斐ない私ではありますが、貴方のお陰でこうして希望の光を見出す事が出来ました」

『二人共? 安心するのはまだ早いわよ?』

『そうだね…まだあの浮遊島の安全の確認とかもしないといけないし、今回の創造はテストなんだよ? 私達もその時は手伝うけど、本番の時はパンテーラ、貴方を中心に歌うんだから』

「……わっ私がですか!? ですが、私にはシアンさん達みたいな力は…」

「姉様、だからこそGVは兄様との戦いの時に協力強制を教えてくれたのでしょう? それに、姉様はエデンの巫女なのですから、エデンの皆の想いを束ねて理想郷を紡ぐ適任者は姉様が一番だと私は思うのです」

『アリスも他人事みたいに言ってるけど、貴女も私達の時と同じ様にパンテーラと一緒に歌うんだからね?』

『この詩魔法…ヒュムノスはアタシ達がさっき歌った時みたいに、互いに同調する必要があるのよ。パンテーラと同調するのに最適な相手はアリス、貴女以外に居ないわよ?』

「私もですか…ですが、私はエデンの皆を一度は裏切ってしまった身です。とても歌い手に相応しいとは…」

「それについてなんですケド…テセオさんの生放送の時の映像経由でアリスとパンテーラが和解してる映像流れてたんで、大丈夫だと思うっス。と言うか、パンテーラに妹が出来た事に肯定的な意見しか出て来てないんで、問題は無いと思うっスよ? エデン専用掲示板のスレでも、テセオさんが弄るまでも無く、肯定的なスレしか無いし、寧ろ皆ノリノリで受け入れてる感じっスね。「パンテーラ様なら仕方がない」って感じで」

『……まあ、二人共理想郷を紡げるか不安なのは分かるわよ? アタシ達だって、GVが出来ると信じていたからこそ、こうやって紡ぎだせたんだから』

『一度や二度くらい失敗したっていいの。こうやって結果が出せた以上、諦めなければ必ず夢は叶う事が分かったんだから』

「…エデンの能力者を相手に協力強制をする場合、パンテーラとアリスが一番の適任者だと僕も思う。エデンの中で能力者の理想郷を目指そうとしていた中心人物は、間違いなく貴女達なのだから。…皆、先ずはあの浮遊島に行こう。上手く行っていればあの島は、僕達三人が思い描いた理想郷になっているはずなんだ」

 

 僕達は飛天に乗り込み、浮遊島へと向かった。そして、浮遊島の街付近にあった小高い山の平な部分に飛天を着陸させ、僕達は街へと足を運んだ。そこには、転生前の時と何も変わらない、今の時代では古臭く、のどかな街並みが広がっていた。街に入ってから、特にジーノやテセオにシャオ、そして珍しくメラクが関心していた。なぜならば、この街の無人のレンタルビデオショップやゲームショップでは、この世界では見慣れぬ娯楽作品が大量に存在していたからだ。

 

 皆はこの街並みを見て不思議に思っているようだ。「どうしてこの見慣れない、古臭い街が理想郷なのだろう」と。僕はアシモフ達には既に簡単に話をしていた事を、この世界に転生した事をこの場に居る皆に話し、そしてこの街は、僕の転生前に居た世界にあった場所であると明かしたのだ。

 普通ならば、まず僕の言う転生等と言う戯言を信じる事は無かっただろう。だけど、こうして皆にとって見慣れぬ街を創造してみせた。

 

 だからこそ、皆は僕のこの話を信じてくれた。そうして説明している内に、僕達はとある場所へとたどり着いた。そう、転生前の僕が住んでいた家に。この僕の住んでいた家から、膨大な第七波動を感じたからだ。つまり、この場所に大地の心臓があるのだろう。

 皆で家に入る為に僕は玄関を開けた。その廊下は僕の記憶通りの、何一つ変わらない、僕やシアン達にとっての、何時も通りの光景だった。僕は先に玄関から上がり、リビングへと足を運んだ。そこには、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その階段の先から、あの膨大な第七波動を感じる。この先に、大地の心臓があるのだろう。僕は皆を呼び、この階段を目指そうとしていた時、ロロがリビングにあったある物を見て驚いていた。

 それは、僕の家族全員が映っていた写真であった。つまりロロは、黒髪姿の自分と瓜二つの姿が写真の中に存在していたから驚いたのだ。

 

『ちょっとガンヴォルト! この写真、一体どういうことなのさ! これじゃあまるで、僕がガンヴォルトと結婚しているみたいじゃないか!!』

「……懐かしいな。ロロ、この写真は、僕の家族皆が揃った写真なんだ。結婚している訳じゃあ無く、この写真に写っている君と瓜二つな女の子は、僕の妹だったんだ。」

「ガンヴォルトの妹…だと?」

『……因みに、この写真の女の子は誰と結婚したか分かったりする?』

「ちょっと待って欲しい…僕の記憶が確かなら、確か廊下の物置に妹の結婚式の時の写真があったはずだ。……よし見つかった。ロロ、この人が僕の妹の結婚相手なんだ」

「これは……! 俺と同じ姿をしているだと!?」

『あ…アキュラ君と同じ姿をした男の人と結婚してたの!?』

 

 写真に写っていた(あきら)侶露奈(ろろな)の結婚式の時の写真を見て、二人は驚きを隠せない表情をしていた。…今にして思えばこの二人は、アキュラとロロの並行世界における、同位体と呼ばれる存在なのだろう。そして、アキュラ達にこの二人の顛末についても聞かれたので、正直に答えた。

 侶露奈は結婚相手の明に、その子供や孫に囲まれて老衰で息を引き取り、その後を追う様に、葬式が終わって翌日に明も同じように息を引き取った事を。

 

 この写真を見て、僕の話を聞いて、ロロは何かを決心したようだ。そしてアキュラは、何事も無く無表情を装っていたが、その動揺は歩き方を見れば一目瞭然であった。まあ、ロロを作ったのはアキュラなのだから、その複雑な心境が分からない訳では無い。

 そう言ったやり取りの後、僕達は地下へと続く階段へと足を運んだ。長い長い階段を下りた先に有った物。それは僕の予想通りの、大地の心臓の姿がそこにあった。

 

 大地の心臓には本来、人格が存在しているのだが、その気配が無い。代わりに、僕やシアン達が干渉して操作できる事を確認することが出来た。塔と一体化するように、この大地の心臓と接続する事で、浮遊島と一体化する事も出来る。それに加え、この浮遊島を操作することが出来、分解し、消滅させる事も出来る様だ。

 …そんな僕達の様子を、シャオは希望に満ちた表情で眺めていた。

 

(凄いよ、GV! これなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! エデンの偽りの楽園による地獄が齎される事は、もう絶対にあり得なくなった! この世界なら、本当の能力者の楽園がきっと出来る!! 僕の安住の地が、漸く見つかったんだ!! ……でも、油断は出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに、先の戦いでの膨大な第七波動の衝突は、世界を越えて彼女に伝わっている可能性は十分にあるんだ。)

「GV、話があるんだけど、聞いてもらってもいいかな? (GVは転生してこの世界に来ているんだ。だったら、僕の第七波動による()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()*5に対して理解を示してくれるはず)」

「シャオ、どうしたんだ? そんな改まって」

「実は…」

 

 シャオが僕達に何か話を切り出そうとした時、この島全体を揺るがす大きな衝撃が僕達を襲った。念の為、外で待機していたアシモフを始めとしたフェザー組の皆がいたので、外で何が起こったのか、モニカさんの通信経由で説明をして貰った。

 それによると、島の上空に謎の大きな穴による空間が開き、その穴から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が現れ、この島を攻撃しているのだそうだ。

 

 僕達は島が攻撃を受ける前に一体化を解除していた為、無事ではあったのだが、その報告を聞いたシャオは顔を真っ青にしていた。……どうやら、シャオが切り出そうとした話に関係がある様だ。僕達は階段を駆け上がりながら、シャオから事情の説明を皆と情報を共有する為にモニカさんの能力経由で聞く事とした。彼は一時、エデンと繋がっているのではと僕は疑っていた。だけど、そう言った事は無かったが、彼の説明を聞いて、あの時のシアンに対する言い方の理由を把握することが出来た。

 

 シャオは僕と同じく、この世界の本来の住人では無く、第七波動による時間操作能力を応用した事による並行世界移動によってこの世界に来たのだそうだ。この世界に転移する以前に居た世界で僕とシアン、そしてオウカと知り合い、エデン打倒に協力した。

 そして…並行世界の僕はベラデンでの決戦に置いて、パンテーラにシアンの魂をミチルを利用する事で完全に引き剝がされ、パンテーラに普遍化(ノーマライズ)と言う形で完全に取り込まれてしまったのだそうだ。

 

 パンテーラはシアンの魂を取り込んでアリスと同じ能力、夢想境(ワンダーランド)に目覚め、その圧倒的な能力を前に並行世界の僕は敗れ、その僕自身もシアンと同様に、能力因子ごとパンテーラに取り込まれてしまったのだそうだ*6

 その後の顛末は、僕がテンジアンに話した時と同じ事が…無能力者の殲滅と引き換えに、シャオとパンテーラ以外の能力者は滅んでしまったのだそうだ。

 

 その後、パンテーラは自身の能力で能力者の皆を復活させたのだが…その能力者の皆が、自身の生み出したまやかしであると把握してしまってから、彼女は狂いだした。

 そして、この世界で唯一の生存者であるシャオを殺し、取り込む事で本当の楽園が完成すると彼女は彼の命を狙い始めたのを切欠に、自身の能力を利用してこの世界に逃げて来た。これが、シャオから聞けた話であった。

 

 僕は階段を上がり切り、僕の家から飛び出し、シャオの言っていた彼女の姿を捉えることが出来た。その姿はモニカさんの報告があった通りの外見に加え、その髪の色は僕と同様にシアンと同じ紫色の髪をしており、変身現象(アームドフェノメン)まで引き起こし、背中に自身よりも大きな翼を展開していた。

 こうして僕は…いや、僕達は()()()()()()()()()()()()()に身を投じる事となったのであった。

*1
「塔をコントロールする詩」の事で、アルトネリコを直接制御できる力を持つ。よりメカ的でシステム的な、無機的部分が多く含まれ、「想い」を信号としてしか見ない類の、明らかなる「人工的な処理」が介在する。このヒュムノスを歌う為には、本来ヒュムネクリスタルと呼ばれる物に込められた想いをダウンロードする必要がある。

*2
いわゆる第三紀で「詩魔法」と言われているもので、戦闘などで使う妄想魔法の事

*3
正式名称は「四次正角性中核環」。レーヴァテイルオリジンとβ純血種の核である「中核三角環」のハイレベル版。そのコアは大地の生成を可能にすると言われる大地の中核となる存在。

*4
受けためぐみや恩に対してむくいようと、感謝の気持を持つこと。

*5
この設定は、この二次小説独自の物です。

*6
この事をシャオが知っているのは、一度彼女と対峙した時にその話を聞いたからです。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。


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第十三話

聖者(パンテーラ)
虐げられし者達に射した導光(ヒカリ)
救世の巫女――その名はパンテーラ
能力者達を夢幻の愛で束ね、体現せし理創境(アルカディア)



 僕は家を飛び出し並行世界のパンテーラを補足した後、辺りを見回した。見慣れた街並みは既に瓦礫と化しており、僕の家から離れた位置でアシモフを中心としたフェザー組の皆が彼女に対して応戦していた。

 アシモフは空中に居る彼女に対して蒼き雷霆による電力供給が可能となったE.A.T.R.(対戦車用レールライフル)をオーバーロードさせて威力を向上させた砲撃を彼女に打ち込んでおり、ジーノはアシモフとの協力強制により前回の戦いにおいて使用した弾道変更技術による収束した放射線*1を叩き込み、それ以外のフェザー組の精鋭達も彼女が呼んでいたであろうエデンの兵士達と応戦していた。

 

 並みの変身現象(アームドフェノメン)を引き起こした能力者ならば、この時点で勝負は付いていただろう。だけど相手は別世界で無能力者を殲滅しきったシアンの魂を取り込んだパンテーラだ。この二人の攻撃をアリスが使う結界で防ぎきっており、一筋縄ではいかない相手であるのは疑いようも無かった。

 アシモフの持つE.A.T.R.の銃身が焼き付いていたり、息切れしそうなジーノを見る限り、どうやらこのやり取りは既に何度か行われている様だ。

 

(ちっきしょう、結界に阻まれて攻撃が届かねぇ! アリスの結界よりもずっと頑丈じゃねえか!!)

(バリアにクラックを入れる所までは問題は無い。だが、再攻撃を仕掛ける時点で即座に修復されてしまうか)

(この場に居る皆はこのまま攻撃を続けながらGV達が戻ってくるまでこの場を持たせて! あのバリアを突破出来ない以上、私達に出来るのはそれだけよ!)

 

 対する別世界のパンテーラは攻撃が途切れた隙を縫って七人の能力者やエデンの兵士達を呼び出して…いや、夢想境(ワンダーランド)を利用してその場で創造し、ジーノ達に嗾けようとしていた。その七人の能力者は、紛れも無くG7であった。

 それを見た僕達、エデン組、皇神組、アキュラ組、そしてフェザー組の中で僕達に同行していたアリスとシャオがアシモフ達を掩護する為に、メラクの亜空孔(ワームホール)でショートカットをしてアシモフ達と合流し、異世界のパンテーラと対峙した。

 

「アシモフ! ジーノ! モニカさん! 皆無事か!?」

「GV、ナイスタイミング! ジーノ様を含めた皆は今の処ピンピンしてるぜ? ただ、あの女の結界をぶち抜けなくてなぁ」

「その上で増援を嗾けられてこちらが不利になる直前だった。本当にいいタイミングで来たな、GV」

「それよりも、今私達が戦っている相手が別世界から来たパンテーラなのは確かなの、シャオ?」

「間違いない、僕の居た世界のパンテーラだ…もう二度と会う事なんて無いと思っていたのに」

「―――――――――――――」

 

 異世界のパンテーラは言葉を発していなかった。だけど、シャオを見つけた途端シアンにも迫る程の狂気を発散し、大量の剣や鉄槌を降らせた。

 それに対して僕は波動防壁で対抗しようとしたのだが、その前にシャオが手をかざし、何かしらの力を働かせてそれらを迎撃していた。…うっすらと、僕達を囲むようにシャオの第七波動の力が展開されていた。恐らくシャオの時間操作能力により、時間を停止させた空間で迎撃したのだろう。

 

 少なくとも、これで彼女がシャオを明確に狙っている事がハッキリした。そして彼女は自身の攻撃が防がれたのを見た後、新たに能力者を創造し、元々創造していたG7も含めて僕達に嗾けた。新たに創造された能力者は、エリーゼを除いた皇神組の能力者を始めとし、それ以外の見た事も無い能力者や、そして…()()()()()()()()()()()()()()

 

 …分かっていた事だけど、こうして見せつけられると改めて思い知らされる。向こうの世界の僕は彼女に敗北してしまったのだと。…あの彼女が創造した能力者の中にエリーゼが居ないのが唯一の救いだった。恐らくだけど、以前僕が話した事の通り、エリーゼの能力因子は彼女の手に渡らなかったのだろう。だけど、それは何の慰めにもならない。

 何故ならば、打倒されたらまた創造すればいいのだから。彼女の撃破した能力者達が再び彼女に創造され、再び戦列に加わって来た。このままではこちらの力を使い切ってしまうだろう。そこで僕はシアン達に塔を出現させて別世界の彼女ごと葬ろうとしたのだが…パンテーラが待ったを掛けた。

 

「ガンヴォルト、ここは私に…いいえ、()()()()()()()()()()()()()? 確かにシアン達にあの塔を呼び出して貰えれば私達の勝利に揺らぎは無いでしょう。ですが今ここで対峙している私は、あり得たかもしれない未来の私。ならばそれを超えるのは私が、()()()行わなければならないのです」

()()()、か…」

「ええ、()()()、です。……ガンヴォルト、私は私のこの能力が…夢幻鏡(ミラー)が好きではありませんでした。私に対して何物にもなれないと突きつけられていると感じていたからです。今までの私はそれを認めたく無くて、死に物狂いで様々な試行錯誤を行ってきました。その結果があの美しく、愛らしい私達であり、アリスなのです」

「……幻はそれ単体では他の存在が無ければ姿形も取ることが出来ない…君の凄まじい承認欲求は、これが理由なんだね?」

「そうです。だからこそ私は電子の謡精の力が欲しかった…アリスが持つ夢想境の力が欲しかったのです。ですがガンヴォルト、貴方が教えてくれた協力強制(希望の光)のお陰で、私はこの能力の事が…夢幻鏡の事が好きになることが出来たのです。

……幻は何物にもなれませんが、他の存在があれば姿形を得ることが出来ます。それも、()()()()()()()()()()()()()幻なのですから、そのくらい出来て当然ですよね?」

「確かに、幻なのだからそのくらい出来て当然だ。……()()がパンテーラの新たな答えなんだね?」

 

 パンテーラはこくりと縦に頭を振った後、テセオにベラデンに居る全ての能力者(ポーン)に対して回線を開く様に指示し、その回線経由で彼女の演説が始まった。その内容は新たな道が明確に開かれた事、そして別世界の自身により、世界の危機が迫っているという事を。

 彼女は言う。一歩間違っていれば今戦っている彼女の末路を辿る事になっていた事を。だからこそ、この危機を()()()()()()()()()()()()()()と。

 

『力を合わせて乗り越える…同士パンテーラ、私達はどうすれば!』

「皆さんの…エデンのメンバー全員で、協力強制を行うのです」

『ですが私達はポーン…このようなか細い力では、パンテーラ様達の力にはとても…』

「…確かに、一人一人のその力はか細いのかもしれません。ですがそれを束ねれば、何者にも勝る力となるのです。…この島の誕生を、テセオの映像経由で見た皆さんならば、それが分かるはずです」

『同士パンテーラ…』

『同士パンテーラが、私達の力を必要として下さる…!』

『ならばそれに応えるのが、我等ポーンの死命!』

『受け取ってください、同士パンテーラ! 私達全てのポーンの力を!』

「…………ありがとうございます」

 

 ベラデンのある方角から、神代の結界を透過してパンテーラに力が流れ込んでくる。そして今の話を聞いていた僕を含めたこの場に居る皆からも、同様に力が流れだした。この場に居る全員がパンテーラに力を貸したいと願ったからだ。

 皆の力を受け、パンテーラはその瞳に涙を浮かべていた。何故なら今の彼女は力だけでは無く、自身を信じてくれている皆の想いも、全て受け止めていたからだ。

 その行為を隙と見たのだろう。別世界の彼女や創造された能力者全員がパンテーラに集中砲火を仕掛けて来た。だが、その攻撃が彼女に届く事は決してなかった。

 

 炎が、氷が、雷が、水が、金属が、光が、植物が、糸が、水晶が、髪が…パンテーラと協力強制した能力者によるありとあらゆる能力が同時に共存して防壁となり、その全てが防がれた。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これがパンテーラの新たな答え。幻故に全てを許容し、受け入れ、幻と(うつつ)の境界線を取り払い、能力者達の居場所を体現する能力。その名は…

 

「幻と現、その境界線を取り払う事で矛盾すらも含めた全てを受け入れ、共存させ、皆の居場所を体現する力…これが私の新たな答え(第七波動)理創境(アルカディア)です。

大いなる()()の愛の(ことわり)が同胞達の居場所を(つく)り、その(さかい)を体現するでしょう。

…先ずは貴女の持つその狂気を晴らし、今の私の在り様を此処に示させて頂きます」

 

 そんなパンテーラから放たれる多種多様な何百と存在する第七波動。だけど僕には分かる。それら全ては幻だ。だけど、これはどういう事だろう? その幻の奔流に別世界の彼女に創造された能力者達は飲み込まれ、消え去っていく。同様に巻き込まれた僕を含めた味方に、一切の影響を与えずに。これが幻と現の境界線を取り払うと言う事なのだろう。

 それに対し別世界の彼女は再び能力者達を創造し嗾け、自身のSPスキル「楽園幻奏(らくえんげんそう)」を発動させた。だけど今のパンテーラには通用しない。同じように迎撃され、別世界の彼女をも巻き込んでSPスキルを解除させた。

 

 そして幻が晴れたその先にはボロボロになった別世界の彼女の姿があった。そんな彼女の狂気は晴れ、シャオでは無くパンテーラを見つめていた。羨む様に、願う様に。この世界の中心で狂気の晴れた無垢なる彼女は涙を零しながら、今ひとたび揺らめき吼えた。ただ、「そうありたかった」と…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆の祈りを、想いを受け、真の聖者はその姿を現した。

 想い、願い、祈り、そしてそれらに内包された矛盾すら夢幻の愛で束ね、体現せし存在。

 そんな聖者である彼女を前に、()()()()()の運命は幻へと消え去る。

 彼女が持つ能力は夢幻鏡では無く、そして夢想境でも無い。

 その能力の名は理創境(アルカディア)

 (能力者達)の居場所を体現する奇跡を成す第七波動。

 故に――狂い哭け、悲しき運命(さだめ)よ……幻となって消え去るがいい。

 

 

――――

 

 

 この言葉を受け、私はとても複雑な気持ちで彼女を見ていました。彼女は間違った道を突き進み、()()をずっと見続けていたのです。ならば私は当然の様にこう思うのです。「助けたい」と。

 だから私は彼女に手を差し伸べたその時、彼女の体が崩壊を始めたのです。…向こうの世界で無理をして無能力者を殲滅した事に加え、この世界に来る際にも力を使い、そして私達との戦いで遂に力を使い果たしたのでしょう。彼女は私の手を取ろうとしていたのですが、自身の体の崩壊の始まりを知り、伸ばしていた手を引っ込めてしまいました。「悪夢から目を覚まさせてくれてありがとう」とお礼を言いながら…

 

 今の私は(能力者達)の居場所を体現している状態にあります。だからこそ、私と協力強制をして下さった皆の第七波動の全てを強化された状態で扱えるのです。故に、エリーゼの能力を用いて彼女の肉体の崩壊を止めようとしたのですが…それでも全く止まりませんでした。

 ならばシアン達の詩魔法による癒しならどうかと、私は彼女達の詩魔法に関する記憶を読み取りつつ*2、これを行使しました。ですが、やはりその崩壊が止まりません。

 

 このまま彼女を見捨てるのは宜しくありません。折角皆が笑顔で未来へと進める事が確定したと言うのに…こんな事で出鼻を挫かれる訳にはいかないのです。そこで私は彼女の崩壊を食い止める為にシャオの時間操作能力を用いて彼女の時を止めながら、私はガンヴォルトに尋ねました。彼女を助けるにはどうすればよいのかを。

 

「シアン達の詩魔法やエリーゼの能力でも無理だと、もう直接的に救う手段が無い。残念な事だけど…ね」

「……そう、ですか」

「だけど、間接的にだけど、救う手段はある」

「間接的に…ですか?」

「僕がこの世界に来た方法を…()()を使うんだ」

『『GV…(アタシ)達の出番?』』

「……シアン、モルフォ、大丈夫だ。今回の転生は()()()()()()()()()()()()()()()()

「では、私が行うのですか?」

「ある意味そうではあるのだけれど、厳密に言うと()()()()()()。僕の記憶を覗いてみて欲しい。()()()()()()()()()して…ね」

 

 私はガンヴォルトの言う通りに、愛と転生を意識して記憶を拝見させて頂きました。そして私はその記憶の中で、()()()()()()()()()()()()を見たのです。…ですが、それは()()()()()()()()()()()()()でもあります。

 私がお目当ての記憶を見つけた事にガンヴォルトは気がついたのでしょう。彼はとある考えを私に話しました。

 

 曰く、「異世界と言う物が存在しているのだから、こう言った創作物の世界もまた、本当に存在しているのではないのか?*3」と。普通に考えたら現実と創作を区別できない馬鹿馬鹿しい考えなのですが、現にガンヴォルトはその異世界から転生してこの世界に来ており、その上、目の前の彼女は平行世界からこの世界に来ているのです。

 

 ならば試してみる価値はあると、その神を呼んでみる価値はあると私は考えました。そして私はガンヴォルトにその神を呼び出す方法を教えてもらいました。邯鄲の夢の概念を。第六法「終段」を。

 …皮肉な物です。この終段と呼ばれる物でエデンの計画は台無しになったと言うのに。それを私が用いて、別世界の私を救おうと言うのですから。ですが悪い気はせず寧ろ、呼び出される神に対してワクワクしている私が居るのです。

 そしてこの日私は、その神を通じて本当の愛を知る事が出来たのでした。

 

「あらゆる祈り()は綺麗事ではすまされません。だからこそ、それは尊く何にも勝る輝きであると信じる貴女に、私は究極の愛を感じました。愛する者に正気なし。故に、どの様な人間であろうと総てを抱きしめる。

……如何かこの場に姿を現し、彼女を次の来世へと導いて下さい。

 

              ――終段・顕象(ついだん・けんしょう)――

 

黄昏輪廻転生(アニマ・エンテレケイア)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは黄金に輝く髪を靡かせ、荘厳なるドレスを身に纏う、無垢なる女神。

 運命や人の心や生き方に干渉せず、今生における自由を許し、来世を保証する神。

 全ての人間に慈愛を振りまき抱きしめ、幸せを願う法則が形となった存在。

 その神の()黄昏の女神(マルグリット・ブルイユ)

 輪廻転生の(ことわり)を持つ、究極の愛の体現者。

 故に――狂い哭け、避けられぬ運命(さだめ)よ……愛に包まれ消え去るがいい。

*1
前回の戦いの後、飛天での移動中に簡単な収束方法を学んでいた。

*2
協力強制してくれた対象者達の記憶を、即座に許可を取りつつ読み取ることが出来ます。

*3
GVはシアン達に言われたシェルノサージュやアルノサージュの事を踏まえて言っています。詳しくは第七話にて。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
この話の更新に伴い、Dies iraeがクロス先に追加されます。
なお、他の神の出番は多分ありません。


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第十四話

 実際に画面越しで見た事はあった。「Dies irae」と呼ばれる創作物に登場する黄昏の女神(マルグリット・ブルイユ)のその在り方は僕だけでは無くシアン達にとっても尊く、美しい物である事を認識していた。だからこそ、その続編で無残な結末を迎えた事を知った時は、それはもう僕達三人は阿多絶叫とも言える感情を発露した物であった。

 そんな彼女がパンテーラによって終段で呼び出されこの場に降臨した。…こうして実際に見て見ると、「人類最悪にして最美の魂」等と言う彼女を指す言葉すら陳腐に思える。

 

 いや、言葉だけでは無い。人類が持ちうるあらゆる表現…絵画、動画、写真、文章、その他ありとあらゆる表現が陳腐となる。つまり、彼女の在り方を完全に表現できる器となり得る物が存在しないのだ。それ程までに、今この場に居る彼女は美しく、尊い女神であった。

 実際にこの場に居る全員が彼女から目を離せておらず、皆彼女を見てこう思っている事だろう。「女神が降臨した」と。その心と魂に刻み込まれたはずだ。

 

 …そう言えば、アキュラはどんな状態なのだろうとふと気になった。アメノウキハシのミッション前の時や今回の飛天での移動中の時の僕を含めた皆との雑談の際に、何かと「神」の存在を持ち出していた。これはノワからアキュラの母親の影響が大きいと教えて貰っていた。

 僕は彼女から目を離したく無いと言う誘惑を断ち切りアキュラを目視で探し、見つけたのだが…そこには跪き、両手を組んで祈りを捧げるような恰好をし、その上で彼女から目を離せていないアキュラの姿を見つけることが出来た。

 

 アキュラから見ても、彼女は紛れも無く「神」なのだとその姿を見る事で把握する事が出来た。その隣ではミチルもアキュラと同じような恰好でいたのを見て、やっぱりこの二人は兄妹なんだなと僕は思った。

 そしてその傍らに居る、「悪魔」であるノワはと言うと…普段の冷静沈着な表情のまま、涙を流し続けていた。悪魔であるが故に、彼女のその在り方を僕達人間よりもずっと深く感じる事が出来ているからだろう。

 

 そう、彼女は善悪関係無くありとあらゆる誰もの幸せを願い、見捨てたり攻撃したりするという考えがない。例えどの様な極悪人であってもその手を差し伸べ、抱きしめ、来世へと導くだろう。いつかきっと幸せになれる、だから頑張って欲しいと。

 だからこそ僕はもう直接助ける方法が無くなってしまった別世界の彼女(パンテーラ)を救済する為の手段として、パンテーラに彼女を終段で呼び出す事を勧めたのだ。

 

 それに、シアン達による転生の歌である「輪廻新生(リィンカーネーションナーセンス)」はれっきとした「呪いの歌」だ。僕にとってそれは祝福だが、それ以外の対象にとっては違うのだ。この歌は死地に追いやり、堕とす為の歌なのだ。まあ、それはあくまで表面上の理由なだけであり、僕の本音はただこの歌を僕以外に聞かせたく無いと言う僕の醜い嫉妬が主な理由なのだけれど…

 そう僕が考えていた時、シアン達が僕にテレパシーで話しかけて来た。

 

(GV、大丈夫? 意識を持ってかれたりしてない?)

(シアン…僕は何とか大丈夫だけど…パンテーラを除く他の皆は黄昏の女神から目を離せなくて、意識を持っていかれてるみたいだ。

シアンは大丈夫みたいだけど、モルフォはどうなんだ?)

(アタシも何とか大丈夫だけど…気を強く持って無いと目が吸い込まれちゃうわね。

まさかこうやって黄昏の女神の事を直接見る機会が出来るだなんて思わなかったわ。

……陳腐な言葉になっちゃうけど、とても綺麗ね)

(そうだね、モルフォ…見た目だけじゃない、その在り方も思想も、とっても綺麗)

 

 そんな会話(テレパシー)を僕達がしていた時、黄昏の女神は何を思ったのか、頭を空へと向け、目を閉じた。その瞬間僕は目を閉じた筈の彼女から視線を感じた。シアン達も同様にそう感じたのだろうか、どこか困惑している様子が見て取れる。この視線は恐らく「覇道神*1」が持つとされている「天眼*2」による物だろう。その視線からは邪気など微塵も感じず、慈愛に満ちた心優しき彼女の想いが伝わってくる。後に知った事であるのだが、この時世界中の人々がこの視線を感じたのだと言う。

 十分程彼女は目を閉じた状態を維持し、再び宝石のように綺麗な瞳を開いた。そして、彼女を中心に第一から第七の波動のどれにも該当しない、この世界において完全な未知の力が収束しているのが分かる。どうやら彼女は己が願いによって全世界を塗りつぶす力、「流出(アティルト)」を発動させようとしているようだ。

 

 これは「異界」と法則を永続的に流れ出させ、世界を塗り替える異能であり、流れ出した法則は最終的に全世界を覆いつくし、既存の世界法則を一掃して新たな世界法則と化す。

 世界法則を定めるものを「神」と呼ぶのであれば、流出とは新たな神の誕生であり、古い神を倒してその「座*3」を奪うこと、即ち神の交代劇でもある。

 

 この世界にはノワみたいな悪魔が存在するファンタジー世界な側面が存在している。ならば当然、この世界には「神」が存在しているのではと僕は思っていたのだが…心優しい彼女が迷わず流出を開始しようとしていると言う事は、そういった物は居ないのだろうと僕は結論付けた。何しろこの世界には覇道神が奪い取る「座」と言う物は無い筈だからだ。それに、先ほどの天眼はその確認もあったのだろう。

 …彼女は力の収束を終え、世界法則を展開する準備を終えたようだ。そしてその力を解き放つ寸前、僕達は彼女の声を聞く事が出来た。愛に満ちた、魂に響く彼女の祈りと想いが籠った言葉を。

 

『この世界は第七波動と言う力によって争いが起こっているとても悲しい世界。今この瞬間も、これが理由で多くの人々が苦しんでいる。第七波動の有無で傷つけ合う必要なんて、本当は無いのに…だからこそ私は思うの。()()()()()()()()()、いつか絶対、幸せになって欲しいと』

 

 その儚き声が、この世界に存在するすべての人々の幸せを謡う。

 

『私が見ている』

 

 あまねく渇望の絶対肯定の理が今、開かれようとしている。

 

『傍にいる』

 

 黄昏に輝く世界が。

 

『見捨てたりしない』

 

 愛に満ちた世界が。

 

『抱きしめる』

 

 幸せを心から願う詩が流れる世界が。

 

『ううん、お願い』

 

 今生における自由が許される世界が。

 

『抱きしめさせて』

 

 来世が保証された世界が。

 

『愛しい全て、わたしは、永遠に見守りたい』

 

 抱きしめたがりと言う可愛い我儘(渇望)を持った彼女の世界が。

 

すべての想いに(アマンテース・アーメンテース=)巡り来る祝福を(オムニア・ウィンキト・アモール)

 

 今この瞬間、僕達の居るこの世界を覆いつくし、世界は黄昏の女神の(法則)で満たされた。そして別世界の彼女がこの法則に触れた瞬間、心からの笑顔と共にこの世界から来世へと旅立った。そう、自身が取り込んだ魂を開放しながら。

 そして解放された魂もまた、来世へと旅立った。それを確認した黄昏の女神は満足そうな笑顔と共に展開した世界法則に偏在しながらその姿を消したのであった。

 

――――

 

 とある世界のとある国の病院で、新たな命が生まれた。その新たな命は、生みの親の母親に対して鳴き声を出す事で生まれた事を、生きている事を必死に訴えていた。その鳴き声を聞いたのだろう。その母親の人生のパートナーである父親が慌てた様子で病室に入り、母親の腕に優しく抱き上げられた生まれ落ちた赤子を目撃し、「よくやった」と涙を流し、母親を褒め、赤子の誕生を祝福した。

 

「ふふ…この子の顔付き、アナタにそっくり。私の大好きな、優しくて頼もしい旦那様に」

「そうかな? 目元なんかは君に似ているじゃないか。俺の大切で愛おしい妻にね」

「貴方の事だから、もう名前は決めているのでしょう?」

「ああ、その辺りに抜かりはないさ…この子の名前は「優」…優だ。君みたいに優しい子であって欲しい、そしてその優しさで沢山の人達と絆を結んでほしい。そんな願いを込めた名前だ」

「とてもいい名前ね、アナタ。…今日から貴方の名前は優よ。名は体を示すように、私は貴方を優しい子に育てて見せるわ」

 

 その赤子…優は後に自分にだけが見える揺精と知り合い、交流を深めていく事となるのであった。

*1
己の願った法則を永劫展開し、外界に流れ出させる存在。流れ出した法則は最終的に全世界を塗り潰し、既存の世界法則を一掃して新たな世界法則と化す。言うなれば、全世界を支配する存在であり、まさしく神と言える存在。

*2
万象を見通し掌握する覇道神が持つ視覚機能。中でも第六天の持つ天眼は対立している神格の頭を覗き見たり、観測者の存在を感知する程に強大な物で、歴代最強の天眼を持つ。

*3
既存の法を流れ出させている事象の中心、宇宙の核。その宇宙を支配する神の坐する場所。宇宙全ての魂を支配する場所であり力。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。




※終段で呼ばれた黄昏の女神について
実は玲愛ルートのマリィが遠い遠い異世界からのSOS…つまり、パンテーラの終段に乗っかる形で送り出した触覚。これがこの小説内で登場した黄昏の女神です。なお、小さい姿をしていないのはパンテーラの終段の際のイメージに引っ張られたからです。
そんな彼女による流出は、座に居るマリィの物と比べて砂粒以下とも言える物。
だけど、それはマリィにとって貴重なビーコンとして機能するのです。
さて、そんなビーコンが機能している世界を、その世界群を、マリィは放っておけるでしょうか?


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第十五話

祈歌(プレイヤー)

龍の(アギト)と虎の絶爪(ツメ)――ぶつかり合う少年達
因縁の地で響くは女神と謡精の歌声
それはこの世界全ての人々の、そしてぶつかり合う少年達の為に等しく奏でられる祈りの歌



 戦いが終わり女神が姿を消した後、皆は小高い山に泊めていた飛天に乗り込み浮島から離れ、僕達は最後の戦場の舞台となったこの島を大地の心臓を介して消滅させた。流石にアレだけの規模の空に浮いた島をそのままにしておくのは今の段階ではマズイと判断していたからだ。

 その後、飛天内部で皇神組、エデン組、フェザー組による三組でどこに浮島を作り出すか、今後のそれぞれの組織の関係について等の事が話し合われた。

 

 そして話し合いは終わり、エデン組の皆は一度ベラデンに残っている能力者達とも意見交換を行う為にそこに帰還し、皇神組の皆もこの話を上層部に持ち掛け、交渉に臨む為に帰還する事となった。そしてフェザー組はこの皇神未来技術研究所跡地にて、一週間後に僕とアキュラの決闘のジャッジをする為にこの場の使用許可を取ってくれた。

 以前アメノウキハシでのミッション前の雑談の際、アキュラに「今までの俺の…いや、俺達の全てをお前にぶつけたい」と頼まれていた。そしてこのミッション後、色々とゴタゴタが一度に舞い込んでいた為に先延ばしになってしまっていた。

 

 それが全て片付き一段落した事で、遂にこの時が…アキュラとの決着を着ける時が来たのである。この戦いに意味等と言う物は無い。あえて言うならケジメを付ける、区切りを付けるくらいの意味でしか無い。だからこそ僕はそんなアキュラの提案に乗った。この決着を持って互いに手を取り合う為に。

 その為、決闘前の準備も念入りに行われる事となった。準備が必要なのはアキュラ側も同じだったからだ。

 

 今回の僕の装備は「神秘のレンズ+」×2、「セラフリング++*1」「謡精のペンダント++*2」「ディヤウスプラグ」。以前のアシモフとの戦いを見るに、雷撃麟の射程範囲内に収める事が困難であると判断し、SPスキルを中心に立ち回ろうと判断したからだ。

 後、決闘時のルールも話し合われた。終段の使用の禁止や、謡精の歌及び謡精女王の呪歌の使用時、シアン達は協力強制してパワーバランスを均一化する事、そして歌は決闘開始前に発動する事、そして決着は一度動けなくなったり、降参の意思を相手に示す事等がこの時に決まった。

 

 この決闘に歌が盛り込まれた理由はミチルのアキュラに対して力になりたいと言う想いを汲み取ったのが主な理由だ。それに、シアン達も同じ気持ちがあったのもあり、シアン達とミチルとの能力の差の考慮も考えた結果、協力強制してパワーバランスの均一化を図ったのだ。

 実際に決闘の五日前あたりからこの試みが上手く行く事は確認済み。その際、アキュラにこの強化に慣れてもらう為に軽い組手をしたりした。そして一週間後の皇神未来技術研究所跡地にて、僕達は互いに向き合った。

 

「この日を待ちわびたぞ、ガンヴォルト」

「僕もだよ、アキュラ。…じゃあ、そろそろ始めよう。これ以上、言葉は不要だろう」

「その通りだ。俺の持ちうる全てと、ミチルとロロの歌の力(ソングオブディーヴァ)。それをお前にぶつけさせてもらう!!」

「負けるんじゃねぇぞ、GV!!」

「アキュラ様、ご武運を」

「GV、私から言える事は全力を尽くして後悔の無い様にして欲しい。それだけよ」

「アキュラ君! 私の歌が、きっと守るから…! アキュラ君の(チカラ)になるから! だから負けないで!!」

『GV! 私の歌が、貴方の(チカラ)になる! だから貴方は貴方のやりたい事をやって!!』

『アキュラ君! 僕もミチルちゃんと歌いながら一緒に戦うから、全力を出し切ろう!!』

『アタシの歌よ! 想いよ! GVに(チカラ)を与えて! 何処までも飛んで行ける、自由の翼を!!』

「私の雷撃とシアン達の歌が勝負開始の合図だ。互いに悔いの残らぬバトルを私は望んでいる。では、始めよう。…迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!」

『『『「響け! 謡精(ディーヴァ)の歌声よ!」』』』

 

 

手を取り合う為の開戦の鐘(ケンカの合図)を、高らかに打ち鳴らせ!!

 

 

 アシモフの蒼き雷霆の合図の雷撃と同時にシアン、モルフォ、ミチル、ロロの協力強制による歌が、僕とアキュラを強化した。その響き渡る歌の名は「藍の運命」。この歌は転生前の大学受験が終わった時に初めて聞かせてくれた歌だった*3。元々はデュエット曲として作成された物で今回の場合、それぞれのパートをシアン達とミチル達が二手に分かれて担当している様であった。

 一週間前の黄昏の女神の流出()にも負けない程の希望に満ちた歌が鳴り響く。その歌は女神の法則との奇跡的な調和と共鳴により、その効果を高めている。

 

 そして、アキュラと手を取り合う為の互いの全てをぶつける儀式(ケンカ)が始まった。この戦いに勝敗の意味は無い。それでも勝ちたいと思うのは向こうも同じはずだ。勝敗の意味が無いからこそ、逆に負けられない。この時の僕は本当の意味で初めてアキュラと気持ちを共有出来たと確信していた。何故ならば、アキュラの表情がそれを如実に物語っていたからだ。

 先ずはダートリーダーでアキュラをけん制。アキュラも僕の放ったダートと同じ軌道にレーザーを撃ち込み、相殺された。どうやら考えている事は同じのようだ。

 

 その事に、僕もアキュラも好戦的な笑みを浮かべつつ、互いに本格的な動きが始まった。今回の歌の強化は過去に類を見ない程の物。アキュラの元々凄まじい機動性も更に輪を掛けてとんでもない事になっている。まるで見えない壁を使って跳ねているかの様な軌道を何の前触れも無く繰り出しながら間合いを離し、僕を翻弄しつつ正確な射撃を繰り出してくる。

 だけど、歌による強化はこちらも同様。神秘のレンズ+×2による補正も加わった今の僕ならば、こんな風にダートリーダーでアキュラを狙いつつSPスキルの複数即時発動だって出来る。

 

「降り注げ! スパークカリバー!! 舞い散れ! ライトニングスフィア!! 絡み取れ! ヴォルティックチェーン!! 両断せよ!! ルクスカリバー!!」

「ぐっ…そう来なくてはな! 迎撃するぞ!!」

『了解だよ、アキュラ君! この一週間で僕に増設されたビットとエクスギア、それにミチルちゃんと僕の歌で強化された今なら、複数の特殊弾頭カートリッジの同時使用だって出来るはずだよ!!』

「ああ、細かい制御は任せたぞ、ロロ! システム『ギルトコンビネーション』起動!! 奴の雷撃を迎撃する!!」

 

 アキュラのビットから放たれる七宝剣の能力者達の能力を再現した疑似第七波動によって僕の攻撃が迎撃されていく。これらも全て歌と波動の力による強化を受けた事で、SPスキルにも負けない程の出力を得ているのだろう。スパークカリバーがブレイジングバリスタで迎撃された。ライトニングスフィアがワームホールに飲み込まれた。ヴォルティックチェーンがミリオンイーターに喰われた。ルクスカリバーがグリードスナッチャーによる簒奪の弾丸に飲まれた。

 アキュラは見事に僕のSPスキル群を攻略しのけた。流石はアキュラ。そう来なくては喧嘩のし甲斐も出てこないと言う物だ。

 

 高速で動き回りながら見たアキュラの表情が僕に訴えかける。「お前の力はこんなものでは無いだろう? 様子見はそろそろやめたらどうだ」と。確かに、そろそろ準備運動もいいだろうと僕は思った。僕のそんな気配を感じ取ったのだろう。僕が能力と動きの強さと速さのギアを引き上げたのをアキュラは感じ取り、より深い好戦的な笑みを浮かべながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その事に不意を突かれた僕は電磁結界(カゲロウ)でやり過ごそうとしたのだが嫌な予感を感じ、アーマーの強度を引き上げ()()()()()()()()()()()()()

 

(カゲロウが無力化されたのか! アキュラもカゲロウを再現していたから、無力化する手段も当然用意しているか。…アーマーとペンダントの効果が無かったら、大きな隙を晒していた処だった)

「防がれたか…まあいい、それは前準備にすぎん。本命はこちらなのだからな!!」

『いけー! 撃ち抜けー!! アキュラ君!!』

 

 この時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のにも関わらず嫌な予感がすると僕の勘が警笛を鳴らしていた。この勘に従い即座にシールドヴォルトを展開しつつ僕の第七波動でアーマーの強度を調整しつつ身構えた。そして此方に狙いを付けずにアキュラの銃から放たれた無数のレーザーが、僕に目掛けてその軌跡を捻じ曲げながら迷い無く突き刺さった。恐らくあの時のブリッツダッシュによる突進でロックオンしたのだろう。

 その攻撃に身動きを取れずに捌くのに手一杯の僕に、アキュラは隙と見て新たな疑似第七波動を展開した。それは今までのそれとは全く性質が異なっていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これは…!」

「これがパンテーラの第七波動を解析して出来た疑似第七波動「ラストドップラー」だ。…本来ならば俺の形をした幻を複数展開するのが限界だったが…ロロとミチルの歌のお陰で一時的にではあるが、限りなく俺自身に近い実体を持った幻影の展開すら可能となった!

世に誇る我が好敵手(ライバル)に挑む この身に宿る祝福を持って 蒼き雷霆(ガンヴォルト)よ、幻と現実の境界線に惑え!

これで終わってくれるなよ、ガンヴォルト! 舞い踊れ、ファイナルラストドップラー!!」

「……っ! 波動防壁、最大展開! 迎撃しろ、ヴォルティックチェーン!!」

 

 ビットを核として出来たアキュラの幻影達が僕目掛けて左腕に持った盾から異なる疑似第七波動による攻撃を一斉に放ってきた。僕は波動防壁を即座に全面に展開しつつ、波動の力で強化したヴォルティックチェーンでアキュラ達を迎撃した。何体かの幻影と複数の疑似第七波動(ギルトコンビネーション)を迎撃する事は出来たが、防壁が複数の幻影による波動の力で突破力を強化したブリッツダッシュによる突進によって突き破らた。

 そして、幻影三体による同時ロックオンを受けその攻撃に晒され、身動きの取れない僕目掛けてアキュラ本人による上空からの急降下攻撃を仕掛けて来た。だけど…

 

『嘘! タイミングは完璧だったはずなのに、受け流された!?』

「気圧されるなロロ! ガンヴォルトならばこの位出来て当然だ! 切り替えて次の手で行くぞ!

(受け流された時、奴のアーマーの手応えが可笑しかった…ただアーマーの強度を引き上げるだけの装備では無いと言う事か。奴の体捌きもそうだが、フェザーの技術者も侮れん)」

「(受け流されたと同時に僕の雷撃麟の範囲外に即座に離脱したか。流石に、楽に勝たせてはくれないな。…こちらの消耗はまだ許容範囲内。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。仕掛けるなら、今しかないだろう)

流石だよアキュラ…今度はこちらから行くぞ!

響き渡るは謡精の歌声 轟かせるのは龍の嘶き 総身総躯、雷神と化せ!

シアン…モルフォ…僕に力を! アンリミテッドヴォルト!!」

「……来るか、ガンヴォルト!」

 

 僕はこの戦闘の間に特殊なダートをアキュラを狙いながらこの戦いの場に規則的に打ち込んでいた。この特殊なダートは僕の増幅された第七波動に呼応し、突き刺さったダートを起点に僕の第七波動の網目の結界を展開する様に出来ている。そう、僕が潜在能力を開放した瞬間、アキュラはこの網目の結界に捕らわれた。

 …やっと捕まえたぞ、アキュラ。今度は、君が僕の攻撃を受け止める番だ。

 

「掲げし威信が集うは切先…」

 

 それは真の力を解き放った雷剣(スパークカリバー)

 

「夜天を拓く雷刃極点…」

 

 それは蒼き雷霆の栄光(クードス)を威力に変えた究極の一撃(スペシャルスキル)

 

「齎す栄光、聖剣を超えて!」

 

 出現させた真なる雷剣を両腕で天に掲げ、波動の力で更に増幅し、聖剣の(つば)から蒼き雷霆の増幅された第七波動の()()()()による蒼き巨大な柱が出現した。もう、僕が何をやろうとしているのかアキュラも気がついただろう。そう、結界でアキュラの動きを止め、その結界全てを覆う程の攻撃を僕は叩き込もうとしているのだ。

 そしてこの時僕は別の()()()を済ませた。万が一この雷剣を破られた時の保険だ。心の何処かで、アキュラはこの攻撃を破るのではないかと思っていたからだ。

 

「行くぞ、アキュラぁぁぁぁ!!」

「『……っ! アキュラ君!!』」

「ミチル、ロロ…俺を信じろ! まだ勝負は終わっちゃいない! 今こそ、()()()()()()()()()()()()()()使()()()()!! 力を貸してくれ、二人共!!」

 

 そして僕はアキュラに対して蒼き巨大な柱を叩きつけ、この勝負に決着を着ける事が…()()()()()()。アキュラはこの蒼き巨大な柱を左腕に持っていた盾…エクスギアで受け止めていた。それだけでは無い。蒼き巨大な柱を形成する第七波動が、エクスギアに吸収されているのだ!

 …僕は以前、ノワ経由でとある資料を渡していた事を思い出していた。そう、アキュラの父親である神園博士の死の真相を纏めたファイルと同時に渡していたあの情報…命を失った能力者の能力因子は魂に乗って彷徨う事、つまり能力の拡散に対しての事だ。恐らく今僕の第七波動を吸収しているあの機能は…!

 

 そう考察している内に、蒼き巨大な柱を経由し、どんどん僕の第七波動がエクスギアに取り込まれていく。そうこうしている内に、アキュラは複数のビットをエクスギアの先端部分へと集結させ、そのビットから爪を模ったエネルギー刃を形成した。恐らく、僕の第七波動も利用しているのだろう。

 それは嘗ての自身が持っていた怨嗟ともう一人の蒼き雷霆の鎖を断ち切った舞い踊る爪。それを一点に収束、形成させた真なる絶爪。それにより、蒼き巨大な柱は完全に迎撃され、返す刃を持もって僕にブリッツダッシュで接近しながらその爪を振り下ろした。

 

「我が盾に集うは我が半身 討滅せしは狂った決意(殺意) 怨嗟断ち切る無尽の絶爪!

行くぞロロ、オーバードライブ『カタストロフィ』起動!」

『了解! 僕の全部も持ってって、アキュラ君!!』

『「行く()ガンヴォルト! お前の持つ真なる雷剣を討滅する!! ストライクソウ!!!」』

『『負けないで、GV!!』』

「まだだ! シアン達の想いが届く限り、僕は倒れはしない!

迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)! 真なる絶爪を貫き滅ぼせ!! グロリアスストライザー!!!」

 

 僕の第七波動を吸収した真なる絶爪が僕に迫る。それを、余剰の力が無くなった真なる雷剣で受け止める。その衝撃で互いの究極の一撃(スペシャルスキル)が相殺され、僕が持つ雷剣は消し飛び、アキュラの持つエクスギアと接続していた大部分のビットが破損して使用不能となり、互いに無防備な状態となった。

 とはいえ、何となくこんな状況になるだろうと僕は思っていた。だからこそ事前の仕込みでダートリーダーをテールプラグと直結し、()()()()()()()()()()()()()()()()()し、チャージを事前に済ませ、波動の力による装備の変更、具体的にはレンズを神秘のレンズ+×2から底力のレンズ+×2に変更していたのだ。

 

 テールプラグ「ディヤウスプラグ」には真なる雷剣の余剰の第七波動を限界まで蓄積させている。そしてこのプラグには、ナーガのチャージショットの威力を一気に跳ね上げる能力がある。つまり僕がやろうとしているのは、僕自身のプラグに限界まで蓄積させた第七波動の放射と強化されたチャージショットの重ね掛けだ。

 そして、もう既に僕は先ほどの状況を作り出す為の無茶が祟ってオーバーヒートしてしまっている。それを利用したダメ押しの為の底力のレンズ。これが本当の僕の切り札。

 

 僕は体勢を整え、既にチャージを済ませたダートリーダーをアキュラに向けた。その時僕が見たのは、無防備の状態のアキュラでは無かった。僕と同じように銃を構え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この時、アシモフ曰く僕達は互いに目が合い、口元だけ笑みを浮かべていたのだそうだ。

 それはそうだろう。何しろ互いに考えている事がここまで同じだったのだ。思わず笑いたくもなる。向こうも同じように笑っていたのだから、多分僕と似たような心境だったのだろう。

 

 そして僕達は互いにトリガーを引いた。極限まで威力を引き上げたチャージショットと、以前エリーゼ戦の時に見せた緊急発射モードの(ハート)-ブレイザーが衝突。その衝撃波は僕達にまで被害を被る程であった。その衝撃波によって凄まじい土煙を上げ、僕はアキュラを見失った。

 …今の僕はオーバーヒート状態である上に、アーマーもダートリーダーも機能を失う程に損傷しており、僕自身も満身創痍と言ってもいい状態だ。そして土煙が晴れた先に居たアキュラも僕と似たような状態だった。

 

 アキュラもヴァイスティーガーと銃がほぼ全壊な状態の上に、僕同様に満身創痍で辛うじて立っている状態であり、ロロも人型を維持出来なくなってしまったのだろう。ビットも全て破損しており、ロロ本人もバトルポットの姿で辛うじて浮遊している状態であった。

 互いに装備は全破損。その上満身創痍。だけど、まだ互いに立っている。ならば…まだ僕達の勝負は付いてはいない。僕は全身に走る痛みを無視し、アキュラに対して格闘戦に持ち込むために前へと駆け出した。アキュラはそんな僕を見て、破損し、機能を停止したヴァイスティーガーをパージし、僕と同様に駆け出し…互いにぶつかり合った。奇しくも、五日前の組手をした時と同じ状況となった。

 

「ぐぅ…いい加減に…倒れろ! ガンヴォルト!」

「シアン達の前で…倒れる訳には…いかない! アキュラこそ、いい加減に倒れたらどうだ!?」

「それこそお断りだ…! ミチル達の前で、無様に倒れる訳にはいかん!!」

「互いに武装の無い状態なのに…アシモフ、もうそろそろ二人を止めた方が…」

「ダメだ。今ストップしたら、互いに悔いも残る上に、私があの二人から恨まれる事となる」

「でも…」

「モニカ。あそこまで来たら、もう互いの男の意地と意地のぶつかり合いだ。止めるのは野暮って奴だぜ? それにほら、見て見ろよモニカ」

『いけー! アキュラ君! そこ、右だよ!』

『GV! 左から攻めて!』

「アキュラ君、そのまま真っすぐ!」

『正面から来る…! 受け止めて、GV!』

「アキュラ様、負けたら特別メニュー一時間追加で御座います。身を粉にして尽力して下さい」

「…こんなんだぜ?」

「はぁ…全く、しょうがないわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌が鳴り響く。

 

 持てる手段を出し尽くし、互いに無手の僕達に。

 

 それでも戦い続ける僕達に。

 

 優しく、祝福され、未来に対する希望に満ちた祈りの歌(藍の運命)が鳴り響く。

 

 それはまるで新たな時代の幕開けであるかの様に。

 

 そして、互いの渾身の一撃で僕達は倒れ、その後…

 

 僕は遂にアキュラ(嘗て憎まれていた筈の相手)と本当の意味で手を取り合う事が出来たのだった。

*1
霹靂の指輪+とセラフリング+を合成し、効果を重ねた物。オーバーヒート回復が遅い欠点が無くなっている。

*2
神盾のペンダント+と手作りのペンダントを合成し、効果を重ねた物。見た目は手作りのペンダントのまま。

*3
前作第九話にて、藍の運命の歌詞の内容が変更されており、原作の歌詞よりも希望に満ちた内容となっている。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。


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第十六話

 エデンとの一連の騒動、及びアキュラと完全に和解してから一年が経った。能力者と無能力者の溝は黄昏の女神の流出の影響が出て来たのだろうか? ほんの少しだけ埋まった様な空気を僕は感じ取っていた。勿論それだけが原因では無いだろう。皇神グループでの能力者代表とも言える紫電達の奮戦や、桜咲財団と言う後ろ盾を得て新たな活動を始めたフェザー、そして皇神グループ…正確には紫電達と水面下で同盟を組んだエデンの活躍も当然あるだろう。

 そしてこの三つの組織によって、少なくとも望まぬ形で能力者となった者、及び能力者になりたいと望む無能力者の救済が可能となっていた。

 

 まず、望まぬ形で能力者となった者達の保護はエデンが担当し、能力者になりたいと望む無能力者の勧誘は皇神グループが担当し、双方の組織から来た人達の救済をフェザーが担当すると言う一連の流れをこの一年の間に構築することが出来た。そして救済後の人達の立場を皇神グループが保証し、宣伝する事で日本の治安は勿論、日本周辺の国の治安もほんの少しづつではあるが改善の兆しが見えているのだ。

 そうなってくると問題になってくる事が出てくる。その問題と言うのが能力者を無能力者に、無能力者を能力者にする手段が大幅に不足している事だ。何しろ、一年前の段階ではそれが出来るのが僕とアシモフだけだったからだ。この問題は既に試験的にこの一連の流れを試そうとした時から分かっていた事であった。

 

 だからフェザーの技術者は勿論、皇神グループやエデン、そしてアキュラも含めて僕達の波動の力の再現をする為に試行錯誤をしていた。その結果、半年かけてアキュラがその技術の原型の装置を構築し、三組織の技術者達が協力してコスト削減及び簡略化を成し遂げ、そして遂にこの一連の流れの構築の実現が確定したのだ。

 この流れが構築する前は、それはもう僕とアシモフは凄まじく忙しかった。お陰でこの一年間はシアン達とプライベートで一緒に過ごす時間があまり取れなかった。アシモフの方もモニカさんとの時間が取れない事を僕によく話していた。まあ、アシモフも僕もそんな状況であっても常にお互いの恋人との会話は何時でも出来たため、仲が拗れるという事は無かったけども。

 

 勿論、この一年の間で変わったのはそれだけでは無い。あの皇神未来技術研究所跡地が皇神グループによって巨大リゾート施設へと変貌していたのだ。以前ニムロドとの戦いの後でこの周辺の海の浄化を行った事があった。間違いなくその澄んだ海に目を付けてこのような施設を建造したのだろう。ご丁寧に砂浜まで用意してあったのだ。

 そして今僕達フェザー組はこの巨大リゾート施設に集められていた。それだけでは無く、紫電達やパンテーラ達やアキュラ達も同様であった。その目的はこのリゾート施設の本格営業前に僕達による貸し切りであった。

 

 なお、この貸し切りの手配や予定の調整は紫電が行ってくれていた。持参した荷物を各自の部屋へと置いた僕達はリゾート施設で用意されていた水着を着た後、海へと繰り出した。今の季節は夏真っ盛り。皆、この浜辺で思い思いに過ごしていた。

 

「カレラ! そのビーチボールは俺んだぞ!」

「デイトナ、この水球は某の物で候!」

「はぁ…この暑い中でよくそんな動き回る元気があるなぁ…持ってきたゲームでもやってよ…」

(メラクったら、こんな所でもゲームをやってるだなんて…それにしても、アシモフ達、スイカ割楽しそうね)

「GV! もっと右だぜ!」

「えっと…こっちかな?」

「GV、行き過ぎだ。後二歩ほど左に行くんだ」

「ミチル様、オレンジジュースをご用意しました」

「ありがとう、ノワ。 ロロ~、シアン~、モルフォ~、オウカさん~、ノワがオレンジジュース用意してくれたからこっち来て~」

「分かったよ! 今行くから待っててね、ミチルちゃん!」

「シアン、オウカ、アタシ達も行きましょ?」

「はい! シアンさん、そろそろ休憩を挟みましょう」

「うん! 一緒に行こう、オウカ」

「紫電殿、皆の昼食の手配を済ませました」

「ありがとう、イオタ。 …あぁテンジアン、僕はもうかき氷は食べたからそれはパンテーラに渡したらどうだい?」

「そうさせてもらおうか、紫電。 …パンテーラ、かき氷を用意したんだけど、どうだい?」

「ふふ…私はもう頂いていますわ、お兄様。…それはアリスに渡したらどうでしょう? アリスはまだ食べてなかったでしょう?」

「ええ、そろそろかき氷を頼もうとしていたのですが…丁度いいタイミングでした。頂きますわね、お兄様」

「テセオさん、そうやってカメラを向けられると、ちょっと恥ずかしいです…」

「なんだよエリーゼ! アタシよりもいい体してる癖に縮こまるなよな!」

「ジブリール…彼女ハあまリそう言ウ事に慣れテいなイのですかラ…」

「いいじゃないっスかニケー! …うんうん、僕の生放送の視聴率がうなぎ上りでテラウレシスww」

「スイカ割が終わった様だな、ガンヴォルト…こいつ(特性の水鉄砲)を使って勝負してみないか?」

「アキュラ…僕は構わないけど、いつの間にそんな物を…」

「…ミチルとノワに頼まれてな。 まあ勝負はあくまで序で、メインは安全に扱えるかどうか確かめる事だ。付き合ってもらうぞ、ガンヴォルト」

「GV、アキュラ、何だか楽しそうな事してるね? 僕もまぜてよ!」

「シャオ…僕は構わないけど」

「俺も問題は無い。むしろ好都合だ。人数が多い方が多くデータが取れるからな」

 

 このような調子で、僕達はこのリゾート施設で思い思いに過ごすことが出来た。…今こうして楽しんでいる僕自身、今でも信じられない光景だ。嘗て敵対していた組織の人達が、こうして集まって楽しそうに過ごしているのだから。

 …下手をすれば、この場に居る大半の人達は居なかったかもしれない。シャオはあの戦いが終わった後、僕に以前シャオが居た世界の僕の事を教えて貰った事があった。それによると、向こうの世界の僕はパンテーラを除く紫電達、G7、そして…アシモフを殺害したのだと言う。

 

 それを聞いた時、紫電達やG7もそうだが…特にあの時の僕はアシモフを殺害したと言うのは何かの間違いだと思わずシャオに強い口調で言い返してしまったのだ。だけどシャオ曰く、シアンの力を利用して無能力者の殲滅を提案したアシモフを拒絶した後、僕は瀕死の重傷を負い、シアンはアシモフに殺され、シアンの仇を取る形でアシモフを殺害したのだと言う。

 その情報のお陰でアシモフのその提案も含め、シャオの世界に居た僕のアシモフ殺害の動機も納得が出来た。

 

 アシモフの過去を僕はデータバンク施設におけるハッキングによって知っている。その世界のアシモフは恐らく波動の力を知らなかったのだろう。だから寿命や能力の暴走の問題も解決しておらず、実験の経緯で無能力者に対して憎しみを募らせていたのだろう。誰にもそれを悟らせる事も無く…

 そう考えればアシモフの動機は納得出来る。そしてシャオの世界に居た僕自身の事も。シアンが関わっている以上、アシモフの提案を拒むのは当然だろう。

 

 そして、瀕死の重傷を負った僕が助かった理由も分かり切っている。この世界の時と同様に、殺された際にモルフォと一つになったシアンに身を挺して助けられたのだろう。シアンと一体化した僕ならば、アシモフに対して十分勝機はある。この事はシャオの話からも裏が取れている。

 …こうして考えると、最初のターニングポイントは僕がアシモフに「ラムダドライバ」と言う形で波動の力を開示した事にあったのだろう。このお陰でアシモフは寿命や能力の暴走の問題を解決出来たのだから。

 

 …こうしてシャオの話を思い出した僕は思った。今見ているこの光景…エデン、フェザー、皇神グループの枠を超えて笑い合い、思い思いの時を過ごしている皆の事を決して忘れない様にしようと。そう考えていたら、いつの間にかシアンとモルフォがどこか不安そうな表情で僕の腕に自身の腕を絡めながら傍に寄り添っていた。

 どうやら僕が嫌な事を考えている事が顔に出てしまったのだろう。その事に気がついて、こうして傍に寄り添ってくれているのだろう。

 

 水着姿の二人の体温が僕の心を癒してくれている。とても暖かく、柔らかく、僕を包み込んでくれている。それだけでは無い。今こちらを見ているアシモフやジーノにモニカさん、それにオウカやアキュラまで何処か心配している表情をしながらこちらを見ていたのだ。…僕は幸せ者だ。こうやって、僕の事を心配してくれる人達がこんなにも沢山いるのだから。

 その幸せを噛み締めながら、僕は皆に笑顔を向けながら「問題は解決した」と表情で答えたのだった。

 

 その後、この事が切欠で様々な節目で皆が集まる機会が出来るようになった。お花見の時も、ハロウィンの時も、クリスマスの時も、元旦の日の時も…そして、あの戦いが終わった日を「感謝祭」と言う形で集まったりもした。お花見の時は、男の姿をしたパンテーラとモルフォがデュエットしたり、紫電がアキュラと将棋をしながら冷や汗を掻いたり、桜が舞い散る光景を笑顔で見るアリスとそれを見守るテンジアンと言う珍しい光景を見ることが出来た。

 ハロウィンの時はアスロックがカボチャを主軸としたお菓子を用意したり、皆が気合の入った衣装を用意していた。特にシアンの黒猫姿や、モルフォの小悪魔の姿が印象に残っていた。

 

 クリスマスの時はサンタの恰好をしたシアン、モルフォ、エリーゼ、ニケー、ロロ、オウカ、シャオ、そして僕が参加者にプレゼントを配ったりした。元旦の時のシアン、モルフォ、オウカ、ロロ、ミチルの着物姿は実に印象に残った。ただ、アキュラが気合を入れて書初めをしていた時、墨を足に付けた可愛らしい犬に足跡を付けられててんやわんやしていたのが、どこか可笑しかった。

 

「感謝祭」の時なんか、カレラとストラトスが食べ物の取り合いをしていたり、そんな彼らを見て呆れているアキュラとデイトナ、そしてびっくりしているエリーゼ、そんな事等お構いなしに僕とジーノは話が盛り上がり、モルフォは空を飛びながらメラクの横から料理を摘まんだりと凄まじく混沌としていた。

 対照的にエデン組が中心のもう一つのテーブルはそれに比べて大人しかったのが、僕にとっては無性に可笑しかった。

 

 そうして皆が手を取り合いながら歩む日々が過ぎ往くその最中、日本でとあるニュースが歓喜の波紋を広げていた。そのニュースの内容は「電子の謡精復活ライブ」と言う物であった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。




※皆が集まる機会について
これはオコワにあるアートギャラリーの絵が元ネタです。それぞれ「お花見」「ハロウィン」「クリスマス」「謹賀新年」「感謝祭」の画像を参考にしています。グーグルで「ガンヴォルト お花見」とかググって画像検索すればその画像が出てくると思います。因みに、巨大リゾート施設云々は「残暑見舞い」を、次の話でする予定の「電子の謡精復活ライブ」は「MORPHO SUPER LIVE」の絵を参考にしています。本編でこう言った画像みたいな展開にならなかったので、何時か必ずこの画像で和気藹々としている場面をこの小説内で書いてやると思っていました。


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第十七話

謡精(ディーヴァ)

嘗て敵対していた組織の枠を超え
人々は謡精の聖地(ライブ会場)を作り上げた
その想いに対する答え…それは謡精達から響き渡る心からの歌(感謝の想い)


 本格的な切欠は「電子の謡精(サイバーディーヴァ)抹殺ミッション」後、シアンを助け出して半年が過ぎ、シアンもセーフハウスでの生活にすっかり慣れた頃。僕はテーブルの上にあったチラシの裏に奇妙な紋様が掛かれていたのを見つけていた。それはよく見ると紋様では無く、かなり崩した筆記体であることがわかった。それを読み解こうと僕が目を凝らした時、物凄い勢いでシアンが横からやってきた。

 

「ダメー!」

「おっと…これはシアンが書いた物みたいだね」

「お願いGV、何も聞かずにそれを私に返して!」

「……シアン、ひょっとして何か未練があったりする?」

「そ…そそそんな事無いよ! これは…その…」

 

 僕は転生前にシアン達との想いだけのコミュニケーションを生前続けていた為、その表情や想いだけで言葉が無くとも何が言いたいのか大体把握出来ていた。当然、僕から見て過去のシアン達にもそれに当てはまる。だからこそ、こうして会話もできる以上シアンの考えが手に取る様に分かる。その悩みを聞こうと僕はシアンに対してそれを言い当て、真剣に相談しようと持ち掛けようとした時、モルフォが横から僕達に話しかけて来た。

 

『いいじゃないシアン、GVなら貴女の事をからかう事何てしないわ。その事はここでの半年の生活で分かるでしょう? それとも、アタシの口から言わせたい?』

「うぅ…ズルいよモルフォ…GV? 実は私…」

 

 曰く、アイドルに未練があり、出来る事ならばまた皆の前で歌を歌ってみたいのだと言う。以前、伝説のロックスター(アオイ)の話を聞いた時に感じた憧れと未練の想いの正体を、この話で()()()確認する事が出来た。この逃亡生活を続けてなおこの夢に未練があると言うのならば、あの時僕に伝えた内なる想いは未だにシアンの心に大きく残っているのだろう。因みに、このチラシの裏に書いてあった筆記体はサインの練習なのだとか。

 …電子の謡精(モルフォ)は世間的にはもうフェザーに(ころ)された物と認識されてしまっている。その悲しみはこの半年の間も尾を引き続けており、未だにそれを実行した事になっているテロリスト()が恨まれている。

 

 正直な話、これについて当時の僕が出来た事と言えば体力をつけさせたり、詩集を沢山用意したり、外出する機会を増やしてインスピレーションを促す事で地力を付けさせる事くらいしか出来なかった。流石にモルフォの死を無かった事にする為には相応のコネが必要になってくる。それこそ、皇神に対してのだ。

 だけど、それでシアンを当時の皇神に引き渡してしまったら本末転倒となってしまう。だからこの時のシアンのアイドルへの未練に対しての救済案は暗礁に乗り上げてしまっていた。

 

 だけど、今は違う。あの騒動から一年間の間に紫電は更に昇進しており、皇神でもかなり重要な役職に就く事が出来ていた。そのお陰でコネの問題が実質解決していた。何しろ、現在僕達フェザーはエデンと共に紫電を経由して皇神と手を組んでいるからだ。後は、モルフォの復活によって皇神に利益が出る案等を構築し、紫電に対して相談を持ち掛けるだけで済む。

 モルフォの歌を慕っている人々は本人曰く、未だ多く存在している。きっとこの国の人々はモルフォの復活を歓迎してくれるだろう。

 

 …あの時、機械に繋がれていたシアンが僕に連れ出される前に願った事があった。「外の世界で、私の歌を唄いたい」と。僕はこの願いを忘れた事など無かった。だからその当時の僕は、シアンの見た目を年相応にする為にあんな無茶な提案をし、高校進学を見据え勉強も付きっ切りで教え、将来の学校生活における能力を隠す為や、いざと言う時に逃げられるようにする為に制御の練習に付き合い、少しづつフェザーから距離を置く様に動いていたのだが…

 今考えてみれば穴だらけの案に過ぎなかった。結局僕の留守の間に当時の皇神に見つかってしまい、連れ攫われ、シアンを守ることが出来なかったのだから。

 

 だからこそ、僕はシアンの願いを叶えたい。この一年の間、シアン達は僕の我儘に付き合ってくれてはいるけれど、偶に取れた休暇の時、ネットの動画でライブなんかの動画を見てどこか羨ましそうな眼差しで見ていた事もあったからだ。皆が集まる機会の時も、シアン達は積極的に歌を披露して場を盛り上げてくれていたし、デイトナからのサインの要求にも答えていた。

 それらの行動の節々で、未だにその未練が残っているのが僕だけでは無く、あの場に居た一部の人間は把握していた。そう、紫電やデイトナ等の一部の人達は、その事を把握していたのだ。

 

「やっとその相談を僕に持ち掛けてくれたね。まあでも、僕の予想よりも早い段階で、だけどね」

「シアンちゃんの願いを叶えてぇのはおめぇだけじゃないって事だぜ? ガンヴォルト」

「紫電…デイトナ…何時から把握していたんだ?」

「あの時リゾート施設に招待した時、モルフォが歌を披露してくれた時があっただろう? 明らかに歌唱力が上がっていたから、実はアイドル活動に未練があったんじゃないかってね」

「だから俺達は俺達の出来る範囲で準備を少しづつ進めていたのさ。こいつが『ガンヴォルトの事だからきっと僕に相談を持ち掛けてくるだろう』ってな。…認めたくねぇが、シアンちゃんの歌が上手くなってたのはテメェのお陰なんだろ?」

「…僕がしたのは歌の練習の為の環境の構築に、シアン達に体力を付ける事、そして能力の制御を出来るように促しただけだよ、デイトナ。後は全てシアン達の努力だ。…それで、協力してもらえると解釈してもいいのか?」

「シアンちゃんの…正確にはモルフォのファンは未だに多い。その証拠に、後続のバーチャルアイドルの人気もモルフォの人気に遠く及ばねぇ。皆、モルフォが居ねぇから仕方なくって所が実情だ。…テメェはシアンちゃんのファンでもあるからな、だから俺は協力してやるよ」

「僕としてもモルフォが再び表でアイドル活動するのは賛成なんだ。モルフォと言う希望が復活すれば、この国も盛り上がるし、経済効果もかなり期待できるだろう。…だけど、一つ問題がある。分かるよね? ガンヴォルト」

「……僕の傍から遠い距離に離れることが出来ない事だね?」

 

 そう、ここに来てこの問題が立ち塞がる事となった。今のシアン達は僕との協力強制によって、あまり遠い位置から離れることが出来ないでいる。これはミチルとの共鳴を防ぐことが目的の物であり、シアン達が今隣の部屋で何の反応も無くミチル達とお茶会なんて開けているのもこのお陰なのである。そして、僕の傍から離れられない事で起こる問題。それは、「アイドルの傍に男…つまり、僕が居る事」だ。

 いくらバーチャルアイドルで通っていたモルフォとは言え、男の影がチラつくと言うのは宜しくない。これによりあらぬ誹謗中傷を受ける事だってあるだろうし、何よりアイドルは夢を売るのが仕事なのだ。

 

「そう言う事さ。常にモルフォの傍に君と言う男が傍に居るとその辺りを勘繰られて大炎上、なんて事があるからね。実際に君達は恋人同士だし、隠し通すのはまず無理だと僕は判断しているんだ」

「実際に、俺はそれが理由でテメェに何度も喧嘩を吹っかけてるしな。…で、どうすんだ? この問題は放置したら不味いだろ?」

「…一応、案が無い訳じゃ無い。問題なのは『モルフォの近くに男が居る』という事だ。だから…」

 

 そう、この問題を如何にかする方法は既にあるのだ。それは嘗て僕自身がフェザーの任務外での活動の際、僕の正体の露見を防ぐための手段であり、未だにパンテーラが僕に執着している原因でもある。その方法とは、()()()()()()()()()()()()()()()。そう、僕はパンテーラと同じように、夢幻鏡(ミラー)とは原理は違うが、「オーバージェンダー」の使用が可能なのだ。

 この事が知られたのはあの騒動の直後、アリスが僕の正体をパンテーラに話した事が切欠だ。とは言え、その事に対して僕やアシモフにも許可を求めていたし、僕達は許可を出していたので、アリスの独断と言う訳では無かったのだが。

 

 そのお陰でパンテーラが猛烈に僕に対して是非その姿になる所を見たいとねだられ、実際に姿を変えてみた所、彼女の琴線に触れていたのもあり、思いっきり抱き着かれてしまった。が、その直後、彼女は涙を流していた。これには僕やシアン達、そしてその場にいたG7の皆も困惑していた。曰く、やっとこうして直接この姿の僕と会うことが出来た事と、僕がパンテーラと同じ様に性の超越(オーバージェンダー)が出来た事が嬉しかったからだと言う。

 性別や年齢の超越が可能なパンテーラにとって、方法は違えど同じ事が出来る僕と言う存在は貴重なのだろう。…その後、テンジアンが僕に、シアン達がパンテーラににらみを利かせる様になったのはまた別の話だが。

 

「こうすれば、問題は無いでしょう?」

「……はぁぁぁぁぁぁ!? なんだそりゃ!? 何パンテーラみたいな事してやがる!! 声や服装まで変化してんのも同じかよ!!」

「……報告はかなり前から聞いていたけれど…いやはや、実際に目にしてみないと分からない物だね、ガンヴォルト。いや、その姿の場合は『ネームレス』と呼ぶべきかな? その見た目だけなら、あのパンテーラが未だに君に執着する理由も分かる気がするよ。…ふむ、()()()()()()()()()()()()()()()しているのはある意味予想通りかな? 君の元の姿の瞳の色が赤に変化していたからからね」

「そう? あの時パンテーラに見せた時は何も言われなかったから気がつかなかったけれど…瞳の色、反転していたのね」

「…口調まで徹底してやがる。目の前で変身してる所を見て無かったら、まんまと騙されてた所だったぞ、これはよぉ」

「そうでなければ私が困るわ。 当時の私は蒼き雷霆(アームドブルー)である事は何としてでも隠さなければいけなかったのだから」

「…話を戻そう。その姿の君をモルフォの護衛と言う形で居て貰えれば、問題は解決するね。元々、()()()()もあるし、モルフォには護衛が欲しかったんだ」

「そこを強調されると…私も耳が痛いわね」

 

 とまあ、そんな感じでこの問題も解決し、後はどうやってモルフォを再び表に出すのかを尋ねてみたのだが、その方法はこのような物だった。まず、夜の時間に紫電に指定されたルートを実体化させたシアン達を連れて、そして、僕はネームレスの代名詞である透明化をしながら空を飛ぶ事だった。何でも唐突にモルフォが復活したと言うのは違和感が出てくるので、まずはネットや口コミ等で噂話が広がる様にこうして夜の街を飛び回って欲しいのだと言う。

 それを三ヵ月ほど続け、噂の信憑性が増して来た所でモルフォの復活を公式に発表し、コンサートの調整を済ませる、と言う流れだ。その時、もし話しかけられたら手を振って応えたりするのも許可された。流石にその場で話し込んだりゲリラライブめいた事はダメだと釘を刺されたりはしたけれど。

 

 それと、ネットでの噂の扇動にはメラクとテセオが担当するみたいだ。少なくともこの二人がタッグを組めばネット関係は大丈夫だろうと考えている。そのネット情報についてなのだが、モルフォが実は生きているのではと言う噂は、実は前からあったのだ。その際にアップロードされていた画像は、()()()姿()()()()()()()()()姿()()()()*1。紫電はこの事をメラクから知らされていたのを思い出したのを切欠で、この様な案を思いついたのだと言う。

 この画像はモルフォ以外は完全にモザイクになっており、居場所までは特定できないようになってはいたけれど、一時期、極一部のネットでは騒がれていたらしいのだ。とは言え、モルフォは世間ではバーチャルアイドルとして通っていたので、「モルフォのモデルになった子なのでは?」と言う憶測で結論が出ていたのだが。

 

 これで後はシアン達のやる気次第と言った所まで調整を進めることが出来た。そして、この事をシアン達に話した時、「是非やらせて欲しい」と言う返事を貰うことが出来た。シアン達からすれば、自身の歌が能力者に対するソナーだったり、洗脳だったりと言う用途に用いられる事も無く、ただ純粋に歌を歌える機会を得られた事が本当に嬉しいのだろうと思った。

 何しろこの話をした時のシアン達の表情は、それはもう心からの笑顔だったのだから。今までの努力が実を結ぶ機会が得られた以上、モチベーションも当然高い。

 

 こうして準備は着々と進み、ネットでも夜の空を飛ぶモルフォとシアンの姿の画像や動画が大量に上げられ、モルフォの復活、そして傍で一緒に飛んでいたシアンが新たなバーチャルアイドルと言う噂が飛び交い、遂に皇神からモルフォの復活と、シアンがモルフォとタッグを組む新たなバーチャルアイドルと言う発表が為されたのだ。

 この時のネットや世間の盛り上がりは、それはもう僕達の想像を遥かに超えた凄まじい物であった。伊達にこの国の希望だった訳では無いという事が、これでもかと僕達に思い知らせてくれた。

 

 これなら行けると発表から三日後に新曲として「藍の運命」が動画付きで発表された時なんか、街の雰囲気が熱狂に包まれていると言うのを肌で体感できてしまう程だったし、実際にその一ヵ月後に発売された時も、どの音楽サイトでもダウンロード販売数首位を独占してしまう程であった。

 どうしてここまで凄い事になったのか? それは、元々嫌々歌わされていた時ですらこの国の希望とまで言われていた程に人気が高かった。それが、本人達が心から歌いたいと全力を出して心から歌っているのだ。この人気もそう考えれば当然であった。

 

 それと、シアンの存在も大きい。動画ではモルフォと動きをシンクロさせたり、仲睦まじそうに歌い合ったりしている姿が人気を呼び、多くの人達からすっかりモルフォの妹ポジとしてその存在を確立させたのだ。そうして「電子の謡精復活ライブ」がニュースに流れ、遂にその時が来たのだ。シアン達の夢を本当の意味で叶える、その時が。

 そして今、ライブが始まる三十分前の状況にあった。これからシアン達は本当の意味で初めて全力で、心からの生の歌を大勢の人たちの前でライブと言う形で披露されようとしている。

 

(ねぇGV、私今でも信じられないよ。こうやって皆の前で歌を歌える時が来たって事が)

(正直ね、アタシはこんな機会が来るなんてもうあり得ないんだって思ってた)

(だから私達は、こんな機会を用意してくれた皆に感謝しているの。だから、その感謝の気持ちと、私達の心からの想いをこのライブでの歌で歌わせてもらうから…)

(だからGV? アタシ達の歌、しっかりと聞いてね)

(…ええ、思いっきり歌ってきなさい。私達はシアン達のライブを楽しみにしているから)

(うん! 行こう、モルフォ! 皆に歌を届けに!)

(ええ! 行きましょう、シアン! 皆、アタシ達を待っているわ!)

 

 そうして開始時間となり二人は外へと飛び出した。そんな二人を、この日の為に用意された大規模な会場に居る大勢の人々が出迎えてくれた。そんな大勢の人達にシアン達による感謝の気持ちが籠ったモルフォの歌の中での始まりの歌、「蒼の彼方」が響き渡った。

 …本当に感無量だ。あんなにも嬉しそうに皆の前で歌っているシアン達を見れるだなんて。そう思いながら僕は光学迷彩を展開しつつ警備をしながらライブ会場を眺めていた。

 

 あそこの観客席に見えるのは…デイトナか。それに…アシモフ達フェザー組や、パンテーラ達エデン組、アキュラ達の姿も見つけることが出来た。紫電達皇神組はライブ会場でバラバラに居るのが確認出来た。それにしても…このライブの司会者に見覚えがある。確か名前は「ロメオ」であると聞いているけど…

 思い出した。確か皇神第一ビルに居た「変なおじさん」だ。最後に確認出来たのは被虐趣味に目覚めていた所だったけれど。まさかここで再会する事になるだなんて思わなかった。それにしても、司会者が板についている。歌の合間のトークで会場が沸いているのがここからも伝わってくる。

 

 そうしてライブは最後の歌手前まで盛り上がった。「蒼の彼方」から始まり、「霧時計」「蒼き扉」「追憶の心傷(ペイン)」「灼熱の旅」「虹色カゲロウ」「月世界航路」「櫻華爛漫」「真実≒現実(リアリティ)」「最期の冀望」「追躡の果て(ワールドエンド)」「蒼空」「輪廻(リインカネーション)」と、既存の歌を歌い上げ、その後の新曲である「藍の運命」「虚空の円環(リング)」「多元的宇宙(マルチユニバース)」「菫青石(アイオライト)」「瑠璃色刹那」「成層圏(ストラトスフィア)」「並行世界(パラレルワールド)」「空白書板(タブララサ)」「輪廻新章(リインカネーションオルタナティヴ)」と新曲ラッシュを叩き出し、会場を大いに沸かせた。

 この際、二人は蒼く透明な扇子を構えて妖艶な笑みを浮かべたり、観客の居るスレスレの位置へと飛んで手を振りながら楽しそうに飛び回ったりしていた。

 

 そして「輪廻新章」が歌い終わり、このライブを締めくくった最後の歌は…「青写真」であった。今までの歌とは全く毛色の違う、僕にとってなじみ深い、とてもゆっくりとした物であった。それに合わせてシアン達の動きも今まで激しかったのが、会場の中心で目を閉じ、マイクを両手で持ちながら、ゆっくりと降下しながら歌い上げた。そして、シアン達はこの歌をこのライブで今まで歌い上げたどの歌よりも心を込めていた。その姿は僕の視点から見ると、とても神秘的に見えた。

 そう見えたのは僕だけでは無いのだろう。恐らくそれが理由でこの時のライブ会場は完全に静まり返っていた。そしてシアン達が歌い終わり、頭を下げた所で…僕達を含めた会場全ての人達からの沢山の心からの感謝の拍手がシアン達を迎え、無事「電子の謡精復活ライブ」は大成功を収め、終わりを迎えた。

 

 鮮やかな光の中、貴方と生きていく――僕はこれからも、シアン達を守り抜く。彼女達が知った色鮮やかな世界を共に生きて行く為に。そう、僕は改めて心に誓ったのであった。

*1
この画像はシアン達との逃亡生活一か月後くらいでアップロードされていた物で、当然皇神も把握していたのだが、これが切欠で居所がバレた訳では無い。もしこれでバレていたら一年半も逃亡生活を続ける所か、三ヵ月くらいで捕捉されていた事だろう。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。


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輪廻を越えた蒼き雷霆は謡精と共に永遠を生きる
第十八話


「電子の謡精復活ライブ」から十年程が経過した。この間、様々な事があった。例えば、紫電が遂に皇神の副社長へと昇りつめ、遂に社長へと王手を掛けたり、どこから嗅ぎ付けたのか、電子の謡精の力を欲したテロ組織がエデンに壊滅させられ、メンバー全員がパンテーラの信者になったり、日本だけでは無く、世界規模でモルフォ達が大人気になったり、アシモフとモニカさんに子供が出来たり、ニムロドに頼まれていた海を綺麗にする作業が終わりを迎えたりと色々だ。

 僕…()自身は十年前から第七波動移植除去装置*1が普及した為お役御免となり、「ネームレス」としてシアン達の護衛を請け負っている。

 

 そんな今の俺はこの十年の間にオウカと結婚していた。ただし、表向きでの話であるが。シアン達曰く、実際はオウカがお妾さん*2で、シアン達と共に俺を支える為にこの結婚について事前に話を済ませていたのだとか。因みに、この結婚の話は俺の知らない所でシアン達三人とその協力者で外堀が埋められていた。俺の本音はシアン達の事を考えて前世と同じように結婚をするつもりなど無かったのだが、気がついた時にはもう拒むに拒めない状況となっていた。

 その際の結婚式は、それはもう盛大に執り行われた。オウカの花嫁衣裳姿はそれはもう美しく、俺もシアン達も見惚れる程であった。

 

 子供も男の子と女の子の合わせて二人授かり、俺やオウカは勿論、シアン達も当然この二人の子供を可愛がった。…最初はこの男の子がシアン達に好意を抱いてしまうのではと内心危機感を持っていたのだが、この十年で姿形が変わっていないアリスに好意を抱いている様で、内心ホッとしていた。流石に自分の息子相手にシアン達を巡って争うのは…と思っていたからだ。

 アリスの方も満更ではないらしく、「将来が楽しみです」と嬉しそうな表情をしていた。なお、女の子の方は特に気になる様な事も無くすくすくと育ってくれた。とはいえ、桜咲家の御令嬢としての厳しい教育を受けているので、その分愛情を持って育てていきたいと俺達は思っているのだが。

 

 そして、この十年の間で最も大きな出来事があった。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。当初は地球上の何処かで理想郷(メタファリカ)の浮遊島の創造を行う予定だったのだが、この浮遊島、バイオスフィアとしての完成度が圧倒的に高かったのだ。それこそ、地球から離れた宇宙空間でも安定した生物の生存圏を確保できる程に。

 だからこの計画は見直され、この浮遊島を軸に宇宙開発を進め、最終的に火星をテラフォーミングすると言う一回りも、二回りも壮大な話へと広がっていった。

 

 この十年で地球から月、そして火星までの道のりが複数の浮遊島で繋がるようになっており、それぞれの浮遊島で能力者も無能力者も関係無く、力を合わせて宇宙開発を進めている。いくら安定した生存圏を形成できる浮遊島でもやはり宇宙その物は現段階の人類にとって厳しい環境である事には変わりは無い。そう言った厳しい環境がそう言った溝を埋めているのだろう。

 そして、人類は火星へと到達し、パンテーラとアリスを中心にシアン達から託された詩魔法「EXEC_with.METHOD_METAFALICA/.」を僕達も含めた全能力者達…いや、ほぼ全ての人類によるの協力強制により、火星その物をメタファリカのコアであるインフェルピラに見立てて発動させる事で、火星を人の住める環境へと再構築したのだ。

 

 これにより、遂に能力者達は本当の意味で居場所を手に入れる事が出来た。現段階では、この生まれ変わった火星の開発は凄まじいスピートで進んでおり、もう次の惑星のテラフォーミングの計画も練り始めている。…この世界の人類はこの事を切欠に本当の意味で宇宙へと羽ばたいて行くのだろう。どこまでも広く、遠くへと。

 争う暇なんてありはしない。何しろ今は宇宙の大開拓時代の幕開けとも言える状況だ。そんな事をしている暇があるのなら、先ずは開拓を進めなければならない。何故ならば、広い土地は人類史に置いてとても重要だからだ。

 

 

 

 

 

 

―――――― 

 

 

 

 

 

 

「…どうやらタイムリミットの様だ。モニカもジーノも先に逝ってしまっている。これ以上待たせるのも、忍びないだろう。…お別れだ、シアン、モルフォ、GV。お前達のお陰で能力者達の未来は救われ、宇宙へと羽ばたいた。最後まで私の我儘に付き合ってくれて、心から感謝する。…グッドラック」

 

 時間は流れていく。

 

「GV、僕はもう十分この幸せに満ちた世界を満喫出来たよ。…でも、そろそろ行かなくちゃ。僕はそもそもこの世界じゃあ部外者だからね。…ねぇGV? もしまた再会して、その時僕が何か可笑しな事をしていたら…君に僕を止めて欲しいんだ」

 

 時間は流れていく。

 

「GV…シアン…モルフォ…私はお役に立つ事が出来たでしょうか? …………良かったです。私は先に逝ってしまいますが…如何か、これからもお元気で居て下さい。それが私の…桜咲桜花としての、最期のお願いです」

 

 時間は流れていく。

 

「お久しぶりです、()()()、シアン、モルフォ…改めてお礼を申します。貴方達のお陰で、私達能力者は虐げられる事は無くなり、当たり前の存在としてこの世界で生を謳歌出来るようになりました。…これから私達エデンは太陽系を離れ、新たな宇宙の開拓を進める事となります。だから…だから、暫くこうして抱きしめさせてください」

 

 時間は流れていく。

 

「ガンヴォルト…どうやら俺もここまでの様だ。とは言え、十分長生きする事が出来た。そう、能力者を恨んでいた頃の俺からは今みたいな寿命による最期を迎えるとは想像も出来なかったはずだ。…昔、お前に案内された()()()()では科学者として実に有意義な一時を過ごせた。感謝する」

 

 時間は残酷になまでに、そして穏やかに流れていく。一部を除く人達を除いて、俺の…()の親しい人達の大半は、皆寿命で来世へと旅立って逝った。何しろ、あれから百五十年も経っているのだ。普通の人ならば間違いなく寿命を迎えている筈だ。ただ、一部の能力者はその能力を利用して僕のように不老を成し遂げ何事も無く人生を歩んでいる。

 例えば、テンジアンはこの長い年月で極まった超冷凍(オールフリーズ)で自身の老化を凍結させたり、テセオは自身の身体をワールドハックで改竄する等して不老を成し遂げている。

 

 パンテーラも当然の様に健在であるし、紫電も遂に社長へと昇りつめ、サイコキネシスを応用して年齢を二十歳に固定して、今でも精力的に活動を続けている。アリスは僕の息子と共にパンテーラと共に活動を続けている。そして、当然この能力による不老は新たな争いの火種になりうる物であったが…この百五十年後の現在、この能力による不老が遂に科学的に実現可能となった事で、人類は不老を手に入れたのだ。

 とは言え、肉体的に不老になっても精神的な問題もあり、実質好きなタイミングで人生を終えることが出来るようになったと言い換えるべきかもしれないが…

 

 この時の僕は桜咲家とは既に縁を断っている。もうオウカも来世へと旅立ってしまったし、息子たちも一人立ちし、孫、ひ孫、玄孫(やしゃご)と血が繋がっていく様を見届ける事が出来ているのだ。これ以上僕がしゃしゃり出るのはお門違いと言える。だから僕はこの時代になっても現存させていた僕のセーフハウスへと戻り、肉体年齢を十五に固定し、嘗ての僕との逃亡生活以来のシアン達と三人で静かに当たり前の日常を過ごしている。

 シアン達についてはこの百五十年の年月の間でバーチャルアイドルとしての殿堂入りを果たしてから引退する事を決め、後続のバーチャルアイドルに道を譲っている。

 

「…………」

「どうしたの、GV?」

「シアン…いや、この百五十年の間で色々あったなと思い返していたんだ」

「そうだね…本当に色々あったなぁ…」

()()を助ける為の並行世界移動の実験でこの世界の別の可能性を直に見る事もあったし…」

「向こうの世界のGVと私を助ける為にネームレスの姿で暗躍したり…」

「別の可能性の世界ではGVとアキュラが衝突しようとしてる所を止めたりしたわね」

「モルフォ…いつの間に」

「アタシがお風呂に入ってる間に面白そうな話をしてるからつい…ね」

 

 シアンと話をしている間に、モルフォが僕の後ろから抱き着きながら話に参加して来た。この日はこの百五十年の間の思い出で盛り上がり、それは日を跨いで続く事となった。…これからも()()()、僕はシアン達と共にこんな日常を当たり前の様に過ごしていきたい。そう、心の底から願っていた。

 

 

 

 

 

 

―――――― 

 

 

 

 

 

 

 そして更に時は穏やかに、人類にとって地球が忘却の彼方に追いやられ伝説の存在となる程に時が過ぎた。この地球にはもう人類は存在していない。それどころか、この地上はもう人類による文明の痕跡は私達の居るごく一部を除いて存在していない。皆、宇宙の彼方へと旅立ち、宇宙に光輝く星々の更に先で人類史を刻んでいるのだろう。

 私達とGVは、それほどまでに長い年月をこの地球で過ごしている。もうこの地球上の人類は…人類に相当する知的生命体は私とモルフォとGV以外に存在しない。

 

 GVのセーフハウスとその周辺のわずかに残った文明の利器はGVの波動の力によって未だに維持されており、私達三人で使う分には十分すぎる程の設備が未だに残っている。星々の向こう側の情報も、この時代に相応しい原理を口では説明できない程の超技術のネットワークによって収集する事が可能となっている。そのネットワーク上の情報を読み取って見ると、人類は未だに足を止めずに歴史を刻んでいるのが分かる。

 既にこの世界の人類は数多の銀河を開拓し、私達では想像もつかない程に発展し、存続している。

 

 …今だから白状するけど、私とモルフォはこの時をずっと待っていたのだ。GVと親しい人達が寿命で居なくなり、人類が地球を忘れてGVとの関りがほぼ完全に断たれる、その時を。GVを本当の意味で私達で独占できる、この時を。だからオウカがお妾さんになっても私達からすれば全く問題は無かった。この長い長い年月から考えれば、そんな物は誤差なのだから。

 これが実現した当日は、それはもう私とモルフォは喜びで一杯だった。何しろ、GVを本当の意味で私達で独占出来るようになったからだ。

 

 それが実現した記念すべき日、GVは私達にある提案をした。それは、私達三人だけで結婚式を挙げると言う物だ。…GVには私達の考えが当然の様にお見通しだった。だから今の今まで結婚式の話題を一切出さずに、このタイミングで切り出してきたのだ。そうして私達はGVの波動の力で維持されている施設の一部にある結婚式場で、私達三人だけの結婚式を挙げた。

 

――私達は、病める時も、健やかなる時も、()()()この者(GV)を愛し、支え、共に歩む事をこの日に誓った。この日の夜から数か月間ずっと、私達は激しく愛し合った。体の維持の問題は波動の力で問題が無かった為、こんな出鱈目な事が可能なのだ。

 ねぇGV? 私達はもう絶対に離さないからね。何があっても、永遠に。前世の時みたいに、私達を置いて逝かせる事何て絶対にさせないし、許さない。ずっと…ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと…

 

「「GV…(アタシ)達はずっと、あなたと一緒だから…」」

「シアン…モルフォ…僕もずっと、二人の傍に居るよ。今までの様に、何があっても、絶対に」

 

 一糸纏わぬ私達は、ベッドの上で寄り添いながらそうGVへと渾身の祝福(呪い)を与え…そして、輪廻を越えた蒼き雷霆(GV)謡精(私達)と共に永遠を生きる事を改めて誓い、私達の祝福(呪い)を心からの喜びで受け入れ、これからも私達と共に永遠の時を歩むのだった。

*1
第十六話にて、アキュラが原型を完成させ、フェザー、皇神、エデンの三組織によってコスト削減及び簡略化された能力者を無能力者に、無能力者を能力者にする装置。

*2
前作第六十一話にて。




これにて後日談、「輪廻を越えた蒼き雷霆は謡精と共に永遠を生きる」は完結しました。
ここまで時間を掛けて読んで頂き、誠にありがとうございました。


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トークルーム
第一話


ここからは本編中におけるトークルームに入ります。時系列はバラバラですので、ご了承ください。


戦いの終わり

 

 僕達はエデンに関わる戦いを終え一段落が尽き、フェザーの施設へとアシモフ達よりも一足先に帰還し、そこの食堂に足を運んでいた。そこではオウカが僕達の帰りを待っていた。オウカは僕が飛天へと突入していた時に「飛び切りの御馳走を用意しますから」と言っていた。

 

「おかえりなさい、GV、シアンさん、モルフォさん。今日も一日お疲れさまでした」

「ただいま、オウカ…ここにあるの、全部オウカが?」

「はい! 帰りが遅くなるだろうと思って、気合を入れて作らせて頂きました!」

『う~ん…どれも皆美味しそう』

『アタシも一息ついたらお腹が空いちゃったわね』

「ふふ…その状態でも、お腹は空くのですね」

「…もう直ぐアシモフ達も戻ってくるから、今の内に何時でも食べられるように準備しよう。オウカもまだ途中みたいだし」

『『はーい』』

「ふふ…お手伝いお願いしますね」

 

 そんな他愛の無い会話をオウカとしながら、僕達は戦いが終わった事を実感する事が出来たのだった。

 

 

――――

 

 

浮遊島から持ち帰った物

 

「…なつかしいな」

 

 僕は浮遊島にあった僕の家から持ち帰った物を見て、そう呟いていた。その持ち帰った物とは()()()()()()()()()なのだが、今の時代においては骨董品とも呼べる代物だった。

 

「確か電源の付け方は…よし、上手く行った」

『GV、何をやってるの?』

「シアン…ああ、浮遊島にあった僕の家から持ち帰ったコレを起動させていたんだ」

『これって確か、『シェルノサージュ』と『アルノサージュ』が入ってるゲーム機だよね? …動きそう?』

「うん、今丁度電源を入れる事が出来たから、これから『アルノサージュ』を起動させようと思っているんだ。…もしかしたら、()()()()()()を見ることが出来るかもしれないからね」

 

 あの先の続きとは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の続きだ。前世の時、此処までたどり着いてこの時のムービーが流れた後…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。その結果、当然の様に当時のネットでは大炎上した。問題なのはここから先の話だ。当時、このゲーム開発をしていた会社のあった場所で大地震が発生し…後は、察しの通りである。

 

「…………」

『…やっぱり、真っ暗なままね。…やっぱりイオン、あの後助からなかったから…』

「…まだそうと決まった訳じゃ無いさ。何しろ、僕達は()()()()()()()()()()()のだから。それに、希望はある」

 

 その希望とは、アスロック戦の時に呼び出したアーシェスの事だ。あの時の動きは()()()()()を用いなければ無理な動きだった。それに、あの時彼女の想いを感じることが出来た。つまり、イオンはあの場面の後も生きている事の証明でもあった。それに…

 

「この起動しているゲーム機から、()()()()()()()()()()()()を感じる。…これが理由でシアンはこれがゲームじゃないって気が付いていたんだね?」

『うん。でもあの時はそれをGVにハッキリ伝える手段が無かったから…』

「いや、当時の僕がまだシアン達の想いをハッキリと感じ取る力が足りなかったからからだよ」

『ううん…私が…』

「いいや、僕が…」

『二人共、遠慮しあっても問題は解決しないわよ?』

 

 互いに言い合っている内に、モルフォがオウカとの手伝いを一段落させて戻って来た。どうやら、途中から話を聞いていたようだ。

 

『アタシ達だけじゃどうにもならないんだから、こういう時は他の人の手を借りればいいのよ。例えば、アキュラとか』

「…この『今まで感じた事の無い波動』をダシにすれば、アキュラを巻き込めるか? いや、アキュラだけじゃなく、世界移動経験者であるシャオにも話を持ち掛けるのも…」

 

 こうしてアキュラとシャオがこの事に巻き込まれる事が、この時決定したのだった。

 

 

――――

 

 

悪夢を振り払って

 

 オウカの屋敷でのある夜。僕は徹夜で作業をしてパジャマに着替えてシアン達の居る部屋へと戻った時、二人の苦痛に満ちた声を聞いた。…どうやら、うなされているようだ。二人は普段眠る必要はないのだが、実体化をする事で眠りを必要とする状態となっていた。

 

「お願いGV、目を開けて…私を置いて逝かないで…」

「アタシの大好きな街並みが…あの綺麗な夕日が…消えて…」

 

 これは…二人共、あの時の…僕が前世で天寿を全うした時の夢を見ているのか。二人は同じベッドで互いを抱きしめる様にして震えて、その表情は恐怖と悲しみに彩られていた。

 

「何にも…無くなっちゃった…」

「嫌…こんなの嫌…助けて…助けてよ…GV…」

「…大丈夫。僕はここに居る。もう僕は絶対に離しはしない」

 

 僕は悪夢でうなされている二人に希望を与える様に、ベッドに居る二人を優しく包む様に抱きしめ、囁きかけた。それが功をそうしたのだろう。シアン達の表情が徐々に穏やかな物となっていった。どうやら、悪夢を振り払うことが出来た様だ。

 

「えへへ…GV…」

「いつまでも…ずっと…一緒…」

(二人が起きるまで、ずっとこうしていよう)

 

 次の日の朝、その時の二人の寝顔は穏やかな物であった。




シアンとの心の繋がりを感じた


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第二話

何処にでも居る害虫

 

 今日は神園家の保有している療養施設へとお邪魔していた。ミチルは幼い頃、神園博士による電子の謡精(サイバーディーヴァ)摘出手術の影響で声を失い、体調も悪くなる一方だったのだが、ロロに組み込まれたシアンの力が凝縮されたガラス片から流れ出た力がミチルに流れ込んだことで体調が回復し声まで戻っている。

 

「ここがミチルを療養している施設だ。…最も、此処に居るのも後少しになるのだがな」

「立派な施設だね。…これ程の施設が無ければ彼女を療養するのは無理だったのか」

「ええ、それ程までに、ミチル様はお体が弱かったのです」

『そうそう、今は元気だけどミチルちゃん、つい最近までとっても辛そうだったんだ』

 

 今僕はアキュラとノワに施設の案内をしてもらっている。シアン達は今この場にはおらず、本格的に案内してもらう前に真っ先に訪れたミチルの相手をして貰っている。今頃三人で微笑ましい会話をしている事だろう。そう思い、彼女が療養しいている部屋の近くまで歩いていた時だった。

 

「「「きゃぁーーー!!」」」

 

 突然、三人の悲鳴が聞こえて来た。僕達は全員、弾かれた様に部屋へと突入した。そこには、三人で布団を頭からかぶり、震えていた。

 

「どうした、何があった!?」

「シアン! モルフォ!」

「あ…アキュラ君…ロロ…ノワ…」

「「GVぃ…」」

 

 三人共顔を青くして僕達の名前を呼びながら壁の隅を指さしていた。そこには、黒光りする害虫が壁を我が物顔で這っていた。

 

(…良かった、誰かに突然襲われたとか、そう言う事は無かったんだな)

 

 そういえば、転生前でもシアン達はこいつ(黒光りする害虫)が苦手だったな。しょうがないと思いながら僕は処理を済ませようとした。が、

 

「「ハァ!!」」

 

 僕のそんな思考の一瞬の間に、丸めた雑誌を持っていたアキュラとノワによる一撃が害虫を捉え、速やかに処理が済まされた。…動きが早すぎる。それだけ二人はミチルの事を想っているのだろうけど。

 

「やれやれ…ここの衛生はどうなっている?」

「衛生管理の責任者に問い合わせてみます。ミチル様、シアン様、モルフォ様、怖がらせてしまい誠に申し訳ございません。衛生管理の責任者にはさらなる恐怖を味わわせておきますので」

「ほどほどにしておけ。ここの世話になるのは後少しとは言え、働く人間が居なくなるのは困るからな」

『二人共怖いよ…』

「……ロロ、それだけ二人にとってミチルが大事なんだろう。今まで体調が悪かったのもあるだろうし」

 

 内心ロロの言葉に賛同しつつ、そう言いながら脅威(黒光りする害虫)が居なくなった事を僕は三人に伝えるのだった。

 

 

――――

 

 

正体を明かして

 

「これは…」

「…………」

「うわぁ…綺麗…」

『でしょ? 実はもう一つ、オウカの護衛をしてた時の姿があってね…』

『そうそう、その姿の時の写真が…』

 

 僕は今、アキュラ達の前で「ネームレス」の姿に変身していた。アキュラとの決着を着けた後、どうせなら隠し事の清算もしておきたいと思っていたからだ。その隠し事とは、以前アキュラの研究所にこの姿で潜入した事だ。

 

「こうして直接変身している所を見なければ、戯言だと切り捨てる事が出来たのだが…」

「まあ、そう言う事よ…ごめんなさいね。変身前に話した通り、回収したデータは廃棄したとはいえこんな風に姿を変えて貴方の研究所からデータを奪ったのは事実よ」

「…一つ聞きたい。何故奪ったはずのデータを破棄した? 俺が言うと自画自賛になってしまうが、当時のお前達からすればその価値は相応にあったはずだ」

「当時の私達フェザーが真似出来るという事は、当然皇神もデータがあれば真似が出来るという事。あの段階の皇神やフェザーにこの技術を流出させた場合、私もアシモフも悲惨な未来しか想像できなかったから…」

「…そうか。とは言え、元を正せば俺がお前から蒼の雷霆(アームドブルー)の因子を得た事が切欠だ。因果は何時か巡ってくる覚悟は、持っていたつもりだった。…お前達の理性に、感謝する」

「…ガンヴォルト、一つお願いがあるのですが」

 

 こうして僕はアキュラに対する隠し事を話し終え一段落付いた所で、先ほどから沈黙していたノワが僕に対していつの間にか用意していたある物を差し出しながら話しかけて来た。それはミチルの付けている髪飾りと紫のジグザグ型のカチューシャだった。

 

「何も聞かずに、これらを身に付けて貰っても構わないでしょうか?」

「この髪飾りは…ミチルが何時も身に付けている髪飾りの予備だな。そのカチューシャは…何処かで見た事があったような…?」

「……分かったわ、ノワ。…これでいいかしら?」

「…………ありがとうございます」

 

 僕はこれらをノワから貰い、身に付けた。そして身に付け終わった僕を見て、ノワは何所か懐かしそうな表情で僕を見つめていた。…今の僕のネームレスとしての姿は()()()()()()()()をした状態だ。もしかしたら、ノワは知人の誰かと姿を重ねているのかもと僕は思った。…流石にその後出された制服を着てもらう様にお願いされた時は丁重に断らせてもらったけど…ノワは一体今の姿の僕を誰と重ねていたのだろうか?

 

 

――――

 

 

破廉恥から始まる、二人の世界

 

 シアン達がミチルとロロと一緒にファッション雑誌を呼んでいるのを、僕は部屋の少し離れた位置でアキュラと見ていた。四人共、あーでもないこーでもないと楽しそうに話し合っており、僕はそんな光景を微笑ましく見ていた。そんな時、ミチルがアキュラに話しかけてきた。

 

「アキュラ君、見て? この服いいと思わない?」

『僕としても、この服はいいと思ってるんだけど…アキュラ君はどう?』

『私もこの服、ミチルに似合ってると思うんだけど』

『アタシも皆と同じ意見なんだけど、どうかしら?』

 

 ミチル達四人がそう言いながら指さしたのは、全体的に大きく露出した服だった。…大人しそうな外見をしている彼女だけど、案外こう言った派手な服装を好むのかと僕は考えたが…彼女は電子の謡精(サイバーディーヴァ)の本来の能力者。その能力の大本であるモルフォや強い影響を受けているロロの姿を鑑みるに、納得出来る要素はあったのだが…

 

「…破廉恥だな」

「『『『はれんち!?』』』」

「そう言う服はやめておけ。…と言うか三人共、こんな服をミチルに勧めて貰うのは困る」

 

 アキュラの一言でバッサリと切られた四人は少しむっとした顔をした。だけど、アキュラのそんな一言に負けじとミチルはその理由を語った。

 

「アキュラ君、私よりもずっと大人っぽいから、二人並んだ時に子供っぽく見られる服は嫌なの…」

「…ミチルはもう元気になったんだ。無理に大人ぶる必要は無い。お前らしい恰好をしてくれ。…何年か経てば、そう言った恰好も似合うようになる。もう、焦る必要は無いんだ」

「アキュラ君…」

『…僕達、置いてけぼりだね』

『そうね…』

『うん…』

「…まあ、綺麗に話が纏まって良かったと考えよう」

 

 アキュラ達は二人の世界を無意識に作り、僕達四人を置いてけぼりにしてしまっており、僕達は何所か呆れながらそんな二人を眺めていたのであった。




(GVは)シアンとの心の繋がりを感じた

(アキュラは)ミチルとの心の繋がりを感じた


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第三話

感想でも書いたように、ガンヴォルト本編のトークルームを意識してトークルーム編は意図的に短い話を三話、そして一回の投稿で文字数をなるべく三千字以内に減らすようにしています。後、今回は前作の時系列の時のお話です。


お返しのうどん

 

 フェザーの施設を襲撃した能力者狩り(ハンター)部隊を撃退し、僕はセーフハウスへと帰還した。真夜中の緊急ミッションだった事もあり、もう日付は既に変わり、朝日が既に射しこんでいる。ミッション出発前、シアンは僕の帰りを待ってると言ってくれてはいたけれど…

 

(流石にもうシアンは眠ってしまっているだろうな)

 

 そう思いながら僕はリビングへと足を運んだ。その時、僕の鼻に食欲をそそる匂いがリビングのテーブルから出ていた。そこにあったのは、まだ出来たばかりのうどんだった。そして…

 

「…あ、おかえりなさい、GV」

『おかえり、GV。そろそろ帰ってくると思ってたわ』

 

 眠っていると思っていたシアン達による出迎えを受けた。…こうして「おかえりなさい」と言われるのはすっかり慣れたけど、日を跨いで疲れ果てた時にこう迎えられると疲れが吹き飛ぶ様だ。

 

「…ただいま、シアン、モルフォ。まさか起きてるだけじゃなくて、うどんまで用意してくれていただなんて」

「私、GVが出かけた後、初めてGVのセーフハウスに来た時にうどんを食べた事を思い出したの」

『だからシアンはこの機会にその時のお返しにうどんを作ったのよ?』

 

 シアンは僕が付きっ切りで教えていた事もあり、ここに来て三ヵ月の時点で一通りの料理が作れるようになっていた。だからうどん位なら当然失敗も無く作ることが出来る。…あの時出していたうどんの事をまだ覚えてくれていた事が、僕はとても嬉しかった。

 

「ありがたく頂かせてもらうよ。…うん、美味しく出来てる」

「えへへ、良かったぁ…………すぅ」

『あらら…GVが帰って来て一息ついたら眠っちゃったわね』

 

 とは言え、流石に日を跨いだ疲れが出たのだろう。机に座って一息付いた所でそのまま眠りに落ちてしまった。

 

「…………ありがとう、シアン」

 

 僕は食べるのを一時中断し、眠っているシアンにお礼を言った後彼女をお姫様抱っこで抱えてベッドへと寝かしつけた。その後、モルフォからどれだけシアンが頑張っていたのかを微笑ましく聞きながら食事の続きを進めたのだった。

 

 

――――

 

 

GVの趣味

 

「ねぇGV…GVは何か趣味ってある?」

「趣味か…そうだね、カラオケ…歌を歌う事が趣味と言えるだろうね」

『この前初めてカラオケ行った時、GVって歌が上手だなって思ってたけど、趣味だったのね』

 

 この趣味は転生前から続いている趣味であり、未来のシアン達と一緒にカラオケで歌う機会を多く作っていた為、そのまま趣味となっていった。その結果、モルフォが言っている様に僕自身の歌唱力も鍛えられる事となった。

 

「…その趣味って転生前から?」

「そうだよ、シアン」

「じゃあ、転生前の世界の歌、聞かせて貰ってもいい?」

『アタシも興味あるわ。あの時見せて、聞かせてくれた歌を、GVがどんな風に歌うんだろうって』

 

 シアン達には既に僕が転生している事は話している。その時に僕の居た世界の娯楽や歌を、僕の記憶を通じて見せ、聞かせていたのだけれど…まさかその歌を、僕がシアン達の前で披露する事になるとは思わなかった。

 

「僕は構わないよ。だけどその前にお願いがあるんだ」

「お願い?」

「一時的にシアンと能力共有をさせて欲しい。…折角の機会だからね。共有した能力を利用して音楽も用意させてもらうよ」

「……! うん! 私の力、上手く使ってね」

 

 シアンは能力の訓練をしており、その中に能力共有と言う物がある。これを利用する事でシアンは僕の蒼き雷霆を、僕はシアンの電子の謡精の能力を扱う事が出来る。そして、僕はシアンの能力を共有する事でこの世界に無い僕の世界の歌の音楽を用意する事が可能となった。

 

「~~~~~~~~~~♪」

「…モルフォ、私なんだかGVと一緒に歌いたくなってきちゃった」

『アタシもよ…ねぇシアン、GVの歌ってるこの歌が終わったら、アタシ達も混ざろっか』

 

 そうして僕は防音室仕様となっているセーフハウスの訓練所で僕の世界の歌を披露する事となった。そうして披露している内にシアン達と三人で歌う様になっていき…その日は食事も忘れてずっと歌を歌う事で終始してしまうのであった。

 

 

――――

 

 

癖になる雷撃

 

「ん…」

「すぅ…すぅ…」

 

 シアンが空を飛べるようになったその一週間後、僕達は文字通り身も心も一つとなった。今僕の腕の中には一糸纏わぬシアン達が居る。二人はとても綺麗で暖かく、甘える様に僕に手足を絡め、眠りについていた。

 

(昨日は二人共初めてだったのに随分と無茶をさせてしまったな…)

 

 ここに居る過去のシアン達とはその…()()な行為をするのは初めてであった為、僕は最初、手加減するつもりであったのだが、一度シアンと一つとなり果てた後でモルフォが乱入して来てしまったのを引き金に、僕の理性は完全に消し飛んでしまった。その時僕が二人にやってしまった事があった。それは蒼き雷霆(アームドブルー)の応用…生体電流の記憶とその再現である。

 

(一度二人が達してしまった時の生体電流を僕が記憶して、それを再現する様に雷撃を流し込む…シアンもモルフォも、病み付きになってしまっていたな)

 

 一度それを経験してしまった二人は僕に何度も何度もこの電撃をおねだりするようになってしまっていた。…僕は未来のシアンが僕を阻んでいた時、「僕の雷撃を受けたい」と彼女が思っていた事を思い出していた。

 

(恐らく、この事が切欠だったんだろうな…)

「GV…もっと触って…もっと…貴方の雷撃で…」

「もっと愛して…もっと、アタシの…を…」

(…僕はダメだな。この二人を見ていたら、また…)

 

 僕は二人の可愛い寝言(おねだり)を聞いた事で、再びやる気を取り戻し…生活用品等が空になる一週間後まで、この情事を続ける事となってしまったのであった。




シアンとの心の繋がりを感じた


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第四話

意外な形の共通点

 

「「ハァッ!」」

 

 僕は今アキュラの研究施設にある訓練所にて、互いに体術による組手を行っていた。これは互いに体を訛らせないようにする為なのが主な目的だ。以前、アキュラとの決着を付ける前に組手をした事が切欠であった。

 

「アキュラ様、ガンヴォルト、そろそろ休まれてはいかがですか?」

『二人共、ミチルちゃん達が向こうでお菓子用意してたから、そろそろ切り上げようぜ?』

「ふぅ…そうか。ガンヴォルト、ここで切り上げるぞ」

「そうだね。ここで切り上げようか、アキュラ」

 

 僕達はノワとロロに呼ばれて組手を終え、皆で一息入れる事となった。その時、僕が扱う格闘術についての話題が上がった。

 

「ガンヴォルト、お前の扱う武術にチャタンヤラクーシャンクの影響が大きく見えるが…」

「…良く分かったね、あまりメジャーなカラテの型って訳じゃないのに」

 

 アキュラの場合、本人も独自の武術を扱っているから分かったのだろう。…僕が扱っている武術はアシモフ曰く、このチャタンヤラクーシャンクをベースにしたオリジナルのマーシャルアーツなのだそうだ。

 

『むぅ…ちゃたんらく…ちゃらんしゃたくー…うぅ…』

「ちゃらんやた…ちゃたんら…アキュラ君、この言葉を良く一度に言い切れるよね」

『ふふ…こういう所は似た者同士なのね』

 

 …シアンとミチルの意外な共通点を、意外な形で見る事となったのであった。

 

 

――――

 

 

コーヒータイム

 

「GV、お疲れ様。コーヒー淹れて来たよ」

「アキュラ様、お待たせしました。ブラックコーヒーです」

 

 僕とアキュラはそれぞれシアンとノワからコーヒーを入れて貰った。…コーヒーは良く夜まで続いたミッションの後、シアンに良く淹れて貰っていた。シアンに料理を教えていた時、コーヒーの淹れ方も教えていたので「コーヒーの風味がついたただのお湯」となる事態は無い。

 

「……どう? 久しぶりに淹れてみたんだけど」

「うん、前よりも風味が良くなってるね。…ノワからコツでも教えて貰ったのかな?」

「そうなの。細かい事だったんだけど、同じ豆を使ってるのに面白い様に風味が違ってて…」

「ふぅ…何時も助かる。ノワ」

「ありがとうございます。アキュラ様」

 

 そんな風に一息ついていた時、ミチルがノワとシアンに話しかけて来た。

 

「ねぇシアン、ノワ…私にも、コーヒーの淹れ方、教えて貰ってもいい?」

「…ミチルはアキュラにコーヒーを淹れてあげたいんだね?」

「でしたら、私がシアン様の時と同様に手解きを致しましょう」

 

 この様な切欠でノワの手解きを受けたミチルが淹れたコーヒーを飲む習慣がアキュラに出来た。初めてミチルが淹れたコーヒーを飲んだ時の彼の表情は、何所と無く嬉しそうに見えたのであった。

 

 

――――

 

 

狂愛の謡精女王(シアン)に憧れるミチル

 

「そういえばシアン、私気になる事があるんだけど」

 

 ミチルがシアンに何か話しかけている。少し気になったので僕はモルフォと他愛の無い話をしながら耳を傾けた。

 

『どうしたの? ミチル』

「少し前、大人になったシアンみたいな人と戦った時の事なんだけど…」

 

 …狂愛の謡精女王(シアン)の事か。彼女は嘗て特異点で僕とモルフォに対して立ち塞がった時のシアンの側面が色濃く反映された存在。テセオのワールドハックの能力が切欠で表に出て来て僕達と相対し、退けることが出来たけど、シアン曰く、今も尚彼女の一側面を司る人格として精神世界に存在している。

 

「あの人は大きな剣を軽々と振り回したり、あんなにおっきな塔を作ったり、凄い光を出したりする事が出来てたけど…シアンも同じ事、出来たりするの?」

『うん、出来るよ。…あの大きな剣はね、GVの蒼き雷霆(アームドブルー)が元なの』

「そうなんだ…私ね、実はあの女の人の事、憧れてるの」

『え? どうして憧れてるの?』

「だってあの人はとっても大人っぽいし、アキュラ君にも全然負けないくらい強いし…シアン、私ね、ずっとアキュラ君の足手纏いになりたくないって思っていたの」

 

「足手纏いになりたくない」か…シアンも同じような事を僕に言っていたな。

 

「だから…私、強くなりたいの」

『…守りたいんだね。アキュラの事』

「…うん」

『…………私の力を経由したのが理由みたいだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()の。だから…』

 

 シアンは生前、長い期間僕と蒼き雷霆の能力を共有していた。それが理由で彼女の中で蒼き雷霆が完全に定着し、僕との共有無しで僕の力を扱えるようになった。…つまり、そんなシアンの力の一部を得た事でミチルは蒼き雷霆を扱う下地があるのだろう。…このままだと、シアンはミチルに蒼き雷霆の扱い方を教えてしまいそうだ。だから…

 

「シアン」

『あ…ごめんねミチル。この力の使い方は、簡単には教えてあげられないの』

「…………」

 

 ミチルはとても悲しそうに僕を見つめていた。…このままではアキュラとノワに何を言われるか分からない。とは言え、この力は危険な物である以上簡単に教える訳にはいかない。だから…

 

「ミチル、僕やシアンの扱うこの力はとても危険な物なんだ。下手をすればアキュラを守る所か、逆に傷つけてしまう事も有りうる」

「…うん」

「だから僕個人の考えでこの力の扱い方を教える事は出来ない。…アキュラ達から許可を取る。そしてこの力を使う時は、誰かを守る為に使う事。…これが僕からの条件だ。そしてアキュラ達は簡単に君に対して許可を出す事は無いと思う」

『つまり、二人を何とか説得してみせろってGVは言ってるのよ。ミチルのその気持ちが本当なら、あの堅物二人の説得位出来るはずよ』

「モルフォ…うん! 私、頑張ってアキュラ君とノワを説得する!」

 

 僕はこの時、アキュラ達が許可何て出す事は無いだろうと高を括っていたのだが…何故か許可が下りてしまっていた。その時僕にミチルが許可を求めた時に同席していたアキュラ達は何所か申し訳なさそうな表情をしていた。

 

(…少なくとも、ミチルの想いは本物。こうして許可を取った以上、断る訳にはいかないな。…もしもに備えて、アシモフに事前に許可を取っておいて良かった)

 

 こうして僕はミチルに蒼き雷霆の手解きをする事となったのであった。




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第五話

女神とのお茶会

 

 今日僕のセーフハウスでパンテーラが珍しい客を連れて訪れていた。その客の外見は金色の髪にパンテーラが用意したのであろう黒を基調としたドレスを身に纏っており…僕の見間違えで無ければ、あの時呼び出した黄昏の女神「マルグリット・ブルイユ」本人では…いや、流石に本体では無く、あの場に居る彼女は所謂「触覚」と呼ばれる存在の筈で…

 そう僕が半ば現実逃避をしている内に、シアン達も含めた五人でお茶会をする流れとなってしまった。この時の話題で彼女が本当に神座が存在する世界の黄昏の女神である事が判明し、僕はその驚きを表情に出さないようにするのに必死であった。…まあ、シェルノサージュ、アルノサージュが現実であった事を考えれば神座が本当に存在する世界もあって当然なのだろうと最終的に自己解決を済ませた。

 

「私はただ、やりたい事をやっているだけだよ?」

「それでも、世界を愛で支えていると言う事実は変わらないでしょう? 何度も言いますけど、それはとても素晴らしい事なのです。もっと誇るべきだと私は思うのですよ、()()()

『そうそう、皆を抱きしめて永遠に見守ろうだなんて簡単に出来る事じゃないよ』

『アタシもそう思う。って言うか、蓮にラインハルト、カリオストロはいないの?』

「うん…連達はね…」

 

 この時の話により「Dies irae」における所謂「三つ巴ルート」後から暫く経った後のマリィがここに居る彼女である事が判明した。どうやらあの後も彼女は変わらずに世界の全てを見守り、抱きしめているのだそうだ。そうやって見守っていた時にとてもか細い声によるSOSが…パンテーラの声が聞こえたのだと言う。

 そしてその声の発信源である僕達の居る神座の無い異世界に自身の触覚を送り込み、最終的にパンテーラに終段で呼ばれる形で僕達の世界に顕現する事となった。

 

「この世界は…とても悲しい世界だって私は思ったの。次の機会も与えられずに大勢の人が第七波動の有無で苦しんでいる事が。だからあの時、私はああしたんだよ? …抱きしめていいかどうかは事前に確認はしたよ? 下手しちゃうとこの世界を壊しちゃうかもしれなかったから…」

「でも、マリィの流出のお陰で少しづつ能力者に対していい方向に変化の兆しが出ています。だから私はこの事にとても感謝をしていますの。正直な話、別世界の私を救ってくださるだけで十分でしたのに、まさかこの世界に対してここまでして下さるだなんて…」

「ううん、私は背中をそっと押して応援しながら見守っているだけ。そう言った変化を起こしたのは紛れも無くこの世界に生きている全ての人達の力だよ」

『私達の歌も、そう言う事の役に立ってるのかなぁ…』

『だとしたら、それはとても有難い事ね…マリィも歌に興味ってあるかしら?』

「うん! シアン達の歌を聞いてたら私も歌いたくなっちゃったくらいだよ」

『じゃあ…次のライブ、飛び入り参加してみない?』

「え? 突然そんな事していいの?」

『むしろ飛び入り参加者を探してた所なの。前回のライブでロロが飛び入り参加した時、すっごく好評だったから』

「そう言えば、紫電に頼まれていたな。マリィが良ければ是非参加して欲しいんだけど…どうだろうか?」

 

 こうしてこのお茶会でモルフォライブにマリィの飛び入り参加が決定したのだった。なお、このライブは大成功を齎し、後に度々彼女は何度もライブに誘われる事となる。因みにその時歌われた歌が「sanctus*1」であり、「血のリフレイン*2」で無かった事に僕は内心安堵したのであった。

 

 

――――

 

 

七つの海を越えた後

 

 アキュラとシャオの協力を得て、僕達は七つの海を越えた先…エクサピーコと呼ばれる宇宙に存在する移民船「ソレイル」に突入する手段を得ることが出来た。向こうの時間軸や可能性軸等の座標が僕が持つ携帯ゲーム機に送り込まれていた事、そしてシャオや僕自身が並行世界や異世界への転移経験もあったお陰でこの辺りはスムーズに事を進める事が出来ていた。だけど…

 

「向こうに行く手段はアキュラとシャオの協力のおかげで確保できた」

『でも問題はクラケット博士*3も言ってた事だけど…』

『向こうの空間が歪む事よね?』

「魂だけでも送ると太陽が膨張する程の影響を起こすからな…」

「肉体も込みだと正直目も当てられない状況になりそう」

 

 そう、問題は転移後の事だ。元々、向こうの世界に存在する惑星ラシェーラが滅びた根本的な原因は異世界人であるネロとイオンの魂が送られてきた事によって発生した空間の歪み…それと五千年の月日による時間によって引き起こされた太陽の膨張なのだ。要するに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それもイオン達みたいに魂だけ行くのではなく、肉体も込みなのだ。更に僕達は第七波動(セブンス)能力者…向こうの世界に存在しない第七波動を持ち込む事となる。これでは最悪、僕達が向こうに行く事がソレイルに対して凄まじい悪影響を及ぼす事など安易に想像出来る。

 そんな時、シアン達が解決の糸口となりうる発言をしてくれた。

 

『ねぇGV…ひょっとして、向こうの世界その物が意思を持ってるからじゃないかな?』

「向こうの世界の原初の核「エクサピーコ」の事だね」

『そう、()()()()()()()()()()()()()()()…ね』

「モルフォ、シアン、その口ぶりだと何かに気がついた様子だけど…」

『似てると思わない?』

『己の願った法則を永劫展開し、外界に流れ出させる存在である覇道神に』

「言われてみれば確かに…」

「つまり、空間が歪む原因は異なる世界のイオン達の魂とエクサピーコによる異なる世界の法則のせめぎ合いが理由であの付近の宇宙のウェイトバランスが崩れていると言いたいのだな?」

「仮にそれが原因だったとしても、それでも僕達にはどうしようも無いよ」

「そうだね、シャオ…いや、ちょっと待った。ひょっとしたら問題を解決できるかもしれない」

 

 そう、解決できる可能性があるのだ。この世界で流出した()()()()()()()()を利用すれば。…これにより、彼女を呼び出せるパンテーラもこの計画に巻き込まれる事が決定し、更にイオン達の帰還の問題も芋づる式に解決する事となったのであった。

 

 

――――

 

 

端末から聞こえる歌声

 

 ソレを初めて聞いたのは端末を経由して「あなた」とお話しするようになってから一週間後くらいだったかな。その日もねりこさんからの指導のお陰で上手く端末先の相手である「あなた」とお話したりする事が出来てホッとしていた時だった。

 

『君と 僕の 果てなき光…』

「え!? 端末から…歌が聞こえてくる。わぁ…綺麗な声…それに心なしか疲れが…」

 

 初めて聞いた時はこんな風に物凄く驚いたっけ。それでこの事を「あなた」に聞こうとしたけれど…歌に関する話題の時に限って「あなた」の反応が一切無かったんだよね。それ以外の話題なら大体反応してくれるのに…それに、体の疲れが取れるのも不思議だよね? まるで私の事を応援してくれてるみたいで…

 

「うーん…端末からのデータだと「あなた」は男の人ってなってるのに…それにこの事をねりこさんに聞いてもさっぱり分からないみたいだし…この歌を歌っている人はどんな人なんだろう? …会って見たいなぁ」

 

 会って見たい。その気持ちは本当。だけどそれは無理な事。何故なら私と「あなた」の間には大きな溝が…世界の壁と言う名の溝が存在しているからである。それに、クラケット博士も言っていた。ラシェーラが今にも滅びそうなのは私とネロが存在しているからであると。仮に「あなた」がラシェーラに来れたとしても…滅びを加速させるだけの行為に過ぎない。

 その事実が私にとって耐えがたい苦痛なのだ。例えあり得ない仮定だとしても。来てくれるなんて絶対にあり得ないと内心思っていたとしても。

 

『解けないココロ 溶かして 二度と離さない…』

「あ…」

 

 この歌は私の大好きな歌。私が記憶の中で死んでしまい、心の底から落ち込んでいた時に初めて聞いた歌。私が立ち直る切欠をくれた、タイトルも分からない、あの歌だ。…この歌は厳密には私を対象にした歌ではない事は分かっている。多分この歌は「あなた」に対しての歌。

 

「それでも、私にとってあの時この歌を歌ってくれた事、とても感謝してるんだよ? …この言葉も向こうには届いていないんだろうなぁ」

 

 届くはずの無い私の言葉を、それでも届いてくれると信じて私は端末へと話しかける。

 

「会いたい…会いたいよ…」

 

「あなた」に…ううん、「あなた達」に会いたい。叶う筈の無い願いを、今日も私は端末に願う。この生活が、もう長く続かない事を予感しながら。

*1
Dies irae ~Amantes amentes~のED曲

*2
序盤、蓮が夢の中で黄昏の砂浜に佇むマリィと出会った際、口にしていた呪いの歌

*3
『トロンの父』と呼ばれ、4軸(時間軸)以上の次元論を確立したシェルノサージュに登場する人物




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第六話

シアングッズ

 

 今僕の部屋でデイトナと「ある共通した話題」で盛り上がっていた。以前、シアンがモルフォの妹ポジとしてタッグを組んだ結果、世間ではモルフォと同じように大変な人気となっていた。それに伴い関連グッズの販売も始まっており、当然僕自身も新しいグッズが出る度に購入を続けている。

 

「見ろよ、このシアンちゃん人形。絶妙なデフォルメ具合が最高に可愛いと思わねぇか?」

「このモルフォ人形と合わせれば可愛さが倍増するよ? ほら、こんな風に配置すれば…」

「おぉ! 姉ポジのモルフォと合わせると可愛さが引き立つぜ!」

 

 そうなって来ると当然デイトナが放っておくはずも無い。本人曰く、「まさか大手を振るってシアンちゃんグッズを購入できる日が来るなんて思わなかった」との事。彼も僕と同じように新作が販売される度に購入を続けているようだ。

 

「…なあガンヴォルト」

「どうした、デイトナ」

「まさかテメェと共通の話題が出来る何て思わなかったぜ」

「それは僕も同感だけどね」

 

 以前僕達は敵同士であった。それがこうして同じ話題で盛り上がっているのだから彼の言いたい事は良く分かる。

 

「しかし、あの時の台詞*1をシアンちゃんに聞かれてたのは正直恥ずかしいし、情けないぜ。だからシアンちゃん、俺から微妙に距離を取ってたんだなぁ…」

「…戦いが一段落してデータベースから得た宝剣の詳細情報を見て気がついたけど、あの状態(変身した状態)で居ると第七波動を増幅する際の副作用として潜在的な感情が表に出てくるみたいだね。今にして思えば、あれは仕方のない事だと僕は思う。誰だってそう言った潜在的な想いに意図して気がつくのは難しいし」

「でもよぉ…」

「それについてはもうシアンに謝ったんだし、大丈夫さ。寧ろそんな状態でも僕に対して正論を説けるんだから、僕はデイトナの事を逆に見直したくらいだけど」

「…本当に、分からねぇもんだな。こうやってテメェに慰められる日が来るなんてよ」

 

 そう言った会話を続けている内に、シアン達がオウカと一緒に茶菓子を用意して僕達のいる部屋に入ってきた。その後のシアン達を交えた会話では少しギクシャクしていたけど、デイトナは無事普通の会話を交わせるくらいに関係が改善されたのだった。

 

 

――――

 

 

機能強化

 

「カゲロウに新たな機能だって?」

 

 僕はモニカさんからフェザー開発部から新たなペンダントの開発に成功し、カゲロウに新たな機能を備える事に成功したのだと言う事を知らされた。

 

『ええ、「カゲロウの対象を触れている人物も含める」と言う機能よ。アシモフが言うにはEPの消費も触れている人数分倍加するって話だから、今のGVの環境だと使い所は難しそうだけど』

「僕としてはかなり助かります。…とはいえ、この機能はもっと早くから欲しかったですけどね。護衛ミッションをしていた時は体を張る機会も多かったですし」

 

 以前、最初にシアンを救出し、抱えていた時に遠距離から狙撃された事があった。この際、抱えていたシアンがすり抜けない様にカゲロウの機能を意図的にカットしていた。だからあの時不覚を取ってしまったのだが…

 

『ネームレスに化けている以上、表立っては使えないと思うけど…』

「とは言え、今はシアン達の護衛をしている以上、護衛手段が増えるのは助かります。いざと言う時にとっさに使える手段が増えるのは大歓迎ですから」

『それとこっちで預かってたダートリーダーなんだけど、この際にオーバーホールさせてもらったわ。基本的な機能は変わっていないけど…出力や冷却性能の安定度を図る方向での細部調整を施してあるから、一度試運転をする事を勧めるわ。…この装備も、もう使う機会は殆ど無いかもしれないけれど』

「了解。…そんな事はありませんよ、モニカさん。使う機会は()()()()()()()()()ので」

『…最近、アキュラとシャオ、それにパンテーラ達も巻き込んで何かしてるみたいだけど、それと関係しているのよね? …GV、貴方の事は信じているけれど、あまり無茶な事はしないようにね?』

「……善処するよ」

『…それと一緒に、新型のダートシューターも送っておくわね。GVがその内無茶な事するの、今の台詞で良く分かったから』

 

 ダートシューター…これはネームレスの時に使用している銃の威力や取り回しの良さを重視したダートリーダーやE.A.T.R.との共通規格を持った黒を基調とした兄弟銃。今の僕のメインウェポンとも言える武器だ。…確かに()()()()()()()()は無茶な事だと僕も自覚してるけども。

 

「新型ですか?」

『ええ、以前、アキュラとの戦いの時に使った「ディヤウスプラグ」があったでしょう? あれと「ナーガ」の組み合わせで発生したあの機能、実は偶然の産物だったのだけれど…あの時のデータのお陰で意図的にその機能を落としこむ事が出来たのよ』

「「ナーガ」のチャージショットの威力が跳ね上がる、あの機能をですか」

『ええ。とは言え、電力消費は激しいから取り扱いには気を付けてね。一応貴方のEPエネルギーを直接供給出来る様にはしてあるけど、下手をすると正体の露見に繋がってしまうでしょうし』

「予備のマガジンを用意しながら誤魔化して使っていきますよ」

『そうしてちょうだいね。それと、今回のシアンちゃん達のライブでの護衛について何だけど…』

 

 一通りの機能の説明を終え、僕とモニカさんはもうすっかり何時もの事となったシアン達のライブの護衛についての段取りを進める事となった。…僕が再び「蒼き雷霆ガンヴォルト」としての装備を使う機会は後に必ずやって来る。七つの海を越えた、その先で。

 

 

――――

 

 

一人じゃない

 

「どうかな、GV? 私達の中では前よりもずっと美味しくなってると思うんだけど…」

「私達三人で調味料の配合を変えてみたのですが、お口に合うでしょうか?」

「……うん、以前の時よりもずっと美味しいよ」

「やったわね! アタシ達も頑張った甲斐があったわ!」

 

 僕とシアン達、そしてオウカの四人が揃った夕食の一時。今の会話は少し前に頂いたから揚げの味付けを、今日の夕食の調理の際に三人で調味料の吟味をしながら話し合って味付けを決めていた。そして見事、以前出された時よりも美味しく仕上げる事が出来たのである。

 

「やっぱり皆で調理して出来たご飯を一緒に食べるのは最高よね」

「ええ、本当に…」

「オウカ、どうしたの?」

「…一人で暮らしていた時の事を、思い出していたんです」

 

 オウカはまだ僕達と出会う前、一人暮らしをしていた時の事を僕達に話してくれた。あの時は今みたいにまだ桜咲の性を名乗る事も許されておらず、僕達があの時襲われていた彼女を助けるまでの間の事だ。

 

「…やっぱり、寂しかったんだね」

「ええ…私の事を我が子の様に可愛がってくれたお婆様が居なくなって、それを切欠に私が言い出した事だったのですが…三ヵ月だけでしたけれど、それでもこの広い屋敷に一人で居ると言うのは、本当に、寂しかったです」

「オウカ…」

「だからあの時…GV、シアンさん、モルフォさんに助けて貰って…最初は護衛と言う形でしたが…皆さんが一緒に居てくれた事は私にとって、本当に心強かったし、嬉しかったんですよ? …それだけではありません。あの後、私は両親と再会して、再び桜咲の性を名乗る事を、許されたのだって…」

 

 そう言いながら、オウカは言葉を詰まらせ、感極まって涙を零していた。

 

「…大丈夫よ、もうオウカは一人じゃないわ」

「僕もシアンもモルフォも居る。だから大丈夫さ」

「よしよし…あの時*2とは立場が逆になったね。オウカ」

「…ふふ、そうですね。…シアンさんの手、温かいです。暫く、こうさせて下さい…」

 

 シアンに抱きしめられ、頭を撫でられているオウカは涙を零しつつも、その腕の中で今感じている幸せを噛み締めている。僕とモルフォはその光景を微笑ましく、温かな気持ちを感じながら見つめていたのであった。

*1
機械に繋がれたシアンちゃんはなッ! サイコーに胸キュンなんだよッ!

*2
前作の第六十一話にて




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第七話

時系列は前作の第十話から十一話辺りです
転生前、かつ年齢は大学生辺りなので一人称が「僕」から「俺」に変化しています


画面の向こうの彼女と近くて遠い彼女

 

 これはまだ俺が転生する前の大学に通っており、そしてまだシアンの事を「モルフォ」と呼んでいた頃、とあるゲームが販売された。そのゲームの名前は「シェルノサージュ」。確か雰囲気が「アルトネリコシリーズ」に似ていたと言う理由で購入したはずだ。実際に同じゲームメーカーが販売を開始したのだから、それも当然の話ではあるのだが。

 

『…………(やっぱり、このゲームを起動してる時だけ知らない波動を感じる。それに前に歌を聞かせた時、イオンの疲れが無くなってた…やっぱり、この画面の向こう側は、実際に存在するんだ…)』

(…………モルフォから、とても真剣な想いを感じる。少なくとも、とてもゲームをしていると言う雰囲気じゃない。このゲーム、選択肢にからかったりふざけたりする様な物もあるけど…)

 

 このモルフォの想いを感じた以上、俺自身も真剣に選択肢を吟味する必要がある。いや、俺だけで選ぶのは不味い。彼女の意見も聞くべきだろう。…だけど、俺には彼女の言葉が…声が分からない。そう、丁度この「シェルノサージュ」で登場する端末とイオンとのやり取りみたいに。

 

(このゲームはある意味似ている。そう、()()()()()()()()()()

 

 モルフォは通常の状態では姿が見えない。歌を歌っている時、そして歌った後の少しの時間だけ彼女の姿を見ることが出来る。そして触れ合う事も、言葉などのコミュニケーションを取る事も出来ない。だけど、その代わり彼女の想いに長く触れていたお陰で大まかに彼女の言いたい事を感じる事が出来るようになっていた。とは言え、シェルノサージュの端末みたいに正確に分かる訳では無いのだが。

 

「(…先ずは、彼女の事に専念しよう。モルフォは彼女の状態を見て、更に「イオンの音声記録ディスク」を聞いた後に強い憤りを感じていた。…間違い無く、モルフォの過去に関係しているのだろう)モルフォ、この選択肢なんだけど、どっちを選択した方がいいと思う? 俺は上の方を選択した方がいと思うんだけど」

『そうだね…私も同じでいいと思う』

「…………モルフォも同じ意見なんだね? じゃあ、選ぶよ」

 

 …こうしてこの「シェルノサージュ」を進めて思った事がある。画面越しではあるが姿も見え、声も聞こえる「イオン」と言う女性、そして俺の隣で普段姿を見せられず、声も聴けない「モルフォ」。イオンと俺の距離とモルフォと俺の距離、果たして何方が遠いのかと。

 

(本音を言えば、モルフォと触れ合いたい。それが叶わなくとも、せめて声を聞いて話がしたい)

 

 そう、丁度今やっているシェルノサージュでイオンとのコミュニケーションをしている様に。…それが叶うのがこの世界における俺の人生が終えた後である事を、今の俺は知る由も無かった。

 

 

――――

 

 

途切れた通信

 

「シェルノサージュ」発売から二年後、まだシェルノサージュが完結していないのに「アルノサージュ」と呼ばれるゲームが販売された。その内容はシェルノサージュのネタバレを容赦無く当時のプレイヤーに叩きつけた。が、このゲームの世界観を考えるに、このネタバレも織り込み済みなのだろう。

 

『つまり、未来(アルノサージュの内容)を私達が知る事が出来るかもしれない』

『それを過去(シェルノサージュ)のイオンにアタシ達が伝える事が出来るかもしれない、そう言う事よね?』

「…………二人の考えを纏めると、大体そうなると俺は思う」

 

 あれから二年が経ち、とある出来事を切欠に()()()()()()()の二人が俺の傍で、常に姿を見せる事が出来るようになっていた。とは言え、相変わらず触れ合う事も、声を聞く事も出来ないのだけれど。

 

『イオン、無事に元の世界に戻れると良いね…』

『アタシ達が諦めなければ、きっと大丈夫よ』

「…………そうだね」

 

 そう信じてアルノサージュを進め、適度にシェルノサージュとセカイリンクもする事で有利に俺は進めて行く。セーブもこまめに、シェルノサージュでのセーブデータ消失の危機もあった事が切欠でバックアップも怠らずに用意している。だけど、「それ」は起こるべくして起こった。

 

『そんな!』

『どうして画面が暗いままなの!』

「…………ちょっと、ネットで調べてみる」

 

 そうして掲示板を調べてみた所、今の俺と同じ状況でゲームがストップしてしまったと大炎上を起こしていた。そう、「アーシェスが衛星砲からイオンを庇って大破したシーン」で。

 

『GV…』

『大丈夫よね? イオン、助かってるわよね?』

「…………きっと、大丈夫のはず。信じて修正されるのを待とう」

 

 この俺の発言が為される事は無かった。この数日後の大地震によって。そしてこの問題は俺が転生した後、多くの人達の手を借りる事で漸く解決の糸口を掴むことが出来る様になるまで先延ばしとなるのであった。

 

 

――――

 

羨ましい

 

 俺は今両親からのお土産で和菓子のようかんを食べようとしていたのだが…

 

『うぅ……いいなぁ、GV』

『みっともないわよ、シアン?』

『そう言うモルフォだって、さっきからようかんに釘付けじゃない』

『…そんなことないわよ』

「…………(シアン、モルフォ、こればっかりはどうしようもないんだ。ゴメン)二人には悪いけど、頂きます」

 

 そうして俺は一口大にカットしていたようかんを口に含んだ。…思ったよりも甘さが控えめでおいしい。思わず笑みが零れてしまう。

 

『『あぁ~~~~~!!』』

 

 二人の「羨ましい、私達も食べたい!」という想いが俺に突き刺さる。とは言え、この出来事はこれが初めてと言う訳では無い。シアンは俺が子供の時からずっと一緒にいたのだから。

 

『……ねぇ、シアン』

『何、モルフォ?』

『アタシがGVに初めてうどんを食べさせてもらった時の事、覚えてる?』

『うん。…そう言えばあの時、「こうして何かを食べるのに憧れてた」って言ってたよね』

『覚えていた様で何よりだわ。…今ならあの時のアタシの気持ち、分かるでしょう?』

『…うん。私の場合、なまじ味を知ってる分…』

 

 

 …二人から辛そうな想いが伝わってくる。二人共僕の傍から離れる事が出来ないから、こういう時はどうしようもない。だから…

 

『そういえば…ねぇモルフォ、GVのセーフハウスに居た時の私達のおやつで良くようかんとかの和菓子が出てたのって…』

『…アタシ達が羨ましそうに見てたのをGVが覚えてくれていたから…?』

 

 だからもし、二人に食べさせてあげられる時が来たら…おやつにはようかん等の和菓子を必ず用意しようと、俺は思ったのであった。




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第八話

モルフォはシアンの…

 

「ねぇGV、ちょっといい?」

「ん…モルフォ、どうしたの? 何か嬉しそうだけど」

 

 モルフォが何所か嬉しそうに僕に話しかけて来た。…モルフォから僕を驚かせようとしている雰囲気を感じる。笑顔で、とても嬉しそうだ。こういう時のモルフォは本当に綺麗で、見惚れてしまいそうになる。

 

「ちょっとシアンが居る訓練所に来て欲しいの。GVに見せたい物があって」

「訓練所? …第七波動関係かな?」

 

 僕とシアン達が使える第七波動「蒼き雷霆」と「素粒子の謡精女王」。この二つの第七波動は未だに能力の底が見えておらず、新たなスキルや使い方を模索している最中だ。つい最近では「素粒子の謡精女王」の世界を越える範囲の精神感応能力を応用し、一種の普遍的無意識を形成し、そこから力を引っ張り出すと言う方法を確立出来るようになった。まあつまり、「相州戦神館學園八命陣」に登場する「終段」を素粒子の謡精女王で再現したという訳である。

 

 とは言え、終段の再現は既に蒼き雷霆で可能ではあるのだが、出力は断然素粒子の謡精女王で行った方が上なのだ。何故ならイメージのし易さもあるが、単純に大勢の人達から力を借り受ける事が出来るからだ。僕はそんな事を考えながらモルフォと一緒に僕のセーフハウスにある訓練所に足を運んだ。

 

「お待たせシアン。GVを連れて来たわよ」

「ありがとう、モルフォ」

「シアン、見せたい物があるってモルフォから聞いたんだけど」

「うん。 でもその前に…GV、「謡精の目」を使ってて欲しいの」

 

 謡精の目…蒼き雷霆で増幅した「波動の力」を目に集中させる事で見えない存在が見えるようになるスキルだ。これのお陰でノワの正体を見破ったり、第四から第六の波動を感知することが出来た。…僕はシアンの言う通りに謡精の目を発動させた。

 

「早速使わせてもらったけど…」

「ありがとう、GV。 じゃあよく見ててね…モルフォ!」

「行くわよ! ()()()()()!」

 

 モルフォから第七波動とは異なる波動が雷となって落ちた。これは…今の雷は第七波動じゃない! 第六波動による物だ! それにモルフォが放った雷の名前…ペルソナシリーズで使われている雷の魔法の名前だ。…そういえば、ここに居るモルフォはシアンがペルソナのイメージで深層意識から呼び出された存在だ。

 

「つまり、モルフォがペルソナとしてのイメージで呼び出したから、もしかしたらペルソナシリーズの魔法が使えるんじゃないかって思ったの」

「そして試したらドンピシャだったって訳よ!」

 

この後もモルフォはペルソナシリーズの魔法を色々と披露し、中には「真理の雷」等の特定のペルソナ固有の専用の魔法をも行使していた。これは素粒子の謡精女王による終段を応用しているとの事。そう言った事も有り、モルフォ限定ではあるけど、遂にこの世界のファンタジー要素に対しての足掛かりを付ける事が出来たのであった。

 

 

蒼き雷霆を扱う注意事項

 

 アキュラの屋敷の訓練所にて、以前ミチルと約束した今日の蒼き雷霆の訓練を終え、僕達は一息付いていた。

 

『ミチルちゃん、大丈夫?』

「ロロ…うぅ、まだ力が抜ける感覚が続いてる…」

「おい、ガンヴォルト…ミチルは大丈夫なんだろうな?」

「僕も初めてオーバーヒートをした時はそんな感じだったよ、アキュラ。…蒼き雷霆を扱う以上、避けては通れない道なんだ。一度は絶対に経験しないと寧ろ不味い」

「私も最初はそんな感じだったなぁ。…今はもう慣れたけど、オーバーヒート中って物凄く怠いのよね…」

 

 今話している内容は、訓練を終える直前にミチルにオーバーヒートを体験させた事だ。アキュラにも話した通り、オーバーヒートは蒼き雷霆を扱う以上避けては通れない。これは僕やアシモフ、シアンにモルフォ、アリスにパンテーラだって例外では無い。

 

「歌いながら蒼き雷霆を使えば、オーバーヒートにならなくて済むのかな?」

「…歌いながら戦うと言うのは無謀だと思うぞ、ミチル」

「別々の能力の同時行使は例外(パンテーラ)を除いて現実的じゃないのよね…」

「私達も、一度は通った道だよ…」

「歌の支援を受けている僕の意見だけど…例えばニムロドのリキッドや、カレラの磁界拳(マグネティックアーツ)とかは例え歌の支援があっても対策無しで受けるとEPエネルギーの残量関係無しにオーバーヒートしてしまうから、歌があれば絶対にオーバーヒートしないという事は無いんだ」

 

 そんな風に僕達が話し込んでいる際、ノワが一口サイズに切り分けられた様々な果物を乗せた皿を持って姿を現した。

 

「皆様、お待たせしました」

「ノワか…今日は果物が多いな」

「蒼き雷霆は使用しているとお肌が乾燥するとガンヴォルトから聞き及んでいましたので」

「そういう訳で、ビタミンやミネラルが豊富な果物を間食で用意する様にお願いしていたんだ。肌の乾燥を防ぐ意味でね。僕は兎も角、女の子であるミチルは気にした方がいいだろうし」

「シアン、知ってる? ノワって凄く器用なんだよ? …ほら見て、こんな風にリンゴを兎の形にカットしてくれるの。凄いでしょ?」

「確かに器用で凄いのは間違い無いと思うけど…私の知ってる兎の形じゃない*1ような…」

 

 そうした会話をしながら小休止を挟んだ後、再び訓練を再開し、その後の夕食で出されたサラダの中に入っていたブロッコリーを避け、アキュラにさり気無く差し出すミチルと、それをやんわり断り、蒼き雷霆の訓練を理由に食べる様に促すアキュラという微笑ましい光景を見ながら、僕は穏やかな時間を過ごしたのであった。

 

 

人間賛歌を謡う魔王

 

 僕達は最近ちょくちょくと尋ねてきているパンテーラから最近見た「夢」の内容を聞かされていた。それは簡潔に言うと「とある男」との会話と、ちょっとした戯れだと言う。

 

「なんでも私は「盧生」と呼ばれる存在になれる可能性があるとの事で…」

「盧生だって!」

 

 …黄昏の女神やイオンが実在しているという事は、当然盧生も実在していると考えるのが自然だ。しかし「とある男」と言っている以上、少なくとも候補は二人に絞られる。一人は「継承」を理想とする盧生「柊四四八」。 …だけど、彼がそんな事をパンテーラに言う想像なんて出来るはずも無い。

 

『…因みにその男の人の名前って分かる?』

「ええ、しっかりと名前も覚えています。…「甘粕正彦」、そう名乗っていました」

『何となく予想はしてたけど、やっぱりかぁ…能動的に貴女と接触してきそうな盧生で思い当たるの、その人しか思い浮かばないもの』

「…出来ればそうであって欲しくなかったよ」

 

 甘粕正彦…彼は本来実在する人物であるのだが…盧生を名乗っている以上、「相州戦神館學園 八命陣」で登場する「ぱらいぞ」を理想とする盧生「甘粕正彦」に相違ないはず。…何となくではあるけど、この二人は気が合いそうに思える。だけどパンテーラが盧生になれる可能性があると言うのはどういう事なのだろうか?

 

「なんでも私の第七波動、理創境(アルカディア)の幻と現実の境界線を取り払う力を利用すれば「夢界」と呼ばれる所へと行く事が出来るのだとか」

「…第七波動は能力者の解釈次第でその応用範囲も広まる。そして幻は夢とも捉える事が出来る。…もう夢界へは行ったのか?」

「いいえ、そもそも私にはそこへ行く理由がありませんので、その誘いはしっかりと断らせて頂きました。…ですが、彼との話と戯れは実に有意義で楽しい物でした。あのような苛烈な愛のカタチを知り、それを体験出来たのですから」

『…なんかその内容が想像できちゃうかも』

 

 …僕にも想像出来る。変身したパンテーラと甘粕の二人が高笑いしながらぶつかり合っている姿が。

 

「そういえばガンヴォルト、シアン、モルフォ、彼から伝言を預かっています。『俺の夢を再現するだけでは無く応用までしてみせるその力…実に興味深い。是非会って話がしたい』…だそうです」

 

 パンテーラのこの伝言を受けた時点で話だけで済むはずが無い。甘粕が僕達の力を体験したいが為に戦いを挑まれる事をこの時点でありありと想像が出来た。

 その後日…結論から先に言うと、彼の基準での腕試しを少しだけと、話し合いで済ませることが出来た。そして僕が懸念していた夢を再現する事を肯定し、寧ろ積極的に使っていけとのアドバイスまで貰ってしまった。「それは夢の再現ではあるが、夢その物では無い。お前達自身の力である以上、俺達(盧生)に遠慮をする必要は無い」と。

 この言葉は僕に邯鄲の夢の再現の躊躇を無くすのに十分な理由となり、結果的に僕達の戦闘力が向上するのであった。

*1
彫刻のような精密さと言う意味で文字通り、兎の形にカットされている。




(GVは)シアンとの心の繋がりを感じた

(アキュラは)ミチルとの心の繋がりを感じた


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第九話

フェザー

 

 フェザー…それは海外のとある人権団体のメンバーが中核となり組織されたレジスタンスグループで能力者の自由を掲げ、皇神(スメラギ)に対してゲリラ戦や捕らわれた能力者の保護を行っていたテロ組織()()()

 そんなフェザーであるがとある事を切欠にテロ組織を辞め、新たな組織として生まれ変わった。

 

『能力を欲する無能力者を能力者に、能力を拒む能力者を無能力者にする…か。一時期はアシモフさんとGVだけでそれをしていて大変だったけど…』

「今ではアキュラ達が開発したそれを可能にした機械が出来たからね。僕もアシモフもようやく肩の荷が下りたって所だよ」

 

 その代わり、元の海外からのスポンサーから支援を打ち切られてしまったのだが…その代わりに桜咲家と言う新たな後ろ盾を得て、寧ろ以前よりも多くの資金や人員を運用出来るようになった。何しろもうフェザーはテロ組織では無いからだ。

 

『うーん…テロをしていた事実もあるし、フェザーに対する風当たりはもっと激しい物だと思っていたけれど…』

『テレビを見てると思ったよりも好意的に解釈されているわね。どうしてかしら?』

「…桜咲家の情報操作とそれに乗っかった皇神グループのお陰だろうね。それに、()()()()()()()()()()って言うのもあると思う」

()()()()()()()()()()()()()()…ね。桜咲家を通じて皇神と手を組むって聞いていたからフェザーの名前が変わるのは予想してたけど…』

 

 今この時代、火星でのテラフォーミングが大成功した事も有り、未曽有の宇宙を股に掛けた大開拓時代へと突入しようとしている。だから宇宙での生存率を少しでも高める為に、開拓者は能力を得る事が推進されているのだ。

 最近では第七波動の研究も大幅に進み、リキッド等のメジャーな能力であれば誰にでも素質に関係無く安定した力を与えることが出来るようになった。

 

『「人類進化推進機構」なんて紫電から聞いた時、凄く大げさな言い方するなぁって思ってたけど…』

「誰でも気軽に素質に関係無くある程度の好きな能力をリスク無く得られる…そう考えればこの名前は大袈裟では無い…と僕は思う」

 

 それでも能力者を嫌う人や能力その物を拒む人たちは多い。だからと言って、この組織は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。生まれ持った能力で苦労していると言うのならその能力を消せばいいのだし、他の能力が欲しいのなら他の安定した能力を与える事だって出来るのだ。

 そう言った事が可能になった影響からか、今僕達が見ているテレビに映る専門家は、「無能力者と能力者の人口差は逆転し、近い将来無能力者は居なくなるのでは」と言う発言をしていた。

 

(アシモフは以前僕に話してくれていた。嘗て自身が持っていた無能力者に対する恨みの事を…もしこの専門家の言う通りになれば…)

 

 アシモフ本人はもう既に過去の事に捕らわれてなどいない。それはあの時のアキュラとの決闘の時に解消出来たからだ。だけどそう遠くない未来、嘗てアシモフが抱いた「無能力者の殲滅」が争いも無く穏やかに、誰にも気が付かれる事も無く実現する事となる。

 

 

エデン

 

『GV、見て見て』

「これは…エデン公式チャンネルか」

『うん、前にパンテーラがここを訪ねた時にここのホームページのアドレスを貰ったの』

「そういえば、あの時アドレスの書かれた紙を渡されてたっけ」

 

 あの時はG7を含めたエデンの現状についての話題で盛り上がっていた。恐らくあの時はあまり時間が取れなかったのもあり、「続きはここで見て欲しい」と言う理由でこの紙を渡されたのだろう。

 

『…丁度G7の最近の活躍が動画配信されてるみたいね』

『これは海が綺麗になってる動画…これは最近やっと終わった海の浄化の時の映像みたい。ニムロドさん、嬉しそう』

「こっちはガウリ達がシアン達とコラボした時の映像だね。…あの時は、嘗て解散した彼のダンスチームの皆を集めての物だったから、盛り上がりも凄かったな」

『うんうん! あれが切欠でガウリ達のダンスチームは本格的に再結成されたんだよね!』

『こっちは…アスロックのお菓子作りを動画にした物のようね。…アスロックのお菓子の味、思い出したら食べたくなってきちゃったわ』

 

 どうやらこの三人については問題は無いようだ。他にもニケーの占いや、パンテーラの演説で護衛をしているテンジアンとジブリールの様子も動画化されており、皆が健在である事を確認することが出来た。

 

『うーん、テセオの様子の動画が無いみたいだけど…』

『ワールドハックがあるとは言っても今の時期は忙しいみたいだから動画配信する余裕、無いんじゃないかしら? 確かテラフォーミングを済ませた火星のネットのインフラ整備を引き受けているみたいだし』

「テセオの健在はエデン公式チャンネルの存在が証明してるから大丈夫だろう。…それよりも、ジブリールがまともになっている様で一安心と言った所だよ…」

『一時期のジブリールは隙あらばGVにくっ付こうとしてたよね…』

『結局、アタシ達が「躾」をして漸く大人しくなったんだから…大変だったわよ…』

 

 …シアン達がジブリールにどんな「躾」をしたのかは聞かないでおこう。藪蛇になりそうだ。まあ、こうしてこれからもエデンは存続していくのだろう。能力者の「楽園(エデン)」を広大な宇宙を渡って開拓し、守護する存在として。

 

 

皇神

 

 僕の部屋にとあるデータの入ったディスク、そして手紙が送り届けられていた。

 

「これは皇神…紫電から送られてきたものか」

 

 同封された手紙にはこう書かれていた。「このデータディスクには君やアキュラの意見やデータを参考に開発された記念すべき「アーム・スレイブ*1」第一号のデータと試験運用時の動画が収められている。見終わったら破棄する様に」と。

 

『…GVとアキュラの意見やデータを参考にしたって言うからもしかしてって思ったけど』

『本当にAS(アーム・スレイブ)、作っちゃったんだ』

「しかも「ラムダ・ドライバ」搭載機を…ね。こうやって自信満々に僕に送り付けたという事は…上手く出来たと考えるべきなのだろうな」

 

 そうして僕達は試験運用時の動画を見る事となった。

 

「…僕は確かに核兵器が無意味になりうる兵器だと説明はしたけれど」

『本当に核兵器を用意して直接打ち込んでいるとは思わなかったわ…』

 

 救いなのは試験運用の際の場所が月面であった事だろう。ここならば地球上での影響は無いだろうし…だけどこの内容は、恐らく世界中を震撼させる事になるだろう。実際に核爆発に対して()()()ASが佇んでいるのだから。それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があるはずだ。

 

「人々のヘイトをこのASへと向けて、徐々に能力者の脅威を矮小化するのが狙いだと紫電は話していたな」

『とはいえ、これはあくまで攻撃を防いだだけでしょ? それだけじゃ、まだ脅威と言えないと思うわ』

『待ってモルフォ。まだ続きがあるみたい』

 

 動画はまだ続いていた。核爆発を凌いだASの周りにターゲッティングらしき柱が投下され、その柱に対してアサルトライフルらしき銃での砲撃が行われた。

 

『ラムダドライバの攻撃運用も問題無く出来るのね…』

 

 そして次に持ち出された武装は人間でいう所の対戦車ライフルとも呼べる銃。普通に考えれば強度的な問題で、この銃の反動に耐えられない筈であるのだが…

 

「ASが反動に耐えられるのは想定通りだけど…砲撃の威力が想像以上に凄いな」

『着弾地点の抉れ方が凄い…』

 

 …仮に僕がこの機体と敵対したと想定した場合、()()()()一体が相手なら勝てない事は無いだろう。だけど複数出てこられたり、不意を打たれたり、長距離からの狙撃を敢行されると厳しいと言わざるを得ない。そして機動性も…

 

『月面である事を差し引いても、動きが凄く軽快よね』

(紫電、上手く行きすぎなんじゃ無いのか? …アキュラにも色々と相談をした方がいいかもしれないな)

 

 そんな僕の心配をよそに、後に皇神は能力者、無能力者の区別なく運用できるこのASの量産を成功させ、見事に能力者に対するヘイトをASへと移す事に成功し、結果的に能力者と無能力者の対立が沈静化する切欠の一つとなった。

 そしてこのAS…意外な事なのだが、この世界における宇宙開拓で正しくその力を大いに振るう事となり、皇神とASの開発責任者である紫電の名を後世に轟かせる事となるのであった。

*1
原作の物とは違い、この世界では名目上宇宙で活動する為のロボットであるとされており、機体のサイズや気密性等が全く異なる。




シアンとの心の繋がりを感じた


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第十話

心を癒すオウカの抱擁

 

「……ふふ、出来ました。ポニーテールです!」

 

 僕は今、オウカに色々な髪のセットをして貰っている。これは僕自身の変装の参考にする為と言う名目だが、実際の所は僕の髪でオウカが遊ぶ為だったりするのだが…それをシアン達は何所か残念そうに見つめていた。

 

『『…………』』

「どうしたのですか、二人共? その様な表情をして」

『オウカ…』

『GVの綺麗な髪が、アタシ達の蘇生の影響でシアンと同じ色になっちゃったのが…』

 

 二人が残念そうに見つめていたのはシアンと同じ紫色に染まった僕の髪だった。今の僕の髪、そして瞳の色は僕自身が蘇生の際に素粒子の謡精女王(シアン)の宝剣と化した影響で彼女の特徴をそのまま引き継ぐ事となった。

 

「僕は気にしてはいないし、寧ろ嬉しいんだけどね」

「紫色の髪も、よく似合ってると思いますけど…」

『それでも…! 私にとって、GVの髪は金色の髪のイメージだったの!』

『所謂聖域だったのよ。アタシ達にとって、GVの髪は』

 

 流石に聖域は言い過ぎなんじゃないだろうか。それに…それだけが理由じゃない様に、僕は思う。何か他に理由があるはずだ。

 

「髪の色だったら、外に出た時の変装の際に黒に染めてたりしてたじゃないか」

『それはまだGVの転生前の「優」のイメージがあったから違和感は無かったの』

『…アタシ達にとってその髪の色は辛いのよ』

『モルフォ、それ以上は言っちゃダメ!』

『ううん、言わせてもらうわ。GVの髪の色を見る旅に、アタシ達の救出が切欠で貴方を深く傷つけてしまった事を思い出すのよ。GVはその気になれば元の色に戻せるんだもの。髪の色なんて唯の言い訳なのよ』

「…そうだったのか。だったら、僕と同じだね」

『『…え?』』

 

 そう、僕も今のシアン達を見ていると辛くなる事がある。あの時、シアンを守り切れなかった時がフラッシュバックする時があるのだ。あの時の事はもう僕の中では完全に割り切っては居るのだが、彼女を守り切れなかった事実は変わらない。

 

「…つまり、お互い様だった…という事ですね」

 

 そう言いながらオウカは僕達を抱き寄せた。そう、()()()()()()()()()()()()()()。オウカはその高い霊感能力のお陰でそれが可能なのである。

 

『『…ぁ』』

「傷ついた事実を消す事は出来ませんが、少しでも癒す事は出来ます。こんな風に」

「オウカ…」

 

 オウカの温もりが僕達の心を癒していく。辛そうだった二人の表情も、今では無くなり、落ち着きを取り戻している。そして、僕自身も…

 

「私は皆さんに孤独から救ってもらえて、あまつさえ、沢山の物を貰いました。だから…」

 

「こうして少しでも力になれる事が嬉しいのです」と僕達を抱き寄せながらオウカは笑顔で答え、僕達はそんなオウカの温かさに身を委ねるのであった。

 

 

蒼き雷霆

 

 アキュラの屋敷における訓練所にて、ミチルによる蒼き雷霆の訓練が一段落ついた。

 

「ふぅ…」

「お疲れ様です。ミチル」

「以前と比べて随分と見違えましたわ」

「うむ、蒼き雷霆の扱いにも、随分と慣れて来たようだ。…昔のGVを思い出すな」

 

 普段は僕達がミチルの蒼き雷霆の訓練の指導をしているのだが、今回は珍しく時間が合った事も有り、アリス、パンテーラ、アシモフの三人が指導に当たっていた。

 

『うーん…』

『どうしたの、シアン?』

()()()()()()()()()()()()()()()()()なぁって思っちゃって』

「…言われてみれば確かに」

 

 それぞれ扱えるようになった経緯は違うのだが、ここに居る七人全員、蒼き雷霆を扱える。それが理由なのと、シアンのこの一言が切欠で蒼き雷霆談義が始まった。

 

「蒼き雷霆を得てから便利だと思ったのは、生体電流による身体能力強化ですね」

「あ、それ私も分かるなぁ。体がすっごく軽く感じるし、何処までも飛んでいけそうって思えるから」

「ガンヴォルトのあの強さの要は間違いなくこれと雷撃麟だと私は思います」

「この二つは蒼き雷霆の基本にして奥義。この二つがあれば大体の状況は対処できる。…とはいえ、だからと言って基本的な訓練を怠ると本末転倒となってしまうのだが…」

「それはアシモフとの訓練をしてた頃に嫌と言う程実感しているよ…後、シアン達との訓練の時も…」

『私達の場合、記憶の中も含めれば百年くらい訓練に費やしていたから…』

『ええ、お陰様で守られるだけのアタシ達じゃ無くなったし、GVの力になれるようになったわ』

「…一時期ガンヴォルトと敵対していた時に厄介だと思っていたのはカゲロウだな」

『そうそう、捉えた! って思ってもそれで避けられちゃうんだよねぇ~。まあ、その恩恵はアキュラ君も得てるけどね』

「ミチル様の護衛をする際、カゲロウはとても助かります。専用のペンダントを身に付けてもらうだけで身の安全が大分保障されますので」

 

 僕達が話をしている内に、アキュラ達が話に加わって来た。…電磁結界「カゲロウ」。それは雷撃麟と同じく蒼き雷霆による特殊能力で、自身の体を電子に変換し、攻撃を無効化すると言う破格の効果を持つ。但し、このカゲロウは特殊なペンダントが無ければ使用する事は出来ない。が、逆に言えば…

 

「蒼き雷霆の能力者ならばたとえ未熟でも、ペンダントを装備していればカゲロウは使用出来るからね」

「蒼き雷霆は正直このカゲロウだけでお釣りが来るくらい優秀だ。俺も散々世話になっている。死角からの攻撃に対処出来る手段は貴重だからな」

「だからと言って、頼り切りにするのは危険(デンジャー)だ。中にはカゲロウでは対処出来ない攻撃も存在する」

「ええ。ニムロドのリキッドの能力に…」

「カレラの磁界拳…」

「俺がその能力を元に開発した対能力者用特殊弾頭(グリードスナッチャー)

『後はどういった原理かは分からないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()辺りもそうよね?』

 

 モルフォの言う強い意志を乗せた攻撃…例えばテンジアンの羅雪七星(らせつしちせい)や、ストラトスのデスティニーファング辺りが代表だろう。この事実が分かったのは、最近戦った()()()()()による攻撃全てがカゲロウで無力化出来なかった事が理由であった。

 

「ふふ…」

「どうした、パンテーラ? 何か嬉しそうだが…」

「いえ、「強い意志を乗せた攻撃」と言う言葉で、最近知り合った苛烈な愛を語る人の事を思い出しまして。何しろその手に持つ刀の一振りでカゲロウを突破してきましたので」

「笑い事ではありません。貴女がエデンを留守にしている間、私は影武者をしなければならないのですから。あの時、はたちゃんとの約束をすっぽかしてしまったのですよ?」

「…そいつは本当に人間なのか?」

「…少なくとも、誰よりも人間らしい人間だよ、アキュラ」

 

 こうして蒼き雷霆の話からパンテーラの知り合った人の話へと移行し、僕達の話題は続いていった。蒼き雷霆…この能力は近い将来、さして珍しい能力では無くなり、誰でも運用できる人気のある能力の一つに落ち着く事となる。

 

 

果たされるべき約束

 

 夜もすっかり更けたオウカの屋敷にてこれから眠りにつこうとした時、先に同じベッドで眠っていたはずのシアンとモルフォが一緒に僕に話しかけて来た。二人のその表情や想いからは不安と怯えと悲しみが伝わってくる。怖い夢でも見たのだろうか?

 

「「GV…」」

「……怖い夢でも見た?」

「うん…GVが…その…居なくなって…」

「アタシ達がいくら叫んでも…歌っても…どうしようもなくて…」

 

 二人のこの言動…つまり僕が死ぬ夢だったんだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、僕は前世で二人の前で息を引き取った事がある。あの時の二人は表情こそ表に出してはいなかったけど、深い悲しみと絶望を僕は感じ取ってしまった。そう、これが前世で残した数少ない悔いの一つだ。

 

「嫌…居なくなっちゃ嫌だよ…GV…」

「ずっと一緒に居て…アタシ達を絶対に離さないで…」

 

 二人はそう言いながら僕に縋りついてきた。…シアン達が不安を感じるのは当然だろう。何しろ僕はいつ死んでもおかしく無い仕事をしているのだから。…もうこの生活も大分落ち着いてきたし、そろそろ言ってみてもいいかもしれない。

 

「シアン、モルフォ…もう少ししたら、長い休みを取って、()()でどこか出かけよう。仕事の方も、もう少しで一段落付きそうなんだ。…少し手続きが難しいけど、本格的な旅行プランを考えるつもりだったんだ。…オウカにも話は通してあるから、大丈夫」

「GV…」

「でも、アタシ達…」

 

 モルフォが追われている――と言いかけたその口を、僕は人差し指を当てて静止した。

 

「モルフォ…大丈夫。()()()()()僕は絶対に居なくならない。何があっても、絶対に」

「GV…アタシ、GVの事を信じるわ。だから…」

「私達も考えていい? その旅行プランを、GVとオウカと一緒に」

「…考えよう。四人で一緒に」

 

 この時交わされた約束は、全てを終えた後に果たされる事となる。




シアンとの心の繋がりを感じた




これにてトークルーム編は終了です。
次回投稿からは番外編へと移行しますので、よろしくお願いします


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番外編第一部 輪廻を越えた蒼き雷霆は世界を巡る
第一話


並行世界

これはとある目的の為の世界(パラレルワールド)を巡る旅
異なる世界の蒼き雷霆と電子の謡精
彼等の行く末を見守るは陽炎(カゲロウ)、そして万物の女神(パーシテアー)


 並行世界。それは所謂パラレルワールドと呼ばれる物であり、ある世界から分岐し、それに並行して存在する別の世界の事だ。転生前の世界の物理学の世界でも理論的な可能性が語られており、量子力学の多世界解釈や宇宙論の「ベビーユニバース」仮説等が上げられる。

 

 何故突然このような事を解説したのか? それは僕達の世界から見て異世界とも言える「エクサピーコ宇宙」に存在している「イオナサル・ククルル・プリシェール*1」、彼女を助け出す為である。彼女は転生前の世界で「シェルノサージュ*2」「アルノサージュ*3」と呼ばれる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を経由して知り合った。

 

 とは言え、僕自身がカムフラージュされていた事に本当の意味で気が付いたのはアスロックと戦っていた時に波動の力で呼び出したアーシェス。このロボットから流れて来た想いと未知の波動を感じて漸く僕は確信したのである。とは言え、だからと言って転生前の時にゲーム感覚でシェルノサージュをしていたのかと聞かれたら、否であると答えるが。

 

 何しろ転生前の段階でシアン達はこれがゲームでは無く、現実で起こっている事だと把握していたからだ。シアン達曰く、切欠はシェルノサージュを起動したゲーム端末から、今まで感じた事の無い波動を感じた事であり、自身の歌を聞かせたらイオンの疲れが無くなっていた事が決定打となったのだと言う。

 

 そういう訳でシェルノサージュにおいては無事彼女をアルノサージュへと続く所まで導く事が出来たのだが、問題はここからであった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。本来ならばまだター坊…「デルタ・ランタノイル」にインターディメンド*4に必要な回線と呼べるものが残っている筈なのにも関わらずにだ。結局、その原因が不明なまま問題が解決される事は無く、前世における数少ない悔いの一つとして残る事となった。

 

 彼女を助けたいと思う理由も当然存在する。それはシアン達が助けたいと願っているから。決定打であったのは、人体実験で苦しんでいる彼女の音声データの記録を聞いたからだとシアン達は語っていた。…転生前なら分からなかったけど、人体実験は今の僕にとっても他人事で無い。実際に僕自身、その最中にアシモフに救出されたのだから。

 

 そんなイオンが人体実験をされていた理由がある。それは彼女は元々エクサピーコ宇宙出身では無く、寧ろ僕達の世界に近い地球が存在する並行世界から呼び出された存在「結城 寧」と呼ばれる女性が魂だけでこの世界へと移動した際に得た能力「俯瞰視点*5」が主な理由である。

 

 話を戻すが、異世界移動と並行世界移動は厳密に言うと別物だ。そもそも、世界移動をすると言うのは難易度が高すぎると言えるだろう。そこで僕は協力者を集める事にした。何しろ何も知らなければあまりにも馬鹿げた話なのである。先ずはアキュラに、そして世界移動経験者であるシャオに話を持ち掛ける事にした。

 

「……ふむ、確かに、これまで観測された物とは異なる波動が検知されているな。最初に聞いた時は全くもって信じられん話ではあったが、こうして証拠を突きつけられると素直に認めざるを得ん」

『僕のセンサーでも観測出来ちゃってるよ…コレ、傍から見れば骨董品のゲーム端末その物だって言うのにさ』

「私も何となく分かるよ。シアンの言う今まで感じた事の無い波動、伝わってくる」

「とは言え、異世界移動は現段階では無茶だよ、GV。そもそも世界移動その物の経験が多く無いんだから」

「となると、先ずは移動手段の確立から…という事か」

「そう言う事だな。先ずは移動に関わるデータが無ければ俺でもどうしようもない。とは言え、悪い話ばかりでは無い。この端末に向こうの世界の座標らしき物がある事は分かっているからな。後は移動手段と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を用意するだけだ」

『存在を確立する方法?』

「…向こうの世界はこことは異なる法則で出来ている世界なのだろう? もしこのまま何の対策も無く俺達が向こうの世界に行けば何が起こるか分からないぞ。それこそ、先の説明であった時空の歪みとやらを発生させる要因にもなりかねん。それは避けねば不味いだろう」

『確かにそうね…』

「とはいえ、いきなり異世界へと飛ぶ事はしないから、それはまだ後回しでいいだろう。先ずは並行世界移動のデータを蓄積する事からだ」

 

 そう言う訳で、並行世界移動のデータを蓄積する為にアキュラから専用の計器を受け取り、シャオによる並行世界移動が行われた。その先で待っていた物は…結果を先に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まず僕がここに来る前に行ったのは正体を隠す為の女体化、そしてシアン達も、自身の体を電子のサイズへと縮小してもらっていた。何しろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性が高いという事だ。下手をすれば、転移直後に突発的に遭遇するなんて事もありうる。だから事前に正体を隠す事は必須条件であった。装備については持ち込んだ物を波動の力で機能はそのままに、デザインを変化させる事で対処している。

 

「…ここが並行世界、か。シャオ、再度戻るのにはしばらく時間が必要なのよね?」

「うん。最低半年は必要かな。とは言え、G…ネームレスも僕も寿命の問題は無いから実質死ななければ大丈夫なんだけどさ。…じゃあネームレス、連絡をする時はこの専用の通信機で頼むよ」

「ありがとう、シャオ。…私はこの後情報収集をする予定だけど、シャオはその間どうしてるの?」

「僕もちょっとこの世界の情報を漁って見るよ。並行世界移動自体は出来ても、まだ多少の時差は生じてる筈だからね」

「時差…ね。アキュラが世界移動のデータを求める理由が分かった気がするわ」

 

 このやり取りを終えた後、僕とシャオは二手に分かれ、それぞれの手段で情報収集を行った。その結果、この並行世界はまだ電子の謡精モルフォが国民の希望として健在であり、フェザーがそれに対しての破壊ミッションを行う前の状態…具体的に言うと、ジーノとモニカさんが日本国内に侵入する前である事が判明した。

 

『…GV』

「分かっているわ。…この世界の私達の行く末が知りたいのでしょう?」

『ええ…並行世界とは言え、GVやアタシ達自身の事だから。どうしても気になっちゃって』

『シャオから一応話だけは聞いては居るんだけど…ね』

 

 僕達の本来の目的その物は既に殆ど達成している。転移時のデータも既にシャオに渡してある為、その辺りの問題は解決していると言ってもいいだろう。…シャオに相談してみよう。帰還するには現段階では彼の能力が必須なのだから。

 

「シアン達の行く末かぁ…僕は余り見たいとは思わないかな。下手したら僕の居た世界みたいに二人が撃たれる場面を直接見る事になるかもしれないんだからさ。それにネームレス…君がその場面にもし遭遇したら多分介入しちゃうと思うんだけど、その収拾出来る? …助けられるかって意味じゃないよ? 当然()()()()()()()()()()()って事さ」

「…………」

「僕は直接参加はしないけど、サポートならしてもいいよ。何しろネームレスには借りがあるからね。でも行動に移すなら、せめて助けた後はどうするのかを決めた方がいいと思う」

「そうね。…助けた後で放り出すのは無責任だと私も思うわ」

『相談に乗ってくれてありがとう。シャオ』

『それとゴメンね、シャオ。アタシ達、そこまで頭が回らなかったわ』

「他の世界の事とは言え、自分達の行く末が気になるのは当然だと僕は思うから、僕自身は後始末さえ気にしてくれれば問題は無いって思ってるよ」

 

 僕達はシャオが言っていた様に彼の居た世界の僕達の事の顛末は既に聞いている。この世界も必ずそうなるとは限らないけど、少なくとも僕達が何もしなければシャオの言っていた結末になる可能性は高いと睨んでいる。何しろこの世界のデータバンク施設の情報と僕の居た世界にある同施設の情報の差異が無かったからだ。

 

 僕はシャオの言うような場面に遭遇したら、まず手を出してしまうのは確実だ。何しろ別世界とは言えシアンが撃たれてしまうのだから。そして、ここで問題になってくるのがシャオの言う「助けた後はどうするのか」だ。

 

 何しろこの世界の二人から見れば見知らぬ信用も信頼も無い他人に助けられるような物だ。そんな奴の言う事を簡単に信じられるだろうか? 信用を得たいのなら最低でもそれなりの付き合いを持たないとダメだ。

 

 …まだジーノ達はこの国に来ては居ない。この後起こるであろう「皇神とエデンの抗争」の際、アシモフが大電波塔アマテラスをシステムダウンさせた隙を突いてジーノ達は侵入している。…僕が接点を持つのならば、この辺りだろう。

 

 

――――

 

「ターゲットは「電子の謡精(サイバーディーヴァ)」そのプログラムコアの破壊だ」

「電子の謡精モルフォちゃんと言えば、誰もが知ってる国民的バーチャルアイドルだぜ? そんな子を、どうしてまた?」

 

 電子の謡精モルフォと言えばジーノ所か僕も知っている。人々の希望とされている国民的バーチャルアイドル。それが彼女だ。そんな疑問を内心持ちながら、僕はアシモフの話を聞いていた。

 

「彼女の歌は、我々能力者の精神…具体的には第七波動(セブンス)に共鳴していることが判明した。どうやら連中は、電子の謡精を利用して、我々能力者の居場所を探知していたようなのだ」

「つまりモルフォは能力者を炙り出すソナーだったという訳ね。…アシモフ、この情報はやっぱり()()経由かしら?」

「うむ。諜報班、そして()()()()()()()()からの情報だ。信頼性は高いだろう。今回の作戦にも一時的にではあるがチームシープスのサポートをする手筈となっている」

「あの凄腕の美人ちゃんが参加してくれるのかよ。こいつは頼もしいぜ!…あれで恋人が居なければ文句無いんだけどなぁ…」

 

 陽炎(カゲロウ)のネームレス…彼女はジーノ達と共にこの国へと潜入したフェザー諜報班の一員。その名の通り陽炎の如く、まるで実体を掴ませずに情報を抜き取ったり、潜入調査等を担当するフェザーの眼とも言える存在であり、長い黒髪に蒼い瞳が特徴的な人だ。

 

「もし私に恋人が居なかったらジーノが私を口説いていたのかしら?」

「当然…っていつの間に居たんだよ。ビックリしたじゃねぇか」

「彼女は最初からここに居たよ。ジーノ」 

 

 そう、気配を消したまま最初からここに居たのである。サポートをしてもらう以上一緒にミッションの詳細を確認するのは当然なのだから。…相変わらず気配を消すのが上手い。僕も彼女との訓練の際、陽炎の如く神出鬼没な彼女の戦い方には手を焼く程だ。

 

「訓練が足りないな、ジーノ。…ともあれ、能力者の自由のためにも、そんなものは破壊せねばならない。 ターゲットのプログラムコアは皇神の施設である皇神第一ビルに保管されている。我々とネームレスが別々に陽動を行う。GVはそのスキに施設に侵入しターゲットを破壊してくれ」

「了解」

 

 これでミッションの詳細確認を終えようとした時、ネームレスから待ったが掛かった。

 

「…ちょっと待って貰えるかしら?」

「どうしたのネームレス。何か問題があったかしら?」

「ええ…少し私達諜報班が集めた情報で気になる事があって。今回の情報、如何にも情報の出所が怪しいのよ」

「…続けてくれ」

「ええ。何と言うか、今回の情報は意図的に()()()()()印象が強かったわ。だから私はその裏と隠された情報を取りたいからミッション開始時刻までに念の為、GVの突入を待って貰いたいの。…ごめんなさいね。ギリギリのタイミングで足を引っ張る事になってしまって」

 

 ネームレスのこの言い方…今回のミッションも一筋縄ではいかないって事だろう。彼女がこんな風にミッションギリギリまで僕を引き留める場合、まず厄介な事になるのはお約束と言ってもいい。そして彼女の忠告を無視すると、余計に酷い事になる。これは僕達チームシープスだけでは無く、フェザー全体にも言える事だ。

 

「…これは厄介な事になりそうね」

「モニカ、何時もの事じゃねぇか。それにその事が事前に分かるだけでも上等だぜ。なあGV?」

「そうだね、ジーノ。彼女の情報には僕達はいつも助けられてるし」

「いいだろう。君の忠告(アドバイス)は何時も頼りになっている。…但しミッション開始時間までには裏を取って欲しい」

「了解よ、アシモフ。必ず裏は取ってくるから」

 

 そうしてミッションの詳細が終えたその直後に彼女は姿を消した。早速裏を取りに向かったのだろう。そして案の定、この情報は掴まされた物であると判明し、モルフォのプログラムコアは近くの輸送列車に輸送される手筈となっている事が判明したのだ。相変わらず仕事が早くて助かる。

 こうして僕は電子の謡精の破壊ミッションに挑む事となった。この先待ち受ける運命も、未来も、分からないままに。

*1
「シェルノサージュ」及び「アルノサージュ」に登場するヒロイン。おっとりとした性格で、工学全般に堪能で、所謂「いい子」であり、理想を重視し、善意と良心に基づいた考え方をする。

*2
オンライン専用ゲームであり、この世界から七つの次元を隔てた異世界にいる少女「イオン」と、PS Vitaを通じてリアルタイムでコミュニケーションを取りつつ、記憶を修復したり、料理や工作をしている所を眺めたり、デートをして絆を深めたりする「サージュ・コンチェルト」シリーズの一作目。より深く絆を深めると恋人になったり、イオンを文字通り嫁にする事も出来る。なお、この二次小説内のGVはシアン達に配慮し、彼女とは友達の関係で敢えて止めている。

*3
『シェルノサージュ〜失われた星へ捧ぐ詩〜』に続く「サージュ・コンチェルト」シリーズの2作目。ジャンルは前作のアドベンチャーからRPGへ変更されており、戦闘システムなどは『アルトネリコ』シリーズをベースにしたものとなっている。なお、シェルノサージュでのプレイヤーの関係がこの続編のアルノサージュへと引き継がれる為、シェルノプレイヤー…所謂「端末さん」の大半はイオンに対する思い入れが強いと思われる。

*4
宿主を七次元先の存在が無意識にコントロールする方法。簡単に言えば、七次元間リモコン人間であり、もっと簡単に言えば、もしRPGの世界が実在する場合、その主人公は、プレイヤーによるインターディメンドを受けている事になる。このシステムの利点は外世界に住む者は失敗した際にリセットすることで、その事は無かったことに出来る事。つまり、予め決められた形で状況保存をする事でその場面から何度でも再チャレンジ出来るのである。すなわち、理論上内世界の特定事象について、どんなに成功率が低いものであっても成功させることが出来るのである。

*5
例えば3次元空間をその外側から見る行為。その為にはn+1次元が必要であり、それぞれ三次元俯瞰は立体迷路を平面のように解け、四次元俯瞰は時間や歴史を年表のように、過去から未来をあたかも平面や空間上に連続して存在するように見られ、五次元俯瞰は過去から未来において、時間とその瞬間毎の可能性を全て広げて一覧でき、六次元俯瞰は過去から未来において、この宇宙全域における全ての可能性を一覧できる。そして、イオンはこの内六次元俯瞰を可能としている。但し「魂のレベル」や三次元用の身体が枷となっているので、特定の条件を満たさないとそのスペックをフルに発揮する事は出来ない




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第二話

皇神(スメラギ)とエデンの抗争」の後、僕は色々あってネームレスとしてフェザーと合流する事を選んだ。最初はこんな僕の存在を何処か可笑しいと思われていたが、この世界のデータバンク施設の情報を一部公開したり、実際の潜入ミッションで成果を上げ続けた結果、フェザーの諜報班の一員として活動する事が出来るようになり、フェザーからある程度の信用を得る事が出来た。

 

 この際、この世界の僕やジーノ達が居るチームシープスともそれなりの付き合いが出来るようになり、時には模擬戦の相手になったり、料理を振舞ったりとプライベートでもそれなりの付き合いも出来るようになった。これでこの世界の僕やフェザーの皆からある程度の信用を得ると言う目的は達成できた。

 

 そして始まった電子の謡精破壊ミッション。それは僕の居た世界()()発生した物で、事前情報では皇神第一ビルに破壊対象であるプログラムコア…機械に繋がれたシアンが居るとされていた。だけど実際に突入してみれば蛻の殻で、既に近くの輸送列車に積み込まれていた。あの時はわざと捕まって情報を得る事で対処し、何とかギリギリのタイミングで列車に乗り込むことが出来たのだが…

 

 とは言え、そんな苦労を態々この世界の僕にさせるつもりは無い。何しろあのビルには何処か可笑しい変態のオジサンが居るのだから。…まあこの世界の僕も蒼き雷霆(アームドブルー)であり、シアン達曰く、同じ時間軸での僕との実力差はSPスキル等を考慮しない上で蒼き雷霆()()で換算すると、この世界の僕の方が高いとの事なので心配は不要だけど。

 

 これはラムダドライバ…「波動の力」の訓練をアシモフと試行錯誤していた時間を完全に訓練に集中する事が出来たからだ。実際に動きのキレや射撃の精度、雷撃麟の展開速度等の基本的な項目は今の僕よりも上であると認めざるを得ない。後、習得しているスキルが「ライトニングスフィア」のみだと言うのも大きいだろう。何しろ、行動の選択肢が少ない分迷いなく動ける。そう考えている内に、この世界の僕が輸送列車に乗り込む事に成功し、本格的にミッションが始まった。

 

「コードネームGV「ガンヴォルト」より、シープス3、回線開いて」

「こちらシープス3! 無事に列車に取り付けたようね」

「ええ、これより予定通り、電子の謡精破壊ミッションを開始します」

「分かったわ。…いつも言ってる事だけどGV、無茶も程々にね。今回のミッションはネームレスも付いているから負担は軽減されているとは思うけど…アシモフ?」

「うむ…こちらシープスリーダー。了解した、シープス2と()()()()()は予定通り、GVのサポートを頼む」

「へいへい、こちらシープス2、今回はいつもと違ってネームレスが居てくれるから少しは気が楽だぜ」

「シープス4、了解よ。…GV、()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()から」

「…了解、善処するよ」

「あ、今俺が言おうとした台詞が…! まあそれはいいとして、GV、ホントに分かってんのかねぇ?」

「それは本人のみぞ知る事よ、ジーノ」

「では、これより電子の謡精破壊ミッションを開始する。グッドラック!」

 

 そうしてミッションが開始された。この世界の僕は順調に危なげなく列車を進んでいる。…うん、この調子ならば問題は発生しないだろう。そう思わせる程に安定した動きをしていたのだが…

 

「後方より、複数のレーダー反応を確認。第九世代戦車みたいね…」

「敵を捕捉した、これより邀撃する。一機目命中、二機目命中! …チィ! タンク二機の狙撃に成功、撃破した。スマン、残った一機がそちらの列車に向かったぞ」

 

 そう、ここでアシモフが三機目に対して狙撃を外したのだ。…恐らくこの世界のアシモフが「波動の力」を知らない事が原因なのだろう。とは言え生憎この場には僕も居るのだ。列車に接近等、させはしない!

 

「そこよ! 取りこぼしの一機を撃破したわ。…アシモフ、貸し一つね」

「サンクス、ネームレス。…GV、障害は排除した。急いで先頭車輌へと向かってくれ」

「了解」

「…なぁ、ネームレス」

「どうしたの、ジーノ?」

「やっぱプログラムコアを破壊したら、もうモルフォちゃんも観れなくなるんだよな。オレ、モルフォちゃん結構気に入ってたんだよ。大人っぽいところとかさ。まさか彼女の歌が能力者をあぶり出す(ソナー)だったなんて…やっぱりショックだぜ」

「…そうね」

「電子の謡精が、この国の人々の希望で心の拠所だとしてもだ。現実はあの謡精により、多くの同胞だちが皇神に捕らえられ、今も苦しんでいる」

「……」

「…判ってるって。任務に私情を挟むほど、俺はバカじゃねえさ」

 

 そうして先頭車輌へと到達しようとしたその時、第九世代戦車(マンティス)の最後の一機が立ち塞がっており、レーザー砲による砲撃を撃ち込んで来た。その狙いは正確であり、この世界の僕を見事に捉えたと思われたが…

 

「電磁結界「カゲロウ」…どんな攻撃も僕には通用しない!」

「一瞬ヒヤッとしたわよ、GV。…いい? 無人型の第九世代戦車には共通する弱点があるの。頭部に大ダメージが入ると、非常冷却が働いてコアが上部に押し出されるわ。そのコアを攻撃すれば倒せるはずよ」

「了解、迎撃開始します。ありがとうモニカさん。…迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)!! 我が敵を貫き滅ぼせ!!」

 

 カゲロウのお陰で難なく攻撃を凌ぎ、第九世代戦車をモニカさんの情報通りに頭部に大ダメージを与え、コアを露出させた。そして、この世界に来て驚いた事が一つある。それはこの世界におけるSPスキルの運用法だ。…()()()()()()()()()()()()詠唱は僕の世界ではイメージを強固にする為に必要であり、僕自身、シアンの歌の強化が無ければ難しい、そう思っていた。…目の前の光景を見るまでは。

 

「コアが露出したわ、今よGV!」

「了解、仕掛けます!」

 

――天体の如く揺蕩え雷 是に到る総てを打ち払わん

 

「迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)!! ライトニングスフィア!!」

 

 この世界の僕が放った詠唱無しのライトニングスフィアは僕の放ったものと威力も変わりなく、問題無く第九世代戦車のコアを破壊して見せた。後に聞いた話なのだが、詠唱も頭の中で瞬間的にイメージしているとの事。実際にこっそりと一目の付かない所でこの方法をシアン達と一緒に試してみたのだが、僕達も例外無く使用出来た*1。…棚からぼた餅とは正にこの事であった。後にこの方法は僕の居た世界でも広く知れ渡る事となるのはまた別の話だ。そしてその時は来た。

 

「この車両に電子の謡精…モルフォのプログラムコアが…これは…!? これが…モルフォ…? そんな…これは…!」

『…貴方は? 研究所の人じゃ…ないの?』

『アタシは、この子の想いが具現化した電子の謡精(モルフォ)という名の第七波動()…貴方、研究所(プロダクション)の人間じゃないんでしょ? お願い…この子を…アタシをここから連れ出してくれない?』

「…ッ! …こちらGV、ターゲットと接触しました。情報の修正を…電子の謡精はプログラムデータなんかじゃない…小さな女の子の第七波動(セブンス)です」

「なんですって…!」

「少女に敵対意思は無し…皇神に拘束されているものと思われます」

「皇神のヤツら…えげつねぇコトしやがるぜ」

「…そうね」

「これよりミッション内容を変更。彼女を救出…」

「いや、変更はしない。その子を抹殺しろ、GV」

「アシモフ!?」

(やっぱり、アシモフはそう答えるわよね…)

「すぐに皇神の増援が来る。君は罠かもしれない少女をかかえたまま戦うつもりか? 仮に無事に済んだとして、その後はどうする? フェザーに――武装組織に彼女の居場所があるのか?」

「…それは!」

『…………それなら…私を殺してください。もう、あの人達の為の歌は…皆を苦しめる歌は、唄いたくない…だからいっそ、殺してください』

(…この子は……あの頃の僕と同じだ。アシモフに助けてもらったあの頃の…)

(そうよGV。シアンを助ける。その事に…)

((迷う事は無い))

「簡単に命を投げ出すな! 君が自由を望むのなら僕が()を貸す! 僕は君を助けたい…君の本当の願いは何?」

『私は…外の世界で、私の歌を唄いたい…!』

「OK。それが君の願いなんだね……アシモフ、僕はフェザーを抜ける。かつて貴方が僕に自由をくれたように…今度は僕が彼女の翼になる」

 

 この世界の僕は「自由」に対して強い想いがある。そんな彼が機械に繋がれて不自由でいる彼女を見たのならば、この選択を選ぶのは当然の事だ。だからこそ…

 

(きっと私と彼はこの点(自由に対する見解)では分かり合えないわね。…私は本人が望んでいる事とは言え、シアン達を喜んで拘束し、束縛しているのだから)

「それがお前の選んだ「自由」か。ガンヴォルト…いいんだな?」

「ええ…」

「了解した…組織に規律を乱す者は不要。これよりコードネームGVをフェザーから除名する」

「ちょっとちょっと、二人とも! 何を言っているの!?」

「そうだぜ! 二人とも! どうかしてるんじゃねぇか!? ネームレスも何か言ってくれよ!」

「…一度こうなったGVはテコでも動かないわ。二人共、もう分ってるでしょ?」

「それは…」

「まあ、そうだけどよ…」

「…いいんだ、モニカさん…ジーノ…ネームレスも…今までありがとう」

「皇神の増援部隊は我々フェザーにまかせてもらおう。今の君は我々フェザーとは関係のない一般市民だ。戦いに巻き込むわけにはいかん。…グッドラック」

「GV、貴方の…貴方達の新しい旅立ちに幸あらんことを。…行ってらっしゃい」

「…ありがとう、アシモフ、ネームレス」

「……羽? ……貴方は、天使?」

「ボクはGV――ガンヴォルト。君の名前は?」

「私は…シアンです」

 

 そしてこの世界の僕は、電子の謡精(シアン)と出合い…僕の、そしてアシモフの予想通り、フェザーを抜け、彼女の翼となった。…それにしても、そろそろ()()()()()()()()んじゃないかって思っていたのだが…

 

(アキュラは結局出てこなかったわね)

 

 皇神の増援部隊の撃退を終え、一息つきながらそう思ったのであった。

 

――

 

 フェザーを辞めてフリーの傭兵…所謂何でも屋の様な事をするようになってから半年と少しの月日が流れた。とは言え、受ける依頼の殆どがフェザーからなので、ゲリラ工作任務が殆どで、例外と明確に言えるのはネームレスからの訓練依頼等であった。

 

「ふぅ…また腕を上げたわね、GV」

「ネームレスこそ、相変わらずな様で何より」

「聞いたわよ。最近では皇神の工場施設に薬理研究所の襲撃に成功したって」

「ええ、これも事前情報をしっかり集めて貰ったお陰ですよ。特に第三海底基地の件では、本当に助かりました」

「アレは本当に巧妙だったわね…諜報班もまんまと騙されてしまったのだから」

「あそこでネームレスがハッキングをして海水注入を阻止してくれなかったらどうなっていた事か…」

 

 そう話しながら訓練を終え、僕は帰宅する事となった。但し、今回はネームレスも一緒について行く事となっている。フェザー構成員である彼女が僕とシアンに接触するのには様々な工作や手続きが必要だ。とは言え、それはもう終わっており、今日の訓練依頼と被せる様に調整していたと本人は語っていた。

 

「それで、()()()()()()()()はどう?」

「まあまあと言った所かな。…彼女は僕以上に楽しんでるみたいだけどね。最近ではあだ名を言い合うくらいの友達も出来たって聞いてるし」

「そう、それは良かったわ。…もうそろそろね」

 

 ネームレスの言う通り、僕の隠れ家のドアが見えた。あの先に僕の帰りを待つシアンが居る。

 

「お帰りなさい、GV。こんにちは、()()さん。お仕事お疲れ様」

「ただいま、シアン」

「こんにちは、シアン」

「それとね、今日は学校がお休みだったから簡単なお昼ご飯を用意したの。GVと優奈さんの分も用意してあるけど、どうかな?」

 

 シアンは任務終えた後、こうして簡単な料理を用意してくれる事が多くなった。これもネームレス…いや、この場では優奈さん*2と呼ぶべきだろう。彼女は僕に会いに行く際、シアンに簡単な料理とお手軽なレシピを教えてくれていた。そのお陰でこうしてシアンの手料理を時折食べる事が出来る様になっていた。

 

(…私の教えた通り、上手く出来てたわね)

(本当ですか!? 良かったぁ…)

(この調子でいけば、きっといいお嫁さんになれるわ)

(えぇ!! お嫁さんだなんて…)

(意中の相手を得る基本はその人の胃袋を掴む事…私の場合もそうだったわ。シアンも頑張りなさい。私も応援してるから)

 

 食べ終えた料理を片付け、食器を洗っていた為、離れた二人の会話は良く聞こえなかったが、シアンの顔が少し赤くなっており、機嫌も良くなっていた。きっと有意義な会話を出来ていたのだろう。…僕は優奈さんとシアンが初めて顔を合わせた際、シアンの機嫌が氷点下にまで落ちていた事を思い出していた。

 

 一応フェザー構成員である事等も顔を合わせる前に説明していたのだが、如何した物かとその時の僕は思っていたのだが、優奈さんがシアンの耳元にとある事を告げた結果、その機嫌が急速に回復し僕は安堵した物であった。その内容を僕は聞こうとしたのだが、「内緒」の一言で誤魔化されている。

 

「でも、良かったんですか? 優奈さんの所は忙しいってGVから聞いていたのに、お泊りだなんて」

「いいのよ。その為に色々と調整を済ませてここに居るのだから。…むしろ良かったのかしら? 私をお泊りさせちゃっても」

「優奈さんなら()()()()()()()()()のは分かってますから」

 

 …間違いとは何のことなのだろうか? まあ兎も角、僕達はこの日、のんびりとした一日を過ごすことが出来…なかった。そう、この日の夜更け…シアン達も眠りにつき、僕も就寝するため寝巻きに着替えようとしたその時、フェザーからの緊急入電が舞い込んできたのだ。

 

「こちらフェザー! GV、応答を!」

「モニカさん…こんな夜更けに…どうしたんですか?」

「ごめんなさい、GV。貴方に緊急のミッションをお願いしたいの。私たちが追っていた皇神の能力者が、その近くに逃げたようなの。ジーノが追っていたんだけど負傷してしまって…」

「すまねぇ…しくじっちまった…」

「ジーノ…!」

 

 ジーノは普段の態度は軽いが、その戦闘技術に関してはフェザーでもトップクラス。つまり、相手はそれ程のの強敵だということだ。…僕一人で行くよりも、優奈さんに…ネームレスにも同行して貰う方がいいだろう。戦力は多いにこしたことは無いはずだ。

 

「…分かりました。そのミッションを引き受けます。それとモニカさん、今僕の所にはネームレスが居ます」

「ネームレスが? そういえばシアンちゃんの様子を見に貴方の所に泊まりに行くって言っていたわね。…大丈夫そうかしら?」

「休暇はほぼ終わった様な物だし、問題無いわ。今は緊急ミッションの方が大事よ。それと、話は全部聞かせて貰ったから、状況は把握しているつもりよ」

 

 いつの間にかネームレスは僕の背後に立って話を聞いていた。…この神出鬼没さは敵に回せば恐ろしい。が、味方なのならばこれ程頼もしい事は無い。

 

「わりぃな、GV、ネームレス…奴は強ぇ…気を付けてくれ」

「ああ…ジーノはゆっくり休んで、後は僕達に任せて欲しい」

「このミッションが終わったらお見舞いに行かせてもらうわね、ジーノ」

「…むにゃ…GV…優奈さん…また出かけるの?」

 

 シアンが眠そうに目をこすりながら顔を出す。どうやら起こしてしまったようだ。

 

「ごめんなさいね、シアン。緊急ミッションが入ってしまって…」

「シアン、もう夜も遅い…ベッドに戻って休んでいるんだ」

「ううん…私、起きてる。起きて、貴方達の帰りを待ってるから…」

 

 真っ直ぐに、シアンは僕達を見つめる――もう彼女の意思が曲がる事は無い様だ。

 

「分かった。なるべく早く戻るから。…行ってくるよ、シアン」

「行ってくるわね、シアン。…朝食の時間までには必ず戻るわ」

「行ってらっしゃい…GV…私の歌が、きっと…貴方の(チカラ)になるから…優奈さんも、必ず無事に帰って来て…」

 

 そうして僕達は緊急ミッションの舞台である歓楽街へと足を運ぶ事となったのであった。

 

*1
元の世界のシアンとモルフォは元々無詠唱は可能であったのだが、長く能力に触れていた為無意識にやっている様な状態であった。それが今回の件で原理が判明し、以前よりもより効率良く、素早くSPスキルが展開できるようになった。

*2
この名前はネームレスの、女体化した時の表向きの名前として名乗っている。前作第四十一話参照




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第三話

 僕はふと嫌な予感がしたので、モニカさんに歓楽街に逃げ込んだターゲットの名前を移動しながら尋ねる事にした。

 

「そう言えばモニカ? 今回のターゲットの名前って把握しているかしら?」

「ええ、ターゲットの名前は()()()()()能力者狩り(ハンター)部隊を率いる部隊長ね」

「えぇ…」

 

 その名前を聞いた瞬間、思わず困惑した返事をしてしまった。パンテーラ――

()()は「皇神(スメラギ)とエデンの抗争」の混乱に乗じてジーノ達と同様にこの国に侵入しており、皇神でスパイ活動をしている「多国籍能力者連合エデン」のトップである「キング」だ。僕の居た世界では同組織に居るG7(グリモワルドセブン)のニケーによる占星術に強烈に干渉する程のシアン達と言う強大な抑止力のお陰で話し合いに持ち込み、最終的に正しく能力者を導く「救世の巫女」として今でも活動を続けているが…

 

「どうしたの、ネームレス?」

「…以前情報を集めていた対象にその名前が含まれていたから、ちょっと驚いただけよ。確か幻覚に関する能力で、性別が日によって変わる事…そして事ある毎に「愛」を強調してくる現実的にも、()()()にも厄介な相手よ。寧ろジーノを褒めたいわ。怪我をしてしまったとは言え、よく無事に帰って来たわねって」

「…パンテーラはそんなに厄介なのですか?」

「ええ…実際に相対してみれば分かるわ…私は姿()()()()()GVをサポートさせてもらうわね」

「…ッ! 貴女が本気で隠れなきゃいけない程の相手ですか…分かりました。僕も改めて気を引き締めてミッションに挑みます」

 

 そう言ったやり取りをしつつ僕達は歓楽街へと足を運び、僕は「波動の力」による光学迷彩を展開し、姿を消した。歓楽街…眠らない不夜の街――深夜にも関わらず、ネオンに照らされた街並みは夜の闇の深さを感じさせない。このビルの上からでもこの街の喧騒は伝わってくる。そして、そんな街に似つかわしくない機械がこちらに迫り、それを迎撃した。

 

「あれは…皇神の自律型爆撃マシンね…」

「皇神の連中…一般人がごく普通に生活しているここでも武装部隊を展開するのか…」

「いくらでももみ消せる自信があるから、こんな物まで持ち出せるのね」

「面倒な…被害が広がらない内に、早くパンテーラを見つけなくては」

「GV、モニカ、パンテーラに見つかる訳にはいかないからここから私は通信における送信を遮断して完全に遊撃に回るわ」

「了解です…今回も頼りにさせてもらいます。陽炎の二つ名を」

「了解よ。GVの事、お願いね。ネームレス」

 

 皇神の能力者狩り部隊をビルの上で相手をしつつ先へと進む僕達。歓楽街の次のエリアへと足を運んだ時、モニカさんから情報が飛び込んで来た。

 

「諜報班より入電…! GV、ネームレス、その近くにターゲットがいるみたい!」

「おや…何と愛らしい少年か」

「…お前がパンテーラか」

(この世界でその姿の貴女と会いたくなかったわ…テンジアン…どうして彼女がこんなになってしまうまで放っておいたのよ…)

「フフフ、嬉しいねぇ少年…私のこの美しき名前を知っていてくれたとは…愛を感じるよ! では始めようか…愛の逃避行を! 心ゆくまで愛し合おうじゃ無いか!!」

 

 この世界の僕の表情が何所か疲れている様に見える。…まあ、気持ちは痛い程に分かる。僕の言った意味が先のやり取りで把握し、きっと身に染みている事だろう。

 

「少年も、そして()()()()()()()()()()()()()()も、我が愛に惑うがいい!」

「…嘘。ネームレスの隠蔽が見破られているの!?」

「惑うと言うより、頭痛がしそうだよ…だけど、実力が本物なのは間違い無いみたいだ」

(やっぱり、私の光学迷彩を見破られた…この世界でも、貴女の実力は相変わらずみたいね。…その姿の性格まで相変わらずなのは勘弁してほしかったけど)

 

 どこからか響くパンテーラの声…これも彼女の能力の応用だ。彼女の能力は()()()()()()恐ろしく応用の幅が広い。例えば…

 

「く…今のは…?」

「フハハハハ! これが愛の力だッ!!」

(看板の文字が反転しているわね…)

「これがパンテーラの幻覚の能力か!」

「フフフ…我が第七波動(セブンス)夢幻鏡(ミラー)」…愛おしい能力だろう?」

 

 この様に周囲の風景の景色を反転させたり…

 

「愛とは迷うものッ! 少年…私の愛を受け止めておくれ! 私の愛する部下たちよ! 少年にあまねく愛をッ!! 愛の試練を!! 愛は甘い物だ…だが時に、愛は痛みをともなう!! そう、甘ーいハニーィトラァーップとしてねぇ!!」

「ヤツの罠にはまってしまったようね…気をつけて、GV!」

「大丈夫です。ネームレスも付いていますし、この程度ならば…!」

(フォローは任せなさい!)

 

 予め展開させていたであろう彼女の部下達と意図的に鉢合わせさせたり…

 

「これは…」

「ワタシの愛は、天地をもくつがえすッ! 無限の愛ッ!! これぞ、愛・絶技ッ!!」

「完全に遊ばれているわ…」

「ふざけたヤツだけど…なる程、ジーノがやられた理由も、ネームレスが本気な理由も身に染みてよく分かったよ…」

「キャラ的にもジーノとは相性が悪そうな相手よね…」

(私の居た世界でもジーノはパンテーラに完全に追い詰められていたし、実際にモニカの言う通りなのよね…)

 

 この様に大規模に能力を展開し、文字通り天地を逆転させたりするのだ。しかも、画面越しのモニカさんにも影響を与えている様で…

 

「う…ちょっと…酔ってきそう」

「なんなら、モニターを切ってもかまいませんよ」

「…いえ、サポートくらい最後までやり遂げるわ…」

「おや~、酔ったのかい!? 私の愛に? 愛とはそう…美酒のようなもの…し・か・しィ…私の愛は、酔いから醒めはしないッ!! 永久(とこしえ)にッ!」

(GVの事だから、「こっちはとっくに冷め切ってる」とか考えてそうよね…)

「ふふふ…少年、そして無粋な輩よ…この先で待っているよ…そう…我が愛の巣でねッ!!」

 

 あぁ…何となくだけど、この世界の僕から「行きたくない」という気持ちが伝わってくる。何しろこうやって隠れている僕自身も内心ミッションでなければ行きたく無いと思っているのだから。そして、そういった僕達の想いはモニカさんには筒抜けの様だ。

 

「……モニカさん」

「…行きたくない気持ちは分かるけど…追いかけて、GV、後ネームレスも」

(「…了解」)

 

 そうして僕達は先へと進んだのだが…

 

「…元に戻った…?」

(まだたどり着いていないと言うのに…彼女はこんな手を抜く事はしない筈…何かあったのかしら?)

「…GV……班……と……り………テー………が………い……」

 

 モニカさんからの通信にノイズが混ざり始めた。…この辺り一帯にジャミングだって!? …さっきまでモニカさんの反応すら楽しんでいたのに、パンテーラがこんな手を使うとは思えない。

 

「これは…ジャミングか…!」

「ぐわあああぁッ!!」

「今の声…パンテーラの物ね」

「ネームレス、声を出して大丈夫なのか?」

「モニカとの通信も切れてしまったし、今だけはね…この先、何が起こるか分からないわ。十分に警戒しましょう」

「了解です」

 

 そうして先へと進んでいくと…膝を付いているパンテーラに銃を突き付けている少年の姿があった。…ここで出てくるか、アキュラ。

 

「召されよ能力者(バケモノ)…神の御許へ」

「バ…バカな…私の愛が…こんなところで…!? あぁ…しかし…この痛みは…どうだ…この死すら…愛おし…い……」

「貴様の能力因子(ディーエヌエー)サンプル、有効に使わせてもらう…」

 

 その直後、パンテーラの姿が崩れ、その一部が彼の持つ盾へと収まった。そういえば、彼はあんな風に能力因子を回収し、研究をして疑似第七波動と言う物を開発していた筈だ。…そして()()()()()彼は復讐者だ。そう、全ての能力者に対しての…

 

「君は一体…」

蒼き雷霆(アームドブルー)――ガンヴォルトか」

「味方…なのか?」

「…下らん。皇神も、フェザーも、能力者共は全て俺の敵だ。無論、貴様もな…蒼き雷霆」

「…!」

「あがなえ、罪を…ん…ああ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 …!! 気が付かれている!! それに()()も居るのか。厄介な! せめてこの世界の僕に必要な情報を渡さなければ!

 

「GV! 彼はさっきの様に能力者の因子を回収してそれを研究し、己の力として扱ってくるわ! 恐らく、貴方が今まで倒した能力者の力も使ってくるはず…! 気を付けなさい!」

「ネームレス…!」

「私の位置は完全に向こうに筒抜けよ。もう姿を消しても意味は無い…それに…ここからは援護が出来そうに無いわ」

「…その通りです。少しの間でありますが、貴女のお相手はこの私がさせて頂きます」

 

 僕は彼女の姿を捉えた後、謡精の眼を発動させる。…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この世界の彼女も人間では無いらしい。

 

「俺の事を知っている様だな…それにその能力…彼奴と同様に貴様の能力因子は実に有用な物となりそうだ。ノワ、相手は能力者(バケモノ)である以上無理をする事は無いが、可能ならば手傷は負わせてくれ」

「畏まりました、アキュラ様」

「生憎、簡単にやられるつもりは無いわ。私も、GVもね」

 

 そう言いながら僕はノワへと相対した。…まともにやり合って手傷を負ってしまったら僕自身の能力…蒼き雷霆が渡ってしまう。それだけは阻止しなければならない。アキュラと相対しているこの世界の僕は…恐らく大丈夫だろう。彼の相棒とも言えるロロが居ないし、()()()()()()()()()()()し、彼が使えるであろう疑似第七波動も多くは無い筈だからだ。

 

「……行くわよ!」

「来なさい、しの…ネームレス」

 

 …今、ノワは誰と間違えたのだろうか? いや、それよりもノワの実力が元居た僕の世界の彼女と同様なのであれば、まともに相対するのは危険だ。何しろ彼女は疑似宝剣持ちのG7の内の三人を相手にミチルを守りながら撃退したのだから。…そう言えば、向こうのアキュラから聞いた事がある。彼女は()()()()が苦手であると…

 

(確か、縁起物が苦手だと言っていたわね…ならば!)

「…っと、ひとつ言っておくわね、ノワ。情報は力よ。そして私はそれを集めるのがとても得意なのよ。当然、()()()()もね」

「…何が言いたいのでしょうか?」

 

 そう言ったやり取りをしながら互いの持つ得物(銃器)の音がこの辺り一面に奏でられる。

 

「つまり、こう言う事よ…! ――終段・顕正(ついだん・けんしょう)… 梓弓(あずさゆみ)!!」

 

 梓弓とは、神事などに使用される(あずさ)の木で作られた弓。分かりやすく言えば…()()()()()()()()()の代表、「破魔弓」だ。当然弓である以上、矢も一緒に用意されている。これまた縁起物の代表である「破魔矢」が。

 

「……っ!!!」

 

 僕の出した弓矢に対して、目に見えて分かる程に狼狽えた。…ここまで動揺したノワを見たのは僕の居た世界も含めて初めてだ。…本当に縁起物が苦手なんだな。あのノワの表情が完全に引き攣っている。

 

「貴女にはコレ(銃器)よりも、こっち(破魔の弓矢)の方が効果抜群でしょう? …悪い事は言わないわ、引いて頂戴。向こうも一段落ついたみたいだし…ね」

「……そう、させてもらいます」

 

 こうして何とか僕は無傷でノワを退け、この世界の僕も同様に無傷でアキュラを凌ぎ、色々あったけど結果的にパンテーラの部隊は壊滅し、ミッションは達成された。その後、何とかシアンとの朝食の時間までに間に合った事に僕達は安堵したのであった。

 

 

――――

 

 

 あの復讐者(リベンジャー)と相対した夜からまた少しの月日が流れた。僕はこの間に大電波塔アマテラス、幽霊が出るとの噂の地下施設への襲撃、そして、データバンク施設の破壊工作に成功した。特にデータバンク施設を守護していた能力者、磁界拳(マグネティックアーツ)のカレラは能力者の能力を封じると言う強力な能力もあったが、ネームレス達率いる諜報班による事前情報もあったお陰で有利に戦い、勝利することが出来た。

 

「ただいま、シアン」

 

 それらとは関係の無い簡単なミッションから帰って来たばかりの僕をシアンが迎えてくれた。…ここ最近、シアンの料理の腕は僕やネームレスが何も言わなくてもいい位に上がり、完全に僕の楽しみの一つとなっていた。

 

「おかえりなさい、GV」

 

 そうして姿を見せたシアン、そしてその背後にあった机に用意されていた料理の数々…あぁ、今日も帰ってこれたんだなと安心していた。()()()()()()()()()()()()。だからこそ、この様な取り返しのつかない油断をしてしまったのだろう。

 

「あー…突然お邪魔するよーっと」

「えっ!?」

 

 そんな僕達の平穏を引き裂く剣呑とした声が…空間に穴が空き、「いるはずのない男」が姿を現した。皇神の能力者――亜空穴(ワームホール)の能力者、メラクが。

 

「メラク…お前は僕が倒したはず…!」

「あー、やっぱそこ突っ込む? メンドいなァ…まぁいっか答えなくても…えーと…君がモルフォちゃん? 上からの命令でね…モルフォちゃん、連れて行くよ」

「……!!」

 

 そうしてメラクは自身の操る機械の腕でシアンを捕え…

 

「はぁ…だる…さっさと帰って寝よ…」

「待て! メラク!!」

 

 シアンが用意してくれた料理を始めとした僕と彼女の平穏を滅茶苦茶にしながら、奴はその場を後にした。だが、それを茫然と眺めている僕では無い。まだ姿は追えている以上、諦める理由等ありはしないのだから。何より僕は、彼女の(チカラ)となる約束をしているんだ!

 

「早くシアンを追わないと…!」

 

 僕はメラクを追って家を飛び出しながらネームレスへと連絡を取ろうとしているが…ダメか、彼女は次のミッションの場所である、「アメノウキハシ」と呼ばれる施設の情報をかき集めており、連絡が付かないのだ。当然、ネームレス以外にもモニカさん達にも連絡は送っており、モニカさん達はその対処をしようとしてくれてはいるが…恐らく、間に合わないだろう。

 

 だからと言って、何も連絡をしないと言うのは間違っている。たとえ間に合わなくても、出来る事は何でもやっておくようにとネームレスには言われているのだ。こう言った突発的な事は後々の事を考えて、可能な限り出来る事をするしかないのだから。

 

(…あいつは確かに、この手で…いや、今はそれよりもシアンを助けなければ…! ヤツは…この先にいるはずだ!)

 

 そうして追いかけている内に、僕を阻むかのようにレーザーが飛来して来た。

 

「このレーザー…メラクか? こんな物で、僕を止められるものか!」

 

 飛来するレーザーを時間短縮を目的にカゲロウで強引に突破し、メラクへと突貫し遂に追いつく事が出来たのだが…

 

「シアンを離せッ!! メラクッ!!」

「…しつこいなぁ。疲れるから、あんまり使いたくなかったけど…使っちゃうかなー…第七波動」

「待て!!」

「待つ訳ないだろー…君はコレの相手でもしててよ…」

「…待ちなさい!!」

「…ッ!! シアン!!」

 

 メラクが消える寸前、間に合わないと内心分かっていながら飛び出した僕と同時に、アメノサカホコの情報を集めていた筈のネームレスがメラクの死角から形振り構わない形で飛び出したのだが、後一歩…本当に後一歩の所でメラクの亜空穴(ワームホール)が間に合ってしまい…僕達の手は、シアンに届く事は無かった。

 

「…そんな!!」

「くそ!! …ネームレス、どうしてここに!?」

「モニカから緊急の連絡が入ったのよ! 幸いと言っていいか分からないけど、情報を集め終わった帰りだったから、大急ぎでここに駆け付けたのよ!!」

 

 そういったやり取りをしている間に、メラクが用意していた第九世代戦車、その改良型が僕達の前に姿を現したが…

 

「こんな玩具で僕達を…!!」

「私達を止められると思わないで!! GV、スパークカリバーで合わせなさい! 本来ならコアを露出させて仕留めた方が消耗は少ないけど、今はそんな事言ってられないわ!!」

「了解っ…!」

「3…2…1…今よ!!」

 

――煌くは雷纏いし聖剣 蒼雷の暴虐よ敵を貫け

 

「迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)! 阻む壁は塵と還せ! スパークカリバー!!」

「はぁぁぁぁっ!! Λ(ラムダ)・ストライク!!」

 

 僕が放った雷の聖剣とネームレスの不可視の一撃が同時に第九世代戦車へと直撃し、コアのある頭部が跡形も無く消し飛び、その機能を停止させた。…その直後、通信機から、突如聞き覚えのない声が響いた。

 

「…やれやれ、我が社自慢の新兵器も君達には形無しだね」

「…誰だ」

「ふぅ、良かった…周波数はこれで合っているみたいだね。初めまして、ガンヴォルト、ネームレス。僕は紫電。 君達が倒してくれた能力者たち直属の上司さ。一応君達は、これまでうちのモルフォ(アイドル)の面倒を見てくれていたみたいだし…挨拶と、お礼くらいはさせてもらおうと思ってね…小切手でいいかい?」

「ふざけるなッ! シアンを返すんだ!!」

「…………」

「できない相談だね…彼女は今回のプロジェクトにかかせない姫巫女だ」

「プロジェクトだと…?」

「世界中の能力者を電子の謡精(サイバーディーヴァ)…彼女の歌で管理する――それが、僕が進めている「歌姫(ディーヴァ)プロジェクト」さ」

「…! 彼女の歌で能力者を洗脳する気か…!」

 

 かつて皇神は、彼女の歌を能力者の居場所を割り出すソナーのように使っていた事があった。彼女の歌は、能力者限定で他者の精神に同調(シンクロ)し、高める精神感応能力だ。その力を増幅し広範囲に拡散することで歌に共鳴した第七波動を検出する…そんな原理だったはずだ。確かにその技術を応用すれば、全ての能力者の精神を支配――洗脳することも可能かもしれないが…シアンが、皆を苦しめる歌は嫌だとあの時言っていた彼女がそんな事を望むなんてあり得ない。

 

「宗教に教育、マスメディア…洗脳なんて今日び、大して珍しいことじゃない。この国を守るためには必要なことなんだよ。テロリストの君達にはわからないだろうね…それじゃあね、二人共。モルフォ(かのじょ)のライブ配信、せいぜい楽しみにしておいてよ」

 

「待てッ!!」

 

 だが、通信はそこで途絶え、紫電に届く事は無かった。

 

「シアン…!」

「…行くわよ、GV」

「……シアンを助けに、ですね?」

「ええ、先ずはアシモフ達と合流して、情報を共有しましょう…GV、装備は大丈夫かしら? 後、()()()は無い?」

「…装備はこのままで大丈夫です。それに、()()()()()()()()()()()()は何時も身に付けていますから。…行きましょう、シアンを助けに」

 

 この後、僕達はアシモフと合流し、()()()と同じように「チームシープス」をネームレスを加えて再結成。そしてシアン達の行方が偶然、彼女が次のミッションの為に探りを入れていた「アメノウキハシ」である事が判明し、僕達は電子の謡精(サイバーディーヴァ)救出ミッションを開始するのであった。




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第四話

「では、ミッションの再確認だ。GVはその人工島を正面突破し。敵の陽動を頼む。その隙に我々が軌道エレベーターのコントロール施設をジャック…コントロールを奪い次第、軌道エレベーターを使ってGVを宇宙へと送り届ける。作戦名は電子の謡精(サイバーディ-ヴァ)救出ミッションとする」

「ニヒヒッ! そりゃあいいや! あの時抹殺しようとしたターゲットを今度は救出ってか?」

「…あの日から始まった電子の謡精を巡る戦い、我々の手で決着をつけよう。グッドラック!」

 

 そうして始まったこのミッション…この日の天気は吹き付ける雨風で――僕の心を映したかの様に、人工島の空は大きく荒れていた。シアンが攫われた。その事実だけで僕の心もこんな有様だ。…何時の間にか、彼女はこんなにも僕の心を占めていたのか。

 

「正面突破だけあって…流石に敵の数が多い…!」

「この風雨の影響で貴方の機動力は落ちているわ。ジャンプすると、風の影響をもろに受けてしまう…焦る気持ちもわかるけど…敵は無理して跳び越えずに、落ち着いて各個撃破した方がいいわ」

「しっかりしなさい。そんな有様ではシアンを助けられないわよ」

「GV…熱くなるなよ、負けるぜ? クールになれ、GV。お前ならこんなミッション1500秒以内に遂行できるはずだ…ってこりゃフラグか…失敬失敬。兎に角、普段通りのお前なら楽勝だってことだ」

「ネームレス…ジーノ…」

「善処するよ、ってか?」

「いや…ありがとう」

「GV…へっ…そういうのもフラグって言うんだぜ?」

 

 そう言った僕の心を反映してか、風がいつの間にか追い風に変わった。これならば…! そう思いながら僕は雷撃麟のホバーを有効活用しながらより遠くへと飛翔する。

 

「GV、助走もつければより遠くへとジャンプする事が出来るはずよ」

「まあ風向きが変わっただけだから、それはそれで、動きづらそうだけどな…っと、うわっ!?」

「シープス2!!」

「ジーノ!!」

「どうしたの、三人共!?」

「…ヒュゥー。危機一髪だったぜ。いやぁ、ちょっくら敵さんに見つかってよ。二人のおかげで助かったぜ」

「GVが心配なのはわかるが、注意は怠るな?」

「まあ、ミッションが終わったら追加の訓練は確定だけどね」

「悪かったよ…気をつけるぜ。それと、追加の訓練は勘弁してくれ…」

 

 ジーノ、無事だったか…僕はホッと胸を撫でおろし、先へと進んだ。その先には第九世代戦車の改良型…マンティスレギオンが二機立ち塞がったが、複数とは言え、今更こんな玩具に後れを取る事等あり得ない。

 

「僕を阻む者は…塵と返す…までだ!」

 

 コアを露出させ、そこにダートを撃ち込み雷撃麟による雷撃で致命傷を与え、撃破した。…これで二機目。

 

「よっし! やったようだな、GV! こっちも朗報だぜ? コントロール施設の制圧が完了した。いつでもお前を送り出してやれるぜ! 後はGVが軌道エレベーターに乗り込むだけだな!」

「了解、このまま突破する!」

 

 そうして先へと進んでいくと三機目のマンティスレギオンが姿を現す。

 

「二度あることは三度ある…確か、この国のことわざだったな…何度来ても同じだ…! こんな玩具、僕の蒼き雷霆が打ち砕く!」

 

 そうして僕の言葉通り、三機目のコアを露出させ、打ち砕いた。

 

「撃破完了」

「よっしゃ! あと少しで起動エレベーターだな!」

「ああ…皆の厚意、無駄にはしない! 待っていてくれ…シアン!」

「…………」

「…アシモフ、どうかした?」

「…! ネームレス、周囲を警戒していただけだ。問題は無い」

「…そう。まあここは敵の拠点。いつも以上に警戒するのは当たり前よね」

 

 そうして僕は遂に起動エレベーターへとたどり着いたのだが…

 

「あぁ~、君、やっぱり来ちゃったかぁ」

「…メラク! シアンをどうした?」

「…そんなの、もう軌道衛星(アメノウキハシ)に運んだに決まってるじゃん…はぁ…やれやれ、君がここに来たら邪魔するように紫電から言われてるんだよね。めんどくさいけど…生き返らせてもらった恩義は返さないとね…?」

「生き返らせて貰った…だと?」

「そうだよ? っていうかさー、君が殺したんじゃん。あー、でも深くは詮索しないでね? どうせ答えられないし。ま、企業秘密ってやつ? 大企業だからねー、皇神はさぁ。その辺もけっこーめんどくさいんだよねー」

「相変わらず…ふざけた奴め…シアンを連れ去ったお前を僕はゆるさない!」

「おー、こわこわ…! やだなぁ、僕はただ真面目にお仕事してるだけなのに…ま、いいや。こっちもキミとこれ以上お喋りするつもりはないし…疲れるしさぁ」

 

 ここは足場が悪い…とはいえ、相手は一度下したメラクだ。どういう原理で蘇ったのかは分からないが、既に行動も見切っており、動きも大差が無い様だ。負ける道理など、有りはしない!

 

「なら、再び眠っていろ…永久に…! 迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)! 蘇りし悪夢を討ち払え!!」

 

 そうして僕は順当に、特に消耗も無くメラクを倒すことが出来た。既にデータも揃っており、一度戦って勝利している以上、当然の勝利と言えた。

 

「GV! 無事なのね!」

「問題ありません…このまま軌道エレベータに乗り込みます」

「よかったわ…でも、あいつ…「生き返らせてもらった」って言っていたわね…」

「復活怪人とくりゃあ特撮ヒーローのお約束だが…そりゃぁ、いくらなんでも…なあ、リーダー…ん? って、あれ? リーダー…どこに行ったんだ…? ネームレスは知らないか?」

「…そういえば、いつの間にか居なくなっていたわね。とは言えジーノ、多分だけどその復活怪人と言う例え、当たりかもしれないわ。GVも聞いておきなさい」

「…どういうことだ、ネームレス?」

「以前、地下施設に居た「エリーゼ」って子を覚えているかしら?」

「地下施設…あの時の子か」

 

 エリーゼは確か生命輪廻(アンリミテッドアニムス)…自身限定とは言え、完全な蘇生を可能としている能力者の一人だ。

 

「あの時、二人に分かれて襲って来たってGVは言っていたわよね?」

「ええ、その通りですが…」

「実はあの後この地下施設をくまなく調べてみたのだけれど…()()()とも言える人格が存在している事が分かったのよ」

「…! 三人目、ですか」

「おいおい…ってことぁまさか」

「その三人目の人格が、メラクを蘇らせたって事なのね?」

「そう言う事よ。でも、この三人目は人格に問題があってとても危険な存在なのよね…だから恐らくだけど、この三人目の制御を皇神は可能とした可能性が高いわ」

 

 ネームレスの推測は多分合っているだろう。現にこうしてメラクが復活しているのだから。という事は、エリーゼを止めない限り彼らは何度でも復活する。

 

「元々そのつもりではあったけど、これは私も向かう必要があるわね…」

「…ネームレス?」

「私もGVと共に行くわ。 こうなった以上、GVには力を温存して貰わないといけない。それに、私も一緒に行けば()()()()()()でGVとの通信を維持出来るわ」

「ネームレス…そんな物を持っていたの?」

「虎の子の切り札だけどね…モニカ、これを渡しておくわ。これを普段使っている通信機に接続してくれれば、私が持っている通信機限定だけど、高度限界を超えての通信が可能となるわ」

「ありがとう、ネームレス」

 

 ここから先もモニカさん達の通信を受けられるのか…これは正直助かる。それに、ネームレスも付いて来てくれる様だ。ジーノは…流石に起動エレベータとモニカさんの守りもあるだろうから、残らないとダメだろうけど…そうして僕とネームレスは起動エレベータへと乗り込み、天空高く宇宙(ソラ)聳える施設「アメノウキハシ」へと向かう事となったのであった。

 

 

――――

 

 

 この世界の僕は恵まれている。何しろ七宝剣の能力者達と真っ向から再び戦う事となったとはいえ、僕とは違って各個撃破出来ていた上に、二人で一緒に対処する事が出来たからだ。最初に出て来たのは「ストラトス」…その次は「イオタ」…そして「デイトナ」。戦力の逐次投入と言う愚策をあえてしなければならなかったのは、僕の時とは違って連携する為の訓練をする時間が無かったからだろう。そして…

 

「キシャシャシャシャッ!!」

「誰だ!」

「シャシャシャ!! アンタガ、がんヴぉるとぉ? ソレニ…アタシのシラナイオモチャがいるぅゥ!」

「こりゃあ…やっぱりあの時の子かよ…それにしては随分と雰囲気が違うみたいだけどよ…」

「やっぱり…ネームレスの予想通り、今までの能力者はお前が蘇らせていたのか…エリーゼ!」

「ソウだヨォ~! アタシガァ…コウやってェ…」

 

 三人目の人格のエリーゼが力を行使したのだろう。紫色の力の柱が2柱出現し、その中から、オリジナルの弱気なエリーゼと、強気なエリーゼが現れた。

 

「はうぅ…生き返ってすみませぇん…」

「同じ顔の子が増えやがった! 本当に特撮の世界じゃねぇか!」

「…その姿、やはりまだ別の人格が居たのか」

「ウフフ…大正解。前に戦った時、死ぬ瞬間に「そいつ」の魂を逃がしておいたの…もっとも危険な人格(エリーゼ)…その魂の封印を解いたのよ。正直、一か八かの賭けだったわ…そいつはアタシも皇神も制御できない(ケダモノ)…でも、賭けはアタシの勝ち。だってアタシ達は、こうして蘇ったわ!」

「キシャシャシャシャ!! サァ、五人でアそボッカァ?」

「本当にジーノの言った通り、復活怪人だったわね…」

「改めて自己紹介といこうかしら。アタシはエリーゼ3」

「わっ…私は…オリジナル…エリーゼ1…です…はい…」

「そしてそいつがエリーゼ2…」

 

 エリーゼ3を名乗る彼女が、新しく増えた分身に目配せする。だが、エリーゼ2は獣じみた笑い声を上げるだけで、話を聞いている様子はない…この世界でも同様にこのエリーゼの人格は壊れている様だ。

 

「はぁ…そうね。こういうヤツだったわ。そいつ、アタシより先に造られたんだけど…コントロールできないからって暗示で封印されてたのよねェ…でも、ココにいるってことは…皇神の連中も、そいつの制御法見つけたのかもねぇ」

「シシッ! アタシはァ…シィ~ラなぁイィッ! キシシシシッ!!」

「…ふぅん…まあ、いいわ。本当の生命輪廻の力、とくと御覧なさい!」

「何であろうと、お前たちが僕の行く手を阻むのなら…葬り去るだけだ…!」

「フフフ…いいわぁその目…ゾクゾクしちゃう。それでも、きっと坊や達は、アタシ達…いいえ「そいつ」には勝てない…」

 

 このエリーゼ3の言っている事は残念ながらごく一部の方法を除いて正しい。エリーゼ2は一番能力の扱いに長けている。つまり、攻撃を当てても瞬く間に傷を直してしまうのだ。故に、この世界の僕では攻略する手段が無い。可能性があるとすれば、アキュラが持っているであろう疑似第七波動「対能力者用特殊弾頭(グリードスナッチャー)」。これ位だろう。

 

「GV…」

「何ですか、ネームレス」

「貴方は先へと向かいなさい。ここは私が何とかするわ」

「おいおいネームレス。大丈夫なのか? ただでさえ人数的に不利なのによ」

「大丈夫よ。対抗できる手段が複数あるから」

「本当に? でもネームレス、今までの攻撃は全て当たった瞬間に回復されてしまっているけど…」

「GVが居ると巻き込まれてしまう可能性があるのよ…貴方の役目はシアンを助ける事よ。手遅れになる前に急いで頂戴。私の方は大丈夫だから…それとこの通信機を預けるわ。後で返してもらうから、壊しちゃダメよ」

「ネームレス…分かりました」

「…分かったわ。気を付けてね、ネームレス」

「…気を付けろよ、ネームレス」

 

 そうして僕はこの世界の僕を先へと送り出し、彼女達の前へと立ち塞がった。…さて、実際に何とか出来る方法はある。それはダメージに関係無く「即死」させる事。…今ならば僕の世界のシアン達を表に出せるはずだ。ならば…

 

「ふふ…エリーゼ2の力はアタシたち以上…完全な蘇生を可能としているの。坊やでも無理だったのに、貴女一人で何が出来るのかしら?」

「生憎、私は一人では無いわ。…今まで表に出せなくてごめんなさいね。出番よ! ()()()()()()()()!!」

『いよいよアタシ達の出番ね! 待ってたわよ、G…ネームレス!!』

『即死攻撃なら…モルフォ、合わせて!』

『『()()()()…「アリス」!!』』

 

 姿を現した二人が呼び出したのはペルソナ4におけるアルカナの「死神」に属する上位のペルソナ「アリス」だ。そしてペルソナシリーズのアリスと言えば、()()()()()()()が余りにも有名だ。…それにしても、このアリスは僕の知っているアリスと瓜二つだ。そう、僕の世界に居たパンテーラから生まれた彼女に。

 

「呼んでくれてありがとう、()()()。ふぅん…この子達がターゲットね? 何か要望はあるかしら?」

『…呼んだのはアタシ達なんだけど…』

『それよりも、どうして貴女が出てくるの!?』

「ふふふ…細かい事を気にしてはダメよ、二人共」

 

 …どういった原理なのかは不明だけど、この場に居る彼女は間違いなく僕の世界のパンテーラから生まれた「アリス」だ。後から聞いた話なのだが、二人が呼び出す際のイメージによってペルソナはその在り様が変わるとの事。つまり、二人にとっての「アリス」は彼女なのだろう。記憶も彼女を送還した後にアリス本人に残るらしい。本当に、どういった原理なのだろうか? まあそれは兎も角…

 

「可能ならば、オリジナルのエリーゼ…あの弱気の彼女は生かしておいて欲しいのだけれど…出来るかしら?」

「ええ、十分に出来るわ。それに、他ならぬお姉様のお願いですから…じゃあ貴女達二人共…」

 

 アリスの行おうとしている行為に対して、エリーゼ2とエリーゼ3は自身を取り巻く悪寒を感じたのだろう。迷わずモルフォの呼び出したアリスに飛びつき彼女の行おうとしている事を阻止しようとしたのだが、アリスを呼び出してからずっと足止めに専念していた僕を突破する事は出来なかった。故に…

 

()()()()()()()

「キシャ…」

「ぁ…」

「……え?」

 

 こうなるのは分かり切った結末であった。そう、これがペルソナ「アリス」が得意とする高確率の即死効果を持った魔法攻撃スキル、「死んでくれる?」だ。その無垢なる呪言により二人は命を終え、姿も崩れ落ちた。その事実にオリジナルのエリーゼは理解が追い付いていない。その隙に僕はこのエリーゼを当て身で気絶させ、記憶の処理を済ませた後に壁によりかからせる形で()()()()()()()()

 

「じゃあお姉様、また会いましょう?」

「ええ、また今度ね。シアンもモルフォもありがとう。彼女を呼び出してくれて」

『いいのよ。アタシはネームレスの役に立てればそれでいいし…でも、良かったの? エリーゼの事、見逃しても』

「ええ。そうしないと()()()()()()()事が出来ないでしょう?」

『…紫電が居ないと、この国の国防が成り立たないから…だよね?』

 

 この世界の僕は順当にいけば紫電と戦い、勝利を収めることが出来るだろう。だけど、そうなるとこの国の収拾が付かなくなってしまう。彼のそのやり方は性急に過ぎるが、シアンを犠牲にしている事以外は決して間違ってはいないのだから。そうして僕はこの世界の僕と合流しようと先へと進んだのだが…

 

「この辺り一面…戦闘痕が多いわね…」

『この抉れ方…アキュラの使ってた「ミリオンイーター」みたい』

『こっちは「ブレイジングバリスタ」っぽいわね』

「これは…ダート。つまり、ここでこの世界の私とアキュラと戦闘があったという訳ね」

 

 という事は…今からアキュラの行方を追えば、何故アシモフがシャオの言った通りの事を仕出かしてしまったのかが分かるかもしれない。何故なら、アシモフはアキュラから銃を奪い取っていたからだ。幸い、この世界の「アメノウキハシ」の構造の変化は無い。だとすれば、アキュラの侵入経路であり得るのはこの施設の資材搬入口。確か彼は小型宇宙艇を所有していた筈。十分あり得る話だろう。

 

「急ぎましょう。それとシアン、モルフォ、また姿を眩ませてくれないかしら? アシモフと鉢合わせする可能性があるから」

『うん…頑張ってね、ネームレス』

『ええ、さっきは頼ってくれてありがと。ネームレス』

 

 そしてシアン達は姿を電子のサイズへと戻り、僕は姿を消しながら資材搬入口を目指した。そして僕がそこにたどり着いた時、アシモフがアキュラの小型宇宙艇のコックピットをのぞき込んでいた処であったのだった。




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第五話

「このマシン…ビークルか? 皇神のデザインでは無い様だが…怪しいな(サスピシャス)……疑わしきは破壊しておくべきか」

 

 アシモフは小型宇宙艇のコックピットに銃口を突きつけ、破壊しようとトリガーを引こうとした。その瞬間、満身創痍の姿のアキュラが注意を逸らすように声を上げ、アシモフに突撃(チャージ)を仕掛け、弾き飛ばした。こうして二人の突発的な戦闘が始まった。

 

「焼き尽くせ! 憤炎の怒弓(ブレイジングバリスタ)!!」

「ッ! …その攻撃と兵器(ウェポン)――GVのレポートとネームレスの情報にあった無能力者か。まさかこんな場所にまで来ているとはな」

「…お互いの情報は伝わっているという事か」

 

 そうして戦いは進んでいく…アキュラが手早くウェポン・カートリッジを変更し、嫉視の蛇眼(ジェラシックゴルゴン)を発動させるが、アシモフは目を瞑りながら接近する事で対処し、右手でエクスギアをがっちりと掴み、強引に砲門から放出される光をそらした。

 

「くっ!」

「貴様の言った通りだ、無能力者。お互いデータは伝わっている!」

 

 その瞬間、アシモフは左腕で能力を抑える機能を持った色眼鏡を外すと、彼の瞳が白く濁った。そして、エクスギアを掴んだ拳から()()()()が迸る――次の瞬間、エクスギアにあった装甲とその下にあった砲門が砕け散った。

 

「貴様、その能力(チカラ)は……!」

「我等が第七波動をコピーできる無能力者等…なんて危険(デンジャー)な存在だ…我が蒼き雷霆(アームドブルー)を持って裁き(ジャッジ)を下す!」

 

 アシモフの体から青白い雷撃が迸った。それを見たアキュラは即座に体制を立て直し、エクスギアを反転させ、まだ無事であった砲身をアシモフへと向けた。

 

「食らい尽くせ! 幾百万の捕食者(ミリオンイーター)よ!」

 

 エクスギアの砲門から羽虫を模した光の群体がアシモフを取り囲み、食らい尽くそうとしていたが…アシモフの体が残像となってブレた。そう、あれは電磁結界(カゲロウ)。生半可な攻撃ではアレを突破する事は叶わない。

 

無駄だ(インポッシブル)。カゲロウがある限り、どんな攻撃も私を捉える事は出来ない」

「だろうな。だが、目くらましにはなる」

 

 そうしてエクスギアを持っていない手にあった銃のトリガーを引いた。そこから飛び出したのは黒いエネルギー球。そう、対能力者用特殊弾頭(グリードスナッチャー)だ。先に放たれたミリオンイーターをかき消しながら突き進む異様な光景に嫌な予感を感じたアシモフは間一髪で直撃を避けることが出来た。が…完全に躱す事は叶わず、肩にそのエネルギー球を掠める事となってしまった。

 

「これは……ぐぅっ……!」

「それが人類(俺達)の英知だ。……その弾丸は奴等のレポートには無かっただろう? …滅びろ、能力者(バケモノ)が!」

 

 そうして膝を付いたアシモフに狙いを定め、僕はここまでだと思い飛び出そうと思っていたが、アシモフは起死回生の一手を繰り出した。

 

――滾る雷火は信念の導  轟く雷音は因果の証 裂く雷電こそは万象の理

 

「くそッ! ヴォルティックチェーン!」

 

 アシモフの足元の空間から雷撃を帯びた鎖が伸び、アキュラの銃を弾き飛ばした。そして、そのまま伸びた鎖がエクスギアを、アキュラの体を絡め取っていく。

 

「うおおおおおおッ!!!」

「ぐああああああッ!!」

 

 アシモフの咆哮に呼応するように鎖の帯びた雷撃は勢いを増し、強烈な稲光と共にアキュラを締め上げていく。そしてアシモフはゆっくりと立ち上がり、転がったアキュラの銃を拾い上げる。

 

「無能力者風情が、こんな…こんな物を……!」

「やめ……ろ…穢れた手で、その銃に触れるな……!」

「そんなにこの銃が好きならば、この銃で死をくれてやろう……デッドエンドだ!」

 

 …何となく、分かった。何故アシモフがシャオの言う通りの事を仕出かしたのかを。アシモフの過去、この「アメノウキハシ」の施設、憎むべき無能力者、能力者の天敵とも言えるグリードスナッチャー、そしてこの施設を生かす為の電子の謡精(シアンの力)…これらが複雑に絡み合った以上、アシモフに魔が差す理由として十分すぎるだろう。

 

 アシモフは過去の経験から、無能力者を憎んでいる。だけど、全てを憎んでいるのかと言われたら、そんな事は無いだろう。何しろ同じチームシープスのメンバーのモニカさんは無能力者だ。本当にそこまで憎悪していたのであれば、彼女をチームに引き入れるなんて事はしないはずだ。

 

 だけど、今回の出来事でアシモフは明確な危機感を得た。そう、グリードスナッチャーだ。あれは無能力者でも安易に扱える。実際に僕だって渡されて直ぐに扱う事が出来たのだから。アレが量産されれば、能力者達はどうしようもないと言える程に不利を強いられる。ならばそうなる前に無能力者達を殲滅する必要がある。

 

 だけどどうやって? そうだ、方法はあるじゃ無いか。ここにある施設と電子の謡精を使えばいい。そう考えても不思議では無い。そして、そんなアシモフの誘いをこの世界の僕が乗るとは思えない。何故ならば、皆を苦しめる歌を歌いたく無いと言ったシアンがそれを望む事は無いからだ。…そう考えている内に、アシモフは銃をアキュラに突きつけ、トリガーを…

 

「アキュラ様!!」

 

 引く寸前に、小型宇宙艇内部に潜んでいたであろうノワが飛び出し、アシモフに飛び蹴りを放った。

 

「アホ()使()直伝、メイドキック!」

「チィッ!」

 

 まだグリードスナッチャーの影響が残っているであろうアシモフは回避せざるを得ず、その予期せぬ乱入によって集中力を乱した為、ヴォルティックチェーンの(ビジョン)にノイズが走り、僅かに揺らいだ。そして、その隙をノワは見逃さず、彼を鎖から引きずり出した。その瞬間。大きな音と共にエクスギアが砕け散った。

 

「今は引きましょう。緊急時につきご無礼をお許しください」

 

 アキュラを軽く持ち上げ、小型宇宙艇に乱暴に放り投げた後、ノワも操縦席へと乗り込んだ。アシモフも逃がすまいとハンドガンを放ったが、小型宇宙艇の外壁を傷つけるだけで、最終的に内側からアメノウキハシの外壁をぶち破り、宇宙空間へと飛び出した。

 

(やっぱり、天使も本当に居るみたいね。…そんな事を考えている場合じゃ無かった。とりあえず、事の顛末は把握したわ。先ずは…GVの所へ急ぎましょう。あの施設を破壊しなければ)

 

 そうして紫電が居るであろう場所へと向かった。その道のりではこの世界の僕が急いでいた為相手にしなかったのであろう忍者兵が居たが、帰りの事も考え始末しながら先へと進んでいき…その先の部屋には、生き返っていたであろうカレラが立ち塞がった。

 

「…ここで貴方が立ち塞がるのね」

「ふむ…貴殿が噂に聞くネームレスなる女で候か…貴殿の噂は紫電殿から聞いているで候。何でも、ガンヴォルトと並び立つ程の強者(つわもの)だと…」

「…だったらどうするの?」

「戦うに決まっているでござる! そう! 死してなお、小生の渇望は埋まっておらぬ! 小生が欲するは更なる力ッ!! あのガンヴォルトを屠る程の力よ!! ネームレスよ! 貴殿も小生の力の礎となるがよい!」

 

 カレラが相手である以上、今の姿の戦い方でもまともにやり合えば勝てはするが時間を多く取られてしまう。…あの手で行こう。僕は波動の力で偽装したダートリーダーを取り出し、カートリッジを「ナーガ」にセット。こうする事で同じく髪飾りとして偽装済みの「ディヤウスプラグ」と合わせ、ナーガのチャージショットの威力を爆発的に跳ね上げることが出来る。そして予め装備していた「底力のレンズ」×2と組み合わせ…

 

(後は、チャージ完了後に意図的にオーバーヒートを引き起こす! ディスチャージングダウン*1!)

「ぬぅ…? 貴殿のその第七波動の気配…!」

「生憎だけど、今は貴方の相手をしている時間は無いの!」

 

 そう叫びながらカレラへと接近し、ゼロ距離からあらゆる方法で威力を増幅させたナーガのチャージショットを浴びせ、カレラを沈黙させた。

 

「…ごめんなさいね」

 

 彼からすれば、生き返ってもまともに戦う事も出来ずに再び死んでしまったのだから、正しく残念無念な結果だろう。だけど先に言った通り、僕には時間が無い。早くこの世界の僕と合流しなければ。そうしてその先へと進み、奥の部屋へと突入し待っていたのは、ズタボロになっていたこの世界の僕と、助け出されたシアンの姿と、倒れ伏した紫電の姿があった。

 

「GV! シアン!」

「ネームレス…無事でよかった」

「優奈さん!」

「ネームレス、無事でよかったわ」

「あの三人のエリーゼ相手によく無事だったな!」

 

 僕が貸した通信機からモニカさんとジーノの声が聞こえてくる。外の二人も健在な様で何よりだ。だけど、それよりも先ずは…

 

「大分消耗してしまっているみたいね、GV、それとシアンも」

「ええ…流石に紫電を相手に出し惜しみは出来ませんでしたから」

「モルフォが最後に助けてくれたから…」

「となると、此処の施設の破壊は私が担当するべきね」

「…施設の破壊?」

「シアンちゃんを救出したんだから、さっさと引き上げた方がいいんじゃねぇか? 長居は無用って言うだろ?」

「…施設を残してしまったら、()()()()が利用する可能性があるでしょう? そうしたら、また彼女は狙われる事になるわ…とはいえ、ジーノの言い分も一理あるわ。GV、ここに来るまでに露払いは済ませてあるから、シアンを連れて先に脱出して頂戴。私はこの施設を完全に利用できなくしてから脱出するから」

「了解」

「後は応急処置を済ませて……これでよし。撃ち漏らしがあるとは思えないけど、万が一って事があって思わぬ伏兵相手にシアンを守れませんでしたでは恰好が付かないわ。それと通信機、返してもらうわね」

 

 そうして僕は通信機を返してもらい、この世界の僕に対して応急処置を済ませた後、貸していた通信機を返却して貰ってから二人を送り出した。

 

「…ははーん。ネームレス、()()()()()かよ」

「GVの安全を考えるとまだ通信機は渡したままの方がいいと思ったけど…気を聞かせて二人きりにしてあげたかったのね」

「…まあ、そんな所よ。先にも言った通り露払いは済ませてあるから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。GVには応急処置を済ませたから通常戦闘は問題無い状態にしたし、最悪生き残りが居たとしてもシアンを守り通せるはず」

「そうだな。あん時の消耗しきったGVなら兎も角、今なら大丈夫だろ。こう言った状況下の訓練だって受けてるし」

「とは言え、施設の破壊に時間をかける理由にはならないわ。…二人がどんな会話をしてるのか、興味無い?」

「興味はあるけどネームレス…」

「うひひ、そりゃあいい! じゃあこんな施設さっさと壊して出歯亀と洒落込もうか。「陽炎」の二つ名、期待してるぜ!」

「もう、ジーノったら…」

 

 そうして私は波動の力による不可視の力でここにある施設の全てをデータのサルベージも出来ない程に破壊した後、即座に姿を消してこの世界の僕の後を追いかけ、その姿を捉えた…まだアシモフと遭遇してい無い様だ。二人の会話が聞こえてくる。

 

「GV、その首のペンダント…付けてくれてたんだ。何も効果、無い筈なのに」

「…確かに明確な効果はシアンの言う通り無いのかもしれないけど…このペンダントを付けていると、何処からか力が湧いてくる気がしたんだ。それに、紫電との戦いで一度倒れた後、普段よりも明確に君の歌が聞こえた。だから僕はこのペンダントを選んで良かったって思っているよ。ありがとう、シアン」

「GV…」

(…いい雰囲気になっているわね)

(何だか、見ているこっちがお腹いっぱいになりそう…)

(…俺も彼女欲しいなぁ)

 

 そんな風に二人の会話を聞きつつこっそりと護衛をする形で後を追い…そして、遂に来るべき時が来た。そう、アシモフとの遭遇だ。

 

(おいおい、居なくなったと思ったらこんな所に…やっぱりGVの事が心配だったんじゃねぇか)

(…でもアシモフ、何処か様子がおかしい様な)

「何で、貴方がここに…」

「ご苦労だったGV…それにシアン。 紫電を倒すとは…お前たちこそ、新たなる時代の(キング)女王(クイーン)に相応しい」

「何を…言っているの…?」

「この騒動で皇神は混乱している…今が絶好のチャンスなのだ」

「アシモフ…?」

 

 突然のアシモフの出現とその予想外の言葉に、二人は、それ所かモニカさんとジーノも理解が追い付いて無い様だ。

 

「GV、お前はフェザーを離れ私が想像した以上に成長したようだ。フェザーに戻って来い、GV。今ならその少女(シアン)にも居場所はある。シアンの歌と、この衛星拠点…そして、お前の力があれば…愚かな皇神や、無能力者どもを地上から一掃することも可能だろう」

「!?」

(おいおい…冗談キツイぜ)

(嘘でしょ…アシモフ…)

「私はフェザーを設立し、この日が来るのをずっと待ち望んできた…今こそ、我ら能力者が「自由」の名の元に立ち上がる時が来たのだ。さあ来い、GV、シアン。共に自由ある世界を勝ち取ろう」

「GV……私は…」

 

 怯えた瞳で、シアンがこの世界の僕を見つめている。そして、このアシモフの発言にジーノ達もショックを隠し切れ無い様だ。特にモニカさんは完全に顔色が真っ青だ…だけど、アシモフが言う様にこの世界の僕は成長しており、シアンの(チカラ)として、彼女の前に立ち塞がりながら真っ直ぐに前を見据えていた。

 

「大丈夫だよ、シアン…心配しないで…アシモフ…あなたには返しきれない恩がある。僕を皇神の研究所から救い出し、育ててくれた――その恩を忘れるつもりはない…だけど! それが…そんな物が、貴方の野望だと言うのなら…あの紫電や、アキュラと同じだ! シアンを利用するつもりなら、僕が止める…!」

「そうか残念だよ…GV…デッドエンドだ」

「それは…アキュラの銃!」

「ここに来る途中に居た無能力者から奪っておいた。奴と争った際に私も一発かすってしまったが…驚いたよ。どうやら、こいつの弾丸には我々能力者の第七波動を阻害する効果があるらしいな…いかにお前といえど、無事では済むまい」

「…仮に僕がここで倒れても、貴方の野望はもう叶わない!」

「…何?」

「何故なら、もうここの施設は今頃ネームレスに破壊されているからだ! 彼女は言っていた。「施設を残してしまったら、他の誰かが利用する可能性がある」と! …今ならまだ間に合います。そんな馬鹿な事はやめて、一緒にモニカさん達の所へ戻りましょう!」

 

 アシモフは施設を破壊された事もあるだろうけど、それ以上にモニカさんの名前を出された時、僕やジーノ達でも分かる程に少し狼狽える素振りを見せた…やはり、この世界でも彼は無能力者は憎くても、彼女は憎からず想っているのだろう。

 

「……ネームレスめ、余計な事を…とは言え、GVとシアンの協力が得られない以上、プランの修正(リビルド)が必要か…」

 

 そう言いながら、この世界の僕に向けて銃を突きつける…やはり、施設の破壊程度では彼の暴走を止める事は出来無い様だ。

 

「……アスタラビスタ(サヨナラだ)…GV」

(やめて、アシモフ!)

(GV! …畜生、あれじゃ避けられねぇ!)

 

 そう、アシモフが呟きながらアキュラの銃のトリガーを引き、その銃から放たれた黒いエネルギー球は真っ直ぐにこの世界の僕の胸元へと吸い込まれていった…この世界の僕は避ける素振りをしなかった。いや、()()()()()()。何故なら射線上にはシアンが居たからだ。彼女の前に立ち塞がると言う形が、こうして裏目に出てしまったのだ。こうしてシャオの言う悲劇が起こったのだろう。そして彼の言う通り、この状況を放置する事等出来るはずの無い僕は……

 

「そこまでよ」

 

 アシモフの暴走を止める為に、黒いエネルギー球を波動の力で弾き飛ばしながら姿を現したのであった。

*1
意図的にEPエネルギーを拡散させ、オーバーヒート状態となるスキル。SPを消費しない。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第六話

「この銃の能力を阻害する力を弾いただと…どういうマジックだ? ネームレス?」

「今の貴方に応える義理は無いわ」

 

 …正直、僕はもう助からないと覚悟を決めていたのだが、施設を破壊していた筈のネームレスがあの能力を阻害する弾丸を弾き飛ばしながらこの場に姿を現したのだ。そういえば、ネームレスの扱う不可視の力…あれは一体何なのだろうか? あの黒いエネルギー球は雷撃麟でも、カゲロウでもどうしようもなかったと言うのに。

 

「GV、話は全て聞かせて貰ったわ…私もGVと同じ意見よ。貴方をこのままにはしておけない」

「ネームレス、いつの間に…」

「施設を破壊している途中で胸騒ぎがしたのよ。だから急いで済ませてここまで急いできたの。そうしたら案の定よ…アシモフ、悪い事は言わないわ。このやり取りを無かったことにして、ここから帰還しましょう…私達二人相手では分が悪い筈よ」

「「アシモフ…」」

「この声は…モニカ、それにジーノか」

「お願いよ、アシモフ…そんな馬鹿な事を考えるのはやめて!」

「そうだぜ! アシモフらしくねぇ! ここは四人で俺達の所へ帰って大団円って流れだろうがよ!」

 

 モニカさんとジーノの悲痛な叫びがネームレスが持つ通信機から流れ出してくる。少なくともこのアシモフの企みはネームレスは勿論、モニカさんやジーノにも伝わってい無い様だ。これでアシモフの企みは突発的な物であると証明する事が出来た。

 

「…惜しいぞ、GV、ネームレス。お前達の力ならば、新たな時代の先駆者(パイオニア)となれただろうに…それにジーノ、モニカ…もう、私は止まる事は出来ん。能力者達に明確な危機が迫っている以上は!」

「明確な…危機だって!?」

「そうだGV…お前もあの無能力者(アキュラ)と対峙していたならば分かっている筈だ! この銃が我等能力者達にとって、どれだけ危険(デンジャー)な物なのかが!」

「それは…!」

 

 確かにその通りだ。あの銃は僕も直撃は避けはしたが、少しでも掠ればたちまち力が拡散してしまうのだ。それが直撃でもしてしまえば…この場に僕がこうして立っている事は無かっただろう。だからアシモフの言いたい事も理解は出来る。この銃が量産されれば不味い。そう言う事だろう。だけど…!

 

「無能力者達全てがアキュラみたいな人達ではないでしょう! モニカさんを含めたフェザーにだって無能力者は居るんだ! それを知らないだなんて、言わせはしない!」

「アシモフ…貴方は魔が差してしまっただけなのよ。この施設、シアンの力、アキュラの存在、この銃の力…貴方がそう言った考えに至った理由はこの辺りから察しは付くもの。今滅ぼさないと、次の機会が無い。そう考えているのでしょう? …だけど、それをしてはいけない。そんな事をしてしまえば、本当に取り返しが付かなくなってしまうわ」

「GV、ネームレス…やはり、敵対をやめぬか…」

「いいえ、これは敵対では無いわ。過ぎた危機感に捕らわれた貴方の目を覚まそうとしているだけよ! …その銃も結局は人の手で作られた物よ。ならば、当然対策だって出来るわ! 今の私が防いだように!」

「……ならば、その力を私に示して見せろ…はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 アシモフが普段付けている色眼鏡(サングラス)を取った直後、白い稲光が彼の周囲に迸った。あの光は…まさか僕と同じ…!

 

「その力は…!」

「アシモフ…マジかよ!」

「蒼き…雷霆?」

「迸れ、蒼き雷霆よ(アームドブルー)…我が敵を貫き滅ぼせ…!」

「………」

 

 ネームレスを除いた僕達全員が、アシモフの能力に驚愕していた。当然だ。何故なら、アシモフは僕達にもどういった能力を持っているのかを語る事は無かったからだ。思えば、僕の能力の詳細に詳しかったり、装備が用意されていたりと、何処か腑に落ちない所があった。その理由がこれだったのか。

 

「驚いている様だな、GV…雷撃の第七波動(セブンス)がお前だけの物だと思っていたのか? …折角だ、戦いを始める前に、モニカ達も聞くといい……かつて、南米の奥地で世界で最初の第七波動能力者が発見された――その者の第七波動は、電子を自在に操る蒼き雷霆…雷撃による高い戦闘能力と電磁場を利用した機動力…そして何より、電子技術が支配する現代社会において、あらゆる電子機器を意のままに操れる雷撃の第七波動はまさに究極の能力」

「究極…ね。確かに、言われてみればその通りだぜ。GVを見てれば嫌でも分かるしな」

「その通りだ、ジーノ…当時、旧来の発電方法に限界を迎えていた皇神(スメラギ)の連中は、新たなエネルギー資源のキーとしてこの力に目をつけたのだ。皇神はエネルギー研究のため、雷撃能力者を量産する計画を打ち立てた。始まりの能力者から雷撃の能力因子を複製(クローニング)し、他の実験体へ移植するプラン――「プロジェクト・ガンヴォルト」」

「プロジェクト…ガンヴォルト…じゃあ、GVの名前の由来って…ここから?」

「その通りだ、モニカ…だが、雷撃の能力因子に適合する者は極めて少なく、生きた成功例はわずか二名…その成功例が、この私とお前というわけだ」

「……アシモフ」

「GV…私もお前と同じ境遇だ。お前ならば分かるだろう? 世界は偏見に、差別に満ち溢れている…力無き無能力者達が、いかに我々を迫害してきたか…能力者と無能力者は、決して相容れることは出来ない――あの男(アキュラ)は、正にこの世界の無能力者達の代表と言えるだろう……ならば、滅ぼすしかあるまい?」

「じゃあ、モニカも始めとしたフェザーに居る無能力者達も滅ぼすの?」

「ネームレス…それは……」

「答えられないわよね? …これ以上はもう言葉を交わす段階は過ぎているわね。ここからは…貴方の言った通り力で示しましょうか…はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そう言いながら、ネームレスが対となっていた片側の髪飾りを外し…その力を開放した。その解放された第七波動に僕やジーノ達だけでは無く、アシモフも驚愕した。何故ならば、その体からは僕やアシモフと同様に稲光を纏っていたからだ。それも、僕と極めて酷似した物を。

 

「その第七波動パターンは…! あり得ん、蒼き雷霆だと!?」

「…突然だけど、並行世界って概念を知っているかしら? 異なる世界、もしもの世界…簡単に言えばそう言った物よ。そして私は…とある目的があってそんな極めて近く、限りなく遠い世界からこの世界へと来た存在なのよ」

「つまり、ネームレスの正体って…」

「おいおい、超展開過ぎてついて行けねぇぞ!」

「そこの世界では、私はこう呼ばれていたわ。「蒼き雷霆ガンヴォルト」…と」

 

 ネームレスが、異なる並行世界の僕だって!? だけどこの第七波動…紛れも無く蒼き雷霆の物…それも、僕の物と輝きも、波動の流れも酷似し過ぎている。

 

「優奈さん…」

 

 シアンが恐る恐るネームレスに声を掛けた…今にして思えば、ネームレスと言う名前は、この世界では「名無し」だからそう名乗っていたのだろうと推測できる。そして、彼女の居た世界にも、シアンは居たのだろう。ネームレスは彼女にとても良くしてくれていた。料理を教えたり、それ以外にも勉強を見たりと…

 

「シアン…ごめんなさいね、今まで本当の事を話せなくて…詳しい話は、この戦いが終わってからよ。GV、準備はいいわね?」

「……ええ、詳しい話はこの戦いが終わってからにしましょう。今は力を貸して欲しい。貴女の…異なる世界の蒼き雷霆()の力を」

 

 ネームレスはシアンに対して優しくそう答え、僕に準備を尋ねて…そして戦いは始まった。開幕、アシモフはアキュラの銃を僕達に対して猛烈な勢いで連射した。これはネームレスに「あの時弾いた力が偽りでは無い事を見せて見ろ」と言いたいのだろう。それとは対称的に、ネームレスから散発的にスパークしていた蒼き雷霆の光が沈静化していき…

 

「いや、違う! ネームレスの体内から凄まじいEPエネルギーを感じる!」

「あの不可視の力の…「陽炎」の二つ名の正体が、まさか蒼き雷霆だったとはな!」

 

 僕とアシモフの発言を肯定するかのように、ネームレスはアシモフの放った黒いエネルギー球を全て弾き飛ばし、無力化した。

 

「お前が蒼き雷霆の能力者である事は間違いは無い…この第七波動パターンは完全にGVと一致している。 なのに何故能力を拡散させるこの弾丸を防げる…何らかの力を、私の知らない力を、蒼き雷霆で増幅しているのか?」

「…流石はアシモフね…ほぼ正解よ。とは言え、これ以上の情報は戦いが終わった後に話をさせてもらうけど」

 

 何らかの力を増幅させる…そう言えば、僕が扱えるスキルに「アルケミィライズ」と呼ばれるスキルがある。これは蒼き雷霆で「五行の金の気を高める」事で拾得物の効果を引き上げるスキルなのだが…ネームレスは恐らく、蒼き雷霆でこの五行の金の気以外の何らかの力を増幅させて、あの不可視の力を行使しているのだろう。

 

「ならば…フッ…ハァッ!」

「ッ! GV、私に合わせて雷撃麟を!」

「相殺するんですね、了解!」

 

 アシモフが雷撃麟を纏いこちらに突撃して来るが、それを僕とネームレスの雷撃麟で相殺。アシモフをオーバーヒートに追い込んだ。そして、僕達はトドメのSPスキルをアシモフへと…

 

 

「ぐぅ…GV…ネームレス…」

 

――煌くは雷纏いし聖剣 蒼雷の暴虐よ敵を貫け

 

「「迸れ、蒼き雷霆よ(アームドブルー)! スパークカリバー!!」」

 

 放ったが、僕達の雷の聖剣の切っ先はアシモフを捕える事は無く、目の前で寸止めされていた…ネームレスも、僕と同じ事を考えていたようだ。

 

「勝負ありだ。アシモフ」

「私達の勝ちよ。文句は言わせないわ」

「……フッ、甘いな」

 

 そうアシモフが呟いた…この第七波動の急速な高まりは…!

 

「絡め取れ! ヴォルティック……! 何だと!」

 

 恐らくアシモフはヴォルティックチェーンを放とうとしたのだろう。だけどその瞬間、背後から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が出現し、アシモフを逆にその身から放たれた鎖で瞬く間に拘束してしまった。

 

『言ったでしょ、此処までだって』

『油断大敵だよ、ネームレス』

「だから後詰めを頼んだのでしょう? ()()()()()()()

 

 シアン…? シアンだって!? やっぱり、ネームレスの居た世界でもシアンは居たのか! だけど、何処か僕の知っているシアンとは違う感じがする。何と言えばいいのか…まるで、モルフォと同じように第七波動その物になっている様な…

 

「ぐ…この第七波動パターンは…電子の謡精に限りなく近い……この状況では認めざるを得ん…流石だ、GV、ネームレス…その力、お前達こそ、新たなる世界の先駆者に相応しい…」

「…そんな物になるつもりは無い…僕はただ、アシモフを止めたかっただけだ」

「私も同じよ。ただ貴方が過ちを犯すのを止めたかっただけ」

「ああ、そうだろうな…ネームレスもGVと同じように随分と甘い性格をしているからな…まあ、別世界のGVであると分かってしまえば、納得はいくのだが……私が何もしなくても、能力者の台頭は止められん。私は勿論、力を持っているお前達も、その流れに抗うにしろ、乗るにしろ、いずれ…逃れられぬ戦いに巻き込まれていく事になるだろう」

「……」

「…確かにその通りになってしまうわね」

 

 ネームレスがアシモフの言葉を肯定している…つまり、この場は何とかなっても、近い将来、再び僕達やシアンが戦いに巻き込まれるという事だ。だけど、ネームレスの次の発言で、アシモフの言う戦いの定めから逃れられる希望を見出す事となる。

 

「だけどアシモフ、忘れてないかしら? 私は()()()()()()()()()()()よ。当然、既に元の世界に帰る手筈も整えてあるわ」

「…何が言いたい、ネームレス」

「取引よ、アシモフ…()()()()()()()()()()()()()フェザー構成員を含めた貴方達全員、この世界から脱出して私の世界の帰還に相乗りしてもいいのだけれど、どう?」

 

 

――――

 

 

「ねぇGV」

「ん、どうした? シャオ」

「最初さ、あの世界のフェザー構成員全員を連れて行くなんて無茶な事言いだして、如何しようかと僕は頭を抱えてたけどさ…」

「うん」

「まさか、テラフォーミングが終わった火星への()()()()()()にしちゃうなんて…ひょっとして、最初から狙ってたの?」

「パンテーラ達が兎に角開拓者の人員が足りないから、もし当てがあるなら何とかして欲しいってお願いされていたからね…あの世界の僕達をこのまま放っておいて帰還してしまったら、彼等は向こうの世界の戦いの渦に巻き込まれてしまう。もうそれを放っておけないくらい、向こうのフェザーにも愛着が付いてしまったんだ」

 

 だから僕はこの提案を持ち掛けた。僕達の世界のテラフォーミングを済ませた火星の開拓者として生きていくつもりは無いかと。僕達の世界は少なくとも向こうの世界と違ってもうそう言った大きな戦いが起こる事は無い。何故なら皆宇宙開拓と言う新たな希望を見出しているからだ。

 

 火星も既に開拓の拠点とも呼べる所は完成しており、ネット環境も既に地球と繋がっているし、衣食住の問題も全てクリアされている。ここに向こうの世界のアシモフ達を案内した時、彼等は火星の開拓拠点のスケールの大きさに唖然としていた物だった。

 

 だけど、何よりも移住の決め手になったのは、能力者と無能力者の争いがこの世界では相当緩和されている事であった。実際、僕達の居る世界の情勢を教え、実際に街を出歩かせ、その空気を体験させたりもした。

 

 その後、アシモフを含めたフェザー構成員達は開拓者として元気に働いており、向こうの世界のシアンと僕は、開拓拠点にある学校に通っている。生活もあの時の逃亡生活の時と同じ様に二人で過ごしており、最近この二人の仲も進展し、互いに意識し合っている状態にまでなった。その後の二人は当たり前の様に結ばれ、結婚し、温かな家庭を築く事となる……ここまではフェザー構成員達の、そして向こうの僕達のその後の話だ。

 

 そして向こうの世界のその後は、紫電の企みを阻止したけど、向こうの皇神は残しておいたエリーゼのお陰で重要な能力者達の人的損失は実質0と言ってもよい。だけど、第九世代戦車等の、資源に関わる損失の補填はどうしようもない。そこで以前僕の世界で偶然やらかしてしまった海底資源の再生。これを意図的に同じ場所に引き起こし、その座標、そしてフェザーが居なくなった事を記したメモを倒れていた紫電の傍に忍ばせておいた。

 

 これで少なくとも向こうの世界のあの国の国防を整える時間稼ぎ位は出来るはずと踏んでいる。それ位、紫電の優秀さを僕は当てにしており、信頼している。歌姫(ディ-ヴァ)プロジェクトの失敗の補填もこれで何とかなり、向こうのエデンを始めとした組織にも対抗できるようになるはずだ。まあ、向こうの世界の顛末はこんな感じだ。

 

 それで、肝心の世界移動のデータについてなのだが…あの後、シャオによる並行世界移動の転移を繰り返し、彼は最終的に時間軸や可能性軸の誤差を0に出来る様になった。

 

「後はこれらのデータを元に、俺が世界を越える転移装置とも呼べる物を開発するだけだな」

『この世界移動の経験のお陰で、アタシ達も時間移動や並行世界移動が安定して出来るようになったのは思わぬ収穫だったわよね、シアン?』

『うん。だけどアキュラもそうだけど、シャオは特に、ずっと付き合わせて迷惑かけちゃってたし…』

「まあ一時期はどうなる物かと思ったけど、僕自身の第七波動のコントロールの向上も出来たから、結果的にGVの誘いに乗ってよかったと思ってるよ。それに、移動の合間にGVが転生前の世界の漫画やアニメなんかの娯楽を用意してくれてたお陰で、暇も十分潰せたし、これをネタにジーノに自慢出来たりしたしね」

「それなら良かった。シャオには長く付き合わせて申し訳なく思っていたんだ…とは言え…」

「ああ、これでようやく第一歩と言えるだろう。次の段階は、俺の作った転移装置の実証実験が必要となる。とは言え、完成するまでにしばらく時間が必要だが…」

「その間はシアン達のライブの予定でぎっしり詰まってるから、焦らずに完成させて欲しい」

 

 そうして少しの時が過ぎ…アキュラは転移装置を完成させた。この日、予定を開けていた僕は何時も通りに姿を変え、シアン達は電子のサイズへとなり、この転移装置の実証実験を行った。この際の設定は言葉に表すと、「あの時、アシモフの放ったグリードスナッチャーに当たった後の未来」であった。シャオは今回付いて来ては居ない。何故ならシアン達が移動手段を得たからだ。こうしてアキュラの転移装置を起動させ、その世界へと向かったのだが…

 

「………………」

『貴女は…まさか追手!? …GVは、私が守るんだから!!』

 

 そう、何時か起こると予測されていた向こうの世界の人と、遂に転移直後に鉢合わせしてしまったのだ。そして、その鉢合わせた相手も問題だった……心も体も擦り切れ、摩耗し、服装も所々ボロボロとなったこの世界におけるガンヴォルト…もう一人は、そんな彼と一つとなったであろうモルフォ…いや、シアンであった。彼女は突然出現した僕に対して警戒心を露わにし、ボロボロになっていたこの世界における僕を守る為に立ち塞がるのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
これにて無印編は終了となり、別世界と言う形で爪編へと突入します。






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第七話

 かつての仲間達の元から去り、どれ程の時間が経ったのだろうか。心身共にすり減らし、疲弊しきった今の僕にはその見当は付かない。皇神(スメラギ)にもフェザーにも追われる身となった僕は、もうあの場所(隠れ家)に戻る事は出来ないのだから…

 

「…………」

 

 あの時の事を、思い出す。何も言えずに、ジーノとモニカさん達から離れてしまった直前の事を。

 

『GV!! って…お前…それ…』

『そ…そんな……』

『アシモフ…!? まさか…死ん…で…? …いやっ!! そんなっ…そんな……!!』

 

 冷たく事切れたアシモフ(シアンの仇)の姿を把握し、ぼろぼろと涙を浮かべ、モニカはその場に力なく崩れ落ちる。僕は、そんなモニカさんの事を気にも留めずに…振り返ることもなく、軌道エレベーターの外へ去っていく。

 

『お…おい、GV? なんだよ! 何があったってんだ!? アシモフはどうして…!? それに…シアンちゃんは!?』

『彼に…ふれないで…!』

『…見えない壁!? 如何なってやがる! …GV!!』

 

 僕にに近づこうとしたジーノが、不可視の力によって阻まれた。――夜が明ける。僕にとっての長い長い夜が明け、ようやく訪れた朝。幽鬼のように、立ち昇る朝日の中へと歩む僕に対し、電子の謡精(シアン)は優しく語り掛ける。

 

『GV…これからは…どこまでも、ずっと…一緒だから…貴方は、どこへ行きたい…?』

『…僕は……』

 

 この時、僕は何を呟いたのかは覚えていない。……こんな事があった以上、国外に逃亡出来れば、楽だったかもしれない。だけど、この国は皇神グループが管理する強力な結界…最終国防結界「神代(かみしろ)」によって守られており、出入国も厳しく取り締まられているのが現状である以上、それは不可能に近い。

 

『国家存続の為にも、今は一刻も早く危険因子を取り除き、兵力を蓄えなければいけない』

 

 この言葉は、かつて僕が戦った相手である紫電の言葉だ。恐らく、彼が以前は緩かった管理体制を強化したのだろう。そのお陰で、フェザーは増援が困難となり、少数で相手取る事となる羽目になっていたのだが…紫電は倒れた。それは間違いない。だけどその志は、想いは、この国と皇神の中で生き続ける事だろう。

 

 なら、僕はどうなのか? 電子の謡精(シアン)を巡る戦いの中で、僕は一体何を得たと言うのか。

 

『GVには、私が居るよ?』

 

 健やかな亡霊(シアン)の…僕が背負う罪の、僕に宿った死した意識(たましい)が囁きかける。……時折、僕は考える事がある。()()()()()()()()()()()()()()。――スワンプマンと言う思考実験がある。ある男が沼の傍で落雷に撃たれて絶命した。その直後、もう一つの雷が男の傍の沼に落ちる。

 

 この泥に落ちた落雷によって奇跡的な化学反応を齎し、見た目や記憶、原子の並びに至るまで生前の男と全く同一で、同質の存在が新たに作り出された。この新たに生まれた泥男(スワンプマン)は、死んだ男が蘇った存在と言えるのか? と言う物だ。

 

 優しい口調で語り掛ける彼女は、シアンの死を受け入れられない僕自身が無意識の内に生み出した泥男と同じ存在なのでは無いだろうか…例え、本物のシアンだとして、魂だけの存在となった彼女は、生前と同じシアンと同じ存在と言えるのだろうか?

 

『私はちゃんと、ここに居るよ。ずっとずっと、GVの傍に』

「………」

 

 乾ききった僕の喉からは声は出ず、力なく頭を振った。このシアンを見る度に、僕の心は苛まれる…せめて、この()()()()()()()()()()()()が居てくれれば…この僕の気持ちを、吐き出せる誰かが居てくれれば…

 

『GV…』

 

 シアンは悲し気な表情を浮かべながら僕の視界から姿を消そうとした…その時だ。突然、僕の視界に黒髪の女性が姿を現した。あまりに唐突に出現した為、僕もシアンも、これが戦闘だったら致命的とも言える程に硬直してしまった。

 

「………………」

『貴女は…まさか追手!? …GVは、私が守るんだから!!』

 

 この状況で真っ先に立ち直ったのはシアンだった。僕を守るように前に出て、両手を広げながら相手を威嚇している。だけど、そんな彼女の姿を相手は把握していないだろう。何しろ、彼女の姿も声も、僕にしか見えないし、聞こえないのだから。

 

 相手の方も、僕の姿を見て硬直している。どうやら向こうからしても想定外の出来事だったらしい。だからこそ、僕は落ち着いて戦闘態勢に移行することが出来た。…突然姿を現した以上、何かしらの能力者なはず。とは言え、今の僕のコンディションは最悪と言ってもいい。相手の力量も、能力も、未知数だ。下手をすれば返り討ちに会っても可笑しくは無い。

 

 僕が戦闘態勢に移行した事に気が付いたのだろう。黒髪の女性も僕に対して戦闘態勢に…移行せず、その腰にある拳銃を構えもせずに、僕を見つめていた。そして、僕に対して敵意は無い事を示す為だろうか。あろう事か、その腰にある拳銃を真横へと放り投げたのだ。

 

「…どう言うつもりですか」

「貴方()と争うつもりは無い…そう言う事よ」

 

 貴方…達? まさか、この場に僕以外の誰かが居るのか!? 僕は気を張り詰め、周囲を見回したのだが…そんな気配は何処にもなかった。そんな僕の様子を見て、黒髪の女性は何所か可笑しそうに僕に対してこう指摘した。

 

「…私は兎も角、そんなに周りを警戒しなくても大丈夫よ。少なくとも、この場には私と貴方と、私の目の前で立ち塞がっている()()だけだから」

「……!? 貴女は…見えるのか? シアンの事が!?」

『GV! 油断しちゃダメ!!』

「…ええ。私はハッキリと、彼女を認識しているわ。 貴方がシアンと呼んでいる電子の謡精(モルフォ)の姿、そして声もね……突然出て来て、こんな事を言っても信じてはくれないでしょうけど…私は貴方と敵対する意思は無いわ。ただ、貴方達と話を…」

 

 黒髪の彼女の話の途中、少し遠い所から女性の叫び声が聞こえた。その声のした方向に目を向けた所…大分離れた位置ではあったのだが、一人の少女が暴漢に襲われていた。…こんな事件、この時代、世界の何処かでは何時も起こっているのだろう。

 

 それでもその光景を目にした瞬間、目の前の黒髪の女性の事等すっかり忘れたかの様に、僕の体は動き、駆け出していた。それと同時に、加速する血流と同調するかの如く、体の内側から電流が迸る。そして、そんな僕の真横に、いつの間にか放り投げた筈の銃を片手に持ちながら、黒髪の女性は並走していた。

 

 …どうせ僕には、全てを救う事何て出来はしない。何しろ、大切な存在(シアン)ですら守ることが出来なかったのだから。だから、目の前の人だけを助ける事に、どれほどの意味があるのか、分からない…もしかしたら、襲っている男達に理由(せいぎ)があるのかもしれない。

 

 ……でも。でも、だ。だからと言って、手を伸ばせば助けられる人を、見捨てる事何て出来なかった。気が付いたら、もう現場が目の前に迫っていた。同じように並走する黒髪の女性をちらりと見た。その表情は何所か焦っている様に見え、目の前で襲われている彼女を助けようと必死な様子が今の僕でも良く分かる。

 

「そこっ!!」

 

 顔をゆがめている彼女を拘束していた太い木の様な物を、黒髪の彼女はその手に持っていた拳銃から放たれた弾丸で撃ち抜いた。その瞬間、拘束から逃れ、崩れ落ちそうな彼女を僕は即座に支えながら抱き上げ、その場を離脱した。

 

「天使の…羽…?」

 

 彼女はそう呟きながら意識を失った…とはいえ、呼吸は安定していたので、命に別状は無い事は確認出来た。後は…

 

「■■■■!!」

「……迸れ、蒼き雷霆よ(アームドブルー)

 

 この場に居る暴漢達を止めるだけだ。――この時僕は、心身が疲弊しきり、ボロボロの状態なのにも関わらず、負ける気がしなかった。今にして考えれば、それは当然だったのかもしれない。何故ならば…

 

「どうやら相手は薬物を使って能力を強化しているようね…油断してはダメよ!」

『むぅ…! 貴女なんか居なくったって、GVは私が居れば十分なんだから!!』

「そうかもしれないけど、それでも頭数はあった方がいいでしょう?」

 

 僕には出会ったばかりで警戒していたのに、ふとした切欠で人命救助を優先し、()()()()()()()()()()警戒を呼び掛ける僕から見てもお人好しな名前も知らない黒髪の女性と、そんな彼女に文句を言いながらも、僕に揺精の歌(ソングオブディ-ヴァ)を奏でる()()()が居るのだから。

 

 

――――

 

 

 正直、転移直後に鉢合った時はどうなる事かと思った。何しろ、最悪この世界の僕と敵対する可能性だってあったからだ。だけど、この世界のオウカを一緒に助けた事が切欠で何とか悪い印象を与える事を回避する事が出来た様だ。

 

 あれから僕達はこの事が切欠でこの世界のオウカの屋敷へと転がり込む形でお邪魔している。僕自身はその気になれば拠点の構築をする事は造作も無い事なのだが、かつて見た寂しそうにしているオウカを思い出した事と、同じく僕達と同じようにお邪魔しているこの世界の僕達の事が気がかりだった為、拠点の構築は行っていない。

 

 そして、明らかに僕達が転がり込んだ形で迷惑を被っている筈のオウカなのだが…一人暮らしによって寂しかったのと、ああ言った事もあり、僕達の事をとても歓迎してくれていた。当然、この世界のシアンの事も。

 

「…オウカ、君も優奈さんみたいにシアンの事が見えるの?」

「はい。丁度GVの後ろの方で、少し怒った様な顔をしていますね」

『むぅ~~!』

「そう怒らないの、オウカは明らかに怪しい私達をここに置いてくれているのだから」

『それは…そうだけど…』

「今の心身共に疲れ切っているGVに必要なのは、仮初でも安心できる居場所なのよ」

「ふふ…この広い屋敷が、一気に賑やかになってしまいましたね…少し待っていてください。簡単な物を作りますので」

 

 …オウカのこの包容力の高さや、シアンが見える霊感も、この世界でも健在の様で何よりだ。これなら、心身共に疲弊しきったこの世界の僕を癒してくれるはずだ…とは言え、如何してあんなにもこの世界の僕が…蒼き雷霆ガンヴォルトが疲弊しきっていたのか、僕は理解が出来ていなかった。

 

 そこで何日か間を開け、ある程度回復してきた所で、オウカが学校で留守にしている間に腹を割って話をする事としたのだ。どういった経緯でそんなにボロボロになってしまったのかを。とは言え、それを僕の方から聞くのは、まだ早い。だから先ずは、僕自身が何者で、どういった経緯であそこに転移したのかを話す必要があった。

 

「さて…GV、何日かをここで過ごして落ち着いてくれたと思うから、そろそろ私が何者で、どういった経緯で貴方の前に転移したのかを話したいと思うの」

「……優奈さん」

「まあ、私が何者であるのかは…百聞は一見に如かず…迸れ、蒼き雷霆よ(アームドブルー)

『え…嘘! この第七波動(セブンス)は…!!』

「蒼き…雷霆…!!」

「そうよ。私の能力は蒼き雷霆…そして、シアンなら気が付いたでしょう? 私の第七波動が、GVの物と全く同じである事が」

「シアン…」

『間違いない…間違えるはずなんて無い…この第七波動は、紛れも無くGVの物と同じ…波動の流れも、色も、全く同じ…! でも如何して…()()()も同じ能力だったけど、そう言った部分は違っていた筈なのに!』

 

 僕の蒼き雷霆を見て二人は困惑を隠せない。当たり前だ。全く同じ能力だけならまだしも、波動の流れと言った物すら完全に一致しているのだ。混乱するのは当然だ。

 

「…並行世界と言う概念を、知っているかしら?」

「並行世界……まさか…! でも、そんな事があり得るのか?」

『え? どういう事なの、GV?』

「シアン、並行世界と言うのは、簡単に言うと「もしもの世界」の事だ。そして彼女は…恐らくだけど、そのもしもの世界から来た、蒼き雷霆ガンヴォルト…つまり、別の可能性を持った僕って事なんだ…そうですよね? 優奈さん」

『優奈が…GVだって言うの!?』

「ええ、その通りよ。理解が早くて助かるわ…信じられないと言われても仕方のない事だけど、あの時私があの場所に転移したのは、丁度()()()()()()に作成を依頼したある目的に必要な転移装置の実証実験をしたからなのよ」

「転移…装置…ですか」

「ええ。ちょっと世界を越えた先に、どうしても助けたい人が居るのよ」

『助けたい人…』

「……それは、貴方の居た世界のシアンの事ですか?」

「いいえ、全く別の人よ……序だから言っておくけど……」

「……?」

「私も、シアンの事を守り通す事が出来なかったわ…出て来ても大丈夫よ、()()()

 

 そう僕が合図をした為、電子のサイズとなっていた僕の世界のシアンとモルフォが元のサイズへと戻り、その姿を現した。

 

『嘘…モルフォ…!?』

「…髪の長さや身長は違う…でも、あの髪の色や顔立ちは紛れも無く…!」

『ずっと見てたよ、()

『後、GVの事もね…今更アタシ達の事を紹介する必要は無いかもしれないけど…改めて、アタシはモルフォ』

『私はシアン。私の居た世界でも色々あって、こうやってモルフォを表に出したり、瀕死だった優奈の事を助けて、こんな風に常に傍に居るの』

「……貴女も、同じだったんですね。僕と同じように、シアンを…」

「ええ…これで、私が話せる事は話したわ。今度は貴方の事を教えて欲しい…だけど、話せないなら話さなくても構わないわ」

「いえ、話を…させて下さい。貴女は僕にこうやって話をしてくれた。だから、このまま僕自身の事を話さないのは、良くない」

 

 そう言って、僕達はこの世界の僕の経緯を聞く事となった。その内容は…余りにも壮絶で、救いが無かった。紫電を倒した後に現れたアシモフに二人は撃たれ、この世界のシアンはこの世界の僕を助ける為に生体電流と一体化する事でそれを成し、その力によってシアンの仇であるアシモフを討った。

 

 その後、冷たくなったアシモフに泣き崩れるモニカさん、引き留めようとするジーノを後目にその場から何も言えずに立ち去り、結果として皇神だけでは無く、フェザーからも追われる事となってしまい…あのような、心身共にボロボロな状態となってしまった。更に、自身に宿ったシアンの変貌もまた、拍車を掛けた事が容易に想像できる。何しろ、話し終えたGVに対して、この世界のシアンは明らかに負い目を感じているのが分かったからだ。

 

「話をしてくれて、ありがとう」

「いえ、此方こそ、話を聞いてくれて、ありがとうございました。お陰で、少し気が楽になりました」

「いいのよ…そんな状態では、モニカ達に話をしようにも出来ないでしょうし、自分にしか姿や声が聞こえないシアンの事も信じられなくなってしまうのは理解できるわ」

『GV…私…』

「でも、もうそんな事は無いわよね? …だって、私やオウカはシアンが見えているし、声だって聞こえるわ。それに、知ってるかしら? 人間と言うのはね、体が変化すると精神性も変化したりするのよ。だから、肉体から解き放たれたシアンが自由奔放になってワガママになるのは自然な事よ。そうでしょう? ()()()

『うん…この体になった最初の頃の私もそんな感じだったよ』

『あくまで、シアンがそうなっちゃったのは「開放された~」ってのと、「これでGVをずっと守れる」って潜在的に思ってて、それではしゃいでしまっているだけよ。だからこうやってアタシ達と交流していけば、その内落ち着いてくれる筈よ』

「だから二人共、互いに自身を責めてはいけないわ。GV? 貴方は確かにシアンを守れなかったわ。だけど、私と同じように心を守る事は出来た。これは誇るべき事よ…そしてシアン? 貴女は自身の振る舞いがGVを苦しめていた事に本当の意味で理解した。なら、次からは気を付ければいいのよ」

『「優奈さん…」』

 

 これでこの世界の僕は大丈夫だろう。とは言え、この世界のシアンをこのままには出来ない。今の彼女は僕達には見えているけど、他の人達には見えていないし、料理も出来ない体なのだ…この世界の僕は、辛かった胸の内を語ってくれた。それは僕の想像以上にきつい物であった。何しろ、嘗て僕が考えた「もしも誰にも縋る事が出来なかったら」と言う形が、そのまま出て来たからだ。だから…

 

「…じゃあもう、こんな辛気臭い話は止めて、明るい話をしましょうか…ねぇGV、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わ」

『…え?』

「実体化…!? 本当に、そんな事が出来るのですか!」

「ええ。これは嘗て私のシアンが生きていた頃に、モルフォを実体化させた方法なのよ…GV、蒼き雷霆はね、貴方が考えているよりもずっと、多くの可能性を秘めているのよ」

 

 この時を境に、この世界の僕に宿ったシアンが、もう二度と得られないと考えていたであろう肉体を得ると言う奇跡を果たしたのであった。そう、嘗て僕がモルフォを実体化させる為だけに開発したSPスキル「謡精の物質化(マテリアライズオブディーヴァ)*1」を、この世界の僕に教えた事によって。

*1
モルフォの電脳体を実体化させる為の、モルフォの為だけに開発されたGVによる蒼き雷霆と「協力強制」を利用したSPスキル。モルフォとシアンは同一人物である為、このスキルはシアンの事も結果的に対象となっている。詳細は前作第二十六話の後書き参照。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第八話

交わり(コンタクト)

つかの間の平穏の中、心を通わせる蒼き雷霆と電子の謡精(ふたり)
互いのすれ違った心が繋がった時
新たな戦いの予兆を告げる警告が鳴り響く



 僕はこの世界の僕に「謡精の物質化(マテリアライズオブディーヴァ)」を教えた後の暫くの間、オウカが学校に出かけている合間を縫って情報収集を行っていた。今回もいつも通り適当な皇神(スメラギ)の施設へ乗り込み、ハッキング等を行っていた。

 

 そして、必要だと思われる情報を集め終わり、オウカの屋敷へと戻ろうと施設からの脱出の途中、とある会議室で気になる会話を耳にした為、こっそりと立ち聞きをする事とした。

 

「――以上が、ディーヴァプロジェクト中止によって出たグループ全体の損失ですか…」

「社運をかけた一大プロジェクト。その損失も甚大、か…これは、どうしたものか…」

「フン!だから私は言ったのだ! あんな年端もいかない若造に…紫電にプロジェクトをまかせるなどと…!」

 

 皇神の上層部の官僚と思わしき三人が、どうやらディーヴァプロジェクトの損失について語っているようだ。

 

(まさか、情報収集目的でたまたま侵入したこの場所でこんな話が聞けるだなんて)

「まあまあ、今はそんなことを言っても仕方がないでしょう。それに、紫電君の手腕は見事だったじゃないですか。恨むなら、あのテロリスト――」

「ガンヴォルト――フェザーか。クソッ! あの忌々しい羽虫共めッ!」

 

 …やはり、紫電は皇神の上層部に認められる程優秀なのは、間違いない…この世界では、間違い無かった様だ。

 

「紫電君は、皇神に所属する第七波動(セブンス)能力者達の多くから慕われていました」

「今回の損失と、彼の逝去でグループ全体が混乱している今、海外に攻め込まれでもしたら…」

「フンッ! 最終国防結界「神代(かみしろ)」…アレがあるだろう? 羽虫共の時はぬかったが、今の神代は以前よりも何倍も強化されている。あの物理結界(バリアー)がある限り、海の向こうからの攻撃など…」

 

 その時、サイレンによるアラート音が鳴り響き、この施設全体に対する緊急通信が発信された。

 

(まさか、見つかったと言うの!?)

「ぬわッ!!? なッ…なんだッ!?」

「このアラート音は…まさかッ!!」

『警告…警告…最終国防結界「神代」が何者かの手により解除されました。現場の者は直ちに復旧を急いでください。もう一度繰り返します…』

 

「神代」…この国を守る要の物理結界だったか。確か僕の居た世界でも、同じような事があった…そう、「多国籍能力者連合エデン」によって。つまり、これは…!

 

 

――――

 

 

 ――最終防衛結界「神代」の管理施設にて。

 

「フフ、最終国防結界の解除。紫電亡き今、実に容易かったよ…ディーヴァプロジェクトはまだ終わっちゃいない! さあ! 我等「楽園(エデン)」の大いなる愛ッ! この国にあまねく広めようじゃないか!」

 

 そこにはこの世界において、嘗てアキュラが倒した筈の男が居た。 この出来事により神代の結界は解除され、エデンの構成員達と、それに便乗した()()()()()()()()()()()()()がこの国に潜入する事となり、暫くの後、この世界のGV達と並行世界から来たGVが、再び戦いに巻き込まれる事となる…

 

 

――――

 

 

 僕が優奈さんから新たなSPスキルを教わって、シアンが実体化出来る様になってから少しの時が過ぎた。この間、僕とシアンはオウカ、優奈さん、そして並行世界のシアンとモルフォにボロボロだった心身を日常生活と言う形で癒されていた。時にはオウカの料理を全員で手伝ったり、カラオケで皆で歌い明かしたり、優奈さんとリハビリがてら簡単な組手をしたりと様々だ。

 

 特に、シアンが実体化出来る様になったのが良かった。最初に実体化させた時は戸惑っていたけれど、今では突然の来客が無い限り、常に実体化させている。この実体化、僕が眠っている時でも続く様で、そのお陰かシアンもベットで眠ることが出来る様になっていた…なっていたのだけど…

 

「GV…今日も一緒に寝よう?」

「シアン…実体化出来る前の時は諦めてたけど、今では少しの距離なら離れる事が出来るようになっただろう? いい加減、僕と一緒って言うのは…」

「嫌なの…? GV…」

 

 …正直に言うと、嫌では無い。実体化出来る様になる前から既にシアンとは朝昼晩と常に一緒だった。それこそ、お風呂に入っている時や、眠っている時もだ。だけど、実体化出来る様になってからだと話は変わる。

 

 そう、今のシアンの姿はモルフォの物と完全に一致している。そして、実体化出来る様になってから、僕に対するスキンシップが日を重ねる毎に激しくなっていくのを感じている。

 

 そう、あのスタイルのいいモルフォの体で僕によく抱き着いたり、胸を押し付けたりするのだ…僕だって男である以上、嬉しく無いと言ったら嘘になる。だけど、これ以上激しくなったら()()()を犯してしまいそうなのだ。

 

 だけど、シアンがこうやって僕と一緒に眠る事を常に提案するのには理由があったりする。それは、僕が良く悪夢でうなされていた事を知っているからだ。その夢の内容は、薄れゆく僕の意識の中、アシモフに撃たれて崩れ落ちる生前のシアンの姿…そして、全身が血まみれで倒れた彼女を抱き上げ、僕の腕越しに冷たくなっていく彼女の温もり…そして――そこまで考えていた時、ふわりと温かい物に包まれた。

 

「大丈夫だよ、GV…私はここに居るよ…」

「シアン…」

「オウカに聞いたんだ…人の心臓の音を聞いたり、温もりを感じると安心出来るんだって…ねぇ、GV、私の心臓の音、聞こえる? 私、温かい?」

 

 実体化したシアンからは、僕を落ち着かせる一定の鼓動(リズム)が、そして温かさが伝わってくる。僕は彼女の腕の中で無言で頭を縦に振り、なすが儘で居た。そんな僕を、彼女は頭を撫でながら、落ち着かせてくれていた。どうやら、夢の内容を考えていた事が顔に出ていたから、こうして抱きしめてくれたのだろう。

 

「私はずっとGVの傍に居るよ…誰かに強要されたからじゃない。状況がそうさせたからじゃない。私は、私の意思で、そうしているの」

「…シアン?」

「…GVは、私を「自由」にしたがってる事、知ってるよ? だから私に離れる様にお願いしてるんだって事も」

「……!!」

 

 シアンのこの指摘は、事実であった。僕はそう、彼女を自由にしてあげたかった。僕と言う籠から、彼女を羽ばたかせてあげたかった。それは叶わぬ願いだと以前は何所か諦めていたのだけど…優奈さんが言うには、「とある方法」を用いればシアンは僕の蒼き雷霆(アームドブルー)を扱えるようになり、習熟すれば単独で存在を維持出来る様になる…つまりシアンは自由になれるのだそうだ。当然、この事はシアンも知っている。僕の隣でそれを聞いていたのだから。

 

「…私は、私の振る舞いでGVを苦しめてたんだって事を知った時、消えてしまいたいって思ってた。でも、GVはそれを許してくれて、それ所か、こうやって私の実体化までしてくれた」

「………」

「そんなGVから離れるなんて、私は絶対に嫌…これが私の自由(いし)。私が心からそうしたいって思っている事なのよ」

 

 そう言いながら、シアンは僕を抱きしめる力を強くする…彼女は、生前僕に助け出された時、「私は外の世界で、私の歌を唄いたい」と願っていた。だからこそ尋ねた。

 

「どうして、僕に対してそう思ってくれるの?」

 

 その質問に対し、シアンは抱きしめていた手を緩め、僕と顔を、眼を合わせながら…顔を赤くしながら…何かを決意した表情で、こう答えた。

 

「私はね…あの時助けて貰った時から…GVの事…大好きだったから」

 

 そう言われた瞬間、僕の顔が真っ赤になり、頭が真っ白になってしまった…シアンが、僕の事を、好きだって?

 

「今もそう。それ所か、あの頃よりもずっと、GVの事が大好きなの。ずっとずっと言いたかった…でも、あの頃の私は勇気も力も無くて……貴方の足手纏いだったから、言えなかったの」

「…シアン」

「…()()()()()()()()()()()()()()()()

「……!!」

「だけど、私の歌を聞かせたい相手はGVだけ…貴方だけなの! お願い…これからもずっと、私の唄う歌、聞いていてくれる?」

 

 シアンは顔を真っ赤にしながら、こう答えた…彼女は、勇気を振り絞って僕に告白をしてくれた。そして僕もそのお陰で、()()()()()()()()()()に気が付く事が出来た。だからこそ…

 

「僕で良ければ、聞かせて欲しい。これからもずっと……シアン、僕も君の事が――」

 

 ――「好きだよ」と、僕自身のなけなしの勇気を振り絞り、そう答えた。そして、シアンと僕の顔が徐々に近づいていき…突然、最終防衛結界「神代」が解除されてしまった事による全国規模の警報によって、()()()()()()は中断されてしまったのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第九話

 あの全国規模の警報が解除されて、また少しの時が過ぎた。あの警報は優奈さんが言うには、「多国籍能力者連合エデン」が最終防衛結界「神代」の物理結界を解除した事から発生した物で、もう既にこの国に彼らは潜入しているとの事。

 

 彼らの構成員は無能力者に虐げられた者達で構成されていると聞いている。なのに、こうして易々と潜入をはたしたにも拘らず、未だ彼らは表立った行動を起こしてはいない。それは何故なのだろうか? 優奈さんが言うには、力を得たいが為に彼らは電子の謡精(サイバーディーヴァ)…つまり、シアンの力を狙っているらしい。

 

「私の居た世界でも、エデンは電子の謡精の力を狙っていたわ。だけど、その頃にはもう()()シアン達の力はエデンではどうしようもない程に膨れ上がっていたから、何とか対話に持ち込む事が出来たわ」

『所謂、抑止力ってやつよね』

『最初はGVを守る為にずっと訓練し続けてた事だったけど、結果的に大きな戦いを止める事に繋がったのは、今でも不思議な因果だなぁって思うの』

「…シアンが抑止力になる光景があんまり想像が出来ないな」

『私もだよ、GV…』

 

 ()()シアンですらそんな光景が想像出来ないらしい。まあ当然だろう。何しろ、僕達は優奈さんのシアン達がどんな風に戦うのかを把握していないのだから。まあ、そんな事があった事が切欠で、優奈さんの世界では能力者と無能力者の軋轢が僕の居る世界よりも大幅に緩和されているのだそうだ。

 

「…この世界でも、優奈さんの世界みたいに能力者と無能力者の共存の道は無いのだろうか…」

「正直、難しいわね。皆が皆、オウカみたいに分け隔てなく優しく接してくれる人は稀よ」

『うーん…共存とかそう言うのは、とりあえず置いとこ? って言うか、話が脱線してるわよ』

 

 そう言えばそうだった。大事なのは狙われているシアンをどう守るかだ。最も確実なのは、僕達が優奈さんの世界へ一緒に向かう事だ。だけど…彼らは、それで諦めてくれるのかが僕は疑問だった。

 

「一つ確認したいんだけど」

「何かしら?」

「優奈さんの居た世界では、この世界よりもずっと第七波動の研究が進んでいるんですよね? …率直に聞きます。第七波動で、世界を越える事は可能ですか?」

「…可能よ。実際、私が転移装置の実証実験の帰りは私自身、そうする予定だったから」

「…エデンは、僕達がこの世界から消えれば、諦めてくれると思いますか?」

「…難しいかもしれないわね。構成員の中に、凄まじい的中率を誇る占星術を扱う人が居るのよ…転移装置を完成させる為のデータ取りをしていた時に、同じようにエデンの居る世界から別の貴方を連れだした事があったの…今にして思えば、エリーゼを生かす事で実質紫電を生かす形にする事でエデンに対抗できる組織を残した事が、結果的に貴方の言う懸念の対処となっていたのね…」

 

 優奈さんも、僕の考えは予想外だったようだ…この世界ではエデンに対抗できそうな組織が無いと言ってもいい。何故なら、その中核を担う筈であった皇神に所属していた紫電を僕が倒してしまったからだ。

 

 つまり、先ほど言っていた優奈さんの方法を取るのは難しい。とはいえ、あそこで紫電を倒さなければ僕やジーノ達も含めた能力者全員が洗脳されていた上に、シアンが犠牲になる以上、選択肢は存在しなかった。

 

『まあ、最悪二人が私達の世界に来た事で彼等が乗り込んできても対処は十分できると思うわ』

「ですが、これ以上迷惑を掛ける訳には…」

「此処まで首を突っ込んだ以上、そう言う事も織り込み済みよ。だけど、そうなって来ると問題になる事があるわね」

『オウカと…「シャオ」の事だよね?』

 

 シャオとは、「神代」の物理障壁が解除された際にエデンと同時にこの国に乗り込み、エデンの侵攻を僕に伝える為に海を越えてやってきた、海外のフェザーに所属していた少年の事だ。シャオは故郷でフェザーの一員として活動していた。だけど、シャオの故郷の国がエデンの侵攻を受け制圧されてしまった際に、彼の所属していたフェザーも乗っ取られ、エデンの末端組織と化してしまったのだと言う。

 

 その際に、故郷と多くの仲間を失ってしまったらしく、その原因となったエデンに対して憎しみを抱いている節がある。だけど、それとは別に僕や優奈さん、そしてオウカとも親しく付き合ってくれる貴重な人だ。

 

「僕を頼って来てくれたシャオを放って逃げるのは…それに…」

「…GVが姿を消したら真っ先にオウカの事も調べ上げられて、最悪エデンの手に掛かってしまうかもしれない…か」

『オウカもシャオも、私達の世界に連れて行けたらいいんだけど…』

『それは無理な話よね。この世界のシャオはエデンの復讐を諦めないし、オウカはこの世界でちゃんとした生活基盤があるもの』

 

 短い間ではあったけど、オウカにもシャオにも世話になったのだ。そんな二人を放って逃げる選択肢は、僕には無かった。それに…

 

『私も、オウカやシャオを放って逃げるのは…嫌。だって、二人は私達の()()だもの』

 

 シアンが逃げるのを拒んでいる以上、その選択肢は無いのだ。それに、二人の事を「友達」と認識してくれたのが、僕には嬉しかった。最初はオウカに嫉妬していたのか強く意見を言う事が多かったのだが、実体化出来る様になってから、加速度的にそう言った自由奔放で我儘な所がなりを潜めてくれた。

 

 そして、シャオと出合った時点ではもう真っ当な…それこそ、生前のシアンの優しさを取り戻してくれており、彼ともちゃんとした交流が出来る様になっていた。それこそ、漫画の貸し借り等も普通に行ったりするくらいには。そして…そんなシアンと僕は心を通わせることが出来た。

 

 このシアンの一言が決め手となり、僕はエデンと戦う決意を決め、シャオにペンダントの修復やダートリーダーのオーバーホールを依頼したり、優奈さんとの組手を本格化したり、付け焼刃ではあるけど蒼き雷霆の()()()()()()を学んだりもした。シアンも優奈さんのシアン達から色々と能力の扱い方を教えて貰ったりしている。

 

「これがラムダ・ドライバ…「波動の力」、と言う物なのですか」

「ええ、蒼き雷霆の力で第一から第三の波動を増幅する事で発現する力よ。これの主な利点は目視されない事と、水中でも問題無く扱える事、そしてグリードスナッチャー…アキュラの扱う能力阻害の弾丸を防げる事にあるわ」

「…アレを防げるんですか、この力は」

 

 僕を瀕死に追い込み、シアンを殺したあの銃から放たれた特殊な弾丸「グリードスナッチャー」。この波動の力と言うのはそれを防ぐことが可能なのだそうだ…この力の事を、もっと早く知りたかった。そうすればあの時、僕はアシモフからシアンを守る事が出来たかもしれなかったのに…

 

「この不可視の力の使い方は兎に角イメージが重要よ。例えば拳に集中させて殴るだけでも…こんな風に出来るわ」

 

 そう言いながら優奈さんはジャンク屋から調達していた分厚い鉄板に風穴を開けていた。他にもダートリーダーに力を籠めて同じく鉄板を打ち抜いたり、蒼き雷霆による身体能力向上に上乗せして更に機動力を高めたり、自身の体重を殆ど無くしたりと言った芸当を披露してくれた。中でも驚いたのが…

 

「そしてこれが…光学迷彩ね。自身の第七波動もシャットダウン出来るから、隠密行動をする際にとても役に立つわ…波動の力は第七波動と同じく意思の力。自身のイメージ次第でやれる事はいくらでも変化するわ。雷撃やSPスキルに上乗せも出来るし、ハッキング能力の強化だって出来る。それに…習熟すれば、こんな事だって…」

 

 そう言いながら、優奈さんは僕の目の前で掌の上にリンゴを出現させた…この時、蒼き雷霆にはまだ見ぬ無限の可能性が眠っている。それをこの日、僕はハッキリと認識した。そして僕達がそう言った準備をしている間の最中、遂にその時が来た。網を張っていたシャオから遂にエデンが動き出したと思われる事件を察知したのだ。

 

「GV、優奈、大変だ! 皇神の大型自律飛空艇(ドローン)「飛天」が、原因不明の暴走を始めたみたい!」

「その慌てよう…もしかして、以前からシャオの言っていた…?」

「ああ。ついに始まったんだ。連中の…エデンの侵攻が!」

「…連中の事だから、真っ先にここを調べ上げてシアンの事を狙ってくると思っていたのだけれど…あの時と同じ様に、疑似宝剣を…? でも、完全に完成させる時間は調べた限り、あるとは思えない…」

「優奈、奴らの目的は分からないけど…実際に事件が起こっている以上、見過ごす訳にはいかないよ!」

「確かにそうね…じゃあ、私達で飛天に潜入しましょう」

「大型自律飛空艇と銘打っている以上、相応に内部構造は広いはず。ここは二手に分かれて原因を把握した方がいいだろうね」

「…罠の可能性もあるから、戦力の分散は避けたいのだけれど…時間が勝負である以上、そんな事は言ってられないわね」

「大丈夫よ、GV、優奈さん。私の歌がGVの翼になる限り、どんな罠だって突破出来るんだから!」

「だけど、久しぶりのミッションなんだから、油断をしてはダメよ?」

「それに、相手はあのパンテーラ…どんな手を使ってくるか分からないから、油断何て出来ないからね?」

 

 そんなやり取りを行った後、僕達は行動を開始した。初めはとても順調で、僕達は問題無く飛天へと潜入することが出来た。だけど紫電が居なくなったとはいえ、流石皇神。即座に僕達の…正確には僕の潜入が見つかり、気が付いた時には僕は皇神兵に囲まれていた。

 

「……ッ!」

「追い詰めた! 取り囲んだぞッ! 子ネズミめ! いい加減、観念して貰おうか!」

「われら皇神の大型自律飛空艇「飛天」! そのコントロールを奪い去り 飛天を暴走させているのは貴様だな?」

「ちがう…と言っても信じてもらえないんだろうね」

「当然だ! それにその服…知っているぞ! 我ら皇神の怨敵ッ! あのテロ組織「フェザー」のメンバーだろう?」

「フェザーか…とっくに辞めたんだけどな。これは、これ以上に便利な服が無いから、着ているだけなんだけど」

 

 流石に、これ以上は戦わずにやり過ごすのは無理だろうとそう思っていた時、愛しい謡精(シアン)の声が僕だけの耳に届く。

 

『もぅ、だからその服、変えた方がいいって言ったのに。優奈さんも言ってたでしょ? …それで、どうするの? 力、貸そっか?』

「シアン…いや、心配ない。このくらいなら…」

「なんだ貴様? 誰と話しているッ! 気味の悪いガキめッ!! ええい、撃てぇ!!」

 

 皇神兵の放ったエネルギー弾を僕はあえて動かずにその身に受け…()()()()()

 

「ざ、残像ッ!? 攻撃が…通り抜けたッ!?」

「電磁結界「カゲロウ」――どんな攻撃も、僕には通用しない」

「カゲロウ…? まさか…電子を操る最強の第七波動(セブンス)蒼き雷霆の能力…まさかお前はッ!」

『この人はGV――蒼き雷霆ガンヴォルト。ま、どうせ貴方達には()()私の声は、聴こえていないんでしょうけど』

「うわああっ!!」

 

 …僕の事を把握した途端、彼等は戦意を失ってしまっていた…紫電が居なくなってしまった事が原因なのだろうけど、こうしてしばらく見ないうちに皇神兵の質も落ちたと僕は実感していた。

 

『流石GV! 不殺の天使!』

「…あまり茶化さないで欲しいな」

『ふふ…でもGVは戦うのは避けてるでしょ? 私も出来れば関係無い人達の相手をするのは避けて欲しいって思ってるから…』

「シアン…」

 

 …とは言え、そのお陰で少なくともこの場は戦わずに済むと判断し、怯えている彼らを後目に、僕は隠密行動を辞め、本格的に動き出す事とした。その時、シャオからの通信が入った。

 

「GV、聴こえる? 平気?」

「シャオ。ああ、問題無いよ」

「ああ、よかった…君が無事で。いくら無敵の蒼き雷霆でも万が一って事はあるからね。それと、優奈の方はまだ見つかってないから、心配はいらないみたい。「陽炎」の二つ名は伊達じゃ無いみたいだね」

 

 優奈さんにはあの光学迷彩がある以上、先に僕が見つかるのは織り込み済みだ。寧ろ僕が見つかって目立てば、彼女はより行動しやすくなる。そう思っていた時、シャオの通信から意外な人の声が届いた。

 

「あの、GV…」

「その声はオウカ? なぜそこに?」

「ごめんなさい、GV。貴方の事、心配で…」

「オウカがどうしても君の無事を確認したいって言うからさ」

「確かに久しぶりのミッションだけど、優奈さんも居るし、僕は平気だよ。だから心配しないで。オウカ」

『そうそう、オウカは私達の事、心配する事は無いんだからね』

「GV…シアンさん…判りました。帰ってきたら、お夜食作っておきますから。なにがいいですか?」

『あ、じゃあ私…』

 

 オウカとシアンの会話のお陰で、すっかり和やかな雰囲気となってしまった…この会話も、先ほどの皇神兵に対しての態度も、以前のシアンからはとても想像出来なかった光景だ。以前の彼女だったら、間違いなく今の会話でオウカに嫉妬して拗ねていただろうし、あの皇神兵に対しても、特に何も感じる事は無かっただろうから。

 

「はははー…今は作戦行動中なんだけど」

「ご、ごめんなさい。それじゃあ、GV、シアンさん。適当に用意しておきますね。だから…無事に戻ってきてください」

「オウカ…」

『大丈夫だよ、オウカ。終わった後の夜食、楽しみにしてるから』

 

 この会話の後、僕達は本格的に行動を開始した。突然何者かに――十中八九エデンの仕業だろうけど――ジャックされた皇神の大型自律飛空艇「飛天」。僕と優奈さんの目的はこのジャックされ、暴走を開始している飛天を止める事だ。これが僕達を誘う罠の可能性は十分にある。だけど、これを見過ごせば多くの人達が巻き込まれてしまう。

 

 そう考えながら、僕達は先へと進む。時には非常事態で降ろされたシャッターを蒼き雷霆でハッキングしてこじ開けたり、道中の皇神兵を気絶させたり、やり過ごしたり、シャオからEPエネルギーの使い方を注意されて、アシモフの事を思い出したりもした…アシモフの事を、簡単に考える事が出来る様になった自分に驚いた。どうやら僕は、あの出来事のトラウマを、僕の予想以上の速さで消化出来つつあるようだ。

 

「けど、よくこんな巨大な飛空艇が浮かんでいられるよね。大陸所か、世界のどこにだってない技術だよ」

「皇神は独自の秘匿技術を持っているからね。眉唾な話だけど、重力制御だって出来る…なんて噂も聞いたよ。実際、優奈さんもそう言った芸当が出来てる以上、本当に眉唾なのかの方が怪しいくらいだけど」

「うーん、確かに優奈のあの芸当…折れそうな枝の上に平然と立ってる光景、見ちゃったし…確かにありえるかもしれないね。それに、皇神は第七波動の分野では世界でも独走状態…科学の域を超えた技術(オーバーテクノロジー)を持っていても不思議じゃないか」

『それにしても…私はこうしてGVのミッションに参加するのは初めてだけど…警備、きつくない?』

「そうだね、シアン…確かに、なかなか警備が手厚い」

「だけど、「連中」…エデンはその手厚い警備を掻い潜って飛天をジャックした事になる。多分何らかの第七波動を使って…」

「エデンの第七波動能力者…か」

「あ、そうそう、その下を進むと、格納庫(ハンガー)だ。皇神は飛空艇内で試作兵器の運用実験をしているなんて噂もあるみたい」

「皇神の事だから、そんな噂が事実だとしてもおかしくは無いね」

 

 そういえば、優奈さんの方はどうなっているんだろうか? そろそろ連絡の一つくらい来てもいい頃だと僕は考えていた。その頃には、僕は飛天の格納庫へと到着していた。その時だった、その格納庫にあった謎の飛行兵器が一人でに動き出し、勝手に出撃してしまったのだ。

 

「あれは…? さっきのは、皇神の飛行兵器? 追いかけるべきか? それに一瞬だけだけど、何か糸の様な物が纏わりついていたような…」

 

 判断に迷っていた時、優奈さんから連絡が届いた。

 

「こちら優奈よ。今さっき飛天から何かが発進したみたいだけど…そっちで何か分かった事は無いかしら?」

「優奈さん…こっちで丁度その発進した飛行兵器を目撃したんだ。それで追いかけるべきかどうするかで迷っていて…」

「この進路…GV、優奈! 大変だ! 暴走した飛天は皇神の超高層ビルに衝突しようとしている!」

「なんだって?」

「なんですって?」

「予想される被害は甚大! 皇神だけじゃない。このままじゃ、被害は大勢の民間人にまで及んでしまう…!」

「…シャオ、確か飛天には緊急時用のコントロールルームがこの辺りにあったはずよ。私は今この位置だけど…GVとどっちが近いかしら?」

「ちょっと待って…この位置情報から判断して…GVの方が近いよ!」

「じゃあ私は飛行兵器の方を担当させてもらうわね。この位置、シャオなら分かると思うけど、丁度飛天の外壁に近い位置だから」

 

 そう優奈さんが言い終わった後、爆発音が聞こえた。恐らく外に出る為に外壁の一部を突き破ったのだろう。

 

「分かったよ。優奈も気を付けてね…GV、衝突まで時間が少ない。優奈の言ってたコントロールルームまでのナビゲートは僕がするから、急いで向かって! 君の蒼き雷霆ならそこでコントロールを奪えるはずだよ!」

「了解…シアン」

『ふふ…分かってるよ、GV。私の力を貸してあげる。このままだと大勢の人が犠牲になっちゃうんでしょ? 放っては置けないし…そして何よりも、他でもない、貴方の為なら…!』

 

――私の歌が、必ず、大好きな貴方を守るから…

 

 シアンの第七波動、精神感応能力「電子の謡精(サイバーディーヴァ)」――彼女と精神的に交わり(リンク)し、高められた僕の第七波動ならば強化された電磁場の力で空中を自在に移動する事だって出来る。今のこの時間が切迫している今、この機動力を頼りに先を急いでいく。そうして急いでいる内に、僕の通った後の通路から、知らない間に()()()()が迫って来ていた。

 

『何…あの光…? 凄く嫌な感じがする』

「僕も感じるよ。あれは危険だ…」

 

 あの光からは、僕やシアン、そして優奈さんの力に近い波動を感じる…あれに触れればただでは済まないだろう。だけど、幸いこの光は進行方向から来ている訳では無い以上、無視すれば問題は無い筈だ。そうして先へと進んでいる内にコントロールルームへとたどり着いた。

 

「あれがコントロール装置…急いで蒼き雷霆でコントロールを掌握しなければ…!」

『…! いけない! とても純粋な第七波動だわ! 気を付けて、GV!!』

「シアン…何か来るのか!」

 

 そう思っていた時、何処からともなく見慣れない紫色のロボットが現れた…その見た目はあえて言うならば、第九世代戦車(マンティス)に近い。

 

「プラズマレギオン!? そんなまさか!?」

「知っているの、シャオ?」

「試作第十世代型戦車「プラズマレギオン」…皇神が開発中の新型自律戦車だよ。だけどあれは、まだまだ完成にはほど遠かったはず…」

『そんな事、関係無いよ! GV、私の歌が貴方に届く限り、貴方は死なない…ううん、死なせない! 私が…私が、貴方を守るから――!』

 

 プラズマレギオンから放たれるミサイルの雨と地を這うプラズマ弾。そして敵の能力なのだろう瞬間移動を駆使して僕を追いつめようとしているが、この程度では手加減状態の優奈さんの方がよっぽど手強い。故に…

 

――天体の如く揺蕩え雷 是に到る総てを打ち払わん

 

「シアン…大丈夫、この程度の相手なら…! 迸れ、蒼き雷霆よ(アームドブルー)! いかなる障害も貫き払う、轟天の(いかずち)たれ! ライトニングスフィア!!」

 

 これに加え、シアンの力も借りている以上、負ける道理などあるはずも無かった。

 

「撃破完了…急いでコントロール装置に向かわなければ…!」

 

 そう思いながら僕はコントロール装置へと向かい、ダートを撃ち込んでハッキングを試みるが…

 

「これは…? プロテクトがかかっていてデータを書き換えられない…! 電子を操る蒼き雷霆以上の…ハッキングに特化した第七波動…?」

「そんな!このままじゃ沢山の人の命が…!」

 

 確かに今のままでのハッキングでは無理だろう…だけど、僕には優奈さんから教えて貰った力がある!

 

「シャオ、諦めるのはまだ早い…迸れ、蒼き雷霆よ…!」

 

 僕は体内にEPエネルギーを集中させ、優奈さんが扱うあの力…波動の力を行使する。正直今の段階では付け焼刃ではあるけれど…諦める道理は、無い!

 

「よし…プロテクトを食い破り出した…!」

「本当に!? 凄いよ、GV! …っ! GV、何かがこの部屋に向かって来てる!!」

 

 シャオの連絡を受けたと同時に現れたそれは、丸いフォルムが特徴的なロボットと思わしき存在だった。そして、そのロボットは腕にこの場に似つかわしくない女の子を抱えていた。その時だった。

 

『ちょっと待ってGV! …これ…何か…おかしい…っ』

 

 シアンがそう叫んだ途端、シアンの力(ソングオブディーヴァ)が解除されてしまった。

 

「シアン!?」

『そんな…私とGVの繋がりが…弱まった…?』

 

 それだけならばまだ何とかなった。だけど、そのロボットがこちらに対して攻撃を仕掛けてくるアクションをしたのが不味かった。

 

「くッ! やらせるか!!」

 

 僕はとっさにロボットに対して即座に接近し、先ほどまで使っていた波動の力を腕に集中し、腕に捕まっていた女の子を掻っ攫いながらロボットを殴り飛ばし、そのロボットを沈黙させた。今僕の腕に収まっている女の子は…呼吸は安定している。どうやら気絶しているだけで、無事な様だ。しかし…

 

「この子は一体…いや、それよりも…!!」

 

 即座に僕はコントロール装置へと戻るが…やはり、先ほどのやり取りの間にプロテクトが修復されており、今から食い破っても先に飛天が超高層ビルへと衝突してしまうだろう。

 

「そんな…もう少しだったのに…」

 

 シャオが意気消沈していたが、それよりも僕はシアンが気がかりだった。一応コントロールが無理だった場合の第二の案があるのだが、それをする為には彼女の助けがどうしても必要だったからだ。

 

「シアン、大丈夫? あのロボットが現れてから調子が悪いみたいだけど…」

『GV…多分原因はあのロボットじゃなくて、その子だと思う…何て言うか、その子を見ていると、何だかザワザワするの…』

「…飛天を止めるのに、今はシアンの力が必要なんだ。まだ調子が悪いだろうとは思う…少しの間だけで構わない。僕に力を貸してくれないか?」

『少しの間だけなら…まだなんとかなるよ…でも、大丈夫なの?』

「大丈夫。僕にはシアンだけじゃない。優奈さんも居るんだから」

 

 そう、第二の案、それは…

 

「ちょっとGV! 一体どうするつもりさ!?」

「ビルに直撃しない様、外から持ち上げる!」

「そんな…無茶苦茶だよ!!」

「無茶でもやるしかない…行こう、シアン」

 

 僕は女の子を安全な場所へと寝かせ、その後シャオのナビゲートで外へと飛び出し…

 

「迸れ、蒼き雷霆よ! 地に堕つ要塞、その雷撃で包み込め!!」

 

 僕の雷撃による電磁場による電磁浮遊、それを転用して直接持ち上げる事だった。だけど…

 

『ううっ…ダメ…! …力が…安定しない…! なんで…!?』

「シアン…! もう少しだけ持ちこたえてくれ…! そうすれば…!」

『あ…GV! この波動…優奈さんだよ!!』

 

 シアンが限界を迎えようとしていた時、優奈さんがこの場に駆けつけてくれた。

 

「遅くなってごめんなさい! 後は私が変わるわ! …はぁぁぁぁぁ!!」

 

 僕は優奈さんへとバトンタッチをし、ビルへの直撃コースを避けるはずの飛天に残した女の子を助け出そうとした時…突如地上からの高出力のビームが飛天へと突き刺さった。幸い優奈さんや僕は巻き込まれる事は無かった。確かあの位置は…

 

「あの位置…あそこには飛天の動力炉が存在している箇所だ!」

「…飛天の推力が弱まったのはそれが理由だったのね」

「じゃあ今の内に、飛天に居た女の子を助け出さなきゃ…」

 

 僕はそう言いながら残してしまった女の子を助ける為に飛天へと戻った…後にして思えばこの時、僕は優菜さんの会話をよく聞いておくべきだった。

 

『…優奈、GVとシアンの繋がり、明らかに弱まってるわよ』

「なんですって…! さっき遭遇した()()()()の事も考えると…GVの言っていた女の子はやっぱり…!」

『となると…優奈、不味いよ! やっぱりエデンはこの世界の私の事を狙って…!』

 

 この会話を聞き逃していなければ、僕はシアンをあのような目に合わせる事は無かっただろう…と。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第十話

 時間は僕が飛天から出撃したであろう飛行兵器…フェイザントを追いかける所までさかのぼる。

 

「あの機体…どうやらアスロックのパペットワイヤーで強引に動かしている様ね」

『だけど、私達が対処した時の完成したフェイザントと動きそのものに大差が無いみたいだけど…』

『込められている力が違うのよ、きっと。まあどちらにしても…アタシ達の敵じゃ無いわ』

 

 そう、フェイザントその物は敵では無い。実際にもうその背中へと取り付く事に成功しており、既にチェックメイトを済ませている状態だ。…この機体、真っ直ぐと向かっている様だけど…! あの人影…この世界のアキュラか! 装備を見るに、既に「ヴァイスティーガー」が、そしてロロが居る状態の様だ。

 

 だけどどうしてこんな所に? そう考えていた時、フェイザントはアキュラに対して

ミサイルを大量に放った。だけど、それは無駄な行為に終わるだろう。何故なら…

 

『やっぱり、「フラッシュフィールド」は搭載されているみたいだね』

「ええ…だけど、そろそろこのフェイザントを片付けてしまいましょう。このままではあらぬ誤解を受けそうだし」

『誤解が無くても、この世界のアキュラ、アタシ達に攻撃仕掛けてきそう。多分能力者の事、恨んでるままだと思うし…』

 

 アキュラの事は兎も角、フェイザントは始末しよう。僕は波動の力を拳へ込め、乗っていたフェイザントに叩きつけ、破壊を済ませた。それと同時に着地を済ませ、返す足で飛天へと戻ろうとした時、僕は()()()()()()。その瞬間、先ほど顔のあった場所に一筋のレーザーが通り過ぎた。

 

「…外したか。あれで仕留められると思っていたのだがな…能力者(バケモノ)め」

『惜しい! アレ絶対に当たると思ってたのに!!』

「…私は貴方に付き合っていられるほど今は暇じゃないの…退いてくれるかしら?」

「断る…ミチルを攫った輩に容赦をする理由など無い。ここで討滅する…!」

 

 ミチル…それはアキュラの妹の名前だ。そして、今、彼はミチルが攫われたと言った。もしかして、今飛天の中にミチルが居る状態…! やはりこの状況、仕組まれていたのか! そんな事を考えている僕の事等お構いなしに、アキュラは僕に襲い掛かかってくる。

 

 アキュラは高速飛行…ブリッツダッシュで高速接近してきた…あれはあのレーザーを必中させる為にロックオンするつもりの様だ。あれは特殊な方法でロックオンしているらしく、カゲロウでもこのロックオンを防ぐことは出来ない。だけど…

 

「…! ロックオンをすり抜けただと…!」

「生憎、攻撃をすり抜ける手段はあの有名なカゲロウ以外にも、色々とあるのよ?」

『嘘! アキュラ君、スパークステラーも通らないよ!』

 

 波動の力による疑似再現された邯鄲の夢の解法の(とう)の前では、それも無駄な事だ。当然、疑似再現された蒼き雷霆の力も例外では無い…世界を巡る以前の話に戻るが、()()()()()()()()()()()()()による言葉のお陰で、僕はもう邯鄲の夢を使用する事に躊躇いは無い。必要となれば、あの時ノワと相対した時と同じように終段も躊躇なく使用するだろう。

 

「私は貴方の言うミチルと言う子を攫ってはいないのだけれど…」

「仮にそうだとしても、貴様が能力者である事に変わりは無い。貴様はここで…どうした、ノワ…飛天が落下する…だと?」

 

 ノワからの通信で、どうやら飛天が落下する連絡を受けた様だ。それと同時に、落下のコースをたどっている飛天。確かにこのままでは…あの、超高層ビルへと衝突してしまうだろう。

 

『アキュラ君、どうするの? このままだとミチルちゃんが!』

「くッ! …なんだ? 強力な第七波動反応だと?」

『アキュラ君! アレを見て!』

 

 その光景は、この世界の僕が飛天を電磁場を利用した超電導磁気浮上によって、落下している飛天を支えている姿であった。だけど…やっぱり、シアンの歌で強化されている状態ならばもっと安定した状態を維持出来る筈だと言うのに、今のあの状態はかなり不安定だ…

 

 今ならアキュラの目は飛天へと向いている。動き出すなら今だろう。僕は即座にこの場を離脱し、空中に居るこの世界の僕と合流し、飛天を支えるバトンタッチを済ませた。その直後…アキュラの居た位置から、高出力のビームが飛天に向けて放たれた。あの位置は確か…

 

「あの位置…あそこには飛天の動力炉が存在している箇所だ!」

「…飛天の推力が弱まったのはそれが理由だったのね」

「じゃあ今の内に、飛天に居た女の子を助け出さなきゃ…」

 

 そう言いながらこの世界の僕は飛天へと戻っていった。恐らくアキュラの言っていたミチルの事だろう。だから僕はこの時、この世界の僕を止めるべきだった。

 

『…優奈、GVとシアンの繋がり、明らかに弱まってるわよ』

「なんですって…! さっき遭遇した()()()()の事も考えると…GVの言っていた女の子はやっぱり…!」

『となると…優奈、不味いよ! やっぱりエデンはこの世界の私の事を狙って…!』

 

 あの不安定な状態を見て予想はしていたけど、既に一度この世界の僕はミチルと接触してしまったらしい…今飛天はビルへの衝突は回避出来てはいるけど、僕がコントロールをして軟着陸をさせないと被害が大きくなると言う状態。それに、あの場を繋がりが弱くなった影響で限界を迎えつつあったこの世界のシアンの補助を受けた彼に任せる訳にも行かなかった。つまり、結果的にこの世界の僕がミチルを助け出すしかない訳で…

 

「飛天を軟着陸させた後、直ぐにGVと合流するわよ!」

『ええ!』

『お願い…二人共…どうか無事でいて…』

 

 …この世界のシャオに調達をお願いした()()()…早速、使う事になりそうだ。とは言え、あのパンテーラに通用するかどうかは疑問だけど…

 

――――

 

 

 僕は気絶している女の子を助け出し、優奈さんの手でゆっくりと軟着陸をする飛天を後にした。その着陸した先には、あの能力者を憎む復讐者…銃を構えたアキュラの姿があった。僕は助け出した女の子をそっと地面へと寝かせ、アキュラと対峙した。

 

「あのビーム、お前だったのか。アキュラ…」

「ガンヴォルト、その少女――ミチルを渡せ」

「ミチル? この子は一体…」

 

 その後の有無を聞かず、アキュラは僕に接近してきたため、僕は間合いを取る為にその場から離れた…その時だった。

 

「一挙両得。凍てつけ…「超冷凍(オールフリーズ)」!」

「なにッ!?」

「これは…!?」

 

 これは…氷か。く…足を取られたか…! 僕とアキュラが氷に足を取られた瞬間、僕達二人の中央から変身現象(アームドフェノメン)を起こしたと思われる男が出現した。

 

「量才録用。その子を連れ出した甲斐があったな…」

「その姿…皇神の能力者か」

「軽慮浅謀。違うね。僕は皇神の人間なんかじゃあない」

「彼の名はテンジアン。私を守る愛すべき七人の戦士「G7(グリモワルドセブン)」のリーダーさ」

 

 僕達の居る場所に、聞き覚えのある男の声が響いた。この男の声は…!

 

「その声は、パンテーラ!? やはり生きていたのか」

「おや、私の美声、覚えていてくれたのかい? 愛を感じるよ」

 

 パンテーラは幻覚を用いる能力を使うと以前のミッションでモニカさんから聞いた事がある。その能力を用いれば騙す事など容易い。優奈さんの言った通り、やはりパンテーラが首謀者だという事か…!

 

『やめてっ!! GVは私が守るっ!!』

「フハハハハッ! これだ! 謡精との結びつきが弱まる、この時を待っていた!!」

 

 あの男…シアンが見えるのか…! …優奈さんはミッション開始前、エデンは電子の謡精の力を狙っていると話していた…それに、あのテンジアンとか言う男の言動…やはり、この一連の事件の目的は…!

 

「シアン…! 出てきちゃダメだ! 奴には君が見えている!」

「さあ電子の謡精よ…我が愛の檻に囚われたまえッ!!」

 

 その瞬間、僕の目の前で、シアンが奴の第七波動と思われる鏡によって閉じ込められてしまった。

 

『何…これ!? GV!!』

「シアン!!」

 

 不味い…早く氷の拘束を解かなくては…! このままではシアンが…僕の大切な、シアンが…!

 

「それは我が第七波動が生み出した鏡…」

『…こんな鏡で閉じ込められたって、私は怖くなんて無いんだから!!』

「ふふ…君は実に健気な謡精じゃ無いか。本当は怖くて怖くて仕方がないだろうに、あえてそれを押し殺して気丈に振舞うなんて…実に深い愛を感じるよ…だけど、残念…少し黙っていてもらおうか。テンジアン、頼むよ」

「委細承知…はぁっ!!」

 

 この瞬間の出来事を、僕は決して忘れはしない。気丈に振舞う鏡に閉じ込められたシアンがテンジアンの手によって砕かれる。その瞬間を。この時、僕の脳裏にはオウカの屋敷で過ごした時の記憶が蘇っていた。優奈さんやオウカと出合い、日常生活を送り、少しづつ心を癒されていく事を感じた。実体化し、生前よりもずっとシアンと心を通わせることが出来た。その後にシャオとも出会って、シアンはますます笑顔を見せる様になり…

 

「そん…な…!?」

 

 そんなシアンが砕ける様を、僕は唯茫然と眺める事しか出来なかった。

 

「電子の謡精――その力を宿した鏡の欠片(ミラーピース)()()もあれば十分か。予定通り、回収完了。はぁ…ところでパンテーラ。その悪ふざけをいつまで続けるつもりなんだ?」

「ふむ…ここまでくればもはや皇神に潜入するためのこの姿でいる必要はないか。判ったよ…この美しき姿に別れを告げて、今見せよう! 真実の愛をッ!!」

 

 そうしてパンテーラが真の姿を現した…その姿は…まだ年端もいかない少女の姿であった。

 

「これが私の偽りなき姿…改めて…私はパンテーラ。「エデン」の巫女にして象徴」

「エデン…?」

「遥かに優れた力を持ちながらこの瞬間にも、無能力者たちに迫害を受け続ける能力者(どうほうたち)…能力者が安心して暮らせる世界を作ろうってのが、僕達「エデン」だ」

「フン…何かと思えば、フェザーと似たような連中か…」

「能力者の保護――彼らの志には共感しますが、それで救える者はごく僅か…私達が目指すのは旧き人たちを排除した能力者だけの理想郷です」

「過激派か…怖気が立つ」

「用心堅固。もういいだろう、パンテーラ。あまり君を危険に晒したくは無い。ミラーピースは回収出来た。ここは僕に任せて下がってくれないか?」

「テンジアン…判りました。この場はあなたに託します。けれど、貴方にも役目がある事を忘れないでください…」

「慎始敬終。何、君が手ずからスパイまでして持ち帰った皇神の技術――「宝剣」の力…もうちょっと、確かめてみようと思ってね」

「…また、会いましょう。全ては、愛に満ちた世界の――」

 

 その時だった。僕達の認識の完全な外から、超遠距離の狙撃による砲撃が、あの少女のパンテーラを捕えた。あの砲撃…あれはアシモフが使っていた対戦車用レールライフル「E.A.T.R.(イーター)」の狙撃! 確か、優奈さんがシャオに手配するようにお願いしていたのを見た覚えがある。つまり、この狙撃は…!

 

「何をボサっとしているの! 早くシアンを取り戻しなさい!」

「増援だと! …パンテーラ!」

「…大丈夫ですよ、テンジアン。この程度では、不覚は取りません」

 

 パンテーラが撃ち抜かれた瞬間、彼女の体はまるで鏡の様に砕け、その後、即座に無傷の本人が踊る様に姿を現した。この突然の事態を好機と見たのだろう。アキュラも動き出した。そして、僕も優奈さんに発破を掛けられ、停止していた思考を復活させ、即座に氷を粉砕し、テンジアンに肉薄した。

 

「今だ…! ロロ! チャージは済んでいるな!」

『当然! 僕に任せなさーい! このカケラ! 貰ったぁー!』

「シアンを…返せ!!」

 

 この隙を突いた結果…僕とアキュラはそれぞれ十枚あったミラーピースの内、それぞれ一枚づつ奪い取る事に成功した。

 

「…シアン!」

『…G……V……』

 

 奪い返したミラーピースから、シアンの声が聞こえた。

 

「その声…シアン!? 無事なのか!」

『私…またGVに…助けられちゃったな…』

 

 そうして姿を現したのは、文字通り妖精サイズとも言える、シアンの姿であった。

 

『今の私じゃあこの姿が限界みたい…でも、こういう姿も…悪くないでしょ?』

 

 どう考えても、シアンは強がっている様にしか見えない。僕に心配を掛けさせない為に…

 

「テンジアン…パンテーラ…よくも…よくもシアンをこんな姿にしてくれたな!!」

 

 僕の怒りの感情から、蒼き雷霆の力がより強く引き出される。優奈さんも背後で油断無くE.A.T.R.を構えており、アキュラは既に目的を達成したとみて、あの少女を連れて撤退をしていた。

 

「く…してやられたよ…残り八枚。遺憾千万…宝剣の力を試してみたかったが…」

「テンジアン、此処は引きましょう。あの状態の彼らを相手にしては、私達の被害が拡大してしまう…」

「パンテーラ…了解した。二枚も奪われた以上、こちらも一旦退くしかないか。遠走高飛…」

「逃がすか!!」

「逃がさない!!」

 

 僕はライトニングスフィアを、優奈さんはE.A.T.R.による砲撃を放ったが、その攻撃は届く事は無く、あの二人には結局逃げられてしまった。後に残ったのは、僕達と、小さくなってしまったシアンのみであった――そんな飛天の暴走事件から数日後、僕は前回の潜入時の反省から、シャオに新しい戦闘服を用意してもらっていた。

 

「どうですか、GV? 新しいお洋服は…」

「「お洋服」って…一応それ、戦闘用なんだけど…耐久性の向上とか、軽量化とか 前着てたのよりも数段強化されてるんだから」

「着心地はバッチリだよ…似合ってる?」

「ええ、とてもよく似合ってますよ、GV」

「うんうん、前よりも、ずっとかっこよくなったよ、GV」

「ありがとう、シアン…それにオウカも」

「ふふっ、本当によくお似合いです」

「シアンにもこの戦闘服の良さ、分かってくれて良かったよ。用意したボクも似合ってると思うし……けど、本当に服だけで良かった? まだ他に必要なモノはない?」

「今はまだ大丈夫…必要になったらまた頼むよ」

 

 あの戦いの後、大半の力を奪われ、小さくなってしまったシアンだったが、それでも実体化させる事は問題無く出来た為、シャオも以前と同じようにシアンの事を認識できていた。

 

「GV? 新しい装備を身に付けた様ね…早速だけど、訓練を始めるわ」

「了解です、優奈さん。先ずはこの装備に慣れないといけませんからね」

「GV、優奈さん…シアンさんの事で大変なのは分かりますけど、余り根を詰め過ぎては…」

「大丈夫だよ、オウカ。僕はそんな軟な鍛え方はしてないから」

「オウカ、本当に不味い時は私も無理矢理にでも止めるから、その辺りは安心して。どちらかと言うと、今はシアンの方が気がかりなのよ。力を奪われて、あんなに小さくなってしまったのだから」

「優奈さん…私は平気だよ。それよりも私は二人に、あまり無理をして欲しくないな…」

 

 シアン…今は平気そうだけど…この姿になった事で、今後どんな影響があるかは判らない…一刻も早く、シアンの力が封じ込められたあの「ミラーピース」を奪い返して、元の状態に戻さなければ…そう思いながら、僕は優奈さんに何時も訓練所として使ってる場所へと向かい、そこで訓練を始めた。

 

 鈍っていた体も、これまでの訓練と前回のミッションも含めた経験によって、大分戻ってきているのを感じている。とは言え、まだまだ全盛期には程遠い。そんな感じに訓練を重ね、僕達は休憩に入った。その時、優奈さんが僕に話しかけて来た。

 

「…ごめんなさいね」

「優奈さん?」

「私がもっと早くエデンの罠に気が付けていれば、こんな事にならなかったわ…目的その物は既に把握していたと言うのに…」

「いえ、僕も優奈さんの話を聞かずにあの女の子…ミチルの救出を優先してしまった。それにあの時…シアンが砕かれてしまった時、僕は動けませんでした」

 

 そうお互い謝りながら暗い顔をしていると、シアンが僕達に話しかけて来た。

 

『もう、二人共! 過ぎた事を悔やんでも仕方が無いでしょう! 私は力の大半を奪われちゃったけど、こうやって二人に助けれて無事だったんだから! あの時、内心私はもうダメだって思ってた。でも、優奈さんが隙を作って、GVは私を助け出してくれた。私、とっても嬉しかったんだから…』

「「シアン…」」

『これ以上の訓練はやめた方がいいわね』

『もう帰って、オウカの屋敷に帰ろう? 今は頭を冷やして、体を休める事の方が大切だと思うの。それに…一つ、試してみたい事があるの』

「試してみたい事?」

『うん。もし上手くいけば…この世界の私の事、元に戻せるかもしれないから』

「…それは、本当なのか!?」

『そんな事、出来るの?』

『…あぁ、なるほどね。アタシもそれ、試してみてもいいと思うわ』

 

 優奈さんのシアンに何か打開策があると言われた為、僕達は一度オウカの屋敷へと戻り、元に戻せるかもしれないと言う方法をお願いする事となった。

 

『行くよ、()。気をしっかり持ってね』

『うん。お願いね、()

 

 今、優奈さんのシアンの手のひらに僕のシアンが佇んでいる。そして、彼女のその手のひらから凄まじい…今まで感じた事も無い程の膨大な第七波動が溢れ出した。

 

『んぁ…! 何これ…凄い…力が、溢れてくる!』

「この方法…私の居た世界のミチルが電子の謡精(サイバーディーヴァ)の能力を得た状況を疑似再現しているのね!」

『そう言う事。あの時は力が垂れ流しだったから、本来ならミチルに悪影響を起こしそうだったけど、ロロが防波堤になってたのよね。それで、今やってるのは…』

「優奈さんのシアンの力を、僕のシアンに流しているんですね?」

『そう言う事。私もあの頃よりもずっと力の制御、上手くなったから出来るんじゃないかなって思ったの』

 

 そして十分も経たない程の時間で、僕のシアンはあの小さな姿から、元の姿へと戻った。

 

『わぁ…本当に、元に戻れた。やったよGV! 私、元に戻れたよ!!』

「シアン…! 良かった…本当に、良かった…」

 

 僕はシアンを実体化させ、お互いに抱き合う事で喜びを表現していた。互いに触れ合い、体温を感じ、鼓動を感じる。ここに居るのは間違いなく、あの時感じた時と全く同じ、僕の大好きなシアンだ。

 

「これで当面の問題は回避は出来たけど…」

『だからと言って、奪われたシアンの力、回収しない訳にはいかないわよね?』

『そうだね…どんな風にこの世界の私の力を使うつもりなのかは分からないけど…きっとろくでもない使い方、すると思う』

 

 …僕は優奈さん達が抱き合っている僕達を見ながらこのような会話をしていたのを聞いて、慌ててシアンから離れた。シアンの方を見て見た…顔が真っ赤になっている。僕もきっと、同じように顔が真っ赤になっているんだろう。

 

「「………」」

「今は、そんな話は野暮ってものね。続きは明日にしましょう」

 

 そう優奈さんに言われた後、僕達二人を置いて、優奈さん達は部屋を出て行ってしまった。どうやら、気を使われてしまったようだ…

 

「シアン…」

「GV…」

 

 この日、この部屋で、僕とシアンの影が重なった。その後は…語るのは野暮と言う物だろう。

 

 しかし、あれだけの第七波動…本人曰く、あれで()()()()()()()()()()のだと言う。優奈さんのシアン…文字通りけた外れの第七波動だ。彼女が抑止力として機能した理由の一端を測らずとも知ることが出来てしまった。だけど…この膨大な第七波動、下手をしたらエデンに察知されてしまうのではと僕は危惧していたのだが…

 

「大丈夫よ。あの時、事前に波動防壁で第七波動を遮断して隔離していたから」

 

 あの時、優奈さんは事前に手を打っていた。考えてみれば、光学迷彩の時点で第七波動を遮断出来ていたのだ。純粋に第七波動を隔離する為の空間だって当然作れる。ともあれ、元に戻ったシアンがオウカとシャオに「心配を掛けてゴメンね」と謝りつつ、元に戻った事を伝えている光景を見ながら、改めて僕は心の底から安堵した。そして、必ずエデンからシアンの力を取り戻す。彼女の力を利用した悪事を防ぐ、その為に。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第十一話

月下(ビースト)

月下の洋館は来る者拒まず、去る者許さず
出迎えるのは仮面の召使いと残忍な罠
恐怖はない…ただおぞましい予感に心が逸る


 シアンが元に戻ってから少しの時間が過ぎた。この間、僕やシャオ、そして優奈さんはエデンの情報を集めつつ日々を過ごしていた。そんなある日、オウカからとある奇妙な情報を聞く事となった。

 

「GVは、最近街で起こっている神隠し事件をご存知ですか?」

「神隠し事件…そう言えば優奈さんも最近そんな事件がこの街で立て続けに起こっている事を話していたな…オウカ、何かあったの?」

「…実は、私のクラスのお友達も行方不明なんです…例の神隠しじゃないかと噂されていて…」

 

 そんな事を僕達が話していた時、優奈さんが帰宅し、その例の神隠しの情報を持ち帰っていた。

 

「GV、例の神隠し事件の情報なんだけど…」

「あ、優奈さん。丁度良かった。実は…」

 

 僕は優奈さんにオウカのクラスの友達が行方不明になっている事を話した。その事を聞いた優奈さんは…

 

「…そう言う事なら、急いだ方が良さそうね。GV、この神隠し事件なんだけど、シャオと一緒に調査した結果、とある洋館の存在が浮かび上がったの」

「とある洋館…ですか」

「ええ…一応、写真も撮っといてあるけど…」

 

 そう言いながら優奈さんはその洋館が移された写真を見せてくれた。

 

「この洋館は…」

「オウカ、知ってるの?」

「はい。この地域では大分前から誰も住んでいない事で有名な洋館なんです」

「つまり、何者かがここを拠点にしていても可笑しくは無い…か」

 

 その様なやり取りの後、僕達はシャオにも協力を要請しつつ、急いでこの洋館へと向かい、内部へと突入した。

 

「協力してくれてありがとう、シャオ」

「気にしないで。丁度優奈と調査して怪しかった場所だったからね。それに、オウカのクラスメイトも被害にあってるんでしょ?  僕も放っておけないよ」

「ここはそこまで広い場所でもないから…私は姿を消して遊撃に回るわね」

「了解」

 

 優奈さんが姿を消し、本格的に洋館内へと突入した僕達を先ず迎えたのは、赤い丸い球の様な物…所謂、浮遊機雷だった。僕はダートを三発当て、これを破壊した。

 

「…入って早々に浮遊機雷の歓迎か」

「もう殆ど黒と判断しても良さそうだね、GV、優奈」

「ええ……シャオ、完全に黒なのが確定したわ…はぁ!」

 

 優奈さんがそう言いながら倒した相手…この特徴的な強化服(パワードスーツ)…こいつは…! 

 

「エデンの兵士…!?」

「予想はしてたけど、神隠しはエデンの仕業だったみたいだね。でも何のために…」

「それは先に進めば分かるはず…急ぎましょう」

 

 道中にはエデンの兵士、浮遊機雷、爆弾を発射して来るロボット等が立ち塞がっていたが、僕と優奈さんの敵では無い。そうして先へと進んで行くと…

 

「うわ! こいつ、なに?」

 

 例えるならば、仮面をかぶったミイラと呼ぶべき存在と遭遇した。僕は三発ダートを当ててからの雷撃で撃破したが…この存在は最終的に血溜りと成り果てた。これは…人? いや、これは…姿は全く似ていないが、僕の脳裏に、かつて戦ったゾンビの姿がよぎる――嫌な予感がする。

 

「…優奈さん」

「…分かっているわ」

 

 優奈さんも僕と同じ事を考えている様だ…最悪、生存者は諦めなければならないのかもしれない。そう思いながら先へと進むと、今度は警備システムが僕達を出迎えた。

 

「持ち主不在のはずの洋館に警備システムなんて…奴ら、ここで一体何を…?」

「さっきのミイラみたいな存在の事を考えると、此処で何かの実験でもしていると考えるのが自然でしょうね」

 

 そんなやり取りをしながら、警備システムを無力化しつつ先へと進んで行く。その先の壁に、大きな爪痕が残っていた。

 

「この爪痕…今まで出て来た敵が付けられる代物では無いわね」

「ここの壁、結構頑丈に出来てる筈なのに…」

 

 シャオのそんなつぶやきを聞きつつ先へと進むと、妙な物体が姿を現した。あれは…見た目通りならば確か鉄の処女(アイアンメイデン)と呼ばれる拷問具だったはず。

 

「どうも前を通った人間を捕縛する罠みたいだね…」

「ただの悪趣味なインテリアじゃないってことか」

「念のため、破壊しながら進みましょう」

 

 道中の罠を破壊しながら、僕達は奥へと進んで行く。

 

「連れ去られた人達…どこにも見当たらないな」

「…GV、私達はもう、その人達を見ていると思うわ」

「前に見たゾンビの事を考えれば確かに…そういえば、アレも第七波動によって作り出された物だった」

「えっ!? GV! ゾンビを見たことあるの? …その話、後で詳しくね」

「シャオ、ゾンビ物が好きなのか…っと、この血溜りは…」

「これまた趣味の悪いトラップだね」

「何も知らずに踏み抜けば…なる程、串刺しになるって訳ね」

 

 優奈さんがこの血溜りへと足を踏み入れた瞬間、それは槍へと変化し、優奈さんを襲った。だけど、彼女はそれを透過する形で回避した。あれは…カゲロウと似てはいるけど、少し性質が異なる様だ。

 

「血溜りの段階…トラップ発動前ならば、雷撃麟で破壊できるみたいだ」

 

 僕はそう言いながら天井にあった血溜りを除去した。そうして先へと進んで行くと、鉄の処女が大量に設置されている場所に出た。

 

「薄気味悪い場所だね…」

『うぅ…もうやだ…なんなのここ…』

「シアン?」

「…怖くて口がきけなかったみたいね…私の方のシアン達も、一緒みたい。所で、ここまで進んでみたけど…ここにはG7が居るとみて間違いないわ」

「優奈、如何して分かるの?」

「道中の罠とか、他にも色々と()()()()()()経由での情報ね」

 

 優奈さんは並行世界から来た蒼き雷霆()だ。つまり、この能力者と戦った経験がある。独自のルートの情報とは、そういう事なのだろう。

 

「どんな相手なの? 優奈」

「確か金属を操る能力者だった筈よ。名前はジブリール。見た目は確か、()()()女の子だった筈」

 

 この時、優奈さんはやけに「小さな」と言う部分を強調しており、この時点で消していた姿も表に出していた。それがどう言う事なのか…それは後程把握する事となる。

 

「あの血溜りからああいった罠を出す原理って、金属を操ってやってたんだね」

「そう言う事よ。そして、此処に出てくるゾンビも恐らく、人間の血液を構成する鉄分を利用して操っているのでしょう」

 

 そうして先へと進んで行くと、なにやら見慣れない、蒼く輝く浮いた光玉を発見した。

 

「あれは…」

「GV、何か見つけたの?」

「…あの光る玉から、蒼き雷霆の力を感じるわ」

「蒼き雷霆の力…言われてみれば、確かに」

「…恐らくだけど、あの力の波動はアシモフの物ね」

「…!」

 

 言われてみれば、確かにあの光玉からアシモフの気配がする。しかし、何故こんな所に…

 

「…GV、能力者が亡くなった後、どうなるか知ってるかしら?」

「…いえ」

「それはね…魂だけの存在となって彷徨うの。生前の能力因子を乗せてね*1

「な…!! じゃあこの光玉は…アシモフの…!」

「この力の波動を考えると、間違いなくそうだと思うわ…この話には続きがあって、この魂に同じ能力者が触れる事で能力の強化が…そして、無能力者が触れる事でその能力に目覚めるの…これの厄介な所はね、死亡した際に能力因子を乗せた魂が複数に拡散してしまう所なのよ」

「………」

「…後に、ここにはこの国の軍関係者とかの能力を持たない人達が調査に来ると思うの。そして、その人達がこの光玉…アシモフの魂の欠片に触れてしまうと…」

「新たな蒼き雷霆の能力者が誕生してしまうんですね…本人の意思とは関係無く…」

「そう言う事よ…私が触れましょうか? 貴方にはまだあの時の心の傷が…」

「…いえ、此処は僕が触れます。僕は優奈さん達のお陰でアシモフのあの出来事によるトラウマを乗り越える事が出来ましたから」

 

 そう言いながら、僕はこの光玉へと触れる…この懐かしい感じ、やはりこれはアシモフの魂なのだろう。そしてこの事により、僕の中で新しい力が覚醒(めざ)める──その新たな力は、この奥に控えていた相手へと向けられる事となった。そう、G7の一人、ジブリールに対して。

 

「この子がG7…ジブリールか。こんな所で何をしている?」

「ふぅん…テメェがガンヴォルトか…ここは(パク)ってきた無能力者(ゴミ)共から生命力(ライフエナジー)を抜き取って、この俺、ジブリール様の第七波動(セブンス)に変える実験場…これも、パンテーラが持ち帰った皇神(スメラギ)の技術ってヤツの一つだ…それよりも、そこの女! ここに来るまでの間に俺の事、「小さな」女の子だって馬鹿にしやがったな!」

「…さて、何の事かしら?」

「しらばっくれるんじゃねぇ! …ニケーからはガンヴォルトやテメェと遭遇したら()()()()退()()()()()言われてたけどよぉ…俺の身長を馬鹿にされた以上、絶対に許さねぇ…ガンヴォルトも当然だが…テメェは特別に極刑だッ! むごたらしくかっさばいてやるッ!」

 

 そう言いながらジブリールは本の様な物を取り出した。その本は一人でにパラパラと動き出し…その本から大量の黒い蝶が溢れ出した。

 

「この力は…!」

「シアンの力の気配がする…」

「行くぜ…!」

 

 その黒い蝶達はジブリールへと集まり、そこには宝剣による変身現象(アームドフェノメン)を引き越したのと同等…いや、それ以上の力を持った彼女の姿があった。その姿はあえて言うならば、童話に出てくる「赤ずきん」を連想させるような姿であった。そして、ジブリールとの戦いが始まった。

 

 彼女の主な攻撃方法は鉄の処女を頭上に出現させて相手を閉じ込めようとしたり、空中に血液の玉を複数展開し、それを道中のトラップの丸ノコに変化させこちらに誘導したり、トラップ化する血液の玉を周囲にばら撒いたりと様々だった。

 

「…やはり、洋館内に居た「彼等」は…!」

生命力(エナジー)を抜き取った抜け殻を、金属を操るオレの第七波動──「メタリカ」で(シモベ)にしてやったのさ! 脈に流れる「鉄分」を操ってな? 能力者(オレ)らをコケにしてきたゴミ共が傅くザマは痛快だったぜ! …そう言えば、つい最近攫ったゴミ共も居たなぁ。テメェらを始末した後、たっぷりといたぶって、抜き取って、始末したテメェらと同様に新しい僕にしてやるよ!」

「やって見なさい! 出来るものならばね! 最も、「小さな」貴女には無理な話でしょうけど…! GV、ここからは出し惜しみは無しよ! 全力で行きましょう!」

「テメェ…また俺の身長の事を馬鹿に…!!」

 

 優奈さんがジブリールを挑発する事で攻撃が彼女に集中した。この間に僕はシアンに謡精の歌(ソングオブディーヴァ)の発動を要請した。

 

「シアン…頼めるかい?」

『ええ、任せて! もうあの怖いのが無くなったから、遠慮なく唄えるわ! いくよ、GV!』

 

――私の歌が、必ず、大好きな貴方を守るから…

 

 シアンの歌の旋律が僕の体を駆け巡る。あの時小さくされてしまった前の時以上に、力が溢れるのを感じる。これならば…!

 

「負ける気が…しない!」

 

 僕の強化が終えると同時に、複数のエデンの兵士がジブリールを掩護する為に僕の周囲に突然出現し、その手に持つ短剣で同時に僕に対して切りつけて来た。恐らく、あの強化服による光学迷彩で忍び寄っていたのだろう。だけど…

 

「お前達が僕を囲んでいるのは分かっていた! 行くぞ、吼雷降(こうらいこう)!」

「「「うわぁっ!!」」」

「ぐ…テメェ! 誘導しやがったな!」

「引っ掛かる貴女が悪いのよ」

 

 いつの間にか優奈さんは僕が新たに得た新スキル「吼雷降」の射程範囲にジブリールを誘導していた様だ。謡精の歌による強化も加わった雷により、僕を囲っていたエデンの兵士たちは全滅し、ジブリールにも打撃を与えることが出来た。

 

「チッ…! ヤルじゃねぇか! だったら…!!」

 

 そう言いながら、ジブリールは赤ずきんの姿から、狼を思わせる姿へと変化させた。これも恐らく、皇神から奪った技術の成果なのだろう。

 

「姿が変わった…!?」

「変態野郎め! 何イヤらしい眼でジロジロ見てんだ!」

 

 そう言いながらジブリ-ルは優奈さんを巻き込む様に切り上げながら巨大な衝撃波を発生させた。それを僕はカゲロウで…優奈さんはカゲロウに似た何かで回避し、僕はダートを三発当ててからの雷撃麟で…優奈さんはその手に持った片手銃(ハンドガン)による攻撃で反撃を試みた。

 

「ぐぅ…こんな奴等に痛めつけられるなんて…! 俺こそが痛めつける側なんだッ! それを思い知らせてやる!!」

「こいつ…正体を失っている?」

「…変身現象特有の状態ね。あの姿だと自身の潜在意識が表に出るのよ。恐らく、自身の能力をより深く引き出す為にね。GVにもああやって変身した相手がおかしくなる所を見た事があるはずよ…デイトナとか」

「そう言えば…確かに…」

 

 この会話の間にも、ジブリールは正気を失いながらも僕達を切り刻もうとこの戦場を跳ねまわったり、時にはフェイントを仕掛けて真上から攻撃を試みたり、増援のエデンの兵士による光学迷彩からの不意打ち等もあったのだが…それでもそれらすべてを跳ねのけ、ジブリールを確実に追い詰めていった。

 

「やるじゃねぇか…俺をここまで痛めつけたのは、お前達が初めてだ! いいぜ、見せてやる! 全身で全霊の! 全力の、全快をッ!! この体、もう、どうなっても知りやしねェッ!!! …行くぜぇ、とっておきだぁ!!!」

 

――疾走を始めた獣の本能 その身貫く無数の鋼刃 痛みを越えて至る楽土

 

「始めるぜ…! アイアンメイデン!!!」

 

 ジブリールは自身を鉄の処女に閉じ込め…その内部から力を開放し、彼女の第七波動が可視化する程の力を纏って姿を現した。そして、そのまま凄まじい速度で僕達に突撃を開始した。この凄まじい連続した突撃に、僕は一度掠ってしまった。

 

「ぐ…オーバーヒートしたか!?」

『嘘…!? GV!!』

「急いでチャージングアップを済ませなさい! …来るわよ!」

 

 優奈さんの警告と同時に、ジブリールの跳ね回った痕に付いた血液から巨大な大剣が出現し、僕を貫こうとしたが…チャージングアップを間に合わせ、何とかカゲロウで回避することが出来た。

 

『良かったぁ…』

「シアン、安心するのはまだ早いみたいだ」

「その通りだぜ! まだまだこれからなんだからなぁ!!」

「あの攻撃…どうやら体に相当な負担が掛かっているみたいね」

「自滅を狙う事も出来そうだけど…それを待つにはリスクがデカイか」

「ここは…範囲の広い攻撃で足を止めてから仕留めるべきね…GV、頼めるかしら?」

「了解!」

 

――閃く雷光は反逆の導 轟く雷吼は血潮の証 貫く雷撃こそは万物の理

 

「迸れ、蒼き雷霆よ(アームドブルー)! 血に狂う(ケダモノ)、その狂気を鎮める雷光(ヒカリ)となれ! ヴォルティックチェーン!!」

 

 僕はヴォルティックチェーンによって発生させた鎖を全域に展開し、ジブリールを捕え、その身に雷撃を浴びせかけた。

 

「あああああああああああ!!!」

「これで終わりだ、ジブリール!」

「トドメの一撃…受けなさい!! Λ・ストライク…シュート!!」

 

 優奈さんは、持っていた片手銃に波動の力を籠め、ジブリールに向けて放った。不可視の力によって強化され、放たれた弾丸は間違いなく彼女を撃ち抜いた。

 

「あぁ…!! この…痛み………しゅごぃ

 

 この僕の雷撃と優奈さんの一撃によってジブリールはその身を散らし、彼女の持っていた本からシアンの力が飛び出し、彼女の元へと戻っていった。そして、本は力を失った為か、青白い炎を発生させ、何も残さずに燃え尽きた。最期に優奈さんに撃ち抜かれた時のジブリール…心なしか、悦んでいたような気がするが…気のせいだったのだろうか? まあ何はともあれ…

 

「撃破完了ね」

「お疲れ様、二人共…GV、優奈、連れ去られた人達は…」

「ジブリール…彼女の口ぶりからして、連れ攫われたオウカのクラスメイトとそれ以外の一部の人達は無事みたいだ」

「この奥に更に通路が続いているわね…先に進みましょう。多分、生存者がいるはずよ」

 

 そうして先へと進み…気絶していたオウカのクラスメイトを含めた生存者達を発見し、僕達はオウカにいい報告が出来ると心から安堵したのであった。

*1
前作第六十四話にて




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第十二話

激流(ウォーター)

高潔な海の番人が掲げる汚れなき世界
その清き(セカイ)(ヒト)が棲むこと叶わず
大海を想う激流は清すぎるが故に排他的



 ジブリールを撃破してから、また少しの月日が流れた。この間に僕は優奈さんから教えて貰っていた波動の力をある程度使いこなす事が出来る様になっていた。

 

「…そこまでよ、GV。大分使いこなせるようになってきたわね。」

「ふぅ…この力…本格的に扱ってみて分かりましたけど、EPエネルギーの消費が思った以上に激しいですね」

「ええ、私の場合は装備やエターナルヴォルト、それにシアンの歌で対処しているわ。単純な攻撃力はこちらの方が上なのだけど、EP効率や使い勝手を考えると雷撃麟の方がずっと効率的なのよね。雷撃麟は攻防一体の技…対して波動の力は雷撃麟の様に攻防一体って訳にはいかないわ」

「ならば雷撃麟を強化すれば、どうですか?」

「私も場面によってはそれをやった事は何度かあるわ。だけど、EPエネルギーの消費が激し過ぎて即座にオーバーヒートしちゃうのよね…それに、アレもコレもと手数を増やし過ぎると、選択肢の幅が広がり過ぎて最適な行動が取りにくくなってしまうわ」

「分かります。僕も蒼き雷霆(アームドブルー)のスキルが多くなってしまった時、ミッション中に使うスキルは制限してますから」

 

 優奈さんもこの手の選択肢の幅で悩んでいた時があったみたいだ。そんな風に僕達は訓練を続けていたら、シャオがエデンの情報を持ち込んでくれた。その内容は…

 

「エデンの連中が、地下水道で何かの工作を行ってるみたい。多分狙いは水道施設…ライフラインの断絶を狙っているんだと思う」

「これはシアンの事を除いても、他人事ではないわね…」

「判った。被害が大きくなる前に止めてみせるよ」

「それともう一つ…指揮官はG7の一人みたいだ。連中の工作を阻止しつつ、シアンのためにもミラーピースを取り戻そう!」

「場所は水に関係している場所ね…GV、訓練の成果を発揮できる機会になりそうね」

「優奈、どういう事? 少し前から、GVに何か教えてるみたいだけど」

「それは後で説明するよ、シャオ。今回のミッション、この教えて貰った力が役に立ちそうだからね」

 

 そうして僕達はエデンが工作しているであろう地下水道へと足を運んだ。

 

「エデンの構成員は下水道の奥まで配置されているようだ」

「了解、構成員を無力化しつつ前進する」

「…ここは広い場所の様ね。私は何時も通り姿を消して別ルートへ向かうわ」

 

 そう言いながら優奈さんは姿を消しながら僕と分かれ、別ルートへと向かった。それを見送った後、僕も出発し、先へと進んだ。

 

「確か水に浸かった状態で雷撃鱗を使うとオーバーヒートしちゃうんだよね?」

「雨や足が浸かる程度の水なら、問題ないんだけど…」

「水位が高い場所での雷撃鱗は要注意だね…」

 

 そう言いながら先へと進むと、早速そう言った水位が高く、それでいて飛び出すと狙い撃ちされる場面に出くわした。

 

「あの敵…シールドを張りながらミサイルを撃ってくるか」

「GV危ない、避けて!」

 

 そのミサイルは僕の眼前に迫ってきている…通信経由でシャオの悲鳴が聞こえてくるけど…もう僕は水場での対策を優奈さんに伝授して貰っているんだ!

 

『やったぁ! GV、優奈さんとの修行の成果、ちゃんと発揮できたね!』

「え…GV、今のミサイル、どうやって防いだの!?」

「説明は、こいつを倒した後でするよ。はぁ!」

 

 僕は体内にEPエネルギーを収束させ、波動の力をさせて拳に込め、盾を構えたロボットへと叩きつけた。

 

「凄い…相手は防御してたはずなのに、一撃で倒しちゃったよ!」

「シャオ、これは波動の力と優奈さんが呼んでいる力だよ。人間なら誰もが持っていると言う第一から第三までの波動を、僕の力で増幅して発現している力なんだ。優奈さんも自身の能力でこの力を増幅する事で、あの光学迷彩なんかを実現しているんだ。因みに、僕の場合は体内にEPエネルギーを収束させる事で発現させているから、水中でも問題無く使用できる」

『つまり、今のGVは水と言う弱点を克服出来ているのよ? 凄いでしょ、シャオ?』

「…シアン、今の状態じゃあシャオには伝わらないよ」

 

 そんなやり取りをしつつ、先へと進んで行く。道中の敵の数が予想以上に多く、エデンのこの地下水道に対する工作の力の入れようが分かる様だ。

 

「敵が多いな…」

「もしエデンの工作によって地下水道が機能しなくなれば、街に汚水が溢れる事になり、それは伝染病の蔓延に繋がる…エデンのヤツら、本当に見境のない…!」

『「シャオ…」』

「…ごめん。少し故郷を思い出して…」

 

 シャオは時折、この様にエデンに対する怒りを露わにする事がある。無理も無い。彼は故郷をエデンに滅茶苦茶にされてしまったのだ。その怒りは理解できる。シアンも悲しそうな表情をしながら話を聞いていた。そんな時だった。

 

「こちら優奈よ、さっき外でフェイザント…飛天に居た起動兵器を目撃したわ。私の方は大丈夫だけど、GVの方では遭遇するかもしれないわ。警戒を忘れないで」

「了解」

 

 優奈さんからフェイザントの情報を得ながら先へと進んで行く…その道中、水が溜まっている箇所へと遭遇した…どうやら、先に進むにはここを通るしかなさそうだ。

 

「その下、水が溜まってる。汚いだろうけど、潜って進んで。オウカにはお風呂の準備しておいてと伝えておくからね」

「助かるよ…」

『こういう時、この体って便利だなぁって思うの。実体化したり、解除出来たりって』

「確かにそうだね…」

 

 まさか、シアンのあの状態を羨ましいと思う日が来るとは思わなかった。そんな事を考えながら敵を無力化しつつ、先へと進んで行く。そして、一度外に出る事となった。その時だった。

 

「こいつは飛天にいた…!」

 

 優奈さんに警告されていたフェイザントと遭遇し、そのまま戦闘に突入する事となった。

 

皇神(スメラギ)の無人戦闘機フェイザント…鹵獲機か。優奈の報告にあったけど、地下水道(こんなところ)で戦う事になったのは想定外だよ…」

『だけどGVなら、こんな奴敵じゃ無いわ!!』

「その通りだ…! 機械である以上、僕の雷撃の敵じゃ無い!」

 

 そう言いながら僕はダートを上半身、下半身の二カ所に打ち込みながら相手のミサイル攻撃を雷撃麟で防ぎながら攻撃を仕掛け…

 

「トドメだ! 吼雷降(こうらいこう)!!」

 

 フェイザントの真下へと潜り込みながら吼雷降を叩き込み、これを撃破した。

 

「流石GV、鮮やかに決まったね! この調子で奥に進もう!」

 

 そうして敵を倒しながら先へと進んでいたその時、シアンが歌を唄いだした。

 

『頑張って、GV!』

 

 その歌のタイトルは「多元的宇宙(マルチユニバース)」僕が大きく活躍していると、時折こうして歌いだし、力を貸してくれる。これは謡精の歌(ソングオブディーヴァ)とはまた違っており、強化率は低いものの、長く安定して加護を受けることが出来る。

 

 前回のミッションでは優奈さんも一緒に居た事、そして本人が洋館の雰囲気に怯えていた事も有り、こういった歌を歌う事は無かったけど、今回は優奈さんとは別行動であった為、こうしてシアンは歌ってくれている。そして、そんなシアンが何かを察知した。

 

『GV、何か第七波動の気配を感じる…! 気を付けて!』

 

 その警告を受けつつ先へと進んで行くと、当然前方に大きな水流の渦が巻き上がっていた。

 

「今のが敵の第七波動…!」

 

 今の水流で巻き上げて、この先に行かせないつもりか!

 

「水を操る能力者か…GVにとっては特に厄介な相手だね…」

「弱点を克服出来たとは言え、あの水流の渦…油断は出来ない」

 

 見た所、あの水流には攻撃能力が備わっていない。だから注意するべきは巻き上げられた際に天井へと衝突したりする二次災害の方だ。僕はこの水流の渦へと対抗する為に、波動の力を行使する。あの時敵の攻撃を防いだように、不可視の力を纏い、全身を守りながら先へと進んで行く。そして、この守りは功をそうす事となった。

 

「ぐ…横から…! 敵の攻撃か!」

『今のは防げたから良かったけど、この水圧、まともに喰らったら危険だよ』

 

 横から水を飛ばしてくるなんて、中々トリッキーな事をする。波動の力を覚える前の僕だったら、その相性の悪さに今以上に苦戦していただろうな…

 

「その先、足場が少なくなってる。水流も飛んでくると予想出来るけど…何らかの手段で慎重に降りて」

 

 僕は波動の力で雷撃麟のホバリングのみを再現しながら慎重に降りて行く。案の定、水流が発生し僕に襲い掛かったが、もう道中の水流の発生を何度も見たお陰でその事前の兆候を見破り、一度も引っ掛かる事無く降り切ることが出来た。

そして、その先にはシャッターが存在しており…

 

「閉じ込められた…?」

「GV、下の方にサイレンがある。それを破壊すれば出られるはずだ。あの位置なら、前のミッションやフェイザントを撃破した時のスキルの攻撃が届くはず。それでサイレンを破壊するんだ」

「了解…吼雷降!」

 

 僕は吼雷降を発動させ、真下にあったサイレンを破壊し、この部屋から無事脱出することが出来た。

 

「この先、着地できる場所まで結構な距離がある。間違いなく水流や横からの水による攻撃が多いと予想出来るから気を付けてね、GV」

 

 そんなシャオの予想通り、この長い距離の間にかなりの密度の水流と横からの水による攻撃のトラップがあった。実際に、何度か僕も巻き上げられてしまったのだが…

 

「この水流の密度…厄介だな」

『これだけの水流…もしちゃんと受けていたら、服とか髪に付いた汚れが落ちてたかも』

 

 人間洗濯機か…ともあれ、僕は無事最下層へと到着し、この設備の最深部へと到着した。そこで待っていたのは…G7であると思われる男が待っていた。

 

「ミラーピース欲しさにホイホイここまで来なすったか。だがな…こいつはオレの夢の実現に必要な力だ。返せと言われても返せねえよ」

「G7の能力者か…ミラーピースはシアンの力だ。力ずくでも奪い返す!」

電子の謡精(サイバーディーヴァ)のためねェ? 小せぇ…アンタの戦う理由は海に比べたら小さすぎるぜ…と言いたい処だが、此処は撤退させて貰うぜ」

「何!?」

「ニケー…あの占い師にお前と…特に、お前と一緒に居るあの女と遭遇したら逃げろと言われているんでな…!! 済まねぇが皆、本当は嫌だが、足止めを頼むぜ!」

 

 そう言いながら、あの男はこの場に潜んでいたっであろう大勢のエデン兵を嗾け、撤退しようとしたのだが…

 

「それを私が許すと思っているのかしら?」

 

 別ルートからこの施設へと潜入した優奈さんがこの場に姿を現し、この周辺を強大な結界を展開し、あの男の撤退を阻止した。

 

「…逃げられない…か。ならば、仕方がない」

 

 そう言いながら、あの男は例の本を取り出し黒い蝶を出現させ、その身に纏い変身現象(アームドフェノメン)を引き起こした。相手は水を扱う能力者である以上、雷撃麟を展開しながら戦うのはオーバーヒートによる隙を晒す可能性が大きくなる。だから…

 

「シアン、歌を頼む!」

『ええ、あいつ、GVと相性が悪そうだもん…行くよ、GV!』

 

――私の歌が、必ず、大好きな貴方を守るから…

 

 謡精の歌(ソングオブディ-ヴァ)が僕の体に響き渡る。これでEPエネルギーの制限は無くなった。だから遠慮なく、僕は波動の力を行使出来る。そうして僕達の戦いは始まった。

 

「改めて、オレはニムロド。戦う理由はただ一つ、美しい海を守る事…だ。邪魔する奴は、オレの「リキッド」の第七波動で洗い流してやるぜ。行くぞ野郎共! あの頑固な二人(よごれ)をそぎ落としてやれ!」

「おう! アニキが居れば、例えあの蒼き雷霆が相手でも…!」

「海…? エデンは能力者だけの(くに)を作るんじゃなかったのか?」

「そいつはパンテーラの嬢ちゃんの夢だ。オレの夢じゃねえ。だがな、共通してる部分もある。(おか)の汚れを減らすってトコがな」

「汚れ…? 第七波動を持たない人々のことをそんな風に…!」

 

 そう言ったやり取りをしながら僕はニムロドを相手に肉薄し、波動の力で自身を強化しながらアシモフに鍛えられた格闘術で攻撃を慣行している。

 

「ぐ…海は広大だが、無限じゃねぇ…それを判っていないバカが、陸には多すぎる。だから()()無能力者を排除して、陸の人間を減らすのさ」

 

 こいつ…どうやら無能力者を排除した後、今度は能力者達も滅ぼすつもりか!

 

「お前さんも見ただろう? この地下に流れる大量の汚水を。この汚れを垂れ流す人間が減れば、それだけ海の美しさは保たれる。嬢ちゃんの言う「能力者だけの世界」ってのが出来上がれば、俺の海洋環境保全計画も進めやすくなるっつー訳だ」

「自然が大切なのは理解する。 だけど、人々を排さずとも、他に道はあるだろう!」

 

 こいつを放っておいたら、無能力者だけじゃない。下手をすれば能力者にまで被害が及んでしまう! この男は危険だ!

 

「実力その物は強ぇ…だがな、小せぇ…小せぇぜ、ガンヴォルト。アンタそれでもテロリストだった男か? 手段にこだわる小さな男じゃ大海原は守れねぇさ! さぁ、藻屑と消えなぁ!」

 

――水面が映す我が写し身 全を飲み込む大いなる潮流 地上の穢れを清め流す

 

「潮が満ちた以上、流れは止まらねぇ…行くぜ、アクアアバタール!!」

 

 ニムロドは宙に浮き、ハープを奏で、空中に一直線の水流と言う自然界ではありえない現象を引き起こし、その水流への流れに乗り、水で出来た槍を下へと構えた分身を嗾けて来た。一撃目はダッシュで回避しきれたと思ったが、分身が着地したと同時に僕を囲う様に形成された内側の、水で出来た刃に触れてしまったが、これはカゲロウで回避できた。

 

 そして、二度目以降はパターンを見切り、上手く回避する事に成功し、最後の水しぶきを上げながらの突進も無事にジャンプする事で避けることが出来た。

 

「く…能力者と無能力者を滅ぼす思想を持つお前は危険だ!」

「そうよ! 本来人だって自然の一部! そんな事も忘れてしまった小さな心で、守れる海なんかありはしないわ!」

 

 気が付けば、既にアレだけいたエデンの兵士は倒れ伏しており、残るはニムロドのみとなっていた。 どうやら僕がニムロドと相手をしている間に優奈さんは全員無力化してくれたみたいだ。

 

「GV、私が隙を作るわ。トドメは任せたわよ!」

 

 そう言いながら優奈さんは「電子の謡精(サイバーディーヴァ)に近い第七波動」を行使し、()()()()()()()()による詠唱を開始した。

 

【――この身は悠久を生きし者。故に誰もが我を置き去り先に行く。追い縋りたいが追いつけない。才は届かず、生の瞬間が異なる差を埋めたいと願う。故に足を引くのだ――水底の魔性…波立て遊べよ――拷問城の食人影(チェイテ・ハンガリア・ナハツェーラー)!!】

 

 その瞬間、優奈さんの影が真っすぐにニムロドへと向かい…彼の動きを完全に止めた。

 

「…………!!」

 

 それだけでは無い、手足の自由は勿論、彼の第七波動、そして口を利く事も出来ない状態のようだ。今ならば、僕もSPスキルを使用できる!

 

――天体の如く揺蕩え雷 是に到る総てを打ち払わん

 

「迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)!! 大海に溺れし矮小な心に雷光(ヒカリ)を示せ! ライトニングスフィア!!!」

 

 僕は動きを完全に止めたニムロドにライトニングスフィアを直撃させ…

 

「ぐおっ! 潮騒が…聴こえる……」

 

 ニムロドはその身を散らせ、彼の持っていた本からシアンの力が飛び出し、彼女の元へと戻っていった。そして、本はジブリールの時と同じ様に青白い炎を発生させ、何も残さずに燃え尽きた。

 

「撃破完了…」

「GV、優奈、お疲れ様! この場に居なかった残りのエデン構成員は撤退していったみたいだ」

「了解よ。ミッション完了、これより帰還するわ」

 

 そうして僕達はオウカの屋敷へと帰還した。

 

「GV、シアンさん、優奈さん、お帰りなさい。早速お風呂を用意させてもらいましたので、どうぞゆっくり浸かっていって下さいね」

「GV、私は運良く下水の中を通る事が無かったから、お風呂には貴方が先に入ってらっしゃい」

「優奈さん…正直、助かります」

『じゃあGV、お風呂に入ってその全身の汚れ、しっかりと落とそうね!』

 

 そんなやり取りの後僕はお風呂に入る前に体を洗おうとしたのだが…

 

「GV、私が背中を流してあげるから、楽にしててね」

「シアン…分かったよ、お願いして貰っていいかな?」

 

 僕がお風呂に入ると、最近では必ずこうしてシアンが実体化して、僕の背中を洗ってくれるようになっていた…流石に前の方は僕自身が洗っているけども。最初の方は断ろうとしたのだが、涙目で「だめなの?」と言われてしまい…最終的に僕は折れる事となった。

 

「どう、GV? 背中、気持ちいい?」

「うん…何時も助かるよ、シアン…」

 

 そうして洗い終わり、タオルを巻いたシアンと一緒にお風呂に浸かり…()()()()()()()()()を済ませた後、お風呂から上がった。そして…話題はエデンの能力者達から奪い返したシアンの魂――「ミラーピース」の話題となった。どうやら連中は、ミラーピースと自身の能力因子を融合させる事で本来持つ第七波動を更に高めているようだった。

 

「どう、シアン…? ()()()()()()()()()()で取り戻した力を取り込んでいたけれど…」

「うん、元々回復していた力と合わさって、ますます元気になったって感覚がする!」

「やはり、このミラーピース…でしたっけ? シアンさんの分かれた魂を戻す事で元の状態…いいえ、回復した分、それ以上の状態になっているようですね」

「判るの?」

「ええ、なんとなくですけど 雰囲気みたいな物で…」

 

 僕でさえシアンの体調は判らないのに、オウカって一体…

 

「?」

「…ううん、なんでもないよ」

 

 いや、考えるのはよしておこう…ともあれ今の所、順調にシアンの力が戻ってきている。これは喜ばしい事だ。

 

「ねぇオウカ、私も手伝うから早速だけどGV達のご飯、準備しよ? オウカの事だから、もう出来てるんでしょ?」

「あ、それだったら私も手伝うよ、オウカ」

「アタシもよ。今回はアタシ達の出番、何も無かったし…このくらいやらせて欲しいわ」

「僕も手伝うよ。折角一緒にオウカのご飯、頂けるからね」

「当然私も手伝うわ。貴方も当然手伝うわよね、GV?」

「勿論だよ、優奈さん」

「ええ…皆さん、お願いしますね」

 

 そうしてご飯の準備が整い、シャオや優奈さんのシアン達も含めた全員で準備を終え、僕達は帰るべき場所がある事に感謝をしつつ、その味を噛み締めるのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第十三話

 ニムロドを撃破してからまた少しの月日が流れた。この間にこなしてきたミッションで手に入れたアイテムを利用し、フェザー時代の伝手を持ったシャオを経由して僕の装備を揃えた。ロックオン雷撃の威力を大きく上げる「ミカエルプラグ」、シアンの歌に反応する「愛情のレンズ」、謡精の歌が無くても空中ジャンプ・ダッシュが出来る様になる「セラフリング」等だ。

 

 それ以外にも普段お世話になっているオウカにさり気無く欲しい物を聞いてシアンやシャオも含めた五人でプレゼントを用意したり、オウカの人命救助の話を聞いて肝を冷やしたり、学校の演劇で使われる本格的なドレスの採寸の手伝いを優奈さんがしたりと、微笑ましく、温かな日々が続いた。そんなある日…

 

皇神(スメラギ)がかつて利用していた施設の調査をお願いしたいんだ。どうやらエデンに攻撃されて、施設そのものが電脳化しているらしい」

「施設そのものが電脳化?」

「電脳化…ね」

「施設本来の外観や内装が視認出来なくなって、構造もおかしくなっているんだとか。危険も謎も多いけれど、GV、優奈、お願い出来るかな?」

「判った。調査してくるよ」

「十中八九エデンの仕業でしょうね…判ったわ」

 

 こうして僕達はその施設へと向かう事となった。この施設…以前カレラとの戦いの場となったデータバンク施設と位置が近い。もしかしたらそこのバックアップ施設だったのかもしれない。

 

「敵の能力に侵食された空間だ…何が起こるか判らない。いつも以上に慎重にね」

「了解よ…ここでは二手に分かれるのは危険ね。私は姿を消した後、遊撃に回るわ」

「了解…これよりミッションを開始する」

 

 そうして僕達はこの施設に足を踏み入れた。元々、既に突入前から施設の周りのビルの一部が侵食されていたので、電脳化と言う物がどういった物なのか把握出来ていたのだが…

 

「こう言った電脳関係を題材とするアニメで見た光景を現実で目の当たりにする事になるなんてね」

「確かにそうだね、シャオ」

「だけど、現実でやられたらたまらないわ」

 

 そう言いながら先へと進んで行くと、いよいよ侵食された電脳空間が姿を見せ、僕達はそこに足を踏み入れる事となった。そこでは物理的な法則を無視した構造となっていた。例えば…

 

「この反応…? その穴、落ちても大丈夫みたい。どうも、穴と天井が繋がってるみたいだね」

「施設そのものがバグってるって感じだね」

「こっちの通路は左右で繋がってるみたいね…」

『繋がってる先に敵が待ち受けてるかもしれないから…気をつけようね二人共』

 

 そう言ったやり取りをしながら、優奈さん曰く、「昔のレトロゲーム」の様な構造となってしまった施設の奥へと進んで行く。そんな時だった。

 

「ガンヴォルトキターーーーー!! どもども、テセオさんでーすw あ、通信割り込んでサーセンww」

「…施設をこんな風にしたのはお前か」

「そうですケドw わざわざ乗り込んでくるとか暇人乙ww」

『なんかイラっとする敵だね…』

「んじゃ、テセオさんの庭でせいぜいあがいてくださいwwwつってww」

「…信じられないかもしれなけど、本人的にはアレで世間話的なノリらしいわよ」

「あれで…ですか」

「そうよ。だから、一々本気で反応してると疲れるだけよ。ミッションに集中しましょう」

「了解」

 

 そうして先へと進んで行くと…「小さくなってしまったシアンの姿」が現れた。

 

『私のニセモノ!? …でもこいつ、なんか小さい様な…』

「相手がトラウマに感じる姿が見える仕様なんですケドw それww ねえ今どんな気持ち? どんな気持ち? つってwww」

『ホントに感じ悪い………GV、顔色悪いよ…大丈夫?』

「…大丈夫だよ、シアン」

 

 この姿のシアンをまた見る事になってしまうとは…僕の中で、あの出来事は大きなトラウマとなっているのだろう。そんな時、シアンが実体化して僕を背中から抱きしめた。

 

「シアン…! 今はミッション中…」

「大丈夫だよ。私はここに居る。ずっと貴方の傍に居る…だから元気出して、GV…」

「シアン…ありがとう。もう大丈夫だよ」

「えへへ…良かった。顔色も良くなったし…ミッション、頑張ろうね。私の歌が、貴方の翼になるから」

 

 そう居ながら、シアンは実体化を解いた…心配を掛けてしまったな。

 

「その様子なら、大丈夫そうね」

「ええ、心配を掛けました」

「じゃあGVも調子が戻ったみたいだし、改めて先に進もう」

 

 そうして僕達は改めて先へと進んで行く。床が無くなって天井と穴が繋がっている場所を落ちながら突破したり、元々この施設にあったプラズマリフターに乗って移動したりした。そして、優奈さんのトラウマと思わしき大人の女性の幻影と遭遇した。

 

「…やっぱり、出てくるわよね」

『うわぁ…すっごいスタイルと露出度…だけど、誰かに似ている様な…』

「髪の色がシアンと同じ紫色だけど…優奈さん、この人は?」

「…信じられないかもしれないけど、私の「彼女」が大人になった時の姿よ」

『嘘…これって、私なの!?』

 

 どうやらあの女性の幻影は優奈さんのシアンが大人になった時の姿なのだそうだ。その姿はモルフォと同等以上のスタイルに、高い露出度を持った服装、それに…明らかに不釣り合いな大きな大剣を片手で持っている。あの大剣は…見間違いで無ければ「スパークカリバー」で間違い無いだろう。そんな幻影があの小さなシアンと一緒に迫ってきた為、僕は雷撃麟で一時的にその幻影を散らし、先へと急いだ。

 

「…どうやら、あの幻影を媒体にテセオの能力を乗っ取って現実に出てくる…なんて事は無いみたいね。あくまで姿形だけの再現だけだからかしら?」

「え? 何それコワイんですけど。って言うかお姉さん、そんなヤバイのトラウマにしてんすかww …コレに力あんまし入れない様にして良かったッス…この幻影、よく見たら目が死んでてテラコワスってレベルじゃないし…

 

 優奈さん…貴方の居た世界で何があったんですか…正直、この幻影の大人になったシアンがトラウマになった優奈さんの経緯が気にならないと言ったら嘘になる。そんな僕の考えが筒抜けだったのだろう。

 

「GV、気になるなら後で話をしてあげるから、今はミッションに集中しましょう」

「…了解…この波動は…?」

 

 僕はあの洋館で感じた波動をこの場所で感知した為、脇道へと入り、「ソレ」を発見した。

 

「これは…」

「あの洋館にあった物と同じね…どうする、GV?」

「今回も僕が触れます。()()()()の事で優奈さんに迷惑を掛けられないですし」

 

 そう言いながら僕は洋館で発見した光玉…アシモフの魂「ABスピリット」に触れた。僕の中で彼の懐かしい力の感覚を感じ、僕の中で新しい力が覚醒(めざ)めた。その力は、早速眼前に迫った大きなシアンの幻影を晴らす力となった。

 

「行くぞ…霆龍玉(ていりゅうぎょく)!」

 

 その場に残留するプラズマ球を敵に叩き込む新スキル「霆龍玉」。これによるプラズマ球は見事に幻影を晴らした。

 

「「私の歌が、貴方の翼になる」つwwっwwてwwwこれはwwはwずwかwしwいwwww」

『こ…こいつぅーー! あの時の会話、聞いてたの! 趣味が悪い!』

「…大丈夫、惑わされないよ」

 

 あれで優奈さん曰く、悪意では無く、世間話的なノリで話をしているのだと言うが…如何聞いても僕達を挑発している様にしか聞こえないな。そんな風に思いながら僕は先へと進んで行く。その先では、新たなトラップがあった。この赤い足場…雷撃鱗に反応して消滅するようだ。

 

「GV、雷撃鱗の使い所には気をつけて」

「ここは私が先行するわ」

 

 優奈さんが先行し、敵を不可視の力でなぎ倒していく。その先では、今度は青い足場らしき物を発見した。これは恐らく…

 

「今度は雷撃鱗で出現するタイプの足場を確認…」

「足場を確保するには、雷撃鱗を張り続けなければいけないって事だね」

「「オーバーヒートには気をつけて」かな?」

「もう、先に言わないでよ」

 

 雷撃麟に反応する色違いの足場を交互に移動しながら僕達は先へと進む。その時、テセオは僕にとんでもない事を知らせて来た。

 

「そーいやガンヴォルトさんてば、今、無能力者の女の家にいるらしいッスね? あ、そう身構えないでも大丈夫っスよ? 別に危害加えようとか思ってないんでー。ただ(ググ)ってたら出てきたみたいな? もしかして、その女に養ってもらってるとかww ヒモヴォルト乙ww テロリストよりホストのが向いてるーつってwww」

「GV、耳を貸しちゃダメだよ」

「判ってるよ…!」

 

 その先に有ったトラップ部屋に突入し、何とか突破することが出来た。だけど、先ほどテセオに言われた事が理由で、動きに精彩を欠いていた。向こうはオウカの存在を知っていた…危害を加えないとは言っていたが、信頼出来るはずもない…もし彼女に何があったら、僕は……

 

「…いざとなったら、私もオウカの屋敷に即座に戻ることが出来るわ。だからオウカに何かあっても対応可能よ。それに…」

「GV、こっちは──オウカは僕が守る。だから、今はミッションに集中して」

「向こうには、シャオが居るんだから…ね?」

「ありがとう、優奈さん、シャオ」

「あ、そだ。聞かせて欲しいんですケド アシモフとかって人www 育ての親? みたいな人だったそうですケドー…アンタが殺したってマジ? ガチ情報っスか?ww」

「GV、挑発には…」

「もう大丈夫だよ、シャオ」

『もー! あいつの舌に雷撃流して、一生喋れないようにしてやろう!』

 

 …発想が怖いよ…シアン。そう思いながら先へと進むと、小さなシアンと大きなシアンの幻影が僕達の前に立ち塞がった。が、雷撃麟を展開しながらこの幻影をなぎ倒していく。

 

『私の姿をこんな風に利用するのも許せないけど、GVに真顔で打ち払われるのも、なんか傷つくな…』

「僕にどうしろって言うの…?」

「GV、女心は複雑なのよ」

「ちょww もうテセオさんの目の前まで来てるんですケドww …ニケーの言う通り、こりゃ本気でヤバイっスね…ジブリールちゃんやニムロドがやられる訳ッス…ここは…

『感じる…! あいつはこの奥だよ!』

 

 シアンの導きによって、僕達は遂にテセオを捕捉した。

 

「わざわざこんな所まで乙乙なんですケドww」

「分断したシアンの魂…返してもらおうか」

「ミラーピースのことっスか? 電子の謡精(オワコンアイドル)の追っかけも大変スねww つか、返せって言われて返す訳ないんですケドww テセオさんから力ずくで奪い取ってみろ、的な?」

 

 そう言いながらテセオは例の本を取り出し、そこから黒い蝶があふれ出て、それがテセオに集中し…変身したテセオが現れ…

 

『って何これ! 「ハズレw バロスw 無駄な苦労乙www」ってどういう事よ!!!』

 

 現れず、そこには先ほどシアンの叫んでいた台詞が書かれた紙が貼られていた人形が佇んでいた。つまり、これは…

 

「完全に逃げられた…か」

「そういえばジブリールも、ニムロドも、GV達と相対した時、それらしい事を言っていたような…」

「テセオの能力を考えれば、逃走するのは楽でしょうね」

「仕留められ無かったのは残念だけど、これ以上ここに居ても仕方がないし、帰還しよう…お疲れ様、GV」

「…念の為、ここのメインサーバを破壊してから帰還しよう。これ以上、誰にも利用されないためにも」

 

 そうしてここのメインサーバーの破壊を済ませ、僕達はオウカの屋敷に帰還した。

 

『何だか不完全燃焼だったね…』

「そうだね…出来ればミラーピースを取り戻したかったけど…」

「悔やんでも仕方がないわ。次に期待しましょう」

 

 この後日、優奈さんがいくつかの情報を持ち込んでくれたのだが…

 

「まずは一つ、廃棄処理施設でエデンの構成員が何か兵器を作っている情報があったわ。ここでエデンは何かを作成していたらしいのだけど…()()()によってここに居たエデン構成員は撤退しているわね。次に、ハイウェイが大量の水晶によって攻撃を受け、交通機関がマヒしていると言う情報。これも既に問題は解決済みってなってて、今の段階では凄い勢いで復旧作業が続いている様ね。その次だけど…起動エレベーターが占拠された件ね。ここでは髪を操る能力者が居たと言う話だったけど、現在では解放されているわ」

「私達以外にも、エデンの企みを阻んでいる人が居るんだね」

「こんな事出来そうな人…僕はアキュラ位しか思い浮かばないな…」

 

 こんな事が出来そうな実力を持つ人物で上がった候補のアキュラ…彼は能力者を憎んでいる。あの時の「アメノサカホコ」での話、そして彼は一度エデンに妹…ミチルを攫われているのだ。動機は十分だろう。

 

「もしそうだとしたら…彼はいくつかの私の魂…ミラーピースを持っている可能性があるわね」

「だけどアキュラの居場所が現段階では把握できていないわ。今の段階ではミッションで鉢合うか、向こうからやってくるのを待つか位しか出来ないわ。先ずは脅威となっているエデンに集中しないといけないし」

 

 そう僕達が話していた時、シャオが慌てた様子で通信を送って来た。

 

「GV、優奈、大変だ! 近くの街が一つ、エデンの構成員に乗っ取られたみたいなんだ。街全体が、突然氷に覆われて都市機能が麻痺しているらしい」

「街全体が氷に? ヤツ…テンジアンか!」

「どうやらその街を侵攻のための活動拠点にしているようだね…氷は今も範囲を広げている。急がないと全てがエデンに支配されてしまうかも…テンジアンは、豪華ホテルを基地にしているみたい。 …二人共、頼めるかな?」

「もちろんだ。そのホテルに向かおう!」

 

 こうして僕達はテンジアンが待ち受ける凍結された都市へと足を運ぶ事となった。

 

「路面が凍結してるからすべりやすくなってるよ。いつも以上に慎重にね」

「私は今回も姿を消して遊撃に回るわね…ここは仮初とは言え敵の拠点…油断はしない様にね、GV」

『GV、優奈さん、気を付けて…』

「シャオ、優奈さん、了解。シアン…大丈夫。僕は必ずミラーピースを取り戻すから」

 

 この国有数の高級ホテル――それが今では氷の城と化している。この能力規模…以前はどの程度だったのかは分からないけど…間違いなく、奪われたシアンの力で強化されているみたいだ。

 

「ここは国内外の著名人や権力者の御用達のホテルでもあったみたいね…アレ? これは…」

「これは一体…」

「スキャンしてみたけど、中身はすべり止めのコーティング剤だね」

「すべり止めの…? なんでそんな物が?」

「…私達以外に誰かがここに潜入していると考えると筋が通るわね」

「仮にそうだったとしても、凍った路面は戦闘に不利だし、どうせなら使わせてもらおうよ。GVなら避雷針(ダート)を打ち込んで電流を流せば、操作出来るはずだし」

「そうだね…早速使わせてもらおう」

 

 そう言いながら僕はコーティング剤の入った散布機にダートを撃ち込み雷撃を流して起動させ、滑り止めの機能を得ることが出来た。

 

「これは助かるな…」

「すべり止めの効果は一定時間で切れるから注意してね。効果を持続させたかったら、もう一回塗布(とふ)する必要があるよ…この先にも同じような反応が複数あるから、道中に同じ装置が設置されている筈。見かけたら起動させて塗布し直すのを勧めるよ」

「判ったよ、シャオ」

 

 そうして先へと進んで行くと、僕達は自然界ではありえない光景を目の当たりにした。

 

『空中に…つらら?』

「これも、ヤツの第七波動(セブンス)の影響か」

「不思議な現象ね…どういった原理でこんな現象を引き起こしているのかしら? ともあれ、このつらら、足場として利用できそうね」

「あ…GV、そこを登っていった先に、建物が一部破壊された痕跡がある」

 

 シャオの指摘に顔を見上げると、確かに建物が破壊された痕跡を発見した。

 

「…さっきのすべり止めといい、破壊の痕跡といい、やっぱり…」

「僕達以外に誰かが来ている…という事か」

 

 そうして先へと進んで行くが…

 

「部屋の内部すら凍結している…」

「拠点として運用しているのに、内部まで凍結させるのは妙ね…私達以外の侵入者を迎撃する為にした事なのかしら?」

 

 この優奈さんの予想は当たっているだろうと僕は思った。その証拠に、この先進んだ場所にあった警備システムは既に破壊済みであったし、道中のロボットが根こそぎ破壊されていたり、エデンの兵士も倒れ伏していたからだ。この時点で優奈さんは光学迷彩を解除していた。どうやら先に進む事を優先する為に機動力に波動の力を割り振ったのだろう。

 

 そうして先へと進み続け、僕達は最深部らしき場所へとたどり着いたのだが…そこではテンジアンとアキュラが戦闘をしており、テンジアンはアキュラに追いつめられていた。そして、僕達がそこに足を踏み入れた時…

 

「いいだろう…神に背きし背徳者。貴様らに世を生きる道理はない!」

「神だって? この腐った世界に、神などいるものか!」

 

――舞い踊るのは我が所従 討滅せしは異類異形 鎖断ち切る無尽の絶爪

 

信心(りせい)すら持たぬ…やはり害獣(ケモノ)だな。その愚考…俺が討滅する! 天魔覆滅! ストライクソウ!!」

「ガハ…!? うぅっ…パン…テーラぁぁあ!!」

 

 その決着は付いていた。ロロが展開したビット兵器による「爪」の字を描く斬撃の嵐に飲まれ、テンジアンはその身を散らせ、彼が持っていたであろう本からシアンの力が飛び出し、それら全てがロロへと収まり、青白い炎を発生させ、何も残さずに燃え尽きた。

 

「討滅完了。すぐに帰還…する訳にはいかないか」

「アキュラ! お前もここに来ていたのか」

「それはこちらの台詞だ。ガンヴォルト…今日こそ息の根を止めてやる。そこの女もだ」

「皇神でもエデンでもない君と戦う理由は無い…シアンの一部…ミラーピースさえ返してくれれば、僕はそれでいいんだ」

「世迷言を。 以前言ったはずだ。貴様ら能力者は俺達人類を脅かす害獣…相容れないとな! 総ての能力者は、俺が駆逐する…!」

 

 やはり彼と戦うしかないのかと、僕は内心諦めながら構えを取ったのだが…優奈さんの発言が、アキュラの動きを明確に止める事となるのであった。

 

「全ての能力者…ね。それは貴方の妹、ミチルの事も含めて…かしら?」




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第十四話

喪失(ミチル)

血を分けあった兄妹の絆
それを断たんと水を差す狼の猛攻
この身に流れる血潮は、どんな水よりも濃い


「ミチルが…能力者だと…! そんなデマカセを…!」

「貴方もミラーピースを集めているみたいだけど、それでミチルの体調が良くなっているみたいね」

「……っ!! 貴様…何故ミチルの体調の事を…!」

「さて、何ででしょうね…? 体調は良くなっているみたいだけど…最近、身に覚えの無い約束を尋ねられた事が無かったかしら?」

「それは…!」

「記憶が消失している痕跡は無かったかしら?」

「うるさい、黙れ! 能力者(バケモノ)が!!」

 

 優奈さんはアキュラに対し、立て続けに質問をぶつけて居た。そして、アキュラはその質問に思い当たる節があったのであろう。まだ戦いすら始まっていないと言うのに追いつめられていた。

 

「何時までそうやって見て見ぬふりを続けているのかしら? 仮にも科学者を名乗るのならば、目を背けてはいけないわ」

「黙れと言っている!!」

 

 遂にアキュラは我慢出来ずに優奈さんをレーザーで打ち抜いたのだが…

 

「そうね…何から話しましょうか…」

『あの時と同じ… 通じて無いよ!』

「く…!」

 

 それが通用する事は無かった。そして、何事も無かったかのように彼女の話は続いていく。

 

「そうね…そもそも、何故エデンはミチルを攫ったのか、分かるかしら?」

能力者(バケモノ)の考えなど、理解するつもりは無い!」

『いっけぇー! プリズムブレイク、最大チャージだぁー!』

 

 恐らくG7から得たのであろう攻撃手段である巨大な水晶が放たれるが、やはり優奈さんには通用しない。彼女の「ソレ」はカゲロウに近いのだが、原理が根本的に異なる。何でも、波動の力の応用の一つだと聞いてはいるのだけど…

 

「それはね、ミチルが本来の電子の謡精(サイバーディーヴァ)の能力者だったからなのよ」

「出鱈目を言うな!!」

『手に入れたばっかりのコレで…! アバランチソード!』

 

 あのテンジアンから得たのであろう氷の刃が振るわれるが、その氷の刃は優奈さんの首をただ通り過ぎるだけであった。

 

「出鱈目では無いわ。そうじゃ無かったら、GVからシアンを…電子の謡精を引きはがすだなんて出来なかったもの。あれはあの場に彼女…ミチルが居たから出来た事なのだから。つまり、彼女の存在はエデンにとっては鍵だった。電子の謡精を得る為の…ね」

「…………」

『アキュラ君…』

 

 遂にアキュラは手を止めてしまった。

 

「じゃあどうして今のミチルは能力を持たずに済んでいるのか…彼女は生まれた時から持っていた能力、電子の謡精によってその身を蝕んでいたわ。だから貴方達の父である神園博士は娘であるミチルを守る為に電子の謡精の因子を手術で取り除いたのよ。その代償として、彼女は声を失ったわ…今でも、彼女は喋れていないのでしょう?」

「…………」

「沈黙は肯定と受け取るわ…その電子の謡精の因子は、その力に目を付けた皇神(スメラギ)上層部によって秘密裏にシアンに移植して、その力を利用しようとしたわ。その後は、アキュラも知っているでしょう? 彼女は命を散らせ、GVと一つになった…」

 

 …この話は僕もシアンも既に聞いていた。そう、小さくなったシアンが元に戻った後に話してくれた事だった。だからこそ、もう二度とこんな事に…シアンと僕がああいった形で引き剝がされない様に優奈さんから波動の力を教わっている。あの力には、そう言った強制力に対抗できる術があるのだそうだ。

 

「…このままでは、ミチルはそう遠くない未来に再び攫われて、エデンの犠牲となってしまうわ。彼等が電子の謡精の力を得る為の犠牲に…ね」

「犠牲…!? 巫山戯(ふざけ)るなッ!!!」

 

――舞い踊るのは我が所従 討滅せしは異類異形 鎖断ち切る無尽の絶爪

 

「貴様のその虚言…俺が討滅する! 天魔覆滅! ストライクソウ!!」

 

 優奈さんにロロのビット兵器による「爪」の字を描く斬撃の嵐が突き立てられるが…

 

「憎しみに捕らわれた爪が私に通用する事は無いわ」

『嘘…これもダメなの!?』

「馬鹿な…」

 

 やはり、優奈さんには通用しなかった。今のはアキュラの切り札の一つだったのだろう。それを受けて無傷だったと言うのはショックが大きかった様だ。

 

「さて…ここまで長々と貴方と話をしたけれど、私は貴方に頼みがあるから、こうやって話をしているのよ」

「貴様の…能力者(バケモノ)の頼みなど聞くつもりは無い!」

 

 アキュラは自身の銃に手を掛け、何かのロックを外した後、優奈さんに向けて再びトリガーを引いた。あれは…グリードスナッチャーか! そう、あれはカレラの能力から作られた能力者に対して絶大な効果を持った特殊弾頭。能力者が直撃を受ければ力を奪われ、成す術が無くなってしまう。そんなアキュラの銃から放たれた黒いエネルギー球が真っすぐ彼女に向けて直進し…

 

「それもまた人類の英知である以上、対策だって当然出来るわ。こんな風にね」

「………っ!」

『グリードスナッチャーが…防がれた!』

「貴方を相手にしている以上、これの対策くらい当然するわ。で、私の頼みなのだけれど…私達と一時休戦しない? 私達は電子の謡精…シアンが引きはがされる要因であるミチルが貴方から攫われるのは避けたいのよ。だからエデンとの戦いが収束するまで傍で守っててあげて欲しいの」

 

 そう言う優奈さんに対して返事をしようとしたアキュラだったが…そんな彼が持っていた通信機から最悪とも言える知らせが届いた。

 

《アキュラ様、大変です!》

「どうしたノワ? お前が慌てるとは…」

《申し訳ありません…エデンの能力者にミチル様が攫われました》

「なにッ!?」

《私の不徳です…エデンの能力者に不意をつかれ…》

 

 この時、優奈さんは()()()()()()()()()()()()をしていた。それが何なのかは当時の僕には分からなかった。

 

「詫びはいい…お前のことだ。また付けているんだろう? 発信機を」

《はい。今すぐ座標情報を送ります》

「…受信した。すぐに向かう…一度ならず二度までも……!! お前、一応名前くらいは聞いておく」

「そう言えば貴方に名前を名乗ってはいなかったわね…優奈よ。どうやら最悪の事態が起こってしまったみたいだけど」

「…優奈、貴様の懸念通りに再びミチルが攫われてしまった。能力者(バケモノ)である貴様の提案を受けるのは癪だが、一部引き受けてやる。だが勘違いするなよ? 貴様も其処に居るガンヴォルトと同じように、俺が滅ぼすべき害獣なのだからな」

「一部?」

「一時休戦の部分だ。ミチルは俺が救い出す。貴様等の力等借りるつもりは…」

 

 そう言い切る前に、僕は話に割り込んだ。

 

「ならば、僕達を利用すればいい。君が良く能力者の力を利用している様に」

「…そうね。適当に焚きつけてくれれば、後はこちらで勝手に動くわ」

「お花畑共が…付いて行くのなら勝手にしろ。だが、邪魔をするのならば容赦なく撃たせてもらう……優奈、()()()()()()()()()()()()()()()()()、俺は見逃していないからな」

 

 対策は取れていると言ってはいたけれど、やはり優奈さんもアレの直撃は不味いのだろう。彼女も少し困った様な顔をしていた。そんな事も有り、僕達はアキュラと共に一時的ではあるけれど、行動を共にする事となったのであった。

 

 

――――

 

 

 最初は何の冗談かと思っていた。ミチルが能力者であった等と言う事実が。あの女…優奈の最初に俺に質問を飛ばしていた内容には認めたくはないが覚えがあった。まず、電子の謡精を封じ込めたマテリアル、ミラーピースを組み込んだロロがミチルと出合った途端に反応し、ロロが「Pドール」と呼ばれる形態に変化した。そして、それが切欠でミチルは体調が良くなり出したのだ。

 

 次に、菓子職人を気取る愚者とあの水晶を使った道化を討滅し終わった頃だ。「長い休みをとって、二人でどこかに出かけよう」と言う身に覚えの無い約束を尋ねられた事だ。あの時はミチルが傷つくのを恐れて覚えていると当時の俺は誤魔化していた。

 

 最後に、あの髪を操る占い師を討滅し終わった頃だ。あの時はミチルが自分の書いた日記を読み返していて、「最近忘れっぽくて、日記を読み返しても、なんだか自分のことじゃないみたいな…」と言っていた。その時は記憶力のトレーニングを取り入れると言う事で話は終わっていた。

 

 それを優奈は、ことごとくピンポイントで言い当てて来たのだ。これを警戒しないのはよっぽどおめでたい頭を持った存在以外ありえないだろう。奴の持っていたその情報源は、ミチルに付いた発信機を頼りに移動している間に聞き出すことが出来た。それは以前ガンヴォルトが壊滅させた世界中の情報が集まっていると言われている皇神(スメラギ)のデータバンク施設。

 

 そして、もう一つはあの父さんの銃を奪われた屈辱のあった場所…「アメノサカホコ」で得たのだそうだ。本来ならば、能力者(バケモノ)である奴経由の情報を真に受ける俺では無いのだが、ろくに知り合っても居ない相手が、余りにも身に覚えのある事を言い当てて来たのだ。あのミチルの症状を言い当てたのも、それらから得た情報を逆算して俺にぶつけていた事もこの時知った。

 

 本当は能力者(バケモノ)の力を借りる等という事はしたくは無い。だが、ミチルが再び攫われてしまった以上、使える物は例え滅ぼしたい相手であっても使わなければならない…奴の情報が正しければ、ミチルは能力者という事になる。俺が滅ぼすべき、害悪その物と言う事に。

 

「…………」

『アキュラ君…あいつがミチルちゃんが能力者だって言ってた事、気にしてるの?』

「ロロ…」

 

 正直、気にしていないと言ったら嘘になる。ミチルが能力者である等と言う事実が虚言であったならば、どれだけ良かっただろうか。俺も科学者を名乗る以上、ミラーピースに反応している事や、先ほど説明した症状、そして実際にミチルを再び攫われていると言う状況証拠を揃えられた以上、否定する事は出来なかった。

 

「…全く、貴方がそんな調子では先が思いやられるわ」

『誰のせいでアキュラ君がこんなになってると思ってるんだよ!』

「私の語った事実程度でこんな有様では、ミチルも報われないわ。貴方達の兄妹絆はその程度なのって思ってもおかしくは無いでしょう?」

「優奈さん…あまりアキュラを挑発するのは…」

「この堅物相手にはハッキリ言わないとダメよ。能力者の討滅を優先するのか、それともミチルを守り通すのかをね。これからの戦い、そう言った矛盾や迷いを抱えたままじゃ大怪我だけでは済まないわ」

「…迷いなど無い。例えミチルがそう(能力者)であっても、俺は必ず助け出す」

 

 俺は科学者だ。そして、父さんの研究を引き継いでいる。優奈の話が本当なら、父さんがミチルの手術をした当時の第七波動の技術はまだろくに進んでも居ない状態であった筈だ。だが、今の俺ならば、ミチルの能力因子をリスク無く取り除く事だって出来るはずだ。

 

「…大丈夫みたいね。本当、世話が焼けるわね」

《アキュラ様は繊細なお年頃なのです。世話が焼けるのは当然の事かと…》

『ノワと優奈って案外気が合ったりするのかな?』

「それを僕に聞かれてもね…」

 

 ノワめ…言いたい放題言ってくれる…だが、そんな風に思っていられるのも今の内だけだった。

 

《これは…!? アキュラ様、ミチル様の反応がロストしました。発信機が敵に気付かれたのかもしれません。急いでください》

「チッ! 忌々しいバケモノ共が…!」

 

 そうして先へと進み、奴らが潜伏していたであろう地下水路の奥へと到達した時、二人の能力者と思われる姿を見つけたのだが、その場所には既にミチルの姿は無かった。

 

「貴様ら…エデンの能力者か ミチルをどこにやった!?」

「ちょwシスコン兄貴キタコレwwつってーwwターゲットの子ならこのテセオさんの第七波動「ワールドハック」で、とっくにベラデンに転送したんですケドwムダ足乙ーwww」

「テセオ…お前、そんな事をしていたのか!」

「それに、あそこに居るのはジブリールね…確か貴女は私達二人の手で倒した筈なのだけど」

「……お前らは! ったく、テセオ! テメ…お前の喋りは相変わらずイ…むかつくぜ…

お前はとっとと帰ンな! 予定通り、ここはオレ…アタシが片付けといてやるから!」

「ちょwツンデレっすか? ジブリールちゃんのツンデレとか誰得ーつってーwwそれになんか言葉遣いが変になってるのマジ受けるんですケドww」

「ちゃん言うな! 寒気が立つ! お前ははとっとと消え…撤退しやがれ!」

「うぃうぃwww テセオさんがログアウトしましたーつってwwww」

「待て、この能力者(バケモノ)!」

 

 そう言いながらあの小童を残してミチルを攫った張本人であると思われるテセオと名乗る能力者は姿を消した。そして、後に残ったのは小童だけだったのだが…その異様な様子に俺は眉を顰めたのだった。

 

 

――――

 

 

「よ、よう…逢いたかったゼ、ガンヴォルト、優奈…アタシは気付いちまった…お前達に()られた時のオリジナルの記憶がよ…アタシの内側(なか)で疼くんだ…これが、パンテーラがいつもぬかしてる愛ってヤツ…いや、「恋」なのかもって…だけど、オ…アタシは戦うコトしか知らねぇ…それに、アンタ達とアタシは敵同士…だから! 戦いあって、痛めつけて…オレを燃え上がらせてくれ! ガンヴォルトッ!! 優奈!!」

「何を…言っているんだ…?」

「あ…ここでも貴女は「そう」なのね…」

 

 ジブリール…あの時僕とこの世界の僕の二人掛りで倒した筈…それにあの言動、どうやら彼女はパンテーラによって創られたコピーらしい。しかも、あの時の記憶まで継承しているようだ。そうで無ければ彼女は僕達二人に対して「あの」表情はしない。

 

「よしてくれ! 二人のその哀れむようなクールな目…惚れ直しちまう!」

『えぇ…』

「なら…何で牙を向ける?」

「理屈じゃねぇ! 乙女心だッ!!」

「乙女…心?」

 

 相変わらず、「スイッチ」が入ってしまうとそうなってしまうのか…あの時は僕のシアン達が僕の目の届かない範囲でジブリールを色々と「調教」していたらしいけど…

 

「お前達と戦って、アタシは(シビ)れた! お前達のそのつよさに! そして、与えてくれた痛みに! 感じたのさ、胸の高鳴りを! けどよ…戦うことしか出来ない不器用な女に真っ当な愛はいらねぇ…せめて、お前達の攻撃を、たっぷりアタシに浴びせてくれ!」

『…うへぇ。何この人。…新手のヘンタイさん?』

「被虐的な性質が開花してしまったのね…ロロ、あれが所謂「マゾヒスト」と言う物よ」

『そんな情報知っても、賢さは上がらないよ…』

「ロロ、能力者(バケモノ)の感性は理解できんさ。こんな害悪がミチルに影響を及ぼす前に滅ぼさなければ…!」

「お前の言うこと…何一つ理解出来ない…けど!」

「それが願いと言うなら、望み通り私達の一撃で眠りなさい! ジブリール!」

「いいぜ! その痛みを! 愛を! この身に刻み込んでくれッ!」

 

 そうして再び僕達の前に立ち塞がったジブリールだったのだが…流石に僕達三人を相手に勝てる道理など無かった。だけど、その絵面は酷い物だった。攻撃が当たる度に彼女の表情が恍惚と変化し、嬌声を上げ、この世界のシアンやロロが完全にドン引きしていた程であった。

 

「あぁ…やっぱり、しゅごぃ…」

 

 彼女は最後に僕の波動の力を込めた蹴りの一撃で沈み、そう言いながら鏡が割れたかのように砕け、アキュラはその破片を回収し…

 

『本当に、やらなきゃダメなの…?』

「…奴の精神構造は兎も角、能力その物は優秀だ。これから先、奴等との戦いで必要になるはずだ」

『分かったよ…まあ、「あのヘンタイ」さんのデータも入ってるから、今更…なのかなぁ…それにしても、このヘンタイさんは倒せたけど、ミチルちゃんは…』

 

 そう言いながら、ロロはジブリールの能力を解析していた。

 

能力者(バケモノ)共め… 確か「ベラデン」とか言っていたな」

《アキュラ様、現在「ベラデン」というワードについて情報を集めています》

《GV、優奈、僕も話は聞かせてもらってるよ。相手が迂闊だったお陰で簡単に場所が割り出せそうだよ…ビンゴ! 場所は「タシケント」。そこに、エデンの本拠地――ベラデンと呼ばれる要塞があるみたいだね》

 

 タシケント――確か、中央アジアにある国の都市だったか。僕の居た世界でも同じ場所だったな。僕が向こうの世界で向かったのは何度かある。主にシアン達のライブを開催すると言った用事でだ。今ではその場所はもう現地の人達にインフラの復旧を済ませた状態で返されており、今の拠点は火星に存在している。

 

《ですが、今まで尻尾が掴めなかった情報が、急に入手出来た事は気になります。あのテセオとかいう能力者の迂闊すぎる発言といい、罠の可能性が高いかと》

《確かにそうだけど…奴らが何か企んでいる以上、一刻も早くこっちも行動しなきゃならないと思うんだけど》

 

 それにしても…この世界のシャオはノワと知り合いなのだろうか? それに、これはアキュラやこの世界の僕には言ってはいないけど、ノワが不意を打たれてミチルが攫われた事に違和感がある。何しろ、僕の世界ではノワは能力者三人を相手にミチルを守り通していたのだから…何か、嫌な感じがする。とは言え…

 

「例えどんな罠が張り巡らされていようと…こちらも打てる限りの手を打ち、ヤツらの本丸を討ち落とすまでだ!」

「僕達も、シアンの力を早く取り戻したい。それに、放っておいたらまた彼女の力で何か仕出かすかもしれない」

「……私も同意見ね」

 

 この世界の僕には一応波動の力を教えてはいるのだが、まだミチルによる電子の謡精…シアンの引き剝がしの対策までは教えてはいない。本当はそれを教えて、万全の体制になってからベラデンへと向かいたかったのだが…この世界では選択肢は無い。この世界の彼らはもはや止まらない。止まれないのだ。だから、彼らが何か行動をする前に如何にかしなければならない。

 

 最悪、僕のシアン達の力を使う必要が出てくるかもしれない。彼女達の力は世界を巡る旅を続けている間にも増加を続けている。力の制御の訓練はその間も続けているから制御その物に問題は無い…出来ればパンテーラの所までたどり着くまで、エデンには彼女達の存在は隠しておきたい。

 

 何しろ、あのジブリールを倒した時、鏡片となって消えた際、あのパンテーラの力を感じたのだ。つまり、先にも言った通りあれはコピー。僕の世界に居るパンテーラの事を考えると、この世界の僕とアキュラが倒してきたG7もコピーとして復活している可能性が十分にある。つまり、相手の手札が分からないのだ。

 

 だからこそ、此方も今まで僕のシアン達をミッション中に表に出す事は決してなかったのだから。そう思いながら、僕達はアキュラと共にベラデンへと突入する事となったのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第十五話

敵地(エデン)
タシケントにそびえ立つ敵の城「ベラデン」
そこは、偽りの楽園か
あるいは人類進化の中心地か

楽園(インフェルノ)
突き進むのは楽園の名を冠せし地獄変――
傀儡の王者が地に伏した時、
鋼の群獣が少年達に牙を剥く


 

「ここが連中の本拠地、タシケント要塞ベラデン――害虫どもの巣か。人知れずこんな物を作るとは、まさに害虫だな…」

《アキュラ様…どんな罠が待っているか判りません。くれぐれもお気をつけて》

《ミラーピースを持った残りの能力者もここに集まっているはずだよ。勿論、連中の親玉パンテーラも…GV、優奈、気をつけて…》

「ああ、判ってるよ」

「ええ、勿論よ」

 

 僕達はアキュラと共にエデンの本拠地であるベラデンへと潜入した。僕達の目的はミラーピースの奪還、そしてミチルの救出だ。途中までは僕達は問題無く潜入する事は出来たのだが…

 

「防衛シャッターね…アレは皇神であった物と同じ型みたいだけど…」

「これなら、閉じる前にダッシュで駆け抜けられる!」

「こんな物、ブリッツダッシュなら閉じる前に突破できる!」

 

 そう言いながら僕達は余裕を持ってシャッターを突破することが出来たのだが…シャッターが下りた影響で優奈さんが置き去りになってしまった。

 

「…あのねぇ、二人共突出し過ぎよ。ここは仮にも敵の本拠地なのだから、もっと慎重にいかないとダメよ」

 

 そう言いながら拳に波動の力を込めているのだろう。シャッターを拳一つで破壊しながら僕達と合流する。

 

「優奈、貴様はのんびりし過ぎだ。ミチルが攫われている以上、一刻も早く助け出さねば…」

「エデンにとって、ミチルはまだ必要な存在よ。私達がミラーピースを奪われない限りはね」

「僕達がやられてミラーピースを奪われない限り、大丈夫という訳ですか…」

『最悪、私よりもミチルの事を優先してあげてね…その子は私と違って、まだ生きているんでしょう?』

「シアン…そうだね。助けられるなら、その方がいい」

 

 シアンも彼女の事が心配な様だ。まだ会話もした事も無いけれど…そんな風に思ってくれているシアンの事が、僕には嬉しい。

 

『…今サラッとやってたけど、拳一つでシャッターを破壊してた優奈に思う所は無いのかなぁ…僕、地味にドン引きしてるんだけど』

「…あの女なら、その位出来て当然だろう…ロロも分かっていると思うが、優奈から解析不能な力が検出されている。このデータ、取り逃すなよ?

分かってるよ、アキュラ君。今も順調にデータを集めてるからさ

…GV、いいのかな? アキュラってば、優奈さんの力を勝手に調べてるみたいだけど…

僕が使うときは弱点を補う時くらいしか使い道は無いから大丈夫だとは思うけど…優奈さん?

私は別に気にしてはいないわ。遅かれ早かれアキュラなら解析するはずだもの

 

 現段階では僕達とアキュラは共闘をする間柄だ。だけど、それが終われば再び敵同士になる可能性は決して低くは無い。だからこうした情報収集に余念が無いのだろう。そう思っている内に、僕達は大部屋へと入り込んだ。そうしたら、部屋の出入り口が封鎖され、大量の光学迷彩で隠れていたエデンの兵士、そして戦闘メカ達が一斉に襲い掛かって来た。

 

「これは…!」

「罠か…!」

「全ては同志パンテーラの御心のままに…お前達はいずれ楽園へと至る我らの姿を、指をくわえて眺めていろ!」

「生憎、そういう訳にはいかないわ! ハァッ!」

 

 僕はダートを的確に打ち込みながらの雷撃麟で、アキュラは「スパークステラー」と呼ばれる特殊武器で、優奈さんは飛天でのミッションで持ち出していた対戦車用レールライフル「E.A.T.R.(イーター)」による砲撃で戦闘メカ達を狙っていた。

 

「本拠地だから、少しは手ごたえがあるかと思ったが…いくら群れようと、所詮ザコはザコか…口ほどにもないヤツらだ」

「消耗は…見た感じ、無さそうね」

《ともあれ、体力の消費が激しかった場合はヒーリングの使用をお勧めします》

《敵の本拠地である以上、倒れられたら助ける事は出来ないんだから、ピンチの時は回復スキルを忘れないようにね、GV、優奈も》

「了解」

「ええ、ありがとうね、シャオ」

 

 二人の警告を受けながら、私達は先へと進んで行く…流石は敵の本拠地と言うだけはある。敵の強さは兎も角、警備も慎重であり、その地形も複雑怪奇と言えるだろう。

 

『なにあれ。あんな地形、見たことないよ…』

「今の地形は…」

「この要塞をデザインしたヤツの「悪意」が見えるようだな」

《さすが敵の本拠地…警備も厳重なようだね》

「普通に考えたらえげつないのでしょうけど…」

 

 そう言いながら僕達と《表向きでは》機動力に劣る優奈さんが罠を破壊しながら僕達合流している。優奈さんの前では、ベラデンの罠も形無しと言える。とは言え…

 

《ねぇ優奈、どうして罠を破壊しながら進んでるの? 正直、優奈は最後尾なんだから無視してもいいと思うんだけど》

「…脱出経路の確保も考えているのよ。私達が目的を達成しても、その時もし相手がこちらを道連れに本拠地を爆破だなんてしだしたら大変でしょう?」

《…そんな事を考えていたのですか》

「…確かに、あの害虫共がやりそうな事だ」

「とは言え、これは気休め程度の効果でしょうけどね…ないよりかはマシな対策だと思って頂戴」

 

 どうやら優奈さんは退路の確保を考えて罠を破壊しながら進んでいたみたいだった。言われてみれば確かに、此処の罠は帰りも厄介な作りになっているように見える。何しろ、どこもかしこもトゲや罠だらけなのだから。

 

「またこの仕掛けか…莫迦の一つ覚えのように」

《だけどのこの罠の量、見ているだけの僕も眩暈がしそうなくらいだよ…》

『平気だよ。これくらいの罠、GVと私の力があれば!』

「シアン、気持ちは分かるけど、今は抑えて頂戴。貴女の力はここぞと言う時に取っておきたいし…ここは、私が先行するわ。私が罠を破壊しながら突破すれば、二人の消耗も抑えられるはずでしょうし」

 

 そう言いながら優奈さんは辺り一面の罠やトゲを波動の力で粉々にしていく。そんな力技ばっかりな優奈さんにアキュラもロロも何処か呆れた様子さえ見せている。

 

「おい、ガンヴォルト。優奈はいつもこうなのか?」

『流石の僕も、ちょっと力技が多すぎて呆れてるんだけど…アレで消耗、してないの?』

「……僕も正直、驚いているよ。普段の優奈さんは僕と行動を共にしている時は寧ろ光学迷彩で姿を消しながら遊撃を担当していたからね…それだけ、僕達を消耗させたくないんだと思ってくれてるんだろうけど」

「アレで光学迷彩までするのか…」

 

 最初は寧ろ気持ち的に威圧感すら感じる程のトゲも、今ではすっかり丸裸となっている。僕達は優奈さんの言葉とは裏腹に何処か過保護な一面を見る事が出来たような気がした。そうしてしばらく先へと進んでいると…

 

『GV…この建物…さっきから、すごくイヤな感じがしてる…』

 

 シアンの持つ精神感応能力は、時おりそんな「気配」を感じ取ることがある。生前はあの皇神の起動エレベーターからも、そんな意思を感じ取っていた。その力は、精神体となった事で生前よりもより強くなっている。

 

『それに、何だか…不思議な気配…私がもう一人いるような…多分、この気配がミチルなんだろうけど…』

 

 正直、このまま進めばまたシアンが引きはがされるのではと、僕は危惧している。それに対抗する術の一つとして優奈さんに波動の力を教わっているけど、今の僕では付け焼刃もいい所だ…一応、ここに来るまでにやり方その物は僕とシアンは聞いている。

 

 但し、優奈さんは事前に説明してはくれたけど、そのやり方は僕の心情に反する行為であったのだが…その方法とは、シアンを波動の力で僕の体に「拘束する」と言う物であった。この方法を聞いた時、優奈さんに対して如何してという思いが強かった。シアンは拘束されるべきでは無い、自由であるべきだと僕は考えていたからだ。

 

 だけど、この方法の性質を聞いて、僕の考えは少し改まった。これは僕だけでは無く、シアンの意思も重要なのだと言う。仮に僕が実行しようとしても、シアンがそうされたいと思わない限り、発動する事は無いのだそうだ。これは優奈さん曰く、「協力強制」と呼ばれている技術で、簡単に言うと柔道でいう所の背負い投げみたいな性質を能力に当てはめ、利用しているのだそうだ。

 

 優奈さんのシアン達はこの性質を利用してミチルによる引き剝がしに対処していたのだ。つまり、優奈さんのシアン達は、拘束されたい…いや、純粋に考えれば、離れたくないと思っているからこそこの方法が成立しているのだろう。

 

(僕のシアンは、如何思っているのだろう…)

 

 出来れば、シアンもそう思っていてくれたら…正直に言う、僕はシアンと離れたくない。出来る事なら一緒に居たい。優奈さんのこの方法に文句を言っているのは、唯の建前だ。本音は、シアンに拒絶されるのが怖いだけだ。

 

 この方法は互いの心の本音が重要になって来る方法だ。だからこそ、拒絶されるのが、怖いのだ。今までのオウカの屋敷での生活から見て大丈夫だと思っていても、僕の心の何処かでもし違ったらと言う考えがどうしても過ってしまう。

 

『GV…?』

「ん…シアン?」

『大丈夫? 何か考え事、してたみたいだけど』

「…大丈夫、ちょっとこの先をどう攻略しようか考えていた所だから…それにしても…エデンはシアンの力を奪って、一体何を企んでいるんだ…?」

《どうせヤツらの事だから、ろくでもないことに決まっているよ》

「そうね…」

『うーん…しかし、なんでまたエデンの連中はこの国にこんな要塞を立てたんだろう?』

《エデンは宗教的側面が強い組織です。このタシケントという土地に、何か未知の――彼らが求めるような価値があったのかもしれませんね…》

能力者(バケモノ)に慈悲を与える神などいるものか。故に、ヤツらに信仰の必要等…」

 

 そうアキュラが言いかけた時、優奈さんが口を開いた。

 

ふふ…それが、居たりするのよね。抱きしめたがりな優しい女神様が…ね

「何…? 優奈、何か言ったか?」

「…ここから先にある大穴とベルトコンベア…どう突破しようかって思っていた事が口に出てしまったみたいね」

 

 アキュラには聞こえてはいなかったけど、僕には聞こえていた。「抱きしめたがりな優しい女神様」とは、どの様な人物なのだろうか? それはまあ置いておくとして、この大穴…落ちたら這い上がるのはシアンに謡精の歌を発動して貰わないと不可能だろう。

 

《次から次へと、よくもまあ思いつくものです》

《足を取られて、穴底に落とされないよう気をつけてよ? 一発アウトなんだからね?》

『この穴、どこに繋がっているんだろう?』

《アキュラ様、判っているとは思いますが落ちれば即アウトです。くれぐれも、落ちてみよう等と考えないよう…》

「…考える訳が無いだろう」

 

 そう言ったやり取り取りをしながらベルトコンベア地帯を突破して直ぐに…エデン兵や戦闘ロボ達が待ち構えていた。

 

「ガンヴォルト…能力者でありながら我らに仇なす背教の徒! 同志から奪ったミラーピース …返してもらおうか!」

「あれは、シアンの物だ! 決して、お前たちのものでは無い!」

『GV…』

「あの玉コロの中にもミラーピースはあるぞ! 総攻撃で奪い取れ!」

「ザコが…ロロには指一本触れさせはせん…!」

『アキュラ君…』

「ミラーピースはミチルのためにも必要な物だ…貴様らには渡さん」

『って、僕の為じゃないのー! そりゃあミチルちゃんは大事だけどさー』

 

 そうアキュラに対して不満をぶつけるロロだったけど…

 

「ふん…ミチルの次位には、大事にしているつもりだ」

『もう、シスコンお兄ちゃんなんだから…ミチルちゃん助けて戻ったら、ぼくのメンテ、ばっちりたのんだよ?』

 

 ここは敵地で、囲まれていると言うのにその状況に合わない会話に何処か可笑しいと僕とシアンは思ってしまっていた。そうして彼らを蹴散らしながら先へと進んで行くと…そこには、あの時ジブリールと同じように倒した筈のニムロドが待ち構えていた。

 

「待ってたぜ、侵入者(イントルーダー)共。白い髪のお前さんは初めてだったな。俺はニムロド。お前さん、科学者…なんだってな?」

「…G7のメンバーか。いかにも俺は科学者だがそれがどうした?」

「いやあ、なんだ。別にそれがどうだって訳じゃあねぇが、そうだとすれば、これからお前さんを倒すのにも、気合が入ると思ってな?」

 

 そんな事を言いながらも戦闘態勢へと移行し、その殺意がアキュラへと集中している。ここは僕達も…

 

「ガンヴォルト、優奈、ここは俺一人で構わん。どうやら奴は、俺に用があるらしいからな。特に優奈、お前はここに来るまでに力を多く使っているのだから、少しは休んでいるんだな」

『…アキュラ君、珍しく、本当に珍しく優しいね』

《その様ですね……アキュラ様の好みの女性はやはり御父上に似ているみたいですね。これは朗報と取るべきか、それとも悲報と取るべきなのでしょうか?

「お前達、何か勘違いをしてないか?」

 

 そう言いながらアキュラはニムロドの前へと立ち、僕達は後ろへと下がった。そうしてアキュラとニムロドとの戦いが始まった。

 

「科学の発展ってのは、いつも海を汚し自然を犠牲にしてきた。俺はそれが我慢ならねぇのさ。俺は、俺に宿った第七波動(セブンス)の――自然の力で、文明っつー汚水に浸りきった無能力者を排除して、海を汚さねぇ、自然と共に生きる世界を創りてぇと思っている」

「行き過ぎた自然主義者(ナチュラリスト)か…バケモノらしく野蛮な考えだ。自然の力だと? 貴様らのその異様な力が自然の摂理であるものか。第七波動は、神の法に唾吐きかける呪われた力ほかならない」

「そうか? 能力者は日々増え続けている…それは、神さんの意志だとは思わねぇか?」

そんな事、あの女神様は考えていないみたいだけど…寧ろ能力に振り回されている能力者、無能力者がかわいそうだって思ってるくらいだし…しかし、目眩がする会話をしてるわね…

 

 優奈さんの言う通り、アキュラはニムロドの水流を利用した攻撃を躱しながら反撃をし、それこそ僕等からすれば卒倒しそうな程の会話と言う名の罵倒を浴びせていた。

 

「思わんな…仮にそうだとしても、そんな神ならば、俺には要らない。俺は俺の神のみを信じ…貴様らを駆逐する!」

「はぁ、やっぱアンタとは話が合いそうもねぇ。まるで(みず)重油(アブラ)だ」

 

 戦闘だけでは無く、会話と言う殴り合いをしつつ、アキュラはニムロドを追いつめて行く。

 

――舞い踊るのは我が所従 討滅せしは異類異形 鎖断ち切る無尽の絶爪

 

「フン…そこだけは意見が合うようだ。背理の獣…その蛮考、俺が討滅する! 天魔覆滅! ストライクソウ!!」

 

 複数のビットによる「爪」を描く斬撃は見事にニムロドを捕え、断末魔を上げる事も無くその身は鏡が割れたかのように砕け、アキュラはその破片を回収し、ロロにニムロドの能力を解析させていた。

 

「G7の一人を討滅完了。だが、奴はどうやらパンテーラのコピーだったらしい…このまま奥へ進む」

《承知しました。どうかお気をつけて、アキュラ様》

「ああ、了解だ、ノワ…ガンヴォルト、優奈、何時まで休んでいるつもりだ? 先へ急ぐぞ」

「ええ、分かっているわ…アキュラ、貴方は一旦後方支援に回って頂戴、此処から先の先方は私とGVが引き受けるから」

「何…そうだな、精々俺の為の露払いを頼むとしよう」

『………』

「どうしたんだ? ロロ」

『怪しい…』

「え?」

『アキュラ君が、あんな風に他人に対して、特に能力者に対してあんなに打ち解けるなんて、怪し過ぎる! そう思わない、ノワ?』

《確かに…ですがロロ、今はミチル様の救出が掛かっているのです。この会話の続きは終わってからミチル様と一緒に致しましょう》

 

 僕には関係無いけれど、何やらアキュラにとって不穏な会話が今ここで繰り広げられた気がするのは、きっと気のせいでは無いはずだ。そう思いながら、僕達は先へと急いだ。

 

 この先のエリアはどうやら上のルートと下のルートの二カ所が存在しているらしい。上の通路は僕の蒼き雷霆(アームドブルー)のハッキングで突破することが出来た為僕達は上のルートへ、下は普通に空いていたので、アキュラが向かう事となった。

 

 その先は飛天でもあった今となっては懐かしい仕掛けであった。

 

「懐かしい仕掛けだな…」

「だけどここは敵の本拠地。あの時の飛天での時とは違って、素直に付き合う必要は無いわ」

 

 そう言いながら優奈さんは罠を破壊した時と同じ様に波動の力で防壁を無理矢理こじ開け、先へと進んで行く。

 

《優奈って、案外こういった所で力技に頼るよね…》

「帰り道を考えると、これが一番効率がいいのよ」

「…ジーノなら間違いなく大笑いしていただろうな」

《誰、それ?》

「…いや、なんでもないよ」

「………」

 

 ()()()。優奈さんは何処か懸念な表情をしていた。今のシャオの会話に何か違和感があったのだろうか? ともあれ、優奈さんの力技のお陰でこの防壁地帯を時間はかかったが突破することが出来た。

 

 そうして先へと進んで行くのだが…そこには(おびただ)しい数の破壊された戦闘ロボに、倒れ伏したエデンの兵士があった。これは恐らく、下のルートを突破したアキュラが先行し、蹴散らした後なのだろう。

 

 その先も、そのまた先も、同じような光景が続いていた。そして、立ち去ろうとした時、エデンの兵士の一人が断末魔の声を上げながら息絶えた。

 

「…全ては、我らが理想郷の為…」

「…何故、彼らはアキュラに挑んだんだ。勝ち目など、全く無いのは分かっているだろうに…!」

「…GV、あのコピーされたG7を見たでしょう? それが答えだと、私は思うわ」

 

 仮に死んでも、パンテーラに複製して貰えば大丈夫だと、そう思っていたのか…エデンの宗教的側面が強かった訳が、これで分かったような気がした。そうして一つの答えを見つけつつ先へと進むと…

 

「そ…そんな… テセオさんが…負ける…? 現実すら書き換えるワールドハックの…この…テセオさんが…?」

「直視しろ。貴様ごときに書き換えられるほど、現実は甘くも軟くもない」

「認めない…認めないぞ…! テセオさんの…ワールドハックは…こんな所で…終わらない…最後の力で…「アレ」を…動かして…おいたんス…ケド…つっ…て…」

 

 そう言いながらテセオは消滅し、本が出現し、その中から飛び出したシアンの力がロロへと収まった。

 

「ヤツめ、最期の瞬間に何をしでかした? ふん…遅かったな」

「ええ、随分と先行させてしまったみたいね」

「ここから先は僕達が向かうよ。アキュラは休んでいてくれ」

「ふん…貴様に心配を掛けられるほど、俺は消耗などしていない」

「…こういう時は、素直に休んでおく物よ?」

「……いいだろう。だが、もう分っていると思うが、どうやら奴は倒れた最後に何か仕出かしたらしい、精々気を付けるんだな」

怪しい…やっぱり怪しいよ!

 

 ロロは何を怪しいと思っているのだろうか? それは兎も角、アキュラには休んでもらって、僕達は先へと急いだ。その先には…

 

「これは、プラズマレギオン!? アキュラの言っていたテセオの仕出かした事は、これの事だったのか…!」

《プラズマレギオン――飛天の中にあった物より強化されているようだ…いや、これが完成型?》

「奴の第七波動…ワールドハックとか言ったか…死してなお、これだけの機動兵器を動かす力…これも、シアンの力――ミラーピースで強化された第七波動のパワーか…!」

『GV…』

「GV、シアン、いくら第七波動で強化されているとは言え…」

「ええ、所詮は意思の無い機械。僕の雷で壊せない道理など無い!」

《油断は禁物だよ、気を付けて、GV!》

 

 確かにシャオの言う通り、油断は出来ない。実際に前回と戦った時と比べて武装の種類が変化しており、唯のミサイルが雷撃麟でも破壊不能なドリルミサイルに、弱点の頭部にシールドを張る機能、そしてその頭部からだ出力のレーザーを発射する等、明らかに機能が強化されている。いや、これがシャオの言う様に、本来の性能なのかもしれないが…その中でも極めつけだったのがあった。

 

SET AR FORMATION.OPEN BODY CATCHER STANDBY…DONE.

 

[DG RASER(レイザー)]

「戦車がSPスキルを使うか!」

「これは…避ける事に専念するわよ、GV!」

「了解!」

 

 分離した上半身が浮かびながらレーザーを発射しながら突撃し、下半身はその死角を補う為に、地上を縦横無尽に駆け巡った。僕はカゲロウで、そして優奈さんはカゲロウに似た「何か」で回避し…

 

――煌くは雷纏いし聖剣 蒼雷の暴虐よ 敵を貫け

 

「これで止め…! 迸れ、蒼き雷霆よ(アームドブルー)! スパークカリバー!!」

 

 僕が放った雷の聖剣は奴の張っていた頭部を守るバリア諸共貫通し、その機能を完全に停止させた。

 

《エデンのヤツら、こんな物を持ち出してくるなんて…》

「それだけエデンの連中は本気だったのでしょうね」

「ともあれ、撃破完了。アキュラを呼んで、先へと急ごう」

 

 そう僕が言ったと同時に…

 

「その必要は無い」

 

 アキュラは姿を現した。

 

「…ふむ、思ったよりも早く討滅出来たみたいだな」

…そんな事言って、実は心配だった癖に

「…何か言ったか、ロロ?」

『べっつにぃ~? 僕は何にも言って無いよー?』

「…ともあれ、これで手間は省けたわね。先へと急ぎましょうか」

『…! この感じは… 僕の中にあるミラーピースが反応してる…パンテーラとミチルちゃんはすぐ近くに居るはずだ!』

「ミラーピースか…パンテーラに反応するのは当然だが、ミチルにまで反応するとは…やはり、優奈の言っていた事は…」

 

 そう言ったやり取りをしながら、僕達はパンテーラが待ち構えているであろうこの先へと急ぐのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第十六話

聖者(パンテーラ)

虐げられし者たちに射した導光(ヒカリ)
救世の巫女――その名はパンテーラ
平和のため、祈りを捧げる少女ひとり


『感じる…この奥からすごい第七波動(セブンス)の力を…』

「G7――カケラを持っている能力者は全て倒した…という事は、この奥に…」

『残るは大ボス…パンテーラだけだね』

《うん、きっと居るよ》

「ヤツらバケモノは、必ず俺が駆逐する…!」

 

 僕達は少しの時間だけ休憩も兼ねて装備の点検を済ませてから奥へと向かった。そうして先へと向かっていくと…

 

「要塞内の雰囲気が変わった…」

 

 これは鏡か。どうやら、パンテーラの第七波動(セブンス)が要塞にも影響を与えているようだ。

 

「みたいだな…ノワ、如何思う?」

《申しわ……アキュ…… …うやら……不安て……》

「通信妨害…!? シャオ!」

《ダメ…G…………も通……が……いるみた……》

 

 通信が…これは、何者か――いや、パンテーラの第七波動の影響なのだろう。

 

「こっちもダメみたいね…」

『大丈夫…GVには私がついているよ』

『ここからは、僕達だけで進むしかないって事か…』

 

 以前の皇神(スメラギ)での「アメノサカホコ」での戦いの時、僕は通信も出来ない状態で一人であった。だからこそ、シアンやロロを含めれば五人で先に進めると言うのは僕にとっては心強かった。そうして先へと進んで行くと…

 

「これは…あの時の歓楽街にあった」

 

 この鏡は移動用の鏡と言うべきものだ。どういった仕組なのかは不明だけど、これに触れると別の場所へと飛ばされるようになっている。僕達三人は同時にこの鏡へと触れ、案の定飛ばされた。その先には…

 

「延頸挙踵。待っていたよ…君と、ガンヴォルト、そこの女もね」

「貴様…テンジアン?」

「お前はアキュラが倒した筈…」

「つまりここに居るのは、パンテーラのコピーという訳ね」

「そこの女の言う通り…正真正銘、この体は本物のテンジアンの力と記憶を継いだだけの、ただの幻想(まぼろし)… 」

「仮初めの命か…どこまでも神の定めし摂理に背く背徳者め」

「妹を救うためならば、自らが厭う第七波動まで複製し、使う君と同じさ。一意専心…(うつろ)のような存在に身をやつそうとも妹だけは守り通す――」

「妹…?」

「そうだ。これ以上、妹の――パンテーラの邪魔はさせない!」

「妹…だと? パンテーラが?」

「そうだ。血の繋がりこそないものの…僕とパンテーラは、同じ時を共に生き同じ泥をすすった孤児同士――家族だ! だからこそ、死してなお、僕は君達の前に立ちはだかっている! 妹の望みは僕の望み。無能力者という「穢れ」なき世界を成すために…人身御供。貴様等のその命、我ら兄妹に捧げろ!」

 

 テンジアンが構え、戦闘態勢に移行した…この場で一番消耗していないのは僕だ。ならば、此処は僕が前に出るべきだろう。

 

「…お前の相手は僕だ、テンジアン!! …お前に守りたい人がいるように…僕には僕の、守りたい人達がいる! だから僕は、()()()! ここで倒れるわけにはいかない!」

 

 テンジアンのその動きは確かに初見では対処は難しいだろう。だけど、戦闘データは既にアキュラから得ている。そして、このコピーテンジアンの行動パターンに変化は無かった。氷の剣による壁となって残る斬撃、二対の円月輪による遠距離攻撃、両手剣による急降下攻撃、そして…彼のSPスキル。

 

――白闇に舞う冷氷花弁 地に堕つる間もなく斬り捌く 絶対零度、一刀両断

 

「この一撃を受けろ…氷華雪断!!」

 

 だけど、このSPスキルは発動前に周囲の冷気を吸収すると言うタイムラグが存在しているとアキュラから情報を得ている。だから、此処で一気に仕留めてしまえば…

 

――煌くは雷纏いし聖剣 蒼雷の暴虐よ 敵を貫け

 

「迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)! 憎しみに凍てつき魂を溶かしつくせ! スパークカリバー!!」

「グハ…!! ま…()()()! まだ…僕は…やられるわけには…いか…ない……!」

 

――極寒の空に瞬くアルコル 七刃が描く斬撃の軌跡 雪溶けの後に残る者は無し

 

「この第七波動…! 不味いわ!! GV、避けなさい!! あのタイミングでは間に合わない…出来ればもう少し温存したかったけど、こうなったら…!【この身は悠久を生きし者。ゆえに誰もが我を…】

「この命を賭して… 羅雪七星!! はぁぁ…死なばもろとも…!」

 

 あの一撃を受けてまだ動けるのか! それに、あの時蓄積させた冷気での即時発動まで!! 不味い…まだこちらの体制が整って…!! こちらのSPスキルに対し、返す刃で冷気の柱が僕に降り注いだ。

 

「お前を連れていく…乾坤一擲…! 砕け散れぇ!! ガンヴォルトぉぉぉ!!」

(…くそ、ここまで、なのか…)

 

 そして、テンジアンのその存在を掛けた一撃が僕に向けて放たれ…

 

【波立て遊べよ――拷問城の食人影(チェイテ・ハンガリア・ナハツェーラー)!!】

 

 放たれたが、その切っ先が凍結した僕に触れる直前、優奈さんの影がテンジアンを捕え、その身を止めた。

 

「危なかったわ…悪いけど、GVを殺らせる訳にはいかない!」

「ふん…油断し過ぎだ、ガンヴォルト。とは言え、この手の相手はしぶといからな…」

『お前の弱点はもう把握済みだよ! 最大チャージのプリズムブレイクだぁー!』

 

 そして、動きを完全に止めているテンジアンに巨大な水晶が突き刺さり、彼はその身を砕けた硝子の様に崩れ落ちた。それと同時に僕の動きを止めていた氷が消えてなくなり…

 

「GV!」

 

 実体化したシアンに抱きしめられた。

 

「良かった…無事だったんだね、GV…」

「シアン…ゴメン、心配を掛けちゃったね…」

電子の謡精(サイバーディーヴァ)…モルフォだと」

「あの子は普段彼と一つになった影響で、常人には見えないのよ。だけど、ああやって実体化する事も出来るわ。こういったミッションの時は邪魔にならない様にそう言った事はめったにしないけどね」

『僕のセンサーでガンヴォルトの傍に何かいるのは把握してたけど…うぅ…こうやって見ると、スタイルいいなぁ…』

「優奈、もう解禁してもいいよね? 謡精の歌」

「ええ、此処から先は出し惜しみ出来ないわ。解禁しましょう」

 

――私の歌が、必ず、大好きな貴方を守るから…

 

 謡精の歌(ソングオブディ-ヴァ)が僕の体に響き渡る。切り札の一つを切った以上、これ以上の醜態は晒せない。シアンは歌いながら、名残惜しそうに姿を消した。そうして僕達は先へと進んで行く…これまでの道中、G7のコピーが作られていた。つまり、この先もきっと…

 

 そう思いながら先へと進んでいたが案の定、三つの鏡が僕達に立ち塞がる様に佇んでいた。最初はテンジアンの時と同じ様に三人で同時に触れようとしたのだが…

 

「反応しない…だと」

「一人で行けという事…なのかしらね」

「問題は無い、むしろ面倒が省けて丁度いいだろう」

 

 そう言った後、僕達は分かれ、三人同時に別々の鏡に触れた。その先で待っていたのは…アキュラが倒した筈のロボット使いだった。

 

「…来たなガンヴォルト。その腕前…見せてもらおう」

「お前は確か、アキュラが倒した筈のロボット使い…確か、アスロックと言ったか…」

「ふん、奴はここには来なかったか…奴はこの手で調理を済ませたかったが…まあいい。行くぞ、ガレトクローネ。その熱で敵を焼き上げろ…」

「ガレトクローネ? そのロボットのことか!」

「ガレトクローネと俺のマリアージュ…貴様に敗れるものか…」

「何を…!」

『今のGVには私の歌があるんだから、貴方になんか負けないわ!』

「貴様は…かまどの中で焼きあがりを待つ焼き菓子(タルト)…己が業火にその身を炙られやがては焦げ落ちる運命…受け入れろ。敗北がお前の調理法(ルセット)だ」

 

 そう言いながら、アスロックとガレトクローネの攻撃は激しさを増すが…やはりアキュラから齎された情報以上の行動をする事は無かった為、苦戦をする事は無かった。

 

「調理を気取って…! お前のそれは人形遊び(オママゴト)だ! 戦いを遊ぶ者に、僕は負けない!」

「調理はパティシエの真剣勝負…遊びではない…!」

 

――天体の如く揺蕩え雷 是に到る総てを打ち払わん

 

「その真剣勝負は、戦い以外でやっていろ! 迸れ! 蒼き雷霆よ! 業火をも超える熱量で、獄炎のかまどすら焼き崩せ!! ライトニングスフィア!!」

 

――糸が紡ぎし機人の演舞 絡み手繰るは死の運命 この戦場こそ我が厨房

 

「グハ…まだ終わりでは無いぞ、ガンヴォルト!!」

「いいや、此処で終わりだ、アスロック!! ライトニングスフィア…シュート!!」

 

 僕は自身の展開したライトニングスフィアを既に巻き込んでいたアスロックへと射出しながら壁に叩きつけ…彼はそのまま砕けた鏡となって姿を消した。

 

『やったね、GV!』

「流石に、テンジアンの時と同じ事を繰り返すつもりは無いからね」

 

 そう言いながら僕は先へと進み、大きな部屋へと出た。そこには既に優奈さんがおり、アキュラは僕と同時にこの部屋に入った。これで、僕達三人は合流する事が出来た。

 

「皆と無事に合流できてよかったわ」

「フン…またあの鬱陶しい道化の相手をする事になるとはな…」

「僕の方はアスロックが相手だったよ」

「私はニケーを相手にしたわ」

「あの占い師か…星の光がどうとか言っていた奴だったな…妙な事を吹き込まれたりはしなかったか?」

アキュラ君、やっぱり優奈に対して過保護だよなぁ…

「そうね…「貴女の存在はパンテーラを混沌に沈める危険な存在」みたいな事を言われたわね。後は…「本来なら交わる事の無い赤と青を束ねた存在」とも…そういえばシアン、ちょっとこっちに来て?」

『…? どうしたの、優奈?』

「ちょっといいかしら?」

 

 シアンは優奈の所へ行き、優奈と話をしている。その会話の内容は、距離が少し離れている為、聞き取る事は断片的にしか出来なかった。

 

「…………戦いで、もし…………G……………………が…………状…………かもし…………。だからね……………文を……………………」

『魔…………?』

「ええ……………し………………………………時に…………て」っ…………言…………の」

『………………は…G………………………………て…………。私…………………………………………ら…………か……………………』

「そう……………………て、素……………………さ…………? G…………………………………………なの。大…………………………………………けで、どん……………………英雄(ヒーロー)……………………」

『…………に?』

「…………も…………………………………………う? シア…………だけで…たっ…………GV…………言…………はも……………………よ。ま…………、G………………………………ね…つま…………が貴…………て、シア…………守…………の」

『私…………を…G…………を…』

 

 そんな風に僕達が休憩も兼ねて雑談をしていた時だった。

 

「ようこそ、アキュラ、ガンヴォルト、そしてお姉…優奈よ。ベラデンの最奥へ…」

「この声、パンテーラ…! くそッ! どこにいる?」

「この先の通路みたいだね」

「…休憩は終わりみたいね。先へ進みましょう」

 

 そうして僕達は先へと進んだ。そこには予想通り、パンテーラの姿があった。

 

「見つけたぞパンテーラ。ミチルを返せ…!」

「パンテーラ! シアンの魂を元に戻せ!」

「…出来ません。彼女は、電子の謡精の力を手に入れるためのカギ…そして、ミラーピースは私達が生き残るために必要な物」

「ミラーピースなんか作り出して、お前は何を企んでいる?」

「おぼえていますか? 以前、皇神が推し進めていた歌姫(ディーヴァ)プロジェクトを――電子の謡精の精神感応能力を用い、全ての能力者を洗脳・統治するおぞましき計画――私は、あなたが阻止したあの計画を皇神に代わり実行しようと思っています」

「能力者の支配…いいえ、貴女は電子の謡精本来の力を用いるつもりの様ね」

「その通りです、お姉…優奈。謡精の歌は、第七波動を高める力を持ちます。彼女の歌と、皇神から手に入れた技術があれば、全ての能力者を、さらなる高みへと進化させることが出来る。より強き力を得た能力者達が団結すれば、数で勝る旧人類も太刀打ちは出来ないでしょう」

「ッ! 能力を持たない人々に、戦争をしかけるつもりか!」

「能力者と無能力者…手をとりあう時期はとうに過ぎています。これは、私達の生存戦略…それを邪魔する者に愛は――慈悲はありません」

「そんな事はどうでもいい…! パンテーラ、さっきから聞いていれば…! カギだと…戦争だと…そんな事、絶対にさせはしない!」

 

 そう言いながら、アキュラは前へと躍り出た。

 

「……貴方には伝えましょう。私が皇神での諜報活動で手に入れた情報を。彼女――ミチルは、生まれた際、とても強力な第七波動を持っていました」

「………」

「その第七波動は、強大すぎる力で、生まれたばかりの彼女の体を蝕んでいきました…だから、あなた達の父、神園博士は娘を守るため、彼女が持つ強大な第七波動「電子の謡精」の因子を手術で取り除いたのです。摘出の代償として、彼女は「声」を失ってしまったようですがね」

『こいつ…優奈と同じ事を…!』

「…既に話は聞いていましたか。ならば、もう話す必要はありませんね…つまり彼女は、エデンが強大な力を得るための尊き犠牲…」

「そんな事を、させるとは思わない事ね」

「……説明は以上です。預けていたミラーピース…貴方達を倒し、ここで全て取り戻しましょう――今ひとたびッ! この姿でリベンジだッ! 少年達よ!!」

 

 話し終わったパンテーラが姿を変え、あの繁華街で相対した時の姿となった。そして…この姿のパンテーラとの戦いが始まった。その戦い方は、簡単に言えば男女の姿を切り替えながら様々な攻撃方法を僕達を惑わしながら行ってくると言う物だ。

 

「どうだねッ! このあふれんばかりの愛…!」

「あの時はお見せできなかった私の愛、とくと感じなさい」

「姿を変えた途端にこのテンション…自己暗示の類か何かか? いや――バケモノに、語れる愛などありはしない。貴様ら能力者(バケモノ)は、生きているだけで害悪だが、妹に手を出した貴様の罪過…! たとえ幾億千生まれ変わろうと濯がれることはない!」

「兄妹愛…その愛、実に美しいッ!」

「でも、貴方の愛する妹は、貴方が憎む能力者――貴方の言う害悪そのもの」

「能力者を守るため、能力者を手にかける――」

「貴方の愛は、矛盾に満ちていると思わない?」

「俺は惑わされるつもりは無い。貴様という邪鬼を討滅し、ミチルを救い出す――例えミチルが能力者であろうと変わりはしない。俺の行動に、揺るぎはない!」

「感じるよ、その私に対するその憎悪。憎しみと愛は表裏一体…」

「鏡を挟んだ此岸と彼岸…つまりは愛だわ!」

「断じて…違う!」

 

 僕はこの間に男の方のパンテーラにダートを撃ち込み、雷撃麟でダメージを与えていく。

 

「く…愛を…感じるよ…フフフ、この姿でキミと戦ったことはなかったねぇ…」

「どうかしら、私の愛は?」

『こいつ、何処までも馬鹿にして…!』

「あの時兄上が使おうとしたレプリカとは違い、私の宝剣は皇神製のオリジナル…」

「ミラーピースの…宝書(フェアリーテイル)に頼らずとも君達を(ほふ)るくらいの力はあるの」

「フェアリーテイル…あの変身現象(アームドフェノメン)を引き起こすアイテムの事ね。この世界でもやっぱり貴女は厄介な存在ね…なら、これで…【ああ、日の光は要らぬ。ならば夜こそ…】

「そうだとも、ミラーピースに封じた電子の謡精の力によって…」

「模造宝剣の不完全さを補い、宝剣以上の性能を実現した制御装置…」

「それが宝書! 全て、君の愛する謡精さんのおかげだよ」

「貴方達には、深く深く愛を込めて感謝を」

「……シアンの力を、玩具のようにして…!お前たちは、絶対に許さない!」

 

――愛の姿は万華鏡 惑い見えるは走馬灯 ここはそう、境界なき鏡界

 

「では、そろそろ本番と行こうか! めくるめく!」

「愛の宴!」

「「ファンタズマゴリア!!」」

「いざ…愛の庭へ!」

 

 その瞬間、僕の視界が上下に反転し、パンテーラは凄まじい猛攻を見せた。これには僕もアキュラもカゲロウで回避するので手一杯と言った状況に追い込まれてしまったが…優奈さんがそんな状況を覆した。

 

「【……我を新生させる耽美と暴虐と殺戮の化身――闇の不死鳥…枯れ落ちろ恋人―― 】…GV、アキュラ! 合わせなさい!! 行くわよ…死森の薔薇騎士(ローゼンカヴァリエ・シュヴァルツヴァルト)!!」

「な…我が愛が、吸われていく…!」

 

 この場の戦場が暗闇に閉ざされ、赤い月と呼べる物が姿を現した。その瞬間、視界が元に戻り、二人のパンテーラの動きが明らかに悪くなった。これならば…!

 

――閃く雷光は反逆の導 轟く雷吼は血潮の証 貫く雷撃こそは万物の理

 

――舞い踊るのは我が所従 討滅せしは異類異形 鎖断ち切る無尽の絶爪

 

「迸れ! 蒼き雷霆よ! 映す鏡ごとその虚飾を割り砕け! ヴォルティックチェーン!!」

「仕掛けるぞ、ロロ!! 天魔覆滅! ストライクソウ!!」

『いっけぇーー!!』

 

 先ず、僕のSPスキルによる鎖がパンテーラ達を捕え、雷撃を浴びせ、それが終わった直後に『爪』を描くビットによる斬撃の嵐を叩き込まれ…

 

「だぁっ! 私の…愛が!」

「あぁっ! 愛は…散りゆく…」

 

 この二人のパンテーラは鏡の如く割り砕けた。

 

「これは…」

「幻覚…いや、あれもコピーだったのか…」

「ふぅ…お疲れ様、二人共」

 

 僕達はそうして一息ついた後、奥の部屋へとつながるシャッターが開いた。そこはまるで、僕達を誘うかのように手招きしているように見えた。

 

「本物はこの奥か」

『GV、この奥から感じる…私と同じ力…ミチルの波動を…でも、それだけじゃない…何? この変な感じ…』

『感じるよ…あの奥からミチルちゃんの気配。やっぱり、優奈の言ってた事は本当だったんだね…』

「そうだな…だが、今はヤツを倒し、ミチルを救い出す事は変わらん」

「…ここから先は、何が起きても不思議では無いわ。皆。気を引き締めましょう」

 

 優奈さんの言葉に僕達は頷き、パンテーラと、そしてミチルが居るであろう奥の部屋に足を踏み入れたのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第十七話

祈歌(プレイヤー)

龍の(アギト)、虎の絶爪(ツメ) 力を合わせる少年達
楽園の最奥に響くのは少女の歌声
それは自分だけの英雄(ヒーロー)の為に歌われる、祈りの歌



 GV達はパンテーラの待つ部屋へと足を運んだ。そこにはやっぱり、あの小さなパンテーラの姿が、そして、私達の頭上よりもずっと高く浮いているミチルの姿があった。

 

「ミチルッ!!」

「やはり、あなた達をお相手するのに、転写体(コピー)では不十分でしたか」

 

 この空間に満ちる異様な空気――嫌な感じが、GVから私が引きはがされる感覚がハッキリと伝わってくる…!

 

『嫌…』

「…シアン?」

「飛天の時と同じです。ミチル――彼女が居るこの場所なら、貴方から、電子の謡精(サイバーディーヴァ)を引き剥がす事が出来る。そのための彼女です。そして、この場に全てのミラーピースが揃いました。今、証明しましょう。貴女の妹の力を…」

『嫌…! くっ…うぅっ…!!』

「シアン!!」

『ううっ…これは…!?』

「ロロッ!」

『うわぁっ!』

 

 その瞬間、ロロから私の魂の欠片であるミラーピースが飛び出し、ミチルの周囲へと集まった。そして…私からも力が抜けて行く感覚がする。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これは…予定よりも力が多く集まっている? まあ、構いません。力は多いにこしたことは無いのですから」

 

 嫌…嫌だよ…でも、私はGVを守らなきゃ…いけないのに…そう思っている内に、私の内側からミラーピースと言う形で一つ、また一つと力が奪われていく。私はGVを見た。その表情は私が苦しんでいる姿を見て明らかに焦っている様子であった。このままでは、GVは戦えなくなってしまうかもしれない。だから、GVを私が居なくても戦えるようにする言葉が……

 

――GV…! 躊躇わないで…! 今のあなたなら、きっと一人で…

 

 必要、なのだけれど。私はこの時、GV達と共にパンテーラの居るであろう部屋へと突入しようとしていた時の優奈さんとの会話を思い出していた。

 

「この先の戦いで、もしかしたらGVに歌を届ける事が出来ない状況になるかもしれないわ。だからね…()()()()()を教えようと思うの」

『魔法の呪文?』

「ええ…もうどうしようも無くなってしまった時に、「助けて」って一言を言えばいいの」

『優奈さん、私は…GVにそんな事言う資格なんて…無いよ。私が生きていた頃は、ずっとGVに守られてばっかりだったんだもの』

「そう言う事は置いといて、素直になっておきなさい。いい? GVもそうだけど、男は馬鹿で単純なの。大好きな女の子がその言葉を唱えるだけで、どんな人だって無敵の英雄(ヒーロー)になれるんだから」

『……本当に?』

「ええ…そもそも、貴方達は一人ではないでしょう? シアン、貴女だけで…たった一人でGVを守ると言う強がりはもう辞めるべきなのよ。まあこれは、GVにも言える事なんだけどね…つまり、GVが貴女を守って、シアンが彼を守ればいいの」

『私が、GVを…GVが、私を…』

「…私達も、振り返ってみればこう言った事に覚えがあったの。私達はそうやって大勢の人達に助けられて、そんな大勢の人達に私達は手を差し出したわ。だから私達は大丈夫だけど…本当は、怖いのでしょう? またGVから引き剝がされてしまうんじゃないかって…」

『……』

 

 私は優奈さんのこの言葉に首を縦に振る事しか出来なかった。そう、私は怖かった。GVからまた引き剝がされてしまう事が…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう願っていた。だけど、このベラデンの奥へ進めば進むほど、嫌な感じが、そして予感がするのだ。

 

「本当は、GVに引き剝がされない術を教えてからここに来たかったわ。でも、エデンはその方法を完璧にこなせるようにするその時間を与えてはくれなかった。でも…方法自体はGVに教えてあるわ」

『…本当に?』

「ええ…その条件はシアンと会話する前は不安だったけど…大丈夫だって確信が持てたわ。後はGV…彼自身の問題ね」

『そっか…ねぇ、優奈さん』

「何?」

『もしそれがダメだったら、GVの事、お願いね』

「そんな事を言わないの…大丈夫よ。だって彼は…」

 

「貴女の英雄(ヒーロー)なんだから」と、そう優奈さんは私に言っていた。今にして思えば、優奈さんはこう言いたかったのだろう。「素直になってGVに助けを呼べ」と。そして遂に、私自身がミラーピースへと姿を変えようとしたその時だった。

 

「シアン!!」

 

 GVから、あの例の力で出来たのであろう鎖が、私の所へと真っすぐに向かって来た。その鎖には、GVのありったけの気持ちが籠っていた。「離れたくない」と…「ずっと一緒に居たい」と…「これからも共に歩もう」と。

 

「シアンも()()思ってくれるのならば、それに手を伸ばしてくれ!! 僕は…僕は…! 君の意思で、この鎖にその手を伸ばして欲しい!!」

『……っ!! GV…GVぃ…お願い…!』

 

 それを見た私は、GVに対して素直な気持ちで「魔法の呪文」を唱え…

 

「助けてぇっ…!!!」

 

 その手を、今あるありったけの力を籠め、伸ばし…

 

「……っ!! 任せろ、シアン!!!」

 

 GV(私だけのヒーロー)から延ばされた(救いの手)を、確かにその手で掴んだのであった。

 

 

――――

 

 

「シアン!!」

 

 シアンは意思諸共力を全てミラーピースとして奪われる寸前、僕が放った鎖に手を伸ばし、掴み取った。その瞬間、シアンとの繋がりが復活し、より深いつながりを僕は感じた。

 

『……G…V…』

 

 だけど、力の大半を奪われてしまったせいなのだろう。シアンは遂にモルフォとしての姿も維持できなくなってしまい…生前の、僕の隠れ家に来た時の姿に、それでいて、僕の掌のサイズとなってしまっていた…その瞬間、ミチルからあの力が無くなり、その身を落下させ…

 

「ミチル!!」

「させないわ!!」

 

 自由落下して床に衝突する寸前、優奈さんはミチルをお姫様抱っこと言う形でギリギリ抱きかかえる事に成功していた。

 

「感じる…これが私の新たなる力…」

 

 アキュラは優奈さんが抱え込んだミチルに、僕は小さくなったシアンに気を取られている間に、パンテーラはシアンから奪った力を取り込み、変身現象(アームドフェノメン)を引き起こし、この部屋の空間を歪ませながら、その姿を現した。

 

電子の謡精(サイバーディーヴァ)との完全融合は残念ながら果たされませんでしたが、想定以上の力を得た事で私の第七波動(セブンス)は新たなる段階へと至りました。大いなる愛で世界を満たす「夢想境(ワンダーランド)」の第七波動。まずは貴方達を誘いましょう」

 

 そう言いながらパンテーラはまだ態勢の整っていない僕達に襲い掛かって来た。

 

「GV! アキュラ! ミチルはまだ脈はあるわ! でも、容体はあまり良くないみたいだから、私はこの場を動けないわ! 私はこの子を守りながら治癒する事に専念するから、シアンとロロの状態を確認して!! シアン、モルフォ、見ての通り私は動けないから、パンテーラに気取られない様に詩魔法の詠唱、お願いね

 

 そう言いながら優奈さんはミチルを両腕に抱えながらパンテーラから放たれるカードの攻撃を波動の力で受け止めていた。普段の彼女ならばあの攻撃を避ける事は出来たのだろうが、両腕を容態が良くないミチルで塞がれている為、防ぐことに専念しているのだろう。

 

「優奈! ミチルは何が何でも、死んでも守り通せ!! ロロ、大丈夫か!?」

『う、うん…ミラーピースは取られたけどデータのバックアップは万全だよ。EXウェポンも使えるし、システムに影響は無いみたい。人型形態(P-ドール)には、なれそうにもないけど…』

「十分だ、ロロ!」

「シアンッ! 大丈夫か!?」

『…私、GVのお陰で何とか意識だけは残せたけど、もう力の大半は、パンテーラに奪われちゃった…今の私じゃあ、もう貴方に歌ってあげることも出来ないよ…』

「それでも構わない。シアンが無事でいてくれれば…僕にしっかり掴まっていてくれ。僕が…僕達が、シアンを守るから」

「感じます…取り込んだミラーピースと共に同志たちの力が、この身に息づいている。夢幻鏡(ミラー)の虚像では無い…夢想境(ワンダーランド)が生み出すのは真なる実像。全てを創造する力」

「創造だと? 貴様は…神にでもなったつもりか!」

『とりあえず、EXウェポン総当たりだ! 先ずはこれ、ハイドロザッパー!』

 

 そう言いながらアキュラはロロのビットからニムロドから得たEXウェポンをパンテーラに当てるが…効いている様子が無い。どうやら無力化されている様だ。

 

「同志たちが望むのであれば、そう名乗ることも考えましょう。私は、同志――能力者達を、理想郷(エデン)へと導く巫女にして先導者」

「危険な思想家め…! 今ここで断罪する!」

『次! プリズムブレイク、最大チャージ! って、これもダメなの!?』

「能力者が勝つか、無能力者が勝つか――これは、互いの繁栄をかけた生存競争…ですが、貴方達に勝ち目はありません」

「どう言う事だ…!」

「貴方達を救う歌はもう存在しないからです。謡精の意識を残した事は見事でしたが…彼女はもう力を奪われつくし、歌う力すら残されていない意識を持っただけの残滓に過ぎない…分かりますか? もはや貴方達の愛は私には届かないのです。ご都合主義(キセキ)等、決して起き得ません」

『そんな歌なんか無くったって…! テイルバンカー!!』

『…私もロロみたいに戦えたら…』

 

 確かに、もうシアンの()()()()()()()はその通りだろう。

 

「故に、諦めなさい。今の貴方達に届くのは、貴方達を手折る絶望(わたし)の歌…」

 

――謡精の歌を奏でよう 寄る辺なき孤独の戦士達に せめて死という安らぎを

 

「これでチェックメイトです。さようなら…楽園幻奏(らくえんげんそう)!」

 

 パンテーラによる絶望の歌がこの戦場全体に響き渡った。

 

『これ…パンテーラの歌…うぅ……』

「ぐ…なんだ、これは…!? く…苦しい…体力が削り取られる様だ…シアン! 僕の背中へ! …優奈さんに教わった、波動防壁で!」

『何…これ…ABドライブの出力が低下して…』

「…ロロ! 俺の背中に退避しろ! …ミチルは、大丈夫なのか!」

「防壁を展開してるから、私達は大丈夫よ! 今は自分を守る事に専念しなさい!」

 

 パンテーラから定期的に歌の波動が部屋全体に響き渡り、僕達の体力を確実に削っていく。特にアキュラは身を守る術の無い状態でロロを庇っているので、僕はアキュラの前に立ちながらとっさに波動防壁を展開したが、まだ付け焼刃なのが災いし、完全には防ぎきれていない。この中で唯一戦えそうな優奈さんは、ミチルを守る事に専念している為、攻勢に出ることが出来ない。だけど…

 

「シアン…こんな時だけど、頼みがある」

『GV…?』

「君の歌を、聞かせてくれないか?」

『GV…私には…』

「そっちの事じゃないよ、シアン」

 

 そう、僕がシアンに歌って欲しいのは、謡精の歌では無い。

 

『え…』

「謡精の歌じゃない。君の…()()()()()を聞かせて欲しい。そうすれば僕は、いくらでも立ち上がることが出来る」

『でも…』

「シアン、僕を信じて欲しい」

『…分かった。私、GVの事、信じる。あの時、私の事を助けてくれた時の様に』

 

 そうして歌が響き渡った。謡精の力の無い、ただのシアンの歌が。

 

――音を立てて崩れてく 色の無い世界が 鮮やかに光放つ あなたが来てくれた…

 

 そんなシアンの歌が、僕に力を与えてくれる。理屈なんてありはしない。だけど、この胸の中からどこまでも溢れてくる想いに偽りはない。嘗てシアンの力を取り込んだ紫電との戦いの時と同じ…いや、それ以上に、僕の内に眠る第七波動因子――「蒼き雷霆(アームドブルー)」がこれでもかと熱を帯び、今も尚際限無く燃え上がり、全身の細胞が騒めき立つ。

 

 そして、この僕の力がシアンにも流れ出し、彼女の歌に「力」が帯び始めた。そんな彼女の歌は、パンテーラの絶望の歌に抗い…拮抗し…そして、遂に押し返し始めた。そのお陰で、アレだけ苦しく、鉛の様に重かったこの体がどんどん軽くなっていく。

 

「パンテーラ…もうお前の歌は、僕には…僕達には通用しない!!」

「うぅっ…! 何が…起こっているというの!? 彼女の歌には、謡精の力は無い筈なのに…! 如何して、押し返されているの!?」 

「これは…繋がりが深くなったGVの力がシアンの歌に流れ出している…? ふふ…そうよ。そうやってお互いに助け合い、支え合えば、貴方達は比翼の鳥となって何処までも飛んでいけるわ」

「体が軽くなった…ロロ、まだ動けるな?」

『何とか大丈夫、アキュラ君が、体を張って守ってくれてたから…!』

「ならば、行くぞ…! 俺達もガンヴォルトに負けてはいられん!」

『了解! ハイドロザッパー、プリズムブレイク、テイルバンカーはもう試した…次はこいつだ! アイアンファング!!』

 

 ロロのビットから放たれた赤い弾丸がパンテーラを捕えた。その一撃は、今まで無力化されていた攻撃とは違い、明確にパンテーラにダメージを与えた。

 

「くぅ…! 何故、攻撃が…!!」

「どうやら、これが弱点の様だな…!!」

『ビンゴ! このまま続けて行くよ!!』

「こうなったら…!」

 

――心からの愛を込めて 仲間たちよ、家族たちよ 今再びこの地へと戻れ

 

「皆さん…私に力を…レジデントオブエデン!」

 

 パンテーラのSPスキルによって僕達が倒したG7が全員この場に姿を…いや、それだけでは無い。これまで倒してきたエデン兵の全てと言っていい程の人数も含め、パンテーラを中心に姿を現した。

 

「これで形勢逆転です。私には同士が…仲間が…家族がこんなにも多くいるのです。その様な歌があろうと、私の…私達の勝利に揺らぎはありません」

 

 そう言うパンテーラであるのだが…彼女は気が付いているのだろうか? 自身が呼び出した彼ら全てが何処か虚ろな表情をしている事に…だが、そのような事実はこの状況の逆転となりうる鍵にはなり得ない。実際、その数の差は歴然なのは事実なのだ。そんな時だった。優奈さんが…いや、今まで温存されていた優奈さんのシアン達が遂に動き出したのだ。

 

「果たして…そうかしら? …二人共、準備はいいわね?」

『OKだよ! 優奈!』

『アタシの方も、謡い終わっているわ!』

「電子の謡精が…二人? いえ、彼女達は電子の謡精に限りなく近い何か…ですが…今更何が出来ると言うのです?」

 

 優奈さん達のシアン達が姿を現したと同時に、そんな二人の頭上に彼女達が呼び出しているのであろう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が寄り添い合っていた。僕は優奈さんの近くに居た為、彼女達の力の隠蔽に気が付く事が出来た。その力はあの時の、僕のシアンを大きくしてもらった時の力が霞んで見える程であり、僕の目にはその二人は力の開放を今か今かと待っている様にも見えた。

 

「それは、これを受けても同じ事を言えるかしら? パンテーラ…GV、アキュラ、大きいの、行くわよ!! 取り巻きは如何にかするから、彼女に止めを!」

「了解!」

『これが…優奈さんの私の歌…話に聞いていた、詩魔法…なの?』

『正体不明、詳細不明、計測不能! 兎に角大きいのが来るよ!』

「後で説明してもらうからな、優奈! ガンヴォルト! このチャンス、無駄にするなよ!!」

「分かっている…これで終わりだ、パンテーラ!!」

 

――舞い踊るのは我が所従 討滅せしは異類異形 鎖断ち切る無尽の絶爪

 

――掲げし威信が集うは切先 夜天を拓く雷刃極点 齎す栄光 聖剣を超えて

 

『『hymmne ee hymme jam murfanare infel presia messe tes yor.――これが(アタシ)達の…ううん、(ミオ)の御子と(ホムラ)の御子の詩魔法…いくよ! 「インバートブリッド」、起動!!!』』

 

 その瞬間、パンテーラ達が瞬く間に氷の塊に閉ざされたと同時に、凄まじい爆炎でその大半が姿を消し…

 

「天魔覆滅! ストライクソウ!!」

 

 残ったG7も含めたメンバーも、アキュラの絶爪によって切り裂かれ…

 

「迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)! 響け! 謡精(シアン)の歌声よ! 絶望の歌を奏でる悲しき聖女に、夢の終わりを告げる雷道(しるべ)となれ!! グロリアスストライザー!!」

 

 パンテーラ本人は真の力を解き放った雷剣による究極の一撃(スペシャルスキル)によって貫かれた。

 

「そんな…何が起きたというの? 電子の謡精の力は…私に…適合していた…はず…」

「適合はしていたのかもしれないな…だけど、電子の謡精は――シアンは物じゃない。彼女と心を通わせていないお前に、扱える力じゃないんだ」

「…貴様が呼び出していた連中は皆、虚ろな表情をしていた…皮肉な物だな。虚像の方が感情が豊かだとは」

「嫌…私達の理想…楽園が…」

 

 彼女は…パンテーラは変身現象が解除され、既に虫の息であった。

 

「アキュラ、ちょっとパンテーラに用があるから、ミチルの事、よろしくね」

「…一応、礼は言っておく。ミチルを守ってくれて、感謝する」

『僕も、一応礼を言っておくよ。ミチルちゃんの事、守ってくれてありがとう!』

 

 そんな彼女に、優奈さんはミチルをアキュラに預け、彼女に近づいていく。

 

「…パンテーラ」

「…優奈…お姉様…」

「能力者に楽園を作りたいと言う気持ちは分かるわ。だけど、そのやり方は間違っているの。実際に、力を行使してみて分かったでしょう? 自身が創り出した存在は実体はあっても、まやかしであった事に」

「貴女とは…もっと違った…出逢い方を…したかった……一目で…心を奪われた…貴女とは…」

「…………」

「『『え…』』」

能力者(バケモノ)の感性は、やはり理解できん…」

 

 思わぬパンテーラのカミングアウトに僕達は驚いてしまっていたが、優奈さんはただただ悲しそうにパンテーラを見つめていた。そして…

 

「そうね…「来世」に期待して頂戴」

「それは…どう言う…」

「どうやらこの世界にも()()()()()が流れ出しているみたいだから…まあ、()()()()()()()()分かるわよ…その先に、きっと貴女の()想が()られた(らくえん)がある筈だから」

「お姉様…」

 

 そう言いながら、パンテーラは涙を流し…

 

「あぁ…見える…私達の…楽園が…こう言う事…だったのですね…お姉様…」

 

 そう言い残し、息を引き取った。

 

 

――――

 

 

「あ…」

「どうしたのです、()()()? またお姉様に呼び出された記憶が流れて来たのですか?」

「ふふ…何でもありませんわ。ちょっと…()()()()()()()()()()ですから」

 

 とある日、聖女(パンテーラ)の影武者である彼女は()()()を思い出し、この運命と女神の導きに改めて感謝したのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第十八話

 パンテーラが息を引き取ったのを確認した後、彼女からこの世界のシアンから得ていた電子の謡精(サイバーディーヴァ)第七波動(セブンス)因子がミチルへと流れ出そうとしていた。この能力は本来ミチルが持っていた能力。だから本人に戻るのは当然の流れと言える。だけど、このまま戻すのはマズイ。

 

 以前アキュラにも話した通り、ミチルにミラーピースと言う形で力が戻っていた時、健康を取り戻していた代わりにシアンの記憶が上書きされつつあったからだ。だけど、記憶を維持したまま力を戻す方法はある。以前、僕の居た世界でロロがミチルに対しての防壁の役割を果たした上で、力の供給を行っていたのを覚えているだろうか?

 

 アレが実現可能だった背景には、僕の世界に居たロロに搭載されていたUS(アンノウンセブンス)ドライブ…正確には僕のシアン達の力が込められていたガラス片を経由した事があった。つまり、なんらかの物質を経由し、そこから力を少しづつミチルに流せば問題は無い。それに、この方法を使えば以前この世界のシアンに供給した力も回収できる。

 

 この力の供給はあくまで不足分を補うと言う形だったからこそ上手く行ったのだ。もしこのまま戻してしまうとミチルに過剰に力が戻ってしまい、記憶所か下手をすれば彼女が生まれた時と同様に命に係わる。こんな事もあろうかと、僕の世界に居たアキュラから緊急時の対処法を聞いていた。

 

「優奈さん、それは…?」

「GV、これは「ヒヒイロカネ片」よ」

「ヒヒイロカネ片だと…そんな物、何に使うつもりだ?」

「パンテーラが倒れた影響で電子の謡精の能力因子がミチルに戻りつつあるのよ。それも急速に。だから、一時的にこれに能力因子を隔離しようと思って」

「何故隔離を……ミチルの記憶の為か?」

「そう言う事よ。このまま急速に力が戻ったらミチルの記憶に影響が出るのは間違い無いわ。だから、このヒヒイロカネ片を防波堤として機能させるのよ。早速だけど、始めさせて貰うわね」

 

 そう宣言しながら僕はパンテーラの亡骸から放出されつつあった電子の謡精の能力因子を波動の力でヒヒイロカネ片にかき集めつつ、この世界のシアンに供給されていた僕のシアンの力の回収も済ませた。とは言え、このままではこの世界に居たGVに残ったシアンの意思分の力が不足している為、帳尻が合わないだろう。だから、その分だけをヒヒイロカネ片に流し、帳尻を合わせた。

 

「……ふぅ、これで良し。後は…これを、ロロに組み込むだけよ」

「…何故そこでロロが出てくる?」

「ロロとミチルは、言わばモルフォと生前のシアンと同じような関係だからよ。つまり、ロロとミチルはそう言った繋がりがあるのよ。気が付ているかしら? ロロの人型形態(P-ドール)の姿って、彼女の理想の姿であるって事に」

『…僕のあの姿がミチルちゃんの理想の姿…なの?』

「何故、そう言い切れる?」

「…アキュラならミチルの服の趣味、何かしらの形で把握していると思ったのだけれど」

「…ミチルがファッション誌を読んでいた時があったな…言われてみれば、確かにあの時のミチルの趣味とあのロロの姿は一致している」

「シアンがまだ生きてた時、モルフォの姿は理想を形にした姿だって言っていたよね?」

「うん…」

 

 この世界のGVの台詞に対して返事をしたのは、実体化したシアンだ。彼女は電子の謡精の力をほぼ奪われつくし、掌サイズになった上に生前の姿へと戻ってしまっている。だけど、実体化した際はGVの力を多く流す事でサイズだけは生前の時に戻せている。

 

「ミラーピースは、言わば第七波動の塊だったような物。だけど、今私が用意したこれはちゃんとした物質を経由しているわ。だから、以前起こった記憶の混濁は起こらない筈よ…さて、いい加減話しましょうか。何故そう断言できるのかを」

 

 そう言いながら、僕は自身の経緯をアキュラに説明した。勿論、向こうのアキュラの事も。実際に説明が終わった後、僕はアキュラの前で蒼き雷霆(アームドブルー)の力を行使して見せた。

 

「迸れ、蒼き雷霆よ! とまあ、こんな感じね」

『力の波動の性質がほぼガンヴォルトと一致してる…』

「…貴様はやはり、紛れも無く能力者(バケモノ)だ。どうやら貴様の世界の俺は随分と甘かったみたいだが、俺はそうはいかない…とはいえ、ミチルを救ってもらったのは紛れもない事実だ。今回だけはお前達の事は見逃そう。だが、次は無いぞ?」

「それに関しては大丈夫よ。私の憂いはもう大体晴れたから、この世界からは撤退する予定よ」

「そうか、ならばもう会う事も無いだろう……」

アキュラ君、バケモノだとか言ってるけど何か残念がってる様に見えるのは気のせいじゃないよなぁ…

「…それと、これは預けるわ。方法は伝えたから、後は貴方次第よ」

「………俺の気が変わる前に、早く撤退するんだな」

 

 そんな事も有り、僕は電子の謡精の力を封じ込めたヒヒイロカネ片をアキュラに預け、遺体が利用されない様にパンテーラの亡骸を僕の蒼き雷霆で灰へと返し、この世界の僕達と共にベラデンを後にした。

 

「それにしてもGV、シアン、本当に良かったの?」

『GVが私の事を守ってくれるから…私は助けに応えてくれる英雄(ヒーロー)が居るから、大丈夫。それに、こんな私でもそんなGVの事を支える事が出来るって分かったから…それに、元々電子の謡精の力は彼女の…ミチルの物だったんだよね? だったら、返さないといけないと思うの』

「それに電子の謡精の力は戦いに巻き込まれる要因です。アキュラには悪いけど、寧ろ僕達から離れて良かったとすら思ってますし…」

『それに、「モルフォ」の記憶も意思も、私の中に残ってるから…持ってかれたのは、純粋に力だけだったから、大丈夫なの』

「貴方達がそう言うなら、私は何も言わないわ」

 

 まあ、確かに紫電の時も、パンテーラの時も元を正せば「電子の謡精」が発端なのである。それに、今のこの世界のシアンはあの鎖…「比翼の鎖」によってこの世界の僕の蒼き雷霆の力へと完全に同化している。それはあの特殊な環境下で比翼の鎖を発動させた為起こった特殊な現象だった。

 

 これで彼女の完全な自由は果たせなくなってしまったけれど…彼女の「自由」はこの世界の僕と共に一緒に居る事だ。そう心から想っていなければ、そもそもあの鎖は発動しない。だからこそ、この世界の僕もこの事実を許容しているのだろう。そうして僕達はベラデンからオウカの屋敷へと帰還を果たした。そこでは帰って来た僕達を涙目になったオウカが出迎えた。

 

 その後、この世界の僕は波動の力を十分に扱えるまでに成長し、その身に宿したシアンとオウカの三人で互いに支え合いながらこの世界で生きていく事となる。シャオはそんな三人の邪魔にならない様に、僕達と別れを済ませていた。そして僕も元の世界に帰ろうとしたのだが…そんな日に別れた筈のシャオを僕は見かけたので、気になってこっそりと姿を消しながら後を付けていた。そうしたら、シャオは裏路地でノワと合流しており、何か会話をしていた。

 

「ベラデンまでの送り迎え お疲れ様でした。それで…これが「謡精の宝剣」…へえ、ペンダントの形にしたんですね?」

「ただの趣味です。私も女ですから」

 

 恐らく、能力をロロ経由でミチルに戻した電子の謡精をアキュラが再隔離しようとし、その器をノワが用意し、それに隔離したのがあの謡精の宝剣なのだろう。

 

「意外ですね。とても「傾国の誘惑者」とまでよばれた魔女のセンスじゃ…」

「私は()()()で、神園家に仕えるメイドです」

 

 …間違ってはいないな。うん、「あくま」でと言うのは嘘では無いし。それに、彼女の目線がこちらを一瞬向いた。やはり、僕の事に気が付いている様だ。

 

「あはは…何にせよ目的は果たせました。ありがとうございます。「ノワさん」」

「シアンさんから完全に引き剝がされた電子の謡精の第七波動誘因子を摘出…あなたはいったい、何を企んでいるのですか?」

「企むなんて人聞きが悪いなあ。「電子の謡精」は世界を変える大きすぎる力…エデンはもちろん…ガンヴォルトにだって渡すわけにはいきません。それに、こんな力を持ったままじゃ、ミチルさんは普通の人生を歩めない。こうやって宝剣――今はペンダントでしたか。因子を再隔離して、能力を完全封印すれば、ミチルさんも平穏(しあわせ)な毎日を贈れる。そう思ったからこそ、あなたも手をかしてくれたんじゃないですか?」

「それは…」

「以前、彼女のお父さん――神園博士が手術を行った時は、皇神の裏工作で、摘出した誘因子が「生きた宝剣(シアン)」に移植されたせいか、あるいは博士の技術が当時まだ不完全だったせいなのか…ミチルさんの身体にも影響が出ていたようですが、今はその心配もありません」

 

 そう言いながら、シャオはノワから謡精の宝剣を受け取ろうとしていたのだけれど、ノワがそれに待ったを掛けた。

 

「煙に巻きますね。それは、私の目的です。あなたは、自分の目的を何ひとつ話していない…」

「すぐに判りますよ。心配しなくても大丈夫です。悪いようにはなりませんから。そう、これは言わば()()()ですから」

「撒き餌、ですか?」

「その通りです。ノワさんなら、()()()()()()()()()()()()()()()()

「…さて、何のことやら」

 

 …つまり僕は、誘い出されたという訳か…違和感はあった。この世界のシャオはフェザーの所属と言いながらジーノの事を知らなかったし、他にも違和感は所々にあった。それに、僕の世界に転がり込んで来たシャオから、元の所属について把握している。本当は、フェザーでは無く、皇神(スメラギ)に所属していたのだと言う。だと言うなら、この「彼」は紛れも無く…

 

「優奈さん。居るんですよね?」

 

 どうやら、シャオは気が付いている様だ。僕は「とあるSPスキル」を発動させた状態で姿を現した。

 

「…よく気が付いたわね」

「ノワさんの視線が一瞬だけ僕から外れましたからね。そう予想はしていたのですが…()()()()()()、それが貴女の本当の力…「蒼き雷霆」、そして「電子の謡精」を越えた力ですか」

 

 僕はシャオと対峙する形となったが、ノワはそんな僕達から離れ、傍観を決め込む構えの様だ。もしかしたら、今僕が展開しているこの翼の性質にあたりを付けたのかもしれない。

 

「だとしたら、如何するのかしら?」

「それは貴女の力を利用して…あれ? 何で能力が…」

 

 シャオの能力は既に把握している。それは時間操作能力。それに対抗する手段は僕の中ではいくつか存在している。一つは素粒子の謡精女王(クロスホエンティターニア)で形成した集合的無意識から「疾走する停滞」の力を「黄昏」を経由して借り受ける事。そしてもう一つは、今展開している蒼き雷霆と電子の謡精の二つの能力が必要な異能を否定するSPスキル、「謡精の羽(フェザーオブディーヴァ)」。

 

 僕はシャオが何かする前にその手に持っていたダートシューターの引き金を引いた…僕はてっきりノワ辺りから妨害を受けると思っていたのだが、彼女は完全に傍観を決め込んでいた。それを見て、僕は謡精の羽を解除し、彼女に近づき、話しかけた。

 

「…良かったの? 助けなくても」

「ええ、元々利害が一致したから協力関係であっただけの事です。それにこのペンダントの隔離先にはアホ天…他にも当てはありますので、そちらに向かえばいいだけの事です。それよりも、お礼を言わせてください。ミチル様を()()()()()()助けて頂き、ありがとうございます。私は最低ですが、記憶を失う事は、覚悟していたのです」

「…そう、アキュラは上手くやったみたいね」

「はい。本人には直接言うつもりはありませんが、アキュラ様は紛れも無く天才でありますので…では、私はこの辺りで失礼させて頂きます」

 

 そう言いながら、ノワは姿を消した。そうして僕は撃った筈のシャオへと顔を向けたのだが…倒れていた筈のシャオの姿が無くなっていた…この第七波動反応…これは僕達が会話に集中している間に並行世界転移を無意識に発動させたのだろう。何故無意識と僕は言い切れたのか。それは、あの放った弾丸には僕の能力因子を仕込んでおり、撃った相手の僕に関する記憶を文字通り消す効果を込めていたからだ。

 

 つまり、蒼き雷霆による簡易版の洗脳の応用だ。シャオはもし敵対した場合、最悪並行世界転移で逃げられる可能性を僕の世界に居た彼自身から聞いていた。だから、あの違和感を感じていた時から一発当てれば効果を発揮できるこの弾丸を用意していたのだ。まあ、逃げられてしまったとは言え、これでこの世界における憂いはほぼ無くなったと言っても良いだろう。

 

『帰りましょう。GV』

『帰ろう、GV』

「ん…ちょっと寄り道してもいいかしら?」

『寄り道?』

「ええ」

 

 そうして僕はこの世界から姿を消し、元の世界へと帰還を果たす…前に、少し寄り道をする事を提案した。そう、僕がまだ「優」であった世界へと。この世界は僕達のこの世界から見れば紛れも無く異世界だ。だけど、僕自身の魂の情報を読み取り、この世界への座標を無意識に把握する事が出来ていた。そうして僕はこの世界から姿を消し、転生前に居た世界へと足を運ぶ事となった。

 

 その転移先は、あの街を一望できる、とある山頂だった。そこから見える街並みは…まだ僕が大学生だった頃で、モルフォを呼び出していた頃と一致していた…本当に、懐かしい光景だった。第七波動が無く、温かく、シアン達と会話を交わす事は出来なかったけど、間違い無く平和であった、あの街並みだった。僕達は、折角なのでシアン達を実体化させて変装しながらこの懐かしい光景を、日常を思い出しながら街へと繰り出した。

 

「やっぱり、この街はいい所よね」

「ええ。そうね」

「のどかで、温かくて…私達の居た場所も、何時かこんな風になれるかな?」

「その為に、私達やパンテーラ達も頑張っているのでしょう?」

 

 そう言いながら、僕達は街を散策していたのだが…とあるゲームショップにあったモニターで、「アルノサージュ」が宣伝されていた。それを僕達は、何処か不安げに見つめていた。

 

「イオンの事、必ず助けようね」

「ええ。必ず」

「そろそろアタシ達も帰りましょう? もう暗くなってきて、丁度いいし」

 

 そう僕達は決意を固め、僕達の世界へと戻った。そうして待っていた…いや、向こうからすれば行ってすぐに帰って来たように感じたであろう…まあ、アキュラに転移装置は無事に稼働した事を伝えた。

 

「そうか…転移は無事、上手く行ったみたいだな。それとガンヴォルト、幾つか問題が浮上したんだが…」

 

 その問題とは、調べていた座標がこの世界基準では無く、この携帯ゲーム機があった世界を基準にしていた事、そして以前から把握していた通り、向こうの世界の法則の違いによる空間の歪みだ。この時、一つ目の問題は僕達が寄り道していたまだ「優」であった世界を見つけていた事で解決していた。

 

 しかし、もう一つの問題はそうはいかなかった。何しろ、イオンが今いる世界へとこのまま足を運ぶと、向こうの空間が歪んでしまうからだ。だから僕達は色々と考えながら意見を纏めていたのだが、そこで一つの可能性が浮上したのだ。

 

 そう、黄昏の女神のとある特性…「覇道神を共存させる」と言う可能性だ。今、僕達の世界はこの黄昏の女神の法則下にある。そして、イオン達の居る意思を持った世界であるエクサピーコは詩を唄い続けて世界を存続させている。屁理屈かもしれないが、この在り方は覇道神に限りなく近い。

 

 だから、僕達はこう考えた。黄昏の女神が覇道神共存の能力を…エクサピーコを抱きしめれば、僕達もイオン達の居た世界に影響を与える事無く行けるのではないかと。そう言う訳で、僕達はパンテーラ達へと協力を要請した。幸いにもパンテーラ達も僕が世界転移をしながら人材をちょくちょく集めていた事も有り、完全に開発も落ち着いていた為、暇を持て余していたようであった。

 

 とは言え、暇になったとはいえG7達は立場上留守にする訳にもいかず、実質パンテーラとアリスだけが協力者だった。そして、パンテーラに予め伝えていた座標を教え、それを黄昏の女神へと伝え、そして…それが無事成功した事が、パンテーラ本人が呼び出していた黄昏の女神の触覚によって伝えられた。

 

 曰く、物凄くお人好しな世界(ひと)だったとの事。突然自身が出て来た事に最初は驚いていたのだけれど、ちゃんと波動(ことば)を交わし、話し合った結果、それを…抱きしめられる事を受け入れてくれたのだと言う。それ所か、既に友達にまで発展しているのだとか。

 

「いい世界(ひと)に会わせてくれてありがとう」と逆に僕達はお礼すら言われてしまった。最初に頼んだのは僕達だと言うのに…まさかこうしてお礼まで言われる事になるとは思わなかった。ともあれ、これで全ての準備は整い、僕達はあの世界へと…イオンの待っている世界へと向かう事となったのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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番外編第二部 輪廻を越えた蒼き雷霆は七つの海を越える
第十九話


Chapter:守護

様々な人達との協力を得て
遂に踏み込むことが出来た、七つの海を越えた世界
全てはその先に居る少女(イオン)を護り、助ける。その為に


 それはエクサピーコ宇宙へと突入する直前の話だ。僕はあの携帯ゲーム機を起動させ、「シェルノサージュ」を起動させていた。その画面の向こうでは、イオンがその部屋で一日を過ごしていた。だけど、イオンは認識していない様であったが、その部屋は既に崩壊していた。

 

「この画面を見るのも懐かしいな…」

『この画面の向こう側のイオン、相変わらずだなぁ…』

 

 それ以外にも、その部屋にはとあるロボットが鎮座していた。「ES45-カソード」、アーシェスの事だ。つまり、後はこの画面を見ている僕達が切欠をイオンに与えるだけで、ここから「アルノサージュ」へと続いていく。僕達は既に、一度イオンをこの先へと導いていた。

 

「アーシェスには、僕達の世界でも助けられたな…」

『現実目線でのアーシェスの動きが分かった貴重な機会でもあったわよね』

 

 それなのに、なぜまたこの場面へと戻ったのか? それは、あの地震から数年が過ぎ去ったある日、シェルノサージュに唐突なアップデートが…最後のアップデートが入ったからだ。

 

 その内容は文字制限はあるし、一方的にではあるけど、「旅立つイオンに対して好きなメッセージを送ることが出来る」と言う物だ*1。僕達は一応アップデートをしたのだが、生前では結局あのような事も有り、どんなメッセージを贈ればいいのか分からなかったが為、空白のままであった。

 

『…今更だけど、どんなメッセージを贈ればいいのかなぁ』

「…あの時のイオンは、僕達が操作していたアーシェスが破壊されて、心が折れそうだった」

『凄く辛そうな表情で、あんなに一杯涙を流していたわよね…』

「あの場にはネロと、僕達が操っていたアーシェスやデルタの様に、インターディメンドされていると判断してもいいプリムが居た…」

 

 そうあの時の状況を整理している内に、送る言葉は自然と見つかった。それは――

 

 

――――

 

 

 私は今「ソラ」と呼ばれる所に居る。ここに来た目的は、私達の居るこの移民船「ソレイル」の動力源を切り替える事。元々、この船は「アルノサージュ管」と呼ばれる外宇宙からエネルギーを抽出する機関が存在し、理論上エネルギーが尽きるという事は無い。その上、それに問題が生じてもサブ動力として「フラスコの海」と呼ばれる場所で生命エネルギーを扱う事も出来る。

 

 問題になったのは、アルノサージュ管が正常に作動しているにも関わらず、ジルさんが船の動力源を生命エネルギーに切り替えてしまっている事だけど、それだけでは無い。その生命エネルギーが「母胎想観」へと注ぎ込まれている為に、この様なエネルギー不足が発生している。

 

 これを何とかする為にソラに存在している「サージュコンチェルト・ターミナル」でサーリちゃんとドクター・レムオルが用意してくれた動力を切り替えるソレイルを制御する為の詩、通称「シェルン」を謳えばいいのだけれど、動力の切り替えには、船の全システムを一度シャットダウンする必要があった。

 

 ここでまた問題が発生する。今、このソレイルの周囲には外殻、所謂大地が生成されており、その大地には「シャール」と呼ばれる種族が多く生活している。その大地も今回のエネルギー不足によって所々崩壊が始まっている。つまり、船の全システムをダウンさせるとこの大地全てが無くなってしまい、そこで生活をしているシャール達が犠牲になってしまう。

 

 とは言え、それはサーリちゃんが上手くやってくれる事を信じるしかない。ここに来る前に、「必ず、人もシャールも助けてみせる」と約束してくれたから。そして実際、全システムがダウンし、後はこのシェルンを…「Class::XIO_PROCEED」を謳うだけ。そうして私はこの詩を謳おうとしたのだけれど…

 

「ネロ…? それに、あなたは…どうしてここに?」

「あなたを止めに来たの。あなたと、()()()を」

 

 そんな私達の前に、ネロと、ピンク色の髪のシャール…プリムちゃんが現れた。

 

「何を…言ってるの? わ、私は今から、動力の切替をしなくちゃいけないの。そうしないと、この世界が…壊れちゃうから」

 

 この子は確かこの世界で…デルタとキャスちゃんの間で生まれた子の筈…だから私は尋ねた。

 

「あなたは、この世界で生まれたんだよね? もし、此処が壊れちゃったら、あなただって…」

「平気だよ! プリムが壊れちゃっても、プリムの()()は壊れないし!」

「中身…?」

 

 この子は…プリムちゃんは、何を言っているのだろう?

 

「プリムはね、パパとママを助けたいの」

「デルタと、キャスちゃんの事?」

「うん!」

「私もそうだよ。みんなを助ける為に、母胎想観を止めようとしてるの」

 

 私はそうハッキリとプリムちゃんに告げた。

 

「どうして? パパ達は死なせないよ。プリムは、パパ達を助ける為に、母胎想観でパパ達をぐちゃぐちゃにするの」

「な、何を言ってるの?」

「母胎想観は、世界を壊そうとしてる訳じゃ無いよ? 世界を一つにして、みんなで幸せになる為の物だもん。人もジェノムも、みんなで一つになればいいんだよ。それならもう、誰も怒らないでしょ? だから、動力を切り替えたらだめだよ。この船が壊れなかったら、みんな母胎想観と融合したいって思ってくれないもん」

 

 皆の事を、そんな風に誘導するなんて…!

 

「そんなことはさせないよ! キャスちゃん達がシステムを落としてくれた。今なら、シェルンで動力を切り替えて、この船を助けられる!」

「無理よ。システムは直ぐに回復するわ。だって、母胎想観が黙っているはずないもの。イオナサル、お願い、私と一緒に、元の世界へ還りましょう? これ以上私達がこの世界に介入すると、事態はどんどん悪くなるわ。本当に、もうあまり時間が無いのよ。分かるでしょう?」

 

 ネロはそんな風に私を元の世界に還るように…その優しい声で甘い誘惑を囁く。

 

「私は必要以上にこの世界を壊したくない。ただ、無事に自分の世界に還りたいだけ。お願い、この気持ちを分かって」

「…………」

 

 そんなネロの気持ちは…()()()()()()()()()()。何故なら、私だって本音を言えば還りたいと想っているから。本当の意味で私の事を分かってくれる人なんて居ない。内心、この世界に来てから、毎日ずっとそう想いながら。そして、それが叶わないなら、死んでしまいたいとも。

 

「ごめんね、ネロ」

 

 だけど…

 

「私…やっぱり、この世界を犠牲にしては還れない」

 

 それでも、この世界に居る人達を犠牲にするのは…良くない。だって…

 

「ここにいるのは…私達を無理矢理引き寄せた人達じゃない。私を大切にしてくれる人ばかりだから」

 

 だからこそ、私はこう思う。

 

「どうして、その人達が償いをしなくちゃいけないの? 私…種族とか、過去の償いとか、そう言うの…本当に分からない。今生きている人達には、罪は無いでしょ? 今、この世界で生きている人達は、みんな、一生懸命幸せになろうとしてる」

「…………」

 

 ネロは、そんな風に思っている私の話を聞いて悲しそうに沈黙をしていた。彼女にも、そんな事は分かっているのだろう。だからこそ、自分が還る事を優先しつつも、「必要以上にこの世界を壊したくない」とこの世界の事を彼女なりに気を使っているのだから。

 

「だから、私はこの世界の人達と、一緒に生きて行く道を選んだの……あなたの力には、なれないよ」

「………そう」

 

 ネロは悲しそうに…本当に悲しそうに、そう返事をした。

 

「私、謳う。この世界の人達と、これからも生きていく為に――この、詩を!」

 

 そして私は詩を…「Class::XIO_PROCEED」を謳う。そんな私の前に、何時もの様にアーシェスは…「あなた」は私を護る様に二人の前に立ちはだかり、何時もの様にその右腕に銃を構えていた。

 

「ia-ta-ne noh-iar-ny rei-ny ih=i-tes pe-wez-ea;」

「だめ! そんな詩を謳ったら!」

 

 プリムちゃんは皆を救う為の詩を拒絶する。そして彼女は…

 

「ねえ、アーシェス、プリムと遊ぼう? 君が勝ったら、プリムはいなくなる。でも、プリムが勝ったら、君を貰う事にするよ、いいよね?」

 

 そんな提案を「あなた」に対して行い…

 

「Quell->EX[quin]->{SAT::1129=>EX[sht]};」

 

 彼女は、私の大切な金色に咲く花…「あなた」を衛星砲と言う嵐を巻き起こし、奪い去ろうとしていた。

 

「金色に咲く花 嵐に散り荒ぶ 今すぐ 刻を止めて 例え 母なる星へ 帰る術 失くしてでも」

 

 その一撃一撃は軽い物であった。それはプリムちゃんが宣言した通り、アーシェスを貰おうとしていたからだろう。普段ならば私の詩魔法の補助を加える事であの位の攻撃を防ぐなんて訳無い筈。だけど、今はそれを行っておらず、動力切替のシェルンを私は謳っている。

 

(急いで私!! 早く謳い終わって、「あなた」を助けないと!!)

 

 だからこそ、その嬲る様な攻撃に、アーシェスは、「あなた」は急速に疲弊していく。

 

(お願い…早く終わって…!! 早く…早く!!)

 

 そんな私の想いを嘲笑うかのように、その攻撃が激しさを増し…

 

(あ…左腕が…! お願い…もうやめて!! 私から、大切な「あなた」を奪わないで!!)

 

 その冷たく優しい腕の一つが私の前で吹き飛ばされた。そして、プリムちゃんはそれを見て残酷な笑みを浮かべていた。そんな光景が切欠で、私の心が絶望で塗りつぶされようとしていた。

 

(お願い…私を一人にしないで…!!)

 

 私の事を本当の意味で理解してくれるのはここに居る「あなた」だけ。そんな大切な「あなた」が今、永遠に失われようとしていた。そして、そんな絶望的な状況でも「あなた」はそんな私を安心させる為にこちらに振り向き…

 

(あ…)

 

 私を気遣い、残された銃を持っていた筈の右腕で私の頭を撫で、抱きしめてくれた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やぁ!!」

 

 そして、そんなプリムちゃんの掛け声と共に放たれた一撃によって、遂に私にとっての絶望が追い付いてしまった。その時の瞬間は、まるで走馬燈の様にゆっくりとした物であった。各種パーツがバラバラに砕けながら力なく倒れていく「あなた」。そして皮肉にも、そんな光景を最後に私の詩は謳い終わり…

 

「うぅ…うああああぁぁぁぁ…………」

 

 私はその両眼から止まる事の無い涙を流し続け、謳い終わったその口から慟哭を響かせた。もう、アーシェスは…「あなた」は、居ない。

 

「さて…邪魔者は片付けたし、後は母胎想観がシステムを戻すのを待つだけだね♪」

「ええ…そうね」

「だけど、待つだけって言うのもアレだよねぇ…イオンの事、連れてっちゃおっか。ほっといたら何するか分からないし、とっとと母胎想観と融合させておかないとね」

 

 そう言いながら、プリムちゃんは泣き崩れていた私に近づいていく。またあの時の様に、私を母胎想観へ融合させようとしているのだろう…もう、護ってくれる「あなた」は居ない。このまま諦めてしまっても…そう考えていた時、ふと、あの時の言葉が…「あの部屋」から旅立つ直前に、「あなた」から贈られたメッセージを思い出していた。

 

――イオン、僕達は君を必ず助けに行く。だから、どんな状況に陥っても…本当にどうしようもない状況に追い込まれても、最後まで諦めないで欲しい。

 

 最初はただ私を励ますつもりで送られたメッセージだと考えていた。だけど、今のこの状況は、このメッセージ通りの本当にどうしようもない状況だ。もしかして、「あなた」はこの状況を予見していたの? …普通に考えなくても、溺れる者は藁をも掴むと言ってもいい都合のいい解釈である事は分かっている…でも――

 

(信じていいの? ()()()()()()()と言う、「あなた」の言葉を)

 

 私は、私のジュノメトリクスが完了するまで、「あなた」の事を心から信用出来てはいなかった。正直、内心何所かで疑っていた。心から信じていいのかを。そんな風に考えている内に、プリムちゃんが私に近づきつつあった。状況がそうさせている事は否定しない。そうであっても、私の答えは決まっていた。

 

(私、「あなた」の事を信じる。最後まで、諦めないんだから!!)

 

 そう思いながら、私は溢れ出る涙はそのままに、「あなた」の頭を…アバターコアを腕に抱えながら立ち上がって、プリムちゃんから離れる為に駆け出した。全ては「あなた」を信じ助けを待つ、その為に。無論ただ走って逃げるだけでは無い。

 

「解けない心 溶かして二度と 離さない 貴方の手」

 

 そう、あの時励まされた歌を、私は歌っていた。この歌はあの時以来、私が疲れて調子が悪い時には必ず聞こえてきて、私の事を癒してくれていた。そのお陰で、自然と歌詞も覚えることが出来た。だから外での採取の時にこの歌を口ずさんでいた時に、偶然とある事実を発見する事が出来た。そう、歌っている最中に、身体能力が向上するという事に。

 

「え? ちょっと待って! 何であんなに早く走れるの!?」

「…信じられない。運動音痴のイオナサルは、あんなに早く走れる筈、無いのに」

 

 プリムちゃんとネロが、私の行動に驚いているみたいだった。それは当然だろう。私はこの方法を夢世界から戻って一度しか、しかも誰にも見られない様に試しただけなのだから。多分、カノンさんやネイちゃんもきっと驚くはず。

 

「だけど、追いつけない程じゃ無いよ! それに、こんな事もあろうかとってね!」

 

 そう言いながら私に対して複数のロボットを嗾けて来た。それらは「あなた」が居た頃ならばなんら脅威になり得ない物であったのだけれど、今の私にはそれらは十分すぎる程の脅威と言える。何しろ、実際に追いつかれつつあったのだから。

 

 この後の結末は、俯瞰視点が殆ど使えない今の私でもハッキリと分かる。間違いなく私は捕まってしまうだろう。こんな僅かな時間抵抗しても、意味は無い。「あなた」と言う存在は幻で、助け何て来る事は無い。全力で駆けながら、体力の消耗を自覚する度にそんな考えが何度も頭を過る。

 

 それでも足が止まる事は無かった。ほんの僅かな可能性を信じて。だけど、遂に追いつめられてしまった。その場所は後で立ち寄って「あなた」と「禊ぎ」をしようとしていた場所で、「空中庭園」と呼ばれていた場所であった。

 

「ハァ…ハァ…」

「追いつめたよ、イオン」

「この結果は俯瞰視点が無くても十分に分かっていたでしょう。 どうしてこんな無駄な事をするの?」

 

 もう完全に私は追いつめられ、走ったり歌ったりする体力も底を尽きた。正に万策尽きたと言える状況。

 

「ねぇ、「それ」ちょうだい? あの勝負は私が勝ったんだから」

「ハァ…ハァ…ダメ! アーシェスは…「あなた」は…渡せない!」

「強情ね。いい加減諦めて? もうこの状況は誰がどう見たって、完全に詰みよ」

 

 ……ネロの言う通り。この状況は完全に詰み。何しろこの二人だけじゃ無く、私を追いかけていたロボット達に加え、更にそのロボット達が追加されて私の事を包囲しながら、その全員が銃器を油断無く構えていたのだから。

 

「またあんな風に逃げられると困るから、片足位なら打ち抜いちゃってもいいよね」

 

 プリムちゃんのこの一言が切欠で、ロボットの一体が私の足に狙いを定めた。

 

「…そうね。これ以上、無駄な労力を掛けたく無いわ」

 

 ネロは無表情でプリムちゃんの言葉に肯定し…

 

「あ……」

 

 私の足に、ロボットが持っていた銃器から弾丸が無慈悲に放たれた。その弾丸は、嫌なほどにゆっくりとした物であった。あぁ…そっか、これが走馬燈なのかなと私は他人事の様に内心思っていた。

 

(結局、私のした事は、無駄だったのかな…)

 

 私の足に、ゆっくりと弾丸が迫る。

 

(あの時の「あなた」の言葉は、やっぱり私を慰める為の物だったのかな…)

 

 私の足に、ゆっくりと弾丸が迫る。

 

(もう、私はダメ…なのかな…)

 

 私の足に、ゆっくりと弾丸が迫る。

 

(みんな母胎想観に取り込まれて、終わっちゃうのかな…)

 

 私の足に、ゆっくりと弾丸が迫る。

 

(そんなの…嫌だよ…)

 

 私の足に、ゆっくりと弾丸が迫る。

 

(お願い…)

 

 もう、私の足のすぐ近くに、弾丸は迫っていた。

 

(助けてぇ! 「あなた」ぁぁぁ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう心の中で、声なき声を叫んだ瞬間だった。走馬燈でゆっくりとした時間の中…

 

(え…)

 

 突如として私の視界に()()()が――

 

(ぁ……)

 

 ()使()()()が――

 

(あぁ……)

 

 ()()()()()()()()()()()を持った後ろ姿が――私を庇う様に現れた。そして…私の足を狙った弾丸は、立ち塞がった人と私の足を、()()()()()。この瞬間、場が完全に凍り付いていた。突如として現れた第三者の乱入によって。再び動き出したのは、この第三者が発言した後であった。

 

「電磁結界「カゲロウ」…どんな攻撃も僕には…()()には通用しない」

 

 これは…夢? そう思っていた時、彼はこちらを振り向いた。その姿は、赤い瞳に整った顔立ち、紫色の長い三つ編みの髪で、少しだけ私よりも背が高い男の人だった。そんな男の人が、私に話しかけた。

 

「…イオンの事、ずっと見ていたよ。万寿沙羅で一人放り出されていた時からね」

「え?」

 

 彼のその言葉に、私の頭は真っ白になる。そして、そんな彼の横から、金色の髪をした、蝶の翼を持った女の人が現れ、私に話しかけた。

 

『イオン、貴女はここまでずっと頑張って来たわ』

 

 そんな女の人の反対側の位置から、男の人と同じ髪の色をした、同じく蝶の翼を持った女の子が姿を現れ、私に話しかけた。

 

『私達は、それを今までずっと見ている事しか出来なかった』

 

 この三人の言葉が真っ白になった私の頭の中に浸透し…

 

「だけど、僕の世界の多くの人達に助けられて、僕達は今、ここに居る」

 

 私の両眼から、走っていた時に枯れ果てた筈の涙が溢れだした。それも、温かな涙が。

 

「…貴方達、何者?」

 

 ネロが、そんな三人に話しかける。

 

『彼はGV…通称ガンヴォルト。私達の居た世界では雷を操る能力、蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者』

『そして、精神感応能力である素粒子の謡精女王(クロスホエンティターニア)の能力を持つ私、シアンと』

『アタシ、モルフォを封印する為の宝剣…存在』

「……?? 何を、言っているの?」

「…こう言えば分かるかな? …デルタとアーシェスを別次元の世界から操っていた張本人。それが僕達だ」

「…………!!!」

「ひっく…うああぁぁぁぁぁ………」

 

 そんな衝撃の事実が…不可能であるとされていた異世界転移を成した彼、GVの口から出された瞬間、私は気持ちを抑えられず、彼の胸の中に飛び込み、顔を埋め泣きはらした。

 

「会いたかった…! ずっと、ずっと会いたかった!! 「あなた」ぁ!!!」

 

 そんな私に、彼女達…シアンちゃんとモルフォちゃんが私の頭を撫でてこう答えた。

 

『私達も、こうやってイオンと顔を合わせて会いたかった。直接この世界に来て、力になりたかった』

『でも、アタシ達に出来たのは歌を送る事や、端末やアーシェスを経由して間接的に助ける事だけだった』

「何これ…こんな展開、私知らないよ!」

 

 プリムちゃんが、良く分からない発言をしているが、そんな事は、もう如何でも良い、如何でも良かった。だって…

 

「だけど、もう大丈夫。僕達がここに居る以上…」

 

 だって…

 

「イオンの事を、直接護る事が出来るのだから!!」

 

 大好きな「あなた」が…「あなた達」が、来てくれたのだから!!

*1
実際のシェルノサージュにはそんな機能は無く、この二次小説オリジナル要素です。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第二十話

 僕達の転移直後、僕の視界に飛び込んで来たのは大量のロボットの群れに、ピンク色の長い髪に、尻尾を持った女の子…プリムと銀色の長い髪を持った女の子…ネロだった。そして、ロボットの内の一体が既にこちらに銃を向けて、その弾丸は放たれていた。

 

 最初は何度もこの世界をゲームの様にやり直せるインターディメンドを受けたプリムによる僕達の転移直後を狙った攻撃であると思ったのだが、転移した直後に僕の背後の気配を感じ、それは違うと判断した。だけど、目的は違えど転移直後に攻撃を受けた事に変わりは無い。

 

 だから、そう言った事態を想定して戦闘態勢を整えてから僕達は転移したのだ。転移直後、どんな状況でも対処出来るように。そして、僕が何時も身に付けている改良されたペンダントも、その対処方の一つだ。

 

 このペンダントは電磁結界「カゲロウ」を発動させるのに必要な装備なのだが、簡単に言うと、「僕が触れた対象もカゲロウの恩恵を受ける」と言う機能が追加されているのだ。これは以前、一度シアンを救出した時の失態が切欠で追加された機能だ。つまり、背後に居るであろう()()も、その恩恵に(あずか)ることが出来る。故に…

 

「電磁結界「カゲロウ」…どんな攻撃も僕には…僕達には通用しない」

 

 この様に、僕と背後に居る彼女を、放たれていた弾丸はすり抜けたのだ…向こうは突然の事態に凍り付いているみたいだった。今なら、彼女に…イオンに少し話すくらいの時間も撮れる筈。僕は振り返り、その姿を見た。

 

 今の僕よりも少し背が低く、金色の長い髪に、水色の綺麗な瞳をし、近未来的な巫女と言ったイメージと言ってもいい服装をしていた。そんな彼女の状態は、息を切らしており、その細い腕にアーシェスの頭を大事に抱えていた。僕は、そんな彼女に話しかけた。

 

「…イオンの事、ずっと見ていたよ。万寿沙羅で一人放り出されていた時からね」

「え?」

 

 そんな僕の言葉に、イオンは茫然とした様子で固まった。恐らく、僕の言った事で頭が真っ白になっているのだろう。そんな彼女に対して、シアン達も姿を現し、それぞれ話しかけた。

 

『イオン、貴女はここまでずっと頑張って来たわ』

 

 モルフォの言葉に、彼女の瞳は揺れる。

 

『私達は、それを今までずっと見ている事しか出来なかった』

 

 シアンの言葉に、彼女の瞳に力が戻り始める。

 

「だけど、僕の世界の多くの人達に助けられて、僕達は今、ここに居る」

 

 そして、僕の言葉で遂にその両目から涙を溢れさせた。そんな僕達に、突然の事態で思考がフリーズしていたネロが話しかける。そんな彼女に、シアン達は答える。

 

「…貴方達、何者?」

『彼はGV…通称ガンヴォルト。私達の居た世界では雷を操る能力、蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者』

『そして、精神感応能力である素粒子の謡精女王(クロスホエンティターニア)の能力を持つ私、シアンと』

『アタシ、モルフォを封印する為の宝剣…存在』

「……?? 何を、言っているの?」

(二人共、その説明は僕達の居た世界で無いと通用しないよ…)

 

 そう、彼女達に分かりやすく伝えるならば、この様に言えばいい筈だ。僕はネロに背を向けたまま、こう答えた。

 

「…こう言えば分かるかな? …デルタとアーシェスを別次元の世界から操っていた張本人。それが僕達だ」

「…………!!!」

 

 僕の背後から、凄まじい驚きの気配を感じた。そして、僕の目の前に居たイオンの両目から溢れそうだった涙が、遂に決壊し、彼女は僕の胸に飛び込み、大きな声で泣きはらした。

 

「ひっく…うああぁぁぁぁぁ………」

 

 …彼女は今までずっと、頑張って来た。始まりはこの世界に連れてこられての人体実験から、彼女から見れば突然の王位継承の儀、惑星ラシェーラの崩壊、そして、今までに至るまで、ずっと。それを僕達は、ただ見ている事しか出来なかった。

 

「会いたかった…! ずっと、ずっと会いたかった!! 「あなた」ぁ!!!」

 

 それが理由で、こうして僕の胸の中でその辛さを爆発させ、涙を流し続けている彼女を…イオンを助けたかった。この想いは、転生してイオンの事を思い出してから、僕達三人の中で共有されていた。

 

『私達も、こうやってイオンと顔を合わせて会いたかった。直接この世界に来て、力になりたかった』

『でも、アタシ達に出来たのは歌を送る事や、端末やアーシェスを経由して間接的に助ける事だけだった』

 

 だからこそ、普段なら間違いなくこう言った事があれば嫉妬で狂うシアン達も、イオンに対して二人で頭を撫でる位に優しいのである。それに、人体実験の辛さを知っているのも大きいだろう。僕だってこの事に関しては他人事では無い。

 

「何これ…こんな展開、私知らないよ!」

 

 インターディメンドされたプリムから、彼女を別次元から嘗ての僕達の様に干渉していると思われる人物の感想と思わしき言葉が飛び出す…そろそろ、背中の敵に対処するべきだろう。

 

「だけど、もう大丈夫。僕達がここに居る以上…」

 

 そう言葉を紡ぎながら、僕達は名残惜しくイオンから離れ…

 

「イオンの事を、直接護る事が出来るのだから!!」

 

 僕の内に眠る蒼き雷霆の力を本格的に発現させ、右腕にダートリーダーを構え、何時もの構えを取った。そんな時だった。

 

「まっ待って! 私も謳う! 「あなた」の…GVの為に、この詩を!」

 

 そうイオンは詩魔法を行使しようとしたのだけれど…彼女の居るこの世界の詩魔法はアーシェスやシャール等とチェインする事で初めて成立する物だ。今の彼女単独で詩魔法を紡ぐのは不可能に近いだろう。だけど、その想いを無下には出来ない。

 

『今のイオンはアーシェスが大破しちゃってるから、今のままじゃ謳えないと思うよ…』

「あ…そういえば…」

『だから、一緒に謳いましょう? アタシ達と協力強制…チェインしてね』

 

 そう言いながら、イオンは僕達と手早くチェインを済ませ、イオンを中心にシアン達が左右に、僕はアーシェスの居た前面に展開した。

 

「シアンちゃん…モルフォちゃん…一緒に謳おう!」

『うん!』

『謳う詩はイオンに任せるわ! 思いっきりやっちゃって!!』

「じゃあ…折角だから、ねりこさんに来てもらう!」

 

 そう言いながら、イオン達は詩魔法を行使する。その詩魔法の名前は「灯台守の夜」。イオンの言うねりこさんとは、イオンを眠らせて、その生命力でシャールを生み出す役割を担っていた存在であった。だけど、彼女の奔放な性格は、イオンの癒しになっていた。

 

 この詩魔法は、そんな遊び心満載の彼女をイオンなりに表現した物なのだ。確か、四つほど攻撃パターンがあった筈だ。そう考えている内に、イオン達は詩魔法を紡ぎ始め…彼女は持っていたカードを両手で一度展開し、その手に収めながら姿を現した。褐色の肌に、うさみみのフードで隠れているが、銀色の長髪をし、琥珀色に近い瞳をしている。そう、ねりこさんだ。

 

「さあ、いくよ!!」

 

 そして、イオン達の詩魔法によってねりこさんが出現したのを合図に、この戦いは始まった。僕達のやり取りの間に、どうやらプリム達は戦力を増強していたらしく、更にロボットの数が増えていた。その上…

 

「冷静に考えれば、()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()、私の方がずっと有利! それに…まだコレだって使えるんだからね! それ!!」

 

 プリムはアーシェスを破壊した衛星砲を僕に目掛けて発射して来た。それも、手加減の無い出力で。僕はそれを波動の力で打ち消しながらダートを近くの銃撃を放ってくるロボット達に当てて行く。

 

「驚いた…あれを正面から打ち消せるのね…」

「でも、攻撃面は大した事無いみたい! 持ってる武装はアーシェスよりもずっと貧弱みたいだし、このまま押し込めば!」

 

 そう言いながら、ロボット達はミサイルや弾丸を無数に放ってくる。このまま防ぎ続けても僕だけならば問題は無いけど、背後に居るイオン達の事を考えれば、何とかするべきだろう。対処法は決まっている。それは蒼き雷霆による基本にして奥義。

 

「生憎だけど、仕込みはもう終わっているんだ」

 

 そう言いながら、僕は雷撃麟を発動させる。迫って来ていたミサイルや弾丸などの実体弾も、全てこの雷の結界で打ち消されていく。そして、予めダートを撃ち込んでいたロボットにはダートによって誘導された雷が襲い掛かり、瞬く間に破壊された。

 

「なにそれ! そんなのアリなの!? チートよチート!!」

「……凄い。(この人達の事を信じるならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()になる…もしかしたら…この人達にお願いすれば…)」

 

 プリムからは干渉者らしい言葉を、ネロからは感嘆の言葉が紡がれていた…と言うか、ネロは先ほどから攻撃を仕掛けておらず、僕達を見ながら何か考え事をしている様だ。

 

「わぁ…ねぇシアンちゃん、モルフォちゃん、GVって凄いんだね!」

『それは当然だよ!』

『だってGVはアタシ達の世界では無敵の雷の能力、蒼き雷霆の能力者なんだから!!』

 

 そしてダートを撃ち込んだロボットが破壊されたのを確認しつつ、雷撃麟を展開しながら次のロボットを相手にダートを撃ち込み、誘導された雷で撃破すると言う流れを攻撃が途切れるまで繰り返した。それにしても…

 

(EPエネルギーの消耗は僕達の居た世界とは変わらず…いや、想像よりもずっと軽減されている。てっきり過剰に消耗するとかそう言った事は覚悟していたのだけれど…これもきっと、イオン達の詩魔法の効果なのだろう)

 

 お陰で想定よりもずっと長く雷撃麟を持たせる事が出来そうだ。そうしている内に、詩魔法詠唱中のイオン達がアクションを起こした。

 

『『「いっけぇー!!」』』

《しっかり受け取れよっ!!》

 

 それは詩魔法における余波と表現すればいいのだろうか? 詩魔法で呼び出されたねりこさんが指を鳴らすような仕草をした途端、その力がまだ攻撃していないロボット達の足元へと飛び出し、着弾した場所から魔法陣と思わしき陣が展開され、ロボット達を薙ぎ払った。

 

 これによって銃撃等が一時的に止んだので、僕は雷撃麟を解除し、EPエネルギーの補充を済ませ、再び雷撃麟を展開し、ダートでロボット達を狙っていった。だけど、この僕の一連の行動によって、雷撃麟は永続展開が出来ない事が向こうに把握されてしまっただろう。

 

「ふぅん…ソレってずっとは展開出来ないみたいだね! それに…」

 

 そう言いながら、プリムは雷撃麟展開中の僕に対して衛星砲を撃ち込んで来た。僕は雷撃麟の展開を止め、波動防壁によって受け止めた。

 

「実体弾はその膜で防がれちゃうけど、高エネルギーによる攻撃は防げない…攻略法、見えて来た!」

 

 まあ、そう考えるだろうね。()()()()()()()()()()()()()()()。そう考えている内に、ロボット達の攻撃方法もエネルギー兵器主体に切り替わっていく。今の僕は為すすべなく攻撃を防ぐのに専念している様に向こう側からは見えている筈だ。

 

「GV…」

『大丈夫よイオン、GVはああやって相手の攻撃手段を誘導しているだけだから』

『私達はGVの事を信じて、詩を謳おう?』

「…! うん!」

 

 絶え間なく、衛星砲による高エネルギーによる攻撃と、ロボット達の攻撃が続き、その精度も加速度的に上昇していく…これがインターディメンドを敵に回した時の脅威か。恐らく、向こうの視点ではもう何回も何回もやり直しているのだろう。

 

 そろそろ、頃合いか。流石にこれだけ上空から攻撃されれば、()()()()()()()()()()()()。詩魔法もこの場の敵を全滅させるくらいには溜まり切っている為、動き出すならば、今だろう。段取りは――

 

「イオン、シアン、モルフォ、詩魔法の発動を!」

『『了解!!』』

「分かったよ! …お願い、届いて!!」

Ladies and gentlemen(レディースエーンジェントルメーン) It's a show time(イッツアショウタイム)じゃあ~~》

 

 ――と、考えていた僕の前に四つのカードが現れた。突然起こったあまりの出来事に一瞬戦闘行動が止まりそうになった。そう言えば、画面の向こう側でもこんな演出があったな…

 

《ほれ、早く選ばぬかぁ!》

 

 詩魔法になってもねりこさんは容赦がない…僕は素早く右から二番目のカードを引き…その絵柄は、ねりこさん自身がイオンの夢世界で経営していた「雑貨屋ねりこ」を持ち上げていた絵柄で、「一等 ねりこ賞」と書かれていた。

 

《おっめでとぅ~! ねりこ賞じゃあ~~!!》

 

 その発言と共に上空から文字通り「雑貨屋ねりこ」がこの場に居る全ての敵をなぎ倒しながらミサイルの様に飛んできて、着弾し、大爆発を起こした…画面越しでは何度か見た光景だったけど、こうして直接見ると…何ともシュールであると言わざるを得ない。

 

《せんきゅ~ぅ》

 

 そんな気の抜けた声と共に、ねりこさんは姿を消した…色々と予想外な所もあったけど、先ずは段取りの一つは終わった。次の段取りは――

 

――掲げし威信が集うは切先 夜天を拓く雷刃極点 齎す栄光 聖剣を超えて

 

「迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)! 天空の脅威を叩き落す、一筋の蒼き雷光(ヒカリ)となれ!! グロリアスストライザー!!」

 

 位置を特定した衛星砲を、嘗てアキュラとの一騎打ちで使用した真なる力を開放した聖剣を波動の力で増幅し、その際に出現した蒼き巨大な柱で叩き落そうと言うのだ。そしてそれは見事に成功しこの段取りを終えた。最後に――

 

「うぅ…ケホケホ…まさか衛星砲まで叩き落されちゃうなんて…ここはもう撤退するしか――」

 

 プリムを、()()()()()()()()()()だけだ!! 僕はイオン達の詩魔法で体勢を崩しているプリムに「雷縛鎖」…ヴォルティックチェーンの劣化版とも言える鎖によるノーマルスキルで拘束し、その鎖を経由して()()()()()()()()()()()()()()()()ヒーリングヴォルトを元に作り出したスキル、「リフレッシュヴォルト」を流し込んだ。

 

「な…せ…接…ぞ…くが……」

 

 そう言いながら、プリムは倒れた。倒れ際の発言から察するに、どうやら上手くいったみたいであった。つまり、これで最後の段取りも終え、上手くプリムをインターディメンドから開放する事が出来た。これは長く続けていると今のデルタみたいに悪影響を齎してしまう物だ。出来るなら解除するにこした事は無い。

 

「GV…最後にプリムちゃんに何かしてたみたいだけど…」

『あの雷ははリフレッシュヴォルトっていうスキルで…体の状態を正常に戻す効果があるの。プリムちゃんは私達がアーシェスを操っていたみたいに、別次元の存在に操られていたの』

『それを何とかする為に、GVはああしたって訳ね』

「…プリムちゃんの言ってた中身は平気って、そう言う事だったんだ…」

 

 シアン達の説明で僕の行動に納得がいったイオン、そして…

 

「…………」

 

 結局戦闘に参加していなかったネロは僕達を見つめていた。その視線は、明確な希望を見つけたような、何所か熱を孕んだような、そんな感じであった。恐らく、僕達に自身が還る為の希望を見出したのだと考えられる。実際、イオンの事を還す方法はこの世界に来る前に確立させた為、ネロの願いも叶う事となる。

 

 取り合えず、これでイオンを守り切る事は出来た。後は…デルタ側が如何なっているかだ。僕はイオンを守る為と言う理由でこちら側に飛んだのだが、デルタ側も母胎想観と言う厄介な存在に襲われている筈。だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 僕は「星詠台」と呼ばれる所で母胎想観と戦っているであろう、そんなデルタ達や僕の仲間達の無事を祈るのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第二十一話

 時間はまだソレイルの動力…アルノサージュ管を停止する前にさかのぼる。俺達は動力の切替に、一度完全に動力を落とす必要がある事をイオン経由でサーリから聞かされ、その為に必要なコンソールが存在する星読台へと足を運んでいた。

 

「うわぁ…すごい!! デルタ、早く早く! ここの眺め、すっごい綺麗よ!!」

 

 その途中、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()俺の幼馴染の銀色の長い髪で赤い瞳を持った活発な彼女、キャスティ…キャスがそう言いながら俺の事を誘っていた。そんな彼女に対して、俺の()()()()()()()()()()意味も込めてこう返答した。

 

「おいおい…こんな所で油売ってる暇はねぇだろ」

「ちょっと位いいでしょ? ただでさえ過酷なんだから、たまには休憩も必要よ」

 

 実際、この場所まで来るのに相当歩き詰めであったのは確かだ。道中でも俺はキャスに対して「休んでもいい」と言っていたので、彼女の言葉に賛同する形となった。

 

「……確かに、すげぇな」

「綺麗…フェリオンに住んでた頃は、こんな世界があるなんて思ってもみなかった」

「移民船の中だったんだから、仕方ねえよ」

「それもそうね…こうやって外に出られる日がまた来るなんて、思ってなかった」

 

 そう、今のキャスが言っていた通り、俺達は移民船の中に形成されていた街である「フェリオン」に住んでいる。それがこうして外に出られたのはつい最近の事なのだ。それ以前は何度も冷凍睡眠(コールドスリープ)をしては定期的に目覚めを繰り返しながら移民船の中で何千年と生活をして来た…()()()

 

「あ、ほら、デルタ! シャラノイアが端から端まで見えるわ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シャラノイアとは、この移民船の周囲に形成された大地の事で、ほのかの村はそんな大地に形成されたのどかな村の事だ。その村に指さしているであろうキャスの話に合わせる為に、俺は言葉を紡ぐ。

 

「お、本当だな。タットリア、元気にしてるといいけど」

 

 それがキャスの()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ねえ、デルタ。ちょっとだけ、聞きたい事があるんだけど、いい?」

「ん、何だよ?」

「あんたに…何が起きているの?」

「…え?」

「……最近、変よ」

 

 キャスのこの言葉に、俺は内心驚いた。そんな俺の動揺を隠す為に素知らぬふりをして言葉を紡ぐ。

 

「別に、いつもと変わんないぜ…」

「嘘」

「嘘じゃ…」

「嘘!!」

 

 キャスは確信を持って俺が嘘を付いている事を告げた。

 

「…ど、どうしたんだよ。なんかおかしぞキャス」

「…デルタ、ほのかの村を指で指してみて」

 

 このキャスの台詞に、俺は内心焦った。

 

「なんでだよ?」

「いいから」

「今、そんな事してる場合じゃ…」

「出来ないんでしょ? ううん…出来る訳無いわ。だって、ここからほのかの村は…()()()()()()

 

 感情を押し殺すように言ったキャスの言葉に、漸く俺は彼女にカマを掛けられた事を悟った。

 

「……」

「もう一回聞くわ。あなたに、何が起こってるの?」

「…何でもないって言ってるだろ。今はとにかく、移民船の動力を落とさないと…」

「お願い。誤魔化さないで、話して…」

「……」

 

 俺は、キャスの問いに何も答えられなかった。そんな俺に対して、彼女の言葉は続く。

 

「二年半前、あなたはフェリオンの隔壁を内側から開けた。隔壁は直ぐに閉じられたけど、隙間から沢山のシャールが入って来て、街は大混乱になったわ。隔壁を開けた理由を聞かれたあなたは、街の為にやったって言い続けてた。そんなあなたを、みんなは凄く冷たい目で見てたわよね」

「そんな事…今更掘り返してどうすんだよ」

「最近のデルタ、あの時と同じ顔をしてる。何か…関係があるんじゃないの?」

「…さぁな」

 

 俺は、キャスから顔を逸らして誤魔化す事しか出来なかった。

 

「…何も、教えてくれないんだ」

「キャス、今はそんな事言ってる場合じゃ無いって分かってるだろ? さっさと母胎想観を止めないと、本当に手遅れになっちまうんだぞ!」

 

 母胎想観とは、ウンドゥ宰相やサーリから聞いた簡単な説明によると、七次元の俯瞰…つまり、あらゆる時間や可能性、そして人間のドラマを何時でも自由に鑑賞できる、簡単に言えば「アカシックレコード」を何時でも()()()閲覧できる「八次元人」と呼ばれる存在が、十万人もの人間の魂を取り込んだ事で、本当の意味で「それ」を…「この世界の森羅万象」を見ることが出来るようになった存在…らしい。

 

 俺には難しい事はさっぱり分からないが、実際に相対してみて、何となくこいつはヤバイって確信を持って言えた。何しろ今までに至るまでの様々な事件を引き起こした張本人であるジリリウム・リモナイト…ジルが母胎想観となっているのだから。

 

「そんな事、どうでもいいの!」

「ど、どうでもいいってお前…」

 

 それに対してどうでもいいと一蹴するキャス。

 

「デルタ」

「な、なんだよ」

 

 その次に放たれたキャスの言葉に、俺は大いに狼狽える事となった。

 

「私、あなたが好き。大好き。子供の頃からずっと好き! あんたが覚えて無くたって、ずっと好きだったんだから!!」

「お前、急に何を…!」

「お願い、教えて。デルタに何が起きているのかを、私に。もし、デルタが辛い想いをしているなら…その気持ちも、一緒に分かち合いたいから」

「キャス…」

「お願い…デルタ。本当の事を打ち明けて…私もう、心配で心配で…頭が変になりそうなの…いつもと変わりない筈なのに、でもやっぱり変で…でも誰に聞いても分かってもらえなくて。だけど! だけど私には分かるの! だって、私はずっとあんたと…!!」

「キャス…!!」

「ちょ…デルタ!?」

 

 涙目になりながら必死に言葉を紡ぐキャスに対して、俺は遂に堪え切れずに彼女を抱きしめ、こう尋ねた。

 

「…何時から、気づいてた? 俺がおかしいって」

「…ずっと」

「嘘だろ?」

 

 どうやら、最初から俺の事はキャスにはお見通しだったらしい。

 

「ホントよ…」

「凄いな、お前」

「当り前じゃない。何年一緒に居ると思ってるのよ」

「そうだな…」

「「……」」

「キャス」

「何よ」

 

 なら、俺もキャスの告白とその勇気に応えなきゃいけない。

 

「…俺も、お前の事好きだよ」

「……」

「だから、これから話す事、信じて欲しいんだ」

「うん…」

「俺はもう、()()()()()()()()()()()

「…え?」

「目だけじゃないんだ。身体の感覚が、ほとんどなくなってる」

「…嘘よ。そんな状態で、ここまで登ってこれる訳無いでしょ」

 

 この俺の言葉は事実だ。今こうして俺はキャスを抱きしめている筈だが、その感触も、体温も、殆ど感じることが出来ていない。そんな俺の体だけど、それでもここまで来れたのには訳がある。

 

「今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()意識はあるけど…なんだか夢の中を漂っている様な、不思議な感覚なんだよな」

「何…それ」

「俺には、「インターディメンド」ってプログラムが施されてる。それは、ここじゃない、別の世界の存在が、俺の身体を操るプログラムらしい」

「別の世界…身体を操る?」

「ああ、しかもこの状態が長く続くと…どんどん俺の身体の制御権は、外の世界の奴に移っていくんだと」

「冗談でしょ?」

「冗談じゃない。母胎想観と戦った後、ネロから聞いた。最初は信じられなかったけど…もう、最近は確信を持ち始めてる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、思い返してみれば記憶を失ってからずっとそうであったと俺は確信していた。何しろ自分で言うのもアレだが、俺は大雑把であると自覚している。そんな俺が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()何て事を毎回必ず忘れる事無く行うなんて出来るはずも無いのだから。

 

 そう思い返して見ると…俺の身体を操っていた存在は、かなり俺達に気を使っていたのだろうか? 何しろ戦闘中でも俺がダメージが受けたと自覚した途端、即座に俺は回復アイテムを使用していたし、キャスに対しての守りも、鉄壁と言える程だった。だけど、それでも体を操られると言うのはいい気分では無いのは確かだ。

 

「どうして…今まで黙ってたのよ」

「キャスは心配するだろ?」

「するに、決まっているじゃない…バカ」

「でも、星読台に行けば、この身体から違う世界の存在を追い出せるかもしれない」

「どう言う事?」

「ネロから、鍵を預かったんだ。それは、星読台にある装置を使う為の物らしい。うまくいけば、俺のインターディメンドを解除出来るって言ってた」

「それで、デルタは元に戻れるの!?」

「多分…な。だから、キャスも協力して欲しいんだ。俺を、星読台まで連れてってくれ」

「うん……うん! 絶対、うまくいくわ。星読台で動力を落として、母胎想観を倒して…それからデルタを元に戻して…それで、二人で一緒に…!」

「二人で…?」

「……な、なんでもない」

 

 キャスは照れ臭そうにそう答えた。

 

「なんだよ。最後まで言えよ」

「なんでもないって言ってるでしょ!」

「こんな状態で怒るなよ……」

「あんたが余計な事言うからよ……」

 

 そう言ったやり取りをする俺達だが、その互いの言葉に互いを気遣う想いが込められているのを感じる事が出来た。俺だって感じる事が出来たんだ。キャスだってきっと…同じはずだ。

 

「はぁ……あ、そうだキャス。最後に一個、頼みがあるんだけど」

「なぁに?」

「同調しようぜ」

「同調?」

「同調すれば、お前の目とか耳の感覚を共有出来る。こっからの景色、俺もみたいんだよ」

「何それ…しょうがないわねぇ、ほら……」

 

 嬉しそうにそう答えたキャスと俺は同調し、今いる場所の景色を俺は見ることが出来るようになった。その景色はキャスがはしゃぐのも分かる程、綺麗な物であった。だけど…

 

「うわっ! すげぇ! こんな高い所まで来てたのかよ! まるで昔どっかで見た映像みたいだな! ん…でも、なんかちょっとぼやけて…」

「何よ、急にはしゃいじゃって…バカ」

 

 その景色は、少しぼやけていた。そんなこんなで互いの気持ちを確かめ、本当の事を打ち明け、景色を楽しみながら休憩を済ませることが出来た。

 

「デルタ、ありがとう。本当の事、打ち明けてくれて」

「いや、こっちこそ悪かった。キャスの為だと思って隠してたけど、逆に追い詰めちまってたんだな」

「ううん、いいの。もう、いいのよ」

「そっか…さあ、あともう少しで頂上だ。気合入れて行こうぜ」

「ええ……」

 

 休憩を済ませ、俺達は先へと昇っていき…そして遂に星読台へとたどり着いた。しかし、ここはどれだけ高いのだろうか? 気分は五百階建てのビルを踏破したと言ってもいい位であった。そして驚いた事に、キャスはこの場所の事を知っていた。

 

 曰く、もうずっと昔の話…まだ惑星「ラシェーラ」があって、この移民船が別の用途…遊園地として使われていた頃の話だと言う。キャスはその遊園地でネロと出合い、この場所…星読台にも一緒に来たのだと言う。俺も覚えてはいないけど、二人がここに逃げる為の囮になったりしたのだそうだ。

 

 その序に、ネロの事も少し知ることが出来た。何でも当時の帝国政府はネロの力を利用して、彼女をポッドに閉じ込めて力を利用していた。それによって誰でも詩魔法が使えるサービスを受けることが出来たけど、そのせいで彼女はずっと辛い思いをしていたのだと言う。そうやって利用されていた以前も合わせると、もう何千年も…

 

 そんな会話をしつつ、俺達は星読台をくまなく調べた。そして遂に、俺達は星読台の更に天辺にあった制御端末を…アルノサージュ管を発見することが出来た。キャスはサーリに連絡を取り、その方法を尋ね、実行する事で、動力を落とす事に成功した。それによって、アナウンスによる警告音声が鳴り響いた。

 

《SOREIL a-z mou-qwei-du tey-yan-i;a-z ih=gee-fan gee-gu-ju-re re-fa-i ri-yan-ryan;》

 

 そうして後はイオンに任せるだけとなった俺達は一息付こうとしたのだが…今いる俺達の真下辺りから、爆発音みたいな音が鳴り響いた。俺達は嫌な予感を感じつつ下へと降りた。そこで待っていたのは…

 

「ど、どうしてここに、こいつが!?」

 

 ジル…母胎想観だった。その見た目は人が白いロボットの鎧を全身に纏ったかのような外見をしており、その背面には翼の様にエネルギー砲の砲身を背負いながら空中に浮かんでいた。俺達がその姿をハッキリと認識したと同時に、動力を切り替える為のイオンの詩も聞こえて来た。

 

「大丈夫だ、キャス。聞こえるだろ? イオンの詩だ! 後もう少しで、終わる。後少しだけ、コイツを止めておけばいい」

「でも、こいつはほぼ不死身なのよ!?」

 

 そう、十万人もの人間の魂を取り込んだ母胎想観は、ほぼ不死身と言ってもいい程の耐久力を有していた。まともに戦えば勝ち目何て無いだろう。だけど、先も言った通り、こいつと戦って勝つことが目的じゃない。イオンの詩が終わるまで足止めすればいい。

 

「心配すんな。何があっても俺が護ってやる。だから、俺達も謳うんだ。一緒にさ」

「デルタ…? うん、分かった。謳いましょう。一緒に!!」

 

 そうして俺達と母胎想観との戦いが始まった。俺は何時も扱っている武装であるエネルギートンファーを出現させ、身構えた。キャスは現段階で最高の威力を持つ詩魔法「ジゾイドロフィア」の詠唱を開始した。この詩魔法はネロのジュノメトリクスで習得した詩魔法。純粋な心をずっと大切にして欲しいネロの想いと、打算的で大人の対応に憧れていたキャスの想いが衝突して出来た詩魔法だ。

 

 今回の戦いは勝つことが目的じゃないだけ、気は少し楽だ。それに…俺の身体を操っている奴の事も、この時だけは頼りになる。何しろ今の俺は五感がほぼ死んでいるのだから…そういえば、さっきの俺達の会話も、操っている奴は聞いてる筈。

 

 だったら、接続を断とうとしている事も知ってるだろうし、寧ろ俺の身体を操って妨害したっておかしくは無いよな? なのに、どうして…これまでの道中やこの戦闘でそういった妨害を起こさないのだろうか? 向こうも俺のこの状況は本意では無いと言うのだろうか?

 

 そんな俺の思考は当然キャスにも伝わっている。何しろ戦闘中は同調するのは当たり前なのだから。同調は五感だけでは無い。想いだって共有出来る。戦闘中にこんな事を考えている余裕があったのは、俺の身体を操ってるのが俺自身では無く異世界の存在だからである事と、動力を落とした事で、母胎想観が弱体化しているからだ。

 

「はぁ! 遅い! おら止まって見えるぞ!!」

「くぅ…」

 

 そう、明らかに弱体化していた。それこそ、俺の攻撃だけで如何にかできてしまう程に。だけど、こいつがヤバいのはそう言った事では無い。先にも言った通り、十万人もの魂を取り込んだ事で得た()()()()()()が不味いのだ。

 

「さあ喰らいやがれ!!」

「……!!」

 

 俺のビームトンファーを合体させて出来た大剣の一撃で、母胎想観の背面にあった翼の機能も兼ねたエネルギー砲の砲身を破壊し、沈黙させる事が出来たかのように思えた。しかし、沈黙したはずの母胎想観から光が溢れ出し…

 

「無駄よ。フラスコの海がある限り、私は消えないの。貴方達の安寧は母胎想観と共にある。この世界には無いのよ」

「言ってろ。自分の住むところ位、自分の手で創り出してやるよ……よし、キャス、今だ! ぶちかませ!!」

「分かったわ、デルタ!! 見せてあげる…全力全開よ!!」

《貴方達の運命を、七次元の力で…解体》

 

 キャスの詩魔法ジゾイドロフィアによって復活した母胎想観は再び地に落ちた。だが、やはりと言うべきか、再び光が溢れ出し、無傷の姿で俺達の前に立ち塞がった。だけど、これでいい。俺達の目的はあくまで時間稼ぎ…詩が完成するまで、足止めできればいいのだ。

 

「そろそろあんたの負けだぜ? イオンの詩はもうすぐ完成する。システムが書き換えられるんだ」

「そうね……でも、ここで貴方達が倒れればシステムは起動しない。永久に」

 

 ……っ! こいつ、最初からそれが狙いか!!

 

「……そんな事、させるかよ!」

「貴方達がどんなに強くても、限界はある。体力が減れば、必ず疲弊する。時間の問題なのよ」

 

 悔しいが、こいつの…母胎想観の言う通りだ。今は俺達が圧倒出来ている。アイテムも装備も充実している。準備はこれでもかと整えられている。だけど、それらを全て放出しても母胎想観を倒すには至らない。その莫大な耐久力を、ほんの少しだけ削る程度で終わってしまうだろう。だけど…

 

「……だからと言って、それが諦める理由にはならねぇ。最後まで足掻いて、キャスを護って、必ずシステムを起動させてやる! 俺の全部を賭けてでも!!」

「デルタ…」

「ごめんな、キャス。こんな事に付き合わせちまって…」

「…らしくないわよ、デルタ。あなたが弱気になってどうするのよ…私も最後まで謳うわ! だから…」

「そうだったな…こんなの、俺らしくなかったぜ…!」

 

 そう言いながら俺はビームトンファーを構え直し、キャスは再び詩魔法の詠唱を開始しようとした時、それは起こった。母胎想観の真横から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「カハッ…!」

「……っ! 今の爆発は、一体…」

「デルタ見て、あそこに誰かいるわ!」

 

 俺はキャスが指さした方向…光の弾が飛来した方向へ目を向けた。そこには…

 

『わぉ! すっごい勢いで吹っ飛んでったねぇ~』

「第七波動「起爆(デトネーション)」を解析したEXウェポン「ルミナリーマイン」…事前にテストは済ませていたが、予想以上の効果を発揮しているみたいだな」

 

 右手に拳銃の様な物を持ちながら油断なく構えている白い鎧の様な物を装備した白髪の短髪の男の姿と、そんな男を守る様に展開されている複数の小さい球と、何やら妙な喋る玉っころの姿があった。

 

「…お前ら、何者だ?」

 

 俺はそんな男と玉っころに対して会話を試みた。何しろその男が装備している鎧みたいな物と言い、玉っころといい、俺が今まで見た事の無い装備や機械だったからだ。少なくとも、ぱっと見で真空管らしきものが無いと言うのが俺にとっては異常だと思った。そんな俺の質問に対し、彼と玉っころはその不愛想な表情とは裏腹に、素直に答えてくれた。

 

「……俺はアキュラだ」

『僕はロロ! 君達の事をガンヴォルトに…って言っても分からないか。えっと…』

「ロロ、ここからは俺が話す…そう言うお前達は、デルタ、そしてキャスで合っているな?」

「あ、あぁ…そうだけど」

 

 こいつ…いや、名乗ってくれた以上、こいつじゃあ失礼だよな。アキュラはどうして()()()()()()()()()()()()()() そんな俺の心の内の疑問を見透かしているかのように、キャスが警戒をしながら口を開いた。

 

「…まだ私達は名乗ってないのに、どうして名前を知っているの?」

「お前達の事を見て来たからだ。()()()()()()()()()()でな」

「……っ! それってつまり…お前が…俺の身体を、操っていたって事なのか?」

 

 俺はそうアキュラに尋ねた。その答えは…

 

「違うな。俺はデルタ、お前のその体を操っていた本人に協力を求められてここまで来た」

『因みにその本人…僕達の世界では「ガンヴォルト」って呼ばれてるんだけど、彼は今イオンって女の人を助けに向かってるんだ。彼は君の身体だけじゃなくて、あの金色のロボット…アーシェスも操作しているんだけど、そのアーシェスがプリムって子の攻撃で壊されちゃったんだ』

「なんだって!!」

「嘘…あのアーシェスが!」

 

 あのアーシェスが…プリムに壊された!? そんな俺達の驚きを後目に、話は続いていく。

 

「奴はそういう訳でイオンの事を優先している。だが、こちらも母胎想観とやらで苦戦しているのをデルタ、お前の視点を経由して奴は把握している。その為に()()が世界の壁を越えてここまで来たという訳だ」

 

 そうアキュラは俺達に話をしてくれた。

 

『それと、デルタ、本人は後で直接言うつもりではあるみたいだけど、君を操っていたガンヴォルトから伝言と、()()()()()()()()()()を預かってるんだ』

「え?」

「デルタの身体を…治す…?」

 

 そんな俺達の驚きとは裏腹に、あの玉っころ…ロロの会話は続いていく。

 

『「イオンを救う為とは言え、君の身体を操ってしまってすまない」…要約すると伝言はこんな感じだったよ』

「そっか…」

 

 少なくとも、俺の身体を操っていた本人…確か、ガンヴォルトだっけか。そいつは俺を操っていた事に罪悪感を持っていたんだな…だからか。あんなにも過剰にアイテムや装備が常に整えられていたのは。せめて俺達の安全を精一杯確保しようと向こうは向こうなりに足掻いていたんだな。

 

「そして、コレがお前の身体を治す手段だ……ロロ、OD(オーバードライブ)コード「リフレッシュヴォルト」を使用する。モード「P(フェニック)-ドール」だ」

『了解! ABドライブ、USドライブ、オーバーブースト!!』

 

 その瞬間、あの玉っころの姿だったロロの外見が緑色の短髪、紫色の瞳を持ち、背中に燃えるような、漫画か何かで見た炎の不死鳥の翼を展開した姿となった。

 

「うお…! 玉っころが女の子になっちまった!!」

『玉っころって言うなーー! 僕は由緒正しいバトルポットだぞ!』

「……バトルポットって、何だ?」

「……さぁ? サーリなら分かるんじゃない?」

『えぇ…? そこからなの……』

「(ロロ…別世界の人間にバトルポットと言っても分からないだろうに…)……ロロ、頼む」

『あ、うん…全く、後でちゃんと僕の事、アキュラ君に教えてもらうんだぜ? じゃあ行くよ! ODコード「リフレッシュヴォルト」、起動!』

 

 そう女の子の姿になったロロが言った途端、アキュラの周囲を展開していた小さな玉が俺の周囲に集まり…

 

「あばばばばばばばば」

「ちょ…デルタ! ねぇ、アキュラって言ったわよね? これ大丈夫なの!?」

「問題無い。実際に俺も何度も世話になっている…主に徹夜をした時にな。このビットから放たれている雷撃には身体機能を正常に戻す作用がある。つまり、デルタの身体を蝕んでいるインターディメンドやその後遺症も解除出来るはずだ」

「後遺症…? それって、記憶も含まれるの?」

「それは俺にも分からんが…少なくとも、デルタの劣化した五感は確実に治るはずだ」

 

 そんな会話がしびれている俺の耳に届いていた。事実、俺の身体の五感が急速に戻っていくのを感じた。それだけでは無い。俺の失っていた記憶もだ。惑星ラシェーラがまだあった頃にキャス達と過ごしていたあの日々を…二年半前に忘れていた事も、全て思い出すことが出来た。

 

『ふぅ…施術完了! …なんてね。とりあえずもうデルタは健康体そのものだぜ? もっとも、これの副作用でお腹が空いてると思うから、後でがっつりと食事をとる事を勧めるけど』

「…………」

「…デルタ?」

「キャス…今まで心配かけて、ごめんな?」

 

 今、俺の頭は霧が晴れたかのように清々しい気分で満たされていた。キャスの事を全て思い出すことが出来たからだ。だから、俺はキャスを抱きしめようとしたのだが…母胎想観が吹き飛ばされた方向から、ミサイルが大量にこちらへと向かって来たのだ。

 

「…奴の耐久力の事はガンヴォルトから聞いてはいたが…あの直撃を受けても平然としているか…ロロ!」

『分かってるよ、アキュラ君! 「フラッシュフィールド」起動!!』

 

 そんな大量のミサイルがあの小さな複数の玉による結界の様な物で全て迎撃された。

 

「なんだこりゃ! すっげぇ!! かっけぇ!!」

「凄いわ! バトルポットって、こんな事も出来るのね!」

『へへん♪ 二人共、僕の事、もっと褒めてもいいんだぜ?』

「お前達…調子に乗っている場合では無さそうだぞ」

 

 そう、既に戦闘態勢を取っていたアキュラ言う通りだった。何故ならミサイルが飛んできた先には無傷の母胎想観の姿があったからだ。

 

「貴方達、一体何者?」

「…貴様の様なバケモノに、応える義理は無い」

「バケモノ? いいえ、私は生命の終着点となる存在。即ち、「神」とも言える存在よ。この世界の全ての生命体は、私の一部になる事で、魂のレベルが引き上がり、初めて幸せを得ることが出来るわ。母胎想観とは、その為の存在よ」

「「神」? デルタを経由して貴様の事も把握していたが…ここまで(おぞ)ましい妄言を語るバケモノだったとは…せめて「神」を名乗るならば、()()()()()()()()位言って欲しいものだ…貴様のその(おご)り、俺が…()()が討滅する! 行くぞ、ロロ、()()()()()()()()()!」

 

 うわぁ…アキュラってすげぇ辛辣なのな…って、パンテーラ? アリス? 誰だそりゃ? と俺が思ったその時だった。どこからともなく出現した大量のカードが剣へと姿を変え、母胎想観へと降り注いだ。それだけでは無い。雷が、炎が、氷が、水が、木が、それ以外の俺が把握出来ない様々な現象が母胎想観を襲った。

 

「くぅ……これは!」

 

 これらの現象によって母胎想観は大きく怯んだ。しかし、再び母胎想観は光を発し、また無傷の姿へと戻った。

 

「GVの話の通り、彼女の耐久力はほぼ不死身と言える程の物で間違いありませんわね」

「ええ……貴女の愛の形もまた素晴らしいと私個人は思います…ですが、大勢の人達がそれを受け入れてくれなければ、それは唯の独りよがりに過ぎません」

「「故に、貴女を止めさせて頂きます」」

 

 いつの間にか、アキュラの左右に()()()()()()()()()()()の姿があった。見た目は二人共金色の長い髪をして頭に大きなリボンを付けた唯の女の子なんだけど、どうにもその…なんだ、雰囲気がただ者じゃないって俺に訴えてるんだよな。それにキャスも、俺と同じような反応してるしな。そんな俺達にアキュラは油断なく構えながら話しかけて来た。

 

「…デルタ、キャス、今の内にこの移民船の動力のシステムを起動させろ。この場でそれが出来るのはお前達だけだからな。俺達はこいつをここに釘付けにする」

「……っ! いいのかよ?」

「その為の俺達だ…この世界を救うのだろう? 早く行け!」

「デルタ、ここはこの人達に任せましょう。私達は…!」

「……ああ、分かった! アキュラもロロも、そこの双子の女の子達…アリスにパンテーラも気を付けるんだぞ! そいつは弱体化してるけど、油断していい相手じゃないからな!!」

「どのような相手であろうと、俺に油断は無い」

『もう、アキュラ君は素直じゃ無いんだから…分かってるよ、デルタ! ここは僕達に任せて、君達は安心してコンソールのある場所に向って!!』

「ええ、その心使い、感謝しますわ」

「ですが、心配は不要です。何故ならば私は…私達は、私達の世界の同志達の愛によって支えられているのですから」

 

 こうして俺とキャスは動力を操作する為のコンソールのある場所へと急ぐのであった。異世界から来た見ず知らずの協力者達に、心からの感謝を告げながら。

 

「ありがとう、俺達の事を、助けに来てくれて…」




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第二十二話

――火と気と死と身と 素の 主は来ませり いざ 仰ぎ見て 負える重荷を

 

 俺達はデルタとキャスが動力システムの起動に向かった事を確認し、改めてこの世界のバケモノ…母胎想観をここに釘付けにする為の戦いを始めた。それと同時に、ロロの歌、「大祓(イグナイター)」が戦場に響き渡り、ABドライブとUSドライブの出力がオーバードライブ状態を越えて更なる領域へと突入した。この状態になるとウェポンゲージ及びブリッツのあらゆる消費が無くなり、更に多くのビットの制御や今回は出番は無いが、緊急発射用の「H(ハート)-ブレイザー」を安定して扱えるようになる。

 

 この際、ロロの衣装も白を基調とした服装に変化する。最近ではこの現象をロロ自身任意で発動させる事が出来るようになっていた。そのせいなのかもしれないが、ますます()()()()()なっている。その兆候…いや、切欠はガンヴォルトに以前「ロロの方がよっぽど人間らしい」と指摘された頃からだった。それ以来時折自問自答したり、ミチルやノワ、そして俺に対しても相談したりしていた。

 

 そして自身で答えを見つけ、今の人間らしくなったロロがある。今のコイツが俺の相棒である以上、どんな奴が相手でも負けるつもりは無い。そう、例え相手がガンヴォルトであったとしてもだ。そして、目の前に居るこのバケモノに対しては言わずもがなだ。奴は自身を生命の終着点だの「神」等と自称しているが…結局その実態は人の手で作られた悍ましいバケモノに過ぎない。あの時見た「神」を知っている故に、俺は余計にそう思った。

 

 その神…「黄昏の女神」もガンヴォルトが言うには人の手で作られたシステムの力によって神となっているらしい。だが、向こうは純粋な慈愛と幸せを願い、抱きしめ、優しく転生を促し、応援してくれている。彼女は奴とは違い人間の意思を尊重してくれている。正しく愛で世界を支えていると言っても過言では無い。俺も何度か話す機会も「触覚」とやらを通じて何度か有った。

 

 その時の彼女の語る理想は何よりも美しく思えた。この罪に塗れた俺が守りたい等と分不相応な想いを抱かせる程に。他の存在が同じ事を語れば俺は間違いなくそう感じる事は無いだろう。そう考えている内に、アリスが攻撃を仕掛けた。その攻撃内容は最近身に付けた物らしく、自身の能力である「夢想境(ワンダーランド)」所以のものでは無い。曰く「これもまた謡精の力の一端、一部に過ぎない」との事だが。

 

「足止めをさせて頂きます。「コンセントレイト」…「メギドラ」!」

 

 母胎想観を中心に俺が放った三発の「ルミナリーマイン」以上の大爆発が発生。それに合わせ、俺はこの世界に来る前に「エデン」や「人類進化推進機構“スメラギ”」から互いの同意を得て習得した第七波動のデータで新たに作成したEXウェポンも含めた斉射を試みた。

 

「ロロ、俺達が持つEXウェポンの同時斉射だ! 合わせろ!」

『了解! EXウェポンフルバースト!!』

 

「スパークステラー」、「レイジーレーザー」、「アロガントファング」、「ブレイジングバリスタ」、「ミリオンイーター」、「アイアンファング」、「ハイドロザッパー」、「プリズムブレイク」、「ワイドサーキット」、「ルミナリーマイン」、「キスオブディーヴァ」等の遠距離攻撃のEXウェポンの同時斉射。

 

 これを可能としたのはガンヴォルトの力を解析した事で扱えるようになった「波動の力」と呼ばれる物に加え、その力によって斉射時に俺の左腕に出現させた新型の「エクスギア」、謡精の力が込められた「US(アンノウン・セブンス)ドライブ」、それらの恩恵によって倍以上に増設されたビットの存在。そして何よりも、俺の相棒であるロロの力あってこそだ。だが、やはりと言うべきか…

 

「全ての攻撃が並みの詩魔法に匹敵する威力を持っているみたいだけど…それでも、私には無意味よ」

 

 そこには無傷の母胎想観が背中のキャノン砲を展開しながら爆発の煙から姿を現していた。そのキャノン砲から放たれた火線が俺達に降り注ぎ、丁度そのタイミングで各種施設に光が戻り、デルタ達がこちらへと戻って来た。どうやら、コンソールの操作が終わったようであった。向こうの表情から察するに、俺達の状況を見て焦っている様であったが、此方は全く問題は無い。

 

「三人共、あぶねぇ!! って、何だ? ()()()()()!?」

「攻撃、当たったはずよね? どうして無傷なのかしら?」

「「電磁結界「カゲロウ」。どの様な攻撃も私達には通用しません」」

「…態々説明する必要は無いだろう?」

『まあまあアキュラ君。これは所謂「お約束」って奴だよ』

「そう言う事です」

「「お約束」は守る物です。そうでしょう?」

「……なあキャス、向こうの世界の人達ってすっげぇんだな」

「アメーヴァRNA*1も無しにあんな事が出来るなんて…しかも痛みを感じて無いみたいだし…サーリが聞いたら原理の説明を要求されそう」

『……サラッと言ってるけど、此処の世界の人達の技術も凄いよねぇ』

「…そうだな。もっとも、話している本人達は原理を理解していないみたいだがな」

 

 まあそれは兎も角、デルタ達も俺達と合流したという事はコンソールの操作も終わってるという事。つまり、俺達の目的の()()()達成できたという事だ。

 

「くっ…仕方がないわ…こうなったら一度戻ってマイクロクェーサーのエネルギーを…」

「させると思うのか?」

 

――舞い踊るのは我が半身 討滅せしは狂った決意(殺意) 怨嗟断ち切る無尽の絶爪

 

――心からの愛を込めて 仲間たちよ、家族たちよ 私にどうか皆の愛を

 

――埋葬の歌を奏でよう 偽りの楽園を謀る哀れな神に 私の憎しみと憎悪を込めて

 

「行くぞ母胎想観…いや、ジリリウム・リモナイト! 天魔覆滅、ストライクソウ!!」

 

 俺達の放った絶爪が奴を捕え、その身をバラバラに砕いたが、当然の様に奴はその身を修復し何事も無かったかのように佇んだ。

 

「もう少し私達に付き合って貰います。レジデントオブエデン!!」

 

 パンテーラが俺達の世界の()()()()()から力を借り受け、それを余すところなく母胎想観に寸分の狂いも無くぶつけ、俺の時と同じ様にその身をバラバラに砕いた。が、やはり結果は変わらない。

 

「何故、この様な無駄な事をするのかしら? 貴方達の目的は達成されたような物でしょう?」

「理由ですか? ()()がここに来るまでの時間稼ぎです…私が貴女に有利な情報を出した理由はもうお分かりですね? つまり、これでチェックメイトという事です。楽園埋奏!!」

「くぅ…」

 

 アリスに宿る謡精の力の歌を攻撃に転用したSPスキルによって母胎想観はうめき声を出しながらその場に崩れ落ちる。そして、アリスがチェックメイトと言ったと言う事は…

 

「ふん…予想以上に早かったな、ガンヴォルト」

 

 俺の視線の先の星々が瞬く真っ黒な空に、蒼き雷と天使の羽を舞散らし、両腕にイオンと思わしき女性を抱きかかえながら真っ直ぐにこちらに向かっている姿を近くに捉えた。つまり、俺達の目的は達成されたという事だ。

 

「それなら急いだ甲斐があったよ。アレを逃すのは色々な意味でまずいからね。アキュラ、パンテーラ、アリス、逃がさないでその場に足止めしてくれて本当に助かった」

「奴の存在は俺自身気に喰わなかったかったからな。お前に頼まれなくてもそうしたさ」

「戦闘力その物は弱体化していたお陰で大したことは無かったのですが…」

「やはり、その耐久力は脅威です。今はまだ余裕がありましたが、対抗手段が無ければ根負けするのは私達だと言える程に」

「……アンタが、俺を、アーシェスを操っていた張本人、ガンヴォルトなのか?」

「……そうだよ、デルタ。その様子だと、無事にインターディメンドから開放されたみたいだね。先ずは君達に正式に謝りたいけど…先に母胎想観を如何にかしたい。イオンの事を、よろしく頼む」

「…分かったわ。貴方に言いたい事は一杯あるけど、今はそれで許してあげる」

「デルタ、キャスちゃん! 母胎想観に襲われてるって聞いてたから心配だったけど…無事でよかったよ」

「私達だってアーシェスが壊されたって聞かされて心配したんだからね!」

「本当、イオンが無事でよかったぜ」

 

 会話を終えた後、イオンをその場に降ろしデルタ達に託した後、ガンヴォルトは即座に母胎想観へと駆け出した。当然ではあるが、逃がすつもりは無い。ガンヴォルトは奴の不死身とも称する耐久力を削る手段を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事は事前に説明を受けていた。

 

『GV、こっちの準備は出来たよ!』

『マリィも「何時でも使っていいよ」って言ってるわ! 思いっきりやっちゃって!!』

「分かった! …黄昏の女神よ。()()()()()()()()()()、振るわせて頂きます!!」

 

 そう言いながら、奴の右腕からロロに搭載されていた計器が全て振り切れる程の力が収束し、()()()()()()()()()()()()()()()が出現した。それと同時に、雷速で母胎想観へと切り込み、()()()()。そう、たったそれだけの事であれだけの不死性を持った奴はうめき声も上げずに完全に沈黙したのだ。それと同時に、あの黒刃もその姿を消した。

 

「…ガンヴォルト、あの刃はまさか…」

「アキュラの考えている通りの物だよ。嘗て人間であった時の黄昏の女神を処刑した時に使われたギロチンの刃…彼女に今回の件を話した際に一度だけ使用許可を得たんだ」

『元々は私達の力を利用した終段で呼び出して使用しているから本当は許可を取る必要は無いんだけど…』

『仮にもアタシ達の世界を抱きしめてくれてる神様なんだから、ちゃんと使用許可を尋ねるのは自然な事よね?』

 

「それに、何も言わずに使っていれば僕自身の首が刎ねられても不思議では無かった」そうガンヴォルトは語っていた。奴が謡精の力で呼び出し振るった刃、その名は「罪姫・正義の柱(マルグリット・ボワ・ジュスティス)」。それは生前の「罰当たりっ子」であった黄昏の女神の首を刎ねたギロチンの刃。その最大の特徴は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う物。

 

 この効果は黄昏の女神の持つ触れた相手を斬首する呪いと同一の物であり、むしろこのギロチンの刃が彼女に合わせていると言っても過言では無い。しかもこの呪いは凄まじく強烈であり、例え同じ「神」であってもその影響からは逃れる事は不可能。だからこそ、ガンヴォルトは対母胎想観に対する切り札として起用したのだと言う。

 

 後に聞いた話なのだが、これがダメだった場合の候補も存在していたらしい。曰く「幕引きの拳」と呼ばれる方法との事。他にも「バロールの魔眼」やアリスの謡精の力で得た力の一部を利用した呪言等が上げられていたが、これらは母胎想観が取り込んだ魂にも影響を与えそうだった為、あくまで保険と言う意味合いがあった。

 

「「首を刎ねた相手を」と言うのが重要なんだ。母胎想観に取り込まれている魂は別に首を刎ねられている訳では無い。だから巻き込まれる心配はない筈と考えたんだ」

『対象を限定しているって事が重要なんだね。確かに、助けたい人達も巻き込んだら本末転倒だからねぇ』

「俺達は他の世界から来た存在だからな。態々ここまで来ておいて余計な恨みを買う必要は無いだろう」

『第七波動は意思の力。厳密に言えば効果範囲は本当は違うのかもしれないけれど…』

『GVがそう思っている以上、実際にそう言った効果になるのは必然よ』

「それで私の力の起用を却下したという訳なのですね。「アレ(死んでくれる?)」は取り込まれた魂も巻き込みそうというイメージは私の中にありましたので」

 

 とは言え、これで俺達がこの世界に来た最低限の目的を果たす事が出来た。後はこの世界の人々と交流し、俺個人の目的を果たすのも悪くは無いだろう。そう、この世界の技術に触れると言う目的を。そう俺は考えながら、未だに母胎想観があっけなく沈んだ事に唖然としていデルタとキャスと、それを心配しているイオンに対して顔を向けるのであった。

 

 

――――

 

 

 僕はイオンを助け出し、母胎想観を倒し切ると言う目的を果たした。そして、未だに唖然としているデルタ達とその心配をしているイオンに顔を向けた…どうしてこの場にイオンを連れて来たのか、そして、ネロ達は如何したのかと言う疑問もあるだろう。時間は少し遡る。先ずはイオンなのだが、プリム達との会話を思い出し、デルタ達が心配であると言う理由で僕に抱きかかえられる形でついて行く事となった。

 

 何しろ今は動力源が停止しており、この船全ての施設が使用不能なのだ。ここまで来るのに使った乗り物である「スペースバス」も使用不能であり、今からデルタ達の場所まで行くのには、僕の能力を用いて自力でデルタ達の居る星読台まで行く必要があった。そしてネロと気絶していたプリムなのだが、流石にこのまま置いて行くわけにはいかない為、この二人は一度実体化したシアン達に抱きかかえてもらい、一度「スペースバス」のあったエアポートまで戻り、そこに二人を一時的に置いてから改めて星読台を目指す流れとなった。

 

 そこには丁度シャール達の救出が終わっていたサイドテールの青い髪が特徴なこの世界における皇帝、「天統姫」ネィアフラスク…ネイさんと、眼鏡をかけ、水色の長髪に猫耳みたいな装飾が特徴なPLASMAの専属メカニックで「光明陵子」サーリ・プランク…サーリ、そして一部の解散したはずのPLASMAの隊員に加え、助けられたシャール達の姿があった。

 

 それだけでは無く、そんなネイさんと一緒に会話をしていた人物…威厳のある姿と鋭い眼とは裏腹に、穏やかな優しさを持ったシャールの王、コーザルの姿もあった。どうやら彼はシャールを助けたネイさん達にお礼を言っている様であった。彼は以前、明確にネイさん達とはとある事情で敵対していたのだが、どうやら今回の事が切欠となり、それが解消されつつあるようだ。

 

 そんな状況下の中、僕達はその場に降り立った。その瞬間、PLASMAの隊員達がネイさん達の前に守る様に立ちはだかり、戦闘態勢へと移行した…よく訓練されている。何しろ見知らぬ顔をした僕達の姿があるのだ。警戒して当然だ。だけど、僕が腕に抱えていたイオンの姿を見たのだろう。ネイさんがそんなPLASMA隊員達に対して待ったをかけ、自身が前へと歩みだした。

 

「イオン、無事でよかったわぁ! …で、イオンを腕に抱えているそこのアンタ、何者?」

「僕は…」

 

 簡単な説明をしようと僕は口を開きかけたが、それよりも早くイオンが捲し立てるかのように説明した。それはもう嬉しそうに、喜びを隠そうともせずにだ。

 

「ネイちゃん、この人はアーシェスを外の世界から操っていた人で、名前はガンヴォルトって言うの。ここに来た切欠は、私が動力元を切り替える歌を歌っている間にアーシェスが壊されちゃったからなの!」

「何だって…アーシェスが壊された!? 誰にだい!?」

 

 驚きの声を上げたのはネイさんと一緒に前に出ていたサーリであった。その驚きは当然だ。アーシェスは高性能で戦闘力の高いガーディアンロボット。それに、向こうの世界から見た感じでは、アーシェスはソレイルの重要施設へのアクセス権限を持っているように見えた。それが破壊されたという事は、破壊した対象がアーシェスを奪い取り、悪用しようとした可能性だってあったのだ。サーリのこの反応は当然と言える。

 

「私の後ろで彼と同じようにこの世界に来てくれたモルフォちゃんに抱えられてる子、プリムちゃんにだよ。だけど、この子はデルタと同じようにインターディメンドされてたみたいなの。因みに、これがその破壊されたアーシェスのアバターコアだよ…」

「…なる程、あの時のプリムの行動と言動のちぐはぐさはデルタの時と同じだった。そう考えれば辻褄は合うね」

「その通りよ、サーリ。実際にプリムは私のバスを使ってインターディメンドを施されたのだから」

「…ネロ」

「大丈夫よ。貴方達の邪魔はしないわ。もう私はこの世界から確実に帰還する手段を得たのだから」

 

 そう言いながら、少し顔を赤らめながら僕の方を見つめていた…その背後に居るシアンの視線が心なしか痛く感じる。それと同時に、彼女のテレパシーが僕に直接伝わってくる。

 

(全くGVは…イオンは私達が言いだした事だからしょうがないけど…)

(…助けること自体は問題無いんじゃ無いの? ネロだってイオンと同じ…いや、明らかにそれ以上に悲惨な目に合っているんだし…)

(それはそうだけど…まあ、故郷に送り返しちゃえば問題は無い…よね?)

(多分、それで大丈夫なはず)

(…そう簡単に上手くいくかしら? アタシ、心配だわ)

 

 自然な形でモルフォもテレパシーに参加し、僕達の間でやり取りをしている間に、どうやら話は纏まったようであった。僕に対してネイさんが改めて話しかけて来た。だけど、あの時の警戒は無くなっており、何処か新しい玩具を見つけたかのような表情をしていたけれど…

 

「へぇ…よく見たらかなりのイケメンじゃない。イオンも隅に置けないわねぇ」

「ちょ…ネイちゃん!?」

「まあそれは置いといて…」

「置いとくの!? むぅ…」

「アーシェスやデルタからこっちを見てただろうから分かると思うけど改めまして…私はネィアフラスク、通称おネイさんよ」

「僕はサーリ・ブランク。気楽にサーリと呼んでくれると助かるよ」

「僕はガンヴォルト、親しい人達からはGVって呼ばれてる。嫌じゃ無ければ気楽にそう呼んでくれると助かるよ」

『私はシアン。えっと…こっちの世界風に言えば、GVに宿るシャールみたいな物だよ』

『アタシはモルフォ。同じくGVに宿るシャールみたいな物って認識が分かりやすいと思うわ』

「GVにシアンにモルフォね。しっかし私が言うのもアレだけど、よくもまあこんな危険な世界に飛び込む気になったわよねぇ」

「イオンが助けを求めていて、シアン達もそれを望んでいたからね。それに、この世界に来るのに様々な障害があったんだ。世界移動の手段の確保や、そこに至るまでの座標、そして、僕達が突入する際に発生するであろう世界の歪み対策とかがね…それよりも、僕達はこれから星読台に向かいたい」

「星読台へかい? デルタ達がそこに居るのは君も知っていると思うけど…デルタの視点で、何かあったのかい?」

「ええ、実は…」

 

 僕はデルタが母胎想観に現在進行形で襲われている事を話した。それと同時に、僕と協力してこの世界に突入したアキュラ達三人の事も話した。今頃、彼らは母胎想観の足止めの多面戦いを繰り広げている筈だ。

 

「なるほどねぇ…私の知らない間にデルタ達の事も助けられてたかぁ…」

「母胎想観は通常の方法ではどうしようもないのはデルタやアーシェスの視点を経由して把握しています。だから、その対抗手段も用意してあるんです」

「対抗手段…ですか。それは是非一度見て見たい物ですな。ガンヴォルト殿」

 

 そう話かけて来たのは、コーザルであった。

 

「貴方はあのロボットの視点で私の事を把握していると思いますが…改めて、私はコーザル。シャール達を束ねる存在です」

「僕はガンヴォルト…シアン、大丈夫そうかな?」

『ちょっと待ってね……うん、見せるだけなら大丈夫だって』

「そこの少女は…何やら高位の存在と会話をしているみたいですが…」

「その存在から借り受けた()()()()使()()()()()なんですよ……離れていてください。出現させますので」

 

――形成(Yetzirah) 時よ止まれ おまえは美しい

 

 そうして僕はコーザル達の前で罪姫・正義の柱を僕の右腕の肘あたりから鎌のような形の黒刃を出現させた。

 

「うわぁ…」

「綺麗で引き込まれそうだけど…何処か怖い雰囲気があるかも…」

「これは…鎌みたいな形をしているね…それに、僕でも凄まじい想念を感じ取れる」

「この武器から、穏やかでありながら、計り知れない程の熱量を、魂の強さを感じ取れますね…なる程、確かにそれならば、母胎想観を打倒する事は可能でしょう」

 

 そのコーザルの台詞と共に、僕は罪姫・正義の柱の展開を即時解除した。これは仮にも「聖遺物」である以上長く展開するのは危険極まりない。何しろそれを制御する為の魔術、「永劫破壊(エイヴィヒカイト)」が無いからだ。その代用品として波動の力を用いてはいるが、十全に扱えるのは僅かな時間だけだろう。

 

 そうなって来ると、何故「創造」を僕が扱えるのか疑問に思う人達もいるだろう。それは簡単な事であり、聖遺物を直接呼び出して力技で制御しているのではなく、謡精の力で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。だからこの様な逆転現象が起こるという訳なのである。

 

「じゃあ僕達は、急いで星読台へと向かいますので…」

「ちょっと待って欲しい、この船は今動力源が停止している状態だ。一体どうやって星読台へと向かうつもりなんだい?」

 

 サーリが当然の疑問を僕に尋ねた。

 

「大丈夫だよ、サーリちゃん」

 

 その質問に対して答えたのはイオンだった。

 

「だってGVは、向こうの世界では無敵の雷を操る能力、蒼き雷霆(アームドブルー)の能力者なんだから!」

 

 そうイオンが答えたと同時に、僕は蒼き雷霆を最大展開し、イオンを抱きかかえた。

 

「きゃあ! あぅ…もうGVったら、大胆だよ…

「僕はイオンの言っていた通り、雷を操る力を持っていますので、大丈夫…行こう、シアン、モルフォ。そろそろ星読台に向かわないと…」

『そういう訳だから、アタシ達は行くからね~』

『ネロとプリムの事、よろしくお願いします』

「僕達はデルタ達と合流した後は「天領沙羅」へと向かいますので、そこで合流しましょう。では、僕達はこれで…」

「あっ、ちょっと!」

 

 ネイさんが何かを言いかける事に気が付く事も無く、僕は蒼き雷霆と波動の力を機動力と宇宙空間における生存域の確保に全振りした状態で星読台へと文字通り飛びだった。

 

「もう見えなくなっちゃったか…文字通り、最低でも雷速で移動してるみたいだね。これは実に興味深い。後でGVには能力について是非詳細を尋ねたい」

「そうよねぇ…GVが言うには、後三人ほど協力者が居るっぽいし。その三人も何かしらの能力を持っているのかしら?」

「アレが異なる世界特有の力…ですか」

 

 サーリ、ネイさん、コーザルの三人がその様な感想を送った事等僕は露知らずに星読台へと向かい、アキュラ達と無事合流し、インターディメンドの影響から逃れることが出来たデルタを確認することが出来、そして…母胎想観を仕留め、冒頭へと戻る。

 

「とりあえず、此処から降りて「天領沙羅」へと向かおう。そこでネイさん達と合流する事になっているんだ」

 

 そう言いながら、僕はやっと唖然としていた状態から再起動したデルタ達に話しかけるのであった。

*1
体を軟化させ攻撃を透過する事で防御効果を得るアルノサージュにおける防具に該当する物。但し、痛みはそのままなので場合によっては痛みによるショック死をする場合もある。逆に耐えることが出来れば永遠に戦っていられる…らしい。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第二十三話

 どこで私は間違ってしまったのだろうか? 私は何もない空間で今までを振り返っていた。まだ惑星ラシェーラが存在していた時に起こった事件、「ジェノム恐慌*1」が切欠で発生したジェノムを対象とした人々による『ジェノム狩り』が切欠で、私は人間達の魂のレベルの余りの低さに絶望していた。だからこそ、私は上位の存在、「母胎想観」となって人々を導こうとしたのだ。

 

 その為の準備は万全を喫していた筈であった。実際に一度、イオナサルとネロを取り込んで完全な母胎想観となることが出来ていた。だが、それらは結果的にデルタを、そしてあのロボットを操っていた別次元の存在により頓挫してしまった。しかも、その別次元の存在が直接この世界へと乗り込んで来たのは完全に計算外であった。

 

 計算外であった理由。それは『トロンの父』と呼ばれ、四軸以上の次元論を確立した今は亡きクラケット博士ですら精々間接的に魂のみを呼び出したり、インターディメンドで間接的に対象者を操作させるくらいしか出来なかったからだ。そして実際に対峙して見て分かった事なのだが、彼らは別次元の存在であるが故、私が母胎想観であっても彼らの情報を俯瞰する事が出来なかった。

 

 母胎想観が俯瞰できるのはあくまで私の居たこの世界そのもの。つまりこの世界の存在。だが、彼らは完全に別世界の存在である以上、俯瞰できる対象外であったのだ。まあ彼らの姿や、魂の輝き等は見る事は出来たのだが。それ以外にも、彼ら一人一人があの小娘の詩魔法で支援を受けたインターディメンドを施したデルタとほぼ同等、或いは上回る程の戦闘力を有していた。

 

 それもあり、彼らとの戦いではほぼ一方的になすが儘であった。それでも、母胎想観が持つ耐久力を削り切る事は叶わなかったのは幸いであったが。だからこそ、彼らが疲弊して出来た隙を突いて撤退しようとしたのだが…彼らの内の一人である少女が放った詩魔法に近い何かの攻撃により怯んでいたその時、蒼き雷と舞い散る天使の羽を展開していた彼を見た。

 

 直観的に、彼は私に対する死神なのだと、デルタを、そしてあのロボットを操っていた張本人であると理解した。理由なんて無かった。彼は合流した仲間たちと少しの会話をしたのち、即座にこちらに切り込んで来た。思わず見惚れてしまった程の刃を腕から出現させながら。そしてその刃は、明確に私の命のみを刈り取り、今に至る。そう振り返っていた時であった。

 

「一杯、頑張ったんだね」

 

 声が、聞こえた。

 

「一杯傷ついて、間違ってても現状を必死に何とかしようとして…」

 

 私は声のした方を振り向いた。そこには…「神」が存在していた。

 

「だからこそ、私はこう思うの。貴女にも、何時か絶対に幸せになって欲しいと」

「あ…あぁ…あぁぁぁぁ……!」

 

 気が付いたら、私は「神」に縋りついていた。そんな私を、「神」は優しく抱きしめた。

 

「私が見ている。傍に居る。見捨てたりしない。抱きしめる。ううん、お願い。抱きしめさせて…」

 

 私の髪を優しく撫でながら、「神」はそう囁く。あぁ、そうか…最初に対峙した白い髪をした彼は、この「神」の事を言っていたのか。

 

「愛しい全て、私は、永遠に見守りたい…」

 

 彼がこの「神」を知っているならば…母胎想観ですら比べてはならない程に遥かに上回る魂の輝きを個人で有しているこの「神」を知っているならば…彼の言い分は、正しい。

 

「次の貴女の人生、私は応援するし、見守るよ。だから、頑張って来世を生きて」

 

「神」のこの言葉を聞いた後、私は心からの安らぎを得ながら意識を失ったのであった。

 

 

――――

 

 

 僕達が母胎想観を撃破し、一息ついた後、僕は改めてデルタとキャスに正式に謝罪をする事となった。その際、どの様に自分達の事を知り、操っていたのかを僕の記憶をシアン達の力で映像化し、ダイジェストと言った形で閲覧する事となった。そう、僕達が「シェルノサージュ」と「アルノサージュ」を介して閲覧したり、操作している所を見せたのだ。

 

 その際、僕達がどういった心境でこの世界を知り、デルタとアーシェスを操っていたのかをこの場に居た全員が見る事となった。とは言え、アキュラ達は既に一度見ているのだが。まあそれは置いといて、この場に居た三人にとっては――イオンはジュノメトリクスで疑似体験と言う形で知ってはいたけれど――衝撃的だったらしい。

 

 その理由は、誰が見ても明らかに「ゲーム」と言った形であったからだ。だけど、三人共最初は驚いていたけれど、途中から昔を懐かしむような反応に変化していった。その際、「記憶を失ってもイオンはイオンのまま」と言う感想をデルタ達から貰うことが出来た。イオンはその事を物凄く恥ずかしがっていたけれど…

 

「シェルノサージュ」での僕達は出て来た選択肢を慎重に選んでいた。シアン達と相談しながら、半ば何かあるのではと当時の僕は想いながら。そこまで慎重に、自分達の事を真剣に見守っていた事にイオン達は驚いていた。何しろ、記憶の中の映像の視点ではだれがどう見ても「ゲーム」だ。自分達だったら、まずここまで真剣になる事などできない。

 

 何しろ、別の世界で起こっている事である上に、巧妙に「ゲーム」としてカムフラージュされていたのだ。騙されていたっておかしくはない。この際僕は、記憶の中のシアン達はゲーム端末から異なる波動を感じていた為気が付くことが出来た事を説明し、イオン達は納得した。そして、その反応が改めて変化したのは僕達が「アルノサージュ」をプレイし始めてからだ。

 

 何しろ、キャスにとって肝心のデルタがフェリオンの隔壁を開けた場面が無く、既にそれは過去の話となっていたからである。が、それは「アルノサージュ」において、アーシェスが破壊された後で先に進めなくなった更に後で判明する事となった。それは、その事に記憶の中の僕達が気になって先に進めなくなった事も含めて色々とネットで調べた結果、「Class Arnosurge-Proto*2」と呼ばれるコンテンツが存在している事が分かったからだ。

 

 記憶の中の僕達は早速そのコンテンツをプレイする事となった。それは画面など存在せず、緑色の文字の羅列だけで出来た物と言ってもよい。それでも、デルタ、キャス、サーリ、ネイさんと思われる人物の会話を察する事が当時の僕達は出来ていた。そして遂に、隔壁を開ける場面へと遭遇した。

 

 その時のデルタの会話と言うか心情はあの時のプリムを彷彿とさせるような支離滅裂と言っても良い物であった。だからこそ、記憶の中の僕達はその後に出て来た選択肢で、迷わず隔壁を開けない選択肢を取ったのだ。その事にデルタ達は驚いていた。何しろこの世界は隔壁が空いている前提の上での世界だ。だからこそ、僕達が迷わずこの選択肢を取ったのが意外だったのだろう。

 

 だけど、その後の結末は今の世界と違う状態となっていた。それは、フェリオン内部の物資が無くなっていき、最終的にもう一度コールドスリープすると言う結末になってしまっていたのだ。この結末に、記憶の中の僕達は憤りを感じていた。何しろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事が確定したからである。

 

 記憶の中の僕達はもう一度やり直した。未来を繋ぐために。「アルノサージュ」へつなげる為に。本当にこれで良いのかと僕達三人で相談しながら。実際、隔壁を開ける際のデルタは選択肢を「隔壁を開ける」を選ぶたびに迷っていた。そして、三回目の「隔壁を開ける」の選択肢で、遂にデルタは隔壁を開ける決断をした。街を守ろう、皆を守ろうと言いながら。

 

 記憶の中の僕達、そしてその記憶の映像を見ている三人、特にキャスは悲痛な表情で見守っていた。彼女はこの時どう思っていたかを話している。デルタがこんなにも辛い想いをしていた事をあの時分かってあげられなかった事を、そして、僕達にこの様な選択肢をさせざるを得なかった当時の自分達の不甲斐なさを。

 

 そんなやり取りをした後、デルタ達から逆に謝られる事態となり、一時互いに謝罪合戦が繰り広げられる事となった。とまあそう言った事があり、デルタ達もイオンと同様、極めて好意的な態度で僕達と接してくれるようになった。この事もあり、「天領沙羅」で合流したサーリとネイさんにもインターディメンドの事を知っててデルタを利用した事を百歩譲ってキャスは許した*3

 

 その後、僕達は「天領沙羅」から長い階段で登った場所にあった「天領伽藍」の謁見の間にて色々と話し合ったり、僕達の視点の光景をその場に居た全員に見せる事となった。そのお陰もあり、シャール達との誤解も明確に溶け、この世界から直接的な脅威と呼ばれる存在が居なくなった事を確認する事が出来たのだ。

 

 その後、フラスコの海へと向かい母胎想観に取り込まれたほぼ全ての人達を助け出す事に成功し、シャールも含めた脅威が存在しなくなった事も含め、僕達が来る前に壊滅状態となっていたフェリオン全土で「天統姫」となったネイさんによって、その事が発表されている。その結果、民衆から笑顔が、そして失墜したはずのの権威も復活した。

 

 この発表をする前、僕達はその序にネイさんに「天統姫」の正体をカミングアウトしてみたらどうだろうと提案していた。今ならば、多くの人々も受け入れてくれるはずだと。最初はかなり渋っていたが、ダメだったら僕達の世界に来ればいいと言う言葉でそれを了承してくれた。

 

 その結果なのだが…元々ネイさんは「疾風のおネイさん」として多くの人達に慕われていた事に加え、今回の件でこのソレイルにおける脅威の排除、そして決定的な決め手となったのは母胎想観に取り込まれていた人達の救出と、シャールとの和解もあり、多くの人達からますます支持を得る事となった。

 

 とは言え、今のフェリオンは隔壁も含めた一部の施設を除いた他の施設は壊されたままであり、このままでは復旧するのにかなりの時間が掛かる。そこで、僕達の力がこの復旧の役に立つことが出来た。特に、アリスの「夢想境(ワンダーランド)」が大活躍であった。何故ならこの能力は「すべてを創造する力を持つ第七波動(セブンス)」だからだ。

 

 それはこの世界特有の僕達からすれば未知の物質も生成可能であった。他にも、損傷が軽微な施設の場合は「波動の力」で復旧する事も出来たので、一から如何にかしないといけない場合は「夢想境」を。それ以外は「波動の力」をと使い分ける事で、僕達もフェリオンの復旧の力となる事が出来た。

 

 そのお陰で、僕達の存在はフェリオンの人達に受け入れてもらえている。それに、この復旧は僕達にも…正確にはアキュラにも利点があった。何故なら未知の技術に触れる絶好の機会であったからだ。復旧の間のアキュラは普段とあまり変わらなかったように見えたが、明らかに生き生きとしていた。

 

 それが終わった後、廃棄されたと思われる巨大なジェットエンジン内に作られた街、「クオンターヴ」に存在しているサーリの隠れ家、「ノエリア・ラボラトリーズ」にて、サーリからドクター・レオルムを紹介された。されたのだが…このレオルムの名前、僕には覚えがあった。

 

「ドクター・レオルム、もうこの世界には脅威と呼ばれる物は存在しないと言ってもいい。だから、もう正体を隠さなくてもいいんじゃないかな?」

《……何のことだい? GV君》

「僕は別次元から来た存在なのはもう話したと思いますが…貴方の「レオルム」と言う名前、何処かで聞いた覚えがあったのを思い出したんだ…改めて言いますが、もうこの世界には脅威は存在しません。母胎想観も倒しましたし、シャールとも和解出来ました。ネロももう帰還出来る事が確定している以上、妨害される事も無いでしょう…それとも、僕の方から明かしましょうか?」

《…………そうだね。別世界から来た君達のお陰で、この世界は一気に平和になった。もう私も正体を明かしてもいいだろう》

「ドクター…」

《と言いたい処だが…今、私はとある事情で身動きが取れない状態なんだ。だから、出来れば君達が私の所へと来て欲しい》

「…身動きが取れない?」

《そうだ、場所の事も話そう。今私が居るのは「謳う丘」に存在する、「コントロールルーム」と呼ばれる場所に居る》

「「謳う丘」だって!? ドクター、それは本当かい?」

《ああ、間違いない。そして、同じ場所の「ヒュムネスフィア」と呼ばれている場所には、「レナルル」と呼ばれる女性が居るはずだ》

「レナルルさん!? レナルルさんがそこに居るの!?」

 

「謳う丘」、それはかつて惑星ラシェーラで「グランフェニックス計画」と呼ばれる計画が実行された場所。そこでイオンは「ラシェール・フューザー」を謳い、何万光年も離れた場所にある移住可能な惑星へと接続した場所である。所謂、一種の「コロン」…浮遊都市の様な場所だ。

 

 イオンが反応したレナルルさんとは、「レナルル・タータルカ」と呼ばれる金色の短髪が特徴的な、ラシェーラが存在していた時の天文の組織「PLASMA」の幹部として活動していた女性だ。ドクター・レオルムが言うには、記憶を破壊され、ネロとジルの傀儡となった彼女に拘束されたのだと言う。

 

 当然、今すぐ「謳う丘」へと向かおうと言う話になる訳なのだが、そこで問題があった。それは、現在この船の座標が分からない事だ。だけど、その問題の解決方法には当然僕達は覚えがあった為、即座に解決する事となったのだが…幸い、「ソレイル」は惑星ラシェーラのあった位置から全く動いていない事が分かった。

 

 これならアーシェスのアバターコアを使えばエアポートから「スペースバス」で直接向かうことが出来る。そうして僕達はイオン、サーリ、デルタ、キャス、ネロを連れて、「謳う丘」へと向かう事となった。そうして僕達は無事「謳う丘」へと到着し、先へと進むと…そこには、ドクター・レオルムの言った通り、記憶の破壊されたレナルルさんの姿があった。

 

 その姿を見たイオンは真っ先に向かい、レナルルさんに呼びかけたのだが、やはり記憶が破壊されていた為、呼びかけには応じなかった。そこで僕は、レナルルさんに「リフレッシュヴォルト」を用いて記憶の修復を試みた。これは、アキュラがデルタの記憶修復が可能だったからこそ試した方法であった。

 

「……イオン?」

「あぁ……! レナルルさん…レナルルさん!! …良かった。無事で、本当に良かった」

「…ごめんなさいね。貴女には随分と心配をかけてしまって…」

 

 その結果、彼女は記憶を取り戻し、イオン達と数千年ぶりの再会を果たした。その後、僕達はレナルルさんにこれまでの経緯を説明し、同行者となって貰った。この調子で、次はドクター・レオルムを探し出して、拘束を解こうと「コントロールルーム」へと足を踏み込んだのだが…

 

「なんだ、この部屋は…」

『『「「「「「うわぁ……」」」」」』』

『何この部屋…新手のヘンタイさんの巣窟?』

「相変わらず、良く分からない部屋…」

「……やっぱり貴方でしたか、()()()()

「え……白…鷹…?」

「いやぁ…一部の人は初めまして、そして…お久しぶりッス、イオンちゃん、サーリちゃん、デルタ、キャスちゃん。レナルルさんも、記憶が戻った様で何よりっス」

「ええ、お陰様で。記憶を破壊されていたとは言え、貴方には迷惑をかけてしまったわね」

 

 その部屋は、「プリティーベリー*4」のグッズで埋め尽くされていた。ポスターがいたる所に貼られ、床には本が散乱し、人形を収めているであろう箱が山の様になっている光景は、正しく「オタクの部屋」と表現してもいいだろう。その部屋に居る人物であるドクター・レオルムの正体、それはやっぱり僕の予想通り、白鷹であった。

 

 何故僕は彼の事を見破ることが出来たのか、それは、「シェルノサージュ」で彼の本名が、「レオルム・セオジウム」である事を把握していたからだ。皆の反応を後目に、僕は蒼き雷霆(アームドブルー)のハッキング能力を用いて拘束を解き、彼を開放した。その直後、真っ先にサーリが白鷹へと飛び込んでいくのを見て、僕はサーリに良かったねと心の中で囁くのであった。

*1
旧ジェノミライ研究所の最深部で発生した力場の暴走。それはラシェーラの地殻を抉り、全土に大地震を引き起こした。この地震の直前、多くの人々が縦貫坑道に向かう無数のジェノムを目撃したため、大地震を引き起こした原因がジェノムであると考える者が多発した。それは天文派だけでなく、一部の地文派にすら疑問を抱かせ、この疑いと大地震による不安は『ジェノム狩り』という暴動にまで発展した。この一連の流れが『ジェノム恐慌』である。

*2
簡単に言うと、ブラウザで出来るノベルゲー。ここではデルタが最初にインターディメンドされてからフェリオンの隔壁を開ける所までをプレイできる。

*3
原作では自分達に黙ってインターディメンドされていたデルタを放置していた事を物凄く根に持っており、簡単に許す事は無かった。

*4
ラシェーラが存在していた頃、ネイさんが「コロン」の「夢の珠」で踊り子として活動していた頃の名前




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第二十四話

 白鷹さんと再会した僕達は、一度コントロールルームから出た後、レナルルさんから、惑星移住計画の…当時の「グランフェニックス計画」の話を聞くことが出きた。

 何故この話を聞く事になったのか? それはアキュラがこの施設が創られた目的を尋ねたからだ。

 その話は要約すると、イオンは「謳う丘」にて惑星ラシェーラ本人からの承認を得て、その惑星その物をエネルギーに変換して、「マイクロクェーサー」とし、それをエネルギー源に「ラシェール・フューザー」を謳う事で、その移住可能な惑星へと接続することが出来た。

 そして、その接続された惑星が移住可能なのかを確認する為の先発隊も送り出され、あと一歩で移住可能な所まで迫っていた。

 だけど、そこでネロがイオンの記憶を破壊しつつ、「マイクロクェーサー」を用いてその時から数千年後の未来に飛ぶ事で惑星移住計画を阻止されてしまった。

 そこでレナルルさんや白鷹さんはネロを追う為に、コールドスリープをこの時代に設定していた。

 が、ネロとジルに返り討ちに合ってしまい、レナルルさんは記憶を壊され「イグジット」と言う名前を与えられ傀儡にされ、白鷹さんはコントロールルームで身動きの取れない状態に捕縛されてしまったのだと言う。

 

 事情を聞き終わったアキュラは、今度はネロにこう尋ねた。

 何故惑星移住計画を阻止してしまったのかを。

 その疑問は恐らくこの場に居る僕とシアンとモルフォ以外の全員が思っている事だろう。

 その疑問にネロは諦めたような表情で沈黙を持って答えた。

 だから僕は、「シェルノサージュ」をプレイしていた当時の僕の記憶を経由して把握してもらう事とした。

 当然、ネロ本人にそれをしてよいのか尋ねつつ。

 ネロが沈黙していたのは、自身が話しても信じて貰えないかもしれないと思っていたからだ。

 だけど、第三者である僕達の持つ情報経由なら信憑性も増すだろう。

 そうして僕の記憶の映像から映し出されていた物……それはネロが「リーヴェルト*1」に捕えられ、余りにも酷すぎる罵声を浴びながら装置に組み込まれると言う衝撃の光景であった。

 この光景を前に、この場に居た全員がどうしてネロがあんな事をしてしまったのかを痛い程に把握した。

 特にレナルルさんは、肉親とは言えやはりリーヴェルトを生かしておくべきでは無かったと心から悔やんでいた。

 因みにだが、この話が切欠でネロは皆との関係がある程度修復され、少なくとも普通に話が出来る位にはこの場に居た全員との関係が大幅に改善された。

 

 この時、僕はふと思った事があったので、レナルルさんに尋ねた。

 それは、今もこの惑星に行く事は可能なのかと。

 レナルルさん曰く、それは時空間移動を可能とする詩、「ディストリスタ」と呼ばれる皇帝にしか謳えない詩をかつての惑星ラシェーラのあった場所の中心点である「センターオブザラシェーラ」で謳う必要があるとの事。

 疑問が晴れた僕はもう一つ、レナルルさんにその惑星の座標を把握しているのかを尋ねた。

 

「座標ですか? 当然把握しています」

「なら、その座標の情報を僕達に提供して貰えませんか?」

「そうすれば俺達がここまで来るのに使った転移装置にその座標を打ち込めば、比較的安全にその惑星に行く事も可能だろう」

「……宜しいのですか? 既に貴方達にはこの世界を救ってもらったと言うのに」

『確かにこの世界はもう脅威と呼べる存在は居なくなったかもしれないけど』

『だけど、このまま放ってイオン達を故郷に送り返しておしまいって言うのは後味悪いって思わないかしら? 私達もそうだけど、イオンも反対みたいよ?』

 

 モルフォの指摘に、レナルルさんはイオンに視線を向けた。

 

「レナルルさん、私はもう「七支」の皆を見つける事も出来たし、ネロを止める事も出来た。それに、GV達のお陰で故郷に帰る事が出来る。……だからって、皆をこのままには出来ないよ」

「イオン……本当に、いいのね?」

「うん」

「ちょ~と待った! 私達の事、忘れないでよね!!」

「そうだぜ! 俺もキャスも協力させてくれ!!」

「僕もだよ。って言うか、元々惑星移住計画はこの世界の人間である僕達も参加しないと話にならない。無責任にGV達やイオナサルにだけに任せる訳にはいかないよ」

 

 そう言った事もあり、僕達はその惑星のある座標を手に入れることが出来た。

 ……今はまだこの謳う丘も、ソレイルも老朽化と言う問題が表面化している訳では無い。

 だけど、その問題はいつか必ず噴出するはずだ。

 だから僕は、まだ余裕のある今の内にその惑星へと向かい、あわよくば協力してもらおうと言う目論見があった。

 仮にこの惑星移住が可能ならばそれで良し。

 だけど、もしダメならば……僕達の世界にソレイルや謳う丘も含めて丸ごと移住するのも手だろう。

 とは言え、僕達の世界に移住すると言うのは最終手段としたい。

 何故ならば、最近やっと僕達の世界の情勢が落ち着きつつある状況で、大勢の人達、特にシャール達が僕達の世界に来る事となったら、下手をすればまた前の混沌とした状況に逆戻りする可能性があったからだ。

 

 そう言う訳で僕達は一度フェリオンへと戻って準備を進め、転移装置に教えて貰った座標を入力し、僕、シアン、モルフォ、アキュラ、デルタ、キャス、イオンの七人でその惑星へと向かう事となった。

 パンテーラ達やレナルルさん達は未だ続いているフェリオンの復旧に力を入れて貰いたい為、残ってもらう事となった。

 そして、この事をシャールの王であるコーザルにも報告を済ませた際、とあるアイテムを託された。

 そう、「大地の心臓」を。

 僕達はこれを見た時、驚いたと同時に、ある意味納得もした。

 詩魔法が存在する以上、大地の心臓もあって当然であると。

 だけど、コーザルが何故このアイテムを持っていたのか。

 それは彼なりに色々と試行錯誤した結果できた代物だったからだ。

 だけど、これの活用法を見つける事が出来なかった為、コーザルは僕達にこれを託した。

 そのお陰で、()()()()()()が浮上し、更にこの先の惑星で得た情報によってそれが実現する事となる。

 

 そうして僕達七人は転移装置を用いてその惑星へと転移したのだが……そこは()()()()()()()()()()()()であり、更にそこに偶然いた人に、物凄く身に覚えがあった。

 先ずこの施設の内部なのだが……ここは見間違いでなければ、「アルトネリコ」の舞台である、「第一増幅塔」の中枢とも言える場所である「原初のオルゴール」が存在する区画だ。

 そして目の前に居る人物は……僕の予想が正しければ、この塔の管理者であるレーヴァテイル・オリジンの一人である「シュレリア」で間違いない筈。

 つまり……移住先の惑星は「アルトネリコシリーズ」の舞台である「アルシエル」だったという事である。

 まさかこんな形でアルシエルに来る事になるとは……

 とは言え、彼女にとって僕達は突然出て来た不審者である事に変わりは無い。

 だから如何しようかと内心頭を抱えていたのだが、僕達の存在が彼女の興味を引いたのが幸いし、これを利用して事情を説明した。

 そのお陰で一緒に出た際に僕達が不審者として警備員に囲まれた際も何とかなったし、その後に僕達の事情を説明する事もスムーズに行うことが出来た。

 

 その時に出会ったのが、「アヤタネ」の称号を持つ香陵霧浪(かりょうきりなみ)と呼ばれる男性の「テル族」の長だ。

 彼は僕達の話をとても興味深そうに聞いており、特に僕の記憶の中の映像を見て、並々ならぬ関心も抱いていた。

 その理由は、テル族の伝承と共通する部分が余りにも多かったからだ。

 特に、()()()()()()()()()()事が共通していたのがほぼ決定打と言ってもよいだろう。

 彼個人としては賛成らしかったのだが、結局移住その物は断られてしまった。

 その理由は今のこの惑星の情勢は芳しく無く、文明も進んでいる上に、人口も飽和している為、テル族は兎も角、この星の人類がラシェーラの人達を受け入れるのは難しいのだと言う。

 その事実にデルタ達は落ち込んでしまったが、まだ希望は残されていた。

 アヤタネは移住は難しいが、その代わりにこの星の神々……惑星の意思との対話による相談を持ち掛けてくれると言う。

 その場所の名前は「シェスティネ」と呼ばれるテル族発祥の地。そこに存在する「シャラノワールの森」の更に奥の「神々の食卓」と呼ばれる場所で惑星の意思と対話出来るのだとか。

 僕達よりもずっと長く生きている惑星の意思ならば、何か知恵を授けてくれるかもしれないと、僕達はアヤタネの提案を受け入れ、現在地である第一増幅塔にある街である「クルト・フェーナ」からこの星の反対側にあると言うシャラノワールの森の奥へと足を運んだ。

 

 その場所にはとても大きく、デルタが威圧感や、人が簡単に踏み入れていい場所じゃないと感じたりするほどの巨大な大木が存在した。

 そして、その場所の元には小さな一軒家が存在しており、その中には惑星の意思の声を伝え、交信する「声聴き」と言われる巫女の流派を扱う「ソンウェ」と呼ばれる女性が住んでいた。

 そんな彼女にアヤタネが事情を説明する事で、惑星の意思の声を聞く協力を得る事が出来た。

 彼女曰く、「彼らは全てを見通している。だから、最も適切と思われる神が降臨する」のだとか。

 そんな彼女が呪文の様な言葉を発したと同時に、彼女の雰囲気が一変した。

 惑星の意思との交信が始まったのだろう。

 その惑星の意思は「ホルス」と名乗った。

 そんなホルスによって、テル族のルーツはデルタ達ラシェーラにある事が確定した。

 だからこそデルタは懇願した。

「俺達をこの星に移住させて欲しい」と。

 だけど、それはアヤタネが語ってくれた事と同じ理由を突きつけられ、断られてしまった。

 が、その代わり、僕がコーザルから託された大地の心臓の波動をホルスが感じた事で新たな可能性が浮上したのだ。

 そう、「惑星創造」の可能性が。

 

「惑星の創造ですか」

「……浮遊する大陸を作ることが出来るのは目の前で見ていたが……そんな事が本当に可能なのか?」

「ええ。この大地の心臓は不完全ではありますが……もし、完全な状態の大地の心臓を作り出せる力があるのならば、可能でしょう。もし宜しければ、これを作りだした優れた魂を持った存在と対話をさせて貰えないでしょうか?」

「了解しました。必ず連れて行きます」

 

 そう言う訳で、僕達は一度アルシエルから帰還し、コーザルにその事を話して同行者となって貰い、再びシャラノワールの森へと足を運んだ。

 そして、話し合いの末、コーザルはアルシエルの惑星の意思達と共に過ごし、魂の成長に励む事となった。

 だけど、その為には二つの要素が必要不可欠なのだと言う。

 一つ目は巫女の存在。

 何故ならば、惑星の意思ともなると、大地その物となる為、他の生命に意思伝達が出来なくなる。

 その時に、声を伝える巫女が必要になるのだそうだ。

 この際、一から星を紡ぐ場合、まず巫女的な役割を持つ生命を創造するのが普通なのだが、今回の場合は、既に存在している生命の中から、その役割に相応しい者を選ぶのが良いとの事。

 この存在には覚えがる。

「カノイール・ククルル・プリシェール」…七支における菩提明王と呼ばれている、銀色の長髪を持ち、非常に真面目で責任感のある女性だ。

 以前はコーザルと同調し、シャールを導いていた。

 その後の現在では色々とあって、最終的に天領沙羅にて雑貨店「ちゅちゅ屋」の経営を始めている。

 実際、あのコーザルが巫女の候補に迷わずカノンの名前を出していたのだから、間違いは無いだろう。

 後、何気に僕達も用事があって天領沙羅へと赴いた時、イオンを通じて知り合っており、イオンの事で物凄く感謝をしてくれた。

 そして二つ目は導きの存在。

 それは要約すると、コーザルとカノンをよく知る人が適任。

 つまり、イオンの事だ。

 これはもうコーザルと合流を果たしたカノン公認で、イオンもその大役を引き受ける事となった。

 そうしてイオンがホルスから受け取った二人を導く為の詩魔法「Lxa ti-cia」によって、アルシエルの惑星の意思達と共に数日にも及ぶ過酷な魂の修練をこなし、二人は無事、魂の成長を果たす事に成功した。

 

 その後、コーザルから七支……皇帝契絆支であるデルタ、キャス、カノン、ネイ、サーリ、白鷹、レナルルさんの七人をこの場に集める様に言われ皆が合流する事となった。

 こうして集め終わった後、イオンと、この場に集まったこの七人の詩によってコーザルと、この事に色々と協力してくれたホルスが新たな惑星の意思となった。

 そして本格的な準備が整い、遂にこの時が……かつて惑星をエネルギーとして消滅させた謳う丘にて、「惑星創造」をする時が来た。

 

「ahih=mak-yan-a noh-iar-du N woo ah W shin ah rei ii-zu-uii;」

 

 惑星の創造と聞き、シャールは、人間は、希望に満ち溢れた。

 この詩の参加者は、このソレイルに居る全ての人達。

 そんな希望に満ちた詩に、異世界から来た僕達全員も参加していた。

 そんな希望に満ちた詩の名は、「ラシェール・リンカーネイション」。

 皆の詩で少しづつ形作られていく惑星。

 それは最初、真っ赤な色をしていた。

 それが、徐々に色が変化していき――謳い終わったその時、僕達の目の前にあったのは、緑と青で広がった、美しい惑星の姿だった。

 こうして僕達は惑星創造を成し遂げ、イオンとネロのこの世界における憂いを晴らし、二人を元の世界へと戻し、無事に大団円を迎えることが出来た……かに思えたのだが。

 

「「来ちゃった♪」」

 

 この二人が僕達の世界における一年後、色々あって僕達の住んでいるセーフハウスに転がり込んで来る事になり、僕達は頭を抱える事となるのだが……それはまた別のお話である。

*1
天文の総統で実質ラシェーラの実権を握っている人物。知略に長ける優秀な科学者だが他人を信用していない。レナルルとは実の親子であることが後に明らかになる。昔はジェノムと同調していたが、天文を設立した直後にシェルノトロンに溺れ、ジェノムを駆逐し地文を潰そうとしたためジェノムが天文の人間を襲う事件を起こしている。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
番外編における現実世界でのお話はこれで終わりですが、次回は時系列が少し巻き戻り、ジェノメトリクス…所謂精神世界にダイブするお話となります。






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第二十五話

精神世界(ジェノメトリクス)

嘗て画面越しに見た心の内側の世界
それは世界の主ですら制御が出来ない理不尽、そして心の闇がまかり通る
対峙する異世界人(GV)達、その心に雷光(ヒカリ)と言う名の雷撃(コトバ)を送り届ける



「ジェノメトリクス」

 それは「アルトネリコシリーズ」における「コスモスフィア」……所謂精神世界。

 但し、コスモスフィアとジェノメトリクスには明確な違いがある。

 それは単一の精神世界か否かと言う所だ。

 コスモスフィアの場合は一人のレーヴァテイルで世界が完結しているが、ジェノメトリクスは宿主とジェノムの共同生活世界だ。

 何故このような違いが発生しているのか? それは単純に「ジェノム*1」……いや、ここは「シャール*2」と呼んだ方がいいだろう。

 このシャールの生体が関係している。

 シャールは精神世界内で、顕在意識下で他のジェノムとコンタクトが取れる。

 とは言え、流石に名前も知らない相手とはそう言った事は出来ないらしい。

 シャールの生体を教えてくれたサーリが言うには、現実世界において相手ジェノムのアドレス――つまり、誰の精神世界に宿っているのかを知った場合のみとの事。

 何故このような話をしているのか? それは……

 

「……イオン、本当にいいの? 僕達が君にダイブをしても」

「うん。だって、もう皆はアーシェスを通じて私の精神世界を見てるでしょ? それに、そのアーシェスから流れて来てた波動のスペクトラム*3にはGVとシアンちゃんとモルフォちゃん固有の波動がちゃんとあったのを、サーリちゃんに確認してもらったんだから」

『そういえば、そんな本人確認の方法がこの世界にはあったの、すっかり忘れてたよ』

『アタシ達、まずそれを如何イオンに証明しようか悩んでたのに……』

「ふふ♪ 心配してくれてありがとう、モルフォちゃん。……それに、このスペクトラム解析のお陰でシアンちゃんとモルフォちゃんが同一人物だって事も判明したのには私も驚いたよ。だって、見た目が完全に違うし、こうやってコミュニケーションを取り合ってるんだもん」

『私も時々その事を忘れそうになっちゃうけど、こうやって証明されると、何だか不思議な気分だよ……』

「だけど、イオンとチェイン*4しているサーリやネイさん、カノンさんは大丈夫なのかい? 僕達がその気になれば、彼女達にもイオンを通じてダイブする事が出来るんだけど。最近ではレナルルさんや白鷹さんともチェインしたって聞いてるし……」

「それについても大丈夫だよ。貴方達がどういう人達なのか、ちゃんと時間を取って把握した上で、ちゃんとそう言った気遣いが出来る人達だから問題無いって皆言ってたし」

 

 そう、「ダイブ」の話だ。

 ダイブとはダイブ専門の店等を利用し、他人の精神世界に飛び込む事。 

 人間の精神世界は高度かつ複雑に階層化されており、奥深くに進むほどその人の核心へと近づく事となる。

 そして、その精神世界の深階層では、時にその精神世界を持つ人物ですら気づていない本当の気持ちが現れる。

 その為、他人を自身の精神世界に受け入れるには、相応の覚悟と信頼関係が必要不可欠なのだ。 

 特に、想いを紡ぐことで新たな詩魔法や、禊ぎ*5で使われるジュノメトリカ結晶*6を得ることが出来るのが大きな利点だろう。

 

 だけど母胎想観も、プリムを操る干渉者も退け、シャールとも和解を果たした以上、このソレイルにはもう脅威は存在しない。

 つまり、戦力的な意味でダイブする意味は無いと言ってもよい。

 とは言え、それを差し引いても相応の利点も存在する。

 より強い想いを紡いで心を通わせたり、心の傷を回復させたりと言った行為を言葉によるカウンセリングよりもずっと直接的に発揮する為、戦力の強化以外にも、ダイブの目的や利点は様々だ。

 だけど、当然リスクも当然存在する。

 例えば、アルトネリコシリーズの様に、精神世界内で事故が起こると、追い出された際の衝撃で精神的ダメージを負ったり、精神世界から帰還できなくなってしまう事がある。

 当然、そうならない為にこの世界のダイブ専門のバイオス屋の人達が常にモニタリングしながらダイバーを監視してくれているのだが。

 そもそも、何故僕達がイオンにダイブする事となっているのか?

 それは元々、まだ画面越しにダイブをしていた時に、精神世界内で約束をしていたからだ。

 更なる深層へと足を運ぶ事に。

 

「とはいえ、画面越しなら兎も角、生身では初めてダイブする以上、いきなりあの時の……結構深い所の階層の続きからダイブするのは不味いと思う」

「そうかな? 私は大丈夫だと思うけど」

『流石にそれはアタシ達の事を信用し過ぎよ。イオン』

『イオンの事を考えると、先ずは浅い階層で事前準備位はした方がいいと思うの』

「ありがとう。私の事、心配してくれて。……そうだね、先ずはちゃんと経験しないとダメだよね」

 

 そう言う訳で、僕達はイオンにダイブする事となった。

 初めてのダイブで潜るのは、当然イオンの世界。

 所謂「品質管理棟」と呼ばれている世界へと向かう事となった。

 この世界はイオンの心の壁の厚さを実感した世界だ。

 まだこの世界が完了する前、画面越しの僕達を試す為にあらゆる方法で試験が執り行われた。

 それは画面越しの僕達の人格のテストと呼べる物から、中にはザッピングを利用した物まで様々だ。

 その在り様はイオンをよく知るねりこさんからも「鉄壁の女」と比喩されるほどであった。

 だけど、僕達からすれば、寧ろ安心した。

 いくら「シェルノサージュ」の時の付き合いがあるとはいえ、画面越しの顔も知らない相手に対して、警戒心をちゃんと持っていてくれた事に。

 そんな思い出のあったこの世界なのだが……

 

「ようこそ来てくださいました~。ガンヴォルトさん、シアンさん、モルフォさん。僕は……いいえ、僕を含めたこの世界は、貴方達を心から歓迎いたします~」

 

 そう話しているのはここの世界の管理者とも言え、イオンが「アルノサージュ」の初期から扱える詩魔法である「ひかりのこころ」と呼ばれている存在だ。

 彼はこの世界で試験官も担当しており、そのイオンと似たようなのんびりとした口調とは裏腹に、試験の合格ラインを下回ると容赦なくアーシェスをスクラップにしていた存在だ。

 そんな彼が僕達の前に現れたという事は、やっぱり何かしらの試験があるのかと内心身構えながら、この世界で何をやればいいのか尋ねたのだが……

 

「貴方達のやる事ですか? 特にありませんよ?」

『え……ないんですか?』

『アタシ達、確かに画面越しではこの世界に来てるわよ?』

「だけど生身では初めてである以上、全く無いなんて事は無いと思うんだけど」

「ん~とですねぇ……一応僕やイオンが絶対に不可能と考えていた、所謂「第五試験」の存在があったんですが、その内容が……」

「『『その内容が?』』」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事なんですよ~。これを成せばこれまでの試験をすっ飛ばしての問答無用の一発合格。だけど、そんな事は天地がひっくり返っても不可能と、当時の僕達はそう考えていたのですが~……まさか、本当にまさか、そんな事を成せるだなんて、僕も思っていませんでした」

「そう。だから私は、まだ画面越しだった時の貴方達にはこの事を話さなかったの。絶対に不可能な事だって、思っていたから……」

 

 そう言いながら、イオンは僕達の前に姿を現した。

 その表情は、心からの歓喜を隠そうともしない、嬉しさに満ち溢れていた。

 

「だけどそんな不可能を、貴方達は覆して私にダイブしてくれた。ううん、それだけじゃない。貴方達は現実の私の事も気遣って、()()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってくれた。だから第五試験の内容は、この世界に、「品質管理棟」にダイブする事だったの」

「そう言う事じゃ。おぬしらは測らずとも「とうだいもり」の考えた試験を突破したという事じゃな。……ふむふむ、改めてよく見ると、大したイケメンでは無いか♪ じゃが恋人が既におる様じゃなぁ。……とうだいもりよ、失恋確定で残念だったのぅ」

「ね…ねりこさん! 突然出て来て、何言ってるんですか! 確かに私はGVの事、好きだけど、そんなハッキリ言わなくても……

 

 突然現れた褐色の肌と白髪の容姿に兎の耳のような飾りが付いた赤いフードを身にまとう、ジルそっくりの女性。

 その名前はねりこ。

 その正体はイオンの脳に寄生し、シャールを生み出させている「アストロサイト・モジュラトリ・ウィルス」。

 イオンが現実世界に戻ると自らの存在が消えてしまう上にシャールの生産が止まってしまう為、まだ画面越しであった時に夢セカイを脱出しようとした際、彼女から妨害を受けた事も有った。

 だけど、結局は僕達を見送った事で、当初はその存在が消えてしまったと思われていた。

 それでも、イオンが現実世界へ戻った後もその人格や思い出はイオンの心に色濃く残っていた為、イオンのジェノメトリクスにおいて画面越しの僕達を導くナビゲータとなったり、詩魔法として活躍する等、その存在は寧ろ濃くなっていた。

 因みに「とうだいもり」とはイオンの事であり、何故その呼び名なのかは、イオンが夢セカイで住んでいた家が灯台みたいだったからだ。

 そんなねりこさんに、シアンとモルフォは話しかけた。

 思えば、ここで二人を止めておくべきだった。

 

『ん~、案外そうでもないのよねぇ』

『そうそう、GVは私達以外にオウカって言う私達公認の恋人が居るからね?』

「シアン? モルフォ? 二人共何を言って……」

「なんと! 主らの世界は()()()()()に寛容なのか! 良かったでは無いか、とうだいもりよ。主にもまだチャンスがあるらしいぞ♪」

「ね…ねりこさん~~……」

(あぁ……この流れはオウカの時と同じで、僕が何を言っても無駄になる流れだ)

 

 オウカの時もそうだったけど、シアン達はどうにも、身内と判断した相手に対して凄まじく甘い所がある。

 本当は僕の事を独占したいのに、こうやって自分から僕を差し出す行為をする事があるのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()筈なのにだ。

 ……その理由は僕自身予測は付いてはいる。

 それは絶対に僕がシアン達の事を捨てる事は無いと確信している所もあるだろう。

 別世界から拉致され、自分と同じように人体実験で苦しんだイオンに幸せになって欲しいと言う想いがあるのも確かだろう。

 オウカに関しても、何となくではあるけれど、普通に了承しそうな光景が目に浮かぶ。

 そして僕自身も、シアン達三人が了承するなら問題は無いと考えてしまえる程に、イオンに対しての想いがあるのも確かだ。

 だけど、本当の理由はそうでは無い。

 その理由は……そう考えていた僕はその考えを止めた。

 

『それでね、GVったら夜になると色々とスゴイのよ?』

「ど、どんな風にスゴイの?」

『まず私達の身体全体を優しく弄んで……』

「ふむふむ……優しく弄んで、どうなるのじゃ? ホレ、早く言わぬか♪」

『えっとね、すっごく頭がフワフワって幸せになって……』

 

 何故ならば、話がどんどん妙な方向にエスカレートしていっており、流石にここで止めないと色々とマズイ事になりそうだからだ。

 と言うか、イオンの精神世界で話す内容じゃないだろうと内心シアン達に突っ込みながら、僕は彼女達の話を止める為に四苦八苦する事となるのであった。

*1
あらゆる動物(例えば蝶や鳥、犬など)の中に存在する突然変異体ともいうべき存在で、通常の生命と違い3重螺旋以上の遺伝子DNAを持つ。ラシェーラ人はその突然変異体を「ジェノム」と呼んだ。それらは、通常の2重螺旋遺伝子体には絶対に真似のできない「同調」「完全同調」「一心同体」という3つの特殊能力を持つ。「同調」は、言葉を使わない意志疎通、「完全同調」は、意識を同調させる事で肉体をも同調させる、すなわち合体する事、「一心同体」はその名の通り、切り離す事の出来ない1つの存在になる事である。実はジェノムとはすなわち「ゲノム」、遺伝子に由来する。その名の通り、パートナーとラシェーラ人は、合体する事で遺伝子が結合し、完全な一体化をし別種の生命になるのである。人間は2重螺旋、ジェノムは最低限3重螺旋を持つから、「完全同調」以上の状態では最小でも5重螺旋になる。これによって互いがどう徳をするのか? それは簡潔な結論を述べると、人類側は詩魔法と言う恩恵が、そしてジェノムは種の繁栄と言う恩恵が得られる。

*2
シャールとは、自分専用のボディを持ったジェノム。ヒトガタと呼ばれる単独で詩魔法を紡ぐことが出来る存在。元々は惑星シャラノイア――惑星ラシェーラと改名する前に住んでいた人々の事。過去に色々とあり、肉体を捨ててジェノムとして擬態した経歴を持つ。但し、今のシャールは簡潔に言うと、魂はこのジェノムだった頃と同じだが、詩魔法「シェルノサージュ」によって人工的に作られている存在の事を指す。つまり、結論から言うと今のシャール達の大半は「プレイヤーとイオンの子供」と言っても差支えが無い。

*3
正式名称はFFTスペクトラム。有機物無機物問わず、宇宙において存在そのものが持つ固有の波の事。生命や物体においては物質波スペクトラム、精神や想いには精神波スペクトラムが存在する。簡潔に言うと、これを解析する事で、顔も分からない相手が同一人物であるか把握したり、名前も書いていない使い古された機械の所有者の情報を得たりすることが出来る。

*4
人間同士の精神世界を連結する事。これによって、互いに「想いの力」を利用し合う事が出来る為、チェインしない状態よりも強力な詩魔法を唱えることが出来るようになる。また、チェインした相手の想いも使うことが出来る為、相手の妄想した詩魔法をも使う事が可能となる。

*5
肉体と精神を清め、波動のキメを揃える事で外部から強い想いを受け入れられるようにする行為。簡潔に言うと、気功と近い概念を持つ。が、肌をなるべく純水に近い水に晒して行うのが良いとされている為、信頼できるパートナーが必要。

*6
精神世界で起こした行動によって心を揺さぶられて出来た強い想いが詰め込まれた結晶。禊ぎで使用する事で本人の限界以上の力を得る事が可能となる。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第二十六話

 イオンの精神世界を訪れた後、僕達はイオンが現実でチェインした相手の精神世界へと足を運んでいた。

 例えばカノンさんの「頑ななたまご」、「神と妖怪の浜」と呼ばれている二つの世界。

 この二つの違いはその「深さ」にある。

 それは「アルノサージュ」ではDLv(ダイブレベル)と表現されており、それぞれ「頑ななたまご」ではDLv1で、「神と妖怪の浜」ではDLv4と明確な差がある。

 これが深い程相手の心の核心に迫ったり、相手に与える精神的な影響も大きくなる。

 だからこそ、精神世界に突入するダイバーは相応に慎重な、そして時に大胆な対応を迫られる。

 他にも僕達は、ネイさんの精神世界「偽りの砂漠」や、ねりこさんの精神世界「けもけもの原」へと足を運んだ。

 とは言え、これらの精神世界は一度アーシェス経由で問題は完了されており、これ以上の進展は無い。

 それなのに、何故僕達は足を運んでいるのか?

 それは、僕達が画面越しで実際に成した事を目に焼き付けたかったから。

 そしてもう一つは、様々な精神世界の空気を体感したかったからだ。

 これから僕達は未知の精神世界へと足を運ぶ。

 これまではアーシェスの機能もあり、致命的な失敗をしてもやり直しする事ができ、僕達の安全も画面越しであると言う理由で保障される環境にあった。

 それが今や無くなってしまっている上に、精神世界では色々と混沌として、危険度が加速度的に増す目安となる「Dlv6」以降の世界へと足を運ぶ事となったからだ。

 その世界の名は「監視する丘」。

 最近イオンがチェインしたレナルルさんとの精神世界だ。

 この世界は「謳う丘」をモデルに構成されており、その周りがまるでテレビの画面みたいになっているような世界。

 但し、その画面は砕かれており、更に……

 

『GV、あの円みたいに並んでる沢山の「目」……』

「……なるほど、「監視する丘」の名前の由来はこの「目」なのか」

「GV、シアンちゃん、アレがどういう物か分かるの?」

『うん。私の第七波動「素粒子の謡精女王(クロスホエンティターニア)」の精神感応能力のお陰でね』

「ほう、精神感応能力とな? ……時折とうだいもりが端末から歌が聞こえてくる時があると言っていた事があったが、それを利用していたのじゃな?」

『うん。私達は画面越しにイオンにお願いする事しか出来なかった。だからせめて歌を届けたいって思って……』

『ねりこさん、シアン、話が逸れてるわよ。イオン、あれはこの世界全体を監視する為の「目」ね』

「この世界に入った瞬間、あの沢山の「目」は僕達を監視し続けているみたいだ」

 

 その僕達が「目」と呼んでいる物。

 それは言葉通りの生物の眼球。

 それが空中に浮いて円の形で沢山並べられており、この世界の不気味さを表現している。

 あの沢山の「目」は、まるで僕達の内面すらも見透かしているかのように僕達を監視している。

 特に、イオンを重点的に監視している様だ。

 ……この世界はレナルルさんが中心となって出来た世界。

 何故イオンを集中して監視しているのか知りたいのならば、この世界の彼女を見つける必要がある。

 その理由を探る為に、僕達はねりこさんと一旦別れ、この精神世界「監視する丘」へと本格的に足を踏み込んだ。

 

 まず向かったのは「謳う丘」の最先端と言ってもよい場所。

 あそこからなら世界を一望できる為、僕達は真っ先に向かった。

 そこで僕達を待っていたのは、満天の星空。

 一見すれば間違いなく美しいと言える光景だ。

 だけど、この満天の星空には違和感がある。

 まるで、何か大切な物が無くなってしまったかのような……

 そう考えていた時であった。

 突然、見慣れぬ存在が目の前に姿を現したのだ。

 その外見は一言で表せば機械を身に纏った剣士と言うべき女性。

 顔を機械で出来た面と呼べる物で隠し、それとは対称的に赤と白を中心とした扇情的な衣装を身に纏い、腰に鞘に納まった剣を構えていた。

 僕達は即座に身構え、イオンの前に立ち塞がりながら様子を見る。

 改めて言うが、ここは精神世界。

 何が起きても不思議では無い場所だ。

 この目の前の存在が、敵か味方かの情報すら分からない状態で戦いに挑むのはある意味危険なのだ。

 この存在が、ただの敵であるだけならば問題は無い。

 だけど、後にこの精神世界を完了させる為のキーとなりうるかもしれないのも否定出来ないのだ。

 そうこう考えながら身構えている内に、目の前の存在は行動を開始した。

 

「第一種危険因子を発見。直ちに捕獲する」

「……え?」

 

 そう言いながらその存在はイオンに手をかざした。

 その瞬間、イオンは光に包まれ姿を消してしまった。

 それと同時にその存在も姿を消し、後には僕達以外何も残らなかった。

 あっという間の出来事であった。

 そう、こういった理不尽が罷り通るのが深層の精神世界。

 とは言え、あの存在の口ぶりからすれば、今すぐイオンが死に至るという事は無いだろう。

 わざわざ捕獲するという面倒な事をするのは、相応の理由があるはずだからだ。

 しかし……

 

『ライナー*1に、クロア*2、それにアオト*3はよくこんな理不尽に対処出来たよね』

「……今なら、彼らがどれだけ凄かったのかが良く分かるよ」

『ホントよね。……ここから先にイオンの気配がするわ。慎重に行きましょ?』

 

 その場所は薄暗く、汚い廊下。

 モルフォの言う通り、その先の扉の奥からイオンの気配を感じ取れる。

 その扉の奥では、イオンが泣き叫ぶように「ここから出して」と叫び声を上げていた。

 

「『『イオン!!』』」

「皆! 助けに来てくれたの!? お願い! 早くここから出して! もう嫌、こんな所! ……っ!! や、やめて! そんな事したら身体壊れちゃうよ!」

 

 僕達はその叫びを聞いた時には既に思考するよりも体が扉を破る為に勝手に動いていた。

 しかし……そんな僕達の前に、再びあの存在が立ち塞がった。

 

「この扉に干渉する者は、誰であろうと成敗致す」

「イオンが助けを求めているんだ、ここを通させてもらう!! シアン、モルフォ、同時にいく!!」

『『了解!!』』

 

 僕はダートを打ち込んだ後、雷撃麟による攻撃を。

 シアン達も雷縛鎖による鎖を放ち、僕と同じように雷撃麟を放った。

 それは完全に阿吽の呼吸で行われた完璧とも言えるタイミング、連携による攻撃であったのだが……

 

「効きません。危険因子として、貴方達を排除する」

 

 それがその存在に通用する事は無かった。

 その事に驚いている僕達に、あの存在による反撃が撃ち込まれる所であったのだが、思わぬ助っ人によってそれが阻まれた。

 

「間一髪だったわね」

『ネイさん、助けてくれてありがとう!』

「どういたしまして、シアンちゃん! それより、コイツには絶対勝てない。ここは一先ず逃げるわよ!」

 

 そう、両腕に大きな円月輪を持ったネイさんが僕達を助けに来てくれたのだ。

 僕達はそれを了承し、あの場から全力で撤退した。

 どうやらあの存在は、この少なくともこの精神世界において絶対の存在である事が分かった。

 その名は「機甲艶姫(きこうえんき)」。

 曰く、この世界における最強のガーディアン。

 この機甲艶姫を何とかするには、レナルルさんを何とかしなければならないらしい。

 僕達はネイさんにその経緯を尋ねられたため、事情を話し、協力して貰える事となった。

 そうしてこの世界を彷徨っている内に、レナルルさんを発見することが出来た。

 僕達がどうしようかと悩んでいたら、ネイさんが「知りたければ……本人に聞くしか無い!」と無策で突っ込んでしまった。

 それを見た僕達は更に頭を抱えてしまったのだが、今回はネイさんの行動が正解であった。

 レナルルさんが言うには、あの部屋の扉は「誰にも」開けることが出来ない。

 そう、この世界の主であるレナルルさんも例外では無い。

 これだけでもかなり重要な情報であるのだが、他にも気になる事があった。

 それは、レナルルさんはイオンの事を「あれ」と呼んでいる所だ。

 そんなイオンを監禁しているのは、「この世界を守る為に必要」と言っており、もしそれが為されれば、この世界に災厄が降り注ぐからだと語っている。

 それなのにネイさんがレナルルさんにイオンの事をモンスターか何かのように言って、おかしいのではと尋ねたのだが、「あれ」は愛すべき存在であり、あのようにして護っていると言う返答が帰って来たのだ。

 常識的に考えれば、このレナルルさんの言う事は支離滅裂と言ってもいいだろう。

 だけど、ここは精神世界だ。

 僕達の認識している「イオン」とレナルルさんの言う「あれ」は大本は同じなのは分かる。

 つまり……レナルルさんはイオンの持っていると思われる「何か」を恐れていると考えられる。

 現に、自身の失態で惑星ラシェーラが滅んだと同時に「あれ」が生まれたと言っていた。

 私が護れなったばっかりに……と。

 そう考察していた時であった。

 

「機甲艶姫……私の過ちをどうか、お許しください……」

「許す事はできません」

「……分かりました。それでは、やって下さい」

「承知致しました」

『……え?』

『嘘、レナルルさん!?』

 

 シアン達が驚くのも無理は無いだろう。

 何しろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 これには僕もネイさんもシアン達と同様に驚きを隠すことが出来なかった。

 

「はぁ!? ちょっ……ちょっと!! 何やってんのよ!」

介錯(かいしゃく)致しました」

「……な、何? 何で……!?」

「……君はもしかして、これが理由で生み出された存在なのか?」

「それはご想像にお任せ致しますが……少なくとも、この世界が出来てから彼女は毎日、死んでいる。自らの罪の為に、毎日。私はそれを手助けしているまで」

『……そんな!?』

「それでは私はこれで失礼する。だがしかし、「あの扉」に近づくようであれば、容赦なく切る故、そのつもりで」

 

 そう言いながら、機甲艶姫は姿を消した。

 こうして僕達は色々と情報を得る事は出来たが、肝心のイオンを助け出す方法は分からず仕舞い。

 ならば如何しようかと僕達は改めて作戦会議を行い、色々と話し合った結果、あの円の形に展開されている複数の「目」を何とかしたらどうかと言う結論を出すに至った。

 そう言う訳で、この世界を監視しているであろう「目」に対して僕達は雷撃麟で地道に一つ一つ潰して回り、その目を閉ざす事に成功した。

 予想が正しければ、これであの機甲艶姫の監視も鈍る筈。

 僕達は再び急いでイオンの居る部屋へと向かい、扉の前まで迫り、その扉を叩く事に成功した。

 これにより、やはりあの「目」は機甲艶姫による監視に必要な物だったと確信。

 イオンも僕達の叩いた音に反応してくれ、無事である事が確認できた。

 そこでイオンも含め、色々と話し合うことが出来、この扉を開ける方法も把握する事が出来たのだが……

 単刀直入に言うと、その方法は、「イオナサル・ククルル・プリシェール」の身体が必要らしいのだ。

 最初はこの意味が良く分からなかったのだが、()()()()()姿()()()()()()僕達はハッとした。

 つまり、この扉を開ける為には……と、僕達が考えていた時、ネイさんは覚えがあるのだろう。

 複雑な表情をしながらその場を立ち去ってしまった。

 その理由に僕達は心当たりがあり、僕達はネイさんを追いかけた。

 そして息を切らしている所を見つけ出し、落ち着いた所で話を聞くことが出来た。

 

「GV、シアン、モルフォ、諦めよう。ううん……お願い、諦めて」

『ネイさん……』

「アンタ達のその様子……理由は分かってるみたいね。って言うか、イオンの記憶を治したの、アンタ達だもんね。察しは付いているわよねぇ」

『ええ、流石にあそこまでヒントを出されたら……ね』

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ネイさん自身が鍵という事なんだろうね。間違い無く」

「そうよ。でも以外。てっきりあたしはアンタ達、イオンの事を優先すると思ってたわ。なんかすっごい嫌そうな顔してるし」

 

 そう、ネイさんはこの世界――精神世界では無く、外の世界の事だが――に魂だけと言う形で拉致されたイオン(結城寧)の魂の(身体)の本来の持ち主、「イオナサル・ククルル・プリシェール」本人なのだ。

 ネイさんは魂だけの状態で専用の容器に収められ、廃棄される運命にあった。

 だけど、それを見かねた「フラクテル」と言う女性によって「ヒトガタ」と呼ばれるシャールの体を得て、色々と複雑怪奇な経緯を経て、最終的に天統姫と言う皇帝になっている。

 つまり、ネイさんは結果的にイオンに名前と体を奪われた形となっているのだ。

 本人達の意思とは関係無く、周りの投げ捨てられた倫理観によって。

 こう言った事情を僕達は把握していた為、無理にネイさんにお願いする事等、出来るはずも無かった。

 

「……ネイさん、貴女の事情は把握しているつもりです。流石にこれ以上は僕達に付き合う必要は無い。あの扉は、僕達が何とかする」

「ふぅん、優しいのねぇ、GVは。……なる程、こりゃああのイオンが惚れる訳だわ。……あたしも、腹を括るかねぇ。……あーもう、仕方ないわねぇ……。本当に、今回限りだからね?」

『ネイさん?』

「アンタ達について行くって言ってんのよ! あたしの気が変わらない内に、早く向かいましょ!! ……っと、この姿じゃあ不味いわね」

 

 そう言いながらネイさんはその姿を変えた。

 そう、「イオナサル・ククルル・プリシェール」の姿へと。

 その姿形は僕達の知るイオンの姿その物であるのだが、その不敵な表情や仕草は、ネイさんを彷彿とさせる。

 

「どお~? 似合う~?」

『……思った以上に違和感が無いわね』

『うん。もっとこう、凄い違和感を感じると思っていたのに』

「寧ろしっくりくる感じだ。……似合っていますよ。ネイさん」

「ありがと。……それと、約束して欲しい事があるんだけど」

「約束?」

「あたしにもしもの事があったら、ちゃんと助けてね?」

『勿論!』

 

 こうして僕達は改めてイオンの元へと戻ったのであった。

*1
「アルトネリコ 世界の終わりで詩い続ける少女」における主人公。正義感が強く曲がったことが嫌いな熱血漢だが、恋愛には鈍感な上に優柔不断な性格とされる。グラスメルク、所謂この舞台における調合をすぐに習得するなど優秀な頭脳を持つが、それを活かして思慮するということが少ない。代わりに身体能力は抜きん出ており、俊敏で、剣士としての腕前は達人級。

*2
「アルトネリコ2 世界に響く少女たちの創造詩」における主人公。大鐘堂の下っ端騎士だが地位相応以上に実力は高く、周囲からはエースとして期待されている。戦闘では槍と銃が一体化した武器を使い、銃撃と槍術を使い分けて戦う。とあるエンディングルートでは自身の(ヒュムノス)をそのルートのヒロインに披露したりと情熱的な一面もある。

*3
「アルトネリコ3 世界終焉の引鉄は少女の詩が弾く」における主人公。元気で向こう見ずな性格。腕っ節が強く、また情が深く、自分のことや世界の命運といった大儀よりも、仲間や愛する異性といった身近な人物のことを第一に考えて行動する。手先が器用で、徐々に高度な調合やおよそできるとは思えない調合も可能となっていくが、デザインセンスが悪かったり原理不明のアイテム等が多々出来上がるため、調合したアイテムが散々な評価を受けることが多い。武器は大剣やドリル、ハサミなど複数の形態に変形する工具。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第二十七話

 ネイさんはイオンの居る扉を叩いた。

 恐怖を必死に押し殺し、なけなしの勇気を振り絞って。

 この部屋はイオン(結城寧)にとってのトラウマであると同時に、ネイさん(イオン)にとっても同様なのだ。

 何故ならば、ここでネイさんは自身の肉体を奪われたのだから。

 

「だれ……?」

「あたしよ。イオン。イオナサル・ククルル・プリシェール」

「え……? 嘘……ほんと!?」

「ホントよ。ホントにホント、正真正銘、()()イオナサル・ククルル・プリシェールよ!」

 

 元祖って……いや、間違ってはいないのだけれど。

 僕達はそんな風に心の中でツッコミをしつつ、扉を開けたネイさんの後へと続いた。

 そこで待っていたのは、以前「けもけもの原」で見せてくれていた故郷に居た頃の恰好をしたイオンの姿だった。

 その様子は酷く衰弱している様で、非常に弱弱しい声で僕達に話しかけて来た。

 

「……イオン…ちゃん?」

「……」

「皆も……ありがとう、助けてくれて」

『ちょっとイオン! 大丈夫なの!?』

「大丈夫だよ。貴方達が助けてくれたから……もう平気」

「さあ、早く逃げよう! こんな部屋もう二度と見たく無かったし、研究員に見つかる前に、さっさと出ましょ!」

「……うん、そうだね」

 

 この瞬間、猛烈な寒気が僕達を襲った。

 恐らく、機甲艶姫が戻って来たのだろうと思い、僕達は部屋を飛び出し、イオン達を視界に収めながら入り口を警戒していたのだが……

 次の瞬間、信じられない光景が目に飛び込んで来た。

 

「え……」

「N mud ah W ei-tao zw ee-uii;」

「いやあああ!!」

 

 それは、イオンがネイさんに詩魔法を打ち込み、この部屋に閉じ込めると言う光景であった。

 

「いやあああああああっ!! ここから出しなさい!! 出しなさいってば!!」

「イオン! 何をやっているんだ!!」

「行こう、皆。……制裁の刻が始まるよ?」

 

 そう言いながら、イオンはその場を後にしてしまった。

 制裁の刻? ……恐らくだがイオンはレナルルさんの所へ向かったのだろう。

 このままではレナルルさんが危険なのは間違いない……が、それよりも――

 

「あたしを置いて行かないでーーっ!! 出して! ここから出して!!! ……いやだ! いやだよう!! あだし、いやだぁぁぁぁっ!!」

 

 閉じ込められたネイさんを助け出すのが先決だ!!

 とは言え、この扉は「イオンじゃ無ければ絶対に開かない扉」だ。

 それを破るのは如何すればよいのか?

 それをネイさんが協力してくれる前からずっと考えていた。

 そこで、一つの仮定を僕は出した。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 ならば、答えは一つ。

 先ずは全力戦闘をする為のアンリミテッドヴォルト。

 これにより、僕の秘めたる第七波動の力を解き放ち、扉の前へと振り向き……

 

「ネイさん! 今から扉を破ります!! 正面には立たない様にして下さい!!」

「……っ!! でも、この扉は!!」

『ネイさん、GVの事を信じて!!』

『約束したでしょ! もしもの事があったら、ちゃんと助けるって!! ……行くわよ、シアン! 久しぶりに謡精の歌、響かせるわよ!!』

『うん!』

 

――私達の狂愛(アイ)を 溢れんばかりのこの呪い(祝福)を その全てを捧げよう 唯一人の愛しき人へ

 

『『響け! 謡精の歌声よ!! 謡精女王の呪歌(ソングオブティターニア)!!』』

 

 僕の魂()()と共鳴し、その力を限界以上に引き上げるSPスキル「謡精女王の呪歌」

 その世界を滅ぼしかねない程の呪い(祝福)の力を僕は纏い……

 

――掲げし威信が集うは切先 夜天を拓く雷刃極点 齎す栄光 聖剣を超えて

 

「迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)! 世界の理を穿つ雷鳴を轟かせろ!! グロリアスストライザー!!!」

 

 真の力を解き放った雷剣による究極の一撃(スペシャルスキル)が、扉を紙に用に切り裂き、こじ開けた。

 

「嘘……! 本当に、こじ開けちゃったの!?」

「ネイさん、これだけ派手な行動をした以上、流石に機甲艶姫も気が付くはず。急いでここから出よう!!」

「……っ!! ええ!! さっさとここからとんずらさせて貰うわ!!」

 

 こうしてネイさんを助け出す事に成功し、この部屋を後にした。

 とりあえずネイさんを助け出す事には成功したけれど、問題はあのイオンだ。

 明らかに様子がおかしかった。

 ネイさんに躊躇いも無く詩魔法を打ち込み、部屋に閉じ込めるなんて明らかに正気では無い。

 それに……助け出された後のネイさんは元の姿に戻っていたけれど、明らかに衰弱していた。

 流石にもうこれ以上、彼女の助力を得るのは無理だろう。

 

「ネイさん。協力してくれて、ありがとうございました」

「いいのよ……結局、あたしがいなくても扉、突破出来てたみたいだし」

『ううん、そんなことないよ』

『ネイさんが扉を開けてくれたからこそ、明確に突破できるヴィジョンが出来たんだから。……第七波動は意思やイメージが重要なのよ』

「ふぅん……そういう所は詩魔法と同じなのねぇ」

 

 そう、ネイさんの行為は無駄では無い。

 実際にこうして僕の仮定が証明された切欠を作ってくれたのだ。

 それに、こうして扉を突破出来たお陰で、この世界における最強のガーディアンである機甲艶姫とも戦える事が証明された。

 とは言え、イオンを止めるのにこの事実が役に立つ事は無いと思われるが。

 

「だから、明確に開いてみせたネイさんのお陰で、ああやって突破できるって確信が持てたんだ。それに……何かあったら助けるって約束したじゃないですか」

「あたしの行為も無駄じゃ無かった……か。うん、何だか気が楽になったわ。……とは言え、あたしがもうこの世界で協力出来るのはここまでね。後は頼んだよ、皆。イオンの事、よろしくね」

 

 そういったやりとりをしつつ、僕達は衰弱してしまったネイさんと分かれ、レナルルさんの元へと急いだ。

 そうして現場に駆け付け、僕達の目に飛び込んで来たのは、イオンとレナルルさんが対峙している光景であった。

 どうやらまだ二人は対峙したばかりで、その上僕達に気が付いていない。

 情報を集めると言う意味でその場で僕達は透明化し、二人の会話を聞く事に専念する事とした。

 ただし、レナルルさんに危害が加わりそうになったら、何時でも飛び出せるように。

 

「……こんにちは。レナルルさん」

「……っ!! ひっ!? あ、あなた……どうしてここに!?」

「……」

「で、出てこられる訳が無い!! あの扉は、絶対に明かない筈なのに!!」

「……「イオンの身体」が来なければね。でも、来ちゃったんだよね。愛すべき、私のパートナー達が、どこからか調達してきてくれたの。それより……今日は、あなたにお話ししたい事があって、ここに来たんだ。私をこの世界に拉致してきた事についてだよ?」

「……!!」

「わたしを何時まで、この世界に監禁しておくつもりなんですか?」

 

 イオンの口調はあの時と同じ様に弱弱しいが、それ以上に不気味さと威圧感を感じ取れる。

 その表情も、無表情に近いのだが、彼女の瞳は虚空を映し出すように光が無く、何処までも深い闇を映し出していた。

 まるで、今の彼女の心そのものであるかのように。

 

「ご、ごめんなさい。随分と長くなってしまって。でも、本当に後少し……もう少しなの……」

「もう、その言葉、聞き飽きました。もっとも、こうやって話すのが数千年ぶりだから、聞き飽きたのは数千年前ですけど」

「でも、努力したのよ!? 何時だって、貴方が早く、自分の世界に還れるように……」

「努力ですか? なら、どうして私をここに誘拐して来るのを、止めてくれなかったんですか?」

「それは……っ。……この世界の為に、やむを得ず! 仕方なかったのよ! 昔、惑星ラシェーラは、太陽の膨張によって人の住めない星になっていたわ。「俯瞰視点」を持つ貴女の力が、どうしても必要だったのよ! だから……!」

「やむを得ず拉致監禁したって訳ですね。やっぱりいくら綺麗事を言っても、組織の他の人と同じじゃないですか」

「私は反対したのよ!」

「でも、止められなかった。だから、私が今ここに居るんです」

「ごめんなさい! ごめんなさいっ!! 私も毎日、本当に毎日後悔してる。全ては私の責任なんだもの。貴方を連れて来たのも、惑星移住が失敗したのも、貴方を酷い目にあわせたのも……。だから、毎日お詫びをしている。毎日貴方に向かって懺悔してる……」

 

 ……だから、彼女は機甲艶姫に協力してもらってでも毎日死に続けていたのか。

 つまり、これだけレナルルさんは自身を責めており、悔いている。

 とはいえ、彼女の言っている事の大半の元凶は、彼女の父親であるリーヴェルトだ。

 これは既に、イオンも確認済みであり、把握している。

 だけど、彼はもうクラケット博士と共に次元の狭間に落ちると言う形で命を失っている。

 それ以外にも、この世界においてイオンの恨み等の暗い感情をぶつけるべき相手と言う存在が、もうレナルルさん位しかいないのだ。

 そしてイオンもやはり、現実では決して僕達に語らなかったけど、ネロと同じように元の世界に還りたいことが分かった。

 その様な素振りを、少なくとも僕達の前で、イオンは現実では出さなかった。

 だけど、僕達はそんな風に思っているのではと言う確信はあった。

「シェルノサージュ」における記憶修復をしている過程で、「アルノサージュ」におけるアーシェス経由での視点で彼女の事をずっと見ていれば、安易に想像が付く。

 だからこそ……だからこそ、()()()()()()()()()()()()

 

「そんなのじゃ、全然足りないよ」

「……っ!!」

「自分でもわかってるんでしょ? その自殺は甘えで、自己満足でしかないって事」

「やめて!!」

「そうでなかったら、私をずっと、あんな所に閉じ込めておく訳ないもんね。私が怖いから、私が貴方を恨んで報復をするのを恐れてるから、ずーとあの部屋に閉じ込めていたんでしょ? 私とお話をしたくないから。私を忘れたいから」

「お願い、止めて! ごめんなさい……そうよ、私は貴方の報復を恐れていた。ずっと……だって私は、貴方を裏切り続けて来たんだもの。ずっと、貴方の世界に還すと言い続けて、守れなくて。だから、怖かった! 貴方が私を恨んでいるだろうって思って……」

「正解。勿論恨んでるよ。毎日死んでる? 楽でいいよね。それじゃあ早速、死んでみてよ」

「……」

「そこに()()()があるじゃない。何時もやってるみたいにやってよ」

 

 イオンの言う輪っかと言うのは、自殺の時に使われる「首吊り縄」の事だ。

 この場所には、レナルルさんのイオンに対する贖罪を願う心の内面を表すかのように、その縄が宙に浮いている。

 機甲艶姫に協力してもらう以外にも、ああやって毎日死に続けていたのだろう。

 そう考えていた時、イオンは()()()()()を呼び寄せた。

 

()()()()ちゃん、来て」

「どうして……貴方が!?」

「だってここは、()()()()()()()()()()()()()()じゃない。私だってその気になれば、使えるよ」

(ジェノメトリクスは個人で完結している世界じゃ無いからこそ、ああいった事も出来るのね……それよりも、分かっているわよね? GV、シアン)

(うん。可能な限り、イオンの意識をレナルルさんから引き剥がすんだよね?)

(そうだよ、シアン。そして、上手く彼女の憎悪の矛先を僕達の方へと向けさせなければならない。それが失敗すれば、イオンはレナルルさんに自殺を強要し続け、レナルルさんはそれに応え続けると言う最悪な共依存に陥ってしまう。それだけは防がなかければ)

 

 僕達のテレパシー経由の会話で言う様に、これ以上はレナルルさんが危険だ。

 そして何よりも……

 

「ほら、この子もあなたが死ぬのを手伝ってくれるよ。だから早く……本当に悪いと思ってるならさっさとそこの輪っかに首掛けなよ早く!!!!

 

 あんなに痛々しく、悲しみと憎しみに捕らわれたイオンを放ってはおけない!

 僕達は透明化を解き、声を上げながらイオンの前に姿を現した。

 

「イオン、ダメだ!」

『『イオン!!』』

 

 そんな僕達の声に反応して、イオンがこちらを振り向いた。

 その時の表情は、心の底から喜びに満ち溢れたかのような笑顔。

 だが、その瞳はレナルルさんと会話していた時のままだ。

 

「あ、皆。いつの間にここに来てたの? ねえ、見て見て。今からレナルルさんが、お詫びに死んでくれるんだって。これから毎日やってもらうんだ。えへへ♪」

「……レナルルさんは、悪くない」

 

 僕がそうイオンに応えた途端、彼女はレナルルさんに向けていた無表情になってしまった。

 

「……機甲艶姫ちゃん。レナルルさんを見張ってて。私、皆とお話しなくちゃいけないみたいだから」

「御意」

 

 ……さあ、ここからが本番だ。

 そう、僕自身に言い聞かせ、目をそらさずに彼女と対峙した。

 

「……どうして? どうしてGVは、私の苦しみをわかちあってくれないの? 私なんて、こんな物じゃなかったんだよ? ……汚い部屋に押し込まれて、色んなモノを打たれたり、切られたり、頭の中を見られたり、死んだ方がよっぽど良かったよ……」

『でも、レナルルさんがやった訳じゃ無いでしょう?』

「モルフォちゃんもどうして!! 一緒だよ! この人、私をこっちに連れて来た組織の女なんだよ!? 賛成してなかったって言ってるけど、助けてくれる事もなかった! 何度助けてって言ってもね。シアンちゃんなら分かるでしょ!! この苦しみが!!!

『イオンのやられてた人体実験の辛さ、私だって痛い程に理解できる。死んだ方がずっと良かったって気持ちだって、心に突き刺さるくらい分かる。分かるよ』

「だったら……!!」

『でも、このやり方は間違ってる!! こんな事したら、イオンの心もボロボロになっちゃう!!』

「……どうして、どうしてシアンちゃんはそんな綺麗事を言っていられるの!? ……あぁそっか、無敵の蒼き雷霆(アームドブルー)様が傍に居るんだもん。だからそんな世迷言を言ってられるんだね」

 

 先程の必死だった表情とは一転、今度は不敵な表情に変わってシアンにそう指摘するイオン。

 ……シアンも、もし運命の歯車がずれていたら、こうなっても全く不思議では無かった。

 それくらい、イオンとは境遇が似通っている。

 シアンも人体実験を受け、能力の使用を強制され、身も心もすり減らし、初めて直接会った時など彼女から見て初対面だった筈の僕に対して死を望んでいた程だったのだから。

 だけどイオンとは違い、シアンは助け出された。

 イオンの言う通り、シアンには僕と言う想いに応えてくれる人が居た。

 その事実がイオンの心の逆鱗に触れたのだろう。

 ……これで一先ず、イオンの憎悪の向かう先がレナルルさんでは無くなった。

 ここまでは計画通りと言えるのだが、別の問題が発生してしまった。

 それは、イオンの憎悪の矛先が、シアン()()に集中してしまった事だ。

 とは言え、こうなってしまった以上、僕は口を出す訳にはいかない。

 

『イオン……! 私、そんなつもりじゃ……!』

「いいなぁ! ……えへへ、私も、そんな人が欲しかったなぁ!」

『イオン……』

「こんな汚くて、明日にもぶっ壊れそうな世界から助け出してくれる白馬の王子様♪ 私が助けてって叫んだら直ぐに現れて護ってくれるヒーロー! ……ねぇ、シアンちゃん。貴女はもう、GVとは今までずっと一緒に居たでしょ? だから……G()V()()()()()()()()?」

『……………………ぇ?』

 

 イオンのこの発言を聞いた途端、この場の空気が完全に凍結した。

 不気味なほどの恐ろしい冷気が、シアンを中心に広がっている様に感じ取れる。

 そんなシアンに対して、イオンは不敵な表情のままだ。

 と言うか、この状態のシアンと対峙して態度が全く変化していない。

 それ所か機甲艶姫を傍らに呼び寄せ、完全に戦闘態勢に移行している。

 そして、もう一人のシアンとも言えるモルフォは、いつの間にかシアンの後ろに佇み、こちらも同じように戦闘態勢に移行していた。

 何と言うか、別の意味で頭を抱えたくなるような光景が目の前で広がっている。

 

「へぇ……嫌なんだ? GVの事、取られるの」

『イオン。いくら貴女でも、今の言葉は見過ごせないわ』

「いいじゃない。シアンちゃん達は十分にGVと一緒に居たでしょ? 私、知ってるんだからね?」

『……ダメだよ? いくら貴女のお願いでも、それだけはダメ』

 

 冷静を装う口調を維持しつつ、イオンと同じように目を虚空の瞳に変化させ、身構えるシアン。

 モルフォもシアンと同様の瞳に変化させ、同じ体勢をシアンとは合わせ鏡の様に身構える。

 そして、二人の身体から蒼き雷が、彼女達の感情に呼応するように迸る。

 対するイオン側も負けてはいない。

 言葉にするのが難しい、物理的に感じる程の凄まじい威圧感を放ち、傍らに居る機甲艶姫も居合の構えをしつつ、油断無くシアン達を見据えている。

 この状態で、この場は膠着状態となったのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第二十八話

 ……皆には悪いけど、今ならばレナルルさんの安全を確保できるはず。

 僕はレナルルさんの元へと駆け出し、話しかけた。

 

「レナルルさん、大丈夫ですか? ……大体の予測はつきますが、今のイオンは、どうなっているんですか?」

「……私は平気です。……彼女は、憎悪の塊です。今までずっと、心の奥底に押し込めて来た苦しみや恨みの、塊なの。私が……イオンの内心を恐れて、ずっとうやむやにして閉じ込めてきた、あの子の、心の叫びなの……」

「…………」

「だから、イオンは許せなかったのでしょう。自分はこんなにも酷い目に合って、誰も助けが来なかったのに、同じ境遇だったあの子には助けが来て、幸せそうにしている事が。だったら、私が貰ってもいいのだと、そう思っているのでしょう。……彼女に、幻滅してしまいましたか?」

「……しませんよ。レナルルさん。人間は……意志のある生き物は皆、そういった負の一面は必ず存在するのですから」

 

 そう、こう言った物は誰でも例外なく持っている物。

 普段は優しいイオンでも、こう言った側面は確かに存在している。

 寧ろ、普段優しい人程そう言った感情を表に出さない様にと、負の感情を心の底に押し込める。

 だからこそ、こんな風に深層領域にダイブすると、心の底に重畳(ちょうじょう)した負の感情と何らかの形で対峙する事となる。 

 そう、今のイオンの様に。

 そして、今回の場合はそれだけでは無い。

 これまでの情報を纏めると、この世界はレナルルさんとイオンの二人によって出来た世界。

 つまり、レナルルさんの、イオンに対する「自分を恨んでいるのではないか?」と言う心と、その元から持っていた負の感情が共鳴し、結果として彼女はああなってしまったのだろう。

 

「それで、どうするのですか? このままでは、イオンがシアンさん達に危害を加えてしまいます」

「……シアン」

『GV……うん。私達は大丈夫。GVの思う通りにしていいよ』

「ありがとう。……レナルルさん、今回は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()させます」

「……やはり、それしか無いのですね?」

 

 今のイオンを如何にかするには、彼女の負の感情を受け止められる存在が必要だ。

 それと、ぶつける明確な理由、大義名分が。

 その両方を満たし、()()()()()()()()存在は、シアン達だけなのだ。

 本当ならば、僕がイオンと対峙するべきであり、そうしたい。

 実際、あの負の感情を受け止めてやりたいと思っている。

 何しろ、僕だって彼女と同じように人体実験の苦しみは理解できるのだから。

 だけど、イオンから見て僕とぶつかる理由、大義名分が今のこの時点では存在しない。

 そしてレナルルさんの場合は、その両方を満たしているけれど、互いに依存する危険性が極めて高い。

 贖罪を求めるレナルルさんと、負の感情をぶつけたいイオン。

 これはある意味、一種の協力強制。

 一度嵌ってしまえば、抜け出すのは困難を極めるだろう。

 だからこそ、イオンの負の感情を受け止め、ぶつける明確な理由が存在し、彼女に依存しない存在は、この場にはシアン達しか居ないのだ。

 

『一つ言っておくけどイオン。私、詩を謳うだけで直接戦えないわけじゃ無いからね?』

『油断していると、痛い目をみるわよ?』

「知ってるよ。()()()()()()()()

 

 イオンの言うこの台詞は、先のレナルルさんが言っていた「俯瞰視点」と呼ばれる能力に基付く物だ。

 簡単に言うと、自身の次元よりも下の次元の全体を把握する力だ。

 基準としては、一般の人間は二次元――所謂、平面と呼ばれる物――までが普通である。

 それに対してイオンは、()()()六次元――過去から未来において、この宇宙全域における全ての可能性を一覧できる――まで俯瞰することが出来る。

 とは言え、あくまで理論上であり、実際は肉体の枷だったり、魂のレベル等による複数の要因によって、普段は僕達と同じように二次元までが普通だったりするのだが。

 しかし、逆に言えば特定条件を満たせばそれ以上の次元を閲覧する事が可能となる。

 これまでのイオンは、アーシェスとデルタのインターディメンドによって彼女自身の俯瞰視点の能力は大部分が使えなくなっていた。

 だけど僕達が直接赴いた事に加え、デルタも開放された為、その楔から完全に開放されている。

 その上、イオンは今までに複数の人達とチェインしている。

 そうする事で、チェインした相手の視野を借り受け、俯瞰視点の制限を緩和することが出来るのだ。

 そして、ここで重要になってくるのが、イオンはシアンともチェインしている事。

 もう一つは、シアンの能力で形成されている世界を越えた集合的無意識。

 つまり、イオンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さらに言えば、今僕達の居るこの世界は精神世界。

 肉体の枷からも解放されている状態だ。

 だからこそ、今のイオンは自身の持つ俯瞰視点の力をフルに扱える状態にあるのだ。

 これにより、詩魔法の精度も格段に上昇し、必勝のタイミングで発動させることが出来る。

 とは言え……

 

『見えてるから、何? まさか、そんな事で私達を止められると思ってる?』

「ううん、全然。ここまでやって漸く()()()()()()()()って認識かな。私は」

『分かってるならさっきの発言、早く取り消して欲しいのだけれど』

「嫌。それにこの世界は私のホームグラウンド。この事実も加えれば条件は五分と五分。退く理由なんて、無いんだから。……機甲艶姫ちゃん。準備はいい?」

「はい。――今宵この地に華が散る……赤い赤い悪の華……」

『最後通告もダメかぁ……GV、アタシ達の衝突の余波を抑えて貰ってもいいかしら?』

「大丈夫。()()()()()()()

 

 そんな事で如何にかなる程、今のシアンは甘くはない。

 元より精神感応能力を持っている為、精神世界は彼女のホームグラウンドでもある。

 それに、単純に()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 シアンは世界を越えた集合的無意識を形成、維持している。

 そんなことが出来る以上、少なくともこれらの力を上回っているのだ。

 つまりイオン本人の言う「同じ舞台に立つ」と言うのは、文字通りそう言う事。

 今は僕の身体に自分から喜んで憑依し、大人しくしているけど、仮に今の状態で僕の身体から開放され表に出た場合、それだけで()()()()()()()()()()()()

 今も現在進行形で力が増大し続けており、世界を守る意味もあり、もうシアンを僕から開放する事は永遠に叶わなくなった。

 それが不幸か幸福かと問われれば、僕達は迷わず幸福であると断言出来るのだが。

 ……話が逸れた。

 ともあれ、互いの渦巻く想いの力による周辺被害を完全に防ぎつつそうこう考えている内に、遂に互いに動きを見せた。

 イオンは詩魔法の詠唱を、シアン達はSPスキルを放つ体制に移行したようだ。

 つまり、互いにこの一撃で決着を付けるつもりなのだろう。

 想い(詩魔法)想い(第七波動)による精神世界での直接的な力比べ。

 互いの想いのどちらが上なのか、それを把握するにはこの上ない方法だろう。

 ……蓄積され、積み重ねられていく互いの想い。

 僕が障壁を展開して居なければ、とっくにこの世界に穴が開いて、周囲の精神世界も巻き込んで崩壊していても不思議では無い程の。

 そして、互いの想いが蓄積しきり、放たれた。

 先手はイオン。

 

「捕まえたぁ!! a-z-ne gu-dou ah=Adehime-nu beg-dai-ear(凡ての悪の 滅びを願って) N mud ah W co-za ah=Adehime xa-gan-uii;(艶姫よ戦え!) 今宵、悪の花が咲くなら 合点承知、臨空裂斬(りんくうれつざん)!」

「この世に蔓延る大悪党は、艶姫(あでひめ)の刃で浄化してやりましょう。――秘技、臨 空 裂 斬!!」

 

 手に持つ刀を引き抜き構え、赤いオーラを身に纏い、弾丸と化してシアン達に向かい真っ向から突撃する機甲艶姫。

 身構えたシアン達をそのまま通り過ぎ、一閃。

 その直後、シアン達の居た位置から凄まじい大爆発を引き起こした。

 

「全ての悪を倒すまで、艶姫の刃は血を求めるでしょう……」

 

 これによって悪は滅び去り、彼女の刃は次の得物を求め、流離(さすら)う。

 全ての悪を倒し切る、その日まで。

 ――但し、相手がシアン達で無ければの話だが。

 

「嘘!! なんであの一撃を受けて平然としてるの!?」

『……そんなこと無いよ? 実際、体中すっごい痛いし』

『ともあれ、次はアタシ達の番よ。……覚悟はいいわね、イオン?』

「……っ! 機甲艶姫ちゃん!!」

「御意!」

 

 イオンは機甲艶姫を前衛とし、防御を固めた。

 対するシアンは蒼き雷を身に纏い、雷の刃を形成するノーマルスキル「雷閃剣*1」を展開し、()()()()()()()()()()()()()()()()()S()P()()()()を発動させた。

 そして、モルフォもシアンと合わせ鏡の如く同じ動きをし、同じようにSPスキルを発動させる。

 それは、あの戦いから更なる修行を経て習得した、「雷閃剣」と「雷縛鎖」を組み合わせ、応用、発展させたSPスキル。

 邪悪を滅ぼす不滅の刃。

 闇を払い、深淵を照らす三つの斬撃の軌跡。

 

――悪意照らすは雷刃(ヤイバ)の輝光 残忍なる邪悪を暴き その全ての雷光(キセキ)を刻み込め

 

『『迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)! 深層に眠りし憎悪に染まる刻神楽の悲しみと苦しみを祓い、不滅の蒼き雷光(ヒカリ)で浄化せよ! コレダーデュランダル!!!』』

 

 先ずは初撃。

 雷閃剣と雷縛鎖を組み合わせた蛇腹剣(じゃばらけん)を展開し、斬撃と同時にそれを呼び水に、複数の吼雷降(こうらいこう)を叩き込む。

 続いて二撃。

 展開した蛇腹剣に更なる力を籠め、電光石火の一振りで、真横に薙ぎ払う。

 最後の一撃。

 同様に力を込めた蛇腹剣を、下から上に雷速で切り上げる。

 この不滅の蒼き三つの雷光。

 逃れる術は無い。

 

「く……見事」

「機甲艶姫ちゃん!?」

 

 そんな一撃を受けてなおイオンを守り切った機甲艶姫は健在であるが、その姿はボロボロの一言に尽きる。

 これにより勝敗は……いや――

 

『頑張ったね、イオン』

「あ……」

『貴女もね、機甲艶姫。ほら、その傷を癒すからこっちに来て』

「……かたじけない」

 

 ――最初からその様な物は無い。

 イオンが今まで封じてきた感情を()()()爆発させ、それを受け止める事が本当の僕達の目的なのだから。

 とは言え、流石にあの発言はシアン達にとっては逆鱗であった為に、返す刃を振るう事となってしまったのだが。

 

「あの……私、私……」

『いいんだよ? 我慢なんてしなくて』

『アタシ達が受け止めるから、大丈夫……』

「うぅ……あぁ……うぁあああああああああん!!!!」

 

 そんなシアン達の言葉を引き金にイオンは二人に飛びつき、涙を流し、大声を上げた。

 そして、この場に居る全員に想いの丈を言葉に乗せ、ぶつけた。

 

「もう辛いの! 辛すぎるの!! この世界に連れてこられて、私ずっと独りだった! 痛くて辛い事ばっかりされて、毎日暗い所に閉じ込められて!」

 

 周辺被害を抑える事に専念していた僕もその力を解き、イオンの元へと歩み、後ろから黙って抱きしめた。

 それでもなお、イオンの言葉は続く。

 

「レナルルさんは頑張って励ましてくれたけど、結局はその組織の人だから逆らえないし……。私、ずっと泣いてたんだよ!?」

 

 僕に続き、レナルルさんもイオンの元へと歩みより、その頭を撫でた。

 そんな彼女の表情にはもう、恐怖の感情は無くなっていた。

 

「確かにお友達は出来たよ。でも、こんな話を理解してくれる訳でも無いし、話しても余計に、自分が辛くなるだけで……内心、毎日帰りたいって思ってたよ! 帰れないなら死んだ方がいいって、ずっと思ってたんだよ!?」

 

 いつの間にか居たねりこさんが、うんうんと頭を頷かせながら僕達の様子を見守っている。

 

「それでも! それでもずっと! この世界が救えるなら、それが自分一人にしか出来ないっていうなら、頑張ろうって! ずっと、ずっとそう思ってやってきた……。だけど、なんで……どうして私が、こんな、酷い仕打ちをされなくちゃいけないの!? 私はただ、自分の世界で、普通に生きていたかっただけなのに……っ!」

 

 イオンの独白は続く。

 

「そんな夢すらも……もう見る事すら叶わないんだよ……? それでもずっと頑張って……っ。それでも! この世界を潰してまで還るのは、良くないって思ってて!! だけど!! これくらいの事は、してもいいじゃん!! 心の底で、こうやって思うくらい、したっていいじゃん……」

 

 イオンの封じてきた感情が濁流の様に溢れ出す。

 

「それすらも、許されないの……? そんなにダメな事なの……? それじゃあ、私! どうしたら!! どうやって、この狂いそうな気持ちを鎮めたらっ……!!」

『ダメじゃないよ』

「じゃあどうして!! どうして止めるの!?」

 

 イオンのその疑問はもっともだ。

 だから、僕は言葉を紡ぎだす。

 

「別の方法で鎮める……いや、()()()()()()()()()。僕達が来た今なら、それが出来る」

「別の……方法?」

「そう。イオンは、普段からこうやって心に想いをため込み過ぎてる。だったら、それを僕達に言えばいい。辛いって、苦しいって、助けて欲しいって。初めて僕達が直接顔を合わせる前に助けを求めた様に……ね」

「……ずるいよ。そんなの……何とでも言えるもん……」

「そうだね……。そちらの事情を安全な所から見て、それを把握している僕達は確かにずるいさ」

『だからこそ、それが嫌でこうやってここまで来た私達に頼って欲しいの』

『アタシ達はイオンの事、ずっと見てきたんだからね』

「こうして、直接この世界に乗り込んで助けようって想えるほどに」

「…………あり……がと……」

 

 たどたどしく僕達に礼を言うイオン。

 そして、その溢れ出ていた涙が、再び溢れ、零れ落ちる。

 が、その涙はもう悲しみに冷えた物では無く、喜びに温められた涙であった。

 

「ありがとう……っ。うっ……うわあぁぁぁん!! ずっと、ずっと寂しかったの! お友達は出来ても……っ、ずっと、スキマがあったの……でも、でも!! 今、皆から貰った想い……凄くて……っ、……凄く温かくて……もう忘れかけた、自分の世界の温もりがあって……っ、とっても嬉しい……。今、全身で……私の全身で、皆の想いを感じてるの……。ありがとう……ありがとう……っ」

 

 そうしてしばらくの間、イオンは僕達に囲まれながら、その涙を流し続けた。

 そして……

 

「レナルルさん……ごめんなさい……私、八つ当たりしてた。レナルルさんだって、ずっと私を気遣ってくれていたのに……」

「ううん。違うの。私の方こそ、ごめんなさい」

「どうして……?」

「私の思い込みが、貴方に悪い影響を与えてしまったから。私、ずっと、貴方がもっとこの世界を恨んでると思ってた。だから、貴方と本音で話をするのが怖くて、ずっと貴方と言う存在を、閉じ込めてた。そんな「私の中の貴方」が、鬼の様な存在になっていて……それが、貴方自身に影響して、貴方をより過激にした」

「……例えそうであっても、私の中にそう言う想いがあったのは一緒です。レナルルさんの影響だけじゃありません。だから……おあいこ、です」

「……そうね、おあいこね。ふふっ……」

 

 そうしてイオンとレナルルさんとの和解が完全に成立し……

 僕達がこの世界に最初に降り立った場所「ヒュムノフォート」から、この世界の問題が完了し、承認する為の光であり、更なる領域へと足を運ぶ為の扉でもある「エンブレイス・ロール」が出現した。

 

「ああっ、エンブレイス・ロール。まだ深い所へ進めるんだね」

『やっぱり、まだあるんだ……』

「もうこりごり?」

『まさか』

「僕達はイオンが望むなら、この先にだって潜るさ」

「えへへ♪ ありがとう。……でもね、皆の想いが通じたから、私、成長出来たんだと思う。こんな深い所まで心を繋げる事何て、ずっと隣に居る人とだって、出来ないよ……皆とこうして出会えて、本当に良かった」

 

 そう、まだ先があるとはいえ、Dlv6と言うのはイオンの言う通り、それ程の領域なのだ。

 因みに、仲睦まじい恋人同士や夫婦でも、普通はDLv5であると言えば、理解できるだろうか?

 その後、僕達はヒュムノフォートへと向かい、そこで合流したレナルルさん達と軽い談笑をしつつ、この世界の主である機甲艶姫からイオンとレナルルさんの二人の絆が承認された。

 その後、僕達が更なる精神世界の深層領域へと足を運ぶ事となるが、それはまた別のお話である。

*1
本編第九話で登場した所謂ライトセイバー、ビームサーベル、ゼットセイバーに該当するオリ設定のノーマルスキル。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。






・コレダーデュランダルの詠唱翻訳について
今回は一度グーグル先生に翻訳してもらった後に、それぞれの単語の意味を調べた上で、厨二的に加え、蒼き雷霆的ニュアンスもぶち込んだ上で、こう解釈出来るのでは? と文章を弄った結果こうなりました。
なので、この訳し方が正しいという事はありません。
私が言うのもアレですが、訳し方がおかしな事に間違いなくなっている筈です。
ちなみに、グーグル先生に尋ねた結果は以下の通りです。

Wicked blade agleam 邪悪な刃の輝き
Barbarous and bathed in darkness 未開の暗闇を浸す
Cleaving all in its path すべてをその道に刻む


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トークルーム Take.2
第十一話


ここからは再びトークルーム編と言う名の短編に移行します。
ノワやミチル等も出てくるようになりますので、よろしくお願いします。
今回はデルタ視点となります。


本音を引き出すプリン

 

 

 プッツンプリン。

 それは食べると文字通り「プッツン」する効果を持ったプリンだ。

 で、何がプッツンするのかと言うと……

 

「私のデルタに近づく女はみんな死ねばいいのに。シアンなら分かるでしょ? この気持ち」

「もちろんだよ。私だって、私のGVに近づく女は死ねばいいのにって思ってるんだから」

 

 理性がプッツンする。

 そして、我慢していた思いをそのままストレートにぶちまけるようになる。

 そう、俺がなぜこんな話をしたのかと言うと、この目の前の惨状が理由だ。

 少しだけ開いた扉からおどろおどろしい雰囲気と共に心の底から楽しそうに物騒な会話をしている二人の様子を偶然見てしまった俺は、そのあまりの恐怖に体の震えが止まらない。

 キャスはもう既にアレを食べた時の状態を一度見てたからある程度は分かってたけど、一見おとなしそうなシアンまで怖い事言い出してて辛い。

 

「ふぅん。シアンってGVにハーレム推奨するのに、そんな言葉が出るなんて意外よね。確かオウカにイオンも含まれてるんでしょ? それに、最近はネロも入ったって聞いたけど」

「うん。確かにそうだけど、でも大丈夫。これ以上は絶対に増やさないし、増える事も無いから」

「増える事も無いって……何か方法でもあるの? 私にも是非教えて欲しいわね。最近、私のデルタの周りに邪魔な羽虫がうようよしてるから」

 

 これ以上は聞かない方がいいに決まってんのに、恐怖と身体の震えのせいで体が動かねぇ。

 人間って、余りの恐怖に直面すると本当に動けなくなっちまうんだな……

 って言うか、方法ってなんだよシアン?

 大人しそうな顔して物凄く物騒な事言いだしやがって。

 キャスもキャスだ。

 なんでこんな物騒な会話を嬉しそうに聞いてるんだよ。

 邪魔な羽虫って何だよ。

 そう机の上に大量に食べられて空になった、プッツンプリンの器を見ながら俺は歯をガチガチ鳴らし、固まりながらそう思っていた。

 

「イオンとネロの俯瞰視点。これでそう言った塵屑共とこれ以上結ばれない可能性を手繰り寄せてもらうの。これはオウカも容認済みだし、私も納得してるよ。早く死ねばいいのにって思う気持ちは別だけど」

「なるほどねぇ……。それでイオンとネロも容認したって訳ね。でも、それでシアンはいいの? GVの事が独占できなくても。それに、イオンは確かハーレム展開嫌ってたわよね? そこの所どうなのよ」

「大丈夫だよ? だって、()()()()()()()()()()()()もの。それにイオンなら大丈夫。ちゃんと話し合いも済ませたから」

「なら問題無いわね。でも……時間が解決? ちょっと詳細を聞かせてもらってもいい?」

「うん。具体的には――」

 

 おいおい、遂に塵屑共って言い始めちゃったぞ。

 っていうか、そんな密約交わされてたのかよ!

 これ、少し離れた別の部屋に居るGV本人は把握してんのか?

 ともあれ、これ以上この会話を聞くと、俺の精神が持たねぇ。

 早くここから逃げねぇと。

 

『はいはい、今の会話は忘れて貰うわよ。デルタ』

 

 俺の後ろから、モルフォのそんな声と同時に俺の意識は薄れ――

 気が付いたら、何も覚えていない状態で意味深に微笑んでいるキャスの太ももを枕に横になっていたのであった。

 

 

 

車椅子ブースターvsショッキングカート

 

 

 ショッキングカート。

 それは一言で表せばジェットエンジンの付いたショッピングカートだ。

 元々これは俺の失われていた記憶をショック療法で呼び覚ます為に出来たアイテムで、そのやっつけ感溢れる見た目とは裏腹に、凄まじい速度と安定性を持つ。

 そして試してみた結果は……思い出したくない程のトラウマを植え付けられる結果に終わってしまった。

 これ以外にも色々と俺の記憶を呼び覚ますアイテムは作られていったけど、インターディメンドが解除された事で記憶は戻り、これらはもはや無用の長物になる筈だった。

 

「では、改めてルールを確認します。一度目はデルタ様が()()()()()()()()()に、その後、アムネシアの雪*1でその恐……記憶を忘れさせ、二度目にサーリ様が作成されたショッキングカートに乗り、互いに一定距離走らせて、より早く気絶させた方の勝利と言う事で宜しいですね?」

「僕としては問題無いよ、ノワ」

「……俺は問題大ありだよ! コンチクショウ!!」

 

 切欠はサーリが、アキュラと彼の後続でいつの間にか来ていたノワと言うメイド服を着た女性に対してこのアイテムを見せた事が始まりであった。

 その後、ノワも何処からともなく改造された車椅子――車椅子ブースターを取り出し、サーリと意気投合。

 と、ここまでは問題無かったのだが、俺が出したとある話題が切欠で状況が変化した。

 今にして思えば、本当に迂闊な事を言ったと心から反省したい。

 端的に言えば、「どっちの方が性能がいいのか?」と言う物だ。

 それを切欠に話は妙な方向へと加速。

 ルール作りからコースの条件等があれよあれよと理詰められ、構築された。

 その内誰がこの二つに乗って検証するのかと言う話となり……

 気が付いたらこのザマとなっていた。

 俺は周りに助けを求めていたが、キャスは知らない間にサーリとノワによって買収済み。

 ロロも、そしてノワと同じタイミングでこちらに来ていたアキュラの妹のミチルもノワに言いくるめられていた。

 そして、最後の良心とも言えるアキュラは最初は反対してくれていたが、この場に居た俺以外の全員に言いくるめられ……今の様な状況となっている。

 

「ゴメンねデルタ。骨はちゃんと拾っとくから」

「……すまん、後で埋め合わせは必ずしよう」

「ごめんなさい。あんなに楽しそうなノワを止めるのはちょっと出来なくて……」

『僕もだよ。あんなに楽しそうなノワ、初めて見たよ』

「では、そろそろ始めましょう。デルタ様、お覚語は宜しいですか?」

「宜しくねぇよ!」

「では、始めようか。エンジン点火!」

「おい、人の話を……! うぉああああああああああああぁぁぁーーーーー……」

 

 車椅子に特殊な紐で縛られた俺の後方にあるジェットエンジンに火が灯り、車椅子ブースターは陸を、悪路を、空を駆ける。

 っていうか、これ()空飛べんのかよ!!

 そう思いながらも何とか意識を保っていたのだが、やがて俺はその恐怖に意識を失って――この対決その物を忘れていた。

 俺はこの記憶の空白についてその場に居た全員に尋ねたのだが、皆は沈痛な面持ちをしながらノーコメントを貫いていたので、結局俺は分からず仕舞いなのであった。

 

 

 

悲しみを打ち消す奇跡のパーツ

 

 

 今俺の居るこの場所は「ネィアフランセ」と呼ばれる場所で、一言で言えば料理店だ。

 そこで俺達はアルシエルに居るアヤタネから貰ったレシピの一つを作成していた。

 そのレシピは四つの「パーツ」に加え、それを組み合わせて出来た完成品が記載されていた。

 そこで、俺達はその四つのパーツの内の一つを作成する為に、ここに来ているという訳だ。

 それで、色々と試行錯誤を繰り返し、その過程で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()や、()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()等も作成され、遂に完成までこぎつけることが出来た。

 そして、出来たそのパーツが、今俺達の目の前にある。

 そう、目の前に、あるんだが……

 

「ネイさん……そりゃねぇよ」

「な、何よそれ!! もっと何か言う事無いの!? 出来立て熱々の、こんな完璧な()()()()を前にして何て事言うのよ!」

「いや、それがおかしいんだよ! 何で()()の肉じゃがが出来るんだよ!?」

「確かこれって、()()()()()()()()()()()()()()()なんでしょ? こんな食べ物、どう使えって言うのよ」

「さあ? それはサーリとアキュラの作業だから、私には分からないわ」

「二人共ぜってぇ困ると思うぞ? こんな普通の肉じゃがを渡されたら……」

 

 そう、これは「とある物」を作成する為に必要なパーツなのだ。

 材料だって滅茶苦茶色んな素材を多く使ってるし、アルシエルでしか調達できない材料「銘菓オボンヌ」だって使ってるって言うのに。

 それなのに、出来た代物が肉じゃが。

 しかも普通の。

 意味分かんねぇ。

 見て見ろ、アキュラとロロも完全に固まっちまってるじゃねぇか!

 最近手伝いに来てくれるようになってネイさんの調合で出来た代物に耐性ができ始めたと思ったらコレだもんなぁ。

 気持ちは嫌と言う程良く分かるぜ。

 

『……え? 何で? 何で材料にお菓子が含まれてるのに肉じゃがが出来るの!? おかしいよ、アキュラ君!』

「しっかりしろロロ! そもそも、パーツの材料に食べ物が含まれている事に疑問を持て! 大分この店に毒されてきているぞ!!」

 

 途中からパーツ作成の手伝いに来ていたアキュラとロロも、この惨状に混乱しているみたいだ。

 気持ちは分かる。

 嫌と言うほどわかる。

 何しろ、最初に手伝ってくれた時もおもいっきり頭抱えてたもんなぁ。

 ……それは兎も角、あれだ。

 

「しっかし、いい匂いだな。何か、腹減ってきちまったよ」

「せっかくだし、味見して見ない? 冷めたら勿体無いでしょ」

「……おい、「それ」を食べるのか? それが出来るまでの過程で出来た代物が何であったか忘れたのか!?」

「そうだな。ほら、キャスも食おうぜ」

「そ、そうね……。それじゃ、いただきまーす」

『ためらいも無く逝っちゃった!?』

 

 俺達は肉じゃがを口に含み、丁寧に咀嚼した。

 

「……美味しいわね」

「ああ、ご飯が欲しくなってくるな」

「後、味噌汁もあれば完璧ね。いい感じに芋に汁が染みこんでて、凄く美味しいわ」

 

 ……うん、普通の肉じゃがだ。

 あの食えるか食えないかが分からない料理をよく作るネイさんが作った物とは思えないほど普通だ。

 

『……アキュラ君、この人達、何であんな材料で出来た肉じゃがをそのまま食べれるの?』

「……何でだろうな。少なくとも、俺には分からん」

 

 ……?

 アキュラもロロも何言ってんだ?

 ネイさんの出す料理でちゃんと食える代物何て貴重なんだから、喰えばいいのに。

 まあ、不満が無いって訳じゃあねぇんだけどよ。

 

「……でも、飛び抜けて美味しいってレベルでもねぇよな?」

「そうね、普通の肉じゃがって感じね」

「何言ってるのよ。肉じゃがは高級料理じゃ無くて、一般家庭の料理なのよ? そんな料理が驚く程美味しかったら食卓で一品だけ浮いちゃうでしょ?」

「……言ってる事はまともなのは間違い無いのだが……お前達、分かっているのか?」

『完全に頭から抜けてるけど……そもそもそれ、パーツの一つだよね!? 何普通に食べてるのさ!』

 

 そう言えばそうだった。

 いやぁ、ネイさんが真っ当な料理作るのって久しぶりだったから、つい忘れる所だったぜ。

 ともあれ、無事にパーツの一つが出来上がったんだ。

 後は、これをサーリに渡すだけだ。

 一体どんな代物が出来上がるんだろうなぁ。

 アキュラも手伝ってくれるって言うし、楽しみだぜ。

 

『サーリちゃんとアキュラ君、間違いなく苦労しそう……。この世界、ガンヴォルトから聞いてたけど、絶対変だよ。僕の辞書(メモリー)、おかしくなりそうだよ……』

「……俺はこれを材料にしなければならないのか……。この世界の物理法則は一体どうなっている……。答えてくれ、神よ……」

 

 そう言いながら途方に暮れているアキュラとロロを見ながら、俺達は半端分の肉じゃがの残りを頂くのであった。

*1
一言で済ませれば記憶消失薬。消したい記憶に想いを込めて吸い込むと、その記憶が消える。他人に向けて消したい記憶を念じて消す事も可能。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第十二話

今回はロロ視点です。


「ロロ」と言う存在

 

 

 僕は今、アキュラ君とミチルちゃんと一緒に「クオンターヴ」と呼ばれる街にあるサーリちゃんの工房「ノエリア・ラボラトリーズ」と呼ばれる所に居る。

 ここで僕は、アキュラ君から定期メンテナンス作業を受けていた。

 そんな様子を、ミチルちゃんは微笑ましく見つめて、サーリちゃんは興味深そうに観察していた。

 

「ふむ……こうして見ると、やっぱり僕達の世界と比べて機械構造が全然違うね。実に興味深い」

「俺も同じ意見だ。この世界は俺達の世界とは違って、真空管が発達しているのが理由の一つなのだろう。……これで良し。ロロ、調子はどうだ?」

『うぅ~ん。アキュラ君、相変わらずのテクニシャン……zzz』

「ロロ、アキュラ君が呼んでるよ?」

『うん? あぁ、アキュラ君ゴメンね。えっと、ちょっと待ってね……うん、システム、オールグリーン! 今日も僕は元気いっぱいだよ!!』

「そうか」

「良かったぁ! ロロ、今日も街の復興、頑張ろうね!」

『うん! ジャンジャンバリバリ、頑張っちゃうよ~』

 

 アキュラ君のメンテナンスのお陰で、今日も僕は元気いっぱい!

 ミチルちゃんの笑顔で更に倍!

 うん、今日も一日頑張ろう!

 それにしても、アキュラ君ってば、「そうか」の一言で済ませるなんて、相変わらず返事は素っ気ないなぁ。

 こう、もうちょっと何かしら反応してくれればいいのに。

 ……でも、最近見せてくれるようになった今アキュラ君が浮かべてるほんの少しの笑顔が、僕には嬉しい。

 少し前のアキュラ君は、表情もあまり変わらなかったから……。

 

「そういえばアキュラ、このメンテナンス中に行っていたロロのFFTスペクトラムに対する解析で、実に興味深い事が判明したんだ」

「興味深い事?」

「……ロロ、FFTすぺくとらむ? ってどういう物なの?」

『えっとね、ミチルちゃん……。簡単に言うと、個人情報の詰まった物凄く細かいQRコードみたいな物……かな』

 

 そう、僕はこのメンテナンス中、サーリちゃんに僕に対するスペクトラム解析をお願いされていた。

 アキュラ君もこの世界特有のこの解析方法に興味を持った為、この場に居た皆はそれを了承し、僕のメンテナンスと並行して解析が進められていた。

 それで、肝心のその内容なんだけど、それはこの場に居る全員が驚く結果だった。

 うん、僕も最初に聞いた時は本当にびっくりしたよ。

 

「うん、これは本当に興味深い事だよ! 何しろ、ロロから()()()()()()()んだから!!」

「……何だと。それは確かなのか、サーリ」

「この精神波スペクトラムを見てくれ。この波長は魂を持つもの特有のものだよ。そう、想いを込められただけの波長とは、明らかに違うんだ」

『え……僕に……魂?』

 

 この世界では魂の観測が実現されている。

 それ所か、人間の身体から魂を取り出して閉じ込めたり、別の人間の魂を空いた身体に居れたりも出来る。

 ちなみに、前者を体験したのがネイさんで、後者を体験したのはイオンちゃんだね。

 まあ、これは二人の相性がそれだけ良かったって言う事なんだけど。

 っとと、話が脱線しちゃったね。

 話を戻さないと……。

 

「うーん……。私には良く分からないけど、サーリちゃん。それって凄い事なの?」

「凄いなんて物じゃないさ!! 何しろ魂があるって事は、()()()()()って事なんだ!! これは一種の、生命の創造だよ!! それに、ロロは僕達と()()()()()()()()()()ほぼ完璧なコミュニケーションを可能としているんだ。シャールやジェノムだったら兎も角、それをロボットで実現してるロロは、本当に貴重な存在なんだ!」 

 

 この話を聞いて、僕は以前、ガンヴォルトに「人間らしい」と言われた事があった事を思い出していた。

 あの時から、僕は自分が何なのか意識してアイデンティティを確立する為に、自問自答をする機会が多くなっていた。

 それ以外にも、ミチルちゃんやノワ、ガンヴォルトやシアンちゃん、他にもいろんな人の意見を求めた事も有った。

 そして気が付いたら、以前はアキュラ君を経由しないと使えなかった「ラムダドライバ」、所謂波動の力も、Pドール形態の時限定ではあるけれど、僕単独で使えるようになっていた。

 だけど時の流れと共に、もうそんな事は僕の辞書(メモリー)の奥に埋まってしまっていたのだけれど……。

 だから僕は、サーリちゃんに尋ねた。

 

『じゃあサーリちゃん、僕はロボット? それとも……「人間」?』

「……ふむ、難しい質問だね。それを定義する場合、もっと色々と調べたい事が余りにも多い。人間の定義も見直す必要が出てくるだろうね。だけど、今の段階で言わせてもらうなら、僕の意見は――」

 

 ――「人間」だよ。

 サーリちゃんはそう答えた。

 

「……そうだな。ロロはもう、「人間」だ」

「そうだね! ロロはもう私達と同じ「人間」だよ!」

 

 サーリちゃんに続いて、アキュラ君とミチルちゃんも、同じように答えた。

 答えてくれた。

 それが僕には、たまらなく嬉しい。

 今の僕がPドール形態になっていたら、間違いなく顔がくしゃくしゃになってるって確信できる。

 そっか……僕は「生きて」いて、「人間」なんだ。

 そう自覚し、僕はこの瞬間、初めて「ロロと言う人間」としてのアイデンティティを確立するのであった。

 

 

 

シャール達と歌おう!

 

 

 シャール。

 それはかつて存在した惑星「シャラノイア」――後のラシェーラ――と呼ばれる惑星の住民で、中には蝶や天使や悪魔の翼を持って自分で空を飛んだりする子や、人魚みたいな見た目で宙に浮いてたりする子も居たりと様々だ。

 昔色々あってラシェーラ人であるデルタ達と敵対していたけど、今はもう仲直りしているみたい。

 性別は存在せず、その性格はイオンみたいに温厚でのんびり屋。

 おおよそ闘争心や敵対心、嫉妬とは無縁の存在で、こっちが心を許せばあっという間に仲良くなれるんだ。

 だから、僕やミチルちゃんなんかはあっという間に仲良くなることが出来て、今ではもう僕達の世界のお話をしたり、逆にシャール達の居るこの世界のお話を聞いたりも出来た。

 オマケに病気知らずで、賢いし、色んな事もどんどん覚えていくんだ。

 例えば今みたいに――

 

『ちょっちょっちょっ もう待てない♪』

「「「「待てない♪」」」」

『ス・ト・レ・ス 無限大♪』

「「「「無限大♪」」」」

『「「「「ラ・ラ・ラ・ララ歌って、ここ! から! また! 終わり(ゴール)始まり(スタート)くりかえし!!」」」」』

 

 こんな風に、歌を一緒に歌ったりも出来るんだ。

 まあでも、シャール達は歌どころか、詩魔法も自前で謳える凄い種族なんだけど。

 ちなみに、この歌のタイトルは、()()()()()()()()()んだよね。

 いくつか候補はあるんだけど、最終的に「ストレスアラーム」か、「ストレス☆アラーム」の二択に絞られてるんだ。

 ……うーん、ノワが言うにはこの「☆」の有無が重要らしいんだけど……これってそんなに重要なのかなぁ?

 話を戻すけど、切欠は僕が自分で作詞作曲してたこの歌を、ミチルちゃんと一緒に歌ってた所を目撃されてた事なんだ。

 それを知ったシャールの子の一人がジェノメトリクス経由で仲間に僕達の事を知らせた結果、こうやって歌を皆で歌う日が設けられるようになったんだよね。

 

『「「言葉ひらひらと(くう)に舞い♪ 目線(めっせん)ゆらゆらお・ぼ・つ・か・ないなぁ♪」」』

『「「(あったま)の中はいつでもモヤ♪ そ・んな毎日送ってる♪」」』

『「「「「目覚めさせーて悪夢(あーくむ)の日々♪ ジリリジリリジアラーム♪ だるいつらい(ゆー)うだけなら、変わるわけがないダメダメダメダメだぁ!!」」」」』

 

 それが続いた結果がコレ。

 今、僕達の周りには沢山のシャール達に加え、アキュラ君にノワ、それににデルタ達等の顔見知りも多く居て、ちょっとした規模のライブみたいな状態になってるんだ。

 それでもって、その舞台には僕にミチルちゃん、それに有志のシャール達に加え、楽器担当にシアンちゃんにモルフォ、それにガンヴォルトと言う、僕達の世界から見ればある意味とても豪華なメンツが揃ってる。

 

『空は晴れ ピーカンー☆』

「「「「ピーカンー☆」」」」

飛行機(ひこおーき)も 尻尾(しーいっぽ)を伸ばすぅー♪』

「「「「伸ばすぅー♪」」」」

『泣けるー日も 来るけどぉー♪』

「「「「来るけどぉー♪」」」」

『傘もーある どこーでもー行けるぅー♪』

「「「「行けるぅー♪」」」」

 

 お陰で、この場に居る僕達は今、最高の一体感と言うべき物を感じてる。

 今まで感じた事もない、心地よい一体感を。

 ここに居る皆が笑顔で、心から楽しそうに歌ってるのが伝わってくる。

 この僕達の居る新生ラシェーラの星も、歌っている様な感じまで伝わってくる。

 最近、僕は僕と言う人間としてのアイデンティティを得ることが出来たお陰か、とても素直な気持ちで歌を歌えるんだ。

 前はどこか迷いもあって、自信もあんまりなかったんだけどね。

 

『ちょっちょっちょっ 早くしてよ♪』

「「「「早くしてよ♪」」」」

『ス・ト・レ・ス 吹き飛ばせ♪』

「「「「吹き飛ばせ♪」」」」

『「「「「ラ・ラ・ラ ララ歌って、ここ! から! また! おやすみおはようエンドレス!」」」」』

 

 そして、このライブが切欠で、僕と一緒に歌ってくれたシャールの一人と友達になることが出来たんだ。

 その子の名前は「ライズ」ちゃん。

 最初に見た時は、すごく印象に残ったなぁ。

 何しろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()してたし、翼も()()()()()()()()()()をしてたからね。

 性格は他のシャールの皆と同じように温厚でのんびり屋。

 と、ここまでは普通のシャールの子と同じなんだけど……。

 このライブの後で分かった事なんだけど、シャールとしては珍しく、()()()()()()()()()()みたいなんだよね。

 でも、こうやって普通の歌を歌う分には問題無いんだけども。

 

『「「大人(おーとな)ふーらふら街さまよい♪ 世間(せけん)くらくらめまいが――」」』

 

 過去に何があったのか分からないから気になるけど、今は思いっきり歌って楽しむ事に専念しよう。

 ライズちゃんと僕達はまだ友達になったばかり。

 詩魔法を謡うのが嫌いな理由だって、その内話してくれるはずさ。

 その理由が何であれ、その時は必ず僕は手を貸そう。

 ライブが終わってミチルちゃんとハイタッチしているライズちゃんを見ながら、僕はそう決意したのであった。

 

 

魔改造ロロちゃん

 

 

 沈んでいた意識が浮上していく。

 各種データチェック開始。

 ABドライブ、及びUSドライブ――問題無し。

 各種センサー――問題無し。

 全P(プログレッシブ)-ビット――問題無し。

 EXウェポンミラーリング――問題無し。

 詩魔法媒体「グラスノ結晶*1」、「アーデル結晶*2」、「パラメノ結晶*3」――問題無し。

 うーん。

 後は……っと。

 うん、その他諸々、問題無し!!

 

『システム・オールグリーンっと。おはよう、アキュラ君』

「……どうだ、ロロ? 今回は思い切って色々と部品を新しくしたり、新機能を追加してみたのだが」

『少なくとも、僕の主観的には物凄く頭がすっきりしたなぁって感じがするのは確かだよ、アキュラ君』

「それは良かった。僕も手伝った甲斐があるってものだよ」

「そうだね、サーリちゃん。私も久しぶりに、こんな本格的な作業が出来て、楽しかったよ♪」

 

 今回アキュラ君の研究施設で行われた僕のオーバーホールと新機能実装の為の改良。

 最初はアキュラ君一人でやる予定だったんだけど、たまたまお客様として来ていたサーリにイオンが見学も兼ねて協力してくれたんだ。

 

「サーリ、イオン。ロロのオーバーホールに協力してくれて、感謝する」

「いいさ。僕の方だってアキュラには沢山手伝ってもらったし、これでやっと借りを返せたと肩の荷が下りた心境さ」

「私、ロロちゃんの事ずっと色々と気になってたの。どんな動力源が使われてるんだろう、どんな原理で宙に浮いてるんだろうって。お陰で大分勉強になったよ」

 

 それで、まず僕の新たな新機能を紹介するよ!

 先ずは一つ目、詩魔法の実装。

 以前はミチルちゃんと一緒じゃ無いと詩魔法は使えなかったんだけど、向こうの世界で手に入った「グラスノ結晶」「アーデル結晶」「パラメノ結晶」、「超伝導デンドロビウム*4」を組み合わせる事で、僕にも収まるくらい超小型の詩魔法媒体の作成に成功したんだ!

 他にも、シャールみたいに「同調」する事も出来るようになったのは、思わぬ収穫ってやつだよね。

 二つ目はスペクトラム解析機能の追加。

 これは既存のパーツをちょちょいと弄って如何にかできたみたいだね。

 これのお陰で、より情報取集が効率化するし、仮に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ!

 うん、ここまでは僕も諸手を挙げて喜べる新機能だったんだけど、最後の三つ目で暗雲が立ち込めてきたんだ。

 それで、その三つ目の機能なんだけど……。

 

『ダメだよアキュラ君。そんなの、僕に差し込まれたら壊れちゃうよぉ……』

「大丈夫なはずだ。俺を信じろ、ロロ」

『アキュラ君……でも、僕……怖いよ。……あぁ!! ダメぇ!!』

「……そんなに怖がることは無いだろうに。そう思わないかい、イオナサル? ……どうしたんだい? そんなに顔を真っ赤にして」

「な、何でもないよ、サーリちゃん! でも、ロロちゃん、そんなに怖がる事なんて無いのに……何が怖いんだろう?」

「試験的にとは言え、T()x()B()I()O()S()()R()N()A()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を追加したからね。異なる世界のメカニクス。バックアップは取ってあるとは言え、何がどうなるか分からないから、ロロが怖がるのも分かるよ」

「一応、私達の世界の物と互換性は持たせてあるはずだから、大丈夫だと思うんだけど……」

 

 そう、三つ目は「TxBIOS」と「RNA」と「カソード」が装備できるようになった事。

 まず初めにTxBIOS、RNA、カソードから説明させてもらうけど、簡潔に言うと、RPGで言う所の武器や防具に該当する機能を持つ機械パーツなんだ。

 まあ、僕からしてみれば拡張機能って言った方が近いのかもしれないけど。

 とまあ、ここまでは良いんだ。

 互換性があるって言うのも、問題は無い、寧ろ大歓迎だったんだ。

 最初の内はね……。

 だけど、そんな僕でもお断りしたい事実が分かったんだ。

 

『こんなゲテモノRNA、僕に差し込まないでよ! 他のRNAは問題無かったんだからいいじゃないか!!』

「……仕方があるまい。お前の身に関わる事だ。妥協は出来ん」

『妥協してよ! そんな()()()()()()()()()()R()N()A()なんて差し込まれたら、僕、汚れちゃうよ! 初めてが触手プレイだなんて、僕は嫌だよ!!』

「触手プレイだなんて……。ロロちゃん、何所でそんな言葉を覚えたの?」

 

 そう、そんなTxBIOS、RNA、カソードに「ゲテモノ」と呼べる物だったり、見た目が物凄く恥ずかしい物が存在しているって事が!

 今アキュラ君が持っている触手……RNAは「モラスクの素肌」って名前のRNAで、「敵の攻撃を受け流し、衝撃を和らげる効能を得る」効果を得るんだけど、肝心の見た目が問題なんだ。

 一言で言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()状態なんだ!!

 しかもこの触手、製作者のタットリア*5曰く、「生きてる」みたいなんだ。

 

「……? 何を言っている。別にRNAを差し込むのは今回で初めてではあるまい。さあ、観念して受け入れろ、ロロ」

『そう言う意味じゃ無くて……。あぁ、ダメ、だめぇぇーーー……』

「まあ、モラスクの素肌に対してのロロちゃんのあの反応は、正常だって私は思うよ……。それに、ロロちゃんの体格だと、装着した途端触手塗れに……」

「……下手をしたら、各種センサーに異常が出る可能性があるね。アキュラ、ロロにそれを付けるのはやめよう。それは物理的に問題が起きそうだからね」

「……言われてみればそうだな。このうねうねした物がロロに絡みつくと、ミッションに支障が出るのは避けられんだろう。分かった。これは取りやめよう」

『……全く、アキュラ君はもうちょっと乙女心を理解してくれないと、困るよ! 危うく僕、全身触手塗れになる所だったんだからね!!』

 

 だけど、別の意味で取り付けるのをやめて欲しいRNA、TxBIOS、カソードが出て来て僕はまた大変な思いをする事になるんだけど、それはまた別のお話。

*1
想いを物理的エネルギーへ変換する事に特化した結晶。惑星アルシエルでのみ偏在する「唄石」を製錬する事で得られる。

*2
グラスノとパラメノを機能させる為に必要な、惑星アルシエルで確認されている結晶。アルトネリコ第一増幅塔でも使われており、主にエネルギーの逆流防止に使用されている。因みに、第一増幅塔で使われている結晶は、通称「氷の瞳」と呼ばれている。

*3
想いの力を結晶内にエネルギーとしてため込む事に特化した石。惑星アルシエルでのみ偏在する「唄石」を製錬する事で得られる。アルトネリコ第一増幅塔に存在する「原初のオルゴール」にも使われている。

*4
カノンが丹精込めて育てた花。一部で洋ランとも呼ばれ美しく愛好されているが、茎の部分がエネルギーを欠損する事無く伝える「超伝導」の効能を持つことが分かり、人気を得るようになった。

*5
シャラノイアの村である「ほのかの」で薬師庵「くるりんてん」を営むシャールの子供。外見、性格は少年のそれだが、シャールである為に性別は無い。動物型のジェノムであるヴィオと行動を共にしている。一応性知識は持ってはいるのだが、肝心な部分においては純粋な為、話がかみ合わなくなる事もしばしばある。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。





・ライズちゃんについて
アリスちゃんに続いてのオリキャラで、見た目は今回のお話の説明通りの外見をしています。
正体について察しの付いている人は居ると思います。
仮にわからなくても、更新が続けば判明します。
今回は顔見せ程度の出番。


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第十三話

今回はアキュラ視点です


VSデルタチーム

 

 

 俺はPLASMA本部へと足を運び、そこでたまたま実践訓練の最中であったデルタ達を見つけ、近況を話したのち、個人的な興味もあり、その場に居た責任者と話を通した後、その様子を見学していた。

 そして、今見学しているのは詩魔法が使える「紡ぎ手」と、それを守る「守護者」によるペアで構成された特殊部隊「ジェノメス」同士の模擬戦闘の様子だ。

 紡ぎ手は守護者を信じ、詩魔法を紡ぐ。

 守護者はそんな紡ぎ手を信じ、その身を挺して紡ぎ手を守る。

 彼らの戦い方を簡潔に表すとこの様な感じとなる。

 こうして訓練を見る限り、生半可な皇神兵では数を揃えても、ここに居る平均的な守護者単独相手でも歯が立たないだろう。

 これに紡ぎ手も加われば、宝剣持ち能力者相手でも善戦出来ると俺は踏んでいる。

 中でもやはりと言うべきか、デルタとキャスのペアが抜きん出て優秀だ。

 この二人ならば、宝剣持ちの能力者も十分打倒できるだろう。

 そう考えていた時、丁度訓練を終えたデルタ達が、此方へと足を運んできた。

 

『お疲れ様、デルタ、キャスちゃん。はいこれ。アキュラ君お手製、特性ジュース。疲れた体によく効くよ!』

「おう、助かるぜロロ」

「ありがとう、ロロ。んく……あら美味しい。それに、疲れも程よく取れていい感じだわ」

「んく……おぉ、本当だ! こりゃあいいぜ。なあアキュラ、これはどうやって作ったんだ?」

「……「ポックリスエット*1」を薄めて味を調えただけだ。大して手間はかかってはいないぞ」

「……マジかよ。よくあんなゲロマズジュースをこんなウマイ物に出来たな」

「アレは元々、漢方薬、薬草等を合成して濃縮させたものだと聞いていたからな。ならば薄めて味を調えれば問題は無い」

「ねぇ、そのレシピ後で教えて貰ってもいいかしら? 私達、アレの在庫を大量に抱えてるのよ……」

「……そうか、時間が出来たら用意しておこう」

 

 そんな風に他愛の無い会話を続けている内に、話は戦闘談義へと変わっていった。

 主に互いの武装の話、戦い方、意識して居る事等だ。

 そうして話している内に、自然と俺とデルタ達との模擬戦の流れが出来上がった。

 俺自身、実際にデルタ達に機会があれば手合わせをしてみたかったのだ。

 一対一での経験はあったが、キャスの居る状態での模擬戦は機会が無かった。

 だからこそ、実際に体験して見なければその本質が分からない。

 それに、こう言った事を切欠に研究のアイディアが出来たりする物なのだから。

 

「準備はいいか? キャス」

「勿論よ。デルタ、何時も通りお願いね」

「おう。……こっちは準備できたぜ、アキュラ。そっちはどうだ?」

「少し待ってくれ。ロロ、準備はいいな?」

『勿論! P–ビット、展開するよ!』

 

 ロロの合図と共に展開されるP–ビット。

 それと同時に俺は既に準備が出来ていたデルタ達に構えながら相対する。

 

「待たせたな。こちらは何時でも始めて構わない」

「おう。それじゃあ……行くぜ、キャス!」

「ええ! ……さあ、始めるわよ!!」

 

 キャスの詩魔法「クァンタムノヴァ」の展開が模擬戦の合図となった。

 先ずは様子を見てデルタに対して攻撃を仕掛ける。

 紡ぎ手であるキャスの居るデルタがどの程度なのか自身で体感する為に。

 これまで、デルタとは組手と言う形だったり、一対一での模擬戦の経験はあった。

 実際に、その腕前は大した物であった。

 年齢や体格差もあるだろうが、単純な身体能力では明らかにデルタが上で、単純な戦闘能力ではアシモフともやり合えるだろう。

 装備もサーリによって作られた合体変形機構を持った「エネルギートンファー」で、攻防共に隙がない。

 とは言え、これは真っ向から戦った場合での話だ。

 

「チィ! 分かっちゃいたが、動きが早すぎる!!」

 

 ヒット&アウェイを心がければ、そうそう後れを取る事は無い。

「ヴァイスティーガー」の高速機動、そして「ボーダーⅡ」から放たれるフォトンレーザー、そしてEXウェポンがあれば、負けはしない。

 その後、様子見を辞めてキャスにも攻撃を仕掛ける機会を増やし、ある程度の時間が経った。

 それでも尚、デルタはまだ俺の攻撃をキャスに一度も通してはいない。

 今では防戦一方ではあるが、臨機応変にバリアを展開し、トンファーを盾に的確にキャスを護っている。

 これでインターディメンド有りの時よりも戦闘力が落ちていると言うのだから大したものだ。

 それにしても、そろそろ動きが鈍ってもいい頃合いだと思っていたのだが、その気配が一向にないのが気がかりだった。

 そうして戦闘を続けている内に、デルタの動きが変わった。

 守り一辺倒だった状態から、けん制射撃が飛んでくるようになったのだ。

 そして、それだけでは無い。

 

『アキュラ君! キャスちゃんから攻撃が来る!』

「……っ!」

 

 詩魔法詠唱中のキャスからデルタの攻撃に合わせた追撃が放たれる。

 それだけでは無く、俺の足元に魔法陣らしき力場が展開され、爆発を起こし、俺の動きを止める。

 その隙を突き、デルタは待ってましたと言わんが如く、両腕のトンファ―を合体させ、一つの巨大なエネルギーによる大剣を作り出し、振り下ろした。

 幸い、これはカゲロウで回避する事は出来た。

 

「チィ! カゲロウって敵に回すと厄介極まりないぜ!」

(……おかしい。何故体力を消耗していない)

『アキュラ君! キャスちゃんからデルタへのエネルギーの流入の増加を確認! それと同時に体力も回復してるみたい!!』

「これがジェノメスの強みって奴だぜ、アキュラ! 俺がキャスを信じている限り、キャスが俺を信じている限り、負けはしねぇ!」

 

 後になってサーリから聞いたのだが、この時起こった現象は、デルタとキャスの同調率を示す「ハーモニクスレベル」が増加した事で発生している。

 これにより、詩魔法の効果が引き上がり、守護者は紡ぎ手から得られる加護が増すのだと言う。

 おまけに先ほどの追撃や、魔法陣によるサポート攻撃の頻度も上昇し、その威力も向上する。

 つまり、長期戦になればなる程力を増していくという事……!

 

(今はまだ余裕はあるが、このまま更なる長期戦にもつれ込めばこちらが息切れをする。それにストライクソウでも、H-ブレイザーでも、あの守りを突破するのは厳しい。詩魔法である以上、ガンヴォルトの時の様に相手の力を利用する事も出来ない。……今後の課題が見えたな。とは言え――)

「動きが鈍った……! 今だ、キャス! ブチかませ!!」

「判ったわ、デルタ! 見せてあげる……全力全開よ!!」

 

 ――勝ちを譲るつもりは無いが。

 俺はあえて動きを鈍らせ、隙を作り、詩魔法の発動を促した。

 キャスから放たれる詩魔法の輝きが迫って来る。

 それを俺は辛うじて余波を掠めながら回避し、その隙を突いてキャスに対してボーダーⅡを突きつける。

 

「あっちゃ~……。あの動き、誘われてたのかよ」

「そう言う事だ、デルタ。……俺の勝ちでいいな?」

「そうね。悔しいけど、私達の負けだわ。いいわよね、デルタ?」

「そうだな。俺達の負けでいいぜ。実際、誘われちまった時点で勝負ありみたいなもんだしな」

 

 と、二人は負けを認めてくれていたが、俺自身もデルタにトンファーを突きつけられていた。

 それでも負けを認めてくれたのは、カゲロウによって回避される事が分かっているからなのだろう。

 今回は俺が勝つ事が出来たが、次はどうなるか分からない。

 向こうだって、母胎想観戦で使用していた詩魔法を温存している為、まだ本気ではないのが伺えるからだ。

 俺はデルタ達に礼を言ったその翌日、例のレシピを渡した後にロロに更なる改良を施す事を決意するのだが、それはまた別の話となる。

 

 

 

第七波動をRNAに転用

 

 

「これで良し……。出来た! 僕達の世界と君達の世界、その合作がね!」

「名付けて「カゲロウRNA」と言った所か」

 

 カゲロウRNA。

 それは装備した人に対して電磁結界「カゲロウ」と同じ挙動を発生させると言う物。

 材料等はこの世界の物のみだが、技術やノウハウは俺達の世界の物が殆どだ。

 

「おぉー! 遂にできたのか!」

「デルタ、何だか嬉しそうね。よっぽど完成を待ちわびてたみたいだけど」

「そりゃあそうだぜ! あの攻撃が透過して、身体が赤くブレると同時に羽が舞い散るあの光景は、すっげぇカッコいいからな!!」

『デルタの中では、カッコイイかそうじゃ無いかか明確な基準の一つみたいだね』

「おう! 男にはなぁ、カッコ良さは無茶苦茶重要なんだぞ! その辺アキュラは分かってるよなぁ。あんな風に透過する際の演出を作れるなんてさ」

「……一つ言っておくが、俺の持つカゲロウは狙ってあのような形になった訳では無いぞ?」

「え、そうなの? 私はてっきり狙ってそう言う演出させてるのかと思ってたわ。ほら、男の人ってこういうの好きでしょ?」

「キャス……それはアキュラに対して失礼だろう?」

「……俺の使っているカゲロウは、元々ガンヴォルトの持つカゲロウを模倣した物だ。同じような形になるのは当然だろう」

 

 この俺の発言を切欠に、ガンヴォルトの――正確には蒼き雷霆(アームドブルー)の能力の簡単な詳細を語る事となった。

 とは言え、デルタ達はそもそも第七波動(セブンス)の知識など無い。

 だから先ず前提としてそれの説明をしつつ、その後に改めて蒼き雷霆の説明をする事となった。

 

「第七波動とは、簡単に言えば超能力の様な物だ」

『炎を出したり、水を出したり、金属を操ったり色々出来るんだ』

「つまり、漫画とかによくある物と考えていいのか?」

「……まあ、詳しく話すと長くなるからな。大体そんな認識で構わない」

「ふぅん……。そんな超能力みたいな力、よく再現出来たわね」

「だが、完全に再現する事は俺でも出来ん。精々原理を解明し、疑似再現するので手一杯と言った所だ。……では続けるが、このカゲロウRNAの元となった俺のカゲロウは、元々ガンヴォルトの持つ第七波動の能力の一部にすぎん」

「マジかよ…」

「奴の能力の名前は「蒼き雷霆」。その能力の内容は、簡単に言えば電子を操ると言う物だ」

「ふむ……それは、電子に関わるあらゆる物を操作することが出来るのかい?」

「そうだな……少なくとも、電気を扱う機械関連はまず手中に収めることが出来るだろうな。対策するならば似たような能力者で対抗する、或いは専用の対策を済ませたプロテクトが必要になる」

「彼はその気になれば、ソレイルを手中に収められるって事か」

「そうだな。だが、奴がそんな事をすると思うか?」

「いや、全然。あいつ、そんな事するような奴じゃあねぇし」

「俺も同意見だ」

 

 そうやって話を進めて行く内に、カゲロウ以外にも第七波動の能力の一部をRNAで再現すると言う流れが出来上がった。

 この事が切欠で近い未来、この再現された能力の機能を持ったRNAが俺達の世界にも普及し、能力者と無能力者との壁が縮まる要因の一つとなるのであった。

 

 

 

悲しみを打ち消す奇跡のパーツ Take.2

 

 

「完成だ」

「これは凄いな……。二人共、これが何かわかるかい?」

「どっかの星ってのはわかるけど、どこかまでかはわからねぇな」

「アルシエルでもらったレシピで作ったんだから、アルシエルじゃないの?」

 

 良かった。

 サーリの事だから、きっとまともな物が出来上がるだろうと信じて正解だったようだ。

 流石にサーリまで「ネィアフランセ」で作られた物と同じような代物を完成させたら、俺は正気を失ってしまう。

 

『それにしては、赤いよねぇ。それに、心なしか地表が荒れ果ててるようにも見えるよ。少なくともアルシエルじゃないのは確かだと思う』

「……ロロは実に目がいいね。そこに着目するのは正しい。そこまでわかるのならば、もう答えは出るはずだよ」

「あ……ひょっとしてこの星……ラシェーラ?」

「言われてみれば……こりゃあ、ラシェーラじゃねぇか!!」

「正解だよ、デルタ、キャス。そう、この映し出されている惑星は僕らの故郷、ラシェーラだよ」

「この星が……ラシェーラなのか」

「そうだよ、アキュラ。……それで話を戻すけど、これはラシェーラの姿を映し出す投影機。名付けるとすれば、「ラシェーラファクター」と言った所かな」

 

 デルタ達の故郷、惑星ラシェーラ。

 この投影機を見る限り、ギリギリの状態であろう様子が見て取れる。

 大地は割れ、クレーターは多く、赤く染まっている事から、もう末期である事が見て取れる。

 が、それは兎も角、気になる事がある。

 それは―― 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! これって、アルシエルで貰って来たレシピで作った物だろ? それなのに、どうしてラシェーラが映し出されるんだよ?」

 

 そう、それだ。

 アルシエルで貰ったレシピで作った物で出来上がったのがコレなのだ。

 デルタが疑問に思うのは当然だろう。

 だが、()()()()()()()()()()()()の事を考えれば、辻褄は合う。

 

「……考えられるとしたら、「()()()」の存在が関係してるんじゃないかな。彼らの祖先は、僕らと同じラシェーラ人だって事は忘れて無いだろう? 当時、彼らの内の誰かが、故郷であるラシェーラを想ってその姿を残したとしてもおかしな事は無いさ」

 

 テル族。

 それは5000年前のラシェーラからアルシエルに降り立った先発隊の子孫にあたる存在だ。

 その当時、アルシエルに存在する未知の病原体によって死に瀕した彼らは、同行していた竜型のジェノムと一体化する事で、新たな存在となり、難を逃れた。

 そして、その竜型のジェノムの名前から、彼らは自身をテル族と定義したのだと言う。

 

「じゃあ、これは5000年前の、ラシェーラ人が作ったレシピ、って事か?」

「レシピを作ったかどうかは定かじゃないが、彼らの想いが何かしらの経緯で込められた事に間違いは無いだろうね。じゃなきゃ、説明が付かないよ」

「……その人達も、やっぱり帰りたいって想い続けてたって事かしら?」

 

 故郷……か。

 今の俺はもう、かつての俺に戻るつもりは無い。

 ミチルも元気になった。

 それに、新たな家族(ロロ)も居る。

 俺も一段落付いたら、母さんに顔を出してもいいのかもしれんな……。

 それに「ボーダーⅡ」も、父さんの遺志を継ぐ必要は無い以上、名前を変える必要があるだろう。

 これを機に、この世界の素材を使って俺の装備回りもロロと同じように改良するのも、悪く無い。

 

「そうだろうけど、ラシェーラが無くなって、宇宙を彷徨う事に比べたら、まだ幸せだったのかも……。いや、そんなのわからねぇか。勝手に決めつけるのはいけねぇな」

『そうだね。仮に戻って来てたとしても、僕達と一緒に惑星創造をしてた未来もあったのかもしれないし』

「そうねぇ……もしかしたら、その時はテレフンケン*2も一緒に居たのかもしれないわね」

「……まあ何であれ、これに彼らの想いが込められているのには違いないんだ。それを無駄にしない為にも、他の材料と見事組み合わせて見せるさ」

「……アレをか?」

 

 話が終わり、視線を移した先に有った代物を見て、俺は現実へと引き戻された。

 ……そうだ、俺とサーリは()()と今回出来た物、そして残り二種類のパーツを組み合わせないといけないんだった……。

 俺が指さしたのは、ネィアフランセで作成された「肉じゃが」だった。

 

「……不本意だけど、レシピに書いてある以上、そうせざるを得ないよ」

『あぁ……いい話で終わると思ったのに、肉じゃがが台無しにしちゃったよ……』

 

 この肉じゃがの存在のお陰で、正直何が出来るのか不安で仕方がない。

 俺はそう思いながら、このラシェーラファクターを見つめるのだった。

*1
飲めばポックリ逝ってしまうと誤解されている飲み物。実際の所、栄養豊富だが余りにも味が悪く、いっそポックリ逝ってしまいたくなる事からこの名前が付いた。

*2
空想生物型のジェノム。嘗て生命エネルギーを完全に契約者に依存するため、前の契約者を失い弱っていたところをイオンに助けられ同調した経歴を持つ。以後行動を共にしており、普段イオンからはテレくんと呼ばれている。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第十四話

今回はシアン視点です


楽しい楽しいお買い物とウェディングケーキ

 

 

 私達がソレイルに来て、暫くの時間が経った。

 フェリオンの復旧やアルシエルとの接触も済んで、その他諸々の用事が一段落が付いて、丁度空いた時間が出来たから、GVを買い物に誘ったんだ♪

 最初は何時もの調子で実体化する前に変装しようとしたんだけど、この世界では電子の謡精(サイバーディーヴァ)の知名度は全く無い事を思い出して、思い切ってそのままの姿で実体化してデート……買い物に行く事にしたの。

 そう、今回はモルフォもお休みでフェリオンでのお買い物。

 GVと寄り添いながら恋人繋ぎをして、私達の世界では見られない色々な物を見て回ったの♪

 この世界特有の詩集やファッション性のある服だったり……。

 そうして歩いている内に、私達はとある看板を発見したの。

 

「あ、GV、ここネイさんのお店じゃないかな?」

「「ビストロ ネィアフランセ」……確かに、ここはネイさんの店みたいだ。どうする、シアン?」

「ん~……。一回行って見てもいい?」

「僕は構わないけど……。怖いもの見たさって所かな?」

 

 いつも通りGVは私の事、何でもお見通し。

 それが凄く嬉しくて、私は腕を絡め、より体を密着させる事で「そうだよ」と返事を返したの。

 それで、そのままお店に入ったら、中にはネイさんだけじゃなくて、デルタ達もここにいたんだ。

 最初は何かあったのかなって思たんだけど、ネイさんの机の前におっきなケーキみたいなのがあって、それが気になったから、恋人繋ぎをやめて三人に話を聞く事にしたの。

 

「「こんにちは、ネイさん、デルタ、キャス」」

「よーし、出来たー! 如何よ二人共、凄いと思わない!? って、GV、シアン、二人共いらっしゃ~い」

「すっげぇ! こんなデカいケーキ、初めて見たぜ! っと、おう、GVにシアンもいいタイミングで来たな! 今丁度、ネイさんがこんなでっけぇケーキを完成させた所なんだぜ!」

「わぁ……」

「これはまた……」

「こ、これって……」

 

 このおっきなケーキ、私の見間違えじゃ無かったら、()()ケーキだよね?

 GVもこのケーキを見て、そう思ってるみたいだけど、どこか警戒しているみたい。

 まあ、画面の向こう側に居た時にデルタ経由で散々()()()()()()所を見てるんだもん。

 GVのこの反応は当然だよね。

 

「早速味見してみようぜ。キャス、そこのナイフ取ってくれ」

「だ、ダメだってば! デルタ、あんた気づかないの?」

「……何がだ? あっ! もしかして、また何かすっげぇゲテモノ料理って事か!?」

「……からかう為に作ったのに、まず説明しなくちゃいけないっていうのが若干テンション下がるわぁ。キャス、教えてあげたら?」

 

 ネイさんのこの反応……。

 何時ものゲテモノ料理じゃないみたい。

 となると……。

 やっぱり、アレだよね?

 

「……こ、これはね、つまりあれよ」

「アレって何だよ? でっかいケーキじゃないのか?」

「確かにそうだけど、もっと特別な時の物で、えっと……た、食べるのが本来の目的じゃないって言うか……」

「ケーキなのに喰わねぇのか!? 食いもん無駄にするのはダメだろ」

「だ、だから! ああ、もう!」

 

 キャスったら、相変わらずの恥ずかしがり屋さんだね。

 うん、ネイさんはこのケーキ、キャスの事をからかう為に作ったのは間違いないみたい。

 GVも内心ホッとしてるのか、警戒するのをやめちゃってるしね。

 それにしてもキャスったら、いい加減素直になればいいのに……。

 

「これ、ウェディングケーキよ! 結婚式で、新郎新婦が入刀するあれよ!」

「…………へっ? う、ウエディングケーキ!? それって、こんなデカかったのかよ!?」

「はぁ……。全く、折角アンタ達の為に作ってあげたってのに、まさか本物を見た事がなかったとはね……」

「どうして俺達の為にこれを作る必要があったんだよ?」

「そりゃまあ……。うん、あれよ。はい、二人共もっと寄り添って並んで。それとこれ、専用のナイフだから二人でしっかりと握って」

 

 あ、誤魔化した。

 やっぱりからかう為だったんだ……。

 これには私もGVも苦笑いだよ。

 

「えっ、えっ!? あ、あの、ネイさん、一体何を……」

「わー、おめでとー! 二人共、末永く幸せにねー!」

「ちょっとちょっと! 何この展開、っていうかそれだと本当に、その……。け、結婚式……。みたいな感じがしちゃうじゃない……」

「どうせ早いか遅いかの違いでしょ? てか、二人共もうチューくらいしちゃってるだろうし」

「してねぇ!」

「してない!」

 

 えー!!

 嘘、二人共キスもまだなの!?

 私達なんて、いい雰囲気になってキスしたくても散々邪魔が入ったのにも関わらず一年で出来たのに。

 って言うか、デルタが小さい時に私達が観測してない間に済ませてると思ってたのに……。

 これには私の中に居るモルフォも苦笑いだよ……。

 

「はぁ!? あんたらいくつよ!? 付き合い始めの子供じゃないんだから、チューもしてないなんて異常よ、異常!」

「い、言いたい放題言って……!」

「ああ、もういいわ。じゃあチューとかそういうのすっ飛ばして、とりあえずケーキ入刀いってみよっか?」

「飛ばしちゃダメでしょ!?」

「じゃあ、ここでチューする?」

「うっ……。そ、それは、ちょっと……。やっぱり、最初はムードとかそういうの、大切にしたいと思ってるし……」

 

 その気持ちは分かるけど……。

 でも、この二人の場合、このままズルズルとそのままな気がするんだよね。

 何か切欠でもあれば、いいんだけどなぁ。

 そう考えていた時、ネイさんが急に私達の方を向いて、何処か怪しい笑みを浮かべた。

 

「じゃあGVにシアンちゃん。ちょっとこのおこちゃま二人にお手本を見せてあげてよ」

「お手本ですか?」

「そうそう。チューの手本よ。こいつら、まさかここまで進んで無いなんて思わなくって。いいわよね、二人共? 貴方達恋人同士なんだし、問題無いでしょ?」

「ちょっ……ちょっとネイさん! 何さらっとシアン達を巻き込んでんだ!?」

「そうよ! そんな事をこんな場所でこの二人がする……訳…………」

「いいじゃない。減るもんでもないし。ってどうしたのキャス? 顔真っ赤よ?」

「ん? 如何したんだ、キャス? そんな顔真っ赤にして固まっちまってよ?」

「あっ……あっ…………シアン、貴女、何やってっ……!?」

 

 あ、やっと気が付いた。

 そう、私はあえてネイさんの要請通り、私からGVにキスをしていた。

 三人に見せつける様に。

 深く、深く……。

 甘く、重く、ねぶるような大人のキスを。

 私達に顔を真っ赤にしながら指を指していたキャスの指先を辿って、デルタ達も私達の様子に気が付いたみたい。

 二人共、キャスと同じように顔を真っ赤にして固まってたのが、何所かおかしかったなぁ。

 とまあ、そんな三人に見られている事等お構いなく、私達の行為は続く。

 互いの舌に絡みつく粘膜の音が静かに奏でられる。

 そうして3分くらい時間をかけて、私達は名残惜しそうに粘膜の糸を断ち切った。

 

「あ……アンタ達何やってんのよ!? ここはラブホ……宿屋じゃないのよ!?」

「ふぁ……。ネイさんがデルタ達にお手本を見せてって言ったからしたのに、どうして怒ってるの?」

「ふぅ……。そうですよネイさん。僕達はネイさんの要請に従っただけです」

「あぅぅぅ……。参ったわ。あたしの負けよ、負け!! ……全く、まさかアンタ達がそこまで進んでるとは思わなかったわ。おネイさん、一生の不覚よ」

 

 うん、上手くネイさんに仕返しすることが出来たみたい。

 本当はもっと長くしたかったけど……。

 あれ以上長くしちゃうと、ちょっと歯止めが効かなくなりそうだったから、我慢しなきゃ。

 

「……あ~、アンタ達、折角だからケーキ食べてく? デルタ達はあんな状態だし」

「あぁ~……。二人には、刺激が強すぎたかな?」

「うーん……。でも、あれくらいしないとあの二人、このまま進展しなさそうだし……。まあ、いいのかな?」

 

 その後、真っ赤に固まったデルタ達を後目に私達はケーキを頂くのであった。

 ……因みに味は珍しく、普通の味でした。 

 

 

キャスとお話

 

 

 今、私はキャスのお部屋である相談を受けている。

 GVはそんなキャスの部屋から離れた位置にあるお部屋でイオンとお話し中。

 流れとしては、まずキャスが私と二人きりで相談したいと誘われた事が始まりだったの。

 それで、GVは当初その離れたお部屋で装備の点検やメンテナンスも兼ねて待機するはずだったんだけど、丁度イオンもこのタイミングで私達と接触。

 それでGVが装備のメンテナンスをする事になっていたから、そっちに興味が行っちゃって、これを機会に向こうもお話をするって流れになったんだ。

 とまあ、向こうのお話はさて置き、今はキャスの相談の話。

 その内容は当然、彼女の大好きなデルタのお話。

 

「デルタが私の事、その……好きでいてくれるって事は分かってるんだけど……」

「素直になれなかったり、恥ずかしかったりで、つい突き放しちゃったり、強がりを言っちゃうんだよね?」

「うん……。それでも、時々いい雰囲気になったりはするのよ? でも……恥ずかしくって……」

 

 キャスは普段は強気で怒りっぽいけど、それはあくまで誤魔化す為の、仮面に過ぎないの。

 それこそ、その仮面を被っていないと、デルタの事が好きすぎて自分を抑えられない程に。

 それで今回の問題となっているのは、その仮面が物凄く強固である事。

 

「キャスは今まで我慢してきたんだから、もう我慢するの、やめていいと思うの」

「我慢するのを……やめる?」

「うん。もうデルタは完全に記憶が戻ってるよ? 今いるデルタは間違いなく、貴女の知ってるデルタ。記憶を失ってる時の、おかしなデルタじゃない」

「…………」

「万寿沙羅*1だって、ルウレイ*2さんの事だって、プラム*3の事だって覚えてる。グレイコフ*4さんから託された願いだって、もうデルタは思い出してる」

「……プラム……お父様」

「それに……もうキャスはデルタに告白、受けてるでしょ?」

「え……?」

 

 そう、アレは確かまだ惑星ラシェーラがまだあった頃にあったコロンの一つ、「情報集約都市アルメティカ」でキャスはデルタから告白を受けていた筈。

 だから後は、キャスが素直になればいい。

 だけど、やっぱり恥ずかしいんだろうなぁ……。

 

「確かアルメティカで言われたはずだよ? 「一生守っていく」って」

「……っ! あ……あぅ……」

 

 その当時を思い出した事で、キャスは今にも倒れそうなくらい顔を真っ赤にして、俯いちゃった。

 ……これはもう、デルタに押し倒して貰わないとダメかなぁ。

 あー、でもデルタって、今まで見てる限り肝心なところでヘタレちゃうんだよね。

 GVみたいにもっとぐいぐい押せば、あっという間だと思うのに。

 それとも……。

 

「いっその事、キャスがデルタの事押し倒しちゃえばいいのかな?」

「んなっ……! そんな事、出来る訳……!」

 

 やっぱり無理だよね……。

 これじゃあ正直、今の段階で二人の進展は発展しそうに無いなぁ。

 となると、外的要因を加えないとダメかな。

 となると……焚きつけちゃおうかな?

 

「でも、そうやって手をこまねいてると、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「え……。そ、そんなはず無いわ! あんなダメ男、私以外に好きになる奴なんて居る訳が……訳が……」

 

 急速に語尾を弱めて行くキャス。

 その反応は、まるで覚えがあるかのよう。

 まあ、私もその辺りは何となく予測は付いてるけどね。

 キャスの事を煽る為に、若干の着色も付けるけど。

 

「例えばネイさん。普段はテキトーな態度してるけど、少なくともデルタは嫌って無いでしょ?」

「……そうね」

「他にもカノンさんもデルタに助けられてるし、最近、デルタを見ると挙動不審になってる時があるの、気が付いてる?」

「…………」

「それに、レナルルさんも今はまだ大丈夫だけど、切欠があれば――」

「ダメぇ! デルタは……デルタは……」

「――うん、分かってるよ。デルタは必ずキャスの事を選ぶ。それは間違い無いよ。でもね……世の中にはね、既成事実って概念があるの」

 

 そう、これをされると男の人は責任を取らざるを得なくなる。

 ネイさん達がそんな事するなんて私も思わないけど、お酒の席だっり、ふとした拍子に優しくされて盛り上がっちゃったりして()()()が起こるなんてよくある話。

 だからそう言った事が無いように、私としては早く二人にはくっ付いて欲しいなって、私は思う。

 

「既成……事実?」

「そう。お酒が入ってベッドに連れて行くって行為だけでも、かなり危ないよ?」

「…………」

「これの厄介な所はね、デルタの意思が何であれ、本人は拒めなくなっちゃう所なの。だからね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は捨てなきゃダメ。そう言った余裕が何処かにあるから、今のままの関係が続いちゃうんだと私は思う。だから、キャスは変わらないとダメ。少なくとも、もっと素直にならなきゃ……ね?」

「……うん」

「その為の協力、私もするから」

 

 そんな時、私は一つの考えが浮かんだ。

 そう、確か素直な気持ちを隠せなくなる()()()()()

 

「早速だけどキャス、「プッツンプリン」って今持ってる?」

「え? ええ。まだデルタが貴方達に操作されてた時に、大量に買い込んでた記憶があるわ」

「じゃあ、まずは――」

 

 想っている事を素直に言葉に出す練習をしようと、私はキャスに提案した。

 キャスは一度食べた事がある為、このプリンの効能を知っている。

 最初は渋ったけど、相手はデルタじゃ無くて私だからと説得し、この練習が始まる事となった。

 そして、その練習の一部始終をデルタに見られてしまう事となるのだけれど、それはまた、別のお話。

 

 

 

悲しみを打ち消す奇跡のパーツ Take.3

 

 

 私達は今、天領沙羅にあるカノン*5さんのお店、「ちゅちゅ屋」と呼ばれる所に居るの。

 ここでは「とある物」を作成する為の四つのパーツの内の一つを作成中で、カノンさんに加え、私、モルフォ、GVも手伝っており、今はカノンさんが仕上げる最後の工程まで済ませた為、私達は一息ついて一休み。

 その工程を途中まで見させて貰った私の予測だけど、あれは何かしらの水晶の形になると思う。

 でも、油断をしちゃいけない。

 何故なら、此処から全く別の何かに変わってもおかしくないから。

 何しろ、サラッと永久機関が出来ちゃうのはよくある事だし、アイスがその場で連結して、そのままヒートシンクになっちゃったりするのがこの世界なんだから。

 そう思いながら固唾を飲んで見守っていたら、カノンさんが完成したと思われる水晶を両手に持って作業場から出て来て、私達に無事完成した事を伝えてくれた。

 

「わぁ……不思議な結晶ですね。これ、中の炎って本物ですか?」

「炎である事に間違いはありませんが、イオナサルが想像している普通の炎とは違いますよ。これはマナフの結晶と言って、命の炎を灯した、不思議な結晶なのです」

「命の炎、ですか? それじゃあ、触っても熱くないと?」

「どうなのでしょう? ガンヴォルト殿、私も実際に触れてはいないので、分からないのです。炎も、結晶を完成させた瞬間に、突然中に灯ったものなので……」

「そうだったんですか……。でも、水晶を触った感じは熱くないし、やっぱり普通の炎とは違うのかもしれませんね」

「折角だから、アタシとしてはこのまま置物として使いたいわねぇ。そう思うでしょ? シアン」

「そうだね、モルフォ。……イオンもそう思うよね? だって、ゆらゆらと儚くて、優しい光がとっても素敵なんだもの」

「えへへ……。私も同じ事思っちゃった。夜とか、部屋の明かりをこれだけにしたら、凄く幻想的な気分になれそうだよね?」

「それは確かに……。何だかそう言われてしまうと、これを材料にするのが、少々勿体無く思えてきますね」

 

 内部に命の炎を灯す球体の水晶。

 空気が入り込む隙が無いのに、時にゆらゆらと揺らめく様子は見る物に静かな感動を与え、儚さと尊さを訴えかける。

 その輝きを放つあらゆる可能性を秘めた赤い炎は何を想い、水晶の中で揺蕩うのだろう。

 ……ふふ♪

 まだ材料には余裕があるし、カノンさんにお願いして、余分に幾つか作ってもらおっかなぁ。

 まあその時は、当然私達も手伝うけどね。

 

「でも……これを使って最終的に、どんなものが出来るんだろ? この時点で凄い物なのは分かるから、それより先を想像できないや」

「そうですね……。やはりこの命の炎が、何かしらの意味を持っているのでしょうか? まあ何にせよ、これで私の出来る事は、終わりです。後はサーリ達に任せるとしましょう」

「そうですね……。サーリとアキュラに任せれば、大丈夫なはず。……だけど」

「だけど?」

「サーリの方は大丈夫だと思うけど、ネイさんの所で何が出来るのか、正直気がかりなんだ。あそこは色々な意味で、魔境だからね……」

 

 あぁー……。

 うん、GVの言う事も分かるよ。

 あそこは色々と混沌としてるから、ちょっとアキュラの事、別の意味で心配。

 時間が合うなら、そろそろネイさんの方のパーツ、出来上がってる筈だもん。

 ……一体何が出来ているんだろう?

 ちょっと、怖いなぁ……。

 そう思いながら、今頃頭を抱えているであろうと予想されるアキュラに黙祷を捧げつつ、私達の談笑は続くのであった。

*1
正式名称は『万寿区万沙羅地区』。まだ惑星ラシェーラがあった頃に存在した街の一つ。

*2
デルタのお母さん。アルノサージュでは登場していないので、今ではもう亡くなっていると思われる。

*3
「超輝工冒険団」の開発担当。メンバーの中ではおとなしいインテリ系の男の子。白鷹の弟であり、万寿沙羅で起きたとある事故によって、瓦礫の下敷きになって亡くなっている。

*4
キャスのお父さん。色々あって、デルタにキャスを託し、キャスに対して自身の最期を予期して「お前は私の誇りだ」と言う遺言を残し、この世を去っている。

*5
かつてイオンと共に皇位継承の儀に臨んだ女性。色々あって今では天領みやげ「ちゅちゅ屋」と呼ばれるお店を経営している。後、おっぱいがでかい。オウカやニケーとタメ張れるか、それ以上にでかい。後、割とちょろい上に精神世界内でイオンにドMを植え付けられた経歴も持つ。くっころが良く似合う。銀髪。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第十五話

今回はGV視点です。


世界に遍在するMOE(萌え)、そして赦し

 

 

「そうだGV君、君にどうしても聞きたい事があるんだ」

 

 切欠は、白鷹のこの一言からだった。

 彼の聞きたい事と言うのは何なのか?

 僕は当然気になったので、「いいですよ」と答え、返答を促した。

 その内容は、彼の趣味を考えれば予測できる範囲内の答えだった。

 それは、僕の世界にも「MOE」が存在するのか? と言う物だ。

 ……こんな時、ジーノやパンテーラが居てくれれば助かったんだけど、生憎ここには僕と白鷹しかいない。

 何とか、彼と話を合わせよう。

 パンテーラにジーノ、シャオにテセオとの会話の内容を思い出せば大丈夫のはずだ。

 

「そりゃあ、ありますよ」

「なんと! やっぱり! そうッスよね! やっぱり俺の理論は間違ってなかった!!」

「どんな理論なんですか?」

「MOEとは愛! いや、愛をも超える普遍的なものっ! この世界は愛によって創られている。しかし! MOEは、外宇宙にも通用する、愛を越えた超的な想いの形だったんス!」

 

 ……確かに、彼の言う事にも一理あるのかもしれない。

 が、ちょっと待って欲しい。

 

「……それと同時に、愛もまた存在しているよ」

「愛もっスか……。MOEはやっぱり、愛を越える事はできないんスか……」

 

 自身の理論が否定されたのがショックなのか、白鷹は落ち込んでしまっている。

 だけど、そう言った概念は超える超えないは問題では無いと思う。

 

「白鷹、僕はこう思うんだ。愛とMOEは互いに依存する比翼の鳥なんじゃ無いかって」

「比翼の鳥……っスか?」

「……今から、とある僕の持っている記憶の中の映像を見せようと思う。これを見れば、きっとその意味がわかるはずだよ」

 

 そうして僕が見せた映像、そこに映っていた物は、「黄昏の女神」が降臨した時の映像だった。

 その一目見ればわかる程の神性、尽きぬ愛によって世界を支え、愛そのものである彼女。

 そんな彼女に、白鷹は瞬く間に釘付けになった。

 そうして紡がれる彼女の祈り。

 全てを抱きしめ、来世へと導こうと言う大いなる愛の化身。

 それと同時に、その見た目麗しい姿に、彼ならば感じるであろうMOEの概念。

 だからこそ、僕は「愛とMOEは互いに依存する比翼の鳥」と例えたという訳だ。

 そうして映像が終わった頃には、彼はぽたぽたと涙の雫を落としていた。

 泣き止み、落ち着いて話が出来るまで、僕は待った。

 

「GV君、俺は間違っていた。君のその理論の方がずっと正しかった。世界はやっぱ広いっスねぇ……」

「だけど、白鷹の理論も、半分は合っていたじゃないですか。そんなに気にしなくても……」

「……話は変わるけど、GV君。少し、聞いて欲しい話があるんス。イオンちゃんの記憶を見てきた、君に」

 

 その話の内容を要約するとこうだ。

 かつてまだ惑星ラシェーラがあった頃、白鷹は生まれ故郷である万寿沙羅を家出し、その間ろくに連絡もしないまま、家族全員がそこであった事故によってがれきの下敷きとなって亡くなってしまった事を。

 それを今も悔いており、どうやって償えばいいのかとずっと悩んでいる事を。

 

「……聞いてくれてありがとうッス、GV君」

「いえ、少しでも楽になれたと言うなら、構いませんよ。……だけど、どうして今になって僕にこの話を?」

「ほら、君が愛とMOEが互いに依存する時の話に出てきた女神様の話を聞いて……ね。彼女は、輪廻転生を司っているんだろう? そして、その女神様の導きによって、君達は俺達の世界へと来ることが出来た。だから……親父とお袋、そしてプラムも、その恩恵に与れたのだろうかって気になって……。俺は、何も出来なかったから」

「……白鷹、僕はイオンの記憶経由でしか語れない。その時のプラムは、少なくとも白鷹の事を恨んではいなかったよ」

「…………」

「だから、()()()()()()()()()()()

「え? それってどういう――」

 

 突然話は変わるが、今シアン達が形成維持している集合的無意識は更に範囲が広がり、異世界を股にかけて偏在している。

 その規模は少なくとも、ラシェーラ宙域どころか、アルシエルの宙域の全ての可能性軸、時間軸を掌握している。

 僕はその集合的無意識内を素粒子の謡精女王(クロスホエンティターニア)を用いてサーチ。

 プラム達が事故にあった直後の時の可能性軸、時間軸を調べ上げる。

 そして後は、終段の要領で、その時の彼らを呼び出す。

 

「あ……親父……お袋……プラム!!」

 

 白鷹は僕が呼び出した彼らの元へと走っていった。

 そこで、彼らは色々と積もりに積もった話を重ね……。

 その後の話は、必要無いだろう。

 何故ならば、家族に愛されていた事を改めて知り、迷いを断ち切った白鷹の姿を見れたのだから。

 

 

 

初めての二人きり

 

 

 静かに音が鳴り響く。

 ダートリーダーを分解し、メンテナンスをしている時の音が。

 傍らにはイオンが、何処か微笑ましそうに眺めている。

 因みに、シアンはこの部屋の近くにあるキャスの部屋で何やら話をしており、モルフォはその部屋に誰か来ないか見張りをしている。

 つまり、僕とイオンは初めて二人きりと言う状況となった。

 この間に、色々な話をした。

 今メンテナンスをしているダートリーダーの構造についてだったり、僕の隣に置いてあるプロテクトアーマーの機能を見破って、僕を驚かせたり。

 こうして話すと、やはりこう言った機械関連技術に真っ先に目が行くと言うのは、何ともイオンらしいと僕は内心微笑ましく思った。

 だからこそ、そんなイオンに話を合わせる様に、こんな話題を出した。

 

「GVの装備の改良かぁ……。うーん、大体の基本構造を見る限り、蒼き雷霆(アームドブルー)を扱うんだったら、伝導率は気にした方がいいよね? だったら、先ずはそれに関連するアイテムを……「超伝導デンドロビウム」は鉄板だよね! それに、この「遺伝子組み換え導力線*1」もいいかも! 後は変わり種として「IAQL電離傘*2」……後は、「ジェノウェーブギア*3」の機能を小型化するのも――」

 

 この手の話を始めると、この様に一度話し出したら止まらない。

 だけど、そんな風に話をしている彼女の、これでもかと笑顔で語るその様はとても魅力的に映る。

 ……もし、先にイオンと出合っていたら、僕は彼女を選んでいたのかもしれない。

 そう思える程、彼女は魅力的だった。

 画面の向こう側でイオンと出合う前に、既に僕にはシアンが居た。

 だからこそ、まだ画面の向こう側で告白して恋人になれる程に好意を持たれている事が分かっていても、僕はその選択を選ばなかった。

 当時の僕はこの世界をゲームに思っていたけれど、それでもシアンが居るのに恋人になるのは、余りにも不誠実だと思っていたからだ。

 画面の向こうに居るイオンがこちらの事など知る由も無いのに、そこに付け込んでその様な真似をするのは、僕には出来なかった。

 そしてあのような中途半端な状態で接続を断たれて月日が過ぎ、彼女の事すら忘れ、一度目の死を迎え、思い出し、この世界が現実に存在していると確信したのはアスロックとの戦いが終わった後。

 その時の戦いで僕はイオンに間接的に助けられたのに、なんとも無責任で、情けない。

 だからイオンは、もっと文句を言ったっていいはずなんだ。

「何であんな都合のいいタイミングでこの世界に来たの?」

「なんでもっと早く助けに来てくれなかったの?」と。

 それを僕が話した時、イオンはこう答えてくれた。

 

「最初は内心そう思った事はあったよ。でも、GVとお話をしている内に、画面の向こう側での旅の出会いや別れ、その時にした私達の色々な決断を尊重してくれたって事が分かったの。なかった事にしたくなんて無い。踏みにじりたくないって気持ちが……。勿論、苦しい事や辛い事だって一杯あったよ。でも、それ以上に楽しい事も、大切な人達との出会いも一杯あったし、学ぶこともたくさんあった。それに、何よりも――そんな私を、私達を助けに来てくれて、とっても嬉しかったんだからね」

「だけど、それが出来たのは大勢の人達の協力があったからだよ。僕自身は、あまり貢献できたとは……」

「ううん、そんな事ないよ。GVはそんな大勢の人達に頭を下げて、切欠を作ってくれたんだから。それに、異世界移動のデータ取りなんて下手をすれば二度共との世界に戻れないかもしれない危険な事を率先してやったって聞いてるもん。だからGVは、誇っていいんだからね」

 

 ……敵わないなぁ。

 そんな彼女だからこそ、シアン達もオウカも、イオンの事を認めたんだろう。

 何しろ、その時点で僕に対する包囲網が形成されていて、気が付いたらイオンと、そして同じようについて来たネロまで恋人になってしまったんだから。

 だけど、僕とそう言った生活をする際、あるルールがある。

 それは僕が不老不死で、尚且つ年齢の操作、そして時間移動や世界移動が出来る事で可能となる方法で、まだ話をまとめ切れていない為、詳細は語れないが――それはまた、別の話だ。

 話を戻そう。

 僕の装備について一段落付いたイオンが、また何やら構想を練っている。

 どうやら、何か新しいゲームを作ろうと画策しているらしい。

 それは「ペペンアットマーク*4」に「波動次元コンバータ*5」、後は「重力波振動通信機*6」を合わせて、何やらゲームを作るらしいのだ。

 その内容は、「僕の世界であった出来事をゲーム化」すると言った物だ。

 原理としては良く分からないが、これらを組み合わせて僕達の世界の座標を得ることが出来れば、後は勝手にその世界であった大きな出来事の部分をアクションゲームに変換することが出来ると言う、無駄に恐ろしく高度で複雑な理論で構築された物なのだと言う。

 つまり、座標さえ習得してしまえば僕の居た世界だけではなく、別の世界も可能だという事だ。

 一体、どの様なゲームが出来上がるのかとその当時は思っていたのだが、これが巡り巡って、アスロック戦の時に僕を助けてくれたアーシェスに繋がるなんて、この時の僕は知る由も無かったのであった。

 

 

 

悲しみを打ち消す奇跡のパーツ Take.4

 

 

 僕達は今、シャラノイアにある「ほのかの」と呼ばれる場所にあるお店、薬師庵「くるりんてん」に居る。

 そこの店主であるタットリアが、僕達が尋ねたタイミングで丁度良く、ある品物の調合を完成させていた。

 それは一見すると、大きな葉にほんの少しの雫があるだけの様に思える外見。

 一見すると無害に見えるかもしれないが、油断をしてはいけない。

 この店では何気に危ない効果を持った薬が平然と作られたりしているからだ。

 記憶消失薬であるアムネシアの雪だったり、そのまま飲むと只管相手をディスりたくなる飲み物である「ディスタリン」、飲むとあっという間に体中癌細胞だらけになる薬がすら含まれている「捕食戦隊ファージさん」など、危険が満載だ。

 だけど、それでも純粋な危険度で言えば、これでもまだ二番目位だと言うのが恐ろしい。

 因みに一番はサーリで、意外な事だがネイさんはまだ危険度で言えば大人しい方で、カノンさんはこのメンツの中では一番安全だったりする。

 そんなカノンさんでも、永久機関をサラッと作ったりするから油断は出来ないんだけども。

 

「よっしゃー!! ロータスティア、完成したよ!」

「タットリア、気を付けて!! 雫がこぼれちゃうよ!!」

 

 今タットリアに注意した存在は、動物型のジェノムであるヴィオだ。

 とても小さくて愛らしい見た目をしており、タットリアとは長年の相棒を務めている存在だ。

 そして、よく無茶をしたりするタットリアのブレーキ担当でもある。

 

「おっと、そうだったそうだった。これ、ちょー貴重品なんだから、こぼせないんだよ」

「それが、貴重品なの? 見た感じは葉っぱに乗った雫にしか見え無いんだけど……」

「へへっ、見た目はそうかもしれないけど、実はこれ、ちょー凄いんだよ」

『すごいって、どんな風に?』

「えっ? どんな風って、それは……」

『それは?』

「え、えっと……。ちょ、ちょー凄い効果があるんだよ! もう、その辺の薬何て足元にも及ばない凄い効果がさ!」

「えっと、だからその効果がどんなものかを教えて欲しいんだけど……」

「イオン、察してあげてよ。タットリアにもわからないんだ」

 

 ……それは、大丈夫なのだろうか?

 時々こうやって、作った本人が効果が分からない、なんて事が割としょっちゅうあったりするのがこの世界だ。

 ちょっと気を引き締めた方がいいのかもしれない。

 

「ちょー凄いってのはわかるよ?」

「レシピの時点で凄いものなんだから、そんなの当然じゃないか。っていうか、よくどんな効果があるのかもわからないのに、完成したとか言えるね?」

「レシピ通りに作ったんだから当然だよ。それ以上、何も出来ないんだし」

「……タットリアに作らせたのは、失敗だったかもしれないよ? イオン」

「う~ん……。でも、レシピ通りに作ったなら、きっと問題は無い筈だよ」

『効果はさっぱりみたいだけどね。まあ、アタシは別に気にしないけどね。真っ当な見た目で、ちゃんと完成してるみたいだし。そう思うでしょ? シアン』

『うん。見た感じ、ちょっとおしゃれな水薬って感じに見えるし、ちゃんと完成してれば、私は文句ないよ?』

「あ、あはは……。GVはこの薬、どんな効果を持つと思う?」

 

 うーん……。

 薬である以上、何かしらの効果はあるはずなんだけど……。

 となると、作成難易度的に考えて……。

 

「どんな病気でも治す、とか?」

『なるほどねぇ。確かにそれ位の効果があっても不思議じゃ無いわよね』

「っていうか、そういう効果はあるよ」

「ちょっとタットリア! どういう効果があるのか、ちゃんと知ってるじゃ無いか!」

 

 えぇ……。

 いや、タットリアのあの真面目な表情、何か理由があるんだろう。

 

「そうは言うけどよヴィオ、わかるのは、ちょー凄いって事だけ。実際にどんな病気も治す強力な効果はあるけど、強力過ぎるせいでこれ単体で使うと人体に悪影響が出ちゃうんだよ」

「そっか……。強い薬を使えば、それだけ人体に影響が出るのは当然だよね?」

「そういうことだよ、イオン。薬であると同時に毒でもあるから、使おうにも使えないんだよ。だから、どういう効果があるのかはよくわからない、って事」

 

 なるほど、それだと確かに良く分からないという結論になるのは仕方がないだろう。

 使い方次第で毒にも薬にもなる……か。

 

『やっぱり、これ単体じゃなくて、他の材料と組み合わせなくっちゃどうにもならないってことなんだね、イオン』

「そうみたいだね。けど、本当に、これ等を組み合わせて、どんな物が完成するのかな? ふふ♪ 楽しみだね、GV」

 

 ロータスティア。

 それは一言で言えば、アルシエルで処方された未知の可能性を秘める水薬。

 ラシェーラの人々にどんな効能があるのかは現時点で確認されて無いが、強力である事は間違いない。

 少なくとも、直接の服用よりも加工材料としての可能性が大いに期待されている水薬と認識すれば、間違い無いのだろう。

 ……今頃、アキュラの方もサーリと一緒に別のパーツを完成させている頃だろう。

 一体どのようなアイテムが出来るのか、僕は期待半分、不安半分の気持ちで出来上がった二つのパーツを携え、ノエリア・ラボラトリーズへと向かうのであった。

*1
植物の茎を利用した導力線。この世界では一般的に99.99991%とされる純度を遺伝子組み換えにより99.99996%までアップさせ、エネルギー効率を向上させた物。なお、なぜ凄いのかは数字を見て判断するしかない模様。

*2
サーリが過去のレシピを基に制作した電離傘。敵の攻撃を無効にする機能を持つ。

*3
使用者の脳波を通常の三倍に活性化させるが、体機能は連動されない為戦闘では役に立たないと思われるが、GVなら身体機能を強化出来る為、ワンチャン使えるかもしれないアイテム。

*4
サーリが時空の狭間を調査中に偶然発見した情報と、ソフトの基盤を基に組み立てたゲーム機。なお、世界一売れなかったゲームとの注記がある模様。

*5
波動整流器。H波(想いの波)とD波(物質波)の相互変換が可能。難解な理論だが、これがあれば異世界への侵略も可能になると言う。よって、使い方には十分注意する必要がある。

*6
アルシエルとの交信可能な通信機。但し速度は毎秒1.8文字程度で短文の送信にも膨大な時間が掛かる。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第十六話

今回はイオン視点です


シャールに変身!

 

 

 シャールニナーレ。

 これは飲んだ人を一時的にシャールにするお薬。

 以前キャスちゃん達がコーザルさんと会う為に天領伽藍(てんりょうがらん)に乗り込んだ際に使われたんだって。

 それで、入手方法はタットリアにある合言葉を言う必要があるの。

 えっと、確か……。

 

「「エレファントなモアイを頼む」」

「その合言葉を何所で……! ってGVはアーシェス経由で知ってるんだっけ」

「そう言う事さ。……まだ、例の薬は売ってるかい?

当然! ……いくつ欲しい?

今回はお試しで一個あればいいよ

まいどあり♪

「ふぅ……。はい、イオン」

「ありがとう、GV。……禊ぎの時のお話、覚えてくれてたんだね」

 

 そう、アーシェス経由での禊ぎの時に、要約すると「平和になったらシャールの姿になってフェリオンを歩きたい」と言う約束をしていたの。

 まだ向こう側に居た時の、他愛の無い約束。

 それを覚えていた事が、とっても嬉しい。

 そういう訳で、早速このお薬を飲もうとしたんだけど……。

 シアンちゃん達から待ったがかかったの。

 

『この場で飲むのはやめた方がいいよ』

「あぁ~……。確かに、飲むなら人目を避けられる場所がいいね」

「えっ? えぇ? どう言う事なの?」

 

 GV達が言うには、飲むと所謂、「魔法少女の変身シーン」みたいな演出で、シャールの姿に変化するんだって。

 その一部始終をキャスちゃんがそうなっていたのをデルタ経由で把握していた為、私に待ったをかけたのだと言う。

 ……それって、GVは見たって事なんだよね?

 キャスちゃんの変身シーンを。

 

「……あれは避けられない事故だったんだ。突然変身シーンがムービーとして流れてきてしまって……」

『……イオン、これに関しては許してあげて。本当に突然だったから、アタシ達も止められなくって』

 

 という訳なので、私達は一度人気のない所まで移動して、そこでシャールニナーレを飲む事となった。

 その際、GVは「後ろを向いて待ってるから」って言ってくれたけど、私はGVには見て欲しかったから、見てもいいよって言ったの。

 その時のシアンちゃん達の反応は「え? 本当にいいの?」って感じだったのが少し気になるけど……、でも、私達恋人同士なんだし、変身シーンくらい、大丈夫!

 そんな訳で、GV達に見られながら、私は飲んだ。

 味は意外と美味しかったなぁ。

 だけど、その後の変身で、私は自身の提案を後悔する事となる。

 何故ならば、この「魔法少女の変身シーンの演出」に問題があったから。

 だって……まさか、一度裸になるパターンだなんて、聞いてなかったんだもん!!

 そんな後悔をする間もなく徐々に服が形成されていく。

 そして、背中の翼が繭の様に私を包み込み……。

 それが花開いた時、私はシャールに変身していた。

 それと同時に、後から物凄い羞恥心が沸き起こり、その場にうずくまっちゃった……。

 

『だからGVが後ろ向いてようか? って言ってたのに……』

「うぅ~~……。まさか一度裸になるパターンだなんて分からなかったんだもん!」

『GVがそういう気使いをしてくれた時点で気付こうよ、イオン……。まあでも、一応恋人何だし、問題無いんじゃ無い? どうせ後で沢山見せる事に――』

「……っ! モルフォ! そんなに恥ずかしい事、言っちゃダメぇ!」

 

 うぅ……、覚悟出来てる時は兎も角、こんな風に不意打ちされると恥ずかしくて死んじゃいそうだよ。

 その後、私が落ち着くまでに皆を暫く待たせる事になっちゃった。

 それに、飛ぶのもシアンちゃんに引っ張られながら辛うじてって感じだったし……。

 でも、そんな高い位置からのフェリオンの景色は、最高の思い出の一つとなったの。

 これからもこうやって、思い出を増やしていけたらいいなって、私は思うのであった。

 

 

 

画面の向こう側での行動について

 

 

 私は以前から気になっている事があった。

 それは、画面の向こう側に居たGV達がどんな風に端末を、アーシェスを操作していたのかという事を。

 何故ならば、今まで送られてきた返事や行動の中で、GV達ならばこれはあり得ないと言う物があったからだ。

 例えば……その……胸を、触ったり、とか。

 

「それは……。イオン、これには色々と事情があって……」

『えっとね、私達の端末情報に、「シャールウィッシュ」って言う項目があったの。その内容は、イオンが「潜在的に画面の向こう側に居る私達に対して、して欲しい事を達成する」事で、今まで生んで、育てたシャールの事を強化出来るリソースを得る事なの』

『その中には手に触れたり、頭を撫でたり、さっきイオンが言ったように胸を触るなんて項目があって……』

「そ、それ以上は言わないでぇ!!」

 

 これじゃあまるで、私が……その……GV達に胸を触るように要求してるみたいで、恥ずかしいよぉ……。

 うぅ……。ちょっと気になっただけの事なのに、まさかの理由で、私、皆と顔を合わせるのが恥ずかしくなっちゃう。

 

「僕達も最初、その項目を見つけた時はびっくりしたし、色々と相談したりもしたんだ」

『あえて無視するか、このまま効率優先で触っちゃうかだね』

『その結果は……よっぽどのことが無い限りは控えようって結論になったわね』

「うぅ……。で、でも、私結構胸を触られたり、撫でられたりした記憶があるんだけど……」

「……それについては、済まないと思ってる」

『「唇にタッチして」って項目を達成する時に、結構誤爆してたわよねぇ……』

『後は、「お腹を撫でて」って項目の時も――』

「――――っっっ!!! お、お願いだからそれ以上言うのはやめてぇ!!」

 

 その端末の「シャールウィッシュ」って項目って何なのぉ……?

 何で体のあちこちを触って欲しいだなんて表示されちゃうの!?

 これじゃあ私、変態さんみたいだよぉ……。

 ……でも、実際に撫でて貰ったり、触ってもらった時は、不快じゃ無かった。

 髪を撫でて貰った時はふわふわ~ってしたし、手を触ってもらった時は、触られた所は、心なしか温かく感じて心地よかったし……。

 そ、それに、最初の頃は嫌だったけど、途中から胸に触られたり、撫でられたりするのも、い、嫌じゃ無くなって……。

 その事をお風呂で思い出して……その……ゴニョゴニョしたりもしちゃったし……。

 そう考えつつ、私はGVを見た。

 見た目は凄くカッコよくって、私の趣味にも理解を示してくれるし、気遣いも出来て、優しい人。

 それに、逞しい体付きもしてて、それでいて――

 

「……イオン?」

『あらら、恥ずかしさが限界を超えてトリップしちゃったわね。まあ、アタシもイオンの立場になったらああなっちゃう自信はあるけど』

『うん。身体の一部を触られたいだなんて気持ちが筒抜けになったら、すっごく恥ずかしいもん。それに、あの時は画面越しだったから、姿形も分からない相手だって考えると、余計にそう思うし……』

 

 私が正気に戻るまでの間、皆はそのような会話をしていたのであった。

 

 

 

百万分の一ソレイルの恐怖

 

 

 今日、私はたまたまGV達と一緒にノエリア・ラボラトリーズに居るサーリちゃんを尋ねた。

 その目的は、GVの装備の改良点を相談する為。

 それで丁度私達が足を踏み入れた時、サーリちゃんの達成感溢れる声が聞こえたの。

 

「すごーい! これ、ソレイルの模型だね?」

「イオナサルやGVは、模型とか好きかい?」

「うん、細部まで作りこまれてるものは、特にね。すごいなぁ……細かい所まで、凄く正確に再現されてるよ」

「星読台の細かな所まで……。それに推進部の作り込みも本物と遜色無い……よくできてるね、サーリ」

「そんなにすごいすごい連発されると、流石に少し照れるな……。でもまあ、僕も作る以上は手抜き無しに、本物をそのまま小さくしたかのような物にしたかったんだ」

「作り始めると、つい凝っちゃうよね?」

『似たような事なら、私も分かるよ。歌詞を作ったりする時、色々と妥協できないから、色々と調べたり、試行錯誤したりして……』

「僕も分かるよ、シアン。君の言う通り、集中してしまうのも理由の一つだと思う。だが、楽しい時間だった……」

『サーリ、やり遂げたのはいいけど、ちょっとしゃっきりした方がいいわよ。はい、天才の赤汁*1

「助かるよ、モルフォ。んく……んく……。ぷはぁ~っ! マズイ!! もう一杯!!!」

『はいはい、そう言うと思って、もう用意してあるわ』

 

 机の上に置いてあるサーリちゃんの作った模型のソレイル。

 私達以外もきっと絶賛するであろうそのクオリティは正直息を飲むほどの出来前。

 あぁー……。本当にすごいなぁ。

 何だか凄すぎて、感想が陳腐なものになっちゃうよ。

 そういえば、誰かが言ってたっけ、物事は、究極になればなる程陳腐になるって。

 なんだか、今それを体感してる気分だよ。

 

「サーリちゃん、本当にお疲れ様……。それにしても、本当にすごいクオリティだよ。特にこの辺りなんか……」

「――ッ!! イオナサル、触っちゃダメだ!!」

「ご、ごめんなさい……。ちょっと、調子に乗り過ぎだったかな?」

 

 そうやって私がこの模型に触ろうとした時、サーリちゃんが待ったをかけた。

 その時の様子は、明らかに鬼気迫るものであった。

 この時の私は、作業開けのテンションなのかな? って思ってたんだけど……。

 

「いや、謝る必要は無いよ。僕の方もつい浮かれて、説明を忘れていた。実はこのソレイルの模型には……Hウェーブシンクロナイズドエフェクターと、ヘリカリュージョンを搭載してあるんだ」

「ヘ、ヘリカリュージョンを!? 1()()4()0()0()0()()()()()()()()()()()()()()を、どうして模型の中にいれちゃったの!!?」

 

 ヘリカリュージョン。

 それは1億4000万度のプラズマを内包した核融合電池。

 そのエネルギー量は、今私達の居るソレイルを大雑把に計算しても10機分は跡形もなく消滅させてしまう程。

 当然直に触るのも危なくて、仮に触ってしまうと、痛みも無く触った個所が炭化するらしい。

 ちなみに、これを作ったの()サーリちゃんだったりする。

 ……サーリちゃん、私が言うのもアレだし今更だけど、マッドサイエンティストの気質があるのかもしれない。

 

「……つい、凝ってしまったんだ。この模型に何かした場合、それが現実にも影響するような感じに出来たら楽しいかも、と思って……」

「……影響、出ちゃうの?」

「試すか試さないかは任せるよ。自己責任でね」

「た、試す事なんて出来ないよ! 変な事して、ソレイルに何かあったら大変だもん」

 

 Hウェーブシンクロナイズドエフェクター何て名前が出てきたから嫌な予感はしてたんだけど、流石にサーリちゃんやり過ぎだよ!!

 これって確か、特定の存在と「完全同調」させる為の機械のはず。

 だから、サーリちゃんの言う通り、今この模型に手を出しちゃったら……!

 そう思っていた時だった。

 

『そぉ~~~っと…………ちょんちょんっと』

「あぁっ!?」

「……シアン?」

『ごめんなさい、私、どうしても気になっちゃったから……つい』

「え? どうしてそこでシアンの名前が出るんだい? やったのはモルフォだって言うのに。 ……そう言えば、シアンとモルフォのFFTスペクトラムは同一。そこが関係しているんだね?」

「そう言う事です。シアンが内心そうしたいって思えば、それは当然モルフォもそう思う以上……こんな風になるのは、必然なんですよ。後でお仕置きだよ、二人共

『『ごめんなさい……』』

「そうか……。シアン達も、如何か気にしないで欲しい。元はと言えば、僕がこれを作ったのが切欠なんだから。それに、やってしまったのは仕方がない。えっと、今突いたのはこの近くだから……」

 

 そうサーリちゃんが言った途端、強い衝撃が私達の居る場所を襲った。

 

「きゃあ!?」

「こ、これは……想像以上だ」

「い、今のって、指で突いたから? モルフォちゃんがちょっと指先で突いただけなのに……」

「百万分の一に縮小したソレイルに対して、それよりも大きなモルフォが指先で突いたんだ。今くらいの衝撃があっても当然だよ。まあ、模型を見る限り壊れてはいないから、被害は揺れと衝撃程度のようだけど……。何であれ、もうやらない方がいいと、僕は思うね」

「うん……間違って壊しでもしたら、取り返しのつかない事になっちゃうもん。ここに居る皆も、好奇心に負けてイタズラしたらダメだよ?」

 

 ……とは言ったものの、これ、どうしよう。

 これじゃあ迂闊に触れないし、持ち運べもしないよ……。

 この突発的に発生した未曽有の事態は最終的にアキュラ君の参戦により、色々と四苦八苦しながら解決する事となる。

 その時のアキュラ君は、「サーリ……お前もか」と呟いていたのが印象的だった。

*1
魔法力を回復させる健康飲料。危険な原料を惜しみなく使い、味わいは最悪で、普通は誰も飲みたがらないものだが、飲んだ直後に頭が冴える感覚を得られ、実際立ちどころに頭の回転が速くなる事から愛飲者は多い。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第十七話

今回はキャス視点です


ほんの少しの進展、受け継がれる先読み、増える幸せ

 

 

 今日、ソレイル内で暴走している機械群を見つけたと連絡が入った。

 私達の居るソレイルは時々、この様な多くのロボットが徘徊している時がある。

 私達「ジェノメス」は、それをやっつける事も仕事の内に入っており、今丁度その殲滅が終わろうとしていた。

 全く、今日は折角新作の「にゅろきー*1」グッズを徹夜で手に入れることが出来たのに、いきなりこれなんだもん!

 こいつら、少しは空気を読んで欲しいわ!

 まあでも、デルタと一緒の時間が増えるから……。

 あ、合図が来たわね。

 じゃあ、思いっきりぶちかますわよ!

 

「最後の仕上げ、頼むぜ、キャス!!」

「ええ! ……見せてあげる! 全力全開よ!! ――言葉を紡ぎて いざ(かた)とせ ah=fao-i pas-uii!(想いよ形になれ!) ah=fao-i pas-uii!(想いよ形になれ!)

 

 今まで謳い想いを練り上げていた詩魔法「ツンデレイン」。

 私の心の抵抗が具現化した存在。

 詩魔法に詳しい専門家が簡単に分析すると、この様な感じになるらしい。

 曰く、「ツンデレは、あらゆるものに抵抗する事で、自らの精神や大切な人を消極的に護る為の心理作用であり、私はそれによって、かつての記憶を失っていたデルタを自らの危険な心の中へと入れるのを拒否していた」との事。

 この詩魔法の発動に伴い、彼女の発した「言葉そのものが物理的な文字」となり、それらがまるで絨毯爆撃の如く雨あられと降り注ぎ、敵をなぎ倒していく。

『本当に、私が居ないと何にもできないんだから!!』、そう言葉を言い残し、ツンデレインは姿を消して……後に残った物は、暴走した機械の残骸のみであった。

 うん、今回も文句なしの完勝ね!

 それに、デルタも随分と調子を取り戻してくれて、私は嬉しい。

 流石、私の大好きなデルタよね。

 あぁ……だけど――

 

「……少しだけ、見直したかも

「ん? なんか言ったか、キャス?」

「えっ……!? 別に、なっ…何も言って無いわよ! デルタの気のせいじゃない?」

「そんな大声出さなくてもいいじゃねぇか」

 

 ――相変わらず、私は素直になれない。

 これでも私、少しは色々と努力してるんだけどなぁ……。

 最近は、シアンが素直になる為の特訓に付き合ってくれるし、これでも少しはマシになったのよ?

 デルタにお礼を言う時だって、小さな声でだけど、ちゃんと、言えるようになったし、それに、二人きりになった時も、大好きって、言えるようになったんだもん。

 それに! さっき素直になれなかったのは、デルタが悪いんだからね!!

 だって、あの時の私の言葉、絶対聞こえてた筈なのに、あんな言い方するんだもん!!

 あんな、どこか悪戯っぽい表情で、そう言うんだもん……。

 昔の、まだ私が「ター坊」って呼んでた時と同じ様な、そんな眩しい笑顔で。

 そう思っていた時だった。

 

「えっ……? ちょっとデルタ、何するのよ!!」

「ん? いいじゃねぇか、キャスは今疲れてるだろ? 確か今日は新作の「にゅろきー」シリーズの発売日だって言って、徹夜で並んで買った直後だって聞いてたしよ」

 

 私の事を急に抱き上げて来た。

 それも、お姫様抱っこ!!

 いきなりだったから、私はその事に物凄く驚いちゃった。

 嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが、頭の中でぐるぐると駆け巡って混乱しちゃう。

 

「どっどうしてそれを!? ……じゃなくて、それ、誰に聞いたの!?」

「ん? モルフォからだぜ?」

 

 モルフォ!?

 確かに並んでる時に飛んでる所を見てたけど……。

 もう! 何時の間にそんな情報をデルタに渡してたの!?

 ……ふぅ、やっと少し落ち着いてきた。

 それにしても、どうしてデルタがこんなに気を効く事を突然やり始めたんだろう?

 一応、今までだって私の事気にかけてくれてたけど、こんな風に直接行動する事なんて無かったのに。

 それに、よくデルタの顔を見て見たら、少し赤くなってるし……。

 きっと、誰かが入れ知恵したに違いないわ!

 私はデルタに誰がそんな入れ知恵をしたのかをそれと無く聞いた。

 

「あ~……えっとな、GVに聞いたんだ。俺、どうしたらキャスをもっと喜ばせてあげられるのかってさ……。前々から相談してたんだ。それで少しづつそれを生かしていったら、キャスの笑顔になる回数、増えて来てるからさ。今回のこれも、その一環なんだぜ?」

 

 そう言えば……最近のデルタ、私がして欲しいなぁって思ってる事を先回りする機会が少しづつ増えてるのよね。

 それに、実はこうやって抱っこして欲しいって詩魔法が終わった後、内心思ってた。

 やっぱり徹夜で並んでて、その直後に戦闘だったから。

 それにしても……ふふ、温かいなぁ。

 

「全く、GVったら……。デルタに余計な事を言わないで欲しいわね」

「GVを責めないでくれよ、キャス。元々これは、俺が言いだした事なんだぜ? それに、そろそろ戻ろうぜ。俺ももう、腹減っちまったからよ」

「……もう、仕方が無いわねぇ」

 

 そうしてお姫様抱っこをされながら、私はフェリオンへと戻った。

 なお、この時を境にデルタは私の行動の先読みを、より積極的にやるようになり始めたのであった。

 

 

 

大人の女子会、その夜話

 

 

 今、ここにはネイさん、サーリ、私、イオン、モルフォ、シアンの六人が居る。

 ここで私達は、色々とお話をしていた。

 最近のフェリオンの流行のファッションだったり、にゅろきーの事だったり。

 それで、今の話は……。

 

「それでぇ~、デルタとは何処までいったのよ?」

「そ、それはもう、アレよ。そう、アレ!!」

「アレじゃあ分からないよ、キャス。ちゃんと僕達に言ってくれないと」

「うんうん。アタシも気になるわ」

「私も、ちょっと気になるかな? 色々と特訓に付き合ってる身としては……ね?」

「確か、素直になる特訓……だったよね? シアンちゃん」

「うん。だから、そろそろ何かしら効果があるんじゃないかって思ってこの話題を出したんだけど……」

「この様子じゃあ、進展は無さそうねぇ~」

「そっ、そんな事ないわよ! この前だって、デルタに、その……お姫様抱っこ、してもらったし、あの時だって、恋人繋ぎしてお出かけもしたし……」

「……これは驚いたね。キャスにしては、凄い進歩じゃないか」

「「私にしては」ってどういう事よ、サーリ!!」

「どういうも何も、そのままの意味だけど? イオンもそう思うだろう?」

「うん。今までのキャスちゃんの事を考えると、すっごく進歩してるって感じがするよ」

 

 皆言いたい放題言ってくれちゃって……!

 サーリだって、白鷹が戻って来てから浮かれてるの、私知ってるんだからね!

 

「そういうサーリは、白鷹とはどうなのよ?」

「な……っ! むぅ……キャスばかり恥ずかしい思いをするのは不公平だし、僕も話すとしよう。そうだね……最近の白鷹は、何か吹っ切れた様に――」

 

 ここから、サーリの惚気話がしばらく続く事となる。

 サーリは昔から、白鷹に好意を抱いていた。

 だけど、GV達がこの世界に来るまで、彼はもう死んでしまっていると考えられていた。

 何故ならば、白鷹とはコールドスリープする前に別れてしまっていたから。

 だからこそ、サーリの精神世界に潜った際も、恋愛事について否定、若しくは諦めてしまっている世界になっていた。

 だからこそ、彼が生きていたと知った時のサーリは、それはもう凄かった。

 シャールの問題も含めた様々な問題が一気に解決したのもあるだろう。

 積極的に白鷹にアタックし、今まで興味の無かった恋愛について私に相談するまでになっていたのだから。

 私が見る限りだけど、今の所順調に進んでいるように見える。

 今こうやって楽しそうに、恋する乙女を体現したかのような表情をしているサーリは、実に微笑ましい。

 それはもう、私の口の中が心なしか甘く感じてしまう程に。

 そうして一通り話して満足したのか、今度はイオンがこの話題を話す事となった。

 最初は正直、GVには既に恋人がいるって話は聞いていたから、あまりいい話は聞けないんじゃって思っていたんだけど……。

 

「ふふ……。GVはね、とっても優しいの。細かい気配りが出来て、それでいて、私の趣味の事を理解してくれる。最近は、もうキスだって済ませちゃったんだから」

「えぇ~~!! ちょっとイオン、アタシ聞いてないんだけど!! って言うか、凄い勢いで浮気されてるけど、シアンちゃん達はいいの!?」

「問題無いよ? だって、私達公認だもん」

「そうそう。アタシ達公認だから問題ないわよ」

「シアンの本心であるモルフォからも同じ答えが出るって事は、公認なのは間違いないみたいだね。でも、僕から見るに、君達は嫉妬深い様に見える。よく公認したね」

「何も全く無条件でそうした訳じゃないのよ。当然、色々と取引や打算はあるわ」

「そう言う事。詳しい事は、ここでは話さないけど……ね」

「改めて言うけど、浮気公認って、とんでもないわよ。私だったら、絶対に認めない、許せないってなっちゃうのに……」

「それが普通だよ、キャスちゃん。だからキャスちゃんは、絶対にデルタを他の女の人に渡しちゃダメだからね?」

 

 そうよね、それが普通よね?

 GV達の関係を見てると、その辺どうにも感覚が麻痺しちゃう感じがするのよ。

 確かこの場に居ないオウカって女の人の事もそうだし、一度故郷に戻ってるネロだって恋人だって聞いてるんだもの。

 とまあ、それで次は必然的にシアンちゃん達の出番になったんだけど……。

 一気に大人の話って言うか、凄く生々しい話になっちゃったのよね……。

 曰く、大人のキスの話だとか、こんな風に愛を囁かれながらゴニョゴニョされたとか、貫かれた時の話とか……。

 中でも一番驚いたのがこの話だった。

 

蒼き雷霆(アームドブルー)を利用した性感の電気信号の増幅……か、なる程、あの能力は、そんな事にも使えるんだね」

「えっとね、元々は生体電流を活性化させて怪我を治癒する「ヒーリングヴォルト」ってスキルを応用しているの」

「だから理論上、ただ触れただけで相手を気持ちよくさせる事も出来るって訳。他にも、達したの時の電気信号を直接送って……なんて事もね」

「ねぇ、シアンちゃん。その話し方だと、まるでシアンちゃんも出来る様に聞こえるんだけど……」

「出来るよ? だって、私も蒼き雷霆の能力、使えるもん。こうやって実体化してるのだって、この力のお陰なんだから」

「出来ちゃうの!? って言うか、実体化してるのはGVのお陰なのかな~っておネイさん思ってたんだけど!?」

 

 とまあ、シアンちゃん達の話題は色々と生々しかった為、此処で打ち切り。

 そうじゃないと、私まで変な気分になっちゃう。

 それで、最後にネイさんなんだけど……。

「アンタ達は良いわよねぇ~……。あたしなんて、まだ誰もそんな人いないんだから」と妬ましそうに逆切れされてしまった為、このお話はここまでとなってしまった。

 だけど、次のにゅろきーの魅力についてをシアンちゃん達に理解させる事に大成功したのは、私にとっても、サーリにとっても喜ばしい事だった。

 こうして、夜は更けていったのであった。

 

 

 

胸膨らむ野望、その第一歩

 

 

「幸せ胸膨らむソーダ」と呼ばれる「ネイアフランセ」で調合された失敗作があった。

 これの効果は、胸の小さな女の子が、飲むだけで巨乳になれるコンセプトで調合されたソーダ。

 味は良かったし、そう言った気分にはなれたけど、あくまでそれだけで、肝心な、胸を大きくすると言う効果は無かった。

 それで、色々とネイさんも私も試行錯誤を繰り広げたんだけど、結局どうにもならなくて、もう、正直諦めかけていた。

 胸が大きくなるという事を。

 だけど、天は私達を見捨てなかった!!

 切欠は、シアンちゃんにこの事を相談した事に始まる。

 

「私はそう言った悩みは持った事、一時期はあったからその気持ちは分かるけど……」

「そこを何とか! あたし達、ほんの少しの希望にも縋りたい気持ちなのよ!」

「外から私達の世界を見てたのなら、何かいいアイディアがあるはずよ! そこをなんとか、ね? ね? シアンちゃんだって、胸の小さな人の悲しみ、分かるでしょ?」

「うーん……、私、その気になれば大人の姿になれるし……」

「え? ちょ……ちょっと待って、アタシそれ聞いてないんだけど!!」

「私もよ! どういう事か、説明して貰おうかしら? シアンちゃん……!」

「えっえっと……私はモルフォと同じように、電子の身体で、本来なら姿形は皆から見えない筈なんだけど……、私、その影響で、自分の姿を変えられるの。私の能力で。元々はモルフォの姿形を色々と構築していく過程で出来るようになった事を、自分にやっただけの事なんだけど……」

「……やってみてよ」

「ぇ……?」

「やって見せなさいって言ってるのよ!!」

「ひゃう……! 分かったよ……。じゃあ、ちょっと姿を変えるから待ってね」

 

 そうして一度シアンちゃんは姿を消し、少しの時間が過ぎた。

 そして、再び姿を現したその姿は……。

 

「こ……このっ、シアンちゃんの裏切り者~~!!」

「そうやって、貴女は私達の事、陰で嘲笑っていたのね!!」

「そ、そんなつもりは無いってば!!」

 

 私達よりも背が高く、出る所は出て、引っ込んでる所は引っ込んでて……。

 モルフォのお姉さんと言ってもよい、実にグラマラスな体形であった。

 なんでも、シアンちゃんは成長すると、この様な姿となるらしい。

 とまあ、最初はこの憤りをシアンちゃんにぶつけるだけだった私達だったけど、そんなシアンちゃんから、思わぬ提案が舞い降りて来た。

 正しくそれは天啓だった。

 

「えっとね、確か、カノンさんの所で「クラスチェンジパック」って言うカソードがあったの、キャスちゃんは覚えてるよね?」

「……ええ。効果は確か、シャール専用で、人魚に変身できるようになるカソードだって聞いてたけど」

「うん。それでなんだけど……、キャスちゃんとネイさんは、ヒトガタで、シャールの身体を持ってるでしょ? だから、このクラスチェンジパックを基に……」

「それだわ!! シアンちゃん、今の言葉はアタシ達には天啓よ!! これならきっとうまくいくわ!! キャス、確かこのカソード、まだ沢山あったわよね!?」

「ええ、在庫なら一杯残ってるわ!!」

 

 この天啓を得て、私達の計画は始まった。

 最初は頓挫する事が多かった。

 そこで、同じ同士(貧乳)であるサーリも巻き込む事で、技術力の不足を補い、そしてついに……。

 夢が、叶う事となった。

 

「出来た……完成だ!! これぞ僕らの悲願……!!」

「「クラスチェンジパック ver.2」!! やったわね! サーリ!!」

「これで私達も……! オホン、あ~私は別に無駄に肉を付けるつもりは無いんだけど~~」

「そうそう、別にアタシ達は大きくなって嬉しいだなんて、これっぽっちも思って無いけど~~」

「誰かが実験しないと、安全性は保障できないから、そう、これは仕方が無いんだ。決して胸が大きくなるのが嬉しい訳じゃ無いんだ」

「「「……それじゃあ同士、幸運を!!」」」

 

 そうして、私達はこのカソードを装備し、目をつぶった。

 本来、カソードは前衛、つまり守護者が装備する物で、紡ぎ手には不要な物だ。

 だからこそ、RNAやTxBIOSによる余計な不具合も発生する事は無いとサーリは言っていた。

 そうしてしばらくする事、ほんの数秒。

 私の胸の部分に、質量を感じるようになった。

 そして、それが着実に、実感できる重みへと変化していく。

 そうしてしばらくして、その変化が収まった。

 そして、期待も胸に詰め込んで、いざ目を開けた。

 その光景は……!!

 

「…………」

「…………」

「……何、これ?」

 

 確かに、胸は大きくなっていた。

 だけど、だけど……!!

 

「何この違和感……。すっごく不自然なんだけど……」

「それに、無駄に重たくって、体のバランスが……」

 

 そう、余りにも違和感があり過ぎたのだ。

 何と言うか、例えて言うなら……時々、デルタの部屋で見つかるえっちな本で出てくる、胸が大きすぎて逆にすごい違和感がある、そんな感覚。

 それが現実になっている為、余計に不自然で、かえって不気味な様相を呈しているのだ。

 

「ふむ……、これは、私達が分不相応な大きさを求めたから、身体全体のバランスが崩れているんだ!」

「……ただ大きければいいって訳じゃ無いのね」

「そう言う事だね。キャス」

「……あぁぁぁぁ!! もう!! やっと念願叶ったと思ったのにぃぃぃぃぃぃ!!!」

「確かに、今回は失敗したよ。……でもネイさん、この失敗は無駄じゃない。こうして実際に、僕達の体系を変化できるようになったのは、大きな進歩だよ。次に生かせばいい。希望は、まだ残っているんだ」

「そ、そうよね! あたし達は進歩したわ! だから、諦めなければきっと、今度は違和感なく大きくなれる筈よ!」

 

 そうして私達は、この終わりなき新たなる戦いに身を投じる事となる。

 この過程で、同氏は一人二人と増え続け……。

 最終的に、胸の無い人達の大いなる希望となるのであった。

 いったいどれ程かかったのかかは、内緒である。

*1
かつて惑星ラシェーラに存在した巨大テーマパーク「ぱれす・にゅろきーる」のマスコットキャラクター。その愛くるしい見た目で全ラシェーラの乙女を虜にしてしまった程の人気を誇る。当然、キャスやサーリもその例に漏れず、当時からにゅろきーの大ファンだった。そして、現在においてもその人気は衰える事を知らず、ご当地にゅろきーなどの様々なグッズが今も多く生産されている。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第十八話

今回は上から順に???、GV、アキュラの視点となります。


 わたしが「座」に付いて、蓮達を見守るようになってから、暫くの年月が流れた。

 人々は生命力に溢れ、文明を繁栄させ続けており、そんな様子を幾つかの宇宙で生まれたわたしの「触覚」経由でその行く末を見守り、抱きしめている。

 そんなある日、ここでは無いどこかから、か細い声が聞こえてきた。

「どうか助けて欲しい」と言う、切実な声が。

 その声の発信源は、驚く事に私の居る「座」の外からの物。

 私は迷った。

 素直にこの声を聞き届け、向かってもよいのか、つまり、その世界を掌握してもよいのかと。

 私が直接向かえば、「座」の力によってわたしが来た瞬間、必然的にその世界を、私で染め上げる、いや、最悪、消滅してしまってもおかしくはないのだから。

 そこで、わたしは方法を考えた。

 それは、今新たに生まれそうだった触覚を、生まれたと同時にこの世界へと送り届ける。

 向こうの世界にわたしが向かっても大丈夫か、確認する為に。

 そうしてわたしは発信源へと触覚を送り込んだ。

 それと同時に、その発信源から、一つの魂がわたしの元へとやって来た。

 その魂は、ボロボロだった。

 読み取って見れば、「第七波動」「迫害」「言われなき暴力」「虚しさ」、様々な感情が入り混じっており、向こうの世界は私が居るこの世界よりもずっと酷い状況である事が容易に想像出来た。

 あの切実な声の訴えは、本物であった。

 そこで、わたしは送り出した触覚を通じて、向こうの世界を調べ上げた。

 わたしで染めても、大丈夫なのか?

 それを確認する為に。

 その結果、一応天使や悪魔と言った神霊と呼ばれる存在は居るらしいけど、わたしで染めてもこの世界その物にに影響は出ない事が確認出来た。

 だからわたしは、その世界を染め上げた。

 わたしの祈りで、愛で、ただ優しく、抱きしめた。

 その後、この新たな世界群においても、新しい触覚が生まれた。

 その触角を通じて、この世界の事を学び、統治する為の糧とした。

 そうしている内に、わたしをこの世界に呼び出した子、パンテーラが新しいお願い事を持ち込んで来た。

 曰く、ここからさらに離れた別の世界で助けを求めている人が居るので、それを手伝いたいとの事。

 具体的には、彼らが向こうの世界へ行くと、色々と不具合が起こって、大変なことになるらしい。

 その原因が、異なる世界法則の衝突、つまり、カリオストロの言ってた「せめぎ合い」が発生していると予測されている。

 だからわたしがこの世界を抱きしめる事で、その懸け橋となって欲しいのだと言う。

 私はこの提案に賛成した。

 何故ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 それに、この新たな世界については薄々ではあるけれど、教えられる前からもほんの少しだけ、感じる事が出来ていた。

 その世界の名前は「エクサピーコ」。

 それは様々な波動で構成され、意思を持った世界。

 この世界はそんな彼、或いは彼女の「愛」によって構成されており、今もこの瞬間、新たな宇宙が構成され続けている。

 わたしはパンテーラから教えられた座標を元に、その世界へと向かい、エクサピーコと対面する事となった。

 対面して事情を話してみれば、彼、或いは彼女は驚くほどに話の分かる、そして愛に溢れた世界であった。

 そのお陰であっという間に意気投合をし、エクサピーコはわたしの「覇道神共存」を受け入れ、無事懸け橋となることが出来た。

 そうしてしばらくして、一つの魂がエクサピーコから流れてきた。

 その魂は、色々と研鑽を重ねていたけれど、所々擦り切れていたような魂だった。

 この魂も優しく抱きしめ、来世へと導いたけど、この魂はエクサピーコには戻らず、わたしの中で生きる事を選んだようだった。

 逆に、この事が切欠になったのか、わたしの中からエクサピーコへと向かう魂も当然出てきた。

 わたしはこの事を、魂の交流が更に活発になったと見なし、心から歓迎した。

 そして、しばらくしてエクサピーコからわたしの中に戻って来た魂の輝きが、一段と輝いていた事から、この事実は正解であったと確信できた。

 そうしてまた暫くの時間が過ぎていった。

 その間、日に日に輝きを増していく魂についてお話したり、触覚を通じてパンテーラ達とお話をしたり、楽しい日々を過ごし、見守り、抱きしめていた。

 そんなある日。

 正確には初めてパンテーラと接触してから、大体百年近く経ったか経って無いか位の時、見た事も無い程に傷ついた魂が、私の元へと流れてきた。

 その傷付き具合は余りにも酷く、記憶の欠損も随分と酷い物であった。

 だからこそ、まだ残っている記憶の部分に残された強い想いが、わたしには印象に残った。

 

『誰かを傷つけたくない』

『――――君の足手纏いになりたくない』

『健康な体で居たい』

『自由になりたい』

『もう謡いたくない』

 

 これらの願いの強さは、わたしが「座」に至る前の出来事で対峙していた人達、或いは大切な仲間だった人達の事を思い起こす程の物であった。

 そんな魂であったので、気になってわたしは来世に送り出した後、その先を天眼で様子を見させてもらった。

 その先は、エクサピーコの中の、何やらのんびりとした人達が多く居る場所だった。

 いや、よく見たらここは、身に覚えのある場所で……確かパンテーラが言うには、ソレイルって宇宙船だったはず。

 この時期は、過去であるらしく、あのソレイルを覆うような大地が形成されていないみたい。 

 ……ここなら、あの沢山傷ついた魂も、大丈夫。

 まだ生きて行く環境としては辛いのかもしれないけど、近い将来、パンテーラ達が助けに行くのだから。

 わたしはこの世界と、そしてエクサピーコを見守りながら、そう思うのであった。

 

 

 

身体を幽霊に

 

 

 エクトプラズマン。

 それは肉体を霊的なエネルギーであるエクトプラズマ化するRNA。

 この効果は、あらゆる物理攻撃がすり抜けて効かなくなる。

 更に、アメーヴァRNAとは違い、痛みが大分軽減されている為使い勝手は良好。

 一応、この状態でも死んでいる訳では無い。

 そんな戦闘面では使い勝手の良いRNAなのだが、思わぬ落とし穴があった。

 それは……。

 

「あぁ……、何だろう。今俺、凄く安らかな気持ちで一杯なんだ。まるで、天に召されるような……」

「デルタ! そっち逝っちゃダメ! わたしを置いて逝かないで!!」

「あらまあ……」

「信じられない気持ちだけど、やはりと言うべきか、予想された結果となったね、GV」

「確かにそうだけど、オウカの霊感が、まさかこんな風に作用するなんて……」

 

 今日、たまたまオウカを連れてクオンターヴの街を案内していた。

 ジェットエンジンの区画だった箇所が長年の歳月を経て人が住み、街となった場所だ。

 オウカは嬉しそうにこの街に居たシャールとも交流を深めたりして、楽しい一時を過ごしてくれていた。

 そして、その途中でノエリア・ラボラトリーズへと足を運び、そこにはデルタ達が何やら話し込んでいた。

 その内容は、サーリが作った新型のRNA、エクトプラズマンの事であった。

 そして、この時デルタ達はオウカとは初対面であった為、挨拶を交わし、握手をしたのだが、ここで問題が発生した。

 何やら、デルタの様子がおかしいのだ。

 それはオウカと握手してから直の事だ。

 初めはデルタの周りに居るようなタイプでは無かったオウカにちょっと戸惑っていたのかと思っていた。

 それが、何でもデルタ曰く、オウカに触れた途端「すっげぇフワフワした感覚がした」そうだった。

 この時、デルタはこのエクトプラズマンを装備しており、実質幽霊の状態であった。

 それが気になったのか、サーリがオウカに色々と事情を聞く事となり、ある実験をする事となった。

 それは、所謂除霊めいた物。

 とは言え、本格的なものでは無く、簡易的なものであったのだが……。

 それを試してみた結果が、先のやり取りであったのだ。

 ……関係の無い話ではあるのだが、僕はアキュラから貰い受けた退魔リボルバー「ボーダー」を所有している。

 この事を話せばきっと、サーリは嬉々として実験をしようとするだろう。

 が、先のやり取りを見て、何となく嫌な予感がしたので僕はこの話を胸の奥へと仕舞った。

 話を戻そう。

 

「ふぅ……、危ねぇ所だったぜ。危うく、本当に成仏しちまう所だった」

「本当よ! 全く、油断してるとすぐこれなんだから!!」

「すみません……、まさかここまで効果があるとは思わなくって……」

「気にしなくていいよ、オウカ。まさか僕も、こんな事になるなんて思わなかったからさ。それに、エクトプラズマトンの意外な弱点をこうして見つける事が出来たんだ。これが実戦だったら、デルタは完全に天に召されていたよ」

『……除霊が実戦に導入される事ってあるのかな?』

『って言うか、アタシ達は何ともないのに、どうしてデルタ達には効果があるのかしら?』

「……僕もそういったオカルトについては良く分からないから何とも言えないよ」

 

 その後、デルタ達と皆でこの街をねり歩く事となり、オウカは新しく友達を増やす事に成功していた。

 まあ、オウカの性格を考えれば、この結果は当然と言えるのだけれど。

 デルタも彼女みたいなタイプの人が周りに居なかったせいか、少し戸惑っていたみたいだ。

 ただ、キャスとサーリがオウカのある一部分、つまり胸を凝視していた時があったのが少し気がかりではあったんだけど……。

 

(デルタの奴……チラチラとオウカの胸ばっか見ちゃって! 後で覚えてなさいよ!!)

(大きい……それでいて、カノンと同じように体のバランスも取れている……。僕らが作った()()と、何が違うんだろうか?)

 

 僕はデルタを横目でこっそりと見た。

 ……これは、後でキャスが怒るだろう。

 とは言え、これは男の生理現象みたいなものだ。

 だけど、そんな事程度、制御出来ないのが悪い。

 不可抗力もあるだろうけど、結局はデルタが撒いた種なので心の中で、ご愁傷様と唱える程度に済ませ、オウカを改めて見た。

 その視線の先のオウカは、キャス達ににゅろきーの事を質問しており、その事で二人がにゅろきーファンとしての火が付いたようだ。

 この事が切欠で話題はにゅろきーに染まっていき、オウカはそれを嬉しそうに聞いていたのであった。

 

 

 

 

ロロブーム

 

 

「ようこそ、天領みやげ「ちゅちゅ屋」へ。私はカノイール・ククルル・プリシェール。カノンと呼んで貰えると、助かります。貴方方の事はイオナサルや、キャスティ達から聞いております。歓迎しますよ。アキュラ、ロロ」

「ああ、よろしく頼む、カノン」

『よろしくね! カノン!!』

 

 俺はこの日、ある用事でこの店を尋ねに来ていた。

 その用事とは、簡単に言えば、ロロにまつわる何かの作成だ。

 何でも最近、シャール達の間でロロの事がブームになっているのだと言う。

 切欠は、以前に行ったロロの小さなライブ。

 アレが切欠で、今では街行くシャール達がロロの歌を口ずさんでいる。

 こう言った現象は俺達の世界では電子の謡精(サイバーディーヴァ)モルフォの独壇場だと思っていたのだが、世界その物が違う為、知名度が皆無である上に、彼女達は歌う事をそもそもしておらず、ロロが先にこう言った事をした事で、この様な事となった。

 一気に世界が平和になった後で、こう言った明るい話題が出来たという事も有るのだろう。

 気が付けば、あっという間であった。

 

「そういう訳ですので、先ずはこのレシピをどうぞ」

『えっと、何々……「希望の歌姫」って、なんか照れちゃうなぁ……。僕、ここまで大それた事、やったつもりはないんだけどさぁ』

「いいえ、ロロは実にいいタイミングであのようなイベントを起こしてくれたのです。お陰で、シャール達も今まで以上に活気づいているのですよ。彼らは楽しい事が大好きなのですから」

「……そう言う物なのか?」

 

 そう言った会話をしていた時、イオンがここに尋ねてきた。

 彼女は俺と同じように、今回の調合における協力者だ。

 彼女の技術力も、この世界で十分に通用する程に高い。

 今回の調合でも、十分に力となってくれるだろう。

 

「では早速始めましょう。先ずはこの「クラスチェンジパック」に、ロロの衣装を盛り込みます」

「えっと……、人型の姿をしたロロちゃんの衣装になるようにすればいいんだよね?」

「ええ、それもありますが……それ以外にも、ジェノムの方々から、球状の姿にもなれるようにと、お願いをされているのです」

『えぇ~~!! 僕の衣装の事は兎も角、どうして僕のこの姿になれるようにだなんて……』

「そういう物なのですよ、彼らは」

「多分だけど、ロロちゃんが良く小さなビットを操ってる姿も見てたからじゃないかな? あの姿を見て、ヴィオまで真似したくなったって言ってたから」

『そっかぁ。だったら、僕もしっかり協力させてもらうからね!』

 

 そうして作り出された新たなカソード「クラスチェンジパックver.RORO」が完成した。

 見た目はロロの姿に接続端子のコードが伸びていると言う、この世界において、極めて真っ当な外見をしたカソードだ。

 そう、極めて真っ当なカソードの筈だ。

 何故ならば、中にはクリームソーダを材料にしたり、クリームコロッケの形をしたカソードが存在しているのだから。

 ……話を戻そう。

 これはシャール、及びジェノム用のカソードであり、これを装備すると、シャールの場合はロロの衣装の姿となり、ジェノムの場合はロロの姿に加え、殺傷能力の無い小さなビットを簡単な操作によって楽しむ事が出来るようになっている。

 つまり、衣装チェンジ機能と玩具の機能を一つにしたカソードだ。

 だが、それだけでは収まらず、そう言った機能を加えた結果、元々考慮されていなかったはずの武器を強化する性能がこちらの想定をはるかに上回った。

 これは恐らく、完成度が高かったからその様な現象が起こったのだと思う。

 他にもロロクッションであったり、何故かP-モードのロロのフィギュアが作られたりと色々な物が物が調合され、これらは販売される事となった。

 その結果、シャール達の間で空前絶後のロロブームが巻き起こった。

 その火付け役となったのは、ロロのシャールにおいて最初の友達となった「ライズ」と呼ばれる存在であった。

 見た目は女性型のシャールで、行動や言動その物は一般的なシャールとあまり変化は無いのだが、その見た目と、俺とロロに対して気になる目線を向ける時があるお陰で、少し気になっているシャールだ。

 その肝心の見た目なのだが、明らかにミチルと酷似している。

 とは言え、ミチル本人と引き合わせても特に反応が無く、普通に仲良くしてくれるので、傍から見れば姉妹を思わせる様で、微笑ましい。

 だが、先にも話した通り、時折俺とロロに対して気になる目線を向ける時がある。

 まるで、何かを訴えかけるかのような、そんな目線なのであるが……。

 しかも、その時の目線を向けてる時の記憶が無いと、本人は訴えているのだ。

 これについてカノンに相談してみたのだが、一度そのシャールの精神世界へと潜って見たらどうかと言う提案を受ける事となった。

 まあ、この話はライズともっと気を許せる関係になるまで関係の無い事だ。

 話を戻そう。

 シャラノイアの至る所で飛び交うシャール達は皆、ロロの衣装を身に纏い、ジェノム達もロロの姿と言う、俺としてはなんともコメントに困る光景が広がっていた。

 まあ、ロロの姿で変に暴れまわるという事が、この種族間の間ではありえないと言うのが、不幸中の幸いだが。

 話は変わるが、このクラスチェンジパック、ロロ本人が装備すると、P-ドールが実体化すると言う、なんとも珍妙な現象が発生した。

 しかも本人は食事をとる事すら可能となっており、ロロ本人だけでは無く、ミチルもノワも喜んでいたので、それは別に問題は無いのだが……。

 まあ、今回はこの理不尽な世界に感謝するとしよう。

 そう思いながら、この何とも言えない光景を生暖かく見守るのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第十九話

今回は上から順にモルフォ、GV、デルタ視点です。


貴方は今、幸せ?

 

 

 アタシ達とGVを繋ぐ鎖は、あれから更に強度と長さが増し、今では大陸を横断するくらいまでなら離れることが出来るようになっていた。

 何故このような話をするのかと言うと、今からGV、シアン、アタシの三人で、思う存分この新生ラシェーラの空を飛ぶ許可が下りたから。

 今までずっと大気調査等も含めたあらゆる調査のお陰で、こういった許可が下りなかったのだけれど、それがようやく終わったのだ。

 そうしてアタシ達は、許可が下りた瞬間、空を舞った。

 上を見れば、何処までも広がる青い空。

 眼下に映る美しい緑に覆われた雄大な自然。

 水平線に広がる大海原。

 あぁ、分かる。

 アタシは、アタシ達は今、本当の意味で自由に空を舞っている。

 嬉しい。

 嬉しい。

 嬉しい。

 横を見ればシアンが両手を広げ、笑顔を歓喜の色に染めながら、目を輝かせ、アタシと同じように空を踊る。

 多分、アタシも今のシアンと同じような表情をしているのだろう。

 そして、シアンと同じ方向に、アタシの視界に入っているGVも、天使の羽を舞い散らせながら、この「蒼空」へと飛び立つ。

 ……GVは、ここに至るまで、その(身体)を焦がしてきた。

 何度も、何度も、アタシ達を守る為に。

 アタシ達の、我儘の為に。

 まだアタシ達が生きていた頃、要所において……、即ち、今までの対能力者戦において、GVは殆ど体に傷を負う事は無かった。

 だけど、それ以外にも当然、別のミッションが当然存在する。

 それは潜入調査であったり、フェザー関係者の護衛ミッションだったり……。

 下積み時代の時は、特にそう言ったミッションを受けていた。

 そして当然の如く、その時のGVはまだ未熟。

 怪我を負う事等、当たり前であった。

 訓練の時もそう。

 文字通り血反吐を吐く程の、まさに死に物狂いの訓練。

 それ以外にも、蒼き雷霆(アームドブルー)の新たな使い方の模索の際、制御を誤り意識不明の重体となってしまった時もあった。

 そう、今ここに居る、皆が知っている様な無敵の蒼き雷霆は今も尚、アタシ達の為に限界を超え続けている。

 その身を焦がし、ありったけの力を振り絞っている。

 その心が折れぬ限り、彼は飛び続ける。

 例えその翼が焼き尽くされても、折れてしまっても……。

 その様な道理を無視し、ねじ伏せ、まだだと叫び、果て無き空を飛び続ける。

 その空の先は、太陽では無いと言うのが、唯一の救いではあるのだけれど……。

 そんなGVの事を、アタシ達は彼の記憶の旅をする事で、知る事となった。

 だからこそ、こう思う。

 アタシ達は、もう返し切れない位、GVから沢山の幸せを貰った。

 学校に通えなかったのは今も少しだけ、心残りだけど……、それでも沢山のお友達が出来た。

 助け出された後でも、内心叶う筈無いと思い、諦めていた夢を叶えて貰った。

 そして、何よりも……GVは白黒だった、アタシ達の取り巻く世界を壊し、「色」をくれた。

 だからこそ、GVにはもっと幸せになって欲しい。

 アタシとシアンに、もっと甘えて欲しい。

 貪って欲しい。

 依存して欲しい。

 この想いが、オウカにイオン、それにネロと比べて明らかにおかしいという事は既に自覚している。

 GVにハーレムを許しながら、それでいて独占したい等と望むような矛盾を、アタシ達は抱えているのだから。

 元より、あの特異点での出来事でアタシ達はもう、呪いと化している。

 悪霊と言ってもいいだろう。

 それによって、思考その物が矛盾し、壊れている。

 GVの言う事を何でも聞く、それでいて、余計なおせっかいを勝手にするアタシ達。

 もう滅茶苦茶だ。

 思考が完全に、人外のソレだ。

 

「――フォ」

 

 それでも……。

 

「―ルフォ」

 

 それでも……。

 

「モルフォ」

『……GV?』

「心、ここにあらずみたいな状態だったから、ちょっとね。……大丈夫。僕は何があっても、シアン達の事は離さないから」

『ありがと、GV。……そうだ、アタシ、ちょっと聞きたい事があるの』

 

 アタシは、アタシ達は、GVの事がどうしようもなく大好きで……。

 そんなアタシ達の事を、GVは受け入れて、好きだと想ってくれている。

 それだけで、アタシ達は幸せ。

 だけど、GVはどうなのだろうか?

 

「聞きたい事?」

『GVは――』

 

 今、幸せ?

 アタシは、そう尋ねた。

 その答えは――この大空の中でアタシを優しく抱きしめ、唇を重ねる。

 それによって、ゆっくりとアタシ達は自由落下を始めた。

 その間、GVはアタシの髪を撫でる。

 まるで、心地よく髪を靡かせる風の様に。

 そうして、それが終わった後、GVはあの時見せてくれた――正確には、シアンの記憶にある、初めてGVが告白した時の記憶――表情で、こう答えた。

 

「正直、僕には勿体無い位、幸せだよ」

『……そっか』

 

 もっと何か、言うべき筈の言葉があるはずなのに、その言葉が出ない。

 視界が温かな何かで歪んでいく。

 そして、さっきまで向こうで空を飛んでいた筈のシアンが、いつの間にか戻ってきており、GVを背中から手を回し、決して離さない様に抱きしめていた。

 アタシはシアンの本心。

 アタシの想いはシアンの想い。

 これまでの自問自答も、シアンも共有している。

 きっとシアンも、今のアタシと同じような表情をしているのだろう。

 GVは、今シアンと同じような表情をしている、そんなアタシを再び抱きしめ、今度は子供をあやすように撫でてくれたのであった。 

 

 

 

禊ぎ初体験

 

 

 禊ぎ。

 それは一種の気功の概念に近い物。

 肉体と精神を清め、外部からの強い想いを受け入れられるようにする事で、自身の持つ潜在能力以上の力を得る為の儀式。

 その方法は、精神世界で入手できるジェノメトリカ結晶と呼ばれる、心を揺さぶられた際に出来た強い想いの籠った結晶を互いの体に取り込ませ、想いの伝導効率が上がる純水に、浸かる事で、記憶や心を通わせる。

 その際、肌はなるべく晒した方がよい。

 何故ならば、直接想いを取り込む際に、普通の服ではどうしても邪魔になるからだ。

 その為、禊ぎは専用の衣装を身に纏う必要がある。

 勿論肌面積の広い衣装であるのは間違い無いのだが、これは神聖な儀式でもある為、こういった物も必要となる。

 つまり、要約すると、「互いに結晶を取り込んで溶けだした純水から流れ出る想いを取り込んでパワーアップ」と言った感じだ。

 

「GV、やっぱり落ち着かない?」

「……そうだね。正直言えば、少し緊張してるかな。アーシェス経由の時には感じる事が出来なかった神聖な気配と言える物を感じ取れるから」

「そっか。私はあまり気にならないけど……。GVが第七波動を持ってる事が関係してるのかな?」

「どうだろう? そこは僕以外の能力者も試してみないと分からないけど……。少なくとも、今の段階でも心と体が清められているって感じがするんだ」

 

 今僕は、イオンと共に初めての禊ぎをしている。

 もう惑星創造は為され、平和になったこの世界。

 こういった儀式を、戦闘能力強化のためにする必要も、本来は無かった。

 だけど、一度元の世界に還ったはずのイオンとネロが僕達の世界に自力で来た事で事情が変化する。

 本来ならば、オウカの方が落ち着いたらイオンの事を迎えに行くつもりであった。

 それが自力でここまで来た事で覚悟まで示されてしまった事で、なし崩し的に二人とも、僕が観念する形で恋人として加わる事となるのだ。

 正直に言えば、僕も男である以上、嬉しく無いと言えば嘘になる。

 だけど、それではオウカを含めたシアン達に申し訳が立たないと最初は考えていたのだが、そのシアン達が二人を認めてしまった為、こうなった。

 ただ、「もうこれ以上は増やすつもりは無い」と言っているので、多分大丈夫なはず。

 恐らく、イオンとネロの俯瞰視点を利用するのだろう。

 そう言った事も有り、今まで僕の方が遠慮する形でする事の無かった禊ぎを、この機会にやってしまおうとなって、今に至る。

 因みに今いる場所は、新生ラシェーラの禊ぎ専用の湖だ。

 ここの湧き水は限りなく純水に近い為、そうなったらしい。

 

「「…………」」

 

 僕達は先の会話から、互いに黙っている。

 それは会話が無いからでは無く、不思議と互いの想いが伝わり合っていると言う感覚に身を委ねているからだ。

 水に浸かる前に、互いに水晶経由で取り込んだ想いが、この水を介して僕達を循環していると言う、独自の感覚。

 これは、シアン達と体を重ねる性行為とは全く違う。

 この部分はアーシェス経由の視点では省略されていた為、初めてこの感覚を知った時は、驚いた物だった。

 物理的には繋がっていない筈なのに、想いだけが繋がり、行き来すると言えばいいのだろうか?

 そんな感覚に、僕達は身を委ねた。

 ……あぁ、なるほど。

 これは、一種の瞑想の様な物。

 結晶を取り込む前の親しい会話も、気功の様に例えられるのも、この感覚が理由なのか。

 会話でリラックスし、心を落ち着かせ、想いを取り込む下地を作る。

 そして互いに同じ水に浸かり、想いを共有し、瞑想状態となる。

 この状態での想いの循環により、僕自身の心や体だけでは無く、僕自身の能力まで研ぎ澄まされていると言う実感がある。

 第七波動は意思の力。

 故に、この禊ぎとの相性もいいのだろう。

 そしてしばらくの時が過ぎ……。

 

「ふぅ……。何と言うか、陳腐な言い方だけど、生まれ変わった様な気分だよ。アーシェス経由では絶対に体感できなかった、貴重な体験だった。ありがとう、イオン」

「ううん、そんな事ないよ。私もここまで想いに身を委ねて、落ち着いていられたのは、初めてだったから。私からもお礼を言わせて。ありがとう、GV」

 

 その後、イオンが向こうであった出来事を中心とした話で盛り上がり、無事、禊ぎを終えた。

 これを契機に、シアンやモルフォも当然ながら、オウカにネロも紡ぎをせがむ様になるのは、また別の話である。

 

 

 

 

底なし(意味深)

 

 

 今俺達は、天領沙羅にあるご当地にゅろきーの新作があると聞いて、キャスと一緒に付き合う事になっていた。

 そこでは長い行列であったり、数量限定で、ギリギリ入手することが出来て一安心したりと色々あったが、キャスは満足したらしく、後は帰るだけとなっていた。

 そんな時、GVとオウカがちゅちゅ屋の方角に向かう所を目撃したのだ。

 

「気にならない? デルタ」

「まあ確かに、気にならないって言われると嘘になるけどよ。野暮だと思うぜ? こっそり様子を見に行くのはよ」

 

 オウカはGVの恋人の一人。

 礼儀正しく、優しくて穏やかな人だ。

 何というか……そう、包容力のある女の人って感じだ。

 こういった女の人は俺の周りには見ないタイプだから、初対面の時は俺もガラにも無く緊張しちまった。

 キャスは見ての通りツンケンしてるし、ネイさんはどこかいい加減だし、サーリは知的って感じだし、カノンは厳しいし、イオンにネロは天然っぽい。

 こういう女の人の事を、確か……なんたら撫子って言うらしい。

 ともあれ、正直俺も気にならないと言えば嘘になる。

 そこで二人の後を、こっそりと付ける事となった。

 なったのだが……。

 

『二人共、こっそり後を付けるなんて野暮ってものよ?』

『私達だって我慢してるんだから、邪魔しちゃダメだよ?』

 

 あっさり見つかってしまった。

 シアン達はどうやら、自主的にGV達のデートの邪魔にならない様に見張りをしていたのだと言う。

 そこでせめて、GV達がちゅちゅ屋で何を購入しようとしているのかをダメ元で尋ねた。

 そうしたら、以外にも答えがちゃんと帰って来た。

 

『えっと、ちょっと待ってね……「焦らずのんびりクラス*1」に、「ばなみる*2」に……』

『あ、「ちゅんぴ*3」も買うみたいね』

「この位置からでも分かるの?」

『分かるわよ? 精神感応能力の、ちょっとした応用って所ね』

 

 そう言った使い方も出来るんなら、任務とかにも便利そうだよな。

 後でサーリにそう言った事が出来ないか、話してみるか。

 そう考えていた時、シアン達の顔が少し赤くなった。

 

『あ……』

『……流石はオウカ、躊躇なくいったわね』

「? 如何したの二人共、ちゅちゅ屋で何かあった?」

『えっとね、キャス……』

『オウカったら、「精力至高子宝之源」を大量に買い込んじゃって……』

「ちょっ……!」

 

 精力至高子宝之源。

 これは一言で済ませれば、体力回復の効果を持った精力剤だ。

 それを大量に買い込んだ何て言われたら、そりゃあビックリ……。

 いや、よくよく考えたら恋人なんだし、何も問題はないんじゃねぇのか?

 シアン達だって、少し顔を赤らめてるだけで、キャスみたいに焦ってる訳でもねぇし。

 

「……なあキャス、二人は恋人同士なんだろ? 何も問題はねぇと思うんだが」

「そっ……そう言えば、そうよね」

 

 その後、買い物を終えた二人はちゅちゅ屋から出て天領沙羅を出て、今度は「ほのかの」と呼ばれるシャール達の村に向かった。

 そこではシャール達と交流したり、禊ぎを体験したりしていた。

 そして最後に、タットリアが経営する薬師庵「くるりんてん」へと足を運んでいた。

 そこではある意味、凄まじい光景があったとシアン達は言う。

 

『ちょ……オウカったら、這うシャム粉*4をそんなに沢山!?』

『何であんなにうねうねした物を「凄く便利そうです! タットリアは頭が宜しいのですね」って言いながら購入出来るのよ……』

「……オウカも、イオンとはまた違ったベクトルで天然な人なのね」

『オウカはどっちかって言うと、怖いもの知らずなだけだと思うけど……あ、今度は「とろとろ温泉粉*5」を大量に買い込んでる』

『「HUGってハニー!*6」も迷わず購入……流石ね』

「躊躇ねぇな!」

 

 とりあえず、この追跡で一つだけ分かった事がある。

 それは今後間違いなく、GVは色んな意味で絞られるって事を。

 と、俺は最初に思っていたのだが、後日キャスがそれと無くオウカにその使い道を聞いた所、またしても別ベクトルでとんでもない回答が飛んできた。

 曰く、「GVは底なしですから、いつも私は途中で気をやってしまうんです。だから、私もちゃんと最後まで頑張れるように購入したんですよ。それに、後で絶対にイオンさんも必要になる筈ですので……」との事。

 つまり、その、アレだ。

 GV、お前色んな意味ですげぇんだな。

 俺はそう思いながら、複数の女性陣がそう言った物でブーストしてなお、夜の無双を止められない程に底なしな蒼き雷霆(アームドブルー)に、男としてある意味敬意を示すのであった。

*1
複数のシャールから少しずつ抽出したエキスを注入したTxBIOS。心を落ち着かせ、焦らずのんびり暮らすシャール達の幸せな気分に浸れる効果を持つ。なお、これは詩魔法を謳う前から時間する事が可能。

*2
グランベリーソース仕立ての超おいしい超高級ミルフィーユ。正式名称「バナナペーストミルフィーユ・グランベリーソースプラス」と名前が長いので、イオンが考案した略称である「ばなみる」が採用された。

*3
にゅろきーの可愛さを全く理解できないカノンがIPブランド化を目指して戦略的に創り上げた「ちゅん」のオリジナルキャラのマスコット。

*4
アルノサージュの世界において、あらゆる食材の基となり料理に重宝される万能粉ながら、普通に使うと手が粉まみれになる欠点を遺伝子組み換えにより解決した。独自の思考能力が料理者の手間を削減してくれる。

*5
粉がダマになる事無く、確実に料理にとろみをつけられる食用の粉末。とろとろ温泉の成分由来でこの名とパッケージが採用されている。なお、このパッケージは、傍から見れば非常にいかがわしく、ピンクのガラスの容器、そして蓋の部分にあるハートに「ふたりでトロトロ……」等と書かれている為、いかがわしい用途であると誤解する人が後を絶たない。

*6
媚薬。それ以上でもそれ以下でもない。これでも戦闘中に使用される事を想定しているアイテムであるらしく、むらむらさせる事で潜在能力を開放させる効果がある……らしい。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第二十話

今回は上からネロ、GV、アキュラの視点となります。


ネロとイオンのタッグ

 

 

 その人を最初に見た時、私は明確な運命のズレを感じた。

 何故ならば、その人は本来、私の居る世界の外側に居るはずの人だったから。

 この世界に来れる可能性など、ほぼ無い筈だったから。

 プリムの向こう側に居る存在も、予期していなかった。

 まさか、イオナサルを助けに直接この世界に来るなんて、予期するなんて、出来はしないのだから。

 そして当然、この世界に直接来れる人間が、弱いはずが無かった。

 

(綺麗……)

 

 青き光が干渉者が率いるロボット達から放たれる攻撃を無力化し、同時に放たれる稲光が、返す刃の形で放たれ、貫かれる。

 その光と同時に、天使の羽が舞い散るその光景は、一種の芸術ですらあった。

 彼の容姿が整っているのもある。

 あれはキャスティが良く言っていた、イケメンと言う物なのだろう。

 そうこうしている内に戦局は彼に傾き、決着は付いた。

 その間、私は手を出せなかった。

 当然だ。

 彼はその言動が正しければ、この世界に狙って突入した事になる。

 つまり、彼にお願いすれば、私も元の世界に還れるのではないかと考えた。

 それと、何やら胸が苦しい。

 彼を見ていると、顔に熱を帯び、心臓の鼓動が激しくなる。

 これは一体何なのだろう?

 不思議な感覚であった。

 ……話を戻すけど、不安な事も当然ある。

 それは、彼は私をどうするつもりなのだろうかという事だ。

 彼はイオナサル側の干渉者と呼べる存在。

 当然、敵対していた私に対していい感情など持ってるとは思えなかった。

 その後、彼……GVは母胎想観と化したジルすらも屠り、あっという間にこのソレイルに平穏を齎してしまった。

 私はその間、部屋を与えられてはいたけれど、見張りが常におり、外に出られない状態であった。

 まあこれは、今まで私がやらかした所業を考えれば当然の措置だと言えるけど。

 そんなある日、GVは私に部屋を尋ねに来た。

 私の部屋に来た目的は、私の故郷のある世界の座標を特定できたという事を、私に伝える事だった。

 実際に、その世界の光景の一部を映像で見せられた時、私は……思い切り泣きじゃくってしまった。

 今にしてみれば、とても恥ずかしい。

 その間、GVは私の事を、優しくあやしてくれていた。

 そうして私が泣き止んで、私はGVと会話をした。

 それは他愛の無い話から始まり、その後にシアンとモルフォを紹介され、友達となった。

 その後、GV達が一緒に連れてきたと言うアキュラとロロに加え、デルタ達と共に「謳う丘」へと向かう際の同行者となった。

 そこからは信じられない程とんとん拍子で展開が進み、私の事情まで話の成り行きで皆に正確に伝わった事で、キャスティ達との関係まで修復することが出来た。

 そう、ここからだった。

 私が、明確にGVに好意を抱いている事を自覚したのは。

 その優しさが私だけに向いていない事は分かっていた。

 シアンにモルフォ、それにイオナサルに、この世界に来ては居ないけど、オウカと呼ばれる人も居る事も、同行していた際の会話で把握していた。

 だから私は、イオナサルに取引を持ち掛けた。

 

「イオナサル。私達は近い内に必ず元の世界に戻れるのは確定しているわ」

「……そうだね、誰も犠牲が出ない方法で還れるなら、私は還りたいって思ってるよ」

「でも、貴女は本当にそれでいいのかしら?」

「……ネロ?」

「貴方は、GVに恋してる」

「……っ! それは……」

「だけど、GV達は元々貴女を助けに、そして私達を故郷へと送る為にここまで来た。だけど、貴女は悩んでいる。GV達について行きたいと明かすか、このまま故郷へ帰るのか」

「…………ネロには、お見通しなんだね」

「だから取引があるの。……私も、GVの事が好きよ」

「えっ……! えぇぇぇぇ~~!!」

「だけど、それと同時に故郷にも帰りたい。……ここまでは私もイオナサルも、利害は一致してると思う。そこで、提案なんだけど――」

 

 その取引の内容はこうだ。

 彼らがここに来る際に使われた転移装置、その設計を私達の俯瞰視点で読み取り、それをイオナサルの世界で完成させ、私を迎えに行った後、彼らの世界へ行くと言う物。

 こうすれば、私もイオナサルも故郷に帰れるし、GV達に直接会いに行く事も出来る。

 私の取引を、イオナサルは拒む事等出来るはずも無かった。

 ただ、この転移装置は私達の居るこの世界から見ても物凄く高度な技術で作られている。

 そこで私は、イオナサルとチェインし、私と一緒に俯瞰視点で転移装置を隅々まで観測し、イオナサルが設計図を秘密裏に書き起こした。

 後はもう、知っての通り。

 私達は無事に故郷に帰った後、GV達の世界へと行くことが出来た。

 後は俯瞰視点で彼の居所を探るだけ。

 そして、彼の家であると思われる場所を見つける事が出来た。

 ふふ……。

 GVは、どんな顔で私達を迎えてくれるのかしら?

 私は内心そう思いながら、呼び鈴を鳴らし、彼が来るのを心待ちにするのであった。

 

 

 

ソレイルのこれから

 

 

 惑星創造が為され、ラシェーラは新生した。

 その後、惑星調査が始まり、人々は住むのに適した土地を見つけ出した。

 自然と調和する形で土地開発は進み、都市機能もソレイルから完全に移動が完了。

 そしてイオン達も故郷へと送り出し、後は僕達が帰還するだけとなるはずであった。

 そんなある日、ネイさんとレナルルさんから、ある提案を持ち掛けられた。

 

「ソレイルの譲渡……ですか?」

「そうです。貴方達にはイオンを助けに来てくれただけでは無く、数多くの問題を解決し、惑星創造への道へと私達を導いて下さいました」

「そこであたし達は、そんなGV達に恩賞として、ソレイルを譲渡しようって訳」

「おい、これは明らかなオーバーテクノロジーを持った宇宙船のはずだ。俺達が悪用したらどうするつもりだ?」

「アキュラってば、そんな事言う時点で、悪用しませんって言ってるようなもんじゃない。それに、こっちにも都合があんのよ」

 

 曰く、「私達の中で遠い将来悪用される可能性があるから引き取って欲しい」との事。

 ……確かに、それは旧ラシェーラの歴史の紐を解けば、否定できない要素であった。

 

「それに、アレを完全に解体処理するのも労力がかかるし、最悪忘れられて、遠い未来で火種になる……なんて、あり得るのよねぇ」

「恥ずかしい限りですが、私達の辿った歴史を考えると、そう言った可能性が否定できないのが実情なのです」

「…………」

「それに、そうしてくれた方があたしの仕事の手間も省けるのよ。書類的な意味で」

『台無しだよ、ネイさん……』

「それでいいのか、天統姫……」

 

 このままでは、僕達は元の世界に居るアシモフや紫電達とも相談しないままソレイルを譲渡される事となってしまう為、一度僕達の世界へと戻り、この件を相談する事となった。

 その結果、譲渡を受けても問題は無いとの返事を貰うことが出来た。

 そして、後にソレイルは皇神グループが管理する事となる。

 とは言え、今のままではボロボロな状態なので、一度壊れている所を治してからとなる。

 

「全く、まんまと押し付けられたな。ガンヴォルト」

「全くだよ、アキュラ。受け取る前に相談をしておいて正解だった。アレを管理するとなると、かなり大変な事になると予想できたからね」

「…………」

「……名残惜しいのか?」

「そうだな。正直に言えば、その通りだ。ここは俺にとても有意義な技術と、時間をくれた。あいつらには直接は言えないが、深く感謝している」

『相応に理不尽な事もあったけどねぇ~~。例えば「肉じゃが」の件とか、「百万分の一ソレイル」の件とか』

「お前こそ、「モラスクの素肌」の件で泣きわめいていただろう? 他にも「シャムコロ――」

『それ以上は言わないでよ!! 折角忘れてたのに!!』

「そっちも大変だったんだな……ともあれ、これでお別れって訳じゃ無いさ。何時でも尋ねに来ても構わないって言われてるし」

『それに、今度来るときは私達のライブを開く約束までされちゃったし、今から練習頑張らなきゃ』

『そうよね、この世界にも「電子の謡精(サイバーディーヴァ)」の魅力、たっぷりと知ってもらわなきゃね。その時はロロ、貴女も頑張る事になるんだから、気合を入れなさいよ? もう貴女はこの世界で「希望の歌姫」って異名が定着しちゃってるんだから』

『ふっふ~ん! 分かってるよ、モルフォ。もう新しい歌は作ってあるから、僕は何時でも歌えるさ!』

「頑張れよ、ロロ。……ガンヴォルト。少し相談がある」

「相談?」

「ああ、実は最近俺達が仲良くなったシャールの件でな……」

 

 その仲良くなったシャールの名前は「ライズ」と言うのだが、どうにもアキュラ達と遊んでいる際に、記憶が飛ぶことがあるのだと言う。

 その時、アキュラ達の事を意味深な目で見ていた為、精神面で問題があるのでは? と判断し、シャールに詳しいカノンと相談し、「一度精神世界へと潜って見たらどうか?」と言われたらしい。

 アキュラ的には問題はその後。

 どうすれば仲良くなれるのかと言う、問題であった。

 これに関しては、顔を合わせる機会を増やし、会話や遊ぶ機会を増やして仲良くしたり、禊ぎをしたりしてみてはどうかと答えた。

 他にも、僕達を含めた色々な人達と交流を持てばいいはず。

 しかし、アキュラが気にするなんて珍しい。

 

「ガンヴォルト、それについてなのだが……ライズを撮った写真だ。これを見て、お前はどう思う?」

「……っ! これは、ミチル? ……いや、そう言えばロロのミニライブの際に、彼女に似たシャールが居たはずだ」

『だけど、私達を見ても何も反応を示さなかったよね?』

「因みに、ミチルとも顔を合わせていたが、反応は無かった。だが、俺とロロに対してだけは、あのような反応をする時があるらしい。これは何時もライズと仲良くしているシャール達からも聞いている。普段は絶対に、あのような表情にはならないとな」

 

 ……この感じ、何か嫌な感じがする。

 何と言えばいいのか、どこかモヤモヤするのだ。

 また何か起きるのではないかと言う、そんな予感。

 それを考えると――

 最悪、俺達が譲渡してもらったこのソレイルの出番が来るかも知れない。

 そんな予感を、僕は感じるのであった。

 

 

 

悲しみを打ち消す奇跡の花(リインカーネーション)

 

 

 思えば、長かった。

 ある時の初めは凄まじいゲテモノ料理で始まり、その果ては肉じゃがで終わった。

 そしてある時は、突発的なソレイルの崩壊の危機を退け、何とか真っ当な代物を完成させた。

 そして、ガンヴォルトが残りの二品を持ってきた事で、遂にこのレシピの、最後の調合に挑む事となった。

 その内容は、言葉で説明する事は到底できず、苦難の連続であった。

 正直、俺もサーリも、何度も挫折しかけた難物であった。

 主に肉じゃがのせいで。

 だが、そんな苦難を乗り越え、俺達は遂に完成させた。

 そして、完成させてみれば、それは見事に綺麗な、赤く光る花であった。

 

「はぁ……やっと完成した」

「漸くだな、サーリ。……ともあれ、失敗した様子はない。これで、文句なしの完成の筈だ」

「わぁ……デルタ、ほら見てよ! 光った花が入ってるわ」

「凄く綺麗だな。これって、アルシエルに咲いている花なのか?」

「僕も詳しくは分からないから、レシピに載っている情報を読むくらいしかできないんだが……。その花は、カーネーションと言う名花の形をした特殊なエネルギーとの事だ」

「へぇ、こんなに光る花があるのか」

「いや、カーネーション自体は普通の花らしい。これはあくまでも、カーネーションの花の形をしているだけで、花が入っているわけではないんだ」

「この花の現物は、僕達の世界にも存在しているね。僕達の世界では、年に一度お母さんに感謝の気持ちを込めて贈る花として有名なんだ」

「へぇ~。この花って、貴方達の世界ではそうなのねぇ」

「まあ、流石にこんなに光っている花が咲いてたら、ちょっと怖いわよね。けど、何か拍子抜けかも」

「そうだな。あれだけ色んな材料を使って完成させたものが、筒に入った光ってる花だもんなぁ……。俺はてっきり、何かすっげぇ事の出来る特殊な機械か何かかと思ったのに」

 

 流石に、アレを材料にしている時点で、そんな物が出来るはずも無いだろう。

 まあ、デルタの言う通り、アレだけの労力を用いて出来た物にしてはおとなしめに見える花が出来た事を残念に思う気持ちは、分からない訳では無いのだがな。

 

「……肉じゃがを材料にしてそんな物が作れると、本気で思っているのかい?」

「これを肉じゃがを材料に使って作った事も疑わしいぞ?」

「……それを言われると、俺も反論できん」

「もうすっかり慣れたみたいだね、アキュラ」

「……あまり慣れたく等、無かったがな……」

『アキュラ君、すっごい遠い目をしてる……』

「まあ、肉じゃがの話は置いておくとして、そろそろこれについて説明を始めよう」

『お願いします、サーリさん』

『お願いね、サーリ』

「了解だよ、二人共。……これは見た目こそ、筒に入った光る花にしか見えないだろうが、実はとてつもなく凄い物なんだ。レシピを呼んだ限りでは、たった一度だけ奇跡を起こしてくれるもの、とのことだ」

「奇跡って、例えば?」

「具体的には分からない……。悲しみを打ち消す奇跡を起こす、とは書いてあるんだが」

「悲しみを打ち消す奇跡、か……。有難いとは思うけど、出来れば使うようなことが無い事を願うわ。打ち消すのが本当であれ嘘であれ、そう言う事が起きないように食い止める事が大切だと思うし」

「そうだな。それに、そんな物があったらこれから先、安心しきって気がゆるんじまいそうだしな。特に俺なんて、調子に乗りやすいし……」

 

 ……強いな、デルタ達は。

 俺はこれが完成した時、複雑な気持ちで一杯だった。

 今の俺ならば、これを不要だと断じることが出来る。

 だが、少し前の俺ならば、迷わずこの奇跡とやらに縋ったかもしれん。

 その時の俺は復讐に捕らわれ、ミチルもまだ病弱であったからだ。

 少なくとも、ミチルを助ける為に、この花の力を使ったはずだ。

 

「ははっ、なるほどな……。だが、君達のその考え方は偉いと思う。あって困るものではないのは確かだが、使わないに越した事は無いのも確かだ」

「まあ、心強いお守り代わり、ってことで貰っとくとするぜ」

「うん、それでいいと思うよ」

「それはそうと、これの名前は何て言うの? 光るカーネーション、でいいのかしら?」

 

 いや、流石にその名前は無いだろう、キャス……。

 そもそもこのアイテムには名前があったはずだ。

 確か――

 

「確かレシピに書いてあった。このアイテムの名前は……。リインカーネーション……らしい」

「リインカーネーション……。奇跡を起こす花かぁ。こんなのを作るレシピがあるなんて、本当、アルシエルは凄い所だった、って事ね」

「そうだな……。機会があればまた行ってみたいな。アキュラ達も、そう思うだろ?」

「そうだな。あの塔のテクノロジーには興味がある」

『あの塔、シアンちゃんが呼び出してた塔のオリジナルだって聞いてるしね。僕も興味があるよ』

「……僕はノーコメントで」

『私も同じくノーコメントで』

『アタシは……せめて、情勢が落ち着いたら、考えてもいいかなって思うわ』

「……そんな反応すんなよ。何て言うか、それじゃあ何かあるって言ってる様なもんだぞ?」

「大丈夫だよ、デルタ。向こうは()()()()()()()()()()()()()()()なはずだからね」

 

 リインカーネーション。

 それはたった一度だけ悲しみを打ち消す奇跡を起こしてくれる特殊なエネルギー。

 アルシエルで設計された物で、カーネーションの花の形で発光している。

 出来れば使う機会があってほしくはないが、使わないなら使わないで、心強いお守りになる。

 が、この奇跡が使われる日が訪れるのは、そう遠くない。

 俺は何故かそんな予感を感じながら、この赤く光る花を見つめるのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
これでトークルーム編第二部は終了となります。
次は番外編最終章へと突入する予定です。







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番外編最終章 七つの海を越えた只人は謡精を導く
第二十九話


 新生ラシェーラ。

 それは大地の心臓と一つとなったコーザルを元に、イオンを中心としたソレイルに居る全員による詩魔法「ラシェール・リンカーネイション」によって、惑星創造によって生まれた惑星。

 出来た当初、それはもうソレイル全体が、凄まじい活気に沸いた物であった。

 喜びを分かち合う人々。

 笑顔で飛び交うシャール達。

 目の前に出現した惑星は正しく彼らの希望なのだ。

 そうして目の前の惑星の誕生を、ソレイルに居た皆は祝った。

 その後、直ぐに調査団が派遣される事となり、環境の調査及び土地の確保が行われ、暫くの時が経った――

 

「なるほど……貴方方の事情は分かりました。ライズの生まれた当初を知りたいのですね?」

「その通りだ、カノン」

『僕からもお願い。ライズちゃんの力になりたいんだ。最近、ミチルちゃんと一緒にお泊りした時も酷くうなされたし、記憶の飛ぶ頻度も多くなっちゃって……』

 

 俺達がカノンと相談している内容、それは惑星創造が成される前に知り合った少女の姿をしたシャール「ライズ」についてだ。

 彼女とはロロが開いた小さなライブを切欠に知り合った関係で、今では俺にロロ、ミチルやノワは勿論、ガンヴォルト達とも仲が良い。

 その見た目は()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()に加え、()()()()()()()()()()を有し、かなり露出度の高い服装をした女性と言った物だ。

 まあ、服装に関して言えば、シャール基準では平均的な見た目なのだが……。

 そして次に性格、これは平均的なシャールの物と同じだ。

 つまり、のんびり屋で優しく、純粋なのである。

 そんな見た目がミチルに似ている以外、平均的なシャールである筈の彼女なのだが、俺達と知り合って以来、ある問題を抱えていた。

 それは、時折記憶が飛ぶ時があるのだと言う。

 最初にそうなったと思われる状態になったライズを見つけたのは俺であった。

 その時の状態とは、目に光の無い、正しく虚空の瞳で立ち尽くした状態で表情を無くした物。

 最初はその時、直ぐに元に戻っていた為、見間違いであるのかと判断していたのだが、ロロやミチルを始め、ガンヴォルト達に、彼女の知り合いであるシャール達も目撃するようになった。

 それもあり皆、その事をライズに尋ねた事で、この記憶が飛ぶと言う現象が判明したのだ。

 その事が判明した時、今回の様にカノンに一度相談をした。

 その際、精神世界へと潜る事を勧められたのだが、一つ問題があったのだ。

 仲良くなったとは言え、まだ知り合って間もない。

 だから、もっと親しくなり、彼女の方から精神世界へ潜ってもらう事を誘われるまで待つ事とした。

 何故ならば、必要な事なのは間違いないが、それでも他者を自分の心の中に入れると言う行為は相応に精神的負担が大きい。

 これはかなり親密になったガンヴォルトとイオンによるダイブでも、若干の負担が感じると言うのだから、せめてその位言われるまで親しくならなければ、必要以上の負担を強いる事となるだろう。

 そういう訳で、そこまで仲良くなるのに惑星創造を跨ぎ、暫くの月日がかかった。

 とは言え、必要に迫られていると言う理由はある物の、ライズと過ごす日々は研究とはまた別の意味で充実した日々である事は否定できない。

 今やロロもミチルも完全に懐いており、ノワも俺も彼女の仕草に時折笑みを浮かべたりと、シャール特有ののんびりな性格も相まって心を許している。

 その月日の最中で感心したのが、禊ぎだ。

 あれはいい。

 あの清浄で神聖な雰囲気の中、互いの想いを循環させ合うと言う儀式は、心身共に清められ、引き締められる気持ちになれる。

 ただ少し気になるのは、その時ライズが心なしか顔を赤らめている点だ。

 禊ぎの際のライズの服装も、普段の時と大差ない、いや、寧ろ露出度は減っている筈である。

 本人にそれについて尋ねても、普段のんびり屋な彼女でも、少し拗ねた表情をしながらはぐらかしてしまうので、結局分からず仕舞い。

 まあ、今にして思えば種族の違いによる価値観の違いと言う物なのかもしれないのだが、少なくとも嫌がっていない事は流れてくる想いから判断する事は出来た。

 ただ、その流れてくる想いというのがその……何と形容してら良いのか、温かさに加え、何処か甘い様な、包まれている様な……どうにも言葉で説明するのが難しい。

 そしてこれを機にライズだけでは無く、ミチルもロロも参加するようになった。

 ただ、ノワは顔色を悪そうにしながら遠慮していたが。

 そう言った事もあったが遂に、彼女の方から俺とロロに対して、自身の精神世界へと潜って欲しいとお願いされたのだ。

 そのきっかけも、のんびり屋な彼女でも気になる程、記憶が飛ぶことが気になりだし、それをカノンに相談した事が切欠であった。

 こうして精神世界へと潜る最低条件は整った。

 そう、あくまで最低条件だ。

 ガンヴォルトが言うには、精神世界へ潜る際は、出来る事で思い当たる事は必ずやった方がよいと言う。

 奴は経験者である以上、俺もその意見を参考にする事となった。

 興味のあるアイテムについて話したり、禊ぎが終わった後の会話の時間を増やしたり、色々な人達と知り合わせた。

 その結果、ライズはガンヴォルト達や俺も含め、大勢の人達とチェインするまでに至った。

 そして今カノンと話し合っている事も、その一環だ。

 

「ふむ……コーザルに尋ねてみましょう。彼ならば、彼女が生まれた当初の事が分る筈」

 

 そうして彼女は目を瞑り、瞑想の体勢に入った。

 今彼女は、惑星の意思その物となったコーザルと対話をしているのだろう。

 コーザルとはジェノム達の王であると同時に、この俺達の立っている惑星その物の意思だ。

 その強大さ故、意思を伝えるには巫女であるカノンを経由しなければならない。

 

「…………ふぅ。終わりました。……アキュラ、ライズは少々、今までのシャールとは少し異なる様です。それを踏まえて説明いたします」

 

 ライズが誕生した当初、()()()()()()()()()()()()()()()()()()があったのだと言う。

 その痕跡は例えるならば、全身を引き裂かれ、かき回されたかのような残虐極まりない物であり、むしろ良く生まれてくるまで無事であったとコーザルも驚いていた程であったらしい。

 それもあり、コーザルはまだ生まれたばかりの時のライズの事も気にかけてはいたが、表面上は普通のシャールとは、一部を除いて変化が無かった。

 だが、その一部が不味かった。

 何故ならば、ライズは()()()()()()()()()()()()()からだ。

 これまで普通のシャールであった彼女が取り乱し、猛烈な拒絶反応を出した。

 その拒絶反応は、それこそ魂が損傷する程に酷い物であった。

 だが、それ以外は普通のシャールとは変化がない為、詩魔法を謳わせる状況を作らせない様に気を配る事となった。

 そうして今に至る訳なのだが、その時の魂の損傷はもうほんの少しの痕跡も残っていない程に回復していた。

 特に、最近親しくなった俺達との交流に加え、禊ぎが大きな効果を発揮した事が特に貢献したそうだ。

 が、その事が……魂の損傷の痕跡が消えていく事が、記憶が飛び、うなされる事も有る原因なのだと言う事が、カノンの口からの説明で判明した。

 元々、まだ魂の損傷の痕跡が残っていた頃は、その奥である深層領域内に眠っていた記憶やら何やらもグチャグチャのままだった。

 本来ならば、この状態は良くない。

 例えるならば大黒柱が無く、辛うじて残っている柱に支えられている家の様な状態だからだ。

 それが、俺達との接触や活躍等によって魂が正常になり、その心の奥底で眠っていた記憶も完全に修復された。

 ここまではいい。

 だが、その修復された、心の奥底に眠る記憶その物が不味かった。

 その記憶が具体的に何なのかは分からないが、「ソレ」は彼女の表層の心すら蝕みかねない程の悍ましい記憶らしい。

 俺達はそれが分からなかったが、惑星の意思となった今のコーザルならば把握できた。

 だが、その記憶の内容が、如何にも言葉では説明できないのだと言う。

 ならば当然巫女であるカノンも説明出来るはずも無い。

 ただ、分かった事はある。

 その記憶は現在進行形でライズの心を蝕み、苦しめている事。

 もう一つは、これによって記憶が飛ぶ理由だ。

 その記憶は俺とロロ、そしてノワの姿を見る事がトリガーで表面化し、それに対する精神防御と言う形で、記憶が飛ぶと言う現象が起こる、これが一連の流れであり、理由なのだ。

 

「ハッキリ言います。アキュラ、ロロ。貴方達がライズの精神世界へと潜るのはリスクが大きすぎます。下手をすれば、未帰還者となる危険性があるからです」

「……だそうだが? ロロ」

『ふっふ~ん! そんな理由で引き下がる程、僕達とライズちゃんとの絆は甘く無いよ!』

「そう言う事だ。それに、その程度で引き下がるのならば、俺は、俺達はわざわざこの世界に来る事も無かっただろうな」

「アキュラ君……ロロ……」

 

 今日ここに来て、初めてこの場に居るライズは口を開いた。

 自分が迷惑を掛けていると自覚していたのだろう。

 普段の明るく優しい表情も、今では曇っており、何かを恐れている様に目を伏せていた。

 だが、俺達のこの答えを聞き、漸く口を開いてくれたのだ。

 

「……分かりました。そこまで言うのならば、私は止めません。ですが、専門家の協力を得た方がよいでしょう。私の知るダイブ専門のBIOS屋に、一筆(したた)めます。これを用いて協力を仰ぐと良いでしょう」

「ありがとうございます。カノン様」

『ありがとう、カノン!!』

「感謝する。必ず、無駄にはしない」

 

 そう言う訳で、俺達はライズの精神世界へとダイブする準備を整える事となった。

 ……俺自身、ダイブをすると言う行為は初めてだ。

 そこで、その経験者とも言えるガンヴォルトとデルタから話を聞く事とした。

 

「ダイブで重要なのは、洞察力、後は適応力かな。例えば精神世界では思わぬ事が常識になっていたりする事も多かったり、その世界で登場している人達の言動がおかしくても、何かしら共通する部分があって、それが本音であったりとかだね」

「そんでもって、何よりも重要なのが信じる力。これはダイブする側もそうだが、される側も重要なんだ。いかに互いを信じあえるか……ここが足りて無いと、例え正解にたどり着いていたとしてもどうしようもなくなっちまう」

『だから色々と交流を重ねて仲良くなったり、禊ぎなんかをする必要があったって訳なんだねぇ』

「なるほどな」

「だから、今のアキュラとロロならダイブした途端追い出されるという事は無い筈。とは言え、これはあくまで前提であり、スタートラインだ。そこから先は完全な未知の世界である事は念頭に入れて欲しい」

「それと、行き詰ったと思ったら無理せず戻った方がいいぜ。情報収集が必要になったりするからよ」

 

 そうして俺達はガンヴォルト達からアドバイスを貰った後、カノンが紹介してくれたダイブ屋へと足を運び、俺達はライズの精神世界へとダイブする事となった。

 その世界の名は「残滓に蝕まれる楽土」。

 その名が何を意味するのか。

 それは、俺達がこの世界へとタイブした直後に味わう事となる。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第三十話

『何!? こいつら!』

「分からん……! だが、今は応戦するしかない!!」

 

 俺達は無事、ライズの精神世界へと降りる事が出来た。

 俺達の背後には「ヒュムノフォート」と呼ばれるこの世界の入り口、及び「承認の儀」と呼ばれる、この世界の問題が完了した事を承認する古びた扉が存在している。

 周りを見渡してみる。

 そこは草花が一杯に広がり、大きな湖も山もあり、遠くには賑わっていそうな町が見える。

 なるほど、ここは正しく楽土と呼べる場所と言えるだろう。

 だが、それに似つかわしくない現象がこの世界では起こっている。

 そう、先ほどから所々に黒い煙と火の手が上がっているのだ。

 それを認識した途端、俺達の周りに()()()()()()姿()()()()()が姿を現した。

 俺達がそれを見て、即座に戦闘態勢へと移行したと同時に、奴らは攻撃を開始し、冒頭に戻る。

 奴らの攻撃パターンはエネルギー弾を放ったり、爆弾を投擲してきたり、火炎放射による攻撃を放ったりと何処か身に覚えのある物ばかりであった。

 それにロロが気が付いたのだろう、即座にパターンから該当する正体を割り出した。

 

『パターン解析……っ! アキュラ君! こいつら、()()()()()()()()()()()よ!!』

「やはりそうか! ……だが、何故だ? 俺達とのチェインで影響を受けたのか、それとも……今はそれ所では無いな。少なくとも、こいつらは間違いなく……」

『ライズちゃんを苦しめてるのは間違いない! 行こう、アキュラ君。やっつけなきゃ!!』

 

 この黒い塊……これは恐らく、ライズを苦しめている記憶が具現化した存在だ。

 街の方や湖の方にもこの黒い塊と思われる存在が(たむろ)しており、そいつらがこの世界を傷つけているのが分かる。

 少なくとも、この世界では害悪に等しい存在なのは間違い無い筈だ。

 俺達はこの黒い塊の群れに対して攻撃を開始。

 幸い、こいつらの戦闘能力は皇神兵の物と大差なく、この場に居る黒い塊は瞬く間に殲滅することが出来た。

 

『それで、次はどうするの?』

「まずはこの世界に居るライズを探そう」

『そうだね! ん~……。この世界でライズちゃんが行きそうな場所と言えば……湖かな? この前、ミチルちゃん達と一緒に遊びに行った覚えがある!』

「そうだな。この世界ではそう言った直感も大事だとデルタ達も言っていたからな」

 

 それに、俺自身もロロと同じように、何となくそこに居るのではと思った。

 根拠のない推論に頼るのは科学者としてあるまじき行為だが、ここは精神世界だ。

 今までの交流によって出来た絆とも言うべきものが直感として表れやすいのだろう。

 そう考えながら、俺は立ち塞がる黒い塊を蹴散らしつつ、湖へと向かった。

 

『……っ! 見つけた、ライズちゃんだ! それに、この世界のデルタ達も居る!』

「どうやらこの世界の二人はライズの護衛をしていたみたいだな」

 

 俺達は黒い塊に囲まれ、応戦してライズを護っている二人に加勢し、これらを退けた。

 デルタ達はずっと護っていた為なのか、かなり息切れをしており、その場に座り込んでしまった。

 

「すまねぇアキュラ。こいつら、無駄に数ばかり多くてよ」

「気にするな。それより、これはどういう状況か分かるか?」

「ごめんなさいアキュラ君……私には何も分からないの。ただ、前にも何回か同じようなことがあって……」

「こいつら、その度にこの世界に現れて暴れてるのよ! 折角今日は湖でピクニックしてたのに!!」

 

 詳しく話を聞くと、これまでにも何回か、同じようなことがあったらしい。

 最初の時の規模は大した事は無く、精々五体にも満たない程度の数であった為、余り問題視されなかった。

 だが、日を追うごとにその数は増加し、今ではこれ程の規模になるまで増加し、対応に苦慮しているらしい。

 ……やはり、カノンの言う魂の修復と連動しているらしいな。

 

「今はこんな感じだし、俺達は固まって今暴れてる奴等をぶっ倒しちまおう」

『一応、草原の方はここに向かう序に僕達がやっつけたから、向かうなら街がいいと思うよ』

「そうだな……。デルタ、キャス、俺が遊撃を担当する。お前達はライズの護衛を頼む」

「おう、まかせとけ!」

「判ったわ。私とデルタのラブラブコンビなら、どんな相手でもかないっこないんだから!!」

『らっラブラブコンビって……』

「……ライズにはデルタ達がそう見えているのだろう」

 

 そうして俺達は街へと向かった。

 そこで待っていたのは、やはりと言うべきか、あの黒い塊だ。

 それ以外にも、()()()()()()()()()()()()()()()()の姿もあった。

 

「……っ! 街にまでこんな……くそ!」

「プリム……大丈夫かしら? 一応ネロと一緒にサーリの所で遊んでる予定だったって聞いてるけど」

『……ッ! いけない、あのでっかいの、こっちに気が付いたみたい!』

「デルタ達は先にサーリの所へ行け! アレは俺達がやる!」

「……すまねぇアキュラ!」

「その代わり、ライズの事は任せておいて!」

 

 そうしてデルタ達はサーリの居る所へと逃がし、俺達はあの黒いデカブツとの戦闘に入った。

 その黒い塊はミサイル、及び機銃掃射がメインの攻撃方法であった。

 そして、その巨体に合わず、軽々とジャンプする機動力も併せ持つ。

 ……やはり、この動きをするメカニクスと思しき黒い塊、見間違いで無ければ――

 

『……ッ! パターン解析完了! やっぱりコイツ、「マンティスレギオン」だ!!』

 

 マンティスレギオン。

 それは俺達の世界の皇神未来技術研究所が開発した第九世代戦車。

 俺達の世界の現行機であった「マンティス」に、「プラズマレギオン」の技術を一部転用する事で生まれた無人戦車だ。

 基本的な武装はマンティスと同様だが、ミサイルにビームを内蔵しているなど様々な点で強化がなされている。

 その攻略法は頭部にダメージを蓄積させ、そのダメージを強制冷却する際に出現するコアを破壊すればよい。

 

『コアの出現を確認! アキュラ君、いっけぇー!』

「これで終わらせてもらう」

 

 俺はコアに向かってブリッツダッシュをしつつ、この世界の技術も加えて更なる改良を済ませた俺の持つ銃、「ボーダーⅡ」改め「ディヴァイドⅡ*1」を叩きつけロックオン。

 それと同時に必中の二筋の光の矢を複数叩き込む事でコアを破壊し、決着を付けた。

 

『ま、この程度なら僕達の敵じゃないよねぇ~』

「…………」

『……アキュラ君?』

「……いや、何でもない」

 

 俺は最初、()()()()が頭の中に浮かんだが、それと同時にこいつと交戦した記憶があった事を思い出し、その疑念は頭の片隅へ追いやられた。

 その後、街に巣くう黒い塊は全て始末し終え、この世界の目に見える範囲の脅威を退ける事に成功した。

 その後、デルタ達と合流し、無事を確認した後、俺達はこの世界のライズの家へと招待される事となった。

 だが、その家は、俺達に対して凄まじい親近感を持たせた。

 何故ならば、その家は……。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだから。

 しかも、それだけでは無く、ライズの世話をしているメイドがノワであると言う点も、それに拍車を掛けた。

 ……これが、たまたまこの世界におけるノワの役割だと言えばそこまでだ。

 だが、俺には……いや、俺達にはそれだけであるとは到底思えなかった。

 故に、その疑念は更に深まる事となったが……まだその疑念が正しいかどうかを決定付けるピースが足りない。

 

「ライズに怪我がなくてよかった」

「うん。私はもう大丈夫。ありがとう、アキュラ君、ロロ」

『いやぁ~、それ程でもないよ~』

 

 案内された部屋はやはりと言うべきか、ミチルの居た部屋と何ら変わりが無い。

 そこでライズはベッドの上に座り、俺達と他愛の無い話をする事となった。

 昨日出されたおやつのようかんの話だとか、以前チェロの演奏家に生演奏をしてもらった話だとか、今日の朝出されたブロッコリーを避けた話だとか、本当に、()()()()()()他愛の無い話が続いた。

 そして、先ほどの黒い塊の話題も、何事も無く終わるはずだった。

 

「アキュラ君もロロも、凄いよね。あの黒い塊をあっという間にやっつけちゃうんだから」

『あのくらい、僕達ならどうって事は無いさ!』

「あの程度ならば、問題は無い」

「そっか……本当なら私も謳えれば、アキュラ君の足手纏いになる事なんて無いのに……」

『ライズちゃん……』

「……大丈夫だ。ライズは足手纏い等では無い。俺達の仲間であり、友達だ。そうだろう?」

「……うん。ありがとう、アキュラ君」

 

 そうして話している内に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()事で、俺はこの世界でまだ行っていない箇所があった事を思い出し、()()()()そこに向かう事をライズに話した。

 その瞬間、空気が何となく変わった。

 

「……ダメだよ」

『ライズちゃん?』

「ダメ、そこには、行ってはダメ」

「どうした、ライズ?」

「お願い……行かないで、アキュラ君、ロロ。あそこは絶対に近づいてはダメって言う、この世界に伝わる言い伝えがあるの」

 

 言い伝えだと……あの時、ライズは何も分からないと言っていた筈。

 いや、言いたく無かったからああ言ったと考えれば自然な話だ。

 ともあれ、ライズが言うにはその山の山頂に向かえば、この世界の真実と対峙する事となる扉が開くらしい。

 そして、今まで撃退しているあの黒い塊の力の源は、その扉の先に眠る「何か」だと言う。

 

『そこまで分かってるのに、どうして行かないでだなんて……』

「……あの山に眠る真実は、ライズ様を大きく傷つけ、災いを齎す物だからです」

「ノワ……」

「アキュラ様、もしあの山に行かれるのでしたら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのつもりでいて下さい」

「ごめんなさい、アキュラ君、ロロ……」

 

 こう言った事も有り、俺達は一度ライズの屋敷から離れ、状況を整理する事とした。

 まず、「この世界の真実」とはライズの深層意識に眠る記憶であり、そこにある「何か」。

 これは間違いないだろう。

 だが、もう一つ気がかりなことがある。

 それは、俺達をあの山に行かせない様に仕向けている事だ。

 これに気が付いたのは、ノワの言動だけでは無い。

 一度街に戻ってそこに居る住民に山の事を尋ねると、決まってあの山には向かうなと警告を出している。

 後、黒い塊に対して妙に楽観視している事も気がかりだ。

 ……落ち着け、ここは精神世界だ。

 ここは常識の通用しない世界。

 俺はあの山に行こうとしている存在、つまり、この世界のライズに災いを齎そうとしている存在と同義の筈だ。

 なのに、ライズにノワもそうだが、ここの世界の住民は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がおかしいのだ。

 正直に言う必要などなく、あれは自然発生する物だとでもいえば、ごまかしが効く筈。

 それに、態々話題にこの世界の山の事を話さなければ……あの情報さえなければ、俺は無理に山に行こうとは思わず、その場を退いたはずだ。

 そう考えると……。

 ライズは少なくとも、あの山の真実……つまり、奥底に眠る記憶を恐れているのは間違いない。

 そして、そこから出てくる黒い塊……記憶の残滓の脅威にさらされているのも、本当なのだろう。

 それなのに、俺に対してこの情報を与えている。

 こうして考えると、ライズ(残滓に蝕まれる楽土)はこの世界の真実を知りたがっているのだろう。

 だが、恐れていると言うのもまた、本当の事のはずだ。

 そう俺は考えながら真実が眠る扉が開くと言う山頂へと目指す事となったのであった。

*1
アルノサージュの世界の技術により改良されたボーダーⅡ。この小説内では退魔リボルバー「ボーダー」をモデルに一から作成した武装であり、尚且つアキュラは父の意思を継ぐ事も無くなった為、その決別の意思を示す事が動機で名前を変化させている。改良内容はロックオン時間の増加及び、ロックオン対象が二つに増加。そして出力及び銃口が単純に二倍となっている。二体にロックオンすれば二つの異なる銃口から必中のレーザーが同時に着弾し、一体にロックオンすれば異なる銃口から放たれる必中のレーザーはその一体に集中する。なお、ディヴァイドⅡの「Ⅱ」は単純に銃口の数がその理由だったりする。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第三十一話

「……山に行くぞ、ロロ」

『いいの? ライズちゃんもノワも、あそこには行くなって言ってるのに』

「ああ。そもそも、本当に行って欲しくないなら俺達に対して情報操作をしたり、追い出しに掛かったり、もっとやり様があるはずだ。なのに、それを実行していない。そして、この世界はライズの世界だ。そんな情報を態々俺達に与えた理由は、ライズもまた、本当の事を知りたいのだろう」

 

 情報を整理し終えた俺は、この推測を信じ、山へと向かった。

 その山には予想通り、皇神兵の形をした黒い塊が居た。

 それだけでは無く、俺達の世界に存在する警備用メカの形をした黒い塊や、()()()()()()()()()()()()()黒い塊もまた存在しており、俺達はこれらを撃破しながら山頂を目指した。

 そうして山頂へとたどり着く寸前、そこで待っていたのは、やはりと言うべきか、ノワと、そしてライズの姿があった。

 

「……警告はしたはずですよ、アキュラ様」

「ならば、態々この山の事等話さなければいい筈だ。そう思わないか? ライズ。……分かっている筈だ、お前は真実を知りたがっているだろう?」

「……ッ! ふふ……やっぱり、アキュラ君には誤魔化せないよね。そう、私はこの世界の真実が知りたい。でも、その先に眠る黒い塊(記憶)の事も、その真実も怖い。でもね……それよりも、もっと怖い事があるの」

「……何?」

「それはね、アキュラ君とロロがその事を切欠に、私の世界から……ううん、私の元から居なくなる事が、怖いの。記憶の内容に、真実に幻滅されてしまうかもしれないって……」

『ライズちゃん……。そんな事で、僕達はライズちゃんを幻滅何てしないよ!!』

「あまり俺達を見くびってくれるな、ライズ。そんな事で俺達は止まるつもりは無い。……その怖いと思う気持ちは、今までの付き合いや禊ぎを通じて、少しは分かるつもりだ。だからこそ、俺達を頼って欲しい」

『そうだよ! 困ったらお互い様さ、遠慮なく頼ってもいいんだよ、ライズちゃん』

「……ありがとう、アキュラ君、ロロ。私、そう言ってくれるって信じてた。だから私、頑張るよ。二人が居てくれれば、きっと大丈夫なはずだから」

 

 こうして俺達は無事、ライズと意見を合わせる事が出来、山頂へとたどり着く……筈だった。

 

「その様な事、私がさせません。サセマセン。サセママママママママママ……」

 

 ノワが阻止の言葉を放つと同時に、言動が崩れ、身体が崩れ、その崩れた塊が肥大化していく。

 そうして、肥大化を終え、形が徐々に整えられ……その姿を現した。

 それは俺達の世界の無人戦車に近く、それよりも大型だ。

 だが、他の無人戦車とは決定的に違う特徴がある。

 それは――

 

『な……何これ!! ()()()()()()!()?()

「ノワ……!?」

「……どういう理由でその姿なのかは敢えて問わん。だが、正体は把握出来た。お前は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだろう?」

『……ソノトオリデス、アキュラサマ。ナラバ、ヤルコトハヒトツ……コノサキヲシリタケレバ、ワタシヲタオシテカラニシテモライマショウカ』

「来る……! ライズは下がっていろ!!」

 

 ――そう、その特徴は顔に当たる部分がロロであった事だ。

 要は戦車の形をした大きなロロ、仮に名前を付けるならば、「ロロ戦車」と言った所か。

 こうして俺達は、このロロ戦車との戦闘に入った。

 その直後、ロロ戦車の顔に当たる部分から、巨大な円月輪が射出される。

 それと同時に、身に覚えのある光の球も射出され、俺達に迫る。

 この二つの攻撃の内、光の球が着弾したと同時に、爆発を起こした。

 その規模は小さなものであったが、あれは正しく俺達が扱っているEXウェポン「ルミナリーマイン」であり、同時に放たれていた大きな円月輪も同じくEXウェポン「オービタルエッジ」であった。

 

「その姿をしていた以上予想はしていたが、まさかEXウェポンで攻撃を仕掛けてくるとはな!!」

『「オービタルエッジ」、「ルミナリーマイン」』

『こっちだって、甘く見ないでよね! 「オービタルエッジ」! 「ルミナリーマイン」! それに、機械である以上、こいつが効く筈、「ハイドロザッパー」! 「ワイドサーキット」!』

 

 ロロ戦車は俺達の予想通り、EXウェポンが攻撃手段だった。

 そうしてしばらく戦闘を進めている内に「キスオブディーヴァ」「ドラフトスパイラル」「クロスランサー」と、多種多様な攻撃方法で俺達を襲う。

 だが、それ以外のEXウェポン……先ほど放った「ハイドロザッパー」「ワイドサーキット」に加え、「テイルバンカー」「アバランチソード」等の攻撃が放たれる事は無かった。

 そのお陰で、手数と言う意味では俺達は圧倒していたのだが、問題はそれからであった。

 順調に攻撃を加え、ロロ戦車にダメージが蓄積していく。

 徐々に車体から火花も散り始め、追いつめつつあった。

 が、しかし――

 

『ウゥゥ……「ダークネストリガー」』

『何これ!! 突然、動きが……!?』

「俺の知らないEXウェポンだと!?」

 

 ――未知のEXウェポン「ダークネストリガー」の発動と同時に、ロロ戦車の顔に亀裂が走り、その顔が崩れた。

 その内部は悍ましき機械的なホラーを体現した姿であった。

 顔の部分の額に合った色は黒く染まり、そこから無数の黒いエネルギー弾がばら撒かれる。

 そして、その動きも攻撃も激しさを増し……

 

『「アンカーネクサス」』

「何ッ!?」

「『アキュラ君!?』」

 

 これは「編糸細工(クラフトウール)」の第七波動(セブンス)による糸状のエネルギーか……!

 ロロ戦車はこの攻撃を「アンカーネクサス」と呼んでいた。

 この名前は、奇しくも俺の持つEXウェポンである「アンカーネクサス」と名前が同じであった。

 俺が使う場合、発動時に赤い糸で繋がった相手に対して、ドリルに編み込まれた糸状のエネルギーを纏いながら、ブリッツダッシュを誘導しつつ体当たりによるダメージと同時にロックオンする効果を持つ。

 だが、このロロ戦車が放った「アンカーネクサス」は、それとはまったく異なる。

 そもそも、()()()()()使()()()()()()()()()()()()()のだ。

 これによりカゲロウを無視し、俺は全身を糸状のエネルギーによって拘束され、絶体絶命のピンチに陥った。

 それでも俺は振りほどこうと足掻くが、俺の周囲には糸で編まれたドリルが一つ、また一つと増え、それらに貫かれるのは時間の問題であった。

 そんな時であった。

 歌。

 歌が聞こえた。

 その歌声の元を辿って見れば……そこには、P-ドール形態のロロ、そしてライズの歌声が響いていた。

 そう、これは正しく二人による詩魔法だ。

 それを認識したと同時に、糸で編まれたドリルは俺に殺到した。

 だが、それと同時に俺を中心に魔法陣が展開し、爆発を起こし、俺を無視したその衝撃で周囲にあった糸のドリルが吹き飛ばされた。

 これは詩魔法詠唱中による、サポート攻撃と呼ばれる物だ。

 それだけでは無く、詩魔法詠唱中の二人から、凄まじい程の追撃の光がロロ戦車を貫く。

 そして……。

 

『「これで終わり!! いっけぇぇーーー!!」』

『!!!!???!!!?!!』

 

 放たれた()()の光輝く一撃が、ロロ戦車を貫き、完全消滅させた。

 これで、ライズの「知りたくないという想いが具現化した存在」であるロロ戦車は姿を消した。

 これが正しければ、ライズはもう、迷う事は無い筈。

 いや、それよりも、言わなければならない事がある。

 

「済まない、二人とも助かった。……ライズ、ロロの補助があったとはいえ、初めて詩魔法を使えたな」

「あ……私はただ、アキュラ君が危ないって思って、それで、何も出来ない自分なんて嫌だって思ってて……気が付いたら謳ってた。今まで、謳おうとしてもずっと無理だったのに……」

『きっと、ライズちゃんがアキュラ君を護りたいって思ったから、謳えるようになったんだよ!』

「……ありがとう、私はこれで、勇気が持てる。詩を謳える。でも……それでも、まだ怖いって思う気持ちはあるの。でも、アキュラ君も、ロロも居る。他にも私を支えてくれる、大勢の人達が居る。だから、私は真実を、自分の記憶を知りたいって思う。私、強くなりたいから……アキュラ君の足手纏いに何てなりたくないから」

 

 そうして俺達は山頂へとたどり着き……ヒュムノフォートから、光の柱「エンブレイス・ロール」が出現した。

 あの光の柱はここにある山頂からも見えていた。

 あの光こそ、この世界の問題が解決した証。

 そして、ライズの心が成長した証でもあり、俺達との絆がより強固となった証でもあるのだ。

 そして、真実を知る扉と言うのも、アレの事なのであろう。

 

「あの光がこの世界を完了した証か」

『やったねライズちゃん!』

「うん! 私、成長出来たみたい!!」

 

 俺達はその事を心から喜び、ヒュムノフォートへと向かった。

 だが、一つ疑問があった。

 こうしてエンブレイス・ロールが出現したのはいい。

 だが、どうやって承認の儀と呼ばれる物をするのか、分からなかった。

 その事を疑問に思いながら、俺達は再びフュムノフォートへとたどり着いた。

 そんな時だった。

 なんと、あの時戦ったロロ戦車が空から舞い降り、この場に姿を現したのだ。

 

「お前は……!」

『アキュラサマ、ワタシハモウ、タタカウイシハゴザイマセン』

『え、そうなの?』

「彼女はそう、私の「知りたくないという想いが具現化した存在」であり、この世界の主。「残滓に蝕まれる楽土」における、残滓その物なの。……私はこの残滓を受け入れていた。だって、私が危ない目に合っていても、皆は助けてくれていたから、私はそれに甘えていたの」

「なるほどな、通りでこの世界の住人が黒い塊に対して楽観視する訳だ」

『つまり、この世界の住人の楽観視は、ライズちゃんの心の甘えが形となった物って訳なんだね』

「ソウイウコトデス。トモアレ、コレデライズサマハ、アラタナウタマホウトシテ、ワタシヲコウシスルコトガデキルヨウニナリマス」

「……何? そうなのか?」

『ハイ、ウタマホウハカンリョウノギシキガオワッタアトニ、エラレルモノナノデスヨ、アキュラサマ。……デハ、ハジメマショウ。アキュラサマ、ライズサマ、テヲツナギ、アノドアヲイッショニ、アケテクダサイ。ソレデ、ショウニンノギハオワリ、コノセカイハカンリョウサレマス』

「分かった。ライズ、準備はいいな?」

「うん。……アキュラ君の手、(あった)かいなぁ」

『あ、そうだノワ……じゃないや、えっと……何て呼べばいいの?』

『ソウデスネ、ワタシノコトハ「ジャイアントロロ」トオヨビクダサイ』

『えぇ~……そんな安直な……。じゃ、じゃあ、ジャイアントロロ、僕もアキュラ君と手を繋いでも大丈夫? 出来れば、僕も一緒にこの扉を開けたいんだ』

『エエ、モチロン。ライズサマガヨロシケレバノハナシデスガ』

「私は大歓迎だよ、ロロ」

『やったぁ! じゃあ、手を繋ごう、ライズちゃん』

「うん!」

 

 ライズは俺、そしてロロと手を繋ぎ、三人で世界の入り口であり、出口でもあった扉の先へと進んだ。

 そして俺達は、見事にこの世界、「残滓に蝕まれる楽土」を完了させることが出来た。

 それと同時に――

 

 

――ライズのジェノメトリクス「残滓に蝕まれる楽土」を完了しました。詩魔法【ジャイアントロロ】をインストールしています。

 

 

 そして、俺達は現実世界へと戻り、ライズの様子を見たのだが……。

 負担が強かったのか、どこかフラフラとした様子で、彼女は出てきた。

 だが、何処かすっきりとした表情を俺に向け、明らかにダイブ前とは別物で俺達は無事ダイブが成功した事が確信。

 その後、そのまま俺達は禊ぎを行った。

 純水に溶け出した俺達の想いが、俺とライズの中で循環し、浸透する。

 何と言えばいいのか、ライズの精神世界が完了した影響が明らかに出ており、想いの純度と呼べばいいのだろうか? それが増しており、その心地よい想いが俺の中を駆け巡る。

 そして、ライズの方はと言うと……ダイブする前に行った禊ぎと比べて、明らかに表情が違った。

 力が抜け、かなり自然体に近づいており、何処か緊張していた物が解きほぐされている。

 その後、禊ぎが終わった後、ライズは疲れてしまったのか、そのまま眠ってしまった。

 

(……ライズ、お前にどんな秘密があるのか、まだ確証は取れない。だが、それが予想通りであれ、予想外であれ、俺達はお前の力になる。……次の世界からが本番だろう。だから、今はゆっくりと休むといい)

 

 そう思いながらライズを抱き寄せ、俺は物思いに更け揉むのであった。

 ……その様子を羨ましそうにロロとミチルに見られて、後で同じ事をねだられる事も知らずに。

 




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第三十二話

 ライズの精神世界「残滓に蝕まれる楽土」の完了後、新たに得た詩魔法の試し打ちをする為に、ここ惑星ラシェーラの人気のない場所まで俺達は来ていた。

 そこは何処までも広がる様な草原で、上を向けば吸い込まれそうな青い空。

 俺達の居た世界ではもう見る事も叶わないであろう光景が広がっていた。

 そんな場所で、精神的な成長を果たしたライズの詩魔法による歌声が響いている。

 そのライズの詩魔法に使われている言語であり、ジェノム、シャールの公用語である「契絆想界詩」による歌声が。

 俺も研究や調合の過程でこの言語体系を学ぶ機会があった為、それなりに理解は出来るようになっていた。

 そのお陰で、今謳っている詩魔法の内容も、ある程度は把握出来ている。

 その内容は要約すると、「発進! 進め~! ジャイアントロロ~!!」と言う、なんともコミカルな内容で、これでいいのか詩魔法と最初は思った物であった。

 が、後にキャスの詩魔法「ニュロキラーZ*1」や、イオンの詩魔法「ちゅんぴ*2」を見た事で、俺の常識がまた一つ壊れる事になる。

 ……まあ、話を戻すが、肝心の詩魔法の効果は、どうやらこれまでの詩魔法とは性質が違うらしい。

 簡単に言うと、移動拠点として運用する事も出来ると言う、なんとも変わった効果を持っている。

 操作方法はライズの意思によって好きに操作できるらしく、同調している俺やロロの視点や感覚を借りる事で周囲を把握し、ライズ自身がジャイアントロロに乗りながら運用すると言った感じとなっている。

 とまあ、気分転換も兼ねた詩魔法の試運転も済ませ、ライズの次の世界へと潜るべく、俺達はダイブ屋へと訪れた。

 そして、いざ潜ろうとした時、デルタ達から待ったが掛かった。

 何故待ったが掛かったのかと言うと、ライズの次の世界で動く事が可能になる為に必要な絆の強さ……所謂「DLv(ダイブレベル)」が足りないかもしれないと指摘を受けたからだ。

 

「DLvか……一応、3ある事は確認出来てはいるが……」

「DLv3か……。経験上、そのレベルでは足りないと僕は思う」

「そうだな……その辺りだと、まだ自身の本心をさらけ出すのを無意識では恐れているって感じだな」

「…………」

「……まあ、アキュラがライズの世界で何があったかは詮索出来ねぇから断定はしねぇがよ、そのレベルでの世界ってのは「表層世界」って言って、まだ本人の意思で制御できる範疇の世界なんだ」

「そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()世界が、「深層世界」。そこは本人も把握できていない、そして制御する事も出来ない世界。この世界のレベルに突入した事が切欠で仲の良い親友や恋人、そして夫婦が破局するのも珍しくない。正しく絆が本当の意味で試される世界なんだ」

「なる程な……。では、どうすればいい?」

「そうだなぁ……ライズとチェインしてる相手の精神世界にダイブする事だな」

 

 元々、チェインしている相手の精神世界にもダイブする事は可能であり、今回の場合の様にライズとチェインする際、そういったライズ経由で自身の精神世界に入られるリスクも織り込み済みと見做されていた。

 実際、ライズにチェインしたロロやミチルを始めとした様々な人達はその前提を知りながらライズとチェインしている。

 そういう訳なので、チェイン先の世界に黙って潜ってもあまり問題は無い。

 そこを突いて悪用する事も出来るだろうが、そこはダイブ屋の監視が入っている為、そう言った事は直ぐに見破られるのでセキュリティ面は問題無いとの事。

 

「要はダイバーの修行も兼ねた信頼作りみてぇなもんだ」

「異なる世界を完了させる事で、チェイン経由でダイバーへの信頼が増し、絆を深める。一見すると他人をダシにしている様で悪い気分をするかもしれないけど、完了さえしてしまえば本人にも、チェインしたライズにも明確な利点はある。そう、詩魔法だ」

「なるほど……相応の利害が存在しているという訳か」

「そういうこった。……まあ、アキュラなら悪いようにはしねぇって事を皆分かってるから、こんな事が言えるんだけどな」

 

 そういう訳で、俺はライズのチェイン先の精神世界へと潜る事となった。

 まず潜る事になった世界はデルタとの世界「仁義無き戦い」。

 要約するとここではマフィアとの抗争の話がメインとなっており、この世界では俺やデルタは攫われたライズとキャスを助けると言った内容の精神世界だ。

 そして、この世界でもやはりと言うべきか、「残滓に蝕まれる楽土」でも現れた皇神兵や戦闘メカ等を形どった黒い塊、それ以外にも、マフィアとおぼしき黒い塊も出現していた。

 その過程で色々とあったが、最終的にマフィアの潜伏先である場所へと向かい、俺達はそこに潜むマフィア達を倒す事がトリガーとなり、この世界は完了された。

 だが、その時に相対したマフィアの施設とされた場所と敵に身に覚えがあった。

 あの施設は廃棄されているように見えたが、アレは間違いなく皇神のデータバンク施設であり、相対した敵は「バクト」と言う名の第七波動(セブンス)能力者だったはず。

 

(バクト……俺のEXウェポン「ドラフトスパイラル」作成の際に協力してくれた能力者の一人。今は火星開拓の実働部隊の一員として活動をしている、螺旋(スパイラル)の能力者の筈。……戦いとは無縁の筈の彼が、何故この精神世界でマフィアとして現れる?)

 

 この世界の彼は()()()()()()()を用いて変身現象(アームドフェノメン)を引き起こし、強化された螺旋の能力で俺達と戦闘を繰り広げ、これを俺達は撃破。

 その後、無事エンブレイス・ロールによる光の柱が立ち上り、この世界を完了させる事が出来た。

 ちなみにだが、この世界はデルタがキャスの事を護れなかった場合の恐怖が具現化した世界であり、マフィアはその恐怖の象徴。

 これを見事乗り切り、デルタは無事成長を遂げ、俺達との絆をより強固に結び付けた。

 そして、この世界の主は予想通り、バクトその物であった。

 だが、この世界のバクトの話を聞く限り、どうにも話が合わない感じがしたのだ。

 この世界のバクトが語る自身の成り立ちと、俺の知っている彼とは違う。

 少なくとも、彼は()()()()()()()()()であった過去など無かったはずだ。

 だが、それを解決すると思われるキーワードと情報を残してくれた。

「セプティマ」、「セプティマホルダー」、「マイナーズ」、「翼戦士」、「イクス」、そして……「人類進化推進機構スメラギ」。

 この中に、俺の知りうる言葉が出てきたのだ。

 そう、人類進化推進機構スメラギ……俺達の世界では、第七波動の意図的な発現や譲渡、及び消去を管理する組織であり、あくまで「皇神グループ」の一つと言う扱いだったはずの物。

 だが、このバクトが語ったのは、それとは全く違う、別の事であった。

 それを知った時、俺の予測が大分当たっている事を確認する事が出来、それらをこの世界から出た後に、ガンヴォルト達と情報を共有する事となった。

 

 

――デルタのジェノメトリクス「仁義無き戦い」を完了しました。詩魔法【翼戦士「獅子王旋迅」】をインストールしています。

 

 

「その世界で得た情報による言葉と、俺達の世界での言葉を照らし合わせると、第七波動(セブンス)とセプティマ、セプティマホルダーと能力者、マイナーズと無能力者は同じ意味を持つ。そして、俺は向こうの世界ではイクスと呼ばれていて、翼戦士はおおよその意味は宝剣持ちの能力者と言った所だろう」

「だけど、得た情報の中で僕達が知りうる物の中で大きく異なった物もあるみたいだね。人類進化推進機構スメラギ――能力者達を全世界規模で管理、コントロールし、無能力者を殺処分する組織……か」

「何て言うか、ろくでもねぇ組織だって匂いがプンプンしやがるな」

「そうよねぇ……。話を聞く限り、能力者にも優しくない感じがして、見え透いた悪意を感じるわね、デルタ」

『もう! アタシ達の世界では殺処分なんて事はしないのに! 酷い風評被害じゃない!!』

『それに、管理は兎も角、コントロールって言葉がちょっと引っ掛かるかな……』

『……その世界のミチルちゃん、大丈夫なのかな……こういった世界って可能性の数だけいっぱいあるからキリがないって言うのは分かってるんだけどさ。それでも僕、心配だよ……』

「…………」

 

 可能性等、本来ならば考えた所でキリがない。

 だが、知ってしまったらそういう訳にもいかないだろう。

 ……まだ言うつもりは無いが、ここまで情報が集まった以上、確定してもいいのかもしれない。

 皆はまだ俺に何も聞いてこないが、ここまで情報を出されれば、嫌でもある程度は予測が付くだろう。

 それに、ロロもあんな事を言ってはいるが、ロロ本人だって分かっている筈だ。

 そう、ライズが()()()()()()()()()()()()である事を。

 そして、その時の死が想像するのも悍ましい、悲惨な結末であった事を。

 ……とは言え、まだそうであると決まった訳では無い。

 結局は、次のライズの世界へと潜らないと分からないのだから。

 その後、ライズと禊ぎや、これまでと変わらない、コミュニケーション等のやり取りをしつつ、ライズの容態を見る事となった。

 その結果、記憶が途切れる事も、夢にうなされる回数も明らかに減り、大幅な改善が見られた事から、このままダイブは続行。

 そのまま次の精神世界へと潜る事となった。

 その世界は、ロロがベースの世界。

 その名は「機械(カラクリ)恋愛模様」と言う、なんともコメントに困る名前の世界だ。

 そんな名前の世界だからだろうか?

 この世界では完了する際の条件がこれまでとは違う。

 その条件は、端的に言うとその世界の主である「ダイナイン」と呼ばれる秘書型のヒューマノイドと呼ばれる存在と、もう一人の世界の主であり、彼の主でもある「インテルス」と呼ばれる女性の恋仲を成立させると言う、俺の知る限りではなんとも変わった内容であった。

 ……この二人も、バクトの時と同じ様に俺達の世界にも存在している。

 ダイナインの立場は基本変わっていないが、インテルスは確か、俺の知る限りでは()()()()()()()()()()()()()()()はず。

 その理由が分からない以上、俺が気にしてもしょうがないのは確かだが……。

 ともあれ話を戻すが、ロボットと人間との恋仲の成立とは、今にして思えばなんとも無茶苦茶な条件であると俺は思っていた。

 実際にこの時の俺は、そんな恋愛等と言う物が理解できなかった為、この世界ではライズ達女性陣をダイナインも含めた俺達が、大多数の黒い塊から護る事に終始する事となり、目まぐるしく変わる展開に翻弄されるばかりであったが、最終的に世界の主であるこの二人が結ばれて、この世界は完了された。

 ただ、この世界を完了させた際、ロロが俺の方を見ながら嬉しそうにしていたのが、何とも印象深かった。

 この世界はロロの恋愛観が元となって出来た世界だと、世界の主である二人から聞いている。

 それに最近、時折ライズやミチルと仲良くしていると、ロロから何とも形容しがたい視線を感じる事があった。

 まさかロロ、お前は……いや、自惚れるのは良くないだろう。

 もしそんな事を口走れば、無駄にロロにからかわれる口実を作る事となる。

 ……しかし、AIで、ロボットであった筈のお前が俺でも理解出来ない感情を得ていたと言うのは、なんとも奇妙な感じだ。

 あまりそう言った事は意識してはいなかったが……俺も、何時か理解できるようになる日は来るのだろうか?

 

 

――ロロのジェノメトリクス「機械(カラクリ)恋愛模様」を完了しました。詩魔法【翼戦士「復撃のアルタイル」&「重力井戸のスダルシャナ」】をインストールしています。

 

 

『まさか、次に出てきたのが電機メーカー「ガルガンチュア」の社長のお嬢様と……』

『その子の御世話役で、アタシ達の世界でも珍しい初めて意志と第七波動を生まれながらに持ったロボットが出てくるなんて……』

「俺も正直驚いた。二人はEXウェポン「オービタルエッジ」、「クロスランサー」を開発した際の協力者だったからな。……だが、この事が分ったお陰で、ますます俺の予測の信憑性が増してきた」

「それを、まだ言うつもりは無いんだね? アキュラ」

「ああ。俺の中では答えは出ているが、まだそれを確定させるには、ライズの心の準備も含めて早いだろう」

「アキュラ君……私……」

「ライズ、お前の中でも予測は付いているのかもしれないが、無理に言う必要は無い。……お前がそれを言う勇気を持てたら、言うようにすればいい」

 

 そう言いながら、俺はライズの頭を撫でる。

 ……ライズとダイブする様になって暫く経つ。

 そのお陰で、記憶が途切れる事が大幅に減り、夢にうなされる事も無くなった。

 実際に再びカノンに協力してもらい、コーザルにライズの容態を見て貰ったが、元々正常であった魂はダイブと禊ぎ、及び大勢の人達とのコミュニケーション等のお陰で、より強い輝きを放つようになった。

 そのお陰で、深層意識に眠る記憶に対し、十分に対抗できる意思を持つ事が出来るようになったのだ。

 そして、後は禊ぎを定期的に行えば、記憶が途切れたり、夢にうなされる事も無くなるだろうとコーザルからお墨付きをもらう事ができた。

 だからこそ、こう思う事がある。

 もう俺はライズにダイブする必要は無いのかもしれない。

 そう、無理に記憶を掘り返したりするより、その方がいいのではないか?

 実際、デルタ達にその事を尋ねても、そこで止めるのもまた選択肢の一つであると、言われているのだ。

 だが、それを決めるのはライズ本人の意思。

 だから俺はその事を、禊ぎが終わった後のライズに尋ねた。

 

「……私は最初、アキュラ君の言う様に、そう言った事が無くなるだけでいいって思ってた。でも、最初に潜った時みたいに、本当の事を知りたいって想いも、まだ残ってる。ううん、潜ってから、その想いはどんどん大きくなってるの。だがら……私は、続けていきたい」

「……辛い思をする事に()()ぞ?」

()()()()()()、アキュラ君。……最近朧気だけど、虫食いみたいな断片的な映像みたいな形で思い出す時があるの。ベッドで誰かの帰りを待つ私だったり、手術台に寝かされてる私だったり……。でも、もう私はソレから逃げたくない。だから……最後まで、付き合って欲しいの」

「そうか、……ライズがそう言うなら、俺はもう止めないぞ?」

 

 そう言ったやり取りからまた少し時間が進み、今度はミチルとの精神世界「三つ巴の歌姫達」へと潜る事となったのであった。

*1
キャス経由によるサーリの世界で紡がれた詩魔法。サーリの世界で正義の味方として活躍していたにゅろきーが詩魔法として紡がれた存在。

*2
イオン経由によるカノンの世界で紡がれた詩魔法。ちゅんぴはカノンの可愛いもの好きの具現化であると同時に、自らの自身の無さを自己表現する為の媒体として使われる。詩魔法使用時の、可愛い姿をしたちゅんぴが編隊を組んで絨毯爆撃をする様は、何とも言えぬギャップを感じる事となる。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。




・ライズちゃんについて2
簡潔に言うと、白き鋼鉄のX世界から黄昏の女神経由で転生してきたミチルちゃん本人。
詩魔法を謳うのが嫌であったり、魂がズタズタであったりした理由は、本編をプレイしていれば、把握出来るはず。
一応、プレイしてない人も把握出来る様にこの先の話を書く際に努力したいです。
後、今回習得した詩魔法の内容は、簡潔に言えばSPスキルです。
それと、前話でジャイアントロロを倒した藍色の光を放った詩魔法の名前は「インディゴデスティニー」。
元ネタは当然、ぎゃるガンヴォルトバーストでもシアンの攻撃手段として使われており、ガンヴォルト爪に収録されている歌である藍の運命。
キャスやイオンで例えるならば、最初から習得している詩魔法である「クァンタムノヴァ」や「ひかりのこころ」に該当する物です。


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第三十三話

 ミチルの精神世界「三つ巴の歌姫(アイドル)達」。

 そこは、何やら大きな会場と呼べる場所が中心となった街で、正しく平和その物を象徴する街。

 おおよそ戦いなどとは無縁そうな世界である通り、この世界もまた、単純な事では済まなかった。

 まず、これまで出現していたあの黒い塊が姿を現さない。

 つまり、コーザルの言う様にライズの魂の輝きが増した事で、精神的な強さを得た事が理由なのだろう。

 そしてこの世界で完了する為の条件が、また変わった物であった。

 要約すると、この街で行われる「新人アイドルコンテスト」なる物で、ミチルを勝たせる事が条件と言う、ある意味俺にとっては鬼門とも言える条件だ。

 そして、この世界で厄介なのはそれだけでは無い。

 なんとP-ドール形態のロロがライバル役の一人としてこの世界で参戦しており、しかも演出に使うからとP-ビットまで没収される始末。

 お陰で俺はこの世界では、EXウェポン及びフラッシュフィールド、そしてエクスギア等の主力兵装が使用不能となってしまった。

 まあ、この世界では関係無いのかもしれないが……。

 幸い、この世界のシアンとモルフォは殿堂入りと言う形で、ライズ達と一緒に審査員を務めている。

 流石にこの二人が参戦していたら、俺達はどうしようもなかったであろう。

 何しろ俺達の世界では、現役の大人気のバーチャルアイドル「電子の謡精(サイバーディーヴァ)」なのだから。

 そしてもう一人、ライバル役が存在していた。

 それは、「イソラ」と呼ばれる存在だ。

 

(この娘は確か……アイドル活動の支援を条件にEXウェポン「キスオブディーヴァ」の開発に協力してもらった「分身(コンパニオン)」の第七波動(セブンス)能力者だったはず。彼女もまた、ライズの居た世界の関係者の一人なのだろうか?)

 

 彼女は自身の能力である分身を、ライブでのパフォーマンスに利用しており、それもあってか、ジャンルは違うが同じ様に自身の能力をパフォーマンスとして利用しているガウリとのコラボが実現し、それが切欠でそれなりの人気を得ている。

 ただ、ほぼ同時期にロロがモルフォ達のライブに飛び入り参戦し、その際の動画のアクセス数で大敗を喫してしまっていた為、ロロの事をライバル視しているらしい。

 俺の意見では「電子の謡精」人気に偶然乗りかかっただけだと思うのだが、向こうはそうだと思っていない様だ。

 まあ、その答えは近日開かれる予定のロロ単独のライブで結果が分かると思う。

 が、今は関係の無い話だ。

 それよりも問題なのは、俺にアイドルのプロデュース等のノウハウが全く無い事だ。

 ロロは飛び入りライブ以来、そう言った動画等のデータ収集を密かに行い、それを元に自身の超AIによる演算能力でシミュレートしていたり、ノワからもそう言った協力を取り付けている。

 イソラに関しては未知数ではあるが、この世界観を考えるに、そういったノウハウがあっても不思議では無い。

 それらに対してミチルも一度はロロと同様に「電子の謡精」のライブに飛び入り参戦した経験はあるが、ロロみたいにそこまで積極的では無かったり、そもそもアイドルと言うよりも、純粋に歌手としての方向に力を入れていた為、正直分が悪い。

 正直に言うが、ノウハウが無い俺ではそのフォローをするのは不可能だ。

 ならばどうするのか?

 足りないなら、足せばよい。

 この場合、その手の知識を持っている人達の力を借りればいいのだ。

 ……以前の俺では、こんな発想をする事等出来なかった。

 他人の事等信用できなかった筈の俺では……。

 そうか。

 俺自身もまた、ライズと共に成長しているという訳か。

 ダイブや禊ぎによる精神的な修行の成果。

 それを俺は、この時初めて実感することが出来た。

 

「それであたし達に協力を要請したって事ね」

「そう言う事だ、ネイ、サーリ、白鷹」

「本当はイオンちゃんにも手伝って欲しかったっスけど、審査員だから無理なんスよね」

「その通りだ。出来ればイオンにも必要な機材の作成に協力してもらいたかったが……」

「まあ、僕が居れば技術的な問題は無いさ。それに、指示さえあればアキュラも動けるだろうし、振り付けはネイさんに、演出は白鷹に任せれば大丈夫さ」

「そうそう。ミチルちゃんったら、イオンとは違ってちゃんと動けるから、正直教えるのが捗りそうだわぁ~。確か蒼き雷霆(アームドブルー)だっけ、それを扱えるってのが大きなアドバンテージよねぇ、実際」

「そうっスね、ネイさん。あれだけ身体能力が強化出来るなら、色々と無茶な事も安全に出来そうっスから。演出にも気合が入るッスねぇ!」

「あ……あの、お手柔らかにお願いします……」

「あ~ダメよ、ミチルちゃん。そんな萎縮してたら勝てる物も勝てなくなるわ。先ずは勝とうって気持ちを持たなくちゃ」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 そうして行われた新人アイドルコンテストの為の準備は、特に邪魔も入る事無く順調に進んだ。

 その際、俺はやれる事が終わったので、ロロとイソラの様子を見に行く事にした。

 先ずはロロの方からだ。

 

『あ、アキュラ君! ミチルちゃんの方は大丈夫なの?』

「問題は無い。俺のやる事は終わったから、ロロの様子を見にちょっとな」

『そっかぁ……。ゴメンね、アキュラ君』

「どうした? 突然」

『だって、僕は本来、アキュラ君の手伝いをしなきゃいけないのに、僕の我儘で苦労してるみたいでさ』

「気にするな。たまにはこうやってハメを外すのも悪くはないだろう。別に、命が掛かっている訳では無いからな。それに、ロロが一度離れた事が切欠で、俺自身成長している事を実感することが出来た。もし仮に負けてしまったとしても、後悔は無い。幸いな事に、流れや会話から察するに何度でも挑戦できるみたいだしな」

『そうなったら僕もまた、こんな風に楽しく試行錯誤出来るって事かぁ。それだったら……遠慮なく勝ちに行けそうだよ』

「抜かせ、勝つのはミチルだ」

『ふっふ~ん! 勝つのは僕だよ!』

「ちがうよ? 勝つのは、このワ・タ・シ♪ ニワカのバーチャルアイドルや歌手なんかに負けないんだから☆」

『……ってええ!? 「イソラ」ちゃん!?』

「いつの間に……」

 

 俺達の会話に自然な形で加わった一人の女性。

 その名前はイソラ。

 特徴はピンクの髪をツインテールにまとめ上げ、その姿はいかにもと言えるアイドルの姿。

 俺では理解できんが、白鷹が言うにはイソラのその在り方は正しく「真摯なアイドル像」である……らしい。

 キメキメの作り口調や仕草、そして彼女自身が持つ分身の能力によるライブパフォーマンスは紛れもなくそんな努力の表れ。

 そう白鷹に説明された上で考えれば、なるほど。

 彼女は真摯にアイドルとして有り続けようとしているのが垣間見え、一見ふざけている様に見えても、その本質は真面目な性格なのだろう。

 ……話を変えよう。

 恐らくイソラはこの世界の主であるとあたりを付けていいだろう。

 これまでの傾向から、明らかにこう言った能力者がそうであると言う傾向が強かったからだ。

 だが、この世界はそもそも勝負の内容は戦闘によるものでは無いし、準備の妨害も認められていない。

 そんな訳で、此方から仕掛けない限り、この女が現れたからと言って戦闘が始まる訳では無いのだ。

 寧ろ、他愛の無い会話が繰り広げられており、友達にすらなれそうな雰囲気もある。

 その会話の最中、イソラの連れ……なのだろうか?

 二人の男が俺達の元に近づいてくるのを視界に収めることが出来た。

 

「やれやれ……ここに居ましたか、イソラさん」

「探したよ、イソラ。これからこの僕が君をアーティスティックに散髪する予定があると言うのに、ここで道草を食うのは、正直どうかと思うんだけどねぇ」

「あ、ごめんなさい。 ……そういう訳なんで~私、行くね? アイドルコンテストの際は、お手柔らかにお願いします☆」

 

 そう言いながらイソラはその二人を連れて去っていった。

 ……あの二人、イソラと同様に覚えがある。

 その片割れの一人である、心優しそうな男。

 確か、その名前は「リベリオ」。

 俺達の世界では火星にある高校に通っている学生で、EXウェポン「アンカーネクサス」開発の際の協力者であり、第七波動「編糸細工(クラフトウール)」の能力者。

 そしてもう片割れの男の名前は「クリム」。

 彼は火星にある有名な美容師であると同時に、自身の趣味である爆破を利用して火星開拓に力を貸してくれている、EXウェポン「ルミナリーマイン」開発の際の協力者であり、第七波動「起爆(デトネーション)」の能力者。

 この世界でのリベリオとクリムは、それぞれ護衛件イソラのパフォーマンスに必要な機材や演出、衣装の選別等も担当しているらしい。

 ともあれこの後、俺達は無事アイドルコンテストが始まる時期を迎えた。

 まず、事前審査で三人まで絞るとの事。

 何故なら、参加予定人数を上回った為だ。

 その結果、事前準備を済ませていたミチル、ロロ、イソラの三人が選考に残る事となった。

 そうして、いよいよ本格的にコンテストのパフォーマンスが始まる。

 ロロは自前の歌とP-ビットやEXウェポンを応用した物。

 イソラは自身の能力や、日頃からの努力が垣間見えるダンスや振り付け。

 そしてミチルは、蒼き雷霆使用時に発生する白い羽を舞い散らせ、ネイによる身体能力強化を生かした、その優し気な見た目とのギャップを生かした派手な動きによる白鷹が指示した振り付け。

 更にサーリと俺が作成した機材による演出が、見事な調和を呼んだ。

 その結果、見事ミチルはコンテストで一位を獲得することが出来たのであった。

 が、その差は本当に僅差であったらしい。

 イソラとロロの差は無く両方二位と言う扱いで、一位との差はほんの僅か。

 その差が何なのかは不明だが、敢えて言えば運なのだろう。

 何しろ、準備期間は沢山用意されていた上で、その間、この三人は努力を怠らなかった。

 つまり、誰が勝っても不思議では無かった。

 そうなると、それ以外の要因を追求しようとすれば、それ以外にあり得ないのだ。

 ……それにしても――

 

『これでアタシ達が居なくなっても、その後のバーチャルアイドルは安泰ね、シアン』

『そうだね、モルフォ。これで私達が引退しても――』

 

 ――あの二人の言動にほんの少しだけ引っ掛かりを覚えた。

 もしかして、あの二人はこの世界における「役」を演じている訳では無いのでは……そう考えようとした時、エンブレイス・ロールの光の柱が立ち上がった。

 

『あ、アキュラ君、エンブレイス・ロールだ! これで、この世界も完了出来るね!』

「……そうだな。俺も、この世界で学ぶ事が多くあった」

「良かったぁ。アキュラ君も、この世界が気に入ってくれたみたいで、嬉しいよ」

「うんうん。アキュラ君って、こういうのに興味無さそうだったから、そういう点ではちょっと心配だったんだ」

「ミチル……ライズも来ていたのか」

「それだけじゃ無いよ☆」

「僕達の事も……」

「忘れないで欲しいなぁ!!」

「お前達も来ているという事は……やはり、この世界の主はお前達という事か」

「そう言う事! つ・ま・り……私達を詩魔法で呼び出せちゃうの☆ 凄いでしょ?」

 

 この精神世界は、ミチルが自信を付けたいと願った想いに加え、俺に対して戦う以外にも別の道がある事を教えたいと言う想いによって出来た世界であった。

 その想いに、異なる世界のミチルの転生体であると予測されるライズも同調し、結果として、ここまで平和な世界が構築されたのだ。

 ……今にして思えば、俺からロロが没収されたのも、その一環だったのだろう。

 その後、俺達は軽く話を済ませた後、ミチルとライズの二人と手を繋ぎながらヒュムノフォートにある扉を開き、この世界を完了させた。

 

 

――ミチルのジェノメトリクス「三つ巴の歌姫達」を完了しました。詩魔法【翼戦士「翼戦士系★アイドル」&「夢の熟練者(クラフトマンズドリーム)」&「素晴らしき起爆剤(ファンタスティックデトネイター)」】をインストールしています。

 

 

 その後、俺達はこれまでに得た詩魔法の試し打ちをする事となった。

 翼戦士「獅子王旋迅」、翼戦士「復撃のアルタイル」&「重力井戸のスダルシャナ」、そして最近習得した翼戦士「翼戦士系★アイドル」&「夢の熟練者」&「素晴らしき起爆剤」の三つの詩魔法。

 これらはキャスとイオンが扱うような詩魔法と同じような挙動を示し、無事に実用的なレベルで運用できることが確認することが出来た。

 そして、これは当然の事であるのだが、人数が多い程サポート攻撃や追撃の頻度が多い。

 だが、逆に詩魔法発動時の威力は、人数が少ない方が高い。

 つまり、威力重視ならバクト。

 状況を選ばずに居たいのならダイナイン達。

 サポート攻撃、追撃重視ならイソラ達と使い分けるのがいい。

 この中で何を選択すればいいのかは、その時の状況と、ライズを護る守護者の判断によって委ねられる。

「これで私も、アキュラ君の力になれそう」と、ライズは嬉しそうに俺に微笑んだ。

 ……元々、ライズの記憶が飛んだり、悪夢を見ない様にと精神的な成長、及び転生前の世界の記憶が目的であった筈だったのだが、それに比例する様に戦う力も獲得している。

 その際、ライズの力を引き出すのは俺の役目となるだろう。

 もっとも、そんな風にライズの力を使う機会等無い方がいいに決まっているのだが、それでもまったく無いかと聞かれると、それもまた疑問に残る。

 ならばこそ、俺もライズの力を引き出す為の戦い方を本格的に学び、()()()()()()()()()()()()を運用する必要があるはずだ。

 これに関して、戦い方はデルタ達から学び、装備はサーリと相談し、既に実践が出来る程の完成度を持ったプロトタイプまでは完成している。

 ともあれ、これで俺とライズの精神的な修業は終わり、いよいよ俺は再びライズの世界へと潜る事となった。

 その世界の名は「両翼蝕む暗黒郷(ディストピア)」。

 そして、この世界で動く為に必要なDLvは、「6」。

 いよいよ深層意識の領域にまで、俺は足を運ぶ事となったのである。

 あの時のデルタ達の懸念通り、あの時の俺がもしこの世界にダイブしても、門前払いを喰らっていたのは間違い無い。

 俺はデルタ達の忠告を内心感謝しながら、俺はライズの真実が眠る領域へと足を運ぶのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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第三十四話

 ライズの世界に突入した俺達を迎えたのは、見慣れない場所であった。

 その場所は、多くの瓦礫と老朽化した施設、砕けたアスファルト。

 さらに周囲をよく見れば、白骨化したと思われる人の骨まであった。

 

「ここがライズの深層世界か」

『何て言うか、昔のネットなんかで良く言われてた、世紀末ってやつをそのまま形にした世界みたい。……そだ、ねえアキュラ君、ここに居て考え込んでも何も分からないしさ、ちょっと高い所から周りを見てみよう? ほら、あのビルなんてどう? 老朽化してるけど崩れそうな気配は無いみたいだし』

「……そうだな。ここにはライズも居ない。この辺りの情報を集めるのに高い所から見下ろすのも悪くは無いだろう」

 

 そうして老朽化したビルを登って、その屋上へと俺達は足を運んだ。

 そこで俺達が見た光景は、俺とロロの予想をはるかに超える程の物であった。

 俺達がこの世界に来た直後に見た光景が、これでもかと広がっていたからだ。

 そして、それだけではない。

 

『なんか遠くにあるあのあの場所だけ、街並みが広がってるね』

「そうだな。……しかしこの惨状、何か過去にあったのか? それとも……」

 

 そう色々とロロと考察していた時、とんでもない光景が広がった。

 そう、空から無数の数のジャイアントロロが降り注いで来たのだ。

 それも、少なくとも俺の視界内の全てに。

 ……この分では、俺の背後の光景も似たような物なのだろう。

 流石に、この無数のジャイアントロロを相手にするのは分が悪い。

 それこそ、ガンヴォルト達の力が必要になる。

 

『えぇ!? ライズちゃんの詩魔法のアレが一杯落ちてきた!!』

「……流石に数が多すぎる。ここは一旦身を隠すぞ」

 

 そうして身を隠した直後、何処からともなく声が響き渡った。

 

『全テノ マイナーズ ドモニ 告ゲル。ワタシハ スメラギノ 全統括管理AI「デマーゼル」。オマエタチノ 生存ノ時ハ 今コノ 時二終ワッタ。スメラギハ 大規模攻撃ヲモッテ オマエタチヲ イジェクト スル。タッタ今 スメラギノ管理区画外()()()ニ ニューウェポンヲ 投下シタ。動キ出シタ ギアハ 止マラナイ……。最期ノ瞬間マデ 足掻イテ見セルガイイ……』

(スメラギの全統括管理AIだと? それに、あの声……)

『あ……ねぇアキュラ君、この近くで戦闘が始まってるみたい!』

「戦闘か。……()()()()を使う。展開を頼む、ロロ」

『様子を見に行こうって訳だね! 光学迷彩、展開するよ!』

 

 ガンヴォルトのデータを本人の許可を取ってから新たに解析し、展開可能となった光学迷彩を展開し、俺達はそこで繰り広げられている戦闘の光景を目の当たりにした。

 そこでは……。

 

『嘘……。()()()()()が如何してここに!?』

「……予想はしていたが、これでほぼ確定したな。やはり、ライズは並行世界のミチル本人で間違いない。()()()()を見れば、嫌でも把握出来るはずだ」

『う……うん……。あ、向こうの僕も、向こうのアキュラ君と一緒に居るんだ。……ふぅん、そういう所も一緒なんだ』

 

 そこでは、一体のジャイアントロロを相手に大立ち回りをしている並行世界の俺の姿があった。

 その姿は俺の姿とほぼ同じだが、ボーダーⅡとは違った形をした銃と、ヴァイスティーガーの一部のデザインが違う上に、エクスギアも所持していない。

 それを踏まえて考えれば、間違いなく今戦っている存在は並行世界の俺自身で間違いは無いだろう。

 ……それにしても。

 

『あんな速度で突っ込んだら、いくらアキュラ君でもバラバラになっちゃうよ!』

「ブリッツダッシュの速度が、明らかに俺より早い……。流石にアレでは、今の俺でも波動の力無しでは長くは持たん」

 

 明らかにその立ち回りは人間の限界を越えており、その上で俺が考えうる以上に最適化された動きであった。

 あのような動き、波動の力を使っているのなら兎も角、それを使っている様子も無い。

 特に、あのブリッツダッシュの速度。

 俺よりも明らかに早すぎる。

 あの速度ではいくら俺でも常用するとただでは済まず、波動の力で自身を保護しなければ、あの速度で運用するのは現実的では無い。

 それでいて、その速さに振り回される事も無くジャイアントロロを翻弄し、着実にダメージを蓄積するその姿は、一つの極限(X)であり、到達点とも言える。

 この世界が凄まじく荒廃した状態で、尚且つ生き残っているのだから、その技量も推して知るべしと言った所だ。

 こうして順当に、あのジャイアントロロは倒されると思われたのだが……。

 最初の精神世界の俺と同じように、アンカーネクサスによって捕らえられてしまった。

 

『アキュラ君!』

「チィッ……! 何だと!?」

『嘘! このままじゃ……!』

 

 なんと俺の持つディヴァイドⅡから放たれたレーザーが、ジャイアントロロを透過してしまったのだ。

 ……いや、ここは精神世界。

 ガンヴォルトとデルタも言っていた様に、何が起きても不思議では無い。

 つまり、俺達は少なくとも今、この世界その物に干渉が出来ない状態にある。

 それが一体何故なのかは不明だが、何か理由があるはずだ。

 そう思っている内に、向こう側の俺は、同じく向こう側のロロによる、コア目掛けた体当たりによってジャイアントロロを撃破し、事なきを得た。

 ……干渉出来ないという事は、光学迷彩も意味が無いと思われる。

 これを展開していると、EXウェポンが使用不能になってしまう。

 とは言え、現段階でEXウェポンを使っても意味がない上に、俺自身の機動力に影響がある訳では無いので、このままの状態を維持する事とした。

 そうしている内に、見慣れぬ男女二組の子供達が合流し、何やら話をしていた。

 その話を要約すると、この子供達が囮となり、その隙にあのデマーゼルの居る、そして「()()()()()()()()()()」なる物がある「スメラギ第拾参ビル」へと乗り込むと言った形だ。

 そして、この世界の俺達は行動を開始し、俺達はこの世界の……便宜上「イクス」としよう。

 丁度あの子供達――「コハク」と呼ばれる少女以外の「キョウタ」、「マリア」、「ジン」の三人は、この世界の俺の事をそう呼んでいるからな。

 話を戻すが、イクス達が行動を開始し、俺は後を追う事とした。

 その移動の最中、俺は考える。

 この世界のライズは何処に居るのだろうか?

 この世界は一体何故こんな事になってしまったのだろうかと。

 

『デルタの世界に居たバクトが、どうして能力を持たない人をマイナーズって呼んでたのか僕は疑問だったけど……』

「この光景を見れば嫌でも思い知らされる。それに、肝心のセプティマホルダーと呼ばれる能力者達の扱いも、バクトから聞いていた様に、あまりいいようには思えない。管理AIデマーゼルと言ったか……。なるほど、「両翼蝕む暗黒郷(ディストピア)」とはよく言った物だ」

 

 何故俺がそう判断したのか?

 それは俺がこの世界に突入する前に完了させてきた精神世界に居る世界の主である彼らの話の中で、彼らの居た世界の様子であったり、翼戦士に選ばれる基準の話等を聞かされていたからだ。

 彼らの話を総合的にまとめると、強力な能力者であれば犯罪者であったり、アイドルであったりしても選ばれ、場合によっては翼戦士にならざるを得ない状況に追い込まれて無理矢理と言ったケースもあるのだと言う。

 この世界の事はまだ正直良く分かっていないが、今の段階での俺の印象はこんな所だ。

 そうこう考えている内にイクス達は行動を開始。

 俺達はイクスの後を追い、スメラギ第拾参ビルへと乗り込んだ。

 

『アキュラ君! 急がないとイクスに置いてかれちゃうよ!』

「分かっている! ロロ、P-ドール形態に移行しつつエネルギーを機動力に回せ!」

『了解! 波動の力のコントロールは僕に任せて!』

 

 一度このビルを攻略した事があるからなのだろう。

 その動きに迷いがなく、それでいて敵を殲滅するのも忘れていない。

 EXウェポンの運用及び射撃の技量、俺の持つ研究データ上だけにある、理論上可能と言われている動きを、これでもかとイクスは俺達に見せつける。

 ここまで来るとまた一つ、この世界の正体を考察する為の「仮説」が浮かび上がってくる。

 そして、その仮説が正しい事であると証明するかの様な光景が、俺の前で展開された。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()が姿を現したのだ。

 名前は不明だが、性別は声や見た目から判断するに女性。

 その手に剣を携え、頭には面妖な仮面を被り、その幾つかの隙間から、流れるような纏めた金髪を靡かせる。

 そんな彼女の様子は明らかに操られており、その上、能力の暴走までしているのか、常に荒れ狂うような雷撃を身に纏っている。

 

「この「暴走」の力、これがジャイアントロロの持つ未知のEXウェポン「ダークネストリガー」の正体か」

『って事は、イクスの傍に居る僕は、あのEXウェポンを持ってるって事?』

「ジャイアントロロが、この世界のロロを解析して作られた量産品であると考えれば、その通りだろう。そんな不安定である暴走の力にも頼らなければいけない程、イクスを取り巻く状況は悪かったと考えると仕方のない一面は確かにあるが……。それにしても、そんな状態の彼女を制御しているバタフライエフェクトとは一体何なんだ?」

『アキュラ君……それの事なんだけど』

「……その答えが、この先に有るのだろう。ロロも何となく予測は付いているだろうが……。俺達に出来るのは、この世界がどんな結末であれ、ライズの事を受け止め、支える」

『そして、僕達で力が及ばなければ助けを呼ぶ』

「そう言う事だ」

 

 この発想が俺の中で出来るようになった事が、これまでの精神世界での修行の中で、最も収穫があった事の一つだ。

 以前の俺ではそう言った発想等出来るはずも無く、下手をすれば貴重な協力者であるはずのノワの事も置き去りにして一人で突き進む事もありえた。

 この点だけでも、俺はダイブを許してくれた皆に感謝している。

 そして、あの二人の戦いも佳境を向かえる。

 

――煌くは雷纏いし魔剣 暗黒の暴虐よ命を貫け

 

 その動きは、以前モルフォ達の特訓を偶然視界に入れた際の動きと奇しくも同じ物。

 雷撃を纏い、命を喰らわんと振るわれる三閃放たれた雷刃(ヤイバ)

 だが、イクスはそんな彼女のSPスキル「コレダーデュランダル」による一撃を回避。

 それと同時に、返す双刃の一撃が放たれる。

 

――舞い踊るのは我等双刃 審判せしは千万無量 厄災断ち切る白熱の十字架

 

 ロロのビットが広がると同時にその衣装を変え、縦横無尽にビットをかく乱させる。

 そして、トドメに放たれるイクスとの寸分違わぬ、その名前を呼ばれるようになった由来とおぼしきX(イクス)を刻む。

 そんなイクスのSPスキル「クロスディザスター」の一撃によって、この戦いは終わりを告げた。

 その後、イクスがコハクから受け取っていたペンダントを落とし、その中身を偶然見た彼女……便宜上、戦闘中イクスがそう呼んでいた「ブレイド」と呼ばせてもらおう。

 そのブレイドがそれを切欠に正気を取り戻し、イクスは彼女を励ました後、先へと進んだ。

 

『イクスは止めを刺さなかったね』

「コハクの姉だと言うのならば、それは当然……と言いたい処だが、以前の俺であったならば、間違いなく止めを刺した。イクスもまた、俺とは違う経験を色々としてきたのだろう」

 

 そうしたやり取りが終わった後、バタフライエフェクトが存在する場所へと突き進むイクスを阻む存在が現れた。

 その姿は変身現象(アームドフェノメン)を引き起こした翼戦士の姿。

 編糸細工(クラフトウール)の能力者、リベリオが立ち塞がった。

 だが、そんなリベリオの様子がおかしい。

 イクスの言動から、以前撃破したリベリオが何らかの能力で再び立ち塞がっていると言う予測は付いているのだが……。

 

「意思を持たぬ幻影か。干渉が出来て情報を集めれば、この正体も予想が付くが……」

『……そういえば今更だけど、アキュラ君って、イクスの事をあまり心配して無いよね?』

「当然だ。初見ならまだ分からないだろうが……。一度撃破した相手に後れを取る事など無い。行動パターンも把握しているだろうしな。それに、ここまで来る際の技量を見せつけられれば、嫌でも納得する。……ロロは、どんな風に感じた?」

『えっとね、イクスは何て言うか……。どこか諦めてる印象があるんだ。それに、時折ガンヴォルトが見せる気配を出す事もあるし……』

 

 話は変わるが、俺の知るガンヴォルトは一度天寿を全うしてから俺達の世界に転生した存在だ。

 そのせいなのか、俺と肉体年齢は近い筈なのだが、時折年を重ねた人特有の気配を感じる事がある。

 他にも感じる相手と言えば、例えばシャールであったり、ネイであったりと様々だ。

 ……つまりロロが言いたいのは、イクスから()()()()()()()()()()()()()()()事を指摘したいのだろう。

 その事を考えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()に、強く違和感を感じるのも当然と言える。

 それ以外にも、これまで見せつけた技量を発揮するには、相応の年月を要するはず。

 それなのに、姿形が今の俺と変わっていない。

 そして、見た目に変化が無いから分かり難かったが、向こうのロロの印象も何所と無く柔らかな物になっている。

 それこそ、長い年月を経てより人間らしくなったと言ってもいい程に。

 そうした考察を続けている内に、イクスは立ち塞がるインテルス、クリムの幻影を危なげなく撃破し、遂にバタフライエフェクトが存在すると思われる隔壁へとたどり着いた。

 

「……いよいよ、か」

『これまでの情報を考えると、この奥にミチルちゃん……、ううん、ライズちゃんが居るんだよね?』

「俺の考えが正しければな。……相応に年月を経たこの世界のミチルであるライズが、ここに捕らわれているはずだ。歌姫(ディーヴァ)プロジェクトが根幹をなしているのは間違いない以上、拘束され、何らかの機械に接続され、バタフライエフェクトと呼ばれている状態の形でな」

『そうだね。正気に戻ったブレイドも言ってたけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて事、いくら何でも電子の謡精(サイバーディーヴァ)単独じゃ無理だよね。……まあ、僕らの知ってるシアン達だったら、そんな機械が無くても出来そうだけど』

「……あの二人は例外だ」

 

 こうして俺達はこの世界のミチル、もといライズの居る隔壁の奥へと足を運ぶのであった。

 その先に待つバタフライエフェクト、そしてブレイドの言っていた「悍ましいマシン」と言う言葉が、どれほど重い意味なのかも知らずに……。




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第三十五話

 なんだ、これは……。

 

「ようやく見つけた。バタフライエフェクト……。いや――」

 

 やめろ……。

 それ以上、先を言うな!

 

「ミチル……。俺の、たった一人の妹……」

 

 ()()は見上げる程に大きかった。

 ()()はいくつものコードで繋がれていた。

 ()()は機械で接続されていた。

 

『僕の疑似セプティマ機関も感じてる……カラダが無くても、心が流してる……、ミチルちゃんの涙……ぼくのチカラの複製元(オリジナル)――電子の謡精(サイバーディーヴァ)のセプティマホルダー』

 

 () () は 正 し く ミ チ ル の い や ラ イ ズ の――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……悪魔のマシン…! こんな……、こんな姿にされて……。スメラギめっ! 絶対に許せないっ!!』

 

 ――そう、バタフライエフェクトとは、ライズの脳を生体パーツとして組み込まれた、神をも冒涜する、この世に存在する悪意の具現化その物。

 あのような状態なのは恐らく、俺の世界の皇神でも研究されていた、生命力(ライフエナジー)の研究の応用も含め、考えうるあらゆる方法によって無理矢理生かされているからなのだろう。

 そして、あれ程までに肥体化した脳。

 脳は頭蓋骨から開放されたまま生かされると、そのまま際限なく肥体化していくのだと言う。

 それを考えれば、どれほどの時を、あの姿で、ライズは――

 

「今、俺が楽にしてやる……」

 

 ――待てイクス、お前、何をするつもりだ?

 まさか、お前、お前は、ミチルを、ライズを……!

 

 

ア キ ュ ラ ク ン

 

 

 まだ、生きている。

 

 

ワ タ シ ヲ コ ロ シ テ

 

 

 ライズは、まだ生きているんだぞ!?

 

「ロロッ!! 光学迷彩を解除と同時にエクスギアを転送し、波動防壁を俺の全面に最大展開!」

 

 俺の行動は、条件反射であった。

 

『……ッ! りっ了解!!』

 

 本来ならば、イクスの行動が、正しい。

 あのような姿にされて、ライズはどれほど長い年月を生きてきたのか、その苦痛たるや……俺には想像する事も出来ない。

 あのような姿に変わり果ててしまえば、もはや死による幕引きこそが救いであると、いくら俺でも、()()()()分かっている。

 だが、それでも……。

 護りたいと思う気持ちに、嘘などつけるものか!!

 

「……ッ!? 何故だ!! 何故攻撃が防げない!!」

『アキュラ君、落ち着いて、この世界では僕達は……!』

 

 防げない理由も何も、この世界で俺達は干渉する事は叶わない。

 そんな事、ここに来るまでに散々試してきたのだ。

 出来ないのは分かっている。

 それでも、反射的に体が動いてしまうのだ。

 ロロも俺に落ち着けと言っているが、俺と同じように、現状持てる手段を全て用いてライズを護ろうとしている。

 そして、そんな俺達を嘲笑うかのように、この世界は俺達に悪意を突きつける。

 向こう側のロロが、ダークネストリガーを発動させ、その姿を変えた。

 その表情は元々の暴走の力で苦しんでいるだけでは無く、早くライズの事を楽にさせてあげたいと言う、確かな想いがあった。

 それに呼応するかのように、ライズを護る防壁が出現。

 それと同時に、電子の謡精由来であると思われる大量のモルフォが出現し、イクスを迎撃しようとする。

 それを、暴走の力で増幅されたスパークステラーによって防壁ごと薙ぎ払われる。

 それによる余波で受けたダメージが、瞬く間に修復される。

 それを見たイクスは、ライズを繋ぐ、恐らく生命維持に直結するであろう、束ねられた太いコードをロックオン。

 そこに暴走したロロによって力が増幅されたオービタルエッジが舞い散り、切断される。

 俺達は、そんなライズの前に、滑稽にも立ち塞がる。

 いや、最初から立ち塞がっていた。

 この世界に干渉出来ないと分かっていても、イクス達の行いが正しいのだとしても、俺達は立ち塞がり続けた。

 だが、そんな俺達を嘲笑うかのように、イクス達による攻撃、そしてライズによる迎撃すら、俺達をすり抜ける。

 

『こんなの酷いよ……。こんなのって無いよ! もうやめて!! やめてよぉ!!』

 

 ロロの悲痛な叫びも虚しく、イクスによる介錯が佳境を迎える。

 障壁を再展開した後、ライズから()()()()()()()()()()()()達が出現し、彼女達による大小織り交ぜられたビーム攻撃が巻き起こる。

 イクスはそれを回避し、障壁と黒モルフォに対し、それぞれロックオンレーザーによる攻撃と、増幅されたキスオブディーヴァによる攻撃がそれらを迎撃する。

 そして――

 

「終わりだ、ミチル……!」

 

 ――イクスから放たれた一閃のレーザーが、ライズの生命機能を止める致命的な一撃となって放たれ……。

 

「……ミチル、長い間……、辛かっただろう……。せめて兄の手で眠れ……、安らかに」

 

 バタフライエフェクトとしての活動を、停止した。

 

 

ア リ ガ ト ウ

 

 

 ライズの、イクスに対する感謝の文字と共に。

 

 

 イクスがこの場から立ち去った後の暫くの時間、この場を動けなかった。

 ……俺達は、心の何処かで甘く見ていた。

 この世界は、そんな俺達の甘さを指摘するかの様に、残酷に、その光景をまざまざと見せつけた。

 そう、俺達には、圧倒的に覚悟が足りなかった。

 俺達は、無力だった……。

 

『うぅ……。ライズちゃん……、ライズちゃん……』

 

 ロロの嗚咽がこの空間を支配し、取り残された残骸が、この世界でお前達に出来る事は無いと突きつける。

 既に引き起こされた悲劇を記憶した世界であるが故に。

 だからこそ、俺達が何も出来ないのは当然であり、必然なのである。

 そんな風に自分に言い聞かせ、この世界に干渉出来ないからだと、すでに起こった出来事だと、理屈で心を落ち着かせようとしても、俺の心の中は、様々な感情に荒れ狂う。

 もっと何か出来る事は無かったのか?

 何故このような悲劇が起きた?

 あのような、誰もが苦しむ世界を管理する為に、ライズは弄ばれたのか?

 憎い。

 許せない。

 納得が出来ない。

 それ以外の形容しがたく、言葉にも出来ない様々な感情が、俺の理性を押しつぶしかけている。

 ……そんな時であった。

 

「……? あれは、何だ?」

 

 イクスによって安らかな眠りを与えられた筈の、バタフライエフェクトだった物から、()()()()()()()()()

 それは、先の戦いでライズがイクスを迎撃する際に出現させた黒モルフォ。

 その表情は、この世の全てを呪わんと、言葉も無く語り掛ける程に憎悪に染まり切っており、その瞳からは血涙が止まる事無く溢れ出ている。

 そんな黒モルフォが両手を掲げると、その頭上に体中がズタズタに引き裂かれ、今にも消滅しそうなライズとおぼしき姿が現れ、天へと昇っていき……。

 

()()()()()……。この世界でも、貴女は……」

『そっか……、こうやってライズちゃんはマリィに救われて、デルタ達の世界で生まれ変わったんだね』

 

 その見るも無残な姿であったライズを抱きしめ、その傷を癒し、黄昏の女神は自身が持つ権能を行使する。

 その光景は、憎悪に塗れた黒モルフォですら、一時の笑顔を見せた程、安らかな物であった。

 俺達も、同じようにその光景によって、心渦巻く様々な感情が解きほぐされ、落ち着きを取り戻していく。

 そしてこの光景を最後に、徐々に回りの景色がぶれ始め、その形を失っていく。

 干渉出来ない世界が終わりを告げ、この世界「両翼蝕む暗黒郷(ディストピア)」の、本当の姿が現れようとしていた。

 その刹那――黒モルフォは笑顔であった表情を、再び憎悪に染まった物へと戻し、この場を飛び立った。

 まるで、何かに導かれるかのように……。

 そのような出来事の後、ライズの本当の世界が姿を現した。

 

「ここは……ッ! バタフライエフェクトが、()()()()()()()だと!?」

『えぇ!? じゃあ、今まで見てきた景色は何なのさ!?』

「……異なる世界のアキュラ様、ロロ、よくここまでたどり着きました。正直な話ではありますが、私も驚いております」

 

 そこには、復元されたバタフライエフェクトを護るかのように前に立つ、ノワの姿があった。

 

「ノワ……。お前が、何故ここに?」

「私は、()()()()()()を賭して、ライズ様をお守りしようといたしましたが、無力にも力尽き、倒れました」

『そんな! ノワもそうだったなんて……』

「……お前ならば、何だかんだと生き延びる事が出来ると思っていたのだが」

「……その当時、アキュラ様はライズ様が突如として電子の謡精(サイバーディーヴァ)の能力に目覚めた事が切欠で、その能力を取り除くために、持ちうる労力を研究に費やされておいででした。ですが、施設で療養していたライズ様は、アキュラ様が研究所に居て留守にしている所を強襲され……、最終的に、この様な結果となってしまいました」

「ノワ……」

「その気になれば、ライズ様を見捨る事も出来たでしょう。ですが、私はライズ様の行く末を見守ると決意しているのD()E()A()T()H()。なので、その選択肢は初めから私の中には存在し無かったのDEATH(デス)

 

 そうか……。

 ノワならば、あの世界でも生きていたのかもしれないと思っていたのだが。

 ……いやちょっと待て、ノワの語尾に違和感があった様な……。

 それに、「力尽き、倒れた」と言ってはいるが、「死んでいる」とは一言も言っていない。

 俺の質問もさり気無く無視しつつ話を続けているのも、少し引っ掛かる。

 つまり、ここに居るノワはもしや、元々精神世界内で構築された存在では無いという事になる。

 

「それでもせめて、攫われる寸前のライズ様の御心を護ろうと願い、私の力の残滓をかき集め、それを用いて私は深層意識に乗り込んだのDEATH。その後、私はライズ様の心の中を経由して、魂の根幹である深層意識の領域を護りつつ、その行く末を見守る事としましたDEATH」

『力の残滓って……。え、ちょっと待って? 話が急におかしくなったような……?』

「ロロ、その事についてはまた後で説明させてもらいますDEATH」

(先ほどから語尾がおかしいのも、それに関係しているのだろうか?)

「では、話を続けさせて貰いますDEATH。……その後、かつてフェザーの頭目であり、スメラギを手中に収めた「アシモフ」主導の元に、()()()()()()()()()を用い、ライズ様はバタフライエフェクトと言う、恒久平和維持装置と呼ばれる、悪魔すら恐れ(おのの)くのマシンへと姿を変えてしまわれたのDEATH」

『アシモフだって!? で、でも、僕達の知ってるアシモフならそんな事するはずが……』

「……いや、アシモフの過去を遡れば、その位やってもおかしくはない。彼は当時の皇神による、父さんが主導で行った人体実験の犠牲者だ。それを考えれば、こう言った事を仕出かしても違和感は無い」

「……アキュラ様、知っていたのDEATHか?」

「ああ、俺達の世界に居るガンヴォルトのお陰でな」

「ガンヴォルトDEATHか。……私達の世界での彼は当時、まだ皇神と呼ばれていた頃にあった施設「アメノサカホコ」にてアキュラ様との遭遇戦を最後に、姿を見せる事はありませんDEATHた。後にアキュラ様は、()()()()()()再びこの場所に潜り込んだのDEATHが、()()()()()()()()()()()以外、何も分からず仕舞いでした。その状況から考えるに、紫電と相打ちになったか、或いは……」

「アシモフの手に掛かったとも考えられるな」

 

 ともあれ、ライズの世界における必要な情報は集まり、おおよその俺達の疑問は晴れる事となった。

 だが、別の疑問が浮かび上がってくる。

 そう、ここに居るノワの事だ。

 深層意識に乗り込むだなんて事、デルタ達の居る世界でも、シャールのような特殊な存在でもない限り、ダイブ屋を経由しなければならない。

 それなのに、その当時瀕死であった筈のノワが、それを成している。

 それに、先ほどから一部、語尾の発音がおかしい。

 ノワ……、お前のそう言った、何所かおかしいと感じていた違和感を、俺はあえて無視してきたが、ここで向き合う必要があるようだ。

 ……そう言えば、ガンヴォルトが言っていたな。

「ノワの事で何か気になる事があったら、「謡精の眼」を用いて見てみればいい」と。

 

「……ロロ、波動の力を、俺の目に収束させてくれ。「謡精の眼」を使う。お前も観測モードを「謡精の眼」に変更してくれ」

『……? 別にいいけど』

「アキュラ様? ロロ? 一体、何をするのDEATH……」

 

 こうして波動の力を目に収束させると、普段見えないはずの物が、見えるようになる。

 ガンヴォルトはこの現象を、ノーマルスキル「謡精の眼」として扱え、俺も研究課程で、この効果を確認していた。

 例えば、光学迷彩を施したガンヴォルトであったり、実体化を解いたモルフォであったりと、その観測能力には目を見張る物がある。

 そんな「謡精の眼」を用いて、ノワの姿を見た俺達は、その姿に驚愕する事となる。

 側頭部に黄色い螺旋状の角を生やし、背中に黒い……、そう、まるで悪魔の翼を生やす、ノワの姿を直視した事で。




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第三十六話

 普段見えない筈の物を見ることが出来るようになる機能「謡精の眼」。

 それを用いて見たノワの姿は、その普段見せていた大人びた姿とは真逆の物であった。

 

「……ノワ、お前……」

『嘘! ノワの姿が、角と翼と尻尾の生えた小さな女の子の姿になっちゃった!』

「……ッ! な、何の事DEATHか? アキュラ様、ロロ。くろ……私は何もおかしくないDEATH。本当DEATH! 信じて下さいDEATH!」

 

 謡精の眼を経由したノワの姿は、俺達と年齢が同じ位の少女の姿をしていた。

 それだけなら、まだ俺達もなんとか動揺する事は無かったのかもしれない。

 だが、それに悪魔を彷彿とさせるような角と翼と尻尾を持っていると言うのならば、話は別だ。

 ……ここで話が変わるが、元々俺の家系は退魔を生業とした物であったと、母さんから聞いた事がある。

 今はそうでは……()()()()が、まだ物心が付く前は、そう言ったオカルト染みた話を信じていた頃もあった。

 思えば父さんの形見の銃であった「ボーダー」も「退魔リボルバー」と呼ばれる武器であったり、ミチルの髪飾りに付いていた鈴も「退魔の鈴」等と呼ばれていた、神園家に伝わる特殊な鈴であった。

 つまり何が言いたいのかと言えば、ノワの姿は、古い書物にある禍々しい見た目では無く可愛らしい姿ではあるが、間違いなく()()を彷彿とさせる姿であり、それを踏まえてこれまでの事を思い返してみれば、見た目の変化が無かったり、縁起物が苦手であったり、メイドにあるまじき戦闘能力を持っていた事に納得が出来る。

 ……まさか、ガンヴォルトの入れ知恵に乗った結果が、この様な事になるとは思わなかった。

 あの入れ知恵は、遠回りにノワの正体を俺に教えたかったのかもしれない。

 とは言え……。

 

「ノワ、隠さなくてもいい。今、俺とロロはある特殊な観測装置を用いてお前を見ている状態だ。つまり、いくら誤魔化そうとしても無駄だ。それに、仮にお前が、その見た目通り「悪魔」であったとしても、俺達はお前を害するつもりは無い。そうだろう、ロロ?」

『う、うん。僕達もノワには何時も世話になってるから、正体を隠してたって、今更だよ』

 

 そんな俺達の言葉を聞き、ノワは……いや、()()()()()()()()()()()()()()()は、遂に俺達にその思いの丈を叩きつけた。

 

「アキュラ様ぁ……。ロロぉ……。うわぁぁぁぁぁ~~~ん!! ()()()*1は、くろなは何も出来なかったのDEATH! 「しのぶ」様も、「真夜」様も、アホ天使の事も守れなくって、無様にライズ様の深層意識の中で、見守ると称して()()()()怯えていたのDEATH!!」

『ひ、百年以上!? ライズちゃんは、そんなに長くあのままだったの!?』

「そうなのDEATH! そのお陰で、くろなの世界のアキュラ様は、()()()()()()()()()()()()()()()()上に、あんな姿になった上に怒りと憎悪に塗れ、それでも辛うじて意識を残してたライズ様を鎮める役割までさせてしまったのDEATH! もう、くろなは死んでいった皆に顔向け出来ないDEATH!」

『イクスがサイボーグだって!? あぁでも、そうなると今までのあんな無茶な動き方にも説明が付くけど……』

「……そうだな。もしイクスと同じ立場であったら、俺も同じ選択をしたかもしれん」

 

「ノワ」……「ノワール」……「黒」……「くろな」。

 ノワの本当の名前はくろな。

 彼女はれっきとした悪魔であったのだが、地上でまだ見習いであった頃に母さん(しのぶ)叔母上(真夜)に知り合い、その後色々あって神園家のメイドとして身を置く事となったらしい。

 その後は俺達が物心つく前から世話係を頼まれノワと名乗り……。

 そして、今俺達の前に居るノワは、ライズを守る為に戦い、敗北した際に大幅な弱体化をしてしまった為、()()()()見習いであった頃の姿に戻っているのだと言う。

 そんなノワの全盛期の頃は、「傾国の誘惑者」と言う異名まで持つほどの悪魔であったとの事だが……。

 

「えぐ……、えっぐ……DEATH」

『ほらほら、泣かないで。ノワ……くろなちゃんは頑張ったと僕は思う。百年以上もライズちゃんの心を守り続けてきたんだからさ』

「……本当DEATHか? くろなは、頑張れたDEATHか?」

 

 俺達の前に居にいるノワは、見た目もしゃべり方も、年相応の少女にしか見えない。

 身体に精神が引っ張られる事はガンヴォルトにも聞いた事はあるが、ここまで変わってしまうと、普段のノワを知っている分、そのギャップで俺も戸惑ってしまう。

 ……いやむしろ、そんなノワに普通に接することが出来るロロの方に驚きを隠せない。

 俺の方は、何とかその戸惑いを表に出さない様にするので精一杯なのだが。

 いや、これもまた、ロロがより人間らしくなったと喜ぶべきだろう。

 

『そうじゃ無かったら、僕達はここには居なかった。くろなちゃんがそんなになってまでライズちゃんの心を護ってくれたお陰で、ライズちゃんの根っこの部分は守られて、オマケに向こうの世界の状況も知れたんだから』

「……そうだな、ノワ(くろな)はどうか誇って欲しい。ライズの心をここまで護り通せた事に。そのお陰で、黄昏の女神の(もたら)す救いが間に合ったのだから」

「ありがとうDEATH……、アキュラ様、ロロ……。黄昏の女神……DEATHか。その事で一時期、魔界も天界も大騒ぎで、最終的に無害所か有益だったから放置が決定した、概念化した愛そのものである女神様の事DEATHか」

『て…天界に魔界って……。それに、さっきはスルーしちゃったけど、天使も本当に居るんだね』

「その通りDEATH! 神園家に居る侍女長も、実は天使なのDEATH!」

 

 まさかあの侍女長が天使であったと言う事実に驚きを隠せないが、このままでは話がズレてしまうので、何とか軌道修正する事を試みた。

 

「……ノワの口ぶりでは、まるで黄昏の女神は外部から来た存在であると言っている様に聞こえるが」

「その通りDEATH! あの女神様は天界の存在でも魔界の存在でも無く、外から来た存在なのDEATH。天使も悪魔も関係無く抱きしめる、我儘な「抱きしめたがりの女神様」なのDEATH!! きっと、しのぶ様も真夜様もあのアホ天使も抱きしめられて、幸せな来世を贈っているDEATH。……くろなはそれを、ライズ様の深層意識の中で、見届けていたのDEATHから」

「そうだったのか……」

 

 俺はノワの話を聞いて、てっきり天界辺りからパンテーラが呼び出した存在であると思っていたのだが……。

 まあ、俺の考えが及ばぬほど尊敬できる存在である事に変わりは無いのだ。

 気にしても仕方がないだろう。

 

「それにしても、まさかアキュラ様とロロが、くろなの事を見破るだなんて思わなかったDEATH……。これでも真夜様にも太鼓判を押してもらえるくらいの変装術を、苦労して身に付けた筈なのDEATHが。もしかしてその観測装置、天使の力とか退魔の力でも入ってるDEATHか? そうじゃなきゃ、くろなの変装術が見破られる事何て無いはずDEATH」

『くろなちゃん。そんな力、見た事も聞いた事も無いのに入ってる訳ないでしょ?』

「嘘DEATH! 真夜様はくろなが今まで見てきた悪魔ハンターの中で、天使が直接見えるLvの、最強の退魔の力を持ってるDEATHし、しのぶ様はそうでも無かったDEATHが、それを重火器で補って退魔の力を込められたサブマシンガンとか、ロケットランチャーをぶっ放してたDEATH! 天魔覆滅とか叫んでいたDEATH! きっと、向こうのしのぶ様や真夜様の入れ知恵が入ったに違いないDEATH!」

「母さん、叔母上…………。この観測装置はれっきとした科学的なものだ。入れ知恵が入ったのは認めるが、それはガンヴォルトからであってだな……」

「またガンヴォルトDEATHか! そもそもアキュラ様はセプティマホルダー……能力者を憎んでいた筈DEATH! まっ……まさか向こうの世界では恋人なのDEATHか!? 禁断の愛なのDEATHか!?」

「何故そうなる!? 俺が奴の第七波動のデータと運用方法を解析して、それを再現しただけだ! ……まあ、確かに俺は奴を憎んではいた。だが、ミチルが能力者と知った事を切欠に色々あって、その(わだかま)りも無くなり、最終的に奴との決着も付けた」

『その後は何だかんだで、戦闘訓練で互いに競い合ったり、ガンヴォルトから色々と無茶振りされたり頼られたりして、いい友達の一人になってるよ』

「友達……。アキュラ様に、友達DEATHか!? 凄まじい快挙DEATH!! あの不器用で研究バカなアキュラ様に友達が出来るだなんて! それも能力者の! 向こうの世界、どうなっているのか興味が出てきたDEATH!」

 

 ノワ、お前、心の中でそんな風に俺の事を考えていたのか。

 ……これまでの会話で、俺の中のノワに対するイメージが完全に崩壊してしまっている。

 これでは、俺の世界のノワに、これからどう接すればいいのか分からなくなってしまうでは無いか。

 黙っていた方がいいのだろうか?

 それとも、思い切って話をするべきなのか?

 ガンヴォルト辺りに相談してみるか?

 ……この事は後にして、今はライズの事を考えるべきだ。

 話を戻さなくては。

 その後、色々と苦労はしたが、何とかライズの話に軌道修正することが出来た。

 ノワがここまでお喋りであったとは思わなかったが……。

 いや、百年以上も話相手の居ない状態で、ここでずっとライズを護っていたのだ。

 そう考えれば、こうなってしまうのも、仕方が無いのかもしれない。

 

「……まあ、これでくろなの居た向こうの世界で話せる事は全部DEATH。ここからは、この世界「両翼蝕む暗黒郷(ディストピア)」の話をするDEATH。よく聞くのDEATHよ、アキュラ様、ロロ」

「ああ」

『うん! 詳しく教えてね、くろなちゃん』

 

 この世界は要約すると、能力者も無能力者も苦しんでいる……、いや、()()()()両方苦しめられている世界だと言う。

 その理由は能力者、無能力者双方からライズが苦しめられた事……正確に言えば、そう思っている電子の謡精(サイバーディーヴァ)の意思に引っ張られた事に基因する。

 だから、この世界のライズはこう考えている。

「私を苦しめる能力者と無能力者は、皆苦しめばいい。簡単には死なせない。私みたいにジワジワと無理矢理、もがき苦しむ様に生かされ続ければいい。だって、もし死んじゃったら、女神の抱擁で救われてしまうじゃない? そんなの絶対に許さない。せめて私と同じくらい長く苦しんでくれなきゃ納得できない」と。

 

「それじゃあ、くろなはここで待ってるから、気を付けるDEATHよ? この世界は、いくらアキュラ様とロロでも、迂闊な行動をするとライズ様に天魔覆滅されるDEATH。具体的に言うと、無理矢理この世界から追い出されるDEATH」

『くろなちゃんは付いて来てくれないの?』

「無理DEATH。この世界では時々反乱がおきて、ここに乗り込んで来る人達が居るDEATH。くろなはそんな人達から、ライズ様を護る使命があるのDEATH」

「そうか……。ノワは大丈夫なのか? 大分弱体化しているのだろう?」

「大丈夫DEATH! くろなには、これが……「悪魔の槍」があるDEATH! これの力のお陰で、()()()()()は何とかなるDEATH! ささ、二人共行くDEATH。早くこの世界の実態を知って、ライズ様を救う手立てを考えて欲しいのDEATHから」

 

 俺達はノワにそう言われ、この世界の外へと繰り出したが、そこは一言で言えば三途の川の河原である、賽の河原で繰り広げられる石積の光景。

 もしくは、地面に穴を掘り埋める等と言った物だ。

 通常、そうした無意味とも言える行為を続けていると、精神的に死んでしまうと言われているが、そこをこの世界の主であるバタフライエフェクトに身をやつしたライズが、憎しみと憎悪によって、現実以上の精神感応能力を行使。

 その結果、この世界の能力者と無能力者達は、精神的な死すら許されていないのだ。

 そんな光景が、ライズの居た場所を中心に、先が見えない程に広がっており、この世界の在り様を、俺達にまざまざと見せつける。

 そう、正しくこの世界は、能力者と無能力者双方が等しく苦しめられている暗黒郷。

 ……だが、俺は正直に言えば、こいつらがここで苦しんでいるのは自業自得であり、ライズの行いに寧ろ俺は、最初は納得していた。

 元居た世界でアレだけの事をされたのだ。

 寧ろその場で殺し合わせても良い。

 ここは精神世界なのだから、意図して死なせない様に調整する事だってできるはずなのだ。

 寧ろそれどころか、心の中の八つ当たりで済ませているだけ、ライズは優しいとまで思っていた。

 だが、そうなると一つ疑問が浮かび上がってくる。

 何故ノワは、反乱してライズの元に乗り込んで来た人々を()()()()()()で済ませているのだろうか?

 寧ろ殺した方が確実であるし、簡単で、労力もかからない。  

 ここに居る人々はライズにとっての敵であり、数を減らした方が確実に護れる筈だと言うのに、何故かそれをしない。

 ……まあ、この世界の全ての人々を、ライズは監視しているのだから、殺してしまったらその意思に反するという事になってしまう。

 それに、あの状態のノワでは、そんな事は出来ないと言ってしまえばそれまでなのだが……。

 それでも俺は、この疑問を元に世界を巡って考察していたのだが、ある一つの可能性に気が付いた。

 それを考えればなる程、この世界の在り様は確かに問題であり、ノワが追い払う程度に済ませていた理由も納得が出来る。

 

「……問題、だな」

『え、どうして? こいつらはライズちゃんを苦しめてきた人達なんだよね? だったら、こんな風になるのは当然だと僕は思うんだけど』

「……あそこにいる連中が、本当にライズを苦しめていた人々であったなら、俺も止めはしなかっただろうが……。ロロ、ここはライズの世界だ。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である事に変わりは無い。この世界の在り様では、自分で自分を苦しめる無限地獄となってしまう」

『あ……。そっか、だからくろなちゃんも、ライズちゃんの所に乗り込んだ人達の事も、追い払うだけで済ませてたんだ。そうしないと、ライズちゃんの心を護る事が出来ないから』

「そう言う事だ。……ノワはそれを、百年以上続けているんだ。弱った体に活を入れながらな。それにライズも、同じように苦しみ続けている。心の中で、元居た世界の人々の事を恨み、呪いながらな。……やるべき事は定まった。ノワの所に戻るぞ、ロロ。一度情報を共有し、対策を考える」

 

 こうして俺達は、ノワが守護するライズの元へと戻るのであった。

 この世界の悲しい在り様を、救って見せると誓いながら。

*1
「蒼き雷霆ガンヴォルト」の生みの親である「インティ・クリエイツ」が開発した「ぎゃる☆がん だぶるぴーす」に登場するメインヒロインの一人。 悪魔学校中等部の3年生の見習い悪魔。赤いショートヘアーで、頭の両側に黄色い角が生えている。「~DEATH。」が口癖。将来「傾国の誘惑者」と呼ばれる二つ名を得るのが確定している。そして、ノワもまた同じような二つ名を持っている。よって、この二次小説内ではくろな=ノワとして扱っています




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第三十七話

遂に前作と話数が並んでしまいました。


 改めて整理しよう。

 元々この世界に来たのは、ライズの記憶が飛ぶ事があったり、悪夢にうなされたりした事が切欠だ。

 それを解決する為に、ダイブや禊ぎを始め、様々な精神的な修行等を取り組み、結果としてライズの深層世界「両翼蝕む暗黒郷(ディストピア)」に突入する前に、この問題をほぼ解決する事は出来ていた。

 それが理由で、俺はライズにもうこれ以上ダイブしなくてもよいのではないかと話した事もあった。

 だがその過程で、ライズは元居た世界の自分の記憶を知りたい、強くなりたいと言う願いと、俺達のライズに対する根本的な心の問題を解決をしたいとの願いが一致した為、当初の予定通り、ライズの深層世界へと俺達は足を運んだ。

 そこでまず見せられたのは、ライズの前世であったミチルの居た世界の一部の光景であった。

 そう、管理AIを名乗るデマーゼルが、ジャイアントロロを大量に投下した所から始まり、バタフライエフェクトと化したライズが、この世界の俺であるイクスに撃たれるまでの、そんな残酷な光景を。

 それが終わり、この世界の主であるバタフライエフェクトと化したライズを中心に出来た、能力者と無能力者所か、ライズ本人も過去の記憶によって苦しめられ、そんなライズを護るノワ(くろな)すら苦しんでいると言う、正に無限地獄とも言える様相を呈するこの世界が、俺達の前に立ち塞がった。

 

「ノワ、この世界の問題を解決する根本的な方法が分かった」

「本当DEATH(デス)か!?」

「ああ、この世界は憎しみや苦しみによって世界が満ちている状態だが、その大本は電子の謡精(サイバーディーヴァ)の意思の影響を受けたライズ本人だ。この意志の影響は、元々あった本人の意思とも同調した極めて強固な物だが、見せられた世界の最後に出てきた黒モルフォの事を考えれば、今は電子の謡精の意思の影響を受けていないと十分に考えられる。今ならば、何らかの方法でライズの憎しみや悲しみを如何にかして鎮めるなり消すなりすれば、この世界の問題は解決するはずだ」

「それが出来れば苦労は無いDEATH。その位の事は、くろなにも思いついていたDEATHから」

「だろうな。そんな姿になってしまっているが、ノワが優秀なのは俺が一番良く分かっている。だが、今は状況が違う。これまではお前一人だったが、今は俺とロロが居る。それでもダメなら、俺の世界に居るノワを始めとした、俺の仲間達が居る。方法はあるはずだ」

「アキュラ様……。そうDEATH! 今まではくろな一人だったけど、アキュラ様とロロが居るなら、実行できる方法があるDEATH!」

『え、くろなちゃん、それ本当なの?』

「本当DEATH! この方法は、下手をするとこの世界が崩壊してしまう危険性があるのDEATHが、くろなを見破り、ここまで来れたアキュラ様とロロなら、きっと実行できる筈DEATH!」

 

 その具体的な手段は二つの方法を用いた物。

 先ずは一つ、()が力の源である天使の力、或いは退魔の力を用いて、ライズの憎しみや悲しみを打ち消す事が一つ。

 そしてもう一つは、ノワの持つ悪魔の槍を経由し、ライズの憎しみや悲しみを一手に引き受け、その感情を「ダークパワー」と呼ばれる悪魔の力の源に変換すると言う方法だ。

 ただ、この二つの方法は当然の如く問題があった。

 天使の力や退魔の力の方は言わなくても分かるように、そもそもそう言った物を備えた装備がこの場には無い。

 そしてもう一つの方法も、また問題であった。

 それは余りにもダークパワーが多すぎると、ノワ本人が暴走する危険性があり、下手をするとノワの暴走によって、この世界が崩壊する危険性まであるのだと言う。

 この話が出るという事はつまり、ライズの憎しみや悲しみは、そんなノワの許容量を大きく上回る程に巨大であるという事に他ならない。

 その上、弱体化の影響で一度感情をダークパワーに変換する工程を始めてしまうと、その流れを止められない欠点も有している。

 

「ならば、先ずはノワを完全な状態に回復させる事が先決ではないのか? そうすれば、槍を使う方法の安全性が高まる筈だ」

「それをすると今度は、くろながこの世界で異物扱いされて、ライズ様に天魔覆滅されるDEATH。それを知らなかったくろなは一度、回復する事に専念していたのDEATHが……」

『ああうん、くろなちゃんの変わらない姿を見れば、その後の展開が予想出来ちゃうね』

「あの時は死を覚悟したDEATH……話を戻すDEATH。正直に言うDEATHが、くろなはアキュラ様に撃たれる覚悟はあるDEATH。それが切欠で消滅してしまったとしても、くろなは悔いも後悔も無いDEATH。ですが、ライズ様の安全を考えると、おすすめ出来ないDEATHし、本末転倒になる危険性が高いDEATH。それに、この方法を方法をする際に何よりも問題なのは、アキュラ様本人の装備が問題DEATH」

「……何?」

「アキュラ様の装備は高速機動を前提とした物DEATH。くろなの世界のアキュラ様と違って、小型とは言え盾としてエクスギアを装備してるDEATHけど、根本的な所は変わってないDEATH。それに、今のライズ様はバタフライエフェクトと言う世界の主として存在しているDEATH。人の姿だったライズ様と違って、守る範囲が明らかに違うDEATH」

『そっか……ノワを相手にすると、そう言ったリスクもあるんだね……』

「……ノワ、装備については一応の当てはある。一度見て欲しいのだが」

「それはいいDEATHが、戦い方もちゃんと習熟してるDEATHか? 装備が良くても、技術が伴わないと付け焼刃もいい所DEATH」

「そうだな。一度それを確認してもらう必要があるのは確かだ。この場でやっても大丈夫か?」

「少しライズ様から離れて、()()()じゃれ合うだけなら大丈夫DEATH」

 

 ライズの深層世界に突入する為に必要な修行等を行っていた最中、サーリ達との協力で、()()()()()()()()()()()()()()()()()をベースに改良を施したプロトタイプの新たな強化ジャケットの開発を行っていた。

 これはデルタとキャスの戦い方を参考にしており、簡潔に言えば「紡ぎ手」の守りに特化した装備。

 つまり、防御に特化した装備だ。

 機動力を必要最低限残し、その分得られたリソースを護りに特化。

 エクスギアも以前の物と比べてより大型化した上で、重量は従来の物と変化していない。

 その代わり、EXウェポンを使用する機能を完全にオミットし、ブリッツを用いた不可視の障壁(バリア)による防御も可能。

 それ以外にも、()()()()()も追加されているが……、それは今回使う事は無いだろう。

 武器はディヴァイドⅡのままであるが、追加のアタッチメントによる新機能で、近接時にビーム刃を展開する事で近接戦闘にも対応。

 それ以外の機能も当然あるが、これはエクスギアのとある機能と連動した物である為、同じく使う事は無いだろう。

 後はフラッシュフィールドは紡ぎ手を護る範囲まで効果を拡大し、対してEXウェポンは変化していない。

 そしてフェイクカゲロウは発動時、紡ぎ手も対応する効果を持たせているが、エクスギアの機能も含めて、ブリッツの消費は激しくなってしまった。

 その欠点を補う為にブリッツに込められるエネルギーの増加を図り、結果的に各種武装の使い勝手は体感でヴァイスティーガーの物と変化が無い程度にまで抑える事に成功し、結果的にヴァイスティーガー時のブリッツを扱う武装の能力の向上まで影響が及んでいる。

 そして、俺自身が重武装になったお陰でH-ブレイザー使用時の安定性が増し、通常の戦闘時でも十分に運用が可能になる位使い勝手が向上した。

 その代わり、当然だが機動力が完全に犠牲となっており、思い切って壁蹴りやブリッツダッシュの機能は完全に削除。

 その代わり、近接戦闘時の立ち回りに関しては強化されており、紡ぎ手を守る為に必要な最低限の機動力は確保されている。

 

「……分かった。ロロ、武装を変えるぞ!」

『了解! 武装変更(アームドチェンジ)()()()()()()()!!』

 

 その姿は嘗ての俺が運用していた装備である、メガンテレオンと見た目は変わりない。

 だが、エクスギアの大型化、そして追加のアタッチメントを装着したディヴァイドⅡによって、その印象は大きく変わる。

 デルタやガンヴォルトにその時の俺の姿に対して意見を求めたが、答えは一言で表せば、物語の中によく出てくる「騎士」であると称された。

 機能と見た目も含め、正しく「守護者」として相応しい装備として、メガンテレオンは生まれ変わった。

 

「その姿は……。なるほどDEATH。ライズ様を護り、その力を最大限に引き出す為の装備DEATHね?」

「その通りだ。ヴァイスティーガーは俺単独で動く際には申し分ない装備ではあるが、誰かを護るのには、お世辞を入れても向いているとは言えん。だからこそ、俺はこいつを改良し、再び表に出す事にしたという訳だ」

 

 俺とノワはこうして互いに()()()()()()()会話をしているが、メガンテレオンは予定通りの機能を発揮している。

 そう、ノワは俺が武装を変更した直後を不意打ちし、そこからなし崩し的に今の組手が始まってしまったのだ。

 そのせいでロロは動きを止めてしまい、その為のフォローに俺が動く事となった。

 勝敗のルールは口では語っていないが、ロロを狙っている様にノワは立ちまわっている為、恐らくロロを一定時間守る事が条件だと予測し、これに対応。

 ノワの持つ槍を用いた攻撃に加え、悪魔の力を利用したエネルギー弾による、俺にとっての初見の攻撃等も何とかさばき切り、結果としてロロを護り通すことが出来た。

 

「不意打ちにも対応出来たDEATHか。向こうのくろなも、平和ボケしてる訳じゃ無いと知って安心したDEATH」

「ふぅ……。こう言った不意打ちは抜き打ちで行われる事が何度かあったからな」

『び、びっくりしたよ、くろなちゃん。うぅ……こういう所は僕らの世界のノワと変わってないんだなぁ』

「で、俺の装備と立ち回りは問題無いか?」

「そうDEATHね……。確かに今の段階でも護りは問題無さそうDEATHが……今度は攻撃力不足が目立つDEATH。だから、今必要なのは決定力DEATH。具体的には、くろなのダークパワーに対抗する何かが欲しいDEATHね。出来れば天使の力か退魔の力、もしくはそれに準ずる力が欲しいDEATH」

「……俺の持つ銃ではダメなのか?」

「んーとDEATHねぇ……。アキュラ様、その銃、ちょっと空に撃ってもらってもいいDEATHか?」

「構わんが……」

 

 俺は分厚い雲に覆われている空に向かってディヴァイドⅡによるレーザーを放った。

 それを見たノワは、何やら確信を得た様に俺に再び話しかけた。

 

「凄いDEATH! どういう訳かその銃から放たれたレーザーから、天使の力に近い何かを感じるDEATH!」

「何だと……。それは一体どういう事だ? 少なくとも、俺はそう言ったオカルトめいた要素はこの銃に組み込んで無いぞ」

『……そういえばくろなちゃん。天使の力とかってさ、愛が力の源なんだよね?』

「その通りDEATH!」

『僕達が今いる世界ってさ、アキュラ君の仲間の白鷹が言うには、この世界は「愛で出来た世界」だって言ってたんだ。だから……』

「……ッ! つまりそう言う事か。この世界の物質を用いて俺の装備を改良した結果として、そう言った力が俺の武装に宿るようになったと」

『そう言う事! そう考えると、僕の使うEXウェポンや詩魔法も通用しそうだよ!』

「なるほどDEATH! これならくろなのダークパワーにも対抗できる可能性が出てきたDEATH!」

『じゃあさ、作戦を早速実行してみる? 条件は偶然だけど整ったんだしさ』

「……あくまで可能性が出来ただけDEATH。ダメ押しに何か、後幾つか手段が欲しいDEATH。万が一の失敗は出来るだけ避けたいDEATHから。何か無いDEATHか?」

「……流石に現状ではこれで品切れだ。一度戻って仲間と相談して、何か対策が無いか尋ねるとしよう」

 

 その後、俺達は一度この世界から脱出し、一度皆に集まってもらい、ノワの事をぼかしつつこれまでの事を話し、何か手は無いかを尋ねた。

 それに対して皆は、待てましたと言わんが如く、様々な手段を俺達に授けてくれた。

 

「そうなると……先ずは「フレンド技」が扱えるようになる、この端末をアキュラ、君にも渡そう。それに入ったデータをロロに入力すれば、僕はいつでもどこでも、一時的に君達を助けることが出来る」

「フレンド技?」

「要は簡易的な詩魔法みたいな物さ。「ソレイルの防衛機構をハッキング。火器管制システムにアクセスして絨毯爆撃を行う」と言う設定の「セイバーパトリオット」を、戦闘中一度だけ使えるようになる。上手く活用してくれ」

「アキュラ、僕からはこれを渡すよ。イオンと協力して調合した一品で、名前は「真なる聖剣」。僕のSPスキル「グロリアスストライザー」を戦闘中一度だけ任意に発動させることが出来るアイテムだ。上手く使って欲しい」

「アキュラ君……。もしかしたら、私の持ってるこの鈴が、役に立つかもしれない。だからこれを使って、ライズちゃんの事を助けてあげて」

「すまない、サーリ、ガンヴォルト、ミチル」

「どういたしまして、アキュラ君。……それとロロ、私とチェインしよう? そうすれば、私の持ってる詩魔法が使えるようになるはずだから」

「序だ、俺ともチェインしてくれ。俺には詩魔法を使う予定はねぇからな。どうせなら、有効に使ってくれ。キャスもロロとのチェインなら納得してくれるさ。そうだろ? キャス」

「まあ、ロロだったら許してあげる。じゃあ、私からも初期の詩魔法だけど、貸してあげるわ。私とデルタが最初に創った詩魔法で、効果もあまり高く無いけど、他の詩魔法と違ってリチャージの必要が無いから、他の詩魔法が使えなくて、それでも謳わなきゃいけない時に使ってあげてね」

「……ロロ、詩魔法はキャスティの物だから貸してあげられないけど……俯瞰視点なら、貸してあげられるわ。だから、有効に使って」

『ありがとう、ミチルちゃん、デルタ、キャスちゃん、ウルゥリィヤ(ネロ)ちゃん!』

『私達からは……。うん、一時的に()()()()力を多くロロに流すね』

『このくらいでいいかしら……? どう、ロロ?』

『うん! 助かったよ、シアンちゃん、モルフォ! この位なら、僕も何とか扱えそうだよ!』

 

 それ以外にも、タットリアからは各種回復アイテムを、白鷹からはサーリと同じようにフレンド技として「デスサーキット」を、カノンからは補助機能を持ったアイテムを授かった。

 ……流石にここまで手段が増えるとは俺も予想外であったが、ライズの深層世界の問題を解決する為の、大きな一歩になるのは間違いないだろう。

 そして、遅れてこの場にやって来たイオンが、ライズにとあるアイテムを渡した。

 

「ライズちゃんは、これを持ってってね」

「これ……「リインカーネーション」? でもイオン、これは皆が苦労して調合したアイテムだって……」

「いいんだよ? ライズちゃんのお話を聞いた時にね、これが絶対に必要になるって私は思った。だって、「悲しみを打ち消すエネルギー」が込められてるんだよ? だから、これはライズちゃんに使って欲しいの」

「そうだね。少なくとも、お守り代わりにはなるんだから、持ってたって損は無い筈さ」

「持ってけよ。そもそも、それを頼る事を前提にするつもりは無いんだろ? アキュラ」

「当然だ。この手の奇跡に頼るのは、本当にどうしようもない時だけだ。今回は、皆の力を借りられるからな。これに甘えるつもりは無い」

 

 そうして俺達は皆から多くの支援を受けた後、この場を立ち去り、ライズと共にダイブ屋へと向かったのであった。

 そこで待つ俺の世界のノワが、俺と因縁深い「ある銃」を携えながら待っている事も知らずに。




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第三十八話

悪魔(デーモン)

世界を捻じ曲げ弄び、悦に浸り暴走する雷を纏いし悪魔
生じた悪意は、異なる今を生きる謡精の残滓(ライズ)を蝕む
心優しき悪魔(くろな)歌姫(ロロ)を始めとした皆の力を借り、少年(アキュラ)(はし)


 そのダイブ屋の前に、見知った人物が立っている。

 そう、あの場に居なかった、俺の世界に居るノワだ。

 少し話す時間が長くなりそうだったので、俺はライズに先に行ってダイブの準備を行う様にお願いし、ダイブの準備が終わるまで、俺達はノワと会話をする事となった。

 そんなノワなのだが、俺達に対して()()()()()()を預けながら話を切り出した。

 

「これは……「ボーダー」。それに、この弾丸は……」

「アキュラ様、話は聞かせてもらいました。……ライズ様の中で、()()()()()()()()()()()?」

「……その通りだ、ノワ。そして、お前の正体も……な」

「……向こうの私は、どうやら修行が足りていなかったみたいですね」

「いや、そんな事は無いぞ、ノワ。今のお前の()()も、俺達には見えているからな」

『うん……。僕の場合、スペクトラム解析機能のお陰で自動でノワの事、看破しちゃってるし。……でも、弱体化してないノワって凄いよね。何て言うか、本当に「傾国の誘惑者」の二つ名がしっくりくるって言うか……』

「……話を戻します。そちらの状況は把握しています。ならば、ガンヴォルトから一時的に返却してもらったこの「退魔リボルバー」ボーダーが本来の役割を持って、必ずやアキュラ様のお役に立つ事でしょう。そしてこの、()使()()()()退()()()()()()()()()()()()も、また……」

「……侍女長と叔母上に頼んだのか」

「ええ、あのアホ天使に頭を下げるのは、いささか腹が立ちましたが……。異なる世界のミチル様であるライズ様、そして私の為ならば協力は惜しまないと、二人はそう、おっしゃっていました」

「そうか……。有難く受け取っておこう。……必ずライズの心の闇は晴らす。朗報を待っていろ、ノワ」

「……ライズ様と向こうの世界の私の事を、どうかよろしく願いいたします。……ご武運を、アキュラ様、ロロ。」

 

 こうしてノワの見送りが終わり、俺達はいよいよ、ライズの深層世界「両翼蝕む暗黒郷(ディストピア)」にて、ライズの心の闇を晴らす為の戦いが始まる。

 

「もう一度手順をおさらいするDEATH。まず、くろなの今持てる力を使い切って、外部から反乱を企てる人達が入り込まない様に、そして、ライズ様をくろなの暴走の余波から少しでも守る為に、物理的な防壁を展開するDEATH。その後、くろなは悪魔の槍を使って、ライズ様から憎しみや悲しみ等の感情を一気に引き受けますDEATH」

『それと同時に、くろなちゃんがライズの感情を取り込んでいる最中は身動きが取れないから、この間にどんどん増大していくダークパワーを僕とアキュラ君が少しでも多く削る』

「その後、ノワは間違いなく暴走を始める。その余波から俺達がライズを護りつつ、ノワに宿るダークパワーを相殺しきればミッション達成だ。……だが、本当に大丈夫なのか、ノワ?」

 

 この方法はライズの身の危険性が大幅に減り、かつ分かりやすく心の闇を晴らすメリットがある。

 だが、その分ノワに対する負担が大きい。

 ライズの安全を確保し、心の闇を取り込み、浄化しやすい形の力に変換し、俺達の攻撃を一手に受けるのだから。

 だから、他に方法が無いか作戦前に色々と俺達で試していた。

 例えばライズに声を掛けたり、話をしてみたり、世界から追い出されない範囲で色々と試した。

 だが、バタフライエフェクトと化したライズは、憎悪の想いでこの世界の人々を苦しめる思考に完全に支配されており、俺達の言葉と想いが届かない。

 その理由は極めて単純だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これをノワに指摘された時は俺もロロもふざけるなと思った物だが、その説明を聞いて、改めてあの世界のアシモフ……いや、管理AIデマーゼルに対して憤りを強く感じた物だった。

 そもそもライズは、百年以上あの姿のまま恒久平和維持装置として無理矢理生かされてきた。

 全世界の能力者達を監視、コントロールする為の道具として。

 つまり、その性質上()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、そもそも俺とロロの想いだけでは、単純に想いの出力差でライズに届かない。

 この説明を受け、理解()した。

 納得なぞ微塵も出来ないが。

 むしろそんな状態でも、向こうの世界の俺であるイクスの事を認識し、死を求めるだけの意志を残していた事は驚嘆に値する。

 ならば他にも世界中を探し回り、何か有効な手立てが無いか探したが何も無く、結局この作戦以外に選択肢しか無かった。

 

「大丈夫DEATH。悪魔は地上に生きる人間よりも、ずっと精神的に頑丈なのDEATH! だから、アキュラ様とロロはくろなを信じて、ライズ様をお護りしつつ、思い切ってぶっ放せばいいのDEATH!」

「………………分かった。信じているぞ。必ずライズを心の闇から救い出し、その上で、()()()()()ミッションを成功させる。始めるぞ、ノワ、ロロ。詩魔法【翼戦士「獅子王旋迅」】、詠唱開始!」

『了解! 翼戦士「獅子王旋迅」、詠唱開始するよ!』

『おぅおぅ、まさかこうして、イクスに玉っころと共闘する事になるとはのぅ!』

 

 ロロの詩魔法詠唱により、変身現象(アームドフェノメン)を引き起こしたバクトが姿を現す。

 これを合図に、ライズを救う為のミッションが始まった。

 当初の予定通り、ノワが持てる力を振り絞り、俺達がライズを護り通す為の防壁が周囲に、そしてライズの周囲にも展開される。

 そして、ノワが悪魔の槍の石突きの方をライズに向け、ライズの持つ悪感情を引き出し、ダークパワーに変換する工程が始まった。

 その変換速度は、「謡精の眼」を経由しながら観測しているが、俺達の予想よりも遥かに早く蓄積され始めている為、ディヴァイドⅡで攻撃を始めつつ、ロロのビットの一部を拝借し、EXウェポンの一斉攻撃を慣行。

 それと同時に、ロロから放たれるバクトの螺旋の能力が元となった追撃とサポート攻撃の合間に、カノンから貰った補助アイテムを使用。

 その後、白鷹のフレンド技「デスサーキット*1」を使用しつつ、俺は攻撃を続けているが、謡精の眼を経由した視界では、俺の目から見ても明らかに危険であると分かる程のどす黒い力の奔流となって、ノワを包み込んでいた。

 

「あ…アキュラ様、そろそろ、くろなは、限界、DEATH……。だけど、もう、少しで、ライズ様から、憎しみや、悲しみ、を、取り、除く、事が、出来る……DEATH。いい、DEATH、か? 必ず、ライズ様、の、こ、と、を、ま、も、る、の……DEATH……よ……」

「ああ、ノワは良く頑張った。後の事は俺達に任せろ」

「は……い…………DEATH………………DEATH、DEATH、DEATH! KILL、KILL KILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILL!!!!!!」

「……ッ!! ロロ、詩魔法発動!! ライズからノワを引き剥がせ!!」

『了解! バクトさん、お願い!!』

『任せろぉ、玉っころぉ! ……これぞワシの道ィ!』 

 

――転遷が生む螺旋の流線 降誕双つ混沌の回転 仁義の許より向かうは極道

 

『ぶっ飛びやぁ! 双稜螺岩穿(ソウリョウラガンセン)!!』

 

 バクトの能力「螺旋(スパイラル)」によるSPスキルが、ロロの詩魔法として発動する。

 ライズの悪感情を引き出し切ったノワを、左右から放たれる巨大な螺旋の力が吹き飛ばす。

 その威力は最初に試し撃ちした時よりも遥かに威力が増しており、それはモルフォ達から一時的に多く供給された力、そしてネロの俯瞰視点の強さを物語った。

 それと同時に俺達は予定通りライズを背に、背水の陣でノワに挑む事となる。

 

『俺ぁここまでじゃあ。 ……負けんなよ? イクス、玉っころぉ』

『もう! 僕は玉っころじゃないってば!』

「ああ、お前に言われるまでも無い。必ず、俺達が勝つ」

 

 そう、ここからが本番だ。

 俺達は暴走を開始し、無差別に力を振り翳そうとしているノワから、バタフライエフェクトと化したライズを護らなければならない。

 俺は改めてディヴァイドⅡとエクスギアを構え、濃密な力が凝縮されたノワに対して構えを取る。

 

「配置についたな、ロロ? 次に使う詩魔法は【翼戦士「復撃のアルタイル」&「重力井戸のスダルシャナ」】を頼む。あの状態のノワが、何をしでかすか分からないからな」

『了解! 続いて翼戦士「復撃のアルタイル」&「重力井戸のスダルシャナ」の詠唱開始するよ! アキュラ君も、しっかり僕とライズちゃんの事、護ってよね?』

「当然だ。ここまでおぜん立てされた以上、無駄にはしない!」

 

 二度目の詩魔法詠唱により、バクトと同じく変身現象を引き起こしたダイナインとインテルスが姿を現す。

 

『まさか、この様な形でお嬢様と共に戦える日が来るとは……』

『ふふ……こうやって手ぇ取り合うのも、悪ぅ無いなぁ、ダイナイン。……さぁ、気ぃ、入れてこか? 折角玉っころが用意してくれた、ウチらの晴れ舞台や。気持ちよく暴れさせてもらうで!!』

『了解です、お嬢様。 ……異なる世界のロロ、そしてイクス。こうしてお嬢様と共に一時的ではありますが、共に戦える機会をお与えくださり、感謝しています。この御恩、決して忘れません。……私はガルガンチュア謹製、お嬢様付きの万能秘書ヒューマノイド・ダイナイン……。推して参る!』

 

 この二人が姿を現した事が引き金になったのか、ノワは本格的な暴走を開始した。

 俺の視界を埋め尽くすほどの魔弾を形成し、それを無軌道にばら撒く。

 それに対し俺はエクスギアのバリア機能をブリッツを用いて起動し、そこに魔弾が殺到。

 まるで空爆の如く俺達に降り注ぎ、その圧力がエクスギアを通じて伝わってくる。

 それ以外にも、魔弾によって飛び散った破片もいくつか迫るが、これはフラッシュフィールドで対処。

 何とかこれを凌ぎ、俺達は反撃を開始した。

 まず、エクスギアのバリア以外の新機能「カウンターロックオン*2」が発動している事を確認。

 それを元に返す刃として、俺のディヴァイドⅡからそのロックオンされた数だけ、絶対必中のレーザーを放つ。

 この際、エクスギアで防いだ衝撃がそのままエネルギーに変換され、ディヴァイドⅡに追加したガジェット経由で威力を上乗せできる為、その威力は折り紙付きだ。

 それと同時にロロによるダイナイン達の重力(グラヴィトン)偏向布巾(ベクタードクロス)の能力が元となった追撃とサポート攻撃が、俺の攻撃に連動し、放たれた。

 それらは正しく浄化の力として作用し、確かに彼女の持つ力を削り取った。

 だが、それは今のノワが持つ力の氷山の一角をなんとか削り取ったに過ぎない。

 とは言え、今のままノワが魔弾を生成し続けたまま暴走が続いたとするならば、時間はかかるがこれだけで浄化する事も出来ただろう。

 

(……今の所、事は順調に進んでいる。今も謡精の眼を通じてノワの持つ力を観測しているが、少しずつ、確実に削り切れている。このまま上手く事が済めばいいのだが……ッ! やはり、そう上手くはいかないか!)

 

 ノワが放つ魔弾が止み、力を槍に収束させ、俺目掛けて突っ込んで来たのだ!

 これが横からであったならば、もしくはライズがバタフライエフェクトでなければ正面からカゲロウで受けても……いや、確かガンヴォルトは意志の乗った攻撃は防ぎきれないと言っていたな。

 よって、これに対し俺は即座にマズイと判断し、ブリッツを全消費してエクスギアのバリアを最大出力で展開し、何とか受け止める事に成功したのだが……。

 

(このままでは押し切られる! ならば……力を借りるぞ、ガンヴォルト!)

 

 それは俺のライバルであり、仲間であり、友である蒼き雷霆から譲り受けた力。

 奴の持つ聖剣の、真の力が解き放たれた、究極の一撃(スペシャルスキル)

 それを放つために俺は譲り受けた「真なる聖剣」の撃鉄を起こし、炸裂させたのであった。

 この一撃が、今の戦況を覆す事を信じて。

*1
白鷹自作の高出力DH波対消滅波動砲を発射。対象はDHバランスを崩して自己崩壊を起こす。と言う設定のフレンド技

*2
エクスギアで攻撃を防いだ際、攻撃した対象にロックオンする機能。アルノサージュ世界の技術が使われており、攻撃した対象の想いをサーチし、ロックオンする。最大ロック数はその性質上、攻撃が当たった分だけ蓄積される。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第三十九話

――掲げし威信が集うは切先 夜天を拓く雷刃極点 齎す栄光 聖剣を超えて

 

「受けろノワ、俺の友である、真なる蒼き雷霆(ガンヴォルト)の一撃を! グロリアスストライザー!!」

 

 真なる聖剣の切っ先が、ノワに迫り、彼女が纏う力のオーラと衝突し、その力を大きく削っていく。

 その削れ具合は当たり方が良かったのもあり、ノワの暴走の力を大きく削いだ。

 更に畳みかける様に、ロロに詩魔法の発動を指示した。

 

「今だロロ、畳みかけろ!」

『了解! インテルスさん! ダイナイン!』

『いいタイミングやなぁ。ウチに合わせや、ダイナイン』

『お任せください、お嬢様』

 

――夢破れた秩序なき墓 鋼の遺物たちが目を覚まし 踏み入るものを包み砕く

 

『取って置きや……グラヴィトン・スクラバイター!!』

 

 インテルスの重力によるSPスキルによって、周辺の瓦礫がノワを中心に集まり、圧縮し、炸裂させ、その分だけ暴走の力を削ぎ落す。

 それを何度か繰り返した後、ノワの頭上に無人戦車すら容易く引き裂く程の巨大な円月輪を二つ出現させ、叩き落した。

 

『お代わりや! ……ダイナイン、後は任せたで!』

『了解です、お嬢様!』

 

――悲劇の終わりの始まりに 深更の幕が下ろされて 全ては闇に染められる

 

『スキルスタンバイ……光無き世界(シャットザワールド)!! ――お覚悟を!』

 

 ダイナインの偏向布巾によるSPスキルが発動し、巨大な円月輪のあった場所に居たノワに対して偏向布巾で生成されたであろう超大型の布が、彼女を拘束する。

 その後光の剣を構え、神速の速さで切り刻み、最後に一刀両断。

 

『ほな、ウチらはもう行くで』

『ロロ、イクス……貴方方のご武運を、お祈りいたします』

『ありがとう、インテルスさん、ダイナイン!』

「ああ、ロロの世界で二人仲良く、吉報を待っていろ」

 

 インテルスとダイナインのコンビネーションが再現された詩魔法により、更にノワの暴走の力は大きく削がれた。

 そのお陰で、戦況は大きくこちらに傾いた。

 実際、ノワの纏っている暴走の力は当初の頃より半減。

 これならいける。

 そう俺は判断していた。

 それがいけなかったのだろう。

 ノワの現実ではありえない行動に、俺は驚きのあまり声を出す事が出来なかった。

 

『えぇぇぇッ! くろなちゃんが分裂して、小さなくろなちゃんが一杯出てきた!』

「「「「「DEATH(デス)、DEATH、きるぜむおーるDEATH!!」」」」」

 

 ノワが突如デフォルメ化した外見をした小さなノワに、大量に分裂したからだ。

 それと同時に、そんな大量の小さなノワ達が、その見た目に反する力を用いて無軌道に辺り一面に散らばり、魔弾を形成したり、その一部がまるで魚群を思わせるような軌道をして俺達に迫ってきたりとランダム性が激しく、俺達は一気に護りに転ずる事となった。

 今はまだ小さなノワ達の行動が無秩序なお陰で何とかなっているが、何時ふとした拍子に何をしでかすか分からない為、身動きが出来ない。

 このままでは……、いや、落ち着け。

 よくよく考えればストラトスの能力のそれに近い事をしているだけだ。

 ノワが悪魔だからと、変に身構えるな。

 俺の周りに居る、第七波動(セブンス)能力者達を思い出せ。

 

(何とかパニックにならずに済んだが、あの状態のノワ達がもし全て殺到したら、今のままでは何も出来ずに押し負ける。ロロもこんな状況では詩魔法を謳う集中力を維持するのも難しいだろう)

 

 そういう訳で、今はロロも詩魔法では無く数を減らす事を優先してもらい、EXウェポンによる迎撃に専念してもらっているが、焼け石に水もいい所だ。

 どう切り抜ける?

 ……そう言えば、まだサーリから譲り受けた「フレンド技」が残っている。

 アレの性質上、今の状況は正にこれを使う絶好の機会の筈だ。

 

「サーリ、力を借りるぞ! 「セイバーパトリオット」起動。少しでも数を減らす!」

『漸く僕の出番だね! ――システムブート、プログラムリンク確認! 僕の力に耐えられるかな?』

 

 ソレイルの防衛機構より放たれる絨毯爆撃によって、小さなノワ達がその爆風と煙に包まれた。

 これで隙を作り、ロロに詩魔法の詠唱を再開させれば……ッ!?

 

「何ッ!? くそ、エクスギアが!」

『アキュラ君!』

 

 煙の中から投擲されたであろう悪魔の槍が、エクスギアを貫いた。

 それと同時に、元に戻ったノワの姿が現れるが……。

 

「人間、憎い、憎い、DEATH! ライズ様、苦しめる、人間共、皆殺し、DEATH!」

 

 セイバーパトリオットの一撃で、遂に最初の戦闘時よりも闇の力が剥がされてきたのだが、ここに来て新たな問題が発生した。

 これまでのノワは力の暴走で、辺り一面に力をばら撒く程度しか出来なかった。

 それが力が弱められ、何とか理性を得るか得ないかと言う、境界線付近に差し掛かった事で、先の攻撃の様に精度が従来のノワと、何ら差し支えない状態にまで回復したのだ。

 そう、あの状態のノワは、ライズの世界で見せられた暴走したブレイドの様な状態に近い。

 とは言え、そのお陰で狙う対象が俺に固定されたのは不幸中の幸いであった。

 少なくとも、ライズを背に戦う必要は無くなったからだ。

 俺はディヴァイドⅡに付けられていたもう機能する事の無いアタッチメントを外し、そのままレーザー攻撃をしつつ移動し、ライズが巻き込まれない様にノワを誘導。

 それに対して、ノワは魔弾による攻撃を慣行。

 数は減ったが、その分追尾性能や速度等が増したその攻撃に、俺は多少の被弾を余儀なくされた。

 とは言え、そこは移動しながら「ヒーリング」やタットリアから譲り受けた回復アイテム等で凌ぎ、打開策を考えていた。

 しかし、エクスギアを失った上に、ノワの俺に対する攻撃が苛烈さを増したせいで、ヴァイスティーガーに武装変更(アームドチェンジ)する隙すら見出せず、遂に俺は追いつめられてしまう。

 

「追いつめたDEATH、人間! ライズ様を苦しめる人間は、皆滅びるDEATH!!」

 

 俺を追いつめるまでに力を使ったのが理由なのか、ノワの喋り方が流暢な物へと変化している。

 これまで減らせた暴走の力は、「謡精の眼」経由で見る限り、ノワが行動を開始してからなんとか三分の二までは減らせた。

 だが、今のノワには隙が無く、まだ温存している切り札を出すことが出来ない。

 そんなノワの姿に、俺はある親近感を持った。

 それが何なのか、俺は覚えがあった。

 

(その眼、その表情……。嘗て、鏡越しに俺がミチルを撃とうとした時の物と同じ。……嘗て俺が仕出かした罪を、こうして因果が巡ると言う形で実感する事になるとはな)

 

 ……俺はここまでかもしれんが、せめてノワを正気に戻すのだけは為さねば。

 幸い、ノワはロロを狙っていない。

 だから、ノワが俺に飛びついた所をロロに任せれば――。

 

「終わりDEATH、人間!!」

『アキュラ君!!』

 

 ――ノワの持つ、悪魔の槍が迫る。

 少しづつ、少しづつ迫って来る。

 それと同時に、今までの思い出が頭を過り、グルグルとその光景が映し出されていく。

 この現象は……。

 これが、走馬燈と言う物なのだろう。

 俺は何とか打開策を練ろうとしながら、その光景を見る事しか出来ず、ノワの槍が俺を捉え――。

 

「……!!」

『これ、電子……結界(サイバー……フィールド)?』

 

 捉える事は無かった。

 俺の眼前に出現した電子結界が、ノワの槍を防いだからだ。

 この電子結界は、電子の謡精(サイバーディーヴァ)の力を利用した結界。

 この世界で、こんなことが出来る存在は唯一人。

 

 

 

ア キ ュ ラ ク ン

 

 

 

ア キ ュ ラ ク ン ハ

 

 

 

ワ タ シ ガ

 

 

 

ワ タ シ ガ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達が今までこの戦闘が始まって以来、ずっと護っていたバタフライエフェクトと化したライズ。

 そんなライズを中心に、この世界の闇を割く程の光が溢れる。

 藍色の、絶望を飲み込む程の大きな光が輝きだす。

 その光はこの世界の全てを照らし、それと同時に、今まで受けた俺のダメージが癒される。

 暴走したノワは突如として発生したその光に目を眩まされ、狼狽えていた。

 その隙に、俺はロロに武装変更を指示し、メガンテレオンからヴァイスティーガーへと装備を変更。

 俺達は態勢を整え、ブリッツダッシュでその光の中心へと近づき、それを背にノワと改めて対峙する。

 それと同時に左手にディヴァイドⅡを、そして右手に天使の力と退魔の力が込められた弾丸が装填されたボーダーを装備。

 呼吸を整え、構える。

 やがてこの光は収縮し人の形となり……。

 

 

「私が、アキュラ君を護るんだからぁ!!!」

 

 

 俺達の知っている、シャールであるライズの姿が現れたのであった。

 俺達を護る為だけでは無く、暴走するノワを助け、その元凶である自身の闇の心と対峙し、大祓(おおはらい)を成す為に。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。







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第四十話

 俺達が戦闘をしている最中、作戦開始前のノワが形成した物理的な防壁は既に破壊されつくし、世界の主であったバタフライエフェクトと化したライズが元の姿に戻った影響で、防壁外に居た全ての人々がこの場に殺到し始めている。

 大気を振るわせるほどの怨嗟の唸り声と共に。

 時間が経てば、この人々達はライズを傷つけ、滅ぼそうとするだろう。

 何故なら、ライズがこの世界の人々を苦しめていた元凶であったから。

 ……状況を考えれば絶体絶命と言ってもいい。

 暴走しつつ、それでいて理性を維持した状態のノワも居る。

 なのに、これは一体どういう事だろう。

 

「アキュラ君、イソラちゃん達を呼ぶ詩魔法行くよ! ちゃんと護ってくれるって、信じてるから!」

「……ああ、必ず護る」

 

 まだライズは本格的に詩魔法を謳っていないのにも関わらず、負ける気が全く起こらない。

 この感覚を、どう説明すればいいのだろう。

 まるで、一心同体にでもなったかのような……、その様な感じの一体感と安心感と言えばいいのだろうか。

 ……キャスを護るデルタは、そしてイオンを護るガンヴォルトは、この様な感覚を持っていたのだ。

 だとしたら。

 

「ロロ、一緒に謳おう!」

『任せて、ミチルちゃん!』

 

 だとしたら。

 

『は~い♪ これからぁ、イソラ達は、ライズちゃんとロロちゃんとぉ~、トリオをしたいと思いま~す★ そういう訳なんでぇ~……、ちょ~っと過激なファンの皆様はぁ……イソラ達の歌で、メロメロにしちゃうんだから★』

『僕達の役目は、そんな過激なファンに対する警備員かな?』

『違うぞリベリオ! 僕達の真の役目は、この場をアーティスティックに彩る事! 警備員は、そこに居るイクスに任せればいいのさ!』

 

 この状態で全力の詩魔法の支援を受けたら、俺はどんな気持ちになれるのだろうか?

 

「……行くよ! この絶望に染まった世界を、私達の詩魔法で大給(おおはらい)するんだから!」

『了解! ライズちゃんとイソラちゃん達、そしてアキュラ君との同調接続完了! ABドライブ、USドライブ、オーバーブースト!!』

『イソラ達の緊急生ライブ、レッツスタート★』

 

――火と気と死と身と 素の 主は来ませり いざ 仰ぎ見て 負える重荷を

 

 ロロ達トリオによる歌が始まった。

 既に発動している詩魔法【翼戦士「翼戦士系★アイドル」&「夢の熟練者(クラフトマンズドリーム)」&「素晴らしき起爆剤(ファンタスティックデトネイター)」】で顕現しているイソラも含めた歌が。

 この歌はロロが電子の謡精におけるSPスキルである「謡精の歌(ソングオブディーヴァ)」の際に歌われる物だ。

 その歌の名前は大給(イグナイター)

 心の闇を祓い清めると言う、この世界における目標に相応しい歌だ。

 そんな歌を歌っている三人を中心に、藍色の光が溢れ、()()が生まれようとしている。

 それと同時に、そんな三人を通じて、俺が今まで感じた事の無い程の想いと力が流れ込んで来た。

 これにより、ヴァイスティーガーの全リミッターが解除され、俺は更なる高みへと導かれる。

 ……言葉に出来ないとは、この事か。

 俺がもう少し詩的に表現出来たのならば、少しはまともな感想も出来たのだが。

 

(もうこれ以上出し惜しみする必要は無い。ここが正念場だ。全ての切り札を出し切る。……後少し、俺に付き合って貰うぞ、ノワ)

 

 俺はノワの暴走の力を削ぎつつ、足止めに専念する。

 EXウェポン「アンカーネクサス」を発動させ、ノワと俺を「赤い糸」で繋げ、螺旋状のエネルギーを身に纏ったブリッツダッシュと同時に赤い糸を伝い、ノワに迫った。

 それに対してノワは回避が間に合わないと悟り、防御に専念し、これを容易く捌き切る。

 だが、俺はノワに「ロックオン」する事に成功し、左手に持つディヴァイドⅡによる、詩魔法の支援で強化された絶対必中のレーザーをオートで撃ち込む。

 そして、撃ち込まれたレーザーに怯んだノワ目掛け、俺は右手にある退魔リボルバー「ボーダー」を用い、復讐の為でも無く、悪魔を討滅する為でも無く、暴走の力を削り、ノワを助ける一助とする為に、弾丸を放つ。

 そう、天使の力と退魔の力が込められた弾丸を。

 既に俺の視界(謡精の眼)で捉えていた、ノワの持つ暴走の力目掛けて。

 ソレは着弾と同時に大爆発を起こし、辺り一面に、まるで禊ぎを行っていた時の神聖な空気が優しく、そしてふわりと大きく広がった。

 

(侍女長、叔母上……、これは流石にやりすぎなのでは?)

 

 そんな俺の気持ちを無視する様に、大爆発の余波は周辺へと広がり、この場所近くに居る、暴徒と化したこの世界の人々を巻き込んだ。

 その爆発の余波を利用し、俺は再び歌っている三人の元へと移動し、体勢を立て直す。

 それと同時に、三人が歌っていた場所から、藍色の光と共に()()は生まれた。

 それと同時に、俺がロロにお守り代わりに持たせていた、ミチルから受け取っていた退魔の鈴が飛び出し、その光の中へと吸い込まれていく。

 その姿は儚い見た目でありながら、どこか意志の強い所を見せる瞳を持った少女の姿。

 背中にモルフォが持つ蝶の様な翼と、ロロが持つ不死鳥の様な翼。

 ロロの衣装を更に派手に、それでいて神聖さを併せ持った衣装を纏い、片手に独自の形をしたマイクらしき物を持つ。

 そんな姿をした少女の名前は――。

 

「俺の役目もここまでだな。……後は任せたぞ、()()()

 

 ――【真なる蝶の羽搏き(真なるバタフライエフェクト)「神園ミチル」】。

 ライズの前世の、俺の居る世界とは異なる世界のミチルが、この場に居る三人の祈りの歌で詩魔法として生まれた存在。

 ロロから飛び出した退魔の鈴を髪に付け、その身が放つ藍色のオーラと共に、遂にその姿を現した。

 そんな彼女が現れたと同時に、ノワも、暴徒と成した人々も、完全に動きを止めた。

 そんな人々を一瞥(いちべつ)し、彼女は歌いだした。

 その歌はどこかオルゴールを連想させるかのような優しい曲調と歌。

 何処か聞き覚えのある、温かな歌がこの世界に流れ出す。

 

(この曲調……。モルフォ達の歌う、「藍の運命」か)

 

 かつての悍ましい運命を覆すが如く、歌は続く。

 そんな彼女を中心に、この世界に変化が生じた。

 日光が届かない程分厚い雲に覆われた空から光が漏れ、その光を中心に雲は裂かれ、青空を覗かせ、徐々にその面積を増やしていく。

 黒く汚れた大地も、彼女を中心に緑生い茂った大地へと姿を変える。

 泥の様に粘ついた海も、底まで見える程に澄んだ海へと生まれ変わっていく。

 そうして、長いようで短い、ミチルの歌が終わり、それと同時に俺達の位置から少し離れた場所から、光の柱が立ち上った。

 そう、この世界の完了を示す光「エンブレイス・ロール」が。

 その光を確認すると同時に、生まれ変わったこの世界の姿が俺の目に飛び込んだ。

 まばらに白い雲が綿菓子の様に散らばる青い空。

 美しい草と花と木と川が織りなす大地。

 海底に咲き誇るが如く散らばる海藻(かいそう)珊瑚(さんご)が、ここからでも見える程に澄み渡った海。

 その世界の美しさは、今の惑星ラシェーラにも負けない位、美しい物であった。

 暴徒と化していた人々は、正気を取り戻し、この澄み渡った世界を見て、希望を胸に抱え俺達から離れる。

 そして、ノワは正気を取り戻し、元の姿に……。

 

「やったDEATH!! 今の外の世界や天界にも負けない位、綺麗な世界が出来上がったDEATH!!」

 

 ……戻らなかった。

 とは言え、あれだけの攻撃を受けてケロッとしているのは、悪魔としての面目躍如と言った所か。

 その事に俺は気が抜けたのか、足元がふらつき、その場に仰向けに倒れた。

 

『「アキュラ君!」』

『……え~とぉ。これ以上はお邪魔になりそうだから、イソラ達は戻るね★』

『そうだね。……僕の家族にも、いい土産話が出来そうだ』

『これはまた、実にアーティスティックな世界が生まれた物だ。これには僕も、新たな芸術の美しさを知ることが出来たのを喜ぶべきなのだろうな。……では、僕達は失礼するよ』

 

 詩魔法が解除され、イソラ達が姿を消すと同時に、ロロとライズ、そしてノワが俺の傍に駆け寄る。

 

「大丈夫? アキュラ君。さっきの戦いで、どこか怪我でも……」

『しっかり、しっかりしてアキュラ君!』

「落ち着け、二人共。……少し気が抜けてしまっただけだ」

「全く、アキュラ様はまだまだ鍛え方が甘いのDEATH。でも、今回は良くやったと褒めてあげるのDEATH」

 

 そんな俺達を、「神園ミチル」が微笑ましそうに眺めている。

 ……優しい風が心地いい。

 本当ならば、直ぐに立ち上がってフュムノフォートへと向かうべきなのだろう。

 

「まあ、そんな事はどうでもいいだろう。それより、この場に寝転がって見ろ」

 

 だが、俺は……。

 

『どれどれ~……。うわぁ……これすっごい心地いいよ』

 

 もう少し、そう。

 

「ホントだ。ふふ……、日がポカポカして、眠くなりそう」

 

 もう少しだけ、この世界に居たい。

 

「悪魔見習いの時に、木陰でサボってた時の事を思い出すDEATH……zzzzzz」

 

 そう思っても、罰は当たらないだろう?

 俺はそう思いながら、重い目蓋(まぶた)を閉じ、この世界で眠りについた。

 

『ありがとう。アキュラ君、ロロ、ノワ。そして、未来の私(ライズ)。お陰で私は、本当の意味で救われる事が出来た。……アキュラ君、私ね、今だから言うけど、私がまだ悍ましい姿だった時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、凄く嬉しかった。この事が無かったら、私はずっと心を閉ざしてた。私の事を救うだなんて事を信じる事も無かった。だから、改めて……ありがとう、アキュラ君。……本当は完了の儀式をしなきゃいけないんだけど、今回はサービスするね。……()()()()「謡精の楽土」でも、また会おうね。……本当はイケナイ事なのに、こんなにされたらアキュラ君の事、一人の女の子として好きになっちゃいそうだよ。でも、世界も身体も違うしセーフ? なら……

 

 この世界の新たな主となった「神園ミチル」の、そんな優しい独白を朧気に聞き、この世界に合わない僅かな悪寒を感じながら。

 

――ライズのジェノメトリクス「両翼蝕む暗黒郷(ディストピア)」を完了しました。詩魔法【真なる蝶の羽搏き(真なるバタフライエフェクト)「神園ミチル」】をインストールしています。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。





〇詩魔法【真なる蝶の羽搏き(真なるバタフライエフェクト)「神園ミチル」】について
イオンの詩魔法「第七世界神示」、キャスの詩魔法「アルシェールスフィア」に相当する詩魔法。
この詩魔法は神園家由来の退魔の力、そしてこの世界でアキュラの持ち込んだ弾丸から発生した天使の力を複合、更にそれを電子の謡精(サイバーディーヴァ)由来の力で増幅、開放する事であらゆる悪意を浄化する。


〇ライズのジェノメトリクス「両翼蝕む暗黒郷」について簡潔に

・DLv6ですか? イエスなら次の項目へ、ノーなら追い出される

・バタフライエフェクト初遭遇時、咄嗟にこの姿のライズを護ろうとしましたか? イエスなら次の項目へ、ノーなら三十九話にて電子結界が発動せず、くろなの槍で終了のお知らせ

・くろなの正体を見破りましたか? イエスなら次の項目へ、ノーなら積み

・暴走したくろなとの戦闘前、一度戻って仲間を頼りましたか? イエスなら次の項目へ、ノーなら戦闘突入後、暫く善戦するが敗北確定

・リインカーネーションを調合してますか? イエスなら次の項目へ、ノーなら暴走したくろな戦における戦闘不能時、救済措置無し

・暴走したくろなとの戦闘時、戦闘不能になりましたか? イエスならリインカーネーションを消費し復活、その後、問答無用で似たような流れが起こり、この世界()完了され次の世界「謡精の楽土」への道が永遠に閉ざされ、ノーなら次の世界、「謡精の楽土」への道が開かれDLvが7になる


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第四十一話

 眠りから目を覚ました後、俺達はダイブ屋で目を覚ましていた。

 あの精神世界の余韻は未だ残っており、目覚めた直後は頭があまり働かない状態だ。

 その事に気を効かせてくれたのか、ダイブ屋の店主がコーヒーを用紙してくれ、俺は有難くそれを少しづつ飲み、余韻を温かく、名残惜しむ様に散らした。

 それと同時にロロが目を覚まし、俺の傍にゆっくりと浮遊しながら近づいてくる。

 それに気を効かせたのか、ダイブ屋の店主はいつの間にか居なくなっていた。

 ライズの様子を見に行ったのだろう。

 

『アキュラ君。……僕達、やり遂げたんだね』

「……そうだな。とは言え、結局俺達が出来たのは、ほんの少しの手助けだけで、後は殆どライズ本人の手で解決したような物だがな」

「そんな事ないよ。途中でやめる事も出来たのに、危険を冒してでも私の根本的な心の闇を祓う手助けをしてくれた。私を……、導いてくれた」

 

 俺達の会話が聞こえていたのか、隣の部屋からライズが俺達の会話に乗りながら入室して来た。

 

『「…………」』

「……どうしたの? アキュラ君、ロロ? 私の顔を見てぼーっとしちゃって」

 

 ライズはそう言うが、呆けてしまうのは仕方がない。

 何故なら、ライズの身に纏う雰囲気がこれまでよりも、明らかに変化していたからだ。

 その雰囲気は何と言えばいいのか、従来のライズの雰囲気にミチルとシアンのを足して2で割り、それをそのまま足したと言えばいいのだろうか。

 とにかくその様な雰囲気を新たに纏っていた為、つい言葉を詰まらせてしまった。

 

「あ、あぁ、雰囲気が随分変わったと思ってな」

『そ、そうだね。何て言うか、ライズちゃんが本当の自分を取り戻した! みたいな? そんな風に感じちゃってさ』

「そっか……。私、今回のダイブで前世の事、ちゃんと思い出すことが出来たよ」

 

 深層意識に存在する精神世界を完了させたことが引き金となったのだろう。

 目を覚ましたライズ本人も、ミチルであった頃の前世の記憶を取り戻したのだ。

 だからこそ、ああいった雰囲気を新たに纏う様になったのだろう。

 だが、一つ気になる事がある。

 それは、ライズが取り戻した記憶を受け止め切れているかどうかだ。

 

「……辛くは無いのか?」

「……正直に言えば、まだちょっと辛いかも。でも、これ等の事をちゃんと受け止められるくらいには平気になれたよ」

『ライズちゃん……』

 

 弱音をこうして俺達に言えるくらいには回復してくれたか。

 どうやら、前世のミチルの記憶を何とか受け止める事が出来ていると判断してもいいだろう。

 序にこの後で禊ぎを済ませれば、その辛いのも少しは和らぐだろう。

 

「あ、そうだ。ちょっと皆と相談したい事があるの。皆を集めて貰ってもいい?」

「それは構わないが……、先に禊ぎを済ませてしまおう。今ライズの感じている辛さも、少しは和らぐはずだ」

 

 そう俺はダイブが終わった後いつも行っている禊ぎの誘いをしたのだが……。

 その反応は、これまでと少し違っていた。

 

「へぁっ……! え、えっと……。う、うん。いいよ! やるよ! 禊ぎでもなんでも!!」

「……? 大丈夫かライズ。顔が真っ赤だが。……シャールは体調を崩す事はめったに無いらしいが、今回は念のため禊ぎを休んで……」

「大丈夫! 私は、大丈夫だから! だから禊ぎしよう! ね? アキュラ君! うぅ……、ダイブが終わってから、アキュラ君と禊ぎをするって考えると何だか体が熱くなっちゃう。これも、記憶を取り戻した弊害なのかな……?

「……そうか。ライズが大丈夫なら構わんが」

 

 そんなやり取りを終えた後、俺達は禊ぎを済ませる事となった。

 その際、ロロから妙な視線を感じたのが気がかりではあったが……。

 

(ライズちゃん……。あれ絶対アキュラ君に惚れちゃってるよね? 明らかに今までと反応がおかしいし。……僕は別に、アキュラ君の一番になれなくてもいいんだ。アキュラ君とミチルちゃんが幸せだったらね。……でも、僕の世界のミチルちゃんと、前世がミチルちゃんだったライズちゃんの場合、どっちを応援すればいいのやら。……キャスちゃん辺りに相談したほうがいいかなぁ)

 

 その後、俺達は何時も通り禊ぎを済ませ、ライズの言う相談をする事となった。

 その内容は、次のダイブについてだ。

 元々ライズに対するダイブの目的は、突然意識を飛ばす事があったり、悪夢にうなされていた問題を解決することが出来た。

 そして、その過程で新たな目標となった前世の記憶も思い出す事も出来た。

 つまり、もうライズ本人の根本的な問題は解決され、ダイブをする理由は無くなったのだ。

 だが、ライズはダイブ屋から、ダイブ出来る新たな精神世界を伝えられたのだと言う。

 その世界の名前は「謡精の楽土」。

 そこは現段階のデルタとガンヴォルトが到達しているDLv7と言う深度を誇る世界。

 つまり深層世界にある以上、この世界も何かしらの危険がある可能性が高い。

 それに、幸いな事に俺は「両翼蝕む暗黒郷(ディストピア)」を完了させたお陰か、DLv7に到達している。

 つまり、ライズの言う相談と言うのは……。

 

「つまり、ライズはダイブして欲しいと思ってる。だけど、理由も無いのにアキュラを危険な目に合うかもしれない深層世界にダイブしてもらうのも気が引ける……。こんなとこか。俺だったら迷わずダイブしちまうけどな。まあ勿論、キャスがそれを望む場合に限るけどな」

「そうね。私とデルタだったら、そうするかな。GVとイオンはどう? それに、シアンの意見も聞きたいわね。()()()()()()()()()()D()L()v()7()()()()()()()()()()()?」

「……僕もデルタと同じ意見だね」

「私も、キャスちゃんと一緒だよ」

『同じように、私も皆と同じ意見だよ。……あ、どうしてって顔してる』

『そんなの簡単よ。ねぇライズ。ここまで来たらアタシ達みたいに、心の赴くままに素直になればいいの』

「そうだな。モルフォの言う様に、こう言った場合は素直になるのが一番だ。それにその世界の名前の傾向から、安全面で考えれば真っ当な世界だと思うしよ。ここは思い切ってダイブするのも手だぞ」

「と言うより、これまでの僕の経験から考えて、そこは現状における到達点と言える世界だと思う。一筋縄ではいかないのは間違い無いと思うけど、一番の山場だと思われる問題の世界も解決出来たんだ。……二人はもう、答えは決まっているんだろう? なら、素直にそれに従えばいい」

「……そうだな。ライズ、俺はお前の世界に潜ろうと思う。理由は無い。こう言った物は、己の心の赴くままにするのがいいのだろう? ただ強いて言うなら……、またダイブして欲しいと、深層意識の世界の主に頼まれたからな。あの様子だと、約束を果たさないと拗ねてしまうだろうな」

『そうなると当然、僕もダイブする必要があるよねぇ。アキュラ君の事は、僕が護る必要があるからね。それに、ライズちゃんの事も……ね』

「アキュラ君、ロロ……。ありがとう。本当に、ありがとう!」

 

 こうして相談を終えた後、俺達はDLv7の精神世界「謡精の楽土」へと足を運ぶ事となった。

 その世界は、一言で言えば正しく楽土の名にふさわしく、また別の言い方をすれば、「両翼蝕む暗黒郷」が浄化され、本来の姿を取り戻した世界その物であった。

 ただ唯一違う点として、この世界のいたる場所で小さな建物が立ち並び、そこでは笑顔溢れる人々が牧歌(ぼっか)的に生活を贈っている所だ。

 他にも、この世界の中心地に何かを祭る施設を思わせる、俺の視点で見れば、大昔の資料の中だけに存在している神殿とおぼしき建物が存在していた。

 俺達はあの神殿にこの世界の主が居るとあたりを付け、その場所に向かった。

 その道中は、ライズ本来の気質がそのまま表れたかのような、実にのんびりとした物であった。

 心地よい風が俺達を歓迎し、騒めく草花の音色が俺達の耳を楽しませる。

 踏みしめる大地もどこか温かみがあり、道行く人々も楽し気でありながら穏やかだ。

 そんな風に俺達の居た世界では感じる事の出来なかった風景を楽しんでいる内に、世界の中心に立つ神殿へと到達した。

 この神殿もどこかノスタルジックと言えばいいのだろうか?

 そのような雰囲気を感じさせる物でありながら、この世界と調和した外観をしており、荘厳な雰囲気の中に、どこか温かみのある建造物として存在している。

 そこまでは良かったのだが、この神殿内部に居る人達は、この場に似つかわしくない程に、何処か雰囲気が暗い。

 そこで、何があったのか話しかけようとしたその時、神殿の中央から、この神殿の神官を扮するであろうライズが姿を現し、俺達を歓迎してくれた。

 その後、ライズの住んでいる部屋に案内され、そこでは俺達を歓迎する為だと思われる茶菓子等の用意を終えていた、メイド服を着ているノワの姿があった。

 但し、弱体化した状態である事と、俺達が既に正体を見破っている為、頭と背中に悪魔的な角と翼、そして尻尾が飛び出しているのだが。

 そこで行われた会話は、俺達が一度精神世界から離れた後の出来事が中心であった。

 それをかいつまんで説明すると、生まれ変わった世界に、穏やかな心を取り戻した人々はそれぞれ散らばり、そんな人々をライズ達が創造した詩魔法であり、この世界の主である「神園ミチル」は微笑ましく見守っていた、と言った所だ。

 ここまでは俺達も安心して話を聞くことが出来たのだが、その後の話で少し暗雲が立ち込めてきた。

 そう、この世界における問題の話、つまり、この世界を完了させる為に必要な話だ。

 それにライズが気が付いたのは、人々が口にするある言葉であった。

 

()()()()()()()……、か」

『え? でも、それだったらこの世界のミチルちゃんがそうなんじゃないの?』

「それだったら苦労はしないのDEATH(デス)。まあ、だから問題なのDEATHが」

「……まさか」

 

 思い浮かぶのはイクスとバタフライエフェクトとの決着が付いた後、しばらくしてその亡骸から出現したある存在。

 八つ裂きにされていたライズの魂をサルベージし、それを黄昏の女神へと託した存在。

 憎しみにに染まり、血涙を流し続ける堕ちた謡精。

 そう、ライズに見せられた記憶の最後に出てきた黒モルフォ。

 あの存在がこの世界の完了に必要な条件なのだとしたら……?

 

「今アキュラ様が考えている通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()黒モルフォがこの世界「謡精の楽土」を完了させるのに必要な条件なのDEATH。逆に言えば、それ以外に問題が無いのがこの世界なのDEATHが……」

『その肝心の黒モルフォが行方不明なのが問題って訳かぁ』

「……あの黒モルフォがライズから離れた後、地上へと飛び立っていたな。それも、当ても無く彷徨うと言った感じでは無く、何か当てがあると言わんがばかりに」

「多分だけど、黒モルフォは前世の私の時みたいに、()()()()()()()()を見つけたんだと思う」

『ちょっと待って、それって凄い不味くない? だって、その黒モルフォは今までライズちゃんと一緒に、ずっと苦しめられてきたんでしょ? もしそんな状態で適応する人に飛び込んじゃったら……!』

 

 下手をすれば、適応した宿主諸共世界の敵になる可能性が極めて高いという訳か。

 あの時のライズはまだ前世の俺であるイクスを認識出来てはいたが、そんなイクスに対しても迎撃を仕掛ける程に憎悪を蓄積させていた。

 そして、そんなライズの攻撃の中には電子の謡精(サイバーディーヴァ)の能力を利用した物も含まれていた。

 そう、イクスの攻撃を阻む強力な結界であったり、モルフォその物をぶつける攻撃であったりだ。

 ならば当然、電子の謡精その物もライズの持つ憎悪に染まっているのは間違いない。

 あの時見た憎悪に染まり、血涙を常に流している表情を見れば、そんな事は誰にでもわかる筈だ。

 ……これは完全に俺の手に余る可能性が高い。

 

「とりあえず、この世界の問題は分かった」

「……アキュラ様、何とかする方法でもあるのDEATHか?」

「いや、少なくとも俺達だけでは手に余る。だから……」

 

 そう、だからこの事に()()()()()()()()()()()()()と思う。

 元々俺はガンヴォルト達の目的に協力すると言う形で巻き込まれ、こうしてこのエクサピーコ宇宙を股に掛け、この世界に飛び込んでいるのだ。

 この世界の技術等、多くの収穫があったのは事実だが……、まあ問題はあるまい。

 根拠はないが、きっと彼らは喜んで力を貸してくれる筈だ。

 そうこの場に居る皆に説明した後、俺達はこの世界を後にした。

 その後、ライズの転生前の世界に取り残された黒モルフォの事を皆に説明し、俺は彼らに協力を求め……。

 

「なるほど、そのパターンか。だったら僕はアキュラに協力するよ」

「知っているのか? ガンヴォルト」

「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、似たような事があったのを思い出したんだ」

『あぁ、そう言えば確かに。今回のパターンは「星読」に「澪の巫女」のソレに近いパターンだよね』

『それに、憎悪に染まったアタシが居るなんて知った以上、放っては置けないわ』

「救出タイミングを考えると、その世界に飛び込むタイミングも考えないと不味そうだ。少なくとも、前世のライズの介錯が済んだ直後に転移するのでは、黒モルフォを捕捉するのに間に合わないかもしれない」

「だからと言って前世のライズが介錯される前に飛び込んでしまえば、ガンヴォルトやパンテーラ達が能力者である以上、デマーゼルに察知されて面倒になる可能性もある」

「あの時の私の能力は、地球全土を覆うくらい強化されてるから、少なくとも地球上に転移すると直ぐに気が付かれると思う」

『だったらさ、転移先は地球上じゃ無ければ問題無いんじゃない? ほら、僕達ってネイさん達から厄介払いも兼ねてソレイルを譲渡されたんだからさ』

 

 そう、俺達は少し前にソレイルを譲渡されていた。

 将来の憂いを断つ、解体する予算や書類仕事を減らす等と言う様々な都合でだ。

 そんなソレイルなのだが、様々な要因も重なり、結果数千年単位で稼働した影響で一部老朽化が深刻だった。

 が、その辺りは替えの聞く部品のみで構成されていた為、整備に関しては予想よりもずっと早く終わる事となる。

 どちらかと言えば、正しく動作するかの検査に必要な時間の方が長かった位だ。

 ともあれ結果として、俺やサーリを始めとした技術屋を始め、パンテーラ達等の力もあり、問題無くソレイルは全盛期の状態へと戻す事に成功。

 それに加え、俺達がこの世界に来る為に必要だった転移装置を組み込む事で、文字通り世界を股に掛ける生物圏(バイオスフィア)を持った宇宙船へと進化した。

 よって、ロロの言う様に地球外からの転移は可能だ。

 前世のライズによる能力が及ぶ範囲や、世界中に点在しているであろう人々の所在も、スペクトラム解析を行えばそれらの把握も容易だろう。

 

「つまり、事が起こる前の早めの時間に転移して、情報収集や準備に専念すればいいって事か」

「その通りなのだが……、いいのか、デルタ? それに、皆も」

「問題ねぇさ。元よりアキュラ達にはソレイルだけじゃすまない位でっけえ借りがあるんだ。しっかりと返さねえと、俺達の気が済まないんだよ。キャスもそう思うだろ?」

「そうよね。何だかんだ、この惑星が出来るまで世話になりっぱなしだったし」

「一部を除いて荒廃した世界だって聞いてるけど、やっぱり異なる技術がある世界は興味があるからね」

「ですが、この世界では能力者と無能力者との溝が余りにも深いと予想されます」

「ですので、能力者の方は私達エデンが引き受けさせて貰います」

「んで、そういった物を持たない人達は、あたし達の惑星に引き入ればOKよね。今全然人手足りてないし、レナルルもOKしてくれるでしょ。イオンもそう思うでしょ?」

「うん。それが手を伸ばせる範囲なら、それでいいと思う」

「でも、それでもこの世界に残りたいって思う人もきっといる。だって、どんなに荒廃していても、そこは自分たちの世界である事には変わりは無いんだから」

「まあでも、その辺りは一度あたし達の惑星に来てから判断して貰いましょう。復興するのにも色々と物資なんかが入用だろうし」

 

 それに加え、デルタ達や、引き続きパンテーラ達の協力も取り次いだ。

 他にも、前世のライズによる監視、コントロールが解けた能力者達の統率、そしてライズの前世の世界の座標の把握にパンテーラ達が名乗りを上げた。

 そうして統率を済ませた能力者達は、俺達の世界へと導かれ、そこでエデンとして組み込まれる事となる予定だ。

 それ以外にあの世界の座標に関しては、パンテーラ経由で黄昏の女神の協力を仰ぐ予定との事。

 そして無能力者(マイナーズ)側の人々はデルタ達が、正確に言えばネイ達が引き受けてくれる事となった。

 今、惑星ラシェーラは土地が多く余っており、人手は常に求められている状態だ。

 つまり、大昔の惑星アルシエルの時の様に人々を迎え入れることが出来る。

 とは言え、無理に移住してもらう必要も無いだろう。

 何故ならば、無理矢理攫われた人達(イオンとネロ)がどうなったのか想像すれば、それも容易いからだ。

 だからそういう人達は、先にネイが言った通りの対応をすれば大丈夫だろう。

 こうして話を纏めた俺達は、ライズの前世の世界で起こりうる出来事に対応する為に、様々な準備を整えるのであった。




ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。






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番外編最終話

 俺達は様々な準備を整えライズの前世の世界へとソレイルで転移。

 場所は念のため月の裏側辺りに固定。

 その後、地球に対してライズの魂のFFTスペクトラムを参照し、地球にスペクトラム解析を慣行。

 この際、同時に電子の謡精(サイバーディーヴァ)の適応者も探しておく。

 その結果、地球を覆う程度の範囲ではあったが、少なくとも能力の及ぶ範囲は中間圏と熱圏の丁度境目辺りまで範囲が及んでいた。

 そして適応者の詳細を調べてみた結果、ライズの記憶の中に居た4人の子供達の中に居る事が判明。

 それ以外に、俺達の世界でも使われていた監視衛星がまばらに存在しており、何も知らずに突入すれば即座に俺達の存在がバレるだろう。

 だが、世界が荒廃したのが理由なのか、その半数以上は使い物にならなくなっている。

 つまり、付け入る隙は十分にあるという事である。

 次に、あの地球に人々がどの程度いるのかを、イオンとネロの俯瞰視点を用い、時間をかけて調べ上げた。

 その結果は、俺達が考える以上に深刻な物で、地球上の総人口が1000万所か100万を下回っていると言われたら、その深刻さが分かると思う。

 ガンヴォルトの前世の世界の地球ですら役70億~75億人は居るはずだったのだ。

 それを考えれば、俺達の世界の役100年後の別の未来と考えたのだとしても、明らかに異常。

 これを成したデマーゼルは、残虐極まりないと言わざるを得ない。

 その後、「両翼蝕む暗黒郷(ディストピア)」で得た情報で、近い内にジャイアントロロによるマイナーズ達に対する虐殺が始まるのは確定している。

 それに対処する為、やはりイオンとネロの俯瞰視点を用いた最大規模の詩魔法を用いる事が決まった。

 そして、この作戦を軸に、細かな案が積みあがっていく。

 俯瞰視点を用いた際の演算能力の問題解決の為に、ソレイルの全演算機能の大半を使用。

 威力に関しては、ガンヴォルトに憑依しているシアンとモルフォの二人とチェインする事で解決。

 その演算能力と俯瞰視点でピンポイントにジャイアントロロのみを狙った詩魔法による狙撃。

 そのタイミングはデマーゼルに気取られぬよう、この世界に居る転生前のライズが介錯された直後を狙う等と言った案を採用。

 次に俺やデルタ等の能力を持たない人員を中心に地上へと潜入し、世界中の人々の点在する細かな位置等を把握。

 その後、スメラギ第拾参ビルの位置、いや、正確にはデマーゼルの居る場所をライズの記憶を参照し、これを予測。

 それを利用し、デマーゼルと戦っていると予測されるイクスの様子を確認。

 到着時、既にデマーゼルが倒されていればそれで良し。

 だが、戦闘継続中、若しくは倒されていた等の場合、俺達の目的の都合上、デマーゼルは障害にしかならない。

 よって、デマーゼルは機能停止に追い込む。

 この役目は、相手がどの程度戦力を持っているのか不明な点、そしてAIが相手である事等が理由でガンヴォルトを頼る事とする。

 突入タイミングは、世界中に点在するジャイアントロロを撃破した直後だ。

 そして、地上に居る適応者に向かっていると思われる黒モルフォは俺、ロロ、ライズで対処。

 そして適応者とおぼしき人物達の保護と護衛にはデルタ、キャスにお願いしてもらう。

 そして移動手段は、俺達が使っていた転移装置を用いる。

 

「もう一度簡単に今回のミッションを説明するけど、バタフライエフェクトの影響が無くなった事を確認した後、詩魔法を用いて世界中に散らばるジャイアントロロを殲滅。その後、デルタ達は適応者が居ると思われる子供達四人の護衛、アキュラ達は黒モルフォが出てくるまでは遊撃で、出て来たら対処を、ガンヴォルトはデマーゼルへの対処に動いてもらう。そして、残りの人員は僕も含めて対処が済むまでソレイルで待機って所だね」

 

 作戦は決まり、出来る限り準備は整えた。

 ソレイルから地球をハッキリ見渡せる星読台にて俺達は待機しており、詩魔法の発動と同時に乗り込む準備は万端と言ってもいいだろう。

 もう既にデマーゼルの演説は始まっており、イオン、キャスが詩魔法の詠唱を開始。

 

「時と大地の女神ホルスよ! どうか我らに力を!」

「アースの力よ……七つの宇宙(ソラ)を越えて、今、ここに集結せよ!」

 

 イオンが唱える詩魔法の名は「第七世界神示」。

 そして、キャスが唱える詩魔法の名は「アルシェールスフィア」。

 直接これらの詩魔法を見た訳では無い為、詳細は不明だが、少なくともそれらは二人が持ちうる最強の詩魔法だ。

 もう既に俯瞰視点を用いて、既にこの世界中に点在しているジャイアントロロを捕捉済みで、尚且つ撃破可能な程に詩魔法のチャージは完了している。

 後は作戦決行する時までひたすら待ち続けるのみ。

 そしてしばらくの時間が過ぎ――

 

「……っ! バタフライエフェクトの反応消失を確認! イオン、キャス、今だ!」

 

 ――その時が来た。

 サーリの合図と共にイオンとキャスによる詩魔法が発動する。

 

「アルシエルの意志達よ! 我と共に戦い、悪なる物に破滅を齎せ!」

 

 まずはキャスからだ。

 その詩魔法は惑星アルシエルに存在している惑星意思「女神ホルス」の力を借りた物。

 詩魔法によって出来た架空のソレイルが地球へと落下。

 その衝撃で地表の半数の生命が死滅。

 ……待て、確かにジャイアントロロは殲滅出来ているが周辺被害が……と、そう考えていた時だ。

 

「悠久の時を戻し、荒地を緑に! 想いを強い愛へと導かん!」

(時間が巻き戻ったのか。それに、スペクトラム解析では全ジャイアントロロの半数が撃破されている。……なる程、時と大地の女神の名は誇張では無いと言う事か)

 

 そして、次に放たれるのはイオンの詩魔法。

 イオンの元居た世界と、ラシェーラの技術を組み合わせ、所謂ファンタジーにおけるドラゴンに装甲と大小様々な砲身を備えた生体兵器を思わせる外見だ。

 

「さあ、いくよ。この世界(エクサピーコ宇宙)と私の世界の華麗なるコラボレーションが今、宇宙(ソラ)を切り裂くの!」

 

 その攻撃方法は非情に分かりやすい。

 全身に爆装した砲身から放たれる様々なビーム、レーザー等が無数に放たれる。

 そして、それらが地球へと到達すると同時に無数に枝分かれし、その一撃一撃が世界中のジャイアントロロを貫き、活動を停止させた。

 

「世界の神示を私は創造する! 第七世界神示、降誕! まだ見ぬ世界の、繁栄の為に……。サーリちゃん! こっちも終わったよ!」

「OKだ、イオナサル。ジャイアントロロの反応は完全に無くなってる。さあ、突入するなら今だよ!」

「了解、ミッションを開始します。……いくよ、シアン、モルフォ」

『『了解!』』

「OK、作戦開始だな。準備はいいか、キャス?」

「いつでもいいわ。デルタの事、信じてるから」

「了解だ。行くぞロロ、ライズ」

『了解!』

「分かったよ、アキュラ君!」

 

 こうして俺達はそれぞれの役目を果たす為に転移装置を用いてミッションを開始。

 俺達は黒モルフォを担当するが、前世のライズの亡骸から出てきた直後を狙うのは不味い。

 なぜならば、黒モルフォには転生前のライズの魂を、黄昏の女神に託してもらわなければならないから。

 それまで、息を潜めて俺達の視界に存在する4人の子供達を見張る必要がある。

 何故ならば、俺とイクスを見て混乱するのを防ぐためだ。

 そもそも、あの4人の主な目的はイクスがスメラギ第拾参ビルに突入する為の囮としてあの場に居る。

 だからこそ、全てのジャイアントロロが撃破された後でも、あの4人が危機的状況になるのは当然の帰結であった。

 そんなピンチであった為、思わず俺達も飛び出してしまいそうになったが、直後にデルタ達が強引に割り込み、救出に成功。

 これで一先ずあの四人の安全は確保されたと言ってもいいだろう。

 これを確認出来た為、俺達はデルタ達の死角を護る遊撃に徹する。

 そうして暫くの時間が経った。

 もうこの辺りに居るスメラギ兵は全て気絶させられ、多くのロボット兵器も同じように破壊されている。

 見た所、この戦闘でのやり取りで、デルタ達はあの4人の信頼を得たらしく、仲が良くなっている様だ。

 そして、こちらの居る方向に指を指している事から、俺達の事も軽く知らせている素振りをしていた。

 ……今頃、ガンヴォルト達もデマーゼルとの決着を付けた事だろう。

 そう思っていた時、奥から三つの人影が見えた。

 イクス、ブレイド、そしてガンヴォルトの姿だ。

 その3人の動きに隙は無い物の、緊張感の無い、穏やかな雰囲気で会話をしながらデルタ達の元へと向かって来ていた。

 ……さて、いよいよご対面と言った所か。

 俺はこれまで遊撃に徹していた為、ヴァイスティーガーで挑んでいたのだが、このまま表に出ればあの4人の子供達はイクスと区別がつかないだろう。

 それに、黒モルフォもそろそろ出現する頃合いだ。

 俺は武装変更(アームドチェンジ)を用いて、完成した新型のメガンテレオンにチェンジし、彼らの前に姿を現した。

 

「えぇ~~! 本当にアキュラ君が二人居る!」

「それだけじゃないのです! ロロも二人居るのです!」

「デルタの兄貴の言ってた事は本当だったって事かよ!」

「は、話には聞いていましたが、まさか本当にもう一人のイクスさんが出てくるなんて。……白い鎧姿はぱっと見変わりませんが、良く見れば根本的に武装が違うみたいですね」

 

 デルタが予定通り事前に根回しを済ませてくれたお陰で、この4人は何とかこの程度の驚きで済んでくれたらしい。

 そして……。

 

「アキュラ君……」

「行ってこい、ライズ。お前の事はガンヴォルト経由で事前に話を通してある筈だ」

『大丈夫、向こうのアキュラ君も僕も、ライズちゃんの事を分かってくれるよ』

「……うん!」

 

 ライズがイクスへと駆け寄る。

 イクスはそれに驚きを隠せず驚愕した表情をし、固まった。

 そんなイクスに対して、ライズは再会の喜びを全身で伝える為、そのまま飛び込みながら抱きしめ涙を零す。

 イクスはそんなライズに対し、少しだけ笑みを浮かべ、一瞬躊躇はしたものの、頭を撫でながらライズをあやしていた。

 向こうのロロも、嬉しさのあまりかP-ドール(モード・ディーヴァ)の姿でライズを迎える。

 そんな彼らを見るブレイドとガンヴォルトは、何処か温かみのある優し気な表情で見守っていた。

 そして俺は、そんな彼らに声を掛けようと歩んだ。

 その、刹那――

 

【アキュラ、聞こえるかい! もうそちらでも補足できてると思うけど、黒モルフォの反応が!】

 

 ――幾10年を超えた憎しみと絶望に染まり、堕ちた謡精。

 その反応がこちらに向かって来ているとサーリから連絡が入り、それを受けた皆は警戒態勢へと移行。

 それと同時に、黒モルフォはその姿を現し、俺とロロの視界(謡精の眼)に、ハッキリと捕えた。

 その姿は、髪の色は変化していないものの、モルフォの衣装を黒く染め上げ、瞳の色も現在進行形で流している血涙と同じ。

 その上、何やら黒紫(こくし)色のオーラと呼べる物まで纏っており、俺の知るモルフォとはまた別の意味で恐ろしく、それでいて悲しき姿であった。

 黒モルフォはやはりと言うべきか、ライズには向かわず、4人の子供達の中の一人、コハクと呼ばれる少女に真っ直ぐ向かっている。

 このまま黒モルフォをコハクの元へとたどり着かせてしまえば、俺達の本当の目的を達成することが出来ないばかりか、この世界の生き残りの人々全てに復讐の刃を向ける事だろう。

 

 

(お前には、感謝している)

 

 

 だからこそ、今回は退魔リボルバー「ボーダー」の規格で作られた、対黒モルフォ専用の特殊弾頭を用意している。

 

 

(お前のお陰で、俺はライズに出会うことが出来た)

 

 

 その名は、対黒謡精用特殊弾頭「ディスペアー・イレイズ」。

 

 

(だから、コレはその礼だ)

 

 

 その弾頭の材料、それは使い切れなかった天使と退魔の力が込められた弾丸をベースに、ライズの詩魔法【真なる蝶の羽搏き真なる(バタフライエフェクト)「神園ミチル」】の想いの力。

 

 

(ライズの精神世界に居る皆は、お前の帰りを待っている)

 

 

 そして、悲しみを打ち消す奇跡の花(リインカーネーション)を材料に創られた。

 

 

(だから……)

 

 

 この弾丸の効能は、黒モルフォの持つ悲しみや絶望等の負の感情を浄化する事。

 

 

(これ以上、苦しむ必要は無い)

 

 

 そう、この弾丸は黒モルフォを幸せにする為の物。

 

 

(お前の戦いは、もう終わったのだから)

 

 

 俺はボーダーを取り出し、黒モルフォに狙いを定め……。

 

 

(ゆっくり、「謡精の楽土」で羽を休めるんだ)

 

 

 俺は、ボーダーからその弾丸を放つ。

 その軌跡はまるで、黒モルフォを救済せんとする俺達の意志が形となったかのような物であった。

 憎しみと絶望に狂った謡精を鎮める為の弾丸は、真っ直ぐ黒モルフォへと向かい、着弾。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あれから色々あり、無事黒モルフォはライズの精神世界へと戻った。

 その後、作戦を立てている最中に組み立てられていた必要な戦後処理を済ませ、俺達は一度惑星ラシェーラへと戻り、少し時間をおいてライズの精神世界「謡精の楽土」へと足を運んだ。

 その瞬間、俺達が降り立ったヒュムノフォートから、この世界が完了された事を告げる光の柱、エンブレイス・ロールが立ち昇った。

 とは言え、本当に完了させる為にはこの世界の主である黒モルフォと共に、このヒュムノフォートにある扉を潜る必要がある。

 よって、俺達は黒モルフォを迎えに行く為に、そこに居るであろうと予測している神殿へと足を運んだ。

 この世界では今、「謡精様」である黒モルフォが帰還した事で、お祭り騒ぎとなっている。

 その神殿に近づく過程で、お祭り騒ぎの規模は比例する様に増した。

 

「やはり、この世界に必要だったのは黒モルフォで間違いは無かったか」

『うんうん。前に来た時よりも、熱気が段違いだよ!』

 

 そうしてたどり着いた神殿だが、そこは今やライブ会場を彷彿とさせる形で人々が集まっており、近づくのが困難であった。

 それにライズが気を効かせたのか、俺達の迎えに来たノワが空から姿を現す。

 この世界を完了させる条件を満たせたお陰か、ノワの機嫌は良く、俺達を転移させる形でライズの元へと案内してくれた。

 どうやら、この世界が出来てからノワは異物として排除される事が無くなった事が理由で、力を回復しているのが理由でこの様な手段が使えるようになったのだろう。

 そうしてノワにライズの元へと案内されたのだが、そこで待っていたのはライズ、詩魔法である「神園ミチル」、そして黒モルフォであった。

 ライズとミチルは笑顔で出迎えてくれたが、黒モルフォはどこか拗ねたような表情で睨みつける様に、俺に対して視線を向けている。

 その上、何かを我慢しているのだろうか?

 その顔色は何処か赤く染まっており、それが何とも言えぬ感情を俺に齎す。

 何に例えればいいか……。

 こう、小動物的な可愛さと言えばいいのだろうか?

 後にそれが、白鷹の言う「萌え」と呼ばれる感情であり、「ツンデレ」なる物の概念であるという事を知るのはまた別の話だ。

 そして、肝心の三人が話し合っていた内容とは、この世界で黒モルフォの事を待ちわびていた人達に対して、ライブと言う形でお礼をしようと言った物。

 そして、その話し合いが丁度終わり、さあライブを始めようと言ったタイミングで俺達がここにやって来たのだ。

 それを聞いた俺は、三人に対して「なら、盛大に盛り上げてやって欲しい。俺も心から楽しみにしている」と応援を言いつつ、三人を見送った。

 そうしてこの世界「謡精の楽土」に居る全ての人々を巻き込んだ盛大なライブが開始され、人々による黒モルフォの帰還に対する心からの喜びに対し、三人は歌を用いて感謝を示す。

 ライズは優し気でありながら、どこか温かみのある表情で。

 ミチルは元気よく、清涼感を持ちつつ眩しい様な笑顔で。

 そして黒モルフォは目尻に涙を湛え、溢れんばかりの喜びを伝える表情で。

 歌はこの世界の全てを満たした。

 それはさながら、エクサピーコの在り方を示すように、何処までも広く、遠くへと。

 

 

――ライズのジェノメトリクス「謡精の楽土」を完了しました。詩魔法【「完成されし(コンプリート・オブ・)謡精計画(ディーヴァプロジェクト)」】をインストールしています




これにてアキュラは「謡精」を導いた為、最終章は完結し、「輪廻を越えた蒼き雷霆は謡精と共に永遠を生きる」は、完結となります。
作者の感想が見たい人は↓のURLの活動報告にて、それ以外の方はここまでです。
それでは、時間を掛け最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。




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